月面核爆発計画って何?

2018.06.19 (Tue)
トランプ米大統領は2018年6月18日(現地時間)、
米軍に新たに「宇宙軍」を創立すると指示しました。
 トランプ大統領は国家宇宙会議にて、「アメリカが宇宙空間にプレゼンスを
持つだけでは不十分で、宇宙で優位に立つ必要がある」と語り、
宇宙探査だけでなく国防における宇宙への関わりを表明。そして、国防総省に、
陸軍、海軍、空軍、海兵隊、沿岸警備隊に続く6番目の軍種の創立を指示したのです。

(楽天ニュース)

「A-119」プロジェクト


今回はこのお題でいきます。アメリカは現在5軍と言われています。
Army(陸軍)、Navy(海軍)、Air Foece(空軍)、 Marine(海兵隊)、
Coast Guard(沿岸警備隊)ですが、それに加えて、Space Force(宇宙軍)を、
正式に国防総省の管轄下につくろうということのようです。

ふーむ、まあ、現在の宇宙関連技術を最もリードしているのがアメリカですから、
こういう発想が出てきても不思議ではないでしょうけど、
でもこれ、1966年に国連決議で採択された
「宇宙条約」との関連はどうなんでしょう。

宇宙条約は、4つの柱から成り立っています。① 宇宙空間の探査・利用の自由
② 領有の禁止 ③ 平和利用の原則 ④ 国家への責任集中原則
この中では、④がわかりにくいかもしれません。これは、もし宇宙で何かがあった場合
それに関与した国家が世界に対して全責任を負うという意味です。

先日、中国の宇宙実験室「天宮1号」が落下するという騒ぎがありましたが、
あのようなことが起きた場合、中国が世界に対してすべての責任を持つことになります。
これは、もし人工衛星やロケットを打ち上げたのが民間企業であったとしても、
そこが帰属している国家が、賠償などをしなくてはならないということです。

で、この宇宙条約には、明確な欠点があると言われています。
③の平和利用に関して、月や火星などの天体の軍事利用ははっきり禁止されて
いるものの、宇宙空間の軍事利用にはほとんど触れられていないんです。
ですから、ICBM(大陸間弾道ミサイル)などのように、
いったん宇宙空間に出るものでも、条約の対象外と考えられているんです。

あと、核爆弾などの大量破壊兵器は宇宙に配備してはならないことになっていますが、
通常兵器はそのかぎりではありません。はっきりしたことはまだわかりませんが、
トランプ大統領としては、宇宙空間に通常兵器を備えた軍隊を、
常駐させようと考えているのかもしれません。

さて、みなさんは「神の杖 Rods from God」という言葉を聞かれたことが
あるでしょうか。これは、アメリカが密かに開発しているとされる宇宙兵器で、
高度1000kmの人工衛星上から、ウランやチタンなどの硬い棒状の金属に
推進装置を取りつけたものを、地上の目標に向けて発射するという計画です。

「神の杖」計画


その棒の先端には、爆発する弾頭はついていません。
これは運動エネルギーを利用する兵器で、最大速度はマッハ10に達するとされます。
まあ、原理としては、ヤシの実が頭に落ちてくるのと同じです。その威力は、
特に、地下基地などにこもっている相手に対して発揮され、
地下数百mにある目標の破壊が可能だと考えられています。

さて、今回のお題に戻って、アメリカによる月面核爆発計画があったのを
ご存知でしょうか。「A-119」というコードネームのプロジェクトです。
第2次世界大戦の終了とともに、米ソは冷戦に入りました。
アメリカはそれまで、宇宙技術に関してソ連よりも優位に立っているという
自負がありましたが、それを打ち砕く出来事が起こります。

「スプートニク・ショック」です。1957年10月、
ソ連が地球低軌道で発射した人類初の人工衛星スプートニク1号が
打ち上げに成功したことですね。これは、アメリカ国内において、
各方面でパニックに近い反応を引き起こしました。

スプートニク1号


これに対抗し、同年、アメリカは、人工衛星ヴァンガードを打ち上げましたが、
わずか1.2m、時間にして2秒ほど浮上した後、爆発してしまったんです。
そこで、何としても、ソ連にアメリカの力を見せつけるべく計画されたのが
「A-119」、月面上で核爆弾を炸裂させようとするものです。

ヴァンガードの失敗


約38万km離れた月面上で核爆発を起こし、爆発する際に発生する火影と
巨大なキノコ雲を地球から肉眼で確認できるようにし、ソ連を震え上がらせようと
いうわけです。この計画には、映画になった『コンタクト』などのSF小説も書いている
天体物理学者のカール・セーガンも深く関わっていました。

カール・セーガン博士


ですが、当時すでに完成していた水爆は重くてロケットに搭載できず、
計画は縮小され、1.7トンの原子爆弾が搭載されることになりました。
これは、広島・長崎に投下されたものの10分の1以下の威力です。
で、打ち上げ失敗の危険性、また月で爆発させることができたとしても、
核汚染物質が地球上に降り注いでくる危険性を考慮して、
最終的に、計画は中止されます。

さてさて、このような時代背景のもとに決議されたのが、
上記の国連による「宇宙条約」です。そして、アメリカは宇宙への関わりを、
学術探査、平和利用へと切り替えていきます。
それが、後のアポロ宇宙船による人類初の月面着陸につながっていくんです。

ということで、トランプ大統領には、このような宇宙利用の歴史的背景を
しっかり考えていただいて、もしアメリカ宇宙軍を創設するのであれば、
人類全体の役に立つためのものにしてほしいと思いますね。
では、今回はこのへんで。








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画像診断ミスについて

2018.06.15 (Fri)
千葉大医学部付属病院(千葉市中央区)で、コンピューター断層撮影法(CT)
検査結果の見落としがあり、がん患者2人が死亡した問題で、
厚生労働省は14日、文書で、全国の医療機関に見落とし防止策を
徹底するよう求めた。同様の注意喚起は昨年11月と今年5月、
厚労省と日本医療機能評価機構が出していた。
(読売新聞)



この間、「光免疫療法」について書きましたので、今回も医療関連の
ニュースをとりあげます。CTの画像診断について院内調査をしたら、
9人の患者に画像診断を巡るミスが見つかったということです。
ミスは3つのケースに分かれているようです。

① 担当医が、放射線診断専門医から届いた画像診断報告書をちゃんと
 確認しなかった患者が5人。そのうち2人が癌で死亡。
② 担当医が、CTは撮ったのに画像診断は依頼しなかった患者2人。
③ 担当医は依頼したが、放射線医が報告書を作成しなかった。
 作成が遅かった。それぞれ患者1人ずつ。

うーん、これ、自分の感想としては、氷山の一角なんだろうなあ、
ということです。こんなの、おそらく全国の大学病院や総合病院でたくさん
あるはずです。他の病院はどうして正直に出さないんでしょうね。
で、こういうことが起きる原因もいろいろ想像できます。

一つは、医局制度によるところが大きいでしょう。医局というのは、
大学の教授を中心とした診療科ごとのまとまりです。
自分は一昨年、術死率10%を超える手術を受けるために、某巨大病院に
長期入院してたんですが、例えばの話、呼吸器内科と消化器外科で、
仲が悪いとまでは言いませんが、やはり連携がうまくいってないな、
というような場面をしばしば見ました。

ま、医師からすれば、自分の診療科が中心になるのは、
今の制度ではしかたのないことですし、心臓をみる目的でCT検査を依頼して、
腎臓に怪しい影があると書かれていても、それを見過ごしてしまうというのは、
十分起こりえると思います。あと、医師の超多忙も、
その手のミスに拍車をかけていると思うんですね。

前日、当直で、その徹夜明けに手術なんて話も聞きますし、
あんな多忙では、そりゃミスも起きると思います。みなさんの仕事だって、
小さな連絡ミスなどは毎日のようにあるでしょう。
ただ、医師の場合、一つのミスが人の死に直結する。

『白い巨塔』の昔から、医局制度については批判があり、
改革していこうとする機運も一時期 高まったんですが、
まだまだ、旧態依然のところも多いんですよね。
で、部外者である自分が言うのもなんなんですが、この手のミスを防ぐには、
患者一人ひとりを中心とした、診療科横断的なシステムが必要だと思うんです。

自分が入院していたとき、まわりは高齢者ばかりでした。
人間、年をとればとるほど、あっちにもこっちにもガタがくるんですよね。
例えば、胃癌で受診した患者が、癌で命を取られる前に、
糖尿病や心臓病で亡くなるなんてことも、今後ますます増えてくると思われます。

あと、重複癌のこともあります。癌は細胞の老化という面が大きいので、
転移ではなく、別々の臓器に別個の癌ができるケースが、高齢化にともなって
すごく増えてきてるんです。どっちの癌から最初に手をつければいいのか、
医師も迷ってしまうことがあるそうです。ですから、一人の患者の複数の病気に、
もっと柔軟に対応できるシステムの構築が必要だと考えます。

さて、画像診断についても難しい面があって、医療は手作業ですから、
CTを撮ったとして、その診断は人の目を通じて行わなければなりません。
でも、人の目には限界がありますし、機械にも限界があります。
医療機器は、一昔前からすれば格段の進歩を遂げていますが、それでも、
癌であれば、数mmレベルの大きさのものは見つけることが難しい。

で、ある月に撮ったCTで2cmの癌が見つかった。
そこで、3ヶ月前のCT画像を出して比べてみたら、同じ場所に、
そう言われれば癌かもしれないと疑うことのできる、
ごくごく小さい影があった。じゃあ、そういう場合、
どこまでが見落としということになるんでしょうか。

こういう話をすると、将来的にはAI(人工知能)が画像診断するようになる、
という人が多いですね。たしかに、そうなっていくでしょう。
現状でも、AIが人間の能力を上回っているというのが、
研究者や医療関係者の間でコンセンサスになっています。

でも、これも難しい面があるんです。医療の不確実性という言葉があります。
ある患者に効果があった治療が、同じ病気の患者には効かなかったなんて、
いくらでもあることですし、体格はもちろん、臓器の形なども
人間一人ひとり違いがあります。ですから、AIがいくら進歩しても、
やはり見落としはなくならないと思うんですね。

では、AIが見落としをしたら、誰の責任になるんでしょうか。
そのAIを使っている病院の責任なのか、それともAIの製造メーカーの責任なのか。
自動車の自動運転でも、もし事故が起きた場合、誰の責任になるのかが、
一つの焦点になっていますが、それと同じようなことが起きそうです。
ですから、AIが画像診断したとしても、最終的には人間が責任者として、
もう一度確認する必要が出てくるでしょう。

さてさて、最後に、病気になって医療を受けるのは自分自身だということです。
この手のミスから自己防衛する必要があります。
なんでも医者まかせにしておける時代じゃないと思いますね。
診療情報を開示してもらって、画像を持ってセカンド・オピニオンを受けに行くとか、
患者側も知識を蓄える必要があります。診断医をたくさん抱えて、画像診断だけを
専門にやる医療機関があってもいいのかもしれません。

前にも書きましたが、日本人の2人に一人が癌になり、
3人に一人が癌で亡くなる時代になりました。義務教育で、性教育や薬物乱用
に対する教育の他に、癌教育なんかも必要になってきてるんじゃないかと思います。
基本は、自分の身は自分で守る。では、今回はこのへんで。








光免疫療法について

2018.06.13 (Wed)
赤い光で化学反応を起こす薬剤をがん細胞に取り込ませ、
がん遺伝子の一つ「N(エヌ)RAS(ラス)」を狙い撃ちにする実験に成功したと、
甲南大(神戸市)の研究グループが11日発表した。
がんの増殖に関わるNRASたんぱく質が大幅に減少し、
ほとんどのがん細胞が死滅したという。論文は同日、
英オンライン科学誌「ネイチャーコミュニケーションズ」に掲載された。

研究グループは、NRASたんぱく質の設計図となるメッセンジャーRNA(mRNA)
という分子が「四重らせん」と呼ばれる特殊な構造を持ち、
赤い光で反応する薬剤「ZnAPC」が結合することを突き止めた。
この薬剤はがん細胞に集まりやすく、赤い光を当てるとNRASのmRNAが破壊され、
がん細胞が死滅した。多くのがん細胞ではNRASが異常に働いて細胞を増殖させている。
実験の成功で、患者への負担が少ない新たながんの
治療法につながる可能性が示された。
(毎日新聞)



今回は科学ニュースからこのお題でいきます。当ブログではこれまで、
あまり医療関係の話は書いていませんが、それは、もし間違いがあった場合、
読まれている方への影響が大きいと思ったからです。
ですから、この記事も、もし自分が間違えている部分があれば、
コメントで指摘していただけたらありがたいです。

さて、上記の治療法は、アメリカ国立癌研究所(NCI)の主任研究員、
小林久隆医師が開発した「光免疫療法(PIT)」のバリエーション的な技術と思われます。
まず、光免疫療法について書いていきます。これまで、癌の治療法は、
手術療法(内視鏡含む)、放射線療法、化学療法(主に抗癌剤)の3つが柱でしたが、
光免疫療法はこれらとはまったく作用機序の異なるものです。

光免疫療法は2つの方法論から成り立っています。一つは、
癌細胞に比較的発現の多いEGFR(上皮成長因子レセプター)に
結合する抗体(セツキシマブ)に、光(近赤外線)が当たった時だけ反応する物質
(光感受性物質 フタロシアニン)を人工的に結合させます。
そして、その液体を血管注射して癌細胞まで届かせます。

で、近赤外線(テレビのリモコンなどに使われる赤い光、
可視光線に近く人体には無害)を癌細胞に照射すると、光があたっている部分の
癌細胞が化学変化によって破裂し、死滅していきます。しかしこれだけだと、
光があたった部分しか治療できないことになりますよね。
(数mmは表面下にも浸透するようです。)



二つめは、癌細胞が上記のように破裂することにより、細胞の内容物が外にばらまかれ、
人間がもともと持っている免疫細胞が、その癌を敵と認識し攻撃できるようになります。
そして、癌の原発巣から離れた転移巣にまで到達し、それらも破壊していく。
しかも、免疫細胞は敵の特徴を覚えているので、再発を防ぐワクチン的な役割も
はたすことになるんですね。ここがまさに、名前に「免疫」がついているゆえんです。

癌がやっかいなのは、転移があるからです。現在の医療技術では、
全身に転移してしまった癌を治すことはできません。せいぜい抗癌剤で癌の成長を
抑えるくらいしかないんですが、光免疫療法は、特に二つめの効果から、
「夢の治療法」などと言われてきました。

6 (1)

現在、アメリカでは治験の2段階が終了し、日本でも治験が開始されています。
トマスジェファーソン大学の発表例によると、末期頭頚部がんの患者
7名が臨床実験を受けた結果、4名は、1ヶ月後には腫瘍がなくなり、
三ヶ月後には皮膚も回復し、再発もせずに1年以上生存しています。

1名は現在治療中で生存。1名は副作用により死亡、1名は癌が骨髄内にまで
達していたので、治療が不可能だったということでした。
その後の治験の結果もネットに出ていますので、
興味を持たれた方は参照してみてください。

で、これらの治験によって、光免疫療法の持つ弱点も明らかになってきました。
まず、「現状では、EGFRを持たない癌細胞には効果がないこと」
しかし、他の受容体などの分子に結びつく抗体を探すことによって、
これは解決できるかもしれません。上記引用の甲南大の研究は、
まさにそこをねらったもののようです。

次に「光は癌細胞の表面にしかあてることができないこと」現在の治験は、
すべて再発した頭頸部癌に対してのものです。これは患部を切り開いたり、
内視鏡を使ったりしなくても治療が行うことができるからです。
では、体の奥深くにある癌はどうやって治療するのか。

これは、内視鏡や細い針に光照射装置をつけて患部まで挿し込む、
外科手術で開腹して、膵臓等の臓器に直接照射するなどの方法があるでしょう。
また、分厚い癌の塊に対しては、近赤外線を光ファイバーに流して、
癌の内部に挿し込んで照射するなどの方法が考えられます。



さて、副作用のほうはどうでしょうか。癌は浸潤といって、
まわりの臓器や血管、神経などを巻き込んで広がることがあります。ですから、
近赤外線をあてて、癌細胞が破壊されるときの痛みは相当あると思います。
また、癌細胞が臓器や血管の壁の役割をしている場合、癌細胞が壊れると、
臓器や血管に穴があいた状態になってしまいます。
それに、癌は自分に栄養を運ぶ新しい血管もつくります。

上記の臨床試験での副作用死も、癌が壁の役割を果たしていた頸動脈が、
癌細胞が崩れたことで破れ、大量出血による失血死をしたものです。
ですから、光の照射にあたっては、麻酔を使用し、
患部の状態を見極めながら、慎重に行っていく必要がありそうです。

さてさて、ここまで見てきて、みなさんはどう思われたでしょうか。
現在のところでは、光をあてただけですべての癌が消え去る
夢の治療法というわけではないようです。また、少ないと思われていた
副作用も、重大な結果をもたらす場合があることが確認されました。

で、自分の感想としては、これは工夫しがいのある治療法だなあということです。
上記引用の甲南大の研究もそうですが、癌細胞が持つ分子的な特徴は
さまざまにあるので、結びつけることができる抗体も、世界中で研究を進めれば、
いろいろなものが出てくる可能性が高いでしょう。

また、患部に挿し込んで光を照射するための光学的な技術、これも、
特殊な形状の光ファイバーなど、かなり工夫改善する余地があると思われます。
あるいは、近赤外線以外の周波数の電波も使えるのかもしれません。
現在、日本人の2人に1人が癌になり、3人に1人が癌で死亡しています。
このような研究が、世界中で進められ、画期的な治療法が早く
癌患者のもとに届くようになればいいですね。では、今回はこのへんで。

(クリックで拡大できます)






ハリー・ハーロウの光と闇

2018.06.09 (Sat)
ハリー・ハーロウ(Harry Harlow)について、ご存知の方は多くないかもしれません。
20世紀の前半に活躍したアメリカの心理学者です。
研究分野は、発達心理学における母性愛についてで、ウィスコンシン大学で、
アカゲザルの仔と、人工の代理母を用いて実験を行いました。

ハリー・ハーロウ


まず、研究の背景ですが、当時は、母親は育児の際に、
母乳を与えて赤ちゃんを栄養的に満たすことは重視されていましたが、
それ以外の母子の接触は推奨されませんでした。
感染症が起きる原因と考えられたんですね。アメリカの保育所では、
全国的に、徹底した施設の減菌措置が進められていました。

当時はまだまだ乳幼児の死亡率が高く、その死因の多くが感染症によるもの
だったんです。特に、コレラ、チフス、ジフテリアは恐ろしく、
抗生物質やワクチンのなかった時代にあって、
免疫力の弱い乳幼児の感染は、致命的な結果を引き起こしました。

この風潮に疑問を持っていたハーロウは、アカゲザルの仔を母親から
引き離し、2種類の人工の母親を与えました。一つは、針金でできた「針金の母」
もう一つは、スポンジと柔らかい布でできた「布の母」です。
で、針金の母のほうにだけ哺乳瓶を取りつけ、乳が飲めるようにしたんです。

「針金の母」と「布の母」


当時の考え方からすれば、アカゲザルの仔は、空腹を満たしてくれる
針金の母になつくはずでしたが、アカゲザルは、乳は針金の母から飲むものの、
それ以外の時間は、ずっと布の母に抱きついていたんです。
まあ、現在から考えればあたり前の話ですが、母親は栄養だけでなく、
温かい接触を与えることが大切だと証明したんですね。

また、ハーロウは、布の母を与えず、針金の母だけによって育てられた仔と、
布の母を与えた仔との比較も行ったんですが、実験の結果は惨憺たるものでした。
針金の母に育てられた仔は、完全に精神に異常をきたしていて、
つねに小刻みに体を揺さぶり、自分の指に噛みついたり、毛を抜いたり、
激しい自傷行為を行うようになりました。

布の母のほうの仔も無事では済みませんでした。針金の母グループほど、
ひどくはなかったものの、外界のことに無気力・無関心で、
ぼんやりとケージの隅に座り込んでいるものが多かったんです。
結局、どちらのグループでも、多くの仔ザルが育たずに死んでしまいました。

ここから、ハーロウは、母親が与えるものは、暖かさ、柔らかさだけではなく、
自ら抱きしめるなどの積極的な愛情行為が必要だと結論づけました。
これはもともと、古代から普通に行われていたことですが、
20世紀初頭という、生活に科学が入り込んでくる時代において、
変な方向に向かってしまっていたのを、ハーロウが修正したということです。

精神に異常をきたした仔ザル
名称未設定 2

次に、ハーロウは「モンスターマザー」を製作します。これは、
布の母のバリエーションですが、激しく振動するしかけ、
バネ板で仔ザルを弾き返すしかけ、圧縮空気を噴出するしかけ、
一定時間がくると針が飛び出して、仔ザルを刺すしかけを加えたものです。

これらの母を仔猿に与えたところ、仔猿は、弾き飛ばされたり刺されたりしても、
何度でも自分からモンスターマザーに抱きついていきました。
生まれつき、子どもにはそういう習性が備わっているんですね。
昨今、児童虐待のニュースをマスメディアで目にすることが多いですが、
子どもにしてみれば、どんな親でも、慕う以外のことはできません。

親に虐待されるのは自分が悪いと考え、「次からいい子になるから、ごめんなさい」
をくり返すという悲劇が生まれるわけです。これらの実験により、
数百匹のサルの仔が死にましたが、ハーロウは、「何万人もの虐待される赤ちゃんを
救えるなら、サルの仔の犠牲はものの数ではない」と言って、悪びれませんでした。

さて、ここまでのところは、まだ、まともと言える実験内容ですが、
だんだんにハーロウの実験は常軌を逸していきます。
まず1つめが「レイプマシン」製作。上記の代理母の実験で育ったサルのほとんどは、
社会性のない状態でしたが、それらのサルは自分の子どもを育てることができるのか?

代理母で育ったメスのサルは、群れのオスと交尾することができなかったので、
レイプマシンは、無理やり体を固定して、オスのサルから受胎させるものです。しかし、
これで生まれた仔に対し、母ザルは愛情を示さず、授乳しなかったり、踏みつけたり、
頭を噛み潰したりしてしまったんです。自分が母の愛情を受けないで育った場合、
自分の仔に対しても、愛情が持てなかったということです。

「絶望の淵」


次の実験は「絶望の淵 pit of disapair」というマシーンの製作、
これは、金属板を逆ピラミッド型に組んだ滑りやすい装置で、その中に入った仔ザルは、
外界が見える位置まで登ると、滑り落とされてしまいます。
この実験でもやはり、多くのサルが精神に異常をきたしました。

さてさて、ハーロウは毀誉褒貶の多い人物です。たしかに、育児にあたって、
母親の子どもに対する愛情が重要であることを示しましたが、
同時に、実験動物に対する扱いについて大きな非難が起こり、
アメリカでの動物愛護運動が生まれるきっかけとなりました。

最後に、ハーロウ自身ですが、重い鬱病と、アルコール中毒を抱えており、
妻との離婚がきっかけで病状が悪化し、自分に対して、
当時最先端の精神病治療法であった電気ショック法を行ったりしています。
このことを考えれば、上記の数々の実験には、抑鬱状態の中で考え出されたものも
あったのかもしれません。では、今回はこのへんで。







植物に意識はある?

2018.06.05 (Tue)
エント


これは難しいテーマです。おそらく自分にはたいしたことは言えないと思います。
なぜこのテーマが難しいかというと、一番には、「意識」という言葉の定義が
はっきりしていないからでしょう。みなさんは「意識」というと
どんなことを思い浮かべられるでしょうか?

「この人は意識がある」とか「意識を失っている」とか、
今、起きていて、外界のことを感じ取ることができる状態を「意識」という
場合が多いんじゃないかと思います。でも、古来から哲学や心理学、
生物学などで言及されてきた「意識」は、もっと広範囲な内容を含んだものです。

例えば、感情や理性、知識、記憶、自我、思考、他者とのコミュニケーション・・・
こういったものをひっくるめて、意識とする場合も多いんですね。
ですから、植物に意識はあるのか?という疑問の答えは、
意識というものをどう定義するかで違ってくると思われます。

ですので、ムリに「意識」という概念にこだわらず、
「植物には何ができるか?」ということを考えていったほうがいいかもしれません。
まず、「植物は外界の環境の変化を感じ取ることができるか?」
これはできますよね。外の世界が明るいか、暗いかは植物にはわかります。

というか、光があるときには光合成をし、二酸化炭素を取り入れて酸素をつくり出す、
逆に、暗いときには呼吸をして酸素を取り入れ、二酸化炭素を放出する、
そういう生活をしている植物にとって、光を感知することは、
生存にとって何よりも重要なことです。

また、植物は、葉など体の一部分が、何かに触れたことを感知できます。
オジギソウという植物は、手で触ると葉が閉じていきますよね。
根が虫に食われているなどのこともわかります。
われわれ人間は、目や耳などの感覚器で外界の様子を感じ取りますが、
植物の感覚器はそれとは違っているだだけのことです。

オジギソウ


次に、「植物には記憶があるか?」これはあると考えたほうがいいかもしれません。
桜の木は毎年、ある気温になれば花を咲かせ、花を散らし、
新芽を吹き出させ、寒くなってくると紅葉して葉を落とします。
アメリカの科学誌に載った論文では、植物が長期記憶を
持っている可能性が指摘されています。

次、「植物は他者の攻撃から身を守ることができるか?」
これはさすがに、人間がチェンソーで伐り倒そうとするのを防げる植物はありません。
しかし、植物が細菌などに感染した場合、フィトンチッドという物質を出して、
細菌を殺そうとすることはよく知られています。ちなみに、フィトンチッドは、
人間の体にはよいとされ、森林浴の効能を紹介する際によく用いられますが、
本当にそうかどうかはわかっていません。

ハエトリグサ


次、「植物は仲間とコミュニケーションがとれるか?」
イタリア、トリノ大学の研究者によると、木は仲間の根と別種の根を区別し、
よそ者を排除することがあるそうです。また、カナダの、
ブリティッシュコロンビア大学では、フィトンチッドや電気信号を利用し、
木が同じ種類の仲間同士で危険を警告し合うことが発見されたそうです。

まだ他にも、いろんな観点があると思いますが、これくらいにしておきましょう。
人間を始めとする高等動物の多くは、脳と神経系によって上記のようなことを
行っていますが、もちろん植物に脳はありません。しかし、
それとはまた別の巧妙な仕組みで、彼らなりの生活を営んでいるわけです。

さて、一昔前に、植物に音楽を聴かせると育ちに変化があるなんて話がありました。
例えば、クラシック音楽を聴かせればきれいに育ち、ハードなロックを
流せば育ちが悪くなるとかなんとか。これについて、さまざまな論文が出ていますが、
肯定的、否定的な意見が入り混じって、結論は出ていません。

植物にロックとクラシックを聴かせて育てたとされる画像


自分的には、植物は音波、つまり空気の振動は感じ取れても、
音楽の内容を理解してるとまでは言えないんじゃないかと思います。
ただし、植物が好む、あるいは嫌う、振動の周波数があるのかもしれません。
今後の研究の進展を待ちたいところです。

さて、少し話の方向性を変えて、日本は宗教的に、古代から自然崇拝の強い国でした。
御神木といって、樹齢を重ねた大木には神性が宿るとする考え方もあります。
また、弥生時代に水稲耕作が始まってからは、穀物の霊が特別視されました。
現在でも、天皇陛下が、皇居内の水田で自ら田植えをされたりしていますよね。

これは、キリスト教以前の西洋でもそうでした。
エントというのをご存知でしょうか? トールキンの『指輪物語』に出てきた
樹木の精霊で、樹人などとも言います。ところが、キリスト教が広まるとともに、
こうしたアニミズムは一掃され、植物、あるいは牛や豚などの家畜は、
人間が自由に利用するために神様が創ったことにされてしまいました。
生物の中で、上下関係ができてしまったわけです。

屋久島の縄文杉


例えば、西洋の庭園は、植物はきっちり同じ形に刈りそろえて、
幾何学的に植え込んでいる場合が多く、それに対し、日本庭園は、
自然の景観を模して造られていますよね。このあたりにも、
考え方の違いが現れているように思います。

さてさて、だいぶ長くなってきたので、そろそろ終わりにしたいと思いますが、
ここまで読まれて、みなさんは「植物に意識があるかもしれない」
とお考えになられたでしょうか。これ、難しいですが、なかなか面白いテーマなので、
今後も書く機会があるかもしれません。では、今回はこのへんで。