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余命宣告は必要?

2019.10.12 (Sat)
10歳の娘がいる38歳の女性患者。明るい性格で、下町で夫と営む
文房具店を切り盛りしていた。2年前に大腸がんと診断され
切除手術を行い、その後、抗がん剤治療を続けてきた。
手術後1年たった頃から、腸閉塞に何度か見舞われ、
がんの再発も見つかり、入退院を繰り返すようになった。

夫は夕方の数時間、店をアルバイトに任せ、子どもと共に面会に
訪れることが多かった。子どもには「お母さんのお腹の中にある悪いものを
取った」と説明していた。主治医は、がんが再発したこと自体は
患者に伝えていたが、夫から「深刻なことは妻に言わないでほしい」
と頼まれていた。引き続き行った抗がん剤治療の効果はなく、
腫瘍は大きくなり、全身状態も徐々に悪化していった。

主治医は看護師同席のもと、「予後は2か月程度で、緩和医療を中心に
していくのがよい選択だろう」と夫に伝えた。そして、「これからの
大切な時間の過ごし方を考えるためにも、奥さんに今の病状と予後に
ついて伝えたほうがよいのではないか」と提案した。しかし、夫は
考えを変えず、「妻には黙っていてほしい。そんなこと聞いたら
落ち込んでしまう」と強く要請した。
(yomiDr ヨミドクター)



今回はこういうお題でいきます。科学ニュースの中にありましたが、
医療ニュースで、余命宣告についての話ですね。
現在では、病名の告知は、重度の認知症で本人に理解能力がないなどの
場合をのぞいて、どこの病院でも行われるようになりました。

これに対し、余命宣告をするかどうかは、医師により病院により
対応はまちまちです。絶対しない、という医師もいますし、
患者に聞かれた場合はするという医師、患者の家族にだけはする、
何ヶ月などの数値は言わず、大ざっぱにぼやかして告げるなど、
様々なケースがあります。

医学界に、余命宣告についてのマニュアルやガイドラインがあるわけでは
ありません。この理由はおわかりだと思います。病名は確定的な診断です。
癌であれば細胞をとって病理検査をし、「○○癌の疑い」から、
はっきり病名が決まります。重要な個人情報ですし、本人が知らない
ことはありえないと思うんですが、昔はそうではありませんでした。

まず家族に告知し、家族が本人に病名を告げるかどうか判断するケースが
多かったんです。ですから、本人に知らせない場合は、胃癌では
胃潰瘍、肺癌には肺にカビが生えた(肺真菌症)などと言って
手術していたんですね。でもそれ、人権侵害だし、現在だと何らかの
犯罪に該当する可能性すらあります。

自分はYoutubeで『白い巨塔(田宮二郎版)』を見ましたが、最終回の
内容には驚きました。現役の臨床医であり、胃癌手術の大権威である
財前教授に対しても、周囲が最後まで隠して本当の病名を告げない
んですね。そのため、財前教授は自分は癌ではないかと疑って
心理的にたいへんに苦しむことになります。

では、なぜ病名の告知が行われるようになってきたのか。
まず、「個人情報」という概念が周知されたことだと思います。本人に
ついての極めて重要な情報を、本人だけが知らないことはありえない。
それから、病名の告知は世界の趨勢だということです。『白い巨塔』の
ずっと以前から、アメリカでは病名告知があたり前でした。

むしろ、本人に正式な病名を告げない場合、医師が訴えられる可能性が
あります。まして虚偽の病名を告げたりしたら、裁判で敗訴し、
莫大な賠償金をとられるでしょう。3つめの観点としては、癌は治る
病気になってきたということです。この間、統計が出ていましたが、
全癌種での5年生存率は6割を超えていましたね。

昔のように、癌=死というわけではなくなってきているんです。
あとまあ、ネット社会になって隠しおおせないということもあるでしょう。
検索すれば抗癌剤の名前もわかりますし、点滴の袋の表示などをすべて
消すなんて不可能です。ということで、病名の告知は当然になりました。

まあ中には、「俺は癌になっても病名は知りたくない。知らないでいる
権利もあるはずだ」などと言う人もいますが、これはわがままでしょう。
本人に病名を隠すことで、家族や医療関係者はたいへんな苦労を
しなくてはなりません。自分についての情報であるかぎりは、
それが不快なものであっても受けとめるべきだと思います。

実際の問題として、大病院の勤務医はたいへんに忙しいですよね。
患者一人にかけることができる時間はごくわずかです。ですから、
十把一絡げの治療になってしまうこともあります。患者側が知識を持ち、
自己責任で自分の治療を決める時代に変わってきているんです。
そのほうが、病院にまかせっきりにするよりもよい結果になる場合が多い。

ですから、セカンドオピニオンが推奨され、治療の途中で、より自分が
望む治療をしてくれる病院に転院することもあたり前になってきました。
では、余命宣告の場合はどうでしょうか。これは病名とは違って
不確かなものです。余命3ヶ月と言ったとして、その1週間後に亡くなる
患者もいれば、何年も生存する患者もいるでしょう。

このあたりは難しいんですよね。不確かなものであるだけに医師は答えにくい
んですが、患者から聞かれた場合、「わからない」と言うと「なんだこいつ、
その程度の知識もないのか」と不信感を持たれるかもしれません。また、
「余命6ヶ月」と言って患者が3ヶ月で亡くなると家族に具合が悪いので、
あえて短めに言う、といった傾向もあるんだろうと思います。

引用のニュースの場合も、患者である奥さんに余命を知らせることで、
残された日々を悔いを残さないように生きよう、子どもとしっかりお別れをし、
死への準備をしよう、と前向きに考えるかもしれないし、絶望して無気力になり、
「ああ、余命なんて言わなければよかった」と後悔することになるかも
しれません。ケースバイケースで、どっちがいいとは一概に言えないと思います。

ただ、自分が考えるのは、現代の日本人は死への準備や覚悟ができていない
人が多いということです。アメリカなら、患者が望めば病室まで牧師さんが
来てくれますし、病状がよければ車椅子で教会に行くこともできます。
それが日本だと、宗教はあってないようなもので何の役にも立ちませんし、
医師にも看護師にも、死生の問題を相談することはできませんよね。

腫瘍精神科、あるいは心のケアについての専門チームがある病院や
緩和病棟も増えてきてはいますが、まだまだ少数です。
そんな中で、自分の死を目の前にして途方にくれる人が多い。
これは、一つには、現代の日本人が死を忌避し、できるだけ見ない、
ふれないようにしてきたせいもあるかと思います。

昔は、高齢者が自宅で亡くなるのは普通でした。それを小さい子ども
たちが見ていて死について学ぶ。ところが現代は、具合が悪くなれば
すぐ救急車で病院に運ばれ、意識のないまま人工呼吸、強心剤、昇圧剤など、
あらゆる延命治療をほどこされます。世界で最も高齢者が多い国なのに、
いまだに安楽死など、死についての議論はタブー視されている現状です。

さてさて、グダグダと書いてきましたが、死は万人に平等に訪れます。
みなさんも例外ではありませんので、日頃から、どのように死に向き合うか
考え、自分の意志を家族に表明しておくことも必要ではないかと思います。
ちなみに、自分(bigbossman)は、外れてもいいから余命宣告は
してほしいですし、もし助からない状態の場合、延命治療は拒否する
と記載したカードを財布に入れています。では、今回はこのへんで。






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朝永博士と「深淵からの声」

2019.10.09 (Wed)
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今回はこういうお題でいきます。ノーベル賞発表週間ですので、
それに関連したお話です。それにしても昨日の物理学賞はけっこう意外な
受賞者3人でした。ジェームズ・ピーブルズ教授は御年84歳。
ビッグバン理論が生まれた初期に、その基礎を築く重要な仕事を
数々行った人で、それらの業績が総合的に評価されたんでしょう。

亡くなる前に受賞させなければという思惑があったのかもしれません。
また、ミシェル・マイヨール氏とディディエ・ケロー氏は
観測を中心とした天文学の研究者で、太陽系外惑星を初めて
発見した功績が認められたものです。太陽系に地球その他の惑星が
あるように、太陽系外にも惑星があるだろうということは、

ずっと昔から想定されていましたが、なかなか見つけることが
できませんでした。理由はおわかりだと思います。恒星と違って、
惑星は小さいうえに自ら光を発していないからです。ちなみに、
両氏の発見は1995年でしたが、現在では観測の手法が発達して、
4000個以上の太陽系外惑星が見つかっています。

朝永振一郎博士 いかにも頭が良さそうです
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さて、今回の記事は、日本人のノーベル賞受賞2人目である
朝永振一郎博士について書いてみたいと思います。朝永博士というと
「くりこみ理論」と反射的に思い浮かびますが、
じゃあ、くりこみって何かというとこれがよくわからない。

湯川秀樹博士の「中間子理論」はわかりやすいですよね。
原子核の中には陽子と中性子があって結びついています。
これらを束ねる力を持つ仮想上の粒子が中間子だったんですが、
湯川博士の理論は実質的に、この宇宙にある4つの力(重力・
電磁気力・強い力・弱い力)のうち、「強い力」の発見でした。

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これに対し、くりこみ理論は式の上での数学的な手法といえるもので、
素人には理解しにくい上に、重要性もよくわかりません。
ただ、これがないと量子力学における場の理論の式の多くは
発散してしまい、進歩はずっと停滞したままだったでしょう。

よくわからない単語が出てきましたね。「場の理論」と「発散」です。
うーん、なるべくわかりやすく説明していきたいと思います。
自然界の状態を数式で表す場合、質点系として表すのと、場として表す
方法とがあります。質点系は、惑星がどう動くかとか、投げ上げたボールが
どのように落ちてくるかという、わりと単純な式になります。



これに対し、電磁場などの場合、ある時刻のある位置におけるある強さの
電場に粒子を置くとどうなるかという形で式に記述しなくてはならず、
きわめて複雑になります。また発散のほうは、式の計算中に無限大が
出てきてしまって、その式が破綻してしまうことです。量子電磁気学では
式の発散が頻繁に起きていて、理論を前に進めることができない。

なぜ発散が起きるのか。これは難しいんですが、ごくごく大ざっぱに言うと、
電磁場の中にある電子が波と粒子の両方の性質を持ってるからなんです。
現在の原子モデルは、中心の原子核のまわりを電子が存在確率の雲
としてとりまいた形で表現されることが多いですよね。
これをどうにかして式の中に一定の値として代入できないか。

経路積分の概念図
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欧米の量子力学の研究者たちが大勢集まり、頭を絞って考えてました。
第2次世界大戦終戦直後のことです。そんな中で、アメリカの科学者
ジュリアン・シュウィンガーがどうにか解決策を見つけ出します。
また、それに遅れて、リチャード・ファインマンが「経路積分」の
手法を開発し、くりこみ理論が完成しますが・・・

ここで少し「経路積分」について。A地点からB地点へ行く最短距離は
直線になって1本しかありません。ところが、AからBへ電子が動く場合、
さまざまな経路をとることが考えられます。極端な話をすれば、
A点を出発し、宇宙の端から端までを通ってB地点に着く確率もゼロでは
ありません。上で書いたように、電子は存在確率の雲なわけですから。

スター科学者のはしり リチャード・ファインマン
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ファインマンは、そのすべての経路を積分して一つの値として合成し
くりこみに使用しました。これって面白いと思いませんか。
自分は、つねづね記事に書いているように「多世界解釈」の
信奉者なんですが、経路積分は、無限に分岐する多世界の積分とも
考えることができると思います。

さて、1948年、ファインマンらのもとに、日本から小さな小包が
届きます。中には京都で1943年に発行され始めた物理学雑誌の
論文を英語に翻訳したものが入っていました。最初はどういう意味なのか
わかりませんでしたが、内容が明らかになって彼らは驚愕します。

経路積分は多世界と相関があります
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日本の朝永振一郎という物理学者が、第2次世界大戦の真っ最中、
世界からの情報が完全に遮断された中、欧米の物理学者が誰も知らない
ところでシュウィンガーより5年も早く、すでにくりこみ理論を
完成させていたんですね。朝永博士の使った手法は明快で、
「超多時間理論」と呼ばれ、数学的には経路積分と同値のものです。

欧米の研究者は、朝永博士の論文を見たときの驚きを「深淵からの声
のようだった」と表現しています。1965年、朝永、シュウィンガー、
ファインマンの3名は、くりこみ理論でノーベル物理学賞を受賞します。
前述したように、理論の完成は朝永博士が最も早かったんですが、
これはしかたのないところでしょうね。

さてさて、ということで、ノーベル賞の一つ一つには物語がありますが、
この朝永博士の話もその一つなんですね。今日は化学賞の発表の日ですが、
化学と一口に言っても、あまりに領域が広いため、自分にはとても
予想は困難です。では、今回はこのへんで。

名著です





健康食品は無意味?

2019.10.07 (Mon)
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今日はノーベル医学生理学賞発表の日ですね。この記事を書いている
時点では誰が受賞したかは まだわからないんですが、
下馬評では、2012年に発表された遺伝子改変技術、
CRISPR-Cas9(クリスパー・キャス・ナイン)を開発した女性研究者
2名に注目が集まっているようです。

これはひじょうに実用的な技術で、わずか数年の間に数々の画期的な
成果を上げています。例えば、イギリスではマラリアを媒介する蚊を
遺伝子操作し、集団の繁殖能力を失わせています。応用できる分野は
いくらでも考えつきますし、人類にとって大きく貢献する
可能性が高いものであるのは間違いありません。

操作も簡単で、少し慣れれば高校生でもできると思います。
特定のDNA配列を見つけ、切断し、別の配列を挿入する。
みなさんはウインドウズ・ムービーメーカーを使って動画編集を
されたことがあるでしょうか。あれとよく似てるんですね。

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また、CRISPR-Cas9は技術としては第一世代で、今後、これを改良して
使い勝手をよくした第二世代機がどんどん出てくるだろうと
思われます。ただ、以前に当ブログでも記事にしている、
世界から批判をあびた中国のヒトゲノム編集も、
このCRISPR-Cas9技術を使ってるんです。

これまで、ノーベル賞は女性の受賞者が少なく(17人)、
選考委員会に差別があるのではないかと批判を受けているので、
今回、ジェニファー・ダウドナ、エマニュエル・シャルパンティエの
両女史が受賞する可能性は高いかもしれません。

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さて、本題に入っていきますが、みなさんは何らかの健康食品や
サプリメントを利用されているでしょうか。ネット上でも、
「○○は健康によい・悪い」という情報があふれていますが、
どうやらこれ、将来は根本的に考え方が変わってきそうなんです。

例えば、コーヒーはどうでしょうか。成分として含まれている
ポリフェノールには抗酸化作用があるので、糖尿病や心臓病、
癌の予防につながると言われる一方、やはり成分であるカフェインは、
血管を収縮させて血圧を上げ、胃の粘膜を荒らすことも知られています。

DNAの2重らせん構造
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コーヒーにかぎらず、ほとんどの健康食品には、それがもたらす
プラスの作用とマイナスの作用があると考えられます。
とはいっても、コーヒーをよく飲む人、まったく飲まない人を
大人数で比較して、どちらかの群の寿命が長い、あるいは病気の
罹患率が少ないという統計的な結果を出せば、

コーヒーが体にいいかどうかはわかると思いますよね。
でも、考えてみれば、それはあくまで一般的な傾向であって、
みなさん個人にとって、コーヒーが体にいいかどうかを保証するものでは
ありません。なぜなら、個人が持つDNAの個性は、
当然ながら一人ひとり違っているからです。

アルコールの分解能力が人によって違うのはご存知だと思います。
アルコールは肝臓でアセトアルデヒドに変わりますが、
その分解能力は個人によって違います。お酒を飲んですぐ顔が
赤くなる人は、分解能が不活性なんですね。

喫煙と飲酒は相乗効果で食道癌リスクを高める
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ちなみに、日本人などの黄色人種の場合、活性型は50%程度、
不活性型が40%程度。一方、白人や黒人はほぼ100%が活性型です。
ですから、日本人はお酒に弱い人が多いなどと言われますが、
不活性型の人がお酒を習慣的に飲んでいると、食道癌などに
なりやすいことが研究でわかってきました。

で、これ、同じことがカフェインにも言えるんです。
カフェイン分解能が高い人は、コーヒーを飲むことで心筋梗塞になる
リスクが減るのに対し、低い人は逆にリスクが高まる可能性がある
という研究結果が出されています。

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このことが端的にわかるのが、スポーツ競技におけるカフェインの
使用です。カフェインは現在、アンチドーピングの禁止薬物一覧から
外されていますが、トロント大学での研究で、100人のアスリートに
同量のカフェインを摂取させてから10kmサイクリングを実施した結果、
タイムが向上する群と、悪化する群が見られたんですね。

前者では平均7%向上したのに対し、後者は14%悪化しています。
カフェインには脳に疲労を感じさせない作用と、血管を収縮させる作用が
ありますが、向上群はカフェインを素早く分解できるので、
プラスの効果だけを受けたのに対し、悪化群は血流が悪くなって酸素の
供給が滞り、筋肉疲労が強まった。

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さてさて、このカフェインの分解能を決定するのは、DNA塩基配列の
ごくわずかな部分です。もちろん、このことはカフェインだけに言える
話ではありません。みなさんが現在使用しているサプリメント、
健康食品などは、その個人にとって効果がないばかりではなく、
健康に害になる可能性すらあるんです。

ですから、まだずっと先の話でしょうが、まずはじめにゲノム解析をし、
その結果を見て、その人に効果のある成分を摂取するという形に
なっていくんでしょう。教育界では、一人ひとりの個性を尊重した
教育が重視されてきていますが、同じことが健康面でも言われるように
なるのかもしれません。では、今回はこのへんで。




反骨の人とノーベル賞

2019.09.27 (Fri)
星を活発に生み出す銀河の発見により、現在の理論を見直す必要が出てきた。
銀河内で星が生み出されていく、すなわち銀河が進化していく様子を
調べるために、銀河が発する可視光線や赤外線を観測することがある。
しかし、初期の宇宙で生まれた銀河は、可視光線や赤外線を吸収するちり
(炭素などからなる小さな粒)を大量に含んでおり、

可視光線や赤外線が地球には届かない。そのため、これまでの観測では
発見できていない銀河が存在すると考えられていた。
東京大学のタオ博士らは、ちりに吸収されない性質をもつ「サブミリ波」
とよばれる光(電波)を観測することによって、初期の宇宙に生まれた
銀河を39個検出することに成功した。

そして、これらの銀河はいずれも110億年以上前に生まれ、
初期の宇宙に生まれたものにしては非常に大きく、かつ活発に星を
生み出していることがわかった。宇宙や銀河の進化を説明する
現在の標準理論では、活発に星を生み出す巨大銀河は、初期の宇宙には
これほど存在しないと考えられていた。
(Nature日本語版)

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今回はこういうお題でいきたいと思います。冒頭の記事は長く引用しましたが、
じつはあまり関係のない内容です。ここで取り上げる人物は、
フレッド・ホイル卿。イギリス人で、卿がつくのは、
英王室からナイトの叙勲を受けているためです。

さて、フレッド・ホイルというと、何を思い浮かべられるでしょうか。
まず「定常宇宙論 steady state cosmology」がくるんじゃないかと思います。
現在の宇宙論の主流は「ビッグバン宇宙論」と呼ばれることが多く、
この big bang という語をつくり出したのがフレッド・ホイルですが、
彼はビッグバン理論とは正反対の立場に立つ人物でした。

フレッド・ホイル
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ビッグバン理論成立の経緯は、これまでにも当ブログで書いてきましたし、
ご存知の方は多いと思います。アインシュタインが一般相対性理論を
発表したのが1915年。このとき、アインシュタインの宇宙方程式には
宇宙が膨張(あるいは収縮)する解が存在していました。

ですが、アインシュタイン自身は、そんなことがあるとはまったく考えず、
自分の式に「宇宙項」というのを加えました。これは、
宇宙を定常状態に保つための数式上のトリックと言っていいもので、
確かな根拠があったわけではありません。後年、アインシュタインは、
「宇宙項を式に加えたのは生涯最大の過ちだった」と述べます。

ノーベル賞のメダル
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1929年、天文学者のエドウィン・ハッブルが、当時最大の望遠鏡を
用いて、遠くの銀河がかなりのスピードで後退していることに
気づきます。「宇宙膨張」の発見ですね。これは観測事実であり、
誰が観測しても同じで、否定のしようがないものです。
余談ですが、科学者には実験・観測屋と理論屋がいます。

どちらがノーベル賞を取りやすいかは難しいところですが、理論については、
いくら整合性が高くても、実際に証拠が発見されなければ受賞することは
ありません。かのホーキング博士がノーベル賞を取れなかったのも
このためです。日本のノーベル賞第一号である湯川秀樹博士は
理論物理学者で、中間子の存在を理論的に予言したのが1935年。

ピーター・ヒッグス
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それが1947年になって、宇宙線の中からパイ中間子が発見されて
理論の正しさが証明され、1949年の受賞につながります。
以前、話題になったヒッグス粒子などは、論文が書かれたのが
1964年。それが長い年月を経て加速器によって発見され、
ヒッグス氏がノーベル賞受賞したのが2013年です。

なんと50年もかかってるんですね。これに対し、実験観測については、
画期的なものならば、すぐに受賞の対象になります。近年の
重力波観測がそうでしたし、日本の小柴昌俊氏のニュートリノ観測も
同じ。物理学ではありませんが、山中伸弥氏のiPS細胞もそうです。

ジョージ・ガモフ
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さて、宇宙膨張の発見を受けて、現在膨張しているのだから、
時間を遡っていくと、宇宙はどんどん小さくなって最後には極小の一点に
いきつくと考えたのが、神父でもあったジョルジュ・ルメートル。
ビッグバン理論というと、創始者としてジョージ・ガモフの名前が
有名ですが、最近、ルメートルの再評価の機運が高まっています。

ですが、ビッグバン理論は完全に正しさが証明されたものではありません。
それでガモフはノーベル賞をもらえてないんですね。このビッグバン理論に
対し、まっこうから意を唱えたのがフレッド・ホイルです。彼は反骨の人
というか、定説に対しては何でも反対することで知られていました。
調べてみればわかりますが、一つや二つじゃなく本当に「何でも」です。

ホイルが対抗案として出してきたのが定常宇宙論。宇宙の膨張は
観測事実として認めますが、宇宙の時空は基本的に今のままで
昔からあったとする仮説です。でも、宇宙が膨張してるんだから、
そのうちに物質密度がスカスカになってしまいますよね。そこで、
定常宇宙論では、新たな物質が絶えず生成されていると説きます。

ビッグバン宇宙論と定常宇宙論
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無から物質が生じるわけですから、質量保存の法則に反しているんですが、
生まれてくる物質は、せいぜい1年間に1立方kmあたり水素原子1個程度で、
荒唐無稽というほどでもありません。むしろ、宇宙は温度・圧力無限大の
特異点から始まったとするビッグバン理論のほうがありえないとも言う
ことができ、ホイルはラジオ番組で「big bang idea(大ボラ)」と揶揄します。

それが理論の名前になってしまったんですが、ガモフなどは気に入っていた
ようです。1950年代ころまでは定常宇宙論にも一定の支持者がいましたが、
1964年、「宇宙背景放射」が発見されてビッグバンの大きな証拠とみなされ、
一気に形勢が傾きます。現在の定常宇宙論では、宇宙背景放射は大昔の恒星から
放出された光が、銀河内の塵によって散乱されたものであると説明しています。

さて、フレッド・ホイルはマジで天才的な理論家でした。最大の業績としては、
宇宙の初期には中性水素しかなかったのが、ヘリウム他の重い元素は
恒星内部の原子核反応で作られたとする「元素合成」のアイデアを
最初に提唱したことでしょう。これは事実と認められ、1983年の
ノーベル賞につながりますが、受賞したのはホイルの共同研究者だけで、

元素合成
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ホイル自身は除外されました。これについては、不当だとする大きな議論が
起きています。なぜホイルが選ばれなかったのか、いろいろ言われてますが、
パルサーの発見に対して贈られた1974年のノーベル賞の人選を
ホイルは強く批判していて、それがスウェーデン王立科学アカデミーの
選考委員会の心証を害した可能性も取り沙汰されていますね。

さてさて、フレッド・ホイルはSF作品も書いていて、代表作は1966年の
『10月1日では遅すぎる』でしょう。専業作家ではないのでドラマ性は
イマイチですが、「意識は時空を超越する」というアイデアは、
50年以上前の作品ということを考えれば画期的です。彼は意識と時間に
ついて、作中でじつに深遠な考察を展開しています。では、このへんで。

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宇宙膨張あれこれ

2019.09.19 (Thu)
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独マックス・プランク天体物理学研究所などの研究者らは今回、
宇宙の膨張率を測定する新たな手法を開発したと明らかにした。
これにより測定したハッブル定数は82.4で、過去の推算値を上回っている。
だが、今回の測定値に10パーセントの誤差があると論文は認めているが、
これは測定値が74~90の範囲にあることを意味する。

科学者によれば、さまざまな手法による差異は計算ミスではなく、
ビッグバン理論が宇宙をどのように説明するかについての解釈の不一致の
表れの可能性があるという。ビッグバン理論では、宇宙は激変的な爆発で
始まって以来、膨張を続けているとされている。
(JIJI.COM)

今回はこのお題でいきます。少し前も似たような記事を書きましたので、
なるべく かぶらないようにしたいと思います。あと、今回の内容は特に
難しいわけではないですが、単純な勘違いを起こしやすいので、もし自分が
おかしなことを書いてたら、コメントで指摘していただければありがたいです。

さて、ハッブルの法則は、前回書いたように「v=Ho d」の式で表されます。
簡単ですよね。小学校何年生かで勉強する正比例です。
ここで、v は、ある天体がわれわれから遠ざかる速度(後退速度)。
d は、その天体までの距離です。そしてHoが比例定数。ですから、Hoの値が
正確に算出できれば、現在の宇宙の大きさと年齢がわかることになります。

今回の測定結果は82.4ですから、けっこう大きめに出ています。
まず、天体の後退速度 v を測るのは難しくありません。
遠ざかっていく光は赤方偏移を起こすので、かなり正確な数値が出せます。
これは、音のドップラー効果のようなもので、自分に近づくときと
遠ざかるときで、救急車のサイレンの音が変わりますよね。

ydrs (2)

問題は、d の距離のほうです。地球からある天体までの距離を測るには、
大きく2つの方法があるかと思います。一つは、変光星の真の明るさと
見かけの明るさを比較する方法、もう一つは重力レンズを使う方法です。
今回の研究では、「新たな手法を開発した」と書かれていますが、
どういうものなのかは、このニュースだけではわからないですね。

ただ、ハッブル定数の測定に関して、バラバラの数値が出るのは、
「ビッグバン理論が宇宙をどのように説明するかについての解釈の
不一致の表れの可能性がある」とまで述べているわけですから、
かなり自信があるんだろうと思います。うーん。

ydrs (1)

さて、ハッブル定数を測定するのに使われる天体は、われわれから
そこまで遠くないものが多いんです。まあ、ずっと遠くの天体は
望遠鏡の性能の問題で見るのが難しいということもありますが、
それ以前に、はるか遠くにある天体は光速度を超えた速さで
遠ざかっているので、何も情報がやってこないんですね。

最初に書いたように、ハッブルの法則の式は正比例ですので、
われわれから距離が5倍離れていれば、速度も5倍になりますし、
1000倍離れていれば、速度も1000倍になります。
あれ、何か変だと思われませんか。たしか相対性理論では、
光速度を超えるのはできないはずだったのでは・・・



じつは、光速度を超える場合はいろいろあります。相対性理論で制限
されているのは、質量を持つ物質が光速度を超えるのはできないこと。
また、光速度を超える速さで情報を伝えることはできないこと。
まあ、どっちも同じことなんですが。もし光速より速く情報が伝わると、
明日の競馬の勝ち馬がわかってしまって、因果律が崩れます。

それは現在の研究では許されないため、予言があたることはありません。
さて、みなさんが最新型の宇宙船に乗っていたとします。その宇宙船は、
光速度にかぎりなく近いスピードが出せます。では、アクセルを
ふかしていくとどうなるかというと、宇宙船の質量はどんどん重くなり、
長さは進行方向に縮み、宇宙船内の時間の流れが遅くなります。

で、もし光速度に達してしまうと宇宙船の質量は無限大になる、つまり、
不可能ということです。あと、思考実験として、大きなブラックホールに
宇宙船が吸い込まれる場合を考えてみましょう。宇宙船が事象の地平線に
近づくにつれて速度が光速に近づき、やがてつるっと吸い込まれてしまう
わけですが、もしこの場面を、ずっと離れた場所から見ていたとしたら?

ゴムぱっちんの原理
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実際にはそういうことはできませんが、もし見ることができれば、
宇宙船はどんどん縮んで、ブラックホールのふちで止まってしまいます。
貼りついてしまったように見えるんですね。もしかしたらこのことは、
ブラックホールに落ち込んだものの情報が2次元表面に保存される
というホログラフィック原理と関係があるのかもしれません。

さて、余談はこれくらいにして、では、遠くの天体が、どうして光速度を
超えて遠ざかることができるのか。これは天体そのものが
動いてるのではなく、空間が広がっているためです。相対性理論とは
別の話なんですね。みなさんが、まだ膨らませていない風船の
中心にいるとします。その風船にぷーっと息を吹き込むと、

風船の表皮のゴムは遠ざかっていき、中心から離れた場所ほど
そのスピードは速いはずです。まあ当然ですよね。
もしそうでなければ、宇宙全体が一様に膨張することはできません
あるいは、ゴムひもを引っぱって離す漫才のゴムぱっちんを

思い浮かべてください。ゴムを固定している根もとに基準点をとると、
そこから離れた先端にいくほどスピードが速いのはおわかりだと
思います。それと同じです。じゃあ、その光速を超えて遠ざかっている
天体に、もし人が住んでいたら、どうなってしまうんでしょうか。

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これはどうもなりません。全然平気だと思います。というのは、
その天体の住人から見れば、われわれ地球のほうが超光速で遠ざかって
いるからです。この宇宙はおそらく閉じていて、端っこも中央もない
だろうと思われるので、彼らから見れば地球が宇宙の果てになります。
でも、われわれは何ともないですよね。

さてさて、もう少し考えてみましょう。もし宇宙膨張がどんどん
加速していったらどうなるでしょう。まず、遠くに見えていた銀河との
距離がますます遠ざかり、その銀河も光速を超えて見えなくなります。
最終的にどこからも光が届かなくなり、長い年月のうちに星々は燃えつき、
ブラックホールだけが残りますが、やがてそれも蒸発します。

宇宙のすべての部分の温度が同じになり、動くものがなくなって
「熱的死 Heat death」をむかえると予測されます。まあでも、
それは遠い遠い遠い未来の話で、地球人類の歴史はたかだか数百万年。
別の、もっとくだらない理由で滅びてしまうんでしょう。
心配するのはまさに杞憂でしょうね。では、今回はこのへんで。

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宇宙の熱的死
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