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オヤビン西丸震哉氏について

2013.10.30 (Wed)
 前のところで西丸震哉氏について書きましたが、若い人の中には知らないという
人もいるかもしれないので紹介しておきます。
表の顔は旧農林省の研究官で、食生態学という分野を確立させた学者なのですが、
実は多様な顔を持っていて、登山、秘境探検、小説、エッセイ、絵画、作曲など
マルチに才能を発揮されていましたが、残念なことに昨年お亡くなりになりました。
音楽では、インドでヨーガ行者が2回歌っただけの曲をその場で採譜して、
自ら歌ってみせたというエピソードもありました。

 さて西丸氏には毀誉褒貶があります。好きな人は滅法好きだし、
嫌いな人は嫌いという面ですね。
批判のほうは、氏の持論である『ノストラダムスの大予言』『41歳寿命説』
(21世紀には食品添加物の摂取や公害のため41歳が日本人の平均寿命になる)
『地球寒冷化説』などが、どれも外れとわかってもなんの弁明もしないという態度や、
官僚とは思えない破天荒な行動力を、不遜と見るむきがあるようです。
(無理もない気もしますがw)
しかし氏の「御嶽山の人魂」「呪い実験」「天候を操作する超能力」などの魅力的な
話の数々が、単なる駄ボラとしてかたづけられてしまうのは残念です。

 心霊に関する持論は「学者たるもの未知なものを調査もせずにないと決めつけてはいけない」
「人間ー物質=α 」に尽きます。
幽霊話の代表作は『山だ原始人だ幽霊だ』『未知への足入れ』になると思いますが、
どちらも自分が生まれる前の古い本で、古書店で買って読みました。
オカルトではありませんが『さらば文明人 ニューギニア食人種紀行』も面白かったです。
圧巻のエピソードは『釜石の幽霊』。幽霊にとりつかれたことを理由として、
岩手県水産試験場勤務を強引に返上してしまったという話です。

水産試験場の幽霊


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怖い話の自分ルール

2013.10.30 (Wed)
 怖話を書くにあたって自分ルールとしているのは、

・単なる心霊スポット探訪物は書かないこと
ちまたに溢れていますし、なかなか新味のあるものも書けないでしょうし。
当ブログにもいくつかはあるんですが、自分としては少しひねっているつもりです。

・夢の話を入れた場合は必ず現実となにかしらリンクさせること
これも当然で、夢だけの話は「そこでふと目が覚めた」
と最後に入れるのと変わんないですから。さすがにSFでもミステリでも禁手ですよね。
夢が出てくる話自体は多いほうだと思います。

・なるべく方言や年寄り言葉「わしは・・・」のようなのを入れないこと
ただしこれはあくまで怖話で入れないというだけで、バカ話系では積極的に活用してます。
大仰な雰囲気やバカキャラを強調できるからです。
これが出てきたらあまり怖い話ではないと思ってほしいです。

 怖い話の他にバカ話も自分は書いていますが、怖い話とナンセンスな話は
表裏一体の部分があると思います。ポーなんかも本格的ゴシックの他に
いろいろバカ話を書いていますし、
筒井康隆も、ナンセンス話の中に良質の怖話がまぎれこんでいます。
このお二人と自分を比較しているわけではもちろんありません。
月とすっぽん以上に違うのですが、怖い話とバカ話の境界は微妙だということの
例として出させてもらいました。

・「」で会話が続くシーンをさけること
これをやるとホラーの雰囲気がなんとなく薄れて曖昧になる気がします。
それに本の縦書きならともかく、ネットで横書きすると読みにくくなる感じもします。
(慣れた人はそうでもないかもしれませんが)
できるだけ地の文と会話を混ぜて書いてます。

・怪異そのものを登場させるときは慎重に
「柳の下に白装束の幽霊が両手を下げてうらめしや~」では落語ですよね。
そう書く人はいないでしょうが、生首とか幽霊そのもの、怪物そのものをなるべく出さずに
怖い話を作れたらと思っています。

・擬音語は効果的に
「ギイッ、ギイッ、ギッ、ギッ」「ぎゃあああああああ~」
こういうのを使わないようにして書いています。
ただし短く効果的に使えているかというとそうでもない・・・難しいですね。

・状況説明は必要十分で
あまり場所がどうのこうの、登場人物の人間関係がどうのこうの
ということを詳しく書く必要はないかなと思っています。
登場人物にキャラつけして、感情移入の度合いが大きくなるようなら、
最初から、怪談ではなく小説として書いたほうがいいという気がします。
ただこれも、読む人の多くが知らないだろう分野のことを書く場合は、
それなりに説明しないと理解してはもらえないです。

・登場人物は3人までに抑えること
登場人物が多くなれば多くなるほど、どうしても話は長くなります。
ホラー本をフアンが買うのなら長くても読むでしょうが、
ネットで見ず知らずの人に書いているので、あまり長いと読んでもらえません。
それに登場人物が多いと、シーンチェンジが多くなってしまい、
やはり怖さが薄れるような気がします。

・一つの話でシーンは二つは入れること
上に書いた項目と矛盾するようですが、多すぎてはいけないけど、必要ではあると思います。
この「シーン」というのは自分では、映像なら監督が「カーット!」と叫ぶような、
ひとつながりの場面という意味で使っています。
ごく短い話なら別ですが、ある程度の長さのものなら、
作中で、場所が変わる、または時間が経過する、というのは必要な気がしますね。
みなさん意識しなくてもやっておられると思いますが。

・因縁話はさけること
この怪異が起きたのは何世代前の先祖の行いの祟りで・・・というのは
当ブログにもあるんですが、
理に落ちてしまって話全体に広がりがなくなる気がします。
これも書き方によるんでしょうけど。
因縁話自体は、横溝なんかの、過去の忌まわしい出来事が現在に浸食して事件を起こさせる
という形は大好きなんですが、短い話には向かないと思います。

・難しい漢字、難解な語句はなるべく使わないこと
これはいろんな年代の人に読んでもらいたいという願いからです。

以上ド素人ながら偉そうなことを書いています。ま、少しでも参考になれば幸いです。
そのうち続きを。


その三

2013.10.30 (Wed)
 さて三つ目は、前二つほど有名ではないんですが「田和山遺跡」(島根県松江市)
というところです。
『不思議ナックルズ』で紹介されたので少しずつメジャーになってきましたが、
前二つのゾーンのように伝説化していくでしょうか。
  
 市立病院の移転にともない、新用地候補であった小高い丘から、
弥生時代中期頃と思われる環濠遺跡が出土しました。
環濠というのは基本的には堀ですが、木柵や防堤などをともなうこともある境界です。
環濠は丘の頂を囲むように三重に掘られていましたが、
それに守られた頂には人の住む住居はなかったのです。
この当時の一般住居は竪穴式ですが、
柱跡からの推測で、そこには神殿状の高床式の建物があったことがわかっています。

 この遺跡を巡って、保存派と病院建設強硬派とが対立し裁判にまで発展しました。
これはよくあることなんですが、他の例と異なるのは、
当時の反対派の市長を含め、反対派の市議3人、
そして開発が始まれば工事を請け負うであろう建築会社の会長、計5人が
わずか2か月の間に相次いで急死したのです。
みな高齢ではありましたが、それぞれ現役で活躍されていた方々です。

 このことから地元では祟りの存在がささやかれるようになりました。
裁判のほうは市側が遺跡保存に方針を転換したこともあり、
保存が決定し国指定史跡となりました。
この遺跡の特異な点は、上記したように他に例を見ない厳重な環濠が守っていたのは、
出雲大社の原型を思わせるような神殿状建物であったことです。
人の住む住居は環濠の外から見つかりました。
ここにはいったい何があったのでしょうか。

 環濠内からは三千個をこえる石つぶてや銅剣型石剣などが出土しましたが、
石の剣は実際の戦闘に使うには重く、またすぐ折れてしまうために
祭祀用のものではないかと考えられています。
これらから、ここは古代の儀式的な模擬戦闘の場であったとか、
神殿に銅鐸を置いて守っていたとか、
古代の貴人のための産屋であった(そこで出産をした)などの様々な説が出されていますが、
確定はしていません。

 最後の産屋説は、有名な「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を」
というスサノオの命が詠んだとされる日本最初の短歌からきています。
「盛んな雲が立つ、湧き出る雲が八重垣を作る。我が妻を籠もらせるために八重垣を作る」
というような意味で、妻を籠もらせるとは出産を意味すると解したのです。

 また、地元では「垣をめぐらした山には入ってはいけない。たちまちに死が訪れる」
というような伝承があるとナックルズには書かれていました。

『田和山遺跡の丘に登る 』


心霊スポットその一

心霊スポットその二


その二

2013.10.29 (Tue)
 その二は尾瀬湿原内にある「岩塔盆地」です。
これは不可思議話の大先達である西丸震哉氏が命名した地名ですが、正式名称ではないようです。
「岩塔ヶ原」と言われることもあります。
あるとき西丸氏が航空写真を機械で立体視していたら、
湿原の中に尖ったドーム状の地形があり、人工物のようにも見える。
仲間をさそって実際に行ってみたら、岩塔自体は小山に木が重なって生えているものだったが、
そこで奇妙な体験をした、という内容が『山だ原始人だ幽霊だ』だったか、
(違ったらごめんなさい)に書かれていたと思います。この地は、地下の大神殿がある、
ドッペルゲンガーに遭える、生き残ったサンカの住処であるというような噂があり、
立ち入り禁止区域という話もありますが、いろんな人がブログに現地の写真などを載せていますね。 

 西丸オヤビン(敬愛を込めてそう呼ばれる)の話を引用してみます。
「何度か山で見た男の幽霊のなかで、本州の最奥、尾瀬ヶ原北方の山中、
私が岩塔盆地と名付けた湿原地帯で出会った例を紹介しておこう。
 私のほかに五人ほどの仲間で、テントを設営して泊まり込んでいたある日の夕方、
まだ明るい時刻に、山の奥の側から一人の男が近づいてきた。
こんな辺鄙なところに人がやってくるとはめずらしいなと思って見ていた。
前にそのあたりのことを山の雑誌に書いたこともあるので、
それを見てやってきたのかな、と思った。

 だんだん近づいて、水たまりの水をはねながらやってくる。
彼は、私がはいていたのよりも立派な登山靴をはいていた。
私たちはテントを二はり張って、ちょうど夕飯の炊事の用意か何かをしていたときで、
みんな手を休めてその男を見ていた。

 かれは、十数メートルほどの近くにまで来ていながら、
われわれの話し声にも知らん顔、全然こちらを見むきもせずに
そのままスーとわれわれの横を通りすぎて行く。
 私は前に穂高岳の下、横尾谷の岩小屋で、
完全装備をした若い男の幽霊に同じような無視のされ方を受けているので、
また出たなと思ってすぐに男のあとを追いかけた。
が、ちょうど原っぱの途中に張り出している林の角で一瞬のうちに姿を見失った。

 私も、すぐにその場所へ行って探したが、その向こうの原っぱにも姿は見えない。
原っぱの中をあちこち駆けまわり、「オーイ」と呼んでみたけれども、何の反応もない。
夕暮れどきだから、われわれの設営した場所をはずすと、
そのあたりには泊まり場がないはずなのだ。もっとも、
ヤブの中であろうと何であろうと、よほど自信のある人なら、
どこでも寝てしまえるかもしれないが」


 ここに到達するにはそんなに山登りはないけどかなり歩きます。
昼の印象は風光明媚そのものという感じですが、夜になると雰囲気が一変します。
地下神殿?の入り口は、そうとう探し回りましたが、
自分には見つけられませんでした。

*これは紹介していいかどうか迷ったのですが、種明かし編がありました。
場所は別のようですが。私は幽霊にされてたようです

『日本最後の秘境といえば岩塔ヶ原だろ』


心霊スポットその一


一風変わった心霊スポット その一

2013.10.29 (Tue)
 題には心霊スポットと書きましたが、
もしかしたらミステリー・ゾーンと言ったほうがいいかもしれない場所を、
三つほど紹介します。いずれも自分は訪れたことがあります。

 一つ目は「田代峠」宮城県と山形県の県境にあります。
ここはUFOの地下基地があるとも言われており、1968年1月17日に
当地で墜落死した航空自衛隊松島基地所属のF86セイバー戦闘機のパイロット、
紙西一等空尉の慰霊碑があります。

 この墜落事故についてもUFO関連で語られることもあるようですが、
それらの元ネタになっているのが、高橋コウという女性の手記に書かれた内容で、
昭和50年に『婦人公論』誌に掲載された実話とされているようです。

 並木伸一郎氏の話を引用しておきます。
「山形県北東部、宮城県との県境にある"田代峠"周辺は、
UFOの目撃をはじめ不可解な航空機事故が多発、
加えて旧日本軍の秘密大洞窟までもが存在するという、東北最大の"超怪奇ゾーン"である。
筆者はこの秘密洞窟探しを、98年来ずっと続けている。

きっかけは、高橋邦泰さん(故人)の「山菜をとりに田代峠の奥まで侵入した際、
緑色のガスに包まれて大洞窟に導かれた。磁石がグルグル回り、
その内壁には雑多な金属が張りつき、
中に"金星発動機五十二型昭和十九年三菱航空機株式会社"と刻まれたプレートがあった」
という摩訶不思議な体験を知ったからだ。

調査の過程で、このプレートにリンクする情報を得た。
太平洋戦争末期、日本軍はナチス・ドイツのメッサーシュミツトを模した、
国産初のロケット戦闘機「秋水」を三菱重工によって開発させた。
秋水のエンジンは、日本飛行機の山形工場で作られていた。
完成5機、1号機はテスト飛行で大破。
戦後、米軍によって完成3機が没収された。注目すべきは残る1機の行方だ。
この1機が今なお日本のどこかに秘匿されているのだ。

かつて田代峠に日本軍が駐屯しており、
終戦間際、地下の秘密工場で戦闘機を製造していたという情報がある。
事実なら、三菱の金属プレートが張り付けられていた大洞窟は、
旧日本軍の秘密工場の入り口だった可能性が高い。
その先には広大な地下工場があり、密かに運ばれた幻のロケット戦闘機「秋水」
が秘匿されているとしたら、これはまさしく日本のX-ファイルである」(作家 並木伸一郎)


元話はこれです。 田代峠の怪
高橋邦泰さんというのは話に出てくる高橋コウさんの息子さんでしょうか。

『禁断の田代峠奥』機械朗読



陸軍病院

2013.10.27 (Sun)
昔、病院で不思議体験をしたんでそのときのことを書いてみるよ。
あれは大学4年のときのことだけど、就職も決まった最後の冬休みにスキーに行って、
上級コースで転倒してコース脇のネットの支柱に突っ込んだ。
そのときはたいしたことはないと思たんだが、家に帰ってから血尿が出るんだ。
それであわてて病院に行ったら国立大の付属病院を紹介されてそこで即日入院となった。
腎臓かその周辺の組織が損傷している可能性が高いということで、
安静にしながら詳しい検査をして、場合によっては手術で縫合するか、
最悪の場合は腎臓摘出もあるという大事になってしまった。
とはいっても寝たきりというわけではなくトイレにはひとりで行けたし、
痛みもほとんどないので、ヒマをもてあましたのと不安もあって夜眠れなくなって、
毎日2時過ぎまでイヤホンでラジオの深夜放送を聞くようにしていた。

入院から1週間くらいたった頃だったと思う。時刻は午前1時半過ぎ。
タバコを吸ってから寝ようと思って、当時はまだあった1階のロビー横の喫煙室に
点滴の車?を押して6階の外科病棟からエレベーターで下りた。
大きな病院なのでそんな時間でも人に会わないことはないんだな。
自分と同じように眠れない入院患者や夜間シフトの医師や看護師だれかれかとすれ違う。
ところがその夜は喫煙所には自分以外に誰もおらず外で雨が降っているのが見える。
味気なく感じて早々に病室に戻ろうとしたら、
長い廊下の横から自分の前に車いすを押した看護師が出てきたんだが、
その姿に強い違和感を感じた。

服装がその病院の見慣れたものではなく、白衣ではあるけど非常に古くさい感じがする。
そして車いすに乗ってるのは小さな女の子のようだ。
その人たちが先にエレベーターに乗り自分が後に続いた 他には誰もいない。
明るいエレベーターの照明で見ても、やっぱり車いすから何から時代がかって見える。
女の子は4歳くらいで綿入れを着て目の下まで毛布を引き被ってて表情はわからない。 
看護師は30代くらいで硬い顔をして前を向いたままこちらを見ようともしないんだ。
看護師が手を引っ込めたあと自分が6階のボタンを押して、
上の現在階を示す電光掲示を見ていたら1・2・3・階ときたところで、
エレベーターがガクンと揺れた自分はあわてて点滴の車につかまったが、
それごと滑ってエレベーターの壁にドシンとぶつかった。
電光掲示は緑なのに、そのときは4という数字が赤く点滅しているのが目に入った。
エレベーターの扉が開いて、揺れもなにもなかったというように
看護師が女の子の車いすを押して出ようとしていたが、えっと思った。

普通の階はエレベーターを出てすぐ看護師室があるんで明るいんだけど、
その階はほとんど真っ暗で、白い壁の角が目の前にある。
エレベーターからの光で壁に字が縦書きされているのが見え、
そこには「陸軍 検疫病院 四」とあった。
扉が閉まる間際に看護師が車いすの向きを変え、
そのときに女の子の毛布がはだけて顔が見えた。
見えたのは右目だけだが、その目は異様に大きくまぶたがないように思えた。
日本人の顔だちではなかった 女の子が動くとさらに毛布がめくれ、
口を開け歯をむき出しにして「ギイイイイ ○×▽□!!」と、
英語ではない外国の言葉を叫んだときやっと扉が閉まった。
まもなく6階について看護師室が見え、人の気配で心強い気分になってきたので、
それでもう一度エレベーターでさっきの場所を見ようと思ったが、
操作盤に4Fがないのはわかっていた。
5階を見ても、3階に降りてもさっきの場所ではなかった。

次の日の朝若い看護婦が検温に来たときに、昨夜の話をかいつまんでしたんだが、
その子はまったく要領を得ない感じで、
「えー、でも4階なんて最初からないんですよ。だけど帝国病院の話は聞いたことがある。 
・・・たしかここはその跡地に建ってるはず。・・・ちょっとわかんないけど、
今のは作り話じゃないんですか」と笑いながら言うので、
「んなことはねーよ」と自分がやや気色ばむと、
「じゃあ後でベテランの人に聞いてみますね」と言って次に回っていった。
昼食後すぐにベテランの看護師が来て話を聞かせてほしいといってきたので、
昨夜の出来事をもう一度詳しく話した。
看護師は馬鹿にした様子もなく聞いていたが、自分をじっと見ると真顔で、
「もう深夜動いたりしないでください。まだ血尿も止まらないし重症患者なんですよ
 いいですか、もし守れないなら先生に話しておしっこの管を入れてもらいます」
そうされるともう自分で立ち歩けなくなるんで神妙に黙っていると、看護師は
「それから今度4階を見ても絶対に降りないでくださいね・・・
これまでも何度かあったことだけど、4階に降りたという話をしていた患者さんは、
みな・・・亡くなってるんです」
とぼそりと言った。

*この話は前に出た「深夜の病院」という話とシチュエーションがよく似ていますが、
こちらのほうを先に書き、重いと思って書きなおしたものです。



古書奇譚・古書怪談

2013.10.27 (Sun)
 古書、古書店をテーマにした作品もホラーの一ジャンルとして欧米では定着しています。
日本では古書のホラーもあるんですが、
それよりミステリのほうでよく使われているという感じがします。
ざっと思いついただけでも、紀田順一郎『古本屋探偵の事件簿』
三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』とか、京極堂も古書店ですし、まだまだあるなあ・・・
ここまで考えたところで、ジョン・ダニングのシリーズとか、
海外でもミステリ作品も多いことにあらためて気がつきました。
これは古書店の独特の雰囲気や古書のにおいなんかが作品の舞台としてふさわしいことの他に、
探偵役が店番を人に任せて自由に動き回ることができ、
サラリーマンよりずっと時間の束縛が少なく便利だという面もあるんでしょうね。

 話がそれました。当ブログのテーマはホラー。
海外だと禁断の古書である『ネクロノミコン』なんかの「魔導書」が最初にくるんでしょうか。
この手のはいろいろ映画にもなっていますね。
日本だと短編のいい作品は、北原尚彦の『愛書家倶楽部』とかぽつぽつあるんですが、
本格的な古書ホラーが難しいのは、悪魔主義がないのはもちろんのこととして、
江戸時代以前だと和綴じの本になるので、
作品の雰囲気が微妙に変わってきてしまうせいもあるんではないでしょうか。

 マンガの諸星大二郎『栞と紙魚子』はとても好きな作品です。
オカルト的な筋立てはともかく、クトルーちゃんとその母、
ムルムルが輪になって増えていくところとか、細部が秀逸ですね。


ロケット戦闘機と鳩

2013.10.26 (Sat)
古本屋めぐりを趣味にしている。
稀覯本を収集しているわけではないし、特に好みのジャンルがあるわけでもない。
ただ古書店街で数軒をはしごして、興味をひかれた本を何冊か買う。
あまり多趣味とはいえない自分にとっては休日のいい時間つぶしだ。

先の日曜日、いつもの古書街をぶらついていたら、
駅からさほど遠くない縦長のビルに古書店の看板が出ているのに気がついた。
ここは何度も通っている道だが、書店なんてあったっけ。
そう思って看板をよく見たが、古びていて最近できたばかりという感じでもない。
まあ見逃していたのだろうと思って入ってみることにした。
せまい階段を上って店は二階にあった。
初めての書店に入るときはいつもなんとなくわくわくする。
見たこともない本が並んでいるのではないかという期待感がある。
そんなことはまずないんだけど。

扉を押して店に入るとすぐカウンターだが人の姿がない。
カウンターの机に和紙がしかれて、その上に呼び鈴がおいてあった。
和紙には御用の方は押してください、と墨書されていた。
後ろにドアがあるので、店の人は奥にいるのかもしれない。
営業しているんだからいいだろう、と思って、店の中をまわってみた。
ビルの敷地を考えれば当然だがたいした広さではない。
やはりありきたりの本ぞろえで、何か店としての専門があるようにも見えない。
こんなもんだろうな、帰ろうかと思ったら、奥の窓際の書架が目にとまった。
そこだけ並んだ本の背表紙が不揃いで、全体的にセピア色をしていた。
古い本があるのだろうと寄ってみた。

見ると、昭和の初期から戦後すぐの時期くらいの本や雑誌が並んでいて、
これはかなり珍しいと思った。
本の内容はバラバラなようでもあり、なんとなく統一感があるようでもあり、
これはもしかしたら個人の蔵書を一括して仕入れたものかもしれない。
その本の中で一冊を抜き出してパラパラめくってみた。
戦時中のロケット推進戦闘機に関する本で、奥付にある値段を見たら三千円とあった。
自分にしては高い金額だが、その本をもってカウンターに向かい呼び鈴を押した。
するとややしばらくして、
ドアが開き70代とも90代とも判別のつかないじいさんが出てきた。
まだそれほど寒い時期ではないのに、厚いカーディガンを何枚も重ね着していた。

じいさんは自分が差し出した本を手に取ると、開いてしげしげと見ていたが、
「ははあ、買わされたね」と言った。
何のことかわからないので黙っていると、
「三千円とついてるけど千円でいいよ。そのかわり何があっても文句なしだよ」と、
ささやくように言ってにやっと笑った。
続けて「その本だと、鳥だな。鳥で何かあるだろうよ。ま、命にさわるまでのこたあない」と、
やはり意味不明のことを言った。
とにかく千円払って外に出た。
値引きしてもらったのは儲けたということだろうが、それにしてもロケット戦闘機・・・
それまで興味を持ったこともないし、なぜこの本を買ったのか自分ながらよくわからない。

電車でマンションに戻って、4階の部屋の鍵を開けた。
誰もいないはずだが、聞きなれない物音がしていた。リビングの戸を開けてあっと思った。
窓の外、ベランダ全体が黒くなって、しかも激しく動いていた。
近寄ってみると、ベランダの外に張られている鳩除けネットに、
鳩が数十羽、いや百羽を越えているだろうか、みなこちら向きにネットの目に首を突っ込んでいた。
激しくもがいているものも、ぐったりして動かないものもあった。
その音がサッシ越しに聞こえてきていたんだ。
羽根がそこらじゅうで舞っていた。

後にわかったことだが、被害は自分の部屋のベランダだけだった。
マンションの管理と話をして、鳩の群れがどういうわけかたまたま突っ込んできたのだろう、
という結論になった。
清掃費用と新しいネット代は自分で出すしかなかったが、たいした金額でもなかった。
不思議なのは、この出来事のせいでほっぽっておいた
ロケット戦闘機の本がどこにも見つからないこと、
それから後日古書店街に行っても、その本を買った古本屋を見つけられなかったことだ。

『ロケット特攻兵器 桜花』



死の船

2013.10.24 (Thu)
10年ほど勤めた会社を辞めた。
その間の事情は関係ないんで省くが、それなりに貯金もあったし再就職を誘われてもいた。
家族があるわけでもないし、
数ヶ月は精神的な充電と体のメンテナンスにあてようとジム通いを始めた。
やってみたら思った以上に体がなまってることがわかった。
ただランニングマシンは単調で好きになれない。
そこでジョギングをしようと思った。日中は気恥ずかしいので夕方から走ることにした。
コースはたしか河原沿いに市が造ったランニングコースがあったはずなので、
スポーツウエアて行ってみた。

そこに来るのは数年ぶりだったが、ホームレスの青テントが増えているんで驚いた。
前は数百メートルおきに一つくらいだったのが、数十に増えてる。
どこかの公園から追われてきたのかもしれない。
走る人はほとんどいない。これはちょうど会社からの帰宅時間頃のせいなのかもしれないが、
ホームレスが増えて治安に不安があるのが大きいのだろうと思った。
ゆっくり走っていると前のほうで人だかりがしている。炊き出しのようだった。

薄暮の中を近づいて見ると、20代後半くらいの男女が5~6人、
長机にカセットコンロを置いて鍋をかけ、
十数人の列に並んだホームレスにおかゆのようなものをふるまっていた。
名前はわからないが外国のハーブのようなにおいがあたりにただよっている。
その男女は皆、白いトーガ?のようなものを着てそれには胸に一字梵字のマークが入ってる。
何かの宗教団体の慈善行為なのだろうと思った。
そのとき立ち止まっていた俺の肩を後ろからかすめるようにして、
足早に前に出て行った人がいた。
僧侶のような衣の大柄な人物で、髪は剃っておらずオールバックにしていた。

僧侶風の人は炊き出しの机の前に来ると、「まだこんな非道なことをしてるのかっ!」と一喝した。
宗教団体のメンバーは、その人の存在がないかのようにそちらを向くこともしなかったが、
続けてその人が呪文のような声をたてると体ががくがくと揺れた。
列に並んでがやがや話していたホームレスの人たちは困惑したように押し黙った。
すると宗教団体の簡易テントの後ろから、
スーツを着た中背のサラリーマン風の男が歩いてきて僧侶風の前に立った。

僧侶風はリーマン風に向かって「いつまでこんなことを続ける。復活などありえることではない。
この世に必要がないのはお前たちのほうだ」と怒鳴りつけた。
リーマン風はまったく意に介した様子もなく、
「あなたとはいく道が違うんです。それにこの宗教団体の人たちは何も知らないし、
もう必要分は済みましたから」
と激する風でもなく、ごく事務的な口調で言った。
そして「じゃまする気でしょう。べつにいいですがうまくいきますかねえ」そう付け加えると、
若い男女にかたづけろというような合図をし、今度は列のホームレスのほうを向いて、
「みなさん!炊き出しは終了です。すみませんね、
このお坊さんがやめろと言うので。また来ますよ」そう告げた。

男女らはあわただしく片付けをはじめ、ホームレスたちは不満をもらしながら散らばっていった。
それからしばらく僧侶風とリーマン風は向き合っていたが、
リーマン風はくるりとふり向いて、テントのほうにゆっくり歩み去った。
僧侶風は「けっ!」というような声を出して、
それから後ろに立っていた俺に始めて気がついたというように声をかけてきた。
「あんた・・・こちらが非道い人間だと思ってるだろう。
せっかくの炊き出しをじゃまするなんてな」

「まあどちらがどうかなどどうでもいい。それよりやらなくてはいけないことができた。
道理を直すために。あんた午前2時頃にここにこれるか?手伝ってもらいたいことがある。
あんたが想像もできないようなことが見られる」
その口調には有無をいわせない呪文のような響きがあった。
夜中の2時なんてキチガイ沙汰だと思ったが、どうせ明日何かやることがあるわけでもない。
それにまだ寒い季節でもないし、ここまでの出来事を見ていて好奇心がわき上がってもきていた。
それで「・・・いいですよ」と答えてしまった。

2時前に懐中電灯と半分に短く切った木刀を持って、
約束していたランニングコース脇の休み屋に向かった。
川向こうの町並みもおおかた灯りが消えていて物音はほとんどしない。
月はないが街灯がコース沿いにいくつかあって真っ暗というわけではない。
休み屋では僧侶風の男が待っていたが、俺の手にしている半木刀を見てせせら嗤うように、
「そんなもの持ってきたのか、不審尋問されたらまずかっただろう。
それに物理的な力は役にたたない」と言った。
俺が「剣道をやってたんで、まあ・・・」とあいまいな答えをすると
「ふん、修行は少しは役に立つか」と鼻を鳴らした。

それから俺をうながして、ホームレスのテントが固まっている一画に歩いていった。
そこは川沿いに木立が少しあって風がいくらか防げるようだ。
ホームレスたちも完全に寝静まってる。
「もうすぐ川をお迎え船が流れてくる。あの炊き出しのお粥がさそい水になってるんだ。
粥を口にしたものの大半はのっていってしまうだろう」
そうささやいてきたが、意味がわからないのでだまっていた。
川は両岸が笹などの藪で、
そこは大きく蛇行した先になっててある程度までしか流れは見えない。

そのときかすかにトントンと机を指で叩くような音が聞こえてきた。
そしてその音はだんだん強くなっていく。
法華の太鼓を連想させるような音だ。「そら来るぞ」と僧侶風がいった。
何かが川の蛇行を曲がって流れてきているようだ、白っぽくて大きいものではない。
僧侶風が俺をうながして草の中を水面近くまで走って近づいた。
護岸ブロックがあるところまでくると足元がしっかりした。
流れてくるものが見えてきた。1mくらいの木と紙でできた船。
前にテレビで見た、紙の武者人形と子どもの願い事を書いた紙をのせた鹿島流し
という伝承行事の船に似ている。
それが十数個、どこにも引っかからず集団で流れてくる。
船の上には埴輪のような小さな泥人形がひしめいて立ってる。

ホームレスたちのテントから動くものの気配がする。
一つまた一つと四つんばいの影がテントから出てきて近くの水面に向かっていく。
俺たちにやや近いところにきたホームレスがテトラポットの上に寝そべって顔を出し、
声を上げて吐き始めた。
あちこちで嘔吐の声と、どこから聞こえるのかわからない太鼓の音がする。
「時間がない」僧侶風はそう言って懐から金色に見える棒を取り出した。

「これを船の固まっているどこかに投げてくれ。私は肩を痛めているので届かない。
これ一本しかないから外さないように十分近づいてからやってくれ」
とそれを俺に手渡してよこした。
思ったより軽く複雑な形をしている。金属に見えたが木製のようだ。
近くで吐いていたホームレスが水を飲もうとしたのか、前にはいずっていって水の中に落ちた。
そのままバタフライのような格好で体を上下に激しく揺らしている。

「まずい!もう投げろ!!」と耳もとで言われて、船団まで20mくらいか。
俺は足場を確認して慎重に投げた。棒は宙を飛んでいるところは見えなかったが。
船団の中ほどで水音がした。
その瞬間「おーーん」という魂消るような響きがして太鼓の音が消え、
船団は川の流れを無視してその場にとまり、濡れた紙が破れるようにグズグズと沈み始めた。
「破れたぞ、よし」と僧侶風が俺に向かって言った。
「チイチイ、チイチイ」と小鳥のような声がした。泥人形たちが鳴いているようだ。
船はすぐに見えなくなってしまった。

僧侶風がパンと手を叩くと近くのホームレスが立ち上がって黙ってテントに戻っていった。
僧侶風はあちこち歩き回って手を叩き、
川に落ちている人は体の一部を無造作につかむと軽々と岸に引き上げた。
すごい力だった。俺が「肩を痛めてるんじゃ・・・」と言うと、
「そんなこと言ったか」と、とぼけた口調で答えてきた。
続けて「この場はこれで済んだが、きりがないな」
そして俺の顔を見て「質問したいだろうが、答えられない。ただ・・あんたは善根を積んだ」と言った。
ふっと川面を見ると、もう何も見えなかった。
俺が重ねて「どうして自分で投げなかったんです?」と聞くと、
「剣道、十年以上やったんだろう」とだけ答えた。

後日談としては、2週間ほど後、大々的な行政の強制撤去があり河原のホームレスはいなくなった。
俺は再就職し、僧侶風にもリーマン風にもあれ以後一度も会っていない。
ただしあの宗教団体と同じと思われる人たちが駅前で募金をしているのを何度か見かけた。


*これは怪談というより、ホラー、というよりラノベに近い感覚で書きました。


発掘の夢

2013.10.24 (Thu)
夢の話なんだけど・・・

一番初めは高校2年のときだな。
オレはラグビー部だったんで夜は疲れて爆睡するほうだったんだけど
何か自分が非常にせまい石の壁のようなのに囲まれたところにいる夢を見た。
天井も低くて、かがんでないと頭をぶつけそうなところ。
それで自分の前のほうに大きな石の箱のようなものが見える。
ストーリーらしいものはなくて、
そのかわり石の壁の質感がわかるようなリアルな夢だった。
で、石の箱に近づいてそれを上から見下ろしたところで、
急にあたりがぐらぐらと揺れる感じがして
気がついたら高校のグランドのはしに倒れていた。
どうやらグランドのまわりのコンクリの壁から落ちた感じ。

横になった姿勢のまま1メートルくらい落ちたような衝撃だった。
すごい体が痛くて、でもそれよりもなぜこんなとこにいるのかわからなかった。
だって自分の部屋のベッドに寝ていたはずで、着ているのはパジャマだ。
そのまま裸足で歩いてうちに帰ったが、夜中で玄関の鍵は閉まってた。
チャイムを鳴らして家族を起こして入れてもらったが、もちろんだれもオレの話は信じない。
体はあちこち打ち身になっていた。よく不審尋問とかに遭わなかったと思う。
それが1回目。

次は社会人になって4年目のアパート暮らしをしてるときで、
やっぱり夢の中でその狭い場所にいる。
オレは地元の教育委員会に就職したんで、
そこが古墳の石室の中だというのがそのときにはわかった。
で、目の前の石の箱は石棺だ。
高校のときの夢というか不可思議な出来事はありありと覚えていたし、
これがその続きということもすぐわかった。
そのとき音はしなかったんだけど、石棺の蓋が少しずつ持ち上がっていってるのに気がついた。
中から押し上げているような具合。で、また視界がぐらぐらと揺れて、すごい衝撃を感じた。
体中が痛くてしかもちくちくする。

裏山の上にある変電所?から山の斜面を10メートルくらい転がり落ちたようだ。
このときももちろんアパートの自分の布団で寝ていたはずで、
夏だったのでパンツとTシャツ姿だった。
体は夜露まみれだったし、あちこち草で切れていた。
ありえないと思うだろうけど、これが2回目だよ。
1回目のときは家族に話したんだけどだれも信じてくれなかった。
このときはだれにも相談なんかはしていない。

それから3年たって現在なんだけど、仕事で地元の古墳の発掘にあたることになった。
といってもオレは手伝いの肉体作業要員なんだけども。
その古墳は6世紀くらいと思われる横穴式の石室で、
木を切ったり草を払ったりして石室の入り口をむき出しにして、
昨日1回目の内部調査をした。
もうわかると思うけど、オレが夢で入った石室そのものなんだよな。石棺もある。
先輩達の話だと、盗掘が入ってるらしくて副葬品なんかは期待できないけど、
棺は開けられていない可能性があるということだった。
重機を入れて天井の石を取りのけ、その棺を開けてみるのがこの次の月曜の予定だ。
それですごく嫌な予感がするんだな、なんか自分の命にかかわるような。
それでこのスレに書いてみたんだけど、
この後の話は来週の火か水のあたりに報告するよ。

『Eva・C』舞台



悪魔との契約

2013.10.24 (Thu)
 前に書いた「クロスロード伝説」は悪魔との契約の話ですが、
これも欧米では一つの小ジャンルとして書き継がれています。
ポーやチャールズ・ボーモントの作が有名ですが、
ホラーというより、どうやって狡猾な契約者が悪魔を出し抜くかという悪知恵が描かれた、
ウイットに富んだ物語が多いようです。
もちろん最も有名なのはゲーテの『ファウスト』なんですが、これはホラーというより文学です。
ホラーとしての代表作はウィリアム・ヒョーツバーグという人が書いた『堕ちる天使』でしょう。
ミッキー・ローク主演で『エンゼル・ハート』という題名で映画化されており、
こっちのほうで知っているという人も多いと思います。

 「原作は、その凄惨な内容から「悪魔のバイブル」とも呼ばれ、アメリカでは廃刊運動まで起こった」
とWikiにありますが、それほどひどい残酷描写があるわけでもありません。
ただ最終的に悪魔の勝利を描いた物語であり、そのあたりが忌避されたのかもしれません。
映画のほうは原作にないニューオリンズに舞台を変えたりもしていますが、
それ以外はそこそこ原作に忠実に作られていました。
監督が『ミッドナイト・エクスプレス』のアラン・パーカーなので、
全編にわたって凝ったスタイリッシュな映像で撮られており、
そこを嫌味と感じるかどうかで評価が分かれるのではないでしょうか。
あと、自分はホラー映画では監督が血の色をどう描くかをいつも注目して見ているのですが、
この映画のはなかなか気に入りました。

 物語はハードボイルドタッチで始まり、だんだんにオカルト色が入り込んできます。
このあたり、映画ではハードボイルドにふさわしいシナトラ風の音楽が、
ブードゥの呪歌に変わっていくという形で効果的に表現されていましたね。
作中全体に漂うのは膚を灼くようなじりじりとした不安感で、これは記憶喪失した主人公が、
自分が過去に犯したかもしれない罪悪、そして現在知らずに犯しているかもしれない罪悪、
そして罪悪を犯すのを楽しんでいるのが本当の自分なのではないかということ、
それらをうすうすと感じ取っているがための不安です。
 この無意識に人が持っている罪悪感のようなもの、
これはホラーの怖さを支える一つの大きな要素だと思っています。

『Angle Heart』



ブルースとホラー

2013.10.22 (Tue)
 自分のこのブログでの名前はBigbossmanとしていますが、
これはたいした考えもなしに適当に決めたもので、同名のプロレスラーではなくて、
古いブルースの曲からとりました。プロレスのほうも看守の格好だったので元ネタはこの曲でしょう。
エルビス・プレスリーのカバーで有名ですが、そちらはあまり好みではありません。
ブルースが好きで、アメリカのブルースチャンネルのラジオをよく流しています。
 
 ブルースとホラーというとなかなか接点は思いつかない・・・と思ったら、あまりにも有名な
「クロスロード伝説」というのがありました。これは20世紀初頭の伝説的なブルース歌手、
ギタリストのロバート・ジョンソンの逸話からとられています。

 「ギターが上手くなりたければ、夜中の12時少し前に十字路にいって、一人でギターを弾くんだ。
そうすると『レグバ』っていう大柄の黒マントの悪魔がやってきてギターを取り上げる。
そうして彼がチューニングして一曲弾いてから返してくれる。
その時から何でも好きな曲が弾けるようになるんだ」
ロバート・ジョンソンは夏のある日、
とある十字路(クロスロード)でギターがうまくなるために自分の魂を売ることを悪魔と契約した。
やがて彼はブルースで名声を得ることなるが、
その日から地獄の番犬に追われ、ほどなく契約通り命を奪われる。


 クロスロードというのは、まあ辻ということでしょうが、日本にも逢魔が辻、辻神といった言葉があり、
このあたりの共通性も面白いところです。

 ロバート・ジョンソンの27歳という若すぎる死の要因は妻に毒殺された、
浮気相手の旦那に刺殺された、病死などさまざまな説があり、はっきりとは確定していないのですが、
悪魔の番犬についに追いつかれたと完結するのがクロスロード伝説です。
 ジョンソンはその後のブルースマンのみならずロックにも強力な影響を与え、
エリック・クラプトンなどもその申し子の一人ですし、
日本でも柳ジョージやサザンなどが影響を受けています。

Cream Crossroads



科学的な話は難しい

2013.10.22 (Tue)
 これもだいぶ前に練習の一環として書いたもので、元ネタはもちろん『マタンゴ』です。
そのさらに元はウイリアム・H・ホジスンの『夜の声』になるのかな。
キノコについてはそれなりに調べたつもりなんですが、
巨大掲示板には詳しい人がいて、いろいろ間違いを指摘されてしまいました。
やはり科学的(この場合は生物学か)な知識が必要な話は難しいです。

『Ouija board』



菌輪

2013.10.22 (Tue)
もう二十年も前になりますが山で体験したことを書きます。
私は当時釣りにこっていまして、一口に釣りといってもいろいろなジャンルがありますが、
その頃は山行をかねての渓流釣りがメインでした。
むろん竿と大荷物を背負ってですので、山行といってもハードな山登りではありません。
秋の連休に年休をプラスして一週間以上の休みをとり、
場所は詳しくは言えませんが、東北のA岳近くの渓流への単独行を計画したのです。
関東からはずいぶん長距離のドライブでしたが、
休み屋の駐車場に車をあずかってもらい沢へと入りました。
好天に恵まれ、釣っては放流をくり返しながら水源のほうへと登っていきました。

二日目に入って、川の岸辺に木がなく一反歩ほどの草地になっているところに出ました。
こういう場所は、たいがいは林でなくとも灌木のおい茂る藪になっているものですが、
短い草がびっしりと生えていてテントを張るにはまさにうってつけです。
そしてやはり先客が張ったらしいカーキ色のテントがありました。
その人は河原に出て竿を出していて、私の姿を見つけると気軽に声をかけてくれました。

六十歳代の定年退職をされた方で、この渓流で昨年この場所を見つけ、
今年はここをベースにして行動しているとのことでした。
そして興味深い話を聞かせていただきました。
「君、菌輪という言葉を知ってるか? 菌環ともいうし、
外国ではフェアリー・リングというらしい。
夜に妖精が輪になって踊って、疲れて眠ったところに朝日を浴びると茸と化してしまう。
そういう伝説があるんだな。ここがそれみたいなんだよ。ほら」

そう言って案内してもらいましたが、
確かに草地の回りを真円に近い形でひょろひょろした茸が取り囲んでいます。
「調べたんだが、これはハラタケというのの仲間らしい。
菌輪のできる原因についてはよくわかってないけど、これらの茸は地中で菌糸つながっていて、
全体が一つの細胞の一つの生命体だという説もある。面白いだろう」
そして菌の力が強力で共生している芝以外の植物が生えないのではないか、
という推論も話してもらいました。
この菌輪は大きいものでは直径五百メートル以上になり、
菌としての年齢は数百年を越える場合もあるのだそうです。

「でね、この大きな菌輪の中にさらにあちこちに小さい菌輪ができてるんだよ」
確かに、直径数メートルから数十センチの菌輪がそこここに見られます。
小さいものは様々な形をしていて、真円のものはむしろ少ないようです。
「これなんか変な形だろ、人の寝姿に見えないか。こことあともう一体あるんだ」

それを見たときに私は、
不謹慎かもしれませんがテレビドラマなどで警察官が死体のあった場所に描く
人型の白線を思い浮かべてしまいました。
「こんなふうに生えるには、われわれには想像もつかない理由があるのかもしれないね」
私は数こそ出るものの大物が釣れない今回の釣果には満足していませんでしたので、
さらに奥まで入り二日後に引き返してくることにしていました。
その方はまだここにいるとのことでしたので、再開を約束してその場は別れました。

かなり体力を消耗しましたが奥には大きな岩魚がおり、
私は十分に堪能してその場所に引き返してきました。
もう夕方になっていたので、いっしょにテントを並べて一泊しようと思ったのです。
はたしてカーキ色のテントはそこにありました。
まだ寝るには早い時間と思い中に声をかけてみました。
「・・・うううっ、誰だ」その方の声ですが妙にくぐもっています。
「二日前に通った者です。どうしました、具合でも悪いんですか?」と私。
「・・・いや何でもないちょっと怪我をしたんだ。それよりここに泊まるんじゃない。もっと下れ」

単独行で怖いのはやはり怪我です。
滝登りなどで足を滑らせて骨折でもしたりすると命取りになります。
特にこのような人の来ない場所では。「大丈夫ですか、麓から応援を呼んできましょうか?」
「いやいらない。・・・あんたはこの場を立ち去れ、早く夜がくる前に」
「いや、そうは言っても・・・」
するとテントの前でかがんで話している私の前に、
ジッパーの間からぬっと枯れ木のようなものが突き出されたのです。
びっしりと生白い茸が生えた、人の手であってそうではないようなおぞましいもの。

テントの中から大きなうなり声が聞こえます。
「う、う逃げろ、とにかく逃げるんだ。やつらはみなわかってるんだぞ。俺のようになりたいのか」
私は急に怖くなって「救援を呼んできますから」と一声残して、走って沢を下りました。
そのうちに夜になりましたが、何度も転びながら何時間もかけ続け、
どうにか県道の通る場所まで下りました。
通りかかった車を停めて事情を話し、
翌日の朝には地元の山岳会の方などを案内してその場へと戻りました。

テントはそのまま残っていましたし、荷物一切もそこにありました。
しかしその方の姿はどこにも見えません。
とりあえずテントはたたむことにしましたが、中にはあの茸がたくさん散らばっていました。
ペグを外してテント全体を持ち上げたとき、
その下の地面に茸が小さく頭をのぞかせていることに気づきました。
そしてそれは人の形に生えかかっていたのです。
その後警察も出て大がかりな捜索がなされましたが、その方のゆくえは杳として知れず、
遭難扱いとなりました。
私はそれ以来渓流釣りはもちろん山にも入っていません。


インドネシアの幽霊

2013.10.21 (Mon)
 仕事でインドネシアに行っていたのでしばらく更新できませんでした。
インドネシアはイスラム教が多く、宗教的には幽霊話はあまりいい顔はされないのでしょうが、
実際はけっこうあります。動画でもたくさんうpされて評判になっていますね。
現地では幽霊にもさまざまな種類があって、それぞれ名前がついています。
前に少し書きましたが、幽霊話は宗教的な影響が強まる以前の
土着的信仰から出ている部分が大きいと考えていますが、イスラム由来と考えられるジン
(『アラビアンナイト』のランプの精?)も定着してきているようです。

 それはそうと、インドネシアはスマトラ島沖地震があり、大規模な津波が発生しましたが、
この災害についての幽霊話もいろいろと出ているようで、
このあたりは東日本大震災をホラーの題材にすると不謹慎ととらえられかねない日本の状況とは、
すこし違うものがあるのかもしれません。
  
 そういえばポーがこんなことを書いています。
「小説の主題とするにはあまりにも恐ろしすぎて使い物にならないということがある。
それは例えばロンドンの黒死病やリスボン大地震、サン・バルテルミの虐殺といったものだ」
『速すぎた埋葬』より

『The spirit Silver Belle with the medium Ethel Post-Parrish』




一人称で書く

2013.10.07 (Mon)
  自分的なルールとして怖い話は一人称で書くようにしています。
これは必ずしも特別な理由があるわけではないのですが、掲示板に書いていたので、
「◯◯を職業とする◇◇さんから聞いた話~」という、実話怪談本によくある形では
あまり緊迫感が伝わらないだろうと思ったのが一つあります。
それにハンドルネームを用いているわけではないので、取材をして書いた形にする意味もありません。
ですから、一つ一つの話が性別も職業も違う中心人物の語りの形をとっています。
これで困るのはもちろん、語り手が死んでしまうことができないことで、
自分の話では、語り手の友人や知り合いが不幸な目に遭うことがどうしても多くなります。

 ところで、話をすると(聞くと)死んでしまうという忌み話系の怪談で有名なのは、
小松左京氏の『牛の首』です。
Wikiによれば「『牛の首』というとても恐ろしい怪談があり、
これを聞いた者は恐怖のあまり身震いが止まらず、三日と経たずに死んでしまう。
怪談の作者は、多くの死者が出たことを悔い、これを供養するため仏門に入り、
人に乞われても二度とこの話をすることは無く、世を去った。
この怪談を知るものはみな死んでしまい、今に伝わるのは『牛の首』と言う題名と、
それが無類の恐ろしい話であった、ということのみである」
もともと出版界にそうした小咄があり、小松氏がたまたまそれを文章にしたのだ、
という説もありますね。

 この語ると(聞くと)死んでしまう系のルーツと言えそうなのが田中河内介の話です。
田中は公家侍で過激な幕末の志士であり、明治天皇の教育係をつとめたほどの人物でしたが、
かの寺田屋事件にからんで捕らえられ、薩摩へと護送される船の中で息子左馬介と共に殺害され、
二人の遺体は海中に投げ込まれてしまいます。
その後、詳しくは書きませんが田中を斬った侍が狂死するなど、さまざまな祟りが起こります。
そして彼の話はけっして語ってはならないものとされるのです。

 時は流れ大正の世となり、あるところで怪談会を催したところ、
一人の見慣れない男が自分にもひとつ話をさせてくれという。それは河内介の死にまつわる話でした。
一同は興味深そうにそれに聞き入ったが、いつまで経っても男は本題に入ろうとせず、
語り始めるといつのまにか最初に戻ってしまいます。
やがて皆興を失ってしまい、いつしか部屋には男一人だけとなりました。
そして皆が偶然に席を外していたそのわずかな時間に、男は息絶えてしまったのです。
結局、河内介の最期は語られることはありませんでした。
池田彌三郎『日本の幽霊』に、このようにあるそうです。


 最後に牛の首つながりで、マンガの どおくまん『嗚呼!!花の応援団』の中で凶暴・極貧の
薬痴寺OBが引く関東炊きの屋台の具の中から、牛の首が浮かび上がってくるシーンが忘れられません。
なかなか怖かったです。


モンゴル上空で

2013.10.04 (Fri)
これまでずっとつくり話を書いてきましたが、これは実際に自分が体験した話です。
ただしオカルトではありません。
4年前、北京からウランバートル行きの航空機にのっていました。
題にはモンゴル上空とありますがまだ中国上空だったかもしれません。

窓側の席だったので、ぼんやりと外を眺めていました。
飛行機は淡い一面の雲の上を飛んでいるようでしたが、
突然自分の見えている範囲の雲がぼこっという感じでドーム状にへこんだのです。
おそらく数kmかそれ以上の規模だったと思います。
そしてその一瞬でへこんだくぼみに周囲の雲がすごい速さでどんどん吸い込まれていき、
ドーム状の穴が次第に大きくなってそこから青空が出てきました。
軟式テニスのボールの上1/3をハサミで切って、
くるりとゴムの裏表をひっくり返すような感じといえばわかってもらえるでしょうか。

全部で10数分くらいだったと思いますが、ずっと窓の外に目が釘付けになり、
心臓の動悸が激しくなっていました。
今にして思えば、科学的に説明のできる何らかの気象現象だったのでしょうが、
それを見ていたときには、これはものすごい神秘体験をしているという気がしました。
そしてそのとき自分が死ぬ、という予感が強くしたのです。

・・・この後自分はゴビ砂漠でひどい熱射病になり、
現地の病院で生死の境をさまようことになりましたが、
これもたまたまのことなのだと思います。


天井裏

2013.10.01 (Tue)
30年も前の自分が学生時代の話。
東京の大学に入学して古いアパートに住んでたんだよ。
風呂なしでトイレ共同のやつ。昔はそんなのが普通にあった。
2階の雨漏りがひどくて隣との壁も薄い。
住んでるのはほとんどが貧乏学生だからお互いガマンするとこはしてたんだけど、
2年になったときに大家の知り合いの中年夫婦が端部屋の隣に越してきた。

引っ越しのあいさつもなにもなかったし、すごい陰気だったな。
で、そいつらが新興宗教に入ってるんだ。
昼間はひっそいりしてるんだけど、夜の10時過ぎから活動を始める。
ガチャガチャとビンか茶碗かなんかの音がして、
そっから夫婦そろって鉦入りのお経か祝詞が始まる。
俺は宗教なんか詳しくないんだけど、法華の太鼓というやつとは違ったのはわかる。
毎日ではなかったし、宗教仲間が訪ねてくることもあんまりなかったけどな。

なんとかガマンしてたけど、
あるとき試験勉強してたらそのお祈りが始まって、
それが10時から夜中の2時になってもやめない。
夫婦掛け合いでだんだん声が大きくなってきた。
堪忍袋の緒が切れて、「ルセー!!」ってガーンとそっち側の壁を蹴ったんだよ。
お祈りは、一瞬止んだけど、またすぐ始まった。

それで俺もクソーと思って大音量でラジカセをかけた。
その中で勉強してたんだがまったく頭に入らず、
結局徹夜して、朝方に近くのJRの駅に行って、
そこのベンチで教科書広げたりしたものの試験の結果はさんざん。
ま、これは一夜漬けした俺も悪いんだけどな。
ムシャクシャしてバイトの金があったんで酒飲んで遅くに帰ったら、
隣は不在らしく電気がついてない。

昨夜のこともあって俺はそのまま寝てしまったが、
ちょっと寝たと思ったらすぐ目を覚ました。するとアパートの天井が目の前にあるんだよ。
俺の体が宙に浮かんでて、顔の10cm上くらいにホコリだらけの汚い天井板があった。
水に浮いているような感じではなく、コンクリで固定されてるみたいで、
体は動かせないし目も閉じることができない。

すると、その天井板にぼーっと怖い顔の中年の女の顔が浮かんできて、
正面から俺の顔を見据えたまま、いかにも憎々しいという口調で「死ね!」と言った。
これは隣の宗教ババアとは違う女で、テレビみたいな平面じゃなく顔には立体感があった。
そっから白ひげのじいさんとか、変な髪形の女学生?とか次々に人の顔が出てきて、
「死ぬんだ!」とか「死になさいよ」とか様々な言葉で俺を呪ってくる。
どれも会ったことのない人で、後で数えたところ72人だったけどな。
で、30分近くもそれを聞かされて、滅入ってたところを、
とどめとばかりにドーンと落とされた。天井近くに浮いたとこから、
2m以上はあったと思うけど、そのままの姿勢で床に落ちたんだ。

下は布団だったけどしたたか全身を打った。
そのときに天井裏でドコドコッと音がして板がたわんだ。
上に誰かひそんでるんだと思った。そのままふーっと気が遠くなった。
目を覚ますと8時過ぎで、その日は大学は休みだったんで問題ないが、
起きようとしたら体が痛い。特に腰と両方のかかとが痛い。
そのときには昨夜のことが夢のようにも思えたけど、
この体の痛みは夢じゃないとも思った。
隣はいつも朝はNHKをかけてるんだが、音がしないんでいないと思った。

なんとか起き上がることができたんで、
確かめてみようと、押し入れから天袋を開けて天井裏に頭を出した。
クモの巣だらけで明かりがあまり入ってきてないんで、ライターを擦ってみてあっと思った。
隣のほうからちょうどドミノ倒しのようにズラズラっと、
俺の部屋まで縦30cmくらいの額縁が続いてるんだ。
手前の何枚かをつかんで押入れにおりて見たら、見覚えがある。
昨夜天井裏に出てきた顔のやつらで、遺影なんだと思った。
痛む腰をなだめてなんとか天井裏にのぼって写真を回収したら72人分あった。

もちろん大家に連絡をとってその日のうちに解約の手続きをとった。
それから引越し先が決まるまでダチのところを泊まり歩いていたが、
片方のかかとにはヒビが入ってた。