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王様を殺した話

2019.05.09 (Thu)
うちのじいさんのことなんだ。12年前に死んだんだよ。
だからな、古い話ではあるんだが・・・最近なあ、実家で仏壇を買いかえる
ことになって、小引き出しなんかを整理したら、変なものが出てきてな。
それ、今日持ってきてあるから。ああ、俺が持ってるのが怖いんで、
できたらここのあんたらで預かってくれないかと思って。
それでな、俺はあんまり頭がよくねえんで、人にわかりやすいように
話をするのが苦手なんだよ。なるべく順を追って説明するつもりだが、
もしわからねえとこがあったら、適当に質問入れてくれ。
18年前な、俺は高校2年生で、田舎の実家に住んでたんだ。
頭のいいやつらは近くの市の高校に行くから、地元の学校にしか
行けなかった俺は根っからの落ちこぼれだよ。ああ、すまん、関係ないな。

で、当時、俺の家族は両親に小学生の弟、それから70を過ぎたじいさん。
ばあさんは俺が幼児のときに死んだから、かすかに記憶があるだけだ。
それでな、うちは山持ちだったんだよ。かなり広い山林を所有してたってことだ。
いや、資産としての評価額は低い。あんな田舎の山、買うやつはいない。
昔と違って、木材がまるで商売にならねえから。
けど、わずかばかりだが固定資産税は払ってたな。じいさんは体力があった。
ばりばり畑仕事してたし、週に1ぺんは持ち山に登ってたんだ。
これは山の手入れをするためで、登る人がいないと道が消えてしまうし、
木の下枝をはらう仕事もある。そのついでに、春は山菜、秋はキノコと、
背負ったカゴにいっぱい採ってきてな。あと、じいさんは罠猟師の免許を
持ってたから、ときおり鹿肉なんかが夕飯に出た。

うん、家で山に行くのはじいさんだけだった。親父は農協の職員で、
そんな時間はなかったし。母親は山なんかに興味はない。
あと、俺と弟だが、じいさんが山に連れてってくれたことはないんだ。
「危険がある」って言ってな。けどよ、山ったって、高さ数百m、
今考えれば、そんな危ないことはねえと思うんだが、それはきっと、
山にあいつらがいたせいなんだろうなあ。え? あいつらって何かって、
今からそれを話していくんだよ。あれは・・・夏だったのは覚えてる。
俺は夏休みだったからな。その夕方、夕飯前に山からじいさんが
帰ってきたんだが、何か様子が変だったんだよ。
どんと庭先にカゴを置いて、それから外の水場に行って、
いつも持ってる山刀の刃をごしごし洗い出してな。

たまたまそれ俺が見てたんで、じいさんに「そんなことしたら刃が
 錆びるんじゃねえか」って言ったんだ。そしたらじいさんは、
「なーに、後で油をさしとくから心配ねえ!」って言った。
でな、そのとき、なんかじいさんの目が血走ってる気がしたんだ。
いや、いつもは俺らには優しいじいさんだったんだが。
それで、「山で何かあったのか?」重ねて聞くと、じいさんはぽつんと、
「ちょっとしくじった。やつらの王様を殺しちまった」って言ったんだよ。
わけわからんだろ、山に王様がいるか? けど、「どういうこと?」と
言っても、それ以上じいさんは答えてくれなかったんだ。
それから、じいさんはぱったり山に行くのをやめたんだ。
秋になって、例年ならどっさりマイタケなんかを採ってくるはずが、

その年は1回もなかった。これは残念だったな。俺も弟もキノコ汁が
好きだったんで。でな、じいさんは畑には毎日出てたが、ある日、
遅くに戻ってくると、「やつらが山を下りてきやがった。畑まで来るとは、
 わしを相当憎んでおるんだろうなあ」こんなふうに言ったんだよ。
「やつらって?」 「中国から来たやつらだ。わけあってうちの山に
 住まわせておったが、この間、話がこじれてやつらの王様を
 殺してしまったから」・・・うちのじいさんは、ちょっとの間だけど
戦争に行ってるんだよ。そのときの話はしてくれなかったが、
後で親父に聞いたところ中国戦線だったらしい。けど、召集されてすぐ
終戦になって、じいさんは戦闘らしい戦闘もせずに帰って来たって。
まあ、運が良かったってことだろうが、

中国人を日本に連れてくる余裕はなかったろう。だから、この話も
意味不明だった。そもそも、うちの山は人が住んで暮らせるようなとこじゃない。
でな、じいさんは続けて、「今日はわざと日が暮れてから帰ってきたが、
 家のありかをやつらに知られるとまずい」そんなことも言ってな、
翌日、家の庭に罠を何個も設置したんだ。これはさすがに、
ハサミ罠は危険なんで、親父が反対したな。下手をすれば骨が折れる。
けど、じいさんは言うことをきかず、誰も庭に出るなって言ってな。
田舎だから、庭って言ってもけっこう広いし、いちおう低い垣根はあるが、
その外の林との境もあいまいなんだよ。それから、じいさんは毎朝早くに起きて、
庭の罠を見回るのが日課になった。けどよ、あんな罠にかかるような
動物が家の近くまできたことはなかった。

だから、悪いけど俺は、じいさんのボケが始まったと思ってたんだよ。でな、
冬がそこまで近づいてきた頃だ。朝飯のときにじいさんの姿が見えなかったんで、
俺と弟で探しに出た。そしたら、母屋からかなりはなれたとこでしいさんが
倒れてた。上半身血まみれで、喉から太い木の枝が突き出してたんだ。
かなりもがいたらしく、そこらの雑草がむしれてたよ。あとな、じいさんの右手、
それにトラバサミの罠が食らいついてったっけ。仰天して親に知らせ、
親父が見に来て救急車を呼んだ。・・・じいさんは死んでなかったんだよ。
けども、刺さった枝が気管と食道を大きく傷つけてて、
肺に水がたまって1週間後くらいに亡くなった。幸いというか、
ずっと意識がなく、苦しむことはなかった。警察も来たよ。けど、事件性はなし、
転んだとき、たまたま地面にあった枝が刺さったんだろうってことになった。

まあなあ、うちを恨んでる人間なんていなかったし、それが妥当な解釈だが、
ただ・・・一連のことを考えると、王様を殺されたやつらが山を下りてきて
じいさんに復讐した。俺と弟はそんなことも考えてたんだよ。
じいさんの葬式が終わり、遺骨はしばらく家の仏壇に置いておくことになった。
納骨は春がよかろう、って住職が言ったからな。で、それから3日後くらいだ。
夜中の2時頃かなあ。俺は音楽を聞いて起きてて、腹が減ったんで1階の
冷蔵庫から何か食いもんをあさろうと考えて、台所まで行ったのよ。
で、ハムを厚く切って戻ろうとしたとき、廊下で何か音がしたんだよ。
「ん?」そっと出ると、異様なものがいたんだ。一言でいうと小人。
チワワくらいの大きさかなあ。見たことのねえ服を着て、髪の毛を
編んで垂らした小人が、両手で何か白いものを捧げ持つようにして歩いてた。

びっくりしたよ。けども、向こうのほうがもっと驚いた様子で、
その持ってたもんを口に咥えると四つん這いになった。で、ネズミのような速さで、
俺の脇を駆け抜けてったんだよ。それから親を起こしてその話をしたが、
信じてる様子ではなかった。けどな、いちおう家の中を調べたら、
廊下の一番奥の仏間。仏壇にあったじいさんの骨壷が倒れてて、
白い骨の粉がいちめんに散らばってた。けど、それ以外に被害はなかったし、
家のドアも窓もすべて戸締まりされてたから、警察に訴えることもなかった。
おおかた両親はネズミがやったことだと思ったんだろう。
俺が見たものは寝ぼけ・・・けどな、その週の日曜日、弟を誘って
うちの山に登ったんだよ。ああ、冬のほうが登りやすい。
実家のある地方は雪はほとんど降らんし、冬場はヤブが枯れてるから。

でな、人ひとりが通れるくらいの道があった。そうだなあ、一番高いとこまで
登っても1時間ちょっとだった。で、その途中にじいさんがつくったと
思われる小屋があったんだよ。小屋っても、突然の雨をしのげる程度の
屋根がかかってるもんで、鍵なんかはついてねえ。畳3畳程度の広さ。
中に入ると、土間の奥のほうにわけわからんものがあったんだ。
・・・立派な服を着た小人の骨だよ。頭は骸骨になってて、長い髪の毛が残ってた。
そう、俺が前に見たやつと同じくらいの大きさ。弟も見たから間違いじゃねえ。
でな、その前にやはり小さい長机があり、その上に、白い塊がのせられてた。
ああ、たぶんじいさんの遺骨の一部だ。そんとき、小屋の屋根の上で、
コツコツって何かが歩くような音がした。それで俺らは怖くなって
山を駆け下りたんだ。けどよ、その後、親父といっしょに小屋に入ると、

見たもんはきれいさっぱりなくなってたんだよ。まあこんな話なんだ。
それから俺は高卒で就職して、実家にはあまり帰ってねえが、
特におかしなことがあったってことはない。でな、最初の話に戻るんだが、
親父が定年退職になって家中を整理するって言い出し、
仏壇の中身も全部出してみた。そしたら、引き出しの奥から、
古い古い新聞に包まれた平たいものが出てきてな。中にあったのは
一枚の白黒写真。日本には見えない家の窓際に机が置かれ、
その上に人の生首がある。首は苦悶の表情を浮かべててな、
軍帽から日本兵じゃないかと思う。いや、じいさんじゃねえよ。
立派なヒゲがあったから上官とかだろう。でな、その首の血溜まりを4人、
あの小人たちが取り囲んでたんだ。どいつもみなキョンシーみたいな服着て。






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百二十の話

2019.04.30 (Tue)
あ、どうぞよろしくお願いします。医師の山根と申します。
ある老人介護施設で施設医を務めさせていただいてます。
じつは、これから語らせていただくのは、私自身の体験ではなく、
その施設の入居者の男性の方が話してくださった内容です。
はい、たいへん困惑する事態が生じておりまして、ある筋から、
ここにおられる方々なら、何かよい解決法をご存知ではないかと
うかがって、こうしてお訪ねしたわけです。
その方は1926年生まれですから、今年で93歳になられます。
はい、たいへんご長寿なのですが、現在は病気にかかっておられまして。
これからする話は、そのことともおおいに関係があるんです。
では、話していきますが、なにぶん伝聞ですので、

事実関係の間違いやつじつまが合わないところがあるやもしれません。
そのことはご承知おきください。その方、仮にUさんとさせていただきます。
東北の某地の生まれで、現在はひじょうに過疎が進んでいる地域です。
Uさんが尋常小学校5年生のときのことだそうです。
当時はどこの家も兄弟が多く、農繁期には家の手伝いで学校を休むことも
普通に認められていたそうです。まだ戦争前のことですので、
食糧事情はそう悪くはなかったのですが、田舎のこととて、
子どもの遊ぶようなものもほとんどなく、学校がおわったら、
もっぱら山野をかけまわるのが日課となっていたそうです。
そんなある日、Uさんと同じ5年生が2人、一つ上の6年生が2人、
ある神社の境内に集まっておりました。

その神社は山すそにある寂れたお社で、村で盛大なお祭りを行う
地域の氏神神社と、集落を間にはさんで向かい合うようにして
建っていたということです。神主は常駐ではなく、
年に数度の祭礼のとき以外は姿を見せず、一般の参拝客もまず見かける
ことはなかったそうです。はい、正式な名称はわかりませんが、
地元では「みくくり様」と呼ばれていたとか。
いや、字についてもわからないですね。そのときは、6年生のうちの一人、
Oが遊びのリーダーでした。初めは小学校の近くで兵隊ごっこなどを
していたのが、それに飽きてきたとき、Oが急に思い出したように
みくくり様に行こう、と言い出したということです。
Oは、「俺な、みくくり様のことで、うちのじいさんに面白い話を聞いた」

そう言って走り出し、みながそれについて境内まで来ました。
ああ、言い忘れておりましたが、季節は稲の収穫が終わった時分で、
神社の周囲の木々が赤や黄色に見事に色づいていたことを
覚えているそうです。鳥居の前まで来るとOはみなを止め、
「ここでな、あめのさかてというのを打ってから、後ろを向いた状態で
 鳥居をくぐるんだと」そう言いました。もう一人の6年生が、
「あめのさかて? そうれどうするんだ」と聞き、Oは、
「こうやるらしい」と、粗末な木の鳥居に背を向け、両手を背中に回して
パンパンと4回、柏手を打ったそうです。「なんでこんなふうにする?」
「よく知らんが、特別な作法らしい」そこでみなも真似をして、
手を打ってから後ろ向きに参道に入りました。

「こら、筋がつりそうじゃ」5年生の一人がそう言い、短い参道を
社殿の前まで駆けました。扉は閉まっており、賽銭箱も出てなかったそうです。
そこでOは鈴を鳴らし、また背を向けてあめのさかてを打ったので、
みなも続きました。「これでな、神様は尋常のお参りでないことがわかる、
 じいちゃんはそう言っておったぞ」 「じゃあ何のお参り?」
「それが、こうすれば将来のことを神様が教えてくれるそうだ」
「将来?」 「ああ、何の仕事につくかとか、徴兵に合格するかとか」
「仕事ったって、俺らみんな田んぼづくりするしかないだろ」
「まあそうだけど、寿命も神様が教えてくれるらしい」
「寿命って何か?」 「いつ、何歳で死ぬかってことだろ」
「おお、そら怖いわ、俺、聞きたくない」 

「必ずわかるとも限らんそうだ」 「で、この後どうするん?」
「こっちこいや」Oに連れられて神社の横手に回ると、
神社の高床の下の土が掘られてるとこがあったそうです。「これな、前に
 何人もが通った跡だ。ここをくぐって向こう側に出る。
 でな、神社のちょうど中央にあたる場所に、石の柱のようなもんが
 立ってるらしい」 「石の柱?」 「そう聞いた。でな、中は陽が射さんで
 暗いが、その柱を手探りで抱きかかえると、将来のことが頭に
 思い浮かんでくるらしい」 「おお、面白そうだ。やろうぜ」
「俺はちょっと怖いな」5年生の一人が言いました。
そのとき、Uさんも少し怖いと思ったそうです。「何が怖い、たかが
 四間四方の神社だぞ。出てくるまでちょっともかからん。まず俺がやるから」

Oはそう言って、みなのほうを見て笑うと、頭をかがめて床下に
入っていきました。いくら子どもで高床でも、這うような姿勢になったそうです。
そのままずんずんOは中に入っていき、ややあって、神社の後ろを回って、
体をくもの巣だらけにして戻ってきました。「どうだった?」
「いや、柱はあった。で、抱きついたら温かい気がしたな」
「将来は見えたか?」 「うーん、それがな、見えたというわけではないが、
 頭の中が真っ赤になった」 「真っ赤」 「そうだ」
こう要領を得ない答えが返ってきたそうです。それから、6年生、Uさん、
もう一人の5年生の順に入っていきました。Uさんが中に進んでいくと
暗さが増し、さらに這うと、たしかにざらざらした手触りの
柱に行きあたったそうです。子どもでも抱えられるので、そう太いものでは

ないんでしょう。Uさんが手を回すと、ドキンドキンと心臓が打つような
感覚があり、それは自分の心臓なのか、それとも石が脈動してるのか、
どっちかわからなかったそうです。すぐに頭の中で何かが弾けるように
思え、真っ赤なものが広がっている、そういう感じが
したということでした。みなが終わって集まると、Oが、
「はっきりしたことは何もわからんかったな。ツマラン」と言いました。
「戻ろうか」みなで参道を下っていると、そのとき急に、
風はなかったはずなのに、神社のまわりを囲んでいる杜の、
紅葉した木々がザザザザと音をたてて動いたそうです。
「何だ?」 「わからんが」 でも、それはすぐおさまりました。
鳥居を出たとき、6年生が「ああっ」と叫びました。

「O、お前な、額に赤い字が出とる。数が書いてあるぞ」Uさんも見たそうです。
漢数字の真っ赤な字で「二十二」とOの額に出ていました。
「お前らもだぞ」たしかに、もう一人の6年生の坊主頭には「二十三」、
5年生には「三十一」と出ていたんだそうです。ですが、その字が見えたのは
ほんの10秒ほどで、すぐまた子どもの額に戻りました。
Oは、「俺は二十二か? これが寿命なのか? いやに短いじゃねえか」
そう言って、ひきつった顔で笑ったそうです。Uさんはもちろん自分の額は
見えないので、もう一人の5年生に、「俺は何と出とった?」と聞きました。
そしたら、その子はひどく困惑した顔で、「お前な、俺には百二十と見えた」
そう言いました。「百二十・・・」Oが口をはさみ、
「ああ、たしかに百二十と出とった。これが寿命だとしたら長生きだなあ」

少しうらやましそうな声だったそうです。これでだいたいの話は終わりです。
この後、日本の大陸進出がいきづまって太平洋戦争が始まり、
村の若者は次々と徴兵され、その神社のお告げ通り、Oは22歳、
別の6年生は23歳で戦死しました。31と出た5年生は、終戦後、
シベリア抑留中にその歳で亡くなったそうです。そしてUさんです。
じつは、78歳のときに肺癌と診断され、それが骨にも転移して
現在は寝たきりなんです。苦痛はどうにかモルヒネで抑えていますが、
いつまでもつか。・・・最初のほうで話したように、Uさんは93歳なんですよ。
末期の肺癌で、そんなに命が続くなんてありえない。どういうことでしょう。
この状態でUさんは120歳まで生きるんでしょうか? 身寄りは、
奥さんはとうに亡くなっていて、70歳近い息子さんしかいないんです。




 
 

瓶を運ぶ話

2019.04.07 (Sun)
あ、じゃあ話してくけどよ、謝礼は間違いなくもらえるんだろうな。
そうか、わかった。あれはもう10年くらい前になるかなあ。
俺がまだ組にいたころのことだ。いや、もう足は洗った。
ていうか、組自体が解散しちまってな。・・・ヤクザ屋は今はどこも
そんなもんだろ。食っていけねえんだよ。
当時の俺はチンピラに毛が生えたようなもんでな。
まともなシノギはやらせてもらえず、兄貴たちの手足になって、
言われるままに雑用をこなしてたんだ。
で、その日は俺が当番で事務所の前で見張りをしてた。
ああ、何かあっちゃいけないから、若いやつらが2人組で、
交代で見張りに立つんだよ。そしたら夕方になって、

高坂さんて上のほうの兄貴がやってきたんで、俺ともう一人が直立不動で
あいさつしたら、「おう、お前ら、明日の夜ヒマか?」って聞かれた。
「あ、俺は大丈夫っす」そう答えたら、「じゃあ仕事たのむわ、
 明日の夜9時にここに来てくれんか」こんな感じで、
もう一人、三島ってやつといっしょに高坂さんの仕事をすることになったのよ。
でな、次の日の9時前に事務所に行くと、三島がいたんで待ってたら、
地下の駐車場からランクルが出てきて俺らの前に停まった。
窓から高坂さんが顔を出したんで、あいさつしてから、
「いい車っすね」って言ったら、「親父さんのを借りた。まあ乗れ」
あ、親父ってのは組長のことだ。三島といっしょに後部座席に乗り込むと、
三島さんはランクルを走らせて、近くのコンビニに寄った。

で、三島に1万円札を渡して、「これで食いもんを買ってこい。
 腹にたまるやつ。パンとおにぎりとかだな。あと飲み物、その金 全部使え」
こう言われたんで、三島とコンビニに入って言われたとおりにした。
袋5つ分くらいになったよ。高坂さんに、「これどうするんすか」って聞いたら、
「俺らで食うんだよ。どういうわけかわからねえが、腹が減る仕事でな。
 あ、それから、こっからお前運転代われ。行き先はナビに入れてあるから」
でことで、俺が運転席、高坂さんが助手席、三島と食いもんが後ろで出発した。
ナビの行き先は隣の県になってて、高速使っても2時間以上かかる。
街中はまだ混んでたが、そんな時間だから、
高速に入るとガラガラでトラックがいるくらいだったな。
三島さんは、「なに、物を運ぶだけだ。難しいことはねえが、

 ちょっと重いんでお前らに声かけた」こんなことを言った。
それから、ナビの指示どおり走って、隣の県の田舎の山すそに入ったあたりで
案内が終わった。高坂さんが、「ほら、そこに寺の門があるだろ。
 その横の道から裏に回れ」細い道を進んでくと、
砂利道になって街灯がなくなり、山につきあたりそうになったところで、
前に懐中電灯を振ってる人がいたんだ。高坂さんの指示で車を停め、
俺らも懐中電灯を持って外に出ると、高坂さんが、「あ、住職、例のもんは?」
そう聞いて、「用意してあります、こちらに」
その人、坊さんだったんだよ。でな、俺らは崖の下にある小屋に連れてかれ、
鍵のかかった戸をあけると、中に荒縄と板でフタをした瓶が並んでたんだ。
全部で4つあったと思う。どれも同じで、高さ1mくらい。

ほら、田舎で漬物をつけるやつがあるだろ。あれじゃねえかと思った。
高坂さんが、そのうちの一つを俺らに持てって命じたんで、
三島と2人で両側から抱えた。重いといえば重いんだが、
男2人ならそう難しくはねえ。たぶん50~60kgくらいだろ。
高坂さんが「絶対落とすなよ」って言ったんで、緊張しながらゆっくり動いて、
瓶をランクルの後ろにのせた。高さはギリギリだったな。
それから倒れないよう厳重にヒモをかけ、その間に高坂さんが
次の行き先をナビに入れてた。そっからは三島が運転して
俺らの県に戻ってったんだが、どういうわけか、すげえ腹がへったんだよな。
その時間がだいたい12時前で、俺は8時ころに飯食ってる。
けど、腹がへってへって、隣りにあるコンビニ袋のパンを手あたり次第に

食いたいくらいだった。そしたら高坂さんが三島に、
「次のパーキングエリアに入れ」って指示出して、俺らはそこの駐車場で、
買ってきたもんをむさぼり食ったんだよ。ああ、高坂さんも食った。
でな、驚いたことに、20分もかからず食い物がなくなった。
俺はパンとおにぎり10個くらいは食った。
今の、なんだっけ、フードファイターみてえだろ。
腹がふくれたところで車を出し、県境を越えて、ある市に入った。
で、そこの郊外の工事現場でナビの指示が終わったんだよ。
かなりでかい現場だった。ランクルから瓶をおろして、また俺と三島で
持っていくと、たて回したフェンスの中か作業服の人が出てきて、
俺らを手招きしたんで、それについてってプレハブの建物に運び込んだ。

これで仕事は終わり。組事務所の前で解散になったが、
高坂さんは俺らに5万ずつくれたんだよ。でな、その後、三島と2人で
24時間営業のファミレスに入ったんだ。パーキングであんなに食ったのに、
またまた腹がへっててな。俺はステーキセットとハンバーグセットを食い、
三島も2人前食った。けどまだ、なんか食い足りねえ気がしたんだよ。
実際、それから3日くらいはずっとものを食いっぱなしで、
もらった5万もすぐになくなっちまった。・・・でな、その仕事、
高坂さんはどういうことなのか説明しちゃくれなかったし、
俺らも聞かなかったが、俺は工事現場に入ったときに看板を見たんだよ。
その工事の目的とか期間とか書いたやつ。それによると、
そこ、老人ホームが建つみたいだったんだ。

後になって地図を見て確かめたら、やっぱり医療介護つきの有料老人ホーム
だったんだ。それから、4年の間に2回同じことをやった。
行き先はあの寺で、瓶を運ぶのもいっしょ。運ぶ先は「肴和会」っていう
福祉法人の老人ホームで、それぞれ別の場所だった。
どこも基礎工事中なのは同じ。ものすげえ腹がへるのもな。なあ、不思議だろ。
あの瓶の中に何が入ってるか気になってしかたなかったが、
最後の仕事のときにそれがわかったんだ。また夜中、瓶を積んだランクルで
高速を走ってた。そしたら、田舎の山の中だからな、
脇の繁みから何か動物が飛び出してきて、車で撥ねちまった。
運転してたのは俺だよ。そんとき急ハンドルを切ったせいで、
荷室でガコンという音がした。「バカヤロ!!」高坂さんが怒鳴り、

俺は横から拳で殴られた。路肩に車を停めて確認すると、
轢いたのはイタチかなんかの小動物で、ランクルに傷はなかった。
高坂さんはイラついた声で、「荷室 開けろ」って言い、
俺と三島で確認すると、瓶が傾き、木のフタが割れててな、
そっから黄色い乾いた土といっしょに頭が半分飛び出してたんだよ。
ああ、人の頭なんだが、カリカリに乾いててミイラだと思った。
それ見て俺らは呆然としたが、高坂さんが「○○!しくじったお前がもどせ」
って怒鳴ったんで、しかたなく瓶を立て、頭を押し込んでこぼれた土を入れ、
車に入ってたゴミ袋とヒモで間に合わせのフタをしたんだ。
瓶をまた工事現場に運び込み、高坂さんが中身が出たことを説明してたな。
で、また組事務所で解散したんだが、俺は高坂さんにもう一発殴られたよ。

けど、金はもらえた。これでだいたい話は終わり。その後、この仕事はなかった。
ていうか、最初に言ったように、組自体が左前になっちまった。
でな、瓶の中のミイラ、何なのかがわかったんだよ。数年後、県警の摘発で、
あの寺の坊主が逮捕された。この事件はでかいニュースになったんで、
あんたらも知ってるだろ。そこらは即身仏ってのが昔からあるんだが、
坊主は塚を勝手に掘って、中のもんを処分しちまったんだ。いや、俺んとこに警察は
来てねえ。それはラッキーだった。最後の仕事の後、俺は腹がへるどころか、
逆にまる1ヶ月間ものが食えなくなって、体重が10kg以上減った。
今もガリガリだろ。え、老人ホーム? ああ、そこも別に警察の手は回って
ねえようだ。肴和会の老人ホームは評判がいいんだよ。
あそこに入った年寄りは、苦しまず、すぐに亡くなるってな。






龍に祟られる話

2019.03.29 (Fri)
通信会社勤務 種田道彦さんの話
あ、さっそく話していきますけど、僕、水が怖いんです。
はい、海や川も怖いし、あと雨が降った日の水溜りとかもです。
それだけじゃなく、蛇口から出る水道の水、
コーヒーや味噌汁も全部怖い・・・まあ、すべての液体が怖いなんて
言ってたら生きていけませんから、つとめて気にしないようには
してるんですけど。え、どうして怖いのかって?
それが、信じてもられないと思うんですけど、
水の中には龍がいるからです。僕、龍に祟られてるんです。
いえ、こんなこと誰にも言ったことはないです、
頭がおかしいと思われますから。はい、龍は実際に見ています。

全部で4回、ただそのうち、1回目のことはほとんど記憶にないんですが、
どうもそれがすべての原因みたいで。ああその、龍は西洋のドラゴン
じゃなくて、中国の細長い龍です。あの、角やひげがあって、
空を飛ぶっていう。・・・中学2年生のときです。8月のことでしたね。
僕は剣道部に入ってて、夏休み中の練習に出た帰りです。
田舎だったので、農道みたいな舗装してない道を歩いてたんですが、
急に空が曇って稲妻が光りだしたんです。それからゴロゴロゴロって。
土砂降りになりました。みるみるうちに道にも水が溜まって、
僕は傘を持ってなかったんで走り出したんですが、
家まではだいぶ距離があったので、あきらめて濡れながら歩いたんです。
そしたら、目の前の水溜りから、どーんと太く長いものがのび上がったんです。

いや、驚いて尻もちをついてしまいました。
で、それ、龍だったんですよ。龍は2階屋の屋根くらいの高さまで
水溜りから出てて、それからゆっくりと頭を下げ、
びしょ濡れになってる僕の正面に顔を出したんです。
はい、頭は50cmくらいはあったと思います。
真っ青に光る目をしてました。それで、腰を抜かしてる僕に、
こんなことを言ったんです。「見てのとおりの龍だ。お前を恨んでいる。
 お前は5歳のときに、幼かったわたしの許嫁を無残にも殺した。
 ずっと復讐を考えていたが、まだわたしの霊力が足りなかった。
 しかし今、こうやって姿を現せるようになった。
 お前を簡単には殺さない、少しずつじわじわといたぶり、

 人生を滅茶苦茶に壊してやるから、覚悟しておくがいい」
これ、龍の口から音として出た言葉じゃなく、意味だけが頭に流れ込んで
きたって感じです。びびってしまって、口をきくこともできませんでした。
で、どのくらいの時間がたったか、気がつくと龍の姿はかき消えてて、
雨もあがってたんですよ。風が強くなって雨雲を吹き飛ばし、
切れ間から太陽と青い空が見えてきました。
呆然としたままなんとか立ち上がると、全身が泥だらけだったんです。
自分が見たものが信じられませんでした。みなさんだったらどうです、
実際にあったことって信じることができますか?
幽霊とかじゃなくて龍なんですよ。そんなものが現実にいるなんて。
うちに帰ったら母がパートから帰ってきてましたが、

「あの雨じゃしかたないね」と、泥まみれなのは怒られませんでした。
もちろん、龍を見たって話は誰にもしてません。
だって、言ったところで信じてもらえるわけがないですよね。
で、僕は翌日から高熱を出しまして、剣道部の稽古を3日休みました。
医者に連れてかれて、風邪だろうということで薬をもらって、
その間ずっと寝てました。寝ながら、龍の言ったことを思い返して
みたんです。僕が5歳のときに、龍の許嫁を殺した?!
でも、そのとき中2といっても小学校前のことなんか覚えてないですよね。
あきらめてうとうとしてたら、夢を見たんです。
公園で一人で遊んでいる自分。それを上から見下ろしてる感じで。
その小さい頃の自分は、水飲み場の水道からおもちゃのバケツに水をくみ、

砂場にぶちまけて。でも、砂だからすぐしみ込んじゃいますよね。
夢の中の僕はそれを何度もくりかえし、砂をまるめて団子をつくってて、
少し水が溜まってるところから、何かを引っぱり出しました。
ドジョウよりも少し大きいくらい。でも蛇ほどじゃない。
それは手の中でくねくうねと動き、手の甲にがっと噛みついて、
はい、そのときに生き物の頭がクローズアップのように大きく見え、
龍だ、と思いました。幼い僕は立ち上がり、龍の尾をつかんで引きはがし、
持ったままふりまわして、近くのコンクリの支柱に何度も叩きつけ、
それから地面に落として踏み、遊び遠具を放り出して、
泣きながら公園を出てったんです。そこで目を覚ましました。
「・・・龍を殺した?」それで、夢の中で噛みつかれた

手をよく見てみたんです。そしたら、左手の親指のつけ根に、
色が1cmほど変わってるとこがあったんです。ただそれは、
傷とも言えないもので、噛まれた跡かどうかはわからなかったんです。
それから・・・僕は高校を卒業して、現在勤めている携帯電話の会社に
就職したんですけど、もう龍を見ることはありませんでした。
だから、あの中学のときのことは、突然の雷に驚いて、
幻覚を見たんだろうと考えたんです。というか、長い年月の間に
すっかり忘れてしまったんですね。それから、仕事の取引先で知り合った
女の子とつき合うようになり、結婚が決まりました。
その結婚式のときのことです。僕らの地域では、
結婚式はかなり派手にやるんですが、ほら、お色直しなんかないとき、

前に座ってると友人たちがお酒をつぎにきますよね。
でも全部は飲んでられないので、足元にバケツを置いて、
つがれた酒をそれに捨てるんですが、袴をはいてた足に何かが
あたったんです。何気なく下を見ると、バケツから龍が首を伸ばしてました。
はい、前見たのとは違って小さい姿でした。ぎょっとしました。
そのとき、また頭の中に声が響いたんです。
「お前はわたしの許嫁を殺した。幸せになれると思うなよ」って。
とっさに、バケツを足で蹴り飛ばしました。中の酒がこぼれ、
龍はもうどこにもいませんでした。その後、新婚旅行に行ったんですが、
このことを思い出して、気持ちが晴れ晴れとはしなかったんです。
でも、結婚生活は順調でしたよ。ただ、龍のことはときおり頭をよぎって

不安になることもあったんです。3年間、何事も起きず、
ある日、妻から妊娠したことを告げられました。もちろんうれしかったです。
それが1月のことで、エコーやその他の検査から、胎児は順調に育ってる
ということだったんですが・・・春に入り、その日、僕は会社にいまして、
午後のことです。トイレに入って手を洗おうとしました。
手を伸ばしたとたん、蛇口から緑色のものが出てきたんです。
それは重力に逆らって天井のほうへ上っていき、
急に太くなって龍の頭になったんです。あの真っ青な目をした龍でした。
龍は僕を見すえ、「お前の血を引くものは、今 死んだぞ」
また頭の中に声が響いてきたんです。そして龍は蛇口へと吸い込まれていき、
そのとき、上着の内ポケットでスマホのバイブレーションが・・・

よろよろとトイレの外に出て、電話に出ました。
相手は、妻のために来てもらっていた義母で、妻がお腹が痛いと言って
病院に運ばれたってことだったんです。上司に事情を話してすぐに駆けつけ
ましたが、妻は鎮静剤で眠っており、担当の医師から完全流産だったことを
告げられました。はい、子どもが死んだ状態で分娩されたってことです。
医師に連れられて別室に行き、ガラス瓶に入った胎児を見せられました。
話では、検査では以上はまったく異常はないはずだったが、
奇形が生じており、それが流産の原因になったということでした。
ガラス瓶の中のものは、まだ人間の形をしておらず、
カエルのような形で、ところどころに鱗のようなものが見えました。
ありえない、きわめて珍しい症例だって言われたんです。





怪片 3題

2019.03.22 (Fri)
板金業 三輪洋平さんの話
これな、うちのじいさんの話ではあるんだが、俺にも関係してるんだよ。
俺の実家は長野の山間部の田舎で、今も残ってる。
藁葺き屋根の農家で、築何年になるのかもわからないほど。
誰も住んじゃいないんだが、親父が年に数回行って、
朽ち果てないようにいろいろ手入れをしてるんだ。
なんでそんなムダなことをしてるかっていうと、納戸の奥に瓶をしまって
るからなんだ。何を入れてる瓶かって?それをこれから話すんだよ。
あれはもう、30年も前になるかな。じいさんは大腸癌で死んだんだが、
具合が悪くなったときには、すでに癌が腹の中いっぱいに広がってて、
手がつけられなかった。手術もできなかったんだよ。
で、腸閉塞を起こして物が食えなくなった。

今だったら、バイパス手術とかステントを入れるとか、それなりの対処法が
あるが、当時はどうにもならなかったんだ。で、物が食えなくても
胃液や胆汁は出るから、それが腹の中に溜まって1日中吐く。
緑色のものをドロドロ吐くんだよ。俺が病院に見舞いに行ったのは1回だけだな。
ああ、じいさんの様子があんまり酷いんで、両親が俺に見せたくなかった
んだと思う。でな、こっからは俺の親父から聞いた話なんだ。
親父がじいさんの病室についていて、痛みで丸まってるじいさんの
背中をさすっていたときに、じいさんは、「もう無理だ、苦しゅうてならん。
 いよいよわしも終わりだから、瓶を割ってくれ」こんなことを言ったんだよ。
親父はそのときには瓶の話を聞いていたから、もうこれ以上じいさんが苦しむのを
見たくないと思って、「わかった」って言ったんだよ。

それで、実家の納戸に行って瓶を割ったんだ。そしたら、じいさんはその夜から
昏睡に陷って、翌朝に眠るように息を引き取った。
え、意味がわからないって? まあそうだろうな、説明するよ。
実家の納戸の奥には、古いが頑丈なつくりの棚があって、そこに20cmほどの
瓶が置かれてる。青い色をした焼き物だが、高価なものではない。
その瓶に何が入ってるかは、まだ俺にはわからないんだ。
でな、その瓶には、じいさんの名前を筆で書いた札が貼ってある。
親父はそれを外に持ち出して、横に倒して掛矢を何度も振り下ろし、粉々に割った。
ああ、そう。それを割るとな、安楽死というか、苦しまずに息を
引き取ることができるんだよ。何でそんなものが、いつからあるのかわからない。
今、瓶は二つあるんだよ。一つは親父ので、一つは俺のもの。

親父の瓶をつくったのはじいさんで、俺の瓶をつくったのは親父。
これはな、長男にだけつくるんだよ。理由はわからねえが、
女の子のものはない。そうだな、女は嫁に行くからかもしれない。
親父に頼まれてるんだよ。もし、苦しむだけで治らない病気にかかったら、
実家に行って瓶を割ってくれって。ああ、もしそうなったら、やるつもりでいるよ。
でな、何でこの話をしたかっていうと、この間親父から連絡があって、
瓶のつくり方を教えるってことだった。俺に男の子が生まれたからだよ。
ああ、もちろん承知した。まあ今は、緩和ケアとかの技術が進んで、
そんなに苦しまずに死ねるようになってるみたいだが、それはそれとして、
瓶の中に何が入ってるか、すごく興味がある。あんたたちだって知りたいだろ。
別に秘密ってことじゃないようだから、わかったらまたここに来て話すよ。

清掃会社勤務 佐藤正武さんの話
あの、わたしね、清掃用具のレンタルの仕事をしてるんです。
その日も仕事中で、社用車で県道を走ってたら、脇の植え込みから白い猫が
飛び出してきて、避けようがなくてはねてしまったんです。
車の通行の少ないとこだったので、車外に出て確認したら、
猫は対向車線の端までふっ飛んで、白い体が真っ赤になって死んでました。
そのままにしておけないんで、保健所に連絡し、場所を話して
処理してくれるように頼みました。それから、ガソリンスタンドに入って、
車の下回りを見てもらったんです。へこんだりしてるとこはなかったけど、
猫の血がかかってたので、洗車してもらったんですよ。
はい、黒猫は祟るって言いますけど、白猫でしたからねえ。
それでも1日中、そのことを考えて後味が悪かったですよ。

でね、翌日です。朝、出勤しようと車庫に入ったら、車の後ろに子猫がいたんです。
それも3匹、全部白猫でした。目も開かない生まれたばかりの子猫。
前日のことを考えてゾッとしたんですよ。あの、わたしが轢いた猫の子どもなのか
って思って。でも、そんなはずはないんです。自宅と現場はずいぶん離れてますので。
うちの車庫のシャッターは錆びてきて完全に下まで下りないから、
そっから入り込んだんだろうと思いましたが、親猫の姿はない。
これも保健所に連絡して引き取ってもらおうかと考えたんですが、
それだと子猫たちは処分になっちゃうでしょ。そうすると、2日で
4匹も猫を死に追いやったことになる。それは嫌だったんで、
妻に、子猫の保護をしてるところを調べてくれって頼んで、出勤しました。
ほら、ボランティアで猫の里親探しをしてる団体ってあるじゃないですか。

その日は、わりと早く仕事から帰ってきたんで、妻にどうなったか聞いたら、
里親団体とは連絡がついてるって言いました。それでね、住所を聞いて、
車で行ってみたんです。子猫たちは、ダンボール箱にタオルを敷いたのに
入れて車に積んで。3匹ともずっと眠ってましたね。
でね、行った先はわりと近くの民家で、チャイムを押すと女の人が出てきたので、
事情を話したら、「それはわざわざご苦労様でした。里親は私どもで、
 責任を持って探させていただきます」こうおっしゃったので、
ほっとして子猫たちを箱ごと渡して、帰ろうとしたんです。
そしたら、その女の人は1匹ずつ子猫たちのお腹をさわってましたが、
急に顔を上げてきつい目つきになり、「この子たち、みんなあなたを恨んでます」
って言ったんですよ。怖くなって、何も言わずに逃げ帰ってきました。

団体役員 大村光輝さんの話
先週の日曜日にあったことです。その日は仕事が休みなんで、
午後から今で映画のビデオを見てくつろいでたんですよ。そしたら、
買い物から帰ってきた妻が、あわてた様子で入ってきて、
「和室にお侍さんがいるけど、あなたのお客さん?」って聞いてきたんです。
最初は何を言ってるんだかわかりませんでした。
「え? おさむらいさんって何だ?」 「武士よ、昔の武士」
「???」 話が噛み合わなかったんで、ビデオを止めると、
妻が私の袖を引っぱって、いちばん家の奥の、
来客用の和室に連れてったんです。「ほら、あれ」
そこは引き戸で、ガラス障子が上にはまってるんですが、そっからのぞくと、
たしかに和テーブルに、黒い羽織の武士が正座してたんです。

あっけにとられました。それでおそるおそる入っていって、
「あの、どちら様ですか?」こう聞いたんです。そしたら武士はおもむろに
刀を腰から外して脇に置き、正座のまま私のほうに向き直って、
深々と礼をしたんです。それでとりあえず私も座りました。
ここからはその武士の言ったことですが、なにぶん昔の言葉で話してましたので、
たぶんこうなんじゃないかって思った内容です。
「お屋敷の主人殿でいらっしゃるか。申しわけない。拙者、特別のお役目の最中で
 ござったが、手違いでこの屋敷に迷い込んでしまったでござる。
 ただ、前にもあったことなれば、戻る手段は存じております。
 つきましては、姿見と水を一杯お貸しいただきたく」
わけがわからないですよね。でも、刀を持ってるし、言うとおりにしようと思って、

妻の姿見と、茶碗に一杯の水を持ってってテーブルに置いたんです。
その武士は「かたじけない」とまた頭を下げ、懐から昔の長財布を出し、
「これは些少なれど、御礼として」って小さいものをテーブルに置きました。
それから姿見に向き、しばらく映ってる自分の姿を見つめてたんです。
5分ほどもそうしてましたか、やがて、「よしや!」という声とともに、
腰に刀を差し直し、茶碗の水を口に含んで、姿見にぷーっと霧状に吹きかけました。
そしたらですね。ぼうっと武士の姿は薄くなり、ふっと消えてしまったんです。
びっくりしましたよ。ええ、鏡は水で濡れてましたし、後で鑑定してもらったら、
テーブルにあったのは四分銀ってやつだったんです。どういうことなんですかね。
あの武士、頭もかつらとかじゃなく、ほんとに剃ってたように見えましたよ。
それと、お役目の最中って言ってましたが、いったい何をやってたんでしょう?