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回転する神輿の話

2020.04.07 (Tue)
じいちゃんの話
あ、どうも、横山ともうします。高校卒業した2年前まで、◯◯県の
山間の町にいました。そこにはまだ実家があって両親が住んでます。
それで、これは僕が子どもの頃に、同居していたじいちゃんから聞いた話
なんです。あ、じいちゃんは4年前に亡くなってます。
まだ61歳で、病気じゃなく事故です。じいちゃんはJRの職員を退職して、
これから気楽な生活を始めるって矢先、庭の植木の剪定をしてて脚立から
落ちたんです。そのときに尖った枝で喉を刺してしまい、食道と肺を
傷つけちゃって。病院で手術をしたんだけど、予後が悪く、
2ヶ月ずっと苦しんで・・・ それで、これ聞いたのは僕が小学校の
4年くらいのときだったと思います。で、じいちゃんは小学校6年
だったって言うから、今から50年以上前のことですね。

じいちゃんが行った小学校と、僕が通ってた小学校って同じなんです。
まあ同じ住所なんだから当たり前と言えばそうですけど、
もちろん建物は建てかえられてて、同じ場所にあるって意味で。
で、じいちゃんが小学生のときから集団登校ってあったんだそうです。
6年生だったじいちゃんは列の先頭で、一番後ろが5年生。
間に何人か下級生をはさんで歩いていく。
小さい子の足に合わせても、小学校まで15分くらいだったそうです。
5月のことって言ってました。そのあたりは本当に田舎で、
通学路の両脇はずっと田んぼ。小学校の建物がかなり遠くから
見えてたそうです。学校も田んぼ中に建ってるんですが、その少し
手前まで低い山がせまってて、山の手前に5軒くらいの小集落があった。

そこにも小学生が2人だけいたんです。同じ家の子で、6年生の兄と
4年生の妹。兄のほうは、学年1クラスだけなので、じいちゃんと同級生。
その2人は集団登校には入ってないんです。だって学校まで
200mくらいで、歩いて2分、走れば1分。じいちゃんはいつも
兄のほうに、「お前の家近くていいな。寝坊し放題だろ」って
言ってたそうです。あ、すみません、説明が長くなってしまって。
その朝はよく晴れてて、じいちゃんが集団登校中に何気なく山の
集落のほうを見た。そしたら、かたまって建ってる家の上空、
20~30mくらいのところに何か黒いものが浮いてる。
その当時はまだUFOなんて言葉も一般的じゃなくて、
じいちゃんは何だろうと目をこらした。そしたら、それ、

お神輿だったんだそうです。2本の担ぎ棒のついた大きなお神輿が、
屋根を上にして宙に浮かび、ゆっくり回転している。
じいちゃんはびっくりして足を止め、小さい子じゃなく後ろの5年生に、
「あれ見えるか、お神輿が浮かんでる」って言ったそうです。
5年生はじいちゃんが指差すほうを見て目を細め、「え、何ですか?」
そんな反応で、「お神輿だよ。黒いお神輿!」けど、
他の子に確認しても誰も見えると言わない。ずっと立ち止まってるわけにも
いかず、そのまま学校に行ったそうです。で、6年の教室は校舎の2階で、
その窓から集落のほうが見えるんだけど、何もない。
それと、帰り道ですね。下校は学年ごとに時間がばらばらなので集団登校は
ないんだけど、夕方の空にはお神輿は見えなかったということです。

あと、そのお神輿は見たことがないものだとも言ってました。
町には神社があって、夏祭りのときはお神輿を担ぐんです。大人は大きな
神輿で、子どもは酒樽で作った小さいもの。けど、どっちとも違う。
神社の御輿は金ピカの飾りがたくさんついてるけど、宙にあるお神輿は
真っ黒で古い。不思議だと思い、翌朝の集団登校でまた見えるのか、
ちょっと楽しみでもあったそうです。で、次の日、山の陰になってた
集落が見えるところまで来ると、やっぱお神輿が浮いてた。
前日見たものと同じだったそうです。何であんなものがあるのか、
どうして自分にだけ見えるのか。どう考えてもわからない。
学校の先生に相談してみようかとも考えたけど、当時の担任は怖くて、
怒られるかもしれないと思ってやらなかったそうです。

で、そのお神輿は朝の時間だけ、ちょうど1週間見えてたということです。
そのうちの1日、たまたまその集落の兄妹が集団登校に合流してきた。
普段はもっと遅い登校なのが、その日は当番で家を早く出たんですね。
さっき話したように兄とは同級生で仲もよかったんで、
じいちゃんはお神輿の話をしてみたそうです。けど、じいちゃんの
言う方向をよくよく見てから、「なんもないぞ、お前ボケとるんか」
こう言われただけだったということでした。それで、土日をはさんだ
月曜日、お神輿に変化があったんだそうです。空中に浮かんだお神輿の
三角の屋根の上に女の人が立ってる。白い着物を着て両手を開き、
お神輿といっしょに回転してる。不安定なはずなんだけど、
よろめくこともなく立って、ときおり踊るように手を動かしてる。

ここで僕が、「その女の人、見覚えあったの? じいちゃんの知ってる人
 だった?」と聞いたら、じいちゃんは少し言葉をにごし、
「いやあ、かなり遠かったんで、はっきり顔まではわからんかった」
そのときはそう答えたんですよ。ただ・・・ でね、その日の夕刻から
すごい土砂降りになって、夜中に豪雨警報が出たんだそうです。
朝になっても激しい雨はやまず、連絡網で学校は休みという電話が来て、
午後になって山崩れが起き、学校近くの集落はすべて土砂に埋まったんだ
そうです。当時は公民館に避難とかもなかったから、その時間に家にいた
集落の人は全員が亡くなりました。じいちゃんの同級生もです。
ただ、4年生の妹だけはそのとき、運よく親戚の家にいて助かったんです。
けど、両親が死んでしまったため、町の外の別の親戚のとこで育てられた。

病院での話
ここまでが僕がじいちゃんから聞いた話です。あ、土砂崩れの跡ですか。
県のほうで遺体はすべて掘り出し、崩れた山の斜面はコンクリで固められ、
集落のあった場所は整地されて長くそのままでしたが、10年以上たってから、
農協の倉庫がいくつか建てられ、それは今もあります。
で、最初の話に戻るんですが、じいちゃんが事故にあったのは僕が
高校2年のときです。町の病院ではダメだってことで、近くの市の
大きな病院に運ばれたです。手術はしたものの、術後に菌に感染して、
じいちゃんは高熱が続いたんです。それとほら、ケガしたのが食道でしょう。
ものが食べられなくなって、じいちゃんはどんどん衰弱していきました。
僕の両親は医者から、手のほどこしようがありませんって
言われてたみたいです。でも、じいちゃんは意識があるときもあったんです。

両親といっしょに何度も見舞いに病院に行きました。ほとんどのときは、
じいちゃんは真っ赤な顔に玉のように汗をかいて眠ってたんですが、
会話できるときがあって、じいちゃんはうっすらと目を開け、
「もうだめだ、もうもうお迎えが来る。家のことをたのむぞ」って
長男だった父に弱々しい声で言ってました。僕のこともわかってたみたいですが、
会話はできなかったです。で、じいちゃんが入院して2ヶ月目、
その日の夕方に両親と見舞いに行くと、病院の駐車場から、
5階建てくらいの病院の上に何かが浮いてるのが見えたんです。
黒いお神輿だと思いました。それはゆっくりゆっくりと回転していて、
上に白い着物の女の人が立っているようでしたが、遠いのと角度が悪いので
はっきりとは見えなかったんです。あ、じいちゃんが昔、話してくれたものか?

印象に残ってたのですぐに思い出しました。父に「あれ見えるか?」って
聞いたんですが、見えてなかったんです。病室に入ると、じいちゃんの意識は
戻ってるようでしたので、枕元で大きな声で「じいちゃん、お神輿、前に言ってた
 お神輿が病院の上にあった」叫ぶように言ったら伝わったようで、
じいちゃんは目を開けて「女の人がいたか」と聞き、「いた」と答えると、
「あれはお前のばあちゃんだ。もういかんのだな」って・・・
その日、まだ僕らが病院にいる間にじいちゃんの容態は急変し、
次の日の未明に亡くなったんですよ。じいちゃんが結婚したのは、同級生の妹、
土砂崩れから助かった女の子だったんです。ただね、僕が生まれたときには、
ばあちゃんはもう亡くなってました。30代後半で血液の病気だったそうです。
まあこんな話で、いろいろわけがわかりませんが、質問されても答えられないです。






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ヘチマの種とチンテの話

2020.04.04 (Sat)
あ、ども。じゃあ話をしてくけど、俺な、日本に
帰ってきたのが11年ぶりで、浦島太郎みたいなもんだよ。
こっちの事情がいまいちわからない。まあ、日本語は向こうでも
話してたから大丈夫だと思うが、もし何かおかしいところが
あったら言ってくれよ。つい2ヶ月前まで、東南アジアの某国にいたんだ。
某国っても、これからの話でどこだかはすぐわかるけどよ。
いちおう名前は伏せとく。で、何やってたかっていうと、
日本大使館の下請け。エージェントって言ったほうがわかりやすいか。
現地人の中に入って調査したり、日本人旅行者がトラブルに
巻き込まれてるのを解決したりの何でも屋だ。現地語はふつうに話せるよ
日本に帰れねえ事情があったから必死で覚えた。

あ? 日本じゃある組に入ってたんだが、いられなくなって
外国に逃げたのよ。いや、俺みたいなのは他の国の大使館でも
雇ってるだろ。そりゃ外交官様が汚れ仕事はできねえから。
で、今回の件で、現地の華僑社会と揉めちまってな。
詳しいことは言えねえが、日本から来た旅行客の一人が、
有名企業経営者の次男だか三男だったのよ。それが向こうで地元の
女に入れあげて、結婚しようって話になった。けど、それは罠でな、
ライバル会社が、その息子の行状が悪いのを知ってて、
幇(パン)に依頼して美人局を仕掛けた。あ、幇ってのは、
華僑の同盟結社みたいなもんだ。現地じゃかなりの力を持ってるし、
法律違反でも何でもやる。それで大使館から話が来て、

俺が何とかその息子を連れ出したわけ。まだ女に未練があって
グズってたけどな。で、日本に送り返したんだが、華僑社会に恨まれてな。
俺も久しぶり日本に戻ろうと思った。大使館で手続きを済ませ、
いったんヤサへ帰る途中だった。マンションの前でタクシーを降りると、
たまたま托鉢してる坊さんが3人いたんだよ。運が良かったんだなあ。
あのとき出会わなかったら、たぶん死んでた。その国は仏教国で、
坊さんはオレンジや赤の袈裟を着てる。日本の坊主を想像して
もらうと困るが、暑い国だからその下は下着だけ。
托鉢で暮らしてるんだよ。寺の中でふんぞり返ってる日本の坊主とは
まるで違う。でな、一番若い坊さんと目が合ったから、もうこの国を
出るんだと考えて、財布の中身を全部 鉢に入れたのよ。

したら、その坊さんが口を開いて、「首筋に何かついてます」って言う。
で、手を伸ばして取ってくれたんが、ヘチマの種だ。
最初は虫かと思った。黒い楕円形の小さい種で、そうだなあ
スイカの種よりちょっと大きいか。向こうではヘチマはよく
食われてるんだ。味は不味い。で、「ありがとよ」と答えてマンションに
入ろうとしたら、一番年配の坊さんが顔をしかめながら、
「それ、よくないものです」って言うんだな。「へええ、何で?」
「ものすごく悪い気を感じます。おそらくあなたを呪詛している種
 でしょう」って。それ聞いて、ちょっと気味悪くなった。
華僑の幇には道士っていうか、風水師みたいなのがついてて、
変な術をかけたりするんだよ。俺も恨みを買ってるわけだし。

「どうしたらいい」と聞くと、「私たちの寺院に来てくれれば、
 術を破る方策を考えましょう」ときた。少し考えて、
まだタクシーが近くにいたんで、その3人の坊さんを乗せて、
やつらの寺院に行ったのよ。いや、騙されるとは思わなかった。
そこの国は、人が素朴なのよ。他の東南アジアとはだいぶ違ってる。
まして坊さんだしな。20分ほどで寺院に着いたが、日本のお寺とは
イメージが違う。パゴダっていう、塔みたいな形をしてて金ピカに
塗られてるんだ。で、その寺院で祈祷をしてもらった。
向こうは小乗仏教で、儀式は鉦や笛を使ってにぎやかだ。
これで済んだかと思ってると、そこの寺の住職?が出てきて、
「かなり強い術がかけられてるので、祈祷だけではダメかもしれません。
 
 これをお渡ししましょう」って手渡されたのが、10cmないくらいの
素焼きのチンテ。あ、チンテってのは日本で言う狛犬。けど、
狛犬よりは沖縄のシーサーに似てるか。寺院の前に一対になってる
黄金の獅子像、そのミニチュアだ。お布施は十分してるし、
ありがたくもらっておいたよ。で、タクシーで部屋に戻った。
したらメイドに頼んでた荷造りが終わって中は片づけられてた。
メイドたって婆さんだけどな。しばらくは戻らないつもりだったが、
その部屋は大使館に預かっておいてもらう手はずだった。
で、エアコンのスイッチを入れようとしたら、足で何かを踏んづけた。
拾い上げると、さっきと同じヘチマの種。緊張したよ。ここに誰か
入ったのか。しかし鍵はかかってたし、荒らされた様子もない。

ヘチマ、呪詛・・・探したらそれ一個だけで、少し考えて窓から
外へ捨てた。日本へ戻る飛行機は翌日の午前10時。大使館に戻ろうかとも
思ったが、もう夕方だったし、起きて翌朝まで過ごすことにした。
部屋には拳銃もあるし、まさか押し入っては来ないだろう。
さっき坊さんからもらったチンテを机の上に置き、
拳銃は引き出しに入れて、ずっとテレビを見てた。そのうち夜が更けてきて、
少しならいいだろうと思い、ブランデーを出してグラスについだ。
ちびちび飲んで、酔ってるつもりはまるでなかったんだが・・・
12時少し前か。テレビ放送が終わったんで消して大あくびをした。
そんとき、ベッドのある壁に何かがいたんだよ。
黒い丸いものだ。ヘチマの種に似てたが、手のひらくらいある。

何だこれは、と見てるうちに、ぐんぐん大きくなって、
そうだなあ、日本の座布団ほどになった。上のほうに針金のようなのが
2本ついて動いてる。何なんだこれは? 「 ああっ!!」正体がわかって
俺は飛びはねるようにして後ろに退がった。ゴキブリだよ。
日本のとは違う現地のやつ。それがバッと翅を広げて壁から離れ、
向きを変えて俺の顔に飛んできた。段々になった腹が見えた。
「うわああ」俺は尻もちをつくようにして倒れ、壁が背中にあたった。
両手で顔をかばったが、その間から巨大ゴキブリの脚が入り込んできて
まぶたを引っ掻く。樹液のようなキツイ臭いがしたな。
これが呪詛? 馬鹿なと思ったとき、部屋の中が金色の光につつまれたんだ。
ドンと、ゴキブリ越しに何か大きなものがぶつかってきて、

ゴキブリが俺から離れた。顔から手を話すと、子馬くらいの大きさの
金色に光るチンテが口にゴキブリを横咥えしてたんだよ。
チンテは万力で締めるように、グシャリとゴキブリを噛み潰し、
うす黄色いクリームみたいなのがこぼれた。で、ふっと金色の光が弱まり、
チンテはゴキブリごと縮んで、コロンとカーペットの上に転がった。
ようよう俺は立ち上がり、そこまで行って拾い上げると、
寺院でもらった素焼きのチンテで、口にヘチマの種がはさまってた。
机の上にはなかったから同じものだ。・・・まあ、こんな話なんだよ。
え、信じられないって。・・・そうだろうなあ。
こうやって話してる俺でさえ、本当にあったこととは思えん。
だがな、そのチンテ、ここに持ってきてるんだよ。ほら、これだ。

ここに置いてくから、いろいろ調べてもらってかまわない。
そっから先は話すまでもないんだが、朝早くにタクシーで空港に行って、
日本に戻ってきた。俺は今、政府の仕事に関わってるし、
さすがにこっちで襲われるってことはないと思うが、油断はしてねえよ。
それにしても思うのは、向こうは呪詛とかがまだ生きてるってことだな。
同時に宗教の力も。それに比べて、日本の社会は無機質というか、
闇の部分がなくなってしまった。いや、それはもちろん、
詐欺や暴力事件はあるが、人を呪い殺すなんて誰も信じないだろ。
けどな、闇の部分があるってことは、それを照らす光もまたあるわけだ。
そういうことを学ばせてもらったのは、俺にとって意味があったと思ってる。
ここのあんたらもそうなんだろ。じゃあ、これで終わらせてもらうよ。






妖怪の話

2020.04.01 (Wed)
※ ナンセンス話です。

bigbossmanです。今回もまたKさんからうかがった話になります。
Kさんは全国に不動産を持っている実業家なんですが、ボランティアで
霊能者としての活動もされていて、ときどきお会いしたときに話を
聞かせてもらえるんです。いつもの大阪のバーでのこと。
「Kさん、これまでに妖怪がかかわった事件なんてあったもんですか」
「ないことはないよ」 「ところで、いつも疑問に思ってたんですが、
 幽霊と妖怪ってどう違うんです?」 「ああ、それは簡単な話・・・だった、
 江戸時代まではな」 「どういことですか」 「江戸時代には、
 現代の人間が想像もつかないほど仏教が力を持ってたんだ。
 無宿人でなければ、武士であれ農民であれ、必ずどっかのお寺の
 檀家にならなくちゃいけなかった。そうでないと転居や旅行もできない」

「ああ、お寺が役所みたいなものだったという話は聞きますね」
「人別帳って言葉も知ってるだろ。正式には宗門人別改帳、これが当時の
 戸籍がわりだった」 「そうですね。もともとはキリシタンでないことを
 証明する目的だったのが、身元照会に使われるようになった」
「で、仏教徒の最大の目的は成仏すること。逆に言えば、成仏できずに
 さまよい歩くのが幽霊というわけだ」 「ああ、そう言われると
 簡単な話ですね。お岩さんとかは、うらみをこの世に残して成仏できない」
「そうそう、うらめしや~って言うだろ。あとまあ、葬式をあげてない、
 坊さんに引導を渡してもらってない、墓に葬られてないということもある」
「なるほど」 「それが、明治の世になって日本は神道を国家の柱と
 することになり、仏教の力は急速に失われた。それと同時に、

 西洋から心霊主義の知識がどっと入ってきた。このあたりのことは
 お前のほうが詳しいだろ」 「ああはい。心霊主義ってのは、霊魂を
 自然現象とみなす考え方です。重力とかと同じ。人間が死ぬと、
 肉体と霊魂が分離して、霊魂のほうは霊界に行く。映画のリングの
 モデルになったとされる千里眼事件も、心霊主義の産物です」
「そうそう。で、幽霊が仏教と離れることで、だんだん何でもありになってって、
 今は心霊スポットで白いもやを見ただけで、幽霊だ!ってなる」
「じゃあ妖怪は?」 「成仏していない人間の霊以外のものすべてさ。
 例えば古くなった器物の霊である付喪神。から傘お化けとか提灯お化け」
「あ、お化けって言葉もありましたね」 「お化けってのは、幽霊と
 妖怪をひっくるめた言い方だな」 「で、Kさん、これまでに妖怪を

 あつかった経験あるんですよね」 「そう言ったろ。妖怪関係の事件は
 難しくはない。今は妖怪は力を失ってるからね」 「どうしてです?」
「決まってるさ、人間が妖怪を信じなくなったから」 「ああ」
「さっき話した分類で言えば、狐や狸に化かされるってのも、一種の
 妖怪現象。昭和になっても、田舎では狐に化かされたって話は
 いくらでもあった。でも、今の子どもはそんなの信じちゃいないだろ」
「そうですね」 「もちろん、狐や狸がほんとうに人を化かすかどうかは
 別の話で、多くは酒に酔ってたり、今でいう認知症だったり」
「なるほど、納得しました。じゃ、妖怪の事件を話してくれますよね」
「いいだろ。あれはもうだいぶ古い話になるな。昭和の50年代初め。
 東北のほうの鉱山町でのことだ。そこの鉱山はもうすでに
 
 採掘をやめててね。賑わってた街もすっかり人が減って・・・
 お前、赤線って知ってるか」 「公認の売春宿のことですよね」
「そう、あれがなくなったのはいつか知ってるか?」
「ええと、売春禁止法ができたのが1958年、昭和で言えば33年」
「詳しいな。で、その鉱山町でも娼家がつぶされて、建物は
 そのままに旅館になったんだよ。もともとが娼家だから特殊なつくりで、
 宿賃も安い。行商人とかが泊まる宿だな」 「はい」
「けどほら、街そのものがさびれてしまって、旅館もたちいかなくなり、
 建物を壊して、そこにビルを建てることになった。バーとかスナックが
 入った3階建てくらいの小さなビル」 「で?」 「それで俺のところに
 依頼が来たわけ。その旅館、幽霊が出るって言うんだな。

 それを客が怖がったこともあって廃業することになったんだが、
 ビルになればその幽霊は消えますかって話だった。もし消えないのなら
 お祓いしていただけませんかとも」 「ふーん、妖怪の話なんですよね」
「ああ、けど、そのときは幽霊って言われた」 「どんな幽霊なんですか」
「それがな、裸にパンツだけをはいた10歳くらいの男の子」
「ええ!? それってもしかして呪怨の俊雄じゃないですか。
 でも、呪怨のビデオが発売される以前の話ですよね」 「ずっと前だな」
「興味深いです」 「ただ、あの映画と違ってたのは、見た人の話では
 パンツが白じゃなく黒だったってこと。はっきりとした姿じゃなく、
 ぼうっとかすんでた。特に何かをするわけじゃなく、寝ている布団の
 足元にたたずんでしばらくして消える。

 ちゃんと足はあって、奇妙な足音もかすかに聞こえた」 「奇妙な足音?」 
「最後まで聞けばわかるよ。まだ、その元娼家だった旅館は解体されて
 なかったから、俺が泊まり込むことになったのよ」
「で?」 「その子どもの幽霊が出るのは、1階のトイレとその近くの部屋って
 ことだったから、夕方に入ってみた。それで、俺は幽霊が出る場所にいると
 何となく気配を感じる。ところが、すごい古い部屋で畳も焼けてて、
 いろんな臭いがこもってたけど、幽霊の気は感じられなかった」
「で?」 「その晩、そこに布団を敷いてもらって寝たが、朝まで何も
 起きなかった。これは長期戦になるのかって考えた。
 2日目の夜中、後で時計を確認したら2時頃だったが、
 ふっと目が覚めたんだ。指とかは動くので、金縛りってわけでもない。

 でな、足元に何かが立ってた。首だけそうっと持ち上げて見ると、
 かなり薄いが、人の形をしてる。言われたとおり、黒いパンツをはいた
 男の子のように思える。けど、細部がはっきりしない。
 俺はいつものように、そいつの中に精神を飛ばしてみたんだ。
 そうすると、ふつうは怨みとか悲しみが伝わってくるんだが、
 まったく何も感じない。さっきから話してるように、幽霊には成仏してない
 理由がある。ところがそれは、内面がまったくの空というか、
 無機質な感じだった。これは人間じゃないのではないか、そう考えた。
 そうっと布団をのけて立ち上がったんだ。そしたら、それは後退じさって、
 壁の中にふうっと消えたんだよ。俺が部屋から出たら、
 背中を向けて廊下を歩いてって、トイレの戸の中に消えた」

「トイレも確かめたんですよね」 「もちろんだが、何もいなかった。
 けど、これでだいたいのことはわかったと思った。さっき話した
 付喪神だろうって」 「器物の霊? さっぱり意味がわかりません」
「足音を聞いたんだよ。でな、旅館のトイレの大のほうは、和式で
 水洗になってるけど便槽がある。つまり、もとがぼっとんトイレだったのを
 上側だけ改装したもの。で、依頼者には、予定どおり建物を解体して
 くださいって言ったのよ。そのときに立ち会わせてもらいますって」
「どうなりましたか?」 「まず2階のほうから壊してって、トイレは
 埋める予定だったのを、建設会社に頼んで床板を剥がしてもらった。
 そしたら、便槽は石を組んだかなり古いものでな。その汲取口の
 横のほうに人形が一体はさまってた。15cmくらいの小さいもの」

「それ、まさか」 「やっと気がついたみたいだな。そう、♪空をこえて~
 ってやつ」 「鉄腕アトム!?」 「うん。出てたのはアトム人形が
 妖怪化したものと言えばいいか」 「うーん、信じられない」
「俺がその旅館に行ったのが昭和50年代の初めって言ったろ。
 鉄腕アトムの漫画連載が始まったのが昭和26年、アニメの
 テレビ放送開始が昭和41年から。おそらくかなり初期の人形だよ。
 プラスチックじゃなく布製で変色していた。たぶん、娼家時代に
 そこにいた子どもが持ってたのをトイレに落としたんじゃないかな。
 で、いろんな気が込もって付喪神と化した」  「うーん、そう考えると
 もの悲しい感じがしますね。その人形は?」 「有名な人形供養のお寺に
 持ってってお焚き上げしてもらった」 「いや、今回の話は予想外でした」
 





心霊写真の話

2020.03.27 (Fri)
bigbossmanです。つい昨日のことですね。いつもお世話になっている
ボランティア霊能者のKさんと、大阪市内のホテルのバーでお会い
しました。Kさんは50代、本業はビルのオーナーで、いろんな会社を
経営する実業家なんですが、霊能者としての活動もされてて、
全国を飛び回ってるんです。ただ、それはあくまで人助けなので、
交通費さえ受け取ったことはないと思います。以下はそのときの会話です。
「なあ、bigbossman、お前、心霊写真についてどう考える。
 オカルト研究家としての意見を聞かせてほしいんだが」 
「うーん、心霊写真ですか。オカルトとしてはけっして古いものでは
 ないですよね。そもそも実用的な写真の発明が1840年頃です。
 だから180年くらいの歴史しかありません。

 それに、心霊写真と言われるものの中には、たんなる撮影ミスの
 場合もたくさんあります。感光してしまったり、フイルムの巻きが
 うまくいかなかったり、手ブレだったり」 「まあそうだな」 
「あとは、撮影ミスではないけど、被写体に問題がある場合」
「どういうことだ?」 「足がないように見える写真とかあるじゃないですか。
 あれなんかは、写ってる人がヒザから下を後ろに跳ね上げてることが
 多いんです。それがたまたまスナップとして撮られて、
 足が切れてるように見える。写ってる人も、そんなことは覚えてないから、
 気味が悪いと言って、しばらく足を気にしてたりする」
「ああ」 「あとは悪ふざけですね。旅行で学生さんがたくさん
 いっしよに写ってるのがあるでしょ、旅館の部屋なんかで。

 で、身を寄せ合ってるんだけど、一人の肩に誰のものでもない手が
 のってるってやつ」 「ああ、あるね」 「ああいうのは、誰かが
 仲間の体の陰に隠れて、イタズラで手だけ出してる場合が多いんです。
 でね、困るのは、そういう写真って現像段階で手を加えてるわけじゃ
 ないから、プロが見ても、加工の跡は見られないって言う。
 もちろんプロだからイタズラってわかるんだけど、確たる証拠はない
 ってことです」 「それくらいは知ってるよ」 「ですよねえ」
「ズバリ聞くが、本物の心霊写真てあるのか」 「うーん、困りました。
 これまで話したような撮影ミスとか、偶然とか、イタズラとか、
 そういう可能性をすべて除いても、どうしても説明できない写真は
 ありますよ。心霊写真全体の1割以下ですけど」

「なるほど」 「じゃあこっちからKさんに聞きますけど、霊って
 写真に写るんですか」 「写らない」 「あ、あっさり言い切りましたね」
「いや、これはあくまで俺の体験だから、他の霊能者はまた違った
 考えを持ってるのかもしれない。俺がこれまで取り扱ったケースでは、
 写真に変なものが写ってる場合、それは撮影者が作り出してるもんだ」
「・・・念写ってことですね」 「そう、人間はほら、見たいものと
 見たくないものが、どっちも心の中にある。無意識って言うらしいが、
 それが写真の中に浮き出してくる」 「うーん、Kさん、何かそういう
 事件を扱ったんですね。聞かせてくれるんですよね」
「もちろんそのつもりだが、その前に、昔のフィルム写真と、
 今のデジタルカメラとでは、心霊写真の傾向に違いがあるか」

「そうですね。デジタルになって、心霊写真は減ったという人と、
 前よりも増えたって人がいるんですが、これはどっちの言うことも
 間違いではないんです」 「どうして」 「はい、昔のカメラは自動ピントも
 手ブレ補正もないし、さっき話した失敗写真って多かったんです。
 それがデジタルになってほとんどなくなった。だから心霊写真は減った。
 逆にね、今はフォトショップなんかの加工ソフトが出回ってて、
 心霊写真を作る気なら誰でもできます。そういう意味では心霊写真は増えた。
 それも、霊の姿がはっきりしたものが。もちろフィルムカメラでも
 加工はできますけど、家に暗室がある人って多くなかったでしょ。
 ほとんどは写真屋さんに現像を頼んでた。」 「そうだな」
「あ、これって、聞かせていただける話と関係があるんですか」

「ああ、ちょっとこれを見てくれ」Kさんはそう言って、
オロビアンコのバッグから一冊のミニアルバムを取り出して開き、
「これなんだが、わかるかな」 「ええと、これはフィルム写真ですね。
 かなり古そうだ。結婚式のですね。時代はいつごろです?」
「昭和50年代」 「神前結婚式ですか。花嫁さんはきれいな人だな。
 で、どれが心霊写真なんですか、よくわからないです」
「これ、新郎新婦が2人で社殿の前に立ってる」 「うーん、あ!
 上のほうからビームみたいなのが出てますね。新婦にあたってる。
 こんなの始めて見ました。光のイタズラかなんかでしょうか」
「いや、こんな光学現象はないだろ。細いけど銀色の光が、
 定規で引いたように真っ直ぐ花嫁に向かってる。それと花嫁の胸のあたり、

 よく見てみろよ」 「え? ああ、字が浮かんでる」白無垢の花嫁衣装の
胸の下、手を組んだ上に薄っすらと銀色の字が見えてて、「否」と
読めました。大きさは片手より少し小さいくらい。「どういうことです」 
「この2人、俺の大学の同期でな、この結婚式には俺も呼ばれてたんだ。
 もっとも花嫁のほうは面識がなかったが。大学を出てすぐ結婚したんだよ」
「すごいな、東大生のカップルですか」 「旦那は当時の大蔵省に入省して、
 その後すぐ子どもが生まれたんだが・・・ この2人、もうこの世には
 いないんだよ」 「え!?」 「子どもは男の子で、3歳になったとき、
 旦那が奥さんを殺してしまった。けど、故殺じゃない。突き飛ばしたのが
 テーブルの角に頭をぶつけて硬膜下出血。手術したがダメだった」
「どうしてそんなことに」 「子どもがだんだん育ってきたら、
 
 顔立ちが旦那に似てなかったんだ。それと、奥さんの浮気も発覚した。
 大学時代につき合ってた男との関係がまだ続いてたんだな」 「うーん」
「で、当時は遺伝子解析なんてなかったから、子どもの血液型を調べたら、
 旦那との子でないことがはっきりした。それで言い争いになってな」
「ひどい話ですね。それで?」 「旦那のほうは過失致死だが、
 情状はくみ取れても執行猶予はつかない。刑務所に入って、
 その子は奥さんの実家に引き取られ、そこで育てられた。
 旦那の子じゃないんだから、そうなるしかなかった」 「で?」
「旦那のほうは、もちろん大蔵省は懲戒免職。すべてのことを悲観
 したんだろうな、刑務所内で自殺したんだ。聞いた話では、
 衣類を丸めて飲みこんでの窒息死ということだった」 「う」

「で、不幸なことだなあとは思ってたが、俺には直接は関係ない話だったのよ。
 ところが、ほら、俺が神戸でやってる不動産屋があるだろ。そこに大学を
 出て採用されたのが、その子なんだ。もちろんそんなことは
 知らなかったし、俺が採用の面接をしたわけじゃない。
 採用後の身元確認でわかったんだ」 「ははあ。それで?」
「もちろん俺が両親の事情を知ってることは、その子には言ってない。
 いろいろやりにくいだろうと思ったし、俺からすればたくさんある会社の
 一つでしかないから。特に目をかけてたということもないよ」
「で?」 「その子自身は、祖父母に育てられたにしてはというか、
 曲がったところもない素直な子で、仕事もそれなりにこなしてる」
「で?」 「先月、その子の結婚式があったんだ。関連会社の女性社員との」

「Kさんが仲人ですか」 「いやいや、俺はそんなの一度もやったことはない。
 柄じゃないから。もちろん式は出席したよ」 「で?」
「式はホテル付属の神社で挙げた。ホテル内神前式ってやつだ」 「で?」
kさんはバッグからタブレット端末を出し、「ほら、これがそのときの
 写真なんだが・・・わかるか」 「えーと、ああ! 光の筋がありますね。
 最初の写真と同じだ。それに否の文字も」 「そう、ただ前と違ってるのは
 新郎のほうにあることだな」 「これ、デジタル写真なんですよね」
「そうだ。それなのにフィルムカメラと同じものが写ってる」 
「うーん、前途多難ということですか」 「まあ、注意してみていくつもりだよ」
「・・・一ついいですか」 「何だ?」 「怒らないでくださいよ。最初の話で、
 奥さんの浮気相手ってKさんじゃないすよね」 「バカなこと言うな!!」

 
 
 


飲むなの壺の話

2020.03.19 (Thu)
※ 骨董屋シリーズです。

あ、どうもお晩でございます。ここに来させていただくのも、もう何回目
ですかねえ。いつもの引退した骨董屋でございます。
また新しい出来事があったので、お話しにまいりました。
それでですね、もう私は店は持ってないんですが、昔の仲間なんかから
相談事がよく持ち込まれます。その多くは鑑定なんですが、
どうも、奇天烈なものは私のとこに持っていけば、なんとか目鼻を
つけてくれるって評判が流れてるみたいで、いわゆる曰くつきの品を
見ることも多いんですよ。今回もそのたぐいのもので。
持ってきたのは、まだ若い・・・といっても40代の骨董屋で、
この世界では40代はひよっこです。なんでも地方の旧家の当主が
亡くなって、その遺産整理で出たものだということでした。

まず価値がわからないし、収蔵のしかたも変だったってことです。
他の収集品はきちんと蔵にしまわれてたのが、その壺だけは、
当主が寝起きしていた部屋の押入の上段に置かれてて、
木箱に入ってその上からぐるぐる巻きに縄がかけられていたそうです。
まるで外に出すのを嫌がってたみたいに。しかし、骨董品なんだから
気に入らないなら売ってしまえばいいわけで、そこが不自然ですよね。
ともかく見せてもらいました。箱は杉板でつくった新しいもの。
中から出てきたのが、高さ20cmくらいの無地の白い壺、
水差しとも一輪挿しとも言えそうなものでして、それが何なのかは
一目でわかりました。ボーンチャイナというのはご存知ですか。
イギリスで、中国や日本の白磁を目標につくられた陶器のことです。

といってもイギリスですから土が違います。陶磁器は陶石や磁器土
などからつくりますが、イギリスでは手に入りません。そこで、
陶石の代替として乳白色に焼きあがる牛骨灰を使用してるんです。
牛骨にはリン酸カルシウムが含まれますが、日本ではこの成分が
30%以上のものをボーンチャイナと言うんです。
でね、これがつくられ始めたのが18世紀末頃からで、つまり
新しいものってこと。ふつうはどこかに製作者の銘があるんですが、
底を見てもただのっぺりと白い。うーん、値段はつけられないと思いました。
西洋陶器ですからね。私の専門からは外れてる。
ただもちろん、さっき言った縄で縛られていたということは気になりました。
それでその骨董屋に、「これを預かって何かおかしなことはなかったかい」と

聞いてみたんですが、「倉庫にしまってたので特には」ということでした。
あとね、箱の中に壺といっしょにメモ用紙が一枚入っていて、
それには手書きで「Do not drink」とあったんです。「飲むな」って
ことですよね。意味がわかりません。この壺に水なりなんなり液体を入れて
飲むなということなのか。メモ用紙は黄ばんでいて、古いものと思いましたが、
時代もわからない。その亡くなった当主が書いたのかどうかも。
で、興味を惹かれまして、何日かあずかることにしました。
私はほら、女房に死なれてからずっと独り身で、枕元に置いて寝たら
何かわかることがあるだろうと考えたんです。
1日目の夜は何事も起きませんでした。朝になっても変わった様子はなし。
それが、2晩目に夢を見たんです。それがねえ・・・

お恥ずかしいですが、死んだ女房と2人で庭を歩いてる夢なんです。
その庭は見覚えがありました。私は女房とは見合い結婚でしたが、
その見合いのときの料亭のです。だから女房もまだ若い。
いや、そのときの会話なんてすっかり忘れてたんですが、一言一句、
思い出したというより、再現されたと言ったほうがいいでしょう。
朝になって起きたときには胸がどきどきしていました。
ああ、私にも若い頃があったんだな、そんなことを思いながら
壺を持ち上げると、少し重かったんです。中をのぞき込むと、うす赤い
水が溜まっていました。いや、前の晩にはなかったはずです。
これは何だろう? 飲むなというのはこのことなのか?
水はせいぜいコップで4分の1ほどの量。

まさか毒ではないだろうと思って、少しだけ皿に取り、指をつけて舐めて
みたんですよ。そしたら・・・ほとんど無味に近いがかすかに甘い。
あと何かの果実の香り、杏ですかねえ。そのあたりはよくわかりませんでした。
ほんのちょっとでしたから体には異変はなく、その水は外の
側溝に捨てました。人に何かを思い出させる・・・過去のことを
見せる壺なんだろうか。ともかく、枕元に置いて寝るのは続けました。
で、また数日たって夢を見ました。戦後の混乱期からようよう脱した昭和の30年代
ですね。私が最初の店を大きくして、若い人を2人使っていたときの夢です。
一人はAとしておきましょうか。当時20代後半で、知り合いから口利きを
されて雇った者です。もう一人は高校を出たばかりで、Bとしておきましょう。
いやもちろん、2人とも骨董は素人で、簡単な仕事しか任せてませんでした。

Aのほうは、どことなく癖のあるやつで、私の見ていないところで
Bをイジメていた節があったんです。それは何度も注意はしましたが、
その頃は、商売人は殴られて仕事を覚えるのが普通って時代でもあったんです。
Bはね、年が年だけに世慣れしてなくて、いつもおどおどした様子でした。
けどね、骨董屋には向いているんじゃないかと思ってたんです。
この商売はね、臆病なほうがいいんです。一か八かの賭けに出るような
やり方だと、どっかで必ず落とし穴にはまる。闇の深い商売なんですよ。
それでね、この2人、雇ってから2年後に、同時にいなくなっちゃったんです。
ある朝、私が起き出してきたら、2人とも布団におらず、それっきり。
その後に、店の売り上げがごっそり失くなってるのがわかったんです。
そのときは、2人がしめし合わせて持ち出し、どこかへトンズラしたと

考えました。いえ、警察に届けを出すことはしませんでしたよ。
消えたのは現金だけで、店の品物には手をつけてなかったですから。
ま、骨董を持ち出してもさばくあてもなかったと思いますけど。
ああ、すみません。夢の話でしたね。映画のようにひと続きになった内容でした。
まずAが店から表に飛び出し、ややあって、それに続くようにして
Bが出てきました。早朝のまだ誰もいない道です。
Aは走ってて、それをBが追いかけていって港湾に下りる坂のところで
追いつきました。それから口論になって、Aが懐から短刀を出して
Bの腹を刺したんです。夢とはいえ恐ろしい光景でした。
Bが手で押さえた腹から、どんどん血があふれてきて、顔色が白くなって
その場に崩れ落ちる。そこで目が覚めたんです。

心臓が早鐘のように打っていました。これは解釈するまでもないと思います。
Aの盗みに気がついたBが後を追いかけて刺された。
で、壺にはやはり中身が入っていましたが、今度は半分くらいまでの
黒い色の水。いや、さすがに舐めたりはしませんでしたよ。
別の容器に移しておきました。それにしても、夢で見たことが事実なら
傷害か殺人、といっても、もうすでに時効が成立してしまっています。
それから数日して、続きの夢を見ました。Aがオート三輪の荷台から
シートに包まれたものを下ろし、肩にかついで山林の中に入っていく。
いや、どこの場所なのかはわかりませんでした。
あんな山は周囲にいくらでもありますから。Aが時間をかけて大きな
穴を掘り、シートをその中に投げ込む。端から足先が見えてましたよ。

ああ、やはりBは殺されたのか、そう思いながら目を覚ましました。
壺にはまた水が溜まってましたが、今度は濁った泥水のようなもの。
それも別容器に移しておきました。でね、どうすることもできないですよね。
Bが埋められた場所は特定できないし、もしかしたらすでに
身元不明の遺体として発見されてるのかもしれない。
ここで終わりです。その壺は、持ってきた骨董屋にかいつまんで事情を話し、
安い値段で私が買ったんです。で、壺は中に入ってた水とともに
知り合いのお寺に持っていきました。そこには何度か古物の供養を
頼んでいたんです。供養の現場には立ち会わせてもらいましたよ。
壺は最後のほうに住職が宝具で打ち砕きました。そのとき、悲鳴とまでは
いきませんが、強い気が立ち上ったように思いました。まあ、こんな話なんです。