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食う場所の話

2019.12.10 (Tue)
これは、当ブログの話にたびたび登場していただいているKさん
から聞いた話です。初めて読まれる方のためにいちおうご紹介すると、
50代の実業家で、自分(bigbossman)よりずっと年上です。
貸しビル業、飲食業なんかを営んでて、年収はおそらく数億。
また、Kさんは霊能者でもあり、全国各地をオカルト事件解決の
ために飛び回ってますが、交通費などを含めて謝礼を受けたことは
いっさいありません。すべてボランティアなんです。
いつものように、大阪市内のホテルのバーで話を伺いました。
「Kさん、最近ずっと大阪にいなかったですよね。どこに行ってたんです?」
「ああ、ちょっと難しい案件があってな、あちこち飛び歩いてた」
「例によってオカルトなことですよね」 「ああ」

「ぜひ話をお聞かせください」 「案件はまだ途中だからオチはないし、
 今、話しても消化不良になると思うが」 「ぜひぜひ」
「じゃあ。お前、ブログの怪談で、人がいなくなる話をけっこう
 書いてるよな」 「そうですね、多いと思います」
「人がいなくなることを一言で何という?」 「うーん、失踪とか」
「失踪でもいいが、それだと自分の意志でいなくなったって
 ニュアンスも含まれてるな」 「ああ、そうですね、じゃあ行方不明」
「うん、それでもいいが、この世から完全に消え去って、しかも
 その人物についての記憶、あるいは生活していた証拠。
 そういった類のものがすべてなくなってしまう、ということだったら」
「うーん、消滅になるでしょうか。たしかにねえ、
 
 その手の話も書いてますよ。けど、完全消滅して、この世にいた痕跡が
 一つもない、誰の記憶にも残ってないってことなら、そもそも
 話にならないんじゃないですかね。わかりようがないから」
「そうだな。例えば、自分には弟がいたような気がするけど、あったはずの
 勉強部屋も弟の持ち物も何もない。家族も弟なんていないと言う。
 学校へ行っても先生方も知らないし、弟のクラスには机もない。
 そういう場合、そもそも自分には弟がいたという記憶のほうが
 何かの間違いだというのが普通だろ」 「そうです。それでもまだ、
 記憶が残ってる人物が一人でもいればいいんですが、もし覚えてる人が
 誰もいなけりゃ、始めからいないのとまったく変わりないってことですよね」
「ある人物が完全にこの世界から消滅する、もしそういったことがあるとして、

 bigbossman、その原因は何だと思う?」 「・・・そうですね、
 まず一つ目は神の介入でしょうか。神というと誤解を招くので、
 運命と言ってもいいかもしれません。例えば、自分は原稿書きですが、
 文章に ある言葉を使って、これはダメと思って消したとします。
 そうすると出来上がった文章にその言葉はないし、消したことを覚えてるのも
 自分だけですよね。その文章がこの世界だとすれば、自分にあたるのが神・・・」
「ああ、面白い例えだな。けど、コンピュータの履歴には、その消した
 一連の動作が残ってるだろ」 「そうですね」 「他には?」 
「平行世界でしょうか。平行世界がもしあるとするなら、その数は無限大という
 説もありますよね。とすれば、最初から自分の弟がこの世に生まれなかった
 世界もあるわけで、そっちと何らかの形で世界が入れ替わったとか」

「うん、それも可能性としてはあるわな」 「具体的にどういう事件なのか
 話してくださいよ、このままじゃブログの読者は読むのやめちゃいます」
「ある青年から話を聞いたんだよ、場所は言えない。古い家柄の人でな、
 結婚が決まって、檀家になってる寺に報告に行った。そのときに、
 住職に家系図を出してもらったんだな。青年の家では、家系図を
 過去帳とともにお寺に保管してもらってるんだ」 「うわ、もとお公家さん、
 お殿様とかですね」 「そう。青年は家系図を見るのはその時初めて
 だったが、自分の横にもう一つ名前があったんだ。両親の間の子ども
 だから、彼にとっては弟になる。けど、彼は生まれたときからずっと
 一人っ子なんだよ」 「うーん、で、両親はその名前に心あたりがないんでしょ。
 それを書いたのは誰です?」 「寺の先代の住職だが、もう亡くなってる」

「へええ、わくわくする話ですね」 「もちろん親戚にもその名前を知ってる
 者は誰もいない。役所にある戸籍には当然ながら名前はない」
「プログラムのバグみたいですね」 「でな、その青年とは表の仕事の
 ほうの知り合いで、ある会合の後に世間話みたいな形で聞いたんだ。
 その青年のほうでも、何か実害があるわけでもないし、話のネタとして
 出しただけで、正式な調査依頼じゃない」 「でもKさんは興味を持った、と」
「まあな、だが、手がかりは何もない。bossman、お前ならどうする?」
「・・・わかりません」 「まあ、お前は霊能者なんて うさん臭いと考えてる
 みたいだが、俺には知り合いがたくさんいてな、日本でおもだった人は
 だいたい懇意にしてる」 「知ってます」 「俺の専門はお祓いで、
 霊視はほとんどできないんだ。最近、サイコメトラーっていうのが
 
 流行ってるのは知ってるな」 「マンガがありますね」
「その手の、物に残っている情報を読み取る力を持っている人のところに、
 借り出した家系図を持っていって見せた」 「それで?」
「そしたら、系図のその部分に手をあてて目を閉じ、しばらく霊視を行って
 いたが、心臓の鼓動が聞こえる、と言うんだな」 「ドキン、ドキンという?」
「そう、それと、ものすごい空腹感」 「うーん、餓鬼関係の何かなんで
 しょうか」 「俺も最初そう思ったが、違ってた。そのサイコメトラーは
 目を開けて、かすかに家のようなものが視えるって言うんだ。
 で、期待はしないでもらいたいが、少しこちらで調べてみるとも。
 こんな雲をつかむような話で手間をとらせるのは申しわけないんで、
 けっこうな額の謝礼を置いてきた。それがよくなかった」

「どういうことです?」 「2ヶ月ほどして、その人亡くなったんだよ。
 ある田舎の駅のベンチに座ったまま事切れてるのを駅員が見つけた」
「う」 「でな、死の間際に俺にメールを出してたんだよ。それにはたった
 一言だけ、食う場所 ってあった」 「で?」 「死因は心不全。
 葬儀に参列したら、奥さんから封筒に入ったメモリーカードを渡された。
 亡くなったときに持ってたもんで、表に走り書きで俺の名前が書いてあった」
「で?」 「カードには画像データが4つだけ。一枚目は、丘の上の旧家を
 下から仰いで撮ったもの。次がその家の門の画像。朽ち果てて、長い間
 人が住んでないのがわかった。3つ目が家の中だ。襖が開け放たれた
 日本間が5つも6つも並んでる。昔の庄屋屋敷だと思った」
「で?」 「最後が一室の襖を外から撮ったもの。赤黒い無地の襖で、
 
 これは想像だが、サイコメトラーはその襖、開けてない」 「それでも
 亡くなってしまった。・・・Kさんのことだから、その画像の家、特定した
 んでしょ」 「ああ、これも場所は言えないが、山間部にある廃村だった。
 その村の最後の一家がいなくなったのは昭和30年代の終り、もう60年
 ちかい昔だ。その後は朽ち果てていくままで、再開発にもかかってない。
 そこの県では積極的にかかわろうとしてないんだな。戸数は80ほどで、
 画像にあったのは、やはり昔の庄屋屋敷で、その家の血筋は絶えている」
「サイコメトラーは家の中には入ったんですね」 「・・・俺の責任だよ。
 だから俺も行くことにした。それが2週間ばかり前の話」 
「うわあ、よく生きて出てこられましたね。もう最凶と言っていいところでしょ」
「ああ、だから、考えられるかぎりの霊的な護りを実行した」

「お一人で行ったんですよね」 「もちろん、他人を巻き込むことはできない。
 車で行ったんだが、その廃村に入ると とにかく蔦がすごかった。
 あらゆるところが蔦で覆われて。あと、道の途中で舗装が切れてた。
 問題の家はすぐにわかった。集落を見下ろせる丘の上にあったから」
「で?」 「坂はとても車で入れないんで、歩いて登って門の前に立った。
 門も家の玄関も開け放たれてたよ。まるで口を開いてるみたいに」
「うう」 「中に一歩入った途端、くらっとめまいがした。視界がゆがむような
 感じも。それとその家にあるもの、それが腹が減っていると感じた」 「で?」
「中はホコリが積もっていたが、その上を踏んだ足跡がかなりの数あった。
 足跡は重なってて、さまざまな時代のものが交錯してたな」
「で?」 「ドギンという音が頭の中に響いた。俺の心臓じゃない。

 おそらくはその家にあるものだ。目覚めさせてしまったと思った。
 だいたい旧家の構造はわかってるんで、急いで仏間を探したんだよ」
「ありましたか?」 「ああ、意外なことに、その家の中央部だった。襖はあの画像と
 同じもので、全部閉まってた」 「で?」 「開けた。中は真っ暗でな。
 どこからも光が入らないので当然だが、床が何かで埋まってるように見えた。
 懐中電灯で照らすと、全部が位牌だった。腰くらいの高さのある立派なもの。
 12畳ほどの床がすべて位牌」 「で?」 「そのときにまたドギンという音を全身に
 感じた。もういられないと思って逃げたよ。・・・今、複数の神社に通ってお祓いを
 受けてる。あの位牌の中に俺も入るのはご免だ。おそらく家系図の名前の人物も、
 いつの時点かに、理由はわからんがあそこに入り、喰われて存在そのものが消えた。
 ・・・そこの県の上層部に話を通して、廃村の処置を考えてもらうつもりだよ」
 

 
 

 
  
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ある芸人の話

2019.12.07 (Sat)
あ、どうも、さっそく話していきます。俺ね、漫才師なんです。
◯◯◯◯って言うんですけど、知らないですよね。
いや、いいんです。まったく売れてませんから。よくピンからキリまで
って言うでしょ。この業界ほどピンとキリの差が大きいとこって
ないんですよ。ピンのほうはテレビに出ずっぱりで、年収は数億。
それにくらべてキリだともうね、悲惨を絵に描いたような生活で、
あらゆることをやらされて、それでバイト程度の収入しかないんです。
まあね、売れるまでのガマンって言われるけど、何がきっかけで
売れるかなんてわかんないですから。偶然なんだと思いますよ。
あ、スンマセン、グチになっちゃって。これね、
ここ1ヶ月ほどの間に俺の身に起きたことなんです。

俺の相方、△△△△って言うんですけど、まずそっちに事務所から
話がきたんです。ええ、ここ1年くらい、2人での漫才の仕事はほんとに
少なくて、それぞれバラバラに活動してたんです。でね、相方は
怪談に手を出しまして。稲川淳二さんはご存知でしょ、ああいうやつ。
今ね、怪談って小ブームになってるみたいで、相方はよく一人で
語りの練習とかしてました。あと、自分に霊感があるってのも
ウリにしてたみたいで。いやあ、霊感ねえ、俺はよくわかんないス。
漫才のコンビは中学や高校の同級生って場合もあるけど、
俺らは事務所のほうから組ませられた形だから。
ああでも、野外ロケに行ったときなんか、「ここ嫌なものを感じる」
みたいなことは言ってました。あれが霊感なのかなあ。

俺? いや、俺は霊感なんてぜんぜんないし、そもそも幽霊なんていないと
思ってました。ああいうのは人を騙して壺を買わせるやつらの商売の
ネタだと・・・ それで、相方はテレビ局がついて、事故物件に住むって
企画をやることになったんです。殺人事件があったアパートの一室に
1ヶ月住んで24時間カメラを回す。で、その様子をダイジェストにして
番組で流すわけです。相方は「どうだ、俺のほうが先にテレビに出るぞ」
みたいに自慢してたんですが・・・ええ、それがね、10日くらいたった
ところで急に体調を崩して。頭が痛くてたまらなくなったみたいです。
どうしようもなくて病院に行ったら、その日の検査で脳腫瘍が見つかって
緊急手術になっちゃったんです。そのときはまだ生きてましたけど、
ずっと入院。意識が回復しないままで面会謝絶でした。

ですから、その企画はポシャるとこだったんですが、マネージャーから、
俺に続きをやらないかって話があって。あ、俺らみたいな売れない芸人でも
マネージャーはいます。けど、スケジュール管理をするだけで、
ずっとついてるわけじゃないし、仕事の送り迎えとかもしてくれません。
でもねえ、さっき言ったように俺、幽霊とか信じてないから。
断ろうと思ったんですけど、事務所のほうから、せっかくのチャンスを
生かさなきゃダメだろって怒られたし、番組制作会社の人も、霊障に
倒れた相方の敵討ちってアングルで絵になりますから、そう言われてね、
引き受けちゃったんです。で、1ヶ月前にその部屋に引っ越しました。
まあアパートなんだけど、けっこう高級で、俺のもとの部屋よりずっと
家賃は高いと思います。間取りはキッチンと居間兼寝室の二間。

バス・トイレつきで、そのバスルームが殺人現場みたいです。はい、
話を聞いたら、そこには地方から出てきたアイドル志望の女の子が
住んでたんだけど、ベランダから侵入してきた男に殺されちゃって。
犯人は逮捕されてて、その子のストーカーってことでした。
いやあ、たしかに気味は悪いけど、幽霊なんて出るわけはないと思ってました。
でね、その部屋に引っ越す日の当日。マネージャーから「これ、何かあったら
 いけないから神社からもらってきた御守。カメラに写るとまずいから、
 引き出しとかにしまっておいて」って渡されたんです。
マネージャーは40代の女性で、すごいビジネスライクな人でね。
危険な仕事も平気で取ってくるんで、このときはちょっと意外に思いました。
でも、相方があんな病気になった後だからなあって考えて・・・

まあ、仕事としては楽です。俺はずっと部屋にいるわけじゃなく、
他の仕事にも出てたし、外出もOK。ただ、その間も固定カメラが2台、
1台はバスルーム、もう一つは居間をずっと撮ってる。で、午前中に
その画像を早回しでチェックして、おかしなものが写ってたら保存しておく。
そのためのパソコンも番組制作会社から受け取ってました。
マネージャーからの御守はベッドの枕元の引き出しに入れときました。
え? 風呂? もちろん入りましたよ。ここで人が殺されたって思うと
そりゃ嫌ですよ。けどまあ仕事ですからね。最初の10日くらいは、
ビデオチェックしても何もおかしなものは写りませんでした。
俺の体調も特に異変はなしっていうか、仕事の量が減って生活が
規則正しくなった分、かえって調子がよくなったんです。

ええと、たしか引っ越してから12日目のことです。その朝もビデオを
見てたら寝室のカメラ、ドアから俺の寝てるベッドを写してるほうに
変なものが写ってたんです。白いぼんやりした霧状のもの、
それが俺の頭のほうにわだかまってる。けど、タバコの煙よりずっと薄いし、
よく見ないとわからない。でね、俺、それ見たときに「やった!」って
思ったんです。だって1ヶ月暮らして何も起きないんじゃ番組にならない
じゃないですか。だから一安心したっていうか。番組制作会社のスタッフが
夕方に来たんで「ほらここ、白いものが写ってるでしょ」って見せたら、
「ああ、たしかに、でもこれだとテレビで見えるかどうかギリギリですね」
って言われました。それでもデータは持ってったんで、何か加工するんだろうと
思ったんです。あと、マネージャーに連絡しました、白い霧が写ったって。

そしたらマネージャーは「ああ怖いわね。やっぱり霊ってほんとにいるのかしら。
 ◯◯くん、体調は大丈夫なの?」って聞かれたんで、「平気です」って
答えました。「あ、じゃあ念のため、差し入れのときにもう一つ御守
 持ってくから」って言われ、前よりちょっと大きめの御守を受け取って
同じとこに入れといたんです。その夜です。季節は9月の終わりで、
特に暖房なんか必要なかったのが、そのときは背中がゾクゾクして、
あ、風邪ひいちゃいかんなと思って、薬飲んで早めに寝たんですよ。
夜中に目が覚めました。俺、一度寝たらまず起きることはないのに。
それですごく寒くて、押し入れから毛布だそうと起き上がろうとしたら動けない。
かろうじて視線が動くだけで、体のほうは指一本ダメでした。でね、ベッドの
枕元に人がいる気配がしたんです。誰かが立って俺を見下ろしてる。

怖いんだけど正体を確かめたい気持ちもあって視線をそっちに向けると、
白いヒラヒラしたものが見えたんです。たぶん女の人が寝るとき着るやつ
じゃないかって思いました。そしたらね、心臓がドキドキし始めたんです。
ものすごく速く打ってるのがわかりました。でね、俺はそのまま気を失って、
次に気がついたら朝になってました。体も動いたんで飛び起きてビデオを
巻き戻して見たんです。そしたら、夜中の3時過ぎですね。
前は白い霧だったのが、もっとはっきした輪郭で写ってたんですよ。
やはり女だと思いました。これ、殺された子なんだろうか。すぐに
番組制作会社のディレクターに報告して見てもらったら、ディレクターも
興奮して「これ、やらせじゃないですよね。スゴイ、正直スゴイです。
 いい番組ができますよ」みたいなことを言ってました。

で、その夜、前夜と同じことが起きて夜中に目を覚ましたんです。
やはり部屋が冷たくなってて体が動かない。ただね、違うのは白い細い手が
俺の布団の上に載ってたってことです。ちょうど心臓の上に。
急激に胸が苦しくなってきました。自分の心臓の形がわかるくらいに
強い痛みがきて・・・ああ、ここで死ぬのかって思ったとき、
ドーンとベッドが蹴飛ばされたんです。ふっと体が動き首を向けると、
白い女とは別にもう一つ黒い影があり、それがベッドを蹴ったように思いました。
その影・・・相方に輪郭が似てた気がしたんですよ。俺が起き上がると、
白い女はすーっとベッドの引き出しに吸い込まれるように消え、
黒い影もいつのまにかなくなってました。電気をつけ、ビデオカメラを持って
部屋から出、24時間ファミレスに行ったんです。そこで映像を見てみると、

ベッドの横に立つ女が俺に向かって腕を伸ばしてる。はっきり写ってました。
そこで急に画面が揺れたのはやはり誰かがベッドを蹴飛ばしたから。
ただ、その黒い影は写ってなかったんです。でね、もう部屋に戻るのは
やめようと思ったんです。怖いし、十分番組ができるだけの映像は撮れた
と考えて。そうしてるうちに朝になり、事務所に顔を出そうかと思ってたとこに
マネージャーから電話が来て、相方が病院で亡くなった知らせだったんです。
・・・気になることがあって、やっぱ部屋に戻りました。マネージャーから
もらった御守を開けてみると、どっちも中に小さく折りたたんだ手紙が
入ってました・・・アイドル志望の女の子からうちの事務所あての。殺された子が
デビュー前に書いたもんです。あとね、テレビ番組はなくなっちゃいました。こんな
ホンモノは、視聴者にやらせと疑われるからとても放映できないって言われて。







怪片 9題

2019.12.04 (Wed)
1 長猫
アパートの1階に住んでる。昨日の朝、大学の授業がなかったんで
ずっと寝てて、9時過ぎに目が覚めた。窓から光がさし込んでて、
カーテンが30cmくらい開いてた。横になったまま
何気なく外を見てたら、コンクリ塀の上を猫がやってきた。
毛の長い白い猫で、ノラには見えなかった。猫は頭をふんぞり返らせて
通り過ぎ・・・なかった。カーテンのすき間から見える
その胴体が長い、長い、長い・・・いつまでも終わらない。
10秒ちかく見てたから、数mもある毛虫みたいな猫なのか?? 
ありえん!と思って立ち上がり、窓に寄ってカーテンを開けると、
その瞬間、猫はびゅんと縮んで普通の長さになった。ふり向いて
こっちを見たので、怖くなってカーテンを閉めた。

2 返事をしない
会社にバス通勤してます。バス停までは家から徒歩2分なんですが・・・
7時半過ぎに家を出て歩いていくと、3軒ななめ向かいの
横田さんの家から、白髪頭の上品な老婦人が出てきました。
手に箒とちりとりを持っていて、家の前を掃くのだろうと思いました。
私が見たのははじめてです。老婦人は、「あら、お早いですね」と
笑顔で声をかけてきましたが、無視して、前を見たままバス停まで
歩きました。礼儀知らずと思われるかもしれませんが、この老婦人、
和子さんといって、先月首を吊って亡くなってるんです。
近所なので葬式にも出ました。それとね、この和子さんに声をかけられ、
返事をしてすぐに具合が悪くなって亡くなった方が2名いることも
聞いてました。町内会で現在、大々的なお祓いを計画してるんです。

3 生霊とは
昔から霊感なるものがあります。超能力と言ったほうがいいのかも
しれません。そのあたりは専門家じゃないんでよくわからないです。
いえ、亡くなった人の幽霊というのは、生まれてから一度も
見たことはありません。私の場合、人の心の中が生霊という形で
見えるんだと思います。例えばそうですね、いつも朝、同じ駅から電車に
乗る若い夫婦に会うんです。もしかしたら同じ職場なのかもしれません。
その夫婦、昨日は険悪な雰囲気で、駅のホームでも何やら口げんか
してましたが、奥さんのほうが横を向いたとき、すっと体からもう一人の
奥さんが出てきて・・・2つに分かれたってことです。霊体の奥さんは
やや色が薄い感じで、旦那さんの背中に回ると、ドンと突き飛ばした
んですよ。旦那さんは動きませんでしたが、ふり返って後ろ見てましたね。

4 口をきく
カニを親戚からもらったんですよ。ワタリガニを河口でカニ籠を
沈めてとってきたんですね。ありがたくいただきましたが、そのままでは
泥臭いんで、たらいに張った真水に入れて泥を吐かせてました。
木の板でフタはしてたんですけどね、子どもがイタズラしたのか、
朝見たらずれてて、カニの数が一匹足りなかったんです。それが10日ほど
前のことです。探したが見つかりませんでした。女房は、ガサゴソ戸棚の奥で
音がするって言ってました。でね、今朝、起きてすぐ水を飲もうとしらた、
食器棚の下からホコリだらけのカニが出てきたんです。あ、こいつ
生きてたのか、と思ったんですが、カニは「俺は死んだぞ」としわがれた
声で言って消えたんです。食器棚の下を探したら、たしかに
だいぶ前に死んで干からびたカニが出てきました。

5 処理
俺な、ホームレスなんだよ。ずっと◯◯公園を寝場所にしてたんだが、
オリンピックが始まるってことで追い出されちまった。
でな、都内から出て、関東某市の駅前公園にすみかを変えた。
そこには先住のホームレスが30人ほどいたんで、一人ずつあいさつして
回った。そういった仁義を切るのは大切なんだよ。古くなった弁当を
くれる店とか教えてもらったが、その中の一人が、「この公園な、いいところ
 なんだが、一つだけ、人を喰うゴミ箱がいるから気をつけろ」って。
「え、ゴミ箱が人を喰う?」聞き返すと、「そうだ、金属製の大きいやつ。
 だが、動きがにぶいんで、起きてる人間を襲うことはできねえ。寝てるときが
 危ねえが、体の近くに「ゴミではありません」と書いたダンボールの札を
 置いとけば大丈夫だ、俺も先輩から教えてもらった」ってな。

6 花
市の交通局に勤めてます。でね、警察の交通課とは業務が重なるんで、
協力して仕事することもあるんです。そこで知り合った警官の一人から
聞いたんですよ、「花をなめる化け物がいます」って。ほら、交通事故の現場に、
遺族や友人が花束、ジュース缶なんかをお供えしてることがあるでしょ。
それをなめるということで、さすがに「そんなバカなことが」と思ったんですが、
こないだ見ちゃったんです。飲み会で3次会まで行って、終電はとっくに
出ちゃったんで、サウナかネトカフェにでも泊まろうと思って、街をぶらぶら
してました。夜中の2時過ぎですね。そしたら、交差点脇に花束が積まれてて、
その前になんかいる。かなり大きなガマのような形のもの。少し近づいて、
「うわ」と思って飛び離れました。人間の手足、胴体の一部、髪の毛がくっついて
カエルのような姿になったのが、舌をのばして花束をベロベロなめてたんです。

7 転送装置
あ、どうも、県営体育館に勤務してます。今は公衆電話ってほんと見なく
なったでしょう。みなスマホ持ってますからね。けど、体育館の前には
電話ボックスがあるんです。これはね、中学生とかが試合に来た帰りに、親に
連絡するためのものです。ほら、学校は携帯禁止のとこもまだ多いから。でね、
こないだ、そういう子どもたちが話してるのをたまたま聞いてたら、どうもね、
その電話ボックス、「異次元につながってる」って噂になってるみたいなんです。
まあ、その子らにしてみれば、生まれたときから電話ボックスは珍しいもの
なんでしょうけど・・・けど、この間見ちゃったんですよ。夕方の7時ころ、
見回りに出てました。そしたら電話ボックスから、背は低いけど体格のいい
人物が出てきて、すぐにサングラスをかけ、迎えに来てた高級車に乗ってどっか
行っちゃいました。それね、プーチン大統領だったんです、ええ、あのロシアの。

8 公共マナー
早朝ジョギングをしてます。5時半から6時過ぎくらいまでですね。
早起きは健康的でいいですよ。最初は眠かったけど、今は平気だし、体重も
始めてから5kgくらい減ったんです。調子よく、車のほとんどいない
道を走ってたら、前の信号機が赤になるのが見えたんで、少し手前で止まって、
シューズのひもを結び直そうとしたんです。そしたら街路樹の植え込みのとこに、
たぶん犬のだと思うけど、ウンコが落ちてるのが見えました。ノラ犬は見かける
ことがないんで、散歩でマナーの悪い飼い主が放置したんだろうか、と思ってると、
草の中から白いものがいくつか出てきたんです。小人・・・なんだけど、体全体が
白くて服を着てないように見えました。目鼻はあって3人いたと思います。そいつら、
「あーあ」とか言いながら、アイスのへらみたいなのを使って、そのウンコ
片づけ始めたんです。一人が、「罰だからしょうがねえよ」とも言ってましたね。

9 箱
これな、俺が子どものとき、小学校3年か4年のときのことだったと思う。
男のガキどもがたくさん集まって、川原で水切りをしてたんだよ。
水切りって知ってるだろ、平べったい石を投げ、水面で何度もバウンドさせて
向こう岸まで届かせるやつ。コツは、できるだけ川面と平行に投げることだ。
で、俺はそれ得意だったから、自慢しながら遊んでたんだよ。当時の川は、
護岸とかしてなくて、ゴミがたくさん浮いてた。で、四角い木の箱が流れてきたんだ。
桐の箱だったと思う。見てると、俺らの前に来て箱がぽんと壊れた。
四方の板がはじけ飛んだんだよ。中には昔の・・・平安時代とかの着物を着て、
長い帽子をかぶった15cmくらいの男の人が立ってて、扇を開いて
踊り始めたんだよ。そうだなあ、見えなくなるまで踊ってたから5分以上は。
音楽とかは聞こえなかったけど、あれは何だったんだろうな。

10 大変
こういう短い話をたくさん書くのは大変です。







ムーンチョコの話

2019.12.01 (Sun)
あ、これな、もう50年近く前になる古い話なんだ。仮面ライダーの
カードって知ってるよな。スナック菓子についてるおまけのカードで、
男の子どもらが競って集めた。カードの1枚1枚に番号がついてて、
その新しいのを持ってるやつがスゴいってんで、小遣いのほとんどを
つぎ込むやつがいたし、遠くの町まで遠征して
買いに行くやつもいた。スナックそのものはすげえマズかったから、
食べずに袋のまま捨てる子が多くて、もったいないってことで
PTAで問題にされ、社会現象にもなった。ちょっと調べたんだよ。
あのスナックが発売されたのが、仮面ライダーが放映された年で
1971年。俺がこれから話すのは、その1年ほど前のことだ。
ライダーカードとは直接の関係はねえよ。

でな、俺は流行ってたときに、ライダーカード集めてないんだ。
だから仲間はずれにされたりもしたが、気味が悪くってダメだった、
カードがトラウマになってたんだな。なんでそうなったか、
その理由を今から話すんだよ。5年生のときだ。俺は当時、
川崎のほうに住んでた。今でこそ少しはきれいになったが、
昔はなあ、工業地帯の真ん中で、大中小の工場が立ち並んでてな。
海なんかありえない色をしてて、ヒドい臭いだったな。
で、俺はそこの商店街の通りに家があった。いや、俺の家は
工場じゃなく、親父は郵便局に勤めてたから。
あの頃はゲームなんてなかったから、子どもはみんな外で遊んでた。
公園とかでボール使っても、うるさく言われることもなかったし。

あと、あちこちに駄菓子屋があった。5円とか10円で買えるものが
あったし、くじがついてて、当たればもう一個ってのも多かったな。
で、小学校の学区にある駄菓子屋は全部知ってるつもりだったんだが、
いつも遊んでる同学年の木田ってやつが、「新しい駄菓子屋見つけた」
って学校の帰りに言ってきた。「そんなのねえだろ」
「あるんだよ、これから行こうぜ」ってことで、ランドセル背負ったまま
木田についてった。通学路から外れて運河の橋をわたり、ゴミゴミした
中小の工場街に出た。あちこちからギーギーガンガン、何かを加工する
音が聞こえてくる。「こんなとこに駄菓子屋なんかねえだろ、
 子どもなんて来ないとこだ」俺はそう言ったんだが、木田は先に
立ってずんずん歩いて、金属と薬品の臭いのする小路に入ってった。

たぶん溶接とかメッキをやってたんだろう。で、「あれだ」って
指差した先に、「◯◯発動機」って看板が見えたんだ。
「駄菓子屋じゃねえじゃん」 バラックみたいな建物だったが、まだ
そういう家はけっこうあった。そこはガラス戸4枚分くらいの店で、
下がコンクリ。中は3分の2が工場みたいで、いろんな部品や
工具があって、自動車の半分くらいもあるでかい機械が見えた。
その店の右側の壁に、たしかに駄菓子が積み上げてある。
くじとか酢イカ、ふ菓子とかどこにでもあるようなのが申しわけ程度に。
ああ、ツマンねえと思った。こんな30分もかけて歩いてくるような
とこじゃねえ。「いや、ここにスゲえ菓子がある」木田はそう言い、
機械のそばにしゃがみこんでる大人に、「また来た。
 ムーンチョコおくれ」って話しかけた。そしたらその人がふり向き、

顔を見て驚いた。金属のお面をつけてたんだ。当時は
わからなかったが、溶接のときに火花が目に入らないようにするやつだ。
その人が立ち上がると、小学5年の俺らより少し大きいくらいしかなかった。
くぐもったような声で「あいよ」と言い、棚にある金属の缶を開けた。
「ムーンチョコ2つ」と木田が言って40円出した。
するとその人は、「ほら」と缶の中から銀紙で包装した10cmくらいのを
出して木田に渡したんだ。「これがスゲえうめえから、お前も買え」
いったん外に出て見せてもらったが、メーカー名とか何もついてなくて、
ただ青い字で「ムーンチョコ」とだけ書いてある。木田はせわしなく
銀紙を破ると、中のカリントウ型のチョコの半分を俺にくれた。
半信半疑で食ってみた。そしたらなあ、これがほんとうにうまかったんだよ。

いや、いまだにあんなの食ったことがねえ。チョコの中にどろっとした
液体が入ってて舌がとろけるみたいだった。「こりゃスゲえ」と思い、
俺も2個買った。で、むさぼるように食ったんだよ。木田は食いおわって
包み紙を開き、手のひらの上に何か青い切手みたいなのを2枚載せ、
1枚ずつ日に透かして見てる。「何だよ、それ」 「くじのカードだよ、
 こうやって月の景色が見えれば当たりなんだよ。な、おじさん」
鉄のお面のおじさんは僕らを見てうなずき、「そう、当たりが出れば
 月の世界にご招待」なんて言うんだ。俺も自分のに入ってたのを
透かしてみたが、ただの青いセロファンだったな。それから俺は、
おじさんがいじってった機械に興味を持ち、「それ何?」って聞いてみた。
そしたら「宇宙船だよ。もうほとんどできてるんだが、まだ心臓部がない」

そう言って、機械の中央部分を手袋の手で指した。その部分だけ金属じゃなくて、
丸い、うす青いガラスのボールがついてた。バスケットボールより
やや大きいくらいだな。「これが心臓部?」 「そうだ」
でも、宇宙船はさすがに冗談だと思った。あの頃の小さい自動車の半分くらいで、
人が乗れそうなスペースはなかったから。おじさんは続けて、「ムーンチョコ
 おいしいだろ。外国から取り寄せてるんだ。ボクたちの学校でも
 友だちに教えてあげてよね」って。それから帰ったんだが、道々、木田と
「ありゃすげえ菓子だ。外国製ってのは本当だろうな。明日から毎日こよう。
 仲間を連れてこようぜ」そう話し合った。翌日、さっそく木田と
2人連れて行ってみた。で、全員が3個ずつムーンチョコを買って食ったが、
みな大感激してな。「小遣いが続くかぎり買いに来る」って言った。

うん、仲間はどんどん増えて、20人くらいが毎日駄菓子屋に行ってた。
ムーンチョコが売り切れるのを心配したが、おじさんが缶をつぎつぎ
奥から出してきた。あと、組み上げてる機械はだんだん完成に近づいてる
みたいで、あっちこっち出っぱってた部分が滑らかになってきてた。
それから1週間後くらいかなあ。そのときも10人ほどが駄菓子屋にいた。
そしたら藤島ってやつが大声で、「ああ、月の景色だあ!」って叫んで、
あのおまけのカードを見てたんだな。俺はそばにいたんで、「見せてくれ」
ひったくるようにして透かしてみたが、やっぱただの青いセロファンだった。
「嘘つくなよ」俺がなじると、おじさんが、「ボク、月の景色って
 どんなだった?」と聞き、藤島は勢い込んで、「アメリカの旗が立ってた。
 アポロのやつ」って答えた。するとおじさんは「ああ、当たってる」

そう言って、藤島に名前と住所を紙にメモさせた。後で景品が
自宅に送られてくるってことみたいだった。で、その翌日の朝だ。
まだ夜が明けてない5時ころ、藤島が自宅から離れた湾岸道路にいて、
ひき逃げにあって死んだんだよ。トラックだったみたいで、体がバラバラに
なってたそうだ。残念ながら目撃者はなかったが、そこを通る大型車は
限られてるし、犯人はすぐつかまるだろうって、うちの父親が言ってた。
このことを担任から聞いたときはショックだった。けど、その日の放課後も
あの駄菓子屋に大勢で行ったんだよ。ムーンチョコの中毒みたいになってた
のかもしれん。けど、店の戸がぴったり閉じられてて、ガラスには黒い紙が
はってあり、「閉店しました。ごめんなさい」って札が下がってたんだ。
そこに来た全員、藤島が亡くなった知らせを聞いたときよりショックを受けた。

もうムーンチョコが食えねんだから。あと、藤島の葬式がなかなか行われず、
それは遺体の頭が見つかってないせいだって噂が流れたんだ。結局、
5日ほどたって葬式があり、同じクラスで仲が良かった俺も行ったよ。
でな、俺はムーンチョコがあきらめきれず、それからも毎日その駄菓子屋に
行ってみたが、ずっと閉まったまま。10日目くらいかなあ、今日で最後にしよう、
そう思って一人で出かけた。そしたら、店の中が何か光ってるみたいで、
ガラスにはった黒い紙がときどき白くなる。何だろう? 黒い紙の下のほうに
わずかなすき間があるんで、俺ははいつくばり、そっから中をのぞき込んだ。
・・・あの機械が見え、バッバッと光を発してた。でな、・・・前に機械の
真ん中にガラスのボールがあるって言ったろ。そん中に人の顔があったんだ。
藤島だ!と思った瞬間、俺は後も見ずに逃げ出したんだよ。

いや、せまいとこからちらっと見ただけだから、見間違いだろうと思う。
そんな馬鹿なことがあってたまるわけがねえ。それから2週間ほどして、
おそるおそるまた行ってみたが、店の建物そのものがなくなり、針金で囲まれた
空地になってたんだ。あと、藤島を轢いたトラックはいつまでたっても
見つからなかった。あれから50年になるから、とっくに時効だ。
まあ、こんな話なんだよ。それと、これは関係あるかどうかわからねえが、
そのあたりの時期に、港に近いとこの化学工場で爆発が起きて、
夜が昼間みたいに明るくなったことがあった。死傷者はいなかった
みたいだが。でな、俺はどうしても、藤島の死と、やつが月の風景の
当たりを引いたことをつなげて考えてしまってなあ。だから、
流行ってたときも、仮面ライダーのカードは買わなかったんだよ。







瘴気の話 2題

2019.11.28 (Thu)
今回はこういうお題でいきます。難しい漢字ですが「しょうき」と
読みます。簡単に言えば、「悪い気」ということです。
一口に悪いといってもいろいろですが、この場合は「病気になる」
という意味が強いでしょう。古代ギリシアで、医師の元祖とされた
ヒポクラテスは、「悪い土地」 「悪い水」 「悪い空気」が
病気の原因であると唱えています。この説はずっと長い間
信じられ、感染症の原因が病原菌であると判明するには、
19世紀、ロベルト・コッホが炭疽菌を発見するまで待たなくては
なりませんでした。現在でも、「霊は水辺に集まりやすい」などと
言われるのは、この瘴気説が一つの要因となっています。では、
今回は瘴気にまつわる話をいくつかお届けしましょう。

大学生 西根光輝さんの話
あ、どうも、現在 都内の大学の3年生です。うちの伯父さんが、
西荻のほうで整骨院をやってるんです。けっこう大規模な治療院で、
面積も広く、電気治療器とかいろんなリハビリの機械が
たくさん入ってます。1日、400人前後の患者が来るんです。
まあ、整骨院の場合、一人あたりの治療費が安いので、
数をこなさないと経営が成り立たない面があるんです。
伯父さんのところは、若い理学療法士を何人も雇ってますからね。
それで、俺ね、学校の長期休みのたびに伯父さんから治療院の
アルバイトに誘われてるんです。はい、毎回やらせてもらってます。
もちろん、俺には何の医療資格もないので、やるのはゴミ捨てとか
ダンボールの整理とかの雑用だけなんですが。

たぶんですけど、俺に小遣いをくれようと考えて誘ってくれてるん
じゃないかな。あ、それで、こないだの土曜日のことです。
土曜の午前中は開業してるんですが、それ終わって最後の患者が
帰った後に、伯父さんが、「あ、御神水なくなってるな。
 いただきに行かなくちゃならんが、この後予定が入ってる。
 前に行ったよな。あの水、ポリタンク2ついただいてきてくれんか」
こんなふうに頼まれたんです。一度伯父さんに連れられて行ったことが
ありますが、関東某県の山の中に毘沙門堂というのがあって、
崩れかけたような小さなお堂なんですけど、その後ろに小滝があり、
そこからくんだ水を御神水と言うんですね。もちろんタダという
ことはなくて、お堂の近くで暮らしてる堂守の人に、

いくばくかのご報謝を払わなくちゃなりません。伯父さんはいつも、
20Lのポリタンク2つで2万円払ってましたから、高い水ですよ。
で、「この水、何に使うんですか」って聞いたんだけど、
そのときは教えてもらえませんでした。前から気になってたんです。
水は治療院に運ぶから、伯父さんの生活用水というわけではないし、
治療院の水は、医療用の蒸留水をちゃんと使ってます。それで、
俺、免許持ってるんで、伯父さんのベンツにポリタンク積んで、
往復4時間かけて毘沙門堂まで行ってきました。ほとんど人には
知られてないみたいで、俺の他に来てる人はいなかったです。
その滝、すごくいいところなんですよ。岩の上に細かい水しぶきが
散って、天気のいいときには小さな虹がかかります。

神気が満ちているというか、心があらわれるというかね。
伯父さんから預かったお金を置いて治療院に戻り、そのときにまた、
「この水、何に使うんです?」って聞いてみたんです。そしたら、
「気になるか、じゃあ、来週のどっかで見せてやろう。
 本当はいけないんだが、お前は療法士みたいな顔してろ」        
こう言われました。それで、今週の水曜です。顔色のドス黒い
患者さんが初診で来られ、50代後半くらいの男性でした。
ものすごい肩こりがするって訴えで、肌脱ぎしたら、腕から背中に
立派な彫物がありました。そっち系の人だったんです。伯父さんは、
肩から首筋をさわって、「筋肉は固くなってないねえ」と言い、
その人を特別治療室に通したんです。

特別治療室は建物の最奥にある6畳程度の部屋で、診療用のベッドだけ
しか置いてません。あとね、なぜか壁の上のほうに神棚があるんです。
そのとき、伯父さんが俺に目配せしたので、医療スタッフのふりをして
ついていきました。伯父さんは患者に上半身裸になるよう言い、
うつ伏せでベッドに寝かせたんです。背中の彫物が全部見えましたが、
俺にはわからない、たぶん中国の絵柄です。屋根の上に坊主みたいな
人があがって暴れている。伯父さんは腰のあたりから指圧を始めましたが、
背中から肩へと進むにつれ、すごいことが起きたんですよ。伯父さんが
患者の背中を押すたび、彫物の人物の口から黒い煙が出るんです。
まるで映画のCGを見ているような感じ。その煙は粘り気があるみたいで、
流れていかず、一ヶ所にかたまって溜まってました。

1時間以上かけて整体が終わり、その人は「ああ、肩が楽になった。
 評判は聞いてたが、あんたすげなあ。また来るよ」そう伯父さんに言って、
会計のほうへ向かいました。それから伯父さんは、木のタライに水を
張って持ってきて、俺に、「これがこないだの御神水だ」と言い、
長い木の菜箸みたいなもので、治療室の隅で渦巻いてた黒い煙を
からめとってタライの水に入れたんです。そしたら、驚いたことに
タライの水が墨の色に変わり、しかも一瞬で煮え立ったんですよ。
ボコボコ泡立ってました。伯父さんは、「あの彫物が吐いたのは瘴気で、
 それが肩こりの原因になってた。まあ取れるだけは取ったが、
 しょせんは対処療法で、あの患者が生き方を変えなければ、またすぐ
 元に戻るな。この水は医療廃棄物として処理する」って言ったんです。

理容師 塚田浩さんの話
あ、どうぞよろしくお願いします。僕、理容師になって6年目です。
いや、まだ自分の店は持てなくて、チェーンの格安カットの店で
働いてるんです。仕事はきついですよ。カットだけだと1300円
なんで、お客さんはひっきりなしですから。理容師の仕事はずっと
立ちっぱなしなんで、腰が痛くなるんです。
まあ、職業病と思ってあきらめてますけど。それでね、2ヶ月くらい
前に、本部からの指示で店舗の移動があったんです。あんまり
お客さんの数が多いんで、広い場所に移って、理容椅子の数を
増やしました。新たに何人か人も雇ったし、僕の給料も少しだけど
上がったので、それはよかったんですが・・・ はい、新しくなった
店は、2軒続きて飲食店が入ってた建物を本部が買い取ったんです。

そこを理容店に改築した。前に入ってた飲食店はどっちもつぶれた
みたいです。でも、場所が悪いからということでもなく、
理容店のお客さんはたくさん来ました。けどねえ、さっき話した新人、
3人だったんですが、すぐ2人辞めちゃったんです。
店長が理由を聞いたら、店の待遇には文句ないけど体調が悪くなった
ってことで。店長は、今の若いもんはこらえ性がない、って怒って
ましたが、じつは僕もね、そこに移ってから体の調子がよくなくて、
いつも肩がじーんとしびれたように重いし、腰の痛みもひどくなった。
僕だけじゃなく、他の同僚も同じです。それとね、理容店だからたくさん
照明をつけてるんだけど、室内がどうも暗く感じる。
でも、前面がガラスサッシで、太陽光も十分入ってるはずなんです。

なのに、室内全体がもやがかったみたいで。で、そのうちに、
同僚の一人が、黒い煙が流れてるって言い出して。けど、店内にこげてる
ものなんてないし。僕もそれ見たんです。まるで水の中に墨を流した
みたいな煙、それがゆっくり漂ってる気がして、目をしばたいて
もう一度見るとなくなってる。で、みなで店長に訴えました。
すると店長も、「いやな、俺がそんなことを言うわけにはいかないから
 黙ってたが、たしかにここの店、なんか変だ」って。
で、店長は「とりあえず塩でもまいてみようか」と言い出し、
コンビニで食塩一袋を買ってきて、「じゃあ皆で、自分が嫌に感じる
 場所にまけ」そしたらですよ、全員が同じ北のほうの隅に集まって、
上に向けてつかんでた塩を投げたんですが、何が起きたと思いますか。

なんか黒い太い1mほどの毛虫みたいなのが落ちてきたんですよ。
それはフローリングの床でうねうねと動いてましたが、
店長が袋ごともってきた塩をドバッとかけると、のたうって消えました。
いやあ、すごく気持ち悪かったです。とてもこんな店では働けないって
言う同僚が何人も出て、店長が本部にかけ合って、神職が
お祓いに来たんです。いや、そのときは店の中には入るな
って言われてたので、その場で何が起きたのかはわかりません。
ですが、1日がかりのお祓いの後、おかしなことは起きなくなりました。
ええ、すごく繁盛してますよ。店長はスタッフ会議のとき、「神主さんの
話では、瘴気というものが溜まりやすい場所だということだったが、
解決できたそうだ、これからも頑張っていこう」こう言ってました。