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本物の話

2019.02.18 (Mon)
今晩は、Bと言います。仕事は星占いをやってるんですが、
それだけだと食っていけないので、歴史雑誌なんかに雑文を書いてます。
あとは趣味でオカルトの研究をしてるんですけど、今からする話は、
そっちのほうに関係があるんです。あの、コンビニDVDってありますよね。
コンビニでは見かけるけど、まともな本屋じゃ見つけるのが難しい。
グラドルとかが多いけど、中には心霊系もあります。ただ、心霊のDVDが出るのは、
ほぼお盆期間限定ですね。え、そんなのインチキだろうって?
・・・まあそうです。CGで雑な幽霊をつくって、心霊スポットのシーンに
埋め込めばいっちょうあがり。そういうのがほとんどなんですけど、
そんな中にもランクってのがあるんですよ。まずね、ネットで拾える
映像を集めて編集したもの。これはさすがに買う価値ないです。

次が、いちおうロケをして自分らで映像を撮ってくるんだけど、
行くのが近場の有名心霊スポットってやつ。例えば、東京だと、八王子城とか
千駄ヶ谷トンネルとか、関西だと深泥ヶ池とかね。さすがにつまんないって
わかりますよね。あと、新人の女性タレントが出てるやつもダメです。
その娘を売り出すためのプロモーションが目的になってたりして、
それだと心霊方面は期待できないのはわかるでしょ。
下手クソな演技を見せられるだけです。僕が唯一買う価値があるかなって思うのは、
編集部が自分らで調べた、人に知られてない心霊スポットでロケしてきたやつ。
そういうのは資料的な意味もあって、980円くらいなら買うようにしてるんです。
で、去年の夏ですね。その手のコンビニDVDを買いました。
そこそこ大手の出版社で出したものなので、それなりに信用できるかと思って。

全部で50分くらいで、4ヶ所の心霊スポット映像が入ってました。
なかなか面白かったですけど、最後の映像がパソコンで再生できなかったんです。
それは関東の〇〇県にある、バブルのころにできた廃遊園地が舞台でした。
何度題名をクリックしても、映像が開かないんですよ。
最初はこっちのパソコンが調子悪いのかと思ったけど、そうでもない。
で、どうしたかっていうと、そこの出版社に電話してみたんです。
「あ、どうも、コンビニで売ってた○○ってDVDを買ったんですけど、
 中に一部、再生できない映像があるんですが」 「あ、すみません。
 それ、映像制作の会社に外注したものなんです。お手数ですが、こちらに
 連絡してもらえますか」というやりとりがあって、改めてかけ直しました。
しばらく呼び出し音があって、あきらめて切ろうとしたときに相手が出ました。

「あの、○○ってDVD買った者なんですけど、最後の話が再生できなくて」
「・・・すみませんでした。こちらの手違いです。お手数ですけど、
 こちらあてに現品を送っていただければ代金をお返しします」
「え、返金してるんだ。そら大変だね。再生できるやつは送ってもらえないの?」
「それがですね、第4話は、こっちの元映像も再生できなくなっちゃってるんです」
「それ、パソコンに取り込んだ映像ってこと?」 「カメラもパソコンもどっちもです」
「へー、興味深いね。返金はいらないから、話聞かせてよ」 「いいですけど」 
「あの心霊スポットって、○○パークだよね」 「そうです」 「実際に行った?」
「はい、行きました。4時間くらいロケしてきましたよ」 「何が映ってたの?」
「それが、最後のほうに撮ったコーヒーカップ、あの乗るやつですけど、
 その中にたくさんの蛇に見えるものが映ってたんです」 「蛇?」

「いや、本物の蛇ではないですけど、なんというか、光の束みたいなのが無数に集まって
 からみあってる映像です」 「へええ珍しいね。そっちの編集部がつくったわけ?」
「いやそれが・・・ぶっちゃけた話をすれば、前の3つの話はこちらでCGを入れたんですが、
 それだけは本物というか、何の加工もしてないんです」 「ますます興味深い。
 そのカップの中には何もなかったんだよね」 「いや、カップの中はカメラマンしか
 見てないんです」 「ははあ、じゃそのカメラマンの人に話聞かせてもらえるかな。
 じつはね、こっちも同業者みたいなものなんです。会えますかね?」
「うーん、それがねえ、カメラは木山さんって言うんですけど、ここ1週間くらい
 連絡がつかないんです」 「え、携帯にも?」 「はい」
「それ、失踪ってこと?」 「いや、あの人、昔からお金が入ると、ふらっと海外に
 行ったりするし、連絡がつかないのもよくあるんで、失踪とは考えてないです。

 ただ、来週から次の撮影が入ってるんで、連絡取るのは続けます」
長々と説明しましたけど、こんな話をしたんです。ねえ、がぜん興味がわいて
きますよね。それで、次の土日をかけて関東遠征に行こうと考えたんです。
ただ、その光の束みたいなのは、単なる撮影ミスの可能性が高いだろうし、
無駄足になってもいいように、仲間を誘ったんです。僕と同じ共同事務所の
Yってイラストレーターです。この話をして、土日ヒマかって聞いたら、
ぜひ行きたいって言ったので、新幹線で大宮まで行き、そこでレンタカーを借りて、
その県に入ったのが3時過ぎくらいでした。それからさらに1時間半くらい、
途中道に迷ったりしながら、なんとか廃遊園地を見つけたんです。かなりの郊外に
あるんで、僕ら以外の車はなかったです。時間は5時近くになってましたが、
9月なのでまだ1時間は明るいだろうと思いました。

さすがに、人のいない遊園地は不気味でしたね。とにかく、鉄製のものはみな赤く
錆びてるんですよ。それが雨で流れて血みたいに見える。僕がビデオ、
Yがデジカメでそこらを撮りながら進んでったら、コーヒーカップの遊具は
入り口からわりと近いとこにありました。カップは全部で8つ。
この遊園地も、ありしころには両親と幼児がこのカップに乗って、なんて考えました。
それぞれ全部中を撮りました。何もない・・・いや、一番手前のカップに蛇の死骸・・・
だと思ったら、脱皮した抜殻が一つ入ってました。まあでも、遊園地内に植物が
侵入してきて、そこらじゅう草ぼうぼうでしたから、最初に見つけたときは
ぎょっとしたものの、不思議なことじゃないとも考えました。
でね、ここ、大事なとこなんですけど、僕らは画像も映像も全部モニターで見たんです。
光の束なんて映ってなかったし、もちろんそれ以外のものも。

1時間と少し遊園地にいて、コーヒーカップ以外も撮影しましたが、
それにも変なものは映ってなかったはずなんです。それから、僕らは車を飛ばして
東京まで戻り、一杯やってホテルにチェックイン。翌日は半日東京で遊んで、
こっちに戻ってきたんです。それでね、1日おいた火曜日の午後、共同事務所で
またYといっしょに遊園地の画像を見たんです。そしたら、ビデオ映像のほうです。
カップの一個の中に、あんまり明るくはない光の束・・・うまく説明できないんですが、
それがDVDの制作会社の人が言ってたとおりに、弱く光りながら何百本もからみあって
動いてる。それ、位置からして、あの蛇の抜殻があったカップだと思いました。
僕とYが同時に「あ!」と言ったとき、パソコンがフリーズしたんです。
まあ、マックは直りましたけど、動画のファイルは開けなくなってしまって。
はい、DVDと同じ現象が起きたってことです。

それで、今度は写真のほうを見たんです。そしたら・・・2枚目のカップの底に、
土下座するようにして倒れてる人がいたんですよ。ありえないでしょ。
そんなのがあったら、絶対にその場で気がつくはずです。
その人はザックを背負ってて、体がぐっしょり濡れてるように見え、
さらに上に草がかかってたんです。でね、この画像のほうは消えなかったんです。
今も持ってます。弱りましたよ、だって生きてるように見えないんですから。
Yと相談した結果、向こうの県の警察に通報しました。
説明に困ったんですが、「心霊スポットの撮影に行ってあちこち写真を撮った。
 そのときは気づかなかったけど、帰ってきてから見たら人が写ってた」
こう話したんです。大きくは事実と違わないですよね。で、念のために向こうの
警察が廃遊園地を捜索したら、コーピーカップの中で実際に人が死んでたんです。

もうわかりますよね。DVDの撮影をした木山っていうカメラマンでした。
死因は睡眠薬の中毒。木山さんのモバイルパソコンに、意味不明ながらも
遺書らしきものがあり、自殺って結論になったんです。僕とYは、地元の警察から
話を聞かれ、写真も見せて警察はコピーして持っていきました。
疑われてた感じはなかったです。どうやら木山さんには自殺の
動機もあったみたいで。こんな話なんですが、まったく意味がわからないですよね。
・・・でねえ、後日談とはまた違うと思うんですけど・・・
木山さんの死体画像を見つけたときから1週間後くらいですか。僕とYで、
壊れた映像ファイルをあれこれ いじってたんです。なんとか回復できないかと思って。
そしたらパソコンの上にふわっと、蛇の抜殻が落ちてきたんです。
さすがにありえないでしょう! 僕らの事務所は大阪の街中にあるのに。






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ネット霊能者の話

2019.02.14 (Thu)
自分はbigbossmanと言いまして、大阪で占星術をやっています。
ただ、それだけでは食べていくのが難しいので、
旅行雑誌や歴史関係のムックに原稿を書いたりしてます。で、そのときに、
自分のことを「オカルティスト」と名乗ってたんです。
これは宣伝をかねてのことなんですが、この名称はいろいろと誤解を受けまして、
夜中に床に魔法陣を書いてロウソクを立て並べ、呪文を唱えて
悪魔を呼び出したりしてるんじゃないかって思われたりします。
でもそれって、「サタニスト」ですよね。また、そこまでいかなくても、
乱交パーティとか怪しい薬物に関わってるんじゃないかと言う人もいて、
しょうがないので、最近はオカルティストをやめて、オカルト研究家にしたんです。
で、怖い話のブログも書いてますので、あちこちから怖い話が

集まってくるようになりました。中にはご自分の話ではなく、
怖い体験をした方を紹介してもらったりもします。それは大歓迎です。
あと、「霊能者」を名のる方と何人かお近づきになることができました。
今回の話は、その中で「ネット霊能者」を名のるOさんという方と、
自分が会話した内容を記していきます。Oさんを紹介してくださったのは、
ある旅行雑誌の編集者の人です。Oさんは京都在住で、京都駅近くの喫茶店で
お会いしました。で、お会いしてちょっと拍子抜けしたというか、
Oさんは40代で主婦をしておられて、化粧や服装もほんとに
ごく普通だったんです。以下、会話の形で記していきます。

SNS
「あ、どうも。占い師をしているbigbossmanと申します。本日はよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」 「さっそくですが、ネット霊能者とおうかがい
 しましたが、どのようなものが見えるんでしょうか」
「そうですね、10年ほど前から、ネットにこもる人の気みたいなものを
 感じ取れるようになりまして」 「ははあ、それはどんな形で?」
「信じてもらえるかわかりませんが、ネットの文章や掲載されている画像が
 よくないものの場合は、果物が腐ったような甘ったるい、嫌な臭いを感じるんです」
「へええ、嗅覚にうったえる霊能ですか、それは珍しい。
 どんな場合にそれを感じるんです」 「そうですね、いちばん鼻につくのは、
 個人のブログやインスタなんかのSNSですね」 「というと?」
「ほら、そういうのを書いてる人は、いつどこで美味しいものを食べたとか、

 家族で旅行に行ったとか、恋人にこんなに愛されているとか、
 自慢話みたいなことを書かれている人が多いですよね」 「ああ、たしかに、
 ネットですからねえ、実際のところはわからないのをいいことに、
 嘘とまでいかないんでしょうが、自分をよく見せようとしてる人は多いですね」
「ええ、それで、そういう画像が目に入ったとたん、くらくらするような強い臭い
 を感じるようになりまして」 「ネットの嘘がわかる、ということですか」
「ええ、まあ」 「耳鼻科の病院などに行かれたことはあります?」
「もちろん。でも異常なしでした」 「ははあ」
「少し前、あるブログで、少しだけ知ってる主婦の方が、同居してるお姑さん、
 つまり旦那さんの母親と仲良くお菓子作りをしている画像を見まして、
 ものすごく強い臭いを感じました」 「それで?」 

「それから2ヶ月ほどして、そこの夫婦は離婚したんです。原因は、
 奥さんがお姑さんを虐待するからということでした。階段から突き落として
 大ケガさせたんだそうです」 「・・・なるほどねえ。でもですね、
 個人のブログなんかは、ある意味、現実というより、こうありたい理想の自分を
 書いてる人が多いんじゃないでしょうかね」 「それはそうだと思います。
 でも、そういうところにネットの魔が忍び込みやすいというか」
「ネットに魔がいますか」 「確実にいますね。そうして利用者の人生を狂わせようと
 ねらっている」 「ははあ」

ネット通販
「そのネットの魔って、具体的にはどんなものです?」 「そうですね、
 はっきりとは見たことがありません。パソコンやスマホの画面を見ているときに、
 さっと視界の隅を横切る黒い影のようなものです」
「うーん、やはり個人のブログに多いんですか」 「それが、最もよく見るのは、
 意外に思われるかもしれませんが、ネット通販のサイトなんです」
「どういうことです?」 「私にもよくわかりませんが、人間の物欲が形をとって
 現れたものなんじゃないかと考えてます」 「物欲・・・」
「ネット通販による破産って多いんですよね」 「ああ、直接店に行くわけじゃなく、
 クリックひとつでほしい商品が送られてきますし、クレジットカード決算が
 多いので、あれもこれもと買いすぎて、破産してしまう人ですね」
「はい。それと、今は一人暮らしの高齢者とか、引きこもりの人とか、
 
 1日中他の人と話をしないで、ネットばかり見ている人も多いですよね。
 そういう人は、ネットで物を買うと、お買い上げありがとうございました、
 という言葉が出てきますよね」 「あ、はい」 「それに社会とのつながりを
 感じて、どんどん買ってしまう。そういう話もあるそうです」
「うーん、なるほど、ネットでつながってはいても、個人としての孤独は
 深いと」 「はい、やはり、そういうところには魔がひそんでるんです。
 bigbossmanさんもネット通販はされてますでしょう」 「・・・まあ、節度を持って」

ネットの墓
「その他には、ネットで怖い部分ってありますか」 「bossmanさん、
 ネットの墓ってご存知ですか?」 「はい、知ってます。個人のブログなんかが、
 管理人が亡くなってしまっても消されずに残ってるものですね。
 有名なのには、世界を旅行してブログにアップしてた夫婦が、
 旅先の国で2人同時に伝染病で亡くなってしまい、中断されたまま残ってるものとか。
 あと、ネットの墓のURLを集めてるような人もいますね」
「ええ、で、そういうネットの墓ブログも、強い腐臭を感じるんです」
「それは、亡くなった方の執念が残ってるってことですか」
「・・・違うんじゃないかと思ってます。悪い気はむしろ、そのブログを見てる人の
 ものでしょう」 「え、どうして?」 「ほら、亡くなった方っていうのは、
 もう2度とこの世には戻ってこない、この言い方は変ですが、

 究極の負け組って考えることができませんか」 「ははあ、死んでこの世から
 退場したのは負けってことですか」 「はい、で、ネットの墓ブログを好んで
 読む方の中には、この人はあと何ヶ月で死んでしまうけど、自分はまだ生きてるって、
 優越感を持つために、くり返し読んでる人もいるみたいなんです」
「うわ、嫌なネット利用のしかたですね」 「おそらくですが、そういう、
 まだ生きている人の気、それも一人だけじゃない。それが集まって、
 悪いものを生んでるんじゃないかと思うんです」 「うーん、なるほど」

怖い話ブログ
「ところでOさん、先ほど自分がやってるオカルトのブログを見ていただいたんですが、
 悪い気を感じたりなさいますか」 「そうですね、いくつか話を読ませていただきましたが、
 あまり悪いものは感じませんでした」 「ああ、よかった。でも、自分が書く怖い話は、
 ほとんどのもので、人が亡くなってる内容なんです。そういうのを書くことで、
 自分に悪いものが憑いてくるなんてことはないんでしょうか」
「うーん、bigbossmanさんの場合は、最初から創作とことわって書いてられますでしょう。
 それがいいんじゃないですかねえ。創作の怪談であれば、当然読む人も作り物と
 思って読むでしょうから、そんなに悪いものは溜まらない気がしますね」
「ああ、そう言っていただけるとひと安心です。やっぱりね、オカルトのブログをやってて、
 病気したりすると、変なものを書いてるせいじゃないか、なんて考えることもあるんです」
「大丈夫だと思いますよ。幽霊なんて罪のないものです。

 よく言われることですが、怖いのは生きている人間の恨みや嫉妬、
 人をおとしいれてやろうとする悪意ですから」 「たしかに」
「ネットには、病気の人を騙して変なものを買わせたり、インチキセミナーにさそい込んだり、
 巧妙な新興宗教の勧誘とか、怪しいブログが多いですよね。
 その手のに比べれば、bossmanさんのブログはぜんぜんマシなほうだと思いますよ」
「安心しました。ところで、最初から気になってたんですが、
 Oさんが嫌な臭いを感じるのは、ネットだけなんですか。実生活ではどうです?」
「それが、まったくダメなんです。これは自分でも不思議なんですけど、
 何も感じないんですよ。だから、使えない霊能ってことです」
「いや、大変参考になりました。今日は、どうもありがとうございました」
 






旧家に住む話

2019.02.13 (Wed)
私が小学生の時分ですから、だいぶ昔のことになります。
8歳から12歳までの間、旧家に住んでいたんです。なんのためかというと、
お座敷をのぞいて、ご挨拶するお役目があったからです。
・・・こう言っても、わけがわからないでしょうね。
はじめからお話していきますが、地域や主家のことについては、
具体的な名前は伏せさせていただきます。その家は零落はしても、
まだ続いておりますから。さて、どこから話していけばいいか。
江戸時代末、ある小藩の藩主がおりました。そのお殿様は、
明治維新のときに官軍方についたため、廃藩置県後は伯爵となって、
県知事もお務めになられたんです。はい、その後も代々、県の重要な役職に
お就きになっておられたんですが、昭和に入り、

太平洋戦争の敗戦後は、農地解放ですべての小作地を手放されたんです。
ですが、そのときのご当主様は才気のあるお方で、
小売業に手を出されまして、県内のスーパー、ホームセンターの
大きなチェーンを一代でおつくりあげになったんです。
はい、政治からは手を引いておられましたが、県内の重要人物の一人で、
毎日のようにいろいろな会合に出ておられました。
そして、70歳になったとき、チェーン網の経営権をご長男にお譲りになって
引退なされたんです。ご長男はそのとき、40代のはじめくらいだったはずです。
ちょうどそのころです、私の一家がみなでご当主様のお屋敷に住むようになったのは。
私の父は、そのチェーンのホームセンターで働いておりまして、
新しいご当主様より5つほど若かったはずです。

それが、あるときご当主様からじきじきに、「今の仕事を離れて、屋敷のほうで
 秘書のようなことをやってくれないか」そんなことを言われたそうです。
父は驚きました。私の父は工業高校を出てすぐホームセンターに勤め、
木材の加工などをやっていたんです。「とても秘書などは務まりません」と
お断りしたんですが、「ただ屋敷にいてくれるだけでいい、何もしないのが嫌なら、
 近くにあるコンクリ工場の副社長をやってもらうから。
 今のホームセンターの給料の倍を出そう」とまで言われ、
引き受けることになったんです。ただ、それには条件があり、
先ほど言いましたように、一家でご当主様のお屋敷に移り住むことでした。
当時の私の家族は、父と母、子どもが8歳の私と4歳の妹でした。
今にして思えば、父とは関係なく、私をあのお屋敷に入れるためのことだったんです。

お屋敷は、県庁所在地の市から車で1時間かからない郊外にありました。
もともと、江戸時代には藩のお城があったところです。そのお城は明治維新のときに
焼けてしまい、その跡地に、大きなお屋敷が築かれたんですね。
私が入ったときには、すでに築100年を過ぎていて、
使われている木材も黒光りしておりました。2階建てで、部屋数はつごう20以上は
あったはずです。敷地には馬小屋や薪小屋などもありました。
私は・・・それまで通っていた小学校から転校することになったので、
そのお屋敷に入るのは不満がありましたが、父も母も喜んいたので、
口にすることはできませんでした。私の家族は、そのお屋敷の座敷3つを与えられました。
居間、父母の寝室、私と妹が勉強したり寝たりする部屋。
どれも見事なつくりの和室でした。あと、そうですね。

朝晩の食事は、お屋敷にたくさんいる使用人がすべて作って、
お膳で部屋に運んできたんです。父はばりっとした背広を着て、近くの、
やはりご当主様の持ち物であるコンクリ工場に通いました。私は、地元の小学校に
黒塗りの外車で送り迎えされていました。はい、いじめられたということはなかったです。
お屋敷から通ってきているということで、校長はじめ先生方の接し方が
他の子たちとは違っていました。私が、ご当主様とお会いしたのは、数えるほどしか
ありません。最初、お屋敷に入ったとき、ご当主様にのところに連れて行かれて
お辞儀をしました。ご当主様は、顔を上げた私の近くまで寄ってきて、
「ああ、この子か、新しくご挨拶をするのは。よろしく頼むぞ。
 吉を運んできてくれ」そうおっしゃって、私の頭をなでられたんです。
はい、お屋敷で、私には一つのお役目がありました。

難しいことではありません。毎日、夜の9時に2階のもっとも奥のお座敷に、
御酒を届けにいくんです。たくさんの部屋数があったために、2階のほとんどは
使われていませんでした。ただ、廊下の電気はついてました。
私は一人だけで、徳利2本を乗せたお盆をささげ、
階段を上って長い長い廊下を通り、つきあたりの奥の座敷の襖の前まで行きます。
そこで正座してお盆を置き、「御酒をお持ちしました。失礼いたします」
そう言ってから、襖を開けるんです。毎日のことでしたが、
この襖を開けるときは怖かったですよ。もちろん、お座敷には誰もおりません。
それからお座敷の電気をつけます。すると床の間に、兜から鎧の一組が武者人形のように
飾られてあったんです。これが怖くて怖くて、慣れるということはなかったです。
なんでもこの鎧は、ご当主様の遠い先祖が使ったものということでした。

私は、お盆を持って鎧武者の前まで行き、座って礼をし、「お下げいたします」
と言って、前夜の徳利を回収します。中のお酒が減っているということは
なかったと思います。それから、「どうぞお上がりください」と、
新しい徳利をお供えするんです。そうですね、時間にすれば15分もかからなかったと
思います。なぜこんなことをするのかわからず、お屋敷の使用人たちに聞いても、
誰も答えてくれませんでした。それと父母も、私が尋ねても、
「そうするようにご当主様から言われた。難しいことじゃないから、
 しっかりやっておくれ」といった調子だったんです。
たしかに、たいへんな仕事ということはありません。ですが、毎日でしたから、
私は小学校の泊りがけの旅行には行くことができなかったんです。
それで、私のこのお勤めのうちで、異変があったのは2回だけでした。

最初は、私がお屋敷に住むようになって2年目、9歳のときでした。
いつものように襖の前まで来たとき、中から何か賑やかな音が聞こえてきたんです。
私が「失礼します」と言うと、中から「お~お、入れ」と間のびした声が聞こえ、
開けると、驚いたことに、中には10人以上の人がいたんです。
御膳を前にして宴会をやっていました。それで、中にいる人はみな、
着物を着てお面をつけてたんです。学がないもので、何のお面かはわかりませんが、
どれも少しずつ異なった笑い顔の面。集まっている人はみな酔っているようで、
立って手踊りをしたり、三味線を弾いている人もいたんです。
はい、鎧はそのまま床の間にありました。そして、宴をしている一人が、
「お、御酒がきたか」と私からお盆を受け取り、「あとはいいから、お下がり」
と言ったので、そのまま下に戻ってきたんです。

私は途中から小走りになり、使用人の長の人に見たことを報告しました。
その人は番頭さん、と呼ばれていたんですが、私が、宴が開かれていたことを言うと、
「おお、それはよく見てきた。きっとお家に吉事があるぞ」そうおっしゃったんです。
私にはどういう意味かわかりませんでした。それで・・・
それから1ヶ月ほど後、ご当主様に男の子が生まれたんです。
はい、子どもはおられたんですが、女の子が2人でしたので、その子が跡継ぎという
ことになります。そのお祝いの席には両親と私も呼ばれ、ご当主様は
じきじきに私の前まで来て、「でかした。また、良いことを見てきておくれな」と、
ジュースをついでくださったんです。宴会を見た翌日からも、
もちろん御酒を上げにお座敷へは参りましたが、しんと静まり返った
いつもの座敷でした。ただ、お下げした前日の徳利は2本とも空になっていました。

・・・2度目は、私が12歳、小学6年生の秋のことでした。
襖の前で「失礼します」と言ったとき、中から「うあああああああっ」という、
男の人の叫び声が聞こえたんです。どきっとして飛び上がりましたが、
そこでやめるわけにいかず襖を開けました。すると・・・
廊下からの光で、鎧がひっくり返っているのがわかりました。
それと、畳の上が黒く濡れていることも。怖かったんですが、御酒を上げることだけは
しなくてはと思って中に入って電気をつけました。すると、畳の上の黒いものが
真っ赤に変わりました。血だと思いました。私は悲鳴を上げ、
走ってお座敷を逃げ出したんです。逃げるときに、つまずいてお盆を御酒ごと
ひっくり返してしまいました。その私の背中に、「死ぬるぞおおおお」という、
野太い声が聞こえてきたんです。走って走って、転がるように階段を降りると、

「どうした、何を見た!」異変を察したのか、下で番頭さんが待っていました。
私が、見たもののことを言うと、番頭さんは、「何だと!!!」と声を荒げたんです。
それから・・・ひと月たたないうちに、ご当主様が亡くなられました。
妾宅に行っていたところを、そのお妾さんから包丁で刺されたんです。
子どもの私には、当時はそういうことはわかりませんでした。ご当主様が亡くなって、
私が御酒を運ぶお役目はなくなりました。その後少しして、
私の家族はお屋敷を出ることになり、父は、チェーンのホームセンターの一つに
店長として戻ったんです。ですが、スーパーもホームセンターも、
すべての事業の経営がおもわしくなくなり、いくつもの店舗が閉鎖され、
ご当主様の身上はつぶれてしまったんです。父は転職を余儀なくされ、
その後、大変に苦労しました。あの、私が宴を見た後に生まれた男の子が、

今はご当主を務められているようですが、
事業は縮小して、すっかり昔の面影はありません。
お屋敷もとうに人手に渡り、解体されて、今は地域の温泉施設になっているようです。
私が4年間、毎日御酒を上げに行ったお座敷はもうないんです。
・・・あのお座敷がどういうものだったのかは、今もってわかりません。
番頭さんをはじめ、当時の使用人のほとんどは鬼籍に入っているでしょう。
ですが、事情をご存知の方は、まだどこかにおられると思います。
あとは、あの鎧兜ですが、お屋敷が解体されるときに、
さまざまなお宝とともに競売に出されたようで、
私はあれから1度も見たことはありません。まあ、こんな話なんですけど、
あのお座敷はいったい何だったんでしょう。不思議と言うしかありません。






おりえぎ様の祭礼の話

2019.02.09 (Sat)
よろしくお願いします。私は、2年前に小学校の教員に採用されまして、
今勤めている小学校に赴任したんです。うちの県では、
新採用の場合、自分の住んでいる地域と離れた場所に配置されることが多く、
私もそうでした。初めて親元を離れてアパートで生活しています。
ですから、いろいろ心配なこともあったんですが、町の人はみな親切、
子どもたちも素直というか純朴で、困ったことはほとんどなかったんです。
昨年度、初めて担任したのは5年生でした。クラスの人数は18人。
はい、過疎化が進んで、その小学校は学年1クラスずつ、
20人をこえるクラスはありません。それで、私のクラスの学級委員長は
山田くんという男子生徒でした。元気がよく、リーダー性があり、
さまざまな行事で他の子たちを引っぱっていってくれました。

スポーツ少年団は野球部に入っていて、まだ5年生なのにエースピッチャー
だったんです。女の子たちにも優しく、とても人気者だったんですが。
年が改まった2月のことです。その小学校の学区は大きく2つに分かれていて、
仮に上郷地区と下郷地区ということにさせていただきます。
山田くんは上郷地区で、小正月には、「おりえぎ様の祭礼」がある
ということでした。私が「どんなお祭り?」と聞いたら、
「地区の裏手にある山の神社でお神楽をやります。今年はうちが
 回り番で、ご祭礼の幹事をやるんです。先生もぜひ見に来てください」
こんなふうに言ってたんですが、その日は土曜日で、
私はちょうど大学の同級生の結婚式にあたっていたんです。それで、
「ごめんなさいね、先生、その日は大事な用があって行けないの」

こう答えたら、すごく残念そうな顔をしていました。
それで、その祭礼があった次の月曜日のことです。私は結婚式の2次会まで
つき合ったため、その日は朝一番の電車で戻ってきたんですが、
あぶなく学校に遅刻しそうでした。自分の教室に行ってみると、
子どもたちはもう来ていて読書をしていましたが、
山田くんだけ姿が見えなかったんです。「あれ、山田君がいないね、
 誰かお休みの連絡を受けてる?」他の子にそう聞いたら、
みな黙っていましたが、ややあって、山田くんと同じ上郷地区の子の一人が、
「たぶん休みだと思います。山田くんの家、祭礼でしくじりをしたから」
こんなことを言いました。「え、しくじりってどういうこと?」
「・・・わかりません、僕は上手だと思ったんですが、うちの親がそう言ってました」

その子が困ったような顔になったので、「ありがとうね」そう言って
職員室に戻りましたが、やはり休みの連絡は来てませんでした。
のんびりした地域ですので、そういうことはよくあるんです。
こちらから山田くんの家に電話したんですが、何度かけても話し中で。
困ってしまって、机を並べている6年生の担任の先生に相談をしました。
その先生はベテランの女性教師で、その町に住んでたんです。
「うーん、私は上郷じゃないのでよくわからないけど、祭礼の片づけをしたり
 してるんじゃないかな。給食まで待って、それでも連絡がつかなかったら
 家庭訪問してみたら」こんなふうに言われました。心配でしたけど、
1時間目の授業を始めました。それで、2時間目の終わり頃、
山田くんが「遅れてすみません」と、登校してきたんです。

髪がボサボサで顔色が悪かったです。私が、「大丈夫?」と聞いたら、
「大丈夫です」と答えたんですが、いつもは活発に手を挙げて発表する子なのに、
ずっとノートに目を落としたままで、給食も半分以上残したんです。
放課後も、野球の練習に出ないでそのまま帰ってしまったので、
心配で家に電話してみました。でも、ずっと話し中のまま。
翌日も、山田くんはやや遅れて登校してきて、元気はないものの、前日よりは
よくなってる気がしました。それで、祭礼で疲れてるのかなと思ってたんです。
それから2週間ほどたって、山田くんの様子は少しずつもとに戻ってきました。
ですが、あれほど熱心にやってた野球の練習には参加せず、
ホームルームが終わるとすぐに帰ってしまうんです。気になって、
帰り際に聞いてみたんです。「どうして野球の練習に出ないの?」って。

そしたら、言いにくそうにしてましたが、「うち、祭礼の当番でしくじったので、
 毎晩神様に謝らなくちゃいけないんです」そう言い残して走って出ていったんです。
また1週間ほどして、その日は朝から粉雪が舞っていました。
温かい地方ですので、雪が積もることはめったにないんですが、
午後の授業になるころには、10cm以上にはなっていたと思います。
風も強く、窓のサッシがガタガタ鳴り出したので、窓際の列の子たちに、
「カーテンを閉めて」と言いました。そのとき、立っていった子の一人が、
「あっ、おりえぎ様が来ておられる」と言ったんです。その子は上郷地区でした。
すると、クラスのだいたい半分の人数の上郷地区の子たちが、
いっせいに机に顔を伏せたんです。「え、え、どうしたのいったい?」
ガタンとイスの音がして、そっちを見ると山田くんが立ち上がっていました。

「おりえぎ様、申しわけありません!不心得でございましたあ」
山田くんは、子どもらしくない口調でそう叫ぶと、
小走りに窓際まで進んで、土下座したんです。それから、額を床にこすりつけながら、
「おりえぎ様、おりえぎ様、申しわけございませんでしたあ!」と、
何度もくり返しました。「ちょっと何? 山田くん、やめなさい!」
山田くんに近寄っていくと、顔を伏せていた子の一人が、
「先生、止めないでください!」と強い口調で言い、それ以外の上郷の子たちも、
「山田、もっと謝れ!」 「まだ足りん、もっと謝れ!」
「心から謝りなさいよ!」口々に叫び始めました。
私はもうどうしていいかわからず、とにかく山田くんを立たせようと思いました。
そのとき、窓の外で何かが飛び回っているのに気がついたんです。

風にあおられたビニール袋? 糸の切れた凧? そんなふうに見えましたが、
それはくるくると回転しながら窓に近づいてきて、べたりと貼りつきました。
お面・・・でした。人の顔の倍くらいある薄いお面、それがサッシ窓の一つに
くっついて、教室の中をにらんでる。目が縦に2つずつ。
4つあるのがわかりました。そのお面は、窓にくっついたまま
するすると移動して、山田くんが土下座しているすぐ上にまできました。
「あああ、ごめんなさい、ゆるしてください」山田くんが半泣きの声を上げると、
お面は、あおられたように、急に窓を離れて高く飛び去っていったんです。
力が抜けてぐったりとした山田くんを立たせると、額をすりむいて、
少し血が滲んでいたので、他の子には自習を指示して保健室に連れていきました。
傷はたいしたことはありませんでしたが、山田くんは放心状態でした。

家に電話したら、このときはすぐに出て、山田くんのおじいさんでした。
事情を話すと、「今から迎えにまいります」ということでしたので、
養護の先生にお願いして教室に戻りました。上郷地区の子たちも、
顔を上げて静かに教科書を読んでいました。その後、軽トラでおじいさんが学校に来、
山田くんを引き渡したんです。どういうことなのか聞きたかったんですが、
なんというか、気後れがして聞けませんでした。降雪のため、
放課後のスポ少は中止になり、ほとんどの子は親が学校に迎えに来ました。
翌日から、山田くんはお休みになりました。保護者からは、「熱が出ている」という
連絡があったんです。休みは3日続き、机にたまったプリント類を整理して、
それを持って家庭訪問に行こうと思いました。プリントを中から出していると、
見ていた掃除当番の子の一人が、「先生、家庭訪問はやめたほうがいいです。

 今晩、お神楽のやり直しがあるんです。先生が行っても山田くんの家には
 誰もいないと思います。山田くんはもうう失敗しないし、
 明日は学校に来ると思います」こう言ったんです。それで、ひとまず家庭訪問は
やめたんです。翌朝、教室に行くと、いつもなら読書している子どもたちのうち、
上郷の子たちだけが集まっていて、中心に山田くんがいたんです。
山田くんはにこにこ笑っていて、他の子たちは、「上手だったね」
「すごくよかった」みたいなことを言ってましたが、私が教室に来たのを見ると、
ぱっと散ってそれぞれの席に戻りました。私が、山田くんに、
「お神楽、上手くいったの?」と聞くと、山田くんは明るい声で、
「はい、許していただきました」と言ったんです。その後はおかしなこともなく、
子どもたちは6年生に進級し、私はそのクラスの担任を離れたんです。

追儺の方相氏




黒フードの話

2019.02.07 (Thu)
警備員の山崎さんの話
どうも今晩は、山崎と申します。よろしくお願いします。
自分はこの4月から、警備員をしてます。はい、警察を定年退職しまして、
その後の再就職ということです。うちの県では、警察とコネのある警備会社
がありまして、退職後はそこへいく人がけっこうな数いて、
私もその一人ということです。その警備会社の経営者も元警察官なんです。
ですから、私のような退職者には気を遣ってくれまして、
例えば道路工事現場の交通整理など、キツイ現場に派遣されることはないんです。
それで、私が派遣されたのは、地元のある大学病院です。
かなり大きなところですよ。1日の外来患者数が2千人ということです。
3交代のシフトで、24時間警備をしてます。1シフトの配置は4人。
病院の警備なんて楽なもんだろう、と思われるかもしれません。

じつは私も、最初はそう考えてたんですが、これがそうでもなかったんです。
ほら、病院関係者の数も患者数も多いですから、いろいろなことが起きるんです。
私の配置は病院の1階で、警備員のブースに立ってます。まず気をつける第一は
患者さんですね。入院してる患者さんが、病院着のまま外に出ていくことがあるんです。
外には植え込みがありベンチが備えられているので、そこで日光浴してる場合も
ありますけど、多くは喫煙です。ほら、今は院内完全禁煙で、
喫煙所なんかもないでしょう。だから、急な入院になった患者さんが、
どうしてもタバコを吸いたくて、点滴のスタンドを引きずったまま、
外の病院の門のところまで行ってタバコ吸ったりするんです。そっと後をつけていって、
まあ、病院外なら文句は言いませんが、敷地内で喫煙してる場合はやんわり注意します。
私はタバコ吸わないのでわかりませんが、そんなにしてまで吸いたいもんなんですかね。

あと、患者さんが看護師や医師に暴力を振るうというケースもあります。
そういうときは非常ボタンで連絡が入るので、駆けつけて止めるんです。
やってみると、なかなか大変な仕事でしたね。ああ、すみません、本題に入ります。
会社で、病院警備の概略の説明を受けた後、仲間の警備員に紹介されたんですが、
そのとき先輩の一人にこんなことを言われたんです。「あの病院では、
 ときどき小柄で黒いフードをかぶった人を見かけるが、関わらないことだ。
 何も実害はないから」でも、そう言われても気になるじゃないですか。
「どういうことです? それ、何者ですか」 「わからない。だがわれわれの仕事には
 関係ない。とにかく見ても知らないフリをしてればいいから」
それ以上の説明はしてくれなかったんですね。でも、かえって気になるじゃないですか。
ですから、勤めて最初のうちは妙に意識してしまって、

黒フードの人物がいないか探したりもしたんです。でも、ずっと見ることはなくて、
そのうち忘れてしまいました。で、1ヶ月くらいしてです。
午後の3時ころになると、外来患者の会計もあらかた終わって、
ぐっと人の数が少なくなるんです。私は4時に交代でしたから、その時間帯になると、
ああ、今日も何事もなかったってほっとした気分になるんです。
そのときに、黒いものが検査棟のほうからやってきたんです。
小柄で全身黒ずくめ、上はパーカーというんですか、黒いフードを頭からすっぽり
被ってて、下は裾のすぼまったズボン。男か女かもわかりませんでした。
それがね、スーッと滑るような感じで進んでくる。不思議なことに、
足を動かしてるようには見えませんでした。そのとき、先輩に言われた
黒フードの話を思い出しまして、これがそうかって思ったんです。

はい、関わるなとは言われましたが、注目してました。すると黒フードは、
たくさん待合のイスが並んでる前にたたずんでたんですが、ちらほらいた患者さんの
一人が立ち上がると、フーッとそっちに近づいていって、
通路に出た患者さんの後ろにぴったりくっつきました。不自然ですよね。
だからブースから出てそっちに行こうとしたとき、黒フードは患者さんと重なったんです。
これ、くっついたってことじゃなく、何と説明すればいいかわからないんですが、
患者さんと黒フードが同じ空間にいて重なってるってことです。
驚いて立ち止まりました。数秒、2人は重なったままで、それから患者さんのほうは
力なく歩いて玄関のほうへ向かい、黒フードだけがその場に残ったんです。
わけがわからなかったですよ。黒フードはしばらくそのまま立ってましたが、
また、滑るような動きで検査棟のほうに戻っていきました。

4時になって、同僚が交代時間で集まったときに、見たことを話しました。
そしたら一人が、「ああ、黒フードな。月に1回くらい出るんだ。
 でも、そのことで苦情が来たことは1度もないから、気にしないほうがいいよ」
こんなふうに言われました。それから、4ヶ月の間に3回見ました。
前とほとんど同じです。人の少なくなる時間帯に出てきて、患者さんの一人に近寄って
重なる。それで、その患者さんが倒れるわけでもない。
もしかしたら、患者さんには黒フードは見えてないのかもしれません。
それでね、私も気にしないようにすることにしたんです。
その後、また1ヶ月ほどして、やはり午後3時ころです。その日私は少し腹の具合が
悪くて、できるだけ病院のトイレは使わないようにしてたんですが、
我慢できず近くの患者用のトイレの大のほうに入ったんです。

ホッとしていると、隣の個室に人が入る音がして、その人がわっと泣き出したんです。
びっくりしました。その人は泣きながら、「なんで俺が癌なんだよ、末期って何だよ!」
きれぎれにそんなことを言ってました。ああ、かわいそうに、
告知を受けたんだなって思いました。まだ若いと思える声でしたね。
私も困って、音を立てないようにしてたんですが、ひとしきり泣いた後、
その人が個室から出て手を洗う音が聞こえたので、しばらく待ってから個室から出ました。
こんな大きい病院だから、重病の告知をされる人も日に何十人もいるんだろう、
気の毒に・・・そう思って洗面台に向かったとき、戸が開け放しになったトイレから、
黒フードが出てきたんです。さっき泣いてた人が入ってた個室です。あっと思いました。
黒フードはやはり滑るように進んで、私のすぐ近くまで来たんです。
はい、1mくらいしか離れてなかったんですが、黒フードの姿はぼうっとぼやけてて、

ちゃんと見ることができなかったんです。重なられちゃたまらないと思いました。
それで飛び離れたんです。そのときに洗面台の鏡が目に入りまして、
黒フードの姿も映ってました・・・というか、鏡に映ってるのは、
人の形をしていない、ぼこぼこした黒い固まりだったんです。あとは後ろも見ないで
トイレから出てブースまで逃げ戻りました。その後、黒フードがどうなったかわかりません。
またいつものように検査棟へ戻っていったのかも。そのときも同僚に話をしました。
「黒フードと重なったらどうなるんでしょう?」とも聞いたんですが、
同僚は「わからない。そんな近くまで来たことがないし。とにかく関わらないことだ」
いつもの調子でした。それ以来、病院の勤務が怖くなりました。
あの後はまだ黒フードは見てないんすが。あれ、いったい何なんでしょうか。死神?
そうなのかもしれませんが、違うような気もするんです。

警備員の三輪さんの話
じゃあ話していきます。僕ね、街頭警備をしてるんです。この市には大きな飲食街が
あって、依頼はそこの組合から。2人組で飲食街を歩くんです。
もちろん警察も出てますけど、それだけじゃ手が足りないので。
仕事は酔っ払いの介抱とかいろいろです。その日は、年配の辻さんって人と組んでました。
かなり広い飲食街ですから一回りするのに2時間近くかかります。その2周目ですね。
飲食街の外れに、ヘルスやソープが10店舗ほど集まった一画があって、
その近くに小公園みたいなとこがあるんです。植え込みに噴水、ベンチがいくつかある。
昔はそこで覚醒剤の取引があったりしたんですが、今は警察も頻繁に回ってるんで、
大きな事件は起きてないですけど。その公園にさしかかったとき、
若い女がふらふら歩いてきて、そこのベンチに座ったんです。風体から、
近くの店の嬢だと思いました。座ってすぐ、女はすすり泣きを始めまして。

でもね、そういうのには僕らは関わらないんです。自殺でもしそうならともかく、
個人の事情ですから。そっとその場を離れようとしたとき、いつのまにか女の横に
黒いフードのやつが立ってたんです。すごく小柄でした。僕も辻さんも立ち止まりました。
そいつが泣いてる女に何かするんじゃないかと思いました。
黒フードは、女のすぐそばまで近づいたんですが、女は気づいた様子がない。
「マズいすね」そっちに向かおうとしたとき、辻さんが僕の腕をつかんで、
「待て、あれはこの世のもんじゃないから」って言ったんです。「え?」
「まあ、見てな」黒フードは、座ったまま泣いている女の膝の上に座るようにして・・・
重なったんです。「え、え?」 「前にも見たことがあるし、先輩から話も聞いてる。
 あれは、人の悲しみを食って生きてるもんらしい」しばらくして、女は泣き止んで
店のほうへ戻っていき、黒フードは滑るようにして植え込みの中に消えましたよ。