古代はわからない

2018.02.19 (Mon)
福岡県糸島市教委は1日、同市の三雲・井原遺跡で、弥生時代後期(1~2世紀)
とみられる硯の破片が出土した、と発表した。同遺跡は「魏志倭人伝」
に登場する「伊都(いと)国」の中枢遺跡。
外交上の文書のやりとりを実施したとする記述があり、同市教委は、
「文字を書くために使った」とした。

これまでは国内での文字使用は3世紀ごろともされてきた。
今回の発見は日本における文字文化の始まりを考える上で貴重な成果といえる。
弥生時代の硯が確認されたのは今回で2例目。田和山遺跡(島根県)
で出土していたが、権威の象徴とみなされていた。
現地説明会は3月5日午後2時。
(毎日新聞)

このお題でいきますが、今回は伊都国の話はしません。じゃ何の話かというと、
弥生時代における硯の出土は、これが日本で2例目なんですが、
1例目は、引用にあるとおり島根県の「田和山遺跡」というところで出ています。
この田和山遺跡については、前に祟りの話と関連して書いていますので、
興味のある方は関連記事を参照して下さい。  関連記事 『心霊スポットその三』



さて、田和山遺跡は島根県、松江市にある複合遺跡で、
縄文時代から古墳時代までの遺跡が重なっているようですが、最も特異なのは、
高さ36mの山の頂上部分が、厳重な3重の環濠に囲まれていることです。
これは出土土器から、弥生中期のものと考えられています。
実年代だと、前2世紀~1世紀頃ですかね。

下の画像を見て下さい。周囲の家などと比べても、けして広い面積ではないですよね。
いったいここに何があったんでしょうか?今回はそれを考えてみたいと思います。
まず、田和山遺跡の出土品は、弥生土器、石鏃、磨製石剣、石包丁、石斧、
多数のつぶて石、硯の破片などです。朝鮮半島系の土器もあるようです。



この磨製石剣は実用的なものではなく、儀式用と考えられています。
また、つぶて石はかなりの大きさがあります。
弥生時代の戦闘においては、投石は一般的な攻撃手段でしたが、
この石は投げるには大きく、葺石だったのではないかという説もあります。
ただ、上から下に投げ落とすため、大きくても問題ないとする意見もあります。



環濠に囲まれた頂上部には、人が住む竪穴住居跡はなく、そのかわりに
9本、5本とまとまった柱跡が見つかっています。このことから、
神殿状の建物があったのではないかとも考えられていますが、
上部の構造はわからないので、柱だけが立っていた可能性もあります。
また、竪穴式住居は環濠の外に20棟ほど見つかりました。

① 逃げ城説・・・敵の襲撃があったときに立てこもって闘うための場所。
だとすれば、つぶて石があるのはうなずけますが、
なぜ住居ごと環濠で囲まないのかわかりません。
それに、山頂部は逃げ城にしては狭い気がします。
また、柱跡がどうして必要だったのかも謎になってしまいますね。

② 見張り台・のろし台説・・・たしかに見晴らしはよく、
他に高さのある山もないので、宍道湖まで望むことができます。
ですが、そうすると環濠がある意味がよくわからなくなってしまいます。
たかが見張り台を、そうまでして守る必要があるのか。

③ 食料倉庫説・・・収穫した作物、あるいは種籾などを保管して
守っていたという説。しかし、わざわざ収穫した物を低いとはいえ山頂部まで
運び込むのは手間であるような気もします。ただ、他の地域でも、
住居のない食料貯蔵穴だけが環濠で守られていた例はあります。

④ 産屋説・・・妊娠した女性がそこで出産をしたという説。
これも前に書きましたが、『古事記』『日本書紀』に、
「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」という、
日本最古とされる歌があり、スサノオノミコトが詠んだとされます。
新婚の妻の、おそらく出産を守るためにたくさんの垣根で囲んだという意味ですが、
このことを踏まえ、産屋だったのではないかという説があります。

⑤ 模擬戦闘施設・・・何らかの儀式的な模擬戦闘を行う施設だったのではないか
という説です。磨製石剣が出ているし、つぶて石のこともあるので、
その可能性は否定できないですね。石斧は戦闘指揮用かもしれません。
それにしては大がかりな気もします。うーん。

⑥ 神殿説・・・神の宿る神聖な場所だったとする説です。
後の出雲大社につながる神殿状建物があった。神が降りる依代としての柱が立っていた、
硯破片が出ているように、大陸から渡った宝器、銅鐸などをしまっていたとする説。
これらをひっくるめて神殿説としました。

さてさて、まだ他にも考えられる説はあると思います。
じゃあこれ、お前はどう考えるのか、と聞かれると困ってしまいます。
ありきたりですが、あえて言えば⑥の神殿説でしょうか。
このように、古代ってよくわからないんですね。特に宗教がからむと難しい。
地域ごとの特性もありますし、新たな遺跡が見つかるたびに、
困惑するばかりという現状なんです。







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ヴォイニッチ手稿って何?2

2018.02.16 (Fri)
ヴォイニッチ手稿


前回の続きで、「ヴォイニッチ手稿 Voynich Manuscript」についてです。
ここでは、ヴォイニッチ手稿が世に現れた歴史をたどってみましょう。
最初の確実な所有者は、プラハの錬金術師ゲオルク・バレシュ。
彼が1693年に、修道士アタナシウス・キルヒャーにあてた書簡が、
この手稿に言及する最古の資料のようです。

バレシュの死後、手稿は友人の医学者ヤン・マレク・マルチの手に渡り、
数年後、手稿は彼の長年の友人であるキルヒャーに送られました。
手稿のカバーの中から発見された、1665年ないし1666年の、
マルチがキルヒャーにあてた書簡は、この手稿がかつてルドルフ2世に、
600ドゥカートで購入されたという逸話を紹介しています。
この書簡はヴォイニッチがこの手稿を入手したときにも付属していました。

キーになる人物が出てきました。この手稿を買ったとされるルドルフ2世です。
ルドルフ2世(1552~1612)は、神聖ローマ帝国の皇帝です。
また、彼が手稿を購入した600ドゥカートは、
現在の価値では1億円前後の高額です。

ルドルフ2世は、政治的手腕に対する評価は低いものの、教養に富み、
学問や芸術を手厚く保護しました。彼の宮廷は一種のサロンのようになり、
多くの文人、占星術師、錬金術師、画家などが出入りしていたんです。
例えば、画家のディントレット、ハンス・フォン・アーヘン、
天文学者のヨハネス・ケプラー、植物学者のド・レクリューズなどです。
当時のローマ帝国の首都であったプラハは、文化的にたいへん繁栄したんですね。

さて、ヴォイニッチ手稿の作者について、イギリスの学者、思想家である
ロジャー・ベーコン説がありますが、自分はこれはないと思います。
ロジャー・ベーコンが活躍したのは13世紀のことであり、前回書いたように、
ヴォイニッチ手稿の羊皮紙は、科学的年代測定で15世紀のものとされています。

ですから、ベーコンが直接書いたというのはありえません。
また、筆写をくり返して伝わったというのも考えにくいと思います。
特に挿絵の部分ですね。筆写であのように生き生きしたものが描けるでしょうか。
ロジャー・ベーコンは非常な博識であったため、ヴォイニッチ手稿の作者として
権威づけのために擬されただけじゃないかと考えます。

さて、では、作者は誰か?これは、前述のルドルフ2世に関連した人物、
ルドルフ2世の王宮サロンにいた人物が疑われます。ルドルフ2世に
高額で買わせるために、ヴォイニッチ手稿をでっちあげたというわけです。
ここで名前があげられるのが、錬金術師、エドワード・ケリーです。

エドワード・ケリーとジョン・ディー
名称未設定 3

エドワード・ケリーはご存知でしょうか。日本では、パラケルススほど
有名ではありませんが、16世紀頃の代表的な錬金術師の一人です。
ただし、イメージはよくありません。西洋で、錬金術師=イカサマ師という
図式ができあがったのは、ケリーのせいだとまで言われているんです。

ケリーはルドルフ2世に取り入って、たくさんの報酬を引き出し、
裕福な暮らしをしましたが、最終的に金を作り出すことはできず、
最後はルドルフ2世の怒りを買って投獄され、獄死したと考えられています。
その過程で、ヴォイニッチ手稿を捏造したというわけです。

また、ケリーの仲間の錬金術師の一人にジョン・ディーという人がいて、
これもオカルト的にはたいへん重要な人物です。どちらかというと
魔法的な研究が得意で、天使と会話することができるエノク語を創造したり、
水晶球を用いた占いの技術を開発したりして、近代の魔術界に大きな影響を
与えました。秘密結社「黄金の夜明け団」では、ディーの「エノク魔術体系」
は聖典の一つとされているんですね。

と、このあたりのことを書いていくときりがないので、少し端折ります。
エドワード・ケリーは、ライバルの錬金術師であったジョン・ディーを
かついで買い取らせるためにヴォイニッチ手稿をつくり出したという
説もあるんです。まあ、そうなのかもしれません。十分考えられると思います。

ですが、それだとあまり面白くないので、最後に新説を述べて終わりにします。
(面白説なので、あまり本気に受け取らないでください。)
ルドルフ2世のサロンの画家の一人に、ジュゼッペ・アルチンボルドがいます。
この人物はご存じの方も多いんじゃないかと思います。

果物、野菜、動植物、本などを寄せ集めた、珍奇な肖像画で知られていますが、
まともな宗教画もたくさん書いています。アルチンボルドがなぜ、
奇妙な絵を描いたのか。精神異常によるという説もありますが、
たんに才能を誇示しただけかもしれず、はっきりとわかってはいません。

これだけでなく、アルチンボルドは水力を使った仕掛けをこしらえたり、
楽器を発明したりするなど、レオナルド・ダ・ヴィンチを小型にしたような、
マルチ人間でした。これは当時の知識人としては珍しいことではなく、
もちろん、錬金術にも深い関心を持っていました。

さてさて、このジュゼッペ・アルチンボルドが、
ヴォイニッチ手稿の作者というのはどうでしょう。
年代は生没年が1526年~1593年で合います。また、書いた動機は、
もちろんルドルフ2世から金を引き出すためです。あとは絵が合うかどうか?

アルチンボルドの絵はたいへん精密で、それに対してヴォイニッチ手稿は、
軽くスラスラ書かれたような感じではありますが、どうでしょう?
ということで、下にアルチンボルドの作品をあげておきますので、
みなさん各自で比較してみていただけたらと思います。

関連記事 『ヴォイニッチ手稿って何?1』

アルチンボルドの描いたルドルフ2世の肖像画


アルチンボルドの描いた女性、版画
名称未設定 3






ヴォイニッチ手稿って何?1

2018.02.16 (Fri)
長年にわたり暗号解読家たちを悩ませてきた「ヴォイニッチ手稿」。
何語で書かれているかすら分からない約600年前の謎の本に、
カナダの研究者2人がAI(人工知能)を使って挑戦し、
解読方法を発見したと主張している。その論文が掲載されたのは、
学術誌「Transactions of the Association ofComputational Linguistics」。
だが、手稿の内容はまだ謎に包まれており、他の研究者たちは懐疑的だ。

(ナショナル・ジオグラフィック)



今回はこのお題でいきます。ただ、「ヴォイニッチ手稿 Voynich Manuscript」
については、ネット上にたくさんのまとめがあり、
そちらに詳しいことが書かれていますので、
自分としては、最後のほうで、いちおう新説を提示したいと思っています。

まず、ヴォイニッチ手稿とは、1912年にイタリアで発見された手書きの古文書で、
未解読の文字が記され、多数の奇妙な絵が描かれていることが特徴です。
現存する分で約240ページの羊皮紙でできており、本には綴じ直しされた
跡があるため、ページは最初に書かれた順序どおりでない可能性があります。

発見者は、ポーランド系アメリカ人の古物商、古書収集家のウィルフリッド・
ヴォイニッチで、彼の名を取ってヴォイニッチ手稿と言われてるんですね。
発見場所はイタリアのモンドラゴーネ寺院で、現在は、
アメリカ・イェール大学の図書館が所蔵しています。

書かれた時期はいつなのか?2011年にアリゾナ大学で行われた
放射性炭素年代測定では、手稿に使用されている羊皮紙は、
1404年~1438年頃に作られたという結果でした。
ただ、これはあくまで羊皮紙が作られた年代で、
書かれたのはもっと後代である可能性もあります。そういう例は珍しくはありません。

また、羊皮紙は上質のものであり、財力のある人物でないと
買えなかったのではないかという指摘もあります。インクは多色が使われ、
現在も色鮮やかですが、おそらく鉱物性のものと思われ、
こちらの放射性炭素年代測定は難しいようです。

内容は、特殊な文字によって何かの詳細な説明らしき文章が多数並んでおり、
ページの上部や左右にはかなり緻密な植物や花を思わせる彩色画が描かれていて、
植物の絵が多いが、それ以外にも、銀河や星雲などの天体図に見える絵や、
精子のように見える絵、複雑な給水配管のような絵、
プールや浴槽に浸かった女性の絵などの不可解な挿絵が多数描かれています。

ただし、天体図は一見して、占星術のゾディアックのようでもありますが、
占星術師である自分が見るかぎり、正確でもなければ、意味があるとも思えません。
また、植物の図も、ほとんどが実在しない、架空のものではないかという見解が、
植物学者から出されています。



この文字については、言語学の統計的手法で解析した結果、
でたらめな文字列ではないだろうという結果が出ています。しかし、
手書きであることもあり、何文字が使われているかさえも諸説がある現状です。
いちお3つほどの考え方があります。
① 未知の言語である。 ② 暗号によって書かれている。 
③ 文字の配列に何らかの規則性はあるが、内容はデタラメである。

ヴォイニッチ手稿の文字


①の可能性は少ないと思われます。特殊な地域の言語、古代言語などであるとして、
これだけが見つかるというケースはまずありえないと考えます。
②は、多くの暗号解読の専門家がヴォイニッチ手稿に挑んだものの、
手がかりすらつかめていないんですね。
その中には、第二次大戦中にドイツのエニグマ暗号を解読した天才、
アラン・チューリングも含まれます。

また、コンピュータによる解析も行われましたが、
これもはかばかしい結果ではありませんでした。上記の引用の研究も、
自分から言わせれば、かなり怪しいものです。ナショナル・ジオグラフィックの
記事のリンクを貼っておきますので、みなさんも判断してみてください。
「謎のボイニッチ手稿にAI、解読方法が判明?」

ということで、自分は③じゃないかと考えています。内容はデタラメであるものの、
文字の配列には何らかの方法で規則性を持たせた。
現代の暗号学はたいへん進歩していて、量子暗号などといったものまで登場しています。
ですから、15~16世紀に作られた暗号が解けないということはないと
思うんですね。解けないのは、それに意味が含まれていないせいだと考えます。
長くなってきたので、いったんここで切ります。

関連記事 『ヴォイニッチ手稿って何?2』

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頭部移植と魂

2018.02.13 (Tue)
アメリカの科学技術サイト「Science Alert」は、イタリア人脳神経外科医が,
「革命的手術」に成功したと伝えている。セルジオ・カナべーロ医師は、
以前から「生きてる人間の頭部を移植することは可能で、1年以内に実現できる」
と公言してはばからなかったが、昨年末、
ついにその前段階と呼ぶような遺体を使った人体頭部移植手術を敢行したのだ。

カナベーロ医師により「HEAVEN(head anastomosis venture)」
と名付けられた頭部移植法は、海外メディアを驚愕させた。
しかし、このオペには多くの神経科学者が異議を唱えている。
なにより憂慮されているのは、科学的エビデンスが十分でないにもかかわらず、
今秋には中国で、脳死したドナー同士による頭と頭のすげ替え
手術が予定されていることだ。もちろん、前例のない大事件となるだろう。

(tocana)

セルジオ・カナべーロ医師


今回のお題はこれでいきます。前もちょっとだけお伝えしましたが、
イタリア人医師による、中国での人間の頭部のすげ替え手術について、
やっと詳細がわかってきました。昨年11月に行われたのは、
完全な「遺体」、つまり死者同士によるものだったんですね。
うーん、しかしそれだと、たいして意味があることとは思えないですねえ。
遺体を使った解剖学の実習と、ほとんど変わらないんじゃないかという気がします。

たとえ血管と血管、筋肉と筋肉、皮膚と皮膚をつなげたとしても、
ただそれだけのことです。時間はかかるでしょうが、ていねいに縫い合わせていけば
いいだけの話で、問題は脊髄や神経をつなげるかどうかですよね。
それができるかどうかは、脳死者同士の手術での結果を待たなくてはなりません。

このニュースについて、世界の医学者のほとんどは否定的な意見を述べています。
もし、脊髄や神経をつなぎ合わせて、その機能を回復させることができるのなら、
頭のすげ替えよりも先に、現在多数の患者がいる頸髄損傷(首から下が麻痺など)、
脊髄損傷(下半身麻痺など)の治療に応用することができるはずです。
ところが、そういう話は出てきていません。

この、脊髄や神経をつなぐ肝心の技術について、カナべーロ医師は、
「“接着剤”の役目をするという特殊新素材を使い、切断された脊椎間の隙間を
埋めるように、軸索と神経細胞を成長させる方法を発見した」
と述べているようですが、
怪しさ爆発というしかないです。切れた神経をつなぐ方法については、
世界中の研究機関が、iPS細胞などで再生の研究を進めていても、
いまだに、なかなか進展が見られない状況なんです。

自分の予想としては、カナべーロ医師の次の「脳死者同士の頭部すげ替え」手術は、
基本的に、血管をつなぐだけ、ということになるんじゃないかと思います。
脳死者というのは、日本では「死者」とみなされますが、体は温かいです。
これは、人工心肺や人工呼吸器を用いて、強制的に心臓を動かし、
呼吸をさせ、血液を循環させているからです。

おそらく、カナべーロ医師は、頭部をすげ替えした2人の脳死者のどちらかが
この状態を維持できていれば、それで「成功」というアピールをするんだと思います。
たしかに脳死者であっても、体の組織は生体のそれと変わらないので、
頸動脈や気管、食道などをつなぐのは技術的に難しいでしょうが、
大量の輸血をしながら行えばできないことはないでしょう。
しかし、それに何の意味があるのか? 大きな疑問がある上に、
倫理的にもさまざまな問題をはらんでいると考えられます。

カナべーロ医師は、倫理問題のために、自国イタリアではこの手術ができず、
中国医師団との合同研究(おそらく資金は中国持ち)という形で、
プロジェクトを進めているんですね。ということで、自分の評価としては、
この手術は現状では売名行為に近いんじゃないかと考えるんですが、
まあ、続報を待ちたいところです。

さて、当ブログはオカルトブログですので、医学関係はここまでにして、
話を変えます。例えばAさんから頭部を切り離し、Bさんの体につなぐ手術が
成功したとします。そして麻酔が覚めて意識が戻ったとして、
これはAさんなんでしょうか、それともBさんなんでしょうか?

多くの人は、「これはAさんだ」と答えられるんじゃないかと思います。
意識が戻ったときに本人に名前を尋ねると、
おそらく「私はAです」と言う可能性が高いと思われます。
これは、脳にはAさんの記憶や人格が詰まっているからです。
しかし、本当にそれでいいんでしょうか?

古くからの哲学・宗教の難問の一つに「魂の問題」があります。
「魂なんてものはない」、としてしまえば話は簡単なんですが、
それでは納得できない人も多いんじゃないかと思います。
もし魂なるものがあるとしたら、それはどこにあるのか?
これには、歴史的に大きく3つの考え方がとられています。
① 魂は頭部にある ② 魂は心臓のあたりの胸にある
③ 魂は肉体全体と重なっている(あるいは、肉体とは離れたところにある)

もし①だとすれば、この人はAさんということになるのか?
その場合、魂と脳の違いは何なのか? ②も昔から言われています。
英語の「heart」は心臓ですが、心や感情と訳すこともできます。
日本でも「胸が痛む」 「胸をなでおろす」などという慣用句がありますよね。

ではこの人は、自分で「Aです」と答えたとしても、本当はBさんなのか?
さらに③の場合、AさんとBさんの魂が混じり合っていることになるのか?
疑問は尽きないですよね。スピリチュアルなどをやられている方は、
これ、どのように考えられますでしょうか。

さてさて、ということで、もし遠い将来にでも頭部のすげ替え手術が成功した場合、
これは哲学界や宗教界に大きな波紋を投げかけることになると思います。
人間の歴史が始まって以来、ずっと言われてきた魂の問題が、
解決する糸口になるのかもしれません。

その結果、脳が意識のすべてを生み出しているのであり、魂などはない、
そういう結論が出ないともかぎらないですよね。そうすると、
世界中の、魂の存在を前提とする宗教は否定されてしまうのでしょうか?
このようなことからも、この手の手術は、
大きな倫理的な問題をはらんでいるんです。

関連記事 『中国科学の脅威』  関連記事 『あなたはパーフェクト?』









動物ホラーについて

2018.02.12 (Mon)
北海道紋別市のトウモロコシ畑で9月下旬、体重約400キロにもなる
雄のヒグマが射殺された。猟友会の男性は「40年以上ハンターをしているが、
こんなクマは見たことがない」と驚いている。

紋別市によると、8月ごろから、市内の畑や民家近くでヒグマの足跡が複数見つかり、
市や警察などがパトロールを強化。コーンの食害に悩んだ農家が猟友会に依頼。
9月26日にハンターが仕留めた。

旭山動物園(旭川市)もうじゅう館担当職員の大西敏文さんは
「駆除された中では過去最大級だろう。畑はクマにとって楽園。
冬ごもり前は食欲旺盛で、太ってしまったのでしょう」と話した。

北海道は5日、ヒグマの好物のミズナラやブナの実が今秋は不作で、
餌を求め市街地や農地に出没する可能性が例年よりも高いと発表。
事故を防ぐために生ごみの放置を避けるよう呼び掛けている。
(日経新聞)



今回はこのお題でいきます。上掲の写真を見ると、たしかにでかいですよねえ。
これが近くにいるとわかったら恐怖でしょう。幽霊どころではないと思います。
「動物ものホラー」というのはジャンルとしてあります。
ここで言う動物は、空想上の生物ではなく、あくまで実在の生き物ということです。
それに襲われる恐怖を描いたのが、動物ものホラーなんですね。
一番多いのが、『ジョーズ』などのサメものなんでしょうが、
これは海のものだし、前にも書いてますので今回はのぞくことにします。

日本だとまず思いつくのは、やっぱり熊でしょう。
それ以外の猛獣はほとんどいませんからねえ。
で。熊というと思い浮かぶのが、吉村昭氏の『羆嵐 くまあらし』ですか。
作者の吉村氏は、どちらかというと文学系の人なので、
この作品をホラーと呼ぶのは変かもしれませんが、話自体はたいへんに怖いです。

実際の事件、大正4年に起きた「三毛別羆事件」を元に取材して書かれたもので、
開拓民7名が死亡、3名が重傷を負い、巨大なエゾヒグマが、
討伐隊に射殺されて終息しました。これ、自分は北海道に行ったときに、
現地で熊の再現像を見たんですが、ちょっとありえないほど大きかったです。

それから、海外で動物ものホラーというと、自分の印象に残っているのは、
スティーブン・キングの『クージョ』ですね。
忠実だった愛犬のクージョ(セントバーナード 体重約90kg)が、
狂犬病にかかって人を襲い始めるというお話。映画にもなりましたが、
自分はなかなかよかったと思いました。特にカメラワークに迫力があったと思います。

さて、では実際に、世界にはどんな危険な動物がいるんでしょうか。
人食いワニ「ギュスターブ」の話はよく知られています。
東アフリカ、ブルンジのタンガニーカ湖に生息していたナイルワニの個体で、
全長は6m超。犠牲者は300人を超えると言われていますが、
この数字は眉唾で、実際は他のワニによる被害も、
ギュスターブのせいにされているんだと思います。

巨大ワニ


何度も駆除が試みられましたが、ギュスターブの表皮は固く、
機関銃の弾すら跳ね返したことになっていますが、これも本当かはわかりません。
結局、人間に殺されることはなく、2008年を最後に目撃証言が途絶えたと
いいますから、どこかで自然死したのだろうと思われます。
ワニを主人公にしたホラー映画はたくさんありますね。

それから巨大ヘビ、これも『アナコンダ』などの映画になってますが、
アマゾンに住むオオアナコンダよりも、アジアのアミメニシキヘビのほうが
危険だということです。最大種で約10mになります。小説だと、
『ジャングルブック』に出てくるニシキヘビのカーが印象的でした。

巨大ヘビ


あと、人食いナマズ「クノ」も有名です。これはヨーロッパオオナマズという
種類で、体長は最大で4m、400kg近くになります。
鹿を丸のみにした、人を何人も食ったなどという話がありますが、
さすがに伝説だと思われます。人間を飲み込んでも、
体の構造がヘビとは違っているので、消化できないでしょう。

巨大ナマズ


さて、世界で最も多くの人間を殺した動物は何でしょうか?
これは蚊やサソリなどの昆虫類、寄生虫やクラゲはのぞいて、
年間の犠牲者数を検索してみると、
1位 ヘビー5万人 2位 犬ー2万5千人 3位 ワニー1000人
4位 カバー500人 5位 ゾウー500人 6位 ライオンー250人
7位 スイギュウー200人 8位 シカー200人 9位 ヒョウー30人
10位 ウマー20人 11位 オオカミー10人 12位 サメー10人

こんな数値がネットに出ていました。けっこう意外ですよね。
まあ、ヘビの害のほとんどは毒によるものでしょうし、犬は狂犬病が多いでしょう。
カバやゾウ、スイギュウは、人間を食うために殺したわけではないでしょうが、
巨大な体重があるので、吹っ飛ばされれば人間は簡単に死んでしまいます。
また、サメの害って案外少ないんです。

さてさて、もちろん上記のランキングには入ってませんが、
人間を殺した数が最も多いのは人間です。2015年には、世界中で、
41万人が殺人で死亡し、17万人が戦争で死亡しています。
もちろんこの他、交通事故や死刑などもありますし、圧倒的多数なんですが、
人間の場合は動物ホラーとは普通は言いませんね。
ということで、今回はこのへんで。