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ナビ

2013.07.31 (Wed)
8年くらい前の体験を書いてみるよ。
中古車屋で店長をやってるダチがいるんだけど、
そいつから中古のナビを安く買ったんだ。
ちゃんと名の知れたメーカーの後付けでダッシュボードに乗せるやつ。
何でも軽自動車を若い店員が買い取ったけど、
あとでダチが中を見たら、外はきれいに直してるけど、
中はフレームまでいってる事故車でちょっと売り物になりそうもない。
どうせ数万で買ったもんだから部品をとれるだけとって廃車にするってことで、
その車についてたナビをゆずってもらった。

当時の俺の車は買って7年目になる国産のSUVで、
それまでナビは使ったことがなかったんでけっこううれしかった。
最初のうちは特に機能面での不具合もなかった。
ちょっと案内の音声が乱れることはあったけどな。
例えば「三百メートル先、交差点を左です」という女の人の声の最後のところが
「でにゅぅ」という感じで低くなる。
でも、それくらい何でもないと思って気にしなかった。

それで、自分の家の住所を入力して仕事であちこち出かけるたびに、
帰宅モードで案内をさせてみた。別にナビがなくとも帰れるんだけど、
まあ遊んでたんだな。ところがしばらくして、このナビは、
俺んちの南側にある大学の横の交差点を絶対指示しないことに気がついた。
その交差点の道路はどっちも何十年前からあるんで、
データが古くて認識できないとかじゃないと思う。だけど、
なぜかその交差点に入る前に左折や右折を指示して遠回りになってしまうんだ。

で、2・3回はナビのいうとおりに走ったけど、
バカらしいから無視してその交差点を通ったんだ。
そうしたらその交差点に入る十メートルくらい前になって、
違う道を指示していたナビの液晶がブラックアウトした。
うんともすんとも言わなくなって、故障かと思ってたら、
交差点を過ぎてまた十メートルくらいしたら
液晶が少しずつ赤黒く明るくなっていって、元に戻ってまた道の指示を始めた。
何かその交差点を機械が嫌がってるような感じでちょっと不気味だった。

それから何度かその交差点を通ったんだけど、ナビの症状は同じだった。
で、ある日会社から県外に出てかなり遅くなって帰ってきた。
夜の2時過ぎで小雨が降ってたな。
疲れてて早く家に帰りたかったんでその交差点の道を通ることにした。
車通りはあまりないところで信号は黄色の点滅になってた。
ナビはいつもどおりブラックアウトしたけど、徐行して走り抜けようとした。

すると人影なんかなかったはずなのに、
気づいたら目の前に自転車の女の人がいる。
とっさにハンドルを右に切ったんで、
車は対向車線を越えて右の歩道に乗りあげた。
あまり慌てたんで、自転車を轢いたかどうかも覚えてない。
で、車外に出て確認したんだけど何にもない。
ただ濡れて街灯に照らされた路面があるだけ。
キツネにつままれた感じで、釈然としないまま車に乗り込んだら、
消えていたナビがぱっとついて、液晶に、
モザイクがかかったように崩れた女の人らしい顔が現れ、
ナビの音声で「・・・私はここで死んだんでにゅぅぅぅぅぅぅ」

俺はエンジンだけ切って、車をそこに置いたまま家まで逃げて帰ったよ。
次の朝早くダチに連絡して、その場所に来てもらってナビを外してもらった。
迷惑がると思ったけどそうでもなかった。ダチは、
「このナビつけてた軽、そうとう大きな事故起こしてたみたいだね。
 廃車にするまで店の前に置いてたけど、
 雨の日に車の横を通りかかったら、
 かすかに血の臭いがするんだよ。
 俺たちにはわかるんだ。このナビもなんかあったんだろ。
 いや、言わなくていいよ知りたくないから」と言った。
その後は特に何もないけど、その交差点は通らないようにしてる。
 




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自分が好きな怖い話1

2013.07.31 (Wed)
自分はホラー、ミステリ、SFその他、どんなジャンルの作品も読むんですが、
読んでみて怖いと思ったものを順不同で紹介していきたいと思います。
紹介といっても、どうしても古典的名作と呼ばれるものが多くなるだろうから、
なーんだそんなの有名じゃん、と思われるんでしょうけど。
あとちょっとネタバレになるんで、そこはご承知ください。
それから手元に本がないものがほとんどなので、記憶違いがあればご容赦。

1番目はSFで、ジェローム・ビクスビイという人が書いた、
『今日も上天気』という短編です。たしか昔、
講談社文庫で読んだ記憶がありますが、
最近、翻訳者の浅倉久志氏を追悼して角川から出た
アンソロジーの表題作となってますね。
自分はとても怖かったし、オチがじつに秀逸だと思いました。
SF内のジャンルとしては、世界終末物とミュータント物なんでしょうが、
サイエンス部分はほとんど説明されず、
ホラー色が強い作品になってると思います。

ただ自分は怖いと感じたけど、SFは最初から作り事が前提で、
(まあ小説という名がつくからにはほとんどそうなんですが、
SFは特にその傾向が強いので)こういうの、
実話怪談フアンの人はどうなんでしょうね。
ある村では、小さな男の子のご機嫌をうかがって村人全員が
おどおどと暮らしている。それはなぜかというと・・・
どうして村から出ていかないのかというと・・・。

あとSFホラーとしては、有名どころですがJ・マーチン・リーイ
『アムンゼンの天幕』は怖かった。これは映画の『遊星よりの物体X』
(1951 カーペンター作品はリメイク)を連想してしまう筋立てです。
SFではないのではと思われるかたもいるでしょうが、
自分はラブクラフトにも通じるコズミック・ホラーととらえています。
それから一般にはSFホラーとは言われませんが、トム・ゴドウィンの
『冷たい方程式』。最後の一行がとても怖く、悲しいです。 





ちょっと休憩 霊について

2013.07.26 (Fri)
これは話として書いたものではなく、掲示板で霊能者になりっきってレスしたものです。
某サイトに載ってたのには驚きましたが、読み返してみると自分でも面白いので再録。
自分は「あ」というHNで出てきます。

86 :あ:2011/09/28(水) 22:35:13.46 ID:sFPiw22d0
俺は高校中退後ずっと水商売をしてるけど、実は子供の頃から幽霊が見えるんだよ。
もう5・6年以上前になるが、集合ビルの8階のバーに勤めてたときに、
地階がフィリピン・パブだったんだよな。その頃は興行ビザでの来日・滞在が、
今ほど厳しくなくて、ダンサーのお姉ちゃんたちがたくさんいたんだ。
それでそのフィリピーナが帰るのが午前2時頃なんだけど、
俺は仲良くなるチャンスをねらって、
そのあたりの時間にビルの裏口に出て煙草を吸ってたりしたんだ。

87 :あ:2011/09/28(水) 22:35:51.72 ID:sFPiw22d0
そしたら幽霊が出るんだよ。地上2mくらいかな。
裏口横の植え込みの上に40代初めくらいのリーマンが宙に浮いてて、
フィリピーナの特定の女の子の頭をねらってチャックを開けて一物を出して、
その頭に小便をかけるんだよ。
ダジダジダジってな感じなんだけど、その子の頭が濡れるわけでもないし、
地面に小便がこぼれるわけでもない。毎日毎日なんだよ。
それで、幽霊がいつから出るのか調べようと思って、早めに裏口前に行ってたら、
女に子が帰る5分ほど前になると、
じわじわっという感じで宙にしみ出してくるんだ。

88 :あ:2011/09/28(水) 22:36:12.88 ID:sFPiw22d0
リーマンはスーツを着てメガネをかけた典型的なリーマンで、すごく無表情なんだ。
不思議な話なんで、1階の寿司屋で働いてる仲間に声をかけた。
そいつも見える人なんだけど、やっぱり俺と同じものが見えるっていう。
それで、そいつと実験してみようってんで、俺は家にある神社の御札、
そいつは近くの神社の境内からくんできた御神水を小瓶に入れて準備して、
ある夜、女の子が出てくる前に、えいやっとばかりにその幽霊にぶつけてみた。

89 :あ:2011/09/28(水) 22:36:37.03 ID:sFPiw22d0
結果は全然平気、何の効果もなかった。
お守りも水も素通りして、幽霊は無表情のまま。
で、そのうちに女の子が出てきて、幽霊は見事に頭頂部に小便をかけるw
俺たちはそれを見ながら、煙草休憩のふりをして「お疲れ様でーす」
その後、その女の子は体をこわして母国に帰り、
フィリピン・パブはビザの制度が変わって廃業。
女の子が国へ帰ったら幽霊もぱったりと出なくなった。
俺はバーを辞めたので、その後に何かがあったのかはわからない。

90 :本当にあった怖い名無し:2011/09/28(水) 22:40:26.34 ID:w08IDJOT0
何がしたかったんだろうねその霊w

91 :あ:2011/09/28(水) 22:46:44.60 ID:sFPiw22d0
>>90
幽霊の行動はすごく奇妙なんだ。常識から外れているというか。
俺は休日は山歩きをしたりするんだけど、
いつだったかちょっとした山の稜線を歩いていて、
足を滑らせて右の谷に落ちてしまった。
といっても数メートル滑落しただけでヤブで止まったが、
そこにリュックをしょった人がいて、しゃがんで野グソをしてるんだ。
で、顔もあげないで俺に向かって「臭くねえだろ」と言うんだ。
声が実際に聞こえるわけじゃなくて、頭の中に響いてくる。
俺が「??」となると、その男は「幽霊だから、臭くねえだろ」
そう言って消えた。それで幽霊とわかった
そんなことばっかりだよ。公園の噴水でスーツのまま
泳いでいるのが幽霊だったりする

93 :あ:2011/09/28(水) 22:55:05.88 ID:sFPiw22d0
ついこの間、夜のコンビニで立ち読みをしてるとバーンという衝撃音がして、
そっちを見ると店の外に子供が倒れている。10歳くらいかな。
俺は走ってきてガラスにあたったんだろうと思って、店の外に出てみると、
その子は倒れたままで「あはははは」という感じで笑って、そのままブリッジをして、
エビぞりのまましゃかしゃかと電柱に登っていって消えた。
そういえば、衝撃音に気がついたのは俺だけだった。
そんなのが幽霊なんだよ。

94 :本当にあった怖い名無し:2011/09/28(水) 22:58:38.54 ID:YBdqvjLd0
そのしゃがんでた幽霊は、「音」なら頭の中に直接送り込めるんだろうか…?

95 :鷲:2011/09/28(水) 23:00:21.11 ID:w08IDJOT0
アグレッシブなのばかりかw

96 :あ:2011/09/28(水) 23:01:05.23 ID:sFPiw22d0
目撃談はいっぱいある。月に4~5回は見てるからな。
その前は、深夜つーか朝の4時頃、夜道を歩いていると、
ビルとビルの5cmくらいのすき間に、なにか白い物がはさまって揺れ動いている。
奇妙に思って立ち止まって見てたら、そのスライム状の固まりは、
ぶほっという音をたてて道のほうに勢いよく飛び出し、急にふくらんで裸の女になった。
全裸でものすごく太った、おかっぱが少し長くなったような3段腹のドブス幽霊だった。
俺は本当に見てはいけない物を見たと思ったよ。
その女は上を向いて、「んはー」という大きなため息をついて消えた。
裸の幽霊を見たのは、そのときが初めてだ。

97 :あ:2011/09/28(水) 23:05:45.30 ID:sFPiw22d0
>>94
そうだと思う。臭いは無理なんだろう。
小さい頃・・・物心がついた幼稚園のあたりから幽霊を見た記憶があるから、
おそらく生まれつき見えるんだろう。
しゃがんでいる幽霊の上から、水をかけたり小石をおとしたり小麦粉をかけたり、
さんざんいろんな実験をしたよ。
ある程度の大きな物をかけると幽霊は消えてしまうんだな。
うまくは言えないが、この世の物と干渉するんだろう。

100 :あ:2011/09/28(水) 23:13:52.04 ID:sFPiw22d0
それと、幽霊は写真には写らないんだよ。
これは、十種類以上のカメラ、フィルムもデジタルもいろいろ実験してみた。
まったく写らない。世に出回っている心霊写真は何なんだろうな。
あ、動画も映らないね。幽霊はアグレッシブというか、動きは激しいよ。
首つりの幽霊も見たことがあるけど、ぐるんぐるん動いているのが多かった。
さすがにギンガー宙返りとかはできないようだったが。

102 :本当にあった怖い名無し:2011/09/28(水) 23:32:49.39 ID:tA5G8Qq60
>>100
>>37の経験談どう思う?なんか憑かれてるらしいんだが
>>100自身、何か困った経験とかないの?

103 :本当にあった怖い名無し:2011/09/28(水) 23:32:59.28 ID:OjMiqk2T0
小麦粉は粒が小さいから幽霊にもかかるの?

104 :あ:2011/09/28(水) 23:35:39.50 ID:sFPiw22d0
幽霊の傾向として、黒髪の長い若い女とか、
白いワンピースとか言うのはまったくあてにならないから。
実際はいろんな年齢層がいるし、男女も半々くらいだ。
よくブスの幽霊はいないとか言う人がいるけど、そんなことはないよ。
DQNの幽霊もいる。俺がシルビアで高速を流してたときに、
前に合流でVIP風のセルシオが入ってきて、それを前にして走っていたら、
車の下からスカジャンを着たバットを持った細身のあんちゃんが出てきて、
車のトランクの上で2・3分バットを振り回して消えた。
なんか昔風の幽霊で、中古でオーナーが何度も変わった
セルシオの前の持ち主なのかもしれない。
リーゼントの髪型も風になびいたりはしないんだよ。
物理的にこの世の影響は受けないんだろう。

106 :あ:2011/09/28(水) 23:41:33.94 ID:sFPiw22d0
>>102
困ることはあるよ。幽霊は透けたりしていないから、普通の人と間違えることがある。
今までのところ車の前に飛び出されたといったようなことはないけど。
あと37の話はわからないけど、行ってはいけない場所というのがあるんだろうね。
俺は幽霊が見えるだけで、人を霊視して
年齢や何かを当てたりするようなことはできないよ。

>>103
かからないというか、この世の物質はすべてすり抜けるよ。
小麦粉の一粒一粒もすり抜けているんだろうね。
幽霊は歩いたり走ったりするけど、地面を蹴っているわけじゃないからね。
おそらく生前の習慣に縛られていると思うんだ。
地面の数センチ上を滑るように進んでくる霊も多いからね。
あとは下半身だけアスファルトの地面にめり込んでいたりもする。
ああいうのを見た人が、上半身だけの幽霊とかいう話を始めたんじゃないかな。

まあ2chの雰囲気をわかっていただけるかとw





文章について

2013.07.26 (Fri)
素人なので文章についてあれこれ書くのはおこがましいけど、普段から気をつけていること。
「て・に・を・は」つまり文法的におかしい文章を書かないのは当然のこととして、
自分はホラーも含めた映画フアンなので、
書く前には必ず映画のカットのような形でそのシーンを映像として思い浮かべてみます。
するとなんとなくだけど、書かなければいけないことと、
書く必要のないことが見えてくる気がしますね。

『ghost photography』






いのこ2

2013.07.26 (Fri)
だいぶ前に体験した話。
そのころ俺は勤めていた機械部品の工場を失職し、
実家に戻ってバイトで食いつないでいた。
つてを頼んで就職先を探したんだがなかなかみつからない。
そんなときに、高校のときの部活の先輩から連絡があった。
なんでも久しぶりに帰郷した際に、俺が地元でぶらぶらしているというのを聞いて、
なら短期だが住み込みで仕事を手伝わないか、
日当を1日3万出すからということだった。
これは俺にしてみれば非常にありがたい話で、引き受けると即答し、
着替えだけ持って先輩に言われた近県のM市へ向かった。

行った先は市の海岸沿いにあるちょっとした工場地帯だった。
仕事の内容はその一画にある倉庫番で、
荷の出入りのチェックをするだけというしごく簡単なもの。
事務所の次の間にキッチンとソフアベッド、テレビ、冷蔵庫なんかがあり、
そこで寝泊まりする。つまり日当3万というのは、
夜間の警備員としての仕事代も含まれているということらしかった。

事務所はプレハブでまだ新しかったが、引き戸の裏にでかでかとお札が貼られてある。
それはよく見かける神社のものではなく薄っぺらい和紙で、
○や+の字が組み合わさった子どものイタズラ書きを羅列したようなもんだった。
お札はそこだけじゃなく、あと3枚事務所の三方の壁にあったんで、
俺は笑って「先輩なんスかこれ」と聞くと、
「いや上からの指示なんだ。馬鹿らしいと思うだろうがはがすなよ」
とけっこうキツイ声でたしなめられた。

事務所詰めは俺一人だけじゃなく、テツと呼ばれる二十歳過ぎくらいのやつとのコンビで、
こいつが飯の買い出しやゴミ捨てなんかをしてくれる。
ただし毎日来るわけじゃないし、夜は俺一人だけになる。
倉庫に面した国道は夜になればときたま長距離トラックが通るだけだし、
工場街の人気はなくなり、いつも海の音がザワザワしていて薄気味の悪いところだった。
倉庫は体育館半分くらいの大きさで暗証番号キーがついている。

そこに二日に一回程度4tトラックで荷が運ばれてくるが、
いつも長方形の段ボール数個程度で、こちらから荷が持ち出されるということはなかった。
倉庫の内部にはその箱が3段ぐらいに積まれていたが、
スペースはまだまだ余裕があった。倉庫の奥、
体育館で言えばステージがあるあたりに祭壇のようなものがあって、
奇妙な雰囲気だったが、そこには絶対に近づくなと言われていた。

そんな仕事内容だったから暇をもてあました。
荷がくる前には携帯に連絡が入るから、
それ以外の時間はテレビを見るか雑誌を読んで過ごした。
テツはいても無口で、しかもなんだか頭が弱いような感じで話し相手にはならなかった。
単調な生活だったが、2週目に入ったとき夜の9時ころに連絡が入った。

これまでそんな遅い時間に荷が来たことはなかったんで妙だと思っていたら、
トラックの運転手ではなく先輩が出て、
「今夜中に入手しなければならない荷があるが人手が足りなくなった。
それで俺にも手伝ってほしい、今すぐ車で迎えに行く」という内容だった。
それからすぐ先輩が大型のSUVで乗りつけてきた。
乗っていたのは4人、先輩とテツともう一人高校を出たばかりくらいの初めてみるガキ、
それから高そうなスーツを着たやせた高級サラリーマン風の男。
ガキを俺のかわりに倉庫番として残し、4人で車に乗った。

車はしばらく海沿いを走ってやがて山に入っていく。
林道のようなところを走り、道幅が狭まって車では進めなくなった。
「こっから歩きだ そんなに時間はかからない」先輩はそう言って、
車の荷室からヘッドライトつきのヘルメットとシャベルを出して俺とテツに渡した。
それをつけて山中に入っていったが、
木が埋め込まれて階段状になった小道があり、登るのは難しくなかった。

先輩を先頭にスーツの男が最後尾について、話もしゃべらないまま登っていくと、
15分ばかりで中腹のやや広くなった場所に出た 
あたりの草が焼き払われているような感じだ。
太い木を回ると洞窟というか岩屋のようなものが見えた。
先輩が低く「・・・ここに入る、頭をぶつけるなよ」と言った。
岩屋の高さは3mくらいで奥はどれだけ深いかわからない。
ナップザックを背負い大型の懐中電灯を持った先輩が先にたって進む。 
上を見上げたときにヘッドライトの光でボロボロになった注連縄が見えた。

30mくらい進んだところで横穴があった。
がんじょうな鉄柵がはめ込まれているのを先輩が鍵を開けた。
入ると、かがまなければマジで頭を打ちそうな高さで、
通るときにシャベルをぶつけて派手な音を出してしまったが何も言われなかった。
10mほど行くとまた広いところに出た。先輩がナップザックから電気ランタンを出して
スイッチを入れ、下に置くとあたりの様子がわかった。
十畳間くらいの広さで回りは岩壁、岩は白っぽく、
何かの記号のようなものが彫られていた。

事務所のお札に書いてあったのに似ていると思った。
下は岩ではなく白っぽい砂で、中央にかなり大きな木箱がふせられている。
先輩の指示でその箱を俺とテツの二人でわきにどけた。
するとスーツの男が箱のあった場所に進み出て、
お経とも祝詞とも違う呪文のようなものを低く唱え始め、それは20分ほども続いた。

儀式?がおわると、後ろから背中を小突かれた。
見ると先輩で「これをつけろ、すぐ」と低い鋭い声で言ってそっと耳栓を差し出してくる。
俺は??ながらも、その語気に押されて耳栓をつけた。
男が箱のあった場所を指さし、テツはシャベルでそこを掘り始め、俺もそれに加わった。
そう深くないところで、シャベルは固いものにあたり、
砂をはらってみると1mばかりの鉄の箱だ。中には獣が入っていた。

黒い短い毛並みの獣が横向きに寝かせられている 頭は羊によく似ていたがちょっと違う。
目がかたく閉じられているが死骸ではなく生きて眠っているように見える。
そして気味の悪いことに、四肢の蹄にあたる部分は、
蟹のハサミのような形で赤黒のまだら模様。
先輩が置いていたナップザックから、白い箱とナイフを取り出した。

しゃがみ込んで獣の柔らかそうな腹にナイフを入れる。
ナイフは何の抵抗もなくずぶりと入ったが血は出ない。
そのとき獣が目を開いた。瞳のない真っ赤な目。
そして横たわった状態のまま、歯をむき出し一声鳴いたように見えた。
すると俺の横にいたテツがゆっくりと膝をつき、そのまま上半身は後ろに倒れ込んだ。
俺はあわててテツをささえようとしたが間に合わず砂の上に落ちた。

先輩はこちらにまったくかまわず、ナイフを動かして獣の腹を四角く切っていく。
変な例えだが、大きなコーヒーゼリーを切っているようだ。
獣の四角くぷるぷる震えている10cm四方くらいの肉片を、
白い箱に入れるとナップザップに収めた。
腹の切り口からはジェルのようなものが染みだし、傷はみるみるふさがっていく。
先輩が鉄箱の蓋をしめ、シャベルで砂をかける。元の状態に戻ったところで、
先輩が耳栓をとれというジェスチャーをしたので外した。

「さあ出るぞ」と言うんで、「テツは?」と聞くと、
「置いていく。後で回収するやつらがくる」と言い、荷物をまとめて横穴に戻っていく。
スーツの男に押されるようにして後に続いた。
それから3人で小走りに岩屋を出て車まで戻った。
帰りの車の中でもだれも口をきかないんで、たまりかねて、
「先輩・・・あれ何だったスか?」と聞くと、後部座席にいたスーツの男が、
「いのこです。裏神道の贄、古い古いものですよ」と唄うように答えた。

「テツは死んだんスか?」と重ねて聞くと、
男が「いやあ、そんなことはありません 彼はいのこに・・・」と言いかけたとき、
先輩が「もうそのくらいにしろ!!」と怒鳴りつけたんで、俺はそれ以上の質問をやめた。
・・・この後、俺はまた元の倉庫番に戻り2週間ほどで仕事は終わった。
後日談は何もない。先輩にもスーツの男にも、
テツにもそれから一度も会っていないし連絡もつかない。

関連記事 『いのこ1』






いのこ1

2013.07.26 (Fri)
大学のときのことだけど奇妙で落ちも何もない話があるんでここに書いてみる。

俺は関東の大学で考古学を専攻していて、3年生の夏休みのこと。
ふだんはパチンコ屋の開店荒らしのようなことをしていて学校に来ない、
あまり評判のよくない部関係の先輩からバイトの話を持ちかけられた。
それは一泊二日で10万という法外な報酬で、
俺の専門に関係ある内容だと説明された。

「盗掘とかそんなのはトンデモないスからね」と俺が言うと、先輩は、
「イリーガルな部分はないわけじゃないが、
 遺跡の破壊とか文化財を売りさばくとかじゃない。
 知り合いでお前しかいないんだ、なんとかひきうけてくれよ」と、
かなり必死に頼んでくる。俺もその時期、
金が必要な事情があったんで二つ返事で引き受けることにした。

朝、指定された駐車場に行くと、すでにパネルバンが待ってて3列目に乗せられ
車内の黒いカーテンが引かれて外の様子が見えなくなった。
おいおいアクション映画かよ、と思ったけど黙って乗っていると、
途中から道が上りになり、さらに砂利道になった感じがする。
3時間くらいで車が止まり、「ついたで」と短髪の若い運転手が言うんで、
降りてみるとやはり山中に入ってる。山の中腹の木を伐って、
あらっぽく整地したようなところで、プレハブの小屋がいくつかある。
どう見ても何かの遺跡とは思えない、自然の山だし工事している様子もない。

すぐにスーツ姿の30代くらいの男が近づいてきて、
「やあどうも、よろしくお願いしますよ」と薄ら笑いしながら言う。
俺が「仕事は土器を見てだいたいの年代を言えばいいんですよね」と確認すると、
「そうです、そうです。あなたは優秀だと聞いていますし、簡単なことでしょう」
小さいプレハブ棟に案内されて、入ってみると一階は事務所のようになってた。
入るとぞくっとした。業務用の巨大なエアコンが動いていて、
室温は20度以下かもしれない。新聞紙を敷いた机の前に座って、
ちょっとビビリながら男に、「・・・盗掘とかじゃないですよね?」と聞くと、
「いや、いや、年代の確認です。学術的なことですし土器はすぐに埋め戻しますから。
 遺跡を傷つけるようなこともしませんし、
 あなたの将来にかかわることは何もありません」そう言って男は出て行った。

小一時間ばかり、持ってきた土器編年の本を見ていると、
男が携帯でしゃべりながら入ってきて「もうすぐ第一弾が来ます、これをつけてください」
と言って耳栓を渡してよこしたので、俺は?ながらもそれをつけ、
男も携帯をしまうと耳栓をつけた。外に出ていると、
俺が乗ってきたパネルバンとよく似た車が入ってきて、
中から作業服を着た男が3人出てきて後ろのハッチを開けた。
2人がけっこう大きい麻袋を出して、大きなプレハブ棟のほうに向かったが、
前後を持たれている麻袋がぐにょんと動いた。中に何か動物でも入っているのか、
足を突っ張るように袋のあちこちが出っ張るのが見えた。
悲鳴も上げているのかもしれないが、それは耳栓でよくわからない。

作業員の一人が木箱に入った完品の土器を持ってきたので、3人で事務所に入った。
土器の編年は、例えば弥生時代の近畿なら特徴によって大きく5つに分けられる。
地域によっては複雑だが、このあたりのことを詳しく書いてもしょうがないな。
耳栓を外し、本を参照しながら見せられた土器のだいたいの年代の推定を述べると、
男はメモを取った。「これと一緒に運ばれてきたのはなんかの・・・生き物?」と聞くと、
男は俺の顔をまじまじと見て「おやあ、あれが動いてたように見えましたか、あの袋が?」
続けて「いや、あなた力があるんですね。あれが見えると・・・おやおや」
と訳のわからないことを言い、結局何なのかは教えてもらえなかった。

その日の夕方までに車が三台到着し、そのたびに土器を見せられた。
一回は数個の破片だったので、これはよくわからないと言うと男は不満そうだった。
5時過ぎに最後の一台が来て、同じような手順で袋が運び出される。
中で待っていてもよかったんだが、手持ちぶさたなので耳栓をつけて見ていると、
袋の中のものがひどく暴れて、ドンと足を伸ばしたときに丈夫な袋が破れた。
夏なのでその時間でもまだ明るかったが、破れ目から出てきたのは、
短い黒い毛並みの動物の足だ。ただ俺の見間違いでなければ、
足の先は土まみれの赤っぽい蟹のようなハサミになっていた。

急激に獣臭いにおいが漂ってきた。
男が何かを叫んだ様子で、大きなプレハブから作業員がばらばらと出てきて、
7~8人で袋をつかんで運んでいこうとしたが、
そのとき耳栓ごしに弓の弦をはじくような低い音が聞こえ、
ものすごい頭痛で俺はうずくまった。
男が脇を抱えてくれたので何とか立ち上がって事務所に戻ったが、
音のしたほうをちらっと見ると袋はすでに運び去られ、
作業員が3人俺と同じようにうずくまっていた。

事務所で座っていると頭痛が治まってきた。
男は俺の側にいて「だいぶよくなってきた顔色ですね。・・・疑問がたくさんあるでしょう」
そう言うと一息吸ってから「答えられません」とニヤッと笑った。男は何でもないらしい。
夜になって昼と同じく弁当をもらい、事務所の二階に案内された。
せまい鉄階段を上ると、鉄扉があり中に入るとただベッドがあるだけの部屋だった。
「トイレはそこを開ければあります。風呂はないですが我慢してください。
 それから夜の間はこの部屋から出ないでください
 ・・・申し訳ありませんが鍵をかけさせてもらいます。
 明日の朝食を持ってくるときに開けますから」
男はこれまでにないきつい口調でそう言って出て行った。

その後、中からドアノブを回してみるとやはり鍵がかかっている。
部屋の中を調べたが見事に何もない。トイレもおまるに近いような簡易トイレ。
プレハブなのに窓が一ヶ所しかなくカーテンを開けると、
山の斜面側を向いていて藪が見えるばかり。
俺はベッドに寝転がって今日一日のことを考えたが何もわからない。
あの足はいったい・・・それが土器と何の関係があるのか??。
もう頭痛はなかったが、仕事と言えるほどのことは何もしていないのに、
ひどく疲れている。まだ9時過ぎだが、明日の夜にはこれは終わって10万円。
それだけ考えて電気を消して寝ることにした。

ドーンとものすごい音がして飛び起きた、小屋も揺れたんだと思う。
電気をつけて窓に駆け寄って開けると外は騒然としている。
大きなプレハブ小屋のほうでたくさんの人が怒鳴り合っているようだが、
もちろん見えない。しゃべっているのは中国語だと思ったが、
早口だし遠いしわからない。窓の外の空気が獣臭い・・・夕方と同じ臭いだが、
それがだんだん焦げ臭いものに変わってきた。火事なのか?!
ヤバイ出られないぞ、とあせっていたらドアが開いて男が入ってきた。

「バイトは終わりです。ここを出ます、ついてきてください」
と言って俺の手を引っぱる。下に降りると黒いベンツがある。
大きなプレハブ棟の前には20人ほど人が出ていて数人が地面に倒れている。
ライトの光で煙と、何か黒いものが人の間を走り回っているのが見え・・・
また一人倒れた。俺はベンツに押し込まれ、男がハンドルをとった。
振り向いてみると、プレハブ棟の下から火が出ている。内部が燃えているようだった。

男は車を急発進させ砂利道の下りをとばした。
現場から200mほど離れたところでさっき以上の爆発音がした。
フルスモークのベンツだったが道々外は見えたんで、
どこに連れてこられていたかだいたいわかったけど、ここには書かないことにする。
夜だったせいもあって、3時間で来た道がだいぶ早く俺の住んでいる市まで着いたが、
その間、男は一言も口をきかず硬い表情をしていた。

最後に車を降りるときダッシュボードから厚い紙袋を出し、
「20万あります」そう言ってやっと笑った。
「何だったか知りたいでしょう・・・でも答えられません」
話はこれで終わり。予想したよりだいぶ長くなった。
後日談はあるけど、これも長くなるんで機会があればまた書いてみる。

関連記事 『いのこ2』





文章の練習

2013.07.19 (Fri)
この「手水鉢」それから「おさっしゃ」「骨董」「剥製の家」「ムサカリ」「送り番」の話は
某掲示板の「何でもいいから怖い話・・」というところに書いたのですが、
文章の練習にしようと思っていたので、1日1作と自分で決めて毎日書いていました。
まあどっかで聞いたことがあるようなものばかりになるわけです。

『ghost photography』






手水鉢

2013.07.19 (Fri)
怖くはないのですが、不思議な体験をしたので投稿します。
もうだいぶ前のことになりますが、当時私は金属加工の小さな工場を経営していて、
折からの不況もあってその経営に行き詰まっていました。
そしてお恥ずかしい話ですが、自殺を考えたのです。
もう子供たちは成人しておりましたし、
負債は生命保険で何とかできると思われる額でした。今にして思えば、
何とでも道はあったのですが、精神的に追い詰められるとはあのことでしょう。
その時はそれしか考えられなくなっていました。

五月の連休の期間に、家族には告げずに郷里に帰りました。
郷里といってももう実家は存在していなかったのですが、
自分が子供の頃に遊んだ山河は残っていました。
この帰郷の目的は、裏山にある古い神社に、
『これから死にます』という報告をしようと思ったことです。

昔檀家だった寺もあったのですが、住職やその家族に会って、
現況をあれこれ聞かれるのが嫌で、そこに行くことは考えませんでした。
神社に行くまで少し坂を上りますので、鳥居をくぐったときには
だいぶ汗ばんでいました。この神社は村の氏神のようなものですが、
過疎化の進んだ昨今は常駐する神主もおりません。
例祭のとき以外にはめったにお参りする人もいないような所です。

大きな石に山水をひいた手水鉢で手を清めようとして、
ふとその底をのぞき込んだときに、くらくらと目眩がして、
水鉢に頭から突っ込んでしまいました。
深さは五十センチ程度だったと思うのですが、
私の体はストーンとそのまま手水鉢の中に落ち込んでしまいました。
そしてかなりの高さを落ちていった気がします。
ばしゃっと音をたてて、井戸の底のような所に落ち込みました。

ショックはあったのですが、そのわりには体に痛いところはありませんでした。
そこはおかしな空間で、半径1.5mほどの茶筒の底のようで、
1mくらい水が溜まった中に私は立っています。回りの壁は、
平らでつるつるしていて、しかも、
真珠のような色と光沢で内部から光っているのです。

一番不思議なのは、真上10mくらいのところに手水鉢と思われる穴があり、
水がゆらるらとゆらいで見えることです。
しかし私自身の顔は空気中にあり、下半身は水の中にいるのです。
私が浸かっている水はまったく濁りがなく透明で、さして冷たくはありません。

底の方を見ていると、足元に20cmばかりの井守がいるのに気づきました。
それだけではありません。
井守は一匹の小さな青蛙を足の方から半分ほどくわえ込んでいます。
蛙はまだ生きていて、逃れようと手をばたつかせますがどうにもなりません。
その状態が長い時間続いているようです。

私はふと、その蛙の姿が、工場の資金繰りに行き詰まって
もがいている自分のようで、かがんで手を伸ばし助けてやろうとしました、
その時、頭の中に声が聞こえたのです。
『そうだ、その蛙はお前だ。ただし今のお前ではなく、
 自死したのち罰を受けているお前の姿だ』私はあっと思いました。

がつん、ばしゃっという衝撃があり、気がつくと手水鉢の縁に頭をぶつけていました。
少し血が出ました。血は神社の境内では不浄と思ったので、
ハンカチで押さえながら急いで鳥居の外に出ました。
体は少しも濡れたりはしていません。
そしてその時には、あれほど頭の中を占めていた、
自殺という考えはすっかりなくなっていたのです。

郷里から帰った私は奮闘し、工場の経営を立て直しました。
そして毎年その神社へのお参りはかかしていません。





創作側に振る3

2013.07.17 (Wed)
これはかなり長く、実話怪談というよりホラー小説に近いのですが、
小説とすればまだ書き込みが足りないでしょう。
少なくとも引っ越してから3日から1週間くらいの話にしなくてはならないでしょうね。
それから蕗の煮物の部分は、
もちろん映画『ローズマリーの赤ちゃん』からの借用です。
 
この手の創作味の強い作品はネットでも嫌う人が多いのですが、
実話っぽい話だけ書いてるとすぐに行き詰まるし、
文章もなんだか変になってきます。

『ghost photography』






剥製の家

2013.07.17 (Wed)
上の方にムサカリ絵馬の話を書かれている方がいましたが、
それと少し関連した体験があるので書いてみます。
このような掲示板にまとまった文章を書くのは初めてなので、乱筆お許しください。

今からはもうだいぶ前のことになります。
そのころ私は美術の専門学校を卒業したばかりで、
さらに金属工芸系を深く学ぶためにその地方の中核都市へ出てきていました。
学校の手続きはすぐに済みましたが、アパートを探さなくてはなりません。
当時私は片親の家庭で仕送りなどあまり期待できませんでした。
専門学校もアルバイトをしながら卒業したくらいでしたので、
あちこちの不動産屋を回り少しでも条件がよく家賃の安い物件を探していました。

そして数軒目の不動産屋でありえないような格安の物件を見つけたのです。
それはアパートではなく、一階建ての一部屋で、
隣に住む大家さんが自分の家の庭に離れとして建てたものでした。
そして家賃はちょっと考えられないほど安かったのです。
なぜこのような物件がいつまでも残っていたのかというと、

不動産屋からは「大家さんたちは老夫婦で、
 だいぶ前に息子さんを亡くされている。 その思い出がやっと薄らいできたので、
 息子さんが使っていた離れを人に貸そうという気持ちになった。
 ただ同じ敷地内にあるようなものなので、できれば、
 女の人に借りてもらいたいと思っている」このような話を 聞かされました。
さらに「大家さんたちは借り手と事前に面会して、
 その人が気に入ったら決めると言っている」とのことでした。

その場所は私の学校からは二駅しか離れておらず通学にも便利で、
ぜひともここに決めたいと思いました。
そして不動産屋にセッティングをしてもらい、
大家さん夫妻との面接に臨んだのです。
不動産屋の車で大家さんの家へ行き、玄関のチャイムを鳴らしました。
出てこられたのはご主人が70歳代、
奥さんが60代半ばといったところでしょうか、
どちらも白髪の上品な人たちです。 「ささ、お上がりなさい」
私たちは和室に案内されました。 そこは裏の山側に面した上品な一室でしたが、
床の間に他の調度にそぐわない鷹の剥製があり、
鋭い目を光らせているのが少し異様に感じられました。

そうして私は学校のことや将来の夢などをご主人に問われるままに語りました。
奥さんのほうはつねににこにこと微笑んでおられるだけでした。
ただ私が出身地の県のことを話したときに、
奥さんは「これは」というような顔をしてご主人と目配せしたのを覚えています。
ご主人は話の最後に「これはよいお嬢さんだ、
 どうだね◯◯(奥さんの名前)この方に決めようじゃないか」
「ええ、それがよろしゅうございますね」
こうして私は夫妻の家の離れに住むことになったのです。

そして帰る前に離れの部屋を見せていただきました。
そこは夫妻の家から10mばかり離れた庭の中にあり、外観はまだ新しいものでした。
「ここは元々は息子が動物を飼育するための小屋として使っていた場所で、
 ひとり息子が死んでから今年でちょうど10年になる。
 それで私たちもいつまでも悔やんでいてもしかたないと、
 ここを建てかえて人に貸すことにしたのだよ。
 あなたのような人に住んでもらうことになってよかった」とご主人。
「ほんに。息子は生き物の好きな子でしてねえ」と奥さん。
それを「これ」とご主人がたしなめ、「あなたが都合のよいときに引っ越してきてください、
 いつでもかまわんよ」とおっしゃってくれます。

私がお愛想のつもりで息子さんの仕事について尋ねますと、
ご夫妻は顔を見合わせていましたが、
ご主人が「なに、わたしの跡を継いで職人をしていたんです。
 あなたも工芸をおやりになるそうで、息子が生きていたら気が合ったかもしれませんな」
と答えられました。 部屋は6畳の一間に台所、
バス・トイレと普通のアパートと違いはありませんでした。
ただ建物の外観に比べて内部がせますぎるように思われました。
しかし壁などを厚くしていねいに造っているのだろうと解釈することにしました。

それから1週間後、学校の始まる3日前に引っ越しました。
荷物は布団や小型冷蔵庫など最小限で、さほど時間はかかりませんでした。
その時は私の母も一緒でしたが、大家さん夫妻は満面の笑みで出迎えてくれ、
「何か不都合なことがあったらいつでも言ってきなさい」
「これはこの地方でとれる蕗の煮物だよ」と、奥さんからはお料理までいただきました。
冷蔵庫の中身はまだ買っていなかったのでありがたく思いました。
母は翌日も仕事があるためすぐに帰り、スーパーなども近くにあったので、
とりあえず買い物をして荷物の整理をしているうちに早くも日暮れとなりました。

その日は疲れていたのでスーパーで買った出来合いのお総菜と、
いただいた蕗の煮付けを食べて早く寝ようと思いました。
その蕗の煮物を一口食べて奇妙な味がするのに気がつきました。
不味いというわけではないのですが不思議な香りがするのです。
西洋ハーブのアニスによく似ています。この地方特有の味付けかと考え、
せっかくのご厚意にこたえないのも失礼と思って全部食べてしまいました。

布団を敷いて横になるとすぐに眠ってしまいました。そして奇妙な夢を見ました。
それは大広間のような和室に大勢の人が集まりみな喪服を着ています。
どこか田舎の大家のお葬式のようです。そうしてそこに次の間から自分が
和服の花嫁衣装を着て入っていくのです。
すると両脇から大家さん夫妻がやはり喪装で、
昼に見たような満面の笑みを浮かべて私を迎え、
手を取って上座の席に連れて行きます。隣の花婿の席は空いています。
やがて一同は両脇に分かれて座ります。そして一斉に拍手をします。
すると正面のふすまが開き、紋付袴の花婿らしき人が入ってきます。
その顔はわかりません。

なぜなら黒い頭巾で頭部全体を覆っているからです。
花婿が私の横の席にすわります。
すると獣臭さがわっと襲いかかるように鼻につきます。花婿が私の手をとります。
お婿さんの手には茶色いごわごわした毛が生えています。
そうしてもう一方の手で自分の黒い頭巾を上に引っ張ります。
紋付の肩に茶色い毛の束が広がります。
頭巾をすっかりとってしまうと、そこにあるのは何とも種類の判別しない動物の頭です。
しかも両目がありません。私は絶叫しました。

そして目が覚めました。枕元の時計を見るとまだ2時過ぎです。
とりあえず夢とわかってほっとしたところでしたが、
すぐに部屋の中が夢と同じに獣臭いことに気がつきました。
何かがいる気配がします。それも一匹や二匹ではありません。
大きなもの、小さなもの、羽ばたくもの、這うもの、
あらゆる獣が私の布団を取り囲んでいます。
少しでも動けば襲いかかってきそうに思えます。 部屋の中は真っ暗ではありません。
電気製品や時計のわずかな灯りで見た目には何もいないのです。

それでも尋常ではない殺気のために身動き一つできません。
そうして何時間が過ぎたでしょうか。
カーテンごしに朝日が当たっているのがわかります。
すると一つまた一つと小さなうなり声を残して、それらの獣の気配は部屋の南側、
押し入れのあるほうに吸い込まれるように消えて行ったのです。

どれくらい布団をかぶっていたでしょうか。
光が差し込んだ部屋の中はすっかり朝の雰囲気となり、
昨夜のことはどこまでが夢で、どこまでが事実だったのか
わからないような心持ちになりました。
おそるおそる時計を見るとまだ6時半を過ぎたばかりです。
私は起き上がり、昨夜の獣たちが消えて行った押し入れの前にいき戸を開けました。
そこには昨日私が入れた段ボール箱とわずかの寝具があるだけでしたが、
突き当たりの板を押してみるとなんだかごわごわします。

後ろになにか柔らかいものがあって、
それに板が当たっているような感触なのです。
そこで押すのをやめ、てのひら全体をあてて横にずらそうと試みました。
するとそれほどの力ではないのに板が大きく動きました。
・・・そこに見たものは十数体の動物たちの剥製でした。
毛のある生き物ばかりではありません。

私は夢の中のように大きく悲鳴をあげて、
パジャマのまま部屋の外に飛び出しました。
離れの外に出ると、少し離れたところに大家さん夫妻が立っていました。
夢で見たとおりの喪服姿でした。
ご主人が口を開き「あなたなら息子の嫁にふさわしいかと思ったのに残念だ・・・」
奥さんが「杯を交わすまであと少しだったのに・・・」さも心惜しそうにつけ加えます。
私はそのまま家の門を走り抜け大通りに出ました。
そしてその日一日を大勢の人に紛れて駅で過ごしたのです。

それからしばらくたって、荷物などは男性の友人に無理に頼んで
取りに行ってもらいました。その人の話では、離れは取り壊されてすでになく、
母屋も引っ越しをしたらしく中はがらんとした状態で、
私の荷物だけがそっくり玄関先にまとめられていたということです。
あれからずいぶん立ちますが、
今でもあの押し入れの奥でちらと見たもののことを思い出します。
たくさんの剥製に囲まれるように紋付袴姿の男性が、
ひっそりと佇んでいた気がするのです。





創作側に振る2

2013.07.17 (Wed)
これは長いですが、自分としては軽く書いたもので、どこかで聞いたような骨董奇譚の
寄せ集めです。実話的な感じはほとんどないですね。
このくらいの話だと20分くらいで書きます。

『ghost photography』







骨董

2013.07.17 (Wed)
自分の親父と骨董の話を書きます。親父は紡績の工場を経営していましたが、
何を思ったか50歳のときにすっぱりとやめてしまい、
経営権から何から一切を売り払ってしまいました。これは当時で十億近い金になり、
親父は「生活には孫の代まで困らんから、
これから好きなことをやらせてもらう」と言い出しました。
しかしそれまで仕事一筋だった父ですから、急に趣味に生きようと思っても、
これといってやりたいことも見つからず途方に暮れた感じでした。
あれこれ手を出しても長続きせず、最後に残ったのが骨董品の蒐集でした。

最初は小さな物から買い始めました。
ありがちなぐい呑みや煙草の根付けなどです。
「初めから高額の物を買ったりして騙されちゃいかんからな。小遣い程度でやるよ」
と言って骨董市で赤いサンゴ玉がいくつか付いた根付けを買ってきました。
「何となく見ていてぴーんとひらめいたんだよ。
このサンゴ玉は元々はかんざしに付いていたのかもしれないね」などと言って、
書斎に準備した大きなガラスケースに綿に乗せて置きました。
これが我が家の異変の始まりです。

まず親父になついていたはずの飼い猫が書斎に入らなくなりました。
親父が抱き上げて連れて行ってもすぐに逃げ出してしまうのです。
さらに家の中の物がなんだか腐りやすくなりました。
梅雨時でもないのに食パンなどは買ってすぐに黴に覆われてしまったりして、
台所は常に饐えた臭いがするようになりました。
それから家には小さいながら庭もあったのですが、
全体的に植木の元気がなくなり、中には立ち枯れるものも出始めました。
また屋根の上の一ヶ所につねに黒い煙いのようなものが溜まり、
何人もの通行人に火事ではないかと言われたりもしました。
しかしはしごをかけて屋根に上ってみてもそこには何もないのです。

その頃、親父は「時宝堂」という骨董屋の主人と親しくなりました。
その人は小柄な老人で親父が金があると目をつけたのか、
ちょくちょく家に尋ねてくるようになったのです。
ある日親父は家族に向かって、「この間から、家の中がちょっと変だったろう。
どうもあのサンゴの根付けが原因らしい。時宝堂さんから聞いたんだが、
ああいうものはお女郎さんの恨みがこもってるかもしれないってね。
だが、そういうのを打ち消す方法もあるって話だ。それでこれを買うことにしたよ」
と言って一幅の掛け軸を見せました。それはよくある
「寒山拾得(中国唐代の2人の禅僧)」を描いた中国製で、
それほど高い物には思えませんでした。

そしてそれは和室の床の間に飾られることになりました。
掛け軸が来てから家の中の異変はいったん収まったようでした。
相変わらず猫は書斎へは入らないものの、植木は元気を取り戻し、
物が腐りやすいということもなくなったのです。
親父は「古い物はほとんどが人間の一生以上の歴史を持っていて、
中には悪い気を溜め込んでしまっている物もある。
そういうのの調和を取るのが骨董の醍醐味だと、
時宝堂さんから聞いたよ」と悦に入っていました。

ある日のことです。当時自分は中学生でしたので和室に入る用など
めったになかったのですが、たまたま家族が留守の時、
学校で応援に使ううちわが和室の欄間に挿されていたのを思い出して
取りに行ったのです。すると家の中には誰もいないはずなのに、
なぜか人の話し声が聞こえてきます。ごく小さな声ですが和室の中からです。
ふすまの前で聞いているとこんな感じです。
「・・・・これで収まったと思うなら浅はかな・・・」
「ただ臭いものに蓋をしたにすぎないだろ・・・今にもっとヒドイことが・・・」
どうも二人の人物が会話をしているようです。

自分はコミカルな声調だったのであまり怖いとも思わず、
一気にふすまを開けて見ました。しかし当然ながらそこには誰もいませんでした。
ただ床の間の絵を見たときに、なんだか2人の僧の立っている位置が、
前とは違っている気がしました。そしてそれから2・3日後、夜中に、
家に小型トラックが突っ込んでくるという事故が起きたのです。
塀と玄関の一部を壊しましたが幸い家族にケガ人はありませんでした。

親父はこの事故のことでずいぶんと考え込んでいましたが、
それからはますます骨董買いに拍車がかかりました。
古めかしい香炉、室町時代といわれる脇差、大正時代のガラス器などなど。
そしてそのたびに家に変事が起こり、また収まり、
そしてもっとヒドイことが発生するといったくり返しになりました。
骨董に遣ったお金もそうとうな額にのぼったと思います。

「あっちを収めればこっちの障りが出てくる、
考えなきゃいけないことが十も二十もある。こらたまらんな。」
親父はノイローゼのようになっていました。
そして今にして思えば骨董蒐集の最後になったのが、
江戸時代の幽霊画でした。これはずいぶん高価なものだったはずです。
それは白装束の足のない女の幽霊が柳の木の下に浮かんでいる絵柄で、
高名な画家の弟子が描いたものだろうということでした。
親父は「この絵はお前たちは不気味に思うかもしれんが、実に力を持った絵だよ。
この家の運気を高めてくれる」と言っていました。

そしてその絵が家に来た晩から、自分の小学校低学年の妹が
うなされるようになったのです。妹は両親と一緒に寝室で寝ていたのですが、
決まって夜中の2時過ぎになるとひーっと叫んで飛び起きます。
そして聞いたこともない異国の言葉のようなものを発し、
両親に揺さぶられて我に返るのです。
もちろん病院に連れて行きましたが何の異常も認められないとのことでした。
家の者はまた骨董のせいではないかと疑っていましたが、
それを親父に言い出すことはできませんでした。
ただ時宝堂が来ていたときに親父がこの話をしたら、「おお、それはいよいよ
生まれるのですな」と意味不明のことを言っていたとは聞きました。

そしてその日の夜のことです。やはり2時過ぎ、
妹はうなされていたのが白目をむいて立ち上がり、
「がっ、がっ、あらほれそんがや~」というような言葉とともに大人の拳ほどの、
白い透明感のある石を大量のよだれを流して口から吐き出しました。
次の日、時宝堂が来てその白い石をかなり高額で買っていったそうです。
親父はこのことを契機に時宝堂とのつき合いを絶ち、
骨董の蒐集もすっぱりやめてしまいました。「家族には迷惑をかけられないからな。
みんなの健康が何よりだよ。これからは庭いじりでもやることにする」
そして我が家の異変は完全に収まったのです。




創作側に振って書く

2013.07.17 (Wed)
この話なんかは創作臭の強いもので、まあ時間が止まるなんてありえませんからね。



『ghost photography 』






だるまさんが・・・

2013.07.17 (Wed)
私が小学校3年生か4年生の時のことです。
友人5人くらいと神社の境内で「ダルマさんが転んだ」をやっていました。
小学校の帰りに道草をくって、そこいらにランドセルを放ってです。
その神社は町の中にあるのですが、ふだんは神主さんもいないところで、
いつも表戸は閉まっていました。境内は教室4つぶんくらいの広さです。
季節は秋で一面にいちょうの葉が散っていたのを覚えています。
たしか男子4人と女子は私一人でした。
私は小さい頃はきかん気で、男子と遊ぶことのほうが多い子供でした。
男の子と遊ぶと意地悪をされることも多いのですが、
それでも女の子と遊ぶよりはずっと楽しい、そんな子供でした。

私が鬼の番になって、木にもたれて
「ダルマさんが転んだ」と早口で言って振り向くと、
みんなは止まっています。そういうルールなのですが、とても強い違和感を感じました。
ピクリとも動かないし呼吸をしている感じさえないのです。
そしてそのとき、私も振り向いた状態で体が固まってしまい、
どこもまったく動かせないことに気づきました。ただし目の前の光景は見えます。
驚いたことに、宙に舞っている木の葉が,
そのまま張り付いたように空中で止まっているのが見えます。

その時、私の耳にかすかな鈴の音が聞こえてきました。
それはどうやら神社の中から響いているようです。
顔を動かすことができないのでわかりませんが、神社の扉が開いたようです。
中から何かがこちらに歩み寄ってきます。・・・5歩、6歩そして、
その鈴の音の主は私の目の前にきてやっと姿を見て取ることができました。

それは夜店で売っているようなキツネのお面をかぶった、
白い着物を着たやせた男の人でした。
齢はわかりませんがそれほど老人とは思えませんでした。その人は私のほうを見て、
「やれやれ、お嬢ちゃん時を止めてしまったようじゃな。驚いたことだ、
 前にあったときからもう二百年にもなる」
そして、動きを止めている私たち5人の一人一人の顔を見渡すと、
「ふうむ、やっぱり止めたのはお嬢ちゃんじゃな。
 ほんとうならばそなたをもらうのじゃが、何か強い守りが働いておる」
そう言って4人の男の顔を順番にしげしげと見て、
「この子がいちばん兄弟が多いようじゃな。この子をもらおう」
そう言って一人の男の子の頭をなでました。そして私に向かって、
「あんたはこのことを覚えとるじゃろうが、誰にも言ってはいかん。
 もし言ったらこの面をはずしてお前のうちにゆく」

そして風景が溶けるようにゆがみ、ダルマさんが転んだの場面は動き出しました。
何事もなかったかのように男の子の一人がぴくりと動きました。
元に戻ったのです。後で聞いてみても、私以外はだれも時が止まったことも、
お面をかぶった人が来たことも覚えていませんでした。
私は自分が短い時間に夢を見ていたのだと考えることにしました。

でも、そうとは思えない出来事がありました。
お面をかぶった人が頭をなでた男の子が数日後に亡くなったのです。
先生の話では、原因不明の高熱によるとのことでした。
あの時のことは夢ではなかったと今では思っています。
どうして時が止まったのか、どうして私が連れて行かれなかったのかはわかりません。
ただ思い当たることは私の祖母がかつて若い頃に、
沖縄で拝み屋のようなものをやっていた、
と聞いたことがあるくらいです。怖くなくてすみません。でも本当の話です。

『生と死』グスタフ・クリムト





黒民話風に書く2

2013.07.16 (Tue)
これ系の話もけっこういくらでも書ける気がしますが、
どれも今読み返してみると、類型的ですね。

『ghost photography』



無医村

2013.07.16 (Tue)
爺ちゃんは当時すごい田舎の山村に住んでて、
村にはあまり評判のよくない医者が一軒しかなかった。
それで爺ちゃんの知り合いの年配の男性が盲腸になって、
しかたなくその医者に手術してもらったんだけど、
膿の処置が悪かったとかで腹膜炎を起こしてしまったんだ。
これは市の病院に運んで腸を出して洗うしかないということになったが、
真冬で豪雪地帯なのでバスは動かないし鉄道は最初からない。

けれど運のいいことに、たまたま村に陸軍の部隊が駐屯していて、
事情を話したら馬そりにのせて市まで運んでもらえることになった。
それで鎮痛剤を打って毛布でくるんでそりにのせたんだけど、
ものすごい苦しみようで、のたうち回るようにして毛布をひっぺがしてしまう。
それですごく村の医者を恨んで悪口を言い続けていたという。
医者がちゃんと処置してればこうはならなかったのにっていう、
逆恨みに近いものだったらしい。

あまり暴れるんで道中看護兵が一人その人について様子を見てくれてたんだけど、
とうとう行軍中の夕方に亡くなってしまった。
これはその看護兵がきちんと死を確認して間違いはなかったらしい。
それでもう病院に運ぶ必要もないからということで、
途中の民家に遺体を置かせてもらい村から人を出してその人の家に戻すことになった。
そこで民家の人に事情を話して毛布にくるんだまま、
戸板にのせて馬小屋に寝かせて置いた。

『小幡小平次』葛飾北斎
そして朝になってその家の人がお線香を
あげようとしたら、毛布ばかりで遺体がなくなってた。
どこで見つかったかというと村の手術した医者の家の前。
カチカチに凍りついた状態で両目を見開いたまま、
医者の玄関前の雪の中につっ立った状態で死んでた。
戸をあけてすぐにそれを見てしまった医者は
仰天して腰をぬかしたらしい。
それが元になったのかはわからないけど、
その医者も一年たたないうちに心臓病で亡くなった。

上に書いたように看護兵がその人の死を確認しているし、
そもそも豪雪の中を夜から朝にかけて歩いても、
とうていたどりつける距離ではなかったって
爺ちゃんは強調してた。
それから後日談と言えるかわからないけど、
その村はずっと無医村の状態が続いていて、
村の診療所にいくら新しい医者を迎えても、
みな一年くらいでやめてしまうんだそうだ。





マヨイガ

2013.07.16 (Tue)
うちの地方に昔あったという言い伝えで、たぶん「マヨイガ」系の話だと思う。
あんまり怖くはない。中学校で剣道部だったんだけど、
夏休みの合宿で町のお寺を借りて泊まったときに、
五十年配の住職が寝る前に本堂に部員を集めて話してくれた。
・・・昔々、村の百姓はふだんは山に入ることはあまりなくて、
炭や木細工、鳥獣肉なんかは必要があれば、
山住みの者から野菜なんかとの交換で手に入れてた。
もっとも焚き付けは薪と杉っぱで間に合うし、木製の農具なんかは村で作ってたし、
塗り物の椀なんかは行商から買ってて、ほとんど必要もなかったらしい。

それでも山菜やキノコなんかを採りにいくことはある。
その場合でも何人かで連れ立っていくようにして、
しかも踏み跡が道になってるところから遠く離れないようにしていたらしい。
そうしないで道に迷ってしまうと山寺に行き着いてしまうことがあるから、
この山寺というのは、ふだんからそこにあるわけじゃなくて、
道に迷った人の前に大きな山門が忽然と現れるという。

山門をくぐっていくと境内から寺の前に出て、表戸が開け放たれている。
入ってみるとろうそくが灯ってて、線香もけぶっているのに人の気配がない。
いくら呼んでもだれも出てこない。もとの道に戻るには、
本堂のお釈迦様の像の後ろに地下に通じる穴があって、
ちょうど善光寺の戒壇巡りのような感じで人ひとり通れるくらいの幅。
ただしもともと真っ暗な地下洞窟だけど、
必ず目をつぶって歩かなければならないという。
どちらかの手で壁に触れながらずっと歩いて行くと、ふっと壁の手応えがなくなって、
そこで目を開けると、いつのまにか見知った山道に立っている。

これ以外の方法では元の道に出ることはできないらしい。
山寺の山門に入らなければ山中でただ迷うばかりで疲労死が待っている。
地下洞窟で目をつぶらなければ、どこまでも果てしなく洞窟が続いて出口がない。
今にして思えば何かのロールプレイングゲームみたいな感じだけど、
この話を聞いた当時はそういうのを知ってる人はまわりにはいなかったな。

それから最も大切なのは、絶対に寺のものを持ってきてはいけないことで、
欲にかられてほんのちょっとした何かでも持ってきてしまうと、
その人は村に戻れるけれども名前をなくしてしまうという。
この名前をなくすというのも意味不明だけど、住職はくわしく説明してはくれなかった。
もしかしたら村の自分の家やなんかがが
なくなってしまうということかとその時は考えた。
でなければ家族を含めて村のだれも自分のことを覚えていないとか。

奇妙な話なんでずっと印象に残ってるし、
同窓会をやったときには元の剣道部員の間でこのことが話題に出てた。
一番不思議なのはこの山寺を出て村に戻る方法なんかが
どうやってわかったのかということで、大学のときに、
町史や郷土史の本なんかをあたってみたけどそれらしいのは載っていなかった。
住職が中学生を喜ばせようとして作った話というのが一番可能性が高いんだろうが、
もうとうに他界してしまってて聞くことはできないんだな。





黒い郵便配達

2013.07.16 (Tue)
余り怖くはなく、どちらかといえば昔話に近いような内容ですので、
ここに投下させていただきます。

私が子どもの頃に祖父から聞いた話です。
祖父が生まれ育った地域は、古くからの神話伝承の豊富な土地柄であり、
これもそういうものの一つかもしれません。
はるか古代に、その地域の国津神がある誓いを立てたのだそうです。
それは、その地域の住人が死ぬ前に本人に死期を知らせるというもので、
なぜそのような奇妙な誓いを立てることになったかのいわれは伝わっていません。

ただし死期を知ることができるのはその血筋の氏の長者、
つまり本家の家長に限られています。
そのお告げを受けた場合、財産の分与などの準備を万事滞りなく済ませてから、
従容と死についた者がほとんどであったといいます。
そしてその死のお告げの形は時代によって変化しながら、
近代まで続いていたということです。例えばこのように。

黒い郵便配達・・・主に雨や風の強い夜にその配達夫は自転車でやってきます。
まだ電話がない時代、あっても普及していなかった時代の話です。
風や雨の強い夜半「電報です」とドンドンと戸を叩く音がします。
ただしその音は家長にしか聞こえません。
外に出てみると、帽子を目深にかぶり黒いゴム引合羽の衿を立てた、
人相のわからない郵便局員がずぶ濡れで立っていて、無言で電報が手渡されます。 

それに目を落として顔を上げると、自転車ごと配達夫の姿はもう見あたりません。
電報には1週間以内の日付が記されていて、
読み終えたとたんにこれもまた溶けるように消えてなくなるといいます。
そこでその家の主人は何事であったかを悟り、
死出の旅路の準備を始めるというわけです。

他にはこんなのもあります。持ち山の様子を見に行ったときに、
慣れ親しんだ道のはずがどうしたわけか迷ってしまい、
さんざんさまよったあげく見たことのない大きな寺の前に出ます。
山門をくぐって中に入り、道を尋ねようと本堂に入りますが、
蝋燭が灯り線香に火がついているのに人の姿がありません。 

そこで何かに誘われるように奥のほうの位牌堂に入っていきます。
位牌堂の入り口には卒塔婆が立てかけてあり、
削りあとも新しい一番上のものに自分の名前と法要の期日が
記されているのを目にするというのです。あっと驚いた拍子に、
寺は姿を消し見覚えのある山道の辻に立っているのに気づきます。

また、例祭などでもないのにふらっと氏神の神社に足が向いていきます。
手水をとっていると、水盤の底にゆらゆらと字が浮かび上がってきて、
自分が死ぬ日の日付に変わります。また陽あたりのいい冬日に、
子守に逆向きにおぶられた孫の顔を何気なくながめていると、
赤ん坊は へくっ とくしゃみをして、そのときに舌を出すのですが、
その舌がべろーんと長く伸びて、そこに墨で黒々と
日付が書かれていたという話もあります。

お告げを受けた者は、そのことを親類・家族、檀家寺の住職に話し、
死ぬための支度を始めるのです。
これは少なくとも戦前までは当たり前にあったと祖父はいいますが、
子どもの頃の私をからかっていたのかもしれません。

祖父はもう亡くなり、その伝承のあった地から離れていますので、
今現在もこのようなことがあるのかどうかはわかりません。
それから明治の時代に一人、このお告げに抵抗した人と白い箱の話も聞きましたが、
それは長くなりますので、後日機会があれば投稿したいと思います。





送り番

2013.07.16 (Tue)
子どもの頃ひい爺さんから聞いた話を書きます。

ひい爺さん(以下爺さん)は明治の早い時期の生まれで、しかも山村で育ったため、
いろいろと奇妙な風習を知っていて、自分が子どもの頃によく話してくれました。
爺さんの村では送り番という役回りがあり、
これは三軒ひと組で回り番で当たる遺体の埋め役のことだそうです。
当時爺さんの村はまだ土葬で、寺で葬式を行った後に、
遺体の棺桶を荷車にのせて村はずれにある墓域まで運ぶのです。
村の顔役や男手のない家では代わりを頼むこともできましたが、
葬式では酒も振るまわれ些少の礼金も出たそうです。

ただ遺体は棺桶(これは四角い棺ではなく丸い大きな桶)ごと埋めると場所と手間、
費用もかかるので、4~5尺ほどの穴を掘って、
死装束の遺体をそのまま埋めるのだということでした。
そうするうちに村で人死にがあり、これは当時では珍しく自殺だったそうです。
五十ばかりの百姓が土地争いの裁判で負けて、
先祖代々の耕作地をすべて失ったのを苦にしてのことでした。
そして爺さんと組んでいた埋め役の一人が訴訟の相手だったのです。

これは具合の悪いことでした。遺族もその人にやってほしくはなかっただろう
と思うのですが、その人は、葬式には出ないが、
村のしきたりの埋め役はやるといって頑としてきかず、
これは後で考えると村内で弱みを見せたくない、
という虚勢や打算があったのではないかと爺さんは言っていました。

葬儀では棺の中に古銭を入れたりなど各地でさまざまな風習があるものですが、
爺さんの村では遺体の口の中に鬼灯(ほおずき)を入れるということをしていました。
表向きは死出の旅の慰めにということになっていましたが、
本当は死人が口を利いたりしないよう封じるためだったろうとのことです。
葬式が終わって、寺の外で待っていた訴訟相手の人ともう一人の人と三人で、
荷車に棺桶や鍬などの道具をのせ、街灯もない街の灯りもない月もない夜道を、
くくりつけた提灯の明かりだけを頼りに出かけていったそうです。

墓所までは三十分ばかり、さらに小一時間ほど穴を掘って遺体を桶から出し、
穴に下ろします。丁寧にやっていたつもりでしたが、
底まで一尺ばかりのところで誰かの手が滑ったのか、
遺体を頭から穴に落としてしまいました。
するとポンと音を立てて口から鬼灯が飛び出しました。

もう後は土をかけるだけでしたので、
鬼灯はそのままにして腹から土をのせていきました。
さすがに顔に土をかけるのはためらわれるので、
一番最後になることが多いのだそうです。
爺さんはこれでもう終わったようなものとやや気を緩めていたところ、
急に月が雲間から出て穴の底まで射し込み、死人の顔を照らし出しました。

すると死人はかっと目を見開き、目だけを動かして辺りをねめ回しておりましたが、
訴訟相手の人を見つけるとその顔を見据えて、
吠えるような大声で「お前が送り番か、悔しい」と叫んだのです。
もちろん三人は鍬も何もかも放り出して一目散にその場を逃げ出しました。

葬式を行った寺に駆け込んで一部始終を住職に話しましたが、
住職も怖じ気づいたのか確かめるのは日が昇ってからということになり、
爺さん達は寺の一間を借りて過ごし、住職は朝まで経をあげていたそうです。
翌朝になりますと訴訟相手の人の姿が見えなくなっていました。
無理をいって隣町から医者を呼び一同で墓所に出向いてみると、
野犬などに荒らされることもなく、
遺体は穴の中で顔だけ出した昨晩のままでした。

もちろん掘り返して医者が確認しましたが、
亡くなってからずいぶんと時間が経過しており、生き返った様子もないとのこと。
ただ当時の医学だからどれだけ信用がおけるかわからんよ、
と爺さんは笑って話してくれました。遺体の目は昨晩最後に見たままに、
かっと見開かれた状態で、閉じさせるのが大変だったそうです。

もう一度日中に埋葬が行われ、今度こそ何事もなく執り終えました。
訴訟相手の人は半年ほど行方がわからなかったのですが、
猟師が山中で首を吊っているのを見つけました。
そうして死体を下ろしたときに口からぽんと鬼灯が飛び出たのだそうです。
爺さんは作り話で子供を怖がらせるような人ではなかったと思っていますが、
この話に関しては半信半疑というところです。
もうずいぶん前のことになりますので、記憶違いなどがあるかもしれません。





黒民話風に書く

2013.07.16 (Tue)
ここからは黒民話風の話を載せていきます。この「20年後」というのは、
アメリカのSF作家の短編だったと思いますが、川べりで悪魔に遭う話があって、
「でっかい魚~」という部分が記憶に残っていて書きました。

*スティーブン・キングの『第四解剖室』の中の1編でした。

『ghost photography』






20年後

2013.07.16 (Tue)
小学校4年生の夏休みのことで、今でもよく覚えてる。
川と古墳の堀をつないでる細い用水路があって、そこで一人で鮒釣りをしてたんだ。
3時頃から始めたんだけど、
いつになくたくさん釣れるので面白くてやめられなくなった。
だんだんあたりが薄暗くなってきて、日の長い時期なので7時近かったと思う。
そろそろ帰らないと怒られるな、もう一匹だけ釣ったらやめようと思っていたら、
ガサガサと藪を踏み分ける音がして、
川原の丈の高い草の中を何かが近づいてくる音がする。

人が通るような道はないので動物かと思ってちょっと身がまえたが、
出てきたのは自分の父親より少し年上くらいのおじさんだった。
おじさんは神主さんのに似た上下白の着物を着て、
顔は大人なんだけど小学生の自分と同じくらいの背丈で、
頭に黒くて長い帽子をかぶってる。それが烏帽子というものだとは後でわかった。
はじめは怖いという感じはぜんぜんしなかった。
おじさんはにこにこ微笑んでいてとても優しそうにみえたから。

おじさんは体についた草の葉を払いながら、
「ぼうや釣れるかい?」と聞いてきたので、
「はい、釣れます」と返事をすると「ちょっとお魚見せてくれるかい」
と言いながら歩み寄って魚籠を引き上げ、
「ほーう大漁だねえ。いくらかもらってもいいかな」
そしてこちらの返事も待たずに、
魚籠の中から一番大きい鮒を二本指ではさんでつまみ上げ、
「いただくよ」と両手で抱えて頭から囓り始めた。
バリバリという骨の砕ける音が聞こえてくる。

おじさんは「いいな、いいな、生臭いな」
と歌うようにつぶやいて頭のなくなった鮒を草の上に捨てた。
自分が呆然と見ていると「殺生だよ、殺生はいいな、いいな」と言いながら、
魚籠の上にしゃがみ込んで、今度は両手をつっこんで2匹の鮒を取り出すと、
こちらに背を向けるようにして、交互に頭を囓りだした。
やっぱりバリバリゴリゴリと音をたてて頭だけ食べている。生臭い臭いが強くした。

魚を捨てると立ち上がってこちらを振り向いた。
にこにこした顔はそのままだが、額と両側の頬に鮒の頭が生えていた。
鮒はまだ生きているようでぱくぱく口を開けてる。
「ああーっ」と声を上げてしまった。
ここから逃げなくちゃいけないと思ったが、体が動かない。
おじさんは動物のような動きで一跳びで自分の側まで来て、
「ぼうやももらっていいかな」と言って肩に手をかけてきた。
思わず身をすくめると、同時におじさんのほうも弾かれたように跳び離れた。

そしてこちらを見て不審そうに首を傾げ、
「・・・ぼうや、神徳があるねえ、どこかにお参りにいったかい?」
そう言うおじさんの顔から目を離せない。
すると急におじさんの顔が黒くなり、吠えるような大声で、
「どっかにお参りにいったかと聞いてるんだ」と叫んだ。
気おされて「・・・この間お祭でおみこしを担ぎました」と、なんとか答えると、
おじさんは元のにこにこ顔に戻って「そうかおみこしねえ、ふーん残念だなあ、
じゃ20年後にまた来るよ」ゴーッと強い風が顔に当たって、
目をつぶってもう一度開けるとおじさんの姿はなくなっていた。

体が動くようになったので釣り道具をぜんぶ捨てて家に逃げ帰った。
家族にこの話をしたけど、何を馬鹿なことをという反応だった。
母親が変質者かもしれないと少し心配そうにしたくらい。
翌日中学生の兄といっしょに昼前に堀にいってみたら、
釣り竿なんかは草の上に投げ捨てられたままになっていた。
ただ魚籠に近づくとひどい臭いがして、
中はどろどろになってあたりの水面に油と魚の鱗が浮いていた。
その後はその古墳の堀には近づいていないし、特に奇妙な出来事も起きていない。
ただもうすぐあれから20年になるんだ。





休憩のバカ話 顕現

2013.07.16 (Tue)
みなさんは顕現という言葉を知っているだろうか。
これはキリスト教などでも使われるが、
神が実在するみしるしを信者の前に現すとされるもので、
例えば木の切り株やカボチャの割り口、壁の染みなどが、
磔になったキリスト像や天使が飛翔する姿に見えるという。
実は俺の家は新築なんだが入居して一ヶ月もするとキッチンの壁に染みが出てきた。
その染みはだんだんと濃くなって何だか人の姿に見えるようになってきた。
ただし実際の人よりはだいぶ大きい。
天井近くまであるから高さは2mをこえるだろう。
とても躍動感のあるフォルムをしていて、片足を大きく上げているように見える。

朝食のときに女房に「この染み何に見える?」と聞いてみたら、
「ええと何だっけ。あれでしょ、あれ」と言って、
片手を額にあてて遠くを見るようなポーズをしてみせた。
染み自体はそのままにはしておけないので、
家を建てた設計事務所にクレームをつけてただで塗り直させた。
それから十日ばかりたったのだが、
塗り直した上からまた染みがうっすらと出てきてしまっている。

ある夜、腹の空いた長男が冷蔵庫をあさろうとしてダイニングにいって、
そこで何かに驚いたらしく、俺たちの寝室に駆け込んできた
「ダイニングで変な声が聞こえるんだよ、それもあの染みの中から」
長男は息せき切って言う。
俺が「まあ落ち着け。で、どんな声がしたんだ」と聞いてみると、
長男は口を大きく丸く開けて「アッポー」と答えた。

*「顕現」は作中に書いてあるように、キリスト教徒の信仰を助ける神の御しるしのことです。
ちなみに、なぜこの家の壁に故ジャイアント馬場氏が出てきたのかは不明。





謎を投げ出す5

2013.07.16 (Tue)
これは奇妙なシーンを描いただけで、象の鼻のような頭の黒い赤ん坊が何なのかは、
自分でもわかりません。こういうのはいくらでも書けますね。

『ghost photography』



幕屋

2013.07.16 (Tue)
小学校4年生の時だから、もうだいぶ前のことだな。
当時俺の町では小学校の合併があり、俺のいた小学校が建て増しされて、
別だった学校のやつらが移ってきたことがあった。
それで新しい友だちが数人できて、家に遊びにいったりしたけど、
そいつらの地区は同じ町内でも行ったことがない場所だったんで、
最初のうちはけっこう新鮮な体験だった。

5月だったと思うが、日曜日の午後にその地区で遊んで、
家に帰る途中でどしゃ降りの雨になった。
時間は、6時まで家に帰らないと怒られてたからたぶん5時過ぎくらい。
叩きつけるような大粒の雨で、どっかで雨宿りしようかと思ったけど、
まだコンビニもない頃で・・・そうしたら幕屋が目に入った。
幕屋というのは、俺らの町はお地蔵さん信仰が盛んで、町内の地区ごとにあって、
月当番を決めてお祀りする地蔵様のお堂のことだ。
たいがいは辻脇にあって、数本の杉の木もいっしょにある。
月当番の家では、火の始末やお供え物の片付けなんかをする。
今から思えば、2間に4間くらいの細長い建物で、
お地蔵さんが地区によって違うけど5~10体くらいある。
屋根はあったけど長辺の壁がなく、そこに赤い幕が下がってるから幕屋。

そこで雨宿りしようとして走り込んで幕をめくったとたん、あっと思った。
お地蔵さんがあるはずの木枠の中に、
ぎっしりオムツもしていない裸の赤ちゃんがひしめいていたんだ。
何十人という数で。
さらに不思議なのは、その中に、
赤ちゃんくらいの大きさで手足もあるんだけど、
色は真っ黒で、ふつう頭のある場所が象の鼻みたいになってる生き物?が、
5~6人?くらい混じっていたことだ。
俺が幕をめくったまま固まっていると、
てんでに泣いたり隣の子に抱きついたりしていた赤ちゃんたちが、
いっせいに静まって俺のほうを見たんだよ。
さらにその黒い生き物も象のような鼻の先を俺のほうに向けている。
なんとか後じさりしてひっこんだけど、
ウッそだろ~と思ってもう一回幕をちょっとだけずらしてみると、
中の赤ちゃんはみんな消えてて、お地蔵さんが七つくらいあった。

気味が悪かったんで、結局そこでは雨宿りはせずにずぶ濡れで帰った。
家で当時まだ健在だったジイサンにそのことを話しても、
どういうことなのかわからずじまいだったな。

『光の帝国』ルネ・マグリット







蛭子温泉2

2013.07.16 (Tue)

 若い頃の恥ずかしい話なんでこのスレに書いておく。
ヒルコという神を知ってるだろうか。
これは古事記に出てくる国産み神話で、イザナギ神と
イザナミ神との間に生まれた最初の子のことだ。
しかし子作りの際に女神であるイザナミから
声をかけた事が原因で、不定形の混沌の子として生まれ、
3歳になっても足が立たなかったので、
葦の舟に入れられオノゴロ島から流されてしまう。

このヒルコの境遇が同情されたためであろうか、
日本の各地に流れ着いたとの伝承があるらしい。
そしてこのヒルコ神は海から流れ着いて浜に幸を
もたらすものとして海の幸の神であるエビス神と
同一視された、あるいはエビス神の源流になったとも
言われている。
ジョルジュ・ド・ラトゥール『悔悛するマグダラのマリア』

当時俺は家庭がありながら、会社の若い女子社員と関係を持っていた。
早い話が不倫だが、この女子社員が妊娠し、しかもそのことを隠していた。
ただお腹も大きくなってくるし口調の端々からも薄々感づいてはいたので、
あるとき思い切ってそのことを問い詰めると、絶対に産む、奥さんと別れてほしいと、
安いドラマにあるような修羅場になってしまった。
俺は社会的な信用の大切な職についていて、離婚という選択ははなからできない。
まして二十も年の離れた自社の女子社員と結婚などできるわけがなく、ほとほと困り果てた。
今から思えば身勝手な話だが。

ところがある筋から奇妙な話を聞いた。
琵琶湖の奥に不思議な力を持った温泉があって、そこで湯治するだけで、
お腹に子供がいる場合は母体には何の影響もなくきれいに流れてしまう。
妊娠の後期であってもその力は変わらないという。
何でも神代に近い昔から絶えることなく湯が湧きだし続けていて、
いつ頃からその効能が明らかになったかは不明だが、
江戸時代にはすでに子堕ろしの隠し湯として藩の管理下に置かれていたようだ。

それが明治の世になって政府の知るところになり、
教科書に名前が載っているような元勲らにも利用されていた。
その後、太平洋戦争の混乱でいったん秘密は失われかけたが、
代々その温泉を守ってきた一族が必死に守り通して現在に至るという。
名前をヒルコ温泉という。

結論から書くと、コネがあってその温泉を利用させてもらった。
効き目はものすごいもので、
外科的なものからホルモンの分泌など妊娠していたという痕跡さえ消し去ってしまう。
その女子社員とは、円満とはいえないが金の力で別れることができた。
その後自殺したなどということはない。
会社をやめ若い男と結婚して家に入った。
ただし子供はできなかったようだ。
それが温泉のせいなのかはわからないが。
30年以上前の話。

 ヒルコは『古事記』において国産みの際、イザナギの命とイザナミの命との間に生まれた最初の神。
しかし子作りの際に女神であるイザナミから声をかけた事が原因で不具の子に生まれたため、
葦の舟に入れられオノゴロ島から流されてしまいます。 
この流されたヒルコ神が流れ着いたという伝説は日本各地に残っていて、
日本沿岸の地域では、漂着物をエビス神として信仰するところが多く、
ヒルコがエビスと習合・同一視されるようになりました。



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蛭子(えびす)温泉

2013.07.16 (Tue)
あまり怖い話ではないんでここに投下。

もう十年以上前のことになるけど、木曽のほうに2泊3日の予定で釣りに行ったんだよ。
6月に会社の計画年休があって、同僚と二人で俺のハイエースで出かけた。
1日目は日中晴れて釣果もそこそこあったが、夕方から雷雨になって、車中泊であまり眠れなかった。
翌日も雨で、それでもカッパ着て竿を出したけど、つらくなってきて4時頃にはやめた。
天候は回復しそうにないし、もう帰ろうかとも相談したが、
とりあえず街に出て一杯ひっかけからビジネスホテルにでも泊まろう、ということになった。

で、県道を走ってると細い脇道があって、『えびす温泉』という木の案内板が見え、
それがすごく古びた感じで、きっと源泉の宿だろうから行ってみないかという話になった。
脇道に入るとゆるい上り坂になり、道路の舗装がきれて山の中に入っていく。
温泉はガイドに載ってないし、ナビでも出てこないんで少し心細くなってきた。
山の登り口に停めた軽トラに乗り込もうとしているじいさんがいたんで、温泉のことを聞いてみた。
じいさんの話では、一軒宿の温泉があるにはあるが、
経営者の夫婦が年をとり建物も老朽化して、今は親戚や知人くらいしか泊めてないはず。
ただ、風呂は入れるし上等の湯質だとのことだった。

まあここまで来たんだからと進んでいくと、道の上りがきつくなり、
車の窓は閉めてるのに硫黄の臭いがしてきた。山のまだすそのほうだと思うけど、
木が少なくなり白っぽい山肌がむき出しになって、
あちこちから湯気があがってる場所に出て、向こうに温泉宿が見えてきた。
カヤ葺きのいかにも古びた雰囲気の建物で、わざと古風に造られてるんじゃなく、
豪農の家を宿屋に改築したという感じ。
『蛭子温泉 源泉』という一枚板の看板がある。
宿の前は広い空き地になってたんで適当に車を停めて、玄関に向かった。
大きなガラスの4枚戸を開けて、
ロビーも何もないようだったから大声で「ごめんくださーい」と呼ぶと、
ややあって老夫婦が出てきた。
話してみると、宿はもうやってないがせっかくここまで来たんだから泊めてもかまわない、
風呂は入れるが飯はたいしたものは出せない、ということだった。
料金を聞いてみたらびっくりするくらい安かったんで、ちょっと相談して一晩世話になることにした。

その一番奥が俺たちの部屋で、6畳と8畳の二間。その6畳のほうに奥さんが布団を敷いてくれた。
そこに寝転がって、やることもないんで年代物のテレビをつけたが映らない。
電気がきてないわけではないので、電波の調整をしてないみたいだ。
そうこうしているうちに奥さんが夕飯を持ってきてくれた。
肉鍋と山菜のゴマ和えという内容だったが、ビールがついてたんでそこそこ満足した。
飯を食ってしまうといよいよやることがなくて、風呂にいくことにした。
一階に下りて声をかけると主人が顔を出して、浴場のある地下への階段を教えられた。
狭く急な木の階段を下りていくと木戸が一つだけあって、混浴のようだがどうせ俺らしかいない。

木戸を開けて驚いた。
岩窟風呂というのか、全体が大小の岩の組み合わせでできていて、天井が高く照明も薄暗い。
脱衣所はなくて、下に竹籠が置いてあったのでそこに服を入れた。
洗い場もないが風呂自体はかなり広い。
「すごいなここ」
「山の中を掘ったみたいだな。これって宣伝しだいでうけるんじゃないか」
「臭いもすごい、硫黄ガスなんか危なくないかな」
などと話したが、岩の裂け目がところどころにあって風が流れてくる。
湯は白色で熱い。風呂の向こう側1/4くらいが黄土色の湯ノ花で埋まってた。
その表面がぼこっぼこっと盛り上がってはじける。底から温泉がわき出しているようだ。
俺が入り口側、同僚が向かい合う形で奥のほうでつかっていると、いい気持ちになってきた。

すると、同僚の後ろの湯ノ花溜まりが少しずつ盛り上がってきた。
大きなガスの塊かと思って見ていたら、ずぼっという感じで泥人形が立ち上がった。
人の背丈くらいでつるっとした坊主頭。 両目はただの穴で、鼻も口もない。
たらたらと液状の泥が全身からしたたっている。
俺が「あーっ」と大声を出して立ち上がると、「何だよ」と同僚もつられてか立ち上がった。
「うしろ、うしろ」と俺が指さしたときには泥人形は崩れ落ちて、
湯ノ花のしぶきが振り向いた同僚の腰にかかった。
同僚の手を引っぱって風呂から上がり、今見たことを説明したが、
泥が崩れる最後しか見ていなかった同僚は信用しない。

とりあえず風呂から上がり、部屋に戻ってからもう一度風呂の中で見たものの話をした。
「変なこと言うなよ、ただ泥が動いただけだろ。あんないい湯だったのに」と、
やっぱり取り合ってくれない。
そうすると自分でも見間違いのような気がしてきた。それから同僚と少し釣りの話をして寝た。
次の朝は快晴で、同僚は朝風呂にいこうと誘ったが、俺はいかなかった。
「やっぱり何もおかしなことはなかったぜ」と、同僚が戻ってきて言った。
朝飯を食べて、料金を払い、礼を言って宿を出た。
それから渓流に向かったが、その日はびっくりするくらい釣れた。昼過ぎまで釣って帰った。

話はこれだけ。
その後同僚も俺も結婚して今も同じ職場にいるが、同僚の奥さんは3回流産して子供がない。
まあこのこととは関係ないと思うけども。

『陰 謀』ジェームズ・アンソール



謎を投げ出す4

2013.07.16 (Tue)
 このペットボトルの話は、要は神社から呪いをもらってきた人が、
ペットボトルを媒介として他の人を死に追い込む話を書いたつもりだったんだけど、
謎がうまく転がらなかった。失敗作です。

『ghost photography』



ペットボトル2

2013.07.16 (Tue)
前に牛乳配達のバイトをしてたときの話。

他の地域では違うかもしれないけど、
俺のとこでは朝3時に宅配センターに行って牛乳をもらい、6時までの間に原付で配達する。
新聞配達もやったことがあるので朝起きるのは大丈夫だったけど、
配るエリアが広いし、家庭によって本数や種類が違うんで、始めた頃は覚えるのが大変だった。
それでも毎日やる契約だったから、1週間くらいでだいぶ慣れた。

季節は秋頃で、4時前くらいだったと思う。
ある家に牛乳を配ろうとしたら、通りの向かいの家の塀の上がぼうっと赤く光った。
何だろうと思って見にいったら、ペットボトルが置いてあって、中でなんか黒いものがうず巻いてる。
そのときにはもう光ってなかったんで、瞬間的に何かの光が当たったのか、見間違いかと思った。
バイクに乗って次の配達先に行こうとしたら、
今度は進行方向の200Mくらい先で、また一瞬だけぼうっと赤い光が見えた。
途中を配りながらそこまで行ってみたら、

やっぱり光ったところにペットボトルが置いてあるんだよ。
銀行の駐車場の前の植え込みの中だった。
ここは前より明るかったんで中がよく見えて、
白い紙と髪の毛の束と金属片のようなものがやっぱりゆっくり回ってる。
あたりを見回しても反射するような赤いライトはないし、車も通っていない。
不思議だなあ、と思いながら配達を続けると、
そっから150Mくらい先でまた同じような感じでぼうっと赤く光るものがある。

ただし今度は一瞬じゃなくずっと光り続けてる。
そこはかなり年代がいっているようなボロい平屋で、門もなくて、
玄関の真ん前にやっぱりペットボトルが置いてあったけど、
中にライトが仕掛けられてるんじゃないかと思うくらい赤く光ってて、
中のものが液体とともに回ってって、地面に光の影を落としてる。
中身は前のものと同じだったと思う。
変なことがあるもんだなあと思ったけど、仕事中なんですぐその場を離れた。

その後はペットボトルは一本も見なかった。
で、次の朝の配達時にはそれらのペットボトルはなくなっていた。
で、さらに次の日、3本目のペットボトルがあった家の玄関に『忌中』の札がはられてたんだよ。
まあそれだけの話で、何かの偶然だとは思うけどね。


ペットボトル

2013.07.16 (Tue)
2週間ばかり前、晩に犬の散歩をしてて奇妙なことがあったんで書いてみるよ。

雑種のクロという犬を飼っているんだけど、
それまで世話をしていた息子が中学生になり、部活で自分より遅く帰るようになったので、
それにつれて夕食の時間も遅れて、毎日散歩させる役目が回ってきた。
といってもそんなに長時間ではない。 
自分は団体職員で家に帰る時間は毎日ほぼ同じ、帰って一息ついてから6時半から7時くらいの間。
散歩のコースは犬も飽きると思って3~4通り考えてローテーションしている。
これがやってみたら、座職の自分にはけっこういい運動になるとわかった。

その晩は神社コースをとった。
自分の家から15分くらい先に某有名企業の工場があって、わきに企業所有の野球場があり、
その三塁側ダッグアウトの後ろが少し林になってて中に小さなお社がある。
何でも昔はもっと大きな社殿だったそうだが、
自分らがこの地域に越してくる前に不審火で全焼てしまい、
有志で小さな新社を建てたという。
球場のフェンスの外を曲がろうとしたとき、さらにその先の小路から車が出てきた。
危ないことはなかったんだが、ヘッドライトに照らされてボッと光ったものがある。

近づいてみると、曲がり角の球場のネットの内側に1Lのペットボトルがある。
まあ珍しくもないんだが、口の部分まで液体が入ってまっすぐ立っている。
中には細長い紙のようなものと、黒く渦巻いた何かの塊が入ってるようだが、
街灯の光が影になっていてよく見えない。
こんなところに猫よけというのも変だなと思ったとき、リードが強く引かれた。
見るとクロが歯をむき出してうなり、後じさりしている。
奇妙だなあと思いながらもその場を離れた。

それからクロの様子が変になった。
いつもはおとなしい犬だが、低い姿勢で警戒しているみたいだ。 
何かの臭いをかぎつけているのかもしれない。
50mばかり行った曲がり角で、低く「ウッ!」と吠え声を飲みこむような音を立てた。
頭の先のほうを見ると人家の生垣の中ほどに、枝に引っ掛かるようにまたペットボトルがある 。

いって見ようと思ったけど、クロが近づこうとせずリードを強く引っ張る。
しかたなく近くの電柱につないで近寄ると、街灯があたってさっきよりよく見える。
液体は透明で、中にはやはり折りたたんだ細長い紙と、
何かそれほど大きくはない生き物のひとつづきの内臓?がゆっくり回っている。
ギョッとした ああ嫌だ見なければよかったと思った。

子どものイタズラかなにかで、内蔵は魚かカエルなんかのものだろうか。
とにかく気味が悪くなって、すぐ先にある神社までいく足を速めた。
犬を連れているので不浄かと思って、いつも神社の鳥居をくぐらないで引き返す。
その晩もそうしようとしたら、たくさん並んでいる赤い奉納鳥居の間をだれかが歩いてくる気配がする。
カサカサという足音のするその方向から目が離せなくなった。
最後の鳥居二本くらいまで来て姿がうっすらと見えてきた。

中年の女性で和服を着ている 両手で重そうな布袋を前に提げ持っている。
布袋の上部にはペットボトルのキャップ部分が7・8本分見える。
その女性は近くまでくるとすごい厚化粧で顔は真っ白。
自分らの前をこちらを見ようともせずに通り過ぎた。
女性が角を曲がってからクロのほうを向くと、伏せの状態で小刻みに震えてた。
それから家に戻るまでの間クロは道端に二回吐いた。

クロはその晩、飯を食べず今にいたるで何となく調子が悪そうで、
ペット病院に連れて行こうかと思っている。
それからクロの散歩は神社コースはやめたので、あのペットボトルがどうなったかはわからない。
神社の噂をそれとなく周囲に聞いてみたが、これまで2回ほどボヤ騒ぎがあったという。
2回とも、遠くから炎が上がっているのが見えたので通りかかった人が通報し、
しかし消防が駆けつけると、何かが燃えたような跡は一切なかったんだそうだ。
わけがわからん。


もののべのはらえ

2013.07.16 (Tue)
つい先週あったことなんだけどそれほど怖い話でもないからここに書くよ。

その日俺は仕事の帰りで駅前で少し買い物をした。時間は7時過ぎだった。
いつもは駅の乗り場からバスに乗るんだけど、
店に寄ったために2つほど離れた停留所でバスを待ってた。
すると近くの街路樹の手が届くくらいの高さに、
折りたたんだ白い紙があるのが目にとまって、
濡れてもおらず、ごく最近つけたように見えたんで何気なく手に取ってみた。

たんに枝にはさんであっただけみたいですぐに取れたけど、
和紙がおみくじみたいに細長くたたんである。
開いてみると「布留部由良ト由良加之奉ル事ノ由縁」と細い毛筆で書かかれている。
その字を見たとたん、頭の後ろでいきなり銅鑼を叩かれたような衝撃があったけど、
音がしたわけじゃない。それからこの内容はそのときに暗記して覚えたんじゃなくて、
検索して調べたんだが合ってるかは自信ない。
当然そのときは俺には意味不明の字のられつとしか思えず、
やっぱりおみくじのたぐいかと考えて元の場所に戻しておいた。

しばらくしてバスが来たんで乗り込んだんだけど、乗り込んですぐにあれっと思った。
ほぼ毎日このバスを利用するんだが、
いつもは混んでて座れないときもあるくらいなのに、乗客がまばらにしかいない。
しかもバス停には俺の他にも待ってた人が何人かいたのに、
乗り込んだのは自分だけ。てっきり間違えて乗ったんだと思って
行先の案内を見たんだけど、ふだんのバスだった。
ゆっくりできるなら飲み物でも買ってくりゃよかったと思いながら近くに座った。

するとすぐ目が変なのに気づいた。座った自分の体がぶれて二重に見えるんだな。
うまく言えないんだけど輪郭の線が二重になって、
自分の膝が四つあるようになって見える。
仕事で何時間もパソコンに細かい数字を打ち込んでるんで、
疲れ目かと思って目をつむって指先でかるくまぶたを揉んだ。
これは病院に行くべきかと思ったが、奇妙なことに気がついた。
ぶれて見えるのは自分の体だけで、
バスの座席やなんか自分の体以外はなんでもないんだ。

そのとき後ろの座席から「おじさん体が二重に見えるんでしょ。
それ重なってるからだよ。」と、子どもの声が聞こえた。
振り返ってのぞいてみると、黒い長いグランドコートを着た
小学校高学年くらいの男の子がいる。
スポーツ刈りで首がひょろっと長く両手で四角い箱のようなものを持ってて、
それには白い布がかけてある。

「えー、重なってるってどういうことだい?」と聞くと、
「さっき木の枝の紙を見たでしょ、あれもののべのはらえだから。
 何であんな粗雑な始末をするんだろうね。」と、その年頃らしくない口調で言うんで、
「もののべのはらえってどういうこと、何なのあの紙?」
と、さらに尋ねると、子どもは「説明はできないけど、このままだと分離しちゃうよ。
 関係ない人には迷惑かけられないから、
 なんとか元にもどしてあげる。そんなに難しくもないよ。」
そういう言葉の一つ一つが妙に重みがあって、さからえない気分になるような声なんだ。
その後目を開けてみると、まだ目の前の手が二重に見える。

「おじさんさっき店で買ったのは何?おみやげ?」と聞いてくるんで、
「そうだよ。息子に頼まれてたゲームのソフトなんだ。
 でもどうして買い物をしたことを知ってるんだ?」
「なんとなく・・・それこれと交換しようよ。そうすれば元に戻れると思う。
 そうしてよ!」その声はもう催眠術のように逆らえなくて、
俺はバッグからソフトの包みを出してその子に渡した。
男の子は座席に立ち上がったようで、上からそうっと箱を渡してよこす。

「おじさんこの箱ね、あした一日神棚か仏壇に供えておいて。
 明日の昼過ぎまでぜったい中を見ちゃだめだから。
 それ過ぎたら中身は捨ててもかまわないよ。」と言う。
箱を手にとってさわってみると、軽いけどでこぼこした固い感じがある。
子どもは「これで交換は済んだよ、契約だから守ってね。
 ・・・まだいつも降りる場所じゃないんだろうけど
 ここで降りて。」そう言ってブザーを押した。
わけがわからないままにバスを降りると四つくらい手前の停留所だった。
バスを見上げると、がらがらだったはずなのにぎっしり人が乗ってる感じがする。
男の子が窓から手を振ってるのが見えた。

気がつくと目はもう治っていた。家に着いてすぐ箱を神棚に置いてから、
「もののべのはらえ」を検索して調べたら「物部の祓」のことだとわかった。
その方面には詳しくないんで間違ってるかもしれないけど、
どうもおみくじに書いてあったのはその中の「布留部由良ト由良加之奉ル事ノ由縁」
という部分によく似ていたように思う。
翌日は気味が悪かったんで駅からそのままバスに乗って家に帰り、
神棚から箱をおろして白い布を取ってみた。
中から出てきたのは竹製の目の詰んだ虫かごで、
中には干からびた蝉の死骸が一つ転がってた。話はこれだけ、
わけがわからなくてスマン。

* 「もののべのはらえ」は古代氏族である物部氏の祖神、
饒速日(ニギハヤヒ)命が伝えたとされる十種の神宝を意識して書いてみました。
これらは名を出すだけで死者を黄泉帰らせるほどの力があります。
その祝詞、布瑠の言(ふるのこと)は「ひふみ祓詞」ともいい、
『先代旧事本紀』の記述によれば「一二三四五六七八九十、布留部 由良由良止 布留部
(ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり、ふるべ ゆらゆらと ふるべ)」
と唱える「ひふみの祓詞」や十種神宝の名前を唱えながらこれらの品々を振り動かせば、
死人さえ生き返るほどの呪力を発揮するといわれます。

『十種神宝祓詞』