スポンサーサイト

--.--.-- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

幽霊について2

2013.12.31 (Tue)
なぜ大晦日にこんな題材の文章を書いているのだろうかと
少し不思議な気もしますが、まあ初めてしまったので・・・。
どうせ本業のほうはどこの編集部も休みなんでかまわないんですがw
・・・ここからは思考実験ですので、あまり真面目に読まれても困ります・・・

さて、幽霊が物質であるとして、ある程度の大きさがあるものであれば、
誰の目にも見えるはずです。ところが、世間では「霊能者」なる人がいまして、
一般人には見えないものが見えるというように喧伝されていたりします。
このあたりが問題を難しくしている部分なんですね。
見える人と見えない人がいるというのは、幽霊は通常の物質ではないのでしょうか。
それとも個人によって色覚などに生得的な差があるように、
見る側の問題なのでしょうか。

幽霊がいるかいないかの議論では、このような実験がよく提案されます。
霊能者を複数人集めて、心霊スポットなど幽霊がよく出る、
といわれる場所のツアーをしてもらいます。
このときお互いには口をきいたりなど意志の疎通はないようにします。
そしてツアー終了後それぞれの人に、どこで幽霊が見えたのか、
その幽霊の性別や年齢、服装などを詳細に証言してもらいます。
もし実際に幽霊がいて、それが見えているのであれば、
これらの証言はおおむね一致するのではないでしょうか。

・・・幽霊の存在を証明する場合、実物提示が一番です。
何体もいるのであろう幽霊の中から、ただ一体を何らかの方法で捕獲して提示する。
これが最もはっきりと万人が納得する方法です。
しかしそれができないのであれば、上記のような実験は意味があると思われます。
ところが、それほど難かしくはなく、また費用もたいしてかからないと考えられるのに
残念ながらこういう話は聞かないんですよね。

これと関連して、興味深い新技術が開発されてきています。
現在脳内に見えているものを映像化する技術です。
この内容は軍事をはじめ応用範囲が広いと思われるため、
さまざまな機関で研究されているようですが、
国際電気通信基礎技術研究所のものを紹介します。

『人が目で見て認識している視覚情報を、
脳活動を調べることで読み取り、コンピューターで画像として再現することに
国際電気通信基礎技術研究所(ATR、京都府)
などの研究チームが初めて成功した。まだ単純な図形や文字で成功した段階だが、
将来は夢を映画のように再現できる可能性もあるという。
物を見たときの視覚情報は、大脳の後ろにある視覚野という領域で処理される。
研究チームは被験者に白黒の画像を見せ、
視覚野の血流の変化を磁気共鳴画像装置(MRI)で計測。
脳の活動パターンから効率よく画像を解読するプログラムを開発した。』


自分の理解では、四角いものを見たときにはこういうパターンで視覚野に血流が流れる、
丸いものならこうと、多くのパターンを集めてコンピュータで統計的に処理して
映像化しているのではないかと思います。実に面白いと思いませんか。
ある人の見ている夢を映像として大スクリーンに映すことができる。
さらに技術が進めば、脳の視覚野を刺激することで、
あらかじめプログラムしておいた夢の内容を、
自在に見せることができるようになるかもしれません。

実験における倫理的な問題は多々あるでしょうが、
フィリップ・K・ディックが描くようなSFの世界が近づいてきているという気がします。
この技術は上記した幽霊の実験にも応用できるでしょう。
霊能者が今まさに幽霊を見ているときにMRIにかかってもらい(困難そうですが)
幽霊が見えない一般人も、その姿を映像として見ることができるわけです。

しかし、ここで問題があります。
幽霊が何らかのエネルギー体である場合です。
もしかしたら幽霊に実体というものはなく(物質ではあるが人の目には見えない)
ある力で見る人の脳に遠隔的に働きかけて、
意図する像を見せているのではないかということですね。

上で、将来的には自在に夢を見せることができるかもしれないと書きましたが、
そういうことを幽霊はすでにやっているかもしれないのですw
そう考えればいろいろな疑問、例えば血まみれで事故にあった
そのままの姿で現れる幽霊がいたり、生前お気に入りの服を着て
出てくる幽霊がいたり、白無垢の死装束の幽霊がいたり、
がうまく説明がつくのではないかという気もします。今回はここらへんで。

『カリフォルニア大バークレー校での実験衛鞅』


ATR神経情報学研究室





スポンサーサイト

幽霊について1

2013.12.30 (Mon)
幽霊はいるか、いないかの議論はさておいて、
私たちが概念として持っている幽霊について少し考えてみたいと思います。
ただ、考えても何か結論が出るとは期待しないでくださいw
まず、幽霊は物質であるかどうか。物質の定義は難しいですが、
自然科学的には「質量があるもの」と考えていいのではないかと思います。
そこでこんな議論があります。もし幽霊が物質でないならば、
猛スピードで動いている地球の自転や公転、
あるいは銀河全体の運動についてこれずにどこかにすっ飛んでいってしまうはずだ・・・
(実際はすっ飛んでいるのは地球ですが)

バカバカしいようですが、これ自体は理論的に間違ってはいない気がします。
私たちは質量があるため、重力の影響を受けて、
地球上の今いる一点にとどまっていることができるわけで、
それと同じことは幽霊についても言えると思います。
もちろん、幽霊を自然科学的に論ずることは無意味だという議論があるのも
承知していますが、一つの思考実験としての話です。
では、幽霊は質量がある物質なのでしょうか。
物質であるとしても、ある程度の比重がなければ、
ヘリウム風船のように上方に漂い去ってしまうのではないでしょうか。

ここで面白い実験結果があります。
アメリカの医師であるダンカン・マクドゥーガルは1907年、
6人の患者と15匹の犬を使って死ぬ時の体重の変化を記録しようと試みました。
その結果、人間は死の際に呼気に含まれる水分や汗の蒸発とは異なる、
何らかの重量を失うが、犬ではそういった重量の減少が起こらなかったと報告し、
これはニューヨーク・タイムズにも掲載されたそうです。
人間の場合、生前と死後の重量の減少は約30gであったとされています。
これは魂の重さなのでしょうか。魂は質量をもつ物質なのでしょうか。
(ちなみに犬は魂を持たないのでしょうか)

しかし、この実験結果にはさまざまな批判があります。
まず実験の厳密性に疑問がつきます。
実験の行われた時代を考えれば、インチキをしたわけではなくても、
はっきり有意な結果と言えるほどの厳密性が実験にあったかという疑問で、
そんなの誤差じゃないのかということです。

さらに当時の死というものに対する認識の問題もあります。
時代的には心臓停止をもって死としていたと考えられますが、
それが果たして真の死の瞬間であるのかという疑問です。
当時は、現在の脳死判定に出てくるような、
さまざまな死についての議論は当然なかったわけです。これらのことから、
「実験の科学的な信憑性は認められていない」とWikiには記載されていますね。

余談ですが、この実験で1人目の患者を測定した結果である21gという数字を元に、
『21グラム』というアメリカ映画が作られています。
内容はオカルトではなく、魂=命の重さを問うかなり真面目なものでした。
さて、長くなってきたのでここらで切りますが、
幽霊が存在すると仮定して、物質である場合、ない場合について、
シリーズで書いてみたいと思います。混迷の度合いが深まるだけのような気もしますが・・・

幽霊について2 幽霊について3 幽霊について4 幽霊について5

『体外離脱』イメージ






アメリカの都市伝説

2013.12.29 (Sun)
古代史の話が続いたので、今回は現代の都市伝説について書いてみたいと思います。
都市伝説という概念はフランスの学者から始まったようですが、
有名になったのはアメリカにおいてです。民俗学者である,
ジャン・H・ブルンヴァンが1980年頃からこれに関する著作を発表しはじめ、
世間に広まりました。コトバンクの定義では
「都市化の進んだ現代において口承されている話。
出所が明確でなく、多くの人に広まっている噂話」
となっています。

自分は何年かアメリカの中西部の田舎に住んでいたことがあるんですが、
実に保守的な社会で、日本人だからといって差別された経験はほとんどないですが、
プロテスタント系のキリスト教徒ではないため(地域の教会とかかわりがないため)
不都合だったことはけっこうありました。

アメリカというと、日本にはニューヨークなどの大都会の
話題が伝わってくることが多いですが、
国土のほとんどはハイウエイ沿いに小さな町が点々と連なる
田舎の集合体であるというのが自分の印象です。
そして車で長距離移動することが普通にあり、州を越えると警察の管轄が違ってくる。
このあたりがアメリカ的な都市伝説を生む母体になっていると感じました。

アメリカの都市伝説は現実的な犯罪がらみのものが多いです。
「後部座席の殺人者」とか「電気をつけなくてよかったな」などの話が有名で、
『ルール』というホラー映画のシリーズにも取り入れられています。
その分、日本の「トイレの花子さん」 「ひとりかくれんぼ」
のような心霊的なものは少ないです。
そんな中で異質だなと思ったのが「消えたヒッチハイカー」という話。

『ある男が車で走っている途中、若い女性のヒッチハイカーを拾った。
男は女性を後部座席に乗せ、目的地に連れていってやることにした。
目的地である一軒の家の前に着くと男は後部座席を振り返る。
するとそこにいるはずの女性の姿は消えていた。
気になって家の呼び鈴を押し、中から現れた男性に事情を説明すると、
男性は悲しそうな顔でこう言った。「それは◯年前に亡くなったうちの娘だ」』

この後に「家に娘を乗せてきたのは君で◯人目だ」というのが
つけ加えられる場合もあります。日本で語られる「タクシー幽霊の話」
とよく似ていますね。「高槻の人魂」事件では新聞にも載りました。
「高槻の人魂」事件

自分は、この話はアメリカ的ではないとずっと感じていたのですが、
話の出所に関して二つの説があるようです。一つは、
「インディアンの花嫁」というネイティブ・アメリカンの伝承が
元になっているという説。行方不明になった花嫁が、
幽霊になって馬に乗せてもらい家族の元へ帰るという話です。

二つ目はなんと日本由来であるとする説。『諸国百物語』という、
江戸時代の怪談本にある、主人に殺された下女の幽霊が馬に乗ってきて消え、
さらに主人に祟りをなすという話が明治時代に簡訳されてアメリカに伝わり、
「幽霊が人に祟る」という話はキリスト教国であるアメリカに新鮮な驚きを与え、
「消えるヒッチハイカー」としてアメリカ全土に広まったという説です。
これはどちらが元ネタと特定するのは無理そうですが、
他の宗教由来でできた話であれば、自分が感じた違和感も説明がつきそうです。

『アメリカの都市伝説コレクション』ジャン・H・ブルンヴァン
51Yh7STD2QL._BO2,204,203,200_PIsitb-sticker-arrow-click,TopRight,35,-76_AA300_SH20_OU09_






怖い古代史4(持衰)

2013.12.28 (Sat)
今回も古代史です。前に「持斎」をテーマとした怖い話を書きましたが、
「持衰の像」
この元になっているのが「邪馬台国」の「持衰」です。
邪馬台国は社会の授業でご存知だと思いますが、
3世紀に日本列島のどこかにあったと考えられている国で、
陳寿という人が編纂した『三国志、魏書、東夷伝、倭人条』に登場します。

これを略して「魏志倭人伝」という場合が多いですね。
この邪馬台国のあった場所は日本の各地に比定されていますが、
候補として有力なのは九州と大和です。当ブログは「怖い」を追求するのがテーマですし、
自分の手にも余るので比定地についてこれ以上はふれませんが、
「持衰」に関してのみ少し考察してみようと思います。

「魏志倭人伝」の記述はこうです。
『その行来して海を渡り、中國にいたるには、
恒に一人をして頭をくしけらせず、蟣蝨(キシツ)を去らせず、
衣服垢汚し、肉を食わせず、婦人を近づけず、喪人の如くせしむ。
これを名づけて持衰と為す。もし行く者吉善なれば、
共にその生口・財物を顧し、若し疾病有り、
暴害に遭わば便ち之を殺さんと欲す。その持衰謹まずといえばなり。』


(倭人が中国に来るには、つねに一人に髪を梳かさせず、
ノミシラミをとらず、衣服は汚いままにし、肉を食わせず、
婦人を近づけないようにしている。もし航海が順調ならその人に奴隷や財産を与え、
順調でなければ殺す。その人が慎まなかったためだからだ)
この持衰については、船に乗っていたのかどうか、
というのが一つの疑問点になっています。

このような航海の安全祈願として一人が身を慎む
という風習は広く東南アジアにあるそうで、
インドネシアなどでは若い女性が陸上でこの役割を務めるという研究もあります。
また『万葉集』にはこんな歌があります。
「櫛も見じ 屋内も掃かじ 草枕 旅行く君を 斎(いは)ふと思ひて 」
これは遣唐使となって渡海する夫を思う妻の歌で、
無事を祈って「櫛を見ない」「屋内を掃かない」で慎むという内容です。

現在でも行われている「願掛け」によるお茶断ちなどと似ている面がありますね。
ただ「婦人を近づけない」というところから、倭人伝の持衰は男性のようです。
さらに上記の倭人伝の内容から、持衰が一緒に船に乗っていたのでは
暴風害などがあって船が沈めば、持衰も運命は一蓮托生だから
意味がないという人もいます。

一方、前の項で紹介した「北前船」の絵馬では、
「持斎」という男性の僧形の人物が、
船の舳先に縛りつけられて荒れた海を進んでいく
壮絶な姿が描かれた絵馬が神社に奉納されています。

祈祷を担当して、航海が成功すれば財を得られ、
失敗なら自害するとも言われます。それから奈良県田原本町に、
「唐古・鍵遺跡」という弥生時代を中心とする大型環濠遺跡があり、
絵画の描かれた土器がよく出土しますが、その中の一片に、
船の一端で一人孤立して横たわる?人物を描いたものがあり、
これを持衰ではないかとする見解もあります。

また倭人伝では「卑・弥・呼 ヒ・ミ・コ」のように、
倭語を漢訳する場合、一字一音になっていることが多いのですが、
「持衰」は熟語的であり、中国人にはよく知られていた風習ではないか、
とする意見もあります。つまり乗船していた持衰をよく見知っていたというわけです。

このように古代史の問題は、単純そうに思えることでも実体はつかみがたく、
様々な箇所で対立する見解が生まれます。一筋縄ではいかないのです。
当ブログ的に言えることがあるとすれば、
古代は極めて呪術的な社会であったということで、
そのエッセンスは現代にもつながっているのではないでしょうか。
怖い話を書く上では、人を害するための呪術が登場することが多いのですが、
実際には何かの成就を祈願するもののほうが、
ずっと多かったのではないかと思います。 

『古代の女性シャーマン』唐古・鍵考古学ミューゼアム






怖い古代史3(橿原宮)

2013.12.27 (Fri)
そうですね、今回は橿原遺跡の話でもしましょうか。
『古事記』によれば、初代神武天皇は日向の高千穂を出発して
あちこちに逗留しながら東上し、熊野をまわって大和に入り、
アマテラスやタカムスヒ神の力を借りて荒ぶる土地神を倒し、
畝火の橿原宮において天皇に即位します。

これが辛酉の歳のことであり、このまま西暦に換算すると紀元前660年となり、
縄文晩期から弥生時代の初期にあたります。
なぜこのように古い時期に神武天皇の即位が設定されたかについては、
有名な那珂通世の「辛酉革命説」がありますが、ここでは詳しくはふれません。

この神武東征については、何らかの史実を反映したものであるとする説から、
後代の応神天皇の事績をなぞらえたものであるとする説、
8世紀の隼人の反乱に配慮した記述であろうとする説などがあり、
真相は定かではありません。また、この神武東遷は、
『三国志』で有名な邪馬台国の東遷と係わりがあると説く人もいます。

さて、即位の地橿原には「橿原遺跡」という遺跡があります。
昭和13年から始まった紀元2600年記念事業にともなって
神宮外苑の発掘調査が行われ、その地下から、
縄文時代後期~晩期の大集落跡と樫の巨木の根が発掘されました。

これらの遺物をアメリカのミシガン大学においてc14年代の測定をしたところ、
当時から2600年±200年という結果が出たと書かれている資料もあります。
これは神武即位年として伝承される前660年を含む可能性があり、
神武東征はこの遺跡と関連するのではないかとみる向きもあります。
(樋口清之『日本古典の信憑性-神武天皇紀と考古学』)

橿原遺跡からは各種の土器や石器が出土しました。
土器の特徴としては東日本の影響を強く受けていることであり、
青森の亀ヶ岡式土器そのものや、亀ヶ岡式土器と地元の土器の
融合した形式のものも出ています。縄文時代全般を通して、
東日本が人口その他で優位であったことを考えれば、
これはけっして不思議ではありません。

さらに精巧な石刀・石剣の出土もあり、
これらは実用品ではなく呪術的な儀式に使用されたものと考えられています。
そして橿原遺跡を特徴づける最大の出土物は、橿原式土偶といわれるもので、
人体の腹部をへこませて表現し、ひとつながりの消化器官が示されています。
この、消化器官が口から腹部を通って下がっている表現から、
当時の人々が解剖学的知識を持っていたのではないかという見解があります。

さて、ここで話は一気に飛躍しますので、眉唾で聞いてください。
神武天皇の次代は子の綏靖天皇(すいぜいてんのう)なのですが、
綏靖天皇は、いわゆる欠史八代(実際には存在しなかった天皇)
であるとする学説もあります。さらにはこの天皇には、
ちょっと信じがたい奇妙な伝承があるのです。

南北朝時代の神道の説話集である『神道集』には、
『第二代綏靖天皇は毎日朝夕に人間を七人ずつ食らったため、
臣下は自らが生き残れるか恐れおののくとともに天皇が長生きする事によって、
多くの人民が滅んでしまうのではないかと心配しました。
そこである臣下が天皇に対し「近いうちに火の雨が降る」と申し上げ、
国内にも同様の触れを出して人々を避難させ、
天皇に本当のことであると信じさせてから、
頑丈な柱で出られないようにした岩屋に天皇をさそいこんで幽閉しました。
これにより、天皇の代理の人物が国を統治しようやく国は平和になりました。』

このように書かれています。

『神道集』は14世紀の書物であり、
とうていこのような史実があったとは考えられませんが、
かといって綏靖天皇をここまで貶める必要性もあるとは思えないのです。
この説話がどこから出てきたのかずっと興味を持っていました。

綏靖天皇は腹違いの兄を殺して天皇になったという事跡がありますが、
そのような勇猛さは他にもいろいろ出てきますし、
食人の話はまた違うような気がします。そこで思い当たったのが、
上記した橿原式土偶です。なぜ呪術に用いる土偶に、
消化器をつけなくてはならなかったのでしょうか。
亡くなった人の腹を割いて解剖学的な知識を得ていたのでしょうか・・・
綏靖天皇の説話とは何か関係があるのでしょうか・・・
怖い古代史1  怖い古代史2

『橿原遺跡の出土物』橿原考古学研究所






ゴール

2013.12.27 (Fri)
小4からサッカースポ少に入ってて5年生のときのこと。
時期は6月のはじめくらいだったな。
7月に大きな大会の地区予選があってそれに向けて練習してた。
といってもうちのチームは2回戦を突破できるかどうかくらいのレベルだったんだけど。
俺らのスポ少は当時20数人で、6年生が8人だった。
そのうちの1人は休みがちでベンチからも外れるけど、
残りの7人は最後の大会だしメンバーに入る。

俺もベンチには入れるんだけど、スタメンで出たかったから、
子どもなりに根を詰めて練習してたんだ。5年生で上手なやつが2人いて、
こいつらにはどうやってもかなわないから残りは2人。
練習試合なんかじゃ俺も入れて数人が交互にスタメンで出してもらっている
状態だったけど、俺は実質的なライバルは1人だけだと思ってた。
そいつに負けたくないと思って、紅白試合なんかのときでも
かなり突っ張った態度をとってた。パスを出さないとか、
そんなことでコーチから注意されたりするくらいだった。

そんな感じだったから、スポ少は月曜日が休みなんだけど放課後家に帰るとすぐ
ボールを持って近くの企業のグランドに行って隅のほうで練習することにした。
たまに横の道を通ることがあって、ふだんは人がいなくて、
中に入れる金網のすき間があることを知ってたんだ。

1人でドリブルしたり、野球のバックネットをゴールに見立て、
シュート練習したりしたけど、やっぱ自分だけだと、
すぐに疲れるし味気ないんだよな。30分くらいで帰ろうとしたら、
最後に蹴ったボールがバックネットのコンクリ部分の角に当たって、
ポーンと大きく弾んで金網の外に出たんだ。

拾いにいったら、そっちはちょっとした林になっててその中にお堂があったんだよ。
お堂は赤く塗られていて家の仏壇よりちょっと小さいくらい。
ただ高床というのか太い三本の柱で持ち上げられてて、
高さは大人の背丈よりあった。通りからは見えなかったんで、
そんなのがあるとは知らなかった。ボールがちょうど
お堂の真ん前に転がってて、扉は閉まってて中は見えなかった。
ボールを拾うついでに、手を合わせて拝む真似事をしたんだ、
どうかスタメンにしてくれって。そしたら急に風が吹いてきて、
木の葉がバタバタっと鳴った。

その夜に夢を見た。夢の中の空の上のほうがほのかに明るくて、
足元は真っ暗。俺はそこをドリブルしながら走り続けているんだ。
夢だからだと思うけど、いくら走っても疲れないしボールをそらすこともない。
見えないんだけど、ボールがどのあたりにあるか
不思議な感覚でなんとなくわかるんだ。
足とボールが磁石のように引きあってるような感じといえばわかってもらえるか。

闇の中を何kmも走り続けてたら、だんだん空の明るさが増してきた。
急に地面が傾斜してきて走りにくくなった。
足元を見ようとしたら「ぜったい下を見るな、走れ!」という声が聞こえた。
耳のすぐそばで聞こえたようにも、遠くから叫んでるようにも思えた。
コーチの声に似ていると思ったけど、違うような気もした。

「あと少し、走れ、走れ、下を見るな」と声が聞こえ続け、
急坂になっていて体がどんどん加速していく。「ボールを見るな、走れ!」
すると夜明けになったのか、
向こうの空が真っ赤に染まって目の前にサッカーのゴールが見えてきた。
ああ、シュートしなきゃと思って足元にあるはずのボールを思いっきり蹴った。
するとそれまで軽かったボールが重く、固くなっていてグシャという感触がした。
目の前のゴールが消えて、あのお堂があった。

重くなったボールが力なく転がっていって、そのお堂の前で止まった。
足も重くなったんで走るのをやめ、よたよたと歩いてボールの近くまでいった。
それはボールじゃなく、赤黒くすりむけた頭だった。
半分つぶれたようになっていたが目鼻立ちはわかり、
俺がスポ少でライバルだと思っていたやつだった。
叫んだように思ったが目覚ましの音が重なってベッドの上にいた。

俺はベッドに上半身を起こすなり吐いた。ひどい熱が出ていて学校を休んだ。
その日は病院にいってあとはずっと寝ていたが、
夕方事故があったことを知らされた。ライバルだったやつが、
帰り道に突っ込んできた軽トラと塀の間にはさまれて死んだということだった。
熱は翌日には下がったんで学校にいき、その週はそいつの葬式にも参加した。
大会では俺はスタメンに入り、チームは決勝まで進んだ。
決勝の試合で俺は右足を複雑骨折し、それ以後サッカーはできなくなった。





怖い古代史2(弟橘姫命)

2013.12.26 (Thu)
さらに古代史の話を続けます。
次に登場するのは倭建命(ヤマトタケル)とその后、
弟橘比売命(オトタチバナヒメ)。記事は『古事記』にあるほうを採用します。
それから神話学的に、神代の人物は「イザナミ」のように片仮名書きし、
人代の人物は漢字で書くようにしていきます。

『東征の途中、倭建命が走水海(浦賀水道)を渡るとき、
その海峡を支配する神が建の不遜な態度に怒って大波を立て、
船をくるくる回して先へ進むことができなくなってしまった。
この時、その后の弟橘比売命が、「神の怒りをしずめるために、
私が皇子の身代わりとなって海に入りましょう」と言い、
敷物を何枚も重ねて波の上に敷いて降り立ち、波間に消えた。
するとその恐ろしい荒波も自然に静かになって、御船は対岸に進むことができた。
それから七日たったのち、その后のお櫛が海岸に流れついた。
そこでその櫛を拾い取って、御陵を作ってその中に埋葬した。』


后の自己犠牲により波が静まったというエピソードなのですが、
考古学的に少し怖い話があります。このエピソードの舞台となった浦賀水道は、
古くは走水の海と呼ばれ海食洞窟が多くあります。
これらの洞窟では祭祀を行っていたようで、
弥生時代から古墳時代におよぶ遺物が発掘され、シカやイルカの骨を使った、
「卜骨」(占いに使う骨)の出土は、このあたり一帯は日本でも有数の集中地です。
その海食洞穴の一つ、から弥生時代中期(紀元前後)の
バラバラになった人骨が出土しました。
最近東京大学による再調査が行われています。

幼児1体を含む成人男女各5体、計11体の遺骨が出土しましたが、
これは死後に自然にバラバラになったのではなく、
骨に損傷痕(刃物による傷)がついていました。
そこでその解体の手順を研究してみたところ、シカやイノシシを
解体するのと同じ手順でバラバラにされていることがわかりました。
それが幼児をのぞく10体に対して行われていたのです。
つまりこの弥生人たちは何らかの儀式のために
解体されたと考えられるのです。さらには、
呪術的な「食人」の風習があったのではないかとの推測も出ています。

このような海にごく近い場所で行われる儀式は、
航海の安全にかかわるものである可能性があると思われます。とすれば、
同じ走水の海で弟橘比売命の自己犠牲(海の神への生贄といってもよさそう)
が描かれているのは偶然でしょうか。

それともこの地域の呪術的殺人・食人の風習が広く伝わっており、
『古事記』に記事として象徴的に取り上げられているのでしょうか。
一般に『古事記』『日本書紀』がすべて史実を正確に伝えているとみる人は多くないと
思われますが、中にはこのように考古学的成果との関連が考えられる
記述が散見され、実に興味深いと思っています。
古代の話1

『大浦山洞窟の損傷痕人骨』東京大学







怖い古代史1(黄泉比良坂)

2013.12.26 (Thu)
『古事記』の冒頭部にある「黄泉の国」についての話ですが、
ご存知の方も多いでしょう。
『 協力して国を生んだイザナギとイザナミでしたが、
イザナギが火の神を生んで亡くなってしまったので、悲しんだイザナギは、
黄泉の国を訪れ、妻に戻るように言いました。しかしイザナミは答えて、
「残念です。私は黄泉の国の食物を口にしてしまいました。
しかしなんとか帰ろうと思うので黄泉の国の神と相談してみます。
その間私の姿を見ないでください」しかし、
待ちどおしくなったイザナギは姿を盗み見てしまいます。
するとイザナミの体は腐って蛆がたかり、八種の雷神が居座っていました。

怖ろしくなったイザナギは逃げ帰ろうとしますが、
イザナミは「よくも恥をかかせたな」と言い、
黄泉津醜女(よもつしこめ)を遣わして追いかけさせます。
そこでイザナミはカズラの輪や櫛の歯などを投げて追っ手をくらまし、
最後に黄泉比良坂の下にある桃の実を三つ投げると、
追っ手はすべて逃げ帰っていきました。最後に追いかけてきたイザナミと、
イザナギは坂をふさいだ大岩をへだてて会話します。
「あなたのひどい仕打ちに対して、あなたの国の人を日に千人殺しましょう」
「そのようなことをするなら、日に千人の産屋を立ててみせよう」
このように言い合って別れました。』
 

この話はギリシア神話のオルフェウスの黄泉探訪とよく似ていることで知られています。
『 アポロンの息子で琴の名手のオルフェウスは、
妻エウリュディケが蛇にかまれて死んだため、黄泉の国の支配者ハデスのもとへ行き、
エウリュディケを連れて行きたいと願い出た。
ハデスは二人が地上へ帰りつくまで、彼女をふりむいてはならない、
という条件で願いを聞き入れた。二人は暗い小道を通って
とうとう地上へ着こうかというとき、オルフェウスは、
彼女がついて来ているかどうかとつい振り返ってしまった。
すると、たちまち彼女は黄泉の国へ吸い込まれるように消えてしまった。』
 

この他にもギリシア神話と日本神話の共通点はいろいろあり、
例えば、黄泉の国でザクロを食べたペルセポネーが、
やはり地上の世界に戻れなくなっています。
この共通性については、二つの考え方があります。
一つはギリシアから時間をかけて各地を経、日本へ伝わったとするものです。

時期的には『古事記』は8世紀に成立した書物であり、
そこに書かれた神話がいつ発生したかわかりません。
ギリシア神話は紀元前8世紀ほどまで遡ることができるので、
書物化された時期で考えても、両者には短くみて1000年以上の隔たりがあります。
その間に伝播してきたとしても不思議はないという説です。

もう一つは、世界的に普遍な神話のパターンがあって、
それに基づいて別々に生まれたとするものです。個人のみならず、
民族集団には夢や共通したイメージなどで普遍的に存在すると考えられる
先天的な無意識があり、それを元にして作られた神話は各地で共通性を持っている、
というような話です。これはユング的な解釈ですが、どうなんでしょうね。
二つ目の説の内容を否定するつもりはありませんが、
ギリシア神話と日本神話の時間差を考えた場合、
少なくともこの話に関しては、伝播してきた説のほうが、
自分的にはありえるような気がします。

余談ですが、イザナギは桃を投げて黄泉の軍勢を追い払いました。
桃の木や実には魔を払う作用があるとはよく言われます。
桃太郎の話などもそうかもしれません。
中国では桃は不老長生の妙薬であり、死と相反するものでした。
たしか『西遊記』でも、孫悟空は西王母の桃園の実を食べて
不老不死になったような記憶があります。

奈良県桜井市の纏向遺跡、ここは古代の邪馬台国の候補地の一つですが、
3世紀中頃とみられる土坑から、2000個という
大量の桃の種が発見されて話題を呼びました。
ともに出土した故意に割られた土器から、これは祭祀用とみて間違いはなく、
何らかの儀式に大量の栽培種の桃を用いていたようです。
ただこれが中国の道教と関係があるかどうかはよくわかりません。

『纏向遺跡出土の桃核』橿原考古学研究所







魂の問題2

2013.12.25 (Wed)
前に心脳問題について取り上げましたが、
あの項では「魂=心」として話を進めました。
それだとちょっと不十分な点があるので補足させてください。
魂の概念は、様々な宗教あるいは神(人)智学ごとに多様ですし、
エーテル体、アストラル体などに分化されていると考える立場もあります。

古代の道教では「魂魄」という概念がありました。これは、「魂」は、
精神を支える気、「魄」は肉体を支える気ととらえられていたようです。
しかしほとんどの場合、魂は人格(霊格?)を持つことになっています。
つまり魂は気質や性癖を持って思考することができるんですね。
ただし生前の記憶を持っているかどうかは判断が分かれます。

これは宗教の性質を考えると、
どうしてもそうならざるを得ない面があると思います。
天国と地獄のある宗教では、生前の行為によってどちらに行くかが決まります。
もし人の死と同時に魂が浄化されてしまうのであれば、
天国で喜びを得るのも、地獄で罰の苦しみを受けるのも、
意味のないことになってしまうのではないでしょうか。
言葉は適切ではないかもしれませんが、
その個人の生き方に対して賞と罰があることになっているわけです。

これは輪廻を含む宗教もまた同じで、
生前の行為によって来世がどうなるかが決まります。
前世で悪行を働いたものは後世で悲惨な境遇の下に生まれ変わるのです。
これなどはカーストなどの社会的な身分制を
肯定する役割もあるのかもしれません。

「今お前が賤しい身分になっているのは前世の報いである」というわけです。
また、その身分の中でせいいっぱい生きて期待される役割を果たせば、
よい来世が待っている、という希望を持たせることもできますし。
この場合は輪廻の時点で前世の記憶は失われるのが普通ですが、
退行催眠で前世の記憶を思い出したなどの話が評判になることもあります。

スピリチュアルでも、魂は輪廻をくり返し試練に耐えることによって
成長していきます。そしてある段階まで霊格が高まった場合、
より高次の次元へと魂が昇華していくと説かれます。
ですから、生まれ変わりのときに、自ら魂を磨く試練を望んで
障害をもつ境遇に生まれるとか、試練からの離脱である自死は、
けっしてしてはいけないとか言われているわけです。

これらの宗教においては魂などというものはなく、
脳活動が終わればあとは何もなし、となってしまうのはひじょうに都合が悪い。
また魂があるとしてもそれに人格が付与されていなければ、
天国や地獄、罪と罰という概念が無意味なものになりかねないのです。
しかし少数ですが、魂は人格を持たないという考え方もあります。

魂とは生命を支える火のようなもので、
それが肉体から抜け出すと人は死を迎える。
心は肉体に付随したもので、魂とはもっと純化された
生命そのものであるという具合です。
そしてこれは心を持たないのだからいいも悪いもありません。
ただ常世の国に戻ってゆくだけなんですね。

この考え方は日本の古神道に近いと思われます。
神道は歴史の過程で様々な概念が付与され、仏教の影響も受けて
変質してきました。そして明治からの天皇中心の神道により、
発生した古代のころの姿は失われてしまいました。
ただ自分が調べた限りでは上記のような考えに近いのではないかと思うのです。

肉体が失われることで、穢れが浄化され、
自我が消え去り産土(うぶすな)神の元に戻っていくという形です。
産土神というのは巨大な生命の固まりであり、
そこからまた魂が離れてこの世に戻ってくることもありますが、
これは輪廻とは異なり、一人の個人が再生をくり返すわけではありません。
以上補足にしては長すぎました。

心脳問題とリベットの実験





心霊事件簿3(幽霊ボート)

2013.12.23 (Mon)
昭和29年(1954年)1月だからもうかなり古い話です。
徳島県の鳴門競艇場のゴール判定写真に、
あるはずのないボートが写っていると話題になる事件がありました。
その前年の12月24日に、佐賀県の唐津競艇場で、
レースの練習中に横溝幸雄選手が事故死しており、
場所は違いますが、鳴門競艇場も横溝選手の遠征先であり、
無念の思いからか幽霊になって現れたのではないか、と騒ぎになったのです。

これは徳島新聞にも記事として掲載されましたし、
公営ですので市議会でも議論されました。
2ヶ月後の同年3月、同じ鳴門競艇場で、さらに5月今度は丸亀競艇場で
やはり幻のボートが判定写真に写るということが起き、
それぞれ徳島新聞、四国新聞に記事が掲載されています。
その後事件はいったん忘れ去られましたが、昭和32年に内外タイムス、
昭和35年に東京毎夕新聞がこの事件を特集して話題を集めました。

可能性としては、光線の屈折による蜃気楼のようなものが実際にあり、
写真に撮られた。当時採用されたばかりのスリットカメラの構造上の問題・・・
スリット以外にすき間があった場合他のボートも写ってしまう場合があること、
またフィルムを巻いて現像する際に2重写しになる可能性があることも判明しました。
日付台に水がかかり、その水がひくときに鏡面のようになって、
そこに写りこんだ像が写真に撮られたのではないか、との説もあります。

これらの説に対する反論として、『もし日付台が原因ならば、
昭和29年から今まで1万回以上のレースが開催されているのに、
その間に同じような写真が全く撮られていないのはおかしい』
 (全国モーターボート競走連合会・業務部長の中北氏)
のようなコメントも出ました。
 昭和38年7月24日、横溝選手と同郷の小笠原政敏選手が、
鳴門競艇場でレースの際中に、不可解な写真を撮影した写真判定柱に
激突して死亡するという事故が起こったのです。これは偶然と思いたいですが、
横溝選手の霊が連れていったのではないかという噂もあったそうです。

自分は新聞に載った心霊話を中心に収集しているのですが、
地方紙ではありますが、掲載された回数では、
この話が一番多いのではないかと思われます。
下のリンクのサイトがよくまとまっていますので、よろしければ参照してみてください。
それから動画も見つけましたが、ここに出てくる写真はかなり微妙ですね。

競艇場で起こった「幽霊ボート騒ぎ」
7台目の幽霊ボート
心霊事件簿1  心霊事件簿2





心脳問題とリベットの実験

2013.12.23 (Mon)
心霊現象はあるのか?・・・こう書くと、
日本では「幽霊はいるのか?」というのと
同じことと思う人がけっこういるのではないでしょうか。
それは間違いではないのですが「幽霊はいるのか?」という問いは、
「魂はあるのか?」 「死後の世界はあるのか?」という問いを、
中に含んでいる場合が多いでしょう。
これらを肯定する人は世界的にみて多数派と思われます。
なぜならほとんどの宗教で、魂や死後の世界の存在を認めているからです。

一方、以前の項でホーキング博士のコメントを引用しましたが、
(魂の問題と『玩具修理者』)
人間とは、壊れたパソコンのように脳の機能が停止すれば
そこで終わってしまうものである、と考える人もいます。つまり、
人間の意識(心といってもいいですが)はすべて脳が作り出しているものであり、
魂などというものは存在せず、肉体の死をもってすべての終焉とする立場です。
(ただし魂は心とはまた別のものであるとする考え方もあります)
このような立場を心脳同一説と言います。この問題について、
近代では、デカルトをはじめ哲学の一分野として、
活発な議論がなされてきました。

そして自然科学の面から一石を投じたのが「リベットの実験」です。
これはアメリカの生理学者ベンジャミン・リベットが1980年代に行ったもので、
このような概要です。『 自分が好きな時間に被験者に手首を曲げてもらい、
関連する脳活動を観察する実験である。
(このとき脳に準備電位と呼ばれる電気信号が立ち上がる)
被験者には自分が手首を曲げようと意図したと感じたときに合図をしてもらう。
すると、被験者が合図をするおよそ1/3秒前に脳に電気信号が流れていた。』

この結果をもとにリベットは、手首を曲げるという行為の決定が、
まず深層意識でなされており、その後表層の意識に、
そのことが伝えられると考えました。

この実験の信頼性や解釈にはさまざまな批判があります。
またこの実験は一般的には「自由意思」についての
問題提起とみられることが多いのですが、
脳がいつ手首を曲げるかを決定し、そのことが遅れて「意識=心」に伝えられる、
意識は手首をいつ曲げるかについて脳からの指令とは知らず、
意識自体が自由に決定したと思い込んでいる、と解釈することもできると思います。
つまり「意識=心」は脳が作り出した下部組織のようなものであるというわけです。

この関連実験として、左右どちらかの手首を動かすか被験者に自由に決めてもらい、
その間、脳を磁場によって刺激するというものが行われました。
この結果、脳の異なる半球を刺激することによって被験者のどちらかの手に
強く影響がおよぶことが発見されました。例えば、
右利きの人は標準的に実験期間の60%の間右手を動かすことを選びますが、
右脳が刺激されている間、実験期間の80%の間左手を選んだという具合です。

では、これらの実験結果から、さまざまな行動における判断は
脳がすべて決定してるのであり、われわれの「意識=心」は、
単にそれを追認しているというだけのものなのでしょうか。
また「意識=心」が脳活動の一部であるのならば、われわれに魂はなく、
脳の活動の終了(死)とともに、すべては終わってしまうのでしょうか。

これについて、ごく最近このような説が発表されました。
2012年、脳神経外科の世界的権威であるE・アレグザンダーは
「死後の世界は存在する」と発言しました。
かつては一元論者で死後の世界を否定していた人物でしたが、
脳の病に侵され入院中に臨死体験を経験して回復しました。
退院後、体験中の脳の状態を徹底的に調査した結果、昏睡状態にあった7日間、
脳の大部分は機能を停止していたことを確認しました。

そしてあらゆる可能性を検討した結果、「あれは死後の世界に間違いない」と判断し、
自分の体験から「脳それ自体は意識を作り出さないのでは?」
との仮説を立てたのです。ちょっと内容が難しくなってしまいました。
最後までお読みいただけたら幸いです。
この問題についてみなさんはどうお考えでしょうか。

『プルーフ・オブ・ヘヴン脳神経外科医が見た死後の世界 』


『マインド・タイム』






オカルトの分類

2013.12.22 (Sun)
オカルトの分類については、さまざまな見解があると思いますが、
某巨大掲示板のオカルト板テンプレではこのようになっています。
「心霊現象、UFO、UMA、超科学、神秘学、超心理、古代文明など」
最後に「など」がついているように、
この中のどれに当てはまるか判然としないものもありますし、
複数のカテゴリにまたがるものもあります。

例えば「妖怪」はこの中では「心霊現象」に入るんでしょうが、
「河童」は妖怪とも言えるし、「UMA」であってもおかしくはないと思います。
実際今でも目撃談もありますし。
また「火星の人面岩」のようなのは「UFO」に入れたいところですが、
実は人類はこれまでに何度も滅びており、
宇宙遺跡も過去に宇宙に進出していた人類が造ったものだとする説もあります。
つまり「古代文明」にも関連しているわけですね。

前に書いた「予言」は、その内容がどこからきているかによります。
ノストラダムスのようなのや占い系からきているなら「神秘学」
宇宙人からチャネリングで教えられたのなら「UFO」
過去の偉人の霊が教えてくれるというなら「心霊」
多元宇宙論的に解釈するなら「超科学」・・こんな感じでカテゴライズが困難です。
細かく小分けしたとしても難しい。
さらに「オカルト」そのものが西洋的な概念なので、
「気功」のような東洋的なものも分類がしにくくなっています。

少し解説すると「超科学」というのはまず「オーパーツ」がよく話題に上ります。
過去の遺跡から信じられないほど高度な科学の産物が発見された・・・系の話です。
それから「オーバーテクノロジー」これは反重力やワープの研究などですね。
あとは「実は太陽は冷たい惑星である」というようなのも
含まれます。「波動」なんかもそうかな。「神秘学」は錬金術など。
黒魔術や悪魔の話もここに入れるのが妥当かと思います。
占星術やタロットカードなど種々の占いもここに入るでしょう。
「黄金の夜明け団」や「薔薇十字団」などの秘密結社も。

「超心理」は「超能力」と言いかえても大きな問題はないでしょう。
「念力」「念写」「テレパシー」等々。
「古代文明」は「ムー大陸」や「アトランティス」のような話で、
これは比較的わかりやすい。
前に紹介した「日本のピラミッド」なんかもそうですね。  日本のピラミッド
「UMA」は(Unidentified Mysterious Animal)謎の未確認生物という意味ですが、
これは『SFマガジン』編集長だった南山宏氏が「UFO」を参考として考案した名称で、
日本でしか通用しません。英語では「Cryptozoology」になります。

これらの中で自分の関心が深いのはやはり「心霊現象」ですね。
このカテゴリは単なる幽霊の話だけでなく、魂や死後の世界なども含みますので、
興味がつきませんし探求のしがいがあります。
2番目は「UMA」かな。子どもの頃から、
「浜に流れ着いた不思議な生物の死骸」のような話を
本で読んではわくわくしていたものですが・・・
その死骸の組織を地元の学者が分析している・・・
あたりで続報が消えてしまうということの繰り返しでw

3番目が「神秘学」です。錬金術や黒魔術については、
それなりに調べていますので、機会があったら書きたいと思います。
「UFO」は日本ではここのところずっと人気がないのが残念です。
海外では関心が衰えておらず、熱心なフアンもたくさんいるんですが。

『火星の人面岩』NASA







妖怪談義4(魑魅魍魎)

2013.12.21 (Sat)
…二日酔いで頭痛い。
さて今回も妖怪話です。お題は「魑魅魍魎」
「魑魅魍魎」という語が漢籍からきてるのは間違いないと思いますが、
魑魅は山の怪、魍魎は川の怪であるという解釈もあります。
そういえば「亡霊(もうりょう)やっさん柄杓がほしい」という話もありますね。

これは水にかかわりのある霊で、
『霧の深い日や時化の日に漁船のもとに現れる船幽霊で、
海難事故の水死者の霊が仲間を増やそうと
しているものといわれる。「亡霊やっさん 柄杓がほしい」
との声が船に近づき、突然海から「柄杓を貸せ」と手が飛び出すが、
やはり柄杓を貸すと船を沈められるので、底を抜いた柄杓を渡すという。』

こんな話が伝わっています。ただ調べてはみましたが、
「もうりょう」が「魍魎」のことなのかはよくわかりませんでした。

「魑魅魍魎」は妖怪関連の言葉としては古いもので、
奈良時代頃からあったと思われます。
おもに姿かたちのはっきりしない「もののけ」のことを指していたようです。
この魑魅魍魎について、聖武天皇の奈良の大仏(東大寺盧舎那仏像)
に関わりがあるとする興味深い説があります。
大仏は天平17年(745年)に制作が開始され、
天平勝宝4年(752年)に開眼供養会が行われています。

この大仏は金メッキされていましたが、
そのための当時の技法は金・水銀アマルガム法というものでした。
簡単に言うと、金と水銀を混ぜ合わせて合金として銅製の大仏の表面に塗り、
その後に大仏を内部から熱して、水銀を蒸発させるという方法です。
このとき『東大寺大仏記』によれば、
約50tという世界でも類のない超大量の水銀が使用されています。

この説では、水銀蒸気は、琵琶湖方面からの北風に乗って
若草山に当たって東風に変わり、平城京に流れ込み、
奈良盆地一帯に広まったといいます。
そのため若草山には草木が生えなくなり、
都には大量の水銀中毒者が発生しました。

平城京は、唐の長安をモデルに条里制を敷いた壮大な構想で造られましたが、
わずか74年で遷都を余儀なくされたのは、
この水銀汚染が原因ではなかったかという仮説です。
むろん当時は水銀中毒についての化学的知識があったわけではなく、
大量の疾病者は怨霊の祟りによるものだとされ、
中毒者が徘徊する姿が魑魅魍魎として形容されたとみるのです。

自分にはこの説の当否はよくわかりませんが、
もし正しいのであれば我が国初ともいえる大規模公害問題です。
しかも鎮護国家を願って制作された大仏が、
そのような悲惨をもたらしていたのだとしたら実に皮肉な話です。ご紹介まで。
水銀公害の原点は奈良の大仏  妖怪談義1  妖怪談義2  妖怪談義3

『百鬼夜講化物語』魑魅と魍魎







妖怪談義3(付喪神)

2013.12.20 (Fri)
年も押し詰まり、大掃除などもそろそろ念頭に
おかなくてはならない時期となりました。
今夜は4つ目の忘年会なので、今回も軽く妖怪話でお茶を濁します。
大掃除のことを昔は「煤払い」と言って、12月13日に行っていたそうです。
今からすると早いですが、商家などでの奉公人の里帰りを
考慮してこの時期になっていたようです。

今回取り上げるのは「付喪神」(つくもがみ)です。
これは簡単に言えば器物の霊、器物妖怪のことです。
付喪神は「九十九髪」(白髪のこと、白は百に一足りないから)とも書き、
古道具が100年を経て長持ちすると霊力を得る、精霊が宿るとするところから、
99年たった道具は煤払いのときに廃棄する習慣があったと、
室町時代の『付喪神絵巻』に記されています。

ただこれは、雑道具類なら99年も持たなかったものが多いだろうし、
名品なら100年を越えても受け継がれるであろうと考えるのが常識的で、
「つくも」という語をかけた言葉遊びの面が大きいと思われます。
道具を100年持つくらい大切に使えというメッセージもあるのかもしれません。

付喪神のような器物の精霊や鳥獣の霊が古文献や絵巻に登場するのは、
鎌倉時代からじょじょに見られ始め、室町時代になって盛んになりました。
もともとあった神道的な万物に精霊が宿るとする意識に、仏教の「非情成仏」
(感情を持たない土石草木も仏性を持つ)
の考え方が上書きされて出てきたもののようです。

上記した『付喪神絵巻』でも、妖怪化した器物たちは
最終的に成仏するという形でしめくくられています。
このような付喪神たちが当時の民衆に
本当に怖れられていたとはちょっと考えにくく、
一種の漫画的なキャラクターだったのではないかという気がします。

さて怪談には古物の奇譚というジャンルがあります。
欧米では、命あるものとないものをきっちり分けるキリスト教的な考えからか、
物自体が自然に生命を宿すという話はあまり例がありません。
何らかの異教的な呪い、あるいは黒魔術がかかった
品物という設定が多いようです。

かの有名な「ホープ・ダイヤモンド」にしても、
所有者の不幸の原因はヒンドゥー僧の呪いということになっています。
また、人工物に生命を付加するという話は,
『フランケンシュタイン博士の怪物』のように
不幸な結末をたどるものがほとんどです。生命を創り出すのは、
やはり神の専権事項なのです。あとは人形の奇譚について
洋の東西の違いなども書いてみたいですが、これは長くなりそうなので
別に機会を設けたいと思います。

『百鬼夜行図』

付喪神  妖怪談義1  妖怪談義2





妖怪談義2(予言獣)

2013.12.19 (Thu)
前回に引き続いて妖怪の話です。今回は「予言獣」をとりあげてみようと思います。
この予言獣には、有名な「件」(くだん)も含まれます。
予言獣が刷り絵や本の記述としてよく出てくるようになるのは江戸後期頃からで、
明治の初期になっても盛んに話題にのぼりました。
その特徴としては二つのことがあげられます。一つ目は、
疫病の流行や作柄の予言をすること。
二つ目は自分(予言獣)の絵姿を持つことで災厄から逃れられると宣すること。
この二つが組み合わさっている場合がほとんどです。

有名な予言獣として「姫魚」または「神社姫」と呼ばれるものは、
二本角のついた女の顔を持つ長大な魚体として描かれることが多いようです。
例えば文政2年に肥前国に現れた姫魚は、
「7年の間豊作が続くが、コロリという疫病が流行る。
しかし我が姿を描いた絵を一度見たものはそれから逃れられる」
と言って姿を消しました。この姫魚・神社姫は、実体としては深海魚の
「リュウグウノツカイ」に似ている部分があると思います。
「リュウグウノツカイ」は大きなものでは8m近くになり、
嵐の後などに浜に打ち上げられることがあります。

『リュウグウノツカイと姫魚・神社姫』
名称未設定 1

次に「アマビエ」について見てみましょう。弘化3年に肥後国に現れ、
姿は人魚に似ているが、くちばしがあり、
首から下は3本足で鱗に覆われていた、とされます。
予言は「この先6年は豊作が続くが、もし疫病が続くことがあれば,
自分の似姿絵を人に見せよ」で、神社姫の場合とよく似ています。
これと同じようなもので、天日子尊(アマヒコノミコト)
と名のる妖異が海上に現れた話があり、
場所もやはり肥後国です。尼(天)彦(アマビコ)とも言われます。

「アマビエ」はこの「アマビコ」の書き違いであるという説があり、
自分としては信憑性が高いのではないかと思っています。
この正体はセイウチなどの海獣類ではないかとも言われていますが、
姿絵の一つはヨーロッパに現れたという「海の修道士」(sea monk)
に似ているところがあります。「海の修道士」とは何か、
について話し始めると長くなりますし、
これはUMA(未確認生物)の分野ですので、残念ですが割愛させてください。
これをダイオウイカではないかとする説がありますが、アマビエもくちばしがあるところ、
足がいくつかに分かれているところからイカ類である可能性もあると思います。
予言獣はこれ以外にもまだいますが、紹介はこのくらいで。

『海の修道士(sea monk)とアマビエ』
名称未設定 1

さて「件」について。件は基本的には人面牛体です。
牛面人体のものは「牛女」で、本来は区別する必要があると考えます。
小松左京が有名な『くだんのはは』というホラー短編を書いていますが、
これは、和服を着て血まみれの包帯を顔に巻いた牛女が出てくる話で、
混同が起きています。もちろん人面牛体の件が古い形で
なぜならこのような人の顔に見えるような牛の新生児の奇形は珍しくはないからです。
死産か、生まれてすぐに死んでしまうものが多く、
件の場合は、このときに外れることのない予言をひとつすると言われます。

自分は件のミイラとされるものを何体か見ていますが、どれも顔はよく似ています。
本来の牛のように鼻面が高まっていない平べったい顔に
太く長い鼻、はれぼったい目などです。下の画像は,
タイで死産した牛の仔で、無理に関節を伸ばされているようにも見えます。
現地では神聖視され祀られているようですね。

これに対して「牛女」は比較的新しい伝承のように思われます。
西宮の牛女が噂に上ったのは太平洋戦争後のことです。
「芦屋・西宮市一帯が空襲で壊滅したときに、ある牛の屠殺場も消失したが、
そこには座敷牢があり、中には牛頭の娘が閉じ込められていたという噂があり、
実際に焼け跡に牛女が現れ、生き物の死骸を食っていたという
目撃談が出るようになった」

以上からわかるように、かなり差別的な内容を含んでいますので、
自分もそこそこ調査はしましたが、これ以上話を続けないほうがいいでしょう。
いずれあまりたちのよい噂話ではありません。

この牛女は90年代に、西宮市にある高野山真言宗の鷲林寺にいる,
という話が広まりました。きっかけは荒神様の祠にお祀りしてある牛の像を、
誰かが「牛女だ」と言ったことが始まりだと、お寺のホームページに記されています。
週刊誌やテレビで取り上げたことから爆発的に広まり
心霊スポットのようにして夜中に探訪に訪れる者が多くなり、
住職がノイローゼ気味になったそうです。
窮余の策として「牛女は引っ越しました」という看板を掲げたところ、
深夜の訪問者は激減したという笑い話もあります。

さてここまでのまとめとして、予言獣には、流れ着いた珍魚や珍獣、
奇形などの何らかの元となる実体があったものが多いのです。
そしてその存在は当時の民衆にとって、満足な治療法のなかった、
触れれば死ぬ、怖ろしい疫病と重なっていたのだと思います。
さらには、救いを求める者に絵姿を刷って売る、
京極夏彦の『巷説百物語』の小股潜りの又一のような者たちの動きもあったのでしょう。
この点で予言獣たちの存在は、鷲林寺の例でみるような、現代の単なる無責任な
都市伝説的な噂話とは切実さの点で異なっています。

『件のミイラとタイの奇形牛』
名称未設定 1

件・牛女情報サイト
風説と怪異・妖怪-流行病と予言獣 国立歴史民俗博物館
牛女伝説の真実 鷲林寺  妖怪談義1





妖怪談義1(封)

2013.12.18 (Wed)
今回は軽く妖怪の話でもしてみます。
何がいいですかね・・・ぬっぺっぽう(のっぺらぼう)でも取り上げましょうか。
これはラフカディオ・ハーンの書いた『むじな』のイメージで
とらえている人が多いのではないでしょうか。
最後に屋台のそば屋が「こんな顔でしたか~?」とやるやつです。
しかしこれは、独立した妖怪というよりムジナが人をおどかすために化けたものですね。
 本来の「ぬっぺっぽう」は顔だけがないというより、もっと人間離れしたもののようで、
江戸の儒者、秦鼎の随筆『一宵(ひとよ)話』に、奇妙な話が載っています。

『二代将軍秀忠の世、家康は引退して駿府城にいたが、
朝、城内の庭に不思議なものを見つけた。
子どもくらいの大きさだが、全身がふくらんでのっぺりしていて目も鼻もない。
また手はあるが指はない。「肉人」とでも呼ぶべきものだった。

家来がつかまえようとしたがかなわず、家康に告げたところ
「そのような不浄なものは追いやれ」とおおせられたので、
裏の山に追い捨てたということです。するとその話を後に聞いた蘭学者が、
「それは惜しいことをした、おそらく中国の『白澤図』に伝わる
封(ほう)というものであろう、食せば力が優れ武勇が増したのに」と嘆いた』


この「封」とは何か?『白澤図』のものは、
だいぶ「肉人」とはイメージが違いますので、
むしろ「太歳」と呼ばれるもののほうが近い感じがします。
太歳自体は中国の文献に古くから記述のあるものなのですが、
最近それらしいものが発見されて話題になりました。
これは丸みをおびた物体で弾力があり、表面を傷つけるとネバネバした液体が
しみ出して、自己治癒するという生物的な特徴をもっていました。
はたしてこれが太歳なのでしょうか?そもそも太歳とは?

中国では古代から仙道が発達し、不老不死の仙薬を求めることが盛んでした。
そしてその仙薬を構成する重要な要素が太歳であったとも言われています。
太歳は肉霊芝とも呼ばれ、その存在は『山海教』や
『本草綱目』にも記されています。この肉霊芝の正体は粘菌と呼ばれるもので、
発生は白亜紀まで遡り、最古級の生物であるとも言われます。
京極夏彦の『宴の支度ー始末』に「くんほう様」という
村に昔から秘匿されて伝わるものが出てきましたが、
これは正体が粘菌の一種でした。

粘菌は変形菌ともいい、
変形体と呼ばれる栄養体が微生物を摂食するという動物的な性質を持ちながら、
胞子によって繁殖するという植物的な性質も合わせ持つ特異な生物であり、
動物と見るか植物と見るかで古くから議論がある、とWikiには書かれています。
これは、害はないが食用には適さないとも、
肉のような歯ざわりを持ち美味で滋養になり力がつく
という上記の『一宵話』の記述に合致するとも、
掘り出すと地域に災厄をもたらし疫病が流行るとも言われています。

ただ粘菌=太歳=ぬっぺっぽう と一筋につながるとも思えないんですよね。
なぜかというとぬっぺっぽうには手足があり、自力で移動できます。
(擬人化されている面もあるのでしょうが)
最初の話に戻って、江戸幕府の公式記録『徳川実記』によれば同じ事件のことが、
『駿府城内に手足の指のない浮浪者が髪を乱し、
襤褸を着て佇んでいたのが発見された。
これを斬ろうとしたが、家康は実害がなかったからということで城外に追放させた』

というごく簡素な記述になっています。
これは警備の者の落ち度になるのを気の毒に思った家康が配慮したのかもしれませんし、
この浮浪者の様子は、ある種の伝染性の皮膚病に罹患しているようにも思われます。
そして話を噂で聞いた知識人が、自分が知っている古伝と結びつけて・・・・と、
妖怪話がどうやってできていったのかを考えさせられるものがあると思います。

『ぬつへふほふ』鳥山石燕と『太歳』
名称未設定 1





予言ってどうなの?

2013.12.16 (Mon)
東日本大震災以降、某巨大掲示板でも予言に関するスレが立ちましたし、
Twitter等でも目立つようになりましたが、予言てどうなんでしょうか?
まず基礎知識として、これはご存知の方も多いと思いますが、
「予言」と「預言」は違います。前者は未来予知のことであり、
後者は、神や宇宙人などと接触した預言者が、
その言葉を託されて大衆に伝えるものです。

また自然科学や社会科学の法則に基づいたものは、
予測といったほうがいいようです。
ちなみに某掲示板での予言は当たらなかったです。ため息がでるほど当たらない。
昨年のあのアセンション騒ぎも表面的には?何事もなく終了し、
やめていった人も多数います。

まず予言について述べるにあたって考えなくてはならないのは、
この世は決定論的であるのか、そうでないかということです。
決定論とはごく簡単に言えば、「この世のすべてのことはどうなるか決まっていて、
変えることができない」というものです。「運命として定まっている」
と言いかえることもできそうです。例えば自殺願望のある人がいて、
それに気づいた周囲がそうならないように努めたとしても、
その人が自殺する運命にあるのならば、その結果を防ぐことはできないのです。

この考え方だと、人の一生、また世の中全体の動きも、
決められたレールの上を進んでいく電車のようなもので、
そこに自由意志が介在する余地はありません。
つまり個人の意志では、その後の自分の人生を変えることができない。
当人にとってみれば結婚相手とか就職先とか、
自分が自由に選択したと思っていることでも、
実ははなから運命として定まったものなんですね。

では本当にそうなのでしょうか。自然科学の言葉に
「ラプラスの悪魔」というのがあります。これは決定論的な考え方で、
「もしもあるものが、その瞬間の全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、
かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、
この知性にとっては、不確実なことは何もなく、
すべての未来を予測することができる」とします。

例えばビリヤードで、現在のボールの位置、ラシャの摩擦や気流、温度、
キューを打つ角度や力の入れ具合などなど、
すべてのデータが完全に入力された状態であれば、
どうボールが動くかは完璧な予測ができるというようなものです。
 しかし、同じ自然科学において量子力学の発展にともない、
ある瞬間の原子の位置と運動量の両方を正確に知ることは、
原理的に不可能(不確定性原理)であり、
原子の運動は確率的にしか把握できないということが明らかになり、
ラプラスの悪魔については否定的な意見が多くなってきました。

さて予言です。もし予言というものがあり、
この世が決定論的ならばその予言は外れることはないでしょう。
これに対し、非決定論的ならしばしば外れることもあるかもしれないですね。
映画だと『ファイナル・デスティネーション』シリーズはやや決定論寄りでした。
最初の作で、夢で飛行機事故を予知して回避した主人公グループは、
どうしても死ぬ運命であったので、次々とありえないような形で死を迎えていきます。
そして主人公がどうやって運命に逆らうかが見どころでした。

『メン・イン・ブラック3』では、未来を見ることができる異星人、
グリフィンが出てきましたが、これは自分が見た感じでは並行宇宙的な予知でした。
つまり平行世界の考え方が取り入れられていて、彼に見える未来は複数あり
そのどれに行き着くかは確率的にしかわからないということだったと思います。
偶然によるのか自由意志によるのかはともかく、
未来は変わることのできるものとして描かれていました。

ここまで書いて、やはり難しいです。
用語の使い方なども多々間違えている気がします。
自分の手にあまる内容になってきていますので、いったんやめます。
やめますが・・・自分は占星術師なので、この問題から逃れることはできません。
いつか続きを書きたいと思っています。

さてさて、最後に「ジョジョの奇妙な冒険」の第6部『ストーン・オーシャン』で、
エンリコ・プッチ神父という敵役が出てきましたが、
彼の目的はすべての生物を「一巡後の世界」という天国に到達させるというものでした。
時間が加速する一巡の間に、すべての生物は未来にいつ何が起こるかを体験しており、
それを変えられない運命として事前に何が起きるかを知ることができる。
すべての人類があらゆる悲劇や絶望にも事前に「覚悟」
をもっている世界が天国というわけです。

しかしどうでしょう。
みなさんは自分が(あるいは自分の愛する人が)いつどのようにして死ぬか知っていて、
それが絶対に逃れられないのであれば、その死に対する覚悟はできるでしょうか?
はたして未来を知るのがほんとうによいことなのでしょうか?
これも難しい問題だと思います。





鶏枕

2013.12.15 (Sun)
*これもだいぶ前に書いたものですがイマイチです。

私が体験した話を書きます。
今からおよそ半年ほど前のことになりますが、当時私は新婚ほやほやでした。
主人の両親が手広く不動産業を営んでいたため、
お祝いにマンションの一室をいただいて
そこに移り住み、家具などを整えるのに大忙しでした。
この結婚はいわゆる玉の輿で、主人をめぐって、
結婚までには多くのライバルがいましたが、
それらの人に打ち勝ってゴールインしたようなものでした。
私は勤めていた会社をやめ、念願の主婦業に専念することになりました。

新婚旅行から帰って1週間目くらいにけっこう大きな荷物が送られてきました。
それはダブルベッド用の羽根枕でした。
有名デパートからの送り状には結婚祝いと書かれていましたが、
送り主の名は記されていませんでした。主人に尋ねると、
「よくわからないけど友達の一人じゃないか、名前を書き忘れたんだろう」
ぐらいの反応でした。手入れが難しそうと思いましたが、
たいへんよいデザインでしたので、さっそく使わせていただくことにしました。

それから2~3日は何事もなかったのですが、
ある日朝起きると主人が目が痛いと言い出しました。
見ると両方のまぶたが腫れ上がり、白い部分が充血して真っ赤になっています。
これではとても会社には出られないからと、病欠の届けをして眼科に出かけました。
私は朝食の後片付けをし掃除を始めましたが、
寝室のベッドの枕を見て妙なことに気づきました。

ダブルの羽根枕の主人の側のほうにだけ、
ポツポツと鉛筆の先でつついたようなくぼみがたくさんあるのです。
それは穴になっているわけでも汚れているわけでもなく、
手で押しなでると消えてしまうくらいのものでしたので、
何だろうとは思いましたが、すぐに忘れてしまいました。

眼科から主人が帰ってきて
「寝ている間に無意識に目をこすってばい菌が入ったんじゃないかと言われた」
とのことでした。翌日にはまぶたの腫れはひき、
一週間ほど目薬を点しているうちに充血もとれてきたので安心していましたが、
ある夜、12時過ぎに寝たので時間は2時くらいでしょうか。
ふと嫌な気配を感じて夜中に目が覚めました。

何かが布団の上を歩き回っているような気がするのです、
それも一つや二つではなくたくさん。
重さは感じないので大きなものではないようです。
怖くなって目をつぶったままでいると、
それらは隣で寝ている主人の方に集まっていくような気配です。
つんつんというような音がかすかに聞こえ始め、主人がうなされ出しました。

私は思いきって上半身を起こすと枕元の灯りのスイッチを押しました。
するとそこに見たのは、5~6羽くらいの鳥でした。たぶん鶏だと思います。
どれもいっさい羽根がなくブツブツした鳥肌の状態でした。
主人の顔の辺りをつついていた鶏たちは一斉にこちらを見ました。
鶏の目は煮た魚のような白で瞳がありません。
一羽がこちらに向かって蹴るように片足を上げました。
そこに爪はなく足先は折れた割り箸のようになっていました。
私は絶叫しました。

「何だ、どうした」そう言って主人が起き上がりましたが、
その両方の目の端から血が流れていました。
私はベッドから跳ね起きて部屋の入り口の方に後ずさりしました。
その時には鶏たちの姿は消えていました。
「うわ、なんだこれは」そう言ってベッドの上では主人が、
両目をティッシュで押さえています。
布団と枕の上には羽毛が散らばっていました。

主人の目は血が出ているものの、
それは目尻の傷で視力そのものに影響があるわけではないようでした。
「あなた、鶏が、鶏が・・・見た?」と離れたまま私が聞くと、主人は、
「一瞬だけど目を開けたときに顔の上を何かが横切った・・・あれは鶏なのか?」
「この間のもこれか、この羽根、この枕に関係あるのか?」
そう言って枕カバーを引きはがすと、
枕とカッターを持って浴室へ向かいました。私も後に続きました。

浴室で枕を切り裂いてみると、
羽根が偏らないようにいくつかの部分に分かれている枕の中央部から
白い布でくるんだ棒のようなものが出てきました。
その布をほどいてみるとカラカラと乾いた音をたてて
浴室のタイルにこぼれたものがあります。干からびた鶏の足先がいくつも。

それだけではありません。くるりと丸められた紙が一枚、
開いてみるとデジカメと思われる写真でした。
主人と私であろうツーショットの写真。どこで撮られたものかもわかりません。
写真の中の主人は両方の目の部分がくり抜かれ、
私は頭全体がなくなっていました。
そして裏には毛筆で書かれた梵字?のようなものが隙間なくびっしりと。

次の日一通のはがきが届きました。やはり差出人の名前はなく、
文面はワープロでシールに打った文書を貼り付けたものでした。
そこには「昨夜は驚いたでしょう。どうやら効果は本物みたい。
〇〇(主人の名前)さんはそんなに恨んでないからあの程度だけど、あなたは別。
願いがかなうまで1年くらいかかるでしょう。それまで楽しみにしていてね」
と書かれてありました。






かぼちゃ

2013.12.15 (Sun)
*この話は前に某巨大掲示板で、落語でやるように「題」をもらって書いたものです。
なんか題をくれればそれで書くよ、などと言っていたら「かぼちゃ」を指定されました。
当然ながらあまりできはよくないです。

もうずっとずっと昔の太平洋戦争中のことになります。
わたくしはその頃、まだ国民学校にあがる前の幼女でございました。
当時わたくしの家族で家におるのは、母と祖母、十四歳の姉、十歳の兄、
そして五歳のわたくしでした。
職業軍人であった父と二十二歳の長兄は出征しておりましたのです。

それぞれの出征の日には町内会をあげて見送りをしていただき、
わたくしはずいぶん誇らしい気持ちになったものですが、
今にして思えば母や姉にとってはさぞや複雑な心境であったろうと推察されます。

それで「カボチャ」ですが、当時は都市部はどこも食糧難でありまして、
公的な配給だけではまったく不十分で、
栄養失調で亡くなる子供も多かったものです。
そこで庭のある家では植木などを抜いて畑とし、
野菜を植えて少しでも食料の足しになるようにしておりました。

たいがいは腹の足しになるカボチャやイモを植えたもので、
これが原因で、わたくしたちの世代ではこれらの野菜にお世話になりながらも、
食料が十分にある今では姿も形も見たくもない、
という方もおられるようでございます。

さて、わたくしの家でも庭にカボチャを植えておりまして、
わたくしも摘心や玉直しなどの手入れをよく手伝わされたものです。
収穫したカボチャはひと月くらい置いておきますとデンプンが糖分に変わって
甘みが増すため、その時期には床の間に、
いつも数個のカボチャが転がっておったものでした。

父は大陸、兄は南方方面へと出征しておりましたが、
兄の誕生日に内地でもささやかながらお祝いをしようと
まだ熟していないカボチャを二つ収穫しました。鶴のように痩せていた父とは違い、
出征前の兄は体格がよく、顔なども丸々と太っておりましたので、
二つあるうちの大きな方をこれは兄の分、やや小さい方を父の分といたしまして、
並べて床の間に飾っておいたのであります。
 
それから一週間ほどたった夜のことです。
わたくしは夜半にお手洗いに起きたのですが、
寝間からは長い廊下を通って厠まで行かなくてはなりません。
そして座敷の横を通ったとき障子越しに、
座敷の中がぼうっと光っていることに気がつきました。
当時の薄暗い裸電球とは異なる不思議な白い光です。

なんだろうと、さほど怖いとも思わず障子を引き開けてみますと、
座敷の床の間にあるカボチャの片方が
内部から発光するように淡く輝いているのです。
そうしてわたくしがぼんやりと見ておりますと、
カボチャの表面に濃淡のある陰ができ、
それがだんだんと人の表情のように変わっていったのです。
かなり容貌はやつれ、様変わりしているものの、
確かにそれは兵隊に出ている長兄の顔でした。

その顔はしきりに目を動かしてあたりを見ようとしていましたが、
さらには口を開けて何かを言おうとしているように見えます。
数回口が動きましたが、そのまま誰かに後ろに、
強く引きはがされるようにして顔は消えてしまいましたので、
何を言いたかったかったのかはわからずじまいでした。

わたくしは朝になってから家族にこの出来事を話したのですが、
母も祖母もわたくしの話を聞きますと、
そんな馬鹿な、とも言わず押し黙ってしまいました。
そして兄の戦死公報が届いたのはそれから三日後のことでした。

これは後になってからわかったことですが、
南方の兄の部隊は戦闘よりも食糧不足がひどく、
戦死よりもマラリアなどの病死、病死よりも餓死が多いという有様だったそうです。
敗戦が決まって数ヶ月後、父は無事生還してまいりましたが、
この話を聞きますと兄の霊が最後に何を言いたかったのか
わからなかったことをしきりに残念がっておりました。

最後になりますが、兄の霊が写ったのは二つ並べたカボチャのうち、
兄のためにと摘んだ大きい方のカボチャではなく
小さい方のカボチャであったことを言い添えておきます。
父親に遠慮をしたのか、ただの偶然なのか、また何か別の理由があるのか、
そこのところは判然といたしません。
乱筆のスレ汚しご容赦ください。





本の感想2

2013.12.14 (Sat)
 『怪泊』(恐怖箱シリーズ)加藤 一編著 竹書房文庫
13人の怪談著者による実話怪談集。
この本のテーマは宿泊、旅、宿に関する怪異談です。
自分的に面白かった、怖かったのは『遺物』深澤 夜
・・・ただこれはホラー小説っぽい。『やっと分かった』つくね乱蔵
・・・昔からあるオチだと思いますが完成度が高い。
最近のつくね氏は外れがなく面白いですが、怪談は、しっかり書き込むほど
実話っぽさが薄れるという難しさがあるんですよね。
『写真』三雲 央・・・怖さはないけど印象に残るのは、
人の心が変わる契機を書いているせいか。

他に『平手打ち』神沼三平太、『二十三夜』雨宮淳司・・・雰囲気がいいです。
久生樹生『骨が哭く』は意図がよくわからない話。
後書きで「本来書くべき部分を大幅にカットしている」とありましたが、
そういうのを本に載せるのはどうなんでしょう?

 『恐怖女子会ー火炎の呪』(FKBシリーズ)
岡本美月、田辺青蛙、明神ちさと、立花百花 著 竹書房文庫

コンセプトは女性怪談作家4人による饗宴で、前回の『恐怖女子会ー不詳の水』より
自分としては内容が上のような気がします。
全体的に男では考えつきそうもない(当たり前ですが)話がけっこうあってよかった。
自分好みのものは、
岡本美月『時間を盗んだ話』・・・これは時空のゆがみ的なお話。
橘百花『これでいいんでしょ』・・・不気味な隣人もの、なかなか怖い。
『さわちゃん』・・・いるはずのない昔の同級生もの。狂気を感じます。

『想い』『馬面剥』・・・その他どの話も不気味で底寒い。作者は力のある人ですね。
田辺青蛙『死を呼ぶ夢』・・・この人の話の構成は、
ちょっと実話怪談からはみ出してるところがあると思うんですが、そこがいい味。
明神ちさと『霊界デビュー』・・・皮肉な笑い話。あと『魂視刻』も。
読み返してみると、自分としては橘氏の話が心に残っています。
ぜひ単著を出してほしい。最後に、いくら駅やコンビニで買う人などを
メインターゲットにしてるかもしれませんが、
この装丁のセンスはいかがなもんでしょう?
本の感想1

『怪 泊』 『恐怖女子会』
名称未設定 1





丑の刻参り

2013.12.14 (Sat)
丑の刻参りは、女の嫉妬、それから妻問い婚、
これが三題噺になっている例が多いですよね。
最も古いのはやっぱり「宇治の橋姫」なのかな。
これは『平家物語』の異本の一つに出てくるんですが、こんな話です。

『嵯峨天皇の時代(平安初期)ある貴族の娘は、
貴船大明神に七日間こもって願をかけた。
私を鬼にしてください。ねたましく思っている女を殺したいのです。
すると、お告げがあった。鬼になりたければ姿を変え、
宇治の河瀬に行って三十七日間浸るとよい。
娘は喜んで都に帰ると、長い髪を松脂で整えて五つの角を作った。
顔には朱をさし、体には丹を塗り、頭には五徳を被った。

そして、三把の松明に火を灯して口にくわえた。
静まった深夜、頭から五つの炎が燃え上がっている娘は、
大和大路を走り出て南に向かった。そうして、
鬼に生まれ変わった娘は、ねたましいと思っていた女と縁者、
自分を嫌って遠ざけた男の親類と配下を、
貴賤や男女を問わずにことごとく殺してしまった。』


これが基本パターンとなって後代の話に影響を与えているんでしょう。
ただしここではまだ、藁人形と五寸釘は出てきていません。
話のポイントは自分が鬼になり、身を捨てて復讐するという部分だと思います。
元々の丑の刻参りは、深夜に異形となって参ることで、
五寸釘と藁人形が出てくるのはもっと後の時代のようです。
江戸初期頃まで下るかもしれません。

前の項で平安時代の人形(ひとがた)を紹介しましたが、
あれも現在知られているのとは別のやり方で呪法に使われたものと思われます。
あとこの時代から、貴船神社がこのような呪詛の舞台として
出てくるのが興味深いところです。

貴船神社は本来は水神であり、また縁結びの神でもあるのですが、
どうしてこうなったのでしょう。これは、
「丑の年の丑の月の丑の日の丑の刻」に貴船明神が貴船山に降臨したとの由緒から、
丑の刻に参拝して願いを掛けることは心願成就の方法であるとして、
深夜のお詣りが古くから行われ、それがいつしか、
呪詛に変わっていったのだと考えられます。

謡曲の『鉄輪』は、上の橋姫の話とよく似ています。
有名な陰陽師、安倍晴明も登場する話ですが、
テーマとなっているのはやはり女の嫉妬です。
「なまなり」という能面があります。 角を少し生やし、髪を乱した女面で、
般若となる前の段階、女性の中の魔性がまだ十分に熟さない状態を表しています。
夢枕獏が『陰陽師 生成り姫』で書いていますので知っている方も多いでしょう。

自分は能はあまり詳しくないんで、見当はずれのことを書いているかもしれませんが、
「なまなり」面は見た感じ、まだ人としての素性をかなり残しています。
それが般若となって完全に人外の者と化すところで、
観客は女の哀れさを読み取るんでしょうね。

古典作品には、女の嫉妬がテーマとなっている話はたいへん多いです。
この理由として、一つに妻問い婚の制度があるのではないでしょうか。
男が女の家に通い名を呼ぶ「ヨバヒ」を行います。
女がこれを許せば婚姻が成立します。平安時代頃だと、
男は朝になると帰っていき、歌を贈ります。子供が生まれれば女の家が育てます。

離婚も簡単で、夫が妻方に通わなくなったら「床去り」「夜離れ」
といって離婚となりました。このような立場で、
女の心が醒めていないのに男が来なくなった場合、その恨みは深いでしょう。
まして、男に新しく女ができたために問いがとだえたとなるとなおさらです。

丑の刻参りは現代でもあり、藁人形の代わりに、
相手の写真やかつて贈られた品などが使われることもあるそうです。
怖いですね。  呪いってあるの?
能演目辞典『鉄輪』

『能面 なまなりー般若』
名称未設定 1






呪いってあるの?

2013.12.13 (Fri)
自分の書く怖い話には、ストレートな幽霊ってあまり出てこないんですよね。
なんか「口から血をしたたらせた生首が・・・」とか書いてると
自分で笑いそうになってしまってダメなんです。
掲示板に書き散らしていたものをこうやってまとめてみると、
呪いをテーマにしたものが多い。やはり興味があるんでしょう。

ところで、もうすぐ初詣の時期となりますが、
みなさんはどんな願いごとをするんでしょうか?世界平和?家族の健康?・・・
祈りというものは、自分の力ではどうにもならないことを、
神や自然の摂理などの上位概念の力によって
かなえさせていただくというものだと思います。
そして呪いもまたよく似た面があると思うのです。

人類学者のジェームズ・フレイザーは、呪術について「類感呪術(模倣呪術)」と
「感染呪術」に大別しました。道教系ではこのような呪術を
「厭魅、厭勝」と言います。類感呪術とは、
類似したものはお互いに影響しあうという発想にのっとった呪術で、
日本でいえば「丑の刻参り」がこれにあたると言われます。

呪う相手を模した人形(ひとがた)に五寸釘を打つなどの危害を加えることで、
実際に相手に苦痛を与えることができるとします。
日本では古くから行われていたようで、
平安京祉から呪術に用いられたと考えられる木製人形が発掘されています。
(ただし釘を打ったりするような使われ方はしていないようです)
実際にはもっと古くからあったものと思われます。

次に感染呪術は、対象と一度接触したもの、もともと対象の一部であったもの
(髪の毛、爪、衣服等)は遠く離れてもお互いに影響を及ぼし合うという発想です。
ヨーロッパの一部では「武器軟膏」という治療法がありました。
これは、誰かが傷を受けたときに、その傷を負わせた武器や、
傷にまい包帯に薬を塗れば傷が治るとする典型的な感染呪術です。
これが大真面目に議論されていたのは、
16・17世紀ごろとそんなに古い話ではありません。

この応用として、航海中の人に時間を知らせるため、
わざと犬を傷つけて船に乗せる。陸の人間は、
ある決まった時間にその犬がまいていた包帯に共感の粉をふりかける。
すると犬が痛みで飛び上がるので、
船の上にいる人は正確な時間がわかり経度を求めることができる・・・
ヴードゥの人形のように、相手の髪の毛を入れて針で刺すのは
類感・感染の二つが入り混じった形です。

さて、このような呪いはしょせんはブラセボ効果とみる人もいます。
つまり誰かに呪われていると知ることによって、
呪われた人は嫌な気持ちに陥り、自己暗示によって自滅していく
可能性があるだけ、というのです。こんな判例があります。
『1955年(昭和30年)秋田県秋田市金足で夜間、
夫の不倫相手の名前を書いた紙を五寸釘で神木に打ちつけ、
呪い殺そうと願を掛けていた農家の主婦が近隣住民から通報を受けた駐在により
逮捕された。被害者側は殺人未遂罪で起訴しようとしたものの、
裁判所は呪いと殺人の間に因果関係を立証することが出来ず、
「たとえ迷信であっても生命身体に害を与える目的の行為」
としてやむなく脅迫罪を適用し書類送検となった』


この場合は、相手が呪われていることを知ったために脅迫罪が成立したようです。
ですが本来の丑の刻参りでは、実行していることを
絶対に人に知られてはいけないのですが・・・
では本当に呪いはないのでしょうか。前に紹介した西丸震哉の本によると、
氏は自分で呪いの実験をしたが、相手が死ぬ寸前でやめた。
また呪いを最後まで実行した人に会ったが、その人は、
相手が死ぬ瞬間に誰が呪ったかわかるため、
結局は自分も復讐を受けて共倒れになってしまうと言っていたそうです。

「人を呪わば穴二つ」・・・ウエブには多くの呪い代行業者があるようですが、
呪いのあるなしはともかく、やはり実行すべきではないもののようです。
少なくとも自分の心を醜くする効果は確実にあると思われますから。
最後に、初詣のお祈りとしては「自分は精一杯頑張りますので、
お力添えをお願いします」こんなお祈りのしかたがよいのではないでしょうか。
やはり「天は自ら助くる者を助く」なのだと思います。
キリスト教であれば「何事も神の御心のままに」かな。

『人形(ひとがた)』平安京祉出土
無題

追伸:
呪い系の小説や映画って欧米では意外に少ないんですよね。
やはりキリスト教と相容れない部分があるからなんだと思います。
『スペル』にしても、キング原作の『痩せゆく男』にしても、ジプシーの呪いなんです。
で、ジプシーの呪いとは何かというと、作中でもほとんど説明はないしよくわからない。
この手のものはジプシー、アメリカだと、
ネイティブ・アメリカン由来にしないと難しいんでしょう。

『グリム童話』なんかで、ヒキガエルにされた王子の話とか出てきますけど、
ルーツはああいうとこなんでしょうか?『痩せゆく男』でも判事がトカゲにされてました。
映画はどっちもなかなか面白いです。あまり怖くはないですが。
ただ『スペル』のほうは、ゲロ系のグロが苦手な人にはおすすめできません。
監督がサム・ライミですし。






生命は宇宙から?

2013.12.12 (Thu)
当ブログは怖い話を書くのが本来の目的でしたが、
オカルト雑談が止まらないwこの地球にどうやって生命が誕生したのか?
有名な「ユーリー-ミラーの実験」というのがありますね。
フラスコ内に原始地球の大気組成と考えられていた、
メタン、水素、アンモニアなどを入れて加熱や放電を加えるというもので、
これによりアミノ酸の元となりうる有機物が発生しています。
(ただし現在では原始地球の大気組成はこれと異なるという説が有力のようです)
まあこのようにして、地球上で生命が発生したとするのが地球起源説。

これと対立するのが、生命の宇宙起源説で「パンスペルミア仮説」というようです。
生命は地球だけの独自の現象ではなく、もともと宇宙全体に広がっていて、
地球生命も、他の天体で発生した微生物が宇宙空間を飛来して
地球に到達したことが起源であるとするものです。
この説にはそれなりの根拠もあり、決してトンデモというわけではないようです。

フィクションの場合は、宇宙から生命がもたらされた、
あるいは、地球生命が文明を築くのに、
宇宙人がなんらかの形でかかわった、とするものは多いです。
前にレイ・ブラッドベリの項で紹介したアーサー・C・クラークの『幼年期の終わり』
皮肉なものだとカート・ヴォネガット『タイタンの妖女』とか。
映画ではクラークの原案によって作られた『2001年宇宙の旅』『スターゲイト』
最近の『プロメテウス』(しかし評判悪かった)・・・まだたくさんあります。

オカルト的なノン・フィクション?だと、エーリッヒ・フォン・デニケンの「宇宙考古学」
過去の地球にはたびたび宇宙人が訪れていて、人類の発生・進化に手を貸している。
ピラミッドやナスカの地上絵などの巨大構造物や
オーパーツには宇宙人の技術が導入されているし、
世界各地に残る神話の神々は、宇宙人を神格化したものであるという内容です。

著書としては『未来の記憶』が最も有名でしょうか。
(アカデミックな「宇宙考古学」はこれとはまた別もので、
衛星写真をもとに遺跡のありかをさぐるなどという考古学の一分野です)
近年ベストセラーになったグラハム・ハンコックの『神々の指紋』も、
宇宙人とは違いますが似たような内容を扱っていますね。

自分としては、これらを全面的に信じているわけではないんですが、
火星の人面岩とか宇宙遺跡にようなのも含めて、
実に心惹かれる部分があります。 

『バルト海海底の巨大物体』








心霊スポットその四

2013.12.11 (Wed)
これまで紹介してきた心霊スポットは、
全部自分が行ったことがある場所なんですが、
ここはまだ訪れたことがありません。来年の課題かな。
今回紹介するのは秋田県の黒又山です。

まずは酒井勝軍について。この人は明治から大正にかけて
活躍したキリスト教伝道者で、「日本・ユダヤ同祖論」を唱えました。
「日本のピラミッド」を初めて発見、定義した人でもあります。
この人が最初に発見したのは、広島県の葦嶽山ですね。勝軍によれば、
日本のピラミッドはエジプトや南米のそれのような巨石を積み上げた
完全な人工物ではなく、自然の山に手を加えて成形したもので、
長い年月を経てそのことがわからなくなってしまっているもの、とのことです。

基本的には三角形の山容をしていて、
登山の道程には人工的な巨石(磐座)の配置があるとされます。
ただし三角形に見えるのはある方角からだけで、グーグル・アースとかで見れば
なんじゃこれというのもけっこうあります。

さて黒又山は秋田県鹿角市にある280mほどの低山です。
地元ではクロマンタの名で呼ばれ、山頂には本宮神社があり、
近くには国の特別史跡の大湯環状列石(ストーンサークル)があります。
環太平洋学会の調査によって、縄文後期頃の土器が発見されました。

古代からの山岳祭祀遺跡であったのは間違いないようです。
また同会の地中レーダー調査によれば、ふもとから山頂まで、
7段から10段のテラス状構造が埋もれており、
人工的に成形された可能性が高いそうです。

山頂部の神社の土台は平らになっていて、
その下に不思議な石製の遺跡?があるようです。
また近辺ではUFOの目撃談もあり、調査の最中に山頂付近から
怪火が上がったという話もあります。
このようなピラミッド山はなんらかのパワーを蓄える装置であり、
それが火となってほとばしり出ているという解釈をする人もいます。

怖い、恐怖という当ブログのテーマとはやや離れますが、
自分は高橋克彦『竜の柩』を読んで以来、
古代遺跡とUFO系統の話にはひじょうに弱いのです。
先ごろ話題になったバルト海海底の巨大物体の話なんかも興味深く見守っています。
(この手の話題にありがちな、続報なく立ち消えということにならなければいいですが)

下の画像を見てください。
1枚目は、鳥谷幡山(明治から昭和初期まで活躍した日本画家)が描いた
黒又山の絵で、「天象之奇端 光芒之旗幟」と題されています。
これは「不思議な気象現象、光る旗のようなもの」という意味でしょうが、
これだけだと流れる煙か雲のようにも見えます。妖怪の一反もめんのようでもあります。
2枚目は研究家の方が撮影したものですが、1枚目とよく似ていますよね。
実に興味深いので、来年はぜひ付近で一泊してレポートを書きたいと考えています。
夏頃になるでしょうか。

名称未設定 1

クロマンタ  心霊スポットその一
心霊スポットその二  心霊スポットその三






サンドマンがくる

2013.12.10 (Tue)
 アメリカのヘビメタバンド、メタリカの代表曲に『エンター・サンドマン』があります。
このギターの印象的なリフとドラムが刻む時計の音で始まる曲を
初めて聴いたときは意味がよくわかりませんでした。
途中で出てくる幼い男の子の寝る前のお祈りはなんだろう・・・?
洋楽の場合、ドラック系の曲とか歌詞が意味不明のものは多いんですが、
この曲の場合、一文一文の意味はわかるのに全体の意図が自分にはうまくつかめなくて
いろいろ考えてみました。
やはりこれは、キリスト教とは相容れない、映画でいえば『エルム街の悪夢』のような
少年期の悪夢的幻想を歌ってるんでしょうね。

 「サンドマン」とは・・・ドイツの作家E・T・ホフマンに『砂男』という、
現実感がじょじょに破壊されてゆくような物語がありましたが、ドイツ語ではザントマン。
夜にやってきて砂の粒を目の中に投げ入れると、眠くて目が開けていられなくなる。
人を眠りに誘う妖精で、一般的には砂の袋を持った老人の姿でイメージされているようです。
『エンター・サンドマン』の歌詞の一部、
Now I lay me down to sleep. Pray the Lord my soul to keep.
If I die before I wake.Pray the Lord my soul to take.

(僕はもう寝ます 神様僕の魂をしっかりその手でお守りください。
もし僕が目が覚める前に死んだら、神様どうか僕の魂をその手にお召ください)
男の子がこんなふうに祈りをささげても、やはり夜の恐怖からは逃れられません。

And never mind that noise you heard. It's just the beasts under your bed
In your closet and in your head.

(お前の頭の中の音は気にするな それはお前のベッドの下にいる獣の音
お前のクローゼットの中からも、お前の頭の中からも)
こうした子どもの頃の恐怖というのは、宗教的な違いはあっても変わらないものなんですね。 

 さて、アメリカのSF作家、ロバート・F・ヤングの短編に『サンタ条項』というのがあります。
悪魔との契約の話で、ある男が悪魔を召喚し、
魂とひきかえに自分だけのサンタを出してくれと願う。
毎年のクリスマスに贈り物をもらおうという魂胆です。これに対して悪魔は、
サンタを出すならサンタに付随した世界観を丸ごと受け入れなくてはならないと言う。
男は了承します。すると、毎晩サンドマンが現れて男の目に砂を投げ入れるようになる。
冬に入るとジャック・フロスト(雪の妖精?)が窓に霜をつける。
12月になってやっと訪れたサンタに、男はグラマー美女を願うと、
美女はすぐに現れますが、男におやすみのキスだけしてそれ以上はさせてくれない。
なぜかというとサンタのいる世界は子どもの幻想世界だからです。
困ってしまった男はもう一度悪魔を呼び出し・・・という話。

『Enter sandman』Metallica



吊り橋

2013.12.10 (Tue)
小学校3年のときの夏休みの話。
仕事が忙しくて滅多に顔を合わせることのできなかった父が、家族で温泉に行こうと言い出した。
一人っ子の俺と両親の3人で、木曜の夜から3泊で予約した山の温泉に行った。
車で山道をかなり上ったところに宿はあった。
その2日目の午前、旅館に弁当を頼み、それを持って渓流沿いの散歩道を3人で登った。
30分ばかり行くと吊り橋が架かっていた。
幅は1mくらいしかなく、下はかなり高さのある深い谷。
吊り橋自体はワイヤーで何重にも吊られており、横は転落防止用の網が張られていて、
故意によじ上りでもしないかぎり、危険はなさそうだった。

それでも揺れそうなんで、まず父が渡りその後に続いて母と俺とが渡ったが、
やはり揺れは大きかった。
橋から10分ほど歩くとあずまやのある草地に出て、そこに敷物をしいて弁当を広げた。
何を食べたかもう覚えていないが、しばらくすると飽きてあちこち駆け回り始めた。
さっきの吊り橋が面白かったんで、一本道を走って戻ると
そう時間もかからずに谷まで出た。

さっきはこわごわとだったが、今度は手すりのロープから手を離し、
どんどんと足を踏みしめて、はるか下の水を見ながら渡っていった。
すると真ん中へんまできたとき、急に吊り橋がぐらぐらと揺れた。
驚いて顔を上げると向こう岸に父が立っていて、両手でワイヤーを持ち全力で揺さぶっていた。
「えっ!」と思った。
父は広場にいるはずで、この橋を通らなければ向こうにはいけない・・・
父のいるほうに走って渡ろうとしたが、足が止まった。
こっちを見ている父の顔が普通じゃなく、怒っている表情に見えたからだ。

顔色は黒く、両目全体がさらに落ちくぼんで真っ黒になっていた。
父の姿をした化け物。そう思ってふり向いて逃げようとした。そっちの岸には母がいた。
目が吊り上がって、口から泡を飛ばして何か叫んでいる。
叫んでいる声はトンネル内で反響しているように割れて、意味のある言葉に聞こえない。
母も両手でワイヤーを持ち、足を踏ん張り体全体を使って橋を揺らしていた。
そっちにもいけない。もう一度振り返ると向こうはまだ父がいる。
父も叫んでいた。そしてその目は俺を見ていないことに気がついた。
反対側にいる母を見ているんだ。

揺れが同調したのか立っていられなくなり、俺は目をつぶって網にもたれ、
頭をかかえてうずくまった。
どれくらい時間がたっただろうか・・・
揺れが収まったので目をあけると、もう父も母もいなくなっていた。
息をきらして広場までもどると、父は林の切れ目から下界の写真を撮っており、
母はザックに弁当の空をつめこんでいた。
吊り橋の話をしても、少し笑っただけで父も母もとりあってくれなかった。
それから3ヶ月後両親は離婚した。父の浮気が原因だった。


誰が最初に

2013.12.09 (Mon)
 前の項で、家ものホラーはミステリのクローズド・サークルものと
似た部分があると書きましたが、
ミステリの場合は登場人物がどういう順番で殺されていくかは、
犯人の動機やトリックとからんだ必然性がある場合が多いですよね。
その順番でないと犯行が意味をなさなくなってしまうとか。
それに対してホラーの怪物(ジェイソンとか)は
手あたり次第気ままに殺していっていいはずですが、
やっぱり順番があるんですね。
これは論理的な理由より、ホラーの映画文法的な理由からであることが多いです。

 『13金』のような典型的な殺人鬼ものの場合、
殺される順番よりも先に登場人物の設定がまず決まりきっています。
できちゃったばっかりでやりたい盛りのカップル、
リーダー気取りで何かと主導権をとろうとするが実は無能なやつ、
頭からっぽの体育系マッチョ、黒人または東洋人系
(これは人種的配慮と観客の非白人系のため)
この他にお調子者、いじめられ系、麻薬を吸うやつとかも出てきます。
短時間で観客に登場人物の個性を把握させるためには、
この書割のようなステロタイプにあてはめていくのは、
それが予算の少ないB級であればあるほど大切なことなのですね。

 殺される順番としてはまずカップルかな。
いちゃいちゃし始めたところをばっさりという感じで。
次が麻薬とか吸うやつ、次が体の大きい体育系・・・、非白人もこのあたりで殺られます。
リーダー気取りの嫌味なやつや、怪物の存在を信じようとしないやつは中盤の終わりころに
特に残虐な殺され方をするとか。
カップルやヤク中が早く殺されるのは、観客に対する倫理的な配慮もあるかもしれません。
アメリカは基本、避妊に反対する人も多いキリスト教国ですし。
まず観客が自分はこれほどバカでもふしだらでもないと思うような、
殺されて当然?のやつらが殺されて、観客が物語の中に入り込んでから、
じっくりと真面目な主人公とその協力者が怪物と対決するのを見せるという作り方。

 ただこの手の映画が数多く作られるようになるにつれて、
スタッフが裏をかく場合も多くなりました。
登場人物の中で他の映画にも出てて比較的有名な女優が、
この人は最後のほうまで生き延びるだろうと思っていたら、あっさり殺されてしまうとか。
あと『13金』シリーズでは、公開前にウエブで「死ぬ順番当てクイズ」のようなことをやってて、
自分も応募しましたが、おしかったですけど完答はできませんでした。

『13日の金曜日』順番当てクイズ
 


家ものホラー

2013.12.09 (Mon)
 前の項でリチャード・マシスンの『地球最後の男』を取り上げましたが、
この話は最後にどんでん返しというか、価値観の逆転があります。
主人公以外すべてが吸血ウイルスに冒されている中で、いつのまにか主人公こそが、杭を持って
無差別の殺戮を繰り返す伝説の怪物として怖れられるようになっていたとするラストです。
これを原作として、ウイル・スミスのものも入れて3度映画化されていますが、
この価値観の逆転を生かすことができたものはありません。
なかなか映画にするには難しい部分があるんですね。

 さて、才人のマシスンは『地獄の家』という本も書いていて、
これはシャーリー・ジャクスンの『山荘奇譚』と並んで、
「家もの」と呼ばれるホラージャンルの元祖的な作品になっています。
どちらの作品も粗筋的には似ています。
呪われた家という噂のある屋敷に科学者を含む複数人がのり込んで
調査するという内容ですが、テーマはかなり違います。
『地獄の家』が、かつての屋敷の所有者であったベラスコの霊魂(残留思念?)
との戦いの話であるのに対して、
『山荘奇譚』は怪奇現象は添え物的で、コンプレックスを抱えた女主人公の、
内面が崩壊していく過程が話の中心になっています。
『地獄の家』はオカルト的にひじょうによくできた作品だと思いますが、
自分的には『山荘奇譚』のほうが怖いし、後味が悪いです。
ジャクスンは、前に『くじ』という短編も紹介しましたが、
後味の悪い「嫌な」話を書かせたらベストに近いのではないでしょうか。
(他にはアイラ・レヴィンとか?)特に同性である女性に対する残酷な視点が鋭いです。

 この2作も当然ながら映画化されていて、『地獄の家』は『ヘルハウス』の題名で公開され、
マシスン自身が脚本を書いていたはずです。
ストーリーには甘い部分もあるものの、オカルト的な細部がよく描かれており、
こけおどし的な部分は少なく、全体としては好感の持てる映画でした。
『山荘奇譚』は2度映画化され、ロバート・ワイズ『たたり』は、
そこそこ原作の雰囲気を伝えていましたが、
ヤン・デ・ボン監督の『ホーンティング』はひじょうに評判の悪い作品になってしまいました。
CGの多用が主に非難されていましたが、
もともと繊細微妙な心理劇であるものをハリウッドの大作にするには無理があったと思います。
むしろヨーロッパの監督が小予算でやればよいものができたのかもしれません。

 ホラーの「家もの」がどこからきているかといえば、元々あった幽霊屋敷の話に、
ミステリのクローズド・サークル物(「吹雪の山荘」もの)
の設定が加わったんではないでしょうか。
あとは有名なアメリカのポルターガイスト事件「ハイズビル事件」
(後に地下室の壁の中から人骨が発見されたという)のイメージ、
ウインチェスター・ハウスのイメージなども含まれているかもしれません。
(「ハイズビル事件」「ウィンチェスター・ハウス」ともアメリカ心霊主義の産物)
 小説では上記2作の他、キングの『シャイニング』を入れて
家ものベスト3と言われることが多いですが、
最近『ウーマン・イン・ブラック 亡霊の館』で映画化された、
スーザン・ヒルの『黒衣の女』も地味ではありますがイギリスらしいよい作品だと思います。
日本でも、小池真理子『墓地を見おろす家』とかいろいろありますね。
ホラー作家なら一度は書いてみたくなるテーマなんでしょう。
映画だと『悪魔の棲む家』『ポルターガイスト』『ローズ・マダー(テレビ映画)』
『家(ダン・カーティス監督 これ知ってる人は少ないですがなかなかおすすめ)』
『アザース』『ゴースト・ハウス』・・・
とかいろいろあります。日本だと『スウィートホーム』とか。

「ハイズヒル事件」(フォックス姉妹)Wiki

「ウィンチェスター・ハウス」Wiki


ゾンビのいる風景

2013.12.08 (Sun)
 ゾンビはもともとアフリカ由来ですよね。それが奴隷商人にかどわかされてきた黒人たちと
ともに中米に広まり、ヴードゥ教の一要素となりました。
この本来のゾンビの概念は、映画によってだいぶ変遷を遂げてきています。
その契機となったのが、ジョージ・A・ロメロ監督の『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』
なのはよく知られています。
そしてロメロがこの映画のアイデアを得たのが、リチャード・マシスンによるホラーSF
『地球最後の男』であることもマニアなら知っているでしょう。

 ただ『地球最後の男』は死者の黄泉返りの話ではなく、
オカルト的に分類するとしたら吸血鬼ものです。
ウイルスに侵された者が生きながら吸血鬼になり、日光を避けるようになる。
彼らはそれなりに知性があり、動きもそう遅くはなかったはずです。
この話から、ロメロは感染者に噛まれたり引っ掻かれたりした者は感染者になるという
設定を取り入れゾンビの属性としたことで、さまざまなドラマが生まれてきました。
愛する家族がゾンビ化し、それを知らずに近づいていって襲われる、
自分がゾンビから傷をうけてしまい、おぞましい姿になる前に自殺する、
あるいは友人に殺してくれと頼む。
いくつものゾンビ映画に出てくるお決まりのシーンですが、
この設定によって、単なる怪物ものにとどまらず話に深みが加わったと思います。

 最近のゾンビは走ります。2004年のリメイク版『ドーン・オブ・ザ・デッド』が最初かな。
『28日後...』のほうが早いですが、あれはウイルス感染者です。『28日後...』から走るゾンビの
ヒントを得ているのは確かでしょうが。
ゾンビが走り出すことによって、ドラマのサスペンス性は高まり、映画に緊迫感が生まれました。
映画制作側としては、観客の心理をいっそう操作しやすくなったとは思います。
脳を破壊されなければ運動を停止しない、ちょっと引っ掻かれただけでも感染してしまうという
ゾンビの優位点?が、人間と同等以上の運動能力を得ることで一気に拡大したのです。
『地球最後の男』の時点に先祖返りしたとも言えるかもしれません。
しかしかわりに失ってしまったものも大きかったと思います。

 死後硬直しながら独特の動きをするゾンビには哀感があります。
少数では銃器を持った人間にはかなわず、次々と無力に倒されていきます。
(またこれによって人体破壊ショー的な特殊効果の見どころも生まれました)
またゆっくり歩くゾンビだと、様々な服装(看護師の白衣とか、EMOファッションとか)や
表情で生前の職業や個性を見てとるゆとりがあります。
ああ、このゾンビはこういう人生を歩んできたんじゃないか、みたいな感慨があるんですね。
大げさに言えば、そこに生と死の境目を読みとることができるような気がします。
ロメロ監督の『ランド・オブ・ザ・デッド』だったか。生き残った人間が気を引こうと
打ち上げる花火を呆然と見上げるゾンビたち、ああいう哀感はなくなってほしくないです。
ちなみに『地球最後の男』は、ウイル・スミスが主演した『アイ・アム・レジェンド』の
原作でもあります。

『Night of the living dead』



真の闇について(富士樹海)

2013.12.08 (Sun)
現代の闇と、昔の闇は違うという話はよく聞きます。
今自分の部屋にいるんですが、電灯を消してカーテンを開ければ、
なんとか本が読めるくらいに明るいです。(ちなみに4階)
真の闇というのは、都会ではもうなかなか体験することが
できなくなってしまいました。

4年前、あの有名な青木ヶ原樹海で単独キャンプを行いました。
目的はもちろん心霊現象の体験ですが、
真の闇を実感してみようというねらいもあったんです。
人を誘うこともできましたが、そうすると怖さが半減してしまうだろうと思い、
単独行にしました。時期は夏だったので寒いということはなかったです。

樹海では様々な伝説が語られていますが、おおかたはデマです。
方位磁針が鉄分を含んだ溶岩盤のために使えない→使える。
携帯電話が圏外になる→一部圏外になった場所もありましたが、
基本的にはアンテナは立ちます(ドコモ)ただし電波状態は悪いです。

自殺者を食べようとする野犬の群れがいる、殺人鬼がいる
→自分は見ませんでした。
住んでいる人がいる→いるようですが、そちらへは行きませんでした。
すぐに道に迷う→遊歩道が見えなくなると迷います。
自分はすずらんテープを伸ばし、強力な携帯GPSも持参していたので、
普通の遭難はないと思っていました。(霊障によるものはあるかもとw) 

危険な場所であることは間違いありません。溶岩地盤で土がほとんどないため、
木の根がむき出しになって足元を這いまわっています。
暗闇でなくても足をとられる可能性があります。地面には固い穴ぼこもあります。
またあちこちに自然の洞穴がありますが、大きな岩が剥落して
転がっているところもあり、落石をくらうと致命傷をうけるかもしれません。
あと様々な怖い物が落ちているんですが、
(下の動画参照)拾わないほうがいいと思われます。

自殺者の多くが最後の飲み物を買う(それで睡眠薬を飲んだりする)
といわれる自販機でお茶などを購入し、夕闇にまぎれて
(自殺者と思われてトラブルになるのが嫌だったので)樹海へ入りました。
やはり怖いので遊歩道から数百メートル離れたところに簡易テントを張りました。
日の長い時期でしたが、高い木も多いためすぐ暗くなります。

照明は数種類持っていったんですが、午後10時過ぎに全部消してみました。
すると・・・真の闇です。自分の手を目の前にかざしてみてもその手が見えません。
最初は宇宙に浮いているような神秘的な感じがしましたが、すぐに怖くなりました。
暗くて何も見えないのは渓流釣りとかでいく他の山でもそうなんですが、
これはあの富士樹海にきているという先入観も多分にあるんでしょう。

この怖さの正体を後で考えてみたんですが、
危険から身を守るという本能が阻害されるというのが
一番ではないかと思いました。人は無意識に様々な危険に対して
アンテナを張っています。例えば高い崖の上なら端のほうには近づかないとか、
夜道で殺人鬼にあったならw人通りが多い方に走るとか、
とっさにそのような行動ができます。

ところが見えないことで、危険から身を守るすべがないんですね。
すぐ目の前に自分を害しようとする者がいてもわからないから、
防御の手段もとれない。それで脳がパニックを起こすのではないかと思いました。
テントの中にいても照明をつけてないとあたりの様子はまったくわかりません。
だから外に何かがいるような気がずっとしていました。

あと音は聞こえます。自分は野外宿泊の経験はそこそこあるんですが、
一般的な山の音ですね。しかし、
あのシチュエーションで人の叫び声なんかが聞こえたら怖いでしょうね。
写真や動画も撮りました。心霊現象は・・・・。まあここまででやめておきましょう。
不謹慎と思われる方もいるかもしれませんが、
自分は航空機事故現場である御巣鷹の尾根にも
登っていますので、そのときの話もいずれ書きたいと思っています。

*これから行ってみようと思われる方もいるかもしれませんが、
もし御遺体などを発見してしまうと
警察に通報せねばならず、ほぼ一日つぶれますので留意してください。

『Suicide Forest in Japan』