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雨とオカルト2

2018.09.09 (Sun)
jhhgggg (2)

おととい、このお題で書いていって中途半端な終わり方をしたので、
その続きです。怖い話以外の記事でも、それなりに構想を練ってから書く
ものもあるんですが、雨が題材ならいろいろ書けるだろうと思って
始めたら、雨乞いと龍の話が長引いて終わってしまいました。

さて、日本の怪談の最高傑作と言われるものの一つに、
読本作家で歌人の上田秋成が書いた『雨月物語』がありますよね。
ただ、日本の怪談というには、内容は中国からの翻案ものも多いです。
これは、秋成が漢学にも通じていたためで、当時、朝鮮通信使との
漢文での筆談に参加したという記録が残っています。

題名の「雨月」ですが、ネット辞書を見ると2つの意味があり、
「① 5月の別称 ② 満月が雨雲で隠れた状態」となっています。
①の5月の旧称は「皐月」のほうが競馬などでも有名ですが、
『雨月物語』の序文に、「雨は霽れ月朦朧の夜、窓下に編成」とあるので、
②の意味で使われているのは確かだと思います。

さて、もうすぐ中秋の名月になりますが、これは旧暦の8月15日のことで、
今年は9月24日にあたるようです。この日はお月見をしますが、
残念ながら、秋の長雨のために月が見えない場合も多いんですね。
そこで、月のかわりに飾られるのが月見団子です。

月見団子は、表面には何もつけず つるつるしていますが、これはもちろん、
月に見立てているわけです。本物の月よりも、雲影にある月を
想像するほうが、美しく価値が高いという日本人の感性があります。
ですから、「雨月」には、そのあたりの意味も込められているのかもしれません。

さて、前回、「雨乞い」のことを書きましたが、雨乞いってどういうものでしょうか。
世界各地に、古くから雨乞い話があります。基本的に、
「雨は神や天が恵みとして降らせるもので、それが降らないのは、
何かの原因で神が怒っているから」という考え方がありました。

インド、ヒンズー教の雨乞いだそうです 何で棒を足の指ではさんでるんでしょう?
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もともと雨が少ない国では、旱魃は深刻な被害をもたらすので、
牛の首を斬って生贄にするなどの雨乞いが行われていました。
日本は世界的には雨の多い国ですが、水稲耕作を中心にしていたので、
雨は多くても少なくても困りました。

前回、少し書いたんですが、日本の初期の雨乞いは、
神道的なものでした。それが、仏教が入ってきて隆盛した7世紀ころから、
僧が集まって読経をするのが雨乞いの中心になっていきます。
そして、弘法大師空海の登場によって、雨乞いは仏教の中でも、
密教による加持祈祷で行われることが多くなりました。        

歴史書には、成功した記録も失敗の記録も残っていますが、
11世紀の真言宗の僧、仁海という人は、9回雨乞いの祈祷を命じられて、
9回とも雨を振らせたので、当時の人から「雨僧正」と呼ばれて尊敬されたそうです。
ただし、これは国家的なもので、村々などの民衆レベルでは、
いろいろな形の雨乞いが行われていたようです。

京都随心院の仁海僧正の墓所
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さて、話変わって、「雨女」という妖怪がいます。
下の図は、鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』からのものですが、「雨女」についての
民間伝承はほとんどなく、「悪天候が続いて客足が悪いので、吉原の遊女が
嘆いている(あるいはつらい仕事がないので喜んでいる)のを風刺したもの」
と言われることが多いですね。  関連記事 『濡女と雨女』

妖怪「雨女」
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むしろ現代で「雨女」と言えば、「結婚式や旅行など、大切な行事のときに、
その人がいると雨になることが多い女性」こんな意味で使われることが多いですよね。
もちろん「雨男」もいますし、反対の「晴男」や「晴女」もいます。
まあしかし、これは明らかにたまたまだと思うので、
「雨女」とか呼ばれるのは気の毒です。

さて、そろそろ長くなってきたので、最後は、当ブログによく登場する
西丸震哉氏に〆てもらいます。『山だ原始人だ幽霊だ』という本では、
氏がグループで登山した際、向こうから激しい雷雨が迫ってくるのが見えたので、
両手を広げて、雨雲に向かって「待ってくれ~」と叫ぶと、
一行の数m前で雨が停まった、ということが書かれています。

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このときは西丸氏も自分のやったことに半信半疑でしたが、後年インドに行ったとき、
高名なヨーガの導師に会い、「ここで何か能力を一つ身につけていけ」と言われて、
上記の体験を述べると、本格的に修行をさせられて「雨やみの術」を
会得することができたと、『裏返しのインド』という本に出てきます。

で、氏はつねづねこの能力を仲間に自慢していたんですが、友人の結婚式が屋外で行われる
ことになったものの、悪いことに台風が近づいてきている。そこで前日の夜、
雨やみの術を試みると、台風は急激に速度を早めて通り過ぎ、
結婚式当日の朝には、抜けるような晴天になっていたそうです。
こんな能力があれば便利この上ないですが、まあ、西丸氏特有の大ボラなのかもしれません。

さてさて、自分は大阪在住で、この間の台風も大変でした。
停電中も工夫してブログの更新はしましたが、台風を制御する技術があればいいですよね。
ですが、一つの台風全体のエネルギーは水爆何百発分にもなるそうで、
それができるまでには100年以上もかかりそうです。では、今回はこのへんで。

関連記事 『雨とオカルト』

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「魔除け」って何?

2018.08.28 (Tue)
hhdususs (3)

今回はこういうお題でいきます。カテゴリはオカルト論かな。
さて、魔除けというのは、まじないの一種でしょう。
まじないとは、さまざまな民間信仰が混然とした形になっているものです。
前に、当ブログでは「まじない」について考察していますので、
興味ある方は参照なさってください。  関連記事 『まじないについて』

まじないは、大きく分けると2種類あるのかなと思います。
一つは、開運です。積極的に運を自分のほうに引き寄せるためのもの。
もう一つが魔除け、つまり悪運を避けるためのもの。
これは開運に比べれば、消極的な意味にも思えますよね。

イワシとヒイラギの魔除け
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ただ、歴史的には、開運よりも魔除けのほうが古かったのではないかと思います。
みなさんは、例えば、ある石を身につけるだけで運がよくなる、
なんてことがあると思いますか。まあ、一種のブラセボ効果のようなものは
あるのかもしれません。ですが、幸福をつかむためには、
やはり自分が努力することが何よりも大切です。

これに対し、不幸はいつ襲ってくるかわかりません。
疫病とか、不慮の事故、そういうのはいくら気をつけていても避けられない場合も
あります。昨日まで隣の家の子と仲よく遊んでいた自分の息子が、
今日、流行病で死んでしまった。隣の子はピンピンしてる。

ハチの巣の魔除け


これは運不運なんですが、どうしても釈然としない気持ちが残ります。
自分の子は、魔に魅入られてしまったのではないか。
そのような偶発的な不幸を避けたい、というのが魔除けの
そもそもの発想ではないかと思います。

さて、「魔除け」に類する言葉はいくつかありますね。
「厄払い」 「邪気払い」などです。これらはだいたい同じ意味で使われていますが、
そもそもの言葉の成り立ちは少し違いがあります。
まず、そのへんをみていきたいと思います。

花火筒の魔除け
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魔除けの「魔」は、サンスクリット語の「マーラ (魔羅)」の短縮形で、
仏教的な意味合いがあるようです。マーラは、仏道の修行を妨害したり、
人の行う善事を妨げるものを指しています。「魔が差す」という言葉がありますが、
これは、「悪魔が心に入りこんだように、一瞬判断や行動を誤る。
出来心を起こす。」という意味で使われます。

ですから、魔除けとは、外からの影響によって悪い心を起こす、
人生が破滅してしまう、といったことがないよう、
自分を守るためのものだったと考えます。現代でも、女や金、あるいは酒などで
人生を棒に振ってしまうなんて話は、いくらもありますよね。

次に厄払いですが、この「厄」は、厄病神、疫病神、厄神のことで、
人間界に疫病をもたらす悪い神とされます。
厄病神が村の街道を通ってやってくるのを、注連縄などの結界を張って防ぐ。
これを「道切り」と言いました。

厄病神を通さないための「道切り」
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次は邪気払い、「邪気」とはよくない気のことです。
自分はこれ、神道の影響が強い言葉じゃないかと思います。
神道では、気を重視します。気が充実していない場合を「気枯れ」と言い、
それが「穢れ」という語に変化しました。

邪気は、「人の身に病気を起こすと信じられた悪い気」という意味で使われます。
厄と似た意味の言葉なんですね。ただ、上でも書いたように、
「魔除け」 「厄払い」 「邪気払い」は、現代では、
どれも同じような意味で考えてる人が多いんじゃないでしょうか。

ニンニクの魔除け
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さて、では、どうすれば魔を払うことができるのか。一つには、強いものの力を借りる。
「鎮西八郎為朝御宿」と書いた札を家の入口にはって、
疫病が入ってこないようにします。源為朝は剛弓の使い手として知られた
平安時代の武将ですね。この他、「鬼瓦」の怖い顔で魔を追い返すなどもそうですし、
沖縄のシーサーもこれに近いものです。

次に、魔が嫌がりそうなものを軒先に吊るす。例えば、嫌な臭いを出すイワシの頭、
ニンニクなどです。ニンニクは西洋でもドラキュラ除けとして有名ですよね。
この他、トゲトゲのあるヒイラギの葉や、ハチの巣、花火の殻、蹄鉄など、
地方によっていろいろな魔除けグッズがあります。

あと、籠や笊を魔除けとして用いる地方もありますね。
籠や笊は目(穴)がたくさんあるので、魔が怖がるとされます。
また、籠目は六芒星の形をしていて、それが魔除けになるという説もあります。
六芒星はダビデの星とも言われ、西洋でも呪術的な意味を持っています。

籠目
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さてさて、ということで、ここまで見てきましたが、
いくら自助努力をしても避けようがない不運というのは、
人生にはどうしてもあるものです。それをなんとかしたい、そういう昔の人の
気持ちが、魔除けには込められているのではないでしょうか。
では、今回はこのへんで。






進化論と心霊主義の時代

2018.08.26 (Sun)
今回はこういうお題でいきます。カテゴリとしてはオカルト論になるでしょうか。
さて、進化論はご存知だと思います。一般的には、1859年に
チャールズ・ダーウインが『種の起源』を発表した時点が、
現在知られている進化論の始まりとされます。

チャールズ・ダーウイン
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ダーウインはそもそもが探検家でした。1831年から1836年にかけて、
ビーグル号で地球一周する航海をおこないましたが、
ガラパゴス諸島などに立ち寄り、世界の各地に、その土地特有の動植物が
生息するのを知って、「種の不変性」に疑問を持つようになりました。

「種の不変性」というのはどういうことかというと、
『旧約聖書』の創世記で、神がすべての動植物を創り、それがそのままの形で
現在に続いているというものです。ですが、ダーウインは、動植物はその地域の
気候などの環境に合わせて変化してきたのではないか、との考えを持ちました。

これは、現在からすれば当然の疑問だと思うんですが、
ダーウイン以前にそういう考えを持つ人がいなかったのは、それだけキリスト教の
影響力が強く、聖書の記述がそのまま信じられていたからです。
それに反した考えを持つことはタブーだったんですね。

ネアンデルタール人の化石人骨
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ちなみに『種の起源』発表の3年前、ドイツのネアンデル谷で人骨化石が
発見されました。後にネアンデルタール人と呼ばれるようになるものですが、
このとき、化石について学者の間では議論が分かれ、中には、
「ノアの箱舟の洪水で死んだ人間の骨である」と真面目に主張する人もいたんです。

『種の起源』では、ダーウインは人間の進化には触れていませんでした。
ですが、進化論がだんだんに浸透し始め、賛同者が増えてきた1871年に、
『人間の進化と性淘汰』を発表し、その中で、
人間は異性を巡る競争を通じて進化した、という説を述べています。

さて、ダーウインの進化論は、細かい部分はあれこれ修正されつつも、
大筋では間違いないというのが、世界的な流れだと思います。
とはいえ、現在でも「進化論は根本から間違ってる」とする学説が、
ときおり発表されることがあります。で、その多くがアメリカ発です。

アメリカでは進化論を信じない人が多いんですよね。現在でも、公教育で
進化論を教えるべきかどうかの議論があります。これは、アメリカの建国事情と
大きな関わりがあるんです。イギリスの清教徒たちが信仰の自由を求め、
メイフラワー号で渡ってきたのがアメリカの国の始まりとされています。
そのために、聖書原理主義がひじょうに強い。

アメリカのキリスト教原理主義団体が作ったノアの方舟
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一方、ヨーロッパでは、各地でネアンデルータール人、クロマニョン人の
化石が発見され、人類の進化が現実的に考えられるようになりました。
「人間は猿から進化してきた」この考え方は、
それまでのキリスト教の精神支配をかなり弱めたんですね。

で、キリスト教の縛りがゆるむと同時に、キリスト教の専売特許だった
人間の霊魂についても、科学的に研究することができるのではないか、
そう考えた学者が多数出てきたんです。こうしてヨーロッパの心霊主義が
始まったんですが、この当時、心霊は科学と対立するものではありませんでした。
むしろ最先端の科学分野だったと言っていいかもしれません。

ですから、初期の心霊研究を行った人物には、高名な科学者が多数含まれます。
1880年代に、心霊現象研究を行う最初の学術団体として
「心霊現象研究協会」が設立され、それにに参加したのが、
化学者のウイリアム・クルックス、世界的物理学者オリバー・ロッジ、
ノーベル生理学・物理学賞を受賞したシャルル・ロベール・リシェなどです。

シャルル・ロベール・リシェ
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で、どのような形で研究が進められたかというと、霊や霊界と交信できる
とする、霊媒たちが行う交霊会を通じてのものが中心でした。
上述のロベール・リシェは、交霊会で目撃した、人体から出る不思議な物体を
「エクトプラズム」と名づけています。また、キュリー夫人なども
交霊会に参加した記録が残っています。

交霊会の様子
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ただ、この当時の霊媒には、多くのアバンチュリエが混じっていました。
アバンチュリエは、「山師、詐欺師」と訳されるフランス語で、
主に上流社会に取り入って詐欺を働く人物のことです。
錬金術の昔から、伝統的にヨーロッパにはこの手の人物がたくさんいましたが、
それが霊媒師に姿を変えて、世間ずれしていない科学者たちと交流したんですね。
中には、女霊媒の色仕掛けにコロリと騙された高名な科学者もいます。

さて、現在、ヨーロッパのカトリック勢力は進化論を認めています。
1996年、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世は、
「進化論は仮説以上のものであり、肉体の進化論は認めるが、
人間の魂は神が創造したものである」と述べました。進化論は認めても、
あくまで、霊魂はキリスト教の支配下に置いておくということです。

さてさて、長くなってきたのでそろそろ終わりますが、
「進化論の発表→キリスト教権威の弱体化→科学者の霊魂研究への参入」
この図式で、心霊主義の時代が始まったんです。今でこそ、科学と心霊は対立する
もののように言われますが、当初はそういう構図ではなかったんですね。
では、今回はこのへんで。

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宗教の起源について

2018.08.06 (Mon)
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こういうお題でいきたいと思いますが、これ、正直言って、
一介の市井の占い師には無理なテーマです。ですから、ここで書くことは、
妄想のようなものと考えてもらったほうが気楽ですね。
まず、宗教とは何か? これは、じつにたくさんの要素を内包した幅広い概念です。

みなさんが一般的に考える宗教とはどういうものでしょうか?
神様(キリスト教ならヤハウェ)がいて、経典(聖書)があり、
教義(十戒)があるものが宗教、そんなふうに考える人が多いような気がします。
ですが、これは一神教的な考え方であり、本来の宗教はもっと多様なものです。

例えば、集団で太鼓を打ち鳴らし、火を焚き、それを囲んで踊り狂い、
トランス状態を得る・・・こういうのも宗教の一つの形態です。
アフリカ大陸や太平洋の島々などには、いまだに残っていますよね。
あと、人間が集団生活を営むようになって、人のものを盗んではいけないなど、
さまざまなルールができてきました。

原始宗教
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これは道徳や法と呼ばれることが多いんですが、始まりは宗教であったと
考えることもできます。日本でも、天つ罪(田を荒らしたりすること)
国つ罪(他者を殺傷したり、近親相姦したりすること)など、
古神道から発生したルールがあります。

で、自分は今回、3つの観点から宗教について考えてみようと思っています。
まずその1つ目は、「肉体と霊魂の分離」です。
家族として共同生活していた者が亡くなり、呼びかけても返事をしませんし、
遺体はだんだんに腐敗し、骨となり、やがて土くれと化します。

これは厳然たる事実で、肉体は必ず滅びます。しかし、生きていた家族の記憶は、
残された者の中に残っているわけです。では、あの強く優しかった父、
夫はどこへいってしまったのか? 肉体ともに永遠に滅びたのか。
そうは考えたくない。ここで、肉体と霊魂の分離が起きたんだと思います。

肉体は滅しても霊魂は不滅で、別の世界へと旅立った。
それは、あの世、彼岸、霊界、天国などと呼ばれるものなのかもしれません。
そしてそこから、まだ生きている私たちを見守っている。
こういう考え方が、自然発生的に生まれてきたんではないでしょうか。

ちなみに、最古の遺体の埋葬が確認されるのは、約10万年前、
現生人類ではなく、ネアンデルタール人の事例です。
これは副葬品も見つかっているので、たんに遺体を隠すためだけでなく、
なんらかの宗教的な目的があったのではないかとみる学者も多いんです。

花を副葬して遺体の埋葬を行うネアンデルタール人
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2つ目は、「道徳的規範」ですね。上でも書きましたが、他人の所有物を盗んだり、
他人のパートナーと姦通したりすれば、争いが起きて集団生活がうまくいきません。
ですから、社会の中にルールが生まれます。では、どうしてルールはあるのか。
ルールを破ったものは、なぜ罰を受けなくてはならないのか。
これも宗教が発生した大きな要因の一つだと思います。

多くの宗教では、ルールは神が定め人間に与えたとされます。
『旧約聖書』で、モーゼが神から十戒を与えられる場面は有名ですよね。
ちなみに、キリスト教以前のユダヤ教には、日常的な事細かな戒律がありましたが、
モーゼの十戒はそれを極限までシンプルにしたものです。
そして社会のルールは、道徳、法律、理性などと名前を変えて、
現代にもつながっているわけです。

モーゼと契約の石版
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3つ目は「神」の存在です。古代文明といえば、エジプト、メソポタミア、
ギリシアなどですが、はじめはどこも多神教でした。日本でもそうですね。
人間の力が及ばない暴風雨、形のよい山、森の中の巨木、荘厳な滝、
そういったものは古代人により神として崇められ、祀りたてられました。

ご神木
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日本は、まだ多分に多神教の性格を残していますが、
西欧社会は、多神教の上に一神教であるキリスト教が上書きされた
形になっています。これはイスラム社会でも同じです。ですが、
多神教の痕跡は、様々な場面で顔を出すことがあります。

さて、では上記の3つの観点のうち、最も最初にあったのはどれなんでしょう?
時間的な順序に意味があるかどうかわかりませんし、難しいんですが、
自分は考古学的なさまざまな根拠から、1なんじゃないかと考えています。
まず、肉体と霊魂が別であるという概念が持たれるようになった。
2、3の発生はそれに遅れるんじゃないでしょうか。

ところが、多くの宗教では、神を中心に置いていますよね。
死後の霊魂を天国や地獄にふりわけるのが神。行いの善悪を定めたのも神、
それどころか、この世界を創ったのも、人間を生み出したのも神という具合に、
すべてが神中心に収斂し、宗教は社会の中で強い力を持つようになっていった。

さてさて、これには多くの異論があるでしょうし、
自分が書いていることが絶対に正しいとも思いません。
また今後、何らかの確実な証拠が出てくることも期待薄です。このことについては、
いずれ機会を改めて続きを書いてみたいですね。今回はこのへんで。

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「言霊」って何?

2018.07.29 (Sun)
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今回はこういうお題でいきます。「言霊 ことだま」は、古来から日本にあった
考え方で、「言葉に宿ると信じられた霊的な力」を指し、
「言魂」と書く場合もありますが、基本的には同じ意味です。
自分は、言葉の持つ霊力は、いくつかに分類することができると考えています。

さて、「言霊」という語が文献に登場するのは、『万葉集』からです。
「しきしまの やまとの国は 言霊の たすくる国ぞ 真幸くありこそ」
これは、柿本人麻呂が旅に出る人に贈った歌で、
「日本は、言霊が助けてくれる国です。ですから、私が無事に旅をしてください
と言えば、きっとそうなるはず。」こんな意味でしょうか。

柿本人麻呂
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ここで、2つの考え方を読み取ることができます。
一つは、「日本は、他国とは違って、言霊が助けてくれる特別な国」
というもので、日本の言語風土に対する自負。このことは、
人麻呂の歌だけでなく、日本の古典の随所に見ることができ、
これも興味深い話題なんですが、本項では詳しくはふれません。

もう一つは、「言葉に出して言ったことは現実になる」という考え方です。
前掲の歌も、「私が無事でと言ったので、あなたは無事に過ごせるでしょう」
という意味で歌われているんですね。このように、
言葉に出して将来のことを述べることを、「言挙げ」といいます。

で、「言挙げ」は、基本的にはポジティブなものになります。
例えば、「○○大学に絶対合格するぞ!」みたいな感じです。
ただし、言挙げした内容が、自分の慢心によるものであった場合は、
神の怒りを買って、悪い結果がもたらされることになります。

ヤマトタケルと白猪
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『古事記』では、伊吹山の神と戦うため山中に入ったヤマトタケルが、
白猪に出会い、「これは神の使いだろう、今は殺さず(神を討ち取った)
帰りに殺してやろう」と言挙げします。
しかし、この言葉は、ヤマトタケルの慢心から出たものだったため、
伊吹山の神の祟りによって、逆に殺されてしまうんですね。

ですから、上の大学受験の例も、本人がまったく努力しておらず、
ただ、「絶対 合格してやる!」と言っただけではダメなんです。
刻苦して、そう言うだけの実力を身につけていないと、
神に憎まれ、楽に合格できるはずの滑り止めまで落ちてしまうかもしれません。

あと、推理作家の井沢元彦氏は、著書の『逆説の日本史』の中で、
ネガティブな内容についても言霊が働く、といったことを書いておられます。
例えば、明日 遠足があるのに「雨が降る」などと言うこと、
また、太平洋戦争中に「日本は負ける」などと言うことは、
言葉に出すと現実になってしまうので、タブーとなったとしています。

たしかに、そういう面は否定できないんですが、
それは、考え方としては新しいものだと自分は思いますね。
基本的に、神社の祝詞の内容などを考えても、
古代における言挙げはポジテイブな内容のものだったはずです。
ここまでは、言霊について、言葉の意味的な面から見てきました。

ただ、言葉の霊力はそれだけではなく、もう2つほどあると考えます。
その一つが、言葉の「音 おん」に関するものです。
例えば、「ア」は明るく大きなもの、「カ」は鋭くとがったもの、といった具合に、
50音について、それぞれが固有の意味を持っているとする考え方です。

これは、文字の字面の場合もあれば、発音の響きの場合もあります。
企業が新しい商品の名前を決めるときなど、
消費者に与える印象を考えて、言葉を選んでいきますよね。
こういった考え方を「音義学 おんぎがく」といい、江戸時代の国学者、
平田篤胤などによってまとめられています。

平田篤胤
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さて、意味、音ときまして、3つめは、「言葉のつながり」
つまりリズムになります。日本で古代から伝わる言語リズムといえば、
和歌の「五 七 五 七 七」。言葉をこの順に並べ、
朗々と声に出して詠みあげることで、呪術的な効果が発生する。

紀貫之が書いた『古今和歌集』の仮名序には、「力をも入れずして天地を動かし
目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の仲をもやはらげ、
猛きもののふの心をもなぐさむるは歌なり」
と出てきます。
これは、和歌の持つ力を述べたものですが、
和歌がそういった力を持つのも、リズムがあってこそです。

紀貫之
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現代でも、天皇・皇后両陛下が、新年の歌会始で御製を披露されます。
2018年の天皇陛下の御歌は、
「語りつつ あしたの苑を 歩み行けば 林の中に きんらんの咲く」
というものでした。これは、けっして私的な内容ではなく、
日本国および国民に対する、霊的な祈りが込められたものなんですね。

さてさて、ということで、言霊について3つの観点からみてきましたが、
実際は、言霊にはもっといろんな要素が含まれています。
あと、なぜ日本人が「日本は言霊の国」という考えを持つようになったかについても、
機会があれば書いていきたいと思います。では、今回はこのへんで。

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