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故人が墓から出る

2016.02.20 (Sat)
変な題名ですが、今日も怖い話ではありません。この話題です。


『11月初旬、大阪・ミナミにある高島屋大阪店。店頭で客を出迎えたのは
人間国宝の落語家・桂米朝・・・ではなく、米朝をモデルにしたアンドロイド
(人間型ロボット)だ。同店で開催した大阪物産展に展示した。
「米朝アンドロイド」が話すのは、人生相談、落語の歴史、米朝自身の人生の3種類。
客がタッチパネルで質問を選ぶと、対応した内容を話す。
話すときにはちゃんと相手と目を合わせ、手ぶりを交える。
「本当に米朝さんがいるみたい」。客の女性は、こう感想を漏らした。
「目的は人間を理解すること。より人間らしく改良して、
人間の存在は永遠になれるのかという課題に挑戦したい」
こう語るのは、米朝アンドロイドを開発した大阪大学の石黒浩教授だ。』
(日本経済新聞)

これは2014年12月の記事ですが、
この3ヶ月後、米朝師匠はお亡くなりになられます。
落語家としては2人目、上方では初の人間国宝、
芸能人として初めての文化勲章受賞と、上方文化を代表されるような存在でした。

・・・ということは、このアンドロイドは、
米朝師匠の生前からつくられていたわけで、その過程に協力した師匠は、
「気味悪いね」とは言いながらもまんざらではなかったそうです。
「自分の芸を残せるものなら残してほしい」とも。
現在、この米朝ロイドは、追悼公演で噺を語り、息子さんや一門の落語家とも共演しています。
一門の弟子たちは、米朝ロイドが運ばれてくると、
生前の師匠を前にしたときのように、さっと緊張の色が走るそうです。

このアンドロイドの生みの親は、大阪大学の石黒浩教授です。
自分的には、アンドロイドもロボットの一種だと考えているのですが、
石黒教授はその製作者の中でも、
特に人間に似せることにこだわっている方のようです。
それには、外面的な部分だけではなく、ちょっとした仕草や表情なども含まれます。
米朝ロイドは表面を特殊なシリコンで再現し、中には機械やモーターが入っていて、
顔を含めて体全体で32カ所が動くようになっており、
制作には数千万円かかっているそうです。

石黒教授がロボットの人間らしさにこだわるのは、対話や接客、
介護といった人間とのコミュニケーションという役割を担わせようと考えるためで、
人間にそっくりな外見を持ち、笑ったり眉をひそめたりと表情を変える、
そんなアンドロイドの実現を目ざしているからです。

自分なんかだと、介護ロボットは別に人間的な外見をしていなくても、
寝返りさせたり入浴させたりの介護機能に優れていればいいのではないか、
という気もするのですが、教授には「人間にとって理想的なインターフェースは人間だ」
というこだわりがあるようです。また、アンドロイドを人間に似せていくことは、
人間とは何かということを研究することにもなる、とおっしゃておられて、
これはそのとおりだと思いますね。

さて、石黒教授の書かれた『アンドロイドは人間になれるか』(文春新書)
という本を読みましたら、自分にとってはじつに興味深い話題に1章が割かれていました。
教授が審査員を務めるSF小説コンテスト「星 新一賞」の準グランプリ作に
「墓石」という作品があり、その内容が紹介されていて、
『死んでアンドロイドになった私が墓場に立っている。
歩くこともできるが、そうすると死んだはずの人間がいる、となって社会が混乱するので、
墓場からは出られない。命日や彼岸には娘が会いに来て結婚したことを報告し、
苦労を話していく。やがて妻も亡くなって、そのアンドロイドが隣に立つ』

こんな話のようでした。

自分(bigbossman)は、両親ともすでに他界し、昨年末に弟も亡くしまして、
ときおり遺影に眺めいることもあるのですが、
どうなんでしょうね。故人そっくりのアンドロイドが遺影のかわりになるでしょうか。
写真は当人を写したものですが、基本的には紙でできています。

アンドロイドは現在はシリコンですが、将来は、
故人の細胞から培養した生体的な素材などにかわってくるかもしれません。
360°から撮った写真を元に制作するでしょうし、
なんなら生前の本人をモデルにして3Dプリンターで造形することもできる。
そのようなアンドロイドが、生前と同じ声調、口ぶり身振りで語りかけてくる。
確かに、生きた人のように語りかけて故人を偲ぶことはできそうですが・・・

でもこれ、あくまでも外見、仕草、声、そのあたりまでだと思うんですよね。
ロボットやアンドロイドには内面の問題もあります。AI(人工知能)のことです。
外面がどのくらい人間に近いか、人間の動きをどれほど再現しているかなど、
アンドロイド製作にはさまざまな観点がありますが、
それと並行して人工知能の研究も進められているのです。
もしアンドロイドが「自我」を持ったらどうでしょう。

自我の定義はさまざまな意見があって難しいのですが、
「私はかけがえのないたった一人の存在である」という自覚、
まあこんなところにしておきましょうか。
さらに自己防衛本能(壊されたくない、いつまでも存在していたい)
などの人間的な要素をつけ加えて行くと、これは感情や自立した思考能力を持った、
と言っていいような気がします。

そのようなアンドロイドに、「お前は昨年亡くなった◯◯◯である」
とプログラムし、故人の記憶を植えつけたとして、
墓場に立たせておいていいもんでしょうか。
自我や感情を持ち、自由に思考できるとしたら、
これは生きた人間と変わりないのではないかという気もします。

人権と言えるかはわかりませんが、さまざまな権利が発生し、墓場から歩き出して、
社会に復帰することになるんじゃないでしょうかね。そういうアンドロイドに、
特定の故人を演じさせていいものなのかという問題も出てくるでしょう。
「墓石」という作品は残念ながら未読なのですが、もしかしたら、
そのようなことを読者に考えさせようという意図があるのかもしれません。

また、石黒教授は「人間に似せたインターフェイス」にこだわっていますが、
これがもし人間とはかけ離れた外見の、
いわゆるロボットであったとしたらどうでしょう。
『スターウオーズ』のあの凸凹コンビのようなものですが、
自我を持ち中身は人間そのもの、あるいは人間よりも崇高な思考をするのかもしれません。
映画ではただの機械として売られたりしていましたが、
そのような存在とのつきあい方のノウハウも、
そう遠くない将来には必要になってくるんじゃないかと思いますね。








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ガイジュセクとオヤビン

2015.10.12 (Mon)
* 今回も怖い話ではありません。この話題です。
ちょっと古い、今年6月のニュースですね。

『ロンドン大学神経医学研究所は、自然なヒトの遺伝的変異が、
クロイツフェルト·ヤコブ病などのプリオン病に耐性を持つと発表した。
クロイツフェルト·ヤコブ病(CJD)やウシのBSE(狂牛病)は、
異常プリオンが脳や中枢神経系に蓄積することが原因とされているが、
いまだに治療法が存在しない不治の病として知られている。

プリオン病を研究するチームは、パプアニューギニアにおける風土病
「クールー(kuru)」に着目。同地では近代まで死者を弔う儀式での食人習慣があり、
(1950年代以降は行なわれていない)
クールーはこれに起因する異常プリオンの蓄積が原因とされる。
研究チームはクールーにもかかわらず生存してきた現地の人の遺伝子を調査し、
プリオンタンパク質に対する耐性と見られる変異を発見した。』

(Newsweek 日本語版)

変な題名ですが、2人の人物についてとりあげています。
ガイジュセクはご存知でしょう。ダニエル・カールトン・ガイジュセク(ガジュセック)
アメリカの医師で、クールー病の研究により、
1976年度のノーベル生理学・医学賞を受賞した人です。
ちなみに晩年、氏は児童に対する性的虐待で有罪判決を受けています。
ヤバいですね。ノーベル賞は返上しなくてもよかったのでしょうか?

クールーはクロイツフェルト・ヤコブ病と基本的には同一で、
1920年台にドイツ人医師により報告されました。
ガイジュセクはパプアニューギニアでのフィールドワークにより、
ニューギニア島南部高地に住むフォレ族の間で広まっていたこの病気が、
人肉食由来であることを論証した功績で、ノーベル賞を受けたのです。

フォレ族では1950年台まで、
葬儀のときの死者の人肉食を儀式として行っていました。
このときに脳まで食す習慣があったので、クールーが蔓延したのです。
(まれに脳とその関連以外の部位を食べても起こる場合があるようです)
特に女性と子どもに多かったと言われます。症例は、異常プリオンが脳内に侵入し、
脳組織に海綿状の空腔をつくって脳機能障害を引き起こすもので、
進行が早く、ほとんどが1~2年で死に至ります。
脳がスポンジ状にスカスカになる症状は、アルツハイマー病によく似ています。

牛が牛の脳を食べれば狂牛病になり、人間が人間の脳を食べればクールーになる。
この発症メカニズムもよく似ていますが、
自分は初めてこの話を聞いたとき、共食いの呪いみたいな禍々しい感じを受けました。
フォレ族がなぜ50年台で人肉食をやめたかというと、
これは現地に入った白人宣教師の影響が強かったためのようです。
人肉食がなくなるとクールーも収まっていったのです。

さて、2人目、オヤビンというのは、このブログによく登場していただく、
食生態学者の故 西丸震哉氏の敬称?です。
ご存知でない方はこのリンクを参照してください。
関連記事 『オヤビン西丸震哉氏について』
日本オカルト界の先駆者であり、怪談文化に寄与した功績は巨大です。
じつはオヤビンは1968年から1年近く、
パプアニューギニアに入ってフィールドワークを行っています。

その体験を書いたのが『さらば文明人ーニューギニア食人種紀行』という本で、
現在ならこの副題は変えられてしまうかもしれません。
現地に入って早々、熱帯に慣れるためと称し、
旧帝国陸軍が死の行進をしたとされるオーエン・スタンレー山脈を踏破するなど、
(オヤビンは登山家としても有名) さまざまに破天荒な行動をとっています。
ちなみに、この山行には旧日本軍の幽霊を目撃するという目的もありました。

オヤビンは、このフォレ族の中にも入って調査を行ったのですが、
彼らは人肉食をやめて10年以上たっており、
悪い過去だと思っていて、オヤビンにもそのことを隠していました。
そこでオヤビンは「俺も別のところから来た人食い族なんだ」
と嘘をついて情報を引き出した、などと本には書いてあります・・・

また「人肉は味の素の味がする」と現地人が証言したという話も出てくるのですが、
これはそもそも、現地人が味の素を食べたのも、
オヤビンによる試食会のときが初めてであって、
要は、人肉はうま味があるということなんでしょうね。
ところで、上記のガイジュセクがクールーが人肉食由来である証拠をつかんだのは、
英文文献によれば1965年のことのようです。
オヤビンの本には、フォレ族のクールーについて観察して書かれた部分もあり、
もし10年早くオヤビンがニューギニア入りしていれば、
もしかしたらオヤビンのノーベル賞受賞も・・・

まあ、これはないでしょうか。オヤビンの興味は生理学的な面よりも、
どちらかというと人肉食の倫理的な側面にあったようで、
徹底して現地人擁護の立場です。「彼らは神聖な儀式としてやっていたのだし、
人肉を食べることを罪とは思っていなかった」という論調で本は書かれています。
食べること=死者を悼み、再生させること であったわけですから。

もう一つ、クールーとは関係ない、「黒い眸」というロシア民謡にまつわる、
ガイジュセクのエピソードでを紹介します。
『パプアニューギニア地方を調査に訪れたガイジュセクは、
まだ石器を使っている未開民族と接触し、歓待を受けた。
その時、多くの伝統的な歌を聞かせてもらった返答として、
彼はロシア民謡の「黒い眸」を歌って聞かせた。

数年後、同じ地方の違う地域を訪れたガイジェセクは、
若い原住民たちが「黒い眸」を歌っているのを聞いた。しかも驚いたことに、
彼らの多くは、その歌が自分たちの先祖伝来の歌だと思いこんでいたのだ。
その後、この歌はさらに奥地まで浸透し、広く歌われていることが判明した。
外界から伝わった断片的な知識が、ほんの数年で、
原住民の伝統文化の中に定着してしまうことは十分にあり得るという典型例である。』


自分もフィールドワークで話を採集したりすることもありますし、
現在では、まったく外からの影響を受けていない
地域や部族というのはまず存在しません。
民間伝承における新しい時代の外部からの情報の侵入・・・
つねに心に留めておかなくてはならないエピソードだと思っています。

さてさて、話をクールーのほうに戻して、
現在のフォレ族で見つかった、クールーに耐性を持つ遺伝的変異というのは、
じつに興味深い話です。もし人肉食の習慣が50年代以降も続いていたら、
すべてのフォレ族にクールー病に抵抗する遺伝子が広がっていただろうと、
研究チームは推測しています。これはダーウイン進化論に合致する顕著な例なんですね。
『フォレ族から見つかった遺伝子変異をネズミに移植した。すると実験対象のネズミには、
クールー病だけでなく2つのタイプのブリオン病への抵抗力が生まれた。』

記事にはこのような報告もあり、治療法がない難病であるブリオン病、
さらにはアルツハイマー病の治療法の確立にも役立つ可能性があります。







呪術的な日本

2015.09.15 (Tue)
* 今日は怖い話ではありません。
前にも1度取り上げたことがある、井沢元彦氏の『逆説の日本史』シリーズ
についての話です。現在は「幕末年代史編1 - 黒船来航と開国交渉の謎」
まで刊行されていて、総数400万部近いベストセラーになっているそうですが、
今夜はこの話題です。

Wikiによれば、
『日本の歴史を創るのは「言霊、和、怨霊、穢れ」への無意識の信仰に基づく
非論理的な日本人の行動と分析し、史料絶対主義を排し、その書かれた、
書かれなかった背景をも深く考察すべきこと、
時代で常識とされていたことは記録されなかったこと、および通史的考察の重要性を強調し、
シリーズ全体を貫くテーマとしている。』

このように特徴がまとめられています。
自分は歴史好きなので、全巻読ませていただいてますが、
内容には共感する部分もあれば、「いくらなんでもそれはないだろう」
と反発する部分もあり、研究としてはともかく、読み物としては理想的とも言えます。

井沢氏は、現在のアカデミズムによる歴史研究の欠点として、
① 日本史の呪術的側面の無視・軽視
② 史料至上主義
③ 権威主義
の3点をあげておられます。

①については、全面的にというわけではありませんが、それなりに同意できますね。
日本の歴史は、呪術という点からとらえれば違った面が見えてくるのは確かでしょう。
例はいくらでもあげることができそうですが、
例えば、中国の正史の一つある『隋書』 これは聖徳太子?が国書に、
「日出ずるところの天子、書を日沒するところの天子に致す。恙なきや。」
と書いたということが記されていて有名ですが、
当時の日本の政治について次のような記述も出てきます。
『上(煬帝)は役人に日本の風俗を尋ねさせた。使者が言うには、倭王は天を以て兄となし、
日を以て弟となす。天が未だ明けない時、出でて聴政し、結跏趺坐し、
日が昇ればすなわち政務を停め、我が弟に委ねるという。
高祖が曰く「これはとても道理ではない」ここに於いて訓令でこれを改めさせる。』


つまり当時の日本の大王は、太陽を弟と見なしていたので、
夜が明けない暗いうちは自分が政務をとり、太陽が昇ると、
弟が出てきたので仕事をやめ、世の中のことをまかせて(たぶん)寝てしまう。
これを聞いた煬帝はあきれて「とんでもない話だ」となり、
上記の「日出ずる」の部分の無礼をも合わせて糺すために、
裴世清という人を使者として日本に派遣するわけです。

この後、使者であった小野妹子が、隋からの返書を、
(たぶん叱りつけるような、朝廷には見せられない内容のため、わざと?)
紛失するというゴタゴタもあり、古代史の中でも面白い部分です。
確かにこのようなやりかたで政治を行っていたなら、現代人の目からは噴飯ものです。
『隋書倭国伝』では、当時の日本の風俗・習慣が詳しく記され、
おそらく政治についての部分もほぼ正しいだろうと思われますが、
こういうことは教科書にはあまり出てきません。600年頃の話です。

また、平安時代の陰陽道による「物忌み、方違え」などもあります。
これは天皇も含めた当時の貴族の生活習慣で、
物忌みは、日が悪いので何もしないで家にこもることで、
方違えは、方角が悪いので一旦別の場所に出かけてから本来行きたかった場所へ行く、
というものです。このために何日間か、場合によっては1ヶ月以上もつぶれてしまい、
政治を行うにはたいへんに効率が悪いわけですが、
逆に言えば当時の政治は、そんなことをしていてもできてしまうようなレベルであった、
とも見ることができそうです。

また、これは『逆説の日本史 - 平安建都と万葉集の謎』にも出てくるのですが、
平安京への遷都は、早良皇太子や井上内親王などの怨霊の祟りを怖れたためである、
という論が展開されていて、それは確かに間違いではないと思いますが、
自分としては、それがすべてであると見るのもどうかなあという気がします。
藤原氏による他氏排斥のため、応天門の変や昌泰の変(道真の左遷)が起こり、
菅原道真をはじめとする敗者が怨霊化して、
後に神と祀られたりすることになるわけですが、いくら怨霊が暴れたからといって、
排斥された氏族が政治の中心に返り咲いているということもありません。

権勢欲や力による支配など、人間の基本的な部分は、
現代と古代でそう変わるわけではないでしょう。
確かに歴史における呪術的な側面は、井沢氏の言うように、
教科書に書かれる歴史では軽視されていると思いますが、
それだけで世の中が動いているわけでも、もちろんないのです。

②の史料至上主義について
これはしかたのないことだと思いますね。史料、つまり根拠がなくてもいい、
情況証拠でいいというなら、何だって言えてしまうことにならないでしょうか。
井沢氏の「時代で常識とされていたことは記録されなかった」という考え方も、
歴史を面白おかしく語るための方便と見られてもしかたのない部分もあると思います。
歴史における実証主義というのは、戦前・戦中の皇国史観の反省をもとに、
現在の日本の史学が柱として掲げるものであり、
楠木正成や足利尊氏などの人物像が史料によって見直されてきています。
この方向性を変えていくことは退歩ではないかと自分は考えます。

③の権威主義、例えば大学で学んだ恩師の〇〇先生がこういう説だから、
それに逆らってはいけない、将来の出世に差し支える、
などということは自分が専攻した考古学の分野でもあり、
そのために弥生時代の年代観がずいぶん長い間混乱していたのですが・・・
歯切れは悪いですが、そのようなことはだんだんになくなってきていると思いますよ。







『くじ』を読む

2015.09.09 (Wed)
今回は怖い話ではないのみならず、ネタバレですので、
この短編を未読の方にはスルーをお勧めします。
最近、英語の復習のために、海外の有名な短編作品で著作権が切れているものを、
ネットで見つけて脳内翻訳するということを、暇を見てやっています。
もともと翻訳で読んでストーリーを知っているので、辞書に頼らずだいたい読めます。
とりあえずは、スタンリイ・エリン『特別料理』 ロアルド・ダール『南から来た男』
そしてシャーリー・ジャクスン『くじ』の3編を読みましたが、
いろいろと新しい発見がありました。

ちなみにこの3編とも、オカルトではなく「奇妙な味」と言われる分野のもので、
どちらかと言えばミステリー寄りです。超自然的な物や出来事は作中には出てきません。
『特別料理』と『くじ』はホラーとは言えるかもしれません。
『南から来た男』はオチのひねりが強烈な、賭けを主題とした話です。
英語としては『特別料理』が図抜けて難しく、あとの2つはそれほどではありません。
『南からー』では賭博じいさんの言葉が南米なまり?で書かれていて、最初とまどいますが。
自分はアメリカに2年ほど住んでいたことがあるのですが、
『特別料理』では、日常会話ではまず使わない単語がたくさん出てきて、
これは作者がわざとそうしているようです。
言葉を選び抜いて組み立てられているんですね。

シャーリー・ジャクスンは心理的な残酷さが持ち味の女流作家です。
『山荘綺談』などの純ホラーも書いていて、映画化もされています。
『くじ』はザ・ニューヨーカーという雑誌に発表されたものです。
ここに書かれる作品は、どちらかといえば洒落た都会的なものが多いのですが、
『くじ』は異色で、アメリカ開拓時代の名残を残す小集落が舞台となった、
土着的とも言える内容です。発表された当時「恐ろしすぎる」「胸が悪くなる」等、
たくさんの投書があったということです。

ここからネタバレなのですが、筋は、
「ある300人ほどの集落で全員参加のくじ引きが行われるが、
その目的は最後まで明らかにされない。家族単位で当主がくじを引いていき、
ハッチンスン家が当たりになる。さらに幼い子供を含めた一家全員でくじを引き、
奥さんが丸印を引き当てる。集まった集落の全員は、ハッチスンの奥さんめがけ、
集めていた丸石を投げつける」

だいたいこんな内容です。この行事は集落が入植・開拓された当初から、
毎年行われてきたもののようです。

トウモロコシの収穫前の6月に、くじで選ばれた一人を全員で石を投げつけて殺す。
・・・どういうことでしょうか? 生け贄?
トマス・トライオンの長編『悪魔の収穫祭』ではそうでしたね。
かつては集落の人口を増やさないため行われてきたのかもしれません。
家族よりも集落全体の団結を深めるためなのかもしれません。
そのあたりは明らかにされないのですが、目的が形骸化してしまった現在でも、
伝統を守るためにくじ引きが行われているのです。

さて、ここで、くじが当たるハッチンスン夫人は、
この人物が選ばれるのが当然であるように話が構成されている、
ということはいろんな人が書かれています。もちろん自分もそう思います。
まず、くじを引く集会に遅れてきますし、
あれこれ文句をつける自己中心的な人物のように描かれています。

There's Don and Eva, Mrs. Hutchinson yelled. Make them take their chance!
Daughters draw with their husbands' families, Tessie,
Mr. Summers said gently. You know that as well as anyone else.
It wasn't fair, Tessie said.
「ドンとエヴァがいるでしょ」ハッチンスン夫人が叫んだ。「あの娘らにも、運命を選ばせなきゃ」
「娘はその夫の一族として引くんだよ、テシー」サマーズ氏は優しく言った。
「あなたも他のみんなと同じように、そのことはよくわかっているだろう」
「こんなの、フェアじゃないよ」


この場面は、一家がくじに当たったと知ったハッチスン夫人が、
自分の嫁いだ2人の娘にもくじを引かせろとわめいているところです。
確実に誰かが死ぬくじびきに、結婚して出してやった実の娘も加えろと言っているわけですね。
これではなかなか読者の同情は得られないでしょう。
ハッチスン家は、現在はハッチスン夫妻の他に、大きな息子ハッチスンジュニア、
12歳のナンシー、幼児のデイヴィの5人です。跡継ぎの息子や、
この後に家事を担当するであろう娘もいて、ハッチスン夫人がここでくじに当たっても、
まあ、それほど困らないであろう家族構成に描かれています。
このあたりも作者の作為なのでしょう。

The children had stones already.
And someone gave little Davy Hutchinson few pebbles.
子どもたちはすでに石を持っていた。そして誰かが小さなデイヴィにも小石を持たせた。


ジャクスン一流の残酷さが出ている一文で、家族も石を投げなくてはならないのですね。
事態が把握できないでいる幼児にも、母親に投げつけるための小石を誰かが握らせた・・・
集落の全員が石打ちに加わることに意味があるのでしょう。

さてさて、今回再読して改めて気がついたのは、登場する2人の人物のことです。
まず、くじ引きの進行役をやっているサマーズ氏について。
この役は決まっているものというより、サマーズ氏が自ら買って出て、
ボランティアのような形でやっているように描かれています。
このサマーズ氏に対して、

(Mr. Summers)who had time and energy to devote to civic activities.
He was a round-faced, jovial man and he ran the coal business,
and people were sorry for him.
because he had no children and his wife was a scold.
サマーズ氏は、市民活動に費やす暇と活力を持った、丸顔の陽気な男で、
石炭の店を経営している。そしてみなは、彼に子どもがなく奥さんが口やかましいため、
彼を気の毒に思っている。


こういう描写が初めのほうで出てくるのですが、
自分は初読のときにはまったく意識せず読み過ごしていました。
また、伝統を守る(くじを存続させる)側に立つ、頑固なワーナーじいさん。
彼は77回くじ引きに出たことを自慢気に公言しているのですが、
北の村で、くじ引きをやめようとしているという話を聞いたとき、こう言います。

Old Man Warner snorted. Pack of crazy fools, he said.
Listening to the young folks, nothing's good enough for them.
Next thing you know, they'll be wanting to go back to living in caves,
nobody work anymore, live hat way for a while. Used to be a saying about
'Lottery in June, corn be heavy soon.' First thing you know,
we'd all be eating stewed chickweed and acorns. There's always been a lottery,
ワーナーじいさんは鼻を鳴らして「馬鹿どもの集まりが」と言い、
「若いやつらの言うことを聞いても何一ついいことはない。あんたもわかるだろう、次には、
洞窟暮らしに戻りたい、働きたくない、こうなるに決まってる。
昔からこう言われてる。『六月にくじ引き、とうもろこしはじきに実る』
もしやめてしまったなら、はこべとどんぐりのシチューを食わなきゃならなくなるぞ、
くじはいつまでもあるもんだ」


まあ、自分の深読みのしすぎという可能性もあるもしれませんが、
サマーズ氏に子どもがないのはなぜなんでしょう?
たまたま子宝に恵まれなかったのでしょうか。そうかもしれませんが・・・
77回くじを引いた(77歳の)ワーナーじいさんが一人暮らしなのはなぜなのでしょう?
ずっと独身だったというのは考えにくいようです。
集落のみなはどこの家にどんな子どもがいるかをよく知っていて、
年頃になったら嫁を世話してやる、そんな雰囲気で集団は描かれています。
例えば、この少年の父は数年前にくじに当たったのでしょう。

A tall boy in the crowd raised his hand.
Here, he said. I'm drawing for my mother and me.
He blinked his eyes nervously and ducked his head as several voices
in the crowd said things like
“Good fellow, Jack.” and “Glad to see your mother’s got a man to do it.”
一人の背の高い少年が「ここです」と手を上げ、「俺が母と自分の分を引きます」
と言った。彼は神経質そうに瞬き、群衆の「いいぞジャック」
「お前の母親が一人前にできる男に育てたのを見て嬉しいよ」といった声に、
首をすくめた。


じいさんの家族はじいさんより先にみな逝ってしまったのでしょう。
彼が頑迷にくじに固執する理由は、たんに年寄りだからではなく・・・
300人の集落ですから、一家が5人として約60家族、
確率的にはくじ60回(60年)に1回は、自分の家に当たることになるわけです。
これは作品に描かれた集落の人の寿命とおそらく同じくらいでしょう。
そして家族の中でまたくじを引いてその年の犠牲者が決まる。
もしかしたらサマーズ氏の子どもたちも、ワーナーじいさんの家族も・・・
このあたりが、集落の人間みながそれなりに食えるようになった今でも、
くじ引きをやめることができない理由の一つなのかもしれません。
おそらく意図的に書かれているのでしょう。
ジャクスンは上手いですね。

関連記事 『炎天を読む』

はかいあおあおあか





本の感想6

2015.08.05 (Wed)
今回は久々に本の感想です。あまり間隔が開いたので、
どういう書き方をしていたか忘れました。
『山怪 山人が語る不思議な話』田中康弘 山と渓谷社
文庫本ではなく、ハードカバー1200円+税です。
著者の田中氏は、本業は著述家ではなくフリーカメラマンです。専門は「マタギ」で、
東北地方・北海道で古い方法を用いて集団で狩猟を行う猟師のことです。
その方が、長年マタギの中に入って写真撮影した中で聞き集めた話ということで、
実話感がひじょうにあります。これは怪異の起きた場所や、
遭遇した人物がわかるように書かれているからで、
他の実話怪談本とは一線を画していて、お勧めの一冊だと思いますね。

どっちかというと採取された民話に近いような感じですが、
「座頭市の勝新太郎と戦ったマタギ」という奇妙な話も載っています。
ただこれは、状況からすればぐんでんぐでんに酔っ払って見た幻覚としか思えませんが。
書かれている主な怪異は、狐、狐火、狸、蛇、ツチノコ・・・
野生動物に関するものが多いですが、
それ以外にも人魂、神隠し、タマシイ、カーナビの異常、臨死体験、マヨイガなど、
けっこうバラエティに富んでいます。
話を取材した場所も、東北ばかりではなく、四国や奈良県、栃木県、
那須高原など全国に及んでいて、それぞれの地で同じ狐の話にしても、
共通する部分と異なる部分があったりして実に興味深いです。

あと各地で共通して出てくるのが「足のない幽霊の話」です。
足のない幽霊というと、知識として「江戸時代の幽霊画の影響を受けている」
などとしたり顔で言ってしまいがちですが、どうもそれだけではない、
と思わせられる何かがあるようです。足、下半身がなくとも歩く音だけが聞こえた、
という点も共通しています。おもしろいなあと思いました。

この山の怪異というのは、基本的に悪意のあるものではありません。
自分の書く話では、人の怨みによる祟りや呪い、嫉妬などが出てくるのですが、
山の怪異はそういうのをとっぱらった、現象そのものであることが多いのです。
このことは著者自身も後書きで書いておられます。
それと、山の怪異は静的であるということも。
これは、必死になって怪異と戦ったり、
坊さんや霊能者に頼って大々的にお祓いするというような展開ではなく、
いつのまにか始まり、知らないうちに収まってしまうということです。

自分もけっこう山行はするほうなのですが、
確かに山では不可思議な現象はあります。前にも書いたのですが、
自分が奇妙だなあと思っている現象は2つあって、
一つは、雑木林の一枚の木の葉や一枝だけが、
風もないのになぜかちらちらと揺れている現象。
他の部分はまったく動いていないのにです。

もう一つは、絶対に人が入れるはずもない藪の斜面などで、
笑い声や会話のような音が聞こえること。
これは自分以外にも体験したという人は多いんですが、
聞いてみれば絶対に鳥の声や木の枝がこすれる音ではないことがわかります。
ただ、これらの怪に遭遇したからといって命にかかわるようなことはありません。
山では、怪異以外の危険のほうが当然ながら多く、
集中していないと命にかかわる場面はいくらもあります。

上の二つの現象も合理的な説明がつくようです。
木の葉がちらちらするのは、たまたまその部分がモビールのように微妙なバランスになっていて、
他の部分が動かないようなわずかなな風でも影響を受けてしまうから。
声の方ほうは、これは本当かどうかわかりませんが、
拡声器を使用した声や、有線放送などが、
谷や山の尾根を伝ってかなり遠くまで流れてくるものであると説明する人もいます。
ヤマビコの原理を考えてみれば、声はかなりの距離を伝わっているので、
自分としてはそういうこともあるのかなあと思います。

最後に、著者の田中氏に関しては、twitterにおいての「実話怪談批判」というのが、
自分ら怪談フアンの間では話題になっています。
興味を持たれた方は検索してみてください。