チキンレース

2015.01.31 (Sat)
今年の夏のことですね。不可解な現象がありました。
場所は地元で心霊スポットと言われてる、放棄されたパチンコ屋です。
えー何年くらいそこにあるのかなあ。少なくとも俺が子供時分にはあったし、
幽霊の噂も出てたと思います。聞いたことがありますから。
でね、何から話せばいいのか・・・
きっかけは別の心霊スポットでのことなんです。これは郊外にある廃農家。
そこに4人で行ったんです。中学3年のときの同級生で、今でも遊び仲間なんですよ。
男ばっかりです。そこはレアなスポットで、ほとんど人が侵入した形跡はなし。
場所も山の中腹にあって、集落の他の家からは離れてて、不気味なとこでしたよ。
いつものように、懐中電灯を持って侵入し写真を撮ったんですが、
囲炉裏を切った部屋に入ったとき、突然4人の中の誰かが大声で叫んで、
それをきっかけに皆が走って逃げ出しちゃったんです。俺らにしては珍しいことですよ。

西脇ってやつの車まで逃げ戻ってから、
その西脇と篠田ってやつがケンカになっちゃったんです。
きっかけはくだらないことで、篠田が西脇に、
「お前が変な叫びを上げるから皆が逃げ出しちゃっただろ」って言って、
西脇が「俺が叫ぶ?バカ言うな、お前がやったのを人のせいにすんなよ」
こう返したんで、そりゃケンカになります。2人で「お前が臆病だ」
「お前のほうこそ臆病だ」って言い始めて、収拾がつかなくなりました。
で、2人ともカンカンで、西脇が「お前は車に乗せない」って篠田に言って、
篠田は「別にいらねえよ」って、止めるのも聞かず歩いて帰っちゃったんです。
うーん、最初に叫んだやつですか? ちょっとわかんないですね。
俺は霊現象なんて一切信じてませんから、俺らのうちの誰かなのは間違いないでしょうが。

ということがあって、それから2週間以上、西脇と篠田で連絡をとってないようだったから、
俺ともう一人の木村ってやつとで相談して、仲直りさせるように考えたんです。
でね、木村が「チキンレースを2人でやらせたらどうだろ」って言い出したんです。
ええ、チキンレースはチキンゲームとも言って、チキンは鶏だけど、
臆病者って意味もありますよね。車やバイクなんかで、
ヨーイドンで崖や障害物に向かって突っ込む。それで早くブレーキをかけたほうがチキン、
臆病者になって負けってことになります。
ま、くだらないゲームですが、事故って死んだ人の話も聞いたことがありますよ。
「しかしバイクとかでの臆病ってのと、心霊はまたちがうだろ。
 それに、西脇は車持ってるが、篠田はバイクの免許だってねえ。無理じゃん」
そう言ったら、「そうじゃなく心霊関係でチキンーレースやるんだよ」って。

詳しく話を聞いたら、こんな計画でした。最初に出てきたパチンコ屋の廃墟ね。
そこには4人で前に1回行ったことがあるんですが、
表からも裏口からも入れるようになってるんです。
「だからよ、西脇が表、篠田が裏、まあどっちでもいいけど。
 同時に入ってきて、店の中央で落ち合うようにするんだ。それを俺らが見てて、
 どっちの様子がブルってたか判定するってのはどうだ」
「うーん、しかし俺らが中にいるのがわかるんなら怖がらないだろ」
「あ、そうか。じゃ、あいつら懐中電灯なしでやらせたらどうだ。
 あそこはあちこちガラスが割れてて、外灯の光が入り込んできてるから、
 なしでも大丈夫だろ。俺らからも見えるし」
「転んだりしたらキケンそうっだけどな。それにあいつらやるって言うかな」

「相手から持ちかけたことにして話そうぜ。西脇には、
 篠田がこんな話してたって言うんだ。意地張ってるだろうからやるんじゃないか」
「後でバレるだろ」「別にいいじゃね」
「ああ、そりゃやりそうだな。だけどよ、真面目に俺らが判定するのか?」
「そうじゃなくて。これは仲直りさせるためなんだから、後で俺らが、
 どっちも同じくらいビビってブルってたって言えばいいんじゃねえか」
「うーん、くだらないけど、ほっとくよりはいいか」
こんな話になって、木村と俺でそれぞれに連絡したんです。
2人とも「やる」って言ったんで、次の土曜、別々にパチンコ屋の表と裏に来て、
11時になったら同時に入る。パチンコ台のある1階の自動販売機の前まで来て、
そこで出会って握手をするって段取りになりました。

で、俺らはパチンコ台の列の陰に隠れて見てるんです。
土曜日になって、細かい雨が降ってましたけど、暑さがやわらいでいいくらいでした。
俺が篠田、木村が西脇についてパチンコ屋まできました。
でね、最初に俺らが入って落ち合い、2人が来る様子が見えやすいとこに隠れたんです。
11時になりました。だいたい2人が同じ距離を歩くように、
表の西脇は景品所のほうから入らせたんです。そのうち11時になりました。
でね、そこに来るまで走っても2分以上はかかるはずだったんですが、
すぐ篠田の姿が見えたんです。それがね、手に何か持ってて、
暗くて見えづらかったんですが、大きな尖ったガラスのかけらのように見えたんです。
「お、篠田早ええな。武器なんか拾ってきてビビりまくりじゃねえか」
こう小声で話しました。

でもね、歩き方は堂々としてたし、顔も怖がってる様子は見えませんでした。
10秒もたたず、反対側を回って西脇が出てきましたが、やつも手に何か持ってました。
細長い鉄の棒・・・パチンコ屋の店員が玉詰まりを直すための道具じゃないかと思いました。
「あーこっちも武器持ってる」「いつも懐中電灯持ってるから、手持ちぶさたなんか」
でね、2人はつかつかという感じで歩み寄って・・・握手するはずだったんですが・・・
いきなり西脇が鉄の棒で篠田の横っ面を殴りました。
ガクと篠田の頭が揺れましたが、体の体勢は崩れず、
持ってたガラス片を西脇の腹に突き立てたように見えました。
そのまま2人はもつれて倒れ、「おいバカ、よせ!」俺らは飛び出したんです。
そしたら、また一人裏口からやってくるやつがいる。それが篠田だった。
「えっ!?」タタッと足音がして、もう一人の西脇も顔を出したんです。

「え?え?」俺と木村が驚いて床を見ると、重なって倒れたやつらの姿がなかった。
懐中電灯で照らしてみても、厚くホコリが積もって、人が転んだ様子なんてなかった。
「何だよ、さっきちらっと人の姿が見えた気がしたけど」篠田が言い、
「それ・・・お前らだよ」俺が答えた。
まあね、こんなことがあったんですよ。おかしな話でしょ。
最初に武器持ってやってきた2人は俺らの幻覚かもしれないけど、
篠田も見てるっていうし。正直わけわからなかったです。
心霊スポットはあちこち行きましたけど、こういう体験はもちろん初めてですよ。
ええ、そうですね。結果的には西脇と篠田は仲直りしましたから、
当初の目的は達せられたんですけどもね。
でね、何が起きたのか少し考えてみたんですよ。

心霊スポットで変なものを見るのは、もしかしたら、幽霊がいるんじゃなくって、
行ったやつが何かを自分らで作り出してる場合が多いんじゃないかって。
それが幻覚なのか、それとも超能力の類なのかわかりませんけどね。
あのときだって、西脇も篠田も、
怖いというよりビビった姿を見せまいとして緊張してたでしょうし、
俺らもやつらが姿を現すのを暗い中で注視してた。
そんな心理状態が、何かを生み出して見せた・・・こういう仮説はどうでしょうか。
まあ、素人考えですからね。違ってるかもしれません。
ただほら、心霊スポットっていろんな噂があるじゃないですか。浮浪者が死んでたとか、
経営者が首を吊ったとか・・・そういうのを頭に置いていくと、自分らが作り出したものを、
実際に見てしまうことがあるのかもしれませんよね。








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2015.01.30 (Fri)
祖父の時代までうちの家系は資産家でして、何代か町長も出してるみたいなんです。
今は零落して、親父はずっと一介のサラリーマンでしたよ。
確かに住んでる家の地所は広いし、山の権利とかもあるんですが、
田舎だから現金化できないんです。
なんでこんな状態になったかというと、祖父の浪費が主たる原因です。
いや、事業を起こしたとか、政治に入れあげたとかそんなことじゃなく、
次々と骨董の美術品を買ったからなんです。
それもね、美術的な価値の高いものというより、曰わくつきの品が多くて・・・
つまり、持っていると何か変事が起こるような物ってことです。
呪いの品? うーんまあ近いかもしれません。
価値が高い物なら売り払ってしまえばよかっただろうって?

いや、祖父が亡くなったときにほとんどを売ったんです。
それで、少なくとも借金はなくなりました。買い手を探すのがたいへんでしたけどね。
祖父に取り入ってた骨董屋連中は、死の知らせを聞いた途端みないなくなってしまって。
親父は素人でしたから、ずいぶん本来の価値より安く売った物もあるんだと思います。
まあ、しょうがないです。持ってたら障りがあってよくないことが起きる物が多く、
それを押さえるために、複雑な儀式をしなくちゃならないなんて理由もあったんですよ。
でね、最後まで買い手が見つからなかった品もいくつかあります。
それらは家の裏手にある蔵に保管されていまして、
自分の代になってからは中の物を外に出したことがありません。
危険な品の手入れのために私はときどき入りますけど。
ですから、今してる話は親父の代のことなんです。

手鏡

こんな田舎ですから、滅多に犯罪なんて起きないんですが、
一度だけ蔵に泥棒が入ったことがあるんです。、
見た目は古風で造りは立派な蔵ですからね。そのわりに監視カメラとかの防犯設備はないし、
忍び込みやすいと思ったんでしょう。バカなやつです。
つかまってからわかったことですが、こいつの手口というのが、
梯子を使って屋根に登り、厚い屋根瓦を何枚かはがして侵入するという本格的なもんでした。
京都あたりで仕事をしてた蔵専門の泥棒だったみたいです。
私が子どもの頃でしたけど、夜中に叫び声が聞こえたんです。
「うわーちちちち」って。その頃母屋のほうは、厠が外にある昔の家でして、
外の音もよく聞こえたんです。目を覚ました親父が木刀を持って出てみると、
蔵の前で松明ほどの火が燃えてて、焦げ臭い臭いがする。

それだけじゃなく、火が動いてたんです。「あっち、あっち」と叫びながら。
近寄っていくと男がばたばたしていて、その頭髪が燃えてたんです。
親父はとっさに、着ていた丹前を脱いで男の頭にすっぽり被せました。
それで火は消えたようでしたから、その後に木刀で一発叩いて、
荒縄で丹前ごと縛り上げたんです。そして駐在を呼びました。
まあね、木刀で叩いたのは余計かもしれなかったです。
警察にもそのあたりは絞られたようですけど、結局泥棒でしたからね。
こっからはその泥棒の話です。
「天井から降りて蔵の2階を物色してると、奥の棚に高価そうな漆塗りの木箱があり、
 なぜか箱の前にとっくりが2本立てられている。これはよさそうなと思って開けると
 中は江戸時代らしい鏡袋に入った手鏡で、しめしめと思った。

 とっくりを取り上げてみると中身が入ってる。一本は無臭で水かと思ったが、
 もう一本からは酒のいい匂いがした。好きな口なので飲んだらなかなかいい酒だった。
 その後、いくつかの品を盗んで袋に入れ、それを持って屋根から降りた。
 さて、おいとましようとしたら、袋の中から物が焦げる臭いがする。
 何だろと思って開けると、さっきの手鏡の鏡袋がぶすぶす焦げていた。
 これは、と思って袋から鏡を出した。そのとたん鏡面から火が噴き出して、
 髪の毛が燃えた。驚いてジタバタしていると、家から人が出てきて丹前を被せられた」
まあこんな内容だったようです。
でね、この鏡というのが「梅乃の鏡」という曰わくつきの品で。
梅乃というのは「振袖火事」の話で知られている娘です。恋に焦がれて亡くなり、
その思いが江戸の大火を呼んだという。

いやあ、本物だとは思ってませんよ。実際に大火はありましたが、梅乃の話は伝説的ですし。
でもね、親父は祖父がやっていたとおりに、
きちんきちんと1日おきに水と酒のとっくりを捧げていたんです。
それが、盗まれた上に酒まで飲まれてしまったわけですから。そりゃ怒るでしょう。
その泥棒ですか? 髪の毛はあらかた燃えてしまったけど、
そうひどい火傷は負ってませんでした。あとは親父に叩かれたコブ。
余罪もばれて、かなり長く刑務所暮らしになったようですよ。
ええ、鏡は今も蔵にあります。怖いですが、蔵自体は厚い漆喰の壁で、
中が焼けても外に火は出てこないでしょうね。
とは言っても、もちろん今でも酒と水はお供えしています。
面倒ですけどしかたがありませんよ。買いたいって人がいればいいんですけどねえ。

式盤

この蔵なんですが、親父の代に、町の文化財に指定されるという話がありまして。
造られたのは江戸末期だという話でしたから。
町の教育委員会の担当者が調査に入ったんですよ。でね、外部から内部からいろいろ調べた。
まあ、文化財に指定されると維持費の心配がなくなりますから、
もちろん親父としては歓迎だったでしょうが、
やはり心配なのは中にある曰わくつきの品々です。危険がありますから。
ですから、「中の物は動かさないように」と厳重に言い含めて、
担当者について回ったんです。残ってる品物の配置にも気を遣って、
互いに干渉しないような置き方をしてましたからね。
ところがね、この担当者がうっかり腰で式盤の入った箱にさわってしまったんです。
式盤というのは、天地盤とも言い、古代の占いに使用する盤のことです。

天盤と呼ばれる円形の盤と、地盤と呼ばれる方形の盤を組み合わせてて、
円形の盤のほうが回転するようになっています。
平安時代頃、陰陽師がよく使用していたという話がありますが、
この式盤はもっと古くて、なんと天武天皇が使用したものって能書きだったんです。
これもねえ、さすがに信じてはいません。
教科書に載ってましたでしょう。壬申の乱のときの人ですよ。
それは日本書紀には、「天武天皇は遁甲が上手で、戦いの吉凶を式盤で占った」
なんて記事も見えますが、これは7世紀の話でしょう。
正倉院じゃあるまいし、そんな古い物が残ってるわけがないじゃないですか。
・・・ともかく、その式盤が転がり落ちてしまったんです。
上のほうの天板がぐるりと回って、そしたら一瞬で蔵の中が真っ暗になりました。

当時は蔵には電気を引いてなくて、明かり取りの窓だけでしたが、
のぞいてみると外も真っ暗になってたんです。
それだけじゃなく、空には星が一面に出て、
しかも猛スピードでぐるぐる回ってたそうです。これ、昼の1時過ぎのことですよ。
事態を察した親父が、式盤を拾い上げ手探りでぐるり回したら、
あるところでカチッと止まり、元のように日が差してきたそうなんです。
暗くなってた時間は30秒くらいなんでしょうかねえ。
でも、その間に事故などが頻発したということもなかったようですし、
太陽が消えたのは、そう見えただけなのかもしれないですが。
そんなことがあったせいで、危険すぎると判断されたのか、
文化財指定の話は沙汰やみになってしまいました。まったく残念なことですよ。








植物園の事故

2015.01.29 (Thu)
まだ今月中の話ですね。正月に実家に帰省した帰りのことです。
妻と、2人の娘を連れて車で行ったんです。年越しの夜から3日滞在して、
3日の午後に実家を出発しました。
もう帰省ラッシュが始まってたんで、高速を避けて下の国道や県道を通りました。
家族の住む家から実家までは車で4時間ほどのところにあり、
裏道もよく知ってるんですよ。
午後の3時を過ぎてたと思います。ほとんど雪の降らない地方ですが、
気温は低く、薄暗い感じがしました。車通りのほとんどない県道を走ってると、
車の中にいがらっぽい臭いが入って来ました。なにか物を燃やしてるような臭いです。
道の両脇の枯田で稲藁でも焼いているのかと思いましたが、
あたりに煙の上がってるところは見えなかったです。

車のエアコンを車内循環にすると、だいぶ臭いがやわらぎました。
幼い娘た2人は後部座席で2人とも眠っていました。
しばらく走ってると、前方に通行止めのバリケードと三角コーンが見えました。
その脇に人が2人立っていましたが、それがどうも様子が変だったんです。
警察その他の制服を着てるわけでなし、工事の人にも見えない。
道の脇に軽トラが一台止まってました。2人とも派手な蛍光色のダウンを着て、
一人は手に長い鉄パイプのようなのを持ってたんです。
スピードを落として近づき、運転席のウインドウを開けました。
すると、さっきからのプラスチックが焦げたような臭いが強くしました。
「どうしたんですか?」と聞いたら、40年配くらいの、
メガネをかけて黄緑のダウンを着たほうが寄ってきて、無愛想な調子でこう言いました。

「スマンな。この道、通行止めになってるから引き返してくれ」
「通行止め?どうしてですか?」こう聞き返したところ、
若い、まだ20代に見えるピンクのダウンを着たほうも近づいてきて、
「どうしたもこうしたもねえから! 戻れって言ってるだろ。危険なんだよ」
こう怒鳴ったんです。それで、こっちもムッとして、
「あんたら警官にも道路関係の人にも見えないけど、何の権限で通行止めなんかしてるんだ」
やや強い調子で言いました。そしたら、若い方が持ってた鉄パイプを振り上げかけたんです。
中年の黄緑ダウンがそれを手で制して、「いや、スマンな。緊急のことで頼まれたんだ。
 おっつけ警察が来るし、自衛隊も来るかもな。さっきから焦げ臭い臭いがしてただろ。
 この先の火力発電所で事故があったんだよ。正確には火力発電所のほうは何ともないんだが、
 その排熱でやってる熱帯植物園の事故だ」

「植物園?そんなとこでどんな事故が起きるっていうんだ?」
「それがよ、詳しいことは言えないんだが、見れば小さい子どもが乗ってるじゃねえか。
 下の子はまだ赤ちゃんだろ。悪いことは言わないから、
 こっから引き返せ。でないと手遅れになるぞ」これを聞いて妻が不安そうな顔をしました。
「引き返せったって、あの海沿いの火力発電所の事故なら、高速もダメだろ」
「高速は大丈夫だよ。この道よりは離れてるからな」
こんな言い合いをしているところへ、バリケードの向こうからパトカーが一台来たんです。
サイレンを鳴らさず、赤ランプも回ってませんでした。
パトカーはバリケードに接近して停車し、中からかなり大柄な警官が一人出てきました。
それが驚いたことに顔にガスマスクをつけてたんです。
「これはマジでヤバイのか?」って思いました。

警官が手で招いてダウンの2人を呼び寄せ、2人はパトカーの後部座席に入りました。
警官は窓に近づいてくると、くぐもった声で、
「すみません、今の2人はボランティアの人で、好意でやってくれてたんです。
 事故があったのは本当です。どうか引き返してください。
 今から正式に通行止めにしますから」
こう言われてはしょうがないので、車をUターンさせようとしたとき、
4歳の上の娘が目を覚まし、「ドカーンってするよ」って言ったんです。
寝ぼけてるのかと思いましたが、その直後、道の向こうでものすごい爆音が響き、
黒い噴煙が上がったんです。車のウインドウがビリビリ鳴りました。
必死で発進させて、来た道をかなりのスピードで戻りました。適当なところで車を停め、
妻が下の娘の様子を確認しましたが、変わった様子はなくよく眠っていました。

こちらに向かってくる車はありませんでした。15分ほど走ると、
上の娘が「怖かったね」と言ったので、「どうして爆発するのがわかったの?」
って聞きました。娘はそれに答えず、「あそこにダウン着た人が2人いたでしょ。
 どっちも緑色の顔をしてて、とっても怖かった」って答えたんです。
確かに奇妙な服装をしていましたが、顔は緑色ということはなかったと思いました。
きっと娘は、半分寝た状態でさっきのやつらとのやりとりを聞いていて、
そんなふうな夢を見たんじゃないかと考えました。
インターまで戻って高速にのったら、たしかに渋滞はしていましたが、
思ってたほどでもなかったんです。車のナビをテレビ設定にしましたが、
あれほどの爆音が響いたのに、事故のニュースはどの局でもやっていませんでした。
そのうちに流れがスムーズになってきて、右手に火力発電所の煙突が見えてきました。

この道は何度も通ってるんですが、普段と変わってるようには見えなかったんです。
ただ煙突からの煙は出ていませんでした。
で、その横に鉄筋を組んでガラスをはめ込んだ体育館くらいの建物があって、
それがさっきから話に出てきた植物園なんですが、
どうも様子が誓って見えました。いつもならガラスの上部は透けて、空を映してるんですが、
そうじゃなく、全面が黒く染まってるように見えたんです。
「やっぱり何か事故が起きてるのか」と思いましたが、よくわかりませんでした。
植物園の脇まできたとき、ガラスが黒く染まってるんじゃなく、
内部を何かが覆っているんだとわかりました。
濃い緑色をした、蔦植物みたいなやつです。それがすごく不気味な感じがしました。
あとは特に変わったこともなく、7時過ぎに家に着きました。

下の子はずっと眠ったままだったので、そのままベビーベッドに移しました。
テレビをつけても、ネットを見ても、爆発事故らしいニュースはなかったんです。
まだ正月休みだったんで、あまり気にしないことにして、
くつろいでテレビを見てました。そしたら上の娘が入ってきて、
「○○ちゃん(これ下の娘のことです)顔が緑色になってたよ」って言ったんです。
驚いて寝室に行くと、妻が下の娘を見ていました。
べつに顔色は普通で緑ということはなかったです。
妻が「熱があるみたい。病院に連れてったほうがいいかも」と言いました。
3が日中だったんですが、救急病院はやっているようでしたので、
車で連れていくことにしました。妻が抱いて後部座席に乗ろうとしたんですが、
そのときに、下の娘が口からぷっと何かを吐きだしたように見えました。

下に落ちたものを拾い上げてみると、白く乾いた1cmばかりの丸い種のようでした。
種からは5mmほど、薄緑の芽がのびていたんです。
すぐ側溝に捨てたんで、今は持っていないです。
あれからもう1ヶ月ちかくたつんですが、下の娘の意識が回復せず、ずっと眠ったままなんです。
さまざまな検査をしたんですが、医師にも原因がつかめていないようです。
自力呼吸はできるんですが、ずっと妻が病院につきっきりでいます。
それとね、もう一つ気がかりなことがあるんです。
上の娘が毎晩夜中にうなされて泣くんですよ。そして目が覚めたあと決まってこう言います。
「顔に変なのをつけたおまわりさんと、緑の顔をした人たちが窓からおうちを覗いてる」って。
でも夜は厚いカーテンをしてて、寝室の窓から外は見えないんです。
ね、理解しかねる話でしょう。あの日何があったんでしょうか?








墓と骨

2015.01.28 (Wed)
えーとよ、つい最近までホームレスやってたんだよ。
あることを経験して、今はそれから復帰中だ。NPOとかいうやつの世話で、
アパートを借りて生活保護を申請した。いや、いつまでもそのままじゃいねえさ。
毎日職探しに出てるよ。ちゃんと田舎へ戻れるような身分になりてえ。
先祖代々の墓に入れるようにな。
でな、このホームレス状態から立ち直ろうと思ったのが、墓の話がきっかけなんだ。

今年俺は、ある公園にブルーシートを張って住んでた。いやそんなでかいとこじゃなくて、
そのかわり森が深かった。そこに仲間3人と暮らしてたんだよ。
ま、仲間って言っても春から夏までの話で、みな冬が迫ってくれば、
暖かいとこを求めて出て行くんだよ。して、次の年に帰ってこねえことも珍しくねえ。
だからまあ、行きずりの仲間ってことだ。徳さん、ヨシノ、竹公って仮の名にしとくわ。
本名は知らねえからどうでもいいようなもんだが。
ある暑っつい晩に、変な男が俺のテントを訪ねて来たんだよ。
シートの張った部分を手のひらでバンバンと叩いて。
顔を出してみたら、スーツを着たやつだったんで緊張した。
ああ、区役所の福祉部のやつだと思ったんだよ。やつらは自立支援と言うが、
やることは追い出しだから。

ところが違ってた。スーツは黒で、俺から見ても仕立てのいいもんだってことがわかった。
顔はのっぺりとしてて、しわがなかった。じゃ、若いのかっていうと、髪が白髪交じりでね。
なんか得体の知れない不気味なやつだったんだよ。
でな、そいつが切り出した話がまた異常な内容だった。
俺に「田舎に先祖代々の墓はあるか?」って聞いてきて、
「あるんだったら、そこにあんたが入る権利を売ってくれ」って言うんだ。
なあ、わけわからねえだろ。俺の田舎はよ、弟が2人いて墓の世話とかやってるはずだし、
売るなんて言うはずがねえ。ところが「墓所を売ってくれ」とか「墓の権利を売ってくれとか」
そういうことじゃなかったんだ。そりゃあ、俺は田舎に帰る気はねえよ。
というか恥ずかしくって帰れねえ。この年になって定職も住む家もねえわけだからな。
だけど、田舎の墓には実質的には何の関係もねえ話で、
ただ、俺がその墓に絶対入らないって確約をしてくれってことみたいだった。

それが「墓に入る権利」って意味らしい。
変な話だと思うだろ。しかもそれを確約してくれたら、5万払うって言うんだ。
5万ったら、風呂に行って服を買って焼き肉を腹一杯食っても釣りが来る。
だからよ、承知しかけたんだ。だが、男が契約書を出してきたところで、気が変わった。
何かの騙しじゃねえかと思ったんだ。こんな境遇になってまた、
さらに騙されるなんて悲惨じゃねえか。そう思ったのと、男の様子が不気味なんでやめたんだ。
「わけわかんない話にはのれん、他をあたってくれ」こう断ったんだよ。
男はごり押しする様子はなくて、「そうですか」と言ってあっさり引き下がった。
それを見て、なんか損した気分になったよ。
でな、よく朝になって、他の3人と公園のトイレで顔を合わせた。
話を聞いたら、昨夜の男はそいつらのとこにも訪ねてきて、俺と同じ提案をした。

で、3人はそれを承知して拇印を押し、5万もらったって言うんだ。
懐が暖かくて、みなニコニコ顔だった。なんだか俺だけのけ者になったみたいで、
激しく後悔したよ。そいつら3人はその日どっかに出かけて行ったが、
俺は悔しいんで話は聞かなかった。その夜のことだよ。
外だけど、蚊がいるからシートの隙間をふさいでて暑くて寝苦しいんだ。
眠れないでいたら、「ぎょえわーっ」って大きな叫び声が響いた。
ヨシノの声だと思った。こいつが俺らの中では一番若い。
何かあったかと思って、おそるおそるシートまで行ってみたんだ。
したら、徳さんと竹公も来てたんで、「おいどうした」ってテントをめくってみた。
ところがよ、つい数秒前に叫び声が聞こえたってのに、
ヨシノの姿がなんかったんだ。それでな、シート小屋の中がべしょべしょに濡れてた。

水じゃなくて、粘り気のある透明な液体。接着剤みたいな感じだが臭いはしなかった。
で、3人であたりを探したが姿はどこにもなし。
それからとうとう帰ってくることはなかったよ。どっか他の場所に移ったのかもしえねえが、
でも、いくらホームレスだって、出ていく前には寝屋をかたづけるし、あいさつだってする。
それにヨシノのなけなしの持ちもんは全部残ってたんだ。
それから3日くらいして、俺が夕方雑誌拾いから帰ってきたら、
徳さんがブランコのある遊び場のベンチに座ってたんだよ。
・・・普通、俺らはそういう人目のあるとこには姿を見せないようにしてるんだよ。
特に子どもずれの母親なんかいる場所には絶対。
だってよ、苦情が行って追い出される可能性が高くなるじゃないか。
で、徳さんの後ろに近寄って「おっさん、何してる?」って聞いた。

徳さんは60代に入ってて、俺らの中では一番年上なんだ。
したら、俺を見てすげえほっとした顔をして、「あれ本物だと思うか?」そう言って、
ゴミ箱を指さしたんだ。てか、指の先にそれしかなかった。
あの、燃えるゴミと、ペットボトル、ビン缶に分かれた金属のゴミ箱だよ。
「こんなの本物も偽物もねえだろ」俺は近寄ってゴミ箱を平手で叩いた。
「なんでそんなことを言うんだ」少しボケがかってきたんかと思ったんだよ。
したら「夜になるとゴミ箱みてえなのが俺の骨を吸いに来るんだ。だから、
 それがここのゴミ箱じゃねえかと考えて見張ってたんだ」なんて言う。
「骨を吸う? こりゃダメか」と思ったが「ゴミ箱が人を害することはねえよ」そう言って、
やや力を込めてゴミ箱をバンと叩いたつもりだったが、手にイヤーな弾力を感じたんだよ。
ゴムって言うか、病人の皮膚でも叩いたような。

「う!?」と思ってもう一度たたき直したら、今度はちゃんと金属の感触があって音が響いた。
徳さんは虚ろな目になって、もう俺のほうを見てなかった。
でな、その夜も夜中に叫び声があがって、徳さんはテントから姿が消えたんだ。
持ち物全部と、あの透明なべたべたが残ってるのはヨシノのときと同じ。
でな、やっぱ気味が悪いだろ。それで、一番俺と年が近くて仲のいい竹公と話をした。
したら、竹公はのんきなもんで「やつらこないだの5万で気が大きくなってるんだろ。
 なに、金なんてあっという間になくなるから、すぐまた戻ってくるだろ」
こんな感じでまったく気にしてなかったんだ。
「お前の身に変なこと起きてないか?」と聞いても、「なんもない、なんもない」って。
でもよやっぱ変だから、俺は警戒をゆるめなかった。こんな暮らしでもよ、
締めるとこは締めとかねえと、どんなことが降りかかるかわからねえ。
そうやって生き延びてきたんだ。

今回は俺の本能ってか、それがビンビン警告を発してた。
シートを畳んで場所を移ることを考えてたんだよ。その翌日、竹公の姿が消えた。
夜中の叫び声はなし。シートの中は前2人と同じで、気味悪いぬるぬるでびっしょり。
でな、俺は見ちまったんだよ。シートの腰くらいの高さのところに、
ヌルヌルの大きな塊があり、そこにな、カサブタみたいなのが4枚貼りついてた。
・・・人の爪に見えたんだよ。
俺はその足で荷物をまとめ、かなり離れた他の場所に移ったんだ。
そこは河原で、他のやつらもたくさんテント張ってて、
本来は人付き合いがうざったいほうだが、かえって安心できる気がしたんだ。
知り合ったやつに、「墓に入る権利を買う男の話を知らなねえか」って聞いたら、
「何だよそれ」って反応だったし。まあこれで話はほとんど終わりなんだが・・・

そこは河原だから、処理された下水の流れてくるはでかい排水坑が、数百mおきにあるんだ。
でよ、栄養豊富だからその下の川には魚が集まるんだよ。
それを釣りしてた。竿は木の枝でいいし、針と釣り糸だけあれば餌はミミズで十分。
何、暇つぶしで釣った鮒を食うわけじゃねえ。1度食ってみたら泥臭くてダメだった。
で、水面を見てたら、坑の鉄柵になんか変なもんが引っかかってたんだよ。
最初は透明のゴミ袋かと思ったが、それにしては滑らかな感じがした。
そうだなクラゲと言えば一番近いか。でもクラゲより透明でかなりの大きさがあった。
変に思って近寄ってみた。そのときに放水があって、
それは鉄柵を抜けて俺の足元まで流れてきた。それは生きてるふうもなく、
自分で動きもしなかったが、下側に顔らしきもんが表面に浮いてるのが見えた。
目も口も穴だけだったが、ヨシノに似てる気がしたんだよ・・・

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死形

2015.01.27 (Tue)
人形遊びが好きな子どもだったんです。外に出ることはめったにありませんでした。
父が家を建てたときから子ども部屋があって、そこに籠もって一人遊びをしていました。
ゲームもコミックも、動くおもちゃも好きではなく、ただただ人形遊びです。
親からすれば手のかからない子どもだったかと思います。
2つ離れた弟が活発でしたので、「一人おとなしい子がいてくれて助かる」と、
いつも母に言われていました。ですから、それでことさらおとなしくしていたという面も、
今から考えればあるのかもしれません。そんな具合でしたので、親からも親戚からも、
私が買ってもらうおもちゃといえばほとんどが人形でした。
小学校4年生くらいのときには、すでに部屋いっぱいになってしまって、
父が人形を載せるための棚をしつらえてくれたくらいです。
その数十体の人形ですが、よく遊ぶ人形というのはかぎられていました。

当たり前かもしれませんが、手足の関節が曲がる着せ替え系の人形がお気に入りで、
置いて眺めるための人形で遊ぶことはなかったんです。
でも、それぞれに命と個性があると思っていたので、
どの人形も嫌いではありませんでした。ただ一体だけをのぞいては。
それは祖母に小学校入学のときに買ってもらったもので、
きれいな着物を着た日本人形です。とても高価なものだったろうと思います。
顔が真っ白で、手にとって遊べば汚れてしまうことがわかっていたせいもあります。
祖母は祖父を早くに亡くして、父が長男だったため同居していたんですが、
母ととても仲が悪かったんです。いわゆる嫁と姑の関係ということですね。
小さかった頃は優しかった祖母ですが、
母との関係が険悪になるにつれて、私に話しかけてくることが少なくなくなりました。

私が居間でテレビを見ているときなどに母と祖母の口論が始まると、
そっと抜け出して子ども部屋に入り、一人で人形遊びをしたものです。
下の階から母と祖母が怒鳴り合う声と、まだ幼かった弟の泣き声がよく聞こえてきました。
そして祖母からもらった日本人形の顔が、だんだんに険しくなっていった気がするんです。
最初は優しいお姫様の顔だったのが、少しずつ、少しずつですが、
目つきがきつくなっていったんです。そのことに気がついて、
私はぞの人形を棚の下段の奥、他の人形の陰に押し込んで見えないようにしてました。
祖母と母の力関係は、はじめは祖母のほうが優位だったと思いますが、
だんだんに認知症の兆候が見え始め、それとともに母が言い負かすことが多くなってきました。
父は出張が多く毎晩遅かったので、ほとんど頼りになりませんでした。
祖母が始めて徘徊で警察のお世話になった後、
両親が老人施設に入れようかと話し合っているのを耳にしたりもしました。

その矢先のことです。私が小6のときでした。
祖母が階段から落ち、車庫へと続くコンクリの床に頭を打ったのです。
日中のことで父は会社、私は学校、母は弟を連れて買い物に出かけていたときのことで、
母が帰ってきて、血を流して倒れている祖母を発見したのです。
救急車を呼びましたが、頭蓋骨の骨折と脳の損傷があり、
2日間意識が戻らずそのまま亡くなりました。
その晩、病院から戻り、部屋でひさびさに祖母からもらった人形を出してみようとしました。
他の人形の頭越しにそっと持ち上げてみたんですが、顔を一目見たとたん、
私は叫んで放り出してしまいました。刷毛で描いた点のような眉の間にしわが寄り、
目がつり上がって鬼のような形相に見えたんです。
それはどこか祖母が激高しているときの表情に似ている気もしました。

私は泣いて両親に訴え、祖母のお棺に人形もいっしょにいれてもらうよう頼みました。
父が「それはお祖母ちゃんの方見になったから・・・」と言いかけましたが、
私が父の手を引っぱって部屋へ連れていき、床に落ちたその人形を見せると、
両親ともに黙りました。それほど鬼気迫った怖ろしい姿だったんです。
人形は棺に入れて祖母とともに火葬されることになりました。
火葬が終わって遺骨を拾うときには、人形は影も形もなくなっていました。
葬儀が何もかも済んで、こう言ってはなんですが、母はせいせいしたと思うんです。
ところが、だんだんふさぎがちになって、とうとう精神科に入院してしまいました。
弟がやっと小学校の低学年でしたので、この後は食事のしたくをしたりとだいぶ苦労をしました。
母はその後、長期入院しては少しだけ家に戻ってくるということを繰り返し、
医師に禁じられていることが多く、あまり見舞いに行くこともできませんでした。

それから5年がたち、母の具合もよくなる兆候が見えてきました。
弟も手がかからなくなり、私は女子校の修学旅行に行けることになりました。
2年生の11月、行き先は京都、奈良方面でした。
さすがにその頃には、人形で遊ぶことはありませんでしたが、
人形好きは変わらず、私が無理を言って、2日目のグループでの自由行動の行き先に、
俗に人形寺と言われる場所を組み込んでもらいました。
ほら、古くなった人形やぬいぐるみ、その他、顔のあるおもちゃなどを公開で供養するお寺です。
雛人形が多いようですが、それ以外のものも1年分をまとめて本堂脇に安置し、
時節がきたらお焚き上げをするんです。他の子たちは「ちょっと怖いんじゃない、でも見てみたい」
くらいに反応でした。当日になり、4人グループで午前中に有名観光地を回り、
食事をしてからタクシーでそのお寺に行きました。

そこはいわゆる定番の観光地というわけではありませんでしたが、
そのぶん参拝の人もまばらでした。
若いお坊さんが出てこられて、親切に案内をしてくださいました。
本堂の次の間に、折り重なるようにして置かれている人形たちには圧倒されました。
それほど古い物は多くはなく、どの子も悲しそうな目をしていました。
「やっぱり怖い」「焼かれてしまうのはかわいそう」友人たちはそんな言葉を漏らしていました。
「お茶を差し上げますからぞうぞ」案内のお坊さんがそう言って、
みなが後について行ったとき、私だけその部屋に残り、人形たちから目が離せずにいたんです。
そのとき、立っているよりも座った形の人形のほうが多かったんですが、
それがひとかたまりの部分だけ、ぱたぱたと倒れだしたんです。
ありえないことでした。人形たちは互いに重なるように置かれていて、本来倒れようがないんです。

それが指で弾かれたようにひっくり返って道ができ・・・
その一番奥にあの日本人形がいたんです。祖母とともに火葬されて灰になったはずの。
着物の柄は記憶にあるのと同じで、顔は最後に見たときよりももっと怖ろしくなっていました。
私はめまいがして、畳に膝と両手をついてしまいました。声も出ませんでした。
祖母の人形は、憎々しくゆがんだ顔で、こんなことをささやきかけてきました。
「○○子が階段から突き落とした。○○子が落とした。しかし○○子ももう終わりだ」
母の名前です。ここまで聞いて私は気が遠くなってしまいました。
お坊さんに体を揺さぶられて気がつきました。
気絶していたのはほんの数分のことのようでした。反射的に人形たちのほう見ると、
整然と並んだままで、倒れているものは一体もなかったんです。
私は幻覚を見たんでしょうか・・・

友だちが先生に連絡をしてくれ、担任がタクシーで来て病院に連れて行ってくれました。
診察の結果は特に異常はなく、あのお寺で見たもののことは話さなかったので、
「前夜はしゃいで寝なかったんだろう」と軽く怒られてしまいました。
一人で部屋で休んで、さきほどあったことを考えていました。
あれは本当に見たことだったんだろうか、それとも、
ひしめき合っている人形たちの気のようなものを受けて、頭に浮かんできた幻想だったんだろうか。
「○○子が突き落とした」・・・母が祖母を階段から落としたんでしょうか。
それとも私がずっと長い間疑っていたことが、私の中で形をとって現れたのだろうか、と。
そのとき部屋の戸がノックされ、先生が入ってきました。
先生は「お母さん入院してるんだってな。容態が急変したとお父さんから連絡が入った。
 旅行社の人に手配してもらったからすぐに病院に向かえ」・・・こう言われたんです。








取材

2015.01.26 (Mon)
私は漫画雑誌の編集者をしています。内容はホラー関係のものが多いのですが、
そのご縁で、何名か霊能者と呼ばれる方と懇意にさせていただいています。
そんな中であったお話をいくつかさせていただきたいと思います。

視線

ある女性の霊能者の先生とお会いすることになりました。
待ち合わせの場所は向こう様の指定で、
有名なホテルのロビーということになりました。
約束の時間の15分前に着いて、舞っていることにしたんです。
そこに入ったのは初めてでしたが、自動ドアから一歩足を踏み入れたとたん、
異様な焦げ臭さを感じました。まるで鼻の真ん前で紙でも燃やされているほどの。
あたりを見回したんですが、他のお客さん方はまるで気にしてる風はなかったんです。
だから私の鼻がおかしくなったのかと思い、一度外に出てみました。
すると何の臭いもしません。少し通りを歩いて、もう一度入ってみると、
やはり物が焦げる強い臭いがあったんです。
不思議でならなかったので、いちおうホテルの人に聞いてみようと思いました。

カウンターに近づこうとすると、中東の団体と思われる、
カンドゥーラを着た人たちが入って来ました。係員の人は私の言葉に少し驚いたようでしたが、
反論はせず「ご注意ありがとうございます、異常がないかさっそく調査いたします」
というような内容のことを言いました。そのとき、背中に視線を感じたんです。
私は小さい頃から少しだけ霊感があるたちで、特に他の人の視線には敏感なんです。
顔をあげてカウンターの壁を見ました。そこは鏡張りになってるんです。
そうしたら、ロビーで見える範囲にいる人全員、中東の団体、日本人も全員が、
私の背中を見つめていて、しかも舌を出していたんです。
「!?」と思いふり返ってみると、みなそれぞれ向きを変えたり歩き始めたりしました。
まるで何事もなかったようにです。
ですから、私が幻覚を見たのかと考えたくらいです。

怖くなったのでホテルの外で霊能者の方を待っていました。そしたらほどなく、
高級タクシーに乗って、そのテレビ等で顔をよく知られている霊能者の先生が来られたんです。
こちらからお声をかけたんですが、先生は私の顔を見るなり、
「このホテルはあなたには場所が悪いですね」そう言って、
歩いて数分のところにある喫茶店に2人で入ったんです。
席に着くなり開口一番「あのホテルで何かあったのでしょう?」と尋ねられました。
それで、初対面でおかしな話をするのも恐縮だったんですが、
焦げ臭い臭いがしたこと、鏡の中でロビーの人たちが皆舌を出して私を見ていたこと、
でも自分が見た幻覚の可能性が高いだろうこと、それを話したんです。
すると先生はこともなげに、「それは実際にあったことですよ。
 自分の見た物はあまり疑わないほうがいいです。
そのために、かえって調子を崩してしまう方もおりますから」

こうおっしゃったんです。さらに続けて、
「あのホテルはあなたにとって場所が悪いのでしょう。
 前世に起きたことと関係があるはずです。
 臭いや人々のふるまいはあなたに対する警告です。
 そこにた方々一人一人に、さっき舌を出したでしょうって聞いても。
 そんな馬鹿なことするはずがないって否定するでしょうね。
 自分では覚えておらないと思います。そういうことってあるんですよ」と言われました。
私が「前世って、どういうことがあったんでしょうか」と聞いても、ただ首を振られ、
「二度とあのホテルには入らないほうがいいですよ」と。
その後、先生とは何度も仕事でご一緒させていただきましたが、
私とあのホテルの場所との因縁についてはお教えしていただけないままなんです。

パワースポット

ある漫画家の先生と、北陸のほうにあるパワースポットの取材に行く予定になっていました。
翌日午後の飛行機で出発するため、部屋で準備をしておりましたところ、
めったに使うことがない部屋の固定電話が鳴ったんです。
これで連絡をしてくるのは実家の家族くらいのものですので、
いぶかしみながら受話器をとりました。
そしたら相手は、お聞きしたことのない神社の宮司であると名のられたんです。
それはどうやら私が行くことになっている県にある神社のようでした。
こんな内容だったんです。
「あなたがこの県に来られることをご神託で知った。
 しかもあのスポットに行くという話じゃないか。とんでもないことだ、
 ぜひやめていただきたい。別に取材が悪いというわけではない。

 あなたと場所の相性がとてもよくないんだ。
 別の人に来られるのなら宣伝にもなるしまったくかまわないんだが、
 あなただけはダメだ。もしそこに足を踏み入れられたら、
 当地ではこの先何年も不都合が起きる。あなたの会社にも連絡を入れてあるから、
 そっちからもすぐ連絡が来るはずです」
その剣幕に圧倒されてしまい、これだけ聞いてみたんです。
「私のこの番号は編集部から聞かれたのですか?」
「それもご神託に出てきた」電話は切れてしまいました。
その後、編集部から「おかしな苦情があったので、急遽行く人を変えることになった。
 わけがわからんだろうが、向こうの有力な神社からの話でどうしようもない、スマン」
こんな指示を受けたんですよ。

綿アメ

各地のお祭りの取材も夏場はけっこうあります。
私はお祭りは大好きなんですが、一つだけなぜか苦手なものがあって、
それが綿アメだったんです。いえ、味や食感が嫌いというわけではないです。
食べたことがなかったですから。ええ、見るだけでもダメでした。
震えが止まらなくなり、動悸が激しくなって、
しゃがみ込んでしまいそうになるんです。われながら不思議だと思ってましたが、
どうにもなりませんでした。ですからお祭りに行っても、ちらとでも綿アメの屋台や、
食べている子どもが見えると、目を伏せるようにしていたんです。
それでこの夏、最初にお話しした霊能者の先生と四国のお祭りを取材に行ったとき、
その話をしてみたんです。そしたら先生は、
「確かに不思議ですねえ。少し見てみましょうか」

そうおっしゃって、賑わっている神社の境内から外れた暗い杜のほうに連れて行かれました。
ご神木の間に入って、目をつむるように指示され、
「今、環境を整えますから自分で見てごらんなさい」と言われました。
目をつむると、横で先生がなにやら呪文のようなものを静かに唱え始めました。
数秒して、閉じたまぶたの裏に映像が浮かんできたんです。
小学校入学前くらいの女の子でした。赤い顔をして布団に寝かせられていて、
病気なのだと思いました。女の子は荒い息をしていて、
布団の横にお医者さんらしき白衣の人がいて、
首を振りながら家族に何か話しているようでした。
女の子の枕元に、たたんだ浴衣と、綿アメの袋がありました。
その様子を見ているうちに、ああ、この子は亡くなったんだな、とわかったんです。

パンと拍手の音が聞こえ、目を開けると先生がにっこりほほえんで、
私の目の前に袋から出した綿アメを差し出したんです。
「怖いですか?」先生が尋ねられましたが、ふだんあれほど怖かったのが、
そのときはまったく怖くなかったのです。むしろ欲しい、食べたいと思ったんです。
「いいえ、怖くないです」と答えると、
「やはりこれも前世にかかわることですね。理由もなく怖い、嫌いだと感じるものがある方は、
 前世からの影響を受けていることが多いのです。目を閉じている間、何を見ましたか?
こう聞かれましたので、見たことをそのまま話しました。
先生は「なるほど」とうなずかれ、「もう怖くはないでしょう。反転しましたから。
 さあ食べてあげなさい。それが供養になるはずです」そうおっしゃって、
私に綿アメを手渡してよこされたんです。

2009100221001132cのコピー





部屋

2015.01.25 (Sun)
3年前まで不動産屋で勤めてたんだが、そんときの話。
この不動産屋の社長というのが、俺の母方の伯父でな。
俺は両親とも、子どもの頃に一緒に事故で死んだんだ。それから伯父に引き取られて、
高校卒業と同時に不動産屋で働き始めたんだよ。
でな、あるとき社長が「ワンルームのマンションがあるんだが、一部屋空いてるから、
 1ヶ月くらい住んでみろ」って言ったんだ。
俺はアパート暮らしで、それは難しい話じゃないが、どうしたって訳ありって思うだろ。
それでも黙って聞いてると、向こうから事情を話し始めた。
そこは短期間入居者向けのワンルームの賃貸で、主に単身赴任者が入ってる。
学生もいるが家賃が高いから、いい家のやつだ。2階建てで、下4部屋、上に4部屋ある。
その、1階の向かって右端の部屋に人がいつかねえ、ってことだった。

この手のとこって、あらかじめ契約期間が決まってる場合が多いんだ。
1年なら1年、4ヶ月なら4ヶ月。ところがそこの部屋だけ、
満期にならないのに入居者が出てしまう。赴任の期間がまだ残ってるのにだよ。
これは変だろ。俺もそこには何度か入ったことがあったが、
建物は新しいし、防音もしっかりしてる。まず不満が出るようなとこじゃないんだよ。
だから考えられるとしたら、霊障くらいしかねえ。
今、さらっと霊障って言ったが、そういうのはあるんだよ。
不動産業界にいれば、年に数回はその手のことにかかわることになる。
中には下手を打って寿命を縮めることだってあるくらいだ。
ところが、話がどうも違う。幽霊が出たとかなら、まず入居者が文句を言うだろ。
「家賃は払えない」とか「責任持って他のところを世話してくれ」とか。

そういうことはなかったらしい。これまで3人が入って出たが、その手の文句はなし。
ただ「いい部屋だが自分には向いてない」とか、
この業界ではあまり聞かないことを言って出ていってしまうらしい。
しかも不動産屋まで変えて、別のところに頼んでしまうってんだから念が入ってる。
でな、社長に一つだけ聞いたんだ。
「そこは曰くつきか」って。曰わくつきってのは、ほら、怪談なんかでよくあるだろ。
殺人や事故、入居者の自殺、自殺でなくても孤独死して長い間発見されなかったとか、
そういう物件を専門に晒してるサイトまでネットにあるくらいだ。
ところが「そうじゃない」って言う。まあな、事件・事故なら俺の耳にも入るし、
孤独死は他の部屋の住人がいるからさすがに気がつくだろ。
だからその手のことじゃねえ曰くがあるだろうって意味で聞いた。
そしたら案の状だったんだ。

その地所は元々が旧家のでかい一軒家のあった場所で、
庭の隅にその家独自の神さんを祀ってた。地方じゃそう珍しいことじゃねえよ。
東京だって、古い武家屋敷だったとこには小さいお稲荷さんの社が残ってる場合もある。
そういうのは注意しなくちゃならないんだ。
ずっと祀られて丁寧に扱われてきた神さんだから、急に取り壊されたりしたらそりゃ怒る。
でな、その地所のちょうど問題の部屋があるあたりに、
やっぱり小さいお堂があったんだそうだ。工事のときに見たら中は空だったんで、
お祓いも何もしなかったらしい。それが障りになってるんじゃないかってことは、
社長も気にしてて、俺に住んでみろってことになったわけだ。
もし何かがあれば、専門のお祓いを頼むことになる。
不動産業界に食いついてる霊能者ってけっこういるんだが、その類のやつに。

で、ほとんど身一つで引っ越した。部屋にはテレビ、冷蔵庫、エアコンが備え付けで、
ネットも引いてある。どうせ1ヶ月だから大荷物はいらないと思ったんだ。
それと、会社に来るには俺の部屋よりそこのほうが近いんだよ。
入って1日目、2日目と、特に何事もなかった。俺の汚い部屋よりはっきり快適だった。
他の部屋の住人にもあいさつに行ったが、みな高給取りって感じの人で、
生活保護の老人や外国人とかがいるわけでもない。
おかしなことが起こり始めたのは、1週間くらいたってからだった。
といってもたいしたことじゃねえ。夜中に決まった時間に目が覚めるだけ。
時計を見るといつも2時過ぎくらいだったな。もちろんそのまま寝直した。
ま、特に気に留めることもなかった。俺は1回寝ると朝まで起きないタイプだが、
環境が変わったせいかもと思ってたんだよ。

ところが、それからまた1週間くらいして、今度は夜中に目が覚めて天井を見ると、
ぼんやり青白く光ってるように感じられたんだ。
天井全体がテレビの液晶画面になったって言えばわかりやすいかな。
ま、それほど明るくはないが。あと光ってると言ってもそれは天井部分だけで、
光に照らされて部屋の物が明るく見えたってわけでもない。
そのあたりはけっこう冷静に観察してたんだよ。
だからもしかしたら、光ってるのは天井じゃなくて、俺の頭の中なのかもしれないと思った、
その現象は10数秒続くんだ。で、ただ光ってるだけじゃなくて、
光の中で何かが動いてた。靄がかかったようで、何なのかはわからない。
何度もダビングして、ものすごく画質が劣化した古いビデオみたいな状態だった。
でな、翌朝目が覚めると強い頭痛がしたんだ。1時間くらいで治まったが。

これが入居者がいつかない原因かと思ったが、これだけなら会社に文句がきそうなもんだ。
自分からそそくさ出て行く原因がわからない。
社長には逐一報告してたよ。俺と同じ考えだったらしく、もう少しいてみろって言われた。
それからさらに3日後、夜中に目が覚めて、天井に光がある。
またこれが十数秒続いて消えるだけだろうと思ってたら、その夜は違った。
耳元で金属を叩いたような「パッキーン」っていうかん高い音がしたんだ。
それと同時に天井の光が一気に鮮明になった。建物の中が写って見えた。
俺の不動産会社の2階の部屋だったよ、倉庫がわりに使ってる。
俺は天井から目が離せなくなった。
・・・短い時間だったんだが、異様に長く感じられたよ。
見終わったときには、全身に汗をかき、心臓がばくばくしてた。頭も痛かった。

で、どうしたと思う。俺は自分の部屋に戻って朝まで過ごし、そのまま会社には出ないで、
貯金を全部引き出してその街から逃げたんだよ。
で、大阪に出て住み込みの職場を見つけ、それからさらに何度か転職して今に至る。
街にはもどってないし、会社にも知り合いにも連絡してない。
だからあの部屋がどうなったかもわからない。もう二度と戻るつもりはないよ。
え? 天井に何が写ったかって? 謝礼もらってるから言わないわけにはいかないだろうな。
俺が出てきたんだ。目を血走らせて、手に包丁を持ってた。
視線が下に向いてて、社長がかがみ込んで何かを整理してた。
その首筋に包丁を突き立てたんだ。そんときに、天井を見てたはずの俺が、
いつのまにか社長に包丁を刺した俺に入り込んでた。
実際にその場にいるのと変わりなかったよ。

体にかかった血飛沫も、臭いも、手応えも、そんときの心持ちもはっきり覚えてる。
・・・社長を憎んでたんだよ。両親が亡くなって引き取られてから、
捨て犬のように扱われてきたからな。いろいろ嫌なことがあったし、金の問題も。
とにかく、そういう俺の心の内にあるものが、
あの天井に映し出されたんじゃないかと思うんだ。
そういう作用の部屋になってしまったらしい。
おそらく、出ていった他の入居者も同じじゃないかと思うんだ。
自分の後ろ暗い願望、それはもしかしたら犯罪なのかもしれないが・・・
達成される瞬間を見て、そのときの気持ちを実際に味わった。
まあ推測だが、間違ってないと思うよ。だから詳しいことを話せず、
自分から出て行ったんじゃないかって。・・・これでいいかい。

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雑神 2題

2015.01.24 (Sat)
おひつ神

えー20年ちかく前のことですね。繊維製品の問屋に勤めてるんですが、
その社員旅行での話です。その頃はずっと不景気が続いてて、
問屋の経営も芳しくなかったんですが、そういうときこそ派手にやろうって話になり、
温泉ホテルに行ったんです。風呂も食事もそこそこ評判になってました。
名前を聞けばどこだかおわかりになるんじゃないかと思います。
1泊2日でしたが、前日の宴会は無礼講のどんちゃんさ騒ぎとなり、それが終わると麻雀。
だから翌日は、ほとんど寝ない状態で朝食に出たんですよ。
でもね、だからといって幻覚を見たわけじゃありません。
私だけでなく、他の社員も、ホテルの従業員も見てるんですよ。
朝食の会場は、1階のガラス戸ごしに庭が見える中座敷で、
そこでわれわれの団体だけでとったんです。みな、前夜からの疲れで気だるそうな顔でした。

よくあるホテルの朝飯でしたが、それを食べていると、
何か庭の植え込みの後ろに動くものがいたんです。
山地ですから、野生動物かと思って見ていると、それが陰から出てきまして、
子どもだったんですよ。絣の着物って言うんですか、紺色のボロボロのを着た坊主頭の。
でね、バランスが狂ってるんですよ。
体は小学校3、4年生くらいで痩せてるのに、異様に頭だけが大きい。
始めはね、ホテルの寮とかに住んでる子なのかなと思ったんですが、
子どもは近づいてきて、ガラス戸に顔をくっつけてこっちを見たんです。
それが、目と目がすんごく離れてたんです。ヒラメ顔という形容じゃ足りないくらいに。
しかも瞳が両端に寄って、左右別々の方向を見てました。
いや・・・気の毒な子どもというか、一目、人間じゃないんじゃないかと思いましたね。

子どもはガラスに顔を押しつけてるため、平たい顔がますます平たくなり、
そのままじわじわとガラス戸を抜けて、座敷の中に滲み出してきたんです。
「あ、あ、あ」私が指さしたために、座のみなもそれに気がつきました。
箸を持つ手が止まって、呆然と見ておりました。
立ち上がったのは十数名中2人だけです。本当に驚いたときって、動けないもんなんですね。
数秒ほどで、座敷の中に立ってました。私が一番近くにいましたが、
その子からぷーんとにおいがしたのを覚えてます。いや、嫌なにおいじゃなく、
あれは餅米のにおいだったと思いますよ。
子どもはすたすたと、コの字型にお膳を並べた中央に歩いてきて、
上を向いて口を開けたんですよ。それがね、頭がでかいもんだから、口の大きさも半端じゃなく、
そうですね、ドンブリくらいの大きさがありました。

そこへちょうど、ホテルの仲居さんが入って来て子どもを目に留め、
「あっ、おひつ神様」と叫んで走り出ていったんです。
それを機にわれわれのほとんども立ちあがり、襖のほうに寄って遠巻きに見ていました。
子どものほうは突っ立ったままで、口の端からよだれが畳に落ちていました。
やがて、さっきの仲居さんが男性3人を連れて戻ってきましたが、
そのうちの2人がでかい おひつを抱えてたんです。
その2人は怖れ気もなく子どもに近寄り、おひつの蓋を開けました。
そしたら仲居さんも近づいて、大きなしゃもじで開けた口の中に飯を詰め込んでいったんです。
子どもは口を動かす様子もなかったんですが、のっしのっしと飯が消えていき、おひつは空。
男性の一人が「お客さん方すみません・この場のご飯もお借りします」そう言って、
お膳の脇の飯びつをとり、さらにまた子どもの口に飯を詰め込む・・・

巨大な おひつと、われわれの飯びつ3つを口に入れたところで、
子どもはやっと口を閉じ、「アーハ、満腹」こう一言だけ残して消えたんですよ。
その後ね、ホテルの支配人が来て説明を受けました。
なんでもその地域に伝わる「おひつ神」という神様だそうで、
出たのは30年ぶりということでした。
そのホテルの前身は古くからの温泉旅館で、
主人が老齢になったためにホテルに権利を売って、ゆうゆう楽隠居をした。その主人から、
おひつ神様が出たときの対処のしかたをこと細かく教わってたんだそうです。
「条件だったので、毎年従業員にも伝えていたんだが、まさか本当のこととは」
そう言ってましたよ。悪いものではないんだそうです。かわいそうな子どもの神様で、
江戸時代の飢饉で死んだ魂の集まりではないかと言われているそうです。

とにかくお腹が空くと出てくるので、あるだけの白米を食わせてやる。
おかずはいらないんだそうです。そうすると後でよいことが起こる。
確かにね、うちの問屋は経営を立て直しましたし、実はホテルのほうもそうだったみたいです。
私は専務になりましてね、毎年そのホテルに社員旅行に行ってます。
うーん、おひつ神様はあれ以来出てないみたいですが、もう20年になりますからねえ。
でもね、さっき言ったように、会社もホテルも経営は悪くないんで、
今出てこられるのも、なんだかもったいないような気がしなくもないんですよ。



3日前のことです。少し酔っぱらって家に戻ったんです。家は郊外にある高層団地ですよ。
うちは4階ですが、エレベーターを使わないで非常階段を上ってたんです。
外についてるコンクリ製のやつ。・・・ごらんのとおりメタボ気味ですからね。
しかもその日はかなり脂っこいものを食べてたんで、少しでもカロリー消費しようと。
したら、3階までのきたとき、空に何か白いものが一列になって飛んでたんです。
そうですね、4つか5つくらい。それは私といっしょに階段を上るくらいの速さで、
2mほど離れたところをついてきた。
いや、鳥とか蛾とかじゃないです。色は真っ白だし、一つが15cmくらいの棒の形でした。
でね、ここってオカルトとか好きな人の集まりですよね。
実は私も好きなんです。毎月書店で「ムー」を立ち読みしてるんです。
恥ずかしいから、家族には内緒にしてますけど。

「ロッズ、フライングロッズ」って知ってますか?竿のことを英語で「ロッド」って言いますよね。
複数形が「ロッズ」です。飛んでるものをよく見たら、そのロッズにすごくよく似てたんです。
ええ、そうです。日本だと「スカイフィッシュ」って言われてる。
あれって超高速で飛ぶので、普段は目に見えないはずなんですが、
そのときはゆっくり飛んでましたから見えたんでしょう。
短い白い棒形で、まわりにヒラヒラがついて動いてました。
「あーすげえ、超常体験だ」って思いましたよ。
でね、俺が4階の廊下に出ると、そいつらも隊列を保ったまま、すっと曲がってきたんです。
渡り廊下の部分も外に面してますから。
手の届く近さにきたんで、思い切って先頭のやつをカバンでたたき落としてみたんですよ。
そしたらフラッと揺れて下に落ちたんです。

それがコンクリの床に触れると、棒形だったのが平べったく変わりました。
あれに見えましたね。陰陽師が式神を飛ばすときに使う人型の依代、形代。
ちょっと怖かったですけど、拾い上げてみようと思いました。
そしたらですね、残りのやつらが私の頭上に集まって、高速でくるくる回り出したんです。
「ブブブブブ」と熊蜂の羽音のようなうなりが聞こえてきたので、
出しかけた手を引っ込めました。すると、床に落ちてたやつがふーっと舞い上がって、
また棒状の形に戻ったんです。で、また一列になって、
私を追い越して団地の廊下を低空飛行し、ある部屋の前まで来ると急角度で曲がって、
ドアの下の隙間に吸い込まれていったんですよ。
そりゃ迷いましたよ。そこの住人に知らせるべきかどうか。
結局、信じてもらえない可能性を考えてやめました・・・
そこの御主人ですが、昨日、団地の高い階から飛び降り自殺しちゃったんです。

『形代』


『スカイフィッシュ(Flying Rods)』







悪魔怪談

2015.01.23 (Fri)
今日は軽めの雑談でお茶を濁します。
西洋の「悪魔」は怪談に使えるか?ということで考えてみたいと思います。
実は自分も何度か挑戦してみてはいるんですが、
どうもこれはと思うものはできていません。
「UFO、宇宙人」のほうは、最近書いた「徐福の墓」などもそうですが、
わりあいすらすら筋ができるのに、悪魔に関しては上手くいかない。
これにはいろいろ理由がありそうです。

関連記事 『徐福の墓』 関連記事  『ランニングメン』

一つには、一般的な日本人には悪魔のいる世界という概念がないからでしょう。
絶対者である神がいて、その敵対者である悪魔がいる。
悪魔はつねに人間の傍らにいて、心の弱みにつけこんで堕落させようとしている。
人の魂は台の上でふらふら揺れるやじろべいのようなもので、
いつ何かのきっかけで悪魔の側に堕ちるかわからない。
そうならないために、日常、信仰心を堅固に保っていなくてはならない。
このような神と悪魔の駆け引きが続き、やがて世界は、
善と悪との最終決戦であるハルマゲドンを迎える。
こういうのはさすがに、想像の外であるという人が多いと思われます。
「あ、後ろに幽霊がいる」と言われてぎょっとすることはあるでしょうが、
「あ、後ろに悪魔がいる」と言われてもぴんとこない。
まあそういう世界観の中にいないということですね。

映画の『エクソシスト』は大ヒットしましたが、
主演の少女の首が回転するなどのショックシーンをのぞけば、
キリスト教圏の人と一般的な日本人では恐怖を感じる点は、
かなり異なっているのではないかと思われます。
これは悪魔を主題としたホラー映画『オーメン』『ローズマリーの赤ちゃん』
『エンゼルハート』最近のでは『パラノーマル・アクティビティ』なども、
そういう面があると思われます。
余談ですが『パラノーマル・アクティビティ』で、霊障の専門家が、
「私は心霊が専門だから、悪魔の事件はそっちのプロに頼みなさい」
と言って逃げてしまうところが興味深かったです。

もう一つ、これは怪談を書く場合ですが、
悪魔の話を組み立てようとすれば、どうしても出てくる小道具がバタ臭くなってしまいます。
十字架、聖水、祈祷書・・・どれを出しても違和感があり、
「怪談」という雰囲気が損なわれる気がします。
やはり怪談というのは、浴衣、蚊帳、お線香など、
日本的な情緒の中でこそ生きるものではないかという気がします。
と、ここまで書いて思いあたったのが、横溝正史の諸作品です。
氏の長編は、伝奇的、土着的な傾向の強い推理小説なのですが、
『悪魔の手鞠歌』『悪魔が来たりて笛を吹く』など、題名に悪魔出てくるものがありますね。
このあたり、どうしてこういう題名にしたのか、その効果はどうなのか、
少し調べてみたいなという気がします。

前に少し書きましたが、ショートショートには「悪魔との契約」をテーマとした
ジャンルが確立されています。「三つの願い」テーマと重複している場合も多いです。
これはホラーというより、召還者がっどうやって悪魔を出し抜くか、
また、出し抜いたつもりが、したたかな悪魔に、
どうやって裏をかかれてしまうかという知的興味が中心になっていて、
そういうのもナンセンス話としては書いてみたいですが、
「怪談」とははっきり違うものです。

うーん難しい・・・やはり書くとすれば、悪魔を信奉する秘密結社のようなのが、
何か陰謀を企んで暗躍していて、主人公がそれに巻き込まれてしまう形とか、
そっち方面にいくしかないのかもしれません。
これも余談ですが、自分は、ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』が大好きで、
超自然的なことを何も出さずに、あれだけの恐怖と禍々しさを醸し出せるというのは、
一つの理想でもあります。話の中に確かに悪魔の姿が見えます。









塗仏(ぬりぼとけ)

2015.01.22 (Thu)
これはまだ私(わたくし)が生まれてない頃の話で、先々代の住職の時代です。
なに、先々代の住職といっても、私の祖父のことなのですがね。
ええ、鄙びた村で代々寺の住持を務めておるのです。
秋口のことでした。村外れに住んでおった婆が亡くなったです。
70過ぎの身で毎日畑に出とったのが、姿をみせんようになって、
心配した近所の者が様子を見にいったところ、土間にふせって事切れておったんです。
医者の見立ては老衰ということになりましたが、骨と皮ばかりにやせ細っておりましてな。
実際のところは栄養失調、つまり餓死ということであったようです。
米櫃びつには一粒の米もなかったそうで。
でな、この婆には40手前ばかりの一人息子がおったが、家にその姿が見えない。
どうやら連日町に出て博打を打っておったらしいのです。

ともかく、遺体は寺で引き取りましてな。息子が戻るまで寺で預かることになりました。
本堂の奥にある6畳ばかりの部屋に寝かせておったのです。
秋口のこととはいえこのあたりは残暑も厳しく、
そう長くは置いておけんだろう、もう2日して息子が戻らなければ、
寺で簡略に葬式をあげ、火葬してしまわなくてはなるまいと思っておったそうです。
その夜の勤行をしておったときのことです。
当時は電気も来たり来なかったりで、本堂は蝋燭の明かりだけで薄暗い。
その中を白いものがふらふらと厨のほうへと向かっていくのが、
経をあげながら見えたそうです。
これは奇妙と思い中断して見にいくと、経帷子を着た死人の婆が歩いてくる。
手には寺に備えてある矢立を持っておったそうです。

いえいえ、寺暮らしをしておれば、この類のことは、
滅多にはないとはいえ、まったくないということもありません。
私も何度か経験しておりますよ。そのときも祖父は、特段怖いという気持ちもなく、
死人が何をやるのか見てやろうと思って、そっと後をついていったそうです。
そうしたらば、死人は自分が寝かされた部屋に入っていきまして、
そこも蝋燭一本だけの明かりが灯してある。
ははあ、布団に戻るのかと思ったところが、そうではない。
布団には人が寝ている様子がありました。死人の婆はその枕元にちょこんと座ると、
寝ているものの顔にかけた 面覆いをめくったのです。
するとね、そこにいるのもやはり婆だったのですよ。
つまり、婆が2人いることになります。

遺体として横たわっている婆と、その枕元に座る婆。
祖父もまだ若い時分でしたのでね、何が起こるか興味深く、
襖の陰からじっと見ておったそうです。そうしたら、婆はゆっくりと矢立から筆を出し、
寝ている自分の額に何かを書きつけておる。何度も何度も同じところに。
20遍ほどもくり返してやっと満足したものか、面覆いを元に戻し、
枕元の婆のほうはふうっと消えたのです。布団のわきに矢立が転がっておりました。
祖父は部屋に入りまして、婆の面覆いをめくってみますると、
死人の婆の額には、黒々と墨で×の字が塗り重ねられてあったそうです。
おかしなことがあるものだ、と祖父は思いました。
婆はおそらく字が書けないであろうに、
この×にはどのような意味があるのだろうかと考えてみましたが、よくわかりません。

とりあえず額の印は拭っておいたそうです。
ところがです、次の日の夜にもまったく同じ事があったのです。
自分の額に×の字を書いて消えてしまう婆。
2日たっても一人息子は戻らず、そろそろ遺体が臭うようになってきたため、
祖父と近所の者で葬式を行いました。
そして遺体を村の火葬場に出したのです。
そのあたりになってようやっと息子が町から戻ってまいりました。
博打ですったものか、婆が死んだのを聞いても世話になったの一言もなし、
それどころか、なぜ勝手に式をあげたのかと祖父にくってかかったそうです。
とはいえ、祖父のほうには檀家も村の青年団もついておりましたから、
手荒な真似もできず、しぶしぶ火葬に立ちあったのです。

当時、火葬場はできたばかりで、遺体を燃すのに重油ではなく木薪を用いておりました。
ですので火力にむらがあり、現在よりも骨が焼け残る量も多かったそうです。
婆も、炉から出してみると頭骨がほとんど残っており、
白い骨の額の部分に、黒く×の印が浮かび出ておったのです。
息子はそれを見て嫌な顔をしましたが、何も言いませんでした。
お骨は、まとめて息子が引き取りましたが、代々の墓を持つ身分でなし、
そこらの裏山にでも埋めたものと思われます。
その後、息子は一切畑には出ず、わずかな地所も売り払ってしまい、
毎日酒浸りとなりました。村役場でも話をしに出かけ、
仕事の世話まで持って行ったのですが、聞く耳もたず、処置のないあり様でした。
それで、役場の者にこんなことを言ったそうです。

「毎晩、毎晩、寝ていると婆がやってきて、俺の額に墨を塗る」と。
そう言われてみると、息子の額には薄らとですが、青黒い×の印が浮き出ていたのです。
それは墨ではなく痣のようで、いくら拭っても落ちることはなく、
むしろ日に日に濃くなってゆく。
私も詳しくは存じませんが、武士の世には、額に入れ墨をされた罪人もあると聞きます。
そんな具合だったのかもしれません。
それから1ヶ月もたたぬうちに、息子は酔った状態で溜め池に落ち、溺死してしまったのです。
これは身よりのない仏ということで、やはり寺で引き取って無縁仏として葬ることになりました。
婆と同じ部屋に寝かせてあったのですが、夜の勤行のために本道に出ますと、
そこでなにやら気配がする。祖父が覗いてみますと、
息子の面覆いがのけられ、水でふやけた死に顔がむき出しになっておりました。

そうして枕元には婆と息子が膝をそろえて座っておりまして、
2人して交互に、息子の額に墨で×を重ね書きしておったそうです。
前に婆一人のときには感じなかったのが、
このときは、ぞうっと背筋に寒気を覚えたそうであります。
2人は祖父が部屋に入りますと、すうっと消えていきましたが、
婆のほうだけが、軽く頭を下げたように見えたということです。
それで、息子は翌日火葬されましたが、婆のときとは違ってよく焼け、
頭骨もすっかり灰になっていたそうです。×の印は見つけられなかったんです。
せめて婆の墓へと葬ってやろうと、人を出して裏山などを探させたそうですが、見つからず、
結局、無縁仏塔へ入ることになりました。
まあこんな、古い時代のお話でございます。

『図画百鬼夜行 塗仏』






バイク 3題

2015.01.21 (Wed)


変な話ですが一つ聞いて下さい。先週の金曜のことです。
会社に行きまして、午前中は特に変な雰囲気はなかったと思うんですが、
昼休み、課内で外に食事しに行ったんです。
これは恒例で、週末の昼は普段弁当を持ってきてる者もその日はやめて、
課長を先頭に、みんなで近くのレストランに行くことになってたんですよ。
ま、親睦を深めるという意味です。でね、食事が終わってコーヒーを飲んでるとき、
課長がふと思い出したように俺のほうを見て、こう言ったんです。
「そうだ、昨夜お前の夢を見たぞ」って。「へえ、どんなですか?」と聞き返したら、
「それがちょっと気持ち悪い夢でな、俺はベッドに寝てるんだが、その横にお前が立ってて、
 悲しそーな顔をして何かを手渡してくるんだ。で、寝ながら受け取ったんだが、
 それが長ーい骨だったんだよ。人の大腿骨じゃないかと思った」

それを聞いていた佐々木さんという女の先輩が、「えー」という声をあげました。
「私も見たよ、○○くんの夢。課長と同じです。ただじっと立ってて、
 下を向いたまま何かを手渡してきた。手にとって見るとやっぱり骨だった。
 課長の場合とは違ってて、歯がついてたから下アゴの骨じゃないかな」
すると、もう3人が一斉に声をあげたんですよ。「俺も見た、わたしも見た」って。
ねえ、薄気味悪いじゃないですか。
その3人も同じ夢で、うなだれた俺が骨を手渡してよこす・・・なんですが、
よく聞いてみると、手渡す骨の部位は違ってるみたいでした。
みなは自分一人が見た夢だと思ってたのが、他の人も見てたことが意外な様子で、
堰を切ったように自分の考えを話し出しました。
もちろん一番意外なのは当事者?の俺ですよ。俺自身は夢なんて見てませんしねえ。

まあ話をしても何の結論も出ませんでしたが、最後に課長が、
「お前バイク乗ってただろ。関係あるかどうかわからんが、
 バイクはケガのイメージがあるから、しばらく気をつけたほうがいいんじゃないか」
こう言っておひらきになったんです。
考え込んでしまいました。だって5人もが同じ日に俺の夢を、
しかもほとんど同じ内容のを見るなんて考えられないじゃないですか。
それと、2日後の日曜には行きつけのバイク屋主催のツーリングがあったんですよ。
俺がサブリーダー格になってて、排気量が小さい、
遅く走るバイクの組十数人の面倒を見るんです。初めての大役だったんです。
ええ、参加をやめるなんて、その時点では考えませんでした。ところがです。
土曜の昼、めずらしく部屋の固定電話が鳴って、出てみると実家の母親からでした。

電話の内容はこんな感じです。
「昨日の夜お前の夢を見たんだよ。わたしが歩いてると、バイクに乗ってやってくる人がいる。
 最初遠くてわからなかったが、近づいてくるとお前の顔をしてるように見えたんだよ。
 ただその人は、アゴがなかったんだ。それと体が骸骨で、
 しかもあちこち骨の欠けてるところがあって・・・」
金曜の昼の話と付合してるでしょ。これを聞いたときはいやーな気がしたんです。
でも、ツーリングの会はもう明日のことでしたからねえ。
とにかくガレージでバイクの整備をしてしまおうと思いました。
俺のバイクは中古のちょっと古い特殊なやつなんです。
エンジン、クラッチ、ブレーキ、マフラー・・・特に問題はなさそうでしたが、
最後にタンデムシート下の工具を確認しようとしたら、
工具袋が浮いてて下に何かありそうでした。

で、工具袋を持ち上げてみたら・・・
10cmほどのキーホルダーが入ってたんですよ。白いガイコツのやつです。
いえ、自分で入れたとかないです。1回も見たことないやつでしたから。
かといって他人が入れたというのも考えにくい。
もちろんシートキーがないとそこは開きません。ねえ、変な話でしょ。
手にとろうとしたら、キーホルダーはぱらぱらっと崩れてしまいました。
そのパーツを拾い集めてテイッシュで包み、部屋に持ち帰って机の上に並べてみました。
そしたらですね、ガイコツの下アゴの部分、片方の大腿骨、あと何本か骨が足りなかったんです。
これって、課のみんなの夢に出てきた部分じゃないですか。あわててバイク屋に電話をかけて、
急病ってことで、ツーリング不参加を申し入れました。それ以後乗ってないです。
ガイコツはテイッシュに包んだまま、家の近くの側溝に捨てました。



えーと先週の木曜の夜のことですね。一人でバイクに乗ってたんです。
いやいや、冷たい雨が降ってたし、乗りたいわけじゃなかったんです。
歯が痛くて・・・でも夜だし、歯医者やってないですからね。気が紛れて痛みも治まるかと思って。
財布だけ持って、厚着して出たんです。走ったのはいつも行く国道。
時間が11時過ぎだったから、ほとんど車は走ってなかったです。
30分ほど走ると、進行方向の路肩に花束なんかが置いてあるのが見えてきました。
「うえー、事故現場かよ」と思ったんですが、それにしても、
そこは見晴らしのいい直線で、事故起こすとか考えにくい場所だったんです。
雨でスリップ跡とかはわからなかったですが、ガードレールもへこんだりしてなかったし。
スピードを落として通り過ぎようとしました。
したら、菊の花束の下に変なものがあるのに気づいたんです。

白いものが20cmほどの高さに積まれてて、その上に花束が立て掛けてある感じ。
本当はね、こういうときに止まっちゃいけないって言われてるんです。
もし事故現場だったら、そこにまだ無念を呑んで残ってる霊を連れてきちゃう、とか。
でも、好奇心に負けて止まって見ちゃったんです。
そっしたら・・・骨だったんですよ。何本かの骨を×字に組んで、
一番上にずらっと歯が残ってるん骨。たぶん下アゴのじゃないでしょうか。
「うわ」と思って走り出しました。変だと思いませんか。
事故った車両の部品や、遺体の一部なんかは徹底してかたづけられるはずで、
もし万一見落としがあったとしても、あんな形に積み上げるなんてありえないですよね。
歯の痛みですか? うーん、たぶんそのあたりで治まってたと思います。
あれと、何か関係があるんですかね?



バイクで事故って入院してたんです。大腿骨の複雑骨折・・・
これが一番ひどくて手術しました。大腿骨ってのは人間の体の中で一番太い骨で、
危険なんですってねえ。骨折した骨が内臓を傷つけて死ぬ人もいるんだそうです。
入院は4ヶ月近くかかりました。その後リハビリが2ヶ月。
車イスで自分でトイレに行けるようになったときが一番うれしかったですね。
それまで母親が付き添いして下の世話をしてましたから。
手術は2回して、どっちも全身麻酔でしたが、覚め際に幻覚を見たんです。
ベッドに寝てるんですが、横に緑色の手術着を着た人が立ってるんです。
男じゃないかと思いましたが、それ以上はわからないです。
手術帽に大きなマスクをしてましたから。実際にあった体験を思えてるんじゃないかって?
いや、違うと思います。そこの病院の手術着は空色だったはずです。

それが、よもぎ餅みたいなくすんだ緑色のを着てて、しかもおかしな行動をとるんです。
手にガイコツのおもちゃ、キーホルダーなのかもしれませんが、
10cmくらいのやつを持ってて、
俺の手術したばかりの固定された足にこすりつけてきたんですよ。
何か口の中でぶつぶつと唱えながら。ええ、2回ともおんなじです。
まあでも、これだけならただの幻覚で済ませられるんでしょうが、
その後ですね、実際にそのガイコツを見てるんです。
昼です。2回目の手術から3日たって、まだ点滴のチューブだらけでうなってたとき、
足の方のタオルケットの下から、作り物みたいな小さいガイコツが這い出てきたんです。
俺は身動きできないんでただ見ていたら、ガイコツは素早い動きで窓枠に上って、
俺のほうに向き直って消えたんです。それも幻覚じゃないかって?いや、確かに見たと・・・







電気くん

2015.01.20 (Tue)
うちの商店街であった話なんですよ。どこもそうなんでしょうが、
大型量販店に押されて客足はさっぱりです。いや、今に始まったわけじゃなくて、
平成になってからはさびれる一方、半数以上がシャッター閉めちまってますね。
いくら特色を出そうとしても、そんなあり様ですから、振興組合にも予算がないんです。
200m以上のアーケードがついてたんですけど、老朽化して危険でも改装するお金がない。
話し合いの結果、取り壊すことになりました。
いやあ、これでほんと、この通りも終わりだなーって実感したんです。
え?うちですか。うちは仕出し屋をやっておりまして、
地域の会社とか、学校の部活の親の会なんかに食い込んでますから、
続けていく余裕はなんとかあります。まだまだやめるつもりはないですよ。
でね、アーケードの撤去にともなって、商店街に入るアーチも壊したんです。

ほら「○○銀座、△△商店街」とか書いてるやつです。
でね、このアーチの上に、電気くんというマスコットがのってたんです。
これは、アーチに入ってすぐの店が電気屋でね、
そこのご主人が主にお金を出してこしらえたオリジナルキャラの人形です。
高さは1m以上あって、くりくりした目のヘルメットをかぶって黄色いマフラーをつけた男の子。
数少ない組合のメンバーとして、撤去のときには立ち合ったんですが、
電気くんの足のボルトが鉄骨から取り外されたときには、感慨深いものがありました。
塗装が剥げてあちこちに錆の浮いた電気くんが下ろされてくると、
そのまま廃棄に回されるのがたまらなくって、引きとりを申し出たんです。
もちろん使用するつもりはなく、商店街の往時の思い出の記念として、
倉庫に保管しておくつもりでした。

工事が終わってしばらくは、朝に外に出ると変な感じでした。
アーケードがなくなったため日当たりがまぶしく、通りがぜんぜん違った感じに見えたんです。
まあそれも、しばらくするうちに慣れましたけどね。
で、その頃から商店街に変なことが起こり始めました。
どんなことって? それが変なこととしか言いようがなくて、今から詳細を話します。
まずですね、うちの店の左3軒となりに呉服屋があったんです。とうに店は閉めてますけど。
そこの80過ぎたばあさんと、毎朝道を掃くときに顔を合わせるんです。
子どもたちはみな勤め人で、仕送りでゆうゆう一人暮らしをしてまして、
会えば世間話もします。そのばあさんから、奇妙なことを言われたんです。
「夕方になると、通りに出るのが怖い。変な女の人が近寄ってきて、
 あたしに向かって、死ね、死ねってささやくんだよ」って。

奇妙な話でしょ。ていうか最初は嫌がらせだと思ったんです、
何かばあさんに恨みがある人による。
ところが女の人が誰かを聞いても判然としない。ただ「怖い、怖い」と言うばかりで。
他の商店街のメンバーに聞いても「わからない、ばあさんボケたんじゃないか」とか。
でね、ばあさんに、「もしその女の人が来たら、店にいますから私に知らせてください」
とは言っておきました。実際は配達に出てることも多いんですが。
それから数日は何事もなく過ぎたんですが、うちの末の娘が6時過ぎ頃、塾から帰ってきて、
「今そこで怖いものを見た。となりのおばあちゃんが、怖い女の人につかまって困ってた」
って言ったんです。それで通りに出てみたんですが何もなし。
娘に「どんな女の人?」と尋ねても、
「怖い、怖い」と言うばかりで、とうとう泣き出してしまったんです。

その翌日、呉服屋のばあさんが亡くなったんですよ。
玄関先に倒れていたのを新聞配達の青年が発見しましてね。
心不全ということでしたが、聞いた話だと、それはそれは怖い死に顔だったそうで。
葬式にも出席しましたよ。息子さんらの話では、
呉服屋だった店は解体して売ってしまうということでした。
1週間ほどして、組合の集まりに出たんですが、景気のいい話は何もなく、
それどころか組合自体を解散したらということまで議題に上りました。
でですね、その後の飲み会で、また怖い女の話が出たんです。
みな年寄りのいる家の主からでしたね。
内容はすべて「怖い女が夕方になると出てくる。死ね、と言いながらつきまとう」
・・・呉服屋のばあさんの話と同じです。

肝心の「どんな女か」というのが皆目わからない、ということも同じでした。
問い詰めると年寄りたちは「怖い、怖い」としか言わなくなり、うちの娘みたいに、
メソメソ泣いたりするんだそうです。対処に困ったんですが、警察には通報しましたよ。
夕暮れ時に集中的に通りを巡回してもらうことになりました。
警察では特に不審者は発見できないようでしたが、
その間に商店街のばあさんばかりが3人亡くなったんです。
死因は呉服屋さんと同じ心不全で。
ねえ、不気味な話でしょう。これはただ事ではないんじゃないかと思いましたが、
どうすることもできませんでした。でね、2週間前の夕刻です。
仕事が入ってなかったんで庭木の冬囲いをしてたんですが、
塀の外をふらふら年寄りが歩いてくる。

前に話した商店街の入り口の電気屋だった店のばあさんで、
手に買い物籠を持ってましたが、
片手を顔のあたりにあげて何かをはらうような仕草をしてました。
その顔のまわりに、ぼんやりと白い霧のようなのが漂って見えたんです。
「どうしましたか?」そう言って通りに出て近寄っていきました。
ばあさんは買い物籠を放りだしてしゃがみ込み、両手で頭を抱えました。
そのまわりを白い霧がぐるぐると回って、ばあさんは、
「怖い、怖いよう、すまんかった許しておくれ」
そう叫んでたんです。走り寄って霧のようなものに手で触れました。
そしたらきゅーんとしびれたように胸が痛くなりました。
私もしゃがみ込んでしまったんです。そのときですよ。

店の倉庫のほうから男の子が走り出てきたんです。いえ、私は子ども2人とも女です。
男の子はヘルメットをかぶり、黄色いマフラーをつけて電気くんの恰好をしてました。
ですけど、人形ではなく生きた男の子のように見えましたよ。
男の子はあさんを守るように両手を広げ、霧の中に頭を突っ込んだんです。
その瞬間バチバチっと緑の炎が上がったんです。電線よりも高く。
あたり一面が緑に染まるように見えたんですが・・・
後でその場にいた人に話を聞いたところ、道には私とばあさんがいるだけで、
男の子も、あれほどすさまじかった火花も見えなかったんだそうです。
私はあまりの電撃の強さに目が眩んでしまって、その場に膝をつきました。
しばらくして目を開けると、同じようにして電気屋のばあさんが跪いていましたが、
倒れたわけじゃなく、両手を合わせてなにやら拝んでいるところでした。

白い霧も、男の子の姿も消え失せていました。
店から人を呼んでばあさんのことを頼み、私は倉庫に走っていきました。
電気くんがどうなっているか確かめにです。
はたして、電気くんの鋳物の頭が真っぷたつに割れていました。
そしてその中に、古びた封筒が一枚入ってたんです。
中を見ると、古い古い、私が生まれる前の時代の商店街の集合写真でした。
写ってるほとんどが女性だったので、婦人会のようなものだったかもしれません。
若い頃の呉服屋のばあさんも、電気屋のばあさんも、その他に亡くなった商店街のばあさん方も、
すべてその写真の中にいました。じっと見ていると、非常に強い違和感を感じました。
横長の写真を縦にしてみると、画面一杯に人の顔があるのがわかりました。
30代くらいの昔風の髪型をした女でしたよ。いわゆる、心霊写真だったんです。

娘にその顔を見せて確認しようとも思ったんですが、怖がるだろうし、
さわりがありそうな気もしてやめました。
で、ですね、写真は封筒ごと電気くんの中に戻し、割れた頭を溶接して塗装し直したんです。
すべて費用は私が出しました。人に説明しても、
信じてもらえるようなことじゃないだろうし、それに年寄り連中には、
口に出したくないことがあるだろうと思ったからです。
それでね、元電気屋の了解をとって、電気くんを私の店の前に置いたんです。
仕出し屋には似合わないだろうって? まあそうなんですが、
商店街は寂れてしまっても、この電気くんだけは、
どっかに置いとかなきゃいけないんじゃないかと考えて・・・
あれ以来、人死には出ていませんし、変な話も聞こえてはきてませんね。







2015.01.19 (Mon)
今晩は。お初にお目にかかります。あ、あいさつはいらない? そうですか。
では、さっそく話を始めさせてもらいます。
えー、わたしは古物商をやっておりまして。
といっても店舗は持っておりません。古物の中でもごく特殊な物だけを扱う商売なんです。
ここの方々ならおわかりでしょう。いわゆる祟りをまとった品のことです。
ええ、わたしのような生業(なりわい)の者は他にもおります。
ですが、おおかたはどこかで地雷を踏んでしまうんです。
そうして不幸な亡くなり方をなさるんです。みな知識も経験も十分な方々でしたけどもね。
報酬は高いですが、それだけ危険な仕事ということですよ。
ほら、ご存じと思いますが、数年前、リマから呪いの仮面が来たときには、
あの祟りを受けて死んだ者の数は片手では足りませんよ。

ええ、ええ、外国の品でしたからね。本邦でこれまでやってきたノウハウが、
ほとんど通じなかった。実はわたしも少しかかわりがありましてね。
それは危ないところでした。ほら、こちらの腕を見てください。
焼けただれておりますでしょう。あのときにや受けた傷なんです。
ま、そんな綱渡りみたいな商売をして世を渡ってきたんですよ。
さて、今晩お話するのは、古い銅鏡についてです。古鏡ともいいますが、
熱心な収集家がおられるんです。これには注意すべき点が多々あります。
一つはその出自です。基本的には文化財ですし、盗掘によって世に出たものがかなり多い。
これは大陸から買った物でも同様です。
いや、むしろ大陸の方が世の中が混沌としておりまして、どっから出て、
どうやって売り出されるようになったか、詮索してはいけない場合が多いんです。

それと古鏡の場合はね、学術資料としてみるか、
それとも美術品としてみるかで、扱いが違ってきます。
銅製ですから、現物の多くは緑青で錆び錆びになっています。
学術資料の場合は、それに最小限にしか手を加えません。
紋様が削られたり、寸法が違ってきてしまう場合がありますから。
普通の人は、博物館などでこちらのほうを多く目にしておられるでしょう。
それに対し、美術品として扱う場合は、きれいに錆を落として水銀で磨き上げます。
まあ、本来あった姿に戻すわけです。鏡面をつるつるに仕上げれば、
現代のガラスの鏡に負けないほどよく姿を映しますよ。
またね、この時点で魔境であることがわかったりもするんです。
ああ、魔鏡というのは別に呪いの品ということではありません。

背面の紋様の凹凸によって、光の反射の中に像が浮かび上がるように造られたものを、
一般に魔境と呼ぶんです。例えばね、江戸時代の隠れキリシタンの魔鏡などは有名です。
光の中にキリストやマリアの像が浮かび上がるんですよ。
ああ、すみませんね。本題から話が逸れてしまって。
この間、さる好事家から銅鏡の鑑定を頼まれました。
この場合、鑑定というのは、時代や鏡の種類、あるいは値段などのことではなくて、
霊的な鑑定です。持っていても大丈夫か、家族に不幸が起きたりしないかということ。
入手ルートはぼかされてしまいましたが、その古墳時代のごく早期と思われる鏡を買い、
ガラスケースに入れて座敷に飾ったところ、
夜になると、部屋に光源もないのに鏡が光るということでした。
それとともに悲痛なうなり声のようなのが聞こえてくる。

ええ、わたしももちろん見せていただきましたよ。
夜中の12時過ぎにそのお宅を訪問し、鏡のある部屋に行ってみると、
確かに鏡が光ってたんです。・・・通常、飾る場合は裏面の紋様のほうを前にします。
表はただの平らな面ですからね。光ってたのはその表面のほうです。
床の間の壁に、鏡面と同じ大きさの光の円が映り、
その中を一段と光度の高い蛇のようなものがぐるぐると回っていたんです。
鏡面から光が出ているわけです。回り込んで覗こうとしまいたが、
まぶしくて目を開けていられないくらいでした。
そうですねえ、どう表現したらいいか・・・たらいに水を張って、
その中に蛇を入れる。蛇は自分のしっぽに噛みつこうとして、
ひたすらたらいの中を巡る、そのような感じでした。

そしてね、「わうーっ、わうーっ」といううなり声が聞こえたんです。
一声聞いただけで、深い無念が籠もっているのがわかる声でした。
その場ではどうにもできず、いったん鏡を預からせていただいて、
じっくり研究しようと思いました。これはわたしにとっては初めての事例でしたから。
それで、こういう場合、いろいろ調査する方法はあるのですが、
今回は夢を用いてみようと思いました。ええ、わたしの得意な方法の一つです。
こんなときのために、ある寺院と契約しておりまして、
そこの「夢殿」を借りることができるようにしてあります。
夢殿、といえば法隆寺にあるものが有名ですが、
他の寺院でも付属施設として持っているところがあるんです。八角形のお堂ですね。
そこに鏡を持ち込み、布団を敷いた枕元に安置してわたしが寝るんです。

ええ、ええ、これまでにもこの方法でいろんな事実をつかんでいます。
これはわたしの親か教えられたものなんです。親父も祖父もわたしと同業でして、
そうとう古くから伝わっているのでしょうし、誰にでもできることでもないでしょう。
おそらく、わたしの血筋でないと無理なのではないでしょうか。
詳しいことは言えませんが、細々とした準備をしまして、
10時半過ぎに眠りにつきました。堂内の明かりはなしです。
すぐに寝入りまして、夢を見ました。夢・・・といっても、すさまじい現実感があるんです。
わたしは宙の低いところを漂って、下を見おろしている。
地面の石ころや草の生えた様子などがくっきりと目に入ってきます。
もしかしたら、時空を超えて実際にその場にいるのかもしれません。
その夜も、気がつくとそういう夢の中にいました。

どうやら高く土を盛った岡の上のようでした。
土には何本もの柱が円を描くように立てられ、そのすべてに、
枕元にあるのと同じ形式の鏡が吊り下げられています。「ははあ、破鏡をやっているのだな」
と思いました。日時計の刻石のような角度で鏡を並べ、ちょうど太陽の光があたって輝いたとき、
その鏡を一撃して割る、これが古代呪術の一つである破鏡です。
貫頭衣を着た古代人が数十人いました。歌うような節をつけて泣く女たち。
土盛りの中央に竪穴式の墓坑があり、木棺らしきものが見えました。
古代の葬式なのではないかと思いました。
時間が早送りのように過ぎ、鏡は次々と割られて、残すところ一枚となったところで、
急に空が陰り、大粒の雨が落ちてきました。それとともに弓矢と投石も。
敵襲のようでした。逃げ惑う人々。怒号、殺戮、血、すさぶ雨と風。

混乱の中に鏡は放置されておりましたが、一人の少女が近寄ってきて柱から下ろし、
胸に抱くようにして駆け去っていきました。
・・・ここで、目が覚めたのです。
枕元の鏡は自ら光を発し、「おーん、おーん」と泣くような音を立てていました。
「これは世にあるべき物ではない」そうはっきりとわかったんです。
翌日、鏡の所有者である好事家に事情を説明して納得していただきました。
鏡は関西のある古墳上に持っていきまいて、好事家の立ち会いのもと、
光を受けて輝いた瞬間に打ち割りました。本来こうされるべき運命にあったものなのです。
鏡が大きな破片となって割れ落ちるとき、中央から金色の矢のようなものが空に放たれました。
まあ、このような顛末です。・・・他にもろいろありますよ。
よろしければまた話をしに来させていただきます。

*学問的にはいろいろと違っているところがあります。









滝不動

2015.01.18 (Sun)
若い頃、20代の頃の話なんだ。俺はこのとおり指が欠けてる。
古いやくざもんだったんだ。とうに足は洗ってるがな。
でな、組のためにちょとした仕事をして、世間から身を隠さなきゃならない羽目になった。
今なら東南アジアか南米にでも逃げてほとぼりを冷ますんだろうが、
当時は外国に行くのはそう簡単なことじゃなかった。
それでな、長野の山奥のほうに組で持ってる山小屋があって、そこに籠もってたんだよ。
食いもんは組のやつらが数週間分まとめて届けてくれる。
これはけっこうなご身分だと思うだろうが、人間やることがないってのは辛い。
テレビを見ようにも当時は電波状態が悪くて、イライラするだっけ。
本を読んだりするような人間じゃなかったしな。
それに里に出て姿を人に見られるわけにはいかねえ。

で、どうしたかってえと、そこらの名もない山に入って毎日空手の稽古をしてたんだよ。
山の上り下り、体力がつけばそれも苦にならなくなるから、
今度は丸太を担いでの山登り、立木に藁を巻いての正拳突き、そんなことをやってたんだ。
いやいや、当時は空手の大会なんて、あるにはあったが、
実際に当てたりするようなもんじゃなかった。
それによ、だいたい人前に出られる身分じゃないんだからな。
若かったし、そんなやり方でヒマをつぶすしかなかったってわけ。
でな、あるとき渓流を遡っていたら、見事な滝を見つけたんだ。
そんなに高さがあるわけじゃねえ。せいぜい3mくらいか。
けど、幅がそれ以上あったし、水量も多かった。こりゃいい、と思った。
ほら、滝に打たれる修行ってあるだろ。あれをやってみたかったんだ。

さっそく空手着のまま滝の下に入った。まあ夏だからできたことで、
水は身を切るように冷たかったよ。でな、その滝だが、水量が多いせいで体がぐらぐら揺れる。
かえってそれも修行になるだろうと思って、そうだな30分ばかりも打たれていたろうか。
体の芯まで冷えてきて、そろそろ出ようかってときに、
ふと上を見たら、張りだした木の枝に蛇がいたんだよ。
それもただの蛇じゃなく、胴回りが人の腕くらいあるやつだ。
・・・それでもな、ただの蛇ならおどろきゃしねえ。
つかまえて皮をはいで食っちまうことだってできたさ。
ところがだ、下に垂れ下がった蛇の頭が刃物を咥えてたんだよ。
こりゃ仰天するだろ。刃物はちょうどドスくれえの長さだったが、こしらえが違った。
ありゃあ、昔の武士の奥方とかが持ってた懐剣ってやつだと思った。

でよ、人に忌み嫌われる畜生の分際でそんなもんを持ってるなんて、薄っ気味悪いだろ。
だから滝の後ろの大岩を横伝いに、蟹みてえに逃げようと思ったわけよ。
そろそろと数mばかり進んだところで、ふっと背中の岩が消えて、
俺は後ろにひっくり返っちまったんだ。どういうことかというと、
滝の後ろに空洞の部分があったんだ。そこは奥行き2m高さが2mほどのくぼみで、
岩の様子を見るに人の手でほったもんみてえだった。
おそらく昔の修験者がこさえたんだろう。でな、最奥になにやら像のようなもんが、
薄らぼんやり見えたんだよ。近づいてみると、そりゃあ怖い顔の仏さんだった。
あれだよ、お不動さん、不動明王ってやつだ。なんで知ってたかってえと、
これは彫りもんの絵柄にある。ああそう、入れ墨で知ってたんだ。
お不動さんは岩を彫り上げたもんで、背中が岩壁と一体になってた。

まあな、信仰心なんて当時はかけらもなかったが、
いちおうこれもご縁と思って手を合わせるくらいのことはしたよ。
それから、滝から上半身を出してみると、さっきの木の枝に蛇の姿はなかった。
それで滝から出て、打たれていたあたり回ったら、
蛇がいたはずの下に懐剣が落ちて石の間にひっかかってたんだ。
ああ、ありがたくいただいておいたよ。
でな、山小屋に戻ってから、その懐剣はいつも枕元に置いて寝てたんだよ。
それから3日ほどして、夜中、いやーな胸騒ぎがして目を覚ましたんだ。
そしたらその懐剣が枕元から落ちて床に突き立ってたんだ。
起き上がって引き抜いた。そしたら外に人の気配がするのに気がついた。
それで、そーっと気配を殺して裏口から出たんだよ。

薮の陰に隠れてたら、懐中電灯の光が見えた。
人が3人、俺のいた小屋のほうに登ってきてたんだ。そいつらは小屋に入っていったが、
しばらくして出てきて、「おい、いねえぞ」「察して逃げたのか」そいつらが言った。
その声で知ってるやつだってわかった。俺の組のやつらだったんだよ。
まあ、そうでなけりゃ居場所がわかるはずはねえが。
どういうことかってえと、俺を殺しに来たんだ。
敵対する組と手打ちするのに、邪魔になったんだろうと思った。嫌な世界だろ。
とにかくそう察して、ずっと夜明けまで身を潜めてから、
その懐剣だけを持って奥の山に入った。そっから大回りして里に下りたんだよ。
で、こっからは本題とは関係ねえから話を端折(はしょ)るが、つてを頼って北海道に渡った。
寒い寒い地方に行って、現地の人間なって地道に過ごしたんだ。

向こうで結婚して子どもができ、事業を興して小金も貯まった。
それから数十年たち、俺のいた組は解散し、敵対してた組はもっとでかい組織に吸収された。
つまり大手を振って歩ける身になったってことだ。
昔の俺を知ってるやつらは、死んじまったり、
あるいは身動きができねえほどの大物になったりしてた。
俺がやったことも、だいぶ前に時効が成立してたしな。
その懐剣を持って本土の土を踏み、真っ先に行ったのがあの滝のところだよ。
いやあ、土地勘が曖昧になってて、見つけるまで2日かかった。
俺も歳とっちまったから、山歩きもきつかったよ。
でな、やっと記憶にあるとおりの滝を見つけたんだ。
そこらは開発にもかかってなくて、昔に見たとおりだったよ。

服を脱いで思い切って滝の裏に入ってみた。
昔のとおりのくぼみになってて、「ああ、間違いじゃなかった」って思った。
ところがだよ、くぼみのどん突きに何があったと思う?
仏像はあるにはあったが、お不動さんじゃなかったんだよ。
これがまた、やさしーい顔をした観音様だったんだ。
「ありゃ-」って思ったよ。だが、調べてみると彫り直したとか、
そういうわけでもねえようだった。
なあ奇妙な話だろ。俺があのときお不動さんだと思ったのが何かの記憶違いなのか、
あるいは当時の俺の荒々しい心持ちがそう見せたのかもしんねえ。
まあそんなとこなんだろう。それで、観音様を丁寧に拝んでから、
持ってきた懐剣をそこに残して山を下りたんだよ。







予言児シャカシャカ

2015.01.18 (Sun)
3週間前のことです。会社を早引けして、ショッピングモールに寄ったんです。
午後3時頃だったと思います。私は母と2人暮らしをしているんですが、
母が玄関の段差で転んで両手首を折ってしまい、今、介護をしてるところなんです。
ですから、週に1度以上はそのショッピングモールの地下街に行って、
食料を買いだめしてきます。それと母の病院がある日は送り迎えもしなくちゃならず、
会社には迷惑をかけっぱなしで。ああ、すみません続けます。
私が地下街に降りるエスカレータに向かっているとき、
入口からお母さんらしい女の人に連れられて、5「歳くらいの男の子が入ってきたんです。
平日の午後で、そんなに混雑してはいませんでしたが、
なぜかふと、その男の子が気になったんです。
顔を見ると、目が3つあるように見えた・・・

額のところ、眉間というんでしょうか。
そこに、やや小さめの黒目がちの目があるように見えたんです。
「え!?」と思って見直すと、錯覚だったようでふつうの額でした。
そうですね、顔だちは、ちょっと色が浅黒くて、
なんというかインドの人みたいに思えました。
お母さん?のほうは普通の日本人としか見えませんでしたけど。
それでその子が、お母さんの手を振り払って玄関ホールの中央まで進み、
奇妙な踊りを始めたんです。両手を交互に頭の上に上げ、手のひらを下に向け、
全部の指をくっつけてぴんと伸ばし、3段階くらいに段差をつけて振り下ろす・・・
イメージできますでしょうか。ああはい、恥ずかしいですが今ちょっとやってみます。
こんな感じだったんですよ。

それに、ただ踊るだけじゃなく、大きな声を出して叫んでいました。
「シャカシャカシャカ、ギーガー、シャカシャカシャカ」って。
お母さんが小走りに近寄って、「こら、何やってるの」と言いながら、
男の子の手をとって自分のほうに引き寄せました。
「もういつもいつも、恥ずかしいったら」こんな言葉も聞こえてきました。
そして店の中へと入って行ったんですが、自動ドアのところで男の子は振り向き、
ホールの中央を見て、「目玉がポーン」って叫んだんです。
・・・まあ、そのときは、変わった子なんだろうなくらいにしか思わなかったです。
お母さんはたいへんそうだなあって。私は買い物をして家に戻りました。
それから1週間後です。平日でしたが仕事が休みで、
10時過ぎにまたそこのショッピングモールに行ったんです。

入ってすぐ、玄関ホールに人が溜まっているのに気がつきました。
何かのアトラクションをやっているみたいでした。
そこはけっこうな広さがあって、前にもゆるキャラが来てショーをやってたりしたんです。
何だろうと思って人の輪に入っていくと、中にロボットがいました。
等身大ですが、人間っぽい姿ではなくて、
あのホンダで作ったロボットがありますでしょう。あれをもっとスリムにした感じの。
足はついてましたけど、横に車輪があってそれで走るようでした。
最初に見たときはラッパを吹いていたんですが、それが終わって、
今度はお客さんに話しかけてもい、それにロボットが答えるというのが始まりました。
説明の人が、音声認識なんて言葉を使ってましたが、
私にはよくわかりませんでした。

ずれて話のかみ合わないところもありましたが、よく答えてましたよ。
それで、3人目のお客さんがロボットに質問しました。
「これから景気はどうなりますか」みたいな内容だったと思います。
そしたらロボットは考え込んで、それから踊りでもするように手を動かし始めたんです。
両手を交互に頭の上に振り上げ、指を伸ばして3段階に振り下ろす・・・
そうです。前にあの男の子がやっていた動きとそっくりだったんですよ。
シャカシャカ、ギーギーと金属とかプラスチックがこすれる耳障りな音がしました。
説明の人があわてた様子だったので、これはショーの一部じゃないって思いました。
ロボットは足元の車輪を動かしてその場で1回転すると、
右手を振り上げたまま停止して、頭から煙が出始めたんです。
そして、ポーンと片方の目玉が飛び出しました。

見ていたお客さんはいっせいに後ずさりして、
中には「いやー」と叫び声をあげる人もいました。
係の人が大急ぎ、2人がかりで押して、ロボットを奥のほうへ運び込んでいきました。
やっぱりアクシデントだったんですね。ねえ、変な話だと思いませんか。
だってあの男の子がしたのとロボットの動きはそっくりだったし、
男の子が言っていた「目玉がポーン」というのも、そのとき思い出したんです。
これって、予言や予知ってことになりませんか?
だって、男の子がその動きをしていたのは1週間も前のことですから。
ちょっと偶然の一致とは考えられませんでした。
奇妙なことがあるなあ、とは思いましたが、まあそれだけです。
ですが、つい昨日あの男の子にもう一度会ったんです。

やっぱり場所は同じショッピングモールです。
昨日は休みでしたので、ゆっくり上の階を見て回っていたんです。
スポーツ用品売り場にその子はいました。やはり前と同じにお母さんに連れられて。
男の子は興味深そうに、ルームランナーなどの健康用品を見てました。
そのときは普通でした。あの、目がです。
前に見たと思った額の目はなかったんです。
近づいていくと、男の子は顔を上げて私のほうをじーっと見たんです。
額に横に一筋、切れ込みができてました。
そしてそれが上下に開いて・・・ぱっちりと目を開けたんです。
「車のガラスに頭からぶつかってるよ。血がいっぱい出てる」
男の子はごく軽い調子でこう言いました。

思わず、「誰が?」って聞き返したんです。そしたら、「お姉さんが」って・・・
お母さんが近づいてきて男の子の手を握り、
「すみませんね、何か失礼なことを言いましたでしょ。ちょっと変わった子で」
そう言って軽く頭をさげ、手を引いて行ってしまいました。
数m離れてから、男の子はふり返って「バイバイ」というように手を振りましたが、
そのときには額の目はなくなっていました。
・・・このようなことがあったんです。
どうなんでしょう? あの子は予言のようなことができるんでしょうか。
気になりだしたら不安でたまらなくなりました。
それで知り合いからここのことを聞いて話をしに来たんです。
ええ、車では来てません。電車に乗って・・・









奥の間

2015.01.17 (Sat)
こないだ成人式のあった日のことっス。いや、成人の日は月曜だったっしょ。
俺らのところでは、前日の日曜に式をやったんス。帰るのに都合がいいからっしょ。
その夜っスね。高校の同期のやつ2人と居酒屋で飲んでたんスよ。
ね、馬鹿な話だと思うっしょ。夕方から中学の同窓会もあったのに、
最後、男ばっかになるんスから。俺ともう一人のやつは大阪の仕事から帰省してきてて、
あと一人は地元で就職してるやつっス。
でね、高校当時の思い出話になって、あの頃よく心霊スポットとか行ったなーって。
俺ら運動部じゃなかったし、そういうオカルトみたいなのが好きで気が合ったんスね。
つるんで心霊スポット、廃墟とかトンネルとかによく出かけたんス。
誰も勉強とかしてなかったし。いや、ほとんどのところは何もなかったっスよ。
夜だとおどろおどろしい雰囲気はあるっスけど、まあそんだけ・・・

ただね、1ヶ所だけ、どうにも腑に落ちない体験をしたんス。
居酒屋でもその話になって。場所は市内の外れにある農家っス。
元々は郡部だったとこだけど、町村合併で市に編入された地域で、典型的な田舎の農家。
日本間がいくつも並んでる、だだっ広い平屋なんスよ。
その一ヶ所だけ、奇妙な体験をしたんスね。
居酒屋に集まった3人と、もう一人小林ってやつとで高3の夏休みに行ったんスが、
たくさん並んだ和室の最奥の間に入ろうとしたところで、
何か変なことがあってみな一斉に逃げ出したんス。
ところがね、何で逃げ出したのか誰も覚えてなかったんスよ。
まあね、心霊スポットに夜に行けば、ちょっとしたことで逃げたりはするっス。
誰かがふざけて大声上げただけでビビって逃げ出すってよくあるっしょ。

でも、そういうわけでもなかったんス。俺らあちこち行って、かなり慣れてたっスから。
「そういえば不思議だよな、何であんとき逃げ出したんだっけ」
「ああ、そうだよな。あんなパニクったのはあそこだけだったよな」
「アレだろ、奥の部屋のフスマを開けたとたんネコが飛び出してきたんじゃなかったか」
「ネコ-、違うだろ、ネコとか見た覚えはねえ」
「小林じゃねえか。あいつが何かに驚いて後ろ向いて走り出したから、俺らもつられて」
「いや、やっぱ奥の部屋で何か見た気がするんだけどな」
「そういえば小林のやつどうしてるんだ。今日の式で顔見なかったが」
「うーん俺はずっと地元にいるけど、ほとんど噂きかないな。
 家の仕事手伝ってるんじゃないか」 「たしか和紙づくりの工場だったな」
「あいつ、あの農家に行った後から何となく俺らを避けるような感じだったよな」

「どうだ、これから行って確かめてみないか。お前ら明日も休みだろ」
「えー遠いし、外は寒いぜ」
「俺、酒飲めないから飲んでないし、そこの駐車場に車あるから行くんなら15分くらいだ」
「まだあの家あるんか?」 「たしかあるはずだ」 「本気かよ。準備も何もないぜ」
「あの頃だって別に木刀とか持ってったわけじゃねえだろ。写真は携帯で撮ればいいし、
 懐中電灯はコンビニで500円も出せば買える」
「いや、でもなあ」 「怖いのかよ。俺はさっきからの話で、
 あの奥の部屋、もう一回見たくなってきた」
こんな具合で、その農家に再訪することになっちゃったんス。時間は11時過ぎたあたり。
でもねえ、変だと思うっスよね。いくら酒飲んでても、あぶれて男だけになったとしても、
こんな話になるなんて。もうすでに何かに操られてたんかもしれないっス。

コンビニで安い懐中電灯を買って、石橋ってやつの車で本当に農家まで行ったんス。
街はね、成人式の余韻で賑わってて、パトカーもあちこち出てたっスけど、
旧市街から外れると通る車もほとんどなかったっス。
「なあ、奥の間を見たらすぐに戻ろうぜ」
「ああ、そうしようぜ。庭先に車つけれるから、5分で戻ってこれるだろ」
でね、その農家は外灯もまばらな道の先の山の陰に黒々とあったんス。
「前と変わんないな」 「そりゃそうだろ」
「でもよ、こういう家ってガラスは割られても、あんまラクガキとかしないよな。
 トンネルとかコンクリの建物はすぐラクガキだらけになんのに」
「そりゃやっぱ、生活感が残ってるからじゃないか」
こんな会話をしながら、前と同じように、外れた表戸をずらして中に入ったんス。

戸のすぐは土間になってる、昔風っていうか本格的な農家で、
藁とか薪が積まれてあるんで、住む人がいなくなったのはかなり前だと思うっス。
で、畳の座敷に土足で上がって、最初の部屋が囲炉裏の切られた居間。
その後に3部屋あって、突きあたりが奥の間なんス。
で、部屋の全部の外側に長い廊下が通ってるんス。シーンとして何の音もしなかったっス。
「おい、変だと思わねえか」 「何が?」
「ここ、前に俺らが来たし、それ以外にも心霊スポットってことで見に来てるやつがいるだろ」
「そっか、じゃあ何でフスマ閉まってるんだ?」 「定期的に持ち主が管理しにきてるとか」
「こんなボロ屋をか?これだと解体して土地売るしかできねえだろ」
「でもよう、こういう古民家って最近人気あるんじゃなかったか」
「昔来たときより怖くねえな」 「そりゃ、もう高校生じゃねえから」
前よりホコリは積もってたけど、目に見えて痛んでるってほどでもなかったっス。

次々フスマを開けて奥の部屋の前まで行ったんス。やっぱフスマは閉まってたっス。
「ここで俺ら、叫びながら逃げ出したんだよな」
「お前正面にいて、懐中電灯、両手に2つ持って中を照らせ。
 俺ら両側からいっせいのでフスマ開けるから」 「いっせいの」
懐中電灯の光が差し込んで、畳から宙に浮いた人の足が照らし出されたんス。
「うわー」「ああああ」叫びはしたものの、一瞬体が固まって動かなかったっス。
足はくるりと一回転し、どさっと下に落ちてきたんス。
その顔がちょうどこっちを向いて、白目をむいてましたが、小林の顔だと思ったっス。
「わー」全員がわめきながら走りだし、車に戻ってさらに逃げたんスよ、とにかく明るいほうに。
その足で派出所に駆け込んで、いた年配の警官に事情を話したっス。
でね、自殺かもしれないって、パトカーに先導されて農家に戻ることになったっス。

・・・結果から言うと、奥の間には何もなかったんス。
畳一面にホコリが溜まってて、しばらく誰も足を踏み入れた形跡はなし。
ね、変な話っしょ。俺ら全員が同じものを確かに見てるのにねえ。
派出所に戻ってこってり油を絞られたっス、不法侵入にあたるってね。
でもまあ、成人式の後だって言ったら、実家に電話されるだけで勘弁してもらえたっス。
仕事のほうに連絡が行ったらヤバかったっしょうね。
いや、もうこりごりっス。二度とあんなまねをするつもりは・・・
ま、これで話は終わりなんスが、やっぱ腑に落ちないっしょ。
それは俺らも同んなじっス。でね、この2日後、小林に会いに行ったんスよ。
いやいや、ちゃんと生きてました。けっこう元気そうで、職人ぽくなってたっス。

あの農家にもう一度行ったことを話すと、小林は嫌な顔をして、
「ああ、あそこか。俺を誘わないでくれてよかったよ。
「あそこに足を踏み入れると、俺死ぬから」って。 「どうして?」
「どうしてもだよ。わかるんだ。だからあの後、あんまりお前らと話しなくなったろ」
これだけ言い残して、さっさと工場に戻ってちゃったんス。
え、最初のときに奥の部屋で何を見たのか思い出したかって?
・・・思い出したっス。今回といっしょっスね。
フスマを開けたとたんに見えたのは、上からぶら下がった人の足だったんス。
体は落ちてこなかったし、顔も見えなかったけど。
不思議っスよねえ、見たこともそうだけど、どうして全員が見たもんを忘れちゃったのか・・・
小林もあれを見て、しかも俺らと違っても覚えてたんだとしたら、
行きたくないって言うのはわかるっスよ。







幽霊を見る方法

2015.01.16 (Fri)
昨日は「霊を視る」という話を書いたので、幽霊を見る方法ということで、
今回は雑談をしてみます。
ネットで「幽霊を見る、霊を見る」などで検索をかけると、実にいろいろと出てきます。
例えば、
「山に夜中行って暗闇でペットボトルの水をポタポタ音がでる程度にたらしてると、
 かなりの確立で寄ってくる。
 足音が近くまで来たら水の音を止めてしばらくじっとして、
 気配が感じられなくなったら帰宅」

なるほど、水を垂らすというのはけっこう効果があるかもしれません。
山の中でのテント泊は、異界効果もあるでしょうが、
普通の人には難しいかもしれませんね。
それと山の中というのは、谷川岳などの遭難の多い特殊な場所を除けば、
そこで亡くなった人というのは、都会の人口密集地よりはるかに数が少ないと考えられます。
まああたり前ですが、亡くなった人の密度といえば大病院でしょう。
その点でどうなんでしょうね。
霊になると、好きこのんで山の中に入っていくんでしょうか。
それだと中世の隠者みたいです。

「①夜、一人になれる部屋に、椅子を2脚向かい合わせでセット。
 ②片方に自分が座り、もう片方は空けておく。
 ③明かりを消してなるべく暗くする。
 ④無人の椅子に向かって話す。内容はなんでもok。
 怪談でも、自分語りでも相談でも。なるべく先が聞きたくなるような話をする。
 ⑤しばらく話し続けてふいに言葉が途切れて気がつくと…
 ⑥居る。」


これは、けっこう効果がありそうです。他の誰かがいることを想定して話しかける、
というのは霊うんぬんは抜きにしても心理学的な暗示効果があります。
霊というより、自分の意識を分裂させるのです。
さらに対面に椅子を置くことで、集中力はさらに高まるでしょうが、
少々危険な気がします。
最後に紹介するお薦めの方法というのもこれに似ているのですが。

「神社の木の葉でマブタをこすると霊が見える。
 神社にはえている木の葉で瞼をこすると、霊感がある人には幽霊が見える。
 そんな噂が学校で流行った。僕等の学校はすぐ隣が神社だったので、放課後 神社に集まり、
 中でも「しめ縄」で、ぐるぐる巻きになっている木によじ登って、早速試してみた。」

面白いですね。自分が書く怖い話にも使えそうです。
昔の狐狸が出てくる伝承とも通じるところがあるようです。
ただ、神社の木の葉から霊力を借りる、と考えれば、
これと類似の方法は他にもたくさんあるでしょう。
昔は仏教説話の一種として、お寺で毎日お経を聞いていた文物が、
長年のうちに不思議な力を持つようになる、といった話はよく見られます。
神社の御神木の場合は、神の霊気を浴びたためか、もともと樹木そのものに力があるのか、
解釈が分かれるところですが。

「暗い部屋に天井から磁石をつるします。それをじーっと見つめます。
 これを繰り返しているうちに、磁石の周りになんかオーラ?的なものがみえたらOK
 それを繰り返しているうちに人の周りにもオーラみたいなのが見えてくるはずです。」

えーこれは『地獄先生ぬーべー』で出てきたのかな。
磁石はいつまでも消えない力を持ってますので物理的に不思議な感じがするし、
それとオーラ、キルリアン写真のような生体からのコロナ放電のようなものも同様ですね。
疑似科学と心霊が結びつくことはよくあります。

「ぬいぐるみに名前をつけ、詰め物を全て出して代わりに米と自分の爪を入れて縫い合わせる。
 余った糸は、ある程度ぬいぐるみに巻きつけて結ぶ。中に入れる米はぬいぐるみの内臓を、
 赤い糸は血管を表しているともいう。隠れ場所を決めておき、そこに塩水を用意しておく。
 午前3時になったら以下の順に行動する。
 (以下、自分の名前を○○、ぬいぐるみの名前を△△とする)
 ぬいぐるみに対して「最初の鬼は○○だから」と3回言い、浴室に行き、
 水を張った風呂桶にぬいぐるみを入れる。
 家中の照明を全て消してテレビだけつけ、目をつむって10秒数える。
 刃物を持って風呂場に行き、「△△見つけた」と言って刺す。
「次は△△が鬼だから」と言い、自分は塩水のある隠れ場所に隠れる。
 塩水を少し口に含んでから出て、ぬいぐるみを探して、コップの残りの塩水、
 口に含んだ塩水の順にかけ、「私の勝ち」と3回宣言して終了となる。」Wikiより引用


これは「ひとりかくれんぼ」と言われる方法で、都市伝説的な形で有名になりました。
霊に限らず、不可思議なことが起きると言われます。
こういう類のものは、準備に手間をかけることが重要です。
ある程度面倒なほうが、自己暗示が高まるんですね。
昔の魔法なんかでも、「ヒキガエルの血、コウモリの羽」とか、
手に入れにくい材料を使うものが多いのですが、これは苦労を重ねることで、
暗示効果を高めているわけです。
(もちろん魔法を実行させにくいものにするために、わざと入手困難なものを並べている、
 という面もあります。そこに「ドラゴンの鱗」とか入っていれば、
 実行は不可能になります。)
あと、「ひとりかくれんぼ」の場合は、人形をむごく扱うことで、
自分の心の中に罪悪感やサディスティックな気持ちが生まれるということもあるんでしょう。

最後に、自分がお薦めするとっておきの方法を。
これは西洋の有名な心理学教授の用いる方法に、少し改変を加えたものです。

「自分はイスに座り、その前に姿見を、イスに座った自分から見える高さに調節して置く。
 部屋を暗くし、イスと姿見の中間の下の床にスタンドライトを置き、
 光を上に向けて照らすようにする。姿見の前に台(衣装ケースとかなんでもよい)を置き、
 その上にさまざまな色と種類の衣服を乱雑に積み上げておく(最重要)。
 ただし衣類で鏡が見えなくなってはいけません。
 もし特定の故人と会いたいのであれば、衣類の中に故人の持ち物を入れておく。
 そして鏡をじっと見つめる(故人に会いたい場合は語りかける)」

これで、かなりの確率で不思議な現象が起きます。
といっても、変成意識状態になった自分に自分で見せる幻覚?なのかもしれませんが。
もし実行される場合は「自己責任」でお願いしますね。








霊を視る

2015.01.15 (Thu)
今晩は。じゃあさっそく話をさせてもらいます。
個人的にオカルトを研究しておりましてね、さまざまな幽霊事件に関する資料、
あるいは心霊画像、動画、はたまた曰くつきの骨董品、そういった物を集めております。
ええ、心霊スポット、パワースポットと言われる場所にも何度も足を踏み入れましたよ。
ところが、自分では1回たりとも幽霊を見たことがなかったんです。
それを、とても残念に思っておりました。
こういうことは生まれつきの才能が関係あるものなんでしょうか。
視力のよしあしによって夜空に見える星の数が違うように、
あるいは音感力のようなものに近いのかもしれませんが、
その人の持って生まれた霊感力のよしあしで、
霊体験をするしないが決まってしまうものなのか。

それとも、霊体験というのはきわめて稀なもので、
よほど運がよくなければ一生で体験することができない、
宝くじに当たるようなものなのか。
または他人様から強い念を受けてなければ霊を見られない、
例えば強力な恨みとかですね、そういうのがなくてはならないのか。
そんなことを考えておりました。ところがですね、
ある方面を通じて、たいへん優れた霊能者の先生を紹介していただきまして、
霊を見る、霊に遭遇するためのいくつかの方法を伝授していただいたんです。
ええ、結果的には霊を見ることはできました。とてもとても興味深い体験でしたよ。
ここにおられるのは、みなそういった方面の専門家の方のようですから、
とっくにご存じのことなのかもしれませんが、いくつか紹介させていただきます。



お会いした霊の者の方は、年の頃は50代といったところで、
山伏、山岳修験者といえばいいえしょうか。あの装束を、隙なく身につけておられまして。
それが、頼もしいようでもあり、また胡散臭いようでもありました。
いや、胡散臭いなどと言うのは失礼ですよね。向こうにしてみれば、
何が何でも霊を見てみたいなどという私のほうが怪しく思えたかもしれないですから。
でも、恰好とは裏腹に気さくに話をされる方で、今でもお世話になっておりますよ。
最初に連れていかれたのは、関西方面にある、とある神社の裏の杜でした。
有名なところですので、おそらくご存じでしょう。
時間は夜の10時過ぎでした。別に夜でなくてもかまわないんだそうです。
ですが、他の人がもし通りかかったりしたときに怪しまれるので、ということでした。
そこの斜面の草にゴザを敷いて、その上で「屈」をやらされました。

「屈」というのは、膝を折って正座した状態で、上半身を前に倒すことです。
これは、やってみられるとわかりますが、かなり苦しいです。
胸が圧迫されて息ができなくなりますね。
霊能者の先生は「まあ30分が限度で、それ以上やると失神することもあります。
 でも効果は確実ですから。大丈夫です、暗くても見えますから」
このようにおっしゃられて、そのまま行ってしまわれたんです。
いやあ、それは不安でした。怖いというより、何が起きるかわからない不安がありましたよ。
そのままの姿勢で、5分、10分とたちまして・・・
ガン、ガン、と木を木で叩くような音が聞こえました。
背中を強く、両側から押されている感じがしたんです。そして膝を折った姿勢のまま、
ひょいと宙に持ち上げられました。

左右に、とても力の強い者がいて、抱えられているという感じがしました。
そのままの状態で闇の中を運ばれていきました。
私の体にあたる感触で、両側の者は毛皮を着ているんじゃないかと思いました。
運ばれたのは長い距離ではありません。数百mといったところでしょうか。
急に、どっとばかりに地面に下ろされました。すぐに背中を押さえられ、
何かを体に巻きつけられ、まったく身動きができなくなりました。
その姿勢のまま、くるりと裏返されたのです。
いつの間にか私は、浅い穴の底にいるようでした。
そして、穴のまわりを囲んでいる者たちの顔が見えたんです。
みな髪の毛伸び放題、髭もじゃらの男たちでした。
私は叫びそうになりましたが、どさどさと上から土を落とされ意識が遠のいていきました。

ふと気がつくと、仰向けの状態で寝ていましたが、姿勢は前と同じで、体が動きませんでした。
霊能者の先生が私を見おろしておられました。どうも最初にいたゴザの上のようでした。
「どうでしたか? 霊に会えましたか?」
「ええ、・・・毛むくじゃらの男たちを見ましたが、あれが霊ですか?
 想像していたのとまったく違いました。何者なんでしょうか?」
「古代人ですよ」と、先生はこともなげに答えました。「あなたは屈葬されたんです」
「ええ?」 「あのポーズをして地縁のある場所にいると、
 この現象が起きることは知られています。強い呪力があるのでしょう」
「うーんでも、不自由な姿勢が苦しくて幻覚を見たのかも・・・」
「幻覚ではこんなことは起きませんよ」先生はそうおっしゃり、
小刀で私の体を縛っていたものをぶちぶちと切り、見せてくださいました。
太い蔓を何本も束ねたものでしたよ。



それから数日は体が痛くてたまりませんでした。
調べてみましたところ、「屈」の姿勢は、ヨーガのポーズに似たものがあるんですね。
その後、先生にお会いしたときに、このように聞いてみました。
「あのとき、古代人とおっしゃってましたが、巷では縄文人などの古い霊を見ることはない、
 なんて話もありますが、古代人の霊というのもあるものなんですか?」
「当然です」先生はこともなげにおっしゃいました。
「あれはあれで、実に興味深い体験でしたが、もう少し・・・なんというか、
 普通の方法はないでしょうか。あれはちょっと、あまりに霊体験のイメージとかけ離れてて」
こう言うと「まあそうでしょうね。わかりました。では、もっと簡単な方法をやってみましょう。
 水を使用するものです。ただそれは、わたくしが特殊な処理をした水で、
 つまりは特殊な方法ということです。それでよければいくらでも見られますよ」

ということで、細々と指示をされました。
先生が力を込めた水を、1Lのペットボトルの1/5ほどまで入れます。
これを通りの道が見える部屋のテーブルの上に置きます。この条件が難しいんですよね。
たいがいの家というのは塀があって部屋からは通りが見えないようになってます。
あとは黄昏どきに、寝転んだ状態で通りの方向を、
そのペットボトルの水を通した状態で見ている。
すると、かなりの確率で霊的なことが起こるというのです。
なんとか諸条件をクリアした場所を見つけて短期間借り、さっそく実験してみました。
といっても前回のように苦しいことはありません。ただ寝転んでいればいいだけですから。
ペットボトルからせまい庭を越えた通りの景色は、ゆがんでぼんやりとしていました。
そこは住宅街の小路で、車はめったに通りませんし、人通りも少ない。

それでも日が沈む30分ほどの間に10人ほどは通行人がありましたが、
特別なことは起きませんでした。かなり暗くなってきて、
「ああこれはダメかな」と思ったとき、道の真ん中に女の人が立っているように、
ペットボトルごしに見えました。青い柄のついた白い着物を着ているようでした。
「ん?」と思うまもなく、女の姿はずんずんと大きくなり、
ペットボトルの水がさわってもいないのにバチャバチャ揺れたんです。
中いっぱいに女の顔が浮かび上がり、くわーと大きく口を開け、
そっからくるんと裏返るようにして消えたんですよ。
呆然としていると、先生が入ってこられましたので見たものを言うと、
ペットボトルを持ち上げ、「ふむ、たしかに入っている」そうおっしゃって、
御札のようなもので口を封印しました。

「これはあまりよくないもののようですね。恨みを持った女のようです。
 ですが心配はいりません。女からはあなたの姿は見えないし、こうやって閉じ込めましたから」
「それをどうなさるんですか」「ご縁ですので、浄化してやりますよ」
「それにしても、今回はいやに簡単でしたね」「満足なさいましたか」
「はい。・・・どういう仕組みなのか、少しでも教えていただけますでしょうか」
「うん、霊的なものはつねに漂っていますが、黄昏どきが一番見えやすくなる。
 それと、この場合はペットボトルがレンズのような効果を果たしているんです。
 だんだん大きくなって見えたでしょう。・・・昔、陶器の器しかなかった頃は、
 このようなことも少なかったのですが、ガラスやこうした透明容器が増えた現在は、
 かえって霊が見えやすくなっているのかもしれません。
ですから、ペットボトルの水なんかを飲み残して放置しておくのは危険な面があります」
こう言い残して、ペットボトルを持ち帰られたんです。








面(おもて)神社

2015.01.14 (Wed)
もう30年も昔のことですが、面(おもて)神社と呼ばれる神社があったんです。
これは通称です。正式なお名前はまた別の長ったらしいものなのですが、
地元ではみな面神社と呼んでおりました。
「おりました」と過去形にしたのは、今はもうないのです。
この間の大震災で倒壊してしまいまして。これでだいたいどこの話かはおわかりでしょう。
・・・どうでしょうね、再建はなされないのではないかという気がします。
というのもご神体がこのときに流されてしまったのです、ですから。
もともと変わった由来を持つ神社でして、
ご神体はお面です、それもきわめて異国風の。
なんでも江戸の中期頃に、浜辺にうち上げられていたのを拾った漁師が、
時のお殿様に献上したということです。

始めはお城に宝物として保管されておったのですが、次々と凶事があったため、
神社を新しく開いてそこにご神体として祀りあげることになったのです。
ですから、それほど歴史の古い御社であったわけではないのです。
ご神体は、神道ですから仏教の秘仏のようにご開帳されるということはありません。
ですが、毎年一度の例大祭のときに社殿の扉が開かれて、
遠くから拝むことはできました。
黒々とした、異形としかいいようのないお姿でしたよ。
わたしの拙い知識では、アフリカの面に似ているように思われました。
そのような由来でしたから、社格は低かったのですが、
地域からは親しまれておりまして、さまざまな行事がありましたよ。
近くの保育園では、園児さんがこしらえたお面を奉納したり。

それと「面」ということで、地元の剣道連盟との関係も深かったのです。
ほら、剣道では防具として面を用いますから。
例大祭のときには野試合の奉納がありました。
地域の小学校のスポ小、中学校の部活動、道場の生徒さんたちなどが大勢集まり、
賑やかに行われていました。
野試合、というのは野外でする試合のことです。
さほど広くはない境内でしたが、そこに砂を敷き詰めまして試合をするのです。
雨天の場合は近くの体育館を借りていましたけど。野試合もなかなかよいものですよ。
けっこうあちこちで行われているのではないですかね。
小学生などは、紅白に分かれて面に風船をつけ、
竹刀でそれを割られたら退場という団体戦もあったりします。

ああ、すみません。話がそれてしまいました。
その30年前の、中学校の剣道部であった出来事です。
剣道の経験者というのは多くないので、学校の先生が監督であっても、
未経験で剣道のことをよく知らない場合がけっこうあります。
そういうときは外部からコーチ、師範代と言えばよいのでしょうか、
を招くことが多いんです。父兄に経験者の方がおられることもありますし、
連盟にお願いして派遣していただく場合もあります。
その剣道部では長くコーチを務めておられた方がおったのですが、
2年生に転校生がありまして、その父親が連盟の有力な方だったのです。
それまでは勝敗にあまりこだわらない、のんびりとした指導であったのですが、
それが気に入らなかったようで、裏から手をまわしてそのコーチを追い出してしまいました。

で、自分の息のかかった者をコーチとして入れたのです。
新しい指導は非常に厳しく、やめていく生徒が続出しました。
これはコーチのせいだけではありません。
その有力者の息子さんというのがなんというか、
子どもさんのことを悪くいうのも気が引けますが、
剣道は強かったものの性格に問題がありまして、転校してすぐに部員内に派閥をつくり、
自分の気に入らない者には嫌がらせをして追い出す、ということを始めたのです。
剣道は防具をつけていて他の武道よりケガが少ないとはいっても、
やはり厳しい稽古ですから、やりようによってはイジメにつながることがあります。
ほら何年かに一度くらい、そういうニュースが出たりするでしょう。
武道は、本来は自分の人格を磨くのが第一義と思うのですが、本末転倒した話ですよ。

部としては強くなり県大会にも出場するようになりましたが、
部の人数は減ってしまって、男子は団体を組めるぎりぎりになってしまいました。
・・・そんな事情があって、奉納試合の当日になったわけです。
アトラクション的な小学生の部が終わり、
中学生は4校が参加し、十数人ずつ紅白に分かれての抜き試合になりました。
公式戦ではありませんので、気楽と言えば言葉がよくないでしょうが、
勝ち抜き者にはメダル、終わった後全員に紅白餅を振る舞うようなものです。
ところが、その転校生の少年が出てきて数試合するうちに、
見物者のあちこちでざわめきが起き始めました。
確かに強いのですが、試合内容がよくないのです。
汚いとまでは言いませんが、勝ちにこだわった剣道というしかない。

とはいえ、表だって批判する者もおりませんでした。
会場には父親も見えていましたから。ほら、剣道関係者は警察の人が多いでしょう。
その父親も警察で、高い地位にあったのです。
白組のその少年が3人抜き、4人目に相対したところです。
紅組は大将しか残っておりませんので、ここで大将が負ければ白の勝ちとなるわけです。
少年が面を打った・・・かに見えたとき、ごうと風が吹きました。
社殿の開いた扉の中から吹きつけてきた気がします。
審判は旗をあげようとしたのでしょうが、砂埃が舞ってどうなったかわかりません。
目を開けていられなかったのです。
砂塵がおさまると、試合場の中央で少年が倒れた相手の大将に跨るようにして、
竹刀を突き下ろしていました。これは穏当ではありません。

審判が注意しましたがやめようとしないので、二人がかりで抱きかかえましたが、
それを振り払っての大暴れになってしまいました。
大人が多数出て取り押さえたのですが、少年の面を脱がせて誰もがあっと息を呑みました。
顔面が真っ赤で、赤と黄色の体液がぽたぽた垂れていたのです。
後で聞いたところによると、顔の皮膚が広範囲にはがれていたのだそうです。
どうしてそういう事故が起きたのかは誰もわかりません。
防具の面をかぶっていたのですからね。少年は入院し、けがのほうは回復したようですが、
精神を病み、その後どこでそうしているやらわかりません。
父親も他県に転勤してしまいましたし。
社殿の横に、板に台座をつけて立て並べ、そこに奉納されたお面を掛けてあったのですが、
その中に混じって赤黒い顔の皮膚がぺたりと張りついていた、などと言う者もおりましたよ。

これでお話は終わりですが、
あの震災を経てご神体のお面はどうなっただろう、と考えることがあります。
多くの瓦礫の中にまぎれて焼却等されてしまったとみるのが妥当でしょうが、
どうもそうではないような気がします。
もしかしてまた、海に戻って流れ漂っているのではないかと思うのです。
面に自らの意志があるのかどうかは定かではないですけど。
そしてどこかの浜にたどり着き、それは日本ではないかもしれませんが、
拾った者がその威容に打たれて、その国の流儀でお祀りをする。
その繰り返しの中で不思議な力をさらに増してゆく。
そういった存在ではないかと考えるのですよ。
みなさんはそのような存在について、見聞きされたことはおありでしょうか。







検証

2015.01.13 (Tue)
2週間前の土曜日に心霊スポットに行ったんだ。
場所はダムに向かう車通りの少ない県道沿いにあるパチンコ屋、
バブル崩壊直後につぶれて、そのまま数十年放置されてる。
ガラスはあちこち割れてるし、スプレーの落書きだらけになってて、
DQNがたくさん来てることがわかる。
それでもこの寒い時期なら、他のやつらとは鉢合わせにはならないだろうって、
男4人で夜中に出かけたんだよ。
結果は、変な音が聞こえたってやつもいたけど、俺はおかしなこと、
いわゆる超常現象ってやつはなんもなかったと思った。
中にいたのは小1時間ばかりで、ビデオを持ってっていろいろ撮ってきた。
まあ、遊びだったんだよ。心霊とか幽霊なんて信じてなかったし。

ところが車で帰るあたりから、Iってやつの様子がおかしくなった。
後になって考えればちょっと変だった、ってことだな。
いや、別に怖がってたとか、幽霊を見たって言ったとか、行ったのを後悔してたとか、
そういうわけじゃない。ただちょっと、元気がなかったなくらいのもんだ。
いつもはしゃいで冗談ばかり言ってるやつだったから。
その程度だから、そんときは誰も気にしてなくて、
まさかあんなことになるなんて思ってもみなかったんだよ。
・・・あんなことってのは、そこに行ってから2日後にIが自殺したんだ。
それも例のパチンコ屋の廃墟に昼間一人で出かけて、
2階に上がる階段のとこで首を吊ったんだよ。
発見されたのは、捜索願いが出てから4日後だ。

・・・私生活で悩んでることなんて俺が知ってるかぎりじゃなかった。
彼女とはうまくいってたし、仕事のほうも、つねに給料が少ないと愚痴ってはいたが、
ローン組んで中古のアリストを買ったばかりだったんだ。
警察が検屍をして、俺らのうちでも話を聞かれたやつがいたけど、
自殺で事件性はなしってことになった。
あんな死に方だったから葬式は家族だけでやって、俺らは出られなかったよ。
もしかしたら当人にしかわからない事情があったのかもしれないが、
こうなったのは、やっぱ心霊スポットに行ったことと関係があるんじゃないかって思うだろ。
で、俺のアパートに残り3人が集まって、そのときのビデオを検証することになった。
それが一昨日のことだよ。みな仕事の後だから夜の9時過ぎになってやってきた。
ビデオカメラは俺ので、ざっとモニターで見ただけだがおかしなことはなかったと思った。

パソコンにビデオをつないで、ビール片手に3人で見た。映像はほとんど俺が撮った。
まず車から降りてパチンコ屋の建物に向かうとこから始まる。
懐中電灯は全員強力なのを持ってたから、それで照らされた場所を主に写してる。
けっこう画面は明るい。柵とかロープもなにもない、
完全に放置されたパチンコ屋の表のガラスの割れた部分から中に入っていく。
みな画面に注目してて話もしない。
下に落ちてるガラスをガチャガチャ踏みながら、パチンコ台の並ぶ通路を歩いていく。
何か大声で叫びながら落ちてたパチンコ玉を投げてるやつがいる。
音声が割れてて何を言ってるかわからないが、どうせ無意味な言葉だろう。
どこもかしこも数十年分の埃と蜘蛛の巣で薄気味悪い。
目立つ落書きにも懐中電灯をあてて撮っている。

20分ほどで1階が終わって、2階に上がるところになった。
話ではこの階段の上の手すりにロープを結び、自分の首にもかけてIは飛び下りたらしい。
階段は片側にパチンコ台やダンボールが積まれてせまくなっていて、
俺らが一列で上っていくとこが映ってる。
で、2階に出たところで、見ていたMが「なんだよ、今のおかしいだろ」とぼそっと言った。
「ん、俺が入ってることか? こんときは窓の桟にビデオを置いて撮って、すぐ回収したんだ。
 後で編集しようと思って凝った撮り方をしてる。だから全員映ってるのは変じゃない」
「そうじゃなくて、俺ら4人で行ったのに、5人いる」
「え?!」・・・巻き戻してみた。
列の先頭がI、懐中電灯をかまえて、さほど怖そうな顔もせず上がっていく。
次がO、M・・・最後が俺のはずだ。この後にカメラを回収したから。

ところが俺の後ろにもう一人いる。そいつは懐中電灯を持ってないし、
誰からも照らされてないから黒い影になってるが、人なことは間違いなかった。
「えー嘘だろ、ありえねえよ」俺が言った。OもMもビビリきった顔になってる。
「これ、Iに似てると思わないか。背格好が」
「もしかして、走って2階をまわって、
 別の階段から下りてまた列の最後に来たんじゃないか。俺らを驚かせようと思って」
「無理だよ、俺のすぐ後ろに続いてるだろ。
 Iが先頭で上に出てから5秒くらいしかたってない。
 確かに下りる階段もあったが、時間的に絶対不可能だ」
「じゃあ誰なんだよこいつ」
「もう見るのやめようぜ、俺らまで祟られるかも。処分しちまわねえか」

「いやダメだ。Iがああなった原因があるかもしれないと思って見てるんだから、
 なんとか解明しなけりゃあいつも浮かばれねえだろ。そんなに怖いのか」
「これもっと明るくできないか。もしかしたら何かの関係で影がこう見えてるんじゃないか」
「カメラのほうを明るくしても無理そうだな。1回映像ソフトに取り込んで光量を上げてみる」
それで、画像ソフトにビデオ全体を取り込み、
階段を上るシーン10秒くらいの光量を上げてスローで再生した。
「首から上は画面から切れてる。これ黄色いよな」
「ああ、Iが着てるパーカーと同じに見える。やっぱIが2人に分裂してるのか?」
「いや、着てるものに模様がある。何か字が書いてるように見える。
 Iじゃねえんじゃねえか・・・」
「まて、もう少し光量上げてみるから」

「あ、あ、これIの黄色いパーカーと同じだけど、字が書いてる」
「自殺、自殺・・・・」
あの、怪談で裸の体中にお経書くやつあるだろ。
あれみたいに、パーカーの全体に5cmくらいの大きさでびっしり書いてあったんだ。
自殺、自殺、自殺、自殺、自殺って20個以上。字ははっきりしないが、
全体として見ればそうとしか読めない。印刷じゃなく手書きの文字に思えた。
「なんだよ、これ・・・」Mがそう言ったとき、
部屋の電気がバチンと消えた。ベッドの上に座ってた俺らは全員立ち上がった。
「ブレーカーが落ちたのか?」
パソコンはついたままだが、これはバッテリーに切り替わったせいか。
パソコンから目が離せなかった。

なぜなら画面の中の人物がゆっくりと体を沈めて、
顔が正面から画面に入ってきた。目を閉じているがIの顔だと思った。
鼻の上部、眉間のところに、服と同じ字で自殺って書いてあった。
Iはゆっくりと目を開け、カメラのほうを見たままぼそっと言った。
「お前らのせいだ」
「うわー」誰かが絶叫した。
バチンと電気がつき、かわりにパソコンの画面がブラックアウトした。
・・・パソコンはおしゃかで、どうやっても回復しない。リセットもできなかった。
ビデオのほうはここに持ってきてある。あれから一度もさわってない。
あんたら専門家だそうだから、こういうのどうすればいいかわかるんだろ?
俺もいっしょに見ろって?もう一回あれをかよ。・・・わかった、わかったよ。

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影 3題

2015.01.12 (Mon)
踊る

3日前のことです。会社の仲間・・・同期のやつと一緒に、
武田って後輩を誘って飲みに行ったんです。まあ励ますっていうか、力づけるっていうか。
この武田が仕事でミスをしましてね。
それも、プレゼンに出す資料の計算が間違ってたとかそんなんじゃなくて、
会社にとって重要な取引先の担当者を怒らせてしまうという、
かなりヤバい状況だったんです。当然、上司からはきつく叱責されまして、
社長室にまで呼ばれたんですよ。
これは下手すれば馘もありえるっていう雰囲気でした。
でね、なんとか上司が向こう様に話を入れて、
近々お詫びに伺うという手はずになってました。
だけど、武田はものすごく落ち込んでまして、自分から辞めるって言い出しそうでした。

あの様子だと、お詫びしてもかえって怒りを買うようなことがあるんじゃないか。
そう思った係長が気をきかせまして、
俺らに飲みに誘って励ませっていう陰の指示が出たんです。
最初は、行きつけの居酒屋に連れて行きました。
仕事のミスの話はなしにして、とにかく飲ませて食わせて元気をつけさせようって。
ところが料理には箸をつけないで、酒ばかり飲んでるんですよ、ため息をついて。
心底まいってるようでした。俺らが誘った目的はわかってたんでしょうけどね。
で、居酒屋を出たときにはだいぶ酔ってましたんで、
その後カラオケに連れてったんです。こいつカラオケが好きでしてね。
マイクを握れば変化があるんじゃないかと思って。ところが俺らが歌って、
武田の好きな曲をリクエストしてもぜんぜんのってこなかったんです。

それどころか、入って10分ほどで「俺、帰る」って言って出ていこうとしたんです。
店の前まで追いかけて止めようとしました。
そのときですね、カラオケ店のネオンの明かりで、街路に俺らの影が並んで映ったんですが、
一人分だけがバタバタ激しく手足を振り回して、踊ってるように見えたんです。
武田の影でした。でも、実際の武田はと見ると、酔って目をすわらせ、
同僚に抱きかかえられた状態で・・・
俺の目の錯覚なのかなと思ったんですが、もう一度道路に目をやると、
今度は武田の影だけが消えてたんです。武田は俺らを振り払って、
そのまま走って帰ってしまいました。そしてその夜、アパートで首を吊ったんです。
でね、影のことなんだけど、まあネオンの角度なんかで錯覚したのかもしれないけど、
あの暴れてた影ってのは、首を吊ってもがいてるところなんじゃないかって、
ふと思ったんです。・・・そんなことってあるもんですかね。

吹く

一昨日の朝のことです。学校に早く行って、教室でリコーダーの練習をしていました。
金曜日の音楽の時間にリコーダーのテストがあったんです。
私は吹奏楽部で、家ではピアノも習ってたので、ミスしちゃいけないと思ったんです。
かなり早く行ったんで、教室には私一人でした。
音楽の教科書の楽譜を見ながら練習してたんですが、
3回ほど吹くと飽きてきて、指が勝手に動いて知らないメロディを吹き始めたんです。
ピアノではよくやります。作曲までもいかないお遊びですが。
そのとき出てきたのは、和風のわらべ歌みたいなメロディでした。
自分でも意識しないまま、指が勝手に動く感じで、ずいぶん長い時間吹いていたと思います。
そしたら「その曲、どうして知ってるの?」と声をかけられました。
見ると音楽の先生が前の入口に立っておられたんです。

「音が聞こえたので様子をのぞきに来たんだけど、その曲どこで知ったの?」
「いえ、なんとなく適当に吹いてただけです」
「・・・そう、でも曲になって聞こえたわよ。『千の星』という」
「『千の星』ですか。・・・わかりません」
「私が子どもの頃、もう30年も前だけど、この学校で全校合奏でやってた曲なの」
「全校合奏って珍しいですね」
「そうね。合唱はよくあるけど、楽器は指導するのがたいへんだから」
「どうしてやめちゃったんですか」
「それは・・・、この曲をバックにして演劇部が文化祭で戦争の無言劇をやってたの、そしたら」
先生がそこまで言ったとき、大声でしゃべりながら男子が数人教室に入ってきたんです。
「また後でね」先生はそう言って出て行かれました。

その日の放課後です。吹奏楽部の練習が終わったのは7時近くでした。
みんなが帰った後、私は教室に戻ってきてリコーダーを出しました。
朝の曲をもう一度吹けるかためしてみたかったんです。
居残りしてるのが見つかると怒られるので、教室の黒板灯だけつけて、
そっとリコーダーを持ちました。すると、やっぱり朝と同じようにひとりでに指が動いて・・・
いつしか曲に没頭していました。
大勢の生徒が争って体育館から逃げだそうとしてる場面が頭に浮かんできました。
目をつむっていたので、これは幻かもしれませんが、
耳には大勢が同じ曲を合わせて吹いているのが聞こえました。
リコーダーから手を離して振り返ると、黒板に、
たくさんの人がリコーダーを持って揺れている影が、はっきりと映っていたんです。

捕られる

平日のお昼です。3歳間近の息子を連れて団地の公園に行きました。
よく「公園デビュー」って言われるじゃないですか。
ここの公園も天気がいい日には、団地に住んでる奥さんたちがたくさん出てこられて、
子どもたちを遊ばせながら、ベンチでおしゃべりしてるんです。
私は越してきてまだ2年目ですけど、
のんびりしたところで、派閥争いみたいなのはなかったですよ。
その日は天気がよくて、ものの影がくっきり乾いた地面に映っていまいした。
しばらく世間話に夢中になっていましたら、
砂場のところに大人の人が立っているのが見えました。
品のいいおじいさんでした。黒のスーツを着て、白髪をオールバックにした。
不審な人には見えなかったんですが・・・手に捕虫網を持ってたんです。

それはおじいさんの背丈くらいあって、網の部分もとても大きいものでした。
やはり違和感はありましたが、お孫ざんに頼まれて虫取りにでも来たのかなと思いました。
でも公園の中には遊具しかなく。虫を捕るなら花壇の草むらか街路樹のほうがいいのに、
と思いました。おじいさんは何か考え込んでsる様子でしたが、
意を決したように、捕虫網をかまえたんです。
大きく振りあげたところに、お友だちと追っかけっこをしながら息子が走り込んできました。
その後に、F棟3階に住んでる ひでとちゃん。
おじいさんは、はったと捕虫網を振り下ろしました。ひでとちゃんの影の上にです。
変な行動をするなあ、と思いました。
おじいさんは満足そうな顔になり、網の部分を手でつかむようにして出ていったんです。

話をしていた奥さんに、「今、おじいさんが来てましたよね、虫取り網を持った」と言ったら、
「え、そうだった?気がつかなかった」
「えーさっきまでそこに、黒のスーツできれいな白髪の」
「ぜんぜん見てなかった、おしゃべりに夢中になってたからねえ」
「変な人とは思えなかったけど」
「もしかしたら団地の管理組合の人かも。危険な蜂とか見回ってるんじゃない」
こんな会話になりたんです。
それから2時間ほど公園で過ごして部屋に戻りました。
これは・・・気のせいかもしれませんが、
おじいさんが捕虫網を振り下ろして以後、ひでとちゃんの影を見なかったように思うんです。
ひでとちゃんは翌日亡くなりました。







前の家

2015.01.11 (Sun)
うちで前に住んでた家の話をします。そこは建て売り団地の一軒家だったんですが、
新築じゃなかったんです。とは言っても築5年くらいで新しかったですけどね。
そこでいろいろ不思議なことがあったんです。
うーん、今から考えると、ローンが払えなくなって、
追い出された人が前の住人だったんじゃないかと思いますが、
当時はそんなこと考えもしませんでした。
まだ、小学生だったし、親も言わなかったですから。
家族は両親と姉です。姉は高校生でした。もう結婚しましたけどね。
僕は今は父親が建てた別の家に住んでます。
いや、不思議なことがあったせいというわけでもないんじゃないかな。
少なくとも僕も姉ちゃんも、あんまり気にしてないっていうか、むしろ面白がってました。

天井裏

2階は2部屋で、僕と姉ちゃんの部屋だったんです、隣り合わせの。
日曜の朝でしたね。6時頃、うるさくて目が覚めたんです。
天井裏で、トッ・・・しばらくしてまたトッと音がしたんですよ。
けっこう響く音で、天井板を蹴っては跳び上がり、また降りてきて蹴るみたいな。
何かが入り込んでるんじゃないかと思いました。
起き上がったときにドアから姉が顔を出して、
「ねえ、あの音、うるさいからなんとかならない?」って言ってきました。
なんでも僕に用を言いつける、うっとおしい姉だったんですよ。
まあ結婚していなくなって、最近はさびしいなって思うときもありますけど。
「鳥じゃないかな、けっこう大きなやつ」
それで、下から懐中電灯を持ってきて見てみることにしたんです。

両親には言いませんでした。まだ寝てましたし、起こすと怒られるかもと思って。
姉の部屋にしか押し入れがなかったんです。
僕の部屋は4畳でせまくて、クローゼットだけしか置いてなかったので。
だから姉の部屋に行って押し入れの上の段に上がりました。
で、天袋って言うんでしょうか、よくわからないけど、
隅に天井裏に入れる四角い板があったんです。押すと持ち上がりました。
小学生の身長でも問題なかったです。
姉も上がってきて板を持ち上げてくれたんで、頭を入れて照らして見ました。
その瞬間「えー」と叫んで、僕はひっくり返っちゃったんです。
何を見たと思いますか?
雛飾りですよ。それもたぶん僕の頭のまわり全部ぐるっと。

どれも七段飾りくらいの、人形がたくさん並んだ豪華なやつ。
僕は「あ、あ、あ、おひな様」としか言えませんでした。
姉が「うそー」と、落ちた懐中電灯を拾ってかわりに頭を入れましたが、
「・・・なんもないよ」って下を見て言いました。
「だって」とまた頭を入れると、ホントに何もなかったんです。
考えてみれば、天井裏だし七段飾りの雛壇が入る高さなんてあるはずもない。
姉は「んーだけどこの家、不思議なことがあるから、あんたが見たならそうかもね」
その頃にはトッ、トッという音はしなくなってました。
その後2人でかわるがわる天井裏を調べたんですが、
下には厚く埃が積もってて、そこに点々と何かが跳んだ跡が残ってました。
「七段飾りなんていーなー」と姉は言いました。2月の話です。

レモン

冬の話です。その日学校から帰ってくると、試験期間だった姉が早く帰ってきてて、
居間のこたつで勉強をしていました。普段はお化粧のことしか考えてないのに、
珍しく真面目な顔をしていたんで、声をかけるのをやめ、
キッチンに行って冷蔵庫からジュースをとって自分の部屋に行こうと思ったんです。
冷蔵庫を開けたところで、居間から「きゃっ、また出た」という姉の叫びが聞こえました。
「○○、いるんでしょ。冷蔵庫からレモン切って持ってきて。早く早く」
けっこう切迫した声だったので、言われたとおりにレモンを半分に切って持ってったんです。
そしたら、コタツの上にソフトボールくらいの白い球が浮かんでたんです。
「こっち、こっち」と姉が言うので、側に行くと、
そのボールには大きな目がついてました。人の目よりずっと大きくて一つだけ。
「うわー、何これ」と思いました。

姉はあんまり怖がるふうもなく、「どうだ」と言いながら、
僕が手渡したレモンをぎゅっと両手でしぼって、その目にかけたんです。
すると目のまぶたが落ちて、ボール全体がふらふらと揺れながら、
部屋の隅まで漂って消えたんですよ。「姉ちゃん、今の何?」って聞いたら、
「さーね、妖怪かな?」平然とした感じでした。
「怖くないの?」「前に同じやつ、キッチンでも見たことがあるよ」
と言いました。「いつ?」 「3ヶ月くらい前」
「そのときはどうしたの?」 「ちょうどあったからタバスコかけてやった」
「辛いやつ?」 「そう、さっきより苦しんでたよ」
この変なボールは、引っ越すまで姉はもう3回見たそうです。
「弱っちいやつ」と言ってました。僕が見たのはあと1回だけです。

ダンボール
 
これは夏のことですね。学校のグランドでスポ少のサッカーをやってから、
6時頃に帰ってきたんです。するとキッチンで。
まな板に向かって何かを切ってる姉の姿がありました。
「母さんいないの?」って声をかけたら、
「今日、町会の寄り合いに出て遅くなるって。わたしが夕飯作るから」
こう答えたんで、「カレーにしてよ」と言いました。
そしたら「カレーだって?」と聞き返されたんですが、
その声がぐにょんとゆがんで聞こえたんです。
ほら、よくテレビの心霊番組なんかでテープを遅回しした音ってあるじゃないですか。
あれみたいな感じでした。
「あ、これは姉ちゃんじゃなく、なんかやばいやつかも」と思いました。

姉がくるりとこっちを向いたんですが、予想どおりというか、
体の前面が平べったくて、絵にかいたものみたいでした。
頭はカツラみたいな髪はありましたけど、顔も平たくて、
そこに「へのへのもへじ」がかいてあったんです。
こっちに近づいてきたんで逃げ出しましたが、逃げるときに片足に蹴りを入れました。
玄関から外に出ると、ちょうど姉が自転車で帰ってきたところだったので、
「姉ちゃん、ホンモノ?」と聞きました。
「なにバカなこと言ってるのよ?」それで事情を話し、2人で家に入ってみました。
玄関でそれそれ一本ずつ傘を持って。家の中には誰もおらず、
台所にたたんだダンボール箱が落ちてました。冷蔵庫が入ってた大きいやつです。
で、それの一面にマジックで「へのへのもへじ」がかかれてたんです。

6年後

姉が結婚することになって、それと同時に、
単身赴任が続いてた父が独立して会社を興すことが決まって、
この家から引っ越すことになったんです。
当面は都内で賃貸マンション生活ということでした。
引っ越しは業者に頼んで、見届けが終わってから父のミニバンで出発したんですが、
「いよいよお別れだな」って思って、家のほうをふり返ったんです。
そしたら2階の廊下・・・僕と姉の部屋があったところですが、
その2つの窓いっぱいに大きな目があったんです。一つ目でした。

「姉ちゃん、アレ」そう言って指さしたら、「何かいるの?」と姉が聞きました。
「でかい目玉」と答えると、「私にはもう見えない」
姉はそう言いながらも、懐かしそうな顔をして窓に向かって手を振ったんです。
僕もいっしょに手を振りましたよ。巨大な目がパチクリをしました。
「なんだお前たち、あの家にお別れしてるのか」父が言いましたっけ。

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夢喰い

2015.01.10 (Sat)
変な夢をずっと見てたんです。そうですね、1ヶ月ちかく続きました。
毎晩というわけではありませんが、3日に一遍くらいの頻度で。
いいえ、医者には行かなかったです。だって夢ですし、
僕自身は特に体の具合が悪いというわけでもなかったんです。
どんな夢かというとですね、木造の校舎がまわりにある校庭のようなところにいるんです。
毎回そこが始まりの場所なんです。
校舎は荒れ果ててまして、廃校になってからずいぶんたつような感じで、
生徒のいる様子は見あたりません。夢の中には僕と、それから姿の見えない不思議な生き物、
それしか出てこないんです。・・・生き物の話はおいおいしていきます。
それで、その学校なんですが、小学校とかじゃなく農業高校じゃないかと思うんです。
ビニルハウスの残骸や畜舎がありましたから。

僕が校庭から校舎の手前へと、何も植わってない花壇の中を歩いていくと、
木造りの小屋が見えてきます。それと獣の臭い・・・
これは夢なんですが、臭いがわかるっていうか、獣の臭いを嗅いでる気がするんです。
僕はこれまで、犬猫はじめ動物は飼ったことがなくて、
どちらかというと苦手なんです。だけど、なんというか使命感みたいなのに突き動かされて、
夢の中で行動しているんです。まず小屋の横にまわると、飼料入れの木箱が置いてあります。
その横に写真が積まれてるんです。それが、気味の悪いことに遺影なんですよ。
お葬式のときに飾るあの黒枠のやつです。
それを一枚一枚取り外して、残った額は一ヶ所に積み上げます。
写真はみな若い女の人でした。たぶん僕と同じ高校生から20代の前半くらいの人。
プリント用紙だけになったものを飼料箱に入れて小屋の前に行きます。

小屋の戸には、餌を入れてやる細長い四角い穴が下のほうに開いてます。
頑丈で分厚い木の板なんですが、そこだけ飼料箱の大きさぴったりに切られているんです。
ええ、だから中にいる獣の姿は見えないんです。でも気配が伝わってきます。
大きな動物が動く音、戸板に裏側からガリガリ爪を立てたり、地面を這ったりする。
息遣いもですね。ただ、鳴き声は聞いたことがありません。
それで、飼料箱をそおっと地面を滑らせるようにして穴に差し込んでやる。
それだけなんですが、やり終えたときにすごい安堵感と充実感があるんですよ。
自分がとても世の中に役立っているみたいな気持ちです。
わけがわからないですよね。夢なんてそんなものと言われればそれまでですが。
そこで夢は終わりです。その後は朝まで目が覚めませんね。
夢を見ている時間は、というか夢の中での時間は10分もないでしょう。

そういう夢を3日おきくらいに見ていました。
で、なぜだかわかりませんが小屋の中の生き物が餌をやるたびに成長してることが、
姿が見えなくてもわかるんですよ。え、写真ですか?それが毎回違ってました。
別の女の人の遺影にかわってるんです。見覚えのある顔はなかったんですが・・・
この間、ストーカーによる殺人事件がありましたよね。
テレビでも何度も報道された、レースクイーンなんかをやっていたモデルの人。
あの人が殺された夜に見た夢に写真があったと思います。
ちょっと自信がないんですが、同じ人じゃないかと。
いえ、テレビに何度も顔が映ったから、
それを覚えてて夢に見たというわけじゃないはずです。
だって、その夜にはまだ事件の報道はなかったですから。

夢のことは人に言ったりはしなかったです。
変な内容で馬鹿にされたりするかも、ということもあったんですが、
それよりも、これは言ってはいけないことだっていう感じが強くしたんです。
夢の中で別に禁じられたりしていたわけじゃないんですが。
・・・そうやって、10回近く餌をやりました。
写真を入れた後、小屋の中の獣は満足そうに喉を鳴らすようになってきました。
それで、昨晩のことです。いつもと同じように餌を小屋に入れたとき、ドンと強く、
小屋の中から戸に大きなかたまりがぶつかる音がしました。
板戸がぐらぐら揺れたんです。そして声が聞こえました。
「足りない、まだ少し足りない」って。
そうですね、大人の男の人の声だと思いました。子どもではないと思います。

普通なら夢が終わる場面なんですが、えさ箱のところに戻ってみました。
すると新しい遺影が一枚だけあったんですよ。
見覚えのある顔でした。僕の高校の同じ学年の女子です。
クラスは違ってます。その人は女子バレー部のキャプテンで、
下級生の部員に対して集団でひどいイジメをしている、という話がありました。
・・・女子のことですから、僕はほとんど気にしてなかったですけど。
いえ、口をきいたことくらいはあります。僕は男子バレー部ですから。
とにかくこれも小屋の中にいれなくちゃいけないと思って、大急ぎで額を外しました。
額はもう自分の胸のあたりまでになってましたね。
1回に20枚くらいで10日、200枚の写真を小屋の中の生き物に与えたわけです。
写真一枚だけ持って小屋の前に戻り、そうっと写真だけを穴に差し入れました。

「ゴガーッ」と中の生き物が鳴いた声が聞こえました。
虎やライオンに似てなくもなかったですが、わかりません。
僕がびくっとして後ろに下がったときに、穴からちらっと腕のようなものが見えたんです。
それが・・・想像してたような獣の腕じゃなくて、僕の高校の制服のブレザーに思えました。
そのとき、上のほうから「おーい」と呼ぶ声が聞こえました。
見上げると、ボロボロの校舎の2階の窓から、僕に向けて手を振ってる人たちがいました。
それが、どういう姿なのかよく見えなかったんです。
そんなに距離があるわけじゃないのに、白い人たちとしか。
とにかく呼ばれてるんだから行かなくちゃと思いました。
校舎の入り口を見つけて、土足のまま埃の溜まった廊下を通って階段を上りました。
さっき手を振っていただろうと思われる教室の戸を開けて中に入りました。

そしたら、拍手の音に包まれたんですよ。中には20人ほどの人がいました。
その人たちは・・・全員がブタの着ぐるみを着てたんです。
あの幼児番組なんかに出てくる全身着ぐるみ、だぶだぶした布でできてる。
顔だけがものすごく大きくてリアルな豚の顔なんです。
それをつけた、男とも女ともわからない人たちが、
みんな僕のほうを向いて手を叩いてるんです。
拍手は長く長く続いて、とても誇らしい気持ちがしてきたんです。
その中の一人が、「おめでとう、君のおかげでまた夢喰いが一頭生まれた。もう夢は見ないよ」
そう言って窓の外を指し示しました。歩み寄って見おろすと、
あの小屋の板戸が倒れていて、黒々とした中が見えました。
いや、何かがいるようには見えなかったです。

夢喰いというのは、もうどこかに逃げていったんだろうと思いました。
ここで夢は終わりました。気がつくと朝になっていて、
こんな季節なのに汗をびっしょりかいていました。
部屋から階下に降りていくと、家族がテレビを見ていて、
母が「たいへんな事件があったわよ」って言ったんです。
ええ、もうおわかりですよね。あのバレー部のキャプテンが殺されたんです。
夕方7時頃、一人で帰宅途中に小路で全身を刃物で刺されたんです。
犯人はそのまま逃走してまだ捕まっていないということでした。
高校から、登校に注意し、できれば保護者に送ってもらうようにというメールがきていました。
学校の中も大騒ぎで、先生方が噂を沈めるのに必死でしたよ。
授業を早く切り上げて全校集会も・・・







歯 3題

2015.01.09 (Fri)
砕ける

おとといの朝です。起きたて歯を磨いていました。
別に強くということもなかったです。毎日のようにごく普通に。
そしたら「ピキーン」という音がしました。
自分にだけしか聞こえなかったんじゃないかと思います。骨に響くような感じでした。
その後すぐに痛みが襲ってきたんです。
文字どおり、その場でぴょんと跳び上がるくらいの。唇の裏に違和感があり、
コップの水を含んではき出すと、数mmくらいの白い破片が何個か出てきました。
歯、だと思ったので口を開けて鏡を見ると、
右上の前歯が根元だけ残してなくなっていました。ものすごい激痛で、
歯のその部分だけじゃなく、頭の骨全体が痛かったんです。
手で口を押さえようとして上唇にさわり、それでまた飛び上がりました。

携帯をベッドの枕元までとりにいって、会社に休みの連絡をしました。
あまりの痛みに、まともにしゃべることができませんでした。
それから歯医者にも連絡して・・・なんとか痛みが治まったのは2時間後でした。
歯医者では、上の前歯の一本だけが完全に砕けていると言われました。
何かにぶつけたか、固い物を噛んだかと聞かれましたが、
さっき言ったように、ただ歯を磨いていただけなんです。
それに、前から虫歯だったとか、差し歯にしていたということはありません。
歯は丈夫で、気を遣っていたつもりです。
露出した神経を抜き、根元の部分を削ってもらったら痛みはなくなりました。
後日、そこに人工歯を入れることになり、予約をして帰ってきたんです。
マンションに戻ったついでに、郵便物を取って部屋に入りました。

その郵便物の中に、宛名も何もない白い封筒があったんです。
切手も貼られてなかったので、直接マンションの私のポストまで来て、
投函したんだと思います。中には・・・コピー用紙が2つ折りで入っていて、
開くと、ワープロの特徴のあるフォントでやや大きく、
「実験 左上3」とプリントされてました。
ぞくっとしました。これ歯の番号、しかも朝に砕けた歯のことです。
小学生の頃に、よい歯のコンクールというので表彰されたときから、
この呼び方を覚えていました。歯が割れたことは誰かのせいというわけじゃないし、
もしかして私が苦しんでいた様子を、どこからか覗かれていたのかと考えたんです。
翌日出社すると、机の透明カバーに2つ折りの紙がはさまっていました。
中には前日と同じフォントで「左下5」、その前に「次は」という文字があったんです。
人から恨まれる覚えですか? いえ、そんなことは・・・

投げる

小学校低学年の娘の乳歯、上の前歯が、その朝に抜けたんです。
そうですね、生え替わりは普通じゃないかと思います。前歯はもう上下とも永久歯です。
別に痛がってる様子もなかったので、そのまま学校に出しました。
それで、その日は時間があったので、これまでやらなかったんですが、
郷里に伝わっている歯のおまじないをやってみようと思いました。
えーと「下の歯が抜けたら屋根の上へ、上の歯のときは縁の下へ投げる。
 そのときに、強い歯になれ、ネズミの歯になーれ」って言うんです。
まあ、迷信、おまじないですね。私が子どもの頃におばあちゃんがやってくれたのを、
そのときふと思い出したんです。ネットで調べてみたら、
この風習は少しずつ異なりながら全国にあるみたいで、
外国にも似たおまじないがあるようでした。

「ネズミの歯」というのは、ネズミはいつまでも歯がのび続けて、
自分で削らなくてはならないほど丈夫なことからきているようです。
歯をテイッシュに包んで外へ出ました。
でも、縁の下といっても、新しい建て売り住宅なので土台はコンクリです。
その数mおきに、とりはずしできるプラスチックの格子がついた通気口がありました。
その一つを外してかがみ込み、「よい歯になーれ、ネズミみたいに」
小声でつぶやきながら、通気口に歯を投げ入れました。
そしたら暗い中が一瞬、ぽっとオレンジ色に光ったんです。
ちょうど火のついたマッチを投げ入れたみたいでした。
「え」と思って中を覗いたんですが、真っ暗に戻っててよくわかりませんでした。
そのとき「火事に気をつけなさいよ」というおばあちゃんの声が聞こえたように思いました。
・・・おばあちゃんは私が小学校のとき亡くなってるんですが。

命令される

1週間前の朝ですよ。ポストに封筒が入ってたんです。
えーA4版って言うのかな、よくある事務用の茶封筒です。
こちらの宛名も差出人も書かれてなく、切手もなかったです。
でもねイタズラというより、マンションの自治会の何かかなと思いました、そのときは。
封筒はセロテープで封がしてあり、振るとカサカサ音を立てましたから、
何かひまわりのタネみたいなものが入ってるんじゃないかと。
封筒の上からの手触りもそんな感じでしたし。
でね、その日は日曜だったんで、しばらくテーブルの上にほっておいて、
午後になって開けてみたんです。そしたら、中からザラザラって出てきたのは、
最初は乾燥したトウモロコシかと思ったくらいでしたが・・・
歯だったんです。人の歯だと思いました。20本くらいで奥歯はなかったですね。

「なんだこれ」と驚きました。たちの悪い冗談だろうと考えるしかなかったです。
封筒には歯の他にコピー用紙が1枚入ってました。内容はこうです。
「この歯をすべて ○町△丁目十字路 コンビニ横の 板塀の家の 屋根に
 夜12時頃 投げろ もしやらなかったら 右下2」
ね、わけがわからないでしょ。もちろんそんなことやるわけないです。
警察ですか? いや、そのときは連絡はしませんでした。
だってせっかくの休みが完全につぶされてしまいますから。
もっとグダグダしていたかったんです。
え? 僕は独身でもちろん子どもなんていません。
その歯はね、何かのときに証拠になるかもしれないと思って、
封筒ごと机の引き出しにしまっておいたんです。

その日の夜ですね。ビデオを見てましたら、ピキーンという音がして・・・
いや、実際にした音じゃないと思います。僕の体の中で響いたっていうか。
激痛がしたんです、上唇から頭蓋骨全体に。
口の中に違和感があって、灰皿に唾を吐くと白い粒が出てきました。
歯でした。舌で歯茎を触って跳び上がりました。
あんな痛みを経験したのは人生で初めてですよ。
スキーで足を折ったときもそこまでじゃなかった。・・・日曜の夜ですからね。
もちろん医者はやってませんし、歯痛くらいで救急車を呼ぶわけには。
でも、ネット社会って便利なもんですね。
休日、夜間診療というのを調べて車を走らせたんです。
運転に集中できないくらいの痛みでしたけど。

おかげでどうにか、翌日は会社に出勤できました。
それでね、帰ってきたら部屋が微妙に荒らされてる感じがしたんです。
これは僕じゃないとわからないと思うんですが、物の位置が微妙に違ってたんです。
いろんなとこの引き出しや箱なんかが開けられて、また丁寧に元に戻されたという感じ。
それで、あの歯が入っていた封筒が消えていたんです。
ええ、なくなってたのはそれだけだと思います。
鍵はかかってました。合鍵は大家さんと不動産屋しか持ってません。
恋人もいませんし。これは警察に連絡せざるをえませんでした。
8時頃に警官が2人来て話を聞いていきました。
歯の封筒の話もしたんですが、奇妙な顔をしてましたね。
・・・それはそうだと思います。僕自身が変な話だなあと思ってるくらいですから。

警官は、集合ポストに監視カメラがあったから、
その映像を借りて調べてみることになるだろうと言ってました。
でもあれから数日たつのに、何の音沙汰もなしです。まあ忙しいんでしょうけど。
それで昨日の朝ですよ、地方ニュースを見てて驚きました。
火事があったんですが、それがあの封筒の中の紙に入ってた住所だったんです。
「○町△丁目十字路 コンビニ横の 板塀の家」です。
可哀想なことに、一家全員焼死ということでした。夫婦と小学生の女の子の3人。
その後今日のニュースで、火災の火元は室内ではなく屋根の付近で、
漏電が疑われているという報道があったんです。
電線から屋根につながってる部分ってことなんでしょうか。
でもあの紙に「歯を屋根に投げろ」ってあったし、それと何か関係があるような・・・








連想

2015.01.08 (Thu)
小学校6年のときのことだったと思います。
ある日学校で、放課後に親しい友だち何人かと残って話をしてたんです。
その中で、A子ちゃんという子が「性格判断しよう」って言い出しました。
そうですね「心理クイズ」みたいなやつです。
「まず始めは白、白って言ったら何を連想する?」A子ちゃんが聞いて、
みんなは順番に「雲」とか「雪」とか答えました。
私がなんと答えたかは忘れちゃったけど、ごくありきたりのことだったと思います。
それぞれの答えを聞いて、A子ちゃん分析をしたんです。
「雲を連想した人は、夢見がちな性格だけど物事は地道にコツコツやります」とか。
たぶん何かの本に書いてたことだったんじゃないかな。
「じゃあ次は赤、考えないでぱっとすぐ答えてね」

「リンゴ」「火」「ポスト」など、やはりありがちなものが出てきました。
私の番になってなぜか「冷蔵庫」って言ってしまったんです。
「えー、冷蔵庫!?」A子ちゃんが大げさな感じで言いました。
A子ちゃんの家は大きな事務機の会社を経営してて、
お母さんがある宗教団体の地域の幹部を務めていたんです。
その宗教団体には私のお母さんも入ってました。そのせいもあって、
私はA子ちゃんが苦手というか、頭が上がらなかったんです。
他の子も、「○○ちゃんの家の冷蔵庫赤いの?」と聞いてきて、私は困ってしまいました。
家の冷蔵庫は白い小さなもので、
なぜそんなことを言ったのか自分でもよくわからなかったです。
「リンゴを連想した子は・・・、火は・・・」A子ちゃんはすらすら解説しましたが、
最後に私の顔を見て「冷蔵庫は変ね、頭がおかしいんじゃないかな」そう言いました。

その後、先生が教室に顔を出して「残ってないで帰りなさい」と言ったので、
みんなスポ少に行ったり家に帰ったりしたんです。
私の家は、お父さんが私が小さい頃に亡くなっていて、お母さんと2人暮らしでした。
長屋みたいなとこに住んでたんです。平屋で同じ家が3軒くっついて並んでる。
お母さんはさっき話した宗教団体で事務をして、それでお給料をもらってたんです。
長屋も宗教団体の持ち物だったはずです。
いつもは鍵を自分で開けて入るんですが、その日は開いてて、
靴を見るとお母さんが帰ってきてるのがわかりました。
私が「ただいまー、早かったね」と言いながら居間に入ると、
お母さんはコタツに座ってたんですが、「ねえ○○、赤って言葉を聞いたら何を連想する?」
って聞いてきたんです。A子ちゃんがやったのと同じに。

私はわけがわからなかったんですが、
なんとなく大変なことじゃないかって気がしたんです。
それで「リンゴ」って答えました。するとお母さんは「あら、勘がいいわね」
そう言って台所に行き、リンゴを持ってきてむいてくれたんです。
ですが・・・お母さんが台所に行くときに、すでに包丁を持ってた気がするんです。
コタツから立ち上がったときに、エプロンの裾にそっと包丁を隠すのを確かに見たんです。
夜になって、私が寝た後でお母さんは電話をかけていました。
寝室はすぐ隣なので気配でわかったんですが、A子ちゃんの家じゃなかったかと思います。
このときはそれ以上変なことはなく終わりました。
それから数ヶ月して、私は中学に入学することになりました。
学区の公立です。A子ちゃんはかなり離れた私立に入学することになりました。

中学校入学と同時に、宗教団体への入信式がありました。
信者の家の子どもは否応なく入らせられるんです。
市の外れに大きな建物がありました。神社みたいに屋根がぐっとせり出してるんです。
木じゃなくてコンクリ造りでしたけど。
そこに中学の制服を着せられて母に連れてかれました。
その年に入信する子どもは全部で8人でした。A子ちゃんの姿もありました。
祭壇のある部屋には白いトーガのような服の信者の方に囲まれたA子ちゃんのお母さんが
着飾って待ってて、そこで跪いて儀式を受けたんです。
水を顔にかけられたり、信者としての名前をもらったり・・・
全部で1時間くらいでしたね。終わってから、信者の方が車で送ってくれることになり、
一人で外で待っていました。

ところがしばらくたってもお母さんも信者の方も出てこなかったんです。
寒かったので、大きな倉庫の屋根の下に入りました。
そこの引き戸が少し開いてて中の様子が見えたんです。雪かきの機械や竹ぼうき・・・
その奥のほうにホコリをかぶったスチール棚や事務机などが見えました。
最奥のところに人の背丈より高い大型冷蔵庫があったんです。白だったんでしょうが、
汚れてグレーがかって見えました。その冷蔵庫に見覚えがあったんです。
ふらふらと誘われるように中に入ってしまいました。
倉庫の中は広く、高い天井の蛍光灯のうちのいくつかがついていました。
「この冷蔵庫、見覚えがある・・・」
横にまわってみると、1mほどの高さにシールが貼ってありました。
お菓子のおまけか何かの女の子向けのものが何枚か、はがしきれずに残ってたんです。

それを見たとき、脳の中で何回もフラッシュが焚かれたような状態になりました。
映像が点滅するようにして目の前に浮かんだんです。
大型冷蔵庫の棚を全部取っ払った状態で中に倒れている30代くらいの男の人。
喉にぱっくりと大きな傷があり、そこから流れた血が白いトーガを染めて、
冷蔵庫の底にも溜まっていました。そしてその前で泣いている2歳か3歳の女の子・・・
小さい頃の自分だと思いました。
そのとき自動車のエンジンの音が聞こえて、私は我に返ったんです。急いで倉庫を出ました。
何にもさわってないので、ホコリに手型などはついてなかったと思います。
倉庫の横にまわると、信者の方が運転する車が近づいてきてました。
母が後部席に乗っていて。いっしょに家に帰ったんです。
倉庫の中で見たもののことは言いませんでした。

これで話はほとんど終わりですが・・・
この4年後、私が高校2年になときにお母さんは亡くなりました。
その前からガンで1年ほど入院した末のことでした。
お母さんの最期は、たっての願いで自宅に帰っていました。
亡くなる前日に、母の指示で家の祭壇の下から小さな金庫を出しました。
それまで見たことがなかったものです。お母さんがダイアル番号を教えてくれたので、
開くと白い封筒が一枚だけありました。中には男の人が一人で写っている数枚の写真。
もうおわかりだと思います。母は「○○のお父さんだよ」と言いました。
お父さんは30代前半くらいに見えました。
その顔は、あの宗教団体の倉庫の冷蔵庫で見た幻覚と同じだったんです。
お母さんに詳しいことを聞こうとしても、首を振るばかりで一言も話してくれませんでした。

私は高校をやめて、宗教団体の寮で生活するようになりました。
始めはお母さんと同じように教団の事務をやっていたんですが、
なんというか、霊的な素質があることを見込まれて、
御修行を受けさせていただくことになりました。詳しいことは言えませんが、
その過程で、「お父さん」・・・写真の男の人が何度も夢に出てきました。
お父さんはぱっくりと開けた喉の傷から息を漏らしながら、
私の前で何度も首を振っていました。
修行の途中から、不思議な力が自分についてきていることがわかりました。
そのうちにA子ちゃんのお母さんが事故で亡くなり、
教団の儀式を私がとり行うことが多くなってきました。信者の中にはA子ちゃんもいます。
・・・倉庫の中の大型冷蔵庫は、いつのまにかなくなっていました。







ランニングメン

2015.01.07 (Wed)
ジョギングをしてたんです。早朝ですね、いつも5時半から6時まで。
ああ、早起きは慣れました。僕は地方公務員で定時に帰れますから。
ジョギングを始めてから早く寝るようになったんです。健康的でいいですよ。
それに、僕らの市は市民健康づくりに取り組んでいて、
僕の部署がそれと関係してるんです。そのせいもあります。
走るのは市庁舎の近くにある運動公園のまわりです。
一周約5kmで、慣れてる人なら30分もかかりません。
そのまま出勤するわけじゃなくて、いったんアパートに戻ってシャワーを浴びます。
近くなんです。でもこの季節は、走ることよりも着替えたりするほうが嫌ですね。
昨日の話です。5時半にスタート位置についたときはまだ暗かったです。
そんな時間でも、市のメインの通りの近くで車通りはけっこうあります。

走ってる人は、さすがに冬に入ってひと頃よりは少なくなりましたけど、
コースを途切れないで続くくらいはありますよ。
その日も顔見知りの人が何人も来てました。
走り始めて5分くらい、野球場の横へまわったときです。
急に空が明るくなったんです。いや、夜明けじゃありません。
だって光が緑色だったんですから。エメラルドグリーンっていうのかな。
あれに近い緑に、空も地面も街中が染まったんです。
思わず止まって頭上を見上げました。そしたら、その緑色の中央が白く輝く火の玉が、
宙を横切って西の山のほうに落ちていったんです。
隕石・・・だと思いました。でも、見にいくというわけにもいかないですし、
後でニュースでやるだろうと思いました。
走るのを再開すると、後ろからすごい勢いの人に追い抜かれました。

山田さん、という知ってる人でした。年齢は70過ぎてるはずで、JRを退職された方です。
普段はゆっくりご夫妻で走ってる・・・というかウオーキングに近い感じなのに、
まるで若い陸上部の子が短距離走をするようなスピードだったんです。
「そんな速いと、ケガするかもしれませんよ」って声をかけようとしました。
そしたら後ろから背中をドンと突き飛ばされたようになって、
前に膝をついてしまいました。さっき言った山田さんの奥さんです。
それがやっぱり、山田さんと同じような走りで僕を追い抜いていったんです。
右膝を打ちつけてしまい、立ち上がるのに時間がかかりましたが、
その間に2人に追い越されました。2人ともジョギングの恰好で、
若い高校生くらいの女の子と、50年配の男性です。2人とも短距離のスピードでした。
前に行った山田さん夫婦とはもう100m近く離れてました。

「何だこの人たち」って思いました。
「まさか、隕石が落ちたところを見にいくつもりなんだろうか」って。
でもね、西の山地の陰ってことは、数十km離れた場所なんですよ。そんなの不可能です。
ダダダッという足音が背後から聞こえて振り向くと、
30代くらいのOLらしい人が走ってきました。
この人とも何度かあいさつを交わしたことがあります。
それが目を剥いて歯を食いしばった表情で、全力疾走してきたんです。
「ああ、ちょっと」声をかけたんですが、あっという間に追い抜かれてしまいました。
でね、後ろからはまだまだ走ってくる人がいたんです。
・・・全部ジョギングの人たちでした。そこのコースの外は歩道になっていて、
早い出勤の人もちらほら通るんですが、そういう人は走ってはいなかったです。

あっけにとられたように、全力疾走していくアマチュアランナーを見てました。
そのときです。自分にも変化が起きたんですよ。
なぜだか「西の方角に急いでいかなくちゃいけない」
って気になったんです。うーん、言葉で説明するのが難しいです。
頭の中で、知らない誰かに命令された・・・とでも言うしかないですね。
膝が痛かったんですが、僕も全力で走り出してしまいました。
手の振りなんかもジョギングとはぜんぜん違う形になって。
それでね、僕はまだ20代ですから全力疾走もできますけど、
せいぜいもって100mですよ。それがいくら走っても疲れを感じなかったんです。
むしろ走れば走るほど気持ちがよくなってきて・・・膝の痛みも感じなくなりました。
ランナーズハイ? でもそれって、急に全力疾走してなるもんじゃ・・・
野球場の端まで来てコースを外れました。

そこは川があって橋がかかってるんですが、道路を横切って土手に上がりました。
そっちは西の方角で、どうでも行かなくちゃならないって気がしたんです。
前には点々とランナーの姿が見えましたよ。
さっきからぜんぜんスピードが落ちてなかったです。
それを見て、負けられない、追い越さなくちゃと思いました。
でね、走ってると土手に続く横道から合流してくる人が何人もいました。
みなジョギングウエアの人たちです。
僕らのとこは雪は降らないんです。でも土手は濡れて滑りやすくて、
吐く息が煙のように真っ白で。そこを5km以上は走ったと思います。
やがて下の河原の200mほど先、そこはバーベキューしたりする芝生になってるんですが、
白い大型車が停まってるのが見えてきました。

あれがゴールだと直感的にわかったんです。
もう車の前には何人もランナーが集まってました。
200mほどを、おそらく30秒かからず駆けて、
車のところにきたときは、20人ほどのランナーが2列になって並んでました。
で、僕も止まって、その列の最後尾についたんです。
僕の後から来たのは、顔を見たことがない4人だけでした。
不思議なことに、あれだけ走ったのにぜんぜん息がきれなかったです。
それどころか、心臓のドキドキもない。まあこれは、後になって考えたことですけどもね。
そのときは、「前に20人もいるじゃないか、間に合うのかな」と思ってました。
これも変でしょ。間に合うって、何に間に合うのかもわかってないんですから。
白い車は、献血車のような雰囲気でしたけど、
何かのマークがついてたりとか、そういうことはありませんでしたね。

車の後部のドアが観音開きに開いて、中から白衣にマスクをつけた人が出てきました。
その人は列の先頭に立って、「みなさんご苦労さんでした。ご協力に感謝します」
こう言ったんですが、外国人の日本語みたいに聞こえました。
アクセントが変という意味です。で、前に並んだ人から順に、
こめかみのあたりを白手袋でさわったんですよ。そのときに手と頭の間でバチバチっと、
火花が散ったように思いました。あの隕石のときと同じ緑色の火花。
すると、その人は草の上にしゃがみ込むんです。いや、倒れるんじゃなくしゃがむだけ。
みな、なんともいえないうっとりした表情をしてましたよ。
でね、その医者のような人が僕の2列前まできたとき、
「あ、ここまででジュウテンは十分ですね。残りのみなさんもお疲れ様でした」
こう言って、やはり同じようにこめかみをさわっていきました。

僕もさわられたときにはしゃがんでしまいました。スゴく気持ちよかったんですよ。
でね、どれくらい時間がたったのか・・・気がついて立ち上がると、白い車はなく、
人数は半分くらいに減っていました。僕もそのままアパートに帰ったんです。
これも変でしょ。普通なら自分の身に何が起こったのか、
まわりの人と話して確かめようとしますよね。
ところがそんな人はいなかったんですよ。・・・催眠術とかなんでしょうか。
アパートに帰ったあたりでは、ほぼ正気に戻ってたと思います。
テレビをつけてみたんですが、隕石のニュースはやってませんでした。
ネットでも何もなし。あれだけ、派手に光ったのにありえないですよね。
それと、僕のランニングウオッチですが、5時32分のあたりで止まってたんです。

今もって治らないです。シャワーを浴びてたら吐き気がしてきて、
連絡して役所を休んでしまいました。昨日は1日中寝てまして、
もう気分はよくなりました。それで今日の朝もジョギングには出たんです。
山田さん夫妻、それからOLの人、
・・・昨日僕を追い越していった人たちの姿は見ませんでした。
もしかしたら僕と同じように体調を壊したのかもしれません。
役所に行って、隕石と緑の光の話をしましたよ。
「はあ? お前何を言ってんだ」みたいな反応をされましたよ。
本当に知らない様子でした。だからねえ、もしかしたらあの出来事全体が、
僕の見た夢なのかなあとも思えてきたところなんです。だってあまりに異常だし、
もしかしたら転んだときに頭を打って、そのまま部屋に帰っただけなのかも・・・






怪談本

2015.01.06 (Tue)
高校3年です。今、冬休み中なんですよ。
でね、やることがなくって本ばっかり読んでたんです。え、勉強ですか?
ぜんぜんやってないです。もう就職が決まってるんですよ。
いや、外に遊びに行くにしても寒いし、お金かかるし。
みなさんと趣味が同じなんです。怪談が好きなんですよ。
自分の場合は人から聞くんじゃなくて、怪談本を読むんですけど。
今、実話怪談って毎月出てますよね。ああいうやつです。
ただ、新刊は買えないです、高くて。
バイトはしてますけど、自動車学校の教習料を溜めてるんで・・・
だから古本屋の世話になってます。自分が住んでるとこはわりに古本や多いんです。
大型のチェーン店も、個人でやってる小さいとこも。

それでこの間、チャリでバイトから変える途中、一軒見つけたんです。
時間は7時過ぎでしてたが、明かりがついてたんで入ってみました。
古い本の臭いがしましたよ。自分はこれが好きなんです。
店主の姿が見あたらなかったんで、一回りしてみました。専門書が多かったんですが、
100円コーナーもありました。痛んだ本や売れそうもないのを一冊100円にしてる棚。
そこで昔の怪談の文庫本を見つけたんです、聞いたことのない出版社の。
短編集で、今と違って作者名がないんですよ。「○○編集部編」ってなってました。
これってなんかワクワクするじゃないですか。
脚色がたっぷり入ったお話じゃなく、もしかしたらホントの実話があるんじゃないかって。
でね、3冊そろってたのを買ったんです。
カウンターで台の上の呼び鈴を押したら、かなりの年のジイさんが出てきました。

本を出すと、「3冊300円だけど、見つけたのがスゴイから100円にまけてあげる」
こう言われたんです。何がスゴイのかはわからなかったんですが、ラッキーと思いました。
でね、ジイさんはさらに「これおまけ」と言って、紙でできた細長い紙をくれたんです。
房がついてましたから栞なんでしょうね。
厚い和紙に梵字って言うんですか、あれが書かれてました。手書きだと思いました。
ジイさんは、「もしどの話かわかったら、それ挟んで持ってきて。高く買い取るから」
こう続けました。そのときは意味がわからなかったです。
ただね、怪談本もかなり溜まってきてましたから、
後でまとめて持ってくれば、別の本と交換とかしてもらえるかも、と思いました。
家に帰って晩飯を済ませ、部屋でおもむろに読み始めました。
・・・昔のこういう怪談の本って、今のと違ってなんか洗練された感じがないんですよね。

文章もガシガシした感じだし、誤植も多いし・・・でも、そこが好きなんです。
いかにも短時間で仕上げた聞き書き、取材メモをそのまま起こしたのを読んでる感じがして。
怪談って、「ああよくできた話だなあ」と感心するものはそんなに怖くないんです。
途中でわけわからなくなったり、理由がつかめなかったりするほうが、
読み終わった後に怖くなるっていうか。ああ、すみません。自分の話でしたね。
で、ベッドに寝転がって読んでると、いきなり部屋の戸がノックされました。
出てみると母親がいて、「お友達来てるのかい」って聞いたんです。
「いや、いないよ」と答えると、母親はドアを小さく開けて部屋の中を見回して、
「そうだねえ、じゃあ気のせいかしら」こう言いました。
「なんでそう思ったんだよ」ってこっちが聞くと、
「声がしたんだよ。下まで聞こえてきた。女の子・・・女の人の声」

これが始まりだったんです。そんときは単に外の声が聞こえただけだろうと思ってましたが。
本は1冊目を読み終わって2冊目に入りました。
午前中遅く起きて、読んでたらバイトの時間になったんで、
着替えてチャリを車庫から出したんです。そのとき、背筋がぞくぞくする感じがして、
ふっと上を見上げたんですよ。自分の部屋の窓です。
そしたら窓が真っ赤に染まってるように見えました。で、その後ろにだれかいる。
「うわっ」と目をそらして、もう一度おそるおそる見上げると、
窓は普通にもどってました。・・・まあこのときも、何かの光があたってたんだろう、
と考えるようにしましたよ。実際にそんな怖いことがあるわけないって。
でね、バイト帰りにあの古本屋にもう一度寄ろうと思ったら見つけられなかったんですよ。
まあこれも、そこの駅前通は横道が多くてごちゃごちゃしてるんで、間違えたんだろうと。

晩飯を食ってまた部屋で本を読み始めました。3時間ほどで2冊目を読み終わり、
3冊目に入ったときは12時過ぎてました。
そのシリーズは1冊に15くらいの話が入ってるんですが、
3冊目は「警察官が語る怖い話」という副題で、前2冊にまして現実感があったんです。
一人で読んでて、だんだんに怖さが迫ってくる感じってのが、怪談本の醍醐味ですよね。
寒くなってきたので、ストーブの温度設定を上げました。
で、確か5つ目の話を途中まで読んだときです。
急に目の前が真っ赤になったんですよ。というか部屋中が真っ赤。
何と説明したらわかりやすいですかねねえ、ゼリーがありますでしょ。
お菓子の赤いゼリー、あの中に自分が閉じ込められたみたいで、
空気自体もねっとりしてたんです。

そのねとねとが自分を上から押してる感じがして、天井を見ると足が生えてたんです。
女の人の足で、スリッパを履いてましたが、その底があたりよりも濃い赤い色で・・・
ゆっくり、ゆっくり女の人が降りてきました。
体には寝間着のようなのを着ていましたよ。大きなアジサイみたいな柄がついた。
自分が呆然としてる間に、女の人はもう腰のあたりまで降りてきて、
そのときに顔を見てしまったらマズイ。そうわかったんです。
ああいうことって、一瞬で自分の運命を理解できるんみたいですよね。
このままだとどっかに連れてかれるか、死んでしまうか・・・
大声を出したんですが、トンネルの中で叫んだような感じで反響して、
下の親がいる部屋には聞こえてないだろうと思いました。
そのとき、あの古本屋のジイさんが言ってたことを思い出したんです。

「もしどの話かわかったら、それ挟んで持ってきて」今読んでる話だと思いました。
もらった栞は1冊目に挟んだままになってたので、本棚に行って抜き取りました。
さっき言ったように、ゼリーとかスライムの中にいるみたいで動きもにぶかったんです。
読んでた途中の3冊目のページに栞を挟みこんで閉じたときには、
女の人は顎のところまで降りてきてました。
部屋は元のとおりに戻りましたよ。スイッチを切ったみたいに一瞬でした。
怖かったので、部屋を出て漫画喫茶に行って朝まで過ごしました。
でね、翌日、3冊の本を持って古本屋を探したんです。
なんなく見つかりました。やはり前のときは通りが違ってたみたいです。
で、ジイさんがカウンターにいましたので、本を出すと、
3冊目を手にとって、栞のヒモを引っぱりました。

「その本、開けちゃダメです」こう言ったんですが、
ジイさんは「うん、うん、わかってる」という調子でうなずいて、
手金庫から1万円カウンターに出したんですよ。ええ、もちろんいただきました。
ジイサンが「本は怖かったかい?」と聞いてきたんで、「ええ、とても」と答えました。
まあこんあ体験なんです。3冊目の部屋が赤くなったときの話ですか?
・・・ここまでしゃべったように、途中までしか読んでないんですが、
警察シリーズの中の一話で、ある鑑識の係の人が殺人現場の写真を現像してると、
どういうわけか赤くプリントされてしまうみたいな出だしで・・・
あ、もしかしたら部屋が赤くなったことと関係があるんでしょうか。
あのときはあせってて気がつかなかったですけど。
その話知ってるって?そうですか、そうなんでしょうね。みなさん専門家でしょうから。
で、続きはどうなるんですか?

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徐福の墓

2015.01.05 (Mon)
今晩は。中学1年生です。学校名は言わなくてもいいんですよね。そうですか、はい。
去年の夏休みに「徐福の墓」というところへ友だちと2人で行ったときの話をします。
徐福はご存じですよね。少し調べてきましたので、いちおう説明すると、
徐市(じょふつ)ともいわれる秦の時代の方士で、始皇帝に仕えてた人です。
東の海に蓬莱山という島があり、そこにある不死の薬を取って来ると言って、
子ども3千人と多くの技術者、作物のタネなどを持って、
当時の巨大船で船出したんです。・・・この人が流れ着いた場所というのが
日本各地にあって、僕の住んでる地域にも伝承があるんです。
うーん、地元ではあんまり真面目に信じられていない感じがします。
だって、中国から船出したのなら九州か日本海側に着くと思うじゃないですか。
だけど僕らのとこは太平洋側だし、それもけっこう北ですから。

だから史跡あつかいにはなってたみたいですけど、
そんなに厳重に保存されてるわけでもないんです。ただの高さ2mくらいの土盛りですよ。
横に白いペンキを塗った看板が立ってて「徐福の墓」って書いてます。
ここは田んぼ中に島のようになってあるんですが、まわりがクヌギの林で、
ときどきクワガタが捕れたりするんです。あとっそっからUFOが見える、
なんて噂もあったみたいです。別の中学校の学区でけっこう距離があったんですが、
話を聞いてて、北見って友だちといっしょに行ってみないかってことになったんです。
ええ、初めてでしたが、道はわかりやすくて、ある県道をずっと行けば右側にあるんです。
そうですね、距離は自転車で40分くらいかかりました。
午後1時に出たんですが、失敗したなと思いました。すごく暑かったんです。
平日でしたから車はあまりなかったですが、道路にゆらゆら陽炎が立ってました。

2人とも水筒を持ってきてましたので、途中で休んで飲んでたら、
スーッとロードレーサーに乗った人が近づいてきて止まったんです。
すごい筋肉の男の人で、自転車競技の選手だったかもしれません。
その人は「僕たち、どこへ行くの?」と聞いてきたので、
「徐福の墓です」って答えました。するとその人はゴーグルを上げて、
「うーん、そうか。・・・あそこは虫が捕れるからね。でも、気をつけたほうがいいよ。
 不思議なことが起こるって評判もあるから」
「不思議って、どんなことですか? UFO?」
「それは人によって違うみたいだし、ケガしたりするわけでもないんだけど・・・
 俺も昔、双子の弟がね」
「弟がどうしたんですか?」

「・・うん、いや。あれからずいぶん立ってるから、今はそんなことないかもしれない」
その人は少し言葉を濁した感じでした。これは今だからそう思うんで、
そのときは感じませんでしたけど。その人は、
「この先にけっこう長いトンネルがあるんだけど、
 そこを通るときは2人離れないほうがいいよ。出口は横風があるからスピード落としてね」
こう言い残して走り去って行ったんです。
僕と北見は顔を見合わせました。何を言ってるのか意味がつかめなかったんです。
十分休んでまた自転車に乗りました。2kmくらい走ると、
言われたとおりトンネルが見えてきました。特に名前はついてなかったと思いますよ。
けっこう長くて、中は薄暗かったです。
今はあんまり見なくなった、ナトリウム灯っていうのかな、黄色い照明で。

でも、歩道はガードレールより高いフェンスで車道と隔てられてて、
危険なことはなかったんです。
「さっきの人、何か変なこと言ってたよな」
「でも、このトンネル長くないし、涼しいよな」
こんなことを話ながらゆっくりと抜けました。2分はかからなかったんじゃないかな。
それで、明るい出口のとこまで来て、特にゆっくりと出たんです。
そしたら横から言われたとおり突風が吹いて、僕はバランスを崩して転んじゃったんです。
いえ、横の草むらに手をついたんでケガはなかったですが、
北見が止まろうともせずに、そっから急にスピードを上げて僕を置いてっちゃったんです。
「おい、待てよ!」って言っても聞かずに。
やっと自転車を起こしてまたがったときには数百m離れてしまってました。
追いつこうとしたんですが、北見はすごく速くて見る見る遠ざかってしまいました。

「何だよ、あいつ」と思いながら、息が切れたのでゆっくり走ってると、
右横手にこんもりした林が見えてきました。徐福の墓です。
道路脇に北見の自転車が停まってたんで、あぜの中を歩いていったんだと思いました。
数分歩くと、少しだけ登りになっていて、木の切れ間に出ます。
その中央、半径5mくらいに盛り上がってるのが徐福の墓です。
手前の隅に、うつ伏せになって北見がいました。驚きました。
手で土盛りの部分をひっかいて穴を掘ってたんです。
それが、体の3分の2くらいが隠れるほどの穴だったんですよ。
いくら北見に離されたといっても、時間にすれば5分もないと思います。
それであんな穴が掘れるなんて・・・
「おい、何やってんだよお前!」こう言って駆け寄ったときです。
北見の体の上に土盛りの土がざっと崩れたんです。

「あ、バカ!」叫んで走ったと思いました・・・
でも、いつの間にか僕もうつ伏せに倒れてて、
前が暗くて見えない・・・頭に土がかぶさってたんですよ。
「うわー」大声を上げて立ち上がりました。土は乾いてぽろぽろして軽かったです。
横に北見がいて、やっぱり起ち上がりながら叫んでました。
僕が「お前、何で穴掘ってた? どうして一人で走ってったんだよ?」こう言ったら、
「一人で走ってったのはお前のほうじゃないか。穴掘ってたのもお前」
話がかみ合わないんです。それで、乾いた白土をはたいてから、
少し離れたとこに座って話をしたんです。
北見が言うには、「トンネルの出口のところで俺が転んだだろ、そしたらお前、
 振り向きもしないでそのまま行っちゃったじゃないか、すごいスピードで」

・・・こんな具合で、僕が経験したのとまったく逆になってたんです。
ね、変な話でしょう。僕も同じことを北見に説明しましたが、
どうして2人とも土まみれになっちゃったかはよくわかりませんでした。
それでもう一度、土盛りのほうに行ってみました。
確かに掘ってたとこが崩れた跡が残ってましたよ。
「もしかして、ここに宝とかあるんじゃないか」北見がそう言って、
足で土を散らし始めました。そしたら林の中から人が出てきたんです。
・・・ここも、後で親に話したときになかなか信じてもらえなかったんですが、
黒いスーツの上下と、黒のサングラスの人でした。
それが、前に会ったロードレーサーの人とよく似ていると思ったんです。
すごい筋肉質なのが服の上からわかったし・・・

ただヘルメットはつけてなかったので、絶対そうだという自信もないんですが。
その人は「君たち、ここ遺跡だからイタズラしちゃダメだよ。帰りなさい」
こう、そんなに怒ってるようでもない調子で言いました。
僕と北見は顔を見合わせて、素直に帰ろうとしたんです。なんだか怖くなってきてたし。
そしたらその人は「素直でいいね。・・・徐福様は一人でいいと言ってるから、
 どっちかは行かなくてすむだろう」こんなことを一人言みたいに言ったんです。
これも意味はわからなかったです。停めてあった自転車まで走って、大急ぎで帰りました。
ああ、トンネルは通らなかったです。少し遠回りして。
北見とはその後、夏休みの間中遊びませんでした。
2人とも携帯とか持ってなかったし、家にも連絡がこなかったんです。
夏休みが終わって学校に出たら、北見が転校してしまってたんですよ。

いえ、北見の家はスーパーを経営してて、転勤とかありえないです。
夜逃げ・・・ですか?でも、スーパーはすごく流行ってたし、
僕の親も「変だね」って言ってましたよ。
スーパー自体は一日も休むことがなくて、経営者だけが代わったみたいでした。
先生に聞いても、「秘密にしてほしいと言われてる」と言って、
北見の新しい住所は教えてくれませんでした。あれ以来徐福の墓には行ってません。
なんだか工事があるみたいで、移転されるのかもしれません。
北見からはずっと連絡なしだったんですが・・・今年の元旦に年賀状が来たんです。
でも、それにも新しい住所は書いてなかったんです。裏面は、文章はなく、
赤い全面の写真でした。スキャンしてパソコンに入れてもらったので今拡大します。
えーこれです。人みたいなのが見えますし、ここがどこだかわかりますか?
徐福と何か関係があるんでしょうか?







海中の門

2015.01.05 (Mon)
今晩は。わたしはライターをやってまして、専門は美術や建築、それと旅行です。
この夏に取材でとある島に行ったんです。孤島というほどではりませんが、離島です。
そうですね、沖縄県ではないとだけ申し上げておきましょう。
美術雑誌の編集部から依頼があったんです。
40過ぎの彫刻家の方がその島に在住されておりまして、
近況をたずねてくるようにと。実はわたしも、同じ島ではありませんが、
その近辺の出身なんです。そのために仕事が取れたようなもんです。
その彫刻家の方は20代から名前が出てまして、美術展で何度も賞をもらってます。
これはそうないことなんですよ、この世界では。
30代の半ば頃に、年の離れた学生と結婚しましてね。
ところが、そのあたりからスランプになりました。

スランプというか、もう名前は確立してましたから、作品を出せば売れたんでしょうが、
その作品が出てこない。そのうちに東京にあった家を売り払って、
奥さんといっしょに、南の島に引っ越してしまったんです。子どもはいませんでした。
でね、島に移って2年目、奥さんを事故で亡くしてしまったんです。
ボートで沖に出たときに、海に落ちたということでした。
それで、一人で隠遁生活みたいになっちゃったんですよ。
ここ数年は作品の発表もなしです。電話で連絡してみました。
どうやら携帯を持ってないらしく、ブログやフェイスブック等もなし。
何度か固定電話にかけても、ずっと不在で・・・
やっと通じたとき本人が出ましたので、取材のことを話したら断られそうになりました。
でも、わたしの名字を言ったとき、少し風向きが変わったんです。

わたしのはその島嶼域にしかない珍しいもので、しかも代々神職の家系だったんです。
もっともわたしは3男で、ですから島を離れてこんな仕事をいているわけですけど。
「彫刻は一つあるっきりだ。それも動かせないもので、発表する気はない。
 もう彫刻家として立つのはやめた。・・・ただ、もうすぐ妻の3度目の命日なので、
 あんたは神職の生まれのようだから、いっしょに弔いをしてもらえたら」
こんななりゆきになったんです。もちろんわたしはほとんど何の修行もしてません。
でもね、そう言ったら話はそこで終わりですから、適当に調子を合わせまして・・・
今から考えるとどうだったんでしょうねえ。正直なことを言えばよかったのかもしれませんが。
でね、奥さんの命日が8月23日ということで、その前日に島に着くように段取りしました。
飛行機とフェリーの乗り継ぎで、東京からは、ほぼまる一日かかります。
台風などはなかったので、予定どおり動けました。

で、22日の午後、定期船で島に着いたんですが、
わたしの郷里と方言がほとんど同じで懐かしかったです。
ただ事前に連絡を受けていた彫刻科の居住地というのが、
約300世帯ほどある島の港とは反対方向の南の突端だったんです。
広くはない島ですが交通手段がなく、自転車を借り、途中からは歩きで4時間以上かかりました。
ですから彫刻家の家にたどり着いたときは、まだ明るかったですが7時を過ぎていたんです。
せまい入り江にぽかっと白浜があり、その奥の岩壁にもたれるようにして、
手造りに見える粗末な家がありましたよ。漁師小屋を少し瀟洒にしたみたいでした。
わたしは背後の崖から下る急な道を降りていったんです。
家の前に立つと、まわりが流木らしき木でできた杭と鉄条網の柵で何重にも囲ってありました。
そして、杭の先には白くなった大きな魚の頭の骨、これがいくつもとりつけられていたんです。

入り口らしいところがなく、その前で途方にくれていると、
家の中に灯りがつき、一人の人が出てきました。彫刻家でした。
写真で見たのと同一人物でしたが、風貌はずいぶん変わってましたよ。
髪は短く刈ってあり、そのかわりに髭が伸び放題で、真っ黒に日焼けしてました。
彫刻家はわたしを見ると片手をあげ、鉄条網でくくりつけていた何重もの開けてくれたんです。
・・・取材は諦めざるをえませんでした。会ってすぐ、写真を撮るのを禁じられましたし、
島での生活もほとんど話してもらえませんでした。
ただ、翌日に島で一つだけ彫った作品を見せてもらえるということだけ。
夜は焼酎を出されまして、2人差し向かいで黙々と飲むだけでした。
わたしも酒は弱いほうではないんですが、次の日は2日酔い気味になるほど。
次の間に寝かされて、家のどこかしこも閉め切ってあるので暑くて寝苦しかったです。

翌朝8時過ぎに目覚めました。彫刻家はもう起きて、投網で魚を捕ってきたところでした。
南国の原色の魚です。見ればこれを食べるのかと気味が悪くなる人もいるかもしれませんが、
わたしは子どもの頃から慣れてまして。その後、
彫刻家が「泳げるか」と聞いたので、「まあ少しは」と答えると、
ライフベストとシュノーケルを渡されました。これも子どもの頃から慣れ親しんだものです。
短パン一丁になって彫刻家の後をついていくと、両端が海に突き出た白砂の入り江の中央は、
幅20mもなかったでしょう、両側は高い崖でした。
海水は生ぬるく、波が騒いでましたね。近々軽い嵐がくるのかと思いました。
泳ぐのは久々でしたが体が覚えていて、むしろライフベストがじゃまでした。
海底は10mほど進むとやや深く落ち込み、そこに門のようなものが見えたんです。
水の透明度は高かった。「あれが作品だよ」彫刻家は言って、ぐんと深く潜りました。

迷ったんですが、わたしもライフベストを外して続いたんです。
・・・ロダンの「地獄の門」って知ってますでしょう。あの「考える人」で有名な。
あれほどの大きさはなかったですが、全体としては似た雰囲気の扉の閉まった四角い門。
それが3mほどの海底から、岩を彫って造られていたんです。
海中での作業・・・スキューバの道具があるのは見ましたが、
それにしてもその精緻な装飾を彫るのは、1年ではとうてい不可能だと思いました。
門の上部に等身大の女の浮き彫りがありました。西洋人の面差しではなかったです。
たぶんラテン語の文章がそのまわりを飾ってました。彫刻家が隣に浮上してきて、
「妻だよ。3年前に死んだ。どうだ、これだと売ろうにも売れない。
 海底から生えているんだから」そう言って笑いました。
水中撮影の装備は持ってきてないし、どのみち取材は無理だったんだとわかりました。

その夕方ですね、雨になりまして。スコールのような激しいものではなかったですが、
風が出て波が荒くなってきました。他にすることもなかったので、2人でまた焼酎を飲みだし、
わたしのほうから「おくさんの命日は今日ですよね。何か特別なことをなさるんですか?」
こう切り出しました。そしたら「妻は海に沈んで地上に墓はない。
 あの門が位牌がわり、墓標がわりみたいなもんだ」こう答えて、
わたしに名字の由来になっている神職の家系について聞いてきたんです。
自分は3男で修行はほとんどしていない、見よう見まねくらいしかできない。
こう正直に答えるしかなかったです。彫刻家は落胆したようでしたが、
「まあしかたない。人に頼ってはいけなかったんだ」そう言って、
茶碗の焼酎を飲み干して立ち上がりました。
「妻はもう来ている。今が死んだ時刻なんだ」

外の雨は小降りでしたが、あたりは薄暗かったです。彫刻家は銛を手にして入り江に向かい、
わたしが続きました。波はうねり、海は濁っていました。
潮が引いているのか、海中の門の上部が海面に出ていて、
彫刻家は銛を握りしめ、波打ち際でそれをにらみつけていました。
海中から、白いものが出てきて門の上部の縁をつかみました。
最初何だかわからなかったんですが、か細い人の手でした。
「あの門では満足していないようだ」手は何度も滑りながら門の縁をつかみ、
海の中のものが体を引き上げました。女だと思いました。全身に真っ黒な海藻がからみついた。
「許してくれ」彫刻家は大声で叫んで、海に数歩入りました。
「危ないですよ」わたしが肩を押さえようとしましたが、強く振り払われました。
「許してくれ」彫刻家がもう一度叫び、それに呼応するかのように門の上のものが鳴きました。

門の上のものは門を乗り越えて海中に落ち、彫刻家は迎えるように肩まで海に入りこんで・・・
「ダメです。溺れますよ」わたしが叫んだ声は聞こえなかったでしょう。
立ち尽くしているわたしの目前の海で、彫刻家の頭に白い2本の手がからみつき、
そして完全に沈んだんです。・・・どうしようもなかったです。
それは助けに入ることできなくはなかったでしょう。
でも、自分は部外者だ、そういう思いがそのときに強くしたんです。
わたしはただ、実家でうろ覚えの呪言を片言に唱えるしかできませんでした。
そして、携帯で警察に連絡したんです。入り江で待っている間、
海上には彫刻家も海から来たものも姿を現しませんでした。
彫刻家の遺体は発見されず、わたしはそこで何日か警察に足止めをくいました。
海中の門には何度かもぐってラテン語の文字を書き留め、東京に戻ってから意味を調べたんです。
謝罪と強い拒絶の意味の言葉でしたよ。

*ポーのパロディが少し入っています







こっくりさん「あん」

2015.01.03 (Sat)
えー中学校2年のときの話です。学校祭がありまして、
全校生徒が係に分かれて仕事を分担するんです。校内装飾とかステージ発表とか、
イベントとか。でね、俺らはモニュメント制作になったんです。
やったのはアルミの空き缶を接着して恐竜の骨格をつくることで、
担当の先生が張り切って、3年生が最後の学祭ということで頑張ったので、
前日にはもうあらかた完成してました。いくらか残ってましたが、それは当日、
見に来てくれた人にくっつけてもらうことになってたんです。
先生が「ま、ここまでだな。みんなよくがんばったぞ。あとは教室内をかたづけて帰れ」
こう言って職員室に戻りました。受験勉強がある3年生も帰っていきましたが、
2年生4人は残ってたんです。まだ6時をちょっと過ぎたばかりでしたし、
フル回転で仕上げをしてる係も多くて、校内に熱気があふれてました。

それと7時からステージ発表の最終リハをやることになっていて、
それを見て帰ろうと思ってたんです。俺が友人とだべってると、田中ってやつが、
準備に使った模造紙を2枚くっつけて床に広げ、マジックで何か書き始めました。
「何するんだよ?」と聞いたら、「ま、見てればわかる」
そう言ってどんどん書いていきました。確かに見てると何を考えてるかすぐわかりました。
あの「こっくりさん」っていうおまじない?っていうのか霊召還っていうのか、
ありますよね。あれに使う紙を、模造紙2枚で大きく作ってたんです。
「お、こっくりさんか。でけえな」
「時間つぶしにちょっとやってみようぜ。小さいやつだとありきたりだから、これで」
「でも10円玉はどうする?」 「それも厚紙切って作る」こんな会話をして、
殴り書きでしたので、ものの10分ほどでこっくりさんの紙は完成しました。

で、うろおぼえだったんですが、やることになったんです。
「明るいと来てくれないかもだから、教室の電気、黒板灯だけにしよう」
と、薄暗い中でこっくりさんが始まりました。
やり方を知ってる田中が、画用紙を切って作った直径10cmくらいの10円玉を、
足で踏んづけながら、「こっくりさん、こっくりさん、いらっしゃったら『はい』へどうぞ」
こう言いながら、ズックの足で10円玉を『はい』のところへ動かしたんです。
「おい、足でやるのかよ」「こっくりさんじゃなく、お前が動かしてるんだろ」
田中はにやっと笑って、「そう思うんならお前らも足をのせろよ」
で、残りの3人も足先を画用紙にのせたんです。模造紙を踏んづけることになるので、
ズックの跡がつきましたよ。田中が「こっくりさん、お名前を教えてください」
こう言ったら、画用紙がずずっと動いた気がしました。

でも、そのときは田中が動かしてるんだと思ったんです。
俺自身はぜんぜん力を入れてなかったし。画用紙は「め・い」の2文字に動いて止まりました。
「名前はメイっていうみたいだぜ」 「女の霊みたいだな」
他のやつらもぜんぜん信じてるふうじゃなかったんですが、調子を合わせてました。
田中が「じゃあ質問しよう。お前ら何か考えろよ」こう言ったんで、
俺が「田中の好きな女子の名前を教えてください」・・・今考えると人が悪いですが、
こう質問すると動かしてる田中が困るだろうと思ったんです。
画用紙はしばらく止まってましたが、ずりずりと模造紙の右上「い」のほうに動き始めました。
ははあ「いない」って答えにするつもりだなと思ったんで、
足先に力を込めて画用紙を止めたんですよ。そしたら、黒板灯がチカチカ点滅しました。
それでですよ、俺と残りの3人が模造紙の上からはじき飛ばされたんです。

そのときは突き飛ばされた感じでしたよ。3人とも尻餅をついて、
一人は机の角に頭をぶつけました。いや、田中がやったんじゃないです。
腕は動いてなかったし、3人同時にはどうやったって無理でしょう。
突風にあてられた、というのがわかりやすいかもしれません。
田中はびっくりした顔をしてましたが、画用紙を踏んでた足を持ち上げようとして、
「あれ、離れない」と言いました。俺が座り込んだまま見てると、
画用紙の10円玉は「ま・た」と滑るように動き、さらに「さ・き」って・・・・
田中は足先を離そうとしてたみたいですが、どうにもならず、
顔にあせりの表情が浮かんだので立ち上がって助けようとしました。
そのとき、空中から「あん」という声が聞こえたんです。女の声でした。
いや、年とかはちょっとわからなかったです。

そしたらいきなり、田中の足が180度に開いたんです。
あの・・・相撲とかでまた割りがありますよね。あんな感じに・・・
「おぎょえ」みたいな声を田中が発しました。両手で股関節のあたりを押さえたまま、
しばらくその姿勢でいましたが、やがてゆっくりと後ろに倒れたんです。
見おろすと、口から泡を吹いて悶絶していました。俺がとっさに、
「こっくりさん、もうお帰りください」そう言って手で画用紙を押さえましたが、
スゴい力が伝わってきて、画用紙の10円玉は「いいえ」に走りました。
そして黒板灯が消えたんです。廊下には電気がついてましたから、
真っ暗ではなかったんですが。「キキキ、キシキシキシ」という耳障りな金属音がしました。
教室の中央に設置してある空き缶の恐竜が出してる音だと思いました。
その恐竜は、ステゴザウルスという種で、長い尾の先に缶を切ったトゲがついてました。

その尾がいきなり動いて、立ち上がっていた友だち2人の腹を打ち、
最後にうつぶせだった俺の頭の上に落ちてきたんです。
・・・まあ空のアルミ缶ですから、そう痛くはなかったですが、
もしトゲの部分があたってたら大ケガもあったかもしれませんね。
その一撃で、接着剤でつけただけの恐竜モニュメントは、
尾の部分だけですがバラけてしましました。
3人で「こっくりさん、こっくりさん。すみませんでした。どうかお帰りください」
こう口々に言いました。そしたら黒板灯がぱっとついたんですよ。
一人が入り口まで走って、教室の全部の電気をつけました。
中は尾の部分がバラけて、20個ほどアルミ缶が転がってて、
それと目を剥き、足を開いたまま倒れている田中・・・

どうしようもないので、職員室に走って先生がたに知らせました。
田中は先生方に抱えられている途中で気がつきましたが、足を閉じて立ち上がっても、
付根の部分を痛がってました。
その場で事情を聞かれたので、起きたことを説明しました。
画用紙の10円玉と模造紙も見せたんですが、まったく信じてる風はありませんでしたね。
結局、足の痛い田中は親に迎えに来てもらって家に帰り、
残りの俺らは「皆が頑張ってる最中に何をやってるんだ」
というお決まりの説教を受けたあと、ステゴザウルスの壊れた部分を直させられたんですよ。
おかげでリハーサルは見られませんでした。
バンドで出るやつも中にいたんですけど、そいつらの出番は消滅。
まあこんな話なんです。

それで、こっくりさんのメイさんが発したと思われる「あん」の言葉なんですが、
考えているうちに意味がわかった気がしました。
「あん」なんて言うと色っぽい感じがしますが、聞こえた声は、
「あ」と「ん」の間にまをとった、憎々しい声だったんです。
でね、これ見えますか。こっくりさんの用紙の普通の大きさのやつです。
ひらがなは「あ」から始まって「ん」で終わりますよね。
最初と最後になって離れてるんです。それで田中がまたさき状態になりましたよね。
そんときの両足のつま先の方向が「あ」と「ん」だったと思うんです。
ちょうど2枚の模造紙をつなげたのの、対角線の方向・・・
翌日が学校祭本番で、何事もなかったと言いたいところですが、
俺らが入り口で呼び込みをしてたら、出てきた小学生が、
「恐竜のしっぽ動いてた、すごいね」って話しかけてきたんです・・・