蛾書類

2013.11.30 (Sat)
3ヶ月ばかり前のこと。
会社の昼休みにバトミントンをやることになって、
下っ端の俺が地下の倉庫に用具を取りにいった。
うちは細長いビルの4階に入ってる業界誌の出版社なんだが、
地下の倉庫はそのビルの賃貸オフィスが共同で使用している。
鍵はかかるが重要なものは置けないので、ほとんど物置がわりだ。

鍵を開けて入ってすぐ、蛍光灯がついているのに違和感を感じた。
それにキーボードを素早く打つような音が聞こえていた。
他社のロッカーの横を回って、思わずのけぞった。
通路の突き当りにデスクがあって、そこで女の人がデスクトップに何かを打ち込んでいた。
「えーっ、嘘だろ!」
ここは窓もなく、照明の数も少なくうす暗いうえに空調もない。
そもそも仕事をするとこではないんだ。

そのときは不思議には思ったが、怖いという気はしなかった。
女の人は30代くらいに見えたが、別に透けてるとか血まみれとかいうわけじゃない。
普通の事務員に見えたし、着ている制服に見覚えがある気がした。
たしか2階の不動産会社のじゃなかったっけ。
違和感を感じながらも、近づいていって「こんなところで仕事ですか?」と声をかけた。
女の人は顔をあげてこっちを見たが、細面でメガネをかけていて特に美人というわけでもない。
「ええ、ちょっと」と答えたが、質問を許さないようきつい調子だったんで、
何か事情があるのだろうと思い「ごくろうさんですね」と言って、
うちの会社の棚からバトミントンセットをダンボールごと取り出した。

それにしても・・・とチラ目で観察すると、机もPCもかなり古いもののようで、
奥に積んであったどっかの廃棄備品かもしれないと思った。
大きなダンボールを抱えて「入り口の鍵はかけないでおきますよ」と言って出ようとした。
どのみち鍵は内から開けられるんだが。
すると「あ、ちょっと」と声をかけられたんで近づいていくと、
机もPCもかなりのホコリをかぶっているのがわかった。
コードが伸びていたんで、電源はどっかのコンセントから取ってるんだろう。

女の人はデスクの上のA4のちょっと厚い紙を二つ折りにすると、
引き出しを一段目、二段目と開けたが、中は空でやはりホコリだらけだった。
「困ったわね、封筒一つない」女の人はそう言うと、
その用紙の折り口をクリップで留め、
「これ2階の◯◯不動産の佐々木主任に渡してもらいたいんですが、お願いできますか」
と聞いてきた。
「?!」と思いながらも、なぜか質問してはいけないという気になり、
「いいですよ何回か入ったことがあります。佐々木さんですね」とだけ確認して受け取った。
女の人は「中、見ないでね」と言って少し笑ったが、俺はなんだか背筋がゾクゾクした。

入り口のドアに曲がるところでもう一度「ご苦労さんです」と声をかけたら、
PCの画面から目を離さず、軽く頭をさげた。
バトミントンのセットはかさばるが重くはないので非常階段で2階までいき、
佐々木さんを呼び出してもらった。
すぐ出てきたのでかいつまんで事情を話したが、
地下倉庫の事務員とかありえないだろ、という顔だった。とにかく紙は渡した。
4階まで戻ろうとしたとき「ああ、何だー」と大きな声がした。
どうやら佐々木さんが歩きながら紙を開けたらしく、それを片手でつまむようにして戻ってきた。
「ちょっと君、これなんかの冗談なのかい」とかなり気分を害したような声だったんで、
立ち止まって待っていると、俺の近くまできて「ほら、これ!」と紙を開いて見せた。

中にはカサカサに干からびた大きな蛾が一匹、
段になった腹をこちらに向けて平べったく張りついていた。
蛾は糊で固定されているのか、紙をたてても落ちなかった。
「えー何これ、頼まれただけなんですけど」と驚きながら俺は言った。
その後、佐々木さんと俺と不動産屋の若い社員とで倉庫に確認しに行ったが、
鍵がかかっていて中は照明が消えていた。
さっきデスクがあったところには何もなく、
床を見てもホコリの上にはデスクの跡もコードの跡も見えなかった。
俺は説明にしどろもどろになったが、女の人の顔や服装を話したとき、
佐々木さんは「うーん、それはうちの前の制服だなあ」とつぶやいて黙ってしまった。

話はこれで終わり。この後、
佐々木さんが自殺したとかなら話として収まりがいいかもしれないけど、そんなこともない。
俺にも特に変わったことはない。
同僚にこの話をしたら「産業スパイとかじゃないか」と言うやつもいたけど、
うちはもちろん不動産屋もそんなものが入る規模じゃないと思う。
この話は回りまわってうちの社長の耳に入ったらしく、
呼び出されて「もう人に話すな」と直々に注意された。

*前の話とこの話は、ヤマビル、蛾と小生物が出てきますが、
虫類に対する生理的嫌悪感だけで話を組み立てるのはちょっと反則ではないかと思ってます。
自分はクモ、ヘビ、カマドウマ・・・このあたりはあんまり怖くないというか、
調理されていれば食べることもできそうです。
ゴキブリはちょっと・・とは思いますが、
ホイホイに入ったのをしげしげと観察するくらいはできます。
毛虫と蛾がやはり一番苦手かな。




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木のうろ

2013.11.29 (Fri)
子どもの時分にじいさんから聞いた丹沢あたりの話。
ある人がきのこ採りに自分の持ち山に入ったときのこと。
その秋は初めて入ったんだが、いつになくマイタケが多く、
勝手知ったる山の中をどんどん奥まで進んでいくと隣の山との境あたりまできた。

そのとき風下のほうから「おーい」と呼ぶ声が聞こえてきた。
隣の山は昨年、山主が行方知れずになってから荒れていたはずだが、
だれか人が入っているのか、と思っていると、今度は「たすけろ」という声に変わった。
「おーい」「たすけろ」という声が交互に聞こえてくるんで、
足でもくじいた人がいるのかと助けにいこうとしたが、その声がどうも妙だ。
男のようにも女のようにも聞こえるし、子どものようでもあり、大人のようでもあった。
それに「たすけろ」というからには切羽つまった状況だろうに、
その声には感情というものが感じられなかった。
気味悪く思って、山刀を抜くとぐるりとさらに下に回って、
後ろから声のするほうに近づいていった。

すると声のすぐ近くに来たのに人の姿はなく、ただ大きな楢の木があるばかり。
しかし声はたしかにそのあたりから聞こえていた。
山刀を握りしめて木の後側に取りついて木肌にさわりながら前に回ると、
人の腰のあたりに木のうろがあった。
そっとのぞき込むと何か白いものが人の舌のような大きさと形でぐにゅぐにゅ動いていて、
そこから声となって「たすけろー」と響いていた。
怪しく思って、うろに山刀をさし入れると、一つに固まっていた白いものは、
ばらけてぽろぽろとうろの穴に落ちていった。それは十数匹のヤマビルだった。

おかしなことがあるものだと、慎重に木のあたりをさぐると、
うろの前の土地が一間四方ばかり少し低くなって枯れ葉がたまっていた。
枯れ枝を拾って差し込んでみると朽葉の中にずぶりと沈んで、
そうとう深い穴があるようだ。一人ではらちがあかんと考えて、
村に戻って若い衆を数人連れて、鋤で枯れ葉を掘り返してみると一間以上の深さで、
どうやら江戸時代頃の猪を落とす罠の名残らしかった。
そして穴の底には、他の古い獣の骨ともに、
着物でわかったんだが行方不明の山主らしい屍体が半ば白骨化して沈んでいた。
引き上げると泥で固まった袖の間からぽろぽろとヤマビルがこぼれてきたそうだ。



電撃殺虫器

2013.11.28 (Thu)
4月に新しくできたコンビニでバイトを始めた。
週に5日、午後10時から朝までの深夜担当で、のこりの2日は店長。
コンビニは国道沿いにあって、この時間帯は客も少なくせかせか働く必要はないし時給もいい。
昼夜逆転の生活になてしまうが、自分には合っていた。

6月頃になって店に誘蛾灯というのか、
あの紫外線で虫を誘ってバチッという電撃で殺す機械を取りつけた。
このチェーンでほとんどの店がつけているやつだ。
メーカーの人が来て、店の正面の左上あたりに設置していった。
ここらは郊外で虫は多いが、どのくらい効果があるかはよくわからなかった。

それから3日目ほどは特に何もなく、あの独特の音も店内にいれば気にならなかった。
4日目・・・木曜日だったと思うけど、深夜2時頃だな。
そのときは客は一人もいなかったし、仕入れの業者も来てなかった。
売れ残ったおにぎりや弁当類を整理していると、突然ドーンという音が外で聞こえた。
商品の棚がビリビリするようなすごい衝撃で、何かが爆発したのだと思ってあわてて外に出てみた。

すると駐車場の端に人が倒れていたんだが、ここからの話はたぶん信用してもらえないと思う。
その人は身長が3m以上はあって、烏帽子をつけ平安時代頃の昔の着物を着ていた。
男で仰向けに倒れていた。ちょうど誘蛾灯の前のあたりだ。
俺が驚いて入り口のところで呆然と立っていたら、その人は倒れたまま目をしばたいていたが、
やがてむくっと起き上がった。
烏帽子の先が店の屋根のずっと上の方に出ていたんで、やはり普通の人間じゃないと思った。
その人はゆっくりと俺のほうに向きを変え、
俺のほうを指さして、すごい怒った目でにらみつけてきた。
そしてそのままにじむように消えた。

あまりのことに動けないでいたが、それでも何とかその人が倒れていたところに行ってみた。
何もなかった。ただ四角い誘蛾灯の箱がひしゃげて、紫外線ランプが消えていた。
火が出ているとか特に危険な様子もなかったので電源を切り、店内に戻って内部を確認した。
一見変わった様子はなかったが仔細に調べると、
和菓子コーナーの「きんつば」だけが全部なくなっていた。

朝6時前に店長が来たので、昨夜あったことを説明した。
信じてもらえるとは思わなかったが、店長はけっこう真面目に聞いていて、
「実はこの店の土地を買ったとき、地元の人に、ここはある有名な神社と
この裏山の山頂にある社を結んだ直線上にあるから、
なにかさわりがあるかもしれないみたいなことを言われた」と話し、
「それとこのことと関係があるかどうかわからないけど、
とりあえず誘蛾灯は外すことにするよ」と続けた。

その日のうちに誘蛾灯は業者の手で外され、それ以来何も起きてはいない。
ただ毎晩店の外の誘蛾灯があった下に、皿に入れた「きんつば」を一個お供えするようになった。
それはほとんどそのまま残っているが、月に2回ほどなくなっていることがあるな。
子どものイタズラなのかもしれないけど。


幽霊概念の変遷

2013.11.27 (Wed)
幽霊の概念・・・ちょっとネット辞典を引いてみます。

「・死んだ者が成仏できず姿をあらわしたもの・死者の霊が現れたもの」
これがWikiで、簡潔ですね。

「この世に怨恨や執念を残して死んだ者の霊が成仏できずに,この世に現す姿のこと。
 幽霊とは元来死霊を意味する言葉であるが、まれには生者の生霊が遊離して
 幽霊となることもある。この点は、物の怪と類似する。
 現今では、幽霊とおばけ(化け物)は混同されているが、
 幽霊は生前の姿または見覚えのある姿で出現してすぐにだれとわかるし、
 また特定の相手を選んでどこにでも出現するのに対し、
 化物は出現の場所や時間がほぼ一定しだれ彼れかまわず出現する」

これがコトバンクで、かなり専門的というか
民俗学的な解釈が含まれているような気がします。

自分としてはどちらの解説にも「成仏できず」
という語が入っているのが理解の鍵になると考えます。
「成仏」は仏教用語ですから、幽霊は仏教的な要素を多分に含む概念なのではないでしょうか。
また江戸時代頃の幽霊は、ほとんどが因果物として描かれています。
『四谷怪談』『番町皿屋敷』『小幡小平次』など、
まず恨みがあってその結果が祟りとなって表れます。

『牡丹灯籠』の元話はちょっと異質ですが、これは元来が中国ネタだからでしょう。
この当時の幽霊の条件として、
・はっきり身元が特定されている(どこの誰の幽霊かわかる)
・幽霊になってもしかたのない(と周囲が納得する)恨みを持っている
この二つのことが重要であると思います。

江戸時代は檀家制度というものがあり(現在もあります・・)
これは寺請制度ともいい(厳密にはやや異なる)
江戸幕府が宗教統制の一環として設け、
寺請証文を受けることを民衆に義務付けたものです。
キリシタン対策として始まったのだと思いますが、
これにより檀家は檀那時の統制下に入り、縛り付けられることになりました。

当時の江戸や大坂など雑多な町人が暮らす地域以外、
農村などはきわめて閉鎖的な社会であり、
その中で幽霊が簡単に出てしまうのは非常に困った事態でした。
なぜなら、その地域の寺に死者を成仏させる力がなかったことになってしまうし、
家の中のすったもんだも明らかになってしまうからです。
ですから幽霊が出る場合というのは、
「あああの人なら成仏せず迷って出てもしかたがない」と
周囲を納得させるだけの強い恨みの存在が必要であったのです。
勧善懲悪の観点からも幽霊の祟りを受けるのは悪党でなければなりませんでした。

むろん江戸時代にもちょっとした怪異、
不可思議事はないわけではありませんでしたが、
そういうのは妖怪、狐狸のしわざとして語られることが多かったのです。
実際、狐狸の話というのは多く、しかも明治時代になっても語られていました。
『明治妖怪新聞』という本がありますが、
これは明治時代に新聞に載った怪異譚を集めたもので、
狐狸の話は実に多種多様に採録されています。

例えば、現代では夜道を歩いていて、目の前を人型の白い煙(霧)が漂い去った場合、
「幽霊を見た」という人も多いと思います。
しかし歴史的には、このような正体不明のものは、
「妖怪が現れた」「狐狸(ムジナ)に化かされた」となることが多かったでしょう。
ところが現代では、妖怪や狐狸というのはすっかり廃れてしまって、
その分幽霊の概念が広がってきているのだと思います。

なぜこのようになったか、原因はいろいろあると思います。
科学的な教育が浸透して、狐狸をただの動物と考えるようになったこと。
幻覚や錯覚、あるいは記憶の改変のメカニズムが解明されてきたこと。
寺に力がなくなり、成仏するとかしないとかを真面目に考える人が少なくなったこと。
それからメディアの力があるでしょう。
テレビの『あなたの知らない世界』それから心霊写真を特集した番組などでは、
とりあえず人の姿をしていれば、それが生前がどこの誰とは知られていなくても
幽霊として扱っています。
この頃には、江戸時代にあった概念がだいぶん崩れてきているのだと思います。

『明治妖怪新聞』湯本豪一
またこれにはテレビ番組制作側の事情も
あったのではないかと思うのです。
昔のテレビはあまりやらせなどにうるさくなかったので、
『川口探検隊』wなど何でもありの状況でしたが、
それでもさすがに「〇月〇日に亡くなった、
住所□□の〇△さんの幽霊が出ました」
と放送するにはいろいろさしさわりがあったと思うのです。
ちなみに『あなたの知らない世界』の最恐エピソード
といわれる『恐山の怪』では、日本三大霊場の一つ
恐山で白い着物のお歯黒の女を目撃した主人公一家が
何の因縁もないのに一家全滅させられるという話です。

 また水子の霊、守護霊、地縛霊、浮遊霊など、
本来の仏教にはないさまざまな霊の形も考え出され、
「生首が飛んでいた」という目撃に対して、
「それは妖怪〇〇だ」「狐が化かしたんだろう」ではなく
「幽霊だね」「地縛霊じゃないか」というような状況に
なってきているのだと思います。





幽霊ミームはどこへゆく

2013.11.26 (Tue)
ミームというものをご存知でしょうか?
これは進化生物学者であるリチャード・ドーキンスが考え出した概念、造語で、
研究者によってさまざまな定義がありますが、共通項をとると
「人々の間で心から心へとコピーされる文化的な情報のことであり、
遺伝子との類推から考察され、遺伝子同様に進化していく基本的な単位」

まあこんな感じになるかと思います。

わかりやすい例をあげると、「テケテケ」でもいいし「首なしライダー」でも
いいですが、ある都市伝説が生まれるとそれが口コミあるいはネットや雑誌などの
メディアによってどんどん広まっていく。この内容を「テケテケ」のミームと
考えていいと思います。そしてミームは広がってゆくにつれて、話の内容は
より怖く、より面白く、より他人に伝えたくなるように形を変えていきます。
話が完成形に近づいていくといってもいいかもしれません。

遺伝子が生き残りをかけて進化していくように、
文化的なミームもまた進化していくのです。ただし遺伝子は実際にあるものですが、
ミームは文化を遺伝子のふるまいになぞらえて、
より客観的に分析するための手段であって、
実際に顕微鏡などで見ることができるものではありません。

さて、幽霊のミームはどうでしょう。よく幽霊の目撃談に出てくるのは
「白い服、黒い長髪の若い女」というもので、これは多くの人の心の中で形成されている
一つのミームといってよいかと思います。
なぜこのミームが広まっているかというと、やはりその姿が怖いからでしょう。
日本だけのことではなく「White Lady (ghost) 」で検索すれば英文Wikiにひっかりますが、
ブラジル、ドイツ、ノルウエー、英米・・世界各国で目撃される
白い服のレデイの幽霊の話が載っています。
これは多くの人が実際には見たことがない幽霊の像として心に描く典型なのですね。

逆に、幽霊の存否を議論する掲示板などでは、
「なぜ短髪、固太りのオカマの霊は出ないのか?」
などという話が出てきます。これは「あまり怖くないから」と答えればよいでしょうか。
また「なぜ縄文人の霊は出ないのか?」などの話もあります。
これには「現実感が損なわれるから」と答えればよいでしょうか。
われわれは怖く、しかも現実的な幽霊像というものをある程度共通して持っていて、
それが上記した「白い服、黒い長髪の若い女」という貞子のような姿になるのだと思います。

ですが、怖い話のまとめサイトのようなところで、
いくつか出てきた話の感想を述べ合っていると、怖かった話というのはバラけます。
各人それぞれ怖さのツボというものがあるようです。
これは、幽霊ミームの他に、恐怖のミームと呼ぶべきものがあって、
各人の生育歴や嗜好により、大きな共通項はあるでしょうが、
何を怖いと感じるかがやはり少しずつ異なっている部分があるからではないかと思います。
(ちなみに恐怖のミームは、ミームの中でも起源的なものと考えられています。
恐怖の元となる危険を事前に察知することにより、生き延びる可能性が高くなるためです)
またこれは、幽霊を信じる度合いによっても違いが生じ、
より現実的な犯罪の話が幽霊より怖いという人もいれば、
実話怪談より創作ホラーのほうが怖さ面白さを感じるという人もいます。

ですから怪談を書くのは難しい。ある人からは実に興味深いオカルトという賛辞があっても
別の人からは嘘くさい創作、と言われたりもするわけです。
なかなかマーケティングの通用しにくい難しい分野だと思います。
それに一般的な共通項といえる「白い服・・・」にしても、怪談を多数読みこなしている人には
ありきたりで陳腐といわれかねません。

前に当ブログの「二つの度合い」というところで、
「できるだけ実話っぽくするのか、あるいはフィクション感を強めるのか、
内容によってある程度決めてから書き始めます」とあるのは、
このあたりのことを言っているので、
結局は多種多様な話を書いて、「この中で興味に合うものがあれば幸いです」
とするしかないのかなと考えています。

プロが書かれる実話怪談本でも、現実感のある話、創作味の強い話と
混ぜ合わさって一冊になっているものが多く、苦労されているのがわかる気がします。
これがホラー小説であれば、その作家の作風に惹かれた人が買って読めばいいのであって、
その点、実話怪談が話の数で勝負となるのはしかたのないことかもしれません。

「ミーム」Wiki


実話怪談とホラー小説

2013.11.25 (Mon)
 昨今、立て続けに本が出て出版不況といわれる中で健闘している実話怪談ですが、
この実話怪談とホラー小説の違いについて書いてみます。
違いはいろいろとあるでしょうが、
自分が考えるところでは、(ホラー)小説には独自の世界観がありますが、
実話怪談はわれわれが生きているこの現実世界を舞台としているというのが、
最も大きい相違点ではないかと思います。

 どういうとかというと、小説は私小説やモデル小説のようなものをのぞけば、
ホラーに限らず虚構世界を舞台としています。
われわれはそのような世界が現実には存在しないことを知りながら、
その舞台装置の中に意識的に誘い込まれていくわけです。
これは時代小説やSFを考えてみればわかりやすいと思います。
作者側としては、すんなりと話の中に導き入れるためには、
詳しい舞台設定と効果的な情景描写が必要になります。

 また登場人物についても、そのような人物が架空のものであることを前提として
読者に感情移入させるためには、
キャラクター設定をしっかりさせておかなくてはなりません。
そして登場人物どうしの人間関係にも工夫をこらす必要があります。

 ところが、実話怪談に登場するのは基本的には市井の一人物です。
そして描かれる世界は、われわれが日常的に身を置いている駅のホームであり、
満員電車であり、会社のオフィスであり、暗い帰り道なわけです。
その世界は身近で現実感があり、また登場人物も名もない一般人であるからこそ、
その身に起きる怪異を、それを読む自分に起きたとしてもおかしくないこととして
実感できるのではないでしょうか。
ですから、あくまでも実在の人物から取材して書いたのだという形を崩しては
いけないのです。

 そう考えると実話怪談では、詳しい情景描写や人物のキャラ設定は、
かえって現実感を損なうことになるのではないかという気がします。
あえて筆を抑制して、小説に近づいていかないことが肝要だと思うのです。
また、話の中で起きる怪異や事件も、
小説であれば非現実的なことでも読者は受け入れてくれますが、
実話怪談の場合は、ありえない、創作臭いといった批判につながってくるでしょう。

 実話怪談とホラー小説で、どちらがジャンルとして優れているとかは
比較してもあまり意味はないと思います。
ただホラー小説のほうが、
詳しく設定して筋を練る分だけ書くのに時間がかかるとは言えそうです。
また実話怪談のほうは、現実感を損ねないために様々な書き方の制約があり
そのあたりが難しいところかなと思います。
現在の実話怪談作者では、実話としての制約をしっかり守っている人、
小説に近づきつつある人、様々な形が見られて興味深いところです。


酒の奇譚

2013.11.24 (Sun)
 今回は食の中でも特に「酒」に関する話を少々。
自分は学生時代バーで3年ほどバイトしていたことがあって、
洋酒とカクテルはけっこう詳しいですが、欧米には酒をテーマとした怖い話の伝統もあります。
有名なのはポーの『アモンテリャードの樽』でしょうか。
これは短編としても短めの話で、超自然的なものは登場しない復讐譚です。
アモンテリャードというのは酒の名前ではなく、
スペインのアルコール強化ワインであるシェリー酒のあるタイプをさしています。

 次はロアルド・ダールの『味』
ダールは傑作『南から来た男』で賭博の麻薬性をテーマとしていますが、
これも実に大きなものを賭けてワインのテイスティング勝負をする話で、
この作者らしい皮肉な落ちがついています。
ポーはもちろんダールの話も著作権の年数が切れているはずなので、
ネット上で翻訳を載せているブログがあったと思います。

 当ブログで何度も紹介している『異形コレクション』には『酒の夜語り』という一巻があり、
この中では草上仁の『秘伝』がよかったです。
ただ酒という比較的せまいテーマなので、どうしても作家の発想が似通ってしまうのか、
「最上の酒を造るには~を加えて・・・」という筋のものがいくつか見られました。
この話もその一つではありますが、落ちのひねりに切れがあります。
『笑酒』霜島ケイも気に入りました。

 あとはテレビドラマの『刑事コロンボ』の『別れのワイン』です。
自分はDVDで見てるんですが、これがシリーズ中の最高傑作ではないでしょうか。
ワインへの愛のために衝動的な殺人を犯した犯人は、
その犯行のために人生のすべてであるワインコレクションをダメにしてしまうという、
トリックの破れ方が見事だったと思います。

 さて、実は今もちびちびやりながら
これを書いているところで、
飲んでいるのは『シャルトリューズ ヴェール(緑)』
アルコール度数55度なのでほんとにちびちびとです。
『フランス山中のシャルトリューズ修道院において、
250年の歴史をもつ秘密の製法を受け継いだ3人の修道士が、
130種類のハーブを調合して蒸留したエリクサ(霊薬)』
まあこんな宣伝文句です。
この酒には40度のジョーヌ(黄)もありますが、
こっちは蜂蜜の甘みが強くて自分は飲みにくいです。
お菓子作りなどには合うと思います。
また『エリクシル・ヴェジェタル』
という70度近いものは、完全に薬の味がします。
飲むのではなく角砂糖にたらして齧るのだそうです。


 

 


食の奇譚

2013.11.22 (Fri)
 さて今回は食に関する奇譚について書いてみます。
先に紹介した奇妙な味の海外短編では食に関する話として、
ロード・ダンセイニの『二瓶のソース』スタンリイ・エリンの『特別料理』が有名ですが、
ダンセイニのは美食というわけではなく、
大量のソースで肉を無理矢理に消費(消化)してしまう話です。
何の肉かはわかりますね。

 エリンのほうは『主人公の私が友人に誘われてあるレストランの常連客となる。
信じられないような豊かな味わいの料理の数々に、やせ気味だった私はだんだんに太りはじめる。
そのレストランではごくたまにアミルスタン羊を材料に用いた「特別料理」が出される。
それはまるで人の魂をのぞき見たような味。
またレストランでは親しい客だけに厨房を公開することがあり、幸運にもその恩恵にあずかった友人は、
かつてこのレストランの常連であった怪奇作家のアンブローズ・ビアスのように失踪してしまう・・・』
こう粗筋を書くとネタバレ以外の何物でもありませんが、
どうせ結末は読んでいるうちに予想がつくはずです。
それでも読者に本を置くことをさせない緻密な描写を、ぜひとも味わってほしいと思います。

 こうしてみると怖い食というと、どうしてもカニバリズム(人肉食)の話が多くなるようです。
日本ではこれも前に紹介した雑誌『新青年』で活躍した探偵作家たちがこのテーマで書いていて、
大下宇陀児の『紅座の庖厨』夢野久作『人間腸詰』水谷準『恋人を食べる話』などが頭に浮かびました。
夢野のはバカ話に近いというか、ひじょうにシニカルな冒険譚のようなものです。
水谷準作品はかなりの傑作だと思います。

 最近だと綾辻行人の『眼球奇譚』の中の『特別料理』
エリン作品を意識して書かれているのだと思いますが、これはゲテモノ料理の話。
あとは平山夢明『Ωの正餐』阿刀田高『わたし食べる人』など、
じつに多くの作家が、正面からテーマにすえていなくても人肉食に触れた作品を書いています。
純文学では、大岡昇平『野火』武田泰淳『ひかりごけ』などもあります。
大岡のは自らの戦争体験からやむにやまれず出てきたものでしょうが、
ホラー系作家ならやはり一度は書いてみたくなる題材なのでしょうね。

 最後に紹介するのは、田中啓文『新鮮なニグ・ジュギペ・グァのソテー。キウイソース掛け』
『異形コレクション』で発表され、氏の『異形家の食卓』という単行本にも収録されています。
これは人肉食の話ではありませんが、グロ味が特色の田中作品の中でも圧巻のグロさです。
こう書くと敬遠される方もおられるかもしれませんが、大傑作ですのでぜひ。


六つ鍋

2013.11.22 (Fri)
ある地方都市に出張して一泊した。
ホテルをとっていたんだが、ホテル内では洋食しかなかったからふらっと町に出てみた。
JRの駅に近い場所だったんだが活気がない。
朝にきたときもシャッターを閉めた元商店が目立っていたが、
まだ午後7時なのに朝よりもさらに人通りのなさが際立った。
それでもチェーンの居酒屋の看板がいくつか見つかったが、
どうせ一人なのだし落ち着いて静かに飲みたいと思い、
地元の人しか来ない小料理屋のような店をさがして裏通りに入っていった。

するとやや坂を上ったところに板前割烹の看板が出ているのを見つけた。
前に行くと穏やかな橙色の灯りがもれていて、よさそうなところだったので入ってみた。
中はカウンターとイス席があり、男の客だけ5~6人いた。
みなスーツ姿で会社の帰りに立ち寄ったという感じだった。
カウンターの端に座り、もう肌寒い季節になっていたのでビールはやめて初めから熱燗にした。
50代くらいの人の好さそうな店主がすぐに先付けを出してくれたが、
イカと野蒜の和え物で美味かった。ここは港町なので食材が新鮮なのだろう。
手酌で熱燗をちびちびやりながら刺身などを注文し、3合ほど飲むと酔いが回ってきた。

そろそろ腹に溜まるものを食って帰ろうと壁にはった手書きの品書きを見ていたら、
「六つ鍋 時価」と最後に付け足すように別の紙に書いたものが目にとまった。
「あの六つ鍋って何、高いの?」と店主に聞くと、
その声を出した瞬間、店の中にいた客たちがが不意に黙った。
しかしそれは一瞬のことで、またすぐに談笑の声が戻ってきた。
店主が答えて「いやお高くはありません。この近辺でとれる海鮮の鍋なんですが、
浜での地引網はめったにやらないんで、不定期にしか出せないんです」と言い、
「ご注文されますか?今日はできるんです。今朝方に久しぶりに仕入れをしましたんで」

「ただ材料の中にこの地方特有の少しぬめりがある魚が入ってまして、
よそから来られたお客さんの中にはあまり好まれない方もいますから、
積極的にはおすすめしてないんですが」店主がこう続けたんで、
「いや、いやいいよ。今げんげ鍋なんてはやってるじゃない。そういう類のものだろ」
値段は千円を少し出るくらいだったので注文した。
しばらくしてネギとミョウガの刻んだのがたっぷり乗った鍋焼きのような金属鍋が出てきた。
「熱いですから気をつけて。唐辛子を入れると美味いです」と店主が容器を渡してよこした。
薬味の下はどろっと粘り気があって、これがさっき言ってた魚のぬめりなんだろう。
黒く細長い魚のぶつ切りと、小さなカニや貝が沈んでいた。

「そのカニや貝は出汁とりですので、こちらに」と店主が深皿を出してきた。
しゃぶったら取り出して捨てろということなんだろう。
れんげで汁をすくって口に運ぼうとしたら、また背後が静かになった。
カウンター横の客をが、動きをとめてこちらを横目でチラ見してるような感じだ。
やはりよそ者が食うのは珍しいんだろうな。
気にしないでひとさじ口に入れると、ほっと背後のイス席の客がため息をつくのがわかった。
「食った食った」という小声も耳に入った。
鍋は美味かった。ぬめりそのものにもいい味がついていて、つるりと喉を通った。
小ガニを噛みしめると、なんとも言えない旨みが口の中に広がった。
細長い魚はアナゴ類だと思ったが身がプリプリして歯ごたえがよかった。

箸が止まらなくなり、あっという間に鍋を空にしてしまった。
体が内部からぽっぽっと熱くなってきたのは唐辛子だけではないようだ。
これならゆっくり眠れそうだ。
席を立って勘定を払い「ごちそうさん」と言って店を出た。
熱燗の酔いもあいまって少しふらつきながら坂を下りていくと、
店のほうから小走りに追いかけてきた人がいた。
振り返ると、さっき店にいたサラリーマン客の一人だ。
その客は俺のほうに手のひらを出して「あんた、これちぎって飲みなよ」言った。
手のひらにはなにやら小さな字が書かれた紙片がのっていた。

俺が「これ何です」というと、
その人は「六字だよ。といってもわかんねえか。・・・南無阿弥陀仏の六字」
俺がきょとんとした顔をしていたからだろう。
その人は続けて「あの鍋は美味いんだけどよ。ちょっと副作が用があるんだ。
・・・たとえば夢の中に仏さんが出てきたりとかさ。
これはそれを避けるためのおまじないだよ。うまく避けられるかどうかはわかんないけど」
「どういうことです?仏さん?何ですかそれ」こう聞き返すと、
その人は「あの鍋美味かっただろ。だからさあんな下魚が美味いのには理由があるんだ」
にやにや笑いながらそう言った。


絵画奇譚

2013.11.19 (Tue)
 絵画に関連する怖い話というのもありますね。やはり有名なのはオスカー・ワイルドの
『ドリアン・グレイの肖像』でしょう。
『悪徳の美青年ドリアンは自分の美貌が衰えるのを恐れるが、彼はいつまでも美しいままで、
画家に描かせた肖像画のほうが年齢や悪行を重ねるたびにだんだん醜く変わっていく・・・』
ワイルドには『幸福な王子』という有名な童話がありますが、
この彫像の王子のほうは、つばめの力を借りて貧しい人に体の宝石や金箔を施すたび、
どんどんみすぼらしくなっていきます。
逆説的ながらよく似たモチーフが用いられていると思います。

 絵をテーマとした怖い話も書いてみようと思ったのですが、これがなかなか難しい。
絵の中の人物が抜け出してくるというようなのはあまりにありきたりだし・・・
前に紹介した異形コレクションの『アート偏愛(フィリア)』を読み返してみましたが、
吉川良太郎『ドリアン・グレイの画仙女』(吉川良太郎)は、
中国を舞台にしたワイルド作品へのオマージュといえる作品でした。
この作者は一種独特の力があると思います。

 さて、当ブログのホームに掲載した絵はアルノルト・ベックリンの『死の島』
画家として挫折した経歴のあるアドルフ・ヒトラーが気に入って所有していたことでも有名です。
当時のドイツではベックリンの人気が高く、多くの家庭でこの複製画が飾られていたといいます。
たしかに静謐ではあるものの、沈鬱ともいえるこの絵を、
日常的につねに目にしているのもどうなんだろうという気がします。
ナチスは退廃芸術というものを規定して迫害し、
近代美術の多くが追放され画家たちも国外に逃れました。
その中の一人がアメリカに亡命したマックス・エルンストですが、
象徴主義とシュールレアリスムという違いはあっても、
彼のこの作品も深い瞑想にいざなうという点ではベックリンと共通した部分があるように思います。

『都市の全景』マックス・エルンスト



怖い童謡

2013.11.17 (Sun)
 前の「通りゃんせ」の歌もそうですが、「かごめ、かごめ」「花いちもんめ」など、
童謡というのも怖話の1ジャンルとしてあると思います。
ただこれは昔からの言い伝えであるという形はとっていても、
実際は都市伝説的な色合いのものが多いような気がします。

 欧米だと童謡やフェアリー譚などはミステリでよく活用されているようで、見立て殺人物と呼ばれます。
『マザーグース』を用いたアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』はあまりに有名です。
この作品の場合、他にも叙述トリック(叙述の視点自体が一つのトリックになっている)物でもあり、
作品の舞台はクローズド・サークル(吹雪の山荘や孤島など外界から孤立した舞台設定)物でもあります。
当ブログを書くためにちょっとだけ読み返すつもりが、
引き込まれてしまってなかなか本を置けませんでした。

 ミステリの場合は見立てること自体が一つのトリックになっているとか、
犯行の動機に深くかかわっていることが多いですね。
つまりその歌や詩が犯行とセットで用いられることが、
犯人にとってどうしても必要だった理由があるのです。
これは推理するための一つの大きな手ががりとなるのですが、
探偵役は『悪魔の手毬唄』の金田一のように、たいがい最後の最後まで真相に気づきません。

 動画で紹介するのは『サスペリア2』(『Profondo Ross』)で、
これも厳密には連続殺人を扱ったサスペンスなのですが、
ホラーの棚に分類されていることが多いです。
内容的な関連がないにもかかわらず(しかも制作時期も逆)
邦題が、ヒットした純オカルトホラーの『サスペリア』にあやかってつけられているのと、
あとは初めのシーンで霊媒が出てくるせいもあるかもしれません。

 ダリオ監督の「人は重要なことを見ているのに、それに気づかない」という初期のテーマが
実に巧妙な形の映像トリックとして挿入されています。
きわめて重要なものをこの主人公は見ているのですが、
映画の観客もまた同時にそれを見ているのです。
・・・こうネタバレ気味に書いても、このトリックに気がつく人がいるとは思えません。
まだ見ていない人はぜひ確かめてほしいですね。
またこの映画には隠しテーマとして「ゆがめられた幼年期の記憶」というものもあると思います。
子どもの歌うひずんだクリスマスキャロルと、それに続くゴブリンの音楽も怖いです。

『Profondo Rosso 』
 


通りゃんせ

2013.11.17 (Sun)
この間怖い体験をした。
俺が住んでるアパートから200mほど離れたところに、
大学病院へ行く道と、ちょっとした通りとが交差する十字路があって、
そこは音の出る信号機がついてるんだけど、そこであった話。

俺は大学生で、その日は飲み会があってだいぶ遅くなった。
深夜の2時を過ぎていたと思う。
かなり酔っ払って一人でふらふらと歩いてその交差点まできた。
ここいらは日中こそ病院への出入りで車通りがあるが、
こんな時間だと人も通らずひっそりとしたところなんだ。
交差点に近づいたところで、だれか赤信号で立ち止まっていることに気づいた。
あー世の中には律儀な人がいるな、車なんて通らないんだから赤でも渡りゃいいのに、
と思いながら近づいていくと、女の人。
ただ不思議なのは、今になって思い出そうとしても、
女だったということを覚えているだけで、年格好や服装の記憶がさっぱりないんだ。

その人が信号待ちしてるのに俺だけ赤でも渡っていくのはちょっとやましい気がして、
その人の後ろで立ち止まった。
変質者とか思われても嫌だからけっこう離れて立っていたんだけど、
その人は下を向いていて「くっ、くっ」というような声を出してる。
これは笑ってるとは思えないんで、泣いてるのかもしれないと考えて、ますます嫌だなと思った。
そこを行きすぎて遠回りして帰ろうかとまで思ったけど、そのとき信号が青に変わった。
その人は歩き出し、『通りゃんせ』のメロディが流れてくる。
俺もつられるようについて歩き出したんだけど、何となく違和感がある。
んーあれ、この音楽って夜には鳴らないんじゃなかったっけ、
と気がついたときには道路を半分くらい渡っていて、
その人は向こう側の歩道につくところだったんだけど、
突然音楽がハウリングしたような割れた音に変わった。

ギュワギュワギョワという音の中で、
その人の行く道にぼうっとにじむような感じで赤い鳥居が出現した。ええっと思った。
そこは向こうの歩道のはずなんだけど、
鳥居の中は真っ暗で、遠くに小さな明かりがちらちらしている。
なんだこれ、と呆然と見ていると、
その人は鳥居の前で立ち止まって、こちらを振り向こうとするような仕草をした。
振り向くかどうか迷っているように見えたけど、結局振り向かずにその鳥居の中に入った。
そしてその瞬間に鳥居は消えた。
信号が変わろうとしていたので、急いで鳥居のあった場所まで行ってみたが、
女の人の姿はどこにも見えないし、もちろん鳥居が立っていた跡もない。
ただ赤っぽい小さなお守袋が下に落ちていたが、薄気味悪いんでもちろん拾わずに帰った。
まあこれだけの話。

その後、その交差点は何度も通っているがおかしなことはない。
音楽はやっぱり午後の7時過ぎ以降には鳴らないということがわかっただけだった。

*これもけっこう前に書いたものです。


町内の奉仕作業

2013.11.16 (Sat)
今年の夏、日曜日に町内会主催で早朝奉仕作業があった。
もちろん出たくなかったが、前に町内会長をやっていた親父が入院していて、
家からだれか行かないと義理が悪いと母親に言われ、
しかたなく朝の6時前にスコップを持って出かけた。
集合は地区の児童公園で、そこで簡単な注意を受け担当箇所を印刷した紙を渡された。

公園の南側の側溝の泥上げということだったんで、
まず金バサミで大きなゴミを拾ってから、生垣前の草の上にさらった泥を上げていった。
しかしこんなことをやって何になるのかという気がした。
なぜかというと側溝にはコンクリ蓋がしてある部分があって、
それを持ち上げてまで作業はしないからそこで詰まってしまえばしょうがないだろう。
まあ町内会の結束を確かめる意味が大きいんだろうと考えながら
シャベルを入れていると、「にゅるぶっ」と、ひじょうに嫌な感覚が腕にあった。
何か弾力のあるものにシャベルの先を突っ込んだようだ。

マットか何かだろうかとシャベルで持ち上げようとしたが相当に重い。
側溝の横枠をテコの支点にしてぐっと持ち上げると、
黄色とこげ茶色のまだら模様の長いものが半分ほど出てきた。
それを見て「うわっ」と言って手を離してしまった。
蛇の胴体だと思った。直径10cm以上はあった。
泥の中に落ちてしまったが動いてる様子はない。
アナコンダ並の大蛇の死骸なんだろうか。ペットを捨てたとかか?
泥で見えないがシャベルで突いてみると、グニグニした感触がずっと続いていた。
全体を確かめてから人を呼ぼうと思ってシャベルで触りながら右に動いていった。
8m以上も続いてコンクリ蓋の下に入っていってた。

シャベルを下に入れてまたテコの要領で持ち上げながら、
草の上に膝をついて蓋の下を横からのぞき込んだ。
うす暗い中、50cmほど向こうがぼこっと持ち上がった。女の顔だった。
泥で固まった髪が額にはりついていた。
今度は「わわわっ」と大声で叫んでしまった。
その拍子に体が前にのめり、シャベルのテコが外れた。

女は泥だらけの顔を仰向け気味に何か言いたそうに口を開け、
そのまま後頭部から水の中に落ちた。叫び声を聞いて、
腹ばいになった俺のほうに近くで作業していた人が寄ってきたが、
あまりのことに今見たものの説明ができなかった。
ただ「蛇の胴体が・・・」とだけ言うと、何人かが側溝にシャベルを入れた。
何もなかった。

1・2秒だったが、女の顔には見覚えがあった。大学時代に2年ほど付き合った女だ。
あまりよくない別れ方をした記憶がある。
これでその女が自殺したとか、不幸な境遇になってるとかならわかる気もするんだが、
大学時代の友人に確かめたところ、普通に結婚していて子供もいるという。
どういうことなんだろう。





人形の洞

2013.11.15 (Fri)
*注意 この話もあまりにくだらないので読まないほうがいいです。

私の実家は海の近くにあって、高校卒業までそこで育ったのですが、
家から200mくらい離れた浜の岩場に、
「入らずの洞」と呼ばれる海岸洞窟がありました。
年に一度、村のお寺で人形供養があり、この地域では燃やしたりせず、海に流します。
そうして潮流の関係でほとんどがその洞に流れ着くのです。

人形は西洋のものも日本人形も、ブリキのロボットも、また木彫りのこけしなど様々なものを流しました。
そして浜の家の子供たちは、
「けっして洞に入ってはいけない。人形たちはそこで生きて暮らしているのだから。
もし入ってしまっても絶対に人形をもってきてはいけない。大きな祟りがある」と言われていました。

でも小学校6年生の時に男の子たちに誘われて入ってしまったのです。
洞の中は暗く、よどんだ海水の中にたくさんの人形が浮かび、
海藻にまみれフナムシが這いずっていました。
また洞の岩の上にも人形が打ち上がっていましたが、それらの多くはきちんと立ったり座ったりしていて、
横になっているものは少ししかありませんでした。
まるで様々の人形たちが本当にそこで暮らしているかのようです。

あまりに異様な光景だったため、男の子たちも声を失ってしまい早々に戻ることにしたのですが、
岩の上に見たこともない奇妙な形の人形?があったので、
いけないと思いつつもつい持って帰ってしまったのです。
それは半透明のピンク色できらきらと光っていました。

男の子たちと別れて家に入ろうとしたとき、
庭で草むしりをしていた祖母ちゃんがこちらを見とがめ、
「おや、〇〇子。お前まさか人形様の洞にいったんじゃないだろうね」と聞いてきました。
私が「ううん、行ってない」と答えると、お祖母ちゃんは「嘘をつくんじゃない、わかるんだよ」
「後ろに持っているものはなんだい、まさか人形様を持ってきたんじゃないだろうね。
見せてみなさい」と、それまで見たこともないきつい口調で問い詰めてきます。

私は荒々しく後ろから手を引き出されてしまいました。
お祖母ちゃんは私が持っているものを見ると一瞬絶句し、それからほっとしたような表情になりました。
「人形様でなくてよかった。もしそうだったら一族みんな祟り死にだったよ」と言います。
私は当惑して「これは何」と尋ねると。
お祖母ちゃんはちょっと困った顔になり「・・・いやそれ、電動こけ・・・ぶつぶつぶつ」
と言葉を濁しながら私の手からひったくりました。

『2万体の人形が奉納される淡嶋神社』



怪魚奇譚

2013.11.14 (Thu)
 魚が登場する怖い話として自分が一番印象に残っているのは、
劇画の梅図かずお『怪獣ギョー』という作品です。『少年サンデー』発表のようですが、
自分は単行本で読みました。少年が海で出会った奇妙な魚がやがて巨大に成長し、
最後には暴走する原発を海に沈めに帰ってくるという、
福島第一原子力発電所の事故を連想させるような話です。
自分は何よりもギョーの歯が何重にも生えた不気味な姿にしびれました。

 小説では綾辻行人の短編集『眼球綺譚』中の『呼子池の怪魚』という作品もありました。
前に紹介した『異形コレクション』の『水妖(すいよう)』にもいろんな水の怪物が登場します。
昔話でも「~池の主が~」というパターンのものは日本には多いですね。
沼や淵は怖いものという印象があります。
 自分が書いた話の聖水盤(洗礼盤)の中に魚が出てくるシーンは、
ホラー映画フアンならすぐにわかったと思いますが、ダリオ・アルジェント監督の
『デモンズ3』(『La Chiesa』)から借用したものです。

 ただ『デモンズ3』の魚は造形が西洋の紋章的だし、ちょっと小さい。
グロ魚好みとしては『フランケンフィッシュ』に出てきたモンスター雷魚がよかったです。
あと『メンインブラック3』の宇宙人が経営する中華料理屋のシーンで出てくる
エイリアンナマズ?もよかったけど、
アメリカの新聞風刺マンガの中国人を思わせる擬人化がややマイナス点。

メインブラック3 チャイニーズレストランのシーン
フランケンフィッシュ


デモンズ3(魚のシーンは2:10~)


インドの魔術

2013.11.09 (Sat)
別に怖い話ではないんだけど、奇妙な話なんで書いてみます。

自分はフリーのライターをしていて、
得意分野は歴史、旅、温泉、神社仏閣、アメカジ、ホラー映画、
洋楽など多岐にわたります。
地方から上京してきて業界誌の編集を経てフリーになりました。
人脈もあまりなく、また昨今の出版不況もあいまって、
食っていけるようになるまで大変な苦労をしました。
いや今でも、原稿書き以外のカルチャー・スクールの講師や
イベントの司会なども合わせて、やっと生活が成り立っているようなありさまです。

自己紹介はこれくらいにして、
先日とある若手実業家の立食パーティにお招きをうけて行ってきました。
その人は30代に入ったばかり、自分より五つくらい年下ですが、
なかなかのやり手という評判で、
最も力を入れている事業が今や経済発展著しいインドとの貿易だそうです。
なんでも新しくファッションと文化をからめた雑誌を出すらしく、
廃刊雑誌の話題ばかりの出版業界で何をやっても芽はないと思うのですが、
これは赤字上等の税金対策じゃないかという噂もありました。

パーティはホテルのワンフロアで行われ、
若干の会費はありましたが料理や酒は豪勢なもので、
持ち出しが多かっただろうことは想像できます。
まあその実業家にしてみれば顔つなぎのつもりで、
要はそれだけ他で儲けてるってことなんでしょう。
自分は開始時刻より少し遅れて会場に入りました。ラフな服装の人が多い中で
主役の実業家だけは長身に黒のタキシードを着こなし、
声も張りがあって一目でそれとわかりました。

こういうホテルでタキシードを着て、
けしてボーイに見えないというのは若くても貫禄のある証拠なのですが、
なぜか両の手を行儀悪くタキシードの下のズボンに突っ込んでいます?!
実業家が談笑の中心にいて、グラスを持った人たちが周りを取り囲んでいます。
中には知った顔もちらほらと見えます。
自分もブランデーのグラスをもらってそちらに近づいていくと、
どうやらインドについての話をしているらしく、拝聴することにしました。

「・・・で、このインドのロープ魔術の実在には英女王からの
 賞金も出されたんだけど、ついに実態はつかめなかった。
 また、近代に入っても同じ条件で実演できた奇術師はだれもいない」
ははあ、と思いました。インドの伝説のロープ魔術の話のようです。
広場で老魔術師が笛を吹くと、
トグロを巻いていた麻のロープがひとりでにスルスルと宙に昇っていき、
ある長さまでに達すると魔術師の弟子の少年が
ロープをよじ登って姿が見えなくなります。

老魔術師が口に短剣をくわえて少年を追いかけていき、
上空で悲鳴があがると同時に少年の手足胴体が
バラバラになって地面に落ちてきます。
ロープをつたって降りてきた魔術師が、
少年の体の部品を拾い集めて箱に入れ気合一閃。
すると箱からは五体満足の少年が無事に出てくるという一幕で、
イギリスのインド統治時代の本で有名になりました。

この魔術はいろいろとタネが推察されていて、
行われるのは薄暮の時間帯に限られること、また高い木のある
場所でしか行われないことなどからある程度の想像はできます。
また落ちてくる少年の手足は作り物で、
双子のトリックも合わせて用いられていると指摘するむきもあります。
・・・講釈はこれくらいにして話の続きを聞きましょう。

「・・・で、何とか魔術の実態を知りたいと思っていろいろ調べた、
 インドに足を運ぶたびにね」聴衆の一人が、
自分が上に書いたような解釈を口にしました。
「いや、いや、いや、この世に不思議は本当にあるんだよ。
 ずいぶん金もかかったけどついに見つけた。もちろんほんものの魔術だよ。
 それどころか、実際に自分で魔術を体験させてもらったんだ。
 いやいや、僕に魔力はないから弟子の少年のほう、
 魔術師にバラバラにされる役回りさ」

実業家が反応を確かめるように周りを見回すと、
みな流暢な話しぶりにすっかり引き込まれています。
「いや痛かった。切れ味鋭い剣だけどやっぱり痛い。血もだいぶ出たさ。
それでね、一つ困ったことが起きたんだ。
どうやら魔術師が体をくっつけるときに間違えたみたいなんだよ。
僕の腕をね、右と左を取り違えたみたいなんだ、ほら」
そう言って実業家は芝居気たっぷりに両の手を、掌を上に向けてズボンから出します。
すると普通は外に向かってついているはずの親指が、
両方とも内側を向いているのです。うっ、と息を呑む音がして、
聴衆は静まりかえります。しばらくの間。

「・・・なあんてね。いや冗談ですよ。この世に不思議はありません。
 ただし術はあります。私もインドは長いので、
 先生についてヨーガを習ってたんですよ。
 それで体の関節を自在にできるようになったんです」
そう言うと実業家はちょっと顔をしかめ、
ゴキゴキと音を立てて腕を元に戻してみせたのでした。

*これも前に書いたものです。
インドのロープ魔術については古くから調べてる人がたくさんいて本も出てるんですが、
あるところで壁にあたってしまうんですね。


『Great indian rope trick』



夢の町

2013.11.08 (Fri)
私の体験を書きます。
私はごくごく平凡な家庭の生まれで、父は高校の教師をしていましたが
校長にも教頭にもならず退職しました。
私自身も堅実に公務員をめざして勉強に励み、念願がかなって
今は県の水道局で技師をしております。
本題に移ります。
私は子供の頃から同じような夢をくり返し見ていました。
それも悪夢でもないやはり平々凡々とした夢です。
この夢を見るときは、寝入りばなに夏でも薄寒いような何とも言えない奇妙な感覚があって、
気がつくともう夢の中に入っているのです。

どんな夢かといいますと、典型的な田舎の街路を歩いているだけです。
夢の中での季節は夏の時もあれば冬のときもありました。
冬の場合は道ばたに雪がつもったりしているわけです。
これは現実の季節と同じ時も、
まるで違っていて秋なのに夢の中では春の花が花壇に咲いていることもありました。
普通の夢のようなぼんやりしたものではなく、夢の中の風景の質感はリアルそのものです。
ただ私自身は歩きながら、ああこれはいつもの夢だなということを理解しているのです。

田舎といっても夢の中で通るのは田んぼ道ではなく舗装道路で、
両側は町並みです。黒い板塀や生け垣の並んだ道を、
何か探し物をしているような気ぜわしい心持ちで、
下を向いてずっと歩いていくのです。
この道をずうっと行くと、左手に火の見櫓と消防ポンプの入った木造の小屋が見え、
さらに行くと右手に小さな郵便局がありそこで道は右に折れて、
向こうの突き当たりにお寺の門が見えます。

道は全長2kmくらいのものでしょうか。
不思議なことに私が歩いている間は車はおろか人っ子一人通りません。
そこをとぼとぼとした感じで歩いていくのですが、毎回違うところで夢は終わります。
ある家の門の前までくると急に、
目的が達せられたような実にほっとした感じがしていつもそこで目が覚めます。
そして私が立ちどまる家は毎回夢を見るたびに違っているのです。
郵便局を曲がった突き当たりのお寺にまでたどりついたことはありません。
そしてひと仕事しおえたような充実した感じは、目が覚めてからもしばらく残っているのです。
ですからこの夢を見るのは私はけっして嫌いではありませんでしたし、
誰かに相談したこともありません。

この夢を見るのは年に1回までの頻度はありません。
3年に2回くらいのペースで、私が小学校6年生になったときに見たのがはじめてです。
それからもう30年近くもたつのですが、面白いことに夢の中の田舎町も、
私が成長し時代が進むにつれて様相が変化していくのです。
例えば街灯一つをとってもずいぶん現代的な形に変わってきています。
現実の時代の進歩とリンクしているといえばよいでしょうか。
ただちょっと見では町は繁栄しているという様子ではなく、
なんだかさびれていっているような感じがしますが、
今日び田舎はどこもそんなものかもしれません。

そして先日のことです。年度末の3月に珍しく一人で出張することになりました。
このようなところに書いてはいけないのでしょうが、
出張旅費の予算が余ってしまいそれを消化するための視察旅行です。
このような場合、たいがいは大きな都市の近代的な設備を見てくることになるのですが、
担当部署から回されてきた計画書の行き先は辺鄙な田舎町の浄水場でした。
何でもその町では地元の農業高校と共同研究をしていて、
浄化槽の生物濾過にちょっと変わったバクテリアを用いているのだそうです。
そんなものを見ても機械専門の私にはおそらくちゃんとは理解できないでしょうが、
要はパンフレットをもらってきて報告書を書けばいいだけですので、
この忙しい時期、独身の私には頼みやすかったのでしょう。

計画では電車を乗りついでその町の駅までいき、
そこからタクシーで川沿いの浄水場に行って視察をします。
そして町中へタクシーで戻り、一泊して次の日の午前に電車で帰ってくるというだけですが、
上で書いたような事情があり十分な旅費をいただいています。
浄水場では事前に上から話を通してもらっていたこともあり歓迎していただきました。
また研究している内容も素人の私からみても興味深いものでした。
そこでタクシーを呼んでいただき町へと戻ります。
ホテルなどない町でしたので昔からの商人宿のようなところを予約してあります。
タクシーが町中に入り2・3回交差点を曲がると町の風景に見覚えがあります。
この道はあの夢でいつも見ている町そのものです。
タクシーの窓から下の部分だけ見える火の見櫓もまったく同じです。

私はタクシーを停めてもらい領収書を受け取りました。
子どもの頃から夢で見ていた謎がとけるかもしれないと思ったからです。
道を歩き始めて、風景は最後にこの夢を見た2年前の記憶とほとんど変わりありません。
ただ夢と違っているのは道行く人がちらほらといて車通りがあることです。
雪解けの道を歩いていくと、黒いフードをかぶったお婆さんとすれ違いました。
お婆さんは私の姿をちらっと見るとぎょっとしたように立ち止まり、
こちらの顔を穴のあくほど見つめましたが、
その歳でよくもという勢いでフードを両手で引っ張り顔を隠して走り去っていきました。

それだけではありません。
次にはちょうど家の門を出てくる私と同年配の男の人と鉢合わせたのですが、
その人はこちらの顔を見るなり、
泣き出すような情けないような表情になりすぐに家に引っ込んでしまったのです。
その後数人の人に出会いましたが、どの人も私を見ると、
この世の終わりが来たような顔つきでその場を去ってしまうのです。
何なんだと思いながら歩いているうち、道の行き止まりになっているお寺に近づいてきました。

私はわけがわからないながらも参詣だけでもしていこうとお寺の門をくぐりました。
本堂の前で作務衣の上にジャンバーを着た70代くらいのお坊さんが掃き掃除をしています。
そして私の気配に気づくとつかつかと歩み寄ってきて、
しげしげと確認するように私の顔を見つめると、
「あんた、何でこんなとこに来た。帰りなさい」
と強い口調でまくしたててきます。
私が「出張ですが・・・私のことをご存じなんですか?」と問い返すと、
「この町で、あんたのことを知らない人間はおらんだろ。
まさか実際に来るとは思わなかった。・・・どうだ来てみた感想は」
「そうですね、失礼ですがあまり活気がある感じはしません。
それに、町の人はよそ者が嫌いなのでしょうか、
私の姿を見ると逃げていってしまうんですよ」私が冗談めかしてそういうと、

老僧は「活気がない・・・そうだろう。この町には人の魂をとっていく幽霊が出るんだ。
10何人もここで葬式をあげた」
と、にこりともせず応じます。
私が「幽霊、まさか。何かの冗談なんですか・・・どんな幽霊です?」
とさらにおどけた口調でいうと、苦々しそうに「あんたの幽霊だよ」
そう言い残して、後ろも見ず足早に寺務所の中へと歩み去っていきました。

*これも前に書いたものです。ちょっと長すぎるし、やはり今いちの感が強い。
あとこの話は有名な元ネタがあります。



自分が気になる心霊事件2

2013.11.06 (Wed)
 二つ目は前の話ほど有名ではありませんが、「高槻の人魂」
これも新聞で取り上げられたという話です。
場所は大阪の高槻市、前の話から10年後くらいの1980年代後半頃のようです。
乗用車のカップルが深夜に車を走らせていると、
若い女性のヒッチハイカーに駅まで乗せてくれるように頼まれた。
そして成合あたりまで来たところで後部座席を見ると誰もおらず、
座っていたクッションがぐっしょりと濡れていた・・・ここまでは典型的なタクシー幽霊の話ですが、
驚いた2人はそのまま警察に駆け込みました。

 2人といっしょに来た警官が濡れたクッションを持ち上げると、
下から人魂が現れて空に消えていったのだそうです。
ちなみにカップルの男性のほうの後頭部がなぜか虎刈りになっていたという説もありますが、
これはざすがに事実ではない話の尾ひれのようです。
この警官の証言があったために、地方版とはいえ全国紙に話が載ったのだと思われます。

 現場付近には霊園があり舞台装置が整いすぎですが、
やはり人魂の件がひっかかります。
すべてここに書いた情報が事実だとすると、心霊的なことを排除すれば
このカップルが警察をからかうために仕組んだイタズラなのでしょうか?
クッションの下に蛍光塗料を塗った風船なんかを入れて・・・
しかしそれもちょっと考えにくい気がします。
何か警察に恨みでもないかぎりイタズラでそこまではしませんよねえ・・・
現在詳しいことを調べていますので、何かわかりましたらまた書きます。

高槻の人魂

心霊事件簿1


自分が気になる心霊事件1

2013.11.05 (Tue)
 『トンダルの幻視』ヒエロニムス・ボス
 オカルトを文化として楽しみたい、というのが自分の基本スタンスですが、
それとは別に、実際にオカルト的事象があってほしいという願いがあります。
そのために外国まで心霊スポットの探訪に行ったり、過去の記録を収集したりもしています。
自分がみて不可解だと思う心霊事件をいくつか紹介します。

 一つ目は「秩父貯水槽事件」古い話で、1977年12月9日、
毎日新聞の埼玉地方版に若い女性の腐乱死体が貯水槽から発見されたという記事が掲載されました。
しかし前年の夏頃から現地では幽霊が出るという噂話が広がっていたのです。
秩父市郊外の防火用水脇のT字路付近で、夜間若い女が1人で立っているがすぐに消えてしまう、
という通報がタクシー運転手や一般ドライバーから秩父署に相次いで寄せられました。
その女性ですが、目撃証言にある髪形や服装、黒い(紺色の)セーターを着ていた、
両手で顔をおさえていた、などの点が共通していました。
この噂を確認するため、多くの野次馬が現地を訪れたということです。

 地元の消防団が点検のために貯水槽を開けたところ、中から半ば白骨化した若い女性の遺体が見つかり、
被害者は2年前に行方不明となった女性(当時21才)その女性は妊娠中であったことも判明しました。
地元の消防団詰所には、このとき警察から贈られた感謝状が長くはられていたという話もあります。
犯人は間もなく逮捕され、被害者の元恋人であった男性でした。
妊娠を理由に結婚を迫られたための犯行だったようです。

 犯罪がらみの幽霊話は、まず事件がありその後に現場が心霊スポット化するというのがパターンですが、
事件の発覚前から幽霊騒ぎが起きていたというこれは珍しいケースです。
幽霊目撃談の服装や顔立ちなどは、実際の被害者の女性とよく一致していたそうです。
この後、事件は幽霊話もふくめて週刊誌で取り上げられ有名になりました。



秩父貯水槽で発見された遺体

黒いセーターの女


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阪急宝塚線2

2013.11.05 (Tue)
その日は朝方に家庭のちょっとしたごたごたがあり、家を出るのが遅くなって、
いつもの通勤急行に乗れず、2本遅らせてしまった。
こんなことはここ何年もなかったんだが、会社の始業にはなんとか間に合うだろうと思っていた。
途中乗車なんで座れないのはいつものことだ。

池田駅を通過したあたりで、
目の前でくたりと寝ていたOLが急に目を見開いて立ち上がったので驚いた。
ザダッという音がして、そのOLだけでなくイスに座っていた乗客がみなそろって立ち上がったのだ。
乗客はいっせいにくるりと車窓のほうを向き、直立不動の姿勢をとった。
自分のまわりで立っていた乗客も同じだった。

何事かと思っていると、乗客たちは完璧に同じタイミングで右の車窓に向かって2礼し、
パンパンと力強く2拍手した。
そして最後に一礼して、イス席の客は座り立っている客はバラバラに向きを変えた。
窓の外に有名な神社とかがあるわけじゃなく、いつもの見慣れた街並みだ。
自分はあっけにとられていたが、
前のOLがとがめるような目で自分を見た。他の乗客も自分のほうをうかがったり、
低い声で非難の言葉をささやき合っているようだ。

今のは何なんだ?
何も悪いことをしていないはずなのに、なぜかいたたまれない気分のまま、
電車はやっと梅田に着いた。
降り際、ホームに足を着いたときにぐぎっという音がして足首をひねってしまった。
足首を押さえて立しゃがみこんだ自分の後ろから、さっきのOLが追い越しざまに、
「ほら、バチが当たったんだよ」と言い捨てて、
足早に改札へと向かっていった。

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小学校の作法室

2013.11.04 (Mon)
今年の8月に小学校の同級会が18年ぶりにあった。
高校のは成人式以来何度かやっているし、中学校のも1度あったが、
ほとんどが同じ中学に進学してるからなんだろうが、小学校のは初めてだった。
せっかく地元に残ったやつらが企画してくれたんだからと思って、
会社の夏休みの時期を調整して参加した。会場は料理屋の二階の座敷で、
出席したのは39人のクラスで半分以下だった。

少ないと思うかもしれないが、名うての過疎県で県外に出てるやつが多いし、
ちょうど仕事も家庭も忙しい年代なんでこんなもんなのかもしれない。
5・6年と持ち上がりの担任の先生はまだ40代のはずなんだが、
体を壊して早くに退職していて、当日はきていない。
招待を出していないのかもしれないが、幹事には聞かなかった。
俺らが小学生のころは、教師になって数年目で初めての高学年。
学級崩壊とまではいかないものの、
かなり問題が連続していつも怒ってばかりいた印象しかないんで、
こういっちゃなんだが来なくてみなも気が楽だったろうと思う。

卒業アルバムを引っ張りだして予習してきたおかげで、
顔と名前がスムーズに一致したし、会自体は盛り上がって楽しかった。
いろんな話題が出たが、咲田というやつが「作法室」の話を始めた。
俺らの小学校はかなりの大規模校で、学年7クラスくらいずつあって、
全校1500人をこえてた。だから校舎も3階建てで広いのに、
小学校だと移動教室は図工と家庭科とかしかなかったから、
あんまり行かない場所というのもけっこうあった。

咲田によれば「作法室」は家庭科室前の廊下の突き当りにあって、
そこだけふすまの戸で、白い板の作法室という札がかかっていた。
そこを開けると、かなり広い畳の間があって、
折り畳み式の長机と座布団が隅に積まれていた。
ということだったが、たちまち皆に反論された。「そんなのはなかった」
 「6年間で一度も入ったことがない」 「家庭科室の奥は給食室だった」

咲田はそれらに答えて「俺もあやふやなんだよ。
その作法室には1回しか入ったことがなかった。
先生に放課後残されてすごく怒られて、俺も反抗的な言葉を返して平手打ちされた。
それでむしゃくしゃしてすぐに帰る気になれずに一階をうろうろしてたんだよ。
そしたら特別教室棟の長い廊下の突き当りのふすまが半分開いてて、
中から灯りがもれてんのが見えた。何だろうと思って行ってみたら、
白い和服を着た女の人が出てきて手招きした。
それで中に入ったら、お茶と和菓子を出してくれた。
俺もその女の人もほとんど何もしゃべらなかったけどな。
んで、その女の人の顔が担任の先生にそっくりなんだよ。

だけど俺がうろついてたのはせいぜい10分くらいだし、
その間に先生が和服に着替えて髪も直してあそこにいるなんて不可能だよな。
それにその女の人は完全にヒスがかってた担任とは違って
すごく優しかったんだよ。これははっきりと記憶にあるんだ。
お菓子の味だって思い出せるくらい。だけどな、
次の朝登校したときにそっちにまわってってみたら、その部屋はなかったんだ。
みなの言うようにそこにあったのは給食室と、
給食のワゴンを乗せるダムベーターだけだった。不思議でしょうがないから、
帰りに外にまわってみたんだが、やっぱりそこは給食室なんだ」こう続けた。

「そんなのない、ない」「何か他の場所と勘違いしてるんじゃない。
 児童館の和室とか」やはりこんな反応だったが、女子で一人だけ、
「そういえばふすまを見たことがあるような気がする」
と言った人がいた。あと、担任の話が出たときに眉をひそめた人が何人かいたな。
嫌われていたからだろうか。俺はといえば・・・咲田の話に思い当たることがあった。
ずっと長い間忘れていた記憶がそのとき一気によみがえってきたんだ。
俺はそのとき外掃除の当番で、最後に集めた枯葉を捨てに給食室の外を通ったら、
サッシ窓のはずなのにそのときはガラスの奥に障子がはまってた。
で、それが開いているところがあって、
変だなあと思いながら中をのぞいてみたんだよ。

中には咲田の話したような和服の女の人が長机の前に座っていた。
長机の上には緑色のものが置かれていて、じたばたと動いていた。
それが何なのかよくわからないんで背伸びしてガラスに顔がふれるくらいに近づいた。
緑色のものは目の細かい網で、それをかぶせられているのは、
何か毛のある生き物で、大きさからして猫だと思った。

暴れてはいるものの、網が完全にからまっていて動きがとれないようだ。
女の人は菓子箱から竹串を一本取り出して、猫を片手で机に押し付けながら
無造作に体に押し込んだ。
よく見ると串はもう何本も猫の体に刺さって、端が突き出していた。
女の人の白い和服の胸元が、赤黒く血で染まっていた。
猫は泣き叫んでいたと思うんだが鳴き声を聞いた記憶はない。

そのとき横顔になっていた女の人が、俺のいる窓のほうを見た。
まるでそこに俺がいるのがわかっていたかのように自然に目が合った。
その顔は咲田の言ったように担任の先生にそっくりなんだな。
ただしいつも目を釣り上げている担任とは違って、
そんな残酷なことをしているのに、すごく穏やかで優しい表情だったんだ。
女の人はつっと立ち上がって俺の方に歩いてきた。

それを見て俺は怖くなって走ってその場を逃げ出したんだ。
最後に振り返ると、女の人が俺に向かって手招きしていた。
教室に走りこんでランドセルをロッカーからとると、担任が教卓で書き物をしていた。
もちろん洋服で、こちらを見もしなければさよならの言葉もなかった。
ただ力のこもったペンの音だけが響いてたな。もちろん帰りがけに、
廊下の曲がり口から特別教室棟をのぞいたが、給食室のドアがあるだけだった。
その後は卒業まで一度もおかしなことはなかった。

同級会は2次会まであって、奥様連中をのぞいた多くが参加した。
そっから流れ解散になったが、
とくに明日の予定もない俺は、咲田をさそってそこらのバーに入った。
俺が自分の覚えていた話をすると、咲田は「何であの場で言ってくれなかったんだよ」
という顔になったが、やや改まった口調で、「俺は地元にいるから聞いたことがあるけど、
 担任はノイローゼで学校をやめたようなんだ。
 それでずっと家に引きこもっていたんだが、もう10年くらいにもなるかな。
 お前がこっちを出て大学に行っているときだ。
 ・・・自分の家の前を通る集団登校の小学生にケガをさせたらしいんだ。
 警察沙汰になったんだけど、精神のほうを病んでいるということで病院に入った。
 今も入院が続いているはずだよ」と言った。

『死』ジョバンニ・セガンティーニ