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遠い村の話

2020.09.24 (Thu)
これ、俺が高2のときの話なんです。なんか夢みたいな内容で、
ここで話をしてもいいかどうかよくわからないんですが。
それに、怖いというような内容でもないし。それでよければ。
そんとき、俺、バスケ部に入ってまして。レギュラーをとれるか
どうか必死だったんですよ。このとおり、そんな身長のあるほう
じゃないし。それで、自主練っていうか、毎朝走ってたんです。
5時くらいから1時間ほど。当時はね、今みたいにウオーキング
なんかもまだ流行ってなくて、ときおり車は通るけど、
歩行者はほとんど見かけなかったです。で、あれは秋口、
9月の終わりのことですね。だいたい10kmくらい走って、
そろそろ家に戻ろうかっていうとき、ちょっとした橋にかかる場所で

ふらふら歩いてるおばあさんを見かけたんですよ。
寝間着だと思うんだけど、着物1枚着ただけで足は裸足だったんです。
ゆっくり左右に揺れながらふらふら歩いてる。そこの橋ね、
欄干が低くて、下に落ちるんじゃないかって感じで。
まあ、落ちても死ぬようなとこでもなかったけど。
それで、ああこれ、ばあさんボケてるんだな、って思ったんです。
当時はまだ、認知症って言葉も広まってなかったです。
それと、そのばあさん、見覚えがあったんです。
俺の家の近所、並びの3軒くらい離れた家のばあさんじゃないかって。
よく、家の前の道路を掃除したりしてたんですよ。
俺が小学生のとき、朝の通学なんかで声をかけてもらったりして。

それが、その後 姿を見なくなって、ボケてずっと家にこもってる
みたいな話は母親から聞いてました。ご主人はだいぶ前に
亡くなってて、長男一家といっしょに暮らしてたはずです。
それで、危ないなと思って、帰るがてらそこの家に連れていこうと思い、
ばあさんに追いついたんです。着物の背中をつかんで、
「おばあちゃん、どこ行くんですか」そう言ったら、ばあさんは
トロンとした目でこっちを見て、「いやあ、どなたさんでしたか」
と聞いてきたんで、「あ、近所のものです」そう答えました。
ばあさんは「いやね、〇〇の村に帰ろうと思って」その〇〇は
聞いたことのない地名でした。「寒いですから。足もなんにも
 履いてないし、家に戻りましょうよ」

「でも、〇〇の村はすぐそこだよ。もう村境まで来てる」
ばあさんがそう言って前を指差したときです。なんか足もとが
ぐっと沈む感じがしたんです。「え!?」それと同時に、すごい
まぶしい光が見えて、目を開けてられなかったんです。
ばあさんをつかんでた手を離して、ごろんという感じで
後ろに倒れたと思います。でね、どのくらい時間がたったか。
目を開けると、真っ青な空が見えたんです。
ぬけるような高い高い空が。まだ薄暗い街を走ってたはずなのに。
同時に、セミの声が聞こえてきました。わけがわからなかったです。
石ころだらけの地面に手をついて立ち上がろうとしたとき、
「兄ちゃん、だいじょうぶか」という声が聞こえてきました。

「え!?」見ると、粗末な着物を着た、8歳くらいかなあ。
女の子がいたんですよ。おかっぱで、帯だけが赤かったのを
覚えてます。「え!? ここ、どこですか」そう聞いたら、
「〇〇の村だよ」って。立ち上がってあたりを見回すと、
絵に描いたような田舎の風景だったんです。「そんなバカな、
 ここは・・・」 「だから〇〇の村だって。おらの家に来るか」
女の子がそう言い、俺の手をつかんだので、いっしょに歩き出しました。
暑かったです。カンカン照りで、夏なんだと思いました。
それと、気がついたのが、一面に田んぼが広がってるんだけど、
どこにも電信柱や電線がないことです。それって変ですよね。
道も、舗装道路なんてなくて、踏み固められた土で。

「スイカ冷えてるで、おらの家で食べよう」女の子がまた言い、
俺、「ありがとう。君ね、名前なんていうの」そう聞きました。
そしたら「おら、ヨシっていうだ」って。そっからしばらく歩きました。
ときおり、田んぼの中で作業してる人を見かけましたが、
機械なんかは使ってなくて、みんな野良着なんです。
そのときには、これもしかして、俺、昔の世界に入り込んだのか、
そういうことがわかってきたんです。でも、ありえないとも思いました。
どうすることもできず、女の子と手をつないで歩いていくと、
小川を澄んだ水が流れていて、そこに木の橋がかかってたんです。
「おらの家は川向うだ。ほら、あそこ」女の子が指差し、
藁葺の屋根の農家が見えたんです。長い縁側の前の庭に

鶏が走ってました。それで、その橋に一歩入ったとき、またぐらっと
沈むような感じがしました。目を開けていられないまぶしい光。
それが消えてから目を開けると、薄暗い街に戻ってたんです。
でね、俺の手は、ばあさんの着物をつかんでたんですよ。
何がどうなったのかまったくわからなかったんですが、とにかく、
「家に帰りましょうね」そう言って、ばあさんの手を引いて、
そこの家まで連れていったんです。インターホンを押すと、
ややあって息子さんの奥さんらしい人が出てきて、
「まあ、おばあちゃん」と驚き、俺が事情を話すとすごく
感謝されたんです。やっぱり、ばあさんボケがかかってて、
一人で布団を抜け出して玄関を開け、外へ出たみたいなんですね。

これでだいたいの話は終わりです。そのばあさん、やっぱりヨシさんって
言ったんですが、半年くらい後に施設に入り、それからまた
半年くらいして亡くなりました。葬式には出なかったですけど、
近所ですから、両親といっしょにご焼香に家には行ったんです。
そのときに、ヨシさんの出身は〇〇村というところだったことも
聞きました。さすがに、ヨシさんの子どもの頃の写真などは
なかったですけど。あの体験はなんだったんですかねえ。ヨシさんが
見ていた幻覚の中に俺も入り込んでしまった・・・そうなのかも
しれませんが、あの世界って実際にあるんじゃないかって思うんです。
うまく言えないけど、時間っていうのは現在だけじゃなく、
ずっとつながった状態で存在してるんじゃないかってね。

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呪禁の話

2020.09.20 (Sun)
あ、ども。じゃあ話してくよ。これな、俺がガキの頃に始まって、
今もまだ続いてることなんだ。しかも、最初はよかったが、
どうも事態は悪いほうに転がってるみたいなんだよ。
ここの人は、そういうことの専門家だって聞いたもんだから、
こうしてやってきた。話をするのにべつに礼金はいらねえから、
もし対処法があるのなら教えてくれよ。
始まりは小学校の5年のときだな。夏休み中でお盆だったはず。
一家で墓参りに行った。まあそれは毎年のことだったが、
その年だけ、父方の墓参りの後に、母方のほうにも行ったんだよ。
何年忌だか忘れたが、親戚一同が集まっての大法要があるってことで、
うちも呼ばれたんだ。父親はふつうの家の出身だが、

母親の実家の本家が、ある地方の旧家なんだよ。で、兄貴と俺も
連れていかれたわけ。いや、その法要が長かったことは覚えてる。
坊さんが十数人いてお経を唱えてな。3時間近くかかったんじゃないか。
その後、母親の本家の墓所に行った。そこだけ土台が一段高くなってて、
それは立派な墓だったよ。で、その前でも住職がひとしきり
お経を唱えてな。親戚一同数十人がその墓の前にいたんだが、
ほら、俺の家は別姓だろ。だから、列の一番うしろで小さくなってた。
俺はその頃から悪ガキだったから、また長くなるんだろうと思って
両親に気づかれないよう、こそっと抜け出したのよ。
でかい墓地でな、碁盤の目みたいに通路が切られてる。
そう遠くまで行くつもりじゃなかった。区画をぐるっとひと回り

して戻ろうと思っただけなんだ。20mくらい進んで、本家の墓所と
反対側のほうへ曲がった。1mばかりのコンクリの道で、
両側はずらっと墓。ところが、いくら進んでも横に折れる道が
なかった。まあ、突きあたりに墓地を囲んでる黒い塀が見えたんで、
そこまで行ったら引き返そうと思ったわけ。ところが、
いくら進んでも塀は近くならなかった。そうだなあ、500mは
歩いたと思うが、そろそろ戻らないとヤバいと考えて
来た道を引き返したのよ。一本道を進んできたわけだから、
それで元の場所へ出られるよな。それが、いくら行ってもただ
まっすぐ道が続いてるだけ。怒られる、そう思って走ったんだよ。
そしたら、両側はふつうの墓だったのが、だんだんボロっちいっていうか、

自然石の、低い苔むしたのになってきたんだ。そんなの来たときに
なかったのは間違いない。あせるし、怖くなってきた。
でな、引き返す前の倍くらいの距離を進んだと思う。
とうとう墓がなくなって、道も土に変わったんだ。前に塀も見えない。
その頃には全力で走ってたんで、息が切れて立ち止まった。
そしたら、ボロ小屋みたいなのがあったんだよ。廃材を打ちつけた
だけの真っ黒な小屋。もしかしたらそこに人がるんじゃないかと思って、
戸もない入り口から中をのぞき込んだ。そしたら、中はオレンジ色で、
突きあたりに炉みたいなのがあって、その火の色なんだ。
炉の前には白い着物を着た人がいた。頭がつるつるだったから坊さんだと
思った。年は若く見えたな。「あの、すいません」俺が声をかけると、

その人は驚いたように振り向き、「子どもか、どこから来られた」
柔らかい声で そう聞いてきたんで、事情を話したんだよ。事情っても、
まっすぐ進んでたはずなのに道がわからなくなったってだけだが。
そしたら、坊さんは少し考え込んでから「何年から来られた」って。
意味わからねえだろ。そう言うと、また少し考えて「西暦で」
それはわかったが、俺は「平成〇〇年」って答えたんだ。
坊さんは「ふむ」みたいに言い、俺の腕をとって炉の側に連れてくと、
そこにあった筆を茶碗につけて、俺の左腕の手首の内側に
何か書いたんだよ。筆をつけたのは墨じゃなく水みたいなもんで、
字に色はついてなかった。それから、「これですぐ戻れるから」って。
「どうも」と礼を言って、外に出て小屋と反対に走った。

そしたら、すぐ曲がり角があったんだよ。ほんの20mくらいで。
後ろをふり返った。でも、あの小屋はなくなってて、ずっと通路に
なってたんだ。曲がってすぐ、お経を読む声が聞こえてきた。
人の輪も見えた。本家の墓所のすぐだったんだ。それで、そうっと
近づいて後ろについたんだよ。両親の姿もあって、俺が抜け出したのは
気づいてないみたいだった。で、それが終わってからは、
寺の近くの料亭を借り切ってあって、そこで住職も呼んで宴会に
なったんだよ。俺の親父はその日のうちに車で帰る予定だったから
飲まなかった。でな、俺はさっき字を書かれた左腕が痒くて、
掻いてるうちにぼこっと腫れてきたんだ。母親がそれを見て、
店の人に言って虫刺されの薬をもらった。しばらくして腫れはひいたよ。

まあそんなことがあってな。夢みたいな話だと思うだろ。いや、俺も
ほんとうにあったことかわからなくなって、そのうちに忘れた。
思い出したのは、ええと3年後か。俺が中2のときだ。サッカーの
クラブチームに入ってたんだが、そこのチームはけっこう強くて、
土日は毎回のように練習試合や大会があった。で、3年が引退して、
俺が新チームのメンバーに選ばれた最初の試合の前日、
急に腕が痒くなったんだよ。ああ、あの字が書かれた場所だけ。
搔いてるうちに腫れてきて、前みたいに盛り上がってきた。
それが何かの字っていうか、記号みたいなんだ。
そうしてるうち、高熱が出てきたんで、親に病院に連れてかれた。
医者は腕を見て、虫刺されによるアレルギーだろうって言ったが、

虫に刺された記憶はないんだ。点滴をして熱は下がったが、
腫れはなかなかひかなかった。で、大事をとって入院ということになり、
俺は試合に出られなかったんだよ。入院中に腕をみた別の医者が、
「これ、字みたいだね。あ、梵字にそっくりだ」って言った。
ガキだったから梵字が何かも俺にはわからなかったけどな。
で、サッカーほうだが、事故があったんだ。会場へは現地集合で、
親の会で誰が車を出すか、順番が決まってたんだ。
その、俺が乗るはずだった車がもらい事故を起こして、
運転してた親と、乗ってたチームのメンバー1人が死んだんだよ。
いやあ、偶然というか、そのときは俺の腕のことと関係があるとは
まったく考えてなかったよ。2日入院して腫れはひいた。

それから、10年以上腕はなんともなかった。その間にいろんな
ことがあったんだ。親父が職場で倒れて、そのまま亡くなった。
俺が大学のときだが、それもあって俺は大学をやめたんだ。
といって仕事についたわけじゃなく、当時は演劇に興味があってな。
劇団員をやってたんだよ。もちろんそれで食ってはいけねえから
バイトしながら。でも、演劇のほうも物にはならず、
その劇団は解散し、それからはずっとフリーターという名の
プー太郎をやってた。そのうちにパチスロなんかにもはまって、
地下カジノで働くようになった。ある組がやってたやつだが、
そのあたりのことは詳しく話さなくてもいいよな。
けっこう真面目にっていうか、言われたとおりにやってたら、

組の仕事もぽつぽつ入ってくるようになった。カジノとは別の
取り立てとかだ。でな、俺はこのとおり体もでかいし、人不足だから、
盃をもらって正式に組員にならねえかって話になったんだよ。
これな、受けないわけにはいかないだろ。でほら、あんたらも
知ってると思うが、組の分裂騒ぎがあって、殺気立ってきたわけ。
で、一昨日、ずっと忘れてた左腕な。また痒くなって腫れてきた。
熱は出てないから医者にはまだ行ってない。それで、これ見てくれよ。
くっきり字が浮き出してるが、ガキの頃のとは違う感じがするんだよ。
今はネットで何でも見られるだろ。この腫れた形で調べてみたら、
やはり梵字で、「寂滅」っていうのにそっくりなんだ。寂滅って
死ぬことなんだろ。俺、どうすればいいのか教えてほしい。

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吉田さんの話

2020.09.11 (Fri)
これね、俺が小学校5年生のときのことだから、
もうずいぶん前なんだ。ええと、もう30年近くなるかな。
だから、子どもが見た夢だったのかもしれない。
それでいいのなら話していくよ。まずは、うちのばあちゃんの
ことから。ばちゃんはね、戦争未亡人っていうのかな、
太平洋戦争で夫を亡くした。うちの父親が5歳、その弟、
俺からすれば叔父さんだけど、その人が3歳のとき、
夫、つまり、じいちゃんが出征して、南方で戦死。
というか、俺も戦争のことをちょっと調べてみたけど、
戦闘で死んだというより、多くの兵隊は餓死したみたい。
それで、戦後は女手一つで幼い男の兄弟を育てた。

そりゃ苦労の連続だったと思うよ。ただ、救いだったのは
都会じゃなかったこと。空襲には遭わなかったから、家はそのまま
残ってたし、畑もあった。だから、食糧不足もそこまで
深刻ってわけでもなかったみたい。それに村には親戚縁者も
いたしね。戦後しばらくは、村に都会の人が高価な着物なんかを
持ってやってきて、わずかな食料と引き換えてもらって
帰ってったなんて話も聞いているよ。でね、その後、うちの
親父は高卒で市部の郵便局に入り、結婚して俺と妹が生まれた。
ばあちゃんは一人でずっと村に残ってたんだけど、やはり
一人で雪深い農家の暮らしは厳しくなってきてね。
65歳を過ぎたのを機会に、親父が引き取ったんだよ。

ばあちゃん本人は、まだ畑仕事をやりたかったみたいだけど、
長年の無理がたたって膝が悪かったし。で、親父が建てた家には、
ばあちゃんの部屋もつくってあったんだよ。日あたりのいい
南側の畳の6畳、テレビやエアコンも入れてあった。
けど、やっぱ長年張りつめていた気がゆるんだせいなんだろうな。
1年ほどして、心臓に病気が見つかった。入退院をくり返し、
医者からはペースメーカーを入れたらって話もされたが、
ばあちゃんは断ったんだ。そこまでしなくてもいい、
早くじいさんのところに行きたいって。まあ、わかるような
気がするな。で、ある年の夏場、やはり入院してたんだが、
容態が急変した。もう今日明日だろうってことで、

家族や親戚に連絡が入ったんだ。そのとき、ばあちゃんはまだ
いくらか意識があって、親父に、部屋の鏡台の中の箱を持って
来てくれって伝えたんだ。小さい白木の箱だよ。ばあちゃんが
わざわざ表具師につくらせたらしい。中に入ってるのは小指の骨、
・・・じいちゃんの遺骨なんだ。南方で死亡した遺体の小指を、
上官が仲間の兵に切り取らせたものなんだな。ああ、全身を火葬する
余裕なんてないから、指だけを骨にして内地に送る。ずいぶん
非道い話だと思うだろうが、これでもマシなほうなんだ。戦闘中に
死んだ場合、遺体を回収なんてできないよな。だから、
戦死公報とともに戻ってくるのは、たいがいが現地の石や砂、
よくて氏名が記された木札なんだ。遺髪や遺骨、軍服のボタン

なんかが戻ってくるだけでも、珍しいことらしいよ。
で、ばあちゃんはその骨を一族の墓には入れず、自分で持ってた。
あ、スマン、長々とこんな話をしてしまって。けどな、これ、
こっからの内容に関係があることなんだ。それでな、
大事なことをいい忘れてたが、俺の名字は石原、もちろん
親父もばあちゃんもそうだ。で、ばあちゃの危篤の知らせを
受けて、親父の車に一家で乗った。俺と弟が後席で、
俺がその遺骨の箱を持たされたんだ。時間は夜の10時を
回ったあたりで、病院までは30分くらい。気が急いてる親父は
かなり飛ばしたらしいから、20分ほどの間にみた夢。
「石原、石原の孫だな」こんな声が聞こえてきた。

それは膝の上の箱から聞こえたようにも、直に俺の頭の中に
響いてきたとも思えた。言葉はいかついが、声自体は優しかった
気がする。「はい」と返事をしたと思う。「あ、聞こえるか。
 自分は吉田、吉田一等兵って言うんだ。お前が持ってる
 その箱の中の骨が自分だよ」 「え? でもこれ、じいちゃんの
 骨だよ」 「向こうで間違えたんだな。まあ、あの混乱だったから
 しかたない・・・お前のばあちゃんがなあ、ずっとこの骨を
 大事にしてくれてて、申しわけないと思いながらも今日まで
 きてしまったんだ」 「・・・・」 「ばあちゃんが危ない
 んだろ、これから病院に行くんだろ」 「はい」
「じゃあ、できるかどうかわからんが、今から石原を呼んでみる」

「じいちゃんを?」 「そうだ、きっとできると思う」
これで、夢は終りというか、ガクンと車が止まり、病院の駐車場に
着いたようで、家族は車から降り、俺は箱を抱えて、救急外来の
ところから病院に入っていった。病室で、ばあちゃんは点滴だけを
されてた。救命措置なんかはやらないでくれって、あらかじめ
ばあちゃんが病院に言ってたんだ。もう意識はなく、息は弱々しい。
集まってた医師の一人が、「今晩中には」と一言だけ言った。
でな、俺は親父に言われて、その小さい箱をばあちゃんの顔の
横に置いた。そしたらだよ、それまで上を向いてたばあちゃんが、
少し頭をかしげて箱のほうを向いたんだ。点滴をされてる
そっち側の手もかすかに動いた。そして顔に笑みが浮かんだように

見えたんだ。まあ、それだけで、声を出したりはしなかったが。
ただ、俺にはそのとき、箱の上でぼうっと白い光のようなのが
形を結んだように思えたんだな。それから10分もしないうち、
ばあちゃんは亡くなったんだよ。俺は、じいちゃんが迎えに来て
くれたんじゃないかと考えてる。・・・車の中でのことは親父らには
話さなかった。信じてもらえる内容じゃないしな。ばあちゃんは
火葬され、この機会にってことで、箱の中の骨もいっしょに
納骨されたんだ。俺の夢がもし正しいんなら、吉田さんの骨だ。
それから10年以上後、俺はじいちゃんが行った南方のこと、
吉田さんのことを調べた。同じ分隊に、吉田一等兵という人が確かにいた
ことまではわかったが、その家族は東京でみな亡くなっていたんだよ。






誘惑の話

2020.09.05 (Sat)
あ、どうも今晩は。僕、〇〇大学のワンダーフォーゲル・サークルの
3年で、羽沢って言います。これ、この1ヶ月の間に、僕と同じ
サークル仲間の森嶋ってやつに起きた出来事なんです。
もちろん僕も関わってるんですけど。それで・・・もう手遅れかも
しれないんですが、ここは超常現象の専門家の方々が集ってるって
聞いたもので、こうして相談にうかがったんです。先月、7月の中旬です。
僕ら3年生が中心となって、夏休み中の活動計画を立てまして、
湿原ハイキングって決めたんです。あの、名前を言えば誰でも知ってる
有名なところですよ。ああ、ほら、僕らは登山部とは違って、
必ずしも山に行くわけじゃないんです。要は、自然の中で活動して
仲間の絆を深められればいいんです。それが始まりの理念。

とは言っても、少しはスリルも味わいたいし、新しく入ってきた
1年に自然の厳しさも教えたい。それで、一般の観光客のルートからは
2つくらい外れた谷を登ることにしたんです。いやいや、危険はないです。
きちんと地図に載ってる場所だし、携帯は圏外だけど、僕らはGPSを
持ってます。迷うなんてありえないし、真夏ですからね、低体温症も
考えられない。気をつけるのは熱中症だけ。無理するつもりはありません
でした。それでね、その7月中旬に、僕と森嶋の2人でコースの下見に
行ったんです。ね、準備周到でしょ。1年の中にはアウトドア初めてって
やつもいるし、女の子も2人入りましたから。それに、下見と言っても、
僕らも初めてのコースでしたから、楽しみでもあったんです。
前夜に出発して最寄り駅で下り、そっから湿原入口までバスが出てます。

いや、平日だったのに観光客は多かったですよ。高齢者の方がほとんど
でしたけど。ね、そのことでも、危険がないってわかるでしょ。
で、一般コースを外れて少し尾根を登りました。そっから谷を下った
場所が予定コースなんですが、予想と違ってたのは水が少なかったこと。
ええ、湿原と呼べるような感じじゃなかったんです。むしろ、
植物が生い茂ってて、そのために歩きにくい。まあでも、それはそれで
いいかと思いました。僕はどっちかというと苦手ですが、
森嶋は、名前に森って字がつくせいか、その方面のスペシャリストで、
歩く植物図鑑なんてあだ名もあるほどだったんです。もちろん道は
ありましたから、そこをずっと進み、適当な場所を見つけて昼飯にしました。
本番では飯盒炊飯やるつもりだったけど、そのときは駅弁でした。

それで、今から考えれば、このときが始まりだったと思うんです。
弁当食ってコーヒーの湯を沸かしてる最中、森嶋が「ん?」という
表情をして、「今、女の声が聞こえなかったか」って言いました。
これね、山ではよくあるんです。遠くの声が風に流されて
聞こえてくることが。だから、たぶんそれだろうって言ったんですが、
釈然としない顔をしてましたね。またザック背負って出発して
すぐに、「やっぱ、女の声が聞こえる。こっち、って言ってる」
こう言ったんですが、僕には何も聞こえませんでした。
「鳥じゃないか」とは答えたんですけど。で、それから3時間歩いて、
目的の水源地まで来ました。いいとこでしたよ。この景色を
1年に見せたら感動するだろうなって思いました。

もう夕刻になってたので、火を起こしてレトルトカレーを食べ、
それからは10時頃まで酒を飲むつもりだったんですが、森嶋が
なんか変だったんです。いつもはすぐに饒舌になるやつなのに、
ウイスキーの水割りを2杯飲んで黙り込んじゃったんです。
「おい、どうした? 具合でも悪いか」と聞いたら、「いや・・・
 昼にな、女の声がするって言っただろ。あれが気になってなあ」
「こんな場所に女は来ねえよ。山菜採りの婆さんならいるかもだが」
僕は冗談言ったつもりでしたが、森嶋はますます黙り込んで。それでね、
予定より早くテントに入ったんです。2人用のテントでした。
7月とはいえ、夜の気温は15℃前後だったろうと思います。
それぞれ寝袋にもぐり込んで、森嶋はあっという間に寝息を立て始めました。

僕もしばらくして寝ましたよ。そんなだから、朝はかなり早く目覚めたんです。
5時前くらい。もう外は明るかったですね。隣を見ると森嶋がいません。
けど、トイレか、それとも気を利かしてもう朝食を作ってるかだと
思ったんですが、起き出してもやっぱりいない。「おーい」と大声で呼んでも
返事なし。それで、テントなんかはそのままにして来た道を下ってったら、
森嶋が向こうから歩いてくる。なんかフラフラしてるんです。
「おい、どした? ずいぶん遠いトイレだな」そう言うと、頭を揺らしながら
口ごもり「ああ、ああ、まあ」そして体を二つに折って大きなクシャミを
したんです。これはやはり、どっか具合が悪いんだろう、そう考え、
行動予定を切り上げて戻ったんですよ。下見は十分だと思いました。
危険な場所やものは特に何もない・・・

ここからは大学のある街に帰ってからの話です。3年生になると授業は
少ないんで、森嶋とは毎日顔を合わせてたわけじゃないんですが、それでも
サークルの活動もありますから。森嶋ね、会うたびにずっとクシャミを
してたんです。鼻はずるずるだし、目は真っ赤、完全に花粉症の症状。
あの下見に行ったときにもらったのかな、と思いましたが、僕はまったく
何ともないんです。あと、なんか口もロレツが回らない感じで、
「医者にみてもらえ」とは言ったんですが・・・そしたらそのとき、
ひときわ大きなクシャミをして、鼻から緑の粘液がビッと1mも
伸びてサークル室の壁にくっついて。「うわ、汚えな」 「スマン」
森嶋はバッグからテイッシュの箱を出してふき取ってました。
その2日後ですね。森嶋の彼女から相談されたんです。

はい、様子がおかしいってことで。森嶋も彼女もアパートなんですが、
彼女の部屋は大家が厳しいので、よく森嶋のとこに泊まりに行ってたんです。
その彼女の話では、とにかくずっとクシャミをし続けてる。病院を勧めても
「ああ、ああ」と言うだけ。1日にテイッシュ3箱も使う。しかもときどき、
テイッシュを広げて自分の鼻水を見たりしてる。接着剤みたいにな色と
粘りの鼻水・・・ それと、つねにぼうっとして、心が抜けたような様子。
昨日からは、それに「呼んでる、呼んでる」というひとり言が加わった。
「呼んでるって、誰が?」そう聞いても答えない。それだけじゃなく、
いっしょにベッドに入っても何もしない。ただ壁のほうを向いて
寝ているだけ。おかしいですよね。それで明日、彼女と僕で強く
森嶋に受診を勧めようって話になったんです。

次の日です。森嶋の出る授業はわかってたので、教室棟の外で待ってると、
森嶋と彼女がやってきました。森嶋はとぼとぼ歩いて、彼女がその横で
あれこれ言ってる。僕が近づいてくと、森嶋が大きな大きなクシャミを
したんです。よくあんな音が出る、大学中に聞こえるかと思うほどの。
そんとき、森嶋の鼻からびょーっと鼻水?が伸びたんです、数mも。
「呼んでるぅ!!」森嶋は大声で叫び、持ってたバッグを放り出し、
スマホを投げ捨てて門のほうに走ったんです。もちろん追いかけましたが、
ものすごく速くて追いつけませんでした。でね、このとき、ピンと
くるものがあったんです。はい、森嶋はあの湿原に行ったんじゃないかって。
すべておかしなことの始まりはそこですから。彼女には事情を話し、
とにかくわかったことがあったら連絡すると言って、

駅に向かい電車に乗りました。もしね、森嶋がそこに行ってなかったら
大変ですが、確信に近いものがあったんです。時間がたつのが
もどかしかったです。翌朝、準備も何もしてなかったですが、あのルートに
入りました。天候はカンカン照り。なかば走るようにして、森嶋が
最初に「声が聞こえた」と言った場所まで行き、道脇の藪をかき分けると、
チェックのシャツが見えました。森嶋が着てたものです。入ってくと、
ズボン、靴下、下着まで落ちてたんです。その少し向こうに、
40cm四方くらいの大きな赤い花が咲いてました。「森嶋~!!」
呼んだんですが返事はなく、花に近づいていきました。ツル植物らしく、
下にはツルが渦巻いてて、果物の腐ったような臭い。そんなのこれまで
見たことがなかったです。思わず吐きそうになりましたけど、

ガマンして顔を近づけると、花弁の中に5、6cmほどの、たぶん雄しべと
雌しべらしきものが1本ずつ。それがね、小さなフィギュアの裸の男女が
向き合ってるようにも見えたんです。吐き気をガマンできず飛び離れました。
それから携帯の通じる場所まで戻り、警察に連絡しました。
夢みたいな話で警察も困ったでしょうが、森嶋の衣服が散らばってるのは
事実ですからね。ポケットには財布と免許証もありましたし。
とにかく捜索すると言ってくれたんです。森嶋の彼女に連絡すると、
現地に来るということだったので、最寄り駅で落ち合いました。
でね、そのときに彼女がザックから巻いた長いものを取り出したんです。
あの植物のツルにそっくりだったんですが、それ、大学で森嶋が
クシャミしたときに出た鼻水ってことだったんです・・・







肉が切れる話

2020.08.30 (Sun)
あ、僕、山本と言いまして、大阪の清涼飲料水の会社で営業を
やってます。短い話ですけど、いいんですよね。
僕ね、こう見えても神社仏閣に興味がありまして、休みのたびに
京都や奈良を見て回ってるんです。いやいや、もちろん一人ですよ。
安月給ですし、出会いの少ない職場なんで。でもね、これでも
けっこう歴史は勉強してるんです。寺社以外にも、古墳や
幕末の頃の旧跡なんかも訪問してるんです。あ、スミマセン、
よけいな話をしてしまって。それで、こないだの日曜のことです。

京都を訪れまして、・・・名前は言わないほうがいいですよね。
ある、さほど有名でないお寺を拝観して、
ご住職がいろいろ説明してくれたんです。お茶もっごちそうになり、
満足して出ようとしたとき、「あの、もし」後ろから呼びとめ
られたんです。「はい」とふり向くと、若いお坊さんでした。
「何でしょうか?」そう聞くと、お坊さんは少し口ごもってから、
「住職から、あたなを追いかけろって言われたんです。

 肉が切れる相が出ているから気をつけなさい、ってお伝えしろと」
「肉が・・・切れる? どういうことですか」 「わかりません。
 私はただ、住職の言葉をそのままお伝えしただけで」
「肉が切れる・・・事故か何かに遭うんでしょうか」 
「わかりません、もうしわけありません」 「ご住職にもう一度
 お会いして、詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか」

「それが・・・住職は午後の勤行に入ってしまいまして、
 終わるまで3時間ほどかかります」ということだったんです。 
気になりますよね。でも3時間は待ってられない。それで、
とりあえず次に予定していた神社に行くことにしました。
そこも、あまり観光客は来ないようなところで、せまい参道を
ゆっくり歩いていると、掃き掃除をしていた神職が
私のほうを見ていて、「えっ!」と言ったんです。

「は、何か?」 「いや・・・こう言ってもお信じになるか
 わかりませんが、今ね、あなたの姿を見たとき、頭の中に、
 肉が切れるって声が響いたんです」 「ええ?」 それで、
さっきのお寺での話をしたんです。そしたら、「うーん、
 おそらくですが、そのご住職も、私と同じに肉が切れるという
 声を聞いただけで、詳細はわからないんじゃないでしょうか」 

「そんな、気味が悪いなあ。そういうことってよくあるんですか」 
「いえいえ、あなたが、今回が初めてです。だからきっと、
 とても重要なことなのではないかと」ねえ、どう思いますか。
お寺さんと神社、別々のところで「肉が切れる」ってお告げが
あるなんて、信じられないですよね。でも、実際そうだったんです。
それで、喫茶店などで時間をつぶしてから、最初のお寺を再訪し、
住職とお話したんですが、神職の方と同じで詳細はわかりませんでした。
ただ、私を見たとたん、どこからともなく「肉が切れる」という声を聞いた・・・

「肉が切れる」で、一番考えられるのは交通事故とかですよね。
僕は工場勤務でじゃないんで、機械に巻き込まれるとかはないし、
営業課にも裁断機なんかはありますけど、触ったこともないです。
あと、食事はいつも外食で、包丁なんかも持ったことはありません。
夕方になったので、とにかく大阪の自分の部屋に戻りました。
電車の事故とかなら、どうしようもないじゃないですか。それでも、
ホームの先端には近づかないようにしてましたよ。

それから、特に何事もなく12時を過ぎたので寝たんです。
月曜日から仕事ですから。翌朝、早く起きて、電車には乗らず
自転車で会社に行きました。30分くらいなんで、
たまにやってるんです。営業課では、他の人の机のペン立てにある
カッターなんかが気になりましたね。自分では絶対さわらないように
してました。で、その日は外回りはなかったので、
たまった事務仕事を処理してるうちに昼になったんです。

昼はいつも社食で食べてます。うちの社食は、ボリュームたっぷりで
しかも安い。味はそこそこですけど、まあそんなもんですよね。
やや遅めに入ったんで、ずらっと人が並んだ後ろにつきました。
食券とかはないんです。セルフなんでトレイを持って列に並び、
自分の番がきたんで、おばちゃんに「焼き肉定食」って言いました。
そしたら「あ、ごめんなさい。ちょうど前の人でお肉切れちゃったの」
って・・・ しかたなく塩サバ定食にしたんです。
その後は何も起きませんでした。

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