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山田じゃね?

2013.08.31 (Sat)
怖いというのとは違うかもしんないけど、変な話があるんで書いてみる。
去年の大学の夏休みの話。男4人で某廃ホテルに探索に行った。
俺らは廃墟探索と称してけっこういろいろと回ってるんだ。
俺らの住んでるとこからはけっこう離れてるんで、
リーダー格のやつが借りたミニバンで行って車中泊して帰ってくる予定だった。
全員懐中電灯を持ってたし、ガラスとか踏んでもいいようにクツもがっちりしたのをはいてきた。
スプレー缶持ってきたバカもいたが。

もちろんビデオとデジカメは準備して、1時間ばかり撮影して回った。
1階から4階まであって天井が崩れてるとこもあるし、
個室を一室ずつ見て回ったんでわりと時間がかかった。
結果から言えば心霊現象は特になんもなし。
変な音とかはしたが反響か建物のきしみで片づくようなもん。
「ま、こんなもんだよな」とか言いながらその後は酒飲んで予定どおり車中泊して帰ってきた。

次の日、午後から仲間のひとりのアパートに行ってビデオの検証をした。
手ブレがひどくて気持ちが悪くなるし検証ではっきりしたものが写ってたためしはこれまでない。
俺は30分で完全に飽きてマンガとか見てたら、終わり頃に仲間があっと声をあげた。
「なんだ、なんだ」と言うと、
ある部屋の浴室を撮った場面で一瞬人がバスタブの中にいるように見えたっていう。
んで巻き戻してみたら、影になってはいるけど確かに人に見えるものが写ってる。
水の入ってないバスタブに向こうむきに膝を抱えた男が入ってて、
それをビデオが後ろから撮ってるんだ。

「これどう見ても人だよな」「髪短いから男じゃね」
「背中とヒザが見えるし、服着てないか短パンとかはいてるかだな」
とかいろいろ言い合ってたが、仲間の一人が「これ山田に似てないか」と言い始めた。
山田というのは俺らと同じ大学の学類が近いやつで、
よく授業でいっしょになるし何回かいっしょに酒飲んだりもしてた。
そう言われてみると、ほんの2秒くらいだけど懐中電灯の光があたった後ろ髪が、
特徴ある髪型の山田に似てる感じがした。

「これ完全な心霊ビデオだよな、つべにうpすっか?」
「絶対人が最初から入ってたやらせと思われるだけだろ」
「それより、こん中で山田としめし合わせてホテルにしのびこませてたやつがいるんじゃねえか」
「何で、んな面倒なことわざわざするんだよ」
「それにしても山田っぽいよな」
そんで携帯の番号を知ってたやつが山田にかけたけどつながらない。

それでも何回かかけ直してるうちにやっとつながって、いちばん仲のいいやつが話してたが、
どうやら山田は地元に帰省してるようで、
そこは大学のあるここともホテルの廃墟ともずっと離れたところだ。
山田は俺らの話を面白がってるみたいで、自分なはずはないが見てみたいんで、
ビデオの画像をそこだけキャプチャするか動画を短く切って送ってくれっていう。
携帯だと画像が小さいから、実家のパソコンに送ってくれってメアドを教えられた。
いったん携帯を切って、加工したやつを山田のところに送ってやった。

それから30分くらいして、仲間に山田から折り返し連絡がきたが、10秒くらいで切れた。
仲間が変な顔をして「山田、すげえ怒ってた。何でこれ見せたんだよ、って言うんだ」それで、
「お前が送れっていうから送ったんだろって言ったら、これ見たら俺死ぬじゃないか、そう言って切れた」
その後何回かかけ直したがつながらない。
「これで山田がホントに死んだりしたら怪談だよな」
「俺らをからかってるだけだろ」とか言い合ってたが、
2人バイトがあるやつがいて、その日は解散になった。
それから2日後に山田が実際に死んだということがわかった。

俺らが山田に画像を送った直後に蜂に刺されたらしい。
外ではなくて実家の元の自分の部屋にいて刺され、
すぐ病院に運ばれたもののアレルギーのショックで数時間後に死んだということだった。
俺らは山田とは同じ学類ではないから直接の連絡はなかったけど、
たまたま大学に顔を出したやつがこれを聞いてきた。
んで、その日のうちに連絡をとりあって仲間のアパートでビデオをもう一回見ようとしたが、
最初から再生できなくなっててなんとしても映らない。
パソコンに取り込んだやつは再生できたが、
山田らしき人物が写ってるシーンにくると画像が乱れてそっから先へ進まない。

俺らはみんなブルってしまってその日はそいつのアパートに泊まったんだが、
このビデオの話は他のやつには言わないことにしようと決めた。
ただの偶然かもしれないし、言っても信じてもらえるような話じゃないし、
証拠もなくなってしまったし。
んであれから1年近くなるけど、このときの仲間4人に特に不幸とか変わったことは起きてない。
それでこういうことに詳しい人がいるんじゃないかと思ってここに書いてみた。


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泥人形

2013.08.31 (Sat)
小学校の3・4年生くらいのときだったと思う。
当時もゲームはあったけど、まだまだ外で遊ぶ子どもが多かった時代。
俺も学校から帰るなりランドセルを放り出して外に遊びに出た。
だれかと約束してるわけじゃなくて、学校と家の中間地点にある公園に行くと、
たいがいは何人か子どもが集まっていて、同学年のやつが多ければそいつらと遊ぶし、
違う学年の子がパラパラといるような状況なら、
上級生が何かみなでできる遊びを考えてくれたりもした。

夏頃のことだったと思うけど、その日は公園に行ってもだれもいなかった。
しかたなく自転車を置いてブランコに乗っていると、男の子が一人来た。
それは俺とは同じ学年だったけど違うクラスのやつで、
家も近所ではなくどうにか顔を覚えてる程度。
この公園でも前に見かけたことは一度もなかった。
だから最初は話すこともなくて2人で並んでブランコをこいでいた。
けどその日はいつまでたっても他の子どもがやってこない。
するといきなりそいつが、「面白いこと教えてやるよ」と言って、
誘われて近くにある神社に行った。

神社はちょっと小高くなった住宅地の中にあり、その一帯だけ少し林になっていた。
赤い鳥居がたくさん並んでいたからお稲荷さんだったんだと思う。
小さいところで、ふだんは常駐している人もいなかったはずだ。
そのときにも人の姿はなかった。自転車を平らな場所に置くと、
そいつは鳥居のある石段の参道を通らず、
ササの斜面を駆け上がって落ちていたペットボトルを拾った。
何をするのかと見ていたら、そのまま境内の手水場に行って
水道からペットボトルに水をくみ、「こっち、こっち」と言いながら、
右脇のほうから高くなっている社殿の床下にもぐり込んだ。

俺は神社に一人で来ること自体始めてだったし、
当然お参りするものだと思ってたから、お賽銭はあげなかったし手も叩かなかったが、
拝殿の前で形だけ手を合わせてからそいつの後に続いた。
高床といっても床下はクモの巣だらけで高さは1mもなく小学生でも立ってはいられない。
そいつは斜めから日が差し込んでいるところと暗いところの境目あたりにいて、
下の地面にペットボトルの水をこぼしていた。

「何すんの」と聞いたら「泥で人形を作るとちょっとの間生きてるんだよ」と言った。
意味がわからないでいると「やってみせるよ」と、
水を注いだ上に土を集めてこね始めた。
土といっても灰色がかって粉のように細かかったが、
すぐにねばりがでてきて人の形になっていった。かなり慣れているみたいだ。

もちろん人形といっても芯のないただの泥土だから手足を長くすれば折れてしまうし、
ヒトデみたいにしかならないんだが、そいつは「さあできた」と言って、
人形を地面に置き、「こうしないとダメなんだ」と、
外から松葉のようなのを拾ってきて顔の部分にぽち、ぽちと目の穴を開けた。
するとその10cmばかりの泥人形が、
バネでも入っているようにぐいんと上半身を起こして座った形になった。

「えっ、嘘!」と思わず声を出してしまった。
人形はそのまま立ち上がり、奇妙な踊りのような格好をすると、
前にぱたっと倒れて動かなくなった。
「これだけなんだけどね。やってみれば」そう言ってペットボトルをよこしたんで、
俺も土を湿らせてやってみた。

粘土よりもずっと粘りがなくて、
だ円形に数センチの手足の突起をつけるしかできなかった。
こねている土がだんだん熱くなってきた感じがした。
だいたい形ができると、そいつが「自分で目を入れなくちゃダメじゃないかな」と言って、
松葉をわたしてよこしたんで、さっきやってた通りに顔にあたる部分に2つ目を入れた。
そのとき差し込んだ松葉からものすごく嫌な感じが伝わってきて手を離すと、
下に落ちた人形がビョンと跳ね上がって真ん中あたりで前後に数回折れ曲がり、
前のめりの形でぽっきりと折れた。

そのとき、床下の神社の中央部分あたりから急に湿った風が吹いてきた。
そっちを見たら暗い中に青白い光が二つ、何か生き物の目だと思った。
急に心臓がドキドキしてしかも胸が痛くなってきた。ここにいてはいけない、
という気が強くしたんで「ごめん、もう帰る」と叫んで床下から走り出た。
そいつを一人残して石段を駆け下り自転車に乗って家まで帰った。
息はきれていたが胸の痛みはなくなっていた。

その後学校ではそいつと顔を合わせる機会がずっとなかったし、
公園でも見なかったんだけど、体育祭かなんかの臨時の実行委員会でいっしょになった。
その帰りにそいつのほうから寄ってきて、「この間泥人形やっただろ、
 あれもっと長く動かせるようになった。にえ が必要だったけどな」
と早口で話しかけてきた。

「・・・にえ って何?」と聞き返すと、
「カエルとかフナとか、生き物の内蔵を土に練り込むんだ。
そうすると・・・長く生きてる。1分以上は踊ってる」
「・・・どうしてそうやればいいってわかったの?」
「お告げがあるんだよ。次はこうしろ、これをやれって」
あまりに常軌を逸した話だったんで「嘘つくなよ」と言い返したいとこだったが、
この間たしかに泥人形が動いたのを見ている。
何だかわからないものの気配も感じた。それにこの話をしている
そいつの目や息づかいから、子どもとは思えない冷たいものを感じて怖くなった。
だから「もう一度、いっしょにやろう」という誘いに
生返事をして、逃げるように別れて家に帰った。

ひと月くらいして、そいつは学校に来なくなった。他のクラスのやつの話では、
授業の時間はバケツを持って山や川に出歩いているらしかった。学校の帰りに、
釣り竿をもったそいつが自転車に乗ってるのを見たというやつが何人かいた。
「にえを捕まえてるんだろうか」そう考えるとますます怖くなり、
一度でもかかわったことを後悔した。それから10日くらいして、
台風の接近のために学校が午前中で終わった日の午後、
大雨の中であの神社の神木に落雷があった。

近くの消防団が駆けつけたが、雨のせいか火事にはなっていなかった。
薄暗い中で、消防団の一人が神社の床下から子どものような足が、
片方出ているのを見つけた。そいつが死んでいた。
ここからは子どもの噂なので、真偽のほどはわからない。
むろん警察や目撃者、そいつの親なんかは状況を知ってるだろうけど、
確かめたことはない。まあ漏れたとすればこの人たちからだから。

そいつは雨ガッパを着ていたが、露出している手や顔の部分には、
直径5mmくらいで深い穴が数えきれないほどあいていたという。
ただそれらは命にかかわるほどのものではなく、
病死した後に小動物にやられたという結論になったらしい。つまり事件性はなし。
床下はむっとする生臭さで、そこらじゅうに魚や蛇などの頭が落ちていた。
そしてそいつが倒れていたところから神社の床下の中央部分に向かって、
何百体、もしかしたら千をこえる数の泥人形が積み上げられていた。





セミアイス

2013.08.30 (Fri)
小学校高学年の頃、もう何十年も前の話。
平日の放課後家に帰ってから広場に集まって野球して遊んだ帰り、
家が近くのやつとチャリでせまい農道を近道して走っていると、
砂利道が交差したところにアイス売りがいた。
ビーチパラソルを広げた下に、
麦わら帽をかぶったじいさんが銀色の釜形のクーラーボックスを前にしてぽつねんといる。
ふだんよく通る道だが初めて見て珍しかったんで、自転車をとめてじいさんに値段を聞くと、
「一こ十円」と言った。
じいさんの顔は帽子の下に手ぬぐいを垂らして日除けにしてたんでよくわからなかった。
俺が買うと友だちも買った。俺は家に帰ってから食おうと思ってカゴに入れたが、
友だちは包装(といってもただのパラフィン紙)をほっぽって食いながら自転車に乗ってた。

そいつと別れて家に着くと裏庭に回ってアイスを食い始めた。
家の中で食うと、ご飯前なのにって母親がいい顔をしないからだ。
アイスは白いへら型に棒をさしたやつで、味はカルピスっぽかった。
最初は舐めてたけど先のほうが小さくなったんでかじった。
するとひじょうに変な感触がして、
思わずべっと吐き出すとなんか黒い虫の足のようなのが地面に落ちてた。
「えっ」と思ってアイスのほうを見たら、大きな虫の乾いた死骸が半分になって中に入っていた。
羽が重なって見えたからセミだと思った。
「えーっ」と言いながら俺はそのアイスを放り捨てた。アイスの残りは落ちて割れ、
頭のないセミの死骸が出てきた。そのときアイスの棒に「はずれ」という字が書いてあるのが見えた。
「うえー、何だよこれ」とべっ、べっと唾を吐きながら家に入った。

次の日学校で友だちにその話をしたら「俺のは普通のアイスだったぜ。あんまりおいしくなかったけど」
と半信半疑の顔をしてた。
「棒にはあたりって書いてたから持ってきた。学校の帰りにもう一度あの道を通ってみるから、
じいさんがいたらお前のセミの話も文句言ってやるよ」
その日は俺は児童会の活動があったんでそいつは一人で帰ったと思う。
で、その夜にそいつの家族から電話があって母親がとったんだが、
話をしてるとすぐに緊迫した声になった。
電話を置くとテーブルの俺や父親に向かって、
「◯◯ちゃん、亡くなったんだって。何かの中毒みたい。今から行ってくる」と言った。
母親は遅くまで帰ってこず、次の日学校で担任の先生から亡くなったことをはっきり聞かされた。
ひどい自家中毒らしいと言ってた。

『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』ドロテア・タニング



宗教団体のトラック

2013.08.19 (Mon)
某引越センターでバイトしてたときの話。
朝に支所に行けば当日の仕事内容の割当がわかるんだが、
その日は一軒家の長距離で手当がついて1万円以上になる。
バイト4人で午前中に荷造りをして10tトラックに積み、片道4時間ほどの距離。
運転手は正社員の山田さんで、俺が補助として助手席に乗り込んだ。
荷の降ろしと運び込みは向こうの支所のやつがやる。

で、帰りはやはり遅くなり夜の8時頃高速を走ってた。ここらは車通りはほとんどない。
かなり疲れていたが乗車中寝てはいけないので山田さんにときおり話しかけていると、
合流で大型トラックが前に入ってきた。ボデイはアルミのような色をしていて、
商用には見えない。後部ドアに黒で大きく紋章のようなものが入っていた。
それを見て山田さんが「うーん」と困ったようにうなった。

俺が「変わってますね」と言うと、「あの紋章は◯◯教のものだよ。
 さっきのインターチェンジ下の支部から来たやつだろ」
「今、うなりましたけど?」
「いや、前もいっしょになったことがあって、そんときに変なものを見た」
「変なものって?」 「・・・言っても信じないと思うが、またあるかもしれん」

そのトラックもリミッターが入ってるらしく、80mほど前をゆっくり走っていた。
20分くらいついていったら、なんだか、
さっきと比べてトラックの形がゆがんで見えてきた。
飾りもなく四角かった後部がいびつになったような感じだ。
「ああ前と同じだ。ちょっと寄ってみるか」
山田さんはそう言ってリミットまでスピードをあげた。

だんだん細部がはっきり見えてきて「えっ!」と驚いた。
トラックの鉄板の表面に顔が浮きだしていた。
顔は輪郭だけで、内部から人面の型を押しつけてたたき出してるような感じだ。
と、見ているうちに「にゅぼっ」と一つ顔が出てきた。
はっきりとはしないが側面や上部にも出ているようだ。
顔は目の部分がくぼんでいて、口はそれよりも大きくくぼんで、
しかも何かを叫ぶように動いていた。

「何ですあれ?」俺が聞くと、「わかるわけないだろ。
 まあ見てれば次の段階にうつるから」 「次の段階・・・?」
トラックは全体に顔が浮きだして、いぼだらけの皮膚のように見えた。
それから5分くらいすると、トラックの下部から犬のような黒い影が這い出してきて、
重力を無視するように車体を垂直に登っていった。

四つ足の黒い影は次から次へと出てきた。
20匹くらいか。トラックの車体上に散らばると、浮き出た顔を囓り始めた。
囓られた顔は泣き叫ぶようにゆがんでふっと消える。
見ているうちに顔はなくなっていった。すると、
トラックの天井に集まっていた影の獣たちも、八方に分かれてトラックの下部に消えた。
が、後部下にもぐろうとした一匹がふっとはずれるような形で道路に落ち、
それはぐるんぐるんと道路上で回転してまた浮き上がり、俺らのトラックに迫ってきた。

大型犬ほどの影がフロントガラスに当たった、と思ったが衝撃はなく、
ガラスには縦長のお札が一枚貼りついていて、
しばらくパタパタしていたがはがれて後ろに飛んでいった。
お札には読めない字で何か書いてあって、黒いヒモがついていた。

山田さんが「・・・終わったみたいだな。質問するなよ、わかんないから」
と大声で言った。それでも俺が、「前のときも同じだったんですか?」と聞くと、
「そうだ・・・何かたいへんなものを運んでるんだろうな」と一言だけ答えてくれた。
宗教団体のトラックはそれから10分ほど前を走って、インターで降りていった。
俺はその夜から高熱を出し、バイトをしばらく休んでしまった。





2013.08.18 (Sun)
友人とこで麻雀をして夜中の2時ころかな、チャリでアパートに帰る途中。
そこは裏通りでしかもこんな時間だから人の姿はまったくない。
街灯はあるものの、ちょっと薄気味悪く感じながら神社の前にさしかかったら、
道に面した鳥居からだれか出てきた。
小学校低学年くらいの男の子で下を向いて泣きながら歩いてるような感じだ。
「えっ、こんな時間に」と当然思ったが、
2~3mくらい後ろから母親くらいの年配の女の人がついてきた。

そこでさらに「ん!」となった。
男の子の首のあたりからその女のところまでヒモのようなものが伸びていた。
「んん、首輪? 虐待か」と思ったが、近づくにつれてそうじゃないことがわかった。
女の口から舌がべろ~んと伸びて男の子の首筋をちろちろ舐めているんだ。
そう気づいた瞬間、俺はチャリをUターンさせ明るい表通り目指して全速力で逃げた。
後ろは振り返らなかった。

『ジャンヌ・ケフェル』フェルナン・クノッブフ


レイ・ブラッドベリ

2013.08.18 (Sun)
三島由紀夫から「なり損ねの抒情詩人で、ひよわな感性を売り物にし、
もっとも女性的なSFであって、SFとして邪道なばかりか文学としても三流品である『宇宙塵』71号」
と酷評されたブラッドベリですが、三島が絶賛したアーサー・C・クラークの『幼年期の終り』
などはたしかに傑作なのですが、SFの宿命として現在の目で見れば古びた感があるのもいなめません。
その点、幻想怪奇小説というものは時間がたってもそう古さを感じさせないという気がします。
 ブラッドベリが好き、というと何か気恥ずかしい気がするのは自分だけでしょうか。
これは彼の作品がどこか少年期の郷愁のようなものをまとわりつかせているせいかもしれません。
あんがい三島にもそういう複雑な部分があったんじゃないかなと思うところもあります。

 ブラッドベリの作品は、SF、ファンタジー、ダークファンタジーの3つに大別できそうですが、
代表作はといえばファンタジー作品の『霧笛』か『みずうみ』をあげる人が多いのではないでしょうか。
ダークなものは『10月はたそがれの国』『黒いカーニバル』の2冊の短篇集が有名で、
この中では『ほほえむ人々』『黒い観覧車』『壜』なんかが自分は好きです。

 あと長編の『何かが道をやってくる』は悪夢的なカーニバルの話で、
古くはチャールズ・G・フィニーの『ラーオ博士のサーカス』
ちょっと毛色が違うけど、トルーマン・カポーティーの『遠い声 遠い部屋』
あとディーン・R・クーンツやクライヴ・バーカーも書いていますが、
欧米には移動カーニバルを舞台としたダーク・ファンタジーの系譜があって、
それが『ダレン・シャン』にもつながっていると思います。

『Ray Bradbury Theater - The Lake part 1 』続きはyoutubeで






2013.08.17 (Sat)
この間近所のコンビニに行ったときのこと。
二重になっている入口で傘立てのほうを向いているおっさんがいたんだよ。
それがこのカンカン照りでクソ暑いのにソフト帽をかぶりコートを着て、
「傘がない、傘がない」とつぶやいている。
「陽水かよ」と思わず心のなかで突っ込んでしまったが、
おっさんの腰回りが妙にふくらんでいることに気づいた。

よく見るとコートの裾のところからいろんな傘の先っちょが10本近くもはみだしてる。
どうやらベルトにそれらの傘をひっかけてぶら下げているようなんだ。
「えー、こんなもの盗んだっていくらもならんだろうに」と思いながら無視して店に入ろうとしたら、
自動ドアが開いて青いTシャツを着た4歳くらいの男の子が走り出てきた。
おっさんがしゃがんでその子を抱きとめるようなしぐさをすると、
ふっとその子の姿が消えたように見えた。

続いてコンビニ袋と車の鍵を持った母親らしい人が出てきて、ちょっとあたりを見回したが、
「◯◯ちゃん、◯◯ちゃん」と名前を呼びながら外に出ていった。
おっさんは俺のほうを振り向き、顔をのぞきこむようにして「傘、見つかりました」と言った。
手の中には青い小ぶりの傘が握られていた。
外では「◯◯ちゃん、◯◯! おかしいわね」という母親の声がしている。


土管

2013.08.16 (Fri)
親しくなった下請けの社員とプライベートで飲みにいったときに聞いた話。
そいつが小学校4年生の頃だったそうだ。
土曜日の午後に遊ぶ約束をして、友だち数人と近くの公園で待ち合わせた
公園といってもいくつか遊具があるだけで砂場には幼児がいるし、
野球なんかは当然禁止されてるので、ベンチで少しだべってから、
誰かの家に行ってゲームをする予定だったという。

自転車を置いて公園に入ってみるとまだ友だちは誰も来てなかったが、
シーソーの横に新しい遊具があるのを見つけた。
それは半径50cmくらいの土管をH字型につなげたもので、
1mくらいの土台の上に置かれてる。
あとH字の中央に2箇所上に出られる短い管もついていた。

鮮やかなピンク色に塗られていたんで、
きっと小さい子がくぐって遊ぶものだろうと思った。
で、見てたらなんだか入ってみたくなった。
Hの4つある入り口のうちの一つから入って途中のたて穴から顔を出し、
入ったのと反対側の穴の一つから出る。
それだけのことなんだけど、穴のふちに両手をかけようとしたら、
上手くいかず転げ出てしまった。で、芝の上にうつぶせに手をついたとき、
左手の手首から先がなくなってることに気づいた。

ひじょうに驚いたが、痛くもなんともなかったそうだ。
それに手首がなくなっている切り口も、
骨が見えたり血が出たりしてるわけでもなく、アルミのお皿のように
平らになって鈍く光ってる。驚いて立ち上がって土管を見ると、
上に出る短い管の縁を片手だけが握っていた。
他に入った子どももいなかったので、自分の手だと思って登ってみた。

確かに手首から先だけがそこにあるが、
引っぱってみてもピクリとも動かない。強く握ってるから動かないんじゃなく、
まるで土管の一部になってしまったような状態だったそうだ。
かなりあせったけれど、さっき入った口からもう一度もぐっていって上をあおぐと、
左手の手首から先が下から見えたが、切り口はやはり銀色に輝いていた。

そのとき、もしかしたらと思って左手を上に伸ばしてみた。
するとブウンというモーターのような音がし、
磁石がくっつくときのように軽くひっぱられる感じがして、
切断面どうしがぴたっとくっついたのだそうだ。
すると指の感覚が戻ってきて、そおっと手を降ろしてみると、
何事もなかったようにつながってた。土管から出て手首をよく見てみたが、
傷のようなのもなかった。そしたら今あったことが、
何か夢の中のような出来事のように思えてきた。
そのうち友だちがパラパラとやってきたが、どうせ信じてもらえないだろうと、
手首の話はしなかったそうだ。

飲み屋でここまで聞いて左手を見せてもらったが、
薬指の爪の上に絆創膏をしているだけで、まあ特に変わったところもない。
ちょっと信じられないが、作り話にしてはあまりに奇妙なんで、
言葉をつなげないでいると、そいつは、
「一ヶ所だけのぞいて変なことはないです」そう言って絆創膏をとった。
すると爪が黄緑色になっていて、1cmばかりの、
ちょうどもやしの芽のようなものが生えていた。

「あれ以来ずっとこうなんです。しょちゅう切ってるんですけど、
 枯れることはないみたいですね。親に見せたら医者に連れてかれたんだけど、
 植物ではなくて爪の形が変化してるだけなんだそうです。
 実害はないんですが、伸びると何かが起こりそうな気もするんです。
 それから、公園はもうなくなってるんですけど、
 その土管は10年以上設置されてたと思います。
 その10年の間に、その公園にいったという消息を最後に、
 小学生が2人行方不明になってるんです。いまだに見つかっていませんが、
 あの土管と関係があるような気がしてならないんです」とつけ加えた。
関連記事 『土管2』  『土管3』






2013.08.16 (Fri)
8年ほど前、俺が高校生でまだ実家にいた頃のことだけどな。
夜中の2時近くだったから家族は全員寝てて、俺だけゲームやって起きてたんだよ。
すると玄関のチャイムが鳴ったような気がした。
俺の部屋は階段をあがってすぐなんでよく聞こえる。
それで、こんな時間にだれか来たんだろうかと思って降りていったんだ。
そのときは怖いという気持ちはまったくなかったな。行ってみると、
玄関の曇りガラスの戸ごしに外にだれかが立っているようにも見える影がある。

で、インターホンで「どなたですか?」と尋ねると、やや間をおいてから、
「・・・ご当主様ですか」という声がした。
インターホンを使ってるんじゃなくガラス戸ごしにしゃべってるんだけど、
大声ではないし、今思い出しても男か女かもわからなかった。
俺が「いいえ息子ですが、何でしょうか?」と返すと、
「・・・跡継ぎの方ですね。・・・もうすぐ24年前に出した荷が届きます。第一便です。
 ここで待っていますか?」そう言ってふっと気配が消えた。

「おっかしいな・・」と思って外に出てみようとしたら、ダガーン!とすごい音がした。
驚いてサンダルを履きかけてたのを脱いで廊下に上がった。
二つの丸い光が、ガラス戸ごしに近づいてきて一瞬で玄関が壊れ、
目の前に小型トラックが飛び込んできた。俺は後ろにひっくり返るように倒れ、
そのあと記憶がない。・・・気がついたら病院にいた。
脳震盪と右の足首の骨折、それから下半身のあちこちにガラスによる切り傷。

あとで聞いたところでは、居眠り運転のトラックが一度電柱に激突して、
それから俺んちに突っ込んだみたいなんだ。
運転手もかなりのケガをしたらしかったが命に別状はなく、
後でそこの会社の社長が謝りにきた。
玄関はすべて相手持ちで弁償してもらって新しくなった。

入院中に「なんで玄関にいたんだ」と両親に聞かれたんで、
あったことをそのまま話したら、親父は、
「寝ぼけたんじゃないか」みたいな反応だったけど、
母親は24年前という俺の言葉を聞いてちょっと顔色が変わった。
けど何も言わなかったな。その後、俺は大学に進学して実家を出、
そっちで就職した。あれは何だったんだろうといまだに不思議だけど、
特に「第一便」という言葉が気になる。
これまでのところは、俺も実家のほうもなんともないが・・・。





怪談を楽しむ文化

2013.08.15 (Thu)
 日本には怪談、怖話を楽しむ文化があり、これは実に幸せなことだと思います。
前回シェークスピアの話を書きましたが、これと関連して面白いエピソードがあります。
アメリカの文化人類学者ローラ・ボハナンの本によると、氏が西アフリカを訪れたさい、
現地人に対して『ハムレット』を読み聞かせました。
すると父王の亡霊が語りかける場面で「そんなことは不可能だ」と盛んにやじが飛びます。
現地人によれば、亡くなった人が直接この世に現れることはできず、
もし意志を伝えたいのであれば、
魔女への預言によってなされなくてはならないという理屈なのだそうです。
つまり彼らには魂という概念はあっても、
それがこの世に現れる幽霊という概念はなかったんですね。

 日本の場合は古くから万物に魂が宿るとする神道的な考え方があり、
仏教が盛んになっても怪談話が不謹慎であるというような宗教的な縛りはありませんでした。
平安時代の『源氏物語』には生霊が出てきますし、御霊信仰もありました。
鎌倉時代の『今昔物語』ではさまざまな怪異が描かれます。
あと能なんかでも人外の者が登場しますね。
百物語は室町時代に始まったと言われますが、江戸時代になって隆盛を迎え、
『耳袋』や『雨月物語』などが書かれました。
こうしてみると広い意味での怪異譚は、
日本の歴史を通じてずっとあったと言えるのではないでしょうか。

 明治に入るとスピリチュアル由来の怪談ブームがありました。
ここでもう一つ余談をすると、
『こっくりさん』というのはどうやらアメリカから入ってきたもののようです。
Wikipediaには「1884年に伊豆半島沖に漂着したアメリカの船員が、
自国で大流行していた『テーブル・ターニング』を
地元の住民に見せたことをきっかけに、日本でも流行するようになったという」と出ています。
昭和に入っては、TV番組の『あなたの知らない世界』の影響はたいへんに大きかったでしょうし、
あとは阿刀田高氏らのショートショート・コンテストというのもありましたが、
現在の実話怪談の隆盛は『新耳袋』からの流れとしてあるのだと思います。

 上田秋成の『雨月物語』について書きましたが、『春雨物語』も含めて自分が好きなのは、
『白峯』『仏法僧』『血かたびら』『海賊』などです。
特に『海賊』はオカルトではありませんが実に奇妙な話で、秋成の深い教養と歴史観が伝わってきます。
一般的には『雨月物語』のほうが有名でしょうが、全体的に中国怪異譚の翻案っぽいこれよりは、
『春雨物語』のほうが作者の到達した境地がにじみ出ているという気がしますね。


英国怪談をめぐる3人の人物

2013.08.14 (Wed)
 なぜイギリスが他のヨーロッパのキリスト教国に比べて幽霊の話題が多く出るのか。
かの宜保愛子氏も訪れたロンドン塔の幽霊なんかが有名ですよね。
一般にヨーロッパにはケルトをはじめとする古い土着的な民間信仰があります。
『グリム童話』などに出てくる残酷な小人や妖精、
文化的には、ああいったものを底流としてキリスト教が上書きされていると自分はとらえています。
ドイツなどは国民性もあるのでしょうが、怪談を楽しむという文化は希薄です。
これはドイツ在住の方に聞いたのですが、心霊写真という概念がなく、
もし自分の寝室に亡くなった人が現れたとしても、それを見た人は、
「この人が亡くなったというのは間違いだったんだな。でもどうやって入れたんだろう」
と考えるのだそうです。

 これに比べると英国には幽霊城などがあり、怪談を文化として楽しむ風潮が強い。
まあこれは日本と同じ島国というせいもあるんでしょうが、それはおいといて、
一つにはキリスト教の縛りが弱いという理由があると思います。
イギリスはご存知のように国教会制をとっています。
イングランド王ヘンリー8世は6人の妻を迎えましたが(うち2人を刑死させる)
この妻らとの離婚をめぐる問題でローマ・カトリック世界から離脱し(後に破門)
英国教会を設立しました。このあたりからキリスト教の束縛がかなりゆるみます。
 なお当ブログのテーマとは関係ありませんが、キーボード奏者リック・ウェイクマンの
『ヘンリー8世と6人の妻』はなかなかの佳作です。

 次にシェークスピアです。キリスト教の教義的には、人間の霊魂は全能の神の支配下にあり、
さまよえる幽霊などは存在し得ないことになっているのですが、彼は『ハムレット』で、
父王の幽霊を作品に登場させるためにアクロバチックなことを考えました。
父王の魂は煉獄(地獄よりややましな、救済のための苦しみを受ける場所)にいるのですが、
煉獄では夜の間は責め苦もお休みになるので、その間に現世に出歩いてもよいとするものです。
これによって父の亡霊は出てきてもよいことになりました。
ただし朝の一番鶏が鳴くと帰っていくというのは土着的なものからきているのでしょう。

 こういった下地があって、
英国ではスピリチュアリズムの『シルバーバーチの霊訓』なども生まれたのだと思います。
この英独2国と比較するとフランスは中間的な感じでしょう。幽霊屋敷のようなものもあります。
アラン・カルデックなどが活躍したスピリチュアリズムの影響をやはり受けていますし。

 さて今回登場する3人目は、英国怪奇作家のジョン・ブラックバーン。
2006年から3冊『闇に葬れ』などが論創社から翻訳され、なかなかの評判ですが、
やはり代表作は『小人たちがこわいので』になると思います。
長編としては短めの作品ですが、スリラータッチでテンポがよく話の展開が早い。
公害による魚の大量死といった社会派風の出だしから、
ウエールズに古くから伝わる恐怖の小人族が登場し、
さらに驚くべき結末を迎えます。中学生のときに呼んだのですが大変印象深い作品です。

『Six wives of henry viii 』Rick Wakeman



絵馬の検索

2013.08.14 (Wed)
俺は便利屋業をしてるんだけど、この間じつに奇妙なことがあったんで書いてみるよ。
便利屋といっても俺が所属してるのはけっこうな大手で、
担当はネット・パソコン関係全般。引っ越しでのインターネット接続や、
マルウエアの駆除といった簡単なことから、
アクセス解析やデータ修復などのやや面倒なことまで何でもこなす。
どこか教えてはもらえなかったが、
某所から依頼があって約1ヶ月派遣のような形で仕事をした。

俺と年下の同僚と2人で一戸建ての貸事務所のようなところに連れて行かれ、
一室を与えられた。部屋にはデスクトップが2台あって、
百枚ほどの絵馬が運び込まれている。かなり違和感があったが、
担当者の説明でどうやら何かを検索する仕事だとわかった。
ふつう絵馬というのは出している神社の名前がどこかに書かれているもんだけど、
その部分が黒く焼かれたり削られていたりしてわからなくなってる。
大きさや屋根のところの形なんかが違ってるんで、
複数の神社のが混ざってるんだと思った。
もしかしたら縁切り神社と言われるところから集めたのかもしれない。

共通してる点は、1年以内のものであることと、
すべて奉納した人の実名が記されていること、それから書かれた願い事の内容が、
何というか、とうてい神様が聞いてはくれないだろうと思われる、
身勝手なものであることだ。例えば、
「不倫相手の妻が早く死んで、自分が晴れて結婚できますように」とか、
「夫がどうかこの世から消えてくれますように」とかそういうやつばかり。
中には写真が入っているものや、
赤ボールペンで細かくびっしり書き込まれたのもあって、
嫉妬や憎悪が立ち上ってくるようで、見てるだけで嫌な気持ちになる。

仕事はというと、これらに書かれている実名や住所を手がかりに、
ネットを使って願いがかなったもの、かなわなかったもの、
わからなかったのに仕分けするという内容だ。
これは検索のセンスもあるだろうが実に難しい話で、
直接関係者に電話をかけたりするのは禁じられているんで、
8割がた以上が「わからない」になってしまう。
残りもほとんどが「かなわなかった」になるのは当然だと思うが、
それでも1日に数枚、「かなった」に分類されるものがあった。
つまり、「死んでほしい」と書かれている人と、
住所や名前の一致する死亡広告を見つけたなんて例だ。

なぜこんなことをするのかまったくわからないまま、
同僚とだべったりしながら仕事を進めた。9時から5時までで、
昼休みには外に出て飯が食える。部屋には飲み物もあったし、
成果に苦情を言われることもなかったから、
絵馬に書かれてることで気が滅入るのをのぞけば、楽といえる内容だった。

事務所には俺ら以外にも数人いるようで、顔を合わせれば話などもするが、
他の部屋には入らせてもらえなかったな。仕分けした絵馬は、
それぞれ木箱に入れておくと、翌朝には新しいのにかわっている。
あと箱の中につねに少量のおがくずが落ちているようになった。
もしかしたらこの絵馬を加工しているのかもしれない。

仕事を始めてから体調が悪くなった。俺は独身で毎晩焼酎を飲んでたんだが、
一口飲むとむせるようになり吐き気がしてくる。飯もほとんど食えない。
それに夜更かしのほうだったんだが、10時ころになるとストンと落ちるように寝てしまう。
しかもまったく夢を見ないんで、寝て数秒後に朝がきてしまうという感じなんだ。
トイレにも起きない。恥ずかしい話だが、朝起きると
寝小便してしまっていたことが2度あった。子どものころでさえなかったのに。
昼、同僚と飯を食いにいっても軽いものしか受けつけないんでソバとかになる。
俺と同じように食が進んでない同僚と話をしたら、
家ではほとんど俺と同じ状態だということがわかった。
で、この仕事の間、俺らはどんどん痩せていった。

その他にも奇妙なことがあって、
出退勤の電車の中などで馬のいななきが聞こえてくる。
競馬をやるんで馬の声は知ってるが、それとはまた違った大きな音が耳元近くでする。
俺は思わずビクッとしてしまうが、他の乗客の様子に変わったところはないので、
俺だけに聞こえる幻聴なんだと思う。
同僚にこの話をしたら、最初は聞こえませんよと言ってたが、
数日したら、自分にも聞こえるようになりました、に変わった。

しかもどうやら俺より回数多く聞いているらしかった
あと2日で契約の期間が終わるという段階で、俺は5kgくらいだったが、
同僚の場合は10kg以上体重が減っているかもしれず、
頬がこけて別人のようになっていた。
たまに本社に顔を出すと、俺らの変わりように皆驚いた。

最後の日に担当者の若い人が出てきて「ご苦労様でした」
と言って封筒に入った金を渡そうとした。
「給料が出ていますので」といちおうは断ったが、「たいへんだったでしょうから」
と押しつけてくるんで、同僚と目配せしてもらっておくことにした。
そのとき担当者が「どちらかに届けてもらうんですから」と歌うようにつぶやいた。
俺らがけげんな顔をしていると、笑いながら頭を下げた。
この仕事が終わったとたんに体調がもとに戻った。封筒には20万入ってたんで、
いくらかを競馬の元手にしたらバカヅキ状態になった。

寝てから夢も見るようになった。この仕事が終わって2日後の夜、
その同僚が木でできた馬に乗って空を飛んでいる夢を見た。
馬は紙粘土か何かで作ったような不細工な形だ。
ものすごく真剣な表情で、小脇に大きめの茶封筒をかかえ、
手綱も持たずに前を見ていた。

声をかけようとしたがあっという間に遠ざかってしまった。
次の日同僚は予定されていた場所に出社してこず、連絡もつかなかった。
夕方に上司が独身アパートを訪ねてみたら、部屋の鍵が開いていて、
入ってみると布団の上に同僚が立膝のまま前にのめるように倒れていた。
呼びかけても返事がなく、目がかっと見開かれていたんで、
ただ事ではないと思い救急車を呼んだが、
昨晩のうちに亡くなっていたということだった。

『夢 想』オディロン・ルドン






ラブクラフトと映画『ダゴン』

2013.08.12 (Mon)
 「人間の感情の中で、何よりも古く、何よりも強烈なのは恐怖である。
その中で、最も古く、最も強烈なのが未知のものに対する恐怖である」
                 (ラヴクラフト『文学と超自然的恐怖』)

 さてこれもホラー界の大御所の一人、クトゥルー神話で知られるH・P・ラヴクラフトに
登場してもらうのですが、実はラブクラフトを語る上で格好の映画があります。
スチュアート・ゴードン監督『ダゴン』2001。
『インスマウスの影』を下敷きとした、一般的にはB級と見られることの多い映画です。
 これはわざとやっているのかもしれませんが、この映画にはラヴクラフト作品とは
相容れない要素がいくつか出てきます。

 その一つは女性です。
映画には襲われ役&色気担当の女性2名と主人公を誘惑する美人のイカタコの女王が出てきますが、
本来のラヴクラフト作品は女っ気はなく、出てきても重要な役割をはたすことはありません。
まずここが違います。
 もう一つ、映画はB級らしい残酷描写がたくさん出てきており、
その中でも生きたまま顔の皮を剥がすシーンが見どころなのですが、
ラヴクラフトの作品には肉体損壊の恐怖というのはあまりなく、
登場人物の多くは太古の秘密を知ったがための狂気に蝕まれていきます。
クトゥルーのゲームでもそうですが、
徐々に狂気に陥いっていく恐怖というのが彼の作品では重要なポイントです。

 つまり『ダゴン』は典型的な娯楽としてのホラーなのですが、これと比べると、
ラヴクラフトの作品は、娯楽雑誌に描いていながらもあまり娯楽性が高いとは言えず、
作品からうかび上がって見えてくるのは神経質で人嫌いな作者の人物像です。
また、そういう人物だからこそあのような壮大な神話的物語を構築することができたのだと思います。
(ただし神話大系が整ってるわけではありません。それは後代の人の仕事によるところが大きい)
『クトゥルーの呼び声』は一読すると地味な作品で、
ウイアード・テールズ誌によってボツにされた経歴がありますが、
これなど実にラブクラウトの本質が表れていると自分は思います。

 怖い代表作としては上記した『インスマウスの影』や『エーリッヒ・ツァンの音楽』でしょう。
あと『ダンウィッチの怪』の後半はなんか『ウルトラQ』を思わせるものがあります。
この手の活劇もラブクラフトの作品では異質です。
また、クトゥルー神話のモチーフはさまざまな作家によって書き継がれており、
日本では小林泰三『玩具修理者』などが有名ですね。

『ダゴン』イカタコの女王



心霊主義と英仏怪談

2013.08.12 (Mon)
 心霊主義(スピリチュアリズム)というのは、定義はいろいろあるでしょうが、
自分は19世紀以降、イギリスやフランスで広まった生命の死後存続仮説と、
霊魂の科学的根拠に基づく研究ととらえています。
霊媒を通しての交霊会が各地で盛んになり、死者との通信などが試みられました。

 この思想には、コナン・ドイルなどの文化人や多くの科学者が参加しています。
今からすれば、何を非科学的な、と言われかねない霊の話ですが、
当時は科学の進展により、キリスト教の力が弱まり(天文学や進化論など)、
それまで宗教が一手に扱ってきた魂について、科学的なアプローチが可能ではないかとする
期待感が高まったのです。この思潮は新大陸アメリカにもおよび、
エジソンが霊界ラジオの開発をしていたというような話もあります。

 当時の交霊会において霊媒の奇術的なトリックが暴かれた例も多々あります。
当時の科学者は世間知らずな騙しやすいタイプも多かったようですし、
何よりもヨーロッパには上流階級に取り入るための詐欺の伝統が脈々とあったからです。
錬金術や占星術もある意味そうですし、
カリオストロ伯爵などのアヴァンチェリエ(山師)と言われる人物もそれです。
擬似医療行為や永久機関詐欺のようなのもこの範疇に入るでしょう。
これらは下層階級が上流の人々に取り入るための手段として発達してきました。
このあたりの歴史を調べると興味深いものがあります。

 ホラー小説アンソロジー異形コレクションの38巻『心霊理論』中に、
『私設博物館資料目録』井上雅彦という短編があります。
本邦の初期の心霊研究にまつわる怪しげな資料がずらずらと紹介される話なのですが、
上記の心霊主義時代にいったい何があったのか、
それはもはや鼻にガーゼを詰め込んだとしか見えないエクトプラズム写真などからしか
うかがい知ることはできません。そこに写っているものの真偽はもはや永久にわからない、
そんなもどかしい気分を存分に味わえる作品です。

 それはともかく、このスピリチュアリズムが盛んになった時期には、 
怪談ブームのようなことがあり、多くの佳作が生まれています。
ディケンズの『信号手』、ラドヤード・キップリングの『彼等』、
アルジャノン・ブラックウッドの『空家』、ヒュー・ウォルポール『ラント夫人』、
レ・ファニュの『クロウル奥方の幽霊』、ウォルター・デ・ラ・メア『失踪』、
ジェイコブス『猿の手』、アーサー・マッケンの諸作などが有名ですね。
この流れはゴシック小説の隆盛とも重なり、『ジキルとハイド』『ドラキュラ』は
誰でも知っているでしょう。


ユキヨシ様

2013.08.11 (Sun)
母親から聞いた話。
自分が元住んでいた地域では、俺の母親が子供の頃あたりまで、
男の子でも女の子でも3~4歳くらいになると必ずあやとりを覚えさせられた。
技は一種類だけで「蛾」と呼ばれるもの。
これはけっこう複雑な取りかたをするが、
素早くできるようになるまで何度もくり返し練習させられたそうだ。
もちろんその他の技も、特に女の子たちは面白がって遊ぶのだが、
「蛾」を土地の古老から教えられるときは真剣そのものだったという。

今は産業としては成り立たなくなっているが、ここいらは昔は養蚕が盛んで、
集落の裏の山(四百Mほど)のなかほどに「蚕霊塔」と呼ばれる供養塔がある。
こういう供養塔は明治以降、製糸工場の近くに作られたのが多いが、
裏山のはかなり古い時代のものらしい。

この山一帯にはある妖異が棲んでいて、
それは大きなカイコガの姿をしているという。
ただし普通の人間の目には見えない。
この山は禁域なのだが、
何かの事情で子どもが入らなくてはならないときには必ず一本の紐を持たせられる。
母親の場合は白い毛糸の紐で、わざと切れやすいように傷がつけてある。
地域の子どもは、それを中学を卒業する頃まで肌身離さずに持っているのだそうだ。

母親が小学校の高学年のとき、一人で留守番をしていたら、
親戚のヨシユキさんが家にやってきた。
その人は二十歳すぎくらいで白い和服を着ていた。
母親が一人だと知ると、外に遊びに行こうとさそったらしい。
それで変だとも思わず、なにか楽しいことがあるかとのこのことついて行ったという。
そのときには、何度も会ったことのある慣れ親しんだ人だと思い込んでいた。
やがて二人は裏山のほうへと向かい、登りにはいるとヨシユキさんは、
母親に自分の前を歩くように言った。
ほんとうはみだりにその山に入ることは許されないのけれども、
そのときは禁忌のことなど少しも頭に浮かばなかったそうだ。

中程まで登ったときに、
母親の後ろのほうからパサパサという鳥の羽ばたきのような音が聞こえてきた。
そのとき母親は急に我に返ったようになって、
ヨシユキさんなどという親戚はいないことに気がついた。会ったこともない。
そして自分が禁域の深くまで入っていることを自覚して怖くなったそうだ。
すると急に背中を押されて前にうつぶせに倒れこんだ。
背中にカサカサと音を立てるものがのっている。
母親は無我夢中で毛糸紐を取り出し、
なんとか自由になる両手で、すばやく『蛾』をつくり、力を込めて糸をぷっつりと切った。
その瞬間、背中のものの重さがすっと消えたのだという。

裏山に住む妖異は名を「ユキヨシ様」といい、不幸な事情で追放された南北朝時代の皇族なのだそうだ。
この人が、そこら一帯に養蚕の技術を教えたのだとも言われている。
集落ではユキヨシ様をある期間は隠し守っていたのだが、
密告者があったらしく、ついには捕らえられ処刑されてしまったらしい。
そうしてこの貴人の霊は大きなカイコガに姿を変え、
ときに子どもをさらうなどの災いを村にもたらすようになった。
それから身を守るためのあやとりの技なのだが、
いつどのようにしてそれが行われるようになったかはよくわかっていない。
おそらく歴史に埋もれた、秘められた話があるのだと思う。


京極夏彦と妖怪

2013.08.10 (Sat)
 氏は基本的には推理作家なのだと思います。妖怪作家と呼ばれることもありますが、
氏の作品には実は超自然的な怪異は出現せず、登場人物の悪意や狂気が人間の範疇を超えたときに、
その心の状態とまわりに及ぼす影響を妖怪の名で呼んでいるのだと思います。
(あるいはその人物に妖怪が取り憑いているとみることもできますが)
例えば子を思う妄執に対して「姑獲鳥」という名がつけられるのです。
氏の『妖怪の理 妖怪の檻』によれば、もともと妖怪という語は、
「いつ、どこそこの場所でこのような妖怪があった」というように、
妖異や怪異などの言葉と同じような「怪奇現象」という意味で使われたものらしいです。

 だから探偵役である京極堂や百鬼夜行シリーズの小股くぐりなどは、
事件を解決するとともに、心が変形した人物の闇を祓う、
憑き物落としの拝み屋として役割づけられているのでしょう。
現代ならば精神分析医というところでしょうか。
作品では、デビュー作の『姑獲鳥の夏』が圧倒的に自分は怖かったです。
『魍魎の匣』なんかも昔の新青年時代の怪奇幻想的な作品がベースになっているようで、
興味深いものがありました。
あと氏の作品は長いのですが、本筋に関係無いようにみえる部分も面白く飽きませんね。

 もちろん超自然的なオカルト怪談の作品もあるのですが、そちらの方面での長編大作も
期待させられてしまいます。

『魍魎の匣』


スティーブン・キング

2013.08.09 (Fri)
 キングは自分としては短編よりも長編のほうが好きです。
よく言われることですが、日常を詳細に描きこむことによって、
そこに侵入してくる非日常、超自然が際立つというキングの手法はやはり長編で生きるという気がします。
好きなのはデビュー作の『キャリー』『ペット・セマタリー』なんかですね。
『呪われた町』はホラーとしては王道というか、古典的な筋立てですが、描写は怖いです。

 短編では、自分の趣味として『人間圧搾機』『入り江』『ワトスン博士の事件』など。
どちらかと言えばブラック・ユーモアー系がいいです。
映画になった『一四〇八号室』は自分としてはもうひとつ。
キング原作の映画化は良作が少ないとも言われますが、やはり『キャリー』がよかった。
ちゃんと人間ドラマに裏打ちされたホラーという気がします。『IT』も長いけど怖かった。

 あとキングの息子であるジョー・ヒルについては、前評判の高かった『黒電話』は、
自分としてはうーんという感じ。短篇集の表題作になってる『二十世紀の幽霊たち』がよかったです。
ただ、幽霊は出てくるものの、読後感はホラーというより純文学のそれでした。
この人はサリンジャーみたいなのを書いたほうが力を発揮するかなとも思いました。

『IT』



民俗学をヒントに

2013.08.08 (Thu)
柳田國男の『遠野物語』は小学生のときに図書館で借りて読んだ記憶があります。
長じては論文なども目を通すようになりました。
実は柳田が民俗学を立ち上げた時期というのは、
欧米ではスピリチュアリズムによる交霊会などが盛んで、
その影響で日本でも怪談会などがブームとなっていた頃なんですね。
『遠野物語』出版時の言として「願わくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ」
と述べられていますが、戦慄というよりは、どこか懐かしさを感じさせる話群であり、
宮沢賢治のイーハトーブと通じるものがあるような気もします。

ただ、学問として民俗学というものを成り立たせるために、
農村における性や差別の問題を切り捨ててしまったんです。
そのために柳田系、折口系の民俗学だけでは見えてこないものがある。
例えば「禁域」と言った場合、神域・聖域のようなことを思い浮かべる人が
多いでしょうが、実際は差別的な意味合いのものだったりするわけです。
この柳田が切り捨てたものを取り上げていったのが宮本常一です。

『Spiritism session』







土着系3題

2013.08.08 (Thu)
経文

落人の伝説って各地にあるんだろうな。
一番メジャーなのはやはり義経だろうと思うが、
現在住んでる四国の某地方にも落人伝説とそれにまつわる怖話がある。
落人は源平合戦のときに壇ノ浦に沈んだといわれる幼少の天皇なのだが、
実は生きていて自分らの地方を過ぎ、
さらに海を渡って南方に向かっていったという言い伝えだ。
天皇と一行が集落の菩提寺に泊まったときに、
礼として書き溜めておいた経文を当時の住職に下した。
そのようないわれのあるものがいまだに寺に残っているのだが、
経文はところどころ虫食いになって穴が開いている。

これは紙魚に食われたわけではなく、
一字を小刀で切り取ったような四角い穴があちこちに開いているものだ。
どういうことかというと、まともな薬も医師もなかった時代に、
病人が出た家の者が住職のところにやってくると、
うやうやしく経文から一字を切り取って与えたというのだ。
そして病人は念仏を唱えながらその字を飲み込むわけだ。
現代の医学で考えるとブラセボ以外の効果はないと思われるが、
それでも治る人もいたのだろう。

それで怖話だが、江戸初期頃ではないかと思われるが、
ある漁民の家に病人が出た。漁師の高齢の母親で、
寺から経字を切ってもらって飲ませたもののいっこうによくなる様子もない。
ところで経文には切ってはならない字というのがあり、
それは経を書いたとされる天皇の名である二文字だ。
ただしこれは後代の諡なんだけどね。
この二字だけは、切り取るとたちどころによくないことが起きる、
という伝えが長い年月のうちにできていたようなんだ。

ところが、母親が明日をもしれぬ容態となった漁師は万一にとの望みをかけ、
寺の庫裏に忍しのび込んで、わざとその二文字だけを切ってきたという。
そして母親に飲ませた。すると、にわかに具合が良くなってきたように思える。
漁師は喜んで、母親をむしろを下げてへだてた納戸に寝かせておいた。
その晩のこと、ばしゃん、ばしゃんという水音で漁師は目を覚ました。
音は母親のいる納戸のほうから聞こえるようだ。

そこで起き上がってむしろをまくりあっと驚いた。
せまい納戸の中は水びたしで母親の姿はなく、六尺をこす、
白いイカともタコとも判別のつかない生き物がのたうっていたのだそうだ。
その生き物は少し明かりがさしたのに気づいてか、
呆然としていた漁師を押しのけると、のたくりながら
海へと向かっていったという。母親の姿はどこにも見つからなかった。

疫病神

うちの母方の実家が檀家になってるお寺の話。
このお寺はそれほど大きくもないし有名でもないんだけど、
母が住んでた村の住民は三分の二以上がそのお寺の檀家になっていた。
残りの三分の一は被差別集落の人たちで、
その人たちのための別の寺があったようだ。
ただ太平洋戦争後は過疎化が進んで、
集落の人はほとんどちりじりにどこかに行ってしまい、
そっちのお寺はもうなくなっているらしい。

その実家のお寺には入ってはいけない場所、禁域がある。
子供の頃、母の里帰りについていったときに見て話を聞いた。
そこは寺の本堂の裏側を数百mほどいった、ちょっとした崖になっている下の方で、
上から見下ろすと何ということもなく熊笹の茂みが広がっており、
大きな石を掘った祠があるだけ。
崖の上は木の柵で降りられないようになってて、
柵の内側に四つ大きくて立派な墓がある。
この四つの墓はそのお寺の昔の歴代住職のもので、
崖下から忌みものが村に戻っていかないように守っているんだそうだ。

江戸時代に村外から広まってきた流行り病でばたばたと人が亡くなり、
あまりに数が多いのと屍体から感染することを怖れたために、
疫病で亡くなった人は家族が大八車にのせて、
この崖まで運んできてそのまま下に転げ落としたという。
上から木っ端と松明を投げ落としたものの湿気のせいかあまり燃えず、
夏の時分でもあり半焼け半腐りの屍体が積み重なってひどい臭いだったようだ。
その後ある程度疫病がおさまってから残った村人で法要を開き、
高価な油をふりかけて屍体を焼き、
その上に祠を掘った丸石を転がし落とした跡なのだそうだ。

また、そのときにまだ健在だった実家の祖母から「疫馬」の話も聞いた。
これは祖母が子供の頃まで旧暦の8月25日に村で行われていた行事で、
回り当番の衆以外には、だれも見てはならないものだった。
ただし今にもそのやり方は伝わっていて、
村史などには書かれていないが、まだ覚えている年寄りが何人かいる。
夕方から夜にかけて村の大通りを男数人が担いだ皮をはいだ太い丸太が、
村外れの山道のほうに向かってゆく。

祭りのようなにぎやかなかけ声もなく男たちは無言だ。
丸太には裸の男の子供をかたどった紙貼人形がまたがる形で乗せられている。
裸の体はところどころ斑点のように赤く塗られていて、
これは疫病にかかった人の姿を表している。
村の家々では固く戸を閉ざしてこれが通るのを見てはならない。

そして村の境界まで来ると「疫神様出て行ってくれ、本物の馬に乗っていってくれ」
というような内容のことを皆で唱え、その人形を山道のほうに放り出す。
そのあと丸太を担いだ男たちは川に入って身を清め、
丸太を氏神の神社に奉納する。これは人形(ひとがた)を用いているが、
疫病が流行っていた当時はまだ息がある子供の病人を丸太に乗せて
いったのだそうだ。神社の神官の主導で行われたらしいが、
お寺と神社の役割の違いのようなものが伺えて興味深い。

引っぱる

漫画家の水木しげるが書いた「のんのんばあ」の話に、
「引っぱる」というのが出てくるが、数十年前まで俺の住んでいた地方でも
これに似たことがあったんで書いてみる。
当時自分はまだ小学生だった。
「引っぱる」というのは今まさに死んでいく人間は、
その死のまぎわに生きた人を道づれにして,
冥土に旅立ってゆくことができるというような話。

うちは四国の山奥の集落だったんだが、
当時90過ぎのひいばあさんが肺炎になった。
ひいばあさんくらいの年代は意地の強い人が多くて、
前日まで腰を曲げて畑に出ていた年寄りが、
明くる日ぱたっと倒れて亡くなってしまうなどということがよくあったらしい。
長く寝たきりになって家族の世話を受けるという人は不思議と少なかったという。
当時は自宅療養と往診が当たり前で、
入院先で亡くなるということも年寄りでは珍しかった。

ひいばあさんも肺炎と診断されてから1週間もたたずに死んでしまったが、
寝ついたという話を聞いて、近隣のばあさん連中がわらわらと訪ねてくる。
それも夜陰にまぎれるという感じで、
ばあさんらは普段は夕飯を食うともうひっこんで寝てしまうんだが、
夜の9時過ぎ頃に見舞いと称して野菜などを持ってきては、
病人の枕元で長いこと話し込んでいく。

ひいばあさんは熱も咳もあって話ができるような容態ではないんだけど、
それもかまわず病人に向かって「下の郷の◯◯婆を引っぱってくれ」
のようなことをくどくどと頼み込む。
そ◯◯婆にどんなひどい仕打ちをされたかなどのこともいっしょに。
これらの声はひいばあさんが寝かされてる部屋から逐一聞こえてくるんだが、
頼む方はそういうことも気にしてられないというくらい熱心だった。

その頃はまだ一家を仕切っていた自分のじいさんは、
あまりいい顔はしてなかったが、
ここらの集落の風習みたいなもんだから仕方がないという感じだった。
ひいばあさんの葬式を出して3ヶ月以内に、
集落の年寄りが2人亡くなった。そのうちの1人は間違いなく、
ひいばあさんが引っぱってくれと頼まれていた対象だった。
ただしその人は70過ぎだったんでたまたまなのかもしれず、
引っぱりの効果かどうかは何とも言えない。





土用坊主

2013.08.08 (Thu)
子供の頃に住んでた地方に伝わる土用坊主の話。
土用は年4回あって、この土用の入りから節分
(新暦2月の豆撒きが有名だがこれも年4回)までの約18日間は、
草むしりや庭木の植え替えその他、土いじりをすることは忌まれていた。
この風習は中国由来の陰陽五行説からきたようだが、
この期間に禁を破って土いじりをすると、
土用坊主という妖怪というか土精のようなものが出てきて、
災いを為すと言い伝えられてた。

土用坊主の姿はあいまいで、土が固まって人型になったもの、
あるいは巨大なミミズ状のものという目撃談が多いようだ。
ただ別伝承の中には土の人型がだんだんに崩れて、
その人の一番嫌いなもの、見たくないものに姿を変えるという話もある。
これはかのハリー・ポッターシリーズに出てくるまね妖怪に似ている。

出身地の旧村はほとんどの家が農家だったので、
実際には土用の間すべて土いじりしないのは無理がある。
だからそこいらでは立春前の土用は慎まれていたけれど、
それ以外の期間は土にさわっても問題なしとしていた。
春の期間もおそらく田畑関係のことは除かれていたのかもしれない。

ある中程度の自作が庭の木の下に金を入れた壷を埋めていた。
この百姓はじつに吝嗇で、
嫁をもらったものの婢のようにこき使って早くに死なせたし、
実の両親に対しても年寄って弱ってくると、
ろくに飯も与えず一部屋に閉じ込めきりにして、
やはりぱたぱたと死なせていたという。
また小作や使用人への当たりもたいそう非道いものだったらしい。
そうして溜め込んだ、百姓にはそれほど必要のない金銀を、
夜中にこっそり壷から取り出しては、
暗い灯火の下で数えるのが唯一の生き甲斐だった。

まだ冬のさなかのある夜、この百姓が夢を見た。
どこか遠くのほうから土の中を掘り進んで百姓の家にやってくるものがある。
人ほどの大きさもあるミミズで頭に人の顔がついているようだが、
夢の中のせいか霧がかかったようにはっきりしない。
その化け物が生け垣の下から庭に入り込んできて壷のある場所にいき、
壷を割って中の大切な金銀をむさぼるように食べている。
そしてすべて食べ終わると、
ぐるんぐるんと土の中で輪をかいて踊るという夢だ。

この百姓にとってこれほど怖ろしいことはない。
たんなる夢とは片づけられないじつに気がかりな内容だった。
そこで次の日の夜中に、土用にもかかわらず壷を掘り出してみることにした。
龕灯と鍬を持って庭に下り掘り返すと、
壷は割れた様子もなくもとのままで、口にした封にも変わった様子はない。

やれうれしや、と壷を手に取ると壷の下に幼い女の子の顔があった。
その顔は両目からたらたらと涙を流していて、
一気に百姓の肩あたりにまでのびあがった。
夢で見たとおりの土まみれのミミズの体をしていた。
目の前で涙を流している顔を見て百姓はあっと思った。
それはずいぶん昔に人買いに渡した自分の娘の顔だった。
こういうのが土用坊主らしい。





実話怪談とプロレス

2013.08.07 (Wed)
出版不況と言われる中にあって実話怪談本はよく健闘してると思いますが、
自分はこれ、プロレスと似通った部分があるなと感じています。
プロレスにはつねに八百長問題がつきまとっていましたが、
暴露本が出たり、アメリカでカミングアウトがあったりして
人気を落としてしまいました。うすうすは筋書きがあるんだろう、
と感じてはいても、あからさまにそれを書かれてしまうと、
どうしても興ざめしてしま部分があるんですね。グレーゾーンというか、
アングルなのかガチなのかわからない状態で見ているから楽しく、
わくわくする。自分はそうでした。

これと同じように、実話怪談も投稿者からの取材
という形で書かれるものが多いのですが、
編者がすべて作って書いている(だろう)、と考えてしまうとつまらない。 
どこかに、本当にあったことかもしれないという部分を
残しておきたいものなんですね。プロレスで、
もしかしたらガチかもしれないと考えることによって幻想がふくらんでいく部分と
共通するものがあるように感じます。
 
最近の実話階段の書き手としては、
自分は黒木あるじという人が面白く、注目してます。
怪談そのものというより、登場人物の妻や両親など家族との関係が
印象強く描かれている部分が多く、
ぜひ本格的なホラー小説も書いてもらいたいところです。

『Spiritism session』






横溝正史とロス・マクドナルド

2013.08.07 (Wed)
横溝正史は家に全集があったので、小学校高学年から読んでました。
戦前の『蔵の中』や『真珠郎』などの耽美的な作品は、
当時はピンとこなかったというか、よく理解できませんでした。

戦後の長編『獄門島』や『悪魔の手毬唄』なんかは,
土着的ではあるものの本格推理ですが、
『八つ墓村』は伝奇的な冒険小説とも言えるのではないでしょうか。
とにかく怖かったし、八つ墓明神や能面など,
恐怖の小道具が参考になりました。

昔から思うのは、横溝はアメリカのハードボイルド作家の
ロス・マクドナルドに似ているということです。
まず主人公の探偵役が活躍しない。
金田一はうろうろ動きまわっても事件の進展を防ぎれず、
最後に真相を説明するだけの黒子のような役回りですし、
ロス・マクのハードボイルド探偵リュウ・アーチャーも、
初期の頃は立ち回りもやっていましたが、どんどん影が薄くなっていって、
登場人物に対して精神分析的な質問を繰り返すだけになります。
 
他にも似ている点は多々あって、登場人物が多く人間関係が複雑なこと。
特に家と家族の問題が人間関係の中心に描かれてていること。
現在の事件の原因が、過去の埋もれた事件とリンクしていることなど、
いくつもあげられます。最も似ているのは、
人間がよく描きこまれているせいか、大団円を迎えても爽快感がなく、
この後この人たちはどうなってしまうのだろうと気にかかるところですね。

ロス・マクの代表作として『さむけ』『ウィチャリー家の女』
があげられるでしょうが、自分は『さむけ』のほうが好きです。
どちらもハードボイルドとしてはしっかりとメイントリックがあり、
一人二役なんですが、それをやっている登場人物のそのときの心理を想像すると、
まさに肌が粟立つような恐怖を感じます。このあたりも、
『悪魔の手毬唄』で、金田一がおりん婆さんとすれ違う場面と重なります。

『八つ墓村 予告編』






唄う取的

2013.08.07 (Wed)
俺は廃墟探索するのを趣味にしている。
昨夜も関西最恐と言われる廃病院に行ったが特に何事もなかった。
その後仲間と朝まで飲んで帰るところだが、
日曜日なので歩行者天国をやってるのを思い出しちょっと寄ってみることにした。
来てすぐに後悔した。けっこうな人出で俺は二日酔いで頭が痛い。

抜けて帰ろうと思ってよたよたと歩いていたら、
向こうからダブダブしたスーツを着た親方らしい人を先頭に、
相撲取りの集団が歩いてくる。相撲取りは十数人で、
着てるものからみるとほとんどが幕下以下の、いわゆる取的というやつららしい。
道の端に避けてやりすごそうとしたら、親方らしい人が俺に目を留めて、
近くに寄ってきて顔を覗きこみ、「あんた、こりゃいけねえよ。
 たいへんなものが憑いてる」そう言うと、俺に返事する暇も与えず、
「お前ら、囲め、囲め!」としゃがれ声でがなった。

俺は道の中央に押し出され、そのまわりを十数人の取的が円を描いてとりまいた。
親方が「お前ら、甚句だ。唄え、唄え!」
親方がそう叫ぶと、取的たちがいい声で唄い始め、
道行く人が立ち止まって見物しだした。
取的たちは唄いながら俺の周りをぐるぐると回っている。
俺は頭の痛みがますますひどくなってしゃがみこんでしまった。
なんだか頭から湯気のようなものが立ち上ってる感触がある。
やがて「どすこい、どすこい」の掛け声で甚句は終わったが、
親方は「んー、まだ全部は出きってないな」と言い、
「お前ら、四股だ。四股踏めや」

すると俺の周りで、取的たちがいっせいに四股を踏み始め、
地震のように地面が揺れ、俺はその振動でうつ伏せに道路に倒れた。
ショワショワと音を立てて頭から何かが抜けていく感じがして、
仰向けになって上をみると、黒い煙のようなのが渦巻いてる。
やがて、ドシン、ドシンと取的の四股は終わり、
俺は立ち上がったが、体が軽くなり頭痛もなくなっていた。

親方がまた近寄ってきてこう言った。
「俺は見える人なんだ。あんたにゃなんかとんでもねえものが憑いてたぜ。
おおかた悪所にでも行ったんだろ」
俺が思わず礼を言うと、親方は、「いや、いいってことよ。
 これも世のため人のため。よかったら俺らの部屋を贔屓にしてくんな」
そう言って、取的の集団を引き連れて去っていった。
カッコイイ、と思ってしまった。





食肉加工場の見学

2013.08.07 (Wed)
俺は地元で就職してるんだけど、つい一週間前、
東京の大学に行ってる中学時代の同級生から電話があった。
それぞれ別の高校に行って、こいつとは卒業以降連絡がなかったんで
「中学2年の社会体験学習のときのことを、
できるだけ詳しく思い出してみてくれ」
と思いもかけないことを聞かれた。「なんで今頃そんなことを聞くんだよ」
と問い返すと「わけは後で説明をする」と言う。

中学2年のときはそいつと同じクラスで、
たしか俺が班長で4人グループで郊外にある食肉工場の見学に行ったはずだ。
自分らが興味のある分野(俺らなら食品加工業)を選び、
電車で日帰りできる範囲から訪問先を決めて自分らで連絡を取り、
出かけて行って何らかの体験をさせてもらったり、
質問に答えてもらったりするという活動。
もちろん担当の先生も連絡してくれるし、校長からの依頼状も出る。

俺らはそのとき菓子工場をねらってたんだが、女子のグループにとられてしまい、
それでソーセージなどを作ってる工場にしたんだっけ。
俺が班長だったからアポの電話をかけたんだけど、
市内の有名工場には日時の都合が合わず断られてしまって、
酪農家の有志が立ち上げたという郊外にある小規模な工場を訪問したのを、
そいつ(以下友人)との話の中で思い出した。

当日バスと歩きで9時頃に着いた工場は、想像してたよりも大きな建物で、
若い女の人と年配の男の人が迎えてくれた。
俺らはまず生産過程を見学させてもらう予定で、
受付で衛生服と帽子をつけさせられ消毒をうけて工場内に入ったんだが、
最初に入ったホールのようなところに大きな神棚があるのに驚いた。
質問をすると「これは畜魂をお祀りしてあるのです」という答え。
どうやら原材料となる豚や牛などの御霊を鎮めるためにあるらしかった。

その後、原料肉から形をつくり、くん煙し、
加熱し包装するという過程をひととおり見せてもらった。
衛生にかかわることだけに体験することができる部分はなかったが、
俺らは場内にこもる熱気と機械の音、それから、
無言で黙々と作業をする少人数の従業員の様子に圧倒されっぱなしだった。

その後、小会議室であらかじめ考えてきた質問に
答えてもらうことになったんだが、友人がトイレに行きたいと申し出た。
「すぐそこだから」と簡単に場所を教えられて、
一人で行ったもののなかなか帰ってこない。
女の人が様子を見に行ったが、しばらくして戻ってきて、
「お友だちは気分が悪くなったようなので、保健室で休んでもらっています。
原料のにおいや熱にあてられたのかもしれませんね」ということだった。
俺らは友人ぬきであれこれ質問をしたが、どれもていねいに答えてもらった。
製品はほとんど外国に出しているというのが意外だった。

その後、まだ人のいない社員食堂で、
ハムやソーセージを試食させてもらうことになり、
とてもおいしかったのを覚えている。おみやげをもらって帰る段になって、
別の女の人につれられて友人が戻ってきたが、顔色がすぐれない。
俺らは学校に帰って今日の体験を新聞にまとめる活動をしたが、
友人はやはり具合が悪いようで、そのまま早退し翌日から学校を2日休んだ。

ここからは友人の話をまとめたもの。・・・俺、あのとき具合が悪くなっただろ。
トイレに行く前まではなんともなかったんだけど、
行く途中の廊下に開いているドアがあり、
全面に黒いカーテンがかかってる大きな窓があったんで、
何気なく入ってすき間からのぞいてみたんだよ。

そしたら、そこからずっと下の方に広い部屋が見えて、
大きな機械についた変電所にあるような電極がいくつもうなってた。
そのまわりを先がとがった白い頭巾をかぶった人が数人歩き回ってて、
床に大きな五角形の星が書いてあったと思う。
窓を触ってる手にビリビリという振動を感じて、
そしたら急に頭が猛烈に痛くなってその場にしゃがみこんでしまったんだ。

すると背後に俺らの相手をしてくれていた女の人がいつの間にかきていて、
保健室につれてってくれた。そこには白衣を着た年配の女の人がいて、
俺はゼリーのようなものを飲まされてベッドに寝かされた。
そこで夢を見たような気がするんだ。はっきりとは覚えていないけど、
ベッドの周りを、白い頭巾と白衣の人たちに囲まれている夢だ。
頭巾の穴からのぞいているのは人間じゃなくて動物の眼だと思った。

そこで目がさめると、頭痛はなくなってて、
そのかわり胃がちょっとムカムカした。
さっきの女医さんのような人が「だいじょうぶですか」と聞いたんで、
無理をして「迷惑かけてすみませんでした」と答えてお前らのとこに戻ったんだ。
でもその後も調子悪くて学校を休んだりしたけどな。

で、なんでお前のとこに連絡したかっていうと、
この間、大学の部活の合宿の後に血尿が出た。
顧問の先生が心配してくれて検査のために入院したんだが、
そのときに腎臓が片方ないことがわかったんだ。
医者の話では生まれつき片方しかないのだと思うが、
それにしては臓器の発育のしかたなどにおかしな点がある。

しかし体に摘出手術の跡などがまったくないんで、
そう考えるしかないだろうとのことだった。これを聞いたときに、
なぜかあの体験学習のことが頭にうかんできて気になったんで、
お前に連絡してみた。まあ気のせいだろうとは思うが。
ただネットであのときの工場を検索してみたんだけど、
まったくひっかからないんだよな。田舎なんで宣伝してないのかもしれんけど。
・・・こんな話だった。

先日の日曜日にバイクで、見学した工場の場所を思い出しながら行ってみた。
するとどうやら解体されてしまったらしく、大きな建物だった跡は草地になって、
その端のほうに黒い磨かれた石の碑がつくられていた。
碑には「畜魂」と大きく彫られていて、
その後に小さく五角形の星マークがついていた。
近所の人に聞くともう数年前に廃業してしまっているとのことだった。
従業員は地元採用ではなかったんで、
詳しいことを知ってる人間はいないと言われた。

『海は近い』ポール・デルヴォー







大筒井康隆の・・・

2013.08.06 (Tue)
筒井康隆の大フアンで、個人的にはポーに匹敵するのではないかと思っています。
映画のマルクス兄弟に影響を受けたスラップスティック・コメディとブラックユーモア、
シュールレアリズムなどの前衛作品が有名ですが、極上の恐怖小説も書いています。
今となってはSF作家という肩書きはどうなんでしょうか。

『鍵―自選 短編集』の中ではやはり表題作の『鍵』が圧倒的に怖い。
悪夢的であり、また人が無意識に持つ罪悪感のようなものがテーマとなった話です。
『遠い座敷』なんかも悪夢的イメージで、
『エロチック街道』はほどよい淫夢といえばいいか。
『乗越駅の刑罰』『走る取的』なんかも怖いです。

『秘密の分身』ルネ・マグリット





幼虫

2013.08.06 (Tue)
先週の日曜日のことです。
近くの運動公園を夕方ランニングしていました。
ブランコやすべり台のある小さな遊び場の横を通ったのですが、
5時過ぎでしたので、子供連れのお母さんたちはほとんど帰ってしまっていました。
細いランニングロードを向こうから乳母車を押してくる女の人がいたので、
こんなところを通るなんて非常識だなと思いながら自分から脇へよけました。

女の人は20代後半くらいでやせて背が高く、ボサボサの髪をしていました。
乳母車は古く、赤ちゃんは帽子をかぶりタオルを頬のあたりまでかけていて、
暗くなってきたせいもあって顔が見えませんでした。
小さな両手が前に出ているのですが、
この暑いのに赤ちゃんは、ミトンというのでしょうか、
手製らしい毛糸の指のないてぶくろをはめていました。
その手がうねうねという感じに奇妙に動くのです。

僕が見ているのに気づくと女の人は立ち止まって、
赤ちゃんの手をタオルの中にしまおうとしましたが、
そのときに片方のてぶくろがずれて、
白いカブト虫の幼虫の頭のようなものがうねうねと動きました。
女の人は僕のほうをにらみつけると、
道をそれて木立のほうへと乳母車を押していきました。





一人と一匹と・・・

2013.08.05 (Mon)
小学校6年の夏休みのこと。
その日は土曜日で、両親は中学生の兄のサッカーの試合の応援に行ってて、
自分は一人で留守番をしていた。
今日は夕方過ぎまでだれもいないことがわかっているので、
兄と共同の部屋を自由に使ってごろごろしてた。
すると、下で「ごめ~んくださ~い」という間のびした声が聞こえた。
下に降りてみると玄関が開いてて、
黒いスーツを着た男の人が外に立っていたが顔は見えない。
なぜかというと、その人はすごく背が高いからだ。
「鍵かかってなかったんで開けました。ちょっとお話があります、入ってもいいですか~」
そう言うので、特に怪しいとも思わず「・・・どうぞ」と言ってしまった。

その人は身をかがめるようにして鴨居をくぐった。
細長い頭を坊主刈りにしていた。「やあ、入れてくれてありがとう。
 君、◯◯□□君だよね」こっちをじっと見ながら聞いてくる。
反射的に答えようとしたとき、居間にいたと思われるポメラニアンのムクが、
火の玉のようになって吠えながら飛び出してきた。
一人で留守番と書いたけど、ホントは一人と一匹だったんだ。
ムクが吠えながら、その人の腰のあたりに飛びつこうとするのをなんとか抱きとめた。
口からよだれを飛ばし、ギャウギャウと暴れている。

背の高い人は一歩後ずさったが、
それでも自分のほうから視線をはずすことなく、
「いいワンちゃんですね。力のある犬です。・・・あなた◯◯□□君だよね、
 返事してください」と、また聞いてきた。
そのとき、「これに答えてはいけない」という気が強くしたんだ。
ムクの様子が変だったし、なによりその人のこっちをじっと見つめる目が、
黒目だけになっているのに気づいたからだ。
まだ昼なのに、外がすごく暗くなっていた。

自分が黙っていると、その人は困ったような顔になって、
「ひとこと返事してくれるだけでいいんです。◯◯□□君ですよね」
「・・・今大人はだれもいないんで、また後で来てください」
「それは知ってますよ、あなたに返事してもらうために来たんです。◯◯□□君!」
ますます答えてはいけないという気が強くなった。
「返事をするのが一番簡単なんだよ。それとも力ずくで連れて行かれたいの!」
その人は怒ったように言って、自分のほうに手を伸ばしてきた。
それを避けようとしたときに、力がゆるんでムクが手から飛び出し、
その人の膝から登っていって、首筋に噛みついた。

その人はムクをぶら下げたまま、「ムクという名前だね、
 離しなさい」と情けない声で言った。ムクが噛みついたまま「ウアウ」とうなった。
それを聞くと、ちょっと驚いたように「あれ変だ、ムクじゃないな。・・・◯◯△△」
またムクが「ウアアア」とうなった。ちょっと驚いた。
◯◯△△というのは4年前に亡くなったおじいちゃんの名だからだ。
自分が「ムク、やめろ」と言って下から足を引っぱると、
ムクはすたっと玄関に降りたが、まだその人のほうを見てうなっていた。
首筋に歯型がついて赤くなっていた。「・・・守りが固い家だな~、
 ちっともはかどらない。いいです、帰りますよ。いずれまた来ます」
そう言って後ろに下がって戸を閉めた。

ムクを抱き上げて呆然としていたが、しばらくたって戸を開けたら、
外は明るくなっていて、もうその人の姿は見えなかった。
夜になって両親が帰ってきてからこの話をしたけど、まともにとりあってもらえず、
「変なセールスマンは、誰もいないからと言って帰ってもらえ」という感じだった。
ムクはずっと玄関にうずくまっていたが、なんだか調子悪そうだった。
月曜日に動物病院に連れていこうと話していたが、
次の日になって姿が見えなくなり、
探したらベランダの下から軒下にもぐって死んでいた。





『新青年』系の・・

2013.08.03 (Sat)

 新青年というのは戦前に最盛期があった
モダニズム主体の雑誌なんですが、
ここに江戸川乱歩を初めとする創世期の日本の推理
(というか探偵)作家が様々書いています。
この頃の短編は、本格推理よりも当時変格と呼ばれた
怪奇幻想的な内容のものが多く、
多くの佳作が生まれています。

 自分が好きなのを少しあげてみると、
夢野久作の『瓶詰めの地獄』海野十三『恐ろしき通夜』
牧逸馬『ヤトラカン・サミ博士の椅子』
渡辺温『可哀想な姉』妹尾アキ夫『恋人を食う』
橘外男『マトモッソ渓谷』などですが、
まとまった形で読めないのが残念。


ジョルジュ・デ・キリコ『街の神秘と憂鬱』


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霊能ビル

2013.08.02 (Fri)
ここのところずっと肩が重かったのです。
でも定期健康診断では何の異常もありませんでした。
昼休みに愚痴をこぼしていたら、友だちが霊能ビルのことを教えてくれました。
そこは都会にありましたので、電車に乗って出かけました。

地図をたよりに歩いていくと、大きなビルにはさまれた5階建ての
細長い建物がありました。1階はエレベータースペースと倉庫のようでしたので、
そのまま2階でエレベーターを降りると白いドアがあり、
「星占い 木村環子」と紫地に金字の瀟洒なプレートが下がっていました。
ノックをしてドアを開けると、水晶球の載った台の向こうに、
ベールをかぶった女の人が座っています。
わたしが要件を告げようと口を開きかけますと、みるみるうちに水晶球が曇り、
ヒビが入ってパーンと砕けちりました。

「ダメよっ!」女占星術師は顔をあげて叫びました。
「こっちに来ないで、あなたとんでもないわっ!!」
すると大きなショーケースに飾られていた、
さまざまな鉱石(パワーストーンというのでしょうか)が、
一つ一つ弾けとんでいき、やがてショーケース自体も、
大きな音をたてて崩れ落ちてしまいました。
「ダメっ、無理よ。なんてものを持ってきたの、上へ行って。ここじゃ無理!」
見ると女占星術師の白く塗った厚化粧にもギザギザのひび割れができています。
わたしは無言で頭を下げ、ドアを閉めました。

3階のドアには「潅頂院金剛力道場」と大ぶりの筆で書かれた
木の看板がしつらえてありました。ドアをノックすると、
「さあ入って、待ってたんだよ」という心強い磊落な声がしましたので、
「失礼します」と言ってドアを開けました。
中では山伏の格好をした人が、護摩壇のようなものを背にして腰掛けていましたが、
わたしの姿を一目見るなり、台座からずり落ちでフロアに尻もちをつきました。
そして「あんた、何、何だよそれ。何憑けてきたんだ冗談じゃねえよ!」と叫びました。
見ているうちに涙と鼻水が大量に出てきて、修験者のヒゲを濡らしました。

さらには失禁なさったらしく、白い袴に黄色いシミが広がっていきます。
「ここじゃだめだ。とても手に負えん、上の階へいけ。もっと力のある能力者がいる」
これだけ言うと白目をむいて失神なされたのです。
どうやら大のほうも漏れているらしく、異様な臭気が漂ってきました。
私はハンカチで鼻を押さえ、頭を下げて外に出ました。

4階に降りるなり、高価そうなお香のかおりがしてきました。
看板には「陰陽道 安倍晴耕」とありました。
ノックをすると「おが入りなされ~い」という鷹揚な声がします。
ドアを開けると薄緑の水干姿の若い男の人がいましたが、わたしの姿を見るなり、
「おげえっ!」と言って口から血を吐きました。
それだけではなく耳や目からも血が流れてきます。「あんた、何憑けてきたのっ。
 わたしはこう見えても妻子があるのよ。何これ、死んじゃうじゃない」
陰陽師はオカマ言葉でそう言って、さらに大量の血を吐き出しました。
「だめっ 死んでしまう。上へいって早く。まだ家のローンも残っているのよ」
叫びながら血だまりの中に倒れ伏されたのです。

5階でエレベーターの扉が開くと、そこに部屋はなく白い壁で囲まれた
スペースになっていました。向こうの端に何か四角いものが置かれています。
近寄ってみると、どうやらそれはおみくじの自動販売機のようでした。
わたしが百円を入れますと、ガラスケースの中の小さな神社の扉が開いて、
着物を着たキツネのフィギュアが出て来ました。
キツネはおみくじを咥えたまま、御幣でサッサッとお祓いの動作をしました。
そのとき、あれほど重かった肩が急に軽くなったのです。
キツネはポトリとおみくじを落とします。
それが機械の中を転がって取出口に出てきました。
開いてみるとそこには「大吉、万事都合よろし」と書かれてありました。
わたしはたいへん清々しい気分になって霊能ビルを後にしました。
ここに来てよかった、心からそう思いました。

『海辺の僧侶』カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ






貸しボートにて

2013.08.01 (Thu)
子どもの頃の話なんで幻想が入り混じってるのかもしれないけど、
妙に記憶に残ってる出来事。ただ、
文章にするために無理に記憶を掘り起こして話を組み立てたから、
実際とは違ってる部分もあるかもしれない。
たぶん小学校の中学年ぐらいだったと思うけど、親父とボートにのってた。
今は半分以上埋め立てられてしまったけど、
当時は城跡公園をぐるっとお堀がとりまいていて、貸しボート屋があった。

親父は県庁に勤めていたからたぶん日曜のことだと思うけど、
母親はそのときはいなかった気がする。日差しがまぶしく暑かった日だった。
親父は意外にボートを漕ぎ慣れてて、自分はぼんやり緑色の水面を眺めていた。
天気がいいせいか他にもボートはたくさん出ていて、
今にして思えば親子連れよりカップルが多かったんじゃないかな。

お堀の円周を石壁を見ながらほとんどのボートが同じ方向に漕いでて、
自分は後ろを見てたけど、親父と話すんで前を向いたら、
すぐ先に親子三人ののったボートがいた。
両親は若くて、子どもは幼児で母親に抱かれていて見えない。
それが水路がゆるい曲がりにさしかかったときに、
母親の陰になっていた子どもが頭をのぞかせた。

頭は異様に大きくて、玉ねぎを逆さにしたように天辺がふくらんでる。
上を向いていたその子が奇声をあげて自分のほうを見た。
見たといっても両方の眼の焦点があってなくて、口から大量によだれを流している。
子どもながら、ああかわいそうな子なんだなと思って横を向いた。

お堀はいちばんカーブのきついところに来てて、
岸からヤナギの木がしだれたその影になったところが、
黒い泥溜まりで、ぽこぽこあぶくがわいている。
何気に見ていると、その泥の中から何かが出てくる。
魚だろうと思ったら、緑がかった黒い泥で汚れた指先なんだ。
それがゆっくりゆっくりなんかをつかむような形で両手が突き出されてくる。

そのあたりは水がにごっていて、水面下に何があるか見えなかった。
前のボートの母親らしい人もその手に気づいてるみたいで、
ずっとそっちのほうを見ている。手はもうひじを過ぎて二の腕まで出ていて、
指を小刻みに動かしている。前のボートが手の脇を抜けようとしたとき、
母親が「はい」という感じでおばあちゃんにでもあずけるような動作で、
その抱いていた子どもを泥の手に渡そうとしたんだ。

するとそれに気づいた若い父親がばしゃっと泥の手の上をオールでたたいた。
手はその一瞬で消えるように見えなくなった。
若い父親が母親に向かって強い口調で何か言った。

記憶はこれだけ。ボートから降りその人たちと離れてから
見たことを親父に話したら、親父は微笑みながらも、
自分が早口でまくしたてるのをけっこう真顔で聞いていた。
ボートの中で自分の様子が変化するのを見ていたからだろうか。
「うーん、お前は・・・人の心を見たんじゃないかな」と一言、
それ以上何も言わなかった。・・・そういえば、来年は親父の7回忌になるな。