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ドッペルゲンガーの話 2題

2019.09.20 (Fri)
オカルトフアンの方ならご存知だと思いますが、ドッペルゲンガーは
ドイツ語ですね。日本語では「自己像幻視」と訳されますが、
こちらの言葉はほとんど見たことがありません。
基本的に、ドッペルゲンガーを見るのは本人だけなんですが、
最近の怪談では、自分の知らないところで他人がもう一人の自分を
目撃した場合も、ドッペルゲンガーと呼ばれたりするようです。
ドッペルゲンガーは死の予兆であり、これを見た人はごく近いうちに
亡くなるとされます。アメリカ大統領エイブラハム・リンカーンが
見たという話は有名ですし、日本では芥川龍之介が見たと言われますね。
ただ、リンカーンはともかく、つねに大量の睡眠薬を常用していた
芥川の場合は、幻覚であっても不思議はない気がします。

では、ドッペルゲンガーとは何なのか? これはもちろんわかりませんが、
ジークムント・フロイトが発見した「無意識」がその正体ではないか、
とはよく言われます。ドッペルゲンガーを見たとされる人は、
たいへんなストレス環境下にあることが多く、自分の精神から
無意識が分離してしまったという解釈です。ですから、
他人には見えないわけです。あとまあ、日本でも、姿形がそっくりの
人物が2人出てきて、互いに自分が本物だと主張するような話があり、
古典の説話集にも載ってますが、この場合、一方は狐狸が化けている
ケースが多いようです。ドッペルゲンガーとはちょっと違いますね。
さて、今回は、自分のところに集まってきた話の中から
それに関したものをご紹介したいと思います。

IT企業勤務 村田洋次さんの話
じゃあ話していきますけど、これ、全部夢かもしれないんですよ。
何も不思議なことはなくて、ただ全部、僕が見た夢というか幻覚というか、
そういうものなのかもしれません。それでもかまわないんですよね。
あれは、つい3日前の話でもあり、10年も前のことでもあるんです。
え、意味がわからないって? そうでしょうね。
僕自身がわかってないですから。うちは経理ソフトを開発をする
会社なんです。まあ、IT企業はブラックと言われることが多いけど、
たしかに残業は多かったです。週に20時間はあったと思います。
ただ、すべてがサービスではなく、ある程度まで残業代は出てました。
それと、強制させられるわけじゃなくて、仕事が興に乗ってくると
やめられなくなるって面もあったんです。

さっき言ったように、3日前です。その日もね、残業になりまして、
10時ころまではたくさん人が残ってましたが、みなぼつぼつ帰り出して、
オフィスに僕一人だけになったんです。うちの会社は貸しビルの玄関に
警備員が24時間常駐してますので、いくら遅くなっても
問題はありません。で、午前2時を過ぎた頃でした。
もう少しで仕事の目処がつきそうなので、朝までやろうと思ってたんです。
ブースになってるデスクを離れてコーヒーメーカーのとこまで行きましたが、
その日は朝から胃の調子がよくなかったんで、給湯室にある冷蔵庫から
ヨーグルトを出しました。で、ブースに戻ってきたら人が座っる背中が
見えたんです。最初、場所を間違えたかと思ったんですけど、
自分以外残ってる人はいないはず。そこで怖くなりました。

あとね、うちは服装はカジュアルでもOKなんだけど、その人の着てる
ポロシャツが僕と同じだったんです。髪型も同じ。
後じさりしてブースから出ようとしたら、その人はくるっとイスを
回してこっちを見ました。やっぱり・・・自分だったんです。
いつも鏡で見る自分の顔。無精髭が生えて目の下に隈ができてました。
「・・・」声にならない声をあげた僕に向かって、もう一人の自分が、
「お前なあ、こんなことしてたら死ぬぞ」そう言ったんです。
はい、声も自分の声です。逃げ出そうとしましたが、そのとき急に、
今まで感じたことがないような激痛が胃にあったんです。
思わず手で押さえ、吐き気がこみ上げてきて膝をついたところ
までは覚えてるんですが、そこで失神しちゃったんです。

次に気がついたら、病院のベッドにいました。脇にいたのは
会社の直属の上司一人だけ。これは後で聞いたことだけど、
俺が倒れてるのを発見したのが巡回に来た警備員で、
そのまま救急車を呼んでくれ、病院では出血性の胃潰瘍という
診断がついて、とりあえず内視鏡で出血を止めたということでした。
上司は、お前の実家には連絡してあると言って、ほっとしたような
顔で帰っていき、その後、母親が来て看病してくれて、
20日ほどで退院しました。それで、入院してる間にいろいろ考えて、
会社を辞めたんですよ。命あっての物ダネじゃないですか。
田舎に帰って少しのんびりして、それから何か仕事しなくちゃと
思って、アフィリまとめってのを始めたんです。

いろんな記事をまとめてネットにアップし、その広告収入で
食っていくっていう。いや、最初はほんとボツボツとしかお金は入って
こなかったんです。それでも少しずつ仕事を拡大してって、
ホームページ作りやネットシステムの管理なんかもやるようになってね。
軌道に乗り、人を何人か雇い、オフィスを借りて本格的に会社として
始めました。実家のある田舎だと、そういうのやってるとこ少なかったんです。
それでね、規模は小さいとはいえ、一国一城の主じゃないですか。
面白かったんですよ。無我夢中で突っ走り始め、会社のビルができ、
結婚して子どもも産まれました。で、10年たったころです。
ウエブだけじゃ何かのときに困ると思って、別事業を立ち上げたんです。
始めはセフティーネットのつもりだったんですが・・・ そっちで大きな穴が

開いちゃったんです。もう従業員は50人近くなってましたので、
会社はつぶせない。資金繰りに奔走しました。でね、ヘトヘトになって
夜に会社に戻ったんですよ。遅い時間なので誰も残ってなくて、社長室に入ると、
イスに僕が座ってたんです。そのときにすぐ、10年前のことを思い出したんです。
もう一人の僕は、真っ青な顔にうすら笑いを浮かべてました。「お前、
こりないやつだな。でも、もう終わりだよ」その瞬間、気分が悪くなって床に倒れ、
強く頭を打って・・・ で、気がついたら病院です。不思議なことに、前のIT会社の
上司がいたんです、10年たってるのに当時のままで。僕もね、まだ若い自分で。
えっ、あの10年間は全部夢なのか・・・信じられませんでしたが、
そうだったんですよ。ただ一つ、前と違ったのは、診断が胃潰瘍じゃなく、
末期の胃癌だったことです。腹膜全体に散らばってて、余命半年なんだそうです。

タレント事務所勤務 内田幸治さんの話
俺ね、仕事はうちの会社に所属してるタレントさんのマネージャーやってるんです。
ものすごく忙しいし、公私の区別もありません。タレントさんの送り迎えから、
スケジュール管理、売り込みから何から、1日14、5時間は働いてます。
まあでもね、忙しいのはある意味、幸せなことだと思うようにしてました。
だってそれは、自分が担当してるタレントさんが売れたってことですから。
その日も、社用車でタレントさんを自宅まで送り届け、社に戻ってから
帰宅でしたが、まだぎりぎり終電が残ってました。で、疲れ切って
ホームのベンチにへたり込んでたら、ふーっと体から、何かが抜け出すような
気がしたんです。思わず目をつぶってから開けると、すぐ目の前に背中が
見えたんです。俺の背中だってひと目でわかりました。
特徴のあるコート着てましたから。そのもう一人の俺は、どんどん線路のほうに

歩いていき、俺自身はそれ見てるだけで体が動かないんです。
金縛り・・・というんでしょうか。初めて経験しました。そのうちに、
列車が入るっていうアナウンスがあって、もう一人の俺はホームの端ぎりぎりに
立ったんです。ああ、あいつ飛び込むんだな、他人事のように思いました、
自分なのにね。電車が来て、そいつは不格好に宙を舞い、でも、電車が
ブレーキを掛けることもなかったし、アナウンスもありません。やっぱり実体じゃ
ないんだ。そう思ったとき、ずらっと並んだ駅のベンチの下から、黒い犬のような
ものが何十匹とすごい速さで飛び出してきて、停車してる電車の下に入って
いったんです。そのうちの一匹が近くを通ったとき、幼稚園児くらいの大きさだけど、
大人の顔をしていて、裸で腹が出てるのがわかりました。餓鬼って言うんでしょうか。
飛び込んだもう一人の俺を食うんだな、そう考えたとき、体が動いたんですよ。






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蛇の話 3題

2019.09.17 (Tue)
ペットショップ勤務 上田洋一郎さんの話
じゃあ話していきますけど、わけわかんない内容なんですよ。
しかも子どもの頃のことだから、もしかしたら白昼夢みたいなもの
かもしれません、それでよければ。あれは、俺が小学校4年のときのこと
でしたね。当時、市営団地に住んでたんです。うちは母親が離婚して、
シングルマザーで俺を育ててて、お金がなかったんですよ。
その市営団地にはいい思い出はないです。それで、俺、小さいときから
生き物が好きだったんだけど、市営団地だからもちろんペットは
禁止です。けどね、ハムスターをプラケースで飼ってました。
まあ、それくらいは大目に見られるんです。あと金魚とかも。
でね、たしか日曜日の朝、餌をやろうとして見たら死んでたんです。
ハムスターはずっと寝てばかりだけど、それとは様子が違う。

ショックはショックでした。けど、寿命だと思いました。
ハムスターってネズミだから、せいぜい2、3年しか生きられないんです。
小2から飼ってましたしね。その日は母親が仕事に出てなかったんで、
死んだハムスターを手のひらに乗せて、どうすればいいか聞いたんです。
そしたら、団地の自転車置き場の後ろの草地にでも埋めてこいって。
でね、とぼとぼ階段を下りて外に出、自転車置き場に近づいたら、
「あんたそれ、まさか埋めるんじゃないでしょうね」ってキツイ声がして。
1階に住んでる嫌なオバサンでした。1日中家にいて、
ホウキ持ってゴミ置き場の前とか掃除してるんだけど、
団地の住人の行動にいちいちケチをつけるんです。
「そんなの埋めたら、カラスがほじくりにくるか、でなきゃ虫がたかって

 しょうがない。ダメだよ、団地内に埋めちゃ。そうだね、川に流しといで」
歩いて5分くらいのとこに、そこそこ大きな川があったんです。
このオバサンに見つかった以上、埋めるのは無理そうなんで、
ハムスター持ったまま橋まで行きました。日曜の朝7時くらいだから、
いつもと違ってあんま車は通ってなかったです。橋の上から川に投げ込むのは
さすがにかわいそうな気がしたんで、土手からコンクリで護岸されたとこを
下りていきました。川原は葦が生い茂って、あちこち蚊柱が立ってました。
なんとか水面が見えるとこに出て、ハムスターに「さよなら」って言って
投げようとしたとき、横の草むらがガサガサいって、急に人が出てきたんです。
びっくりしましたよ。でね、それ、誰だったと思います?
さっきのイジワルオバサンだったんです。けど、子どもでもさすがに

ありえないって思いました。だって、俺はけっこう急いできたし、
オバサン足が悪かったんです。オバサンの顔は真っ白で、額に筋が浮いてました。
俺が思わず後退ると、オバサンはいつもと違うかん高い声で、
「そのネズミ、わたしにちょうだいよ」って言ったんです。
「どうするんですか?」って聞いても、無表情のまま、ただ「ちょうだい」って。
そのときね、なんか腹が立ったんですよ。それで「嫌です」って言って、
ハムスターを大きく水面に放りました。そしたら、オバサン、
べたっと草の上に這いつくばり、そのままずるっと川に入ってったんです。
「!?」 オバサンの姿は消え、かなり大きい青大将が一匹、
すーっと泳いで、たぶん俺が投げたハムスターを咥え、対岸に向かって
ったんです。いや、怖くなって、走って土手まで上りました。

草に隠れてて、土手の上からは何も見えなかったです。それで、
団地に戻るとオバサンがいたんですよ。いつものようにコンクリの上を掃く
ふりをしてました。「さっき川にいましたか」とか聞けば
よかったのかもしれませんが、気味が悪くて何も言えませんでした。
オバサンのほうを見ないようにして部屋まで戻ったんです。うーん、ここでね、
オバサンの口の端にハムスターの足が見えたとか、「おいしかったよ」
とか言ったのなら、怪談としてはいいのかもしれませんが、
そんなことはなかったです。でね、俺は高校在学中にバイトしてた
チェーンのペットショップに就職して今にいたるんですけど、
たぶんこのときのことがトラウマになってて、蛇が苦手なんです。
店長にはだらしないぞって言われるんですが、この話はしてません。

特殊清掃業 山根秀次さんの話
あ、特殊清掃をしてる山根と申します。よろしくお願いします。
特殊清掃はご存じですよね。いわゆる汚部屋やゴミ屋敷の片づけもやりますし、
孤独死された方の部屋の清掃もします。でね、これ、誤解されてることが
多いんですけど、私らはご遺体の処理はやらないんです。
死体を処理するのはまず警察、事件性があるとみたら、解剖するには
警察署まで運ばなきゃいけないしね。あとは葬儀屋です。
彼らはドロッドロになった死体も運びます。それに比べれば、私らの仕事は
まあ楽といえば楽で。ただ、遺体が長期間発見されず放置されると、
体液が布団を通して畳から床板にまで染み込みます。で、ウジが無数に
わいてたり。あとね、カミソリで頸動脈を切って自殺した人とか。
その場合、血が天井から壁から飛び散ってスゴイですよ。

あ、すみません。こんな話、嫌ですよね。・・・よくね、飲みに行って
何の仕事してるか言うと、みな内容を聞きたがるんです。けど、
自分らから求めたくせに、こういう話をすると顔をしかめるんですよねえ。
あ、すみません。そのときはね、市営団地の1階に住んでた60代の女性の
部屋を片づけました。いや、死後3日程度で発見されたので、
そんなに汚れてるってことはなかったです。これ、後から耳にした話ですけど、
故人には身寄りがなく、市のほうで無縁墓地に葬ったってことでした。
団地内で嫌われてたらしく、火葬のときに誰も来なかったって。
それでね、部屋はわりに片づいてたんです。ゴミらしいゴミもなく、
そもそも物がほとんどなかったです。で、台所に入ると、
ここもきれいだったんですが、大きなゴミバケツがあったんです。

60Lくらい入るやつが2つ。片方はゴロタ石が蓋の上に載せられてました。
もちろんゴミも片づけるんで、まず石のないほうのフタをとったら、
中のゴミ袋に・・・最初、魚だと思ったんですよ。太刀魚とかああいう細長い。
けどね、ウロコとか違うし模様がついてる。それ、蛇だったんです。
太い蛇が何匹分かなあ、とにかくバケツ半分くらいまでブツ切りで入ってました。
いや、食べたのかどうかはわかりません。骨とかになってるのはなかったです。
あと、フタとのついてるほう、すごい嫌な予感がしたんです。
そんときは2人組で行ってたので、若いやつに「お前、ちょっと見てみろ」
って言って、そいつが石をどけ、おそるおそるフタを少しずらして、
「うわっ」ってのけぞったんです。「蛇、生きた蛇がいます。大量に」
・・・仕事ですからね、それももちろん処理しました。

〇〇市役所道路河川管理課 仁科雄平さんの話
ああ、あの川のことですか。たしかに苦情は来てます。蛇が多いっていう。
ですけど、害獣なんかと違って駆除はできませんよね。
蛇を駆除する業者なんて ここらにはいないし、そもそもきりがありません。
ある地域を駆除したって、別のとこから移ってくるだけでしょう。
だから、対策としては、とにかく草を刈るしかなかったです。
草がなければ蛇は住みにくいし、川原に降りた人も、もし蛇がいても
すぐに発見できます。あとは、これは市の管轄じゃなく国土交通省ですけど、
土の部分をできるだけなくして、コンクリで護岸する。
それでですね、秋に入ったあたりの頃に、大々的に川原の草刈りを
計画したんです。そしたら・・・ええ、蛇は大量にいたんですが、
それとは別に、人骨が4体出てきたんです。

もちろん警察で身元を調べましたが、4体ともいまだに該当者は見つかって
ません。行方不明者と照合したんですが、わからなかったみたいです。
この市の人ではないんだと思いますよ。あと、骨だけなんですが、
傷や骨折痕などはありませんでした。だから、警察は事件には
しないでしょうね。それでね、そのときの作業員から話を聞いたら、
4体とも、肋骨の中に無数の蛇が玉になってうごめいてたんだそうです。
・・・嫌ですよねえ。そんなの見たら、とうぶん夢に出てきそうです。
で、草刈りをして2日後です。市のあちこちで目撃者が出て、
役所にも電話が何件もきました。え、何を見たかって? それが、数百、
数千の蛇が、川面を埋めつくすように泳いで下流に向かって泳いでいった
って話で。ま、この市から出ていってくれたのなら、ありがたいことですけど。






棟梁から聞いた話

2019.09.08 (Sun)
自分(bigbossman)は大阪のあるホテルのバーにたまに行くんですが、
そこで千田さんという元大工さんと知り合いました。
年齢は70歳を少し超えたくらいだと思います。工務店をやっておられた
んですが、そちらのほうは息子さんに代替わりして、現在は悠々自適の
生活です。で、千田さん、そのバーでは常連から「棟梁」って呼ばれて
るんですね。名刺を出すと社長と言われてしまうんですが、それが嫌で、
自分から「千田でいいんだけど、社長よりかは棟梁のほうがいいな」
こうリクエストされて、それで呼ばれてるんです。
まあ、昔かたぎの人だってことです。先週の金曜日、試写会に行った帰り、
そのバーに寄ったら棟梁がいて、そこであれこれ話をお聞きしたんです。
ちなみに、棟梁はいつもスコッチのシングルモルトを飲んでるんです。

「それで、家を建てる上で何か怖い話ってありますか」と自分。
「怖い話・・・そうだなあ、ないこともない」 「どんな?」
「家を建てるときには、昔から言われてる決まり事がいくつかあるんだ」
「はああ、鬼門とかですか」 「いや、たしかに昔は、鬼門なんかを気にする
 人は多かった。けど、今はそんなことは言ってられないだろ。
 特に都会だと、ぽっと空いてる土地があって、そこを買って家を建てる。
 だから最初っから制限があるんだ」 「ああ、そうですよね。当然、
 道路に面したほうを玄関にしなくちゃいけないし、家の向きは
 どうしようもないか」 「まあそうだ。でもよ、地図見てみればわかるが、
 鬼門にあたる北東に玄関がある家ってのはそんなに多くはない。
 日当たりなんかの関係で、道がまずそうなってる」

「ははあ、それは知りませんでした。他には何か?」 「そうだなあ、
 細かい決まり事はいろいろあるよ」 「例えば?」 「2階の窓な、
 あれって壁に直付けはあんまりよくないんだ。意味がわからんか、
 窓の下には、ちょっとでもいいから屋根があったほうがいい」
「え、それ、どうしてです?」 「これは俺の親父から聞いたんだが、
 2階の窓ってのは、悪い物が入って来やすいんだ。だが、どういうわけか、
 庇みたいなのでも屋根があれば、たやすく入ってこれなくなる」
「うーん、でも、マンションとかは窓に屋根ないですよね」
「けども、そのかわりにベランダがあるだろ」 「ああ」 「アパートはな、
 ベランダなんかついてないから、じつはあんまりよくない」 
「他には?」 「そうだな、家の裏口ってあるだろ、あれな

 塀を回した家の場合、玄関から裏口まで行き来できないと具合が悪い」
「どうしてです?」 「これは俺もよくわからんのだが、昔から言われてる」
「塀がなければ関係ないんですか?」 「そうだ」
「あ、そういえば、自分の実家もそうです。塀の内側を通って
 玄関から裏口まで行けます。けど、これって設計段階のことですよね」
「建築士はみな知ってるよ。それに、うちは設計から全部やってたから」
「なるほど。実際にご自分で体験されたことってありますか」
「ああ、ないことはない」 「ぜひ」 「あれは昭和40年代だな、
 当時俺は大工になったばかりでね、他の棟梁のとこに修行に行ってた」
「で?」 「当時の修行は厳しかったぞ、ヘマをすると鉋の角で殴られたから」
「まさに修行ですね」 「でな、あるとき、神社の解体・移築の現場に行った」

「へえ、神社って宮大工がやるんじゃないんですか」 「それは有名な大きな
 神社の話で、そこらの町に専業の宮大工なんていねえよ」 「で?」
「そこの神社は明治になってから建てられたもんで、そう古いわけじゃない。
 まだ木材も十分使えるから、バラして少し離れた場所にそのまま移す」
「ははあ、神社建築って釘を使わないって聞きますが」
「いや、それは江戸時代とかそれ以前の話で、理由は2つある。      
 一つは神様が金気を嫌うってことだが、それは表向きのもんで、
 昔は鉄が貴重だったからだよ」 「ははあ、初めて知りました」
「でな、その神社は小さく、本殿と拝殿がかねられてて、解体は1日で終わった」
「どうして移築したんですか、それと神社の御祭神は?」 
「移築の理由はよくわからん。氏子の代表になってる元町長は、

 裏手の山が土砂崩れを起こしそうで危険だからと言ってたが、
 俺にはそう見えなかった。あと神社は、どこにでもある神明社だよ」 
「ああ、天照大神ですね。すみません、何度も話の腰を折って。続けてください」 
「屋根は檜皮葺で、これだけは移築できんから新しくするしかない。
 で、その屋根の葺地の中から妙なものが出てきたんだ」 「何でした?」
「縦3尺、横2尺くらいの金属板を2枚重ねて何かをはさみ、鎖でぐるぐる巻きに
 されてた。すごい重さで、職人2人じゃ持てなかった。後でわかったんだが、
 その金属板は鉛製だったんだよ」 「中には何が?」
「まあそう先を急ぐな。氏子や神職に聞いたら、それはこっちで処分してほしいって
 ことだったんで、トラックに積んでな。で、解体後に儀式をやるだろ。
 俺は神社のことはよくわからんが、祝詞とかあげるやつ」

「ああはい」 「その最中、神主が祝詞を読むのをつっかえたんだよ。
 これがやっちゃいけないことなのはわかるよな」 「はい、そのために
 必ず紙に書いたのを読み上げます」 「そしたら、脇に控えてた元町長が
 突然、前のめりに倒れた。地べたに手をついてえずき、そのまま頭を
 草の上に落としたんだが、みるみるうちに血が広がってな」
「吐血したってことですか」 「そうだ。神事は中断して、救急車が呼ばれたが
 元町長はピクリとも動かず白目を剥いてたから、素人目にもこれはダメだって
 わかったよ。結局、動脈瘤破裂ってことで、その日のうちに病院で死んだ。
 あと、祝詞を上げてた神主も具合が悪そうだったな」 「で?」
「ひとまず会社に戻って、ほらさっき言った鉛板な、みなで鎖を切って
 開けてみたんだ。何が入ってたと思う」 「いや、わからないです」

「写真額だよ。白黒でガラスは入ってなかった」 「何の写真でしたか」
「それがな、結婚式の記念写真だった。新郎が軍服を着てて、歳はまだ若いが
 将校だと思った。で、新婦が花嫁姿」 「それ、もしかしてムカサリって
 やつでしょうか。死後に結婚式をあげる」 「ムカサリというのはよく
 知らんけど、実際の結婚式の写真だよ。おそらくは新郎に召集がかかって、
 出征する直前に式をあげたんだと思った」 「ははあ」
「ただな、不気味なのは、写真の花嫁の顔が、何か尖ったものでこそげたように
 削り落とされてたってことだ」 「うわあ」 「鉛板をもとに戻し、とりあえずは
 会社の倉庫に保管しといたんだが、その写真、祟ったんだよ」
「どんなふうに?」 「まずは、倉庫番のやつが全身に湿疹ができ、高熱が出た。
 市の大きい病院に入院して命はとりとめたけどな」

「で?」 「あと、当日解体に行った大工連中も、多かれ少なかれ
 体にできものができたんだよ」 「棟梁も?」 「ああ、頭の髪の中に
 水ぶくれができて、治るまで半年近くかかった。それだけじゃない、
 その神社のな、氏子の主だった者が次々死に始めたんだよ、みな病死」 「う」
「まあ、その人らは高齢ではあったが、3ヶ月で4人は尋常じゃねえだろう。
 入院とかしてたわけじゃないんだから」 「その写真はどうなったんですか?」
「大工連中はみな触るのを嫌がったが、移築した神社の屋根の中にもとのとおりに
 入れといたんだ。そのときの神事には、奈良にある有名な神社の宮司が来た。
 おそらく氏子たちが頼んだもんだろうが、何事もなく終わったんだよ。
 それで、大工たちにできものができるのも、氏子たちが死ぬのも
 収まった」 「いや、怖い話ですね。その神社に写真額を

 封印してたってことだと思いますけど、被写体の新婚夫婦で何かわかることが
 あったんですか」 「・・・それから10年くらいたって、ある人から
 話を聞いた。その新郎のほうは元町長の次男で、海軍兵学校を
 卒業してすぐ許嫁と結婚し、1ヶ月もたたずに出征。それで、
 昭和20年の初めに戦死公報が入ったんだ。乗艦中に沈没させられたという話で、
 当然、遺骨も遺品もなし。で、遺された花嫁のほうは、その後の空襲のときに
 家から避難せず、仏壇に向かったまま焼死したらしいんだ。これは噂だが、
 姑に、息子の後を追わないことを責められていたらしい」 「うう」
「でな、終戦になって、死んだはずの新郎が復員してきたんだよ。
 戦死の報は手違いだったらしい」 「ええ、そんな!」 「けども、その息子も、
 せっかく生きて帰ってきたのに、しばらくして山中で首を吊ったんだよ」

怪奇ロマン『君待てども』
名称未設定 3

 


看護師の話 3題

2019.09.02 (Mon)
大学病院勤務 西田美優さんの話
私は某大学附属病院の放射線科に勤務しています。内部の移動で
放射線科に変わったときは、正直怖いなと思ったんですが、
分掌は外来の受付でした。はい、自分から外来の希望を出してたんです。
結婚して、夜勤のある入院病棟はもう難しいと思いましたので。
しかも待合室前の受付ですから、放射線被曝の心配もありません。
それで、大きな病院なので、毎日大勢の患者さんが検査に訪れます。
単純X線やCTはさまざまな病気の方が来られますが、
PET検査を受けるのはまず癌患者さんだけです。
その待合室に、いつも座っている50代に見える男性がいました。
灰色のコートを着て、油で頭をびしっとなでつけてる。
観察していてわかったんですが、その人、健康食品の業者なんです。

癌は治る病気になったとはいうものの、それは転移がなく、
原発巣が切除できる場合だけで、PET検査などで転移巣が見つかると、
手術はできず化学療法になります。化学療法では完治は望めません。
癌を放置した場合と比べて、わずかな期間、延命できるだけなんです。
その人は、そういう患者さんやそのご家族を待っていて、見つけると
人の良さそうな笑みを浮かべ、「たいへんね、・・・わかりますよ」
と言いながら近づいていきます。それで、波動水というのを言葉巧みに
販売するんです。「大丈夫、抗癌剤と併用すれば治りますよ、頑張りましょう」
常識で考えて、そんなので治るはずはないんですが、告知を受けて
手術できなければ末期癌です。ショックで頭がいっぱいのとき、
その業者の言葉は、水が染み込むように入ってってしまうんですね。

その波動水、1本4万円のものを週2本飲むみたいですから、
月に40万近くかかります。それで、効果はほとんどない、詐欺同然のものです。
ですから一度、放射線科の准教授に思い切って報告したんです、
どうにかなりませんかって。そしたら、准教授は少し苦い顔をし、
「あの人な、ここの病院の理事長の知り合いらしいんだ。だから、
 かまわないでおくように教授からも言われてるんだよ」頭を振って
こう言われたんです。放射線治療に来た患者さんの中には、
待合室でその波動水を飲んでる方も見かけました。でも、よほどのお金持ちで
なければ、お金が続かないですよね。一昨日です、その人のところに
60代くらいの男性が来てました。男性は病状が進んで かなり具合が
悪そうでしたが、声高に話していて、こんな声が聞こえてきたんです。

「もう・・・貯金は使い果たして、借金までしてしまった、なのに
 どんどん具合が悪くなる一方だ!」 「大きな声を出すのはやめてください。
 それは中には効果がない方もおられます。そうお話したでしょ。残念ですが、
 もう私にできることはありません」その患者さんは頭に血が登ったようで、
よろめきながら立ち上がり、「この・・・」波動水業者のコートの襟首を
つかもうとしました。業者は慣れた様子ですっと後ろに下がり、
待合席の席から30代くらいの男性が2人立ち上がったんです。業者は、
床にへたりこんだ患者さんに向かって、「この人たちは弁護士ですから、
 あとは別の場所で話をしてください」患者さんは、両脇を抱えるようにして
ホールのほうに連れてかれましたが、そのとき、業者のいる真上の天井に、
一瞬、むくむくと黒い雲のようなものが広がり、すぐに消えたんです。

クリニック勤務 三沢瑛美さんの話
私は、駅前にある免疫療法クリニックで働いていました。はい、今はもう
やめてます。免疫療法はご存知でしょうか。癌に対して、患者さん自身の
免疫細胞を強化し、自然治癒に導く。でも・・・はっきり言って、
副作用はないかわり、ほとんど効果もないんです。そのことは、
勤務する前から知ってました。じゃあ、なんでそんなとこに勤めたんだと
思われるでしょうが、すごくお給料がいいんです。一般病院の倍近くでした。
治療費は、自由診療ですから高額です。そのクリニックでは療法1コースが
120万、あとは患者さんの懐具合を計って、4コースとか6コースとか
決めるんです。はい、はっきり言ってインチキなんですが・・・
一般病院と違って、医師はみなすごく優しいんです。患者さんにとって
聞きたくないようなことは絶対に言わないし、診察にも長い時間をかけます。

だから、心の面では安心感だけはあったと思います。まあ、お金が続くうちは。
この間、若い女性の患者さんがみえたんです。まだ20代後半でした。
近くにいて話が耳に入ってしまったんですが、シングルマザーでまだ幼い男の子を
育てているということでした。その患者さん、肺腺癌が見つかったんです。
大きな病院に紹介され、そこでは、転移はなく根治手術が可能という
診断だったそうです。でも、その患者さん、すごく手術を怖がってたんです。
たしかに、麻酔の事故などが起きる可能性はあります。それと、仕事を長期間休めない
ことも気にされていました。手術後は術後化学療法を受けることなりますから、
抗癌剤にも不安があったんだと思います。クリニックの医師はこんな話をしました。
「手術可能でも、完治できるとはかぎりません。検査機器では見えない転移があって、
 手術の途中でやめちゃうケースも多いんです。また、抗癌剤を使用した場合、

 100人に1~2名の割合で副作用死があります。うちの免疫療法で必ず完治するとは
 お約束できませんが、副作用はまずありませんし、お仕事を続けながらでも
 治療できます。・・・どうするかは、ご自身でよく考えてお決めになってください」
その患者さんが帰った後、医師は私に向かって、「今の患者、どうすると思う。
 思い切って手術を受けるか、それとも当院に来るか。どうだ賭けをしないか」
笑いながらそう言ったんです。もちろん賭けは断りました。2週間ほどして、
その患者さん、クリニックを再訪されたんです。もう医師は満面の笑みで、
「よく決断されました。いっしょに治すよう頑張りましょう」って。検査のため、
患者さんが別室に行くと、医師は私のほうにくるりとイスを回し、Vサインしたんです。
そのとき、医師の頭の上にむくむくと黒い雲のようなものが広がり、すぐに消えました。
そんなの見たらもういられないですよね。すぐに辞めさせてもらいました。

〇〇癌センター勤務 峰村恵子さんの話
はい、私は〇〇癌センターの消化器内科の外来に勤務しています。もちろん、
癌センターですから、ほぼすべての患者さんが癌の診断、治療に来ています。
中には腫瘍が良性であることがわかって、喜んで帰っていく方もおられますけど。
1日数千人の患者さんが来られますので、一人の診察時間は3分程度しかありません。
手術でない患者さんには、血液検査の結果を説明して、外来化学療法室で
抗癌剤の点滴を受けてもらいます。ただ、時間をとる場合もあり、
それは最初に癌の告知をするときと、余命をお知らせするときです。
はい、〇〇センターでは、エビデンスに基づいた余命は、できるかぎり
ご本人にお知らせする方針なんです。・・・ここからは、病院の恥を話さなくては
なりませんが、私自身、どうしたらいいのか迷ってまして。

ここのみなさんにお知恵をお借りできたらと思います。
診察室は、小さな部屋が横長に20室以上並んでいます。診察室の奥は、
それらの部屋をすべて通した細長い通路になってて、医師からの指示があれば、
看護師がいつでも駆けつけることができるんです。
それでその日、3時過ぎに外来診察時間が終わり、先生方は食事に出たり、
入院病棟や研究所のほうに行かれたりします。私の勤務は5時半までで、
書類を書いたり片づけをしたり、いろいろやるこがあるんです。
その後ろの通路を通って各室を見て回っていると、一つの診察室から
薄い黒い雲のようなものが流れ出ているように見えました。「え、何か燃えてる?」
と考えましたが、焦げ臭い臭いはしません。入ってみると、たしかに煙が流れていて、
特にある一ヶ所で濃かったんです。はい、棚の上にテイッシュの箱が置いてあって、

その上から天井にかけて広がってました。変だなと思たんです。
患者さん用のテイッシュは診療台の近くにあります。医師が使うために持ってきた
としても、あんな手の届かないところに置くのは。手に取ると重く、カタカタと
何か固いものが入っている音がしました。箱を回してみると・・・巧妙に隠して
ありましたが、レンズが見えたんです。ビデオカメラ? そこで、すごく迷ったんです。
このまま気づかなかったことにしてしまおうかって。でも天井の煙が・・・
慎重に上のテッシュを取り出し、医療手袋をはめてからカメラを出してみました。
子どものビデオを撮ってるので、操作のしかたはわかりました。電源を入れ
巻き戻してみると、映ってたのは、癌の告知、余命宣告を受けている患者さんの
様子の隠し撮りだったんです。何人も何人も、がっくりと肩を落とし、泣き出す人も。
その日、その診療室を使っていたのは、最近離婚したばかりのY先生でした。






九相の鏡の話

2019.08.27 (Tue)
ああ、どうも、またまた来てしまいました。引退した骨董屋です。
今回は、私が経験した古物に関するエピソードの中から、
ある西洋アンティークの鏡の話をしようと思いまして。
ええ、ちょっとした話ならいくらでもあるんですよ。
でね、今になって考えると、古物の種類によって似たような不思議が
起きることが多いんです。人形、皿や壺、武具、掛け軸などの飾り物、
ガラス器、タバコの根付、仏像・・・不思議といえば不思議だし、
あたり前のこととも思えます。属性と言えばいいんでしょうか。
あまり難しいことはわかりませんが、その古物の用途によって、
凝る気に片寄りが出てくるんでしょうね。鏡なんかは特に、
女性の方は毎日見るでしょうから、何らかの念がこもりやすい。

江戸時代までは、金属製の鏡がほとんどだったのはご存知でしょう。
大量生産されてましたから、出回るのは質の良くないものが多いんです。
ガラスの鏡もあることはありましたが、小さいものばかりですし、
ゆがみもひどい。これは、日本では大きな板ガラスが作れなかったためです。
大型の姿見が出回るようになるのは、明治以降のことですね。
ああ、うんちくはこれくらいにして、本題に入ります。
私には一人弟がいて、私のようなヤクザな商売にはつかず、
当時の国鉄に採用されて駅長までやったんです。それで、娘が2人いまして、
私からみれば姪っ子です。その妹のほうが、まだ独身で
会社勤めをしていた頃の話です。はい、そのときには私はもう
引退しておりましたが、相談事があると言って家に来たんです。

なんでも、アンティークの鏡を家具屋で買ったが、それから精神状態が
おかしくなったということでした。ここからは姪との会話です。
「どういうことなのか詳しく話してみて」
「はい、伯父さん。西洋アンティークの家具屋で、イタリア製という
 姿見を買ったんです」 「大きさはどのくらい?」
「そうですね、台座もふくめて私の背よりも高いです。
 180cmあるかもしれません」 「それは大きいね、で、店の人は
 どう説明してたの?」 「イタリア製、1910年代の製品。
 台座はオーク材で手彫りの装飾。鏡面に曇りやゆがみはほとんどなし」
「へえ、そりゃいい出物だ、値段はいくら?」
「7万円でした」 「え、安い、値段については何か言ってた?」

「はい、すごく良いものなのにこの値段なのは、使い勝手がよくないからだって」
「どういうこと?」 「ほら、ふつう姿見って見る角度を変えられるよう
 動くじゃないですか。それが固定されたままで動かなかったんです」
「ほう」 「でも、すごく気に入っちゃって、どうしても欲しくて
 しかたなくなったんです。動かないけど、正面に立って見るぶんには
 問題ないし、値段も、私のお給料でなんとか買える額だし」
「ああ、物と人の出会いってのはあるもんだよ。ひと目見て魅入られたように
 なってしまって、どうしても手に入れたくなる」
「ああ、そうです。そんな気持ちでした。それで、貯金をおろして
 現金で支払い、家具屋さんに部屋まで運んでもらったんです」
「よほど気に入ったようだね」 「はい、すごく・・・自分がよく見えるんです」

「ははあ」 「すらりとスタイルがよく、顔も細面で、何を着ても似合いそうな
 まるでモデルみたいに」 「それはおそらく、わざと曲率をゆがめてつくって
 あるんだろうね。ほら、お化け屋敷に入れば、伸び縮みして見える
 鏡があるじゃない。あそこまで極端でなくても、縦長に映って見える」
「ああ、やっぱりそうですよね」 「まあ、お前はもとからスタイルはいいと
 思うけど。専門的なことを言うと、ガラスがかまぼこ型に盛り上がってるんだ。
 だから手足の先端にいくにしたがって細長く見える。でも、ちょっとさわった
 くらいじゃわからんよ」「それで、鏡に何か変なことが起こったわけじゃなく、
 その鏡が来たことによって、私が変わっちゃったんです」
「どういうことだい?」 「まず、すごく服装にお金を使うようになりました。
 店先やカタログで、いいなっていう服を見つけると、

 これを着て鏡に映してみたらどう見えるんだろう、って考えちゃって」
「で」 「とにかく買いまくっちゃったんです。後先考えず高価なブランド品を」
「ははあ」 「私はまだ入社2年目で、お給料も少ないんだけど、
 そのほとんどを服やバッグにつぎこんで」 「それで痩せてるんだな」
「はい、部屋代と光熱費は決まってて、削れるのは食費だけだったので」
「それで」 「でも、お腹がすいたとも思いませんでした。買った服を着て
 鏡に映してみると、雑誌から抜け出したみたいに見えたんです」
「まさか借金とかした?」 「いえ、そこまでは。でも、あのままだったら
 きっとそうなってたと思います」 「うーん」
「それから、つき合ってた人がいたんですけど、その鏡が来てから
 別れてしまいました」 「それはどうして?」

「うまく言えないんですけど、この人は私にふさわしい人じゃないって
 思えてきて。今考えれば、とんでもないことでした」
「今も別れたまま?」 「・・・すごく後悔しています。でも当時は、
 とにかく彼の欠点ばかりが目について、一つ一つのしぐさや癖、
 それが何もかも鼻について嫌でした。それと、不思議なことがあったんです」
「ほう、どんな?」 「私と彼とがその鏡に並んで映ったことがあるんです。
 もちろん縦長ですから、2人の全身は入らないんですが。
 彼が小さく見えたんです。背が低く太った感じに。それを見て、
 ますます、ああこの人と私は似合わないって思って、
 私のほうから別れを切り出したんです」 「うーん、それで」
「あと、会社での私の立場も悪くなりました」 「どうして?」

「すごく態度が高慢になってしまったんです。私がこんなコピー取りや
 お茶くみなんかしてるのはありえない、もっともっと活躍できる、
 私にふさわしい場が他にあるだろうって思って、それが態度に出て」
「それだと、イジメられるだろう」 「はい、イジメられるというか、
 ある昼休みに、女子社員の何人かから呼び出されて、いろいろキツイことを
 言われました。それと、上司からも一人別室に呼ばれて叱責されたり」
「で」 「こんな会社、辞めてやろうって考えてた矢先のことです。
 その夜も、姿見の前で、買ったばかりの新しい服を身に着けてあれこれ
 ポーズをとっていました。何時間でも見てられるし、陶然とした
 気持ちになってくるんです」 「で」 「そのとき、ドアのチャイムが鳴って、
 無視しようかとも思いましたが、出てみたんです。
 
 別れた彼でした。私は、ドアチェーンをかけたまま、あなたにもう用事は
 ないから帰ってって言いました。すぐ鏡の前に戻りたくて。
 そしたら、彼は何も言わず、細く開いたドアのすき間の上のほうから、
 中に金属の工具を投げ込んだんです。バールって言うんでしょうか、
 細長いやつ。それは横を向いていた鏡の縁にあたり、せまい部屋ですから
 壁にはね返って、鏡面を割りました。そのときに、拍手の音がしたんです」
「拍手?」 「はい、劇場かどこかで、大勢の人がするような拍手の音」
「うーん、それで」 「その瞬間、憑きものが落ちた感じがしました。
 あれ、私、何をやってるんだろうって」 「なるほど、だいたいわかった。
 伯父さんは西洋物は詳しくないが、これから行ってその鏡を見てみよう」
でね、まだ鏡はそのままにしてあるからということで、

いっしょに姪の部屋に行ったんです。いや、ひと間の部屋の中は服や靴、
バッグ類とその箱であふれてました。あと、カップ麺の容器がキッチンに
積み重なって。鏡は八方にヒビが入ってましたね。ひと目でいいものだということは
わかりました。ただ、装飾が不気味で、鏡の周囲をとりまいた蔦の深彫りが、
まるでネズミか何かの頭蓋骨を並べたように見えたんです。
持っていった軍手をはめて、鏡の破片を一つずつ慎重に剥がし、
段ボール箱に入れていきました。裏板があらわになったので、さらに調べると、
二重になってるように思えました。それで車から道具を持ってきて、
上板をはずしてみたんです。端が糊づけされているようで、作業は困難でした。
下の板に何かが貼られているのはすぐにわかりましたよ。
それを傷つけないように慎重に外して、何が出てきたと思います?

古いモノクロの写真が9枚、縦にならべて貼られてたんです。どれも
一人の外国人女性、おそらくイタリア人でしょう、を写したものでした。
1枚目はその女性が4歳ほどで、大きなお屋敷の庭で遊んでいる姿。
2枚目は10歳くらいで、広間でピアノを弾いてました。3枚目は15歳くらい
ですか、私立学校の寄宿舎らしき場所で撮ったもの。
4枚目はその女性が舞台に立っているところで、女優になったんでしょうか。
あとで調べてみましたがよくわかりませんでした。次も舞台で踊っているもの。
6枚目はその女性の結婚式で、結婚が遅かったんでしょう。
30歳を過ぎているように見えました。それと、場所は教会でしたが、
神父さんの姿だけが切り抜かれてました。7枚目は3人の子どもに囲まれている姿。
8枚目、女性はまだ40代に見える姿で棺に入れられていたんです。

どの写真も黄ばんで、縁はぶさぶさになってましたね。
ですから、撮られてかなりの年月がたってから、鏡の中に収められたんだと思います。
・・・最後の一枚についてはあまり話したくないです・・・ 時刻は夕方でしょうか、
その女性の遺体が暗い森の中の土の上に放置され、数匹の野犬が顔や手を
齧っている・・・そんな写真がなぜ撮られたのか、特に最後の一枚を撮ったのは
誰なのか、何もわかりません。その鏡はどうしたかって? 私の手に負えるものでは
ないことは理解できたので、ローマ法王庁に事情をしたためた手紙を出しました。
そしたら、すぐに送ってほしいという返信が来て、ガラスの破片ともども
船便で送ったんです。はい、向こうで処理されたんでしょう。感謝されましたよ。
話はだいたいこれで終わりです。姪には、その青年と仲直りするように言いまして、
姪もそのつもりでした。結局、2人は結婚して今にいたるんです。

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