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スピリチュアルを避ける

2019.03.27 (Wed)
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今回はこういうお題でいきます。カテゴリは怪談論です。
この題名、おそらくみなさんは意味不明だと思いますが、
自分は、このブログに書いてる怖い話をスピリチュアル系にしたく
ないんですよね。そこはいつも気をつけて避けている部分です。

スピリチュアル系の怖い話なんてあるの? と思われるかもしれません。
自分はあると考えています。といっても、スピリチュアルには
多種多様な考え方があるので、自分が意識しているのは、
朝日新聞出版が出している雑誌「HONKOWA」みたいな内容です。

こう書くと誤解を受けそうですが、スピリチュアル系の怖い話が悪いとか、
そういうことを言っているわけではありません。
じつは自分は「HONKOWA」の愛読者でして、近所のコンビニで
ほとんど毎月買っています。まあ、立ち読みのときもありますが。

内容をご紹介すると、だいたい巻頭になっているのが、
漫画家の山本まゆりさんの作品です。これには、雑誌で霊視相談もやっている、
寺尾玲子さんという実在の霊能者が主役として登場します。
あと、同じく実在の、天宮視子さんという霊能者が出ることもあります。

寺尾玲子氏
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「HONKOWA」4月号が今、手元にあるんですが、
「絶対選んではいけない部屋特集」となってて、寺尾、天宮の
お二方とも登場してます。今号はなかなか面白い作品が多かったと思います。
あと、女性漫画家の絵は全体的に白っぽい(ベタやトーンが少ない)
んですが、山本まゆりさんはそうでもなく、読みやすいですね。

さて、じゃあどうしてスピリチュアル系の話を避けてるかというと、
一つは、自分が書いているのが創作怪談だからです。
これは好みの問題かもしれませんが、あんまり霊能者を話に登場させたく
ないんですね。霊能者を主人公にすると、話が書きやすいのはたしかです。

依頼者から不可解な出来事が起きていると相談を受け、主人公の霊能者が
現場を訪れて霊視し、霊障の原因を探ります。
するとそこが、古代からの因縁のある土地であることがわかり、
最終的には主人公が霊能を使って除霊・浄化をする・・・

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でも、この形は漫画だからできるんじゃないかと思うんです。
漫画では、絵はすごく重要です。ストーリーはそれなりでも、
絵に力があれば作品として成り立つものなんですが、
字だけで読ませる怖い話だと、なかなかそうはいきません。
マンネリになってしまう可能性が高いと思います。

あと、もう一つ、世間で霊能者を謳っている人物や団体には、
こう言っちゃなんですが、きわめて怪しいものが多いんですよね。
詐欺と紙一重のものも多数あります。ですから、自分が書く話では、
霊視や除霊で何でもズバズバっと解決できる
霊能者というのは、あんまり出したくないんです。

まあ、自分の場合は、最初からフィクションとして書いてるので、
みなさん作り物と思って読んでおられるわけですが、
「本当にあった」という謳い文句で強力な霊能者を出してしまうと、
世間的によくない影響もあるんじゃないかと思うんですね。

さて、スピリチュアル系の怖い話でよく出てくるのが、生霊、地縛霊、
前世、守護霊、霊道、実際にあるパワースポット、パワーストーン、
気づき・・・あと、なかなか成仏できない自殺者の霊とかです。まあこれ、
自分の話にはまったく出てこないかというと、そうでもないんですが、
できるだけ避けるようにはしてます。

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それと、因縁系の話です。例えば、怨みをのんで死んだ人がいて、
その霊が憎い相手の家族に祟るとか、前に住んでいた部屋の住人が
死んで地縛霊化し、次の入居者の前に現れる・・・ストーリーの破綻は
ありませんが、あまりにストレートすぎて自分はツマラナイですね。
どうせ書くなら、もうひとひねりも、ふたひねりもしたい。

それから、一番重要な点ですが、話をスピリチュアル系にしないためには、
中身を説教臭くしない、結末を教訓的にまとめないということが大切です。
スピ系の怖い話だと、最後に、「自業自得だね」とか、
「やっぱ、こういうことはしちゃいけないんだよね」みたいな
セリフが出てきたりするんですが、これは自分は絶対やりません。

むしろ自分の話は、わけがわからないまま、地雷を踏むような形で
主人公が恐ろしい出来事に巻き込まれ、きわめてヤバイ状態になって、
ぶつんと切れるように終わる・・・こういう形が多いんじゃないか
と思います。ぐにゃんと現実がゆがむような不条理感を
出すことができたら、その話は成功です。

さてさて、だらだらと書いてきましたが、上で述べたように、
スピリチュアル系の怖い話が悪いというわけではありません。
ただ、自分はちょっと書けないなということで、もちろん、スピ系怪談が
お好きな方は読まれて何の問題もないと思います。
では、今回はこのへんで。

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「怖い話」の周辺事情

2019.02.06 (Wed)
sert (1)

今回はこういうお題でいきます。カテゴリは怪談論です。
さて、当ブログですが、基本的にはオカルトのブログです。
まあ、ときどき、内容がオカルトの範疇を越えてしまうこともあるんですが。
目的は2つ、一つは自分が書いた怖い話を載せることで、もう一つは、
いまいち元気がないオカルト界を活性化させたいということです。

ブログを始めたのはもう5年以上前のことで、開始するにあたって、
アクセス数はあんまり期待できないだろうなと思っていました。
というのは、「怖い話」の好き嫌いは、極端に分かれるからです。
しかも、どっちかというと嫌いな人のほうが多い。

下のアンケート結果をご覧ください。これは「デイリサーチ」さんのホームページから
引用させていただいたもので、ネットでのアンケートではありますが、
調査母数が15万8千と多いので、まずまず信頼度は高いと思われます。
「好き」が約26%、「嫌い」が45%ほどですね。

「怖い話は好きですか?」アンケート
sert (2)

まあ、そんなもんだろうなあと思います。で、自分が考えるのは、
「怪談が好きではない」という人は、いくつかのタイプに分かれるんじゃないか
ということです。当ブログは「読む怪談」なんですが、まず、これは怖い話だけの
ことではないんですが、字を読むのが好きじゃないという人が多いんですよね。
今は、地上波テレビ以外にも、Youtubeなどの動画配信サイト、

映画を見ることができるスカパーなどの有料チャンネル。
その他に、オンラインゲームやスマホのゲームアプリなどなど、
時間をつぶすためのものはいくらでもあります。出版不況ということが言われて
久しいですが、ちまちま活字を読むのはめんどくさいという人が
ますます増えてきている。これは社会の流れで、どうにもならない気がします。

特に、自分の書く怪談は長いので、ずらっと字が並んでるのを見ただけで、
もうたくさんと思われてしまいそうです。そういう人たちをふり向かせるのは
無理なんじやないかな。かといって、怪談を映像にしても、
youtubeでも怪談を朗読してるチャンネルもありますが、

再生数はそんなに多くないんですね。むしろ、ユーチューバーの人が、
実際に心霊スポットに行く探索物なんかのほうが人気があります。
じつは自分も、怪談チャンネルを作ろうかと考えたことも
あったんですが、本業にさしさわるほどたいへんな手間がかかるわりに、
おそらく再生数は伸びないだろうと思って断念してるんです。

さて次に、怪談嫌いのタイプとして、「怖い思いをしたくない」という
人がいると思います。みなさんのまわりにもいませんか。
怖いテレビ番組が始まるとすぐチャンネルを変える人とか、
極端な場合、誰かが怪談を始めると耳をふさいじゃう人とか。



これもどうしようもないですよねえ。ゴキブリが嫌いな人にゴキブリをさわれ
と言っても絶対さわらないでしょう。泣きますよね。自分はジェットコースター
のような乗り物が嫌い(苦手)で、遊園地とかに行ってもまず乗ることはありません。
そういう、生理的に嫌いなものを無理強いすることはできないです。

次に、「オカルト、怪談、心霊・・・その手のものは非科学的だし、
全部嘘だから嫌い」こういう人もいると思います。
まあ、社会的に健全な態度と言えないこともないですが、嘘だとしても、
嘘を嘘として楽しむ余裕も必要なんじゃないでしょうか。

このあたりは複雑なんですよね。「ホラー映画や小説はフィクションとして
楽しむことができるが、実話怪談は、嘘なのに本当だと言ってるから嫌い」

そういう人もいます。また逆に、「本当にあった話なら読むけど、
最初から創作とわかってるものは読まない」
という人も多いんです。

なぜこうなってるかというと、「オカルト・心霊」そのものが、
あるともないとも確定していないからでしょう。前にご紹介しましたが、
幽霊がいるか・いないかのアンケートで、だいたい「いると思う」が40%、
「いないと思う」が60%くらいでした。そうすると、単純に考えても、
下の4タイプの人がいることになります。

・幽霊はいないと思うし、怖い話は嘘だから嫌い
・幽霊はいないと思うが、それはそれとして怖い話を読むのは好き
・幽霊はいると思うが、怪談は怖いから嫌い
・幽霊はいると思うし、怖い話を読むのも好き 

ということで、「怖い話は嫌い、怪談は読まない」という人を
こっちの側に引き込むのはじつに難しいんです。自分はなかばあきらめています。
こう考えてみると、怖い話というのは、ごく一部の愛好者を対象としたものに
ならざるをえません。一定数の読者はいるものの、けして大きな流れにはならない。
自分としても、行きづまりを感じてるんですね。

さてさて、自分が最近ちょくちょく、オカルトとは関係ない社会問題を
取り上げて書くようになったのも、一般人を引き込んで、なんとかこっちの世界に
目覚めさせよう(笑)という意図があるからなんですが、
なかなかうまくいきません。何かいい方法はないもんでしょうかね。
では、今回はこのへんで。

sert (3)




よい怪談を書くために

2018.11.07 (Wed)
今回はこういうお題でいきます。カテゴリは怪談論ですね。
でねえ、こういう内容を書くと、後でいろいろ言われるんですよね。
「お前は怪談のプロでも専門家でもないだろ。何を偉そうに!」
みたいなことです。まあ、たしかにそうなので、
素人の戯れ言と思って聞いていただければ幸いです。

さて、まずはじめに「よい怪談」って何でしょうか?
これはいろいろな考え方があると思いますが、怪談を読む側から考えると、
長い夜のひととき「怖い思い、ぞっと背筋が寒くなるような思いをしたい」
という場合がほとんどなんじゃないでしょうか。

ですから、怪談は、まず怖くないとダメだと思うんですね。
それはもちろん、「心温まる、感動する怪談」とか、
「派手なアクションでスカッとする怪談」などがあってもいいと思いますし、
実際に自分もそういうのを書いてもいます。

ですが、やはり怪談の本質というものを考えると「怖いかどうか」
ということが評価の軸になるのは当然だろうと思います。
感動する話とかは、例えば、オー・ヘンリーの「最後の一葉」とか、
普通小説でいくらでもできるわけで、
怪談でなければならない必然性はないですよね。

ただ、当ブログの怪談論で何度か書きましたが、「怖い」って難しいんです。
それは、人によって「怖い」と思うツボが異なってるからです。
自分の書いた話でも、仲間内で「どれが怖かったですか?」と聞くと、
かなりバラバラの答えが返ってきますし、ある人が「すごく怖い」と言ったものが、
別の人は「ぜんぜんだった」となることも珍しくありません。

この対策は難しいというか、自分は、どうにもならないと思ってます。
恐怖という感情は、その人がどういうふうに生まれ育ってきたかと、
密接に関係があるんじゃないでしょうか。ですから、「怖い」を意識しながら、
なるべくいろんなタイプの怪談を書いてくしか、手はないような気がします。

さて、では、「よい怪談」を書くにあたって、どんなことが必要でしょうか。
まず考えられるのは「文章力」ですが、自分はこれ、
そんなに必要ないんじゃないかと思ってます。何か人に見せるものを書く場合、
それは文章力があるに こしたことはないんですが、

怪談の場合、文章がたどたどしかったりしたほうが、かえってリアリティがあって
迫力が出る場合もあります。それに、ふつう怪談では、くわしい情景描写や、
登場人物の心理描写はしないものです。そういう部分を入れると、
「創作臭い、小説じゃないんだから」と言われてしまいます。

ですからまあ、読み手が、よどみなくすらすら読める程度の文章力は必要でしょうが、
そんな高いレベルが要求されることはないと思います。
自分も、当ブログの怪談を書くにあたっては、「情景、心理描写は最小限に」
ということを心がけてるつもりです。といっても、
興に乗ってだらだらと書いてしまうこともあるんですが。

次に、「オカルト知識」はどうでしょう。これはもちろん、ないよりは
あったほうがいいに決まってます。「お坊さんにお祓いしてもらった」とか、
「神社の御本尊」とか書くと変ですよね。そこで読み手が引っかかってしまうと、
それ以上読んではもらえないかもしれません。

あと、古典にある有名な怪談や世界の都市伝説。そういうものを知っていれば
いるほど、書く内容にバラエティが出てくると思います。
自分の場合も、『今昔物語』とか、中国の『聊斎志異』なんかから
ヒントをもらって書いたものがけっこうあります。

古くから伝わっている、大勢の人に広まっている怪談というのは、
それだけ怖さのツボが押さえられたものが多いんです。
ただし、あくまでヒントをもらうだけで、完全なマネではいけません。
芥川龍之介に、「鼻」 「芋粥」など、『今昔物語』を下敷きにした短編がいくつも
ありますが、どれも独自性を持った芥川文学になってますよね。

さて、長くなってきたので最後にします。「人生経験」のようなものは
怪談に必要でしょうか。これねえ、以前は特に必要ないだろうと思ってたんですが、
最近になって少し考えが変わってきました。怪談のパターンということを考えると、
一番単純なのが、「○○を見た、体験した」というものです。

例えば、「夜道を歩いていたら血まみれの女がいて追いかけてきた」とか。
これが悪いということではありません。書き方によっては怖くなりますし、
上で書いたように、怪談は怖ければいいわけですから。ただ、最近自分は、
意識して、「語り手の人生とからんだ怖さ」みたいなのを書くようにしています。

どういうことかというと、「怖ろしい体験をすることによって人生が変わった」
また逆に、「それまでの生き方が怖ろしいものを呼び込んだ」みたいな話です。
これ、なかなか難しいんですよねえ。ですが、
それだけに挑戦のしがいがあるようにも思ってるんです。

さてさて、ということで、今回は怪談論でした。ですがこれ、
一介の素人の占い師が言ってることですから、異論もたくさんあると思います。
秋の夜長の季節になってきました。みなさんも一つ、
創作怪談に挑戦されてみてはどうでしょうか。では、このへんで。






実話怪談と創作怪談

2018.09.30 (Sun)
今回はこういうお題でいきます。怪談論に入る内容です。
昨年、作家でオカルト研究家の山口敏太郎氏が、「実話怪談という名の作り話」
というような題で、ネットや著書中に文章を書いて「創作なのに実話だという
ふれこみで本を出す怪談作者」に対しての批判を展開されていました。

「武士の情けで名前は出さないが」とまで書かれていたので、
意中に実在の人物の名前があるのだろうと思います。たしかに、
自分も、「実話怪談」と銘打たれた本の中には、
実際は作者が頭の中で創作したものも多数あるのだろうと考えています。

本来の意味での「実話怪談」というのは、大変難しいものです。
まず体験者に会って取材をしなくてはなりません。それだけで数時間かかるでしょう。
喫茶店で取材を行えば飲食代はもたなくてはならず、その他に謝礼を要求する
体験者もいるかもしれません。交通費もかかりますし、録音などの機材も必要です。

しかも、そうやって集めた話が、必ずしも発表できるものとはかぎらないんですね。
怪異体験の多くは類型的です。一番多いのは、いわゆる「虫の知らせ」系の話。
「玄関に誰かが来たような気がして出てみたが誰もいなかった。それからすぐ
電話がかかってきて、離れたところにいるお祖母ちゃんが死んだという知らせだった」

こういうものです。でもこれ、文章にして本に載せてもまったく面白くないですよね。
使えない話なわけです。実際に取材して得た話の大半はこんなもので、
読者が興味を示してくれそうなのは、数十話に一つ程度だと思います。
ですから、膨大な時間と費用をかけても、年に一冊本にまとめられればいいほうです。

それなのに、年に何冊も本を出しているのは、「自分が頭の中で組み立てた話を
実話として出版してるんだろう」というのが山口氏の批判なんですね。
これはそのとおりと言えば、そうなんですが、
自分が思うのは、「体験者から聞いた話」だからといって、
本当に起きたことかどうかはわからないだろう、ということです。

例えば「ある心霊スポットに行って2階に上がったら、花嫁衣装を着て、
狐の面をかぶった女が床に伏せていた。それ見てみんな逃げ出した。」
こういう話を取材できたとして、それが本当にあったことだと、
どうすればわかるんでしょうか。

そのときスポットに行った人全員を集めて、一人ひとりから話を聞けばいいのか。
でもそれだって、口裏を合わせてる可能性もありますよね。
ここで言われる「実話怪談」というのは、「体験者から取材した話」くらいの意味で、
そのことが本当に起きたという担保がない場合がほとんどなんです。

さて、自分は最初の頃、「自分が体験した話」という形で、
怖い話をネットに投稿していました。もちろんコテハンはつけず、
「名無し」での投稿です。コテをつけないのは、同じ人物がそんなにいくつも
体験があるわけがないだろう、と言われそうだったからです。その他にも、
話によって語り手が若かったり、老人だったり、女性だったりということもあります。

しかし、そうやっているうちにだんだん限界というか、
こうやって話を書き散らしているのがもったいない、みたいな心境になってきました。
そこで、自分の話を一ヶ所にまとめて保管しようと、当ブログを立ち上げたわけです。
そしてその機会に「全部創作だよ」とカミングアウトすることにしたんですね。
プロレスのWWEみたいなもんです。(WWEを知らない方は読み飛ばしてください)

では、ネットに最初から「創作」と明言して怖い話を投稿したらどうなるでしょう。
じつは、実験として何度かやってみたことがあるんですが、
「創作なら読まなかったのに」 「怖いと思って読んでたんだけど、最後に創作って
書いてあったのでがっかりした」 「創作を書きたいなら創作板へ行け」・・・
これらは全部、自分に実際にネットで返ってきたレスです。

やはり一般的な反応としては、「創作は読む価値なし」という感じなんですね。
でも、上で書いたように、その話が実話か創作かは、投稿者が、
「本当に自分が体験した」と言ってるだけで、実際にあったという証拠も
なにもないんです。それなのに、創作と明言しただけで排斥される。

これ、どうしてなんでしょうか。考えてみたら、「実話怪談」と「創作怪談」
では、世界観がまったく違うという事に気がつきました。
「実話怪談」の世界というのは、幽霊が本当にいる世界、
不可解なことが実際に起きる世界です。それに対し「創作怪談」は、
オカルト知識を使って、話を小手先でまとめたものでしかないんですね。

で、自分はこれを理不尽だとは思いません。オカルトというものの大部分は
「信じる」ことによって成り立っています。怪談は、書く方も読む方も、
「心霊的な現象はある」ことを共通の約束事として成立する世界なんですね。
そして、成立させるためのキーが「本当にあった」です。

さてさて、長くなってきたのでそろそろ終わりますが、じゃあどうせなら、
「創作怪談」なんて中途半端なことをしないで、本格的な「ホラー小説」を
書けばいいんじゃないか、と言われそうです。
ですが、「怖いホラー小説」を書くのはすごく難しいんです。

ネットで、本業の片手間に遊びでできるようなものじゃない気がします。
相当な時間をかけてストーリを練り、登場人物に肉づけをし、
構成や伏線を工夫して書いていく必要があります。
それは、能力的にも時間的にも自分には無理です。
ということで、今後もこの形でやっていくことになると思います。







怪談の禁じ手

2018.08.25 (Sat)
今回は怪談論でいきます。さて、当ブログをご覧いただいている中には、
ミステリに造形が深い方もおられるかもしれません。
自分は、そんなに詳しいほうではないんですが、それでもいちおう、
古典的名作と呼ばれる作品群は読んでいます。

S・S・ヴァン・ダインという、創成期の推理作家の大御所がいますよね。
名探偵ファイロ・ヴァンスの生みの親で、代表作に『グリーン家殺人事件』
などがあります。で、この人、本名で出版した推理小説論で、
「ヴァン・ダインの二十則」というのを書いてるんです。

「ヴァン・ダインの二十則」

これは、推理小説を書く上での鉄則をまとめた内容で、
「1,事件の謎を解く手がかりは、全て明白に記述されていなくてはならない。」
こんな感じで20の原則論が出されていて、まあ、どれももっともな内容です。
ただこの後、わざとこれに反するトリックを使った作品も出てきています。

それについては、ここではふれませんが、怪談においても似たような原則というのは
あると思うんですよね。じゃあ、怪談で禁じ手とされるのはどんなことでしょうか。
自分はヴァン・ダインのように頭の切れる人間ではないので、
順不同、思いつくままに書いてみたいと思います。

・すべてが夢の話
これはそもそも怪談ではなくて、夢の記録ということになるでしょう。
いくら怖くても、夢は夢です。ですから、怪談に夢が出てくる場合は、
その夢が予知夢であったとか、何らかの形で現実とリンクしていないと
読む人に納得してはもらえないでしょうね。

・現実に起きてない事件を取り入れた話
これはどういうことかというと、例えば、「道路でバスがハザードを出して、
路側帯に停車した。警察がバスを調べたところ、運転手と乗客全員が
席に座ったまま心不全で亡くなっていた」こういう書き出しで始めたとして、
でも、実際にこんな事件があれば、世間が大騒ぎになってますよね。

これは極端な例ですが、ちょっと調べれば現実に起きていないとわかる事件を、
話に取り入れるのはマズイでしょう。
もちろん、フィクションであればまったくかまわないですが、
「実話怪談」としては禁じ手になると思います。

・あまりに非現実的な怪異が出てくる話
例えば、「高速道路を100kmオーバーで走っていたら、白い着物を着た
婆さんが、車に並走してどこまでもついてきた」 都市伝説の100kmババア
のことですが、これはギャグにしかならないと思います。

・伝聞だけの話
これは絶対にダメというわけではないですが、やはり怪談というのは、
本人が体験した話という形が一番いいんじゃないかと思います。
「俺の高校時代の先輩の彼女が体験した話なんだけど・・・」
これだと臨場感がないですし、そもそもその人が、
作り話をしている可能性だってあるわけです。

・あまりにも遠い昔の話
「うちの祖先はその村の庄屋だったんだけど、あるときに旅の坊さんが
宿を借りたいと訪ねてきて・・・」これは昔話になってしまいますね。
ただ、そのときの呪いが現在まで続いているとかなら、
そのかぎりではありません。

・悪い人間が罰を受ける話
どういうことかというと、例えば「DQNが神社に行って罰当たりなことをした。
そのために神罰を受けて次々に死んでいく・・・」こういう内容だと、
怖い以前に、「ザマミロ」とか「当然の報いだ」とか思いますよね。
この手の怪談もないわけではありませんが、本道からは外れてる気がします。

・宗教的に混乱している話
怪談を読んでいると、神社やお寺が出てくるものはけっこう多いんですが、
中には「お坊さんがお祓いしてくれた」みたいなのもあって、
これ、お祓いをするのは神職ですよね。こういう記述が出てくると、
そっから読む気をなくしてしまう、という人は多いんじゃないでしょうか。

・あまりにも手垢のついてしまった話
例えば「行ってはいけないと言われてた裏山に入ったら怖ろしいものを見てしまった。
家に戻ってそのことを話したら、じいさんにさんざん叩かれたうえ、
檀家になっているお寺に連れていかれて・・・」もう何十パターンも出ている
使い古された構成です。よほどの新味がないと誰も読んでくれないでしょう。

・「幽霊より生きた人間が怖い」という結論になる話
現実的な犯罪とか痴情のもつれ、あるいは精神の病気とかそういう内容のことですが、
これは「怖い話」ではあっても、「怪談」ではないんじゃないかと自分は思います。
たしかに、現実に怖い話というのはたくさんありますけど、
かといって「幽霊より生きた人間が怖い」という結論になるのは、
オカルトの敗北なんじゃないでしょうか。

・まだ風化していない出来事をあつかった話
例えば、「太平洋戦争中の空襲で焼かれた人が・・・」みたいな話はいろいろあります。
戦争の体験がある人はだいぶ少なくなり、怪談として成り立ちますが、
「東北の震災の津波で・・・」これだと、不謹慎だと考える人もいるかもしれません。
まだ記憶のなまなましい出来事は、あまり怪談にしないほうがいいと思いますね。

さてさて、書いてみたらけっこう出てきました。
まだこの他にもありそうです。長くなったのでいったん終わりますが、
またいつか、続きを書く機会もあるかと思います。
では、今回はこのへんで。