丘の上 2題

2014.10.30 (Thu)
柿喰い

これはもうだいぶ古いことで、言い伝えみたいなもんだよ。
昭和のヒトケタ代前半の話だし、舞台になってる集落はダムの底に沈んで、
住人もちりぢりになってるから、知ってる人は少ないよ。
俺もじいさんから聞いたから、どこまでが本当かはよくわからん。
当時でもね、その集落は50所帯ほどしかなく、
住人も300人といったあたりだったろう。谷の村でね、ひじょうに交通の便が悪かった。
どこへ行くにも歩きで、これが廃れた一番の原因だったろう。
ダム工事があったときには15所帯くらいまで減ってたというし。
でな、7年に一度「柿喰いが山から下りてくる」という日があったらしい。
じいさんは11歳のときに始めてそれを経験したんだな。
11月の1日ということだった。もちろん新暦で、今と同じだよ。
なぜその日なのか、どうして7年おきなのかもはっきりわからん。

かなり遠い昔に遡る話なんだ。その山、というより小高い丘みたいなもんなんだが、
そこに十ほどの墓があって、なんでもその昔に一揆を起こした首謀者のもんと言われてた。
ただこれもわからんよ。墓は苔むした丸石だし、表面には一字もない。
それに、一揆の頭なんてのは磔にされて死骸も引き取れないのが普通じゃないかな。
とにかく朝から集落に緊張が走ってたっていうね。
集落の主だったもん、区長とか寺の住職は目を血走らせてあちこちの家に入ったり、
庭をあらためたりしていた。でな、そこの集落の家はみな庭に柿の木があって、
枝が塀の外に伸びていたんだ。わざとそうしてるんだ。
で、柿の実もその何本かの枝になったのはとらないで残しておく。
「子守柿」みたいな習わしだが、これには実際に意味があったんだよ。
「柿喰い」が村の通りを巡ったときに、それをもいで喰うんだ。
そして柿のないとこがあれば家の中まで入ってくると言われてた。

でも、柿の木って気まぐれなもんだろ。年によって実をつけたりつけなかったりする。
それに年数がたてば実がならなくなる。
だから、そういう家では塀の外に小さい壇を築いて、
そこに他の家からもらった柿をのせておくんだ。
あと多くはなかったが、飼い犬がいた家では、犬もその日は家の中に入れておく。
日の暮れの早い時期だから、4時過ぎには一家全員家の中に入って仏壇の下に座る。
家の鍵、といってもその頃はつっかい棒とかだったが、それを厳重にかけて籠もるんだ。
神棚にも灯明を煌々と燃して、合掌した状態でやりすごす。
その日は8時過ぎに始まったらしい。
「ジャ、ジャ、ジャ、ジャ」擦るように半鐘が鳴り響くのが聞こえた。
これは代々の集落の寺の住職が撞くきまりだった。
家族はいっそう身を固くして「南無阿弥陀仏」を唱える。
やがて、静まりかえった外から何かを引きずるような音が聞こえてくる。

一つ二つではない。別に耳を塞いでもよかったんだが、じいさんは聞いてたんだな。
かすかだが「ずる、ぺちゃ」という湿った音が確かにした。
やがてそれが、家の横で止まって「ボキン、ポキン」と柿の木の枝を折る音に変わる。
強がってみせてたものの、やはり怖くなったじいさんは母親の後ろに回って、
背中にぴったり顔をつける。さすがに柿を喰う音までは聞こえなかったらしいが、
しばらくして「ずる、ぺちゃ」が去っていくのがわかったという。
その後、2時間ほどしてまた半鐘が鳴った。
今度は「カーン、カーン」というよく通る音で、柿喰いが帰って行った合図だ。
家の者はほっと胸をなでおろし、神棚から御神酒を降ろしていただき、
あとは何もしないで眠りにつく。で、翌朝は早起きして通りの掃除をすることになる。
じいさんは、見ないほうがいいと言われたが、好奇心旺盛な年頃だし、
水桶とひしゃく、火ばさみ、竹箒を持った母親の後について朝の5時過ぎに家を出た。

通りの塀の脇には、半分食いかけの熟柿と折られた枝が転がっていて、
まずはそれを拾う。それから通り、その頃は舗装道路ではなく砂利道だったが、
そこにぽつぽつ落ちている煮染めたように赤黒い繊維の切れ端を掃き集める。
これらは後で寺に持って行って供養をするんだ。
他の家々でもみな外に出ていて、柿喰いが無事に済んだことを喜び合う。
7時になると住職と区長が回ってきて、首尾を報告するんだが、
そのときは運の悪い野犬が一匹、腹を割かれて転がっていただけで、
集落に被害はなかったらしい。まあこれで終わり。
でな、じいさんが18歳になるときの次の柿喰いは行われなかったんだよ。
まあじいさんは、そんときはもう他の土地に出て働いていたんだけどな。
最初に話したダム工事。集落のもんは反対したが、当時の国策でどうにもならなかった。
代替えの土地を与えられ、集落すべて立ち退きだ。
その工事にかかって裏の墓のある山も崩されたんだが、
事故が続いて工期は延び延びになったらしい。20人以上が死んだって話だ。

希望の像

俺たちの町の運動公園の野球場の後ろに小高い丘があって、
そこは全面芝になってて、石の階段が続いてる。上はちょっとした広場で林もある。
高さはたいしたことない。幼稚園の遠足でも登るようなところなんだ。
で、広場の中央に「希望の像」という彫刻があったんだ。
これは石像で、若い両親と5歳くらいの女の子が3人並んで手をつなぐ形をしてた。
大きいもんじゃない。実際の人の半分くらいかな。
噴水の中に台座があって、その上に立ってる。
3人とも空を見上げていて、左端の父親が空を指さすポーズをとってたんだ。
で、この像にはいろいろ噂があったんだ。
例えばカップルでこの像のところに行くと別れてしまうとか、
夜に、この父親が指さすほうの空を見るとUFOが浮かんでいることがあるとか・・・
何でこんなことに詳しいかっていうと、
俺が中2のとき、郷土学習でこの像のことを調べたんだよ。男ばっか3人の班だったな。

まず、放課後3人のうちの2人で写真を撮りに行った。時間は4時過ぎ。
上まで登ると、小さな女の子をつれたお母さんがベンチにいるだけで、
俺らは様々な角度から像の写真を撮った。
像の父親が指さしているほうの空も撮ったが、ただ雲が浮かんでるだけ。
3歳くらいの女の子が、興味を引かれたのか俺らのほうに近寄ってきて、
噴水の池をのぞき込み「かじ、かじになってる」と言った。
何のことだろうと思って池をちらっと見て驚いた。
浅い池の水に映った像がめらめら燃えているように見えたんだ。
「えっ」と思って見直すと、何でもなくただ像が映ってるだけ。
お母さんが来て女の子を抱きかかえ、もう降りていくようだった。
気のせい?と思ったが、横で友だちが変に硬直してた。
「どした?」と聞いたら、「今、耳元で アツイ って声が聞こえた」って言う。
だんだん日も暮れてきて、なんだか気味が悪くなってきたんで俺らも戻ることにした。
最後に離れたところから像の全体を撮った。

で、翌日、学校のパソコンを使ってデジカメの画像を確認したら、
近くから撮ったのは何でもなかったんだが、最後の一枚が妙なことになってた。
遠景で像を写した写真の噴水の池から、赤い光が立ち上ってた。
それは円形の池の形のまま、像を包むようにかなりの高さまで立ち上り、
薄くなって消えていたんだ。
「えー、何だよこれ」「夕日が水に反射してるんじゃないか」
「まだ日は沈んでなかったと思うけど」「それしか考えられないだろ」
こんなことを言い合った。
「これカッコイいいからレポートの表紙に使おうぜ」ということになり、
さっそく「○○公園の希望の像について」
という題の下に写真を入れてプリントアウトした。
まだ中身はぜんぜんできてなかったけどな。
それもデジカメの持ち主のやつが持ち帰ったんだよ。

その夜、そいつの家が全焼した。幸い家族は全部無事でケガもなかったが、
教科書も服も何もかも焼け、しばらく親戚の家に世話になるということで、
3日くらい学校を休んだ。火事の原因はよくわからず、
火元が外の高いとこだったんでとりあえず漏電ということになったみたいだ。
・・・当然思い当たるだろ。
あの像を撮ったときに「かじ」「アツイ」って変なことがあったのを。
今回のことと関係があるような気がしたんだ。
それと、あの噴水から赤い光が出ている写真は、
デジカメもレポートの表紙も全部燃えてしまったんだ。
これ以外に題材を変えるかという話も出たけど、いいのが思い浮かばなかったし、
とりあえず続けてみることにした。
像の写真は、町の公報にのってたのをスキャナで取り込んで使うことになった。

で、作者と像の歴史について調べてみた。
当時もネットはあったが、今みたいに簡単にアクセスはできなかったんで、
学校の図書室で町史をあたった。作者は地元出身で、東京の大学を出て彫刻家になった。
そっちで結婚して娘さんができた。
作者の顔写真と像の父親は似ているような気もするけど、
奥さんと娘さんの写真は見つからなかった。
その娘さんが早くに亡くなってることもわかった。
学校から近い図書館に行って新聞の縮刷版を見ていくと、
15年前に家は全焼して娘さんが焼死、その1年後に奥さんが病死。
火事の原因は漏電らしかった。像がつくられる5年前のことだ。
ここまで調べて俺らは完全にやめた。今、その像はもうない。
作者のたっての頼みで撤去され、像は作者が持ち帰ったんだよ。

『子守柿』






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ブログここまでのまとめ

2014.10.29 (Wed)
今日は怖い話はひとまず置いといて、当ブログの話をします。
何回か書きましたが、ブログを立ち上げた当初の目的は、
ネットに書き散らした怪談を1箇所にまとめて保管したいということでした。
またそれと同時に、新しく話をここに書いていこうとも思っていました。
これは書くのが楽しいからで、つまり趣味です。
最初から長く続けようという目的はなかったので、
ここまで続いたのが自分でも驚きです。
本業に影響が出るようであれば、更新頻度を減らしたりするかもしれませんが、
趣味なので、楽しくなくなればやめちゃうかもわかりません。
ちなみに自分は本を出したいとかそういう目的はないので、
コンテストなどに応募したこともありません。

ブログの方針としては、
オカルトホラーに関係ないことは書かないというのが一つ、
これはネタがなくて苦しいときもありましたが、
まずまず守れているのではないかと思います。
別に身辺雑記や時事ニュース的なことが嫌なわけではないんですが、
もしやるとしたら、別ブログを立ち上げてということになるでしょう。
あと本業(占星術)に関係したことも、
ここでは書かないということにしていました。

もう一つはできるだけ毎日更新するということで、
これはかなり大変です。けっこう旅行や飲み会などがあるのですが、
そういうときは書きためてある話のストックがいくつかあるので、
それを同居人や事務所の仲間に投稿してもらうことでしのいできました。
あと、自分はブロ友とか相互リンクとかtwitterとかはやっていません。
これは上記したオカルトホラー以外を載せないということと、
突然やめてご迷惑をかけたりするかもと考えてのことです。
twitterはやると時間をとられ過ぎてしまうので、仕事関係で最小限にしています。
自由業のわりに、自分の1日のタイムスケジュールは決まっていて、
ブログにかける時間は毎晩11時半から翌12時半くらいまでです。
(その後占星術の仕事に入ります)

別に毎日投稿しなくてもいいわけですが、
自分の性格として、あえてそういう縛りを設けないと、
すぐにやめちゃうんじゃないかという危惧があります。
また、1週間に1度しか記事を書かないという風にしても、
それでいい話ができるともあんまり思えないんですね。
別のことをして遊んでしまいそうです。
かといって連載みたいなのも自分には不向きみたいです。
1回やろうとしましたが続きませんでした。
計画を立てて少しずつプロットを進めていくという才能も時間もないです。
だから、一話読み切りの怪談という形は今後も続いていくんじゃないでしょうか。

で、毎日書いているとかなりの確率で駄作が発生します。
書いていて「これはちょっとダメだな、ヒドイ」
というのは自分でわかるつもりなんですが、
それを削除してその日は更新なしにするとすれば、
またその削除するラインで迷ってしまったりしそうですし、
結局は自分の記録だからと思って駄作でもそのまま載せるようにしています。
(とはいえ、削除したのも5つくらいあります)
でも、駄作を読んでしまう人に申しわけないので「おすすめ記事」というのを
巻頭にあげています。

「おすすめ記事」は基本的には、
みなさんの拍手の数を参考にさせてもらって選んでいます。
(前にネット掲示板に書いたものはまとめサイトでの評判などを元に)
ここで面白いなあと思うのは、
ときどき自分でよく書けたと思う話に拍手が少なかったり、
これはダメだと思ったのが多かったりすることです。
(とはいえ、はっきりした駄作はやはり少ないです)
おそらく自分がブログの読者層をつかみきれていないんだと思います。

2chのオカルト板に書いていたときは、
スレにいる層の反応がほぼ予測できたので、
そこでうけるような話を書くようにしてきましたが、
ブログだと1年以上たっても、
どのあたりの人を対象に書けばいいのかよくわからないです。
ですから、できるだけいろんなタイプの話を書くように心がけています。
現実感のある話、飛躍した内容の話、怖い話、バカバカしい話、妖怪の話などを
とりまぜて載せているつもりではありますが、
自分でもわからないうちにマンネリ化しているのかもしれませんね。

最後に、ブログをやっていて、
オカルトホラーに特化して書いている人が少ないことに気がつきました。
「ネットで拾った怖い話」みたいな、
掲示板のまとめサイトというのはいくつもあるんですが、
個人で書いている人がこんなに少ないとは思いませんでした。
自分はランキングサイトのホラー小説分野に入っているのですが、
休眠しているブログが多く、活気がないのがとても残念です。
それで、稚拙な内容ではありますが当初は書く予定のなかった、
「オカルト論」「怪談論」みたいなのも載せています。
なんとかこの分野の楽しさを広めることができればいいなあと思います。

ということで、
これまでのご愛読、ご声援ありがとうございました。
今後もやれる範囲で書いていきたいと思います。
bigbossman







土地祭

2014.10.28 (Tue)
2ヶ月ほど前、結婚したばかりの姉から僕の携帯に電話がありました。
姉は中規模の建設会社で事務をしていたところを、
そこに出入りしている土砂採掘会社の人と知り合って結婚したんです。
その人・・・僕にとっては義兄になるわけですが、U男さんってことにしておきます。
U男さんは、その採掘会社の経営者の息子で、
背が高く小太りで堂々とした感じです。
会社のある町は少し山間にあるんですが、そこでは名士の一族だということでした。
もちろん実際に何度も会ってます。ほとんど芸能界のこととか知らないなど、
ちょっと世間離れしたところはあるものの、気さくでいい人だと思いました。
小遣いもくれましたし。結婚式はこちらの市で行ったんですが、
向こうの関係の主席者が多くてびっくりしました。
その町の町長さんや町会議員もほとんど来たんじゃないかな。

姉は会社を辞め、その町で主婦をすることになりました。
それはもう喜んでいたんですよ。元々会社勤めが好きではなく、
3食昼寝つきになる機会を虎視眈々とうかがっていたようなもんですからね。
それでも少しは不安もあるみたいで、
「向こうのご両親もとてもいい方だけど、
 町の名士の方々とのお付き合いが多くなるだろうし、
 上手くできるか不安」みたいなことを言っていました。
僕からしてみれば「何を贅沢なことを」みたいな感じでしたけどね。
うちはホントに庶民で、質素な暮らしをしてましたから。
で、その姉から僕の携帯に直接連絡があったんです。
両親のところには家の固定電話にちょくちょく連絡は来てて、僕も出たりしたんですが、
こういう形は始めてでした。

話はこんな内容でした。「今度、土地祭という町の大規模なお祭りがある。
 そこで、今年新しく町に来た花嫁を神様に紹介する儀式があるんだけど、
 なんとなく不安だ。それでお前にも来てもらいたい」
この「なんとなく不安」というのがよくわからなくて「嫌なことがあるのか?」と聞いたら、
「それはない。向こうの両親もU男さんもとてもよくしてくれる。
 服やバッグもたくさん買ってもらった。
 食事の支度や掃除などは使用人をお義母さんが指揮してて、私はやらせてもらえない。
 U男さんが会社に出ている間は離れで読書したりしている」
でも、これって昔から姉が望んでいた生活で、
何が不安なのか、どうにもつかめませんでした。
「毎日のように町会議員さんやお寺の住職さんが家に来て、私にあいさつしていく。
 そのときに何だか品定めされているような気がする」
これも、田舎にはよくありがちなことですよね。

でも、皆が愛想がよく、結婚を喜んでいて、○○家の嫁にはふさわしくない、
みたく言われてるわけでもないようなんです。
だから、原因がつかめない漠然とした不安、ということでした。
「弟にもお祭りを見せてやりたい」とU男さんに話したら、
ちょっとしぶった様子もあったけど、
「町の誰でも参加できるんだし、
 他のところの人に隠してるわけでもないからかまわない。
 ただ、格式ばったとこがあるから来るなら正装してきてほしい」と言われたそうです。
就職活動中なのでスーツはあったし、そこの町までは電車で2時間、
お祭り自体は1時間少しで終わるということだったので、出かけてみることにしました。
環境の変化で姉が少し不安定になってるだけだろうと思ったので、
まあ顔を見せるくらいしてやろうと。

会場で合流することにして出かけました。
お祭りということだから、どっかの神社でやるものかと思ってましたがそうじゃなく、
会場はそこの町の役場に近いところにある町民公園で、1時からだったんです。
そんなところで昼間にやるんなら、おかしなことなんてあるわけはないですよね。
そう考えていました。姉から気前よくお金が振り込まれてきたので、
駅からタクシーを使って会場に着くと、
公園の中は中央が小高い丘になっていて全体はかなりの広さでした。
その景色にはちょっと違和感を覚えましたけど。全体が中国風だったんです。
ほら例えば休み家なんかの屋根は、
中国のってきつい角度で上にそりかえってるでしょ。あんな感じだったんです。
植えられた庭木も、日本庭園とは少し違っていました。
屋台の類はまったく出てなくて、大勢来ている地元の人はみなきちんとした服装でした。

下のほうの砂地にいくつもテントが張られてあり、顔を出すとU男さんがいました。
大業な感じで僕と握手すると、そこにいた年配の方々に紹介をしてもらいました。
「ほほう、新嫁さんの弟さんか」みたいな感じで、
 特におかしな雰囲気は感じませんでした。
少しして、新嫁たちが来るということで、みなテントから道の脇に出ました。
今年度その町に他所から嫁いできた人は4人ということで、牛車が4台出ていました。
それぞれに一人ずつ乗ってるんです。花嫁衣装を着ているようでしたが、
顔の部分は簾がかかっていて見えませんでした。
でも、最初の牛車に乗ってるのが姉だということは体つきなんかでわかりました。
牛車の列はしずしずとゆるい坂を登っていき、僕たち参会者は町長さんを先頭にして、
渡された紙にあった決まった並びで後についていったんです。
僕は、花嫁の弟、しかも名士の家の親戚ということでだいぶ前のほうでした。

丘の上から下まで、人工的に作られた堰が流れていました。
水は透明で、水道水を上まで引き上げているのだろうと思いました。
幅は4mくらいでしたが、道々のぞき込むと、かなりの深さがありました。
下手すれば10m以上もある感じで、きれいな水なのにどこまでも底が見通せないんです。
かなりの工事費がかかるだろうに、なんでそんなに深く作ったのか疑問でした。
丘の上のほうには、
下にもあった中国の休み家を大きくしたような壁のない建物がありました。
牛たちは坂が急になって速度をさらに落として進んで行きます。
堰には水門があり、その前方で幅が広くなっていましたが、牛車の列が通ったとき、
その水面が騒がしくなったんです。水しぶきが上がるのが見えました。
何だろうと思って、水の中を見て仰天しました。
赤い色の巨大な魚が何匹もいたんです。

魚は2m以上あったと思います。太さは人間の胴体と同じくらい。
それが何十匹も重なり合って動いていたんです。
このために深く造ってあるんだな、
と納得しましたが、これまでに一度も見たことのない魚です。
近くを歩いていた僕と同年配くらいの女の人に小声で聞いてみたんです。
「あれ、すごい大きさですね。何という魚ですか?」
「ああ、始めて見た人はみんな驚くよね。あれは大紅魚(だいこうぎょ)と言って、
 中国から輸入したものなの。ここの町の名産にしようと養殖の研究をしてるところ。
 冷たいきれいな水にしか住めないので難しいみたいだけどね。
 食べると美味しいよ、脂が乗ってて」こう教えられました。
ははあ、中国と交流があるから、この公園も和風、
中国風が混ざった感じなのかと思いましたが、それにしてもあきれるくらいスゴイ魚です。
魚は見るからに体に力がありそうで、水面に跳ね上がるものもいました。

やがて、先頭の牛車が休み家の前につき、
御者に手を引かれて姉が降りるのが見えました。
丘の上には広いスペースががあり、堰は直径40mほどの池になっていました。
池の中央から太い噴水が噴き出し、大紅魚がたくさん群れているのがわかりました。
牛車は重なるようにして停まり、4人の新嫁が休み家の前に並ぶころには、
僕たちの列もほとんど坂を上り終えていました。
参会者が整列し4人の新嫁が屋根の下に入ると、神主の装束を着た人が出てきて、
4人を前にして榊を振り、祝詞を唱え始めました。
このあたりのことは僕はあんまり詳しくないのでよくわかりません。
20分ほどで神主が引っ込み、お面をつけた奇抜な衣装の人が出てきました。
えーと、中国に京劇ってのがあるじゃないですか。
あの衣装とお面によく似ていて、原色で毒々しい感じがしたんです。

その面をつけた人は太い筆を持っていて、4人の新嫁の額に印をつけていきました。
姉が最後です。お面の人が奇妙な踊りのような仕草をしながら、
姉の額にチョンと何かを書いたときです。池でバッシャーンと大きな音がしました。
池のこちらに近い際で一匹の大紅魚が高く跳ね上がったんです。
まるで水族館のショーのイルカみたく、数m跳ね上がって空中で頭を下にしました。
そのとき・・・これは見間違いだと思うんですが、その魚の顔が人の顔に見えたんです。
それも姉の顔にです。数秒のことなので見間違いかもしれません、ですが・・・
魚は盛大な水しぶきをたてて水面に落ち、前を見るともう儀式は終わっていました。
その後、下のレストランに戻って会食がありました。
4人の嫁は前の席に並んでいて、僕はU男さんの家族の中に入って食事を共にしました。
メインの料理はあの大紅魚の蒸し焼きとのことで、大きな切り身が出てきました。

もちろん食べました。脂が乗っていて美味かったですよ。
結局、この日姉とは話はできませんでした。
U男さんからたくさん小遣いをもらって戻りました。
まあこれだけの話なんです。奇妙な祭りというか儀式を見てきただけで、
魚が姉の顔をして見えたところ意外に不思議なことはないんです。
その後、姉はすっかり向こうの生活になじんだみたいで、
ほとんど連絡がなくなりました。いろいろと物は送られてきます。
高価そうなお菓子や美術品まであって、両親は恐縮しながらも喜んでます。
あと、あの魚の切り身もタッパーに入ってくるんです。
クセがあるということで両親はあまり食べず、僕がほとんど片付けました。
ホントに美味しいんです。ぜひ養殖の成功を願ってますよ。
最後に、最近同じ夢を見るようになりました。あの公園の池の中を泳いでいる夢なんです。
ああ。もう一つありました。公園で話しかけた女の子と付き合い始めたんです。
あのお祭りに行かなきゃ知り合えませんでした。縁ってあるもんですね。






子どもの頃の話 3題

2014.10.27 (Mon)
幻肢

わたしが子どもの頃の話をします。昭和の30年代ですね。
日本が高度成長期に入っていた時期です。当時は地方の市に住んでいまして、
今もまだそうですが、そこいらは3世代同居が多いんです。
長男は大きな家を建てて両親を引き取り、自分らの子どもとともに住む。
うちにも祖父さんと祖母さんがいまして。まずは祖父さんのほうの話から。
祖父さんはずっと農業をやってましたが、右手の肘から先がなかったんです。
昭和初期の戦争でやられたんですね。
それでも、片手でどんな作業も器用にこなしてましたよ。
ただ、幻肢痛っていうんですか、それともただの神経痛だったのかもしれませんが、
切断した腕の切り口周辺が痛むことがあって、冬場はよく湯治にいってました。
あと、戦争から帰ってきてから急に信心深くなったらしく、
地元の神社にしょっちゅうお参りに行ってましたよ。

わたしも祖父に連れられて、その神社には何回も行きました。
何の変哲もない小さな社殿の田舎神社なんですが、小高いところにあって、
急な石の階段をのぼって行かなくちゃなんないんです。100段近くあったと思います。
小2くらいだったと思います。日曜の午前でした。
その日も祖父さんに手を引かれて階段をのぼっていました。
あと10段ほどで登りきるというあたりで鳥居が見えてきましたが、
鳥居の上におかしなものがいることに気がつきました。
一言で言えば髪の毛の玉です。大きさは。そうですねえ、
人の頭より大きかった気がしますが、
子どもの目から見たものですからねえ。実際はもっと小さかったかもしれません。
もつれ、絡まり合った長い髪の毛の束が渦巻いていて、目も鼻も・・・というか、
顔らしき部分がありませんでした。
驚いて祖父さんに知らせました。祖父さんは「うん?」と言って眼鏡をかけ直しましたが、
わたしの手を握っていた左手に力がこもりました。

と、そのとき、毛玉が鳥居の上に浮き上がり、
すごい速さで、しかもわたしの顔めがけて突っ込んできたんです。
せまい急な階段の上ですからね。
祖父さんはわたしの前に出ようとしましたが間に合わない。
毛玉はみるみる目の前にせまって・・・
そのときです。祖父さんがもう一方の腕、手のない右腕の肘を振り回しました。
ところがそこにね、手があったんですよ。銀白色に輝く肘から先が。
その手を手刀にして、祖父さんは毛玉を上から叩きました。
毛玉は地面に落ち、びしゃっと濡れた音がしました。
数秒、階段の上で蠢いてから垂直に飛び上がり、
毛玉はそのまま急上昇して消えてしまったんです。
祖父さんはぽかんとした顔をして、自分の右腕を見てました。
いつもどおり、肘から先はなかったです。

わらび餅

小4のときのことでした。今度は祖母さんの話です。
祖母さんは苦労人で、7人の子育てをしましたが、その長男がうちの親父です。
親父は勤め人でしたが、その数年前に何を思ったか急に勤めをやめ、
銀行から金を借りて、養殖した小エビの卸を始めたんです。
商売の経験なんてなかったですからねえ・・・
当然のように上手くいかず、家の生活は苦しくなりました。
恥ずかしい話ですが、わたしの給食費にもことかく有り様でした。
でね、大きな支払いの期日が迫っているのにどっからも金が入るあてがなくなって、
追い詰められたことがあったんです。
このままでは家屋敷を売って、祖父さん祖母さんは他の兄弟のところへ・・・
そんな話が出たとき、祖母さんが「よしゃわかった、明日はわらび餅を作ろう」
こう言ったんです。

家族はみな祖母さんが呆けたのかと思いましたよ。
ただ、祖父さんだけが「おっ」という顔をして、
「その手があったか」とつぶやいたんです。
翌日、祖母さんは春にこしらえたわらび粉を取り出して、鍋に水と入れてかき混ぜ、
祖父さんのほうは小豆を煮始めました。
ここらの地方では、わらび餅と粒あんを混ぜて食べるんです。
親父は、この一大事に何をやってるんだと思ったでしょうが、
その日も朝から金策に出ていっていませんでした。
わらび餅ができあがり、学校から帰っていたわたしは
食べさせてもらえるかと思ったんですが、そうではなく、それと酒を竹籠に入れて持ち、
祖父さんと2人でさきほど話した神社へと登ったんです。
祖母さんのほうはもう、その階段を登るのは無理になっていましたから。

で、神社の境内はさして広くないんですが、
主となる社殿の両脇にいくつか小さなお社がありました。
なに、お社といってもダンボール箱ほどの大きさの木箱に高い足がついているものです。
そのうちの一つの前に行って扉を開けました。
中には煤けた和紙に包まれたものが祀られてあって、
その前に御神酒の杯と皿があったんです。
祖父さんに「これは何だ?」と聞きましたら、「こんせい様だよ」との答え。
杯と皿を取り出してよく洗い、お酒とわらび餅をお供えしたんです。
それからわらび餅は本殿のほうにも供えました。
で、祖父さんはこんせい様の社の前で長いことお祈りをしていまして、
わたしもマネゴトはしましたよ。それがやっと終わっての帰り道です。
石段を下り始めて何気なくふり返ると、草むらに金色に輝くものが立っていました。

・・・昔の小判です。あれを何十倍も大きくした、大きな猫くらいのものが
草の陰から光を放っていたんです。
祖父さんに知らせると「ああ、こんせい様」そう言って、
またしばらく片手を立てて拝んでいました。輝くものはいつしか消えてましたね。
で、親父の商売のほうなんですが、宝くじが当たったとか、
そういう派手なことがあったわけじゃないんですが、
援助してくれる人が現れたり、新たな銀行の融資が決まったりして、
とんとんと良くなっていったんです。
まあ最終的にその商売はやめたんですが、家屋敷を売り払うといったことはなかったです。
後にこのときのことを思い出して、祖父さんに「こんせい様って?」と尋ねたら、
紙に「金精様」という字を書いてくれましたよ。

ヘリウム風船

小6のときのことです。たぶん最初の話に関係があるんじゃないかと思います。
神社のお祭りがあったんですよ。
当時は例の石段を駆け上って御輿が本殿まで登ってましたが、
危険だということで今は取りやめになっています。
地元民しか参加しない祭りなので、夜店、屋台も階段の下に十ほど出るだけです。
夏の盛りですね。祖父さんといっしょにお祭りを見に行きました。
その頃はもう手をひかれるということもなかったですし、
社殿にお参りしたら友だちと合流することになっていました。
人はけっこう出ていましたよ。百人はいたと思いますが、
これは銀行の主催する歌謡ショーを見に来た人も多かったでしょう。
で、祖父さんの後ろをぶらぶら歩いていくと、
人波の上に青色のヘリウム風船が浮かんでいました。

ああ、だれか手を離したんだな、と思いましたが、
その風船はそこから上昇していくわけでもなく、人の頭の上を右に行ったり左に行ったり、
うろうろ漂っているんです。それって動きとしてはありえないでしょう。
見ていたら、風船は目標を見つけたかのようにスーッと降りてきて、
浴衣を着た女の人の背中に負ぶさって眠っている2歳くらいの男の子、
その頬にペタと張りつくようにしたんです。
不思議だなと思ったし、なんとなくよくないものを感じて祖父さんに知らせたんです。
祖父さんは一目見て「また悪さしとるな」そう言うと、
人をかきわけて風船のほうに近づいていき、左手を伸ばして、
神社にお供えするお米を入れてきた壺で、風船を突っついたんです。
風船は弾かれたように10mも宙をすっ飛びました。

で、電線にあたってパンと弾けたんですが、中から出てきたのはなんと、
最初の話に出てきた髪の毛の束なんですよ。
どうゆう具合にしてか、風船の中に入っていたんですね。
髪の毛の束は、未練がましい様子でしばらくとどまっていましたが、
やがて闇の中に消えていきました。
祖父さんに「あれは何だったの?」と聞いても「さあな、このあたりに昔からいるもんだ」
と要領を得ない答えでした。
続けて「あのままだったら、さっきの子どもはどうなったの」とも聞いてみましたが、
「なんでも悪い夢を見て引きつけを起こすとか言われてる」と言われました。
その後、わたしに息子ができて妖怪図鑑を買い与えたときに、
その中に出てくる「おとろし」というものに似ていることに気づきました。
ただこんなふうな目鼻はなかったし、
そもそもその地方には、そういう妖異の言い伝えもなかったんですよ。

『おとろし』






木のごときもの

2014.10.26 (Sun)
2年前、中2のときの話です。夏休み中のことでした。
すごく暑い日で、日中は気温が36度を超えたはずです。
私はソフトテニス部に所属していたんですが、その日は弁当を持参の1日練習で
くたくたに疲れていました。5時過ぎに家に戻るとすぐ水風呂に入り、
あとは勉強も何もしないで部屋でエアコン全開にしてぐったりしていたんです。
そしたら起き上がれる気がしなくなり、晩ご飯ができたと呼びに来た母に、
「調子悪いからいらない」と言って、そのまま寝てしまいました。
夢を見たんです。どこだかわからない深い森の中にいました。
涼しいというか寒いくらいでした。目の前に大木がありました。
木の葉は緑に茂ってましたから、夢の中でも夏だったんだろうと思います。
大木は見たこともない太さで、
大人が何人も手をつながなければ周囲を巡れないほどでした。

木の肌はゴツゴツしていて、見上げる高さにしめ縄が張られていました。
私は、その木に神々しいものを感じて前の草地にひざまずいたんです。
そしたら急に風が強くなってきて、あたりの木々がざわざわ揺れ、
私の背中にコツン、コツンと何かがあたりました。
拾い上げてみると褐色の丸い木の実でした。
ザーザーいう風の中に声が聞こえましが、何と言ってるのかわかりませんでした。
「ごんご、ごうんご」こんな感じだったと思います。
そこで目が覚めました。部屋の中が冷え切っていたので、
立ち上がってエアコンを切りました。それからもう一度寝直したんですが、
その後は夢を見た覚えはありません。朝までぐっすり寝てすっかり疲れは取れていました。
夕食を抜いたので、お腹が空いてしかたがなかったです。

それから3日後くらいだったと思います。また夢を見たんです。
今度は前とは少し違っていました。自分が家の屋根くらいの高さのところに浮いていて、
下を見おろしている夢でした。暗い夜の道があり、街灯が光を落としていました。
そこに、角を曲がって何かが出てきたんです。
歩いているんですが、人間でないことはすぐに気づきました。
とてつもなく背が高かったからです。頭の先が私の足下くらいまであったので、
4m以上の高さです。最初は黒いシルエットだったのが、
光があたるところにきて何だかわかりました。
木のようなものだったんです。電信柱よりちょっと太いほどの木に見えるものが、
枝に葉を茂らせた状態で歩いていました。足の部分はよく見えませんでしたが、
2またに分かれていたかもしれません。

宙に浮いた私と、そのすぐ下を歩いている木、変な夢ですよね。
さらに高いところからまた声が聞こえてきました。
前と同じ「ごんご、ごうんご」というのです。
そこで目が覚めました。汗をびっしょりかいていたので、
エアコンを少しだけかけて寝ようとしましたが、なかなか寝つけませんでした。
翌日は土曜で部活が休みだったので10時すぎまで寝ていました。
起きて階下に降りると父が新聞を読んでいたので、夢の話をしたんです。
自分では何気ない話題のつもりでしたが、
父は新聞から顔をあげ「たいへんだ」と大声を出しました。
すごく真剣な顔になっていました。父は私に明日の部活を休むよう連絡しろと言い、
あちこちに電話をかけ始めました。

翌日、朝から家に白い着物を着た女の人がやってきて、私を浴室に連れて行きました。
何が始まるのかと思っていたら、体にバスタオルを巻きつけられ、
ハサミでジョギッと横の髪を切られたんです。
「何するんですか!」叫んで押しのけようとしたら、
ついてきていた父に平手打ちされました。母も何も言いません。
「命にかかわることなんだぞ」そう怒鳴られたんです。
結局、髪は丸坊主に近いまで切られてしまいました。
私が泣いていると「髪はまた生えてくるし、命がなくなるよりいい。
 どうせもう学校には行けないから」父が諭すような声で言ったんです。
ぞれから前に金属の箱を持ってこられ、中には白い粘土のようなのが入っていました。
「目をつぶって、口を閉じて。少し熱いけどガマンしてね」

こう声をかけられ顔を押しつけられたんです。
その後、女の人に太い注射器で腕から血を採られました。
「何が起きているの?説明して」何度も抗議したんですが、
誰も何とも答えてくれませんでした。
部屋に押し込まれ、父がドアの前でイスに座っていて出られませんでした。
私は鏡を見てショックを受け、ベッドの上で泣いていました。
2時間ほどたってドアがノックされ、開けると母と和服の女の人が丸太を持っていました。
「ここを出るから、勉強道具をバッグに入れなさい」母に強い口調で言われ、
もう逆らってもしかたがないと思い、そうしながら見ていると、
1m以上ある丸太は私のベッドに寝かされ、真ん中へんに点滴の袋を結わえられました。
中は赤くなっていて、さっき採られた私の血が入っているんだと思いました。

その後、丸太は寝具をかけられ、布団から出た部分に女の人が肌色の面をかぶせました。
浴室で顔を押しつけられた粘土から作ったものです。
面の周囲には髪の束が散らされました。これも私のです。
それから必要最小限のものだけ持ってみなで父のミニバンに乗りました。
行ったのは隣の県のホテルです。ここで10日ほど暮らしました。
私の側には父か母のどちらかが必ずついていました。
いくら事情を聞いても頑として教えてくれないのは同じでしたが、母が、
「夏休み中にかたがつけば、また今の学校に戻れるかもしれないから」と、
なぐさめるように言いました。
あの女の人がときどき来て、「どんな夢を見たか」と尋ねていきました。
その間ははっきりした夢は見てなかったと思います。

それから女の人と父の姿が見えなくなりました。母がやっと教えてくれたところでは、
沖縄近辺の島に行っているということで、そこは私が2歳まで過ごした場所なんですが、
もちろんそこでの記憶は一切ありません。
あと3日で夏休みが終わるというとき、女の人と父が戻ってきて、
「少しだけ家に戻る」と言われました。
私の髪はやっと少し伸びたところでしたが、「ちょうどいい」と女の人になでられ、
黒の学生ズボンとワイシャツを着せられました。
最後に家で丸太にかぶせたのとよく似た材質の面をつけさせられました。
これも男の子の顔のようで、目の部分に穴が開けられ前が見えるようになっていました。
ミニバンで3時間かけて家に戻ったんですが、
見えるところまできたとき、あっと声をあげてしまいました。

家の壁全体がツタで覆われていたんです。ツタは前から塀に少しあったんですが、
それが塀の上から壁を伝い、2階にある私の部屋にまでのびていたんです。
家の扉もツタがからんでいて、父が鉈で切り払って中に入りました。
窓もほとんどがツタで隠されているため家の中は薄暗く、電気は止められているようでした。
女の人を先頭に私の部屋まで行ったんです。
ドアを開けると、窓が破れていて中にまでツタが侵入していました。
あの丸太の人形はまだ布団の中にありましたが、前とは様子が違っていました。
白い私の顔のお面にたくさんのひっかき傷ができ、何カ所かは深くえぐれていました。
それと丸太にかけてあった布団が大きく膨らんでいたんです。
父が私に小さな刀を渡しました。後でネットで調べたところでは、
懐剣と呼ばれるものみたいでした。

女の人が布団をめくりあげると、ちょうど丸太に私の血の袋をくくりつけたあたりに、
大きなコブができていました。
それは動物にも植物にも見える質感で薄黄色く、どくんどくんと脈打つように動いていました。
「その刀をここに刺しなさい。それですべてが終わるから。学校にも戻れる」
女の人が力づけるような口調で言い、私は思いきって、
刀を一番膨らんだところに上から突き立てたんです。
それは見た目どおり柔らかく、刀は苦もなく沈んでいって袋が破れました。
中からどろりとした液体がこぼれ、強い臭いがしました。
ただそれは悪臭ではなくて、森と木の香りだったんです。
この後、一つだけ不可解な行動をさせられました。
窓の破れ目から面をつけたままで顔を出しなさいと言われたんです。

これで話はほとんど終わりです。結局家は引っ越さなくてはなりませんでしたが、
同じ市のマンションから学校に通うことはできたんです。
しばらくは夢にも注意していましたが、あの森や木が出てくることはありません。
両親はどうしても詳しい事情は教えてくれなかったので色々と自分で調べました。
特に自分が幼児期に住んでいた島のことです。
ほとんどの部分が森林に覆われていて、現在は住んでいる人は3桁ということでした。
それ以外には森の中に神社があることや、島の小中学校のこともわかりました。
でも、それだけです。あの奇妙な一連の体験につながることはまったくわかっていません。
父は「俺が死ぬときには全部話すから」と笑っていました。
それから、これは関係ないと思うんですが、
つい最近、島で中学生の男の子が亡くなったという記事を見つけました。
森の中で倒れているのを発見され、心臓マヒということでした。



*発想を、坂口安吾『樹のごときもの歩く(復員殺人事件)』より得ました。

『樹人』





人形+

2014.10.25 (Sat)
ピン人形

小学校のとき、学校の帰り道によく人形をなぐってたんだよ。
えーほら、子どもの背丈くらいあるボーリングのピン型をしたずんどうの人形。
中に空気が入って、下部に重りがついてて倒れないようになってるやつ。
あれが俺の登下校のルートにあった。
もうそこの町は引っ越してしまったんで、はっきりとは覚えてないが、
角の雑貨屋みたいなとこだった。その店には入ったことはないよ。
朝は集団登校で、向かって左側にあったからなぐれなかったけど、
帰り道、道路を右側通交してて角を曲がるとその人形があったんだよ。横向きだけどな。
胴体部分は赤白の縦のストライプで、顔は丸めがねをかけたピエロになってた。
帽子はかぶってなくて、
左右の耳の上にお茶の水博士のような髪が毛糸でつけられてたな。

殴ったのは特に意味があったわけじゃなくて、ただそこにあったからだよ。
そんな人形を憎んでる理由なんてないし。
それに強く叩いたりしてガラスにあたったりすれば、
店の人に気づかれて怒られるかもしれないだろ。だから、ほんの軽くポーンて感じに。
スゴイなぐりやすい形だったし、そういうことって別に普通にあるだろ。
小学校の4年の頃にはもうやってたと思う。で、特別な事情がないかぎり帰り道でポーン。
まあもし人形に命とかあればそりゃ嫌だったろうが、
店の迷惑になってるとは思わなかったな。注意されたこともないし。
で、確か冬の入り始め頃だったけど、その日も角を曲がって、
すぐに出くわす人形の側頭部をこぶしで小突こうとした。

そしたら黒マジックでなんか書いてあったんだよ。
「○○のおばあちゃんが死ぬまでなぐってください」って。
この○○ってのは俺の名字だ。
びっくりした。怒られるかもと思ってあたりを見回し、道を渡って反対側を帰ったんだよ。
でな、その日の夜にうちのばあちゃんが階段から落ちたんだ。
当時まだ60代で、市場でパートをするくらい元気だったんだよ。
それが2階から下まで落ちて頭を打ち、親父が救急車を呼んだが、
なんとか出血ってのでそのまま病院で亡くなってしまったんだ。
家の中がドタバタになって、俺も3日くらい学校を休んだ。
でね、葬式を終えてまた登校するようになったら、
その人形はかたづけられてなくなってた。

俺のイタズラに腹を立てた店の人が書いたとしか考えられないし、
ばあちゃんが階段から落ちたのは偶然だろうけど、それにしても、
書いた内容があまりにもえげつないよな。
相手が子どもなんだから、たしなめるようなことを書くとか。
俺の名字がわかるんだから、親か学校に電話して苦情を言ったっていいだろ。
それに翌日にはしまわれてたんだから、黙ってかたづけたってよかっただろうに。
まあこんなことがあったんだ。心には引っかかってたけど、いつしかこのことは忘れた。
で、2週間前のことだ。会社の集団検診で引っかかたんで、
午前中、検査を受けに病院に行った。
午後は職場に戻って、7時過ぎに部屋に戻ったんだよ。

一人暮らしなんだ。電気をつけたら、部屋の奥のテレビの前に人形があったんだ。
それが、子どもの頃に見たのと同じ人形だったんだよ。
かなり薄汚れてて、今から見れば昔のデザインだから記憶がぱっとよみがえった。
なんでここにこんなものがあるんだ、と思って近づくと、
「○○の・・・」というマジックの字が昔と同じに側頭部のところにあった。
でもそれだけじゃなく、書き込みが増えてたんだよ。
「××の母親を死ぬまでなぐってください」「□□の祖父を・・・」って感じで、
人形の胴体部分の1mより上あたりに20近くも書き込まれてたんだ。
なんだ?と思って薄気味悪くなったとき、部屋の蛍光灯がちらちらして消えた。
入り口まで戻ってスイッチをまたつけると、蛍光灯は灯ったが、
そのときにはもう人形も消えてしまってたんだ。

まあな、幻覚だったのかもしれない。検査の影響とかがあって、
それが原因で昔の記憶の断片が浮かんできたなんてこともあるかもしれないよな。
だけどじゃあ、あの書き込みが増えてたのも俺の想像の産物ってことになるんだろうか?
でね、昨日、検査を受けた病院から電話があって、
結果を知らせるときに家族の方といっしょに来てくださいって言われたんだ。
でも、両親は実家で急にこっちには来れない。
そう話したら、明後日再検査をするが、入院になる可能性が高いし、
おそらく緊急手術ってことになるだろうから、ぜひ両親に知らせて、
入院の準備をして来院してくださいって言われた。
・・・会社にそのことを連絡して、
信頼してる上司に、変だと思われるかもしれなかったけど、人形の話もしたんだよ。
そしたらここを紹介されて、今こうやってしゃべってるんだ。

人形をのせる(怖い話ではありません)

今日、「ベストカー」という車の雑誌を買ってきて、さっきまで読んでました。
その中に「みんなの駐車場」という読者投稿のコーナーがあって、
そこに、「松井くるまりこ」さんという作者の「くるまりこちゃん」
という自動車をテーマにした4コマ漫画が載ってるんです。
(松井雪子氏『おんなのこポコポン』などの作者のカー雑誌用のペンネーム)
毎回、意表をついた面白さがあるので自分は大フアンなんですが、
雑文書きの仲間に話すと、じつはけっこう注目してる人が多いんですね。
で、ときどき怖い話(といっても実際に幽霊が出たりはしない世界観)があります。
今回は人形を扱ってたんですが、実に秀逸だと思いました。
ネタバレではありますが、さすがに車の雑誌の1コーナーの4コマ漫画だけ目あてに
買ってる人はいないと思いますので。

ある女の人がショッピングに出かけて、駐車場の自分の車に戻ってくると、
車のボンネットからフロントグラスに女の子の人形が立て掛けられていた。
一瞬ぞっとしたが、よく考えれば、自分の車の近くに落ちていた人形を、
誰か親切な人が拾ってそこに乗せておいてくれたんだろう・・・
でも、自分のではないので、隣の車から落ちたのかもしれないと思い、
同じように乗せておくことにしたが、
もし違っていて自分と同じように怖くなったら気の毒なので、
人形の手足を動かして「シェー」のポーズをさせてから乗せた。これが思いやり。
こんな話でした。うーん、独特の柔らかい絵がないせいか、
文字にするとあんまり面白くない感じもしますが、
できればコンビニで立ち読みでもして見てみてほしいです。

あと同じシリーズで、
夏になると車のフロントガラスに白い手形がうっすらと浮き出てくる。
ガソリンスタンドで窓を拭いても消えないので、中からついているようだ。
おそらく自分か同乗者がつけたのだろうが、見るとぞーっとしてエアコンの温度設定を
低くしないですむからそのままにしてある、という話とか。
ある人の車に同乗したら、自分で編集したCDをずっと聞かせられたが、
あることに気がついた。選曲のジャンルがバラバラで、植木等!とかまで入ってるのは、
全部すでに亡くなってる人の曲・・・これはもしかして、聞いてるとゾーッとするので、
前の話と同じようにエアコンの設定を低くしないための工夫なのかと・・・
ベストカーは隔週刊なので、作品の本数が溜まるのに時間がかかるでしょうが、
ぜひ単行本化してほしいと思ってます。
bigbossman




燐光

2014.10.25 (Sat)
経営コンサルタント会社勤務です。つい1週間前の話です。
もうみなさんおわかりかと思います。あの事件の当事者だったんです。
警察にマスコミに、ほとほと疲れ果てましたが、
ここでは事情を説明してくださる方もおられるだろうという勧めがあって
やってきたんです。よろしくお願いします。

会社に新しくテーマパークを開きたいって依頼があったんですね。
これはけっこう珍しいことなんですよ。
今はテーマパークの新規開業なんてほとんどないし、
仕事は廃れてきたパークの再生ばっかりでしたから。
石炭廃鉱山跡を利用した坑道体験施設を考えているということでしたが、
・・・会社から聞いた話は、これは無理だろうとしか思えないものでした。
まずアクセスが悪い。最寄りの空港からバスで2時間以上かかるんです。

それと冬期間の豪雪ですね。この2つだけでも、
採算がとれるようにするのは無理だろうという気がしました。
アゴアシはすべてクライアント持ちですし、
プランを説明して、無理ならあきらめるということだったので、
おそらくそういう方向になるだろうと腹づもりして、
若い部下を一人連れて飛行機に乗ったんです。

向こうの空港に着いたのが2時過ぎ。ミニバンで迎えが来ていました。
依頼主はそこいらの不動産会社の社長で、鉱山跡のある土地を二束三文で入手し、
昭和初期に造られた設備や坑道がそっくり残っていたので、
有効利用できないか考えているということでした。
迎えに来ていたのは2人。社長は60年配でしたが、
田舎のダンディーとでも言えばいいか、首に紫のネッカチーフを巻いていました。
あと一人は40代の役場の係長のような男性。お付きなんだと思いました。

詳しい話は明日するということで、2時間以上かかって山間の温泉宿に案内されました。
木造の鄙びたいい宿でしたが、人集めの一助になるほどのものとも思えませんでした。
勧められて一風呂浴び、その後宴会という段取りのようでしたが、社長に、
「まだ少し時間が早いので、鉱山跡を見てみませんか?」と誘われたんです。
聞いていた場所は、その宿からかなり距離があると思ってましたが、
どうやら坑道の一本が近くまで延びているということでした。

正直断りたかったんですが、そうもいきませんし、
ちょっと見るだけだと思ったので了承しました。
車で5分で、木づくりの作業小屋のようなところに案内され、
その中に小さな坑口があったんです。人がやっと立って歩ける高さで幅は2mほど。
坑道の中は真っ暗でした。「これ、照明はあるんですか」
「一番坑から採鉱場までは照明は引いてあるけど、ここにはない。
 けど、それほど暗くはないよ。この地方の名物があるんだ。
 それもね、客寄せにならないか考えてる」

「何ですか?」「まあ、行って見てもらおうか」
社長はそう言って、懐中電灯で坑口を照らすと、
黄色の鉄パイプで組まれたトロッコがあったんです。
「これはディーゼルエンジンがついてるし、万一のときは人力にも切り替えられる。
 それと強力な投光器もつけてある。往復で20分ほどだよ」

社長がそう言って前の席に乗り込みましたので、
自分と部下は後ろのベンチシートに座りました。社長はお付きをアゴで指して、
「万が一のことがあったときに連絡できるよう、コレは待たせておく」
「しゅっぱーつ」社長は陽気な声で叫び、トロッコのエンジンをかけて発進しました。
スピードは時速20kmも出てなかったでしょう。
投光器の光で近くの前方はまぶしいくらいだったんですが、
坑の先まではさすがに見通せません。

左右は木組みの壁からむき出しの岩盤に変わりました。
ところどころ天井部分が低くなっているところがありましたが、
頭をかがめるほどではないし、スピードが遅いので危険な感じはありませんでした。
「どうしてこんなところを買われたんですか」
「いやね、一番の理由は安かったからだよ。投げ売りしていたからね。
 それと、実はわたしの祖父がこの鉱山で働いていたんだ。その縁もあってね」
「そうですか。お祖父さまから、
 ここが現役で石炭を出してた頃の話なども聞かれました?」

「私が産まれる前に、祖父は落盤事故で亡くなったんだよ」
「・・・それはお気の毒でした」「ちょうど60年前の今日だった。
 即死じゃなく、仲間数人と閉じ込められて、1週間ほどは生きていたらしいよ」
ちょっと気まずくなったので話題を変えました。
「先ほど、この地の名物とおっしゃっていましたが、どのようなものですか」
「もうすぐ見ることができる。ちょっとたいしたものだから」

やがてトロッコに乗ってから10分ほどたったあたりで、
投光器に照らされて、前方が開けているのが見えてきました。
投光器の白色光とは違った、やや紫がかった緑の光が見えてきます。
「ネオンでもあるんですか?」
「光苔だ」「こうたい・・・ですか」「そう。ヒカリゴケとも言うね」
「ああ、なんか聞いたことがあります。
でもこれって確か天然記念物じゃなかったですか」部下が言いました。

「そうそう、よく知ってるね。日本の一般種のヒカリゴケはほぼすべてそうだけれど、
 ここのは少し違うんだ」「どんなふうにですか?」
「一般種のヒカリゴケは自発光はできない。体内に持っているレンズ状細胞というもので、
 わずかな外光を反射してるだけなんだが、ここのは違うらしい」
「光を発してるんですか!それってスゴイことじゃ」

「うん、大学の先生に研究してもらっているが、世界にもそういうのはないらしい。
 だからね、もしここの坑道をテーマパーク化できるものなら、
 その開業と同時にコケのほうの発表もしようと考えてるんだ」
「・・・・」ちょっと話が違ってきたと思いました。
廃鉱のテーマパークは他所にもいくつかありますが、
貴重な自然物と一緒なら、これはもしかしたらものになるかもしれないと考えたんです。

トロッコは広々とした地下の空洞に走り込んで止まりました。高さが10m以上、
さしわたしは40mほどもあったでしょうか。奥の側に2本坑道が分かれて続いており、
その中間部分に崩れたように石が積み上げられていました。
そして岩盤のあちこちが、神秘的な緑色に光っていたんです。
トロッコから岩盤に降り立ちました。
「祖父はこの石場で死んだんだよ」社長が暗い声でつぶやきました。
「こんな地上に近いところで・・・」

「うん、残念だったろうね。閉じ込められても空気孔と水はあったらしい。
 死因は餓死だったと聞いている。戦時中だったんでろくな救助活動もなかったんだろうね」
部下が岩壁のヒカリゴケに近寄り、
「これ素晴らしいですよ。人気が出るんじゃないかな」と声を上げ、
「大声出すな。それから、さわるなよ」自分がたしなめました。

「いやいや、ヒカリゴケは鉱山の照明をひいていない部分のほとんどに繁殖してる」
社長はそう言って、石が積み重なった部分に向かって歩いていきました。
ちょうど投光器の光があたっている部分に、身長3mほどの観音像がありました。
その後頭部の後ろ側、光背と言うんですか。あれが特に強くコケの緑に光っていました。
おそらくその部分に、はがしたコケを集めてあるんだと思いました。
「この観音様ね、わたしが造ったんだ。祖父の鎮魂のために」
よく見ると、仏像の顔には実際に生きた人の面影が残っていました。

「お祖父様に似せて造られたんですね」
「そうだ。今日が命日だから、お供えをしないと」
社長が静かにそう言って仏像に手を伸ばすと、足下の感触が消えました。
突如として大穴が出現したんです。「うわーっ」と部下の叫び声が聞こえ、
自分は宙に浮きながらも目の前の社長の足にしがみついたんです。

「こら、離しなさい」社長が大声を上げながら後ろに下がりました。
必死で穴の縁に片足をかけ、岩盤に転がるように身を投げ出しました。
部下は10mも下に落ち、そこは一面のヒカリゴケで埋め尽くされていたんです。
ピクリとも動かず、首が異様な角度に曲がっていました。
社長が仏像の背後に走り込み、サイレンが鳴り出しました。
頭上で黄色い光が点滅し始めました。カッと頭に血が上り社長を追いかけましたが、
社長は仏像の後ろにあったドアに逃げ込むところでした。

首筋に手をかけたと思いましたが、ネッカチーフを引き毟っただけで逃げられ、
そのとき社長の首筋が緑の燐光を発しているのを見ました。
あっけにとられている間に、社長は中に走り込んでドアを閉められてしまったんです。
どうやっても開きませんでした。サイレンは止んだんですが、
奥の坑道のほうから誰かが走るような音が聞こえてきました。

トロッコまで戻りました。エンジンはかかったままで、
勘に頼ってギアを操作すると、バックに入ったらしく逆方向に進み始めました。
どうやら双方向に走ることのできる構造のようでした。
後ろから声が聞こえ、遠くに懐中電灯の光が見えました。
トロッコのスピードは人が走るより速いのですが、乗っていた10分ほどの時間が
永遠のように感じられました。
坑口らしき光が見えてきたところでトロッコを飛び下り走ったんです。
叫び声を上げながら小屋の中に出て、そこにいたお付きの男を殴り倒しました。

外は月明かりがあり、とにかく走り続けて旅館を過ぎ国道まで出ました。
体はもうボロボロでしたよ。
幸い、携帯と財布は持ってましたので、しばらく国道脇を歩いてからバス停を見つけ、
警察に連絡したんです。バックに暴力団とかがついていなかったのが幸いでした。
あとは皆さんもニュースでご存じのとおりですよ。



この話は武田泰淳の戯曲『ひかりごけ』から発想を得ました。

『ヒカリゴケ(本物)』






異能者たちの系譜4

2014.10.23 (Thu)
霊媒とサイエンティスト

前回の錬金術師の項目からの続きのような内容になります。
さて、19世紀に入り「心霊主義」と呼ばれる思潮が流行しました。
これは「Spiritualism」の訳語ではありますが、
現代の日本にある「スピリチュアリズム」
とは少々概念が異なっていることを含んでおいてください。
それから、自分の本意としてはスピリチュアル批判を
意図しているわけではありません。
ですから、霊訓」等はここでは取り上げません。

この思潮が広がった要因として、
キリスト教による心の支配の衰退があげられます。
さらにその大きなきっかけとなるのは、
チャールズ・ダーゥインによる1859年『種の起源』の出版です。
神による世界創造が疑われ、
この手のことを科学の題材として取り上げてもかまわない
とする機運が高まりました。

これ以外にも自然科学の成果が次々に発表され、
それまでキリスト教会の専売特許であった魂や霊の領域が、
研究対象として科学者の俎上にのったのです。
また、1839年フランスの画家ルイ・ジャック・マンデ・ダゲールにより、
「銀板写真法」が開発され、写真術が実用化しましたが、
そのごく初期から、心霊写真と呼ばれる「故人の姿が映った」
とされる一群の写真が出現しました。
タイミング的に、心霊主義と心霊写真は切り離すことができないんですね。

主に英仏に登場した、心霊を科学的に検証しようとした科学者たち、
アルフレッド・ウォレス(ダーウィンと共に進化論を発表)、
レイリー・ストラット(ノーベル物理学賞受賞)
シャルル・リシュ(ノーベル生理学医学賞受賞)
ウィリアム・クルック(タリウム発見と真空放電管発明)・・・などです。
キューリー婦人に降霊会への参加歴があるのも有名な事実です。

彼らの登場により、それまで細々と活動を続けていた霊媒たちに、
一気に陽があたるようになりました。ここはポイントです。
霊からのこの世に対する働きかけが強まった、などの理由ではなく、
まず心霊研究の機運が起こり、
それを機として多くの霊媒が世に現れたのです。
つまりそれがヨーロッパのアバンチュリエたちにとって、
一つの流行(はやり)になったわけです。

ここに登場する霊媒たちですが、
日本で理解されている霊媒とはやや異なります。
日本だと、霊媒と呼ぶよりも巫女、シャーマンと
言ったほうがふさわしいでしょう。
日本の巫女は神懸かりすることが古来より多く、憑依するのは神仏でした。
故人の霊を呼び出す東北のイタコなどは例外的です。
ところがヨーロッパ心霊主義時代の霊媒は、故人の霊、
それも魂の格(霊格)の高い高次の霊の憑依を受けることが多かったのです。

考えてみればこれは当然のことで、
最初にキリスト教の力が弱まったために心霊主義が台頭したと書きましたが、
この流れからすれば、
霊媒に降りるのは神ではなく個人でなくてはならなかったのです。
心霊主義は神中心の精神世界を個人のものへと奪還する運動でもありました。
この思潮がアメリカに渡り、ニューエイジ文化となって、
ジョン・レノンが「Imagine there's no Heaven」と
歌うことにつながっているんですね。

ではここらで、ほんの一例だけですが、有名な霊媒を紹介してみましょう。
フローレンス・クック(1856年 ~1904年)
英国最初の完全物質化霊媒として有名です。
物質化というのは、ケイティ・キングと名乗る美少女の霊を呼び出したことです。
現在残っている画像を見ると、
ケイティ・キングはフローレンス・クック本人とそっくりです。

彼女の降霊会は、多くの観客を集めて行われ、
キングの霊は照明にも耐性を得るようになります。ショー化がなされたわけです。
多くの場合フローレンスは『スピリット・キャビネット』と呼ばれる小部屋に、
手足を縛られた状態でこもり、
10分程度の時間が経過したあとケイティが出現します。
会の最盛期には、キングの霊は観客の間を歩き回り、
隣に腰をかけたりしたそうです。

この調査にあたったのが上記したクルックス卿ですが、
彼は最終的に、フローレンス・クックは本物であるとの結論を出します。
その詳しい根拠はここでは触れませんが、
自分の目からは科学的にけっして納得できるものであるとは思えません。
もちろん当時の世においても、うさんくさいものとして見る人が多かったのです。

この後、フローレンスは船乗りと結婚して霊媒をやめました。(後に復活)
主婦となったフローレンスは後年、「すべてインチキだった」と述懐しています。
まあ、このケースはあくまで一例で、
すべてのこの時代の霊媒がそうであったとまで言うつもりはありません。
しかし、心霊研究に目覚めた科学者たちと、そこに取り入ろうとする霊媒の構図は
見てとれるのではないでしょうか。
クルックス卿はフローレンスとのロマンスもささやかれていました。

こうして霊研究を志した科学者たちは、ある者は霊研究から離れ、
ある者は霊媒を糾弾する側に回り、ある者は深みにはまって溺れました。
アメリカにおいても、かのエジソンが霊界通信機の研究をしていたことは有名ですし、
ニコラ・テスラ(アメリカの19~20世紀の電気技師、発明家。
エジソンとはライバル関係にあったとも言われる)
というオカルト的にも重要な人物もいます。

映画に登場するマッド・サイエンティストという定番キャラは、
(そういえば『バック・トウ・ザ・フューチャー』のじいさんもそうですね)
メアリー・シェリーが創造したフランケンシュタイン博士が
元になっているのでしょうが、
中世以来の錬金術師のイメージ、そして心霊主義時代の科学者たちのイメージも
ないまぜになっているのだと思います。

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幽明

2014.10.23 (Thu)
今晩は。では話をしたいと思いますが、私が子どもの頃にさかのぼります。
ただこのことは、今、私の身の回りに起きている出来事と
関係があるかどうかはわかりません。
もしかしたらすべてが、私の勘違いというか、邪推かもしれないんです。
だから、ご意見をうかがいたいんです。
小6のときです。同じ学年に、私とそっくりな女の子が転校してきました。
顔だちが似ていたんです。でも、小学生ですから私服ですし、
私は普通の活発な小学生の格好でしたが、その子の家はお金持ちで、
いつもお嬢さんみたいな服装をしていました。
お父さんが有名な宗教団体の幹部だと何かのときに聞いたことがあります。
だからまったく意識していなかったんです。
先生方も間違えるということはありませんでした。

服装の他に、その子は鼻の左横に大きめのほくろがあったんです。
名前はK花さん、として話を進めていきます。
ところが、中学校に入学して同じ制服を着るようになると、
ますますそっくりになりました。背の高さとか、体格もほとんど同じなんです。
でも、性格はかなり違っていました。
私はバレー部に入っていて活発なタイプでしたし、
K花さんのほうは休み時間はずっと読書しているような子で、
部活動には入っていなかったはずです。
もちろん友だちから似ていると言われたことは何度もあります。
でも、直接間違えられることはありませんでした。
私は短い髪だったのに、K花さんはかなり長くして結んでいたからです。

同じクラスにならなかったので、3年間で話したことは1度もありませんが、
なんとなく意識はしていました。
高校は、私はバレーの推薦で地元の公立に入学しましたが、
K花さんは、少し離れた大きな市の私立でした。
・・・これだけなら、そんなに珍しいことではないと思います。
世の中には自分によく似た人が3人いる、という話も聞いたことがありますし。
私は高校を卒業し、バレーを続けられるほど優秀な選手ではなかったので、
その地方の中核都市に出てコンピュータの専門学校に通うことにしました。
普通の事務職をまざしたんです。
それで、同じ学校には高校や中学のときの知り合いも何人か来ていて、
そのうちの一人から、K花さんが亡くなったことを聞いたんです。

話によると、脳腫瘍で手術をし長い間入院していましたがついに、ということでした。
それは気の毒には思いましたが、正直、ふうんという感じでしかなかったんです。
ただ顔だちが似ていたというだけで、友だちでもなんでもありませんでしたし。
ところがこのときを境にして、奇妙なことが立て続けに起き始めたんです。
まず、私のアパートの部屋に侵入者がありました。
鍵は私と管理人さんしか持っていませんでしたし、
部屋の鍵が開けられていたというわけでもないです。
ただ、部屋に戻ってきたときに何となく違和感を感じました。
中の物の配置が微妙に変わっているような気がしたんです。なくなった物はありません。
何というか・・・前よりきれいになって片づいてるようにも思えました。
だから地元から母が出てきて掃除していったんじゃないかと考えたほどです。

鍵のことからそれは考えられなかったし、
電話して確かめてもやはりそうではありませんでした。
でも、誰かが入ったのは間違いないんです。
部屋はフローリングにカーペットを敷いていましたが、全体に広がる大きさではなく、
よくその下にゴミが溜まるんです。週に1度は持ち上げて掃除していました。
それが、ためしにめくってみるとゴミがまったくなかったんですよ。
それともう一つ気味が悪いことがありました。
お風呂の排水溝の蓋です。髪の毛が溜まっていて、掃除しなきゃと思っていたんですが、
それがきれいになくなっていたんです。
でも・・・他人の髪の毛を持っていくなんて・・・ねえ。

友だちにはストーカーじゃないかなんて話をされたんですが、
心あたりはありませんでした。
迷いましたが、さっき言ったように被害はないので警察に通報はしませんでした。
それから2日後です。今度は実家に空き巣が入ったんです。
父はまだ働いていますし、母はパート、妹が高校に行っていて留守だった日中、
何者かが侵入したようですが、このときも窓が破られたりといったことはなく、
家族が帰ってきたときに鍵はかかっていました。
だからしばらく気づかなかったんですが、妹がたまたま私の元の部屋に入ったとき、
そのままになっていた本棚や机が乱れているのに気がついたんです。
電話で知らせられ、次の日曜日に帰って確認したんですが、
机の一番下の引き出しに入れてあったはずの、
小学校と中学校の卒業アルバムがなくなっていました。

でもアルバムは私以外にも持っている人はたくさんいるし、
私にとっては大切な想い出でしたが、あんなものを盗っていってどうなるのか疑問でした。
私の子どもの頃の姿を見たかったのでしょうか?
こちらのほうは父が警察に連絡しました。ただ、高額なものではないので、
あんまり熱心な様子ではなかったと言ってました。
それから、私は体の丈夫さだけが自慢だったのに、朝から偏頭痛がするようになりました。
病院に行って検査をしたんですが、異常はありませんでした。
眼性のものではないかということで、液晶画面を見るのを制限されました。
それで、言われたことは守っていたつもりなんですが、だんだんひどくなってきたんです。
眼性のものは後頭部などに多いそうですが、額の中心にキリでも刺されるかのような
強い痛みがあるんです。

寝ていれば少しよくなるので、学校を休む日が多くなってしまいました。
それでその日もベッドで寝ていて、気がついたんです。
頭が痛くなるのは、いつも鏡を見た後だということにです。
それは私も女子ですから化粧もしますし、毎日鏡を見てました。
このことに気がついて、できるだけ見ないようにしていたら、
だんだん頭痛の起きる頻度が少なくなってきました。本物の鏡ではない、
通りで店のウインドーに写った姿を見たりする程度でもよくないようでした。
頭の中で風船が膨らむ感じがするんです。
そのまま見続けていると、誰かがキリを持ってつっつきに来る・・・
病院で医師にそのことを話し、特種な症状として。
入院して精密検査をすることになりました。

5時過ぎに病院から戻って部屋に入り、内戸を開けると、
目の前に大きな姿見がありました。
ブティックの試着室にあるより大きな、私の背丈を超える高価そうな飾りのついた鏡です。
なんでこんなものが、と愕然としました。
私が鏡を見ることで頭痛が起きることを知っている誰かの嫌がらせ?
でも、そこまで恨まれている心あたりはありませんでしたし、
前回と同じく、このときも部屋の鍵もチェーンもかかっていたんです。
とにか鏡面を見ないようにしてどこかにしまおうと思いました。
でも・・・ちらっと見てしまったんです。
真っ白になった私の顔。目の下に隈ができていて、
ああ、鏡を見ないようにしている間にこんな顔になってしまったんだな、と悲しくなりました。

そのとき、おかしなことに気がつきました。
私の鼻の左横に大きなほくろが・・・
え、こんなのなかったはず、と思って顔をこすってみました。
パソコン机から、しまってあった手鏡を取り出して確認したら、
それにはほくろは見えませんでした。手鏡を見たとき、頭痛の始まる予感がしました。
もう一度姿見の前に戻ると、中の私にはやっぱりほくろがあります。
手を伸ばして鏡に写ったほくろの部分にさわってみたんです。
そしたら、指先が水にくぐるようにして鏡面に沈みました。
そこから強い力で引っぱられる感じがあったんです。
いけない、と思い体を引くと、そのまま後ろにひっくり返ってしまいました。
強烈な頭痛がしました。這いずるように部屋を出て、
隣の女子大生のドアをノックしました。

その人が出てきて救急車を呼んでくれ、そのまま入院したんです。
幸い頭痛は2日ほどで治まり、いったん退院できました。
実家から母が出てきて、入院中の服やタオルを持ってきてくれました。
そのとき聞いたところでは、大きな姿見などはなかったということでした。
部屋に戻るのが怖くて、それ以来友だちのところに転がり込んでいるんです。
ここの皆さんは、こういうことにお詳しい人ばかり集まっている
と聞いてやってきました。
今、私の身に起きていることの説明はつくんでしょうか。
それとも、姿見があったと思ったのは幻覚なんでしょうか。
2つの家宅侵入事件、それと最初に話した、私によく似た亡くなった女の子、
これらはこのことに関係があるんでしょうか?
このままではおかしくなりそうです。ほんとうにまいっているんです。
・・・よろしくお願いします。







呼ぶ

2014.10.22 (Wed)
今年の4月、会社の転勤で引っ越したんです。
いや、わたしは転勤族じゃなくて、県をまたいで移動したのは今回がはじめてです。
会社のほうからも、5年はこちらにいることになるだろうと言われまして、
だから単身赴任じゃなく、家族ぐるみ一軒家から一軒家に引っ越したんです。
家族は妻と、中2の娘、小6の息子です。
子どもたちは当然転校しなければならなかったので、
うまく新しい学校に溶け込めるか心配していたんですが、
まずまず問題なくやってるようでした。
場所はちょっと勘弁してください。関東地方の県です。
古墳がたくさんある場所なんですよ。

古墳っていえば近畿地方を思い浮かべるかもしれませんが、
このあたりは5世紀頃と考えられている100m級の前方後円墳が、
郊外にいくつもあるんです。新居・・・といっても築20年ほどなんですが、
その古墳の山の一つから見下ろせる場所にありまして。
会社が借りているものですが、社宅というわけでもないんです。
わたしらが家賃を払うんですが、住宅手当の形でかなりの補助が出ています。
え、会社ですか?医療機器の販売です。ただし、わたしは営業ではなくて開発職。
こちらに新しくできた研究所勤務なんです。
でね、越してきて1ヶ月ほどたったころ、最初の異変がありました。
娘が夢遊病を起こしたんです。

子どもたちの部屋のある2階でドンドンという音がして、起き出した妻が、
パジャマ姿で和室の窓を開け、外に向かって懐中電灯を振っている娘を見つけたんです。
ドンドンというのは外からの風が吹き込んできて襖と障子が鳴る音でした。
「あんた何やってんの?」と聞いても娘は振り向きもしない。
部屋の電気をつけてみたら、目をきつく閉じたままだったということでした。
肩を強く揺さぶったら目を開けましたが、
自分がどうしてそこにいるのかがわからない様子だったんです。
夜中の2時過ぎです。懐中電灯は防災用品として、
袋に入れて2階に用意していた大型のやつでした。妻は仕事をしていませんので、
翌日学校を休ませて病院に連れていきました。

夢遊病というのは「睡眠時遊行症」というのが正式な病名らしいですね。
大学病院の医師の話では、非常用品袋を開けて物を取り出すなどの、
複雑な行動をする症例は珍しいんだそうです。
頭部のスキャンをしたんですが異常は見あたらず、
環境の変化によるストレスからきているものじゃないかということで、
とりあえず薬を処方され、しばらく様子を見ることになりました。
この病気は危険なことがあるそうですね。遊行している本人だけではなくて、回りもです。
患者を無理に起こしたところ、暴れて殺人事件になった事例があると聞きました。
娘を下に寝せようかとも考えたんですが、
それも環境の変化になってかえって悪いかもしれないそうで、
本人も今のままがいいと言ってたので、そのまま部屋におくことにしました。

心配しましたが、薬が効いたのかそれから数週間は何事もなかったです。
で、通院して薬をやめてみようかとなった晩です。
またドンドンという音が夜中にしました。
ここの家は2階からの音がよく響くんです。
それで、医師の話もあったので私が見にいきました。
娘が前回同様和室にいて、開いた窓の外に向かって手に持った火を大きく振っていました。
風が吹き込んできて、火が激しく燃え上がり、娘のパジャマに燃え移りそうでした。
あわてて背後ろから手首をつかみ、燃えている物を畳に落としました。
娘は手足を振り回して暴れましたが、すぐに気がついたようで大人しくなりました。
燃えている物を踏みつけ、わたしの着ていたガウンをかぶせたらなんとか火は消えました。
電気をつけてみたら、燃えたのは娘の数学の教科書で、半分ほどが黒く炭化してたんです。

窓を閉めようとして外を見ました。そしたら黒々としたシルエットになっている古墳の山、
その中腹に赤い光が見えました。かすかに左右に揺れているようでした。
こっちに向かって振っているようにも見えたんですが、ふっと消えました。
懐中電灯の丸い光ではなく、火を灯したものだったと思います。
娘は呆然として、何を聞いても満足に答えることができませんでした。
ただ、音楽を聴いた後11時頃に寝て、
気がついたらお父さんが怒鳴りながら火消していたと言うだけです。
もちろん翌日また病院です。今回はわたしが会社を休んで連れていきました。
主治医と相談をし、薬を継続するとともに私たちの寝室に寝かせることになったんです。
難しい年ごろですからね、嫌がってましたが勉強なども居間でやらせたんです。

それにしても不思議なのは、どうやって教科書に火をつけたのかということで、
わたしも妻も煙草を吸わないので、ライター類は家にはないんです。
仏壇にマッチやチャッカマンはしまってますが、さわった形跡は見られませんでした。
考えられるのは、いったんキッチンに来てガスレンジで火をつけたということですが、
寝ているのにそんな複雑な行動がとれるのは、医師の言うとおり不思議です。
それと睡眠時遊行の目的です。1回目も2回目も外に向かって合図のようなことをしていた。
でも、その方面には家も道もなく、ただ古墳の山があるばかりです。
それと、わたしが見たその古墳上の赤い火・・・娘の行動に呼応する何かがあるのでしょうか。
でね、次の日曜日に古墳に行ってみることにしたんです。
文化財に指定されてますから登れませんが、下から見ることはできます。

近畿地方の古墳は高い木に覆われてるものが多いようですが、
そこは草しか生えてなかったですから。
で、道路はないので歩いて古墳に行ってみました。そんなに高さがあるわけではないです。
草が短いのは明らかに誰かが刈っているせいなのがわかりました。
柵があるので中には入れないんですが、市で管理しているのでしょうか。
あの晩に火が見えたあたりは、少し斜面がくぼんでいるようにも見えました。
もしかしたら穴のようなのがあるのかもしれませんが、そこからははっきりしませんでした。
結局、何もわからず帰ってきたんです。
それからは1ヶ月ほど変わったことはありませんでした。

家族が平穏に戻っていった矢先のことです。夜中、大音響で音楽が聞こえました。
起きると娘の姿がありません。妻も起きてきたのでいっしょに2階に上がりました。
聞こえている音楽は、太鼓の音が強いリズムを刻んでいて、
その中にうめき声のような歌が入っていました。
和室は暗く。その中で音楽が大きく流れていて、
ラジカセが持ち込まれているのだと思いました。
障子を開けると、娘だけでなく弟もいっしょにいました。
2人とも上半身裸で、外に向かって身を乗り出し、今にも屋根に落ちていきそうでした。
わたしが娘に、妻が息子にしがみついて後ろに引き戻しました。
そのとき古墳のかなりの範囲に赤い光が広がっているのが見えました。

それに照らされて、前に見た中腹の穴のあたりで何かが蠢いているのがわかりました。
ミミズのようなものですが、200m以上離れている古墳です。
そのミミズは考えられない大きさだったんです。おそらく人の胴より太く、
長さは出ているところだけでも電信柱ほども・・・ミミズの先端に灯りがともっていました。
何というか・・・アンコウの提灯のようになってたんです。頭がくらくらしてきました。
そのとき妻が息子を離して起ち上がり、バシッと窓のサッシを閉めカーテンを引きました。
わたしは娘のズボンをつかんだまま、床のラジカセのスイッチを切りました。
その頃には2人とも正気に戻っていたようでした。
部屋の電気をつけ、それから、おそるおそるカーテンの隙間から外をうかがってみました。
赤い光はもうなく、闇が広がっているばかりでしたよ。

「さっき大きなミミズがいただろ。お前見たか」妻に聞いたら、首を強く振り、
「たくさんの人が列を作っていた。松明を持って昔の服装をしてた」こう答えたんです。
後でわかったことですが、そのとき流れていた音楽は、娘が学校の帰り、
宗教団体のような人たちが街頭で配っていたCDを断り切れずもらってしまったものだそうで、
試しにかけてみたら気に入って、ずっとヘッドホンで聴いていたということでした。
CDのラベルもジャケットもただの白い紙で、どこにも何も書かれてませんでした。
しかも会社に持って行って再生してみたら、雑音しか入ってなかったんです。
この翌日に家を出てホテルに泊まり、そのまま会社と交渉して引っ越しましたよ。
今は誰も住んでないようですが、もう戻る気はありません。







異能者たちの系譜3

2014.10.20 (Mon)
錬金術師とアバンチェリエ

今回は基本は錬金術師について書きます。
あまり小難しくならないように気をつけますw
錬金術は、荒川弘氏の漫画『鋼の錬金術師』が有名ですね。
もう一つアバンチェリエという語がくっついています。
こちらのほうは森田崇氏の『怪盗ルパン伝 アバンチュリエ』
という作品で知れ渡りましたが、「山師」と訳せばいいんでしょうか。
「大がかりな詐欺をする者」くらいの意味です。
錬金術は近代の自然科学を生み出したとも言われ、
それは正しいと思いますが、その周辺にたくさんの怪しげな人物(アバンチュリエ)も
産み落としてしまったのです。ただし、自分はこのことを批難しているわけではありません。
なぜなのか理由は後で述べます。

ざっと錬金術の歴史をたどると、
四大元素説など、古代ギリシャに誕生した自然哲学が元になっています。
医学の祖となるべきものもここで生まれましたし、
数学の発展は目をみはるほどでした。豊穣な知の世界があったんです。
一方、パレスチナ周辺においてキリスト教が誕生しました。
西欧社会の歴史は、このキリスト教からの影響抜きに語ることはできません。

ギリシアからローマに覇権が移行し、多神教であったローマにおいては、
キリスト教は世界観を共にしないものとして大きな迫害を受けました。
しかし信徒らの殉教が続きながらもじわじわローマ社会に浸透してゆき、
ついに4世紀に至りローマ帝国においてキリスト教の公認と国教化がなされました。
これは世界史上の大きな出来事ですが、
残念なことにここから、西欧社会で行われる学問は神学に偏ってしまい、
自然哲学は、触れるべきではないものとして長く失われてしまったんですね。
イタリアの記号学者、ウンベルト・エーコが歴史推理小説『薔薇の名前』を書きましたが、
あの中に見るように、古代の知識は禁じられ隠されてしまいました。
知的には暗い時代が続いたんです。

11世紀に入り、キリスト教徒は、
イスラム勢力からの聖地エルサレムの奪還を目的に十字軍を派遣しました。
十字軍遠征の詳細はテーマから外れますのでふれません
(これもオカルト的には極めて興味深いものです)が、
ここで遠征隊はオリエントに受け継がれていた、失われた知識を再発見したのです。
ギリシア・ローマ時代の英知に古代エジプトからの知識も加味され、
独自の進化が遂げられていたんですね。
この再発見をきっかけに、西欧社会で錬金術が流行することになりました。
錬金術の始祖的な人物と考えられたのは、
ヘルメス・トリスメギストスです。

Wikiによれば、
「ギリシア神話のヘルメス神と、エジプト神話のトート神がヘレニズム時代に融合し、
さらにそれらの威光を継ぐ人物としての錬金術師ヘルメスが同一視されて
ヘルメス・トリスメギストスと称されるようになった。
それら3つのヘルメスを合わせた者という意味で「3倍偉大なヘルメス」
「三重に偉大なヘルメス」と訳される。」

となっていますが、実在の人物ではなく、伝説的な神人です。

この名を記した「ヘルメス文書」と呼ばれるものが、
12世紀のヨーロッパに広まりました。
たくさんの好事家が錬金術の研究を始めたのです。
錬金術というと「賢者の石」を用いて、
水銀や銅を黄金に変えるというイメージがありますが、
それはわりと後代の話で、初期の研究は、万物を溶かす液体を発見し、
それを用いて物資からその精髄(エリクシール)を開放することでした。
金を溶かして金のエリクシールを解放し、
それを使用して他の物質を金に変えるというのは副次的な産物で、
最終目的は「生命のエリクシール」を発見し、不老不死を得ることだったのです。

さて話はかわって、錬金術は初期の頃からすでに、
うさんくさいもの、として見られていました。
これは当然と言えば当然で、莫大な研究費を使っても金を造り出すことはできないし、
費用に見合うだけの結果が得られたことはないからです。
昔の人々にもそのくらいの知恵はあります。
(とはいえ、副次的には蒸留技術やフラスコ等の実験器具、硝酸や王水の発見など、
近代化学の発展の土台を築いたのは間違いないでしょう)

14世紀にイングランドの詩人、チョーサーが『カンタベリー物語』を書きました。
この中の一節「僧の従者の話」には、
弟子が主人の錬金術師のイカサマをばらすという形で、
多様な詐欺の手法が紹介されています。
現在では、錬金術は神秘的なものとして語られることが多く、
王侯貴族に取り入って金を巻き上げようとする手段であったことは、
あまり触れられません。

しかし、これは個人的な考えですが、ここで登場するアバンチェリエ(山師)たちが、
現在のオカルトの基礎の一部を築いているのだと思います。
16世紀のパラケルススなど、歴史的には多くの有名な錬金術師がいますが、
詐欺的な面での代表は、サンジェルマン伯爵、カリオストロ伯爵などでしょう。
サンジェルマンは18世紀の人で、錬金術の研究家ですが不死の人として有名です。
語学や音楽など多彩な教養を備えていたとされます。
またカリオストロは、サンジェルマンとほぼ同時代の人で、
自称、医師、錬金術師。マリー・アントワネットを巻き込んだ大規模な詐欺事件、
「首飾り事件」を引き起こしています。この事件後、終身刑となり獄死するのですが、
その後も姿を目撃したという噂が絶えませんでした。

ヨーロッパ社会には極めて堅牢な身分階層があり、
それを庶民が打破してのし上がるのは難しかったのですが、
その一つの突破口が錬金術であったと言えます。
宮廷や金持ち貴族に錬金術師(あるいは医師、占星術師)として雇ってもらい、
サロンで人気を博し、よい生活をする。
雇い主から金を引き出し、成果を出せという矢の催促をごまかすために、
さまざまな詐欺の手口が開発されたのです。

この「詐欺の歴史」とでもいうべきものは、自分の大きな研究テーマの一つです。
これは時代とともに姿を変え、
永久機関等の疑似科学、偽医学などとして現代でも存在します。
(余談ですが、アントニオ猪木氏がプロレス記者を集めて開催した「永久電気」の
発表会では、ネジが一本壊れていたため機械が動かなかった)
しかしはっきり言えば、
教育の機会均等などが保障された現代にこれを行うのは犯罪的です。
王制貴族制の階級社会はそもそもが矛盾をはらんだもので、
下層階級には世にのし上がる手段がなかった
昔の西欧社会とは条件が異なるからです。

最後に、東洋の錬金術に少しだけ触れます。
司馬遷の『史記』(前1世紀)に、秦の始皇帝に仕えた徐福という方士が登場します。
彼は不老不死を研究する初期の道教家で、
さまざまな言を用いて始皇帝をたぶらかしました。
しかしついにはごまかしきれなくなり、蓬莱山に行って不死の薬を入手するとして、
3000人の童男童女と百工(多くの技術者)を従え、五穀の種を持って東方に船出し、
「平原広沢(広い平野と湿地)」を得て、王となり戻らなかったとの記述があります。

このたどり着いた先が日本であるという言い伝えがあり、
日本各地に多くの伝承が残っています。
「史記」には、方士は詐欺師であるとして始皇帝を臣下が諫めたり、
結果を出せなかった方士が逃亡する話も出ています。
不死を求める者と、不可思議の術をもってそれを適えようと権力者にをすり寄る者。
この構図は、はるか古代からあったのです。

関連記事 『異能者たちの系譜』

関連記事 『異能者たちの系譜2』

『ヘルメス・トリスメギストス』


『女占い師』ジョルジュ・ド・ラトゥール




マトリョーシカ

2014.10.19 (Sun)
小学校のときですね。お楽しみ会ってのが学校であったんです。
5.6年とクラス替えがなくて、担任がいっしょだったから、
学期の終わりには必ずやるんですよ。
好きなメンバーでグループを作って出し物をします。
内容はフルーツバスケットとか、
イス取りゲームとか、イントロ当てクイズとかですね。
最初にグループを決めて、それから何やるかを考えてましたが、
だんだんグループごとの内容が固定化してきて、自分たちはいっつも手品でした。
難しそうに思えるかもしれないけど、そうでもなかったんです。
今はどうかよくわかりませんが、その頃は「小学○年生」という雑誌に、
手品の特集とかありましたし、おもちゃ屋でも簡単なセットとか売ってたんです。

6人のグループで、持ち時間が5分以内だったと思います。
自分がやったのはヒモの手品が多かったですね。
あとコップと台紙で10円玉が消えるやつとか。
今でも「身の回りの品で簡単にできる手品」なんてサイトがけっこうありますよ。
で、6年生の1学期に転校生がきたんです。U君ということにしておきます。
男で、ひょろーっと背が高くて色が白いやつでした。
担任よりも高かったので170cmを越えてたんじゃないかと思います。
親が外国に中古車を輸出する仕事だって言ってましたね。
自分たちの市は港町にあったんです。
無口なやつでね、存在感がほとんどありませんでした。
ただこれは今から思うと転校慣れしてて、
わざと目立たないようにしてたのかもしれません。

自分たちの手品はみんなで協力してなんかやることはしないんです。
ただ1人ずつ前に出ていって、それぞれの手品をやって戻ってくる。
だからU君も気楽だったと思います。
彼がいつもやるのはマトリョーシカの手品でした。
何のことだかわかりますか。ロシアの民芸品で、20cmくらいの人形の中に、
同じ形の少し小さい人形が入ってて、その中にもまた・・・
マトリョーシカって女の子の人形が多いみいですけど、
U君が持ってくるのは、フクロウか仏像の人形のように見えました。
でもロシアに仏像があるわけはないし・・・
ただ、今思うと普通のフクロウとはかなり違ってましたね。
最初の回でU君は、まず全部の人形を出してみせて、
それからもう一度しまってまた開ける。
そしたら、何も入ってなかったはずの最後のフクロウから花が飛び出したんです。

きれいな赤と青の薔薇の花でした。・・・でも、あんまり受けがよくなかったんです。
そういう風にできてる、買ってきたセットだとみんな思ったようでした。
2学期もほとんど同じで、
一番小さいマトリョーシカから出てきたのは白いネズミでした。
いや、ぬいぐるみだと思いましたよ。
毛がふわふわだったし、U君はつかんでネズミの背中をみんなに見せると、
すぐポケットにしまっちゃいましたから。
ただ・・・終わった後でU君に「タネを教えろ」って聞いてみたんですが、
そのマトリョーシカを手渡されて、
全部開けてみたんですが、仕掛けらしきものが見つからなかったんです。
U君は「手品やるってことだったから父さんから借りてきたけど、
 何が出てくるか自分ではわからないんだ」って言ってました。

そのときはもちろん信じませんでしたけどね。だってタネのない手品って、
魔法ってことになるじゃないですか。
で、3学期ですね。もうすぐ卒業式ってときに、最後のお楽しみ会があったんです。
U君はどうやら、この市の中学校には進学しないみたいでした。
自分たちはもちろんまた手品で、最初にU君が出たんです。
いつものフクロウのマトリョーシカを出して、最初に全部開けてみせ、
中に何もないのを確認する。ここで今回はちょっと手が込んでて、
最後の小さいやつを前に座ってた女の子に渡して確認させたんです。
女の子は窓際に持っていって日の光にすかしたり、手をつっこんでみたりしてましたが、
「何もない」と言ってU君に戻しました。全部をしまって、
また一つずつ開けていく・・・最後のを開けてU君が逆さにしたとき、
ぼとっと割った卵の中身が落ちたようになりました。

生卵の白身のようなどろどろした液体・・・その中に栗みたいなのが入ってました。
色は真っ黒で、栗のイガに見えたのはびっしりと生えた毛だと思いました。
それが机の白布の上でグルングルン動き回り・・・
向きを変えたときに目玉がついえてるのが見えたんですよ。
それはスーパーボールみたいに飛び上がって天井にぶつかり、跳ね返って、
さっきマトリョーシカを確認した子の背中に落ちたんです。
女の子は悲鳴をあげて払いのけようとしましたが、
そのときにはその気持ち悪いものはなくなってたんですよ。
U君は礼をして、人形をかたづけて下がりました。
後ろのほうのやつはよく見えなかったみたいで、あんまり騒ぎにはなりませんでした。

まあ、特に実害とかはなかったですからね。
ただあの気持ち悪い生き物がぶつかった天井には、うっすらと黒く丸い跡が残ってました。
ま、こんな話なんですが、後日談がいくつかあります。
一つ目は、小学校を卒業した春休み中に港でUFO騒ぎがあったんです。
大きな緑の光りを出す円盤が、
回転しながら宙に浮かんでたのを何人かの釣り師が見たんです。
それが1つのグループじゃなくて、
別々のところにいた互いに関係のない釣り師の証言だったので、信憑性があるってことで、
地元の新聞に載ったんです。コラムの記事でしたけど。
それと、小学校を卒業して15年目・・・自分が27歳のときですね。
U君から突然はがきが来たんです。

内容は「結婚することになった」という報告で、相手の名前が記憶にあったので、
小学校のアルバムを出して確認してみたら、あの最後のお楽しみ会で、
変な生き物が背中に落ちた女の子だったんです。
住所は東京になってましたので、返信したんですがそれっきりです。
電話番号はなかったし、その後の連絡もなく、噂も聞こえてこなかったですよ。
それと、自分は中学校に入ってオカルトフアンになったんです。
あんまり運動が得意じゃなかったんで部活には入らず、
家でオカルト雑誌とかSF小説を読んでることが多かったですが、
ある号の「ムー」という本で、1枚の挿絵を見ました。
それが、U君の持ってきたマトリョーシカにそっくりだったんです。
ほらこれです。(下の画像)

あと、もう2つあります。自分は早く結婚してずっとこの街に住んでますが、
息子が小学1年生になったときに、入学式で母校を訪れたんです。
校舎は同じでした。それから自由業だからいいだろうと思われたのか、
投票でPTAの役員になってしまって、ちょくちょく放課後に訪問するようになりました。
で、懐かしく思ってあちこち生徒のいない教室を覗いてみたんです。
そしたら、6年生のときの教室だけ天井がはりかえられているように思えました。
教頭先生に聞いてみたんですが、古いことで学校には記録は残ってないし、
その当時の先生も一人もいないのでわからない。市には記録があるはずだ、
ということでした。「調べてみましょうか」と言われましたが、
何か文句をつけてるようにとられるのも困るし、遠慮したんです。

それとこの間、5年ぶりにU君からはがきがきました。
それがリトアニアという国に現在住んでいるみたいなんです。旧ソ連の国ですよね。
はがきは「赤ちゃんが産まれた」という知らせで、写真がついてました。
いや、赤ちゃんは普通で、というか目の大きい可愛い子でしたよ。
ただ、夫婦2人が寄り添って奥さんが赤ちゃんを抱いている背後の窓ですね。
外は絵のようにきれいな湖と森林でしたが、
ガラスの隅に、小学校のときにお楽しみ会で見たあの生物・・・
粘液にまみれた毛の生えた目玉・・・らしきものがはりついてたんです。
でね、他の同級生何人かに確認してみました。手品のグループだったやつらですが、
みな結婚のときも今回もはがきはもらってないそうなんです。
なぜ自分のところだけに来たのか不思議で。






一つ目

2014.10.19 (Sun)
天目一箇神

大学で民俗学の研究をしています。といっても職はまだ非常勤講師ですから、
複数の大学をかけ持ちして食べていくのがやっとなんです。
で、夏休み前です。調べ物である大学の図書館に入ったとき、
私が日本史を教えている女子学生から質問を受けたんです。
たしか太田という名前でした。
授業では席の前列に座って積極的に質問をしてくる子でしたので覚えてたんです。
長い黒髪を後ろで束ねて化粧っ気がないんですが、和風の美人でした。

「一つ目の神って、先生ご存知ですか?」
「うーん、日本神話で出てくるのは天目一箇神(あめのまひとつのかみ)だね。
 片目というか、顔の真ん中に目が一つしかないイメージがあるみたいだ」
「それはどういう神様ですか?」
「鍛冶の神様って言われてる。天照大神が天の岩戸に隠れたときに、
 刀や斧を作った鍛冶の神とされているね」

「鍛冶って鉄でいろんなものを作るんですよね」
「そう。鍛冶屋だから鉄を炉で熱して、真っ赤になったところをトンテンカンと打つ」
「鍛冶屋をすることと一つ目って関係があるんですか?」
「あるみたいだよ。日本神話とギリシア神話の類似性はいろいろ言われてるけど、
 そこに出てくる鍛冶の神、というか巨人だな。
 これがサイクロプスといってやっぱり一つ目なんだ」

「共通するイメージがあるんですね。
 ギリシア神話のほうがずっと古いはずだから、
 日本にその話が海を渡って伝わってきたんでしょうか」
「それはちょっとわからない。神話が文字化された時期で考えると、
 向こうの方が1000年は古いから、伝播したってこともありえると思うけど、
 鍛冶の職能からくるものかもしれない」
「どういうことですか?」

「鍛冶が鉄の色でその温度をみるのに片目をつぶっていたこと、
 あるいは火の粉を受けて失明する職業病があったことから、
 そうなったんじゃないかとも言われてるんだ」
「あーなるほどです。昔は顔を覆うマスクみたいなのもなかったでしょうから」
「うん。鉄工所で使う耐火ゴーグルのことだね。その考えは面白いな」
「どうしてですか?」

「天目一箇神はお面とも関係があるんだ。ひょっとこって知ってる?」
「あの、おかめとペアになってお祭りで踊ったりする」
「そう。ひょっとこは火男と漢字で書いて、天目一箇神と同一視されたりもするんだ。
 あの口がとんがってるのは鍛冶の炉に火を吹き込むためらしい」
「面白いです。民俗学っていろんなところでつながりがあるんですね。
 でも、ひょっとこは一つ目じゃないですけど」
「うん、そこはよくわからないんだ。で、どうしてこんな質問をしたの?」

「もうすぐ夏休みに入って田舎に戻るんですけど、
 私の実家のある村ってすごい辺鄙なとこで、
 一つ目の神様を祀ってるんです。この休み中に歳の例祭もあるんです。
 それで、両親の話だと私が今年の巫女役をやるって決まっているみたいで」
「へえー、それは面白いな。天目一箇神のお祭りはあんまり聞いたことがない。
 というか祀っている神社そのものが少ない。ぜひ行ってみたいとこだけど」

「来ていただければ歓迎します・・・と言いたいんですけど、
 村の人だけでやるお祭りなんです。だからこれまでほとんど知られてなくて・・・
 それに村には泊まるところもないですし」
「いや、たぶん忙しくて無理だから、気にしなくてもいいよ。
 それで、巫女役ってどんなことをするの?
「それが、村の中でもお祭りに参加できるのは男衆と巫女役だけなんです。
 これまで一度も見たことがないんですよ。
 だから詳しいことは実家に帰ってから打ち合わせるみたいです」

「うーんそれ、何だか怖い気もするな。金田一耕助が出てくる話みたいだ」
「金田一って、犬神家とかですか。いや、そんなことはないですから。
 巫女役をやった人はみんな元気で、もうほとんど結婚してます。
 過疎化が進んでるので、未婚の女子ってもうほんと残り少ないんですよ。
 私の後、何代続くか心配なくらいで」
「それはそうだろうね。日本各地で貴重な民俗行事がどんどんなくなっていってる」

こんな話をしたんです。
興味深い祭りだと思ったんで、どうせ夏中は暇なので行ってみようかと思いました。
村人以外の秘密の祭りって聞いたら、これは興味がわくじゃないですか。
宿泊はテントでもできるし、そういうフィールドワークは慣れてるんです。
よそ者だからって、まさか今時とって喰われることもないだろうし。
まあこんなことがあったんです。
ああ、それと天目一箇神について、もう一つ彼女に説明していないことがありました。
ちゃんとした学問上の説ではあるんですが、
ちょっと下ネタと受け取られかねない内容で、
今はセクハラも厳しく言われてますし、若い女性にはどうかなと思ったんですよ。

大(おお)クマラ様

村の神社のお祭りがもうすぐあるということで、中学校でお面づくりをしました。
「クマラ様」のお面です。僕は3年で、毎年やってるから作るのは慣れてました。
木の型があるので、それに和紙を何枚も重ねて貼りつけていくんです。
ある程度の厚さになったら目の部分を抜きます。
孔を開けるんですが、これが一つ目なんです。
それも顔の真ん中に。大きな目なので、かろうじて孔の両端から前が見えます。

あと10cmくらいの木の筒を、
和紙で面の顔の下側にうまく垂直に立つようにくっつけます。
これは中が空洞になってて、口のつもりなんです。ね、変な顔でしょ。
人間とは思えないけど、これが村のずっと昔のご先祖様なんだということでした。
僕たちが作ったお面は村の男衆が祭りのときに被って、
終わったら燃してしまうんです。
村立中学校の3年は15人で、そのうち男は7人です。女は作りません。
でもお祭りに出る男衆は30人前後なので、一人5つまでいかないです。

それと村の人口が少なくなって、今年から僕たち3年の男子だけ、
お祭りに参加させてもらうことが急に決まったんです。
お祭りは夜中に行うんですけど、夏休み中なので問題はないです。
村の大人の人は、僕の両親も含めて普段はお祭りの話はしないので、
ずっと興味があったんです。今年始めて参加することになってワクワクしてました。
期日は8月7日の夜で、その日は朝から裏山にある神社に幟が立つんですが、
いつもと違うのはそれくらいで、
お囃子が鳴るわけでもお神輿が出るわけでもないんです。

夜の9時に公民館に集まりました。
同級生はみんな来てたし、市の高校に通ってる先輩もいました。
あとはうちの父なんかの男衆、最年長が55歳までで、
それを過ぎた人は「お役御免」といって出られないんです。
公民館の和室で白ふんどし一丁に着替えさせられました。
裸でもまったく寒くはなかったです。
正直言って恥ずかしかったですが、年上の人たちも全員がそうなので・・・

正装した神主さんが来て、和室にみんなが並んで神棚の下でお祓いを受けました。
それから神酒を杯で飲むんです。僕たちも一杯ずつ飲まされました。
中学生には砂糖を入れて甘くしてあると言ってましたし、
飲みにくいとは思いませんでした。
体がぽっぽっと火照る感じがしました。
みな井戸水をかぶりましたが真夏なので平気でした。
それから、普段は小屋に荷車にのせてしまってある一つ目様を出しました。
この一つ目様は始めて見ました。クマラ様と同じ神様なのか、
そこはよくわからないんですが、丸太でできた3mほどの棒です。

それが・・・ちょっと言いにくいんですが、
おちんちんの形をしてるんです。びっくりしましたよ。
これを皆でかついでクマラ様の神社まで石段を登るんです。
かつぎやすいように藁を巻いてましたが、おちんちんの先っぽは出てるんです。
僕たちは自分らで作ったクマラ様の面をかぶり公民館の前に出ました。
そしたら神主さんが女の人の手を引いてきました。
知ってる人で、大きな街の大学に行ってるお姉さんです。
口を聞いたこともあるんですよ。

お姉さんは薄い白い着物を着ていて、肌が透けて見えるようでした。
頭に赤い冠のようなものを被っていました。お姉さんは恥ずかしそうな様子で、
神主さんに手助けされて一つ目様に跨り、
町会議員の○○さんのかけ声とともに一気に持ち上げました。
たぶん何百kgの重さがあるんでしょうが、
30人ちかくで担ぐので、それほど大変じゃなかったです。

配置が、大人の間に中学生が入る形になってたので、
負担が少なかったんだと思います。
藁についてる縄を持つんです。そのまま先頭が走り出したので、
後ろから押される形でついていきました。
かけ声を真似ながら叫んでいると、
さっきのお酒のせいかびしょびしょに汗が出てきました。
でも、気持ちよかったんです。なんかスポーツをしている感じでした。
ただ、クマラのお面の一つ目は先が見えにくいので、
石段を登る足下が危なかったです。

僕の後ろにお姉さんの片方の足がきていました。
履き物はなくて素足です。それがブラブラ揺れて、僕の背中に当たりました。
石段はそんなに長くはないです。高い山じゃないですから。
体と体がぶつかり、汗まみれになったところで、
鳥居をくぐって山頂のせまい境内に入りました。
篝火の他に、社殿の前にはたくさんのロウソクが灯されていてすごくきれいでしたよ。
賽銭箱や鈴などは取り払われていました。
下からついてきた神主さんが息を切らしながら、
「大クマラ様にお出まし願う」と言いました。

一つ目様を担いでいた何人かの大人が社殿に入り、ずしっと重さが増しました。
大人たちは社殿の奥から何かを引き出してきました。
台座の上に銀色のぴったりした服を着た人があぐらの形で座っていたんですが、
ピクリとも動きません。頭には巨大な一つ目のお面をつけてました。
緑色のぶつぶつのある面です。近くの大人の人が「人形だよ」と教えてくれました。
人形は社殿の前まで出てきましたが、
背中に支柱があって倒れないようにしてるのがわかりました。

神主さんが祝詞を唱え、神前に酒、肴をお供えしました。
「年毎のご挨拶と、ご無事のお帰りをお祈り申して」
そんな言葉が聞こえたと思います。
みなが歌い出しましたが、時間がなくて習ってないので節がわからず黙ってました。
その後、またなにやら儀式があって、人形は後ろに引っ込められました。
そして社殿の戸の両脇に大人が一人ずつつきました。
僕たちは一つ目様をかついだまま10mほど後ろに下がり、
そこから神主さんのかけ声に合わせて神社のほうへ突進したんです、
お姉さんを乗せたままで。

きっと一つ目様を社殿の中に投げ込むんだろうと思いました。
そんなことをしたら床が壊れちゃうんじゃないかと考えたんですが、
勢いよく突進した一つ目様は、
お姉さんを乗せたままドーンと大きな音をたてて中に落ちたんです。
そのとき足を上げていたお姉さんが前にのめって大クマラ様の人形にぶつかりました。
人形の面がずれて、その下の赤黒い大きな穴の開いて目鼻のなくなった顔が見えました。
大人の人がすぐに戸を閉め、これで祭りはほとんど終わりです。
少しまた祝詞があって、僕たちは水をかぶり、焼いた餅をもらって下にもどったんです。
あとは篝火でクマラ面を焼いてお祭りは終わりました。



一つ目の神、天目一箇神については、
ほぼ大学の講師の先生が上でおっしゃってるとおりですが、少し補足すると、
『古事記』の岩戸隠れの段で鍛冶をしていた天津麻羅と同神とも考えられています。
「麻羅」というのは、片目を意味する「目占(めうら)」に由来するという説もありますが、
一方でこの音は「魔羅」を思い起こさせます。これは男性器を洗わす仏教的な隠語で、
「仏道修行を妨げ、人の心を惑わすもの」から転じて、
僧侶の間で用いられるようになったのだそうです。
ところで、男性器は「目」にも例えられますね。「一つ目小僧」とかです。
講師の先生はお祭りを見に行ったんでしょうか、どうなったんでしょう。

『泥田坊』この片目の妖怪も男性器との関連が指摘されている





結界 2題

2014.10.17 (Fri)
水回り

今年の4月に引っ越したんです。地方都市に転勤になって、そこの社宅ですね。
それが一軒家だったんです。とは言っても部屋は一階が2つ、二階1つだけでしたが。
会社がそこを借りてるんですが、どうやら家賃は月4万くらいって話でした。
東京では信じられない安さです。
ただ作りが古くって、いろいろ不具合がありそうでした。
荷物の整理が終り息子の学校のことも決まって、2週間が過ぎた頃です。
妻が「台所に入るのが気持ち悪い」って言い出したんです。「どこが?」と聞くと、
「まず、どんなに天気のいい日でも台所の中が暗い。
 西向きの大きな窓があり蛍光灯も2灯なのに、包丁を使う手元が見えにくい」
「いつもじめじめしている。床下に野菜貯蔵庫のようなのがあるが、水が溜まってて、
 いくら拭いても元に戻ってしまう」こんな内容です。

「それに水道の蛇口から水がしたたる。どれだけキツく締めてもダメ」
これはゴムパッキンが古くなってるせいだと思い、
ホームセンターで買った新品にとっかえました。
でも、すぐまた水が落ちてくるようになったんです。
自分でもためしてみました。ぽたぽたって感じじゃなく、
締めた数分後にドボッとコップ半分くらいの水が一度にこぼれてくるんです。
で、また数分後に同じことが・・・
でも、蛇口なんて構造は単純で、そんなふうになるはずはないですよね。
しかたがないから水道屋を呼びました。蛇口ごと取っ替えて、それは収まったんです。
暗くて湿っぽい感じがするのは同じで、
スリッパなしで入ると木の床がじめっとしてて靴下が濡れるんです。
それ以上の実害はなかったんですけどね。

ところが2週間ほどして、今度は雨漏りするようになりました。
それが不思議なことに、雨の降る降らない関係なしになんです。
3日に一ぺんくらい台所の隅の天井が濡れてて、そっからしずくがぽたぽた・・・
屋根か天井裏に、水の溜まってるとこがあるんだろうと思って登ってみたんですが、
それらしいものはなくて、トタン屋根が少し錆びてたのでペンキを塗り直したんですよ。
結果としては雨漏りは止みました。でも今度は流しの水が逆流するようになったんです。
シンクはステンレスでしたが、新しいもので、そこだけ後で作り変えてあるようでした。
もとは石だったんじゃないかと思います。
その排水溝から噴水みたいに汚水が噴き上げるんです。さすがに考えられないでしょ。
でね、この頃、妻が親しくなった近所の人に水回りの異常のことを話したら、
「知り合いにいい人がいるから」って紹介されたみたいなんです。

この話を聞いたときは、工務店の人だとばっかり思ってたんですが、
日曜日に来ていただいたら、和服を着た若い人で驚きました。
その人はあいさつもそこそこに、紙の細長い札を持って台所に入っていきました。
昔の1万円で、聖徳太子が笏を持ってましたでしょ。あんな感じです。
で、あちこち向きを変えながら台所内を歩き回ってました。
一回横切るたびにその紙のしめり具合を調べてるみたいでした。
10分ほどそれを続けてから、
「わかりました。この台所には河童がいます。水をほしがっているんですね。」
こう言ったんです。「河童!?」と思いましたが、その人は真顔で、
「警察に連絡しなければならなくなると思いますので、覚悟をしておいてください」
そう言って、金槌を求めました。で、床板を上げて野菜貯蔵庫を見たんです。
コンクリの底に2cmくらい水が溜まってました。

床に這いつくばり、金槌の上の部分でコンクリの底をドンと突くと、
1回でバラッと崩れ落ちました。自分が懐中電灯で照らしてみたら、頭の皿が見えました。
本当に河童がいたんですよ。・・・作り物であることは一目でわかりました。
紙細工っていうんですか? 和紙を何枚も重ねて貼りつけて作った河童。
素人の工作に見えましたね。元は薄緑に塗ってたんでしょうが、
カビだらけのまだらになってました。その人は手をつこんで河童を取り出しました。
グズグズで指がめり込んで気持ち悪そうでした。
河童は長さ30cmくらい、うつ伏せになって背中の甲羅を上向きにした形です。
その人は両手で端をつかみ、肉饅を割るように河童を引き裂いたんですが、
すごい悪臭がして、中から細い骨がパラパラとこぼれ落ちてきたんですよ。
・・・後でわかったところでは、生まれたての赤ちゃんのものでした。

吹雪

今年の正月のことです。初詣の帰りですね。
といっても元日に行ったわけじゃないんです。正月休みは家族でハワイに行ってましたので、
帰ってきて一息ついた6日の夜です。この時期になると神社もそう混んではいなくて、
郊外にある地元の護国神社だったんですが、1時間かからないでお参りし終えました。
その帰り道、夜の9時過ぎ頃です。自分のノアに乗ってたのは、妻と息子でした。
雪は行きもちらちら降ってたんですが、国道に出たとたん、すごい吹雪になりました。
まったく前が見えない状態です。とりあえずフォグランプをつけて徐行しましたが、
雪がフロントグラスに吹きつけてワイパーが追いつかないんです。
あまり車通りのないところなんで、
除雪した雪が壁になってるぎりぎりまで路肩に寄せて止まりました。
追突が心配でしたが、視界がきかないんじゃどうしようもなかったです。

で、10分ほど休んでいると、やや小降りになってきたような気がしました。
風がおさまって、吹きつける勢いがなくなったのかもしれません。
で、そろそろと出発したんですが、街の灯りがないんです。
道は続いてるんだけど、回りの建物の灯りや街灯も見えなくなっていたんです。
闇の中をヘッドライトだけで照らして走ってるんですよ。
おかしいと思ってナビを見ました・・・画面が真っ黒になって消えてました。
ラジオもつけてみましたが、聞こえてくるのはパチパチいう雑音だけです。
8歳の息子は寝てしまったようでした。
そっから30分ほど走りました。とっくに家に帰り着いてる時間ですよ。
なのに、ただ雪の壁の中に道がまっすぐ続いている。
まっすぐ、って言いましたが、30分走って交差点がないって変でしょう。
それに信号も交通標識さえなかったんです。

「あなた、これどこを走ってるの?」妻が心配そうな声を出しました。
そのとき、誰も乗ってないはずのノアの3列目の座席から声がしたんです。
「こっちを見ないで聞け」・・・去年亡くなった父の声でした。
だいぶ前に母を亡くし、父とは同居してたんですが、
自分と妻が朝に出かけ息子が小学校に行ってる間に、家のトイレの中で倒れたんです。
カルチャー・スクールから帰ってきた妻が発見しました。
しばらく意識はあったみたいで、トイレの壁の親父が倒れてた下の方に
何だかわからない文字が爪で彫られてあるのを後になって見つけました。
そんな後味の悪い最期だったんですよ。その親父の声だったのは間違いないです。
「絶対にこっちを見るな」親父は低く沈んだ声でささやき、続けて、
「迷ったんだろう。こういうことはごく稀にあるようだ。
 前に出張で行ったロシアの山道を走っていたとき自分もなったことがある」

「とにかくお前たち2人で、簡単に頭に思い浮かぶものを強く念じるんだ。
 日本ならコンビニがいいだろう。この道の左側にコンビニがある様子を強く思い浮かべろ」
「父さん、何で後ろ見ちゃいけないの」こう聞いたんですが答えはなし。
助手席の妻の膝ががくがく震えているのがわかりました。
二人で言われたとおりに、コンビニが見えてくる様子を想像しながら走りました。
5分ほど走ったでしょうか、左に念じていたとおりコンビニの青白い灯りが見えてきました。
駐車場に車が何台か停まっていました。
「あっ、ナビがついた」妻が言いました。
「そこで地図を買え。場所を迷った分、俺がこうして出てこられた。
 もう振り向いてもいいぞ。あの世は悪くない。お前達も楽しくやれ」
こう言って親父の声は消え、気配もなくなったんです。

駐車場に車を止めてコンビニに入ったとき、3列目の座席にはだれもいませんでした。
道路地図と暖かい飲み物を買って戻ってきました。
それで、ナビを見て愕然としたんです。隣の県に入っていました。
雪の中の一本道を走った時間はせいぜい1時間もなかったはずなんですが、
車でなら3時間以上かかる場所にいるようなんです。
信じられないので、もう一度コンビニに戻って店員に聞いてみたんです。
不審な顔をされましたが、ナビの通りでした。
それからは・・・無理して帰ろうと思えば帰れたんですが、
近くの市でホテルに一泊して、翌日家に戻ったんです。雪は晴れてましたね。
それから仏壇に酒をあげて、親父の墓参りにも行きましたよ。
何が起きたのかわかりません。場所がおかしくなったから親父が出てこられたのか・・・
まあ、こういう話です。




食べ物 3題

2014.10.16 (Thu)
秋刀魚

「秋刀魚苦いか塩(しょ)つぱいか」って知ってるか? これ佐藤春夫って人の、
「秋刀魚の歌」って詩なんだぜ。どうだ、学があるだろ。
でもな、これって悲しーい詩なんだぜ。
ああ、スマンスマン。本題に入るよ。だけど、秋刀魚に関係のある話なんだ。
もうだいぶん前になるけど、今頃の季節だな。脂ののったいい秋刀魚買ってきてね。
せっかくだから七輪出して、炭火で焼こうと思ったんだ。
でな、家の中だと煙が出るからって裏庭に出たんだよ。
炭をおこして秋刀魚をのせて、よくテレビで見るようにうちわで煽いでたんだ。
ところが久々で炭が湿ってたせいか、なかなか火がおこってこねえ。
前に使ったときの灰を掃除してなかったせいもあったかもな。

「しょうがねえな、家で焼き直すか」と思ったときに、いつの間にか脇に人がいたんだよ。
驚いたね。そこは裏庭っても塀の内だから、人がわからずに入ってくることはありえねえ。
「あんた、どっから入って来た?」って聞いた。
そいつは白い着物の着流しで、肌も白いガリガリに痩せた野郎でね、歳は40くらい。
「ああ、すぐに消えますから。でも、お困りのようですね。ちょっといいですか、ほら」
そいつが七輪の上に手をかざすと、見る見るカーッと炭がおこったんだ。
「なんだ、あんた手品使うのか?」
「いえいえ、普段とてつもなく熱いところにいるんで、体が火になじんだんですよ」
「熱いとこって?」「地獄です」
あらためてそいつの顔を見直すと、確かに三角の白い布を額につければそのまま幽霊だ。

ちょっと面白くなって「地獄? 何やらかしてあんた地獄なんかに」聞いてみた。
「人買いをやってたんですよ。若い女の子の。それで・・・」
「へええ、そりゃ堕ちてもしかたねえか。盆でもねえのに、よく出てこられたな」
「今日が命日なんで、ほんのわずかの間、暇をもらえるんですよ」
「ほお、地獄ってのもけっこう情があるな。で、あんた、どうやって死んだ?」
「ここのすぐ近くで、警棒で頭殴られたんですよ。それで・・・」
「警棒ってことは警官か。そりゃあ自業自得だろうな。で、いつのことだい?」
「昭和26年の今日、この時刻に・・・」
ここまで言った途端、そいつの体からめらめら火が燃えだしたんだ。
「うわっ」と思って飛び退いたんだか。熱くはなかった。

そいつはニコニコ笑いながらしばらく燃えてたが、ふっと消えた。
よく落語でね、幽霊は消えた後が怖いって話を聞くけど、
そのとおり急にぞくぞくっとした。
早々に家に入ろうとして七輪を見たら、秋刀魚がいい具合に焼けてたんだよ。
でな、火の始末をしてから家に入って思い出した。
俺の死んだ親父が警察官だったんだよ。ここの家には3代続けて住んでいるし、
まさか今のは親父が職務上殺しちゃったやつなのか・・・?
でも、そんな話は親父から聞いたことはないし、
そんなに恨んでる様子でもなかったし・・・
結局、その秋刀魚は食わないで捨てたよ。「焼き方しくじった」って言ったら、
家族には「ほらやっぱり」って馬鹿にされた。

リンゴ

一月くらい前、デパートの地下に行ったら、
今年獲れたリンゴの試食即売会ってのをやってたんです。
果物全般、そんなに好きじゃないんですが、赤くて大きないいリンゴで、
ちょっと食べてみて美味かったら家族に買っていこうと思いました。
妻は料理の研究会に入ってて、アップルパイも焼けますから。
山積みになったリンゴの籠の前にいるのは、
いかにも青森から出てきたらしい体格のいいおネエさんで、
「さーあこんなに蜜がたっぷり」とか言いながら、
包丁で切って切り口をこっちに見せたんです。
確かに真ん中が蜜で黄色くなってて、宣伝してたとおりでした。
「もう一個、こちらも」

おネエさんは別のを手にとって、包丁ですっと切って切り口を前に向けると、
中に人がいたんですよ。4歳くらいの幼児で、髪が長かったからたぶん女の子。
そりゃリンゴの中に入れるんだから、大きさは10cmもないですよ。
リンゴの半分に切った片側が空洞になってて、そこに体育座りでいたのが、
驚いた顔であたりを見回していたんです。
なんかだぶだぶしたワンピースのようなものを着てましたよ。
学校時代、社会の教科書で見た「貫頭衣」ってのにも似てた気がします。
それでわたしと小さな目が合って、女の子は困った顔をしてましたが、
思い切ったようにリンゴの中からテーブルに飛びおりて、
その子の身長からはかなりの高さのはずなのに、ケガした様子もなく起き上り、
ちょこちょこ走って裏側のほうに消えちゃったんですよ。

いや、そのとき見てたのはわたしの他に2人で、どちらも気がついた様子はなかったです。
だから、自分の幻覚かもしれないって思いました。
迷いましたけど、リンゴは一箱買いましたよ。
自分では数個しか食べませんでしたが、子供らはよく食べてて、
30個入りが一週間でなくなりましたよ。
おかしなことはなかったと思います。
家族にも「リンゴ切ったとき、変なことなかったか」って聞いてたんですが、
もちろんわたしのほうが変に思われました。でも、見たことをそのまま言うのもねえ・・・
リンゴの精なんてありえないですし、やっぱり幻覚だったんでしょうね。
すみません、こんな話で。

ゼリー

子どものときのことです。小学校にあがる前ですね。
その頃は家も貧しくて、長屋に住んでたんです。
長屋といっても時代劇に出てくるようなのじゃなく、
同じ作りの平屋が3軒くっついて並んでいる形でした。
近くには同じ年頃の遊び相手もいなくて、つまらないところでしたよ。
私は両親が共稼ぎだったので、遅くまで保育園に預けられていましたが、
日曜日なんかは家の中はせまいし、外で一人遊びしてることが多かったんです。
それで、帰ってきたときに、長屋の向こう端の家のおじさんが出てきて。
よくお菓子をくれました。透明のゼリーをサランラップに包んだ5cmくらいのもので、
それがすごくおいしかったんです。

口に入れると中でぷるんぷるん動くような感じがしました。
味は甘酸っぱくて・・・ちょっと例えるものが思い浮かばないんですけど、
レモン味の飴に少しだけハッカを加えたような感じだったと思います。
もっと食べたいといつも思ったんですけど、もらえるのは一個だけでした。
で、秋のある日だったと思います。
夕方遅めに帰ってきたら、その日は珍しくおばさんが外を掃いてました。
「○○ちゃん、今帰ったのかい。ちょっと待ってて」そう言って、中にとって返し、
あのゼリーをくれたんです。それがふだんと味が違ってて、
信じられないほどおいしかったんです。
私はすぐに食べて、お礼も言わずに「もう1個ちょうだい」って言ったんです。
おばさんのほうだったから気安かったのかもしれません。

おばさんは「まだあるけど、体に近いとこしかないねえ」そう言って私を手招きしました。
いっしょに家に入っていくと家の中は薄暗く、うちと同じ間取りの2部屋でしたが、
うちで寝室になってるとこは仏間だったんです。大きな仏壇がありました。
おばさんは「今、あげるからね」そう言って仏壇の戸を開けました。
・・・ここからは子どもの幻覚だと思って聞いてください。
裸の背中が見えたんです。たぶん男の子です。
痩せていて、背骨が筋になって浮き出してました。
下を向いてうずくまった背中にいくつも大きな穴が開いていて、
透明な液体が染みだしていました。おばさんはその液体の固まりかけたところを、
果物ナイフできりとって、仏壇の下からサランラップを出して包んで私にさし出しました。
「はい、とりたて」

こっからのことはよく覚えてないんです。気がつくとその家の中で泣いていたんですが、
畳にはべっとり埃が積もって、上のほうはクモの巣だらけだったんです。
長い間人が住んでいない空き家としか思えませんでした。
仏壇の戸は開いてましたが、半分壊れかけていて中には何もありませんでした。
私は泣きながら逃げ出しました。玄関の戸はきしみながらも開いたので、
私の家に走り込んだんです。ちょうど母がが夕食のしたくをしてるとこだったんで、
今見てきたことを話すと、
「端のお宅はずっと前から誰も住んでいないよ」と言われました。
その後いっしょに行ってみたんですが、さっき見たとおりの空き家だったんです。
私たち家族が越してくる前から誰も住んでいなかったということでした。
結局、あのゼリーや男の子が何だったかはわからずじまいです。

『リンゴの妖精』
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霊信仰について

2014.10.15 (Wed)
前々回(10/14)に書いた神道の話が拍手が多かったですので、
それに関連したことを書いてみます。
やや固い話になるかもしれません。
ですが、ここは基本的にはオカルトブログですので、できるだけ専門用語は避け、
内容もきちんきちんと根拠を付与して書くことはしません。
そのつもりでお読みください。
「霊信仰」という題にしましたが、
古代日本の宗教の歴史と考えていただいてもかまいません。
それから、現在はマルクス史観はまるで流行らなくなりましたが、
宗教の発生と進展は、人類における社会階級の歴史と切り離すことはできませんので、
この視点も含んでいます。

まず埋葬ということを考えてみましょう。
世界的には猿人・原人段階での埋葬例は確認されていません。
ネアンデルタール人(約10万年前)には死者の埋葬の例が多々確認されますが、
これをして死者が別の世界に行くという考えが生まれていたとは言えないようです。
亡くなった肉親に対し、その遺骸が獣などに傷つけられるのが忍びないという
心境によって行われたのかもしれないのです。
ただし、ネアンデルタール人では、女よりも男の埋葬例が圧倒的に多く、
単に遺骸を隠すということだけではなかったとする見解のほうが優勢です。
日本では、数は少ないですが旧石器時代の埋葬例が確認されています。
また縄文時代には屈葬という、手足を曲げた形での埋葬例が多くありました。
縄文時代においても、リーダーや宗教的指導者?と思われる特別な人が特別な形で
埋葬されている例は見られますが、これは弥生時代になってよりはっきりしてきました。

弥生時代には北部九州で甕棺と呼ばれる葬制が流行しましたが、
人によって副葬品の多寡の違いが出てきます。
さらに墓地は集落の一般民と有力者層の場所が分けられるようになります。
弥生終盤になると、
古墳と言われる土盛をした巨大な墓が近畿地方を中心に出現します。
このように、埋葬の歴史は社会階層の分化をはっきり表しているといえます。
もちろん縄文時代から、何らかの形の宗教があったと考えられています。
それが弥生時代、古墳時代と進むにつれて、より明確な形で現れてきたのです。
(ここまで前置き)

神道の話で少し触れましたが、日本の古代は(というか世界の多くの地では)
アニミズムと呼ばれる信仰があったと考えられています。
これは汎霊説とも呼ばれ、生物、無機物、自然の事象を問わず、
すべてのものの中に霊が宿っているとする考え方です。
原初の頃には、そこに人間と他のものの霊との高低の区別はなかったものと思われます。
むしろ雷などの強力な自然現象(ギリシア神話のゼウス等)
あるいは力のある猛獣(熊、狼等)は、
人間の霊よりも上に見られていたのかもしれません。

さて、弥生時代には水稲耕作が大陸よりもたらされ、
かなり早いといえる期間で列島各地に広まりました。
しかし当時の水稲耕作は、天候に左右される不安定なものであり、
また農業技術的にも単位あたりの収穫量は現在とは比べものになりませんでした。
水争いにより集落間での戦争も起こりました。
各地で損傷を受けた弥生時代の遺骸が発掘されています。
弥生時代の全食料における米の比率は半分以下であり、
依然として縄文から続く狩猟採集物は重要であったとする研究もあります。
このような中において、数ある精霊の中でも特に
「穀物霊(穀霊)」が重視されるようになってきました。
このことは様々な発掘例で見ることができます。

さらに、埋葬の話で書きましたが、家族、集落の構成員の緊密度が増すにつれて、
血筋、氏族の元となる祖先の霊ということが強く意識されるようになってきました。
これを「祖先霊(祖霊)」と言うことにします。
これもまたアニミズムの精霊の中では特別視されたのです。
霊と霊は交信できると考えられていたようです。
穀物の豊作を祈る場合も、直接穀霊に働きかけると同時に、
祖霊にお願いして、穀物の霊に影響を与えてもらうという考え方が生まれました。
「祖先に祈ることによって豊作になる」という形で、
穀霊と祖霊の信仰が結びついたのだと思われます。
現在の各地のお祭りでも、この考え方は生きているのではないでしょうか。

一方、集落の中では生産の余剰が生まれることにより、
身分の分化がいっそう進み、
高貴な血筋を持つと考えられる層が生まれました。
魏志倭人伝と呼ばれる「三国志魏書 東夷伝」(3世紀)は、
このように列島の状況を伝えています。
「下戸、大人と道路に相逢えば、逡巡して草に入り、辞を伝え事を説くには、
 あるいは蹲りあるいは跪き、両手は地に拠り、これが恭敬を為す。
 対応の声を噫という、比するに然諾の如し」

簡単に言えば、下戸(一般民)が大人(支配者層)に道で出会ったら、
草むらに平伏して恭順の意を示すということです。
この内容ががどこまで真実を伝えているかはわかりませんが、
それ以外の知見からも、それなりの身分差はあったように考えられます。

この首長層の中でも特に偉大であった人物に対して、
「首長霊信仰」というものが生まれたとする見解が多くなってきています。
偉大な首長は、集落全体から見ることができる巨大な前方後円墳に葬られ、
集落全体の守り神のような存在となったのです。
もちろん首長霊に祈ることで、穀霊にも強く働きかけることができます。
古墳上からは「共食儀礼」と呼ばれる儀式の遺構が発見されます。
これは、そこで有力者が会して食事を共にすることで、
亡くなった偉大な首長の力を受け継ぐことを目的とした儀式であった、
と考えられています。

このことは「偉大な首長の力を受け継いで支配権を与えられた」とも言えるでしょう。
素朴なものから発した穀霊、祖霊の信仰ですが、ここに至って、
民衆を支配するための一つの装置となった、
と考えることができるのではないでしょうか。
列島の各地でこのような力を持った大王が誕生し、
それらが統合されていって、最終的には今の天皇家につながるものと考えられます。
とすれば、当時の天皇が国の祭祀を統べる長であったのは当然の帰却なわけですね。
現在の新嘗祭などの行事が、
穀霊に感謝する形をとっているのもそうした理由からです。

ここまでは霊信仰のおおまかな流れについて論じてきましたが、
いくつか個々の信仰の例を見てみましょう。
弥生時代には近畿・東海地方を中心として銅鐸信仰と呼ばれるものがありました。
(それ以西には、銅剣・銅矛などの信仰があった)
銅鐸は、居住地からかなり離れた山中に埋められていることが多く、
埋めた状態で保管し、毎年掘り出して儀式に用いられていたとする見方もあります。
銅鐸には水に関連した紋様があることも多く、
耕作に関連した水の信仰であったのではないかとも言われます。
銅鐸には、シカ、鳥、トンボ、カエルなどの絵画が彫られていることも多いです。
銅鐸は弥生末のある時期にいっせいに姿を消し、古墳が作られ始めます。
これは銅鐸圏が他所からきた勢力に征服された証左だとする考えもありますが、
考古学的には受け入れられていません。やはり上記したように、
精霊信仰が首長霊の信仰に切り替わっていったと見るべきだと思います。

また鳥信仰と呼ばれるものもあります。
鳥形木製品(鳥竿)、鳥形埴輪の出土、絵画土器の鳥装シャーマン、古墳壁画に見る
古代船の舳先に止まっている鳥・・・様々な遺物に鳥のモチーフが登場します。
これにはいくつかの説が出ていますが、「鳥は、死者の魂を天上に運んでいく」
という解釈が有力なのではないかと思っています。
人の死によって、霊魂は別の国へと旅だっていくのです。
極楽でも地獄でもない、日本神話に見られる「根の国」のようなところへです。
これは「常世の国」「ニライカナイ」などとも通ずる概念でしょう。
それが仏教の影響を受ける前の日本の死生観だったような気がします。

『鳥形木製品』弥生時代


『銅鐸絵画』クリックで拡大





じいちゃんの話 3題

2014.10.14 (Tue)
峠の猿

俺のじいちゃんが若い頃の、村での話なんだがいいかな。
じいちゃんが30代くらいのときだな。郵便局に用があって近くの集落まで出かけた。
たいした距離ではないんだが、近道するには峠を越えなくちゃなんない。
しかし峠といっても、これもたいした山じゃない。
林の中の砂利道を上ってると、道ばたに猿の死骸が落ちてた。
野生動物の死体ってのは、そんな人通りの多いとこじゃ珍しかったんだ。
すごい腐臭がして、死んでからだいぶ時間がたったもんだろうと思った。
寄って見ると仰向けの大の字になってたが、なんと顔に目がなかったっていう。
鼻や口は普通にあるが、目の部分は皮膚に覆われてて何もなし。
体から汁が出ていて、ウジがわき虫が集まってたそうだ。

背中がぞくぞくしたっていうが、そりゃそうだろう。
奇形かとも思ったが、猿の体は成獣のそれで、
目のない猿が群れの中でそこまで長く生きられるとは思えなかった。
気味が悪くて早々にその場を離れ、帰りは下の道を帰ったそうだ。
で、その日の午後に町会の例会があって、それは月に2度、
酒を飲む口実みたいなもんだったらしい。案の状その日もたいした話はなかった。
コップに日本酒がつがれる頃になって、
じいちゃんは隣に座った仲間に峠の猿の話をした。
そしたら両脇のうちの、独身の一人が「俺は今日そこ通ったが、そんなもんはなかった」
っていう。時間を聞いてみたら、じいちゃんが通る10分ほど前だ。
でも、じいちゃんには猿の死骸はずっと前からあったように思えた。

それで言い争いになって、そいつと一緒に見にいくことになった。
時間は9時過ぎ。峠の頂までは往復40分ちかくかかるが、
酔い覚ましにはちょうどいいだろうってことで、
暗い中を懐中電灯を持って2人で出かけた。
猿を見たあたりに近づくと、やはり腐臭がしてきた。
「ほら臭うだろ」「いんや、臭わねえ」 こいつ意地張ってるなと思った。
で、確かにじいちゃんには猿の死骸が見えたんだよ。
懐中電灯で目のあるはずのあたりを照らしたら吐き気がしてきた。
「ほらこれだ」じいちゃんが指さすと、
連れは「ねえよ。虫がいるだけでただの草むらじゃねえか」こう言ってそこらを踏んだ。
猿の体が踏まれて動くのがじいちゃんには見えたそうだ。

しかし連れは「ねえだろ。なんもねえ」さらに力を込めてどこんどこん踏んだんだ。
これ以上言うとケンカになると思ってじいちゃんは黙った。
そっからは口もきかないで帰ってきたんだそうだ。
で、その知り合いは3ヶ月後に木の切り出し中、大木の下敷きになって死んだんだよ。
折れた枝が刺さって顔がつぶれたひどいありさまで、
すぐに火葬しなければなんないほどだった。
葬式があって、それからもときどき線香をあげにその家に通ってたんだが、
だんだん腐臭を感じるようになった。
その家には50代の母親しか住んでなかったから、じいちゃんが頼まれて家の中を調べた。
そしたら天井裏に入ったとき、ぐずぐずに崩れた猿の死骸を見つけたんだよ。
大きさはあの峠で見た猿と同じくらいだったが、顔にはちゃんと両目があったそうだ。

襖の血

これも今のと似たような話なんだ。じいちゃんが50代かな。家に嫁、俺の母親だな。
これを迎えるってんで、家の改装をした。そんときに襖も貼りかえたんだよ。
華やかなのがいいだろうってんで、町の表具師に頼んだ襖は椿の絵柄にした。
ところが、それから襖絵が気になるようになった。
夢を見るんだ。その襖にザザッとばかりに血がしぶく、ただその場面だけをくり返し見る。
いや、その襖の椿の花は白で、血を連想させるようなもんじゃなかったらしい。
それで、思い切って売っぱらっちまおうかと思ったそうだ。
じいちゃんは家長だから、そのあたりの判断は一人でどうにでもなるんだが、
いちおう家族にも相談したら、俺の母親が、
「そうしていただくとありがたいです。襖絵がなんだか気味が悪くて」
こんなことを言ったらしいんだ。

それで、表具師に引き取ってもらうことになったが、
金は払ってもらえず、新しく入れる襖の代金を安くされただけだったそうだ。
でな、「俺としたことが、たかが夢ぐらいで損を引いたか」と思って、
母親に「なんであの襖が気味悪いとお持ったかね」ときいてみたそうだ。
そしたら母親が言うには、
「あの襖絵から、夕暮れ時になるとたらたら赤いものが畳にこぼれてきて、
 拭こうと思ってぞうきんを持っていったら消えてなくなっていた。
 そういうことが数回あった」
それで、どういうことかはわからないが、
やっぱりあの襖は悪いもんなんだろうって納得してた。
それから2年もたった頃、町で殺人事件があったんだよ。

若い嫁さんがその家の姑に色恋をしかけられて、包丁で姑を刺したっていう。
このことは新聞にも載ったし、町はおろか県内でも殺人なんてめったにないとこだったから、
じいちゃんも当然話は知ってたし、あれこれ噂もしたらしい。
ただ、そこの家が表具師からあの襖を買っていった家だってことは、
長年知らずにいたっていう。ま、新聞に現場写真が載ったわけでもないだろうしな。
それが何年かたって寄り合いでたまたま表具師と飲んだときに、
そこが襖を買い取った家だってことを聞かされたんだ。
さあね、襖に血が飛んだかは、表具師も知らなかったようだよ。
あと、これをしゃべっていいもんかどうかわからないが、母親にもこのことを聞いたんだ。
じいちゃんが亡くなった後だけどな。母親は、
「そうね、あの襖は怖かった。・・・それとあの頃のおじいちゃんも」 ぽつんと、
こう答えたんだよ。

山ナシ

最後の話だ。これはじいちゃんがとうに亡くなって、俺が50代になったばかりの頃だな。
その時分にはもう米作りはやめてて、建設現場に毎日出てたんだ。
それが10月に入った朝の出がけ、家の門を通ったあたりで、
コンと頭に何かが落ちてくるんだ。もちろんそんときはヘルメットはかぶっちゃねえ。
でね、地面を見ると何も落ちてないんだ。上は何もねえ空だよ。
3日、同じことが続いた。まるでねらってるみたいに、俺の頭の天辺にコツン。
おかしい、何かあるなとは感じてたが、その晩に夢を見た。じいちゃんの夢だ。
じいちゃんは死ぬ直前の年ごろで、にこにこ笑いながらコップ酒を飲んでるんだ。
コップの中にころんと見えるのはサルナシで、
じいちゃんは秋口になると山でこれを拾ってきて、焼酎に漬けて酒をこさえてたんだ。

じいちゃんはコップを干すと、一杯機嫌の顔で、
○○と俺の名を呼び、「裏門から出て、お諏訪さんへ行け」って言う。
ここで目が覚めた。お諏訪さんてのは、ここらの氏神になってる諏訪神社のことだ。
でね、その日は朝早く、夢でのとおりに裏口から出た。
例のコツンはなかったよ。そのまま誰もいない道を神社まで行った。
それでな、神社の一番鳥居をくぐったところでコツンが来たが、玉砂利を見ると、
サルナシが一個落ちてたんだよ。まだ熟れてない固いやつだった。
それを拾って境内に入っていったら、神職が早起きして枯葉を掃いてた。
そのサルナシを渡し、夢でみたことやら事情を話して、
お祓いをしてもらったんだよ。

もちろんその後で仕事に行ったんだが、山の造成をしてたんだ。
俺はショベルカーの免許を取ってて、その日もそれに乗るはずだった。
ところが急に配置換えがあって俺はコンクリ練るほうにまわされ、
重機は別のやつが乗ったんだ。
でな、事故が起きたんだよ。突然地面が陥没してショベルは横転し運転手が亡くなった。
ああこのことだったんだな、ってわかったよ。
でなあ、俺なりに考えてみたんだが、じいちゃんには何か先のことを見通せる力があって、
ただそのことを本人は知らなかった。知らないんだが、
目ん玉のない猿とか襖にかかった血とかの形になって現れてきたんじゃないかってな。
死んだ後も俺を気遣って教えてくれたんだろう。
それにしても怖いと思うのは、俺らの他の誰かが必ず死んでるってことだよ。




異能者たちの系譜2

2014.10.14 (Tue)
前回、やや中途半端なところで終わってしまったので、続きです。
黒魔術からでした。

19世紀頃の西欧では、迷信、悪魔崇拝、神秘学や神智学、心霊主義なんかが
ごちゃごちゃに入り乱れていたんですが、(なぜそうなったのかは、自然科学の発展、
特にダーウィンの進化論により、キリスト教が力を失ったことが大きい)
これらから魔術を体系的にまとめていったのが、
近代魔術の祖と言われるエリファス・レヴィでした。
レヴィの影響から、黄金の夜明け団などの魔術結社、アレイスター・クロウリーなどに
つながっていくという流れだと思います。

エリファス・レヴィ Wiki

近代西洋儀式魔術 Wiki

怪談に西洋魔術師を出すのは難しいですよね。
ファンタジーっぽくなってしまいます。
あえて例をあげると、古賀新一氏の漫画『エコエコアザラク』とかになるんでしょうか。
主人公の黒井ミサは黒魔術を操る女子高生だったはずです。
一般に、西洋的なものは怪談に使うのは難しいです。
悪魔、吸血鬼、狼男、黒魔術師、妖精・・・
藤子不二雄Ⓐ氏の『魔太郎が来る!!』なんかも、あれは魔族なんでしょうが、
話としては、現実感を欠いた一種独特の雰囲気になってしまいますね。

神道系

神道系の神主さんは、よく怪談に登場します。
お寺さんとどっちが多いんでしょうかね。
神道の概念は茫洋としています。これには大きく二つの理由があると考えます。
一つは八百万の神がまします、と言われる多神教であること。
神々は自然や自然現象、亡くなった偉人が祀られたものなど多様ですが、
それぞれの属性が大きく異なっていて、上下関係などもはっきりしません。
同じ多神教でも、ギリシア・ローマ神話などでは神々の序列がきっちりしてるんですが、
日本神話では天照大神が最高神なのかというと、疑問だらけになってしまいます。

もう一つは、神道にはキリストや釈尊のようなカリスマ的創始者がなく、
(キリスト教の神はもちろん天地を創造する前から在るわけではありますが)
聖書のような教典もないことです。
あえて教典をあげれば『古事記』や『日本書紀』などでしょうが、
これらは8世紀に成立した書物で、
どれだけ原初の神道の様子を伝えているのかは疑問があります。
神道はそもそも、どういう形で成り立って、
何を目的とするのかもよくわからないんですね。
ですから他の宗教のように、積極的に布教するという態度も見られません。
「ハレ」と「ケ」、「穢れ」と「清め」なども簡単に論じられるものではありません。
考古学的な知見が必要です。自分は大学で考古学を学びましたので、
弥生時代の宗教的な知識を少しずつ溜め込んでいるところですが、
先は長いです。

あと、奈良時代以降、神道は仏教と混交しました。
神道の神は仏教の神が姿を変えたものであったとされるのです。
例えば、弁天様はヒンドゥーの女神サラスヴァティーであると同時に、
神道の宗像三女神の一人である市杵嶋姫命でもあるという具合です。
歴代の天皇も、神道の最高の祭祀者であったわけですが、仏教の隆盛により、
死後は火葬され、葬儀も仏式でとりおこなわれるようになります。
以後、この形がずっと続いていたのですが、江戸時代になって国学が興り、
神道が見直されるようになります。
平田篤胤らによって「かむながらのみち」が日本の古来の精神であったとされ、
これが明治維新の尊王攘夷運動のイデオロギーに取り入れられることとなったわけです。
ここで「復古神道」が産み出されました。

復古神道というのは、あくまでも「復古」であり、
原初神道を正確に再現したものではありません。正確に再現することは、
上記したように、日本は長らく文字による記録がなかったため不可能なわけですね。
加えて、復古神道には皇道の正当性を天下に示して、
天皇を祭祀の中心に戻すという政治的な役割がありました。
この理念を元に、神仏分離、廃仏毀釈、神道国教化が推進されていったんです。
ですから現在の天皇の国事や神社の神事には、
この江戸末から明治期にかけて決定されたものもかなり混じっているんですね。
さらには、太平洋戦争の敗戦により、GHQによって国家神道の政教一致は解体され、
ここで作法などもまた変化を余儀なくさせられてしまいます。

このような紆余曲折を経て存在しているのが現在の神道です。
ですから怪談に神道的な儀式を取り入れる場合も、
何をどうすればオカルト的に効果的であるかはよくわかりません。
怪談に出てくるお祓いも、現在のイメージをもとにして、
榊を振って祝詞を唱えたり、鈴を鳴らしたりの描写がされているわけです。
とはいえ、フィクションで登場する神道的なキャラクターは数多いです。
完全な神社神道でなくとも、その影響が見いだされる作品は枚挙にいとまがないほどで、
ここまで書いたような変化の歴史がありながらも、
やはり日本人としては最も自然な感じを受けるんではないでしょうか。

関連記事 『異能者達の系譜』

『祓い』






子ども 3題

2014.10.13 (Mon)


営業の帰りな。会社に戻るまで少し時間があったから、
住宅街の公園のベンチで缶コーヒーを飲んでたんだよ。
したら、4歳くらいかなあ。俺は子どもいないし嫌いなんででよくわからないが、
ズボン吊りのついた黒の半ズボンに白ワイシャツの、
付属幼稚園の制服みたいのを着た男の子が、
70過ぎと思える婆さんに手を引かれて前の道を通りかかったんだよ。
ていうか子どものほうが元気で、婆さんを引きずって歩いてるような感じだったけどな。
婆さんは目を伏せて、泣きそうな顔にも見えた。
ちょうど植え込みのサツキが咲いてる時期のことだ。
その子は目鼻立ちは整ってるんだけど、頭の天辺がとんがってて、
髪の毛がまばらにしか生えてなかったんだよ。

なんか可哀想な病気の子なんじゃないかと思ったね。
そう考えた理由は他にもあって、
その子は道々「ハチ、ハチ」とでかい声で連呼しながらやってきたんだよ。
無表情で、声は普通だった気がしたけどな。
「八」じゃなく「蜂」って言ってるんだと思った。
で、2人が近くまで来たとき、蜂の羽音が聞こえてきたんだよ、「ブゥーン」って。
音が聞こえるくらいのはスズメ蜂とか熊ん蜂とか大きい危険なやつだろ。
死者が出ることもあるのを思い出した。その音は婆さんにも聞こえてるみたいで、
おびえたように、頭を下げたり周囲を見回したりしてたな。
俺も少し怖くなって植え込みのあたりを見たんだけど、
蜂の姿はなく、どっから音がするのかもよくわかんなかった。
で、病院騒ぎにでもなったら嫌だから、ベンチから立ってサツキの側を離れようとした。

そのときちょうど2人が横にきて、子どもがこっちを見たんだよ。
さっき目鼻立ちが整ってるって言ったけど、目の焦点が合ってなかった。
顔は俺のほうを向いてるんだが、俺を見てるわけじゃないって感じで。
その子どもは、にやっという感じで笑って口を開けたんだ。
そしたら、これは確かに見たんだが、小さな口の中に熊ん蜂がいたんだ。
俺のほうに頭を向けた熊ん蜂が、子どもの口の内側には触れずに羽搏いてた。
子どもは蜂を入れたまま口を閉じ、前を向いて婆さんを引きずってったよ。
で、翌日の地方紙に、市会議員の家の庭で、
使用人の婆さんが、蜂に刺されて死んだってニュースが出たんだ。
写真が載ってたわけじゃないから、このときのことと関係があるかわからないがね。
ただ・・・俺と同じだろう子どもの、不思議な話を知ってる人がいたんで次に出てもらう。

猫の群れ

事務機の販売会社に勤めています。残業で遅くなって終電で帰ったんです。
自宅のある駅に着いたときは12時少し前だったと思います。
そっから自転車に乗ったんですが、住宅地ですから人も車もほとんど通ってなかったです。
でも、そのあたりは治安もよくて、変質者なんて話も聞いたことはなかったですけど。
10分もあれば家に着きます。最後の角を曲がって、あと数百mというとき、
横の家の塀の上に何か黒いものが内側から跳び上がったんです。
大きくはなかったので、猫だろうと思ったんですが、
次々と何匹も塀の上にあがってきて一列に並んだんです。
猫好きなので、自転車を停めてどうなるのか見てよう思いました。
街灯の光があたる場所にも出てきたのんですが、それがとても異様なものでした。

確かに猫なんですが、毛並みがグチャグチャに乱れてて、
タールの中に落としたような感じで固まってたんです。それだけじゃなく、
足のうちの2本の肉がなくなって白く骨が突き出ていました。
片目だけ見えたんですが、それが・・・煮た魚みたいに白目しかなかったんです。
「何これ!?」と思いました。
そのとき、列の先頭、塀の曲がるところに猫よりも大きな影が跳び上がりました。
暗いんですが、その影は白々としてて裸の人間だと思いました。
小学校以下の人間の子ども・・・
影は道路に飛び下りると街灯の光の下に出てきたんですが、
頭頂部が奇妙な形に尖っていたんですよ。

子どもは一瞬こっちに顔を向け、その年齢とは思えない素早い動きで、
道の反対側の塀に入り込んだんです。
猫の群れがその後に続いて・・・十数匹いたと思います。
それがみな、死んだ猫なんですよ。どれも毛並みが乱れてて、
足がないのや頭が欠けてるのもいました。なのに普通の猫と同じように素早く動いて・・・
呆然と見ていましたが、最後の猫が消えたところで我に返って、
とにかく家まで全力で帰ろうとしたんです。
そしたら、後ろから車が来ました。大きな黒いSUVでとてもスピードを出していて、
あっという間に私を追い越して停まったんです。
中からばらばらと4人人が出てきました。白い上下のつなぎの服を着ていて、
あの・・・街宣車って言うんですか、あれに乗ってる人みたいでした。
路上に立ち止まって私のほうを見ていましたが、また車に乗って走り去ったんです。

大猫

なあ、不気味な話だろ。これは絶対嘘じゃねえよ。
今夜出てきた3人は前からの知り合いじゃねえ。たまたまネットで地元のSNS参加してて、
この頭の尖った子どもの話題が出て、同んなじものを見たんじゃねえかってことになった。
実際に会ったのは今日が始めてなんだよ。
あ、俺が見たのは2人の話の年の2月だよ。地元の建築会社で夜にブルで除雪してたんだ。
市から請け負ってるんじゃなくて、法人から頼まれたやつ。
で、そのときはある貿易会社の倉庫の駐車場に入ってた。
港の近くだからそんなに雪は積もらないんで3日おきくらいだな。
そういうのが夜の間に5件ほどあったんだ。
あらかじめ入り口のチェーンは鍵かけないようにしてあったんで、
ブルから降りて外そうとした。

そんときにね、駐車場の雪の上に何かが立ってるのが見えたんだ。
雪は降ってなかったよ。月が冴え冴えと明るい晩だった。
大きいもんだった。3mはあったと思う。
全体としては人の形・・・というか、立ち上がった猫の形にも見えた。
もちろんそんなのがいるわけはねえから、いつの間にかこさえたオブジェがあるんだと思った。
いや、雪で作ったとは考えなかったな。黒っぽかったし、なんか複雑にでこぼこしてたから。
これを残して周囲を除雪すればいいのか、こんなの聞いてねえぞ。
そう考えながら近づいていったら、そのでかいのが動いたんだ。
立ってたのが、うつ伏せの四つ足になった。
「まさか生き物か?」ドキッとしたよ、そりゃ。
ブルに戻って懐中電灯を出して照らしてみたんだ。

そしたら、光があたったところに小さい猫の顔みたいのが見えた。
その横にも・・・何て言えばいいんだ。つぶれた猫の死骸が固まって、
一匹の大きな猫を形作ってる?3mもあるんあるんだから、何十匹、百匹以上かもしんねえ。
そんなものがあるか?心底ぶるったが、体が固まったように動けなかった。
で、倉庫の裏手から今度は白い小さいものが出てきたんだよ。
人間の子どもだと思った。それも裸の。
前の人たちが言ってたのと同じくらいの年ごろ。
その子は大猫の横に来て、飛び上がるようにして背中に跨ったんだよ。
大猫が動き出し、俺のほうに近づいてきた。
逃げなきゃ、と思ってブルの陰に入ったんだ。大猫はブルの横を通り過ぎ、
背中の子どもの横顔が見えた・・・頭が奇妙に尖って、仏像みたいだったよ。

大猫はそのまま駐車場を出て、海のほうに走り去って行ったよ。
何がなんだかわからなかったが・・・仕事だから除雪はした。
そんときに大猫の足跡を形態のカメラで写真に撮ったからあとで見せる。
猫の足跡の形にはなってないから、棒とかで作ったって言われるかもしんねえけど。
でな、朝方会社に戻ってブルを車庫に入れてから日誌を書くんだよ。
少し迷ったが倉庫で見たもののことも書いたんだ。
そしたら、次の日は非番なんだが、夕方連絡があって会社に呼び出された。
社長室に顔を出せって言われて、行ってみたら社長が日誌持ってて、
俺が書いたページを破いて丸めたんだよ。それをなんと食っちまった。
でね、「死にたくなければしゃべるな」一言だけ言われて封筒を渡された。
封筒は分厚くて、後でトイレで見たら100万入ってたんだ。




2014.10.12 (Sun)
2週間前のことです。土日の2日、工場が連休になったんで、
土曜日に寮の仲間2人と心霊スポットに行ったんです。
もち男ばっかです。場所はK県の、山に近いところにあるレジャーランド跡地。
ネットで見つけたんですよ。まだお化け屋敷の建物が残っててかなり怖いって。
うーん、人形とか転がってて確かに怖かったですが、変なことは特になかったと思います。
女連れじゃなかったから、「ま、こんなもんか」って感じですね。
人はいなかったですよ。ホームレスが住んでるって話も見たんですが、
そんな気配はなかったです。

屋根のかかった建物はあるにしても、周囲に店なんてないし、
あれじゃあ食料調達が無理でしょうね。見物に来てるのも俺たちだけ。
長居はしませんでした。なんかね、そこにいると気分が落ち込むんです。
廃墟だからってことより、俺らは何やってるんだろうみたいな気がして。
俺たちの寮のある市からは車で2時間。
昼過ぎに出発したんで帰りは日が暮れかけてました。
ああ、車です。ダチの一人が中古のランエボ持ってて、それ乗って。
ドライブがてらだったんで、帰りは行きと別のルートをとったんです。
林の中をえんえんと走るような道。いや、林道じゃないです。
あたりにほとんど建物はないのに道路はけっこう立派でしたね。

30分くらい走って、4時過ぎたあたりで腹が減ってきました。
これはダチらも同じだったようで、どっか店見つけたら入ろうって話したんです。
ちらほら民家も見えてきたし、ドライブインみたいのがあるんじゃないかって。
でね、10分もしないうち、右手に店が見えました。
ドライブイン・・・なんでしょうね。
建物はこじゃれた感じで、喫茶店にも見えましたけど。
入ると、だだっぴろい駐車場の奥にポルシェが停まってたんです。
それもただのカレラじゃなくターボのやつ。近寄ってよく見たいと思いました。
それはダチらも同じだったようですが、店がガラス張りで、
中から外が見えると思ってやめたんです。反対側にランエボを停めて降りました。

そんなに広い店じゃなかったです。カウンターにテーブル席が10くらいあったかな。
内装もしゃれた感じで、こんなとこで商売になるのかと思いました。
一番奥の席に2人先客がいて、客は俺たち以外それだけ。
この人たちがポルシェに乗ってるんだと思ってチラ見したら、男女2人で、
男のほうは50代くらい、女は20前後かなと思いました。
いやあ、親子なのかカップルなのかわかりませんでした。
何でかっていうと、日本人じゃなかったんです。
2人とも異様なほど色が白くて。男は白髪でしたから50代って言ったんですが、
しわはほとんどなかったです。女のほうはプラチナブロンドってやつで、
すごいきれいな人でしたが、服装が・・・黒のジョギングエア上下だったんです。

化粧はしてなかったですが、スポーツ選手って感じでもなっかたですけどねえ。
なんとなくロシア人じゃないかと思いました。しゃべるのを聞いたわけじゃないから、
単に色が白いところからの連想なんですけど。
食事は終わったのかテーブルにはコーヒーだけで、2人で静かに飲んでました。
で、俺らは全員カレーを注文したんです。高くはなかったですが、量も少なかったんで、
その後パスタも食いましたよ。でね、なんとなくその場の雰囲気に押される感じで、
ボソボソ行ってきたレジャーランドの話をしながら食ってました。
俺は外人2人が見える位置に座ってたんですが、
ふっと店の天井のほうから紙が降ってきたように見えました。

ん?と思ってると、それは空中でヒラッと方向を変えて、
外人の男のジャケットの肩に落ちたんです。
でかい真っ白な蛾でした。大きい蛾ってたいがい複雑な模様があるのに。
カイコガみたいに白いのがジャケットにさわったとたん、ポトッと床に落ちたんです。
ピクリとも動きませんでした。始めから弱ってたのかもしれません。
男は気がついたようで、椅子を引いて足をずらしポケットからハンカチを出して・・・
捨てるのかと思って見てたら、そのままポケットにしまったんですよ。
そのときは「うわー、気持ち悪いな」くらいにしか感じなかったんですけどね。

やがて2人は起ち上がり、店の主人に目で合図して勘定を払わず出て行きました。
それで、店の関係者・・・オーナーとかなのかと思いました。
15分ほど遅れて、俺たちも食い終わって車に乗り込みました。
まだそれほど暗くはなかったです。運転してるダチが、
「時間かかりそうだから高速に上がるわ」と言って、細い横道に入りました。
で、5分ほど走ると前方に赤色ライトがたくさん点滅してるのが見えたんです。
事故があったようで、紅白のコーンが立てられ警官が2人車の誘導をしてました。
片側通行です。数台のパトカーにはさまれた場所に横転してたのは
さっきのポルシェでした。車は俺らのしかいなかったんで、指示にしたがって
反対車線に出て通り過ぎようとしました。

ポルシェのルーフがこっちを向いてましたが、
ボンネットはほとんど傷ついてないのに、屋根だけべっちゃりとつぶれてたんです。
それと、道路に大量に白い液体がぶちまけられていました。
牛乳か何かだろうかと思いましたが、でもそんなもんポルシェに積みますか?
液体は反対車線まで流れ出し、俺らのランエボもその上を踏んで通過しました。
「あのポルシェ、さっきの外人のだよな」ダチの一人が言い、
「あんだけ屋根がつぶれてれば生きちゃいないだろうな。
 でもよ、単独事故であんなになるかフツー」
「縦に半回転してルーフから落ちたとか?」
「すげえスピード出していきなり急ブレーキかけたとかかな」
「それくらいしか考えられないが、動物の飛び出しか?」

こんな会話になったんですが、運転してるやつが口を開いて、
「変だよな。パトカーは異様に数多かったが、救急車もレスキュー隊も来てなかった。
 あのつぶれた車体から人を出すのは警察だけじゃ無理だろ」
「だよな。それとあの牛乳何なんだ?」
「すげえ量だったよな。ポルシェにドラム缶でも積んでないとああはならん」
「わけわからんな」
「上から超大量の牛乳がじかに降ってきたのかもしれんぞ」
「んな馬鹿なことあるかよ w」 で、この後、
「あれじゃあ2人とも絶対生きてないよな」「女、ありえない美人だったじゃん」
不謹慎なことも話してたんです。

現場から5分ほど走ったあたりで、フロントガラスに白い何かがぶつかり始めました。
かなり大きな羽のある・・・さっき見た蛾だと思いました。
「あー、なんだコレ」とか言ってるうち、
いきなりガラスに外からシーツをかけられたようになったんです。
「おい、前見えねえぞ!」蛾の群れに包まれたんだと思いました。
窓は全部薄白くなって、まったく視界が効かなくなりました。「クッソ!何だよコレ」
運転してるダチが叫んでハンドルを少し左に切り、ブレーキを踏みました。
車は止まったんですが、そのときゴゴーという轟音がして、車の中が緑色になりました。
強力な緑のライトに照らされた感じで、
ガラスに重なって張りついてる蛾の羽も緑に透けたんです。

「何かが車の上を通ってるんじゃないか!」もう目を開けていられませんでしたが、
まぶたをきつく閉じても緑色が見えました。
ゴーという音は、ドガガーンという爆発音になり、1分ほどして音も緑の光も消えました。
そしてそれに少し遅れて、蛾の群れもどこかに飛び去ってしまったんです。
車の外に出てみると、路肩のガードレールすれすれに停まってました。
「何だよ、何だよ、何だよコレは?」
ランエボの車体には薄黄色の粉・・・たぶん蛾の鱗粉だと思います。
それが火山灰みたいに積もってたんですよ。
気味が悪いんで、途中でガソリンスタンドに入り洗車機で洗い流しましたよ。
ただね、エンジンルームなんかにも粉が入り込んでたんで、それを、
高校の同期生のつてを頼んで、ある大学に分析に出してあるんです。

それから高速に乗って、ほうほうの体で帰ってきたんです。
でね、事故なんですが、テレビはもちろん、地元紙でもネットでも報道がなかったんです。
どういうことなんでしょうか?
次の日曜も遊ぶ予定を立ててたんですが、
3人とも体調が悪くて朝起きられなかったんです。俺ら同じ寮に住んでますからね。
吐き気がとめまいがして立ってられなかったんです。
それでも、月曜の朝にはなんとか仕事に出られるくらいには回復しました。
3人で1日交替で時間をもらって病院にも行きましたよ。

でも、耳とか血液検査とかしても異常はないって言われたんです。
まだ、体調は悪いです。ですが、それより・・・
おとといの日ですね。寮の部屋に帰ってきて、カーテンを閉めようとしたとき、
窓の外側にあの白い蛾が一匹だけ張りついてたんです。
驚いて後ずさると、振動を感じたのか蛾は逃げていきました。
しかもね、その蛾を見たのは俺だけじゃなく、残りの2人の部屋にもいたらしいんです。
どういうことでしょうか? 
あまり気味が悪いんで、ここの噂を聞いて話しにきたんですよ。






異能者たちの系譜

2014.10.10 (Fri)
怪談にはときおり異能者が登場します。例えば霊感を持つ友人とか、
罰当たりなことをした主人公をしかりつけ、霊を祓ってくれる和尚さんとか。
これらの人の登場には賛否両論があります。
霊能者を登場させるとたちまち嘘くさくなる、と嫌う人は実話怪談フアンには多いです。
一方、どうせ幽霊なんか嘘なんだから、
霊能者が出てきても別にかまわないと考えるむきもあります。
ただ霊能者を出すことで、より話が創作的、小説的になることは確かでしょう。
自分的には、創作宣言もしていますし、
一つ一つの話の中の現実感はそれぞれ異なるように書いています。
ですから異能者が出てくる話もあります。
では、霊能者、異能者はどんなタイプがあるのだろうか、というのが今回のお題です。

仙道系

仙道者とは仙人になるための修行をする者ということです。
つまり肉体的な不老不死を得、自在に空を飛ぶなどの通力を有することを目指します。
日本では「久米の仙人」の話が有名ですが、
これは天平年間に大和国吉野郡竜門寺の堀に住んでいた人物で、
飛行の術を行っていたが、久米川の辺で洗濯する若い女性の白い脛に見ほれ、
神通力を失って墜落してしまったという逸話があります。
脱俗していなくてはならない仙人をも惑わす、
女の色香がテーマになっているわけですね。

仙道(神仙思想)と道教は大部分で重なりますが、少し違っているところもあります。
この違いはかなり難しく、中国の古い書物を引用して説明しなくてはならなくなるので、
ここでは割愛させていただきます。
赤松子、王子喬などの有名な仙人は道教の神として祀られています。
仙人になるためには、仙骨という生まれながらの素質が必要と言われることがあります。
仙人になる方法としては、内丹術が知られています。
現代小説に出てくる仙道修行者としては、
夢枕獏氏の『闇狩り師』シリーズに出てくる”ミスター仙人”九十九乱蔵が有名ですね。
仙人には痩せ枯れたイメージがあります(内丹術を用いていればまずそうなる)が、
乱蔵は慎重2m、体重145kgの巨漢です。

陰陽道系

日本独自のものです。
中国で生まれた陰陽五行説を元にした教えで、古代にあっては、
天文道、暦道などと並ぶ当時の最先端の科学(に近いもの)であったと言えます。
陰陽道で祀られる泰山府君は、中国の泰山信仰にまつわる道教の神でもあります。
ところで、日本では中国の民間信仰である道教を取り入れることに対して、
妨害する勢力があったという説があります。
けして多数派とは言えませんが、自分はこの説をけっこう支持しています。
陰陽道は、道教の中で特に取り入れることを許された一部分である、
と見ることもできるのではないかと思います。
最も有名な陰陽師は、言うまでもなく安倍晴明で、数々の現代作品に登場しますね。
またライバルの民間陰陽師、道摩法師(蘆屋道満)や、
その師である賀茂忠行・賀茂保憲父子も名が知られています。

密教系

密教とは「秘密の教え」を意味します。一般的には大乗仏教の中の秘密教を指し、
密教は「秘密仏教」の略であるとも言われます。
インドに長い歴史のあるものですが、
日本では伝教大師最澄、弘法大師空海が唐より、中国経由で持ち帰りました。
空海と最澄は史実的にライバル関係にありましたが、
伝説の弘法大師には、守敏大徳という呪術合戦の相手がいます。
これは上記した安倍晴明と道摩法師の話によく似ています。
フィクションに出てくる密教者のイメージとしては、
印を結びマントラを唱える姿が一般的で、代表的なキャラクターとしては、
荻野真氏の漫画『孔雀王』の主人公、孔雀が有名でしょうか。

やや話がそれますが、最近、中国明代の伝奇小説『封神縁起』を読み返しました。
これには後半で孔雀明王が登場して、仙人たちをさんざん苦しめます。
仙人たちが五色光で多数生け捕りにされて進退窮まったとき、
西方からその正体を知るものが現れ、
明王を孔雀の姿に戻してインドに連れていきます。
仏教の神は「次元の違う者」として、
中国の仙人には対処することができないという部分が面白いなあと思いました。
密教自体は大変に難しく、自分も細部はほとんど理解できていません。
(というか弘法大師のような大天才でないと、理解には一生かかる?)
昨日書いた「封印2」に登場する若い男は、
金剛杵(独鈷杵)らしきものを用いているので、密教者なのかもしれませんね。

その他の仏教者

日本にはたくさんの仏教宗派があるのですが、
密教以外、例えば日蓮宗や禅宗の修行者が
活躍するフィクションはあまりありません。
・・・とここまで書いて、「一休さん」を思い出しました。
一休禅師とも呼ばれるように、臨済宗の禅僧です。
まあしかし、とんち話は幻想文学とはまた異なりますので。
やはり密教とは違って、宗派の小道具や呪文が知れ渡っていない分だけ、
フィクションに登場させるには難しい面があるのかもしれません。
ちなみに、前に書いた『累が淵』の怨霊を鎮めた、
江戸時代を代表する霊能者 祐天上人は浄土宗の僧ですね。

黒魔術系

これもなかなか難しい概念です。
一般的には、呪術で悪霊の力を借りるなどして、
相手を呪う術はすべて黒魔術にあたるとされます。
また、これと対置する概念が白魔術であると思われがちですが、
黒、白は術者の意志、目的によって違うだけであり、
魔術をそういう形で分類をするのは無意味という考え方があります。
呪い系の黒魔術を操る者は現代のアフリカ、南米などにも存在しますが、
きりがないので、ここでは置いといて、
キリスト教と黒魔術の関係を述べてみましょう。

もともと欧州世界にはキリスト教以前からの土着宗教があり、その名残は、
「黒猫が前を横切ると~」とか「赤ちゃんには銀のさじを~」とか、
そういう部分に残っています。
この間、仕事で関係があるアメリカ人に、
日本の「節分」を説明するという経験をしましたが、ある程度話すと彼は、
「Oh! superstition(迷信)」と言って一人で納得していました。
これはキリスト教に迷信として押さえつけられながらも、ずっと生き残ってきた部分です。
『グリム童話』などに見る妖精や侏儒が出てくるような世界観で、
これを押し進めていったのが『ハリーポッター』シリーズだと思ってます。

キリスト教には「魔女狩り」という暗黒史がありますが、
当時魔女とされた人々は、基本的には上記した土着信仰の担い手で、
薬草や助産術などの知識を持った人たちであったと思われます。
これを当時のキリスト教は悪魔の力を借りる者として貶めたわけです。
ここで悪魔と関連付けられたために、魔術の概念が大きく変わってしまいました。
現在の黒魔術師には、悪魔を召還するなどのイメージがあるのですが、
本来はそうではなかったはずです。
これはキリスト教による、土着宗教攻撃の一環と見ることができます。

昔のキリスト教世界では、競争相手を追い落とす手段として、
「あいつは悪魔信仰に荷担している」という誹謗がありました。
錬金術師などは、この噂を立てられることを非常に嫌っていたのです。
王侯や金持ちに雇ってもらえないばかりか、異端審問の懼れすらあります。
ゲオルク・ファウストはドイツ人の占星術師、錬金術師ですが、
錬金術の実験中に化学的な爆発があり、五体がバラバラに四散したため、
悪魔と関係を持って肢体を引き裂かれたとする伝説が死後に生まれました。
これを下敷きにして書かれたのが、かのゲーテの『ファウスト』なわけです。

・・・軽く書き流すはずでしたが、予想外に長くなってしまいました。
まだ神道系とか書かなくてはならないことがあるんですが、
それは次の機会にまわすことにして、今回はこのへんで。

関連記事 『異能者たちの系譜2』

『鬼面独鈷杵』







封印2

2014.10.09 (Thu)
半年ばかり前、競輪でスッカラカンになった帰り道、
顔見知りの筋者に声かけられた。
「しけた面しやがって、どうせ今日もオケラだろう。バイト世話してやろうか」
みたいな感じで。そのまま近くの屋台で関東煮を奢られた。
恐縮しながら話を聞くと、大阪の近県に一軒家があるんだが、
しばらく住まないかという内容で、1ヶ月20万払うってことだった。
むろんワケありなのはわかったし、そのワケを聞いちゃなんないこともわかった。
しかし、ただ住むだけで20万ならこれはおいしい話で、
どういう事情かはわからないが断る手はねえと思った。
まあね、薄々事情はわかる気もしたんだ。
賃貸住居の告知義務のロンダリングじゃねえかって。

どういうことかってと、瑕疵物件ってあるよな。前住者がなんかよくない死に方、
自殺もあるし、孤独死で長い間見つからずに放置されたとか、
もしそういうことがあった場合、
次に住むやつにその事実を告知しなきゃなんないと不動産業界では言われてる。
まあ、そう言われてるだけで、やらなくても別に罰なんてないが、
もし住んだやつと裁判とかになった場合、やっぱり不利があるだろ。
だから、間に短期間人を住ませてそれを消しちまおうってことだと思ったんだ。
でね、あまり考えず引き受けることにして翌日その筋者と行ったんだよ。
場所は言えないがかなり田舎のほうで、それがちょっと意外だった。
だって都会のマンションなんかと違って、そんな田舎で告知義務ったってなあ。
何が起きたかなんて周りの住人がみな知ってるだろうし。

でね、着いた先はボロボロの一軒家でとにかく大きい。
平屋建てで、部屋が1階に8つあったからな。
しかしあんまりボロ過ぎて、このままじゃ人に貸すなんて無理じゃないかと思った。
実際、住んでみたらヒドい雨漏りがしたよ。
交通の便も悪いから高い家賃なんて取れないだろう。
いっそ取り壊して更地にして売っぱらうしかねえようなとこだったんだ。
あ? 俺のアパート? そっちはそのまま契約を続けてた。
そこに住むのは何ヶ月もねえだろうし、大阪に出るには多少交通費もかかるが、
基本、住んでるだけで20万なんだから。
それに季節的にはちょうど春になったばかりで、
暖房費とかよけいな出費もないと思ったんだよ。
ただね、ちょっと奇妙な条件をつけられた。

筋者といっしょにもう一人来ててね。スーツ姿の痩せた男で、
その筋ではないと思ったが、ちょっと職業の見当がつかなかったんだ。
七三わけののっぺりした白い顔で、そのわりに目つきが鋭かった。
そいつが、俺の寝る部屋を指定したんだ。
8間あるうちの真ん中左側の和室、そこで毎日必ず寝ろってことだった。
つまり外泊禁止が条件なんだな。
それと人を夕刻までは人を呼んでもいいが、泊まらせるのは厳禁とも言われた。
ま、そんときは金欠に加えて女もいなかったから特に気にはしなかったがな。
でね、その部屋の押し入れから布団を出して、
「寝るときはこれを使ってください。いや、新品ですからご心配なく。
 ただし、毎日寝る頭の方向を変えてください。時計回りに今夜はこっち、
 明日の晩はこっち側です」ってね。

さすがにコレは冗談じゃないかと疑ったが、筋者は真面目な顔をしてた。
で、すべての条件を説明して20万を前渡しされ、
やつらは帰って行って俺は一人になったんだ。
何をしたかはわかるだろ。この奇妙な話の説明がつくもんがねえかどうか、
家の中を徹底的に調べたんだ。とにかく、何もかもが古かったな。
玄関脇には土間があって、竈の跡まであったと言えば察しがつくだろ。
もちろん俺は自炊なんてしねえから、外食か弁当だったがね。
押し入れから天袋、台所の野菜貯蔵穴、でかい仏壇の中まで調べたが、
片づけられてほとんど物は残ってない。トイレ・・・厠って言ったほうがいいか、
あと風呂もおかしなもんは何も見つからなかった。
ああ、あと監視カメラや盗聴器もないと思ったよ。
次にやったのが情報収集だ。外出は禁じられてなかったから飲みに出たんだ。

金はあったしな。1kmばかり歩くと地元の町に出るんで、
そこで小さなスナックを見つけて入ってみた。しばらく飲んでから、
さりげなくその家の話を出してみたが、めぼしい情報は得られなかった。
11時過ぎに戻ってきて寝たよ。そんときは最初だから頭が西向きだったな。
特に何事もなく朝を迎えた。いや、怖いなんて思わなかったよ。
幽霊とかそういうの信じてなかったんだ。
そんな感じで日が過ぎて、3日目になった。
つまり寝るときの頭の方向は、初日と逆の東向きになってたんだ。
その夜、夢を見た。暗い部屋に椅子に縛りつけられた男がいる。
30代くらいだろうか、髪が長いのと顔が血の跡だらけでよくわからなかった。
俺はちょっと高いところからそいつを見おろす感じでゆっくり回ってる。
後ろ側に来たとき、後ろ手になってる男の右腕の肘から先がないことに気がついた。

また正面に回ってきて、そのとき縛られた男が少しずつ顔を上げた。
顔がさんざん殴られたみたいに腫れた男が、
俺がそこにいるのがわかるかのように口を開けた。
歯が一本もなく歯茎がむき出してた・・・ここで目が覚めたんだ。
朝になってたが、自分の寝てる位置がおかしいことにすぐに気づいた。
布団がずれてたんだよ。1mくらいかな。寝るときは四方の襖を開けてるんだが、
その東の端のあたりまできてたんだ。さすがに寝相のせいじゃねえと思った。
でも、まさか夜中に布団を引っぱる妖怪がきてるわけもねえだろうし、
わけがわからんかったよ。体調? うーん別に悪くはなかったがね。
でね、4日で一回りするだろ。東向き以外のときは何も起きないんだ。
頭をそっちに向けて寝たときだけ、縛られた男の夢を見て布団がずれる・・・

一度東向きのときに寝ないで起きてたこともあった。
これは契約違反だが。特におかしなことはなかった。
風が強かったせいか家の周囲の壁が揺れてたような気もしたが、その程度。
でね、2週間目くらいに筋者とスーツの男が車で様子を見に来た。
そんときその男に言われたんだよ。「寝なかったときがあるでしょう」って。
わかるわけはないからカマをかけられてたんだろうが、聞いてた筋者が色をなした。
男はそれを制して「契約は守ってくださいよ。これはあなたのためでもあるんです」
こう言ったよ。で、いろいろ聞かれたんで、東向きに寝たときだけ布団がずれること、
それと縛られた男の夢を見ること、それを正直に話した。男は筋者と顔を見合わせてたが、
「あと少しかもしれません。もし今月中に終わっても、来月分の金も払います」
こう言って帰ってったよ。

相変わらず、東向きに寝ると布団がずれる。だが、
そのずれ方がだんだん小さくなってきた。最初1mくらいって言ったろ。
それが5回目・・・20日過ぎた頃には20cmくらいまでになってたんだ。夢も見た。
布団のずれが治まるに従って、どんどん男の様子がズタボロになっていくんだ。
拷問でも受けてるような感じだったな。床に落ちた血と髪の毛が増えてったから。
あと、調べるのは続けてたよ。3日にいっぺんくらい飲みに出かける。
あちこち別の飲み屋に入って、事情を知ってるやつがいないか聞く。
でね、何件目かでこの家のことを知ってるやつが客にいたんだよ。
ずっと、10何年も空屋だったのが、ここ1年くらい人が入るようになった。
つまり俺の前に住んでたやつが何人かいたってことだな。
そいつらはどうなったか聞いたが、3ヶ月くらい小汚いやつが入っては、
また別のやつに入れ替わる。その程度のことしかわからなかった。

住んで1ヶ月を越えた。もう東向きに寝ても布団がずれることはなくなった。
男の夢はまだ見てたが、頭をうなだれてピクリとも動かず、死んでるようだった。
俺は朝になって目が覚めるまでそれを眺めてたわけだが、
あんまり長い時間には感じなかった。
で、次の日曜日、男と筋者が来た。俺が近況を報告すると、
男が「もういいでしょう。封印は切れたんじゃないかな」こう言った。続けて、
「バイトはこれで終了しますが、前に言ったように今月分も支払います」
俺に20万くれたんだよ。筋者が車に戻って、掛矢を持った若いやつを2人呼んできた。
筋者は俺に帰れって言ったが、男が、
「この人にも見せてあげましょう。どういうことだったか知りたいでしょうし、
 ここまで知ったなら、もう仲間みたいなもんですから」
でね、俺らは家の西側の壁に向かったんだ。

そこは表側が小屋になってるしっくいの壁で、
なんとなくその部分だけ塗りが白く新しい感じがした。
筋者が合図すると若やつらが、掛矢で叩き始めた。壁はかなり厚かったがもろくてね、
どんどん崩れていって、やがて大きなものが転がり出てきた。
黒革の大ぶりなバッグだった。バッグの持ち手のところに白いものがくっついてた。
骨、肘から先の腕の骨がバックの持ち手を握りしめていたんだよ。
男は内ポケットから、金色で両先がとんがった短い棒を出し、
何か呪文みたいなのを唱えてから、それで手の骨の甲の部分を突いたんだ。
骨はばらっと崩れて、筋者が「もういいのか?」と言ってバッグを開けた。
ちらっとしか見えなかったが、中は札束だったと思う。
ま、こんな話だ。完全に俺の理解を超えてる。

この場所に話に来たのは、謝礼がほしいためもあるんだが、
どういうことなのかあんたらに説明してほしいからだよ。
ここはそういうのに詳しい人の集まりなんだろ。
いや、俺にしてみれば1ヶ月ちょっとで40万になったんだから、何も損はない。
あんたらは秘密を守ってくれるって聞いたから、話をしたんだ。
ただ、気になることがあるんだよ。
車で大阪まで送られて、その別れ際に男が俺のほうに寄ってきて、
「ご苦労様でした。あなたのおかげでたいへん助かりましたよ。
 ・・・間をおかないうちに病院に行ったほうがいいかもしれません。
 あと、あなたの郷里の神社にお参りすることも勧めます。
 あなたで4人目でしたから、力は相当に弱まっていて、
 大丈夫だとは思いますが念のため」こんなことを言ったんだよ。

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宇宙人ものを書く

2014.10.08 (Wed)
 怪談のジャンルの一つに「宇宙人もの」と分類される一群があります。
自分の書いた話だと『夜景』なんかがそうですし、他にもいくつかあります。
『夜景』は、自分としては言葉を抑えてよく書けたほうだと思ってます。
実話怪談の本ではちょこちょこ見かけますが、
ネットではあまり書く人はいないようです。
ふつうは宇宙人あるいは宇宙船が出てくる話はSFと呼ばれますが、
怪談の場合は、あたり前ですがSFになってはならないことが大切だと思います。

 では、どうすればSFにならないか、これはそう難しくありません。
オカルト宇宙人の持っている「うさんくさい」部分を強調すればいいのです。
例えば、たま出版社長の韮澤潤一郎氏を思い浮かべてもらえばいいでしょう。
氏の主張する、宇宙人は住民票を取って地球人の中にまぎれているなどの話は
まさにオカルト宇宙人ものの典型です。
ああ、これは眉唾だなという感じが全体に流れているほうがいいのです。
宇宙船を出す場合も、科学に基づいた複雑なものより、
ハリボテ感のある、昔ながらの単純な形態のものがいいようです。

 その他、ご存じの方も多いと思いますが、
キャトル・ミューティレーション
(動物の死体の一部が切り取られ、しかも血液がすっかりなくなるという
 異常な惨殺事件のこと。1960年代前半から、おもにアメリカで起きた。
 不思議な光線に捕獲され、牛馬が宙に浮かんでるようなイメージ)

エイリアン・アプダクション
(様々な方法で宇宙人にさらわれ、人体実験材料にされる。
 アメリカ人の4人に1人はアプダクションされているという研究者もいる。
 車で走ってたらUFOに追いかけられたなどもあるが、実際によく聞く話としては
 寝室で寝ていて気がついたら宇宙船の中にいたという場合である。
 どうやって連れていかれ、また帰ってきたかはあいまいであることが多い。
 これは思わず「金縛り=睡眠麻痺」ではないかと突っ込みを入れたくなるが、
 興味深いのは、日本人は金縛りの幻覚で落武者wとか、
 心霊的なものを多く見るのに対して、アメリカ人はUFO系が多いこと。
 宇宙人に調べられている間に体の組織を切り取られたり、
 体内に異物を入れられたりした・・・エイリアン・インプラント という証言も多い。
 中には宇宙人と性交したり、重要な予言を授かったとする証言まで存在する)

エリア51的秘密基地
(エリア51はアメリカネバダ州にある空軍の管轄地だが、宇宙人と合同で、
 超テクノロジーの研究が行われているのではないかという噂がある。
 この場合、宇宙人が地球に来ていることはアメリカ政府高官は知っていることとされるが、
 話に書く場合は宇宙人単独の秘密基地であってもかまわない)

グレイ
(特にアメリカで上記のアプダクション事件にかかわるとされることが多い。
 宇宙人の1タイプ。昔のアメリカでは宇宙人はタコ型のイメージが多かった。
 これがどういう理由でグレイ型に変わってきたかについては興味深い研究があるが、
 ここでは割愛)

メン・イン・ブラック 略してMIB
(UFOや宇宙人などの目撃者・研究者の前に現れ、警告や脅迫を与えたり、
 さまざまな圧力や妨害を行う謎の組織とされ、実在するしないに関わらず、
 その存在自体が一種の都市伝説や陰謀論となっている)

 うさんくさいですよね。
これらを効果的に使い、細部をぼかしながら書くと宇宙人ものの怪談になります。
ここで大切なのは、正確な科学タームや理論を使ってはならないということです。
そういう言葉を入れると全体に影響を及ぼして怪談ぽくなくなってしまいます。
地球空洞説やラジオニクス、次元断層などの疑似科学系ならいいかもしれません。
時間がとんだり、場所がワープするのもよくありますし、秘密を知ったがために、
MIBを思わせる秘密組織につきまとわれるなどの展開もお約束です。

 このUFOものが盛んになったのは、やはり『新耳袋』の「山の牧場」
という話の影響が大きいと考えられます。
有名なので当ブログをごらんの皆さんはご承知かとは思いますが、
いちおう概要を述べると、
(ふと未舗装の山道を見つけ車で登ると、頂上の「牧場らしき土地」にたどり着く。
 牛舎があるものの、牛を飼った形跡がなく、屋根の端の部分が半球型にくぼんでいる。
 草むらの中に屠殺された家畜を祀る碑がある。ひっくり返ったトラクターがある。
 実験室らしい建物があり、謎の機械がある。
 壊れたビーカーや試験管等の実験器具がある。2階建ての建物があり、
 一階には階段があるが途中で切れていて2階に入れない。
 坂の上から入った2階の和室には人形などが数体転がっている。
 神社のお札が何百枚と部屋に貼られている。
 白いペンキで「たすけて」と襖に殴り書きされている。
 別の部屋にはぶ厚い医学書が転がっていて、
 その壁には不思議な記号がびっしり書かれている)

 科学っぽいところ(実験器具)もありますが、
御札やESPカードを連想させる記号などの
オカルト小道具が混じり合っています。
そのために、えも言われぬ不気味さが出ていると思います。
この「山の牧場」は実際の場所が特定され、
動画サイトにもその様子があげられています。
それを見るとかなり話が盛られていることがわかりますが、
ネタバレになるのでここらへんで。

関連記事 『夜景』

関連記事 『やり直す』



 皆既月食があり、
みなさんのブログで様々な写真を拝見させていただきましたので一言。
日本神話だと、「月読命」が夜を統べる月の神として出てきます。
男神と考えられることが多いようですが、実際の性別ははっきりしませんね。
で、兄弟の天照大神や素戔嗚尊はたくさんの出番があるのに、
この神は記紀の中ではほとんど活躍しません。
それに日本神話にはギリシャ神話のような星辰の話もあまりないですよね。
これは占星術師として残念に思っています。
なぜ少ないのか、わが国での暦の発達史と関係があるのではないかと考えます。

 古代日本は農耕中心の社会で、そのため太陽暦による季節が、
種まきや収穫に関わることとして重要視されてきたと思われます。
これは太陽の観察以外に、開花や渡り鳥など生物季節も併用していたのでしょう。
2分2至(春分、秋分、夏至、冬至)がわかればよかったのです。
そして、ついたち、ふつかと日を数えることは、
あまり重要視されていなかったのではないでしょうか。
おおらかな生活であったと思われます。
「ツクヨミ=月読」は月齢を読むことと考えられますが、
完全な太陰暦でやってくと実際の季節とどんどんずれていき、
閏月などを設定しなければならなくなります。
農耕に支障をきたしてしまうのです。

 それと数学の発達です。
古代中国では早くから天文計算による暦作りが行われましたが、
日本ではそれが遅れたため、月や星の神話があまりないというのは考えすぎでしょうか。
ちなみに『日本書紀』では、
暦が登場するのは欽明天皇14年(553年)条が最古で、
同年6月に百済に暦博士を日本に派遣することを求めています。
また、推古天皇10年(602年)に百済から学僧観勒が、
暦本や天文地理書などを携えて来日し、
幾人かの子弟らがこの観勒について勉強したとあります。

『Catle mutilation』





赤ナマコ2

2014.10.07 (Tue)
温泉が大好きだったんです。もちろん有名どころではなく、
秘湯と呼ばれるようなところですが、
最近は「秘湯の会」の提灯がある宿のほうがむしろ人気が高くなってしまって、
日帰りツアーのお客さんでごったがえし、楽しめなくなってしまいました。
そこでいろいろ考えて、
あまり人に知られていない温泉郷をネットでさがして出かけるようにしたんです。
こういうとこって、意外な穴場があったりするんです。
それだけじゃなく、宣伝のためにアンケートに答えて
無料招待券が当たるなんて企画もけっこう見かけたんですよ。

地元の関西を中心に応募していたんですが、その中の一つに当選したんです。
ペアでの一泊2日の招待券でした。
当選したというメールが来たんです。でも、ちょっと微妙なところがありました。
一つは、電車が通ってないため、車で行くしか交通手段がないことで、
私の住む市からは3時間ほどかかりました。
もう一つは、宿泊は古民家の貸し出しで自炊になるということです。
温泉はその民家から歩いて5分ほどの共同浴場に入っていただくという内容でした。
さっそく彼に相談してみましたら、
「かえってくつろげるんじゃないか。せっかくだし行ってみたい」と言われました。
彼とは、私が秘湯に目覚めた頃にとある温泉宿で知り合ったんです。

メールに添付して画像が送られてきており、
宿泊は藁葺き屋根の豪農宅のようなところで、
囲炉裏がきられ、自在鉤が下がっていました。
共同温泉のほうはよくある簡易的な施設ではなく、洞窟風呂のような作りでした。
せっかくのラッキーなんだからと考え、ご招待を受けることにしました。
5月の連休の話です。彼のアウトバックで昼過ぎに出発しました。
ご飯は竈で炊いてくださるということだったので、
食材は前もってスーパーで買い、クーラーボックスに入れて行ったんです。
献立は、夜は親子丼。朝は地元の特産があれば買うつもりでした。
2時間走って山道に入り、4時前に道の駅の駐車場に車を停めました。

そこで温泉組合の関係者の方が待っていてくださったんです。
50過ぎくらいの人のよさそうなおばさんでした。
そこから歩いて5分で古民家に着きましたが、立派な庭があり、
中には和室がいくつもありました。
そこを明日の10時まで、自由に使ってもよいということでした。
電気炬燵のある部屋に荷物を置き、
浴衣に着替えて温泉に案内してもらうことになりました。
途中、砂利道の坂を歩いていると、
トン、ドン、トン、チンと太鼓の音が聞こえました。

「これは何ですか?」彼が聞くと、「かいそさんのお祭りだよ」という答え。
「へえ、たまたまお祭りの時期にあたったんですか、ラッキーだな。見られますか」
重ねて彼が聞いたら、
「それがね、これは地元衆しか出られないんだよ。それにおなごも参加できん。
 申しわけないがな。でも、今この下の道を通るから様子は見られるよ」と言われ、
しばらく待っていると、白装束に簑をかけた姿の男衆が幟を立て、
鉦太鼓を鳴らしながら数十人で行列してきました。
長崎の「おくんち」でしたか、竜が練り歩くお祭りがありますが、
あのような形で、棒の先についた大きな赤くて長いものを、
10人近い男が持って支えていました。布団を丸めたようにも見えました。

長さ4mほどあり、赤い布でできていて中に柔らかい芯があるようでした。
それには目も口もあるように見えませんでしたが、赤い芋虫のような形で、
みなでお囃子に合わせるようにして調子よくくねらせていたんです。
「あれは?」と私が聞くと、「あれが かいそさんだよ」と言われ、
「どういう由来があるんですか?」
「詳しいことはわかんねえが、昔からこの地域に伝わってる古い祭りだよ。
 収穫のお祝いだってことだが、ほんに古い」
こんなやりとりになって、あまり要領を得ませんでした。
行列を見送ってから数分で共同温泉に着きました。

小さな板作りの建物で、少しがっかりしかけたんですが、中に入って驚きました。
小屋は洞穴の入り口の上に立ってるだけなんです。
草履に履き替えて洞穴の石の階段を下っていくと簡素な脱衣場があり、
数十m向こうまで、天然の岩の湯船の温泉が広がっていたんです。
「じゃあ、わたしはここで遠慮するから、ごゆっくり」おばさんが言ったので、
「地元の方はこないんですか?」と聞いたら、
「お祭りで男衆は出払ってるし、おなごらはあんたらに遠慮して来ないだろうな」
と言われました。さっそく浴衣を脱ぎ、
彼と手をつないで湯船に入りました。

岩はぬるりとした感触があり、
湯ノ花がたまっているようでした。かすかに硫黄の臭いがしました。
進むにつれて湯船は深くなり、お湯が胸のあたりまできました。
湯温はややぬるめでしたが、いかにもあたたまりそうな泉質に感じました。
いろんな温泉に通っているうち、そういうことが少しずつわかるようになってきたんです。
洞穴は進むにつれて天井が下がり、しまいには頭をかかめなければならなくなりました。
「これ、換気だいじょうぶかな」彼が言いました。
突き当たりは畳一枚分くらいの岩の壁で、くぼみから勢いよく湯が噴き出していました。
そしてその下に、岩を彫って作ったのでしょうか、
さっきお祭りで見たあの赤い虫のようなものがあったんです。

お祭りのの半分ほどの大きさで長さは2m程度、縦にくらべて横幅がありました。
さわると、温泉にあらわれてテロテロとした感触で、
やはり目も口もなくどっちが頭かもわかりませんでした。赤い色は塗ったのではなく、
元々そういう色の岩が濡れているのだとわかりました。
「ふーん、面白いなこれ、温泉の守り神か。
 あとで脱衣所から携帯持ってきて写真撮ろう」
彼はそう言って、しばらく岩をなで続けていました。
平たい岩の上にコップがあったので、彼が温泉水を汲んで飲み、
「美味くはないが、体によさそうな味だな」と私にもコップを差し出してきたんです。
1時間ほど温泉で過ごし、すっかり温まって1本道を宿に向かいました。
5月でしたが、来るときは寒いくらいの気温だったんです。

古民家ではおばさんが待っていて、かまどに火を入れてくださっていました。
「ご飯はできてお釜に入ってるよ。料理はこのかまどでもいいし、ガスコンロもあるよ。
 火はここも囲炉裏も寝る前に灰をかぶせててくれればいいから。
 あと、これね食事の後に食べて」竹籠に入った小さな赤い実をいただきました。
「何ですかこれ?」
「ここいらの山の野生の桃の実だよ。見かけほど酸っぱくないから。
 上の温泉はいつでも入れるから夜中でも早朝でも行っていいよ。
 懐中電灯は炬燵の部屋にあるから。
 ここらは熊なんかはいないし安心して休んでいいよ。じゃあ、ごゆっくりね」

こう言いおいて帰っていかれたんですが、5分ほどとはいえ、
夜中にあの温泉まで行くのは怖いような気もしました。
彼に話すと「夜は他にやることがあるだろ。明日の早朝に行こう」と言われました。
彼といっしょに料理を作って食べ、持ってきたワインを飲みました。
いただいた桃の実?は、外見に反して種もなくとろけるように甘く、
特産として売り出せばいいんじゃないかなんて話も出たほどです。
ときどき彼からもらうスモモののど飴にも少し似た味をしていました。
テレビはなかったので、10時過ぎには寝ることにしました。
炬燵で寝てもよかったんですが、押し入れから布団を出して敷きました。

夢を見ました。夕方に出会ったあのお祭りの夢です。
ドクン、ドクンと太鼓の音は心臓の鼓動のように変わって、
赤い芋虫をかつぐ人の人数も減っていました。
それと視線が・・・私がまるで芋虫の上に跨っているかのように変化していたんです。
道の風景が後ろに流れていき、鳥居をくぐって神社の参道に入っていきました。
石段を上っているようですが、振動はありません。
やがて境内に入り、社殿の前で烏帽子の神職が日本刀を手にして待ち構えていました。
そして、横に回り込んで、その刀で芋虫の先の部分を切ったんです。

芋虫の先端から湯気のたつ液体が噴きこぼれました。
そのとき、夢の中なのに温泉の臭いを感じたんです。
ぱっくり穴になったところから何かが出てきました。
同じ形をしたもう少し小さい赤い芋虫です。
太さは外側のよりないはずなんですが、
中に何かが詰まっているようにぱんぱんにふくれていました。
それはどっと地面に落ちて割れ、
中からまた小さな赤い芋虫がうじゃうじゃと重なって出てきたんです。

本当の生き物のような動きでのび縮みし、胴の下側に黄緑色の突起がいくつもある、
そんな生物が何匹も何匹ももつれ、くっついて重なり合って・・・・
自分の叫び声で目が覚めました。反射的に携帯を見ると午前2時過ぎ、
横に寝ているはずの彼がいませんでした。
トイレだろうか? 布団にさわってみるとひんやりとしていました。
立ち上がると強い吐き気がしました。
廊下に出てトイレに行こうとしたとき、雨戸の隙間から光が見えました。
「こっちに出てこい!」叫ぶ声がしました。彼の声です。

雨戸のつっかいを外して開けると、煌々とした明るさで目がくらみました。
たくさんの人が白い装束の上に簑をつけ、松明を持って立っていました。
彼は烏帽子を被り神職の格好をしていました。
吐き気がますます強まって、立っていられなくなりました。
私は裸足のまま髪をつかんで引きすえられ、庭に歩み出ました。
夜になって雨が降ったのか、玉砂利が濡れていました。
私はそのまま大きな木桶の前まで引かれ、座らせられました。

「豊作だ、収穫だ!」という声がしました。これも彼の声だと思いました。
木桶に顔を突っ込んだ状態でいると、背中をドンと棒のようなものでどやされました。
それをきっかけに吐いてしまったんです。
喉の奥に長いものがひっかかる感触、そして自分の口からこぼれ出てきたものが
涙でかすんだ目に見えました。あの芋虫でした。
「豊作だ、豊作だ!今年の赤ナマコのできはよい、よいぞ」大勢がこんなことを叫び、
私の口からは次々と、赤く長い生き物がぬめるように出てきて、
桶の中に溜まっていったんです。

関連記事 『赤ナマコ』

『これは海産の赤ナマコで、もちろん食用です』








夕刻 2題

2014.10.07 (Tue)
あいさつイナゴ

子ども時分のことだね。農薬の関係で、当時はいろんな生き物が田んぼにいたんだよ。
堰には小魚はもちろん1m近い大ナマズなんかも捕まえたことがある。
カエルやバッタなんかは言うまでもない。
ある秋ね、蝗が爆発的に増えたことがあったんだよ。
蝗害って一般的には言われてるがな。俺の記憶にある限りではその最後のやつだった。
ただね、蝗害ってのはふつうは遠くからくる蝗なんだ。
どういうわけかしらんが、群れの蝗の一匹一匹が集団で行動するのにふさわしい形になる。
体が大きくなって、色が黒くなる。足が短くなって、そのかわり羽が長くなるんだ。
つまり長距離を飛ぶのに適した体に群れ全体が変異してるってわけだな。
ところが、ここらでいう蝗害はそれとは少し違う。

あいさつ蝗って言うんだ。これはな、ここらに元々住んでた蝗が、
まとまって行動するようになるだけだ。だから田畑もほとんど荒らさない。
その時分、俺はまだ小学校の髙学年でね。
家が近くの、一つ年上の竹さんって子といっしょに帰ってた。
まだ稲刈り前の頃の夕方だったな。
田んぼの畦を歩いてると、空のほうでパチパチ音がしたんだ。
見上げると、一つかみの黒雲のようなものがあまり高くない空にあった。
竹さんがそれを見て「イナゴが来てるな」と言った。
数はそんなには多くなかったよ。テレビで見たアフリカなんかの本格的なやつとは違う。
おそらく数百匹程度のもんだったろう。
それが渦を巻くようにして頭上にあった。

足下に何かが落ちてきた。イナゴより大きいもんで、蝙蝠だとすぐにわかった。
どうやらイナゴの群れを食おうとしたのが逆にやられたようで、羽にあちこち穴があいてた。
「あいさつイナゴだ!」竹さんは「急ごうぜ」って俺をうながした。
「あいさつイナゴって何?」俺が聞くと、
「去年村で死んだ人の誰かがあの中にいて、村の稲が実ったあいさつに来るんだって
 じいちゃんから聞いた」「じゃあ稲に悪さはせんのか?」
「そうらしい。ただな、あのイナゴの中に、その死んだ人の顔をしたのが一匹いて、
 それが群れを率いてる。それを見るとよくないことがあるとも聞いたな」
「人の顔をしたイナゴか?小さい顔になってるんか?」
「そうらしい」これを聞いて、ゾーッと怖くなった。

それで俺が走り出すと、竹さんも続いた。
バラバラっと雨のような音がして、イナゴが降ってきた。
俺の頭や顔にもあたって下に落ちた。
「踏むなよ!親玉のイナゴかもしれん」竹さんが言った。
俺は跳びはねるような足取りになって、なんとか家まで帰り着いたんだよ。
でな、当時まだ生きていた俺のじいさんに「あいさつイナゴが来た」って言ったんだ。
じいさんはしぶい顔をして「本当に見たのか? なら、お寺さんに行って相談せねばならん」
俺から詳細を聞くと出てってしまったんだ。こっからは聞いた話だが、
旦那寺には村の主立ったものが次々に集まってきてて、
「あいさつイナゴ」が起きてることを確認し、対策をうつことに決めた。
対策ってもイナゴには何もしないんだ。

そうじゃなくて前年亡くなった人が埋葬されてる墓所を掘り起こして、
別の場所に埋めかえるんだ。なぜそういうことをするのかはわからん。
仏さんにその墓所の土が合ってなくて、
そこでたまたま生まれたイナゴが群れの親玉になるとも考えられてたらしい。
で、翌日、村人総出で前の年に亡くなった何人かの仏さんの埋めかえをした。
効果は覿面、村の田畑の上を飛び回ってた群れはその日のうちに散らばって、
どこにでもいるイナゴに戻ったんだよ。
俺らの村は、火葬の遅れた地域でね。その頃もまだ土葬だったんだよ。
このことと関係があるのは間違いないだろう。
村に火葬場ができたらぴたりと話を聞かなくなったからな。

股のぞき

これは股のぞきそのものが怖いわけじゃないんですよ。
わたしは浜で育ちましたが、そこには幽霊舟の言い伝えがあるんです。
ああ、あの外国映画でやるような大きいものじゃありません。
あれは海賊なんかの帆船でしょう。そうじゃなく、数人乗りの手漕ぎの小舟、
ボートではなく昔の和船です。それが夕暮れの海にいつの間にか浮いている。
中に何人か人が立ってるようだが、
それは黒い影になってて顔や服の様子はわからないんです。
これははっきり悪い物で、
たまたま出会ってしまった舟がその幽霊舟より小さいものだと、
船端をぶつけたり、何とかして沈めようとしてくるんだそうです。
だから、暗くなってから小さい舟で海に出ることは忌まれてたんです。

でね、この幽霊船を見分ける方法というのが股のぞきです。
よくね小さい子どもがやったりするでしょう。
身をかがめて、足を開いた自分の股の間から後ろをぞ覗く。
すると天地がひっくり返った状態になりますでしょう。
この形でその舟を覗くと、もし幽霊舟だった場合は見えないで消えてしまうんです。
まあ、魔を見破る、魔を除ける方法というのは昔からいろいろ伝わってますでしょう。
これもその一つなんですよ。え、出会ったことがあるかって?
ええ、ええ、ありますとも。
あれはわたしが高校生のときの話です。近くの市の水産高校に通ってましたが、
家は漁師でね、ろくに小遣いをもられなかったんです。
でね、ちょくちょく仲間とアワビやサザエをとる漁の真似事をしていました。

漁業権?ああ、それは問題はないです。
他所もんが密漁に来たんならえらい手荒なことになりますが、
わたしらの親は地元の漁師で、もちろん漁協の組合員ですから。
大目にみられてたっていうか、そもそもそこらでは沿岸の漁はあまりしないんです。
採ったアワビなんかは市の料亭に直接持っていくと、
高校生の小遣いとしては十分な金額を払ってもらえましたよ。
で、その日は昼過ぎに仲間と2人で小舟を出して沖の小島に向かったんですが、
いやとれることとれること。もちろんシュノーケルもなしの素潜りです。
箱に二つとってこれ以上だと自転車でも運べないだろうって量になったときは、
日が暮れかけてました。急いで戻ろうとしたんですが、潮も風も普通なのに、
なぜか急に、舟がいくら漕いでも進まなくなったんです。

飛び込んで舟の下を見ても、なにかからんでるのでも、渦の上にあるわけでなし。
二人して必死に漕いでると、沖のほうにこっちと同じくらいの小舟が見えました。
かなり離れてました。あの舟の大きさだと危ないほどの沖ですよ。
それだけ離れてれば怖いこともなし、おそらく冗談だったと思うんですが仲間が、
「あれ、幽霊舟かもしれんから股のぞきしてみんか」と言ったんです。
面白い、と思いましたね。これは魔除けだろうから、もしや舟が進むようになるかもって。
で、櫂を中に入れて、二人して沖に向かって股のぞきしました。
そしたら、足の間からその方角には何も見えなかったんですよ。
「ねえな」「見えねえ」そう言って二人で起き上がったら、
目の前の海に舟があったんです。船縁が接するすぐ近くにいて、人が2人乗ってました。

逆光ではっきりわからなかったですが、白い顔色で髭ぼうぼうでね、昔の着物を着て、
それはあちこち破れててぐっしょりと濡れてたんですよ。
そいつらは笑いながら「もう一度股のぞきやれ!」と命令口調で言い、
わたしらが答えようとしたら、かぶせるように「やらんと沈めるぞ」って怒鳴ったんです。
・・・でね、やりましたよ。生きた者であれ死んだ者であれ、やっぱり怖いじゃないですか。
足を広げて股を覗いたとたん、ぐらっと舟が揺れました。足で船端を蹴ったんだと思います。
わたしらは頭からでんぐり返りする格好で舟の中に転がったんです。
「わはははははは」と大笑いする声が聞こえて、立ち上がると幽霊舟の姿は消えてました。
舟も進むようになってたんで、もう必死で漕いで逃げ帰ったんです。
後で、高校の実習船に乗ったとき船長にこの話をしたら、
「ああそれは、股のぞきした向きが悪かったな」こう笑い飛ばされて終わりでした。
笑われてばっかりですが、そんな時代だったんです。

『蝗害』






音 2題

2014.10.05 (Sun)
*音テーマなんで少し擬音を多く入れてみました。

太鼓

中学1年のときの話ですね。毎年7月に町内の祭りがあったんです。
そんな大々的なもんじゃなく、どこにでもあるだろこんなのって感じのやつで、
山車を引いて、夜店が並んだ商店街の通りを山王神社まで練り歩くだけです。
ああ、でも去年から「よさこい」を踊るようになって、
商店街が寂れたのに反して前より盛り上がってる感じがしますね。
小学生の頃は山車を引くだけでしたが、
その年は中学生になったんで太鼓を叩かせてもらえることになりました。
これがかっこよくて、ずっと楽しみだったんです。
祭りは7月の4週目の土日でしたから、この月に入るとすぐ練習が始まるんです。
週3回、月、水、土でした。僕は野球部でしたが、1年なんでまだ球拾いだし、
太鼓の練習のほうが面白かったですね。

太鼓はふだん町内の公民館にしまってあるんです。公民館の隣が消防団の倉庫で、
ポンプ車なんかがある奥に、山車があったと記憶してます。
練習が始まって、お囃子は小さい頃からずっと聞いてたんで、
叩き方を覚えるのは簡単でした。でも、始めのうちは腕が疲れましたね。
30分過ぎると肩から上がらなくなるんです。
・・・太鼓は4人で、鉦が2人、笛が2人だったと思います。
最初のうちは世話役の大人の人が、
中学生一人に一人って具合について教えてくれるんですけど、
そのうちに大人は来る人が少なくなって、祭り近くなるとまた増えるんです。
町会長さんは家が近くなんで毎日来てましたけどね。

でね、その太鼓なんですが、公民館の物置から出すとき、
他のはむき出しでしまってあるんですが、一番奥にテント地っていうんですか、
あれを上からかぶせて荒縄で縛ったのが一つだけあったんです。
「これ使わないんですか?」って聞いたら、世話役で来ていた町会長さんが、
「ああ、それは皮がやぶれてるから」みたいなことを言ってました。
これは後から思い出したことで、そのときはすぐ忘れましたけどね。
練習はいつも1時間くらいでした。
外でやるんで、5時を過ぎるとさすがにうるさくて迷惑になるんでしょう。
それに、さっき言ったように腕の筋肉が1時間もやれば限界になりましたし。
町会長さんは50過ぎなんですが、一番下に高校生の娘さんがいて、
あんまり町内での評判がよくなかったんです。ここらで言うヤンキーとか、
ツッパリってのともまた違ってまして、もっと崩れた感じなんです。

一度だけ見たことがありました。僕らがお囃子の練習をしてる横を通ってったんです。
髪は金髪なんだけどすごく顔にかかってて、
少しだけ見えるあごのあたりが異様に白かったです。
練習してる僕らのほうを一瞥もしないで、かったるそーな感じで歩いてました。
今にして思えば、クスリ関係じゃなかったかと思います。
町会長さんとの仲もうまくいってなかったって話は後から聞きました。
で、練習が始まって4回目くらいじゃなかったかと思います。
その日は何でだったか、僕だけ早く公民館に来てたんです。
叩き方もほぼ覚えてやる気満々だったからかもしれません。
公民館は鍵かかってないんで、入って物を出して準備しようとしてました。
倉庫と外を往復して何個か太鼓を運んだとき、
町会長さんの娘さんがふらっと入って来たんです。

何の用だろうと思って「こんにちはー」と挨拶したんですがまったく無反応で、
フラフラした足取りで倉庫の奥までいくと、
あの皮が破れてるという太鼓の覆いを外しだしたんです。
「何するんだろう」と思いましたが、怒られるかとも思って黙って見てました。
出てきた太鼓は叩く反対側のほうが確かに破れてましたが、
自然に裂けた感じじゃなく、剃刀かなんかで切り裂いたように×印に皮が切れてたんです。
娘さんは太鼓を少し前に出し、、そこらにあったバチをとると叩き始めました。
破れ目からブワッと埃が出てきまして。
けっこう上手いなと思いました。でも、ふつう祭りは女の人は太鼓をやらないんです。
それに皮がやぶれてるからやっぱり、出てくるのは「ボヨンボヨン」した音なんです。
娘さんは腰を落とし無調子の連打を始めました。「ボヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨ」
頭を振り上げたとき片方の目が見えましたが、
まったく焦点が合ってないというか、イッちゃってる感じだったんです。

「ああ、だれか大人の人来てくれないかな」と思ったとき、ダダッと畳で音がしました。
太鼓の破れ目から何かこぼれてて、ネバネバする液体が落ちたんです。
それは薄い赤色でダラダラとこぼれ続け、僕は破れ目から視線が外せなくなりました。
カエルの手のようなものが出てきました。でもカエルよりずっと大きかったんです。
やがてネバネバした液につつまれた頭・・・カエルじゃなかったです。
それは生きてるようでした。
ボタッとうつ伏せの状態で畳に落ちて「ええあああ」と鳴いたんですよ。
僕が後ずさりしたとき、
「お前何やってんだ!」という町会長さんの大声が聞こえました。
会長さんは走ってきて娘さんからバチを取り上げようとしました。
娘さんがそのバチで会長さんの肩を何度か叩きました。
会長さんはタックルするようにして娘さんを持ち上げ、そのまま外に連れ出したんです。

一連のことを呆然と見てたんですが、我に返ると、畳の上には何もありませんでした。
不気味な生き物はもちろん、液体の一滴もこぼれてなかったんですよ。
会長さんの娘さんはそのまま入院したようでした。
やっぱり薬物中毒だったんだと思います。
公民館で見たもののことは誰にも言わなかったです。
信じてもらえないからというより、自分自身が信じたくなかったんでしょうね。
その日も太鼓の練習はあったんですが、僕は吐き気がして途中で帰りました。
祭りの日ですが、初日の宵の宮は土砂降りの雨になって山車が出せませんでした。
本宮の日は何とか小降りになって夜店も開きましたが、
神社の杜で落雷騒ぎなんかがあったんです。
え? 娘さんのお腹ですか?いや普通だったと思います。
むしろガリガリに痩せて細かったですよ。

ロケット花火

えっと3年前、俺がまだ高校生だった頃の話。仲間2人と肝試しに行ったんだよ。
ホントは3人なんだけどな。どういうことかって?それは後で話す。
そこは地元で心霊スポットとして恐れられてるとかじゃなくて、
つい数日前までは普通に使われてた地下道なんだ。
歩行者しか通れなくて線路を渡る踏切代わりに使われてたやつだ。
それが老朽化して、雨降りの日に通路に水が溜まるようになったってことで、
改修されることになったんだ。長さは50mくらいじゃないかなあ。
で、取り壊されるまでの間に、そこで肝試しをやろうってことになった。
照明が消えて真っ暗なのは確かめてあったし、
通行止めの柵なんて簡単に乗り越えられるもんだったからね。
まあね、今になってみると何バカなことをしてたんだって思うけど、
実際バカなんだから、今もこんなもんなんだよ。

で、3人っていうのはどういうことかと言うと、一人が隠れてる手はずになってたんだ。
俺も含めて3人が一人ずつ真っ暗な地下道を往復するってことにしてあったけど、
あるやつ・・・こいつはちょっとムカツクとこがあったんで、
そいつの順番で真ん中らへんまで行ったときに、
向こう側から中にロケット花火を連発で撃ち込むことになってたんだよ。
いや、リアクションを見て笑おうってだけだ。
まあ写真も撮れたら撮るつもりでいたけどな。
連発?ああ、それはペットボトルなんかにロケット花火をまとめてさしといて、
導火線にいっせいに火をつけるだけでできる。
夜の11時に一人の家に集まって少しダベってから出かけた。
その時間になると車はいるけど、地下道の側はめったに人も通らなくなる。
線路の近くだから普段からうるさいし、民家もないから苦情も出ないだろうって。

街灯があるから外は本読めるくらい明るかった。
でもな、地下道は暗かったね。ジャンケンで負けて俺が一番になったんだ。
懐中電灯はなしってことにしてあったから、正直やっぱ怖くて、
向こうの出口の灯りを目標に途中から走ったよ。
俺が1番だったんで向こうで花火持ってるやつと打ち合わせができた。
次がターゲットだったんだ。
そいつはあんまり怖がってる様子がなかったけど、まあ見た目は俺もそうだったと思う。
要するに虚勢を張ってたんだな。
そいつが「じゃ行ってくるぜ」とか言ってゆっくり地下道に入っていき、
真ん中らへんまで来た頃合いを見はからって、こっちの入口で大型懐中電灯をつけた。
これが合図で向こうにも見えるはずだった。もう一人のやつがデジカメ構えてた。
「シュルルルー」という聞き慣れた音がして、中で「パアン、パン」と花火がはじけてる。
音は反響で大きく響いたが、光はあんまり見えなかったな。

「ひえええええええ」という悲鳴が上がり、俺は思わず笑ったね。
ところがその声に少し遅れて「ぎゃああーああ」という叫びがしたんだ。
間違いなく女の声だった。最初はね怪奇現象とは思わなかった。
「ああ、マズイ。他に人がいたんだな」と考えたよ。それが当たり前だろ。
「ダダダダ」という足音が聞こえた。
これは当然向こうから撃ち込まれたんだから、こっちに戻って逃げてくるわな。
でね、そいつが出てきたときに見ちゃったんだよ。
走り出てくるやつの背中にボロボロの女がおぶさってるのを。
女は皮膚がないように赤黒くて、筋肉がむき出しになって見えてた。
フラッシュが光ったが、カメラを構えたやつも「何だコレ」って感じに呆然としてる。
「ひいい、ひいい」という悲鳴は入ってったやつのだ。
もうね、後先見ないで逃げたよ。走って走って店のあるとこまできた。

カメラ係も息をきらして追ってきたから、どうしようか相談したんだが、
ほっとけないし、地下道の向こうには花火係もいる。
それでしかたなくそろそろと戻ってみたら、
やつが道ばたの草の上に倒れてて、花火係が介抱してた。
まあこんな話だ。その後は、別に人死にとかが出たわけじゃない。
ただ、デジカメには俺らが見たもんは写ってたんだよ。少し透けてたけどな。
さすがに持ってるわけにいかなくて、カメラ係といっしょにお寺に持ってったよ。
いや家が檀家になってる禅宗のとこだ。
住職にモニター画像を見せたら、「ちょっと待ってて」と言われて、
その後いきなり、警策っていうのか?
あの座禅のときに打ちすえるやつで2人とも叩かれた。正面から鼻をだぞ。
カメラ係は鼻血を出して、俺もよっぽど坊さんを殴ってやろうかと思ったがやめた。
カメラはそのまま坊さんがでかい線香立ての灰に埋めてそれっきり。
どうなったかもわからないよ。

『祭りの山車』






黒焦げ

2014.10.04 (Sat)
先月にアパート引っ越しまして。理由はバイト先に近いことと、
家賃が前のとこより安かったから。
大学には遠くなってしまったけど、来年4年でもうあんまり授業もないですし。
新しい部屋は、敷金、礼金もなかったんです。これでなきゃ引っ越さなかったと思います。
でね、引っ越しといっても荷物はごくわずかなんで、
軽トラ借りて友人2人に手伝ってもらってやったんです。
部屋は一間にキッチン、風呂トイレありで、築20年以上ってとこでしょうか。
なに、バイトが多くて部屋は寝るだけみたいなもんですから、十分です。
でね、荷物を運び込んで、テレビとかつないで一息ついたとき、
友人の一人が変なことを言い出したんです。
「せっかくの新居だから写真撮ろう。何か変なもんが写るかもしれんぞ。
 自分の部屋で心霊写真撮れたら怖いだろ」

そういうのが好きなやつでしたから、悪趣味、悪ふざけでやってると思いました。
俺はぜんぜん信じないタイプなんで「おー面白れえじゃねえか。ひととおり撮ってくれ」
こう答え、そいつが部屋を違った角度から4枚、
トイレ、風呂を1枚ずつ携帯のカメラで写したんです。
すぐに終わって「霊ちゃん、いてちょーだいよ」とか言いながら、
そいつが1人で画像見てたんですが、すぐ「あー、なんだコレ」って叫んだんです。
そんときもまだふざけてるんだろうと思いましたが、
集まってのぞき込むと、一枚の画像にありえないものが写ってたんですよ。
それは入り口のドアのほうから、部屋の奥についてるキッチンに向かって撮ったやつで、
画面の向かって左側、ちょうどガスコンロのある前の床に、
黒いものが長々とのびてたんです。それが、うつ伏せになってカメラ側を向いている人、
それも黒く焦げてガザガザになった人の死体に見えたんです。

「ウッソだろ~」口々にこう叫んだくらい鮮明に写ってました。
「お前、フォトショやってたよな。何か画像にトリック入れてないか?」
「無理だよ。ここに来たの始めてで、元画像持ってないから」
それにしても、見れば見るほど不気味で、
黒焦げの人はこっちに向かって右手をのばし、虚空をつかんでたんです。
「もしかしてここ、マジでヤバイとこなんじゃないか」
「そういえば部屋に比べてキッチンが新しい感じがするよな。
 窓のサッシもゴミついてないし、こっち側だけ改修したようにも見えるな」
「当然デジタルだから、2重写しとかのトリックもきかないし」
友人らが好き勝手に気味の悪いことを言い出しましたが、
そのうち写真撮ったやつが「うーん、これちょっと俺やってみるわ」こう言って、
画像に焼死体?のある部分にうつ伏せになって同じポーズをとったんですよ。

「どうだ、何か感じるか?」「うーむ、わからんな」とか言ってましたが、
突然「あちちいっ!」と叫んで跳ね上がったんです。
それも体操選手みたいにうつ伏せの状態から。
「あち、あちちちち」友人は蛇口をひねってシンクに頭を突き出し、
ジャーッと首筋に水を浴びたんです。1分以上そうしてましたが、こっちに向き直ると、
「・・・撮んなきゃよかったこんな写真、俺、死ぬじゃねえか」低い声でそう言って、
すたすた部屋を出てってっしまったんです。
あまりのリアクションに、こっちもしばし固まってしまい、
「追い待てよ!」と追いかけたときには、やつはバイクに乗って走り去ってしまった後でした。
「なんだよアレ」 「マジでこの部屋で焼死した人がいて、その霊が乗り移ったとかか」
「まさかそんなこと」 「でもよ、確かに写真に変なものが写ってたよな」

「・・・・俺、死ぬって言ったな」
その携帯は友人が持ってってしまったんで、画像はもう確かめることもできませんでした。
その日は引っ越しの手伝いの礼に、
鍋でもつついて部屋で飲もうって計画を立てて、金も用意してたんですが、
こんなことがあって気勢をそがれ、もう一人の友人も帰ってしまいました。
で、部屋に一人になったら、やっぱり気味悪いんです。
焼死体があったキッチンの場所もそうだし、部屋全体もね。
しかたなく発泡酒をあけて、ふだん滅多に見ないテレビを音量を高くしてつけてました。
で、9時過ぎ頃、俺の携帯にメール着信があったんです。
見てみると、さっき写真を撮った友人からで、
「気にするな あの画像はトリックだ 昨日ふざけて作ったのを重ねたんだよ スマン」
こんな内容だったんです。

そういうことが可能なのかどうか俺にはわからなかったですが、
なんかビビってたのが馬鹿らしくなって、電話して文句言ってやろうと考えました。
ところが、その友人につながらないんです。呼び出し音じゃなくて不在通知で。
でもメールが来てすぐにかけたんだから、
これもおふざけなんかと思いまた腹が立ってきました。
その直後です。別の友人から連絡が入り、
それは「○○(写真撮ったやつ)の家が火事になったみたいだ」というもんでした。
友人は自宅通学で場所は近くでもないんですが、部屋にいるのがホントに怖くなってきて、
チャリで行ってみたんです。そしたらマジに火事でした。
まだ煙と炎があがってる状態で、消防車が多数出てて近づくこともできなかったです。

ただ、野次馬が家の人はみな救出されたみたいだと話してたのを聞きました。
でもね、結果としては、友人は逃げ出したものの気道に大やけどをしていて、
その日のうちに病院で亡くなりました。それ以外の家族は軽いやけど程度でしたよ。
もちろん携帯の画像がどうなったかわからないし、
友人の葬式にも出たんですが、聞くことはできなかったです。
火事の原因は、火元は友人の部屋ってわかったんですが、
家は全焼でそれ以上はまだ不明のみたいです。煙草を吸ってたんであるいは・・・
あと俺のアパートのほうですが、これはケンカ腰で大家を問い詰めたんです。
返事によっては解約して出てもかまわないと思ってました。

ところがね、俺の前にはやはり一人暮らしの大学生が3年間住んでて変わったことはなし。
そいつは一流企業に就職したとか余計なことまで聞かされました。
その前は短期で工事の人が住んでて、
そのときボヤがあったのは確かで部屋も改修したが、
油を焦がして天井や周囲が煤けた程度で、死人どころかケガもなかったそうなんです。
それ以前は新築にまでさかのぼって、死人も火事もなし・・・
これは不動産屋にも確認したから間違いないです。でね、結局部屋は出たんです。
友人のことはもちろん、焼死体?のあったキッチンの部分が気になって、
そりゃいられないでしょ。アパートは今もありますよもちろん。
新しい人が入ったかどうかはわかりません。もう近づきたくないんですよ。



*この話には元ネタがあって、心霊オカルトに詳しい方ならご存じかもしれません。
2001年12月8日の朝日新聞の『おいしさ愛情便』という読者の創作料理を紹介するコーナーで、
焼死体と思しき奇妙なモノが写っているとして話題を集めました。

>記事:『冬の野沢菜カレー 〜意外に合う和風の具〜 』
6年前にインドに行って以来、様々なカレーを創作しては、友人らにふるまっています。
冬に、長野の実家から届いた野沢菜を付け合わせたところ、とても相性がよいことに気づき、
食感のバランスを考えながら、旬の食材を取り入れるなど、具や味付けに工夫を重ねています。
(江東区自由業 26歳)


下にその画像を載せておきます。
これは自分の見るところでは、壁に掛けた絵かポスターが写り込んでしまったものだと思いますし、
ネットでもそのような意見が多いです。もしかしたら彫刻の写真かもしれません。
美術に詳しい人なら元のが何かもわかるんじゃないでしょうか。
よく見れば、キッチンの床と、焼死体?の寝ている床の高さや角度が合っていませんし、
色彩のトーンも違いますね。
この画像だと不気味な感じですが、全体を見ないとわかりませんし、
自由業の方の好みとしてはありな気もします。
まあ、こういうあまり役にもたたないようなオカルト知識も頭に詰まってて、
自分の怖い話のネタになってるわけです。






死字 3題

2014.10.03 (Fri)
粘土

小学校低学年のときの話なんだ。
だから記憶が曖昧だし、ずっと覚えてたわけでもない。
こないだあることがあって、不意に記憶がよみがえってきたんだよ。
部屋で粘土で遊んでたんだ。俺はあんまりテレビゲーム系が好きじゃなくてね。
レゴとか粘土、あと家にあった児童文学全集なんかを読んでることが多かった。
外で遊ぶこともあんまりなかった。
粘土といっても、3歳の息子とおもちゃ屋で見た最近のは、
カラフルなやつばっかりだったが、
俺が遊んでたのは灰色を濃くしたような昔のものだった。
プラスチックの箱に入ってて、しばらく遊ぶと手がじとっと油っぽくなるやつ。
そのまま遊ぶと机の上も汚れるんで、
親が用意したビニールの敷物の上に出して怪獣とかこさえてた。

あるとき、粘土遊びの途中でトイレか何か用事があってその場を離れたんだよ。
で、帰ってきたら固まりになってたはずの粘土が平らに薄く引きのばされてて、
そこに顔を押しつけたような跡があったんだ。
もちろん粘土は薄いからデスマスクみたいなはっきりした跡にはなってなくて、
かろうじて顔とわかる程度だったけどな。
その顔の額の真ん中に「し」というひらがなが指でほられてた。
でっきり2歳年上の兄のイタズラだと思って、抗議しようと兄の部屋に行ったんだ。
この兄は母が再婚した義父の連れ子で、いつもイジワルばっかりされてたからね。
そしたら兄は遊びに出てるらしく自転車がなくなってて、家の中には自分しかいなかった。
たしかその日は親が町会の集まりに出かけてて、
二人で留守番をするように言いつけられてたはずだ。
心細くなって、早く帰ってこないかなと思いながらずっと粘土遊びを続けてたんだ。
ところが、8時過ぎても誰も帰ってこない。

親はともかく兄がそんなに遅い時間に家に戻らないはずはないんで、
玄関まで出てみたら外が真っ暗になってた。
それから10分くらいで義父が戻ってきたが、俺の顔を見るなり「兄が入院した」って言った。
自転車で家に戻る途中の坂道でひどく転んで頭を切り、
近くの人が救急車を呼んでくれたらしい。
兄から場所を聞いて、病院から町会をやってた公民館に電話が入り、
あわてて親が駆けつけたってことだったと思う。兄は意識はあるが頭を強く打ったんで、
一晩入院して様子を見ることになったんだ。母親が兄につきそうということだった。
で、義父が買ってきた弁当を食べて部屋に戻ったら、
さっきまでいじってた粘土がまた平たくつぶれてて、
そこに「ざんねん」と字がほられてたんだよ。
「ざ」の ゛ の部分なんて、箸先を突っ込んだように深かった。
怒られるんじゃないかと思ったか、義父には言わなかった気がする。

で、それから20年以上たって、こないだ義父が亡くなり、
これを機に母は俺の家族と住むことに決まって、実家は売り払う手はずになったんだ。
もちろん築数十年の建物は解体し、更地を売るってことだな。
物の整理をするために兄と実家に行った。
形見分けと同時に、業者が入る前にめぼしい物を回収しておこうってわけだ。
俺の部屋も兄の部屋もほぼ昔のままに保たれてて、勉強机もそのままあった。
何気なく下部の大きな引き出しを開けてみたら、
雑多なものの一番上に粘土のプラスチックケースがあった。
懐かしく思い、手に取って開けてみたら、中の粘土は赤茶色に変色してカチカチになり、
量も四分の一くらいになってたが、その固い表面に「死」と書かれてあったんだ。
さわってみると文字の部分だけ柔らかい感じで、最近ほったもんのような気もした。
それで急に昔のことを思い出して、今こうやってしゃべってるんだよ。

テープ

マンションを買ったんです。もちろん何十年のローンです。
私も30歳を過ぎましたし、結婚できるかどうかもわからないので、
一大決心をしたんです。
それに仕事のほうは順調でしたから。
アパレルの営業をやってるんですけど、大きな取り引きをまとめた成果が評価されて、
男性社員を追い越して昇進することも内々に決まってたんです。
それで、引っ越しも終わった午後のことです。
マンションは1DLKなんですが12階にあり、まわりにはあまり大きな建物もないので、
ベランダに出るとすごく気持ちがいいんです。
ラフなトレーナーのまま、両手を横に広げると布地が風でバタバタいました。
そのとき何だか叫びたくなったんです。
根城ができたこと、仕事の成功などで達成感があったんだと思います。

両隣をうかがうと、平日の午後のせいかサッシ戸は閉まって、
カーテンが閉められてるようでした。
それで、少し遠慮がちな声で、手を広げたまま「やった-」って叫んでみたんです。
声はすぐ風にかき消されてしまったので、今度はもう少し大きな声で。
そしたら、空のかなり先のほうに虹みたいなものがわき出てきました。
100m以上は離れてたと思います。高さは私がいた12階の少し上くらいです。
最初は7色の煙の固まりかとも思ったんですが、それがだんだん近づいてきました。
近くになると何だかわかりました。あの、包装用のテープって知ってますか。
私の会社でも扱ってるんですが、ギフトの装飾でリボン結びにしたりするテープです。
あれが、一色が数十本くらいの束になった状態で、
何色もからみあったまま空を飛んでたんです。
全体としては、ぐるんぐるん回転しながら玉になってる感じ・・・想像つきますでしょうか。
変なものがあるなあ、とは思いました。そのときはまだ怖いとは感じなかったんです。

でも、見てるとだんだん大きくなってくる。
かなりの速さでこっちに近づいてるんだと思いました。
生き物みたいな意志があるように、私の部屋のベランダめがけて飛んでくるんです。
空中だから距離感がよくわからないんですが、20mほどに近くなったときには、
玉は直径3mくらいあるように思えました。
「このままだとこっちに突っ込んでくる」そう思いました。
あのテープって、指が切れたりすることがあるくらい鋭いんです。
鳩よけネットがありましたが、危険を感じて部屋に走り込みサッシを閉めました。
その直後、色の固まりがネットにあたって大きく揺れるのが見えました。
テープはばらけてほとんどは下に落ちたようでしたが、
ひっかかってるものも何十本かありました。もう動かないようだったので、
不思議なことがあるもんだと、おそるおそる外に出てみました。
ネットにかかってるのはほとんどが赤のテープで、何か字の形になってる気がしました。
もう一度部屋に戻り入り口の壁まで下がったら、それは「死」という文字に見えたんです。

祈り

前に友だちに誘われて、新興宗教の教団に入ったことがあるんです。
その友だちは女です。下心があったんだろうって思われるかもしれませんが、
それはないです。きれいな人ではありましたけどね。
でも何度かセミナーに参加してみると、あまりに変なことばっかりだったんで、
半年ほどでやめさせてもらいました。
脱会するときはちょっとしたトラブルはありましたが、
こっちが弁護士を雇うようなそぶりを見せると、それ以後は関係が切れました。
え、何系の宗教かって?いや、自分はそういうの詳しくはないんですが、
あっち系・・・キリスト関係ではないです。
密教みたいなものでしょうか。
施設内に、阿修羅とか夜叉とかそういうのの古い木像がいくつも祀られてありましたから。
曼荼羅図みたいなのも見た記憶があります。
けっこう詳しいって・・・いやいや。

でね、これが徹底的に現世利益を願うんです。
日常のちょっとしたことで得をしたい。合格したい、昇進したい、良縁を得たい・・・
何でも願えばかなうみたいに言ってましたよ。
いやもちろん、誰でも適うわけじゃないんですよ、それは。
修行に応じて適うんです。まず魂の段階を高めて、
そうすれば自在力を行使する範囲も広がるってのはよくある話じゃないですか。
で、魂の段階を高めるには、瞑想なんかじゃちょっとずつしか進めないけど、
教団に寄進や報謝をすれば一気に段階が高まるっていう、
絵に描いたような金取りの形ですよ。でも、後に得られる利益を考えれば、
今寄進する額なんてわずかしいもんだって思わせるテクニックがよく研究されていまして。
かなり詳しいじゃないかって・・・いやいや。
でね、利益が得られるってことは、この世を自在に操れるってことですよね。
それには裏もあるんです。

ここの方々なら、おわかりですよね。俗にいう呪いです。
もちろん呪いなんて言葉は使わないんですが・・・バチをあてるって言えばわかるでしょう。
自分の気に入らないやつ、恨んでるやつに罰があたるようにお願いするってことです。
1回だけですが、それやってる現場を見たことがありますよ。
施設には地下があって、そこはわざと洞穴を掘り抜いたような形に装飾されてまして、
暗い中を、神像なんかがライトアップされて雰囲気が怖いんです。
そこに、呪いじみたことを行うスペースもあったんですよ。
護摩壇がありまして、とにかく煙かったです。
幹部の一人が装束をつけて壇に向かって祈祷していました。
その後ろに灰を入れた石版がありましてね。願者はそこで祈りながら、
両端の尖った金色の道具で灰の上に何度も「死」という字を描くんです。
その行をやってたのが、自分を誘った女の子だったんですよ。
ものすごく真剣な顔で、手に力を込めて何度も何度も・・・
それを見ちゃったのも、興ざめしたっていうか、抜けさせてもらった理由の一つなんです。

『死字』殷墟書卷甲骨文字

*この字はヤバイですよ力があります。





呪い 3題

2014.10.02 (Thu)
興信所の社員だ。今夜ここへ来たのは謝礼がほしかったからで、他意はない。
ただね最低限、職業倫理は守りたいんで、個人名、団体名はすべて伏せさせてもらうよ。
探偵さん、なんて映画で見るようなカッコイイもんじゃないから。
地べたを這い回って他人様の秘密を嗅ぎ回る犬の仕事だし、
これで世間の裏もだいぶ知った。
それから話は最初の以外は伝聞なんだが、それでもかまわないかな?
・・・かまわないが、証拠になるものがあればなおいいって?
まあそうだろうな。一番嘘くさい最後の話に関してはCD持ってきた。
それを流すから、あんたたちで判断してくれ。

チラシ

ある個人宅での話。そこは40代の旦那が会社の若手役員で、奥さんは30代。
子どもはいなくて、奥さんは鬱病気味だったらしい。
その原因は教えてもらえなかったが、ある程度の察しはつく。
で、ある朝、家にいる奥さんが新聞を取りに外に出たら、
車庫のシャッターにチラシ大の紙がはりつけられてて、
そこに赤い絵の具で大きく「死にます」って書いてあったらしい。
紙は実際に数日前の大手スーパーのチラシの裏を使ってたんだ。
「死ね」じゃなく「死にます」ってのが変といえば変だが、
その家のやつを恨んで死にますって意味なんかもしれない。
といっても旦那と奥さんの夫婦2人だけなんだけどな。
奥さんは仰天して旦那に告げ、2人で警察に相談しようかとも話したが、
内容が内容だけに近所で噂になるのもアレだし、様子を見ようってことになった。

でね、しばらく・・・2週間ほど何もなし、忘れかけた頃になってまたあったんだ。
今度も朝、奥さんが見つけた。前と同じチラシの裏に赤字で「もうすぐ死にます」って。
今度こそ警察に通報・・・って考えたが、パトカーが来るのも、見張りが立つのも嫌だ。
ま、警察はこの程度で見張りなんてしないけどな。
そのかわりに俺らの会社に相談があって、監視カメラをつけることにした。
もしうまくカメラに写れば、そいつを割り出して会社の強面が談判に行くんだ。
いや、荒事はしない。こっちは弁護士とかもいる健全経営の会社だから。
それからまた2週間して「明日死にます」ってはり紙があった。
カメラは庭木に隠してあるから、素人では気がつかなかっただろう。
会社に持ってって、夫婦立ち会いのもとに映像を映して見たんだよ。
そしたら・・・
朝の4時過ぎだな。まだ暗いうちに家の門が開いて人が出てきたんだよ。

顔は終始うつむいてて、髪に隠れて見えなかったが、
体つきは奥さんに似ていた。それだけじゃなく映像を見ていた奥さんが、
「これ、私のガウン・・・」って言ったんだよ。
あとはまあ想像がつくだろ。
旦那さんのほうは奥さんを怒るわけじゃなく、いたわるようにして帰ったが、
奥さんはその日の夜に失踪して、翌日近くの林で首吊り死体で見つかったんだ。
でね、会社では旦那から調査の料金を受け取り、
その画像のことを警察が知らないうちに、完全に破棄して終わりになった。
で、いいかい。こっからが怖いところで、俺はこの稼業長いから人の特徴ってわかるんだよ。
画像に写ってたのは奥さんじゃなくて、年格好のよく似た別人だ。
髪型はわざと同じにして着るものも揃えた。画像見た会社のやつもみんなわかってるさ。
・・・旦那のほうとは長いつき合いになりそうだな。



ある会社の話。けっこうな人数雇ってるとこだが、一般にはほとんど知られてない。
そこのある部署が、課から部に拡張されることになったんだよ。
で、フロアを移動するお引っ越し。
これは自分らではどうにもならず業者を雇ったっていうね。
デスクを清掃のために運び出したら、パソコンやらの電源がタコ足なんてもんじゃなくて、
しかもホコリまみれでヒドいありさまだったらしい。
まあ、どこもそんなもんだとは思うが、吊り下げ式電源に替えたって言ってたな。
で、大きなとこは業者がやったんだが、細々した部分が残った。
例えば社員更衣室のロッカーとか。
これは会社全体で使ってるんで、部の人数が増えた分、
ロッカーの配置をし直さなくちゃなんない。ただ、女子社員には無理だろうってことで、
私物をいったん全部外に出してもらい、女子更衣室にも男子社員が入ってやった。

禁断の女子更衣室に男が入ったってことだ w
でね、そこのロッカーは鍵のかかる縦長のやつが4人分ひとまとめにくっついてる。
男子社員は、ロッカーを持って動かす役とボウキでゴミを掃き出す役に分かれて、
ある壁面の4つを前に出したんだよ。
そしたら、隙間に入ったゴミ係が悲鳴を上げた。
なんだと思って見たら、蛇の皮だな。ほら昔はよく脱皮したやつが道に落ちてた。
あれを持ってりゃ金運が上がるなんて言ったもんだが、
それの途中で切れないで長くつながってるやつが、
ロッカーの縦長に合わせて貼り付けられてあったんだ。こりゃ気味悪い光景だったろうね。
その4個分のロッカーは全部がそうで、他も動かしてみたら、
ある課の社員分、ほぼすべてに蛇皮がくっつけられてたんだ。

全部で20本以上で、どうやって集めたものか、そういうのを売ってるやつがいるのか・・・
「ほぼすべて」と言ったのは、一個だけその課で蛇皮のないのがあったんだよ。
4個一セットで、他の3つはついてるのにそこだけがない。
でね、そのロッカーの主はその年、飛び降り自殺で亡くなってるんだよ。
4階からだったが、かなりヒドいありさまだったらしい。
すぐには死なないで、折れた両足で這い回って、
そこらじゅうに血で、くねったような跡がついて・・・会社の脇の路地らしい。
重役が、蛇皮について懇意にしてる霊能者に相談をしたら、
呪いがかけられてるって答え。それも課全体にかかる大きなやつで、
蛇皮はむしろその呪いから除外されるための装置らしいんだ。
な、奇妙な話だろ。
呪いの正体を確かめて解くにはかなりの金がかかったようだよ。

呪いの音楽

この話が一番信憑性が低いから、ホントかどうか専門家のあんたらで判断してくれ。
ある水商売の店があったと思ってくれ。ああ、お水ってもソープとかじゃない。
基本は飲食店なんだがお色気も少しはある。
でね、同じ地区に競合店ができた。同業他社ってこと。
そっちのが立地条件がいいし、こういう店はほら、どんな女の子がいるかってまず見に行くだろ。
で、女の質も揃えてたから、だんだん常連客をとられていったんだよ。
こりゃヤバイってんで、古い店のオーナーがケツ持ちしてる筋に泣きついた。
でもよ、ケツ持ちは向こうにも当然いるわけで、
この程度のことでドンパチしてもしかたがねえよな、そんな時代じゃねえ。
今は頭っていうか、いかに知識があるかの勝負なんだ。

で、あんたら呪いの音楽なんてのがあると思うかい?
どうやら南米のマフィアが作ったものみたいで、もちろん市場で流通してるわけじゃない。
ごく特種なルートで流れてるんだ。
高いっちゃ高いが原価はそんなでもないし、そもそもこういうのってダビングできるだろ。
もしかしたらコピーで効果が薄まっちまうのかもしれないがね。
その呪いの音楽を、どうやってかライバル店のバックグラウンドミュージックに紛れ込ませた。
ま、簡単にできるだろ。相手の店はウエーターとか新規で雇ってるんだし。
でね、これが効果覿面。客足が落ちるなんてもんじゃなく、死人が出るんだ。
ホステス、支配人、客、オーナーの家族・・・・オーナー自身も今入院中で危ねんじゃねえかな。
まず閉店は間違いなしだろう。

どうしてその音楽のことを知ってるのかって?
うん、知り合いの筋者に聞いたんだよ。
俺らは警察じゃねえから、チャカも令状も持ってねえ。知識が勝負な点は同じだから。
音楽を聴いてみたのかって?いやだから、今ここに持ってきてるんだよ。
話が終わったら流す。音楽自体は、エスニック風っていうのか俺はよくわからねえが、
スローなオルガンのバックに太鼓の音が入ってるようなやつだ。
南米の民謡とかが原曲じゃねえかな。歌はないよ。
太鼓の音がトンタカトコタカって、ジャズみたいなリズムで入ってる。
聞いてて眠気がくるようなバックミュージックに最適の曲だ。

だがな、その筋者はこの曲の元になってるビデオを見たことがあるって言うんだ。
見た、だけで音は消してあったようだ。
古代遺跡のようなとこの地面に、頭を剃られた男女が首だけ出して並んで埋められて、
口から血を流してた。声を出せないように声帯や舌を切られてたらしい。
でね、奏者がその頭を木のバチでリズムよく叩くんだよ、死ぬまで。
その叩く音を拾い出し、オルガンその他は後でつけ加えた・・・リミックスとか言うらしいな。
その加工の段階でもいろいろ呪いの細工をしたって。
どうだ、嘘くせえだろ。俺を半端もんと思って筋者がからかってるんだよな。
ラジカセ持ってきてる。今流すから、そんなにせっつくなよ。ほらこれだ・・・・
あっ、あんたら何で立つんだよ?何でみんなして耳塞いで逃げるんだよ、おい、ふざけるな!!








ぬらり

2014.10.01 (Wed)
1ヶ月前のことです。昼休み少し前、
会社の受付から面会人が来ているとの連絡がありました。
集合ビル1階の喫茶店でお待ちになっている田中さんということでしたが、
まったく心あたりがなかったんです。
行ってみると、通りに面した席でこちらに向かって手を挙げた人物がいました。
思わず「うっ」という声が漏れました。異様な姿だったんです。
着てるものは黒いスーツでしたが、よれよれであちこちほころび、
ずいぶん年代物の喪服に見えました。しかもご丁寧にも黒のネクタイをしめていました。
体は痩せていて、スーツはブカブカでしたね。
で、背が高そうには思えないのに、椅子にかけている座高が異常に高いんです。
これははっきり頭が大きいせいです。

その人物は、挙げた手をひらひらと頭上で振り立ち上がりました。
「こっちですよ田中さん」その人物が言ったので、近づいて「私は山本ですが」と答えると、
「ああ、そうでした、そうでした。田中はわたしですよね。
 あなたです、あなたに用事で来たんです。どうぞどうぞ」
とテーブル向かいの席を勧めてきたんです。女のような声でした。
私は不審に思いながらも椅子にかけ「ご用ということでしたが?」と尋ねました。
それにしても、やはり頭が大きい。
常人の倍とまではいかなくても、1・5倍は間違いなくありました。
しかも形が変で、何というか、らっきょうの細いほうを下向きにしたような形だったんです。
顔の造作も奇妙でした。

垂れ目が腫れぼったく、鼻がひょーんと長いんです。茄子をくっつけたような形で。
「はじめまして。わたしは『ぬらり』と申します」その人物が名のったんで、
「田中さん、と聞いてきたんですが」
「それはね、方便ですよ。ええ、偽名です」
「何でまた?」そのとき、その人物の首筋で、何か小さいものがピョンと跳びはねました。
ノミとかでしょうか、いやしかし今の世に・・・
「いやいや、ホホホホ」その人物が口に手をあてて笑ったしぐさが女っぽくて、
すごく気味が悪く、鳥肌が立ちました。
「何のご用件ですか?」早く済ませてしまおうと、単刀直入に聞きました。
「はい、あなた○○に土地をお買いになりましたよね」
「ああ、ええ、買いましたよ。それが何か」

「どうしてあんな山の中にまた」
「それよりあなた、何で土地を買ったことを知ってるんですか?
 いや、別に秘密でもなんでもないですけどね。ログハウスを自分で建てるんです。
 別荘と言うほど立派じゃないが、週末を過ごすためのもんです。
 あと、ブログを作ってそのDIYの様子も公開するつもりでいます。それが何か?」
「いやあ、やめてほしいんですよ。あのあたりは運気の高い土地でして、
 仲間がよく保養に行くんです」
「仲間って?」
「妖怪仲間ですよ。わたしが代表で来ました」
ここまで聞いて馬鹿らしくなって席を立ちました。

「変な言いがかりはやめてください。もう登記の変更も支払いも済みました。
 木材も注文してあるんですよ」
「ぜひ手放していただきたい」
「しつこい人だな。まともな話なら聞かないわけじゃないが、妖怪って何です?
 ふざけたことにはつき合いきれない」
こう言って、背を向けたんです。
「ああ、待って」
「しつこいと警備員を呼びますよ」ずんずん歩いてその場を離れました。
後ろで「食べちゃいますよ~」と歌うような声が聞こえましたが、
何のことかはわかりませんでした。

憤慨しながら会社のフロアに戻ると、もう昼休みが始まっていました。
「何だったんだ今の、嫌がらせか?にしてもあんな土地、価値なんてないだろうに」
そう思っていると、携帯が振動し、出てみると家にいる妻からでした。
「ねえ、今電話だいじょうぶ?」妻が不安そうな声を出したんで、
「どうしたんだ?」と聞きましたら、
「あなたの知り合いって人が家に来てるんだけど、何だか様子が変で」
「どんな人?」
「田中って名のったんだけど、変なのよ」
ここまで聞いて、とても嫌な予感がしました。でもね、まさかとも思ったんです。
会社から家までは電車とバスで1時間半以上かかりますから。

「どうしてそんなやつ家に入れたんだ?」
「入れてないわよ。玄関の鍵はずっとかかったままで、朝から1回も開けてない。
 それなのにいつの間にか家の中にいたの。気がついたら客間に座ってテレビ見てた」
「今もいるのか?」 「ええ」
「どんな人なんだ?」
「それが・・・頭が大きくて鼻が長いの。黒いスーツを着てて・・・」
そこまで聞いて絶句しました、しましたが妖怪とは思いませんでしたよ、まさかねえ。
会社から私の家まで5分足らずで移動できるはずはありません。
双子を使ったんでしょうか兄弟とかなのか、それにしても手が込んでます。

「いいかよく聞け。まずその部屋には近寄るな。そっと外に出て警察を呼べ。
 外から鍵をかけて、不法侵入者がいますって通報するんだ」
ここまで言って、ふと妙なことを思いつきました。
「そうだ、こないだ夏物の服を整理したあと燻煙殺虫剤を焚いたよな。
 あれまだ残ってるはずだし、この前やったのを見てただろ。ヒモを引くだけだ。
 あれ仕掛けてから外に出ろ」
「・・・いいのかしら?」
何でそんなことを思いついたのか自分でもわかりません、さっきのやつが来たとき、
ノミみたいなのを見たからなんでしょうか。

「かまわん。玄関で焚いてすぐ外に出ろ。休暇をもらってそっちに行くから」
「携帯は切らないままにして部長に事情を話し、外に出ました。
「どうだ、やったか」
「ええ、言うとおりに殺虫剤焚いて出た。外から鍵もかけたし通報もしたわ」
「よし、どっか近所の家にでも・・・いや、コンビニに行って待ってろ。
 あそこからなら通りが見えるし、パトカーが来たら追いかけてって事情を説明しろ」
「あ、あ、家の中で何か怒鳴ってる」
「ドア閉めて外にいるんだろ、聞こえるはずないじゃないか」
「でも聞こえるのよ。食べちゃいますよ~って叫んでる」

でね、警察が来たときには家の中は殺虫剤の臭いが充満してましたが、
誰もいなかったんです。
妻が玄関を開けたんですし、警官が見回ってもすべての窓の鍵、裏口も閉まってました。
「ホントに人がいたんですか?」みたいな対応もあったようです。
私が家に戻ったときにもまだ警察はいましたので、会社での出来事も話したんです。
警官も首をかしげてましたが、
「不法侵入で告訴しますか?いずれお宅には毎日警邏します」
こんなふうに言われました。告訴のほうは保留し、巡回をお願いしました。
で、家の中は客間もその他も特に異常はないと思ってたんです。

不安なので土曜になったら、買った土地も確かめにいこうと考えました。
夕方になり小3の息子が帰ってきて、妻が夕食の支度をしようと冷蔵庫を開け、
大きな悲鳴を上げました。
何事かと思い行ってみると、台所の床に藁包みが落ちて中身がこぼれてました。
それが、テンプラに揚げた数匹のネズミだったんです。
これ、何なんでしょうね。手土産代わりのつもりなのか、
それとも呪いのアイテムとか?
・・・思えばこれが、いまだに続いてる妖怪との戦いの始まりだったんですよ。
(続きません)