2014.11.30 (Sun)
建設現場で働いてた。高校を卒業して2年目だな、そんときにあった出来事。
バイト、バイトのつもりでやってたんだが、もう現場暮らしが10年近くなる。
秋のことだったな、10月の終わり。木曜の仕事が終わったとき、
本社の酒田さんから「飲みに行かないか」って声をかけられた。
本社ってもゼネコンとかじゃなく、ただの地方都市の建設会社なんだけどな。
酒田さんは当時50近かったがまだ現場に出てた。叩き上げの作業員だったんだ。
そんな年でも、腕がぶっとくて力も強かった。
ああ、もう亡くなってる。去年、事故でな。・・・定年間際だったのに。
酒田さんとは渓流釣りの趣味がいっしょで、ときどき2人で釣行に出かけてた。
だからそんときも釣りの話かと思ってたが違った。
居酒屋で聞いたのは「今度の土曜、いっしょに墓参りに行ってくれないか」ってこと。

これはちょっと面食らった。なんで俺が同行しなきゃいけないかわかんないだろ。
それと土曜は仕事が入ってたんだ。そのことを言うと酒田さんは、
「休め。俺が上に話しといてやるし、日当も出すから」って。
くわしく聞くと、娘さんの墓に行くってことで、これもビックリした。
酒田さんは家族の話とかしたことないし、てっきり独身だと思ってたんだ。
娘さんは8歳、小学校の低学年のときに事故で亡くなったということで、
墓は奈良県の山奥にある。車で片道4時間はかかるらしい。
そこは酒田さんの生まれた土地で、嫁さんをもらって農業をやってたのが、
娘さんの事故がきっかけで離婚し、その後こっちに出てきたってことだった。
意外なことばっかりで、俺はてっきり最初から現場作業員だと思ってたよ。
知識が豊富で、資格もたくさん持ってたしな。

そこの集落はだいぶ前に過疎で廃村になり、
墓所なんかも寺ごと新しい土地に移ったそうなんだが、
酒田さんの娘さんの墓はまだそこの山の斜面に残ってるってことだった。
で、何で俺がいっしょに行く必要があるのか聞いたら、
酒田さんは少し口ごもった後、「怖いんだよ」とぽつんと言った。
土曜の朝8時に酒田さんが来るまで迎えにきてくれた。それが新車のマークⅡ。
前は古いハイエースのバンだったんで「すげえですね」って言ったら、にやっと笑った。
俺が助手席に乗り込んで出発。12時前後には墓のある廃集落に着く。
すぐに車の後部座席にでかい荷物があるのに気づいた。
ビニール袋をすっぽり被せられた白いもんが横になってた。1m以上あった。
「あれなんスか?」って聞いたら。「ヌイグルミの人形」って答え。
「ああ、娘さんへのお供えですか?」 「・・・まあそうだ」

車通りの少ない国道を走ってると、朝から曇ってたのが小雨が降り出した。
「ああ、雨降ってきたっスね。墓参りのとき晴れりゃいいスけど」
「大丈夫だ。てかお前、天気予報見ねえのか。
 奈良県は雨になるって出てたから雨合羽2人分借りてきた」
「用意いいっスねえ」 「つか現場の基本だろが」
こんな感じで話が進み、「娘さんの墓参りって毎年行ってるんスか?」
「いや、それがな。もちろん7回忌あたりまでは毎年だったが、
 その後はぽつりぽつりだ。・・・夢でわかるんだよ。そろそろ出てくる頃だって」
「出てくるって、何がスか?」 「だから人形だよ」
話がかみ合わなかった。酒田さんは酔ってるときでもこんなことは言わなかったんで、
変に思ったが、ずっと気になってたことを口に出した。

「怖いって言ってましたよね。何が怖いんスか?」
「それは・・・人形というか、娘がだよ」酒田さんは思い切ったように言って、
車のラジオのスイッチを入れたんだ。雨脚が強くなってきた中、
俺らは押し黙ったままラジオを聞きながら走った。
「車、快調っスね」沈黙に耐えきれなくなって俺が言うと、酒田さんはうれしそうに、
「そうだろ。前からマークⅡが欲しくてな。
 こんくらいの贅沢はしたって罰はあたらないだろ。
それからずっと車の話になった。2時間ほど走ると、車は市街地を出て山中に入った。
雨はその頃にはザーザー降りで、ワイパーを最大に動かしても前が見えにくかった。
さらに1時間走ると県道からもっと細い道に入り舗装が切れた。
「スゴイとこに住んでたんスね。こりゃ廃村になるわ」

「ま、電車も通らねえどころか、こんな砂利道だからな。おして知るべし。
 お、もうすぐ集落に入るぞ」前方の雨の中に鳥居のようなのが見えた。
と言っても赤くはないし、横木は一本だけに見えた。
「なんスか、アレ?」 「昔、湯治場だった宿の広告用のだが、俺が子どもの頃からある」
その下をくぐり抜けたとき、ドコという感じで車の天井で音がした。
「あ、今、屋根になんか落ちたんじゃないスか?」 「・・・・」
酒田さんは前方を見据えたままハンドルを握り続けてて、
車の屋根からフロントガラスに白いものが滑り落ちてきた。激しい雨でよく見えなかったが、
濡れた毛が固まったようなもの。「あ? 動物!」 
それはボンネットを転がって見えなくなった。
「今の見たスよね。白いから野生動物じゃなく、
 ノラ犬とか? 新車、傷つかなかったスか。降りて見たほうが・・・」

「前に来たとき埋めたヌイグルミだよ。5年かかって這い出してきたんだ。
 ・・・これまでの例だと墓に先回りして俺らを待ってるはずだ」
またわけのわからない話になったんで黙った。
車はそれから20分ほど走ったが、道の脇に古びた農家がいくつか見えた。
雨が少し小降りになってた。やがて山の斜面に石段が続いてるとこに出て、
酒田さんは車を停めた。シートを倒して後ろの席をごそごそ探ってたが、
俺に黄色い雨合羽を渡してよこした。2人でそれを着て車外に出た。
雨が合羽のひさしにあたってパチパチ音を立てた。
酒田さんは後部座席の下から引っ張り出したものを俺に渡し、
自分はシャベルとヌイグルミの袋を抱えた。俺が手にしたのは、短めの卒塔婆だった。
筆字は読めなかったが一部分「毒女」と書いてるように見えた。

酒田さんがアゴで上を指し、俺らは並んで石段を登ったんだよ。
石段の両脇は太い杉の木で、ちょうど正午頃だというのに夕方みたいに暗かった、
やがて石段の右に横道が見えた。酒田さんが曲がったので俺もついてったが、
すぐに木立がぽっかりと切れ、枯葉の溜まったところに出た。
木の枝が上に張りだしてるんで、あんまり雨があたらない。
そこに墓らしきものが10ほど見えた。といってもただの漬け物石並の大きさで、
字が彫られてるわけでもない。で、その石のすぐ近くに穴が開いてたんだ。穴は5つ。
どれも子ども1人が入れそうな大穴。酒田さんは持ってきた大きな袋を下に置いた。
「これって・・・」俺がつぶやくと、「娘の墓だよ。どれも全部」
酒田さんは大声を出した。「来たぞ!また来た。埋めに来たぞ」酒田さんが怒鳴ると、
カサリと木の葉を踏む音がした。

そっちを見ると、杉の木の陰に1m少しほどの白いものがいた。
それは木に手をかけながら前に出てきて・・・
ぐっしょり濡れた白いヌイグルミだったんだよ。
土がかなりついてるのと、濡れ固まってるせいで犬なのかクマなのかもわからなかった。
「よし、おいで」酒田さんがヌイグルミに向かって言った。
さっきとは違って優しい声だった。酒田さんが手をさしのべると、
ヌイグルミは四つん這いになり、よたよたと近寄ってきた。
酒田さんの足下に来て黒い目玉を上に向け・・・「おとうさん」って言ったんだ。
その頭に、酒田さんは両手で持ってたシャベルの先端を振り下ろした。
・・・たいして音はしなかった。ヌイグルミにシャベルを突きさした音だよ。
人間の頭の音じゃなかった。ヌイグルミの頭はシャベルの下の泥に半ば埋まってた。

そのまま10秒ほど固まってた酒田さんが「穴を掘るぞ」と言って、
シャベルを枯葉に突き立てた。土は柔らかく、どんどん掘れていったが、
穴が大きいため時間がかかった。
途中で俺が「代わりますか」と聞いたが、酒田さんは首を振った。
でかい穴、子ども1人楽々入れそうな穴だ。
酒田さんはその穴にさっきのヌイグルミを丁寧に入れ、
さらに袋から新しいヌイグルミを出してそれも上に重ねて入れた。
新しいほうも白で、これは俺にはかわいらしい大ネコに見えた。
2つのヌイグルミが入ると穴に土をかけ、酒田さんが「手伝ってくれ」と言って、
2人で近くの石を転がして穴の上に載せた。
「これでまずまず、終わった」酒田さんは大きくため息をついた。

そうして俺が石を転がすときに近くの木に立て掛けてあった卒塔婆を手に取り、
石の後ろに突き立てたんだよ。それから人で来た道を戻った。
車内が濡れるのもかまわず酒田さんは合羽のまま車に乗り、俺にもそうしろと言った。
引き返すのかと思ったが、車は集落の奥に進んで行って、
ボロボロの寺の建物に突きあたった。
そこでまた車外に出て、固く閉まった扉の前で手を合わせたんだ。
お賽銭をあげることもなかったし、俺は何どうしていいのかわからなかった。
ただ酒田さんがそうしたんで、真似して娘さんの冥福を祈ったよ。
「これで全部だ。あと5年は大丈夫だろう・・・あるいは」
5分ほども手を合わせていた酒田さんが言った。
あとは集落を出て市に戻るだけだった。

半日仕事で、穴掘りはあったが、普段の現場に比べればどうということもない。
でも酒田さんがぐったりと疲れた様子だったんで、
俺が「運転代わりますか?」と申し出た。
「ああ、頼む」酒田さんは俺にキーを渡してよこした。
雨はかなり小降りになっていて、町のほうの空は明るかった。
湯治場の横木の下を通ったとき、助手席の酒田さんはちらっと後ろをふり返った。
時間は2時を過ぎてたから、廃集落の中に2時間はいたことになるな。
「腹が空いただろ。もう30分ほど走ると、県道に出るとこにドライブインがある。
 ラーメンもいいがカツ丼もうまいぞ」目を閉じていた酒田さんが言った。
その店を出てまた運転を代わり、市内に戻って俺の寝屋まで送ってくれた。
降りぎわに「娘さんはなんで亡くなったんスか?」と聞いてみた。
酒田さんはゆっくり首を振っただけだったよ。

*「穴」という題にしてたんですが、前に同じのがあるのに気がついて変えました。








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妖精 3題

2014.11.30 (Sun)


高校のときだ。部活の帰りに変電所の近くを通った。
そこは柵の上部に有刺鉄線が巻かれてたんだけど、
なんか変な黒いものが転々とついてた。
「ん!」と思って見たら、大きな熊ん蜂だったんだ。
それが有刺鉄線のトゲに上向きに突き刺さってた。
5匹くらいあったはずだ。右のほうの数匹は乾いてて、さわるとぽろっと崩れそうだった。
「何だこれ?」子どものイタズラかと思ったが、それにしても気色悪い。
そしたら鳥が飛んできて、口に何か咥えてた。
「これ、もしかしてモズの速贄ってやつか?」そう思ったが、
咥えられてもがいてるのが蜂じゃなく、人に見えたんだよ。
モズは鉄柵の上に止まると、くいっと頭を動かしてトゲに獲物を引っかけた。

それがやっぱり裸の人に見えたんだ。3~4cmくらいかな。
背中にあるトンボの羽を上にして、腹がトゲに刺さって血が流れているように見えた。
そいつは「キイキイ」というような声で鳴き、
それから俺のほうに向けて両手を合わせたんだ。
「助けてくれ!」って言ってるみたいに見えたな。
けど高くてどうにもできなかった。モズは容赦なく両足を嘴で咥えて引っぱり、
そしたら小さい人の腹が割けて、ぶばっと液体が散った。
モズは下半身を一口で飲み込み、さらに頭のほうも食べてしまったんだ。
「え、え、え、え、え、」という感じで、自分の見たものが信じられなかった。
そのままモズは飛び去っていったよ。翌日からそこを通るときは注意して見てたが、
二度とそんなことはなかった。トカゲとかの見間違いかな。



小学校の5年生のときの話。4年生からクラス替えがあって、新しい友だちが増えた。
その中で依田君って子がいたんだ。
新しいクラスでは始めに1人1人自己紹介をするけど、
その子が「熱帯魚、アロワナを飼ってます」って言ったんで、「おっ!」と思った。
俺もその頃、熱帯魚を飼ってたんだよ。
ただし、高級魚じゃなくて1匹数百円のグッピー。
それでさえ電気代がかかるからって言って、母親はあんまりいい顔してなかった。
アロワナはもちろん、熱帯魚屋で見たことがあったけど、
身近に飼ってるやつなんていなかったから、ぜひ見せてもらいたいと思ったんだ。
で、休み時間にその子の席に話をしにいって、
そしたらその日に家に来ないかって誘われた。

同じ学区だからそう遠くはない場所だったけど、俺の家とは方角が反対。
だけど高台の変電所の近くにあるという話だったから、
簡単な地図を書いてもらったんだ。
で、家にランドセルを置いてチャリで出かけた。
高台の新興住宅地は何度か下から見上げたことがあるけど、
上ってみたらこれがけっこうな坂で息が切れたっけ。
変電所の鉄柵を曲がり、2本目の小路の3軒目が依田君の家で、
表札が出てたんですぐに見つけることができた。真新しく、かなり大きな家だった。
インターホンを押して「ごめんくださーい。○○小の高橋です、遊びに来ました」
そう言ったら、ややあって、「ああ、どうぞ開いてるから」
大人の男の声がしたんだけど、何だか不機嫌そうな感じだったんだ。

ドアを開けて中に入ると、まだ寒い4月だっていうのに、
ステテコとランニングシャツ姿ののオジサンが立ってた。
「こんにちはー、アロワナ見せてもらいにきました」もう一度あいさつしたら、
オジサンは不機嫌そうな声で、
「ああ、水槽は応接間にあるけど、息子は今ちょっとケガしててな・・・」
こう言って、首にかけたタオルで顔の大量の汗ぬぐったんだ。
オジサンは太ってるってほどでもなかったし、玄関先で暖房も入ってないのにだよ。
「ケガって、大丈夫ですか?」
「医者に行くほどでないから部屋で休んでる。今呼べば降りてくるだろ」
オジサンは階段の上に向かって「おーい、□□!友だちが来たぞ!」叫んだら、
「・・・今行くよ」って声がした。依田君の声だと思ったがなんかくぐもって聞こえた。

降りてきたのは確かに依田君だったが、片足で段をぴょんぴょん跳ねてたんだ。
「どうしたん?」「階段でつまずいた。親指をぶつけただけだけど」
「それ痛いんだよな」こんな会話をしながら、中2階になってる応接間に案内された。
で、中に180cmの大型水槽があったんだ。
俺の家ではとうてい置いておく場所がない豪華なものだった。
泳いでたのは「金龍」といわれる、鱗が金色のやつ。
値段は今数十万クラス。悠々と泳ぐアロワナに見とれていると、
「今、餌をやってみせるから」依田君はひょこひょこ出てった。
そしてプラケースを持ってきたんだ。あのカブトムシとかを飼う、緑のフタのついたやつ。
中に土が敷かれてるのが見えた。「ミルワーム?コオロギ?」って聞いた。
アロワナの餌は小さい金魚が多いけど、昆虫類を食べさせることもあるのは知ってた。

「こいつ贅沢で、これしか食べないんだよ」依田君はそう言って、
プラケースのフタを開けると・・・中に10人くらい小さな人がいたんだ。
4cmくらいかな、裸で、背中にトンボみたいな羽が生えてるのが途中でむしられてた。
そいつらは片側に身を寄せたが、依田君はかまわず1人をつまみあげ、
親指と人差し指ではさんで頭をつぶしたんだよ。
「こいつら泳ぎも上手いから。アロワナが食べやすいようにこうするんだ」
ぽーんと水槽に放り込むと、落ちたあたりに赤い色が広がった。
落ちた小さな人は血をまき散らしながらジタバタ手足を動かしたが、
アロワナがすーっと寄ってきて、一口でぱくりと食べられたんだ。
「○○君もやってみる?」そう言って依田君がプラケースを俺に向けた。
そしたら中の人たちがひざまずいて、祈るように両手を合わせたんだよ。

怖くなって「いいよ、今見たから」後ずさりしながらそう言った。
「そうか」依田君は1人の足を持ってつまみあげ、
振るようにしてプラケースの縁に頭を打ちつけた。タンという音がしたのを覚えてる。
それをまた水槽に放り込んだ。俺は「もう帰るよ」そう言って部屋を出て、
「おじゃましましたー」チャリに乗りって逃げるようにして帰ったんだよ。
このあたりの記憶はちょっとあいまいだけどな。
気味悪いものを見て混乱してたんだと思う。このことは親には言わなかったよ。
信じてもらえそうになかったから。次の日の朝、学校に行ったら、依田君が寄ってきて、
「何で昨日こなかったの?待ってたのに」って言われた。足も引きずってなかったんだ。
その日は帰りいっしょに依田君の家に行った。昨日と同じ場所なんだが、
微妙に雰囲気が違う気がした。応接間も同じだったんだけど、
水槽にいたのは「紅龍」で、餌もふつうのコオロギだったんだ。

虫籠

たぶん前の人たちと同じ場所での話なんじゃないかと思います。
ただ私のはもっとずっと前のことで、高台に変電所はありましたけど、
まだ宅地化されてなかった頃の話なんです。その頃、そのあたりは自然の豊かな別荘地で、
私も両親といっしょに小学校の夏休み中、滞在してたんです。
1人で近くの川に遊びに行った帰り、夕方だったと思うんですが、
まだ小学校前くらいの女の子が変電所のほうからやってきました。
町主催の花火大会のときに見たことがあって、
やはり少し離れたところにある別荘に遊びに来てた子です。
片手に竹ひごで作った虫籠を持ってたので、
「何採ったの?」ってすれ違うときに聞いたんです。
女の子はちょっととまどったような顔をしましたが、虫籠をこっちにあげて見せました。

そしたら、中に人がいたんです。もちろん虫籠に入るくらいの大きさで、
背中に生えた透明なトンボの羽をせわしなく動かしてた気がします。
女の人でしたね。私はぎょっとしながら「・・・それ、何?」と聞いたら、
女の子は「おかあさん」って答えたんですよ。
すると籠の中の人がキイキイした声でしゃべったんです。
「知らない人と口をきいてはだめ。燃やすよ、燃やすよ」こう言ったと思いました。
女の子はバツの悪そうな顔になって、自分の別荘のほうへ駆けていってしまいました。
まあ見間違いだと考えるようにしましたよ。暑い日でしたからねえ。
その夜です、女の子のいた別荘が火事になってね。
かわいそうなことに父親ともども焼死してしまったんです。
母親はいたのかどうかもわかりません。亡くなったのは2人だけと新聞に出てました。









透明

2014.11.29 (Sat)
ビル街

ある大きなオフィスビルで働いています。先日から奇妙な出来事があって・・・
そこのビルは1階の半分が駐車場になってて、
残りがロビーと軽食の店のホテルみたいな作りなんです。
それで、駐車場をのぞくほとんどの壁面が大理石という贅沢な造りなんです。
エレベーターの横にコインロッカー室があって、
そこはさすがに普通の壁ですが、
その前に奥に引っ込んだ形で公衆電話のスペースがあるんです。
今はみんな携帯を持ってますから使う人はほとんどいないんですけど、
ビルの管理会社が撤去しないで、ずっとそのままあったんです。
おとといのことです。昼休み、別の会社に勤めている彼に連絡しようとして、
携帯を忘れてきたことに気がつきました。

たいした用事ではなかったんですが、昼休み、
昼食を食べに行った帰りに公衆電話があったことを思い出して、
その奥まった場所に入ったんです。電話は2つ並んでて間にしきりがあるんですが、
その奥のほうにコートを着た背の高い男の人が入っているのが見えました。
何度かエレベーターで見かけたことがあるような気がしたので、
このビルに入っている別会社の人じゃないかと思いました。
話が聞こえるのは嫌だから電話は後にしようと考えたんですが、
様子がなんだか変でした。受話器を持っておらず、体を斜めに壁のほうに向けてましたから。
こっちからは陰になってはっきり見えなかったんですが、
手で壁をまさぐっているような動きをしていました。
そして横顔に何ともいえない笑いが浮かんでたんです。

その様子が気味悪い感じで、電話はやめてエレベーターに乗ったんです。
その後、6時少し前ですね。退社時にもう一度そこの公衆電話スペースに行ってみると、
だれもいませんでした。手前のほうに入って電話をかけました。
用事が済んで隣を見ると、半透明のしきりごしに突き当たりの壁が見えました。
そしたら床から1mほどの高さのところの大理石に穴が開いてたんです。
つい、興味を引かれて入ってみました。
昼に男の人が触ってたのはこの穴なんだろうか?と思いました。
穴は太めの万年筆くらいの直径で、中は暗くて見えませんでしたが、
そうとうな深さがあるようでした。
それで・・・自分でもなんでそんなバカなことをしたのかわからないんですが、
右手の人差し指を突っ込んでしまったんです。

そうしたら、指を差し入れた瞬間、全身に電気が走ったような感じがしました。
頭の中にたくさんの色や大きさの玉があふれて、それが一つ一つ弾けていく。
そんな幻覚を見たんです。玉はいくつも出てきて、
その中に生き物の姿があるように思いました。
虎や象、もっと小さい昆虫のような生物・・・ほとんどは名前もわからないものでした。
どのくらい時間がたったでしょうか。気がつくと電話のある台に突っぷしていました。
穴に差し入れた指がむずがゆい感じがして、見るとこうなってたんです。
ほら、おわかりでしょうか? 指の腹のほうから爪が見えます。
半透明になってるんです・・・今も特に痛みはありません。病院には行ってないんです。
なんでかと言うと、そのとき呆然と自分の指を見ていたら、
後ろから「もしもし」と呼びかける声が聞こえました。

振り向くと、昼に見た背の高い人が立ってたんです。
その人は「あんたね、その指病院に行っちゃダメだよ。
 行っても無駄だし、むしろ研究材料にされてしまう危険がある。これは負の遺産だから。
 ま、気にしないようにしてれば半月くらいで元に戻るから。
 ケガしたってことにして包帯でも巻いてればいい。
 だけどね2度とやっちゃダメだよ。中毒になる」
「これ、何なんですか、負の遺産って?」私が聞くと、その人は、
「さあねえ、神様のイタズラ・・・贈り物かもしれないな」こう言って、
両手を目の前に出してひらひらさせてから、踵を返して足早に遠ざかって行ったんです。
その手なんですが、両方とも黒の皮手袋をしていました。
・・・寒くなってきましたので、手袋をしてても不思議はないんですけども・・・

湿原

ある湿原に土日かけて行ってきました。単独行くです。
場所は言わないほうがいいんですよね? はい、わかりました。
山歩きと写真が趣味なんですよ。それとアウトドアのブログをやってまして、
それに載せる材料を仕入れるという目的もありました。
いや、寒いは寒いんですけど、今の時期の湿原は歩きやすいんです。
そこは南のほうなので、まだ雪はないですし、
地表に浸みだした水が少なくなって、植物も枯れている。
歩きやすくなるんですよ。薮こぎしなくてもすむ。
でね、1日目の夕方です。写真を撮りながら長距離を歩いてかなり疲れてました。
それで、そろそろテントを張る場所を見つけようと思って、
林の中に入っていったんです。

林の中は湿った枯葉がどこもかしこも積もってて、よさそうな場所がなく、
どんどん奥まで入っていきました。いや、道に迷う心配はなかったです。
そこへ行ったのは2度目だし、携帯GPSも持ってましたから。
地図と照らし合わせれば、現在位置は完璧にわかるんです。
だんだん日が暮れてきたんで少しあせりました。
太陽が落ちると真の闇になってしまいますから。
先のほうに30mほどの高さの台地が見えてきました。
見覚えのある地形でしたが、そのすそのところにコンクリートの建物があったんです。
平屋で、ものものしい造りをしていました。前に来たときには見なかったものです。
コンクリは腐食してボロボロ剥がれているところもあり、
建ってからかなりの年月がたっていると思いました。

近寄ってみると、入り口のアーチになったところに縦に字が彫られてまして、
「帝国陸軍 疫学研究所」と読めました。
戦時中の施設なんだろうか?でも、ガイドブックで見たことはありません。
太平洋戦争というより、明治とかの施設の雰囲気もあって、
そうとうに古い、忘れ去られた施設なのかもしれないと思いました。
でも変ですよね。ここまで来るのに大阪から半日、歩いたのも3時間くらいです。
そんな近場に人に知られないような施設があるなんて・・・ねえ。
こういうのって、それこそ好きで調べてブログに画像を載せる人がけっこういるんですよ。
そんときです。建物の中のほうから小動物が一匹走り出てきました。
毛色が変わりかけのウサギだと思ったんですが・・・
内蔵が透けて見えたんです。

すぐに枯葉の山に走り込んでしまって数秒しか見てないので、事実と違うかもしれませんが。
ウサギは毛があるのは頭と4本の足の部分だけで、
胴体には毛が生えておらず、半透明になっていると思いました。
海のことは詳しくないんですが、クラゲみたいな感じで表面がぬめっていて、
赤っぽい内蔵が透けて見える・・・色素異常か突然変異だと思いましたよ。
気味が悪くなりました。そのとき、建物の中から音が聞こえたんです。
キシ、キシ、バリンっていう大音響。それを聞いてなぜか、
氷河が割れる様子が頭に浮かんだんです。
「ここは、よくない場所だ」という勘が働いて、早々にその場を離れました。
日没が迫っていたので、台地の反対側に回ってテントを張ったんです。
その夜は。特に何もなかったと思います・・・

夢を見ました。それが右手の指先を囓られている夢なんです。
囓ってるのはあの建物から出てきたウサギ・・・かどうかはよくわかりませんでしたね。
自分のイメージとしては、いろんな動物が少しずつ混じったもの、
ほら生物進化の枝分かれした図ってあるじゃないですか。
あそこに出てくるいろんな生き物が入り交じって一つになったような。
でもね、自分の両手は冬季用のシュラフの中にあるんですから。
朝になって、特に痛いところもなかったんですが、
ウエットティッシュで顔を拭こうとしたとき、異変に気がつきました。
夢の中で囓られていたと思った人差し指、ほらこれです。わかりますか?
半透明になってるんですよ。血管と骨が見えます。もちろん医者に行きましたよ。
そしたら特別な症状だからって、東京の大学病院を紹介されまして。明日行く予定なんです。







雑談(妖怪の変遷)

2014.11.27 (Thu)
今日も時間がなくお茶濁し的な短文なんですが、
一昨日、世間を席捲するようなオカルト話題がない、と書いて、
一つ忘れていることがあるのに気づきました。「妖怪ウオッチ」ですね。
ずいぶん流行っているみたいです。
自分はゲームはやりませんし、あまりオカルトというイメージが自分になかったので、
意識に上ってきませんでした。
実際、「ヒキコウモリ」とか「ひもじい」とか、
ダジャレ的な要素の強いかわいいキャラが多いですので。

さて、妖怪の歴史は、まあ当然ですが時代の変遷と関わりがあります。
平安時代の頃は「もののけ」という言葉が『枕草子』に出てきますが、
明確な姿形を持たない気配のようなものであることが多いようです。
『百鬼夜行図』などには妖怪の絵姿は表されていますが、
付喪神という古くなった器物の精や、年を経た動物の姿で書かれています。
つまりまだこの頃は、
自由な姿に妖怪を想像するという段階には達していないわけですね。
もう一つ、情報の伝わり方の問題があります。
昔の農村社会は閉鎖的でしたので、他の地域からの情報、
特にビジュアルなものがなかなか入って来ませんでした。
だからある一つの妖怪について、
地域によって特性が異なっていたりするわけです。

この例としてよく知られているのが河童です。
河童には猿型と亀型があります。
猿型は全身に毛が生え、鋭い歯を持っていまいて背中に甲羅がない場合もある。
頭頂部の頭蓋骨がへこんでいて水が溜まる。
亀型は、すっぽんのような甲羅を背負い、皮膚は鱗があって爬虫類的、
頭には皿がのっています。
これらの分布を調べてみれば、興味深い結果が得られそうです。

また河童の出自についても、西日本では大陸から渡ってきたもの、
とされることが多いのに対し。
東日本では偉い呪術師(安倍晴明や役行者)が使った式神のなれの果て、
といった伝承が多いです。
このような状況であったのが、江戸時代になって妖怪を題材とした本
(黄表紙や御伽草子)、が隆盛し、これらは挿絵入りの絵本であったため、
だんだんにその妖怪のビジュアルや属性が全国的に統一されていったのです。

この時点で創作された妖怪も多いです。
特に豆腐小僧などの、怖いというよりユーモラスなものが多く出てきました。
大きな頭に竹の笠をかぶって丸盆を持ち、
その上に紅葉豆腐(紅葉の型が押されている)
を乗せた子どもの姿で描かれています。
この妖怪は、人間に対してたいした悪さをするわけでもなく、
妖怪仲間からは無視されたりいじめられたりする存在です。
当時の豆腐屋の宣伝用のゆるキャラであったとする説や、
流行していた天然痘と何か関わりがあるとするやや怖い説もあります。
江戸時代には、他にも創作妖怪とみられるものがいくつも出てきますし、
「妖怪ウオッチ」の世界とやや似通った面があるかもしれません。

現在持たれている妖怪のイメージは、
水木しげる先生の作画によるところが大きいです。
例えば「砂かけ婆」と言った場合、
もはや水木妖怪の姿しか思い浮かべることができません。
イメージの固定化がなされてしまっているんです。
これはよい面も悪い面もあって、自分の話に妖怪を登場させる場合でも、
あまり水木漫画で知られたキャラはやはり避けてしまいます。
一つの作品で有名になった妖怪は、全国に知れ渡ったがために怖さが薄れたり、
自由な想像がきかなくなったりしてしまうのです。
まあしかし、妖怪フアンとしては、
どんな形でも妖怪が話題に出るのは嬉しいことではあります。
じつは妖怪ってホントにいるんですよ。

北尾政美『夭怪着到牒』より豆腐小僧
着ている浴衣の達磨の絵柄は、天然痘除けに効果があると当時言われていました。






繭の記憶

2014.11.26 (Wed)
地元テレビ局の公開収録の会場にいました。彼といっしょにです。
その番組はローカル局が作っているバラエティなんですが、
心霊現象や超能力を扱ったコーナーが好きで、ちょくちょく見に行ってたんです。
その日は、地元の精神科医の先生が出演して催眠術を実演してくださる予定でした。
退行催眠といわれるものです。これは催眠状態に入った人の記憶をどんどん遡らせ、
幼児から母親のお腹の中にいる胎児の状態まで戻らせます。
もちろん興味本位で行われるわけではなく、
心的外傷などを治療するための術式の一つということでした。
そしてこの退行催眠中、稀に前世の記憶を思い出す人までいるんだそうです。
先生が参加者から希望する人を募り、さっそく彼が手をあげました。
こういうのは私よりも好きなくらいで、何でも体験してみたい口なんです。

指名にあたった彼は、舞台上でリクライニングチェアーに腰掛け、
膝に毛布をかけた状態になったところで、先生が落ち着いた声で語りかけました。
「目の前に白い階段があります。そこをどんどん下におりる様子を思い浮かべてください」
催眠術というと、目の前でヒモでつるしたコインを振るなんてイメージがあったんですが、
そうではありませんでした。
普通に話してるのと変わらないし、どこで催眠に入ったのかもよくわからなかったです。
「さあ、目の前にドアがあります。開けてください。
 そこはあなたが小学校だった時代です。目の前に誰がいます?」
彼は半眼になっていて、先生の問いに答えて何人かの名前をつぶやきました。
聞いたことがない名ばかりで、私が知っている現在の彼の友だちではありません。
小学校のときに親しかった人たちなんだと思いました。
「小学校のときの最も心に残っている思い出を話してください」

彼は6年生での大阪への修学旅行のことを話し始めました。
それが終わると「さあ、もっと深いところに行きますよ。あなたは幼稚園?保育園?」
彼が「幼稚園です」と答え、また別の子どもの名前をいくつかあげました。
さっきと同じように先生が「幼稚園で最も心に残っていることは?」
その質問に答えようとして、彼の額にしわが寄りました。
「僕は・・・お母さんといっしょにいます。お母さんの隣で手をつないで・・・
 お母さんの隣にもう一人僕がいます。同じ顔をした僕がお母さんの両脇に・・・」
先生は興味深そうな顔つきになって「何をしていますか?」
「山道を3人で登っています。小屋・・・神社かもしれません、ボロボロの小屋みたいな。
 そこに入っていき・・・人形がたくさん・・・木の棒が紙の服を着た」
彼の声のトーンが少し高くなりました。

「おばあさんがいます。見たことない人で、お母さんがおばあさんに何か聞いています。
 選んでくれって言っているみたいです。おばあさんは僕らの顔をかわりがわり見て
 僕でない僕、もう一人の僕の頭をなでて・・・」
「ほう、それで」先生の声にこころなしか力がこもっている気がしました。
「おばあさんが床の板を持ち上げました。みんなでそこに入っていく・・・
 そこには・・・いくつもマユがあります。大きなマユです」
「マユって?」先生が聞きました。そのときです。
彼のチェアーに伸ばしていた足がビンと硬直しました。
両手でアームレストをつかみ腰を浮かせて彼は絶叫したんです。目と口を限界まで開いて。
彼の口から光る白い線が何本も伸びているように見えました。
それはライトに当たってキラキラと輝きました。

私は席から立って舞台に駆け上がろうとしました。「先生!」テレビ局の人の声がし、
先生が「さあ、背中に羽が生えた。どんどん上に登って現在に戻ります。さあ」
切迫した声で言って手を叩きました。「あ、あ、ああ?」彼が間の抜けた声を出し、
目をぱちくりさせました。「カット、カット!」「今のちょっと使えないよ」こんな声が響き、
静まっていた客席がざわつき始めましたが、
先生は彼を立たせて「大丈夫ですか?」と聞き、彼が「ああ、なんとか平気です」と答えると、
それも収まりました。先生が床に落ちていた白い線をつまみ上げ、
「繭糸だ」ぼそっと漏らしたのが聞こえました。
その後彼は客席に戻ってきましたが、何か考え込むような顔でした。
撮影のほうは、他の人が彼に変わって催眠術をかけられ、
他愛のないエピソードをいくつか話して無事に終わったんです。

私たちがスタジオから出たところで、後ろから呼び止められました。催眠術の先生でした。
「体調はどうです。具合悪くないですか?」と彼に聞きました。
彼が「ええ、いやなんともありません。ただ、あまり奇妙な記憶で混乱して・・・」
そう答えると「よかった。すごく興味深い内容でした。
 どうですか下の喫茶店でもう少し詳しく」
3人で局の1階にある喫茶店に入りました。そこで彼はこんな話をしたんです。
「目の前に山があって、あんまり高くはなく、なんとなく見覚えのある形をしてました。
 たぶん俺が小学校以前まで住んでた町にあった山じゃないかと思います。
 さっき断片的にしゃべったように、
 母と俺ともう一人の男の子で山に登って神社に入ったんです。
 そしたら中に木でできた30cmくらいの人形が数えられないほどたくさんありました」

「白い着物のおばあさんがいて、僕ともう1人の僕の顔をかわるがわる見て、
 僕でないほうの僕の頭をなでたんです。それから4人で、神社の地下?に降りました」
「それで」「いや、そこまでです。それしか覚えてない」
「さっきはマユって言ってましたが」
「わかりません。何か目の前がキラキラ光る白い物だらけになって・・・」
「そうですか。さっきあなたが吐いたものです」先生がポケットからハンカチを出し
中に包んだ物をテーブルに載せました。
それはやや黄ばんだ光沢のある糸をくるくる丸めたものでした。
「俺が吐いたんですか?何でしょうか、これ?」
「カイコガだと思います。その繭糸ですね」「繭糸・・・・わかりません。俺が吐いた!?」
「さっきの舞台の上で口からね。拾い集めてきました。それとですね・・・
 あなたは自分とそっくりな子どもがもう一人って言ってましたが、もしかして双子ですか?」

「いえ、俺は妹と2人兄弟で、俺が幼稚園の頃は妹はまだ生まれてないですし、
 双子ってことはありえないです」
「・・・お母さんはご健在ですか?」
「それが、つい2年前亡くなりました。父は早くに亡くしてたんで、
 家族は社会人になったばかりの妹だけです」
「あなたが幼稚園時代を過ごした町は遠いんですか?」「車で3時間くらい」
「次の日曜日3人で行ってみませんか、そこに」先生が言いました。
そして4日前のことです。朝早くから先生が車を出してくださり、
彼が幼年時代に過ごした町に行ったんです。
そこは寂れた町で、すっかり木々は冬枯れして陰鬱な感じがしました。
過疎が進んで、彼が過ごした頃から人口は半減以下になっているそうです。

役場のある通りに曲がると、正面に山が見えました。
数百mくらいでしょうが特徴的な形です。
「あの山です。覚えてます」彼が懐かしそうに言いました。
30分ほど走って山すそに出、麓の林の中に車を停めて石段になった道を登りました。
私たちの他に人の姿は見かけませんでした。しばらく行くと中腹に神社が見えてきました。
といっても、屋根の形でかろうじて神社とわかる程度のあばら屋です。
まわりには雑草がぼうぼうに生え、
ずいぶん長い間だれも足を踏み入れていないように見えました。
先生が正面に回って扉に手をかけました。鍵などは最初からないようでした。
彼も手伝って重い扉を開けると、中は埃と蜘蛛の巣だらけで・・・
先生が懐中電灯で照らすと、正面意外の三方の板壁に棚が設けられてあり、
そこにたくさんの人形?が並んでいました。数百体はあったと思います。

不思議な姿をしていました。本体はただの30cmほどの棒なんです。
それに奇妙な形に紙が幾重にも巻きつけられていました。
遠目に見て、かろうじて着物という感じがするだけのものです。
「ちょっと変わってるけど、オシラサマだね」先生が言い、
懐中電灯で床を照らし出しました。そこは8畳間くらいの広さで床も木張りでしたが、
隅の一カ所が1m四方ほどの一枚板になってました。
先生が彼に合図をして2人で持ち上げました。
思ったより軽くすぐに外れて、床下が空洞になっていました。
縦梯子があり、彼に上から照らさせながら慎重に降りていきました。
そのとき中に光が入って、相当な広さがあることがわかりました。
奥のほうに白いものが積み上がるように重なっていて、光を反射していました。
その後懐中電灯を先生に手渡して彼が降りました。

私も降りようとしたんですが、彼に止められたんです。
神社の中で待っているように言われ、むくれました。
言い返そうとしたんですが、中から「あなたはそこにいなさい」先生強い声がして、
しかたなくそこに立っていたんです。
床下から2人がぼそぼそ話す声が聞こえてきましたが、
くぐもっていて内容はわかりませんでした。数分して「ああ!」大きな声が響きました。
先生がまず始めに、それから彼が息せき切って上がってきました。
2人とも足ががくがく震え、顔色が蒼白でした。
「何があったの?」私が聞いても、どちらも答えません。
顔を見合わせていましたが、ややあって先生が「マユだよ」とだけ言いました。
私は彼に腕を引かれて小屋の外に連れ出され、山を下りて車に乗り市へと戻ったんです。

車中ではだれも口を聞きませんでした。聞きたいことは山ほどあったんですが、
何かを言える雰囲気じゃなかったんです。
先生は駅前で私たちを降ろしてくれましたが、彼が降りようとしたとき、
「あれはなくしてしまうよ、いいね」強い口調で言いました。
彼は一瞬の躊躇もなく「ええぜひ、お願いします。
 あんなものが世の中にあるなんて許されることじゃない」泣きそうな声で答えました。
それからこの3日、彼から連絡がありません。
携帯はずっと電源が入っていない状態で、こんなことは初めてでした。
アパートに訪ねて行っても不在なんです。先生からは1度連絡がありました。
「町にかけあって、あの神社はつぶしてもらうことになった。
 山を切り崩し、大量の土で埋めてもらう。わたしは少しは顔も利くし、
 役場の人に見せたら二つ返事で承知したよ」って・・・

『オシラサマ』






オカルト雑感

2014.11.25 (Tue)
早いもので、2014年も残すところあと1ヶ月ほどとなりました。
来年に入れば、当ブログも1年半ということになります。
さて、今年のオカルト界をふり返ってみると、どうにも低調だった感じがあります。
というか2012年のアセンショ騒ぎ以来、
世間を席捲するような話題に恵まれてませんね。
・・・今何が流行ってるんでしょう、タルパとかですか?
確かにタルパブログはけっこう見かけます。
いちおうご存じのない方に説明をすると、タルパというのはチベット密教でしたか。
その奥義に属するもので、簡単に言えば人工的な疑似生命・・・というか、
疑似人格のようなものです。そのタルパの年齢、性別や容姿を細かく設定し、
常に話しかけ一人二役で答えていると、
だんだんに自分がしゃべってるのか、タルパがしゃべってるのかわからなくなって・・・

面白そうなものではありますが、危険な感じもあります。
人格の統合に障害とか出てこなければいいんですが。
やっている方は十分注意をしてほしいと思います。
あとは・・・テレビ番組では派手派手しいものはないし、
実話怪談は、出版不況といわれる中では堅調だと思いますが、
マンネリといえばそうだし。
ということで「オカルト、話題、最新」こんなキーワードでググってみました。
えーこんなのが出てきましたよ。
「パキスタンで、墓地から100体以上の死体を掘り出して、
 食べていた兄弟が逮捕されました。兄弟の自宅からは少年の頭が発見されました。
 弟のムハンマド・アリフ容疑者(30歳)はすでに逮捕され、
 兄のファルマン容疑者は現在も逃亡中です。」

・・・確かに怖い話ではありますが、これがオカルトかというと疑問ですね。
屍肉をカレーに入れて食べていた模様ですが、猟奇犯罪というべきでしょう。
少し前に、アメリカでマイアミゾンビ事件というのがあり、
これは薬物中毒者がホームレスの人の顔を食べたというものでして、
グロ好きの人にはいいかもしれませんが、内容に謎や神秘はないですね。
あとアメリカではUFOがらみの話は流行っているようです。
それと比べると日本は、UFO系のオカルトはさみしい状況ですね。
さすがに今では昔の矢追さんのような番組はできないでしょうし・・・
UMA(未確認生物)系も今ひとつ話題がありません。
浜辺に不気味な生物死体は定期的にあがってるんですが、
「○○研究所が分析を担当することになった」のところまでで続報が消えてしまういうw
やっぱりクジラの体の一部やウバザメ・・・

では、一般ニュースのほうはどうでしょう。
国内ではやはり衆院選でしょうが、これはたいした争点もなく、
政権交代を期待するような風も吹かない。
投票率が低くなるんじゃないかという気がしますね。
国勢選挙といえばオカルト的には、各党の各候補で高名な霊能者の取り合いをして、
相手陣営に呪いをかけたりしているという話が昔からありました。
自分もこの噂を元にして「鍼治療」という話を書いています。
関連記事 『鍼治療』
実際にこういうことがあれば面白いんですけどね。
世界的な話題としてはエボラでしょう。
これは不謹慎ですが、オカルト的な陰謀論がけっこう出ています。
世界の人口増加傾向を抑制するために某国、某組織が・・・というような話です。
少子化で苦しんでいる日本には関係ないですが。

少し前の話題で、脱法ハーブ、脱法ドラックの規制強化というのがありました。
まあこれは、ハーブとはいっても実際は化学合成された成分が多いでしょうが。
ただ、植物性アルカロイドによる変成意識というのは、
オカルトの歴史の中でも重要な部分です。
ハーブを使用して(それだけではなく瞑想やドラミングなども併用)魂を異世界に飛ばし
神を見る体験・・・こういうものはアメリカ原住民や南米、
アフリカなどの各地でありました。日本の野草でも危険なものはけっこうあります。
例えばハシリドコロやチョウセンアサガオ(ダチュラ、マンダラゲ)なんか。
アトロピンというアルカロイドが含まれており、
近年ではオウム真理教が「ダツラの技法」と称して信者を洗脳、
自白させるための薬物原料に使用していました。
西洋ではマンドラゴラ(マンドレイク)が有名ですが、成分的には似ています。

あとは京都の連続青酸変死事件というやつ。
ホラー小説の『黒い家』を思わせる事件です。
・・・こういうのは埋もれているだけで、
まだまだ世の中にはたくさんあるんじゃないか、という気がします。
日本は世界の中でも警察機構が発達していて捜査能力も一流ですが、
それでも広い世間、どんな怖ろしいことが隠れているかもわかりません。
実際、世界では誰も見ていないところで殺人を犯し、死体を山の中とかに埋めてしまえば
まず発覚しないという国がほとんどです。
治安に優れた日本でも、「和歌山県毒物カレー事件」「婚活練炭事件」「尼崎連続殺人事件」
こういう事件は定期的に出てきますから。
「物語・小説より現実のほうが怖ろしい」こういう言葉はよく聞きます。
しかしこれを肯定してしまえば、怪談師としては敗北なんですよね・・・






雀荘 2題

2014.11.25 (Tue)
盲牌

若い頃のことなんですが、雀荘のメンバーをしてたことがあって、
そんときの話です。みなさん麻雀わかる方どれくらいおられます?
ああ、けっこう・・・じゃあ大丈夫ですね。
地方の大学に在学してたとき麻雀にはまって、
雀荘に入り浸りになっちゃったんです。
その結果、単位が取れず大学に6年もいることになりました。
そんなだから就職もなくて、
とりあえず行きつけの雀荘のメンバーになったんです。
このメンバーというのは従業員のことですが、普通の仕事と違うのは、
「代走、本走」ってのがあるんです。そこの雀荘は地方だから貸し卓・・・
4人セットで来て麻雀をするお客さんも多かったんですが、フリーがメインでした。

フリーってのは、麻雀したくなった人が1人でふらっと店に来て、
そういうお客さんが4人そろったら打つわけです。
ところが3人とかしか集まらないときもあって、
そのときは卓にメンバーが加わって打ちます。それが本走です。
代走ってのは、トイレに行くとかのお客さんの代わりに短時間入るだけ。
本走は技術が必要で、麻雀って賭けてやってますでしょう。
で、もし自分が負けた場合、支払いは自腹になるんです。
店が出してくれるわけじゃない。
それと場代、半荘1回いくらっていう料金ですが、これもあたり前にとられるんです。
だから麻雀がヘタだと、給料以上に負けが込んで1ヶ月ただ働きになる上、
借金までできてしまうこともあるんですよ。そんなだから、あんまり長続きしません。

8割くらいのやつが続けられなくなって辞めちゃいますね。それと客商売なんで、
お客さんに気持ちよく打ってもらうことも考えなくちゃなりません。
ただ勝つだけでもダメで、なかなか難しいんです。ああすみません、本題に入ります。
店の支配人は大学の先輩で学生時代から顔見知りでした。
もちろんオーナーじゃなく雇われです。
ある日、10時の営業開始時間近くになっても支配人が店に来なかったんです。
当時は携帯も普及してなくて、固定電話にかけたら不在。
どうしようか迷ったんですが、俺の一存で店を始めちゃったんです。
お客さんも来て待ってましたし。
お客さん2人と俺ともう1人のメンバーで打ち始めました。
でね、最初の半荘で、向かいに座ってるお客さんがツモったときです。

盲牌する人だったんですが・・・ああ、盲牌ってのは麻雀牌に彫られてる図柄を、
目で見ずに親指で触ってわかることです。そのとき「あ!」って顔をして、
そしたら牌を持ってる指の間から、卓にタタタッと赤い液体がこぼれたんです。
血に見えましたね。「なんだあ?」お客さんが驚いて牌をフェルトに落とし、
牌の腹が上を向いたんですが、これも確かに見たんです。
目玉がついてました。白いプラスチックに小さな血まみれの目玉が・・・
「えーっ!!」と言って4人とも立ち上がりましたから、
見たのは俺だけじゃないんです。
目玉の瞳が、キロキロとあたりを見回すように動いて・・・
そのとき電話がかかってきたんですよ。
警察からで、支配人が死んだっていう内容でした。

雀荘にスクーターで出勤する途中、
信号待ちしてるところをミニバンに追突され、救急車で病院に運ばれてたが、
たった今亡くなった・・・
すぐオーナーに連絡し、お客さんに訳を話して店は閉めることになりました。
それから病院に駆けつけたんですが、その前にもう一度卓を見ました。
ただ牌が落ちてるだけで、さっき見たと思った血は見あたりませんでした。
その牌、「一筒(イーピン)」だと思うでしょ。目玉に似てますからね。
ところがそうじゃなかったんです。「四萬」でしたよ。
支配人はかなり宙を飛んで頭から落ちたってことで、
病院では遺体は見せてもらえませんでした。
だから、支配人の目の部分がどうなってたかはわかりません。

『一筒』




で、支配人が亡くなって、その代わりを俺が務めることになったんです。
雀荘のメンバーはバイトのつもりで、一生の仕事にするはずじゃなかったんですが、
そうも言ってられなくなっちゃったんです。
でね、最初のうちは緊張して、毎日早く来て店内を整えてたんです。
もちろん卓はすべて自動卓なんですが、
動きを確認する前にていねいに牌を拭き清めてました。
自動卓の牌って2組使うんですが、店が終わると抜いて木枠に入れておくんです。
それを出してきて、牌の背と裏を何度もから拭きするんです。
それがその日、拭いてる最中に枠ごと床に落としちゃったんですよ。
「あっヤッベ、散らばる」と思ったんですが、そうはなりませんでした。
・・・麻雀牌をしまうときは、表裏全部を同じ向きに揃えておくんです。

ところが木枠ごと拾い上げてみたら、
ところどころが裏返って、くねった蛇みたいな模様になってたんです。
蛇っていうか龍ですね。4本の手足もあるように見えましたから。
これってありえないことですよ。
牌はびっしり詰まってて動かないようになってるわけですから。
まあそんときは、不思議なこともあるもんだな。
拾い集めずに済んでラッキーって考えたくらいでした。
でね、その日、異様に役満が出たんです。
最もできやすい「大三元」や「四暗刻」だけじゃなく、
「緑一色」やら「大四喜」「清老頭」まで。
俺は麻雀始めてから長いんですが、「清老頭」を見たのはこれっきりでしたよ。

その店は役満ご祝儀ありで、
あがった人に現金払いしなくちゃならなかったんです。
でもあんまり多くてメンバーのやつらが気の毒だったんで、
店の経費で出してやりました。
合計で52回役満が出たんですよ。12という卓数にしては異常な数です。
役満があった場合は、あがった人の名前とともに役を紙に書いて、
しばらく張りだしてましたから、数を覚えてるんです。
店はいちおう風営法で午前0時までって決まりになってるんですが、
金土あたりは徹マンする人も多くて、たいがい朝までやってるんです。
その3時頃でした。「ロン、九連宝灯!!」という大声が聞こえました。
「ああ、まただ。それも大役満」って思いました。

「九連宝灯」ってのはすごく難しいんですよ。
本式には萬子でなくっちゃならないんです。店では筒子、索子でもOKでしたが、
見ると萬子の純正でした。でね、この役って縁起が悪いって言われてるんです。
ま、ジンクスみたいなもんですかね。
めったに出ない役なんで、完成させるとすべての運を使い果たしてしまうって・・・
えーと漫画家で、字は違いますが「九連宝塔」ってペンネームの人が、
早世したりしてるんです。あと有名な阿佐田徹也の「麻雀放浪記」って小説でも、
この役をあがった直後に亡くなる人が出てくる。
卓に近寄ってって祝福しようとしました。
そんとき足下がぐらぐら揺れたんです。かなり大きい地震だと思いました。
店は雑居ビルの11階でしたから揺れが大きいんです。

卓からばらばら麻雀牌がこぼれ落ち、お客さんのほとんどが立ち上がりました。
でね、そんときに窓の外を長い影が走ったんですよ。
黒いシルエットで数mの太さ・・・これも確かに見ました。
一瞬、皿ほどもある大きな目玉がギロッとこっちをにらんだんです。
・・・地震は数分で収まりましたが、牌は散らばるわ、茶碗は割れるわ、
自動卓は牌詰まりを起こすわで、後始末がたいへんでしたよ。
雀荘ってのも地震に弱い商売の一つなんですよね。
その後すごい雷雨になって、その日はわりと早く終わったんですよ。
あとでメンバーやお茶くみの女の子に聞いてみましたが、
窓の外の龍を見たのは俺だけみたいでした。え、九連宝灯のお客さんですか?
その後もぴんぴんしてて、今でもよく見えられますよ。

『麻雀牌』
牌手入れ1





神の道

2014.11.24 (Mon)
2週間前、俺のダチが引っ越しをしたんだ。
アパートからアパートにだよ。どうやら前のとこより家賃が安かったらしい。
越すときは手伝いに行ったよ。そんときは古いけど悪くはない感じだと思った。
それから10日ほどした夜に、そいつから電話がかかってきたんだ。
「すげえことを発見したから、俺んとこにこねえか」って。
ま、特に予定もなかったから承知したんだが、「酒 持ってきてくれ」って言う。
「面白いことを見せてやる。お前の力次第では見られないかもしれないが・・・
 安酒でいいからコンビニで買って持ってこいよ」って。
それでパック入りの一番安い日本酒1Lのを買って持ってったんだ。
場所は歩いて20分ほど、時間は9時過ぎだったな。
面白れえことってのが何かは電話じゃ教えてもらえなかった。

そいつの一間の部屋に入って、そしたらダチは1人でビールをやってたが、
天井から1Lのペットボトルが2本、高さを違えてヒモで吊り下げられてたんだ。
一本は天井から20cmほどの高いところで、
もう一本はその1mほど下の部屋の中ほどの高さあたり。
「何だよこれ?」って聞いたら、
「ある種の装置だな。まあ説明するより見ればすぐわかるから。
 ただ時間がまだ少し早い。いつも11時過ぎに始まるから、
 それまでビールでも飲んどけ」こう言われた。さすがに気になるだろ。
このダチは実家が神社で、いつ霊がなんちゃらとか話してたから、
それに関係したことなんじゃないかと想像がついたが。
ペットボトルは、上のほうのはやや黄色っぽい液体が入ってて、下のは空だった。

で、テレビ見ながらダベってたが、11時を過ぎたあたりで、
ダチは「そろそろ来るかな?」と言ってテレビを消した。
「何だよ? 何が起きるん?」
「まあ見てればわかる。それよりお前、
 買ってきた酒を下のほうのペットボトルに入れろよ」
こう言われ、紙パックから、こぼさないようにして酒を注ぎ込んだ。
それが終わるとダチは電気も消し、
「そっちの壁を見てろよ」と上のペットボトルの高さの北側の壁を指さした。
ダチの部屋は2階の角なんで、そこの壁の外は何もないはずだった。
言われたとおり5分くらいそのあたりを見てたら、
表面がぼうっと光ったんだ。光は壁の内部からにじみ出してくるように思えた。

「何なんだよ、これ?」 「しっ!」
で、壁からじわじわと出てきたのは舟形の白い雲・・・
と言っても20cmくらいの大きさで、上に10cmないくらいの人が1人乗ってた。
「これは・・・?」「天の浮船ってやつだと思う」
雲の上の人は歴史の教科書なんかに載ってる古墳時代のような服装で、
腰に針ほどの剣を吊り下げていた。「すげえじゃねえか」
「だろ。神人だと思う。引っ越してきた次の晩に発見したんだが、
 利用方法を思いつくまで黙ってたんだ」
「利用って?」 「いいから見てろ」
小さい神人はいかめしい表情で前方を見つめてて、俺らのことは気にしてないようだった。
もしかしたら見えてないのかもしれなかった。

そう言ってるうちにも雲の船はゆっくりゆっくり進んで、
上のペットボトルにコツンと当たった。と、見るまにひらひらと舞い落ちてきた。
神人はあわてたような驚いたような表情をしてたな。
そのまま船は床に落ちそうに見えたが、中空で体勢を立て直し、
さっき酒を入れた2本目のペットボトルにぶちあたった・・・
ように見えたが、スーッとその中を通り抜け、
また高く上がって南側の天井近くに消えていったんだ。
「はーすげえ、すげえもの見た。これ何なんだ?」
「うん。お前はこういうの見える素質があると前々から思ってたから、今夜呼んだんだよ。
 俺もはっきりしたことはわからないが、この部屋の上部が霊道になってるんだと思う。
 いや、霊道っていうか、神様の通り道だな」

「今のが神様なのか。そう言えばそうも思えたけど、いやに小さかったぞ」
「位が低いやつなんじゃないかな。でも、そこそこ御利益はあるみたいだぜ」
ダチは電気をつけ、ヒモから下のペットボトルを外し、
台所から新しいコップを出して中の酒を注いだ。
「まあ飲んでみろよ」 「大丈夫なのか? さっき神様がこん中を抜けてったぜ」
「問題ない。何度か試してみたし、俺も今、飲むから」
ダチはビールのコップを洗って酒を注ぎ、
2人で「かんぱーい」とコップを合わせてから一口飲んでみた。
そしたらこれが、ぜんぜん安酒の味じゃなかった。
そうだなあ、外国で賞をとるレベルの日本酒、それも純米酒の味だったんだよ。
「こりゃうめえ。何でこうなるんだ?」 「やっぱ神人が通ったからだろ」

「うーんなるほど。この目で見なけりゃ信じなかっただろうな。
 でもよくわからんところがたくさんある。最初は上のほうを通ってたのに、
 あの高いとこのペットボトルに遮られて下に落ちてきただろ。
 どうしてあっちのほうは通り抜けできなかったんだろう?」
 俺が聞くと、ダチは自慢げな顔をし、
「そこが工夫なんだよ。いろいろ考えて頭を使ったんだぜ。
 神様は不浄なものが嫌いだろ。だからあっちには俺の小便が入れてある」
「げっ!・・・何て罰当たりなことを・・・ていうか、
 最初からあっちに酒を入れときゃいいじゃないか」
「高いから上げ下げがめんどくさいだろ。それにお供えの酒が美味くなるのは
 前から知ってたし、これは実験だから」 「・・・」
これが3日前のことで、まだ罰は当たってないが、
こいつとつき合うのはやめたほうがいいかな?

『装飾古墳壁画 天鳥船?』






グリーンピーポー

2014.11.24 (Mon)
土建作業員やってるんだよ。まあドカタってことだ。
謝礼もらえるって聞いたから話をしにきたよ。
あんなあ「イエローピーポー」ってのを知ってるか? こりゃ都市伝説っていうんかな。
頭のおかしいやつがいて、そいつの家族が困ってる。暴れるとかでだろう。
そういう患者を強制的に収容しにくるのがイエローピーポー。
救急車なんだが、色が白じゃなくて黄色い。それが家の前まで来て、
白衣を着た屈強なやつらが出てきて患者を無理矢理に乗せて病院に連れてっちまう。
こういうのを昔、本で読んだ。もちろん伝説っていうくらいだから、
本当じゃねえんだろ。実際、黄色い救急車なんて見たことがあるってやつはいねえし。
ああいや、ありきたりの都市伝説を語りに来たわけじゃねえ。
そんなんで金もらおうとは思ってねえよ。ただ、それに似た話なんだ。

ええ、先週の金曜だな。明日は現場が休みってことで、仲間の部屋でしたたか飲んだ。
焼酎だよ。最初はお湯割りにしてたが、途中からストレートで。
俺の悪い癖でね、飲むときはべろんべろんになるまで飲んじまうんだ。
だからよ、その日も途中から記憶がねえのよ。
後で仲間に聞いたら、泊まっていけってのを断ってチャリで帰ったらしい。
そのあたりは全く覚えてねえんだけどな。仲間の家は駅裏で、城址公園の近くなんだ。
こんなこと言えば場所がわかっちまうかな。ま、別にかまうことはないか。
城そのものはとうにないんだが石垣が残ってて、ぐるり半周とりまいてる。
そのお堀の脇をチャリで帰ってたと思うんだ、ほとんど意識がないまま。
で、お堀には鉄の手すりがあるんだが、それを越えて水に落っこっちまった。
チャリは道に残したまま俺だけ。

11月だからな。冷たさで一瞬で正気に戻った。戻ったが立てない。
そこはお堀の端のまだ浅い部分で、深さは50cmもなかったはずだが、
酔ってて立つことができなかったんだ。水も飲んでたし頭が痛かった。
落ちたときにぶつけたんだろう。
顔が出てて息はつけたから、ケツをずって動いてお堀の淵のコンクリにもたれかかった。
そっから手すりの下側を握って立ち上がろうとしたんだ。
でも下がぬるぬるして上手くいかない。時間は夜中の2時過ぎだと思う。
そこは石垣の裏っ側のほうで、そんな時間だから通行人もいねえ。
それでも冷たくてしかたねえから何とか立ち上がったんだよ。
チャリが道に倒れているのが見えた。道まで登ろうとしたが無理だった。
俺のはまってる水の中から手すりの最上部まで2m近くあるんだ。

困り果てていたら、車のエンジン音がした。
見上げると、でかい車が近づいてきたみたいだった。
救急車に見えたが、灯火をつけてねえし、サイレンも鳴らしてねえ。
それとよ、色が薄緑に見えたんだ。これは街灯の光があたってたせいかもしれねえが。
救急車はそうだなあ、30mほど離れた向こうで、
お堀の手すりすれすれに車体を寄せて停まったようだった。
「ああ、ありがてえ」と思ったよ。
いや、そんときは何故か俺を助けに来てくれたんだと考えたんだ。まだ酔ってたんだな。
ドアが開いた音がして、ひと言ふた言、言葉をかわすのが聞こえた。
それで「助けてくれ」と叫んだつもりだったが声が出ねえ。
堀に落ちたときに泥を飲んでたし、酒盛りでタバコをばんばん吸ってたし、
そのどっちかが原因だと思うんだがな。

向こうで白衣のやつが2人、手すりから身を乗り出して何か話し出した。
それがよ、2人ともガスマスクみたいなのをつけてたんだ。それとレスラーみてえな体格。
ぎょっとしたよ。2人は俺のいるほうには顔を向けず水面を見つめていたが、
なんとも異様な雰囲気で、手すりを叩いて音を出すのもやめた。
何をするのかと思って見てたら、手すりの一番下にロープが結わえてあったのをほどいて、
いったん後ろに下がってからそれを引っぱり始めたようだった。
すると10mほど向こうのお堀の水面でしぶきが上がった。
ロープの先が網になってたんだな。網はどんどん引っぱられて・・・
そしたら中で何かでかいもんが動いてたんだよ。
いや、はっきり見えたわけじゃない。月明かりと遠くの街灯の光だけだから。
緑だと思った。全身が濃い緑色の人型をしたもんが網の中にいたんだ。

それがあっという間に引きずられて手すりの下まできた。
2人のガスマスクも手すりまで近づいてて、息を合わせて網を持ち上げたんだよ。
そんとき中のやつが声をあげた。「クゥェーン」っていう子犬みてえな声。
膝を抱えるようにして網に入ったまま持ち上がっていったのは、
緑色の裸の子どもみたいなやつだった。それを2人はすげえ力で手すりを越えさせたんだ。
「クエ、クェエエ」って悲鳴が聞こえてたが、バタンと音がして、
その救急車はやっぱりサイレンも灯火もないまま走り去っていったんだ。
で、俺はといえば、その間ずっと息を潜めてたせいか体力が回復して、
どうにかこうにか道まで這い上がることができた。
濡れて寒かったしあちこち体が痛かったが、チャリに乗って部屋まで帰ったんだよ。
こんな話なんだが、俺が見たのはなんだったんだろう? 河童か? まさかなあ・・・









トイレ 2題

2014.11.23 (Sun)
図書館で

市の緊急雇用対策の一環で、公共施設のトイレ、その他の清掃をしています。
週に5日、3カ所を回るんですが、そのうちの市営図書館であったことです。
用具や洗剤は市から配布されたものを自分の軽自動車に積んで持っていくんです。
そこの図書館は古くて、トイレが1階2階に男女各一カ所、
それから職員専用のものがありました。
最初にご挨拶をして、簡単な説明を受けたとき、
2階の女子トイレの個室の最奥が壊れて使用禁止になっているため、
清掃の必要はないと言われました。
作業は午前中に済ませてしまうんですが、1階を終え、2階のトイレに回ってみると、
確かに女子用の8つある個室の最奥に使用禁止の紙が貼られていました。
試しにドアを引いてみましたが、未使用の青色の札が出ているのに開きませんでした。

特に気に留めることもなかったし、
公共施設なのでそのうち修理されるだろうと思ってたんです。
ところが始めて2週間たっても、そこは相変わらず使用禁止のままでした。
それで担当の方に質問しようと思っていた矢先のことです。
そこの隣の個室を清掃していたんです。汚い話でもうしわけありません。
便器はウオシュレット式で、ほとんど汚れてはいません。
清掃を済ませ、汚物入れの中身を改修していると、
左隣の使用禁止の個室から物音が聞こえてきました。
くぐもった音で、最初は水が配管でボコボコ鳴っているんだと思ったんです。
ところがだんだん、人が喉の奥から発している声のように聞こえてきました。
「ボクボ ボクボドド ボクボド」こんな感じです。

でも、人がいるはずはない・・・その日も使用禁止の紙はそのままでしたし、
個室の戸は開けた状態で清掃しているので、人が入ってくれば必ずわかります。
なんだか気味悪くなってきました。
そのとき、トトンとトイレの板壁をこぶしの先で叩くような音が隣から聞こえました。
最初は1mほどの高さ、すぐ2回目はそれより10cmほど上、
3回目はもっと上。「誰かいるんですか?」そう言いながら、
清掃中の個室の外に出ました。すると、使用禁止の個室の上のところ、
天井との境目が開いた構造になってるんですが、そこに髪の毛が飛び出ていたんです。
壁の上端は私の背よりもちろんずっと高くて、2m近いでしょうか、
そこから黒い髪の毛の先端部分が逆立ったように上を向いて出ていたんです。
長い髪の毛の人か、すごく身長の高い人が中にいて、なぜか髪が逆立ち、
毛先が天井を向いて揺れている・・・でも、そんなはずはありません。

「ボグボッ」ひときわ大きな声が中から聞こえ、ドーンとドアが中から叩かれました。
足で蹴ったのかもしれません、板がたわみましたから。
私はモップを投げ捨てて、一目散に逃げ出しました。
そのまま担当者のいる事務室に行って、今あったことを訴えたんです。
設備化の担当者は初老の優しい方でしたが、
すぐ出てきて「・・・ああ、そうですか、今日はこのままお帰りになってけっこうです。
 次回まで必ず直しておきます」こうとだけおっしゃったんです。
質問できそうな雰囲気じゃありませんでした。
事情がわからないまま、その日は次の場所にまわったんです。
その後は特に変わったこともなく、2時過ぎに家に戻りました。
3時を回った頃、小学校2年生の娘が学校から戻ってきました。

家に入るなり「お母さん頭がいたい」と言ったので、額を触ると熱があるようでした。
ああ大変、病院につれていかなくちゃと思いました。
娘は扁桃腺が腫れて高熱を出すことがたまにあるんです。
フラリと娘が倒れ、あわてて体を支えたとき、短くしてある娘の髪の毛がすべて逆立ち、
白目をむき出しながら「ボクボォー」って言ったんです・・・
娘は2日間入院しました。扁桃腺に異常はなく、風邪の症状もない。
原因は病院の先生もつかみかねているようでした。
図書館は、2階の女子トイレ全部が使用禁止になっていて、
清掃の必要はありませんでした。
そのまま1ヶ月ほどが過ぎて使えるようになったときには、
最奥のトイレそのものがなくなっていました。コンクリの柱で埋められてたんです。

列車で

家族旅行してた。子どものときのことだから記憶が多少あいまいだけど、
両親と弟で電車に乗ってた。小学校5年のときだったはず。
たしか箱根の山の中の温泉に行って、
遊園地にも行った気がするんだけど、前後のことはあんまり覚えてない。
それは列車の中での体験があまり強烈で印象に残っているせいもあるかもしれない。
俺はお茶が好きな子どもでね、その頃ジュース類は好まず、
母親がいれたお茶の水筒を持って始終飲んでたようだ。
だからトイレも近かった。その列車の中でもトイレに行ったんだよ。
時間は・・・なんとなく車窓の外が暗かった気がするから、
旅行の帰りだったんじゃないかな。ローカル線だったからけっこう揺れて、
左右の座席につかまりながらトイレまで歩いた。

あの客室と客室の間にあるトイレだよ。使用中ではなかったから、
引き戸を開けて仰天した。中に何がいたか想像がつくかい?
まあ無理だよな・・・イノシシだよ。でっかいイノシシが和式の便座の上に
覆い被さるようにうつ伏せになってたんだ。ピクリとも動かなかったから、死んでたと思う。
その姿は目に焼きついてる、絶対見間違いとかじゃない。
だいたい何をイノシシと間違えるってんだよ。
肩から背中にかけて毛が濡れて汚れてた。黒く見えたけど、血じゃなかったかと思う。
俺はのけぞって後ろに下がり、そのまま引き戸を閉めたんだ。
走って父親を呼びに行った。で、ワンカップ飲んでた父親の手を引いてトイレの戸を開け、
俺はさらに愕然とした。何もなかったんだよ。
父親は「ほーら、イノシシなんいるわけない」とか言って戻ってた。

トイレの金属の床は汚れもなかったし、毛なんかも落ちてなかった。
そのときは、見たのは一瞬だったから、やっぱりマボロシだったかもしれないって、
自信がなくなったよ。で、用を足して座席に戻った。
山の中を走ってたのが、ちらほら町の明かりが見えてきたときだったと思う。
急にギーンという音とともに列車が減速した。
そして駅でないところで止まったんだ。
父親が「何かあったのかな?」みたいなことを言った。
しばらくして「野生動物との接触があり、点検のため緊急停止しました」
このとおりではなかったと思うけど、車内アナウンスがあったんだ。
それを聞いて、さっのイノシシと関係があるんじゃないかとすぐに思った。
でも、轢かれたイノシシがトイレにいるわけはないし、でも傷ついてたし・・・

列車は30分近くそこに止まってて、また出発した。
こういう記憶なんだ。でね、実はまだ変なことがあるんだよ。この旅行から帰ってから、
夕食のときに、トイレの中のイノシシと事故の話を蒸し返したんだ。
そしたら父親が「うん、お前がトイレでイノシシを見たって騒いでたのは覚えてる。
 でも事故は野生動物とは関係なかったぞ。そんなアナウンスはなかったし、
 どうやら飛び込みだったみたいだ」こう言って、旅行帰りの翌日の新聞を持ってきた。
「ほら、これのことじゃないか」
新聞には確かにその日の人身事故のことが出てて、俺らが乗った列車だった。
「気の毒に、女子学生だったみたいだぞ」父親が言った。な、わけがわからないだろ。
イノシシを見たのも、野生動物とぶつかったってアナウンスも、
どっちも俺の記憶違いってことで片づくのかもしれないけど、
どっか釈然としないんだよな。







貨客船

2014.11.22 (Sat)
これ・・・って、たぶん前の人の話と関係があるんじゃねえかと思うんだが、
前のは今年の話なんだろ? 俺のはもう20年近く前のことだから、
違うのかもしれねえ。でもなあ・・・まあ、話させてもらうよ。
その頃、俺は会社を興して、羽振りがよかったんだ。
業務はロシアへ日本の中古車を輸出することだよ。
車、特に日本車は重要部品をきちんきちんと交換してれば、15年も20年も保つ。
その頃ロシアは、ソビエト崩壊から国として復活したばかりで貧しかった。
だからそういう古い車の需要があったんだよ。
で、今だから言うけどまっとうな商売だけじゃなかった。
盗難車も扱ってたんだ。ただしこれは車体番号なんかがあるから、
そのままじゃ運べない。部品にバラして輸出し、向こうで再組み立てするんだ。

そのための工場もウラジオストクにこさえた。で、ちょくちょく出向いてたんだ。
ロシアは危険でね。ソビエト当時の武器がたくさん出回ってた。
これは今でもあまり変わらないけどな。マフィアがカ小銃やマシンガン持ってた。
だから油断したことはねえよ。ロシア人はほとんどが機嫌悪いし、
自分に利益をもたらさないやつは、基本、敵と思ってるから。
「ロシア人が優しいのは、子どもと動物にだけ」って言葉の通りだ。
で、いつもボデイガード連れて歩いてた。
こっちの組から借りたやつで、フルコン空手の3段。20代前半で体も大きい。
ま、銃器相手じゃどうにもならんけどな。
そんときは、行きは飛行機だったけど、帰りは貨客船に乗ったんだ。
船だと時間がかかると思うだろうが、2日くらいのもんだ。近いからな。

その船の中での話だ。客室は100くらいだったか、貨物スペースが主だったんだよ。
俺とボデイガードは一等船室をとってた。じゃないと2段ベッドになる。
客は日本に来るロシア人が主で、当時は観光より商用が多かった。
食事は食堂でとるんだ。あとバーもあった。
そこのバーで、すげえ女を見たんだよ。
背が高くて・・・ハイヒール履いて185はあったと思うから175以上だな。
染めたような鮮やかな金髪で、冬だというのに大きなサングラス、
真っ赤な毛皮のコートをはおってた。若くて10代後半だと思った。
な、前の話と似てるだろ。バーのカウンターで短時間飲んで出てったんだが、
印象に残った。ボデイガードのやつなんか、宝石でも見るような目をしてたよ。
ロシアにはきれいなネーチャンは多いが、ものが違ってたんだ。

俺が船内で見たのはその1回きりで、食堂には下りてこなかった。
ルームサービスで食事を運ばせてるんだと思った。
でね、その夜、なんとボデイガードのやつが、
この女に船室に誘われたって言うんだ。
こっからはそいつから聞いた話だから、どこまで本当かわからんが、
うらやましいような、どっか怖いような内容だったよ。
売店で日本の菓子を買って戻る途中で、女が自分の船室のドアから顔を出し、
日本語で呼びかけたっていうんだ。
「ニホンノ ヒト デスネ、ジンジャノ ハナシヲ キキタイ デス」こう言われたらしい。
日本語ができたんだよ。発音はあまりよくなかったらしいが、
文法的な間違いはほとんどなかったそうだ。で、天にも昇る気持ちで中に入った。

イスにかけてかなり長い時間、日本の神道の話をしたらしい。
といっても、しょせんこいつはヤクザだからそんなに知識はない。
盃事に出てくる鹿島・香取の大明神くらいしか知らないだろ。あと天照大神とか。
ずいぶん熱心にいろいろ聞かれたが、答えられないことが多かったって言ってた。
そのときは、派手な恰好をしてるが、
女は日本文化を研究してる学生なのかもしれないと思ったそうだ。
で、話の最中にビールを出されたが、女が冷蔵庫を開けたとき、
せまい寝室で中が見えた。・・・これもさっきの話に出てたが、
中には真っ赤な色のビニールパックがたくさん詰まってたそうだ。
輸血用のパックってことだな。なぜそんなものがあるかわからなかったが、
女は隠すそぶりもなかったそうだ。

でな、話の後でベッドに誘われた。女から誘ってきたそうだ。
そのときまでずっと女はサングラスをかけたままだったが、服を脱ぐときに外した。
そしたら、目がが真っ赤な色をしてたんだそうだ。
ああ、これは充血してるってことじゃなく、瞳そのものが赤い色をしてたって意味。
おそらく色素異常とかだったんだろう。
もしかしたら冷蔵庫の輸血パックもそれと関係があるかもしれないと思ったそうだ。
ベッドの中では・・・まあ俺は人の色事なんて興味はないが、
こんときはちょっとだけうらやましくてね。あれこれ聞いたんだ。
そしたらずいぶん情熱的だったって。
長い爪で背中をひっかかれたって傷跡まで見せられた。
ナイフで切ったような鋭い跡で、じくじく血と黄色い膿がにじんでた。

最後に部屋を出るとき、女が日本語でそいつに、
「イマハ コロサナイ」って言ったそうだ。
そして日本での連絡先、ホテルの住所を書いた紙を渡された。
聞き間違いだと思ったって。「コロス」なんて穏当じゃないからね。
で、2日目の夜もそいつは女のことを期待してたようだが、
船室から出てこなかったらしい。
ま、日本でまた会えると思ってガマンしたって言ってた。
船は日本に着いて通関作業があり、これが普通は2時間程度のもんだが、
えらく時間がかかった。後で聞いた話によると、
中国人の船員が1人行方不明になってて、そのせいだったようだ。
船の中だから、行方不明たってケンカか自殺で海に落ちたしか考えられないけどな。

やっとのことで港に降りると、ずっと先を赤いコートの女が、
でかいボストンバックを引きずって歩いてた。
ボデイガードは今にも走り出していきそうだったが、
黒塗りの高級車が来て、女はそれに乗って行ってしまった。
俺はボデイガードと近くのレストランに入って食事をとり、
「深入りしないほうがいいんじゃないか」と忠告した。
あれが学生なわけはねえ。スパイとまでは言わないが、
何かの組織に関係してるに決まってる。そこでボデイガードとは別れた。
でな、3日ほど後にそいつの組に礼の電話をしたんだが、
そしたら連絡がつかなくなってるって聞かされた。その後ずっと行方知れずだよ。
あれから何度もロシアには行ったが、その女の姿は見かけたことはない。

ただな、噂はちょくちょく聞くんだよ。
これは日本でのことなんだが、
いつも赤いコートを来てサングラスをかけている外人女の話。
すべて裏の社会のことで、血なまぐさい場面でその女が出てくる。
リーマンショック後の総選挙のときや九州での抗争とか。
けっこうな勢力を持ってるようだが、詳しいことを知ってるやつがいない。
まあ俺はここのところずっと堅気の仕事をしてるから、そのせいだと思うが。
・・・世の中にはかかわっちゃいけない部分があって、
そういうのを慎重に避けてきたから、この歳まで無事でいられたんだ。
触れると、すぐに死神がすっ飛んでくるようなことがね。
あるんだよ。あんたらだってわかるだろ。







ブランドパッカー

2014.11.21 (Fri)
あんたら口は堅いんだよな。ここで話すことが外に漏れたりしないんだろな。
そうか、じゃ話すけど、犯罪がらみだから承知してくれ。
ここに来たのは謝礼がほしいせいはもちろんあるが、
それだけじゃなく、何が起きたのか、これからどんなことが起こるかもしれないか、
説明してほしいからだよ。2週間前の話。
あるJRの大きめの駅だと思いな。モノレールが乗り入れてて外人が多いとこだ。
その待合室でバッグを置き引きした。俺は置き引き専門で食ってるんだよ。
あそこはよく、席と席の間にバッグが置かれてるんだ。
それをさりげなく横から引っ張り出して、何気ない感じで持ってく。
ここで慌てて走ったりしない。注意を引かないことが肝心なんだ。
バッグは地面すれすれまで下げて、近くに持ち主がいても目につかないようにする。

ほら、見てのとおおり俺は背が低いだろ。だからこの仕事にうってつけだし、
後で話すけど、このおかげで危ないとこを逃げられたんだよ。
で、午後最初の仕事として、有名ブランドものの旅行バッグを盗った。
そうっと普通に歩いて、待合室から出ると急ぎ足で歩き・・・と言いたいとこだが、
これがかなり重かったんだ。中身がぱんぱんで、衣類だけ入ってる重さじゃない。
まさか札束じゃねえだろうが、期待が膨らんだよ。
こら、しばらく仕事しなくても済むかなって。
改札を抜けてでたらめにホームに降り電車に乗り込んだ。
そうしちまえばもう安心だから。どこ行きの列車を選ぶかなんて俺自身も決めてねえ。
で、コートの下にでかい空の紙袋を巻いてるんだよ。
昼過ぎの午後だから電車は空いてて、席に座って盗ったバッグをそれに入れ直した。
ほら、俺がブランドもんのバッグ持ってても釣り合いが悪いだろ。

で、4駅ほど乗ってトイレがホームにある駅で降りた。
男子トイレの個室に入って中身を検めるためだよ。ま、寝屋に帰ってからでもいいんだが、
どんくらいの稼ぎになったか早く知りたくてな。
それにしても重いバッグで、女物なんだがこれを持てるのはかなり力のあるやつだ。
そんなことを考えながらファスナーを開けた。
最初に赤いセーターが出てきたが、畳まれておらず、
中身全体にかぶせるようになってた。で、次から出てきたのがかなり意外なもんだった。
輸血用のパックなんだ。血液製剤とかかもしれないがよくわからん。
とにかく真っ赤な血の色が見える頑丈なビニール袋で、重さは3個で1kgくらいか。
とにかく次から次と出てきたんだ。数十パックあっただろう。
紙袋に詰め替えながら、これって売り物になるのか?って考えた。

まあ価値はあるもんだろうが、医者に知り合いはいないし、売るつてがねえ。
しかもこういうのって冷凍とかしてないとダメなんじゃないか。よく知らんけど。
こら捨てるしかないだろうな、と思った。
パックを全部出し終わると、コンタクトのケース。それから布に包まれた小さなもの。
白い布の中からは入れ歯が出てきた。
・・・最初本物だと思ったが、そうじゃなかったんだよな。
プラスチック製の安物のジョークおもちゃだった。本物の歯の上にかぶせるやつ。
上の犬歯が両方とも尖ってた。こら時期的にハロウインの仮装用かと思ったよ。
ということで、金になりそうなのはバッグだけ。これはフランス製の本物。
買ってくれるとこは確保してある。ていねいに畳んで、これも紙袋に入れた。
個室から出たとたん顔面に衝撃があった。

女がいたんだよ。それも外人の若い女・・・驚くだろ、男子トイレだぞ。
身長は175は超えてただろう。真っ赤な毛皮のコート着た金髪のやつが、
思いっきり俺の頬をひっぱたいたんだ。・・・俺は160ないんだぞ。
衝撃で後ろにひっく返り、背中が個室の戸にあたった。
女はでかいファッショングラスをかけてたし、外人の歳はよくわからないが、
二十歳前に見えたな。そいつはかがみ込んで、
ポケットから注射器を取り出し俺の首筋に刺そうとした。
とっさに這いつくばり、女の足の間をすり抜けて後ろに出た。
もうバッグも紙袋もほっておくしかなかった。そのまま起ち上がり一目散に逃げたよ。
後ろから外国語の金切り声が聞こえたが、振り向きもしなかった。
うーん、英語じゃなかったと思うな。中学校で聞いたのとは違ってた。

駅の外に出てからもずっと走り続け、公園に入った。
俺は足が速いんだよ。中学校じゃ陸上部で長距離やってたから。
公園のトイレで顔を確認した。右側が赤く腫れててひっかき傷ができてた。
爪でやられたんだと思う。ほら、これだよ。まだ治らないんだ。
傷自体は小さいんだがずっと黄色い膿が出て・・・
ああ、すまんな汚いもん見せちまって。でな、冷静になって考えれば不思議だろ。
その女がバッグの持ち主だとして、俺に追いついてあのトイレまで来るってありえねえ。
電車の中ではさりげなく周囲を覗ってた。これは習い性になってるんだ。
その車両にはあの女はいなかったし、そもそもその電車に乗る自体が不可能に思える。
どうやってあの個室の前まで来れたかってことだ。
しかも日本語が不自由そうなのによ。

とにかく、さんざんな結果になったんでその日は仕事はやめた。
こういうのは縁起物だから、一回あやがつくとしばらくは上手くないことが続く。
でな、顔のほうは冷やせばなんとかなりそうだと思って医者に行かなかった。
保険にも入ってないしな。酒を買って寝屋に帰ったんだ。
いや、住みかはあるよ。安アパートだけどな。
鍵を開けて中に入ると・・・コタツの上でくたーっとなって白い猫が死んでたんだ。
これもありえない話で、一間の部屋に鍵をかけてて猫なんて入れるはずがない。
もちろん俺が飼ってる猫じゃないし。よくわからんが、ノラじゃなく高級そうな種類だった。
買えば高いんだろう。体に傷はないように思った。しょうがないから、
新聞で包んでガムテープでぐるぐる巻きにし、コンビニのゴミ箱に捨てに行った。
毛皮の首巻きかと思うほど軽かったよ。

その帰りだ。もう4時すぎてたかな。アパートの前まで来たら、
2階の俺の部屋の窓に赤いもんがちらっと見えた。
見えるはずはない。普段はカーテンを引いたままだからな。あの女だよ。
金髪で赤いコートの、俺を殴った女が部屋に立ってこっちを向いてたんだ。
心底ゾーッとしたね。走って逃げるしかなかった。
いや、部屋自体は惜しくはねえ。こういう商売してるから寝屋はひんぱんに変えるんだ。
一カ所に住むのは長くても3ヶ月だよ。だから家具もほとんどないし、
現金やら通帳なんかもない。いつでも逃げ出せるようにしてある。
それよりも怖いんだよ。やつは何なんだ。どうして俺の後をついてこれるんだ?
あの血液パックは何なんだよ。猫はどうやって死んだんだよ。
でな、その日からサウナ、ネトカフェ、ドヤ街の簡易宿所を転々としてる。

あれ以来あの女の姿は見てないが、少し大き目の仕事をしたら上方に逃げようと思ってる。
じつは昨日な、俺がいた簡易宿所で死人が出たんだよ。
まあドヤ街だからめずらしいことじゃない。
アル中、ヤク中、病気なのに医者に行ってないやつ、そういうのは多いから。
だけどよ、話を聞いたところじゃ、宿が呼んだ医者が失血死って言ったって。
体に傷がないのに大量の血が失われてたらしい。
それで警察も来たし、俺も足止めを言い渡されてる。
後で事情聴取とかあるのかもしんねえ。もちろんその前にふけるつもりだが。
どう思う?これもあの女と関係があることなのか?
それとよ、その昨日の朝なんだが、起きたときに口の中に変な味がして、
鏡を見たら中が真っ赤だったんだよ。

*題名は「bloodsucker」のもじり







マコちゃん

2014.11.20 (Thu)
パン工場に勤めてます。で、アパート暮らしをしてたんです。
昔風の下宿屋みたいなとこ、建物の中に廊下がある。そこに移って2ヶ月目です。
家賃が極端に安かったんですよ。ああいえ、風呂、トイレは部屋についてます。
前に住んでた先輩の紹介で入ったんです。一部屋ですから住人はすべて独身者ですよ。
男ばっかりで、俺と同じような工員が多かったですね。
でね、おかしなことがあったんです。片腕・・・左手のない人が10部屋で4人いたんです。
全員肘から先で切断されてて、普段は義手をつけてました。
そのうち2人には腕をなくした原因も聞かされてます。
どちらも骨にできた腫瘍のためということでした。
2人とも機械工でしたので、職場での事故じゃなく、
というところがちょっと意外に思いました。でも、そんなに気にしてたわけじゃないんです。

2週間前ですね。その日は工場のシフトで夜勤明けだったんです。
部屋に帰ったのが朝の7時過ぎですね。飯は会社の食堂で食ってきたんで、
風呂に入って寝ようと思いました。
家賃なりのせまい汚い風呂で、湯船に漬かってたら隅のほうで何かがピョンと跳ねました。
あれでした・・・あの俗に便所コオロギって言われてるやつ。
カマドウマってのが正式な名前らしいですね。
「うわ、気持ち悪い」と思いました。あれ苦手なんですよ。
スゴいジャンプ力があるでしょ。
1回で大きく跳ねるから、湯船に落ちてきたらもう入ってられません。
だから、お湯をかけて弱らせて排水溝に流してやろうと思ったんです。
うまい具合に排水溝のほうに近寄ってきたので、洗面器にお湯を汲んで・・・

そしたら俺が何もしてないのに、排水溝のフタがポンと飛び上がったんです。
「ん、何だ?」と思ったら、ずずっと、中から筒みたいなものが出てきたんです。
太さは排水溝と同じ、直径5cmくらいで、挽肉の色と質感をした筒です。
赤、ピンク、骨っぽい白が細かく混ざってて、挽肉よりぬらぬらしてました。
表面が粘液にまみれてたんです。それと、先に目玉がついてました。
それがね、本当の目玉っていうか、生き物の目玉らしくなかったんです。
どういうことかって? ピンポン球みたいなプラスチック感がありました。
それと瞳の部分も描いたものみたいでしたよ。
目玉は挽き肉の上でくるんくるんと回るように動いて、
あたりの様子を伺ってるみたいでした。で、カマドウマのほうに瞳を向けると、
肉の筒からチューブほどの太さの触手?がのびていきました。

それがほら、あの挽肉機から出てくるやつの一本にそっくりでした。
肉のヒモとでも言えばいいんでしょうか。
にょろにょろとくねりながら下におりていって、
カマドウマの横腹にぴとっとくっついたんです。
それからはあっという間でした。ゴムが縮むみたいにてカマドウマを筒に引き寄せました。
それから・・・先端の目がね、半回転して俺のほうを見たんですよ。
目が合ってしまいました。俺は湯船に立ち上がって、壁まで下がりました。
プラスチックの目は、数秒俺のほうを見てましたが、
ゆっくりゆっくりと筒全体が排水溝の中に引っ込んでいきました。
そんときちらっと見えたんですが、カマドウマは挽肉の中にめり込んで頭だけ出てました。
あの長い触覚の片方が小刻みに動いてて、思い出してもぞっとしますよ。

そいつが消えて、ややしばらくしてから排水溝を立った状態でのぞき込んで見ましたが、
真っ暗な穴があるだけでしたよ。
もう気味悪くて風呂に入ってられなかったです。それで飛び出して、
曇りガラスの戸を閉めました。あの変なものが出てこないように洗濯機をずらして
戸の前に置き、それからサウナに行ったんです。でね、サウナの休憩室で休んでいると、
風呂場でのことが本当にあったとは思えなくなってきました。
あんなものが実際にいるわけはないって。
俺の仕事はベルトコンベアの前での流れ作業で、しかも12時間勤務でしたから、
幻覚を見たんじゃないかと考えたんです。
休憩室で寝てしまって、目が覚めると仕事にいかなくちゃならない時間でした。
でね、部屋に戻って着替えだけして出かけたんです。

そのとき風呂の戸をちらっと見ましたが、特に異常はなかったですよ。
それから・・・部屋には戻ったんですが、風呂に入れなくなってしまいました。
排水溝からあの変なものが出てくるんじゃないかと思うと気になってしょうがない。
でね、毎回サウナというわけにもいきませんから、
少し離れた銭湯に行くことにしたんです。ああもちろん、引っ越しも考えましたよ。
気味が悪いし、ワンコインの銭湯でもよけいな出費ですから。
でも、これだけ家賃が安いところも他にはないだろうな・・・とも思ったんです。
でね、その銭湯でアパートの住人に会ったんです。
最初のほうで話した片腕がない1人です。
入っていくと、銭湯の大きな浴槽の中にいまして、俺に気づいて、
ないほうの片手をあげたんです。切断された肘の先には銀色の金属がついてました。

湯船の中でこう聞かれました。「なんだ、部屋の風呂故障したのか?」って。
それで肉の筒の話をしたんです。そしたら「いよいよ来たか」ぽつんと言ったんですよ。
「来たって、何がです?」
「・・・いやいや。それにしても気味が悪い話だな。
 でもあのアパートの風呂や便所だとホント何がいるかわからん。
 俺もな、汚いのが嫌でこうして銭湯に来ているんだ。毎日じゃないけどな」
「そういうの見たことがありますか?」
「ないない、カマドウマはともかく、さすがにそんなもんはいないだろ。
 やっぱり疲れて幻覚を見たんじゃないか」
こんなやりとりをしました。
その後、俺のほうが遅れて出て、部屋に戻ったんです。

電気をつけて「やっぱり幻覚なんだろうな」そう思って風呂の戸のほうを見ました。
そしたら、曇りガラスに肉色のものが映ってました。
ガラス越しではっきりしませんでしたが、あの挽肉チューブだったと思います。
かなりの長さに伸びてたはずです。塞いでた洗濯機より高さがありましたから。
うねうねと動いているのがわかりました。
「ぶしゃっ」という音がしました。先端がガラスにあたったんです。
ガラスの向こう側の面にピンク色の肉切れのようなのが散りました。
そこまで見て部屋から逃げだしました。建物を出て駆け込んだのは大家さんの家です。
アパートのすぐ裏に自宅があるんですよ。
大家さんは在宅していて、すぐ中にいれてくれました。
小柄な、70歳前後くらいの老人です。

応接間に通され、ソファで今までのことをまくしたてたんですよ。
大家さんは相づちもなく、表情を変えずに聞いていましたが、
俺が話し終えると「それはマコちゃんだ。悪いものじゃあないよ」って言ったんです。
ぽかんとしていると、立ち上がって部屋の奥に進み俺を手招きしました。
行ってみるとそ、そこには1mを超える大きな水槽があって、
布のカバーが掛けられていました。大家さんはカバーを外し、水槽の照明をつけました。
水はきれいに澄んでて、中には砂も敷かれてなく、中央に人形が置かれてました。
40cmくらいの男の子が座った形の人形です。樹脂製だと思いました。
茶色い髪が水の中でゆらめいていました。
上半身は裸で赤い半ズボンをはいてましたが、左腕がなかったんです。
「・・・これは何ですか?」

「だからマコちゃんだよ。あんたにもそのうち紹介しようと思ってたんだが、
 もうマコちゃんのほうからあいさつに行ったんだな。賢い子だよ。
 あのアパートのマスコットみたいなもんだ」
そう言って大家さんは水槽のガラスを、トントンと2回叩いたんです。
そしたら・・・マコちゃんの片目がぼこっと飛び出しました。
にゅにゅにゅと、目玉をつけたまま中から肉の筒が出てきたんです。
風呂場で見たのと同じでした。
片目のところからだけじゃなく、ないほうの左手の付け根からも挽肉色の筒が伸びて、
水槽の中に渦巻くように伸びていきました。
「ちょっとイタズラだけど悪いものじゃない。かわいいだろう。
 さあマコちゃん、ごあいさつ」大家さんが言い、肉の筒は蛇のようにくねりながら、
先端の目玉を水槽のガラスの前面につけ、クイクイとお辞儀するように動いたんです・・・







駅 3題

2014.11.18 (Tue)
象虫

ある私鉄の・・・「いしさき駅」って名前にしておくか。
ホームで終電を待ってたんだ。いや、仕事で遅くなってね。
そこは会社からの最寄り駅で毎日利用してるんだけど、
それまでおかしなことは一度もなかったな。
会社の近辺は飲み屋もほとんどないから、電車を待ってる人もまばらだった。
でね、ベンチに年配の立派なジイサンが座ってたんだ。
立派というのは、黒の紋付袴姿で、長くて白いあごひげを蓄えてたからそう言った。
年齢は80を過ぎていたと思うな。
ジイサンは壺を抱えてて、俺は詳しくないからわからんけど、
青磁っていうのかな、蓋付きの高価そうなもんだった。

ジイサンは座ったまま羽織の下にその30cmほどの壺を抱えて、
ときどき蓋をずらして中を見ては、ニヤニヤしたり、声を出して笑ったりしてた。
さすがに何が入ってるか気になるだろ。
よっぽど後ろに行ってのぞき込もうと思ったが、まあやめておいた。失礼だしな。
で、終電がホームに入るってアナウンスがあったとき、
ジイサンが立ち上がった拍子に、壺が傾いて蓋がチャリンと音を立て床に落ちた。
そしたら壺から何かが飛び出したんだ。
真っ黒いカブトムシより少し大きいくらいのもんで、
鼻先が象のように長くなってるように見えた。
それは素早い動きで走り、線路に落ちたんだよ。

ジイサンはすごい慌てた表情をして後を追ったが、年のせいでよたよたしててね、
追いつけなかった。というかあの素早さじゃ若いやつでも無理だろ。
ジイサンがホームの先端に出たとき電車が走り込んできて、
接触しそうになったんだ。
そしたらだよ。ホームの下から真っ黒な象の鼻、
あれがにゅんと出て、ジイサンを後ろにはじき飛ばしたんだよ。
見たのは俺だけじゃないかな。
他の人は気がついた様子はなかった。ジイサンは尻餅をついたが、
立ち上がって壺を抱え、しょぼんとした様子で、
電車には乗らず地下のほうに降りてったな。

象電車

えー私鉄の駅にいたんです。「いしさき駅」という名前にしておきます。
残業の帰り終電を待ってまして、その日はすごい疲れててベンチに座ってたんです。
そこの終電は一本だけ遅い時間で、待ってる間についうとうとしてしまいました。
それで、ドカンドカンという音と地響きがして目が覚めました。
・・・何を見たと思いますか。たぶん言っても信じないと思いますが、
本当に見たんですよ。疲れてましたし、寝起きでしたけど酒も薬もやってません。
ああ、はいはい、今しゃべります。
象のようなもの・・・ですね。大きさは動物園で見た象ほどあるんですが、
目がないし、あの特徴的な耳もない。ただね、長い鼻だけが前面に突き出されて、
うねうねと動いてたんですよ。色は真っ黒で・・・4頭でした。

それが線路に2列に並んでね、太い綱で電車を引いてたんです。
ね、信じられないでしょう。見た自分がそうでしたからね。
引かれていた列車は1両だけで、照明がついておらず中は真っ暗でした。
それで、ホームに人が一列に並んでたんです。5人だったと思います。
みなサラリーマン風でスーツ着てましたが、
どの人も後ろに両手を回して肩が突っ張ってたんです。・・・手錠ですよ。
手錠をかけられてたんです。それだけじゃなく、
顔にぴちぴちのゴムマスクをかぶせられてました。
目も口もないやつです。5人の後ろにすごく体格のいい若い男が1人いて、
そいつは先端がチカチカ光る棒のようなものを持ってました。

で、手錠のサラリーマンらをその棒でつつくと、
そのたびにつつかれたやつが小さく飛び上がるんです。
マスクがなけりゃ悲鳴をあげてたんじゃないかな。
やがて電車のドアが開いて、5人とも乗り込んでいきました。
象に似た奇妙な生き物は4頭とも、あやつる人もいないのにまた静かに動き出して、
ゆっくりゆっくり遠ざかっていったんです。
私ですか?ベンチに座ったまま呆然として見てました。声も出なかったですよ。
そしたらね、いきなり首筋に強い衝撃を感じて、そっから記憶がないんです。
気がつくと終電に乗ってました。いや、普通の電車です。
自分の他にぱらぱらと乗客もいましたしね。

で・・・夢を見たんだと思ったんです。半分寝たまま電車に乗って、
バカげた夢を見ていたんだろうと思いました。
あんなおかしな生き物がいるはずはないし、もしいたとしても、
あのスピードで歩いてたんじゃ、後ろの電車がつっかえてしまうじゃないですか。
・・・でもね、首筋がひりひりしたんです。火傷をしたような痛み。
それで降りた駅のトイレに入って鏡を見たんですよ。
そしたら、右の首の後ろの皮が直径3cmくらいに剥けてたんですよ。
家でずっと冷やして次の日医者に行ったら、やはり火傷。
それも電気的なものじゃないかって言われたんです。スタンガンみたいなやつですね。
どう思われますか、私が見たことは実際にあったんでしょうか?

杖の人

私が普段利用している駅での話です。場所は言わないほうがいいんでしたね。
そうですね、じゃあ仮に「いしさき駅」という名前にしておきましょうか。
え? なんで「いしざき」じゃなく「いしさき」って言ったかって?
さあ・・・何でですかね。本当の駅の名前は、これとはまったく似てないです。
うーん、今とっさに頭に浮かんだとしか言いようがありませんね。
これって何か意味があるんでしょうか? ああそうですか、じゃ話を進めます。
終電を待ってたんです。ホームには人はまばらでしたよ。
ぼーっと立っていると、地下街のほうから階段を上がって人が来るのが見えました。
それが、ものすごく背の高い人だったんです。
身長は190を超えていたんじゃないかな。

見てのとおり、私も180近くありますが、それよりずっと高かったです。
鶴のように痩せている、という言葉がありますが、
まさにそんな感じで、長い足がものすごく細いんです。
髪は白髪でオールバックになでつけてました。
しわはほとんどなかったんですが、60は過ぎてると思いました。
それと大きな黒のサングラス、あと白い杖を持ってましたから、
目の不自由な方かもしれません。でも足下に不安そうな様子はなく、
すたすた歩いてましたね。あと片手に中国風の壺を抱え持ってて、
高価そうな感じだったので、落としたら大変だろうなと心配になりました。
いや、それまで一度も見かけたことはありませんよ。

でね、その人は私の座ってる隣のベンチに腰掛けると、
ポケットから何かを取り出しました。
銀色の5cmほどの筒です。笛だと思いました。
何でそう思ったかって言うと、その人は頬を膨らませて、
思いっきりそれを吹いたんです。ところが音がしなかったんですよ。
ほら、人間に聞こえない音の波長ってあるじゃないですか。
特定の動物にしか聞こえない笛、あれじゃないかと思いました。
その人はひとしきり笛を吹くと、壺を下に置いて蓋を開けたんです。
・・・1分くらいして、もうすぐ終電が来るというとき、
何か小さなものが線路から駆け上がってしました。

動きが素早くて数は数えられませんでしたが、5匹前後でした。
最初はネズミだと思ったんですが、近くに来たのを見ると実に奇妙な生き物で、
カブトムシのような黒色で4本足。頭の前に象の鼻のようなのが長くのびていました。
で、そいつらは次々にその人の足下に寄ってきて、壺の中に飛び込んだんです。
その人はすぐ蓋をして、「収穫、収穫」と相好をくずして言いました。
でね、あまりに不可解なことだったんで声をかけてみたんです。
「今の何ですか?不思議な生き物が壺に入ったようですが?」って。
そしたらその人はサングラスの顔をこっちに向けて、「放牧ですよ」と答えました。
それから続けて、「まだ小さいですが、もっと大きくなります、象くらいに。
 あなたもどうですか?」って言ったんです。

何が「どうですか」なのかわかりませんでしたが、何となく気味が悪く感じました。
そのときちょうど終電がホームに入ってきて、
その人は立ち上がり、電車には乗らずに地下街のほうへ戻って行ったんです。
でもね、考えてみると、その時間だと地下街はとうに閉まってるはずなんです。
というかいつもは階段の入り口自体シャッターが下りてたような。
終電に乗って帰りましたが、その後はおかしなことはなかったですよ。
これ・・・どういうことかわかりますか?
だいたいわかったって?食事をしながら教えてくれる・・・
そうですか、ずっと気になってたんで来たかいがありました。
え、鼻のあたりがムズムズするようなことはないかって? あります、その日からずっと。
どうしてわかるんですか? このことと何か関係が・・・









雑談(著作権)

2014.11.18 (Tue)
今日は2chの嫌儲(けんもう アフィリエイトなどネットで儲けることを
嫌う人たちが集う場所)を見ていたので話が書けませんでした。
自分は2chのさまざまな板に顔を出しています(最近は競馬スレ以外書き込みは少ない)が、
どうやらオカルト板の怖い話を投稿するスレに
だいぶ以前に書かれた「八尺様」という話が、
「小説家になろう」というサイトに小説を投稿している作者に盗用されたのではないか
ということで騒ぎになっているようでした。
「小説家になろう」というサイトは始めて見ましたが、
すごいアクセス数があってビックリ。
ああいう世界があるとは始めて知りました。

「八尺様」というのは長めのオリジナルの怖い話で、
身長8尺(240cm)ほどの女の妖怪?が、ある村で封印されていたのが解けてしまい、
若い男を見定めて「ぽーぽぽ」とか言いながら迫ってくるというものです。
故ジャイアント馬場氏へのオマージュという説もありますが、
実にユニークなキャラクターで、マンガの中などあちこちでに登場しているのを見かけます。
このキャラと話の筋を、出版が決まっている自分の小説の中で使用し、
さらに作者が「著作権的に問題はない」と活動報告で書いていることなどが
ネラーの神経を逆なでし、嫌儲に依頼があってやり玉にあがっていたようです。
ただ、自分が見るかぎりでは、
著作権的に問題とするのは難しいんじゃないかと思いましたけどね。
作者は商業出版される場合、別のキャラに書き換えると言っていたわけですし。

自分はこのことについては特に意見はありません。
ただし、2chの怖い話その他の創作(それ以外も)が、
表現として著作権が大切に扱われていないというのはずっと気になっていました。
このブログを始めた要因もそこにあるからです。
基本的に2chに書いたものの著作権は2chに所属するはずです。
今はJim体制になって、建前は「転載禁止」ですが、
今もって多くのまとめサイトが話(あるいはSSなど)を転載しています。
これは、著作権法違反は親告罪ですが、
2ch自体は基本的に裁判などする気はないということが知れ渡っているせいもあります。
あまりに転載先が多くてきりがないし、2ch自体にも弱みがあるからです。
(ニュー速など記事を無断転載しているとこもありますし)

怖い話の転載については、喜んでいる人のほうが多いと思われます。
自分の書いた話がまとめに載り、そこでは好意的なコメントが多いですし、
そもそも怪談は世間に広まってナンボという面があるからです。
2chに投稿し、そのままスレの反応は見ないで、
まとめに載っているのを確認しているという人はけっこういるんじゃないでしょうか。
それが悪いとは言いませんし、ネット掲示板の利用のしかたの一つではあると思います。
ただ、自分のように転載されたくないと思う人(おそらく少数)
にとってはこれは困った問題です。
まあ名前欄とか本文に「絶対転載不可」のようなことを入れればいいのかもしれませんが、
それをやるとコテ(固定ハンドル)をつけているのと同じになってしまうし、
同じ人間が何度も怪異の体験談を投稿するというのは不自然です。
(怖い話の建前は「実際にあったこと」なので)

ということで、自分は2chに書くのはあきらめてブログを始めたわけです。
(それ以外にも、多くの話を書いていてまとめる意味もありました)
そのため必然的に創作宣言しなくてはならなくなりましたが、
これはこれですっきりした感じも持っています。
建前とはいえ、作った話を実話ですと言い張るのも自分的には味が悪い。
だから自分に関しては現状で不満はないのですが、
今も生存していると思われる「八尺様」の作者の人は、
この騒ぎをどう思ってるだろうなーと気にはなりますね。
まあないですけど、もし「八尺様」のハリウッド映画化が決定しwww
千万単位の原作料が発生したらどうするんだろうとかw
その場合、2chに良心があれば作者を見つけ出して協議するとかになるのか。
しかし自分が書いたという証拠を出すのが難しい場合も多いでしょう。
もしこんなことがあれば問題になるほどの著作権は生きているわけです。

ということで興味を持ってなりゆきを見ていました。
結果、作品は「小説家になろう」運営に削除され、作者の謝罪文が出たようです。
ま、本になるのであればその部分は削除するか大きく書きかえられるでしょうし、
あるいは出版社側が2chと話をつけてもいいわけです。
ネラーはけっこう面子を気にしますので、
作者はこのまま静かに息を潜めているのが一番いいと思われます。
外部に情報を出さず静かにしていれば、そのうち収束するのではないかと。
ネットの著作権について、いろいろと考えさせられた話でした。

『死の島』アルノルト・ベックリン





ロケ隊

2014.11.16 (Sun)
この夏前の話。俺は泡沫出版社に勤めてて普段は麻雀劇画なんかの編集をしてる。
うちの社ではここ10年ちかく、夏にコンビニ売りの心霊ムック
DVD付を出してるんだが、そのディレクターを担当することになった。
といっても去年、一昨年とやってるからまあ慣れてる。ムック部分はすぐできるんだ。
ネットで話題蜷になってる心霊話や拾った画像でちょいちょいと埋める。
原稿も全部編集部で書いて外注はしないから安上がりだ。
ただ、動画のほうはロケにいかなくちゃならんから面倒だし予算もかかる。
多人数で行くし、夜に撮影するからどうしても1日ががりになってしまう。
でね、今回は企画として「心霊廃墟でコックリさんをやってみよう」というのにした。
バカだと思うだろう。いや、べつにいいよ。
俺自身バカな世渡りだと思ってるから。

メンバーは俺がディレクターで、あとAD役の助手、カメラ2人、音声、照明、
ここまでがうちの社と関連会社のやつ。ありあわせの機材でやるし、
テレビの番組制作クルーみたく本式じゃない。
あと、うちでこの手のを出すときにいつもお願いしてる霊能者さん。
この人は40代後半で、いつも修験者の恰好をしてる。
スムーズに本ができるように協力してくれるよ。
だけどこの人にコックリさんをやらせるというわけにはいかんから、
タレント事務所から女の子を2人借りた。いわゆる霊感タレントという子たち。
その事務所のほうからマネージャー兼メイク係として、
女の人が一人ついてくることになった。えーこれで総勢10人だったはず。
11人乗りのミニバンを借りて助手が運転した。

行った先は・・・場所は言わないほうがいいだろうが、
あんたらはこういうの詳しいんだろ。
茨城にある廃旅館だよ。あのほら経営者が自殺したっていう。あ、知ってる? やっぱりね。
もちろん現在の所有者に許可はとったよ、じゃないとDVD発売できないじゃん。
ま、あんだけ荒れ果ててりゃ取り壊すしかないだろうし、ちゃんと謝礼も出すから。
昼過ぎに出発して3時間、4時過ぎには現場に着いたよ。
そこの旅館は築40年以上って話で、外観も中もかなり朽ちていたよ。
ただ、不法侵入者はほとんどなかったみたいで落書きとかは見なかった。
もちろん電気・水道とかは止まってる。霊能者さんや女の子たちには車で待機してもらって、
その間に俺らで外回りや中を動画と写真に収めた。
鍵を借りてたからそれで玄関から入ったんだよ。

中はほこりだらけだが散らかってはいなくて、
座布団やお膳なんかが整然としてるのが、それはそれで不気味な感じだったな。
で、コックリさんは設定上は真夜中ってことになってるんだが、
実際は暗くなったらすぐにやるんだ。でないとその日のうちに帰れなくなるから。
車中で弁当を配ってから大まかな流れを説明した。
まず霊能者さん・・・以下Aさんと女の子2人、これはBちゃんCちゃんとするか、
で旅館内を回ってもらう。その後、Aさんが「こっちに霊の気配が強い」とか言って、
旅館と屋根続きの経営者の自宅に案内する。
仏間のある部屋に入ってそこでコックリさんをやる、という流れだったんだ。
え、Aさんはそういうの聞いてくれるのかって?
もちろんだよ。協力的ってさっき言ったじゃないか。
それで、女の子のうちのBちゃんがコックリさんの最中に具合が悪くなる。

それも最初から決まってるのかって?当たり前だろ。
こういうのを買うやつは、何かが起きなきゃ騙されたって思うだろ。やらせとは違うんだよ。
で、車に戻ったBさんに怪異が起きる。
そのことをAさんが察して車に戻りお祓いをするんだ。
まあだいたいそういう感じ。え、幽霊を出すのかって?
いや、スタッフが扮装して出たってしょうがないだろ。
これはあとでCGを入れる。CGってもぼんやりした影とか手のシルエットくらいだ。
はっきり映るもんはやんないよ。かえって怖さが薄れるし。
あとね、カメラ機材が故障したりバッテリーが切れたり、
変な音声が入ったりするのもお約束で、
うちのスタッフはみんなわかってるからちゃんとやってくれる。
飯を食い終わってから、タレント事務所のマネージャーさんだけ残して旅館に入った。

それぞれ懐中電灯を持ってもらって、Aさんが先頭、女の子が後について旅館内を回る。
2階に上がって部屋を一カ所ずつ見て回る。旅館のまわりは森で物音一つしない。
女の子たちはキャアキャア言って、縁起半分、本当に怖がってるのが半分くらい。
やがて下のロビーに戻り、Aさんが、
「ここには何もいませんね。ただこの裏手に強い気配を感じます」みたいなことを言い、
細い渡り廊下から経営者の自宅に入っていく。
こっちは4間の平屋の住宅。一番奥に仏間のある部屋があり、おそらく寝室として使われてた。
生活用品はほとんど残ってて、タンスの中には衣類もあったよ。
大きな仏壇の前にテーブルを出し、3人でコックリさんを始めてもらう。
仏壇は一回中を開けて撮影したが、
位牌なども残っていて編集ではカットするしかなさそうだった。
コックリさんの用紙はAさんが作った特製のやつで、梵字で書かれてる。

だからコイン・・・こんときは1銭銅貨を使ったが、
動いても女の子たちには意味がわからない。
つまりAさんが都合いいように解釈してくれるというわけ。
窓の外では雨が降り出したようで、ますます気味の悪い雰囲気になってきた。
ここでコックリさんのほうは霊が降りてきて、どうやら自殺した元オーナーらしい。
実は女の子たちにははっきり言ってなかったが、
そのオーナーが首を吊ったのはこの部屋だったんだ。
で、段取りどおりBちゃんが「寒気がする」と言って肩をすくめた。
「そこに何かがいる」仏壇と窓の中間あたりを指さした。
「これはいかん」Aさんが言ってコックリさんを中断し、立ち上がろうとするBちゃんを抑えた。
・・・あまりにやらせ臭い展開だが、様になってる、使い物になると思った。
ここでわれわれがBちゃんを連れ出して車まで戻る。

その間もコックリさんは続けられることになってるんだが、実際には全員で戻るんだ。
二手に分かれたら撮影できないだろww
「じゃ、いったん中断して・・・」Aさんが言いかけたとき、突然仏壇の扉が開いた。
「ああっ」「うわ、何だ」「きゃー」驚きの声と悲鳴が交錯した。照明が点滅し始めた。
仏壇の中から位牌が飛んできて、畳にへたり込んでいたCちゃんの額を直撃した。
またひとしきり悲鳴が上がった。仏壇の両開きの扉がバタバタ揺れ、中から白い霧が出てきた。
霧は渦巻きながら天井のあたりまで昇って何かの形を作り始めた。
「何ですこれ?」「逃げよう!」みなで襖戸に殺到したが、固く閉まって開かなかったんだ。
後ろをチラ見すると、白い霧は窓の側で人型になって揺れていた。
首を吊った人みたいに。「Aさん、なんとかしてくださいよ」俺が叫んだが、
「あう、これはダメ、ダメです。本物だよ。初めてだこんなこと」
泣くような声が返ってきただけだった。「くっそ!」カメラマンの1人が襖を蹴った。

「いやー」ひときわ大きな声が上がって、
見ると頭を抑えたCちゃんの体が畳から浮き上がっていた。
だれも助けにいかなかった。Cちゃんは天井近くまで浮き上がり白い霧のほうへ近づいて・・・
襖に大穴があき、Aさんがわれわれを押しのけてくぐろうとしたとき、
ターンと勢いよく襖が開いた。外にいたのは・・・タレント事務所のマネージャー。
両手を前に組んで数珠を持っていた。
マネージャーは這いつくばっているAさんを押しのけると前に出た。
Bちゃんがその背後に回り込みんで隠れた。
マネージャーは宙に浮いているCさんの片足を無造作につかむと、
もう一方の手で数珠を押し当て・・・金色の閃光が走ったように見えた。
Cちゃんは足からどさっと下に落ちた。額から血が流れ意識はないようだった。

マネージャーはつかつかと前に出て、揺れる白い霧に向かって数珠を突きつけた。
すると霧は人型から一気に収縮してソフトボールほどの塊となり、
吸い込まれるように仏壇の中に戻って、バタンと扉が閉まった。
「ここはロケには向いていないようですね」マネージャーさんが冷静な声で言った。
Cちゃんを抱えみなで車まで戻ったが、旅館の建物を出ると意識が戻り、
タオルで押さえていた血も止まっていた。
その後病院、傷は顔でもあるし縫うことはなかったよ。
でね、ロケは日を変えて別の場所で撮り直した。
もう発売されててね、今持ってきてるからほしい人がいたらあげるよ。
いらない?あ、そう。でね、今回のことで考えさせられたよ。
霊スポットの本物はダメだが、霊能者は本物じゃなきゃってね。







当ブログの周辺事情

2014.11.16 (Sun)
今日は忙しくてヘロヘロなので、短めの内容でお茶を濁します。
自分は、このブログに書いている文章について「怪談」と言ったり
「怖い話」という言葉を使ったりしていて、
「文学」「小説」という語は意識して避けています。
「創作」という語はときどき出てきますね。
前に少し書きましたが、ブログランキングは3つに参加させていただいてますが、
どれも「ホラー小説」ジャンルで、ポイント分けのようなことはしていません。

これは、当ブログの話はネットで拾ったものや実際に噂として流れている都市伝説、
実体験を取材しての聞き書きなどではなく、
全部自分が創作したものであるからです。
この意味では「怪談」や「謎」のジャンルはふさわしくないかなと考えました。
だから『創作怪談』というのがあれば、一番合っているんじゃないかと思います。
で、なぜ創作で怪談を書いているかというと、「書くのが楽しい」からで、
この点、模型づくりとか他の趣味とそう変わらないんじゃないかな。

で、趣味なのでいろいろと自分ルールを設けてこだわっています。
「情景描写をしない」
これは自分が、例えば修学旅行の夜なんかに
部屋で語られるような怪談を意識しているためです。
語りの中で「木々は月の光をうけて街路に淡い影を落としていた」
などと言う人はいないですよね。
もちろん文字表現ですから、実際の語りとはさまざまな点で違うのですが、
読んでくださる方に「話を聞いた」という感じを持ってもらいたいと思っています。
どれだけ成功しているかはわかりませんが。

もちろん必要な状況の説明はしますが、できるだけ簡潔に書くのを心がけてます。
で、書いているとたまにですが、
情景描写がしたくなってムズムズするときがあります。
自分はハードボイルド小説が好きで、
あの中には実に効果的な描写が出てくるものが多いのですが、
そういう気が起きたときは「ダメダメ」と自分を戒めて、
キーを叩くようにしています。

「人物の性格描写は最小限」
自分の話の場合、登場人物は基本的にその回1度限りしか出てきません。
つまり「ゆきずりの人物」ということです。
体験談なので、ある事件が終わって生き残った人が
怪談ルームに来て話しているわけですが、
じつは事態は継続中で、その後の語り手の不幸な結末を予想させるものも多いです。
で、登場人物にほとんど思い入れはないです。
話を進める駒みたいなものとして使っている感じですね。

これがホラー小説であれば、登場人物に読者が感情移入できるように
性格を深く掘り下げたりするのは有効だと思います。
読者にとっては、なじんだ登場人物の身に危険が迫ることにより
怖さが身近なものとして感じられるのだと思いますが、そういう手法は避けています。
これは自分の話が短いせいもあると思います。登場人物の性格が詳述されていれば、
行動の動機のいちいちが読者にとって納得しやすいでしょうが、
どうしても長くなってしまいます。
あと、シリーズ物のように同じ人物が出てくる話もありますが基本は同じで、
その人物の個性によりかかって話を進めることはしません。

「怖い 以外のテーマを含めない」
これは、自分の話は大まかに3つ「怖い話」「ナンセンス話」「黒民話」と分けていますが、
「怖い話」についてのことです。
話に人間的(文学的)あるいは社会的なテーマが含まれていれば、
うまく書ければ読む人の感動を呼ぶと思います。それは立派な作品でしょうが、
「怪談」とは呼びにくいものになってしまうのではないでしょうか。
自分としてはそこは目指していません。
やはり怪談は、あくまで怖いか怖くないかで評価されるべきだと思います。
そういう意味で、どのような書き方をすれば「怖さ」が浮かび上がってくるか
ということは常に考えています。

ただ、こればかりだと煮詰まってくるので「ナンセンス話」も平行して書いています。
こちらのほうはいわゆる「バカ話」なので、
できるだけ引っかからず、すらっと読めるような書き方をしてるつもりです。
ただ・・・ブログに書くことによってナンセンス度というか馬鹿さ加減が薄まっています。
ネットに書いていたときは匿名の名無しでしたので、
もっともっと下ネタやブラックジョーク満載のバカげた内容のものもあったのですが、
さすがにブログで披露はできませんw
これは今もときたまネットの掲示板で書いていますよ。
あまりな内容なので、まとめサイトが持っていくこともないし、
すれたネット民でもあきれるのかコメントもほとんどつきませんねw

と、こう書くとどんなのか知りたいと思われるでしょうから、例を示します。
一つだけ、中では一番まともなやつです。

『今年の夏、海水浴に行って海の家で氷メロン食ってたんだよ。
そしたら、俺の目の前に浪人が出てきて、
「あいや皆の衆、ここなギヤマンの器、居合いにて見事両断できましたら拍手喝采」
と言ったんで、何だこいつ、時代劇の撮影か?と思ってたら、
キランと刀の刃が光って、まだ半分も食べてない氷メロンがどじゃっと膝の上に落ちたんだ。
「何すんだよ、危ねえだろ」と文句を言ったとき、海の方から暴れん坊将軍が来たんだよ。

暴れん坊将軍は上陸用舟艇に乗り、地味な軍服を着て、
ぷっくらと丸い顔に極端な刈り上げ頭をしてた。
そして浜に上がると「ご浪人、よい腕じゃ。ぜひわが共和国に仕官してくれ」こう言って、
周りの地味な兵士に命じて浪人を無理矢理船に乗せて連れてってしまったんだ。
今の何だ????と思ってたら、砂の上に点々と血が落ちるんで、
鼻の頭をさわったら二つに切れてたんだよ。』

これ系だとヘイトスピーチのデモが暴れたりバキュームカーが爆発したりしますw

思わずふくふくしたくなるほっぺ


*もう一つ見つけました。どっちも2チャンネル。

『昨日の夜の話、場所は宮崎県高鍋町のわりと郊外。
同僚と飲んでたんだが俺は2次会に行かないで帰った。
家まで15分くらいのとこだったからブラブラ歩いたんだ。
川を渡るとき、住宅街を外れるんだが人しか通れない狭い橋があってそこ通ると近い。
角を曲がったら10mくらい手前に昔風のバキュームカーがあった。
こんな夜中に変なのと思いながら通り過ぎようとしたら、
陰から全身金色に光る人が出てきて、よく見ると西洋の鎧みたいなのを着てた。
そこは街灯もなくて光が反射してるわけじゃない。
LDEか何かで自発光してたんだ。「うわ、アブない人か」と思った。

そしたらそいつが、拡声器を通したような声で「お前は明智か」と聞いてきた。
黙って通り過ぎようとしたら「明智かって聞いてるんだよー」
とギャグみたいな声で言ったから、「ちげえよ」と答えた。
そしたら車に走り寄ってホースを持ち道路に糞尿をぶちまけ始めた。
しぶきが飛んでくるんで俺は道路の端に寄って逃げようとした。
そしたら「今夜はこれまでだ明智君 はははははは」と高らかに叫んだ。
いつの間にか、空にライトアップされた大気球が浮かんでて縄ばしごが下りてた。
そいつはぎくしゃくとそれにつかまって、車と糞便を残したまま空に上ってったんだ。
そのとき、午前0時を告げる大時計の鐘が鳴った。 』




Body and Soul

2014.11.14 (Fri)
じゃあ話を始めます。つい最近のことです。ここ3週間ほどの出来事。
うちの会社で、受付にアンドロイドを入れたんです。
いや、うちの会社で開発したものではありません。
うちはWEBシステム設備とソフト開発が業務内容で、機械工学関係は畑違いもいいとこです。
でも、たまにそうお考えになるお客さんもいるんですよね。
アンドロイドが出てくるソフトなんかも作ってますから。
これはリースです。リース料は月200万以上だったはずですから、
人間の女の子一人雇うよりはるかに金はかかりました。
まあそれだけうちもね、業績がよくなってきたってことです。
それに宣伝も兼ねているわけですし。
実際、反響は大きかったですよ。同じビルの他の会社の方もたくさん見に来ました。

アンドロイドは、立って歩いたりお茶を運んだりはしません。
そういうのは今のところロボットの仕事で、
うちのは受付のイスに座ったきり大きく動いたりはしなかったんです。
両手は少し動かしますけどね。それよりも売りは音声認識と人工知能です。
会社に来られたお客様がアンドロイド・・・
「北村冴子」という名前を社長がつけました。由来はわかりませんね。
冴子嬢ということで話を進めます。
冴子嬢の売りは、まず来られたお客様が話しかけた言葉を認識するのと、
人工知能がその内容に応じて適切な受け答えをすることです。
それはもちろん、普通受付で言われないような言葉をかけられたら対応できません。
ごくせまい範囲でしか応対はできないんです。

うちに納入される前に宣伝部のほうから開発先に人が行って、
うちの社員名やら部署の名前なんかいろいろインプットしたんですよ。
それで社員の呼び出しや、案内なんかをやることになってました。
先ほど言ったように、人寄せと話題づくりがメインでしたが、
そこそこ実用にもなったんです。あともう一つの売りは顔の表情です。
これはとてもよくできていましてね、
瞬きはもちろん、眼球や顔の筋肉が動いて表情を変えられました。
顔は・・・開発先の話だと特定のモデルはないということでしたね。
年齢設定は18歳で、多くの人が親しみやすい顔を研究して造ったんだそうです。
冴子嬢の勤務時間は、朝の9時から午後5時までです。
それ以降は電源を落としてビニールをかけ、会社の倉庫のロッカーにしまってました。
買い取りだと4000万以上ということでしたので大事にされてたんです。

で、冴子嬢が来てから、その倉庫に幽霊?が出るようになりました。
倉庫といっても貸しビルのワンフロアにある物置みたいなとこです。
広さは20畳くらいで、廃棄予定のOA機器からレクリエーション用品まで、
何でもつっこんでました。・・・うちはこういう業務だから、残業がすごく多いんです。
ビル自体は24時間守衛が詰めてまして、
早朝でも深夜でも、いつでも来たり帰ったりできるんですよ。
でね、最初は女子社員でした。夕方6時過ぎですね。
残業する社員用にカップラーメンを倉庫に取りに行ったんです。
そのときには冴子嬢は専用ロッカーに格納されてたんですが、倉庫に入ったとたん、
そのロッカーの前に、しゃがんだ人がいるのが目に入りました。
ぼんやりとしていて、かろうじて人とわかるくらいのものだったそうです。

それは人が入ってきたのに気づいたようにスッと立ち上がり、
振り向くような動きをして消えたんです。女子社員は驚いて逃げ出し、
課に戻って話をしたので、男子社員数人で見に行ったが何もなかったという顛末でした。
そのときは気のせい、見間違い、ということで片づいたんですが、
その日から3日おきくらいに目撃例が続いたんです。
すべて時間は午後6時以降で、場所は冴子嬢のロッカーの前、これは決まっていました。
見たのはほとんどうちの社員でしたが、社外から来た事務機屋さんも一人見てるんですよ。
ああ、見たのはすべて倉庫に一人で入ったときです。
複数が同時に目撃したという例はありませんでした。
もちろん社長に報告されて、倉庫内は隅々まで調べたんですが、
おかしなものは見つからなかったです。

それとですね、目撃した内容がだんだん変化してきたんですよ。
ほら、最初の女子社員が見たのはぼんやりした影みたいなのだったのが、
だんだんに姿がはっきりしてきたんですよ。
まず着ている服がわかったんですが、制服のような地味な紺のベストとスカート・・・
うちは制服なんてないんですが、これって冴子嬢が着ているのと同じなんですよ。
あと、幽霊?の動作はいつも同じで、冴子嬢のロッカーの前にしゃがんでいたのが、
人が入ると起ち上がり、振り向いて消える、その顔の表情もわかるようになりました。
もうおわかりでしょう。冴子嬢と同じ顔をしていたんですよ。
ね、奇妙な話でしょう。アンドロイドの幽霊・・・
というか分身のようなものなんでしょうか?
で、もちろん、冴子嬢の開発先にも問い合わせたんですが一笑にふされました。

どこでもそんな話は出ていません、ってね。
そもそも冴子嬢は座ったきりで、車輪つきのイスもセットになってるんです。
立ち上がることも自分で振り向くこともできません。
それでもいつもメンテナンスにくる方が詳しく調べてくれましたが、
もちろん異常は見つかりませんでした。
で、3週間目に入って幽霊?を見たという人が5人を超えたんです。
この頃には誰も嘘だと言いませんでしたし、倉庫に入るのを怖がる人も出てきました。
冴子嬢の存在と何か関係があるのは間違いないと思われ、
会社の上の方ではリースを打ち切ろうかという話も出てたみたいです。
でも、実害があったわけではないし、お客様には冴子嬢の評判は上々で、
彼女を見るために、メールですむ話なのにわざわざ来社される人もいたんです。

社長の一存でリースは続けられることになりました。
で、一昨日の話です。午後4時近くになり、そろそろ冴子嬢の電源を落として、
しまおうかとした頃だそうです。何も話しかけたわけじゃないのに、
冴子嬢が突然「怖い、怖い、コロサレル、コロサレル」とおかしな発音で話し始めました。
これは絶対ありえないことで、そもそもそんな言葉はインプットされてません。
だからもし聞いたやつの話が本当だとしたら、
冴子嬢が音声機能を自分で改変して話したってことになります。
でなきゃ何者かがとり憑いてしゃべっているか・・・こっちのほうがありえないですか。
ああ、これは私が聞いたわけじゃなく、2人の担当者の話をそのまましてるんです。
とにかく電源を切ったら静かになりました。
そのままイスごと動かして受付デスクの前に出し、倉庫まで押して行ったんです。
受付から倉庫までは外の廊下を通って行くんです。

倉庫に入ってロッカーの前に来ました。これは普通のロッカー4つ分くらいあって、
表に「冴子の部屋」という木札が下がってました。社長が作ったもので悪趣味というか・・・
中には服や髪を掃除するブラシ類、大きなビニール袋なんかが入ってました。
で、開けようとした瞬間、ロッカーの戸がドカーンと中から勢いよく開いたんです。
女が出てきました。茶色の髪、紺の服、顔も冴子嬢そのものだったそうです。
見たうちの一人は、冴子嬢よりも人間に近かったとも言ってましたけどね。
そのとき、電源の入ってない冴子嬢が「怖い、怖い、コロサレル」と言ったんだそうです。
呆然としている2人の前で、ロッカーから出てきた女は両手で冴子嬢の頭をつかみ、
前後左右にゆすぶり始めました。
「怖い、コロサレル、怖い、怖い、タマシイのあるものは怖い、怖いィィィィィ」
音量最大でこう叫び続ける冴子嬢の頭がもぎ取られ、コンクリの床に落ちました。

カシャーンという音で2人が我に返ると、ロッカーから出てきた女の姿はどこにもなく、
ただ眼球がこぼれ,ひび割れて無残な姿になった冴子嬢があるばかりでした。
まあこういう顛末なんです。
・・・ロッカーの中には人が潜んでたような様子はなかったそうです。
どういうことなんでしょうか?冴子嬢の生霊が自分で自分を壊した??
それとも実は冴子嬢にはモデルがいて、その人の幽霊なんでしょうか?
社内ではいろいろな意見が出てましたが、私にはさっぱりわからないです。
あと冴子嬢のほうですが、幸いにしてAI部分は壊れていなかったので、
修理代はそれほど高くないそうでした。それでも1千万近くかかるようです。
で、昨日社長が話してましたけど、冴子嬢が治ったらリース契約を再開するようなんです。
何を考えてるんでしょうねえ。またこんな怖いことが起きるかもしれないのに・・・
どうしたって何か裏の事情があるかと勘ぐってしまいますよねえ。






ノスタルジックな淵

2014.11.13 (Thu)
私が子どもの頃の話ですよ。もう50年以上前の夏休みのことです。
当時は、今のように学校からあれこれ禁止事項が言いわたされるなどということもなく、
子供らは野山でさまざまな遊びをしておりました。
今のようなアニメ、ゲームなどはもちろんなく、
自分の部屋を持っている子すら少ない時代でしたから。
兄弟がぞろぞろいる家が多かったし、あれこれ用を言いつけられるもんだから、
機会があれば家から抜け出してたという子が多かったと思いますよ。
6年生のリーダーを中心に、いろんな学年の子が混じって多人数で遊ぶ場合も、
自分らの学年だけで遊ぶこともありました。
そんな夏休みの一日、私は村を流れる川の上流の淵にいました。水遊びです。
その日集まっていた仲間は5年生の男子6人ほどだったと記憶しています。

ええ、それは川遊びは危険なこともあります。
県全体では毎年のように死者が出ていたと思いますが、
学校から禁止を言われてはいなかったはずです。なんせ当時は子どもの数が多くて。
そこの淵は周囲が岩で囲まれていまして、天然の水風呂のようなものでした。
水はそれは冷たくて、数十分漬かっていれば、
真夏でも唇が紫になって体に震えがきたものです。
2mばかり流れ下る小滝があり、その下は深い壺状になっておりました。
水の色は青く、下から泡が渦を巻きながらわき上がってきて、
透明な水でも底を見通すことはできませんでした。
当時は底なしと言われてましたが、今から考えれば5mもなかったと思います。
私らはその壺に、岩の上から次々に飛び下り始めました。
臆病な子は足から、大胆な子は頭から勢いをつけて飛び込むのです。

水の中で目を開ければ、神秘的な青と緑の霧の中にいるようでした。
そこは元来、大岩魚などの棲家になっていたのですが、
子供らが遊び始めると魚は姿を隠し、見えるところには出てきません。
冷たい青の中を漂っていると、いつまでもここにいたいという気がしてきます。
当時は息止め競争などもやりましたが、
私は2分が限度で最後に残った息をすべて吐いて浮上していきます。
しぶきとともに水面に顔を出すと、
水の中とはまた違った鮮やかな青い色の夏空が見えるんです。
・・・ああ、すみません。すっかり昔話に夢中になってしまいました。
タケちゃん、という同級生がいまして、
女の子のように色の白い華奢な子だったんですが、
壺に飛び込んだのですがなかなか浮かび上がってきません。

1分、2分とたち3分に近づいてみなが心配になり始めた頃、
タケちゃんはやや離れた場所に頭を出し、
大きく息を吸い込むと慌てたように泳いで近くの岸にあがり、
河原から草むらに走り込んで、何かを探すような仕草をしました。
私が「おい、どうした」と声をかけると、「ザルかなんか、入れ物どっかにないか」
と聞き返されたので、「お前、何言ってんだよ」さらに尋ねると、
「餅もらえるんだけど、裸で入れる場所がないだろ。だから何か入れ物」
と両手を拳に握ったまま、わけのわからないことを言います。
おかしいと思い、3人ほどが側に駆け寄って、肩を押さえて草の上に座らせました。
「まず落ち着け」
「何だ餅って?ちゃんとわかるように話せよ」

「いやあ、今、俺 壺に飛び込んだだろ。そしたら水の中に家が建ってて、
 棟上げをやってた。餅を撒いてたんだよ。
 だけど俺ぁ裸だから餅を2つしかとれなかった。
 だから入れ物を持っても一回水に潜るんだよ」
これを聞いて「ははあ」と思いました。長く息を止めすぎて幻覚を見たのだろうと。
脳が酸欠状態になっていたんだろうってことです。
「お前、あの壺の中に家が建ってると思うのかよ」
「しゃきっとせえよ。来年には6年だぞって、先生いつもゆうてるでないか」
タケちゃんははっとした顔をして「・・・ああ、そうだよな。
 家があるわけないか。俺 何言ってるんだろ。
 しかしなあ、餅は持てるだけ取ってきたぞ」そう言って両の拳を開きました。
その中から10cmに満たない小魚がこぼれて、草の上でぴちぴちと跳ねたんです。

翌日です。また同じ淵に泳ぎにいきました。昨今、温暖化などと言われていますが、
私からすれば、どうしても子供時分の夏のほうが暑かったような感じがするんです。
始めみなで、河原石を起こして積み上げるという遊びをしていましたら、
タケちゃんがさっさと服を脱いで、また壺に飛び込んだんです。
「あいつ、餅撒きやってないかどうか確かめにいったんじゃないか」
誰かがそう言ったとき、前日と同じくらいの長さに潜って顔を出したタケちゃんが、
「おい、早く来いよ。水の中に蚊帳が吊ってある」と、
またとんでもないことを言い出したんです。
みなはそれを聞いて、次々服を脱いで飛び込んだんですが、
もちろん蚊帳などあるはずもありません。
水の色は場所によっては緑の蚊帳に似てないことはありませんでしたけども。

水面で「またかよお前、いいか蚊帳は家の中で吊るもんだぞ。
 水の中のどこにひっかけるとこがある?」と言いましたら、
タケちゃんは不満そうな声で、「うんでもなあ、昨日のはマボロシかもしんないけど、
 今は確かに蚊帳を見たと思ったがなあ。
 中にきれいな女の人が腰巻きだけで寝ていて、俺を手招きしたぞ」
最後のほうは小さくつぶやいたんです。
これも意外な答えだったので、私はぽかんと口を開けました。
タケちゃんはなおもぶつぶつ言いながら岸に泳いでいきました。
・・・われわれはいつも裸で泳いでいるわけですが、
そのときね、河原に立ったタケちゃんのおちんちんが、
ぴんと とがっているのが見えたんですよ。

われわれは2時間ほども遊んで、それぞれ家に戻りました。
最も暑い2時前後をのりきると、夕方には少し涼しくなり腹も空きました。
当時蚊帳は吊っている家が多かったですね。
けっこう高価なもので破れれば繕って使ってましたし、質草になるときもあったんです。
冬場は質に入れておいて、暑くなってきたら請け出してくる。
洗濯や洗い物は川で、西瓜を冷やすのは井戸水で・・・
どこの家も貧乏でしたけれど、心は豊かだったような気がしますねえ。
・・・ああ、また話がそれてしまいました。すみません。
それでさらに翌日です。ほぼ同じ仲間が集まって、
水遊びも飽きてきたので虫取りにいこうという話になりました。
カブトをつかまえて相撲させようってことになったんです。
タケちゃんも来ていましたが、額に大きなたんこぶがありました。

「どうしたんだよ?」わけを聞くと、「蚊帳を切ったろうって殴られた」と言います。
当時の家はどこも間数だけはありまして、タケちゃんは弟妹らと寝ていたそうですが、
朝になってみると蚊帳が大きく破れていた。それも自然にほつれたとかではなく、
腰ほどの高さのところで、刃物で切ったように一直線に裂けていたんだそうです。
当然タケちゃんは自分がやったのではないと言い張ったんですが、
誰がやったとしても年上のお前の責任だと父親に言われ、
きょうだいを代表して拳固をもらったのだそうです。
虫ちょっとクヌギなどの多い雑木林に入れば大量にとれたもので、
家で飼うということはしなかったですね。
カブトを2匹、切り株にのせて向き合わせると、ツノで弾かれたほうは、
面白いように吹っ飛んでいきました。タケちゃんはずっと額のこぶを気にしてさわっていて、
3時過ぎ頃に頭が痛いと言って一人で帰ったんです。

さらに翌日ですね。半鐘が鳴ったり、
朝から村が騒ぎになっているのが気配でわかりました。
母親に聞いたら、タケちゃんがいなくなったということでした。
朝布団におらず、朝飯の時間になっても戻ってこない。
・・・それだけならそう心配することもないんですが、すぐ下の弟に聞いたら、
夜中物音がして目が覚めると、
タケちゃんが白い人に手を引かれて蚊帳から出て行くところだった、こう答えたんです。
どうやらその朝も、蚊帳が大きく裂かれていたようでした。
白い人とはどんな人か、弟にいくら聞いてもそれ以上の答えはなかったそうです。
青年団が出てあちこち探しましたし、私ら子供も集まって心当たりの場所を回りました。
それであの淵に行ったら、タケちゃんを見つけたんです。
真っ白なお尻を上にして、淵の壺に浮いていたんですよ。







垢嘗

2014.11.13 (Thu)
ある町の公共温泉施設で働いています。
こっから話すことは職場の恥になるようなことですが、今は改善しています。
というか、改善せざるを得なかったのです。
そこの施設も、あのご当地温泉ブームのときに町の予算でこさえたもんです。
あの当時は大手の温泉ボーリング業者、ボイラー業者が全国を回っておりまして、
それに開発を丸投げすれば、たいした知識もなく施設ができあがったんです。
ちょっとご退屈かもしれませんが、少し温泉の話をさせていただきます。
ただ、自分は技術職ではありませんので間違いもあるかもしれません。
温泉法という法律がありまして、基本的には水温25度以上で、
何らかの微量の成分が含まれていれば「温泉」という名称を使用することができます。
で、地面の下深くに埋まってる地下水というのは温度が高い場合が多いんです。

それは元々温泉地でないところに温泉施設をつくるわけですから、
うちでもかなり深くまでボーリングをしたようですよ。
それでもやはり入浴に適した42度ほどにはなりませんから、
くみ上げた温泉をボイラーで加熱します。このときにお湯の循環設備も入れたんです。
ボイラー業者がセットで勧めてきましたし、
近隣の施設もみなそうでしたので、特になんとも思わなかったですよ。
循環、というのはお湯を再利用することです。
汚れた浴槽のお湯、浴槽から溢れたお湯、洗い場を流れたお湯なんかを、
まとめて集毛器にかける。ここで大きなゴミを取るんです。
それから濾過槽、生物濾過ですが、そこを通すと無色透明の水に戻ります。
で、また加熱して浴槽の滝口から流れ落ちるようにするわけです。

え、それだと源泉を最初入れたら、あとは入れなくても済むんじゃないかって?
いや、それはさすがに・・・1週間に1度はお湯の入れ替えをしていましたよ。
町民のみなさんに格安でサービスを提供する町営の施設ですからね、
そんなに人件費、維持費をかけられるわけじゃありません。
それに当時は、役場に詳しい知識を持ってる人なんていなかったんです。
開業した当初は大賑わいでしたよ。
うちらの施設は近隣の市町村に比べて後発でしたから、
やっとおらが町にも自前の温泉ができたってことで。もう20年も前の話です。
で、それからずっとやってきたわけですが、
7~8年前からお客さんの入りが悪くなりました。
一番の原因は町の過疎化だと思いますが、他にもいろいろあります。

施設が老朽化したことも大きいでしょうね。
あと設備が中途半端で、露天風呂がなかったことなんかもあるでしょう。
それと温泉以外にこれといった付加サービスを開発できなかったこともあります。
デイケアや道の駅、学習体験なんかと結びつけられればよかったんでしょうが。
循環風呂が問題視されたこと?うーん、他県でレジオネラ菌の事故が起きたときには、
そういう話も少し出ましたし、秘湯の源泉掛け流しブームもありましたが、
基本的にはあまり関係なかったんじゃないですかねえ。近隣の類似施設は全部それですし、
ここいらのお年寄りはそういう知識のある人も多くないですから。
・・・施設の温泉に入ったお年寄りが、
「浴槽から出たら上がり湯を使うと、体についた温泉の成分が流れてしまう」
なんて言ってるのを聞くと申し訳ない気はしましたけどね。

で、施設は赤字になり、第3セクターに経営が移ったんですが、
毎年町からの補助が出ていましたよ。そう大きな金額ではなかったんですけど。
すみません。長々と怪異とは関係のない話をしてしまって。
わたしは町職員の身分のまま、その第3セクターの副支配人として働いているんですが、
夜間に来たお客さんから苦情が出たんです。
「お湯が魚臭い」って。これには驚きまして、すぐ浴槽に行ってみたんですが、
わたしには何も感じられませんでした。人命に関わるような事故になっては大変ですので、
翌日は休業にしまして、契約業者に施設を点検してもらったんです。
ボイラー、濾過器等すべて見ましたが異常はなし。雑菌の繁殖なども見られませんでした。
でも、念のために消毒のために入れている塩素の量を増やしたんです。
これをやると今度は「塩素臭い」と言われることになるんですが、
大事が起きてしまうよりはマシですから。

ところが、翌日もやっぱり「魚臭い」と言われました。
ほぼ毎日のように来られているお年寄りからですから、
塩素の臭いを間違えたわけではないと思いました。
さらに、施設は毎晩10時半まで営業していたんですが、
その最後のほうに入られたお客さんから、
「浴槽の中に魚がいた」という話をされたということを、従業員から聞いたんです。
それはいくらなんでも・・・なんですが、
よく知っている方で、嘘をつくような理由もありません。
それでね、翌日はわたしが終わりまで居残りしまして、
終業後のお風呂に入ってみることにしたんですよ。
ええ、循環ですから、洗い場の掃除はしても普段は浴槽の掃除はしてませんでした。

お湯に落ちた垢や髪の毛は全部吸い込まれて濾過されますから、きれいなもんです。
お湯が透明で温泉特有のにおいや湯ノ花などが出ないのはしょうがないです。
脱衣所で服を脱いで、だれも人のいない浴槽に入ってみました。
ゆっくり泳ぐように移動し、お湯をすくい上げて臭いを嗅いでみましたが、
かすかな塩素臭はしても、魚の臭い・・・生臭さなんて感じられませんでした。
滝口でも同じでした。浴槽の縁にもたれて目を閉じると、
朝から長時間職場に詰めていた疲れが出たのか、うとうと眠くなってきました。
こりゃいかん、そろそろ上がろうかと思ったとき、
脇腹に何かがコツンとあたったんです。
「ん、何だ?」と下を向くと、強烈な腐臭を感じたんですよ。
生ゴミというより、それは確かに魚の腐った臭いでした。

「えっ、えっ」思わず立ち上がると、両足に何かがコツコツとあたります。
でも透明な水を通して見ても何もいないんですよ。
そのときです。天井から細い長い手が伸びてきて、お湯の上をすくうようにしたんです。
上を見ました。痩せた裸の子どもが天井の木組みの梁に上向きに取りついて、
信じられないほど長い手を伸ばしていたんです。
その手の中には魚が握られていました。15cmくらいの真鮒のようでしたが、
はっきりはわかりませんでした。
ぐずぐずに腐って、やっと形をとどめている状態だったんです。
天井のものは意地悪そうな男の子の顔で、首だけひねって下を見ました。
手がするすると縮んで魚はそれの口元までもっていかれ、
それの口から真っ赤な長い舌が出て、魚をべろんと嘗めたんです。
 
こういうものを見ると、人間って呆然として動けなくなってしまうんですね。
それはひとしきり魚を嘗めつくすと無造作に放り、また長い手を浴槽に伸ばしました。
お湯があちこちで跳ね上がり、たくさんの魚が目に見えました。
どれも腐ってとろけ、頭も鱗もどろどろと白く濁っていたんです。
手は跳ねる魚の一匹をつかまえてまた上に・・・
そこまで見たとき、叫び声を上げて浴槽から飛び出ました。
ええ、この頭の傷ですが洗い場を走ったときに転んだんですよ。
なに、切り傷だけです。脱衣所でとりあえずパンツだけ履いて逃げ出しましたよ。
いや、施設に残っていたのは自分の他にあと男性職員2人だけでしたから、
まあそこはなんとか・・・ で、この後どうしたかというと、つてを頼って、
妖怪の専門家に相談したんです。

あのほら世田谷に住んでおられる・・・ああ、ご存じなんですか。
そうでしょうね、みなさんもこういうことの専門家なんですよね。
なんとか垢嘗のほうはおさえていただきましたよ。
翌日からは出ることはなくなりました。腐った魚もです。
・・・町役場の上のほうに事態を理解してもらうのはたいへんでした。
あと妖怪封じの費用を捻出するのもね。
結局は町長のポケットマネーになったんじゃないかと思います。
施設のほうは、赤字でしたが大幅に改革しました。
循環はそのままですが、お湯を毎日取り替えるようにしたんです。
元々湧出量は多いんです。そして1日の最後にお湯を抜いて浴槽の掃除をします。
あと妖怪専門家のアドバイスに従い、源泉の神様のお社をたてて祀るようにしたんですよ。

*自分は旅行雑誌に温泉評論とかも書いています。








体 2題

2014.11.11 (Tue)
ほくろ

私の家族は、私が産まれるだいぶ前に沖縄から大阪に越してきたんです。
私が3歳のとき建築現場の事故で父が亡くなり、それからはずっとこちらで、
母と祖母、私の3人で暮らしています。
祖母は沖縄にいたとき、民間の霊能者のようなことをしていまして。
あちらには多いんですよ。その血を受け継いだせいか、
私が小さい頃からいろいろと不思議なことがありました。
これからその中のいくつかをお話しします。
最初は小学校5年生のときです。Sさんと友だちがいて、家が近所だったんです。
私の家はせまかったので、もっぱらSさんの家におじゃまして遊んでいたんですが、
あるときこんな話になりました。Sさんは鼻の下にやや大きめのほくろがあって、
それが近頃とても気になるということでした。

ただ黒くなってるのではなく、その部分だけ少し肉が厚くなって盛り上がってましたので、
年ごろになってくるとやはり気になったんでしょう。
私はその部分を見ているうち、なんだか自分にとれるような気がしてきました。
それで手の甲でなでてみたんです。
そしたら「冷たい」と言ってSさんは後ろに下がりました。
そのときはそれだけのことで、また別の話題に移ったんですが、
その日からだんだんSさんのほくろが薄くなってきたんです。
黒ずみがとれ、肉の盛り上がりも埋まってあたりの皮膚と同じになってきました。
もちろん本人はすぐに気づいて、とても喜んでいました。
そのときは2人とも、当然ですが、私がさわったせいだとは考えませんでした。
そして1ヶ月ほどたつと、ほくろはすっかり消えてしまったんです。

ただ、私の目にはそのほくろの部分が、
何だかまわりより白っぽく見えるときがありました。
本人にそう言ってみたこともあるんですが、鏡を見て、
「そうかなあ、そんなことないよ」くらいの反応でした。3日後、2人でSさんの部屋で、
ベッドの掛け布団の上に寝そべって雑誌を見ていました。何気なくSさんの顔を見たとき、
ほくろがあった部分の皮膚がぴんと張りつめているのがわかりました。
顔の内部から何かが出てきて外に向かって押しているように見えたんです。
「えっ」と思って見ていると、それは小さな顔でした。Sさんの顔の中にこびとがいて、
ほくろがあった部分を覗き窓のようにして顔を押しつけていたんです。
私が驚いて見つめ続けていると、Sさんが気づいて、
「どうしたの?私の顔に何かついてる」と聞きました。

正直に答えることができなくてごまかしてしまいました。
家に戻ってから、祖母に見たことを相談しました。
祖母は優しく、何でもを聞いてくれたんです。
私の話を聞いて、祖母はしばらく考え込んでいましたが、
「できるだけ近いうちにSさんをうちに連れてきなさい」と言いました。
うちは2間のアパートなので私がためらっていると、
「こっちに来てから力のあるところをあれこれ見つけたんだよ。外に出るから」
その週の日曜日、遊びに来たSさんと私を連れて祖母が向かったのは、
大阪の茨木市というところにある「疣水神社」でした。
ここは正式な名前を「磯良神社と」といい、何でも神功皇后という昔の人が戦いに出るとき、
この神社で必勝祈願をしたということです。

顔を霊泉「玉の井」のご神水で洗うと、
たちまちにイボや肌荒れがして荒々しい男の顔になった。
そこで男装をして戦いに臨み、敵をさんざんに滅ぼした。
やがて戦勝報告に返ったとき、もう一度ご神水で顔を洗うと元の美しい姿に戻った、
そういう言い伝えがあるところなんです。3人でお参りをしてから拝了所でお水を受け取り、
「美人になるんだよ」などと言いながら、祖母がハンカチを湿してSさんの顔をぬぐいました。
すると、イボのあった鼻の下が大きく盛り上がりました。
何か小さいものが中で暴れているように見えましたが、なおもぬぐい続けると、
それはだんだんにすぼまり、また元のようになったんです。
そこから一本白い小よりの先が出ているように見えました。祖母はさりげなくそれを引き抜き、
私の顔も同じようにぬぐってくれました。その後3人でお昼ご飯を食べて帰ったんです。
・・・このことについて、祖母に何かを言われたということはなかったです。



中学校に入ってからのことです。私はソフトテニス部に入りました。
うちはお金がなかったんですが、母が無理をしてラケットなどの用具を揃えてくれたんです。
1年生の夏休み、2泊3日の合宿がありました。
私が通っていた中学校はスポーツが盛んで学校に合宿所があり、
休み中にいろんな部活が交替で使用していたんです。
遠征に出かけるわけでもないのでお金はかかりません。
早朝のランニングから始まり、午後は日が落ちるまでのハードな練習でくたくたになりました。
私は1年生だけの6人部屋で3段ベッドの一番上でしたが、
夜に友だちとダベるなんてまったく不可能で、疲れのあまりすぐに寝入ってしまいました。
ふと嫌な気配がして、夜中に目が覚めました。
私が寝ている壁のあるほうから手がひっぱられているんです。

誰かが手首を握っている感触がありましたが、そっちは壁なんです。
何かがいるスペースなんて絶対になかったんです。
私の指をつかんでいる手は小さく冷たく、この世のものではない感じが伝わってきました。
私は心を落ち着かせるように、大きく息を吸っては吐きを繰り返し、
頭の中に祖母の顔を思い浮かべました。
すると少し引っぱる力が弱まったように感じられたので、
そちらの腕に思い切り力を入れて胸の上に持ってきました。
起き上がり、体を丸めるようにしてはしごを下りて部屋を抜け出し、
電気がついている食堂まで行きました。
そこには自動販売機や公衆電話があり、時計を見ると1時を少しまわったところでした。
家に電話をかけることのできる時間は過ぎてましたが、祖母に連絡しようと思いました。

しばらく呼び出し音があり、眠そうな声で母が出ましたので、
無理を言って祖母に変わってもらいました。
母もわたしの声の調子で、何かよくないことが起きているのがわかったようでした。
祖母もろれつのまわらない寝起きの声でしたが、
私の話を聞いているうちにだんだんと普段の調子に戻り、
「わかった、わかった。手を引っぱるのはたいしたものではないと思うけれど、
 遠く離れてるから祓えないと思う。お前の体のほうならなんとかなるから、
 応急処置だけど3本目の手を生やしてやろう」
こんなことを言って、両手の指を組み合わせる印の結び方を何種類か教えてくれました。
「これで大丈夫だよ。安心してお休み」
こう言って電話は切れたんです。

部屋に戻るのは怖かったんですが、そっと上に上りました。
他の子はみな寝ていて、私が抜け出したのに気がついた様子はありませんでした。
ベッドに寝て、祖母に言われたとおり両手をお腹の上にのせ、指で印を組みました。
それから、壁側の腕の脇の下にもう一本腕が生えているのをイメージしたんです。
私のと同じような細い腕です。特に何事も起こらず眠くなってきました。
そのうちいつしか寝入っていて、夢を見ました。
花園のようなところの丘の上から私は下を見降ろしていました。
女の子が遊んでいました。中学生ではなく、小学校にあがったばかりくらいの小さい子です。
その子が花をまき散らしているところに一本の白い腕が宙を漂って近づいていきました。
腕はさりげなくその子の手を握り、導くようにして花園のずっと向こうまで連れていき、
斜面に下りて見えなくなりました。

目が覚めました。早朝トレーニングが終わり、
朝ご飯を食べてから先生に断って祖母に電話をしました。
夢の話をすると、「それはおそらく、そのあたりで亡くなった近所の子だね。
 ゆっくり休めるところに腕が連れていってあげたから、
 お前がそこにいる間はもうこないよ。
 合宿が終わった日に迎えにいくから、そのときに本式のお祓いをする」
こんなふうに言われたんです。
確かにその夜は何事もなく、夢を見ることもありませんでした。
合宿は3日目の昼前で終わり、校庭で待っていると祖母がやってきました。
2人で学校のまわりを歩き、
ある交差点の前で祖母が立ち止まって簡素な儀式をしました。私も手を合わせました。
それからお蕎麦を食べて家に帰ったんです。





鬼ホテル

2014.11.11 (Tue)
じゃあ話すよ。あれは俺がまだ大学生の時分、ちょうど15年前のことだな。
当時、大学の廃墟探索サークルというのに入ってて、
その夏休み中の活動の一環としてあの廃墟に行ったんだ。場所は言わなくてもわかるだろ。
2人が死んで、マスコミでもかなり報じられたから。あのときの顛末だよ。
・・・最近なんだか体の調子が悪くてね。
もしものことがあったら、あそこで何があったかわからなくなってしまうから。
あんたたちは専門家だそうだから、後で意見を聞かせてもらいたいね。
俺らのサークルは、まあ当然の話だが、人が少なくってメンバーは男だけだった。
活動は、基本的には廃墟探索。
だから心霊スポットみたいなオカルト要素のある場所にだけ行ってたわけじゃない。
廃墟の美とか、そういうこともテーマにしてたんだ。

で、訪問した先で撮った写真や動画を編集して学祭のときに発表する。
メンバーは9人だったけど、いつも全員が一緒に行動するわけじゃなく、
二手に分かれて同時期に別々の場所に行くこともあったんだ。
あの夏休みにあのホテルに行ったのは俺を入れて4人。
探索の計画を立てた理由はいくつかあるが、そんときはオカルトもからんでたんだ。
俺らが行く2年前に、コンビニ売りのDVDが出てて、
それに、あのホテルの下で若手芸人が撮ったという不可思議映像が入ってた。
地下の洞窟風呂の岩壁にもたれた芸人の頭の上に鬼の顔が映ってるやつだよ。
・・そんときは、仲間内ではやらせだろうって意見がほとんどだったけどな。
俺らもさんざん映像は撮ってきたけど、あんなにはっきり映るなんてことはなかったし、
ましてそれが、額に一本角のある鬼の顔だなんてな。

いや、所有者に了解はとらなかった。不法侵入ってことになるな。
だから後々いろいろ面倒なことになったんだ。警察にも大学関係者にも絞られたよ。
結局は事故ということで、大学から処分されずにすんだのが何よりだった。
8月に入ったお盆前だな。1泊2日の予定でレンタカーを借り、
買い込んだ食料を積んで、免許のあるやつが運転して行ったんだ。
4人のうち俺ともう1人が3年生で、2人が2年生の後輩。
そこの市に入って市街地から離れ、山の中をさらに2時間運転してホテルに着いた。
外観からして不気味だったよ。4階立てのホテルの全面が、
ツタに浸食されて覆われていたんだ。心霊DVDを見て来たやつらもいたようで、
スプレー缶の落書きもいくつか見つけたが、その上からまたツタが茂っててね。
中もひどかったよ。じめじめしてあちこちから水が垂れ、
そこらじゅう青カビだらけだった。

新築当時のパンフレットを手に入れてたが、
まだ放棄されてから7年しかたってないのに見るかげもなく朽ちている、という感じ。
道中時間がかかって、着いたのは午後3時過ぎになった。
だからまずその日のうちにメインの地下風呂を見ておきたいと思ったんだ。
ホテルのぎりぎりまで車を近づけて、その中を前哨基地にした。
暑い時期だったけど、ケガしないように長袖長ズボン、厚底ブーツに履きかえ、
懐中電灯とカメラ、ビデオカメラ、あとは各自がバールや鉈を持って中に入った。
特に立ち入り禁止の札やチェーン、バリケードみたいなのもなかった。
完全に放棄されていたんだな。あと、俺らの他に車らしいのも見かけなかったから、
他の探索グループが来てるということもない。
あたりに人家も店もないから、ホームレスなんかの心配もない。
入るのは簡単だった。玄関のガラス戸が大きく割れてたんだ。

それと1階の窓はガラスのないところが多かった。
入ってすぐのロビーは広かったけど暗くて、懐中電灯をつけなきゃなんなかった。
吹き抜けの上のほうの窓がツタでふさがれていたせいだろうな。
中はさっき言ったようにカビだらけでね。落書きは多くなかった。
なにしろここまでのアクセスで半日かかるから、来れるやつは限られている。
びしょびしょでソファは座れなかったから、テーブルに腰掛けて作戦を確認した。
行動は6時までで、外が暗くなるこの時間を過ぎたら撤退。
まず地下の問題の場所に行って鬼の顔が映った現場を確認しカメラに収める。
その後に地下施設の探索。階上部分は明日の午前中。
で、携帯DVDプレイヤーを持ってきてたやつがいたんで、
例の鬼の顔の部分を確認した。薄暗い洞窟風呂の濡れた壁に芸人が一人で立ってて、
右肩の50cmほど上に面のような白い鬼の顔。

髪の毛はなく、つるつるした面のような質感だが目は生きているように見える。
もちろん「やらせ」だとは思ったが、見ているとたまらなく不気味なんだ。
芸人はしゃべったり動いたりしてるが、
鬼の顔は微動だにせず画面が切り替わるまで映ってる。
この顔は、撮影時はだれもそこにあることを気づいてなかったんだよな。
後になって映像を編集したときに発見したと、DVDの中で言ってた。
それとこの芸人は、知ってるだろうけど撮影して3ヶ月後に亡くなってるんだ。
山での落石事故ってことだったけど。パンフレットにはホテル内の見取り図があって、
地下には食堂と売店が半分のスペースを占めてて、残りが洞窟風呂。
もちろんエレベーターもエスカレーターも止まってるから、非常階段をいくしかない。
ひとしきりロビーを写真と動画に収めてから、4人で順番を決めて縦列になった。
俺が最後尾、もう一人の3年が先頭でこいつがリーダー。わくわくしてきた。

非常階段はすぐに見つかり、重い鉄扉を開けて中に入った。
密閉されているせいか、ここはあまりカビがついていなかった。
このホテルは客が入る前にバブル崩壊の影響でつぶれてしまったんで、
カビさえなければきれいなもののはずなんだ。
降りていくと売店の前に出た。ガラスケースが並んでいるが、そういった事情で商品はない。
売店を過ぎると窓がなくなるせいかかなり暗い。懐中電灯なしでは探索不可だろう。
レストランの前を過ぎた。椅子机が整然と並んでいた。
帰りに時間があれば入ってみることにして、写真と動画だけを外から撮った。
やがて洞窟風呂の入り口、普通の浴場のようにのれんが下がっていた。
中は夜と変わりない真っ暗。懐中電灯の光で脱衣籠が見えた。
足下に注意しながらさらに進んだ。すりガラスが一面に広がっていて、
その端のドアから洞窟風呂に入った。

中はすごい湿気。洗い場にはタイルがはってあったが、浴槽は岩で水は入ってない。
その中に足を踏み入れた。風呂は最初はせまいが、だんだん広くなって置くまで続いている。
10mほど進んだら天井と左右の壁も岩になった。
もしかしたら天然の洞窟を利用しているのかもしれない。
それほど人工的なところのない造りだったんだ。ときおりカメラのフラッシュが光った。
こうなると本物の洞窟にいるのと大差ない。
DVDはかなり強力な照明を使っていたことがわかった。
突き当たりは幅5mほどの岩壁、右の端にくぼみがあって、ここが芸人が立ってた場所。
地上2m以上、天井から下30cmほどの鬼の顔があったあたりを見たが、
近くの岩と特に変わりがない。後輩の一人を同じ場所に立たせて写真とビデオを撮ろうとした。
そのとき「うああっ」とこそいつが叫び、後ろに倒れた。
ありえない、巨大な壁ごと倒れたんだ。
ズーンと腹に響く音と衝撃がしてものすごい砂埃が舞った。

「おい、大丈夫か!」声をかけたが視界がきかない。
ややあって「大丈夫です、ケガしてません」という声が聞こえた。
懐中電灯の光が集中し、岩の上でうずくまっている後輩がいた。
「いや、びっくりしましたよ。突然後ろにひっくり返ったんだから。体に痛いとこはないです」
倒れた岩壁の後ろは高さ数十mのホール状になっていて・・・神社があったんだ。
木が黒く煮染めたようになった古い古い神社。その後ろは土の壁。
近づいていくと足下がざくざくした。骨だよ。手足と思える長い骨が一面に積もってた。
「これありえねえよ。戻りましょうよ」後輩の一人が言った。
「いや、スゲエじゃねえか。大発見かもしれないぜ」
先頭の3年リーダーが言い、さらに神社に近づいた。
賽銭箱もロウソク立ても鈴もないが、光があたってるところ間違いなく神社の造りで、
けっして大きくはない。木の段を上って先頭が神社の横開きの戸を引いた。
何か丸い物がたくさん落ちてきたんだ。中にはそれがいっぱいに詰まってた。

俺の足下に転がってきたのを見ると、頭蓋骨、しかも額に一本角が生えてた。
「先輩、逃げましょう」後輩の一人がおびえた声で叫び、
「撤収・・・」リーダーが言いかけたとき、神社の奥から大量の水が一気に出てきたんだ。
あっという間だった。俺らは一気に足下をすくわれ押し流された。
そんとき懐中電灯を落としたんで、完全な闇の中を運ばれた。
暖かく硫黄の臭いがする水が口に入ってきた。息ができなかった。
水がどれくらいの高さまできてるかもわからなかったよ。
もしかしたら天井一杯まであったかもしれん。俺は気を失った。
で、闇の中で気がついたんだよ。時計を見たら蛍光の文字盤が2時5分になってた。
体のあちこちが痛み、俺は這うようにして洞窟風呂を出た。
勘を頼りに非常階段を上って建物の外に出、車から非常用に持ってた携帯で警察に連絡した。
そこでやっと不思議なことに気がついた。体が濡れてなかったんだ。

車で警察の到着を待っていると、後輩の一人がよろめきながら出てきた。
他の2人を探しにいこうとは考えなかったよ。車のドアを閉めロックした状態でいたんだ。
あとは報道であったとおりだ。
2人は洞窟風呂の乾いた床に倒れて死んでいた。死因は硫化水素中毒。
水は一滴も飲んでいなかったということだ。
俺だけじゃなく、生き残った後輩も水に流されたと証言したが相手にされなかった。
中毒症状の中で幻覚を見たと思われたんだな。
実を言えば俺もその頃には自信がなくなりかけてたんだ。
だってよ、倒れたはずの風呂のつきあたりの壁がそのまま残ってたからだ。
神社なんて影もない。しばらくたって警察から持ち物が戻ってきた。
それも水でダメになったということはない。生き残った2人で映ってたのを整理した。
で、動画はダメだったが、この写真だ。今スクリーンに拡大するよ。
な、あのDVDと同じ岩壁の場所にあるだろ鬼の顔、しかも2つ。






Through the・・・

2014.11.09 (Sun)
えーゲーム関係のプログラマーをやっていて、年は28歳になります。
ああ、ご存じですか。そうでしょうね、この間来たばっかりですから。
ところで、ここにいるみなさんって、いつも同んなじ方々なんですか?
みな仮面をつけていらっしゃるけど、前と同じのをつけてる方もいますよね。
「言えない?」ああ、そうでしょうね。「ここで逆質問したのはお前が始めてだ」って?
・・・今回もほとんどは自分の話じゃなく、先輩の高崎女史から聞いた内容なんです。
社員食堂で今日の昼休みにこんな会話をしました。
「先輩、こんどプロジェクトで鏡をテーマにしたゲームを作る予定なんです。
 来週ブレーンストーミングをやることになって、何かいいアイデアとかありますかね?」
「あら、打ち込み作業だけじゃなく企画までまかせられるようになったん?
 スゴイじゃない。そうねえ、鏡のホラーと言ったらよく出てくるのが合わせ鏡よね」
「ええ、知ってます。夜中の12時に合わせ鏡をすると悪魔が・・・」

「そうそう、それが一番有名かな」
「そういうことって実際にあるんですか?」
「うーん、ないと思うけど。あったとしても日本人にはあまり関係ないんじゃないかしら」
「どうしてです?悪魔がキリスト教由来のものだから?」
「そうね。キリスト教は厳しい一神教だから、異教の神を悪魔と見なすこともある。
 だから、キリスト教信者以外なら、悪魔と言っても堕天使のサタン、
 つまり元天使長のルシファーではなく、一種の神様かもしれないよってこと」
「でも、悪魔と言ってもいろんな種類がいるんでしょう」
「そう、だけど他の宗教の神を貶める意味で取り込まれたものも多いのよ」
「なるほど。あと他にどんなのがありますか?」
「同じ合わせ鏡で、無限に映る鏡の中に自分の体を入れて、
 何枚目に映るのが結婚するときの顔、何枚目が死ぬときの顔みたいなのもある」

「例えば4枚目に、年寄りの自分の顔があったりするわけですか。それは怖いですね。
 ところで、合わせ鏡って無限に像や鏡自体が映り込むもんなんですか?」
「原理的にはそうね。でも実際は、鏡の反射率によってだんだんに暗くぼやけていくの」
「ええ、自分でも数えてみたこともありますが、そのときは10枚前後まででした」
「あとね、結局鏡を見るのは人間なんだから、
 極端なことを言うと人間の視力の限界というのもある。
 それから、合わせ鏡の13枚目で自分の顔を見ると死んでしまうって話もあるわね」
「13・・・これもキリスト教由来ですね。鏡の怪談って西洋系が多いんでしょうか?」
「ま、現在目にする鏡はほとんど西洋のものだからねえ」
「東洋の鏡って歴史は深いんですか?」
「それはもちろん。中国では紀元前から使われていたし、水鏡ならもっと古いでしょ。
 昔の鏡は銅なんかの金属製が多いのよ」

「ああ、よく博物館で銅鏡を目にしますね」
「そう。銅は緑の錆が出やすいし、博物館では立派な紋様のついた
 鏡の裏面のほうを展示してあることが多いけど、
 本来は平らな表側はピカピカに磨かれていたのよ。
 4世紀頃の中国の古い道鏡本『抱朴子』には、
『道士は山に入るとき背中に9寸の鏡を掛ける』と出ているわ。
 9寸は当時の単位で、今だと24cmくらい」
「けっこう大きいですね。それはどんな役目があるんですか?」
「魔物が出たときに鏡の光をあてると正体を現すらしいよ。
 映画の『霊幻道士』シリーズ見たことある?」
「あります。キョンシーが出てくるやつ」
「そうそう。あれにも確かそういうシーンがあった気がする。
 あとね、日本の古代、3世紀頃の鏡はちょうどそのくらいの大きさのが出土してるのよ」

「中国では違うんですか?」
「中国だともうその頃は、鏡は化粧道具の実用品になってた。
 手鏡というかヒモで吊り下げて使うんだけど、
 もっと小さくて15cmくらいのが多く出てくる」
「ははあ。やっぱスゴイ詳しいですね。聞いたかいがありました」
「つまり、中国ではその時代、鏡は実用品として使われていたのに、
 日本では呪術の道具として活用されていたってことね。
 中国では鏡を日本にくれるとき、わざわざ大き目のを作っていたとも言われてるの。
 このことは古代史の邪馬台国論争とも関係があるから、
 ゲームに取り入れるのは難しいでしょうけど」
「どうしてですか?」
「クレームがついたりするのよ。このゲームは○○説のほうのひいきをしてるって、
 熱心な研究者の人なんかから」

「ああ、確かにそれは困ります」
「あとね、鏡には神秘性があるでしょう。例えば、自分が右手を挙げて鏡に映ると、
 中の自分は左手を挙げている。そういう不思議さがあるわけ」
「これってよく論争で見かけますよね。どういう理屈になってるんですか?」
「わたしもはっきりしたことはわからないけど、鏡のせいではないと思う。
 原因は人間側にあるんじゃないかしら」
「うーん、意味がわかりません」
「鏡自体は基本的に左右を正しく写しているのよ。
 そうね・・方位にそって作られた正方形の部屋があると考えてみて。
 東の壁に鏡を掛けると、西側が映るわよね」 「はい」
「その鏡を覗くと、右手側に南、左手側に北が映ってる。これは本来の通りでしょ」
「あ、そうですね」

「ところが、最大の問題は東にあるはずの鏡に反対側の西が映ってる。
 これどういうことかわかる?」
「・・・前後が逆ってことですか」
「そう。けっこう理解が早いわね。人間の体に前後があるってことが問題なの。
 あと体が左右対称になってることにも関係があるでしょうね」
「・・・・・」
「完全な球形の生物がいると考えてみて。その生物は空中をふわふわ漂っていて、
 くるんくるん好きなように回転することができる。
 つまり上下左右というのは、その生物にとって基本的には意味をもたないのよ」
「・・・・・」
「人間は目が体の前についているから後ろを見るには振り向かなくちゃならないけど、
 その生物は一種の超能力で360度の視界を持ってる」

「体がどっから見ても同じで、前後左右という概念を持たない生物にとっては、
 鏡の中で左右が逆転するってことにも意味はないと・・・」
「そうよ。頭いいじゃない」
「まさか、そんな生物はいませんよね」
「ふふ、それがね、いるって話もあるのよ」
「いや、信じられませんよーって言いたいところですが、
 この間の『時男』のこともありますし・・・」
「その生物は異次元に住んでいると言われてて人間の目には見えない。
 でも、時として見えるときがあるみたい」 「どんなときに?」
「これまでの目撃例はすべて鏡の中ね。もしかしたら鏡の中に住んでいるのかもしれない。
 それと人間が球形になってるときに見える」 「人間が球形???」
「ほら巨大な透明ボールみたいなのがあるでしょ。人間が入れる大きさの」
「はい。海で人が中に入って遊んでるのを見たことがあります」

「ああいうのに入って、さらに鏡を見た場合に見えるケースがあるらしいよ」
「それは特殊ですねえ・・・」
「うーん、あんただいぶ前にバランスボール買ったって言ってたじゃない。
 あれまだある?運動やってる?」
「ありますけどもう使ってないですね。三日坊主の悪い癖が出てしまって、
 空気を抜いて押し入れに放り込んであります」
「じゃちょうどいい。あれの下のほうをくりぬいて頭から被れるようにしてみなよ。
 腰の下まですっぽり入るでしょ」 「はい」
「で、鏡が見れないんじゃしょうがないから、目の目のところに穴を開けて・・・
 そのバランスボール何色?」 「青です」
「じゃあ、そこに青色のセロハンでも貼って・・・
 ああ、青い透明下敷きがどっかにあったはず」

「その恰好で鏡を見てみろってことですか」
「そう。運がよければ会えるかもしれないわよ、異次元の不可思議生物に。
 ちょっと変わった仲間だと思って近づいてくるんじゃないかな」 「・・・・・・・」
こんな会話をしたんです。今日の昼の話ですからまだ試してません。
「ぜひやってみて、結果を報告しろ」って?
うーん、そうしたい気もあるんですが、高崎女史にちょっと気になることも言われてるんです。
「ただね・・・気をつけたほうがいいかもしれない。
 この異次元生物と人間の失踪事件との関連が疑われるようなケースもないわけじゃないの。
 オカルトはね、悪魔を召還するなんてのはもちろんなんだけど、
 自己責任で研究するものなのよ。
 わたしもこれまでにさんざん危険な目に遭ってきたんだから」
こんなふうなことも言われたんですよ。ですから・・・

*題名はルイス・キャロル『鏡の国のアリス』の原題から

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田舎 3題

2014.11.09 (Sun)
車中泊

社会人になって数年目のあたり。ハイエースで写真を撮りにいくことがあったんだよ。
住んでるとこから近くの朝市とか、植物園なんかが多かった。
今みたいに自分のブログに載せるとかじゃなくて、地方新聞に投稿するんだ。
何回かは紙面に載ったこともあるよ。わりと健全な趣味だろ。
ハイエースは中古で買って、キャンピングカー登録ではないが、
サブバッテリーや寝台をつけて快適に車中泊ができるよう改造してたんだ。
当時は旅館とか使う金の余裕はなかったからな。
車を泊める場所はいろいろで、山中の林道脇のスペースとか、
港だったら使われてない感じの倉庫の横とか。
あとはぽつぽつとっできはじめていた道の駅の駐車場とかだった。
その気になれば一晩快適に過ごせそうなとこはけっこうあるんだよ。

で、ある道の駅の駐車場でのこと。季節は夏で、たしか山の巨木を撮りに行ったときだよ。
駐車場には7時過ぎに入ったが、もう店はすべて閉まってて、
トイレの非常灯以外の照明は消えていたから、誰もいなかったと思う。
駐車場に車はなく、駅の建物の近くに業務用らしい小型トラック一台があるだけだった。
トイレや自販機までめんどうなく行けるあたりに駐車した。
暑い日で、まわりに民家も見えなかったからクーラーをかけててもよかったんだが、
窓を開けて寝ることにした。自作の網戸をつけてたんだよ。
買っておいた弁当を食べてたら9時を過ぎて、
そしたら山に近いとこだからぐっと涼しくなった。10時あたりには寝台に移動して寝た。
夜中、外で物音がするんで目が覚めた。時計を見ると午前2時少し前。
俺の場合、車中泊は何度経験しても熟睡はできなかったね。
やはり体が不測の事態に備えて警戒してるんだろう。

で、シェードを少しめくって外を見ると、駐車場の真ん中で焚き火してたんだよ。
10人までいかなかったと思うが、人がいて大きな焚き火を囲んでる。
車は・・・なかったと思うがよく見なかったよ。
焚き火の上に浮かんでいるものに気をとられたんだ。
でかい目玉だよ。それが焚き火の火がのびている上10mぐらいにぽっかりと浮かんでたんだ。
大きさは、たぶん直径3m以上はあったと思う。
白い眼球で瞳もあった。上のほうにはフサフサした髪の毛も。
・・・気球だと思うだろ。夜中に熱気球の会がなにかイベントでもやってるって。
俺もそう思いたかったけど、目玉の質感があまりに生物ぽかったんだ。
絶対にペイントしたものとかじゃない。
月の光を受けて目玉は地面と平行にくるくる回ってたが、
1m近い瞳の部分が俺の車を向いて止まった。

周りの人は黒くシルエットになってって服装とかわからなかったが、
こっちを指さしているような気がした。怒鳴り声も聞こえてきた。
で、目玉がふっと焚き火の上を離れてこっちへ向かって漂ってきたんだ。
「ここにいちゃいけない」そう思って運転席に行き、
フロントガラスのシェードを外してエンジンをかけ発進した。
うしろのシェードはとる余裕がなかったから、目玉が追ってきてるかわからなかった。
ただ車のルーフで何か異音がしてるような気はしたな。
駐車場を出て、街のほうへと県道を走ったよ。
20分ほど走ったら、車通りのある交差点に出たので路肩に車を停め外に出てみた。
目玉の姿は見えなかったがルーフから何か液体が垂れてる。
指で触ったら痛みがあって皮が剥けた。酸かなんかだったんだろうか。
後で見たら車のルーフは塗装がどろどろに溶けてた。



子どもの頃、小学生のときの話だけど、あんまり友だちがいなくてね。
裏の山に行って一人で遊んでることが多かった。
ほめられた話じゃないけど、そこで生き物を殺すんだよ。当時は面白いと思ってた。
6年生だったと思う。その時期はアリの巣穴を攻撃するのが楽しかった。
3時過ぎに家に戻ると、両親は勤め、祖父さんは畑に出てていないことが多かった。
いちおう宿題を済ませ、マッチとロウソク、台所漂白剤を薄めたのを入れた小さいペットボトル、
それから父親のライターガスのボンベ、爆竹なんかを入れた箱を持って裏山に登るんだ。
そこはけっこう高かったけど、頂上まで行くわけじゃなし。
登山道を5分も登ったあたりで脇の薮に入ってアリの巣穴を探す。
なるべく大きな種類のアリのほうが殺しがいがあった。
そういうのは巣穴の入り口も大きいし。

気分を悪くしないでくれよ。見つけたら、まずライターガスを流し込むんだ。
あれって、先が細い管になってって押せばガスが出るだろ。
人差し指の先端を先に引っかけたまま、巣穴に下向きに吹き込むんだ。
ある程度入ったところでライターで火をつける。
土の中だから派手な爆発とかはしないが、巣穴から青白い火が上がってアリがわらわら出てくる。
そいつらにはロウ攻撃だ。ロウソクのロウをぽたぽた落として固める。
熱では死なないんだが動けなくなるんだ。それから化学兵器を使う。漂白剤の水だな。
塩素はとても強力で水に触れたとたんアリは動かなくなるよ。
そうやってひとしきり出てきたアリを殺したところで、
最後に残りの漂白剤を巣穴に流し込む。そして爆竹を刺して爆破・・・
そんなことをやってたんだよ。

罪悪感とかあんまりなかったな。
アリが悪い宇宙人で、こっちはそれを攻撃する正義の部隊みたいに考えてた気がする。
あるときそれをやった翌日、学校でのこと。
その日は算数の宿題があって、授業の始めに先生に机の上に出すように言われた。
宿題とかはほとんどちゃんとやってたんだ。成績も悪くなかったよ。
でね、ノートのそこのページを開いこうとしたらくっついてた。
飲み物とかこぼしたんだろうかと思ったが、くっついた薄いノート用紙の下が透けて見え、
何か黒い字のようなのが大きく書かれているように思えた。
剥がせそうだったので、ノートの横から中に定規をさし入れて剥がした。
何かがぱらぱらっとこぼれた。大きめの山アリだったんだ。
ノートのページに10匹ほどのアリがはさまってつぶれてたんだ。
アリから出た体液全体が大きな一文字のようにも見えたが、わからなかったな。

飛ぶ

小学生のときの話。田舎に住んでたんだけど、畑作の盛んな地域だったんだ。
学校へ行くにも、道を通ることもできるけど畑の中をつっきって行くこともできた。
朝の登校時は集団登校だったけど、帰りは畑の中を通ることがよくあった。
そのほうが近かったんだよ。で、5月頃になると畑の中に棒を立てて、
そこにカラスの死骸を吊してるのを見るようになる。
でも、これは本物の死骸じゃなく模型なんだ。
昔はカラスを捕ることもできたけど、当時はもう野生動物を捕まえるのはダメで、
精巧な模型を買ってきて吊す。
祖父さんに聞いたところだろ、カラスは仲間の死骸をとても怖れる、
だけど頭がいいから、模型だと何日かすれば慣れて近づいてくるようになるそうだ。
本物の死骸ならもっと長く保つ。
これは臭いとかも関係してるのかもしれないが。

でね、毎年見てるから慣れて何とも思わなかったんだけどね。
ある日の帰り、秋頃だったと思うけど、畑の中に着物を着た女の人がいたんだよ。
当時は小学生でよくわからなかったけど、
今から考えると、20歳にはなってないんじゃないかくらいのきれいな人。
ただ、このあたりは子どものときの記憶が長い間に改変されているかもしれないよ。
着物といっても、うちの祖母さんが着ていた煮染めたよな野良着じゃないんだ。
振り袖とも違うきれいだけど重々しい着物。
裾を畑の土に引きずってて、ああ泥で汚れてしまうなと思ったのを覚えてる。
女の人は俺に気がつくとにっこり笑って空中に指を出した。
その指でカラスの模型を指してクイクイと動かしたんだよ。
そしたら糸でだらんと下がってたのが、グンと空に飛び上がった。
俺はあっけにとれれて目が離せなくなった。

糸がぴんと張った先にカラスがいるんだが、
模型は模型のままで羽根を広げたりはしていない。やがて糸が切れて、
模型は空に放り出されたようになってかなり離れたところに落ちた。
「あははははは」という笑い声がして、
女の人のいたあたりを見ると、もう姿はなくなってたんだよ。消えてしまったんだ。
で、カラスの落ちたトウモロコシ畑に入って探したらすぐに見つかった。
ただの何の変哲もない糸をつけた模型だったよ。
不思議だと思って家に戻って祖父さんに話した。
祖父さんは嘘だろうとは言わず少し考え込んでいたが、その道は通るなと注意された。
それで、怖いとは思わなかったけど、そこはしばらく通らなかったんだよ。
冬に入って作物が大根とネギくらいになり、畑の見晴らしがよくなった頃、
あのカラスがあったところは、やはり害鳥除けの目玉模様の風船に代わってたんだよ。







餓鬼魂

2014.11.07 (Fri)
ある会社でOLをやっています、よろしくお願いします。
ちょうど2週間前のことです。退社時間間際でした。
ある後輩の女子社員が、通路を歩いていて抱えていた書類の一枚を落としたんです。
たまたま見ていたんですが、それを拾おうとしてすごく不自然な姿勢になったんです。
足を前後に開いて、頭だけ高く持ち上げたまま手を伸ばして書類を拾おうとして・・・
その恰好が想像できますでしょうか?
「あなた何やってんの?」と言おうかと思ったくらい変だったんですが、
もしかして腰を痛めているのかとも思いました。
拾ってあげようと近づいたら、その姿勢のまま後ろに転んだんです。
いえ、頭を打った様子もなくコテンという感じでしたから、
ケガもないだろうと思ったんです。

ところが、その子は立ち上がろうとして床に手をついて、
そのまま口を押さえて吐いちゃったんですよ。
ええ、そのときは他の女子社員に指示して吐瀉物を片付けさせ、
その子は医務室につれて行きました。汚れた制服を拭いてあげ、うがいをさせ、
保健師さんと協力してベッドに寝かせようとしたんですが、
だだっ子みたいに泣き出しちゃったんです。
何か事情があるんだろうと思い、いったん部署に戻って事情を説明してから、
もう一度医務室に来ました。話を聞いてあげようと思ったんです。
2人で医務室のベッドの一つに並んで腰掛け、聞いたのは信じられないような内容でした。
頭をかがめるというか、ある高さまで地面に近づけると強烈な腐臭がするんだそうです。
生ゴミを限界まで腐らせ、どろどろになったのをドブ川にぶちまけてかき混ぜたような臭い。

それが襲ってくる。それでできるだけ頭を下げないようにしていた、ということでした。
これは普段、普通に頭を上げているかぎりは臭いはしない、
階段などで上の位置から下に降りてきた場合も大丈夫。
ただ、頭が腿くらいの高さになった場合にかぎって強烈な腐臭が漂う。
・・・そんなことはありえないと思いました。
実際に私がかがんで、その子の足下に顔を近づけてもみたんです。何の臭いもしませんでした。
素人ながらこれは、何かの心理的な要因で頭を下げたときに「臭いを嗅いだような気がする」
んじゃないかと思ったんです。それで、保健師さんといっしょに病院にいくよう勧めました。
ところが、もう病院に行ってる、症状を話して検査をし、
薬をもらって飲んでいるが一向に改善しない、むしろひどくなってきているような気がする、
ということだったんです。

ちょっと困りましたが、こうなった心当たりがないか尋ねてみたら「ある」って言うんです。
その1週間前、退社して駅のホームで電車を待っていたとき、
ベンチの下から何か白い物が低く飛んできて膝の下に当たった。
うずらの卵くらいの大きさで、足に当たったときに割れたような感触があった。
ところが地面を見ても何も落ちていない。
おかしいな、と思ってベンチの下を覗こうとしたとき、
この臭いが襲ってきて倒れそうになった、という話でした。
ベンチには誰も座っている人はなく、臭いのせいでベンチの下は見られなかったが、
とうてい人間が入り込めるすき間ではなかったそうなんです。
そのときは駅のトイレに駆け込んでしばらく吐き、なんとか収まったので家に戻ったものの、
それから頭を膝ほどの高さに下げたときには、
常にその臭いを感じるようになったのだそうです。

話を聞いて、もしかしたらこれは霊的なものなんじゃないかと思いました。
じつは私の家は母方が昔、拝み屋をやっていたということで、
子どもの頃に実家にいくたびに、
まだ健在だった祖母からその手の話をいくつも聞いているんです。
その中に「呪いの魂(たま)」とでもいうのがあって、今回のとよく似ているんです。
それでその晩、家に戻ってから母方の実家に連絡してみました。
そちらは母の姉が独身で一人で住んでいまして、
ネットで霊的な身の上相談のようなことをやっているんです。
結果は、「やはり呪いの可能性が高いだろう」ということで、
実家は遠いので、こちらに住んでいる霊能者の方を紹介してもらったんです。
翌日、仕事を少し早く終えて、その子といっしょに紹介された霊能者の家を訪ねてみました。
お宅は郊外の住宅地にあって、門柱のわきに抽象的なオブジェが飾ってありました。

出てきたのは、意外にもまだ20代と思われる若い人で、
白い浴衣のような着物を着ていました。あらかじめ叔母から連絡が行っていたため、
そのまま応接間に案内してもらいました。
いちおう事情は聞かれましたが、これも話が通じているらしく、
霊能者はいったん奥へ引っ込んでから古びた丸い鏡を持ってきたんです。
「これは照妖鏡。道教のものです」霊能者が言いました。
その子を立たせた状態で、つま先から膝上まで鏡で映して見ていましたが、
「うわ」という、見るからに嫌な感じの顔をしました。
「たくさんの餓鬼が憑いています。どうやら餓鬼魂をぶつけられたようですね」
こう言って「見ますか」とその子のほうに鏡を向けました。
その子がおそるおそる鏡を覗いて・・・
はっきりと顔色が変わるのがわかりました。

「私も見てもいいですか?」霊能者がうなずいたので横から鏡をのぞき込むと、
そこには・・・たくさんの小さな、2歳くらいの幼児ほどの青黒い生き物?が、
鈴なりに群れているのが見えたんです。どれも頭に髪の毛はほとんどなく、
ガリガリに痩せてあばらが見え、腹がまりのようにふくれていました。
「これは・・・」「さっき申し上げたように餓鬼です。強い呪いを受けていますね」
「どうすればいいんでしょうか」その子が泣きそうな声で尋ねました。
「取るのは難しくはありません。でも、呪いの元が絶たれないと、
 また何かが起きるでしょう」霊能者が冷静な声で言いました。
その後3人で霊能者のワゴン車に乗せられてデパ地下に行き、
籠に5つ分ほど大量の果物を買わせられました。
それを抱えてまた車に乗り、今度はかなりの距離を走って、
隣県との境にある鄙びた温泉地に到着しました。

「ここは大国主命が開いたという口伝のある霊験あらたかな鉱泉があります。行きましょう」
霊能者に連れられて歩きで山を登り、小屋のような場所にたどり着きました。
霊能者が車から長机を取り出し、白布をかけて祭壇のようなものを浴槽の脇に作りました。
そこに果物の籠をすべて並べたんです。その子は別室で白襦袢に着替えさせられました。
「いいですか、この果物はまだ餓鬼には食べられない状態ですから、
 あなたの体から離れません。私が呪文をかけて食べられるようにします。
 そのときに合図をしますから、そのまま浴槽に飛び込んでください。
 これで果物のお供えを食べ終えてもあなたの体に戻れなくなるはずです」
霊能者が懐から鈴を取り出して鳴らしながら、果物籠に次々と触れていきます。
「今です。さあ!」霊能者の合図とともに、その子はしぶきをあげて浴槽に飛び込みました。
・・・鉱泉の温度は14度ということでした。
その子は腰まで漬かっただけでしたが、唇を紫にしてがくがくと震えていました。

「あなた方には見えないでしょうが、今、餓鬼はすべて離れて籠に群がっています。
 体が鉱泉で濡れているうちは戻れません。急ぎましょう」
その子の手をとって浴槽から上がらせ、急ぎ足でその場を離れて霊能者の車に乗り込みました。
「これで餓鬼のほうは一段落つきました。後であそこに戻って供養して消し去ります。
 ですが、問題の根は絶たれていないのはおわかりですね。
 これはおそらくですが、人間関係からきているものでしょう。
 だとしたらわたしにはどうにもできませんから」
このようなことを言われて街に戻ってきたんです。霊能者に礼を言い謝礼をお渡ししてから、
私はその子に、「あなた何か隠していることがあるでしょう。
 ここまで乗りかかった船なんだから言ってしまいなさい。
 できることなら相談に乗るから」こんな風に言ったんです。

でもその子は思い詰めた表情をして、
「相手がどんな気でいるのかわかりましたから。先輩にご迷惑はかけられません」
かたくなにそう言い張って帰って行ったんです。
次の日、会社に出てびっくりしました。たいへんな騒ぎになっていたんです。
私が所属しているのと別な課の課長の奥さんが包丁で刺されたんです。
幸い命に別状はなかったようですが、しばらく入院が必要という話でした。
刺したのはあの子で、昨夜のうちに逮捕されたらしいです。
噂をかき集めたところでは、どうやらその課長があの子と不倫をしていて、
奥さんと別れる話が進んでいたようなんです。
その課長は他社から声がかかっていて、会社もやめる予定だったという者までいました。
それで頭にきた奥さんが、どうやって知ったのかわかりませんが呪いを放った。
そういう事情だったようです。もちろん呪いのことは他の人には知れてはいませんが。
このままだとあの子が一方的に悪者になってしまうんでしょうねえ。かと言って・・・






御陵山のお堂

2014.11.05 (Wed)


わたしが子どもの頃だから、もう40年も昔のことです。
地元に御陵山という山があって・・・と言うと誤解を招きそうですね。
高さは20mほどしかないんです。だから本来は丘とさえ言いにくいんです。
ここは昔、古墳だったという言い伝えがありました。発掘調査などはされていないはずです。
明治の頃に、下半分を切り崩して道路にしてしまったんですが、
その当時は遺跡保存なんてあんまり言われなかったようで。
それで残っているのが、おそらく前方後円墳の後円部のほうだけ。
わたしも少し調べたことがありいますが、
墓所などは後円部のほうにあることが多いらしいですから、
掘れば何かが出てくるのかもしれません。
小学校5年生の時です。この御陵山の林に入って爆竹遊びをしていたんです。

もちろん禁止されていました。爆竹もだし、マッチを持ち歩くのも。
でもね、そういう遊びをしたい年ごろじゃないですか、ねえ。
仲間4人ほどと、最初は何本かまとめて土に埋め、
爆発して土塊が飛び散るのを見て喜んでいたくらいでしたが、
だんだんエスカレートしてきました。
・・・ここから生き物を殺す話になりますが、かまいませんよね。
カエルですね。これに爆竹を結んで火をつけると、
指先ほどのアマガエルなら跡形もなくなります。
それだとあまり面白くないんで、掌いっぱいほどのトノサマガエルをつかまえてきて、
これに数本結びつける。さすがに消えてなくなることはありませんが、
手足が四散して、飛んでくるのをよけて逃げるのが面白かったんです。

すみませんね、気分の悪い話で。2匹目のトノサマガエルにこれをやったとき、
体の一部がお堂の中に入ってしまいました。
ああ、お堂の話をしてませんでしたね。これは御陵山の一番高いところにあって、
太い一本足の角材の上に箱が乗っかったようなもんです。
箱には神社の屋根がついていまして、その下は両開きの扉になってました。
いや、小さいもんです。ミカン箱くらいの大きさ。
扉に鍵はかかっておらず、いつも半開きでしたよ。中は空っぽで白い埃が溜まっていました。
たまたまその中に、トノサマガエルの腹の皮がついた片方の足が飛び込んじゃったんです。
足はお堂の中で、粘液の糸を引きながらまだ動いていました。
まあ、数分くらいならそういうこともあるかもしれませんが、
その足は、わたしたちが山にいた2時間ほどの間ずっと、ひくひく動き続けたんです。
これは子どもの興味を引きますよね。

不思議だけど、気味が悪い。だから木の枝とかでつつくやつもいませんでした。
日が暮れてきたときに、明日どうなってるか見に来ようって約束して別れたんです。
翌日、家にランドセルを置くなり走って御陵山に向かいました。
わたしの家は少し遠かったので、もうみんな集まっているかと思いましたが、
来ていたのは竹村っていう、仲間のリーダー格のやつ一人だけでした。
登っていくと、その竹村がお堂の中に頭を突っ込むようにしていましたので、
「足どうなった?」って聞いたんです。
竹村はふり返って「ない、なくなってる」と答えました。
横からのぞき込むと、お堂の床の埃がねとついているだけで何もありませんでした。
「鳥に取られたか。扉閉めて帰りゃよかったな」
そうしているうちに昨日の仲間が集まってきまして、話を聞いてみながっかりしてました。

それからまた持ち寄った爆竹で遊んだんですが、いつもマッチを持ってて、
自分が火をつけないと気が済まない竹村が、なぜかその日はおとなしかったんです。
で、日が暮れて帰ろうとしたときです。
わたしは竹村の後ろを歩いて坂を下ってましたが、
右の耳のところに何かが引っかかってるように見えました。
枯枝だろうと思って取ってやろうとしたとき、それがひくんひくんと動いたんです。
確かに見ました。カエルの足が耳たぶから下がるように生えていたんですよ。
わたしは息を飲み、竹村に言おうかどうしようか迷っているうち下の道に出て、
腹減ってたみなが、散り散りに走り出しました。
それでね、竹村ですが、その夜に死んだんです。
夜中に寝間着のまま沼に行って落ちたということを、次の日学校で聞きました。



15年くらい前の話。俺らの地元に御陵山っていう古墳があって、
道路で半分にぶった切られてるんだ。
その上は別に立ち入り禁止とかじゃなく、恰好の子どもの遊び場になってた。
昔から爆竹なんかやるやつがいたみたいだが、さすがにそれはダメだったけどな。
というか、爆竹なんて子どもが気軽に買えなくなってたから。
こんもり木が茂ってて中は秘密基地みたいな感じだったよ。
その日も仲間2人と遊びに行った。
ビニールのゴミ袋を持って行って、山の脇の草地を統べる下りるんだよ。
で、てっぺんにお堂があるんだ。これが大きなものじゃなくて・・・
え?知ってるって?あんなものをよく知ってるな。あのあたりの出身者がいるんか?
地元でも知ってる大人なんてほとんどいないと思うけどな。

でね、その日お堂の脇にじいさんがいて、竹箒であたりを掃いてたんだ。
歳はそうだな。こっちが子どもだったからかもしれないが、すげえ年寄りだと思ったよ。
しわで目鼻が埋もれてたんだ。
じいさんは俺らが来たことに気づくと手を止めて、
「おや坊たち、遊びにきたんか?」こう聞いてきたんで、
「そうだよ」と言ってビニール袋を見せた。じいさんは、
「おお、草を滑るのか。じゃちょっとの間ここから離れててくれ、
 お堂の掃除をするんでな」
こう言って足下をあごでさした。見るとバケツとぞうきんがあった。
「これ、何のお堂なんですか?」俺が聞くと、
「うん、これはな。そうだな潜望鏡って知ってるか」

「知ってる。潜水艦についてるやつでしょ」
俺は乗り物全般が好きだったから、そういうのは詳しかったんだ。
「そうそう。この地下に部屋があって、そっから地上を覗く潜望鏡みたいなもんだ」
「嘘でしょ」さすがに子どもでもそれは信じられなかった。
からかわれてると思ったんだよ。
「そうか、じゃ見せてやるよ」じいさんはそう言ってお堂の扉を閉め、
口の中でもぐもぐ唱えていたが、「来てくださったようだぞ」そう言って扉を開けたんだ。
ミカン箱ほどの大きさのお堂の中に頭があった。
女の頭で堂の床から生えてるように見えた。
真っ白い顔色で目をつむって少し下を向いてた。見たこともない変な髪型をしててね・・・
今でも思い出せるような気がするよ。

みなはそれを見て、いっせいに後じさった。じいさんは「な、本当だろう」
自慢そうな声で扉を閉め、「さ、坊たち、向こうに行きな。掃除は小一時間もかからんから」
それで林から出て横の斜面に行ったんだが、
そんとき見たことが衝撃的すぎて草滑りどころじゃなかった。
3人で集まって話をしたら、見たのはみな同じだった。
紙のように白い女の頭。そうだな歳はちょっとわからんかったが、
今にして思えば十代でもおかしくない。林の外から覗うと、お堂の扉は閉まっていて、
じいさんがいっさんにぞうきんを濡らして拭いているだけだった。
それから30分ほどして、じいさんが木の間から顔を出し、
「終わったぞ。こっち来てもいいが、お堂にはイタズラせんでくれよ」
こう言って帰って行ったんだ。

でな、あんたらならどうする?
小学生3人以外誰もいない山の上で、不思議なお堂を目の前にして・・・
やっぱり開けて見るだろ。禁じられたわけでもないしな。
その前に隙間から中を覗こうとしたけど暗くてダメだったし。
2手に別れて脇に回り、いっせいので扉を開けた。
中には頭はなかったが、その代わり奥の板に白い細長い紙が張られてた。
でね、それには筆で「一人は30前に寿命をもらう」って書かれてたんだ。
・・・一人って俺ら3人のうちのか?寿命をもらうって、死ぬってことか?
さすがに子ども相手に、冗談にしてもたちが悪いだろ。
お堂を蹴飛ばしたいくらいだったが、あの頭のことを思い出してやめた。
そんときの3人だが、俺ともう一人は結婚したし、残りのやつもぴんぴんしてる。
してるが、もうすぐ30になるんだよな。あと4年だ。







肉 3題

2014.11.04 (Tue)
肉を買う

1ヶ月ばかり前ですね。自分は安アパートに住んでる大学生ですが、
隣に美術の専門学校生が住んでたんです。
小柄で暗いやつで、ほとんどつきあいはありませんでした。
ケンカしてたわけではないです。自分はバイトもあって部屋にあんまりいないし、
そいつは学校にもほとんど行ってないみたいで引きこもり気味でしたけどね。
でも、夜とかもすごく静かで音を立てないんで文句はありませんでした。
ある日の夕方、大学から帰ってきたときにアパートの階段でそいつと会いました。
買い物に行ってたみたいで、両手にスーパーの袋を提げてたんですが、
それがどっちの袋もぱんぱんにでかいんです。
買いだめしてるのかと思いましたが、すけて見えるのは全部肉のパックだったんです。
階段をのぼるのが大変そうだったんで、「一つ持とうか?」って言ったら断られました。

それからですね、もう一回同じようなことがあったんですが、
そのときもやっぱり肉を抱えきれないほど買い込んでたんですよ。
友だちがたずねてくるなんてこともないし、変だとは思いましたが、ま、人のことだし。
そしたら次の日曜です。朝早くから外がうるさかったんです。
窓開けて裏の路地を見たら運送屋の小型トラックが来てて、
何かでかい荷物を積んでたました。
どうやらそれが玄関から入らないので、窓を外して吊りさげていれるみたいでした。
隣のやつが窓から顔を出したんで、「でかいもん買ったな。なんだ、あれ?」と聞いたら、
「業務用冷蔵庫です」って答えました。
「何に使うんだよ、そんなの」「・・・卒業制作に必要な材料を入れるんです」
こんなやりとりをし、かなりの手間をかけて冷蔵庫はやつの部屋に収まったんです。

「ああ、大変だな。金かかるだろうに」そのときはそう思ったくらいで、
買い込溜めている肉には考えがおよびませんでした。
さらに2週間ほどして、隣のドアの前を通るときに、
腐ったような臭いを感じるようになりました。
このときも「何だろ、カメとか飼ってんのか?」とか、くだらないことを考えました。
で、その3日後の夜、隣のほうの壁から大声が聞こえてきました。
このアパートは学生中心で、大家さんが配慮して壁はそこそこ厚いんです。
くぐもっていてよく聞き取れませんでしたが、「ちがう」みたいなことを連呼してました。
さらにドーンと何か思い物を投げつける音、
これはこっち側の壁にあたったみたいで振動つきでした。そして絶叫。
ちょっとヤバイんじゃないかと思って廊下に出てみました。

隣のドアをノックしようとしたとき、いきなり開いてやつが出てきて、
眼鏡がずり落ちよだれを流してました。「あわわわ」とマンガみたいなことを言いながら、
コンクリの通路にへたり込んだんです。
ドアの隙間から腐臭が流れ出していました。中をのぞき込むと、
「肉人」が立ってたんです。首のない人間型で、体には生肉がはりつけられ、
それが腐って臭いを出してたんです。「!」
壁際にはデッサン用の石膏の頭が転がってました。
「生肉を使ってオブジェ造ってたんか?こいつ絶対おかしい」そう思ったとき、
肉人についている短い左右の腕が持ち上がり、
頭があるはずのあたりを抱えるような動きをしました。
それから全体がバラバラに崩れだし、床に切れ切れの肉片が山になりました。
後には肉人の芯が残って、それは細い白い骨と針金で人の形をつくったものだったんですよ。

下顎

自転車で国道を走ってました。これは通勤用じゃなく、体力作りのためのロードバイクです。
2時間かけて隣の市まで行き、戻る途中でした。
前方に救急車、パトカーとかかなりの台数のパトランプが見えました。。
事故があったんだろうと思いましたが、近づくと、
ダンプに小型のミニバンが追突して派手につぶれていました。
警官が出てその車線は通行止めになってたんで、
しかたなく道路を横断し、反対側の歩道に入りました。
自転車を押して通るとき、ミニバンのフロントガラスから人が飛び出してるのが見えました。
「ああ、これは生きてないだろう」そう思って通り過ぎたとき、
トラックの後輪の下に奇妙な形の物が落ちてて、何だろうと思ってよく見たら
人のあご、下顎だとわかりました。

骨についた歯がね、白く上を向いて並んでまだらに血に染まって。
いや、ぞっと背筋が寒くなりました。
でね、部屋に帰ってシャワーを浴びたんですが、何か体が重く感じました。
いつもは自転車で走った後は爽快感があるんですが・・・
で、さっきの事故がネットに出てないか調べたんですが、まだ載ってませんでした。
そのときね、すごーく嫌な気配を感じたんです。うまく言葉で表現できませんが、
自分のすぐ近くに地獄がある、そんな感じです。
その気配は、作業用の机から漂っていました。
ホント部屋を飛び出してしまいたいくらいでしたが、大人ですからそうもできないし、
机に近づいていきました。上面は製図をするので物は整理して置いてましたが、異常はなし。
嫌な感じは中にあるような気がしました。
思い切って一番上の引き出しを開けました。そしたらそこに、さっき見た下顎があったんです。
やはり血まみれの歯が上向きの状態で。

「あー」と叫びながら飛び退きました。下顎はカタカタと音を立て、
上に少し飛び上がってひっくり返ったように見えました。
で、一瞬後、もう一度見るとなくなっていたんですよ。
まあね、幻覚だと思われるでしょうね。前に目撃した事故の光景が頭に残ってて、
あるはずのないものが見えたんだろうって。
いや、自分でもそう思いたいですよ。
でもね、自分は引き出しの下にコピー用紙を敷いてるんですが、そこにぽつんぽつんと、
血と思えるシミが残ってたんです。歯の跡じゃないかな。
もちろん紙は捨てましたよ。部屋のゴミじゃなく遠くのコンビニまで持って行って。
それにしても不思議ですよね。幽霊だとして、どうして体の一部分だけ出てきたのか。
消えたり出たりする力があるんなら、生前の姿で現れたっていいじゃないかと思うんですが。

擦り傷

前の人と少し似たところがある話なんですが、もっとわけがわからないんです。
3ヶ月前、職場のレクでソフトボールをやったんです。
それで、2塁から長打でホームインするときに恰好をつけて滑り込んだんですよ。
そんときはいてたのはジャージの下で、思いっきり擦り傷ができたんです。
医務室で手当をしてもらいましたが、消毒をするとしみるし格好悪いったらなかったです。
軟膏を塗ってガーゼと油紙をあて、包帯を巻いてもらいました。
場所は右の尻から太ももにかけての広範囲です。
保健師さんから病院に行くように勧められましたが、考えてやめにしました。
切り傷と違って縫ったりするわけじゃないし、
治療はここでやったのと大差ないはずです。
カサブタになって剥がれるまで時間をかけるしかないと思いましたから。

でね、ガーゼとかは部屋で自分で取り替えてました。
擦り傷って大変だということがよくわかりましたよ。まずしみて痛くて風呂に入れない。
ずっとシャワーだけでした。それと、ガーゼを剥がすとき、これが地獄なんです。
せっかくカサブタになりかけのが、ガーゼにひっついてきて、
叫びたくなるほど痛いし、血は出るし、黄色い汁は出るしで・・・
考えた末に、会社に行くときはズボンに染みちゃマズイからガーゼと包帯を軽く巻いて、
部屋に戻ってきたら消毒して、そのまま患部をむき出しにしてました。
夏場でしたからそれもできたんですけどね。
そのほうが治りが早いかもって思ったんです。
1週間くらいした週末、部屋に彼女が来たんです。
その頃にはだいぶ治ってて、Hもできましたよ。

Hの最中はそこにさわると痛いんガーゼをあてて医療用テープで止めてたんですが、
終わって彼女がはがしてくれたんです。
そのとき、自分がやったんじゃないせいか強く痛みまして、
「ごめん、ごめん」と謝りながら彼女がガーゼを見て、
「あっ、人の顔に見える」って言ったんです。自分も見ると確かに、
傷から出た赤黄色い汁が、2つの目と口、それから鼻の頭がある顔になってたんです。
「これ記念にとっておいたら」「なにバカなことを」そう言って丸めて捨てようとしたとき、
ふわっと、ガーゼから顔が浮き上がりました。
皮膚一枚の薄っぺらい顔、それがひらひらと宙を舞って部屋を横切り、
少し開けていた部屋の窓から出て、夜の街に消えていったんです。
いやホントの話ですから、彼女も証人になってくれます。

『レディーガガの肉服』






封印3

2014.11.03 (Mon)
会社をリストラされてしまったんですよ。それで家を手放し妻とも離婚しました。
いや、捨てられたって正直に言ったほうがいいでしょうね。もう悲惨なもんです。
子どもがいなかったのが幸いというしかないですね。
職業あっての人なんだなって痛感しました。あ、愚痴はいい? わかりました。
でもね、仕事のほうは再就職できたんです。
得意先だった方が哀れんでくださいましてね。といっても、倉庫番ですよ。
毎晩の勤務で給料は元の会社の半分もいきません。ボーナスもなし。
わずかな退職金も慰謝料で取られました。
でね、今はアパート暮らしをしてるんです。月3万の家賃です。安いでしょう?
何かあるんじゃないかと思ってましたが、背に腹は代えられませんでした。
不動産屋からの告知? なかったですよ、そんなもの。

アパートはね、8戸建ての2階の右端の部屋。
築年数はそうとういってるんでしょうが、
外壁を塗り直したようで、外見はそんなに古くないです。
外にコンクリの廊下があって、鉄階段を上がっていくようなとこです。
入居者は5人で、一部屋ですから家族連れはいないです。わたしの隣の部屋は空き。
でね、昼夜逆転の生活ですから始めのうちは慣れなかったんですよ。
特に昼に寝るのが。カーテンを閉め切って真っ暗にして、
酒飲んでうつらうつらしてる状態です。
そんな中で夢を見たんです。わたしは四角い部屋の中にいまして、
そこには家具も何もないんです。床も壁も天井もみな同じ材質でできていると思いました。
つるつるした真珠みたいな質感で、照明はないけどぼうっと明るいんです。
で、床にじかに座っているわたしの周りになにか動くものがいる。

何だろうと見たらカタツムリなんです。殻の直径は5cm以上あったでしょうね。
見事な大きさのカタツムリが4匹、わたしから30cmほど離れたところを、
同じ方向に這っていたんです。ちょうどね、「卍」ってのがあるでしょ。
あの中心部にわたしがいて、
それぞれのカタツムリはカギの先端あたりに等間隔でいるんです。
ね、奇妙でしょ。そうですね・・・怖くは感じませんでした。
ただ、のろのろと這うカタツムリの中心にいて、ときどき座る向きを変えながら、
それをぼんやりと見ている。そういう夢です。
そのうちにね、一匹のカタツムリがわたしの周りを巡る軌道から逸れたんです。
どこへ行くのかと思って注目していたら、そいつは・・・・
四方が同じ壁なので右左を言えないんですが、そのとき私が向いていた方角に向かって、
右の壁際まで這ってったんですよ。

そして壁にぶつかって・・・すっと溶けるように消えたんです。
そこで目が覚めました。でね、ベッドに寝てたはずなのに、
気がついたときは部屋の床の真ん中にいたんです。
あぐらをかいて頭を床に着くまで下げた状態で。
床は畳ではなくて木です。フローリングなんて気の利いたもんじゃない。
もう少ししたら、安い絨毯を買わなくちゃと思ってたところで。
でね、その床が筋になってぼうっと光るのがわかりました。
さっきまで見てた夢の中の壁に似た光です。
何気にその筋をたどっていくと、夢のカタツムリが這った跡のような気がしてきました。
そんなはずはないのに。筋は浴室との境にある敷居のところで止まっていました。
でね、一段高くなった敷居を指でなでてみたら、ちくっとひっかかるものがある。
敷居の横の木部から、白いとがったものの先端が覗いてたんです。

ちょうどカタツムリが這っていったのと同じ位置ですから気になって、
十徳ナイフで掘ってみたんです。
部屋を傷つけてしまうんですが、どうせ柱など元々傷だらけでしたし。
そしたら意外に大きなものが埋まってて、10分くらいかけて掘り出したのが・・・
何だと思いますか? 歯だったんです。大人と思える人間の歯で、
尖っていたので犬歯でしょう。白く輝いていて、虫歯の跡はなかったです。
むろん、何でこんなものが、と思いましたよ。
敷居に傷をつけないで木の中に入れるなんてありえないでしょ。
まあでも、そのときも怖い感じはなかったんです。
なんとなく、いい物を手に入れたという気になって、
使ってない灰皿に入れて小机の上に置いたんです。

そのとき、外で「バン」と大きな音がしました。昔はよく車がそんな音をたててましたが、
今はそんなことないでしょ。何だろうと思ってカーテンを少し開けて覗いてみました。
そしたら前の道路を、その界隈には似つかわしくない黒塗りのベンツが走ってました。
ウインカーがついてたので発進したばっかりなんだと思いました。
でね、同じような夢を1ヶ月の間にもう2度見たんです。
2回目のときには、わたしの周りを這うカタツムリは3匹に減っていました。
でまた、そのうちの一匹が別の方向に這い出して・・・
このときはベッドにもぐって、コンセント差し込み口下でまた歯を見つけました。
板壁の中に埋まってたんですが、ベニヤ板を割るだけで取り出せました。
やっぱりきれいな犬歯でした。同じ人物のものかはわからなかったですが、
何となく違うような気がしました。

夢の3回目はカタツムリは2匹になっていて、一匹が壁を垂直に上っていきました。
歯は作りつけの換気扇の縁から出ました。これで3本、同じように灰皿に入れてました。
ああ、それとね。黒塗りのベンツですが、ちょくちょく見かけるようになりました。
アパートの近くに路駐してることが多いんですが、
朝方わたしが倉庫から帰ってくると出て行きます。でね、カーテンから覗うと、
わたしが寝た頃を見計らって戻ってくるんです。
違法の黒フィルムがガラスに貼られてて中は見えないんですが、完全なその筋の仕様ですよ。
でもね、そんなのにかかわった心あたりなんてまるでありませんし・・・
で、つい1週間前、4回目の夢を見たんです。
同じ場所に座っていて、ついにわたしの周りのカタツムリは1匹だけになりました。
今までは、カタツムリは回る外側のほうに這い出していってたんですが、
今回はわたしのほうに近づいてきたんです。

おや、これまでと違う展開だなと思っているうちに、
カタツムリはわたしの膝元まできて体を這い上り始めました。
カタツムリが触れたとたん、体が動かなくなりました。
硬直したようになったわたしの膝から腹、首筋へとカタツムリはどんどん上って、
ついに頬まできました。そしてわたしの唇に・・・
そのとき信じられないほどの痛みを感じたんです。
まだ夢の中なのかも、目が覚めているのかも定かでないまま、わたしは絶叫しました。
体が少し動きました。目を落とすと、右手にナイフ、左手に歯を握りしめていたんです。
だだっと膝に血が落ちました。わたしの口からこぼれたんです。
「なんだこれ、俺は自分の歯をナイフで抜いたのか?」そう思ったとき、
ギッ、ギッという家鳴りの音が上でしました。
見上げると、部屋の天井板の中央部が大きくたわんでいたんです。

ああ、何かが落ちてくる・・・体をずらそうとしたとき、強くドアがノックされました。
激痛と天井、ノックの音、もう完全にパニックになってましたよ。
ドーンとすごい音をたててドアが破られ、ほぼ同時に天井板が割れました。
わたしは転がって頭を抱えました。もうもうと埃が舞い、
床に何かが落ちてきているのがわかりました。
その落ちくぼんだ眼窩と目が合ってしまいました。
ミイラのような枯れ果てた人間、骸骨の頭に髪がぼうぼうと伸びていました。
うつ伏せの状態で、作業服のようなものを着て背中にリュックを背負ってましたよ。
「産まれた、産まれた」あざけるような声がして、そっちを見ると、
同じ色の作業服を着た体格のいい男が2人立っていました。
ドアを蹴破ってきたやつらです。

1人が「あんたご苦労だったな。歯医者へ行け! あと部屋の修理代と」
そう言って、目の前の床に何かを投げました。
・・・札束でした。その後わたしには目もくれず、
床の遺体からリュックを外して1人が持ち、
1人は腰から折って麻袋に詰め、軽々と担いで出て行ったんです。
あのリュック、何が入っていたんですかねえ。金は100万ありました。
歯医者に行くと、やっぱり自分で上の犬歯を一本抜いてたんですね。
ナイフで歯茎をずたずたに切って。・・・まあこんな話ですよ。
それ以来、カタツムリの夢は見ていません。
黒ベンツも姿を消しました。部屋の修理代、歯医者の代金、合わせてもおつりがきましたが、
2度とこんな目に遭いたくはないです。ああ、それとね、
天井から落ちてきた遺体、ミイラですが、口を開けてまして・・・
歯が一本もなかったんですよ。

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時男

2014.11.02 (Sun)

えーゲーム関係のプログラマーをやっていて、年は28歳になります。
この場所に来て話をするのは2度目なんです。ああ、覚えていらっしゃる。そうですか。
あれからまた、おかしな体験をしたんですよ。
前回は、言葉に出さずに自分の意思を伝えるテレパシーの話だったんですが、
今日は時間に関係することなんです。
ほらあの、デジタル時計でゾロ目を見てしまうってことがあるじゃないですか。
3:33とか4:44とかそういうやつです。
これをよく見るようになったんです。といっても、昼間はまずないですね。
夜、寝てからのことですよ。

昔は、1回寝ると朝までぜったいに目が覚めることはなかったんですけど、
30近くなって歳のせいでしょうか、夜中に起きてしまう。
別にトイレに行きたいせいってわけでもないんです。
そのとき枕元にあるデジタル時計を見ると、2:22か3:33になってるんです。
別に実害があるわけじゃなくその後すぐにまた寝てしまうんですが、
何となく気持ち悪いでしょう。それで、会社の昼休み高崎先輩に相談したんです。
高崎先輩は、前の話にも出てきましたが会社の先輩の女性で、オカルトフアンなんです。
「先輩、デジタル時計のゾロ目をよく見るなんて話、オカルトで何かあるんですか?」
「うーん、あんた見るようになったの」 「ええ、まあ」
「あそう、けっこう繊細なとこもあるのね。これはオカルトというか、
 合理的な解釈が2つあるわ」 「合理的、ですか」

「そ、誰でも受け入れることができそうな説ってこと。
 まず一つ目は、無意識の忘却作用とでも言えばいいか。じつは自分で意識しないまま、
 何回もデジタル時計を見ているわけ。でもその多くは3:27とか意味のない数字で、
 そのまま忘れ去られて記憶に残らない。ところが3:33とかだとキリがいいので、
 そこで無意識から普通の意識に戻って記憶に残るってわけ」
「はーなるほど。でも、それってずっと起きてた場合ですよね。
 締め切りの時間とか気にしながら仕事してたときとかはありそうだけど、
 夜寝てるときにもあるんでしょうか。
 3:27に目が覚めて時計を見て、また寝てしまって覚えてないとか」
「うん、その場合はね、体内時計説ってのがあるのよ」 「はああ」

「ほら、規則正しい生活をしてる人は、目覚ましをかけなくても、
 毎朝同じ時間に目覚めるとかあるでしょ。
 これは人間の体の中に一種の時計のようなものがあって、
 その働きによるって言われてる」
「聞いたことがあります」
「これは専門用語で『概日リズム』って言うみたい。
 人間だけじゃなくほとんどの生物が持ってるんだって。約24時間周期のリズムで、
 カビやバクテリアでも持ってるの」
「どういう役割があるんですか?」

「私も詳しくは知らないけど、生物の進化と関係があるらしいよ。DNAってあるでしょ、
 細胞の中に入ってる。あれは日々複製されて新しくなってる。
 ところが昼、日光の下でその複製をすると、
 光に含まれている紫外線の影響で破壊されたり、突然変異の原因になったりするのよ。
 それを避けるために、だんだん進化の長い時間をかけて、
 遺伝子に体内時計のシステムが組み込まれたってわけ」
「スゴイ!難しい話知ってらっしゃるんですね。で、それと時計のゾロ目の関連は?」
「うん、あんたの部屋のデジタルって電波時計?」 「いえ、違います」
「そうすると、正確じゃないかもしれないわよね」 「おそらくは」

「あんたのデジタルが3:33だったとしても、日本標準時だと3:32かもしれない。
 そもそも時計で示される時間って、それほど意味があるわけじゃない」
「どうしてですか?」
「もともと1年というのは太陽の動きで決められたものでしょ」 「公転の周期ですね」
「そう。それで1日というのは太陽が登ったり沈んだりする時間が基準になってる。
 地球の自転ね。だけど、これって経度で違うから世界には時差があるよね。
 それに季節でも違ってくるから、
 日本ではやってないけどサマータイムなんてのもある」 「はあ」
「つまりね、時計が示す時間というのは、結局人間の都合によって決められたものなのよ。
 1分や1秒の長さだって、別に今のでなくてもかまわないし、
 1日を分けるのに24等分でなくてもいい」 「はー、確かにそう言われれば」

「だから、あんたの体内時計はあんたの部屋のデジタルに合わせてやってるのよ。
 あんたの脳が3:33とかのゾロ目を意識してしまっているため、
 体内時計がデジタルがその時間になりそうだってときに脳内でベルを鳴らして、
 それで起きて時計を見てしまう」
「うーんなるほど。すべて自分でやってるってことですか」
「そう。珍しく理解が早いじゃない」
「・・・それはそうと、合理的でない解釈もあるみたいに言ってましたよね」 「うん」
「それはそういうものなんですか?」
「これはねー、バカバカしいと思われるだろうからあんまり言いたくないのよね」
「ぜひ聞きたいです」

「時男ってのがいるの。妖怪というか妖精というか、時間のはざまに潜む人外の魔物 w
 これがね、3:33とかのゾロ目のとき、あんたに時計を見るようにしむけてる」
「何のために?」
「それがね、ある星占いの人から聞いたんだけど、あんたの時間を食べるためらしいよ」
「えー気味悪いな。どういうことです」
「本当は目が覚めたときには3:33じゃない。3:29くらいかもしれないのよ。
 そうすると4分差があるでしょ。その4分間を食べてしまうの」
「それはその分だけ時計を進ませるってことですか?」
「そうじゃなく、時間を食べるの。3:29に目が覚めて、
 3:33に時計を見るまでの時間が食べられてしまう」

「はー、とうてい信じられません。時間を食べて生きてるんですか?」
「そこはよくわからないんだけど、
 時男が自分の赤ちゃんの寿命として使うって話がある」 「・・・」
「時男はある程度の時間で死んでしまうけど、死期が近づくと自分の複製、
 赤ちゃんをつくり始める。
 で、いろんな人から少しずつ集めた時間がその赤ちゃんの寿命になるの」
「・・・いや、さすがにね、この話は信じられません。おとぎ話ですよ」
「まあね。そう思うでしょうね。でも、確かめる方法も聞いてきてるの」
「どうするんですか?」

「夜中に目が覚めるでしょ。そこを基点としてデジタル時計を見るまでの時間が
 食べられるんだから、デジタルを見なきゃいいのよ。そのかわり別の時計を見る。
 あんたの部屋、デジタル以外に掛け時計とかある?」
「あるんですが、電池切れたまま止まってます」
「あー、独身男の部屋らしいわね。それ電池入れ直して、
 ベッドで起きてすぐ見れるとこに掛け直しなさい。でね、起きたらそっち見るようにする」
「時男ってアナログ苦手なんですか?」
「時間の精だからそんなことはないけど、
 アナログの針が示す3:33はあまり意味がないし、
 いつもデジタル見ると思って油断してる可能性がある」

「ま、電池入れ直して場所を変えるのは簡単ですから、今晩にでもやってみますが、
 何が起きるんでしょう?」  「それはわからない」
とまあ、長々説明しましたが、こういうやりとりがあったんです。
でね、言われたとおりアナログのほうをセットして・・・
でもね、さすがに信じてませんでした。
確かに前のテレパシーは言われたとおりになったんですが、時間の妖精なんてまさかねえ。
・・・夜中に起きると寝ぼけてて、
デジタル見ちゃうかもしれないと思って一つ簡単な工夫をしました。
いつも壁のほうを向いて寝てるんですが、アナログ時計のある逆側を向いて寝たんです。

あと、寝返りをうたないように布団の中に予備の枕を入れて。
いつも通り電気を全部消して寝ましたが、電気製品のランプとかでそこそこ明るいんです。
ビール類は飲みませんでした。でもすぐに寝入って・・・
目が覚めました。やはり寝る前のことはすっかり忘れてて、
いつものように枕元のデジタルを見ようとして、壁じゃなく部屋のほうが見えたんです。
そのとき、視界を何かが横切りました。大きい蝙蝠のようなシルエット。
頭をあげると正面にずらして掛けた柱時計があって・・・
そ上にべったり、真っ黒な40cmほどの蝙蝠がはりついていました。
羽の上部にふり返ってこっちを見ている西洋の小鬼のような顔。
照れたようなにやにや笑いを浮かべてて、「あっ」と思ったときにはもう消えてました。
アナログ時計は3:24を示していて、デジタルのほうも同じ時間・・・

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自殺 2題

2014.11.01 (Sat)
借り物

うーん30年くらい前だね。俺は業界誌の会社にいたんだ。
編集は10人足らずで、あと営業職が30人くらい。それと専務以上の役員、
全部で50人を少し切るくらいの会社規模で、ほとんどが男子社員だった。
でね、今は会社総出での忘年会や慰安旅行なんてめったにないけど、
当時はまだまだ残ってたんだよ。
その年もクリスマス後に箱根への1泊2日の旅行があったんだ。
もちろん不参加なんて親の葬儀ででもないかぎりできない。
温泉ホテルに着いて一風呂浴び、浴衣に着替えて広間で宴会をやることになった。
で、余興があるんだよ。福引きとか、そういった賞品をかけたゲーム。
これがね、男ばっかだったせいか内容が年ごとにどんどんエスカレートしていってね。
危ない感じになってきた。

ほら、ちくわにワサビが入ったのがあって、
前に出たやつの中で表情を見て誰が食ったか当てるのとか、腰に万歩計をつけて
ドドドドって舞台で足踏みして、計測された数を競うとか。
少なかったやつは罰としてビールを一気飲みする。全力で動いた後だから心臓に悪いよ。
そういうゲームを幹事が2週間も前から準備するんだよ。
で、その年のゲームの中に借り物競走があったんだ。
もちろん子どもの運動会でやるような普通のじゃなくて、
借りてくるのが「ダッチワイフ」とか「金魚」とか、まず無理だろうってもんばっか。
とにかく何かそこらにあるもんを持ってきて、こじつけで説明するゲームなんだな。
で、借り物を書いた紙を拾った新入社員が、あちこち見回していたが、
○×さんの手を引いて座の中央に出てきた。

この○×さんというのは俺らの会社の社員じゃなく、
入ってるビルの管理会社の人で、俺らの階の担当者。ほら編集部は校了があるから、
徹夜が何日も続いて、いつも迷惑をかけてたんだ。
それでね、この年はお客さんとして来てもらってたんだよ。
その○×さんと手をつないだ新入社員が、紙を開いてみなに見せると、
「幽霊」って書かれてた。たちまち回りからヤジが飛んだよ。
「○×さんが幽霊なのかよ」「失礼があったら承知しねえぞ」「今月の給料なし!」とか
すると、新入社員はまじめくさった顔で「今みなさんに見せますから」
そう言って、浴衣のたもとから数珠を取り出した。
「こいつ、こんなもんいつも持ち歩いてるのか、危ねえやつだ」誰もがそう思ったが、
新入社員は意に介す風もなく、ホテルの仲居さんに照明を消すように言った。

でね、薄暗くなった中で、○×さんの手を片手でつかんだまま、
お経のようなのを唱え始めた。
そしたら、○×さんの背中のあたりが薄ぼんやりと光り始めた。冷た~い青い光。
そこに確かに見たんだよ。4・5歳くらいの血まみれの顔の女の子が、
○×さんの背中にしがみついているのを。
座はね、まさに水を打ったように静まり返り・・・仲居さんの一人が悲鳴を上げた。
「電気をつけろ!」って社長の声がして、すぐに明かりがつくと、
もう幽霊の姿はなくなってて、○×さんが真っ青な顔で目をつむりぶるぶる震えてた。
新入社員は得意そうな顔だったが、専務たちにどっかに連れて行かれた。
その後は、何も起きなかったようにして宴会は続けられたよ。
でも、○×さんは具合が悪いと言って早々に部屋に引っ込んじまった。
俺らは飲めるだけ飲んで、あとは各部屋に別れて麻雀とかだったな。

○×さんの話は誰もしなかったよ。あれはマジもんだったから。
でね、朝になって○×さんが朝食会場に出てこない。
まあ、朝飯も食えないほどに飲み過ぎたやつは他にもいたけど、
部屋に呼びに行ったら姿がなかった。
一足先に帰ったのかと思ってあちこち電話したが、消息不明。
そうしているうちに、地元の警察から連絡があって、
近くの林で首吊り遺体が見つかったがそちらのホテルの浴衣を着ている。
見に来てきくれないかってことで、副社長が行ってみたら○×さんだったんだよ。
その前の夜の宴会での話は誰もしなかったんだと思う。
とにかく自殺ってことで、それ以上警察も詳しい捜査はしなかった。
ああ、新入社員のほうは帰りのバスで顔に青丹をつくってしょんぼりしてたな。
役員の誰かに殴られたんだろ。・・・誰しも秘密ってもんがあるからね。

文字

中1のときのことですね。友だち2人と竹林で遊んでたんです。
迷路みたいで面白いじゃないですか。あの中でチャンバラみたいに細い竹を振り回すと、
あちこちに跳ね返って面白いんです。
ああ、すみません。それで、しばらく遊んでから、近くの小山に登ったんです。
直径20mほどの円形になってて草が短く刈られていたんで、
上からでんぐり返りしながら下りてくると面白いんです。
散歩コースになってましたから、ところどころに犬の糞とか落ちてて、
それがまたスリルがあって・・・ああ、すみません。
それで、でんぐり返りしてる途中で、友だちの一人がぼこっと落っこちたんです。
いや、ただの斜面だったのが、急に地面が陥没して。
あわてて駆けよったら、直径1mくらいの穴になってて、中は暗くて見えませんでした。

「おーい」って呼びかけたら、「いてえよー」ってくぐもった音の返事が返ってくる。
これはどうにもならないと思って、大人を呼びに行ったんです。
・・・このあたりは古墳の多いところで、
この間も奈良時代の装飾古墳を近所の年寄りが見つけたってことがあって、
そういうものに落ちたんだと思いました。
それでます、消防署からレスキュー隊員が来ました。
穴は大人の胴でも入る大きさだったんで、
ロープにつり下がった状態のレスキューの人が中に入って、
友だちを抱き上げて出てきました。
友だちは泥だらけになってましたが、ちょっとした擦り以外に大きなケガはなく、
1日で病院から戻ってきました。穴のほうは緊急に発掘調査されることになり、
「高松塚みたいなのならスゲエ。俺らが発見者だな」とか話しましたよ。

翌日、落ちたやつとまた遊んだときに様子を聞いたら、
「そんなに長くは落ちなかったけど、足が固い物にあたった。もし頭からなら危なかった。
 中は真っ暗だったけど、壁に字が見えて、それは緑色に光ってた」
「どんな字だったんだよ」って聞いたら、
「俺の名前がひらがなで書いてあって、それから日付があった。
 日付は1994年7月24日ってなってたぞ」これはそのときから2週間後のものでした。
「ありえねえよ。古墳の時代に漢字はあったかもしれないが、
 お前が読めるような今と同んなじひらがななんてなかったし、
 だいたい、お前の名前が古代人にわかるわけないだろ。それに西暦って明治からだぞ」
「まあそうだけど。そうだけど、でもよ・・・」
そいつは不服そうな顔をして首を傾げていました。

その古墳は重機を入れて平削されたんですが、
ごくありきたりのものでめぼしい副葬品や壁画などもなかったんです。
蓋の閉まった石棺があったんですが、中の被葬者は朽ち果てていて、
砂と灰のようなのしか出てきませんでした。
もちろん、友だちが言っていた名前など書かれてあるはずがありませんでした。
「あいつやっぱ頭を打ってて、マボロシを見たんだろうな」
こんなことを言い合ってました。
古墳は埋め戻しせず、市の史跡として誰でも入って見学できるように整備されました。
ごくごく簡単な作りです。
ここの市はそういうむき出しになった古墳があちこちにあるんですよ。
それで、落ちたやつはそのときから、なんとなく元気がなくなったんです。

学校でも「俺、死ぬかもしれない」って休み時間にもらすようになりました。
別にイジメを受けてるわけでもないので「何でだよ?」って聞いても答えない。
それで、とうとう失踪してしまったんです。
夜になっても家に戻ってこないので親が捜索願を出し、
警察や学校でもあちこち探したんですよ。
それで見つかったのが翌日、あの古墳の内部でした。
閉じられていた蓋と石棺の縁の間に首がはさまって窒息死してたんです。
で、長い間警察が調べていましたが、他に人がいた様子はなし、
首以外にケガしてるようなとこもなしで、自殺って結論になったんです。
でも、中1生が一人であの蓋を持ち上げ、
そこに首を差し入れるなんてできると思えませんでした。
それと、亡くなった日付が、
そいつが古墳の中で見たって言った緑の文字と同じ日だったんです。