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「実話」怪談と取材

2021.02.07 (Sun)
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今回はこういうお題でいきます。怪談論ですね。
当ブログで書いてるのは、創作の怖い話、創作怪談です。
読んでくださる方はおわかりでしょうが、実際にはまず
ありえないような話ばかりですよね。

これが実話だと言っても、信じない人がほとんどでしょう。
では、なぜ自分が創作怪談と明言しているのか。これには
いくつかの理由があります。まず一番大きいのは、
当ブログには1000話以上の話がありますが、
一人の人間が1000も実話を収集できないからです。

二つめは、創作と最初に宣言しておいたほうが、書く内容の
自由度が高まるからです。オカルト知識を活かしながら
想像の翼を広げ、かなり奇抜な話を創り出すことができます。
これが、書いていても楽しいんですね。

みなさんの中で実話怪談を収集された方が もしいればわかると
思いますが、実際に人から取材する話って類型的で、
しかも深みがないんです。怪談の分類で言えば「〇〇を見た」系
のものがすごく多い。例えば、出張時にホテルの部屋で寝たら
金縛りになり、血まみれの女がのしかかってきたとか。

それを体験した本人はたいへん怖かったと思いますが、
でも、どこにでもあるような内容でインパクトがないですよね。
しかも、見る前に睡眠麻痺になっているところから、自分で
作り出した幻覚である可能性がきわめて高い。これは、
のしかかってきたのが落武者とか兵隊さんでも同じです。

それから、体験談は「虫の知らせ」系がやはり多いんです。
例をあげると、仏間で風もないのに鴨居の遺影が落ちた、
ロウソク立てが転がった。それからほどなくして、長く入院してた
親戚や友人が亡くなったという知らせがくる。ただの偶然である
可能も高いし、そんなの聞いてて面白いですか。

ですから、実際に取材して話として使える怪談というのは、
20に一つあるかどうかくらいです。これ、その怪談作家が
雑誌やラジオなどでやっていて、視聴者からたくさんきた
お便りを見るというなら、話もハイペースで集まるでしょうが、

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体験者一人ひとりと実際に会って話を聞くとなると、ちょっと
ありえないほどの時間と費用がかかるんです。もしプロとして
やってるなら、採算が取れるとは思えません。自分はプロでは
ありませんが、本業があって時間が足りません。ということで、
これらの理由から、創作ということを明言してやってるんですね。

創作のいいところは、構成を工夫し、伏線を入れることができる
ところですが、伏線もあまり張りすぎると、あざとくなって
しまいます。そのあたりの調整が難しい。あと、小説ではないので
必ずしもオチは必要ではなく、謎が残ってもかまいません。
そのほうが不気味な余韻がありますよね。

さて、では理想的な実話怪談というのはどういうものか。
これはあくまで自分の考えで、賛同されない方も多いと思いますが、
実際の情報が多く、しかもそれが検証されてるものと考えます。
どういうことかというと、こんな話を聞いたとします。

「3人で地元で心霊スポットと言われている廃病院に行った。
そこでは何も起きず、写真を撮り、一人が手術室からハサミを
拾って持ってきた。その後、3人の携帯それぞれに電話が
かかってきて、女の声でハサミをお返し下さいと言われた。
後に確認したら、携帯に着信履歴はなかった」

この話では、不法侵入してるでしょうから、体験者3人の氏名は
さすがに明らかにはできないでしょうが、廃病院の名と住所くらいは
発表したいですよね。まあ、そうするとその話を聞いて
そこに凸する人が増えるからマズいということもあるので、
そこもゆずって、発表できないとします。

じゃあ、どうすればそれが「実話」となるのか。取材者はその3人に
個別に会うべきだと思います。話を聞いて、それぞれの話に齟齬が
ないかを突き合わせる。また、現場で撮った写真も見せてもらう。
ハサミも、まだ持ってるなら見せてもらいたいですね。
さらに、実際にその廃病院に行ってみる。

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許可を得るのはなかなか難しいでしょうが、そこはなんとか。
もし廃病院に入れなくても、近所に住む人から
取材することはできます。もちろん、ここまでやっても実話という
確証が得られるわけではないです。3人が口裏を合わせて
嘘をついている可能性もあります。

でも、これならかなり信憑性が増しますよね。取材者も
後日談を得られるかもしれません。「実話です」と
言い切るのなら、そこまでやるべきかとも思います。
たんに「人から聞いたものだから実話」とするなら、
どんどん実話のハードルが低くなっていくんじゃないかな。

さてさて、とは言っても、最初のほうで書いたように、
ここまで取材をすると、まず採算が合わなくなります。
集まる怪談も年に10話程度。それではやっていけません。
もしこれが、北野誠氏らの「お前ら行くな」のように、

検証そのものが番組になり、DVDになってお金を産む
というのならまた話は別ですが、一般的な怪談作家はそうは
できません。こういった難しい問題が実話怪談を取りまいて
るんです。では、今回はこのへんで。





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推理小説とホラー小説、怪談

2020.12.05 (Sat)
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今回はこういうお題でいきます。怪談論に入るかな。
さて、ほんとうは推理小説と怪談の接点について考えてみようと
思ったんですが、この2つは比較しにくいものですよね。
推理小説が完全なフィクションであるのに対し、怪談は
フィクションかノンフィクションかがあいまいな場合が多い。

ですので、間にホラー小説をはさんで考察してみたいと思います。
推理小説とホラー小説なら比較はしやすいです。
どちらもフィクション、創作なんですが、推理小説が合理的に
謎が解けなくてはならないのに対し、ホラーの場合は
超自然の要素が入ってくる。

映画の場合は、サスペンス、スリラーと呼ばれる作品があります。
これは連続殺人鬼などをあつかい、観客の恐怖や緊張感をあおる
タイプのものですが、やはり超自然的な要素はありません。
ただ、最近はホラーとサスペンス映画の区別が
あいまいになってきています。

「100kmババア」などは怪談というより都市伝説
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これはどうしてかというと、ホラーとサスペンスの両方に
またがる、スプラッターというジャンルができたからでしょう。
例えば、『ソウ』のシリーズや『ホステル』など、超自然的な要素の
ないものも、『13日の金曜日』シリーズのように不死の殺人鬼が
出てくるものも、どちらもスプラッターと呼ばれます。

要はたくさん血しぶきがあがり、人体損壊などのグロ描写があれば
いいわけです。あと、SFホラーと呼ばれるジャンルも出てきました。
『エイリアン』シリーズの最初の作品は、まあSFなんですが、
映画の手法としては、ホラー映画のノウハウがたくさん入っていました。
また、『遊星からの物体X』などはSFスプラッター的ですね。

トリッキーなホラーである『ソウ』
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さて、推理小説では、本物の超自然的な存在を出すのは反則です。
このあたり、中国の映画の現状を考えてみればいいでしょう、
中国では基本的に、現代を舞台にした本格的な幽霊映画は
製作禁止なんですね。その理由として「幽霊話は人間の心理を
おかしくしたり、幻覚を起こしたり、夢に働きかけたりするから」

ということのようです。ですから、映画の序盤に幽霊が出てきたと
しても、それは心理的な錯覚であったり、生きた人間が扮装していた
ものであったことが最後のほうで判明します。ただこれ、
国の方針とはいえ、もったいない話だなあと思います。中国には
才能ある監督がたくさんいるのに。

幽霊は出てきませんがたいへんに怖い『黒い家』 いわゆる人怖
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もともと、推理小説はホラーと近いものでした。最初の推理小説と
言われる『盗まれた手紙』 『モルグ街の殺人』を書いた
エドガー・アラン・ポーは怪奇小説家なわけですから。
ですがだんだんに、推理小説の謎は合理的に解決されなくては
ならない、となっていきます。

「ヴァン・ダインの二十則」というのがありますね。推理小説家で
評論家でもあるS・S・ヴァン・ダインが、推理小説を書くにあたって、
やってはいけない20の決まりを述べたもので、その第8則で
「占いや心霊術、読心術などで犯罪の真相を告げてはならない」と
されています。

『13日の金曜日』シリーズ後半はギャグ的な要素も
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まあ当然の話で、それがありだとすると推理する意味がなくなって
しまいます。ヴァン・ダインがこれを書いたのが1928年で、
まだまだ心霊主義の交霊会などが行われていたため、
こういう条項が入ってるんでしょう。

では、推理小説とホラー小説にまたがる作品はないのかというと、
これがあるんです。ジョン・ディクスン・カーが1937年に
発表した『火刑法廷』で、カーの最高傑作と言われたりもします。
ネタバレになるので くわしい筋はご紹介しませんが、「火刑」は
魔女に対する刑罰で、魔女が出てくることがわかります。

最初の推理小説と言われる『モルグ街の殺人』
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殺人と納骨室からの死体消失という謎が出てくるんですが、
最後の場面で、推理小説的な合理的な解決と怪奇小説的な解決の
両方が示されます。で、どちらの解釈も拮抗するんですが、
自分は怪奇小説的な解釈のほうが話としては面白いと思いましたし、
カーもおそらくそちらに力を入れて書いた気がします。

たいへんな名作なんですが、翻訳が古いせいもあって最近あまり
読まれてないんですね。もし未読の場合は、ぜひご一読を。
あれこれ書いてきましたが、そもそも推理小説自体、かなり
非現実的ですよね。実際の事件はほとんどが短絡的な犯行です。

SFスプラッターといえる『遊星からの物体X』(リメイク)
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さて、残り字数が少なくなってきました。怪談の場合、上で書いた
ように「実際にあった話」とされることが多いので、最初から
フィクション前提のホラー小説とはその点が違います。
できるだけリアリティ、現実感があるのがよい怪談とされます。

そういう意味では推理小説的な面もあるんですね。現実の中に
ふっと超自然的な怪異がまぎれこんでくるから怖いわけです。
ですから、自分が怪談を書く場合も、できるだけ細部をしっかり
書いて現実感を出そうと思ってるんですが、うまくいっているか
どうかはわかりません。

さてさて、ということで、推理小説、ホラー小説、怪談の3者に
ついて見てきましたが、何を言いたいかわからないような記事に
なった気がします。自分の場合、ホラー小説を書くのはとても
時間的に無理なんですよね。その点、短い怪談のほうが都合が
いいんです。では、今回はこのへんで。

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怪談をめぐる一考察

2020.11.14 (Sat)
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今回はこういうお題でいきます。怪談論ですね。ついこの間、
自分のブログを読んでいただた方から、「お前が書いている
話はどう呼べばいいんだ」という質問を受けまして、
それについて改めて少し考えてみました。

まずこの質問についての答えは「怖い話」ですね。まあ中には
怖くない話もあるんですが、そちらは「ナンセンス話」という
分類に入れるようにしてます。あと、ほんの数編ですが、最初から
ホラー小説のつもりで書いたものもあります。

で、こう答えると、「怖い話」と「怪談」はどう違うんだ、と
さらに聞かれる場合が多いんですね。ここはかなり難しい。
ほとんど同じと言ってもいいかもしれませんが、自分のとらえ方では、
怪談は幽霊や生霊、あるいは宇宙人などの超自然現象が出てくるもので、
これに対し、怖い話のほうは、俗に言う「人怖」も含まれると思います。

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生きた人間の悪意や狂気、執念などを描くのが人怖で、
超自然的要素はありません。自分も、多くはないですが人怖も
いくつか書いています。では、どうして自分の話が「怪談」よりも
「怖い話」と呼ばれるほうがいいかというと、
怪談と言ってしまうと、誤解を生みやすいんです。

「実話怪談」という言葉がありますよね。これ、もともとは
1990年に木原浩勝、中山市朗の両氏が扶桑社より出版した
『新・耳・袋 - あなたの隣の怖い話』の中で「実話系怪談」という
語を使っていて、そこからきているものだと思います。

ただ、ここで注意しなくてはならないのは。実話「系」となっている
ことで、この「系」に込められた意味は重要です。木原、中山両氏は、
体験者から取材した話をもとに、プライバシー等に配慮してリライト
しています。ですが、体験者の人が真実を語っているかどうかは
わからないですよね。

その話の中には、勘違いや思い込みなどが含まれ、あるいは
「話を盛っている」可能性もあります。こう書くと、じゃあ裏を
取ればいいじゃないか、と思われるかもしれません。実際に起きた
犯罪事件のルポルタージュなどでは、ある証言が事実かどうか
裏を取るのはきわめて大切で、著者の信用にかかわります。

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でも、怪談って裏の取りようがないものなんです。この意味は
おわかりになるでしょうか。例えば、Aさんが夜、電信柱の影から
血まみれの女が出てくるのを目撃し、目の前まで来てぱっと消えた。
そのときにスマホで写真を撮っているとかならともかく、
そうでなければ、この裏って取りようがないですよね。

Aさんは本当に血まみれの女を見た。Aさんが血まみれの女を見たと
思ったのは幻覚や錯覚だった。このどちらの場合も考えられます。
もちろん、Aさんの友だちのBさんから「はい、あの日、Aさんは
幽霊を見たと言って、泣きながら私の部屋にやってきました」
このような形での裏は取れるんですが、

それでも、Aさんが見た血まみれの女が、本当に存在したのかは
わからないんです。こういった意味が実話系の「系」の部分に
含まれてるんです。ところが、最近はそれが取れてしまって
「実話怪談」として出ている本やDVDがほとんどです。

その中には、取材も何もしていない、明らかに創作としか
思えないものもあります。なぜこうなったかというと、最大の理由は
「実話」とつけたほうが売り上げが伸びるからでしょう。
最初から創作とわかっているものより、「本当にあった」とされる
話のほうが、読者にとって身近な恐怖として感じやすい。

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まあ、無理のない話です。これをアンフェアだと言って
責めるのも大人げない。ただ、自分の場合は、べつに怪談で収入を
得ているわけではなく、あくまで書くことが面白く、趣味として
やっているので、読者を大きく増やしたいとも思っていません。

ですから、あえて言えば、当ブログのは「実話風の創作怪談」
なわけです。でも、そのあたりのことをいちいち説明するのは
面倒なので、怪談というより、怖い話と呼ばれるほうがいいんですね。
ただし、これも「本当にあった怖い話」とすると、
実話怪談と同じことになってしまいます。

あと、自分がこだわっているのは、「話」の部分です。
当ブログに出てくる話は、ほとんどが一人称で、怪異の体験者が
「怪談クラブ」にやってきて、自分の身に起きた出来事を語る
という形です。一部、自分(bigbossman)と他の人物との
会話で進んでいくものもありますが、

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それはbigbossman自身の体験と考えていただければ
いいかと思います。ただ、話と言っても、朗読にはあんまり
向かないかもしれません。自分としては「目で読む怖い話」
として構成を考えて書いているつもりなので。

さてさて、ということで、当ブログは「怖い話します」という
題名にあるとおり、怖い話のブログなんです。あと、先日
「オカルトの専門ブログです」という内容の項を書きましたが、
怖い話とはまた別に、オカルト好きの方のためのデータベースと
なるよう、そちら方面の記事も充実させていきたいと考えています。

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廃墟探索ものに関する一考察

2020.11.09 (Mon)
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今回はこういうお題でいきます。怪談論ですね。
ここでお題を「心霊スポット探索もの」としなかったのは、
心霊スポットには、古戦場、廃坑、樹海、岬、橋、墓地なども
含まれるからで、それだと話が広がりすぎてしまいます。
そこで今回は、いちおう建物の心霊スポットにしぼりたいと思います。

よくある話のパターンとしては、街の郊外にラブホテルの廃墟があり、
車でないと行くのが難しい。経営不振のためつぶれたが、
オーナーが中で自殺したと言われている。そこへ、暇を持てました
大学生A・B・C・で探索に行くことになった。

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Aがリーダー格で、Bはやや臆病な性格・・・ と、こういう内容は
これまで掲示板の怖い話スレなどでさんざん出てきましたので、
みな食傷気味です。よほど目新しいパターンでないと、
「またかよ」と思われて読んでもらえません。

自分の話でも、まず廃墟探索ものが少ないですし、書いた場合も
かなりひねりを加えてあります。例えば、「心霊スポットの話」
というのは、廃墟の近くに住む高校生2人がマネキンの頭を手に入れ、
それを使って探索にくるやつらをおどかそうとするものですし、
「中継の話」は、心霊研究会のメンバーが廃村からライブ中継をする。

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単純な形ではもう成り立たなくなってるんじゃないかと思います。
で、廃墟探索ものを書く場合、いくつか問題点があるんですね。
一つは、これは怪談全般に言えることですが、カメラ付き携帯電話の
普及です。もし廃墟で怪異に遭ったとして、「なんで写真撮らなかったの}
「画像UPして」と言われてしまいます。

まあ、全員が怖くて逃げ出したとしても話は成立しますが、それだと
まったくツマラナイ。ですから、写真が撮れなかった理由、
あるいは写真は撮ったけども、それが・・・というサイドストーリーを
考えなくてはならず、かえって難しくなります。

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このカメラ付き携帯の存在はいろいろやっかいなんですね。
2つめの問題点は、「不謹慎だ」と言われることです。
廃墟の中には、死の噂がまつわるものがあります。上で例に書いたように、
「オーナーが自殺した」の他に、「ホームレスがそこで死んでたのが
発見された」「女性が連れ込まれて殺された」などがあります。

まあ、ほとんどの場合、たんなる噂で実体はないんですが、
もし現実に殺人が起きた現場を話の舞台にして霊を出すと、これは
被害者の霊である可能性が高く、不謹慎と言われるかもしれません。
自分の場合は、実話ふうの創作怪談なんですが、それでも実際に
あった事件を連想させるような内容は、できるだけ避けています。

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3つめは、2つめと似ていますが、「犯罪だろ」と言われることです。
廃墟と言っても、日本の場合はまず所有者がいますよね。
それは個人だったり、会社だったり、不動産屋だったりいろいろですが、
廃墟探索に行くのに、許可を得ているケースはほとんどないでしょう。

許可なく私有地に侵入することは住居侵入罪が成立し、軽犯罪法で
処罰されることもあります。犯罪をよしとするわけにはいきませんよね。
現在、youtubeなどの動画投稿サイトで、心霊スポット探索の動画を
あげている人もいますが、野外ならともかく、確実に所有者が
いると思われる建物に許可なく侵入するのはマズいと思います。

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4つめは、これも3つめと関係がありますが、登場人物に感情移入
しにくくなることです。この意味はおわかりでしょうか。
例えば廃墟にいる霊の呪いで、登場人物が次々に死んでいくとして、
読む人に「そんなことをするDQNは呪われて当然」「ザマミロ」
みたいな感想を持たれてしまうんですよね。

とまあ、そういった事情で、自分は廃墟探索物はあんまり書いて
ないんです。さてさて最後に、上で話題に出てきた
「心霊スポットの話」を再録して終わりたいと思います。自分としては
かなり初期に書いたものですが、けっこう出来はいいかなと思います。

心霊スポットの話

俺が高2の頃だから今から7年前のことになるけど、
地元に心霊スポットがあったんだよ。
俺の家から歩いて二百メートルくらいのところ。
でかい建物じゃなくて民家の廃墟なんだけど、
住宅地からちょっと外れた崖の下にあって家の前が小さな林になってる。
家自体はどこの道路にも面してなくて、
林からは細い私道を通らないと行けない。
昼でも暗くてちょっと薄気味の悪いとこではあるけど、
地元ではそんなに幽霊の噂とかはなかった。

俺も厨坊の頃に壊れた玄関から当時の悪友と何回か入ったことがあるけど、
2階建てで部屋数は6つくらいだったな。
家財道具がけっこう残ってて、壁には十数年前のカレンダーが貼ってあるし、
何かの領収書類や雑誌がほこりのたまった床に散乱してる。
仏間もあって、仏壇には位牌も残ってたし、
鴨居には和服のじいさんの白黒写真もある。
夜ならそうとう気味が悪いだろう。

ここがコンビニで夏に売る心霊DVDで一家心中の家として紹介された。
もちろん住所なんかはぼかして書いてるんだが、
内部の写真とか見れば間違いなくその廃墟なんだよ。
親父に聞いたところ、その家の人らは借金で夜逃げをしたんで、
少なくともここでは心中の事実はないはずだと言ってた。

んでDVDで紹介されてから、ちらほらと夜に見に来るやつらが現れだした。
何でわかるかというとその家の前の林の中にときどき派手な車が
停まったりしてるし、それに夜中に懐中電灯の光が見えたり、
うるさい話し声も聞こえてくる。それが町内会で問題になって、
その家の取り壊しを、権利者に掛け合おうかみたいな話になってた。

部活の帰りに当時の友人と土手の自転車道を走ってたら、
河原にマネキンの首が落ちてるのを見つけた。
けっこうゴミの不法投棄があるところで、そういうものの一つ
なんだろうけど、珍しいんで自転車を止めて見に降りたら、
長い髪つきの女のマネキンの頭部で、
たぶん昔の美容院なんかにある発砲スチロール製のやつ。
これを見て友人が「これ使って、あの廃墟で探険に来るやつらを
 おどかさないか」と、突飛なことを言い出した。

今にして思えば馬鹿なことをしたと思うけども、
当時はそのアイデアにわくわくした。
んで、心霊スポット探索に来るやつは土曜の夜が多いからってんで、
金曜の午後部活をさぼって廃墟の横の庭に行って準備をした。
まずそのマネキン頭部に赤黒い絵の具をかける。
釣糸を玄関前の繁みから二階の窓にわたし、
マネキンの頭部にフックを差し込んで糸に通す。
さらにマネキンには別の糸をつけて、それを家の横から引っ張ると、
繁みからマネキンの頭部が飛び出して糸を駆け上っていき、
二階のガラスの全部落ちた窓に飛び込むように工夫した。

マネキンが飛び出して上に登っていくまでは簡単だったが、家の板壁に
ぶつかったりして、窓には2回に1回程度しか飛び込まなかった。
家の中から引っ張ればうまくいくんだろうが、それだとやっぱり怖いし、
探険にきたやつらとケンカになってもマズイだろうと思って、
そこは妥協した。家の横から引っ張って、それに気づいたやつが
驚いたら、塀の内側を通って逃げて帰る手はずにした。
で、仕掛けはそのままにしてひとまず帰った。

土曜の夕方に友人が俺の家に来て部屋でゲームとかしながら夜を
待ったんだけど、なんとなく二人とも気持ちが萎えてきた。
やっぱり怖いのもあるし、それよりも誰も人が来ないという
結末になるのが嫌だなと思い始めたんだな。
友人は俺の家に泊まることにしてたんで夕食を食って、それでも
9時には家を出て懐中電灯を持って廃墟に向かった。これから
10時まで待ってだれも来なかったらあとやめて帰ろうということにした。

で、廃墟についたら仕掛けはそのままになってた。
うまく動くか試してみようという話もしたけど、
窓に飛び込むと取りに入らなくちゃならないんでやめにした。
季節は10月で、ここらは街灯が林の手前の道にあるだけで懐中電灯を
消すとほぼ暗闇。虫があまりいないのをいいことに、
家の横のたぶん風呂場の窓とブロック塀の間のせまい場所に座って、
友人とタバコを吸ったりしながら待ってた。

9時40分頃になって、そしたら来たんだなあ探険のやつらが。
車は一台だけでライトをつけたまま林の入り口に停まった。
声だけ聞こえてくるんだけどどうやら男二人、女二人という感じ。
車で来てるんだから俺らより年上だろう。
なるべく引きつけて玄関の前まで来たら引っ張ろう。
で、悲鳴があがったらこっそり逃げ出す。
また気持ちがわくわくしてきた。
その頃には目が闇に慣れていて友人の顔もうっすらと見えるが、
どうやらこいつも同じ気持ちのよう。

探険のやつらはかなりうるさくしゃべり合ってるようで、
俺らは怖いという気持ちはなかった。
塀の内側に入ったらしく懐中電灯の光の筋が横に走るのが見えてくる。
玄関前に来た感じがしたので友人が思いっきり釣糸を引っ張った。
「ぎゃー」「うぎゃー。首、首、首」どっちも女の声。
「嘘だろー。おい待てよ、おい」という男の声、ダダダダッと
何人かが走って逃げていく音。やった、と思った。
そして友人が先頭になってそろそろと庭を抜けて裏口にまわった。

裏は生垣になっててそこを飛び越えるとすぐ山なんで、
もう一度塀の外側をまわって廃墟の前に出てから家に戻る。
俺も友人も満面の笑みで大声で笑い出したいのをこらえている。
玄関の横まできたら停まっていた車がいきおいよく発進して行った。
俺と友人は大爆笑してハイタッチ。家の正面に立って、
懐中電灯で照らすとマネキンはうまく二階の窓に飛び込んだ様子。

さて帰ろうかとしたら、真っ暗な窓から白い細い手が出て、
俺らの足元にぽーんとマネキンの頭部を投げてよこした。
それはマネキンの軽さではなくドジッという重い音を立てて落ち、
地面の上でぐるんと向きを変えると両目を開いた。
それからどうやって家まで帰ったか覚えていない。
ものすごく息をきらしていて俺の家族からは変に思われた。
その夜から俺らは二人そろって熱を出し、
家族が迎えに来た友人は翌日入院までした。

しばらくたってから昼にこの話をした別の友人ら数人と見に行ったら、
家の前に俺らが細工したマネキンの頭部が泥まみれになって
転がってるだけで、そいつらには作り話だろうと言われた。
その後俺は特に霊障らしいものはない。ただ入院した友人は大学のときに、
聞いたことのない難病にかかって入退院をくり返している。

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時空の怪談

2020.11.07 (Sat)
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今回はこういうお題でいきます。怪談論ですね。怪談の中には、
「時空もの」と分類されるジャンルがあります。
この時空ものは難しいんです。どこが難しいかというと、
SFっぽくなってはいけないんですね。小難しい理屈が先に立つと、
怖さが薄れてしまうといった面があるかと思います。

さて、物理学では、時間と空間の関係は長くあいまいだった
んですが、1905年にアインシュタインが特殊相対性理論を
発表し、時間と空間は切り離して考えられないものであることが
わかってきました。その理由ははっきりしてて、光速度が
一定だからです。

しかも、質量のあるものは光速度に達することはできません。
ロケットがスピードを上げて光速度に近づいていくと、
進行方向に長さが縮み、ロケット内の時計はゆっくり進み、
さらにどんどん重くなっていきます。このような考え方を
時空連続体と言いますよね。

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あ、こういうことを書いてると字数が足りなくなるので、
怪談の話に戻ります。空間の怪談でよくあるのは、
例えば、車で夜道を走っていたとき、急に霧につつまれ、
それが晴れるとまったく知らない場所にいる。

なんとかコンビニを見つけて、そこがどこか聞くと、北海道から
九州という具合に、何千Kmも移動してるのがわかります。
でも、時計を見ればほんの少ししかたってない。まあ、
長時間をかければ北海道から九州まで行くことはできますが、
短時間で移動したのが不思議なんですよね。

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この手の話は、じつは江戸時代からあります。京都でお寺参りを
した青年が、その日のうちに江戸にいて、しかも裸で空から
降ってきた。江戸から京への、当時の平均的な移動時間は
15日くらいです。(飛脚は72時間で走れた)

やはり短時間で移動したのが不思議なわけです。ただ、
江戸時代だと、そこを説明する便利なツールがあります。何だかは
おわかりでしょう。妖怪です。この話の場合も、たしか寺の裏山で
天狗のうちわで扇がれ、それで飛ばされたということじゃなかったかな。

あと、自分ではほんのわずかの時間しかたってないと感じるのに、
じつは数百年立っていたとか。浦島太郎がそうですよね。
龍宮城での3日が、人間の世界の100年になっていた。
もともとは中国の「爛柯」の話かと思います。ある青年が
老人2人が碁を打っているのを見ていて、ふと気がつくと

平行世界の考え方も時空と深い関係があります
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自分が持ってきた斧の柄がボロボロに朽ちている。これが
「爛柯 らんか」という言葉の由来で、囲碁の別名になってます。
青年自身は、老人たちから棗の実をもらって食べていたせいか
無事でしたが、麓の村に下りてみると、自分のことを知っている
者は誰もいない。異世界では時間の進み方が違うわけです。

また逆に、すごくたくさんの体験をしたと思ったのに、
時計を見ると ほんのわずかの時間しかたっていなかったという
話もあります。あとそうですね、同じ時間の中に自分が複数いる場合。
映画の『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』の中で
「逆転時計」というのが出てきました。

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砂時計の形をしていて、ハーマイオニーが3年生のとき、全科目履修の
ために使用する魔法道具ですが、よくやるなあと思います。
そこまでして勉強したいんでしょうか。で、やはり この扱いは難しいんです。
原作も映画も、『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』は
各方面から矛盾があると指摘されています。

まあ、作者のJ・K・ローリング氏はファンタジーの人で、SF作家
ではないので しかたないんでしょうね。詮索する方が野暮だという
気もします。同じ時間の中に自分が2人いるという場合、
出会えないとする設定が多いと思います。もし出会ってしまうと
どちらかが消滅してしまうとか。

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ただ、時間のズレた自分なら会ってもいいケースもあります。
どういうことかというと、ダリオ・アルジェント監督のどの作品だったか
忘れましたが、主人公の女性が逃げているとき、子どものときの
自分が現れて「こっち、こっち」と助けてくれるシーンが
あったと思います。

あとは、時代のズレた人物同士が出会う話。この最も有名なのが、
ロバート・ネイサンの小説で、映画にもなった『ジェニーの肖像』
でしょうか。まだ他にもありますが、これ系って、心温まる
ファンタジーの場合が多く、なかなか怖い話にはなりません。

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さてさて、自分は時間というのは最強のツールだと思います。
これを操ることができるなら、何でもできてしまいます。
ですから、何度も書いたように扱いには注意が必要なんです。
当ブログでたびたび取り上げる『ジョジョの奇妙な冒険』でも、
時間を操るスタンドは、ボスキャラしか持っていませんよね。

第3部『スターダストクルセイダース』のディオの「ザ・ワールド」は
時間を止めて、その中を自分だけが動ける。第5部、ディアボロの
「キング・クリムゾン」は時間をふっ飛ばし、その中で何が起きるか
予知できる。第4部、吉良吉影の「バイツァ・ダスト」は自分にとって
不都合な者の時間を1時間ほど巻き戻す・・・では、このへんで。

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