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猫のオカルト

2019.12.12 (Thu)
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今回はこういうお題でいきます。独立した項目は今まで立てて
なかったものの、猫の話はおりにふれて書いてますので、
もしかしたら、一度読まれたことのある内容になるかもしれません。
さて、みなさんは猫はお好きでしょうか?

猫は好きな人と嫌いな人がはっきり分かれるとも言われますよね。
自分はけっこう好きなほうで、当ブログでも猫が出てくる話が
10くらいはあるんじゃないかな。うちの実家は茨木で、
残念ながら、だいぶ前に死んでしまいましたが、
そこでは母がサイベリアンという品種の猫を飼ってました。

では、猫はいつから日本で飼われていたんでしょうか。
大ざっぱにいいますと、犬はオオカミが家畜化したもので、
家猫はヤマネコから枝分かれしています。
犬は遺跡から骨が出土して、縄文時代からいたことがわかって
いますが、猫はどうもいなかったみたいなんですね。

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日本の本土にはヤマネコが生息してなかったということだろうと
思います。猫が中国大陸から入ってくるのは奈良時代頃からです。
移入の目的はネズミをとらせるため。平安時代になっても
猫は希少な動物でした。清少納言の『枕草子』には、
宮中で「命婦のおとど」という名前の猫が飼われていて、

当時の一条天皇がふところに入れたりしてかわいがっていました。
また、内裏の庭では「翁丸」という犬も飼われてたんですが、
この犬が猫をいじめたため、帝の命令で下人に叩かせて
追放したという話が出てきます。このエピソード、自分はたいへん
好きなんですが、オカルトとは関係ないので割愛します。

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さて、猫のオカルトはいろいろあります。猫はかわいい一方で、
怖い動物とも考えられていました。身のこなしが敏捷で
犬よりも野性が残っていること。虹彩が刻々と変化し、
夜は光を反射して輝くこと。暗闇でなでると、
静電気で毛皮から光を発することなどからですね。

また、猫が行灯の油をなめるなどとも言われますが、これは、
本来肉食である猫に、家の食事の残りなどを与えていると、
どうしても動物性脂肪やタンパク質が不足し、魚油が使われていた
行灯の油をなめたのではないかと推測されています。

鍋島光茂
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猫のオカルトで最も有名なのは、やはり「鍋島の猫騒動」でしょうか。
化け猫の話です。ただ、これが広まったのは、江戸末期に歌舞伎の
演目として取り上げられてからで、そんなに古いことではありません。
日本の有名な幽霊譚の多くは、芝居や講談によるところが大きいんです。

佐賀鍋島藩の二代藩主、鍋島光茂が盲目の臣、龍造寺又七郎と
碁を打っていたが、ふとしたことから諍いになり、刀を抜いて
又七郎の首を刎ねてしまった。光茂はこのことを隠そうとしたが、
いつのまにか又七郎の首がみえなくなります。
いっぽう、又七郎の母親、お政が息子の帰りを待っていたところ、

化け猫映画に数多く出演した女優の入江たか子
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外に出ていた飼い猫の「こま」が、なんと又七郎の首をくわえて
戻ってくる。人間の頭部は猫の体重より重いので無理な気がしますが、
これを見たお政は、こまに「仇をとってくれ」と言い残し、
懐剣で喉を突いて自害します。その血をなめたこまは体が子牛ほどに
大きくなり、城中に現れてさまざまな怪異を起こします。

この後、こまは武士団によって退治され、祟りで病気になっていた
光茂も平癒し、自分の行いを反省して又七郎を手厚く回向した・・・
だいたいこういう筋立てだったと思います。この話ができた背景には、
もともと佐賀藩の領地は龍造寺家が支配していたのが、
当主の戦死後に鍋島家に権力が移行したため、龍造寺家臣たちの

手ぬぐいをかぶって踊る猫
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不満が嵩じて対立関係となり、少しずつ化け猫話ができていったのを、
歌舞伎の脚本作者が目をつけて話を書いたのだろうと言われてます。
そういえば、昭和の時代には化け猫映画というジャンルがありましたが、
最近は聞くことがないですね。猫のかわいい面だけが
写真集やマンガで強調されている気がします。

残りスペースが少なくなってきたので急ぎます。「猫又」という
妖怪がいます。一説には、13年以上生きた猫はしっぽが2つに分かれ、
猫又になって人をとって喰う。まあ、昔の猫は栄養状態も悪かった
でしょうし、伝染病の予防注射などもなかったので、
寿命は現代よりもずっと短かったんでしょう。

水木しげるの妖怪「猫又」
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あと、猫はお寺と深い関係があります。お経をかじるネズミをとるため、
お寺で飼われることが多かったんです。ですから、猫を袋に入れて
和尚が蹴鞠のかわりにしたとか、別の和尚が飼い猫に手ぬぐいを与えると、
それをかぶって踊ったなんて話が残っているんですね。

また、猫はお寺に運ばれてきた死体に悪さをするとも言われます。
猫が棺桶や遺体をまたぐと死人が生き返る、魂がとられてしまう
などの話があります。葬式や墓場から死体を奪う妖怪の「火車」も、
その正体は猫の化け物であるとされます。

さてさて、まだ日本でも他の話もありますし、西洋の猫にも
ふれようと考えていたんですが、字数が尽きてしまいました。
これは近々、必ず続きをやりたいと思います。
では、今回はこのへんで。

鳥山石燕の妖怪「火車」
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和楽器のオカルト

2019.12.11 (Wed)
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今回はこういうお題でいきます。みなさんの中では和楽器というと、
尺八や三味線を思い浮かべる方が多いんじゃないかと思いますが、
それらは比較的歴史の新しいものです。今回はもう少し古い、
琵琶や笛などにしぼって書いていきたいと思います。

日本には「玄象(絃上)」という琵琶の名器、「葉二(はふたつ)」
という笛の名器があります。どちらも平安時代のもので、
夢枕獏先生の『陰陽師』、あるいはそのアニメ作品でご存知の方も
多いでしょう。玄象はおそらく中国から来たものでしょうが、
葉二は鬼の所有物だったのを手に入れたという話になっています。

また、この2つの楽器、どちらも平安京の門と関係があります。
さて、この当時、楽器は大変貴重なものであり、実用品であると同時に
工芸品でもありました。高位の貴族でなければ手に入れることが
できなかったんですね。(もちろん、打楽器や竹笛のような
簡素なものは、庶民でも楽しむことができました。)

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そこで、楽器自体が命を持つという話ができていきます。
まず、製作者の念がこもっています。また、名器は代々受けつがれ
ますので、歴代の所有者の念も入り込む。さらに天地の気を集めて
楽器が生命を持ち、人格をそなえるようになっていく。

そして、名器は誰もがほしがるため、盗まれてしまいます。
盗人は人間であることも、鬼であることもあったんです。まず玄象の
話から見ていきましょう。『今昔物語』には、村上天皇の御世、
玄象の琵琶はいつのまにか姿が見えなくなってしまいます。
ここで登場するのが、夢枕作品で安倍晴明の相方を務める源博雅です。

博雅が一人、清涼殿で宿直(とのい)をしていると、かすかに
琵琶の音が聞こえてくる。内裏の外に出ると、それは朱雀大路の
南の方角からしている。そしてとうとう、南のつきあたりの
「羅生門」まで来るんですね。芥川龍之介作品でも有名な、
都の外れの門です。(下図参照)

平安京 クリックで拡大できます
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博雅は門の下でひとしきり琵琶の音を聞いてから、落ち着いて門の
上の者に話しかけます。「どなたが弾いているのでしょう。玄象の
音と聞きわけましたが、天皇はこの琵琶がなくなったことで
たいそう心を痛めています」すると、琵琶に縄がついてするすると
下がってきたということです。羅生門の鬼が盗ったんですね。

また、玄象は、弾き手が下手だと弦を弾いても鳴らない。手入れが
悪くてホコリが積もっていても鳴らない。あるとき内裏でボヤ騒ぎがあり、
みな慌てて、玄象を運び出すのを忘れたが、騒ぎがおさまってみると、
玄象はひとりでに庭に出ていたとも記されています。



後醍醐天皇の時代、玄象は人間の泥棒によって実際に盗まれています。
この頃、玄象は三種の神器と同様に天皇の即位に必要なものでしたので、
六波羅探題の武士が必死に探して犯人を捕らえ、転売されていた
玄象は3年ぶりに内裏に戻ることになります。

あとはそうですね、「秘曲」というのがあります。源博雅が、
盲目の琵琶の名手、蝉丸の庵に3年間通いつめ、「流泉』」 「啄木」の
秘曲を伝授されたという話が残ってます。名器によって演奏される秘曲は
さぞ素晴らしいものだったでしょう。鎌倉時代になると、琵琶法師が
この楽器を持って日本各地で「平曲」を語るようになります。

琵琶の名手だった蝉丸
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さて、ここまででだいぶ字数がかかってしまいました。葉二の話に
移りましょう。短い横笛ですね。最もくわしく書かれている、鎌倉時代の
説話集『十訓抄』では、源博雅が「朱雀門」の下で自分の笛を
吹いていました。朱雀門は内裏からすぐ近くにある門です。
すると、自分と同じような直衣(のうし)姿で、やはり笛を吹く者がいる。

博雅は吹くのをやめ、その音に聞き惚れます。そのときは
それで終わりましたが、月の明るい夜に博雅が笛を吹いて歩くと、
必ずその男と出会うんですね。その笛のあまりの音色に、博雅は
勇気を絞って声をかけ、自分の笛と取り替えてもらい、吹いてみると
やはり素晴らしい。そして博雅は男に笛を返しそびれてしまいます。

源博雅と鬼


それ以来、笛は宮中にありましたが、時がたって博雅は亡くなり、
誰もその笛を吹けるものがいなくなりました。そこで、浄蔵という名の
笛の名手がいることを知った帝は、この笛を浄蔵に吹かせてみた。
すると博雅の音色に劣らない素晴らしい音色だったんです。

帝は浄蔵に、博雅と同じように夜間、朱雀門の下で一人で吹くように
命じます。浄蔵が命にしたがってその笛を朱雀門の前で吹くと、
楼上から「なんと逸品かな」と大きな声が降りてきました。
鬼であると悟った浄蔵は、ただちに内裏に戻って帝にそれを報告し、
笛は、「天下に二つとない」という意味の葉二と名づけられました。

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楽器とは関係ない余談ですが、浄蔵は天台宗の僧で、『扶桑略記』では、
菅原道真の怨霊に祟られている藤原時平のために祈祷しに行くと、
時平の両耳から竜と化した道真が出てきたので、
調伏を辞退したと書かれています。管弦の道だけでなく、
天台密教を極めた高僧だったようです。

さてさて、ということで、玄象と葉二の話だけで終わってしまいました。
続きはいずれ書きたいと思ってます。平安時代には、
「百鬼夜行」というオカルト現象がありましたが、
その絵巻の中には古くなった琵琶が化けた付喪神もいるんですね。
(下図)では、今回はこのへんで。

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猛獣のオカルト

2019.12.08 (Sun)
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加藤清正の虎退治 実際は別人のエピソード

今回はこういうお題でいきます。昭和の時代、1975年に
『グレート・ハンティング』というドキュメンタリー映画があり、
家族の目の前で人がライオンに食われるシーンが売り物でした。
自分はビデオで見ましたが、でもこれ、明らかにヤラセですよね。
残酷をウリにした疑似ドキュメンタリーなんでしょう。

ではみなさん、猛獣というとどんなイメージを持たれるでしょうか。
「大型で獰猛な、基本的には捕食性の肉食の哺乳類」こんな感じで、
ライオンやトラは猛獣と言えそうです。
でも、じつは猛獣のはっきり決まった定義はないんです。

例えば日本では、クマは危険な動物と考えられていますが、
日本のクマは雑食で、どちらかといえば植物食傾向が強い。
あと、ワニは猛獣なんでしょうか。コモドオオトカゲは?
カバは? シャチは? と考えていくとわけがわからなくなります。
きちんとした定義が出せないんです。

日本最強はやはり北海道のヒグマか
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さて、前にも書いたことがありますが、最も人間を殺している
動物は人間です。戦争や犯罪など圧倒的な数なんですが、
それは抜かして考えましょう。また、蚊などの昆虫類も
例外とします。じつはマラリアなど、蚊が原因で亡くなる人は
世界中でものすごい数なんですけども。

で、人間と昆虫を抜かした第一位はまあ予想できますよね。
蛇です。蛇といってもアナコンダなどの大蛇に絞め殺される
のではなく、毒蛇の害によるものです。世界で、1年間で
約5万人の人が、蛇によって命を落としているとみられます。

百獣の王ライオン
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2位が犬。日本では徹底した野犬駆除によって、ノラ犬の姿は
ほとんど見かけなくなりましたが、世界はそうではありません。
野犬がいて、狂犬病ウイルスを持っていることも珍しくなく、
年間約2万5千人が亡くなっていると推定されています。
ただ、蛇や犬を猛獣というのは変な気がしますよね。

で、3位にワニが出てきます。数はぐっと少なく、年間の被害者は
2千人ほどです。ワニ物の動物パニック映画は
いろいろあります。あと、ワニと同様に映画になることが多い
サメによる被害者は世界で10人程度です。

ワニは猛獣?
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4位がカバで500人、5位がゾウで100人、6位でやっと
ライオンが出てきて被害者は100人ほど。次がオオカミで、
トラは圏外のようです。日本の場合、クマによる年間の死者は
例年1~2人で、ゼロの年もあります。昔はクマの被害よりも
馬に蹴られて死ぬ人のほうがずっと多かったでしょう。

ですから、猛獣が人を殺す事例というのはけっして多くはありません。
むしろ、トラなどは人間の駆除によって数が激減し、
絶滅が危惧されているほどです。ただ、トラが人を襲うのも事実で、
これまで最も多くの人を殺したのは、19世紀にインド・ネパール
国境周辺に生息していた「チャンパーワットの人食いトラ」。

436人を殺害したとされるベンガルトラで、これはギネスブックにも
載っています。すごい数ですが、ただ、これには別のトラによる被害が
含まれているという気がしますね。このトラは、ハンターとして
世界を巡っていたイギリス人、ジム・コルベットに射殺されます。

ハンターとトラ
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さて、中国では昔から英雄がトラを倒すという話があります。
明代の通俗伝奇小説『水滸伝』では、武松という登場人物が、
山の中で遭遇した人喰い虎を素手で殴り殺して村人に感謝され、
「打虎武松」というアダ名のいわれとなりました。

また、黒旋風の李逵という人物も、背中におぶった母親を虎に喰われ、
怒り狂って虎の一族4匹を殺しますが、こちらは武器を使ってました。
あと、日本では戦国武将の加藤清正が、朝鮮出兵時に虎退治をした
という話がありますが、本来は黒田長政とその家臣の逸話のようです。

素手で虎を殺す武松
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黒田長政は鉄砲で朝鮮虎を撃ち殺し、家来の2人が
刀で虎を斬り殺しています。虎の肉は滋養強壮によいとされ、
長政は塩漬けにして徳川家康に贈ったと記録に出てきます。
清正のイメージに合うので、後世に話がすり替えられたみたいですね。

あとはそうですね、よくトラとライオンが戦えばという話がありますが、
ライオンはアフリカのサバンナ、トラはアジアの森林にいて、
出会うことがありません。トラのほうが少し体が大きいので、
実際に戦えばトラが勝つという意見が多いです。ただし、トラが
単独で狩りをするのに対し、ライオンは集団戦です。

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トラは日本には生息してませんが、日本人にとっては中国の絵画や
書物で見る一種のあこがれの動物で、それが一休さんの
屏風絵の虎を縛るという話なんかに表れていると思います。
いっぽうライオンのほうは、日本でいう獅子とはちょっと違い、
獅子は、麒麟などと同じ伝説上の生物と考えたほうがいいでしょう。

さてさて、ということで猛獣について見てきましたが、
最初に書いたように、猛獣の定義そのものがあいまいですし、
猛獣に人が殺されるということも多くはありません。
むしろ、猛獣のほうが人間によって絶滅の危機を迎えているんですね。
では、今回はこのへんで。

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竹のオカルト

2019.12.06 (Fri)
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今回はこういうお題でいきます。うーん、はたして竹で最後まで
話が続くんでしょうか。いまいち自信がありませんが、
始めてしまいました。たぶんあんまりおもしろい内容にはならない
と思うので、スルーされたほうがいいかもしれません。

笹竹という言葉がありますが、Wikiを見ると笹と竹は
区別されているようで、幹が成長するとその部分の葉が落ちるのが竹、
全体が枯れるまで葉が落ちないものを笹とすると出てきています。
へえ、これは知りませんでした。うちの実家は茨木で裏に竹やぶが
ありますが、あれは葉が落ちるので竹でいいみたいです。

さて、竹は古来から清浄な植物とされ、魔除けの効果を持つと
言われてきました。理由は2つあって、まず常緑であること。
それと、天に向かってまっすぐに伸びること。このため、
榊とともに神道の儀式に使われることが多いんですね。
門松に使われているのはご存知でしょう。

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真ん中に竹を3本立て、「そぎ」と言って、鋭い切り口を正面に
向けますが、これ、徳川家康が始めたという説があります。
徳川家康の生涯、唯一の敗北として知られる「三方ヶ原の戦い」の後、
武田信玄への復讐を誓って「次は斬るぞ」という意味を込めて正月に
立てられたんだそうです。本当なんでしょうか、眉唾な気がします。

あと、神道では結界に竹が使われます。ある場所を結界として清める
ときには、四隅に竹を立て、注連縄をはり巡らして紙垂(しで)を
下げます。このときに使われる竹は「斎竹(いみだけ)」と言い、
地鎮祭などで行われているのを見かけた方もおられるでしょう。

「斎竹(いみだけ)」
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さて、竹のオカルトというと、まず一番に出てくるのは
「八幡(やわた)の藪知らず」でしょうか。千葉県市川市八幡にある
森の通称で、古くから「禁足地」とされており、「足を踏み入れると
二度と出てこられなくなる」という伝承が残っています。

植生は竹だけではないものの、竹の巨木もたくさんあります。
自分も何度か前を通ったことがありますが、鬱蒼として中の様子が
よく見えません。でも、地図上で見ると森は20m四方くらいの
せまい面積で、迷うようには思えません。
竹林には、神隠し伝説がつきものです。

「八幡(やわた)の藪知らず」
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子どもが迷い込むと、いつの間にか姿が見えなくなっている。
有名なのが2005年に起きた「たけのこ掘り行方不明事件」です。
実際の事件なので詳述はしませんが、香川県で、当時5歳だった
少女が、母親、小学3年生の姉と一緒にたけのこ掘りへ出かけ、
一人で「もう一本とってくる」と竹林に入ったまま

戻ってこなかったものです。警察の捜索で、竹林の中にある池に
落ちたのではないかとされ、池の水を完全に抜いても遺体は
見つかりませんでした。また、捜索に動員した警察犬4匹が同じ場所で
いっせいに動きをとめたため、誘拐の可能性も指摘されています。
現在、この竹林はフェンスで囲まれ、立入禁止になっているそうです。

「たけのこ掘り行方不明事件」
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さて、あとはそうですね。これは以前に「花火のオカルト」という
記事でも書いたんですが、中国で慶事のときに鳴らされる爆竹。
現在は火薬を使っていますが、もともとは竹で、節の間につまった
空気が熱で膨張して破裂し、音が出るというものでした。

中国の西方の山奥に、人間の姿をした一本足の怪物「山魈 さんしょう」
が棲んでおり、出会った人間は高熱を発し苦しみながら死んでいくと
考えられました。山魈は春になると山から降りてきます。
ある農民が竹を火にくべて暖をとっているところへ山魈が来ましたが、

爆竹、獅子舞などのルーツ


たまたま火にあぶられた竹が爆ぜ、山魈は逃げていった。
これが中国の春節で爆竹を鳴らす由来なんだそうです。この話が
もとになって、獅子舞ができたとも言われますし、日本の妖怪、
「覚 さとり」の話も、この中国の古話がルーツだと考えられています。

さて、植物にはそれぞれ似合う動物がいます。花札の「鹿と紅葉」
「猪と牡丹」などがそうですが、竹とペアになる動物には、
虎と雀があります。ただ、虎は日本にはいませんので中国の話ですね。
縦にまっすぐ生えている竹と、虎の縞が絵になるのかもしれません。

「覚の化け物の話」
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雀のほうは、「竹に雀は品よくとまる とめてとまらぬ色の道」
などと唄にもなっていますが、日本の民話「舌切り雀」で、
雀のお宿は山の竹林の中にあります。そこで大きいつづらを
お土産にもらった意地悪ばあさんは、中から出てきたさまざまな
妖怪に食べられてしまうんです。

さてさて、ということでけっこう書くことがありました。
ここではふれませんでしたが、七夕も笹竹にかかわる行事ですし、
古来から竹は身近なものだったんです。この調子なら松や梅でも
記事が書けそうです。では、今回はこのへんで。

大きいつづらから出てきた化け物に襲われる欲深ばあさん
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神の概念、魂の概念

2019.12.05 (Thu)
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今回はこういうお題でいきます。まあ、内容はたわごとのような
ものになると思いますので、スルーされたほうがいいです。
さて、自分は大学で考古学を専攻したんですが、そのときにふと、
神の概念と霊魂の概念って、人類の中でどっちが先に
できたんだろう、という疑問を持ちました。

でもこれ、考古学者にとっては、あまり考えないほうがいい
内容なんですよね。考古学の対象になるのは、遺跡と遺物です。
つまり、モノを対象にした学問で、そこから古代人の内面を
読み取るのはなかなか難しいんです。どうしても推測が入ってきます。

考古学は実証的な学問をめざしているので、遺跡を発掘した場合、
計測、分類、整理が最大の仕事になります。出てきた土器片の
寸法を測り、洗って袋に入れ、出土した場所と対応するように
図面に記録し、形をスケッチして番号をつけて保管します。
それがえんえんと続く、たいへん地味な作業なんです。

中国神話の神 盤古
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さて、神の概念はひじょうに古くから見られます。世界の
四大文明と言われる、黄河文明、インダス文明、メソポタミア文明、
エジプト文明、すべてに神話があり、何らかの祭祀が
行われていました。また、すべてが多神教でもありました。

この四大文明、それ以外でも早い時期に生まれた文明の中で、
共通して出てくる神というと、世界創造神(この世界をつくった)
大地母神(生命の誕生を司る)、太陽神、海洋神、風の神、
雷の神、山の神、冥界の神などですね。日本神話にも、
これらの神がやはり登場します。

一神教が登場するのはその後です。世界創造神だけが特化して
信じられるようになり、その他の神は排斥されて消えます。
偶像は破壊され、唯一神以外の神は人間を惑わす悪魔、
とされたりしました。この世界のすべてのことは、ただ一人の
全能の神が調和をとって動かしている。

インド神話の神
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一神教は砂漠などの自然が豊かとは言えない環境、また、多部族に
分かれて生活している地域で生まれやすいなどとも言われます。
うーん、一神教と多神教ではどっちが多いんでしょう。
キリスト教、イスラム教は世界に広まっていますが、
人口が多いインドは多神教ですよね。

さて、多神教の神々の中で異質なのが、冥界の神です。
これは自然を擬人化したものではなく、死者が行くとされる場所を
支配する神です。ということは、人間には霊魂があり、
死後に行く世界があるということになります。

エジプト神話の神々
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ちなみに、日本神話では死者は「根の国」というところに行くとされ、
そこを支配するのはイザナミとスサノオとされます。
オオクニヌシノミコトも含めて、この三神は出雲の国と
深い関係があり、根の国の入り口(黄泉比良坂)は、
現在の島根県にあるとも言われています。

では、人間が霊魂を持っているという概念はいつできたのか。
これは難しいですね。家族の死体を埋葬する事例はかなり古くから
見られますし、ネアンデルタール人にも埋葬の習慣がありました。
明らかに人為的に掘られた穴に、膝を折り曲げ埋葬された化石人骨が
多数見つかっており、大量の花粉が同時に見つかった例もあります。

埋葬されたネアンデルタール人
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その穴に花を投げ入れていたということですが、ただ、埋葬例が
見られることで、霊魂を信じていたとまでは言えません。
愛する家族の遺体が、腐敗していったり、野獣に食い荒らされるのを
見たくないので埋葬したとも考えられます。

さて、多神教においては、自然神の中に、いつのまにか祖先神が
入ってきます。すでに亡くなった祖先、特に過去に偉大だった
部族のリーダーは、死後に霊となって部族を見守っている。また、
祖先神に祈ることでその年の豊作を成就してくれるなどの考え方です。

巨大前方後円墳
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日本では、巨大古墳に祀られている主には、首長霊という言葉が
使われます。古墳の上で儀式を行って、偉大だった前の首長の
霊魂を新しいリーダーが受け継ぎます。
食器と見られる土器が出土しており、神と人が食事をともにする
ような形だったと考えられます。

ということで、神の概念と霊魂の概念は、どちらが先にできたとも
いい難く、互いに影響を与えながら現在まで続いてるんだと思います。
ああ、またありきたりの結論になってしまいました。
まあでも、それはしかたのない面もあるんですよね。
みなさんが洞窟で暮らす石器人だったと考えてみてください。

穴居生活
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狩りに出た夫が夜になっても帰ってこない、あるいは子どもが熱を
出して起き上がれない。やはり何かに祈りたくなりますよね。
そこで祈る対象が神になります。また、病気の子どもは死んでしまったが、
完全に消え去ったとは考えたくない。どこか別の世界に行って
暮らしている、そこで霊魂の概念ができあがります。

さてさて、あとは社会進化論的な考え方が関係してきます。人間が定住して
集団生活を営むようになると、神を祀ることを仕事にする司祭階級が
できあがります。司祭階級は多くの場合、集団の中では地位の高い
特権階級になります。で、最初は単純だった神の属性と神を祀る儀式、
魂の概念はどんどん複雑化していくんですね。では、今回はこのへんで。

シュメール神話の神
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