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音声の話 2題

2019.08.19 (Mon)
今回はこういうお題でいきます。怪異の姿は見えず、声だけが聞こえる
怪談ってありますよね。これも考えてみれば不思議なことです。
何かが見えるというのは、対象に反射した光を目の網膜がとらえて、
それを視神経に電気信号として伝え、脳の中で再構築されるという
しくみになっているはずです。音声の場合も、空気の振動である音を
耳の鼓膜がキャッチして、やはり信号に変換されたのが脳内に
伝わって処理される。そう考えれば、見るのも聞くのもあんまり
違いはないんですよね。それなのに、不思議な声だけしか聞こえなかった
という話も少なからずあります。まあ、ある人 一人だけにしか聞こえなかった
場合などは、幻聴の可能性があるでしょう。ところが、その不可思議な声が
電気機器を通して録音されてしまうこともあります。

さらに、CDなどになって発売されてしまうことも。みなさんも、
霊の声が入った曲、なんて話は聞かれたことがあると思います。
このあたりは不思議ですよねえ。まあ、うがった見方をすれば、
レコード会社のほうで、話題づくりのためにわざとそういうのを入れてるのかも
しれません。商品を売るためには、どんなことでもやるのが資本主義社会です。
あと、昔から霊と電気機器は相性がいいんですよね。あのエジソンや
そのライバルであったニコラ・テスラが、競って霊界ラジオを開発していたのは
有名な話です。当時は、電波の周波数についての知識が深まり、
霊界の音は、ある波長で流れているんではないかという仮説があったわけです。
結果的に、どちらも霊界ラジオを開発することはできませんでした。
今回は、自分のところに集まってきた音の怪談をいくつかご紹介します。

専門学校生 屋敷信博さんの話
あ、どうも。じゃ、さっそく話をしていきますけど、これって
ただの偶然かもしれないんです。最初にそれはお断りしておきます。
俺ね、オカルトが好きで、そういう雑誌とかよく読むんですよ。
そしたら、ある雑誌で予言をうけとる方法ってのがあったんです。
ラジオを利用するんです。感度のいいラジオを用意して、デタラメに周波数を
合わせる。そのときに断片的に聞こえてきた内容をつなぎ合わせると
予言になってるという。でも、ただやってもダメなんです。
その雑誌によると、最初に「ジェーイシャー」という呪文を唱え、
それから、AMのラジオ・ウラジオストックに周波数を合わせる。
はい、ラジオ・ウラジオストックは、雑音が多いですけど、なんとか聞こえます。
それから、さらに細かいやり方があるんですが、そこは省略しますね。

AMじゃないとダメみたいです。これはたぶんFMよりも局数が多いからじゃ
ないでしょうか。でね、さっそく部屋に戻ってやってみたんです。
時間は夜の11時ころでした。え、信じてたかって?
いやあ、そう言われるとねえ、半信半疑よりも信じてないほうが
強かったです。でも、面白そうだし、話題にもなるじゃないですか。
呪文を唱え、防災用ラジオをラジオ・ウラジオストックに合わせると、
雑音混じりでロシア語が聞こえてきました。そっから雑誌のとおりに
やってみたんですが、うまくいかないんですよ。ほら、ラジオって
音楽を流してることが多いでしょ。そういうのに当たって、
意味のある内容にならなかったんです。30分くらいやって、
これはダメだ、もうあきらめようと思い始めたときです。

2秒ずつ3回チャンネルを回して、意味がつながったんです。
最初は女の声で「明日」、次が男で「落ちるんだって」、最後がまた女で
「山田君」。つなげるまでもないですよね。「山田が明日落ちる」
でね、僕が通ってるのは写真の専門学校なんですけど、親しい仲間の一人に
山田ってやつがいたんです。その翌日も授業で顔を合わせるはずでした。
そのときはね、ホント、面白半分だったんです。明日、山田が何かから落ちたら
ラジオの予言は本物ってことになるじゃないですか。翌朝9時に学校に行くと
山田がいたんで近づいてくと、眠そうな様子で、「昨日なあ、ラジオ聞いてて
 徹夜した。俺、ふだんはあんまり聞かないんだけどな」こんなことを言いました。
いや、予言の話はしませんでしたよ。先入観になっちゃダメだと思って。
山田は、「嫌だなあ、やりたくねえなあ」とか言いながら、

教室の一番後ろの席で居眠りを始めまして。でね、その専門学校、けっこう
授業は厳しいんです。そのときは望遠レンズの使い方をやってたんですけど、
山田が机につっぷすたびに、俺がつついて起こしてました。
講師の先生は望遠で撮った画像をプロジェクターに映して解説して
たんですが、寒そうな港の写真が出ると、「ああああ」と叫んで山田が
急に立ち上がり、走って教室を出ていったんです。俺、「あ、連れもどしてきます」
そう言って後を追いかけたら、山田は呼びかけてもふり向きもせず、
非常階段をすごい勢いで駆け上がって屋上に出ると、手すりを登ってその上に立ち、
下にダイブしたんです。屋上は撮影のために出られるようになってました。
3階建てなんですけど、下は交通量の多い道路で、落ちた山田は
何台もの車に轢かれてズタズタに・・・ まあ、こんな話なんですよ。

番組制作会社 柏田洋平さんの話
あ、今晩は。俺ね、番組制作会社でディレクターをやってるんです。
いやいや、弱小のプロダクションですよ。大手のテレビ局からの仕事なんて
めったに来ません。でね、去年の6月ころ、夏に出すコンビニ向けDVDを
制作してたんです。ほら、夏場になると怪談ものって定番でしょ。
まあね、わずかな予算でできるし、俺らには稼ぎどきなんです。え、内容ですか?
ありきたりの心霊スポット探訪ですよ。タレントの卵の女の子と
売れてない芸人を連れて、夜に心霊スポットに行ってロケしてくる。
まあ、夜間撮影はそれなりに大変ですけどね。内容はほとんどやらせです。
最初から台本があって、ここで具合が悪くなってうずくまるとか
書いてあります。だって、そういうのがないと女の子は何もできませんよ。
素人同然なんだから。演技は臭いけど、それはしょうがないです。

あとね、ああいうDVDって、最初のほうでカメラとか照明の調子が悪くなったり
するでしょ。あれも全部 台本に入ってるんです。「すんませーん、
 ライトが切れちゃいました」みたいなセリフもね。ええ、何から何まで
つくり物なんですよ。そのときには、霊能者の人も一人いたんですが、
じつをいうと、それ、霊能者じゃないんです。会社の役員の一人です。
ぜひやりたいって言うんで、貸衣装屋から和服を借りて着てもらって、
最後に女の子についた霊を祓う段取りでした。
行った先は、戦国時代の古戦場だった城跡です。城そのものはもうないけど、
石垣とか土台は残ってる。実際に人が討ち死にしてるのは確かなんですが、
戦国時代っていったら、もう500年も前のことでしょ。
幽霊がいるとしても、もう怨みなんて風化してるんじゃないかと・・・

え、俺ですか、いや、霊なんてまったく信じてなかったです。
スタッフにも信じてるやつなんていないと思いますよ。そのロケ現場でも、
何も不思議なことは起きませんでした。具合が悪くなった女の子を
ロケ車に運び込んで、霊能者役が除霊をする。そこまで撮り終えて、
現場でもすべて確認しました。もちろん、変なものとか映ってなかったです。
あとは会社に戻って加工するだけ。その手のCGって下手でもいいんです。
DVD買う客は、ほとんどギャグのつもりで見てますから、
むしろ突っ込みどころがあるほうがいい。でね、マックに取り込んだ映像を
流してたら、最後のほう、ニセ霊能者がお祓いのために
女の子の肩を榊の枝で打つシーンのところで、「ぎゃはははははは」って
大勢が笑う声が入ってたんです。何だこりゃって思いました。

でね、音声のやつを呼んだんです。「お前だろ、気を利かしてこんなの入れたの。
 でも、これじゃ使えねえよ、わざとらしい」そう言ったら、
音声のやつは真っ青な顔になって、「いえ、僕じゃないです。
 まだ何にもさわってません」って。2人でくり返して何度も聞きましたが、
その笑い声は少なくとも数十人のものが重なってました。
スペクトラムにもはっきり出てましたよ。で、聞いてるうちに頭痛くなって
きたんです。結局、使えないと思って、そこだけ音声を消して発売しましたが、
あんまり売れなかったですね。それで、後日談というか、その霊能者の役を
やった上司が、1ヶ月くらい後に会社で倒れたんです。脳腫瘍の診断で、
手術して1年以上になるのにまだ入院してます。あと、タレントの女の子は
芽が出ないまま実家に戻っちゃって、どうしてるかはわからないですね。

エジソンの霊界通信機





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海を探す話

2019.08.15 (Thu)
あ、どうも今晩は。また来てしまいました。はい、いつもの引退した
骨董屋です。今回も、古物にかかわる話をさせていただきます。
あれは、私が結婚して4年目ですか。一人娘が3歳になった頃でした。
やっと自分の店舗が持てて、それははりきってましたね。
自分の未来には広く豊かな世界が開けている、そんな感じに思ってましたよ。
いや、それは不安もありました。骨董というものに対する不安です。
みなさん、骨董と聞くと、まず頭に思い浮かべられるのが、
真贋ということじゃないかと思います。たしかにね、偽物をつかませられるのは
大恥です。でも、そんなことはめったにあるもんじゃない。
骨董の世界は深いんです、気が遠くなるほどにね。
その古物がつくられた時代、作者、それと様式。わずかな様式の違いで

値段が何十倍にも跳ねあがる、それが骨董です。あ、すみません、
本題とは関係のない話で。あれは6月の夕方でした。そろそろ店を閉めようか
というときに、若い男性が一人来られたんです。20代後半くらいの。
ああ、買い取りだなって思いました。案の定、その方が車から運び出して
きたのは、高さ1mほどのガラスケースに入った西洋の人形、
いわゆるアンティーク・ドールってやつです。ひと目見て、
断ろうと思ったんです。西洋物はいっさいあつかってなかったですから。
「ああ、すみませんが・・・」そう言いかけたとき、
娘がひょこっと土間に降りてきまして。で、ガラスケースのほうに
歩み寄ってきて、「このお人形、ここにいたいって」こう言いました。
娘はね、普段は店に入ることはないんですよ。

ほら、黒ずんだ大黒様とか、そういうのが置いてありますでしょ。
それらが怖いって言ってね。でも、そのときだけは違ってた。
でね、私も変に思って、その男性から話だけは聞いてみたんです。
そしたら、母親がまだ若くして亡くなって、遺品といってもその人形くらい。
独身者が持っててもしかたないので、値段はいくらでもかまわないから、
売れるかどうか聞きにきたということでした。どうも母子家庭だったようです。
まあね、私の店には置けませんが、市に出すことはできます。
ケースから出してみたんですが、なかなか不思議なものでした。
作者は不明ながら、フランス製で間違いなし、おそらく50年はたっている。
ただ、顔がねえ、真っ直ぐな黒髪で、目も黒かったんです。
その手の人形って金髪か栗毛で、黒髪なんて初めて見ました。

さらに事情を聞いたら、その人形、母親がその母親、つまり男性の祖母から
受け継いだものってことで。それなら古いのは納得。保存状態もいい。
ですが、買い取るのは気乗りしなかったんです。いえね、
儲けが出ないとかじゃなく、人形の顔があまりにも寂しげに見えて。
そしたら、娘が私のズボンを引っぱりまして、「ねえ、ねえ、ここに
 置いてあげて」何度も言うもんですから、当時のお金で、
1万円で買い取ることにしたんです。男性は喜んで帰っていきましたよ。
もちろん、西洋物は雰囲気がおかしくなりますから、店には置けません。
奥の居間のテレビ台の横に立てておきました。娘は、しばらくその前で
人形を見つめてましたが、「このお人形、海に行きたいって言ってる」
そんな話を始めまして。「どうしてそう思うの」って聞いても、

首をかしげながら「わからない」と言うんです。その日はそれで終わりました。
いやいや、夜中にその人形がケースを抜け出して寝ている胸の上に
乗ってきたとか、そんなことはありませんでしたよ。
ただね、奇妙な夢を見たんです。カンカンに晴れた日の海岸でした。
テトラポットが積み重なった岸辺に何度もくり返し波が打ち寄せてる、
ただそれだけの夢。でね、布団から起き上がると磯の香りがしたんです。
鼻をくんくんさせていると、女房も起きて「ああ、海のにおいがする、
 まだ夢の続きなのかしら」って。「え、どういうこと?」
「ずっと波が打ち寄せる夢を見てたのよ」 「ええ、俺もだ」
どうも同じ夢だったようなんです。立ち上がって部屋をうろうろすると、
海のにおいは人形のあるあたりから漂ってきてました。

ケースを開けると、ますますにおいが強くなって、人形の空色のドレスが
しっとりと濡れてたんです。首をかしげていると、私と女房の間に寝ていた
娘が目を覚まして一言、「海」って言ったんです。
これはね、さすがにただ事じゃない。それで、その日の午前中、
人形を売りにきた男性に連絡をとってみました。もちろん住所などは
控えてあります。昼に喫茶店で待ち合わせて、その人形のいわれを
詳しく聞いてみたんです。こんな話でした。男性は、自分もはっきりとは
わからないが、母親が生前話してたところだと、母親のやや齢の離れた妹、
その子が7歳のときに行方不明になったんだそうです。
突然、豪雨になった日、学校帰りの通学路で消息がとだえ、
警察に連絡して広範囲に捜索したものの、不明のままだったということでした。

おそらく川に落ちたのだろうということで、かなりの人数で舟も出して
探したそうです。でも見つからず、変質者の線もありえると。
その後、その子の葬式なども出さなかったということでした。
あきらめきれなかったんでしょう。それからまたしばらくたって、
買ってきたのがその人形だということです。「いえね、祖母とは同居した
 ことはないんで、それくらいしかわかりません」
一つ気になったことがあったので、聞いてみました。
「この人形、前からこんな顔でしたか、黒髪の日本人みたいな」
「うーん、僕が最初に見たときからそうだったと思います。それが何か」
「いえ、その子がいなくなったときに住んでたのは」 「○○県の△△です」
ここまで話を聞いて、おおむね事情はわかったつもりでした。

その後、人形が家にある間、朝になると海のにおいがしてドレスが濡れている。
そのくり返しで、重い腰を上げて、日曜日に私の一家でドライブに出たんです。
軽自動車の後部座席に、女房と娘とケースから出した人形。
ええ、走ったのは○○県の海岸沿いの道です。娘には、「お人形が何か話したら
 知らせて」と言ってありました。2時間ほども走ったでしょうか。
夢で見たのと同じような、晴れていて気持ちのいい日でした。
漁村の堤防沿いの道にさしかかると、娘が「ここだって!」と叫び、
でも、人形がなにか言ったとは、私たちには聞こえませんでした。
適当なところに車を停め、堤防を越えると、ずらっとテトラポットが並んでいて、
女房が「あ、夢で見た場所かも」と言いました。私が娘を抱き、
娘が人形をかかえて、さすがにテトラポットの上は歩けませんから、

堤防の下の平らなコンクリの上を進んでいくと、数分歩いたところで、
娘の手からふっと人形が浮き、とととっと、テトラポットの上を数m転がり、
隙間に落ちていきました。まあね、まだ私も若かったですから、
テトラの上を渡っていき、人形の落ちた隙間に頭を入れてみました。
むっとする磯臭さで、手を伸ばして人形の足をつかむと、
そのすぐ下の海中に、コンクリとは違った白さのものがありました。
もうおわかりですよね。子どもの頭蓋骨です。
そこの浜は、大きな川が流れ込んでくる近くで、豪雨の日に流された
女の子が川を運ばれ、何十年も前、そこにたどり着いたんでしょう。
それから先は、私ではどうにもならず、警察に連絡しました。
親子で海に来て遊んでたら、人間の骨らしいものを見つけたって。

それ以上の話はしなかったです。信じてもらえないでしょうからね。
骨は警察が苦労して引き上げましたが、頭蓋骨だけで、
他の部分は見つかりませんでした。結局その骨は、身元不明、
事件性があるのかどうかもわからなかったんです。ほんとうは、
人形を売りにきた男性のところで供養できればよかったんでしょうが、
頭蓋骨には歯も残ってなくて、証明する手立てがありませんでした。
まあでも、見つかっただけよかったと思います。これで話はほとんど終わり
なんですが、後日談として、その人形の髪がね、だんだんカールして金色に
変わっていったんです。目も黒から青に。それがもともとだったんでしょう。
え、その人形ですか、結局売りませんでした。ずっと蔵にしまったままで、
まだあるはずです。今日、ここに持ってくればよかったですねえ。

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断食道場の話

2019.08.12 (Mon)
あ、壇と申します、よろしくお願いします。さっそく話を始めさせて
いただきます。あれは3年前のことです。当時、私はある会社に
勤めてまして。この話とは直接関係はないので、会社名はふせさせて
いただきます。それで、私は受付業務だったんですけど、
計画年次というのがあったんです。ふだんなかなか年次休暇を
取ることができない職種なので、会社のほうで強制的に休みを
割りふるんです。1日ずつではなく、最長で連続5日間でした。
でも、当時は彼氏もいませんでしたし、私は出不精な性格で、
旅行なんかもあんまり好きじゃなかったんです。ですから、休みの間ずっと
自分の部屋でごろごろしていて、外食ばっかりで太っちゃったりして。
はい、今は痩せてますけど、その頃はかなりぽっちゃりしていて・・・

それで、そのときの年休に入る前に、私と期間が重なっている他の課の
同僚から「ねえ、今度の休み、何か予定ある?」って聞かれて、
「特には・・・」って答えました。そしたら、「私、まとまった休みの
 ときには断食道場に通ってるの。そういうの興味ない?」って。
その同僚、Uとしておきますが、すごくスリムな体型だったんです。
「えー、あなた、断食なんて必要あるの?」そしたら「ダイエットのため
 じゃないのよ、あ、最初はそういう動機もあったけど、今は、
 断食をすることで、社会生活でたまった悪いものを出すっていうか、
 とにかく、そこに行った後は体がすっきりして、何に対しても
 すごくやる気が出てくるの」 「へー、どんなことをするの?」
「ヨーガとか、あと作務とか、食事もまったく食べないってわけじゃないのよ」

これを聞いて、がぜん興味がわいたんです。Uの話では、その道場は
富士山の近くにあり、かなり立派な施設だけど表立った宣伝はしていない。
営利ではないので、体験者からの紹介しか受けつけていない。
参加費用は実費で1日1000円ってことでした。「安い」と言うと、
「でしょう、そこ、すごく景色がきれいだし、立派な檜の大浴場もあるのよ」
Uが紹介してくれると言ったので、3泊4日で参加してみることにしたんです。
休みに入った日の午後、Uとある駅前で待ち合わせをして、
その道場の送迎バスに乗りました。参加者は全部女性で、若い人が多かったですが、
40代くらいに見える人もちらほらいました。それで、その人たちみんな、
お化粧はしてないのに、すごく肌がつやつやしてきれいに感じました。
太ってる人は誰もいなかったです。参加者の中で私が一番体重が重かったかも。

バスの中で話す人はあまりいませんでした。初体験の人はおらず、
みなリピーターだとUは言ってましたね。2時間ほどかけて、林の中にある
施設に着きました。平屋建てでしたが、かなり広い立派な建物で、
杉の木でつくられてるみたいでした。すごく近いところに富士山が見えました。
更衣室で持ってきたトレーニングウェアに着替え、床にラバーを張った
広い部屋に通されました。体育館の半分くらいもあったでしょうか。
「ここでヨーガや瞑想をやるのよ」とUが言いました。
施設のスタッフはすべて女性で、どの人もすごく体が引きしまってました。
小声でそのことを言うと、「みんな夜中、山に登ってトレーニングしてるみたい、
 あと、女子ボクシングやってる先生もいる」こんな話でした。
「男の人はいないの?」 「工藤先生だけね、あとでお話があるから」

その日はハードなメニューはありませんでした。まず最初にヨーガ、
他の人たちは慣れてましたが、私は初めてだったので、先生が2人ついて、
いろいろ教えてくださり、背中を押したり足を引っぱったりしてくださいました。
みなさん、相撲の人みたいに足を180度開いて座ることができだんですが、
私は痛くてダメでした。先生方は無理はさせなかったです。
最後に「九頭のポーズ」というのがあり、これはある姿勢で静止するのではなく、
大きく足を開いた中腰で、手と足を複雑に八方に動かす奇妙なものでした。
「タコ踊り」という言葉が頭に浮かんだんですが、みんな真剣にやっていたので、
少し恥ずかしかったですけど、見よう見まねで私もやったんです。
それで2時間くらい。終わると、奥の部屋から工藤先生が出てこられました。
先生は長身ですごく痩せていて、中国風の白い上下を身に着けてました。

年齢はよくわからなかったです。というのは、髪は短髪でしたが、
顔中が髭だらけだったからです。髭の奥に見える目はランランと輝いていました。
髭は白髪がなかったので、おそらく40代の前半くらいなんだと思います。
私たちは足を組んだポーズで、1時間ほど工藤先生の話をお聞きしました。
内容は正直、よく理解できませんでした。言葉の中には「太古の鼓動、
 宇宙根源恐怖、卑小なる奉仕、再生的終末」そんなのが入っていて、
何か予言のようなものかもしれないと考えたんです。それから、汗をかいたので、
みなでお風呂に入ったんです。浴室は温泉なみの広さで、聞いていたとおり
檜の湯船でした。お湯の色は白く、Uに「これ、温泉?」って聞いたら、
「ボイラーで沸かしてるみたい。でも、お水自体は山から引いているの。
 明日、その場所に登る予定だから」そういう答えが返ってきました。

その後少し休憩時間があり、6時ころでしょうか、みなが食堂(じきどう)に
集まりました。断食と言っても、朝夕の食事が出たんです。
粥とスープで、量はふつうでした。みな、食事が出ると一心に食べ始め、
先を争うようにおかわりしました。はい、スープのおかわりは自由だったんです。
Uも山盛りにスープを持ってきたので、「それで断食になるの?」って聞いたら、
「お粥は200カロリーくらい、スープにはカロリーはなく、とればとるほど
 逆にカロリーを消費する」ということでした。たしかに、それだと
1日400カロリーにしかなりませんよね。私は、スープの味になじめず、
残してしまいました。卵スープのような味つけでしたが、かすかにハーブの
ようなえぐ味があり、飲めなかったんです。私が残したのを見て、Uは、
「私も最初そうだった、でも、これが終わる頃には慣れてもっと欲しくなるはず」って。

その後、各自マットと毛布を渡されてヨーガの広間で雑魚寝しました。
消灯は9時でした。そんな早い時間に眠れるかと思うでしょうが、
明かりを消すと誰も話す人はおらず、慣れない運動をしたせいもあって、
すぐに寝てしまったんです。広間の一方の横は全面がサッシ窓で、外での闇では
風がサワサワと鳴っていました。翌朝、早くに起こされました。
5時前でしたね。6月なので外はもう明るく、Uは「参拝登山だよ」と言いました。
富士山に登るのではなく、施設の裏にあるそれほど高くない山です。
頂上までは行かず、中腹にあるお堂にみなでお参りするということでした。
工藤先生が先導し、みなで2列縦隊で登っていきました。石段がついてましたが、
傾斜はかなりきつく、汗だくになって息があがりました。でも、Uも他の人も
平然とした様子で。1時間半ほどで目的の場所に着きました。

そこは切り立った岩が重なっていて、巨大な一枚岩の中ほどがえぐれており、
注連縄が張られ、中に石彫の像のようなものが見えました。3階建ての
ビルほどの高さがあるのではっきりしませんでしたが、その青黒い色の像は、
頭が大きく手足が複数あり、ヨーガでやった九頭のポーズをしてるように見えたんです。
「蛸薬師様」とUが言いました。その大岩の前は草の生えた平らなスペースになっていて、
私たちはそこに座り、工藤先生がなにやら祝詞のようなものを長々と唱えられました。
それからみなが平伏して、その像を何度も拝するんです。像のあるくぼみの
数m下の岩の穴から、水がすごい勢いで噴き出していて、
それを引いて浴場で使っているということでした。・・・そんな感じで2日間が
過ぎました。私は、どうしてもスープの味になじめず、2日目の夕食のとき、
トイレに駆け込んで吐いてしまったんです。それを見ていた先生方の

視線は厳しいものでしたが、何も言われませんでしたね。断食の効果はありました。
3泊4日が終わると、お腹のまわりがだいぶ引きしまった感じがし、
体重計に乗ると6kgも減っていたんです。でも、その道場のリピーターには
なりませんでした。私にはあまりにハードすぎたせいもありますが、
3日目の夜、嫌なものを見てしまったからです。その夜もやはり雑魚寝でした。
私はすぐに寝入ったんですが、夜中、何時ころかわかりませんが、
寒くて目を覚ましたんです。山に近いとはいえ6月だったのに、
部屋中がすごく冷えていました。毛布を引っぱり上げてアゴまでかぶったとき、
高い天井に何かが浮いてるのが見えたんです。さしわたし3mほどの
透明に近いものでした。天井の小さなオレンジの明かりが、そのものの
体を通して透けて見えたんです。そのものは・・・

あえて言えば、殻を外した牡蠣のようで、両側に何十本もの触手がありました。
それが目に入ったとたん、体が動かなくなったんです。
そのものは、うねうねと触手を動かしながらゆっくりと移動し、
端に寝ている一人に触手を伸ばしたんです。一人数秒ほどでしたが、
次々に触手が降ろされ、それに触られた人は寝たままうめき声を上げました。
ああ、もうすぐ私のところにくる、そう思ったとき、
私から何人か手前の人の体に触手が触れると、そのもの全体が青く光ったんです。
クラゲのようにも見えました。そのものは触手をすべて引っ込め、
体が天井全体に広がったり、またボールくらいの大きさまで縮んだりして、
苦しんでいるように見えました。そして、奥の部屋の閉じたドアに吸い込まれる
ようにして消えたんです。私の体はまだ動かず、いつの間にか眠ってしまいました。

翌朝、騒がしいので目が覚めました。みなはもう起きていて、あちこちに
かたまって何か話していました。Uの姿が見えませんでした。
探していると、10分ほどで戻ってきたので、何が起きたのか聞きました。
そしたら「工藤先生が急死された」って言ったんです。
それで、その回の断食は中止になり、私たちは予定を早く切り上げて
街に戻りました。バスには、前の夜、あの触手のものが触っておかしくなった
人の姿が見あたらなかったんです。バスから降りて解散してからUにそのことを言うと、
しばらく下を向いていましたが、「あの人、乳癌の治療中で、道場にすべておまかせ
 してればよかったのに、こっそりと禁じられてた抗癌剤をやったみたい」って。
はい、さきほど話したように、体重は5kg以上減り、リバウンドすることも
ありませんでした。体の調子もよく、仕事への意欲も増したように思います。

その後も、Uには断食道場に誘われたんですが、断りました。
あんな気味の悪いものを見てしまっては、もう無理ですよね。
Uの話では、すぐに工藤先生の後任の方が来られて、前と変わらず活動している
ようでした。Uはまとまった休みがあるたびに参加していたみたいです。
それから2年たち、私は結婚が決まって寿退社することになりました。
子どもの頃からあこがれだった主婦になることができて、うれしかったです。
あの断食道場がきっかけで痩せたおかげもあると思います。
当時からは体重は10kg以上減ってるんです。あと、Uのことですが、
私が退社する直前、卵巣癌が見つかったんです。入院治療するということで
休職しましたが、その後連絡がつかなくなりました。たぶんですけど、あの
断食道場にいるんだと思います。病気がよくなってるかどうかはわかりません・・・

名称未設定 2




ミラーマンの話

2019.08.02 (Fri)
高校2年生です。サッカー部に入ってました。2ヶ月前、部の大学生コーチの
山田さんの車で、休みの日にドライブに連れてってもらったんです。
行ったのは、俺とあと2年の部員2人です。行った先は○○県にある
廃墟になったテーマパークでした。山田さんがそういうの好きなんですよ。
それに、廃墟ならお金かからないですからね。車で2時間くらいでした。
日曜でしたけど、俺ら以外は誰も来てなかったです。
中へは、柵をこえて簡単に入れました。つぶれてから10年くらいになるの
かなあ。撤去する気もないらしくて、観覧車もコーヒーカップも
そのまま残ってました。山田さんはあちこちバシバシ写真を撮ってましたね。
ぐるっとひと回りしましたけど、おかしなことはなかったです。ただ、
その日は天気よかったですが、人のいない遊園地の廃墟はやっぱり不気味でした。

で、最後に、ミラーハウスに入ったんです。
ほら、たくさん鏡があって、通路を錯覚してしまうアトラクションです。
でも、鏡はほとんど割られてて、破片が散らばってて危険でした。
スニーカーで来てたので、ガラスを踏み抜けばケガしますよね。
それで、もう飯食いに行こうってなったんですが、俺が最後に出ようとしたとき、
奥のほうで何かがちらっと動いたんです。「え?」と思って見にいきました。
そしたら、1枚だけ割れないでいる鏡があったんです。ああ、これに
俺が映ってただけか、そう思って、鏡に向かって手を上げてみました。
そしたら、鏡の中の俺も手を上げたんだけど、何かおかしかったんです。
「ええ?」近寄っていきました。鏡がゆがんでて変に見えたのかと思って。
1mくらいまで近づくと、たしかに黄色いTシャツを着てる俺なんですが、

ニヤニヤ笑ってたんですよ。「え、俺笑ってねえよな」そう思ったとき、
急に体が動かなくなったんです。金縛り? いやでも、俺立ってたんですよ。
鏡の中の俺が、両手で自分のほっぺたを両側から引っぱりながら出てきて、
俺の横に来たんです。そして「あああ、久しぶりに外界に出た。
 ちょっと借りるからな」そう言って、スタスタ歩いて出てったんです。
どう考えても信じられない話ですよね。俺は体が動かなくて、
でもミラーハウスの中は暑いので、汗がダラダラ出てきました。
そうして、どのくらいかなあ、20分は固まってたと思うんですけど、
急に体が動くようになったんです。走ってミラーハウスの外に出て、
山田さんが車を停めてたとこまで行ったら、車がなかったんです。置いてかれた
と思ったら、急に背筋がぞくぞくっとなって、たまらなく怖くなりました。

スマホ持ってきてたので、山田さんは運転中だろうから、
仲間の一人にかけてみました。しばらくして出たので、「○○だ、まだパークにいる
 から来てくれ」って言ったんです。そしたらそいつは、「え、だってお前、
 車乗ってるだろ・・・あっ?!」 「どうした?」
「たった今消えた、さっきまでしゃべってたのに」 「どうしてかわからんけど、
 そいつ偽物なんだよ、鏡の中から出てきた」 「んなバカな」
「パークの入口にいるから、山田さんに言って戻ってきてくれ」 「・・・・」
それから20分くらいして、山田さんの車が来てくれたんです。
山田さんは「わけわからん。たしかにさっきお前乗ってたんだよ。
 それが、△△のスマホに電話が入った途端に消えたらしい。いや、その瞬間は
 俺は見てないんだが、走ってる車から飛び降りられるわけもないし」

それから、あらためて街に戻ったんです。そのときに、ミラーハウスの鏡の中から
もう一人の俺が出てきて、体が動かなくなって入れ替わった話をしたんです。
山田さんは運転しながら首を傾げて、「でもなあ、お前そのものだったんだけどな。
 着てるものも同じだったし、ずっとサッカーのことをしゃべってたぞ。
 ロナウドがどうしたとか」他のやつらも、「すごい早口で、うるさいくらい
 えんえんと世界のサッカーのことを一人でしゃべってた」
こんなことを言ってました。わけがわからないですよね。
でもまあ、そのときはそれで終わり、何事もなく1ヶ月が過ぎたんです。
でね、先月のことです。サッカーの県の予選で、俺らのチームは準決勝の試合でした。
俺はまだ2年で、スタメンじゃなくベンチだったんですけど。その日は、
チャリで学校へ行ってから、チーム全員、バスで試合場へ行く予定でした。

で、朝早く起きて家の洗面所で歯を磨いてたんです。そしたら・・・
俺は歯ブラシを咥えてるのに、鏡の中の俺がべっと歯ブラシを吐き出して、
それから俺に向かって指を突き出し、「また借りるから、お前は寝てろ」
って言ったんです。いや、それ俺の声そのものだったと思います。
で、俺はその命令にしたがわなきゃいけないと思ってしまって、
そのままフラフラと自分の部屋に戻り、ベッドに潜り込んじゃったんです。
これね、後で家族に聞いたら、普通に朝飯を食べてチャリで出かけたって
言うんですよ。そっから俺はずっと寝てたんです。起きたのは夕方でした。
枕元に置いてたスマホが鳴ったんです。ダルかったんですが、出てみると
山田さんでした。すごい剣幕で、「○○お前、今どこにいるんだ」って。
「家にいます、ずっと寝てました」って答えると、

「・・・本当なのか? いや、こないだのことがあったから本当かもしれんが、
 とにかく学校に来い」こう言われたんです。
家族は仕事に出てて誰もおらず、チャリもなくなってました。
しかたなく歩いて学校まで行ったんです。道々、何があったかを山田さんから
スマホで聞きました。試合が始まって、ベンチにいる俺は出たくてたまらない様子で、
ずっと体を動かしてアップしてたんだそうです。そして後半終了間際、
スコアが0ー0のときに3年生の先輩がケガをし、
監督が、俺がはりきってるのを見て試合に出したんだそうです。
俺は交代するや、ものすごい勢いで動き回り、パスを受けるとそのままドリブルして、
相手の選手を何人もかわしてゴールを決めた。チームは勝ったんです。
・・・そこまではよかったんですが、終了の笛が鳴ってみんながよろこんでると、

俺はピッチの真ん中でサッカーパンツを脱ぎ、フルチンになって芝生に小便をし、
そのまま観客席に走り込んでどっかに消えちゃったってことで・・・
だから試合には勝ったものの、監督はカンカンで、
県のサッカー連盟からもチームが注意をうけたみたいなんです。
はい、学校に着いたらみんな戻ってきてて、俺を白い目で見ました。
監督はまだすごく怒ってて、「わけを説明しろ」って言われたので、
「それ、俺そっくりだけど俺じゃないんです」って話したんです。
でも、信じてもらえませんでした。まあそうですよねえ。
説明の途中で、助けを求めるように山田さんやテーマパークに行ったときの
仲間をチラ見したしたんですが、誰も何も言ってくれなくて。
で、どうなったかっていうと、俺はあちこちいろんなところで

謝らされたあげく、強制退部になっちゃったんです。
チームの勝ちは取り消されなかったんですけどね。後で山田さんが俺のとこに来て、
「こないだのことがあったから俺は信じる。けどな、見てない監督がそんなこと
 信じるわけがないと思ったから黙ってたんだ。すまんな」
こんな話をしてくれました。・・・まあ、退部になったことはいいです。
そんなサッカーに賭けてたわけでもなかったし。でも、試合場で小便した
って話は学校中に広まっちゃったし、家族も学校に呼ばれました。
今度の職員会議で俺の処分が決まるんですが、たぶん停学だと思います。
チャリも見つかってません。もう散々ですよ。それとね、あのもう一人の俺、
まだ鏡の中にいるんじゃないかと思うんです。
また入れ替わられたらどうすればいいんでしょう。

小便ですめばいいけど、もっと大変なことをされたら。
え、まず鏡を絶対に見ないようにしろって。・・・でも、家の鏡は見ないように
できても、ガラスとかそういうのに映るのはどうしようもなくないですか。
それに、外に行けばトイレとかあちこちに鏡があるし。
え、もう一人の俺もやっぱり俺の一部で、潜在意識にテーマパークのもののけが
とり憑いて動かしてるって? そう言われると、あれ以来何もしてないのに、
毎日すごく疲れるんです。どうすれば元に戻るんですか?
もう一度テーマパークのミラーハウスに行って儀式をやる・・・
わかりました。なんとかお願いします。
いや、ここに相談に来てほんとによかったです。
とにかく次に何が起きるか、気が気じゃないんですよ。







ひいばあちゃんの話

2019.07.30 (Tue)
よろしくお願いします。3年前のことです。当時、私は高校2年生でした。
最初にうちの家族の説明をしておいたほうが、わかりやすいかもしれません。
50代の父と、40代の母、それから高2の私と中3の弟です。
そこに、近くの市からひいばあちゃんが越してくることになったんです。
ひいばあちゃんは、ええと、そのとき86歳でした。
ひいばあちゃんの住んでいた地域はかなり山あいのほうで、店や病院にも遠く
交通の便が悪いので、家を処分して、うちで引き取ることになったんです。
ひいばあちゃんの子どもは、息子さんが一人だけでした。
私から見れば祖父にあたる人です。ですが、その人は30代で事故で亡くなり、
結婚していた奥さんも10年後くらいに病死してます。
つまり、父の両親はもうこの世にいないってことですね。

あ、父には兄弟が2人いますが、どちらも弟で、長男だった父がひいばあちゃんを
ぜひ引き取りたいって言ったんです。ほら、父の両親が早くに亡くなってから、
ひいばあちゃんには、ずいぶんかわいがってもらったみたいなんです。
もちろん、私も弟も、それまでにひいばあちゃんには何度も会ってます。
すごく小柄なかわいらしいお年寄りで、私も弟も、反対する気はまったく
ありませんでした。まあ、父はかなり頑固な性格ですので、
私たちが違う意見を言っても、聞く耳なんか持ってないんですが。
うちは田舎で家の敷地が広かったので、1階を改築して、トイレのそばに
ひいばあちゃんの部屋をつくりました。家具なんかは、ひいばあちゃんが前に
住んでたとこから箪笥を2つだけ持ってきて、ひいばあちゃんはその上に
亡くなったひいじいちゃんの位牌を飾って、毎日お線香をあげてます。

このひいじいちゃんも、だいぶ若いときに亡くなったんですが、気の荒い職人で、
背中にすごい彫り物があったみたいなんです。父がはっきり言わないので
さだかではないんですけど、亡くなった原因は仲間内のケンカみたいなんです。
大酒を飲んで家にお金を入れなかったので、若いころのひいばあちゃんは、
拝み屋のようなことをして生計を立てていたって話です。
ああ、めんどうなので、ここからは、ばあちゃんでいいですよね。
ばあちゃんが来てからも、生活にはほとんど変化はなかったです。
母は主婦でずっと家にいますが、父は団体役員で毎日帰りが9時過ぎになります。
電車で通学してた私が帰るのが6時ころ。弟は柔道部に入ってて、
練習が終わってくるのが8時過ぎです。ですから、家族揃っての夕食って
なかなかできなかったんです。ばあちゃんの食事は、いつも母が部屋に届けてます。

すみませんね、なかなか話が先に進まなくて。そんな感じで、ばあちゃんとは
あまり話す時間がなかったんです。多少足元はおぼつかないですが、
ばあちゃんは一人でトイレに行けるし、部屋でテレビを見てることが多いんです。
異変が起きたのは、ばあちゃんが来てから3ヶ月めのことです。
朝、母がまず起きて新聞を取りにいくんですが、家の前の道に出ると、
何やら騒がしい気配がする。それで見にいくと、2つ離れた小路にパトカーが
来てたんだそうです。何人か野次馬が出てて、みな同じ町内の知り合いでしたので、
母が話を聞くと、その家の玄関先に犬の死骸が投げ込まれてたってことでした。
まあ、ただ死骸があっただけなら、ノラ犬がそこに来て力つきただけ
かもしれないんですが、犬は仰向けで口から血を吐いてた。さらに、
毛の少ない腹の部分に、尖ったものでこすったような跡がついてたんだそうです。

それで、発見したその家の人が警察を呼んだ。これは後から母がうわさ話を
集めてきた内容ですけど、門扉には鍵がかかってて、人間ならともかく犬が勝手に
入り込むのは無理。犬の死骸はぐっしょり濡れたようになってて嫌な臭いがした。
腹にあった図柄は、はっきりしないが何かの紋のように見えた。
でも、これだけだと警察も捜査のしようがないですよね。
ですから、パトロールを強化します、そう言って、犬の死骸を引き取って
帰ってったみたいでした。その夜、父が帰ってきてから、こんな話をしたんです。
「ああ、○○さんの家だな。よくわからないが、△△神社関係の嫌がらせなのかなあ」
 ○○さんはその神社の氏子総代の一人で、うちの父もそうなので、
よく知ってるんです。「今な、神社のことで氏子どうしで少しもめてるんだよ。
 けどなあ、それでそんなことをするやつがいるとも思えんが」って。

何でも、神社の社殿が古くなって危険なので改修したい。それに反対はないんですが、
これを機に、境内にある何だかわからない古いお社をとっぱらって、
新しい手水場をつくろうという案が出て、地域に古くからいる人たちが反対してる
ってことでした。父の話では、そういうお社は、撤去するにしてもきちんと
霊をお返しするものだが、それはあまりに古いので、もはや何を祀ってるのか、
記録にもなく、誰もわからないということだったんです。たしかに、
そんな程度のことで、犬を殺して投げ込むなんて人はいないと思いますよね。
その3日後、○○さんの家のご主人が亡くなったんです。いえ、殺されたわけじゃなく、
会社で胸をかきむしるようにして倒れて、急な心不全だったそうです。
つまり病死で、事件性はないんです。ですから警察も捜査はしません。
まあ、これだけなら、たまたま偶然が重なっただけだと思いますよね。

ところが、それから2週間くらいして、また死んだ犬が投げ込まれる事件が
あったんです。前よりはうちから離れた場所でしたが、やはり氏子の一人で、
父と同じくお社を撤去しようとしてる人の家。犬は前とは大きさも種類も違って
ましたが、毛がねばつくように濡れてて、腹に傷があるのも同じ。それで・・・
そこの家のご主人も、3日後に亡くなってしまったんです。交差点で赤信号なのに、
自殺するみたいにふらっと道路に出てバスにはねられた。解剖した結果、
バスに轢かれる前に、大きな脳梗塞を起こしていたことがわかったんです。
このことがあって、父は家に警察を呼び、一連の話をしたんですが、
2件とも事件ではないんです。警察は、顔を真っ赤にしてる父を前にして、
犬を投げ込んだことの捜査はするが、それ以上はできないって言いました。
無理ないんですが、父はカンカンに怒って、じゃあ自衛するって言い出して・・・

家の塀の上に監視カメラを設置したんです。フェイクじゃなくて、
画質がよく、長時間録画できるやつです。それからまた2週間くらいたって、
朝、私がまだ寝てるとき、ギャーッという大きな悲鳴が外から聞こえました。
もう、おわかりですよね。母が玄関先で死んだ犬を見つけたんです。
私も見ました。中型の、柴犬の雑種だと思います。首輪はしてませんでした。
とにかく、何と言っていいかわからない生臭い臭いがして、
犬の毛はどろっとした液体で濡れ、腹にはうすく家紋のような形が
浮き出してたんです。父が起きてきて死んでいる犬を見ると絶句し、
また警察を呼びました。それからカメラを回収し、家のテレビにつないで
再生してみました。青っぽい画像でしたが明るさは十分で、
真夜中の3時過ぎにそれは映ってました。白い蛇のようなものでした。

ようなものというのは、目がないように見えたんです、それと鱗も。
太さは人間の胴くらい。真っ白で、画面から切れてるため、どのくらいの長さが
あるのか見当もつきませんでした。それは煙のような動きで門扉を乗り越え、
門と玄関の中間くらいまでくると、頭を下に沈めるようにして、ゆっくり
犬の体を吐き出したんです。足から腹、犬の頭・・・どこも粘液で濡れ光ってました。
うちの家族はみな、言葉が出なくなってしまいました。父は青ざめ、
柔道部で体が大きい弟も震えてましたよ。そこへ警察が到着したので、
父が2人の警官を引っぱるようにして、そのビデオを見せたんです。
警察官は、わけがわからない様子でしたが、その巨大な白蛇を見たとたん、
やはり言葉を失いました。そこへ、「あらあら、困ったことになってるねえ」
という声が聞こえたんです。みながふり返ると、戸口にばあちゃんが立ってたんです。

ここからは、ばあちゃんの話です。警察がビデオを分析すると言って受け取り、
犬の死骸を回収して帰っていくと、ばあちゃんが私を部屋に呼んだんです。
「あなたの中学のときの体操着とか持ってないかい」最初、何を言ってるか
わからなかったんですが、出してくると、ばあちゃんは「借りるよ」と言って
部屋にこもってしまいました。父の怯えようはひどかったです。前の2人が
3日後に亡くなってますから・・・「明日、仕事を休んでとにかく健康診断に
 行ってくる。それから宮司のとこに行って相談する」って言ってました。
夜の9時ころです。私が部屋にいるとドアがノックされ、開けると、
私の体育着を着たばあちゃんで、意外というかすごく似合ってました。
ばあちゃんは痩せてますが、腰などは曲がってなかったんです。
「ちょっとね、ばあちゃん、出かけてくる。朝までには戻るから、
 
 家の人には内緒にしといて」ばあちゃんは、それまでにも近所の郵便局とかに
一人で行ってたんですが、朝までというのは・・・でも、ばあちゃんが父のために
何かしようとしてることはわかったので、「何か手伝うことある?」って聞いたら、
「大丈夫」と一言だけ。ばあちゃんはそっと出ていき、私は心配だったので、
ずっと起きてました。ばあちゃんが戻ったのは、午前4時過ぎくらいでした。
私が下に行くと、ばあちゃんの体育着は泥だらけで、手に細かい傷がたくさんありました。
「ああ、疲れた。風呂を沸かしてくれるかい」ばあちゃんはそう言いました。
これでだいたい話は終わりです。父はびびりきっていたんですが、3日過ぎても
何もなかったんです。あと、△△神社の脇の森で、大きな蛇が死んでるのが見つかった
って話がありました。ただ、白蛇ではないし、大きいとは言っても、ビデオに映ってた
のよりははるかに小さかったみたいなので、関係ないのかもしれません。

警察からはビデオが戻ってきました。父の話では、警察の結論は野生動物。
ただ、日本にそんな巨大な蛇がいるとは考えにくいから、
近隣の動物関連施設に逃げ出したものがいないか問い合わせてるということでした。
でも、あれから3年たっても、犬を丸のみするような巨大蛇は見つかっていません。
もしかしたら、ビデオに映ってるのは実体じゃないのかもしれないって思いました。
あと、神社のほうですね。氏子総代がたて続けに2人も亡くなってしまったので、
宮司さんも考えたらしく、改修はしばらく見合わせることになりました。
境内のお社については、地域の古文献などを調べたんですが、やはり何なのかは
わからなかったんです。ただ、あれ以来、急速に木の腐敗が進んで、
今にもバラけてしまいそうだってことでした。え、ばあちゃんですか。
今も元気ですよ。テレビのお笑い番組が好きで毎日見ています。