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デパ屋(おく)の話

2019.10.12 (Sat)
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これねえ、怖い話ということじゃないんです、それでもいいでしょうかね。
そうですか。じゃあ話していきます。あれからもう20年になりますね。
私らの父親が亡くなったときのことです。私ら、というのは、
私と弟のことです。弟といっても双子なんですけどね。
それ以外に兄弟姉妹はいません。これは、私らが生まれて4年後、
母が30歳のときに亡くなってるんです。交通事故でした。
だから、私らの下に子どもをつくることができなかったんです。
で、父と母は7歳違いだったかな。見合い結婚だったはず。
ええそれは、再婚を勧める話はたくさんあったみたいですよ。
でも、父はそれらをすべて断ってしまって、男手ひとつで私らを育ててくれたんです。
大変だったろうと思います。なんで再婚しなかったかって?

それは・・・父は造園業をしてたんです。当時は立派な庭のあるお屋敷がたくさん
ありましたから。そういうとこを回って、植木の手入れをしたり、
よい形の岩を見つけて搬入したり。でねえ、何人か職人さんを雇ってはいましたが、
人手が足りないときもあって、母が手伝いをしてました。
それでね、母は車の免許を取ったんです。今と違って、
女性が免許を取るのが珍しい時代でしたけど。で、そのときも、
母が軽トラの後ろに庭木を積んで現場に向かう途中、
車が土手で横転してしまったんです。病院に運ばれたものの、
手の施しようがなかったみたいです。さっきも言いましたように、
そのとき私らは4歳だったんですが、母の記憶はわずかにありますよ。
葬儀のときのことも断片的に覚えてます。

ただ、母の顔はねえ。もちろんわかります。わかりますけど、
それが記憶によるものなのか、それとも大きくなってから、
仏間に飾られてた母の遺影を見たからなのか、そこははっきりしないですね。
でね、父の造園業はまずまずうまくいってましたが、
それほど儲かるって仕事でもなかったんです。でも、父は私も弟も、
2人とも大学まで出してくれました。父は中卒だったんですが、
学問は大事だってつねづね言ってました。
ああ、すみません。ちっとも怖い話にも不思議な話にもなりませんで。
それで、私らは大学を出まして、どっちも中小企業のサラリーマンになりました。
ええ、造園業を継ぐことはしなかったんです。
それについて、父はなんにも言いませんでしたね。

この先、業界が先細りになるってわかってたんでしょう。
でも、父にとって造園の仕事は生きがいみたいなもので、
職人さんはみなやめてっちゃったけど、64歳で亡くなるまで一人で続けていたんです。
私も弟も、実家とは別の場所で暮らしてましたが、
父は体のほうはまだまだ元気で、あんな突然逝ってしまうなんて、
考えたこともありませんでした。それで、ある夜、夢を見たんですよ。
父が出てくる夢です。曇り空を背景にして父が立ってたんですが、
ずいぶん若かったんです。30代かなあ。でも、父だってことはすぐわかりました。
それと、父はつねに作業着を着てたのが、そのときは明るい青色の背広で。
で、その父が私に向かってこう言ったんです。
「○○デパートの屋上においで。竹彦もいっしょにおいで」って。

これね、竹彦は弟の名前で、わたしは松男です。植木にちなんでつけたんでしょうね。
夢を見たのは朝方で、目が覚めたときにはあたりは明るくなってました。
それで、この夢、すごく気がかりに思ったんです。
父の身にもしや何かあったんじゃないか。そんな気が強くして、
弟に連絡してみようか、そう思っていた矢先に、携帯が鳴ったんです。
寝床を抜けて出てみると、弟からでした。「兄ちゃん、こんな時間にすまんな。
 今、親父の夢を見てなあ・・・」 「いや、俺もだ。どんな夢だった?」
こんな会話になったんですが、2人の見たものがぴったり同じだってことが
わかったんです。ええ、「○○デパートの屋上」これも同じで。
でね、当然、親父のいる実家にも電話してみました。
けど、呼び出し音が鳴り続けるばかりで。

それでね、朝になってから実家のある町に住んでる親戚に、
親父の様子を見に行ってもらうように頼んだんです。で、1時間ほどしてその人から
連絡がきました。親父が仏間で、母の遺影の下で倒れてたってことでした。
すぐに救急車を呼んで、△△病院に搬送されたって。
会社を休んで急いで駆けつけましたよ。病院には、私よりも実家に近いところに
住んでる弟が先についてまして。ええ、急な脳溢血ということで、
すでに父は亡くなっていました。それから・・・
弟と連名で喪主になって、なんとかその町で葬儀を済ませたんです。
けっこうな数の人が来てくださいました。それらが終わって、一息つこうと、
親父が住んでた実家の家に戻りまして。家は古いんですが、
造園業なので敷地は広んです。そこに庭石や植木のストックがありました。

その間を私と弟とその家族で歩いてましたら、
家の玄関に近いところに一本の楓の木があって、
秋でしたのですっかり色づいてたんですが、弟が木の後ろのほうに回って、
「兄ちゃん」って呼んだんです。行ってみると、幹の下のほうに手作りの
プレートがあり、そこに「芙美子」って彫られてありました。
ええ、母の名前です。それ見て、2人ともしんみりした気持ちになりましてね。
その翌日のことです。2人で、父が夢で言ってた○○デパートに行ったんです。
デパートは町の駅前にあって8階建て。私らが子どもの頃は、
町で一番高い建物だったんです。父にはよく連れてってもらいました。
当時は屋上に小さな遊園地があって、ミニ観覧車やお猿の電車なんかがあり、
夏場には金魚すくいなんかもやってたんです。

ええ、デパート自体はまだありましたよ。ただ、郊外の大型店に客を取られたのと、
地域の過疎化のせいで、すっかりさびれてしまって、
そのときも若いお客さんはほとんどいなかったです。
屋上の遊園地も、危険があるということで閉鎖されてから、
数十年たっていたはずです。弟とは「親父、なんでここに来いって言ったんだろう」
そんなことを話しながら、8階までエレベーターで上りました。
その階は、飲食店が数件入ってましたが、どこもお客さんは少なく、
これでやっていけるのかなあって思うくらいでした。
でね、屋上に向かう階段があったんです。子どもの頃、弟とそこを上ったことを
思い出しました。ヒモが張られていて、立入禁止の札が下がってましたが、
誰もいないのをいいことに、それをまたぎ越えて、

弟と上ってみました。屋上に出るための広いガラスの扉がありましたが、
そこには厳重に鍵がかけられてました。2人でその前に立って、
ガランとして何もない屋上を見てたんです。そしたら・・・
ここからの話は信じてもらえないでしょうね。突然、ガラスの向こうに
観覧車が出現したんです。その乗り場のところに父がいました。
夢に出てきた若い父で、背広を着て、私たちに手を振ってました。
で、ひとしきり手を振ると、父は観覧車に乗り込み、ゆっくりと動きはじめて、
だんだん、だんだん、上に上がっていったんです。
「おい、見えてるか」 「ああ、見えてる。兄ちゃん」
観覧車の席に座って、父はずっとこちらを見ているようでした。
そして、観覧車がもうすぐてっぺんまでくるというとき、

父の向かいに女の人の姿がありました。「母さん!」 私ら2人は同時に言い、
観覧車に乗った父と母は、ちぎれんばかりに私らに手を振り、
一番上まできたときに、そこで消えたんです・・・
「兄ちゃん」弟が私のほうを見て、その目が涙で光ってました。
ええ、私も同じでしたよ。・・・今、私も弟も、亡くなった父の年齢に近くなって
きましたが、あれを見てから、死ぬのがあんまり怖くなくなりました。
ああやって空に上っていくのなら、死ぬことは悪くないです。
それから、私はそのまま勤め人を続けましたが、弟は脱サラして、
父の造園業を継いだんです。ええ、小さい頃から父の仕事は見てましたが、
技術や資格があるわけでもなく、弟はずいぶん苦労しました。私もできるかぎり
援助をして、今はそれなりの会社になってます。ま、こんな話なんですよ。






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笑いのオカルト

2019.09.03 (Tue)
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今回はこういうお題でいきます。「笑い」についてWikiを見ると、
いきなり最初に、「動物の中で笑うのは人間だけである」と出てきて、
自分は疑問を持ってしまいました。なぜなら、これについては、
動物も笑うことができるとする研究もあるからです。

例えば、ドイツのフンボルト大学の研究では、ネズミはくすぐられると
笑うという結果が発表されています。え、でも、おかしくて笑うのと、
くすぐられて強制的に笑わされるのは違うんじゃない、
と思われるかもしれませんが、両者の区別は難しいんですね。

人間もやはりくすぐられると笑いますが、これは体表にある
感覚皮質の神経が興奮するためです。で、この神経が興奮すると、
脳内のある部位に信号が伝わって笑いが生じます。
ただまあ、ネズミの場合、ギャグマンガを読んだり、
落語を聞いて笑うということはありませんよね。

笑うネズミ
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そういう知的活動がほとんどできないためですが、結果として、
くすぐられて笑うのも、ギャグを見て笑うのも、脳内で起きる最終的な
反応に大きな差はないんです。ですから、上のWikiの内容も、
「動物の中で知的な笑いができるのは人間だけである」とすれば、
より正確なんじゃないかないかと考えます。

『今昔物語』に、これに関係した話が載っているのでご紹介します。
生まれつき数学(当時は「算道」といったようです)の才能のある男がいて、
日本に来ていた唐人について、さらに道を極めることになりました。
平安時代、算道は呪術の一種と考えられており、天変地異を起こしたり、
人を呪い殺したりすることができると信じられていたようです。

男はすぐに上達し、唐人からさまざまな術を習いましたが、
人を殺す術だけは教えてもらえませんでした。それは自分の弟子として
中国に渡ったら教える、と言うんですね。当時の算道は、「算木」という
積み木のような直方体の棒を並べて計算をしていたようです。

算木とその使い方
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余談ですが、江戸末期から明治初期にかけて、復古神道と呼ばれる
一種の新興宗教が流行し、算木は「天津金木 あまつこんぎ」と呼ばれ、
天地の神秘を解き明かすためのものとされました。これを大成したのが
大石凝(おおいしごり)真素美という人ですが、このあたりはかなり
専門的なオカルトになるので、興味を持たれた方は検索してみてください。

話に戻ります。男は唐人の師に恩義は感じていたものの、
中国に渡るのが嫌だったので、約束をすっぽかしてしまいました。
腹を立てた唐人は、一人で中国に戻る船の上で、その男に算道の呪いをかけ、
そのため、聡明だった男は呆けてしまい、何を聞いてもすぐに忘れる
という状態になります。その後、男は法師になってあるお屋敷に仕えます。

そこでも満足に受け答えもできないので、大勢いる使用人たちに
バカにされていました。ある夜、女房たちが集まって物語の会をしたとき、
一人の女房が、男に向かって「眠気が出てきたので、なにか面白い話をして
笑わせてほしい」と言います。まあ、できないだろうと侮っているわけです。

自分もよくわかりませんが、きわめて高度な計算ができるようです
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男は、「とても私にはおもしろい話などはできませんが、
ただ笑わせることならできます」そう言って、算木を持ってくると
床に積み上げ、その様子がおかしいと、女房たちはますます
バカにします。ところが、その算木を男がはらりと崩すと、
女房たちのあちこちで爆笑が起こり、ついには全員が

転げ回って笑い出したんですね。体をよじり腹を押さえ、
涙とよだれを流しても、いつまでも笑いは止まりません。女房たちは
笑いながら、「このままでは死んでしまう、どうかとめてください」と
男に向かって手を合わせ拝むと、「では」男はさらりと算木の形を崩し、
すると女房たちの笑いはピタリと収まったんです。

笑いを司る脳の部位は?
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あんまり笑いすぎたため、全員がそこらにごろごろと横になって、      
病人のような状態からしばらく回復しなかったそうです。
この話なんかは、算道をやっているところを見ていた人が、
その様子に神秘的なものを感じて できたものだろうと思います。

あ、『今昔物語』を紹介しているうち、もう字数が尽きかけています。
笑いの話に戻って、アメリカのエモリー大学の研究で、
電気刺激を与えると笑いが生じる脳の部分が発見されています。
「帯状回 たいじょうかい」という下図の部分で、感情を司り、
大脳辺縁系の各部位を結びつける役割を果たしているようです。

「帯状回 」
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これは、てんかんの発作を起こす部分を探しているうちに偶然発見されたん
ですが、患者はその刺激によって「愉快でリラックスした気分」を
感じていたそうです。何かの治療に使えるかもしれません。
ところで、youtubeで、笑う赤ちゃんの動画が出てますよね。

大人が変な声を出したり紙を破ったりすると、0歳児が際限なく笑います。
下の動画がそれですので、ぜひご覧になってください。
赤ちゃんは、まだ脳内の神経系の発達が十分ではないため、
回路が大人のようにつながっておらず、こういう現象が起きるようです。

さてさて、笑いについて見てきました。笑うことが健康にいいのは
間違いないみたいですね。免疫をつかさどるNK細胞が活性化し、
癌の予防になるそうです。山形大学は今年度、めったに笑わない人は、
よく笑う人に比べて死亡率が2倍になり、脳卒中などの心血管疾患の
発症率が高いことを発表しています。では、今回はこのへんで。

「Laughing baby」






「隻手の声」あれこれ

2019.08.19 (Mon)
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今回も仏教のお話です。ただこれねえ、自分もちゃんとわかってる
わけではないので(じゃ書くなよ!)、本項の記事はかなり内容が
あちこちに飛んで、まとまりのないものになりそうな気がします。
というわけで、スルーされたほうがいいかもしれません。

さて、自分が「隻手(せきしゅ)の声」を初めて知ったのは、
アメリカ由来です。高校時代にアメリカの小説家、J・D・サリンジャーの
短編集『ナイン・ストーリーズ』を読んだとき、エピグラフとして
書かれてあったんですね。サリンジャーはすごく人気があったので、
自分と同じようにして知ったという方は、多いんじゃないでしょうか。

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で、そのとき、禅の公案だろうというのは何となくわかりました。
いかにもそれっぽいですからね。あと、アメリカの進歩人の間で
禅が流行していることも知識としてはありました。
ただ、中国でつくられたものかなと思ってたんです。

さて、「隻手の声」は、日本の江戸中期の僧、白隠が考え出したものです。
白隠は、衰退していた臨済宗を立て直したということで、中興の祖と
呼ばれています。18世紀の、わりに新しい時代の人なんですね。
ビートルズのジョン・レノンやジャズの巨匠、マイルス・デイヴィスが
自宅に白隠の禅画を飾っていたのは有名です。

白隠禅師
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こういうものです。「両手の鳴る音は知る。では片手の鳴る音はいかに」
意味は解説するまでもないでしょうが、両手を強く合わせると
パンという音がする。では、片手だったらどうなのか?
片手だけ上げれば何の音もしないのはあたり前ですが、
そういう答えを言うと、師にダメ出しをされて追い返されてしまいます。

この公案は「初透関(しょとうかん)」と呼ばれ、禅宗に入門した者が
まず与えられるものの一つのようです。白隠は、この「隻手音声」を            
透過した者に「龍杖図」という図画を書き与えて、
入門許可証としていたようです。まあ、仏教にあまり詳しくない
自分から見ても、これはいい問題だと思います。

仙人 白幽子
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さて、白隠禅師といえば、いろいろと面白いエピソードがあります。
若いころ、禅に打ち込むあまり「禅病」(現代で言うところのノイローゼ?)
に苦しんだため、人の話を伝え聞いて、京都の白川村の山中に暮らす
白幽子という人物を訪れます。白幽子は実在の人物で、書家なんですが、
何百年も生きている仙人であるという噂がありました。

で、白幽子から「内観の法」という健康法?を教わり、それで病気が癒え、
他の弟子たちにも教えたとされます。内観の法は、仰向けに寝て、
丹田(へその下の下腹部)から両足にかけての範囲に意識を置くというもので、
実態はよくわからないんですが、中国の内気功に似たものではないか
とも言われます。ヨーガのチャクラとも共通点がありそうです。

達磨大師
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さて、ここからはかなり理屈っぽい話になっていきます。禅宗は、
6世紀ころにインドから中国にやってきた達磨大師(ボーディダルマ)が
開いたとされています。ただ、達磨大師の生涯は伝説的で、
どこまでが本当なのかよくわからないんですよね。
実在の人物ではないとする説まであります。

日本の縁起物の「だるま」は、達磨大師が壁に向かって長い間座禅を
続けたため、手足が腐って落ちてしまった姿を表していると言われますが、
まあ、そんなことはないでしょう。達磨大師以前にも、仏教には座って
瞑想をする修行法はありましたが、禅宗は座禅を修行の中心に据えます。

ここで少し話を変えますが、日本は島国で、仏教は直接インドから
伝来したわけではなく、中国由来でワンクッション置かれています。
で、仏教は中国で微妙に変質してしまっているんです。「偽経」というのが
ありますが、これはサンスクリットの漢訳ではなく、中国でできたお経で、
儒教や道教の内容を、お経の体裁で語っているものです。

老子 道教の神「太上老君」と同一視される
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仏教の中心的概念の一つに「空」があります。すべてのものは、互いに
依存しながら成り立っていて、つねに生成と消滅をくり返しており、
あらゆるものには実体がない。なんだか、物理学の最新理論みたいですね。
ですが、それまで中国にあった宗教、儒教でも道教でも、
基本的には、この世で利益を得るためのものでした。

儒教は、「仁」によって世の中をよく治めることが目的とされ、
道教は、人間は死ねば無になってしまう、だから修行を積んで不老不死を得、
仙人になって天を自在にかけ巡ろう・・・思い切り単純化してしまいましたが、
大きな部分では間違いはないと思います。中国人には、あらゆるものに
対する否定である「空」が、なかなか理解できなかったんですね。

ですから、空の概念を、道教や老荘思想の「無」で理解しようとしました。
で、こんなことを書けば怒られそうですが、禅宗も、
中国で成り立ち発展したものであるため、空について、
もともとの形と違うようにとらえられていると、自分は考えています。

玄奘三蔵
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中国で仏教は変質し、禅をはじめ、さまざまな論を説くものが現れてきた。
この現状に危機感を持った玄奘三蔵法師は、
仏典の研究は原典によるべきであると考えて、629年、国禁を犯して
密かに出国、インドへの取経の旅へと出ることになるわけです。

さてさて、「隻手の声」ですが、一般的には「無音という音」と
解釈されることが多いんですが、それだけだと厳しい老師には不合格に
されるかもしれません。自分自身が座禅を通じて、「片手の音」に
なりきることが大切なんだろうと思います。では、今回はこのへんで。

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「狗子仏性」って何?

2019.08.17 (Sat)
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今回はこういうお題でいきます。かなり地味な仏教の話になりますので、
興味をお持ちでない方は読むのをスルーされたほうがいいかも
しれません。さて、「狗子仏性(くしぶっしょう)」とは、
禅宗の公案の一つで、その中でも特に有名なものですね。

禅宗が座禅を中心に修行するのは、ご存知だと思います。
曹洞宗は、「黙照禅(もくしょうぜん)」といって、一切の思考を廃し、
一心に座禅にうち込みます。ただこれ、何も考えないというのは
ものすごく難しいですよね。さまざまな雑念が次々にわきあがってくるのが
普通だと思うんですが、それを消すことが修行になるわけです。

禅宗のもう一方、臨済宗では「看話禅(かんなぜん)」を行います。
これは師から公案(問題)を与えられ、座禅をしながらそれについて
ひらすら答えを考えるという形です。で、答えが出ればいいという
わけじゃないんですね。寺の作務を行いつつ、座って公案を考える。

「狗子仏性」
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多いときには、日に数度も老師のもとに呼び出されて解答を求められます。
思考のかぎりをつくして答えを言っても、「それはダメだ」と老師に
あしらわれて追い返されてしまいます。その過程全体が修行であって、
ただ正解に到達すればいいということではありません。

さて、「狗子仏性」の公案について。このようなものです。
「 一人の僧が趙州和尚に問うた。狗子に還って仏性有りや無しや
(犬にも仏性があるでしょうか?)。趙州和尚は、無と答えた。 」

たったこれだけです。一般的に、公案は短いものが多いんです。

趙州和尚
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趙州和尚は、中国の唐の時代に実在した僧侶で、
120歳まで生きたとされます。ですから、
この公案ができたのはそれほど古い時代ではありません。
「狗子(くし)」は犬のことです。よく「犬の子」と誤解されるんですが、
そうではなく、人や物を表す接尾語の「子」です。

次に「仏性(ぶっしょう)」のほうですが、これはきわめて難しい。
「人間一人ひとりが持つ、仏としての本質、仏になるための原因」とでも
言えばいいでしょうか。ここからは、仏性について説明していきます。
仏教の開祖、お釈迦様は、人間は誰しも成仏できると考えていました。
ですから、弟子たちを悟りに導こうと、あれこれ苦心しています。

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ところが、お釈迦様の死後100年ほどして、仏教は20ほどの宗派に
分裂します。これを「部派仏教」の時代といいます。
ある宗派では、お釈迦様の個人崇拝が始まり、「自分たちにはとても
お釈迦様と同じ悟りは不可能である」と考えるようになります。

そこで、仏のひとつ下の位である「阿羅漢(あらはん)」をめざすんですね。
ただし、阿羅漢になるには出家して厳しい修行を積まなくてはなりません。
誰でもできることではないんです。こうして「上座部(小乗)仏教」
ができあがっていきます。自分自身だけが救われるための仏教です。

羅漢像、正式には阿羅漢の像
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これに対し、誰にでも仏になれる可能性がある、と説くのが
「大乗仏教」で、大乗は「大きな乗り物」という意味です。
成仏のための修行は、出家しなくても、生業に従事しながらでもできる。
これを「如来蔵思想」と言います。如来は仏のことで、
人間はその身体の中に仏がもともと潜んでいる。

このことを重視したのが、平安時代に最澄や空海が唐から持ち帰った
密教です(最澄は天台宗、空海は真言宗)。密教では、加持祈祷により、
自分の中の仏が宇宙神である大日如来とつながり、生きながらにして
仏になる(即身成仏)ことができるとしました。高野山では、
空海はまだ生きていて、毎日食事が奥の院に運ばれると言われますね。

真言密教の「即身成仏」
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ただ、これには深い知識が必要で、やはり誰にでもできることではありません。
そこで鎌倉新仏教において、インドから中国に渡った達磨大師が始めた
禅宗では座禅、浄土宗系では念仏、日蓮宗なら題目を唱える
という具合に、そこらの農民でも、野良仕事などの日々の生活の中で          
修行できる方法を取り入れていったんです。

といっても、座禅にはまとまった時間が必要で、禅宗は主に武士階級が
学びました。こうした流れの中で、『涅槃経』というお経では、
如来蔵思想を仏性という言葉で表現していて、日本では仏性という
語のほうが一般的になり、各宗派で用いられるようになりました。

さて、「狗子仏性」の話に戻って、犬には仏性はないんでしょうか?
上記の『涅槃経』には、「一切衆生悉有(しつう)仏性」という一句があり、
「人間をふくめて、すべての生き物は仏性を持っている」という意味です。
あれ、おかしいですね。趙州和尚の解答は「無」なので、
このお経の趣旨に反していることになります。

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そこで、この公案を与えられた僧は、必死になって考えるわけです。
ある意味、逆説的な問題なんですね。解答の一つとして、
この「無」は「有る・無い」の無ではなく、東洋思想的な「絶対無」
を指しているのだとするものがあります。

まあ、それも一つの答えではありますが、最初に述べたように、看話禅の
修行では、その過程が重視されます。どれだけ苦しんで弟子が
取り組んだかを老師は観ます。禅宗は「不立文字(ふりゅうもじ)」が基本で、
文字に書かれた模範解答ではなく、心と心の感応を重視しているんです。
長くなりました、では、今回はこのへんで。





ダイエットの話

2019.07.13 (Sat)
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今回はこういうお題でいきます。なぜこれを選んだかというと、
インターネットをやっていると「○○ダイエット」という広告が
すごく目につくからです。当ブログはFC2さんにお世話になってるんですが、
今も目の前にダイエット広告が出ています。

さて、では、ダイエットをする目的はなんなんでしょうか。
大きく2つあるかと思います。一つは、健康のためのダイエット。
最近どうも太り気味で、ちょっとしたことで息がきれる。
駅の階段をのぼるのも大変、こんなことの積み重ねでダイエットを決心する。

健康のためのダイエットでは、もっと深刻な人もいるでしょう。
高血圧になった、健康診断で糖尿病予備群という結果が出た、
膝関節が痛むので整形外科に行ったら、体重を減らしなさいと言われた等々。
これは、ダイエットしないと将来的に大きな病気につながる可能性があります。
医師の指導をうけるのが一番でしょうね。

ウッソー
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ただ、体型と死亡リスクについては、「ちょっと小太り」くらいの人が
最も死亡リスクが少ないという統計もあります。日本では、
肥満に分類されるBMI(体型を評価する指標:体重÷身長の2乗)が
25前後の人が一番長生きするという結果が出ています。
最も死亡リスクが高いのがガリガリで痩せすぎの人。次が極端に肥満している人。

ただこれ、年齢を加味して考えないといけないように思います。
40歳、50歳くらいの、いわゆる中年の場合は、成人病にかからないよう
標準から少し痩せているぐらいがいい。それが65歳を過ぎた高齢者の場合、
栄養不足による衰弱におちいらないよう、小太りが望ましい。
こんな感じなんじゃないでしょうか。

ダイエットをする目的の2つ目が美容のため。思春期の女性などでは、
美しいと思われることは人生の一大事です。大阪の街でも、ときおり
芸能人の方を目にすることがあって、みなさんすごいスリムで、
ただ者ではオーラがビンビン伝わってくる感じです。

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もちろんこの場合も、ダイエットで健康を損ねては何にもなりませんよね。
健康が損なわれるのは、美容を損ねることでもあります。
ダイエットしたら体重は減ったが、小じわが増えた、皮膚のシミが増えたでは
なんにもなりませんし、拒食症などのリスクもあります。

あとまあ、特殊な目的でダイエットしてる人もいるでしょう。自分は学生時代
ずっと柔道をやっていて、大学のときは個人戦90kg級に出ていました。
ふだん94kgくらいでしたので、特別にダイエット(減量と言ってました)
しなくても、少しだけ食べる量を意識し、大会前の練習がハードになれば、
それくらいは自然に落ちてましたね。

90kgというと、すごい太ってるように思われるかもしれませんが、
(身長179cm)柔道会場にいると痩せ型に見えるんですよ(笑)。
一般的に、激しいスポーツをやっていた人が引退して、現役のときと
同じように食べていると太ります。自分も一時期100kg近くまでいって、
これはやばいと食べる量を減らし、今は84kg前後で落ち着いてます。

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さて、次はダイエットの方法ですが、運動して痩せるのはたいへんです。
成人の場合、1時間ジョギングしても、消費するカロリーは1食分程度
(600~700kcal)。毎日1時間走るのはたいへんですし、
ジムに通うとお金がかかります。それよりは食べる量を減らしたほうが、
時間をかけずに痩せることができます。

成人の1日の必要カロリーは、激しい肉体労働をしていない場合、
男性で2100kcal、女性で1800kcal程度と考えられす。
ですから、男性なら1500kcal以下、女性なら1300kcal以下しか
食べなければ、必ず痩せていくことになります。カロリーは少なくても、
必須栄養素をバランスよく食べていれば、健康上の問題も起きにくい。

簡単そうに思えますが、どこに問題点があるんでしょう。
・お腹が減ってイライラする ・目標に達してダイエットをやめると
リバウンドが起きて前より太ってしまう などのことが考えられます。
食べる量を減らすと、だんだん胃が小さくなって少食に慣れるんですが、
それまでイライラするのはある程度しかたないと思います。

対策としては、カロリーが少なくて腹もちするものを食べることですかね。
例えば、夏場なら「トコロテン」とかいいかもしれません。
1パック20kcalくらいで、お腹の中で膨らむのでイライラが軽減されます。
インスタントの「スープはるさめ」みたいなのも1カップ80kcalくらいです。

Fatman
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ただあれ、塩分量が多いので、付属のスープは使わないで自作したほうが
いいでしょう。もちろん、トコロテンだけ食べているのでは栄養不足になります。
あと、前に記事に書きましたが、食事の量は少なくても満足感のある
内容にすれば、リバウンドが起きにくいという研究結果があります。
同じカロリーで、粗食をしている人と、少量でもケーキなどを食べた人では、

後者のほうがリバウンドが起きず、ダイエットをやめても減量効果が続いたと
なっていました。おそらく、食事内容に対する精神的な満足感が関係して
るんでしょう。鳥の餌のようなものをボソボソ食べてるんじゃ、
食事から得られる快感がありません。ですから、ダイエットが長続きしないし、
やめたとたんにリバウンドしてしまう。

「○○を食べると必ず痩せる」といった魔法の食品はありません。
「脂肪燃焼サプリ」なんかも、効果はたかがしれてます。
最近流行っている?糖質制限というのも、炭水化物は人間にとって必須の
栄養素なので、自分はお勧めできません。やはり、1回の食事量を減らす、
そのかわりに内容を充実させ、凝った美味しいもの食べる。

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さてさて、ダイエットのオカルトとしては、スティーブン・キングが
別人の名義で書き、映画化もされた『痩せゆく男』。
ある弁護士が、ジプシーの老婆をひき逃げした有力者の容疑をもみ消してしまう。
それで恨まれて呪いを受け、体重がどんどん減っていく。

弁護士は超肥満体でしたので、最初のうちは喜んでましたが、
体重減がどうやっても止まらず、骨と皮になり底知れない恐怖に陥っていく。
最後は意外な怖い結末になるんですが、自分はこれ、鈴木光司氏による
ホラー小説『リング』につながっていくんじゃないかと考えています。
では、今回はこのへんで。