斑神社 拾遺2

2014.12.31 (Wed)
それはもう、ずっとずっと昔のことでございますよ。
戦争が長引いて、みなが食うや食わずの生活をしていた頃です。
それでもね、集落は田舎の山の中ですから、市中にくらべればまだ食べ物はありました。
わたくしは、その当時まだ十歳になったばかりの子どもで。
ですからこのお話も、自分の記憶よりも、
その後、村で語られた噂話の割合のほうが大きいのです。
そう思って聞いていただければ。・・・村に疎開者がやってきました。
いえ、学童疎開など受け入れできる余裕はなかったです。
個人の疎開者です。若い母と子でした。何かのつてがあったのでしょう。
70年配の老人が独居していた農家を間借りして生活を始めたのです。
おそらくは旦那さんが兵隊に取られて、他に身よりもなかったものと思われます。

子どもは男の子で、1歳になるやならずでした。
わたくしは近所に住んでおりまして、その子を抱いてあやしたこともありますよ。
あの頃の子どもはみんなそうでしたが、
とても痩せて目だけがきろきろとしておりました。
母親は色白で、二十歳をいくつも出てはおらなかったでしょう。
やはり痩せていて、あの様子ではお乳が出たものやら。
わたくしも何度か声をかけていただいたことがあります。
そのときにはとてもお優しい方だと思ったものです。
荷車に積んできた荷物を見れば、よい家の出で蓄えもあるようでしたが、
あの頃はお金を持っていたとしても使いようがなかったですから。
物がありませんでしたからねえ。それでも遠くまで出かけては、
着物などを食料に換えておったようです。

疎開して4ヶ月ほどで男の子は亡くなりました。
栄養失調ですよ。母親はそれは深く悲しみまして、子どもを埋めるのを嫌がったそうです。
当時は土葬で、村の縁者ではないので集落の墓地に入れなかったため、
母親はその子どもの亡骸を、結局は近くの山中に埋めることになったようです。
しばらくは嘆き悲しんでおりました。
それから2年ほどして、田仕事の手伝いなどで暮らしていた母親のお腹が、
大きくなってきたのが目立ち始めたんです。食べ物がないのに太るわけはありません。
とすれば考えられることは一つでございましょう。
これは由々しきことです。なにしろ夫はお国のために戦地に出ているわけですから。
あちこちで噂が出始めた頃、母親は家財や貯金通帳を残したまま、
ふらっと山に入り、それっきり行方がわからなくなりました。

村でも、捜索しようという話もなかったわけではありませんが、
なにしろそういう事情ですし、若い者はみな兵隊にとられておりまして、
いつのまにかうやむやになってしまったんです。
ほどなくして、戦争は終わりました。
村の男衆も何人かは復員してまいりまして、村も少しは活気づいてきた頃のことです。
山に出ていた猟師が、おかしなものを見たという話が広まりました。
村から半日ほど山の奥に入ったところに、
斑(はだら)神社というお社があったのだそうですが、
猟師はその付近で、おかしな生き物を見たのです。
わたくしは山歩きはできませんから、後参拝したことはありませんが。
最初は猿だと思ったそうです。木の枝から枝へと跳び移っておりまして。
ですが、この近辺は猿は少ないのです。

それと、もし猿ならば群れで動いているはずなのに、それは一匹だけのようでした。
しかも猿にしては白い。鉄砲のねらいをつけつつ見ていると、
木の間から姿を現したそれは、1歳足らずの人間の子どもであったというのです。
でも赤子に、木の枝をつかんで跳び回る力などあろうはずもないでしょう。
それに、そのものには頭が二つあったのだそうです。
一つは大きな目の痩せこけた顔で、もう一つの頭は肩からその真横に生えており、
しかも死んで干からびているように見えたそうです。
猟師は鉄砲を撃ちましたが狙いは外れ、
そのものは生きているほうの頭で「ギイイ」と鳴いて、
谷へと飛び下りて行ったということでした。わたくしの耳にもこの話は伝わりまして、
子ども心にも怖いことだなあと思ったのを覚えております。

この後、さらに怖い事件が2つありました。
一つは戦中に山に入った母親の死骸が発見されたことです。
別の猟師が、やはり斑神社の近くで発見したのです。
太い樫の木で首を括っていたのだそうです。
その頃には村の駐在所に新しく警官が来ておりまして、検視なども行ったのですが、
腐敗が激しくて、妊娠しいたかどうかはわからなかったようです。
ただ、山の中でしばらく発見されなかったわりには、
獣に食い荒らされた様子はなかったとのことでした。
もう一つは、町会の帰りに、村長の30過ぎの長男が殺されたことです。
この長男は・・・もう遠い話ですので遠慮なく言わせていただきますが、
女癖が悪く、集落中の鼻つまみものでした。

村で力があることをかさにきて、さんざんよくないことをしていたと、
これは、わたくしがある程度大きくなってから聞かされました。
2人連れで提灯を持ち、酔って農道を歩いていると、
いきなり足元から鼬ほどの獣が出てきて、長男の体を駆け登り首筋に噛みついた。
血が噴き出してて連れの顔にかかり、目に入って、
その後のことはよくわからなかったそうです。
ただ「ギイイ、ギイイ」という鳴き声と長男の悲鳴。
でもそれも、すぐにたち消えたそうです。
連れは自分も襲われるかと思い、みずから田んぼの堰へと転がり落ちて息を潜めていた。
やがて静かになったので堰の水で目を洗って立ち上がると、
あたり一面血の海になっており、長男はうつ伏せに倒れて事切れていました。

これも警察の捜査があったのですが、いくら村長の息子とはいえ、
当時にできることは限られておりまして、
何とはしれない獣に襲われたということになりました。事件ではなく事故ということですね。
そのときの連れのほうはついこの間まで健在でして、
何十年もたった後に、こう言っているのをちらと聞いたことがあります。
「長男の首についてたのは獣の歯形ではなかった・・・・」
あれからもう70年以上もたつのですね。今は山に入る人も少なくなりましたが、
しばらく前までは、あの二つ頭の赤子の噂はちょくちょく出ておりましたよ。
不思議なことに、ほとんど年をとらぬかのように、同じ幼児の姿で目撃されているのです。
ただ片方の頭は朽ち果てたのか、いつの間にかなくなってしまったようでしたが。
つい2、3年前、斑神社のあるあたりの山を切り開いて高速道路が通りました。

さらに先日、残っていた神社の建物が落雷に遭って焼けたということを聞きました。
もう、そういうものが必要ではない時代になったということなのかもしれません。
まあこのような話でございます。

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斑(はだら)神社 拾遺

2014.12.30 (Tue)
わたしが子どもの頃の話ですから、もうずいぶん昔のことですよ。
小さいときから、ジイさんっ子でね。よく後をついて歩いたもんです。
親父は勤め人だし母親は畑に出てることが多かったですから、そのせいもあります。
山菜採り、栗拾い、川釣り・・・釣りは退屈でした。
まだ小さかったから、自分の竿は持たせてもらえないし、
流されるといけないから、ずっとジイさんの側にいなくちゃならなかったですし。
それに、ジイサさんがねらってるのは大鯉だから、
1日釣って獲物なしてのがあたり前だったんです。
やっぱり山のほうが面白かったですよ。
あるとき、ジイさんといっしょにウサギ罠を見にいったんです。
山のあちこちに仕掛けてある。

ああ、バネ仕掛けのトラバサミじゃなく、ヒモでひっかけるやつです。
さあねえ、猟の免許を持ってたとか聞いたことがないですね。
昔はそういうことは大雑把だったんじゃないかな。
山のあちこち、獣の通り道に仕掛けてあるんです。それを順に見て回る。
ウサギにかぎらず、獲物があればその場で血抜きをして籠に放り込むんです。
いや、残酷だなんて思ってたらあんな田舎暮らしはできません。
すべては山の恵みとして、感謝していただくんです。
ジイさんは70過ぎてましたね。わたしは8歳くらい。
ジイさんもわたしも、今の子どもや年寄りは問題にならないくらい体力がありました。
罠はね、もちろん何も掛かってないほうがずっと多い。
そんときは3つ目の罠に、遠くから灰色のものが掛かってるのが見えたんです。

野ウサギだろうと走って近づいてみると、それは汚れた毛の尻をこちらに向け、
頭を薮に突っ込んだ状態で動いてない。もう死んでるように見えました。
で、薮の向こうに回ってみるとやはりウサギでした。
垂れた頭を耳をつかんで持ち上げ、わたしは思わず、
「げっ」と叫び声をあげ、そこから飛び離れました。
後から歩いてきたジイさんが、わたしの声を聞いて「どうした」と聞いてきました。
わたしはただ、その獲物のほうを指さすことしかできませんでしたよ。
「ふむ」ジイさんが同じように獲物を上向きにさせると、
ウサギの首の毛の中に、もう一つ小さい頭があったんですよ。
それが・・・見たことのない生き物で、一種のトカゲ、爬虫類なんだと思います。
鱗がありましたし、目も蛇の目で。

それも死んでるようでした。いや、ウサギがトカゲを咥えてるとか、
ウサギの喉に穴が開いて、そっから顔を出してるんじゃないです。文字通り生えてました。
奇形ですか?いやあ、頭の2つあるウサギってんならありえるでしょうが、
まったく違う生き物ですよ。それに、それを見たジイさんが、
「斑(はだら)様だ」って言ったんです。
でね、ジイさんは日の高さを見てから、わたしに、
「ちょっと遠出しなきゃならん。昼飯抜きになるが、坊(ぼう)はついてくるか?」
って聞いたんですよ。もちろん何度も強くうなずきました。
これから面白いことが始まるってわかったんです。
「どこへ行くんだい?」わたしが聞くと、ジイさんは「斑(はだら)神社」とだけ答え、
その獲物を背負い籠に入れて歩き出したんです。

ふた山越えました。といっても山は続いてますからね。2時間くらいのもんです。
その間、人の気配はまったくありませんでした。
道は、獣道よりはやや整った感じでありましたが、
最近の人の踏み跡は見あたらなかったと思います。
やがて、林の中に神社の屋根が見えてきました。千木って言うんでしょう。
あの独特のお飾りがついてまして。でも、集落の神社で見慣れた鳥居や、狛犬、
手水鉢とか、そういうものは一切なかったんです。賽銭箱も、鈴もね。
ただ黒い木肌の四角い小屋があるばかりで、屋根だけが神社風だったんです。
ジイさんは正面にまわって、無造作に引き戸を開けました。
中は高く埃が積もってましたよ。いや、新しい足跡は見ませんでした。
正面に祭壇の棚があり、上に立派な角の大きな牡鹿の頭だけが載ってたんです。

腐ったりはしていませんでした。今から考えると剥製の頭だったんでしょうかね。
かっと見開いた両眼はガラス玉だったのでしょうか。
それは怖かったですよ。子ども心にも何から何まで異様だと思いました。
ジイさんがその祭壇の前まで進み、床板の一部をトンと叩いて持ち上げたんです。
四角く、1m四方くらいの板が外れました。するとそこから、ムッと強い臭いがしたんです。
腐った臭いというより、黴びた臭いだったと記憶しています。
でも、好奇心があったので近づいて見たんです。
床下の黒土がかろうじて見えるほどまで、中には骨が溜まっていました。
太いのから細いのから、同じ種類の動物の骨ではないように思えました。
ジイさんはその上に、籠から出したウサギをゆっくりと載せ、
元のように床板を閉じたんですよ。

小屋を出ると、戸は開けたままで、ジイさんがわたしに、
「坊、手を合わせてお祈りをしろ」と言ったんです。「どんなことを?」と聞くと、
「そうだなあ、これまで山の生き物や魚、そういうものの命を食べてきただろう。
 それに対する感謝みたいなことだなあ」こういう答えが返ってきました。
それで素直に手を合わせて目をつぶったんですが、
そのとき耳の底でキーンという音がしました。
ふっと自分が宙に浮かんでいるような感覚になったんです。
目の前をたくさんの生き物が通りすぎて行きました。
・・・中学校になって、理科で系統樹って勉強しますでしょ。
生き物の進化の様子が図になってるもの。あれに出てくるような、
見たことのある生き物、ない生き物・・・それらがぞろぞろとね。

ポンと肩を叩かれて我に返ると、ジイさんが笑ってました。
「おかしな生き物を見ただろう。俺も始めのときはそうだった」とジイさん。
小屋の戸を閉め、その日はそのまま家に戻りましたよ。
帰り道で「あそこは何だったの?」と聞いたら、
「斑(はだら)神社」と、さっきと同じ答えが返ってきました。
「どういうところなん?」と重ねて聞くと、ジイさんは考え考え、
「生けるものの不浄を流すところだよ」と言ったんですが、
そのときはまったく意味がわかりませんでしたね。ええ、今なら少しはわかります。
ジイさんは「あの神社に行ったことを父さん、母さんには言うなよ」
と釘をさしてきました。「どうして」と尋ねると、
「あそこは嫌う人は嫌うから。お前は山歩きを止められるかもしれんぞ」って。
まあこんな話です。

*まだ続きます

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妻の実家

2014.12.29 (Mon)
えー今晩は。自分は妻の実家の話をさせてもらいます。ここは怪談を語る場所だって?
いやわかってます。でも、きっとみなさん興味深いと思いますよ。
まずですね、自分が妻と結婚したのが25のときで、今から10年前です。
大学3年のときに知り合いまして。それから4年つき合ってゴールイン。
え? のろけはやめろって? いや、そうじゃなくて・・・
この妻の実家というのがね、ある県の昔からの大地主で。それだけじゃなく、
その地方の精神的な支柱というか、祀り事を代々受け継いでる家系だったんです。
自分は親は平凡なサラリーマンですし、自分もそうですから、
妻の里帰りにつき合うと、そりゃびっくりすることだらけで。
結婚のとき反対されなかったかって?うーん、それはなかったです。
妻は次女でして、向こうには跡取りの息子も婿取りをした長女もいましたから。

餅を食べる

でね、息子が生まれる前は、年に一度くらいはそっちの実家に行ってたんです。
息子ができて、もっとひんぱんになりましたけど。
もちろん妻の実家には、結婚の前後、あいさつとかで何回か行ったんですが、
そんときはわからなかったんですよ。その・・・なんというか、世間と違ってることに。
ただ蔵や馬小屋まである大きなお屋敷だってことと、親戚の数が異様に多いくらいしかね。
ところが、結婚したのが10月で、その正月のことでしたね。
大晦日までは自分の実家のほうにいて、元旦からは妻の実家に行ったんです。
ぜひ来て、正月の様子を見ていってくれって義父に言われまして。
早朝に車で出て10時頃に着いたら、なんと使用人10人以上で、
庭で餅つきをしていました。でかい臼と杵を使った、昔ながらのやり方です。
つきたてを昼餉に親戚一同で食べるということでした。

40畳以上ある大広間に通されまして、親戚が20人以上膳についてました。
結婚式のときに紹介された人もいましたが、わからない人も多く、
ご挨拶するのが大変でした。で、近くの人と世間話をしてると、
次々餅が運ばれてきたんですが、これがね、三宝にのせられた巨大な塊なんですよ。
直径40cmはあったと思います。高さが10cmほど。
信じられないことに、これで一人分なんです。
まあね、儀礼的なもんだと思ったんです。ちょっと食べるだけであとは残すんだろうと。
普通そう考えますよね。そしたら、「これより一族で餅を食べますが、
 当家の血筋でないお客様はその間、ご案内しますので、
蔵の収集物をご覧になっていてください」当主がこう言ったんです。
それで自分は他の何人かと大広間を出され、血筋をひいている妻は残りました。

蔵の中の美術品はたいしたものでしたよ。かなり古代の物もあったと思います。
昔、歴史の教科書で見た、正倉院の収蔵物に似たのもありました。
でも出してあるのはほんの一部みたいでしたけど。
15分ほどそれらを見せてもらってから広間に戻ったら、
なんとどの人の三宝の上にも餅がなかったんですよ。驚きました。
あれって、重さにしたら5kg以上あったでしょう。
だからやっぱり少し食べて、残りは片づけたんだろうと。
ところがです、後で妻に聞いたところ、「餅は全部食べたよ」って言ったんです。
「えー。どうやって?」 「どうやってって、普通に一口ずつ」
「あれ全部をか?」 「そう。残しちゃいけないしきたりなの」こんな感じでした。
べつに、会席者のお腹がふくれてるとか、苦しがってる様子はなかったですよ。

集まってくる

それとね、ひっきりなしに客が来るんです。
まあね、旧家で地域の有力者となればそんなもんなんでしょうけど、
当主はいちいち出て行かなくてはならず、たいへんそうでしたね。
お客さんは、県や市の議員さんなんかが何人も来られたんですが、
それ以上に、変わった風体の修行者の方が多かったんです。
山伏の恰好をしてホラ貝を持った人とか、尺八片手の虚無僧とか、
頭巾をかぶって鼓(つづみ)を抱え猿を連れた人とか、琵琶法師とか。
で、そういう客は、庭の一角にある一族の神社に案内されるんです。
氏神神社って言ってました。塀の内側の敷地内にあるんですが、そう大きくはないです。
2間四方くらい。ほら、旧家だと庭にお稲荷さんの社がある家ってあるじゃないですか。
あれは小さいお堂が多いですけど。

それで、そういう不思議なお客さんたちがその氏神神社に入っていくのが、
大広間でお酒をごちそうになってるとき、ガラス越しに見えたんですよ。
最初のうちは、あのせまいとこによくあの人数が入れるもんだと思ってましたが、
次々に入っていくだけで、出てくる人がいなかったんです。
これも変ですよね、さっき2間四方って言いましたが、一辺が4mない建物なんですよ。
そこに、見てるだけで30人以上入っていきましたから、
立錐の余地なしなんてもんじゃない。
ぎゅうぎゅう詰めで立ってるのがやっとじゃないですか。
でね、その日の夕方になって、巨漢のお客さんがまた一人案内されてきたんです。
それが、冬だというのにすねと腕を出した野良着のようなのを着てまして、
でかい和太鼓を背中に担いで丸太のバチを持っていました。

その人なんですが、遠目でも髭ボウボウのボサボサ髪、
むき出した手足に剛毛が生えてるのがわかりました。巨漢って言いましたが、
相撲取りなんて比じゃないくらいでかい人・・・
昔、プロレスでアンドレ・ザ・ジャイアントっていたでしょう。
youtubeで見ましたけど、あんな感じで、身長2m数十cm、
体重も300kgはあったんじゃないかな。北斗の拳の山のフドウみたいでもありました。
その人も横にまわって神社に入ってったんですよ。
で、妻に「あの氏神神社って、地下に抜け穴とかあるのか?」って聞いてみました。
「いやね、高床だって見たらわかるでしょ。子どもの頃から何度も入ったけど、
 そんなものないわよ」こういう答えが返ってきました。
まあそう言われればそうなんですが、じゃああのお客さんたちは・・・

雨を止める

妻の実家には正月3日まで逗留させていただきました。でね、その3日の日に、
東方に向かって一族総出でお祈りをする儀式ってのがあったんです。
庭の東側に、数mの高さの望楼が築かれてありまして、
そこに一族が登って、日本の泰平を祈るんだそうです。
当主を先頭に20数人でやるので、望楼もそれなりにでかいもんでしたよ。
妻はその中には入ってませんでしたので、自分といっしょに下で見てました。
それを拝見してから帰る予定だったんですよ。
でね、その日は朝から冷たい雨が降ってたんです。
場所がわかると困るので言わなかったんですが、実家は南国で、
雪のほとんど降らない地方なんです。ああ、わかりますか。さすがですね。
時間になって、傘をさして出ようとしたら、妻が「いらない」って言うんです。

「雨は必ず晴れるから」ってね。でも、土砂降りとまでは言えないけど、
かなりの降りでしたから、そんなことないだろうと思ったんですが、
法衣のようなものを着た当主が一歩屋敷を出た途端、空にあった黒雲が四方に割れたんです。
そこから日の光が二筋さしてきまして、
望楼と、それから氏神神社の上にあたったんですよ。そしたら賑やかな音楽が、
氏神神社の中から聞こえてきて、屋根から鳩のような鳥がたくさん飛び立ちまして・・・
いや、形は鳩に見えましたが、金色に輝く鳥でした。
雲の裂け目は望楼のちょうど真上で、そこだけぽっかりと晴れた状態になったんです。
そこへね、当主始め一族が白衣をつけてしずしず登っていく。
儀式は小一時間もかかったでしょうか。その間じゅう音楽が響いていて、
ずっとあたりの空気の中にキラキラ光るものが漂ってた気がします。

こんなことが、実家に行くとあるんですよ。
最近は慣れたせいか、あまり不思議とも思わなくなってきましたね。
でね、結婚5年目のときに待望の息子が生まれまして、
もちろん実家には見せに連れていきました。なにやら儀式のようなことをされましたよ。
そのおかげか、病気一つすることもなくて。
去年の正月も妻の実家に行きました。息子が5歳になる年なんでぜひ連れてこいと言われて。
相変わらず、不可思議なお客さんがたくさん来てました。
でね、あの餅を食べる儀式に息子も参加させられたんです。息子はもちろん、
妻から血筋を受け継いでますし。自分は前と同じに別の場所で時間つぶしさせられましたが、
戻ってきてみると、当然のことのように、息子の前の巨大餅もなくなってました。
どうやって食べたか聞いても「おいしかったよ」としか言いませんでしたね。







幽霊がいる

2014.12.28 (Sun)
2週間ほど前から、昨日あった忘年会までのできごとです。
最初は、課長をのぞいた課内の中堅以下社員で居酒屋に行った夜ですね。
課長がいないのは、はっきり言って嫌われてたんです。4月からこの課に来たんですけど、
横暴だし、ミスを人に押しつけるし、女子社員はお茶くみ要員なんて言うし・・・
みんなで座敷の一角で乾杯して、しばらく課長の悪口を言ってたんですが、
それもダレてきたとき、一番若い牧野くんという男性社員がこんな話をしたんです。
「そういえばこの前、よくわかんないんですけど変なもん見たんです」って。
「ほら、会社のビルを出て一つ後ろの通りに行くと、向かい側に中華料理屋があるでしょ。
 その数件隣につぶれて店じまいしたスナックがあるじゃないですか。
 ふだんはあっち通んないんだけど、たまたまその日残業の帰り10時頃、
 むこうを通って駅に行こうとしたんです。母親から胃痛薬買ってくるようたのまれてて」

「あの通りに、遅くまでやってる薬局があるじゃないですか。
 したらそのスナックの横を通ったとき、隣のビルとの間のせまい隙間で、
 何か動くものがあった気がしたんです」
「ふうん、それで」
「あそこの隙間は50cmもあるかな。人ひとり立つのがやっとって感じ。
 のぞき込んで見たら、白い着物を着た女が立ってたんです。
 しかも前後にぶらんぶらん揺れて」 「揺れるって、どういうこと?」
「ブランコあるじゃないですか。あんな感じで大きく揺れて、
 前に来たときこっちに足の裏が見える」
「意味わかんねえな。実際にブランコがあるのか?」
「いえ、女だけです。だから曲芸見てるみたいで」

「えー壁の両側に手を突っ張って、体操みたいにしてたんてこと?ありえないんじゃない」
「ですよね。俺もありえないと思って怖くなって逃げたんです」
「女の年格好は?どんな顔してた?」
「それが覚えてないんです。印象に残ってるのは長い髪と着物の色だけで」
「うーん、幽霊なのかな、でも足の裏が見えたんだろ。足がある幽霊ってのも変だし。
・・・だったら着物の裾はどうなってた。もしかして中も見えたんじゃないか」
「いや・・・覚えてないです」
「へー、見間違いするようなこととも思えないな。
 実際に女がいて曲芸まがいのことをしてたか、それとも本当に幽霊かもな」
「興味深いな。駅まではあっち通っても距離はかわんないから、今度行って見てみよう」
「私も。7時過ぎくらいなら人通りが多いから怖くないし」

こんな会話になったんです。
翌日の帰宅時ですね。まだ7時前でした。前の夜の話を思い出し、
そこの道を通ってスナック横の隙間をのぞいてみました。真っ暗で何も見えませんでした。
もちろん見えるとも思ってなかったですし、ちょっとした作り話だったんだろうと。
ところが翌日の昼休み、女子職員だけでお昼を食べに行ったんです。
そしたら先輩の佐々木さんが「あの隙間、昨日通ったら確かに何かいた」
って言い出したんです。「えー私ものぞいたけど見なかったです。ブランコ女でしたか?」
「いや、そうじゃなかった。はっきりしなかったけど、おばあさんだと思った。
 ただ黙って立ってるだけ」 「それも怖いですね。何時頃でしたか?」
「昨日はかなり仕事して帰ったから、10時半頃かな」
「じゃ牧野くんが見たのとだいたい同じ」「そうね」

それから昼休みのたびに情報交換しました。男性社員にも来てもらって。
そしたらやっぱり見たって人がいたんです。中堅の武藤さんです。
「俺はかなり遅くなって終電前の時間だな。前に聞いてた話を思い出して、
 あの道通ったんだよ。さすがに人通りが少なくなって薄気味悪かったけど。
 で、隙間をのぞき込んで、確かに見たと思った。ブランコ女でも婆さんでもなかったぞ」
「何でしたか?」 「女の子だと思った、10歳くらいの。
おかっぱ頭に赤い着物を着て、手鞠をついてた」
「・・・・」さすがにこれは嘘なんじゃないかと思いました。
だってあまりにもできすぎてますし。
・・・10日ほどで課内で見た人が5人まで増えたんです。
ただ隙間に何かいたってことが同じだけで、
見たものは年齢から恰好からてんでんバラバラでしたけど。

共通点があるのは、隙間にいたのは全部女だったってことくらいです。
それで・・・忘年会の前の日の昼休みですね。
最初に出てきた牧野くんから伝言がまわってきたんです。
「大事な話があるので、昼休みにKホテルで食事しませんか。
 女性社員のほうをまとめていただければ」って。
集まったのは、課長とその日お休みしてた一人以外、課長補佐も含めた課の全員で、13名。
Kホテルのラウンジは高いので、ふだんまず行くことはありませんでした。
食事を頼んでから、Kくんがこんなことを切り出しました。
「えーみなさん、こないだから隙間の幽霊の話が出てましたよね。
 最初は僕がしたブランコ女の話。それでみなさんが興味をもってくれて、
 見た人が増えてった。でもあれ、僕がしたのは作り話なんです」

「えー俺が見たのはホントだぞ。鞠つき少女は」と武藤さん。
「ええ、ええ、本当だと思ってます。なぜなら僕が仕掛けたんですから」
「仕掛けたって何を?」 「幽霊を見る装置です」思わず顔を見合わせました。
「僕、実は四国から出てきたんですけど、
 実家が拝み屋をやってて、その方面の知識はあるんです。
 あそこの隙間にちょっと細工をしまして、幽霊が見えるようにしたんですよ」
「・・・・」「それが本当だとして、何のために?冗談か?」
「いえ、そうじゃありません。じつは・・・」牧野くんは声をひそめました。
「課長を排除するためです。居酒屋に行ったときに、みなさんの話を聞いてて、
 これは身につけた知識を使うときだろうと思って」
「うーん、お前の言ってることが本当だとして、どうすれば課長の排除につながる?」

「明日、会社全体の忘年会がこのホテルでありますよね。
 幹事は総務課で、2次会は有志で駅前のカラオケって決まってるじゃないですか」 「うむ」
「1次会が終わったらみなで課長を囲んで、あの隙間の前を通らせてください。
 ここの前の道を他の課の人たちは通るでしょうが、
 みなさんで課長にこないだからの幽霊話でもして、あっち通らせるんです。
 俺は1次会をちょっと早めに抜けて準備してますから」
「・・・まあ、難しいことじゃないが、それでどうなる?」
「課長が隙間をのぞき込んだら、
 みなさんとは違ってちょっと怖いものを見ることになるでしょうね」「それから?」
「あとは課長次第ですよ。課長の人格というか、人徳というか、これまでの生き方というか、
 それによって結果は違ってくるでしょうね」こう言った牧野くんの頬が少し強ばってました。

それで忘年会当日、計画は実行に移されました。
別に難しいことはなかったです。忘年会が終わって、みながエレベーターで下に降りるときに、
課長の隣で、武藤さんが幽霊の話を出しました。
私たち女子社員がそばにいて、さも怖そうな興味ありそうな様子をして・・・
課長はふだん懐かない課員たちがそばにいて嬉しかったのかもしれません。
「じゃ、そこ通って見てみようじゃないか」こう言いました。
課長を先頭にぞろぞろ、みんなであのスナックの前まで来たんです。時間は9時半くらい。
「なんだ!別にどこにでもあるただの隙間じゃないか。
 手鞠をつく女の子なんて、くだらない怪談本の読みすぎ・・・」
課長はそう言って、隙間の前に立ちました。

「ほら何も・・・、ん? んん?なんだあれ?うわ、うわ、うわわあ」
課長の膝ががくがく震えました。「そんなバカな、うわあ許してくれ、助けてくれ!!」
課長は絶叫して、脱兎のごとく駅のほうに走り出しました。
あまりの反応に私たちは、その場で呆然としてましたが、
やがて隙間から、細長いものを抱えて牧野くんが出てきました。
「効果あったみたいですね」牧野くんは言いましたが、沈痛な響きのある声でした。
牧野くんが両手で持っていたのは、よくブティックなんかにある細長い姿見で、
街灯の明かりで、その全面に赤い字でなにやら呪文のようなのが書いてあるのが見えました。
「実家に伝わってる呪言ですよ。あまり見ないほうがいいです」
牧野くんはそう言って、くるりと裏面を向けました。
それで課長なんですが・・・ そのまま駅まで走ってホームに飛び込んで・・・







硫黄神社2

2014.12.27 (Sat)
2年前の話ですね。高3のときです。地方の私立にいたんです。
そこそこの進学校でしたよ。県では東大進学者数は1番。
といっても土台が田舎だから、多いというほどでもないんですけどね。
それで、3年生は冬休み中に勉強の合宿があったんです。
参加は任意でした。高校の母体は予備校も経営してるんです。
それとタイアップして、講師も高校の先生の他に予備校のほうからも来ます。
もちろん参加費は払います。けっこう高額だったはずですよ。
参加するのは毎年だいたい学年の3分の1くらい。100人を少し切る人数ですね。
期間は5泊6日。バス3台で月曜の朝に出発して、土曜日に帰ってくるんです。
5日間でどんくらいの成果があるかは疑問もあるんですが、
それに参加すると合格しやすいってジンクスは高校内ではありましたね。

2時間バスに乗って着いた先は、山あいの温泉宿です。木造で、だだっ広くて古い。
まあ当時は、ただボロなだけと思ってましたが、今から考えると、
建物の造りなんか、それなりの格式があったんでしょうね。
ほらジブリの「千と千尋の・・」って映画があったでしょう。
あれに出てくる従業員が住んでた建物、と言えば雰囲気がわかってもらえるでしょうか。
勉強はですね、1日5時間・・・それぞれ分かれて選択した教科をやります。
あと3時間が大広間で自学です。講師の先生が机の間をまわって、
わからない問題を教えてくれたりもします。
あとは部屋にもどって復習する・・・要するに1日中勉強漬けってことです。
旅館は渓流の側にあって、片側が山にぴったりくっついたような形の3階立て。
まわりはホントに山の中で、店どころか民家も見あたりませんでした。

だから外に出ることもなかったです。下手すれば遭難もありえたんじゃないかな。
部屋は4人部屋で、ベッドじゃなく布団でした。
旅館自体は、高校の母体がバブルの頃に手に入れたもので、
そんな場所だから売るあてもなくなって、
しかたなく自分らで活用してるってことみたいでした。元は自炊宿なんだと思います。
で、地下に温泉がありました。地下というか、1階に山側から入るんで、
その下の階ってことです。温泉の外を渓流が流れてました。
洗い場も湯船も板敷きで、プールみたいに広かったですよ。
300人風呂って従業員の人たちは言ってました。
誇張じゃなく、入る気ならその人数が入れたんじゃないかな。これは男湯の話です。
元々混浴だったほうを男湯にしたので、女湯はもっと小さいってことでした。

お湯は硫黄泉で白く濁ってて、自分の手も見えないくらいでした。
だから、みなでいっしょに入っても、あまり恥ずかしくないんですよ。
この温泉がすごく気持ちよかったんです。深めの湯船の中の段差に腰掛けてると、
ふーっと吸い込まれそうな気分になるんです。
それで、温泉を出るといつまでもぽかぽか暖かい。
ああ、うちの県では冬はほとんど雪は積もらないんです。でも気温はけっこう下がる。
そんな古い旅館だと寒かっただろうと思うでしょうが、
全館にパイプを通して熱湯を回してるんです。湯上がりは暑くて汗がだらだら流れましたよ。
あと、夜、ぐっすり眠れるんです。合宿が始まって最初の2日くらいは、
修学旅行のノリで同部屋のやつと11時の消灯後もしゃべったりしてましたが、
いつのまにかふっと意識が途切れるような感じで眠ってしまうんです。

そのときは勉強の疲れと温泉の効能のせいだと思ってました。
まさかあんなことがあるなんて考えもしませんでしたよ。
え、食事ですか?高校の学食に入ってる業者がいっしょにきてて、
全員分作ってくれてましたよ。そうですね。トンカツとかイカフライとか、
高校生の好きそうなカロリーの高いメニューが多く、おかわり自由だったんで、
文句言うやつはいませんでした。それが何か重要なんですか?
すみませんね、長くなってしまって。合宿と旅館の概要はこんなとこです。
3日目にちょっとおかしなことがありました。
同部屋のやつと8時過ぎに風呂に行きまして、いつものようにお湯に浸かってると、
腰のあたりがちくっとしたんです。いや、そんなに強い痛みではなかったです。
木の湯船に出てたトゲに引っかかった程度。

湯から上がって友だちに見てもらったら、
腰骨の上の皮膚に直径5mmほどの丸い跡がついてるって言われました。
その丸い中にぽつんと赤い点があるって。でも、すぐに痛みはなくなりましたし、
鏡で見ましたが、たいしたことないと思って、気にかけることはなかったんです。
でね、最初のうちは張り切って勉強してたんですが、
さすがに3日を過ぎるとげんなりしてきました。
・・・こっからはちょっと恥ずかしい話になります。
自分らの高校は男子が多くて、女子の倍くらいいました。
その合宿にも女子は20人くらい参加してたんです。それでね・・・笑わないでくださいよ。
4日目の晩に悪友と語らって、女湯をのぞけないかって考えたんです。
高校生ですしね、なんていうか溜まりっぱなしになるじゃないですか。
まあホントにできるとは思ってなかったです。ダメもとくらいの気持ちで。

浴場は外に面して大きくはないガラス窓がありましたが、
外からのぞくのは無理だと思いました。
窓の外は渓流に続く斜面なんです。ヘタすれば転落してしまう。
でね、男湯と女湯は並んでるんですが、銭湯みたいに壁一枚で隔てられてるわけじゃなく、
のれんのかかった入り口と入り口の間に戸があって、
幅2mくらいのスペースがあるようだったんです。
3日目に風呂に入りにいったとき、何気なく引き戸をひいてみたら、
鍵がかかってなかったんです。そこに入ってみれば何かできるんじゃないかと・・・
ただ一番入る人が多い8時前後はさすがにためらわれました。
それで10時過ぎ、消灯前の時間をねらったんです。
その時間帯でも入りにいくやつはいましたから。

Kとしておきますか。そいつに計画を話し、10時過ぎに風呂に行きました。
誰もいなかったので、そっと引き戸を開けて中に入り素早く閉めました。
中は・・・暗くて、青い色をしてましたね。
意味がわからないでしょう。幅2mのスペースの真ん中に生け簀のようなのがあって、
そこに青色のライトが灯ってたんです。Kが壁をさぐってスイッチを見つけたらしく、
上の蛍光灯がつきました。やはり全体が木造りで、生け簀はコンクリでできてました。
左右の壁は太い木組みになってて、のぞけそうな部分はありませんでしたよ。
見つかって怒られないうちに出ようと思ったんですが、
気になって生け簀に近寄ってのぞいてみたんです。湯気のたつ白いお湯が入ってました。
ええ、温泉と同じ湯なんだと思います。生け簀の奥の縁に青いライトがついてて、
その下だけお湯が泡立ってたんですよ。

Kが「変だよな、これ。何に使ってるんだろ」と言いながら、
ライトの下に頭を出しました。
そしたら、湯の中からにゅーっと白いものが伸びてきたんです。
お湯とほぼ同じ色の触手みたいなやつでした。それが50c以上伸びてKの頬に触れると、
「痛てっ!」Kが小さく叫んで尻餅をつきました。「なんだよこれ、もう出よう」
Kはそう言って、手で顔を押さえながら入り口に向かいました。
幸い、そっから出たときも外にはだれもいませんでした。
Kが「どうなってる?」と言って手を離したので頬を見ると、
丸い形のくぼみ・・・シャーペンの後ろを押しつけたような感じに跡がついて、
中央が赤くなってたんです。そう、自分の腰についた跡と同じやつだと思いました。
Kは「もう痛くないけどかっこ悪いな」と言い、

「あれ、生き物を飼ってるんだろうか。イカみたいなうやつ?」と聞いてきたので、
「わかんないな。でもよ、温泉の湯って40度はあるよな。
 そんな中で生きてる生物っているか?」こう答えました。
でね、最後の晩に風呂に入ったとき、裸のやつらを観察してみたんです。
そしたら、俺と同じように腰の部分に丸い跡がついてるやつがかなりいました。
5人中の4人くらいの割合ですね。その中の一人に、
「腰に虫さされの跡みたいなのがあるけど、痛いとかかゆいとかないか?」
って聞いてみました。「いや、べつに」予想どおりの答えでしたよ。
6日目の午前の勉強が終わって、帰る前に小高いとこにある神社に全員でお参りしたんです。
鳥居には「硫黄神社」って額がありましたね。温泉の神様を祀ってるんだと思います。
まあ、これだけの話なんですが・・・合宿が終わった後、自分は体調を崩しました。

熱が出たんです。それと・・・Kが亡くなりました。帰ってきて2週間です。
聞いたことのない病名でしたよ。同じクラスではなかったので葬式には出てません。
他のやつらは、冬休み中だったんでどうだったかわからないですが、
休み明けはみな出てきてましたよ。
その後受験シーズンに入って、自分は運よく第一志望の大学に合格できました。
それと、自分でも変な話だと思うんですが、
俺が風呂で腰に丸い印がついてるのを見たやつらは、
全員第一志望の国立に合格してるんです。偶然なんでしょうけどね。
今は大学生活を満喫してますよ。おかしなこと?そうですねえ、特にはないですが・・・
ああ、一つだけ。ものすごい寒がりになっちゃったんです。
夏暑いのは平気ですが、冬場は暖房を30度近くまであげてないと寒くて・・・

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赤い御札

2014.12.27 (Sat)
年末から正月限定で、近くの神社で巫女のアルバイトをしていました。
高校から専門学校のときで、4年やりましたよ。
正式にはアルバイトとは言わないんです。私が出ていた御社では、
「助勤」といってましたが、「助務」というとこもあるみたいです。
それとお仕事は労働ではなく、奉仕です。だからお給料も奉仕料になります。
そうですねえ、これからやってみたいという人にアドバイスするなら、
もし選べるのであれば、奉仕の時間をよく調べるといいです。
交替要員が多くて、1日6時間ほどであればそれほど苦痛ではありません。
小さいところだと、休憩・仮眠をはさんで十数時間続くところもあるみたいです。
あと寒いので、防寒対策をしっかり。足首までの袴で中は見えないので、
ちゃんと寒くないようにしておいたほうがいいですよ。使い捨てカイロは必需品です。

最初の年から、作法習得の研修の後に私は古札箱の担当になったんです。
これは前の年の御札や破魔矢などを回収する箱で、
社殿の脇のテント前に設置されてました。
そこで「回収しています」と呼びかけたり、ある程度溜まったら社務所に運び込むんです。
これは御札やお守りの授与・・・まあ売ることなんですが、
よりもずっと楽です。研修のときには振る舞いや言葉遣いの練習もあったんですが、
私はあんまり上手にできなかったし、暗算も苦手なのでラッキーと思いました。
でも、御札の授与所にはストーブが入ってましたが、古札箱の前は当然暖房はなくて。
ときどきテントに入って火鉢で手を温めてました。
それでこのとき、担当の神職の方に、
「回収したのを仕分けするとき、赤い御札があったら持ってきなさい」と言われたんです。
それと「あなたなら見えるだろうから」とも。

意味がわかりませんでしたが、詳しくは教えていただけませんでした。
大晦日の夜になり、私は言われたとおりに古札箱の前に立っていました。
やがて新年を迎える時刻になり、参道は人が列になってほとんど進まない状態でした。
古札を収める方はその列から抜けて箱の前まで来られますが、けっこうな人数がいて、
箱はすぐいっぱいになりました。溜まったところで替えの箱を設置して、
いっぱいになったのを社務所に持っていきます。
そこで中から御札類を取りだして仕分けをするんです。
そんなの後でやればいいと思うかもしれませんが、
古札の中にお金を入れてらっしゃる方もいるんです。
500円玉やお札が入ってたりします。そういうのをよく調べて回収するんですよ。
それから、その神社と関係のないものもよく入っています。

例えば人形・・・怖いですよね。それから故人のものではないかと思われる手紙、
手帳、写真なんかも。それと数珠など、神道のものではない品も。
赤い御札は、何百とあった中で3体だけでした。ああ、御札などは1体、2体と数えます。
それは作りは他の御札と変わりません。全体が赤い色をしてるわけではなく、
和紙の表面がぼうっと赤くなってるんです。中にライトが仕込んであって、
それで内側から照らされているみたいな感じです。
もちろん薄っぺらいものですから、そんなことはないんですけど。
それと、持ったときにすごく嫌な感じがしました。背中がぞくぞくするっていうか。
赤い御札は見つけ次第、担当の神職の方に持っていきます。
一度その途中で、同じ高校からやはり奉仕に来ている子に会ったので、
「これ、赤く見える?」って聞いてみたんです。
「えー、別にふつうの白い御札だよ」という答えが返ってきました。

もしかしたら、赤い色は私にしか見えないのかなって、そのときに思いました。
古札は、初詣の忙しい時期が過ぎたら、まとめて御祈祷して御焚き上げするんですが、
赤い御札はすぐに御祈祷されるようでした。
正月3が日が終わって参拝者が少なくなり、
私は別の仕事も兼務することになったんですが、
そのとき、神職の方に「赤い御札ってどういうものですか?」って聞いてみたんです。
「本来とは違う用いられ方をしたものだ」というお答えがあって、
それ以上は教えていただけませんでした。
高校を卒業して、専門学校に在学してたときは、もっと早い時期から
ご奉仕に出るようになりました。事前準備ということです。
御神酒所で出される御神酒、コンブやスルメの準備、御撰米の仕分け。

年末からは同じ古札箱の仕事でした。前の年に経験したので不安はなかったです。
やはり赤い御札があったら奥に持ってくるように言われました。
その年は4体あったんです。正月3日のことだったと思います。
最後の赤い御札を神職の方に渡しにいこうと立ち上がったとき、
手の中の御札が動いたんです。いえ、正確には御札の中に何かがあって、
それが動いた感じでした。思わず手を離すと御札は畳に落ち、
御札に破れ目はないのに、中から10cmもないほどの深紅の蛇が出てきました。
蛇は素早い動きで、私がいた社務所の一室から出ていこうとしたんです。
気味が悪かったですが、追いかけました。
蛇はちょろちょろと御祈祷所に入っていきました。
私はそこへは入れないので、担当の方に知らせにいこうと思ったんですが・・・

蛇は御祈祷を受けている方の列の前までいき、
前で正座されていた40歳くらいの女の方の膝を駆け上がって襟首の中に消えました。
走って担当の方に報告すると、「返ったんだな」と一言おっしゃられてました。
その女の方は、御祈祷のあと呼び止められて奥に連れていかれましたよ。
その後どうなったかはわからないです。その年のご奉仕が終わってご挨拶をしたとき、
担当の神職の方に呼び止められ、宮司様のところにいったんです。
宮司様は私をしげしげと見られて、
「赤い蛇が見えたそうだってね。それはたいへんすごいことです。
 どうですか、当社で専属の巫女を務められませんか」こう言われました。
突然のことで返答できませんでしたが、よく話をうかがうと、
かなりの修行をしなくてはならないらしく、考えた末に後日お断りさせていただいたんです。
・・・残りの2年間に経験したことは、またお話しする機会があるかと思います。







クリスマスのバイト

2014.12.25 (Thu)
劇団員をしています。いや、もちろん食っていけませんよ。
固定給のある劇団なんて、四季とか大手だけですよ。俺なんか公演時の手当だけ。
年収にしたら200万なんてとうていいきません。
だからバイトで食いつないでます。劇団に所属してるのは、
何かのチャンスがあるかもと思うからです。テレビとか映画とか。
・・・すみません、よけいな話でしたね。
それで、スポンサー筋のほうから短期のバイトの話があったんです。
いや、スポンサーといっても大きな会社とかじゃなくてね。
うちの団員がよく寄るバーがあるんですけど、そこのマスターからの話です。
公演のキップをいっつも買ってくれる。
23日、24日の2日間、一日4時間で2万くれるってことで、飛びつきました。
はは、クリスマスですか? 何の予定もありませんよ。

田舎から出てきて家族はいないし、恋人もいません。
そんなんだから、1人で部屋にいるより、何か仕事してたほうがいいくらいで。
バイトの内容は、サンタさんの恰好をして児童施設を数件回るってことでした。
ほら、見てのとおり、俺太ってるでしょ。
劇団でも常にコミカルな役柄なんです。だから声をかけられたんだろうと思いました。
前にも似たようなことをやってますしね。さあねえ、雇い主は今もってわかりません。
そのバーの客からマスターに話があって、それを仲介しただけってことでしたが、
あんなことがあったし、まだ詳しいことは聞いてないです。
23日は特に変なことはなかったんです。
夕方6時にある駅前まで行って、高架下に停まってたハイエースに乗りました。
運転してたのは50代くらいのオッサンで、そうですねえ、
筋者とかには見えませんでしたよ。むしろ企業の重役みたいな雰囲気で。

サンタさんの服と帽子、髭なんかを渡されて後部座席で着替え、
市内にある児童福祉施設に向かったんです。ほら、親の入院とか、失踪とかで、
一人になってしまった子どもを預かる民間の施設ですよ。
全国には500ヶ所以上もあるって聞きました。
短期のものを入れればもっと多いそうです。
施設の夕食後ですね。広めのスペースに子どもたちが待っててくれまして。
袋を渡されたので、そっから一人一人にプレゼントを配って。
それだけだと間が持たないので、ギターの弾き語りとか、
クリスマスのお話とかもやりましたよ。まあそこは、これでも役者の端くれですから。
その日は施設2つを回って終わり。帰りがけに2万もらいました。
ええ、気持ちよい仕事でしたし、満足でしたよ。

24日のことです。この日も同じ場所で待ち合わせて。
そしたらハイエースに、運転手のオッサンの他にもう一人若い男が乗ってたんです。
これが何というか・・・金縁の眼鏡をかけて痩せてて、蛇みたいな雰囲気。
いやほんと、身長は175以上あるのに体重は50kg以下でしょう。
その体に、緑っぽく光るスーツを着てね。
口を開ければ二股に分かれた細い舌が出てきそうでした。
前の晩と同じように施設を2ヶ所回ったんです。
それが終わったのが9時半ころでしょうか。オッサンから2万入った封筒をもらった後、
助手席の若い男が始めて口をきいたんですよ。
さらに3万出すから、もう一ヶ所施設に行ってくれないかって。
この3万って怪しいでしょ。俺もバカじゃないし、まずそう思いました。

でも、話を聞いてみると、最初のほうは特段おかしな内容でもなかったんです。
ある児童施設があって、そこは特に国からの援助が厚い。
親・・・片親の場合がほとんどでしょうが、
その親が逮捕されて裁判まで拘置所にいるか、刑が決まって服役している。
そういうケースで残された子たちを専門に預かってるってことでした。
それとね、もう2時間ほどして12時少し前になったら、
子どもたちの部屋を一つ一つ回って、
寝ている子どもの枕元にプレゼントを置いてほしいって。・・・これ、どう思います?
いろいろ変でしょ。まずそういう施設って、子どもらが一人部屋ってことはないです。
スペースも限られてるし、金がかかりすぎます。それに一番おかしいのは、
寝てる子にプレゼントを渡すなんて誰だっていいじゃないですか。

別にサンタの恰好をしてる必要がない。もし子どもが目覚めたときを心配してるんなら、
そこの職員がサンタ役をやればいいだけの話で。
ね、芸がいらないってんなら、俺がやる必要はまったくないわけです。
そういう疑問が口をついて出かかったんですが・・・やめました。
3万ほしかったんですよ。それと、これは今考えてのことですが、
その男のメガネの下の細い眼を見てるうちにね、気を飲まれたっていうか、
なんだかやらなくちゃなんない使命感みたいなのが湧いてきて・・・
催眠術とかですかねえ。11時半までコンビニで立ち読みをして、
それから高架下でハイエースに乗りました。
行った先は、郊外の少し山に入ったところでしたね。
コンクリの四角い建物で、ほぼ窓の明かりは消えてました。まるで研究所みたいでしたよ。

こういう施設って、子供らの気持ちを和らげるためコンクリむき出しって少ないんです。
もしそうだった場合は、壁に動物の絵を入れたりね。ところがそういうのは一切なし。
若い男と車を降りて施設に入りました。玄関の受付に小さい電気がついてて、
泊まりの職員らしい人が出てきました。そしてプレゼントの袋を渡されたんです。
袋は4つありました。すごく重くて、一つ持つのも難儀なくらいでしたよ。
で、若い男、職員、俺の3人で手分けして袋を持ち、2階の宿泊棟に向かったんです。
いやあ、何から何までおかしかったです。まずね、施設に窓がほとんどない。
廊下の高いとこに明かり取りのガラスがはまってましたが、鍵もないはめ殺しで、
子どもでも通り抜けできない細さでした。
それと、廊下を数m進むごとに鉄製の頑丈な自動防火扉があったんです。
閉まってるわけじゃなかったですけど。

部屋のマスターキーを職員が開けて、俺にプレゼントを渡してよこしました。
縦40cm、横10cm、高さも同じくらいの箱で、クリスマスの包装をして、
リボンをかけてありました。どの子も同じ形の箱です。
俺がそれを持って部屋に入り、2人はドアの前で待ってたんです。
中は2m×3mほどのせまい部屋で、突き当たりの窓は大きかったんですが、
鉄格子がはまってました。ベッドに4歳くらいの女の子が寝てて
・・・小さい明かりがついてました。
毛布一枚だけかけてましたが、部屋の中が異様に暑かったんです。
エアコンで30度近くになってたんじゃないでしょうか。これはどの部屋も同じでした。
女の子は短い髪に白い顔をして、目を閉じてよく寝ていました。
枕元に赤い靴下がつるしてあり、それにそっとプレゼントをおし込みました。

・・・こうやって15部屋ほど回ったんです。途中で終わってしまったんですが・・・
起きてる子はいませんでした。みな、体を横にして、壁側を向いて寝てました。
そうですね・・・子どもってもっと寝相が悪いもんでしょ。
ましてあの暑さなら毛布をすっ飛ばしたり。ところがどの子も寝てる姿勢がおんなじで。
女の子は最初と2番目と2人だけで、あとは全部男の子でしたね。
男の子は間違いなく日本人だったと思いますが、女の子はねえ、
金髪とかではなかったですけど、ロシア人みたいな顔だちでしたよ。
それで、15番目の男の子の部屋に入ったときです。
慣れてきたせいか手が滑って、靴下に入れてる途中で箱を落としてしまったんです。
床は絨毯がしかれてましたが、箱は運悪くベッドの角にあたって、
その下のコンクリむき出しのところに転がったんです。

「ボクン」という音がしました。そうですねえ、
ガラスのボトルを布で包んだのを金槌で叩いたような感じです。
あわてて箱を拾い上げようとしたら、中から液体が浸みだして床に少しこぼれてました。
暗い電灯でしたが、赤い色だったと思います。
「ああ、失敗した」これは取り替えて別のを置かなくちゃ」と思ったとき、
子どもが「むー」というような声を出しました。
壁を向いてたのが、ぐるんと寝返りをして俺のほうを見たんです。
両目を開けてました、白目だけで瞳のない。
部屋の扉が開いて金縁眼鏡が顔をのぞかせ、私の手を強く引っぱりました。
細い体のどこに、と思うくらいの力で。
部屋から引きずり出されるとき最後に目に入ったのは、
男の子がベッドから上半身を下に落として、箱から浸みた液体を舐めているところでした。

廊下では職員の姿が見あたらず、プレゼントの袋が一つ床にありました。
金縁眼鏡は素早くドアの施錠をして、俺に「走ってください」と言いました。
落ち着いた声でした。俺が「すみません、ヘマをしたみたいで・・・」と言うのもきかず、
くるりと後ろを向いて走り出しました。けたたましく非常ベルが鳴りだしました。
わけもわからずついて走ると、バーンと背後で防火扉が閉まりました。
防火扉が次々閉まっていく中を、必死で走って階下まで降りました。
1階の明かりはすべてついてまして、廊下の奥のほうから黄色い人が何人も出てきました。
・・・黄色い、というのは防護服です。ガスマスクもつけてました。
金縁眼鏡が「靴はいて早く、ここ出ますから」と言い、
俺たちは外に出て、駐車場のハイエースに乗り込んだんです。
車の中では、金縁眼鏡も運転手のオッサンも無言でした。

俺ですか・・・俺のヘマで何か大変なことになったと思ったんで、
何も言わず、何も聞かず小さくなってましたよ。
ハイエースはスピードを出して施設のある山を下り、
かなり離れたところまでいって停まりました。金斑眼鏡は、
「もう電車はないからあなたの家まで送るつもりだったが、そうもできなくなった。
 タクシーでも拾って帰ってください」そう言って封筒を渡してよこしました。
後で見たら、中に5万入ってましたよ。まあ、こんな話なんです。
わけわからないでしょ。何か世の中の秘密に触れたんだと思うんですけど・・・
でね、部屋に帰ってから、あの施設のあった場所をグーグルアースで調べたんです。
そしたらね、そのあたり一帯が緑につぶれてて、建物を見つけられなかったんです。
そのうち時間があったら行ってみようかと思ってるんです。
え? 絶対やめろって・・・・





花嫁の部屋

2014.12.25 (Thu)
小学校の中学年のときです。いとこの家に遊びに行きました。
そのいとこは父の弟の娘さんで、私とは同じ学年だったんです。一人っ子でした。
幼い頃から何度か顔を合わせていましたが、
泊りがけで行ったのはそのときが初めてでした。
夜になって、両親と私の弟は客間で寝ましたが、
私といとこは、無理を言って同じ部屋で寝かせてもらうことになったんです。
いとこは自分の部屋を持ってましたが、そこはベッドと机でいっぱいだったので、
2階にある和室に布団を敷いて、いっしょに寝ることになったんです。
いとこはその和室を「花嫁の部屋」と呼んでいました。
どうしてそう呼ぶのかを私が聞くと、「ほら、そっちの壁に箪笥があるでしょ。
 それ昔の花嫁道具らしいの、それで」こう言ってました。

引き出しを開けて見せてもらったんです。ほとんどは空でしたが、
一番下の高さがある引き出しには、和紙に包まれた白い着物が入っていました。
取り出したりはせず、和紙をめくって見ただけでしたけど。
「これ、花嫁さんが着る白無垢なんだって」と教えてくれたんです。
花嫁箪笥と衣装がどういういわれのものかは、いとこも知らないようでした。
部屋にはその箪笥のほかには家具らしい家具はなありませんでした。
秋頃のことだったので、冷暖房は必要なかったですけど。
10時過ぎに布団に入って、いろいろお話をしました。学校のことやテレビ番組のこと。
いとこの家は同じ県内でしたがやや離れた市にあって、もちろん小学校は違ってました。
1時間以上お話をして、そろそろ寝ようかというときになって、
いとこは奇妙なことを言い出しました。
「この部屋に寝ると花嫁さんの夢を見るかもしれないよ」って。

どういうことか尋ねましたら、「今まで、2回だけここの部屋で寝たことがあって、
 その2回とも、花嫁さんを見た。傘をさして大勢の人と歩いているところ」
そのときは、花嫁道具の箪笥に何か関係があるのだろうか、
くらいしか思わなかったです。それと、
その家の子でない私は関係ないんじゃないかとも。まだ10才にならない頃でしたし、
私はあんまり結婚にあこがれは持ってなかったと思います。でも、夢を見たんです。
カンカン照りの田舎道でした。日差しが砂利道にくっきりと濃い影を落としてました。
その道を向こうから、一団が列になって近づいてきました。
私は・・・それを小高いところから見おろしていたんです。
自分の足元は見えませんし、自分の体がどうなっているかもわかりませんでしたが、
宙に浮いているような感覚がありました。

列の先頭に、白い着物を着た人がいて、歩きながら幟を振っていました。
白地に黒の字を書いたものです。字は習字の草書のようで、私には読めませんでした。
心が浮き立つような感じはまったくせず、むしろ不気味な感じを持ちました。
その後に、2列になって人が進んできましたが、どの人も黒の和服で、
地面に目を落として、ぼそぼそした様子で歩いているんです。
花嫁さんの姿をさがしたんですが、見つかりませんでした。
これってもしかして花嫁行列じゃないんじゃないか、そう感じました。
列の中盤に、大きな長方形の箱が何人もの人に担がれていました。
棺桶、という言葉をその当時知っていたかどうかおぼえてませんが、
これはお葬式・・・・ということはわかりましたし、
見ていてはいけないものだ、ともなんとなくわかったんです。

そしたら目の下の光景がぐにゃっとゆがんで、不意に目を開けました。
もう朝になっていて、日の光が障子にあたってました。
横を見るといとこはまだ眠ってました。
それから・・・あの箪笥のほうを見たら、一番下の引き出し、
寝る前に花嫁衣装を見せてもらったところです。そこが半分くらい開いてたんです。
自分で閉めたかどうかはよく覚えてませんでしたので、
これは、昨晩から開いていたのかもしれませんが。
そのうちにいとこが起き出してきて、「やっぱり花嫁さんの夢を見た」と言いました。
話を聞くと、私が見たのよりずっと華やかな感じで、
日傘をさした花嫁さんが、しずしずと歩いていたと言うんです。
「白いきれで顔がかくれて見えないのが残念だったな」いとこはそう言いました。

・・・これがいとことの思い出の最後になってしまいました。
というのは、まもなくして私の家といとこの家が絶縁状態になってしまったんです。
父方の祖父が亡くなりまして、その遺産相続で父とその弟、
つま私からみて叔父さんですが、仲違いをしてしまったんですね。
だから、それからは一切お互いの家を行き来することも、
家族同士で旅行することもなくなってしまったんです。その状態が10年以上続きました。
そして、今年になっていとこが結婚するという噂が伝わってきたんです。
どうやら確かな情報らしく、私の家では結婚式への出席をどうするかで揉めました。
父は頑固に、向こうから招待が来たら顔だけは出すがこっちから連絡するつもりはない、
と言いました。じつは私のほうも婚約が決まっていまして、
その招待も、頑固な父は自分から出すつもりはないようでした。

それで・・・結局、結婚式に出ることはなかったんです。
式の4日前に、いとこが電車に飛び込んだからです。
さすがにこれは他のこととは違い、私の家でも父と私が弔問に行きました。
そのときには、葬儀社が入ってさまざまな手はずが進んでいました。
遺体は、飛び込み自殺であったため、検視が終わるとすぐに火葬したらしく、
すでに遺骨となって祭壇に遺影とともに置かれていました。
私は父に言われて、手伝いのためにいとこの家に残ることになりました。
叔父さん夫妻も、始めて会ったいとこの婚約者の方も悄然としていました。
自殺の原因ですか?さあ、話題にはもちろんなりませんでしたし、
私も知りたいと思いませんでした。集まった人はみな、
「なぜ、どうして?信じられない」と口々に言ってましたよ。

その晩、私は2階の、あの「花嫁の間」に寝ることになりました。
それで小学生の頃、そこでいとこといっしょに寝たことを思い出したんです。
ずっと忘れていた記憶がよみがえったんですね。だから、最初のほうで話したことは、
実際とは違っているのかもしれません。
花嫁箪笥はそのままの状態でありました。不躾と思い、中は見ませんでした。
なんやかんやで部屋の布団に入ったのは夜中の1時過ぎでした。すぐに寝入りました。
夢を見ました。子どもの頃と同じ出だしでした。
きつい日射しの夏の田舎道、両脇には稲が青々と茂ってて・・・
向こうからやはり黒衣の一団が進んできましたが、今度は葬列ではないようでした。
列の前方に花嫁の姿が見えます。これから新郎の家に向かうのでしょうが、
明るい雰囲気はみじんもありませんでした。

ここから場所と時間が混乱しました。
いつのまにか私は小さい子どもに戻っていました。
ちょうどいとことこの部屋で寝た年頃だと思います。
そして私も、白のブラウスと黒いスカート姿で、
花嫁行列の後ろに並んで歩いていたんです。どれくらい時間がたったでしょうか。
前方に大きなお屋敷が見えてきました。
屋根のついた門が開いていて、その中にずらっと紋付きを着た人が並んでいるようでした。
花嫁は着物の裾をつまんで門の敷居を越えようとし、ぱたりと転んだのです。
そのときに、頭を覆っていた綿帽子が外れました。
いとこの顔だと思いました。・・・あれ以来会っていないので、
本当にそうかはわかりませんが、記憶にあった面差しによく似ていたんです。

花嫁は上半身を起こし後ろを見ました。険しい顔でした。
私と目があって・・・こう言ったと思います。
「かわいそうだと思うか。○○も同じだよ。同じ血筋だから」
そして白一色だったのが、たちまち真っ赤な塊に変わったんです。轢死体に。
私は絶叫しました。激しく布団から出していた両腕を振り回し、何かをひっかけました。
白無垢の花嫁衣装が、頭の上まで覆いかかっていたんです。
横に転がって布団から出ると、目の前に花嫁箪笥がありました。
下の引き出しがめいっぱいに引き出されていて、底板が見えました。
何か毛筆の字のようなものが、そこにはびっしりと書かれていたんです。







斑(はだら)神社(下)

2014.12.23 (Tue)
さっきの高架が見えてきたんですが、その上に何かがいました。
かなり大きな・・・牛くらいもあるものです。でも、高架自体はさっき話したように、
人2人がやっと並んで通れるくらいの幅しかないんです。
もしかしたら後足で立ち上がってるのかもしれないと思いましたが、
雨のせいでよく見えませんでした。
高架に近づいて、そのものが斑(まだら)になっているように見えました。
どう説明すればいいでしょうか。・・・パッチワークってありますよね。
違う柄の端切れを縫い合わせたやつ。あんな感じです。
近づくにつれ、それの表面に大きな凹凸があることもわかりました。
「あんな動物はいない」高架まで100mを切ったあたりで、それは跳躍して・・・
道路まで10m以上はあったと思うんですが、転びもせずパジェロの前方に立ったんです。

「オーン、オーン」車のウインドウは完全に閉まっているのに、
サイレンのような音が響きました。
そのままではぶつかるし、ブレーキも間に合いそうもない。
急ハンドルで追い越し車線に出たんですが、それも同じ方向に動き、
避けきれずにボンネットの角が接触しました。
茶色い液体が飛び散って、フロントガラスの助手席側にかかりました。
パジェロは路側帯を越え、急ブレーキにガードレールに横腹をこすってどうにか止まりました。
「ケガはないか?」わたしが聞くと、助手席で身をすくめていた部下がこっちを見て、
「なんとか大丈夫です」おびえた顔で答えました。
そのとき、パジェロの天井にドカンと大きな衝撃がありました。
それは車を乗り越えて前方に降り立ち、ぐにゃりとした動きでこちらを向いたんです。

大きさは雄牛で、真ん中に鹿の頭が立っていました。そして体の四方八方に、
猪、猿、貂?とかでしょうか、あとリスなどもっと小さい動物・・・
さまざまな種類の頭が生えてたんです。それで遠目に凸凹の斑に見えたんでしょう。
頭はどれもぐずぐずに腐って、毛皮が剥がれたり、肉汁で固まったりしていました。
しかも一つ一つの頭が生きてたんです。
どれも目だけは腐っておらず、きょろきょろと動いて・・・
それとね、雄鹿の頭の数十cm下に、
レリーフみたいに人間の赤ちゃんの顔が埋まってました。
赤ちゃんは目を閉じて眠っているようで、白い顔は腐敗しておらず、
真っ白で青い血管が浮き出てましたよ。
「・・・なんですか、これ」部下が泣きそうな声を出しました。

「知らんよ。車を出すぞ」エンストはしてなかったので、
ハンドルを切りながら、動いてくれと念じてアクセルを踏み込みました。
「バシャーン」泥の壁にあたったような衝撃があり、窓の外が血泥の色に染まりました。
その化け物が車の前を遮るように動いたんです。フロントガラスのちょうど中央に、
さっきの赤ちゃんの顔が張りついていたように思いました。
いや、一瞬のことだったので自信はないです。見たような気がしただけかも。
・・・それを言い出したら、この化け物自体がそうですよね。
とにかく突っ切ってその場を抜けました。ミラーを見る余裕なんてなかったです。
そあたりは田舎で、SAなんてないので、次のインターまで走って高速を降りました。
一般道に入って他の車を見たらほっとしましたよ。
手近のガソリンスタンドに入りました。

店員が顔をしかめましたよ。わたしたちも車外に降りてやっと気づいたんですが、
肉の腐った鼻の曲がるような臭いが車全体からしました。
パジェロの車体は、あれほど大きなものにあたったのにほとんど傷ついてなかったです。
グズグズに腐っていたからかもしれません。
店員から番号を聞いて、交通管理隊に連絡しました。
どう言えばいいか迷ったんですが、信じてもらえないだろうと考え、
高架のあたりで野生動物に接触したかもしれない、とだけ報告しました。
断られるかもしれないと思いましたが、店員に洗車を頼むとなんとかやってもらえました。
雨は少し小降りになっていました。スタンドの中に入って部下と話しました。
わたしと同じものを見ているようでした。部下も最後の最後、
赤ちゃんの顔がフロントガラスにあるのを見たと言ってましたよ。

しかも一瞬笑ってたって。わたしと同じです。
翌日の新聞には注目していましたが、
高速上で何かおかしなものが発見されたといった記事はありませんでした。
・・・あの建物は、県で依頼した業者によって解体されました。
特に事故などもなかったようです。高床の下の骨は警察で分析され、
数十体の動物の骨であることがわかりました。
かなり古いもので、しかも自然に白骨化したのではなく、
解体の傷、つまり人が刃物でバラした跡がついていることがわかりました。
ですから昔の猟師のやったことなのかもしれないんですが・・・
もうおわかりですよね。一揃いだけ、人間の乳児の骨が出てきたんです。

これは動物の骨よりはずっと新しく、
けどやはり刃物の傷が骨についていたんだそうです。
その後はわたしと部下にも特におかしなことは起きてないです。
パジェロの腐臭がまだとれないのは困っています。
ボンネットの中も汚れてるんでしょうし、
これは買い換えるしかないのかもしれません。
上司には部下としめし合わせて、何があったのかは話してませんしね。
ただ、2日前、同行していただいた神主さんから電話がかかってきたんです。
「あれはやっぱり神社だった。班(はだら)神というのを祀っていたらしい」
班神が何なのかは教えてもらえませんでした。
その代わりというか、大きな神社でのお祓いを勧められたんですよ。

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斑(はだら)神社(上)

2014.12.23 (Tue)
県の・・・ここ、秘密を厳守してくださいますでしょうか。ああ。そうですか。
わたしは県の民俗博物館に勤務しておりまして、教育委員会の職員なんです。
ですから、これから話すのは職務上知り得えた内容でして、
まずそこをなんとか理解していただきたいと思います。
ふた月前、10月の中旬ですね。季節外れの雷雨がありまして、
落雷で神社らしき建物が半焼したんです。
山の上から火の手が上がっていると近くの住民が通報したんですが、
とうてい消防の入れない山の奥でね。あたりに他の建物もなかったので、
燃えるにまかせるしかなかったようです。
大雨でしたので、建物の外側の火はすぐ消えたようですが、
内部は黒焦げになりました。で、消防の検証が終わって、
県のほうに、社殿を取り壊していいかどうかの問い合わせをしてきたんです。

あれこれ調べたんですが、どこにもその神社の記録がなかったんです。
ええ、神社ってのは、村外れにある小屋みたいなのでも登録があるし、
担当の神主がいて、定期的にお祀りを行ってるのが普通です。
新興宗教の建物は別ですけどね。
だから県内の主だった神社の社務所にも電話で聞いたんですが、
どこも知らないって回答で・・・
で、わたしが勤務している博物館のほうにお鉢が回ってきたんです。
まあ形だけですけども調査をして、文化的に貴重なものでなければ解体する予定でした。
いえ、私有地ということはありません。国有林内ですから。平日に、わたしと部下と、
それからそこの地域の神社の神職の方がつきあってくださるようお願いして、
3人で現地調査に行ったんです。場所は、高速道路の高架ってあるでしょ。
あの細いやつを渡った山の上にあるんです。山といっても100mもないですけど。

車で4時間かけてその地域に入り、町中で神主さんを拾って、その神社まで行きました。
もちろん歩きですよ。高速の反対側の集落から、
高架を渡ってくしか道はないんですから。それでね、不思議なのは、
高速道路の高架ってずいぶんお金の無駄遣いって言われてますよね。
住民の方が道路を横断する用がほんのちょっとでもあれば、
高架、陸橋をかけなくちゃなりません。
だから、誰かがその神社への通交を要望したんじゃないかと思うんですが、
そのあたりがよくわからなかったんです。
近くの住民の方は神社があることさえ知らなかったようでしたから。
午後2時頃でしたね。暗くなるのが早い季節なので、
2時間程度で済ませるなくてはなりません。つまり、見るだけってことです。

3人で人しか通れない高架を渡って、山に入りました。
ええ、道らしきものはありました。林の中の獣道程度のものでしたけど。
そこだけ生えている草丈が周りより低くなってて、でも人が通ってる様子もない。
10分もかからず社殿の前に出ましたよ。聞いていたとおりの大きさで、2間四方。
外面はあまり焼けてなかったので、用材の観察はできました。
かなり古いマツ材で、内部はボロボロに朽ちてましたね。
落雷がなくても、近いうちに倒壊する運命は免れなかったでしょう。
内部はかなり焼けていましたよ。畳もゴザもないむき出しの床、
祭具一つ見あたりませんでした。祭壇らしき棚が一つだけあって、
立派な鹿の角がひとそろい下に落ちていました。あったのはそれだけです。
それで、急いで簡単な測量をし、四方からと内部の写真を撮りました。

「ご神体らしきものもないし、これは造りだけ神社風に仕立ててあるだけで、
 別の用途に使われた小屋ではないでしょうか。鳥居もありませんし。
 千木があるのがちょっと信じられませんが。古文書をあたってみましたが、
 ここに神社があった記録はなかったです」神主さんが説明してくれました。
ここまで1時間半程度です。思ったより早く終わっりました。
神社から離れようとしたとき、神主さんが高床の社殿の下をのぞき込んで、
「ん、ん?」と言いました。わたしたちもかがんで見ると、
暗い奥のほうに何か棒のようなものが積まれてあるのがわかりました。
それが、ライトで照らすと、どうも骨のように見えたんです。
「ああ、厄介なことになるかも」こう考えながら部下を潜らせました。
蜘蛛の巣だらけになった部下が何本かを持ち出してきましたが、
やはり、全部白く乾いた骨だったんです。

それを見てひとまず安堵しましたよ。というのは人骨じゃなかったんです。
だてに博物館勤務はしていません。人骨なら一目でわかるつもりです。
でもそれらは、どう見ても動物の骨・・・鹿はわかりましたし、猪も。
昔に猟師が獲物の解体に使った小屋なんだろうと推測したんです。
なぜ屋根を神社風に仕立ててあるのかはわかりませんが。
ここらは昔から猟師の多いところで、
まだ地域には鉄砲を所持した年寄りも何人か残ってるんですよ。
ただ万が一のことがあるかもしれないので、警察に連絡する必要があるとは思いました。
いえ、わたしたちの仕事はこれで終わりです。骨は文化財ではありませんから。
今度こそ戻ろうとしたとき、大粒の雨が降ってきました。
予報は見てきましたが、この地域は20%だったので、雨具の準備はしてませんでした。

急に暗くなった中を小走りで林を抜け、高架を渡りました。
ここまででズブ濡れになってしまいましたが、
高速の外にある車までは、まだ10分以上かかるんです。
60過ぎの神主さんの息が切れてるようでしたので、あきらめて歩こうとしました。
そのとき、背後の山、さっき見てきた建物のある方角で「オーン」という音がしたんです。
うーん、そのときは生き物の声というより、一種のサイレンのように思えましたね。
何かはわかりませんでした。ほうほうの体で車までたどり着き、
車にあるだけのタオルで体を拭きました。いやいや、公用車なんてないですから。
車はわたしの古いパジェロで、シートが濡れるのは別にかまわなかったんですけど、
ぞくぞくと寒気がしました。ヒーターを全開にして車を出しました。
神主さんを家まで送り、いったん集落を出てインターから高速に上がるんです。

一つ奥のインターのほうが近いんで、そっから入ります。
後戻りするんですが、時間的にはそのほうが早いので。
つまりもう一回あの建物に続く高架の下を通ることなるんですが、
そのときは特に何も考えてませんでした。
雨はますます激しくなってきて、ワイパーを最強で動かしてもやっと前が見える、
という感じでした。でも、ヒーターが効いて体が温まってきました。
神主さんに礼を言って別れ、インターに入りました。
田舎の高速ですから、そろそろ退社の時間が近くなっても車通りはほとんどなかったです。
博物館のある市に着けば8過ぎ・・・まあ予定通りです。
勤務時間を超過した分、明日の午前は遅く出てもいい許可をもらってました。
雨が激しくて、スピードを抑えて走ってたんです。

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夢の活用

2014.12.23 (Tue)
自分の話もそうですが、一般的に怪談には「夢」が出てくることが多いです。
これについて少し考えてみたいと思います。

まず、見た夢をそのまま書く、あるいは多少修正・変形して書くというのは、
シュールレアリズムの手法としてはポピュラーですが、
さすがに「~というところで目が覚めた」で終わらなくても、
夢の内容を書いただけでは怪談としては成立しない気がしますね。
やはり現実に起こっていることと上手にリンクさせて書くのがよいと思われます。
夢が出てくる怪談としては、

①予知夢、つまり夢で見たことが現実に起きるということですが、
これは過去にあまりにも多くの例があって、使い古されている感じがします。
よほどひねりを加えて書かないと新味は出ないんじゃないでしょうか。
例えば、夢で見たのと同じことが実際に起きる。
主人公は「ああ、これは夢で見たとおりだ」と考えて、そのとおりに対処するが、
最後の最後で夢のとおりにならず、裏切られた形で終わるとか。
それと、未来予知であれば夢でなくてもいいわけですね。
明日発行の新聞をたまたま手に入れてしまったとか。

②夢で過去に遡る、このパターンも多いです。
子どもの頃、若い頃の夢をくり返し見て、
それが自分の記憶と微妙に違ってる気がする。
それで不安になって、アルバムを見返したり、昔の担任に話を聞きに行ったりする。
その過程で、じつは自分の過去の記憶は、
都合のいいように改変されたものであったことがわかる・・・
このパターンもかなりの作品を見ています。
自分の記憶が本当のものではなく、罪悪感などのために無意識に変えていた。
確かに怖い話の流れではありますが、
奇妙な味やホラー短編をたくさん読んでいる人には、
ああこのパターンかと悟られてしまいそうです。

③夢の中で危険な状態におかれていて、何かをするとと現実に影響を受ける。
これはどういうことかというと、2chにわかりやすい例があるのであげてみます。

『転んだら死んでしまう村』の夢を見たことがありますか?
 これは共通夢といって、誰でも一生のうちに一度はみる夢だそうです。
 ほとんどの人は夢を見てもその内容を忘れてしまうので、
 記憶に残ることは少ないですが、
 この夢に関しては、全国から数多くの共通の証言が上がってます。

 舞台は夕暮れ時の農村で、そこら中に青紫色に変色した死体が横たわっている。
 しばらくすると、着物を着た数人の少女が近寄って来て、
 「ここは転んだら死んでしまう村なんだよ」
 と説明があった後、少女の中の一人が死体につまづいて転んでしまう。
 少女は絶叫をあげながら、みるみる青紫色に変色していき、
 やがてピクリとも動かなくなる。

もし転んでしまったら、突然死して目覚めることはないということでしょうか。
確かこの類話で、ただ歩いているのではなく、
竹馬に乗ってるというバージョンもあったような気がします。
他には、「夢の試練」といわれる種類の話

眠りに落ち、気がつくとそこに老婆がいるというのだ。
 ただ、その状況というのがただ事ではない。その老婆は夢を見た人を追いかけている。
 追いかけられている人は、その老婆に捕まったら殺されてしまうので、
 必死で逃げるのだ。
 老婆から逃げていく途中、最初の角は右に曲がらなければならない。
 その次の角もまた右に曲がらなければならない。
 そうしなければ老婆に追い詰められて捕まってしまうからだ。
 さらにしばらく行くと、赤の扉と緑の扉がある。
 ここでは赤の扉を選ばなければならない・・・

 さて、この夢の話を聞いた人はそれから数日以内にこの話と同じ夢を見る。
 もちろん、その夢の中では今の話と同じように行動しなければならない。
 もしも道を間違えたならば、その時が老婆に捕まり殺される時である。


という具合に、間違えそうだったり覚えにくい指示がたくさんあって、
全部上手くやらないと不幸が起きてしまう、というパターンもあります。
たいがいの人は、もしその夢を見てしまっても、
複雑すぎてマニュアルどおりにできそうに思えないので、不安を感じるというわけです。
あと、夢の中でとてもおいしそうなケーキを勧められる。
だけど食べれば自分が死んでしまうこともなぜかわかっている。
だから我慢して食べないけれど、いつかこらえきれずに食べてしまうかもしれない・・・
なんてパターンもあります。(自分も似たのを書いてます)

④他人に入り込まれる、これは、生霊が何らかの力で自分の夢の中に出てくる、
つまり自分の夢を他者に支配されてしまうということです。
生霊でなく死霊でもいいわけですが、死霊なら夢より実際に出てきたほうが怖いせいか、
生霊パターンのほうが多いようです。
これを止めるためには、夢の中で解決する、あるいは現実の中で生霊の本体を攻撃する、
という2通りの方法があります。
生霊に祟られる→お祓いする だけでは話としてつまらないので、
バリエーションとして出てきたのかもしれません。

⑤先祖が夢に出てきて何かを告げる、これは怪談というより昔話に多いですね。
先祖が教えてくれるのは、宝の隠し場所だったり、
命を狙っている人物だったり、特定の日時の不幸な事故だったりします。
先祖は基本的に自分の味方なわけですから、
そういうパターンの話になるのでしょう。
これも、ひとひねりしないと使えないという感じがしますね。

⑥現実が夢に影響を与える、こう書くとわかりにくいですが、
夢を見て寝言を言っている人に話しかけると、
意味の通る答えが返ってきたりすることがあります。
また、寝ている人の顔の上でオレンジを切ったすると、オレンジを食べる夢を見る。
もしあなたの同居人が、あなたに自殺してもらいたいために、
あなたが寝てから耳元でずっと自殺の話をし続けていた・・・とか。
あるいは、毎日顔を舌で舐められる夢を見る。決まって夜中の2時頃に見るので、
その時刻に目覚ましをかけておいた。
やはり顔を舐められる夢を見ている最中、けたたましくベルが鳴った。
目を開けると、すーっと長い長い舌が天井板の隙間に引っ込んでいくのが見えた・・・







白銀

2014.12.21 (Sun)
先週のことです。金曜を年休取って、土日とかけてスキーに行きました。
2泊3日の今シーズンの滑り始めでした。いえ、一人で車で行ったんです。
片道4時間ほどもかかりましたが。
スキー用具を送って、電車で行くってのはあんまり好きじゃないんですよ。
それと、人といっしょに行くのもちょっと。
気を遣うし、初心者がいたりすれば自分のペースで滑れないじゃないですか。
どのみち、俺の職場にはスキーできるやつってあんまりいないんです。
所帯持ちの先輩は、行くにしても家族とだろうし。
宿泊はネットで探して、半ホテルの温泉宿にしたんです。
ペンションははっきり嫌いですね。やっぱオーナーに気を遣うし、
キッチンとかで手料理をふるまわれるとかも、俺は落ち着かないですね。

夜は自分の部屋で酒飲んで、好きなようにしたいじゃないですか。
出身が雪国なんです。スキーは子どもの頃からやってました。
小中とも学校の裏の山に専用のスキー場がありましたよ。ロープつかんで登るやつ。
1日目、宿に着いたのが2時過ぎでした。
で、部屋に荷物を置いて、さっそく滑りに行ったんです。
快晴で、雪質もよく、気持ちよかったですよ。
6時過ぎに滑り終えて、宿に戻りました。ナイターもあったんですが、自重したんです。
まだ1日半ありますから。筋肉痛で滑れないなんてことになったら、
何のために来たかわからないですし。
部屋に食事を運んでもらって、持ってきたウイスキーをちびちびやってね。
ベッドでテレビを見てるうちに寝てしまいました。

翌朝のことです。起きてすぐ窓のほうを見ました。天気が気になるじゃないですか。
そしたら、外に人がいたんです。「え!」と思いました。
部屋の外に廊下があって、そこに籐椅子とテーブル、
廊下に面した窓の外にバルコニーがあるんですが、
雪が積もってるから出ないように宿の人に言われてたんです。
バルコニーにはもちろん、その部屋からじゃないと行けない作りになってるんですよ。
小学生の女の子だと思いました、赤の地に太い白の線の入ったスキースーツを着た。
顔はわかりません、競技用のクラッシュヘルメットをかぶってましたから。
半身をこっちに向けて立ってるように見えたんですが・・・
近づいていくと誰もいなかったんですよ。いや、そのときは幽霊とか思いませんでした。
雪が朝の光でまぶしいくらい明るかったし。

だから・・・気の迷い、幻覚だと考えたんです。ウイスキーもけっこう飲んでましたから。
バルコニーには足跡どころか、人が立てば膝まで埋まるくらいの雪がありましたし。
でね、朝食を食べてすぐ、スキー場に出かけたんです。
宿からは歩いていけるほど近かったです。
パスを買ってましたので、午前中はゴンドラで何本も滑り、ヒュッテで食事をしました。
ええ、ビールも飲みましたが、1杯だけですよ。
で、午後からは上級者コースに行ったんです。リフトでしか行けない高いほうです。
そこは斜面が急なので初心者はいないし、ジャマなスノボもいません。
3本ほど滑って、またリフトに乗ったとき・・・もう上に着くというあたりで、
下を赤いスーツの女の子が滑っていくのが見えたんです。

朝と同じスキースーツで、同じ子だと思いました。
でも、下はまばらな林とリフトの支柱が立ち並んだ、圧雪されてない斜面です。
滑走禁止区域だし、ありえないと思いました。もう一度確認しようとしたら、
女の子の姿はありませんでした。
それと、滑っていたならついているはずのシュプールも見えなかったです。
このときに急に怖くなったんです。・・・女の子の赤いスーツですね。
それが記憶にひっかっかってるっていうか。でも、考えてみてもわかりませんでした。
もう上で滑るのはやめて、人のたくさんいるコースにずっといましたよ。
やっぱり怖いので、この日もナイターはやめちゃったんです。
で、宿に戻って、思い切ってロビーで話したんです。スキー場でのことじゃなく、
朝、部屋のバルコニーに女の子がいたと思ったことをです。

そしたら、係員は変な顔をしてましたが、「ちょっと待ってください」と、
奥に引っ込んでいきました。代わって、60過ぎくらいの白髪の紳士が出てきたんです。
そこの温泉ホテルのオーナーということでした。女の子の服装のことを聞かれたんで、
「赤に白い線」と答えたら、「ああ」とため息のような声を出し、
ホテルの裏手にあるオーナーの住居に案内されました。
そこの一室に案内され、中にはたくさんのトロフィー類が整然と並べられていました。
壁には新聞の切り抜きを額に入れたもの。
子供用の机の上に写真立てがあり、女の子の古い写真が飾られてありました。
その中に、あの赤いスキースーツでコースを滑っているのもあったんですよ。
オーナーの話で、それが娘さんであることがわかりました。小さい頃からスキーを仕込んで、
トロフィー類はその子がいろんな大会で取ったものだったんです。

その子は関係者から将来を嘱望されていたんですが、夜間の練習中にコースを外れ、
停まっていた雪上車に衝突して、3ヶ月入院した後に亡くなったということでした。
「未練がましいと思うでしょうけど、娘の思い出のものをこの部屋にまとめてあります。
 あれから10年近くたつが、あなたが見たのは娘じゃないかと思う。
 でも、なぜ姿を見せたのかわからない」オーナーはこう言ったんですが、
俺には心あたりがなくもなかったんです。額に飾られている新聞の切り抜きの中に、
東北の有名スキー場の大会で5年生の女子の部でその子が優勝した記事があったんですが、
同じとき男子の部で優勝したのが俺だったんですよ。
おそらくその大会の表彰式で、姿を見ているんだと思います。
だから、赤いスキースーツが記憶の底にひっかかっていたんじゃないかと。
オーナーはずっとその土地に住んでいて、
その子が亡くなったのは一つ隣のスキー場ということでした。

でね、3日目。午前中滑ってから帰るつもりだったんですが、
予定を変更して、その子が亡くなったというスキー場に行ってみたんです。
そこは町営でロープとリフトしかなく、コースも短かったんですが、
かなりの急斜面でした。日曜なのに一般客はほとんどなく、
そのかわり小中生が来て練習していました。おそらくこれから大会が続くんでしょう。
頂上までリフトに乗り、4本滑りましたが特に何事もなかったんです。
帰る時間が近づいてきたんで、最後にと思い、子どもらがいなくなっていたので、
役員らしき方にお願いして、彼らが練習していた大回転のコースを滑らせてもらったんです。
ポールを通るのは久しぶりで、もうぜんぜんなまっているのがすぐにわかりました。
もしタイムを計ったら、小学生の時より何秒も遅かったかもしれませんね。
あまりに体が思うように動かず悔しかったんで、もう一本滑りました。

1回目よりはだいぶマシでしたよ。リズムに乗って滑れていたと思います。
時間にすれば2分もかからなかったでしょうが、
その間に子どもの頃のことをたくさん思い出しました。
あと最後の旗門を通ってゴールするだけ、というところで、
曇り空の雲のすき間から太陽が顔を出し、あたりをまぶしく照らしました。
斜面が銀白色に輝いて・・・もちろんゴーグルはしてましたが、
一瞬目が眩んで足がもつれ、転倒してしまいました。
いや、ずっとカッコつけて滑ってましたんで、転ぶ感覚も懐かしかったです。
そのまま背中で滑っていると、ふっと横を、小さな赤いスキースーツが
追い抜いていき、両腕を開いてゴールの旗門を通過し、消えたんです。
いえ、もう怖くはなかったです。・・・彼女はずっと競技の中にいるんでしょうね。
それが幸せなのかどうかはわかりませんが・・・まあこんな話ですよ。






赤い

2014.12.21 (Sun)
4日前・・・火曜の午後から始まったんだと思います。
わたしはある中学校の2年生で、5校時の数学の時間のことでした。
給食後だったせいと、もう少しで冬休みという気のゆるみもあったんだと思います。
つい、うとうとと眠くなってきました。しばらくは我慢していたんですが、
先生の話し声がだんだんに遠くなって・・・
「チイチイチイチイチイチイ」小鳥が鳴くような音がして、
はっとわれに返りました。目を開けた途端、赤かったんです。
何がって・・・教室の中、周囲のものすべてがです。
はい、できるだけよくわかるように説明したいと思います。
まず、机の上にノートと教科書を広げてたんですが、それがまず赤い。
赤い色がついている、というより、教室の蛍光灯が赤に変わったという感じです。

だからそんなに強烈な赤さじゃないんです。
教科書に書いてある数式も読み取れました。筆入れも、机の上も、床も赤くて、
だからやっぱり、赤いライトの中にいるみたい、
という説明が一番しっくりくるんじゃないかと思います。
それと、体が動かなかったんです。首や指先だけじゃなく、体全体がマヒしたみたいに。
つまり机の上でこっくりこっくり居眠りをして、その姿勢から目を開けた状態で、
固まってしまってたんです。驚きましたが、そのうちに、
動いてないのはわたしだけじゃないってことがわかりました。
数学の先生は、ちょうど教卓から教師用の大きなコンパスを、
取り上げようとしてるところで、ややかがみ気味で視界の中にありましたが、
その姿勢のまま何十秒も動いてないことに気がつきいました。

それだけじゃなく、見える範囲にいる生徒の後ろ姿も、
わたしや先生と同じようにまったく動いてなかったんです。
まるで時が止まったみたいに。
もちろん動こうとしてみたんですが、どうやってもダメでした。
音・・・そうです。「チイチイ」という音はずっと聞こえてました。
そのまま何分たったでしょうか。体の横に動くものが目に入りました。
そのものはわたしの横の机の間を歩いて、前に出てきました。
ブレザーの女子の後ろ姿に見えるものが変わりました。
それが、体のスタイルや後ろ髪の長さなんかが、自分じゃないかって気がしたんです。
机で固まっているわたしの他に、もう一人の私がいて、
真っ赤な教室の中を前に向かって歩いていってる・・・そう思いました。

やがてもう一人のわたしは、教卓の前まできて、くるりとこちらを向き、
そしたらかろうじて見えた顔の下半分は、やっぱりわたしだったっんです。
どんな表情をしていたかはわかりません。振り向いたときに、
「チイチイ」という音が一段と高くなりました。
それで、その音が右側の外へ面する窓のほうから聞こえてくるのがわかりました。
ええ、2年生の教室はすべて1階にあるので、
外は地面で、窓のすぐ前は花壇になっていました。そっちから聞こえていたんです。
でも首が曲がらないので、見ることができない。
そうしてるうちにもう一人のわたしは、固まっている先生の前を通って、
教室の廊下側に並ぶ机の間に入っていって、視界から消えてしまいました。
・・・どれほど時間がたったでしょうか。

私の感じだと10分から20分くらいだと思いますが、
「いえええっ」といおかしな叫び声が聞こえて、それで体が動くようになりました。
同時に、赤い色も「チイチイ」という音も消えたんです。
叫び声のしたほうを見ました。女子の一人が体を半分イスからずらして、
床に落ちそうになってました。「どうした」先生が大声を出して近づいていきましたが、
その子は床に落ちて、うつぶせでジタバタもがき始めたんです。
まわりがざわざわして、先生がその子の肩を抱えて立たせ、
「保健室に連れていくから少し自習してろ!」そう言って応援を呼びに出ていきました。
時計を見ました。5校時目開始の時刻から20分くらい・・・
居眠りしてしまったときは、まだ授業は始まったばかりだった気がします。
ああ、音がしてた窓の外には何もありませんでした。

雪が降ったばかりで花壇の上にも積もってました。後で見てみたんですが、
足跡のようなのもなかったです。
先生がいないので、みんなは勝手な話を始め、わたしは近くの友だちに、
「今、体が動かなかったなんてことなかった?」と聞いてみました。
でも、誰もが首を振るだけでした。やがて数学の先生が戻ってきて、
「急に具合が悪くなったが、たいしたことはないみたいだ。保健室で休んでるよ」
って説明しました。授業は再開され、
それからはおかしなことは起こらなかったんです。
休み時間になって、その子が自分で教室にバッグを取りに戻ってきたので、
実際たいしたことはなかったみたいでしたが、早退するようでした。
「急に息が苦しくなって・・・今はなんともないけど」その子が話してる声が聞こえました。

そして昨日の放課後のことです。時間は6時過ぎくらいでした。
わたしは吹奏楽部でトロンボーンをやっていて、
1つの教室に同じ楽器の生徒数人が入って、パート練習をしていたんです。
コンクールに出るのは3年生で、
わたしはそのとき2人の1年生を相手にして教えていたんです。
吹奏楽部って、どこもそんな感じですよ。
楽器が多いから先生が全部教えるのは不可能で、
同じ楽器の先輩が後輩を指導するシステムになってるんです。
2人ともあまり上手ではなく、わたしはいつもイライラした気持ちになってました。
それでも一人は素直でしたが、もう一人のほうは生意気な感じで、
タメ口を聞いたりしたことがあったので、よくないとは思ってましたが、
つらくあたってたんです。私が素直なほうの子の前にいて、
フレーズを吹かせていたときです。

また目の前・・・教室の見えるところが真っ赤になりました。体も動きません。
「ああ、また始まった」と思いました。「チイチイチイイ」という音も聞こえてきました。
確かに窓の外です。ただ、前の時とは違って暗くなっていたので、
窓には全面にカーテンがかかってたんです。
目の前で、後輩の子が楽器を上に向けたまま固まっていました。
その横のもう一人の1年生も。ふっと、体の脇で腕が揺れました。
横目で見ると、わたしがいました。今度は確かに見たんです。間違いなく自分でした。
もう一人のわたしは、無表情のまま両腕を伸ばし、
生意気なほうの後輩の首にかけました。
そのままぐいぐいと絞めて・・・「ううああ」後輩が膝から床に崩れ落ちました。

何ともいえない奇妙な感じがしました。だって、首を絞めてるのが自分なんですから。
後輩が床で動かなくなると、もう一人のわたしは、
すたすた窓のほうへ近づいていきました。
そして赤く染まったカーテンの前で立ち止まると、後ろを振り向き、
わたしのほうを見てにやっと笑って、
また元のほうを向いて一気にカーテンを引き開けたんです。
・・・ずらっとおかしなものが並んでいるのが見えました。どう説明すればいいか・・・
一つ一つが人間と同じほど大きさの血管だったと思います。
いえ、もちろん血管なんてじかには見たことがないですが、
直感的にそうわかったんです。直径30cm以上ある太い管、
土管のようじゃなく、弾力がある感じで、ずらっと横に並んでたんです。

血管はどれも人の頭の高さくらいのところで切れていて、ゆっくりとうねりながら、
噴水みたいに血を噴き出していたんです。「チイチイチイ」という音を出して。
・・・もう一人のわたしはあごで、わたしに、
「今の見たよね」と確認するような仕草をしてから、ふっと消えてしまったんです。
体が動くようになりました。一人の後輩の子は、揺すると気がつきましたので、
保健室の先生はもう帰ってたので、
もう一人の子といっしょに職員室に連れていきました。
「トロンボーンを吹いてたら、急に息苦しくなって倒れてしまった」こう言うだけで、
わたしに首を絞められたなんて言葉は出てきませんでした。
「迷惑をかけてすみません」って泣いてました。
それでわたしも、「ふだんからつらくあたって悪いことをしたかなあ」って思ったんです。

じつは教室でイスから落ちた子も、わたしとは仲が悪くて、
ちょうどグループ同士で悪口を言い合ってた子だったんですよ。
後輩は親が迎えにきて帰ることになり、
わたしは教室に戻ってカーテンを開けてみました。
雪が10cmほど積もってるだけで、足跡も、
あれほど大量に吹き出していたように見えた血も、どこにも見あたりませんでした。
これ、どういうことなんでしょうか。全部わたしが見た幻覚だったんですか?
心の中で「イヤだ、嫌いだ」と思ってた子たちの首を絞めるマボロシを自分で作って・・・
え、そうじゃないんですか? すぐ病院に行っほうがいい?
どうしてですか? 脳のCT検査?! どうして?
わたしの命にかかわる・・・・







時の糸

2014.12.20 (Sat)
子供時分の話だよ。中1から中2にかけての頃だったな。
よく裏山で遊んでたんだ。山ってほどの高さじゃないか。
20mほど盛り上がった岡に木が生えてるようなとこで、
上ると木に囲まれて人目を避けることができたんで、あまりよくない遊びをしたっけ。
ところで、ケサランパサランってのを知ってるか?
家で少し調べてきたんだが、辞典に載ってるのは白いタンポポの綿毛みたいなので、
ふわふわ空中を飛んであるくとあった。
それから、箱に入れて空気穴を開け、白粉を少量与えてやると飼うことができ、
他人に知られないように飼っていれば、その家は金持ちになるとかも書いてたな。
俺の住んでた場所でも、このケサランパサランという名のものはあって、
辞典の内容とだいたい似ているが、少しだけ違うのが綿毛というより、
細い糸みたいなものだったことだ。

そうだなあ、蜘蛛の巣の糸、あれよりは少しだけ太いくらいで、色は白だけど、
指にからめてよく見ると、透明だったな。長いやつで40cmくらい。
いや、蜘蛛が糸で空を飛ぶとかは知らないが、
糸だけで蜘蛛がついてるのは見たことない。
で、これが飛ぶのが秋から冬にかけての頃だった。
さっき話した裏山の草が枯れ始めた頃から出てくる。
時間帯は夕暮れが多かったと思うが、
これは俺が放課後にそこへ行くことが多かったからかもしれない。
ああ、一度だけ指に巻きつけたまま家に戻って婆さんに見せたことがあって、
そのときにケサランパサランという名前を教えられたんだ。
俺だけじゃなく、多くの子どもが見てるんだから、本当にあったもんなんだよ。

でな、中1の冬だったはず。ちょっと恥ずかしい話だが、
友だちからエロ本をもらって、裏山に隠しに行ったんだよ。
裏山の林の中には、腐りかけた木のベンチが2つあって、
その横に鉄製の四角いゴミ箱があったんだ。上が吸殻入れになってるやつ。
市とかが設置したんだろうが、ゴミの回収や清掃をされてる様子はなかったな。
だからこれ幸いと、中のゴミを斜面の薮に捨てて、
中にエロ本を隠してたんだ。今みたいにネットなんてなかった頃だよ。
もらったやつの他に、自分で自動販売機から買ったやつ、
ゴミ捨て場から持ってきたやつとか、10冊ちかくあったんじゃないかな。
あ、そこの地方は雪はほとんど降らないんだよ。積もることなんて絶対ない。
ゴミ箱は頑丈で重かったけど、そん中に入れてると雨もあたらないんだ。

でね、隠しおえて降りようとしたとき、ケサランパサランが飛んできたんだ。
前にも見たことは何度もあったが、そんときはすごい量で、
横から吹きつけるように、白い糸が何本も何本も飛んできたんだ。
いつもはふわーっとしてるんだが、そんときは矢のような速さで、
俺のヤッケを着た体に何本もあたった。
怖いとは感じなかったね、むしろどっから飛んでくるか確かめたいと思った。
それで糸の来る方向に走っていくと、
平地から斜面になるぎりぎりのとこの土が3mほど下に落ち込んでて、
そっからケサランパサランが吹き上がってたんだよ。
膝をついて下を覗き込んでみた。そしたらくぼんだ地面に、
直径20cmくらいの丸い穴が開いてて、中から糸をはき出してたんだ。

でね、そこに降りてみようとしたんだよ。いったん反対側を向いて足から。
そしたらふり返ったところに女の人がいたんだ。
黄色がかった白の、見たこともない着物を着た人で髪が長かった。
若かったよ。子どもの目で見てのことだけど、
当時の印象としては10代後半から20代始めくらい。すごくきれいな人だった。
その人がすぐ目の前にいたんだよ。人の気配なんてぜんぜんしなかったのに。
女の人は赤い唇を開いて何か言った。
それが奇妙な、お経のような言葉で、ここでくり返すことはできない。
だけどどういうわけか意味はわかったんだ。
「あそこの穴の中には怖ろしい蜘蛛がいる。外に出ていきたいんだけどできないから、
 ああやって糸を飛ばして人を誘ってる。早くうちへ帰りなさい」

こんな内容だったんだ。それでなくても、ヤバイ目的で来てるんだし、
若くても中学生から見れば大人の女の人だから、
降りるのはやめて帰ろうとしたんだよ。女の人は俺が戻ろうとするのを見て、
にっこりと笑って、自分がそこのくぼみに飛び下りたんだ。
突然のことに「えっ!」と驚いた。
でね、下を覗き込むと、そこに女の人の姿はなかった。
ケサランパサランが吹き出るのも止まってて、
穴に黒いものが引っ込んでいったように見えた。
うーん、毛むくじゃらの犬のしっぽ・・・大きさはそのくらいだけど、
何に例えたらいいか、煙突掃除のブラシみたいな感じとでも言えば近いかなあ。
女の人の姿が消えたのと、その気味悪い黒いもんを見たせいで急に怖くなってね。
走って家に帰ったんだよ。

それから1週間ほどたって、その間裏山には行ってなかったんだ。
夕方から冬の嵐になってね。雪は降らないかわりに風が強くて家がガタガタ鳴った。
屋根が飛ばされるんじゃないかって親が心配してたくらいだ。
でね、停電したときのために昔使ってた薪ストーブとろうそくとかを居間に用意して、
俺は自分の部屋にいたんだよ。そろそろ寝ようかと思ってた夜の10時過ぎ頃、
パッと部屋の電気が消えた。「停電だ」と思ってカーテンを開けて窓の外を見ようとした。
ほら、停電って、町のブロックごとに消えたりすることが多いだろ。
だから他の家がどうなってるか見ようとしたんだ。
そしたら屋根の上に大きな蜘蛛が伏せてたんだ。
大きさは胴体だけで1mはあった。それに毛が生えた手足は2mもあったんじゃないか。
その顔がすぐ窓の外にあって、にぶく光る目がたくさん見えたんだ。
外の街灯はついてて、その光で見えたんだと思う。

「うわー」って叫んで下に駆け降りた。
親はまだ起きてて、ロウソクをつけたとこだった。
「蜘蛛だよ、でかい蜘蛛が屋根の上にいる!」って父親に言ったが、
「蜘蛛がどした」って馬鹿にしたような声が返ってきた。ただの蜘蛛だと思ったんだろう。
まあ今から考えれば無理のない話だけどな。
だから「3mもある蜘蛛が屋根の上にいる」って叫んだ。
そんとき電気がついたんだ。父親はますます馬鹿にした顔をして、
「そんなのいるわけがないだろう」って感じだったから、
手を引っぱって俺の部屋まで連れていった。2階も電気がついててね。
カーテンが開けたままの窓の外、屋根の上には何もいなかったんだよ。
けどな、窓のガラス一面に白い糸がびっしり張りついてた。ケサランパサランだよ。

「うわ、なんだこれ」父親がそう言って、窓を少しだけ開けて、
絡みついた糸を手でつかんで部屋の中に入れた。そしたら、カツンと乾いた音がして、
床に何か落ちたんだよ。ケサランパサランがまとわりついた、2cmらいの青い筒だった。
ストローを輪切りにしたような感じだったが、滑らかで固かった。
・・・後で学校に持ってって、社会の先生に聞いたんだよ。
そしたら、「管玉」ってものだろうって言われた。
古代ガラスでできた首飾りの一部じゃないかって。
それで、その夜は怖かったんで下で親といっしょに寝ることにしたが、
夜中の2時過ぎかな。外で「ズザーン」って大音響がしたんだよ。
あのあらしの中でも近所中に響くほどの音。
雨も激しかったんで、外に見にいったりはしなかった。

翌日になってわかったことだが、裏山が崩れてたんだよ。
雨で地盤が緩んだらしい。でね、崩れたところの内部が古墳の石室になってたんだ。
大学から調査の人が来て、いろんなことがわかった。
石棺の蓋が割れてたが、中に人骨が残ってて、これは時間がかかったが、
葬られてたのは若い女性だろうってことだった。
俺の部屋に落ちた管玉、あれと同じもんが棺の中に大量に入ってたんだ。
石室は古墳時代、だいたい6世紀くらいじゃないかって話だったな。
遺跡は保存されることになって、棺も人骨も県の博物館に運ばれた。
今もそこにあるはずだよ。それ以来ケサランパサランは飛ばなくなったし、
巨大蜘蛛も見ていない。え? 隠してたエロ本はどうなったかって?
なんだよあんたら、それから見にいってねえよ。






雪 3題

2014.12.18 (Thu)
ふくれる

小学生のときですね。朝、両親とも仕事の始まりが早かったんで、
家が空になる前に自分も学校に出されることが多かったんです。
だから7時過ぎてすぐのあたりには、もう通学路を歩いてることがほとんどでした。
ああ、学校は開いてます。校務員さんが早く来てて、除雪をしたり、
各教室のストーブをつけてくれてたんです。
でね、雪の朝、道を歩いていると年寄りが雪かきをしてることが多いんです。
ほら、除雪のブルドーザーが早朝に通りますでしょ。
あれに寄せられた雪が、門の前に壁になってるんです。
それを雪かきするのが、隠居してる年寄りって家が多かったってことですね。
ある朝、その日はきれいなふわふわの新雪がかなりつもっていまして。
大きな木の門のある家の前で、ジイサンが雪かきしてました。

何げなくそれを見ながら通り過ぎようとしたら、
急に塀の前の側溝の上に積もった雪がふくらんだんですよ。
えー、金網でモチを焼くとプーッってふくらむでしょ。ちょうどあんな感じです。
でもありえないですよね。雪なんだから餅と違って粘り気なんてないし。
そうですね、人の頭より二まわりくらい大きくなって、
根元がすぼまってたんで、巨大キノコが生えてるようにも見えましたね。
あっけにとられて立ち止まりました。
そしたらジイサンも気づいたみたいで、「チッ」と舌打ちしながら、
シャベルを持ったままそこへ近づいて、少しためらってましたが、
刃先を、そのふくらみに直角にうち下ろしたんです。
「ふしゅしゅー」みたいな音がしたと思います。

表面の雪が粉になって飛び散りましたから、下から気体が噴き出したのかも。
うーん、それは側溝内にガスが溜まるなんてことはあるかもしれませんが、
でも雪がモチみたいになるというのはちょっと。
ふくらんでた雪はボロボロと崩れて、そこに小山を作りました。
でね、そこを通るときに、長靴の足で踏んで雪を平らにならしてたジイサンに、
「今のなに?」って聞いてみたんです。そしたら、
「ああ、ボウズ。さっきのはごくごくたまに出てくるたちのよくねえもんで、
 ただのイタズラならいいけど、そうじゃねえかもしれねんだ。
 俺のオヤジが死んだときも似たようなことがあったらしい」
こう言って、雪かきを半分以上残したまま、そそくさ門の中に入ってってしまったんです。
でね、2日後、そこの門には「忌中」の札が出てたんですよ。

雪玉

小学校のときのこと。今もそうだろうが、
昔も学校の行き帰りに雪玉を投げるのは禁止だったんだ。
でもよ、今のガキと違って昔はそんなの守るやつなんていなかった。
それどころか、雪玉を素手で何分もギチギチに握りしめて、
そうすると体温で雪が溶けてきてしまるんだよな。最終的には石みたく固くなる。
石玉って言ったけど、そういうのを作っておいて、気に入らないやつや下級生が通りがけに、
顔めがけて思いっきり叩きつけるなんてことをよくしていた。
まあね、雪だから青あざとかにはならないけど、
やられたやつはまず泣くよ。そうすれば、さらに雪玉をぶつけられて、
逃げて帰ってく。・・・でもよ、これって握って作るほうも、
素手だからしもやけになるんだよな。

さすがに雪玉の中にホンモノの石を詰め込むのは、
子どもの世界でも禁じ手になってたな。
その日、数人グループ同士で、雪投げしながら帰ってたんだよ。
みなたいがいフードつきの防寒着着てるから、そのフードを被った頭をねらって雪を投げる。
昔は、下校時刻のあたりは車も少なかったしね。でね、その道沿いに神社があったんだ。
鳥居から参道が短くて、すぐ社殿になる小さなところ。
その前を雪投げしながら走って通り過ぎようとしたら、
相手のリーダー格のやつが投げた雪が鳥居の中に入っちゃったんだよ。
でも、別にそんときは悪いこととも思わなかったけどな。
したら、確かに鳥居の中からだったと思うんだけどね。
すごい勢いで大きめの雪玉が返ってきて、相手のリーダーの頭を直撃した。

でね、そいつは見事にひっくり返ったんだよ。
泣きはしなかった。むしろぽかんとしたような感じでね。
痛くはなく、ただ衝撃だけがあったんだろうと思う。
そいつの目の前に雪玉が落ちてたんだが、半分くらいに割れてて、
中から何か黒っぽいものがのぞいて見えた。そいつが手をのばして、雪をほろってから、
「スゲエ、昔の銭だ!」って叫んだ。でね、俺らも寄っていくと、
そいつがグループのやつらに見せてたのは、確かに昔の○銭っていう硬貨だったんだ。
中に詰まってたんだな。いろんな種類があったと思うが、
そいつが「お前らにはやらねえ」って言ったから、帰ったんだよ。
振り向いてみると、グループのやつらで古銭をわけてるようだった。
でね、そいつらは全員、翌日からみな休んだんだ。ひどい風邪から肺炎になって。
死んだやつとかはいなかったよ。

ケーキ

小学生のとき。ある年のクリスマスイブですね。
その日は早く帰ってきて、弟と家にいたんですよ。そしたら玄関のチャイムが鳴って、
「宅急便です」っていうインターホンの声が聞こえてきたんです。
ゲームをしてたんですが、中断して弟と走っていってドアを開けたら、
制服の若い人が箱を持って立ってたんです。
「○○さんですよね」と聞いたんで、弟が「そうです」と答えました。
そしたら「宅急便です。家の人はいないの?」と聞いたんで、
「今出てます」と答えました。そしたら「じゃ、君たちのサインでもいいからここに」
僕がサインをして包みを受け取ったんですよ。
「何だろな?」と弟が言って、僕はケーキじゃないかと思ったんです。
クリスマスだし、重さや大きさがそんな感じでしたから。

で、しばらくして母親が帰ってきたんで、宅急便が来たことを言うと、
箱の送り主のところを見て「変ね、佐藤としか書いてない」って言ったんです。
そのうちに父親も帰ってきて、母がケーキのことを話して、
開けて見たんですよ。表紙の下はクリスマスらしい色の包装紙で、
箱を開けるとやっぱりケーキだったんです。
それもね、白い生クリームじゃなくて、赤とピンクの地にイチゴがたくさんのったやつ。
ジャムのコーティングとかだと思ったんですが、よだれが出るほどおいしそうで・・・
「送り先は佐藤ってしか書いてなくて、住所もないし」母が父に説明して、
「佐藤ったてなあ、知り合いにはいっぱいいるし。
 ただケーキを贈ってくるような人は心あたりないなあ。
 仕事の取引先ならちゃんと送り状とか入ってるはずだし」父が答えました。

「親戚には佐藤って名字の人はいないし、
 わたしの友だちもケーキ贈ってくるような人は・・・」母もそう言って、
クリスマス用のケーキは家でも用意してたんで、何となく気味が悪いし、
それは電話とかがくるかもしれないからって、食べないで冷蔵庫に入れてたんです。
その夜ですね。クリスマスイブだから、サンタさんがくる夜。
いや、信じてませんでしたし、プレゼントも両親からふつうに手渡しでもらってました。
夜中にお腹が空いて目が覚めたんですよ。二段ベッドの下で寝てたんですが、
ガマンできない。冷蔵庫に鳥のモモの残りとかあるのはわかってましたし、あのケーキも。
夜中に冷蔵庫からものをとって食べると、見つかれば怒られるんですが、
その日はどうにもガマンできず、ふらふら下に降りてったんですよ。
そしたら、階段の途中に窓があるんですが、そこに顔が浮き出てたんです。

白いお面みたいな顔で、ガラスから半分くらいこっちに浸みだしてたんですよ。
僕に向かって、これも白一色の目を動かしたように見えました。
で、「サインしたのはお前か?ケーキ食べるんだよな。ケーキ食べろよ」
こう言ったと思いました。うーん、いや、そういう意味のことが頭に入ってきたっていうか。
怖くなって部屋に逃げ帰りました。そのまま布団をかぶってたら、お腹が空いたのも忘れて、
いつの間にか寝ちゃったんです。まあね、夢かもしれません。
そう思うのが一番合理的なのかもしれませんが・・・
翌日は休みで、朝になって下に降りるとき階段の窓の外を見たら、
屋根に積もった雪の上に点々と跡がついてたんです。足跡じゃないです。
直径5cmくらいの丸い棒で押したような跡でした。新雪は降らなかったんで残ってたんです。
あとケーキは、冷蔵庫の中でぐしゃぐしゃに溶けて、赤い水の中にイチゴが浮いてる状態で。
結局、誰が送ったかわからず、捨てられちゃいました。

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雑談(ネタ)

2014.12.17 (Wed)
今日はある所の忘年会があって今帰ってきましたので、また短くお茶を濁します。
自分はこのブログでは、
できるかぎり怖い話(創作怪談)を書くようにしてますが、
知り合いで見ている人からは「よくネタが続くね」と言われることが多いです。
そういうときは「まあそれは、オカルティストですから」
と答えるようにしてます。
話数が360話を越えて、最近でもそうネタに困るということはありません。
むしろブログを始めて半年目くらいのときが一番つらかったですね。
今はPCの前に座って「怪談モード」になれば、
わりとすらすら書けるようになってきました。
一話30分ほどの殴り書きで、誤字脱字が多くて申しわけないですが。

これはあるきっかけがあったからで、ネタがないときに、
「自分の中からネタを探している」のがよくないんじゃないか、と思ったんです。
逆に「ネタは自分の外にある」と思うようにしました。
それを探してくるのが怪談を書く作業というわけです。
例えば今、自分の仕事机の上には裁縫箱があります。
これは忘年会に出かける前に、
コートのボタンがとれそうなのを見つけてつけ直したからですが、
「じゃあ今日は、針、裁縫、糸なんかにまつわる怪談を書いてみよう」
こういうふうに自分に自分でお題を与えるわけです。
そうすれば「針・・・針供養・・・戦時中の千人針・・・鶴の恩返し・・・女工哀史
 ・・・オカイコさん・・・おしらさま・・・古着・・・小袖の手・・・」
(「小袖の手」は妖怪)
というふうに連想が広がっていき、話のタネが見つかりやすくなります。
その中に話の手がかりらしきものがあったら、
あとはとにかく書き始めてしまい、書き進めながら続きを考えることが多いです。

こう書くと、やはりそれは自分の中からネタを見つけてるんだろう、
と思われるかもしれません。
上で書いたこととは違ってきますが、
「外から刺激を受けて自分の中からネタを引き出す」という感じかもしれませんね。
これをやるようになってから、前よりスムーズに書けている気がします。
ただ自分の場合は、いったんあるネタで書き始めてしまうと、
途中で変えることはできないので、「ああこれはダメだ、駄作になる」と思っても、
更新なしよりはいいかと思って、最後まで書いて投稿してしまいます。
前にネットの掲示板に書いていたときは、月に3つとか4つといったペースでしたので、
けっこう厳選された話ができてたんですが、
今はそうとは言えないでしょうね。
そういう事情ですので、駄作を読まれた方には申しわけないのですが、
生温かい目で見ていてほしいなあと思います。

*ちなみに今日貼った『I saw Mommy kissing Santa Claus』の曲は、
 幼い日のマイケルの声も美しいですが、曲がよく書けてますね。











幽霊はなぜ怖いか

2014.12.16 (Tue)
えーなぜ幽霊は怖いのかという話です。
この手の文章が出てくるのは話のネタがないときと決まっていますw
今さっき、ネットの掲示板に「どうして幽霊は怖いのか」
といった話題を書きました。自分の考えというより、
ネットで検索するとよく出てくるようなものなんですが、

①未知の恐怖
②無意識の罪悪感
③闇や孤立の恐怖との結びつき
④死の恐怖ー死に関するさまざまなものに対する忌避

この他にも、子ども時の「幽霊が来るよ」とおびえさせるような風習
あとは映画、小説等、さまざまなエンタメ作品からの影響
・・・こんな内容です。

①については、幽霊がどういうメカニズムで出てくるのかわからない。
幽霊どころか、魂はあるのかないのか、死後は輪廻転生するのか、
それとも天国(極楽)や地獄に行くのか、
あるいは何もないのどかな彼岸の国へ行くのか、こういうことはわからない。
それだけではなく、幽霊がどんな行動をとるのか、
無差別に襲ってくるのか、精を吸い取られてしまうのか、
それとも無関係な怨みのない人間には何もしないのか、そのあたりもわからない。
だから見たと思った場合はとにかく逃げる、というような面ですね。
ただし、未知だからといって怖いだけではないはずですね。
未知ゆえの好奇心ということもあるでしょう。

②については直接罪になるようなことを他人にしてはいなくても、
知らず知らずのうちに人の心を傷つけたり、
出世や商売で人の邪魔になることをしてはいないかという罪悪感、
これが無意識に心に溜まっていて、「幽霊がいる」という状況になったときに、
自分が害を受けてしまうのではないかという気になってしまう。
こんなところでしょうか。

③については、前に青木ヶ原樹海で単独テント泊をした体験を書きましたが、
まったく明かりのない、自分の手すら見えない闇の中では、
さまざまな怖い幻想がわき上がってきます。
自分の背後あるいは目の前に、見えてないけれど何かがいる、
という実感があるんですね。これは眼で見えていないだけで、
実際に存在してるのと変わりないくらいの現実感があります。
しかも樹海の中ですから、叫んでも助けがくるわけではないし、
近くに逃げ込める民家もない。まったく孤立してしまっています。
そういう状況になったときの恐怖が、
幽霊と結びついているのではないかという話でしょう。
実際、闇の中では何も見えないわけですから、
どこから襲われたとしても対処のしようがない。
生存本能がビンビンと非常ベルを鳴らしているんですね。

関連記事 『真の闇について』

④日本には古くから、死は穢れという考えがあり、
死にまつわるものから身を遠ざけ、忌避してきた時代が長い。
だから死につながる幽霊はよくないものだという、
固定観念ができてしまっているのかもしれません。
血まみれの幽霊、体の部分が一部ない幽霊、生首なども
この範疇に入るかもしれません。グロと肉体損壊の恐怖。

あと、自分も怪談を書いていてこう言うのもなんですが、
エンターティメント作品からの影響というのは大変大きいと思います。
小説も、映画もそうです。
これらは人間の感情に働きかけて能を興奮させるものですが、テーマとしては、
恋愛・ヒロイズム・スリル・謎解き・悲しみ(難病ものとか)さまざまあります。
その中で、「恐怖」というのも売り物になるんですね。
安全な映画館の中で恐怖を楽しむという形。
もちろんハートウオーミングな幽霊作品もあるんですが、
圧倒的に恐怖を主題にしたものが多い。
そしてそういうものの記憶から「幽霊はこういうときに、こうするものだ」
みたいな概念ができあがってしまっている。
ホラー映画の幽霊ですからもちろん、
悪いことをしていなくても、理不尽に襲われたりすることが多いですよね。

これも前に少し書いたことですが、江戸時代の怪談だと、
「四谷怪談」のようなのが主流でした。つまり芝居の筋は勧善懲悪です。
悪人がはびこり、社会的な罰は受けなくても、
幽霊によってさんざんに懲らしめられ、最後に滅びる。
こういう部分に、当時の観衆は拍手を送ったものと思われます。
ま、復讐映画というのは今でもありますし。

ところが最近の幽霊は、「リング」にしても「呪怨」にしても、
特に何もしてない人が、単にビデオを見るとか、
家に足を踏み入れるとかで関わってしまったがために、
悲惨な死を遂げるという形が多くなってきています。
そこには、登場人物がどれほど善良な生活を送ってきたかなどは関係がないのですね。
こういうのも、幽霊=怖い という図式になっている一因かもしれません。

人の生育歴というのは、当たり前ですが一人一人異なっています。
ですから幽霊が怖いという人は、
その人の人生の中で上に書いたいくつかの要因が複合して、
「怖い」という気持ちができてしまっているんではないでしょうか。

最後に、自分は実話怪談を収集していますが、
最も多いのは、俗にいう「虫の知らせ」というやつです。
仏壇の戸が風もないのに急に揺れて、その後すぐに病院から、
お祖母ちゃんが死んだという電話がかかってきたとい類のものです。
この多くは偶然なのでしょうが、「怖い」という面は少ないですよね。
ですから、実際の幽霊譚があるのだとすれば、
恐怖を売りにしたエンタメ作品からの影響をのぞいて、
怖い話というのは少ないのかもしれません。








禍つ辻

2014.12.15 (Mon)
えーみなさん今晩は。これは昔、祖母から聞いたことと自分が体験した話です。
私の地方では、「禍(まが)つ辻」というのがありまして。
これは幽霊・・・というより、人間でない者ですね。
これに遭いやすくなる辻ってことなんです。「辻」は交差点のことです。
でね、困ったことに、ある場所と決まってるわけじゃないんです。
意味がわからない?ああ、そうでしょうね。
つまりですね、日によって時間帯によって禍つ辻になる場所が違うわけです。
昨日まではなんでもなかった場所が、
ある時間帯に入ったらそこは禍つ辻になってたって具合。
うーん、なりやすいのは三叉路、起きやすいのは黄昏時とは言われてました。
黄昏ってのは、一日のうち日没直後のことです。

雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯で、
西の空から夕焼けの名残りの赤さが失われて藍色の空が広がると、
禍時(まがつどき)という時間帯に入る・・・なんて、ものの本には書かれてます。
また、黄昏を別の漢字で書くと「誰彼」・・・「誰(た)そ彼(かれ)」
というのもあります。人の姿が視別しにくくなって、
誰だかわからない状態ということですね。それから、三叉路のほうはね、
昔はよくその曲がり口には、御神木と言われる古い木や、
お地蔵さんの小屋があったもんです。
私が何かを見たと思った2回とも、確かに黄昏時で、三叉路のあたりでしたよ。
小さい時分です。おそらく小学校中学年、
当時まだ健在だった祖母に連れられて、町会の会合に出た帰りだったと思います。

公民館の前には少しだけ遊具がありまして、会合で出るお菓子をポケットに入れて、
そこで遊んでたら、だんだん暗くなって祖母が出てきた。
手をつないで家に戻るだけだったんですが、すごく時間がかかった記憶があるんです。
町内会ですからね、当然同じ町の中でやるわけで、家は目と鼻の先のはずなのに。
それが延々と歩いた気がするんですよ。
そうして三つ角を曲がったとき、先の道が妙に赤かったように思うんです。
まあそこだけ、何かの具合で西日が直接当たってたのかもしれませんが。
でね、そこは車の姿がなく、道路のあちこちに人が立ってたんですよ。
3~4人くらいですが、黒い影になっていて、顔とか見えないんです。
子どもながら違和感を感じましたねえ。そしたら祖母が「ああ、間違えてしもうた」
そう言って、私の手を引いたまま後ろ向きで歩道を歩いたんです。

数歩くらいでしたけど曲がる前の場所まで、そしたら目の前の赤さが消えて、
三叉路の地蔵堂が近くにあったんですよ。
で、祖母と2人でお参りをして、また曲がり角を戻ったら今度は不通になってて、
あとはすぐ家に着いたんですよ。
その週の日曜日に、祖母と2人で今度はお供えを持って地蔵堂に行きました。
その帰りに、こないだあったことを聞いてみたんです。
そしたら「あれは禍つ辻といって、人ではないものがうろうろしている場所だよ。
 ふっと心の気が抜けることがあって、そういうときに間違えて入ってしまうんだ。
 さあ、他の町にあるかはしらんが、このあたりでは昔からそう言われてる。
 そういうところは、間違えたってすぐにわかるから、
 ばあちゃんがしたように、後ろ向きに戻ると出られるよ」
こんな話をしてくれました。

私が怖がると、祖母は笑って「お前ももう自転車で出歩くことが多いだろう。
 車はもちろんだが、自転車で走ってる人が禍つ辻に入った話は聞いたことがない。
 嫌うんだろうねえ、文明の利器みたいなものを」こう続けました。
それで、安心したことを覚えてます。
2年ほどたって、小学校6年のときでしたね。正月の冬です。
書き初めや松飾りを焼いたりする行事が学校のそばの田んぼであって、
雪が積もってるから自転車は使えなかったんです。その帰りですね。
ああ、前の地蔵堂とは別の場所で、三叉路はそうでしたが、
近くに公営住宅が並んでるところだったと思います。時間は同じくらい。
半分走るようにして辻に入ったんですが、そしたらね、やけに暗かったんですよ。
冬場は日が短いとはいえ、そんなに急に太陽が落ちるはずもない。

でね、普段はけっこう車通りのある道なのに、車道には見通すかぎり車はなくて。
あ、信号がずっと向こうまで全部赤だった気がしますね。
それが暗い中にじわっとにじんで見えたんです。
道路に人が出ていました。やはり真っ黒な影で、
遠くまで数えると10人以上はいたと思います。
その道に入っちゃったときの気持ちが、祖母が言ってたのと同じ「間違えちゃった」です。
それで、前の祖母の言葉を思い出して、ゆっくり後ろ向きで歩き始めたんです。
私は歩道を歩いてたんですが、一番近くの車道にいた黒い影が、
私に気づいたかのようにかなりの速さで歩き出したんです。
影ですから前後もわかりませんが、どうも私と同じ後ろ向きのように思えました。
私は慌てて、足を早めようとしたんですが、ほら後ろ向きですので、
転んで尻餅をついてしまったんですよ。

「あっ」と思うまもなく、黒い影が私の横にまで来まして、
立ち止まって「餅食ってきたか、餅食ってきたか。供えろや餅、でないと人が死ぬぞ」
こんな内容のことを言ったんです。もしかしたら、
耳に音として聞こえたんじゃなく、頭に意味だけが伝わってきたのかもしれません。
というのは、男の声か女の声か、高いか太いかの印象はまるでなかったですから。
転んだ姿勢のまま後じさって角を曲がると、普通の光の状態に戻りました。
角をこわごわ覗くと、車がたくさん走ってるいつもどおりの道でしたよ。
でね、念のため一本脇の道に入って家まで走ったんですよ。
祖母は時分の部屋で干し柿を食ってましたが、
今さっき見たことを報告すると、「人が死ぬか。そりゃいけん」そう言って、
近所の店から餅菓子をたくさん買って、家の神棚・仏壇、近くの地蔵様から神社まで、
いろんな場所にお供えしたんですよ。

そのときはね、家族はもちろん親戚にも不幸があったということはありません。
でね、さらに2年が過ぎて中2のときでした。
祖母が体を悪くして入院してまして、私は部活をやるようになってたせいで、
あんまり見舞いに行けなかったんです。
でも、祖母のことは気にかかってて、テスト休みの日の学校の帰りに病院に寄りました。
そのときに「禍つ辻」の話もしたんですよ。
そしたら祖母は「ああ、よく覚えてたな。
 ・・・病気になったせいかあの世が近くなったせいかしらんが、
 ああいうもののことが、若い時分よりよくわかるようになった気がする。
 あれはそんなに悪いもんではないのかもしれん。
 何度か間違えて禍つ辻に入ったことがあの後もあるが、黒い影の人の中に、
 お前のじいちゃんがいたような気がする」

こんなことを言ったんです。「じいちゃん」というのはもちろん、私の祖父のことで、
戦後の混乱期に病気で亡くなってるんです。
それから3ヶ月くらいしてから、祖母の容態が急に悪くなって、
意識を回復しないまま亡くなったんです。あまり苦しむことはありませんでした。
まあこういう話ですね。え、その後のことですか?
それが、高校入学の直前に家族で大きな市に引っ越しまして、
その後は一度もそういう体験はありませんよ。
どうなんでしょうねえ、あの黒い影はもう死んだ人たちなのか?
齢をとるのはそういう場所に近づいていくことなのか・・・何ともわかりませんね。
あの世とつながってる? それはあるかもしれません。
そこの前に住んでた町というのは、古い古い神話伝承の多いところなんです。
ああ、わかりますか、そうでしょうね。

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冬の怪談

2014.12.15 (Mon)
ニュースによれば、北国のほうは大雪ということで、
事故などないように十分気をつけてほしいと思います。
さて、冬の怪談、雪の怪談について少し書いてみましょう。
まず、怪談は夏のものという通念がありますよね。冬場はあまりテレビなどでやりません。
これは夏の怪談には納涼・消夏という意味合いが強いからだと思います。
暑い夏を、怪談でぞーっと背筋を涼しくしてのりきるということ。
今とは違ってエアコンのない昔はそういうのが粋だったんだと思います。
あと夏はお盆もありますし。
それに対して、冬は暗く陰鬱で、それでなくても気分が滅入ることが多いのに、
怪談をやってさらに陰々滅々としなくても、ってこともあるのかも。
経帷子一枚で薄着の幽霊は寒いでしょうしねえ。

雪の怪談で、自分がまっさきに思い出すのは『テーブルを前にした死骸』という話。
これはもともとホラー小説で、S・H・アダムズという人が書いた話です。
「二人で雪山に登山中に遭難して一人が死亡し、
 生存しているもう一人はその死亡者を外に埋葬して眠るが、
 目を覚ますといつの間にか死体が元に戻っている。
 実はその生存者自身が睡眠中に無意識のうちに死体を掘り出し搬送していた。」

これは自分は『怪奇小説傑作集』(創元社)で読みました。
たしか日本で映画の一エピソードとしても使われていたと思います。
これはけっこう古い話で、
まだ個人用ビデオカメラもあまり一般的ではなかった頃ですが、
怪談話に先端機器が出てくる例として読むこともできますね。
ただこの作の場合は、心霊的な結末ではなく理で解決されてしまいます。
無意識の罪悪感と極限状況の中で、夢遊病で友人の死体を掘り返す自分・・・
現代の怪談なら、さらに心霊側にもう一ひねりがありそうです。

雪山つながりで、これは都市伝説なのでしょうが、
『山小屋の4人・スクエア(四角)』という話も有名です。
「登山中に吹雪となり、ほうほうの体で山小屋にたどり着いたパーティ。
 火の気はなく、このまま眠れば凍死してしまう。そこで、
 1人1人が部屋の4隅に陣取り、真っ暗中で隣の隅にいるやつを起こしにいく。
 小屋の中をメンバーがぐるぐる回るというわけです。全員が助かったが、
 後になって考えてみると、実際にはこれはできないことがわかった。」

こんな内容です。

最初は5人パーティだったのが、1人が山小屋にたどり着く前に遭難死していて。
そのメンバーが暗闇の中で生存者を助けてくれた、
という落ちになっているパターンもあります。
これは、怖いといえば怖いですが、よく考えないと状況がつかみにくいという、
怪談としての弱さもあるような気がしますね。
「吹雪の山荘」ものは、推理小説でよく使われるシチュエーションですが、
もし外から殺人鬼、熊、あるいは幽霊が来たとしても、
簡単に飛び出して逃げることができない状況は、書く側に好都合な面があります。

推理小説の話を出しましたが、推理小説の場合は、
「雪と足跡」というのが一つのトリックの類例としてあるようです。
雪が積もってまわりに足跡のない家の中で人が殺されていた。
その人は雪が降り終わった後まで生きていたのは確認されているし、
それ以降は降っていない。こういう状況だと、密室殺人として演出できるわけです。
「足跡のない殺人」トリックのものは、
少し調べてみても日本・海外ともにかなりありますね。
雪が泥になったりしている場合もあります。
ただこれは怪談にはなりにくい。理由はおわかりでしょうが、
日本の幽霊は足がないとも言われていますしw
足があったとしても、宙を飛べたり、壁をすり抜けたりする能力を持つ幽霊なら、
足跡は残さないでしょうしねえ。

これに関して、妖怪系で面白い話があります。
「一本だたら」という妖怪が熊野(和歌山県)方面で伝わっていて、Wikiには
「和歌山と奈良県の境の果無山脈では、皿のような一つ目を持つ一本足の妖怪で、
 12月20日のみ現れるといい、この日は「果ての二十日」と呼ばれて厄日とされた。
 果無の名の由来は「果ての二十日」に人通りが無くなるからだともいう。」

奈良県でも、12月20日に山中に入ると一本だたらに遭う厄日と伝わっていて、
この一本だたらは電柱に目鼻をつけたような姿で、
雪の日に宙返りしながら一本足の足跡を残すのだそうです。

「たたら」は「たたらを踏む」のたたらなんでしょうか。
たたらは鍛冶に使う大型の送風機「ふいご」のことで、
これを扱うには力がいり、踏み損なうと前に数歩のめってしまう。
この状態が「たたらを踏む」なんだそうですね。
タタラ師と言えば鍛冶師のことで、鍛冶師が重労働で片目と片脚が萎えることが多く、
一本だたらの伝承があるところの近くには鉱山跡があることが多いという説もありますね。
実際に一本だたらが出たかもしれないという話もあって、
「2004年春には、和歌山県田辺市の富田という地域の田で1本足の足跡が発見され」
とWikiにも載っています。これはテレビで見た記憶がありますが、どうなんでしょう。
最近は妖怪をテーマにした街興しも盛んですから。

雪の妖怪系の真打ちはもちろん「雪女」ですね。
小泉八雲の小説で知られていますが、伝承は昔からあったもののようです。
室町時代の文献にも登場します。
多くの地域で雪女の伝承がありいますが、共通しているのは美女であり、
白い経帷子を着ていて、見た者は凍死、あるいは精を吸い取られて死ぬ、ということです。
まあ雪、あるいは厳しい冬を擬人化したものという解釈が妥当だと思われますが、
「言うな」のタブーと結びついて語られることが多いようです。

「猟師のグループが山中で雪女と遭遇し、年寄りは殺されるが、
 若い男は見たことを口外しない条件で助けられる。
 後日、雪の中で見た美女とそっくりな女が男の家にやってきて、
 夫婦になり子どもも生まれる。男はある日、妻となった女にふと、
 あの雪の日の体験を話してしまう。すると女は正体を現し、
 「裏切った」と言って男の命をとろうとするが、
 子どもの存在を思い、そのまま去っていく」

こういう話は、冬の後に春が来るという寓話としても読めそうではあります。

また、雪女の話に、暗く寂寥感のあるものが多いのは、
孤独な冬の幻想としての面があるのではないかとも言われています。
ただ1人冬の一軒家で吹雪を聞いていると、風が戸を叩く音が誰かの訪れのように思われる。
自分が待ち望んでいる者が訪ねてきたのではないかと夢想する・・・









太鼓叩き

2014.12.14 (Sun)
中学3年です。ええ、受験生です。この間すごく怖いことがあって・・・
僕だけじゃなく、他に2人が見てるんです。
でも美術の先生以外、誰も信じてくれなくて・・・
その美術の先生がここへ連絡しろって教えてくれたんですよ。
だから話をしにきました。よろしくお願いします。
ちょうど2週間前のことです。その日実力テストがあったんですよ。
もう志望校を決定しなくちゃいけない時期なので、朝早く学校に行って教室で勉強してました。
教室には僕とあと2人いて、やっぱり机に向かってたんです。
そしたら急に、むっとドブのような臭いがしました。
顔を上げると、教室の前の入り口から顔を半分出してるやつがいたんです。
「え」と思いました。

それは西宮という、4月からというか2年生の後半から、
ずっと不登校になってるやつだったんです。不登校の原因は、
僕の知ってるかぎりじゃイジメではなかったと思います。もともと友だちのあんまりいない、
影の薄いやつでしたから。「へー受験が近いから来ることにしたのかな」と思いましたが、
それよりもヒドイ臭いで、けっこう距離があるのに鼻が曲がりそうなくらいだったんです。
西宮は入り口からそれ以上出てこないで、
「太鼓叩きがいる。太鼓叩きが石毛川の排水口の中にいる。見にいってみろよ」
って大声で叫んで、顔を引っ込めたんです。
いや、はっきりそう聞いたから覚えてるんですよ。
でも、今から考えるとそれも不思議なんです。
だって僕の他の2人は顔をあげなかったですから。

一番僕が後ろの席にいたんでそれも見えました。いくら勉強に夢中になってるとしても、
あの声が聞こえないわけはないですよ。内容も変なことだったし。
僕は立ち上がって。前にいたやつに「今、西宮が来たよな」って聞いてみました。
そいつは面倒そうに顔をあげて「知らんぞ」って。
「今、怒鳴ってったじゃないか。太鼓叩きがどうのこうのって」
「知らん。そんなことないんじゃないか」
こんな感じだったんですよ。それでいちおう、戸口まで見にいってみました。
そしたら、3年生の教室は1階にあって、昇降口まで見通せるのに人の姿はなかったんです。
でも、臭いは残ってました。だから、もう一人のやつに、
「腐ったドブみたいな臭いがしないか」って聞きました。
そいつは鼻をひくつかせましたが、やっぱり、「特にしないと思うぞ」って答えたんです。

まあ、テストでしたので、僕もそのことは頭から追い払うようにして勉強に集中しました。
結果ですか?まあまあでしたと言うか、実力どおりというか・・・
テストは5教科で、5時間目まででその日はいつもより早く終わったんです。
帰り道、一人でぶらぶら歩きながら、朝のことを思い出しました。
「石毛川の排水口って言ってたよな」
石毛川というのは、市の中央を流れるさほど大きくはない川で、
長い堤防があるんです。僕の学校からも近くて、
家に帰るのに、ちょっと遠回りになりますが、その上を通っていくこともできたんです。
それで橋まで来たときに、塾のない日だったので、
久々に堤防を通ってみようかという気になりました。時間は10分も違わないし、
まだ雪は積もってませんでしたから。

歩いていくと、草はほとんど枯れてて、川までの土手が見渡せました。
ゴミとかたくさん落ちてましたが、水はきれいに澄んでました。
「そういえば排水口っても言ってたような」
それは市の下水処理場からつながってる巨大なコンクリのパイプで、
人の背の倍くらいの高さがあるんです。
小学生のときに何度かその前の堰で魚捕りをしたことがありました。
水に栄養分が含まれているせいか、そのあたりに魚が集まるんですよ。
排水の出口には、鉄の格子が埋め込まれていて、ゴミがたくさん引っかかってるんです。
「太鼓叩きって何だろうな」
思い出しているうちに気になってしかたがなくなりました。
通り道だし、少し覗くくらいならいいだろうと思って。

そこは川をはさんで、堤防から堤防へ、人しか通れない鉄製の橋がかかってます。
おそらく工事の人とかがわたるんだと思います。
その下だけ、コンクリの護岸が切れていて、大きな排水口があるんですよ。
下に降りるのは滑ったりしたら嫌だったんので、その橋を通って、
途中で覗き込んでみようと思いました。
いえ、その堤防を通る人って少ないんです。下が土だし、靴が汚れるから。
そのときもあたりには僕しかいませんでしたよ。
橋まで来たのでそっちに歩き出しました。
もしかすれば勝手に渡ると怒られるかもしれないなと思いました。
なるべく音を立てないようにしましたが、やっぱり鉄だから、
歩くとカンカン音を立てるんですよ。

5mほど進んでも、排水口は上の方の部分しか見えませんでした。
さらに真ん中らへんまで進んで、手すりをつかんで下を覗き込むと・・・
鉄格子が見えましたが、その後ろは暗くてよくわかりませんでした。
「まあ、太鼓叩きなんていないよな。だってあの鉄格子の中に入れるわけないし」
そのとき、ガン、ガン、ゴン、ゴンという音が排水口の中から聞こえたんです。
本当ですよ。自分の足音じゃないです。
太鼓を叩いているというより、もっと固い音でしたよ。
そんなに大きくはなかったと思います。
ただ、大きな管の中なので響いて聞こえたんじゃないでしょうか。
よく見えないんですが、排水口の中で動くものがありました。
それはだんだん格子のほうに近づいてきて・・・

パジャマを着ているように思いました。青っぽい格子の。
光が差してる部分だけ見えるんです。
それが腹のあたりに大きな黒いものを抱えてて、それを左右から叩いてるんです。
確かに太鼓叩きに見えました。ガン、ガン、ゴツ、ゴツンという不規則なリズムで。
でも、太鼓のバチらしきものは見えませんでした。
手のひらかこぶしで叩いているような感じです。
やがてそれが格子にぴたりと額をくっつけました・・・
そこに光があたって・・・骸骨に見えたんです。黒々とした穴の2つの目と、
むき出しになった歯・・・額で格子にもたれかかる形で、
ボコ、ボコ、ボコと何か丸い黒いものを叩いている。
僕は声をあげて逃げ出しマましたよ。走って走って家まで戻りました。

それから10日後、石毛川のちょうどそのあたりで西宮の死体が発見されたんです。
見つけたのは最初に話した美術の先生です。日曜日に堤防に冬景色をスケッチしに来て、
そしたら水の涸れた川の浅瀬に人が仰向けに倒れていた。
大変だと思って下におりていくと、中学生くらいの子どもだとわかった。
すぐ携帯で警察に連絡したんですが、引き上げたりはしなかったそうです。
もう完全に亡くなっているというのは一目でわかったし。
それに気味が悪かったとも言ってました。
なぜかというと、死体の胸に黒い40cmほどもある亀が乗っていたからです。
亀は頭だけ甲羅から出していましたが、首がねじ曲がってたし、甲羅もひび割れて、
やっぱり死んでいると思ったそうです。
ああ、その美術の先生は今年転任して来られたんで、西宮の顔は知らないんです。

やがて警察と救急車が来て、引き上げて病院に運びましたが、
とっくに亡くなってたということでした。川に飛び込んでの自殺ということです。
学校では大騒ぎになって、緊急の全校集会が開かれたりしましたよ。
それで、不思議なことがあるんです。
西宮が亡くなったのは死体が発見された前の晩のようで、僕が学校で西宮を見た、
と思ったときは自殺するずっと前のことなんです。
あれは本当に見たのか、そうじゃなかったのか。
それと、もし生霊みたいなものだったとしたら、どうして僕にだけ見えて聞こえたのか。
そんな、友だちと言えるほどの間柄じゃなかったんですよ。
美術の先生は、死体の引き上げのときに立ち合ってましたが、顔なんかはきれいなのに、
両方の手のひらがなくなっていて、手首から骨が出てたんだそうです。

2002-09-23 17-28-43




復活

2014.12.13 (Sat)
*バカ話ですのでマジに読まないでください。

俺はとある田舎の県の神職の次男でね。兄貴が後継の神主になる予定だったんで、
それ系の大学にはいかず、IT関係の会社勤めをしてたんだよ。
ところが3年前、突然の交通事故で兄が亡くなってしまい、
オヤジの体調もよくなくて、俺が跡を継ぐしかない状況になってしまった。
嫌も応もなかったんだ。会社は辞めて、今さら大学でもないからって、
某所にある神職養成所に入らせられたんだよ。
そこは2年間の研修年限なんだけど、これが全寮制でね。いや大変な目に遭った。
来てるのは俺より若いやつがほとんどだったし、
神主なんてオヤジの様子を見てて、
単に祝詞が言えりゃいいんだと思ってたが、そうじゃなかった。
いろいろと覚えなくちゃならないことがあったんだ。

まず礼儀作法、座礼や立礼から襖の開け閉て、
それに和服の着付けなんてのもあるんだ。
書道とかもな。あと意外に思うかもしれんけど、農業もあった。
新嘗祭に使う古代米の栽培とか。座学のほうがむしろ少ないくらいだった。
でな、厳しい鍛錬もあるんだよ。
全寮だから、朝の体操から始まって、ランニングや山登り、筋トレ・・・
それと声だな。声量をつくるための呼吸法や発声法。
そういうのを次々に学ばされて、前後期に試験があるんだ。
でもよ、けっこう面白いところもあった。
神社庁にしか伝わってない、日本古代からの秘史を垣間見ることができたり、
講師の先生方も、表だってはやらないけど、みな不可思議な力を持ってたんだよ。

そんな中で一番印象に残ってるのは、入講して2年目の年末のことだな。
12月には3日間だけ冬季休暇があって、家に帰れるんだ。
もちろん年末年始は初詣なんかがあるから、
俺ら講生は泊まりがけでどっかの神社に派遣されられて、手伝いをさせられる。
これが実習代わりにもなってるんだ。
養成所は、場所は言えないけど、信じられないような山奥にあってね。
だけど、これがまた金をかけた立派な施設設備なんだ。
日本の主だった企業からの寄付によって運営されてるんだよ。
ああ、知ってるって。そうかい。
でもな、そんな周囲に何もないところに男だけで缶詰にされてりゃ、
やっぱ街が恋しくなるだろ。だからこの冬季休暇がホントに待ち遠しかったんだよ。

ところが、あと2日で休暇に入るって晩に、俺ら講生全員が講堂に集められた。
これが学校だったら緊急集会って感じだな。
俺らが整列し、気をつけの状態になったとき、
壇上に上がったのは講の先生方じゃなく、与党の有名な政治家だったんだ。
防衛関係の大臣までやった人だよ。ほらあのごつい顔した。
その人が開口一番「あなたたちの力を借りたい」って言ったんだ。
「日本の危機が迫っている、
 これを取り除くには老若の神力を結集しなくてはならない」
それが具体的にどういうことかは話さなかったが、最後に段上で座礼までしたんだ。
いや、驚いたね。まさかあんな偉い人がって。その後、
俺らの養成所の所長が壇に上がって説明をしたんだが、これが突拍子もない話で。

「日本の各地にある神社は、神の威力と人々の願いによって世を正す働きをしている。
 それがほとんどなのだが、中には一部、巨大な神を封じているものもあるのだ。
 畏るるべき力を持たれる神を、場所の霊力と祈りの力によって押さえつけているのだが、
 昨晩、ある神が復活する兆候が見られた。
 監視をしていた当直の神職は全員が殉職するほどのものだったのだ。
 この連絡はすでにすべての神社関係に伝わっており、
 無力化するための対策が検討された。
 そこで、わが養成所でも微力ながら協力することになった。
 皆の若い力をぜひとも発揮してほしい」
こんな内容だったんだよ。さすがに信じられない気もしたが、
冗談でこれほど大がかりなことをするわけもない。

でね、俺ら養成所の講生約30名は、その晩のうちに水垢離をしてお祓いを受け、
白装束に防寒着という姿で、バスに乗せられたんだよ。バスの前後には自衛隊の車両。
あと元大臣はヘリで帰ってったみたいだった。
バスは深夜の道をかなりのスピードでとばして、4時間あまり・・・
ある霊峰と言われる山の麓へと着いたんだよ。
そこは国定公園の一部で普段は観光客も入ってるんだが、全面入山禁止になってて、
その代わりに俺らが乗ってきたようなバスが何十台も駐車場にあったんだ。
あと自衛隊の特殊車両。そこの山は休火山で、火口部分は熱のために雪が積もっておらず、
その火口部に向かって、むき出しの山肌に高さ数十mの祭壇が組まれていた。
神の復活の予兆から一昼夜しかたってないのに、
それは巨大なビル工事の足場ほどもあった。

そして祭壇の両脇には、オリンピックの聖火のような火が焚かれてた。
自衛隊の投光器が何十台もそれに集中して、真昼のように明るかった。
駐車場の周囲には、たくさんのテントが張られ、中では炊き出しが行われてたんだ。
俺らも飯を食わずにここまで来たから、みなテントの一つに入って握り飯をほおばった。
ここまで何の説明もなかったんだよ。
まわりには偉そうな神職が大勢いて、険しい顔をして忙しそうに動き回ってた。
現実感があるような、ないような不思議な気分だったところを後ろから肩を叩かれた。
ふり返るとオヤジがいたんだよ。「オヤジ、入院してたんじゃないのか?」
「よく来たな。前回から60年ぶりと聞いてる。俺も目のあたりにするのは初めてだ。
 寝てなどいられないから、こうしてやってきた。
 微力ながら力になれればと思ってな」

「これ本当のことなんだよな」
「ああ、日本の危機だ」
オヤジが講の先生方に何かを話し、
俺は講生たちから離れてオヤジと行動を共にすることになったんだ。
それから10分ほどして、「ズーン」と腹に響く地鳴りが山地全体を覆った。
地面がぐらっと揺れた。地震が起きたんだ。祭壇の横の火で照らされていた空が、
さらに赤くなった。まさか噴火するのか?
俺はよろけるオヤジの体を手で支えた。そのとき、大音響で放送が入った。
臨時のスピーカーがあちこちに立てられてたんだ。
地震はすぐおさまったが、不気味な地鳴りは続いていた。
自衛隊員に両脇を抱えられるようにして、高齢の正装の神職が祭壇を上っていった。
写真で見たことのある、最高位クラスの神社の大宮司だと思った。

スピーカーは「大宮司が祭壇に上られて1分後に合図をしますので、
 全員で鎮御魂の祝詞を唱えてください。何卒よろしくお願いします」こう指示を出した。
何が起きるのか・・・俺は息を飲んだよ。「さあお願いします」この放送と同時に、
その場にいる数千人の神職や学生たちが祝詞を唱え始め、
やがて祭壇上の大宮司の声も増幅して聞こえてきたんだ。
大人数の祝詞はぴたりと合致し、うねり、荘厳さを増していった。
そんときだよ。火口の壁からひょっこり一人の人物が出てきたんだ。
拍子抜けするほどのあっけない感じ。遠目ではっきりしなかったが、
太った白髪白ひげの老人に見えた。老人は曲がっていた腰を伸ばし、
大きくのびをした・・・「祝詞をやめてください」放送が入り、
すぐに音楽に切り替わった。何だと思う? 「ジングルベル」だよ。

大宮司が足下の行李から赤いものを取り出し、太ったジイサンに着せかけ、
さらに頭に赤い帽子を乗っけた。
「何だ・・・あれ」俺は小声でオヤジに聞いた。
「サンタさんだよ」オヤジは静かに答えた。
「ええ?サンタ・クロースが復活したってことか?」
「そうじゃない。あの御方は力のある日の本の神の一柱だ」
「じゃ、何であんな衣装を?」
「今、世間の祈りの力は何に向かって集中していると思う?」
「もしかしてクリスマス・・・か?」
「そうだ。だからその力を利用している。
 ここまで巨大な祈りの力が焦点化されることはまずもって少ない」

オヤジはさらに続けて、
「今、神はクリスマスとサンタ・クロースが何かを瞬時に理解され、
 しかも自分がそれだと思っておられる」
「・・・・でも、クリスマスって異教の行事だろ」
「そういうのを何でも取り込んでしまうのが日本の神ながらの道だ」
「・・・・」
大宮司はサンタの恰好になったジイサン・・・いや神に、
にこやかに話しかけながら祭壇を降りてきた。
下で神に中身の詰まった白い袋が渡され、そのまま神は、
鳴り響くクリスマスソングの中、
待機していた自衛隊のヘリに乗って夜空に飛び去っていったんだよ。






コップ

2014.12.11 (Thu)
ここ10日ばかりの出来事だよ。始まりは今月の始め。
俺のアパートに5人ばかり工員の仲間が来て酒を飲んだんだ。
つまみも酒もコンビニから買ってきたやつだったし、
安アパートで壁も薄いからいつもはそんなに騒いだりはしねえんだよ。
ところがその日は、翌日休みだったせいもあってかなり遅くまで飲んだ。
でな、俺は翌日の昼頃に起きて、ものの片付けをしたんだ。
したら、ポテチの空、焼酎の瓶、灰皿とかの中にガラスコップが一個あったんだよ。
ふだんはガラスのコップなんて使わないんだ。
お茶とかはペットボトルから直飲みするし、人が来たときには紙コップを使う。
洗い物は少ないほうがいいからな。
でも、とくに気にも留めず冷蔵庫の上に置いといたんだよ。

そのまま忘れてたんだが、数日後、
いつも歯磨きに使ってる樹脂製のコップを落として割ってしまったんだ。
ほとんど水の入ってないのを床に落としただけなのに見事に真っ二つ。
まあな、100均で買ったもんだからしかたねえと思ってゴミに捨てて、
代わりを探したら、冷蔵庫の上にそのガラスコップがあったんだ。
ごくごく普通の、何の特徴もねえ無地のコップだよ。
ちょっと容量が少ないけど、これでもいいやって使い始めたんだよ。
そしたらその夜、寝る前に歯を磨いてて口をゆすいだら、
はき出した水が真っ赤になってた。
口の中に痛みはなかったし、特に歯が悪いということもなかったから、
ちょっとあせって、口開けて鏡をのぞいてみた。

見えるかぎりでは特に血が出てるところもなかったし、
もう一度ゆすいでみたら何でもなかったんだ。
今になって考えればこんときから始まったんだろうが、そんなのわかんないよな。
何度かうがいをして、コップは歯ブラシを立てて流しの隅に置いといた。
次男の朝は早出でね、5時前に起きて朝飯食うひまなんてなし。
顔洗って歯だけ磨こうとしたら、コップが横倒しになっててね、
歯ブラシが見あたらない。流しに落ちてたんだが、それがボキボキに折れてたんだ。
全部で5~6ヶ所、歯ブラシの柄が内側に折れて芋虫が丸まったようになってた。
しかも、先のブラシのところが赤黒く染まってたんだよ。
血の塊がこびりついて乾いたみたいな感じ。いやまあ、それは俺の血かもしれないよ。
前夜に血が出たときに気づかなかったのかも。

でもよ、歯ブラシが折れてるのは説明できねえだろ。そんな固いもんじゃないだろうが、
一番折れてる部分の間隔が短いとこは、1cmくらいしかなかったんだ。
ペンチでもなきゃ無理だよ。それにもちろん、
誰がこんなことをしたのかが不思議だった。
昨日の夜から部屋に入ったやつはいねえし、
まさか俺が自分で寝てる間にやったのか・・・
そんときは時間がなかったんで、歯ブラシを捨てて現場に出かけたんだよ。
で、早く出た分、3時過ぎには終わって、コンビニで新しい歯ブラシを買って帰った。
俺は冬でもストーブを使わないんだよ。ここらはそう寒くはならないんで、
電気コタツだけで過ごしてる。部屋に入るなり、その上に赤いもんがあるのに気づいた。
真ん中にコップがのってて、赤い液体が1/3くらい入ってたんだ。
これはさすがにぞっとしたよ。

持ち上げて臭いを嗅いでみたが、トマトジュースとかじゃないのはわかった。
かすかに生臭かったんだよ。これもまさか血・・・
そう思うと怖くなって、窓を開けてコップごと放り投げたんだよ。
割れた音はしなかったな。枯れ草の中に落ちて見えなくなったよ。
外はちょっとした空き地で、その向こうは私鉄の線路になってる。
ああ? そりゃうるさいよ。その分家賃が安いからしかたねえ。
でね、ここまでのところでも、これが心霊現象だとは思わなかった。
もともと幽霊とか信じてなかったからな。それより、誰かが俺の部屋の合い鍵を持ってて、
俺が留守のときに嫌がらせをしてるんじゃないかと思ったんだ。
そのほうが現実的だろ。・・・てかなあ、こんな30過ぎの独身男に、
ストーカーするやつなんていねえだろ、ってのもまた現実的なんだけども。

大家がアパートの裏の一軒家に住んでるんで、事情を話しに行った。
したら、俺のことで尋ねてきたやつもいないし、
鍵は入居者が代わる度に新しくしてるって言われた。
その部屋は俺の前は知ってる工員の先輩が住んでいて、今もピンピンしてるし、
そんな変なイタズラするような人じゃない。
その先輩の前のことも聞いたよ。8年前まで外国人のホステスが入ってたってことだった。
今どうしてるとか、管理人は知らなかったな。
「もしまた何かあったら、警察に連絡したほうがいいかもしれませんよ」
こう忠告を受けたが、歯ブラシくらいのことでそれもなあ・・・って思った。
部屋にいるのが気味悪かったから、その足でパチンコに出かけて終わりまで粘ったんだ。
ああ?少し勝ったよ。それが何か関係あるのか?

11時半過ぎに部屋に戻り、買ってきたコンビニ弁当を食った。
それから風呂に入り、コーヒーカップを代用して歯を磨いて寝た。
コタツの上には、テイッシュ、灰皿とか見慣れた物しかなかったはずなんだ。
布団を敷くときにっ隅に寄せるんで、そんときに確認したんだよ。
どんくらい寝たのかな、何か声が聞こえたんだよ。
「ちゅわ、ちゅわ、ちゅい、ちゅい」みたいな感じで意味はまったくわからなかったが、、
間違いなく人がしゃべってる声だよ。外国語、それも東洋系のやつじゃないかな。
寝ぼけて「うるせえなあ、何だよ」・・・そこでここまでの出来事を思い出し、
一気に目が覚めた。一連のイタズラをしてたやつが部屋にいるんだと思ったんだ。
だとしたら身の危険まである。バネ仕掛けのように立ち上がって電気のヒモをひいた。
明るくなったとき、コタツの上にコップがあるのに気がついた。

何かが入ってた。真っ赤・・・じゃないし、液体でもないみたいだった。
動いてたし、そっから声が聞こえてたんだ。
一見してピンク色のマグロの切り身だと思ったが、
上からのぞき込んで何だかわかった。人の舌だったんだよ。
それがコップの中を内からなめ回すようにして四方に舌先を這わせてたんだ。
舌の切り口?そこまではわかんなかった。
俺は「わーっ」と大声を上げ、携帯と財布だけ持って上着を引っかけて外へ出たんだ。
近くでやってる店はなかったから、わざわざ駅前まで行って終夜営業のサウナに入った。
でね、知り合いでネットの霊媒師ってのをやってるやつがいることに気がついたんだ。
時間は午前4時で、さすがに起きてるとは思えなかったから、
翌朝の6時半まで待って、連絡してみたんだよ。

幸いにすぐ出て、事情を話したら来てくれるってことになった。
やっぱ持つべきもんは友だちだよな。
で、サウナにそいつがトレーナーにダウンという姿で現れた。もう明るくなってた。
恰好だけ見ればだれも霊媒師だとは思わなねえだろうよ。
そいつといっしょにアパートに戻り、俺は怖くて部屋に入れなかったから
そいつだけ入って行って、コップを持って出てきたんだ。あの例のコップだよ。
そいつは「舌はなかったけど、これはヤバイ3段階くらいまできてる」
そう言ったが、どの程度のことなのかはよくわかんなかった。
そいつは立ったままダウンのポケットから洋酒の小瓶を取り出してコップに注いだ。
でね、ひとくち口に含んでなにやら目をつぶって頷いてたが、
「よし、ちょっと歩くぞ」と言ってアパートの階段を下りた。

俺もついてったら、外の空き地で酒をぶっと吐き出し、俺に「会社に遅れる連絡しとけよ」
そのまま線路沿いの枯れ草の小道を歩き始めた。
でね、一駅過ぎて、二駅目の中間あたりまで・・・40分近く歩いたな。
小さな踏切が見えてきたとき「ああ、これだ」と言って、遮断機の横を指さした。
したらそこに、色あせた花束が置かれてたんだよ。
やつは俺に「ここらで、立ちションとかしなかったか?花束蹴散らすとか?」
と聞いたんで「こんなとこ来たこともねえよ」って答えたら、
「じゃあ、部屋の関係なんだろうな」そう言って、
手に持ってたコップに洋酒を小瓶が空になるまで継いで、花束の前にそっと置いたんだよ。
最後にこう言われたんだ。「これで当面はおさまるだろうけど、根治には至ってない。
 自分の師昇格の人のとこに行ったほうがいいな。俺は友だちだからタダでいいけど、
 そっちは金はかかるぞ」ってね。







行者

2014.12.10 (Wed)
滝不動

妻と離婚してね。何もかも嫌になって会社を早期退職したんだよ。
離婚の原因は俺のせいじゃないし、幸いにして子どもがいなかったから思い切れた。
で、山村の廃屋を買ったんだよ。まあ昔から山暮らしにあこがれてたってのもある。
小さい畑を作って、あとは山菜、キノコ、魚釣り・・・
それだけで暮らしていけるわけじゃないが、貯金の節約にはなってる。
もうネットも見ないし、タバコもやめた。急に欲というもんがなくなって、
さばさばした気持ちになった。もういつ死んでもかまわないようなもんだよ。
今年の春、裏の山に山菜を採りに行ったときのことだ。
もう何度も入ってるから迷うことはないよ。よく山菜採りで遭難って話が報道されるのは、
それこそ「もっと採りたい」という欲に駆られて、
自分の知らない場所にまで入り込んで行くからなんだよ。

渓流沿いの小道を登っていると、曲がり角の前の草地に白いもんがあった。
人、だと思った。それで慌てて駆け寄ると、白装束のジイサン・・・
年の頃は70過ぎに見えたけど、うつ伏せに倒れていたんだよ。
恰好から見て、山岳修行者じゃないかと思った。
そこの奥の山地は霊山の一部をなしてて、
けっこうな数の修験者が入り込んでいるようなんだ。まれに里に下りてくる人もいるよ。
急病とかじゃないかと思って「どうしましたか?」と声をかけた。
そしたらジイサンは顔を上げ、「体がしびれて動かん。やられてしもうた」と小声で言った。
「里に下りて助けを呼びましょうか。救急車も」
ジイサンは首をかすかに横に振り、
「病気じゃないんだ。敵(かたき)に呪詛されたから医者などどうにもならん。
 それよりあんた頼まれてくれんか」 「はあ」

「この先に渓流が小滝になってる場所があるのがわかるか?」
「わかります。400mほど先でしょう」
「そうだ。その滝でたまさか水浴びをしたんだが、罠がかけられてた。
 どうか滝の裏を覗いてみて、そこに何かがあったら滝壺に放り投げてくれんか」
「かまわんですけど、人呼んできたほうが・・・」
「いや、それをやってもらえれば嘘のようにおさまるはずだ。礼はするからなんとか頼む」
こんなやりとりをして、ジイサンがあまり真剣だったので承知してしまった。
息をきらして小走りに滝のある場所まで登り、渓流に入っていった。
そこの滝は落差は2mもなく、水の量も少なかったんで、
濡れるのは覚悟で横から首を突っ込んで裏を覗いてみた。
そしたら、岩が40cm四方ほどに箱形に掘られてあり、
そこにちょこんと金属の仏像らしきものがのってたんだよ。

「これのことか」と思って手に取るとずっしりと重かった。小さな剣を持ってたから、
俺は詳しくはないけど、不動明王というやつじゃないかと思った。
でね、その表情がスゴイしかめっ面で、額に墨で梵字のようなのが書かれてたんだ。
かりにも仏像だからね、ためらいはあったけど、
ジイサンに言われたとおりに、そのまま滝壺に放り込んだんだよ。
特に何が起こるということもなかった。
さっきの場所に引き返したら、ジイサンの姿はなくなっていて、
地面に和紙を二つ折りしたのが石の重しをのせて置いてあった。
開けてみると、中にはしわくちゃの千円札が一枚、
それと和紙に黒字で「世話になった。今はこれしかないが後でもっと礼をする」
みたいなことが書かれてたんだよ。昔の言葉遣いと達筆でちゃんと読めたわけじゃないけど。

山光

それから季節がかわって秋に入り、そろそろ茸狩りのシーズンになった。
俺はもうすっかり、春の頃の修験者のジイサンのことは忘れてたんだ。
でね、「ちょっと早いが明日あたり山に暖房用の薪を拾いに行こうか」と考えた晩に、
ジイサンが尋ねてきたんだよ。
コンコンと表戸が叩かれたんで、出てみるとあんときのジイサンが、
春の頃より重装備をして立ってた。
ジイサンは「こないだは世話になった。あんたがこなければあのまま野垂れ死んでたかもしれん。
 恥ずかしい話だが、このような世渡りをしてても、敵というもんはいるんでな」
仏頂面でこう言って、下に置いてあったザルを持ち上げた。
ザルには見事な栗が山盛りに入っててね。
「これを」と言って渡してよこしたんだ。ありがたく頂戴したよ。

それから続けて、ジイサンは「こないだの敵といよいよ決戦が近くなった。
 あんた山に入る予定を立ててるだろうが、ここ4日くらいが山場になる。
 恩人に万が一のことがあってはいかんから、山に行くのは遠慮しててくれ。
 それと・・・」ジイサンはここまで言ってから、アゴの先を奥の山地のほうに向け、
「夜になったら見ててみな。面白いことがあるかもしれんぞ」
「それはどんな・・・」こう聞いたけど、それには答えず、
後ろを向いてスタスタとスゴイ速さで歩き去って行ったんだよ。
でね、何となく面白そうだから夜になったらしばらくの時間、山のほうを観察してたんだよ。
1日目、2日目の夜は特に何事もなかったな。
ところが3日目の夜、小一時間ばかり見ていて何も起きなかったから、
もう寝ようかとひき上げかけたんだ。

そしたら、奥の山地の一つの峰で、ボウッと緑の閃光が弾けたんだ。
もちろんずっと遠くのことだから光そのものは小さいけど、
閃光と同時に山肌の広範囲が同じ色に染まった。
「おっ、これのことか」そう思ったとき、今度は隣の峰の頂で赤い光が閃いたんだ。
赤、緑、赤、緑・・・こんな具合に何度も光って、
花火ほど大きくはないけど、そりゃあきれいな眺めだったよ。
「すげえな、修験者の戦いってミサイル戦争みたいなもんなんのかな」
変な感想だけど、そんな風に思ったんだ。
光の炸裂は2時間近く続いたかな。最後に緑の光が大きく山を照らして、
それきりおさまったんだ。いやもちろん、どっちが勝ったかなんてわからないけど、
なんとなく緑のほうがあのジイサンなんじゃないかと思ったよ。

六臂

その夜からまた2日して、そろそろいいだろうと思って山に入ったんだよ。
本気で寒くなってきて、薪もどうしても必要だったし。
さすがに薪はリュックに入れてくるわけにはいかないんで、
ねこ車を押して登ってったんですよ。あちこちに拾った薪を積み上げながら奥まで行き、
順繰りに回収してくるんです。もちろん何度も往復しなきゃいけません。
でね、ねこ車が入れないあたりまで来たら、悪臭が漂ってきたんだ。
肉が腐ったときの臭いで、野生動物の死体が近くにあるんだと思った。
そこで退散すればよかったのかもしれないけど、好奇心を出して見にいったんだよ。
手ぬぐいで鼻を押さえながらね。
そしたら、薮を下っていく白いもんが走るのがちらっと見えた。
そうそう、ちょうど最初に話した渓流の滝壺が下にあるあたりだった。

でね、崖の突端まで行って見おろしてみた。
高さはたいしたことがなくて、谷の流れまで40mといったとこだったな。
修験者の服装をした人が、渓流の中の大岩にすっくと立ってたんだ。
あのジイサンだとわかった。向こうは俺がいるのを知ってるらしく、上を向いて手招きしてた。
「何ですか~」と叫んだら、ジイサンは大笑いしながら小滝のほうを指さし、
それからパンパンと2度拍手をした。
すると、ゆっくりと滝の後ろから水を跳ね上げながら何かが出てきたんだよ。
最初は何だかわからなかった。晒されて白くなった流木のようにも見えたが、
流木が動くわけはない。それはやがて全体の姿を現して・・・
上からだから丸いものの天辺が目に入った。巨大なひとつながりの骨だったんだよ。
水の中の足の長さを考えると、身長は2mを超えていたはずだ。

しかもね、シルエットが不自然で、蜘蛛か蟹みたいなのが混じってる気がした。
滝から完全に出てしぶきがかからなくなると、どうなってるのかが理解できた。
その全身骨格には腕が左右に3本ずつあったんだよ。
しかもその腕は肩のところから出てるのは人間と同じに2本だけで、
中の2本は肋骨の下のあたりから、最後の2本は骨盤のとこから左右に生えてたんだ。
人間のムカデといった感じだ。
ジイサンは大声を出して罵るような言葉を吐くと、また手を合わせて2度拍手をした。
そしたらあっというまにその骨格は崩れて、滝壺のほうに流れ落ちていった。
ジイサンは上を向いて高らかに笑い、ひと跳びで数m離れた岩にうつり、
そのまま近くの大木を猿のように登っていなくなってしまった。
俺は呆然と見てたが、ふと気がつくと、さっきまでの臭いはなくなってたんだよ。






硫黄神社

2014.12.09 (Tue)
準大手クラスの製薬会社に就職できたんです。
といっても、自分は薬学知識とかないし営業部としてですけどね。
でね、1年目の新人研修のときの話です。
これが同業他社と合同のものでした。研修のカリキュラムは、
1年にわたって実施されるんですが、5月の中旬に10日間の合宿研修があったんですよ。
これがものすごい山の中にバスで連れて行かれまして、
そしたら着いたのが研修に参加してるもう一つの会社の社員保養施設だったんです。
そのときは経費節約なんだろうって思いました。
周囲は杉林がどこまでも続く山で、見るようなものはありませんでした。
民間の集落も見あたりませんでしたから、もちろん店なんて一軒もなし。
そのかわりゴルフのハーフコースが隣接してましたし、
テニスコートも10面以上ありました。

施設のまわりの山を切りならして平地にしてあったんです。
あと大浴場は温泉、かなり臭いのきつい硫黄泉でしたよ。
食事は3度とも大食堂のテーブルで、調理師のおばさんらが数人いて作ってました。
建物自体はバブルの頃の建設で、古びた感じもありましたね。
保養の目的で来る社員はあんまりいなかったんじゃないでしょうか。
研修に参加したのは30名ほどですね。内容はほぼ毎日講義でした。
薬科大出のやつらとそれ以外に分かれてやることが多かったですね。
でも俺も何日かは、白衣を着せられて、
ビーカーや試験管を使って簡単な実験をさせられたりもしましたよ。
何の役に立つのかはわかりませんでしたが。部屋は洋室の2人部屋で、
もう一つの会社に研究員として入った石崎ってやつといっしょでした。

これが実に嫌なやつで、理系バカの典型というか、
完全に営業職の俺なんか見下した態度でした。
自由時間もバッグから分厚い洋書を引っぱり出して読んでました。
まあこんなやつにあれこれ話しかけられるより、
俺としてもそのほうがよかったですけど。でね、こいつが異様に風呂が好きで、
大浴場には始めの頃に何度かいっしょに行ったんですが、
毎日2時間以上長湯するんですよ。俺は、じつはあの硫黄の臭いってやつが苦手で、
汗だけ流して終わりでしたけど。あ、そうそう、硫黄といえば、
石崎の会社で出してる「ルルイエ」というドリンク剤が、
たくさん部屋の冷蔵庫に入ってましたが、これが薬臭くて俺はまったく飲めなかったんです。
石崎は一日何本も飲んでましたけどね。あ、すみません、話がそれちゃって。
で、おかしな夢を見るようになったのは研修の3日目の夜からです。

そこの施設の近くの林の中に立ってるんです。施設より高いところでしょうね。
木の合間から建物の屋根が見えてましたから。
でね、夢の中なのにキツイ硫黄の臭いがしたんです。
そうですねえ、俺が温泉に入ったときに体についた臭いが、
夢の内容に影響してたというのはあるかもしれません。
でね、木立の中に細い道があって、施設のある反対側の谷に続いてるようなんです。
後ろに道はないのでとぼとぼそこを下っていくと、
大きな赤い鳥居が見えてくる。どうやら神社に向かってるらしいんです。
もっと下ると、鳥居の向こうに特徴のある神社の大屋根。
千木っていうんですか、あれが見えてくる。
鳥居の下までくると、見上げる高さに神社の名前を書いた額がかかってまして、
「硫黄神社」と読めました。そのあたりでだいたい目が覚めるんです。

翌朝ね、起きたら石崎はもう着替えて朝の体操に出る支度をしてましたんで、
見た夢の内容を話したんですよ。そしたらいつもは、
俺と話すのは時間の無駄みたいな顔をするやつが、ふっといぶかしげな表情になって。
「硫黄神社・・・不思議だな、その夢俺も見た」って言ったんですよ。
で、詳しくその内容を話すかと思ったら、冷蔵庫からドリンク剤を取り出してぐいっと飲み、
そのまま出て行っちゃったんです。
それ以後ですか?俺はほぼ1日おきごとに神社の夢を見てました。
3回目くらいのときにはもう鳥居の中に入っていたんです。
だんだん社殿に近づいていくんですね。
ふつう、神社の参道にいると何となく清々しい気分になるでしょ。
俺は寺社仏閣が好きで、学生時代に何回か京都・奈良をめぐってますんで、
そのあたりの感じはわかります。

ところが、その鳥居をくぐるとすごく不安な気持ちになったんです。
「いたたまれない」という言葉がぴったりです。
神社なのに、社殿のほうには考えられない禍々しいものがいて、俺を待っている・・・
いや、もう石崎には神社の話はしませんでした。
だってまた無視されたら嫌じゃないですか。
10日間とはいえ、あんなやつといっしょに過ごしてると、
殴りたいような気分になってくるんです。
ま、そういうのも研修の内容には入ってるんでしょうが。協調性とかってやつ。
でね、終わりまであと3日というときに、
薬学部出のやつらが実験をしてるとこを見学にいかされました。
説明はちんぷんかんぷんでしたが、石崎もいて難しい顔で機材を操作してました。

その部屋も硫黄の臭いがすごくてね。マスクをしてても気持ちが悪くなりそうでした。
俺ら営業・事務職は11人でしたけど、列になって6人ずつ3グループで実験してる
薬学組のテーブルを回ったんです。
それぞれ別の実験をしてるみたいでしたが、石崎のテーブルはやつがリーダーで、
かなり大きなフラスコに入った毒々しい緑色の液体を、
得意そうに掲げてなにやら説明をしてました。そのときですよ。
これは俺の目の錯覚というか・・・幻覚なのかもしれませんけど、
フラスコの中の緑の液体が揺れると、
中から白い触手・・・ちょうどイカの足みたいなやつです。
それが飛び出して、びちゃっと液面を叩き、また引っ込んだように見えたんですよ。
「え」と思って目をこらしてビーカーの中を見ましたが、
液体の色が濃くってよくわかりませんでしたね。それは2度とは出てきませんでした。

で、いよいよ研修の最後になりました。この日は特に研修内容はなく、
午前中に近くにある神社に全員でお参りをし、それからバスに乗って帰る予定でした。
・・・もうおわかりですよね。
その向かった先の神社というのが、夢の中で見たのとまったく同じだったんです。
鳥居の色といい、木の質感といい夢の中そのまま。
だからね、本当はまだベッドにいて、夢を見てるんじゃないかっていう、
奇妙な感覚に襲われたんです。「硫黄神社」という額も実際にあったんですよ。
びっくりして、やや離れた場所にいた石崎の顔を見ると、やはり呆然としてましたね。
それだけじゃなく、他の研修員らも口々に「ああ、これ夢と同じ」「本当にあったのか」
「どうして・・・」とか小さく驚きの声をあげてたんです。
ねえ、変な話でしょう。30人近い研修員の全員が同じ夢を見るなんてこと、
考えられますか?ああ、話の後で説明してくれる。そうですか。

研修を担当してる人材開発センターの人たちを先頭に、講師の先生、
それから俺たちがややざわつきながら進んでいくと、参道の途中に神職が待っていて、
合流して社殿まで進みました。社殿は一般的な神社の形式で、屋根は夢で見たとおりでした。
手水をとって参拝して・・・でもね、その手水の水も、
透明に澄んでるのに、硫黄臭い臭いがしたんです。硫黄神社だから温泉成分なんでしょうか。
でね、横3列ほどに全員が並んで社殿の前でお祓いを受けることになったんです。
その後、目をつぶって祝詞を聞いていたときです。
「ボフッ」というなんとも形容のしがたい音がして、あたりの硫黄臭さが急激に増したんです。
目を開けると視界がゆがんでました。陽炎のように空気がゆらゆら揺れて見えたんです。
俺は吐き気をこらえきれず、その場に膝をついて吐いてしまいました。
他の研修員もほとんどが同じような状況で。

「ガスが出てる、みな逃げろ!」人材開発センターの班長の怒鳴り声が聞こえたと思います。
咳き込みながら、立ち上がって鳥居のほうへ向かいました。
途中で研修員の1人が俺の肩をささえてくれたんです。
みながよろめきながら鳥居を出たんです。そしたら少し苦しさがおさまりました。
後ろをふり返って・・・社殿の前に3人、人が立ってたんです。
1人は石崎の後ろ姿のように思えました。
硫化ガスだったんだと思いますが、それがまったく平気なようにまっすぐ立って・・・
そのとき社殿の暗い奥から何か白いものが出てきました。
電信柱ほどの太さのそれは先細りの形で、くねりのたくりながら、
先端で3人の顔を触っているように見えました。「高いとこに出るぞ!」という声が聞こえ、
俺らは這うようにして坂を登っていきました・・・こんな話なんですよ。

宿舎に帰り着いて、薬を飲まされたり、俺は吐き気がひどかったので
施設の医務室で注射も打たれました。そしたら嘘のように気分がよくなったんです。
しばらく休んでから、予定から4時間ほど遅れてバスで帰ってきたんです。
神社の前に立ってた3人の姿はありませんでした。
「神社からは出たが、特に具合が悪いようなので大事をとって入院させた」
というような話がありましたね。
でね、そいつらは死んだとか行方不明とかそんなことはありません。
1人は俺の会社で、あと2人は別会社のやつでしたが、
新採用2年目から異様なペースで出世してるんですよ。
石崎はなんとまだ20代なのに、社の研究所の副所長にまでなっています。
まあ、理系の世界はそういうことがあるのかもしれませんが、どう思いますか?

関連記事 『硫黄神社2』







水中観音 (下)

2014.12.08 (Mon)
「水すごく冷たいです。腕の感覚がなくなってきました」山田が言ったので、
「写真撮れ、早く」俺が叫んで、フラッシュが何度か光ったとき、地面が揺れた。
「あ、地震か!」「これヤバ・・・」ジャボッという水音がした。
山田が落ちたんだ。「あぶぶあ」山田のくぐもった叫びが聞こえた。
芽菜の悲鳴がそれに重なった。どうすることもできない、立ってられなかったんだ。
水中でライトがゆらめきながら沈んでいき、消えた。ギチギチと岩が鳴る音がした。
両膝を岩に打ちつけた。痛いというヒマもなかった。
上から何かがヘルメットと背中に落ちてきた。地面にたたきつけられ、
その後のことはわからない。気を失ったんだよ。
・・・どのくらい時間がたったんだろうか。
顔に水滴があたって意識が戻った。でも体が動かない。背骨が特に痛んだ。

視界は・・・わずかに明るい。その方を見ると、
岩壁に背中をもたせかけ足を伸ばしてる人がいて、そのヘッドライトが光ってたんだ。
大小さまざまな大きさの岩がそこここに落ちてた。
ヘルメットがとれて、頭がぐっしょり濡れてる気がした。声を出して・・みたら出た。
「誰だ、おいそこ、大丈夫か?」這っていこうとしたが、
下半身がまったくいうことをきかなかった。
俺のヘッドライトは岩が落ちたときに切れたようで、明かりはその人のライト一つ。
頭を上に向けてるらしく、光が天井近辺をさまよってる。
「みんないるか?誰か、おい?」叫んでも答えはなかった。
手の力だけで、途中で岩に乗り上げながら這った。
その途中でここに入ってきた通路が見えたが、岩でふさがってるように見えた。
岩壁にもたれてる人の足に手が触れた。

ジーンズをはいた細めの足で、芽菜だと思った。「おい、大丈夫か?」
足を揺すって声をかけると、上向きの顔が下を向いた。
明かりが降ってきて、芽菜の腹と太ももの上に30cmほどの岩がのってるのが見えた。
芽菜は「うえ」と言って一瞬こ俺を見て、それから大量の血を吐いた。
両方の瞳がぐるりと裏返って白目になった。「おい!!」俺は泣いていたと思う。
芽菜がかすかに頭を揺らした・・・そうじゃなく、また洞穴内が揺れてたんだ。
余震だったんだと思うがそう大きくはなかった。
ただ・・・その揺れで、芽菜の頭のライトが消え、真の闇になった。
また新たにいくつか石が落ちてきたのか、つかんでいた芽菜の足の感触が消えた。
「芽菜! 芽菜!」いくら名前を呼んでも返事はなく、
ただ滝の音が聞こえるだけだったよ。

俺はどのくらい意識があったんだろう・・・ずっとあったとしたら、
その後に見たものは幻覚じゃないってことになるんだろうか。
でもそんなわけはない。とにかく・・・いつのまにか洞穴ホールの中が光に包まれてたんだ。
それもライトの鋭い光じゃない、やわらかく温かいオレンジの光。
俺のまわりをゆっくり誰かが歩いてる音がしたんだ。それは重々しい足音だったよ。
俺の首が動く範囲はごくわずかしかなかったが、
その足音が左側にきたとき、できるかぎり首を曲げて上を見たんだ。
・・身長は信じられないほど高く見えた。白い仏像・・・いや仏像とは何か違った。
その顔を見上げたとたん、体の痛みが薄れた感じがした。
なんだかすごく気持ちが和らいだんだよ。
頭に固い物いものがあたった。何かがさわってるんだと思った。

ギチギチ石のきしむ音がして、いつの間にか顔がすぐ近くにまできていた。
なめらかな白さの西洋人のような彫りの深い女の顔。
それが一瞬ぼやけて、芽菜の顔に変わった。
芽菜は無表情で、口の端に血をこびりつかせたまま「たすかるよ、わたしたち」
こう言ったんだよ。そして顔はまた仏像のものになった・・・
俺は安らいだ気持ちのまま、今度こそ本当に意識が途絶えた。
「大丈夫ですか、しっかりして!」声をかけられた。
「ああ?」「動かないで!今運び出しますから」力強い声が返ってきた。
「消防のレスキューです。救助にきました」
「芽菜は?」俺が尋ねると、「先に運び出しました。
 ヘリが近くまで来ていますから。もう話をしないで」

・・・ここからは後日談になる。戸木が洞穴の通路が崩れてふさがれる前に逃げ出して、
救けを呼んだんだ。まだ余震が続くのと岩の除去で、救助されたのは崩落があってから
2日後だった。洞穴内では、吉崎が巨大な岩の下敷きになって発見されされ、
地底湖に落ちた山田の死体は、ダイバーが入って何日も探したが見つからなかった。
地震は近くの町で震度4ということで、ほとんど被害はなかったらしい。
ただ、その洞穴地帯の地盤には大きな影響があり、かなりの数の穴がふさがれた。
ああ、芽菜は助かったよ。内蔵に損傷があり、あちこち打撲だらけで、
脱水症状もひどかったがなんとか持ちこたえた。
さっきここまで、俺の車イスを押してきたのがそうだよ。
俺はごらんのとおり、脊椎が2カ所で折れ、神経も切断されて車イス生活になった。
それと、2人も死亡する事故が起きたってことで、大学は辞めざるをえなかった。

しかたがない。地震で天災とはいえ俺が責任者だったし、届けなんかも不備だった。
それに、その後の療養とリハビリに4年間かかったんだ。
いや、こんな体でも結婚もしたし、今は生活は安定してる。いろんな人が助けてくれた。
感謝の気持ちでいっぱいだよ。
あと、キリスト教に改宗したんだよ。奇跡を見たと信じてるから・・・
あの洞穴はまだあるよ。水中の像・・・仏像じゃなかったんだ。
その地域で、おそらく江戸時代に信仰されていたキリシタンのマリア観音だったんだよ。
地域史をいろいろ調べたが、その集落で作られたもんじゃなくて、
流れ着いた難破船の中で発見されたらしい。
それがキリシタン発覚を懼れた村人によって、あの地底湖に沈められた。
あの事故から長い年月がたって、相変わらず評判にもならず静かなもんだ。
俺と芽菜で、毎年お礼をしに行ってるんだよ。

関連記事 『水中観音〈上)』






水中観音 (上)

2014.12.07 (Sun)
俺が大学2年で探検部だったときの話。夏休みの終わり、もう9月に近い頃だったな。
部としては、毎年最大の行事である新入生鍛錬のための合宿を終えて一息つき、
休みの残りの日々を各自の活動にいそしんでたんだ。
たまたま部室に顔を出したとき、耳よりな話を同じ2年の吉崎ってやつが持ってきた。
それは「東北のある洞穴に、地中湖に沈んだ観音像がある」というもんだった。
どうだコレ、一言聞いただけで胸が高鳴るような話じゃないか。
しかも「そこは有名な観光地でもなく、現地には数ある洞穴の一つで、
 仏像のことを知っている者も、わずかな地元住民しかいない。
 理由はわからないが地元ではこの話を広めたくないらしい。
 俺が他の学部で付き合いのあるそこら出身のやつから個人的に聞き込んだ」
どうだ、これはぜひ行ってみようって思わずにいられないだろ。

具体的な計画を頭に思い浮かべても障害は少ないと思った。
交通費がかかるくらいで、洞穴に入るのは前にも経験してる。
特別な装備も知識も必要なかった。地底湖はやっかいだが、潜るつもりはなかったし。
ダイビングの資格を持ってるやつが海外に出てたんだよ。
だからそこは上から強力な水中ライトを入れて、撮影できたらいいとしか考えなかった。
ただこれは地元で宗教的な対象としてあつかわれているかどうかで、
できるできないが違ってくるとは思った。なんにしても情報不足。
当時はネットもまだ始まったばかりで、検索もままならなかったし。
現地に行ってからでないと作戦は立てられないと思った。
俺は幸い月末にかかってバイト代が入る時期にきてたし、金銭的な問題はクリアできる。
3年生は就職活動で引退の時期が迫ってるし、
ここは俺が隊を率いてもいいんじゃないかと思った。

隊員を募ったら、吉崎、それから山田という1年が参加したいと言ってきた。
あと当時俺の彼女だった芽菜、それとこれは隊員でも部員でもないが、
吉崎にこの情報をもたらしてくれた工学部の戸木(これは「へぎ」って読む)が、
地元に帰省していて、向こうで合流するという話だった。
ウイークデーの火曜午前の電車で出発することにし、4時間ほどの行程。
そっからはレンタカーを借りて俺が運転する。
装備はヘルメット付きのヘッドライト人数分の他に、前に部の予算で買った
7万円の水中ライト一機を借りていくことにした。これを竹竿のようなものにくくりつけ、
水中を照らして仏像の写真を撮るつもりだった。もちろん撮れればの話で、
その時点では、仏像がどんな地形のどのくらいの深度にあるかも不明だったし、
水の透明度もわからなかった。

俺と芽菜はいっしょに住んでたアパートから、他の2人はそれぞれ別に駅に集合し、
出発した。東北新幹線から乗り換えて、着いたのは辺鄙な駅。
それでもいちおう市だったし。駅前にレンタカー屋はあった。
そこでミドルサイズの四駆を借りて、さらに1時間運転して海沿いに出た。
吉崎の話から洞穴は山中というイメージがあったが、
そうではなく海岸沿いのやや高所といったところにあるようだった。
しばらく走ると寂れた漁村が見えてきた。このころすでに過疎化が始まってたんだな。
その町の道の駅に寄った。吉崎の友人の戸木と待ち合わせをしていたんだ。
俺らが入っていくと、黒い革ジャンの背の高い男が手をあげた。
テーブルで話を聞いた。・・・洞穴はここから50分ほど。
ただしそのうち30分は車が入れないので歩き。

洞穴は暗く各自ヘッドランプが必要。洞穴はそのあたりにたくさんあるが、
水中観音のあるところはそれほど深くはない。
分かれ道はなく50mほど進めば地底湖に出て行き止まり。
その近辺にはわずかな件数の集落があり、
洞穴内の祭壇に月番でお供えをしているようだが、特に入ることは禁じられていない。
ただし地元民には了解を取ったりしないほうが、
かえってトラブルにならなくていいだろう、どうせ1日入るだけだし。
実は水中観音を見たのは幼児のときで、ほとんど記憶はない。
親にそんなことがあったと言われて、おぼろげに思い出せる程度。
ただ幼児でも見られるくらいだから、水のそんな深いとこにあったわけでもないだろう。
・・・こんな情報を聞いたんだ。

その日はあらかじめ予約していた民宿に一泊し、翌日朝から行動。
民宿では、海水浴場が閉鎖された後の客だったので、
いぶかしがられたが来た目的は濁して言わなかったよ。
戸木もいっしょに泊まって、その夜はかなり飲んだ。
そんな体力を使うような探検でもないと思ってたんだ。
翌朝7時に宿を出発し、小山の中で砂利道が途切れたところで車を乗り捨て、
戸木の案内で薮の中の獣道のようなところを歩いた。
やがて山の表面にゴツゴツとした大岩のむき出した地形となり、
そこここに数mから数十cmの穴が開いているのが見えてきた。洞穴地帯に出たんだ。
さらにしばらく進むと、地上3mほどの高さのところに直径2mない岩穴があり、
その上部にしめ縄がめぐらしてあった。俺らはヘルメットをつけて準備を整えた。

「ここだよ」戸木が言った。岩に石段が刻まれていて、
それを10段ほど登ると洞穴の前に出た。外からは日の光が入らないようで中は真っ暗。
「予想よりずっとせまいな」俺が言うと、戸木は、
「鍾乳洞じゃないんだ。わざわざ昔の人が掘り込んだものらしい。
 だから中は頭をかがめないと入れないし、人2人並んでも通れない。
 そのかわり一本道で分岐もないから絶対に迷うことはないよ。
 地底湖のところは広くて天井も高いはずだ。お前らまさか水に入ったりしないよな」
こう言ったんで、「そのつもりはない」と答えると、
「中はすげえ気温が低いんだよ。そんなに地上と高低差があるわけじゃないのに、
 かなり寒いって話だ。だからウエットスーツなきゃ無理だから」
困ったことが一つあった。

水中撮影用にライトをくくりつける竿を用意してきたんだが、それを持って中へ入れない。
「誰かが体を伸ばしてライトを持った手を水中に伸ばし、それを後ろから支えるしかないな。
 仏像自体は岸の近くで、そんなに深いところにあるわけじゃない。
 明かりさえあれば写真は撮れると思う」戸木が言った。
俺が先頭になり、2番目は探検部ではないが何かのときのために戸木に頼んだ。
3番目が1年の山田で、次が芽菜、しんがりが吉崎という順番。
身をかがめて進んでも、ヘッドライトをつけたヘルメットの上部がときおりこつんと、
洞穴の上部にあたった。せまいし、中の空気も黴臭かった。
岩の壁を手探りしながら進んだが、距離感がわからない。途中で2回ほど曲がったと思う。
突然広い場所に出た。水音がした。
そちらにヘッドライトを向け「すげえ」思わず俺は言った。

高さ10m以上ある岩のホール。正面に幅数mの地底の滝が流れ落ちてた。
その前に黒々とした地底湖、直径7~8mくらいか。ほぼ円形をしていて、
水面を滝の流れ落ちる場所から出た泡が走っていた。
他のメンバーも穴から出てきて俺の横に並び、思い思いに歓声を上げていた。
「この水、滝から落ちた分はどうなってるんだ?」
「おそらく、水中に穴があって他の場所に通じてるんだと思う。
 あの滝の水量からすればそうとうな大穴で、潜れば吸い込まれる危険があるかもな」
「水中観音は?」「たしかあのあたりだと聞いた」
その水面を高光量の水中ライトで照らしてみたが、光が暗さに負けて何も見えなかった。
「やっぱ水に差し込まなきゃだめか」
「俺が中に差し込みます。体重軽いし、万一落ちても泳ぎ得意ですし」1年の山田が言った。

ちょうど岩が平たい台になったあたりで山田が腕まくりして水中ライトを持ち、
腹ばいになったのを俺と吉崎が両足を上から押さえた。
芽菜はカメラ、戸木にはビデオカメラを持ってもらった。
水中にライトを差し入れた。透明度が高いようで、水の中が広範囲に明るくなった。
視界の右に、ちらっと白い丸いものが見えた気がした。
深くはない、水面から数十cmのところに何かがある。
少し山田の体の位置を移動させた。
そしたら見えたんだよ。観音像の頭・・・というかふつうの仏像とはちょっと違ってた。
頭に仏像にある出っ張りがなくつるんとしてたんだ。
ベールをかぶった人の頭のような感じ。それに表面はなめらかで、
ずいぶん長く水中にあるだろうに、苔ひとつついてなかった。

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sun-1229のコピー




契約 (下)

2014.12.07 (Sun)
まあ字に着ついては、これ以上いくら考えてもムダだと思って、内容のほうを見た。
1週間後っていったら、もうすぐに契約の1ヶ月が終わるってあたり。
来るって? 誰が?・・・これもムリ、わかるわけがねえ。材料がなさすぎる。
あきらめて、その1週間後にもらえる手はずの50万だけを考えるようにした。
ん?なんで前金とかもらわなかったかって?
そりゃあ、やることを考えれば1ヶ月の間は金の使いようがないだろ。
それに、俺はあの林田ってやつが信用できる気がしたんだ。まあ単なる勘だけどな。
もしもらえなかったとしても、それはそれで1ヶ月間、
飲み放題食べ放題で暮らしたことになるじゃねえか。
だから損はないと思ってたんだよ。でな、最後の1週間だと思って、
林田が補充したビールや洋酒を飲みきってやろうと思った。
意地汚ねえって?まあな。

あとな、その手紙が来てから仏壇に少し変化があった。
汗をかく・・・結露するんだよ。側面、全面、鎖がじんわりと濡れてた。
これは季節の変わり目のせいってこともあるのかもしれないと思ってたけどな。
トイレのタオルでぬぐってたよ。
で、1週間後。俺がその部屋に入ってから28日目の夜だ。
けっこうわくわくする気もなくはなかった。何が起きるんだろうか気になってたんだな。
変化のない毎日だったし。林田が渡してよこした、携帯の時刻が1時55分を過ぎた。
それを時計がわりにしてたんだよ。そしたら、仏壇から「ドンドンドン」という音がした。
中から木を叩く音だと思った。「来るってこれか!」
音はだんだん大きくなり、中に人がいて暴れてるように仏壇が揺れ始めた。
ありえねえ、人がいるはずがねえ。だって俺が毎日監視してるようなもんだったから。

機械仕掛け?まさか爆発するとか?こんときはまだ怖いとは感じなかったんで、
おそるおそる近づいてみようとしたが、仏壇はぐらぐら揺れ、
倒れるかもしれないほどの状態になった。この下敷きになれば大けがする可能性が高い。
離れてサッシのほうに寄った。そんときだよ。
「パリーン」サッシ窓の俺の胸のあたりのところが割れた。
一瞬だけだが何かがそっから出てきた。裸足の足に見えた。
カーテンをひくと、また何かが窓に近づいてきた。
「パリーン」ガラスが落ちたがさっきほど強くはあたってない。
禁じられていたことを忘れてサッシ戸を開けた。
コンクリのベランダの向こうに揺れてるのは、ネグリジェのようなものを来た女。
窓からの光が当たって、首に縄が巻かれているのがわかった。縄の先は上の階まで伸びてた。

首吊り? そうだ。一目で女が死んでるのもわかったよ。
俯き気味に舌先を出した顔に・・・なんとなく見覚えがあった。
「ドガアッ」今度は部屋の中で大音響があがった。
仏壇が倒れてた、ありえねえ形に。壁際に立ってたのが、
正面の扉が上向きになるように倒れてたんだ。
「ドンドンドン」仏壇の中の音はいっそう激しくなって、
何重にも巻いてあった鎖がぶちぶち切れた。信じられないことばっかりだが、本当だよ。
仏壇の観音開きの戸がバーンと上に向かって開いて・・・
その瞬間、吐き気がこみ上げてきた。思わず膝と両手を床についた。
仏壇の音と動きは収まっていたんで、そのまま這って近づいていった。
中には大量の髪の毛、それも渦巻くように長い毛・・・で、その上に何かがあった。
片手で口を押さえながら拾い上げてみると・・・15cmほどの写真立てだ。

それが2つ、写真の側を向かい合わせにガムテープで貼り付けられてた。
今にも吐きそうなのをこらえて、ガムテープを剥がした。
何の写真だったか想像がつくか?片方は俺の写真だよ。黄ばんで古びた写真紙に映ってるのは、
砂浜に立ってる海パン姿の俺、小学校高学年か?
もう一枚は、同じときに同じ場所で撮ったんじゃないかと思える、
やはり水着姿の女の子・・・誰だったのかは思い出せなかったが、
今どこにいるのかはわかる。ベランダで首を吊って揺れている女だよ。
頭が混乱し、ものが考えられなかった。生臭い熱いものが胃からこみ上げてきて、
写真立てを取り落とし、俺は吐いた。両手が真っ赤になったよ。
血だった。俺はえずきながら2度、3度と吐いた。
大量の血が失われたんだろう。床に倒れ仰向けになって大きく息をついた。
このまま死ぬんじゃないかと思ったよ。

ローブの腹のあたりで呼び出し音がした。林田との連絡用の携帯をふところに入れてたんだ。
荒い息をつきながら、倒れたまま携帯を耳にあてた。
「こんばんは」底冷えするような声がした。もちろん林田の声だ。
「あうあ」俺の喉から奇妙な音が出ただけ。林田は続けて、
「ご苦労様でした。これであなたとの契約は終了です。
 勝手ながらこちらであなた名義の銀行口座を作っておきました。
 そこに約束どおり50万振り込んであります。形式的だと思うでしょうが、
 契約どおりに遂行するのが重要なんです○○さん」たんたんと事務的な口調でこう言い、
一拍おいて「成仏してください」これで電話は切れたんだよ。
俺の手から携帯が床に落ち、今にも意識が途切れそうな気がした。
そんときだよ。ベランダから声が聞こえたんだ。

いや、聞こえたと思った。うつ伏せになり蛇みたいな恰好でサッシまで這っていった。
外には首を吊った女。うなだれ両足をベランダの手すりのコンクリに擦るようにして、
間違いなく死んでいる女、なのに、逃げて」という声が聞こえた気がしたんだ。
「逃げて、逃げて、逃げて・・・・」それが俺の頭の中で渦巻いて。
そんときに女が誰かを思い出したんだよ。
少し体に力がわいてきた。なんとかしゃがんだ姿勢になり、玄関に向かった。
ドアまで来たとき、短くドンと鉄扉を叩く音がしてから一気に開いた。
たまたま俺が扉の陰になったんだ。入ってきたのは林田じゃなく、見知らぬスーツの男が2人。
そいつらが中仕切りから部屋に入ったときに、俺は廊下に出た。
よろめきながら進むと、ホールのエレベーターは生きてた。
その階に待機してたんだ。俺が乗り込んだとき、さっきの2人がドアから出てくるのが見えた。

エレベーターが下に着くなり、俺はマンションの外に出た。
来たときに見た警備員はいなかったんだよ。足がふらついて逃げ切れるとは思えなかった。
だからマンションと隣のビルとの間のせまい隙間に入り込んだ。
体を横にして移動するのがやっとで、これも今思えば運がよかった。
壁を背にしてなきゃ倒れてただろう。そこを抜けると中華街のようなところに出た。
そこでまた小路に入り、でかいポリバケツがあったのに入り込んだんだ。
記憶はここまでだよ。貧血で意識を失った。
・・・気がついたのは翌日の昼、嫌な臭いがした。俺はでかいゴミバケツに入ってて、
足下に動物の内臓が溜まっていた。口の中にも臭いがしたのは、これは俺の血だろう。
体を動かしてみると力が戻ってた。でも、抜け出すときにバケツをひっくり返してしまったよ。
俺は裸足で、血まみれのバスローブ一枚。・・・こっからはもういいだろう。

何とか生きのびてここまできたんだ。
ホームレスの中に入って、この部屋の噂を聞いたんだよ。
本物の体験を話せばまとまった金をくれるってな。それにしてもあんたら力があるんだな。
俺がここの人に連絡をつけたら、林田の追っ手の気配が消えた。
しかも外国に逃がしてくれるっていうじゃねえか。
で、今ここで話をした。十分だろう。まだ、体調は完全じゃねえんだ。
体もそうだが、精神がまいってる。南国に行かせてもらえるんならありがたいよ。
え、何だって?まだ、話してないことがある?
マンションで上から降ってきた、首を吊った女が誰なのかって?
・・・殺生だな。俺の口からは言えねえよ。でもよ、あんたら察しがついてるんだろ。
ああ、そうだ。それで正解だよ。



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契約 (上)

2014.12.06 (Sat)
じゃ話すけどよ。海外に逃がしてくれるって確かなんだよな。・・・そうか。
ここ1ヶ月ばかりの出来事だよ。えーと何からしゃべればいいのかな。
俺はあんまり頭よくないから、あんたらのほうで質問があったら口はさんでくれ。
ある組の世話になってたんだが、下手打っちまって関西に出てきたんだ。
いやいや、正式な組員ってわけじゃなかったから、破門なんてことじゃねえ。
それに追われてたとかでもないしな。
ただこっち出てきてから、できるだけそれ系とはかかわらないようにしてた。
ずっと日雇いやってたんだよ。だけど体壊して、寝屋代を払えなくなった。
で、簡易宿泊所を転々としてたんだ。
あと少しで所持金が尽きていよいよホームレスかってときに、
おかしなやつから声をかけられた。

うーん、組関係かどうかはわからねえ。たぶん違うんじゃないか。
ヤクザの世界はそれなりに知ってるし、右翼とか外国マフィアでもねえと思う。
宗教関係? ああ、そう言われればそんな感じもするな。
金縁メガネをかけた30代の男で、ばりっと仕立てのいいスーツを着こなしてた。
蛇みたいな気味悪い目つきしててねえ。名前は林田。
そいつがネットカフェにいた俺に話しかけてきたんだ。
儲け口だって言うんで聞いたら、これが信じられねえような内容。
あるマンションの部屋に1ヶ月住むだけで、なんと50万くれるってことだった。
最初は瑕疵物件のロンダリングかと思ったが、そうでもねえようだった。
瑕疵物件ってのは知ってるだろうが、自殺や孤独死、殺人なんかがあった不動産の場合、
次の住人にその事実を知らせなきゃいけないってこと。

でもよ、必ずそうしなきゃいけないってわけじゃないし、
間に人をはさんでその条件を消すなんて、どこも今はやってなねえよ。
むしろそういう事件事故があったのを承知で、安ければ借りたいって人間が大勢いるんだ。
しかし悪い話じゃないだろ。詳しいことを聞いてますますわけがわからなくなった。
部屋はやや古いマンションの12階の1LDK。そこは15階だけどな。
で、契約の1ヶ月の間、部屋から出るなって言われたんだ。
食事はどうするか聞いたら、大型冷蔵庫があってそれにパンパンに食い物詰めておくって。
時期をみて補充にくるとも言ってた。とにかく絶対に出るな、部屋にいろ、だ。
まあこれは問題ねえ。1ヶ月寝て暮らせるならありがたいくらいだった。
あとは部屋にテレビはあるがネットはつないでない。
固定電話はないし携帯は所持禁止。ま、携帯は手放してたんで、それもOK。

あともう一つ奇妙な条件があって、リビングの隅に仏壇があるんだが絶対開けるなってこと。
50万だからな、聞いてるうちに断る気はなくなったよ。
で、その日のうちに林田の車でマンションに行ったんだ。
築20年といったとこかな。でも俺の入った部屋の内装は新しかったよ。
フローリングや壁紙ははり替えたばかりに見えた。
確かにリビングのベランダに近い側に仏壇があったが、これがでけえのなんの。
幅はフスマ1枚半、高さは俺の背丈よりあった。黒檀っていうのかな、黒光りしたやつ。
でな、異様なのは、扉が閉められた上にギチギチに太い鎖が巻かれていたことだ。
その鎖には、錠前が3つもついてたんだよ。俺が林田の顔を見ると、
メガネの奥の目が「訳を聞くな」って語ってたんで、何も言わなかったよ。
あとキッチンには仏壇に負けない大型の冷蔵庫があって、中を開けたら、
ハムとか冷凍食品がびっしり詰まってた。これなら1ヶ月暮らせるんじゃないかって量。

冷蔵庫はもう一つあって、それにはビール、飲み物類が満載。
これ以外の家具は流しとベッド、エアコンだけ、イス机すらもなし。
クローゼットに着替えのローブが数着。
あとガラケーを渡されたが、これは林田から俺にしかつながらないって言った。
「まずかけることはないでしょうが、万が一のために」つまり指示用ってことだな。
最後に、部屋からは絶対に出ないよう念を押された。
「できるだけ玄関のドアも開けないようにしてください。集金等は来ないはずです」
でな、言外に、監視がついてるみたいなことも臭わせやがったんだ。
いや、言うとおりにするつもりだったよ。50万がパーになったらいけねえ。
林田はここまで説明すると、仏壇に近寄って鎖の具合を確かめて帰ってったんだ。
でな、ふかふかのベッドに寝転んで考えた。これはどういう絵図なんだろうって。

しかしなあ俺の頭じゃ何も思いつかなかった。
そうそう、ベランダにも出るなって言われたんだよ。
だから、サッシから外の様子をうかがってみた。
南向きの窓で、そこより高いビルは見あたらず、突き当たりにそう高くない山が見えた。
ベランダは遠くから監視されてるかもと思って、それからずっとカーテン閉めてた。
で、その日はテレビを見てビール飲んで寝たんだ。
発泡酒すらずっと口にしてなかったから、気持ちよく酔ったよ。
で、最初の1週間は特に何もなかった。
訪ねてくるやつもいねえし、ドアのスコープから覗いても人が通る様子もない。
この階、いやもしかしたらマンション全体に俺しかいねえんじゃねえか、
と思えるほど静かだったんだ。退屈は退屈だった。テレビ見る他にやることがねえからな。
風呂にもあまり入らなかったし、だんだんに夜起きてて日中は寝てるようになった。

言われたことは忠実に守ってたよ。俺に50万払えるんなら監視を雇っててもおかしくねえ。
それに林田だってどっかの組織の人間だろうから。
・・・異変が起きたのはマンションに入って1週間過ぎたあたりだよ。
夜中の・・・たぶん2時頃だな。奥にある仏壇の中で音がした気がした。
ごくごくかすかなもんだった。爪でひっかくような感じと言えばいいか。
で、近寄ってみたら音は消えた。気のせいかと思ったが、
しばらくするとまたカリカリカリ・・・
でもそれっきりで音は止んだ。いや、それ以上は考えないことにしたよ。
いくら俺がバカでも、この部屋のっていうか、
俺がやってることの焦点がその仏壇にあるってことくらいはわかる。
でもよ、もし万が一警察が介入してくるような事態になっても、
「俺は何も知らなかった」って言えるなら、それが一番だろ。

音はそれっきり聞こえなかったよ。で、さらに1週間が過ぎ、
冷蔵庫の食料はまだ十分あったが、ビールのほうが底をついてきた。
毎日かなり飲んでたからな。そしたら日中の4時頃、
林田が突然ビールケースを抱えてやってきた。
「もう半分近くたちましたね。お変わりはありませんか」って、
相変わらず嫌みに慇懃な態度で。
俺が「快適ですよ」って答えると、何も聞かず、部屋の中を確かめることもしないで、
ビールを補充して帰ってった。でな、翌日おかしなことがあった。
昼の2時過ぎに目が覚めて、まだうつらうつらしてたら玄関のほうでガサッという音がした。
テレビ以外には音なしの世界にいたからすぐに気がついたよ。
中戸を開けてドアを見ると、郵便受けの口に封筒みたいなのがはさまってたんだ。

・・・外に出るなとは言われてたが、こういうのはどうすればいいのかわからなかった。
指示があるときは林田から携帯にかかるって話だったし。
ほっとこうかとも思ったが、好奇心に負けて引き抜いたんだ。
真っ白な縦封筒だった。でな、封はされてなかったから中を見たんだよ。
そしたら紙切れが一枚入ってるだけ。B5のコピー用紙を畳んだもんだった。
開くと、真ん中に縦書きでこう書かれてたんだ、
「1週間後、午前2時にきます」ってな。
それが、変だったんだよ。「1週間後、午前2時」のところまではワープロ打ちで、
その後の「にきます」って部分は、紙を1字1字小さく切り抜いたのを貼りつけてたんだ。
ほら、よくドラマの刑事番組なんかで、
誘拐犯人が脅迫状に新聞切り抜いたのを使ったりするだろ。

あんな感じ。でもよう、全部それだったら意味はあるかもしんないけど、
最初のほうがワープロで、そこだけ切り抜きって意味わかんねえだろ。
しかもよ、貼ってあるのは活字じゃなかったんだ。
子どもの字としか思えなかった。切られてる紙も新聞とかとは違った。
でな、その字、なんとなく見覚えがある気がしたんだよ。
もしかして子どもの頃の俺の字じゃないかって。
まあな、誰の手紙かわからねえが、そんなことをする意味はねえよな。
だけどよ、俺なりに考えて「にきます」のとこを、ベッドのシーツに指で何度か書いてみた。
したらやっぱり、俺の字って思えたんだ。
小学校の頃作文か、文集かなんかから切り抜いたもの・・・
でもな、そんなの残ってねえ。俺の実家はとうになくなってるから。
考えられるとしたら、その頃の同級生、担任が持ってたもんか?

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霊障 3題

2014.12.06 (Sat)


子どもの頃、まだ田舎に住んでたときの話。
まだジイサンが健在で、毎日のように山から山菜採ってきたり、釣りしたりしてた。
これはジイサンにしてみればお遊びじゃなく、家の家計の足しにしてるつもりだったようだ。
だから、行けば何かしらの食い物を収穫してくる。
で、家で持ってた裏の山に畑をこしらえると言い出した。
それで小学校高学年だった俺に、休みの日に手伝えって言った。
山といっても高くはなく50mもないとこだが面積は広い。
田舎だから売っても二束三文だし、高価な木も生えてなかった。
4月の日曜日の朝からジイサンの軽トラに乗って山の下まで行き、
積んでたネコ車を降ろしてわずかについてる道を上った。
ネコ車には木杭とプランターがいくつも積んであって、用意万端だったよ。

そっからはかなり重労働だった。山の中のあちこちで、
高い木のない日当たりのいい場所を見つけては、プランターにシャベルでそこの土を移す。
で、カタカナで「イ、ロ、ハ」と書かれた杭を土をとった場所ごとに打ち込んでいくんだ。
もちろんネコ車はプランター2つ積めばいっぱいになるから、
何度も軽トラを往復しなくちゃならなかった。
そのプランターには打った杭と同じカタカナをマジックで書いたんだ。
だからその日の終わりには、家の庭にカタカナ入りの白いプランターが8つほど並んだ。
ジイサンに「これは何するもん?」って聞いたら、
「地味をみる。これらに小さい種類の人参を植えるから」って答えた。
そんときは「ふーん、意外に準備がかかるもんなんだな」って思ったくらいだったな。
で、ジイサンがそれぞれに種を蒔いて、収穫は8月くらいになるらしい。

人参はジイサンが一人で世話をしたが、たいした手間がかかるもんでもなし、
俺は気にとめてなかったけどな。
夏休みになって、かなり葉が繁り収穫の時期になった。
ジイサンは俺に「お前も将来畑やるかもしれんから、見てれ」
そう言って、人参を抜くのを手伝わせた。
ミニ人参だから栽培期間は一般種より短いけど、たいして量がとれるわけじゃない。
食っちまえばあっという間だろう。新聞紙の上に土のついた人参が並び、
最後から2つ目の「ヘ」の人参を抜いたら・・・これが長かったんだよ。
しかも先が枝分かれしてねじけ、人の形に見えた。両側に短い手のような突起も出てた。
「ああ、これはダメだ。この土は山に戻してくる」ジイサンは人みたいな形の人参を土に戻し、
そのプランターを軽トラに積んで山に向かった。
で、「ヘ」の場所へ行ってどさっとプランターをぶちまけた。

「何でこんなことするんだ?」と俺が聞いたら、
「ここは畑にするにはダメな場所だ。地味をみるって前に言ったが、
 じつはかかわっちゃいけない場所を見つけるほうが大事なんだな」
ジイサンは地面に落ちた人型人参を取り上げ、ボキッと折った。
そしたら、耳の奥に「オーン」というような音が聞こえた。
実際に音がしたんじゃなくて、頭の中に響いたって感じだ。
「ここで何があったかしらねえが、まだ怨みが消えてない。畑にすれば家に悪いことが起きる」
そう言って、持ってきた酒をふりかけ、米をお供えして、
なにやら口の中でもごもごお経か呪文みたいなのを唱えてた。
その後、他の場所からいいとこを選んで、ジイサンはネギや大根を植えた。
それから15年も畑をやってたが、ある日山から戻ってこないんで、
心配したオヤジが見にいったら、あぜの中に倒れ、手に大根をつかんだまま事切れてたんだよ。

シークレット

すごく体の調子が悪くなったんだよ。肩がすごく重くて、いつも頭が痛い。
しかも息苦しい。ぜったい何か病気だろうと思って、会社を休んで病院で検査を受けた。
ところが異常らしい異常は見つからなかったんだな。
ただ頭部のレントゲンを見たベテランの医者が、
「ここじゃないところを紹介します。紹介状を書きますから、
 騙されたと思って行ってみてください」
こう言ったんだ。でね、行った先が宗教施設のようなところでちょっと驚いた。
医者がそこの施設と結託して、信者を増やそうとしてるのかと思ったくらいだ。
紹介状を出すと出てきたのは40過ぎのオバハンで、
巫女さんを派手にしたような服装をしてたんだ。巫女オバハンと祭壇のある一室に入ったが、
イスにかけるなり、「これは極めてよくない霊障です。命にかかわりますぞ」って言われたんだ。

さすがにビビるだろ。これまでこの手のこととは縁のない人生を送ってきたし。
オバハンはさらに続けて、
「こっちも相応の準備をしてかからなければいけません。
 それまで応急的に霊を避ける方策を今から教えますから」こう言って、
ある方法を指示されたんだが、それがじつにじつに意外なことだったんだよ。
あのほら、シークレットシューズってあるだろ。かかとのところに詰め物がしてあって、
それを履くと背が高くなるやつ。あれを通販で買え言われたんだ。
それも3種類。家の中で履くやつ、会社の中で履くやつ、通勤なんかの外で履くやつ・・・
で、2日後からそれ履いて会社に出たもんだから、相当変に思われたよ。
だってもう見た目を気にする年じゃないし、背も平均以上ある。
それが急に10cm近く高くなったわけだからね。

さすがに霊能オバハンの指示だとも言えなくて、陰口言われるのをガマンしてたよ。
でもな、これを四六時中履くようになってから、なんとなく息苦しさは改善してきたんだ。
寝てるときは効果がない感じだったけどな。
やがて1週間くらいしてから、オバハンから「準備ができた」って連絡が来て、
もう一度その宗教施設に出向いた。そしたらでかい祭壇のある大広間に連れていかれ、
そこの幹部や信者に囲まれて、3時間近い儀式があったんだよ。
でね、それが終わったら嘘みたいに体の調子がよくなった。
ただね、スゴイ金額のお布施を請求されたよ。「命が助かったんだから安いもんだ」
ってわけだ。・・・払ったよ、しかたなく。でね、最後にオバハンに聞いてみたんだ。
「何でシークレットシューズ履かなきゃなんなかったんだ」って。
そしたらオバハンは少し笑って、こともなげに「あんたの後ろで霊が首を絞めてたから、
 少し高さをずらしたんだ。霊はそういう微調整は苦手だから」こんなふうに言ったんだよ。

英語

アメリカントラッドってわかるかな。ファッションだよ。
そういうのが好きでよく古着屋に通ってたんだ。でね、紺のカーコートを買ったんだよ。
メルトンの厚い生地で、腰までの長さがあるやつ。
でね、気に入ったんだけど、それ買ってからおかしなことが起きるようになった。
ぼーっとしてるときに、ふと気がつくと英語で一人言を言ってるんだよ。
いやいや、英語なんてぜんぜんできねえ。高卒だし、勉強大嫌いだったし。
でな、それだけじゃなく、寝言でも英語しゃべってたらしいんだ。
まあこれは自分じゃわからないが、同棲してる彼女がそう言うんだ。
寝てると急にイビキをかきはじめたと思うと、
目をつぶったまま上半身を起こして大きな声で叫び出す。それが英語に聞こえたって。
彼女のほうも英語なんてできねえから、意味はわからなかったそうだ。

ずっとおっかしいなーと思ってたんだよ。
それから数日後、また寝てるときに英語で叫び出し、目をつぶったまま起ち上がり、
クローゼットからカーコートを出して着込んだ。それだけじゃなくキッチンから包丁を持ち出し、
それを握りしめて外に出ていこうとしたんだそうだ。いや、自分じゃぜんぜん覚えてねえ。
そんときは彼女が止めようとしたのを暴れてふりほどいたから、
しかたなく後ろから頭をフライパンで叩いたらしいんだ。
それで目が覚めた。・・・まだ頭にコブがあるよ。
でな、さすがにヤバイと思ってたら、彼女がつてを頼ってある宗教施設のことを聞いてきた。
バカ臭い気もしたけど、ちょっと洒落にならないとも思ってたから2人で行ってみた。
そしたら巫女の恰好をしたケバケバしいオバハンが出てきて、
カーコートのせいだろうから持ってこいって言った。

で、いったん戻って車で持ってって見せたら、
ペタペタ貼ってたワッペンの胸と背中とこを遠慮なく剥がしたんだよ。
したら焦げたような穴があったんだよ。オバハンは、
「裏地は取り替えてるようだけど、これ銃撃の穴だから。着てた外人さんが、
 日本に来てしまってるのもわからず復讐しようとしてるんだね」
そう言って、祭壇のあるとこに連れてかれた。
大勢の信者が出てきて、コートを祭壇に置いて儀式が始まったんだ。
いや、俺からしたらうさんくさいとしか言いようがなかったが、神妙にしてたよ。
儀式のお経?の声が一番高まったときに、コートからふーっと人の姿が宙に現れた。
大男の黒人に見えたな。で、そいつはあたりを見回して一瞬驚いた顔をしたが、
両手を組んで目を閉じ、そのまま天井をつきぬけて空に昇ってったんだよ。
お布施はそんなに高くなかったよ。カーコートは施設に預けたから無駄金になったが、
まあしかたねえ。こんな話なんだ。あんたらも古着は気をつけたほうがいいぜ。






粘土の思い出

2014.12.04 (Thu)
海難碑

これは僕が小学校1年のときのことだから、自分にははっきりした記憶がないんです。
周囲の人の話から、こんなことがあったんだろうって組み立てた内容なんで、
もしかしたら事実とは違ってるかもしれません。
夏休み明けてすぐ、工作室で粘土で遊ぶ授業をやってたらしいです。
まず最初に粘土をとにかくこねてこねてこねまくる。
ふわふわのクリームみたく、どんな形にもできるまでです。
1年生だから手に力がないし、そこまでするまでにだいぶ時間がかかったんだと思います。
それから柔らかくなった粘土を高いところから下に落とす。
すると変な形にゆがみますが、それをさらにヘラで切る。
その切り口の形を見て、自分が連想したものを造形する。
こんな授業だったようです。これは後に当時の担任の先生から聞いたんですけどね。

児童が6人1グループで図工室の大机に座って、みなが思い思いのものを作ってる。
こういうのって、一部の飽きっぽい子をのぞいて、
小学生ってとても熱心にやるんだそうです。先生が机間をまわって歩いてると、
女の子の「○○ちゃんがたいへん!」という叫び声が聞こえた。
この○○ちゃんって僕のことです。
それで声のしたほうを見たら、僕がイスに座った状態でピーンと背筋を伸ばし、
白目を剥いて、口から泡を吹き出してたんだそうです。
先生が揺り動かしても固まったままだったので、走って保健室に行き、
養護の先生を呼んできたということでした。
養護の先生は僕の様子を一目見て発作状態にあると思い、
教頭先生に連絡して救急車を呼んだということでした。
でね、僕が運び出された席には、粘土で作った石碑みたいな形のものが残されてた。

先生が病院から帰ってから見つけたんです。その石碑の形をした造形物を見たら、
表面に「殉難碑」ってヘラの先で掘られてたんだそうです。
でも、小学校1年生にそんな難しい字って書けないですよね。
とくに本が好きだったなんてこともないし。
僕はそのまま入院しましたが、意識はわりと早く回復して、
2日後には退院することができました。
入院した翌日の午後、先生がお見舞いに来てくれたときに、
会社帰りに病院に寄った父親と会って、その話をしたそうなんです。
そしたら父親は考え込んで、「夏休みの終わりに息子と海水浴場に行ったが、
そこの沖で昭和初期に大きな輸送船の沈没事故があり、
その鎮魂のために建てられた碑を息子といっしょに見た」って言ったんだそうです。
これも後で父親に確かめてみたんですよ。

でもね、父親は粘土の造形を見てないし、担任の先生はその碑を見てないから、
両者がどれだけ似ていたかはわかりません。
結局、僕が「殉難碑」という字面をどういうわけか映像的に記憶していて、
粘土に彫り込んだんだろう、ということになりました。
まあ、それが一番無難というか、ありうべき解釈なんでしょうけどね。
そんなことがあったらしいんです。この後は、発作らしきことは起こしてないので、
症状も一時的なものだったんだろうと思います。
でね、これがきっかけというわけでもないんでしょうが、
僕は粘土遊びがとにかく好きになりまして、
現在は彫刻でなんとか食っていけるまでになったんです。
これからもう二つ話をしますが、どちらも粘土に関わりのある内容です。

土地神様

小学校4年生の時ですね。この頃の記憶はあります。
記憶があるだけに、自分の見たことが信じがたいんですよ。
自分の部屋で粘土で遊んでました。前に話したように、粘土が好きになってたんです。
ものを作るだけじゃなく、こねる手の感触も。
ただの丸っこい固まりが、手でひねるだけで何にでも変わっていく・・・
机の上に新聞紙を敷いて、その上で熱心に何かをこさえてたら、
2つ年上の姉が部屋に入ってきて、しばらく見ていましたが、
「粘土を半分貸して」って言ったんです。
姉は絵を描くのは好きでしたが、どっちかといえば粘土なんてバカにしてたのに。
そのときは自分も作りたくなったんでしょう。
僕は分けるのは嫌だったんですが、そのとき姉が魅力的な提案をしました。

2人で土地神様を作って、どっちが似てるか比べてみないかって。
この土地神様というのは、家の近所の辻のお堂で祀られてる木像なんです。
たしかこのあたり一帯を昔々に開拓した神様ってことだったと思います。
髪を「みずら」という昔の形に結って、古墳時代の服装に太刀を履いた武人の姿でした。
でね、粘土を二つに切って、同時につくり始めたんです。
そんなに時間がかからず2人ともできたんですが、
僕は実際にいつも見てた像に似せた形に作ったのに、
姉のはなんかマンガに出てくるキャラクターみたいにかわいい形をしてたんです。
2人が作った土地神様を二つ並べてみました。
僕が「自分が作ったののほうが似てる」って言うと、
姉は「そんなことはない」と反論して、とうとうケンカになってしまいました。

姉弟ゲンカはよくしてたんです。姉は男勝りの性格で負けず嫌いでしたから。
でね、姉が僕の髪を引っぱり、いっしょに床に倒れてドタンバタンしてました。
小6女子と小4男子ですが、姉のほうがずっと体が大きく力も強くて、
いつも勝ってたんです。このときも僕が組み敷かれて、泣き出しそうになりました。
そのとき机の上で、シューッという音がして、もうもうと白い煙があがったんです。
何事かと姉が力を抜き、2人とも立ち上がって見ると、
2つ並んだ10cmくらいの土地神様の姉の作ったほうだけが、
ドロドロに溶けて煙を出してたんです。
姉は呆然としてそれを見てましたが、煙が収まったので部屋を出てってしまいました。
その粘土は、しばらくして溶けた形のまま固まってきたんですよ。
あまり変なことなんで親には2人とも言わなかったはずです。



ついこの間のことです。一人暮らしをしていた父親が急に倒れてその日のうちに亡くなり、
葬式などが終わった後、実家に戻って遺品の整理をしていました。
もう住むもののない広すぎる家なんで、売ってしまおうと思ってたんです。
とっくにこの家は出て、今は東京に住んでるんですよ。
でね、2階の押し入れを整理してたら、いくつもダンボール箱が出てきまして、
僕と姉が子どもの頃に使ってたものが中に入ってたんです。
おそらく僕と姉の机の中にあったものを捨てきれず、
そうやってしまっておいたんだと思います。
懐かしさのあまり、整理の手を止めて中のもの一つ一つに見入ってしまいました。
夏休みの日記帳。黄色く日に焼けた算数ドリルとか、
見覚えのある昔のキャラクターのついた筆入れとか・・・

でね、これも見覚えのある緑色のプラスチックの長方形の箱が出てきました。
横に「□□小学校 大宮○○」って僕の名前が入ってました。
小学校3年くらいで粘土の授業は終わって家に持ち帰ったものに、
さらに粘土を買い足して遊んでたやつです。
前の話の土地神様を作ったのもこの粘土ですよ。
・・・粘土ってのは、ほうっておくとすぐに油分が抜けて、
ぱさぱさの土に戻っちゃうんです。
これも中はそうなってると思い持って振ってみました。
そしたらけっこう重さが残ってて、中身が詰まってる感じがしました。
カラカラとかそういう音はしなかったんです。
フタを開けようとしました。ところが油が固まったせいかなかなか開かない。

それで、座ったまま箱を膝の間にはさんで、両手でフタを引き上げたんです、
パカンといい音がしてフタが開き、僕は後ろにひっくり返りそうになりました。
中に人の顔がありました。浮き彫りのように上を向いて鼻や唇が突き出ていたんです。
箱は横10cmもないので、実際の1/3くらいの人の顔。
だれかはすぐにわかりました。姉の顔・・・それも小学生ときのものだと思いました。
目を見開いてましたが、まぶたの間の目には瞳がなく、つるんとしていました。
「あっ!」と思った途端、表面からシューッと煙があがり、
熱くなって箱を放りだしてしまいました。土地神を作ったときと同じような感じです。
煙はすぐに収まったんで上からのぞくと、姉の顔は崩れ全体がひび割れていました。
さっきは、よくこすったみたいに表面がなめらかに光ってたのが、
ザラザラの固まりがあちこちにできて、ちょっと振ったら畑の土くれみたいになりました。
・・・姉は高校1年のとき、友だちと海水浴に行って溺死したんですよ。