ズレる

2014.04.30 (Wed)
えー私は昔ビル管理の仕事をしていまして、
これはビルのガス・水道・電気から空調、ボイラー、自動ドアやエレベーター等、
ビル内のあらゆる設備のメンテナンスをするんです。
むろんメーカーでないとわからないことは多々あるんで、
専門的な修理や交換などはメーカーを呼びます。
まあビル内のことについて広く浅く知っておくのが役割なんです。
あるとき、3階建てビルの借り主の会社が倒産して出ていき、
新しい貸借先が見つかるまでの間に使節設備の点検をするという仕事が入りました。

とりあえず設備の現状を確認することになって、
若い部下を一人連れて写真を撮りに行ったんです。
まだデジタルカメラのない頃でした。
この後、清掃をして原状回復のための工事をする予定でした。
3階しかないので1日あれば足りるだろうと思い、部下が鍵束を持ち、
私が図面と取扱説明書の束をバックに入れて持ち、
写真撮影しながら地下から上に向かって上がっていったんです。
築25年ということでしたが設備の状態はよく、大掛かりな工事は必要なさそうでした。
3階を見終わって、あとは屋上ということになりました。

屋上へはコンクリの小階段からスチールドアでつながっていました。
ドアの前に畳一枚くらいのスペースがあり、
その右側のほうに段ボール箱が4つほど積み上げられて、ドアノブの前をふさいでいました。
「ああ、屋上は使ってなかったんだな」と思い、部下に段ボールを下すように言いました。
部下が上から私に手渡しする形です。
段ボールには3分の1ほど黄色く日焼けした書類が入ってて、
それほど重くはありませんでした。
3個を下に降ろしたとき、部下が「あれ、いちばん下の段ボールに何か書いてますよ」
そう言って、段ボールのその面を私に向けて見せたんです。

そこには、ほこりだらけの紙が貼ってあり、マジックの太字で、
「厳重注意!絶対にこの右端に立つな!ズレてる」と書かれてあったんです。
・・・まあ、気には留めませんでした。何か意味があるものとも思えなかったし。
部下が鍵束から鍵を探して、段ボールが積んであった右側に寄って鍵を開けようとしました。
そのとき急に「あうっ」と言ってしゃがみこんだんです。
頭をぶつけたようにも見えなかったんですが「おい、どした」と声をかけました。
部下はすぐに立ち上がり、「あ、すみません、何でもないです。
今ちょっと刺すように頭が痛くなって。でも直りましたから」と答えました。

「おい高血圧じゃないか。この前社内検診でひっかかってただろ。あんま酒飲むなよ」
などと言いながら、部下を下して箇所の写真を撮りました。
それからドアを開けさせてもう1枚。その後屋上を見て回りましたが、
鉄製フェンスや給水管にも大きな問題はありませんでした。
足跡もほとんどなく、鳥のフンの汚れが目立ったくらいです。
この後会社に戻り、少し事務仕事をして私も部下も退社しました。
・・・その夜です。この部下が自分のアパートの廊下から飛び降り自殺をしたんです。

4階から頭を下にして飛び降りたんで、遺体の状態はかなりヒドイものだったそうです。
これも後から聞いた話ですが、飛び降りたときにたまたま目撃者がいて、
部下は頭を抱えながら自分の部屋からものすごい勢いで飛び出してきて、
「痛てえよ、痛てえよ」と大声で叫びながら、
まったくためらいもせず手すりを乗り越えたということでした。
田舎から両親やその他の親戚が上京してきて、葬儀には社長を筆頭に私も出席しました。
「やはり血圧のせいなのか、そういえば前にも頭が痛いと言ってたな」
と気の毒に思いましたよ。

そのビルの写真はすぐに現像されてきて、一枚一枚整理しながら書類を作成していました。
今のようにパソコンに取り込めるわけではなく、すべて手作業で編集して印刷屋に出すんです。
中にあの屋上前のスペースの写真もあって、一目見たとき違和感を感じました。
写真の右上に斜めによぎる線が入ってて、その上下がかみ合ってないんです。
うまい例えが思いつかないんですが、地層がズレるように写ってるものがズレてるんです。
額縁のガラスがその端だけ斜めにヒビが入ってるという感じなんです。
・・・2枚目の写真も同じでした。
・・・ズレてるのは、スペースの右端の上。ちょうど部下の頭があったあたりでした。

『マザーグース』ルネ・マグリット




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髪神社

2014.04.29 (Tue)
*これはナンセンス話です。内容に一部差別的な表現がありますw


これからお話するのは、とある神社についてのことです。
場所や名前は秘密にさせていただきます。
というのは、もしこの話を聞かれて、行こうと思われる方がいたら大変だからです。
・・・危険があるかもしれないんです。
もっとも神社自体、もう朽ち果ててしまっているかもしれませんが。
その神社の名前は、仮に髪神社としておきましょう。「カミ」はヘアーの髪です。

私は営林署に長年勤めて退職しましたが、まだ若い頃・・・30代前半のときの話です。
その頃にちょっとした悩み事がありまして・・・
いや、お恥ずかしいですが髪のことです。若ハゲだったんですよ。
前頭部の生え際ががだんだんに後退していくタイプです。
・・・今となってみれば、何でそんなことでくよくよしてたのかと思いますが、
当時は結婚もできないかと悩んだものです。

で、同じ署にもう一人ハゲの悩みを持つ同僚がおりまして、
その方の場合は頭髪全体が細く柔らかくなるという症状で、私とは違うんですが、
酒を飲んだときなんか、同じ悩みを持つ者同士でよく愚痴をこぼしていたもんです。
営林署の仕事というのは現場に泊りがけの出張があって、作業員と飲むことも多いんです。
あるとき・・・そういう現地作業員の一人から耳寄りな話を聞きまして、
なんでも地元のとある高山の中腹に「髪神社」というのがあるそうなんです。

元々は呪いの神社なんだそうです。
何らかの恨みを持った女性が、険しい山道を踏み越えて、切った自分の髪を奉納し、
それを願掛けとして男を呪うのだそうです。
だからその神社の境内には、あちこちに長い女の髪の毛が下がって薄気味悪く、
夕暮れ時をすぎると地元の人でも、だれも近寄るものはなかったと言います。
神職も常駐してはいませんでした。

さらにその後、神社の境内が血で穢れるという事件があって、
ますます人の寄りつかない場所になりました。もう荒れ放題だったんです。
ところがいつのころからか、猟師や炭焼きの間に、
髪神社に詣でると頭髪にてきめんの効果があるとの噂が広まった・・こういう話なんです。
その作業員に、あんたは行ったことがあるかと聞いたら、
何も返答せずに角刈りの頭をしごいてニヤッと笑いました。
もう50過ぎなのに髪は黒々とした剛毛でしたよ。

これはいいことを聞いたと思いまして、作業員から場所を教えてもらいました。
それで5月の連休に2人で行ってみたんです。
いや、それは山に慣れているわれわれでも眩暈のするような山奥でした。
ここに女人が登るなどとは、ちょっと考えられないようなところだったんです。
途中には鎖場になった難所もあり、
相当に強い恨みを持ってないとできることではなかったでしょう。

まあ、その昔はもっと開けた道があったのかもしれませんが、
私らが行ったときには猟師か修験者でもなければ通れないような行程になっていました。
予想よりはるかに時間がかかって、昼過ぎには着くはずだったのが、
神社の鳥居をくぐったときには、夕刻に近くなっていたんです。
・・・社殿はボロボロでしたよ。雨風にさらされ、まさに頽廃空虚の叢といった趣でした。
そして傾いた社殿の屋根からは、おそらく女の人の腰くらいまであるような、
髪の毛の束がいくつもぶら下がっていたんです。

髪の毛は近くの杉の木からも下がっていて、
数はかぞえませんでしたが実に凄惨な光景でした。
2人で賽銭を入れ、それだけじゃなく苦労して背負ってきた4合瓶2本の酒を供えて、
入念にお祈りしたんですよ。そうするうちに日が沈み始め、小雨も降ってきました。
それで私らは帰るのをあきらめ、境内の近くで野宿することにしました。
仕事柄そういうことには慣れてましたしね。
電池式の小さなランタンをつけ、鳥居の外に寝場所を確保しました。

焚火はしませんでした。広い場所がないうえに、万が一を考えたんです。
テントはありませんが簡易寝袋は持参してまして、
寒いというほどのことはありませんでした。
夜に入り、普通は山は暗闇でもさまざまな夜行獣の音がするもんですが、
かすかに木の葉がそよぐのみで、生き物は近くにいないかのようでした。
そういえば、昼間、ブヨやヤブカの類もほとんど見かけませんでした。
・・・固い地面は慣れてるし、幽霊なんて信じてはいませんでしたが、
なかなか寝つけなかったんです。

それは同僚も同じだったようで、ゴロゴロと何度も寝姿勢を変える気配がしていましたが、
とうとう起き出して手探り足探りでどこかへ行きました。
しばらくして戻ってきたとに、私は寝たまま「何だ小便か?」と聞きました。
同僚は物も言わずゴソゴソ寝袋にもぐったようでしたが、プンと酒のにおいがしました。
「あっ、お前お供えの酒飲んできただろ」そう言うと、
「悪い、悪い。どうにも寝つけなくてな」同僚は悪びれる様子もなく言いました。
私は「ちぇっ、まだご神前からお下げしてないものだぞ」そう言って横を向きました。

朝方・・・・です。髪がやってきました。夢ではないと思うのですが、自信はありません。
左右に分かれた長い髪だけが宙を飛んでやってきたんです、それもいくつも。
ランタンの黄色い光の中でそれらは輪を描いて私たちの周りを飛び回っていました。
薄目を開けて見ていたつもりです。
髪は同僚の頭の上2mほどのところに集まって一つになり、
ゆっくりと降りてきたその毛先が、寝袋の同僚の頭のあたりをしきりにこすっているのです。

10分ほどもそうしていたでしょうか。私のほうにも来るかと思ったのですが、
髪はそのまま真っすぐ浮上し、上方の闇に吸い込まれるように消えていきました。
その後、私は2度寝してしまったようで、先に目覚めた同僚に起こされました。
朝方のことを聞いてみましたが、何も見ていないという答えでしたので、
気味悪がらせることもないと思って、詳しい話はやめにしました。
日が十分に昇ってから山を下りました。

それから数日もたたないうちに、同僚の髪が濃くなってきました。
産毛のようであった頭頂部の髪が太くなり、こしが強くなって量も増えてきたんです。
それに対して、私のほうは抜け方がいっそうヒドくなったような気がしました。
ブラシをかけるとごぞっと抜け、ついには額が武士のさかやきのようになってしまいました。
もうこれはダメだと思って、残った部分を五厘刈りにしたんです。
それにしても同僚のほうだけにご利益があるなんて不公平だと思いました。

2ヶ月たつと同僚の髪はフサフサといえる状態になり、私のほうはミジメなものでした。
そして突然、同僚が失踪してしまいました。どうやら使い込みを指摘されたようです。
ですが、同僚は経理畑でもなく額はわずかなものでした。
けっこうナアナアのきく職場でしたので、弁済すれば大事にはならなかったはずなのに・・・
私のほうはと言えば・・・結婚することになりました。
親戚が持ってきた見合い話ではありましたが、とんとん拍子に決まったのです。

結婚式前に、いちおう髪神社に報告をしようと一人で山を登りました。
慣れていたせいか1回目よりは時間はかかららず、鳥居の前まできました。
・・・あの吊り下がっていた髪は一つもなくなっていて、不気味な気配は消え、
ただの山中の朽ちかけたお社という印象に変わっていたんです。
だれかが片づけたのだろうか・・・いぶかしがりながら鳥居をくぐって、
ふと横の木立を見ると、同僚がぶら下がっていました。
かなり高い枝に首を吊った下には、髪の毛が山となって積まれていました。




遠足

2014.04.29 (Tue)
小学校4年の遠足のときのことです。
小学4年生が歩いていくので、そんなに遠いとこへくわけじゃありません。
学校から子どもの足で2時間くらいにある地元の低い山に登るんです。
そこは車でいける道があるんですが、生徒は木の板を埋めた登山道を登ります。
てっぺんにある公園で昼食をとり、その後少し自由時間があるくらいで、
歩くのがメインの、文字どおりの遠足でした。
その日はすごくいい天気で、4年生の3クラス100人ちょっとが2列に並んで
山をめざして歩いていったんです。
公園でクラスごとに弁当を食べ、40分ほど遊ぶ時間がありました。

広場はかなりの面積が芝生になっていて、
自分たちの学校の他にもいくつか団体がきていました。
僕は同じクラスのN君と行動をともにしていました。
どっちかというと自分は、大勢で遊ぶより親しい友だちと少人数で何かしていたいタイプで、
それはN君も同じだったんじゃないかと思います。
2人ともゲームとかはほとんどしないで、虫や魚を採ったり飼ったりするのが好きだったんです。
だからボール遊びをしているクラスの仲間から外れて、
何か面白いことがないかと広場を回るジョギングコースの外の木立を歩いてたら、
さして大きくはないお堂があったんです。
鳥居もなにもなくただ建物だけがあって、その下が細かい砂地になっているようでした。

「あの砂のとこ、アリジゴクがいそうだな」
N君がそう言って高床の下にもぐって行きました。僕も後を追って入ろうとしたら、
お堂の裏戸が開いて、白ワイシャツを着た背の高いおじいさんが出て、階段を降りてきました。
おじいさんが僕のほうをジロッと見たので、動きが止まりました。
おじいさんは「これでもね、いちおう、神社だから、お参りしないで、遊んじゃ、だめだよ」と、
ぜいぜいした音の入ったとぎれがちの声で言いました。
そして大きく腰をかがめ、N君の後を追ってお堂の下に入っていきました。
そのとき広場のほうで笛が鳴るのが聞こえました。
学年主任の先生が首からかけてるやつで、これが鳴ったら集合の合図でした。

「あっ、戻らなくちゃいけない」と思いましたが、N君もおじいさんも出てきません。
どうしようか迷いました。そしたらおじいさんが床下から顔を出して、
「今の子、・・・君の、友だちは、向こうから、走って、出て行ったぞ」と言いました。
「変だな」とすぐに思いました。
広場へ戻るには僕から見えるところを通っていかなくちゃならないからです。
でも子どもだったので、神社にいる大人の人が嘘をつくはずがないとも思いました。
それで笛の合図をしているほうに走りだしたんですが、後ろを振り返ったとき、
お堂の床下の光と影が境目になっているとこに、
半ズボンをはいた子供の足がこちらに向かって伸びているように見えたんです。

息せき切って広場に戻ってみると、みんながクラスごとに整列して、
先生方が輪になってなにやら話をしていました。N君の姿はありませんでした。
列の前にいたやつに「まだ時間じゃないよな。どうしたの」と聞いたら、
「Nが蜂に刺されたらしいよ」と言いました。
驚いて「えっ、いつ?」と聞いたら、今度は列の横の女子が「10分くらい前」と答えました。
10分っていったらまだ、N君があのお堂に入る前なのに・・・
女子は続けて「わたし見ちゃった。N君の目の上がこぶみたいに腫れて、
転げまわって苦しんでたの。口から黄色いものをボタボタ垂らしてて怖くなっちゃった」
だれか別の生徒のことを言ってるのかとも思いましたが、
点呼をしたとき、N君以外のクラスのメンバーはそろってました。

救急車の音が聞こえて、数分後、去って行く音に変わりました。
他のクラスの担任の男の先生が舗装道路のほうから走ってきて、
「今、◯◯病院に搬送しました」と先生方の輪に入って報告しました。
学年部長の先生が前に出てきて、
N君がケガをしたために遠足はここまでにして帰ります、と説明しました。
僕はことの経緯にぜんぜん納得できませんでしたが、N君のことは心配でした。
ただ、蜂に刺されたというN君なのか、お堂の下で見えたN君らしい足のほうなのか、
どちらを心配していたのか自分でもよくわかりませんでした。
小学校まで歩き、校庭で簡単な式を行ってから解散しました。
家の近くまで来たとき、塀の陰から広場のお堂で見たおじいさんが不意に出てきました。

ギクッとして足を止めました。
おじいさんの背はさっき階段で見たよりはるかに高く感じられました。
おじいさんは空を見上げていて、僕のほうは向きませんでした。
そのままの状態で「あれね、もらって、おくことに、したよ」こう言いました。
そして長い痩せた体を2つに折って咳き込み始めたんです。
そのすきに側から飛び離れ、家に向かってかけ出しました。
ふり返りませんでした・・・何かとても嫌なものを見そうな気がして。
・・・N君は数日後学校に出てきました。顔が変わってると思いました。
蜂に刺されたのは左目の上で、かすかに腫れは残ってましたが、
目鼻立ちは変わらないものの顔が平面的になり、背も少し高くなったような気がしました。
それだけじゃなく人間全体の印象がガラリと変わってたんです。
ただ、クラスのみんなはあまりそう思ってないみたいでした。

N君は遊び方も以前とは違って、ゲームやテレビ番組の話題しかしなくなりました。
僕とはまったく話が合わなくなり、いっしょに虫取りに行くことなんかもなくなったんです。
最後にN君と遊んだのが5年生のときでした。
その頃はクラスも違い、行動を共にすることはまったくなかったんですが、
うちの母親が昔から遊んでたのを覚えていて、親を通じて僕の誕生会に呼んだんです。
N君はぶすっとした感じでやってきましたが、話はゲームのことばかりでした。
誕生会が終わって何人かは帰り、何人かは残って僕の部屋でいっしょに過ごしました。
N君は帰ると言ったんで見送りに出ました。N君は玄関にある水槽を見ていましたが、
僕の他に誰もいないのを確認すると、おもむろに手を突っ込んで金魚を一匹つかみ出しました。
バタバタする金魚を右手で強く握り、ボタボタと赤い汁を垂らしながら、平たい顔で、
「お前も一回、蜂に刺されてみろよ」ボツリと言うと、金魚をつぶしながら帰っていったんです。



塩の柱

2014.04.27 (Sun)
去年の秋のことですね。9月の秋分の日前の連休です。
私と主人と5歳の娘の3人でドライブに行ったんです。場所は長野のほうですが、
みなさんのお話を聞いていると詳しくは言わないほうがいいみたいですね。
山へ行ったんですけど、登山ではありません。長距離ロープウエーに乗るのが目的でした。
けっこう混雑していましたし、紅葉はまだ先のようでしたが、
天気はよく、予想以上に眺望は素晴らしかったです。
・・・その帰り、道に迷ってしまったんです。

主人の運転するレガシィのナビに従っていたはずなのに、どんどん山の中に入っていくんです。
道幅の広い舗装道路でしたので、最初は間違っていると思わなかったんですが、
道はだんだんに細くなり、やがて車一台やっと通れるくらいの砂利道に変わりました。
「おかしいなあ、抜け道を指示してるとも思えないし、これはやっぱり間違ってるんだよな」
主人が言いました。
方向転換しようと適当な場所を探していると崖下に舗装道路が見え、
それがどうやら正しい道のようでした。

「うーん、戻るのは時間かかりそうだし、こんなに近いんだから、
たぶん下に降りる道がこの先にあるんじゃないか」
主人がそう言って、そのまま前に進んでみることにしました。
砂利道を5分ほど行くと、急に周囲の林が開け、広い駐車場に出ました。
といっても下は土のままなんですが、たくさんの車が停まっていてどれも高級車でした。
奥のほうに平屋建てのわりと大きな建物がありました。
「何だろう、ドライブインのようにも見えるな。ちょっと降りて行ってみるか」主人が言い、
3人で車を降りました。

ちょうど昼時でしたので、もし食堂ならここで食べていってもいいと思ったんです。
歩いていくと、前に停まっていたBMWのドアが開き、やはり3人連れの親子が降りてきました。
50年輩の旦那さんに、だいぶ若い奥さん、それと娘と同じ年ごろに見える男の子です。
両親が黒い礼服のようなのを着ていて、男の子も半ズボンのスーツを着ていたので
もしかしたら建物は葬儀の会場なのかもしれないと思いました。
主人が少し前を行っていたその人たちに追いついて「あの建物は何ですか」と聞きましたら、
立ち止まってしばらく黙っていましたが、
旦那さんが「おソバ屋さんです」とだけ答えられました。

ああこれはよく耳にする、清流や湧水を使ってソバを打つ、
山の中の隠れ家的な店なのかもしれないと思いました。
その人たちは私たちをジロジロと見ていましたが、やがて踵を返して建物のほうに向かいました。
なんだか失礼な感じでしたが、私たちも後をついていったんです。
建物に近づいても店を表す幟などは立っておらず、正面に大きな木を削った看板があり
「蕎麦処」と彫られているだけでした。
「これはけっこう当たりの店かもしれないぞ」主人が言いました。
でも建物は真新しく、急いで作ったような感じにも見えたんです。

壁は黒っぽいガラス張りになっていて、はっきりではないですが中の様子が見えました。
4人がけのテーブルが奥まで続いていて、そのテーブルには3人ずつ人が座っていました。
両親と小学校前に見える男の子です。
テーブルは20以上ありそうでしたから、少なくても60人は人が入っていたはずです。
大人はみな礼服を着ていて、男の子たちも盛装と言える服装でした。
店の前に、毛皮のベストを着た背の高いがっちりした体格の30代くらいの男の人が立っていました。
先の家族の旦那さんが「くじを引く決心がつかなくて遅れまして・・・」というようなことを言い、
大きな男はうなずいて店の中に招き入れました。

私たちが近づいて、主人が「ここ入れるんですか」とその男の人に声をかけたら、
驚いたような目でこちらを見ていましたが「予約はある・・・んですか?」と聞かれました。
「いや、ありません」
「じゃあ申し訳ありませんが、お入れすることはできません」
それを聞いて車に戻ろうとしました。何か特別な催しが行われているのだと思ったんです。
そのとき入り口の奥から別の人の声がしました。
「ここに迷ってきたんだろうが、これも何かの縁だろうから入ってもらったらどうだ」
すると男の人は「いやでも、女の子ですよ」と店の中に向かって答え、
「・・・ああ、それはダメだ」こんなやりとりがあったんです。

あきらめた主人が男の人に道を聞いていましたが、どうやら来た道を戻るしかないようでした。
車に戻ると娘が「お腹すいた」と言いました。
主人が駐車場の中を見回していましたが、
「あっちに坂になってるところがあるな。あそこが道なら下に降りられるかもしれない」
そう言って車を出しそちらへ向かいました。
確かに細い道があり、下り坂になっていました。
でも、道はすぐに暗い森の中に入り、行き止まりに神社のような建物がありました。
とても小さなお社程度のものです。

お社の前は、大木と大木の間に注連縄が張ってあり、白に赤い筋の混じった高さ1mばかりの円柱が、
人が体をすり抜けられるくらいの間隔で2列に10本ほど立っていました。
「何だろうなあれ」なんとか草地の上に車を止め、主人が降りました。
私もついて車から出ると、主人が柱に指でさわって臭いを嗅いだりしていましたが、
「なんだかこれ塩みたいだぞ」と言いました。手につけてなめてみたのかもしれません。
そして柱の間を前にまわって「あっ」と大声を上げました。
私も前に回ってみましたら、柱の上部に顔が彫られてありました。
ものすごく写実的で、まるで生きているみたいにリアルでした。
全部別の男の子と思える顔で、どの子も目を閉じ、
うっすらと口を開けた穏やかな表情をしていました。

そのとき「おおい、あんたら!!」という怒鳴り声が後ろのほうから聞こえました。
振り向くと、さっき店の前にいた大男がこちらに向かって走ってきました。
手にナタのようなものを持っているかに見えました。
「まずいぞ、車に戻れ」主人が叫び、急いで車に戻って発進させました。
車とぶつかりそうになるぎりぎりまで男は道の真ん中に立っていましたが、
こちらがスピードを落としながらも止まらないのを見ると、脇の草地によけました。
ナタを振りかざし、目をむいて何かを叫んでいるのがわかりました。
さきほどの駐車場をかなりの速度で走り抜け、砂利道、舗装路と通って街へと出ました。
追いかけてくるものはありませんでした。

街では食堂などには寄らず、コンビニで弁当を買って娘には車内で食べさせ、
そのまま中央道に入って家まで戻りました。
・・・不思議ですよね。なんとも解釈のしようがありません。
店の中の家族連れ・・・男の子の顔が彫られた塩の柱・・・
あの店のことについてはネットで検索してみましたが、何の手がかりも得られませんでした。
地図とグーグル・アースでそれらしい場所をあたってもみたんですが、
細い道の両脇は森になっていて、駐車場も店らしい建物も見つけることができなかったんです。
もちろん塩の柱があった、あの神社もです。
・・・これで私の話を終わります。



蛟2

2014.04.26 (Sat)
3日前のことです。彼女とレストランで食事してたんです。
その日は奮発して一人2万円のコースを予約してました。
ワインは別ですが、彼女はまったくお酒が飲めないのでこれは高いものは頼みません。
安サラリーマンにはもちろん金額的に厳しいのですが、実は魂胆がありました。

この後、ホテルの展望バーへ行って、その前後にプロポーズしようと思ってたんです。
指輪も準備してきてました、
事前にどこに行くか話してなかったので、店に入ったときには彼女もびっくりしてましたが、
初めて入った自分もびっくりしました。
お城みたいな内装だったんです。

緊張しながら食前酒をオーダーし、前菜からコースが始まりました。
彼女が言葉少なだったんで、ちょっと後悔が頭をかすめました。
もしかしたらもっと気軽なパスタの店とかのほうがよかったのかも・・・
でも、ポタージュが出た頃には笑顔が戻り、話もはずんできました。
自分は赤ワインを飲み、彼女は前にネットで一杯800円と言うことで話題になった、
有名なミネラルウオーターを飲んでました。

さていよいよメインの仔牛肉というときに、
水のグラスを持っていた彼女の手が顔の前でピタッと止まりました。
その状態が1分ほど続いたので、皿から顔を上げて見ると、
彼女はグラスの中の水を見ているような、
そうでないような焦点の定まらない目つきをしていました。

どうしたんだろう、気分でも悪いのかと思いました。
声をかけようとしたら、彼女は口をすぼめ、
「もうすぐミズチ様が通ります。くれぐれも無礼なことのないように」と、
一語ずつ区切るような棒読み口調で言ったんです。
「え、何だって?、水?・・・ミズチ様って何のことだい?」と僕。

すぐに我に返ったように彼女はグラスを置き、
「あれ、私、何か言った?」と逆に聞いてきました。
「今、水がなんとか、ミズチがどうとか言ったよ。グラスのミネラルウオーターのことじゃない?」
そう言って自分がグラスをとりあげてみましたが、
特に変わった様子はありません。
「何だか気分が悪い・・・」彼女が言いました。

「えー、そんなこれからの予定が・・・」と思ったとき、
オーンというかすかな音が店内に響きました。
そして確かに見たんです。僕の持っていたグラスの中の水が青白い色に変わるのを。
いえ、正確には何か青白いものが一瞬でグラスの中を通ったかのようでした。
ドンと腕に重い衝撃があり、グラスの水が盛大にこぼれ、そのほとんどが彼女にかかりました。
「キャッ、何を・・・」その言葉は最後まで続きませんでした。
なぜなら彼女が、それまで食べたものを吐き始めたからです。

店内の客がみなこっちを見ました。
・・・これで、ディナーは台無しになってしまいしました。
それはしかたがないんですが、問題は、彼女が僕が水をかけたと思ってしまったことです。
この後食事は中断して病院に連れていったんですが、ケンカになってしまいました。
もちろんプロポーズはできず、この2日連絡も拒否されています。
ミズチ・・・様って、なんだか知りませんがトンデモないものみたいですね。


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タッパー

2014.04.25 (Fri)
えーそんなに前の話じゃないんです。去年の夏のことですね。
自分は写真の専門学校に通ってまして、下宿屋みたいな木造アパート暮らしをしてるんです。
これがまた絵に描いたようなボロアパートで、風呂なしトイレ共同、4畳半で月1万5千円です。
壁は板のようにぺらぺらで、畳にはカビが生えて・・・
ああ、安いでしょう。いくらボロでも都内だし駅まで5分ですからね。
わけがあるんです。ああ、いやいや幽霊が出るとかじゃなくて、
あと1年半で取り壊される予定なんで。
最初からそういう契約で入りました。・・・どうせ取り壊す頃には学校は卒業してるはずですし。

幸いなことに自分は角部屋で、隣は空きだったんです。
だからプライバシーもそこそこ保ててたんですよ。
それが隣に住人が入ることになりました。旦那さんが40代くらいかな、
夫婦と3歳くらいの男の子です。
前から大家さんに話は聞いてたし、引っ越しのときにあいさつにも来てくれました。
いやあ、変な人たちには見えませんでしたよ。
なんでも転勤したものの、こちらの社宅が工事中で、
それが終わるまで2週間ばかりこのアパートに滞在するってことでした。

2週間くらいなら特に困ることもないな、と思いました。
自分は昼はほとんど学校だし、夜もバイトで食事は外食、テレビもあまり見ない。
部屋では寝るだけしかしてなかったんです。
・・・最初の3日くらいは特に何事もありませんでした。向こうも気を遣ってたようですし、
子どもが騒いだりすることもなかったんです。
それが、4日目の夜だったかな。ドーンと壁に何かがぶつかる音で目が覚めました。
隣の部屋のほうからです。そのあと夫婦が話しているのが聞こえましたが、
またすぐ静かになったんですよ。

もう一度眠りに入ろうとしたときに、ドシッと腹に響く音が聞こえました。
そんなに大きな音じゃないです。米俵を竹棒みたいなので叩くような音・・・
といえば近いかもしれません。それが間を置いて何度もくり返されるんです。
ビシッ・・・ドシッ・・・と。
何をやってるんだろうと少し気になりました。それで耳を澄ましてると、
かすかに、かすかになんですが、何か生き物が泣くような声が聞こえてきました。
注意しないと聞き漏らすようなごくごく低い声で「ウエェェェェェッ」という感じです。
子どもを叩いてるんだろうか・・・まさか虐待?

音は20分くらい続いて聞こえなくなり、自分も寝てしまいました。
翌日はゆっくりだったんで、9時過ぎに部屋を出ると、
廊下の向こうのトイレの前で子供が遊んでいました。
どうやらこの子は保育園や幼稚園にはいってないようなんです。
引っ越しの合間でまだ決まってないのかもしれません。
夏場だからよれよれのTシャツに半ズボン姿でした。近寄っていくとおびえたような顔をしました。
さりげなく様子を見ても、顔はもちろん手足にあざなどが出ているということもありません。
昨日の悲鳴のようなのは何かの勘ちがいなんだろう、と思いました。

念のためにと、子供に「ボク、兄弟とかいる?」と聞いたら、黙って首を振りました。
やはり考えすぎか・・・とそのときは思ったんですが、音はそれ以後も続いたんです。
決まって夜中の2時過ぎでした。その時間はまだ起きていることもあるんでわかったんです。
やはりビシッという何かをしなるもので叩く音と、続けてあがる気味の悪い低い悲鳴・・・
それが毎夜続いてるようだったんです。時間は最初のとき同じ20分くらいなので、
不可解ではありましたが、迷惑というほどでもなかったんです。
それから5日ほど後のことです。

朝方トイレに起きました。時間はわかりませんが、まだ日は登っていませんでした。
なるべく共同トイレは利用しないようにはしていましたが、朝はどうしようもありません。
眠い目をこすりながら廊下に出ると隣の部屋の入り口の戸が少し開いていました。
そして・・・そこから不可思議なものが顔をのぞかせていたんです。
体は猫より少し大きいくらいでしょうか。裸で体には毛がありませんでした。
廊下の電気があたって黄色っぽく見えましたが、実際は青白い膚なんだと思いました。
その上半身の一部がドアから出ていましたが、背中に棒状のどす黒いあざがいくつも見えました。
きょろきょろほおずきのように赤く飛び出た片目を動かしていて、知性があるように思えました。

それにまばらに毛の生えたそいつの頭がひょうたんの形にゆがんでいました。
ゆがみに合わせて片方の目が突出し、片方が陥没していたんです。
・・・その頭にも、棒で叩いたようなあざが重なっていたんですよ・・・
あと首輪をしていました、かなり重そうな鉄製のやつ。
それがドアから出てこようとしたとき、首輪についてたひもが強く引っぱられ、
頭をはさむようにしてドアの中に消えていったんです。
ガチャンと音を立ててドアが閉まりました。
いやもちろん目を疑いましたよ。・・・トイレには行きました、ガマンできなかったんで。

部屋に戻ってから今見たものについてしばらく考えましたが、答えは出てきませんでした。
ただ人間の奇形ではないだろうという印象はあったんです。
毛を剃った犬かなにか・・・あるいは生き物ではないかもしれない。
それと、何で自分がトイレに行くのに合わせるようにそこにいたのか・・・
隣の夫婦に事情を聞くことは考えませんでした。
首輪がついてたのでペットと言われればそれまでだし、
もうあと数日で引っ越していなくなることがわかっていましたから。
その後も夜中の奇妙な音は続きました。あの奇妙なものが叩かれてるんだと思いました。
そしてくぐもったうめき声・・・

状況が変わったのが夫婦が出ていく2日前のことです。
最初にこのことに気がついたときのように、夜中壁にドカンと物があたる音がして、
「ウンギャアアアアアア」と甲高い悲鳴が聞こえたんです。
あれが叫んだんだと思いました。
その後に旦那さんのほうの声が聞こえました。
いつもは何を言ってるわからない低い声なんですが、
「死んだじゃないかー、やりすぎたっ!」とはっきり聞き取れるほどの大声でした。
「わたしのせいじゃないっ!!」と奥さんの声が続き、ぱたっと静かになったんです。

次の日は日曜日でずっと部屋にいました。隣には引っ越しの業者が入っていて、
一連の奇妙な出来事ももう終わりだとほっとしました。
その夕方です。そろそろ外食に行こうかと思っていたときに、ドアがノックされました。
顔を出すと、隣の奥さんが立っていました。
膚がかさかさと乾いていて、何だかすごく齢をとったように見えました。
奥さんは、「今までいろいろ世話になったし、うるさいこともあったでしょう。
よかったら、最後だから夕食を食べにわたしたちの部屋に来ませんか」と言ったんです。
これまでのことで気味が悪かったんで「これから友達と約束があって外食するんです」と、
丁重に断りました。

奥さんはとても残念そうな顔をしましたが、「ああ、じゃあ」と言って走り出ていき、
すぐにタッパーを手にして戻ってきました。
「これ、実家から送ってきた鴨の肉の味噌漬けなんです。とってもおいしいから
ぜひ食べてくささい。フライパンで焼くだけでいいんです」
そう言って自分の手にタッパーを押しつけ、
「食べてくださいね」と、ふり返って念を押しながら戻っていきました。
部屋に入ってタッパーを開けてみました。味噌のにおいがして中には白っぽい肉が入っていました。
鴨の肉を見たことがないのでこれがそうかははっきりしませんでした。

これは食べられない、と思いましたが、せっかくの好意を無駄にするのも何だかという気がして、
とりあえず冷蔵庫にしまおうとフタを閉めようとしたら・・・
味噌漬けの肉片が波打つようにビクンビクンと動いたんです。
今のは何だ?確かに動いたよな。これもしかして前に見たあれの肉なのか・・・
そのままタッパーごとバッグに入れて外に出ました。
駅前に行き、噴水にタッパーの中身をぶちまけ水で洗いました。
タッパー自体は返さなくてはと思ったんです。

翌日、朝早く隣が3人揃ってあいさつに来ました。
とおり一遍の話をしてタッパーを返したとき旦那さんが、
「今までいろいろ声がきこえてたでしょう?あれが死んだことも知ってるんでしょう?
 それと昨日の肉・・・食べなかったでしょう。いや、いいんですよ、当然です。
 ・・・私たちはもうダメかもしれません。あれを殺してしまったんですから」
ささやくようにこう言って、肩を落として出ていきました。
その後、自分の身には特に変わったことはありません。
・・・もし、あの肉食べてたらどうなってたんでしょうねえ。



濡女

2014.04.24 (Thu)
小学校5年生のときの話です。担任は箱崎という若い男の先生で、
学校には朝ギリギリに来るし、しょっちゅう休むしで、
今思えば管理職には評判のよくない困りものの先生だったかもしれません。
でも生徒にはわりと人気があったんです。
午後の算数や社会の時間なんかに、生徒が疲れた様子をしてるなと見てとると、
授業を早めに切り上げていろんなお話をしてくれました。
内容は、先生が若いころ放浪したというアメリカのことや、
趣味の単独キャンプのことが多かったですが、怖い話というのもありました。

その日も8時間目の算数の時間に、居眠りしている生徒を見つけた先生は、
「ああやめだ、やめだ」と言って大げさな身振りで机に教科書を放り投げました。
クラスのみなはそれを見て「おしっ」と思いました。
先生の関係ない話はこういう形で始まることが多かったからです。
案の定お話が始まりましたが、先生が「電気消せ」と言ったので、
ますます期待が高まりました。怖い話だとわかったからです。
・・・その日してくれたのは「ぬれ女」という話でした。

細部はよくおぼえていませんが、
小学5年生のある男の子が雨の降る日の帰りに道を急いでいると、
自分の家が見えているあと数十mというところで、
ぬれ女に会ってしまい獲られてしまうという内容だったと思います。
みなはあまり怖がっていない様子でしたが、
なぜか自分はそのときスゴく恐ろしく感じました。
自分の家のすぐ近くというのが怖さのツボにハマったのかもしれません。
男子の一人で「ぬれ女に獲られるとどうなるんですか」と聞いたやつがいました。

先生はちょっと困った顔をしていましたが、
「うーん、魂を獲られて極楽にいけなくなるんじゃないかな。昔のこの手の話
 というのは仏教を広めるために作られたものが多いからね」と答えました。
それから真顔になって、「まあこんなことが実際にあるわけはないし、
 むしろ今なら変質者なんかのほうがずっと危険だ。この前防犯教室で勉強したように、
 何かあったら大声で近くの大人に助けを求めるんだよ」
と言いました。このあたりは、後で子どもから学校の様子を聞くであろう
保護者への言い訳だったのかもしれません。

下校時、朝はカンカンに晴れていたので傘を持ってこなかたんですが、
学校を出たあたりから急に暗くなり、遠くのほうで雷の音がし始めました。
5分ほどいくとポツリと額に雨粒があたりました。
「あーなんだよ」と思いましたが、どうしようもないのでそのまま歩き続けました。
親は共稼ぎなので迎えにきたりしてくれることはありません。
頭の中をさっきのぬれ女の話がよぎりました。
なんだか先生があの話をしたために雨が降ってきた、そんな気さえしてきたのです。

とはいっても、まだ午後4時前です。
車通りも人通りも多く、危険があればいくらでも助けてくれる人はいます。
家まで、急げばあと10分もかからない、そう思って小走りになると、
それを待っていたかのように雨が強くなりました。あっという間に、
道路にできた水たまりで、ズックに水がしみ入るのもかまわず駆け続けていると、
激しい雨音に混じって「◯◯!」と自分の名を呼ぶ声が聞こえました。
顔を上げると家まであと少しのところに来ていて、
数m離れた前の方に姉が赤い傘を持って立っていました。

「ねえちゃんか?」と聞くと「あたり前じゃない」と答えました。
でも変だな、と思ったんです。姉は今でこそ建設会社に就職して普通ですが、
この当時は、中学校での友だち関係のトラブルから不登校になって、
ずっと部屋に引きこもっていたんです。
自分を迎えにくるなんてことをするはずがない、と思いました。
姉が近寄ってきたので、身を固くしました。
「今、そこのスーパーでマンガを買ってきたとこ、今日が発売日なん。傘に入る?」
と聞いてきたので、「どうせ濡れてるし、あと少しだからいい」と答えました。

姉は「あっそ」と答えて自分が駆け抜けるのをやりすごし、後からついてきました。
姉は不登校になって何もしなくなりましたが、
少女マンガ雑誌だけはかかさず買ってたので、
これはホンモノかもしれない、と思いました。スーパーの袋も持ってましたし。
もう家の壁が見えています。あとは走り込めばいいだけ。
そのとき耳元で「ぬれ女って知ってる?」という声がし、前に進めなくなりました。
ランセルの肩掛けの根元をつかまれているようでした。
おそるおそるふり向くと、傘を深くさして顔が見えないようにしたそれが立っていました。

「お前を獲るよ」と姉のような、そうでないような声で言い、それは傘を上げました。
人の頭より太い巨大なヘビの顔でした。鱗に濡れた黒髪がからみついていました。
叫ぼうとしましたが声が出ません。そのとき、ボフッとそれの傘に何かがあたり、
ガーンとすごい音を立てて地面に落ちました。
重い金属製の文鎮でした。ランドセルをつかんでいた力がゆるみ、
バシャンという音とともに側溝のフタが何枚もはね上がりました。
背後には何もおらず、赤い傘とスーパーの袋が濡れた地面に転がっているだけでした。
上を見あげると家の自分の部屋の窓から今度こそホンモノの姉が、
きつい顔をしてこちらをにらみつけていました。

後に姉から話を聞いたところでは、「部屋でぼんやりしていると急に胸騒ぎがして、
 窓から外を見るとお前に大きなヘビが巻きついていた。
とっさに手近にあった文鎮をヘビに向かって投げた」ということでした。
ぬれ女が何だったかはわかりません。傘とスーパーの袋はそのまま残っていて、
中には少女マンガ雑誌と卵が2パック入っていました。
姉は傘は自分のものだと言いましたが、気味が悪いので、
袋の中身とともにそのまま捨てられました。
・・・姉はこの後ほどなくして登校するようになりましたが、
元の快活な姿に戻るまでしばらくかかりました。これ以来、
ぬれ女らしきものを見たということは一度もありません。これで終わります。

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佐脇嵩之『百怪図巻』より「ぬれ女」







ひとひ(一日)神

2014.04.23 (Wed)
私は今年43歳になるしがないサラリーマンの営業職です。
中学生の娘と小学生の息子がおります。
つい3日前の出来事です。・・・朝、目が覚めると寝室のカーテンの隙間が開いていて、
そこからキラキラした光の束が差し込んで、ちょうど布団の胸のあたりにあたっていたんです。
「あれ、変だな」と思いました。
これまでそんなことはなかったですから。そもそもその窓は東向きじゃありません。
起き上がろうとしたら、耳元で「今日一日よろしく頼む」という声が聞こえました。
驚いてあたりを見回しましたが誰もいません。
家内はもう起きて、朝食のしたくをしているようでした。

窓のそばに寄りカーテンを開けると空は晴れていましたが、
やはり日があたっているということはありません。
今の声といい不思議でしたが、そのとき自分の体に力がみなぎっていることに気がついたのです。
これが普段なら、あーまた1日外回り仕事だ、かったるいなあと思うところなのですが、
そのときは何というか、強力なドリンク剤でも飲んだような感じで、
胸の底にやる気があふれかえっていたのです、
「うおー」と叫びながら洗面所に突進し顔を洗うと、
ダイニングに行って大声で「おはよう!」と言い、朝飯を茶碗で3杯食べました。
普段は茶碗に半分程度でしたので、家内が目を丸くしていましたよ。

そのうち息子と娘が起きてきましたので、
あいさつのしかたが悪いとひとしきり説教してから会社へと向かいました。
社内に入ると私に会う人、会う人がまぶしそうに目をしばたかせました。
そして「いや、◯◯さん、なんか今ねあなたの後ろが光ったように見えましたよ。
後光が差してるような感じで・・・」こんな意味のことをいいました。
ああ、私は見てのとおり髪はフサフサですから、悪い冗談などではないと思います。
それでその日の仕事なんですが・・・まあ内容をくどくど説明してもしょうがないでしょうが、
スゴイ成果があがったんです。回っていく取引先、取引先で注文がありました。
もうね、それまで1年分以上の受注がその1日だけであったんですよ。
驚きました・・・が、どこかで今の私なら当然という気もしたんです。

昼過ぎにちょっと変なことがありました。
取引先は社用車で移動してるんですが、ある会社の駐車場に車を停めたときに、
近くの道を歩いていた婆さん3人が車のほうへ全力で走ってきて、
アスファルトにうち伏したんです。
そして涙をはらはら流しながら運転席に向かって手を合わせて拝んでるんですよ。
何だろうと思い車から出ますと、婆さんたちも立ち上り私の体をぺたぺたさわりながら、
「ありがたや、ありがたや」と口々に言うんです。
なんとか振り払って取引先に入りましたけどね。
で、夕方ですね。社に戻ってその日の成果を上司に報告したらひじょうに喜びまして、
「いやすばらしい。やはり君はやるべきときにやってくれる人だと思っていたよ。
ご苦労だった、今日はもう上がってもいいから。ゆっくり休んでください」
こんなふうに言われたんです。

2本ほどいつもより早い電車で帰りました。
駅からの道を歩いていると、自分の息子くらいの少年がとぼとぼやってきました。
見ると手に新聞で包まれた何かを持っていて、その少年は声を出さずに泣いていたんです。
それが私を見るなりぱっと顔を輝かせ、私の前にひざまずきました。
そして手に持ったものをうやうやしい感じでこちらに差し出しました。
新聞紙には血が滲んでいるように見えました。
気味が悪かったのですが、「何だい、これ」と言ってちょっとさわったとたん包みがにゅんと動き、
中から生きた猫がするっと抜けだして地面に立ったんです。
少年はもう喜色満面で、猫を抱きかかえると私に向かって何度も何度もおじぎをしたんです。
ずっと私が見えなくなるまで立ち止まって、おじぎをくり返していました。
・・・家に戻ると、家内が「早かったですね」と驚いたような顔で言いました。

背広を脱ごうとしたところ、家内が「あら、後ろに何か・・・」と言って私の背中にさわり、
一枚のお札のような細長い紙を手渡してよこしました。
それには「一日神」と筆字で書かれていたんです。
「何だこりゃや」と思いながら丸めて捨てました。
家内に今日一日の活躍や、上司にほめられたことを話しているとどっと疲れが出てきました。
それで早めに風呂に入って、発泡酒をいつもより何本か多く飲んで寝たんです。
そして夢を見ました。
夢の中で私は神社のような建物の前にいました。急に扉が開いて金色の光があふれてきました。
その中から声がしました。
「今日一日の務め、ご苦労であった。
この功徳によりお前の寿命を40年ほど削った。感謝するがよい」

気がつくと朝になっていました。
・・・体が重くて起きられませんでした。それで会社を休みタクシーで病院に向かったんです。
そしたら長い検査のすえ、緊急入院ということになってしまいました。
ただ病棟にすぐ空きはないらしく、いったん家に帰って入院の支度をして、
その足でここに来たんですよ。
・・・みなさん、いったい私の身に何が起きたんでしょう。
どなたかわかる方おられますかぁ?



雑談(迷い)

2014.04.22 (Tue)
当ブログは「怖い」ということをテーマにしているので、
「創作的な怖さ」と「実際の出来事の怖さ」の違いということをときどき考えます。
・・・何を言ってるかたぶんわからないかもしれません。
怖い話の本を買ったり、ホラー映画を見たり、お化け屋敷に行ったりするのは
いわゆる怖いもの見たさ、ということですよね。
つまり自分から進んで怖がりたいという気持ちがあるわけです。
また、本は本だし、映画は映画なので、
実際の危険が身に及んでこないというのも理解しています。
つまり自分は安全である、ということが保証されている前提で怖さを楽しんでいる。

心霊スポットに探索に行ったりする場合もそうですよね。
自分は樹海を含め有名な心霊スポットや廃墟、トンネルなどに足を運んでいますが、
他の訪問者とのトラブルなどは別にして、
心霊現象による危険が自分に及んでくるとは思ったことがないし、
残念ながら、実際に心霊現象を見聞きしたこともありません。
自分にとってみれば、映画を見たりするのとあまり変わらないわけです。
ただ、安全な映画館の客席にいるよりは、懐中電灯を持って廃墟を歩いているほうが
現実感があるのは確かですが。
一方、まったく安穏に道を歩いているとき、
包丁を手にした通り魔殺人犯が目の前に現れたらどうでしょう。これは洒落にならないですよね。
自分の身に実際の危険がふりかかってくるわけだから、ホラー映画を見ている比ではありません。

自分のブログは創作ですから、
読んでくださる方は怖い話を楽しむというスタンスがほとんどだと思います。
ブログに連続して話を書いている形では、これは実際にあったことですとは言えないんですね。
これが「実話怪談」なら、取材者から聞き取りをして書いたものだと言うことができます。
話としては巷の名もない人物が体験したことだけれども、
現実に自分の身にふりかかってくるかもしれない怪異と恐怖・・・
このあたりが難しいなあ・・・と思います。
いっそホラー小説のブログにしてしまえば、書く時間と技術の困難さというのはあっても
そのほうが気が楽なのかもしれません。
創作でありながら実体験のような怖さを出したい・・・これが現在の悩み・迷いです。
このことは実際に霊はいるのか、呪いや祟りがあるのかということと、大いに関係があります。




2度

2014.04.21 (Mon)
雑誌の編集をしていました。会社は神保町の雑居ビル内の4階でした。
6階建ての大きな窓が特徴のビルといえば、わかる方もいるのではないかと思います。
1月ほど前、溜まった仕事を片付けるため9時過ぎまで一人で残業していました。
それまでとくに怖いと感じたことはなかったです。
窓の外は明るい街だし、
ビル内の他の会社にはまだ残っている人大勢いる時間だったからです。
ひとくぎりがついて、さて帰ろうと思って立ち上がったとき、
「あっ」と息を飲みました。窓の外を頭を下にして女の人が落ちていったのです。
まだ若い人で、白っぽい服装をしていたと思いますが細部まではよくわかりませんでした。

「たいへん!飛び降り自殺?」と思い、固まってしまいました。
すると・・・2秒くらい間隔があったでしょうか。
動けないでいる私の目の前をまた人が落ちていきました。
前の人と同じ顔と服装・・・落ち方もいっしょでした。
そのとき私の口から「いやです」という言葉が出たのです。
すっかり頭が混乱してしまいました。双子の人が次々に飛び降りたのだろうか?
何で突然に「いやです」と言ってしまったのか?足は震えていましたが体は動いたので、
とりあえず会社に仮錠をしてエレベーターに乗りました。

外はさぞや大騒ぎになってると思いましたが、
会社の前の通りは何事もなかったように車が走っています。
人が落ちたような痕跡はどこにもなかったのです。
狐につままれた、というのはこんな気分のことを言うのでしょうか。
・・・何時間もパソコンに向かっていたので、
脳が誤作動を起こして幻覚を見たのかもしれません。
帰ったらすぐに寝てしまおう、と思いました。
それでも納得がいかなかったので、会社を出る間際に管理人室に寄りました。
顔見知りの初老の警備員さんしかいませんでしたので、
それとなくこのビルの自殺者について尋ねてみたのです。

「うーん、私もここ5年くらいしかいないからはっきりしたことは言えないけど、
 かなり前、まだ屋上が立入禁止でないころに飛び降りがあったって噂は聞いたことがある。
 女の人だったって話になってるけど、本当火かどうかはわからないね」
こんな返答でした。釈然としないままマンションに帰り、発泡酒を何本か飲んで寝ました。
そして夢を見ました。夢の中で私はついさきほどのように会社にいます。
窓の外を女の人が落ちてきました。何もかもそっくりな状況でしたが、
女の人の落ちる速度がスローモーションのようにゆっくりなところが違っていました。
女の人の顔がはっきり見え、目が合ってしまいました。
目には恐怖の色はなく、強い憎しみが感じられました。

女の人は私を睨みつけながらだんだん下がってきました。
そして口が横に開き前歯が見えました。私に何かを言おうとしているのだという気がしました。
そこで夢は唐突に途切れ、目覚ましが鳴っているのが聞こえました。
8時間以上寝たはずなのに全身に疲れが残っていました。
会社では女の人が落ちるのを2度連続で見ているのに、
夢の中では一度だけだったことがなんとなく釈然としませんでした。
出勤前、鏡を前にして夢の中の女のように唇を横に開いて見ましたが、
このときは私に何を伝えたかったのかわかりませんでした。
・・・もっと前からそうだったのかもしれませんが、
この日を境にして、はっきりと心身の調子が悪くなりました。

ちょっとしたミスが連続し、それを挽回しようと遅くまで残業してさらに体調を悪化させました。
編集会議で居眠りをしたり、自分で打った原稿を保存ミスで消してしまったり、
以前には考えられないような失態をそれからもくり返しました。
周囲から「疲れてるんじゃない?最近おかしいよ」と何度も言われました。
ご好意で、安い稿料で書いてくださっている作家の方の機嫌をそこねてしまったときには、
他の編集者の前で編集局長に大声で怒鳴られてしまいました。
そのときには涙が出ました。そして、もう会社を辞めようと思ったんです。
明日一番に辞めると申し出ようと心を決め、残って仕事を整理しました。
せめて後任に迷惑をかけないようにしようと考えたんです。
自分の机で・・・パソコンを前にしてうとうとしてしまいました。

夢を見ました。会社にいて女が窓の外を落ちていく夢・・・この間の夢の続きのようです。
ゆっくりゆっくり落ちてくる女は、私の顔を見つめながら口を開きます。
その口の形がこの間とは違っていました。
横にではなく、縦に小さく開いた口の形が記憶に残りました。
・・・やはり私に何かを伝えたがっている・・・
ガクンと頭が下がり、額をキーボードにぶつけて目が覚めました。
反射的に窓の外を見ましたが、うすぼんやりと明るく向かいのビルが見えるだけでした。
トイレに立ち、洗面所の鏡に向かって女の2つの口の形を何度もくり返してみました。
そして女が何を言っていたのか唐突にわかったんです。

「し・・・ね・・・」
「いやだ!」私は大声で叫びました。
そのとき鏡の端にちらっと、ドアを出ていこうとする白い影が見えたような気がしました。
「いやだ!いやだ、いやだ、いやだ・・・」子どものように叫びながら、
私は洗面台に突っ伏し、長い間泣き続けていたんです。
・・・これでお話を終わります。




道路工事

2014.04.20 (Sun)
いや、前の人の話ヤバイスね。「次」って次に死ぬ番って意味なんじゃないスか?
・・・バイトしてたんスよ建設会社で。いやそんな大会社じゃないっス。
地元には大会社なんてないんス。みな零細。
俺は高校を1年で中退してて、フリーターと言うと響きがいいけど、
まあ俺らの地元じゃプータローって呼ばれるんス。
3年ばかり遊んでると、親がいつまでもそんなことじゃダメだって怒りまして、
ムリヤリ知り合いの建設会社に行かされたんスよ。
で、そこの親父が1年真面目に頑張ったら正社員にしてやってもいいぞって言って・・・
別に土方になりたいわけでもないんスけど、自分としては真面目にやってたつもりっス。
1年くらい前の話っス。

その日は古いむき出しの側溝をフタつきの新規格のに変える工事で、
前も何度かやったことがあるそんな難しくないやつだったんス。
それに場所が私道だから、
通行止めとか交通整理とか気にしなくてもよくて楽なもんだと思ってたんス。
ただその日はね、なんか仕事がはかどらなくて・・・
機材が壊れたとか、資材が届いてなかったとか、妙にうまくいかないことが続いたんス。
こういうことはホントたまにあって、先輩たちは場所が悪いってよく言ってたスね。
土地ってのはずっと昔・・えー縄文時代とか?からいろんなことに使われてるっスよね。
ずっと同じ人が住んでるわけじゃあなくて。
古い地層ほど当然下にあるんスけど、なんでもない街角の下に
古代のお祭りの跡とかが埋もれてることがあったりするらしいんス。

先輩たちも嫌な気を感じてたみたいで、早く終わらせようとすればするほど
なんか厄介事が起きる・・・そんな状況でした。
それでもなんとか終わりが見えてきたとき、俺の掘ってた地面が、
50cmばかりボカッと陥没したんス。
最初は「あれ、ガス管とかか」と思いましたが、のぞいて見ると異様に深いんス。
声を上げて監督の先輩に知らせると、投光機持ってきて中を照らしてましたが、
「ここ、ダメだから」と皆に大声で言ったんス。
最初は、なんかの遺跡を掘り当てたのかと思たんス。
それまでそんな経験なかったから面白そうだなーって。
「ダメって、何なんスか?」と横に立ってのぞき込んだら、
「見るなこら」って肩を押されたんス。・・・でもね見ちゃったんスよ。

人っす。真っ裸の人が上向きで・・・背泳ぎしてるみたいに横切っていったんス。
いや、地下には水が溜まってるわけじゃなくてただの空洞。
女の人だったと思うっス。それも熟女・・・一瞬だったけどそんなふうに思たんスよ。
「ここ今日は切り上げるぞ、明日重機持ってきて埋める」先輩がそう言ったんで、
「あちゃー大事になった」って思たんス。
「先輩、今の何スか?教えて下さいよ」
「んー、ま、お前も今後この仕事続けるんならまた見ることもあるだろうから、
 今晩飲みに行ったときに焼き鳥何本か奢ったら教えてやる」
「それ、ちょっと・・・」
工事はいったん中止になり、
帰りに会社近くの居酒屋に寄ったときに教えてもらえることになったんス。

で、居酒屋でチューハイ飲みながらっス。
「お前が掘り当てたのはなあ・・・言って信じるかわからんが・・・生霊の通り道だ」
「生霊・・・生きてる人の霊ってことスか?」
「たまにあるんだよ。俺が聞いた話だと、死霊は上を通り、生霊は下を通るってことだった。
 死霊はまだ見たことないがな」「・・・下って地面の下・・・」
「そうだ。お前も見ただろうが、あれはどっかあの近所の奥さんで、まだ生きてる人だよ。
 まあ旦那の浮気とかじゃねえかな。
 嫉妬心が嵩じて嵩じて、ああやって地下を通ってどっか行って悪さをしてるんだと思う。
 おおかた浮気相手の女の家とかだろうな。
 でなきゃ、あのあたりの奥様どうしの見栄張り合戦からくる仲違いとか」
「信じられないっス、って言っても確かに見ちゃったスからねえ。穴はどうするんスか?」

「重機で土入れるよ・・・工事に関係がある部分だけな。側溝が陥没しない程度の通り道を残して」
「何で、全部埋めないんスか?」
「そりゃ通り道がなくなって俺らが生霊に恨まれるかもだからよ。
 人の恋路をじゃまするやつは・・・って話があるが、人の恨みもじゃましちゃいけねえんだ」
「はあ、そんなもんすか」
ってことで、焼き鳥奢らされるってのは先輩の冗談だったらしく、
払いは先輩がほとんどしてくれたんス。
まあ俺の話はこれでほとんど終わりなんスけど、それから数ヶ月して事件があったんス。
人死にはなかったけど、地元の新聞やテレビでも報道したんスよ。
いいとこの奥さんがラブホテルに乗り込んで旦那の愛人を刺したっていう傷害事件。
その奥さんの顔写真が、ちらっと見たあんときの生霊に似てるような気が・・・
やっぱ霊になるだけじゃダメなんスかね。



2014.04.20 (Sun)
つい昨日起きたことだが、場所とか詳細はしゃべれないんだ。
いろいろとマズイんで勘弁してほしい。
俺のアパートに今の彼女のU美がきてたときに、友達のことを相談された。
それが実に気味悪い話だったんだ。
その友達・・・Fさん、としとくか・・・は俺らと同じ大学の理系の学部の3年生で、
女性だけのアパートに住んでる。

で、Fさんはその3日前・・・だから今から4日前、
研究室で他の仲間と実験をしてかなり帰りが遅くなったそうだ。
まだ12時前ではあったそうだが、駅からアパートまでの住宅街の人気のない道を歩いていた。
ちょっとした児童公園の横を通りかかったとき、
トイレ脇の街路樹の枝に大きなものがかすかに揺れてるのを見つけてしまった。
何だろうと思ってもう少し先に進むと、トイレの常夜灯があたってて正面から見てしまった。

40代くらいのスーツを着た男が首を吊ってた。はっきり見えたんだそうだ・・・
涙と、舌でも噛んだのか口から吐いた血でべしょべしょの苦悶に歪んだ顔。
ショックで後ろに倒れそうになったものの、なんとかしゃがみこんで携帯で警察に通報した。
あとは必死に近くの民家まで走っていってチャイムを鳴らして知らせたんだそうだ。
時間が時間だけになかなか出てこなかったが、やっと主人が顔を見せたあたりで、
パトカーと救急車がほぼ同時に到着した。

首吊り男は救急隊員が死亡判定をし、まだ自殺を試みて間もないということで病院に搬送され、
Fさんは1時間近く警察に事情を聴取された。
やっと解放され、アパートに戻ってシャワーを浴びて寝たら、
その明け方にだれかがアパートに来たらしいんだ。
ドアを叩くというか、力なく膝をぶつけるような音がくり返されていて目が覚めた。
時計を見ると朝の4時。

すごく怖かったそうだ。そんな朝方に訪ねてくる人はいないし、昨夜のことがあったから。
それでドアにはいかずにベッドの中で身を固くしていた。
「ズルッ、ベタン」という音は3分くらい続いて気配が消えた。
朝、明るくなってから部屋の外に出たら、
スチールのドアの上部に茶色い字のようなものがあった。
何と書いてたかわからなかった。よく見ずにキッチンペーパーで拭き取って捨てたから。
その後大学に出たが、その日は早く帰った。
もう一度事情聴取に警察署に寄るように言われてたからだ。

警察署で、昨夜の男を発見したのは首を吊って比較的すぐのことで、
病院で蘇生を試みたものの亡くなったということを聞いた。
そしてその夜も何かがやってきた。
前の日と同じ時間、同じ音と気配、そして朝に見つけたドアの文字・・・
これもすぐに消したが、「次」と読むことができた。
まったく前夜とそっくりのことがくり返されたんだそうだ。
その日大学で友達だったU美に相談し、U美が俺に話した。

「で、何?それを信じろっていうのか」
「それだけじゃなくて、何が起きてるか確かめてほしいの」
「誰が?」
「〇〇(俺)に決まってるでしょ、Fはずっと彼氏とかいないんだから」
「えー怖いよ w ・・・って真面目な話、それ、えーとPTSDってやつだと思うぞ。
 あまりに衝撃的な出来事に遭遇して、
 心身の調子がおかしくなってるとかじゃないかな」

「夢だってこと?」
「うんまあ、夢かもしれないし、想像かもしれない。
 医者に行くように勧めるのが一番じゃないか」
「じゃあ、ドアの外にあった字はどう解釈するわけ?」
「うーん、たまたまとか自分で書いたとか・・・」
「自分で書くわけがないじゃない。とにかく今からFの部屋にいくから支度して」
「えぇ!?」

ということで夕方6時ころ訪れたFさんのアパートは、
マンションといって通るくらい立派だった。
とはいえアパートはアパート、コンクリートの廊下は外に面してた。
中に通されると内装も俺の部屋とは大違いで、
Fさんはかなり真面目そうな雰囲気の人だった。そこであらためて話を聞いたんだ。
前にしゃべった、男の自殺前後の様子がやけに詳しいのは、
U美の話というよりFさん本人から直接に事情を聞いたからなんだよ。

俺が医者に行くように勧めたら、Fさんは顔を曇らせて「そうしてみます」と言った。
そしたらU美が「明日病院にいってみるのは大賛成だけど、今夜も来るかもしれないでしょ。
ホントに幽霊とかだったらどうするの?」
「いやでも・・・」
「朝4時にくるってわかってるんだから、
 その時間にもう一度ここにきて何が起きてるのか確かめようよ。
 そのほうがFも安心だろうし」
「えぇ!?」

ということになってしまった。
まあ次の日の授業は11時からだから時間は問題はないとして、
Fさんのアパートは女性用の一間で、U美といっしょでも泊まり込むわけにもいかない。
かといって朝の4時にここの廊下を見張ってるとかもできないだろう。
俺自身が変質者とかストーカーにされてしまう可能性がある。
そうU美に言うと「じゃあ私もいっしょにくる」
・・・こうまで言われてやらないわけにはいかないだろ。

U美も翌日はあまり予定がないらしく、3時過ぎまで起きて俺の部屋で過ごし、
歩きでFさんのアパートを再訪した。
街路からFさんのアパートの廊下が見える。街灯もあって明るいし、
ここにカップルで立ってる分には変質者と間違えられることはないだろうと思った。
「今、3時50分」U美がささやいた。
4時・・・少し前にFさんの部屋のドアが開いて、Tシャツ姿のFさんが出てきた。
「・・・えー」低い声でU美が言った。

Fさんはスチールの一枚ドアにもたれかかるようにして、ヒザをぶつけ始めた。
音は下までは聞こえてこなかった。
「ほら、やっぱり自分でやってるんだ」「どうしよう」
「今は催眠状態に近い感じになってるだろうから、U美、携帯で動画を撮れよ。
 後で見せてあげればFさんも自分がやってたって納得するだろう」
「・・・うん、わかった」
そのときFさんが右手をあげ、その指が黒く見えた。血で染まってるように思ったんだ。

Fさんはドアに指で何かを書こうとしていた。「あ、なんかマズイかも」予定を変更し、
俺はアパート内に走り込み階段を駆け上がった。
U美も後を追ってきたようだ。「あの、Fさーん」
呼びかけた声も届かず、タッチの差でFさんは中に入ってしまった。
U美と一緒にドアの前で並んでチャイムを鳴らしたが、
インターホンの返事は返ってこない。
ドアの顔より上の高さに、赤黒い字で確かに「次」と書かれていた。

すごく嫌な予感がした。ドアノブに手をかけると開いていた。
そっと入って、玄関と部屋の仕切り戸を開けたとたんU美が絶叫した。
Fさんが部屋の反対側の窓際で首を吊っていたんだ。
首を吊ってから物干しロープをほどこうともがいたのか、
だらりと垂れた右手が乾いた血で黒く染まっていた。
俺は叫んでいるU美をドアの外に連れ出し、警察を呼んだ。
・・・警察へはまる1日拘束され、説明は困難をきわめた。

とうてい信じてもらえるような話ではないからしかたがない。もっと信じがたいことに、
午後からの警察の説明では、Fさんは死後8時間はたっていると推定されるということだった。
つまり、俺らがFさんの部屋を去った直後に首を吊ったということになる。
ありえないよ。朝、廊下で見たのは間違いなくFさんだった。
別々に聞かれた俺とU美の話の内容が一致していなかったら、
帰してもらえなかったかもしれない。
次の日もまた事情聴取されることになり、ため息をつきながらU美を部屋に送った。

ああ、トンデモないことにかかわってしまった。
俺らが殺したと思わないまでも、あの説明で警察がぜったい理解するはずがない。
事実とはいえ、当事者の俺自身でさえまったく納得できてはいないからだ。
暗い気分でモソモソ飯を食い、メールも何もせずに早く寝た。
夜中は特に物音とか聞かなかったと思うが、起きてすぐ戸を確認すると、
「次」の文字があり、右手の指先が黒く染まっていた。
で、今日も事情聴取があって、その帰りどうしても話を聞いてほしくてここでしゃべってる。
ああ、U美の部屋には文字はなかったらしいが・・・いったいこの後、俺はどうしたら・・・



大鳥居

2014.04.19 (Sat)
昔からやっちゃいけないって禁じられてることをやってしまって罰を受け、
不幸になる話ってあるよな。
これもそういう種類の話で、またかって思う人もいるだろうけど実際にあったことだよ。
俺が住んでた土地というのが山合いにある小さな盆地でね、人口は数百人ってとこだった。
今はダム湖の開発で移転させられて存在しない。
で、集落には一つだけ氏神神社があって、大鳥居が立ってたんだよ。
・・・大鳥居といえば奈良の大神神社なんかが有名だけど、
あんな立派な石造りのやつじゃない。
大木の皮をはいで赤く塗った乱暴なものだったけど、高さだけはあった。
集落の火の見櫓の倍以上。盆地の外れに立ってるんだが、集落のどっからもよく見えた。
当時は一面田んぼで、高い建物なんてなかったしな。

言い伝えがあったんだよ。月のない夜には大鳥居に神様の使いの鳥が下りるって。
いや・・その鳥自体が神様だったかもしれない。
あんまりたちのよくない神様なんだ。闇にまぎれて人を獲って食うという。
ところが大鳥居には呪がかけてあって、そっから下へは降りられない。
鳥は悔しがるがどうすることもできずに、月が出る頃には飛び立っていってしまう。
そんな話だったな。で、禁じ事っていうのは、
集落内ではその大鳥居の他に鳥居を作っちゃいけないってことだ。
大鳥居より低い鳥居を作ると、鳥が集落に居着いてしまう。
・・・まあ、おいそれと鳥居なんか作るやつなんていないと思うが、
江戸時代以前からずっと守られてきたことなんだ。
考えてみれば、集落内に他の神社が入ってこないように作られたもんなのかもしれない。

俺が小学校5年生のときだよ。
6年生の男子が秘密基地を作り始めた。
山にちょっと入ったとこに使われなくなった炭焼きの小屋があって、
そこに板切れを持ち込んで雨風が入らないようにして基地にした。
昔の子どもは農作業はもちろんだし、家の修復の手伝いなんかもさせられてたから、
今の子よりずっとそういう能力があったんだな。
基地といっても何をするわけでもなく、
日曜に集まって当時の漫画雑誌を読んだり、菓子を持ち込んで食ったりするだけなんだが、
この話を聞いたときはうらやましかった。けど5年生は入れてはくれない。
それで自分らでも作ろうってことになったんだ。

一から小屋を建てるってのはさすがに不可能で、
あちこちに半壊れの農作業小屋はあったけど、大人に見つかればすぐに、
「何やってんだ出てけ!」ってなるのは目に見えてたから、
できるだけ人目につかないとこがいい。5年の男子6人くらいで手分けしてあちこち探したら、
当時「焼場」っていってた火葬場の裏手の沢に、
よさそうな朽ちかけの小屋をつけてきたやつがいたんだ。
たしかにそのあたりは人はまず来ない。
だけど学校から離れていて不便だし、やっぱり気味が悪かったんだな。
とりあえず基地にするのは保留しといて他もあたったんだが、いいのはなかった。
それで次の日曜の午後に大工道具を持って集まり、みなで修復することになった。

板材をかついできたやつもいたが、
その小屋の周囲には割れ板や丸太なんかがごろごろ落ちてて、
大きな建物を解体した跡みたいな感じだった。
そういうのを拾って打ちつけて補強し、基地は完成したんだ。
・・・今となっては、これでやめとけばよかったと思うが、
あまってる丸太を見て「これで鳥居を作ろう」と言ったやつがいた。
「えーでもよ、鳥居は作っちゃなんねえって昔から言われてるだろ」
「人食い鳥なんて信じるのかよ」
「隣村から電線をつないでる鉄塔は大鳥居より高い。なんてことはねえよ」
こんなやりとりをして鳥居を作ることに決まってしまった。
これは、禁を破りたいっていうよりも、言い伝え自体だれも信じてなかったんだと思う。

丸太の先を杭上に鉈で削って2本入り口に立て、横木を縄で結わえつけて鳥居はできた。
・・・というか鳥居には見えなかったけどな。
南米とか東南アジアの原住民の家みたいな感じになったが、みな満足した。
小屋の中は湿気がひどくあちこち苔だらけで、じかには座れなった。
次のときにブルーシートを持ってきて敷こうということにして、持ってくるやつを決め、
帰ろうとしたときは夕方になってた。
林を抜けると西のほうに大鳥居が見えてくるんだが、
先頭を歩いてたやつがそのほうを指さして「おい、あれ!」と言った。
そっちを見てみな固まったよ。大鳥居の上に黒々とした鳥がとまってた。
カラスに似ているが頭の上がぶさぶさと毛羽立ってる。
何より異様なのが、その鳥は大鳥居の高さの十分の一くらいに見えたことだ。

大鳥居が20mほどだったはずだから、2mもある化物の鳥・・・
だけど見たのは一瞬で、まばたきして目を開くとそのときにはもう消えていた。
「おい、今の見たか」「・・・鳥いたよな」「お化けカラス」
「やっぱりあの鳥居まずかったんじゃないか」
「今から戻って引っこ抜くか」「見間違えだよ、たまたま大きく見えただけだ」
「この基地の話、6年生にするのはやめとこうぜ」
「そうだな。親はもちろん弟、妹にも言うなよ」
こんなやりとりをした。大人に話をしないのは前からそのつもりだったが、
学校で自慢できないのはちょっと残念だった。
・・・まだこのときには軽く考えていたんだな。

月のない夜、次の新月の日からそれは始まった。
その晩、集落の年寄が2人死んだ。どちらも高齢だったとはいえ、
前の晩までぴんぴんしてたのが朝になっても起きてこない。
納戸に見にいくと布団の中で目を剥いて死んでたんだ。
それだけじゃなく、夜半にある人が用事で外に出ていたとき、
真っ暗な空を大きな羽ばたきの音をたてて飛んでいくものを見たっていう噂が広まった。
集落は騒然としていたよ。農作業の前に後に、あちこちで大人が集ってこの話をしてた。
俺らは・・・もちろん基地と鳥居の話はだれにもしなかった。
その日の学校の帰りに相談して、みなで鳥居を壊すことに決めたんだ。
壊すのは簡単だった。鳥居は足で蹴っただけですぐ倒れた。
縄を切ってしまえば、どこにでもある泥に埋もれたただの朽木でしかなかった。

・・・だけどそれで収まったわけじゃなかった。
翌日も2人、年寄と5歳の女の子。その次の日に幼児が1人。
そんな具合に人が死んでいく・・・
このあたりの集落じゃもう何年分もの死人がその数日で出たことになる。
怖ろしかったよ。それに・・・俺も鳥を見たんだ。
夜中に便所にいった。まだ家の外に便所があった時代でね。
たいした距離でもないが裏庭に出る。
このことが始まってから俺は外にいるときには大鳥居のほうを見る癖がついてた。
夜だと見えるわけではないんだが、ふっ上を見上げたんだよ。
そしたら隣の家の屋根にいたんだ。全身が見えたわけじゃないが、
茶碗ほどの大きな光る眼。羽を広げ飛び立つ音。

次の日、朝早く母親の叫びで目を覚ました。
親父が、まだ赤子の弟のわきで冷たくなってたんだ・・・
集落では、これは祟り以外に考えられないということに村役の相談が決まって、
大鳥居の神社で大規模なお祀りをすることになった。
強風の日だったが、続々死人が出てるんで決行した。
ところが篝火が風で神社に燃え移り、枯木を伝って集落にも広がり、
大鳥居周辺のほとんどの家が焼けた。・・・集落ではもう再建する力は残ってなかった。
ちょうどその頃、県からダム工事で集落ごと移転する話がきてたんで、
みなはそれにのって集落を離れた。
秘密基地と鳥居のことは最後まで大人にはばれなかったが、
親父が死んでそれからの暮らしは苦労の連続だったよ。
・・・人を獲る鳥がどうなったかはわからない。




奇術合宿

2014.04.19 (Sat)
大学のときのことです。奇術同好会というのに入ってました。
マジック、手品をやるサークルです。残念なことに自分らの世代は
男ばかりでしたけど。けっこう真面目に活動してたんですよ。
年に4回くらい県民会館の小ホールを借りて発表会をやってました。
見にくるのは身内がほとんどでしたけどね。
4月には新入生歓迎をかねて合宿をしていました。

貸し切りバスで2泊3日、山の温泉地に行くんです。
泊まるのは旅館とペンションを折衷したようなところで、
先輩の代から十年近く利用してました。
付近にはテニスコートもあって、上級生は遊びに行くようなもんだったけど、
新入生はけっこう厳しかったと思いますよ。朝は6時起床で山道を走らせたりもしたんです。
奇術に体力が必要なんか?ってここでみんな疑問を持つんですw

午前中は新入生に徹底的にクローズアップ・マジックを仕込むんです。
奇術には大きく分けて2通りあって、
術者が観客と離れた場所で演じるのがステージ・マジック。
これは人間浮揚とか大掛かりな仕掛けが必要なものが多く、
学生には金銭的な面で難しいんですね。それに対して、
クローズアップは術者が観客のすぐ近くで演じるんで、大仕掛けとは別の意味で
不思議さが際立つんです。

もちろん種のあるものが多いんですが、手先の器用さも必要です。
それと観客の心理操作。新入生のほとんどは奇術素人でしたから、
ここで先輩のスゴさを見せつけておこうという魂胆もありました。
それで2日目の夜には新入生も入れて小一時間ばかり、
ダイニングルームでショーをやらせてもらうんです。
俺らの他のお客さんは毎年5、6人ってとこでした。

で、その夜もショーを開かせてもらいました。新入生も覚えたてのを必死に演じてましたし、
3年の先輩にはプロと遜色ないような腕前の人もいました。
それなりに拍手をもらって満足し、あとは温泉に入って大宴会という次第です。
といっても広間を借り切るような金はないんで、
広めの一部屋に集まって持ち込みの酒を飲むだけでしたが。
時間は9時前くらいだったですか。風呂上がりで寝そべったりして、
新入生が宴会の準備をしていると、ドアがノックされました。

開けてみると、60歳くらいですか・・・
品のいい白髪の男の人が三つ揃いスーツを着て立ってました。
「さっきの手品を見て感銘を受けた。自分も一つだけ手品ができるから、
皆さんに見てもらいたい」そんな内容のことを言いました。
さっきのショーでその人の姿を見た記憶はなかったんで、変だなとは思いました。
先輩たちは酒を目の前にして「なんだよ、かったるいなー」という感じで、
歓迎していない様子がありありでしたが、せっかく訪ねてきてもらったんだし、
そんなに時間もかからないだろうから見せてもらうことになりました。

おそらくたいしたもんではないだろうと、馬鹿にしてた仲間が多かったと思いますが、
自分としては、もしか知らないネタなのかもしれないと、少し期待していた面もあったんです。
その紳士はわれわれから1mほど離れたところに座り、
だれかのバッグを借りたいと言いました。
中が空の大き目のバッグ・・・その人自身は何も道具を持っていないようでしたが、
三つ揃いスーツというのが曲者で、
マジシャンは中にいろんな仕掛けをしているもんなんです。
バッグは別の部屋の新入生のを中身を空けて持ってこさせました。

それから「写真を撮らないでくれ」とも言いました。
「写真に写ると子供たちが悲しむから・・・」と続いたんですが、
これは俺らのだれも何のことかわからなかったと思います、そのときには。
その紳士のリクエストで・・・部屋の明かりを落として小さな常夜灯だけにしました。
これはがっかりでした。薄暗い中ならいくらでも不思議は演出できるからです。
先輩たちもそう思ったようでした。
部屋の一方に集まった俺らから1mばかり離れ、
空のバッグを前にその人は床に座り、
「では始めます・・・子供たち出ておいで」と声のトーンを落としてささやきました。

へたっていたバッグが急にふくらみ、もぞもぞ中で何かが動いているように見えました。
バッグは長さ60cmくらい、高さも30cmといったとこだったと記憶してますが、
突然、中から5歳くらいのおかっぱの女の子が顔を出しました。
息を飲む音がし「嘘だろ」「ありえねえ」というつぶやきが聞こえました。
女の子のうつむいた顔は、黄色い明りを映してくっきり影が出ていましたが、
少しずつ顔をあげ「・・・わたしは山で死んだの」と子供の声ではっきりと言いました。
バフッという音とともに、バッグからもう一つ、
同じくらいの年ごろの女の子の顔が出ました。

髪を頭の両側にリボンで束ねた別の女の子です。
その子はびっくりしたような顔であたりを見回し、
しばらく間をおいて「わたしも山で死んだの」と言ったんです。
ザザッと新入生たちが壁のほうに後じさったようでした。
「これ・・・マジックじゃねえ、ありえねえよ」という先輩の声。
二つの女の子の頭はバッグの上でゆらゆら揺れていましたが・・・その横からもう一つ、
もっと幼い3歳ほどに見える頭が上を向いてゆっくり出てきました。

その子は目をつぶったまま「・・・おかあさん」と言ったんです。
「あー、あーっ」という仲間の叫び声がし、デジカメのフラッシュが光りました。
「写真はダメですよ」という紳士の声。同時に部屋の照明が完全に消えました。
「なんなんだよこれ」「うわーっ」パニックじみた叫び声が重なり、
数秒して明るくなりました。だれかが入り口まで行ってスイッチを押したようでした。
見ると床の上には空のバッグだけが残され、紳士の姿はどこにも見えません。

「今のがマジックかぁ?心霊だろ!」 「そうだ写真撮ったやつ画像出してみろ」
「ダメだ、カメラが動かねえ。これ完全に壊れちまった」
すべてのボタンやレバーが動かなくなっていて、ありえない故障だということでした。
バッグの持ち主が中を確かめると、何も入ってはおらず、
そのかわりぬるぬるする透明な液体がべっとりと染み込んでいました。
気味悪がってこのバッグは捨てられ、
新入生は紙袋に荷物を詰め込んで帰ったはずです。

「最後に消えたのもマジックなんか!」「絶対不可能だ!俺たちは幽霊を見たんだ」
しばらくそれぞれが勝手なことを叫び合いましたが、
その後は全員が毒にあたったように元気がなくなり、
ほとんどの仲間は少し酒を飲んだだけで寝てしまいました。
先輩の中にはオーナーのところに行って紳士について尋ねてきた人もいましたが、
そういう人は宿泊していないという返答だったそうです。

翌朝8時過ぎに帰りのバスに乗りました。山道を抜けるまで2時間くらいかかるんですが、
バスの中では昨夜の出来事について話す人はいませんでした。
見てはいけないもの、言ってはならないことと、だれもがそのときにはわかっていたんです。
バスの座席でうとうとしていましたが、
後ろの席の同輩が俺の肩をつつき「おい、あれ!」と窓の外を指さしました。
木立の切れ目に池が見え、その前に草地がありました。
昨日の紳士と3人の女の子が並んで立ってバスに向かって手を振っていました。
・・・女の子たちにはみな頭がありませんでした。



口を開けて

2014.04.18 (Fri)
みなさん長い話をなさっていますが、私のは短いです。
私は看護学生で、安いアパートで一人暮らしを始めたばかりだったんです。
その日は12時前にベッドに入ったんですが、なかなか寝つけませんでした。
それでもやっとうとうとし始めると、「ハーイ、大きく口を開けて」という声が聞こえました。
それを耳にしたとたん、歯医者のイスに寝ている気になりました。
たまたまそのとき治療中だったせいかもしれません。
言われたとおりに口を開けると、ムッとする臭いとともに息ができなくなりました。
「モガ、モボゴ、ガホッ、ガゲゲエ」こんな音を出しながらばね仕掛けのように半身起き上がり、
ベッドの横に身を乗り出して吐きました。

口の中にちかちか突き刺さるものをやっと吐き終えましたが、
体の中から嫌な臭いがこみ上げてきて、それがさらに吐き気の呼び水になって、
長い長い時間吐いていました。どうにか吐き気がおさまり、
息を切らし、涙を流し、口の端から汁を垂らしながら電気をつけました。
自分の吐いたものを見て愕然としました。全体的に緑のどろっとしたものは茶の葉でした。
それと夕食に食べたサンマの頭や骨・・・いえ、夕食に茶殻や魚の頭を食べるはずはありません。
思いあたることがあったので、流しの生ゴミの小さいバケツを開けてみました。
中は空になっていました。
自分が寝ぼけて生ゴミを食べたんだろうか・・・まさかそんな、ありえない。
でも、合理的な解釈はそれしかありませんでした。

とても気分が悪かったので、うがいをし歯を磨きました。
まだ胸の中がムカムカしていましたが、時計は午前2時を回っていてもう寝なくてはなりません。
次の日、大事な実習があったんです。
タオルケットを口の上まで引き寄せて寝ようとしたとき、耳元で、
「次は洗剤だよ」という声が聞こえました。女の人だと思いました。
私は跳ね起きて、財布と携帯だけを持ちパジャマのまま自分の部屋から逃げ出しました。
かたっぱしから友達に電話をかけ、たまたま起きていた一人のところに転がり込みました。
起きたことを話しましたがまったく信じてはくれませんでした。
それからアパートには帰ってないし、学校も休んでしまいました。
これからどうすればいいんでしょうか・・・



雑談(今後の展開)

2014.04.18 (Fri)
毎度のご訪問ならびに拍手、ならびにコメント多謝です。
このブログを始めた当初は、たんにネットに書いたものを保存しておくという目的でしたが、
1日1つ怖い話を書くということにチャレンジしてみて、
正直ここまで続くとは思っていませんでした。
われながら驚いています。

当ブログの怖い話は実話風のものが基本で(あとは思い切ったバカ話も)
そこは守っていきたいと思いますが、
せっかくブログにしたのだからと思って、実話風よりもう少し筋のはっきりしたものを混ぜてみたら
そちらも面白くなってきました。
それと特徴のある登場人物もだいぶそろってきています。

『解体工事』に出てくる怪しい政治家秘書、これは『オタマ雨』の「林田」が成長した姿かもしれません。
『クロユリは・・・』『花を運ぶ女』に登場する、花言葉を操る黒衣の女性「ミサキさん」
『写生大会』『廃屋の絵』の、仏画を書いて霊を鎮める初老の女流画家「西田先生」
『鹿ぞ鳴く1・2』の不可思議な鹿の神主、
これはもしかしたら鎌倉初期に当時としては異例の長寿で亡くなったとされる
正三位皇太后宮大夫(藤原俊成)その人かもしれません。
彼らはみな常人にはない力を持っています。
これらの人物のからみがそのうちにあるかも(確約はできませんが)です。




でろれん

2014.04.16 (Wed)
えー、最初に個人情報がわからない程度に自己紹介すればいいんですね。
今22歳で、某大学の医学部に在学中です。
子どもの頃の不思議な記憶について話をします。
自分の父親はある地方の旧家の三男でして、今は別の土地で開業医をやっています。
医者の多い家系で、当時の実家の当主
・・・父方の祖父ですが、その人も大病院の院長だったんです。
一族も相当な人数で、お盆はそうでもないんですが、
毎年の正月には実家に必ず集まるしきたりになっていまして、
何十部屋もあるたいそうなお屋敷に親戚一同が揃うとそれは壮観でした。
子どもだけでも10人以上はいたはずですね。

旧家に住んでる長男の子どもが4人、外から集まってくる孫が7~8人はいました。
1年ぶりに会うという子もいたし、父母といっしょに実家に帰るのは楽しみでしたよ。
自分は一人っ子でしたから、お年玉をもらうより、
その子たちといっしょに遊べるのがうれしかったんです。
小学校4年生の正月だったと思います。そのときも実家に親戚が集まっていまして、
雪の多い地方だったので、毎日いとこたちと庭で雪遊びをしていました。
それで雪合戦になったんですが、
自分は中につららを割った氷の入った雪玉をもろに顔面にぶつけられて、
顔を真っ赤に腫らして大泣きしたんです。

そしたら赤いヤッケを着た自分より少し年上くらいの女の子が、
寄せた雪が積み上げられて山のようになっている陰に手を引っぱって連れていって、
タオルを出して顔をふいてくれました。
それまで見たことのない子だと思いましたが、
前に遊んだことがあるような気もしました。・・・名前は覚えていません。
そこでその子と話をしたんですが、子どもなのですぐ話すことがなくなって、
その頃できるようになった、指の第一関節だけ曲げるのをやってみせたんです。
そう、指先が爪みたいになるやつです。
そしたら、その子はつまらなそうな顔をして「そんなのたいしたことがない」って言うんです。
「じゃ、何ができるの?」って聞いたら少し考え込んでいましたが、
「じゃスゴイのやってみせたげる。ただ元に戻るまで時間がかかるから必ず待っててよね」

そう言うと、口を大きく開けて両手の指を左右から口の中に突っ込んだんです。
にょーという感じで、口が横に伸びました。顔全体が真横に伸びたといえばいいか。
その子はその状態のまましばらくよだれを垂らしていましたが、
「でろれん」という大きな音がして、体全体が裏返ったんです。
手袋とか靴下が裏返しになるあんな具合にです。
驚きましたよ。2・3歩後ずさりして逃げかけました。
赤いヤッケはどこにも見えなくなって、白い雪の上に、
ピンクと緑のブドウの房みたいなものがたくさんついた塊がうねうね蠢いていました。
医学生だからわかるんですけど、その房のようなのは人間の内臓とはまったく違う形でした。
少し離れたところで固まって見ていると、房のようなものの一つの先端が開いて、
紫色の液体を噴きだし始めました。それで怖くなって母屋に逃げ帰ったんです。

どうしよう、助けを呼べばいいんだろうか思案しましたが、
いくら子どもでも人間の体が裏返るなんてありえないことはわかります。
だから、信じてもらえないだろうなーと迷ってたんです。
そのうち昼ご飯の時間になって、鮭とイクラの入ったお雑煮だったと思います。
それを盛りつけてもらっているとき、女の子が赤いヤッケ姿に戻って母屋の中に入ってきたんです。
すたすたと自分の背後に回るってくると、耳元で、
「どうして待っててくれなかったのよ。あのまま犬なんかがきて食べられちゃったら大変じゃない」
それからこうも言いました。
「あんたは信用できそうだったからやってみせたけど、逃げ出すようじゃがっかりね。
もしこのことを大人や他の子に言ったら存在を滅却させるから」

・・・「存在を滅却」というのがどういう意味かわかりませんでしたが、
とてもヤバイことだろうとは予想がつきました。
怖かったんでその子とはもう遊ばず、2日後に両親と家に帰りました。
・・・体が裏返ったのを見た話だけはずっと誰にもしませんでした。これが初めてなんですよ。
ハハ、まさかね。十年以上前のことだし、存在を滅却させられるなんてないですよねえ・・・
あれは幻の記憶というか、子どもにありがちな幻想なんだと思います。
後日談としては、その後も何度も実家には行ったんですが、
その子がいるのを見かけたことはありませんでした。
父母や他の親戚の人に聞いても、どの子のことを自分が言ってるかわからないようなんです。

当主の祖父が自分が中3のときに亡くなって、それが実家に行った最後のことなんですが、
そのときに昔のアルバムを見せてもらったんです。
その子のことが気になってたし、何かわかると思って。
正月の写真はいっぱいありましたが、
年代ごとに整理されていて自分が小4のときのもすぐ見つかりました。
やっぱり、その子の姿はどの写真にも写っていなかったんです。
ただ・・・外の庭でそのときいた子どもが全員で写っている写真があって、背景は鉛色の空でした。
赤いヤッケの子は見あたりませんでしたが、空の低いところに灰皿のような形をした銀色の・・・
UFOがはっきりと写っていたんですよ。

(管理人注:この後彼とは一切の連絡が取れなくなっています)

『アダムスキー型』




船で逝く(征く)

2014.04.15 (Tue)
この間、親父の13回忌が終わったが、
当時の記憶がこれ以上薄れないうちに、亡くなった前後の状況を話しておくことにするよ。
親父は太平洋戦争に行ってて、それも非常に生還率の低かった南方の戦線。
ずいぶん嫌なことがあったらしく、親父の口から戦争の話を聞いたことはほとんどない。
戦後復員してきてからはずいぶん苦労して設計士の資格を取り、事務所を立ち上げ、
体育館を設計してこの地方では少しは有名になったが、60過ぎで引退した。
年金暮らしになってからは悠々自適の生活で、模型の製作を趣味にして過ごしていた。

模型と言ってもプラモデルじゃなく、
バルサ角材なんかで部品を自分で一から作って組み立てるもの。
建築用模型の制作や図面を引くのはお手のものだし、
長い時間をかけてかなり大きな、寺院や橋なんかを造ってた。
完成作はそのうち家に中に置くところがなくなり、庭の一角にプレハブの離れを建てて展示し、
電気を引いたり作業台やベッドを入れたりして、その中で過ごすことが多くなった。
模型作りの興がのってくると、離れに泊まり込んで徹夜ということもあった。

まあ家族にしてみれば、趣味を持つのはいいことだと思うものの、
もっと外出して、人中に出たほうがいいんじゃないかみたいな心配もあった。
ある朝、俺が少し早目に出勤しようと家を出たときに、ちょうど離れから親父が出てきた。
かなり憔悴した様子だったんで、徹夜明けだなと思った。
「父さん、なんかやつれてるよ。あんまり根を詰めると体に障るから・・・」
そんな感じで声をかけた。
すると親父は「昨日、夜中に戦友が訪ねてきた。船をつくらなくちゃいかん」
こんなことを言った。意味がわからず、少しボケてきたのかと不安になったんだ。

仕事から帰って離れを覗いてみると、親父が作業台に向かって船の設計図を引いていた。
「これ何だい?」と尋ねると、「戦争中に南方で乗った兵員輸送船だよ」という答え。
さすがに船の設計は専門外だと思って「難しいんじゃない?」と続けたら、
「商船を改造したもので資料がないからな。記憶を頼りに描いてる。
この船にはいろんなものが詰まってたんだよ」こんなふうに言った。
それと離れの中がなんだか磯臭いことに気がついた。そのことも話すと、
「だから戦友が訪ねてきたって言ったろ。お前も船に乗れって」

次の日から親父はその船の製作にかかりっきりになってしまった。
それまでは朝夕の食事の時間には居間にきてたんだが、まったく離れから出てこなくなった。
妻が心配して食事をトレイに載せて差し入れたりしたが、ほんの少ししか食べない。
連日徹夜が続いて、日中はずっと寝ているという昼夜逆転の生活になってしまった。
親父は太っているほうだったが、どんどん痩せていき、
心配していくら話しても「もうすぐこの船にのっていくからいいんだ」
とりつく島がない感じだった。その頃には船の外観はほとんど完成していて、
甲板を外して内部の細々したところをかなり正確に作っていた。

医師に相談したほうがいいかもしれないと家族に話すと、
「じいちゃん、夜中に大声で叫んでいるよ。2時ころに何回かかなり大きい声で」と、
息子が言いだした。
「受験勉強してて、窓を開けてるから聞こえるんだ。
毎日じゃなかったけど、このところ叫ぶ回数が多くなってる。
『わかったから、すぐにいくから』こんふうに怒鳴ってる。それで下の離れの窓を見ると、
電気がついてて、おおぜいの人間が離れの中にいるように見えたんだ。
真っ黒い影がせまい中にひしめいていて、じいちゃんが大声で怒鳴ってる。

真っ黒い影はありえないと思ったが、
これはやはり病院に行くように親父に勧めなくちゃならないと思った。
昼に起こしても不機嫌なだけだし、ちょうご明日は休みだから、
夜中に叫んでいるときに離れに行って話そうと考えたんだ。
その夜の2時過ぎ、玄関を出るとすぐ親父の叫び声が聞こえてきた。
「いくと言ったらいく。悪かったよ、お前たちといっしょでなくて。
だがもうすぐだ。これを見ろ、あと少しで完成する」
離れの窓を見て目を疑った。

息子の言っていたように、大勢の人間がひしめいているように見えたんだ。
離れの中は作業するためにかなり明るいはずなのに、その人たちは黒い影になっていて
しかも輪郭がなんだかギザギザしていた。
ボロ布をまとっているか、海藻でもまとわりつかせているみたいなんだ。
その人たちは親父が叫んでいるまわりで、ゆ~らゆらと揺れているように見えた。
怖かったが、離れまで走る間に人影はかき消えた。
入り口の鍵がかかってなかったので開けると、作業台に乗った1m以上の軍船を前に、
放心したように親父がベッドに座り、壁にもたれかかっていた。

プレハブの中は、前にもまして磯臭く、潮臭かった。床に大きな水たまりができていた。
「父さん、今のは?」と叫ぶと、親父は、
「戦友たちだ・・・全員名前を思い出した・・・みんな怒ってる・・・いかなくちゃならない」
とぎれとぎれにこう言った。
まさかと思ったが、何か得体のしれないものを見たのは確かだ。
混乱したが、親父の顔が真っ青なのを見て目的を思い出し、
ベッドの脇に座って病院にいく話をした。親父はそれを聞いて少し笑い、
「無駄だよ。もうすぐ船はできるんだ」作業台の軍船を指さしながらそう答えた。

翌日、夜のことを家族に話すと、息子がほら本当だったろという顔をした。
妻が、病院より霊能者みたいな人に相談したほうがよくはないか、
というようなことを言ったんで、それも考えたが、
さすがに霊能者に心あたりはなかった。そしてそうする必要もなかった。
2日後の火曜日の朝、離れを見にいくと親父は亡くなっていた。
ベッドにうつ伏せになり、両手は泳ぐようなポーズに広げ、両目を見開いて事切れていたんだ。
強い磯の臭い・・・船は塗装されて作業台に乗っていて、完成しているように見えた。
布団の下から親父の書いたメモが見つかった。
それには「私が死んだら、どこでもいいから船を海に浮かべてくれ」と書いてあった。

親父の火葬、葬儀が済んだ後に、船を車に積んで家族で近くの埠頭にいった。
桟橋まで出て船を水にそっと置くと、船は見事に浮き、
推進装置などついてはいないのに、南のほうを指してするすると進み始めた。
妻も息子も驚いてはいなかった。
なんとなくこういうことがあるんじゃないかという予感がしていたんだ。
船はゆっくりと数十mも沖に向かって進み、そこで何かに引っかかったように止まった。
そして一瞬で垂直に沈んだんだ。まるで海中から何かが引っぱり込んだみたいだった。
俺も家族も、自然に手を合わせていたよ。



ロッカー

2014.04.14 (Mon)
じゃ、次は俺の番だな。いや、そんなに怖い話じゃないかもしんない。
どっちかというと変な話だな。あと、詳しいことは聞かないでくれ。
あんまり人に誇れるような世渡りはしてないんでね。
えー、2ヶ月前のことだ、ある駅の南口のロッカー前にいた。
取引でよく使うんだよ、駅とか公共施設のロッカー。鍵はあらかじめ預かってた。
とくにここの南口のロッカースペースは広いし奥まって陰になる部分があって重宝なんだ。
時間は夕方の7時過ぎだったな。そのあたりから俺は仕事が始まる。

鍵についている番号札でロッカーを探して、えー、上から3段目で腰のあたりの位置だった。
開けて手を突っ込んでみて驚いたよ。バッグが手にふれるはずなんだが、何もないんだ。
バッグどころかロッカーの底に手がつかない。側面もなくて、宙に手を伸ばしてる感じ。
変だと思って、腰をかがめてのぞきこんでさらに驚いた。
部屋なんだよ。たぶん高級なマンションのダイニングだと思った。
花を飾ったテーブルにこじゃれた食器があって晩飯の最中。テーブルにいたのは4人だったな。
40代くらいの父親とそれよりだいぶ若い母親・・・男女の子供が二人。
いや、すぐ近くに見えるんじゃなくて3mは離れてたと思う。

で、父親が立ち上がり、こっち見て何かわめき始めた。俺のほうを指さして。
母親と中学生に見える娘が叫び声を上げて部屋のドアのほうに走って逃げた。
出て行くのかと思ったら、ドアの前で重なるように縮こまってこっち見てるんだよ。
あと、弟の小学校高学年くらいのガキがソファの上から何かを取り上げてこっちに向けた。
「カシャ」というシャッター音が聞こえた。生意気にも携帯で俺の写真を撮りやがったんだ。
写真はマズイ、その思いが頭をかすめてロッカーの扉を閉めた。
その後・・・おそるおそるもう一度開けてみると、
中はただのロッカーで、ブツが、ああいや、バッグがちゃんと入ってた。

変な話だろ。だけどよ、俺にゃ何となく想像はつくんだよ。
こう見えても若い頃SFが好きでよく読んでたんだ。
バラードとかハーラン・エリスンとか、トマス・ディッシュとか。
知ってるか?こう見えても大学出てるんだからな。
だから、あのロッカーが時空の歪みかなんかの影響で、
たまたまあの家族の部屋とつながっちまったんじゃないかと思ってる。

でよ、しばらくして仕事仲間から変なことを言われた。
「おまえの顔、今ネットで有名になってる心霊写真に似てる」って。
さっそく検索してみたよ。画像はすぐに見つかって・・・
マンションのダイニングの食器棚と大型冷蔵庫の間の隙間にぼうっと透けた顔が浮き出てる。
典型的な心霊写真なんだが、間違いなく俺の顔だった。
あのクソガキがアップしたとしか考えられねえ・・・
マズイんだよこういうの、顔は見せられねえんだって!

『ゴルコンダ』ルネ・マグリット




無言ルーム

2014.04.13 (Sun)
この1ヶ月ばかりの間にすごく気味の悪い出来事があったので、
その話をしたいと思います。
あの、私は30代の主婦で、週2日ビル清掃のパートもやっています。
夢を見るんです。ずっと同じ夢・・・
あ、同じというのは場所や出てくる人が同じという意味で、
もちろん夢の中での時間は進んでるんですよ。 

最初に見たのは正確には29日前です。日記に見た夢の記録をつけているんです。
だから間違いはないです。 
・・・夢の中で、学校の教室みたいなところにいるんです。
あ、学校じゃないかな。座ってるのが個人個人の机じゃなくて長机でしたから、
カルチャースクールか何かのセミナーみたいな感じですね。
夢はいきなり講師の先生の説明を聞いているところから始まったんです。

講師の先生は30代くらいの男の人でした。
・・・夢の中のことなので顔まではっきりおぼえてませんが、
なんとなく30代って気がしたんです。
先生が「ここは無言ルームです。絶対に話をしないでください。
一言でも声を出すとたいへんなことになりますよ。それから席を立つのもやめてください」
こうおっしゃったんです。

まわりを見ると、部屋には10人以上の人がいました。
4人がけの長机が4つあってイスは16人分なんですが、ところどころ空いていましたから。
私は前から2列目の右から2番めの席で・・・右隣りは中学生くらいのボサボサの髪の男の子、
左は70代かなあ・・・上品そうなおばあさんでした。
他の席を見回すのは禁じられてなかったですから、後ろを向いて確認したんですが、
女の人・・・私のような主婦に見える人が多かったと思います。

講師の先生はそれだけ言って出ていかれ、あとは席に座ったまま無言で過ごすんです。
それで・・・不思議なことに夢の中なのに退屈なんですよ。
ふつうは夢の中の時間ってとびとびになってますよね、伸び縮みするというか。
ところがこの夢だと、何もしないでただ座ってる時間が長いんです。変ですよね。
あたりには荷物もないしパンフレット類なんかも置いてない。
自分の指を見たりしてただただ退屈な時間が続くんです。・・・2時間くらいに感じました。

それはものをしゃべりたかったですよ。
でも、言いつけを守らないと大変なことになるのも、なんとなくわかっていました。
そのうち最初の講師の先生がまた部屋に入ってきて、
「時間になりました。みなさんご苦労さんでした」こう言うんです。
するとすぐ目がさめるんですね。いつも決まった時間で朝の5時です。
私は毎日6時半に起きてますので、そこからたいがい2度寝をします。
2度寝したときは夢は見ないんです。見たとしてもぼんやりとした普通の夢・・・

この夢を3日おきに見ていました、正確に3日。これも日記につけてるんです。
だから全部で9回見ているわけです。体調ですか?・・・特に変化はなかったですねえ。
疲れやすいとか病気になるなどのことはありませんでした。
ただ目が覚めたときに「ああ、やっと終わった。退屈だった」と思うくらいです。
それで退屈のあまりに、夢の中のメンバーをずっと観察していました。
私を含めて18人いたはずです。

・・・さっき席が16といいましたが、日によってこない人がいるんです。
私は毎回出席していると思ってましたが、後で考えてみると夢は3日ごとにしか見ていないので、
私が夢を見ない夜も会は開かれてるのかもしれないんです・・・変ですか、こう考えるのは?
だからのべにして18人。顔はぼんやりしてても、それぞれの特徴が頭に入ってくるんです。
ああ、この人は40代で私と同じように主婦をしている・・とか。
あと服装はみな普段着で、ジャージとかの人もいました。

それと・・・その場にいる人の共通点がなんとなくわかったんです。
おそらく・・・ですが、この人たちは日中家にいる人たちなんじゃないかって。
隣の中学生の男の子は、不登校って気がしました・・・
おとといのことです。はじめて夢に変化が起きました。
そのときも退屈な時間を我慢していると、急に隣の男の子が立ち上がったんです。
「もうガマンできない。これっていつ終わるんだよ。なんでこんなとこにいなくちゃならないんだ。
しゃべったっていいだろ。もうこんな夢見たくないよ!」

部屋の前のドアが開いて講師の先生が入ってこられました。白衣を着ていたと思います。
他にそれまで見たことのない白衣の人たちが何人かいました。
「実験の一段階目は終了しました。みなさんご苦労様でした。今日の朝6時です。
6時に◯◯公園のジョギングコース、スタート地点に集合してください、いいですね」
講師の先生がこう叫んでいる間に白衣の人たちが私の席に近づいてきて、
暴れる男の子を抱きかかえてドアの外に連れ出していきました。

目を覚ますと5時きっかりでした。いつものように夢の内容ははっきり覚えていました。
今日の6時に公園にいかなくちゃいけない、どうしても。
そのことが頭に強くありました。
夫も子どももまだ寝ていましたので、そっと起きだして着替えました。
◯◯公園というのは総合運動場で、林の中にジョギングコースがあります。
私の家からは歩いて20分くらいでしょうか。
コーヒーを沸かして頭をすっきりさせてから出かけました。

ジョギングコースに入ったのは6時に5分前、
ゆっくりスタート地点に向かうと人だかりがしていました。
ほとんどが夢の中で知っている人たちでした。
パトカーと救急車がきていて、ちょうど毛布をかけた担架が救急車に運び入れられるところでした。
6時になりました。夢の中の私以外の16人が集まってきているとわかりました。
その他に早朝ジョギングの人たち。

その中の一人が「かわいそうに首を吊ったんだって。中学生みたいよ」と、
誰にともなくつぶやきました。
制服の警官が人だかりの前に出てきて、
「何でもないです。みなさんもうお帰りください」と言いました。
その警官は夢の中の講師の先生に似ている気がしました。あまり自信はありませんが・・・
夢の中のメンバーはまるで夢の続きとして禁じられているかのように、一言も言葉をかわさず、
そのままちりじりになって家に戻りました。

・・・それで、気になることが2つあるんです。
一つは、あのジョギングコースはふだんあの時間にあんなに人がいるとは思えないので、
警察が変に疑いを持ったんじゃないかということです。
もう一つは、今晩はあの夢を見る予定の日です。
今日も夢を見るのか・・・夢の中がどう変化しているのか・・・
何よりも私はあの男の子のように叫びだしたりしないだろうか・・・
気になってしかたがないんです。




廃屋の絵

2014.04.12 (Sat)
3年前のことです。そのころ私は、ある小学校で図工専科の講師をしていました。
これは担任を持たず、各学年、各クラスの図工を専門に教えるんです。
もともと画家を目指していた私にとっては楽しい仕事でした。
その日は5年生の授業が3・4校時にありました。
題材は水彩絵の具を用いての風景画です。

外に出て、校地の回りを囲む柵から出ないようにして好きな場所を選び、
構図を決めてスケッチするのです。天候は曇りでしたが、雨にはならない感じでした。
「自分が気に入った場所を書くんですよ」と子どもたちには言いましたが、
やはり親しい友だちと数人グループで同じ場所を描く子が多かったです。
今日の2時間で鉛筆の下書きを完成させ、来週2時間が彩色の予定でした。

男の子も女の子もそれぞれ熱心に描いていて、
子どもたちの間を回りながらアドバイスをし、2時間はあっという間に過ぎました。
午後になって、集めた絵の下書きをばパラパラ眺めていると、
なんとなく違和感が感じられる作品がありました。
ほとんどの子は、学校の周囲から内向きに校舎の建物を描いていたんですが、
その絵は柵の外側、おそらく学校の裏手から見た街の様子を描いたものでした。
そこはさびれた商店街の通りで、多くの店のシャッターが閉まっています。

絵の構図は前面に金網の柵、
その後ろの道と向かい側の数軒の家並みが描かれていました。
特に変わったものではないのに、この違和感はなんだろうと思い、
よく見ると、自動販売機とかつてのタバコ屋の屋根の後ろに一軒の民家があり、
その二階の窓が開いているようでした。

下書きは2Bの鉛筆で輪郭のみ描かれているのに、
その窓だけが黒ぐろと塗りつぶされていたんです。
そしてその奥に小さな顔のようなものがありました。
人間の顔とは思えません。あちこち盛り上がって膨らんで・・・
ライオンの頭といえば近いかもしれません。
その窓と顔が異様な印象を投げかけてくるんです。いったいこれは何なのだろう?
毒気にあてられたような気分になりその絵を下にすると、
次の絵もまったく同じ構図でした。

民家の窓は同じように鉛筆を力いっぱいこすりつけて黒く塗られ、
やはり中に白い顔が浮かび上がっていました。
こちらの絵のほうが稚拙なタッチでしたが、顔はより克明に描かれていました。
ライオンのように盛り上がった額とざんばらに広がる髪、目の穴とたれさがった頬。
なぜ全体の中でこの部分だけこれほど詳しく書く必要があるのかわかりません。
窓は消しゴム半分くらいの大きさなんです。

他の絵も見ましたが、その場所を描いたのはこの2枚だけでした。
名前を見ると、普段から仲のよいおとなしいし女子生徒たちで、
2人で連れだって描く場所を決めたんだろうと思いました。
翌週の図工の時間になったら、この子たちに顔のことを聞いてみよう・・・
ところが、次の日出勤しますと,、生徒の欠席黒板に、
2人の名前がそろって書かれていたんです。

担任に話を聞くと、昨晩から急に熱を出したと
保護者から連絡があったとのことでした。風邪が流行っていた頃なので、
昨日の外での活動がよくなかったのかと少し心配になりました。
午後になるとその子たちの保護者から連続して電話がかかってきて、
どちらも、どうしても40度の熱が下がらず入院することになったという内容でした。
これを聞いたとき、もしかしたらあの絵に描かれた窓の中のものに
関係があるんじゃないかと思ったんです。私もその2枚の絵を見てから、
背筋がぞくぞくするような感じがしばらく続いていましたから。

学校からの帰り、6時少し前くらいに自分の車で裏手の道に回ってみました。
人通りはなく、ときたま車が通り過ぎるくらいの忘れ去られた場所です。
車内からは例の窓は見えませんでしたので、
いったん車を停めて外に出、窓のある家を見上げると、
築何十年になるかわからないほど古びていて、人が住んでいるとは思えませんでした。
実際、家の中に明かりのついている様子はなく、
二階の窓もサッシが閉じられ、暗い空を映しているだけです。

・・・そのとき、薄闇の中でゆっくりと窓が開きはじめました。
遠くて、手が窓枠にかかっているのかはっきりはわかりません。
「ああ、ダメ」と思いました。このままでいると何かを見てしまう、
絶対に見てはいけないものを。とにかくそんな気が強くしたんです。
窓の奥のほうにぼんやりと白いものが浮かんだように思えました。
私は無理やり視線を切ると、車にかけもどって発進させ、
バックミラーも見ずにその場を後にしたんです。

翌週、2人の女の子の容態が悪化しているという話を担任からうかがいました。
1人は個人病院から転院させられ、今はどちらもこの県の大学病院に入院して、
相変わらず高熱が続いているのだそうです。
脳炎が疑われており、面会もできなかったということでした。
空き時間に、この2人の絵をもう一度見ました。線だけのデッサンの中で、
そこだけ力を込めて塗られた小さな窓、そしてその中の獅子のような顔・・・
それは不幸な運命をたどった画家たちの絵のように、強く死を予感させました。

・・・西田先生に相談しよう、と思いました。先生は60歳を過ぎた女流画家で、
新聞小説の挿絵なども描いて、この地方では有名な方です。
子ども好きのたいへん気さくな人柄で、学校の写生会に来てくださったこともあります。
ご自宅もこの近くなので、相談してみようと考えました。
電話で連絡をすると先生はご在宅でした。
一連のことは学校の上司に話しても理解してもらえるとは思えず、
午後から年次休暇をとり、2人の描いた絵を持って出かけたんです。

ある程度事情は電話で話してありました。
西田先生が絵を見たいと言ったので、2枚を重ねて渡すと顔色が変わりました。
「この家のことは知っています。もう十数年も前のことだけど、
 両親と小学校前の小さな子ども2人の家族が住んでいたはず。
 それが初めに母親が失踪し、その後、
 父親と2歳ほどの女の子もどこかに越していったと記憶していますよ。
 それにしてもこの絵は・・・恐ろしいです。・・・入院中の生徒たちは、
 2階の窓の中のものを見て、自分たちもまたそれに見られてしまったんでしょう」

先生が「この後、時間ありますか」と聞かれましたので、「休みをとっています」と答えると、
「今から行ってみましょう」とおっしゃいました。
「この家を管理しているのは◯□不動産と聞いたことがあります。
 幸いに経営者を知っているので、事情を話して合鍵を貸してもらいましょう」
先生はスケッチ用具の入ったアートバッグを肩にかけると、私の車に乗り込みました。
不動産屋の前でいったん降り、ものの10分ほどで合鍵を持って戻ってこられました。

時間は4時近くになっていましたが、まだ日は高かったはずです。
学校の裏道の道路脇に車を停め、その家の前に出る小路をたどりました。
先生が先に立って鍵を開けると、
ホコリだらけの玄関のガラス戸がきしみを立てて開きました。
「あなた、上着を脱いだほうがいいわよ」
先生がそうおっしゃったので、上着を脱ぎブロック塀の下に置きました。その短時間に、
先生は小さなスケッチブックを取り出してクレパスで何かを描かれました。

「・・・観音様です」先生は私にスケッチを見せておっしゃいましたが、
仏画ではなく、◯に△、その上にまた小さな◯を重ねた記号のようなものでした。
先生が先に立ち、それを目の前に掲げるようにして家に中へと入って行かれました。
カビ臭さがひどく、私はハンカチを出して鼻を押さえました。
玄関脇の板敷の廊下からすぐ横に、2階に通じるらしいせまい木の階段がありました。
「下には何もないでしょうね。これがあの部屋に通じる階段・・・上りますよ」

ホコリだらけの階段を、靴下のままでギチギチ音を立てて上がっていくと、
短い廊下があり、二間和室が並んでいるようでした。
魚の干物みたいな臭いがかすかにしました。
先生は「奥へは手前の部屋を通らないといけないみたいね」そうおっしゃって、
片手でスケッチブックを掲げたまま部屋の襖を勢いよく開いたんです。
薄暗い部屋の中央にベビーベッドが置いてありました。

ベッドの上には小さな女の子用の服、
赤ちゃんの上に天井から吊るすおもちゃ、アヒルのオマルなどが、
薄汚れた状態で積み重ねられてありました。それと部屋の奥にはよく見慣れたもの・・・
何枚かのカンバスが、どれも絵の面を壁に向けて立てかけられていて、
先生がその一枚を裏返すと、女性の肖像が暗い色調で描かれていました。
女性は30代くらいに見え、強く悲しみをこらえるような表情をしてたんです。

先生は、「ここの奥さんは絵を描く人だったみたい・・・これは自画像かな。
 それとこの子ども用品。・・・偶然だと思うけど、
 これらが死者の念を閉じ込めてしまったのかもしれない」と、
私には意味のわからないことをおっしゃいました。
「次の部屋にははわたくし一人で行きます。あなたはここで待ってて。
 危ないことはありませんから」先生はスケッチブックを掲げ、
静かに襖を開けて部屋に入り、後ろ手で閉められました。

襖ごしに先生の咳払いの音が聞こえました。押入れの戸を開けるような音。
それからシュッ、シュッという小さな音も。
静かな音はいつまでも続きました。私は・・・テレビの見過ぎなのでしょうか、
・・・恥ずかしい話ですが、先生がお経でも唱えられるかと思っていたんです。
数十分の時間がたち、なんだか家の中の空気の質が変わったように感じられました。
「入ってもいいわよ。全部済みましたから」襖の中から先生の声が聞こえました。
四畳半の部屋には何もなく、薄汚れた畳の真ん中に先生が立っておられました。

水彩の用具や水の入ったペットボトルが下に並べられ、
押入れの襖の一枚にそれは見事な・・・信じられないほど見事な仏画が描かれていました。
短時間だったためか粗いタッチではありましたが、どこかで見たことのある仏様の絵・・・
狩野芳崖の悲母観音に似た構図でしたが、
仏様の顔はさっきの女性の肖像画にそっくりで、ただ違うのは、
おだやかな笑みを満面にたたえていることでした。仏様の足元には幼子が一人。
私も一度は画業を志した身ですので、それがどれほどのものかはすぐにわかりました。
「人を呼びましょう。不動産屋と、それから警察」先生がおっしゃいました。

ここから話すことはあまりありません。その家の押入れの天井裏から、
ブルーシートと布団袋で厳重にくるまれた遺体が発見されました。
十数年前に失踪したとされた奥さんです。
遺体はほとんど腐敗しておらず、ミイラに近い状態だったと後で聞きました。
なぜか顔全体が腫れ上がって、ライオンのように見えたそうです。
首に絞殺の跡があったそうで、現在、
警察では夫と子どもの行方を追っているようですが、
なにぶんずいぶん昔のことなので、見つかるかどうか・・・

学校の2人の女の子は、その日のうちに熱が下り数日中に退院しました。
幸い後遺症などもありませんでした。
私は・・・この出来事を経験して、深く考えることがあり、
学校をいったん退職して、もう一度筆をとってみることに決めました。
まだまだとても食べていけるような状態ではありませんが、
西田先生が美術関係のアルバイトなどを紹介してくださっています。
これで話を終わります。

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『悲母観音』狩野芳崖









ブラシ

2014.04.11 (Fri)
こないだ新歓があって、その帰りタクシーに乗ったんだよ。
こんな地方都市だと、飲み会シーズンも昔ほど派手ではなくなってて、
ぶらぶら歩いてたらすぐにつかまえることができた。
話好きな運転手で、景気のことなんかしゃべっているうちに2千数百円でアパートの前に着いた。
料金を払って降りようとしたら、ごりっという感じで尻に何かがあたった。
車外に出てから確かめると座席と背もたれの間に赤っぽい安物に見えるブラシがのっていた。
拾い上げると、ブラシの歯の間に綿ゴミと縮れた長い髪の毛がたくさんはさまってた。

うわ、キモと思ったが、「運転手さん、これ忘れ物かな」と助手席の上から差し出すと、
数秒ながめていたが、乱暴にこちらの手からひったくり、
「早く出て」と言うと、すぐに自動ドアを閉めて車を急発進させた。
あまりの態度の変わりようにあっけにとられてタクシーを見送ると、
少し行ったところで停まり、助手席側の窓が開いて何かが車外に投げ出された。
それはアスファルトをバウンドして街路樹の根元の草の中に落ちたように見えた。
暗かったのと遠かったのではっきりはわからなかったが、さっきのブラシじゃないかと思った。
「何だよ、今の!?」薄気味悪く感じながらアパートに入った。

時間は1時少し過ぎで、アパートの他の住人に気を使いながらそーっと部屋に入った。
中に入ってしまえばここは防音もしっかりしてるし、明日は休みだし、
なんとなく飲み足りない気分もあったんでビールを飲みながらDVDでも見ようかと思った。
先に風呂をわかそうと思ってバスルームに入ると、
風呂のフタの上にタクシーで見たのと同じブラシがあった。
目を疑った。そりゃ確かにさっきは暗かったし、気持ち悪いんでよくは見なかったけど、
チリチリした長い毛がはさまってるとこなんか同じものとしか思えなかった。
髪の毛の先にはすべて、毛穴のあいたフケのような皮膚の切れっ端のような、
小さな白いものがついていた。そのとき「ああ、これはよくないものだ」という気がしたんだ。

そのブラシには直接さわりたくなかったんで、新聞紙で上から包むようにして持ち上げた。
部屋のゴミ箱に入れる気はなかった。
どうしようかと思ったが、とにかく離れたほうがいいだろうと考え、
面倒だが200mばかり離れたコンビニのゴミ箱に捨てることにした。
コンビニの駐車場は明るく、店内にも数人客の姿が見えたんで少し安心した気分になり、
「えい」とばかりにゴミ箱の中に投げ込むと、
ついでに雑誌でも見ていこうかと店の中に入った。
さすがに立ち読みするような時間ではなかったんで、
パソコン関係の雑誌をとってレジに向かおうとしたら、コンビニの窓の外に人影が見えた。

カーキ色のコートを着て帽子を深く被った女で、
ずんずんガラスに近づいてくると前かがみになって視界から消えた。ちょうどゴミ箱のあたりだ。
目を離せないでいると女は立ち上がり、手に俺がさっき捨てた新聞紙を持っていた。
女はこっちから視線を外そうとせず、新聞紙をくるくるほぐしてブラシを取りだし、
片手にブラシ、片手で店内の俺のほうを指さしながらわめいてるようだったが、
ガラスごしで何を言ってるのかわからなかった。
これは店員に知らせたほうがいいかとも考えたが、女はひとしきりわめき終えると、
ブラシをポケットに入れ、くるりと踵を返して足早に去っていった。
・・・怖かったんでコンビニで少し時間をつぶし、雑誌の他にスナック菓子なんかも買って外に出た。

様子をうかがったが、女の姿は見えなかった。
アパートまでの200mは人通りも少なく、かなり怖い思いをしたが、
特に何事もなく部屋へ戻ってきた。
テレビをつけ、テーブルの前に寝そべって一連の出来事を思い返したが、何とも解釈のしようがなかった。
呪いのブラシ?まさかそんなマンガみたいなことが・・・ねえ。
しかしさっきの女といい、運転手の態度といい腑に落ちないことばかりだ。
それは何らかの説明がつくのかもしれないが、風呂のフタの上にブラシがあったのはありえないよな。
それでも冷蔵庫からビールを持ってきて飲み始めると気がまぎれてきた。
スナック菓子を食おうと思いコンビニの袋を逆さにすると、
さっき買ったものといっしょに、あのブラシがごろんと転げ出た。



鍼治療

2014.04.10 (Thu)
話は10年ばかり前に遡る。当時俺は開店狙いのパチプロをしてたんだが、
運のめぐりが悪くてタネ銭まで使い果たしちまった。
これはまあ、そこそこあることなんで、そういうときは土建業で日銭を稼ぐことにしてた。
立ちんぼで斡旋を待ってたら、顔見知りの筋者に声をかけられた。
「わりのいいバイトがあるからやんねえか」って。
話を聞かせてもらうと、非合法なゴトじゃなく鍼灸師の助手だって言う。
資格も経験も必要なく、1日3万くれるって言うから深くも考えずに飛びついた。
ただ、辺鄙な場所にあるから住み込みの仕事になるとのことだった。期間は3週間。
ちょうど郵政選挙と言われた衆院選挙の最中だった。

場所は詳しく話すとヤバイだろうからボカさせてもらうが、南関東の山あいと思ってくれ。
こんなとこに人が住んでるのか、と思うような田舎に治療院はあった。
建物はコンクリートの箱みたいな形をしていて、なんかの研究所みたいだった。
その中に電波治療器やら何やら、よくわからない機械類がたくさんあって、
施術用のベッドがいくつかあった。入院用の施設はなかったな、外来専用だった。
俺は2階に6畳ほどの部屋をあてがわれ、そこの窓は外側から鉄格子がはめられていた。
部屋には風呂もテレビもあったが外部との通信は禁じられ、携帯電話は没収された。
仕事は、始めのうちは鍼の消毒やら蒸しタオルの準備やら誰でもできる簡単なことばかりで、
これで3万なんて申し訳ないと思うようなもんだとそのときは思った。

金払いがいいのは口止め料の意味があったんだろうな。
なぜなら日に数人しかこない客はみなテレビで見たことのある顔だったから。
さっき選挙の最中のことだって言ったろ。
与党の・・・つまりあんときは民営化側の大物議員が高級車で乗りつけてくるんだよ。
それもほとんどが日付が変わる午前0時前後にだ。
こりゃ単に体調維持とかのためじゃない、ということはなんとなくわかった。
治療師の先生は・・・歳は当時60過ぎだと思うがよくわからなかった。
頭に毛が一本もないが、肌の色艶がよくてシワがほとんどないんだ。
日本語の発音が変だったから、外国人だろうと思った。
たぶん中国人。背は低いが筋肉が盛り上がって、腕なんかも太かったな。

で、始めて3日目あたりから俺も施術の場に出ることになった。
むろん客の体にさわったりはしない。
競輪選手みたいな体格の助手が二人いて、マッサージなんかはそいつらがやる。
俺はただその場にいて、ちょこちょこ用具を準備するくらいだった。
まだ2週間目が終わらないあたり、午前2時過ぎに客が来た。
大柄なお付のボディガードに両脇を抱えられてやってきたのは、
誰でも知ってる某有名代議士。
だから、名前は言えねえってるだろ。・・・これはあんたらのためでもあるんだよ。
代議士は施術室に入ってくるなり、
「ああ、やられた油断した!先生頼みます・・・今にも乗っ取られそうだ」
こう大声で叫んだ。
先生が中国語?で短く何か答えて「シッ」という形に指を口にあてた。

代議士は助手に服を脱がされパンツ一丁で施術台にうつ伏せになったが、
右の肩甲骨の下が20cm四方くらいの大きさで赤紫色のアザになっていた。
しかもアザの濃淡が人の顔に見えたんだ。大きく口を開け目をむいた男の顔。
それだけじゃない。その顔は、政治家が痛がって体を動かすにつれ伸び縮みするように動き、
口を開いたり閉じたりした。
「うん、これ強力なシュね。お相手さんもなかなかいい術使う」
先生が今度は日本語でこう言った。シュというのは「呪」か「腫」なのか・・・ね。
筒鍼を取り出し、助手に命じて政治家の手足を押さえさせて、
アザの顔の額のあたりに鍼を打ち込んだ。
その瞬間、代議士は「ぐふっ」と言って意識を失い、アザの顔はまるで苦しんでるかのように
背中じゅうを移動し始めたんだ。何?・・・信じられないって。
まあそうだろうな、しかしこんな奇天烈な嘘を考えられる頭は俺にはねえよ。

先生は筒を抜いて鍼をそのままにし、背骨に沿って次々新しいのを打っていった。
すると顔は、どんどん追い詰められるようにして体の下側に下がっていくんだ。
鬼ごっこでも見ているみたいだった。顔が逃げようとする先に先生が鍼を打つ。
顔は代議士の背中の皮膚を波打たせながら下に逃げる。
このくり返しで政治家の背中は針ネズミのような有様になり、
顔はとうとうパンツをずり下げた右の尻たぼまできていた。
ここまでのことを呆然と見ていたら、
先生が俺に向かって「こっからはあなたに役に立ってもらうよ」
こう言って短く指を鳴らすと、代議士が気絶して手が開いていた助手2人が俺を押さえつけ、
代議士の尻に無理やり顔を埋めさせられた。
「追い詰めるまではカンタンなのよ。そっから取り出すのが難しいわけ」
先生の声が聞こえた。

この後、俺も記憶がなくなったんで何がどうしたかはわからない。
気がつくと自分の部屋のベッドに寝かせられていて、助手の一人が脇のイスに座ってた。
体を起こしたとたん気持ちが悪くなり、
すると助手野郎が「吐きたかったら吐け」そう言って洗面器を差し出した。
俺は吐き続けた・・・
洗面器には5cmばかりの血の玉に毛が生えたようなのがどんどん出てきたが、
そのうち酸っぱい胃液だけになった。
「全部吐いとけよ。あとこういうことが2~3回はあるだろから」
「・・・あれは何だったんだ」俺はやっと言った。
「今、選挙だろ。表向きの選挙運動の他に、裏でも両陣営でいろいろやってるんだ。
・・・例えば能力者を雇って呪詛を投げつけるとかな。昔からあることだよ」
助手は事もなげに言い、
「呪詛はお前の体を通過するだけで特に害はないはずだ。先生の腕を信じろ」こう続けると、
「部屋には今日から鍵をかけさせてもらう・・・ここからは逃げられんよ」
そう言い捨てて出て行った。

・・・この手の・・・いやもっと酷いことが確かにあと3回あった。
どんなことかは、もうしゃべる気がしないから察してくれ。
でまあ、選挙戦も終わり、俺はボーナス含めて70万ほどもらって街に戻った。
いや、文句を言うつもりはなかったよ。
それどころか口封じに殺されるんじゃないかと思ってたくらいだ。
その後、俺は関西に移ったんで、筋者とも先生とも助手や代議士とも会ってない。
まあ信じてもらえるような話でないと、向こうも思ってるんだろうな。
あんたらもそうだろ、信じてないって顔に見える。
まあいい、いいけどよ。俺だって選挙のたびごとにあんなことがくり返されてるなんて、
今から思えば嘘みたいだよ。
これでいいだろ、話すことは話した。話の謝礼はありがたく頂戴していくよ。




育てる

2014.04.09 (Wed)
始まりは3週間前くらいになります。その日、2つショックな出来事がありました。
一つは部活の先輩とトラブルを起こしてしまったことです。
私は高校の陸上部に所属してるんですが、今年初めてリレーのメンバーに選ばれ、
練習の後に補欠に落とされた3年の先輩から言いがかりをつけられたんです。
そのとき腕をつかまれ、右ヒジの内側にちょっとした引っ掻き傷ができました。
まわりがとりなしてくれたのでそれ以上のことは起きませんでしたが、
嫌がらせはこれからもあるだろうと思い、かなり滅入った気分でした。

2つ目はその日の帰り道です。
7時半頃でしょうか、友だちと別れてひとりで商店街を歩いていました。
ここは日中からシャッターが閉まってるとこも多いんですが、人通りが絶えることはなく、
危険な感じを持ったことはありませんでした。ところがアーケードの下を歩いていると、
突然店と店の細い隙間にバックを持った右手を引っぱり込まれたんです。
「痛い!やめてっ」と叫び声をあげながら隙間の中を見ると、
私の腕をつかんでいるのは外国人だと思いました・・・最近街なかに多くなってきた中東の人。
とても痩せた若い男だと思いました。

もう一度叫び声をあげようとしましたが、その人は私のヒジを両手で強く握ると、
私と体の位置を入れ替えるようにして道に出て、手を離して街路を駆け去っていきました。
つかまれた腕は少しだけ青くアザになっていましたが、たいしたことはないと思いました。
私は携帯で家に連絡し、母が警察に通報してから途中まで迎えにきてくれました。
その後しばらくして、警官が家に来て事情を聞いていきました。
診断書を出すかどうか尋ねられましたが、そのときはケガをしているとは思わなかったんです。
暗がりでしたので、男の顔はもう一度見てわかるかどうか自信ありませんでした。
こんなことがあったためとにかくショックで、
部活中のトラブルのことで友だちからメールがいくつもきてたんですが、
ベッドで返事を打っているうちに寝てしまいました。

夢を見ました。灰色の空の下の乾いた荒野に自分は立っていました。
日本の風景とは思えないようなところです。
砂の中に半ば埋まるようにしてあまり大きくはない木の箱がありました。
その箱は上部が開いていて、中には地面と違う赤っぽい土が入っています。
私はその上にしゃがみ込んで、
右手を真っすぐに伸ばして左手でヒジの内側をもむようにしています。
すると、先輩に引っ掻かれた爪の跡から、たらたらと白い液体が箱の中に流れ落ちていくんです。
私のまわりにはフードで顔を隠した背の高い人が何人も立っていて、
私のやっていることを励ますような感じで、ウンウンと頷いているんです。
そこで腕に激痛がして目が覚めました。

まだ6時前でした。寝ている間に寝返りをうったらしく右腕が下になっていましたが、
そのせいだけではない強い痛みを感じました。
電気をつけて見ると、ヒジが赤紫色になって腫れ上がっていました。
起きていって親に言うと、その日は学校を休ませられ、整形外科に連れて行かれました。
陸上で行きつけの病院の先生から、骨や筋肉には異常はなく、雑菌が入ったのだろうと言われ、
消毒をされ、化膿止めの薬をもらいました。腕を下に下げるとズキズキ痛むと言ったら、
先生は何を大げさなという顔をして三角巾で吊ってくれました、
その日は家でぼんやりと過ごしていたんですが、夜にまた夢を見ました。

昨日の続きでした。やはり荒野にいて数人のフードの人に囲まれて箱の上に腕の膿?を絞っています。
夢の中では、当然かもしれませんが痛みはありません。
箱の赤土は昨夜より盛り上がってきていて、中から白い膜のようなものが見えてきていました。
そのとき「キャウ、キャウン」と犬の鳴き声が聞こえてきました。
私の家で飼っているエスの声だと思いました。エスは小型の雑種犬です。
まわりを囲んでいる一人が、長いマントのような服の下からつかみ出したのはやっぱりエスです。
泣き叫ぶエスを箱の上まで持ってくると、ナイフを取り出してエスの喉を掻き切りました。
大量の血が吹き出し、箱の上にかかって私の腕の膿と混ざりました。
そのときは何でかわかりませんが、
エスが殺されるのを止めようとか、悲しいとか思わなかったんです。
早く箱の中のものが育てばいい、それしか頭の中になかったと思います。

ここらへんで記憶が途切れ、やはり腕の痛みで目が覚めました。昨日と同じような時間でした。
巻いていた包帯がはちきれそうなほど腕が腫れ上がっていました。
・・・昨日病院で、しばらく来なくてもいいと言われていましたが、
あまりにも腫れと痛みがひどいので、その日も休んで母親と行きました。
先生は腕の様子を見てひじょうに驚き、中の膿を出すため切開手術も考えると言いました。
痛み止めと化膿止めの注射を打たれ、家に戻るとエスが死んでいたんです。
朝は弟と散歩に行ったんですが、特に変わった様子はなかったそうです。
それが、気がつくと口からよだれを垂らして死んでいたんです。・・・体に傷はありませんでした。
夢の中とは違って悲しかったし、エスの死が私と関係があるというか・・・
私のせいなんじゃないかと思いました。でも、夢の話は家族にはしませんでした。
言ってはいけないことのような気がしたんです。

その夜、また同じ夢の続きを見ました。
箱の土からは青白い卵のようなものがせり出していました。
卵は半透明でふよふよしていて、中で胎児のようなものが動いているのが見えました。
その上に私の腫れた腕から膿を絞りかけるんですが、
もう土にはかからず、直接卵に染み込んでいくようでした。
夢の中でかなり長い時間と感じるほど膿を絞り続けていると、
まわりの人たちが声を揃えて何か叫びました。
英語ではない外国の言葉ですが、なぜか「産まれる」と言っているのだとわかりました。
それを聞いて私もとても嬉しい気持ちになりました。
卵はいよいよ膨らみ・・・ブッという音とともに表面がはじけました。
そのとき腕に信じられないような痛みが走り、私は絶叫しました。
家族全員が起きて私の部屋にくるほど、大きな声で長い間叫び続けていました。

腫れた腕が包帯ごと裂けて、シーツがオレンジ色に近い液体で広範囲に汚れていました。
でも、あれほどひどかった痛みはなく、少しむず痒いくらいでした。
腕をバスタオルでぐるぐる巻きにし、父が運転し救急病院に連れていかれました。
当直の先生が診てくれましたが、腕が裂けたといっても皮膚だけで、縫ったりする必要もない、
筋肉にはまったく影響ないとのことでした。実際、腕は曲がるし、指も普通に動いたんです。
専門ではないのではっきりしないが、
皮膚が破けてその下に溜まっていた水が出たのだろうと言ってました。その日も休むことになりました。
血がマットレスにまで染み込んでいたので敷布団に変えて寝ましたが、
部屋のカーテンの下の部分がオレンジ色に汚れているのに気がつきました。
なぜか窓の鍵が開いていて、サッシのへりとトタン屋根にも点々と染みがついていました。
何かが鍵を開け、そこから出て行ったようでした。

私は翌日から学校に出ました。
大事をとって部活は休みましたが、その夜遅く恐ろしい知らせを友だちからメールで受けました。
詳しい事情はわからないが、
私とトラブルになっていた3年生の先輩が何者かに殺されたようだという内容でした。
次の日学校にいくとたいへんな騒ぎになっていました。
先輩は部活の帰りに、私と同じようにビルの隙間に引っ張り込まれ首を絞められたのだそうです。
全校集会があり、学校の前の道路は報道陣でごったがえし、心が休まらない日が続きました。
事件があった学校の陸上部ということで嫌な注目のされかたをして、
大会が近づいても練習に身が入らず、リレーと個人の短距離に出場しましたが、
自己ベストには遠く及ばない結果でした。
・・・これで話を終わります。



蛇湯

2014.04.08 (Tue)
山歩きを趣味にしています。山登りじゃないので頂上を目指すわけではありません。
渓流を遡上しての釣り、野鳥観察、季節の山菜やキノコを採りに手近な低山を巡るんです。
それから温泉探しというのもあります。
地図を見ると温泉の記号があるのにそこいらに温泉郷や宿がない場合、
山の中に自然湧出する源泉が誰も利用せずに放置されていることがあります。
また、そのあたりを山行する人が、簡単な露天風呂を作っていたりする場合もあります。
そういうのを見つけるのが楽しみなんですが、
温泉が湧き出るような火山域は有毒ガスが出ている場合もあり注意が必要です。
そんな温泉探しの最中にあった出来事です。

5月の連休にある山地に入りました。その麓の温泉宿に泊まったとき、
一緒になった年輩の地元の方に、わりと最近、
道が土砂崩れで閉鎖されたために放置された一軒宿の話を聞きました。
老夫婦と息子で経営していたのが、建物が解体されることもなくそのままうち捨てられているが、
裏手にある露天風呂は源泉かけ流しなので今でも入れるかもしれないという情報です。
これはいいと思い、さっそくいってみることにしました。
地図で道を確認すると、車も通れていた道路は土砂崩れで不通のままでしたが、
沢伝いに入っていけそうな感じがしました。
翌日は晴れで、9時過ぎに出発しましたが往復5時間と見積もっていました。

沢を登っていくと、道中にいくつかあった滝もたいした障害ではなく気持ちのよい行程でした。
途中藪こぎする場所もあったんですが、
熊よけの鈴の音を響かせながらいくと、2時間ばかりで宿が見えてきました。
うっすらと硫黄の臭いがしてきました。
廃墟となってそんなに時間がたっていないらしく、荒らされてもおらず、
建物の壁はつる草にかなり浸食されていましたが、
外観は営業中といってもおかしくないくらいでした。
玄関のガラス戸は汚れてもおらず、がらんとした中の様子が見てとれましたが、
もし人の姿が見えたりしたら怖いだろうなと、そのときちらっと思いました。

このあたりは冬場も降雪量が多くないため、期待しながら裏のほうにまわると、
竹囲いの中に湯気の上がる石作りの露天風呂が見えてきました。
斜面を降りて近づくと、枯葉もほとんど落ちていない乳白色の湯があふれていました。
お湯に手を入れてみるとピリッと熱く感じましたが、入れないことはなさそうです。
せっかく来たのだから入浴して帰ろうと思いました。
どうせこのあたりに人がいるはずもなく、裸になるのにためらいはありませんでした。
脱いだ服を丸めて脱衣所の棚に置き、一歩お湯に入ると足の裏がぬるっとしました。
ああ、掃除をしないから温泉成分が溜まってるんだなと思いましたが、
お湯が白いのであまり気になりませんでした。

熱いのは好きなほうなので一気に身を沈めると、行程の疲れもとれ極楽気分でした。
ただ竹柵のため周囲の景観が見えないのが残念でした。
湯につかりながら上を見上げると、竹柵の上にはり出している楓の葉が
数枚だけチラチラと小刻みに揺れているのを見つけました。
あれ、変だなと思いました。
それは風はあるんでしょうが、あたりの葉はほとんど動いておらずそこだけ揺れてるんです。
誰かが糸をつけて竹柵の後ろで引っぱっているような感じです。
しかしそんなことをする意味はありません。風の通り道になっているというわけでもないようです。
前に山の友人に聞いた話を思い出しました。

山の中で風のせいではなく、一部分だけ木の葉や枝、つるなどが揺れている場合は、
そこは麓の街から天へと上る霊の通り道になっているというものです。
少し気味が悪くなりましたが、揺れている葉のバックはぬけるような5月の青空です。
山にはたくさんある不可思議の一つ、と考えることにしました。
風呂の底も石造りのはずですが、お湯の中を歩くとヌルヌル、ニチヤッという感触がしました。
源泉は大きめの木の樋を伝って豊富に掛け流されており、
こんないい温泉が再開されずに打ち捨てられているのはもったいないと思いました。
施設に少し手を加えて山の秘湯として宣伝すれば十分商売になるという気がしたのです。
樋の下までいきお湯を手に汲もうとしましたが、熱すぎてダメでした。50度近くあったでしょう。

あわてて手を引っ込めたとき、
樋の奥にサッカーボールのようなもの引っかかっているのに気がつきました。
何だろう、と思ってお湯から身を乗り出して確認すると、ぞっと鳥肌が立ちました。
蛇です。何匹ともしれない蛇が絡まりあい、玉になって死んでいるものでした。
硫黄とはまた違う生臭い臭いが鼻をつきました。
「うわ、なんだこれ!」おぞましさに思わず叫んでしまいました。
そのとき、ちょうど太陽が雲に入り、日が陰りました。
すると白色に見えていたお湯が一瞬で透明に変わりました。
いくら光線の加減が変化したとしても、そんなことがあるはずはないのに。
風呂の中にはたくさんの蛇が沈んでいました。

半ば白骨化したもの、色が抜け白くなったもの、枝が折れたように体がポキリと曲がっているもの、
皮がむけて身がはじけているもの・・・
数十匹の蛇の死骸がお湯の中に見えたのです。
源泉の樋をさっきの蛇玉が転がり、しぶきを上げて足元に落ちてきました。
「うわわわっ!!」跳びはねるようにしてお湯から上がりました。
蛇玉はバラバラの死骸に分かれてゆらゆら沈んでいきました。
さきほどまでの気持ちよさは完全に吹っ飛んでしまい、嫌悪感で気が狂いそうになりました。
「あーっ、あっ!」叫びながら服をひっつかみ、草で皮膚が切れるのもかまわず風呂から離れました。
そのとき耳元で「ふふふっ」という笑い声が聞こえた気がしました。
男か女かもわかりませんでした。なんとか服を着て荷物をひっつかみ、一目散に逃げて帰りましたよ。
・・・まあ、こんな話です。



握る

2014.04.07 (Mon)
もう10年近く前のことになるな。大学のときにオカルト研究会に入ってたんだ。
こう聞くと、どうせ飲み会めあてのいいかげんなサークルだと思うかもしれないが・・・
たしかに飲み会は多かったが、けっこう真面目に活動してたんだよ。
女めあてだったらもっとこじゃれたとこに入るし、子どもの頃からのオカルト好きが集ってた。
それに当時、会のブログを立ち上げてたから、
その記事を書くために定期的に何かやらなくちゃならないってのもあった。
活動は、心霊スポットといわれるところ・・・廃墟や湖、トンネルなんかに行って一晩過ごし、
写真や動画を撮ってくるというのが一番多かった。
この話もそんな中での出来事。

ブログの記事は毎週更新で、学年ごとに当番が決まってた。1年、2年、3年の順だな。
で、そのときは俺ら2年生の番だったんだ。
週初めに集まって行く場所の候補を探したんだが、
大学は関東だったけど、有名どころはあらかた行ってしまってたんだ。
それに何とかトンネルとかは、はじめはたしかに怖かったが、
だんだん慣れてきてどこも変わりばえがしないように思えてきた。マンネリになってたんだな。
ネットであれこれ探していると、三島ってやつが知り合いから情報を仕入れてきて、
それは千葉の海岸沿いにある民家ってことだった。
家の中のものが昭和40年代のままでほとんど残っていて、仏間には仏壇や写真額なんかもそのまま。
ケース入りの日本人形なんかもあってかなり怖いということだった。

何よりも、有名になってないから入ったやつもわずかしかいなくて、
スプレー缶の落書きみたいなのはまったくないということだった。
時間もなかったんで迷わずそこに決めた。行くのは木曜の夜、大学から車で1時間半といったとこだ。
当日になって、参加したのは俺を入れて4人、全部2年生だった。
山田というやつが自分の中古キューブを運転し、三島が後部座席ですでにノリノリになって
ナレーションを入れながらビデオを撮っている。もう一人は鈴木というやつ。
道はナビに住所を入れてその指示にしたがった。
高速をしばらく走り、ほとんど車通りのない海沿いの県道に出て20分もすると、
ナビが「目的地周辺」と言った。
時間は11時を少しまわったところ。カーブの先の左手に「〇〇食堂」と書いた看板が見えた。
右手の道路の外は防砂の松林が続いていた。

「民家って言ったけど、食堂なんだな」車を駐車場らしき跡に停めて山田が言った。
各自が懐中電灯とカメラなんかを持って車から降りると、かすかに波の音が聞こえてきた。
「ああでも食堂は表側だけで、二階の住宅部分が怖いって話だぜ」と鈴木。
県道の街灯の光が届くため、駐車場はそんなに暗くはなかった。
食堂部分のガラス戸が大きく割れていて、破片に注意してそっから中に入った。
むろん所有者に届けなんか出してないんで不法侵入だ。
当時はあまりそんなことは意識してなかったんだ。
「けっこう広いな」「食堂というより、ドライブインって感じだな」
「何かいわれとかあるんか」俺がこう聞くと、三島がビデオを回しながらナレーション口調で、
「ここが30年ほど前から廃墟であることは室内のカレンダーで確認されています。
食堂が立ちいかなくなったたため、経営者夫妻が首を吊ったという話がありますが、
確証はとれていません」こう答えた。

厚くほこりが積もったテーブルと散乱したイスが散らばる店内をあちこち懐中電灯で照らしたが、
落書きのようなものは一つもなく、古くてレアなスポットなのは間違いないようだ。
ビデオを撮る三島が先に立ち、俺らが足もとを照らしてやる形でキッチンの奥に進むと、
住居に続くらしいドアがあった。
「鍵はかかってないはずだ」そう言って三島がノブを回すと、ギッと音を立てて奥に開いた。
入ってすぐに4人で「うっ」と言った。すごいカビ臭さだったからだ。木の階段があった。
「二階が住居なんだ」「板が割れてるぞ、そこ気をつけろ」山田がその部分を照らしながら言った。
階段を上ると、トイレの前に出た。俺がドアを開け、三島がビデオを向けたが何の変哲もないトイレ。
クモの巣がびっしりだ。大のほうの個室の戸も開けてみたが水洗の和式便器。水は出なかった。
「あんまり怖くねえな」ぼそっと山田が言った。

「あの店のまるまる二階が住居ならけっこうな広さだろ」「上全部ってわけじゃないようだ」
トイレの隣が浴室で、水回りはなぜか怖い雰囲気がするもんだが、
中を見たがここも変わった様子はなし。
脱衣所にほこりだらけになったバスタオルがかかっているのが気味が悪かった。
コップに入ってそのままになってる歯ブラシなんかも。浴槽に水は残ってなかった。
トイレ、浴室前の短い廊下を抜けるとダイニングキッチンらしい木の床で、
砂の上を歩くようなザシザシした音がする。
「いいか、ここで言っておくけど物は絶対持ち出すなよ」山田が言った。
「何リーダー気取ってんだ、持ち出さねえよ。オカルト的にそれは祟られるポイントだからな」
「昔住んでいた人に敬意を持つんだ。物を壊したりもするなよ」こんなことを言い合っていると、
カウゥーンというような音が奥のほうから聞こえた。
「・・・聞こえたか今の」「音したよな」「鐘の音じゃないか、仏壇にあるやつ」
「俺もそれを連想した」「俺も」

とはいえ、まだ本気で怖がってるやつはいない。
これまでの廃墟探索の経験から、人がいない場所でもいろんな音がすることを知っていた。
しめ切ったところを開けた気圧の関係、ネズミなどの動物、その他!?が立てる音だ。
「・・・いいか絶対一人だけで逃げるなよ。逃げる場合は全員いっしょだ」山田が言い、
「だからお前がリーダーじゃないんだよ」またつっ込まれた。
そうは言ったものの全員が同じことを考えてた。
マンガだと、こういう心霊スポットで気が狂ったり死んだりするのは、
たいがい一人で取り残されたやつだ。
グボッ・・・足もとで大きな音がした。
「うわ、危ねえ!」鈴木が叫んだ。「これ床、腐ってるぞ。俺、今踏みぬいちまった」
「でかい声出すな」「ここは一軒家でだれにも聞こえねえよ」
たしかに床のあちこちで板がふわふわする部分があって、そうとう脆くなっているようだ。
キッチンには長テーブルとイスがきちんとセットされ、
流しには調理用具、戸棚には食器がそのまま残ってた。

3人が懐中電灯の光を集中させたところを三島がビデオで撮り、
クモの巣だらけシャッターカーテンをくぐると居間らしかった。
ソファ、昔のでかいステレオ、テレビ・・・
「いやこのテレビ見ろよ、古いなー、これってもう骨董的な価値だよな。レコードとかも」
「さわるなよ」「軍手してるから大丈夫」「そういうことじゃねえよ」
壁にカレンダーがかかっていて、日付を確認すると昭和48年。
ひととおりビデオと写真を撮って、居間の右手のドアを開けるとベッドがあり、寝室らしかった。
「うっえー。カビ臭せえ」ベッドの上はシャベルで砂をまいたようなほこり。
「おい、あれ撮れよ」山田が指さしたのはタンスの上のケースに入った日本人形。
懐中電灯の光が数方向からあたって、表情がくるくる変わって見えた。
「すげえよ、これすげえ映像が撮れてるぞきっと」三島がつぶやくように言った。
押し入れも開けて確認したが、布団が積まれているだけ。タンスなどの中はいつも見ない。
「たぶんこの奥が仏間で、それで最後だと思う」情報を知ってる三島が言った。

いったん居間に出て、寝室のと並んだもう一つのドアを開けると、そこは8畳くらいの部屋で、
右の壁全体に巨大な仏壇があった。一般家庭で見かけるやつの倍はある。
「何これ、でけえな」「でけえ」「ふつうの仏壇じゃないよな、宗教関係じゃないか」
「これ・・・閉まってるからいいけど、扉が開いてたら怖いだろな」
「絶対開けるなよ、本気で呪われるぞ」
「畳の部屋がないのは、下の店への防音を考えてのことかな・・・」
仏壇の上はすぐ欄間で、そこに遺影らしい写真が5枚あった。
「これ・・・ちょっと乗り気しないな」そう言いながら三島がビデオを向けた。
そのとき三島の体がぐらっと揺れた。「あっとと・・」三島の手からビデオカメラが落ちた。
カメラは床でバウンドして、仏壇の下の木魚と鐘の間の線香などを入れるスペースに入り込んだ。
「ああ手が滑った。しょうがねえな」俺らが懐中電灯で照らし、
三島がかがんでそこに右手を突っ込んだ。

「あれ、ないぞ。ここ深いな・・・」と言ってた三島が、突然絶叫した。
俺らは半歩後ろに下がってしまった。頭の中で本能が「逃げろ!」と警告してるようだった。
「うわ、うわ!誰かが俺の手を押さえてる。うわあ!!」
三島が体を左右に振って手を抜こうとしたがダメだ。
「ああ、助けて・・引っぱってくれ。頼む、早く」三島の声が半泣きになった。
鈴木が伸ばした三島のもう一方の手を引っぱり、そのまま二人でどっと反対方向に倒れ込んだ。
ガンという音。「痛ってえ」鈴木の声。
「逃げろ!」山田が叫び、山田、俺、三島と鈴木の順にきた道を通り、
転がるように階段を降りた。店の中をつっ切ってキューブのある場所まで走りに走った。
全員が息を切らし、体を折ったりしゃがみこんだりした。
「俺の手を何かが上から押さえたんだ、すげえ力で」三島が言った。
見ると三島の右手の軍手が脱げていた。

「・・・手袋してきてよかったな。なかったら逃げられなかったかもしれない」
鈴木が「壁に頭を打った、コブになってる」こうこぼしながら側頭部を押さえていた。
「ビデオカメラどうする?明日回収にいくか」わりと冷静に山田が言ったが、誰も答えなかった。
「・・・あれ?」三島が間の抜けた声を出した。「どした?」
「うんいや、あれ、俺の手開かないよ」三島がつき出した右手はグーの形に握られたままだった。
「力入れすぎて固まったんじゃないか」「・・・指が動かな・・・あ、あ動いてきた」
俺らの見ている前で、三島が肩の高さあたりでゆっくり指を開き出した。
腕全体ががくがく震えていた。
指を開ききった・・・とき、上に向けた手のひらからボッとタバコの煙を濃くしたようなものが出て、
俺らの間をするすると漂った。
「あ!」俺らは跳び上がるようにして車に乗り込み、山田があわてふためいて発進させた。

こっからは後日談になる。
ビデオは怖くて回収できず、1年に行かせようかとも思ったがあきらめた。
デジカメの写真は俺のも鈴木のもすべてまともに写っているものはなかった。
みな画像に白い膜がかかったようになってたんだ。結局その回のブログの更新はしなかった。
三島はほどなくしてサークルをやめ、残り3人もあまり熱心ではなくなって、
ありきたりのスポットでお茶を濁していたが、就職活動が始まる頃にはやめた。
その後、卒業して3年目に三島の訃報を聞いた。
睡眠中の突然死で、心臓麻痺ということだったが、
あのときのことと関係があるかどうかはわからない。
俺は今の会社に就職して結婚し、男の子が生まれたが五体満足とはいかなかった。
右手の指が癒着して手のひらにくっついたままだったんだ。事前診断でわからなかった。
医者の話では手術しても正常にはならないだろうということだった。
これも、あのときのことと関係があるかどうかはわからない。

*この話は自分にしては珍しいストレートな廃墟探索物です。
 今後書いてみたいと思う人は、まず最初に訪れる廃墟の間取図を作ってから
 始めると書きやすいし、現実感も高まると思います。



リドル・ストーリー

2014.04.06 (Sun)
 怪談にはリドル・ストーリーとしての側面もあると思っています。
リドル(riddle)とは謎のことで、
『バットマン』にもリドラーという謎かけをする怪人が出てきていましたね。
これはどのような話の形式かというと、物語の中で一つの謎が示され、
それにはっきり答えを与えないまま終わってしまうというものです。
そのカテゴリであまりにも有名なのが、F・R・ストックトンの『女か虎か?』で、
自分もこの傑作にあやかって『女か熊か』という題名を話につけたりしています。

 いちおう知らない人のために粗筋を述べると、
『ある国の身分の低い若者が王女と恋をした。
それを怒った国王はその国独自の処刑方法で若者を罰することにした。
その方法とは二つの扉の一つを選ばせることである。ひとつの扉の向こうには餓えた虎がいて、
扉を開けばたちまちの内にむさぼり食われてしまう。もうひとつの扉の向こうには美女がいる。
そちらの扉を開けば罪は許されて彼女と結婚することが出来る。
王の考えを知った王女は死に物狂いで二つの扉のどちらが女でどちらが虎かを探り出した。
しかし王女はそこで悩むこととなった。
恋人が虎に食われてしまうなどということには耐えられない、
さりとて自分よりもずっと美しくたおやかな女性が彼の元に寄り添うのもまた耐えられない。
父に似た、誇り高く激しい感情の持ち主の王女は悩んだ末に結論を出し、
若者に扉を指差して教える。王女が示した扉は果たして? 』


 みなさんはどう思われますでしょうか。・・・自分は「虎」が答えなんじゃないかと思います。
よくできた話で、読んだ人はみな答えに興味を持ち、
作者のストックトンはずいぶん質問に悩まされたそうです。
パーティに出席すると女と虎の形をしたアイスクリームが出され、
どちらを食べるか満場が注目していた、などという逸話もあります。
しかし答えを出してしまうと話の魅力は損なわれてしまうでしょうね。
読者一人一人に謎の答えはゆだねられているのだと思います。
 怖い話だと謎は合理的なものというより、オカルト知識に依るものが多いので、
本格的なリドル・ストーリーとはちょっと違います。
『不条理』のところでも書きましたが、
そのテイストを少し利用させてもらって話をつくっていくんです。
関連記事 『不条理テイスト』

 ところで、誰が書いたのか失念してしまいましたが、
この話の題名をもじった『人か熊か』(これもちょっと自信ない)というのがあったと思います。
うろ覚えですが、
『ある男が物の姿を変えることができる超能力(魔法?)を持っていた。ある日新妻と動物園に行ったら
妻が誤って熊を放し飼いにしている囲いの中に落ちてしまった。
オス熊が妻に迫ってきて、このままでは食い殺されてしまう。男はしかたなく妻を能力でメス熊に変えた。
すると、あろうことか発情期にあったオス熊は妻と交尾してしまった。
その後、妻は無事人間の姿に戻って救出されたが、熊であったときのことは覚えていない。
その妻から、後日赤ちゃんができたと打ち明けられた。さて生まれてくるのは人間か熊か?』

こんな話だったと思います。
どなたかこの作者がわかる方がいたら教えてください。
あとストックトンのもじりとしては小松左京が『女かベムか』というのを書いています。

『The lady or the tiger?』





2014.04.05 (Sat)
怖い話ですか・・・うーん、怖いというより奇妙な話ならありますけど、
自分の体験じゃないんです。ああ、いいんですか、じゃあ。
1年くらい前にうちの娘から聞いたんです。娘は今、小6ですから5年生の春のことですね。
アスレチッククラブのスイミング・スクールに通わせてまして、
そこは無料でバス送迎してくれるんです。
自宅前から乗るわけではなくて、もよりのバス停をあらかじめ指定して、
そこで待ってれば寄ってくれるんです。
5時半から6時半までのクラスだったから、バスが来るのはだいたい5時10分くらいです。

その日は土砂降りの雨で、
傘をさして娘が待っていると、キャラクターを描いたスクールのマイクロバスが来たんですが、
なんとなく違和感を感じたんだそうです。
本人じゃないのではっきりはわかりませんが、いつもより車内が暗く感じられたと言ってました。
まあでも、そんな天候でしたから暗いのは当たり前じゃないかとも思うんですけどね。
バスに乗り込むといつものメンバーがそろっていて、運転手さんも同じ人だし、
変な感じはすぐになくなったそうです。
バスに乗ってたのは20人くらいだったということでした。

他の小学校の友だちと隣の席になってさっそくおしゃべりを始めると、
前の運転席の近くにいた男の子が、バスが走行中なのに急に座席に立ち上がり、
「6時ちょうどにプールをミズチ様が通ります。必ずその前に水からあがってください」
棒読みのような調子でこう言ったんだそうです。
もちろんすぐに運転手さんに注意されましたが、
その子は座ると同時にぐったりとして目を閉じ、「気持ち悪い」と言い始めたそうです。
これは後ろにいた娘が見ていたわけじゃなくて、様子を目撃した子から後で聞いたことです。
娘は、その男の子は生真面目で、ふざけたりするのは見たことがないと言ってました。

運転手さんが異変に気づき、近くのバス停に停車して携帯でスクールと連絡をとっていましたが、
急いでバスを発進させ、道を引き返してその子の家まで送り返したということでした。
そんなことがあったため、スクール開始の時間は遅れてしまいましたが、
それでも5時40分過ぎには着替えてプールに入りました。
50mの室内プールなんですが、その時間帯に他の団体は使用しないことになってました。
娘の頭の中には、さっきの「6時ちょうど」という言葉が渦まいていまして、
「ミズチ様」というのが何なのかはわからなかったけれども、
たぶん他の子も同じだったろうと思うと言ってましたね。

室内プールの壁には大きな時計がありまして、それを気にしながら泳いでたんですが、
基礎練習が終わって、個人個人の習熟度別の練習に入ったあたりで6時に1分前となりました。
「プールから上がろうかどうしようか、勝手に練習を中断したら怒られる・・・」
迷っていると、プールの水がピリピリと痛く感じられ、息苦しくなってきました。
それで近くのサイドに泳ぎ着いて水から出たんですが、
あたりを見ると他の子もみなバタバタとプールから逃げ出し始めていました。
驚いたことに、バスの中での男の子の言葉を聞いていないスクールの先生方も
みな水から上がったんだそうです。これは子どもたちを追いかけただけかもしれませんが。

ここからはとても信じられない話なんですが、
壁の時計が6時を回って数秒すると「オーーン」というサイレンのような音がプール内に響き渡り、
太さがコースロープ4本分くらいと言ってましたから8m程度ですか、
プールの深さは1mちょいくらいなので背中がだいぶ出ていたそうですが、
電車を横に2つ並べたほどの超巨大な真っ白い柱のようなものが、
盛大な水しぶきを上げて一瞬でプールを通っていったんだそうです。
・・・やっぱり信じられないでしょう。
私も最初はそうでしたが、その場にいたみんなが同じことを言ってるんです。
子どもたちだけじゃなく、スクールの講師の先生までもが。

いや、プールそのものに異変はなかったですよ。側面に大穴があいたということもないし。
プールの水はしぶきのために足さなければいけなかったそうですが。
まあこんな話です。
ああそれから、バスの中でお告げ?をした男の子は、体調はすぐに回復したそうです。
それまで水泳は健康づくりのためにやっているような子だったんですが、
メキメキと記録を伸ばしましてね。
先日の記録会で優勝して、小学生自由形男子の県の代表にまでなったんです。
他の子たちも、そこまではいかなくてもそれぞれ自己記録を大きく更新したんですよ。
「ミズチ様」というのが何だったか今だによくわかりませんが、悪いものではなかったみたいです。

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『水龍』




図書室の本2

2014.04.04 (Fri)
私が小学校のとき、図書室に「井田文庫」というコーナーがありました。
なんでも地元の資産家の方が寄贈されたものだということで、
分厚い児童文学全集が何種類もそろっていましたが、
利用する生徒は多くありませんでした。最近出た話題の本がないこと、
図書室内で閲覧するだけで貸し出しを行っていないこと
などもその理由の一つでしょうが、一番には、
この文庫の中に呪われた本があるという噂が生徒の間に広まっていたことが
大きかったと思います。でも実際は、
井田文庫が寄贈されるずっと前から、その小学校で生徒が事故に遭ったり、
亡くなったりしたという事実はなかったはずです。

私はこの井田文庫が好きでした。
みんなに敬遠され、手に取ってみる人もいない本たちが、
なんだか自分に似ていると思ったからです。
私は前の年度の終わりにこの小学校に転校してきました。
両親が離婚し、父方の実家に引き取られたためです。
そのショックが尾を引いて、自分から心を閉ざしてしまい、
担任の先生がみんなに溶け込めるようあれこれ配慮してくれたにもかかわらず、
どうしても新しい環境になじむことができませんでした。
始めはもの珍しさせいもあって、
声をかけてくれたクラスメートからもすっかり孤立してしまって、
昼休みや放課後は図書館の井田文庫の前で過ごすことが多くなっていました。

図書室の最奥で、大きな本棚の陰になった井田文庫の前にイスを出し、
手首が疲れるのも意に介さず、重い文学全集の一冊を読んでいるときが、
最も心が休まったものでした。これは家に帰るのが嫌だったせいもあります。
祖父母は親切でしたが、自分の部屋もない新しい住まいは、
居心地のいいところではありませんでした。
ある日の放課後のこと、そのときも井田文庫の前にいて、
全集の中の一冊を手に取りました。「小公女」の本だったと思います。
セーラという主人公の少女が、運命の激変に耐えて
心清らかに生きる姿を描いたものでした。
偶然に開いたと思ったページに、ピンク色の付箋がはさまっていました。
その分そのページが開かれやすくなっていたのです。後でわかったのですが、
本の中で主人公のセーラがいじめをうけている部分でした。

付箋には「あなたの好きな子、嫌いな子を教えて?」と書かれていて、
その文の後に矢印があり、書き込みができるくらいの空白が残っていました。
少し変に思いましたが、たまたまシャーペンを持っていたので、
そこに「好きな子も嫌いな子もいない。友だちはだれもいない」と書いて元に戻しました。
その後に初めから小公女の話を読みはじめ、
夢中になるにつれて付箋のことは忘れてしまいました。
翌日の放課後、続きを読もうと井田文庫の前で本を手に取ったら、
付箋より大きなメモに定規をあてて切ったような紙がこぼれて落ちました。
そこには「沢地家の通用門のロザリオを外してくれたら、
 あなたと友だちになれる」と書かれていて、
付箋のことを思い出しましたが、そのメモの言葉の意味はわかりませんでした。

昨日私が帰った後、誰かがこの本から付箋を抜き取って読み、
かわりにメモをはさんでいったのでしょうか。
この内容が気になってしかたがありませんでした。
なんだかこのとおりにしなくてはいけないことのような気がしたのです。
そこで家に帰ってから、祖母に「沢地家」について尋ねてみたのです。
祖母は少し眉をひそめながらこう教えてくれました。
「沢地家というのは、駅の裏にある大きなお屋敷で、
 今はだれも住んでいる人はいない」それで次の日は図書館にいかず、
よくわからない道でしたが駅裏のほうへと回ってみました。
たいして時間もかからず沢地家は見つかりました。
それは広大なお屋敷で、表側は高い石塀がとりまいていました。

「通用門」というのは裏口のことかもしれないと考え、
家のまわりに沿った道を進んでいくと、
石壁は低い鉄柵に変わり、道も舗装されていない草地に変わりました。
鉄柵ごしにお屋敷の裏側が見えました。
大きな建物に、病院のような感じの窓がいくつも並んでいました。
草地を少しいくと鉄柵に小さな鉄の門がついており
、大きな錠前がかけられてありました。
門そのものは大人なら乗り越えられそうな高さでしたが、
鉄柵の先は鋭くとがって上を向いていました。よくさがすと、
錠前のずっと下、地面に近いあたりにネックレスのようなものがからまっていて、
それには小さな銀色の十字架がついていました。

「これがロザリオというものだろうか・・・」なんとなくそんな気がしたので、
外そうとしてみました。何重にもこんがらかって柵にからみついていたので、
苦労しました。10分以上の時間をかけてなんとかほどくと、
柵の中の建物のほうから「ありがとう」、
という女の子の声が聞こえたような気がしました。
でも建物はうっと離れていて、声が届くとは思えませんでした。
そちらを見上げると、三階のはじの窓に動くものがありました。
その小さな影はぼろきれをまとった人のように見えましたが、
全体が赤黒い色に染まっていました。・・・これは、
建物に夕日があたっていたためにそう見えたのかもしれませんが。
なぜだか急に怖くなってきて、ロザリオを地面に置いて走って家に帰りました。
その夜のことです。

父は長距離トラックの運転手をしていてめったに家には帰りません。
祖父母の家はせまく自分の部屋がないだけではなくて、
祖父母と一緒に9時過ぎにはもう寝なくてはなりませんでした。
他の子のように遅くまでテレビ番組を見たり、メールのやりとりをしたり、
音楽を聴いたりといったことは何一つできなかったのです。
一度寝入って、めったにないのですがトイレに行きたくなって目が覚めました。
祖父母を起こさないようにそっと起き、離れた場所にあるトイレへと向かいました。
その帰り、廊下を戻っていると窓の外がぼうっと赤く光りました。
「見てはいけないものがいる」と本能的に思いましたが、
そちらから目が離せませんでした。

私と同じ歳くらいの女の子が草の中に立っていました。
ボロボロの毛布のような布をまとい、
その布は赤い光の中で不気味なまだらになっていました。
女の子の顔は見たはずですが・・・思い出せないのです。
このあたりのことを思い出そうとすると、割れるように頭が痛くなりました。
20歳を過ぎた今でも、この話をしていると後頭部がズキズキするんです。
女の子の声が直接頭の中に響いてきました。
「出してくれてありがとう。あなたは私に似ている。私はあなた、あなたは私。
いっしょになって小公女の本を読みましょう」こんな内容だったと思います。
・・・気がつくと廊下に倒れていて、朝の光が差していました。

幸い暖かくなってきた季節だったので風邪などはひいていませんでしたが、
固い木の床に寝ていたため体のあちこちが痛みました。
祖父母はまだ起き出してはいませんでした。昨晩の記憶は残っていました。
朝の光の中、外に出て女の子がいた場所にいってみると、
そこには何かが焦げた燃えカスのような黒いものが散らばっていました。
「私はあなた、あなたは私」という言葉が歌のような調子で頭の中をめぐりました。
何かが私の中に入ってきたのだということがわかりました。
・・・この後もさまざまなことがあったのですが、
長くなってしまいますのでいったん終わりにしたいと思います。

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部屋

2014.04.03 (Thu)
私の母方の実家の座敷のことを話そうと思います。
父方の実家はここ大阪の近県でして、墓参りもかねて
毎年少なくとも一回は行っていますが、
母方のほうは山陰地方にあり、母の父母・・・
私にとっての母方の祖父母が亡くなってから訪ねたことはありません。
私が幼い時分・・・幼稚園から小学校低学年のときに行ったことがあるだけで、
全部で5回にも満たなかったと思います。
今ではその祖父母はもちろん母も亡くなりまして、すっかり縁が切れた状態です。
たしか母の長兄が跡を継いでいるはずですが、つき合いはありません。

母の実家は、豪邸というよりもお屋敷という形容がふさわしく、
田舎風の古びた建物ではありましたが、屋敷の後方には白壁の蔵、
庭には鯉の群がる大きな池、屋内は襖の部屋がいくつも続いていた記憶があります。
祖父母はどちらも上品な白髪の和服姿で、つねに穏やかな笑みを浮かべていましたが、
頭をなでられたり、抱き上げられたりしたという記憶はありません。
今から考えると、よそよそしいという感じの接し方をされていたと思います。
いつも母の実家に行くとき父は同行せず、母と2人、電車とバスを乗り継いで行って、
一泊して帰ってくるだけだったのですが、そのことと関係があったのだと思います。

その屋敷には、前に話したようにたくさんの部屋があり、縦に四間、その横にも四間、
計八つの日本間が並んでいる部分がありました。
部屋はそれ以外にもまだまだあったのですが、そのまとまりが最も広く、
また使用している人もなかったため、そこに入っていって遊ぶのが、
2回目以後の楽しみになりました。
居間で祖父母と過ごすのはなんとなく居心地が悪く、
また、幼い自分にとってそこは迷路のようなものだったのです。
とくに怒られるということもなく、ただ開けた襖は必ず閉めることと、
床の間にあるものは高価だからさわらないようにとの注意を母に受けただけでした。

記憶をたどってみると、右側の4間が8畳、左側はそれより広かったので、
10畳くらいだったでしょうか。幼い子どもにとっては実に広い空間です。
右側の部屋には調度は何もなく、床の間に壷や掛け軸が飾られていて、
左側の広いほうは、床の間があるのは同じですが、
中央に座卓があり座布団が部屋の隅に積み上げられていました。そのくらいの違いです。
私は時代劇の主人公になったつもりでパンと音を立てて襖を開け、
掛け軸の前に正座して鑑賞するふりをしたりもしました。
畳の上でごろごろとでんぐり返りをした記憶もあります。

本題に入ります。・・・これらの部屋の中で、気味の悪い部屋が一つありました。
座卓がなかったので右の8畳間のいちばん奥ではなかったかと思いますが、
その部屋だけなぜかひんやりとしていて、日もあまり入らず薄暗い感じで、
それと床の間に飾っているものがなにもありませんでした。
最後に実家を訪れた・・・小学校2年くらいのときだと思います。
パンパンパンと襖を開けながらその部屋に入ると、
急に暗くなり足をつまずかせて転んでしまいました。
そのとき右手の床の間に異様なものがあるのが目に入りました。
・・・裸の大人の男でした。部屋の中央に背中を向け、
床の間の壁にもたれかかるように倒れていました。

背中には墨で黒ぐろと大きく字のようなものが書かれていましたが、
漢字ではありませんでした。肌の色は灰色で鈍く、
ぴくりとも動かないので死んでいるのかと思いました。
驚きのあまりぺたりと尻もちをついてしまいましたが、
その振動が伝わったのか、男の頭が壁からずり落ちて私のほうを向きました。
・・・当時まだ30代前半だった父の顔でした。
あまりのことに、駆け寄っていいのか走って逃げればいいのか頭が混乱しました。
その父親に見えるものは、死んでいると思ったのですが、
こちらの気配に気づいたようにバタバタと両手両足を動かし始めました。
まるで、宙から糸で吊り下げられた操り人形のようでした。

それは背中を畳につけた仰向けの状態で、
ベタンベタンと音を立てながら背中だけで上下に飛び跳ね、
私のほうに近づいてきました。上を向いた顔の目は見開かれ、
赤い涙を両目から流していました。這いずって逃げました。
襖を急いで閉めた瞬間、襖にドンと重いものがあたる感触がありました。
襖を次ぎ次に開け放ちながら逃げに逃げ、
最後の部屋を出て縁側を走っていると庭に母の姿が見えました。

泣きながら大声で呼んで、今見たもののことを知らせると、
穏やかだった母の顔が瞬時にきついものに変わり、
縁に上がると私の手を引いて奥の部屋へと向かいました。
私はもちろん怖くて行きたくなかったのですが、母のただならない様子に気圧され、
引きずられるようにしてついていきました。
・・・さっきの部屋に入ると、そこには何もありませんでした。

ここから話すことはあまりありません。大阪の家に戻ると父親は普通に生きてました。
母からは父にこのことは言わないようにきつく言い含められていました。
・・・その年の暮れに祖父母は事故死しました。何の事故かは教えてもらえませんでした。
葬儀には母だけが行きました。そして翌年、母も突然心臓の病気で倒れ、
ほどなく病死したのです。それからは父と2人の生活になりました。
・・・中学生のときだったと思います。ある日何気ない感じで父にこのときの記憶を話しました。
父は黙って聞いていましたが、私の顔をじっと見て、
「お母さんはね、本当はお嫁にもらってはいけない人だったんだよ。
小さい頃から神様の嫁になるはずだったんだ。
だからお母さんのご両親はお父さんのことを憎んでたんだよ」
こうとだけ話してくれたんです。