「蠱術」って何?

2018.05.17 (Thu)
今回はこういうお題でいきます。どっから書いていきましょうか。
まず、「蠱術 こじゅつ」は中国から日本へと伝わったものですが、
さまざまな内容を含んでいて、たいへんわかりにくくなっています。
Wikiを始め、あちこちのホームページに書かれている記述には混乱が見られます。

自分は、すべてのものを総称した上位概念を「蠱術」と呼んでいて、
その中に「蠱毒 こどく」 「巫蠱 ふこ」 「犬神の法」などが含まれます。
蠱術は、簡単に言えば、他人に害を与える目的の、
「中国式の呪詛」を表しています。

さて、「蠱」という漢字ですが、これは壺などの容器の中に、
たくさんの虫がいる状態を表します。ひじょうに古い漢字で、
3000年以上前の中国の殷(商)の時代には、甲骨文字としてすでに
あったようです。ですから、長い長い歴史を持っているわけですね。

「蠱毒 こどく」は、みなさん聞かれたことがあるでしょう。
蠱術の中でも生き物を使う技法で、現在も、中国の少数民族である、
苗(ミャオ)族に伝わっているという話もありますが、
自分が文献を調べても、はっきりしたことはわかりませんでした。

蠱毒
nanana (2)

蠱毒の方法として、『隋書 地理志』には、「五月五日に百種の虫を集め、
大きなものは蛇、小さなものは虱と、併せて器の中に置き、
互いに喰らわせ、最後の一種に残ったものを留める。蛇であれば蛇蠱、
虱であれば虱蠱である。これを行って人を殺す。」と出てきます。

で、人を殺すためには、その生き残った虫を相手に食べさせるわけですが。
これで本当に人が死ぬかどうかは大いに疑問です。
蛇などの毒は、噛まれて血液中に入った場合は致命的ですが、
口から胃に入った場合は、それほどの効き目はないはずです。

おそらく、中国で古くから研究されていた、漢方薬系の毒薬を
併用したのではないかと思われます。ちなみに、漢方薬には副作用はない、
などという人もいますが、そんなことはなく、重度の肝障害や、
肺炎での副作用死をもたらすものが知られています。

次に「巫蠱 ふこ」について。これは、呪う相手をかたどった木製の人形を
土中に埋め、巫女が呪いをかけるものです。
そんなことで本当に効果があるのか?と思われるでしょうが、じつは、
たいへんな効果があり、中国では内乱まで起きています。

巫蠱
nanana (3)

ただし、効果というのは「巫蠱を行った罪で、相手を陥れる」ことです。
中国の漢の時代、紀元前91年、漢の武帝からうとんじられていた
皇太子の戻(れい)が、重臣の江充から、巫蠱の法を行っていると訴えられ、
皇太子の宮殿から木人形が発見されました。

進退窮まった皇太子は、江充を斬った上で反乱を起こしましたが、
死者数万人の激しい戦いの後、皇后とともに自殺しています。
この事件を「巫蠱の乱」と言います。なお、後に、皇太子の無実が明らかになり、
武帝は江充の一族を滅ぼし、皇太子を追悼しています。

井上内親王を祀る御霊神社


日本でも、奈良時代の「養老律令」において、蠱毒は厳しく禁じられ、
772年、井上内親王が天皇を呪い殺そうとした罪で皇后の位を追われ、
皇太子とともに、不自然な形で死亡しています。
井上内親王の蠱毒は冤罪の可能性が高く、その怨念と考えられる天変地異が
しきりに起こったため、後に無実を認められ、名誉回復されることになりました。

ということで、蠱毒や巫蠱は、その呪いが効力があるというより、
相手が「蠱術を行った」と言いがかりをつけ、呪いの人形などを偽造し、
政敵を葬るために用いられたケースが、たいへん多いんですね。
呪詛よりも、現実的な勢力争いのほうが、ずっと怖いということです。

さて、最後に「犬神の法」ですが、「犬を頭部のみを出して生き埋めにし、
その前に食物を見せて置き、餓死しようとする瞬間ににその首を切ると、
頭部は飛んで食物に食いつき、これを焼いて骨とし、
器に入れて祀る。すると永久にその人に憑き、願望を成就させる」

犬神
nanana (4)

こういう使い方が一般的に知られています。相手を呪う場合は、
その人が通る道筋に、犬の頭蓋骨を埋めておいて踏ませる。
あるいは、犬の首についたウジを乾燥させ、
食物に入れて食べさせるなどの方法があるようです。
でも、現代の目からすれば、こんなことで人が死ぬとは思えませんよね。

さてさて、ここまで見てきたように、蠱術は迷信です。
歴史的には、それを行ったと喧伝して、政敵を葬り去るために使われてきました。
現代でも、メールを偽造したりとか、会話を録音したりとか、
人を陥れるためのさまざまな謀略がありますが、
その一種だったわけです。では、今回はこのへんで。

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nanana (1)





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「相」って何?

2018.05.13 (Sun)
相というのは古い時代にできた漢字です。木と目が向かい合うことから、
「よく見る」という意味で使われます。例えば、人相、手相、家相
などという、占いのジャンルがありますよね。
また、相を読むことを「観相」などとも言います。

ギリシアの人相学


まず、人相ですが、人の顔だちを見て、性格や生涯の運勢を割り出すもので、
歴史は古く、古代ギリシャ時代からありました。
ヒポクラテス、アリストテレス、プラトンなどが人相学の基礎を築いたと
言われ、その著作も残っています。

また、中国でも古い時代から人相学は発達していて、
日本の人相学は、その流れと考えられます。人相占い師は奈良時代から
いたようで、『日本霊異記』には、大きな神社のそばには、
相八卦見(そうはっけみ)が店を出して、参詣に来た人から
お金をとって占っていたという記述が出てきます。

次に、手相ですが、この由来は古代インドで、それが中国を経由して
日本に伝わっています。ヨーロッパでは、手相を見ることはキリスト教で
禁止されたので、あまり広まりませんでした。
あと、家相は、中国の風水から来ているものですね。

インドの手相学


さて、この「相」について、自分が好きな『今昔物語』に
面白い話が出ているので、ご紹介しましょう。
その昔に、登照という僧がいて、京都一条に住み、人相見の名人として
知られていました。この人は、平安時代の実在の人物です。

登照は、人の顔を見るだけではなく、声を聞いたり、
その動作を見ることで、寿命の長い、短いだけでなく、貧富や、
官位の高い、低いなどもすべて当て、一度も間違うことがありませんでした。
このことが評判になり、登照の僧坊にはたくさんの人が、
連日、占ってもらおうと押しかけました。

さて、この登照があるとき、所用があって朱雀門の近くを通りかかると、
老若男女、大勢の人が門の前にたむろしていました。
何げにそれらの人の顔を見て、登照は驚きました。
というのは、そこにいる人すべての顔に死相が現れていたからです。

「これはどうしたことだ?」 なぜこの人たちはみな死ぬのだろう。
例えばここに、悪人が現れて、手あたり次第に刀をふるったとしても、
全員が死ぬということはないはずだ。とすれば、考えられることは一つです。
登照は、「見ろ、今にも門が倒れるぞ。まごまごしてると、
下敷きになって死ぬばかりだ!」こう大声で叫びました。

朱雀門


この言葉を聞いて、あわてて走り出たものもいれば、登照の言葉を
信じなかった者もいましたが、それまで、ぴくりとも動かなかった門が、
急に傾いて、地響きをたてて倒れ、ぐずぐずしていた者の幾人かは、
門の下敷きになって死んだということです。

この話で面白いのは、登照は門が倒れることを予知したわけではない
というところです。あくまで、その場にいる人たちの相を読んだんですね。
そして全員に死相が現れていることから推理して、
朱雀門が倒れるという結論に達したわけです。

さて、登照の話はもう一つ載っていて、雨がしとしと降り続く夜、
登照の僧坊の近くを、笛を吹きながら通り過ぎるものがありました。
登照はじっと耳を澄まして笛の音を聞いていましたが、弟子を呼んで、
「今、笛を吹いて通り過ぎる者は、命が今日、明日に迫っている」
行ってそのことを教えてやれ、と命じました。

ところが、弟子はその人に追いつくことはできませんでした。
翌日、雨がやんだ夕方のことです。また同じ笛の音が聞こえてきました。
登照は、「おかしなことだ。あの笛の音は昨夜と同じ人だろうが、
ずっと寿命が延びている」そう言って、弟子に笛の音の主を呼んでこさせました。

普賢菩薩


見ると、若い侍でしたので、登照は「失礼ながら、昨夜あなたさまの
笛を聞いたときには、寿命が尽きかけていると思いましたが、
今聞くと、延命の相が出ています。いったい、
どういうことをなさったのですか」と尋ねました。

男は、「いや、特別なことはしていないが、昨夜は普賢講(普賢菩薩を信仰する講)
があって、そこの人たちに混じって、夜通し笛を吹いていたのだ」と答えました。
これを聞いて、登照は、「それは、お経を読む以上の功徳があって、
寿命が延びたのでしょう」と言って男のことを拝み、
男も喜んで、礼を言って帰っていった・・・こんな話です。

さてさて、『今昔物語』は仏教説話ですので、寿命を延ばす功徳のある普賢菩薩
を称えるような内容になっていますが、それはともかく、
これらの話から、相は予知とは違うこと、また、相は変えることができるものだ
ということがわかります。では、今回はこのへんで。







血液型占いってどうなの?

2018.05.11 (Fri)
日本では自分の血液型をほとんどの人が知っていますが、
外国では「血液型、何型?」と聞くと「血液型? 知ってるわけないじゃん!」
と笑われたりします。でも、やっぱり自分の血液型は
知っていたほうがよさそうです。

性格判断とか相性占いとかにも使えますけど、血液型によっては
大ケガで生きるか死ぬかをわける大ごとになるかもしれません。
東京医科歯科大の研究チームが発表した論文によると、
血液型によって、大ケガで死亡する割合が変わってくるらしいのです。

2013年から2016年までに大ケガを負って救急に搬送された900名
以上の患者データを分析した結果、救命を施したにも関わらず
亡くなってしまった患者の死亡率はO型が28%、ほかの血液型は11%でした。
O型の人、えらいこっちゃです。
(GIZMODO)



今回は、科学ニュースから、この話題でいきます。
うーん、まず、血液型とは何かというと、血球の中にある「抗原・抗体」
という物質の有無によって、人間を分類しようとするものです。
日本ではABO式の血液型分類がよく知られています。

A型はBという抗体を持ち、B型はAという抗体を持つ。
AB型はどちらも持っておらず、逆にO型はABのどちらも持っている。
このため、輸血する場合は、同じ血液型どうしで行うのが、
拒否反応が起こりにくく、安全なわけです。



ただし、ABO式は、数ある血液型分類の一つに過ぎません。
他にもRh式などがあるのはご存知だと思います。
血液の中にある抗原の種類は数百あるので、その組み合わせによって、
ほぼ無限に近い血液型タイプに分けることができます。

一卵性双生児でもないかぎり、自分と完全に同じ血液型を
している人はいないとまで言われています。
ですから、ABO式というのは、あくまで一つの目安にすぎないわけです。
まず、このことを前提として頭に入れておいてください。

自分はアメリカにいたことがありますが、たしかに自分の血液型を知らない
という人も多かったです。もちろん、軍に入隊した人は、金属製のタグに
自分の血液型を記入して身につけるので知ってますが、
日本のように、ほとんどの人がわかるということはありません。

さて、じゃあ、日本の血液型占いというのは信じられるものでしょうか?
日本で血液型占いが広まったのは、放送作家だった能見正比古氏によるところが
大きいですね。氏が1971年に出版した『血液型人間学』が大ベストセラー
になり、そこからテレビや雑誌で取り上げられるようになりました。

能見正比古


ただし、能見氏は別に医師や生理学者などではなく、氏の理論は、
統計学的に見ても、お世辞にも説得力があるものではありませんでした。
それなのに、血液型占いが爆発的に広まったのは、一つには、
上記したように、ほとんどの日本人が学校の検査で教えられて、
自分の血液型を知っていたことがあるでしょう。

もう一つは、日本人の血液型(特にABO式)にバラエティがあるからです。
日本の場合、A型が約40%、O型が30%、B型が20%、
AB型が10%くらいです。しかし、そういう国のほうが珍しいんですね。
例えば、ヨーロッパの多くの国では、A型とO型で80%以上になります。

クリックで拡大できます


人間の血液型は、厳密に遺伝によって決まるので、
中には、95%がO型というグアテマラのような国もあり、
そういう国で、血液型性格分類や占いをする意味はないですよね。
また、B型、AB型が少ない国で、ことさらその性格を強調することは、
少数派差別につながりかねない危惧があると思います。

実際、世界の中で血液型占いをやっているのは、日本と、その影響を受けた
韓国、台湾くらいのものです。占星術や、タロットカードなどの占いには
長い歴史がありますが、血液型占いは、
そもそも、血液型が分類できるようになったのが近代のことで、
統計的事実の積み重ねがあるわけではありません。

さらに、血液型による性格分類といった類の話は、
ヨーロッパでのイメージはよくないです。
これは、ドイツ・ナチスの優生学によるところが大きいんですね。
純粋ゲルマン人に多い血液型は○○、ユダヤ人に多い血液型△△、
○○は優れた遺伝形質を持ち、△△は劣ったものである・・・という具合です。

ナチスの優生学 顔の長さを測られる女性


2014年に、日本とアメリカが共同で、1万例以上をサンプルとして、
血液型と社会的行動や性格との関連を研究した調査がありますが、
そこでは、意味のある関連性は見出されませんでした。
ですから、世界的には疑似科学あつかいされることが多いんです。

さてさて、上記の引用に戻って、なぜ救急にかかったO型の人の死亡率が
高いのかについて、はっきりした因果関係はわかっていません。
ただ、数字を見るかぎり、たまたまということでもないようです。
研究チームによれば「O型は血が固まりにくいという性質があるため、
大量出血の止血がしにくいのではないか」という可能性が指摘されています。

うーん、例えば交通事故なんかで、O型は、病院で処置される以前に
大量出血してしまっているなんてことは、ありえるかもしれません。
これを逆に考えれば、血が固まりやすいO型以外の血液型の人は、
血栓などを起こしやすいということが言えそうなんです。

実際、足で血栓ができ、それが心臓や脳に影響を与えるエコノミー症候群は、
O型の人はなりにくく、AB型がいちばん起きやすいんだそうです。
ということで、血液型で性格が違うということに根拠はありませんが、
生理的な違いはあり、それが命に関わる場合もあるということは、
頭に入れておいたほうがいいでしょう。では、今回はこのへんで。








運命を信じますか?

2018.05.02 (Wed)


今回はこのお題でいきます。自分の本業は占星術師ですので、
(実際は、それ以外の収入のほうが多いんですが)これは、
自分の職業に深く関わった内容ということになります。さて、みなさんは、
運命というものについて、どのようにお考えになるでしょうか?

「運命論 fatalism」は「宿命論」とも言います。また、「決定論」とも
かなりの部分で重なっているんですが、微妙な違いもあります。
ここでは、それについて詳しくは触れませんが、どちらかというと、
運命論はギリシア・ローマ哲学的、決定論のほうは
キリスト教神学的な内容を多く含んでいるように思います。

運命論を簡単に言うと、「未来のことはすべてあらかじめ決まっていて、
人間の力ではどうやっても変えることができないものだ」
こんな感じになります。これ、じつは、
人間にとってかなり厳しい考え方なんですよね。

例えば、みなさんが生まれたとき(あるいは生まれる前)から、
何年後の何月何日に死ぬかは決まっている。幸福になるか、不幸になるか、
それもすでに決まっている。そして、不幸になる運命ならば、
どうあがいたところで、それを変えることはできない。
つまり、運命論は、人間の自助努力の完全な否定ということになります。

運命について、ローマの哲学者キケロは、こんなことを書いています。
「友人が病気になり、医者を呼んでくれと言ったので、私はこう答えた。
君が助かる運命なら、私が医者を呼ばなくても助かるだろうし、
君が死ぬ運命なら、医者を呼んでも死ぬだろう。だから、私は医者を呼ばない。」

マルクス・トゥッリウス・キケロ


ここまで読まれて、「何か変だな?」と思われませんか。
もし、すべてのことが運命で決まっているのなら、友人が病気になったとき、
キケロしかそばにおらず、医者を呼んでくれないのも、また、
あらかじめ決まった運命だったということになるんじゃないでしょうか。

さて、ネットの占いブログなどを覗いていると、じつに様々なものがあります。
それらを分類してみると、以下のような感じになるように思います。
「非運命論的な立場」
① 未来はまったく決まっていない。自分で好きなように変えることができる。
② 運命はある程度まで決まっているが、
  特別な行為をすることで変えることができる。

パワーストーン


①の立場はそんなに多くはありません。②はかなり多いですね。
例えば、開運グッズやパワーストーンなどを売っているところは②の考え方です。
また、自己啓発セミナーなんかもそうですよね。自分をよりよく変えることで、
より輝かしい未来を引き寄せることができるという。

次に、「運命論的な立場」を見てみましょう。
③ 運命はどうやっても変えることはできない。
   それは人間の限界を越えたことだ。
④ 運命は変えることはできないが、未来を覗き見ることはできる。

アガスティアの葉


③は、「因果応報」を説く、輪廻のある宗教なんかがこの立場です。
前世で悪いことをしたせいで、今、その罰を受けて貧しく悲惨な暮らしを
しているのだ、みたいな感じ。ただ、それだと、前世で悪いことをしたのも、
運命で決まってたことなんじゃないの、とツッコミを入れたくなりますよね。
この、永遠に続く輪廻の鎖から解き放たれようと考えたのが、お釈迦様です。

④は、例えば、「アガスティアの葉」なんかがそうですね。
オカルト好きの方はご存知でしょうが、いちおう説明すると、
紀元前3000年頃に実在したとされる、インドの聖者アガスティアの
残した予言を伝えるとされる葉で、すべての個人の運命がそれに書いてあります。
みなさんがインド旅行をして、自分の運命が書いてある葉をもらうことができます。

あと、水晶占いをはじめ、昔は、占いの多くはそういうものでした。
ですが、将来に不幸が見えていて、それをどうやっても避けられないというのでは、
占う意味がないような気もします。ですから、最近は、
①②に比べて、③④の考え方はあまり人気がありません。



で、このごろは、また別の考え方が出てきました。これは前に何度か書きましたが、
量子力学における「多世界解釈」を援用したものです。
つまり、みなさんが何かを選択したとき、世界はその可能性の数だけ分岐する。
この設定は映画なんかでも多いですよね。

例えば、あなたがAさんとBさん両方にプロポーズされていて、
迷いに迷ったあげくAさんのほうを選んだ。このときに、世界は2つに分かれます。
そしてあなたはAさんと結婚した世界に残り、別のあなたは別の世界で
Bさんと結婚生活を送っている、というわけです。

そして、そのようなことは、選択の機会があるたびに発生します。
これは、一見して運命論ではないように思えますが、そうではなく、
あなたがAさんを選ぶのは運命として決まっていて、
だからこの世界にいるのだ、と解釈することもできます。
どちらかといえば、運命論に近いと考えられているんです。

さてさて、じゃあ、お前の占いはどうなんだ? と思われるでしょうが、
答えは、「職業上の秘密で、お教えすることはできません。」(笑)
ただ、上記の④に、きわめて近いものであることだけは書いておきましょう。
なんか舌足らずな内容になってしまいましたが、これは重要なことなので、
また触れる機会もあるでしょう。今回は、このへんで。

『ファイナルデスティネーション5』







巨人の骨と陰謀論

2018.04.17 (Tue)
今回はオカルト論です。さて、どっから書いていきましょうかね。
まず、「 巨人 骨 」で検索すると、下のような画像がたくさん出てきます。
みなさん、これどう思われますでしょうか? ほとんどの方は、
「嘘くさい」 「作りものだろう」と考えられるんじゃないでしょうか。

世界で発見される巨人の骨
名称未設定 4

まあ、そうですよね。こんな発見があったら、世界が大騒ぎになってるはずです。
ほとんどのものがフェイクなのは間違いないでしょう。
では、なぜ、こういう画像が出てくるのか? 
一つには、技術的に作りやすいからということがあると思います。

画像加工をやったことがある方ならわかると思いますが、
背景が土や砂になってる場合は、たいへん加工が楽なんです。
建物などの人工物である場合に比べて、
土はいろんな大きさのものが混ざってますし、
粒子が荒く、加工してもあまり不自然さが感じられないんですね。

さて、では、これらの中に「ホンモノ」はまったくないのでしょうか?
もし、ホンモノがあったとして、それらはどこにいってしまったのでしょうか?
当然、そういう疑問があるはずですが、ここで出てくるのが、
「陰謀論」なんです。次の例で考えてみましょう。

下の画像は、2008年6月14日の、岩手・宮城内陸地震で、
一ノ関の崩れた崖をテレビが報道したものとされます。
なんと、崖の部分に巨人らしい人骨が写っています。ところが、同じ映像が
次に放映されたときには、巨人の骨はきれいさっぱりなくなっていました。

加工前→加工後??


で、このことに関して、次のような噂が流されました。
「しばらくして、巨人の骨が露出した崖には広範囲にブルーシートがかけられ、
秘密裏に工事が行われて、巨人の骨は改修されたらしい。
関係者に対しては強い口止めがなされた。また、ニュース画像からも
巨人の骨は消されてしまった・・・」

まあ、常識的に考えれば、巨人の骨のある画像のほうが加工なんだろうと
いうことでしょうが、それはおいといて、巨人の骨がホンモノだったとして、
その存在を隠すような強い権力は、日本政府としか考えにくいですよね。
では、なぜ、日本政府は巨人の存在を隠さねばならないのか?

さて、「陰謀論 conspiracy theory」は、オカルトのジャンルの一つで、
強い権力をもつ者が、宗教的・政治的・経済的動機をもって結託し、
一定の意図を持って、一般人の見えないところで事象を操作し、
または真実を衆目に触れないよう伏せている、とする主張や指摘である

とWikiには出てきます。じゃあ、権力者にとって、
どうして巨人の骨の存在はマズイのか?

普通に考えれば、巨人が古代の地球に住んでいたとなれば、
世紀の大発見になります。その学問的価値はもとより、経済的な価値もけっして
小さくはないはずです。例えば、ティラノサウルスの全身骨格標本は
10億円以上の値がつきますし、オークションに出れば、
世界中の博物館が争って競り落とします。高額で買い取っても、
それに見合う以上の入場者収入が見込めるからでしょう。

ティラノサウルス・レックスの全身骨格標本


この手の陰謀論というのは、たいがいこの「なぜ隠すのか」という理由が弱いんです。
ある人は、「巨人がかつて地球上にいたとなれば、欧米を宗教的に支配している
キリスト教的な世界観と合わないから」などと言います。
しかし、聖書には巨人が出てきますよね。

『旧約聖書』の「創世記」にはネフィリム(Nephilim)という巨人が記されていて、
名前の意味は「(天から)落ちてきた者たち」ということのようです。
神が世界を創造し、地上に人が増え始め、娘たちが生まれると、
神の子らは人の娘たちが美しいのを見て、おのおの選んだ者を妻にした。
こうして神の子らと人間の娘たちの間に生まれたのがネフィリムであった・・・

ですから、巨人が存在するとなれば、聖書の記述が正しいとする
証明になるはずなのに、なんで隠してしまうんでしょうか? 
そのあたりがちょっと解せないです。また逆に、「進化論を支持する科学者たちが
巨人の存在を隠している」なんて話もあります。しかしそれだと、
近代科学の証拠主義に反しますし、だいたい、世界の古生物学者や地質学者が、
そんな権力を持っているとも思えません。

さてさて、ここまで説明してきたのは、
「どうして陰謀論ができるのか?」ということの、一つの例です。
① 常識ではありえないものが発見される → 
② ところがその発見が世界に広まらない → 
③ その存在がマズイので隠そうとする勢力がいる という図式になってるんです。

これは何も巨人にかぎったことではなく、UFO関係や、超発明などにも適用されます。
「ほんとうは反重力エネルギーは開発されているが、世界の石油資本が、
その公開のジャマをしているのだ」みたいな感じです。
このことを逆手にとってギャグにしたのが、映画の『メン・イン・ブラック』シリーズ。
アメリカ政府には、宇宙人問題を秘密裏に処理する機関があるというわけです。

でも、そもそもの前提である①がフェイクなんじゃないの、
という場合がほとんどなんですよね。そして、そのことを糊塗するために
さらに陰謀論が生まれる。ですから、オカルト関係の記事は、上記のようなことに
注意して読むと格段に面白くなります。ということで、今回はこのへんで。

ネフィリム