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緋色恐怖症

2014.09.03 (Wed)
こんばんは。・・・さっそく話をさせていただきます。
物心ついたときから、色彩恐怖症というのに罹っていました。
これは正式に医師に診断されたんです。
恐怖症というのはご存じですよね。
高所、閉所、不潔、先端・・・赤面恐怖症とか。
人によって様々な種類があり、それが起こる原因もまちまちのようです。
私の場合は、色彩恐怖症というものでした。
特定の色が怖くて、見るとパニックを起こしてしまうのです。
その色は赤・・・でした。
それじゃあ信号が渡れないだろうと思うかもしれませんが、
そういうわけではないんです。
赤い色といっても様々なタイプがありますよね。

私の場合は緋色ともいわれる黄みがかった明るい赤、それだけが怖いんです。
それ以外の赤はなんともありません。
例えば夕焼けの茜色、あれなどは緋色に似ていますが、なんでもないんです。
赤い色が特定の明度や彩度で見えたときにだけ、
ひどいパニックを起こしてしまうようだったんです。
泣き叫ぶだけならまだ程度のよいほうで、
地面を這いずって壁にぴったり額をくっつけ、がくがく震えたりしたんです。
いえ、そういう状態になることは滅多にないんです。
実家では私のために、
極力赤い色のものを広い屋敷の中に置かないようにしてましたし、
家の外に出てもまず見かけるような色合いではないんです。

特定の植物の花の色、和服の染色・・・
あと1回だけ、小学生の頃に自分がどうなるか確かめてみたくて、
パレットに赤の絵の具を出して、少しずつ少しずつ黄色を混ぜていったとき・・・
だからパニックを起こしてしまうのは2年に1回もなかったと思います。
それで、パニックになったときには、頭の中に顔が広がるんです。
心から嬉しそうに、にこにこ笑った幼児の顔です。
3歳くらいの女の子でしょうか。
今思えば、私が子どもの頃の写真によく似ているんですが、微妙に違う顔。
自分ではない、と思っていました。
自分ではないんだけど、とても自分に近い女の子・・・
でも、両親にこの話をしても、ただの幻、幻覚だと言われるだけだったんです。

この恐怖症が最後に起きたのは、17歳のときだったはずです。
自然に治ったんだと思ってました。
それ以降は子どもの頃に見て狂乱したのと同じものを見ても、
まったくなんともなかったですから。
私は大学に入り、そこで知り合った主人と、卒業して2年後に結婚しました。
もちろん実家を離れてアパート暮らしをしていますが、
3年前に子どもができたんです。女の子です。
私よりも主人に似ていると言われます。
裕福ではないですけれど、とても幸せな生活をしていると思っています。
今年の正月のことでした。
その子を連れて、主人の運転で半日かけて車で実家に帰ったんです。

実家はその地方の旧家と呼べる家柄で、
築100年以上になる家にはたくさんの部屋があり、庭も広くて、
主人はいつも来るたびに感心していました。
私の両親は主人とはとても気が合い、また娘に対しては、
目の中に入れても痛くないほど猫可愛がりしています。
そのときは、兄も帰ってきていました。
兄は私の2つ上で、結婚していましたがまだ子どもはいないんです。
正月2日の夜は、父と兄、主人とで酒宴になり、
いつ果てるともしれない様子でしたので、私は娘と先に休んだんです。
その夜中のことです。肩をゆすって起こされました。
小さな電球がついていて、父が紋付を着て枕元に座っていました。
娘はかたわらで寝息を立てていましたが、主人の姿がありませんでした。

父はまったく酔っているようには見えず、
「○○君はひどく酔ったんで、別室で寝かせてあるから心配しなくていい。
 今から出かけなくてはならないから、すぐに着替えなさい」
こんな夜中に、と思いましたが、父の後ろに母と兄が膝をついて座っていました。
そして父の言葉にうなずいたんです。
有無を言わせない調子だったので、しかたなく着替えを始めました。
何かこの地方の信仰にかかわることだろうと思ったんです。
そういう行事は子どもの頃からさまざまにあったので、慣れていることもありました。
母が娘を起こして服を着せ始めました。
娘はむずかっていましたが、母に抱かれたままことんとまた寝入ってしまいました。
父、兄、母と娘、そして不承不承 私が続いて家を出ました。

外には黒い大きなミニバンが停まっていて、
助手席から顔を出したのは前の町長さんでした。
「すまないね、朝までには終わるから」町長さんは沈んだ声で言い、
私たちはミニバンに乗って出発したんです。
着いたのは、山間にある温泉旅館でした。といっても鄙びたところではなく、
現代風のつくりで、会議などもできる有名なところです。
女将さんらしき人が出てきて、母屋とは離れた場所にある蔵に案内されました。
蔵の戸は開いていて、たくさんの人のいる気配がしました。
入ってみると10数人が集まっていて、
この町では名士といわれている家族だということがわかりました。
蔵は入ってすぐに二階へ昇る階段があり、皆はそこを上っていきましたが、
娘を抱いた母が下に残ったんです。

娘のことが心配で、母から抱き取ろうとしたんですが、
「大丈夫だ、心配ない」こう父にたしなめられました。
蔵の2階で、みな押し黙ったまま立っていましたが、
やがて白装束の人が入ってきて、一方の壁の下の部分の板戸を外しました。
すると、そこから子どもの泣き声が聞こえてきたんです。
皆が這うような姿勢になって下をのぞき込んだので、
私も兄の横に入って見おろすと、かなり下のほうに蔵座敷が広がっていました。
そこには2~3歳の女の子ばかり6人いて、娘も混じっていたんです。
ほとんどの子はおびえて泣いていましたが、中には半分眠りかけている子もいました。
蔵座敷にはたくさんの蝋燭が灯って明るく・・・
すべての壁面と床が緋色に塗られていました。
私が子どもの頃から恐怖を感じていた、あの色にです。
「今から口を開いてはいけません」白装束の神職が言いました。

やっと言葉が話せるようになったばかり子どもたちは、
固まることもせずばらばらの場所で泣き叫んでいましたが、
やがて座敷の一方の襖が開き、まばゆい錦衣を着た人が入ってきました。
その顔は面をつけていました。やはり緋色の平板な面です。
目と口の穴が3つ開いていました。
その姿を見て子どもたちはさらに激しく泣き、反対側の壁へと逃げ出したんですが、
一人だけ逃げようとせずお面の人に近寄っていった子がいました。
お面の人はしゃがみ込み、ゆっくりとその子を頭上まで抱き上げたんです。
「ううっ」という声が、下を覗いていた人たちの間から漏れました。
「決まりました」と神職が言い、板戸を閉じました。
私は泣き疲れて寝てしまった娘を抱き、家族とともに送られて家に戻りました。

父が「○○君にはこのことは言わないように」と言ったので、
それを条件に今夜の出来事がなんだったかを教えてもらいました。
「心配するようなことじゃない。この地域の氏神に遣える将来の巫女さんを決めたんだ。
 うちもその血筋を引いているから、断ることはできない。
 あの抱き上げられた子は、もう明日から神職に引き取られて修行に入る」
「あんな小さいときから可哀想じゃない。もし娘に決まっていたら・・・」私が抗議すると、
父は「・・・・可哀想だな。しかし昔から決まったことなんだよ」と答えました。
ふと思いあたって「私もあの蔵に入ったことがあるの?」と聞くと、
「そうだ。あれ以来お前はあの色がだめになってしまった」
さらに「お前は選ばれなかったが、お前の双子の姉さんは選ばれたんだ。
 あれ以来会うことはできなくなったが、話ではそれは立派な巫女になっているそうだ」
こう、つけ加えたんです。
 




20秒

2014.09.02 (Tue)
3日前の夜の9時過ぎです。ファッション雑誌の編集の仕事をしているんですが、
その日は軽く残業をして帰宅したんです。電車に乗り、いつもの駅で降りました。
そこから私のマンションまでは、歩いて10分少しです。
小雨が降っていたので傘をさし、広めの通りに出たとき、
50mほど前でテイッシュを配ってる宗教団体らしき人が見えました。
それとちょうど信号が青だったので、道の反対側に渡ったんです。
いつもはこちら側は朝しか通らないんですが、
どうせどこかで道路を横断するのに違いはありません。
しばらく行くと、「開運」と大きな看板のあるハンコ屋さんの前に、
易者さんが出ていました。

毎日ではないですが、よく見かける人です。
たぶんそこのお店をやっているご主人なんだと思います。
その店の前を覆っている庇の下に見台を置いてましたから。
お店の宣伝を兼ねてやってるのかもしれません。
夜8時過ぎでないと出てませんし。
60過ぎくらいでしょうか、宗匠帽?の下の顔は、
昔テレビで見た、ムツゴロウさんという動物好きの作家によく似ているんです。
足下に目を落として通り過ぎようとしたとき、
「あの・・・ちょっと待ってください」と、その人から声をかけられました。
「あ、はい」つい返事をして立ち止まってしまいました。

「えー、ちょっとお時間いいですか?」こう聞かれたので、
「すみません、急いでますから」と答えて過ぎ去ろうとしました。
「待って、見料とかいただこうと思ってませんし、20秒だけでいいんです。
 迷ったんですが、引きとめてしまいました」
「あ、でも・・・」
「ほら、こうしてる間に10秒たつところですよ。
 いやこれね、営業でもなんでもないんです。あなたが心配に思えたもので」
「それ、どういうことでしょうか?」
「はっきりは言えません、言うと結果が変わってしまうかもしれないし・・・
 それにね、もう20秒たちました。ご苦労様、お気をつけて」

何がなんだかわかりませんでしたが、毎日私がこの道を通っているのを見て、
お客として取り込もうとしているのかもしれないとも思いました。
「ああ、こちら側を通ったのは失敗だったか」という考えが頭をかすめましたが、
ただ軽く礼をして歩き出しました。
すると背中から「・・・お花、あげてやってあげてくださいね」と、
声をかけられたんです。
こう言ってはなんですが、おかしい人なのかなと思ったりもしたんですよ。
一つ角を曲がると、マンションのある通りに出ました。
このあたりは、敷地面積がせまく高さのある同じようなマンションが、
ずらっと立ち並んだところなんです。

傘をすぼめながらマンションに入りました。エントランスに管理人室があり、
夜間は警備員さんが終夜常駐しています。
ちょうど顔見知りの警備員さんが、
ハンカチで手を拭きながらエレベーターホールのほうから戻ってきたところでした。
「お疲れさまです」とあいさつをし、エレベーターで部屋へと向かいました。
その日は少しネットで調べものをし、発泡酒を飲んで寝ました。
朝方・・・パトカーのサイレンで目が覚めました。
時計を見るとまだ5時台でした。
何かと思い、部屋のある階のホールに出ると、私のところを入れて4つある部屋のうちの、
2部屋の住人の方が同じように出てきました。

連れだって下に降りてみました。
エントランスには住人の方がたくさん出ていましたので、何が起きたのか聞きました。
はっきりしたことがわかる方はいないようでしたが、
火事ではなく、事件があったらしい様子でした。外に出ようかと思いましたが、
警備員さんが入り口で、
「特に用事のない方は出ないでください。もう少し明るくなるまで待ってください」
と言ってるのが聞こえたのでやめにしました。
やがて出勤時間がせまった人たちは部屋へと戻り、
人の騒ぐ声が多くなってきたようなので外へ出てみました。
私のマンションからすぐ先の路上にパトカーが何台も停まり、
警官が出て、野次馬らしき人を押し戻していました。
何が起きたのかを近くにいた人に聞いてみましたが、憶測ばかりでらちがあきませんでした。

私は出勤の時間が遅いので、部屋に戻ってテレビをつけてみましたが、
全国ニュースではなにもわかりませんでした。
ネットで私のマンションのある街の名と「事件」という言葉で検索してみると、
いくつもアップされている記事が見つかりました。
殺人事件でした。私のところから3つ離れたマンションのエレベーターの中で、
若い女性が刺殺されたんです。
そこのセキュリティがどうなっていたのかわかりませんが、
一緒に乗り込んだ犯人によって胸や腹を何度も刺されたとありました。
犯人は血まみれの包丁を持って呆然と立っているところを、
住人に見つかって通報され、すでに逮捕されていました。

はっきりしたことはわかってないようでしたが、時間はちょうど私が帰ってきた頃で、
その女性とは面識のない、通り魔的な犯行の可能性が高いと書いてありました・・・
それで昨日です。会社の帰りに花を買いました。
そのマンションには入れないでしょうが、玄関前にお供えしようと思ったんです。
駅からの道を通っていると、あの開運ハンコ屋の前に易者さんが立っていました。
私が通るのを待っていたように、見台の前に出ていたんです。
そして私が手に花束を持っているのがわかったんでしょう。
ちょっと厳しい顔をして「うんうん」という感じでうなずきました。
それを見て私は道路を隔てた反対側の歩道え立ち止まり、
深々と頭を下げたんです。
ええ、このあと、店まで行ってきちんとお礼をしてこようと思っています。

関連記事 『予言ってどうなの』



スプラッター考

2014.09.01 (Mon)
 スプラッターというのは、基本的には映画で用いられる言葉で、Wikiでは、
「殺害シーンにおける生々しい描写に特徴のある、映画の様式のひとつである」
となっていました。この「殺害シーン」という部分には少し異論もあるのですが、
血しぶき、飛び散る肉体やこぼれ落ちる内蔵などが出てくるシーンは、
基本的にスプラッターと言われます。
代表的な作品としては、ジェイソンの登場する『13日の金曜日』
シリーズを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
ただ、ジェイソンやその亜流の殺害シーンは一瞬で、
おそらく被害者のほとんどは瞬間的な苦痛のみで即死してしまうように見えます。
斧が頭に食い込んだままバタンと倒れるようなシーンでは、
笑ってしまう観客もいますね。
 
 最近は少し傾向が変わってきて、『マーターズ』や『ホステル』シリーズのような
拷問映画と呼ぶべきものが多くなってきました。
被害者が例えば足を切り離されたままで、
苦痛を感じながら生きているシーンなどが出てくる作品です。
こちらの場合は、上記したようなスプラッターとは違って、
死の恐怖の他に、肉体損壊の恐怖というのが加わります。
例えば顔の皮を剥がされた被害者は、その場を生き延びて手術をしたとしても、
容貌が醜く変わってしまうでしょうし、
足を切り離された被害者には障害者としての生活が待っているわけです。
死では終わらず、その後の苦痛や苦悩を観客に感じさせるという手法なわけです。

 では、スプラッターはマンガや小説で効果的に用いることはできるのでしょうか。
これは個人的にはなかなか難しいんじゃないかと思っています。
マンガの場合は、作者の絵柄の個性によって、
独特の衝撃を読者に与えることは可能でしょうが、
文字だけで表現するのはかなり難易度が高いのではないのでしょうか。
映画の昔の作品ならともかく、特殊効果の発達した映像技術には勝てない感じがします。
小説は、どうしてもそのシーンを読者に想像してもらわなくてはならないからです。
例えば、「マスクの男は秋江の口に指を突っ込み、
ものすごい力で頬の肉を耳のあたりまで引き裂いた」
こういう描写があったとして、頭に浮かんでくるシーンというのは、
読む人ごとに違うのではないでしょうか。

 もし解剖学に詳しかったり、かつて映画で似たようなシーンを見たことがある人は、
頭に浮かぶ映像がかなり具体的でしょうし、
そうでない人は、顔の皮が紙のようにペロンと剥がれた、
ギャグマンガみたいなシーンを想像するかもしれません。
 では、文章で詳細に血の流れる様子や、
飛び出す血管や脂肪、骨などを書いたとしたらどうでしょう。
これだと映像では一瞬のことが数行の描写になってしまうので、
詳しく書けば書くほど、
読者がイメージ化するのに疲れてしまうのではないかという気がします。
このあたりのことは常々考えているのですが、
なかなか難しく、うまく手法化することができていません。

 日本だと、綾辻行人氏の『殺人鬼』シリーズは、
殺戮描写が詳細で、スプラッター的と言っていいと思います。
あるいは平山夢明氏の短編とか。
海外だと、クライブ・パーカーの諸作とかが有名です。
これらを読んで自分が感じるのは、あたり前の話かもしれませんが、
映像と文字表現は違った特性を持っているということです。
やはりその特性を生かしながら怖さを追求していくしかないんじゃないでしょうか。
舌足らずな話ですみません。
このテーマはもう少し考えがまとまったらまた書きたいと思っています。
 そんなわけで、自分の書く怪談はあまりスプラッターシーンを出していませんし、
生理的嫌悪感を用いたものも多くはないんですね。

関連記事 『ゾンビのいる風景』

関連記事 『誰が最初に』

『The midnight meat train』