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地下街の通路の話

2020.01.09 (Thu)
あ、どうも、俺、佐藤って言います。仕事は警備員なんですけど、
もちろん時給の非正規です。でも、かれこれもう7年くらい
続いて、班長にもなってます。いやあ、優秀ってことじゃなく、
独身なんで、夜間業務に使いやすいってことだと思います。
俺のほうもね、手当がつくんで夜間のほうがありがたいですよ。
いえ、泥棒と遭遇したなんてことはありません。
そういうケースはまずないと考えてもいいです。警備員ってのは
番犬と同じで、あそこは毎晩人がいるってわかってりゃ、
泥棒のほうから近寄ってきません。だから、抑止力ってことなんすね。
気味の悪い体験ってのもないです。そりゃ、この仕事始めた
最初の頃は、深夜の学校とか見回るのは嫌でしたけど、

一人で回るわけじゃないし、何事も起きてません。で、これから
話すのは俺の体験じゃないんです。つい一昨日、安田さんっていう
同僚の警備員から聞いた内容。安田さんは50代で、元警察官です。
事情があって警察を退職したってことでした。すごい真面目な人で、
冗談を言うようなタイプじゃないんです。でね、一昨日の夜、
その安田さんと組んで、ちょっとした工事現場の交通誘導をやったんです。
そしたら、夜中の2時過ぎかな。ジイさんが一人でそこ通りかかって。
車はともかく、歩行者なんて昼でも少ないとこなんですよ。
それとジイさんの服装が、真冬なのにジャージの上下だけで、
ガタガタ震えててね。こりゃおかしいってピンとくるでしょ。
止まってもらって名前とか聞いたんです。そしたら案の定、

受け答えが変だったので、警察に連絡しました。それでジャンバー着せて、
工事の人から熱いお茶もらって飲ませたりしたんです。
そのうちに警察が来て、やっぱ捜索願いが出てる徘徊老人ってことでした。
で、昨日ね、そのジイさんの家族が本社に来て、お礼言って帰ってった
そうです。こっからは俺と安田さんの会話です。
「昨晩、ジイさんを保護した件、警察から感謝状とかもらえますかね」
「いや、たしかに警備員は感謝状をもらいやすいが、この程度では
 無理だな」 「あのジイさんの家族も、本社に菓子折り持ってきただけで、
 俺らには何もいいことなかったすね」 「まあそう言うな。
 人助けに値段はつけられんよ」 「ああいう、認知症で徘徊してる
 高齢者って多いみたいですね」 「ああ、1年間の高齢者の

 行方不明が1万5千件だよ」 「え、そんなに」 「まあ、これは
 警察に捜索願いが出た件数で、大半は見つかってる。自宅の敷地内って
 ことも多い」 「それもヒドい話ですね。その程度で警察を呼ぶなって」
「まあな。今はほら、一人暮らしの老人が多いだろ。そこへたまに子どもが
 尋ねてきたら家の中に誰もいない。こりゃ大変だって通報したら、
 そのお年寄りは庭の植え込みの陰で草むしりしてたとか、
 そういうのも件数には入ってるから」 「うーん、でも徘徊中に亡くなる
 お年寄りも多いんでしょ」 「そうだな、全国で年に500人くらいか」
「それは川とかに落ちたりしてるんですか」 「ないわけじゃないが、
 ほとんどが行き倒れて、どっかの病院に収容されてる。そこで亡くなるんだが、
 財布も持ってないから身元がわからない。徘徊老人の行動範囲はけっこう

 広くて、他市町村にまで行ってたりするから」 「迷惑な話ですね。まったく
 行方知れずってこともあるんですか」 「少ないけどある。ほとんどは
 身元不明の遺体になる。専門用語で行旅死亡人って言うんだ。
 住所氏名が判明しないケースな。ただな、それ以外にも、完全にこの世から
 消えてしまう場合がある」 「どういうことです?」 「あれは4年前だな。
 地下街の警備をしてたんだ」 「はい」 「けっこう広い地下街だったんだよ。
 地下鉄の駅2つとつながってたし。そこを1日3交代、6人で警備する」
「で」 「そんとき俺は夜間でな。相棒と交代で2時間おきに見回ってた。
 けど、何かが起きるってことはない。地下街の店は、商店は9時頃、
 飲食店も11時にはシャッターを閉める。あと地下鉄の終電が0時半くらいで、
 その後は出入口が自動で朝の始発前まで閉鎖される」 「ああ」
 
「だから夜中に人がいるはずはない。でな、2時に一人で回ってたんだよ。
 そしたら、十字になった通路でふっと人の影が見えた。あれ、
 関係者かな、もし閉じ込められた人なら大事だと思って小走りに
 交差点まで行った。向かって左側の通路にジイさんが一人歩いてたんだ」
「徘徊老人すか?」 「そう思った。トイレとかは全部見たんで、
 おそらくどっかの隅に隠れてたんだと考えた。ジイさんは後ろ姿だったが、
 かなりの高齢に見えたし、そんときは11月だったが、着てるのはシャツと
 ステテコだけ。暖房は止まってるから危険だと思った。
 もしもし、と声をかけたがふり返らない。あとな、ジイさんの姿が
 ちょっと変だった。両腕を肩の高さにぴんと横に伸ばして、そうだな、
 まるで綱渡りでバランスとるみたいに」 「どうしたんです?」

「走り寄って、ちょっといいですかと肩に手をかけたんだよ。
 そんときはもう徘徊老人に間違いないと思ってたからな。そしたら、
 どうなったと思う」 「わかりません」 「そのジイさんはまったく
 後ろを見ずに体をひと揺すりした。宙を飛んだよ」 「ジイさんがですか」
「いや、俺がだ。数m吹っ飛んで通路のコンクリ壁に激突し、さらに頭から
 下に落ちた。ありえない話だよ。そのジイさんは痩せ枯れてて、
 体重は50キロないくらい。こっちは当時80キロ超えてたし、
 こう見えても柔道四段、警察の大会で優勝もしてるんだ」
「達人とかなんですか」 「・・・でな、その衝撃で半分気を失った状態で、
 ジイさんは手を広げたままどんどん向こうに歩いていく」
「で?」 「ジイさんとの間が50mくらい離れたあたりで何とか

 立ち上がって追いかけた。ジイさんはT字になった突き当りの
 前で立ち止まってたから、そこにいてください!と大声を出した。
 すると、ジイさんの目の前の壁に穴が空いたんだよ」 「え?」
「丸い穴、洞窟みたいな穴だ。ジイさんはその穴に平然と入っててな。
 ありえないことだが走ってそこまで行った。穴はずっと奥まで
 下りになって続いてた。照明はなかったが、先のほうで赤い火が燃えてると
 思った。俺が穴の縁まで行ったとき、その穴が一瞬で消えたんだよ」
「どういうことです?」 「わからない。そのときあったことだけ話してる。
 でな、穴がなくなるとき、強い温泉の臭いがしたんだ」 「温泉」
「硫黄の臭いってことだ」 「ああ、で、その後どうしたんです」
「まず警備会社の本部に連絡し、応援を出してもらった。

 それから警察にも。で、応援が来るまで、休憩してた相棒と地下街を
 隅々まで探したんだが、ジイさんなんてどこにもいない。そのうちに
 仲間と警察が着いたんで事情を話したが、信じてる様子がなかった。
 まあ無理もない。俺がジイさんが消えた穴ができたと言った場所には、
 広告のパネルがあったし。俺が寝ぼけるかなんかして、幻覚を見た。
 そう思われてもしかたがないよな。立場が逆なら俺だってそう考える。
 それで、これは処分されるかもしれないって思ったんだが・・・」
「だが?」 「ほら、地下街にはところどころに監視カメラがあるだろ。
 念のために警察がそれを再生したんだ。そしたら、俺がジイさんを見たと
 言ってた時刻に、その姿が録画されてたのがあったんだよ」 「で?」
「ジイさんはやはり両手を広げて人気のない通路を歩いてたんだが、

 両手の先に何かゼリーのような塊が見える」 「・・・」 「やや緑がかった
 透明で、後ろが透けて見えるんだが、人の形にも見えた。ジイさんが両手を
 伸ばしてたのは、そのゼリーに腕をとられてたから。そのビデオで、
 俺が嘘を言ってるわけでもないってわかって、もう一度朝までジイさんを探した。
 けど、やはり姿はなかった」「どういうことなんです?」 「その後、2日して
 俺と上司が警察に呼ばれた。警察が監視カメラ映像を解析したのを見せられた
 んだ。ゼリーがかなり鮮明になってて、やっぱ人に見える。どっちもかなり
 体が大きい、皮膚がどろどろに溶けた人。結局、何もわからずじまい。近辺からは
 老人の捜索願いも出てなかったし、事件はそれで終わりで、俺に処分もなかった。
 ・・・あれな、ものの本に出てくるのとはちょっと違うが、鬼なんじゃないかな。
 あのジイさんが何したのかわからないが、硫黄の臭いのする場所へと連れていく」
 
 

 


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鍼灸師の話

2020.01.04 (Sat)
あ、どうも、じゃあ話していきます。僕、鍼灸師をしてるんです。
高校を卒業後、専門の学校に入って勉強し、国家資格を取得しました。
資格として、はり師ときゅう師は別なんですけど、そこの学校で
両方取ったんです。どうしてこの道をめざしたかというと、
うーん、そうですね。まず一つには、東洋医学の持つ神秘性に
対するあこがれがありました。うちの祖父は肺癌で亡くなったんです。
それも、もっともたちが悪いと言われる小細胞肺癌ってやつで。
まだ70歳前でしたが、病気がわかって半年ほどしかもちませんでした。
その間に、抗癌剤などの西洋医学の治療を受けたんですが、
まったく効果は見られなかったんです。いやもちろん、西洋医学を
信用してないってわけじゃないです。ただ、はっきりとした限界がある。

それが東洋医学に興味を持ったきっかけだったんです。
で、実際に学んでみると、やはり奥深いんですね。資格は取りましたけど、
僕なんかまだまだです。卒業後は、当然開業する資金なんてありませんから、
場所は言えませんけど、ある有名温泉地の治療院に就職して、
大先生の下で助手の一人として働いてます。大先生は、まだ50代ですが、
お名前は広く知れわたっていまして、有名な政治家やスポーツ選手、
芸能人なんかもお忍びで来院されるんです。芸能人というと
意外に思われるかもしれませんが、美容鍼灸というのもあるんですよ。
それと、これは大きな声じゃ言えませんが、先生は除霊的なことも
なさるんです。政治家の方なんかは、選挙のときに対立候補に呪いを
かけられたりします。それを鍼灸技術で取りのぞく。

あ、前置きが長くなってすみません。今回は、僕がその治療院で目にした
不思議な出来事をいくつかお話していきます。ある有名企業の役員の
男性の方です。50歳代の後半なんですが、長い間、特殊なアレルギー症状に
苦しめられていました。月に2回来院されて先生の施療を受けてたんです。
難しい疾患で、先生も手を焼いておられました。それが2ヶ月ほど間があいて、
次に来られたときには、「もうすっかりよくなった」って言われて。
「ははあ、それはよかった」と先生がおっしゃり、診療台にうつぶせに寝て
背中から触診していくんですが、たしかにそれまであった発疹が
ほとんどなくなってたんです。軽く肩甲骨に触れたとき、先生の顔色が
変わりました。先生の触れた指先から逃げるようにして、皮膚がぽこっと
盛り上がり、すーっと下のほうに流れたんです。

筋肉がそういうふうに動くことはありえません。先生が強めの口調で、
「いったい何をされたんですか」と聞きましたら、「いや、この間な、
 東南アジアの支社を回ったときに、フィリピンで有名な現地の
 治療師のとこに行って、ためしに施術を頼んだんだ。そしたら、
 あれほど苦しんでた症状が2日間ですべて消えた。ここの先生が
 日本では最高かもしれんが、いやあ、世界は広い」
そういう答えが返ってきました。先生は厳しい顔になり、鍼を出して
皮膚が盛り上がったとこに打とうとしたんですが、またスッと逃げる。
うまく言えませんが、皮膚のすぐ下に小さな虫がいて、すごい速さで
這いずってるような感じでした。先生はまずます難しい顔になって、
「どんな治療だったんです」とさらに尋ねると、

「何とかという木の根を煎じた液体を全身にかけ、マッサージをした。
 ただそれだけなのに、翌日にはアレルギー症状は全部消えたんだ」
「たしかに症状は治まってますが、そのかわりというか、何か得体の
 しれないものが体内に入っています」先生がそうおっしゃると、
その方は怒り出して、「ここに来てもう1年以上たつ。たしかに少しずつ
 よくなってはきていたが、私も会社のほうが忙しいし、月2回の来院は
 負担だった。それがここ1月以上なんの悪いとこもないんだ。
 これでここでの治療は最後にする」そう言って、服を着て出ていって
しまわれたんです。先生は僕のほうを見てため息をつき、
「たしかに世界にはいろんな治療があるが、あれは明らかによくない
 ものだ。ただ毒をさらに強い毒で制してるだけに思える。

 何か大変なことが起きなければいいが」そう言われたんです。
それから1ヶ月、その方の来院はなく、もう縁が切れたものと思ってました。
ところが、さらに1ヶ月して、その役員の方の家族、奥様と長男が
みえられまして、先生に相談をされたんです。東南アジアから戻ってから、
性格ががらりと変わったって言うんですね。それまで几帳面なほうだったのが、
あっという間に会社の執務室は散らかり、家に戻ってもバッグや服を
あちこちに投げ出して裸で歩き回ってるって。それと、怒りっぽくなり、
ちょっとしたことで部下にも家族にも怒鳴り散らすようになったって
ことでした。先生は顔を曇らせ、家族の方に、もう一度本人を来院させる
ように言ったんですが、とうとう来られなかったんです。その翌月ですね。
その方、会社主催のレセプションで来賓とトラブルになり、

ビール瓶で頭を殴って会場を走り出ていったそうなんです。その後、
どっかの店で飲んでたんでしょうね。泥酔した状態で家に戻り、
家族がとめるのもきかずに車のキーを持ち出して運転し、少し走って電柱に
激突したんです。かなりのスピードを出してたんでしょう。
頭蓋骨骨折と脳内出血を起こし、緊急手術をしたものの意識が戻らず、
いまだに入院中なんです。先生が要請を受け、大学病院の特別治療室に
行ってみたら、人工呼吸器をつけているその方の体中の皮膚の下を、
小さな虫のようなものが這いずっていて、手の施しようがなかったそうです。
もう一つお話します。ある女性タレントの子ですね。
その方は20歳を過ぎたばかりで、ガールズグループの一員です。
グループそのものはまだ売出し中で、そこまで名前は知られてないようです。

その子、1年ほど前から美容鍼灸で月に一度来院されてたんです。
鍼灸が美容に効くなんてと思われるかもしれませんが、顔の周囲や全身の
経絡に鍼を打つと、まず顔色がよくなります。血行が改善するためでしょうが、
お化粧するのがもったいないくらい頬に赤みがさすんです。
それと、皮膚のはりがよくなって、ちょっとしたシワは消えます。
若い方だとあまりわからないですが、年配の方なら10歳は若返って
見えるんです。でね、その子、予約した診察日ではない夜に来院されたんです。
そのときは診察はすでに終わってて、僕は用具の洗浄をしてました。
マネージャーさんといっしょに来られ、大きなサングラスをかけてたんですが、
はずしたら、両眼からぼろぼろと涙がこぼれ、いつまでも止まらなかった
んです。4日前からその症状が現れたということでした。

もちろん、最初は大きな病院の眼科に行ったんですが、原因は不明で病状も
おさえられない。涙のために検査しにくかったんですが、なんとか調べても
悪いところが見つからない。心因性のものではないかという話になったそうです。
これではらちがあかないということで、急遽この治療院にやってきたんですね。
いや、あんなのは初めて見ました。すごい涙の量で、脱水症状を起こすんじゃ
ないかと思いましたよ。それで、すぐ治療が始まったんですが、
先生が左右のこめかみの後ろに鍼を打つと、涙がぴたりととまりました。
これだけでもすごいんですが、さらに首筋から後頭部に8本鍼を打ったら・・・
両方の涙腺から、黒い蛇に見えるものが出てきました。
いやもちろん、本物の蛇ではなく、目や口はありません。最も近いのが、
ある種の花火で、蛇玉と呼ばれるものがあるじゃないですか。

黒い煤みたいなのがにゅーっと伸びていく。あれに近いかもしれません。
黒い蛇は診療台にとぐろを巻くようにして積み上がり、うねうねと動いてましたが、
先生が鍼を打ち足すたびに動きは弱まり、だんだんに色が薄くなって消えたんです。
それでね、その後、先生がその子にいろいろ質問しました。
「何か人にうらまれたり、妬まれたりする心あたりはありませんか」
そのときにその子の体がビクッと震え、マネージャーさんがかわりに事情を
話してくれました。その子、内々にですが、NHKのテレビドラマのヒロインに
決まったんだそうなんです。それだと人気は全国区になりますよね。
で、グループを抜けることになった。そのことが知れて、他の子たちにずいぶん
ヒドいことを言われたそうなんです。その嫉妬が症状を引き起こしたんですね。
こんなところですが、まだまだありますので、この次の機会にでもお話しますよ。









産土(うぶすな)の話

2019.12.31 (Tue)
では、話を始めさせていただきますが、怖いといった内容のものでは
ありません。・・・昨年、結婚が決まっていた方を亡くしたんです。
急な病気で、発見されてからわずか4ヶ月後でした。
それはショックで、後を追おうかとまで考えたんです。
周囲の方はみな心配してくださり、私は仕事を休んで実家に
戻っていました。それから数ヶ月たって、少しずつ外出できる
ようになり、神社巡りを始めました。はい、神社の境内に立ち入ると、
沈んでいた気持ちが、そのときだけ楽になるような気がしたんです。
近場から始め、県内の主な神社を車で回るようになりました。
それで、ある大きな神社に詣でた帰りのことです。車で、交通量の
少ない道を走っていると、わきの林の中に鳥居が見えました。

あ、こんなところにも神社がある。ここもお参りしていこう。
ほんの軽い気持ちだったんです。道端に車を停め、鳥居をくぐりました。
そのとき、参道がものすごく長く感じたんです。
はてしなくどこまでも続く玉砂利の道・・・でも、そんはずはなく、
十数m歩くと拝殿に出ました。扉は開いていて、火のついた
ロウソクが立ち並び、周囲はきれいに掃き清められていました。
ああ、小さいとこだけど、よくお世話されている。そのときに思いました。
中途半端な午後の時間だったせいか、私の他に参拝者はおらず、
いつもどおりにお賽銭を投げ、鈴を鳴らしてお参りをしました。
そのとき、ハッカのような匂いを感じたんです。
社殿の横に小さな社務所があり、窓はカーテンがしめられてて、

中に人がいるかどうかはわかりませんでした。窓から出ている
棚の上に、これも小さな、古びたおみくじの箱がありました。
機械式ではなく、木箱に手を入れて自分でひく形のものでした。
それまで、お参りしてもおみくじを引いたことはなかったんです。
吉とか凶とか、そういう言葉を見たくなかったんだと思います。
私の身に起きたことが、まさに大凶でしたから。でも、そのときだけは、
ふっと引いてみたい気持ちになったんです。お金をどうすればいいか
わからなかったので、百円玉をその箱に入れ、小さな穴から
手を差し込んで紙のくじを一枚引き出しました。すると、やや薄暗く
なっていた境内が急に明るくなった気がしたんです。あと、
さっきも感じた強いハッカの匂い。自分の手の中が光っていました。

私が引き出したのは5cm四方くらいの四角いもので、硬い質感があり、
驚いたことに表面で虹が渦をまいていたんです。あの、水面に
油を垂らすと虹色に光りますよね。あれがさらに鮮やかになった感じで、
小さなものなのに強い光を放っていました。何だろうこれ、
いったいどうすればいいのか、わからなかったので、
社務所の窓を叩きました。すると、少したって「は~い」という
若い女性の声が聞こえ、カーテンが開いて、まだ20歳前に見える
娘さんが窓を開けました。「どうしました?」
私が黙ってくじを差し出すと、虹の光が娘さんの顔を照らし、
娘さんは「あっ!」と大きな声を上げてから、「ちょっとお待ち下さい」
そう言って引っ込み、社務所の後ろから出てきました。

驚いたのは、中学生と思える制服を着ていたことです。
「あの、それね、産土様の招待券です。父から話は聞いてましたが、
 始めて見ました」娘さんは黒目がちの瞳を丸くして私の手のくじを見つめ、
それからスマホを出して「今、父に、あの、宮司に連絡いたしますから、
 少しお待ち下さい」私はせまい社務所に通され、丸イスに座らされました。
娘さんはスマホを切り、魔法瓶のお茶を出してくれたんです。
「これ、何ですか?」 「もうすぐ宮司がここに来て説明いたします」
10分もたたないうちに、やや装束が乱れた感じの神主さんがやってこられ、
やはり娘さんの父親のようでした。宮司さんは簡単に自己紹介し、
「いやあ、これを見たのは私が修行時代のことだから、もう20年も前です」
それから説明が始まりました。「これはね、産土神の当たりくじと言えば

 わかりやすいでしょうか。産土神はご存知ですか」 「すみません不勉強で」
「あのね、神道では、あらゆる生命、人間だけではなく動物や草木も、
 生きていることにおいて変わりはありません。そして、もし地上で
 亡くなったとしても、生命は消えてなくなるわけでもありません。
 もとは〇〇という名前の人間だった、もとは鹿だった、檜の木だった、
 そういう個性は失われてしまいますが、生命の素と言えばいいのか、
 それは一つに戻るんです。そして集合したものが産土の神。
 おわかりでしょうか」 こう言われたものの、そのときはまったく
理解できていませんでした。これに続けて、宮司さんは意外なことを
言われたんです。「今年の大晦日の日に時間をとれますでしょうか」
「ええ・・たぶん大丈夫だと思いますが」  「でしたらね、娘と、

 あ、いや、当社の巫女職といっしょに旅行していただけませんか。
 遠いところではありません。この県の一の宮の〇〇神社。すべて費用は
 こちらで出させていただきます」わけがわかりませんでした。ですが、
〇〇神社には前にもお参りしましたし、車で2時間程度の距離、日帰りで
戻ってこれます。「どういうことなんですか」 「いや、夜にかかるので
 一泊してもらわないといけません。すべて娘に話しておきますし、案内も娘に
 させます」ということで、大晦日の夕刻に、その神社の前で待ち合わせを
しました。驚いたことに、娘さんは前の中学校の制服ではなく、赤い袴の
巫女さんの姿をしていたんです。娘さんは照れた様子で「へへ、これ着たの
 今回で2回め」などと言いながら車に乗り、産土神の話をしてくれました。
「お父さんが言うには、虹色のくじは産土神を見ることができる切符みたいな

 もので、私はそこに案内するお役目なの。くじは持ってきてますよね」
はい、くじは紙に包んでバッグに入れてありましたが、光は消えず、
ますます強くなっているように思えました。一の宮がある市に着き、
ホテルにチェックインしました。宮司さんが予約してくれていたところです。
娘さんは水筒を出してお茶を飲み始め、「眠っちゃいけないから」と言いました。
それから学校のことなどいろんな話をし、2人で午前5時過ぎにホテルを
出たんです。フロントに話は通じているようでした。歩いて一の宮の神社までは
10分程度、もう年が明けていて、早い時間の初詣客がかなりの数、
道を歩いてました。中には、巫女さん姿の娘さんをスマホで撮影する人までいて、
「すみません、やめてください!」娘さんが恥ずかしそうな声で制していました。
「お参りはしません。ものすごく混雑するので何時間もかかって

 夜が明けてしまいますから」娘さんはそう言い、社殿の杜を回る形で歩いて、
山裾に出ました。川にかかるそう大きくない橋があり、
そこに何十人かの人が集まっていたんです。神主さん、娘さんと同じような
巫女さん姿もちらほら見えました。「ああ、よかった。この場所で
 間違ってない。もうすぐ初日が昇るから、くじを出しておいてください」
そう言われ、バッグからくじを取り出すと、まわりにいる一般の人たちも
それぞれにくじを出していました。「もうすぐです」やがて、
川の上流が明るくなり、でも、初日は山の陰になって見えませんでした。
そのかわりというか、手に持っていたくじの虹の光が増し、
それは他の人のものも同じようでした。ハッカの匂いがまた強くなり、
ふっ、という感触があって虹の光がくじから離れました。

他の人のも同じでした。光は端の上空に昇り、いくつも集まって一つの
虹の柱になったんです。「あれは」 「産土神の一部です」
柱は回転しているようで、周囲に七色の光をふりまき、しばらく伸び縮み
していましたが、急に綱のように細く伸び、ものすごい速さで天に向かって
消えていったんです。「大もとの産土様のところへお帰りになられました」
感動したような声で娘さんが言いました。その頃にはすっかり夜が明けていました。
橋の上に集まっていた人たちは、小声で何か話したり、あるいは押し黙って、
三々五々に散っていきました。その帰り道で「迷っていたんですが、父の跡をついで
 神職になる勉強をする気持ちが強くなりました。ありがとうございます」あらたまった
口調で娘さんが礼をしました。私は手の中に残っているくじを見ました。光は消え、
ただの和紙に戻ってましたが、開いてみると中に「四方平らか」と書かれていたんです。






死に婆の話

2019.12.25 (Wed)
じゃあ話していきます。口下手なもんで、何かわからないとこが
あったら、途中でも質問してください。・・・あれはもう40年以上も
前のことになります。私が中学1年のときでした。
6月でしたね。中学に入学して最初の定期テスト、1学期の
中間テストのとき。時間も覚えてます。午後になって最初の科目、
理科のときでした。ほら、最初のテストだからあんまり範囲が
広くないんですよ。だから問題解き終わって、20分くらい時間が
あまってたんです。テスト用紙に落書きなんかしちゃいけないし、
もちろん寝たりもできないし、ぼんやりと窓の外を見てました。
1年の教室は3階でした。でほら、テストのときって、
カンニングができないように、他の列と机離すじゃないですか。

私の机はいちばん窓側で、板壁にびったりくっつけてたんです。
手を伸ばせばサッシにさわれるくらい。窓は開けてなかったです。
まだ暑い時期じゃなかったし、用紙が風で飛ばないように。
でね、当時の中学校の建物はまだ新しくって、外壁に
装飾っていうか、それともパイプとか通ってるのかわからないけど、
下から上までずっと続くでっぱりがあったんです。
幅が40cmくらいかなあ。そこにちらっと動くものが見えて。
何だろ、と思ってよく見たら、人間だったんです。
女の人で、かなり年上に見えました。中学生からしたらお婆さんって
感じに。その婆さんが、両手両足で でっぱりをはさんで
校舎の外壁を登ってる。いや、さすがにありえないと思いましたよ。

でも、現実に目にしてるわけだし。はい? ああ、その婆さん、
まだ窓より2mくらい下にいて、顔もはっきり見ました。
髪は白髪交じりで、今考えるとパーマかけてたと思います。
顔にはかなりしわがあった印象があります。え、着てるもの?
着物だったと思います、灰色っぽい。え、透けたりしてなかった
かって?いや、そうは見えませんでした。普通の人間と同じ。
それでね、婆さん、表情が必死だったんですよ。あんなとこ普通は
登れませんからね。ずり落ちていかないように全身に力を込めて、
少しずつ校舎を登ってくる。いや、どうしようかって思いました。
監督に来てる先生に知らせればいいのかどうか。
そのあたりもよくわかんなかったんですけど、ほら、テストのときって、

問題にわからないとこがあったり、消しゴムを落としたとかでも、
自分で拾わないで、手を上げて先生に拾ってもらうじゃないですか。
そうしようかと思ったんです。でね、もう一度婆さんを見たら、
婆さんも下から私のほうを見上げてる。完全に目が合ってしまったんです。
あ、婆さん、俺が見てることに気がついた。それと、その目がね、
すごい憎しみがこもったような感じで。で、思い切って手を上げたんです。
先生は何か書類を書いてたけど、ややあって私に気づいて、
机の近くまで来て小声で、「どうした?」って聞いたんです。
私それで、窓の外、婆さんのほうを指差したんですよ。先生は、
「え、外に何かあるのか?」とまた聞いて、俺の指の先のほうを見てるのに
驚いてなかったから、そのときに、もしかして婆さんが見えてないのか

って考えたんです。それでたしか小さい声で「お婆さんが」みたいなことを
言ったと思います。けど、先生はまったく意味がわかってなくて、
「具合が悪いのか? あともう少しでテスト時間が終わるけど、保健室に
 行くか?」そう聞いてきました。で、私、「大丈夫です」って答えて、
先生は教卓のほうに戻ってちゃったんです。その間に、婆さんはかなり登ってて、
教室の窓に手がかかるくらいのとこまで来てました。そこの教室はベランダとか
なかったから、せまい窓枠に立って、サッシにびったりと顔をくっつけて・・・
それでも、私以外に窓のほうを見てる生徒はいなかったんです。もうほとんどの
生徒はテストは書き終わってたと思いますけど。婆さんはあれほど必死に登って
きたのに私を見てにかっと笑い、そのままの姿でふーっつと窓をすり抜けて・・・
ええ、窓枠は腰くらいの高さなんで、婆さんは宙に浮いてたってことです。

そこで、これは人間でない化け物なんだ、じゃなきゃ私が幻覚を見てる、
そう考えるしかなかったです。そのときに、もし婆さんが私のほうに
向かってきたら、たぶん席を立って逃げ出してたと思います。
ところが、婆さんは立った姿勢のまま、ツーっと滑るように動いて、
前のほうの席の山根って男子の頭を片手でさわったんです。
それから後ろに向かい、佐藤、小橋って生徒の頭も。つまり男子3人の
頭に手を触れ、やっぱ通り抜けるようにして廊下側の窓から
出ていきました。呆然としてると、チャイムが鳴って、その時間は終わり。
テストが回収された後、先生が私の名前を呼んで、
「さっきからどうした? 具合が悪いなら無理するなよ」って言ってきて。
やっぱ見えてなかったってわかったんで、「大丈夫です」としか

言えなかったです。その休み時間に女子の生徒が一人、私のとこに
来たんです。小学校が違う、それまで話したことがない子でした。
その子は三村っていうんですが、私に「さっきお婆さんいましたよね」
って言ってきたんです。「あ、見えてた?」 「浮いてましたよね」
「ああ、浮いてて、頭さわって出ていった」 「あれ、何ですか?」
「わからない、妖怪かなあ」こんな会話をしたと覚えてます。
すぐに6時間目が始まったんで、それだけでした。で、その後ね、
しばらくの間 窓の外が気になってたんですけど、見たのはそれが
最初で最後でした。三村さんともその話はしなかったです。で、
さっきね、山根、佐藤、小橋って3人の頭をさわったって言ったでしょ。
私が2年になったとき、山根が亡くなったんです、交通事故で。

違うクラスになってたので詳細はわからないんですが、部活の帰りに
自転車でトラックに接触したってことでした。ひっかけられた程度で、
そんときはたいしたことがないと思って家に帰ったのが、倒れたとき
地面に頭を打ってたんですね。2日後に脳内出血で手術したけどダメで。
でね、その後のことはわからないんです。私、3年生の1学期、父親の
都合でかなり離れた県に転校したんです。それからは連絡もとってないし、
そこの県に戻ることはなかったし。それが、今年のお盆前です。約30年ぶりに
その中学校の同級会の通知が来たんです。私はその後、何度も住所を
変わってるんで、よく所在がつかめたなと思いました。それとね、
ふつう同級会って言ったら、中3のときのクラスですよね。それが中1の、
婆さんを見たときのやつら。で、はがきの幹事代表名が三村って女性名に

なってたんです。珍しいでしょ。あの三村さんだってことはわかったし、
テスト中のときのことも思い出しました。でも、クラス委員とかでも
なかったし、旧姓で出してるのか、それともまだ独身なのか。時間は
あったのでともかく行ってみることにし、30年ぶりでその市を訪れました。
会場は駅前の居酒屋で気のおけないところ。当時の担任は来ておらず、
クラス40人中で出席は20名に欠けるくらい。
みな、何で今ごろ中1の同級会をやるのかって言い合ってました。
でも、それなりに盛り上がったんですよ。1次会のなかばで、三村さんが
私にとこに来て、「テストのときにお婆さんを見たの覚えてる?」と聞いたので、
「ああ、もちろん」と答えると、「私ね、最近になって何度か顔、整形してるの。

 だんだんあのときのお婆さんに似てくる気がして怖くて。」って。でもまだ
40代だし、あのときのお婆さんはもっとずっと上、70歳過ぎてたと思います。
ただね、そう言われてみると似ているような気もしたんです。でも、
そんなはずはないですよね。なんで三村さんが婆さんになって、
中学生の自分の前に現れるのか、わけがわからない。だから、
「気のせいじゃないかな。似てないですよ」と言っておいたんですが・・・
それから、婆さんがどうして私ら2人だけにしか見えなかったのか話したけど、
結論なんて出しようがありません。それと、頭をさわられてた佐藤と小橋ね。
出席してなくて、誰も話題に出さなかったんだけど、聞いたら、20歳過ぎてすぐ、
ありえないような事故で2人とも頭部をケガして亡くなってたんです・・・






食う場所の話

2019.12.10 (Tue)
これは、当ブログの話にたびたび登場していただいているKさん
から聞いた話です。初めて読まれる方のためにいちおうご紹介すると、
50代の実業家で、自分(bigbossman)よりずっと年上です。
貸しビル業、飲食業なんかを営んでて、年収はおそらく数億。
また、Kさんは霊能者でもあり、全国各地をオカルト事件解決の
ために飛び回ってますが、交通費などを含めて謝礼を受けたことは
いっさいありません。すべてボランティアなんです。
いつものように、大阪市内のホテルのバーで話を伺いました。
「Kさん、最近ずっと大阪にいなかったですよね。どこに行ってたんです?」
「ああ、ちょっと難しい案件があってな、あちこち飛び歩いてた」
「例によってオカルトなことですよね」 「ああ」

「ぜひ話をお聞かせください」 「案件はまだ途中だからオチはないし、
 今、話しても消化不良になると思うが」 「ぜひぜひ」
「じゃあ。お前、ブログの怪談で、人がいなくなる話をけっこう
 書いてるよな」 「そうですね、多いと思います」
「人がいなくなることを一言で何という?」 「うーん、失踪とか」
「失踪でもいいが、それだと自分の意志でいなくなったって
 ニュアンスも含まれてるな」 「ああ、そうですね、じゃあ行方不明」
「うん、それでもいいが、この世から完全に消え去って、しかも
 その人物についての記憶、あるいは生活していた証拠。
 そういった類のものがすべてなくなってしまう、ということだったら」
「うーん、消滅になるでしょうか。たしかにねえ、
 
 その手の話も書いてますよ。けど、完全消滅して、この世にいた痕跡が
 一つもない、誰の記憶にも残ってないってことなら、そもそも
 話にならないんじゃないですかね。わかりようがないから」
「そうだな。例えば、自分には弟がいたような気がするけど、あったはずの
 勉強部屋も弟の持ち物も何もない。家族も弟なんていないと言う。
 学校へ行っても先生方も知らないし、弟のクラスには机もない。
 そういう場合、そもそも自分には弟がいたという記憶のほうが
 何かの間違いだというのが普通だろ」 「そうです。それでもまだ、
 記憶が残ってる人物が一人でもいればいいんですが、もし覚えてる人が
 誰もいなけりゃ、始めからいないのとまったく変わりないってことですよね」
「ある人物が完全にこの世界から消滅する、もしそういったことがあるとして、

 bigbossman、その原因は何だと思う?」 「・・・そうですね、
 まず一つ目は神の介入でしょうか。神というと誤解を招くので、
 運命と言ってもいいかもしれません。例えば、自分は原稿書きですが、
 文章に ある言葉を使って、これはダメと思って消したとします。
 そうすると出来上がった文章にその言葉はないし、消したことを覚えてるのも
 自分だけですよね。その文章がこの世界だとすれば、自分にあたるのが神・・・」
「ああ、面白い例えだな。けど、コンピュータの履歴には、その消した
 一連の動作が残ってるだろ」 「そうですね」 「他には?」 
「平行世界でしょうか。平行世界がもしあるとするなら、その数は無限大という
 説もありますよね。とすれば、最初から自分の弟がこの世に生まれなかった
 世界もあるわけで、そっちと何らかの形で世界が入れ替わったとか」

「うん、それも可能性としてはあるわな」 「具体的にどういう事件なのか
 話してくださいよ、このままじゃブログの読者は読むのやめちゃいます」
「ある青年から話を聞いたんだよ、場所は言えない。古い家柄の人でな、
 結婚が決まって、檀家になってる寺に報告に行った。そのときに、
 住職に家系図を出してもらったんだな。青年の家では、家系図を
 過去帳とともにお寺に保管してもらってるんだ」 「うわ、もとお公家さん、
 お殿様とかですね」 「そう。青年は家系図を見るのはその時初めて
 だったが、自分の横にもう一つ名前があったんだ。両親の間の子ども
 だから、彼にとっては弟になる。けど、彼は生まれたときからずっと
 一人っ子なんだよ」 「うーん、で、両親はその名前に心あたりがないんでしょ。
 それを書いたのは誰です?」 「寺の先代の住職だが、もう亡くなってる」

「へええ、わくわくする話ですね」 「もちろん親戚にもその名前を知ってる
 者は誰もいない。役所にある戸籍には当然ながら名前はない」
「プログラムのバグみたいですね」 「でな、その青年とは表の仕事の
 ほうの知り合いで、ある会合の後に世間話みたいな形で聞いたんだ。
 その青年のほうでも、何か実害があるわけでもないし、話のネタとして
 出しただけで、正式な調査依頼じゃない」 「でもKさんは興味を持った、と」
「まあな、だが、手がかりは何もない。bossman、お前ならどうする?」
「・・・わかりません」 「まあ、お前は霊能者なんて うさん臭いと考えてる
 みたいだが、俺には知り合いがたくさんいてな、日本でおもだった人は
 だいたい懇意にしてる」 「知ってます」 「俺の専門はお祓いで、
 霊視はほとんどできないんだ。最近、サイコメトラーっていうのが
 
 流行ってるのは知ってるな」 「マンガがありますね」
「その手の、物に残っている情報を読み取る力を持っている人のところに、
 借り出した家系図を持っていって見せた」 「それで?」
「そしたら、系図のその部分に手をあてて目を閉じ、しばらく霊視を行って
 いたが、心臓の鼓動が聞こえる、と言うんだな」 「ドキン、ドキンという?」
「そう、それと、ものすごい空腹感」 「うーん、餓鬼関係の何かなんで
 しょうか」 「俺も最初そう思ったが、違ってた。そのサイコメトラーは
 目を開けて、かすかに家のようなものが視えるって言うんだ。
 で、期待はしないでもらいたいが、少しこちらで調べてみるとも。
 こんな雲をつかむような話で手間をとらせるのは申しわけないんで、
 けっこうな額の謝礼を置いてきた。それがよくなかった」

「どういうことです?」 「2ヶ月ほどして、その人亡くなったんだよ。
 ある田舎の駅のベンチに座ったまま事切れてるのを駅員が見つけた」
「う」 「でな、死の間際に俺にメールを出してたんだよ。それにはたった
 一言だけ、食う場所 ってあった」 「で?」 「死因は心不全。
 葬儀に参列したら、奥さんから封筒に入ったメモリーカードを渡された。
 亡くなったときに持ってたもんで、表に走り書きで俺の名前が書いてあった」
「で?」 「カードには画像データが4つだけ。一枚目は、丘の上の旧家を
 下から仰いで撮ったもの。次がその家の門の画像。朽ち果てて、長い間
 人が住んでないのがわかった。3つ目が家の中だ。襖が開け放たれた
 日本間が5つも6つも並んでる。昔の庄屋屋敷だと思った」
「で?」 「最後が一室の襖を外から撮ったもの。赤黒い無地の襖で、
 
 これは想像だが、サイコメトラーはその襖、開けてない」 「それでも
 亡くなってしまった。・・・Kさんのことだから、その画像の家、特定した
 んでしょ」 「ああ、これも場所は言えないが、山間部にある廃村だった。
 その村の最後の一家がいなくなったのは昭和30年代の終り、もう60年
 ちかい昔だ。その後は朽ち果てていくままで、再開発にもかかってない。
 そこの県では積極的にかかわろうとしてないんだな。戸数は80ほどで、
 画像にあったのは、やはり昔の庄屋屋敷で、その家の血筋は絶えている」
「サイコメトラーは家の中には入ったんですね」 「・・・俺の責任だよ。
 だから俺も行くことにした。それが2週間ばかり前の話」 
「うわあ、よく生きて出てこられましたね。もう最凶と言っていいところでしょ」
「ああ、だから、考えられるかぎりの霊的な護りを実行した」

「お一人で行ったんですよね」 「もちろん、他人を巻き込むことはできない。
 車で行ったんだが、その廃村に入ると とにかく蔦がすごかった。
 あらゆるところが蔦で覆われて。あと、道の途中で舗装が切れてた。
 問題の家はすぐにわかった。集落を見下ろせる丘の上にあったから」
「で?」 「坂はとても車で入れないんで、歩いて登って門の前に立った。
 門も家の玄関も開け放たれてたよ。まるで口を開いてるみたいに」
「うう」 「中に一歩入った途端、くらっとめまいがした。視界がゆがむような
 感じも。それとその家にあるもの、それが腹が減っていると感じた」 「で?」
「中はホコリが積もっていたが、その上を踏んだ足跡がかなりの数あった。
 足跡は重なってて、さまざまな時代のものが交錯してたな」
「で?」 「ドギンという音が頭の中に響いた。俺の心臓じゃない。

 おそらくはその家にあるものだ。目覚めさせてしまったと思った。
 だいたい旧家の構造はわかってるんで、急いで仏間を探したんだよ」
「ありましたか?」 「ああ、意外なことに、その家の中央部だった。襖はあの画像と
 同じもので、全部閉まってた」 「で?」 「開けた。中は真っ暗でな。
 どこからも光が入らないので当然だが、床が何かで埋まってるように見えた。
 懐中電灯で照らすと、全部が位牌だった。腰くらいの高さのある立派なもの。
 12畳ほどの床がすべて位牌」 「で?」 「そのときにまたドギンという音を全身に
 感じた。もういられないと思って逃げたよ。・・・今、複数の神社に通ってお祓いを
 受けてる。あの位牌の中に俺も入るのはご免だ。おそらく家系図の名前の人物も、
 いつの時点かに、理由はわからんがあそこに入り、喰われて存在そのものが消えた。
 ・・・そこの県の上層部に話を通して、廃村の処置を考えてもらうつもりだよ」