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妖怪談義8(産女)

2014.02.28 (Fri)
 今回取り上げるのは産女です。産女(ウブメ)自体はかなり古くまで素性のたどれる
妖怪で、前に少し触れましたが『今昔物語』の平季武の肝試しの話として出てきます。
季武は源頼光四天王の一人で、別名卜部季武、実在の人物と考えられています。
こんな話です。

『美濃国のある川に女の妖怪が出るとの噂があった。源頼光の郎党、卜部季武がある晩、
その川の近くの宿で 仲間と賭けをする事になった。
季武一人でその川を渡れれば自分達の武具を差し出すという。
季武は岸に着くと馬で川中に入って行く。そして向岸の木に証拠の矢を立てて、
戻ろうと再び川へ入って行った。
川の中程まで来たとき産女が現れ、「これを抱け」と云うので「よし」と、
女から赤子を受け取る。 そしてそのまま赤子を抱いたまま川を渡り始めたが、
今度は赤子を返せといって、女が追いかけて来た。しかしそのまま陸へ上がり、
仲間の待つ宿へ戻り抱いていた赤子を見ると、木の葉が何枚かあるだけであった。 』


 話の最後には世の人の講評が書かれていて、
産女とは産褥で死んだ女の霊とも、狐が化かすものだとも言われているとあります。
赤子が木の葉に変じているくだりは、たしかに狐狸の話にはよく出てきます。
あと賭けに勝った季武が品物を受け取らなかったということで褒められていますね。
関連記事『雑談』  『続雑談』

 江戸時代の産女の妖怪画を見れば、産女は上半身裸で血で染まった腰巻をつけ
死児を抱いて川の中に立つ女として描かれていることが多いです。
腰巻の血は出産のときのそれを表していると思われますが、
出産で亡くなった女は血の池地獄に堕ちるという仏教説話と関係があるのかもしれません。
Wikiには、
『死んだ妊婦をそのまま埋葬すると、「産女」になるという概念は古くから存在し、
多くの地方で子供が産まれないまま妊婦が産褥で死亡した際は、
腹を裂いて胎児を取り出し、母親に抱かせたり負わせたりして葬るべきと伝えられている。
胎児を取り出せない場合には、人形を添えて棺に入れる地方もある。』

こんな怖い記述もあります。

 さて、京極夏彦の長編推理小説『姑獲鳥の夏』はたいへんなヒットとなりましたが、
ここでは産女が姑獲鳥(ウブメ)と表記されています。
姑獲鳥は中国の伝承上の鳥で西晋代の博物誌『玄中記』に記述があるといいますから
4世紀頃の話で、もしかしたらこちらのほうが、妖怪産女の概念が形成される以前に
日本に入ってきているのかもしれません。
特徴としては、他人の子供を奪って自分の子とする習性があり、
子供や夜干しされた子供の着物を発見すると血で印をつける。
付けられた子供はたちまち魂を奪われ、ひきつけの一種である無辜疳(むこかん)
という病気になるとされます。
自分はこちらのウブメを頭に置いて、「こをとろ」という話を書きました。
関連記事『こをとろ』

 この産女の表記がいつの頃からか姑獲鳥に変わっていったのですが、
性質を考えると、産女は「子供を人に抱かせる」、姑獲鳥は「人の子をとる」で
反対になっています。
 京極氏は『陰摩羅鬼の瑕』において、「産女」の「姑獲鳥」という当て字について、
その名前を当てたのは、江戸時代の儒学者である林羅山である可能性が高いと書いていますが、
自分もおそらく江戸時代というのは間違っていないと思います。
産女と姑獲鳥の共通点は、まず赤子、それから姑獲鳥がつける目印の血と産女の腰巻の血。
「おばれう」(おぶってください)という産女の呼び声と、鳥の鳴き声の類似、
「鳥」と「(子どもを)獲る」の「トル」という掛詞、
これらによってだんだんに概念が混じっていき、百鬼夜行図などもそうですが、
本草学的にいろんなものを分類することが流行った江戸時代の文人によって
整理統合されたのではないでしょうか。

『幽霊之図 うぶめ』部分 月岡芳年




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結婚

2014.02.27 (Thu)
場所は言えない・・・と書くと嘘の話だからと思われるかもしれないが、
そうじゃなくてヤバイからなんだ。ヤバイ証拠は今俺が手に持ってる。
もうそこは関係ないのかもしれないけどな。
4ヶ月くらい前だよ。
日曜日に彼女と一緒に遊びに行った帰り、途中で一回電車を降りた。
ネットでちょっと話題になってるラーメン屋があって、行ってみようと思ったんだ。
ところが道がうろおぼえだったんで、どうやら間違った出口から出てしまったらしい。
その南口を出てすぐのところに灰皿のあるスペースがあって、
サラリーマンが何人か喫煙してた。

その前を右に曲がっていくと、道がせまくなって右横に駐輪場があって
人通りはなかった。
そんときすでに「あれ、間違ったかな」とは感じてたんだ。
ここで引き返しときゃなんでもなかったんだが・・・。
駐輪所を過ぎるとさらに道がせばまって、向こうに高架が見えた。
ただ高架の先は道が広がってるようだったんで、そこまでは行ってみることにした。
高架の側までくるとムッと嫌な臭いがした。ゴミに酢をかけたような臭いだと思った。

高速道路の高架は横に延びていて、下はまだ5時前なのに薄暗く、
コンクリで囲まれた花壇のようなのがずっと向こうまで続いてた。
だけどそこにはわずかに雑草が生えているだけで、
むき出しの土はの上は、ほとんどホームレスのダンボールハウスと
ブルーシートのテントに占領されていた。一番手前のダンボールハウスの前で、
もう10月なのに袖なしの派手なワンピースを着たオバハンが七輪で何かを焼いていた。
前の広くなってるように見えた道も、両脇に古ぼけた社宅みたいなのがあるだけで、
先のほうに赤と白の車止めが見えた。

「ちょっと、ここ嫌な感じ」彼女がそっと言ったんで、
「間違ったみたいだな、戻るか」と答え、引き返そうとしたら、
いきなり七輪のオバハンが走ってきて、彼女の腕をつかんだ。
「やー、やめてよ」と彼女が叫び、
「あんた何すんだよ、いきなり」と俺が押しのけようとしたが、
オバハンは彼女の腕にぶらさがるようにして離れない。
そんときにオバハンの顔を見たが、パーマをかけるときのようなのを被ってて、
顔全体がクリームを塗ったようにテカテカ光ってしかもしわだらけだった。
ツーンと嫌な臭いが鼻をついた。
オバハンは「ヨウイチちゃん、ヨウイチちゃん、お嫁さんがきたよ!」と金切り声で叫んだ。

すると人の背丈より高いダンボールハウスがドンと一回揺れて、
中からランニングを着た男が出てきた。
男と書いたが、人間じゃないかもしれない。それくらい異様だった。
俺も背は高いほうだが、男はさらに頭ひとつ分くらい高くて、
頭に髪がなく、ぱやぱやと産毛のようなのが生えてた。その頭自体がいびつにゆがんでて・・・
うまい例えが見つからないが、地層がずれてるように左右対称でないんだ。
なんでそこまでわかるかというと、その男は出てくるなりしゃがむと地面に両手をついて、
筋トレでやるカエル跳びみたいな形でこっちに近づいてきたからだ。

そのランニングから出てる腕やら肩がレスラー並みの筋肉をしてて、
これは逃げるしかないと思った。彼女の腕にしがみつているオバハンの後襟を持って、
思い切り引き倒した。彼女も横にのめりそうになったが、オバハンが離れたんで、
腕をつかんで引っぱった。
オバハンは倒れたままだったが「ヨウイチ」が近くまで迫ってきてた。
半泣きの彼女に「走れ!」といい、俺らは全力で走った。
駐輪場を過ぎて駅近くまでくると、帰宅のサラリーマンの姿が見えてきたんで、
後ろを振り返ってみた。一本道のずっと向こうにヨウイチとオバハンが並んで立ってた。
こっちに何か叫んでるようだった。

「もう最低!何あれ」と彼女が言い、
「ごめんごめん、まあ無事でよかったよ。北口のから出るんだったんだな」
と答えたものの、俺も同じく最低の気分だったんで、
ラーメン屋には行かずそのまま電車に乗り、彼女を家まで送って別れた。
・・・今にして思えば、このときに駅の交番に通報しとけばよかったんだ。
夜に、彼女に電話したが携帯の電源が入ってなかった。
嫌な思いをしたんで早く寝たのかもしれない。
次の日、大学の授業に彼女が出てこなかったからまた電話した。
しばらく呼び出し音が鳴って、最初はよくわからなかったが彼女の母親が出た。
出かけたが、携帯を持っていかなかったということだった。
珍しいことがあるもんだな、と思った。何があっても手離すことなんてないのに。

ところが午後10時過ぎになっても彼女は帰らず、友達のとこにもいないってことで、
彼女の母親から俺に連絡がきた。昨日あったことを話し、
「俺も心当たりを探してみます。もし明日の朝まで帰らなかったら、
捜索願をだしたほうがいいかも」と言って切った。
それからあちこち当たってみたんだが、見つからなかった。
それから1週間、行方不明のまま。
もちろん心配したし、俺のほうから捜索願を出した署にもいって高架下でのことも話した。
それだけじゃなく、俺も同じ研究室の仲間を5人誘って、あそこにいってみたんだ。

ところが、あのずっと奥まで続いてたブルーシートが全部きれいさっぱりなくなってた。
手前のダンボールハウスもなかった。ただ、地面をよく調べたら、
土の上に踏みならした跡があり、それでも踏み忘れた直角の角を見つけた。
ダンボールを立ててた跡じゃないかと思った。
あたりを見て回ったら、少し離れた空の側溝に丸く造った造花の花束のようなのが落ちてた。
泥はついてなかったが煮しめたように薄汚れてて、ゴミの中から拾ったような感じだった。
ついてきてくれたダチにも確かめたが、結婚式のブーケというやつじゃないかと言われた。
そのとき、あのオバハンが叫んだ「お嫁さんがきたよ!」という言葉を思い出して、
背筋がゾクッとする感じがしたんだ。

さらに1週間たって、俺のアパートに手紙がきた。
安アパートなんで、個別の郵便受けがないかわりに大家さんが部屋ごとに配ってくれるんだ。
その手紙は俺の名前しか書かれてなくて、切手も貼ってない。
誰かが持ってきて玄関の郵便受けに入れたんだろう。
安臭い茶封筒で、中を開けると「結婚しました。幸せになります」
と書かれたノートの切れっ端が入ってて、最後に彼女の名前が書いてあった。
筆跡は、いつも彼女が講義のときに書いてた丸っこい字そのものに見えた。
もちろんこれも警察に持っていったよ。そのときに担当の女性警官が話してくれたんだが、
彼女の家の近くの防犯カメラを複数調べても、どこにも彼女の姿はなかったということだった。
「カメラがあるのを知ってれば、写らないように通るのは簡単ですけど」とも言ってた。

そのあとは・・・彼女の行方はまったくつかめず、どこにも連絡はなかったが、
今日、また手紙がきたんだ。
前と同じようなノートが入ってて、一言だけ「赤ちゃんができました」と書いてあり、
彼女の署名・・・それだけじゃなく、封筒にはまだ何か入ってるようだったんで、
振ってみると、証明写真くらいの小さなカラー写真が出てきた。
かなり不鮮明だが、バックは河原のようなところで水が流れているのがわかった。
水は赤っぽい色をしてて、その前に彼女らしき人物と、かなり大きな半裸の男が写ってた。
彼女のほうは顔は小さくて見えず表情はわからない。
でかい男はヨウイチだった。大きく口を開け、くずれた顔全体で笑っていた。



阪急宝塚線3

2014.02.27 (Thu)
1ヶ月くらい前かな、某駅のホームで電車を待ってた。
時間は10時過ぎくらいだったと思う。
講師をさせてもらってる専門学校に行くところだったんだ。
通勤ラッシュが一段落し、でも乗客はまだそこそこいたな。
缶コーヒーを飲みながら地下からホームに通じる階段のほうを見てたら、
40代くらいのおっさんが片方だけ松葉杖をついて上ってきた。
おっさんはやせ気味でメガネをかけ、神経質そうな感じだった。
思いつめたような表情で、右足ギブスなのに素早く階段を上りきると、
松葉杖を使ってとんとん跳ねるように前進してきて、
ホームの前のほうに出てた若い女の人の背中にドンと体当たりした。
あきらかに故意だった。

女の人は泳ぐような動作をして足からホームに落ちた。
ここの線路は単線で、しかも電車の幅よりもせまくなってる。
(車両の端がホーム上を通る)
お下がりください、というアナウンスがあってやばいと思ったが、
女の人がなんとか立ち上がって向こうのホームに這い上がったところで、
間一髪で電車が滑り込んできた。
おっさんのほうは、呆然と突っ立ってたのを近くにいた男の客たちが両脇から腕を抱えた。
電車に乗り込むときに、鉄道警察が走ってくるのが見えた。
うわー、通り魔事件に遭遇したんだなと思った。まあ女の人が無事そうでよかった。

それから2週間後くらいかな。同じ時間帯にそのホームで電車を待ってた。
3月場所が近いせいか、浴衣を着た相撲取りが数人ホームの前のほうにいた。
カツンカツンという音がしたんでそっちを見ると、階段を松葉杖の女の人が上ってきた。
あれ、この前ホームに落とされた人じゃないか、なんか似ていると思ってたら、
女の人は松葉杖を槍のように持ち、ぴょこぴょこ相撲取りの一人の背後に近づくと、
松葉杖の先の部分で膝の裏をとーんと突いた。
相撲取りは不意をつかれてトトッと前に出ると、ダイブするような形で腹から線路に落ちた。
数秒後、同輩の相撲取りたちが巨体とは思えぬ素早い動作で線路に飛び降り、
つぶれたような形でふせってる仲間を助け上げた。
全員がホームに上るまでかなり時間がかかった。電車がこなくてよかった。
女の人は重いものを突いた反動か、その場にペタンと尻もちをついてたが、
ややしばらくして、警察がきてどっかに連れていった。

で、ついさっきのことだ。やっぱり同じホームにいたんだよ。
それでこの前からのことを思い返してた。それにしても奇妙な話だよなあ・・・
最初あの地下からの階段をおっさんが上ってきたんだよな・・・と見てたら、
少しずつチョンマゲの頭と浴衣の肩が見えてきた。
相撲取りで、しかも額に包帯を巻いている。目が血走って眉間にシワが寄ってた。
ああやばいと思った。ホームの前のほうにいたんだ。しかもすぐに電車がくる。
隣に立ってたサラリーマン風のやつに「さがれ」と声をかけて、
俺は飛びのくようにしてその場をのがれた。
サラリーマン風はきょとんとこちらを見ていたが、
背後から相撲取りのぶちかましをくらって大きく線路のほうに吹っ飛び、
そこに電車が走り込んできた。

関連記事 阪急宝塚線1  
阪急宝塚線2






ミーちゃん

2014.02.25 (Tue)
この住宅地に越してきてもう半年近くになります。
できるだけ早く地域になじもうと、
3歳の息子ともども行事には積極的に参加してきましたので、
今では友だちと呼べる親しいお母さん方も何人かできました。
その一人に、絵本の読み聞かせ会に誘われました。
なんでも日曜日の夕刻に、公民館にプロの劇団員の人がボランティアで来てくださり、
1時間ばかり2~4歳児を対象に紙芝居の読み聞かせをしてくれるということでした。
これはよい企画だと思い参加してみることにしました。

会は6時からでした。時間少し前に行ってみると、会場の公民館の図書スペースには
世話役のお母さん方と劇団員の人たちが集まって準備をしているところでした。
お誘いを受けたお母さんも娘さんを連れてもうみえていました。
劇団の人たちは若い人が多かったのですが年輩の方もおり、全部で8名でした。
この地域よりもっと大きな市を本拠地としているのだそうですが、
ここでやった公演で多数のお客さんがきてくれたので、
そのお礼をかねてのボランティアということだそうです。

他に知り合いのお母さんも何人かみえましたので、
立話などしていると開始時間になりました。
図書スペースの黒板を前にかなり大きな木製の紙芝居枠が組み立てられ、
その後ろに役者さんたちが入って台本を読むという本格的な形です。
お母さん方は十数人おられ、みな子どもをひざの上に抱いてその前に並んで座りました。
始まって、とても驚きました。
やはり役者さんだけあって声の張りがまったく違うのです。
しかも登場人物ごとに違う人が演じてくださるので、
幼児にも話がわかりやすいと思いました。

紙芝居の絵のほうは市販品を使っているようでしたが、
ふだんはあまり落ち着きがなく、じっとしていることの苦手な息子でも
すぐに興味を引きつけられ、身を乗り出すようにして見入っていました。
プログラムは5分ほどの短い話をいくつも並べた形で、
男の子向けのダンプとショベルカーが出てくるものや、女の子向けのお菓子屋さんのお話、
昔話を現代風に書き直したものなど、内容が多彩で子どもたちを飽きさせませんでした。
子ども向けのお話のため、感情移入して読む部分はそう多くなかったのですが、
子どもたちの夢中になっている様子から劇団の実力がわかるような気がしました。

休憩を途中途中で入れながらプログラムは進み、最後の話になりました。
始まる前に、ひげをたくわえた年輩の劇団員の方が出てこられて、
この紙芝居はオリジナルで、絵も劇団の美術担当者が描いたということを説明されました。
たしかに既成のものとは違って、色が厚く塗られ立体感がありました。
しかし内容は難しくはなく、家の中で幼児が5人でかくれんぼをするというお話でした。
ターちゃんという男の子が鬼になり、残り4人の子を次々と見つけていきます。
メノンちゃんは空のバスタブの中で、キーちゃんは2階の押入で、
フミンちゃんはベッドの下で見つかりました。残りはミーちゃんという女の子だけです。
おそらく最後の絵がめくられたとき、急に会場の図書スペースが暗くなりました。

最初は演出かとも思いましたが、劇団の方もあわてている様子です。
暗いのにおびえて叫んだり、泣き出す子が出てきました。
パタタタッという足音も聞こえ、親の手を離れて走り回っている子もいるようでした。
・・・30秒ほどして電気がつき、世話役の方の一人が
「すみません、ブレーカーが落ちたようです」と説明されました。
この出来事で、最後の話はあいまいなまま終わってしまいましたが、
そこはさすがにプロの劇団員で、
子どもたちが参加できる簡単な体操をしてくれ、よい雰囲気で会は終わりました。
ただ、息子は電気が消えたときから口をぽかんと開けていて、
体操もやらず固まっていました。暗くなったショックが残っているのだろうかと思いました。

家に戻ると7時をまわっていて主人も帰ってきていました。
今日この会に行くことを話していたので気をきかせて弁当を買ってきてくれていました。
それを温めようとキッチンに入ると、息子がついてきました。
お弁当をレンジに入れようとしたら「ダメだよ!」と大声で叫びました。
「どうしてダメなの?」と聞くと、
「ミーちゃんはレンジの中にかくれてるんだから、チンすると死んじゃう」と言うのです。
「まさかこの中にいくら小さい女の子でも入らないでしょ」と言うと、
「最後の絵に描いてあったもん。レンジの中からミーちゃんが外を見てた」と涙声で叫びます。
そういえばちらっと見えた最後の絵は台所の場面のようでしたが・・・
「でも、そうだとしてもお話の中の家のレンジで、うちのとは違うでしょ」
「ダメったらダメ!!」

声をききつけて主人がやってきたので、ざっと事情を説明すると、
「変な話だなあ」と笑いながら、息子を抱き上げてレンジの中を見せていました。
手を取って中をさわらせたりもしたので、息子も不承不承納得したようでした。
スープだけこしらえて温めたお弁当を食べましたが、
息子はせっかく買ってきた子ども用のをだいぶ残しました。
その夜のことです。ぼそぼそとした話声で目が覚めました。
うちは私と主人がそれぞれ別のベッドで、息子は同じ部屋のベビーベッドで寝ているのですが、
声はそちらから聞こえてきますした。薄明かりの中で見ると、
ベビーベッドの上に息子が膝立ちになっていて、足元に黒い塊がありました。
息子はその頭をなでて何かをささややいているようでした。

「ごめんね、痛い?ごめんね、ごめんね」耳をすますと息子のこんな声が聞こえました。
そっとベッドから抜け出てベビーベッドの横に立ちました。
息子が気配に気づいてこちらを向き「ママ、ミーちゃんを病院に連れてって!」と言いました。
ベビーベッドの上の塊が、ゆっくりと起き上がりました。。
顔・・・なのでしょうか。黒い厚紙をクシャクシャに丸めたようなものがそこにありました。
その一部がぱっくりと開き「アウア」と声を出しました。両方の目にあたる部分も開き、
そこからだらだらと液体がこぼれ出しました。私は絶叫しました。
・・・私が錯乱している声を聞いて主人が起き、明かりをつけました。
ベビーベッドには何もおらず、息子もきちんと布団をかけて眠っていました。

すべて夢だったのでしょうか・・・
この夜以来、私は精神が不安定になりしばらく病院に通いました。
電子レンジが使えなくなりました。
息子は、以前よりおとなしくなったような気はしますが、
それほど大きな変化は感じられませんでした。
息子が「ミーちゃん」という言葉を口にすることはなく、
1ヶ月ほど後、私のほうから「紙芝居のミーちゃんって覚えてる?」
とおそるおそる聞いてみました。
息子は何かを思い出すように目をしばたかせながら、
「ママのせいで死んじゃったよ」とぽつんと答えました。



実話怪談形式

2014.02.24 (Mon)
 自分が書いているのは実話形式の怪談です。
これまで何度かふれたように、実話怪談というのは編者が体験者から聞き取りをした
実際にあった話というのが前提です。
そういう意味では、自分の場合は創作であることを明らかにしているので、
実話怪談の形式を借りて書いているといえばいいでしょうか。
プロの実話怪談は「建設作業員をしている〇〇さんから聞いた話~」
のような形が多いのに対し、自分の場合は1人称の独白になっている点も違いますが。

 かならずしも実話形式にこだわっているわけではなく、ホラー小説も好きなんですが、
書くには時間的な制約があります。おそらく原稿用紙50枚前後のホラー短編を
書くとすれば月2作くらいが限度だと思います。
連載という手もなくはないでしょうが、そうすると完全にプロットを決めてから
書き始めなくてはならないので、
一日中細切れに仕事をしている自分にはちょっと無理そうな気がします。
本業の星占いは午前2時ころからが忙しいのです。

 実話怪談は数で勝負という面があります。一作一作に小説ほど時間をかけないかわりに、
書き下しの百物語というまとまりで評価してくれ、みたいな感じですね。
誰の言葉か忘れましたが、新聞の連載漫画に対して、
「毎日書いていても、そこそこの水準の作品ができる。そしてその中にとび抜けた傑作が
ときどきある。それがプロというものだ」といった評がありました。
自分もその境地を目指してはいるのですが、
書いたものを読み返してみると、いいものが少ないのはしかたないとして、
ひどいのは本当にひどいw
ひどいのを読んでしまった人は二度とこのブログを見てくれないんじゃないかと思うほどです。
ただまあ長く続けることも目標の一つであるので、精進していきたいと思います。

『シエスタ』ジョアン・ミロ




2014.02.23 (Sun)
コンビニでバイトしてるんだ。週4日で8時から午前2時までのシフト。
そこへはチャリで通ってるんだけど、とにかく急いでアパートに帰る。
でないと次の日の大学の講義に間に合わなくなるから。
1時限目の授業はとらないようにしてあるんだが、それでも1回あるし睡眠不足は避けたい。
部屋に入ってからは風呂に入って寝るだけで、飯も食わないことが多い。

その日も帰り道をチャリで走ってた。
できるだけ近道をしてるんで住宅地の中を突っ切っていくんだが、
夜中なんで人通りもないし、信号もほとんどない。
いつも、やや大きめの児童公園のようなところにチャリを乗り入れて、
向こうの道までショートカットする。もちろん自転車で入るのは禁止だが、ばれるはずもない。
防犯のための街灯が園内にもあってけっこう明るい。
草地の上を立ち乗りして走ってると、右手の繁みの陰からフラッと人影が現れた。
ぶつかりそうになって全力でブレーキをかけ、足を着いた。

ブカブカのオーバーを着た背の低い男だった。
髪が長くて額をおおっている上に、映画のクルーゾ警部のような帽子をかぶってたんで
顔はよくわからなかったが、のぞいている髪が白髪交じりだったからおっさんだと思った。
手に紙袋を引きずってたからホームレスかもしれない。
しかしこのあたりはほとんどいないとこなんだけどな。
ぶつかりそうになったのをなんとか避けて「おい、危ねえぞ」と声を荒げたが、
おっさんは意に介さない様子で、紙袋から長い縄のようなのを取り出して
俺の目の前に突き出し「これ買ってくれよ」と言った。

俺は虚をつかれた感じで一瞬ひるんだが、見ると1m半ばかりの小汚い縄だ。
「こりゃ酔っぱらいか」と、無視していこうとしたら、
「買ってくれよ!」とおっさんが大声を出した。
気にせずペダルに足をかけたら、おっさんは「買ってくれよ、ヤマダタケイチ君!」
とさらに怒鳴った。「ありゃ」と思ったよ。
山田は俺の名字だし、タケイチというのは父方のじいさんの名で武一と書く。
不思議に思って「なんでじいちゃんの名を知ってるんだ」と聞いてみた。
おっさんは「昔世話になったんだよ。その恩返しだ。買ってくれ」
と縄を両手に持って俺のほうに突き出してよこす。

ためしにと思い「いくら?」と尋ねた。
すると「1円、1円でいいんだ。・・・金がないならあんたの靴下の片方でもいい」
わけがわからない。じいさんの知り合いなのかもしれないがつき合ってられない。
こぎ出そうとしたら、後ろからチャリの荷台をつかまれた。
「待て、これを買わないとたいへんなことになるぞ。騙されたと思って買え!」
小さな体のどこにと思うような力だった。
とにかく早く帰りたかったんで「わかったから離してくれ。買うから」
そう言って財布を出した。それでもまだおっさんはチャリを引っぱったままだ。

「でもよう、1円ならただでくれたっていいだろ」こう言うと、
「いや、何でもいいから代償をもらうのがきまりなんだ」
おっさんは片手で一円玉を握りしめ、それでもまだチャリを離さず、
「縄をバッグにしまえ、見ているとこでやれ」こう言った。
俺が不承不承バッグに入れると、やっとつかんでいた手を離し、
「これで仕事が終わった。借りが返せる」と、心底ほっとしたように言った。
じいさんのことをもっと質問しようかとも思ったが、早く帰りたかったんでやめた。
チャリで走り出すと「それ絶対に途中で捨てたりするなよ!!」
と後ろでがなってる声が聞こえた。

それにしても変なおっさんだったな。じいさんはもう15年前に死んでるのになあ、
とか考えながらアパートに着いた。
部屋に入ると、散らかってるのが気になったんで片付けた。
ゆっくり風呂に入って体を隅々まで洗った。
それから新しいジャージに着替えて部屋の中を見回した。
備え付けのクローゼットの戸を開けてみた。
戸の上端は2m以上の高さがあって大丈夫そうに思えた。
クローゼットから2本しかないネクタイを引っぱり出し、束ねてそこに掛け引っぱってみた。
なんとなく頼りない。切れるかもしれないと思った。

そのとき、さっき縄を買ったことを思い出した。
バッグから出してみると、白い布をねじってあってあちこちに字のようなのが見えていた。
ネクタイよりは丈夫そうに思えた。
全体を大きく輪にして両端を結びつけ、クローゼットの戸に引っ掛けた。
踏み台は必要なさそうだった。両手で縄を持って、ジャンプする形であごをかけた。
ギリギリと強い力がのど仏にかかって、気が遠くなりかけたとき、
耳元で「バカモン!!」という大声が響いた。
子どもの頃に聞いたことのあるじいさんの声だと思った。
縄がブツンと切れ、俺は床に尻もちを着いた。

・・・まあこんなことだったんスよ。
いや、いや、自殺なんてする気はこれっぽっちもなかったんです。
ところが部屋に入った途端に「ああこれから死ぬんだよな」って思ったんです。
不思議ですよねえ。悩みなんて特になかったんスけど・・・。
死神に魅入られたってのはこういうことを言うんスかね。
ああ、縄はまだ持ってます。切れたのを広げてみたらでっかい日の丸の国旗で、
たくさん寄せ書きがありました。
太平洋戦争のときのじゃないスかね。じいさんは戦争にいったみたいスから。
今は実家の神棚にあるはずです。ホームレスみたいな男ですか?
何度もあの公園を通ったけど、あれから一度も会ってないスね。
よくわからないんスけど、何かの災いからじいさんに助けられたんだと思ってますよ。



怖い話のパターン1

2014.02.23 (Sun)
 怖い話のパターンについて少し書いてみます。
「~を見た、体験した」系。
ネットで見る怖い話はじつはこれが一番多いんですが・・・
「夜道を歩いていたら、水を張った田んぼの中で人が這いまわっていた。
よく見たら首がなかった。驚いて逃げながら振り返ってみると姿が消えていた。
あれはいったい何だったんだろう」というようなものですが、
・・・これだとさすがにあんまりですよね。よい評価がされることはないでしょう。
もしこれ系で話を組み立てるとしたら、
見たもの、体験したことのイメージがよほど強烈でないと成立しないと思いますが、
首なしとか、血まみれの人を出したから怖くなるわけでもないんです。

 次によく出てくるのが「タブーを破る」系の話です。
「見るなのタブー」と言われる、世界各地に昔からある神話のパターンを踏襲しています。
ギリシャ神話のパンドラの箱の話は有名ですよね。
日本でも『古事記』で、豊玉姫が産屋に入っているところを、
見るなと言われていたにもかかわらず山幸彦が見てしまう。
すると姫は巨大なサメに姿を変えていたという話があります。
これが『鶴の恩返し』とかに変形して後世まで続いているんでしょう。
『雪女』なんかもそうですよね。「私のことを人に言ってはいけない」
という約束を破った男を雪女は凍らせにくるわけです。

 怪談だと「田舎に行ったら、じいさんに裏の山に入るなと言われた。
でもバカバカしいと思って入ってしまった。すると・・・」というような話が多いです。
そして何かの怪異に憑りつかれてしまい、
じいさんにボコボコにされた上で住職等の祈祷を受けることになるw
これ系の話もあまりに類似パターンが出てしまっているので、
よほど新味を出さないと評価は高くならないと思います。
おそらく「無用な好奇心を持つな」といった教訓が含まれているんでしょうが、
それだけでなく「言われたことを守らなかった」という罪悪感が怪異を受ける側に生まれます。
この罪悪感というのは、怪談の一つのキーではあるんです。
幽霊話が怖いのは、人間が無意識に持っている罪悪感のようなものに働きかけるからだ、
という説もあるんですね。

 心霊スポット探訪の話も、タブーを破るという点では似ています。
心霊スポットというのは、他人の所有地であるからむやみに入ると不法侵入になるのとは別に、
現代の禁域的な場所と言えるのではないでしょうか。
昔は、入ってはいけない禁足地というのがありましたが、
そのようなものが信じられなくなったかわりに、
入ってはいけない場所としての役目を担うようになったと言えば大げさでしょうか。
ただこのパターンの場合、
遊び半分で入った当人らはタブーを破っているわけだから祟られれば怖いでしょうが、
話を読む側が、DQNが不謹慎なことをした報いだから祟られてザマミロ、
という感想を持ちかねません。そこらあたりが難しいと思います。

 次に呪い系の話。自分の書く怪談はこれがかなりの割合を占めています。
なぜ呪い系の話が多いかというと、生きた人間の悪意を書くことができるからです。
この悪意には2パターンあって、一つは自分が他人に害を与え、
その復讐として呪われる場合。
これだと上記したように、悪人が自分の罪悪によって滅びていくのは痛快、
ととられることがあります。
『四谷怪談』なども基本は勧善懲悪の話ですよね。
もう一つのパターンは、自分は何も悪いことをしていないのに、
ただ存在が不都合だからという理由で呪いによって排除されてしまう場合、
あるいは実験のためなどの理由で呪いを受けてしまう場合です。

 このケースは、自分には罪がないのだから理不尽ですよね。
この理不尽さというのも怪談の一つのキーになると思います。
「生贄」や「人柱」の話なども、当人にすれば理不尽この上ないことです。
・・・ここまでで書いた「罪悪感」「理不尽」この二つはかけ離れているようで、
じつは表裏をなしているのではないでしょうか。
これらをうまく組み合わせて怪談を書いていけたらいいなと思っています。
この項は続きます。


クロユリは・・・

2014.02.22 (Sat)
大企業といえる会社でOLをやっています。
前社長の退任にともなって社内での派閥争いが表面化し、
大きく人事が移動しました。私のような末端もそのあおりを受けて、
経理から、新年度から新しく設けられた
調査センターというところに配属が変わりました。
センターの室長は昨年度まで購買部長として、
前社長派でバリバリやっていた方で、実質的な格下げ人事です。
どんな仕事をすればいいのかわからないまま、新年度が始まりました。

センターは社員5人で構成され、元小会議室だった部屋に
机を運び込んでスタートしました。どうやら業務内容は、
社内からの様々な要望に応じて調査し報告するというもののようでした。
室長は出世コースから外れ、さぞやガックリきているだろうと思いましたが、
新年度顔合わせの飲み会のあいさつを聞くかぎりでは、
そう落ち込んだ様子もなく、酔うにつれ「臥薪嘗胆」などという言葉も飛び出し、
まだまだ巻き返しに意欲を持っておられるようでした。
当初は各部署からの業務依頼は何もなく、
連絡網を作ったり、お茶くみ程度しかすることがないので気楽なものでした。

4月の第3週のことです。
その日の午後、外部のフラワーリースの会社から女の人が来て、
机の仕切りとして使っているロッカーの上に、
かなり大きなドライフラワーの花かごを置いていきました。
黒い服を着た長身の陰気な人でした。
窓のない室内が殺風景なので室長が気を利かしたのかと思いましたが、
そうではなく総務課から依頼されたもののようでした。
花かごをみて、室長が「俺らに立ち枯れろってことかよ」と、
つぶやくのが聞こえました。かなり気分を害したようでした。

じつは私は学生時代に趣味でドライフラワー教室に通っていたことが
あるのですが、その花かごはとてもよくできていて、
さすがにプロの仕事だなと感心させられました。
素材として使っているのは、バラ、カーネーション、
カスミソウなどのありふれたものですが、
中にクロユリの花が混じっていたので、少し驚きました。

ユリの花は水分が多く、ドライフラワーには向かないのです。
シリカゲルという乾燥剤を大量に使えばできないことはないのですが、
たいへん高価になるうえにあまりきれいではないため、
ふつう用いられることはありません。
その数本のクロユリはすべて室長のほうを向いていました。

それから数日して室長の様子がおかしくなりました。
ほとんど仕事らしい仕事もないのに、
ちょっとしたことで部下を怒鳴りつけるのです。
センターの部員は私以外は20代後半から30代前半の男性社員で、
もちろん派閥人事のことも知っていましたから、みな素直に頭を下げていました。

室長がこれまで溜めていた憤懣が噴き出しているのだと考えたのです。
頭を低くしてやり過ごそうと思っていたのでしょう。
ところがそれだけではなく、デスクに座ったまま、
手を上に上げ鋭く振り下ろす動作を繰り返すようになりました。
それを日に何度もやります。しかもだんだん間隔が短くなってきていました。

私が一度、おそるおそる「どうしましたか」と聞いてみたら、
「ハチがいる」と怒鳴られました。真っ黒い大きな蜂が数匹、
室長の顔の近くだけを飛び回っているというのです。
しかしそんなものはいません。他の部員も私に口添えしてくれましたが、
「お前らにこのブンブンいう音が聞こえないのか」と湯飲みを投げつけられました。
こうなってしまうと、もうさわらぬ神にたたりなしです。

必要以外に室長に話しかける人はいなくなり、
センターは重苦しい雰囲気になりました。
私は室長に呼ばれ、蝿叩きと殺虫剤のスプレー缶を買ってこさせられました。
室長はデスクの上に、まるで爆弾のようにスプレー缶を並べ、
血走った目をして蝿叩きを握りしめていました。

翌日、昼休みに室長をのぞく部員が声をかけあって外部に出て、
室長のことについて話し合いました。
どうみてもおかしくなられているのは間違いなく、
みなで上部に相談しようということに話がまとまりました。
会社に戻ると、室長が花かごに顔を埋めてドライフラワーを
ムシャムシャ食べていました。私たちが帰ってきたことに気づいたのでしょう、
顔を上げて「この中からハチが出てくる。いくらでも出てくる。
 もう出てこられないようにしてやる」そう言ってニヤッと笑いました。

一番年配の部員が「室長、やめてください」と引き離そうとしましたら、
ちょっと腰に手をかけただけで室長は床に尻もちをつき、
激昂するかとおもいきや、子供のように泣き出しました。
そして泣きながら、壁に立てかけてあった予備のパイプ椅子をつかむと
とぼとぼした足取りで部屋を出て行きました。・・・その後、
室長は非常階段の窓をパイプ椅子で叩き割り、そこから飛び降りました。
8階でしたのでもちろん即死です。会社内は大騒ぎになりました。
すったもんだがあり、どうやら調査センターは廃止になるようでした。

数日後、室内の片付けをしていると、前にきたフラワーリース会社の女の人が
無残な姿になった花かごをとりにきました。前と同じ黒い服でした。
私が「手伝いましょうか」と声をかけると、
「軽いから大丈夫です」と無表情に答えました。
「クロユリのドライフラワーって珍しいですね」と言うと、
しばらく黙っていましたが「クロユリの花言葉って知ってますか?」
と逆に質問されました。「さあ・・・恋でしょうか」
「それは歌で有名ですが・・・もう一つあるんです」そう言って帰っていきました。

*クロユリの花言葉のもう一つは「呪い」ですよね。
自分は大学卒業後1年だけ商社に勤めましたが、
その後ずっと自由業なので会社を舞台にした話を書くのは苦手です。





ブログについて(お礼)

2014.02.20 (Thu)
自分が怖い話のブログを始めて8ヶ月目になります。
といっても最初の二月は前にネットに書いたものをコピペして
貼るだけでしたので、実質は半年くらいです。

ブログ自体は他に本業用のがあって、
そちらではtwitterもfacebookもやっているんですが、
あまりに時間をとられてしまうので、ここでは勘弁していただいています。
まあ本来がオカルトは趣味ですので、書くこと自体が苦痛にならないように
していきたいとは思っています。

あと自分は大学で考古学を専攻していましたので、
古代史関係のブログもやっています。
(恩師の皆様、まったくお教えと関係のない仕事をやっています。ごめんなさい)
古代史関係は論客の方が多くて、下手なことを書くとツッコミが厳しいので、
ここのように気楽には書けません。できる限り論拠を明らかにして
書いているので、更新もぼちぼちです。

オカルト関連にしぼって書いていますので、ネタがなくなるかと
心配もしていたんですが、書きたいことはまだまだたくさんありますね。
あと自由業の強みを活かして、心霊スポットなどに
泊まりがけで出かけることもあるので、
実況レポートのようなこともやってみたいなと考えています。
暖房の効いた部屋でぬくぬく怪談を考えているのと、
よくない噂のある場所で車中泊をしているのとでは、やはり緊迫感がまるで違うので、
それをお伝えできるようにしたいなと思います。
真の闇について(富士樹海)

海外には仕事で年に数回出かけます。中東と中国が多いです。
中国ではオカルトではない、洒落にならない怖い話をたくさん見聞きしますが、
このブログに載せるのはちょっと難しいというものばかりですね。
ともかく、百話怪談を書くということができましたのは、
皆様のご訪問があればこそです。ありがとうございました。

『小 路』ヨハネス・フェルメール






こをとろ

2014.02.20 (Thu)
1週間後に小4の娘の学校で一泊のスキー教室があるため、
押入にしまってあったスキーウエアを1年ぶりに出してみました。
サイズが合うかどうか心配だったんですが、着せてみるとなんとかもちそうでした。
ただ少しかび臭く感じられたので、ベランダに干すことにしました。
その日はめずらしく気温が高く、
屋根からずっと雪がとけた水がしたたり落ちるほどでしたから。
夕方、冷え込んできたので他の洗濯物といっしょにウエアをとり込もうとしたところ、
ピンクのつなぎのウエアの背中から腰のあたりにかけて、
赤黒い染みがついているのに気がつきました。

ピンクの地と重なったためか、赤というより黒と褐色のまだらになっていました。
手でさわると、カサブタをこすったときのように、黒い固まりがこぼれ落ちました。
血がついているかのようでした。他の洗濯物も確認しましたがなんともありません。
・・・ここはマンションの6階で、外から人が近寄ることなど当然できませんし、
家族でケガをしているものもいません。・・・その染みはかなり大きく広がっていて、
クリーニングに出してもとれるとも思えませんでした。染みがついたことも不気味でしたが、
「ああ、新しいのを買わなきゃいけない」と考えて、腹がたってきました。

ウエアを洗面所に持っていき、
濡れタオルでこすってみるとタオルが真っ赤に染まりました。
中の綿にまで赤い液体が染みこんでしまっているようでした。
そのとき同居している母が外出先から帰ってきましたのでこのことを話すと、
母はウエアの汚れを手にとって見ていましたが、
「まさか今どき、子とろなんてないよねえ」とつぶやきました。

「子とろ」という母の言葉を聞いて、私もこの地域に伝わる昔話を思い出しました。
漢字で「子鳥」あるいは「子獲ろ」と書くのだと思いますが、
幼い子どもを亡くした女の無念が鳥の形をとった化け物のことです。
女は子どもの死を信じられずにさまよい、子どもの着物が干してあるのを見つけると
自分の血をつけて目印にする。
血をつられた子どもは数日のうちに体も魂も獲られてしまう、そんな言い伝えです。

「まさかそんな、迷信みたいなこと」
「でも、スキー教室は◯◯山でやるんだろう。この話はそこいらの集落の言い伝えだよ。
・・・お休みさせたほうがいいんじゃないかい」
母はこう言いましたが、そんなことができるはずはありません。
都会からムコにきたダンナが信じるとは思えませんし、
なによりも楽しみにしている娘が納得するはずがありません。
それにここ何十年も、行方不明になった子どもの話などもなかったのです。
それがわかっているから、母も強くは主張しませんでした。
結局ウエアの汚れはどうにもならず、
学校から帰ってきた娘を連れて新しいのを買いにいかざるをえませんでした。

でも、それもムダになってしまいました。
娘がインフルエンザにかかり、
またスキー教室自体もインフルエンザの蔓延で中止になってしまったからです。
母は◯◯山に行かずにすむということでほっとしてるように見えましたし、
娘も自分だけがいけないわけではないので、
ダダをこねるということもありませんでした。

娘は薬のおかげか、それほど高い熱が出ることもありませんでしたが、
気分はよくないようで、居間に布団をしいてずっとうつらうつらしていました。
インフルエンザにかかった子どもの異常行動については、
テレビの報道等で知っていましたし、話題になっていた薬は処方されなかったのですが、
医師からも注意を受けたので、
母か私が必ずそばについているようにしました。

娘が学校を休んで2日目、ちょうどスキー教室があるはずだった日のことです。
母は老人大学があって出かけていました。
私はずっと娘についていましたが、昼におかゆを食べさせた後、
娘の布団の脇に横になって少しうとうとしてしまいました。
・・・冷たい風が顔にあたって目が覚めました。
布団に娘の姿がありません。
ベランダのサッシが開いていてそこから風が吹き込んできていました。

「きゃはははっ」という笑い声が聞こえました。娘の声でした。
ベランダの手すりの陰にしゃがんでいた娘が急に立ち上がり、
上に向かって両手を広げました。
ザバッ、ザバッという音がかすかに聞こえてきました。
走ってベランダに出て、娘を抱き上げましたが、
娘は奇声を発して手足を振り回し暴れ、取り落としそうになりました。
娘を抱いたまま、サッシの間から部屋の中に倒れ込みました。

そのとき冬空が見えました。大きな鳥が輪を描いて飛んでいました。
鳥の頭はぼさぼさと広がっていて、人間の髪が風になびいているようでした。
娘を部屋の奥に突き飛ばし、這いずっていってサッシを閉め鍵をかけました。
鳥は旋回しながらベランダに近づき、そのときに髪の間から開いた口がのぞきました。
口の中は真っ赤で、ぼろぼろになった歯が見えました。
もう一度娘を抱きかかえ、玄関へ走りました。
部屋から出るときに後ろを振り返ると、鳥の姿は遠く、小さくなっていました。

関連記事 『こをとろ2』



99話

2014.02.18 (Tue)
 さて当ブログも、怖い話87、黒民話12でついに99話目をUPしたことになりました。
次は100話目になるわけですが、どうなりますことやら。
江戸中期頃の『稲生物怪録』という本がありますね。
16歳の備後三次藩(広島県)士、稲生平太郎が寛延2年の1ヶ月間に体験したという怪異を、
そのまま筆記したと伝えられるもので、
肝試しにより妖怪の怒りをかった平太郎の屋敷にさまざまな化け物が30日間連続出没するが、
平太郎はこれをことごとく退け、最後には魔王のひとり山本五郎左衛門から勇気を称えられ
木槌を与えられる、という内容です。
 このサイトがビジュアル的にわかりやすく書かれていますので紹介します。
稲生物怪録とは?

 自分のようなオカルト好きは、実際に怪異体験をしてみたいと常日頃切望しているので、
もちろん何事かが起きるのは歓迎なんですが、かといって命まで取られるようなことは
さすがに困ります。痛し痒しというのはこういう場合で使うんでしたっけ?
100話後何かあれば報告します。

『不安』エドヴァルド・ムンク




金庫

2014.02.18 (Tue)
私が小学校6年生になったばかりのことですから、もうずいぶん昔の話になります。
家の裏手の火葬場に続く道脇には廃品回収業の廃材置き場があり、
壊れた車や鉄骨、自転車や洗濯機などがうず高く山のように積み上げられていました。
その道は学校にいくには近かったのですが、
未舗装で街灯もなく、右手は堰になっていて林もあり、
薄気味が悪いのでまず通ることはありませんでした。
それだけではなく、廃品回収の会社は日本人ではない人たちの経営だったため、
周囲の大人も、暗に「通るな」という口調で話すことが多かったのです。

それでも当時通っていた書道塾に行くときなど、たまにその道を通ることがありました。
書道の先生は厳しい人で時間に遅れるときつく怒られるので、
学校が遅くなった日など、何度かその道を自転車で走ったことがあります。
・・・人通りは少ないものの、それほど遅い時間でもないし、
実際に危険な目に遭ったことは一度もありません。
ただ、その廃品置き場がなんとなく怖かったのです。

特に怖かったのが、廃材の山のてっぺんにあった大型の金庫です。
その金庫は人の背丈以上の高さがあり、ややかしいだ形で置かれていました。
不安定だと思うかもしれませんが、金庫の下のほうは廃材に埋もれていて、
台風があった後でも、前と同じように立っていました。
重そうな厚い扉が15cmほど開いていましたが、中に光が差し込むことはなく
いつも黒々として見えたので、そのあたりが怖かったのかもしれません。

・・・怖いと思ったのは私だけではなかったようで、
友だちの中には、その金庫のことを知っていて、
「あの中に閉じ込められて死んだ子どもがいる」「ひらひらとすき間から手が出ている」
などという話を聞くこともありました。
ただ、学区でもはずれのほうにあるその金庫を見たことのある子ども自体少なかったので、
学校全体で噂になっていたというわけではありません。

クラス替えがあり、6年生は新しいクラスで始まりました。
私の小学校は大規模校だったので、
新しいクラスには5年生のときの知り合いが数人しかおらず、
最初のうちは緊張して、休み時間も本を読んで過ごしていました。
・・・新年度の初めの1か月くらいは、男女別に出席番号順に並ぶのですが、
私の名字はワ行のため、女子では後ろにあと一人がいるだけでした。

その子はとても髪が長く、ジーンズをはいていることが多い私とは違って、
フリルなどのついたきれいな洋服を着てきていて、
とてもよく目立つ子でしたが、5年生までに見かけた記憶はありませんでした。
転校生なのかとも思いましたが、先生に紹介された覚えもないのです。
「和田さん」といいました。

始業式から数日して、和田さんとぽつぽつと話をするようになりました。
父親は外国に行っていて、きょうだいはなく、母親と二人暮らしだということでした。
また、体が弱いために体育の時間はいつも見学でした。
私もあまり体を動かすのは好きではなかったので、昼休みでも教室にいることが多く、
ますます和田さんと親しくなっていきました。
1週間ほどして、和田さんから家に遊びにこないかと誘われました。

場所を聞いてみると、学校を出て私の家にいくほうとは反対の向きのようでした。
でも学校からは歩いて15分もかからないという話でしたから、
そんなに遠くではないと思いました。
寄り道は禁止されていたので、習い事のない日に簡単な地図をメモに書いてもらい、
家に帰ってすぐ自転車で出かけました。

大通りを一回曲がり、住宅地に入って2回曲がっただけで地図にある和田さんの
家の前に出ました。そのあたりは古くからの家が多いようでしたが、
その中でひときわ新しく大きな家の前に和田さんは立って待っていてくれました。
お屋敷といっていいような家でした。
大きな門を入って庭を通り家の中に案内されましたが、
ヒカピカの廊下が奥までずっと続き、両脇にいくつも部屋のドアがありました。

その4つ目くらいのを和田さんが先立っていって開けると、
白いソファとテーブルのある部屋でした。でもそれ以外の家具はほとんどありません。
ソファに座って和田さんと学校のことをあれこれ話していると、
ドレスのような豪華な服を着た女の人が紅茶を持ってきてくれました。
目が大きくすごくきれい人でした。
石田さんが「お母さんよ」と言ったのでびっくりしました。とても若く見えたからです。

しばらく話していましたが、その部屋にはテレビもゲームも本もなく、
だんだん話題がなくなってきました。
そばで微笑みながら私たちの話を聞いていた和田さんのお母さんが、
「そろそろ」と言って立ち上がりました。和田さんも立って無言で私の手を引き、
部屋を出て奥に連れていこうとしました。お母さんが後ろについてきました。
どこに行くかはわかりませんでしたが、怖いという気持ちはありません。

むしろ安心感というか、幸福感が強く感じられました。
長い廊下は先にいくにしたがって白い光があふれています。
つきあたりが外に開いていてそこから光が流れ込んできているようでした。
廊下のおわりまでいくと「さあ、入って」と和田さんがい言いました。
そのとき後ろから強くドンと背中を押され、外に出たと思ったらあたりは真っ暗でした。
あせって体を動かすとひじが固いものにあたりました。
そこから、記憶がありません。

肌寒さで目が覚めました。額に雨粒があたっている感覚があり、
手で触ると髪がぐっしょ濡れていました。
体を起こすと手が固いものに触れ、押してみるとそれは重い感じで動きました。
上半身を出すと外は夜でした。
そして私が這い出ようとしているものを振り返って息をのみました。
あの廃材置き場の金庫だったのです。
急いででこぼこの廃材の山を駆け下り柵をのりこえると、
やや離れたところに私の自転車がありました。後も見ず家まで逃げ帰りました。

ここから書くことはあまりありません。
帰りが遅くなったのでとてもしかられました。理由をすべて話しましたが、
かえって両親を困惑させただけのようでした。
次の日学校に行って唖然としました。和田さんという女の子はいなかったのです。
女子は私が最後で、先生に聞いて他の生徒に聞いても、
そんな子は初めからいないと言うばかり。

数日して和田さんの家があったところにもいってみました。
古い家並みがあるだけで、大きなお屋敷は見あたりません。
ただ後で地図で確認したところ、そこから金庫のある廃材置き場は意外にもそう遠くないようでした。
地図といえば、和田さんから書いてもらった地図があったはずでした。
あの日はいていたジーンズのポケットを探すとくしゃくしゃになったメモが出てきましたが、
それには日本語ではない字がずらずらと並んでいるだけでした。



見つからない

2014.02.17 (Mon)
バカ話です。

こう言うとおかしいやつだと思われるかもしれないが、俺には霊感があるんだ。
やばい場所・・・やばいというのは幽霊が出る場所ってことだけど、
そういうとこに行くとピーンとわかるんだ。
零感の人にはちょっと言葉では説明しにくい感覚だけどね。
そういう力というのはあるんだよ。

この間出張で地方の支社に行った。
会議に出て新規の事業計画などを説明してもらい、
勤務が終わってから簡単な宴を開いてもらって、その地方の名物を肴に少し酒を飲み、
予約していたホテルに入ったのが9時半過ぎころだった。
大手チェーンのじゃなく、地元資本のやってるあまり大きくないホテルだ。

フロントでカードキーをもらって部屋に入ったとたんにピーンときた。
この部屋は出る。
なんというかね、自分の体のまわりに見えないクモの巣のようなセンサーが
はりめぐらされているような感じで、幽霊が出る所ってのはすぐにわかるんだ。
で、おそらく部屋のどこかに御札が貼られているだろうと思った。
あんたらも怪談本なんかで見たことがあるんじゃないかな。
ホテルはよくやるんだよ、そういうの。

自分の勘が外れたことはこれまで一度だってない。
おそらく部屋のどこかに御札があるのは間違いないが、確かめないと気になる。
それで探し始めた。定番は飾られている絵の額縁の裏だったが、
最近はそういうのを気にして確かめる人が増えてきたんで、
ホテル側も工夫するようになった。

それでも一応は絵の裏も見たし、額縁の後ろの板を外して中も調べた。
なかったが、まあ当然だろう。次はベッドの下なんかがこれまでの経験で多かったんで、
スーツのまま潜り込んで確かめた。むろんそのままでは暗くて見えないが、
こんなときのためにキーケースにペンライトをつけて持ち歩いている。
潜り込んで探したがベッドの裏には見つからず、スーツが綿ぼこりだらけになってしまった。
清掃のずさんなホテルということはわかったが、納得がいかない。

ここは絶対に出る部屋で、ホテル側も客の苦情に備えてどこかに対策を施してるはずだ。
そこでベッドのシーツをはがしてマットのすき間なんかを徹底的に探したが、ない。
クソ、絶対に見つけ出してやる。
そう思って部屋をブロックに区切り、しらみつぶしに探し始めた。
前の経験では、御札をビニールに入れて洗面所の排水管の中に
耐水パテでくっつけてたところもあった。それを見つけたときは感動したよ。

そこでボストンバッグを踏み台にして、上から下からじりじりと探した。
備えつけのデスクの引き出しも全部はずしてその裏も調べたし、
中に安くさい装丁の英語の聖書がはいっていたから、そのページもめくって確認した。
かなりの時間がかかったが、トイレと浴槽を探し終え、部屋も半分まで終わった。
おかしいなあ、ぜったいどこかにあるはずなんだが。

さて残りのスペースはあとわずか。
小型の冷蔵庫を開けてみたら、中に女の首が入ってた。探すののじゃまだったんで
両手で持ち上げたら、目を開いて「ぐええ」と言った。
それを後ろに置いて、中の製氷皿の底まで見たけどやっぱりない。
首を戻そうとしたらなくなっていたんで、まあいいやと次の場所に移った。

残りは外に面した窓と、カーテン付近を残すのみとなった。
もちろんカーテンのひだの中も全部見たし、窓を開けて外の壁も見たが見つからない。
これであらゆる場所を探して見落としはないはずだ。
時間はもう12時を過ぎていた。
おかしいなあ、絶対に幽霊の出る部屋で御札があると思ったんだが。
自分の霊感が外れたのは今回が初めてだ。なんか自信をなくしてしまった。
疲れたんで、風呂にはいってすぐに寝た。朝まで特に何もなかった。



板電話

2014.02.16 (Sun)
うちの小5になる息子のこと。
なんでも学校で一番の友だちが携帯電話を買ってもらったから、
自分にも買ってくれと言ってきた。
それで、小学生には必要ない、と答えた。
うちは塾にも行かせていないし、
送り迎えなどで実際に必要になる場合はまずない。
ただ、中学生になったら友だち付き合いで必要になることもあるだろうから、
そのときにまた考える、と言ったんだよ。

そのときはシュンとなったが、
特に口答えをしたりダダをこねるということもなかった。
何も言わないのであきらめたのかと思っていたら、2週間ほどして、
なんとガレージにあった板に自分で液晶画面とプッシュボタンをマジックで書いて
それに向かってしゃべるということを始めたらしい。
「らしい」というのは、俺は毎日帰りが遅いために、
実際に息子がそういうことをしている場面を見たことはないからだ。

妻から話を聞いて、最初は買ってやらなかった腹いせをしているのかとも思ったが、
どうやらそうでもないらしい。
妻や5歳の弟が見ているところでは絶対にその板電話は使わない。
ただ、夕方などに板を持ってふらっと外に出ていくことがあり、
様子を気にした妻がこっそりあとをつけてみたら、庭の植え込みの陰で
一心に板に向かって会話をしていたという。

この話を聞いたときも、そんなに大事とも思わなかった。
子どもらしい遊びなのだろうし、実害もないのだからそのうち飽きるだろうと思ったんだ。
ところがこの間の日曜日、
夜中の2時ころに息子がふらふら外に出て行くということがあり、
たまたま遅くまで仕事をしていた俺が、玄関の戸があく音を聞きつけて
何だろうと見に行くと、やはり前に話に聞いたとおり、
塀の陰にしゃがみこんで夢中になって板電話に話しかけていた。

これはさすがに容易ならんと思い、息子をつかまえて書斎に連れていき、
俺の机の上に板電話を置かせて、
まあ頭ごなしに怒るわけではなく話を聞いた。それによると、
板電話を作ったのはほんの遊びで、
そのまま興味をなくして机の引き出しに入れておいたのが、
たまたま勉強をしているとき、着信音が鳴っていることに気づいたという。
不思議に思って出てみると、男の子供の声で「◯◯さん(息子の名前)ですか」
というのが聞こえたと言うんだ。相手は「ココさん」と名乗り、
息子と同じ小学5年生でずっと離れたところに住んでいるという。

それからは板を机の上に置いておくと、ときど着信音が鳴って、
いつもココさんが電話に出る。5分から10分くらい学校であったことを話して終わる、
こんな内容だった。わけがわからないのでいろいろと質問をすると、
着信音は自分にしか聞こえない。
ココさんからかかってくるだけで自分からかけることはできない。
ココさんは話が面白いけど、ゲームやテレビ番組のことは一つも知らない。
大きな家に一人で住んでいて、家族はいない。
いつも自分で料理を作っていて、その献立を教えてくれる・・・こんな感じだった。

さてどう言って諭したらいいのだろうか、
それともカウンセラーなんかの専門家にまかせたものか思案していると、
息子の様子が変になった。視線が板電話のほうに向いて、両手を強く握りしめている。
どうしたのか聞くと、電話が鳴っているという。
俺には何も聞こえなかったが「貸してみろ、父さんが出てみる」と言って電話を取った。
何も聞こえるはずはない、と思いながら耳にあてたら、やはりというかタダの板だ。
バカバカしくなって電話を置こうとしたとき、板から「グオオオオッ」という音が聞こえた。
空洞を風が吹き抜ける音、猛獣が吠える音、そんな感じだった。

驚いて板を取り落しそうになったが、
音がしたのはそのときだけで、どう見てもただの板だ。
気のせいか、それとも外で車の音でもしたのだろうと考え、
とにかく息子には、お前が今話したことは全部心のなかに自分で思い描いた空想で、
そんなことはありえないのだから、と話した。
それと、もう二度とこの板にはさわらないようにということも約束させた。
息子は黙って聞いていて、泣いたりするということもなかった。
板電話はそのまま書斎のオーディオの台に上げておいた。
もうしばらく息子の様子を見て、何でもなければ捨てようと思ったんだ。

昨日のことだ。事故に遭ったんだよ。隣県への出張の帰りに社用車で峠道を走っていたら、
カーブで対向車線の軽自動車がおりからの雪でスリップして、
俺の車の斜め横に突っ込んできた。強い衝撃があり、
車は尻を振って回転し、右手のガードレールをなぎ倒して崖から落ちたかけた。
しかし完全には落ちず、斜めに生えている木に乗り上げて止まった。
今だからこのように言えるが、そのときはどういう状況かわからなかった。
軽自動車のほうも無事ではないだろうと思った。
車は大きくボンネットが潰れ、身動きができなかった。

右手と両足に痛みがあり、頭から血が流れていると感じた。
右腕はまったく動かず、骨折しているのかもしれない。
左手で携帯電話を取り出したが、電源が入っていない。事故の衝撃で壊れたのだろうか。
それよりも少し腕を動かしただけで、車がゆさっと揺れた。
すごく不安定な状態にあるんだと思った。
そのとき、電源が入ってない携帯に着信音が鳴った。
動いた拍子につながったのかと思った。苦しい姿勢で耳にあてると長男の声がした。
「お父さん、事故に遭ったんでしょう。動くと落ちるってココさんが言ってる。
今から助けに行くって」それだけ言って切れた。

「そんなバカな、どうして事故のことがわかるんだ」と思ったが、
頭が混乱してそれ以上のことは考えられない。
頭からの血がボタボタとスーツの上に落ちた。
車が大きくかしいで、ああ、落ちるのかとあきらめかけたとき、
ふっと上に浮き上がったように感じた。いや気のせいじゃなく、
潰れたフロントガラスから見える風景が間違いなく浮き上がっていた。
車が下から持ち上げられているのだと思った。
ガガガッと金属がこすれる音がして、アスファルトの道が見えた。
そのままタイヤの向きに関係なく、車はすごい力で横から道路の左脇まで押された。

そこで意識が途切れてしまうんだが、
最後に大きな黒い影が道の脇に立っていたのを見たと思う。
毛むくじゃらだが熊などよりはるかに大きい影で、
頭は不釣り合いに小さい子どもの顔だった。長男の顔に似ている気もした。
・・・気がつくと病院のベッドにいて、右手は骨折していたが、
あとはそうたいしたことでもないようだった。相手の軽の人も命に別状はないらしい。
頭を強く打っているのでしばらく安静にと言われた。
ベッドの横に妻と息子たちの心配そうな顔があり、
長男に「お父さんに電話したか」と聞いたが、少し間をおいて、ううんと首を振った。
「書斎の板電話にさわったか」とも聞いたが、それには答えなかったな。



UMA談義1

2014.02.16 (Sun)
UMAというのは「Unidentified Mysterious Animal」の略語で、未確認生物と
訳される場合が多いようです。ただしこれは和製英語で、海外では通じません。
前に『オカルトの分類』というところで少し触れましたが、
動物研究家の實吉達郎に依頼された『SFマガジン』編集長の森優(南山宏)が、
UFO(Unidentified Flying Object)を参考に考案したとされています。
海外では、Cryptozoology(未確認生物学)という語が使われることが多いですね。
前にカナダ人と「オゴポゴ」(カナダ、オカナガン湖のUMA)について話したときに、
この単語を出したら通じました。
関連記事 オカルトの分類

自分はオカルトの各分野の中で最も関心が高いのは実はこのUMAです。
幽霊などの心霊分野よりも興味があります。小学生の頃から、
UMA本といわれる解説書が出るたびに小遣いをはたいて買い込んでいました。
このUMA本は、ほとんど内容が重複していて、
新事実や新研究が書かれた部分というのは少ないんですが、
それがわかっていても買ってしまうんですねw 
UMA好きには自分と同じような人はけっこういて、
実に深い知識を持っている場合が多いです。

ただ、今は実話怪談本が堅調に売れていますし、研修旅行などで怖い話をするなどは
昔からありました。半信半疑ながらも幽霊話をすることはあっても、
UMA談義の機会というのは本当に少ないです。
ネッシーなどという言葉を出すと、
子どもっぽいと思われるんじやないかという懸念があるんですねw
妖怪なども民俗学では研究の対象になっていますが、
さすがにUMAで論文を書く生物学者はいない。
まあ民俗学でも、妖怪の実在を前提にしているわけではないんですが。

妖怪とUMAの定義の境目はけっこう曖昧だと思います。
UMAを便宜的に「目撃例はあっても標本がなく、種として記載されていないもの」とすると、
「ツチノコ」はUMAでしょうか。「河童」はどうでしょうか?「天狗」は?
という具合に、どこで線を引くのかは難しい。どれもかなり詳細な目撃例があるからです。
まあ天狗については目撃例を聞かなくなってから久しいので絶滅種かもしれません。
しかしツチノコや河童は現代でも目撃例があります。
しかもこれらは十分に生物としての特徴を備えているので、
「唐傘小僧」などの器物妖怪とは違いがあります。

さて、自分がどのくらいUMAが好きかというと、これで死にかけたことがあるんですw
前にバイクの自損事故の話も書きましたが、死にかけたのは生涯で2度目ですw
モンゴルのゴビ砂漠に「モンゴリアン・デスワーム」というUMAを探しに行って、
(仕事と観光を兼ねてのことでしたが)
重度の熱中症になったんです。事故のときとは違って短い入院期間でしたが、
言葉も通じずひじょうに不安な思いをしました。
関連記事 続雑談  モンゴル上空で

「モンゴリアン・デスワーム」とは、牛の腸に似ている事から、現地語でではオルゴイコルコイ
(olgoi-khorkhoi、腸虫)と呼ばれていて、体長は50cmくらい。
UMAの中では比較的実在の可能性が高いと考える研究者もいます。
ゴビ砂漠に生息し、短い雨季の間だけ活動が活発になると言われます。
強力な毒を持っていて、敵に対してこれを吹きかけて倒す、とも言われます。
馬に乗った人が、乗馬のままデスワームを長い棒でつついたら、棒が緑色に染まり、
馬も人も死んだという話があります。
それからこれはちょっと考えにくいですが、電撃を放つことができ、
かなりの遠距離から敵を倒すことができるという話さえあります。

けっこう真面目な調査団も派遣されていて、Wikiにはこのような記述があります。
『1800年代初頭にロシアの調査隊がデス・ワームの存在を認識し、
数百人がデス・ワームの毒によって死亡したと伝えられている。
ソビエト連邦崩壊後、外国人によるデス・ワームの調査が活発になる。
1990年から1992年にかけてチェコの動物学者イワン・マッカールが
ゴビ砂漠南端でデス・ワームの調査を実施し、多くの目撃談を収集した。
2005年に動物学ジャーナリストリチャード・フリーマンを中心とするイギリスの研究チームが
デス・ワームの捜索を実施した。捜索前、フリーマンは致死性のある毒は伝説的なものとした上で、
デス・ワームは実在の生物である可能性が高いとしていた。
しかし、フリーマンはデス・ワームを発見できず、デス・ワームを架空の生物と結論付けたが、
調査の過程では地中を掘り進む爬虫類と思われる無毒の生物も目撃された。』


 また、デスワームについては「ジンギスカン(チンギス・ハーン)は黒い地下の蛇の軍団を操って
戦った」という話があり、『元朝秘史』『元史』などを参照し、歴史的な面からも調べてるんですが、
調査は進展しません。映画では、なかなかの佳作であった『トレマーズ』のシリーズとして、
『新トレマーズ モンゴリアン・デス・ワームの巣窟』wというのが作られていますね。
自分の調査体験についてはいずれ項を改めて書きます。

『モンゴリアン・デスワーム』イメージ


『デスワーム』不明画像


『新トレマーズ モンゴリアン・デス・ワームの巣窟』




顔がいっぱい

2014.02.16 (Sun)
看護師をしています。
最近はないですが、まだ新米の頃に不思議な体験をしたことがあります。
深夜勤の日の午前0時すぎ、救急に胃潰瘍で大量吐血した患者さんが一人で運ばれてきました。
貧血のために意識がなく、そのまま内視鏡で検査をしたのですが、
胃の内部に大きな潰瘍があるものの、とりあえず現在は出血していないとのことでした。
なにぶん夜間ですので処置は明日行うことになり、
患者さんは心電図や脈拍、血圧を表示する機器をつけた状態で
ナースステーションの隣の、小窓で中をのぞける部屋に寝かせられました。
何か異変があったときにすぐに気づくことができるようにです。
ステーションから直接入っていけるドアもついています。

午前2時頃です。ナースステーションの窓口にふらりと患者さんが来ました。
長期入院している患者さんの中には、
深夜眠れず、救急の入り口のほうから外に出てタバコを吸ったり、
ロビーの自販機で飲み物を買ったりする方もいますので、それ自体は変ではないのですが、
「あのーちょっと」と声をかけてきたのは、さきほど緊急入院したばかりの患者さんです。
貧血のために顔が真っ白でした。
「意識がなかったはずなのに」と思い、病室の小窓のほうを見ると、
その患者さんは点滴をつけて横になっています。・・・同じ人が二人いるんです。
もう一度目の前の患者さんを見ましたが、透けたりもぜず普通の人と変わりません。
驚きで声が出ませんでしたが、少し間を置いてやっと「どうしましたか」と言いました。

その患者さんは「あのー、いいですか。部屋を替えてほしいんですけど」と
なんとか聞きとれるくらいのか細い声で話しかけてきます。
そのとき書類をピシッと指で弾くような音が後ろから聞こえたので、
振り向くと、一緒に深夜勤をしているベテランの先輩が顎をつんつんと動かして合図しています。
応対しろといっているんだと思いました。
それで「どうして部屋を替えたいんですか」と聞くと、
「足元のほうの天井の隅から、なんかが来るんですよ。顔のいっぱいある人です。
いっしょに来い、来いって言いながら、ベッドの上まで首を伸ばしてくるんです。
怖くて寝ていられませんから、部屋を替えてください」

これを聞いている間に、背後の気配で、
先輩がこの患者さんの病室に入っていったのがわかりました。
「顔のいっぱいある人って、どういうことですか」と聞き返すと、
患者さんはちょっと困った様子をしましたが、
「あのー、細い首にブドウの房みたいに顔がいっぱいついて・・・・」そこまで言ったときに、
ふっという感じで患者さんの姿が消えました。
思わず息を飲みました。小窓から病室をのぞくと先輩が手招きしています。入っていくと、
「脈拍がかなり弱くなってるようだから、先生を呼んできます。ここで見ていて」と言って、
先輩は小走りに出て行きました。

患者さんは青ざめた顔で目をつむっています。さっきのことが気になって、
患者さんの足の向いたほうの天井を見ると、
隅のほうに黒いモヤがかかって、しかも動いているような気がしました。
モヤは集まってきて風船の束のような形に・・・
先輩と当直の先生が入ってこられ、先生は容態を見ておられましたが、
また出血している可能性が高いということで、自動縫合器での内視鏡手術となりました。
緊急輸血もしたようです。
患者さんはなんとか一命をとりとめ、2ヶ月ほど入院して退院されました。

もちろん患者さんにナースステーションで見たことは言いませんでしたし、
患者さんのほうからも話は出ませんでした。
先輩にはどういうことか聞いてみました。
「私にはなんにも見なかったけど、あなたが窓口でだれかと応対してる様子だったから、
もしかと思って病状がよくないあの患者さんの様子を確認しに行ったの。それだけ」
と答えられました。
それから「顔のいっぱいあるもの」についての話もしてみましたが、
「さあ何のことかわからない・・・、その話、他の人には言わないほうがいいよ」
きつめの調子でこう注意されました。



除(湿)霊

2014.02.14 (Fri)
大学2年のとき。親からの仕送りが事情により減ってしまったんで、
今後のことを考えてアパートを一段安いところに引っ越すことにした。
不動産屋を回って決めたのが今の部屋で、かなりのボロだしトイレは共同だがしかたがない。
引っ越しも業者には頼まず、同じ学部の友人らに手伝ってもらった。どうせ荷物はたいしてない。
その友人の中に、いわゆる霊感があるというやつが一人いた。
名前は山田としておく。

その山田が、新しい部屋に入るなり犬のように鼻をクンクンいわせ始めた。
「どうした、何やってるんだ」と聞くと、
「うーん」と唸って、鼻をヒクつかせながら押入れを開け、下の段にもぐり込んだ。
そして何やらゴソゴソやっていたが、「ハッケーン」と言って紙のようなのを持って出てきて、
「ほら、こんなのあったぞ」と見せてよこした。
古くなった神社の御札だった。
山田は「やっぱりな。引っ越しそうそうこんなこと言っちゃなんだが、ここ出るぞ」と、
すごく嬉しそうな顔で言った。「出るって、何が」とさらに聞くと、
「幽霊に決まってるだろ、すげえビンビン感じる。だが心配するな俺が除霊してやる」

それから3日後の土曜日、昼過ぎに山田が一人で大きな荷物を持ってやってきた。
「お前、何か金縛りとかあわなかったか」と聞いてきたんで、
「いや、今のところ特にそんなことはないが、ジメジメして陰気な部屋だと感じる」
「まだ今のところ霊も様子を見ている段階だろうな。これからじわじわやるつもりなんだろう。
くる途中一つ手前の通りのソバ屋に入って聞いてきたが、この部屋自殺者が出てるらしいぞ」
「おいおい、おどかすなよ」
「まあ心配するな、除霊してやる。準備してきたんだ」
山田はバッグから小型の除湿機と、煙の出る殺虫剤、広口のガラス瓶を取り出した。

それらを部屋の中央に置くと「さて支度するか」と言って、俺を部屋の外に連れ出した。
ポケットから神社の御札をごそっと取り出し、
ドアのすき間に、廊下側から目張りするように何枚も貼った。
それからアパートの外に出て裏に回り、部屋の窓の外側から、さっきと同じように御札を貼りつけた。
「御札代は実費でもらうからな」
また部屋に戻ったときに「どうして外から御札を貼ったんだよ、普通逆だろ」と聞くと、
「霊が苦しくなって外に逃げ出さないようにするためだ」と言う。
「霊が逃げ出してくれたらそれでいいじゃないか」
「バカだな。逃げ出してもまた戻ってくるだろ」

それから部屋の中央に除湿機を置いて電源を入れると、
やや離れたところに殺虫剤をセットし、煙の出るタブを引き抜いた。
「出るぞ」と山田が言い、急いで外に出てドアを閉めた。
中は除湿機が稼働した状態で殺虫剤が焚かれている。
それからゲーセンに行って2時間くらい時間をつぶし、また戻ってきた。
「ここからが、一番むずかしいんだ。俺が声をかけるまで外で待っててくれ」
そう言って山田は一人で部屋に入っていった。
待っていると、中でお経のようなものを唱えてる声がしばらく聞こえ、
「もういいぞ」という声がしたんで中に入った。
中は殺虫剤臭かったが、除湿機の近くで山田は得意そうに瓶をかかげていた。

瓶には御札がベタベタに貼られていた。「封印したぞ、見ろや」
瓶の中には黄ばんだ液体が半分ほど入っていたが、山田が振り動かすたびに、
液体がぞわっと黒い塊に変化した。
黒い塊は磁石にくっつけた砂鉄のように不定形で、かすかに動いていた。
しばらくそのままだったが、じょじょに濁った液体に戻っていった。
「俺が感じたところによれば、これはフィリピン人の女のようだ。
日本人の男に恨みを持ってる」
「それどうするんだよ」と聞くと、
「じつはこういうの高く買ってくれるとこがあるんだよ。だが・・・石崎に使おうと思う」
唐突に出てきた石崎というのは、学部の助教授で俺も山田も講座の単位を落とされて
当時頭にきていたやつだ。女の学生に手を出すってことで評判も悪かった。

「どうすんだよ」「もうすぐ新入生歓迎会があるだろ。
そんときに石崎もくるだろうから酒に混ぜて飲ませてみる」
・・・新入生歓迎会のときに山田は言ったことを実行し、それから2ヶ月くらいして
石崎助教授は当時全盛期だったフィリピンパブの女に引っかかり、
共同研究費を使い込みして社会的に抹殺された。
俺はといえば、残りの大学生活をその部屋で何事もなく過ごした。
山田とは卒業以来会っていないが、
普通の就職はぜず、知る人ぞ知るという霊能者となり
国政選挙などの裏舞台で活躍しているという話だ。

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怖い話の素材

2014.02.13 (Thu)
 自分が怪談を書くにあたって、何から素材を得ているかですが、
これは前にも書いたようにだいたい2つのパターンに分かれます。
一つは、怖いシーンがまず頭に浮かんで、そのシーンを活かすように話を組み立てる場合。
例えば「クズ鉄屋の広い資材置き場に小型冷蔵庫があって、中を開けると血で真っ赤に濡れてる」
こういうイメージが頭に浮かんでこびりついて取れなくなり、
そのシーンを活かすようなストーリーを組み立てるという形です。

 もう一つは「今回は生霊でいってみよう。オカルト理論的には生霊はこういうものだから・・・」
と理詰めでストーリーを最初に考える形。
自分的にはどっちも同じくらいの割合なのではないかと思います。
ただシーンから入るほうは、書いてみて「これはダメだ」とボツにしてしまうものが多いです。
イメージに頼りすぎてしまって、話としての力が弱いために、
結果としてそのシーンだけ浮き上がって上滑りしてしまうんですね。

 いっぽうストーリーを自分なりにあれこれ練り上げて書くほうは、
どれもそこそこの話にはなるんですが、ネットで書いていたときには「創作臭い」という
評価をうけることがしばしばでした。
あまりに話として都合よく出来過ぎている、というわけです。
なかなか難しいのですが、
やはり前述した2つが上手く融合した場合が高評価になるようです。

 次に、怖い素材をどこから持ってくるかですが、
これまで読んだ本からいろんな着想を得ているのは間違いないです。
ホラー小説、実話怪談、奇妙な味といわれる作品群。
それだけでなく、筒井康隆さん、安部公房さん、カフカ、ゴーゴリ、老舎・・・
SFや推理小説なんかでも、謎と不条理を含んだ話はすべて参考になっています。
あとは民俗学や考古学、宗教学や神話学の本。
民間信仰や伝承に関する話を読んでいると自然にアイデアが生まれてくる場合があります。
意外なところでは、先端物理学とかも。
トンネル効果とか超弦理論とか、ちょっと想像が追いつかないような不思議な世界ですよね。

 で、取材して得た話。なるべく酒の席なんかで親しい人に怖い話を持っていないかどうか
聞くようにはしているんですが、
「写真の額縁が落ちて、あとから電話がきてその時間に祖母が亡くなったことがわかった」
式の類型的なものが多くて、なかなか話としては書きにくいのです。
 あと自分は怪談話は広い意味でのファンタジーの一種として受け止めていますので、
欲と打算がからんだ実際の猟奇事件というのも、あまり参考にはなってないですね。

『山間の湖とカモメ』アルノルト・ベックリン
bes[2]1



見なきゃよかった

2014.02.12 (Wed)
俺のダチの話なんだ。失踪しちまったんだよ。
両親が今こっちに来てて警察に捜索願を出した。
学部内で親しかったってことで、俺は親御さんに事情を聞かれたんだけど、
ちょっと奇妙な内容なんで、詳しい経緯は話していない。
かえって混乱させるんじゃないかと思ったからだ。
そのかわりここに書いたんだけど、
何か少しでも事情を知ってるやつがいたら情報提供を頼む。

2週間前のことだ。遅くまで麻雀をやってたんだよ。
営業の時間が過ぎてもやらせてくれる雀荘があるんだ。
終わったのが夜中の2時過ぎだったと思うが、
こっからはダチから聞いた話。ダチはチャリでアパートに帰って、
寝ようと思ったが明日がゴミ出しの日なことに気づいた。
寝てしまうと朝にゴミ出すのは不可能だと思って、
本当はルール違反なんだが、こそっとゴミ袋を持って収集所に向かった。

ダチのアパートは同じような学生アパートが密集したところにあって、
収集所は小路の奥にある。俺も見たことがあるけど、
よくある犬やカラスよけの鉄柵のやつだ。
近づいていくとその収集ボックスの横に、
洗濯機でも入れていたようなかなり大きめのダンボール箱が置いてあった。
粗大ゴミの日と勘違いして誰かが出したのが、
持ってかれないでそのまま残ってると思ったそうだ。
柵を開けてゴミ袋を投げ込み、帰ろうとしたら、
そのダンボールの中から音が聞こえた。ボンボンと内部から叩いているような音。

気になったんで、上部の蓋を開けて中をのぞいてみたんだそうだ。
すると底のほうの隅にヌイグルミが置かれていただけで、あとは何もなし。
ちょっと変に思ったという。
ヌイグルミはそれほど大きいものじゃなく、せいぜい50cmくらい。
暗くてよくわからなかったが、白っぽいクマに見えた。
これならそのままでもゴミ袋に入れて燃えるゴミに出せば
持っていってくれる大きさで、わざわざダンボールに入れてる意味がわからない。
好奇心を出して、箱を横にかしげてヌイグルミをつかんでみたそうだ。

持ち上げようとしたら、見た目よりずっと重い。
ヌイグルミ自体は有名なキャラクターものとかそういうのじゃなくて、
手作りっぽい感じだったそうだ。
外側はフワフワした毛なのに中に金属でも詰まってるような重さがある。
両手で持ち上げて顔を見たら、急にそのヌイグルミがしゃべり出した。
「兄ちゃん、見なきゃよかったな。もうすぐ取りにくる。逃げろや隠れろ」
くぐもった男の声だった。そのときに気がついた。
ヌイグルミの目だけが人間の目になってた。

「うわっ」と言ってヌイグルミを箱の中に落としてしまった。
人間の目と書いたが、ヌイグルミのその部分だけ布地がくり抜かれていて、
中に入ってるやつが目だけのぞかせてるみたいで、
大人の男のものだと思ったという。
でもそんなことありえねえよな。だって全体の大きさが50cmくらいだから、
小学生でも入れない。まさか小人が入ってるわけじゃあるまいし。
そのとき角の向こうから、車のエンジン音が近づいてくるのが聞こえた。
で、ヌイグルミが最後に「逃げろ、隠れろ」と言ったのが気になって、
収集ボックスの後ろの低いブロック塀の陰に飛び込んだ。

そっから見てたら、こんな場所には似つかわしくない
黒いアメ車のSUVが曲がってきた。俺は詳しくはないが、
ダチの話だとリンカーン・ナビゲーターとかいう高級車だそうだ。
車はせまい路地を窮屈そうに曲がって止まると、
後部ドアから作業服を着た若い男が二人出てきて、
「あ、箱が倒れてるぜ」とか言ったらしい。すると助手席のウインドウが開いて、
「いいから中入れろ、あとでクマに聞きゃいい」低い声がして、
二人が手早くダンボールごと車に運び込んで、急発進していったんだそうだ。

これを聞いたのが次の日の大学の学食でのこと。
ダチは首をひねってたが、聞いた俺のほうだって何が何だかわからない。
下手な作り話じゃないかと思ったほどだ。
しかし作り話にしても、それをする真意が不明だし、
ダチは心配そうな顔で「車は暴力団関係みたいな感じだった。
さわらなきゃよかったかも」こんなふうに言ってた。
で、その日のうちにダチと連絡がとれなくなった。
同じバイトをしてるんだが出てこないんで携帯にかけたが通じない。

次の日は大学でけっこう重要な試験があったんだが、それにも出てこないんで、
気になって夜にアパートに行ってみた。何度も行ったことがあるんだ。
チャイムを鳴らしても出てこないんで、ノブを回したら鍵がかかってなかった。
入ってみたら誰もいない。どうせ一間の部屋だし探すまでもない。
ただ部屋にあがるところが少し黒く染みになってて、
もしかしたら血がこぼれたのを拭いたんじゃないかと思った。
それから、窓際に見慣れないヌイグルミが背中を見せて置かれてた。
ダチの話に出てきたのと同じくらいの大きさの白いヌイグルミ、
・・・前にあった記憶はない。取りあげてよく見りゃよかったと思うだろうが、
そうしなかった。何か怖かったんだよ。

鍵がかかってないのが不用心だからアパートの管理人のとこに顔を出して
そう話した。それからダチとは音信不通、一切連絡がとれない。
携帯も電源が落ちてるみたいなんだ。
実家にも帰ってなくて、1週間後に心配した両親がこっち出てきて、
大学から紹介されて俺んとこに来た。
・・・学食で会ったことや、バイトに来ないから部屋を尋ねたことは話したが、
ヌイグルミの話なんてできないだろ。
わけがわからないし、変に思われるだけじゃないか。
ただ、すごくヤバイことが起きたんじゃないかって気がする。
誰かこれに似た話、知ってるって人いないかな。



怖い話を書く時間

2014.02.12 (Wed)
 自分が怖い話を書くのにかける時間は、1話に1時間かかることはまずないです。
20分から40分くらいですね。
前はネットの掲示板に書いていたので、速く書く癖がついているのかもしれません。
文章の一字一句を吟味して書くということもあまりないです。
あとで読み返したときに誤字脱字や表現のマズイところは直しています。

 基本的に実話怪談なので、情景描写をあまりしないし、
登場人物のキャラ設定もせいぜいが小学生とか30代の主婦とかその程度で、
どこにでもいる市井の平凡な人物が語り手です。
それにじっくり調べなくてはならない専門的なこともあまり書きませんし。
例えば家の解体で怪異が起きる話を書くとすれば、
解体の手順や費用などをちょこちょことネットで調べるくらいです。

 語り手と書きましたが、すべての話は1人称の独白体の形をとっているので
パターンにはまって速く書けるということもあるかもしれません。
類型的にならないように注意はしているのですが。
 ただこれは、あくまでも書く時間の話で、アイデアを考える時間はまた別です。
ネット掲示板に書いていたときは、投稿しようとするたびにアイデアを考えていたので
これはというのを思いつくまでに数時間かかることもありましたが、
アイデアメモをとるようになってから、そういうことはなくなりました。

 自分は自由業ですので、占星術の予約が入っていない時間というのが1日の中にあります。
そのようなときにつらつら考えていると、アイデアの断片が浮かぶことがあります。
また怖い話の本を読んでいるときや、映画の試写を見ているときに思いつくこともあります。
それをすかさず短い言葉でメモるわけです。
もちろん後で文章化しようとしたときに、これはちょっとものにならないな
と思えるものも出てくるわけですが、アイデアのストックが常時10くらいはあります。
これでだいぶ楽になりました。

『心の時空』ルネ・アグリッド
おおいう



本の感想5

2014.02.11 (Tue)
 1月25日発行『忌談2 福澤徹三 角川ホラー文庫』
これは作者自身が前書きでも書いていますが、
オカルト的な要素のあるなしにかかわらず、嫌な話、
忌まわしい話を集めて収録したものです。
ただし、取材者からの聞き書きという
「実話」の部分はきちんと押さえられています。
自分が書いたものでいえば『口裂け女』のような話です。
『口裂け女』
前回の『忌談』が、どことなく無理にオカルト的な
要素を加えていた感があったのに対して、
本作のほうがふっきれたものを感じます。
全体に占めるオカルト話の割合は3割くらいでしょうか。
それ以外は、海外旅行での恐怖譚、裏社会の恐怖、
自分が何気なくしたことが他者に
大きな害をもたらしてしまう恐怖などが書かれています。

 「幽霊よりも生きた人間のほうが怖い」という話はよく聞きます。
たしかに、霊障で亡くなった人がどのくらいいるのかwはわかりませんが、
毎日メディアで報道される実際の殺人事件より多いとは思えませんし、
人や物に対する怨念や執念というのは生者でも死者でもそう変わりはないでしょう。
と考えれば、オカルトを入れないほうがリアリティがあり、
なおかつ人間を描きやすいのは当然と思えます。
作者はあえてそちらの道を選び、しかも成功していると思います。
元来持っている資質が生かされていると言えばいいでしょうか。

 怖い話が好き、という人はけっこう多いし、だからこそ実話怪談というジャンルが
成り立っているわけです。
それに対し、嫌な話、忌わしい話を聞きたいという人が多いとは思えません。
嫌な話をエンターティメントとしてまた読みたいと思わせるには、
かなりのテクニックが必要だと思うのですが、作者はそれができる筆力があります。
さまざまな職業を転々とした前歴も生きているのだと思います。
『してはいけない質問』『ブラックアウト』『約束』などが面白かったです。




当たり

2014.02.10 (Mon)
もう10年以上も前のことになります。
当時は家族4人で市営住宅に住んでいました。
私と夫と子ども二人です。
その市営住宅はかなり大きく、私たちの部屋は7号棟の2階にありました。
夏の夜のことでした。
何かに呼ばれたような気がして寝室を出ました。
このあたりは記憶があるような、ないような・・・とても曖昧なんです。
断片的には覚えているので、寝ていたというわけではないんです。
ただ、そのときに自分の意志があったかというと、そこがよくわからないんです。

玄関の鍵を開けて団地の廊下に出ました。
そこから非常階段で下に降りていきました。ええ、パジャマ姿でです。
階段の下には自転車小屋があり、
その横壁のトタン板に外掃除用のほうきや金バサミなどが掛けてありました。
当番制で掃除をしてたんです。
その下に立てかけてある、側溝を掘ったりするシャベルを手にとったのを
うっすらと覚えています。
それを引きずって団地の裏手の林に向かったんです。

そこで記憶が飛んでいて、
次に覚えているのは林の中の盛り上がった地面を掘っているところです。
とにかく無我夢中で掘っていました。
あとで手にマメができていることに気がついたほどです。
かなり長い時間だったと思います。
足下には1m近い穴ができていましたから、おそらく何時間も。
部屋を出たのが何時ころかはわかりませんでしたが、
正気を取り戻したときには夜が開けかけていました。
耳元で「はずれ」というしわがれた声を聞いたのははっきりと覚えています。
気がつくと泥だらけの素足で、朝の光の中シャベルを持って穴の中に立っていました。

それは驚きましたよ。こんなこと今までになかったし、夢遊病になったのかと思いました。
両腕がしびれて痛かったです。シャベルを元に戻し、とにかく部屋にもどって、
そっと浴室にいって手足を洗い着替えをしました。
ベッドに戻りましたが、夫も、まだ小さい子どもたちも気づかずに寝息をたてていました。
やがて目覚ましが鳴って夫が起きだしてきました。
昨夜からのことを話そうかと思いましたが、やめました。
なんと説明していいのかわからなかったからです。
いつもと同じ日常がバタバタと始まりました。

穴を掘ったのは私が最初だったのではないかと思います。
午前中は1歳と3歳の子を近くの公園に連れていって遊ばせることが多いのですが、
それから3日後に公園で、
同じ棟で親しい山田さんの奥さんから夢遊病について相談されたんです。
話を聞くと、私が体験したこととまったく同じでした。
夜中に部屋を出ると、靴もはかずにシャベルを持って裏手の林へと向かう。
そこで何かに取り憑かれたようになって穴を掘っている。
そして朝になって「はずれ」という声を聞いて我に返る。
もちろん私の身に起きたことについても話しました。

二人で「不思議ねー」と言い合った後で、
下の子の乳母車を押して穴を掘った場所へも行ってみました。
穴が三つ、数m離れた場所にあいていました。どれも同じような深さです。
自分の掘った穴はわかりましたし、山田さんの奥さんもわかったようでした。
もう一つの穴に関しては記憶がなく、
もしかしたら他にも掘った人がいるんじゃないかと話し合いました。
そのときに「はずれ」という声についても考えてみたんですが、
二人とも、しわがれた声だけど男とも女とも判断がつかなかった、
何となく発音が現代の人のものではなかった気がする、と意見が一致したのですが、
ただ、何が「はずれ」たのかはよくわかりませんでした。

それからは私にも山田さんの奥さんにも何事もなかったんですが、
1週間後くらいにしめし合わせて林に行ってみたところ、穴は8つに増えていました。
間違いなく他にも掘っている人がいるんです。
さらに2日後、早朝にゴミ出しに行ったとき、林のほうが騒がしいことに気づきました。
パトカーと大きな車が何台か停まっていて、人が10人以上穴を掘ったあたりにいます。
後で聞いたところによると、ずいぶん古い石棺が掘り出されたのだそうです。
掘り出したのは8号棟の奥さんで、
私たちと同じように夜中から朝方まで穴を掘って、
気がついたら足元の穴に石棺がのぞいていたということでした。

石棺は大きなものではなく。開けてみると10代と推定される人骨の一部が残っていたそうです。
大学や教育委員会の人たちがしばらく調査していましたが、
それ以上の遺跡・遺物は見つからず、棺は博物館に運ばれたという話でした。
それから数ヶ月して、棺を掘り出した家の50代のご主人が仕事をやめたようでした。
高級外車を乗り回している姿があちこちで目撃されるようになりました。
棺を発見した奥さんが「宝くじで高額当選した」ことをにおわせる発言をしたらしく、
噂はあっという間に団地中に広まりました。
その後すぐ、郊外に建売を買ったということでそそくさと引っ越していきました。

この奥さんはもしかしたら、
穴を掘っていて「当たり」の声をきいたのではないかと思いました。
その後数年して、テレビで資産家の夫婦が殺されたというニュースを見ました。
被害者は間違いなくその引っ越していった旦那さんと奥さんでした。



骨を拾う

2014.02.09 (Sun)
骨を拾うのが好きな子どもだったんです。いやいや、もちろん人間のじゃないです。
骨というか正確には生き物の体の部分ですね。
裏庭に落ちてたバッタか何かの足、蛾の羽、
・・・これはすっかり乾燥して腐ったりしないやつです。
それから何かわからない小鳥なんかの小動物の骨が多かった。
そういうのを集めてましたね。
枯れ葉の重なってる下を掘ったり、河原の丸石をひっくり返したりして拾うんです。
いや・・いつからですかね。物心ついたとき、おそらく小学校入学以前からです。

始終あちこち歩きまわって探してるわけじゃありませんよ。
それだと病的ですよね。そうじゃなくて、外を歩いているとピーンとくるときがあるんです。
ああ、あそこの自動販売機の下に骨が落ちてるって。
骨のほうから呼びかけてくると言えばいいでしょうか。
で、手を差し入れてさらってみると、確かにあるんです。
それも死んだばっかりのじゃなくて、カラカラに乾いた臭いもしない骨の塊が。
・・・当時は不思議だとも思いませんでしたね。
その骨もまるごと持ってくるわけじゃなくて、爪楊枝くらいのをほんの一本とか。
どれを取ればいいかもわかるんです。

バラけたネズミか何かの骨の中で、必要なのはこれってもうわかってるんです。
それを指でつまんでそっとポケットに入れる。
3ヶ月で1つのときもあれば、2日続けて拾ったこともありました。
4年くらい続けていたと思います。全部あわせても大人の両手にのるぐらいの分量でした。
集めた骨や虫の残骸は、家の中に持って入ると、
さわぎになって捨てさせられるとわかってたんで、
庭にある石灯籠の穴の中に隠してたんです。
穴の下のほうにライトを入れる空洞があって、そこにぽとぽと落としていました。
見つかるとマズいという気がしてたんです。

小学校3年のときです、秋の遠足がありまして。
歩くんじゃなくて、バスで市の森林公園にいくんです。
自分らの小学校では毎年恒例の行事だったみたいですね。
まあ子どもながら、前日はわくわくしますよね。
親に弁当やおやつをリュックに入れてもらいました。
そのときに、なにかすごく大切なものを忘れているような気がしたんです。
しばらく考えていましたが、あの骨だということに思い当たりました。
ただ、そのままではダメだとも思いました。それで瞬間接着剤を持ちだして、
夕方5時ころから1時間くらい外で集めてた骨を組み立てたんです。

とり憑かれたように組み合わせては接着していると、変なものができました。
二本足の、人間に似ているけども
蛾の羽やコオロギの足があちこちに飛び出したオブジェ?です。
部品は一つもあまりませんでした。ぜんぶぴったりあるべきところにはまった。
すっかり満足しました。高さ15cm、太さが子どもの手首くらいだったと思います。
で、それを上着の下に隠して家に戻り、リュックの外側のポケットに入れたんです。
ああ、これで大丈夫、やっと遠足に行けると思いました。
・・・何が大丈夫なのかはよくわかってなかったんですけど。

遠足当日です。森林公園は学校からバスで1時間くらいでした。
その日は天気もよく、10月なのにあまり寒くもなく、
気持ちいい日だったのを覚えています。
午前中はクラス対抗のゲームを広場でやりました。
それから敷物をしいてお弁当を食べて、午後は1時間くらい自由時間がありました。
親しい友だちと駆け出していこうとしたとき、
リュックと離れなくちゃならないことに気づいたんです。
リュックというか、その中の骨オブジェとです。
でもそれはできないと思って、からかわれるのを承知で背負っていきましたよ。

まばらな雑木林の中で鬼ごっこをしましたが、
林は背後の山地まで続いていて広く、うれしくなって奥まで走り込みました。
自分では枯葉の地面を踏んだはずなのに、
いつの間にか赤や黄色に染まった斜面を転げ落ちていました。
そして斜面の途中にある横穴に飛び込みました。
一面の落葉のため、体はどこも痛いところはありませんでしたが、
方向感覚を失って、思わずあたりを見回しました。
そこは岩屋のようなところで、たくさんの枯葉が吹き溜まっていました。

中は意外に深く、光の届かないところにも空間があるように感じました。
洞窟だったのかもしれません。
その奥のほうに青く光る2つの点が見えました。
ゆっくりとこちらに近づいてきたのは、真っ黒な獣でした。
大きさは中型犬の倍近くもあったと思います。
その顔がもう目の前にありました。いや、熊ではないです。
馬を小型にしたようなしまった体つきをしてました。それで顔が長いんです。
アリクイ?あれよりもっと長くて、何となく人間のような表情の見てとれる顔。
すみませんね、うまく説明できなくて。

その生き物が、枯葉の上にうつぶせになっている自分に鼻面を近づけて
臭いを嗅いでいましたが、リュックの上に前足をかけました。
そのときにわかったんです。あの骨のオブジェを欲しがってるんだと。
いえ、自分はこの獣に渡すために長い間骨を拾い集めていたんだって、
瞬時にわかったんです。
自分が膝をついてリュックをおろし骨を取り出すのを、獣はじっと見つめていました。
そして自分の手のオブジェをそっと咥えると、うんうんと人間のようにうなずき、
数歩後じさりしてくるりと振り向くと、暗いほうに駆け去っていったんです。
ゆるやかな斜面を登って、上の林へともどりました。
自分のやらなければいけないことをやっとやり遂げた、そんな気分でしたよ。
これで話は終わりです。



2014.02.08 (Sat)
小学校6年生のときのことです。当時、自分はいじめられていました。
自分の小学校は学年一クラスの小さなところだったんですが、
そういう学校というのは、小さい頃からの力関係がずっとつきまとっていて
ガキ大将はずっとガキ大将のまま、いじめられっ子はイジメられっ子のままなんです。
ただお互いに気心がしれているから、そんなにひどいイジメはないんです。
そのかわり、力が上の側は下のやつとの関係が逆転するのをすごく嫌がってましてね。
そういう兆候に敏感というか、下のやつが反抗しそうなそぶりを見せたときには
かなりキツくガツンとやるんです。

今のニュースなんかになるイジメともちょっと違うんです。親分と手下の関係というか。
ああ、話がそれてしまいましたね。
ガキ大将は松山ってやつでした。幼稚園にいかないでいきなり小学校に入学して
すぐクラスを支配してしまったんです。
主に腕力ですね。親が山屋・・・林業をやってまして、
小さい頃から親について山に入っていたらしく、腕力、体力があるんです。
自分は悪いことにこいつと家が近かったから、すぐに目をつけられてしまいました。
勉強はできません。小6でも漢字がほとんど書けませんでした。
そもそも授業中に自分の席にいることなんてなかったですから。
いつも担任を困らせていましたよ。

そのくせ悪知恵は働くんです。狡猾と言えばいいんでしょうか。
松山の親は、金がないわけじゃないんだけど子どもに無関心で、
学校で悪さをして先生方が親を呼びだそうとしても、絶対に出てこないんです。
そのかわり松山にも、何か買ってやったりとか、どっかに連れてったりとかしないんです。
自分はじいちゃんばあちゃんと同居で、可愛がられていろんなものを買ってもらってたんで、
ゲームとかラジコンとか、そういうのを松山にねらわれて巻き上げられてしまうんです。
物をとられても親には言いませんでした。
そんなことをしたら手ひどく叩かれる上に、物は戻ってこないんだから。
さあねえ、家族もうすうすは知ってたんじゃないですか、松山に取られてることを。

ただね、最初から暴力で巻き上げるわけじゃないんです。
そのあたりは松山にもこだわりがあったんでしょうか。
何か最初に恩を売って「お前のためにこれやってやったから、ゲームソフト貸してくれや」
とか、いろんなパターンがありました。あと賭けなんかも。
2月のことでした。松山といっしょに帰ってたんです、カバン持たせられて。
松山はランドセルを最初から持ってなくて、大人が使うようなカバンで登校してました。
雪道を歩いていると、松山が「神社にいって賭けをしようぜ」と言い出しました。
学校からの帰り道に小山に登る細い道があって、村の氏神神社に続いているんです。

神社といっても神主はただの農家のおっさんで、資格はあるんでしょうが
何かの祭事があるときしか社殿にはいません。
田舎なんで旧正月の行事があるため、1月過ぎても雪寄せして道はついてました。
神社での賭けがどういうものかわからないままついて行ったら、
鳥居をくぐって短い参道を脇道にそれました。
そこは松の林になっていて、その枝におみくじが結びつけられている場所がありました。
枝の重なった下のために、連日の雪でもくじはけっこう残っていましたね。
ほとんどがその年の初詣のものだったでしょう。

「これほどいて、どっちがいい順番かで賭けをしよう」
この順番というのは、大吉とか末吉とかああいうやつのことでしたね。
「もしお前が負けたら、◯◯のソフトをしばらく貸してもらうぜ」こう言いましたが、
松山自身が負けたら・・・ということは絶対に言わないんです。
こちらが言い出せないことを見透かしていたんだと思います。
自分はこのおみくじはとっちゃいけないものなんじゃないかと思いましたが、
それも言い出せませんでした。
午後になって寒さがゆるんで、松の木からはぽたぽた水が落ちていました。

「いっせいの、でとって、手にはさんで同時に開くんだ」
それで手近ののを一つ外して、濡れてよれたのを開いて松山のと比べました。
自分のは中吉、松山のは凶でした。負けたのがわかったんでしょう。
「今のは練習な。もう一度やろう」
二度目は自分が末吉、松山はまた凶でした。
松山は「ふん」と鼻を鳴らし、くじをもみくちゃにして足元に捨て、
「最後もう一回やろう。最後に勝ったのがホントの勝ちだ」
松山は木の下をうろうろして、時間をかけてくじを選ぶふりをしながら、
透かして字を見ているようでした。

よさそうなのを見つけたらしく、自信満々に戻ってきて開いて確認していました。
ズルですがしかたありません。それから同じように掌に入れて開いたとき、
松山の掌から長い褐色のものがこぼれ出ました。ゲジゲジだと思いました。20cmはありました。
こんな冬中にゲジゲジが外に出ているはずはないし、そもそも子どもの掌には入らないでしょう。
それが松山の足元に落ちて雪の上で身もだえし、また松山の足を這い上がってきました。
「うわっ、何だこれ。うわ」と言いながら松山は払い落し、足で踏みつけました。
ゲジは雪に埋もれてすぐ見えなくなり、本当にいたのかどうかもあやふやな気になりました。
松山の手にあったはずのくじも見当たりません。
松山は「何なんだよ」とつぶやき、興味をなくしたように「もう下りようぜ」と言いました。

それでもソフトのことは諦めてなくて、雪道を下りながら「貸せよ」と言ってきました。
当分返ってこないとわかっていても「うん」と言うしかありませんでした。
もうすぐ下の道に出るというところで、パトカーのサイレンの音が聞こえました。
松山はもう神社であったことを忘れて興味津々の様子でした。
自分たちの家に近づくとサイレンはどんどん大きくなって聞こえ、
パトカーが数台、松山の家の近くに停まっているのが見えました。
向こうから車が一台近づいてきて自分らの前で止まると、
大人が出てきて「こっちやこい」と言って松山の手を引いて車に乗せました。

松山にカバンを渡そうとしたとき、
ジャンバーの背中にピタリとおみくじが貼りついているのに気がつきました。
「大凶」と書かれているようでした。
後で聞いたところによると、松山の父親が架空取引詐欺でつかまったということで、
そのまま松山もどこかに転校していってしまいましたよ。



続雑談

2014.02.07 (Fri)
 昨日バイク事故の話を書きましたが、20代前半のことです。
単独事故で、すべて原因は自分にありました。
カーブを曲がりきれず転倒して、そのままガードレールを越えて崖下に落ちたんです。
そっからは意識がまったくないですが、
通りがかった近所の農家の人が発見して救急車を呼んでくれました。
ダム湖に近い峠道というど田舎でしたので、
救急車はかなりの距離を走って市の大きな病院まで運んでくれたんだそうです。

 体はズタボロ状態で、頭蓋骨と腰椎、左足首の骨折、
あちこちの裂傷と全身打撲で、都合3回手術しました。
完治するまで1年以上かかりましたが、後遺症がほとんどないのが幸いでした。
で、このときは事故後1週間くらい意識がなかったんですが、
その間、臨死体験のようなことをしたかといえば全く覚えがないんですね。
目が覚めたときにはマンガでにある「ここはどこ?」状態でしたが、
さすがに「私は誰?」まではいきませんでした。
説明を受けて事故を起こしたのを思い出しましたが、
事故から1週間もたっているということを聞いて愕然としました。
記憶ではつい昨日事故を起こしたような感じがするんです。

 まあ心臓停止などの臨死と言えるほどの重篤な状態でもなかったんですが、
入院中はかなり苦しい思いをしました。罰だと思って受け止めましたがw
あとは入院の最後の2ヶ月くらいは起きて歩けるようになり、
ヒマなために深夜の巨大な大学病院内を徘徊していましたが、
残念ながら怪異体験には遭遇してはいません。

 昨日は『今昔物語』に登場する産女のことも少し書きましたが、雑談
この産女と交通事故に関して奇怪な話があるのをご存知でしょうか。
Wikiより
『1984年(昭和59年)5月15日の午前7時25分、静岡市(現・静岡市葵区)
産女(うぶめ)の県道で女性が運転する乗用車が集団登校中の児童の行列に突っ込み、
児童数人を跳ね飛ばしてガードレールに激突した。
加害者の証言によると、三つ辻の道路の左側に変な老婆が立っており、
避けようとして事故になったと答えた。
だがこの事故を目撃した児童はオートバイを追い越そうとして事故になったと証言し、
老婆のことには言及していない。
その土地は古来から産女新田と呼ばれていて、地名の由来は、
江戸時代に牧野喜藤兵衛という漂泊の者の妻が妊娠中に死に、その霊が何度も現れたため、
その怨念を鎮めるため村人が産女明神として祀ったという縁起である。』


 なかなか怖い話ですね。
高速道路催眠現象(ハイウエイ・ヒプノシス)で説明しているサイトもありますし、
それ以外の原因で起きた幻覚の可能性もあるでしょうし、加害者の虚言なのかもしれません。
そのあたりは今となっては解明のしようがないのですが、
『この交通事故について民俗学者・宮田登は、産女という名の土地に現れた妖怪
ウブメが働きかけたことが事故の原因であり、
ウブメのような妖怪変化があらわれる辻のもつ霊的な力が民間伝承として現代に出没している
と語っている。』
Wikiにはこのような記述もあります。
忘れ去られたはずの妖怪が、何かの機縁で立ち現れることがあるとしたらこれは怖いです・・・

『百怪図巻』佐脇嵩之「産女」





雑談

2014.02.06 (Thu)
 さて当ブログに掲載している怖い話が80、黒民話が12の計92話。
だんだん100が近づいてきましたが、何か怪異が起きるのでしょうかw
けっこう楽しみにしているBigbossmanです。
自分は0感ですので、実際の霊体験というのはほとんどありません。
ほとんど・・・と書いたので、いくらかはあるんですが、
どれも勘違いと言われてしまえばそれまでといった類のものです。

 一つ目は、自分はバイク事故で8ヶ月入院したことがあるんですが、
その何度目かの手術が終わって全身麻酔から覚めるとき、
自分の横に誰かがずっと添い寝をしてくれてる夢を見ました。
夢というか、看護師さんの呼びかけに応えてしゃべったりしているんで、
幻覚といったほうがいいでしょうか。
で、これを書くと話があまりできすぎてて嘘だろと言われることが多いんですが、
その手術の当日、母方の祖父が老衰のために別の病院で亡くなっているんです。
まあ、麻酔の覚め際に幻覚的なものを見るのは手術のたびにそうでしたから、
これもたまたまだろうと言われればそれまでなんですが。
このときは頭部を固定されてベッドに起きることもままならず、
当然葬式等にも行けず、ずいぶん不義理をしました。

 もう一つは小学校6年生のときで、夜の8時ころ裏庭に出ていたら、
庭の横の道を白い影のような人が前かがみになって道に手を突きながら、
コマ飛ばしのような動きで駆け上がって消えたことです。
これは今でも不思議です。その人物は不自然に全身が白く、
2mおきにワープしているかのように消えては現れ、消えては現れして
自分の横らへんまでくると完全に姿を消してしまったのです。
見たものが確かならばちょっと説明がつきません。
しかしこれも、強烈に印象に残ってはいますが、
子どもにありがちな幻想だろうと言われれば、そうかもと言うしかありませんね。

 百物語についてですが、江戸時代にはかなり盛んに行われていたようです。
町人が裕福になって力を持ち、粋の文化が花開いた時代の好事家の遊びという
イメージがあります。Wikiによれば、
『新月の夜に数人で行う。話をする部屋は無灯。その隣の部屋も無灯。
いちばん奥まった部屋に100本の灯心を備えた行灯と、机の上に鏡を置く。
行灯には青い紙を張る。参加者は青い衣をまとい、帯刀せず入室する。
怪談話を一つ語り終えたら、手探りで隣の部屋を通って行灯のある部屋に行く。
そこで灯心を1本引き抜いて消し、自分の顔を鏡で見て元の部屋にもどる。
その間もグループは話を続けてよい。』
となっています。
どうも本気で怖がっているというより、粋人の暇つぶしという感じですよね。

 この百物語の起源についてはいろんな説がありますが、
武家の肝試しからきているという説が自分は説得力があると思ってます。
『今昔物語』には、源頼光とその家来たちの肝試しの話がいくつか出てきます。
平季武と産女、渡辺綱と茨城童子のエピソードは有名ですよね。
どちらも仲間内の酒の上での怪異話から「じゃあ確かめてこよう」という展開になります。
季武は鎧兜や馬なんかを賭けて肝試しに出かけています。
侍部屋ですることもなくゴロチャラしている武士の暇つぶしは、酒と賭事、
武勇自慢といったところでしょうが、まさか辻斬夜盗をするわけにもいかず、
現代の心霊スポット探訪のような感覚があったんではないでしょうか。



かかし

2014.02.05 (Wed)
小学校6年生の夏休みのこと。その日は午後から、川に沈めてあったカニ籠を見にいった。
もし入ってなかったら釣りをするつもりで、バケツと竿も持ってた。
土手まで続く農道をぶらぶら歩いていたら、横の田んぼにかかしがあるのに気づいた。
かかしもひところはすっかりなくなっていたそうだが、
県内のある町でかかしをつかった町興しを始めた影響があってか、
またちょくちょく見るようになってた。ただその田んぼで見るのははじめてだった。
かかし自体は十字に組んだ木の棒にボロ布を着せて、発泡スチロールの頭部を差し込んだ
ごくありきたりのやつだ。頭部には手ぬぐいでほっかむりをさせていた。

珍しいと思ったのは、両手の下にカラスをぶら下げてあることだ。
前に見たことがあったのはカラスに似せた人形で、ずっと高いとこにヒモをはって吊るされていた。
もしかして本物の死骸なのかと思って、農道の砂利を拾って投げてみた。
距離は田んぼ半分くらい離れているので当たらない。
田んぼに石を入れるのはよくないとは思ったが、もう一度投げてみた。
すると今度は右側のカラスにうまく命中したが、羽が散ったりすることもなくよくわからない。
さらに石を拾おうとかがんだとき、弟が「兄ちゃん、もういこう」と言ったんで、
立ち上がって、そちらを見ながら歩き出した。

土手に出てしばらくいくと、カニ籠を仕掛けてある川に出た。
そこは支流のさらに支流で、川幅は4mくらいのものだが流れが速かった。
川中にはり出している柳の枝に結んでおいたヒモを見つけ、手をのばしてほどき引っぱった。
水の上に籠が現れると、強烈な腐臭がした。
籠は2日前に沈めたんで、中のものが腐っているとは思えなかったが、
引き寄せてみると相当に重く、赤茶色の大きな毛皮のようなものが入っていて、
鼻が曲がるような臭いがした。
何かの動物だろうか。しかし籠の穴はこんなのが入れるほど大きくはない。

持ち上げると赤黒い水がどしゃーっとこぼれて中のものが横になった。
毛皮の下には白い細長い繊維のようなものが何十本ももつれていて、
その中に埋もれるようにしてカニや手長エビがうごめいていた。
吐きそうになった。これはダメだと思って、ヒモを振って籠をもういちど川の中に投げこんた。
籠がもったいないから、何日かほうっておいてそれから回収しようと思ったんだ。
すると弟が「兄ちゃん、それ捨てちゃダメだよ」と言って、ズックのままざぶざぶと川に入っていった。
あっという間に胸まで沈んだ。それでも籠を投げたあたりまでいこうとしたんで、
「流されるぞ、それ以上いくな」そう叫んだが、
弟はこちらを向かず二三歩進んで、ずんと頭まで沈んだ。もう赤い野球帽しか見えなくなった。

「何やってるんだよ、ばかやろう!」俺も川に入っていった。
帽子を目印に近寄っていき、その下の水中を両手で抱きしめたが何もない。
流されてしまった、と思ったとき、帽子がぐるんと回って、
発泡スチロールでできた頭が現れた。
マジックで黒い穴のような目と赤い口が描かれたかかしの頭部だった。
そのとき最初から弟なんか連れてきていないことに気がづいた。
頭がパニックを起こしながら、逃げるように川からあがり、
水面を見ると、野球帽もかかしの頭部もどこにも見えなくなっていた。
釣り竿をひっつかんで、家まで走って戻った。

ずぶ濡れのまま息をきらして庭に走りこむと、弟はじいさんと一緒に宿題をやっていたが、
飽きてきていたのか、のんびりした口調で「兄ちゃん、カニ見せて」と寄ってきた。
俺は口がきけなかった。
あとで弟に聞いたところ、お気に入りの帽子は川のもっと上流のほうでなくしたということだった。
怖かったんで、それから川にはまったく近づかないまま夏休みが終わった。
カニ籠の回収なんてとんでもないと思った。
ただあのかかしは、友だちとそこを通ったときに確かめてみた。
顔は川で見たのとは似てなかったし、ぶら下げてあるカラスはイミテーションの人形だった。




本の感想4

2014.02.04 (Tue)
 2月5日発行『脳釘怪談 朱雀門 出著 竹書房文庫』
この著者は水産学博士でバイオ分野の研究者でもあります。
第15回日本ホラー小説大賞短編賞受賞。
作風はWikiによれば、
『直接的な暴力、グロテスク、残酷描写は避け、
人物描写などで底知れない恐怖を描き出す手法』
と書かれていますが、この特徴はホラー小説だけではなく
実話怪談でもよく表れていると思います。
理科系の人なので、専門用語が頻出する硬質な文体を
想像するかもしれませんが、そうではなく
むしろやわらかいと言える語り口の作品が多いですね。
また大阪弁で書かれた話も多いくつか入っていて、
文章にもふくらみがあります。
 実話怪談では「血まみれの幽霊」のようなのを登場させ、
読者にバカバカしいと思わせないのはなかなか難易度が高く
心理的な怖さをねらったもの、あるいは逆に徹底してリアリティを追求した
残酷ものや精神異常ものというふうに、今後傾向が分かれてくるかもと、個人的には考えています。
 面白いと思ったのは、動物園で人間の頭が飼育されているのを目撃する『カープテ』
フランスの田舎では、クリスマスイブに家畜が小屋で膝を折って祈っているという『誕降祭の家畜小屋』
嫌な男の生霊につきまとわれる『血プリン屋』
物が壊れる予兆が音として聞こえる『ぶわご』などですね。
 あと最初に出てくる『おいしすぎる粥』なんかは、どことなく古典作品を思わせる味があります。
百鬼園先生と言えばいいか。
全体の印象としては、強烈な怖さというのはないのですが、
単なる不可思議話というだけではない余韻があります。



落ちるぞ

2014.02.04 (Tue)
今朝の登校時、中学校の校舎に入って3階の教室へ向かう階段を上っていると、
同じ2年生でサッカー部の山見と石木が通学バッグを持ったまますごい勢いで下から走ってきて、
ぶつかりそうになりながら俺を追い越していった。
「危ねえな、おい」と声をかけたが、ふり向く様子もみせない。
それで何か面白いことがあるのかと思ってついていってみた。
2人は3階の端の学習相談室に入り込んだ。
そこは生徒数が少なくなったため、ふだんから空いている教室なんだ。

俺が入っていくと、2人はそこの外に面した窓の端で、サッシを開けたり閉めたりしていた。
俺が「何やってんだよ」と聞くと、
山見が「今、学校にくる途中、上から声がしたんだよ。『落ちるぞ、落ちるぞ』っていう怒鳴り声。
それで上を見たら、この教室のここの窓からへんなやつが叫んでるんだよ」と言った。
俺が「変なやつって、どんな?」と重ねて聞くと、
「いやそれが、顔はよくわかんなかった。光の加減か黒い影になってて見えなかったんだ。
ただ横に広がった、むくんだようなでかい頭だと思った。学生服を着てたから生徒だよ」
すると石木が「いや俺は見てないし、声も聞いてない。こいつと並んで歩いてきたのに。
おかしいだろ。それで走ってここまで確かめにきたんだ」と言った。

俺が石木に「ふーんたしかに変だな。お前が見たときにはもうそいつは引っ込んでたんじゃねえか」
と言うと、山見は「いや、俺が最初に気づいたんだけど、その後でこいつに知らせて一緒に見てたんだ」
石木も「立ち止まってしばらく見てたんだよ。だけどこいつが、あそこあそこって指さしても、
人の姿どころか俺には窓も開いてないように見えるんだ」
俺もしばらく考えたが「その、落ちるぞって声は別のところでしたんじゃないか。
上にいるやつに向かって下から言うのが普通という気がするなあ。
あと、だれかこのあたりに人がいて、お前らの立ってる位置で微妙に見えたり見えなかったりしたとか」
こう言ってみた。
まあ人がいようがいまいが、どうでもいいようなことなので、2人とも不承不承うなずいた。
朝のホームルームのチャイムが鳴ったんでそれで別れたが、
俺は、たぶん山見が石木にウソをついてからかってたんじゃないかと思った。そういうやつなんだ。

その日の4校時、山見が体育の授業で昇降口で外靴を履いてグランドに向かおうとしたとき、
校舎の屋上に近いあたりの装飾用コンクリの一部がはがれ落ち、
運の悪いことにちょうど下を通りかかった山見の頭部を直撃した。即死だった。
破片が突きささって頭が倍くらい横に広がってたらしい。
剥落した部分は震災の影響でもろくなっていたのではということだった。

『月と縞馬』加山又造




夢の回廊

2014.02.03 (Mon)
自分が中学校のときの話です。クジラ屋が担任だったから2年生だったはず。
ああ、クジラ屋というのは学級担任のアダ名です。太ってはいなかったですよ。
痩せ気味でメガネをかけた社会の教師。授業中に、
捕鯨反対の持論をえんえんとしゃべって以来そういうアダ名になったんです。
あんまり生徒の人気はなかったですね。
何かの政治団体に入って積極的に活動してたらしくて、部活動も担当しておらず、
保護者や管理職の評判もよくなかったと思います。
・・・で、その頃自分らの中学校では夢の話が流行ってたんです。
夢占いというのともちょっと違いますね。今の都市伝説みたいな感じのやつです。

どんなのかというと、みながある同じ夢を見るんです。
自分らの住んでる町はけっこう歴史が古く、
有名な大きなお寺があってなんとか文化財にもなってるんです。
みな小学校の見学なんかで一度はいったことがあるはずですよ。
そのお寺の講堂というんですか、これがまた大きくて、
回りをぐるっと回廊がとりまいている。もちろん建物の外側で、周囲はご神木の林です。
欄干があって、階段を登って廊下に出ると横に回って後ろを通ってまた戻ってくる。
ここを木の床を踏んでぐるぐるとただ回っている夢、
これを見たという生徒が何人もいました。

気がつくとなぜかその回廊にいて、右回りに歩いている。
そこから出たいんだけど、階段がなくなってて降りられないし、
表の扉はしまっていて中にも入れない。
外なんだから欄干を越えて飛び降りればいいと思うでしょうが、
夢の中ではそれができないんですね。下を見ると、けっして高くはないはずなのに、
断崖絶壁を見下ろしているような気分で降りられない。そんな夢なんです。
しかも夢の中では立ち止まることができないで、ひたすら歩いているという。
でね、この夢は話を聞いた2日か3日後に見ることが多いんですよ。
大概そうでしたね。自分も見たかって?ええ、見ました。

これを最初に言い出したのは誰だったかなあ。覚えてないけど、
始まったのは夏休み後からでした。とにかく、
あっという間に2年生の6クラス全部に広まりましたね。
部活を通じて1年生にも広まってたはずです。
(3年は引退してたんで知らない人も多かったんじゃないかな)
そんなに怖い夢というわけでもないんです。
ただ、どうやってもその回廊から出られないあせりがあるだけで。
それで夢の中ですごく長く思える時間を歩いていると、
前に回ってきたときに堂の扉が開いて、自分のことを心配してくれている人が出てくる。
その人が、もう大丈夫というように歩み寄ってきて、
手を握ってくれると、そこで目が覚めるんです。

この助け出してくれる人ってのは、まだ生きている家族の場合も
あるみたいだったけど、亡くなった人ってのも多かったんです。
扉から3年前に亡くなったお祖母ちゃんが出てきて手を握ってくれた。
すると目が覚めて朝になっていた、という感じです。
あとは見知らぬ人が出てくる場合。見知らぬ人は昔風の服装をしてて、
おだやかな笑みを浮かべてる。手を握られたときにすごい安心感があって、
「ああ、この人は自分をいつも見守ってくれてるんだ」ってわかるんです。

自分のときがそうでしたから。出てきたのは40代くらいの女の人で、
和服というか野良作業で着るような着物姿でした。
・・・たぶんねえ、先祖の誰かなんじゃないでしょうか。
クラスメートの中には、手を握ってくれた人の顔に見覚えがあったんで、
仏間に飾ってる額を見にいったら、その写真の中に同じ顔の人がいた、
と言ってたやつもいましたし。

もし誰も出てこなかったらどうなるのかって?さあ、どうなんでしょう。
そういうやつはいなかったです。これで病気になったとかもなかったはずです。
だからこの話を聞いたときは、怖いというより自分も早く夢を見ないかな、
体験してみたいなって思いました。で、この話がクジラ屋の耳に入ったんです。
生徒と触れ合うことをしない先生でしたけど、
たまたま休み時間に教室にいたときに誰かが話してるのを聞いたらしいんですね。
朝のホームルームで「最近夢の話が流行ってるようだが、
夢ってのは睡眠中に脳が現実にあった出来事を整理するために見るもんだ。
だから人の話に影響を受けてそういう夢を見ることもある。それだけのことだから、
中間テストも近いんだし学習に集中しろ」こんな内容のことを力説してました。

それから2日後の社会の時間です。
クジラ屋が教科書を開いてから、ふっと思い出したように、
「お前らが言ってた夢を先生も見たぞ。うん、なかなか怖い夢だった。
たしかに○○寺の回廊を回ってた。そこから出られなくなったな。
少しあせっていると扉が開いて怖い顔をしたじいさんが出てきた。
こっちに手を差し伸べてきたから、それを振り払って、
勇気を出して欄干から飛び降りた。どうだお前らと違って
先生は行動力があるだろう」と、ちょっと自慢気に言いました。

夢のパターンがちょっと違うんで興味を持ったクラスの一人が、
「先生、それからどうなったんですか」と聞くと、
「かなり長い時間宙を泳いでいたような感覚があって、布団の上で目が覚めたな。
その後頭が痛くて昨日は調子悪かったが、もう治った」こんな返答でした。

この後すぐクジラ屋が死んだとかなら怪談らしいんでしょうが、
そんなこともなかったです。ただ、何年か後に「政治活動に専念する」
という理由で自分から学校を辞めたそうです。たぶん居づらくなってたんでしょう。
東南アジアの国に行ったという話を聞きましたが、それから消息不明です。
自分らは、秋から冬に向かうにつれて夢の話をするやつも少なくなり、
2年生が終わる頃には完全に収まっていました。

あれ以後似たような夢をみたことはないです。
ああ、一度同窓会でこの夢の話が出ましたね。
やはりその後に見たというやつはいないみたいです。
しばらくこの話で盛り上がりました。クジラ屋の言ってたように、
人の言ってたことが暗示になって、そういう夢を見たのかもしれないです。
オチも何もない話ですみませんね。