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口裂け女

2014.01.30 (Thu)
バイト先の後輩から聞いた、そいつが小学校5年生のときの話。
その頃はまだいいとこの坊っちゃんで、いわゆるお受験を目指して
有名塾に通ってたんだと。週2回は夜で、母親が送り迎えする。
ただし土曜日のいわゆる土曜特訓ってやつは、日中だし大丈夫だろうってことで、
母親が趣味サークルなんかに出かけて都合が悪いときには、電車で塾通いをしてたという。
家から駅まで10分、電車は乗り換えなしの三駅で、降りたら駅前すぐに有名塾がある。
携帯も普及してたし、まあ男の子なら特に心配もなさそうではある。こっからはそいつの話。

「塾の帰り、午後の4時ころですね。一人で電車に乗ってたんです。
土曜日だし、そんな時間帯だから電車はガラガラに近くて、
座って塾の宿題を出してみてたんです。
またこんなにあるのかって。そしたら、次の駅で女の人が乗ってきまして。
それが季節はまだ夏の終わりごろなのに、厚手のコートを着てマスクをしてるんです。

今だったらインフルエンザやら何やらでマスクしてる人もよく見かけるけど、
そんときは珍しく思いましたね。もちろん最初から注目してたわけじゃないです。
だけど席はほとんど空いてるのに、
両手でつり革をつたわるようにして俺の真ん前に立ったんすよ。

髪がストレートで長くて腰のあたりまであるし、不気味な人だなーと思いました。
いやいや、口裂け女とは思いませんでした。それって俺が生まれる前の話でしょ。
当時の小学生の間ではそんな話題は流行ってなかったです。
そんときもまだ、たまたま俺の前にきたんだろうくらいにしか思ってなかったんですが、
・・・それが下を向いてたら、上でモグモグした声がするんです。
その女の人がしゃべってるんです。それもこっち見ないで、車窓のほうに向かって。
「ぼうや、ぼうや、口裂け女って知ってる」こう繰り返してるんです。

ぎょっとして女の人のほうを見ました。
口裂け女のことは知識として知ってました。図書館の妖怪図鑑にも載ってましたしw
んでも、俺に話しかけてるとは思わなかったんですよ。
女の人は相変わらず外を見たまま、
「ガキ、お前に話してるんだよ。人の話ちゃんと聞けよ。口裂け女って知ってるか?」
こう強い口調で言いました。
マスクごしだし、他の乗客に聞こえるような声じゃないんです。
「お前だよガキ、あたしは口裂け女なんだからね」
これで怖くなって、また下を向いたんです。

そしたら「ガキ、下見るんじゃない。こっち見ろ。見ないと殺すぞ」そう言って、
俺の髪のてっぺんをひとつまみ片手で握って、ぐんと持ち上げたんです。
・・・こんときに大声を出せばよかったんでしょうが、そのときはできなかったんです。
それに電車の中には、離れたとこにじいさんとか数人がいるくらいで。
女の人は「目つぶるなよガキ、ちゃんと見ろよ」俺の髪を引っぱりあげたまま、
横顔が俺のほうに向くように、顔をかしげたんです。
んで、つり革からもう片方の手を離して両足を踏んばって立ち、
マスクの片方のヒモを外し、ガーゼを手で押さえたまま、
少しずつめくり上げていったんです。

するとガーゼの内側が真っ赤で、その見えるほうの頬に
大きな穴が開いてて口とつながってたんです。
穴はぶさぶさに赤黒い肉が垂れてて、穴から上下の歯が歯茎まで見えました。
そのときにはもう半泣き状態ですよ。
「ガキ、どうだ怖いかガキ、目つぶったら殺すからな」
こう言われても怖くて目をつぶってしまいました。
すると額になにかネチャッとしたものを貼られました。
「ギャハハハハ、口裂け女なんていると思うのかバカガキ、臆病なとこは親そっくりだな」
女の人は電車中に聞こえるような声で笑って、
「いいかクソガキ、このことを親に言ったらお前を殺すぞ、お前の親もみんな殺す」

こう捨て台詞を残して「ギャハハハ」と笑いながら離れていったんです。
ちょうど駅に着いたところで、そのまま降りていったんだと思います。
俺はもう足もガクガクに震えてて、泣きながら額につけられたものを剥がしてみたんです。
そしたらスライムみたいなのでできたジョークおもちゃかなんかで、
精巧に作られた上下の歯もついてました。
アメリカでハロウインのゾンビメイクに使うやつかもしれない、
これはだいぶ後で思い当たりました。
気持ち悪かったんで座席の下に丸めて捨てましたよ。
・・・親に言うかどうかは、子どもながらに迷ったんですが、けっきょく言いませんでした。
殺しにこられたら大変だと思って。

そしたらだれにも言わなかったのに殺しにきたんです。1ヶ月くらい後の深夜に。
家の玄関に軽自動車でつっこんで壊し、包丁を持って入ってきたんです。
大変でした。母親は片腕と胸に全治1ヶ月以上の切り傷を受けたし、
父親も危ないとこでしたが、音に気づいた近所の人が通報してくれて、
女は踏み込んできた警官にとり押さえられたんです。
このときは俺も起き出していて、女の顔も見ました。厚化粧してましたが、
傷なんてなかったすよ。・・・親父の浮気相手でした。
狂ってたんですね。刑務所にはいかずそのまま病院送りになりました。

その後は一家離散です。両親は離婚して、
母親がノイローゼになったんで、一人っ子の俺は父親のほうに引き取られました。
父親は会社にいられなくなって、もちろんお受験なんてとんでもない話で、
父親の実家のある地方の公立の中学から工業高校を卒業して、
そのまま逃げるようにこっちに出てきたんです。
妖怪の口裂け女も怖いですが、現実はそんなもんじゃないんだと思わせられました。
心が裂けた人間のほうがずっと怖ろしいです」



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木彫り

2014.01.29 (Wed)
高校2年のときだった。
当時は実家から高校に通ってて、じいさんがまだ健在でいっしょに住んでた。
それで、秋ころの土曜日だったんだけど、じいさんと山菜採りに行ったんだ。
場所は関東とだけいっておく。そんなに深くまで入ったとこじゃない。
俺はもちろんそんなの趣味じゃないんだけど、
家族が、じいさん一人だと危ないからってことで、俺についていかせてたんだ。
じいさんは80歳を過ぎてたけど、足腰はかしっかりしたもんだったし、
山の知識も俺よりずっと豊富で、心配するようなことはないって気がしたけどな。
いや別に迷惑ってことはなかったよ。
そんなにしじゅうじゃないし、道々聞かせてもらうじいさんの昔話もなかなか面白かったんだ。

で、その日も朝早くから山に入って、秋だから山菜というよりキノコだな。
マイタケとか、うちらのほうでブナタケといってる白っぽいやつとかそんなのを採ってた。
そしたら斜面の藪に入ってたじいさんが短い叫び声をあげ、
そのあと、うんうんいいながら何かを引きずって出てきた。
見たら長さ1m50くらいで、太さのかなりある朽木なんだ。
その先を両手で持って難儀しながら上がってきた。

それで俺に片側を持てっていう。わけがわからなかったんで「これ何だよ」と聞いたら、
「いいから手伝え」というばかりでとりつくしまもない。
それまで陽気だった人相が思いつめたように変わってて、何だか怖いような気がした。
木の両端は自然に朽ち割れたとしか見えないが、そのわりに重く、どす黒い色をしてた。
木の種類はよくわからなかった。
その日はそれで終わりになって、木をじいさんの軽トラに積んで家に帰ってきた。

じいさんは帰ってすぐ、その木を裏の小屋に運び入れ、
ナタと普段使ったことのないノミを持ち出してきて研ぎ始めた。
「何すんの」って聞いても無言で、俺にあっち行けって仕草をした。
それでじいさんをそのままにして家の中に戻った。
その後じいさんはずっと小屋にこもってて、そのうちに両親が町会の寄り合いから帰ってきたんで
今日山で起きた出来事を話したけど、首をかしげるばかりだった。

じいさんは夕飯のときにちょっと顔を出して自分で握り飯をこさえると、
すぐまた小屋に行ってしまって出てこない。親父が俺に様子を見てこいと言ったんで、
小屋の前までいったら、ザン、ザンという音が聞こえた。木にナタを入れてる音だと思った。
戸には鍵がかかっていたので「じっちゃん、何やってるん?」と外から声をかけたら、
やや間があって「出してやらんといかん」と大声で返事があった。
「出すって何を?」と重ねて聞くと「うるさい、家にもどれ」と怒鳴られた。
親父に報告したら「何か思いついたんだろう、明日は日曜だし、まあほっといて様子をみよう」
ということになり、そのうちに両親も俺も寝てしまった。

日曜の朝10時ころに起きて小屋にいってみた。
戸を開けて入ってみるとじいさんの姿はなく、鍵は開いていた。
昨日運び込んだ朽木がナタとノミを使って人型に彫られて壁に立てかけられていた。
正直すげえと思った。
体のほうは仏像のような感じで、ナタの跡がわかるくらい荒いタッチだったが、
それでも各部の均整がとれてたし、顔はひじょうに丁寧に彫られてつるつるになっていた。
おかっぱの少女の顔だった。歳は10歳前後かと思った。
この顔はなんだかどこかで見たことがあるような気がした。
ただ、そのときにはどこで見たのか思い出すことはできなかった。

それにしてもじいさんは彫刻はもちろん、これまで絵さえも描いているのを見たことがない。
こんなことができるのかと感心したのを覚えている。
ただ、じっとその木像の顔を見ていたら、頭の後ろの部分が、
陽炎が立つようにゆらめいている気がした。
あれっと思ったが、目をしばたいてもう一度見ると何でもなかった。

家に戻ると、一階の奥のじいさんの部屋のあたりが騒がしい。
何だろうと思っていたら、母親が居間に走りこんできて、119番に連絡した。
昼近いのにじいさんが起きてこないので見にいったら、
大きないびきをかいて目をさまさないということだった。
すぐに救急車が到着して、じいさんを部屋から運び出し町の病院に搬送した。
母親が救急車に乗り、親父が車でついてったが、
2時間くらいして親父が戻ってきて俺と中学生の弟を病院に連れていった。

じいさんはすでに亡くなっていた。急な脳出血ということだった。
その後は、田舎で葬式も大がかりにやるため、あれこれバタバタした。
葬儀屋がじいさんをいったん家に連れ帰って、
旦那寺の住職に枕経をあげてもらい、それから納棺して寺に運んだ。
これらがすべて終わると夜の10時を過ぎていた。
弟は泣いていたし、俺も泣きそうだったが、やはり気になって小屋にあの像を見にいった。
像はどこにもみえなかった。

もちろん像がなくなったことは両親に話したが、
直接あの像を見ていないせいか、それほど意味のあることとは思っていない様子だった。
まあ今から考えると当然といえば当然なのだが、
俺はあの像とじいさんの死は関係があるのではないかと感じていた。
山の中であの木を見つけてからの様子があまりに奇妙だったからだ。
2日後、寺で通夜を行うことになった。その翌日が葬儀だった。

田舎で寺の予定もそんなにたてこんでるわけでもないし、
じいさんは10年前まで町会議員だったから、両親も寺でやるのが当たり前という感じだった。
通夜は親族だけだが、葬儀はかなりの人が来るだろうと思った。
読経が済み、会食も終わり、それでも俺らを含めて10人ほどの近親者が残っていた。
両親は寝ないで線香をあげるつもりのようだったが、俺も朝まで起きていようと思った。
それでも午前1時を過ぎると、さすがに眠気を覚えてきた。
寺の勝手口から備えつけのつっかけをはいて庭に出た。

外は秋の月が冴え、照明もあって明るく、寒かった。寺の中庭の池にかかる橋を歩いていたら、
石灯籠の横の植込みの中に顔があった。一目で人間ではないとわかった。
じいさんが彫ったあの木像が、暗い葉陰から無表情な顔を出していた。
光の加減か、木の地肌が小豆色と黒のまだら模様に見えた。
俺が息を飲んで動けずにいると、像は滑るようにして少しずつ近づいてきた。
目を閉じることも、そらすこともできなかった。

足元から体がどんどん冷えてきているのがわかった。頭がしびれて気を失いそうだった。
そのとき俺の背後の植込みがガサッと音をたてた。
急に体が自由になってそちらを向くと、
寺の跡継ぎの、当時まだ30代だった若住職?が目をむいて真ん前をにらんでいた。
俺は力が抜けたようになって、橋の上にヒザを着いた。像の姿はもう見えなくなっていた。
池に落ちないよう若住職がかけ寄って抱きとめてくれた。

俺は寺の一室に運び込まれ、熱いお茶をもらった。
落ち着いてから、若住職にこれまであったことを全部話した。
若住職は熱心に聞いてくれ、少し考え込んでいたが、
「このことはご家族には話さないほうがいいです。
お祖父様はあくまで天寿によって亡くなられたのですから」こんなふうに言った。
俺が、像をどこかで見たことがある気がする、と言うと若住職は、
「わたしも見覚えがあります。どうせわかることでしょうから・・・少し待ってください」
奥へ引っ込んで、一枚の紙を手にして戻ってきた。

「この顔でしたよね」手渡された写真がプリントされた紙は、
4年前に行方不明になった町の女児の公開捜査用のものだった。
自分が中学1年の頃の話で、こんな田舎ではずいぶん話題になったことを思い出した。
「なぜお祖父様がこの子の像を彫ったのかわかりませんが、
何も見なかったことにしたほうがいいです。わたしも口外しませんし、できるかぎりの供養をします」
若住職は言った。
じいさんの葬儀も終わり、49日も済んだ。二度とあの像を見ることはなかったが、
心のなかにはモヤモヤが残っていた。
ふた月が過ぎた頃、町内で自殺者があった。遺書に女児を誘拐して殺したことが書かれていたという。
捜査の後、被疑者死亡のまま送検されたが、女児の遺体はついに見つからなかった。



猿面

2014.01.27 (Mon)
8月のはじめに友人と山へ登った。植物の群生調査のためだ。
自分は大学の講師で、専門は植物学。その頃書いていた論文のための資料収集だった。
友人は地元の山歩きの会で知り合った同年配の地元の高校教師で日本史を担当していた。
入った山は名前もついていない600mほどの低山で、
植林がされておらず雑木林の広がった所だ。
車で2時間ばかりのダム湖に行き、そこの管理事務所に車を置かせてもらった。
国有林なので届けは出してあった。

事前に調べたところでは、ダムに沈んだ集落で祀っていた神社が山頂にあり、
そこに通じる道がまだ残っているらしく、
アプローチがしやすいだろうと考えてここを調査地にした。
友人が興味をひかれた理由もこのことにあったようだ。
登り口はすぐに見つかった。平石がところどころに埋められていて急な斜面ではなかったが、
だいぶ雑草に浸食されていた。それでも山頂までは1時間かかるかどうかくらいだろうと思った。
真夏のことなので熱中症が怖く、水分補給しながら登っていった。

途中でかなりの大岩が道の脇にあって、
切り欠いたような四角い形が人工物のように見えた。
カメラを担当してもらっていた友人が、写真を撮りながら「方位石」かもしれないと言った。
専門外のことでよくわからないが、
古代からの山岳祭祀場には、ある季節の日の出や日の入りに方角を合わせた人工の石が
置かれていることがあり、これもそういうものかもしれないということだった。

自分もところどころで立ち止まって、
メモをとったり標本を採集したりしながら30分ほど進んだとき、
雑木の葉陰に白っぽいものが見えた。何だろうと思って藪こぎしながら近づいてみると、
昔の気象観測用の百葉箱?とお堂を混ぜたような1m50cmほどの人工物が立っていて、
あたりは腐った卵をドブ泥で煮たような臭いが漂っていた。
自分がタオルで鼻を押さえながら「うわ、なんかの死体でもあるのかな」と言うと、
後ろからついてきた友人が「ああひどいな。それから下を見てみろよ」と足下の草を蹴った。

草の間が乾いた茶色になっていて、目をこらすと蛾や甲虫などたくさんの虫の死骸だった。
「うわぁ」とつぶやいて草を足先で持ち上げてみると、
そこら一面にたくさんの死骸が積み重なって層になっていた。
中にはリスか何かの小動物らしいものもあった。ただそれらはすっかり乾いていて、
かがみ込んでも臭いはしない。臭いはどうやら箱そのものから出ているようだ。
箱は一本柱の角材で立てられ白いペンキが塗られていて、
それだけでも現代のものであることがわかった。

お堂のような屋根の下の箱の四面が、百葉箱そっくりのブラインド状の横板で覆われていて、
陽は差し込んでいるようだが中は見えなかった。
口を押さえながら友人が側面の隙間から中をのぞき込もうと手をかけたとき、
もろくなっていたのか板が数枚割れ落ち、「なんだこれ」と友人が叫んだ。
自分も横にいって見たら、中には大きな生き物が入っていた。
ぴくりとも動かないので死んでいるのだろう。
長めの毛はもつれてあちこちで玉になって濡れており、臭いはそこからきているようだった。
死んでから時間がたっているというより、異臭のする液体が付着して臭っているんだ。

友人は冷静に中を観察していたが、
「サルだな、だけどニホンザルじゃない。たぶん外国のサルだろう」と言い、
「それにしてもこの顔・・・どう思う?」と続けた。
自分がおそるおそるのぞき込むと、すわり込んだ形で詰め込まれたサルの下を向いた顔には
木製のお面がひもでつけられていた。自分が絶句していると友人が場所を変わって、
「なんだこれは・・・だろ」と言いながら箱の破れ目から手を入れた。
自分が「おい、やめろ」と制するのもきかず、面を外して外に持ち出した。
それはかなり肉厚の荒い彫りで、目と口の穴のまわりの縁取りや刺青のような紋様の意匠が、
南の島のもののように思えた。

「・・・それ、持ち出したりしてどうするつもりだ」と聞くと、
「調べてみる。すごく興味深い」と言いながらザックにしまった。
面をとったサルの顔は、鼻と歯をむき出した口から透明の粘液がたれ、醜くゆがんでいた。
この陽気でまだそれほど腐敗してはいないから、サルが入れられたのは数日中だろう。
それにしてもいったいだれが何のために・・・しばらくあたりを見回ったが、
ほぼ円を描くようにして箱のまわりに、小生物の死骸が積み重なっていた。
斜面の下の方に箱に通じる細い道が見えた。
小鳥の死骸を蹴り飛ばしながら「殺生石みたいだ」ぽつりと友人がもらした。

その後山頂まで登ったが神社はすでに取り壊されていて、
わずかに石の基壇が残っているだけだった。
友人はひざまずいて土質を調べたり、少し掘り返し地層を見ていたようだったが、
「古墳かもしれない。この下に空洞があるような気がする。
できたらレーダー調査してみたい・・・ますます興味深いな」と言っていた。
それから弁当を食い、自分は脇道にも入って植生の調査を進めた。
帰る頃には日が暮れかけていたので、
あの箱の横を通ったときも立ち止まって見るだけで側へは近づかなかった。
管理事務所に車を取りに寄ったとき、い合わせた人に猿の死骸の話はした。

それからは学生が休みで授業がないことを幸いに、資料の整理や論文の下書きをしていた。
友人からはちょくちょくメールで連絡があったが、
あの面のことについて少しわかりかけたことがあるので、東京の博物館まで行ってくる
という内容を最後に連絡が途絶えた。
2日後、友人の家族から友人との連絡がとれないが、何かわかることはないかという電話がきた。
自分は知っていることを告げたが、解決の手がかりになるとも思えなかった。
家族は警察に捜索願を出したようだった。

さらに1ヶ月ほどして奇妙なニュースがテレビで流れた。
京都のそこそこ名の知れたお寺に強盗が入ったが、
金目の物ではなく蔵書の一冊を選んで奪っていったというものだった。
そのときに数人の僧侶にケガを負わせた犯人は不気味な木製の面を被っていたという。
自分はこのニュースが気になってしかたがなかった。
姿を消した友人なのではないかと思ったんだ。

10月の終わり頃、気になっていることを確かめるために、もう一度あの山に登った。
もう紅葉は終わりかけていて、雑草の勢いもなく歩きやすかった。
注意して様子を見ながら登っていったが、あれ以後入った人がいるようには思えなかった。
20分かからずに箱のある場所に着いて、一目で異変に気づいた。
箱の下部が割れ、二本のジーンズをはいた足が突き出されていた。
駆け寄ると箱の右側面の板が外されていて、人が窮屈に詰め込まれているのがわかった。

友人だった。数日前降った雨にさらされたのか、
体の半分ほどまで白いワイシャツがぐっしょり濡れ、枯れ葉がこびりついていた。
生きているようには見えなかったが、
近づいて肩に触れるとがくんと頭が下がり顔がこちらを向いた。
その顔はあの木の面のように彫られていた。面をかぶっているのではなく、
顔の皮膚が刃物などで面の紋様のように加工されていたんだ。焼いた痕もあった。
警察を呼んだ。事情聴取のため何日もつぶれたが、あったことをそのまま話すしかなかった。
本物の面はどこからも発見されなかった。



霊に何ができるのか?

2014.01.27 (Mon)
 これはオカルト論ではなく、怪談論として書いています。
自分が怖い話を書くときには、霊には何ができるかということを考えます。
ただし、すべての話を同じ世界観(心霊観)で統一するのは無理がありますので、
話ごとに考えていくしかありません。
具体的にどういうことかというと、話の中に出てくる霊は、
ただ姿を現すだけなのか、音声を発することができるのか、
物を動かしたり人を叩いたりできるのか、
写真や動画に写るのかどうか、そんなことですね。

 プロが書いている実話怪談をみても、このあたりはさまざまです。
霊はドアノブをまわしたり、カーテンを揺らしたり、
さらには生きている人を平手でひっぱたりたりもします。
実話怪談がもし取材対象から聞いたことをそのまま書いていて、
霊の世界にはある程度の法則があるのであれば、すべての実話怪談を通して、
霊がどういうものであるか、ある程度は見えてくるはずなんですが、そうはなっていない。
姿を見せるだけの無力な霊もいれば、携帯に着信履歴を残すような霊もいます。

 このあたりは難しいんですよね。統一的な霊の世界の法則というのを決めてから、
それをすべての話に敷衍させるというのは、はっきり無理です。
制約が大きくなってしまって、
アイデアを思いついても書けない話というのが出てきてしまいます。
・・・じつは、本の中ではない実際の霊の目撃談というのも同じなんですよね。
目撃した人によって霊のできることはさまざまに違っている。
だから本に書かれていることは逆にリアリテイがあるとも言えると思うんですw

 さらには、物理的ではないことも含めると、これはもう収集がつかなくなります。
霊は祟ることができるのか、祟りによって生きている人を病気にさせたりできるのか。
滑って転んだのは霊の仕業なのか?株で損を出したのは霊障によるのか?
息子の学校の成績が悪いのは霊の呪いのせいなのか?・・・
バカバカしいと思うかもしれませんが、このようなことを言う霊能者は実際にいます。
みなさんも聞いたことがあると思います。
娘の結婚が遅れているのは祖先の供養を粗末にしているからだとか、
家運が傾いたのは、一族に恨みをもつ人の生霊が障っているからであるとか。
もう何でもありです。

 どうしたらいいのでしょう?
ここで怖い話を書く上で考えなくてはならないのが、リアリテイということです。
そういうことを霊がするのはリアリテイがあるかどうか。
まあ霊の存在自体リアリテイがないと考える人は、そもそも怖い話を好んで読まないだろうし、
実話怪談が好きな人で、
話がオカルト的なリアリテイをもっているかどうかを気にする人はけっこう多いのです。
書き方のテクニックの問題もあります。
絶対にありえそうもないことを、あっても不思議じゃないよなと思わせる作文の技量。
これもまた大切です。

 実話怪談本の批評として「創作くさい」というのがあります。
これは、読後の第一感が「んなことありえねえだろ」というような話に対して使われます。
またあまりに首尾一貫していて、オチが決まりすぎる話にも使われますね。
読む側は贅沢なのです。
また、作家側でも常にリアリテイを追求するのも飽きがくるでしょうし、
たまには幻想的なファンタジックな心霊譚を書いてみたい気にもなるでしょうが、
そういう話にも使われてしまいます。
「取材対象から聞いた話を報告的に記録したもの」
という実話怪談の建前を守っていくのはなかなか難しいのです。




県大会

2014.01.27 (Mon)
高校3年の夏のことだ。
俺は柔道部でね。その年は当然ながら高校最後のシーズンで、
俺らは中央地区の大会で団体3位に入って県大会に出場することになった。
県大会は県内のあちこちの市で持ち回りでやることになってって、その年は県南のほうだったな。
高体連に申し込みをすると、宿が安い料金で割り当てられてくる。
ただチーム数が多いんで、ちょっと離れた町村部の旅館とかになってしまうこともある。
その年も、会場のある市から少し離れた町の旅館に1泊することになった。

旅館は古い造りで、なんでも昔から行商人が泊まってた宿らしく、
部屋は日本間で、畳なんかは日に焼けて焦げ茶色に近くなってた。しかもエアコンがない。
それでも夕食はトンカツを出してくれたし、
前日計量も終わってたから俺らは何杯もおかわりして飯を食い、
でかい柔道部にはせまい木造の風呂に入って部屋に戻った。
団体戦のメンバー5人と補欠3人、個人だけに出る軽量級のやつが1人の計9人。
これが4人と5人に分かれてそれぞれ8畳間に寝る。俺は4人のほうに入ってた。
それから監督とレンタカーのマイクロバスを運転してくれた父兄の人たちは別の部屋。

10時には消灯するスケジュールだったんで、それまでテレビを見て過ごし、
9時50分に過ぎに監督が部屋に入ってきて、
「明日は大事な試合だから絶対寝とけよ」と言って電灯を消していった。
とは言っても高校生が寝るには早い時間だし、暑いし、興奮してることもあって寝つけず、
ぼそぼそ小声で話したり、ひんぱんに寝返りを打ったりしていた。
それでも1時間ぐらいすると、一人また一人と静かになっていった。
俺もうとうととし始めたとき、細いけれども甲高い声が聞こえてきた。
「・・・わたしは、わたしはここで死んだのです」こう言ってるように聞こえた。

それで目が覚めたが、だれか寝つけないやつがふざけてるんだと思って、
「こらやめろ。早く寝ろ」と小声で言った。俺はいちおう副主将だったしな。
しばらく静かになったが、また「・・・わたし・・は、ここで死んだのです」と聞こえてくる。
「ふざけるなよ、明日試合なんだぞ」ちょっと怒気を含めて言ったら、
「なんかオカシイ」という声がして、だれかが立ち上がって電灯をつけた。
同じ3年のメンバーのやつだった。
そいつが「しゃべってるのはこいつだけど、変だぞ」と言って寝てるやつの一人を指さした。

見ると2年生の補欠で、120kgある後輩が仰向けに寝てるんだが、
タオルケットをはがして短パンにTシャツ姿で腹を出し両手を胸の上にあげ、
にぎにぎするような格好をしている。
顔は真上を向き、目をつぶって苦しそうな表情をしてる。
うなされてるんだと思い、「オイ、起きろ」と揺すったが身じろぎするだけで目を開けない。
そうしてるうちに口がすっとすぼまって、
「・・・わたしは、ここで死んだのです」と笛を吹くような甲高い声で言った。
こいつ普段は、超重低音でしゃべるやつなんだ。

それで俺が「監督に知らせてくる」と大人の部屋に行ってノックしたら、
「何だ」と言って、すぐに監督が顔を出した。酒臭かったので、
父兄の人とビールでも飲んでたんだろう。
それはともかく、事情を話したら「ふーん、どれちょっといくか」と俺らの部屋にきた。
部屋に戻ると、もう一人の3年のやつも起きてて、寝てる後輩のわきに膝をついて、
「先生、こいつ起きないんです」と言った。
監督がその寝てる顔を覗きこんだとき、また後輩の口がひゅーと伸びて、
「・・・わたしは、ここで、死んだのです」

監督は笑い出し「おもしろいなこれ」とつぶやきながら、俺らの顔を見て、
「なんか霊のようなのがきてるのかもな。
せっかくだから次しゃべったときにお願いしろ」と言った。
俺らが驚いて「えっ、何をですか」と聞くと、「明日の勝利に決まってるだろが」と答えた。
それで待ってたら、「・・・わたしはここで・・・死ん・・」
そのとき監督が寝てる後輩に顔を近づけ、大声で、
「どなたか知りませんが、明日の試合を応援してください。よろしくお願いします。
・・・さあ、お前らも言え」と言ったんで、俺らも声を揃えて「応援、よろしくお願いします」
と叫んだ。

その後、監督が後輩の腹に乗って、絞め落とされたやつに活を入れるときのように
両脇をぐっと押すと「うーん」と言って後輩は目を開けた。
皆がまわりをとりかこんでるのが、わけがわからないという様子だった。
簡単にそいつに事情を説明してから「まあ、もう大丈夫だろ。また何かあったら言いにこい」
監督が電灯を消して出ていき、俺らは再び寝た
当然ながらあまり眠れなかったが、その後は朝まで何事もなかった。
翌日の大会で俺らのチームは順調に決勝まで勝ち進み、下馬評ではベスト8くらいだったのが
相手のポイントゲッターの奇跡的な反則負けなどもあり、なんと優勝してしまった。
霊のおかげかどうかはわからない。

その後、帰りのバスの中で監督が、
「あのな、宿の人に幽霊の話をしたらな。心あたりがあるみたいだったぞ。
あそこの旅館は行商人の宿と言ったが、
一時期、鉱山の人相手のお女郎屋みたいなこともやってたらしい。
お女郎屋ってわかるか?
それで、さすがに武道をやる人たちはすごいですねって感心しまくりだった」
こんな話をしてガハハハと笑った。
その後俺らは東北大会に出場したが、宿はホテルで霊関係のことは何も起きず、
予選で敗退した。



沢田真理さん(仮名)

2014.01.25 (Sat)
小学校5年生のときのこと。
毎朝、集団登校で学校に通っていた。たしか7人のグループだったと思う。
6年生の先輩の男子が先頭で、低学年、中学年をはさんで5年生の自分が最後尾。
小学校へは住宅地から交通量の多い国道を渡っていかなくちゃならないから、
ちゃんと信号を守って横断歩道を渡る集団登校は安心だ、と親たちは言っていた。
1・2年生のチビたちも朝はおとなしいもので、とくに困ったこともない。
ただ毎日同じ道を通っていく。
それは当たり前のことだが、その時期はかなり微妙だった。
なぜかというと沢田真理さんの家の前を通らなくちゃならないから。

家から1分の小公園前で7時半に待ち合わせ、人数を確認して一列に並んで学校に向かう。
込み入った住宅地の角を2回曲がると、沢田真理さんの家のある通りに出る。
列の最後に角を曲がった自分はそこで目をふせる。
目を足元に落として、前を歩く2年生女子のズックの後ろだけ見るようにする。
そうしないと沢田真理さんの姿が目に入ってしまうからだ。
でも、見ないようにしようと思ってもどうしても気になって見てしまう。
するとやっぱり、その朝も小さな平屋のトタン塀の家の門の前に沢田真理さんはいる。
高校の制服で、片足を上げ、顔を斜め上に向けて今にも駆け出そうとする姿で。

沢田真理さんの家と自分の家は遠い親戚だ。だから名前を知っているし、
小さい頃にはよく遊んでもらった。その頃の真理さんは男の子のようにきかん気な人だった。
だけど真理さんが中2の頃からそういうことはなくなった。
両親が離婚し、真理さんは父親といっしょに住むことになって
家事をこなさなくてはならなくなったからだ。
もっともその前から、
真理さんは中学校のバレー部に入って有望選手だったから遅く帰ることが多かった。
その当時はわからなかったけど、
離婚というより母親が一方的に男をつくって家を出て行ったということだ。
そのため真理さんは部活をやめた。

沢田さんの家の前に近づいてきているのがわかる。やっぱりそっちを横目で見てしまう。
真理さんはいつもと同じ格好で立っている。顔にはあせった表情が浮かんでいる。
家を遅く出てしまって、バスに乗り遅れるのを心配しているのだろう。
真理さんの家の戸口は門からすぐだ。戸口の上の方には「忌中」の札が貼られている。
真理さんは1ヶ月前の朝、国道のバス停にいるところを、
突っ込んできた大型ダンプに轢かれて亡くなった。即死だったという。
ダンプの運転手は疲労をまぎらわせるため、焼酎のウーロン茶割りを飲みながら運転していたらしい。
母親がそんなことを話しているのを聞いた。
自分は小学生だし葬式には行かなかったが、
次の日の朝には真理さんが家の前にいることに気がついた。

真理さんはぜんぜん動かない。
彫像というか、映画のストップモーションのようにピタリと止まってそこにいる。
おそらく一日中いるんだろうと思う。真理さんを見るのが嫌だったんで、
小学校の帰りは別の道を通るようにしてたから、ホントに一日中いるのかはわからないが。
真理さんの髪は風が強い日でも揺れてなびかないし、雨の日でも制服は濡れない。
表情はいつも同じ。そして真理さんの姿は自分にしか見えない。
だからそこを通る人は、真理さんの体と重なって通り抜けていく。
最初に見たときはとても驚いたが、これは霊なのだろうとすぐに思った。
怖いのと悲しいのとが入り混じったどっちともつかない気持ちだった。
家では、学校から帰ると真理さんのために仏壇の前に座ってお祈りした。
家族は驚いていたが、理由は言わなかった。

初七日の日に、四十九日の法要も合わせて行ったということで、
翌日には真理さんの姿はだいぶ薄くなっていた。そしてその後は、少しずつ少しずつ輪郭がぼやけて
向こうの景色が透けて見えるようになってきた。
こうやって天国かどこか、この世とは別の世界に移っていくんだろうと思っていた。
事故から40日を過ぎると、真理さんの家の忌中の札が外された。
真理さんの父親が実家のある田舎に戻るため、家が売りに出されるということだった。
もう住むものがいなくなった家の前で、真理さんはそれでも駆け出そうとしていた。
その頃には薄く、薄くなって表情もわからない陽炎のようになっていた。
四十九日の朝には自分に見えるのは、
真理さんが持っているバッグの金属部分と上に向けた顔の一部だけだった。
その頃には、すっかり怖いという気持ちはなくなっていた。

帰り道、明日の朝には消えてしまってるんじゃないかと思って、
真理さんの家の前を通った。夕方4時に近い時間だったが、真理さんの姿はなくなっていた。
ああ行ってしまったんだと思った。
家に帰って部屋で泣いたよ。真理さんが実際に亡くなった知らせを聞いたときは泣かなかったのに。
霊が見えるという体験をしたのはこれまででこのときだけ、あとは一切ない。
だから子どもが見る幻覚だったのかもしれない。
ただ、この体験であの世というのはあると思ってる。
近いような遠いようなそんなところじゃないかな。
・・・オチもなにもない話でもうしわけないね。



水虎淵

2014.01.24 (Fri)
自分が子どもの頃に祖父に聞いたものなんでずいぶん古い話。
祖父が子供の頃は、夏になるとしじゅう川に入って遊んでいたという。
もちろん学校にプールがあるわけでもなく、今のように川の水が汚れているわけでもない。
しかも祖父が住んでいた村は山間にあり、流れる川は渓流で水はひじょうに澄んでいて冷たく、
さかのぼっていくとちょっとした滝や淵もあり、男の子供らは休み中の暑い盛りの午後には
毎日のように川に入って過ごしていたのだそうだ。

いじめと書くと、昨今、報道で話題になる陰湿なものを思い浮かべる人が多いと思うが、
昔はいじめなどはなかったかというと、そうではなく、
祖父の話では昔のほうが今よりずっと子ども同士の間での力関係がはっきりしており、
それは腕力もそうだが、せまい村の中での親の力関係の影響も大きかったそうだ。
まだ小作と地主、本家と分家などの身分差のあった頃だから、そういうものかもしれない。
立場の弱い子どもは、同じ年、また年が上でもいわゆるガキ大将とはけっして対等の立場にはなれず、
奴隷のようなしうちを受けることもあったそうだ。

その日は、昼過ぎから仲間7人で1kmばかり山に入ったところにある淵にでかけた。
そこは水虎(祖父の地方では河童のこと)淵といって、夏でもぞくっとするほど水が冷たく、
また子どもでは潜っても底が見えないほどの深さがあり、湧水の関係からか水中には複雑な流れがあって、
泳ぐのを禁じられていた場所だった。
実際、何年かおきに村の子どもが実際に水死していたという。
そこに次々に服を脱いで飛び込んでいったんだが、今のようにボールなどの遊び物があるわけではなく、
小一時間もすると唇が紫になって泳ぐのも飽きてきた。
それでガキ大将が先頭になって、一人の子どもをからかい始めた。

その子は祖父と同じ年だったが、家は田もなく、母親だけしかおらず、
手間賃稼ぎのようなことで暮らしをたてていた。
だから分校にもめったに登校してこず普段は遊ぶこともないんだが、
その日はたまたま会った仲間の一人がさそいかけるとにこにこしてついてきたという。
その子に対して、ガキ大将が水虎様が憑いている、と言い出した。
その子が水の中でそばに来ると、手で水をかけたりみんなして逃げまわった。
祖父も潜ってその子の足をひぱったりしたというが、
そのときにはふざけているつもりしかなかったそうだ。
ところが無言で追いかけてきたその子の栄養状態の悪い脇腹のあたりが、
水中でどういう光の加減からかスイカのような緑と黒のまだら模様に見えた。

それで怖くなって河原に上がった。他の子どもも次々河原に上がって、
ガキ大将の号令でその子に石を投げ始めた。もちろん当たるように投げたわけじゃない。
だけど誰かの投げた石がその子の水から出ていた額に当たって、血が出るのが見えたという。
さすがにやりすぎたと思って黙っていると、その子はとぼとぼと淵から上がってきて、
何も言わずに脱いでいた服を抱えて山の奥のほうに入っていったそうだ。
残った子どもらは気まずくなって、そのまま村まで戻って解散した。
夜になって、その子の母親が息子が家に戻らないと駐在に訴え出た。
夏場だったこともあって、その夜には青年団が出て捜索を始めた。

次の日の朝早くガキ大将が家にきて俺を誘い出し、
昨日あったことは大人に言うなときつく口止めした。
6人全部の家を回って歩いたんだと思ったという。
その日の午後になって、その子が水虎淵に浮いているのを青年団が発見した。
その子は仰向けに浮いていたようだが、祖父の地方では仰向けならばただの水死、
うつ伏せになっていた場合は水虎様に取られたとされたらしい。
水虎に取られた者は成仏できないとも言われていたそうだが、それでなぐさめになるわけでもない。
そうとう水を飲んだらしく、腹がだぶだぶにふくれて青ざめ、
蛙のような姿になっていたという。

夏が終わり秋になるあたりに、祖父を含めたその6人の子どもらは次々に自家中毒になった。
食い物で心当たりはなかったという。
とくにガキ大将はひどくやられて何日も学校を休んだ。
裕福な地主だった親が、町から医者を呼んだがいっこうに良くならない。
噂では毎夜うなされて「水虎がくる、水虎がくる」とうわ言が絶えなかったそうだが、
やっと回復のきざしが見えてきたとき、家の者がちょっと目を離したすきに姿が見えなくなった。
やはり村の若い者が総出で探したが、水虎淵にうつ伏せになって沈んでいるのが見つかった。
なぜか河原に、お供えでもするようによく熟れた胡瓜が積み上げられていたそうだ。
あまり怖くなかったらスマンな。



図書室の本

2014.01.22 (Wed)
小学校6年生のときのことです。
4月にクラス替えがあり、わたしは自分から立候補して
児童会の図書委員になりました。小さい頃から本好きでしたので、
とても嬉しかったことを覚えています。すぐに第一回の活動があり各学年、
各クラスの図書委員から副委員長にも選出されました。
わたしの小学校は大規模校で図書室は大きく、たくさんの本がありました。
今は学校図書館に司書の先生がおられる学校も増えてきましたが、
当時は、担当の先生はおりますものの、
学級文庫選びや昼休みと放課後の貸し出し当番、
破損した本の修復や図書カードの整理など、
子どもの手でたくさんの仕事をこなさなくてはなりませんでした。

その頃、わたしたちの学校の図書室には奇妙な噂がありました。
今から考えれば、それはどこにでもあるような他愛のない怪談話で、
たくさんの蔵書の中に一冊、呪われた本があるというのです。
何でも、その呪われた本をたまたま開けてしまうと別の世界につれ込まれ、
二度ともとの世界に戻れなくなってしまうということでした。
ただ、この話は低学年では知らないという子も多く、
6年生はみな知っていましたが、
本気で信じているという人はいなかったと思います。
なぜならその図書室で誰かが行方不明になったり、
その他の事故が起きたなどという事実はなかったからです。

それでも放課後に当番数人で残って本の整理をしていて、
初めてみる題名の本を開くときなど、ちょっと気持ちが悪いこともありました。
特に「井田文庫」の本を手にしているときには。
「井田文庫」というのは地域の資産家の方が、
5年ほど前に学校に寄贈されたもので、
児童文学全集が何種類も揃っており、本棚二つに並べられて
図書室の一番奥の廊下側にありました。当時の子どもたちの噂では、
これらの本は資産家の方が亡くなったお嬢さんのために買い揃えたもので、
呪われた本はその中にあるということでしたから。
本自体はページも日焼けしておらず、破損などもほとんどありませんでした。
貸し出しをしていなかったのと、噂のせいで、
図書室内で読む子も少なかったためだと思います。

夏休み前の委員会でちょっとした出来事がありました。
「井田文庫」を寄贈されたお家の方が図書室を訪ねてこられたのです。
学校では全校集会でお礼をという話もあったそうですが、
それは大げさすぎると断られ、図書委員の活動時に、
文庫の様子を見ていただくということになったのです。放課後、
図書委員が集まっているところに来られたのは、背の高い女の人でした。
白地に水色の模様の和服を着ていたのを今でも覚えています。
すらりとして色が白く、今思い返してみると30代前半くらいだったでしょう。
その方はわたしたちの前で「サワチです」と名のられました。
苗字が「井田」でなかったのが不思議でした。

わたしが委員を代表してお礼の言葉を述べると、
サワチさんは何だか目の焦点が合わないように視線をさまよわせ、
「本がみなさんの役に立ててうれしい。これからも大切にしていただけたら」
という内容を短く話されました。記念の寄せ書きをわたすとき、
差し出した手をとり体を折ってわたしの目を覗きこみました。
その瞳をわたしも見ましたが、金色に近いような黄色でした。
ああこの人は日本人ではないのかもしれない、と思いました。
この後、サワチさんは「井田文庫」の本棚の前で、
しばらく背表紙をみておられましたが、礼を言って帰っていかれました。

夏休み明け、秋になった頃のことです。
その日の放課後、わたしは泣きながら図書室にかけ込んできました。
嫌なことがあったのです。いじめなどではありませんが、
仲違いをしていた友だちに、わたしのほうから謝って仲直りをしようとしたら、
すげなく拒絶されてしまったのです。「あんたの他に遊ぶ子は
 いっぱいいるから。あんたは一人で本でも読んでいればいいの」
こんなことを言われました。図書館の鍵は開いていましたが、
生徒や先生の姿はありませんでした。
わたしは人に見られないよう奥まで走り込みました。
あの井田文庫の棚のあるところです。そのときは、
今あったことで心がいっぱいになっていて、
怖いなどという考えは頭に浮かんでこなかったのです。

本棚を背にしてどっと座り込みました。そのとき体があたって棚が揺れ、
重い音を立てて一冊の本が脇に落ちてきました。
厚く豪華な装丁の「小公女」でした。わたしは泣きながら、
その本を手に取ろうとしました。でも手が動かないのです。
いつの間にかあたりが暗くなっていました。肩と腕の痛みが襲ってきました。
両肩が後ろに回され、縛られているかのように手を動かすことができません。
下に目を落とすと、わたしの両足が白い袋に入れられ、
荒縄でその上からぐるぐる巻きにされていました。
何が起きているのかわけがわかりません。図書室にいるのではないようでした。
暗いせまい部屋の中です。饐えたような臭いがしました。
背の高い本棚がいくつもあり窓をふさいでいました。

目の前には太い木の格子、そして体の横に人の気配を感じました。
首を曲げてそちらを向くと、見覚えのある顔がありました。
いつか学校にこられたサワチさんだと思いました。
でも、学校で見たときより若いように感じられました。サワチさんは歌うように、
「さあ、早く食べなさい。お食事を済ませなさい」そう言いながら、
手に持った箸でわたしの口に何かを運んでよこします。

赤黒い塊がわたしの口元に押しつけられました。
生臭さに息がつまりそうでした。
生の肉だと思いました。わたしが歯を食いしばっていやいやをすると、
側頭部を平手で叩かれ、頬にめり込むほど箸に力を込められました。
「ききわけのない子。おいしいお食事なのになぜ食べない。
 食べなさい、さあ」やはり優しく歌うような声。

「嫌だ!」わたしは動かない体を強くよじりました。
そのとき、卵の殻が割れるのを内部から見ていたように、あたりのものがはじけて、
わたしは涙でぐしょぐしょになりながら図書室の床に座り込んでいたのです。
今の今まであった光景はなんだったのでしょうか。
知らぬ間に眠り込んで夢を見ていたのでしょうか、
今から考えるとそうかもしれません。

でも、あの生肉のねっちゃりとした感触と臭いが、
顔のまわりに残っていたのを覚えています。座っている横に本がありました。
「小公女」の本がページを下向きにして床に落ちていました。
わたしはしゃくりあげながら立ち上がり、拾って棚に戻そうとしました。
本を閉じようとしたとき、ツメか何かでこすって余白に
字が書かれていることに気づきました。光のあたる角度を変えてみると、
それは「タスケテ」と読めました。これでわたしの話は終わりです。






霊障

2014.01.22 (Wed)
*バカ話です。

友人から相談を受けました。
なんでも彼氏をふくめた4人で心霊スポットに行ったら、
それ以来体の具合が悪くなったとのことでした。
それで大学でいつもオカルトチックなことを口走っている私のとこに
来たみたいなんです。そうとう体調を崩しているように見えました。
やれやれ心霊スポットなんて遊びがてらにいくもんじゃないのに、と思いながら、
目を半眼にし、体を斜めにして横目で彼女のほうを見ると、
方の後ろあたりに黒い影がうごめいていました。

ああやっぱりとり憑かれている、と思いました。
しかも私がときおり目にするものより、どす黒く禍々しい感じのする影だったのです。
これはかなりたちの悪いものだと思い、普段から懇意にしていただいている
霊能者の先生の元に連れて行くことにしました。

先生に電話で連絡して事情を話し、予約をとってから彼女とともに事務所を訪れました。
霊視の部屋に彼女と入っていくと、すでに束帯に着替えて先生が待っておられましたが、
彼女の姿を一目見て顔をしかめられました。
「これは・・・かなりのものをもってこられましたな。体調がお悪いでしょう」
先生と向き合う形でソファに座った彼女は、
「はい、あのスポットに行ってから、ずっと肩が重いし、朝も起きられなくなったんです。
 無理に起きるとめまいと耳鳴りがするので、
 それ以学校もバイトも休んでるんです」と答えました。

「そうでしょうな。これは・・・はっきり言って命にかかわります」
「ええっ、そんな困ります。なんとかできませんか、祓う方法ってないんですか」
「・・・あることはありますが、ひじょうに困難です。はたしてあなたが耐えられるかどうか」
「でも、何もしないでいると死ぬかもしれないんでしょう。何でもやります、
 どうか教えてください。お金もできるだけお支払いしますから」
彼女は必死になって声を張り上げました。
「いや・・・お金の問題ではないのです」先生が厳かな声で言われました。

「このタイプの浮遊霊に効果のある方法は一つだけです。
 それは悪霊の嫌がることをあなたがするのです」
「霊の嫌がること・・・どんなことでしょうか」
「まずここの帰りがけに、洋裁店にでも寄って赤い布地を買ってください」
「布ですか」 「そうです。それで金太郎の腹掛けをつくってください。
 ひし形になっていて首からぶら下げるようにする腹掛けですな。
 ◯に金の字は入れなくてもかまいません」 「それをどうするんです」
「あなたが着るんでよ。全裸になって腹掛けを身につけます。
そして両方の鼻の穴に万点棒を刺します。万点棒ってわかりますかな。
 麻雀の点数を数える棒ですが、これはなければマッチ棒でもいいです。
そのかわり鼻の頭を赤く塗ってください」 「・・・それで」

「踊るんです。その姿でザルを持ってできるだけ滑稽な格好で20分ほど踊る。
 そうすればあなたも恥ずかしいでしょうが、
 霊のほうも恥ずかしくなってあなたから離れていくでしょう」
「どこでやるんです。自分の部屋でもかまいませんか」
「まさか。自分の部屋でやってどこが恥ずかしいんです。
 できるだけ人の多いところでですよ。ううむ、この霊のタイプだと
 日暮里駅前あたりがいいと思われます。どうですかできますか?」

彼女はしばらく絶句していましたが、「・・・できません」と答えました。
先生は「いや、ぜひやってください。でないと本当に命が危ないです」
「もっと、・・・まとも、ああいえ、他の方法はないんですか」
「他の方法は、ヘビに飲まれて半分溶けたカエルとか、赤子の逆さまつげとか、
 とても入手の難しい材料が必要で、しかも確実に祓えるという保証はありません。
 これが唯一と言っていい方法です」 「でも・・・でも、やっぱりできません」
「そうですか。でもよく考えてください。命には代えられませんから」
代金は必要ないと言われましたので、
お礼を言って彼女と先生の事務所を後にしました。
別れ際に「さっきの方法、やってみれば」と言ったら、「バカ」と返されました。
それから彼女は大学には一度も出てこず、消息不明になってしまいました。






モビール

2014.01.21 (Tue)
大学4年のときのことだ、ダチらと4人で心霊スポットにいったんだ。
夏休み中の7月の深夜だった。30か31日だったはずだ。
行った先は廃墟になってるパチンコ屋で、
経営難でつぶれて支配人が焼身自殺したとか、女が連れ込まれて殺されたとかの噂があった。
まあ真偽はわからないんだが、ガラスの散らばった店内に焼け焦げがあったのは確かだ。
そこに行って写真を撮った。それだけのことだったんだよ。
別におかしなものを見たり声を聞いたりもしていないし、スプレーで落書きとかもしていない。
後で見た携帯の写真にもおかしなものは写ってなかった。
ただ帰りがけに、ダチのうちの一人のTが頭が痛いと言い出したんで、そいつのアパートまで送った。
それだけだったんだ。

ところが、Tが次の日から連絡がとれなくなった。
休み中だからそれは別に不思議でもないんだが、
バイトも無断で休んでると同じバイトのやつから聞いたんで、
携帯にかけても電源が入ってないようなんだ。
Tはメールなんかもしょっちゅうしてくるやつで、帰省したとしても携帯を切ってるのが変だ。
それでTといちばん親しかった俺が、夜の9時頃に様子を見に行ったんだよ。
安い学生アパートの2階にあがってTの部屋のドアをノックしたが返事がない。
ただ中の電気はついているのが上の明かりとり窓から見えた。
ノブを回すと開いてるんで、いちおう「入るぞ」と声をかけてドアを開けた。

入ってみて驚いた。靴脱の先にもう一枚ガラス戸があるんだが、
そこも開いてて部屋の様子が一目で見えた。Tが一人で部屋の真ん中に座ってた。
まわりにコンビニ弁当の空やら飲み物のペットボトルが積まれてる。
そして天井からいくつものモビールが畳すれすれまで下がってた。
モビールって知ってるだろ。ヒモで上からつるして、いろんな飾りがついてくるくる動くやつ。
あれが10個ちかく下がって回ってるんだ。
「おい何してんだ、大丈夫かよ」と言いながら上がりこむと、
そのモビールがいろんな神社のお守りで作られてることがわかった。
中には破魔矢の端を糸でつないでバランスをとってる部分もあった。

「何だこれ、何やってるんだ」と座り込んでいるTの腕をとって聞くと、
Tは我に返ったような顔で「ああ、お前か」と言い、力なく立上った。
俺は部屋の戸締まりをしてTを連れ出し、近くのファミレスで話を聞いた。こんな内容だった。
「あの心霊スポットに行った夜に、頭が痛くなってお前らに送ってもらっただろ。
あの夜に寝てたら、幽霊が壁から顔を出すんだよ。どんなって・・・幽霊だよ、男かも女かもわからない。
髪が長いから女じゃないかと思うんだが、その頭が少しずつ壁から現れて、
部屋の中に髪をばしゃっと垂らすんだよ。それ以上は入ってこない。
幽霊は立ってるんじゃなくて、横になって頭の天辺から垂直に入ってくるんだ。
あと床からも生えてくる。でも額のとこで止まるんだよ。
天井からも生えてくることもある。それで怖いから幽霊を監視してたんだよ」

まったく意味不明で、頭がおかしいやつの話としか思えなかった。
俺が「あのモビールは何だよ」聞くと、Tは、
「俺は美術科だろ。それで卒業制作にモビールやろうと思って材料を買い込んで、
部屋に試作したのを吊るしてた。それが、壁から出てくる幽霊に微妙に反応することに気づいたんだ。
同調すると言ったほうがいいかも。その揺れを見てると次にどっから出てくるかが何となくわかるんだ」
完全にイカれてるなと思ったが、
「まさか最初からお守りモビールを制作するつもりじゃなかったんだろ。あれはどうしたんだ」と聞くと、
「幽霊には御札やお守りっていうじゃないか。それで護国神社から大量に買い込んできたんだ。
いろいろ調節して、そしたら次にいつどっから幽霊が出てくるかほとんど分かるようになった」

「何言ってるんだ。幽霊が怖いなら実家に帰ればよかったろ。
でなきゃ俺らのとこに泊まりにきたっていいし、何で幽霊の出る部屋にずっといるんだよ」
こう言うと、Tはしばらく考え込んでいたが、
「・・・そう・・・だよな。そうすればよかったんだな。
・・・だけど、幽霊が次にどっちから出てくるか気になってしかたがなかったし、
モビールで予測することに夢中になってた。
・・・それに、幽霊の顔が出てくるのも見たい気もしたんだ、少しだけど」
これは病院ものだと思ったから、Tをそのまま強引に俺の部屋に連れてって泊まらせることにした。
次の日はとにかくどっかの医者に連れてって診察を受けさせるつもりだった。
ところが、俺の部屋に寝かせて朝起きてみたら、隣で寝ているはずのTの姿はなかった。

その日は昼からバイトがあったんだが、Tをそのままにしておくわけにもいかず、
仲間にざっと事情を連絡して、バイトは休んでTの部屋に行った。
昨夜と同じく鍵は開いていて、入ったら目の前にTがぶら下がっていた。
玄関と部屋のしきりの鴨居に太い釘を打って、それにベルトをかけて首を吊っていた。
足が玄関のコンクリすれすれまできていた。
それだけじゃなく、Tのシャツの肩から左右に破魔矢がとび出していて、
どっちも、その先に糸で結んだお守りが揺れて回っていた。
あまりのことに俺は玄関先で尻もちをついたが、そのまま後じさって携帯で警察に連絡した。
長い調べがあって、Tの死は自殺ということで決着したが、
部屋中に吊るしてあるお守りモビールの説明に警察が納得したとは思えなかった。




妖怪談義7(人魚)

2014.01.20 (Mon)
これもかなりの難題です。人魚というと下半身が魚で、上半身が若い女性である
マーメイドを思い浮かべる人が多いと思うんですが、これははっきり西洋の人魚ですよね。
しかしこの西洋の人魚も、ギリシャ神話の頃からいたように思われがちですが、
実はそう古いものではないようです。
Wikiには『マーメイドの外観イメージは、
16・17世紀頃のイングランド民話を起源とするものであり、
それより古いケルトの伝承では、人間と人魚の間に
肉体的な外見上の違いはなかったとされている。』
とあります。

日本の古代の人魚のイメージははっきりとわかってはいません。
『日本書紀』の推古27年(619年)の記事に近江の国と摂津の国で、
人魚らしきものが捕えられた記述がありますが、近江の国のほうは河で、
摂津の国では堀江で捕まえたと書かれていて、
必ずしも海のものとはいえないようです。
「非魚非人不知所名」(人ではなく魚でもなく名を知らない)と出ています。

また、鎌倉時代の『古今著聞集』には、
『伊勢の国の別保へ、平忠盛が出かけたときのことである。
地元の漁民が、ある日奇怪な大魚を三頭網にかけた。
頭は人のようで、歯は細かく魚そのもの、口は猿のようで突き出ていた。
頭部以外は魚の形をしており、尾は担いでもなお地面を引きずるほどの長さだった。
その魚は大きく叫び、その声はまるで人の泣き声のようだ。』

こんな記述が出てきますが、顔だけが人のようで、
それ以外は魚という外観に描かれています。

日本では江戸時代に、猿と鯉や鮭を組み合わせた人魚のミイラなる工芸品?があり、
(それ以外に竜なども)ヨーロッパに輸出されていましたが、
これに見る上半身人間、下半身魚というイメージはヨーロッパからきたものであり、
それ以前は人と魚がどちらともつかず入り混じった、
禍々しいものという感じで捉えられていたようです。
『人魚姫』などに見るロマンチックな要素はかけらもありません。

さて、人魚の話を調べると必ず出てくるのが「八百比丘尼」です。
『若狭の漁村に暮らす平凡な少女が、
父親が持ち帰った人魚の肉をそれと知らずに食べてしまい、
まったく歳をとらなくなります。そのため周囲から気味悪がられ、出家して比丘尼となり、
死に行く定めの人々に、安らかな彼岸への引導を渡すようになります。
人々は、自分の死に際し、比丘尼の永遠の生の哀しさを感じ取り、
安らかに死出の旅へと向かうことができます。
やがて比丘尼は八百年のときを経て故郷へ帰り、肉体は風化します。』

八百比丘尼の伝承は全国各地にありますが、まとめるとこんな感じになりますか。

比丘尼とあるとおり、これは仏教説話です。
仏教説話であるからこそ多くの地に広まったとも言えるでしょう。
仏教の説く「諸行無常」つまりすべてのものは移り変わるという摂理に反する、
不老不死という存在の空しさ、苦しさを説いているわけですね。

ところで、不老不死を一つの目標とする宗教が道教です。
道教における道(タオ)とは、宇宙と人生の根源的な不滅の真理を指すもので、
具体的には、不老不死の霊薬である丹を錬り、
仙骨を伸ばして仙人となることを究極の理想とします。長命を得ることで、
宇宙の真理を体得する機会を得ることができると考えるわけですね。

この八百比丘尼伝説を道教と結びつけた話はあまり読んだ記憶がないのですが、
一種の対立概念として考えることもできそうです。
人であることから解脱し成仏することを理想とする仏教と、人の理性を信じ、
長命を得てさらにそれを磨き宇宙と同一化しようとする道教、
この相違点、類似点を考えてみるとなかなか面白いです。  

最後に、人魚のもつイメージは悲劇的ですよね。アンデルセン作品もそうですが、
小川未明の『赤い蝋燭と人魚』も怖くて悲しいです。

『人魚のミイラ』あのムンクも資料としました(嘘) 






目館

2014.01.20 (Mon)
その日は土曜日で、彼女を誘ってドライブに出てたんです。
自分は車好きだし、彼女もドライブが好きでして。
ああ、もしかしたら自分の趣味に合わせてくれてたのかもしれないですけど。
車はフェアレディZです、中古ですけどね。
で、休みのたびに県内の遠くの市や、近県の市まで高速をとばしてました。
とくにどこで何するとかの予定は立てず、
どっかで飯食って観光施設があれば入ったりして帰ってくる。それだけです。

その日は北のほうの県に向かいまして、峠道があるんで、
わざと高速を使わないで走ってました。
時間は10時ころでしたかね。11月らしい曇り空の天気でした。
そこらは山間の集落なんですが、カーブを曲がるときに、
左手の山の中に民家とは思えない建物が見えました。
三角屋根のログハウスみたいな感じで、
そこらはラブホテルがあるとかも聞かないとこなんです。

もう一度カーブを曲がると、建物が木に囲まれて山の中腹に建ってるのが
正面に見えて、手前の藪に「目館」という看板も見えました。
片目だけの、まつ毛がついた目玉の絵が描かれていて不気味な感じだったんです。
彼女が「ちょっと行ってみようよ」と言ったんで、「商業施設じゃないかも」と答えたんですが、
「そのときは戻ればいいじゃん」ということで、脇道をさがして山に入っていきました。

5分ほど登ると舗装路がとぎれ、そっから砂利道を少し行くと平らなところに出ました。
駐車場なんでしょうが、白線が引かれてるわけでもなく、
車も古いSUVが一台停まってるだけで、その奥に目館があったんです。
建物は三角屋根の、丸太を組み合わせた平屋のログハウス風なんですが、
縦に長くて、後ろのほうは山肌にぴったりくっついてるような感じでした。
その三角屋根が、なんとなく神社に似てるんですよ。
あの伊勢神宮みたいな昔の神社。屋根にもなにか神社風の飾りがありましたし。
2人で車から降りて正面玄関までいくと、建物は思ったより高さがありました。
丸木の階段を上っても、屋根がかなり高いところにあるんです。

入り口の両開きの戸は開いていて、2人で入ると横手の受付の窓口から、
女の人が出てきました。40代くらいだと思います。
なんか陰気な感じの人でした。自分が、「ここは・・」と聞くと、
「当館は目の展示館です、目は心の窓と申しますが、さまざまな目を見ることによって、
自分では見えなかったことがわかるときがあるものです」

このとおりではありませんが、こんな内容のことを、
暗記したのをそのまま話すような口調で述べ立てましたが、
何の展示をしてるのか全然わかりません。
女の人は最後に「入場は無料です」とつけ加えました。
自分がどうする?と彼女のほうを見ると、
「なんか面白そうじゃない、行ってみよ」と応じたんで、入ってみることにしました。

女の人につれられて奥に進むと、鋲を打った頑丈な鉄扉がありました。
自分が「すごいものものしいですね」と言うと、「目の生気を逃がさないためです」
ささやくように答えて、鍵を出して鉄扉を開けました。
「展示室が4つありますので、順々に見ていってください。
 後ろには戻れないようになっています。最奥に出口がありますので、
 そこから出て駐車場に向かってください。ごゆっくりどうぞ」

女の人は自分らの背中を押すようにして中に入れるとガシャンと扉を閉めました。
その部屋に入った途端に自動で照明がつき、10畳間くらいの広さでしたが、
壁はやはり丸太を組んだもので、その4面にびっしりと写真がピン止めされていました。
どれもA5サイズくらいで、モノクロの片目だけを写した写真です。
はっきりわかりませんが、フィルムカメラで撮ったもののように思われました。

全部が開いた片目の写真です。女も男も、老人も子供も、
外国人と思われる目もありました。どの目も極限いっぱいまで見開かれています。
あ、目が右か左かはバラバラだったと思います。
実際の目よりも拡大されていて、眉や鼻の一部が写っているものは少なかったんですが、
どの写真からも驚きの感情が読み取れるような気がしました。

「うへぇ、何だよこれ。趣味悪いな」自分がそう言うと、彼女は「いや、けっこう面白いよ」
「そうかなあ」などと言いながら5分も見ていたでしょうか。
自分は先ほど入ってきた鉄扉のノブを回してみましたが、
言ってたように鍵がかかってました。写真はざっと1000枚以上はあり、
すべては見きれないので先に進むことにしました。

さっきの鉄扉とは違って木の軽い引き戸を開けると、
次の間も最初とほとんど同じつくりをしていて、壁に目の写真が貼られていました。
ただ最初の部屋よりも数が半分以下になっていました。
写真はすべて閉じた目の写真です。まぶたの写真といったほうがいいでしょうか。
もうこのときには自分はすごい違和感を感じてたんですが、
彼女が熱心に見てるので、しかたなく写真を眺めていると、
さっきの開いた目のと雰囲気が似ているが何枚かありました。
同じ人かもしれないと思いました。まぶたの写真からは悲しみみたいなものを感じました。

次の間はやや小さい部屋で、やはり写真が貼られていましたが、全部で30枚くらいでした。
モノクロではなくカラー写真になっていましたけど、
写っているものがなんだかよくわからないんです。
全体的に暗いトーンで、赤と黒、緑と黒などの色合いの中に、
白っぽい丸いものが浮遊している。そういうモチーフが共通している写真でした。
「うーん、これ何だろ」と言うと、首をかしげて写真を見ていた彼女が、
「これ悪いものだよ、うまくは説明できないけど。ここ出たほうがいい」
切迫した声で答えて、自分の手をとって小走りに次のドアに向かいました。

ドアは会社などにある普通の一枚板のドアでしたが、
開けると二畳くらいのせまい空間で2人が入り込むとスペースはほとんどありません。
写真はなく、丸木の四方と低い天井にたくさんの四角い穴が開いていました。
どの穴の奥にもカメラのレンズが見えました。
それらが一斉にシャッター音をたてました。
「カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、
カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ・・・」

呆然としている自分たちに向けて、
数十台のカメラは10秒ほど連続でシャッターをきり続けていました。
それが鳴り終わると「これで展示は終わりです。ご苦労様でした」
と機械の自動朗読のような声が響き、突きあたりの壁が上に持ち上がりました。
転げるようにそこを出るとバタンと大きな音を立てて板が戻り、
自分たちは目館の横に立っていました。
「最後のは何だ?アトラクションにしてはやりすぎじゃないか。
 写真は個人情報だろう。勝手に撮るなんて、文句をつけてやろう」
そう言いましたが彼女は押し黙ったままでした。おびえているように見えました。

目館の玄関まで戻ると、入り口が閉まっており休館の札がかけられてました。
ガラス戸とかはないので中の様子はわからないし、
叩いても反応がないんで不承不承車に戻り、発進させました。
彼女はがずっと言葉を発しないので、
「なんだよあれ、いかなきゃよかったな」と言ったら、
「三つめの部屋のあれ、心霊写真だよ。心霊写真の幽霊の目。・・・今考えると
二つ目の部屋のまぶたは亡くなった人のかもしれない」ぼそっとこう答えました。
「おいおい、不気味なことを言うなよ」

それから市内に入ったんですが、彼女の様子が変で楽しくないので、
その日は帰ることにしました。帰りも同じ峠道を通ろうとしたら、
彼女が「高速にして」と言いました。それから1か月くらいして、
彼女とは別れたんです。やっぱりあの目館でのことが尾を引いていたと思うんですよ。
で、その目館なんですが、もう一度そこを通ったときに探したものの、見つからないんです。
場所は間違えてません、同じところに看板がありましたから。
ただ、看板も内容が変わってって、市内にある総合病院の案内広告になってたんです。
わけのわからない話ですみません。






ベランダ

2014.01.18 (Sat)
小学校6年生のときの話。
うちはマンション住まいでペット禁だったけど、ベランダで亀を飼ってた。
それくらいはまあ大目に見られてたんだな。もちろん俺が世話する係なんだけど、
その頃は外で遊ぶのが忙しくてあんまりかまってなかった。
まあ飽きてきたたんだろうな。水槽の水がドロドロに汚れて嫌な臭いがしていた。
それで日曜の日に、母親から水くらい換えなさいってとうとう怒られて、
バケツを持ってベランダに出たんだ。

母親はその前でリビングに掃除機をかけてたんだけど、
それがつっとベランダに寄ってきて俺が外にいるのにサッシの鍵を掛けたんだよ。
ふざけてるのかと思ってサッシのガラスを平手で叩いたけど、こっちを見もしない。
そのときは「こんなことくらいで怒ってるなあ」としか思わなかったけど、
水槽の水をバケツに移して台所に戻ろうとしても、
鍵を開けてくれず平然と掃除をしてる。

ムカついて、手で強く何度かガラスを叩いたんだ。
そしたら妙なことに気がついた。ガラスを叩いた感じが、
まるで平らな岩の壁を叩いているようなんだ。ガラスのつるっとした感じがしないし、
たわんだりもしない。何より叩く音が聞こえないんだよ。
そういえばさっきから掃除機の音もしなくなってた。

母親はすぐ目の前で掃除をしてて、よく見ると怒ってる感じじゃない。
フンフンと鼻歌でも歌ってるような機嫌だった。
俺は手を広げてガラスにビターっとくっつくようにしてみた。
それで体全体でガラスを押す。ビクともしない。
どんどん力を込めてみた。普通そんなふうにすれば、
ガラスが割れるかもと思って、ふざけてるんなら開けてくれるだろ。
ところがぜんぜんこっちを気にしてないし、俺は巨大な壁に張りついているよう。
そこでさらに驚くことが起きた。リビングのドアが開いて俺が入ってきたんだよ。

完全に俺、顔形もきている服もまったくそっくりな俺が歩いてきて、母親と何か話してる。
そのもう一人の俺の顔はベランダのほうを向いているんで、ガラスごしに俺が見えるはず。
それなのに平然として母親と会話してる。声は聞こえない。
その頃にはもう泣いてた気がするな。リビングの中の俺のほうは、
ハンガーからジャンバーをとって外に出ようとしていた。
もう一人の俺はドアの前までいくと、急にくるっと振り返ってこっちを見た。

そのときに目が合ったんだよ。するとニヤッと表情が崩れて、俺に向かって手を振った。
実は俺がベランダに閉じ込められているのに気がついてたみたいなんだな。
その後、人指し指を立てて口にあてて「しーっ」のポーズをしてみせた。

もう一人の俺が部屋を出いていくと、手にガラスの感触が戻った。
そのままガラスを叩くとちゃんと音もした。母親がそれに気づいて、
びっくりした表情をしたので、鍵の部分を指さしてサッシを開けてもらった。
母親はあっけにとられたように、「あんた何でこんなとこにいるの、
 今出てったばっかりじゃない」と言う。
俺は泣きながら、今起きたことを説明しようとしたが、
もう一人の俺の「しーっ」の動作が気になってやめた。

母親は頭の中に?マークがいっぱいのようだったが、ベランダの様子を見て、
「ああ、亀の水を換えるんだったのよね」と言った。
その後、二度とそんなことはなく、もう一人の俺には会っていない。
ただお気に入りだったジャンバーがなくなってしまった。






幽霊について6

2014.01.17 (Fri)
 前回書いた「幽霊=平行世界の重ね合わせ」説はどうやっても検証できませんが、
今回も検証のできない説になります。
心霊写真と呼ばれるものには、岩肌や木々の葉の重なりを写したものがけっこうあります。
そのごちゃごちゃした画像を見て、ここに顔が写っている、ここにもあると
マジックで丸をつけたやつをみなさんも見たことがあるのではないでしょうか。
残念ながらそれらの多くは、シミュラクラ現象として説明できるものです。

 シミュラクラとは、
『人間の目には3つの点が集まった図形を人の顔と見るようにプログラムされている脳の働き。
人は他人や動物に出会った場合、敵味方を判断したり、
相手の行動、感情などを予測したりする目的で本能的にまず、相手の目を見る習性がある。
人や動物の目と口は逆三角形に配置されていることから、
点や線などが三角形に配置されたものを見ると、脳は顔と判断してしまう。』

このようにWikiにはあります。
脳にこのプログラムがあることで、
仲間とのコミュニケーションや外敵への警戒が素早くでき、生存に役立つというわけです。

 さて、木々の重なりの写真も、分析してみると目鼻口があって顔に見えるところは、
実は手前の枝と、ずっと後方に離れた枝などが重なっている場合が多いのです。
つまり、ある限られた角度からは顔に見えるものの、
少しでも見る位置をずらすと顔が消えてしまうんですね。
偶然だからそんなものだろう・・・と思われるでしょうが、
もしも木の葉の重なりが顔に見える位置に立っていたのが偶然でなかったとしたら・・・
というのが今回の説で、
何者かの意図によって、観察者は木の葉が顔に見える位置につれてこられたのだとするものです。

 べつに木の葉でなくてもかまいません。
漂っている湯気が気流によって渦巻き形を変え、
ちょうど亡くなったお祖母ちゃんの顔に見えるように観測者が導かれたとこの説では考えます。
意味がわかるでしょうか。
この説だと、顔に見えるのは木の葉の重なりであり、湯気であるので、
まったく物理法則には反しません。

 『マトリックス』という映画がありました。この原作はアメコミだったはずですが、
ネオという主人公が、この世はじつは仮想世界であり、
コンピュータによって作られた夢を見ているのだとモーフィアスに告げられます。
この映画のように、わたしたちが今いる世界も、
もしかすればバーチャルな仮想世界に近いものであるかもしれません。
そしてその仮想世界を構築した何者かは、この世の法則を自在に操ることによって、
われわれに幽霊を見せることができる・・・w
ここまで読んで、この世がバーチャル世界のように何者かに操られているなら、
もう何でもありだろうと思われた方は正解です。

 この何者かがもしいるとすれば、それは=神、と言っていい存在のはずでしょう。
しかし神がいるかどうか、この世のすべてのものは自在に操られているのか、
これは検証できない可能性が高いですよね。
哲学者のヴィトゲンシュタインは、
「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」 と書いています。
このような見えざる支配者との戦いを描いた作品はSFのテーマとしてはよく扱われていて、
日本では山田正紀の『神狩り』などが有名です。

『神狩り』山田正紀
ああ



幽体離脱実験

2014.01.16 (Thu)
中学生のときの話なんだけど、クラスで幽体離脱ってのが流行ってたんだ。
流行ってたって言っちゃいけないかな。
この話題をするのは自分を入れて4人くらいだったから。
当時有名なオカルト漫画があって、それで幽体離脱を扱った回の直後で、
その漫画に簡単なやり方が出てたから、
いつもその手の話をしてる仲間で俺らもやってみようかって。

やり方はそんなに難しくはない。
部屋を薄暗くしてベッドに上向きに寝て、
自分の体から意識だけが抜け出していく場面を想像する。
目をつむっちゃいけない。それから気が散るから布団をかけてもいけない。
天井の一点を見つめて、それがだんだんに近づいてくるように念じるんだ。

4人でしめし合わせて、今日の夜にやってみて明日結果を報告しようってことになった。
・・・時間は深夜0時を少し過ぎたくらいだったな。
部屋の電気を小さいのだけにして、俺の部屋の天井は木目なんで、
そこの節が渦巻いている部分に集中して、少しずつ体から抜け出していくように、
天井が近づいてくるように念じる。ただ、スプーン曲げみたいに力を込めちゃだめだ。
意識をできるだけリラックスさせて、瞑想的に念じるのが大切だって
漫画には書いてあった。結果は、もちろんうまくいくはずがない。
天井の木目はちっとも近づいてこなくて、いつの間にか寝てしまった。

次の日、1時間目の休み時間に集まって結果を報告し合った。
どうせ俺と同じようにみな寝てしまっただろうと思っていたが、
一人だけできたというやつがいた。
こいつをTということで話を進める。Tの話では、天井の一点に集中して、
10秒間に1ミリずつ抜けだしていくような感覚で想像していたら、
いつのまにか天井が鼻の上すれすれにきていた。
暗いけど天井のほこりや小さなクモの巣がよく見えたっていう。
それだけじゃなく、向きを変えられるかと下向きになったところを思い浮かべたら、
下に大の字になって横たわっている自分の姿が見えたっていうんだ。

自分らでやってみようと言ったくせに、あと2人の反応はあんまり芳しくなかったな。
あからさまには言わなかったが、どうせ嘘だろという冷笑したような感じで、
最終的には夢だったんだろという結論になってしまった。
Tが「自分の体が見えた後で、すぐ意識が途絶えてしまった」
と言ったのも悪かったかもしれない。その2人がいなくなってから、
Tは俺に「お前だけは信じてくれるよな。俺はもう少し続けてみる」
そう言って、「じつは俺の部屋の天井は白一色で目印になるものがないから、
黒い紙に白ペンで三角形を書いたのを貼りつけたんだ。
それがよかったのかもしれない」こう教えてくれた。

この三角形の話を聞いて、萎えかけていた気持ちがまたわくわくしてきた。
ピラミッド・パワーなんてのも知ってたから、
何か関係があるかもしれないと思ったんだな。それでその日は、
俺も紙に正三角形を書いたのを天井の頭の上にくる部分に貼って、
もう一度やってみた。そしたらできたんだよ。
いや、今から考えると夢かもしんないけど、そのときはできたと思ったんだ。
だんだんに額が熱くなってきて、天井に貼ってある三角形が、
自分の額とつながる感じがした。いつのまにか自分が軽々と宙に浮いてて、
反転すると自分の寝ている姿が見えたんだ。
そこまでだったけどね。やはり記憶がそこで途切れていて、
布団をかけないまま寝たから朝方に寒くて目が覚めた。
季節はたしか秋に入りかけた頃だったし。

翌日Tにできたことを報告したら、やつのほうはもっと進歩していた。
その幽体状態のまま部屋のドアを通り抜けて一階に降り、
玄関先まで行ったっていうんだ。体の格好はどうでも自由になるらしく、
宙に浮いた下向きの状態でも漂っていけるんだけど、
直立した形になることもできるっていう。ただし歩く必要はないみたいだった。
スーッと船が水の上を進むように滑っていけるらしい。
これを聞いて、半信半疑ではあったものの自分もそこまでできるか
確かめてみようと思った。夜になるのが待ちどおしかった。

ところが、やってはみたけど俺の場合は、天井まで浮き上がって体を反転させるまでで
かなりの時間とエネルギーを使ってしまう。
自分を下に見ながら進み始めたあたりで気を失ってしまうんだ。
しかも目覚めたときにひじょうに体調が悪くなってる。
最初はカゼをひきかけたのかと思ったが、
そうではなくエネルギーを失っているという感じがする。
自分には向いていないのかもしれないと思った。

一方、Tのほうは、家の外に抜け出して深夜の町をかなり自在に徘徊しているようだった。
話によれば、進むスピードは歩くほどの速さにもできるし、
一瞬で数キロを飛ぶこともできるらしい。
自分の家の前から学校まで来るときに、左側の電柱の数を数えてみたらしいんだ。
すると実際に自転車で登校する朝に数えたのと、本数がぴったり一致したっていう。
それだけじゃなく、俺の家にもきたっていう。
Tは俺の家のだいたいの場所は知っているが、中に入ったことはない。
ところが、Tの話す俺の家の間取りや、
俺の部屋にあるものなんかがいうとおりドンピシャに合ってるんだ。これには驚いた。

俺の寝ている姿も見たのかって聞いたら、それは見ていないっていう。
生きている人の姿は幽体からは見えないらしいんだ。
それから人が乗っている車なんかも見えない。
つまり人っ子一人いない、動くもののない夜の町を自在に漂っているらしい。
それからこんなこともいってた。「人の姿は見えないけど、
空っぽの町の中には何かがいる。ごくたまに見かけるんだ。
最初は自分と同じように幽体離脱中の人かと思ったけど、そうじゃなかった。
緑色をした形のはっきりしないもので、1時間くらいの間に一つは見かける。
近くに寄ったことはないよ。なんだかすごく悪いもののような気がして・・・」

その次の日からTは1週間ほど学校を休んだ。
担任の話では体調を崩してるらしかった。
その間、俺は幽体離脱実験を続けていたが、
いつも同じところでとまってしまうんで、面白くなくてやめていた。
翌週、しばらくぶりで登校してきたTを見て驚いた。
たった1週間なのに人相が変わるほどやせていたからだ。
Tはマスクをつけ、咳き込みながらも休み時間になると俺のとこにきて、
「まだ幽体離脱の実験やってるか」と聞いてきた。

俺が「いや、自分の体を見るところから進めないんでやめたよ」と言うと、
「それはよかった。もうやめろ。モジンに気づかれたら終わりだ」
「も・・じんって何のこと」
「前に話した緑色のやつだ。モジンっていうこととかいろいろわかった。
やつらは監視してるんだ。俺は気づかれてしまった。もうダメかもしれない」
「体調が悪いせいじゃないか。お前ももうやめてゆっくり寝るようにしろよ」
俺がなぐさめるように言うと、
「ああ、もうぜったいやらない。命を取られる」こうつぶやいて席に戻っていった。

それから2日後、Tが亡くなった。睡眠中の突然死だったということだ。
もちろん授業をぬけて担任と何人かの同級生といっしょにTの葬式にも行った。
遺影はやせこける前のふっくらとした顔のやつが使われてたな。
幽体離脱の実験は、それ以来やってない。
Tのことで怖くなった。それに・・・一度やりかけたとき、
天井を緑っぽい影がよぎったんだ。まあ気のせいだろう。気のせいだと思う。
とにかくあんたらもやらないほうがいいよ。

*幽体という語は、オカルト的には黒魔術や神智学でいうアストラル体という意味で
用いられることが多いので、その意図でない場合は体外離脱としたほうがよいのかもしれませんが、
幽体離脱という語のほうが一般的に広まってしまっているので、そちらを用いました。



ハワイ

2014.01.15 (Wed)
この間の日曜日の10時頃に地区の雪まつりに行ったんです。
3つの町会が集まってやるもんですから、そんな大々的なイベントというわけでもなく、
ここらで一番広い児童公園にかまくらが3つ4つ作られてて、
焚き火をしてしめ飾りを焼いたり、餅を棒に刺して焼いたり、
とん汁をふるまったりする程度です。ふだん仕事が忙しくて、
あんまりかまっていない小4と小2の娘を連れてったんですが、
2人もけっこう喜んでましたよ。

公園は入り口から中央まで雪かきがしてありましたが、
柵で除雪車が入れないので周囲には手作業でかいた雪がたくさん積もってました。
とん汁をいただいて体があったまったせいか、
娘たちは会場の回りを走りはじめましたが、手袋と帽子で完全装備をしてましたので、
隅のほうでその日降った新雪の上にダイブするという遊びを始めました。
手をいろんな格好に広げて雪の中にバタンと倒れこむと、
その形に跡が残るのが面白いようでした。
そういえば自分も子供の頃よくやったものです。

娘たちがはしゃいでるのを笑ってみていましたが、
子どもたちの動きがだんだんエスカレートしてきて、
ちょっと離れたところから助走をつけ、
プールに飛び込むような形でジャンプして、雪の中に頭から突っ込み始めました。
ああ、腕でも骨折したらあぶないなと、とめようとしたとき、
下の娘が除雪した雪が壁のようになってる上に登って、
新雪の中に頭から飛び込みました。
ズボッともぐりこんで体全体が埋まり、そのまま出てきません。

上の娘がそこにいって雪を掘り返してましたが、わたしのほうに向かって、
「◯◯ちゃん、いないよ~」と叫んだので、そんなバカなと思い近寄っていきました。
積もっているといっても、雪の高さは小2の娘の身長よりは低いのです。
上の娘といっしょに、◯◯が飛んだあたりを手でかきわけてみたのですが、
どこにも見当たりません。あせってその周囲を足で軽く踏みまわっていたら、
「きゃっ」という声が上の方から聞こえて、
◯◯が背中から目の前に落ちてきたのです。

あわてて駆け寄るとすぐに立ち上がり、不思議そうな顔であたりを見回しています。
「ケガしてないか?」と聞くと「ハワイに行ってた」と、
トンチンカンな答えが帰ってきました。
「雪に飛び込んだと思ったら、砂浜に落ちた。そこは浅い海で、
 まわりに水着のお姉さんたちがたくさんいた。外国の人だった」と言うのです。
そういえば去年の正月は奮発して家族でハワイ旅行しましたが、
そのときのことを言っているのでしょうか。
娘のヤッケが少し濡れていたので、指をつけてなめてみたら塩辛いのです。

そんなバカな、と思いましたが、娘が消えてなくなって、
その後に上から落ちてきたのは確かです。
その雪の中にハワイにつながる道があるのでしょうか???
そのうちに餅焼きが始まったので、娘たちはそちらに駆けて行きました。
わたしはヒザをついてから、◯◯が飛び込んだあたりにそっと倒れ込んでみました。
もちろん何事も起きませんでした。その後、家に帰ってから、
娘たちのヤッケをストーブの近くに干したら、
かすかに潮のかおりが部屋に漂いました。






幽霊について5

2014.01.13 (Mon)
 今回は前回とは別の面から考えてみたいと思います。
量子力学の「2重スリット実験」についてはご存知の方も多いと思います。簡単に説明すると、
二つの隙間(スリット)が開いたボードに向けて電子銃で電子を撃ち出します。
ボードの向こうには感光スクリーンを置いておきます。
電子を大量に撃ち出すと、スクリーンには干渉縞ができます。
電子が当たったことを示す点が、バーコードのような濃淡になって現れるのです。
これは電子が波の性質を持っていると考えれば特に不思議ではありませんね。
波であれば二つのスリットを同時に通り抜けることができるからです。

 ところが電子を1個ずつ撃ち出したとします。するとスクリーンには1個の点ができます。
さらに2つのスリットに電子がどちらを通ったか感知できるセンサをつけると、
電子は必ずどちらか一方のスリットを通っていることがわかります。
これは電子を粒子(つぶ)と考えないと説明がつきません。
しかし1個ずつ撃ちだしているはずなのに、それをくり返し続けると先の実験と同様の
干渉縞ができてしまうのです。
不思議ですよね。不思議ですが、何度も追試されているこの実験の結果に間違いはありません。

 どう考えればよいのでしょうか。もし電子が粒子であるならば、
1個ずつ撃ちだ出した(しかもどちらのスリットを通ったかわかる)のに、
干渉縞ができてしまうのはおかしいです。
また電子が波であるならば、1個を撃ち出したときに両方のスリットを通っていないのはおかしい。
どちらで考えても矛盾が起きてしまうのです。
 これに対する量子力学的な解釈はこうです。
このスクリーンに現れる干渉縞は、電子がどこに到達するかの確率の濃淡を表している。
電子は観測される前は波であり、
観測されたとたんに(センサで感知されたとき、スクリーンに到達したとき)粒子となる。
これをコペンハーゲン解釈といい、量子力学では主流になっています。

 ですが、これ以外の解釈もあります。
エベレット解釈と呼ばれるもので、多世界解釈とも言われます。
プリンストン大学の大学院生であったヒュー・エベレット3世が提唱したものです。
コペンハーゲン解釈では、電子は観測されないうちは波として広がっていると考えますが、
エベレット解釈では、観測された瞬間に電子がそれぞれ別の場所で観測された分だけ
世界が枝分かれすると考えるのです。
多世界解釈は並行世界(パラレルワールド)などと言われSFよく用いられますが、
学問的にはそれとはちょっと違います。
・・・ここまで簡潔に説明するつもりでしたが、うまくできず長くなってしまいました。

 さて、勘のいい方ならここから話がどう展開するかだいたい予想がついたのではないでしょうか。
幽霊の存在をこの多世界で説明できないかということです。
ここからは思い切り眉唾になりますので・・・w
 一般に、上記のような性質はミクロの場合において発現すると考えられています。
それはそうですよね。
野球のピッチャーの投げたボールが波のように広がり、どこにあるのかは確率的にしか言えない。
キャッチャーがキャッチしたとき、始めてボール=粒となって現れるなどということになったら、
こんな魔球はねらって打つことはできません。
バッターは確率が濃そうな空間に向けてバットを振りだすことしかできませんね。

 しかし、多世界的な重なりの中で、ある人が先ほど交通事故で死んだ世界に自分はいる。
ところが重なり合う平行世界では、その人が死んではいない世界が低い確率で存在する・・・
と考えることはできないでしょうか。
「シュレディンガーの猫」の思考実験でも、多世界解釈では、
観測の時点で、生きている猫を観測した観測者と死んでいる猫を観測した観測者の重ね合わせ状態に
世界が分岐することになります。
ここで、何らかの原因で混乱が起きてしまうことはないのでしょうか。
ある人が死んでいる世界に、生きている世界がごく微小に混じりこむ。
そこで目撃されたものが幽霊と呼ばれる・・・w

『2重スリット実験での干渉縞』




幽霊について4

2014.01.13 (Mon)
 またこのテーマで少々書いてみます。
えーこれはあくまで精密さに欠けた思考実験なので、真面目に受け取られてもちょっと困りますw
話半分以下で聞いてください。
前回は、「幽霊は何らかのエネルギー塊(プラズマとか)で、
人の脳に何らかの力(電磁波とか)で働きかけて、
幽霊の像を脳内に結ばせている」という仮説を書きました。
ここで、もし幽霊が何らかのエネルギー塊であるなら、外部から熱量を補給しないかぎり
どんどん拡散していってしまうのではないでしょうか。

 エントロピーという語がありますね。高い山もいつかは崩れて平らになってしまいます。
今でも海中に火山島ができたりするじゃないか、と思う人もいるでしょうが、
これは地球内部にまだまだ熱エネルギーが残っているためです。
太陽でさえ長い年月の後には白色矮星化して死を迎えます。
みなさんの目の前にあるPCは、
どんどん壊れていって数年後には買い替えを考えなくてはならなくなるでしょう。
まあそこまで複雑に考えなくても、カップの中のコーヒーは時間とともに冷めていきますね。
このようなことをエントロピーが増大するといいます。
秩序だった状態がだんだん乱雑な状態に向かうといってもいいでしょう。

 では人間を含めた生物はどうでしょうか。
生物の体はきわめて複雑かつ秩序だった状態を維持しています。
生物にはエントロピーの(熱力学の)法則はあてはまらないのでしょうか。
昔は「生物には特別な生気が宿っていて、無生物とは違った物理法則が支配している」
という考えがありましたが、これは現在では否定されています。
猫の話で有名なシュレディンガーは、生物は「負のエントロピー(ネゲントロピー)」
を取り入れているという解釈を述べました。
これがエントロピーの増大を打ち消しているというわけです。
 しかし実際は、生物は食べることによって熱量を取り入れ、
排泄や体温の発散によって余剰のエントロピーを排出しています。
このような形を「開放系」といいますが、
外部環境とのやりとりによってエントロピーを維持しているのであって、
熱力学の法則からは逃れることはできません。

 では、幽霊が長い間その姿や行動を保つためには、どこから熱量を補給しているのでしょうか。
幽霊も物を食べることができるのでしょうか。
それとも巷でよく聞くように、生者の生気なるものを吸い取っているのでしょうか。
ここで面白い話があります。
情報をエネルギーに変換できるという実験です。
みなさんのPCでも何らかの情報を保存するにはエネルギーが必要ですよね。
であればそれと逆のこともできておかしくないはずです。
(実際はこの部分の議論はおかしいですが、あえてわかりやすく書いています)

 こんなニュースがありました。
 『中央大学と東京大学は、2010年11月14日、
世界で初めて情報をエネルギーに変換する実験に成功した。
この実験は、電磁気学、熱力学、統計力学の構築に大きな役割を果たした
19世紀最高の物理学者のひとり、
ジェームズ・マクスウェルが提唱した物理学上の一種のパラドックスの1つ、
「マクスウェルの悪魔」という現象を実現するものである。
かつては物理学の思考実験に過ぎなかった「マクスウェルの悪魔」の実現は、
微細加工技術とサブミクロンスケールの
リアルタイム制御システムを組み合わせることで成功したものである。』

ただしこれで熱力学の法則が破れているというわけではないようです。

 幽霊に関する仮説の一つとして「残留思念」説があります。
「生者はその死に際して「強い感情(思念)」を残し、
生命は失われても思念自体が残って幽霊としてふるまう」というような感じですね。
この思念というのは情報と考えても間違いではないと思います。
情報が何にどのように記録されるかは謎ですが、情報がその持っているエネルギーを切り崩しながら
活動しているのが幽霊という仮説も成り立つ余地はあるのではないでしょうか。
これだと、幽霊がこの世に長い間とどまっているのが難しく、
縄文人の幽霊が出てこないのはなぜ?という疑問にも答えられそうですw
 また話が難しくなってきたので、今回はここらへんで。

「情報をエネルギーに変換する技術」とは

幽霊について1

幽霊について2

幽霊について3

『Psychometry』物に残る残留思念を読み取る




箪笥

2014.01.12 (Sun)
俺の伯父さんだが、けっこう長く入院してたんだ。
病気は末期の肺がんで、1度は手術したものの完治はぜず、
2度めの手術を勧められたが断ったらしい。
もう覚悟を決めたんで、苦しい思いはできるだけしたくないってことだったみたいだ。
俺の母親の兄だけど10以上歳が離れていて、たしか66歳だったはず。
元実業家で、飲食店やビルの経営をしてバブル期にはかなり儲けてたらしい。
母親は、若い頃は相当荒っぽいことをして元手を稼いだとも言ってた。
それが60過ぎてすべて売り払って、これから好きなことをするぞってときに病気になったから
さぞやがっくりときてたと思うんだ。

でも気丈というか、負けず嫌いな人だったから、
何度か見舞いに行ったときも、酸素の管を離せないのにふざけた冗談ばかり言って、
看護師たちの手を焼かせたりもしてたらしい。
弱気なところは人前ではいっさい見せなかったな。
最後に病院に行ったときに俺にこんなこと言ったんだ。
「お前、オカルト好きだったよな。よし、俺が死んでもし死後の世界があるんだったら、
見てきて必ず幽霊になってどんな様子か知らせてやる」
俺が「嫌だなあ、まだまだ先のことでしょ。それより早く元気になって、またタイのバーにでも
連れてってくださいよ」と返すと、ニヤーッと笑った。

で、その伯父さんが昨日亡くなったんだよ。
突然のことで末期には立ち会えなかったけど、今日火葬をするんだ。
俺らの地域は火葬が先で、葬式は遺骨になった後からってことになってるんだ。
それで俺も母親とともに火葬に立ち会うことになった。
喪服に着替えようと、物置みたいにしてある2階の和室に取りにいったんだ。
普段あまり着ない服や季節外れのは、そこのクローゼットに掛けてるんだが、
そのとき母親に、箪笥にしまってある着物の喪服をついでにとってきてくれって頼まれた。
和服は帯とか紐とかごちゃごちゃいろいろあるんで、まず先にそっちを出してしまおうと
箪笥の引き出しを開けた。

中に伯父さんがいた。その箪笥の引き出しは高さ15cmくらいのものなんだが、
そこに薄く、平べったくなって伯父さんが入ってた。
伯父さんの顔は、普段の陽気さはかけらもなくゆがんでて、瀬戸物をこすり合わせるような声で、
「来るな、・・・する前にぜったいこっち来るな」と言った。
俺はびっくりして後ろに尻もちをついてしまったが、怪談話にあるように気絶したりはしなかったな。
立ち上がったときに引き出しの中が見えたけど、
そこには母親の喪服が薄紙に包まれてあるだけだった。
ああ死後の世界を見てきて知らせるって言ってたな、と思い出した。
約束を守ってくれたんだ。
しかし来るなって言われても無理だよなあ。「・・・する前」って何だろ、聞きのがしちまった。



妖怪談義6(鬼)

2014.01.12 (Sun)
 みなさんは「鬼」というとどんなイメージを持つでしょうか。
一般的には、虎の皮の褌をまとった半裸の姿で筋骨隆々、頭には角が生え金棒を持つ
という姿を頭に思い描かれるという人が多いのではないでしょうか。
自分はこの鬼について、大ざっぱに3つほどの概念が重なり合ったものとして捉えています。

 一つ目は、日本古来の「オニ」です。
日本の古い「オニ」は目に見えないものであったと考える説があります。
「オニ」の語源は「オヌ(隠)」が転じたもので、元来は姿の見えないもの、
この世ならざるものであることを意味していたという説です。(「陰オン」説もあります)
もともと「鬼キ」は漢語で「オニ」は訓読みの和語ですね。
この鬼は古い時代の『日本書紀』や『万葉集』では、「モノ・シコ・カミ」などと訓読みされています。
「シコ」については「黄泉醜女」の項で少し触れました。
「黄泉醜女」
それがおよそ平安末期頃から「オニ」という訓読みに定着していったようです。

 平安時代の詩物語である『伊勢物語』の第6段で、
『ある高貴な女を男が盗みだして背に負って逃げた。芥川というところで女がつゆの玉を見て
男に「あれは何」と聞いた。風雷が激しくなったので、男は女をとある蔵に厳重にかくまい、
弓矢で守ったが、女は知らぬ間に鬼に一口で食われてしまった。』

という話が語られますが、この鬼はまだ日本古来の「モノ」のイメージを濃く残しているようで、
虎の皮の褌の鬼を思い浮かべるとちょっと違うと思われます。

 二つ目は中国の鬼です。中国では「鬼」の語は「幽霊、亡魂」の意味で古来から使われます。
祖先の霊という意味でも用いられるようですが、
やはり、本来は目には見えない霊魂の働きをさすものであったとすれば
日本古来からの概念とも近く、「鬼」が最終的に「オニ」と訓読みされたのも理解できる気がします。
 余談になりますが、邪馬台国のことが書かれている『魏志倭人伝』では、卑弥呼のことを
『鬼道につかえ、よく衆をまどわす。(事鬼道能惑衆)』
と書いています。この『鬼道』については、「五斗米道」(中国の初期の教団道教)であるとか、
「祖霊を祀る道」であるとか「(魏の国教である儒教ではない)蛮夷の邪道な宗教」を指しているとか、
さまざまに論じられています。

 最後に鬼のイメージを決定づけたのは、インド由来の仏教です。
仏教の鬼は、仏法を守護する羅刹や、
もっと一般的には地獄の閻魔大王配下の獄卒のイメージとして民衆の間に広まりました。
鬼が牛の角と虎の牙と爪を持ち、虎の毛皮を身に付けているのは、
丑の方と寅の方の間の方角(艮)を鬼門と呼ぶことから広まったとする有名な説もあります。
 日本は古来から東洋文化(ときには西洋も)の流れ着く果てであり、
妖怪も江戸の黄表紙作者などが創作したもの以外はさまざまなルーツを持っています。
そこにいろいろ調べていく面白さがあるんですね。

『鬼のミイラ』大分県宇佐市大乗院




妖怪談義5(牛鬼)

2014.01.10 (Fri)
 今回は「牛鬼」をとりあげますが、これは難物です。
なぜかというと各地で伝承される牛鬼の姿形がかなり異なっているからです。
まあ昔の農村は閉鎖社会で、
他地域の情報が入ってくることはまれであったと思われますので、
牛鬼という名前のみが伝わり、各地でその姿形がそれぞれ想像されたと考えれば、
それほど不思議なことではないかもしれませんが。
牛鬼の代表的な姿は、牛の頭に鬼の体というもので、
これは仏教説話に出てくる「牛頭(ごず)」と考えていいかもしれません。
馬頭(めず)とともに、亡者をさいなむ地獄の獄卒として知られていますね。
元はインドからきているようです。

 問題はもう一つの代表的な牛鬼の姿。
水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』に出てくる、牛の頭にクモの体をもった怪物です。
さらにこの怪物は、海からあがってくるとか、
淵の主であるとか水と関連して語られることが多いのです。
日本の農耕用の牛は水とは本来あまり関係がないと思うのですが、水牛なのでしょうか。
これも疑問です。
あれこれ考えてるうちに、源頼光でつながるかもしれないと思いあたりました。
源頼光は平安中期ころの武勇に優れた武将で、
配下の四天王に渡辺綱や坂田公時(金太郎)などがいたと語られていますね。

 『牛御前伝説』という話があります。
これは室町時代に浄瑠璃で語られたものでこんな筋です。
『平安時代の武士、源頼光の兄弟に、
牛のような子が生まれ牛御前と呼ばれた。
父(源満仲)はこの子を嫌い、須崎という女官に殺すよう命じた。
しかし須崎は娘を哀れに思い山中で密かに育てた。牛御前は凄まじい腕力をもち育ったが、
ふとした事から娘の生存を知った父は激怒し、頼光に討つように命じた。
父の裏切りを知った牛御前は恨みの果てに牛鬼となり、関東に下って鬼の国を作ろうとした。
しかし源頼光と四天王らは、関東に追い、牛御前を追いつめた。
牛御前は隅田川に身を投じ、巨大な化け物となり辺りを水没させた。
死後、牛玉という玉を残した。今も社宝として牛島神社に納められているという。』

ここでの牛御前は、はじめは牛の顔に鬼の角、人間の体のようです。
なにか「件」のところで触れた「牛女」を思わせるものがありますね。
妖怪談義2(予言獣)
また、隅田川に身を投じあたりを水没させたというあたりは水に関連します。

 頼光つながりというのは、
源頼光は酒呑童子をはじめさまざまな妖怪を退治した逸話があるのですが、
その一つに「土蜘蛛」の話があります。
『平家物語』では、
『頼光が瘧(おこり)を患って床についていたところ、身長7尺の怪僧が現れ、
縄を放って頼光を絡めとろうとした。頼光が病床にもかかわらず名刀「膝丸」で斬りつけると、
僧は逃げ去った。翌日、頼光が四天王を率いて僧の血痕を追うと、北野神社裏手の塚に辿り着き、
そこには全長4尺の巨大グモがいた。頼光たちはこれを捕え、鉄串に刺して川原に晒した。
頼光の病気はその後すぐに回復し、土蜘蛛を討った膝丸は以来「蜘蛛切」と呼ばれた。』

おそらくこれが時代的には大元に近い話だと思いますが、
後代の『太平記』や能の謡曲にも取り上げられています。

 鎌倉時代の絵巻『土蜘蛛草紙絵巻』ではこんな話になっています。
『ある日、空を飛ぶ髑髏をみつけた頼光は、渡辺綱とともにこれを追って京都・神楽岡に至る。
この地のあばら屋で出会ったのは数々の妖怪。ついには巨大なけものが現れる。
頼光と綱が力を合わせてこれを倒すと、その正体は土蜘蛛であった。』

そもそも「土蜘蛛」とは、
記紀や風土記に出てくる朝廷にまつろわぬ民のことを指していましたが、
中世の段階でこのように変質してしまっています。
ここで、注目してほしいのは土蜘蛛が虎の顔、クモの体で描かれていることです。
虎とクモは、黄色と黒の縞模様からの連想かもしれません。
あと方位や時刻を表す丑寅(艮)という言葉もありますよね。

 伝承というものは複数の話が融合したり、
より興味深い形に改変されたりして伝わってくるものだと思いますが、
源頼光ー牛御前ー土蜘蛛ー牛鬼(クモの体)と、一つの流れがあるような気がします。

『地獄草紙』の牛頭馬頭 シアトル美術館


『百怪図巻』佐脇嵩之のうし鬼


『土蜘蛛草紙絵巻』模写部分



カウントダウン

2014.01.09 (Thu)
コンビニでバイトしてるんだけど変なことがあった。
俺のシフトは週4日、午後の10時から朝の5時まで。
もう1年近くなるな、俺にしては続いているほうだ。初めは眠かったが、
それももう慣れた。で、2ヶ月くらい前から妙な客が来るようになったんだよ。
男で、歳は50代くらいだと思う。それがいつも同じ服装をしているんだ。
黒のニット帽に黒のスエットの上下。
顔はもみあげが長くてあごひげと鼻ひげがつながってる。

こう言えばサンタさんみたいだと思うかもしれないが、
サンタとは違ってひげは黒々してる。だから全体が黒って印象なんだけど、
わずかにのぞいてる目の下のあたりがたるんでしわだらけなんで、
50代くらいかなと。あと目の色が金色っぽいんで、
もしかしたら外国人の血がまざってるかもしんないと思った。

その人がここ2ヶ月、毎日来るんだよ。
それも深夜の3時きっかりに店に入ってくるんだ。
んで、発泡酒1本とハンバーガーを1個買う。ハンバーガーはレンジで温める。
千円札を出すんでお釣りを渡す。小銭だったことは一度もない。
口はほとんどきかないな。まあここまではそれほど変というわけでもないだろ。
来る時間が同じなのは仕事の関係かもしれないし。

ただ、バーガーをレンジで温めて待ってもらっている間に、
何かブツブツつぶやいてるんだ。この人が来るようになって3日目くらいに気づいた。
それで気になって何気なく耳をすましてたら数を数えてるんだ。
「108、107、106、・・・」というカウントダウン。
どうやら店に入ってくる前から数え始めてるっぽい。
で、俺が袋に入れた商品を渡すと、数えるのをやめて帰っていく。
だいたいそのあたりで90くらいになってることが多いな。

まあ神経質な人なのかもしれないし、単にヒマをまぎらわすためかもしんないけど、
やっぱ気になるんだよ、もしカウントが0までいったらどうなるか・・・とか。
週の残り2日を深夜帯でやってる人にも聞いてみた。
そしたらやっぱり午前3時ぴったりに来るということだ。
数を数えてるのも気づいてたよ。「近くの公営住宅から来てるんじゃないかな」
と言ってた。で、つい3日前のこと。その人が時間どおり来た。

いつものように他の商品には目もくれず、
入ってくるなりほぼ最短距離で発泡酒とバーガーの棚を回ってレジに向かう。
ただその日は他にカップルの客がいてタッチの差で前に並んだ。
カップルはいろいろ買い込んでたんで時間がかかって、
その人が千円札を出したときによく聞いたら、カウントが70を切ってたんだ。
そしたら、いつもは後ろに手を回して立ってるだけなのに、
そのときは両腕を横に出して、てのひらを握ったり開いたりしてた。

それでもバーガーの温めは30秒だからカウントは0までいかないと思って、
まずお釣りと領収書を渡した。そのとき、レンジで「パフッ」という音がした。
バーガーを温めるときには包装にちょっと切れ目をいれなくちゃならないんだけど、
それを忘れてたんだな。出してみると案の定、
包装がはがれてパンがむき出しになってた。
しょうがないから「失礼しました。今お取り替えしますので」
そう言ってその人の顔を見たら、泣いてるんだよ。

声は出さずに、両目からはらはらと涙をこぼして、
そのしずくがひげにまで伝わってる。泣きながつぶやいているカウントは28・・・
俺は脇の戸から出て同じバーガーを持ってきてレンジに入れたが、
その間にその人のカウントが0までいってしまったんだ。
でも・・・特に何が起きたわけでもない。その人は下を向いて黙って涙を流してる。
俺はすんごく悪いことをしたような気になってさ。
「申しわけありませんでした」と言って商品を渡した。

その人は袋を受け取ると、とぼとぼとした足どりで店を出て行ったが、
数秒して、店の外で「パフッ」という音がした。
店の中にいても聞こえたんだから、実際はけっこう大きな音だったと思う。
外に出てみたら、今さっき出て行ったその人の姿はなくて、
コンビニの敷地から道路に出るあたりに、大きな液体の染みが広がってた。
染みは街灯に照らされて、毒々しい緑色に見えた。
その横にコンビニ袋が置いてあって、バーガーと発泡酒が入ってた。
おととい、昨日とその人は来ていない。もう来れないんだと思う。






百鳥居

2014.01.08 (Wed)
小学校6年生のときのことです。夏休み中で、
その日は午後からクワガタを獲りに3年生の弟とずっと裏山に入っていました。
裏山は高さ100mもあるんでしょうかね。何本か登山道はあるんですが、
どれも一本道で何にもない山頂に続いているだけです。
ほんの小さい時分から入って遊んでるんで、
危険なことなんて何もない思っていたんですよ。

それからクワガタといっても大きなのはめったに見かけなくて、
コクワガタというんですが、朽木の中にもぐりこんでいるやつ。
あれを集めてたんです。倒れた太い木で、
すっかり乾いてくぎ抜きでほじくり返せるやつ、
そういうのの木肌をぱきっと割ると中に通り道の溝ができてて、
そこにひそんでるんです。オスばかり獲ってメスは捨ててましたね。

夕方になったんで帰ろうと道を下っていると、
林をへだてた向こうの登り道が見えるんですが、
木の間に何か赤いものが見え隠れしている。
何だろうと思ってちょっと高いとこから見たら、
お稲荷さんにあるような小さい赤い鳥居です。
それが何十本もずっと山道に沿って続いていました。

「あれっ」と思いました。小さな山でほんとに隅々まで知ってるんです。
そっちの道も何度も通ってますが、そんなものはこれまでなかったんです。
子どもでも不思議に思いますよね。それで弟といっしょにいったん下りてから、
あらためてそっちの道を上っていきました。

赤い鳥居が見えてきましたが、新しいものではなく、
ずいぶん年代がたっているもののようで、
塗りはあちこち剥げてたし、木もぼろぼろなんです。
そういうのがずらっと何十本も山頂のほうまで続いている。
かなり暗くなってましたが、子どもだからそういうのを見るとくぐりたくなりますよね。
で、弟をしたがえて最初の鳥居をくぐりました。
そのとき、あたりの景色がぐらっとゆがんだような感じがしたんです。
どう表現すればいいのかな・・・虫眼鏡をのぞくと最初はぼやけて見えますね。
それからピントを合わせる。そんな感じといえばわかってもらえるでしょうか。

鳥居と鳥居の間隔は1mもないくらいでしたね。
その中を進んでいくと後ろから風が吹いてきて背中にあたりました。
そんなに強い勢いじゃなかったですが、すごく冷たいんです。
夏休み中でその日も気温は30度を越えていたと思います。
それなのにすごくひやひやした風が吹いてくる・・・
いや、気持ちいいというより嫌な感じがしました。

早く抜けださないと大変なことになるかもしれないという予感がしたんです。
何でかわかりませんけど。それで、
弟の手を引いて急ぎ足で登っていきました。
そのときは引き返そうとは思わなかったですね。
とにかく後ろを向くのが嫌だったんです。

10本、20本と鳥居を抜け、上のほうに出口が見えてきました。
もう少し、と思って小走りになったら
5本くらい先の鳥居の上からすーっと何かが降りてきたんです。
昔のおもちゃ・・・風車とかでんでん太鼓とかああいうのが束になって、
頭くらいの高さのところで揺れてるんですよ。近づいてよく見ると、
おもちゃはクモの糸のような細いキラキラした糸で上から吊り下がってました。

さらに上は木の枝が重なってて、どこまで続いているかはわからなかったです。
そのおもちゃが目の前でくんくんと上下に揺れるんです。
弟が手をのばそうとしました。そのとき自分は、
「これはいけないものだ」という気がして、
その下をくぐるようにして弟の手を引っぱって走ったんです。

もう20本ほど鳥居を抜けて出ると、山頂付近まできていました。
そのときはじめて後ろを振り返りましたが、そこには何もなかったんです。
ただ林の中の道が下まで延びているだけでした。
最初の道を通って走って家に帰ると、
ちょうどじいさんが野良から帰ってきたところでした。
弟といっしょにさっき見た鳥居の話をすると、じいさんは、
「うーん」と考えこんでましたが、庭のほうに回って縁側に腰をかけ、
「そうだな、じいちゃんがちょうどお前らくらいのときだから、
 昔々のことだ。百鳥居の話を聞いたことがある。

 なんでも古くからこの地域でお祀りされていたお稲荷さんだったが、
 不浄なことがあって・・・
 不浄というのは神社が血でけがれてしまったという意味だよ・・・
 とにかくだれも祀るものがいなくなり火をつけられてしまった神社の、
 鳥居だけが山の中に現れて、迷い込んだ子どもをさらうということがあったらしい。
 しかしこの話はもう何十年も前に聞いたことで、今やっと思い出したくらいだよ」
と教えてくれました。

その後、わたしたちはじいさんの勧めで、
仏壇の前でしばらく手を合わせていました。
それからも何度か裏山には入りましたけど、おかしなことは何もなかったです。
わたしは高校を出てから就職で町に出ましたが、
ずっとそっちに残っている弟に聞いても、あの鳥居は二度と見ていないというんです。
弟もあのときのことをよく覚えていましてね。

実家に帰ったときにこんなことをいわれました。
「兄ちゃん、あんときの鳥居だけどさ。
 俺がおもちゃにさわろうとしたのを兄ちゃん止めてくれたよね。だけどさ、
 あれがもし昔のおもちゃじゃなくて、あの当時兄ちゃんがほしがってたゲーム機とか
 大きなクワガタだったりしたら、兄ちゃんどうした」
これを聞いて、わたしもしばらく考え込んでしまいました。まあ、こういう話です。
  




怖い古代史6(黄泉国)

2014.01.07 (Tue)
 今回は古代史というものの難しさについてちょっと書きます。愚痴みたいなもんです。
前に「黄泉比良坂」という項で「黄泉醜女(よもつしこめ)」について少しふれました。
怖い古代史1
死して黄泉の国にいるイザナミが、
約を違えて逃げ出した夫のイザナギを追いかけるために遣わした黄泉の国の女の鬼です。
この黄泉醜女について「醜い女の鬼で、死の穢れを表す」とする解釈もありますが、
本当にそうなのでしょうか。
『古事記』には「予母都志許売(よもつしこめ)」という表記で出てきます。
これは和語を音で表したもので、
もともとの日本語である「志許」に醜いという意味があるのかははっきりとはわからないのです。

 『日本書紀』では、一書注(別伝)として「泉津醜女(よもつしこめ)」
または「泉津日狹女(よもつひさめ)」として出てきます。ここでは「醜女」と出てはきますが、
後代に「醜女の深情け」などの形で使われるのと同等の意味なのかというと、そうとも言えません。
『日本書紀』は漢文で書かれていますが、和語の「しこ」と漢語の「醜」の意味を比較検討した場合、
どうしても疑問が残るのです。
このように短い言葉一つをとっても解釈がひじょうに困難なのです。
 『古事記』の大国主命の根の国(黄泉の国)訪問のくだりで、大国主は自らのことを
「葦原色許男(あしはらのしこお)」と名乗ります。
この場合の「色許(しこ)」というのは強い男と解されることがほとんどです。
「しこ」には強いという意味があり、相撲の四股もここからきていると言われます。
では黄泉醜女というのは強い女という意味なのでしょうか。
何が何やらわからなくなってしまいますね。

 さて話かわって,『古事記』の黄泉の国の描写は、
古墳の横穴式石室からきているという説があります。
古墳の玄室は、はじめは上から穴を掘り下げた竪穴式でしたが、
4世紀末頃から横穴式に変わっていきます。
いったん土を盛ると再び開けるのが困難な竪穴式と違い、横穴式の石室は再利用ができます。
ある貴人の玄室に、ゆかりのある者を追葬することができるのです。
そして追葬のために一度閉じた玄室を開いてみると・・・
イザナキが美豆良(みずら)に差していた櫛の歯に火を灯す情景は玄室の中の暗さを表し、
遺骸が腐乱した状況は一度閉じた玄室を再び開いたときの情景の描写だとされ、
黄泉の坂を大石でふさぐのは、石室の羨道を閉じる行為とみなされるのです。

 これはほぼ定説のようになっている話で、大陸から追葬という文化が入ってきて、
一度閉じた玄室を再び開けることになった人々が、
中の光景を見て受けた衝撃が神話の形で残されていると説かれます。
このように、創世の神話でさえ後代の風習が反映されてできたものだとしたら、
古代の死生観など、どうやって再構築できるのでしょう・・・

『横穴式石室の構造』徳島県立埋蔵文化財総合センター




心霊事件簿5(何かがいる)

2014.01.07 (Tue)
 今回はこれです。
『26日午後0時20分ごろ、京都府宇治市槙島町のヤクルト本社京都工場から
「見学の中学生が気分が悪いと訴えている」と119番があった。
宇治市消防本部などから救急車が出動し、
過呼吸の症状を訴えていた堺市立三国丘中学校2年生の男女生徒11人を2病院に搬送した。
いずれも軽症。工場到着前、バスの中で一部生徒が「幽霊が見える」などと言って騒ぎになったといい、
周りの生徒も不安感などで連鎖反応的に過呼吸になった可能性がある。
府警宇治署の調べなどによると、同校では、2年生214人が体験学習や職場見学のため、
24日から2泊3日の日程で福井県や宇治市などを訪れていた。
毎日新聞 2007年5月26日 』


 この後、この記事を扱ったブログに当事者(三国丘中生徒)と名乗る人物からコメントが寄せられ
そのブログは紛糾しました。
『これの被害にあったバスに乗っていました。バスの中で怪談話はしていません。
一人が私の座っていた席の上に「気持ちの悪いものが見える」といい、
そのあとも何人もがそういって泣きながら過呼吸になっていました。
見える場所を綺麗に拭いてきれいにしても見える、といい、
怪談話で泣くぐらいの子じゃない気の強い男子までもが泣いてか呼吸になっているんです。(5/27)』

同じニュースを取り上げた他の二つのブログに寄せられたコメント。
『それに、怪談話してないし、病院にいって、
バスに戻ったらまた過呼吸で病院に戻った親友も居る。(5/27)』
『俺の友達は怪談話なんかしていない。あたりに過呼吸の人がたくさん出てる。
そんなのが可愛いと思う?幽霊を見た、怖い。気持ちが悪い。
そういって過呼吸になって、しかも泣いてるんだよ?』


 これらのコメントが本当に当事者たちのものであるかは、ネットですのでわかりませんが、
本物であると仮定すれば、怪談話ではなく、一人の生徒が「座席に気持ちの悪いものが見える」
と言いだし、そのパニックがどんどん他の生徒にも伝染していったともとれます。
大阪の堺から京都の宇治までバスで1時間ちょいくらいでしょうか。
これから工場見学をするという午前中に車内で怪談話というのもないかなという感じがします。
霊感の強い子がいて、その言動が他の生徒に影響を与え、集団パニック状態になったのかもしれません。
校外での活動、バスの車内という閉塞した環境、振動や特有のにおいなども
パニック誘発の要因としてあげることもできるでしょう。
似たような事件が昨年起きました。

 『19日午前11時45分ごろ、兵庫県上郡町大持の県立上郡高校で、
1年の女子生徒が休み時間中に「気持ち悪い」と体調不良を訴え、過呼吸を起こした。
その様子を見た別の生徒らが正午過ぎにかけ、次々と過呼吸などの症状を訴え、
1年生17人と3年生1人の女子生徒計18人が隣接する赤穂市内2カ所の病院に搬送された。
いずれも意識があり、命に別条はないという。
兵庫県警相生署によると、最初に体調不良を訴えた女子生徒は、
生徒の間で「霊感が強い」と言われていたという。
その生徒は泣きわめくなどパニック状態になっていたといい、
同署は他の生徒も同様にパニックを起こしたとみている。産経新聞 2013年6月19日 』

 一般的に過呼吸は伝染する事例があることは知られています。
進化心理学で「個人の恐怖反応は、他者に迫り来る危険を警告するという利他的な意味を有している。」
という考え方があります。
シグナル性の高い過呼吸は、他者からの助力を求めるメッセージを伝えるだけでなく、
他者に迫り来る危機を警告する意味も持つ可能性があるのだそうです。
・・・その場の多くの人が過呼吸になってしまったら、危機が迫っても対処できないのではないか
とも思うのですが・・・このような事態は起こりうるもののようです。
ただし当ブログ的には、実際に何かが見えた(何かがいた)
という可能性も否定はできないと言いたいところです。
いくら集団ヒステリー、パニックという言葉を使っても、その部分の解明はできないのですw


集団ヒステリー Neverまとめ



本の感想3

2014.01.06 (Mon)
1月2日に出たばかりの新刊。
『異界ドキュメント 白昼の囚(とらわれ)』
 高橋ヨシキ 著 竹書房文庫

正月早々から怪談本を読んでいるというのも何なんですが。
この著者の高橋さんの話は、
前著『白昼の魔』でもそうでしたが、
たいへんに特徴があります。
前に、実話怪談では話の中に出てくる謎(怪異)が
作中で解決される場合と、
解決されないで残る場合があると書きましたが、
2つの度合い
氏の場合は解決されない方の旗頭といっていいくらいです。
本作も、取材対象からの聞き取りによって驚愕の話が
もたらされますが、それが何なのか、
なぜそのことが起きているのかがまったくつかめないものが
大部分を占めています。

 読んでいるうちに、じつは取材対象の人が少しおかしくなっていて、
妄想が語られているんじゃないかと思わされるほどです。
(そのあたりもねらいなんでしょうが)
アパートの隣人が不思議な生物を虐待している『フゴフゴ』
滝の水が一瞬で干上がり、紙を貼った無数の動物の死骸が現れる『バーベキュー』
学級崩壊した幼稚園の男の子が突然出てきた大男に油のシミを残して消される『タケガミ』
中学生の女の子が黄色い顔の人がいる体育館の中に建つ家に連れて行かれる『キイロ』
山道で不思議な缶詰を満載したトラックの荷台に落ち込む『カンズメ』・・・
謎が解決しないどころか、作中には解決のための手がかりもないんですよね。
 おそらく評価は、
不可思議不条理なイメージを楽しめるかどうかで分かれてくるんではないかと思います。
自分的によかったのは『グローリア』『クマ』『ボウリング』など。

 巻末の『モガミ』は自傷・自殺傾向のある人を集めて・・・という氏の得意分野?の
話でしたが、『ホステル』シリーズや『マーターズ』など拷問系の映画が多数出ている中で、
文字でしか表現できないものとは・・・
映像にかかわる仕事をなされている氏だけに、そのあたりは十分に考えておられるでしょうが。

『マーターズ』




心霊事件簿4(橋北中水難)

2014.01.05 (Sun)
この話は書くのがいまいち気乗りしないんですよね。
理由の一つは、古い事件(事故)ですがたいへんに痛ましい内容であること。
もう一つはWikiの編集者が実に詳細に書いているため、
そっち見ればほとんどわかってしまうことです。
まあしかし、新聞に載った怪異事件を網羅して
収集するのも当ブログの目的の一つですので、とりあえず進めます。
ちなみに前は自分も古代史関係のWikiをよく書いていたんですが、
このブログを始めてそのヒマがなくなり、今はご無沙汰しています。

事故が起きたのは1955年7月28日、戦後10年ほどたった頃のことです。
三重県津市の津市立橋北中学校の女子生徒36人が、
同市中河原海岸での水泳訓練中に溺死しました。
参加生徒約660名は、男女別、水泳能力の別によって班に分けられ、
訓練は7月18日から10日間の予定で行われました。事故が起きたのは最終日です。
当日は水泳能力のテストがあり、午前10時から、
大半が泳げない組の女子生徒約200名(他に男子生徒も)が海に入りました。

ところが海に入ってから数分後、女子生徒100名前後の者が、
水泳場東北隅附近で一斉に身体の自由を失い、
溺れ始めました。懸命な救助が行われましたが、最終的に36名が亡くなったのです。
現場の水深は1m足らずでしたが、多くの証言で急に水位が増し、
足が立たなくなったとあります。この原因について
は推測するしかありませんでしたが、沿岸流(ロングショアカレント)説など
多数の説があげられています。

この事故が起きてほどなく「戦死者の霊が女生徒たちをひっぱりにきた」
という噂が地元では広まっています。
事件が起きてから1年後の7月29日付の『伊勢新聞』には
『…当時おぼれて助かった女生徒の一人は
そのとき海の底からたくさんの女の人がひっぱりに来たといっている。
…終戦の年の同月同日、津市中心部が一夜にして灰燼に帰した空襲時に、
この文化村海岸の松原に避難して爆死した、
多くの難民たちの無縁仏がひいたのだという伝説も
想いおこされる。』
という記述があります。

事故のちょうど10年前の1945年7月28日に、
同市で大規模な空襲があったのは事実ですし、
それとの関連性も事件当時から指摘されていました。
『…身元不明の遺体は砂浜に埋葬されたと聞きました。
それから十年後同じ日、中学生の水難事故がありました。
遺体の埋められた場所の近くです。生存者の話によると、
防空頭巾をかぶったおばさんが呼んだと云います。
(戦争の爪跡、三重県戦後50年体験文集、三重県戦争資料館)』


ただ全部で7回、うち大規模なもの3回の空襲は、
どれも現場の中河原海岸には及んではいません。
しかし津市郊外の郵便局長の話として、
『7月28日の空襲で警察署の地下室に逃げ込んだ人々が皆、
煙にまかれて窒息死した。死者は250名をこえていただろう。
その処理に困った市当局は海岸へ捨てることに決めたが、
漁師たちが反対したので、一部は油をかけて焼き、
残りの大部分は砂浜に穴をほって埋めてしまったのだ。』
という記述があります。

これが中河原海岸に遺体を埋めたという伝説の元になっているのは
間違いないと思われます。さらに同市の「爆死者調査」によれば、
『中河原海岸、津署地下室死者、無縁確認36…』という記述があり、
この津署地下留置場の無縁仏は中河原海岸に仮埋葬されたとも解釈できるのです。
これは7月24日の空襲時のことという説もありますが、
埋葬された無縁仏は奇しくも36体です。

事故の被害にあった女生徒の手記「私は死霊の手から逃れたが…」
(『女性自身』昭和38年7月22日号)が発表されたのは事件の8年後で、
これにより噂は全国的に有名になりました。
『黒いかたまりは、まちがいなく何十人という女の姿です。
しかも頭にはぐっしょり水をすいこんだ防空頭巾をかぶり、モンペをはいておりました。
白い顔が近づいて、夢中で逃げようとする私の足をその手がつかまえたのは、
それから一瞬のできごとでした。思いきり足をばたばたさせて、
のがれようとしましたが、足をつかんだ力はものすごく、
下へ下へと引きずりこまれてゆきます。』(一部抜粋)

亡霊が呼んだのかはともかく、この事故の責任をめぐって長い裁判となり、
県内の中学校にプールが設置される契機となりました。

橋北中学校水難事件Wiki

『海の守り』(事件の殉難碑)
「海の守り」女神像





怖い古代史5(水蛭子)

2014.01.04 (Sat)
前に「蛭子(エビス)温泉」という話を書きましたが、
「蛭子温泉」
これは蛭子(ヒルコ)の伝承を元にしたもので、
『古事記』にはこのようにあります。
『まず女神のイザナミが声をかけました。「ああ、なんとよい男だろう」
次に男神のイザナギが声をかけました。「ああ、なんとよい女だろう」
このとき、女神が先に声をかけるのはよくない感じがしました。
最初に生まれたヒルコは不具の子でしたので葦船に乗せて流しました。
次に淡島が生まれましたが、これも子のうちには入れません。』

この後、困った二神は天津神に相談し、男のイザナギから声をかけてやり直し、
大きな八つの島が生まれます。

このヒルコの解釈をめぐってはいろいろ議論があるのですが、
なかなかはっきりしたことは言えないようです。
始祖となった男女二柱の神の最初の子が、
生み損ないになるという神話は世界各地に見られるようで、
これもその類話の一つであるとする見方があります。

また、女神から先に声をかけたために
不具の子が生まれたとする部分については、
記紀が書かれた8世紀の時点で、男尊女卑的な考え方が
中国から入ってきていたのでは、と指摘する向きもあります。ただ、
『古事記』は女帝である持統天皇の治世にはすでに編纂が開始されており、
女神のアマテラスも活躍しているところから、
単純にそうとも言えない気がします。

ヒルコについては、原文に「水蛭子」とあることから、
「ヒルのように足の立たないもの」とする解釈もありますし、
アマテラスの別名「大日孁貴(オオヒルメノムチ)」の
「日孁(ヒルメ)」と対になる「日子(ヒルコ)」であると解する説もあります。
『日本書紀』では、アマテラス、ツクヨミ(月読尊)の後にヒルコが生まれ、
さらにその後スサノオ(素戔鳴尊)が生まれており、
ヒルコの誕生は三貴子の間にはさまった形になっていて、
この説も一概に切り捨てられるべきものでもないような気がします。

後代になって、この流されたヒルコがたどり着いた、
という伝承が日本各地に生まれました。
また、漂着物(難破船やクジラなど)がもたらす幸を象徴する神として、
恵比寿神と同一視されていったと考えられています。
「蛭子」と書いて「ヒルコ」「エビス」という二通りの呼び名が
あるのはそのため、ということのようです。

自分は二大民俗学系漫画家ともいえる諸星大二郎、
星野之宣の両氏の大フアンなのですが、
それぞれ、ヒルコや海の漂着物をテーマにした話を書かれていますね。
諸星大二郎では『妖怪ハンター』の第一作、
『黒い探求者』にヒルコが登場します。

これはたいへん優れた作品ですが、
流された者としてのヒルコという設定はあまり生かされては
いませんでした。このエピソードと『海竜祭の夜』などを合成した原作で、
『ヒルコ 妖怪ハンター』という映画も作られています。
ちなみに下の画像のヒルコの造形は、ジョン・カーペンター監督
『遊星からの物体X』のSFXのパロディなのは有名です。
星野之宣では『宗像教授シリーズ』の中の『冬の兎』
『鯨神』が漂着物の話となっています。

『ヒルコ 妖怪ハンター』


『遊星からの物体X』






幽霊について3

2014.01.02 (Thu)
えーと前回、幽霊はある種のエネルギー体のようなもので、
それが何らかの力を出して人の脳に働きかけて幽霊の像を見せる・・・
という仮説を書きました。エネルギー体という言葉は正確ではないですが、
大槻教授で有名な、電離した気体であるプラズマとか、もっと単純に、
何らかの原因で温度が高くなった気体の固まりとか、そういうイメージです。
しかし、この手のものはどんどんエネルギーを放出して消えていくでしょうし、
離れたところから人の脳に働きかけ、何らかの変化を起こさせて
脳内に幽霊の像を結ばせる・・・いろいろと無理な感じがしますよね。

ところで自分は「球電現象」というのを見たことがあります。
英語では「ball lightning」というようです。
自分が見たのは中学校2年生のときで、他の生徒も大勢見ています。
5月頃だったと思いますが、それは直径10cmくらいの球体で白く光っていました。
2階の窓からゆっくり宙を漂って教室内に入ってきました。
床から1mくらいの高さだったと思います。

ただ光っているわりには周囲が照らされて明るくなったりはしないんです。
球電は窓から2mくらい教室に入ってくると速度はゆっくりながらも、
急角度のUターンをしてまた窓から出ていきました。
それからすぐに外が暗くなって雷が鳴り、土砂降りの雨になりました。

球電については古くから目撃例があり、あるサイトにはこのように書かれています。
『(球電は)一瞬で消える雷光とは違い,
数秒間~数十秒間かけて目の前を横切って行った
という目撃例が多いようです。静止していた、ジグザグに動いた、
といった目撃例もあります。形は球型や洋なし型で輪郭はぼんやりとしていて、
大きさは直径10cm~20cm程度が多く、大きいもので1mほど。
色は黄色や赤・オレンジ系統のものが多いとされていますが、
白や青のものや、途中で色が変わったという報告もあります。
硫黄やオゾンのようなにおいがしたという人も多いようです。』

自分は音やにおいは感じませんでした。

さて、この球電には幻視説が出されています。
一定程度続く落雷は電磁波を発生させ、
医療現場で使われる経頭蓋磁気刺激法(TMS)と同じような性質を持つのだそうです。
十分な強さを持ち時間的に変化する磁場は脳内に電場を誘起し、
視覚野でニューロンの活動が活発になり「眼内閃光」を引き起こすと
考えられるそうです。つまり電磁場はあるが球電の実体はなく、
電磁場の影響で様々な色の光の幻視を脳内に引き起こすということのようです。
しかし自分の体験では、球電を目撃した生徒の言葉は一致しており、
それぞれの脳内で引き起こされた幻視とはちょっと考えにくい気もするんです・・・

最後に『ゴッド・スポット仮説』というのを紹介しておきます。
1990年代の終わりから、ラマチャンドランを始めとする、
カリフォルニア大学サンディエゴ校の脳神経学者グループが、
脳の側頭葉のある部分に注目し「ゴッド・スポット」と名づけました。
以前から、側頭葉てんかんの患者が「神を観る」体験や「天の声を聴く」体験を
することは知られていました。側頭葉てんかんは、
側頭葉部分のニューロンが一時的に混乱した発火を起こすことで起こります。
これらの事実により、宗教的な神秘体験の一部はこの側頭葉の、
ある部分で引き起こされると考えられ、その場所を「ゴッド・スポット」としたのです。
もし神秘体験が何らかの原因でここが刺激されることで起こるのだとしたら・・・

ここまでのまとめ
・幽霊は物質である(仮定)
・幽霊は目に見える形を持たない電磁気や熱量の固まりなどである
 → 非常に難しいが絶対にないとは言えない w  ただわれわれが食物を食べるように、
  幽霊もどこからかエネルギーを補給なくちゃなんないですよね。
・幽霊は何らかの力で脳に働きかけて、任意の姿形を脳の中に作らせる
 → 非常に難しいが絶対にできないとは言えない w

『ball lighting』


『脳の中の幽霊』名著です!