古本屋のバイトの話

2018.01.31 (Wed)
俺、大学生ですけど、去年の夏休みに短期間、古本屋のバイトをやったんですよ。
といっても、雇い主は親戚のオジサンなんですけどね。
2週間、どうしても外国へ行かなきゃならない用事があるから、
その間だけ店を見てくれって、俺の親父を通じて話が来たんです、
バイト料は30万、これって破格でしょ。1日あたり2万以上って計算になります。
ただ、住み込みで頼むって言われたので、ずっと店にいなくちゃなんなかったです。
オジサンの店は都内でも郊外のほうにあって、築70年にもなる古びた建物でした。
電車を乗り継いで訪ねていくと、珍しくスーツを着たオジサンが待ってて、
「いや、久しぶり。大きくなったな。せっかくの夏休みのところ悪いんだが、
 シリアで貴重な本が発見されたんで、買い付けにいかなくちゃならん。
 向こうでやるオークションに参加するんだ」

「親父に言われてきたんですけど、俺、店番しかできませんよ。
 本のことはまるでわからないんで、買い取りなんてできないです」
「それはいいんだ。本を売るお客さんが来たら、店主は不在だからできません、
 って言ってくれればいい。それに、ここは特殊なものをあつかう店だから、
 本を売るほうのお客さんはまず来ない」
ええ、オジサンの店はマンガや文庫本なんかは置いてなかったんです。
神道に関する分厚い専門書がほとんどで、あとは古文書っていうんですか。
俺なんかには読めない字で書かれた和綴じの本が、
鍵のかかるガラスのケースに数十冊、陳列されてました。
オジサンは「じつは買うほうの客もめったに来ないだろうと思う。
 うちは一般の本は置いてないし、特別な本は、集めてる人の間で、

 どこそこの店に入ったって情報がすぐに回るから」こんなことを言い、
続けて「あとな、住み込みのほうだが、奥の部屋の押し入れに布団が入ってるから、
 それを出して寝てくれ。食いもんは台所の冷蔵庫に大量に買ってあるが、
 自分で弁当を買ってきたりしてもかまわんし。ただ店は、朝の8時から夕方5時まで
 開いててくれ。それから夜もずっと店に詰めててくれな。
 それと、これは大事なことなんだが、赤い着物を着たお客さんがもし来たら、
 必ず携帯に連絡を入れくれ」それで、オジサンと携帯の番号を交換しました。
あと、この他にも細かい指示をいろいろ受けました。
オジサンは、俺に店の鍵と前金の10万円を渡し、空港に向かったんです。
で、翌日、朝の7時半に店に着いて鍵を開けました。一歩中に入ると、
古い本の臭いでむせそうになりました。

なんていうかな、古い紙とホコリの臭いですよ。
前の日に来たときはそれほどでもなかったんですが、そのときは強く感じました。
カーテンを開けて電気をつけ、店の奥のカウンターに座りました。
それからは・・・退屈との闘いでしたね。
なにしろお客さんなんて来ないんです。ただひらすら座ってるだけ。
奥の部屋にはテレビはありましたが、8時から5時までは店にいなくちゃなんないし、
読書しようと思っても、店の中には俺が読めそうな本なんてなかったんです。
そんな具合で、午前中はお客さんは一人もなし。午後になって、
大学の教授みたいな雰囲気の男性が1人来て、3冊揃いの全集を買っていきました。
はい、値段は裏表紙のところに貼った紙に書いてました。
それが40万円だったんですよ。ああ、こういう商売なら、

俺に30万円のバイト料を払っても割に合うんだろうなって思いました。
結局、その日のお客さんはそれだけだったんです。
5時になったんで店の鍵を閉めてカーテンをひき、奥の部屋に入りました。
冷蔵庫から大量に入ってる缶ビールを3本出し、それ飲みながら、
昼に買ってきた弁当を食ってテレビを見て10時ころに寝ました。
でね、いつもはそんなに早寝することはないんで、夜中に目を覚ましたんです。
時計を見たら2時過ぎで、もう一本ビールを飲んで寝なおそうと思って
取りに起きたら、店のほうでパチン、パチンって音がしたんです。
うーん、プラスチックの下敷きに輪ゴムを弾くような音です。
気になったんで店に下りてったら、稀覯本を入れてあるガラスケースの中が、
ぼうっと光ってたんです。黄色い柔らかな光でしたね。

で、近寄って見ると、ケースの中に開いて展示してある本の一冊が、
ひとりでにページがめくれてたんです。不思議な光景でしたよ。
柔らかい和紙の本なのに、ページが開くたびにパチン、パチンって乾いた音がして、
その本から、じわっとにじみ出すようにして光が出てたんです。
いや、怖くはなかったです。前もってオジサンから言われてたんです。
「ここにある本はみな古いものだし、内容も古神道の秘密を書いたものが多い。
 だから店に泊まり込んでいる間に不思議なこともあるかもしれない。
 でも、古い本はそういうもんだから、気にしなくていい」って。
でね、なんか魅了されたようになって、10分ほどもそれを見てたんです。
そしたら、挿絵の入ってるところでページがめくれるのが止まって、
絵に描かれてる神主のような人物が、本からむくっと起き上がったんです。

これはさすがに驚きました。その身長10cmに満たない神主は、
ガラスケースの本の上で俺のほうに向いて正座すると、深々とお辞儀をしたんです。
俺もあわててお辞儀を返しました。そしたらそこで本から出てた光が消え、
店の中が真っ暗になったんで、俺は奥の部屋に戻ったんです。
不思議なことは他にもありましたよ。夜中に店の中が青白くチカチカ光ってたんで、
行ってみると、そこらじゅうで字が乱舞してたんです。ええ、変体仮名っていうんですか、
俺の読めない字が何百、何千も、青く光りながら飛び回っていたんです。
あと、本の間から朗々とした祝詞が聞こえてくることもありましたね。
そんな具合で毎日が過ぎていきました。お客さんはずっと1日数人程度で、
トラブルが起きたりはなかったんですけど・・・
もうあと2日でバイトの期間が終わるって日の午後ですね。

ぼうっと店番をしてると、いつの間にか、すぐ近くに女の人が立ってたんです。
表の引き戸が開く音なんてしなかったのにです。
血の色を連想させる鮮やかな赤の着物を着てました。ええ、それが、
すぐ近くで見たはずなのに、顔を覚えてないんですよ。
日本髪だったことしか記憶がないです。その女の人は俺に向かって、
「○○△△の本がこちらにあると聞いたのですが、ゆずっていただけませぬか」
こんな内容のことを言いました。いや、難しい名前の本だったんで覚えてないです。
でね、あ、これがオジサンに注意されてた赤い着物の女かって気がつきました。
それで「ちょっとお待ち下さい」って言って奥に引っ込んで、
オジサンの携帯に連絡したんです。長い呼び出しの後にオジサンが出たんで、
「赤い着物の女が来て本を売ってくれって言ってます。どうすればいいですか」

って聞きました。オジサンは「・・・そうか、また来たか。じゃあな、
 奥の部屋の神棚に桐の箱が上がってるから、それを女に渡せ。
 たぶんそれで帰るはずだ」神棚に行ってみると、平べったい大きな箱があり、
 持つとかなりの重さだったんです。それを店に持っていき、女の人に、
「店主がこれをお渡ししろと申してます」と差し出しました。
女の人は、カウンターの上で箱にかかった紐をほどいて蓋を開け、
そしたら中から大きな鏡が出てきました。あのほら、古墳時代にあるような昔の鏡です。
ただ、錆びたりはしてなくて金色に輝いてました。女の人は「これはなんと?」
と言いながら両手で鏡を持ち上げ、自分の顔を写すように掲げて・・・
「ギャオ~~~~~~~ッ」て吠えたんです。吠えるとしか言いようがない声でした。
その瞬間、ドロっと女の姿が溶けました。赤黒い泥になってしたたり落ちるみたいに。

で、持ってた鏡が床に落ちてバリンって砕けたんですよ。
俺は呆然としてましたが、まだ携帯はつながってたんでオジサンに報告すると、
「ああ、そうか撃退できたか。よかった。もうすぐ日本に戻るからよろしく頼む」
それから変わったことはなく、オジサンはかなり日に焼けて戻ってきました。
店の鍵を返して、残りのバイト料の20万をもらったんです。
「ご苦労だったね。客は少なかったろうが、いろいろあっただろう」
こう言われたんで「あの赤い着物の女は何だったんですか」と聞き返しました。
「あれは・・・まあ、本のコレクターだな。危険な本というのはけっこうたくさんあって、
 それが何冊か揃うと、日本に災いが起きたりもするんだ。今回は鏡一枚で済んだが、
 もう通用しないだろうから、別の手を考えないといかんな」 まあこんな話なんです。
いや、世の中には不思議な世界があるもんだと思いましたよ。







 


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幸運の壺の話

2018.01.24 (Wed)
大学の経済学部の3年生です。これ、オレの話じゃなくて、
友人の山口ってやつに起きた出来事なんですよ。まあ、聞いてください。
それでね、もう大学も3年目になるんですけど、オレ、あんまカッコよくないでしょ。
うちの大学は女子学生もけっこういるのに、全然モテないんですよ。
いつまでたっても彼女ができなくて。いやまあ、それはいいんですけどね。
で、友人の山口も同んなじで、すごい背が低くてやっぱモテない。
だからしょうがなく、いつも2人でつるんで行動してました。
ゲームやったり、酒飲んだりですね。いや、金もないんですよ。
だから店に行くなんてこともなくて、お互いの部屋を行き来して焼酎を飲むとかです。
そんな感じで、2週間ほど前、オレが夜に山口のアパートに行ったんですよ。
そしたらドアを開けてすぐの靴だなの上に、見慣れない金ピカの壺があったんです。

そうですね、高さが40cmくらいですかね。
陶器じゃなく金属製でした。それがすごい安っぽい光を放ってまして、
趣味の悪いしろものだったんです。山口は床に寝っ転がってポテチ食ってましたから、
「お前、何だよこの壺」って聞いたんです。そしたら、
「ああ、それ、こないだ朝市いったら骨董屋が店出してて、そこで買った」って。
朝市ってのは、オレらのいる地区の運動公園にテント張って定期的に開かれてるやつで、
野菜なんかが安いんで、オレも山口もよく利用してたんですが、
ときどき骨董屋や古本屋が出たりもしてたんです。
「えー、お前、こんなの見るからにニセモノじゃないか。バッカじゃねえか。
 いくら払ったんだよ?」まあ当然、そう聞きますよね。
山口はニヤニヤ笑って「それがなあ、いくらだと思う?」

「知らんよ」 「1円だよ、1円。しかも、この壺を買ったら箱いっぱいの野菜、
 大根とかジャガイモをただでくれるって言われたんだ」
こりゃ聞き捨てならんと思いました。そんなだったらオレも買いたいし。
「へええ、そりゃすげえ。どんな人が店出してたんだ?」
「それがな、今まで見たことない、なんか品のある爺さんだったな。黒のスーツ着て、
 白いヒゲを伸ばした」 「ふーん」
「そこの店の前を通りかかったら呼び止められて、兄さん、
 1円でいいからこの壺変わんかね、野菜たくさんつけるからって言われて」
「それも妙な話だなあ」でね、壺を手にとってみたんです。そしたら案の定軽くて、
 ブリキかなんかだろうって思いました。山口は、
「それな、爺さんが言うには「幸運の壺」なんだそうだ。

 壺の底に少しだけ水を入れて、出入り口のとこに飾っておくと、
 次々に幸運が舞い込んでくるって」 「信じたのか?」 
「まさか、でも1円なんてタダみたいなもんじゃないか。野菜もらえるんだし」
「でもけっこう大きいし、ジャマくさいだろ。燃えないゴミに出したらどうだ」
「それがな、爺さんは、捨てるのだけは絶対にしないって約束してくれって言ったんだよ」
「それ守ってるわけか?」 「まあな、そんなジャマでもないし」
「水入れてみたのか?」 「いや、まだだ」 「じゃあオレがやってやるよ」
てことで、壺を抱えて流しに持ってって、水道の下に置いて蛇口をひねりました。
「もういいかな」持ち上げてみたら重くなってないし、のぞき込んでも水が溜まってるように
見えなかったんです。「あれ、変だな」でも、底を見ても漏れてるわけでもない。
それでね、かなりの量の水を入れたと思うんですけど、

やっと底に水が溜まるまで長い時間がかかりました。「変だな、これ」
で、その夜は酒飲んでテレビ見て終わりました。それから2日たった午後に、
山口と大学で会ったんです。そしたらね、ピカピカの新品の革ジャン着てたんです。
まあ似合いませんでしたけど。「お前、それすげえな、いくらしたんだよ?」
聞いたら「17万」って答えが返ってきて仰天しました。「よくそんな金が・・・」
「いや、パチンコで大勝ちしたんだよ。1日中出っぱなし。ほら、部屋に壺あったろ、
 お前が水入れたやつ。爺さんに言われてたんだ。壺の中に片手を入れて、
 何回も握るような動作をすると、幸運が舞い込んでくるって。
 だからパチンコ行く前にそれやってみたんだ」 「・・・いや、たまたまだろ」
「まあそうだと思うが、これからもやってみるよ。あれで勝てるんならいくらでもやる」
でね、山口のやつ、それからずっとパチンコ勝ち続けたんですよ。

部屋に行くたびに物が増えてました。オーディオセットとか、コーヒーメイカーとか、
あと服も。さすがにね、ちょっとは幸運の壺の話も信じたくなりますよね。
だから、オレにも壺に手を入れるのやらしてくれないかって言ったんです。そしたら、
「いいけど、オレ以外のやつは効果ないかも。壺売った爺さんが言ってたんだよ。
 あなたは1円のお金を払ったから幸運がきますけど、他の人にはダメですからって」
でもね、強引にやらせてもらいました。で、壺に手を入れたときにゾクッとしたんです。
うーん、冷たいっていうか、あの感覚はなんなのか。変なたとえですけど、
孤独の宇宙に手を突っ込んだ、そんな感じがしたんです。あ、パチンコはダメでした。
大負けしました。でね、「宝くじ買ってみたらどうだ?」って言ったんです。
「当たったらオレにも分けてくれよ。それならいいだろ」そしたら、
「ロト6、もう買ってある」って。で、その週の抽選で30万が当たったんです。

オレは10万分けてもらいました、で、どんどん山口は裕福になってって、
部屋まで引っ越したんです。家賃15万のツインルームに。
でね、山口は「この壺を持ってるかぎり働く必要はないから就職活動はしない。
 あとオレに必要なのは女だ。明日○○を食事に誘ってみる」って言いまして。
この○○ってのは他の学部なんだけど、ミス大学になった超美人で、
モデルとして雑誌の表紙にまでなってる子なんです。もちろんオレも山口も
1度も口なんてきいたことないですよ。高値の花もいいとこです。でねえ、
さすがにそれは無理だろうと思ったんです。だってねえ、金はともかく、
人の心じゃないですか。それがそんなに簡単に・・・
ええ、結果から言うとやっぱダメでした。山口は衆人環視の中で、
手ひどく振られたみたいでした、学内で噂になるほど。

その後山口は2日ほど大学に出てこなかったんで、心配になって部屋に行ってみました。
新しい部屋は、大学生でには絶対住めないような豪華なところで、
入っていくと、トロンとした目をして椅子に座ってましたね。で、オレの顔を見ると、
「オレが間違ってた・・・」って言うんです。「だろ、いくら壺がすげえたって、
 そんなに簡単に女なんてできないから。ましてあんな美人」
すると山口は「違う!」って叫んで「オレに女を見る目がなかったんだ。
 あんなのはちっともいい女じゃない。あんな女、
 足元にもおよばない超絶美女が近くにいたんだ」こんなふうに続けたんですよ。
「どこに?」オレが聞くと、「あの中」って、玄関近くにある壺を指差しまして。
「さっきな、壺に手を入れたら握り返された。んで驚いて手を引っ込めて
 中をのぞいたら、すげえ超超超超超美人がいたんだよ。

 話もした。でな、壺からは出られないから、あなたのほうから来てほしい、
 って言われてな。だから今から行くんだ!」そう叫んで立ち上がり、
オレの見てる前で壺に手を突っ込んだんです。・・・こっからのこと、
信じてもらえますかねえ。山口の突っ込んだ手がぐんと肩まで落ち、
頭が細くなって壺の口に吸い込まれ、体もね、まるで紙を丸めるみたいにして、
棒状になって壺の中に落ち込んだんです。驚きましたが、あわててかけ寄って、
壺の中をのぞき込んでも、黒々とした空間がありるばかりで。
直径15cmほどの壺の口に「おーい」って呼びかけてみました。
そしたらオレの声が反響して、おーい、おーい、おーい・・・
で、それが治まった後、壺の中から「うふふふ」って女の笑い声が聞こえたんですよ。
それで山口は行方不明になっちゃいました。これマズイですよね。

だって、壺に中に吸い込まれたっても、誰も信じちゃくれないじゃないですか。
それからね、壺の中に手を入れたり、耳をあてたりいろいろやっても何の反応もなし。
流しで逆さにひっくり返すと、黒い泥水が少しだけ出てきました。
でね、さんざん考えた末に、その壺を抱えて朝市に行ったんです。
もし山口が言ってた売り主の爺さんがいたら、事情を話してどうすればいいか
聞こうと思って。それで、会場をうろうろしてると、爺さんがいたんですよ。
隅のほうで野菜と骨董の店をやってました。で、オレの抱えてる壺を見るなり、
「はああ、その壺で困っておる、違うかね」って聞いてきたんで、
かいつまんで事情を話しました。すると爺さんは「うーむ、壺の中に入った。
 それは容易ならんの。しかたない、わしが壺を買い戻してもよいが。ただ、
 売った人の金でないとダメだしのう」

「は、どういうことです?」 「山口君とやらの金じゃないといかんのだよ」
でね、そのときにまだ、前に山口にもらった10万円のうち少し残ってたんです。
「あります、山口の金なら持ってますから」 「じゃ、2円で買おう」
てことで、1000円出して998円の釣りをもらい、壺を引き渡しました。爺さんは、
「また戻ってきたか、しょうがない。叱っておくから、山口君はそのうち見つかろう」
半信半疑で部屋に戻りました。それから1日おいて、山口が見つかったんです。
それが大学構内にある排水口の中ですよ。全身泥だらけでずぶ濡れ、
手に真っ黒なワラ束みたいなのを抱えて這い出してきたんだそうです。
今、入院しててまだ正気には戻りません。とりとめのないうわ言を言うばかりですが、
精神科の医師の話では、少しずつ回復はしてきているそうです。
その爺さんですか? それから1度だけ朝市には行きましたが見かけてないです。








ある小学校講師の話

2018.01.16 (Tue)
※ これはパロディというかギャグなので、真面目に読まれるとちょっと困ります。

6月の終わりのことです。病休の講師として、ある小学校に赴任したんです。
そのときのことをお話します。私は、小学校教諭の免許を持っていますが、
結婚を機に退職して、それからずっと主婦をやってたんです。
はい、夫が働かなくてもかまわないと言ってくれましたし、
夫は中学校の教諭なので、部活動を担当して帰りが遅いんです。
それでずっと家で子育てをしてたんですけど、6月に市の教育委員家から電話がきまして、
「どうしても講師がいなくて困っている学校があるから、夏休みまでの1ヶ月で
 いいからお願いできないか」って言われたんです。
それで・・・断りきれなかったんです。というのは、
その電話をかけてきた教育委員会の先生が、前にある小学校で同職していて、
たいへんにお世話になった方だったからです。

私の子どもは2人とも中学生で、どちらも部活に入っていて帰りが遅く、
仕事をしても、私のほうが先に家に戻ってこられるうだろうと思っていました。
あと、教員免許は何かのときのために更新してあったんですが、ブランクが長かったので、
子どもたちの指導には不安はありました。ただ、子育てを経験しましたので、
そういう面では、若い頃よりも子どもたちの気持ちを理解できるかな、
とも感じていたんです。委員会で形だけの面接があって採用が決まり、
市の外れのほうにある小学校を訪れました。そこで、校長先生から、
4年生のクラス担任をしてほしいと言われました。はい、校長先生は退職まぎわとみえる
柔和な方で「無理を言って来てもらって申しわけない」とひじょうに恐縮されていました。
4年生は2クラス、私のクラスは2組、児童数28人で、もう一つのクラスの
男性の担任が学年主任も兼ねていたんです。ええ、その方ともお話しました。

私の前に担任されていた先生は、4月からそのクラスを受け持ったものの5月に病休、
それで臨時講師が来たんですが、その方も1ヶ月ほどで病休されてしまったということでした。
これを聞いて、ちょっと嫌な気になりました。
もしや学級崩壊しているクラスかと思ったんです。でも、学年主任は、
「どんな子どもたちか心配かもしれないけど、ものすごく大人しくて聞き分けのいいクラスです。
 この学校の6年生より手がかからないんじゃないかな。特にクラス委員をしてる
 川上さんって女の子、これがすごくしっかりした子で、
 男子も女子もきちっとまとめてるんですよ」こんなふうにおっしゃったんです。
ですから、私の前に病休が重なったのはたまたまだと思ったんですが・・・
翌日、体育館で全校集会があって、私が校長先生に紹介され、その後に自分のクラスを率いて
退場したんです。子どもたちの印象は、とにかく整然としてるってことです。

列を乱したり私語をする子はおらず、行進のしかたもすごく立派でした。
ただ・・・そのとき、あまり立派すぎて軍隊みたいだなとも感じたんです。
列の先頭は体の小さな女の子で、髪を古風なお下げにした子でした。
その子が小さな声で「全員起立」などと声をかけると、クラス全員がイスを持って立ち上がり、
私の後についてきたんです。前日、クラスの顔写真を見ていたので、
ああ、この子が川上さんなんだなとわかりました。教室に戻って、私が自己紹介するのを、
子どもたちは気をつけの姿勢を崩さず、背筋を伸ばして聞いていました。
新しい担任で子どもたちも緊張しているのだろうと思いましたが、
それにしても、あまりに立派すぎるというか、こんな子どもたちは、
正直見たことがありませんでした。ええ、私が現職だったとき、
これほどのしつけはとてもできてはいなかったです。ですが・・・

3ヶ月の間で3人担任が変わったので、子どもたちの学習はやはり遅れていました。
ですので、さっそく授業に入りましたが、やはり初めての学校ですので、
教材備品がどこにあるかもわからず、とまどうことが多かったんです。
でも、私が困った顔をしていると、すぐに川上さんが私のところにやってきて、
「先生、マグネットはこの引き出しです。地図は社会の準備室にあります」というふうに、
にこっと笑いながら教えてくれたんです。その初日だけで、何度川上さんに「ありがとう」
を言ったか数え切れないくらいでした。数学、社会、音楽などがあったんですが、
子どもたちの授業態度もすごく立派でした。ただ、自分から積極的に手を挙げて発表する
子は少なかったです。「大人しくて手がかからない」主任の言ったとおりだと思いました。
給食が終わり、午後の1時間でその日の授業は終わりでした。
帰りの掃除を子どもたちといっしょにしましたが、

子どもたちの机の中やロッカーは一人残らず整理整頓されていました。
それで、後ろのロッカーの上、学級文庫の隣に、透明なプラスチックの飼育ケースが
あるのに気がつきました。中には土が敷いてあり、紫陽花の葉が何枚も重なっていました。
「これ何? 何か飼ってるの?」近くでほうきを使っている当番の子に聞きました。
そしたら、その子は困ったような顔をし、大きな声で「川上さ~ん!」って呼んだんです。
廊下掃除の担当だった川上さんがすぐに走って教室に入ってきて、
「先生、まだ報告してませんでした。それ、クラス全員で飼ってるカタツムリです。
 これからも飼ってもいいでしょうか?」って聞いてきたんです。
私は「ええ、かまわないですよ。生き物の観察は理科の勉強にもなるし」そう言うと、
川上さんは「わーい、よかったなお前たち!」と、それまで聞いたことがない
乱暴な調子で言い、プラケースを持ち上げて揺さぶったんです。

そのとき、紫陽花の葉がずれて、下から真っ黒なものが出てきたんです。
2匹いました。長さ10cmはあったと思います。大きな真っ黒い殻を背負った、
体も真っ黒なカタツムリでした。「え!」見た瞬間にぞくぞくっと背筋が寒くなりました。
「黒いカタツムリ!?」思わず声に出すと、川上さんは「ここらでは珍しくないんです」と、
いつもの調子に戻って答え、またプラケースに「よかったな○○○○、△△△△」と、
よく聞き取れない言葉で話しかけました。「今、なんて言ったの?」
「右にいるのが ○○○○。左が△△△△ 。この子たちの名前です」
「・・・変わった名前ねえ。何かからとってつけたの?」やはりはっきりとは聞き取れず、
そう尋ねたら、川上さんは微笑みながら「みんなでつけたんです。先生もおぼえてください」
「難しい名前で先生ちょっとおぼえられないかも。紙に書いてくれる」そしたら、
教卓から紙とマジックを取ってきて「むんぐるい ふぐるうなふ」って書いたんです。

「今、右にいるツノの先がちょっと赤いのが むんぐるい です。それと、
 葉っぱの下に隠れちゃったけど、ツノの先が少し黄色いのが ふぐるうなふ 。
 先生おぼえてくださいね。この子たちもクラスの仲間なんですから」
掃除が終わって子どもたちは帰っていきました。私は教室内で採点などをし、
5時頃に職員室に戻りました。主任はすでに局員室に来られていて、
「どうでしたか、子どもたちの印象は?」と聞かれたので、「ええ、おっしゃったように、
 とってもいい子たちでした。川上さん、すごいしっかりした子で、きつい感じじゃないのに、
 他の子がみんな言うことを聞いてました」そう言うと、
「そうでしょう、あの子の両親はこの地域の氏神神社の宮司をしていて、
 子どもだけじゃなく、子どもたちの親のほうもみなお世話になっているんですよ。
 古くからある由緒ある神社で、ほとんどの家庭が氏子になってます」

「子どもたち、教室でカタツムリを飼ってましたけど、珍しいですね。
 真っ黒で見たこともない大きさでした」そしたら、「ああ、あれ、どうやら川上さんの
 家の神社の杜に住んでる珍しい種類のものなんだそうです。なんでも県の天然記念物になるかも
 しれないってことで、地元の大学が調査に来てるみたいで」・・・
それから2週間があっという間に過ぎました。ええ、手のかかることや事件などはなかったんですが、
なかなか子どもたちとはなじめませんでした。だって、あんな小学生はいないですよ。
休み時間でも、走り回って遊ぶことも、大きな声を出すこともなく、
トイレに行く以外は席について次の時間の教科書を読んでるんですから。
そんな4年生はどこの学校にもいません。まったく子どもらしいところがなかったんです。
まあでも、もう講師の期間の半分が過ぎたし、
夏休みまであと2週間がんばろう、と思ってました。

カタツムリは、やはり気味が悪いので、なるべく見ないようにしていました。
カタツムリの世話は、放課後、川上さんが一人でやっていたんですが、あるときプラケースに、
鶏卵を入れようとしてましたので、「あら、そんなの食べるの?」って聞いてみました。
すると川上さんは「えー、先生、カタツムリは紫陽花の葉っぱを食べるって思ってるんでしょ。
 違います。紫陽花の葉は毒があって食べられません。
 ただ、この子らが落ち着くから入れてるだけです。カタツムリって、
 カルシュウムを食べないと殻がつくれないんですよ。だから雨上がりなんかに、
 塀のコンクリートが水に溶けたのを吸ってるんです。この子たちは特に食欲があるから、
 家で中身を吸い出した卵の殻をあげてるんです」そうまくし立てるように言って、
プラケースを抱えて教卓にいる私に近づいてきました。被さっていた葉が落ちて、
15cm以上に成長したカタツムリの一匹が側面にへばりついているのが見えました。

「先生、この子はどっち? この子の名前は何?」川上さんが大声で聞き、
座っている私の目の前にプラケースをつきつけたので、思わずよけてしまいました。
「ああ、ごめんなさい。まだおぼえてないの。ちゃんとおぼえるから、元に戻して!」
すると川上さんの口調が変わり「お前もか!」そう吐き捨てると、
プラケースを教室の後ろに置いて、走って出ていってしまったんです。
・・・それからさらに2週間が過ぎ、明日は修了式、私はそこで退任のあいさつをして
任期は終わりです。夏休みの前でかなり暑くなってきていました。
給食の時間のことです。私は教卓で食べていたんですが、
班ごとに机をくっつけていた子どもたちが、突然、授業時のように並び直しました。
「え、みんな、どうしたの?」子どもたちは食器を前にしたまま背筋を伸ばし、
いっせいに「いあ」と言いました。「え? え?」

前の席に座っていた川上さんが、ひときわ大きな声で「むんぐるい ふぐるうなふ」
子どもたち全員がそれに唱和しました。「むんぐるい ふぐるうなふ いあ いあ」
「むんぐるい ふぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん」
「いあ いあ」 「くとぅるう るるいえ ふたぐん」 「いあ いあ」
すると外が暗くなり、ザーッと土砂降りの雨が落ちてきたんです。
窓を閉めなきゃと、立ち上がろうとしましたが、体が動きませんでした。
教卓のイスに貼りついたようで、手も足も動かすことができなかったんです。
「むんぐるい ふぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん」
子どもたちの意味不明な呪文のような言葉はまだ続いていました。
川上さんが席から立ち上がり、後ろのプラケースを開け、
それから私のほうに近づいてきたんです。手には給食のスプーンを持ち、

その上に一匹の黒ナメクジがのっていました。殻がなくなり、スプーンから
体半分以上はみ出すほど成長していたんです。川上さんが私のそばに立って言いました。
「お前に最後のチャンスを与える。よく見ろ、そしてこれの名前を言え」
子どもとは思えない厳しい口調でした。「・・・わからない、おぼえてない」
川上さんはさも残念そうに「そうか、じゃあ飲め、これを飲めばいい」
すると、自然に私の口が開いたんです。川上さんはゆっくりと私の口に、
スプーンごと黒いナメクジを突っ込んできました。目を閉じることも声を出すのもできません。
目の前でナメクジが大きく体をくねらせました。ツノが口の中にふれるのがわかりました。
「むんぐるい ふぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん」
「いあ いあ」 「いあ いあ」 「いあ いあ」 前のほうの列しかわかりませんでしたが、
子どもたちの口の中に黒いものが蠢いていました。私はそこで気を失ってしまったんです・・・

「先生、どうしましたか? 気分が悪いんですか?」あどけない声が聞こえ、
目を開けると川上さんがそばに立っていました。「いやぁ!」叫んで立ち上がりました。
そこで教室を見回すと、子どもたちが机を給食の配列にしたまま、
黙々と食べているところでした。窓の外はカンカン照りの日差し。
「え? え?」 「先生、お疲れみたいですね。でも明日で学校終わりです」
川上さんが楽しそうな声でそう言い、自分の席に戻っていきました。
思わず自分の胃のあたりを押さえました。・・・今のは夢?
特に気分が悪いということもありませんでした。はい、翌日、修了式があり、
私は子どもたちにお別れをして花束をもらい、その学校での勤務を終えました。
学校から出るとき、クラスの中で川上さんだけが私のところに走ってきて、
「先生、ほんとうにほんとうにさようなら」一言残して去っていったんです・・・









部屋の天井の隅の話

2017.12.30 (Sat)
今晩は、よろしくお願いします。僕は大学生で、
クラシックギター同好会っていう地味なサークルに入ってるんですけど、
そこの1年下の後輩に起きた話なんです。発端はですね、
授業の空き時間にサークル室で本を読んでたら、その石塚って後輩が近づいてきて、
「先輩って、オカルトとかそういう方面に詳しいですよね?」
って聞いてきたんです。「オカルト? いや、そんなでもないけどな」
「でも、今読んでるの、超常現象の本じゃないですか」・・・たしかにそのとき、
その手のコンビニ本を読んでました。「まあ、興味はあるよ」そしたら石塚は、
「自分のアパートの部屋、ちょっと変なことがあるんで見えもらえませんか」
って言ってきて。「何がどんなふうに変なんだ?」
「それが、口ではうまく説明できないんです。見てもらえばわかりやすいんですけど」

それで、授業が終わってから石塚の部屋に行ってみたんです。
入るのは初めてでしたが、比較的新しいアパートの1階の一室でした。
「いい部屋じゃないか、しかも片付いてるし。で、どこが変なんだ?」
「あそこです。あの天井の隅っこ」指差した真下に行って見上げると、
たしかに変でした。外に面した窓がある左上の天井部分なんですが、
そこだけ三角のガラスがはまってるように見えたんですよ。
イメージできますでしょうか。「うーん、なんだこれ? ガラス?」 
「ええ、ガラスっぽいですよね」 「いつからこうなってたんだ?」 
「それがですね、この部屋に入って半年過ぎたくらいですが、
 最初はこうjではなかったと思うんですよ。気づいたのが3日前です」
「うーん・・・」 「猫がいましてね」 「猫?」 

「ええ、ノラ猫です。この窓の下をいつも通る白猫がいまして、
 餌でつったら部屋に入ってくるようになりました。
 体は触らせてもらえなかったですけど。その猫がですね、
 あの天井の隅に向かって立ち上がり、手でひっかくような
 真似をよくやってたんです。変なやつだなあと思ったんですが、
 でも、そのときはガラスみたいになってなかった」 「うん、それで?」
「その猫が部屋に入ってるとき、ちょっと外に出て戻ってきたらいなくなってて、
 それ以来姿を見せないんです。ほぼ毎日、この窓の下を通ってたのに」
「ノラなんだろ。どっかで車に轢かれたとか保健所につかまったとかかも」
「ええ、そうかもしれません。でね、ベッドに寝っ転がって、そういえば
 あいつが来てたとき、よくあの天井のほうを引っ掻いてたよなあって見たら、

 こうなってるのに気づいたんです」
「うーん、ガラス、でもあんなとこにガラスをはめる意味なんてないよな。
 とにかく調べてみよう。棒かなんかないか?」
「棒ですか・・・あ。外にホウキがあったと思います」石塚がホウキをとってきたので、
手を伸ばしてそのガラスに見えるとこに差し入れてみました。
そしたら、けっこう高い天井でぎりぎり先端が届いたんですけど、
それがガラスを通り抜けて、しかも屈折してるように見えたんです。
ほら、プールの水に足だけ突っ込むと、
水の上からは角度が曲がって見えるじゃないですか。
あんな感じで。「やっぱガラスじゃない。向こう側に通り抜ける。それにしても・・・」
でね、石塚に肩車をさせて、その天井の隅に近づいたんです。

そしたら・・・なんと言えばいいのかなあ。
そこだけ透明なゼリーがはまってるっていうか。
手を突っ込んでみたら、やっぱ巨大なゼリーに手を入れるとこんなんだろうな、
って感触があって、手のひらが暖かく感じられたんです。
あと、シャボン玉って、日に当たると虹色に輝いてますよね。
ガラス面にあたる部分がそんなふうになって、色が渦を巻いてたんです。
その状態で壁や天井板も触ってみました。
すると、手のひらが何かをつかんだんです。
うーん、向こうからするっと手の中に入ってきたような気がしました。
いったん肩車から下りて、つかんだのを見ると、球根みたいなものだったんです。
これも言葉ではうまく言い表せないんですが、ドラゴンフルーツってありますよね。

あれを四分の一くらいの大きさにして、色を白くしたようなもの。
木の実かもしれませんが、球根という印象が強かったです。
「あー、なんだこれ、こんなのどこにもなかったよな」僕がそう言うと、
石塚が「あ、先輩、天井がもとに戻ってます」それで見ると、
たしかにさっきまでガラスがはまってたようだったのが、なくなってたんです。
「うーん、不思議だ? これが原因だったのかねえ」
「かもしれないですけど・・・どうしましょう、これ」
「ここ、芽みたいなのが出てるから、こっちを上にして植えてみたらどうだろ」
「外にですか?」 「いや、植木鉢みたいなののほうがいいかもだな」
「じゃあ、ホームセンターで買ってきてやってみます」
その日はこんな感じで終わったんです。

で、翌日、石塚に会って話を聞いたら、安い植木鉢を買ってきて中に入れ、
腐葉土をかけてかるく水をやったって言ったんです。
ええ、どうなるかの興味はありましたけど、
それから1ヶ月くらい変化なしということで、
僕もだんだんそのことは忘れていったんです。でね、秋近くなったある日、
石塚が「先輩、あの植木鉢、芽が出ました」って言ってきて。
「天井のほうはどうだ?」って聞いたら、「それは元に戻ったままです」って。
発表会に向けてギターのほうが忙しくなってたので、
「やっぱ植物だったんだな。もっと伸びたら見に行くよ」って言いました。
それから2週間くらい、石塚の姿を見かけなかったんです。
石塚は1年なんで、アンサンブルのメンバーには入ってなかったんですけど、

どうしてるか気になったので、電話してみたものの連絡がつかず、
練習の帰りにふらっとアパートに寄ってみたんです。
インターホンを鳴らしても返事がなく、ドアノブを回して押したら、
鍵はかかってませんでした。それで「いないのか、入るぞ」って言いながら、
中に入ると、石塚はぼんやりした顔でベッドにもたれて床に座ってたんです。
「なんだいるのか。どした、体の調子でも悪いのか?」そしたら石塚は、
気怠いような動きで、机の上を指差しました。鉢植えがあって、
そっから50cmくらいの植物が生えてたんです。
植物の葉はチューリップに似てて、でも茎はもっと左右にねじ曲がってて、
先端に青くて硬そうな大きなつぼみがついてましたね。
「これ、あれか? うわ、すごい伸びたなあ」

机に近寄って鉢を持ち上げると、かなりの重さがありました。
顔を近づけると、ほんの少しだけですが、生臭いような臭いがしたんです。
「これ、花が咲くんだろうなあ」 「・・・ええ、たぶん」
やっぱり調子が悪そうな声だったので、
「お前、どっか悪いんだと思うぞ、明日病院に行ってこい」 「あ、はい、そうします」
こんなやりとりをしてその日は終わったんです。
でね、翌日から石塚は練習に来ましたし、まずまず元気もあったので、
これは大丈夫だろうと思ったんですが・・・それから5日目に石塚はまた練習を休んで、
その日の夜遅くにメールが来たんですよ。それがほらこれです。
『 鉢植えの花が咲きました。大輪の猫でした。かわいいけど怖いです 』
・・・変な内容でしょう。で、こっちから返信しても返事は返ってきませんし、

電話も不在で通じなかったんです。気になったので翌朝早く行ってみました。
そしたら、前と同じにドアが開いてまして、中に入ると、
ベッドにもどこにも石塚の姿はなかったんです。はい、机の上に植木鉢はありましたけど、
あれほど大きく育ってた植物はなくなって、鉢の土の上にワラみたいに乾いた切れっ端が
数枚落ちてるだけでした。でね、気になったので部屋の天井の隅を見てみたんです。
そしたら、前に一度見たのと同じように、またガラスがはまったようになってて・・・
それから石塚はずっと行方不明です。ご両親が捜索願を出して警察が探してるんですが、
見つかってはいません。ええ、この話は警察にもしましたよ。メールも見せたものの、
あんまり取りあってもらえなかったです。部屋の隅は・・・
あれから入ってないんですが、たぶんあのままなんじゃないかと思います。
え? また球根があるかもしれない?? ・・・それって、もしかして???

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間欠熱の話

2017.12.21 (Thu)
これ、怖い話じゃないんですけど、いいですか。じゃあ話していきます。
ちょうど3週間前ですね。彼女と日曜にデートに行きまして、
始まったのはその夜からです。寝たのは0時前後だったと思いますが、夢を見たんです。
それが、荒れ地に一人で立ってる夢なんですね。日本じゃないと思いました。
土が赤っぽく乾いてひび割れてて、砂ぼこりが舞い、ヒューヒュー風の音が聞こえる、
そんな場所でした。そこに僕がぽつんといて、それだけの夢です。
ええ、なにも起きないんです。目の前の景色も変わらないし、ただ風が吹いてるだけ。
で、たまらない孤独感があったんです。世界の中で自分がひとりぼっちみたいな。
あと、長い長い時間が経過している感覚がありました。
・・・目を覚ましたときには朝になっていて、
タオルケットがびっしょり汗で濡れていました。

僕は電気毛布なんかは使ってないんです。タオルケットに毛布に布団だけ。
ちろん下着もびっしょりで、でももう冬ですから、
そんなに汗をかくわけないですよね。それと、ものすごく喉が乾いてたんです。
それで冷蔵庫から500mlのミネラルウオーターを出して飲み干し、
それだけじゃ足りなくて水道の水をコップで3杯も飲んだんです。
汗をかいたからだろうって?ええ、そうだと思います。いつも朝食は食べないんですが、
出勤まで時間があったので熱を計ってみたら、平熱でした。
でね、風邪をひいた兆候もなかったんです。咳・鼻水はないし、頭が痛くもだるくもない。
だから普通に会社に行きました。ええ、会社でも具合が悪くなることはなかったです。
でも、これが、それから4日間続いたんです。
荒れ地の夢を見て目覚めると汗びっしょりで、喉が渇いてたまらないっていう。
でね、金曜の午後に近くの開業医に行きました。

そしたら「外国に行ったりしませんでしたか?」って聞かれまして。
でも僕、生まれてから一度も海外旅行したことがないんです。
そう答えると、その日は血液と尿をとられ、胸のレントゲンをやって終わりました。
検査の結果は来週の火曜日に出るということで、それで帰ったんですが、
その日の夜も同じでした。ええ、その夢です。で、翌日の土曜日に彼女と会って、
その話をしました。彼女は心配してくれて、
「大きな病院で見てもらったらいいんじゃない」
って言ってくれたんですが、とりあえず検査の結果を待とうと思ったんです。
でね、その日は彼女が僕の部屋に泊まっていくことになって、
夜更かしして夜中まで、ソファで2人でビデオを見てたんですよ。
そしたら、1時を過ぎたあたりで、ポタポタ額から汗がしたたり落ちてきて、

体がガクガク震えだしたんです。体温計で計ってみたら39度を超えていました。
で、体の不調よりも気持ちのほうがひどかったんです。
はい、ものすごい孤独感があったんです。自分はこの世でひとりぼっちで、
長い長い時間をずーっとそのまま過ごさなきゃいけないみたいな。
これも変ですよね。たしかに一人暮らしをしてますけど、
そのときは彼女がすぐそばについててくれたんですから。僕はガチガチ歯を鳴らしながら、
怖い、怖い、一人は嫌だって叫んだみたいで、彼女が救急車を呼んだんです。
それで、運ばれたのが市営病院です。病院で熱を計ると、
41度に近くなっていました。肺炎が疑われましたが、レントゲンに影はなし。
大きな病院でしたから血液検査の結果もすぐに出て、
炎症反応などはないが、脱水で血液が濃くなってるって言われました。

でね、熱は3時ころになってだんだん下がってきて、
だいたい4時には平熱に戻ったんです。
そのときには言いようのない孤独感もおさまっていましたので、
ひどい寝汗をかいて目覚めるのがずっと続いていることを、救急の先生に話したんです。
そしたら入院の手続きをとってくださいました。急に会社を休まねばならず、
いろいろ大変でしたが、それから病院では検査、検査の毎日でした。
でもね、特に悪いところは見つからなかったんです。病院のほうでは、
マラリアなんかの熱帯病を疑ってたみたいでしたけど、さっき話したように、
僕は外国に行ったことはないですし、血液からも病原虫やウイルスの類は
見つからなかったんです。ええ、その間も夜中に熱は出ました。
時間帯は1時から4時まで、図ったように同んなじで、最高で41度を超えました。

でね、寝ている分には夢を見るだけなんですが、その時間帯に起きていると、
さっき言ったように、すごい孤独感があって叫び出してしまうんです。
ですから、夜は鎮静剤を注射してもらって眠らされるようになりました。
彼女は毎日のように見舞いに来てくれてました。
でも、彼女が来ている時間はなんともないんです。熱は平熱だし、精神状態も普通。
・・・病院側はほとほと困り果てているようでした。だって、
いくら検査しても原因がわからないし、熱だけは夜中に命が危険な状態まで上がるし。
それで、県で一番大きな大学病院に転院するって話になったんです。
そこだったら原因がつきとめられるかもしれないって。
で、そのために一旦退院したんです。そのときに、ずっとついててくれた彼女が、
「ねえ、信じないかもしれないけど、

 私、評判がいい気功の先生がいるって聞いてきたの。ダメ元で明日行ってみない?」
こう言ったので、気功なんてさすがに信じてはいなかったんですけど、
せっかく彼女が探してくれたんだしと思って、
彼女の車で別の市にあるその施療院に行ってみたんです。
すごいたくさん患者さんがいて何時間も待たされ、やっと僕の番になって、
出てきたのは60代くらいの気功師の先生でした。施療台に服を脱いで寝かされ、
先生があちこち体に手をあててましたが、「植物の気を感じる」って言われたんです。
「え、植物ですか?」 「そう、おそらく異国の植物。
 どこかでそういうものに触れませんでしたか?」・・・考えてみると、
この熱が出はじめる前の日、彼女とデートで熱帯植物園に行ってたんです。
はい、そこは火力発電所が地域サービスのために運営しているところで、

発電所の排熱を利用して熱帯植物を育ててるんですね。
デートのコースとしては地味な場所でしたが、彼女は喜んでくれてました。
そのことを話すと、先生は熱心に僕の全身に手をあてたりかざしたりしてたんですが、
「あ、ここだ、見つけた」って言われて、毛抜きのようなものを出して、
僕の右のふくらはぎの肉を引っぱったんです。
「あ、痛っ!」でも、それは一瞬だけでした。先生は、毛抜きの先にある
数ミリの白い毛ののようなものを僕に見せ、「植物のトゲだね。その熱帯植物園で
 刺さったんだろう。とても細いので痛みを感じなかったんだろうね。
 サボテンか何か、植物のことは詳しくないからわからないけど」
こう言ったんですよ。それでですね、その日の夜、熱が出なかったんです。
ええ、それ以来ずっと大丈夫です。

いちおう大学病院のほうには入院して検査をしました。
でもやっぱり何の異常もなく、熱も出ないので3日ほどで退院しました。
それで会社にも復帰しまして普通に仕事をしてます。
まあ、こんな話なんです。ここからのことは付けたりですね。
先日の日曜日、前に行った植物園に、彼女とまた行ってみたんです。
もちろん今回は、絶対にトゲなんかが刺さらないよう、
僕も彼女も十分に気をつけましたよ。もう12月に入ってまして、
植物園の中にもクリスマスのイルミネーションが飾られ、
不思議な熱帯植物の姿とあいまって、幻想的なムードになってました。
お客さんの数は、いつ来てもそんなに多くはないんですが、
そのときは、あるコーナーに十数人ほどの人だかりができていまして。

何でも、アガベという種類の植物、これはお酒のテキーラの原料になる竜舌蘭の
仲間らしいんですが、その一種が、生まれて数十年たって
はじめての花を咲かせたってことが地方新聞に紹介され、
それでお客さんが集まったようでした。僕らも近づいてみましたら、
前に見た記憶がありました。そのときはひょろりとした地味な植物だという
印象しかなかったんですが、それが細い枝の先に、
なんとも奇妙な形の黄色い花を咲かせていたんです。
「これが、何十年も育って初めて咲かせる花か。面白い形だね」
僕がそう言うと、彼女が、「ねえ、葉の一枚一枚の先に針みたいな白い毛が生えてるけど、
 あれ、あなたの足に刺さったのと似てるんじゃない」こう答えました。
そう言われてみると、たしかにそんな感じに見えたんですよ。