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山の怖い話

2020.03.30 (Mon)
bigbossmanです。みなさんは山へ行かれるでしょうか。
自分は登山の趣味はありませんが、10年ほど前までは渓流釣りを
していたので、沢を登ったりすることはありました。
さて、山の怖い話というと、怪談の中でも一つのジャンルを形成
しています。もちろん山は怖いですが、それは実際に遭難する
怖さですよね。ちなみに、去年1年間で山で遭難した人は約3100人。
遭難死が350人ほど。日本全体の死亡者が140万人くらいですから、
それからすればわずかな数と言えます。では、山は霊的に怖いんでしょうか。
ここも難しいところです。例えば単位面積あたりの死者は
都会のほうが何百倍も多い。もし幽霊がいるとして、山で遭遇する
確率はかなり低いはずですよね。このあたりのことは昔から疑問でした。

そこで今回は、高卒で某県の営林署に採用後、40年間山の現場で過ごして、
退職されたばかりのAさんに、そのあたりのことをインタビューさせて
いただきました。Aさんには、この場であらためて御礼を言わせて
いただきます。ありがとうございました。場所は、東京のスポーツバーです。
「じゃあ、さっそく伺いますけど、山って怖い場所ですか?」
「うーん、冬場は間違いなく怖いよ。吹雪で視界がきかなくなったり、
 いつツルッといくかわかんないし、夏ならなんでもない山でも
 死と隣り合わせの場所に変わる」 「あ、そうでしょうねえ」
「それとね、これは山が怖いとはちょっと違うけど、知識のない人は怖い」
「山の素人ってことですか」 「そう、日帰りハイキングでもね、
 高尾山だって遭難する人はいるから。知識と装備は大切」

「なるほど、登山人口が増えるとともに、そういう人も多くなった」
「うん」 「それでですね、じつは自分は、オカルト・・・幽霊なんかの
 研究をしてるんです。そういう意味での怖い話ってありますか」
「山で幽霊を見たかってこと?」 「はい」 「いやそれはない。
 遭難死した人の遺体を運んだことあるし、遺体と山小屋に泊まった
 こともあるけど、はっきりした幽霊は見たことないな」
「ああ」 「ごめんね、期待にそえなくて」 「いやいや、いいんです。
 あの、自分も前はよく山に行ったんですが、絶対に人がいるはずの
 ないとこで、笑い声とか歌みたいなのが聞こえたりしませんか」
「それはあるよ。私も最初は不思議だったけど、どうやら風みたいだね。
 風に乗って遠くの声が聞こえてくる。ほとんどの場合、

 低地の声が上昇気流で上に昇ってくるみたい」 「ははあ」
「まあ、科学的に証明できることじゃないけど」 「あとですね、ヒダル神って
 ご存知ですか?」 「いや、知らない」 「あの、山を登ってるとき、
 急にお腹が空いて動けなくなったりする」 「ああ、それはハンガーノックの
 ことだろう。長時間激しく動いてて極度の低血糖になる」
「医学的なものなんですね」 「うん、山登りだと、大学の山岳部の新人訓練で
 入ったばかりの子がなることがあるね。要は自分のペースで登れてないとき。
 ある程度慣れてくれば、この計画だったら食事は何カロリー必要か、
 計算しなくてもだいたいわかるし、私はなったことがないね」
「ヒダル神は餓鬼が取り憑くので、そうなったときのために弁当を少し
 残しておくなんて話もあります」 「アメやチョコなんかはいつも持ってるけど」

「なるほど、じゃあ、これまで怖い目に遭ったことはない?」
「うーん、40年も山で過ごしてきたから、怖いというか不思議なことは
 いくつかある」 「あ、ぜひお聞かせください」 「私が署に入った頃は、
 それこそ豪傑みたいな先輩がたくさんいてね。戦争をくぐってきた人たち。
 酒は一升じゃきかないくらい飲むし。けどね、化け物みたいな体力があったなあ」
「なんとなく想像できます」 「でね、中村さんって先輩がいて、私が
 20歳のときに50代だった。その人がね、木の声が聞けたんだ」
「木の声?」 「そう。といっても木がしゃべるってことじゃなく、
 こう、木の肌に手をあててね、すると木が考えてることがわかるらしい」
「木って考えるんですか?」 「いや、知らんけど中村さんはそう言ってたし、
 実際にそれで遭難者見つけたり」 「遭難者?」

「そう、私らの仕事とは違うんだけど、管轄してる山で山菜採り、キノコ採りの人が
 遭難したら駆り出されるわけ。そんなとき、中村さんと組むと高確率で
 見つけてしまうんだ」 「見つけてしまう」 「そう。中村さんは
 道々で木に手をあてて、そのうち人が倒れてるとこに行きあたる」
「木に聞いてる?」 「そうみたい。私はまったくできなかった」
「どんな木でもいいんですか」 「うーん、まず手のひら全体をあてられる
 太さのある木。あとね・・・松とかああいう皮の固い木ではあんまり
 やってなかったな。ブナなんかが多かった」 「ははあ」
「いつだったか、中村さんが何気なく木に手をあて、それから血相を
 変えて駐在を呼んできて、藪の斜面を掘ったことがあった」 「で?」
「どんぴしゃで その場所から出てきたんだよ。遭難じゃなく、殺人の被害者」

「うわ」 「なにしろピンポイントだったから、信じないわけにいかんのよ」
「それ、まさか中村さんが埋めたんじゃないですよね」 「まさかまさか。
 東京のヤクザ者の抗争だったらしいね」 「うーん、すごい話です。
 Aさんご自身では、何かないんですか」 「そうだな、じゃあこの話するか。
 けど、どういうことなのか説明とかはできないから。
 あれは私が30代はじめの頃、秋口だったな。紅葉が始まる前。
 一人で山登ってたけど、そこは里山で危険も何もない。測量してる仲間に
 合流するとこだったの。のんびり歩いてたら、道脇の木の陰に
 白いものが見えた。何だろうと立ち止まると、神主さんなんだよ、
 黒い烏帽子をつけた。変だなあと思って見てたら、神主さんが一人で
 着物にたすきをかけて、手斧で枝を払ってたんだ」

「で?」 「長く伸びた横枝が一本むき出しになって、神主さんは下に
 置いてあった縄をそれにかけたんだよ」 「で?」
「これが国有林だったら何してるか訊くんだけど、私有地だったし、
 神社で何かに使うのかと思った。まあでも、どうしましたか?って
 声はかけた」 「で?」 「そしたら木の間で振り向いてこっち見たんだけど、
 その顔が真っ黒でね」 「黒い?」 「黒人さんってことじゃないよ。
 そうだなあ、かぶってる烏帽子よりも黒い、穴みたいな顔」
「穴」 「そうとしか言いようがなかった。でね、それ見て私、
 思わず神社でするみたいに拝んじゃったの。両手合わせて。
「で?」 「そこから記憶がないのよ。気がついたらその場所を過ぎた
 山道を登ってて」 「その後は?」 「仲間と合流してからも、

 そのことは言わなかった。何でなのかなあ、口から出なかった」
「で?」 「仕事が終わって、日が暮れる前に山を降りようってことで、
 皆で下ってたら、さっきの場所に今度は赤いものが見えた。
 女の人が首を吊ってたのよ」 「う」 「こりゃ大変だって、当時は
 携帯なんてなかったから、一人が駐在のとこに走って、
 残りで木に駆け寄った。まだ生きてるなら助けなきゃいけない。
 でも、完全に死んでた。目がぐるっと裏返って真っ赤に充血しててね」
「どうしました?」 「駐在が医者といっしょ来るまでその場で待ってた。
 事情を聞かれたけど、そんときも神主の話はしなかったよ。
 できなかったって感じ」 「それは怖い話ですねえ。その女の人は?」
「後でわかったとこでは、麓の集落の若い娘さんで、まだ20代だった。

 東京で就職したのが、仕事が上手く合わなくて実家に戻ってきてた
 みたいだな。結局、自殺ってことになった」 「うーん、まだありますか」
「・・・あるけど、信じちゃもらえないだろうな」 「ぜひ」
「私らの仕事は空中写真てのもあるんだよ。地図用にヘリから撮影する。
 もちろん写真はプロが撮るんだけど。最初にヘリに乗ったときは怖かったけど、
 それもだんだんに慣れて、4人乗りのヘリである山地を飛んでた。
 そしたら、カメラマンがあっ!!って大声で叫んでね。私も下を覗いたら、
 真っ黒な蛇が尾根にいたんだ。けどね、周囲との縮尺を考えたら
 100m以上ある蛇だよ。ありえないだろ。カメラマンが、
 あれは撮りませんから!って叫んで、見てるうちに蛇はずるっと 
 谷に落ちて消えたんだよ。な、信じられないだろ」 「・・・・」


 





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古墳の発掘の話

2020.03.24 (Tue)
bigbossmanです。1週間ほど前、自分が大学のときに卒論を指導して
いただいた先生の退官記念パーティーに出席しました。
といっても、自分が卒業した大学の主催ではありません。
先生は定年退官後、別の大学に名誉教授として招かれ、
そこで74歳まで教鞭を取られてたんですね。すごいことだなあと
思います。自分は大学では史学、中でも考古学を専攻したため、
そのパーティは考古学関係の大先生が大勢来ておられ、
自分が占い師をやってることを知っている先生方が多かったので、
冷やかされることしきりでした。ま、他にそんな人はいませんからねえ。
当時の同期や先輩後輩の中には、このブログのことを知っていて、
読んでくださっている方もそれなりにいました。

で、2次会の途中で先生が帰られることになったので、若輩者の
自分ともう一人がタクシーでお送りすることになりまして、
その車内で先生は、「bigbossman君、君、オカルトのブログをやって
 るんだってんねえ」とおっしゃられ、大変恐縮しました。先生は続けて、
「いや、そういう弟子がいるのも面白いよ。私もね、長年発掘調査を
 やってるから、不可思議なことはいくつか体験しているから」
「あ、よろしければお聞かせください」ということで、
2日後に先生のお宅に伺い、聞かせていただいたのが以下の話です。
先生のご自宅は神戸のほうにあり、質素と言えるたたずまいでした。
「あれはね、私がまだ学生の頃、3年生だったな、大学が主催する
 発掘調査に下働きとして同行したときの話だよ」

現在の発掘調査は、ほとんどが地方自治体の教育委員会が主管して
いますが、昔は大学が主体となって行うことも多かったんです。
「滋賀県の前方後円墳、琵琶湖東岸の〇〇古墳ね。当時は、年代は4世紀
 半ば以降と見られてたが、最近は3世紀後半まで早まってる」
こう言われれば、さすがにどの古墳のことかはわかります。
「ははあ、このところ大和と近江の関係の重要性が強く言われるように
 なってきてますよね」 「そう。その発掘は表土をはがすとこまで
 終わって、作業員さんたちの手作業に入ったとこでね」
ここで少し説明させていただくと、古墳の発掘の場合、盛り土に木が
生えていたら、伐採して根を掘り起こし、表面の土を一定の深さまで
削ります。それは委託された建築会社が重機を使ってやるんです。

そこで測量をやり直し、作業員さんたちがスコップを使って手作業で
掘り進めていく。作業員は、近辺の主婦の方などのアルバイトが
多いですね。「で?」 「私と同期の仲間数名で、出てきた土器片
 などを洗浄し、スケッチし、番号をつけて整理分類してた」
「そのあたりは今と変わりませんね」古墳の発掘というと、
映画のインディ・ジョーンズを連想される方もいるかもしれませんが、
実際はきわめて地味な作業の積み重ねでなんす。「で?」
「当時は今と違って、夜間は警備保障なんかは頼まず、学生が
 仮設テントに泊まり込んでたんだ」 「ああ、なるほど」
「3人グループで交代してテントに泊まるんだが、発掘中の古墳を
 荒らしにくる者なんていない。だから、お酒を持ち込んでて、

 皆で飲んでから寝たんだよ」 「はい」 「そのときに夢を見た。
 これがなんとも恐ろしいものでね。気がついたら夜の古墳の上に
 いたんだが、体が動かない。正確には、手は動くが足がダメだった。
 真っ暗でわからないが、腰のあたりまで土に埋まってるんだと思った」
「夢の中なのに真っ暗ってことですか」 「そうだ。手で探ると、
 すぐに土にさわる。あと、体には薄いザラザラした布を着てる
 ようだったな」 「で?」 「とにかく寒いんだよ。それとだんだん
 心細くなってきた。夢とはわからないから、何で自分がこんな状態に
 なってるか思いもつかない」 「はい」 「そのうちに、動物の
 鳴き声が聞こえてきてね。ワオーンという遠吠え。それが重なって、
 たくさんの数がいるとわかる」 「野犬ですか」 

「そのときはそう思ったが、今から考えると狼だったのかもしれない」
「で?」 「そいつらがだんだん近づいてきて、タッタッという足音や、
 ハーハーいう息づかいが聞こえる。どうも円を描くように私の
 まわりを回ってるみたいなんだ。その円がだんだんせばまって、
 獣臭さがしてきた。もう、すぐそこまで来てる」 「怖いですね」
「息がかかるほどの近くにいる。これはダメだ、喰われるのか、
 そう思ったときに、ギャーという悲鳴が聞こえて目が覚めたんだ」
「それは先生の悲鳴じゃないんですね」 「ああ、テントに寝てた
 3人が同時に立ち上がり、私がカンテラをつけた。悲鳴を上げたのは
 仲間の一人だったんだな。それで、毛布をかけて寝てたんだが、
 3人とも腰から下が土まみれになってたんだよ」

「うーん、それで?」 「体には特にケガしたようなとこはなかったから、   
 3人で話をしたら、驚いたことに他の2人も私と同じ夢を
 見ていたんだよ。下半身を土に埋められて、周囲を動物に囲まれてる夢。
 どういうことなのかは誰もわからなかった。ただ、体についてるのは
 古墳の土とよく似てたな」 「不思議な話ですねえ。先生のグループの
 前後にも学生が泊まってたわけでしょ。その人たちは夢は見なかったんですか」
「私たちだけみたいだった」 「どうしてなんでしょうか」
「その翌日の発掘作業で、前方部に穴の跡が3つ見つかったんだよ。
 穴があったかどうかは、中の土の色が違っているのでわかるだろう」
「はい」 「穴は3つとも人の下半身が入れるほどの深さで、当時の見解では、
 古墳造営のときに出たゴミを埋めた穴じゃないかってことになった」

「うーん」 「ただ、私たち3人は、そこに人が埋められてたんじゃないかって
 考えたけどね」 「それ、おっしゃらなかったんですか」 「偉い先生方の前で
 夢の話はできないよ。今とは違って師弟関係が厳しかったし」
「惜しかったですね。現在の技術なら、残存脂肪酸なんかを測定して、
 人が埋まってたことを証明できたかもしれません」 「うん・・・
 その後も何度か宿泊したが、もう夢を見ることはなかったな。それで、
 〇〇古墳が特異な遺跡なのは知ってるだろう」 「はい、石槨と舟形木棺が
 見つかったものの、副葬品は一切なしで、おそらく木棺にも人は入って
 なかった」 「そう、よく覚えてたな。寿陵(生前にあらかじめ作っておく墓)
 だったのが、何かの理由で使われなかったとしても、上部を塞いでしまって
 るのは不自然だ」 「はい」 「そのあたりのことは今もわからないままだな」

「まだ続きがあるんですよね」 「ああ。当時ね、私はすでに女房と
 同棲してたんだ。4年のときに学生結婚したが。それで、発掘が一段落して
 部屋に戻ったとき、女房が、変なことを言い出したんだよ」 「なんと?」
「私の足が光ってるって。蛍光塗料を塗ったようとも、クラゲみたいに
 内部から光が出てるようにも見えるって。でも、私にはそれは見えなかった」
「はい」 「ただね、女房の言うことは信じたよ。女房はほら、京都のある
 神社の生まれだったろう」 「そうでした」 「だから、ときどき不思議な
 ことを言うけど、まず外れることはなかった」 「で?」
「お祓いを受けたほうがいいってことで、女房の実家に行ってわけを話したら、
 それだけでは足りないだろうって言われて、京都の山中で禊をした。
 胸まで滝壺に浸かることを何度かくり返したら、光は消えたみたいだった」

「うーん、解釈が難しい話ですね。後日談などはありますか」
「それが、嫌なのがあるんだ」 「ぜひお聞かせください」
「私と同じ夢を見た同期の仲間2人な。その2人にはお祓いの声は
 かけなかったんだよ。当時はそこまで気が回らなかった。で、卒業後、
 一人は有名なゼネコンに入って、工事で遺跡が出てきた場合の担当になった」
「ああ」 「で、3年後、立ち会っていた工事で重機の事故が起き、
 下半身不随になったんだよ」 「う」 「もう一人は、社教主事の資格を
 取って、ある県の教育委員会に勤めたんだが、5年後だったか、
 やはり発掘中の事故で下半身不随、2人ともケガから数年後、失意のうちに
 亡くなってる」 「うう」 「このことがあってね、私は古いものに
 対する畏れを持ち、慎重に行動するようになったんだよ」

キャプチャ
 




見下ろす家の話

2020.03.16 (Mon)
山本です、主婦をしています。どうぞよろしくお願いします。
あの、あまり人前で話をするのに慣れてなくて、起きたことを
順番に説明していきますが、もしわからないことがあれば途中で
質問してください。今年の4月、アパートからマンションに
引っ越したんです。あ、賃貸のマンションです。
うちは主人と、1歳になる息子が一人で、マンションは3部屋と
広かったので、子どもが小学校に入るあたりまではそこに
住もうと考えてのことです。場所は主人の会社にも近く、
通勤が楽になったとよろこんでました。それで、話は、
そのマンションのことじゃないんです。部屋はまだ新しいし、
事故物件ということもありません。そうじゃなくて・・・

11階建てのマンションで、部屋は9階にあります。
入居手続きはスムーズに進んで、自治会に入りましたし、
両隣の部屋の方にもご挨拶しました。ええ、どちらもうちと似た
家族構成で、ああ、息子にもいい友だちができるなって
喜んでたんですが。入居して3日目の午前中のことです。
夫を送り出し、天気のいい日だったので、ベランダに洗濯物を
干していました。そしたら、右隣の部屋のサッシが開いて、
土田さんの奥さんが出てこられたんです。左隣の方はお仕事を
されてましたが、土田さんは私と同じ主婦でした。快活な方で、
年齢も近く、これから何かと頼りになっていただけると思ってました。
土田さんがベランダの境まで来られたので、ご挨拶しました。

そしたら、笑顔でしたけど「あの、自治会長さんから聞いてないですか、
 ベランダには出ないほうがいいですよ」こんなことを言われて
ちょっと驚きました。「え、どうしてですか?」 「うーん、そっち
 行ってもいい」それで、玄関から入ってもらい、2人でうちのベランダに
出たんです。「ベランダに出られない決まりなんて聞いてないですけど」
「ええ、もちろんそんな決まりはないんだけど・・・ほら、
 あそこの家」そう言って、下を指さされたんです。「どこですか?」
「通り2つ向こうの左端に、蔦におおわれた家があるでしょ」
「え、ああはい、すごいですね。もう屋根の上まで蔦が来てる」
「こんなこと言っても信じてもらえないかもだけど、あそこの家、
 見るとよくないのよ。だから、うちでは洗濯物は乾燥機に入れてるし、

 タオルケットなんか大きいものは業者に出してる。他の部屋の人もそう。
 こっち側でベランダを使っているとこはないの」
「あの・・・家のせいでですか」 「ほら、蔦の家の隣、あそこは
 建売住宅なんだけど、ローンを残したまま引っ越して、今は誰も住んで
 ないし、買い手もついてない」 「それもあの家のせい?」
「そう、まだ子どもさんが小さいのに奥様が急死されて」
「何で亡くなったんですか」 「病気で、内臓破裂って話だった」
「あの家のせいなんですか」 「おそらく。あとね、あの家の向かいに小さい
 ビルがあるでしょ。そこも入居者がどんどん出てっちゃって」
「あの家、人は住んでない?」 「それがね、女の人が一人で住んでる。
 30代の後半くらいかな、ずっと引きこもって外には出ない。

 何で暮らしをたててるかわからないけど、親御さんの遺産じゃないかって
 言われてる。とにかくね、家から一歩も出なくて買い物もしない。
 食料なんかは月に何回か、宅配業者が箱で運び込んでる」
「その人の両親は?」 「私が越してくる前、10何年か前に亡くなってる。
 聞いた話だけど、両親同時にあの家で亡くなって、救急車とパトカーが
 来たみたい。ニュースなんかには出なかったけど、自殺って言われてる。
 これは噂なんだけど、両親が娘を道連れに無理心中しようとしたのが、
 娘だけ生き残った。父親は銀行の支店長だったって話よ。
 町内活動も熱心にやってたって。その頃はまだ、あんな蔦もなかった」
怖いなと思いましたが、その反面、興味もわいてきたんです。
もう一度蔦の家をよく見ると、びっしり覆った蔦の間から、

わずかに青い屋根が見えたんです。「見つめちゃダメ。とにかく、見ない
 ようにしてれば何でもないから。うちはサッシにブラインドをつけてる」
そう言われてみれば私のとこも、いやにぶ厚いカーテンがかかっていて、
もっと軽いレースののに変えようかと考えてたんです。
「見つめてると、どうなるんですか」 「わからない、けど、そうする人は
 いないわ」ここまで言われれば、どうしてもそうしますよね。
ただ、私は子どもの頃から好奇心の強いほうで、その家に興味を持って
しまったんです。ちょっとだけ行ってみようか。ただ前を通るだけで、
立ち止まったりしない。道なんだから他にも通る人がいるはずだし。
それから1週間くらいした月曜だったと思います。子どもをベビーカーに
乗せてスーパーに買い物に行った帰り、遠回りしてその通りに入りました。

普通の道で、車も通ってましたが歩行者はいません。でも、平日の午前
なんてそんなものですよね。その家は道の端で、もっと広い道に出る
交差点の角にあったんです。近づいていくにつれ、頭上が騒がしくなりました。
はい、電線にカラスがいたんです。そして、いよいよ蔦の家・・・
それはもう全体が蔦のかたまりと言っていいくらいでした。
塀から壁からすべて蔦で、引っ越して無人になっているという隣にまで
蔦は侵食していたんです。それとカラスが、家の前の電線に何十羽も
とまっていて、小鳥ならともかく、そんなの見たことなかったです。
背筋がぞくぞくしてきて、来たのを後悔しました。通り過ぎようか
戻ろうか、少し迷ったとき、カラスがグワーグワーと鳴き出したんです。
それだけじゃなく、買い物に疲れて眠っていた息子まで、

目を覚まして火がついたように泣き出して・・・戻ることにしたんですが、
ベビーカーの向きを変えるとき、慌ててよろけちゃったんです。
蔦の家の2階の窓が目に入りました。窓もほとんどが蔦に覆われて
ましたが、それがメリメリという感じで蔦をちぎりながら開いていき・・・
奥に白いトレーナーのようなものを着た人がいたんです。
ただ、ほんとうに人だったのかはわかりません。顔は見えなかったし、
幅が窓2枚分に近かったからです。人間だとしたらものすごく太ってる。
とにかくその場を離れようと、小走りでベビーカーを押しました。
背後ではカラスの鳴き続ける声。その間中、息子も泣き続け
だったんですが通りを出るとぴたりと治まったんです。とにかく、
かかわってはいけないものだ、ということは嫌というほどわかりました。

マンションに戻り、息子の様子は特に変わったところはありません。
はい、今でもとても元気です。魅入られたのは私でした。それからは、
夫にも事情を話し、半信半疑の様子でしたが、ご近所もそうしてる
ということで、ベランダには出ない、乾燥機を買うって約束してくれたんです。
ずっとベランダのあるサッシのカーテンは閉めたままで、
ふだんの生活に戻った、そう思っていたんですが、なんだかとても
お腹がすいたんです。私はどちらかというと痩せ型で少食なほうでしたが、
食事のたびに夫から、「よく食べるなあ、お前」と言われたんです。
べつに非難してる口調ではなかったですし、体重計に乗ってもそれほど
増えているわけでもない。だから、あまり気にしてなかったんですけど、
あの家の前に行ってから1ヶ月くらい後の夜中です。

自分では何も覚えていません。気がついたら真っ暗な中、ベランダに出て、
コンクリの手すりにもたれていました。お腹が苦しい、そう思ってさわって
みると、パジャマの下がパンパンに膨れてたんです。たしかに
夕食は多めに食べた、けど、こんなにお腹が膨れるまでには・・・無意識に
あの蔦の家を見ていました。角度があるので、2階の窓は下の端しか
見えませんでしたが、そこに明かりがついたようでした。ああ、あそこにあの
太ったものがいる、そう思ったとたん、吐き気が込み上げてきて、ベランダから
下に向かって吐いてしまったんです。何度も、何度も。「おい、どうした大丈夫か」
夫の声が聞こえ、後ろから抱きとめられました。その後、夫の車で病院に
行ったんです。冷蔵庫の中の食料がごっそりなくなっていて、生の肉や卵、
ソーセージなどがベランダまでこぼれていました。そのとき、私が食べたんです。







ウサギ小屋の話

2020.02.09 (Sun)
今晩は。私鉄関連の仕事についている山根ともうします。
よろしくお願いします。これから話すのは、僕が小学校の4年と
6年のときのことです。今からはもう20年ほど前の。
本当にあったことか? と聞かれると困ってしまいます。
僕以外には見ていないことですし、証拠のようなものもありません。
子どもが頭の中でこしらえた幻覚かもしれないんです。
ただ、2人の人と2匹のウサギが亡くなってるのは事実です。
まず、そのことをお断りしておきます。当時、僕は北関東の◯県、
◯市に住んでまして、家は規模の大きい造成団地の中にありました。
JRの職員だった父が、そこの建売住宅を買ったんです。引っ越したのは
僕が4歳のときということで、その前の記憶はほとんどありません。

小学校はその団地に付随して建てられたもので、クラスのほとんどの
子が団地の住人でした。たしか1学年4クラスだったので、
けっこう大きいほうですよね。校舎は新しかったですが、コンクリートの
四角い箱のような建物で、あたたかみはあまりなかった気がします。
あ、すみません、話がなかなか前に進まないで。小学校の4年になると、
児童会活動に所属します。全員ではありませんが、〇〇委員会というのに
学級から選ばれて入る子がいるんです。その年の後期、
僕は生物委員というのになりました。仕事は動植物の世話で、
具体的には花壇の水やりや球根掘り、それと校舎の裏手にあるウサギ小屋の
管理です。小屋も新しくて立派でした。広さは畳3枚くらいで、
全面に稲わらが敷いてありました。檻は緑の細い鉄パイプを組んだもの。

ウサギは10匹くらい。全部がオスです。つまり、学校で繁殖することは
ありません。そもそもこのウサギ、団地内にあるショッピングモール内の
ペット屋さんが、何年か前に自分の子どもが通ってたとき、
学校に寄贈してくれたものなんです。格安で手に入るルートがあるらしく、
ウサギの寿命はそれほど長くないですが、少なくなると補充して
くれてました。もしかしたら実験用のものなのかもしれません。
あともう一つ、ウサギ小屋の後ろ側はまばらな林になっていて、
20mくらいでグランドの野球のバックネットに突きあたります。
その林の中に「古墳」と呼ばれていた場所があったんです。そうですね、
直径3mくらいの円形の土盛りで、上には何もなく短い草が生えてました。
戦国時代の武将の墓だって話もあったけど、今から考えれば変ですよね。

柵も何もなかったんですが、それ、生徒の間で、踏むと祟りがあるとも
言われてたんです。いや、全員が知ってたわけじゃなく、女子なんかは、
そんなのがあること自体知らない子も多かったと思います。
僕はやらなかったけど、男子の中にはわざと上にあがるやつもいました。
はっきりした祟りはなかったと思いましたが、このことが、この後の話に
何らかの関係はあるんじゃないかと考えてます。
それで、生物委員会では2人組になって仕事をするんですけど、
僕が組になったのは樹生っていう隣のクラスの委員で、男子同士でペアに
なるんです。仕事は、朝学校に来たら始業までにホースで花壇の
水やりをします。それと、ウサギの餌と水やり。放課後は、フンなどで
汚くなった稲わらの取り替えですね。大変なことはなかったです。

というのは、山田さんという校務員さん、当時はまだ用務員さんと
言ってた気がしますが、その人が餌や替えの稲わらを全部用意して
くれてたからです。汚れたわらも、指定された場所に積んでおくと
片づけてくれました。山田さんは50歳くらいで、体の大きな人だったけど、
生徒にはすごく優しく、言葉も丁寧でした。樹生とは、それまで口を
きいたことがなかったんですが、すぐに仲良くなったんです。
家も比較的近いことがわかったので、放課後よく遊ぶようになって、
僕の誕生会のときには違うクラスだけど家に呼んだんです。
で、あれは10月のことでした。その日の朝、委員会の当番だったので
外で樹生を待ってたら、時間になっても来なかったんです。
しかたなく一人で仕事をしました。学校に入って隣のクラスをのぞいたら

先生がいたんで、樹生はどうしたか聞きました。そしたら、
親戚に不幸があってお休みの連絡が入ってるって言われました。
放課後になって委員会に顔を出したら、担当の先生が、樹生は休みだから、
誰か手伝いをつけようかって言ったけど、一人で大丈夫ですと答え、
鍵を借りてウサギ小屋に行ったんです。中に入り、餌の食べ残しを
容器ごと外に出しました。それから熊手で稲わらを集めてると、
「おーい」って声がしました。檻の外に樹生がいたんです。
「え、お前、休みじゃなかったのか」 「早く終わったんで学校に来た。
 手伝うよ」こう言ったんで、「そうか、じゃ、俺、水捨ててくるから、
 樹生は稲わらやっててくれ」外に出て樹生に鍵を渡したんです。
そのときは・・・特に変わりない いつもの樹生だと思ったんですが・・・

僕が外の水飲み場から戻ってくると、樹生が中から檻の鉄棒を片手で
つかんでグラグラ揺すってました。囚人の真似をしてふざけてると思って、
「やめろよ、壊れるぞ」って言いました。樹生は歯をむき出して笑い、
「ほらああ」と間のびした声で言って、もう一本の手を後ろから出したら
白いウサギの耳をつかんでたんです。ウサギは弱くて、ちょっと乱暴にすると
死んじゃうので、「おい、やめろ!」と言うと、ますます笑いながら
「ほおらああ」片手でウサギの頭、片手で胴体をつかんで首をぐるりと
ねじったんです。「ゴキキ」って音がはっきり聞こえました。「あー!!!」
叫ぶと、「どうした?」って声が後ろからして、山田さんだと思いました。
「あ、山田さん、中で樹生が」 「誰もいないぞ」 「え!?」
檻の中はひと目で見渡せるんですが、たしかに誰もいなかったんです。

わけがわかりませんでした。樹生がウサギの首を折るのをはっきり
目撃した・・・でも、そうじゃなかったんです。その日の夜、
母親が僕の部屋に入ってきて「大変、お誕生会に来た樹生くん、
 事故で亡くなったってニュースでやってる!」って言いました。
急いで居間に下りていくと、親戚の葬儀に行った帰り、父親の運転してた
車が高速で側壁に衝突し、一家四人が死傷・・・亡くなったのは樹生だけ
だったんです。翌日、学校に行くと担任の先生からその話があり、
次の日に全校集会で詳しい説明がありました。その放課後です。生物委員会
担当の先生から呼ばれて、理科室に行くとこんな話をされたんです。
「ウサギが一匹、あのほら、バックネット近くの土盛りの上で死んでるのが
 見つかってな、お前の当番のときに逃げ出したりしたか」って。

あの後、山田さんといっしょに作業をして、死んでるウサギはいなかったし、
引数も数えてました。山田さんには、樹生を見たことについて詳しくは話して
なかったんです。樹生の葬式には僕も出ました。翌年、5年生のときは
僕はクラス委員になり、企画委員会というのに所属しました。
これはいろいろ忙しく、剣道のスポ少にも入ったんで樹生のことは
忘れかけてましたが、ウサギ小屋には近づかないようにしていました。
それが、6年生の後期、学級会でまた生物委員に選ばれてしまったんです。
6年生の中でも推薦されて、僕が委員長になりました。仕事内容は
前と変わらなかったんで楽でしたが、ウサギ小屋に近づくのはやっぱり
怖かったです。必ず、ペアになってる生徒といっしょにいました。その子には、
「委員長なのに、なんだかウサギが怖いみたいだね」って笑われました。

で、また10月なんです。放課後というのも同じ。僕が水を捨てて
戻ってくると、カキカキーンという金属音がしてました。檻の鉄の戸が
ズレる音です。樹生のことを思い出しながら小屋を見ると、中に山田さんが
入ってたんです。山田さんはあの日の樹生と同じく歯をむき出しにして笑い、
隅でおびえているウサギの一匹をつかむと、首筋をガッと口に咥えたんです。
ウサギは「キー」という声を上げ、山田さんの両目がぐるんと裏返って
白くなり、「ゴギ」という音がしました。ボタボタとウサギの口から
血がこぼれ、そこまで見て僕は後ろに尻餅をつき、怖くて目をかたく
つむりました。そのとき、「おい、どしたん。ズボン泥だらけだぞ」って
声が聞こえ、目を開けるとウサギ小屋には誰もおらず、ペアの子が驚いた顔を
してたんです。最後まで山田さんは来ず、作業は僕らだけで済ませました。

・・・この後どうなったか、もうおわかりだと思います。僕が学校から
出たとき、救急車のサイレンが近づいてきて、校門に入っていきました。
翌日に聞いたところでは、脚立に登って木の枝を剪っていた山田さんが
誤って転落し、喉から胸の中に深く尖った枝が突き刺さり、
声を出せず地面で血だらけになってたのを生徒の一人が見つけ、
先生方に知らせて救急車が呼ばれた・・・山田さんはその日のうちに
病院で亡くなったということでした。樹生のときも、山田さんのときも、
小屋の中でウサギを殺したのは僕の幻覚なんでしょうか。2人とも
違うところにいたのはたしかです。あと、この後、あの古墳の上で
死んでいるウサギ一匹が発見されました。ウサギの短い毛皮には、
たくさんの噛み跡がついていて、赤白まだらになっていたそうです。






お社の写真の話

2020.02.03 (Mon)
山本と言います。ある地方都市で公務員をやってます。
で、僕、個人的な趣味のブログをやってまして。内容は・・・
年寄りくさいと思われるかもしれませんが、神社の写真を撮ること
だったんです。もうやめましたが。いや、大きな御社じゃなくて、
どこにでもあるような一間くらいの小さなお社で。始めたのは2年前
からです。きっかけは、今、アパート暮らしなんですが、
そこに引っ越してきたとき、道を覚えようと思って近所をぶらぶら
歩いてみたんです。そしたらアパートの裏、100mくらいのとこに、
杉の木10本ほどの林があって、その中に小さなお社があったんです。
そのときは扉が閉まってて、鳥居に額なんかもないし、
何の神様なのかわからなかったんですよ。

後になって神明社だって教えてもらいましたが。そこを見たとき、
すごく感動したんです。朝だったので、杉の葉に露がついてて、
それが朝日を反射してキラキラ輝いてました。あとね、
社殿の回りも、落葉はしかたないとして、ゴミ一つなく、
ああ、こんな小さなところでも、しっかりお世話をされてる方がいるんだ
って思ったんです。で、見てると、社殿の屋根からゆらゆらと
陽炎のようなものが立ち上てて、思わず手を合わせて
拝んでいました。もちろん、お賽銭を入れ、鈴を鳴らしてお参りを
したんですが、そのときはほら、二礼二拍手一礼って作法は
知らなかったんです。そんなことがあって、お社というものに
興味を持ちはじめて。少し調べたんです。そしたら、

お社にはいろんな種類があるんですね。お稲荷さんが多いですが、
それ以外にもさまざまな御祭神が祀られてる。すごく興味を持ったんです。
ただ、これは神道の信者になったってことじゃなく、
お社のたたずまい、雰囲気に惹かれたってことです。それで写真を
撮るようになりました。最初はスマホのカメラでしたが、一眼レフの
デジカメを買い三脚を使って、本格的に撮影するようになったんです。
近所をぜんぶ回って、それから市内、隣の町というふうに範囲が
広がっていって、土日の休みには離れた市や県外へも出かけるように
なりました。でね、デジカメ写真って、どうしてもたくさん撮るじゃ
ないですか。だんだん写真が溜まって整理が追いつかなくなって
きたんで、ブログを立ち上げたんです。テーマがお社めぐりの。

一社につき5、6枚、写りがいいのを選んでブログの記事にしたら、
残りは廃棄する。ブログは写真メインで、あとは簡単な説明だけです。
最初から、アクセス数が多くなるとは考えてませんでした。
地味だし、神道のことや歴史の専門的な内容でもなかったですから。
はい、予想どおりというか、1日の閲覧者は数人で、時間がたっても
大きくは増えなかったんです。でも、自分では十分満足していました。
お金は、自分の車で移動しますからガソリン代、あとはお賽銭、
それぐらいです。僕は独身で、休日はまるまる休みですから、
いい趣味を見つけたって思ってたんですよ。いえ、役所の同僚なんかには、
ブログのことは知らせてません。なんか気恥ずかしかったし、それに炎上
とかあるから、公務員は匿名でもブログをやるのはいい顔をされないんです。

ブログにコメントはほとんどありませんでした。月に一つあれば
多いほうでしたが、ひと月前ですね。ちょっと気になるのがあったんです。
こんな内容です。「いつも楽しく、興味深く拝見させていただいてますが、
そろそろ縁に出遭うころです。お気をつけください」って。投稿者の
名前はありませんでした。あたりさわりのない返信をしておいたんですが、
ちょっと気になりますよね。「縁」って何だろうと思いましたが、
考えてもわからなかったです。それからすぐの日曜日、朝から
県外に出まして、ある町のお社を回ってたんです。場所は5万分の1の
地図を見るくらいですが、載ってないところも多いので、
商店や畑仕事の人に聞いたりしながら探しました。ずっとやってるとね、
勘が働くようになるんです。ああ、このあたりにあるだろうって。

その日は日が暮れかけて、そろそろ帰ろうという最後の場所でした。
低い山の登り口にあるお稲荷さんでしたね。お参りをしてから三脚を
立てて写真を撮りはじめると、不意に背後から声をかけられたんです。
「あんたどこから来たか、何をやっちょる」そのときはファインダーを
覗いてたんで、「あ、ちょっと写真を撮らせてもらおうと思って」
そう答えました。で、シャッターを押してから後ろを見たんですが、
誰もいなかったんです。「そんなはずは・・・」まわりの木立は
まばらで、身を隠せるような繁みもありませんでした。社殿を撮ってた
僕の背後からなので、鳥居のほうからで、道を通ってる人かなとも
考えたんですが、それにしても近くから聞こえた。声は年配の女性、
そこらのオバサンのような感じでした。変だなあと思ったものの、

そのまま帰路についたんです。で、そのときの写真をブログに載せると、
またコメントがついてたんです。不思議な内容で「とうとう、
誰何されましたね」って。「誰何」は「すいか」って読むんだと思います。
簡単に言えば「お前は誰だ?」ってことですが、ブログには背後から
声をかけられたことは書いてません。前にコメントをしたのと同じ人
じゃないかと思ったんですが、意図が不明なのも同じで。
で、記事を投稿してから2日後、ブログを見返してると、一枚だけ画像が変に
なってたんです。それは社殿側から鳥居を撮ったもので、僕以外に
参拝者はいなかったはずなのに、鳥居の前に人が立ってるように見えたんです。
全体的にブレてるけど、白い割烹着を着た背の低いオバサンみたいですが、
顔の部分がぐるっと渦巻になってました。え? ありえないって思いました。

画像は何度も確認しましたからね。その画像だけすぐ削除しました。
そんなことがあったんですが、次の日曜日もまた撮影に行きました。
前回とはだいぶ離れた市です。で、そのときも最後に寄ったお社で、
時間は5時過ぎ。やはり正面からお社の写真を撮ってると、
「あんたどっから来たか」すぐ振り向きました。でも、誰もいない。
前と同じです。「どちらですか」と大きな声を出しながらあたりを
歩き回ったんですが、ほんとにいないんです。このとき、急に背筋が
ぞくぞくっとして、逃げるように撤収したんです。その画像は部屋で
全部見ましたが、おかしな点はかったのに・・・ブログにアップすると、
やっぱり女性が写ってました。それも全部の写真に、着ている
割烹着も同じに見えたし、顔の部分が渦巻いてるのも。ええ、そうです、

夜の間にまたコメントがありました。「縁があなた様に近づいて
きています。もうお社の写真を撮るのはおやめなさい。ブログは削除して、
あなた様の県の一の宮に相談に行くことをお勧めします」って。
はい、だいぶ気持ち悪く思ってたので、ブログは削除しませんでしたが、
それが写ってる画像を何枚かプリントして、翌週はお社めぐりはやめ、
県庁のある市の大きな神社に行きました。誰でも名前を知ってる有名な
ところです。社務所に入ると、お祓いの受付という貼り紙があったので、
若い巫女さんに申し込みました。少しして禰宜さんが出てこられたので、
詳しい事情を話すと、額にシワを寄せて考えておられましたが、
「最近、ご自身の写真を撮られたりしましたか」こう聞かれ、
「いえ」と答えると、その場でスマホで一枚撮られたんです。

そしたら・・・、モニターに写ってる僕の顔が、ブログのオバサンの
写真のように渦巻いてたんですよ。いや、ぐるぐるとではなく、
少しだけでしたけど。禰宜さんは「よくないですなあ。ブログに誰何と
書かれていたということですが、それは「誰そ彼」って意味でしょう。
あなたがご自分の名前や住所を言われなくてよかった」それから
社殿に入って、長い長いお祓いを受けたんです。終わってから、社務所の
パソコンで、宮司さんも入って僕のブログを見られたんですが、
さんざんに怒られました。「まず参道の中央から写真を撮るのはダメです。
そこは神様の通る道だから開けなくてはならない。三脚もよくない。
あなたが構えれば、神様も構えます。それとね、暗いからといって
フラッシュを炊くのは論外です。神様に大変失礼なことですし、

文化財保護の面からも。美術館はどこもフラッシュ禁止でしょう、
それと同じこと」こんな感じで油を絞られたんです。で、もう一度
僕の写真を撮ったんですが、渦巻は消え、ふつうに写ってました。
「縁というのは、おそらく悪い縁ということでしょうな。だいたい、
 お社はお参りするもので、撮影が第一目的というのがよくなかった」
・・・こんな話なんです。ブログのほうは削除しました。お社めぐりは
やめてませんが、心を込めてお参りするようにしてます。
もし写真を撮る場合は、必ず事前に、そこを受け持ってる神職の方に
連絡することにしたんです。それにしても、あの顔の渦巻いた
オバサンは何だったんでしょう。もし住所なんかをしゃべってたら、
僕のところまで来たってことなんでしょうか。そう考えるとゾッとしますよ。