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神道の神々と八幡神の謎

2020.07.08 (Wed)
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神道では大木も自然神として信仰された

今回はこういうお題でいきますが・・・ たぶん何を言ってるか
わからない寝言のような内容になると思うんですよね。
スルーされたほうがよろしいかと思います。とにかく、
日本神道ってすごく難しいんです。調べれば調べるほど
わけがわからなくなっていきます。

さまざまなものが、整理されないまま ごちゃごちゃになって
詰め込まれているという感じです。日本文化に魅せられた外国人が
神道の研究に着手しても、たいがい途中で放り出してしまいます。
日本人の研究でも、本はたくさん出ていますが、これ一冊で
納得できるというものは読んだことがありません。

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なぜそうなのか。一つには、日本神道が一般的な宗教の成立要素を
満たしていないせいがあるかと思います。世界の多くの宗教には、
① 神 ② 教祖・創始者 ③ 教典 があります。例えば
キリスト教なら、① 父なる神ヤハウェ ② その子キリスト
③ 『新約・旧約聖書』といった具合です。

ところが神道の場合、①は八百万(やおよろず)と言われる
たくさんの神々。②③はありません。③の教典については、
『古事記・日本書紀』あるいは各種の祝詞がそれにあたると言う
人もいますが、そこがまず理解を難しくしている大きな
要因だと自分は考えてます。



というのは、『日本書紀』はあくまで八世紀に成立した歴史書
であって、古代のことを必ずしも正しく伝えているわけでは
ないこと。それと、あそこに書かれているのは、当時の天皇や
有力貴族からみた神道であって、民衆の信仰心から出たもの
とは異なっていると考えられるからです。

では、神道っていったい何なんでしょうか。自分は、神道の神は
大きく5つに分けられるかと思います。まずは、自然神。
気象や地理的な条件が神となったもので、具体的には、
風の神、雷の神、川の神、山の神などです。縄文時代の磐座
などは、素朴な形の自然信仰とみていいかと思います。

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2つめは、祖先神です。同じ血統の一族がまとまって生活していて、
その始祖についての言い伝えが残っている場合、氏族の神と
なります。例えば神道の最高神とされる天照大神は、太陽神なので
自然神と言えますが、同時に天皇家の皇祖神でもありますよね。

3つめは農耕神です。弥生時代になって水稲耕作が始まり、
その年の収穫がどうなるかは、集団の生存に直結します。そこで
田の恵みをもたらす神が生まれます。昨日の記事で書いた纒向遺跡の
発掘調査でも、色濃く浮かび上がってくるのは農耕祭祀です。

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あとの2つは比較的新しい神で、渡来神、つまり外国から来た神。
素戔嗚命は大陸から来た渡来神ではないかとする研究もあります。
それから、人間が死後神に祀られたケース。
菅原道真は怨霊信仰により神とされましたし、
豊臣秀吉や明治天皇も、人が神になって神社が建てられました。

ということで、神道の理解が難しいのは、もともと異なったルーツの
神々を、すべてひっくるめて神道と言っているからじゃないで
しょうか。祭祀のしかたもそれぞれ異なっていたのが、現在のような、
鳥居があり、参道があって拝殿・本殿があるという
統一された様式の神社で祀られるようになった。

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でも、神社が今の形になったのはそう古い話ではないんです。
1990年から7年をかけ、神社本庁が傘下の全79355社を
対象に行った「全国祭祀祭礼総合調査」では、御祭神が明確に
判明したのは49084社しかなかったんですね。このことも、
神道の神々の素性がきわめて多様であることを表しているでしょう。

さて、神道をめぐる謎はたくさんありますが、自分が特に注目して
調べているのが「八幡神」です。この正体がよくわからない。
まず、八幡神は記紀に出てきません。ですから、日本神話とは
別個の神と見ることができます。ちなみに、上記の調査で、
全国で最も多かったのが八幡信仰にかかわる社です。

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一般的には、八幡神は第15代応神天皇のことであるとされますが、
それ以前から、九州の土着信仰として「八幡(やわた)の神」の
信仰があったと自分は見ています。さらに、現在の大分・宇佐
周辺に住む渡来人により祀られていた大陸由来の神が
それに結びつき、最後に神功皇后や応神天皇の伝承が重なった。

かなり複雑な性格を持ってるんですね。宇佐神宮などでは、
八幡神は神功皇后、比売神(ひめがみ)とセットになって3柱で
祀られています。神功皇后と応神天皇は母子の関係ですが、
比売神が何かはよくわかっていません。九州の大地母神的な
存在であるとする説、天照大神説、邪馬台国の卑弥呼説などが

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入り乱れています。八幡神は、奈良時代に仏教と集合して
八幡大菩薩となり、源氏の氏神、また武勇の神として信仰される
ようになりました。ですが、応神天皇そのものに大陸からの
渡来人説(騎馬民族征服王朝説など)があり、調べれば
調べるだけ謎が深まっていく難しいものなんです。

さてさて、ここまでおつき合いいただいたみなさん、ありがとう
ございました。当ブログの読者の中で、御自説や、何か情報を
お持ちの方は、ぜひコメント欄でご教示いただければ
ありがたいです。八幡神については、わかったことがありしだい、
今後も記事にしていくつもりです。では、今回はこのへんで。





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人肉食についての一考察

2020.07.05 (Sun)

サイコパスのため、人肉食を禁忌と考えないレクター博士

今回はこういうお題でいきます。オカルト論ですかね。
さて、人肉食というのは大きなテーマです。
現代の視点で考えれば、倫理的な問題も多々あると思います。
ですが、世界の歴史を考古学的に見ていくと、人肉食が
行われていた証拠というのは多数あるんですね。

人肉食の倫理的な問題として、まず最初にあげられるのは、
「殺して食べたのか」それとも「死体を食べたのか」でしょう。
食べるために人間を殺すというのは、やはりマズイですよね。
たんなる食人よりもタチが悪い気がしますが、現代でも、
「佐川君事件」をはじめ、そういう事例はけっこうあるんです。

カナダで冬の長期間の孤立のため、家長が家族を殺して食べた「ウエンディゴ事件」
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では、「食べるために殺す」理由は何でしょうか。
① 空腹だったため人間を狩りの獲物とし、食べた。
② 戦争で殺した敵の戦士の死体を食べた。そのことで、勇敢さを
  自分のものにすることができると考えられたなど。
③ 宗教的な儀式で人間を生贄とし、その死体を食べた。

この③のケースは、世界的に例が多いです。例えば、今から
1800年ほど前、古代ヨーロッパ西部に住んでいたケルト人は、
ドルイドと呼ばれる宗教を信仰しており、その儀式の中に
生贄があったことが確認されています。ローマ帝国はケルト人
征服のための遠征を何度も行っていますが、

生贄と人肉食を行っていた可能性があるドルイド教徒
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ドルイド教徒の生贄を目撃した文章が残されています。イギリス、
アルベストン洞窟からは、200年頃のローマによる征服時代の
ものと見られる人骨が150体も出土しています。人為的に
頭蓋骨が割られ、大腿骨が切り裂かれていました。これは
動物に行うのと同様、骨髄を取って食べたと見られます。

④ 人肉は薬用になると信じられたため。まあ、この場合は
自然死した人間の肉でもいいわけですが、なかなか手に入りにくい
でしょうしねえ。日本の明治時代にもそういう事件があったのは
ご存知でしょう。明治35年に起きた「臀肉事件」、あるいは
「野口男三郎事件」と呼ばれるものです。

野口男三郎の新聞挿絵
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東京府麹町区で、近所の11歳の少年が両目をえぐり取られ、
臀部の肉、約1.2kgがはぎ取られ、殺されているのが発見されます。
犯人は野口男三郎という人物。ハンセン病の義兄の治療のため、
肉を切り取ったと自供。ただしこの少年殺しは証拠不十分のため無罪。
男三郎は他の殺人も犯しており、そちらで死刑になります。

⑤ 緊急避難のための人肉食。例えば長期漂流中の船、
「アンデスの聖餐」などの飛行機墜落事故で、食料がないため
人肉を食べるしかなかったケース。ただこれ、事故遺体を食べた場合と、
遭難者同士で殺し合って食べた場合とがあり、前者であれば
罪にならないことも多いですね。以前記事に書きましたが、

アンデスの聖餐事件
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「ミニョネット号事件」というのがあり、19世紀、イギリス船籍の
ヨットが遭難し、船長、船員2人、給仕の少年の4人の乗組員が
救命艇で脱出。食料がなくなったため、船長が少年を殺害、
他の3人で遺体の血を飲み、肉を食べました。救助後、3人は殺人罪に
問われましたが、ヴィクトリア女王から特赦され軽い刑になっています。

日本では、「ひかりごけ事件」が有名です。知床半島で帝国陸軍の船長と
船員1人が雪の中で孤立。船長は死亡した船員の遺体を食べます。
後の裁判で船長は人肉食は認めたものの、殺人は否認。死体損壊罪で
懲役1年になります。人肉食については、日本の刑法には禁じる
規定がないため、裁判で争われることはありませんでした。

鳥取飢え殺しの舞台となった三木城址
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あと、大飢饉のときに人肉を食べたという話は多いですが、死体は
たくさんあったでしょうし、殺してまでというのはレアケースでしょう。
日本の戦国時代、秀吉は鳥取の三木城に対し徹底した兵糧攻めを行い、
食料が尽きた城内は地獄絵図と化し、死者の人肉を奪い合った
という記録が残っています。別名「鳥取の飢え殺し」

⑥ 歪んだ愛のため、あるいは狂気のため。前述の佐川事件などが
そうですね。あとは『三国志演義』に、劉安という人物が蜀の劉備を
もてなすために自分の妻を殺して料理し饗応したという話が
出ています。通俗小説ですので、事実とは考えにくいですが。

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さて、では死体を食べたケースにはどんなものがあるでしょうか。
理由は、ここまで書いてきた①~⑥と共通するものが多いんですが、
葬送儀礼としての人肉食というのもあります。
パプアニューギニアのフォレ族は、近親者の葬儀に際して、
死者の魂を取り込むという宗教的な理由でその肉を食べました。

そして、クールー病という、全身が震える治療不能なブリオン病が
蔓延していました。潜伏期間は5~20年と長いものの、発病すると
1年足らずで死に至ります。これ、狂牛病(クロイツフェルト・ヤコブ病)と
同種の病気なんですね。現地のキリスト教宣教師の
努力により、現在はクールー病はなくなっています。

中国の胎児スープ、中絶胎児は人間ではないので合法?
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最後に、人肉嗜好というのもあります。単純に人肉が美味なので
食べる。人肉を食材と見ているわけです。世界の多くの国の法律は、
直接人肉食を禁じているわけではありませんが、結果として
死体損壊罪になってしまいます。『羊たちの沈黙』に登場する
レクター博士も、この、美味しいから食べる派でした。

さてさて、まったく書き足りないんですが、当ブログはオカルト
ブログであって、猟奇犯罪ブログではないので、ここらで
やめておきましょう。ドイツで、ネットで自分に食べてもらいたい
人間を募集し、実際に応募してきた人を殺して食べたなんて
興味深い話もあるんですが。では、今回はこのへんで。

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氏神・産土神・鎮守神

2020.07.02 (Thu)
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藤原氏の氏神神社 奈良春日大社

今回はこういうお題でいきます。オカルト論ですが、
このところずっと道教やキリスト教の話題が多かったので、
ひさびさに神道の内容にしてみました。さて、
みなさんはこういう童謡というか唱歌をご存知でしょうか。

「♪ 村の鎮守の 神様の 今日はめでたい お祭り日
 ドンドンヒャララ ドンヒャララ ドンドンヒャララ 
 ドンヒャララ 朝から聞こえる 笛太鼓」
たいへんリズムのよい、陽気な気分になる歌なんですが、
今の子どもはこういうの知らないんですよね。

で、ここで出てくる鎮守神(ちんじゅがみ)って何でしょう。
字を見れば、鎮め守る神ということで、村の守り神的な
存在のように思えます。ですが、鎮守神ってかなり
難しい概念なんです。また、似たような用語として、氏神、
産土神(うぶすながみ)などがありますが、

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これらとどう違うんでしょう。今日はそのあたりの話を
してみます。まず一番わかりやすいのが氏神でしょう。
血統が共通する氏族があり、その人々が信仰する神を
氏神と言い、多くの場合、その氏族の祖先神になります。

日本の古代において、氏族の血統がどう考えられてきたかは
よくわからない面があったんですが、それが一変したのは、
1968年に埼玉県行田市、埼玉古墳群の稲荷山古墳から
出土した稲荷山古墳出土鉄剣によります。ちなみに
稲荷山古墳の推定年代が5世紀後半頃。

稲荷山出土鉄剣
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この発掘から10年後の1978年、腐食の進む鉄剣の
保護処理のため、X線による検査が行われましたが、その際、
鉄剣の両面に115文字の漢字が金象嵌で表されていることが
判明します。このため、「金錯銘鉄剣 きんさくめいてっけん」
とも呼ばれるようになりました。

裏側には、雄略天皇と考えられる「獲加多支鹵大王」の文字があり、
これも大きな問題なんですが、今回はふれません。表側には、
「ヲワケの臣。上祖、名はオホヒコ。その児、タカリノスクネ。
その児、名はテヨカリワケ。その児、名はタカヒシワケ。その児、
名はタサキワケ。その児、名はハテヒ。その児、名はカサヒヨ」

四道将軍の一人、大彦命
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と刻まれていたんです。剣の持ち主がヲワケという人物。
先祖がオホヒコ(第8代孝元天皇の皇子、大彦命のことか?)で、
そこから続く先祖の名がずらっと6代にわたって書かれています。
で、最後のカサヒヨの息子がヲワケ。最初にこれを見たとき、
自分は、アダムから続く『旧約聖書』の系図が頭に浮かびました。

古代人が、いかに自分の先祖と血筋を大切に考えていたかわかります。
このような氏族が、氏子となって祀ったのが氏神。代表的な
ところでは、藤原氏の氏神が武甕槌命で奈良県の春日神社の御祭神、
源氏の氏神は八幡神。あ、古代史の話を書いていたら、
もうこんなに長くなってしまいました。先を急ぎますね。

次に産土神ですが、その人が生まれた土地の神様のことです。
つまり氏神は血縁、産土神は地縁という違いがあります。
産土神は、もしその人が生まれた土地を離れたとしても、
一生その人を守護し、もし亡くなった場合、霊魂は産土の地に
戻ってくるとされました。

最近は自分の産土神を探すサービスなどもあるようです
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最後の鎮守神ですが、これが難しい。氏神、産土神より後に
できた概念で、でき方は2通りあったと考えられます。
平安時代になると荘園制が形成され、貴族や武士、寺院などの
私的領地ができます。これにより、氏族社会が崩壊し、
氏神信仰は衰退していくんです。

その荘園内に新しく神社を建て、鎮守の神を置きました。また、
神仏習合が進み、寺院の中に守護のための神祇が祀られるようになり、
これも鎮守神と呼ばれたんです。鎮守神は、その土地の古くからの
神の場合もあれば、新しく勧請された神の場合もありました。

武士が力を伸ばした荘園制度
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さて、近世になるにつれ、氏神、産土神、鎮守神の区別はあいまいに
なっていきます。理由はおわかりと思います。土地から離れる人が
増えたからですね。交通手段が発達し、各地で城下町が
整備されて都市化が進み、大名の国替えなど、
大人数が一度に移住するケースが増えていきます。

血族集団はあちこちの地に散らばり、新しくその土地に入ってきた
人たちが、いなくなった一族の氏神を古くからの土地神として信仰する。
そういった形でごちゃごちゃになっていったんです。そうして、
氏神も産土神も、鎮守神と呼ばれることが多くなりました。

祭礼に参加する氏子
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現在、ある神社の氏子には誰でもなれますよね。氏神の周辺に住み、
その祭礼に参加する者全体が氏子で、決まった一族である
必要はなく、氏子総代も、その血族の者でない場合も多いんです。
氏子になると、祭礼に参加するなど、さまざまな役割があります。

さてさて、どうにか説明することができたでしょうか。
まあ、もともと氏神も産土神も土地神としての性格が強かったので、
そこまで大きな違いのないものだったんです。7月に入って
夏祭りの季節になりました。自分も茨城から大阪に移って、
地元の祭礼には参加しています。では、今回はこのへんで。

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白魔術と黒魔術、心霊術

2020.06.28 (Sun)
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黒魔術のイメージ

今回はこういうお題でいきます。オカルト論です。
さて、みなさんは白魔術と黒魔術の違いはご存知でしょうか。
こういう質問をすると、それが行われる目的で答えられる方が
多いんですよね。白魔術は、善い目的のために使われるが、
黒魔術は他人を呪ったりする悪い目的で使用される。

ですがこれ、ある面では正しいんですが、完全な正解という
わけでもありません。ちなみに、ここでいう魔術とは、
あくまでも西欧キリスト教社会における概念です。
その他の地域で行われていた呪術、魔法については
別項で取り上げることにします。

現代で白魔術の護符とされるペンダント
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キリスト教においては、すべての魔術が禁じられています。
そのことは旧約・新約のどちらの聖書にもはっきりと出てきます。
理由はおわかりだと思います。魔術が、キリスト教の唯一神以外を
力の源としているからですね。神の力によらないものは、
すべて邪悪とされてきました。

この時代が、ローマ帝国でのキリスト教国教化以来、ずっと長い間
続きます。これに変化が起きたのが12世紀頃。当ブログの読者の方なら
その理由もおわかりかと思います。11世紀から始まった、キリスト教の
聖地エルサレム奪還をめざす十字軍遠征です。
十字軍遠征は負け続けで成功したとは言い難いですが、

十字軍
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ヨーロッパのキリスト教徒たちは、オリエントの地に保存され、
独自の発展をとげていた古代ギリシア・ローマ時代の叡智を
再発見します。アリストテレスの理論などがしっかりと研究されて
いたんですね。それはまだ科学という概念がない当時においては
驚異的なものでした。

ここから、非金属を金に変えることを目的とした錬金術、
占星術、医術などがヨーロッパにもたらされ、そしてルネッサンスの
時代へとつながっていくんです。みなさんはアルベルトゥス・マグヌス
という名前をご存知でしょうか。日本では有名ではありませんが、
西洋魔術史においてはきわめて重要な人物です。

アルベルトゥス・マグヌス
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13世紀ドイツの神学者で、アリストテレス理論の研究家でも
あった彼は多数の著作を残していますが、その中で、
「自然魔術」という概念を提唱しています。これは現在で言う
科学のことであると自分は考えています。マグヌスは自ら錬金術の
実験を行い、はっきり金はできないと述べてるんですね。

また、同じ時代のフランスの司教ギレルムスも、魔術はすべて
否定されるべきではなく、自然の理に則って行われるものは
合法であるとしました。ここで、魔術は自然魔術と黒魔術に
分かれることになります。黒魔術は悪魔の力を借りて行われる
違法なものでした。

中世ヨーロッパの魔導書
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こうして、自然魔術はヨーロッパ中世において大流行していき、
王侯貴族やキリスト教会の重鎮でも、自然魔術、錬金術を研究した
人物が知られてます。自然魔術の内容は多岐にわたり、花火、
地図作成、薬品や香水の製法、動物の品種改良、肉の焼き方、
果物の保存方法などなど・・・

ただ、自然魔術と黒魔術の境目ってあいまいですよね。
黒魔術は悪魔の力を借りて行われる邪悪なものですが、結果だけ
見れば自然魔術とそう違いがあるわけではありません。
そこで、ある人物を陥れるため、「やつは黒魔術を行っている」
という噂が流されることになります。

ヨハン・ファウスト
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代表的な人物が、ゲーテの戯曲『ファウスト』のモデルになった
とされるヨハン・ファウストです。彼は各地を放浪して錬金術を
行いましたが、ドイツの宗教改革者マルティン・ルターから、
悪魔の力を借りて魔術を行っていると非難されています。
その死は、実験中の爆発によって五体がバラバラになるという
悲惨なものでしたが、人々は悪魔に魂を奪われたと噂しました。

さて、ここで話を変えて、カナダでは21世紀になっても魔術偽計罪という
法律がありました。悪魔の力を借りて魔術を行い、金をまき上げた罪
ということです。でも、さすがに現代の法律としてはそぐわないので、
ついに廃止されることになったんですが、廃止のわずか2日前、
ティファニー・ブッチという女性がこの罪で逮捕されます。

ティファニー・ブッチ容疑者
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彼女は、支持者から「北の白い魔女」と呼ばれていて、
罪状は、呪いを解く引きかえに金銭を要求したことでした。
で、ティファニー容疑者は公判で、「自分は魔女ではなく、
霊能者、霊媒師である。魔女という呼び名は自分を陥れる
ためのもの」と主張したんですね。

たしかに、霊媒師と名のる人物はたくさんいて彼女と同じような
ことをやってるんですが、少なくとも魔術偽計罪で逮捕される
ことはないんです。(詐欺罪で逮捕されることはあります)
霊能力、心霊術は19世紀の心霊主義時代にできた新しい概念です。

アメリカの霊媒師を描いたテレビドラマ『ミディアム』
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心霊主義については、過去記事で詳しく書いているのでふれませんが、
ダーウインの進化論発表以後、キリスト教から離れて、霊魂や
死後世界を科学でとらえようとする試みでした。多くの科学者が
心霊主義の実験に参加しましたが、そのほとんどは失敗に終わっています。

さてさて、お時間になりました。ここまでをまとめまると、
白魔術とは自然魔術のことであり、現代の科学によく似たものでした。
また、黒魔術は悪魔の力を借りて行われる反キリスト教の非合法なもの。
心霊術は、近代に出てきた非キリスト教の新しい考え方です。
よろしいでしょうか。では、今回はこのへんで。

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火災を招く絵

2020.06.26 (Fri)
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今回はこういうお題でいきます。オカルト論になりますが、
この話、かなり有名ですので、オカルト好きのみなさんには
ご存知の方も多いと思います。さて、自分は、絵や彫刻など
美術系の芸術は、作者と鑑賞者の関係が直接的だと考えています。

どういうことかというと、音楽と比較してみればわかりやすい
でしょうか。音楽だったら、ある作曲家が曲をつくって
楽譜に残します。それを作曲家自身が演奏することも
あったでしょうが、多くの場合、オーケストラなどのプロが
演奏したものを観客が聞きます。

あるいはロックなどでも、ライブに行って聞く人の数は
たかがしれていて、多くの人はCDを買ったり、ネット配信で
聞いてますよね。作者からワンクッションあるわけです。
これに対し、美術品の場合は、美術館に行って見るにしても、
購入して自宅に飾るにしても、作品そのものに直にふれるわけです。

「泣く少年」には多くのバージョンがある
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ですから、絵画や彫刻、古美術品などもそうですが、より直接的な
影響を受けてしまう。まあ、とは言っても、絵画にも複製と
いうものがあります。ゴッホやルノアールなどの名画を買える人は
かぎられてますので、複製品を自宅に飾る。これからする話は、
そのことと少し関係があるんですね。

イギリスの話です。始まりは1980年代。ヨークシャー地方の
ある家が火事になりました。室内のものはほぼすべて燃えた
状態でしたが、その家に飾られていた一枚の絵だけが、
どういうわけかほぼ無傷の状態で残っているのが発見されます。

この絵、「泣く少年 The crying boy」と題されたもので、
特に怖いような絵柄ではありません。粗末な服を着た5歳以下と
思わる少年が涙を流している顔のアップ。作者は有名な画家ではなく、
ヴェネツイアに住む、イタリア人のブルーノ・アマディオ
という人が旅行者向けに売っていたシリーズ物です。



ここも注意すべき点で、シリーズ物ということは、「泣く少年」と
一口に言っても、複数の種類があることです。後の調査で、
65種類のバージョンがあることが確認されています。
で、この絵が60~70年代に百貨店で売り出され、たいへんに
イギリス人にうけたんですね。購入した家庭がひじょうに多かった。

もちろんそのほとんどは印刷された複製です。ちなみに、
この絵のイタリアでの題名は「ジプシーの少年」。
また、作者のアマディオ氏は1981年に亡くなっていますが、
不審な死というわけではないようです。

イギリスオカルトの発信源の一つである「ザ・サン」紙
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1985年、イギリスのタブロイド紙で、オカルトの中でも
エイリアン物を積極的に取り上げた紙面づくりをしている(笑)
「ザ・サン The Sun」が、この絵についての特集を組みました。
火災現場になぜか一枚の絵だけが焼け残っている。

1回だけなら、たまたまと考えられますが、同様のケースは
何十件も報告されていて、それらはみな同じ「泣く少年」の絵。
ある消防士は、自分が出動した火災現場で、なんと7回も
この絵が焼け残っているのを見たと証言しています。
で、サン紙がこの特集をした5日後、ボウトンという町にある

ブライアン・パークスさんの自宅が全焼。そして焼け跡から
無傷の「泣く少年」が発見され、大騒ぎになります。
サン紙編集部には、パニックを起こした読者から2000枚
以上の「泣く少年」が送りつけられ、消防署員立ち会いのもとに
焼却処分されているんです。

「ザ・サン」紙による焼却処分
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さて、ここからは種明かしですが、自分が考えたことではなく、
イギリス国営放送のBBCの検証です。建築研究所でスタッフが
この絵を燃やしてみたところ、絵はほとんど焼けず、
額縁が焦げただけにとどまったんですね。理由は、絵の
キャンバスには硬質繊維板という素材が使われており、

防炎処理が施されたようになっていて、燃えにくいことが判明
したんです。絵はインク印刷であって油絵ではない。
さらに、絵の入った額縁はヒモで壁に吊るされていることが多く、
まずそのヒモが焼き切れ、絵は下向きに床に落ちて炎から
守られやすくなる・・・だいたいこんな内容でした。

あと、向こうの火災は日本のイメージとはかなり違います。
日本の家屋の多くは木造なので、全焼だと外壁まで焼けてしまう
ケースが多いんですが、イギリスはレンガ造りの家がほとんどで、
内部は蒸し焼き状になっても、外までは火が及びにくいんですね。
家の中の場所の酸素の状態によって、燃え方も異なります。

BBCによる検証実験 youtubeに動画があります
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ここまでをまとめると、イギリス家庭で「泣く少年」と題される絵が
飾られている家はたくさんあり、絵が火事を呼んだというわけではない。
絵は燃えにくい素材でつくられている。また、火災時の条件からも、
絵が焼け残る可能性は高い。こういうことになりますか。

さてさて、ネットでは、この絵の話は完全に都市伝説化していて、
モデルの少年は、じつは「ファイアスターター」という超能力者で、
嫌がる少年を無理やりモデルにした画家はアトリエが火事になって
焼死。少年は10年後、交通事故で車が炎上して死亡・・・
まあ全部デマなんですが、これはこれで面白いなあと思います。
では、今回はこのへんで。

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