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心霊スポットその四

2013.12.11 (Wed)
これまで紹介してきた心霊スポットは、
全部自分が行ったことがある場所なんですが、
ここはまだ訪れたことがありません。来年の課題かな。
今回紹介するのは秋田県の黒又山です。

まずは酒井勝軍について。この人は明治から大正にかけて
活躍したキリスト教伝道者で、「日本・ユダヤ同祖論」を唱えました。
「日本のピラミッド」を初めて発見、定義した人でもあります。
この人が最初に発見したのは、広島県の葦嶽山ですね。勝軍によれば、
日本のピラミッドはエジプトや南米のそれのような巨石を積み上げた
完全な人工物ではなく、自然の山に手を加えて成形したもので、
長い年月を経てそのことがわからなくなってしまっているもの、とのことです。

基本的には三角形の山容をしていて、
登山の道程には人工的な巨石(磐座)の配置があるとされます。
ただし三角形に見えるのはある方角からだけで、グーグル・アースとかで見れば
なんじゃこれというのもけっこうあります。

さて黒又山は秋田県鹿角市にある280mほどの低山です。
地元ではクロマンタの名で呼ばれ、山頂には本宮神社があり、
近くには国の特別史跡の大湯環状列石(ストーンサークル)があります。
環太平洋学会の調査によって、縄文後期頃の土器が発見されました。

古代からの山岳祭祀遺跡であったのは間違いないようです。
また同会の地中レーダー調査によれば、ふもとから山頂まで、
7段から10段のテラス状構造が埋もれており、
人工的に成形された可能性が高いそうです。

山頂部の神社の土台は平らになっていて、
その下に不思議な石製の遺跡?があるようです。
また近辺ではUFOの目撃談もあり、調査の最中に山頂付近から
怪火が上がったという話もあります。
このようなピラミッド山はなんらかのパワーを蓄える装置であり、
それが火となってほとばしり出ているという解釈をする人もいます。

怖い、恐怖という当ブログのテーマとはやや離れますが、
自分は高橋克彦『竜の柩』を読んで以来、
古代遺跡とUFO系統の話にはひじょうに弱いのです。
先ごろ話題になったバルト海海底の巨大物体の話なんかも興味深く見守っています。
(この手の話題にありがちな、続報なく立ち消えということにならなければいいですが)

下の画像を見てください。
1枚目は、鳥谷幡山(明治から昭和初期まで活躍した日本画家)が描いた
黒又山の絵で、「天象之奇端 光芒之旗幟」と題されています。
これは「不思議な気象現象、光る旗のようなもの」という意味でしょうが、
これだけだと流れる煙か雲のようにも見えます。妖怪の一反もめんのようでもあります。
2枚目は研究家の方が撮影したものですが、1枚目とよく似ていますよね。
実に興味深いので、来年はぜひ付近で一泊してレポートを書きたいと考えています。
夏頃になるでしょうか。

名称未設定 1

クロマンタ  心霊スポットその一
心霊スポットその二  心霊スポットその三






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真の闇について(富士樹海)

2013.12.08 (Sun)
現代の闇と、昔の闇は違うという話はよく聞きます。
今自分の部屋にいるんですが、電灯を消してカーテンを開ければ、
なんとか本が読めるくらいに明るいです。(ちなみに4階)
真の闇というのは、都会ではもうなかなか体験することが
できなくなってしまいました。

4年前、あの有名な青木ヶ原樹海で単独キャンプを行いました。
目的はもちろん心霊現象の体験ですが、
真の闇を実感してみようというねらいもあったんです。
人を誘うこともできましたが、そうすると怖さが半減してしまうだろうと思い、
単独行にしました。時期は夏だったので寒いということはなかったです。

樹海では様々な伝説が語られていますが、おおかたはデマです。
方位磁針が鉄分を含んだ溶岩盤のために使えない→使える。
携帯電話が圏外になる→一部圏外になった場所もありましたが、
基本的にはアンテナは立ちます(ドコモ)ただし電波状態は悪いです。

自殺者を食べようとする野犬の群れがいる、殺人鬼がいる
→自分は見ませんでした。
住んでいる人がいる→いるようですが、そちらへは行きませんでした。
すぐに道に迷う→遊歩道が見えなくなると迷います。
自分はすずらんテープを伸ばし、強力な携帯GPSも持参していたので、
普通の遭難はないと思っていました。(霊障によるものはあるかもとw) 

危険な場所であることは間違いありません。溶岩地盤で土がほとんどないため、
木の根がむき出しになって足元を這いまわっています。
暗闇でなくても足をとられる可能性があります。地面には固い穴ぼこもあります。
またあちこちに自然の洞穴がありますが、大きな岩が剥落して
転がっているところもあり、落石をくらうと致命傷をうけるかもしれません。
あと様々な怖い物が落ちているんですが、
(下の動画参照)拾わないほうがいいと思われます。

自殺者の多くが最後の飲み物を買う(それで睡眠薬を飲んだりする)
といわれる自販機でお茶などを購入し、夕闇にまぎれて
(自殺者と思われてトラブルになるのが嫌だったので)樹海へ入りました。
やはり怖いので遊歩道から数百メートル離れたところに簡易テントを張りました。
日の長い時期でしたが、高い木も多いためすぐ暗くなります。

照明は数種類持っていったんですが、午後10時過ぎに全部消してみました。
すると・・・真の闇です。自分の手を目の前にかざしてみてもその手が見えません。
最初は宇宙に浮いているような神秘的な感じがしましたが、すぐに怖くなりました。
暗くて何も見えないのは渓流釣りとかでいく他の山でもそうなんですが、
これはあの富士樹海にきているという先入観も多分にあるんでしょう。

この怖さの正体を後で考えてみたんですが、
危険から身を守るという本能が阻害されるというのが
一番ではないかと思いました。人は無意識に様々な危険に対して
アンテナを張っています。例えば高い崖の上なら端のほうには近づかないとか、
夜道で殺人鬼にあったならw人通りが多い方に走るとか、
とっさにそのような行動ができます。

ところが見えないことで、危険から身を守るすべがないんですね。
すぐ目の前に自分を害しようとする者がいてもわからないから、
防御の手段もとれない。それで脳がパニックを起こすのではないかと思いました。
テントの中にいても照明をつけてないとあたりの様子はまったくわかりません。
だから外に何かがいるような気がずっとしていました。

あと音は聞こえます。自分は野外宿泊の経験はそこそこあるんですが、
一般的な山の音ですね。しかし、
あのシチュエーションで人の叫び声なんかが聞こえたら怖いでしょうね。
写真や動画も撮りました。心霊現象は・・・・。まあここまででやめておきましょう。
不謹慎と思われる方もいるかもしれませんが、
自分は航空機事故現場である御巣鷹の尾根にも
登っていますので、そのときの話もいずれ書きたいと思っています。

*これから行ってみようと思われる方もいるかもしれませんが、
もし御遺体などを発見してしまうと
警察に通報せねばならず、ほぼ一日つぶれますので留意してください。

『Suicide Forest in Japan』




 


その三

2013.10.30 (Wed)
 さて三つ目は、前二つほど有名ではないんですが「田和山遺跡」(島根県松江市)
というところです。
『不思議ナックルズ』で紹介されたので少しずつメジャーになってきましたが、
前二つのゾーンのように伝説化していくでしょうか。
  
 市立病院の移転にともない、新用地候補であった小高い丘から、
弥生時代中期頃と思われる環濠遺跡が出土しました。
環濠というのは基本的には堀ですが、木柵や防堤などをともなうこともある境界です。
環濠は丘の頂を囲むように三重に掘られていましたが、
それに守られた頂には人の住む住居はなかったのです。
この当時の一般住居は竪穴式ですが、
柱跡からの推測で、そこには神殿状の高床式の建物があったことがわかっています。

 この遺跡を巡って、保存派と病院建設強硬派とが対立し裁判にまで発展しました。
これはよくあることなんですが、他の例と異なるのは、
当時の反対派の市長を含め、反対派の市議3人、
そして開発が始まれば工事を請け負うであろう建築会社の会長、計5人が
わずか2か月の間に相次いで急死したのです。
みな高齢ではありましたが、それぞれ現役で活躍されていた方々です。

 このことから地元では祟りの存在がささやかれるようになりました。
裁判のほうは市側が遺跡保存に方針を転換したこともあり、
保存が決定し国指定史跡となりました。
この遺跡の特異な点は、上記したように他に例を見ない厳重な環濠が守っていたのは、
出雲大社の原型を思わせるような神殿状建物であったことです。
人の住む住居は環濠の外から見つかりました。
ここにはいったい何があったのでしょうか。

 環濠内からは三千個をこえる石つぶてや銅剣型石剣などが出土しましたが、
石の剣は実際の戦闘に使うには重く、またすぐ折れてしまうために
祭祀用のものではないかと考えられています。
これらから、ここは古代の儀式的な模擬戦闘の場であったとか、
神殿に銅鐸を置いて守っていたとか、
古代の貴人のための産屋であった(そこで出産をした)などの様々な説が出されていますが、
確定はしていません。

 最後の産屋説は、有名な「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を」
というスサノオの命が詠んだとされる日本最初の短歌からきています。
「盛んな雲が立つ、湧き出る雲が八重垣を作る。我が妻を籠もらせるために八重垣を作る」
というような意味で、妻を籠もらせるとは出産を意味すると解したのです。

 また、地元では「垣をめぐらした山には入ってはいけない。たちまちに死が訪れる」
というような伝承があるとナックルズには書かれていました。

『田和山遺跡の丘に登る 』


心霊スポットその一

心霊スポットその二


その二

2013.10.29 (Tue)
 その二は尾瀬湿原内にある「岩塔盆地」です。
これは不可思議話の大先達である西丸震哉氏が命名した地名ですが、正式名称ではないようです。
「岩塔ヶ原」と言われることもあります。
あるとき西丸氏が航空写真を機械で立体視していたら、
湿原の中に尖ったドーム状の地形があり、人工物のようにも見える。
仲間をさそって実際に行ってみたら、岩塔自体は小山に木が重なって生えているものだったが、
そこで奇妙な体験をした、という内容が『山だ原始人だ幽霊だ』だったか、
(違ったらごめんなさい)に書かれていたと思います。この地は、地下の大神殿がある、
ドッペルゲンガーに遭える、生き残ったサンカの住処であるというような噂があり、
立ち入り禁止区域という話もありますが、いろんな人がブログに現地の写真などを載せていますね。 

 西丸オヤビン(敬愛を込めてそう呼ばれる)の話を引用してみます。
「何度か山で見た男の幽霊のなかで、本州の最奥、尾瀬ヶ原北方の山中、
私が岩塔盆地と名付けた湿原地帯で出会った例を紹介しておこう。
 私のほかに五人ほどの仲間で、テントを設営して泊まり込んでいたある日の夕方、
まだ明るい時刻に、山の奥の側から一人の男が近づいてきた。
こんな辺鄙なところに人がやってくるとはめずらしいなと思って見ていた。
前にそのあたりのことを山の雑誌に書いたこともあるので、
それを見てやってきたのかな、と思った。

 だんだん近づいて、水たまりの水をはねながらやってくる。
彼は、私がはいていたのよりも立派な登山靴をはいていた。
私たちはテントを二はり張って、ちょうど夕飯の炊事の用意か何かをしていたときで、
みんな手を休めてその男を見ていた。

 かれは、十数メートルほどの近くにまで来ていながら、
われわれの話し声にも知らん顔、全然こちらを見むきもせずに
そのままスーとわれわれの横を通りすぎて行く。
 私は前に穂高岳の下、横尾谷の岩小屋で、
完全装備をした若い男の幽霊に同じような無視のされ方を受けているので、
また出たなと思ってすぐに男のあとを追いかけた。
が、ちょうど原っぱの途中に張り出している林の角で一瞬のうちに姿を見失った。

 私も、すぐにその場所へ行って探したが、その向こうの原っぱにも姿は見えない。
原っぱの中をあちこち駆けまわり、「オーイ」と呼んでみたけれども、何の反応もない。
夕暮れどきだから、われわれの設営した場所をはずすと、
そのあたりには泊まり場がないはずなのだ。もっとも、
ヤブの中であろうと何であろうと、よほど自信のある人なら、
どこでも寝てしまえるかもしれないが」


 ここに到達するにはそんなに山登りはないけどかなり歩きます。
昼の印象は風光明媚そのものという感じですが、夜になると雰囲気が一変します。
地下神殿?の入り口は、そうとう探し回りましたが、
自分には見つけられませんでした。

*これは紹介していいかどうか迷ったのですが、種明かし編がありました。
場所は別のようですが。私は幽霊にされてたようです

『日本最後の秘境といえば岩塔ヶ原だろ』


心霊スポットその一


一風変わった心霊スポット その一

2013.10.29 (Tue)
 題には心霊スポットと書きましたが、
もしかしたらミステリー・ゾーンと言ったほうがいいかもしれない場所を、
三つほど紹介します。いずれも自分は訪れたことがあります。

 一つ目は「田代峠」宮城県と山形県の県境にあります。
ここはUFOの地下基地があるとも言われており、1968年1月17日に
当地で墜落死した航空自衛隊松島基地所属のF86セイバー戦闘機のパイロット、
紙西一等空尉の慰霊碑があります。

 この墜落事故についてもUFO関連で語られることもあるようですが、
それらの元ネタになっているのが、高橋コウという女性の手記に書かれた内容で、
昭和50年に『婦人公論』誌に掲載された実話とされているようです。

 並木伸一郎氏の話を引用しておきます。
「山形県北東部、宮城県との県境にある"田代峠"周辺は、
UFOの目撃をはじめ不可解な航空機事故が多発、
加えて旧日本軍の秘密大洞窟までもが存在するという、東北最大の"超怪奇ゾーン"である。
筆者はこの秘密洞窟探しを、98年来ずっと続けている。

きっかけは、高橋邦泰さん(故人)の「山菜をとりに田代峠の奥まで侵入した際、
緑色のガスに包まれて大洞窟に導かれた。磁石がグルグル回り、
その内壁には雑多な金属が張りつき、
中に"金星発動機五十二型昭和十九年三菱航空機株式会社"と刻まれたプレートがあった」
という摩訶不思議な体験を知ったからだ。

調査の過程で、このプレートにリンクする情報を得た。
太平洋戦争末期、日本軍はナチス・ドイツのメッサーシュミツトを模した、
国産初のロケット戦闘機「秋水」を三菱重工によって開発させた。
秋水のエンジンは、日本飛行機の山形工場で作られていた。
完成5機、1号機はテスト飛行で大破。
戦後、米軍によって完成3機が没収された。注目すべきは残る1機の行方だ。
この1機が今なお日本のどこかに秘匿されているのだ。

かつて田代峠に日本軍が駐屯しており、
終戦間際、地下の秘密工場で戦闘機を製造していたという情報がある。
事実なら、三菱の金属プレートが張り付けられていた大洞窟は、
旧日本軍の秘密工場の入り口だった可能性が高い。
その先には広大な地下工場があり、密かに運ばれた幻のロケット戦闘機「秋水」
が秘匿されているとしたら、これはまさしく日本のX-ファイルである」(作家 並木伸一郎)


元話はこれです。 田代峠の怪
高橋邦泰さんというのは話に出てくる高橋コウさんの息子さんでしょうか。

『禁断の田代峠奥』機械朗読