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不定期連載BLホラー 

2014.08.31 (Sun)
BL系のホラー短編です。趣味でない方はスルーしてください。
ぼちぼち書いていきますが、途中でやめる可能性もけっこうありますので、
生暖かい目で見てやってください。

渡海1

2004年7月25日
堤防にのぼると、海は凪いでもやがかっていた。
今日も暑くなるだろう、と豪司は思った。
といっても、ここらで気温30度を超えることはめったにない。
浜には人の姿は見えない。まだ朝の7時過ぎだから当然だ。
砂浜の海水浴場なので漁船はないし、漁師もいない。
長くせまいコンクリの階段をバケツを持ったまま浜に降りた。
夏休みに入ったというのに何故こんな早起きをしているかというと、漂着物を拾うためだ。
「ビーチ・コーミング」というらしい。
コームは櫛のことで、砂浜を櫛で梳くようにして漂着物を拾うことからこの名がついたと、
合宿にきているボート部の大学生に教わったばかりだった。
珍しい貝殻、椰子の実、カラカラに乾いたヒトデ、外国のコイン、
日本では使われていない漢字の書かれた空き缶・・・

それとビーチグラス、これは瓶の破片の角がとれ、
波に磨かれて磨りガラス状になったもので、薄緑が多いが他にも様々な色がある。
豪司は夏休みの自由研究として、ビーチグラスの分類整理をやろうと考えていたので、
今日は短パンのポケットにメジャーを入れてきてある。
1平方メートルで何個見つかるか、ただ拾うだけでなく、
それを確かめてみようと思ったのだ。
さらに集めたグラスは瞬間接着剤でくっつけ、何か作品を作ろうと計画もしていた。
砂を踏みながら波打ち際までいくと、
人の入らない海水は透明に澄んで、サンダルの足にひんやりとした感触を残した。
さて、とポケットからメジャーを取り出したとき、
堤防際に置かれているボートのあたりから「おーい」と呼ぶ声がした。
竹内さん・・・合宿で来ているボート部の大学生の一人・・・の声だ。

そちらに歩み寄ると、のそっと姿を現した。
背が高く腕の筋肉が盛り上がっている。同じように日に焼けてはいても、
運動が苦手で部活に入っていない自分とは大違いだと豪司は思った。
「やあ、早いね。今日もコーミングかい?」竹内さんがバケツを見て言った。
「ええ、これ宿題で研究しようと思ってるんです。竹内さんこそ早いですね」
豪司が答えると竹内さんは笑って、
「何言ってんだ、こっちは朝のトレーニングもう済ませてるんだぜ。
 朝食になるまで休んでたんだ」
竹内さんがボートの横板に腰をかけたので、豪司もその横に並んで座った。
「何かスゴイ収穫があったかい?」
「今来て始めたとこなんです」
「そうか・・・今までで、一番面白いというか、意外な漂着物ってどんなの?」

「ボーリングの球です」
「えっ、それってここの浜で誰かが遊んだやつなんだよね」
「いえ、学校に持ってったら、先生が外国製だって」
「信じられないな、それはないよ。海は数百から数千mの深さがあるんだから、
 鉄の球が渡ってこられるはずはない。外国製というのは信じるけど、
 やっぱり日本で使われたものじゃないかな」
「うーん、かもしれません」
「ご飯できたよー」上から女の人の声がした。
見ると、Tシャツにカーディガンの女の人がこちらに手を振っていた。
ボート部のマネージャーの人で、たしか横尾さんという名前だったはずだ。
「今行くー」竹内さんが答えて立ち上がった。
「こっちにいつまでいるんですか?」豪司が聞くと、
歩き出した竹内さんは振り返り「あと1週間はいるよ。それから大会だ」と答えた。
  



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ムジナ

2014.08.31 (Sun)
えー今、中2です。7月の第4週の夏祭りのときのことだから、
もう1ヶ月前になります。
本当はもっと早くに来たかったんですが、ここのことがよくわからなかったもので。
ネットで必死に探してやっと見つけたんです。
地域の祭りに友だちと遊びに行ってました。えーと諏訪神社のお祭りですね。
そんなに大規模なものじゃなくて、夜店が出るくらいで、
山車とかお神輿とかそういう派手なことはないんです。
2日続きの1日目で地元では「宵宮」といってます。
あれこれ遊びましたが、8時50分になって帰ることにしました。
9時までしか参加できないって学校で決められてて、
その時間になると怖い男の先生方の見回りがあるんです。

自転車は少し離れたスーパーに置いてて、そこで友だちと別れました。
僕だけ家の方向が違うんです。
大通りは交通規制になってたので、普段はあんまり通らない裏道を走ってました。
すると、あんまり大きくはない石の橋の欄干と土手の間に、
変なものがあるのが目にとまったんです。
細長い木で、お寺にあるような・・・ああ、卒塔婆っていうんですか、それです。
ただ上のほうは、家の屋根みたいな形じゃなくて、
人魂みたいになって尖ってたんです。長さは1mもなかったと思います。
「墓でもないこんなとこに、変なの」と思いながら通り過ぎようとしましたが、
自転車のライトがあたったときに、字が読み取れました。

それで急停止したんです。なんでかっていうと、うちの父親の名前が書いてたんですよ。
ちゃんと確認しましたが、漢字も全部同じでした。
普通なら同姓同名ということもあるんでしょうが、
うちは昔からこの地域にある家で、ここでは言えませんけど非常に珍しい名字なんです。
そのあたりでこの名字なのは家と親戚数件くらいで、
あとはテレビなんかでも聞いたことがなかったんです。
卒塔婆は真新しい木でできてて、白々と光ってました。
筆で書かれた父親の名前も、最近書いたばっかりっという感じでした。
あと、下の埋めてある部分の土のとこは草が生えてなくて、
1m四方くらいを掘り返した跡があったんです。

変だとは思ったんですが、まさか抜いたりもできないし、そのまま帰りました。
父親に聞いてみようと思ったんです。
家に着くと、父はまだお祭りに出ているということでした。
うちは、今は不動産業をやってますが、昔からこの地域の地主をしていて、
江戸時代は庄屋だったという話もあるんです。
祖父はもう亡くなりましたけど、合併前の町長までやった人で、
父もそういう関係から神社の氏子代表だったし、お祭りの世話役もしていました。
「遅くなるんだろう」と思いましたが、テレビを見て起きてました。
もう夏休みに入ってましたし。
案の定1時過ぎに、父はかなり酔っぱらって帰ってきました。

これは話が通じないんかなとも思ったんですが、
さらにビールを飲むために居間で座ったので、その卒塔婆の話をしたんです。
そしたら最初はうるさそうに聞いてたんですが、
僕の言ってることがわかると、顔色が変わったんです。
お酒で赤らんでた顔が、急に覚めたように青くなりました。
そして僕に見た場所を聞くと、車庫からシャベルを持ち出し、
「ちょっと見てくる」こう言って、出ていってしまったんです。
母もあっけにとられていましたが、
酔っぱらっての行動だと思ったのか何も言いませんでした。
3時近くまで待ってましたが帰ってこないので、その日は寝てしまいました。

次の日、9時には起きて下に行くと、父は戻ってきていて、
待ってたみたいな感じで、あの卒塔婆を僕に見せました。
「お前が見たのはこれか?」って。
間違いなくそのものだったので、父が橋まで行って抜いてきたんだと思いました。
「これ、何なの?」と聞いたら少し黙ってましたが、
「別に秘密ってこともないから、話してやるか」こう言って、
こんな話をされたんです。
「昔、江戸時代やもっと前、うちは地域の庄屋を務めてたことは知ってるな。
 その当時は、村の普請、普請ってわかるか。川の流れを変えたり、橋を架けたり、
 氏神の修繕をしたり、そういうのは今みたいな公共工事じゃなくて、
 村のもんが自分らでやってたんだ。もちろん大がかりなのは藩でやったんだろうが」

「村には奇妙なしきたりがあって、橋の工事のときには、
 長く保ちますようにと生贄を捧げた。いやいや人間じゃない、そんな非道なことはせん。
 ムジナ・・・今でいうアナグマのことだとも言われてるが、
 山でこれをつかまえてきて、工事の終了のときに橋のたもとに生きたまま埋める。
 そこに、この形の卒塔婆を立てたんだな」
「どうして父さんの名前が書いてあるの?」
「それが、これはどうやって始まったのか言い伝えられてはいないんだが、
 埋めるムジナには人の名前が付けられるんだ。ただ誰でもいいってわけじゃなくて、
 実際にいる生きた人、庄屋の家系、つまりうちの誰かの名をつけることになってたんだ」
「どうして?」
「わからんが、おそらく村の責任者ってことでなんだろう。
 たいがいは隠居したじいさん、いなければ当主の名がつけられたんだそうだ」

「どうしてこの卒塔婆に俺の名があるのかわからんけどな。
 この風習はお前の祖父ちゃんの頃にはもうなかったはずだ。
 戦前あたりはちょっとわからんけどな。
 だが、今じゃこんなこと知ってる人もいるとは思えないんだがなあ」
「昨日、これ抜いてきたんでしょ。そのとき下も掘ってみた?」
父は少し黙りましたが、
「うん掘ってみた。そしたら、動物の死骸が埋まってたよ。
 まだ死んだばかりでほとんど臭いもしなかった」
「ムジナだったの?」
「いやあ、今このあたりでムジナを見ることはない、山にはいるかも知れないが、
 つかまえるのは一苦労だろう・・・猫だったよ。小さめの雉猫」

「それでどうしたの?」
「・・・うん、いやな、埋め戻せばよかったのかもしれないが、
 酔ってたし、俺の名が卒塔婆に書いてあるのを見たら急に腹が立って、
 川に投げ込んじまったんだ。どうすればよかったのかよくわからん。
 昼から祭りの本宮に行くから、そのとき神主さんに聞いてみる」
これで話は終わりでした。僕も親父もどう対処していいかわからなかったんです。
朝昼兼用に母がそうめんをゆでてくれたので、父と僕と弟で食べていました。
そしたら急に、父が「むーん」とうめきながら、そうめんを吐き出したんです。
そして頭をテーブルにつけて、両手でランニングシャツの背中を掻き毟り始めたんです。
「おぶっ、おぶぶぶっ」と声を出し、そのたびにそうめんが口から出てきました。
呆然と見ていると、父の背中が割れたと思いました。

そこから雉猫が一匹飛び出してきて、トントンとタンスを駆け上ると、
ジャンプをして天井の隅に消えたように見えました。
「ああ。猫が!」昨日からの話を知らない、小4の弟が叫んで立ち上がりました。
そのこえで僕も我に返って、「父さん、大丈夫?」と言って駆け寄ったんです。
そしたら父が頭を上げ、「持ってかれた」とかすれた声で言いました。
背中を見ると割れてなかったし血も出てなかったんで、少し安心して、
「持っていかれたって、何を?」と聞いたんです。
父はぼんやりと僕を見つめて、
「10年、10年分の寿命・・・」こうとだけ答えて、またテーブルに頭を落としました。
それからは母親が神主さんに連絡して家に来てもらったり、いろいろ大変だったんです。

あの卒塔婆はそのとき神主さんが持っていってしまいましたから、今はありません。
父は、体調的にはそんなに変わったことはないようでしたが、
気分がふさぎ込んでしまって仕事が手につかなくなり、
今は仕事を休んで病院に通っています。
え、猫ですか?あの後、家の中を探したんですが見つかりませんでした。
ただ・・・ときどき、夜中に猫の鳴き声が聞こえることはあります。
外の野良猫だと思うようにしてますけど・・・やっぱり怖いです。
ここは、こういう不思議なことに詳しい人が集まってる場所だって聞いてきたんです。
今後どうすればいいか、どなたか教えてくれる方はいませんでしょうか?



 

クトゥルー神話について

2014.08.31 (Sun)
 今夜はブログの模様替えに時間をとられてしまったので、
(たいしたことはやってないですが)クトゥルー神話の話をしてみます。
もちろん、オカルトホラー好きの方はご存じでしょうが、
クトゥルー(クトゥルフ)神話は、
アメリカのパルプ雑誌作家ハワード・フィリップス・ラヴクラフトを
中心にして組み立てられた架空の神話体系です。
クトゥルー(Cthulhu)というのは邪神の一柱の名で、
蛸と蝙蝠のモチーフを持った巨大な海の怪物です。
この発音(カタカナ表記および英単語)は便宜的なもので、
本来は人間には発音不可能な言葉として設定されているんですね。

 ラブクラフト自身は、神話という意識は持っていましたが、
綿密に体系づけて書いていたわけではなく、神話の全体像については彼の死後、
友人であったオーガスト・ダーレスが作品の時系列や邪神の分類などを整理しました。
その後時を経て、この神話体系は多くの作家にリスペクトを持って受け継がれ、
新たな作品群が生まれています。
ラブクラフト自身は、自分の作品群を「コズミック・ホラー」と呼んでいました。
これは難しい概念を含んでいるのですが、あえて簡単に言えば、
絶対に理解も意思疎通も不可能な宇宙的存在に対する恐怖、というようなことです。

 自分は、仕事で外国、中国やインド、ロシアなどに行きますが、
最初にインドに行ったときは、宗教的な慣習の違いもあるんでしょうが、
あまりの考え方の断絶に絶句することがたびたびありました。
これが同じ人間の思考なのかと信じられない思いで、つねにカッカしていたんです。
・・・これと比べるのも変なんですが、
自分の理解を遥かに超えた異質のものが存在することを知って、
狂気に落ちていくことというのが、
ラブクラフト作品に共通したテーマとなっています。

 面白いと思うのは、ラブクラフトはアメリカでの心霊主義の流行を経験していながら、
その影響がほとんど感じられないことです。
むしろ幽霊などは、人間的な概念(恨みや無念、呪いなど)から生まれたものとして
積極的に排除しています。ではSF的になっているかというとそうでもなく、
科学的な単語も滅多に出てきません。
やはりホラーであるとしか言いようがない作風なんですね。
このあたりがラブクラフト独特の魅力なのだと思いますが、
実際に書いてみるには難しい面が多々あります。

 類型的なクトゥルー話は、まず図書館で古い本を見つけたり、
海辺で変な像を拾ったりして、それを調べるあたりから始まります。
で、調べ進むうちに人間の理解を超越した異形の神の存在に思いあたる。
しかし完全な理解はできません。目の不自由な人が象を触る逸話がありますが、
あんな感じでそのほんの一部だけを理解する、そして狂気に堕ちてしまうわけです。
やがて邪神のどれかが、自分を感知したものの存在を知り接触してきます。
そこで怪異が起こり、接触者は悲惨な末路をたどることになります。
ただ、こういう話の進行はやはり古めかしいため、
最近のクトゥルー作品はさまざまなバリエーションがあり、
設定がかなり自由に使われています。

 あと、クトウルー神話は実話怪談で出てくることはあまりありません。
これは当然で、ダゴンなどの固有名や、「ルルイエ、フタグン」などの呪文を出すと、
それだけで創作であることがわかってしまいます。
自分の場合は創作であることを明記して書いているので、
使っても問題ないし、試してみたい気もあるのですが、
話が大がかりになってしまいそうで、なかなか踏み込めないでいるところです。

関連記事 『ラブクラフトと映画「ダゴン」』

『大いなるクトゥルー』






消失

2014.08.29 (Fri)
中一のときの話。クラスで山田ってやつと仲よかったんだよ。
この山田ってのは仮名な。
部活は違ってたんだけど、休みの日なんかよく一緒に遊んだ。
今みたいにゲームじゃなくて、外に出かけることが多かったな。
で、ある日曜の午後、地元で「古墳の山」って呼ばれてるとこに2人で行ったんだ。
実際の古墳なのかどうかはわからない。
保護とか一切されてる様子がなかったから、たぶん違うんじゃないかと思う。
ただ年寄り連中がそう呼んでたんで、昔からの言い伝えなんじゃないかな。
何をしに行ったかっていうと、爆竹遊びだ。

今の子どもはやらないだろうし、売ってるとこもないのかもしれないけど。
当時は学校の近くにクジとかひける駄菓子屋があって、
そこで爆竹や花火を売ってたんだ。
安かったから大量に買い込んで、木のうろに仕掛けたり、カエルに結びつけたり・・・
さすがに当時でも住宅の近くでやると、うるさいって学校に苦情がきた。
それにマッチを使うから学校で禁止されてた。
そういう点でも、古墳の山は都合がよかったんだよ。
ああ、山は今でもあるよ。遊歩道が通ってジジババのウォーキングコースになってる。
けど当時は入る人もめったになくて、格好の遊び場だったんだ。

で、ボロボロした土の斜面を登ってたときに、
山田がバランスを崩して脇に落ちたんだ。
そのまま枯葉の積もった上を転がってって姿が見えなくなった。
「おい、大丈夫かよ」と叫んで、下りてってみると、
枯葉の溜まった土に大きな穴があいてて、そっから「いててて」って声が聞こえた。
落とし穴みたいになってるんだが、山田の姿が見えないくらいに深くて、
しかも枯葉のために、どこからが穴なのかの境目がよくわからなかった。
それで俺が進むのを躊躇してると、ややあって、
ゾンビが墓から出てくるみたいに片手が伸びて、山田が這い出してきたんだ。

「なんか固いもんに頭ぶつけた」そう言ってたけど、血が出てるわけでもなく、
額の横が少し青くなってるくらいで、それ以外にケガもなかったんだ。
穴の中を確かめようとしたが、土が崩れてきそうなんであきらめた。
たいしたことがなくてよかったと思い、
上のほうにある林で1時間ばかり遊んで帰ったんだ。
今思えば、その次の月曜からだよ、変なことが起こり始めたのは。
いや、俺じゃなくて山田の身に。
山田は背が高くて、教室の列の一番後ろに座ってたんだが、
その日の授業で3回「プリントが足りませーん」って言った。
どういうことかっていうと、縦5人の列なのに先生が4枚しか配らなかったから、
山田のとこで足りなくなったんだな。

それだけじゃなく、厳しい英語の授業で宿題を順番に当てられて答えるときに、
山田が飛ばされて次のやつに回ったんだ。
俺は全然気がつかなかったけど、休み時間に「宿題やってなかったからラッキー」て、
山田が言っててわかったんだ。
でも、山田が列の境目にいるから飛ばされたんだろうくらいにしか思わなかった。
ところが、そういうことが日を追ってエスカレートしていったんだ。
例えば、給食のとき山田にだけ配られない。
生徒の当番が配膳するんだけど、山田のとこにはお盆もおかずも牛乳もこない。
いや、これは示し合わせて無視してるとかじゃないんだ。
そういうのならわかるし、当番のやつも山田に言われて謝ってたし。

あと掃除のとき、終わった後に反省会ってのをやることになってて、
班長が一人一人に頑張ったことを言わせるんだけど、
目の前に並んでるのに、なぜか山田にはあたらない。
家庭学習のノートも、係は山田のを集めないし、
自分で出しに行くと今度は先生から返ってこないで、教卓に一冊だけ残されてる。
この頃には、授業でプリントが渡らないのは毎時間のことになってて、
山田が訴えると、どの先生も「ごめんごめん、ちゃんと数えたのに」って言うんだ。
山田は休み時間に「何か俺、空気みたいになってきたな」
こんな感じで笑ってたけど、何が起こってるのかわからないといった様子で、
内心はけっこう不安になってたんじゃないかと思う。
でも、わけがわからないのは俺も同じだったから、返答のしようもなかったんだよ。

で、1週間が過ぎようとした土曜日、
学級会で球技大会の参加種目を決めることになった。
ドッジボールやサッカーは全員参加で、バレーとバスケは男子が2つに分かれる。
それで委員長が一人ずつ希望を聞いていったんだが、
やっぱり山田だけが飛ばされたんだ。
「おい、なんで俺に聞かないんだよ」山田がかんしゃくを起こして大声を上げた。
それだけじゃなくイスの上に立ち上がって、「俺は、こ・こ・に・い・る」って叫んだ。
そのとき、女子の生徒が「あっ、あれ!」って、それに負けない大きな声を出した。
窓のほうを指さしてたんで、見ると、遠くの山の上に円盤状のものが浮かんでたんだ。
「UFOだ」という声が上がって、皆がそっちを向いた。
UFOはジグザグのありえない動きで上下してフッと消えた。

でね、そのときから山田も消えちゃったんだよ。本人だけじゃなく、机もバッグも何もかも。
担任をはじめ、クラスの誰も山田のことを覚えていないんだ。
「山田っていただろ」って俺が言っても、冗談だと思って笑ったり変な顔をしたり・・・
まあクラス名簿も、家の電話連絡網からも山田の名前がすっぱり消えてたから、
しまいには俺のほうが頭がおかしくなったのかと思ったくらいだった。
そのくせ、UFOを見たことは全員が覚えてたんだよな。
少女雑誌に目撃談を投稿したや女子までいたんだ。
もちろん山田の家にも行ってみたけど、
あったはずの場所は古びたコンクリ作りの四角い建物に変わってた。
俺の母親は小学校の時の誕生会に山田を家に呼んだりもしたのに、知らないって言う・・・

一つの痕跡も残さず、家族ごと家ごと消えちまったんだ。
それから、古墳の山にも行ってみたんだが、
山田が落ち込んだ斜面の横のところの土が10m以上も深くえぐれていて、
周辺の草が焼け焦げたように黒くなってた。
まるで中から何かが飛び出していったみたいだったんだ。
どう思います?
山田ってのは、やっぱり俺の妄想の中の友だちだったのか・・・
最初に、この山田って名前は仮名だって言ったけど、
実は本名が何だったのかわからなくなってしまってるんだ。
この間までは覚えていたんだけど・・・あれ、この間って、いつまでだったかな・・・




ババ塚

2014.08.28 (Thu)
えーわたしが子どもの頃の話ですから、もう何十年も前のことですよ。
昭和の40年代ですな。
当時は田舎に住んでおりまして、どれほどのところかと言いますと、
町の真ん中に一本国道が通っておりまして、
信号機というのはそこに何カ所かしかなかったんです。
鉄道の駅はありませんでしたので、
町の中心がどこかというのもわからないような有り様で。
あえて言えば、役場のあったあたりなんでしょうなあ。
・・・いや、すみません。昔話はこのくらいにします。

で、小学生当時、学校の行き帰りにその国道を通るのが楽しかったんです。
ガソリンスタンドやドライブインもありましたし、
町の中では唯一のハイカラな場所というかね。
いや、田んぼ中の農道を通っても学校へ行くことはできたんですが、
あえて、遠回りしていたんですよ。
その国道で、交通事故がありました。わたしが小学校4年のときです。
これも町では珍しい話で、夜半に軽自動車がひとりでひっくり返って、
用水路に転落したということでした。いわゆる自損事故ですね。
運転していたのは農協職員の青年で、即死だったいうことです。

その話を朝に聞いて、ワクワクしながら国道を通ったんですよ。
でも、残念ながらというか、事故車両は片づけられていたんです。
それでも現場はすぐにわかりました。道路脇のガードレールが折れ曲がったところに、
真新しい花束が供えられてあったんです。
それを見たときには、ああここで亡くなった人がいたんだなと思って、
心臓がドキドキしました。怖いというわけじゃなかったですが。
そのガードレールから、車が落ちたあたりの水路をのぞき込んでみました。
泥が草の上に飛び散って乾いていましたし、
プラスチックの破片のようなのがたくさん落ちていたんです。

ますます心臓がドキドキして・・・
そのとき、少し離れた田んぼの畦の上に変なものを見つけたんです。
高さ30cmほどの石積みでした。
線路にあるような角のある石を積み上げて小山にしてあり、
てっぺんに小さな旗のようなのが突き立っていたんです。
ちょうど、お子様ランチの旗のような感じでした。
おかしなものがあるなあ、と思って畦に下りてみたんです。
何か意味があるものなのだろうと思って、崩さないように顔を近づけてみましたら、
黒い旗に、白い点がいくつも打ってあったんです。

当時は何だかわかりませんでしたが、その形は記憶に残っています。
北斗七星ですね。あの形に点を打って直線で結んだものだったと思います。
登校の途中でしたので、そのときはそれ以上見ているわけにはいきませんでした。
それで、帰りがけにもう一度そこを通ったら、
花束などはそのままでしたけれど、朝に見た石積みはなくなっていたんですよ。
まあ、そのときはそれほど気にかけたわけでもありません。
事故と関係があるかもわからなかったし。
で、それから2年後です。その国道でまた事故があったんです。
このときも自損の死亡事故で、
近所の農家の爺さんが軽トラで電柱に突っ込んだんです。

その人はうちの家族もよく知っていましたので、父親が葬式に行ったはずです。
いや、2年前のとは場所は違っていました。
でもね、6年生になっていたわたしが現場を通ったときに、
前のとまったく同じ形をした石積みを見つけたんですよ。
やはり現場下の田んぼの畦の上でした。
三角山に石が積まれていて、黒い旗に北斗七星が描かれたものが立っていました。
もしこれが現在だったらねえ、携帯で写真などを撮ることができたんでしょうが、
当時ではどうすることもできませんでしたからねえ。
ただ、その石積みと事故が何かの関係があるんじゃないか、
ということは想像できたんです。その石は、やはり次に見たときはなくなってました。

また2年たってですね。わたしは中2になっていました。
中学校は小学校の裏山の小高いところにあって、同じ道を通ってたんです。
夏休みに入る直前の時期でしたね。
わたしは剣道部に入ってて毎日帰りが遅かったんですが、
その日は顧問の先生が出張で、部活がなかったんです。
だから4時過ぎくらいにぶらぶら国道を歩いてたんですよ。
その時間帯は、通る車もほとんどなくて一面の田んぼにも人の姿は見えませんでした。
短い橋を渡ったときに、下を流れる用水の土手に人の姿が見えたんです。
婆さんでした。・・・その頃の年寄り、特に婆さんはほとんど着物を着ていまして、
煮染めような色の地味な着物です。

そういうのを着た婆さんが4人、土手の上に立ったりしゃがんだりしていたんです。
何をしているんだろうと思って見下ろすと、
一人の婆さんが前掛けから石を一個出して土手に置きました。
土手には前に見たあの石積みが半分ほどできあがっていたんです。
石を置いた婆さんは、おかしな形に手を組み合わせて、
歯のない口でナムナムと何かを唱えたようでした。
そしてまた、次の婆さんが石を置いて・・・
いや、一度も見たことのない婆さんたちでしたね。
どの人も真っ白な頭をひっつめ髪にして、よく似ていました。
石積みはだんだんできてきて、最後に一人の婆さんがあの黒い旗を上に立てて、
4人がお遊戯でもするみたいに手をつないで、石積みの周りを回ったんです。

石積みの上に黒いかげろうのようなものができて、ゆらめき始めました。
それを見た途端、ズーンという感じで胃が重くなったんです。
何か、見てはけないものを見てしまったという感じがしました。
それで、そろそろと後じさりして帰ろうとしたんです。
そしたら婆さんの一人が顔を上げ、わたしと目があったんです。
婆さんは「おや、お前は下郷の○○の家のわらしだな」と言いました。
もう一人の婆さんが、
「見たなら見たでよい。お前の親父は分不相応に車を買ったそうじゃないか」こう続け、
また別の婆さんが「今晩は外に出すな、外に出すと知らんぞ」と、
奇妙な節をつけて言ったんです。

何のことかわかりませんでしたが、私は「はい」と答えて、
そのまま後ろを向いて走り出したんです。
背後で婆さんたちが笑い合う声が聞こえてました。
その晩です。会社から帰ってきてた父親が、
「碁を打ちにいってくる」と出かけようとしたんです。
父親は酒を飲まないので、車で出かけようとしました。
もしかしたら知り合いに買ったばかりの新車を、
見せびらかしに行こうとしてたのかもしれません。
わたしは、さきほど婆さんの一人が「今晩は外に出すな」と言ってたことを思い出し、
父親を止めたんです。婆さんたちのことは話しませんでした。

ただ「嫌なことが起こりそうな気がするから、出ないでくれ」って、それだけ。
父親は奇妙な顔をしていましたが、必死に頼み込むと、
「お前がそうまで言うんなら、今晩はやめとく」こう答えて、
寝転がってテレビを見始めました。
・・・もう。おわかりだと思います。
その夜にまた国道で事故があったんです。
これもやはり自損事故で、亡くなったのは当時では珍しい女性のドライバーでした。
隣の市で看護師をしている人が、橋の欄干を倒して車ごと下に落ちたんです。
ええ、わたしが婆さんたちが石積みをしているのを見かけたあの短い橋です。
見晴らしのいいところだし、いくら夜でも運転を誤るようなとこじゃないんですよ・・・
これで終わります。

『太一信仰』
太一2





タコヤキ

2014.08.28 (Thu)
ここ1週間くらいの出来事です。
いえ、智美が自殺したのはそのさらに1ヶ月前ですので・・・
今、大学の2年生です。
智美というのは同じ学部の友だちで、郷里も一緒だったんです。
知り合ったのは大学に入ってからだったんですけど、なんとなく気が合ったし、
同郷ということがわかって、一気に仲よくなったんです。
ところが、2年生になってからふさぎ込むことが多くなって、
授業も欠席がちになったんです。アパートを訪ねても会ってくれないし、
知らないうちに部屋を引き払って、
海辺で古い神社をやっているという実家に帰っちゃったんですよ。
それからすぐですね、亡くなったという知らせを受けたのが。

お葬式に行きました。そのときにも死因はわからなかったんです。
ご両親からもお話はなかったし、
セレモニーホールでの神式の葬儀も普通の進行でしたから。
後になってから噂で知ったんです。縊死という話でした・・・
そのことは大学の仲間にも伝わって、あれこれ言う人もいたんです。
失恋だとか、大学生活になじめずノイローゼになったとか。
でも、身近にいた私にもはっきりした原因はわからないんですよ。
ただ・・・付き合ってる人がいなかったのは間違いないですし、
失恋ということは絶対にないです。
理由がはっきりしないまま、だんだんに心が弱っていったという感じでした。
最後に会ったのは、授業を休み続けている智美を、
試験だけでも受けよう、って部屋に誘いに行ったときです。

もう夏の初めの時期だというのに、
部屋の隅で毛布にくるまって体育座りで震えてたんです。
話しかけても、口をとがらせて、ただわけのわからないことを答えるばかりで・・・
ええと・・・「るるえー」という言葉は覚えています。
何の意味もない言葉の羅列としか思えませんでした。
そのときに、手を引っぱってでも病院に連れていけばよかったんだと思います。
私も試験の日だったんで、それ以上のことができなかったんです。
その後はアパートに行ってもずっと居留守を使われて、
とうとう引っ越しちゃったんです。
ホント友だちがいがなかったっていうか・・・後悔しています。

お葬式から1週間ほどたって、夜、自分のアパートの部屋でネットをしていました。
するとドアをノックする音が聞こえたんです。
私もあんまり友だちがいるほうじゃないんで、
そんな時間に訪ねてくる人の心あたりはありませんでした。
隣の部屋の方が宅急便か何かを預かってくれたのかもしれないと考えましたが、
インターホンから声も聞こえないし、ただ静かなノックだけが続いてる。
何か怖くなってきたんですよ。もしかしたら智美がドアの外にいるかもしれないって。
そんなはずはないんですが、なぜかそう考えちゃったんです。
「どなたですか」とこちらから聞いても返事はないし、
ドアスコープから覗いても人の姿は見えなかったし・・・

そのうちにノックの音は弱くなって消えました。
ドアに耳を当てても足音も聞こえない。
それで思い切って開けてみたんです。やはり外には誰もいませんでした・・・
ただ、ですね、中に戻ろうとしたときに、
耳元でさっき言った「るるえー」という言葉が聞こえたと思ったんです。
ごくごくかすかだったので、気のせいかもしれないし、
智美の声だったかもわかりません。
ぞくぞくっと寒気がして、急に、急にタコヤキが食べたくなったんです。
・・・笑わないでください。真剣に話してるんです。
こちらでは名物ですが、私はあんまりタコヤキは好きじゃないんです。
あのソースは太りますし・・・智美はとても好きだったんですけど。

無意識みたいに財布を持って外に出てしまいました。
それでコンビニでタコヤキを買ったんです、4パックも。
容器についているソースだけじゃ足りず、
さらに台所にあったソースをかけてあっという間に食べてしまったんです。
全部食べてしまってから、やっと我に返ったという感じでした。
そのとき、もしかしたら智美が私にのりうつって、
好物のタコヤキを食べさせたのかもしれないって・・・
だって4パック、40個ですよ。あんまり好きじゃない物を突然そんなに・・・
それから毎晩です。夜の9時過ぎになるとタコヤキが食べたくなりました。
自分が自分じゃなくなったみたいに、コンビニに向かって走ってるんです。

毎日40個から50個、でも、ぜんぜん体重は増えなかったんです。
そんなことが4日も続いて、さすがに考えました。
まさか自分の体を縛りつけておくわけにもいかないですし、
授業の後に大学に残って遮音室でピアノを弾いてたんです。
音楽科じゃないんですけど、少しはできますから。
ところが・・・9時をまわったあたりで、ふっと記憶がなくなったんです。
それで気がついたら街中にいたんです。屋台の前でした。
手にタコヤキのパックを持って、口の中にもタコヤキが入ってました。
それと、地面にパックがいくつも落ちていて、
屋台のおじさんや周りの人があきれたようにこちらを見てたんです。

それで恥ずかしくなって、パックを放り捨てて逃げ出しました。
タクシーを拾って部屋まで帰ってきたんです。
時間は12時近くになっていました。
屋台のあった場所は大学からはかなり離れていて、
たぶん夢遊病のようになってそこまで歩いていったんだと思います。
タコヤキを食べるために・・・
部屋に戻ってすぐに、気持ち悪くなってきました。
トイレに駆け込んで・・・すみません、汚い話で。
吐いたんです。ほとんど消化されていないタコヤキが、いくつもいくつも・・・
信じられないほど大量に出てきました。
私は泣きながら・・・「ごめん、智美、ごめん」こう謝っていました。

何度もトイレを流しながらタコヤキを吐き続けました。
最後には胃液しか出なくなって、ふらふらと部屋に戻ろうとしました。
そのとき、洗面所の鏡に自分の姿が映ったんですが、
上半身が異常に膨らんで見えたんです。
あの手がたくさんある仏像・・・千手観音って言うんですか。
あんなふうな形になっていて・・・
立ち止まってよく見ると、はっきりした自分の姿に、
いくつかのぼんやりした像が重なっているみたいでした。
一つは、特徴のある髪型の智美の姿だと思いました。
目を半眼にした智美は何の感情もないような顔をしていました。
さらにそれに重なって、人間ではないものも映ってたんです。

触手が八方に広がっていて、それが千手観音の手に見えたんだと思います。
智美の顔よりもさらにぼんやりしていましたが、
触手がうねうねと動いているのがわかりました。
蛸に似てるんですが、それよりももっと気味が悪くて・・・
宇宙人のようなものじゃないかと思います。
口が蛸の口じゃなく、とがった嘴状で、それが智美の口と重なり、
さらに私の口とも重なって、「るるえー」という言葉が出てきたんです。
自分の声だったのか、智美の声だったかよく覚えていません。
部屋を走り出て友だちのところへ転がり込みました。
それから部屋には戻っていません。
ある人にここの話を教えてもらってやってきたんです。
どなたか、何が起きているのかを説明してくださる方はおられますでしょうか。

『ルルイエの都』







バブラー

2014.08.27 (Wed)
私立の中高一貫の学園の副校長をしております。
学校名はもちろん言えませんが、先日幽霊騒ぎがあったんですよ。
音楽室・・・私たちの学校は、吹奏楽部と合唱部がありまして、
どちらも全国的に活躍しておるんですが、
その活動のために音楽室が第一、第二と二つあるんです。
そのうちの第一音楽室に幽霊が出る、という噂が広まったんです。
最初に訴え出たのは、高等部の女子の合唱部員でした。
7時過ぎに解散し、その後忘れ物に気がついて取りに戻ったところ、
暗い音楽室の中に白い影が見えた。

それでも実際の人間だろうと思って入って電気をつけたら、
白い影は部屋中をぐるぐると飛び回って消えた・・・
そのときは私も校内におりまして、騒ぎを聞いて駆けつけました。
突っ立ったまま叫んでいるその生徒をなだめて保健室に連れていきまして、
女性教諭に聞いてもらったところ、そんな話だったんです。
まだね、そのときは幽霊なんて信じていませんでした。
何かを見間違えただけだろうって・・・
ところがね、同様のことが何度もくり返されたんです。

音楽室の中で白い人影を見る、暗い部屋の中のはずなのに、
外からガラス越しに見るとぼうっと光る人が佇んでいるように見える。
コーラスの一部が聞こえてきたのに、音楽室に入ると誰もいない・・・
こんなことが何度もあって、学校中に噂が広まりました。
いや、校内だけじゃなく保護者の一部の間にも伝わって、
特に合唱部の親の会からは校長に正式に問い合わせがきたりもしたんです。
これはほってはおけないということになりまして、校長が決断をしました。
どうしたかというと・・・霊能者を呼んだんです。
保護者の中の市の有力者の方から紹介していただいたんだそうです。

夕方、その霊能者が来校することになりまして、部活動は中止にしました。
立ち会ったのは、校長と私、校内の管理主任と音楽担当の教師が2人です。
時間になって校長室に現れたのは・・・
太いストライプの入ったベージュのジャケットを着て、
奇抜な髪型をした30過ぎの男性で、テレビで見たことがある人だったんです。
私たちの市は、街おこしの一環として駅前にパフォーマンス広場というのを設置し、
様々な大道芸人を呼んで芸を披露してもらっています。
それで観光客を呼び込もうというわけなんですが、
来られたのは、その芸人として地方番組で紹介された一人だったんです。

あのほら、巨大なシャボン玉を作ったり、
サンダルや布団叩きでシャボン玉を作る芸がありますよね。
それをやる大道芸人で、バブラー山本と名のっておられる方でした。
私もその番組は見ておりまして、見事な芸に感服しておったんですよ。
バブラー・・・と呼ばせていただきます。
校長室で事情を説明しまして、バブラーとわれわれが第一音に入ったのが、
5時を少しまわったあたりでした。バブラーは室内を見回すと窓をすべて閉め、
私たちを入口の戸の後ろまで下げ、大きなカバンを開きました。
取り出したのはごく小さなガラス瓶で、
中には水に見える透明な液体が入っていました。

それを細く短いストローにつけて吹き始めました。
直径1cmもないようなシャボン玉がたくさん出てきて、教室の中に漂いました。
バブラーは部屋の四隅をまわり、そこでもシャボン玉を吹きましたので、
もう室内はシャボン玉だらけですよ。
それはもう夢幻的な光景でした。
太陽がもっと強ければ、虹色に光って見えたんでしょうが、
夕暮れの光の中では、無数のガラス玉が中空を埋め尽くしているようでした。
その中でバブラーの姿も見え隠れしていましたが、
「今から気流を起こします。中に入らないでください」こういう声が聞こえ、
無数のシャボン玉がゆっくりと渦をまき始めました。

その中でバブラーの姿が切れ切れに見え、どうやらカラフルな扇を両手に持って、
部屋の空気を撹拌しているようでした。
部屋一杯の小さなシャボン玉は、昆虫の群れのように動き続けていましたが、
やがて黒板とは反対側の壁に、ぽっかりとシャボン玉のない空間ができました。
そしてそれは人の形に見えたんです。
「位置を特定しました」バブラーが落ち着いた声で言い、
それが聞こえたかのように人型は動き始めましたが、
その中にはシャボン玉が入っていかないので、どこに動いても場所がわかりました。
バブラーはしゃがんでカバンを開け、
中から細めのロープと大きな皿状の容器を取り出しました。

さっきとは別の小瓶を取り出し、中の液体を皿にあけると、
手に持ったロープを円状にして皿につけました。
そのロープを持って、渦巻くシャボン玉を払いながら人型に近づいていきました。
人型はその動きに応じて、スススと位置を変えましたが、
バブラーは素早い動きで回り込むと、ロープを持った手を大きく回し、
直径1m、高さ2m以上もある巨大なシャボン玉を作り、人型にかぶせました。
巨大なシャボン玉の中に人の姿が浮かんできました。
・・・女子生徒です、うちの学校の制服を着ていました。手をシャボンの壁にあて、
苦しそうに顔をゆがませていたんです。
「ロックオンしました」バブラーの落ち着きはらった声が聞こえました。

「これは生き霊ですね。ですから成仏させることはできません。
 私の仕事はここまでですが、この子の身元はみなさんのほうでわかるでしょう。
 それと、あなた方の中にどうやら心あたりのある方がおられるようですが」
バブラーがこう言ったのと同時に、
一緒に来ていた音楽教師の若い方の一人がその場に膝をつきました。
「あ、あ、あ」と声を出し、真っ青な顔になって全身が震えていました。
バブラーはそっと、女子生徒の入ったシャボン玉を窓際まで運び、
サッシを開けて外に出してやりました。そしてバブラーが指をパチンと弾くと、
室内に漂っていた無数のシャボン玉は一瞬で消えたんです。

私たちは校長室に戻り、さきほどの生徒を顔写真名簿で調べるとともに、
音楽教師を別室に連れていって事情を聞きました。
その生徒は合唱部に所属して寮生活していたんですが、
2ヶ月ほど前から不登校になり、今は休学して実家に帰っていることになっていました。
音楽教師のほうの話は・・・これは学校の恥になることですので、
これ以上は勘弁してください。
バブラーは道具をカバンに片づけ、硬い顔をしたまま帰っていきました。
礼金はかなりの額になりましたが、どういう名目の支出にすればいいのかわからず、
もう一度学校に来ていただいて、体育館で生徒の前でパフォーマンスを披露していただき、
その謝礼ということにしました。
そのときには、別人かと思うほどの笑顔で演じていただきましたよ。

『Samsam Bubbleman』





施餓鬼会

2014.08.25 (Mon)
今年のお盆のことです。
実家のお寺で施餓鬼会というのがあったので行ってみたんです。
もちろん夫の実家のほうの墓参りを最初に済ませたんですが、
それとは日にちが違っていたので、
夫に無理を言ってこちらにまわってもらったんです。
なぜそんな気になったかというと、
地元に住んでいる高校のときの友人に電話でこんなふうに誘われたんです。
「今度の○○寺の施餓鬼会、おもしろいものが見られるかもしれないよ」って。
その友人は、昔から霊能力のようなものがあって、
一緒に行動していた私も、何度か不思議な目に遭ったことがあるんです。

実家のお寺はそれほど大きくはないものの、なかなか格式が高いという話で、
社殿の龍や鳳凰の彫刻などでも有名でした。
当日、駐車場に車を停め、夫とともに境内に入っていくと、
お線香のにおいがあたり一面に漂っていました。
お賽銭をあげて本堂に入ると、施餓鬼用の祭壇が築かれ、
その後ろにイスが十数個置かれて、空いている席は残り2列ほどしかありませんでした。
最後列に席をとり友人の姿を探したら、数列前に後ろ姿を見つけました。
近寄って背中をつつくと、「あら来たのね」と言って、
イスの背もたれの陰で一人のお坊さんのほうを指さしました。

「この間から言ってたのがあのお坊さん。
 きっと不思議なことが起きるからよく見てて。あなたもわりと力があるほうだから」
こんなことを言ったんです。
そのお坊さんはまだ30を過ぎたくらいの年齢で、目鼻立ちがくっきりとして、
頭の剃り跡も青々としていました。友人の話では、このお寺の三男坊で、
仏教大学を出てから他のお寺を継がせてもらうべく修行に入っていたのですが、
そちらで女性問題を引き起こし、いられなくなってここに戻ってきているということでした。
そういう事情を知って見るせいか、
7・8人来られているお坊さんの中でも遠慮がちな様子に見えました。
これはたんに若輩のせいなのかもしれませんが。

施餓鬼会というのは、文字どおり餓鬼道に墜ちた亡者を供養するためのもので、
餓鬼はつねに飢えています。目の前に食べるものがあっても、
手を出そうとするとそこから火が出たりして食べられないのです。
ところがお寺で、施餓鬼会として供養したものだけは食べることができるのです。
遠い昔、お釈迦様の弟子の方が、
餓鬼道に墜ちた自分の母親を供養したことが始まりと言われているそうです。
ご本尊の左側に供養壇がしつらえてあり、
五色の幡にそれぞれ如来の名前を書いたものが回りに懸けられてありました。
壇上には「三界万霊」と書いた大きな位牌が安置されて、
水とたくさんの食べ物がお供えされていました。

私も買ってきた果物籠をそこに起き、10分ほどして供養が始まりました。
多人数のお坊さんが並んで座って、一斉に読経する様は荘厳で、
それを聞いただけでも来たかいがあったな、と思いました。
しばらくすると、祭壇の下からなにか黒いものが這い出してきました。
ネズミにしては大きく動きものろいのに、誰も注意している様子がありません。
ぼんやりと黒い、小猿ほどの大きさのものでした。
それがあたりをきょろきょろ見回していると、
その後ろから、押しのけるようにして同じものがいくつもいくつも出てきたんです。
「これが餓鬼というものなんだろう」と思いました。
私には薄ぼんやりでしたが、きっと友人にははっきり見えているのでしょう。

それらのものは折り重なるようにして祭壇にのぼり、
お供えをむさぼり喰い始めました。
もちろんそのように見えるだけで、実際にお供えが減っているわけではありません。
「おおすごい、来てよかった」と思っていると、
私たちが座っている最後列に遅れてきてかけた人がいました。
見ると、髪をソバージュにした若い女の人でしたが、
その横顔が異様に白いのです。
もちろん白塗りにしているわけではなく、病気のような青白さだったんです。
目にも生気がなく、視線を宙にさまよわせていました。
気味が悪かったのですが、今度はその人から目が離せなくなりました。

お坊さんたちの読経が一つの山場に達したらしく、
ご住職が大きく鐘を打ち鳴らしました。
そのとき横の女の人が縦に口を開け、中から白い長いものが飛び出しました。
蛇、だと思いました。蛇は下に落ちて床の上を這い、
左端に座ってお経を唱えている若い三男坊のほうに向かいました。
三男坊はお経に夢中で、気がついている様子はありません。
蛇はちょろちょろと袈裟の膝元まで近寄っていきましたが、
祭壇の下から新たに出てきた餓鬼が、蛇を見つけて走り寄り、
ぱくっと一口で飲み込んでしまったのです。
白い顔の女の人はまた口を開け、今度は白蛇が一気に四匹、
下に落ちて三男坊のほうに向かいました。

蛇たちはするすると這って三男坊に向かいましたが、
さきほどの一匹目で気がついていた餓鬼のいくつかが祭壇から下り、
蛇の三匹までを素早い動きで食べてしまったのです。
でも残りの一匹が膝の下に入りました。
その瞬間、三男坊は「ウッ」という感じで顔をしかめ、体の横に肘をつきました。
しばらくそのまま体を支えていましたが、やがて目をむいてうつ伏せに倒れました。
それに気づいた近くのお坊さん2人が、脇を抱えて奥のほうに連れていきました。
横の女の人が立ち上がった気配がしました。
見ると「思い知ったか」と小声で吐き捨て、
そのままふり向きもせずに出ていってしまったんです。

残ったお坊さんたちで読経は続き、
やがて祭壇に群がっていた餓鬼たちは一匹、二匹と姿を消していき、
たがてすべて見えなくなってしまいました。こうして施餓鬼会は終わったんです。
散会してから、友人に見たモノについて話すと、
「餓鬼は見えるだろうとは思ってたけど、あの白い蛇が見えるなんてすごい。
 あの場にいたお坊さん方でも、見えた人は何人いたか・・・」
こんな風に言われました。
でも、私としてはこんなのが見える力があっても気味悪いだけだと思ったんです。
後日友人からメールが入りましたが、それには画像が添付されていて、
あの三男坊が亡くなったという地元新聞の死亡広告を写真に撮ったものでした。

それにしても、あれだけの僧侶の読経の中でこんなことが起きるなんて、
人の恨みというのは怖ろしいものだと思わせられました。
これで終わります。

関連記事 『餓鬼』





T成仏

2014.08.24 (Sun)
今年の5月のことです。修学旅行がありました。
場所は東京と横浜で、飛行機を使って2泊3日です。
そのうち最も印象に残ってるのが、2日目の午後から夜にかけて半日過ごした、
Tリゾートです。前にも家族と来てはいるんですが、
その頃は幼児だったのであんまり記憶には残ってないんです。
今回は修学旅行だし、親しい友だちとグループになって、
思いっきり楽しむことができました。
ただ、悲しいというかなんというか、奇妙な出来事があったんです。

有名なSマウンテンというアトラクションでのことです。
僕たちは4人グループだったので、
他の一般のお客さんが前のほうの席に乗りました。
グループの中では、僕とS君が前列で、
前の席は小学校3・4年生くらいのポニーテールの女の子と、お母さんでした。
乗り物が動き出し、始めのほうはあんまり怖くなかったけど
その後はときどき叫び声が出るくらい面白かったんですが、
前の女の子が変だったんです。

手すりにつかまって「キャーッ」という甲高い悲鳴を上げてたんですが、
それがいつの間にか、しわがれた「イエエエエエエッ」という声に変わったんです。
乗り物が下に落ち込んでいくたびに、
「ウエエエエッ」「ワアヒャハハハ」みたいに叫んでたんです。
どっかで聞き覚えのある声だと思いました。
乗り物が終わって、スピードがゆるみ降りようとする前に、
その女の子が僕のほうを振り返ったんです。
体に不釣り合いな大きなおばあさんの顔をしていました。

1ヶ月以上前に亡くなった母方の祖母の顔でした。
祖母は「じゃあいくよ、○○」と僕の名を呼び、
あっと驚いたときには、もう年相応の女の子の顔に戻っていました。
降りてから友だちに、「前の女の子の声、変じゃなかったか」と聞いてみましたが、
「別に、特になんも感じなかった」との答えでした。
その女の子は不満そうな感じで、お母さんに「もう一度乗る」と何度も訴えかけてました。
今から考えると、僕にくっついてきた祖母の霊が体を乗っ取ってたんじゃないかと思います。
若い頃は教祖様をやってたこともある人だし、
まだ49日のうちでしたから。

『某キャラクターです』




くず餅

2014.08.23 (Sat)
フリーのライターをしています。
旅行と神社仏閣、温泉なんかを専門にしてますが、依頼があれば何でも書きますよ。
1ヶ月ばかりの話です。いちおう都内といえるところに、
10人くらいの家賃割り勘で共同事務所を借りています。
貸しビルの4階で、せまいんでそこで仕事することはまずないですね。
これは他の人も同じですが、仮眠できるソファベッドは置いてあります。
事務所のメンバーはライターだけじゃなくて、カメラマンも、
デザイナーも編集者もいます。だから皆で雑誌作ろうかなんて話も出るほどです。
20代の電話番の女の子を一人雇ってます。

俺が事務所に一番近いとこに住んでまして、仲間から電話があったんです。
「何か怖いことがあって、電話番の女の子がおびえてるみたいだから、
 話聞いてやってくれ」って
女の子の勤務時間は9時から5時まで。
午後からは事務所にくるやつもけっこういるし、
夕方は酒飲みの集合場所になったりして、
その子がそんなに一人でいる時間はないんで、
怖いこととというのの見当がつかなかったんですけども。
その日は外の仕事はなかったんで顔を出してみました。
聞いてみたらこんな話でした。

昨日の3時頃、一人で部屋にいたら太鼓の音のようなのが聞こえてきた。
エアコンがあって窓を閉めてるんで、外からの音はほとんど聞こえないし、
どうも部屋の中でしてるような気がした。音は単調で、ぼやけてたそうです。
張りのゆるい太鼓の皮を、太いバチで軽く叩くような感じ。
「トン、トテン、トン、トトン、トン」みたいな。
立ち上がってあちこち歩いてみたけど、
どうも部屋の中央の空中あたりから鳴っているような感じだったそうです。
数分立ち止まって聞いていましたが、原因はわからないし、
だんだん眠くなってきたのでデスクに戻って、
そしたら太鼓の音のするあたりから、
少しずつ丸い玉がにじみ出してきたと言ってました。

白い半透明の球で、固い感じはなくスライムかグミみたいな質感。
最初は小さかったのがゆっくり膨らんでいって、
最終的には直径50cmくらいまでになったそうです。
完全な球じゃなくて、ゆがんだ白っぽいボールがぐるぐる回転していた。
その中に赤い芯があってそれが球本体とは別向きにゆっくり回ってた。
何かはわからなかったそうです。その間、太鼓の音はずっと聞こえてて、
ファックスの入る音で気がつくまで、デスクに伏せて気を失っていたんだそうです。
「それを見てるとき、ちょっと言葉で表現できないんですが、
 すごくおぞましいというか、屍体画像でも見ているような気持ちになったんです」

これだけではなんともわからないんで、
球が出現する前に変わったことはなかったか聞いてみました。
航空郵便が来たって言うんです。差出人は脇田というカメラマンで、
今ペルーのほうに行ってるんです。
そいつから小さめのダンボールが配達されてきたんで、ロッカーの上に置いてあるって。
見てみると、20cm四方くらいの外国製のダンボールで、
ガムテープで密封されていました。
旅行に出てるやつが、事務所宛にものを送ってくるのは珍しくはないんですが、
国外からの高い航空便だから貴重品なんだろうと思いました。
試しに手に持ってみると軽かったです。
脇田からの連絡はなかったそうです。

これはどうしようもないと思ったんですが、試しにその日一泊してみることにしました。
事務所にはパソコンはありますし、自宅のとつながってるから仕事もできるんです。
5時になって女の子は帰り、いったん飯を食いに外に出てから、
事務所に戻ってあれこれネットを見てたんです。
9時頃でした、太鼓の音が聞こえてきました。
女の子の言うとおり、ゆっくりぼんやりした音です。
10畳もない部屋の中を歩いてみても、どっから音が出ているかわかりませんでした。
デスクに戻って、女の子の言ってた部屋の中央を見ていると、
「ドダン」と別の方向で音がしました。思わず飛び上がって、そっちを見たら、
脇田が送ったというダンボールが床に落ちてたんです。

そんな落ちるような置き方はしてなかったです。歩み寄って元に戻し、
ふり向いたら部屋の真ん中に球が出現してたんです。
女の子の言ってたとおりでした。くず餅のような色の半透明の球で、
中に赤黒い芯があって回ってる。梅干しみたいでしたが、もっと複雑な色。
有名な茶菓子がありますが、あんな感じです。わかりますか。
歩み寄ろうとしても体が動かなかったんです。「ダン」と部屋の電気が落ちました。
球はかすかに自発光しているようで、ぼやけていたのがだんだんはっきりしてきました。
球の中のものがぐるんと一気に上下の向きを変えて、上が黒くなってました。
「嫌なものを見てしまう」とわかりましたが、目を離せないし閉じることもできない。
ぼやけていたのもかなり鮮明に見えるようになってました。
球の中のものは水平に回って、一面赤黒い中に白いものが埋まっていて・・・

人の眼球だと思いました。人相がわからないまでに皮をはがされた人間の頭部。
覚えているのはそこまでです。気がついたときには朝の光が差し込んでいました。
全身にびっしょり汗をかいて、床に倒れていたんです。
瞬時に昨夜のことを思い出し、「うわー」と叫びながら起ち上がり、
バッグだけひっつかんで逃げ出しました。戸締まりもしなかったんです。
近くのコンビニに入って、やっと人心地がつきました。
事務所のメンバーに片端から電話したら、今から行けるというやつが一人いて、
そいつと待ち合わせて、見たことを一通り説明してから事務所に入ったんです。
まったく信じてはいないようでしたが、無理もないと自分でも思いましたね。

一見、事務所の中は変わった様子はなかそうでしたが、
脇田からのダンボールがやはり下に落ちていました。
ダンボールの角が一カ所裂けて、べとべとした液体が付着していました。
脇田に連絡をとってみました。携帯は持っていってるんですが、不通でした。
それで、中のものが壊れているかもしれないというのを理由にして、
ダンボールを開けてみたんです。
中には乾燥した藁がきちきちに詰まっていて、USBが一本だけ入っていました。
よくないとは思ったんですが、パソコンで開いてみたんです。
容量はほとんど残っていて、画像が数枚入っているだけでした。
大きな濁った川を岸から獲ったもの、風景はペルーのようでした。

それからジャングルの泥の道を撮ったものが3枚、どれも昼です。
上から前を歩いている人の足下を写したようで、ブーツが見えているのもありました。
プロカメラマンのとは思えない、構図も決まらない手ぶれの画像でした。
最後の画像の、泥の道の端に白いものの一部が見えました。
ブーツの足が踏んでいたんですが、
その質感が、昨晩見たくず餅のような球に似ているような気がしたんです。
・・・まあ、話はこれだけです。
その後、事務所におかしなものが出現したということはありません。
脇田とは誰も連絡が取れず、現地に問い合わせてもまったく要領を得ないので、
今、奥さんが向こうに行っています。

それと・・・これは2日くらい後に気がついたんですが、
事務所の天井の隅に小さな通気口があって、壁からそこまでに道がついたように、
てらてらと光っていたんです。角度によっては見えないくらいの薄いものでした。
ほら、ナメクジの這った跡ってありますよね。
あんな感じですが、光る部分の幅は30cm近くもあったんです。
何なのかはわかりません。
それ以降事務所にはできるだけ顔を出さないようにしてるし、
メンバーから抜けることも考えているんですよ。
脇田が無事であればいいと思ってますよ。
心から。

『おいしそうなくず餅』





夏の法

2014.08.22 (Fri)
えーと小学校2年のときです。
だから記憶があいまいで、夢だったかもしれないとずっと思ってたんです。
放課後で秋だったような記憶があります。
道にポプラの葉がたくさん落ちていたイメージ・・・
ポプラの木があったのは学校から大通りまでの車の入れない通学路で、
たぶん場所はそこです。
1人でランドセルをしょって走ってたんです。
そしたらいつもと違って、いつまで走っても息が切れない。
だんだん気持ちがよくなってきて・・・

ギシギシという音が聞こえて、気がついたら低空を飛んでたんです。
地面からは30cmほどしか浮いていなかったと思います。
踏み切ったりした覚えはなかったのに、走っている延長ですーっと体が浮いて、
そんなにスピードはありませんでしたが、何秒も空を前に進んでいたんです。
その間はまるで夢を見ているような心地でした。
茶色っぽいあたりの景色がすーっと流れて、風が顔にあたって、
右足から着地したんです。そのとき足がミシッと鳴って、重い痛みを感じました。
歩けないくらいではなかったので、
家まで足を引きずりながら歩いて母に訴えたんです。

すぐ病院に連れていかれ、痛い部分の足底のレントゲンを撮ったら、
踵の骨にヒビが入っているということでした。
お医者さんに「高いところから飛び降りたりしなかったか」と聞かれて、
「空を飛んだ」と答えて笑われたそうです。これは母に後から聞きました。
幸い、ギブスをつけることもなく、
「かかとをつけないようにして歩きなさい」と注意されて、
まだ小さかったこともあって、1ヶ月かからずに治ったんです。
それから、何度も何度も試してみました。もう一度飛べないかどうかをです。
でも、いくらジャンプしても、
助走をつけて踏み切っても、そういうことは二度と起こらなかったんですよ。

まあ自分でも、夢だったんじゃないかなとは思っていました。
でも、あの感覚が忘れられなくて中学校で陸上部に入り、
短距離とロングジャンプの選手になったんです。
成績はそこそこよかったんですよ。
特にロングジャンプのほうは県で標準記録を超えて,全国大会まで行ったんです。
全国での記録は平凡なものでしたけど・・・
でもその結果が評価されて、高校には推薦で入ることができたんです。
もちろん3年間、部活を続けることが条件でしたけど。
この頃にはもう、小学校のときのことはすっかり、
夢か想像の中の出来事だと考えていたんです。

高校の陸上部はレベルが高く、短距離は通用せず、
ロングジャンプの選手も何人もいました。
1・2年の頃はそれでも学年別の大会では賞状をもらうこともありました。
ところが3年生になって、スランプというか、
大事な大会の前なのにこれまでの記録も飛べなくなってしまったんです。
もちろんフォームをビデオに撮って、助走や踏み切りの研究もしました。
でもどうやってもダメで、このままでは全国出場どころか、
県大会での入賞も危うい感じだったんです。
自分一人ではどうしようもなく、外部からこられているコーチに相談しました。
それが3日前のことです。

コーチは体育系の大学でスポーツ生理学の講師をされておられる方で、
もちろん、元陸上選手です。
専門は短距離走でしたが、ジャンプ系の種目も見てくださっていたんです。
学校の競技場のベンチで話しましたが、
親切にいろいろアドバイスをしてくださいました。
言われたことはどれもちょっとした改善点だったので、
明日からのやる気がわいてきたんです。
話の最後に「もう一度小学校のときみたいに飛べたら」みたいなことを、
なんの気なしに言いました。コーチは「え、どういうこと?」と聞いてきましたので、
「夢だと思います」と前置きして、昔の体験を話したんです。

馬鹿にすることもなく、コーチは熱心に聞いてくださいましたが、
何かを思い出すように額にしわを寄せ、
「まあ君が言うように、想像の中の出来事だと思うけど、
 夏(か)の法って聞いたことがある?」とおっしゃいました。
私が首をふると、「夏(か)というのは古代の中国にあった王朝で、
 今から3千年も前のことだ。
 そこの国の特別な血筋の人は空を飛べたって言われてる。
 高く舞い上がるんじゃなくて、君がさっき説明したような低空飛行。
 いろんな説があるし、当然、伝説だと考える人が多いんだけど、
 竹ひごのような弾性の原理で飛んでいた、っていう話もあるんだ」

「弾性・・・ですか」
「そう、ほら竹ひごの両端をそれぞれ持って、たわめてから手を離すとどうなる?」
「ヒュンと飛びます・・・ね」
「うん、体全体でその原理を使って飛ぶことができたという少数意見も、
 中国ではあるらしいよ。発掘された骨から、その痕跡を探し出そうとしてるんだって。
 それと、その血を現代まで受け継いでる人もいるかもしれないって」
こんな話を教えていただいたんですが、さすがにこれは信じられませんでした。
コーチが私に気を遣って、冗談を言ってくれたんだろうと思ったんです。
金・土の練習で、言われた改善点を意識しながらやっていると、
少しずつ記録が元に戻ってきたんです。
日曜日は休養のため練習が休みでした。

気晴らしも必要だと思い、陸上部の仲間と相談して、ショッピングの予定を立てました。
10時に郊外のショッピングモールの前で待ち合わせと話が決まり、
当日、電車で出かけることにしました。
推薦入学のため、私だけ高校のある街から少し離れたところに住んでいたんです。
平日ほどではないですが、駅は買い物の人で混んでいて、
私はホームの前のほうに並んでいました。電車が入りますというアナウンスがあって、
少し下がったとき、その動きに合わせるよう後ろから背中を押されたんです。
かなり強い力で、私は手足をばたつかせながら前にのめり、
線路の上に足を踏み出して・・・そのとき、ギシギシと体が鳴り、
宙を泳いでいました、小学校のときのように。

立った状態で、魔法でもかかったかのように私は軽々と2車線のレールを跳び越え、
反対側のホームに立っていました。ゴーという音が聞こえたのでふり向くと、
私がさっきまでいたホームに列車が滑り込んできました。
私が全身の痛みでうずくまる直前、向こうのホームの私がいたあたりの人たちが、
呆然と口を開けてこちらを見ているのが目に入りました。
その中で一人だけ、足早に歩み去っていく人の背中・・・
コーチの後姿に似ていたんです・・・
これで終わります。


*夏の飛翔の法については、夢枕獏先生の本からヒントを得ました。



あやめる

2014.08.20 (Wed)
今晩は。子どもの頃からよく金縛りに遭ってたんです。
あ、よくでもないかな。年に3回か4回ですね。
季節の変わり目や大きな出来事があった後などが多かったです。
母の死の後などです。
場所は自分の部屋のベッドで、それ以外の場所でなったことはありません。
だいたいいつも睡りに落ちた直後でした。
金縛りの体験談を聞くと、
怖かったとか、不快だったって言う方が多いんですが、
私の場合はまったくそんなことはありませんでした。

体は動かないし声も出せない・・・なんですが、
気持ちはすごく穏やかなんです。むしろ快い感じでした。
目は開かないけど音は聞こえて、
耳元で「シャリン、シャリン」というような音がするんです。
あの、何という名前かわかりませんが、
ガラス棒をいくつもつるしたのを、かき鳴らすような心地よい音です。
そして枕元に何かがいるのがわかります。
それは右のときも左のときも、頭の後ろで感じるときもありました。

一度などは胸の上にのってきた、と感じたこともあります。
そのときは、妖精のこびとのようなものじゃないかと想像していました。
小さな足の裏の感触を感じたんです。
とても心が温かくなって、今にも賛美歌が聞こえてくるような、
そんなふうな気分でした。
・・・母を亡くしたのは11歳のときで、
その後父とともにキリスト教に入信したので、そう思うのかもしれません。
だから嫌というより、金縛りになるのを心待ちにしてた気持ちもあったんです。

私は人と話すことが苦手で、
ずっと恋人はおろか友だちもなかなかできませんでした。
うまく人間関係がつくれないし、
人と話すのが怖い、と感じるときも多かったんです。
高校から専門学校へ行き、今の会社に就職しました。
事務ということでしたが、しばらくは受付と電話番を兼ねてやっていたんです。
この頃、金縛りはすっかり間遠になっていて、
年に一回あるかないかくらいでした。
そこで、出会いがあったんです。

取引先の方でした。就職して3年目の年度の初めに合同の懇親会があり、
2次会の帰りにお付き合いを申し込まれたんです。
こんな自分ですから、どぎまぎしてろくに返事もできませんでしたが、
考えに考えて後日「はい」と承諾の返事をしました。
そこからはとんとん拍子に2ヶ月ほどで婚約までいったんです。
父も、6歳下の弟も祝福してくれたんですが・・・その結納の晩です。
新居はアパートを借りることになっていましたので、
あと自分の部屋で過ごすのもわずかかと、
感慨深く睡りに入った夜、金縛りになりました。

耳元で鳴るガラスのさざめきのようなかすかな音、小さなものの気配、
ゆったりと海に浮かぶような安心した気持ち・・・
そこまではいつものとおりでしたが、においが、
鼻につくにおいがあったんです。腐ったもののにおいです。
冷蔵庫の中でビニールに入れた野菜がどろどろに溶けて、
汁がこぼれたときのようなにおい。
小さなものがトットッという感触で胸の上に上ってきました。
動かない両のまぶたが、引っぱり上げられるかのように、
自分の意志に関係なく少しずつ持ち上がってきました。

目が開いても、最初は涙がにじんで物がよく見えませんでしたが、
だんだん胸の上に乗っているのが鳥だ、とわかってきました。
元は薄緑だったと思われるインコの体、でもそれは腐って干からびて、
体毛がけば立って房のようになった鳥。
頭だけが違っていました。古びたバービー人形の顔がのっていたんです。
髪の毛が3分の1ほど引きちぎられて地肌が見え、煤がついて黒くなった顔。
「この人形を知っている」そういう考えが頭に浮かびました。
人形の樹脂でできた唇が動くのがわかりました。

人形は一語一語区切るようにして、「お前が幸せになることは許さない」
「あやめる」こう言ったと思いました。
そこで、ダンと、断ち切られるように意識が途切れ、
気がついたら朝になっていたんです。
嫌悪感と胸騒ぎがありました。そして目に焼き付いているバービーの顔は、
どこかで見覚えがあるという気持ちが残っていました。
まだ5時過ぎでしたが、結婚式の準備のために整理したアルバムを出してみました。
ほとんどは母が亡くなる前の写真で、
それ以降は父が忙しく旅行などにも出かけていないため、
中高のクラス写真くらいしかないんです。

「どこかで見た」そう思いながら小さい頃のを一枚一枚見ていると、
3歳くらいの私が、人形を小脇に抱えている写真がありました。
それと、これは記憶にまったくなかったんですが、
私が母の腕に抱かれている1歳くらいの写真の室内・・・
そこは現在もある居間なんですが、
その奥に鳥かごがつるされ、インコらしき鳥がいるものがあったんです。
そして奇妙なことに、その2枚の写真のどちらも、
幼い私の顔の部分に画像加工したような透明なうずまきがあって、
目鼻立ちがゆがんでいたんです。これはもちろんフィルム写真で、
何年も放置されていたものなので、そんな加工をする人がいるはずはありません。

ややあって起き出してきた父に、人形と鳥のことを尋ねました。
バービー人形については、
「亡くなった母が買ってきた物だろう。そういえばあったような記憶がある」
程度でしたが、鳥の写真を見せると、息をのんで押し黙ってしまったんです。
そればかりではなく、写真を私の手からひったくるとポケットに入れてしまいました。
そして「お前は幸せになることだけ考えていればいいんだよ」そう言いました。
・・・父はその日、会社に休みの電話をかけてどこかに出かけていきました。
夜遅く帰ってきて、ズボンの裾が泥まみれになっていました。
いくら聞いても何一つ教えてはくれませんでした。

怖いんです。一つは、いつまたあの金縛りになるのかということ。
幼い頃から楽しみだったのが、恐怖に変わってしまいました。
もう一つはあの鳥人形が言った「あやめる」という言葉です。
その後のデートで彼から、
「結婚にあたって健康診断を受けたら、腸の検査でひっかかった。
 念のために精密検査を受けることになったが、たいしたことはないだろう」
こう言われたんです。
父は相変わらず黙っていて、ちょくちょく休みを取って出かけるようになりました。
一度だけ帰りがけに「こんなに長く続くとは思わなかった」ともらしたんです・・・
皆さんの中で、こういう話を他にも聞いた方はおられませんか?




怒り

2014.08.19 (Tue)
去年のことです。俺は今、大学の3年で安アパートに住んでるんですけど、
4月に新しいやつが越してきたんですよ。アパートは外に通路があるんじゃなくて、
建物の中に廊下がある昔の下宿屋みたいなのです。
さすがに風呂、トイレはありますが。
違う大学・・・といっても、このアパートの学生はだいたい違うんだけど、
入学して地方から出てきたばっかしのやつですね。
いちおう「高見」って名で話を進めます。で、向こうからも挨拶があったから、
落ち着いた頃にアパートの仲間3人で焼酎持って部屋に押しかけたんですよ。
そいつは話し言葉もボソボソした大人しそうなやつでね。

初対面だからそうなのかとも思ったけど、後になってもあんまり変わらなかったですね。
部屋は電化製品とかだいたいそろってて、
壁に30cm四方くらいの額縁が飾ってあったのが珍しかったです。
ポスターとかならともかく、絵を飾ってるやつなんていませんから。
これが不思議な絵で、神様だということはわかるんですが、
まったく日本風じゃないんです。
男か女かわからないようなぺらぺらの衣装を着て尖った髪型の人?が、
座禅を組んでて、手が4本あって琵琶みたいな楽器や鎌を持ってるんです。
極彩色のインド風というか、西遊記の登場人物みたいな感じです。
「これ、なんだよ?」と聞いてみたら、「家でやってる神様」と答えられました。

高見の話によると、こいつの家は地元で宗教みたいなことをやってて、
そこで信仰してる神様ということでした。
なぜか代々、その異国風の神様を祀ってる家なんだそうです。
あんまり話題がなかったんで、「御利益はあるのか?」と聞いてみました。
すると「ある、といえばあります」との答え。
なんでも、危険なことや、選択を誤ってはいけないことがあった場合、
「○○しろ~」という具合に、この神様が頭の中に働きかけてくるそうなんです。
「で、具体的にはどんなことがあった?」とさらに尋ねると、
「最近だと、この大学受験で上京するときですね」

「夜行バスで来ようと思ってたんですが、出発の前の日に、
 神様が、そのバスに乗っちゃだめだぞ~って言ってきたんです。
 声が実際に聞こえるわけじゃなくて、頭の中に響くだけですけど」
「ふーん、で、バスはどうなった?」
「それが案の定、事故を起こしたらしいんですよ。
 といっても軽傷者しか出なかったから、少ししかニュースに出ませんでしたけどね。
 トラックに追突されて、打撲の人がいたらしいです」
「けっこう微妙だな・・・」

「でもそれ、僕が乗らなかったからそれくらいで済んだんだと思いますよ。
 もし神様の言うことを聞かなかったら、
 悲惨な大事故になって僕が真っ先に死んでたと思います」
「お前が乗ると大事故になるんなら、お前が疫病神なんじゃね」
こんな話をしました。それからしばらく飲んだんですが、
飲み慣れてないようで、すぐにつぶれてしまったんで、
高見はそのままにして、別のやつの部屋で飲み直したんですよ。
それからは、廊下で会えば言葉を交わすくらいになりましたが、
お互いに新年度で忙しくて、行き来する機会はなかったんです。

1ヶ月後くらいですね。アパートの廊下で女の子の声がしたんですよ。
恥ずかしい話ですが、そこではめったにないことなんで、
ドアを開けて様子をうかがってると、
白いブラウスを着た20歳前後くらいの女の子が、
高見と話しながら2つ隣のやつの部屋に入っていったんです。
けっこうきれいな子でしたが、独特の雰囲気がありましたね。
いや、キャバクラとかそういうのじゃなくて、なんていうか・・・
駅前でよくチラシ配ってる人みたいな、そんな感じですよ。
ずばり新興宗教ぽかったですね。だからほら、
高見の実家が宗教やってるってことだったから、そっちから訪ねてきたんだと思いました。

高見がかなり上気した顔をしてたので、
向こうにいる彼女が上京してきたのかな、と思ったんです。
もちろんそこのアパートは壁も薄くてエッチとかできる環境じゃないんで、
しばらくして2人で出ていったみたいでしたけどね。
それから、女の子はちょくちょく訪ねてくるようになりましたが、
その子だけじゃなく、他の男と一緒に来るときもありました。
背の高い年配の身なりのいい人とか、
小柄だけど筋肉質の拳法家みたいなやつとか。
で、高見の部屋でしばらく話していくんだけど、
ときおり怒鳴り声のようなのが聞こえるようになったんです。

そのすぐ後ですね、高見から相談されたんです。
部屋に行って話を聞いてみると、あの女の子はやっぱり新興宗教の人だったそうです。
そうとはわからず知り合いになったら、セミナーに出ないかと熱心に誘われてた。
しかたなく自分の家の事情を話したら、
今度は教団の上のほうの人を連れてきたって話でした。
「そりゃ入信させるためのサクラだろうから、きっぱり断ったほうがいいぞ」
まあ、こう言いますよねフツー。高見は、
「別にもう女の子のほうはどうでもいいんだけど、宗教論争みたいなことになって
 幹部みたいな人がしつこいんです。それと、
 うちの神様が今度のことをすごく怒ってるんです。ほら顔が変わってるでしょ」

そう言って額のほうをチラ見したんで、俺も見てみたんですけど、
怒ってるようには見えませんでした。
というか、絵の顔が変化するなんてありえない、とそのときは思ったんです。
「お願いがあります。今度、何人かいっしょに来るみたいだから、
 そのときにもし何かあったら、警察に通報してほしいんです」こう頼まれました。
日時は別にバイトのあるときじゃなかったから、かかわりたくはないなと思う反面、
面白そうなところもあって引き受けちゃったんですよ・・・
当日、夜の9時過ぎでした。様子をうかがってると、
あの女の子が男2人を連れてやってきたんですよ。

3人は高見の部屋に入ってボソボソ話しているようでしたが、
だんだんに声が大きくなって、「ドガッシャーン」と何かがひっくり返ったような音、
そして怒鳴り声が聞こえたんです。「これはいよいよか」と思い、
携帯電話を持って廊下に出てみたんです。
戸が開いて、高見が転げるように出てきました。
拳法家みたいな若いやつが、半身を乗り出して高見を中に引き戻そうとしました。
そのとき部屋の中で「キャーーーーーーーーーッ」という怖ろしい悲鳴が上がって、
女の子と中年の幹部が若い男を押しのけるように飛び出してきました。
そしてね、見ちゃったんですよ。

身長は3mほどあったと思います。
廊下の天井まで届いてさらに身をかがめてましたから。
ピンク色の肌で、腕は背丈相応に太いんですが、ぜんぜん筋肉質じゃないんです。
女性の腕みたいなんですが、巨大な琵琶を持ってて、
それで幹部の頭を一撃したんです。そのときは盛大に血が飛び散ったように見えました。
でも、後になって廊下を見ても血はなかったんです。
さらに若い男がひょいと片足をつかまれて廊下に投げ出されたんです。
そうとう痛そうな落ち方でした。
「チュミーーーーーーーン」こんな感じの音が爆発しました。
いや、これも頭の中で聞こえただけなんだと思います。

男2人は立ち上がって逃げ出し、
その後を女の子が泣きながら這って追っかけていきました。
オシッコもらしてたみたいです。
この間、俺はほぼ茫然自失の状態でしたが、我に返ると、
高見が所在なげに目の前に立ってて、神様の姿はどこにもありませんでした。
「もう終わったので、通報はいいです。迷惑をかけてすみませんでした」
高見は小声でこう言ってから「はあ」とため息をつきました。
その後はね、宗教団体のやつらは一度も見かけたことはありません。
いや、「本物は違うんだなあ」と思いました。
それから、高見の部屋で何度か飲んだこともあるんですが、
神様の絵のほうには一度も尻を向けたりしたことはありませんよ。だって・・・ねえ。

『ヒンドゥーの神々』



嫌地

2014.08.18 (Mon)
今、高校3年で来年就職予定です。
これは約1ヶ月前のことなんだけど、農業用の溜め池で事故があった。
事故というか、自殺ということで決着したんだけど。
その溜め池は大きくて、周囲は3kmくらいはあるんじゃないかな。
まわりはそんなに高くない堤で、自然の池を改修したものらしい。
堤はサイクリングロードになってて、
ほとんどの場所を水田が取りまいてるんだが、
一区画だけ、林にかかるところがあるんだ。
なんでその林を残したのかわからないけど、クルミや楢の太い木が多くて、
うっそうと暗い感じなんだよ。

自転車で通る人も、夏場なんかは涼しいのに、
その一画を過ぎるときはかえってスピードをあげるんだ。
なんだか薄気味が悪くて。
これは、そこが心霊スポットと呼ばれるのを知ってるからなんだと思う。
コンビニで前に売ってた「全国心霊地図」というムックに載ってたりしたんだ。
で、あんまり大きな声で言っちゃいけないかもしれないが、
そこが心霊スポットとされたのは、俺に原因があるかもしれないんだよ。
小学校のとき、たまにそこを通ったりすることがあって、
いつも不気味な雰囲気だったんで、学校で幽霊を見たって話をしたんだ。

堤を池側に下りると10mほどで水際なんだが、
ススキが生えてて岸までは近づきにくかった。
そこで夕暮れ時、池から顔を出している泥だらけの男を見たってクラスで話した。
泥まみれの手をあげて、こっちに向かっておいでおいでをしたって。
もちろん嘘なんだが、俺の他にもそんな話を作ったやつがいたのかもしれない。
その林の木では何人も首吊りをしてるって話もあったから。
そうやって尾ひれがついて、町中に少しずつ広まっていったんだと思う。
そして本に載って一気に有名になり、わざわざ訪ねてくる人まで出てきた。
でもじいちゃんは、昔からそこで亡くなった人なんて聞いたことがないって言ってた。

で、亡くなったのは40代くらいの男性で、民間会社の人。
なんでもその溜め池が小水力発電に使えないか、
町からの以来で調査してたそうなんだ。
それが臨時に借りてたアパートに戻ってこず、
早朝ウオーキングの夫婦が林を通りかかったとき、
その人がうつ伏せで水面に浮いてるのを見つけたんだ。
こっからは噂話だけど、警察はまず事故の線を消した。
なんでかというと、その人の自転車がきちんとスタンドをかけたままで立っていたから、
誤って落ちたのではないだろうってこと。

それと、溜め池の林の近くに住んでいる人から証言があったらしい。
夜7時過ぎくらいに、「嫌だ!嫌だ!」と大声で叫ぶ声を聞いたって。
これはうちの詮索好きの母親がその人に直接聞いてきたんだから間違いないよ。
そのことはもちろん警察に話していて、それで殺人事件の可能性も考えたみたい。
だけど男性は溺死で、その他に体の傷はなかったし、
ポケットに遺書らしきものが入ってた。
これも母親の話だけど、
小さいメモ帳をちぎったのに「もう嫌だ」と書かれてあったらしい。
それと、男性が倒れてた場所は深さが50cmもなかったんだって。
・・・俺が小学生のときの、泥だらけの頭が出てたってのは違ったことになるな。

で、結局自殺ということで決着したんだ。
それから2週間くらいして、友人と2人でその場所を見に行ったんだよ。
もちろん暗いと怖いから日曜の昼間に。
林に入っていくと昔から知ってるとおり暗くて、夏なのに肌寒ささえ感じたんだ。
もう立ち入り禁止ロープとかはなかったが、
サイクリングロードの脇に花束やジュース缶が供えられていて、
場所はすぐにわかった。
下まで見にいったけど、水は泥色でどのくらい深さがあるかもわからなかった。
そのとき、友人が「あれ、なんか白いものが沈んでる」って言った。
見ればたしかに、けっこうな大きさの白いものが泥に埋まってたが、
水が濁ってて何だかわからなかった。

「おーい、君たち」背後から声をかけられてドキッとした。
ふり向くと、30歳くらいの男の人が立ってた。
その人は自分はルポライターだと名乗り、
「心霊スポットと言われる場所で亡くなった人が出たと聞いて取材に来た」と言った。
それから、その場所のうわさ話なんかいろいろ聞かれたが、
自殺した人については噂以上のことは話せなかったな。
俺が「水の中に白いものが・・・」と言うと、「ああほんとだ、何だろうね」と、
林の中から長い木の枝を拾ってきて、俺らが片手を引っぱり、
ライターの人が身を乗り出して枝を下にこじ入れて持ち上げた。

上がってきたのは、白い発泡スチロールの箱のフタだった。
港で魚を入れるようなやつ。
「なんゴミか」と俺は思い、ライターの人も枝を抜こうとした。
そしたら枝の上でくるりとフタがひっくり返り、
裏の側に赤い大きな字が書いてあるのが見えた。字の一つが15cmもあって、
「嫌 だ」と書かれていたんだ。
ライターの人は「うっ」と息をのみ、フタは水に落ち、沈まないで浮いていたんだ。
そっからなんとなく言葉少なになり、俺らはあいさつしてライターの人と別れ、
その後友人と遊ぶこともなく、家に戻ったんだよ。

その夜、就職が決まって勉強することもないんで、11時過ぎには寝た。
「ガッシャーン、ドン」と大きな音で目が覚めた。
通りに面したガラス窓が割れたようだった。
2階まで誰かが石を投げ込んだんだと思った。
割れた窓から怒鳴り声が聞こえてきた。
最初は何を言ってるかわからなかった。
また石を投げられないように、部屋から出て暗い廊下の窓から下を覗いた。
街灯の下に真っ黒な人が立っていた。そいつは白い板を両手に持って振り回しながら、
「嫌だー、嫌だー」と大声で怒鳴っていた。
昼に見た池の発砲スチロールのフタじゃないかと思った。怒鳴り声はしばらく続いた。

「何だあんた、警察を呼ぶよ」下で父親の声がした。縁側から叫んでるんだと思った。
そいつは弾かれたように板を投げ捨て、走って逃げていったんだよ。
階下に降りると、親父が外に出て板を拾ってたんで、俺も続いた。
間違いなくあの池で見た発泡スチロールで、「嫌 だ」と書かれていたが、
昼とは違って、字は両面に増えていたんだ。
スチロールの一方の両端が、強い力で握りつぶされていた。
結局警察を呼ぶことになった。俺の部屋からは20cm大の石が見つかり、
通りから投げ込んだのなら、信じられない力だと思った。
石もスチロールも警察が押収して持っていき、朝まで警官が一人家に前にいてくれた。

その朝、あの溜め池の同じ場所で男の水死体が見つかった。
前の人とまったく同じ死にかたで、俺らが話をしたライターの人だったんだよ。
どうやら「全国心霊地図」の出版社から派遣されてきたみたいで・・・




2014.08.18 (Mon)
俺は小さい頃から、いわゆる霊感というのがあったんです。
それに関係した話をします。

これは小学校高学年のときのことです。書道塾に通ってました。
週2回だったかな。小学校より近いところに家から歩いて通ってたんです。
学校が終わってから夕食前までで、終わりが6時30分頃でした。
大きな家の板塀が続く区画を通るんですよね。
昔からの古い家が集まってるところ。
で、冬に入る前あたりの頃だったと思います。
高い板塀づたいに歩いてると、
塀と、別の家の塀の境にちょっとした隙間があって、
そこに霊がいたんです。

見ればわかります。霊は少し透けてますから。
うーん完全に透明なわけじゃなくて、たぶん霊が見せたいと思うところは、
普通の人間と同じく透けてないんですよ。霊の力があまり及ばないところ、
例えば足のほうや、手の先なんかが半透明になってることが多いんです。
ところがその霊は、頭も含めて体がほとんど透けてて、
両手の腕の先だけはっきりしてたんです。女の霊でした。
20代くらいじゃなかったと思いますが、
当時小学生だったんでよくわからなかったんです。

霊はそのせまい塀の間の隙間にいて、
両方の手のひらで塀のある部分を押さえてたんです。
ちょうど人の頭の高さよりちょっと低いくらいの位置でした。
だから手の先がはっきりと見えて、
それ以外の体の大部分は半透明のぼんやりだったんです。
最初は「あれ?」と思うくらいでした。他にもいくつも見てましたし。
ところがその霊は、俺がその場所を通るたび常にそこにいて、
同じ動作をしてたんです。
こういうのは、よほど何かそこに執着したことがあるんで、
あんまり近寄らないほうがいいんです。関係ができちゃうとマズイですから。
冬中ずっと、俺の書道塾の行き帰りは同じことしてましたね。

それが、春になるにつれて少しずつ変わってきました。
塀を押さえている力がゆるみ、
少しずつ顔が濃くなってきて笑みが浮かび始めたんです。
ああ、気味悪いなと思ってました。たぶん霊になにか意図していることがあって、
それが成就してきてるんだろうなって。
5月に入って、かなり日が長くなってました。
塾の帰りでもけっこう明るかったんです。
その日いつもの場所を通ると、その霊が塀から手を離してました。
それだけじゃなく、満面の笑顔で俺のほうを見てたんです。
「ああ、ヤバイ関係がついちゃった」と思いました。

霊は俺に向かって手招きしたんで、近寄っていきました。
こういうときに逆らうとよくないんです。家まで付いてこられたりするんで。
おそるおそる近づいていくと、女の霊は両手で塀のほうを指し示して、
ニコニコ顔のまますうーと薄くなりました。
完全にいなくなったわけではないんです。それは気配でわかります。
霊が指し示した先の塀には、
500円玉より大きいくらいの節穴が開いてたんです。
これは俺に見ろってことだろう、と思いました。
それでつま先立ちして覗いてみると、家の庭が見えました。
和風の大きな家の障子に明るく電気が映えていて、縁側が見えました。

その障子の一枚がバーンと倒れて、和服の女の人が転げるように出てきました。
女の人は霊の顔と少し似てたような気がするんですが、もっと齢いってました。
その後を追っかけるように、年配のやはり和服の男の人が出てきて、
手にゴルフクラブを持ってました。
で、庭に落ちた女の人の頭をクラブで殴ったんです。
ボクッという音が、俺のところまで聞こえてくるくらい強く。
「ああっ」と思いました。今から考えれば、
警察に通報するべきだったんでしょうが、
その当時は小学生で携帯も持ってなかったし、なんともできなかったんです。
下を向いた女の人の頭から地面に血がこぼれていると思いました。

男の人はクラブを今度は竹刀のように上に振り上げて、もう一発・・・
障子の奥から婆さんと若い男の人が出てきて、
クラブを持った人を後ろから抱きとめたんです。
男の人は手を振り回して暴れてました。
そこまで見たとき「くはははははっ」という声がして、
そっちを向くと、女の霊が大きく口を開けて笑いながら、
平泳ぎのように手を動かして夕闇の空に上がっていこうとしてたんです。
霊は俺の顔を見てもう一度笑い声を上げ、そして消えました。
遠くからパトカーのサイレンの音が近づいてきたんで、
俺は後も見ないで走って逃げ出したんですよ。

後で家の夕食のときに話が出ましたが、
クラブで叩かれた女の人は亡くなったそうです。
それをやったその家の主人は、もちろん警察に捕まりました。
原因は浮気がどうのこうのということでしたが、はっきりしたことはわかりません。
母親が「ちょうど、犯行時間のあたり、お前が塾から帰る頃だったんじゃない?
 怖いわね」と言ったんで、
「知らない、怖いね」と答えたんです。
この頃には、見えない人に何かを説明してもムダだとわかってましたから・・・
今から考えれば、あの女の霊は塀の穴を押さえてたんじゃなく、
そっから何か念のようなのを送り込んでたんでしょうね。

その霊ですか?まだしばらく、1ヶ月くらいは見えてました。
塀の上に立ち上がるようにして、ニヤニヤ笑ってたんですが、
俺のほうに視線を向けることはなかったんで、
あのときだけで関係が切れたんだと思います。
だんだん薄くなって、最後は霧の固まりみたいになって、やがて消えましたよ。




アンテナ

2014.08.17 (Sun)
この間、マンションを買って賃貸から引っ越したんです。
いえ、そんな景気のいい話じゃなく、アラフォーの独身ですので、
この後、年をとってから賃貸の家賃を払い続けられるか不安になったんです。
なるべくセキュリティがしっかりしたところと思って購入したのは、
近県の中古の1LDK、8階の部屋です。
通勤距離は遠くなってしまいましたが、これはしかたないです。
・・・引っ越したことは上司には話しましたが、
同僚には言わないでくださいとお願いしました。
面と向かってはないでしょうが、陰であれこれ言われるだろうと思ったんです。

引っ越し屋さんに頼んだんですが、荷物は大きいのが布団とテレビ、
冷蔵庫くらいで、4t車一台で済んだんです。
土曜の午前から始めて、午後の早くには大きい物の片付けも終わっていました。
引っ越し業者さんは挨拶の品の販売もしていたのですが、
上下の階は音が響いたりするとは思えない構造でしたので、
両隣の部屋の分を購入して、夕方過ぎにご挨拶に行ったんです。
向かって右側の部屋は在宅されていて、私と同じくらいの年代の女の方でした。
気さくな感じで、これから親しくさせていただけそうな感じがしました。
その方に言われたんです、「左隣の部屋はいないかもしれないよ」って。

話によれば、普段は人が住んでいる様子はなく、
月に数回ほど人がやってくるだけで、
女優さんのようなきれいな女の方ということでした。
男の人の姿はいっさい見たことがないとも言ってました。
そのときは何か事情があるのだろうくらいで、特に気にも留めなかったんです。
いちおう呼び鈴を押してみましたが、インターホンから答えは返ってきませんでした。
食器類や衣類の整理などもあったんですが、その日はベッドだけ整えて早く寝ました。
翌朝は気持ちよく晴れた天気ででしたので、リビングからベランダに出てみました。
鳩の害があるということで、ネットが張られていたんですが、
洗濯物を干すのに支障はなさそうでした。

風が強く、遠くのほうに小学校の建物の屋上が見え、8階なんだなと実感しました。
昨晩ごあいさつした右隣の方の部屋はレースのカーテンが引いてあるのが少し見え、
まだお休みかもしれないと思いました。
左隣の部屋のほうは濃い紺色の分厚いカーテンで、
これでは光が入らないだろうなと思いました。
そのとき、なんとなく好奇心を感じたんです。
どうせいないんだから、ちょっとくらい覗いてもわからないだろうって。
いえ、まさか仕切りを乗り越えていったりはしません。
そんな運動神経はないですし、鳩ネットで仕切られているんです。
ちょっと身をのりだして見たくらいですね。

すると、かすかにブーンという音が聞こえたんです。
機械が出す音のように感じました。
よく見るとカーテンが小刻みに震えている部分がありました。
いえ、震えているのはサッシにあたっている部分だけだったので、
サッシ自体が振動しているのかもしれないと思いました。
カーテンの合わせ目のところが少し開いていて、大きな白い物があるようでしたが、
なんだかはわかりませんでした。
そんなことをしているうち、何となく恥ずかしくなって中に戻りました。
それから2週間ほどは、特に変わったこともなかったんです。
ただブーンというかすかな音だけは、ベランダに出るたびに聞こえていました。

木曜日だったと思います。7時半過ぎに部屋に戻り、鍵を開けようとしていたら、
エレベーターホールから曲がって、女の人がこちらに歩いてきたんです。
低い靴をはいていましたが、背が175以上はあり、
すごく痩せていて手足が細く、モデルさんのような体型でした。
顔色は白く、めったに見かけないような大きな黒のサングラスをかけていました。
ほとんど小さな顔の半分を覆うくらいです。
左隣の部屋に入ろうとしましたので、慌てておじぎをし、
「先月、隣に越してきたものです」と言いました。
向こうは少し驚いたように口を開けましたが、ただこくんと頭を下げただけでした。

部屋に入って、前に感じた好奇心がムラムラと頭をもたげてきたんです。
私はあまりテレビは見ないんですが、
女優さんか有名なモデルさんかもしれないと思ったんです。
それですぐ、とっておいた粗品を持って隣の部屋を訪れました。
チャイムを押すとすぐに出てこられたんですが、
わずか数分しかたってないのに、スーツからスエット上下に着替えていて、
しかも相変わらず大きなサングラスをつけていたんです。
玄関からはもう一枚戸があって、中が見えない構造になっていたんですが、
ブーンという音がけっこう大きく聞こえていたんです。
それと「ブハッ、ブハッ」という何かの排気のような音も。

「ありがとうございます。よろしくお願いします」その人はそれだけ言って、
粗品を受け取られ・・・それ以上の話が続きませんでした。
私は窓口業務をしていて口はまわるほうなんですが、
会話のとっかかりがつかめなかったんです。やはり女優さんなのかなと思いました。
でも、それにしては言葉のイントネーションが変な感じもしたんです。
翌日は早くに出て、遅くまで飲み会があり、帰るなりバタンキューでした。
そして土曜日、早く起きて洗濯をしベランダに出ました。
興味津々で隣の様子をうかがうと、サッシの一部が開いているようでした。
それに合わせてカーテンもそこだけ開いてて、白い丸いものがあったんです。
ただし、サッシから突き出ているわけではないので、
あまりはっきりは見えませんでした。

衛星放送のアンテナのような形でしたが、それよりはだいぶ大きかったです。
もしかして携帯電話の中継局か何かかとも考えましたが、
普通は屋上などに設置されるものだし、住人にも必ず説明がありますよね。
変だなあ、とは思いましたが、それ以上のことはわかりませんでした。
その後外出して、夕方に戻りました。洗濯物をとりこむときも、
サッシは開いていて、アンテナ状のものが朝より前に突き出していました。
その夜です。明日も休みなので、寝室のベッドで遅くまで本を読んでいました。
トイレに行きたくなり、立ち上がってリビングに入りました。
ベランダのほうから「カツン、カツン」と固いものがガラスにあたる音が聞こえました。
明かりをつけ、カーテンを少し引いてみました。

お隣との境目の鳩よけネットに何かがくっついて動いているようでした。
鳥が突っ込んできて嘴があたっているのかと思いました。それで、外に出てみたんです。
すぐに、お隣のネットが真っ黒に膨らんでいるのがわかりました。
何かの生き物が群がっていたんです。外のほうが町の灯りでよく見えるんです。
鳥ではありませんでした。猿・・・より小さい四つ足のものです。
それが鈴なりにお隣のネットに重なり合って張りつき、揺らしていたんです。
隣のアンテナ状のものが大きく突きだしていました。
その群れからこぼれたのか、一匹だけが私のほうのネットの端にきていて、
全身真っ黒な、赤ちゃんの体つきをしていました。
黒人の黒さではなく、夜の闇よりも濃いような黒色でした。

はっきりとは見えませんでしたが、頭の部分には目も鼻も髪もなく、
漏斗のような形をしてとがっていました。
それがお隣には何十匹も群れているんです。「あーっ」と声を出して逃げかけました。
すると、お隣のアンテナの近くにあの女の人が顔を突き出しました。
サングラスをかけたままの顔でこちらを見て、「しーっ」というポーズをしたんです。
それからアンテナに何かをしました。
群がっていた奇妙なものたちは、羽もないのにいっせいにネットを離れて上昇し、
一匹もいなくなってしまったんです。あっという間でした。
女の人は顔を引っ込め、同時にアンテナも下がっていき、サッシが閉まる音がしました。
私は後じさりして部屋に入り、サッシの鍵をかけました。
今見たものが何だったか考えようとしましたが、ぜんぜんまとまりませんでした。

そのうちに怖くなってきて、着替えて外に出ました。
お隣のドアの前を急いで走りぬけ、エレベーターに乗りました。
時間は2時過ぎでした。通りはまだ車が走っていて、
すぐタクシーを拾うことができました。
最寄りの駅に行き、そこのファストフードの店やコンビニで朝まで過ごしたんです。
朝の9時過ぎにおそるおそるマンションに戻ると、
少し離れた場所に会社名の入っていない大型トラックが停まっていました。
隣に業者?が入っていて、引っ越しの最中のようでした。
私に昨夜のものを見られたから引っ越すんだろうか、そう思いました。
突っ立ったまま見ていると、大きなダンボールがいくつも運び出されていきました。
4人がかりで持つような重いものばかりで、生活用品には見えませんでした。

これも社名のない作業服の人たちはとても手際がよく、
20分ほどしてあの女の人がサングラス姿で出てきました。
私を見ると軽く頭を下げ「引っ越します。お近づきになったばかりなのに残念です」
と棒読みのような声で言い、
「記念に一枚」バッグから奇妙な形のデジカメを取り出して私を撮ったんです。
もちろん抗議しようとしましたが、女の人は早足で近づいてきて、
カメラのストラップをマスコットをつまんで目の前に差し出したんです。
真っ黒な赤ん坊でした・・・顔が漏斗の形をした。
そして呆然としている私に軽く頭を下げ、エレベータに歩み去って行ったんです・・・

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オカルト系ブログ

2014.08.16 (Sat)
 今日は自分がよく見させていただいているオカルト系ブログの話を書きます。
オカルト系のブログって、2chその他のネットから拾ってきた話を
まとめているところは多いんですが、個人として書いている人というのは少ないんですね。
これはホラー小説の場合も同じで、自分もふくめて一握りくらいしかいない。
ホラーというジャンルに力がないのか、と思わされてしまいます。
ただ、ベストセラー小説にはけっこうホラー系が入るんですよね。
あとノンフィクションもオカルトは強いと思います。

 例えば貴志祐介さんの『黒い家』とか、瀬名秀明さんの『パラサイト・イブ』とか、
映画化もされて話題を呼びましたよね。もちろん『リング』なんかもそうです。
他にも『リアル鬼ごっこ』『バトル・ロワイアル』などもホラー要素は強いと思います。
ノンフィクション?だと、
グラハム・ハンコックの『神々の指紋』は、世界的なベストセラーになりましたが、
あれこそ昔のデニケンの本の再来で、オカルトの王道と自分は思ってます。
マンガにもたくさんありますよね。
 そういう面で、けっしてミステリーやファンタジーに劣るとは思わないのに、
書く人が少ないのは残念です。自分は小説家を目指しているということはないんですが、
そういう目標がある人にとっては、
けっこう狙い目のジャンルなんじゃないかと思ったりもします。

 さて、自分が読ませていただいている最初は『知人から聞いた話』というブログで、
管理人は「大弓」さんという方です。
最初はよくある怖い話のまとめサイトかと思ってましたが、そうではないようですね。
毎日更新ではないようですが、非常にセレクトのセンスがいい怖い話が多く、
いつも感心して見させていただいています。
大弓さん本人が「オカルト否定派」と書いていたのをちらっと読んだ気がしますが、
それだけにかえって、厳選して怖い話を載せることができるのかなあ、と考えたりもします。
フィクションではなく実話系なので、そのうちアクセス数はここより多くなるでしょう。

 もう一つご紹介させていただくと、『超常現象・都市伝説・オカルト等の話が好き』
というブログで、管理人は「じょーえる」さんという方です。
ここでは怖い話ではなく、毎回「変死体」「秘密」「マジック」とかテーマを決めて、
オカルト論のようなことをなさっていますね。
これは、もし自分がやったとすれば大変だろうな~と思わされます。
なぜなら書きたいこと、書かなければならないことは膨大にあるからです。
一つのテーマについても、いくらでも書くことはありそうで、
自分ならあちこちから資料を引用してページをクソ重くしてしまいそうな気がするんですが、
そこをさらっとまとめているのが、いい手際だなあと思って見ています。

 ここではリンクは張りませんが、ぜひ興味を持たれた方は訪問してみてください。
お二方ともFC2ブログですね。 

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2014.08.14 (Thu)
* やや気持ち悪いかもしれません。

この3ヶ月間いろいろなことがあったのですが、
なんとか気持ちが落ち着いてきたところに、
また怖ろしいことがあったので、ここに話しにきました。
主婦をしていました、子どもはおりません・・・よろしくお願いします。
ええ、一連の出来事は3ヶ月前に始まったんです。・・・月曜日の朝ですね。
わたしがいつも新聞を車庫の前の郵便受けまでとりにいってたんです。
そしたら奥のほうに20cm四方ほどの包みがあるのが目につきました。
油紙と紐でくくられたそれは、
手に取るとにちゃっとした感触があったんです。

表にも裏にも宛名書きのようなものはありませんでしたので、
郵便物や宅配ではないようでした。
直接、郵便受けの蓋を開けて落とし込んだのだと思いました。
とにかく新聞とともに家に持って入ろうとしたら、油紙のはしのほうから、
ぽたぽたと茶色い液体がこぼれ落ちたんです。
「まあ、何かしら」と思い、キッチンの流しで油紙を開いてみました。
少し紙をめくったら、生臭い臭いが鼻をつきました。
我慢して油紙をはがすと、
中には赤黒く腐りかけた何かの内蔵が入っていたんです。

思わず大きな悲鳴を上げてしまいました。
声を聞きつけて、居間にいた主人がキッチンに入ってきましたが、
流しの中の物ものを見て「ヒドイ臭いだな、何だそれ」と言ったんです、
主人は総合病院の外科に勤めていましたので、
内臓などは見慣れているんですが、鼻を押さえながら近寄って、
「人間のじゃないな。動物・・・豚かなんかの脾臓だよ。
 お前だって看護師だったからわかるだろ。これ、どうしたんだ?」
と聞きました。

事情を話すと「ふうん、イタズラか嫌がらせなのかな。
 とにかく警察に知らせたほうがいい。
 警察の上のほうに知り合いがいるから、もう少し後で電話してみるよ」
ということになり、気持ちが悪かったんですが、
内臓は大きめのタッパーに入れて新聞紙で包み、冷蔵庫で保管したんです。
やがて主人は車で出勤し、その日の午前中のうちに警官が家に来て、
その内臓と油紙などを持っていったんです。
これほど素早い対応になるとは思ってませんでしたが、
主人の電話が効いたのだろうと考えました。

警官は、「また何か変わったことがあったら、すぐに知らせてください」
こう言って帰っていきました。
その日の夜のことです。主人に警官が来たことを話し、
11時過ぎごろに寝ました。
うちは寝室にダブルベッドを置いて、主人といっしょに寝ているんですが、
少しうとうとしたと思ったら、トイレに行きたい感じがして目が覚めました。
ところが起き上がろうとしたものの体が動かなかったんです。
俗に言う「金縛り」状態になっているのだと思いました。

感覚ははっきりしてて、横で寝ている主人のかすかなイビキが聞こえたんです。
数分くらい小刻みに体を動かしているうちに目が開きました。
同時に、朝に嗅いだあの内臓と同じ腐った臭いが足下から漂ってきたんです。
目だけでそちらを見ると、ベッドの後方の窓の横の壁から、
白っぽい毛のようなのが2カ所突き出てきました。
それは見る見るうちに大きな球状の毛玉に変わったんです。
何かはわかりませんでした。体を動かそうにも、
声を出そうにもどうにもならず、
目さえ閉じることができなくなっていたんです。

その球状のものは、あるところまで壁から出てくると止まり、
ぐうっと上に反り返りました。・・・豚の頭でした。
最初は頭頂部をこちらに向けていて、
それが正面を向くように顔を持ち上げたんです。
両目は白く濁って膜がかかり、水をかけたように毛が濡れて逆立っていました。
豚は、壁から生えた西洋の剥製のような状態で、
「ぶひひん、ぶひひ」と鳴きました。
豚の鳴き声とは思えませんでした。

人間が無理して豚の真似をしている声に聞こえたんです。
案の定「どうだ、豚の鳴真似までしてみせたぞ。上手いだろう」
こう、トンネルの中でエコーがかかったような男の声が頭から出てきました。
「ぶひひ、内蔵はどうした? 食ったか? 美味かったか?・・・また送ってやる」
続けてこう言うと、顔をこちらに向けたまま壁に引っ込んでいき、
最後に豚の鼻だけを残してしばらくとどまっていましたが、
やがて消えました。その途端、金縛りがとけ、
「嫌ーっ」と大声で叫びながら体を上げて、主人を揺り起こしたんです。

主人は「夢を見たんじゃないか」と言って最初は取り合おうとしませんでしたが、
わたしが「まだ残ってるでしょ、この臭い。感じないの?」と言うと、
起き上がって電気をつけ、鼻を動かしましたが、
「そうだな、腐った臭いがする」と答えました。
2人で、豚の頭が出てきた壁の傍にいって手で触ったりしたんですが、
特に異常は見つけられませんでした。
どうしようもなく、トイレの臭い消しを持ってきて部屋の中にふり撒き、
もう一度寝たんですが、その後は特におかしなことはなかったんです。

翌日、昨夜のことを思い出して怖くなりました。
それで、午前午後と大型ショッピングセンターに行って過ごしたんです。
6時半頃に携帯に主人か「今から帰る」というメールが入りました、
自分の車で家に戻り、鍵を開けようとしたとき、また携帯に着信がありました。
よく知っている、主人の同僚の外科医の方からでした。
出てみますと「とにかくすぐ病院まで来てほしい」という話で、
わけもわからず言われた通りに主人の勤める病院に向かったんです。
病院では同僚の方が玄関で待っていて、別室に通されました。
そこで、主人が亡くなったことを知らされたんです。

主人は駐車場に向かう途中、
たまたま来ていた救急車の車輪の下に体を投げ出し、
轢かれてすぐに起き上がって、エレベーターに乗り、
そのまま8階の女性の集団病棟に入っていって、
開いた窓から飛び降りたんだそうです。
警察も来ていましたし、大きな騒ぎになっていました。
「遺体は手術室に安置していますが、見ないほうがいいです」と言われました。
それからはわけのわからない状態になりました。

主人は自殺で事件性はないと判断され、火葬、葬式と、
まったく現実感のないままどうにかこなしてきたんです。
主人の実家から、義父母始め何人も駆けつけてくださり、
また病院の方もよくしてくださったので、
精神を壊さずに乗り切ることができたようなものでした。
10日ほどで、すべては一段落し、
泊まってくださっていた義父母も実家に戻られました。
くたくたの状態でベッドに寝ていると、
また金縛りになっているのに気がつきました。

前回と同じように豚の頭が壁から出てきました。
見たくはなにのに、どうしても目線がそちらに向いてしまいます。
臭いは一段ときつく、
それは豚の頭が前よりも腐っているからだと思いました。
口からはだらだらと汁がたれ、光のない目で豚は言ったんです。
「成就した、成就したぞ、ぶひひひひ。
 屠殺されたかわりに医者も屠殺してやった。
 これで済んだと思うな・・・まだ終わらないからな」
それを聞き終えて、気が遠くなっていくのが自分でわかりました。

気がつくと次の日の昼近くになっていたんです。
気が狂ったようにわめきながら、たくさんの知り合いに電話しました。
そのうち何人かは家に来てくれ、そのまま私は主人の病院に連れてこられ、
入院することになったんです。
2ヶ月ほど入院し、その間、心療内科の治療を受けていました。
退院してもあの家に戻る気になれず、衣類など身近な品だけとりにいって、
主人の病院のある市から車で1時間ほど離れた実家に戻ったんです。
その後はしばらく平穏な日が続きました。

そして1週間前です。実家の郵便受けにあの油紙の包みが入っていたんです。
わたしは見ませんでした。父が開けたのですが、
グズグズに腐って原型をとどめていなかったそうです。
それを聞いて、すぐに警察に知らせるように言いました。
・・・一昨日です、鑑識の結果が出たと警察から連絡がありました。
豚ではなく、人間の脾臓だったそうです。
状態が悪くてはっきりわからないが、
子どものものではないかという話でした・・・
みなさん、どう思われますか? わたしはどうしたらいいんでしょうか。

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二面さま

2014.08.13 (Wed)
今、中2です。中1のときに総合学習で郷土研究というのをやりました。
地元に伝わる妖怪「じろすえさま」について調べたんです。
そのときの発表を思い出して話します。
「じろすえさま」は長く上郷の集落で言い伝えられてきた妖怪で、
江戸時代の古文書にもその名前が出てくるんです。
野っ腹の中に「じろすえさま」を祀った小さな祠があり、
そこへ通じる道はなかったと言われています。
世話をするものがなく、
うち捨てられていたため祠はどんどん朽ち果てていって、
農作業のための物置小屋よりもひどい状態になっていたそうです。

ただ、当時の村には「じろすえさま」を不憫に思っていた人もいたらしく、
他の村人にわからないように、暗くなってからこっそり祠を修繕したり、
お供えをあげたりすることもあったと言われています。
「じろすえさま」にお供えをする場合は、2つ、4つ・・・など、
必ず偶数でないといけなかったそうです。
その祠があった場所は、今は市営住宅前の小公園であるそうです。
次に「じろすえさま」の外見について話します。
5歳くらいの子どもの姿をしていた、と古文書にはあります。

子どもの姿なんですが、顔が2つあったという話なんです。
首は一つで、その上の頭も一つなんだけど、
頭の左右に別々の顔がついていたんです。
一つは兄の男の子で名前は「じろう」、
もう一つは妹の女の子で「すえ」という名前です。
これは親がつけたのか、それとも村の人がつけたのかわかりません。
二つの顔はあまり仲がよくなくて、いつもケンカしていたんだそうです。
だから前に話したように、お供えなんかも2つの顔が公平に分けられるように、
必ず偶数でないといけなかったってことでした。
この姿から、「じろすえさま」は「二面さま」とも呼ばれていました。

「じろすえさま」は日が暮れると、
祠を抜け出して村の中を歩き回ることがありました。
村の辻なんかでは、どっちにいくかで「じろすえさま」の二つの顔が、
言い争いをすることがあり、
その声が近くの家に聞こえてくることがあったそうです。
また、村の人は日が暮れてからどうしても出かけなければならなくなったときは、
小さな握り飯かまんじゅうなどを2つ持って歩くことにしていたそうです。
もしも「じろすえさま」に出会ってしまったら、
そのお握りを投げるんです。
そして「じろすえさま」が拾って食べる間に通り過ぎていくことにしていました。

何かをあげなかったりしたらどうなるかはわかりませんが、
とり殺されたり、害を受けるということはなかったようです。
だからお坊さんを呼んでの本格的なお祓いなどは行われなかったのだと思います。
また、あげるものが一つしかなかった場合は、
それを兄の「じろう」がとってしまい、
「すえ」が悲痛な声で泣き叫ぶのだそうです。
・・・だいたいこんな話なんですが、
村は明治になって町に変わり、さらに町村合併の時期に市になって、
その間に「じろすえさま」の話も忘れ去られて、
古くから住んでいる年寄りが、かろうじて覚えているという状態になったんです。

僕もこれを調べたときには、ただの伝説だと思っていました。
そんなことが昔だとしてもあったはずはないし、
まして現代では妖怪なんてマンガの中にしかいないと考えてたんです。
それが・・・今年のお正月なんですが、
「じろすえさま」と思われるものに出会ってしまったんです。
僕は剣道をやっていて、冬休みの学校の部活のほかに道場にも通っています。
その道場で、正月の道場開きがありました。
簡単な稽古の後に、師範の奥さんが作った汁粉を食べ、
1年の目標を紙に書いたりするんです。

最後に、神前に礼をして紅白モチをもらって終わりです。
夜の8時少し前だったと思います。
「じろすえさま」の祠があったと言われる公園の前を自転車で通りました。
するとベンチに一人の男の子がいるのが目に入りました。
いや、「じろすえさま」の祠があった場所だなとは思いましたが、
怖くはなかったです。市営住宅がすぐ目の前で、
ほとんどの部屋に明かりがついてましたから。
それに、男の子は昔の着物とかじゃなく、ジーンズだったし、
現代のジャンバーを着て、フードをすっぽりかぶってたんです。

だからここで親が来るのを待ってるとかだろうと思ったんです。
自転車の速度を少し落として通り過ぎようとしたら、
「お兄ちゃん、お腹が空いてるから食べるものない」
とその子に声をかけられました。
ちょっと変な感じはしたんですが、自転車を停めて生垣をとび越えていくと、
「お母さんがいつまでたっても帰ってこないんで、お腹空いた。
 何か食べ物があったらちょうだい」
その子はベンチにまっすぐ座って、顔だけこっちに向けたままそう言いました。
かわいそうに思ったし、ちょうど紅白モチを持ってたので、
それをあげようとしたんです。

「ほら、これあげるから」と紙箱ごとモチを手渡したら、その子は、
「一つでいいです」と言って白いモチをとり、あとは箱ごと返してよこしました。
「でも、お母さんが遅くなれば、またお腹が空くかもしれないから」
僕がそう言ったら、
「でも、死んでしまって、妹の分はもういらないから」
こう答えてフードをめくり、横を向きました。
・・・後頭部の髪が削れたようになくなっていて、
そこに白い小さなガイコツの顔があったんです。
「これ、妹だよ」男の子がそう言いました。
僕は後も見ず逃げだし、自転車に飛び乗って全速力で逃げ帰ったんです。
 
家に帰ってこの話をしたら、親は笑ってましたが、
高2の兄さんがいっしょに見に行ってくれると言い出しました。
2人で自転車で行ってみたら、公園には誰もいなかったです。
兄さんがゴミ箱を調べたら、紅白モチの箱が出てきて、中身は空でした。
兄さんは「俺は信じるから。食べたみたいだから、いいことをしたんじゃないか」
と言いました。
もしかしたら僕が郷土研究で、
「じろすえさま」の発表をしたから出てきたんじゃないかとも言ってました。
妖怪だって、忘れ去られるのは嫌だろうからって。
その後、特に変わったことはありませんでした。
これで終わります。




浴衣

2014.08.13 (Wed)
私が中1のときのお盆のことです。
その日は父が会社の夏休みで、一家全員がそろって家にいました。
菩提寺へ行き、お墓参りをするのは翌日の予定になっていました。
午後になって、居間でコミックを読んでいたと思います。
玄関で「こんにちはー」という声がしました。
なんとなく聞き覚えのある声だったので「はーい」と言って玄関に出ました。
小4の妹も後ろについてきました。
玄関では引き戸が閉まっていて、
曇りガラスに人が2人立ってる影が映ってました。

「こんにちはー、竹見でーす」という声がしたので、
「ああ、やっぱり」と思いました。
県内の別の市に住んでいる母の弟の人で、家には年に何回か来ていました。
そのときは年齢は30代後半だったはずです。
おもしろい人で、いつも私たち姉妹にはお土産やお年玉をくれるんで、
喜んで戸を開けました。
竹見おじさんが目をつぶって立ってて、体がゆらゆら左右に揺れていました。
その後ろに女の人がいました。ちらっと見えただけですが、若い感じで、
白に青っぽい大きな模様の入った着物を着ていたんです。
妹が「こんにちはー」と大きな声で答えました。

竹見おじさんは玄関前に立ったきり、相変わらず目を閉じたまま。
女の人も動きませんでした。これは家の人を呼んできてくれということだと思い、
妹と居間に戻って「竹見おじさんが来たよ-」と言い、
妹が「女の人もいっしょ」と続けました。
「ええ、人が来た声したかー」と言って父が立ち上がり、
「聞こえなかったけど・・・」と母も台所から出てきました。
それで両親と一緒に玄関に出たら、誰もいなかったんです。
ただ玄関の戸は開いたままでした。「えー」と妹が言ってサンダルを履き、
私も後をついて表の通りまで出てみたんです。
やはりおじさんの姿はありませんでした。

「変だなあ、お前たちたしかに見たのか?」と父が聞き、
「見た見た、女の人も一緒だった」と私と妹が異口同音に答えました。
居間に戻って、さっきのことを詳しく両親に話していると、
当時まだ健在だった祖父が、
「白い着物の女の人ねえ、何か気になるな」
父に竹見おじさんのところへ電話をかけるように言い、
自分は立ち上がって、仏間のほうに入っていきました。
ややあって、祖父はきちんと畳まれた白い浴衣を持ってもどって来て、
私と妹に「お前たちが見たのはこれか?」と広げて見せたんです。

浴衣は新しいものではなく、
背中のところに大きな染みがうっすらと残っていました。
白地に大きく青い牡丹の模様が散っていました。
「あーそれだと思う」「それそれ、間違いない」私と妹が答えると、
「うーん」と祖父は顔をしかめたんです。
固定電話に出ていた父が「おじさん、家にいるぞ」と言い、
さらにしばらく話していました。
電話が終わったので、家族がテーブルを囲んで今のことについて話しました。

「それが変な話なんだ。おじさんは家にいて、
 あそこからこの家まで車で1時間半はかかるから、来られるはずはない。
 ただ、夢を見たって言うんだ。知らない女の人に頼まれてこの家に来たけど、
 なぜか玄関を開けることができない。そこへお前らが来て戸を開けてもらった。
 ところが声が出てこない。お前らが奥へ引っ込んだ後、
 女の人だけがスーッと家の中に入っていった。そこで目が覚めたらしい。
 少し頭が痛いから、医者に行こうかそうしようかって言ってた」
祖父が「その女の人はどんな着物着てたか言ってたか?」と聞き、
父は「言ってた。白に青い花模様が入った浴衣だって・・・」

今度は祖父が「仏間に行ってあちこち見てたら、
 仏壇下の隙間に白い物が見えて、これが畳んで押し込まれてあった。
 お前たちこの浴衣見覚えあるか?」家族全員が首を振りました。
祖父は「そうか。・・・よくはわからんが、
 竹見君はこの浴衣の持ち主に操られてきたんだろう。
 その女の人がというか、この浴衣が家に来たがってたんだろうな」こう言って、
「この浴衣はどっかに回してやりたいが、何か危ないことがあるんだろうなあ。
 ・・・俺がやるしかないか」と続けました。
その夜です。祖父は浴衣を自分の和室に持っていき、枕元に置いて寝たんです。

翌朝、早く目覚めましたが、祖父はもうとっくに起きていました。
朝食のときに、祖父が、
「浴衣はどっかいったぞ。朝起きたらなくなってた」こう話し、
母が「それで何か夢を見たんですか?」と尋ねると、
「見た、見た。道を歩いているとな。きれいな女の人が後ろから近づいてきて、
 案内をしてくれるように頼まれた。それで歩いていくと、すぐその家の前に出た。
 だけど入って行けないんだ。呼び鈴を押すこともできない。
 ただ、来ましたーって声をかけるだけ。すると家の人がきて戸が開いた。
 俺は動けないままで、後ろにいた女の人だけがその家に入っていった」
と続けました。

「弟と同じですねえ。それで、どこの家に行ったんですか?」と母が聞くと、
祖父は「それがな、目が覚めたとたんにさっぱり忘れてしまったんだ」
と言いましたが、何だかそらっとぼけたような感じにも聞こえたんです。
それからは特に何事もなく、お昼前に父の車で墓参りに行ったんです。
祖父は、お寺の住職がお経を読んでくださった後、
封筒を渡して何か話していました。
話はこれで終わりですが、その年、遠い親戚が2名亡くなりました。
お葬式には仕事を引退していた祖父が行きました。
・・・2名とも高齢でしたので、
浴衣のこととは関係がないんじゃないかと思います。



 

雑談(2ch百物語)

2014.08.11 (Mon)
雑談

 台風もなんとか過ぎまして、お盆を迎えることになりますが、
皆さんのところは被害などはなかったでしょうか。
お盆とは言っても、うちはキリスト教なのでほとんど関係はないのですが・・・
 ところで、自分が見ている2ch掲示板のオカルト板では、
毎年百物語をやっています。
自分は参加した年もあったのですが、ここ何年かはご無沙汰しています。
そこで、せめて宣伝でもと思い、運営の宣伝文をはりつけておきます。
2chのログがうまく貼れるかな。

     
        オカ板百物語2014.
      

百の言の葉移ろいて 闇に蠢く怪異達 その宴の夜来たる

【八月二十三日午後七時 怪宴】

オカルト板にて毎年恒例の百物語を今年も開催する運びとなりました。
つきましては、皆様の怪談の投稿をお待ちしております。
現在、運営スタッフも合わせて募集中!
あなたの中に燻っている怖い話、不思議な話を百の蝋燭のひとつに灯してみませんか?

詳細はこちらまで↓
百物語2014 準備スレ
( http://maguro.2ch.net/test/read.cgi/occult/1402916110/ )

※※注意※※
・ オカ板百物語専用サイトや2ch公式wikiへまとめという形で転載する可能性がございます。
 予めご了承ください。
・ご参加の方は当日、.netの方へご投下ください。
・同月おーぷんでも百物語が予定されていますが、本件とは別物です。


 話のエントリーは現時点で100話中30話も埋まってないようですので、
みなさんの中で興味がある方はチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
詳しいことは上記URLのスレで質問をすればわかると思います。
あとこれは『オカ板百物語まとめWiki』のリンクです。
『オカ板百物語まとめWiki』
 話は朗読もしますので、過去のはyoutubeで見られるはずです。




叔母の家へ行く

2014.08.11 (Mon)
去年のお盆に帰省してたときのことだからちょうど1年前の話。
実家は北陸のほうにあるんだけど、詳しい場所は言わないでおく。
海沿いにある母親の生まれた家で、祖父母は70代だけどまだ元気だ。
あと両親が離婚してるんで、父親の実家とは縁が切れてるんだ。
俺の車に母親を乗せて行ったんだが、
仕事の関係で遅くなってしまって、着いたのが11日の夜8時頃だった。
車で3時間くらいかかるんだよ。
疲れて居間で一休みしてた。いつもなら祖母がビールを出してくれるんだが、
その日は「これから叔母さんの家に使われてくれないか」と頼まれた。

叔母さんは母親の妹で、小さいときに何回か会ったことがあった。
その頃は背の高いきれいな人だなと思ったのを覚えてた。
だけど、俺が中学に入る頃からほとんど姿を見なくなった。
母親には年に数回手紙が来てたみたいだけどな。
その叔母さんが、この近くに住んでるから届け物をしてほしいと頼まれたんだ。
分厚い封筒に入った土地の登記書ということだった。
「場所がよくわからない」と言うと、
「車にナビがついてるから、それに電話番号か住所を入力していけばいい」
これは母親に言われた。
面倒くせえなあと思いながら車の鍵を手にした。

時間は、往復で1時間あればゆっくり帰ってこられる距離ということだった。
電話番号を書いた紙を手にして、車に行こうとしたら、
祖母が仏壇にあがっていた菓子の袋を持ってきて俺に手渡した。
一口サイズよりも小さい最中がたくさん入ったやつで、
俺に食えということだろうと思って「ばあちゃん、いいよ」と言ったら、
強く俺の手に押しつけて「たぶん必要になるから。帰りはいらないから、
 勿体ながらずにくれてやりなさい。かわいそうなものなんだから。
 それから、車から出ちゃダメだからね」こんなことを言われた。
まったく意味がわからなかったが、聞き返すのも面倒で、
口を開けた菓子の袋を助手席において出発した。

ナビの指示どおおり市街地を抜けて、南に向かう海沿いの道路に入った。
そこは街灯もまばらな暗い集落の中を通っていく道で、
せまくてあまりスピードを出せなかった。
このもう一本脇に海の見える国道があったと思ったが、自信はなかったな。
ここらは海の潮の関係で瓦屋根の家が多いんだが、
その下はみな木造のボロ屋で、灯りが漏れている家は少なかった。
なんとなく見覚えのある道のような気もした。
50キロいかないくらいのスピードで流してると、
パジェロのボンネットがガコンと音をたてた。
子どもが乗っかって・・・いや、大きさが子どもというだけで、
人間とは思えなかった。

はっきりは見えなかったが、背中はカビが生えたような感じに肌荒れしてた。
思わず急ブレーキを踏んだ。いや、後続車がないことは確認してた。
・・・何もいなくなっていた。さすがに自分が幻覚を見たんだろうと思ったよ。
そろそろと発進させてすぐ、またボンネットにそいつが乗ってたんだ。
今度は止まらなかった。スピードを落として室内灯をつけた。
そしたらそれに反応したようにそいつが振り向いた。
顔の部分には目も口もなくて、房がたくさん下がってたんだよ。
変なたとえで申し訳ないが、
コンドームを軽くふくらませた先っぽくらいの房が、
何百も何千も、顔のある部分から重なり合って生えてたんだ。

「うわっ」と思ってハンドルを切ってしまった。車は路肩に曲がって停まり、
そいつは振り落とされもせずそこにいた。目があるみたいにこっちをうかがって、
フロントガラスに指先を伸ばしてきた。
そいつの指が車の中に入ってきたんだよ。指のあたったところのガラスが、
溶けたように盛り上がって緑っぽい色の指先が2本、3本と入ってきたんだ。
あと少しで俺の顔にさわりそうだった。
車外に飛び出して逃げようとドアに手をかけたくらいだったが、
祖母から「外に出るな」と言われてたことを思い出した。同時に菓子のことも。
菓子の袋に手を入れて一つ取り出し、窓を少し開けて後ろに投げたんだ。
その間、数秒。学生のとき以来あんなに早く動いたことはなかったな。

そいつは弾かれたように動いて、転がってった菓子を追うように消えた。
そのすきに車を発進させた。不思議なことに、フロントガラスには穴もヒビも、
何の跡もついてなかったんだよ。
それからは、そいつがボンネットに現れるたびに窓から菓子を投げるをくり返し、
袋の菓子が尽きかけた頃に、ナビが到着の指示を出したんだ。
叔母さんの家は、でかいJAの倉庫の陰の小さな平屋で、わりと新しかった。
車を停めて様子をうかがったが、そいつのすがたは見えず、
おそるおそる車から出て、叔母さんの家の玄関に立った。
呼び鈴を押すと、ややあって「はーい」と返事があり叔母さんが出てきたが、
記憶とは違って、すごく痩せていて小さかった。

書類の入った封筒を渡したら、俺の顔をじっと見て「○○ちゃんでしょ」と言った。
俺が「実家には戻らないんですか」と聞いたら、黙って首を振った。
あとは話すこともなくて、車に戻った。
菓子の袋には2つしか残ってなかったんで、
どっかで買ってから戻ろうかと思ったが、
コンビニどころか店すら見あたらなかったな。
そういえば祖母が「帰りはいらない」と言ってたような気がした。
びくびくしながら走ったものの、帰りは何も出なかったな。
実家に戻ると、祖父母と母親が居間で待っていて、
祖母が枝豆と瓶ビールを持ってきた。

「ばあちゃん、変な子どもみたいなのが・・・」と言いかけたら、
祖母は黙って首を振ったんだが、
その仕草がさっき見た叔母さんのとそっくりだった。
「怖かったか?」と祖父が声をかけてきたんで、
「じいちゃん、あれって?」同じ疑問を口に出した。
祖父は母親と顔を見合わせていたが、そのまま立って仏壇に行き、
引き出しから紙の箱を出してきた。
そして俺に一枚の写真を渡してよこしたんだ。
その写真はかなり古くなって黄ばんでて、背景はどこかわからない、
山のキャンプ場みたいな場所。
祖父母と俺の両親、叔母さん・・・まだ離婚してなかった父親もいた。

これが後列で、前には小学校低学年に見える俺と、3歳くらいの女の子が写ってた。
祖父は女の子を指さして「この子だよ」と言った。
祖母が小走りに隣の部屋に入っていき、泣き出す声が聞こえてきた。
母親が祖母を追っていって、なだめているようだった。祖父は、
「この子も叔母さんも、お盆に帰ってこれないようなことになってしまった」
これだけ言い、そそくさと写真をしまって口を閉じた。
翌日、祖父母がいないときに母親に改めて聞いてみた。
「叔母さんが亡くなったら教えてあげる」こう言われて、
俺がけげんそうな顔をしたからだろう、
「あの子はもう長くはないから」泣き出されてしまったんだ。
・・・これで終わり。またわかったことがあったら話しにくるよ。



渡される

2014.08.09 (Sat)
会社帰りでした。時間は8時ちょっと過ぎで、だいたいいつもそんなもんですね。
駅を出ると、バス停があるんですが、
わたしは歩きで家までは15分くらいなんです。
歩道を歩いていこうとすると、
前のほうに長いローマ時代のような白い服を着た人が5~6人いました。
このごろよく見かけるようになった宗教団体の人たちです。
噂では、強引に家に上がり込んでの勧誘などもあったようで、
「関わり合いになりたくないな」と思いました。
でも、引き返して道を変えるのも面倒だったんです。少し疲れてましたから。

宗教団体の人はみな若く、20代前半くらいで女性のほうが多かったと思います。
テイッシュ配りのようなことをしてるようでした。
もらいたくなかったので、両手をズボンのポケットにつっこみました。
そのまま下を向いて通りすぎようとしたんですが、
目の前に白い服が立ちふさがって、思わず立ちどまってしまいました。
わたしは見てのとおり、それほど太ってるわけではないですが、
その人は小学校高学年程度のきゃしゃな体つきをしていて、
そのまま進めば弾き倒してしまいそうだったんです。

「危ないじゃないか」と不機嫌に言いました。
「すいません。あの、これどうぞ」そういって何かを差し出してきたのは、
短い髪の痩せて目の大きい女性でした。体格は小さいですが、大人だとわかりました。
で、なんとなく気を呑まれたようになって、
差し出したものを受け取ってしまったんです。
わたしはそれ以上のことは言わず、渡されたものを上着のポケットにつっこんで、
肩で白服をかきわけるようにして、そこを抜け出したんですよ。
しばらく歩いてからポケットから出してみると、
テイッシュの袋の半分くらいのビニールに、携帯のストラップが入ってました。

先に4cm四方くらいの透明プラスチックがついていて、
その中に乾燥させたと思われる5つ葉のクローバーが入っていたんです。
宗教団体らしき名はどこにもついていませんでした。
「5つ葉とは珍しいな」と思いました。
原価は安いものなんでしょうが、ヒモの部分は銀色で全体に上品な感じだったので、
6歳の息子にやれば喜ぶかなと思ったんです。
家まではあと5分くらいのものでしたが、大きな通りから住宅街に入ると、
めっきり人通りが少なくなりました。
近所はみな新しい建て売りで、公務員が多いところでしたので、
おおかたの人はこの時間は帰宅を済ませてるんです。

わたしの家のある小路に入り、何か様子が変だなという気がしましたが、
そのときはまだわかりませんでした。
で、家の前に来て愕然としました。なんと神社だったんです。
ほら、都会でビルの間に少しの森があって、
鳥居が立って神社になってるとこがあるじゃないですか。
あんな感じで、すぐ目の前にあまり大きくない鳥居が立ってたんです。
とっさに「道を間違えた」と思いましたよ。
でもね、鳥居の横の生垣は間違いなくうちのものだったんです。
うちは塀じゃなく柾木の生垣にしてて、いつもわたしが剪りそろえてたんです。

まわりを見ても、お向かいは警察の竹田さんの家だし、見慣れた風景なんですよ。
驚きつつも、なんか引き込まれるように鳥居をくぐってしまったんです。
せまい参道には玉砂利がひかれてて、左右にはけっこうな太さの杉の木がありました。
15mくらい進むと、小さな鳥居があり境内に出ました。
月明かりが少しありましたが、ほぼ真っ暗でした。
中は6畳間くらいだろうと思われる社殿の表戸も難く閉まっていて、
人の気配はなかったんです。いや、途方に暮れたというのはあのことですね。
どうすればいいのか考えが浮かんでこなかったんです。
「ええ、こんなまさか、しかし」こんな言葉が口をついて出ました。

そのとき社殿の後ろから、シューッという音がして、緑色の光が漏れたんです。
横の草地を通って行ってみました。
それがね、ここまででも十分変な話だと思われてるでしょうが、
笹竹の中にUFOがあったんです。・・・笑わないでくださいよ。
それは雑誌でよく見るようなお釜型をしていて、小さかったです。
直径4mもあったでしょうか。下部から円形に、地面に緑色の光が漏れてました。
見ていると全面が急に四角くスライドして、そこに窓ができたんですよ。
UFO中は明るく、窓に息子の顔が張りついていました。
「あっ」と思いました。頭の中に声が響いたんです。
「お父さんのせいでこうなった。お父さんのせいだ」
息子の声でしたが耳で聞いてるんじゃないんです。

耳元で「すみませーん」という女の人の声がしました。
気がつくと駅のバス停からいくらも行かないとこに突っ立ってたんですよ。
「今、家が神社になってて息子がUFOに捕らわれてたのは、夢なのか?」
声をかけてきたのは、さっきの宗教団体の女の人でした。
「すみません、先ほどお配りたストラップなんですが、
 手違いで御供養されていないものが渡ってしまいました。
 こちらのと取り代えていらだけませんか」
言われるままにポケットから袋を出し、別ののを手のひらに受けました。
女の人は何度も頭を下げながら駅前に戻って行ったんです。

ストラップは前のと同じデザインでしたが4つ葉のクローバーで、
プラスチックの横には5つ星の変わった形のマークと、
カタカナの宗教団体の名前が入っていました。
しばらく手に持って歩いて、角を曲がったところで街路樹の根元に放り捨てたんです。
家はね・・・普通にありましたよ。神社になってはいませんでした。
息子と妻が待っていまして、普段どおりでした。
いや、この話は誰にもしていません。
そりゃ、あまりにバカげてますからね。変な夢だろ、って笑われるだけです。
駅の通りで、立ったまま見たなんて言ったら、
正気を疑われるかもしれないじゃないですか。

で、話がこれで終わりだったらしょうもなさすぎますよね。
ところがこの3日後に、少し離れた市で通り魔殺人があったんです。
もちろんテレビでも報道されましたし、亡くなったのは27歳の会社員の女性でした。
鋭利な刃物で腹部を刺され、その場で出血多量死という報道です。
でね、しばらくして被害者の方の顔写真がネットなどに出回ったんですが、
前に5つ葉のクローバーのストラップを渡された、
宗教団体の女性と似ている気がするんです
いや・・・目の大きいところなんかそっくりで。
犯人はまだ逮捕されてはいません。

それともう一つ、気になることがあるんです。
おととい、何気なく夏休み中の息子のランドセルを見たら、
肩の金具のところに、見覚えのあるストラップが下がってたんです。
手に取ると7つ葉のクローバーが入ってました・・・
もしかしたら2枚の葉を組み合わせているのかもしれません。
宗教団体の名は入ってませんでしたが、5つ星のマークはついてましたね。
息子に聞いたら「友だちからもらった」と言いましたので、
「お礼をしなくちゃならないから、その友だちを教えなさい」と聞いたら、
火がついたように泣き出して暴れ、手におえなくなりました。
それで今もそのままにしてあるんです。どうすればいいと思いますか?




悪魔の・・・

2014.08.08 (Fri)
この間のことです。ええと2週間くらい前、今夏休み中なんです。
わたしと友だち2人とで、ショッピングに行ったんです。
いつもは大型店に入ることが多いんですが、
その日はネットで情報を仕入れて、ある商店街に出かけたんですよ。
そこで2時間ばかりあちこちの店に寄って、
正午近くなって「お昼食べて帰ろう」っことになりました。
ところがその通りには、あんまりよさそうな店がなかったんです。

ぶらぶら一本横の通りに入ったんですが、
そこはすごく寂れた感じで、シャッターの閉まっている店も多かったんです。
食堂も、ラーメン屋とか定食屋って感じの大衆的なお店ばっかりで・・・
いえ、ラーメン屋が悪いということじゃなくて、
ラーメン好きですが、せっかくおしゃれして来たんだからと思って。
それで、よく行くショッピングモールまでバスで戻ろうって、
相談がまとまりました。

中華料理屋ですね・・・完全に閉まってて、
表戸のガラスが割れてダンボールでふさいでるとこの横を通ったときです。
店の中から「ギャーアアアッ」という悲鳴が聞こえたんです。
もう3人とも背筋がゾッとして立ち止まるくらいの怖い声。
「警察に通報したほうがいいんじゃないか」と思ったくらいです。
でも悲鳴はそれっきりで、トタンから突きだしていた、
クモの巣だらけのエアコンの室外機がブウンとうなって、
わたしたちに生暖かい風を吹きつけてきたんです。

そのとき、なぜかメロンのにおいがしたんです。
わたしが「あれ、今メロンのにおいしなかった」って言ったら、A美が、
「えーメロン、ありえない。ドブのにおいがしたよ」と答えました。
でも、たしかに少しほこり臭かったものの、強いメロンのにおいがしたんです。
それで黙っていたB彩に「今、何のにおい感じた?」と聞いたんです。
そしたらB彩はすごく顔が青ざめてて、「・・・悪魔のにおい」と、
ぽつりと答えたんです。

わたしとA美は顔を見合わせました。B彩がふざけてるのかと思ったんです。
でも顔を見ると真剣だったし、唇が紫になって小刻みに震えてました。
「悪魔のにおいって、どんな?」わたしが聞きましたが、
B彩は首を振るばかりでした。
A美が「あれじゃない、悪魔って地獄の硫黄のにおいがするんじゃなかったっけ」
得意げにこう言いましたが、B彩は下を見ていました。
その足下にぽつんぽつんと涙が落ち始めたんですよ。

悲鳴はさっきの1回しか聞こえなかったし、
それどころじゃなくなったんで、
2人で肩を抱くようにしてB彩をバス停まで連れてったんです。
B彩はまったく口をきかず、ただ泣いているだけでしたが、
家のある方向に向かうバスが来ると「わたしもう帰る」と言って、
そのまま1人バスに乗り込んじゃったんです。
それでわたしたちも一緒に乗って、B彩を家まで送り届けたんです。
お母さんが出てきたので「具合が悪くなったみたいです」って言いました。

それから、このあとどうしようかと相談しながらA美と歩いていると、
突然塀側を歩いていたA美が前に突っぷして手を突きました。
「いたーい」とA美が叫んだので、足もとを見ると、
厚い、5cm以上もあるコンクリートの側溝のフタが真っ二つに割れて、
A美の左足が中に落ち込んでいました。
「えーだいじょぶ?」手を貸して立たせようとしたんですが、
足を抜くときにふくらはぎに擦り傷ができてしまいました。
A美の足はドブの色に染まってて、すごいドブ臭かったんですよ。

それと足首もねんざしたみたいで、家はすぐ近くなのに、
携帯でタクシーを呼ばなくてはなりませんでした。
A美を送って、やれやれと思って家に入ったら、メロンのにおいがしたんです。
母が台所で切ったばっかりのに、ハチミツと練乳をかけて持ってきてくれました。
「北海道のおばさんから、さっき届いたばっかりなの。まだ冷えてないけど」
母が言いました。
ドブのにおい、メロンのにおい・・・あれあれ、とわたしは思ったんです。
でも意味がわかりませんでした。

夜になって、B彩の家から電話がかかってきました。
「まだ家に帰ってこない、そちらにお邪魔してないか」って。
メロンを食べた後に、A美とはメールのやりとりをしたんです。
「これから整形外科に行く」となってました。
B彩のは不通だったので、これも病院に出かけたものと思ってたんです。
B彩のお母さんに「さっき家の前で会って、B彩と一緒に家に入りましたよね」
と言ったんですが「そんなことはない、会っていない」という返事でした。
ますますわけがわからなくなったんです。

結局、B彩は12時近くなっても帰らず、警察に捜索願を出したみたいでした。
翌日早くに警官が家に来て昨日のことを聞かれたんですが、
「ショッピングの後で、具合が悪くなったから、
 バスで帰ってきて家の前でお母さんに引きわたした」こう答えるしかなかったんです。
これはA美も同じだったと言ってます。
B彩のお母さんですか?
ええ、それは小さい頃から何度も会ってるので、間違えるなんてありえないです。
それから警察には何度か出かけましたが、同じことをくり返しただけで。
それで、B彩はそれからずっと行方不明なんですよ・・・




空き屋

2014.08.07 (Thu)
2週間前のことです。
その日、少し早めに帰ってきたんで、妻と早めの夕食をとってたんです。
食後にゆっくりビデオでも見ようかと思って。
そのときこんなやりとりをしました。
「ねー、郵便局のある通りわかるわよね」
「あー知ってるよ」
「そのもう一つ裏の通りに入ったことある?」
「んーあっち方面に行くことあんまりないからな、なんで?」
「その道はね、ある程度先に行くと車止めがあって、人しか通れなくなってるん。
 で、その突きあたりの家に幽霊が出るんだって。
 今日○○の奥さんと買い物に行ったときに、帰りカフェテラスに入って聞いたの」

「幽霊ねえ、どんな」
「それがまず、空き家で誰もいないのに、
 その通りに面したほうの一階の窓に灯りがついたりするんだって」
「そりゃ、管理会社か所有者の人が来てるんじゃないか」
「でも、そういう空き家って、電気止まってるもんなんじゃない」
「そりゃ、ケースバイケースだろうけど、そこっていつから空き屋なん?」
「えーたしか2年くらいなるって」
「前の住人になんか事故とか悪い噂なんかあったん?」
「それがねえ、そこは貸家で、8年くらい、
 子どものいない中年の夫婦が住んでたんだけど、
 離婚して2人とも出てったらしいよ」
「じゃあ、特別人が亡くなったりしたわけでもないんだ」

「まあそう」
「じゃあ、あれじゃないか、車のヘッドライトが反射して、
 窓に灯りがあるように見えるとか」
「だから、車止めがあってそこまで入ってくる車はないのよ」
「そうか、でも灯りがついてるだけで幽霊ってこともないだろ」
「それがね、灯りがついてるときにその窓を見つめ続けてると、窓の障子にね、
 狂ったように踊る人の影が映るんだって」
「人の影ねえ、どんな?」
「そこまでわかんないみたい。障子ごしだし、灯りも暗いし、
 それに激しく手足を振り回してるって話だから」
「うーん、中学生とかが入り込んで溜まり場にしてるとか」
「そんなの、すぐ警察に通報されちゃうわよ。
 このあたりは他人の暮らしに関心持ってる人多いんだから」

「ねえ、ご飯食べ終わったら見に行ってみない」
「えーこれからかよ。せっかく早く終わってビデオ見ようと思ってたのに」
「それは日曜の午前でも、寝坊してないで見なさいよ。どう散歩がてら」
「そこのご近所の人に怪しまれるんじゃないか」
「まだ8時過ぎたばっかしじゃない。
 それに最近は夫婦でウオーキングしてる人って多いのよ」
「それ年寄りの話だろ」
こんな感じで、妻に押し切られるようにして見に行ってみることになったんです。
でも、そうそう都合よく怪奇現象なんて起きるとは思ってませんでした。
その家のある場所まではゆっくり行って片道15分くらいでしょうか。
やれやれと思いながら、
いちおう怪しまれないように2人ともジョギングウエアに着替えて出かけました。

「やっぱ人通りが少ないな。その影って、今までどんな人が見たん?」
「車が通れないといっても、人は通れるし、ここ東通りに出る近道になるのよ。
 だけど深夜はほとんど人通りなしになるから、遅めの通勤帰りの人とかみたい」
「じゃあちょうど今頃の時間か」
「ほら、見えてきた。・・・ねえなんか、電気がついてるように見えない?」
「んー、あの窓だろ、そういえば白い障子がなんだかオレンジっぽくなってるような」
「ね、街灯もずれたところにあるし、外の明かりが反射してるわけでもないでしょ」
「うん、灯りがついてるみたいだ」
その窓までは、塀があるわけでもなく、
側溝を越えると草地になっていて簡単に近づいてのぞき込むことができるようでした。

窓の正面数mのところまできましたが、オレンジの灯りがぼんやり灯ってました。
ちょうど蛍光灯の常夜灯って言うんですか、小さい球がついてるほどの光。
「あああ、ほら人の影」
妻が小さく叫び、わたしも息を飲みました。
ぼんやりした影なんですが、胴体は障子をあちこち移動して上下に飛び跳ね、
手足がそれにつれて激しく動いていました。
「怖いかしら?」
「いや、むしろこっけいな感じだな。こりゃ生きた人だよ間違いなく。
 こんな激しい動きをする幽霊の話なんて聞いたことがない」
「障子の破れ目からちょっとのぞいてみない?」
「不法侵入になるだろ・・・」
「だって道路続きじゃない。それに不審者が入り込んでるかもしれないと思った、
 って言えば」

妻と2人でそろそろと近づいてみました。
「やっぱ危ないよ、不審者で見つかって逆ギレされたりしたら」
「あなた男でしょ、あの影って細いし子どもみたいじゃない。
 それにここらの家ってみなまだ起きてるから、何かあればすぐ助けてもらえるでしょ」
たしかにまだ9時前ですし、車一台がやっと通れる幅の道の両側には家が並んで、
そのほとんどの玄関灯がついていました。
窓の下端は人の頭より低く、ちょうどそのあたりに、
のぞき込めるような障子の破れ目があったんです。
フタつきの側溝を越えるとき、むっとドブの臭いがしました。
苔を踏んで窓枠に近づき、頭を下げてのぞき込みました。
そのときわたしの腕をつかんでいた妻の手の感触が消えました。

そっとのぞき込むと、畳にうつ伏せになって手足をバタつかせていた人が、
ゼンマイ仕掛けのように跳ね上がりました。
正面を向いたその顔を見て驚愕しました。・・・妻だったのです。
反射的に横を見ると、今の今までわたしの横にいた妻の姿がありません。
何が何だかわからなく、頭が混乱してしまいました。
「なんだこれは・・・」思わずつぶやきが口をついて出ました。
そのとき、背後でドアの開く音がしました。
向かいの家の玄関から、腰の曲がった80代以上に見える婆さんが出て、
こちらに近づいてきました。
婆さんは意外な速さで道を横切ると、わたしに、
「その家ね、裏口に鍵がかかってないから、入って助けてあげなよ」

婆さんはわたしの横に来て中をのぞき込むと、
「はああ、あんたの奥さんかね。・・・物好き心を出すとこういう目にあう。
 もう救急車は呼んであるから、すぐに来るよ」
中ではまだ妻が口からよだれをたらし、憑かれたように踊りまわっていました。
「それは・・・やけに手回しがいいですね」わたしがこう言うと、婆さんは、
「なにね、あんたらで5回目だから、もう慣れたよ。
 ホント物好きが多い地域だわね。
 だいじょぶ、これまでの例だと、奥さんは重くても2・3日入院するだけで済むから。
 それよりあんた、救急隊員にする言い訳を今から考えておいたほうがいいよ」
こんなふうに言ったんです。
救急車のサイレンの音が遠くで聞こえ、だんだん近づいてくるようでした。
 



放生会

2014.08.06 (Wed)
親ひとり子ひとりだった母が亡くなって、49日が過ぎました。
わたしも今後の身の振り方が決まって、
心身ともにだいぶ落ち着きを取り戻したので、
ずっと不審に思っていたことを、ここにお話しにきました。
何かわかることがあるかもしれないと考えたからです。
どうかよろしくお願いします。
・・・始まりは、中学校に入った頃からだったと思います。
それまでも、ぼんやりした子どもだったんですが、
そのあたりから特に白昼夢がひどくなって、
退屈な午後の授業中なんかに、くり返し同じ場面を思い出しているんです。

わたしがまだ小学校に入る前だと思います。
なぜなら自分の足や手が見えるんです。
母の手につながれている小さな手のひらや、
赤いサンダルの幼児の足が視界に入ってくることがあるんです。
わたしのだと思います。
とても日射しの明るい日で、砂の地面に映る影がくっきりとしていました。
石で囲われた池のほとりにいるんです。
池はそれほどの広さはないんです。
水は少なくなっていて、そこここに灰色の泥の底が干上がって見えています。

池の中央には緑の苔が生えた島があって、
そこにたくさんの亀が群がっているんです。
いくつもいくつも重なり合って。水の中にも、甲羅や頭だけを出した亀が見えます。
いつの間にかわたしも手に亀を持っているんです。
母が渡してくれたんだと思います。
その亀は・・・幼児のわたしの手にあまるほどの大きさで、
甲羅の部分に不自然な模様がありました。
ただそこだけ、ピントがぶれたようになっていて、
どんな模様なのかはっきりわかりません。
わたしは池の縁で、両手で抱えた亀をそっと放します。
亀はのそのそ泥の上を歩いて、ぽちゃんという感じで水に落ちるんです。

振り返って見上げると、若い頃の母がほほえんでいます。
・・・いますが、その顔は強ばって、無理につくった笑顔のような気がします。
そしてその背後に、大きな寺院らしき建物が見えるんです。
こういう記憶で、夢ではないんです。
目を閉じているわけじゃないし、授業の先生の声も遠くで聞こえる。
幼い頃の記憶が真に迫って蘇ってきて、現在の記憶と混じり合っている、
そんな感じなんです。
そうですね、1週間に一度くらいはその状態に入っていました。

もちろん、母にその記憶がなんなのか聞いたことがあります。
母はわたしが2歳のときに父と離婚して、それからはずっと働きずめでした。
いつも疲れていました。
そのときも、遅く帰ってきてテーブルでため息をついている母に尋ねたんです。
「・・・放生会じゃないかしら」母は答えました。
「ほうじょうえ?」
「そう、お寺さんでやる儀式。生き物の命を救ってやることで功徳を積む。
 買ってきた魚や飼われている亀を自然に放してやったりするのよ」
「わたしが小さい頃、その放生会をやったことがあるの?」
「そうね・・・」

それから母は、わたしがどんなことを覚えているか細々と聞いてきました。
特に亀の甲羅にあった模様については、何度もくり返し、
どんな模様だったか、何が書かれてたか覚えているかを確かめようとしました。
わたしが「そこだけピンぼけしたようになっててわからない」と答えると、
安心した様子で「そう」と笑ったんです。
逆にわたしが、尋ねても、これは頑として教えてはくれませんでした。
ただ「それで、覚えていることは全部なのね。
 もっと他に思い出したことがあったら必ず教えてちょうだい」
こんな風に言われたんです。

わたしは美術部に入っていました。
といっても油絵の具を買うようなお金は家にはなかったので、
学校にあったパステルで描いていました。夏休みが過ぎて、学校祭が近くなると、
作品展示のために放課後遅くまで残っていることが多くなりました。
それとともに、白昼夢を見ることはどんどん少なくなっていきました。
ただ、その光景を忘れたわけではありません。
わたしが描いていた当時の絵の題名が「亀の池」だったんです。
記憶の中の光景をできるだけ再現して、写実的に描いたものです。
寺院の境内にある池のほとりに立って、無数の亀を眺めている幼い女の子と母親・・・
よく描けている、と顧問の先生はほめてくださいましたが、
母は仕事が忙しくて展示を見に来られませんでした。

学校祭が終わって3年生が引退すると、
この美術部で、わたしは2年生からいじめを受けるようになりました。
そのことはここで詳しくは話しませんが、かなり激しいものだったんです。
わたしは不登校になり、2ヶ月後に自殺未遂を起こしました。
学校に行かなくなったときには黙っていた母も、
このときには仕事を休んで何度も学校に出向いていたようでしたが、
入院していたわたしには詳しいことは教えてはくれませんでした。
ただわたしの頭をなでながら「もうすぐよくなるから、学校に行けるようになるから」
こう何度も言っていました。

それから2ヶ月して、いじめの中心だった2年生の先輩が亡くなりました。
とても珍しい病気で、かつてちっらと聞いたことのある、
母と離婚してからほどなく死んだ父のと同じ病名でした。
学校で放課後に倒れて、3日後に亡くなったんです。
わたしが学校に復帰したのは、1年生ももうすぐ終わるという頃でした。
それからも母は、仕事をかけ持ちして忙しく働き続け、
わたしが「働くから」と言ったのに、美術系の高校にまで行かせてくれ、
画廊に就職したのを見届けるようにして、先日亡くなりました。
朝起きてこなかったので、あらあら珍しく寝坊かと思って起こしに行ったら、
すでに息がなかったんです・・・頭をのけぞって布団からはみ出させ、
両手は何かをわしづかみにするように突き出され、指が曲がっていました。
まだ40代でした・・・

母の貯金から簡素な葬式を出しました。
勤めたばかりの画廊の人たちはとてもよくしてくれました。
小さな家は、離婚のときに父から渡されたものでしたが、
この機にわたしが相続して手放すことになりました。
母の少ない遺品を整理していると、
クローゼットの奥に新聞紙とヒモでで厳重に包まれたものを見つけました。
開けてみると、どこにいったかわからなくなっていた、わたしの絵でした。
「亀の池」です。それと木の箱がありました。上の面に「裏放生」と筆書きされていました。
釘で打ちつけられていたため、壊さざるをえませんでしたが、
中から出てきたのは、15cmくらいの亀の甲羅が2枚でした。
一枚には父の氏名、もう一枚には中学校のときにわたしをいじめていた先輩の氏名が、
丁寧に彫られ、金泥で埋められていました・・・

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心霊写真について

2014.08.05 (Tue)
 これは前に書いたことと少し内容がかぶるかもしれません。
自分の書く怪談には心霊写真はあまり出てきません。
なぜかというと、心霊写真を扱うのは難しいと思ってるからなんです。
写真というのは基本的に光を写しているわけで、
そこにもし幽霊が写ったとすれば、
霊は光を反射する物質である、と考えてしまいそうです。
しかし、霊の世界とはそういうものであるとも自分には思えないんですね。

 シミュラクラ現象というものがあります。
これは人間が太古から得てきた習性の一つで、3つの点が集まった図形を、
人の顔と見るように脳がプログラムされているといわれます。
例えば、凹凸のある岩肌や、木々の葉の重なりを写真に撮れば、
そこにはいくつも顔に似た部分を発見することができるでしょう。
しかし画像を詳細に解析すれば、
その目や口は実は別々の木の枝によって作られていることがわかったりします。

 では、まったくの偶然でそれが人の顔に見えたりするのでしょうか。
もし木の枝の中に、亡くなった知り合いによく似た顔を発見した、
あるいは兜をかぶった落武者が見えた場合、
撮影する角度を360度、距離も自在に変えられるとして、
その写真が撮れたのはまったくの偶然なのでしょうか。
もしかしたら霊のほうから、その位置で写真を撮りたい気持ちになるように、
その人にささやきかける、といったことはないのでしょうか。

 TVで心霊動画特集などがあると「どうせ捏造だろ」と言う人もいます。
たしかに稚拙な加工のものもあるのですが、もし霊がその人の心を操作して、
心霊スポットを訪問させ、動画を捏造させるように操っていたとしたらどうでしょう。
そうすれば霊にとって何かの供養になるというような理由からです。
霊が人に姿を見せたり、写真に写ったりできるというなら、生者を操って、
ある地点で写真を撮らせたり、動画の捏造をささやきかけたりが、
できないとはいえないような気がします。
このように、話はどこまでも広がっていってきりがなくなってしまいますね。

 ただし、こういう考え方はあまり受けません。
たくさんの捏造された画像・動画の中にはホンモノもあるに違いない・・・
そういう世界観のほうがワクワクする、という人のほうが多数のようです。
これは、日本人に自分の自由意志というものを信じている人が多いからではないでしょうか。
欧米では「神によってその場所に行かせられた」というのは珍しい考え方ではありません。
「たまたま朝、予定はなかったのに教会に寄ったら、朝日に十字架がまぶしく輝いていて、
 あらためて神の存在を実感した」とか、
「ニースに旅行する予定だったのに、直前でカンヌに変えたら、今の結婚相手に出会った。
 あれは神のお導きだった」とか。

 ところが日本人の多くは、霊に操られて心霊スポットに行ったとか、
霊の導きでたまたま人の顔に見える写真が撮れた、と考える人は多くはないでしょう。
あくまで自分の行動は自分自身でで決めている、と思う人が多いだろうと思います。
これは宗教的な縛りが弱いからとも、
理性への信頼が強いからともいえるのではないでしょうか。
日本人の精神的な立ち位置をよく表していると思います。

 さて、この考え方は万能です。もし自分が霊能者だったとして、
「これは心霊写真ではないですか」と持ってこられた場合、
「これは光の具合でこう見えるのだと思いますが(あるいは壁のシミだと思いますが)
 おそらくあなたの守護霊が、
 こういう写真が撮れるようにあなたを導いたものに違いありません」
どんな写真に対してもこんなふうに答えることができるからですwww

 話は変わって「専門家によって、加工されていないと立証された心霊写真がある」
こういう論題があります。しかしこれは簡単ですね。
素人がソフトを使ってCGとも呼べない稚拙なものを作ったとしても、
不自然ですし、専門家に元本の動画を解析されればわかってしまいます。
ところが、加工をせず実際の人間を幽霊として登場させていたらどうでしょう。
顔が出ていれば、これは撮影者と同じ大学の○○さん、とバレてしまうかもしれませんが、
貞子のように髪をかぶって這っていたらどうでしょうか。

 それが写っている動画を人に見せて、
「この場には自分しかいなかった、絶対に他に人はいなかったはずだ」
と言い張ったとしたらどうでしょう。近くにいた人間も口裏を合わせるのです。
「何ならどんなプロにこの動画を見てもらってもいい・・・」
ね、これで専門家が解析したのに捏造の跡が見つからなかった、
といういわれのある動画のできあがりです。
別に実際の人を登場させなくても、粘土細工の張りぼてとかでもいいわけです。
これを細部が写らないような暗い位置に置いておく。

 もう一つ、
「これだけたくさんの心霊写真・動画があるのだから、全部がニセモノとは考えられない」
こういう論題もあります。これは現在2014年時点からみれば「たくさん」ですが、
毎年毎年捏造が積み重なってきた、と考えたらそう不思議ではないと思います。
写真術の発明があって、すぐに心霊写真は作られ始めました。
当時の加工は二重露光という技法が多いのですが、
上で書いたように、霊の扮装をした人と生きた人間とが一緒に写っているものもあります。
当時は長い露光時間があったようですので、
珍妙な霊の格好をした人も、一緒に写ってる人も、
同じ姿勢を保ったまま長い時間を過ごすのはきっと大変だったと思われます。

 こういうものが年々歳々積み重なっていき、
現在のネット上に膨大な量のものが氾濫しているのですから、
撮影ミスや、シミュラクラなどをのぞいたすべてが、
捏造である可能性も否定はできないわけです。
むしろ、自分が面白いなあと思うのは、
写真術の発明された当初から心霊写真が存在したことです。
写真術の発明が欧米の心霊主義の時代と時期的に重なっている
ということもあるでしょうが、やはり人間の霊魂や死後生、
死後の世界への関心がそれだけ高いことを表していると思います。

 もしかしたら、人間の脳にはシミュラクラ現象のように、
「死後の世界について考えたい、怖い話を創作したり、
 心霊写真を捏造したい」という欲求が、
最初からプログラミングされているのかもしれないですよww
いや、これは冗談ではなく、死後の世界に関心を持つことが、
人類の生存にとってプラスに働くゆえに、
長い時間をかけて獲得してきたものかもしれないのです。
 
 


死魚

2014.08.04 (Mon)
浜で育ったんですよ。親父は漁師でね、
自分の持ち船だったからけっこう裕福なほう。
一つ下の弟がいて、遊び場は冬の厳しいさ中をのぞけばいつも浜でした。
親父も、浜で遊んでる分にはあんまりうるさいことは言いませんでした。
アワビやサザエも取り放題だったし、海水浴シーズンは、海の家に顔出せば、
ラムネやかき氷をおばちゃんがタダでくれたもんです。
これはもしかしたら、親父が後でまとめて金払ってたのかもしれませんが。
とにかく弟といっしょに浜で育ったようなもんなんです。

それでも小学生の自分は、
浜から40mくらい離れた小岩の外に出て泳ぐなとは言われてたんです。
いや、浜は岩浜だったから10mも出るともう足は立たないんですけど。
その小岩を過ぎちゃうと、
足つったりしても戻ってこれないかもしれないからだろうと思ってました。
でも、俺が中学に入った年に、小舟・・・エンジンのない手漕ぎのボートですが、
それを親父からもらいまして、その小岩より沖に出てもいいって言われたんです。
小島はまだまだ点々とあってね、ずっと沖まで連なってました。
で、そのとき同時に「海の中で、死んだ大きな魚を見たら必ず知らせろ」って、
弟ともども言われたんです。よく意味がわかりませんでしたね。

次の年、俺が中2のときの8月です。
お盆の禁漁も終わって、あと少しでクラゲが出始めるって頃でした。
弟とアワビを捕りに、沖の小島の一つまでボートを出したんです。
このアワビは大きさによって、旅館や乾物屋に売るんです。
まあ小遣い稼ぎですよ。
で、潮の流れだけ注意して、潜って捕ってたんです。
そしたら弟が上がってきて、「兄ちゃんでかい魚がいるよ。死んだ魚」
こう言ったんです。水中メガネを頭から引き下ろして潜ってみました。
岩が海の中で入り組んでるんです。重なり合って、せまいところや広いところがあり、
潮の流れを作ってるんです。

当時でも5mは潜れたと思います。弟が先になり、その背中に触りながら潜っていくと、
7~8mの深さに平らになった岩があり、その上に大きな魚が横たわってました。
俺らのボートより大きいんで、3mくらいあったと思います。
それが真横になって、その岩の上にあったんです。
一目で死んでいるってわかりました。
子どもの手のひらくらいの目が、白く膜がかかって瞳が見えなかったんです。
それにぴくりとも動かない。背中にずっと青黒い藻のようなのが生えて、
それが静かに波でゆらめいてるだけでした。
魚の形は、横幅もあって鯛に少し似てたと思います。
それと、腹のところが、すごいでこぼこしてたんです。
上手く説明できないんですが、
人間の膝小僧ほどや、それよりも小さいイボがいくつも重なってるような。

やがて息が続かなくなり、弟といっしょに浮上して舟に上がりました。
弟が「あれ、もしかして父ちゃんの言ってた死んだ魚ってやつかな」と聞いてきたんで、
「たぶんな」と答えました。そのままアワビ捕りはやめて、家に帰ったんです。
親父はその日漁に出てなかったんで、すぐに見たもののことを話したんです。
そしたら、そんなに驚いた様子もなく、
「とうとう見たかお前ら、・・・今晩ちょっと怖いことがあるぞ」
と言って少し笑いました。
その晩、8時過ぎに漁協の組合長さんが家にやってきました。
俺と弟は海パンをはくように言われて、組合長さんと親父の後についていったんです。
車を使わなかったんで、そんなに遠くにいくんではないとわかりました。

防波ブロックの上をずっと歩いていくと、岸壁に近づいて洞が岬が見えてきました。
ここは岩が波で削られて、高さが20m以上もアーチ状になってるところです。
その高いところに、御幣のついたしめ縄が下がってて、
普段は入っちゃいけないことになってました。俺も弟もそのとき初めて入ったんです。
洞窟の中に入って月明かりがなくなると、組合長さんも親父も松明をつけました。
洞はかなりの深さがあって、立って歩ける岩の幅は1mくらい、
あとは海水が入り込んできて、磯の臭いがきつかったです。
30mくらいでしょうか、突き当たりの岩に神棚のようなのが彫られてました。
組合長さんが最初からあったロウソクに火をつけ、
棚にあがってた御神酒どっくりを手にとりました。

そして、中の酒を足下の水の中に注ぎ込み、パンパンと柏手を打ったんです。
暗い洞窟の中によく音が響いたのを覚えています。
松明の明かりで、目の前すぐの水の中にあの魚が横たわっているのが見えました。
さっきまで間違いなくいなかったのに・・・泳いできたわけでもないんです。
目の前に忽然と現れたとしか思えませんでした。
近くで見る魚は沖で見たときより大きく、3m以上は間違いなくありました。
真っ白に濁った目はそのままでしたが。
親父が俺に小刀を手渡してよこしました。そして、
「あの腹の段々になってるところを一切れ切って食え」と言いました。
強い調子に押されるように水に入りました。
深さは胸のあたりまでしかなかったです。

さすがに気味が悪かったものの、
近づいてイボのような出っぱりの一つに小刀を入れました。
それは柔らかく、一気に切れて手の中に塊が残りました。その部分には鱗もなかったです。
親父と組合長さんが声をそろえて「食え、飲み込め」と言ったので、
目をつむって口に入れました。味は・・・記憶に残ってません。
脂の感触があったのは覚えてます。「○○(弟)に小刀を渡せ」親父が言いました。
弟はかなりおびえた様子でしたが、
俺がやったのを見て何事も起きないとわかったんでしょう。
やはり水に入って、魚の腹のイボを一つ切り取り、
思い切ってほおばりました。大きな塊だったので2口かかりました。
弟は吐きそうな顔でしたが、なんとか我慢したようでした。
「それでいい」組合長さんが言いましたが、
この間、魚はぴくりとも動かず死んだままだったんです。

皆で家に戻り、親父と組合長さんは酒を飲み始めました。
俺が「あれって何だったの」と聞いたら、親父が「今にわかる」とだけ答えました。
つけ加えるように「これからは、あの魚見ても知らせなくていいぞ」
その後、俺と弟は、軽く茶漬けを食べてすぐ寝たんですよ。
3日くらいして、もう海水浴場を閉めるというときに、水難事故がありました。
近くの市から家族で来ていた男の子が溺れたんです。
俺はまだ休み中だったんで、引き上げられる現場を見ていました。
知っている漁師に抱えられて上がってきたのは、小学校低学年の男の子でした。
濡れた髪が青ざめた額に張りついていました。
救急車が待っていて、すぐに病院に運ばれましたが、亡くなったということでしたね。

ここから話すことはあまりないです。
あの魚には2回再会しました。1回は高校3年のときです。
その当時は部活をしていたので、たいして浜にも出なかったんですが、
夏休み中の暑い日に遠泳をしたとき、底のほうにあの魚がいるのが見えたんです。
前のときとまったく同じで、死んでいるとしか見えませんでした。
ただ・・・腹のイボの中にひときわ大きいのがあって、よく目をこらして見ると、
それは目を固く閉じた子どもの顔でした。
前にちらっと見た、浜で溺れて死んだ子に似ているような気もしました。
もう1回は、就職して数年後の盆休みに帰ってきたときです。
そのときには大学に行っていた弟もいました。2人でボートを漕いで懐かしがってたんです。

最初に、中学生のときに見たのと同じあたりだったと思います。
ボートの上からだったので、影のようにしか見えませんでしたが、あの魚だったと思います。
弟のほうを向くと、弟も俺に向かってうなずきました。
腹のあたりにあの顔があるかと探したんですが、
波があって箱メガネでもないと見えない状態だったんです。
それから3年後に、親父が漁船の事故で亡くなりました。
あの魚がどういうものなのかは、結局教えてはもらえませんでした。
組合長さんや、他の漁師に聞くこともできたんでしょうが、何故かそれもしなかったんです。
俺も弟も漁師にはならず、親父の船も売ってしまいました。
もしかして漁師になっていたら、わかることもあったのかもしれませんが・・・
これで終わります。




棟梁

2014.08.03 (Sun)
俺らの棟梁・・・元棟梁の話なんスけどね。俺ら大工なんス。
棟梁ってのは家の棟と梁って意味で、一番高いとこにある一番重要な部分なんス。
すげえおっかねえ人だったんス。
俺はないけど、叩かれたってやつも何人もいたんス。
ただ、厳しいのは仕事に関してだけで、
それ以外はどんな下請けも公平に扱ってくれたから、
陰に回って悪口言うやつなんていなかったんじゃねえかな。
あと俺らは棟梁の大工時代の頃はわかんないけど、
先輩の話だとすげえ無口で、やっぱりちゃんとした仕事をする人だったって話っス。
特にカンナかけは名人級だったって。そんな人だから棟梁にまでなれたんス。

で、息子さんが2人いるんだけど、どっちもサラリーマンになっちゃって、
大工の跡は継がなかったんすね。
それは棟梁も承知で大学まで出して、むしろ望んでたみたいなんスけど。
だからよく言ってたんス「この工務店も俺一代限り」って。
ところがね、奥さんが50代でガンで亡くなってすぐ、
60過ぎたあたりからボケが来ちまって、
指図やなんかがおかしくなってきた。
息子さんらは別の土地に出てるんで、それがわかったとたん棟梁を引退させて、
老人ホームに入れちまったんだ。

いや介護施設とかじゃなくて、ウン千万もかかる有料老人ホーム。
だから個室だし、食事もサービスもすごくいいんだけど、
やっぱ孤独だから、専門のリハビリとかがあっても、
ボケが進むのが早かったんじゃないかと思うんスよ。
これでもね、世話になったと思ってるから仲間と何回も面会に行ってるんス。
最初車イスを押されて出てきたときは、驚いたっスよ。
俺らのことがわかんなかったんス。
いや、それだけじゃなくてね、あんだけ厳しく怖かった人の顔に表情がないんス。
目もドローンと曇っちまって、すげえ悲しくなったのを覚えてるっス。

会話も何もできなかったんで、土産を置いて30分くらいでおいとましたっス。
そのときの介護士さんと少し話たんス。
足腰にはまだ力があって自分で歩けるんだけど、心のほうがね、
気力がまったくなくなって、
このままだと寝たきりになってしまうかもしれないって、言ってました。
あとこれは噂なんだけど、息子さんらは忙しいらしく、
月に一回くらいしか行ってないらしいんス。
まあね、あんな反応で顔見ても身内もわかんないんだとしたら、
そういうものかもしれないスね。

それでも俺は2月に一遍くらいの割で面会には行ってたんスよ。
雨降った日とかやることもないし。
でね、何回か行くうちに気がついたんスけど。その老人ホームね、なんか変なんス。
介護士さんの雰囲気が暗くて、メンバーもしょっちゅう入れ替わってるんス。
有料ホームは普通のとこに比べて給料もいいって話も聞くし、
どうしたもんかって思ってたら・・・
これも噂なんスが、どうやら幽霊が出るらしいんス。
いやあ・・・信じたわけじゃないんスけど、
ただこんな話がすぐに耳に入ってくるってあんまりないと思うんス。
だから何事かはあるんじゃないかって。

でね、今年の春のことっス。夕方の7時過ぎ、夕食後に面会に行ったんス。
3ヶ月ぶりくらいスね。そしたら、棟梁の両隣の個室が開きになってたんスよ。
どうやら亡くなったらしいっス。
でもね、有料でも老人ホームってどこも入所希望が溢れてるし、
そもそも、その両隣の人ってボケてもなかったし、
自分で歩けるくらい元気だったんス。ね、なんか嫌な感じっしょ。
幽霊の噂と関係があるのかもとか、ちょっと勘ぐっちゃったんスよ。
ホームはどの部屋もね、電気はケチってないんだけど、なんか薄暗い感じがしたし。

で、いつものようにベッドに体を起こした棟梁と向き合って、
まあこっちが一方的に仕事の話をして、
棟梁はうつろな目をして聞いているって感じだったんスけど、
付いていた介護士さんがちょっと席を外したんスよ。
そしたら棟梁の両手がぶるぶる震え始めて、
急に部屋の蛍光灯がついたり消えたりし始めたんス。
接触のせいだと思って、一回スイッチを切ってまたつけたんス。
そしたら蛍光灯はついたんだけども、棟梁がベッドに起きた体を横に向けてね、
部屋の後ろ側の一隅をじっと見つめてたんス・・・。

そこにね、黒い煙がたまってたんスよ。こう言っても想像つかないと思うスけど、
水にね、黒インクをポタッと垂らしたような感じでぐるぐる渦まいてたんス。
4月だったんで、エアコンは入ってなかったと思うけど、
部屋の中がびっくりするくらい冷えてね。
でね、その煙の中に顔だけ見えたんス。婆さんだと思いましたね。
知らない婆さんが、いかにも憎々しいというように棟梁を見てたんス。
もちろん胆をつぶしたし、介護士さんに知らせに走ろうとしたんスよ。
そのとき、棟梁の手が動いてるのに気がついたんス。
その婆さんをにらみながら、手で俺らには見慣れた仕草を・・・

で、部屋を出て、受け付け前で「棟梁の部屋に行ってください」と叫んで、
自分の車まで走ったんス。
たまたまそのとき、仕事道具持ってきてたんスよ。
もちろん棟梁が現役時代に使ってたようないいもんじゃないけど。
大急ぎで部屋に戻ると、介護士さんが2人、呆然とつっ立って部屋の隅を見てたんス。
霊の黒い煙はますます大きくなって、
その中で婆さんの顔が大きく口を開けて回転してたんス。
でね、俺は棟梁に、持ってきたカンナを手渡したんス。
そしたら、今まで自分の足で立ったとこなんか見たことがなかったのに、
棟梁はベッドの上に立ち上がって、大きな声で「けえれ!」と叫んだんス。

そして手に持ったカンナで、黒煙の中の婆さんの顔をがりりと削った・・・
でっけえ、魂消るような悲鳴があがって、部屋が大きく振動したんス。
婆さんの霊は爆発したように四方に散らばって消えたんスよ。
いや嘘じゃねえって。なんならそんときの介護士2人に聞いてみてくださいよ。
俺と同んなじこと言うから。
・・・でね、それ以来幽霊は出なくなったらしいスよ。
ホームの皆に感謝されて、棟梁は一躍ヒーローっス。
といってボケが治ったわけでもないんスけど、自分で歩く気力は出てきたみたいっス。
面会には行ってるっスよ、もちろん今でもね。尊敬してるっスから。




目覚まし

2014.08.02 (Sat)
2年前のことだ。運送会社で長距離トラック乗ってるんだよ。
で、日曜の夜に少し早めに寝た。
というのは月朝5時に荷主のとこに行くことになってたからだ。
いや、発泡酒は飲んでたけど、これは毎日のことだし。
そのとき夢は見なかったと思うんだよな。
見ても忘れて記憶にないのかもしんないけど。いや、後で夢の話が出てくんだよ。
普通に寝てたんだと思うけど、それが夜中に起こされちまった。
目覚ましが鳴ったんだ。
その時計はだいぶ前に買った安いデジタルのやつで、
反射的に時間を見たら13時58分だった。

時間の不規則な仕事だから、こまめにセットを変えたりしてるが、
いくらなんでもその時間に起きるってことはない。
それに、寝る前に確かに4時10分に自分でセットしたんだよ。
じゃなきゃとても起きる自信はないからな。
あと、前の晩彼女が泊まりに来てたんだが、この目覚ましをいじるとは思えない。
もしいじったとしたって、その後俺がセットし直してるんだからな。
まあ、そんときは自分が何かの勘違いをして、
その時間に合わせちゃったんだと思うことにした。
・・・あまり深くは考えなかったんだよ。セットし直してまた寝たんだ。

ちゃんと4時10分に鳴ったよ。それから出かけて、月の夜は配送先で一泊、
火曜の夕方に帰ってきた。水曜は休みだったから目覚ましはかけないで寝た。
その夜に夢を見たんだが、うまく説明できるかなあ・・・
気がついたら自分はビルの床に立ってた。
で、上は天井がなくて、ゆがんだ鉄骨がむき出しで空が見えてた。
立ってる床もあちこちに残骸が散乱してたな。
元々は天井があって、その破片が落ちてるんじゃないかと思った。
目の前にプールみたいな大きな水たまりがあって、湯気が立ち上ってた。
煮えたぎってるとか、そんな感じじゃなかったな。

ちょうどいい感じの温泉みたいなプール。
水の色が不思議な緑色をしてたような気がする。
細部まで覚えているわけじゃないんだ。
「変なところだなあ」と感じてると、
「たすけて○○、たすけて」と俺の名を呼んでる声が小さく聞こえてきた。
プールのほうからだ。彼女の声じゃないかと思った。
・・・プールは一段低くなったところにあったんだ。
それで、背丈ほどの高さを飛び降りてプールの縁に立った。
かがんで水に手をつけてみると風呂より少しぬるい程度、
ただ水はどろどろしてて手をうまく動かせなかった、

プールの縁をあちこち走り回ってると、
落ちてきた鉄骨やコンクリが水中に積もってるとこがあって、
その中に彼女がはさまってた。
そこらあたりは特に緑色が濃くて、水中にいるのかそうでないのかよくわからなかった。
口を開けてて「たすけて」という声が聞こえるんだから、
瓦礫の上に立って半分水に漬かってるんだろうと思った。
とにかく水に入って泳いで近づこうとした。
泳ぎはそこそこできるんだが、水がゼリーみたいに固まってたんだよ。
なかなか近づけない。それでも少しずつ進んでいって2mくらいのとこまで行った。
彼女の表情が安堵した感じに変わっていたな。

「服がはさまってるから引っぱって」みたいなことを言ってた気がする。
そばまで行って、水の中の鉄骨に立ち、両手を腰のあたりに回して抱き上げようとした。
だけどやっぱりスカートの裾のあたりが巻き込まれているようだった。
ひっぱってもとれないんで、「脱がせるからな」と言い、
脇のチャックを下ろして足を抜かせようとした。
なんだか、プールの緑の水が熱くなってきてる感じがした。
まわりが湯気で見えなくなってきてた。
「ほら、早くこの足上げろ」と怒鳴って、あともう片足を抜けばってとき、
夢の中のすべてのものがぐにゃっとゆがんだように見えた。
「時間切れです」という機械のような声が頭の中で響いたんだ。

「時間切れです、時間切れです、時間、時、ジ、ジ、ジ・・・」目が覚めた。
目覚ましの音だった。セットしてない目覚ましが鳴ってて、13時58分だったんだよ。
目覚ましを止めようとして、ベッドから落としてしまった。
すごい息切れがして、心臓がどきどきしてた。
手が濡れてるような感触があったが、電気をつけてみたら何もついてなかった。
とにかく目覚ましを止めて、その後眠れそうになかったから、車の雑誌を読んでたんだ。
1時間ほどして、めったにかからない固定電話が鳴った。
出てみると彼女の友だちからで、
彼女の乗ってた夜行バスが事故を起こしたみたいだという内容だった。

専門学校の2年で、就職活動のためにたびたび東京に行ってたんだ。
友だちは彼女の実家から聞いたみたいで、それまで連絡したことはなかったんだが、
思い切って電話をかけてみた。
父親が出て「高速道路上でバスが横の壁にぶつかったらしい」と話した。
これから現場に向かうということだったんで、場所を聞いて俺も行くことにした。
・・・4時間かけて近くまで行ったが、
道路は通行止めになってて関係者ではない俺はそれ以上近づけなかった。
・・・大事故で、4人が亡くなって、彼女がそのうちの一人だったんだよ。
事故った時間が、13時58分・・・そのあたりだった。