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猿も木から

2015.02.28 (Sat)
今晩は。じゃあ始めますけど、これって自分の話じゃなくてもいいんですよね。
いや最初はね、先輩のことだったんですが、俺にもかかわってくるようになってきて、
怖いんですよ。ここ、話をすれば謝礼が出るってことだったけど、
お金はどうでもいいから、どうすればいいか知りたいんです。
始まりは1週間前です。会社・・・職種は伏せさせてもらいますが、
5年ほど入社が早い先輩と一緒に外回りをして、時間が空いたんで、
駅前の小公園のベンチで缶コーヒーを飲んだんです。
そんとき先輩が、彫刻の後ろにあるポプラの木を見ながら、
「あれくらいなら大丈夫だな」ってぽつっとひとり言みたいに言ったんです。
「え? 大丈夫って何がですか?」反射的に俺が聞いたら、
先輩はちょっと困った顔をしましたが、こんな話をしたんですよ。

「変に思うだろうけど、俺は木が怖いんだよ。と言っても、
 あのポプラくらいの高さなら大丈夫だと思うが、怖いのはあれより高い木だ」
変なこと言うなあ、と思いましたよ。だって木が怖いってねえ。
高い木って言ったから、もしか子ども時分に木から落ちたとかのトラウマでもあるのか、
なんて考えたんですが、まったく違う内容でした。
「もともと怖かったわけじゃない。むしろ木、大木が好きでね。
 大学時代は山を回って、大木の写真を撮ったりしてたんだよ。
 大木になれば樹齢は3桁を超えてるし、すごい威厳が感じられる」 「そうですよね」
「神気みたいなのが、木のそばに寄るとこっちに移ってくる感じがしてたんだ。
 でな、3年の頃だったか、東北のある山に登ったんだ。木を撮るのが目的だから、
 頂上は はなから目指してない。

 で、日が傾いてきてキャンプできる場所を探して登山路から登山路を行き来してた。
 そしたら近くの藪が動いたんで、野生動物かと思って身構えた。
 したら出てきたのが若い女だったんだ。
 ・・・別に女がいること自体は不思議じゃない。秋口だったし、
 他の登山者も何人も見てる。そうじゃなく、女の格好が異様だったんだよ。
 靴はハイヒールでこそなかったが、黒いパンプスみたいなやつで、
 上が黒・・・喪服に見えた。それに真珠のネックレス。
 なあ、標高800m近いとこでその格好は異常だろ。
 むろんそのあたりに民家があるわけじゃない。
 女は、出てくるなり俺に気がついてこっちを、キッて睨んだんだ」
「何歳くらいの? 美人でしたか」俺は思わず口をはさんでしまった。

先輩は続けて「年はそうだな、20代後半ってとこじゃないかと思う。
 美人は美人だったが、なんか目力があって怖い感じがした。
 で・・・女は俺のほうを睨んだまま、
 両手を腹の前に出して、手の甲を打ち合わせる動作をしたんだ」
「何ですかそれ?」
「そんときはわからなかったが、後に調べたら『逆手』といって、よくないもの・・・
 呪いをあらわす仕草だったんだ。で、女は俺のいた道に入ると、
 あとは目も合わせずすれ違って、すたすた去っていったんだ」
「うーん、声かけたりしなかったんですか?」
「いや、あんな場所じゃマズいだろ。下心なくても犯罪と思われかねないし、
 それよりあっけにとられてたから」 「まあそうでしょうね」

「女は意外に早い足取りで藪を曲がって見えなくなった。
 これは荷物を持ってないせいもあっただろう。リュックもザックもなしの手ぶらだった」
「確かに奇妙な話ですねえ。それで」
「ああ、とりあえず女の来た方向に出たら、人ひとり分ほどの幅のわき道があった。
 でな、女が何してたんだろうと興味を引かれて、そこに入っていった。
 今思えば、やめとけばよかったなあって。
 そこを15分ほど上ると、ぽっと崖に出たんだ。大岩が谷に向かってせり出してて、
 その横にアカガシの大木があったんだ。そんもあたりでは珍しいんだよ。
 20m以上はあった。暗くなりかけてたが写真を撮ろうと岩の上に登った。
 したら、幹に打ちつけられてるものがあって、赤い紙だったんだ。
 10cmに縦が30cmくらいの。筆でなにやら字のようなのが書いてあった。

 ちょうど人の胸くらいの高さだよ。近づこうとしたとき、
 上から突然何かが落ちてきたんだ。
 猿だよ、日本猿なんだろうな。それが頭から岩に落ちて・・・
 でもな、頭は落ちる前からつぶれてたと思うんだ。上半身はすでに赤黒く濡れてたし。
 でな、その猿はまだ生きてたんだよ。落ちたときに新しい傷もできたのか、
 血をぴゅっぴゅ、ぴゅっぴゅ振りまきながら、頭を中心にして岩の上を、
 手足を伸ばして倒れた姿でくるくる回ったんだよ」
「うわ、嫌なイメージですね」
「だろ。俺もそれ見て怖くなって、一目散にその場を逃げ出した。
 日没ぎりぎりに麓のオートキャンプまで下りて、そこでテントを張り、
 予定を変更して翌朝すぐに帰ったんだ」「うーん、写真は撮らなかったんですか」

「それがな、赤い紙のあった幹を、
 猿が落ちてくる前に一枚だけデジカメで撮ったはずなんだが、
 後でみるとその画像はなかった。・・・でな、それ以来だ、
 ある程度の高さの木の下に行くと、目の前に猿が落ちてくるんだよ。嘘だと思うだろ」
「・・・」
「まあな、他のやつには見えないんだよ。俺だけにしか見えない。
 猿は、アカガシの木の下のやつと同んなじように、頭から血を噴き出しながら回るんだよ。
 がさがさがさって。どんな種類でも高い木の下に行くと必ずそうなんだ。
 人にも変に思われたし、だから近寄らないようにしてる。別に信じなくてもいいけどな。
 ・・・何でこの話をしたかっていうと、最近見たんだよ。
 雑踏の中で、あの喪服の女を」 こんな話だったんです。

その後、先輩ともども会社に顔を出してから退社しました。
帰りの電車の中で先輩の話について考えたんですが、俺をからかうような人じゃないし、
しごく真顔でした。でも、異常なことがあるとしたら、
それは先輩の精神のほうだって考えますよね。
山で猿が落ちてきたのは本当だったんだろうけど、それがトラウマになって、
幻覚の猿が見えるようになった・・・
まあ、仕事に関してはおかしなところはなかったんで、
時間とともに治るんじゃないかとも考えたんです。今は木の写真、撮ってないようだし。
ところがです。4日前、先輩が自殺しちゃったんですよ。
それも・・・金槌で自分の頭を叩き割った・・・そういう話でした。
でも、自分でって、そんなことができますか?

場所は2つほど離れた県の有名な神社の杜、巨大なご神木の前だったそうです。
いや、前に話に出てた山とは別の場所なんです。
昨日葬式だったんですが、そんな亡くなりかただったんで、
内輪で行って、出席したのは社長だけでした。
これ、絶対に猿の話と関係があるって思いますよね。
でもね、先輩のノイローゼだと思ったんです。
ないものを見て、ないことを考え、それで錯乱して死を選んだんだろうって。
ところが・・・昨日なんです。俺は営業なんですが、人手が足りなくて、
現場に4tトラックで資材を届けたんですよ。
山の中の自動車専用道の事務所です。
そしたら、そこ山を伐り出した中にあって、杉の大木が裏手にあったんです。

そうですね、20m以上はあるのが3本。
ああ、先輩はこういうのの下に入ると猿が落ちてくるのが見えたんだろうな、
って思って、帰りがけに近寄ってみたんです。そしたら・・・
こっからは言いたくないんですが・・・先輩が落ちてきたんです。もう火葬されてるはずの。
先輩は頭が大きく陥没してて、そっからびゅっびゅっ血を噴き出して、
両目は固く閉じてました。右足が硬直したように伸びてて、その親指の先が地面に立ってて、
そこを中心に草の上を回るんです。がさがさがさがさって。
・・・俺にしか見えないもんだってことはわかりましたよ。
目をつぶって後ろを向き、もう一度振り返って目を開けると何もなかったですから。
でね、それ以後、機会もなかったし、高い木に近寄ってはいないです。
どうなんでしょうか? 高い木の下に行くとまたあれが見えるのか・・・




 
 

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幽霊の石の話

2015.02.27 (Fri)
小学校のときのことだけどね。学校から400mくらい離れた山沿いに、        
けっこうこんもりした森があって、そこに神社があったんだ。
わりと新し目の社殿だったけど、それもそのはず、
空襲で焼けてしまって、立て直されたのは戦後のことなんだ。
境内からやや離れたところには、戦没者慰霊塔ってのもあった。
そっからさらに山のほうへ入っていくと、腐葉土に半ば埋もれかけた石があってね。
これは人工的なもんで、黒っぽい、四角い形をしてたけど、
表面に出てるのはその面の一部だけだった。
そこに手形がいくつもついてるんだよ。
そこらで遊ぶ子どもの間では、幽霊の石って言われてたんだ。
いや、石に手形が浮き出てるってわけじゃなく、手のひらの形に彫られてた。

小学校には代々言い伝えがあって、その石を踏んづけると祟られるって内容だった。
この「昔から伝えられてる」って部分が、子どもには効くんだよ。
誰かが思いつきで言い出したデタラメじゃなくて、
いかにも本当にあることみたいに思えるじゃない。
だからあんまり近づくやつはいなかったよ。
でもまあ、そこは子どもだからこそね、
祟られるって言われてることをやってみたくなるときもあるんだな。
6年の夏休み前だったと思うけど、学校帰りにその森に寄って遊んでた。
クワガタが見つかるときがあるんだよ。
だから男だけ4人くらいでそこへ行って、大きな木を見て回った。
まあね、クワガタは夜行性だから、昼間だと簡単にはつかまらないんだけどね。

30分以上さがしたけど、やっぱり収穫はなし。みなつまらなくなって、
自然とその石があるほうに足を向けた。
まわりを取り囲んで、「これ踏むと祟られるって話知ってるよな」
誰かが言い出した。「そんなの嘘だよ」ってすぐに反応があって、
「でも、卒業した去年の6年生もその話してたぜ」
「でもよ、祟られるって言ったって、学校で死んだりした生徒なんていないじゃん」
「昔はいたらしいぜ」「昔っていつのことだよ?」
「俺らが入学するずっと前」「証拠はあるのかよ?」
こんなことを口々に言い合ったんだ。でね、予想どおりというか、
一人が「じゃあ、みなで踏んづけてみようぜ」って言い出した。
「ちょっとならいいだろ」「祟りなんて信じてるやつはびびりだよな」

それで、全員でまわりを囲んだ状態から、
いっせいので一歩だけ踏んでみようってなった。
俺は嫌だったけどな。どっちかというと幽霊の話とか好きじゃなかったし。
でも、そういう成り行きになった以上、やらないとしばらくからかわれることになる。
今にして思えば、他のやつらもそんな感じだったんじゃないかな。
「いっせいの」全員でかけ声を出して、全員が片足でぴとっと踏みつけた。
やらないやつはいなかったよ。でね・・・まあ当然というか、何事も起こらなかった。
「なんだ、たいしたことねえじゃね」
中に調子にのったやつがいて、「ちょっとどうなってるか見てみようぜ」
そう言って、ズックの足で石の上の腐葉土をのけ始めた。
そしたらどんどん土が詰まった手形が出てくるんだ。

きれいに並んだ形で手の形に彫った跡が、見えるとこだけで10個近く出てきた。
手形はみな小さくて、俺らと同じ小学生のものって感じだったな。
「これ、なんかの作品じゃないか」「彫刻みたいなものだな」
それ以上何も起きなかったから、飽きてきて森を出、
そっからわかれわかれになって家に帰ったんだよ。
その日の夕食のとき、親父に石の話をしてみた。
親父もずっと子どもの頃からこの地域に住んでて、同じ小学校を出てるんだ。
「神社の森の慰霊塔の奥に幽霊の石ってあるの知ってる?」
親父はちょっととまどったような顔をしたが、やがてニヤッと笑い、
「ああ、知ってる、知ってる。踏めば祟られるっていう手形のついた石のことだろ」
「昔からあったのか?」 「ああ、俺が小学校のときからあったし、その話も広まってた」

「それで、祟りって実際にあるん?」
俺がこう聞いたら、親父はぷぷっという感じで吹き出したんだ。
そして笑いながら「ある、あるんだよ。もしかしてお前踏んだのか?」逆にこう聞いてきた。
怒られるかと思って俺が言葉を濁すと、「怒りゃしないからちゃんと言え」
「踏んだ」こう答えると、 親父はいよいよ面白がっている顔になり、
「そうか踏んだのか、じゃあ明日は学校休みだな。それと今日は早く寝たほうがいいぞ。
 遅くまで起きてると幽霊が来るかもしれないから」
俺は親父の様子を見て、祟りがあるのかないのかよくわからなくなった。
少しは怖い気持ちもあったし、それで言われたとおり早く寝たんだよ。
で、その晩夢を見た。すごく生々しい感じの夢で、俺は街中に立ってたんだが、
まわりの様子がすごい違和感があった。すごく昔っぽい感じがしたんだ。

空が暗く、煙が充満してるみたいだった。ドーンドーンという音がひっきりなしに続いて、
それに混じってサイレンの音が聞こえてきた。
低い黒雲の中にときおり閃光が走り、熱さを感じた。
「ここにいると危ない」って気持ちになり、走ったんだ。
知らない町の中のどこをどう走ったか覚えてないけど、学校のようなとこの前に出た。
俺らの小学校じゃなく、もっとずっと古い建物だったよ。
その校門のところにあの石が立ってた。あたりはもうかなり暗くなってて、
俺はふらふらと校門をくぐったんだよ。いくらか歩いたら、いきなり足首をつかまれた。
下を見ると、たくさんの手が暗い中から生えていて、
俺の脚やズボンをつかもうとしてたんだよ。「うわー」と叫んで目が覚めた。
起き上がろうとしたが、めまいがしてすぐにベッドに倒れてしまった。

誰かが俺の額に手をあてた。「ああ、やっぱり熱が出てるな」親父の声がした。
薄目を開けると、親父が出勤するときの格好で立ってて、
「午前中いっぱいは熱があるから。学校にはもう休みの連絡をしてある。
 医者に行く必要はないから、ちゃんと寝てるんだぞ」
俺はかろうじて「どうして熱が出るってわかったの」って聞いたら、
「帰ってきてから話してやる」こう言って出てったんだよ。
その後、母親がアイスノンなんかを出してくれて、俺は3時過ぎまで寝てたんだ。
そんときは夢は見なかった。で、目が覚めると熱はすっかり下がってたんだよ。
そのままベッドでマンガを読んでると、やがて親父が帰ってきた。
夕食になって、俺は腹が減ってたんで、何杯もおかわりした。
そのときにこんな話を親父から聞いたんだよ。

「あの石な。お前、夢で見たんじゃないかと思うが、
 昔のこの地区の小学校の校門になってたやつなんだ。俺の代じゃなく、もっと昔の。
 その小学校があったのが、今のあの神社がある手前のあたりなんだ。
 卒業制作って言うのか、6年生が自分の手形を型取りしたのを彫って、
 張り合わせたもんだ。そのときの残骸が、
 どういうわけか何十年もあそこに残ってるんだ。その小学校は空襲で焼けてしまった。
 運の悪いことに、学校の校庭が焼け出された人の避難場所になっててな、
 たくさんの人が亡くなったんだよ。
 これは死んだじいさん、俺の父親から聞いた話なんだが、市史にも載ってるぞ。
 それと、空襲のときの様子を夢で見ただろ。
 なんでわかるかっていうと、父さんもな、子どものときにあの石を踏んでるんだよ」

俺はただただあっけにとられて聞いてるだけだったな。
で、翌日すっかり直って学校に行ったら、なんと、あそこで石を踏んだやつらは、
全員が熱を出して俺と同じに学校を休んでたんだ。
で、話を合わせてみたら、全員がほとんど同じ夢を見てた。
暗い空と轟音の中を走って、昔の小学校に入ったとたんに足をつかまれる夢。
ああ、あの石はまだあるはずだ。何回か見に行ったことがあるんだよ。
手形はかなりかすれてしまっていたけどな。
あと、そんときに、地域の小学生の姿を見かけた。
あいつらも、あの石をいずれ踏むのかねえ。
まだ、祟りっていうか、効力が残ってるんだろうかって考えると・・・
もう一度踏んで確かめてみたい気もしたが、やめておいたよ。





 
 
 

七回忌

2015.02.26 (Thu)
小学校の6年だったな。父方の祖父の七回忌の法要があったんだ。
親父の車で、かなりの時間をかけて地方の大きなお寺に行ったんだよ。
日程はずらしてあったんだ。直前の日曜に。さすがに平日だと、集まれない縁者もいるから。
その祖父は旧家の当主だったんで、30人以上集まったよ。
内訳は、親戚が20人、それから地元で世話になったという人が10人くらいだった。
でな、お寺に行って親父とお袋が挨拶をすると、年寄りの住職じゃなく、
跡継ぎの息子が出てきた。当時、住職はまだ70台だったんだが、
肺炎でしばらく入院して、やっと退院してきたばかりで法要は務められない、
自分が変わりにやるって言ったんだ。まあね、そういう事情ならしょうがない。
内心みんな、どうせ形だけだからと思ってたのかしらんが、
役不足だって責める人はいなかったよ。

でな、わらわら人が集まってきて本堂に入り、ごちゃごちゃと挨拶をして・・・
跡継ぎ坊主がそれなりに袈裟を着て出てきて、手伝いの脇の坊主も2人いた。
法要の読経が始まったんだ。親父は末っ子だったし、うちはその地方を出てるしで、
末席ってことはないが、参会者の中ほどの位置で並んで座った。
もちろん正座だよ。親父から、お経の間中は膝を崩すなって言われててね。
始まってから10分もすると、もう足がしびれてきて、
そっからは早く終わってくれってそれしか考えてなかったな。
やがてお経が中断したんで、これで終わりかと思ったら、
そうじゃなくて御焼香だった。
親父、お袋の後について足をもつれさせながら何とか済ませて、
席に戻って前を見たら、祭壇の下の布が動いてたんだ。

いや、風で揺れてたわけじゃない。何と言うか知らないが、
刺繍した重たそうな布だったし。でな、それがぱらっとめくれて、白い顔が出てきた。
「ええっ!」と思ったよ。だってな、それ俺の顔だったんだ。
もちろんその頃の、子供の俺だよ。それがお経読んでる若い坊さんの膝元にいたんだ。
2重にびっくりだよ。もう一人の俺がいるのと、なんでか祭壇の下に隠れてたのと。
もう一人の俺は、すげえ陰気な顔をしてて、顔色も紙みたいに白かった。
俺以外の誰かが気がついて騒ぎになるかと思ったが、そんなことはなかったんだ。
みな神妙な顔をして、数珠とか鳴らしてたんだ。
そんなとこに子供がいれば普通気がつくだろ。ところがそうじゃないのは、
これは俺にしか見えねえのかな、って思うしかなかった。
それからはもう一人の俺から目が離せなくなった。

でな、その俺は、最初は目を薄目にしてたんだが、だんだんに開いて、
きょろきょろと参会者のほうを見回し始めたんだ。
その姿を見て、俺はいやーな気分になった。
なんでかって? うん、まあ理由は後で話すよ。
その俺は、あたりを見るのも飽きたのか、そろそろと体を半分ほど横に出して、
詰まれてたお供えの果物のほうに手を伸ばしかけた。
そんとき、俺らの後ろのほうがざわついた。
振り向くと、病後で臥せってるはずの老住職が、
若い坊主より一段と立派な袈裟を着て、
よたよたした足取りで、皆の横を回って歩いてきたんだ。
手にはあの座禅のときに居眠りしたやつの肩を叩く棒を持ってた。

若坊主も気がついたらしく、「父さん何です・・・」と言いかけたんだが、
住職は気にする風もなく、棒で若坊主の肩をぴしゃっと叩いたんだ。
そしたら、祭壇の下にいた俺は首をすぼめて、
ザリガニが下がっていくような感じに後ずさって祭壇にもぐっていった。
老住職は「みなさま失礼いたしました。
 ここからわたくしが代わって務めさせていただきます」
そう言って、若坊主の言葉には答えもせず、
おしのけるようにして経を唱え始めたんだよ。
参会者はあっけにとられいたが、否も応もなかった。
老住職の読経は声も小さく、かすれていたが、
確かに威厳はあって有難さが違う感じがした。みなもそう思ったんじゃないかと思うよ。

・・・こんなことがあったから、小1時間ほどで終わるはずだった法要が、
さらに30分程度も伸びちまった。
祭壇の下のものは、終わるまで一回も顔を出さなかったよ。
で、やっと終わって、別の間で会食があったんだが、
その前に、俺と父親が老住職に別の間に呼ばれたんだ。
近くで見る老住職はやっぱり病み衰えている感じだったが、
目だけはきりきりとしてて、近くで見つめられると怖かった。
老住職は「○○」ときつい調子で俺の名を呼んで、
「わしの息子は修行が足りず気がつかなかったようだが、
 ○○は祭壇の下から出てきたものを見ただろう」って聞いてきた。
「・・・はい」と答えると、何事かといぶかっていた父親が「何を見た」って重ねて聞いた。

老住職は一言「鏡だよ」と言い、
「わしが入院してた間に、ご本尊の近くによくない気が溜まっておって、
 それが見えたんだ。息子も勤行の真似事はしてたみたいだが、
 あんなものが溜まってしまうようでは話にならん。
 いつまでたっても成仏はできんようだ」そう続けた。
それからまた俺のほうに顔を向け、
「ああいうよくないものは、悪い気を映す鏡のような役割をする。
 何か心当たりがあるんだろう」こう言われたんだ。
でなあ、恥ずかしい話であまり言いたくはないんだが・・・まあ、昔のことだ。
その頃、近所の中学生の万引きグループに混ざってて、見張りをさせられてたんだよ。
ああ、10回以上はやってた。

観念してそれをしゃべろうとしたが、
老住職は「言わなくてもいい。いいが、もうやめなければいかんぞ」
厳かな調子でそう言ったんだ。
後に家に帰ってから、親父に問い詰められたんで白状したけどね。
それからいろいろすったもんだがあり、中学に入ってから、
そんときのやつらに嫌がらせも受けたけど、悪いことは、まあしてねえよ。
こんな話なんだよ。
お寺のほうはなあ、老住職はあの後、持ち直して、
今は90近くなってるけど、いまだに住職を務めてるよ。
気の毒なことに、やめるにやめられないんだな。
何でかって? 息子が5年前、乗ってたBMWで、信号無視で事故起こしちまったから。








あるファイルについて

2015.02.26 (Thu)
*これは実話です

えーと何から書き始めればいいのか。とにかく完全な実話であることをご承知ください。
今日の午後、共同事務所にある自分のノートPCがクラッシュしてしまったんです。
それも今まで見たことのない症状で、
ウインドウズエクスプローラーの画面がホワイトアウトして、
下のタスクバーなども全部消え、ただマウスのカーソルだけ残ってるという状態でした。
(カーソルはなぜか自由に動く)再起動しても、システムの回復を使ってもダメで、
さらに初期化してもダメという。部屋に持ち帰り、
完全再インストールしてなんとか今やっと復旧したところです。

外国のエロサイトでも見てて、
ウイルスを食らったんだろうと思われるかもしれませんが、
外国のエロサイトを見る見ないはともかく、セキュリティはかなり厳重にしてますし、
どうもウイルスやマルウエアの症状とは違う感じがします。
データのほうはバックアップを取っていたので、
壊滅ということにならなかったのが幸いです。
しかしFIREFOXとかセキュリティソフトは、
またダウンロードからになってしまい、実に面倒くさいです。

よく実話怪談作家の方々は、話の収集によって霊障を受ける、と書かれます。
体調が悪くなったり、身近におかしな出来事が起きたりということですが、
よくあるのが、ファイルなどが消えた、開けなくなったというものです。
自分の場合は、取材しての実話怪談ではなく、
2、3の例外をのぞいて自分の創作ですので、
話を書いていてそういうことが起きることはありませんでした。
まあそれはそうですよね、そんなのが頻繁にあるとしたら、
安心してオカルトホラーなどできないですから。

ところがもう一つ、自分にはオカルト系の画像を収集する趣味があって、
こちらのほうでは、いじっているとPCの不具合が起きることがあります。
特に昔の欧米の心霊写真がよくないですね。
実は今回のクラッシュもその中の特定の画像ファイルを見ていたときなんです。
このファイルが問題を起こしたのは実にこれが3回目です。
偶然の重なりとするのが賢い考えかもしれませんが、
どうしても何かあると思ってしまいますよね。
で、不思議なのは、これらのファイルはもちろん、
ネットからダウンロードしたデジタル画像で、
昔の写真術で現像された紙焼きの原本ではないということです。
外国のホームページを訪問すればいつでも見られ、
コピーにコピーを重ねられて、ネット上にはいくつも存在しているはずです。

とすれば、自分と同じようにこのファイルを保存した人にはPCの不具合や、
おかしな出来事が降りかかっているんでしょうか。
もしそうだとしたら『リング』みたいな話になってしまいますね。
えー1回目の不具合は、これをメールに添付して送ったのに、
相手から画像が入ってなかったというクレームが来たことです。
まあしかし、これは自分か相手の単純ミスであるかもしれませんし、
送り直したら普通に届いたので、特に気に留めることもありませんでした。
2回目は、この画像を旅行先の温泉旅館にいる仕事仲間に携帯で送ったときです。
このときも確かに送ったはずなのに画像が消えてしまいました。
そう返信が来たのがわかったのが翌日で、これも送り直したら届いたのですが、
後に、その晩、友人が変なものを見たと言ったのです。

温泉は箱根の旅館で、そこから自分に連絡して画像を送らせた。
ところがフォルダが空だったので「役にたたんやつだ」とか思いながら、
露天風呂に行った帰り、旅館の竹垣の上に、
薄ぼんやりと白く光る千手観音のようなものがいた、って言うんです。
これは自分をびびらせるための嘘なのかもしれませんが、
その画像は千手観音に少し似てなくもないんですね。
確かに自分らの仲間はイタズラ、冗談好きが多いんですけど、
このときはあんまりふざけてる様子はなかったです。
で、今回のクラッシュ、なんだか嫌な感じがします。
また壊れたりしないでくれるといいんですが・・・

で、その画像というのは、こっからは読まれる方に迷惑がかかるといけないので、
少しぼかして書きますが、アメリカでの20世紀初頭の降霊会のものです。
観客の前で、舞台の女性霊媒師が、アメリカ原住民の女性の霊を呼び出したもの、
と言えば、わかる人はわかるかもしれません。
その霊を、赤外線写真で撮ったものということです。
一般的にはフェイクと言われることが多いですし、自分もそう思っていました。
今でもその考えは変わらないんですが、こう続くと・・・ねえ。
ということで、初めは画像を載せようかとも考えていたんですが、
やめることにしました。中途半端な内容ですみません。
bigbossman






いざない

2015.02.24 (Tue)
*バカ話です

昨日な、朝一からパチンコ行ってたんだよ。ああ、俺は遊び人なんだ。
といっても、ヤクザとかじゃねえよ。ここ何年かずっとツキがあってな。
大きな声じゃ言えねえが、2年続けて宝くじの2等が当たったんだ。
1千万円を2回ってことだ。うーん、いや、変な信心とかしてねえよ。
神様とは縁とかないと思ってたんだが・・・ まあ聞いてくれ。
でな、宝くじ以外のギャンブルもずっとツキまくりで、競輪、パチンコ、麻雀。
大きく勝つわけじゃねえが、まず負けなし。つまり宝くじの金に手をつけなくても、
小遣い銭には困らなかったんだ。
ところが、その日は違って、朝からずっとかすりもしなかった。
台を替わると、俺の後にそこへ座ったやつが大当たりする。
絶対確実なはずのリーチでなぜか外れる・・・

で、3時頃までに10万近く負けたんだ。
別に金はあるから痛手じゃないんだが、
何となくツキが変わった気がして嫌な感じでよ。
とりあえず河岸を変える・・・別の店に行こうとしたわけよ。
したら、大勝ちして店員に台車押させてたオッサンに呼び止められた。
「ん、あんだ?」不機嫌にこう言ったら、オッサンは、
「あなたね、さっき台替わったとこへ座らせてもらって、これだけ勝ったんだ。
 だから礼というか、ちょっと教えるけど、今日ね、絶対神社に行っちゃいけないから」
訳わかんねえこと言うなあ、と思って無視して去ろうとした。
したら「宝くじなんか当たってるでしょ」これはちょっとびっくりした。
親戚とかにも話してないからね。

オッサンは「わたしは少し占いやってるんだが、あんた、変なのが背中に憑いて、
 あんたを神社に行かせたがってる。でもね、行くとたぶん良くないことが起きる。
 嘘だと思ってもいいけど、とにかく鳥居くぐっちゃダメだよ」
こんな風に続けたんだ。
「なんで宝くじとか言うんだよ。神社なんて元から何年も行ったことはねえよ」
「まあそうだろうけど、たぶん次々お誘いがくるから。でも乗っちゃいけないよ。
 今日が過ぎるまで、部屋に戻って籠もってたほうがいい」
こんなやりとりをしたんだ。それ以上詳しくは聞かなかったが、
おかしな話だなあ、と思いながら次の店に行って、さらに5万負けた。
1回の当たりもなし。こりゃひでえだろう。
さすがに今日はダメだと思ってメシ食いに外へ出た。

ラーメン屋のカウンターにいたら、次から次へと携帯に連絡が入るんだ。
最初は田舎の母親だった。出ると「あんたね、どっか近くの神社に行きなさい」って、
何年も顔合わせてないのに、いきなり言われたんだ。「なして?」と聞くと、
「昨日の夜、夢に手に裁縫のハサミを持ってる怖い女の人が出てきて、
 あんたの息子に神社にお参りさせなさいって、ハサミをカチカチ鳴らしながら、
 何度も言ったんだよ」
こんな内容で、俺は神社に行けばいいのか、行かないほうがいいのかわからなくなった。
でな、電話もメールも次々に来たんだ。
今の遊び仲間、昔の女、名前も忘れてた数年前のバイト先の上司、
顔見知りの筋者・・・そういうのから続々連絡が来て、みなが口裏合わせたように、
「神社へ行け、神社へ行け」って・・・

嘘だと思うか? 別に俺は謝礼がほしくて、ここへ話をしに来たわけじゃねえぞ。
さっき言ったように金はあるんだ。・・・そうか、じゃ続ける。
でな、「何で俺が神社へ行かなくちゃいけないんだ?」って度ごとに聞いたら、
現在つながりの薄いやつは「何となくそう思った」って言葉を濁すし、
つきあいの濃いやつは、母親と同じように「怖い女が夢に出てきて・・」
って言うんだよ。「どんな女だよ?」って問い詰めると、
「顔は覚えてないが、とにかく怖かった。手に和バサミを持ってた」
こう、内容が共通してたんだよ。なあ、不可思議な話だろ。
ただまあ、俺としても、宝くじを始めとして、ここ最近ずっとのツキは異常だと思ってた。
だからよ、神さんが俺に遊んで暮らさせたいってんなら、
どっかに礼を言いにいくべきかなって、薄々考えてなくもなかったんだ。

近くの駅前の公園でずっと電話を聞いてたんだが、
とにかく連絡がひっきりなしに来るんで、いったん携帯の電源を切った。
10時近くになってたな。どうしようか迷ったが、
最初の店で会ったオッサンの話も気になるんで、
とにかく部屋に帰ってあと2時間をやりすごし、
明日になったらどっかの占い師に相談でもしようと考えたんだよ。
それ次第で、お参りに行くなら行くって決めようって。
でな、俺の部屋はそっから歩いて15分くらいなんだ。
表通りを行けば、神社があったような気がしたんで、住宅街の裏道へ入って、
ぶらぶら歩いてたんだよ。でな、人気のない公園の横を通ってるとき、
植え込みの前に女が足を投げ出して座ってたんだ。

うーん、服装はジーンズにダウンだったのを覚えてるけど、
顔の記憶がない。ただな、母親や知り合いが言ってた女はこれだ!
って直感的にわかったんだよ。ああ、怖かったんだ。
俺が来た道を戻ろうと後ずさりしかけたとき、急に女が立ち上がった。
したら、右手に和バサミを持ってた。で、すごい勢いで近づいてきたんだよ。
あれは走るってんじゃなかったな。
足はほとんど動いてなくてアスファルトの上を滑るようにして・・・
もしかしたら、リニアモーターカーみたく、宙に浮いてたかもしれない。
ハサミを前に突き出して、「神社へ来なさい~」ってかん高い声を出して・・・
避けるヒマがなかったんだ。
だから、俺はとっさに公園の生垣へ飛び込んだんだよ。

生垣はそんなに深くなかったけど、植え込みが横に続いてて、
俺は立ち上がらず、無我夢中でその間を這って逃げた。
「神社へ~ 神社へ~」って声が聞こえてたよ。這い進んでると、
金網にあたって行き止まった。で、そこで息を潜めて隠れてたんだよ。
「神社へ~ 神社へ~」って声はだんだん遠くなっていったんで、
これは俺から離れてるんじゃないかと思った。でもよ、完全に聞こえなくなってからも、
20分以上はそこに潜んでたんだ。
それから、そろそろと頭を上げてあたりを見た。暗くてよくわからなかったが、
女の姿はないと思った。それでも用心して、金網に沿ってしゃがんだまま進んでった。
したら公園の反対側、人通りの多い方へ向かってるようだった。
でな、高い竹垣があって、その向こうを車が通ってるのが見えた。

ああ、これなら大丈夫だろうと思って、その下をくぐり、通りに出ようとしたんだよ。
その瞬間、頭の中で「カキーン」という金属音がした。
鉄の階段の手すりを、鉄の棒で叩いたような音だ。それに続いて、
「当た~り~」という女の声が後ろからした。「えっ!?」と思って振り向いたら、
今くぐった竹垣の腰より下のあたりにアレがあったんだよ。
ほら、アレだよアレ。「小便するな」の注意の看板に鳥居がついたやつ。
しかもその下には、どういう意味か知らねえが、和バサミの絵までついてたんだ。
「あ、あ、これってもしかして鳥居をくぐったことになるのか?」
そう考えたがよくわからなかった。で、今日もパチンコに行ったがズタボロに負け。
それでよ、ここの話を聞いて来てみたんだ。なあ、いったい何があったんだろ?
これから何が起きるんだろ?








未来はたゆたう

2015.02.23 (Mon)
自分は量子力学の観測問題において、
エベレット3世の「多世界解釈」をけっこう支持しています。
ただまあ、自然科学の専門ではないので「そうであったら面白いな」くらいなんですが。
量子力学の観測問題というと、よく話題に上がるのが
「シュレディンガーの猫」の思考実験です。ご存じの方も多いでしょう。
少し長いですが、Wikiから引用します。

『まず、蓋のある箱を用意して、この中に猫を一匹入れる。箱の中には猫の他に、
 放射性物質のラジウムを一定量と、ガイガーカウンターを1台、
 青酸ガスの発生装置を1台入れておく。もし、箱の中にあるラジウムがアルファ粒子を出すと、
 これをガイガーカウンターが感知して、その先についた青酸ガスの発生装置が作動し、
 青酸ガスを吸った猫は死ぬ。しかし、ラジウムからアルファ粒子が出なければ、
 青酸ガスの発生装置は作動せず、猫は生き残る。一定時間経過後、
 果たして猫は生きているか死んでいるか。』


つまりアルファ粒子が出るかどうかは確率的にしかわからないので、
観測されるまで猫は1:1の確率で、
生きている状態と死んでいる状態が重なり合っているのではないか、というわけです。
これはあくまでも仮想の思考実験ですので、
実際にこの実験をやるのは不可能ですし、マクロとミクロの接続はできないとか、
猫の生死を観測する人も、さらに大きな箱に入っていて、その外にも観測者がいる
(入れ子構造になっている)場合、どうなるのか、とか様々な批判が出ています。
さて、この問題についての一つの答えが、
プリンストン大学の大学院生であったヒュー・エヴェレット3世が考え出した、
「多世界解釈」です。

彼は、観測前の猫の生死の重なりは、世界の分岐によって解決できると考えました。
つまり、世界が、生きている猫を観測した観測者がいる世界と、
死んだ猫を観測した観測者がいる世界に分岐すると考えたのです。
そして猫の生死が確定した瞬間に、二つに分かれていた世界は元に戻る。
ここで誤解してはいけないのは、世界はずっと分かれているわけではなく、
結果が出ると同時に元に戻るということですね。
この考え方は、コペンハーゲン派による
「波動関数の収縮」という考え方と、結果として基本的に同値となります。

これに触発されてSFでは「平行世界」というアイデアが流行しました。
『ジョジョ奇妙な冒険』の第7部「スティール・ボール・ラン」に出てくる敵役の大統領は、
平行世界を自由に行き来して、死にそうになったときに他の世界の自分と入れ替わることで、
不死に似た力を持っていました。
あと、時間旅行、特に過去への旅行したときに起きる「親殺しのパラドクス」を、
回避する手段としてもよく使われます。
過去に戻って自分が生まれる前に親を殺してしまえば、自分は存在できないのですが、
これは自分がいる未来の世界と、戻った過去の世界は、
非常によく似ているが平行した別の世界であって、
そこで親を殺したとしても現在の自分は影響を受けない、とするような用い方ですね。

天才シュレディンガーの話をしたところで、もう一人、
天才ファインマンの「経路積分」についても少し触れます。
彼は量子電磁力学におけるくり込み理論への貢献で、
朝永振一郎らと同時にノーベル賞を受賞しましたが、
そこで出された経路積分(経路和)の考え方は画期的なものでした。
これを説明するとなると非常に長くなってしまいますので、よく使われるたとえ話をすると、
A地点からB地点へ移動する場合、AからBへの直線経路だけではなく、
Aを出発してから、あちこち曲がりくねってBに着いたり、
宇宙の果てまで行って戻ってきてBに着いたり、確率的には極小ですが、
さまざまな経路があって、その無数の経路を積分したものが実際の経路になる、
というものです。

余談になりますが、日本の天才、朝永振一郎は第二次世界大戦の最中、
世界の物理学界とはまったく切り離された状態で、超多時間という独自の理論を用いて、
彼らよりも早く同じ結論にたどり着いています。
これがノーベル賞の対象になったのは当然ではありますが、
当時の物理学界はフェアであったなという感想もありますね。

さて、ここからは空想物語ですので真面目に聞かれても困ります。
時間について、物理学的にわかっていることは少ないのです。
確実と言えるのは、時間には方向があるということです。時間の矢などとも言います。
過去から未来に向かって進んでいる、と考えるのが一般的でしょうが、
実は未来から過去に流れているのかもしれません。
そう考えている人もいないわけではありません。
われわれ人間は、瞬間、瞬間、現在のつながりでしか時間を意識できません。
未来はある程度予想できますが、必ずしもそうなるとは限りません。
もしかしたら明日、突然交通事故死してしまうかもしれないのです。

未来は多数の可能性が重なり合った状態で、たゆたっているのかもしれません。
上の例で言えば、あなたが8時に家から出勤し、6時に退勤してくる。
その間無事である確率は極めて高いのですが、
どこかで事故や事件に巻き込まれて急死する確率が、
ほんのわずか重なり合って存在していると言えないこともないと思うのです。
生きているあなたと、死んでいるあなたが重なり合った状態。
それが未来から流れてきて現在になる瞬間、
これはシュレディンガーの猫の話とよく似ている気がします。
やはりフタを開けてみるまでわからないのです。









材木置き場の話

2015.02.22 (Sun)
子どもの頃、関西のある県の問屋街に住んでたんだ。
そこでいくつか不思議なことを体験したんで、その話をするけど、
あんまり怖いのはないから、そのつもりで。

隙間 

俺の小学校の同級生がその材木問屋の息子でね、跡取りじゃなく、年の離れた次男。
材木置き場は広くて、小学校のグランドよりもしかしたら面積は大きかったかもしれない。
そこいっぱいに木が積んであるんだ。木はいろんな種類があって・・・
ああ、これは杉とか桐とかそういうことじゃなく、
枝を払われてまだ皮がついてる丸太、それからきれいに皮をはいだもの、
それから角材になってるやつ、そういうののことだ。
子どものは木の品種はわからないよ。
で、そいつと遊ぶとき、ときたまその材木置き場に行ったんだよ。
もちろん売り物だから、木に登って遊ぶのは禁じられてた。
崩れてくるかもしれないし、キバリが刺さる。キバリは木針って書いて、
要するに木のトゲのことだよ。

これが刺さると毛抜きを使ったり、それでもとれないと、
縫い針でほじくり出したりしなくちゃならないから、厄介だった。
当時はゲーム機なんてなかったからね、
入り組んだ材木置き場の中を走り回って遊ぶだけでも、けっこう楽しかったよ。
でね、その同級生から一つ注意されてたことがあるんだ。
「木とき木を積み上げた隙間を覗いちゃダメだ」って。「何で?」って聞いたら、
「隙間が別の木にぶつかって、行き止まりになってるとこ、そういうのはいいけど、
 ずっと素通しで向こうが見えるようなのは、そこに変なものが見えることがあるから」
大きな隙間や、四方を囲まれてないのはなんでもないらしかった。
うーん、小学校6年のときだったからね、素直には信じなかったよ。
「じゃあお前、見たことがあるのか?」「あるよ」 「どんなやつ?」

「鉢巻きを締めたオッサンだった。こんくらいの隙間から、
 ずっと材木が奇跡的に重ならないとこがあって、かなり離れた通路が見えたんだよ。
 望遠鏡みたいな感じで面白くて、顔をあてて覗いてたらオッサンの顔が急に出てきた」
「それ生きた普通のオッサンじゃねえのか」
「そう思うだろ。俺は、怒られるかもと思って頭を外そうとしたんだが、
 どういうわけか体が動かなかったんだ。そうしてるうち、
 向こうのむっつりしたオッサンの顔が、だんだん溶け出したんだよ。
 お寺の太いロウソクが溶けるみたいに、ダラダラ流れ落ちながら」
「怖いな」 「ああ、逃げられないし、目も閉じられなかったよ。
 だから最後まで見てるしかなかった」
「で、どうなったんだ?」

「オッサンの顔はだんだん細くなっていって、それまで離れて向き合ってても
 目が合ってなかった感じだったのが、こっちを見てにやーっと笑い、
 ドロッと溶けて消えたんだ」 「うわ、それで?」
「小さい頃だったから、泣きながら家に戻ってしゃべったら、母親が親父に言って、
 親父が俺をその隙間のとこまで連れてって、自分で確認すると、
 角材の切れっ端を持ってきてそこに詰めたんだよ。
 だから、今でもあちこち探すと、けっこう詰め物されてる場所があるんだ」
「で、何かまずいことがあったか」 「何もないけど、これからは見るなよって言われた」
そう言われると、確かにあちこち木材を積んだ隙間に、青いシートが見えたり、
木切れが不自然に詰められてるとこがあったんだ
だからね、そういうとこがあっても、見ないようにしてた。怖がりだからね。



あとね、御神木ってあるよね。神社の杜に生えてる大木だよ。
クヌギ、ナラ、スギ、ナギとかいろんな種類があるらしいけど、
そういうのはたいがい樹齢何百年にもなってる。それが枯死したり、神社の移転とか、
いろんな事情で伐られる場合があるんだな。
そういうのも材木問屋に運ばれてくる。一本で数百万ってのもあるらしい。
ほら、山師って言葉があるだろ。今は詐欺師みたいな使い方をされるけど、
実際はギャンブラーみたいな意味だったんだ。
山一つ買って、銘木の大樹があれば大儲けだし、逆になかったら大損ってこと。
御神木の場合は、大切に扱われてて当たり外れはないから。
でね、そういう木が運ばれてきたときには神職を呼んでお祓いをする。
その現場に何回も立ち合ったことがあるよ。

そんときはスギの木だったな。枝は払われ、皮のついた丸木状態でいくつかに切られて
トラックに載ってた。その前でお祓いをするんだ。
もちろん俺らは子どもだから、正式に立ち合ったってわけじゃなく、
その友だちと遠くから離れて見てたんだよ。
神主さんが何度も礼をしてから、あの御幣っていうのかな、
白いギザギザのやつを持って台に上がり、トラックの上の木に向かって祝詞を唱える。
まあ、それだけのことなんだが、後で紅白餅がもらえるからね。
でね、神主さんがトラックの荷台に上がって、
柄杓で壺の水をかけ始めたとき、急に木の一部から火が出たんだよ。
火柱って言葉があるけど、まさにそんな感じ。
真上に細い火の棒がぐーんと伸びて、数mの高さにまでなった。

神主さんは慌てることなく、数歩下がって柄杓を置き、御幣を持ち直して、
何度も振りかざして祝詞をあげたんだよ。
そしたら火柱は、噴水の水が落ちるみたいにすぼまっていって、
消える間際「おあーっ」って大きな声が響き渡ったんだ。
女の声だったよ。悲鳴に近かったな。
でね、それからまたいろんな儀式をして、小1時間くらいかけてお祓いが終わったんだ。
それが済むと木が下ろされて、職人さんたちが手斧で、
さっき火が上がったところを刻んでた。
やがて「あった、出てきた」って声がして、和紙に包んだものを神主さん渡し、
神主さんはそれを持って帰っってたよ。え、何だったかって?
あれだよ、五寸釘。丑の刻参りで使われたやつだな。








ペット鳥居

2015.02.21 (Sat)
こんばんは、今日は息子の話を聞いてほしくてこの場に来ました。
息子は小学生で、まだ低学年なんです。
ですから皆さんに理解できるような話をすることはできません。
ですから、これからする話は、私が何度も息子から聞き返してまとめたものです。
もしかしたら子どもにありがちな空想なのかもしれませんし、
いくぶんかは事実が含まれているかもしれません。
そのあたりを判断していただきたいんです。
息子の具合が悪くなったのは日曜の晩で、だからこれは日曜の午後にあったことです。
息子は外遊びが好きで、ほとんどゲームなどをしない子なんです。
その日も外、家の庭で遊んでいたら、塀の外でキラキラ光るものが見えた。
それで、門を出て近寄ってみたんだそうです。

それは我が家の裏手の方で、住宅の密集してるところです。
路地に面したある家の裏口へと続く細い通路に、
透明な液体の入ったペットボトルが2本、
息子の体より少し広い幅に並んで立っていたそうです。
それが光を反射してキラキラ輝いて見えたんですね。
・・・おそらく猫よけじゃないかと思います。ひと頃流行ってたでしょう。
ノラ猫の通り道に置いておくと、猫が嫌がって近寄らなくなるって。
でも、効果はほとんどないみたいですね。
最初のうちは警戒しても、慣れればぜんぜん平気になっちゃうらしいです。
ああ、すみません。話がそれてしまいました。
息子は、そのペットボトルの間をくぐってみたい気になったんだそうです。

まあ、子どものやることですからね、いちいち理屈があるわけでもないでしょうし。
それで、ペットボトルの間に一歩足を踏み出すと、
突然、あたりが真っ暗になったって言ってました。
もともと貧血気味のある子なんです。
だから立ちくらみしたんだと思いますが、そっから奇妙な話になったんです。
真っ暗な細い通路を、四つん這いで歩いてたって言ってました。
左右は壁で、上も頭がつかえそうな高さに天井があったって。
通気口みたいな感じなんでしょう。そこをそろそろ進んで行くと、急に下に落ちた。
といってもたいした高さではなかったそうです。階段の段差1段分くらい。
そこはかなりの広さがあり、暗いは暗いんですが、
通路のように真っ暗ではなかったそうです。

あたりにはいくつも、黒い布をかけた四角いものがならんでいたそうです。
あと嫌な臭いがしたとも言ってました。
立ち上がろうとしたんですが、なぜか立ち上がれない。
それに気づいて急に不安が襲ってきて、泣きたくなったそうです。
通路に戻ろうと向きを変えようとしたとき、横にあった箱がガアンという音とともに揺れ、
かかっていた黒布が少しずれました。すると鉄の棒が並んでるのが見えて、
これは檻なんだなってわかったそうです。
ええ、動物を入れる檻ですね。その中から「ひよろろろろ~」という鳴き声が聞こえ、
ガンと檻の鉄棒に生き物の顔があたりました。
白っぽい、人間のような皮膚をしていて、臭い息をかけられました。
その動物は檻の中で立ち上がって上の鉄棒に頭をぶつけました。

すると布がはがれ落ちて、檻の中が見えるようになった。
そこにいたのは・・・顔が人間の女の子に似ていて、
体がすごく痩せた生き物だったそうです。
白い短い毛が生えてたんですが、それがところどころ抜け落ちてまだらになって・・・
その生き物は息子に顔を向け、
「・・・早く逃げなさい」って小さい声でささやいたそうです。
そのときカンカンという足音が聞こえて、ドアの開く音がし、
誰かが部屋へ入ってきたということでした。
それで息子は、手近にあった別の檻の陰に回り込んで身を潜めました。
足音は息子のいる場所からかなり離れたところで停まって、
ガチャガチャ金属音がした。檻の鍵を開けてるんじゃないかと思ったって言ってました。

そしたら「ひょろろろ~」という鳴き声とともに、
「しんじんが足りない」「しんじんが足りない」って女の人の声がしたそうです。
やがてその声は「ぴー、ぴー」という悲鳴にかわり、
また足音と、ドアの閉まる音がして・・・
檻の中の一匹が連れていかれたんだと思われますが、
それは息子に話しかけてきたのとは別のだったようです。
息子に話しかけてきた生き物は檻の中で身をすくめながら、
「外に太陽がでているうちに戻りなさい」って言い、そのまま黙ってしまいました。
それで、息子は四つん這いのまま入ってきた通路に戻って・・・
そっから記憶がないんだそうです。ええ、裏の小路に倒れていたのを、
通りかかった人が見つけて救急車を呼んでくれたんです。

服に名前が書いてありましたから、家がわかったんでしょう。
救急病院から連絡があり、急いで駆けつけると、
息子が治療室のベッドで点滴を打たれていました。
貧血ではなく、40度を越えるほどの高熱が出ていたんですよ。
いえ、確かに学校では流行ってましたが、インフルエンザではなかったんです。
病院のほうでも原因がつかめなかったんですが、とにかく解熱剤を点滴して、
月曜の朝には熱は下がったんです。それから念のために1日入院して、
退院が火曜の午後でした。それから息子から途切れ途切れに聞き出した話がこれなんです。
ええ、ええ、小さい子で、しかも高熱が出てれば幻覚を見ることはありますよね。
ですからその類のもんだと思いました。
翌日、救急車を呼んでくれた人のところに改めてお礼に行きました。

そしたら、息子の話だと家のすぐ近所で起きたことみたいだったのに、
400m以上も離れてたんです。それで息子が倒れていた場所を教えられ、
そこをまわって帰ってきたんですが・・・
コンクリート建ての大きな建物がありまして、高い塀が巡らされていました。
どうやら何かの新興宗教施設みたいだったんです。
裏の通用門は鍵がかかってましたが、鉄柵だったので内部が見え、
そっから砂利を敷いた細い通路が窓のない建物の後ろに伸びてたんです。
その突きあたりに、あったんですよ、ペットボトルが2本並んで。
ああ、息子の見たのはこれかなと思いましたが・・・
一本のほうは中が透明ではなく、中に何か灰色の大きなものが詰まっているようでした。
でも距離があって見えなかったんです。

突きあたりは塀でしたので、どうにもならず帰ろうとしたところ、
通路の真ん中あたりのドアが急に開いて、
白いトーガのようなのを着た目つきの鋭い男が出てきました。
塀の陰に身を寄せるようにして見てたんですが、両手にペットボトルを持ってました。
中には猫・・・でなければイタチとかテンほどの小動物が、どういう具合にしたものか、
キャップのところはそのままで透明な液体とともに詰め込まれてたんです。
あのボトルシップみたいな形で生き物が入ってたんです。
まあガラスではないんで、一度切ってつなげてるのかもしれませんが。
男はそれを奥まで持っていき、前からあったやつと取り替えるようでした。
なんとなく嫌なものを感じて、その場を離れましたよ。
その宗教施設については、少し調べたんですがよくわからなかったです。

ただ、もしかしたら、息子が「しんじんが足りない」って聞いたのは、
「信心」ってことじゃないかと考えたんです。
どう思われますか?







大黒漫才

2015.02.20 (Fri)
母の介護をしています。といっても、寝たきりではなく身の回りのことはできるので、
まだそれほどの苦労はありません。通院の日に仕事を抜けて車に乗せ、
病院内で車イスを押す程度のことです。今のところはそれで済んでいます。
今年のお正月、母を連れて地域の老人クラブに出かけました。
公民館でやった集いです。昔は、かぞえ年といって、
正月とともに一つ歳を重ねることになっていたようですので、
その意味もあったのかもしれませんが、「長寿の集い」という名称になってました。
内容はけっこう充実していました。始めに内科医の先生が出てこられて、
パワーポイントを使って、長寿のために日常気をつけたいことを、
いろいろ教えてくださいました。老人の相手に慣れている方のようで、
内容は少しも難しいことはなく、母もうなずきながら聞いていました。

当日の出席者は15名ほどだったと思います。一人で来られた方と、
私の母のような介護付きの方が半々くらいでした。
医師の先生のお話の後は、近くの幼稚園の子どもたちによる歌と踊り、
太鼓の演奏でした。これはとてもかわいらしく、出席者の方はみな大喜びでした。
そして最後が漫才だったんです。
漫才といっても、寄席やテレビで芸人の方がやっているものではなく、
昔ながらの古典芸能の漫才だったんです。
まだお正月の松の内でしたのでそういうのをやったんだと思いました。
お面をつけた和装の方が2人出てこられ、
一人は大きな袋と打出の小槌を持ってらしたので、大黒様なんだと思いました。
耳が大きく、福々しいほっぺたを赤く塗ったお面でした。

もう一人は黒っぽい地味な装束で、
なんとなく西洋の悪魔を思わせるお面をつけていました。
始まったとたん、集まっていたお年寄りのみなさんが爆笑を始めたんです。
正直、意外でした。私にはどこが面白いのかよくわからなかったんです。
言葉も、昔風の言葉と地域の方言が混ざっているようで、
ほとんど理解できなかったんです。ただ、陽気な響きであることはわかりました。
これは、お年寄りの方には言葉が理解できるが、若い人にわからないせいか、
とも思いました。介護に来ている付き添いの人や、公民館の関係者の方は、
私と同じでほとんど笑ってなかったんです。それと、母の友だちでご近所に住むサカエさん、
というおばあさんも笑いませんでしたね。とにかく母が涙を流しながら笑って、
車イスからずり落ちそうに何度もなったので、支えるのがたいへんでした。

途中、母は何度もサカエさんの背中を叩く仕草をして、
「ほら面白いだろう、あんたも笑え」というようなことを言ってました。
サカエさんは硬直したように前を見ていましたが、やがて目をふせてしまったんです。
漫才自体は、言葉はわからなくてもひょうきんな仕草と、全体のリズム感で、
それなりに楽しめるものではありました。
やがて、打出の小槌で大黒様が悪魔の額を大きくぽーんと叩き、
悪魔がよろけて尻餅をつき、すぐに立ち上がって2人で声を揃えて何やら歌い、
深々と礼をして終わりになりました。
もう、拍手題喝采です。園児さんたちのお遊戯より受けたんじゃないでしょうか。
お土産が配られて会が終わりました。母はサカエさんに何か言っていましたが、
サカエさんは首を振って一人で帰って行かれました。

私は母の手を引いて車に乗せました。そして車中で、
「あの漫才、今まで見たこともないくらいに笑ってたけど、そんなに面白かった?
 私は何を言ってるか言葉がほとんどわからなかった」
こう言ったんです。そしたら母は、
「あれね、怖いもんだったよ。昔、見たことがある。みなは無理をして笑ってたんだ。
 わたしもそうだよ。だってまだ死にたくはないからねえ。
 なんで町はあんなのを寄こしたんだろうね」こんなふうに言ったんです。
「怖いもの? あれが? どういうこと」
母はそれには答えず、「サカエさんも笑えばよかったのにね。
 あの人も長男に先立たれて、この世に未練はないのかもしれないねえ。
 わたしの喪服、箪笥から出しておいておくれ」こう続けました。

「お母さん、なに言ってるの?」母は目をつむって、もう答えようとしませんでした。
その翌3日後のことです。サカエさんが亡くなったという知らせが入りました。
脳梗塞で台所に倒れているところを、町の介護士さんが発見したんです。
私はすぐに手伝いに行きましたし、お葬式にも出席させていただきました。
母はお葬式には行けませんでしたが、サカエさんの家には私と一緒に行き、
お仏壇にお線香をあげさせていただきました。
そのときも帰り道で、母に、「どうしてサカエさんが亡くなるってことがわかったの?
 喪服の話してたよね」と聞いたんですが、母は黙っていました。
それから2週間ほどたった1月の末です。
私は町の給食センターで非常勤の栄養士をしており、
その日は町営の介護老人施設に行ったんです。仕事は午前中で終わりました。

帰りに駐車場に行くと、大きなミニバンが停まっていました。
白い車体に大黒様や恵比寿様の絵柄が描かれていて、
この間公民館で見た漫才の人にそっくりだったんです。
そういえば、その日午後から、何かの催しがあると聞いていたような気もしました。
ミニバンの運転席には作業着の若い人がいて、
後ろの席にあの漫才師さんたちらしい和装の人がいました。
私が後ろのほうをまわっていったので、こちらには気がついていないようでした。
スライドドアが開いて、一人が降りてきまして、
あの公民館のときの大黒様でした。もうすでにお面をつけていたんです。
続いてもう一人、黒子のような服装の人が降りてきました。
「あっ!」と息を飲みました。その方はお面を手に持ってたんですが・・・

ですから素顔だったと思うんですが、その顔が真っ黒だったんです。
黒人の方の茶色が混じったのとは違って、墨を塗ったような黒で、
でも、墨を塗ってたわけでもないと思うんです。
目も口も見あたりませんでしたから。
もしかしたら、漫才の内容に関係があることで、
ストッキングのようなのを被っていたのかもしれません。・・・そう思いたいです。
2人は立ち止まって口を押さえていた私に気がつかなかったようで、
黒装束の方はお面をつけ、並んで施設の入口のほうへ向かっていきました。
私は、すごくよくないものを見てしまった気がしました。
母の言葉も思い出しましたし。それで、後ずさりして車の横を離れ、
しばらく時間をおいてから自分の車に戻って、一目散にその場を後にしました。

それから1週間ほどして、その老人施設でインフルエンザの集団感染があり、
お年寄りの方が3人亡くなりました。
地方のテレビや新聞が取り上げ、施設長が緊急に会見を開くなど、
大騒ぎになったんです。その後も、お年寄りの方はさらに2人が亡くなりました。
家で母とそのニュースを見ながら、
「ここの施設、あの漫才師さんたちが慰問をしたみたいだよ」と、
あのときのことを話したんです。母は心底驚いた顔で、
「その人たちに気づかれなかったんだろう。よかった、よかったね。
 黒いほうはそんなに怖いもんじゃないけど、大黒様の素顔を見なくてよかったねえ。
 ほんによかったねえ」こう言って、それ以上は頑として口を開きませんでした。
・・・あれはいったい何だったんでしょうか? 亡くなったお年寄りの方たちは・・・







剣力

2015.02.19 (Thu)
小・中・高と通ってた剣道の道場での話です。
小学校でやってる剣道のスポ少の母体となってたとこなんです。
そこのやつらが中学校で剣道部に入って。
でも中学校の練習って形だけしかなかったんです。顧問の先生が剣道未経験者でしたから。
学校が早く終わった帰りに道場に寄ってやるのが本格的な稽古だったんです。
そこは地区の剣道連盟が主催してるところで、月謝は3千円、実費に近いような形で、
運営はボランティアみたいなもんでした。道場主というのは特におらず、
連盟の偉い先生が入れかわり立ちかわりきて教えてくれてました。
ときどき、道場のOBの大学生や若い警察官なんかも来て相手をしてくれたんです。
稽古の半分が自分らより年上でしたから、自然と強くなりますし、
中3のときには県で団体優勝して全国までいったんですよ。

その道場の帰り、川端をずっと歩いて帰るやつが多かったんですが、
当時は外灯もまばらで、不気味な感じのする道だったんですよ。
川はずっと下にあって真っ黒に見えるし、河原の草むらに野犬か野生動物でもいるのか、
いつも何かが走ってるように草が鳴ったりして。
それで、その道の真ん中辺に川を渡って水道管が通ってて、
その上に人しか通交できない細い金属の橋があり、
下にはひょろ長い柳の木が生えてて、幽霊の噂があったんですよ。
ときおり柳の枝のすぐ下に、白い霧のようなのが渦巻いてて、
それだけのときが多いけど、霧の色がだんだんに濃くなって人の形をとることがある、
なんて。ええ、白い霧は小学生のときにも見たことがあります。
でも、そんなに怖くなかったですよ。仲間といっしょのときだったし。

何かの自然現象だと思ってました。たぶん川に面したあたりに排水溝のようなのがあって、
まわりと温度の違う水が流れてる。
そっから立ち上った霧が、気流とかの関係で木の下に溜まりやすいとか。
あるとき・・・中2の5月頃。うん、確かそうです。
中体連の大会直前で、稽古の時間が長くなって、
帰りがいつもより1時間くらい遅くなったんでした。8時少し過ぎたくらいです。
道場には少数ですが女子もいましたし、
その日きてたOBの人が手分けして送ってくれることになったんです。
僕らの通る川沿いの道には、若い商工会職員の男の人がついてくれました。
青柳さんって名前にしときます。気さくで話の面白い人でして、剣道も強かったです。
高校のときにはインターハイで全国3位になったって話でした。

その道々ですね。柳の下の幽霊の話が出たんですよ。青柳さんは僕らの話を聞いてて、
「ふーん」という顔つきになり、
「お前ら幽霊って信じるか?いや、俺は信じてなかったんだが、
 あることがあって考えを変えた。幽霊っているんだよ。だけどあんまり力はない」
こんなことを言い出したんです。僕らを怖がらせようとしてるんじゃないかと思いました。
そのうちに柳のある場所に近づいてきて、
そしたら繁った葉の中に見え隠れするように白い霧が溜まってたんですよ。
「あれです」と誰かが言うと、青柳さんは目を細めるようにして見ていましたが、
「うん、これは霊だ」って言いました。
それから続けて「お前とお前、防具を置け。俺の木刀を貸してやるから、
 あの霧に向かって斬りつけてみろ」って。柳は下の河原から生えてるので、
白い霧は道と同じくらいの高さでしたが、距離は10mは離れてました。

それで「面白いことになった」と思って、まず俺が霧に向かって中段で構えました。
もちろん何の変化もありません。
それから声を出して打ち込みの動作をしたんですが当然ながら同じことです。
もう一人の指名されたやつもやってみたんですが、僕と変わりなかったです。
「やっぱり、お前らでは修行が足りないか。見てろよ」
青柳さんは、木刀を手に取ると切っ先を霧に向け、気合い一閃、
鋭い打ち込みを入れました。すると驚いたことに霧が動いたんです。
いえ、偶然じゃありません。だって、ほら、コーヒーにミルクを入れたときみたいに、
霧が黒いバックに溶けて渦を巻いたんです。
それから一気にしゅっとまとまって人の形になり、
そのまま足の方から引っぱられるように川に向かって沈んでいったんです。

その間5秒とかそんなもんでした。青柳さんは得意そうな顔をして、
「どうだ、修行を積めばこういうこともできるようになる。
 お前ら、いつもここ通るんだったら、あの霧を見かけたら打ち込んでみろ。
 そうすればどれだけ自分の剣に気がこもってるかの目安にもなる。
 幽霊には少し気の毒だけどな」そう言って笑ったんですよ。
それからは、そこを通るたび、霧を見かけたら試してみました。
他のやつらもいっしょでしたから、怖いというより興味津々だったんですが、
一度として霧が動いたためしはなかったです。他のやつがやっても同じでした。
まあ、小中学生の気迫、精神力なんてそんなもんなんでしょうけど。
あまり何も起こらないんで、青柳さんのときに見てたやつも、
「あれ偶然風が吹いたんじゃない」とか言い出すやつまでいました。

その年の大会は地区は抜けたんですけど、県大会では3回戦止まりでした。
青柳さんは県大会が終わると来なくなって、僕らは3年生になりました。
それで前に話したように、3年生では県大会で優勝したんです。女子は3位でした。
剣優勝は道場始まって以来でした。ですから、それは大騒ぎになりまして、
祝勝会をやることになったんです。それも2回。
一回目は焼き肉屋で食べ放題。そして2回目は道場で保護者の方とかも集まって、
レク大会みたいなやつ。そんときにたくさんのOBの人に混じって青柳さんも来たんですよ。
たくさんお酒を飲んで上機嫌でしたね。
それで、その日は稽古じゃなかったんで手ぶらで、
みなでぶらぶら川沿いの道を帰りました。
青柳さんも一緒です。柳の横を通ったら、また白い霧が溜まってました。

それで去年のことは覚えてましたから、みなで青柳さんに、
「あれ、またやってみせてくださいよ」って頼んだんです。
青柳さんは前と違って自信なさげな感じで、
「酒飲んでるし、木刀も持ってきてない。上手くいくかなあ」そう言いながら、
右手を前に出し、左手で手首をつかんで手刀にしたんです。
そして大声を出して踏み込み・・・霧は微動だにしなかったんですよ。
「ああ、やっぱりなあ」青柳さんは照れたように笑って、同じ動作をもう一回しました。
すると、広がっていた霧がギュンと固まって、細長く矢のような形になり、
こっちに向かって、青柳さんの顔に向けて飛んできたんです。
そしてびしっという感じであたり、
青柳さんは倒れませんでしたが大きくのけぞりました。

霧はちりぢりに散ってからまたす少しずつ戻っていき、柳の下に溜まりました。
青柳さんは頭をふりふり「ああ、やっぱりなあ。ダメだなあ」こう言いました。
たいしたダメージはなさそうだったので、僕らのほとんどが、
青柳さんを真似て手刀打ちをしてみましたが、もう霧はピクリとも動きませんでしたね。
「さあ、お前ら帰るぞ」青柳さんが言いました。
勇んで出場した全国大会は予選リーグ敗退。
全国レベルというものを肌で感じさせられました。部活動は引退になったので、
しばらく道場には通いませんでしたが、高校では剣道を再開するつもりでした。
というか、剣道の推薦で入学が決まったので、受験勉強もなく気楽なもんでした。
そして僕が高校に入学した4月、青柳さんが警察に逮捕されたんです。
商工会のお金を使い込んだって、ニュースで言ってました。







福禄旅館

2015.02.18 (Wed)
去年の秋、仲間と3人で釣りに行ったんです。1泊2日で。
場所は・・・太平洋側、関東地方とだけ言っておきます。
昼から出かけて夜まで、一泊して早朝から昼までっていう強行軍の釣行。
まあ、みんなそんなもんだとは思いますけど。
宿は、とろうかどうか迷ったんですよ。夜遅くに着いて、朝早く立つから寝るだけだし。
でも、車中泊にはそろそろ厳しい季節だったし、
ミニバンで寝るとしばらく体が痛かったりで、もう歳なんでしょうね。
ネットで調べたら福禄旅館というのが見つかりました。
素泊まりだと一人3千円で、これならってことで決めました。
温泉でもなんでもない、民宿に毛が生えたようなところでした。
当日ね、3人のうちの日村ってやつが、仕事の関係で遅れるって連絡してきました。

自分の車を使って、着くのがその日の夜遅くになるだろうって言うんで、
三河ってやつの車で2人で出かけたんです。天気はよかったですよ。
後から考えるとそれだけでしたね、救いは。1日目の釣りはさんざんでした。
釣れなかったというわけじゃないんですが、外道ばっかりで。
ウツボです、あの長くて歯が尖った。食べれば美味いなんて話も聞きますが、
持って帰ったことはないです。基本リリースですが、何十本も釣れましてね。
気味が悪かったです。同んなじやつが釣れてた場合もあるかもしれませんが、
ほとんど大きさも柄もまちまちでしたよ。
ウツボの繁殖地みたいな感じでねえ・・・
それでもあたりがまるでないよりはいいですけど。目的のイシダイも一本だけ釣れたし。
でね、宿に入ったのが9時過ぎでした。あらかじめその時間になるって連絡してたんです。

宿は一見すれば海辺の民家と見まがうような造りで、もとからの旅館ではないようでした。
意外と重厚な構えで驚きましたよ。昔の網元の屋敷とかなのかもしれません。
「福禄旅館」という看板も建物より新しかったですし。
入ると番頭さんが出てきて、暗い廊下を通って部屋に案内されました。
6畳に4畳半の次の間付き。欄間に透かし彫りなんかあって、時代がかってました。
すでに3人分の布団がひかれてました。
遅れてくる予定の日村から連絡が入り、もう2時間ほどで着くってことでした。
そのことを番頭さんに言うと、
「表戸を開けてますから、お客さん方で迎えに出ていただければ」という話でした。
ま、釣り宿ってのは朝早く、夜遅くの客は普通で、そんなもんなんだろうなって思いました。
でね、4畳半のほうで、持ってきた発泡酒をチェイサーにしてウイスキーを飲み始めたんです。

そこの部屋はテレビがなかったんで、しばらく釣りの話をしてました。
そうしてるうちに10時を過ぎ、頭が重く,眠くてたまらなくなってきたので、
こくりこくりしてると三河が「日村がくるまであと1時間くらいだから寝てろよ。
 来たら起こすから」そう言ってくれたので、ジャージに着替えて布団に入りました。
そんとき、頭が床の間のほうを向いてたんですが、
福禄寿の掛け軸が下がってたのを覚えてます。
福禄寿ってご存じでしょう。頭の長い老人の神様で、七福神にも入ってますよね。
少し調べたんですが、中国の道教の仙人らしいですね。
福が子宝に恵まれること、禄が財産、寿が長寿を表す、目出度い神様ってことでした。
「ああ、この旅館の名前と関係があるんだろうな」
そう思いながら布団に入って目を閉じたんです。

ビタン、バタンという音で目が覚めました。
耳元で何かが跳ねているような音です。それと異様に磯臭い。部屋は真っ暗でした。
「日村が来たんだろうか」そう思って起き上がったときに
背中にドンと何かがぶつかりました。足で蹴られたような感触でした。
「おい、ふざけんなよ」そう言って手でつかもうとしたんですが、
ヌルリ、と嫌な感触がありました。よく知ってる手触りでした。
日中にさんざん釣ったウツボです。「え!?」と思い、立ち上がって電気をつけました。
そしたら・・・これは信じてもらえないかもしれませんが、
長い・・・2mもある白い触手のようなのが部屋の中をのたうっていたんです。
先がまるくなって、ねとねと濡れて光ってました。目や口はなかったと思います。
それが畳に上から落ちてきてバウンドし、また上がって壁にぶつかる・・・

布団に寝てたのは俺だけで、他の2人ののはそのままでした。
「何だよこれ!」そう叫んで、4畳半のほうへ行こうとしました。
そしたら俺の前に触手の先端が落ちてきて、そのまま跳ね上がって腹を打たれたんです。
さらに天上近くまで上がって、頭に落ちてこようとしました。
それを両手で防いだときに、その触手の根元が、
床の間の掛け軸から出てることに気づきました。
「あ?!福禄寿の頭?」そう思いました。
ありえないことですよね、掛け軸の中の人物の頭だけが伸びて動いてるなんて。
体をかがめ、這うようにして四畳半に入りしきりの戸を閉めました。
そっちも真っ暗だったので、電気をつけると・・・
日村と三河が壁にもたれ、足を投げ出すようにして座っていました。

で・・・腹が2人とも破れてたんです。畳は血だらけで、
内蔵の切れ端のようなのも目に入りました。2人は目をかっと見開いたままで・・・
破けた腹の部分だけが動いていました。
日村の腹の中から大きな、焦げ茶色のウツボが歯をむき出して頭を出しました。
絶叫してしまいました。そのとき、バカーンと隣の部屋との仕切り戸が外れ、
福禄寿の頭が入ってきて、足を払われました。
それでひっくり返ってしまい・・・あとは・・・
揺り動かされて目が覚めました。跳び上がって起きると、
日村と三河が釣り支度をして立ってたんです。
「昨夜はよく寝てたから起こさなかった。もう4時なってるし、出かけるぞ」
こう言われたんです。・・・あれはすべて夢だったのか、しかしそれにしても・・・

あんなリアルな夢は見たことがなかったです。
それと部屋の中がやはり磯臭く感じました。あと、右のすねが痛くて、
見ると青あざになってたんですよ。掛け軸? もちろん見ましたが,
鹿を従えた福禄寿が静かにいるだけでしたよ。頭の部分にさわってみたかって?
いや、それは考えませんでした。といかく一刻も早くその部屋を出たかったんです。
下の帳場で昨日の番頭さんに支払いをして、駐車場の車で防波堤の近くまで行きました。
さすがに秋の午前4時ですから暗かったですよ。
でも、桟橋は釣り人のための常夜灯がついてて、人影も何人か見えました。
そこまでくるとやっと、昨日ののは夢だったんだなって、納得できる気がしてきたんです。
「なあ、昨日俺うなされたり暴れたりしなかったか」って聞いたんですが、
2人とも「よく寝てたぞ」って言ってたし。

餌を投げ入れてリールを巻いてると落ち着いてきました。
すぐに三河の竿にあたりがありました。ウツボです。
水面に出てこなくても独特の引きでわかります。
三河はいつもなら「チッ」と舌打ちして針外しを取り出すんですが、
嬉しそうな顔をして「よーし」と言いながらリールを巻いてました。
・・・出てきたのはやはりウツボなんですが、独特の縞はなくて生白い色の・・・
昨夜、掛け軸から出てきた福禄寿の頭とそっくりでした。
三河は釣り上げたウツボを無造作につかみあげ、そのときウツボが腕を噛みました。
「ああおい」「いいから、いいから」三河は片手に食いつかれたまま、
残り1m以上の部分をつかんで車のほうへ歩いていきました。
「それどうすんだよ。食うのか?」俺が聞くと「神様だよ」ふり返らずに三河が答えました。

「いーな、あいつ」日村がやや悔しそうに言いました。
「お前もかよ?ウツボなんかどうすんだ?あんなのいくらでも釣れるだろ」
「あれは特別のやつだよ」わけがわからなかったんで、それ以上聞くのをやめました。
下の海に白い筋が浮かんできていました。長さは5mもあったでしょうか。
それはのたくり泳いでいて、昨夜の福禄寿の頭・・・と同じ物にしか見えませんでした。
幸いに水面まではあがってきませんでした。
車2台で帰りました。三河は帰り中ずっとご機嫌で鼻歌を歌ってましたね。
ときどきドコンと音がしたのは、
クーラーボックスの中であの白ウツボが動いてたんだと思います。
俺はその日から釣りに行ってません。三河も日村もさそってこなかったし。
2人ともあれ以来、激やせしまして、つるんで行ってるみたいですよ、福禄旅館に。








休耕田の話

2015.02.17 (Tue)
うちの町にあった休耕田の話だけど。
場所は他の田んぼに囲まれた日当たりのいいところで、何でその一枚だけずっと、
水張ったままほうって置かれているのか不思議と言えば不思議だった。
戦後の食糧不足の頃からずっとそうだって言ってたから。
ああ、うちのジイサンが言ってたんだよ。
うちらの町は小中学校と、町営の幼稚園がまとまった場所にあって、
その休耕田は近くだったんで、
町の住人のほとんどは子どもの頃から目にしてるはずだよ。
で、気味の悪い噂ってのは特になかったと思うんだ。だけどあることがあって、
そのせいかわかんないけど、ううちのジイサンが死んじまった。
確か秋口のことだったと思うが、今からその話をするよ。

俺の弟・・・俺とは年が離れてて、俺が中学のときに幼稚園の年長だったが、
その日は迎えに行くものが家にいなくて一人で帰ってきたんだよ。
それで夕飯のときになっておかしな話をし始めた。
「あの水を張った田んぼのところで人が泳いでた」って。
俺が興味を引かれて「どんな人だった?」って聞いたら、
「泥で顔もどこも真っ黒になってたよ。
 それと、ぴょんぴよん跳ねるミズスマシみたいな泳ぎ方だった」
手を体の横で、左右同調させてぐるぐる回してみせたんだ。
「それバタフライか。でもな、あそこ水なんて30cmくらいしかないだろ」
俺がそう言うと「だっていたもん」弟が泣きそうになったので。
ジイサンが話を引き取って、「じゃあジイちゃんが明日見て来てやるから」

これでそんときは話が終わったんだ。翌日は日曜で休みだった。
朝になって、ジイサンが出て行って小一時間ほどで戻ってきたが、
なんだか元気がなかった。当時70を過ぎてたけど、病気したこともなく、
かくしゃくとしてたんだが、なんだか元気がなかった。
でな、朝飯のときに変なことを言い出したんだよ。
「わしは死ぬかもしれん」って。俺が「ジイサンどうした?」って聞いたら、
「朝に、休耕田を見にいったら、泳いでる人が確かにいたんだ。
 びょん、びょんって跳びながら泥まみれになって。
 それでわしの前まできて泥から首だけ出して、
『ジイサン俺が見えるか?子どもなら見えてもかまわないが、大人が見ると死ぬぞ』
 こう言ったんだよ」

俺は気味の悪い話だなーと感じたが、
聞いてた親父とおふくろはそうも思わなかったようで、
「ふざけたやつがいるな。消防団で話してきたほうがいかな」親父がこう真顔で言った。
ジイサンは首を振っただけで、その日はずっと仏壇に向かってて早くに寝たんだ。
そして次の日起きてこなかった。布団の中で死んでたんだよ。
医者も原因がわからず困ってたみたいだったな。
まさか老衰とするには、それまであまりに元気がよかったし、
心臓麻痺の突然死ってことになった。
それ以来、俺は中学を卒業するまで、あその休耕田が見える道を通らなかったし、
両親も弟を通らせなかった。
でも他の子どもらは普通に通ってたし、ずっとおかしなこともなかったんだ。

それから、俺は高校を卒業して大きな市で就職し、結婚もしたが、
リストラされて女房と子どもを連れて実家に戻ってきた。
つてがあって、地元の建設会社に就職できたんだよ。
で、長男はこっちの小学校に転校した。両親は健在だったが、弟は都会の大学に出てた。
始めて学校に連れてった日に見たら、その休耕田がまだあったんだよ。
まわりの田んぼはだいぶなくなって、住宅に変わってたが、
そこだけ水をたたえて、コケのようなのが広がってってね。
ジイサンが死んだときのことを思い出して、イヤーな気持ちになった。
だから息子もそこを通らせないようにしたんだよ。
それから数年過ぎて仕事にも慣れて生活が安定し、次男が生まれた。
長男のほうは4年生になったんだ。

その次男が、あるとき家に帰ってきてこんな話をした。
「学校の近くにある米を植えてない田んぼ、あそこに大きなミズスマシがいるって、
 学校で話題になってる」
ああ、あの休耕田のことだなと思ったが、黙って話を聞いた。
むろん女房にも息子にもジイサンのときの話はしていない。
「ミズスマシは、見た子の話だと、人間くらいあるって言うんだよ。
 遠くから見ると、びょんびょんって水の上を跳ねてて、その田んぼ一枚、
 数回跳んだだけで渡ってしまうんだって。でも近くにいくといなくなってるらしいよ。
 この話が学校で出たら、理科専科の先生が、
 『そんなのあるはずない』って言ってたよ」ますます嫌な気がした。
ジイサンのときと似ているだろ。だから息子にはかかわらないように話した。

でね、それから3日後に息子の学校の先生が事故死したんだ。
話に出てきた理科専科の先生だよ。夜に自転車であぜ道を通ってるときに、
休耕田の泥に転落し、そのまま溺死してしまったんだ。
警察の調べでは、酔っていたとかそういうことはなく、
夏場だから水も10cmちょっとしかなかった。
おそらく泥に腕や足を突っ込んで抜けなくなってしまったんだろうってことだった。
な-、気味悪いだろ。だから息子には「絶対近づくな」って、前よりもきつく話をした。
・・・ここの地域もご多分に漏れず過疎化が進んでてね。
俺は町会の役員にさせられてしまった。仕事が忙しいから名前だけだけどな。
その集まりの飲み会で、あの休耕田の話がちらっと出たんだよ。
いや、怖い噂ってより奇妙な話だった。

戦後すぐ、まだ日本に占領軍がいた頃の話だな。
田舎だけども、軍需工場があった関係でアメリカ軍が来てたらしいんだ。
で、そいつらが町の娘に乱暴しようとした。
それを止めた若い町の男がいたんだが、集団で暴行されてあの休耕田に落とされた。
・・・それで、そいつが死んだってのなら、変なことの説明もつきそうだが、
そうではなかったんだ。そいつは東京に出て、闇物資の流通で儲けてキャバレーを経営し、
大金持ちになったってことだったんだ。
な、わけわかんねえだろ。縁起の悪い話ってわけじゃないんだ。
俺が思いきって「あの休耕田に大きいミズスマシがいるって話を聞いたんですが」って、
みなに言ったら、「そりゃいるだろうけど、どうかしたのか」
「いやあ、人間ぐらい大きいのが」 「いくらなんでも、それはない」笑われてしまったよ。

それから2年後だな。その年は雨が降らず、
町内を流れる川も人が飛び越えられそうなほどに涸れた年だった。休耕田も干上がってね。
そしたら、中央付近に石の塔の先っぽみたいなのが見えてきた。
それで、地方史を研究してる人が少し掘ってしらべたところ、
古い時代の仏塔じゃないかってことになった。町役場に連絡して、
いちおう調査することになった。そんときに休耕田の持ち主にも連絡をとったけど、
その一家は地元を離れていて、土地だけ持ってるってことだったな。
俺が勤めてるのとは別の建設会社に話が行って、重機が入った。
そしたら、たいした仕事とは思えないのに重機がひっくり返ってね、
作業員が一人死んだ。それでも続行したら、2mほどの石の仏塔と、木を粗く彫った人型、
それがほとんど腐りもせず、まわりから十数体出てきたんだ。






電人M子

2015.02.16 (Mon)
早朝ジョギングをしてるんです。ここ1ヶ月くらい。
ええ、理由はダイエットなんですけど、あと1ヶ月後に結婚するんです。
それで、少しでもスタイルよく見せたいと思って。ムダな努力かもしれませんが。
2週間ほど前です。その日も6時から走り始めたんです。
コースは家の周囲で、距離は決まってないんですが、30分間です。
その日の気分によって、家を出てから向かう方向を決めます。
その日は体調がいい感じがしたので、アップダウンのあるコースにしました。
5分ほど走ったところに陸橋があるんです。下は川ではなく線路。
その上りを走りながら、何気なく下に目をやりました。
線路が4本通っていて、横に変電所のような鉄柵に囲まれた建物があります。
白い大きな電極のようなのも見えるんですが、その上に、人の姿がありました。

「あれっ」と思いました。そんなところに入れるはずないのに。
そうですね、距離は50mくらい離れてるでしょうか。
だから細部ははっきりしないんですが、白い服を着た女の人に見えました。
電極の上でバランスをとるように、両手を広げていました。
「えー、立ち入り禁止なのにどうやって入ったんだろう?」と見る間に、
その人は横に伸ばしてた手を上に持ち上げて合わせ、
水泳の飛び込みのようなポーズになったんです。そして次の瞬間燃え上がりました。
緑色の嫌な感じの炎でした。そして炎は電線を伝わって、陸橋の上まで駆け上ってきました。
私の頭の上まで来たんです。そして電線の上をメラメラ光りながら、
すごいスピードで伝わって消えていったんです。私の家の方向でした。
変電所内にはもう人の姿はなかったです。

「おかしな物を見たなあ」と思いました。目の錯覚、あるいは幻覚だろうかって。
そうでもなきゃ説明がつきませんよね。
ジョギングを終え、シャワーを浴びて会社に出かけました。帰ったのが6時過ぎです。
家に入ると、母が「今日はいろいろあったよ」と言ってきました。
ええ、母親と2人暮らしなんです。父は早くに亡くなりまして、
姉がいるんですが、結婚して県外に出てます。母が言うには、
「午前中、家の前の道路で事故があったよ。軽トラが電信柱に突っ込んだの。
 ケガ人はいないよ。音がしたので見にいったら、運転してた人がすぐ下りてきて、
 自分で警察呼んでた。電信柱も少しコンクリがはがれ落ちたくらいで、
 停電とかそんなことはなかったよ。
 今、支柱を立てて補強してあるだけ。気がつかなかったかい」

「それとね、午後になってお前を訪ねてきた人がいたよ。
 高校の同級生でM子さんって言ってた。お前が結婚するって話を聞いて会いに来たって。
 また来るかもしれないよ」
これはちょっと驚きました。M子は高校時代同じバレー部で、とても仲よかったんですが、
ずっと疎遠になっていたんです。それが・・・理由というのが、
高3のときに彼氏のバイクの後ろに乗って事故って、大ケガしちゃったんです。
顔から上半身にかけてです。命は助かったんですが、何度も手術をくり返して、
退院してから家に引きこもっちゃったんです。
噂では、ひどい傷跡が残って、それを恥じているということでした。
入院中も、見舞いにいこうとしたんですが、すべて断られちゃったんです。
ですから、今は私の携帯の番号なんかもしらなかったんでしょうが、
家まで訪ねて来てくれるとは予想外でした。

M子の顔のことが気になったので、母に聞いてみました。
「えっ、顔? そうだねえ、のっぺりした感じで色が白い人だなと感じたけど、
 傷跡なんてなかったと思うよ。携帯の番号だって言ってメモを置いていった」
・・・そのときは、すっかり治ったんだな、よかったと思ったんです。
その夜、メモの宛先にかけてみたんですが、
「おかけになった電話番号は現在使われておりません」のメッセージが出て・・・
久々に話ができると思ったのに、ちょっとがっかりしてしまいました。
それにしても、解約した番号を教えるはずもないし。
それから何回かかけ直してみたんですが、同じだったんです。
その夜です。夜中の2時頃ですね。私の部屋は2階にあって、
結婚後は彼の家に入るため、かなり片づけてありました。

その窓とカーテンごしに、バチバチバチという大きな音が聞こえたんです。
目を開けると、窓全体が緑色の光に包まれてました。
「え、え」起き上がって、カーテンを開けました。
そしたら屋根の上に、緑色に燃える女の人が立ってたんです。
すぐ間近、2mほどのところです。
女の人は後ろ向きで、服を着ていたんですが、炎の緑が強くて、
柄も色もわかりませんでした。「あ、あの変電所のときの」すぐに思い出しました。
女の人はこちらをふり向こうとはぜず、トントンと軽い足取りでトタンの上を跳びはね、
端で大きくジャンプしたんです。「あ、落ちる」
でも、落ちませんでした。そのまま緑の炎の固まりとなって人の姿は消え、
近くの電線を伝わって上に駆け上がり、すごい速さで電線の上を遠ざかっていったんです。

M子との関連ですか? 確かに考えたんですが、顔は見えませんでしたし、
背格好も緑の炎でよくわかりませんでした。
ただ、私の知っている高校当時のM子は短い髪で、
その人の髪は肩くらいまであったと思います。だからなんとも言えないです。
ああそれから、翌朝になって屋根を見たんですが、
焼け焦げや、トタンの異常はなかったと思いました。
母にあったことを話しましたが、
「この頃あまり眠れないけど、バチバチなんて音は気がつかなかったね。
 お前の夢じゃないのかい」こう言われただけでした。
それから、M子のことは気になってたので、高校時代の連絡網を出して、
当時の番号にかけてみたんです。これも不通でした。

それから数日は何事もなく、その朝もジョギングしようと玄関を出たんです。
そしたら、まだ車通りのない家の前の道を、
一台の軽自動車が猛スピードでこちらに向かって走ってきたんです。
私は車の運転はできませんが、ちょっと考えられないスピードに思えました。
怖くなって門の近くまで下がりました。近づくにつれて、軽自動車の屋根の上に薄く、
緑色の炎が立ち上っているような気がしました。
それと、運転している人・・・フロントガラス越しに、
気味悪い緑色の仮面をつけているように見えたんです。
軽自動車は猛スピードのまま、私の家のすぐ前まできて、
急に向きを変え、ドカーンとすごい音とともに電柱に激突しました。
私まで衝撃で倒れそうになるほどでした。

電柱はくの字に折れ曲がり、フロントガラスが割れて、
中から運転していた人が外へ半分飛び出し、
大量の血が変形したボンネットにぼたぼた落ちていました。
首がおかしな方向にねじ曲がっていました。乗っていたのは一人で、
女の人だと思いました。仮面をつけていると思ったのは見間違いではなく、
それがややずれてあごのあたりがのぞいていました。
私が何もできずに呆然と突っ立っていると、
近所の家から人がぱらぱらと出てきて、口々に話し始めました。
起きていた母も、家から出てきて「ああ、これは」と言いました。
やがて救急車とパトカーのサイレンが聞こえてきました。「下がって下さい」と、
回りを囲んでいた人は警官に押し出されました。

それでも家の門の中に入って様子を見ていたんですが、救急隊員の手によって、
女の人はそろそろと引き出され、そのときにかぶっていた仮面がはがれ落ちました。
仮面のせいか、顔に傷はなく・・・というか、
そのときの事故でついたような傷は見あたらなかったんですが、
顔は皮膚が大きくひきつれ、左の目がふさがっていました。
でも、私には誰だかわかりました。M子だったんです。
ふり返って母を見、「こないだ家に来た人?」と聞きました。
母は「あんな傷はなかったよ。でも、わからない」そう言いました。
後日わかったんですが、運転者は即死で、やはりM子でした。
近くの町に一家で引っ越していたようなんです。遺体から薬物が検出された、
という話もありました。・・・なぜ私の家の近くまできたのかはわかりません。









動物ラジオ

2015.02.15 (Sun)
チューニング1

始まったのは小学校6年のときだよ。よく覚えてる。
日曜日の午後に佐々木って友だちの家に遊びに行って、
他のやつと佐々木と3人で部屋でゲームやったりしてた。
そしたら佐々木のお母さんが顔を出して、
「今、おやつ切らしてるから、そこのコンビニで何か買ってきなさい」
って佐々木に金を渡した。コンビニは200mくらい離れたとこにあるんだよ。
で、俺はそんときマンガ読んで夢中になってたから、
佐々木ともう一人のやつの2人で出かけたんだ。
どうせ10分くらいで戻ってくるわけだし。
数分たったあたりで、「ガガガガ、ザザザザ」っていう雑音のような音が聞こえた。
ちょうどラジオの雑音みたいな感じの。

「え、ラジカセとかあったっけ」と思ってそっちを見たら、
佐々木の家で飼ってる犬がいたんだ。いまだに名前がわかんないけど、毛が長い室内犬。
それがこっちに向けて口を開いて、そっから「ガガガ」の音は出てるように思った。
「なんだこいつ、変な芸するな」としか思わなかった。
そしたら雑音が急にはっきりした音声になり、
「今日2時過ぎ、○○県、○○市の路上で大型トラックが舗道に乗り上げる事故があり、
 歩いていた少年2人が巻き込まれ、一人は即死、一人が軽いケガを負いました」
こんなふうに言ったんだ。「ええ!?」ってなったよ、もちろん。
声は男の声で、アナウンサーみたいにはっきりしたしゃべり方。
そっちを見てなけりゃテレビだと思ったろうね。
犬は、きょとんと無邪気な顔をして口をこっちに向けているだけ。

で、それがあってすぐ、外で救急車とパトカーのサイレンの音がした。
こっからは言わなくてもわかるだろ。
コンビニに向かった2人だったんだよ。お母さんが入ってきて、
「息子が事故に遭ったという電話がきたから、今日は帰ってね」そう言われた。
コンビニとは反対側だけど、近くまで行ったらたくさんの野次馬が出てた。
怖くてそれ以上近寄れず、そのまま家に戻った。
佐々木が亡くなったって知らせを聞いたのは夜になってからだよ。
もう一人は転んだときに足をねんざしただけ。葬式があって、
クラスの委員長と担任が出たし、それ以外にも男子の大部分はお線香をあげに行った。
俺も行ったけど、犬の姿は見えなかったな。
このことは誰にも言ってないよ。頭がおかしいと思われるに決まってるから。

チューニング2

2度目は社会人になってからの話。俺は高卒で大きな街に出て就職したけど、
職場に高校の5つ上の先輩がいて、一から仕事を教えられて可愛がってもらったんだ。
仕事は住宅関係だけど、俺も先輩も現場じゃなく事務のほうだったんだ。
でね、その日は2人で見積書を作ってた。
そしたら社長の奥さん、専務が顔を出して、市内の現場にものを届けてくれって言われた。
「行きます」って言おうと思ったんだが、
先輩が「俺が行くよ」って先に言ったんで黙った。
外に出ると店に寄ったりとか息抜きができるから、先輩にまかせたんだ。
専務はもう一人の女性事務員と倉庫に行って、俺一人でパソコン打ってたんだ。
そしたら、その貸事務所で買ってるインコ、鳥かごがつるしてあって、
専務がいつも世話してるんだけど、そっちから「ガガガガ」って音が聞こえた。

そう。小学生のときに聞いたやつだよ。そのときすぐに思い出した。
同じ音だったからだろう。おそるおそる鳥かごを見たら、
黄色のインコがクチバシを少し開けて、そっから音が出てた。
そして「○月○日午前10時頃、○府○市の国道で、○○住建所有の4tトラックが、
 中央分離帯を乗り越えて反対車線に出て対向車と衝突。
 トラックの運転手は即死、反対車線のミニバンの乗員2人に軽いケガ」
こう言ったんだよ。確かに聞いた。幻聴とかじゃないよ。
前と同じ男のアナウンサー口調だった。
それを言い終わると、インコはすまして横を向いた。
先輩の携帯にすぐにかけてみたんだが、不通。電源が入ってないようだった。
それから5分ほどして、会社の固定電話が鳴って・・・

インコの言ったとおりだったよ。
トラックは横転して、さらに後続の対向車ともぶつかってってぐしゃぐしゃ。
警察の調べでは、先輩はまだ20代なのに、
急に脳関係の発作を起こした可能性があるってことだった。
その先輩は結婚してて、1歳の長男がいたんだよ。奥さんも悲嘆にくれてて、
だから葬式のときはほんとうに気の毒だった。
この事故の場合は、相手にはまったく責任はないわけだし、お金の面でもね。
インコ? いや、それからもずっと仕事場にいたけど、
同じようなことは起きてない。寿命で死んだんじゃなかったかな。
・・・この話も誰にもしてないよ。だって、信じるやつがいるわけないじゃないか。
で、これから10年以上何もなかったんだが・・・

チューニング3

この2回のことは、ときおり思い出して考えたもんだよ。
犬や鳥がしゃべることはありえないし、出てきたのも動物の鳴き声じゃなかった。
だから、もしかしたら未来の放送のニュースの電波が、何かの間違いでたまたま拾われて、
俺のところに届いたんじゃないかって。
あともう一つ、俺にはもしかしたら予知能力みたいなのがあって、
それがあんな形で自分に伝わるようになってるんじゃないかってこと。
つまりあれらは、俺の頭の中でしてるのに、なぜか動物の口から出てるように聞こえる。
だけど俺以外のやつには聞こえないんじゃないかってね。
うーん、2回とも俺一人のときに聞いたことだから、結論は出ないよ。
それとこの2回は、こんなこと言っちゃいけないんだろうけど、
親しい友だち、よくしてくれた先輩ではあったけど身内じゃなかった・・・

こんなことがあって、動物は飼ったことがないんだ。
犬猫だけじゃなく、カメとか昆虫もね。身近にそういうのがいなけりゃ聞きようがないだろ。
それと動物がいる場所も避けるようになった。
鳩がいる公園なんかも。でも、避けきれるもんじゃないね。
そう思って見ると、けっこうあちこちで観賞魚とか飼ってるし、野生動物も身近にいる。
スズメだってそうだし。でね、話は今日の午前中なんだよ。
俺はあれから住建をやめて、宅配便の配達員になった。
外回りは嫌だったけどしかたない。結婚して子どもが2人いるんだよ。
今日の午前は10数軒個人宅を訪問したんだが、その最後のところ。
玄関を開けるとでかい水槽があった。金魚を飼ってるようだったけど、
手入れが悪くて水が苔で緑色に濁ってた。中が見えないくらい。

荷物を引き渡して、判子を取りに奥さんが引っ込んだとき、
水槽から大きな金魚が浮かび上がってきた。20cm近くあったんじゃないか。
それが水面に口を出して、あの音が聞こえたんだよ。「ガガガガ、ザザザザ」って。
「○月○日、○○保育園で、滑り台の遊具で遊んでいた○○○○さんの長男、
 ○○君5歳が・・・」
そこまで聞いて、俺は水槽に手を突っ込んで金魚をつかんだ。
ぬるぬるしてたけど上手くつかめたんだよ。そして思いっきり力を入れた。
金魚は「キュキュ」みたいな音を出して水を吐き、嫌な感触を手に残して沈んでいったんだ。
そこにその家の奥さんが戻ってきてね。
金魚を潰してるとこは見られなかったはずだ。判子をもらって外に出、
すぐ保育園に電話したよ。何事もなかった。女房に電話して息子は保育園から家に戻させた。

「○月○日」ってのは確かに聞いたから、今日が過ぎれば大丈夫だと思うんだ。
家の近くには公園もないし、滑り台なんてない。
長女といっしょにずっと目を離すなって女房には言ってある。
たまたまここのことは知っててね、こうやって時間を割いて相談に来たんだ。
なあ、これって何が起きてるんだ?息子は大丈夫なんだよな。

バッドチューニング

「○月○日、午後11時、○○保育園において前庭に成人男性が倒れているのが発見され、
 死亡が確認されました。警察が現在身元の確認を急いでいます。
 頭部に大きな損傷があり、近くにあった滑り台から頭を下に落ちたと見られています。
 現在事件と事故の両方で捜査が進められているとのことです」








御神木の話

2015.02.14 (Sat)
10年ほど前かな。子どもの頃に住んでた地域の神社の御神木の話なんだ。
けっこうな田舎でね。都会と違って外で遊ぶ子どももけっこういたよ。自然も残ってたし。
5年生くらいだったと思うけど、夏休みに友だちと3人で沢でカニを捕ってたんだ。
大きな石をはがすと、下に隠れてるんだよ。
んーまあ、食うほど大きいやつじゃないけど。
でね、俺以外の2人がかりでかなり大きな石を起こした。
全部は持ち上げないで片側だけな。
そしたら、やつら2人で呆然として石の裏側を見てたんだよ。
「何かあるのか」って聞いたら、「ここに、神社に来いって書いてある」って言うんだ。
2人で口々に。そんな馬鹿なと思って、俺も見たら、書いてあるっていうか、
今すぐ神社に行かなくちゃ、って気になったんだ。

え? ああ、そりゃ字は書いちゃいないさ。
でも行かなくちゃと思ったってことだな。
で、バケツを持ったまま地域の氏神神社に行った。
社殿は大きいけど、普段は賑わってるようなとこじゃないよ。
初詣と例大祭のときくらいだな。境内は広いし、後ろは深い森になってるけど、
そこで遊ぶことはなかった。歩いてるとぽつぽつ雨が落ちてきた。
鳥居が見えてくると、子どもが10数人集まってたんだよ。
全部同じ小学校のやつらで4年以上の男だけ。6年生もいた。
学年1学級だから、みな知ってるんだよ。
6年生のうちの一人が「お前ら、なんでここ来た」
って聞いたから、「河原石の裏に、ここに来いって書いてあった」こう答えたんだ。

6年生は怪しむ様子もなく「そうか。俺はカブト虫にそう言われた」って。
見れば捕虫網と虫籠を持ってた。他のやつらも、
家の畑を手伝ってたらキュウリに言われたとか、
ゲームしてたら画面にそう出たとか、おかしなことを言い始めた。
今考えれば異常だけど、そんときは、変だという気はしなかったんだよ。
とにかく全員で鳥居をくぐった。6年生が先頭に立って社殿にお参りし、
持ってた小銭を、賽銭として投げるやつもいたよ。
で、それから裏の杜にまわった。雨が少し強くなってきた。
そんときに、このメンバーで去年の例祭のときにお神輿を担いだんだって気がついた。
もちろん来てないやつもいた。中学生になった去年の卒業生とかもね。
裏の杜には柵で囲まれた御神木があるんだよ。

楠の大木で、樹齢400年以上って言われてた。
どうもそっちから呼ばれてる気がしたんだ。
だけどのこ御神木はそんときは枯れかけてたんだよ。
新しい葉が出なくなって、幹も乾いた感じになってたな。
で、俺らが柵の回りに集まったとき、急に雨脚が激しくなった。
いつの間にか上空は黒雲に覆われてて、大粒の雨がびしびし打ちつけてきた。
空が光った。そしてすぐ轟音、雷が近くに来てるってわかった。
濡れるのはべつに平気だったけど、雷は怖かった。
どうしようかとあたりを見たら、6年生が両手を広げて「下がれ」の合図をした。
俺らが後ずさりして柵から離れたちょうどそのとき、
ドカーンという破裂音がして、目の前の御神木がぼうと光った。

それから上部が火を出しながら真っ二つに避けたんだよ。
落雷したんだ。でね、裂けた幹の真ん中から黒い煙が立ち上って、
それは渦巻きながら人のような形をとったんだよ。あれは武神だったな。
仁王様とかああいうやつ。すごく怒ってることがわかったんだ。
黒い煙はしばらく木の裂け目を漂って、それから薄くなっていった。
「おーい、そっから離れろ」って声が後ろから聞こえた。
振り向くと神主さんが走って来るところだった。
「なにやってる、危ないじゃないか」
幸いにというか火はもう燃えてなかった。雷もあの一発だけで、
あとは遠くでゴロゴロいうだけになり、空が明るくなってきた。
俺らは社務所に連れてかれ、タオルなんかを貸してもらった。

「何やってた」と聞かれたんで、6年生が代表して説明した。
呼ばれたような気がして、それぞればらばらに集まってきたこと。
御神木を見ていたら大雨がきて雷が落ちたこと。
黒い煙が渦巻きながら大きな神様の形になって消えたこと。
ものすごく怒ったき気持ちが伝わってきたこと、なんかをね。
それを聞いた神主さんは、うーんと考え込むような表情になったよ。
でね、この御神木はもうすぐ切り倒されることになってたんだ。
そのままにしておくと倒れる可能性もあって危険だってことで。
業者が伐って買い取ることに決まってたんだよ。
だけど落雷で価値が大きく落ちたし、俺らの話もあって、伐ったは伐ったけど、
売らずに、根っ子と根元の太い部分を使って、仏師に神像を彫らせたんだ。

神道のほうだと、神様の像とか普通は見ないよね。
神が宿るのは自然物とか鏡とかで、あんまり人型の像って祀らない。
だけど、そんときはすごく柔和な顔をした神様の像をつくらせて、
御神木のあった場所にお堂を建て、その中に安置したんだ。
これは今でもあるし、見にいけばいつでも見られるよ。
でね、この御神木の根っ子を掘るときに警察沙汰が起きたんだ。
幹の根元に、ドリルで開けたらしい穴がいくつも見つかったんだよ。
5mmくらいって話だったから、まず見逃してしまいそうなもんだけどね。
でね、詳しく調べたら、幹の中から除草剤の成分が見つかったんだよ。
嫌な話だろ。誰かがわざと御神木を枯らそうとしたってことだな。
何でかって?そりゃ伐採して売るためだろう。太い木だと一千万近くするらしいよ。

でも、そんなことをしたら神罰が下ると思うだろ。
こっからは詳しいことは言えないけど、その通り、あったんだよ。
ここからは微妙な内容になるので、ちょっとぼかして話させてもらうけど、
破傷風が流行ったんだ。人から人へ伝染はしないから流行ったっていうのも変だが、
ここらの地域一帯で患者が何人も出て、助からない人のほうが多かった。
衛生観念の発達した今の時代で考えられないだろ。
でね、それがみな前々から疑われてたやつらとその家族だったんだよ。
それはやっぱり何かあるんじゃないかと思うだろ。
あと、その破傷風が起きてた間、御神木の像のお堂が夜になると赤く光ってた、
って話があるんだ。近所のじいさんの目撃情報だと、
赤い光がお堂の屋根の上でチカチカ、チカチカって。な、怖いだろ。

まあね、寿命400年以上の御神木と言えば、人間の5人分も長生きしてるわけだし、
その間ずっと人々の祈りを受けている。
だからね、侮っちゃいけないんだ。
ほら、最初のほうで話した子ども自分のことだって、考えてみれば不思議だよね。
なんで俺らを呼び集めたのか、そのあたりもわからない。
神社の例祭には中3まで参加してたけど、
子ども神輿しかないから、今はたまに帰ってきて見てるだけだ。
お堂にもお参りに行くよ。神像は、彫ったときはほぼ生木に近かったのが、
ロウソクで燻され、10年たっていい色合いになってね。
顔もすごい優しくて、見てるとほっと心が安まる感じがする。
でもね、本当は怖いってこともわかってるし。







2015.02.13 (Fri)
大学生です。・・・俺のアパートに転がり込んでた友人が急死して、
俺に嫌疑がかかって、ごたごたが続いてたんですよ。それがなんとか片づいて・・・
疑いが晴れたっていうか、もともとあいつを殺す動機なんてないしね。
いい迷惑でしたよ。だから話は俺自身じゃなく、
そいつから聞いたことなんです。いいですか。名前は仮に山野ってことにしときます。
東北出身で、山スキーが趣味なんです。ほら、かかとの上がる細いスキーはいて歩くやつ。
いや、俺はぜんぜんやらないです。寒いの好きじゃないから。
山野がとある湿原に単独行したのが、去年の12月ですね。
リュック背負って一人で雪の上をえんえんと歩いて、雪の上でテント張って、
何が面白いもんやら。しかも死んじまったんですからねえ。
それで、一日目の夕暮れにテントの場所を探して木のあるところへ入ったそうなんです。

大きな岩の陰に場所をとって、テントから顔だけ出して紅茶をわかしてたんだそうです。
したら、100mほど離れた雪の中を女が歩いている。それがすごい軽装で、
上半身はカーディガンだけに見えたそうです。
「地元の人なのか」と思ったそうですが、そこは集落から何kmも離れてるんです。
女が林に消えていったので、ちょっと心配になって見にいったそうです。
いや、変な下心っていうより、自殺者じゃないかと思ったんですね。
ところが、林の中は薄暗くなってて女の姿は見あたらない。
「まあ、いいか」と思って戻ろうとしたとき、
「ひゅいいいー」って音が小高くなったところから聞こえてきた。
歌ってるようにも笛のようにも聞こえる音で、何だろうと登ってみたんだそうです。
だけど音はそれ1回きりで、周囲には足跡もない。

雪が深くてスキーでも無理っぽい感じがして戻ろうとしたとき、
斜面に、軽自動車より少し小さいくらいの奇妙な固まりを見つけました。
自然物のようにも、そうでないようにも見えた。
自然ぽいのは色で、茶色と黄色の中間くらいで青黒い斑点が入ってた。
らしくないのはその表面の質感。つるつるした陶器みたいな感じ。
近づいていってみると、あちこちポコッポコッと出っぱってた。
それが顔だったんですって。精巧に彫った人の顔が20ほども、
一定の間隔を置いて浮き出していたんだそうです。ええ、耳から前の顔だけ。
顔はすべて目を閉じていて、若い人ばっかりだと思ったそうですね。男と女は半々くらい。
それで最初、オブジェだと思ったそうです。前衛彫刻って言えばいいのかな。
雪に埋もれてるけど、下には台座があって人に見せるものなんだろうと思って。

でね、すぐ側まで来てさわってみた。したら柔らかかったんだそうです。
押した手袋の指がぐにょんと沈んだ。
あんまり空気の入ってない風船に指を突っ込んだ感じって言ってました。
それと、手のひらのほうを当ててみたら、鼓動を感じたそうです。
ドッキン、ドッキンていう心臓の音。まあしかし、そんな生物があるわけはないですよね。
オブジェってことで自分を納得させて戻ろうとしたとき、
肩くらいの高さにあった女の顔が口を開けた。中には上下の歯も見えたそうです。
その口から「ひょいーん、ひょいいいーん」みたいな音が出てきた。
「さっき聞こえたのはこれだ」と思ったそうです。そ女の上のまぶたがヒクヒク動くのが見えた。
「これ、目を開けようとしている」そう気づくと怖くなって、
後ろも見ずに逃げてきたって言ってました。

それ以後は特に変わったこともなく、もう一日過ごしてこっちに戻ってきたんだそうです。
それから山野は実家に帰省して、1月半ばにアパートに帰ってきたら、
郵便受けに熨斗のついた薄っぺらい箱が入ってた。
開けてみると中はタオルで短い手紙が入ってました。
どうやら下の階に越してきた人からのあいさつの粗品のようでした。
でね、その夕方にいちおうお礼を言いに行ったんだそうです。
インターホンを押すとややあって返事があり、要件を話すと「どうぞ」って言われた。
出てきたのは山野より少し年上に見えるくらいの若い女でしたが・・・
その顔がね、あの山の中で見たおかしな造形物にあった顔。
それも最後におかしな声で鳴きだしたのとそっくりに見えたそうです。
山野のほうからお礼を言って、あたりさわりのない話を少しして帰ってきました。

その夜からだそうです。部屋でおかしなことが始まったのは。
1時過ぎに寝て、少し寝たあたりで「ひょーん、ひょいーん」という音が聞こえた。
上のほうからで、見上げると天上板に何かがあった。
とび起きて電気をつけたそうです。で、幻覚や夢なら消えるはずなのに消えなかったそうです。
天井板には板の色のまま顔が浮き出してて、それが山で見た女の顔、
引っ越してきた、その日話したばっかりの女の顔だったって言ってました。
それがぷるぷると震えながら、少しずつ少しずつ沈み込んでいって、元の天井板に戻った。
それからはね、夜になると鳴き声とともに女の顔が出てくる。
うん、顔だけ。それも耳から前のほうの。出てくるのは天上とは限らず、
柱とか、流し台の下とか、要するに木材部分ってことです。
ね、本当だとしたら気味が悪いでしょう。

それで、顔は何をするというわけじゃなく、ただ「ひょーん」と鳴くだけ。
山野が気がついて近づくと消えていく。
どうしたらいいのか困ったそうです。誰かに相談しても、ありえないって言われるだろうし、
俺を部屋に泊まらせて、出てきたのを見せようかと考えていたそうです。
始まって4日目の夜中ですね。それがまた出たときには、完全に頭にきて、
走って部屋を飛び出し、非常階段から下の女の部屋に文句を言いに行ったそうです。
したら電気がついてるのがわかった。インターホンは返事がない。
それでドアを確かめたら開いてた。開けたそうです。
さらに玄関から中仕切りになってる戸を開けたら・・・
壁際にその女がパジャマを着て立ってたんですが、頭がなかったそうです。
壁の柱にもたれるように立ってて、柱に顔がめり込んでた。

そうです。溶けたように柱と一体化して、後頭部の長い髪だけが垂れ下がっていたそうです。
山野は「うわっ」と叫んで逃げ出し、財布と携帯だけを持って、
俺のところに転がり込んできたんですよ。
でね、この話を聞かされました。いや・・・信じられませんでしたよ、当然。
だって世の中ってそうなってないじゃないですか。
とりあえず山野をなだめて落ち着かせ、
「明日になったら一緒に見にいってやる。なんならその女と話してもいい」
そう言って酒を飲ませて寝かせたんです。
このときの酒の量とかも後に警察で問題になりましたが、
2人で焼酎のボトル半分くらいですよ。そんなベロベロになるほど飲んだなんてことはない。
俺の部屋はベッドがなくて、2人とも畳に寝ました。

寝たのは2時過ぎでしたね。冬休み中で、翌日も特に予定はなかったですから。
それで・・・寝入ったと思ったら、音が聞こえたんです。
「ひょーん、ひょいいーん」って音。でね、そのほうを見ると、山野ですよ。
やつが上を向いたまま口をひし形に開け、目をつむったまま音を出してたんです。
それ以外部屋に変わったとこはなかったと思います。
「ははあ」これやっぱ全部山野の夢なんじゃなか、と思いました。
音も自分で出してるし、女の顔うんぬんは夢で見たことなんだろうって。
起こそうとしたとき、山野が自分で起き上がったんです。
目はつむったまま「ひょー」と言って半身を起こし、這って近くの柱のほうへ・・・
でね、そのまま思いっきり顔をぶつけ・・・たら、
柱が粘土でもあるかのように顔がめり込みました。

あ然としましたが、襟首をつかまえて引っぱりました。
でも抜けなかったんです。山野の手足は痙攣し始めて、
俺は足を壁に引っかけてなんとか柱から引きはがしました。その間5分はありました。
柱のその部分は、デスマスクみたいに山野の顔型がついて、へこんでて・・・
山野は息をしてなくて、すぐ救急車を呼んだんです。
助かりませんでした。窒息死ということで病院が警察に連絡し、俺は取り調べを受けて・・・
正直にあったことを答えるしかありませんでした。
柱の跡は、夜中にははっきり跡がついてたのが、元に戻ってまして、
警察は話をほとんど信じてくれなかったです。山野のアパートのほうは、
引っ越してきたという女は、その夜のうちにいなくなってて、いまだ消息不明です。
荷物もなく、ただ・・・キッチンに奇妙なものが残されてたってことです。
サッカーボールくらいのいびつな楕円形の・・・粘菌というものだということでした。

関連記事 『妖怪談義1(封)』








幽霊の肖像

2015.02.12 (Thu)
今回も前夜に引き続き、雑談程度のお話です。
幽霊の目撃談は、自分が収集した限りでは似通ったものであることが多いです。
特に人型の幽霊であった場合、
性別は女性が多く、年齢は幼女からおばあさんまで幅がありますが、
若い女である場合も多く見られます。
髪は長い黒髪で、服は白のワンピース(今時ワンピースは珍しいと思いますが)
やせ形、このあたりが幽霊のステロタイプ(貞子)ということになりそうです。
逆に、幽霊を信じない人からは、
なぜデブの幽霊はいないのか、なぜ茶髪の幽霊はいないのか、
なぜ蛍光ピンクのダウンを着た幽霊はいないのか、などとつっこまれたりもします。

これは、幽霊は暗いときに見るので無彩色(黒、白、灰色)が多いのでしょうか。
ちなみに、色というのは心理物理量と言われることがあります。
この説明もなかなか難しいのですが、不正確なことを承知で思い切って言うと、
色というのは人間の中に存在するものなのです。
みなさんが目にするさまざまな物には物質としての特性があります。
その中で表面の分子構造(凹凸)などにより、特定の光を吸収し、特定の光を反射するわけです。
黄色の光を反射し、それ以外を吸収してしまうという物質があれば、
それは皆さんの目には黄色に見えます。
(実際はそれほど単純ではなく、黄色の補色を吸収し、それ以外を反射したりとか)
つまりみなさんが見ている色は、物から反射された光ということになるわけです。

赤い絵の具があったとして、パレットに出したときに鮮やかな赤なのは、
光を反射しているからです。絵の具のチューブのキャップを閉じてしまうと、
中に光は入りません。ですから中の色は黒と言えます(観測できませんが)
このあたりはけっこう錯覚を起こしやすいところで、
われわれはチューブの中に赤が詰まっていると考えてしまいがちです。
夕方になってだんだん暗くなってくると、それにつれて物は色を失い黒に近づきます。
これは色が光によってもたらされているからです。
また、物は光のあたる角度によって微妙に色を変えていきます。

では、光に色があるのでしょうか。
確かに空にかかる虹は七色ですし、プリズムを通して見た光もそうなのですが、
これは光の波長による違いです。紫が波長が短く、赤くなるにつれて長くなります。
これを捉えたわれわれの目の器官が、色をつくって脳内に送っているのです。
生物の中には人間の可視光線以外の領域が見えるものもいるようです。
では幽霊は、物的な特性として無彩色になりやすいのでしょうか。
それとも単に、幽霊を描写するのに、
黒い髪、白い服と言っておけば無難だからでしょうか。
このあたりは難しいところですねw
ちなみに、英語版Wikiには『White Lady』という項目があります。

White Lady(ghost)
ここでは世界各地で目撃される「白い女性の幽霊」についてまとめられています。
イギリス、アメリカ、フィリピン、ドイツ、オランダ、ブラジル・・・
まさに世界中で、白い服の若い女性の幽霊の目撃例、あるいは伝承があるのです。
興味深いですね。幽霊は実際にいてそういうふうに見えるようになっているのか、
それともわれわれが幽霊を語るときに、そのような姿を無意識に選択してしまうのかw
もっとも最近の実話怪談では、このあたりを逆手にとって、
わざと奇抜な姿の幽霊を登場させることもあります。

これについて自分の見解を書くと「長い黒髪、白い服の若い女性の幽霊」は、
名無しさんであることが多いのです。名無しさんというのは、
いつどこで亡くなった誰の霊かわからないという意味です。
ですから、本当にその幽霊が生前に人間であったものかはわかりません。
もしかしたら妖怪の類かもしれないのです。
これが、先月病院で亡くなった○○さんの幽霊、というものであった場合、
当然顔は○○さんそのものでしょうし、服装も○○さんに関係あるものになるでしょう。
これはあくまでも、夜道で見かけた誰とも知れない・・・
などという場合に使われることの多い目撃例なのですね。
このような点から、自分は幽霊の目撃談においては、
その個人が(故人が)特定されているかどうかを重視しています。

さて、話は変わって、心霊写真に見られる幽霊のほうにいきます。
これもいろいろ揶揄の対象になりますね。
なぜ心霊写真の幽霊は、端っこのほうとか足の下とかにちょこっと出てくるだけで、
どうどうと前面に姿を現さないのか?
なぜ心霊写真の幽霊は正面向きが多く、横顔や後頭部は少ないのか?
(もっとも後頭部だけ写っていても、生きた人との区別がつけにくいかもしれませんが)
なぜ心霊写真の幽霊はカメラ目線でピースサインを出したりしないのか・・・
まあこれは言いがかりレベルですが。
心霊写真の幽霊には、写り方の傾向というのがあるようです。

フイルムカメラからデジタルに変わって、
カメラの機械的(フイルム巻きなど)光学的なミスというのは少なくなりました。
その反面、写真屋に現像を頼む場合が少なくなり、
画像ソフトの発展により、誰でも手軽に画像のレタッチなどができるようになりました。
実は自分も、低レベルではありますが、
フォトショを用いた画像加工を趣味としてやります。
それで、幽霊を画面内に入れる場合、どうしても正面には入れにくい。
心理的にストップがかかるんですね。
端のほうに入れ、体の一部が他の人物(生者)にかかるようにしたり、
幽霊だけ透けさせたり、一部を消したり、縮尺を変えたり・・・

何もこれはすべての心霊写真が画像加工による捏造だと言っているわけではありません。
ネット上には多数の心霊写真、動画がアップされていて、
次から次へとコピーされて増殖していきます(『リング』のビデオみたいですね)
それらを集めて分析を加えると、見えてくるものがあるという話なのです。
それは幽霊の特性かもしれませんが、画像加工する人の心理なのかもしれません。
それはそうと、テレビでやる「心霊写真特集」などの番組はさすがにひどい。
あれらは専門家がきちんと検証すれば、加工とわかる物も多いはずですが、
なぜかそういうことはしません。
「これはネットで拾ったものです」「匿名で局のほうに寄せられたものです」
「テレビ局はご紹介しているだけです」「信じるかどうかはあなたしだい」
こんな責任逃れのスタンスばかりで、最近は見ても不愉快になることが多いです。

とはいえ広い世界には未知の領域も多いです。
心霊写真や動画のすべてがニセモノと言うことはできないのではないでしょうか、
このことを最後につけ加えておきましょう。







幽霊の条件

2015.02.11 (Wed)
話が少し堅くなってきたので、今回は雑多な内容にします。
現代の実話怪談などを読みますと、実に様々な形の幽霊が出てきます。
白いもやのような影、黒い人影、生きている人よりも透けて見える人、
赤い巨大な顔、生首、腐乱死体、ガイコツ・・・
中には手だけ、足だけなどといった場合もあります。
このあたりは考えてみると不思議ですよね。
例えば手首だけの存在というのは人間の魂なのでしょうか?
残りの体の部分が、轢断などでぐちゃぐちゃになっているため、
しかたなく手首が代表して出てきているのでしょうか?

これについては面白い論点があります。
もし、生きている人間の体を頭頂部から縦に左右半分に切断し、
なおかつ最新医学でもって両方を生かしておいたらどうでしょう。
さらに片方を飛行機に乗せて、ブラジルとか遠く離れた場所に移動させる。
もし魂があるとしたら、その左右の体の部分のどっちにあるでしょうか? とかw
まあこれは、魂自体は天上などこの世ではない場所にあり遠隔で肉体を操ってる、
とでもすれば解決するかもしれません。
あるいはもっと単純に、肉体が分かれれば、
魂もそれにつれて分かれる、のほうがいいでしょうか。
そうすれば手首だけの霊というものの説明もより容易な気もします。

それと、幽霊の服装、体の状態ですね。
江戸時代頃の幽霊だと、死に装束で出てくる場合が多いようで、
あの白の経帷子と、額につける三角の天冠。
これははっきり当時の芝居の影響だと思いますが、現代の幽霊は様々な姿とります。
死亡時の服装(事故のときの服装、あるいは病院の寝間着とか)の場合もあれば、
故人が生前に気に入ってよく着ていた服、の場合もあります。
事故で大きく体が損壊した亡くなりかたであった場合でも、
血まみれのぐちゃぐちゃで出てきたり、まったくキレイなままで出てきたりもします。

・・・これは、幽霊には自分が見せたい姿で人に見られることができる、
とすればいいのかもしれません。
それならメガネをかけた幽霊や車イスに乗った幽霊などの説明もつきます。
幽霊の出る場所、というのもあります。意外に墓場には出ないようで、
死亡現場、あるいは特定の人に対して出るという話のほうが多いようですね。
地縛霊、浮遊霊などという言葉もありますが、どうでしょうか。

では、どういう人が幽霊になるのでしょうか。
この問題は宗教と深い繋がりがあります。
多くの一神教では、神は全知全能であるので、
その手を離れてふらふらさまよっている幽霊は存在しないことに、
建前上なっているようです。
前に知り合いのアメリカ人(日曜ごとに教会へ行く信仰の深い人)に聞いたときに、
そんな答えが返ってきました。つまり、幽霊として目撃されるのは、
天使か悪魔が姿を変えたもの、
または何らかの事情で神が幽霊として地上にとどまることを許した者、
ということになります。
昔の映画『ゴーストーニューヨークの幻』なんかもそういう設定でしたね。
とはいえ、アメリカでも幽霊目撃談は近年増えてきています。
ジャパニーズホラーの影響もあるのかもしれません。

あと、自分は欧米の幽霊体験談サイトもよく見るのでご紹介します。
『Real Ghost Stories』
下記のサイトには15000近い投稿体験談が収集されています。
Real Ghost Stories
もちろん個々には似通ってる部分がありますが、
日本とは傾向の違いがありますね。
日本は怪談文化?というものがあるせいか、
目撃者、体験者に焦点があてられることが多い。
どれだけ怖かったかとか、
体調が悪くなって霊能者へ行こうかどうか迷ってるwとか。
向こうの場合は、幽霊が出た時刻や場所、回数、外観、聞こえた音の高低、
気温とか、詳細に現象そのものを記録してるものが多いですね。
その他にも、幽霊に対する文化の違いがいろいろと見えます。

さて、では日本では、幽霊になる人とならない人ではどういう違いがあるのか?
よく言われるのは「この世に恨みや心残りのある人」です。
幽霊の残留思念説、というのがありますが、これはある人が亡くなるとき、
その人の魂というよりも、
強い感情がこの世に残留してそれが生きた人に影響を与えるというものです。
人間の意志や感情にエネルギーがあるのか、
というのは興味深い論点ですが、今回は触れません。
この説だと、だんだん時間の経過とともに思念が弱まっていって、
やがては消えてなくなると考えられることが多いようですので、
古い時代の霊があまり見られないことの理屈もつけられそうですね。

また残留思念ではない場合、
殺された人や幼い家族を残していかねばならなかった人、
結婚式を間近にひかえた人など、さまざまに念が残るケースがあるでしょうが、
どうなんでしょう、そういう人には死や死後の世界は救いにはならないのでしょうか?
キリスト教国だと、人の魂を裁くことができるのは基本的に神だけです。
現実世界での復讐や法廷での裁きというのはあるでしょうが、
人が幽霊になって生きた相手に復讐する、という話は非常に少ないんです。
これも、裁きは自分でしなくても、公正かつすべてを見通せる神が、
死後に審判をしてくれるという考え方からきているのでしょう。
幼い子を残して死んでしまうのも、結婚式直前で亡くなるのも、
すべて神の意志というわけです。

次によく言われるのが「自殺者」です。生命を粗末にした、
自分に対する殺人を犯したため、
その罰的な形で一定期間この世に魂がとどまってしまう、
そういう話をする人もいます。
さらに、自殺者は自分の死を霊になって何度もくり返すなどの話もあります。
よく自殺の名所と言われ場所で、
崖から身を投げる霊が目撃されるのはこのためだとか。
これもよくはわかりませんが、一定の自殺予防効果はあるとは思われます。
世界的に見れば、日本は自殺率の高い国ですが、
自殺が戒律で禁じられているカトリック国は低いところが多いようです。

最後に、歴史的に見た幽霊になる条件を書いてみたいと思います。
幽霊らしきものの話は古くから登場しますが、日本では御霊(おんりょう)
信仰という考え方があります。
代表的なところでは、菅原道真、早良皇太子、井上内親王、崇徳上皇などですが、
これらの人が祟りをなす霊となる条件として、さまざまな説があげられています。

・子孫が絶え、祀るものがいなくなった者
・無実の罪に落とされた者
・刑死ではなく、食を断つなど自ら死を選んだ者 などです。
これは歴史学的に定説になっているわけではないですし、
すべての条件がすべての御霊にあてはまるというわけでもないのですが、
上記の人たちは無実であった可能性は高く、
後に名誉回復され、位を追贈されたりしています。
日本で、9世紀初めの薬子の変から12世紀半ばの保元の乱までの300年以上、
公的な死刑が実施されなかったのは、
この御霊信仰やケガレの概念のためとも言われていますね。








神をみる機能

2015.02.10 (Tue)
これは実際に幽霊がいるかどうか、の議論とは直接関わりないものであることを、
始めにおことわりしておきます。

ゴッドスポットという言葉をご存じでしょうか?
これは人間の脳が有する機能の一部と言われますが、現在でも賛否両論があります。
概要を説明しますと、脳、特に右側頭葉には、神を感じる神経回路、
すなわち「ゴッドスポット」なるものがあるという説が現在提出されているのです。
この部分を電気刺激することで、神と出会う、
あるいは神の声を聞くという体験をすると言われます。
神ではなくても、そこに存在しないはずの人を実感する、などのことがあるようです。

また、この部分が原因と考えられる側頭葉てんかん患者は、
そうではない人間よりも宗教的な言葉に強く反応することが実験で確認さています。
この実験の主要メンバーの一人である神経科学者ラマチャンドランは、
ゴッドスポットではなく、それこそ「人に宿る神の像」にあたる「神のモジュール」が、
側頭葉内部にあるという説を唱えています。

この話を聞いて自分が思い起こすのは、
かつてのヘビー級のプロボクサーである、ジョージ・フォアマンの事例です。
兵役拒否のためにチャンピオンを剥奪されたモハメド・アリと、
アフリカ、キンシャサで対戦し、KO負けで王座から転落した著名なボクサーです。
彼はアリ戦後も戦い続けましたが、格下であるジミー・ヤング戦で、
最終回にダウンを喫して判定負け、その後のロッカールームで突然、
「神を見た」と言いだし、28歳で電撃的に引退してしまったのです。
1977年のことでした。

その後は宣教師となり、長年布教活動を続けましたが、
10年後の1987年に突如カムバックし、1994年、
WBA、IBF世界ヘビー級王者マイケル・モーラーに挑戦し(45歳)
下馬評を覆し10ラウンドKO勝ちして、
20年ぶりの世界王座奪回を成し遂げました。

この試合は自分はビデオで見たんですが、
勝利後フォアマンがコーナーポストにひざまずき、
神に感謝の祈りを捧げている姿が印象的でした。
ボクシングの話が長くなってしまいましたが、
この事例、特に敗れた後のフォアマンが控え室で神を語り始めたくだりなど、
ゴッドスポット仮説と何か関係があるのではないかという気がします。

さて、ゴッドスポット仮説を肯定する科学者側は、
人間の脳には、神や魂、死後生などを実感させる機能が備わっている、
と考える場合が多いようです。
これは架空の存在である神を想定してしまう機能を、
人間は生まれながらにして持っていると言い換えてもいいでしょう。
逆に一部の宗教者には、人間には生まれながらにして、
神(この場合は実在の神ということですね)とコンタクトする機能を備えている、
という見解もあるようです。

では、科学者側が正しいとして、脳に神などの宗教的存在を見る機能が、
生まれつき備わっているのだとしたら、それはなんのためなのでしょう。
人間の諸機能というのは、基本的には生存競争に打ち勝ち、
生き延びるためのものであると言っていいと思います。
神を見ることができれば、生存競争に有利なのでしょうか。
ここで、このような仮説をつけ加えてご紹介します。
これはゴッドスポットとは直接関係なく、
哲学と科学の間に橋を架けて議論されることの多い「クオリア」についての、
討論の中で出てきたものです。

クオリアの説明は難しいのですが、Wikiのものを借りると、
『簡単に言えば、クオリアとは「感じ」のことである。「イチゴのあの赤い感じ」
「空のあの青々とした感じ」「二日酔いで頭がズキズキ痛むあの感じ」
「面白い映画を見ている時のワクワクするあの感じ」といった、
主観的に体験される様々な質のことである。』

つまり、われわれがイチゴと言えば思い浮かべるあの赤い色は、
脳内のどこでどうやって出てくるのか、
といったことが問題となっているわけですね。

心理学者ニコラス・ハンフリーは、これについて、
人間にとって意識が不可解に思えるのは、
そういう錯覚を生み出す機構が脳内にあるからであり、
そして「不可解に思えること」それ自体が進化的な意味を持っている、と言います。
つまり意識が不可解に思えるという錯覚が、
不滅の霊魂や来世といった信念の余地を残し、
それにより知性を持った人間を完全な絶望からくる自殺から遠ざける、
といった意味を持っただろうとするのです。

意識はきっぱりと科学では割り切りにくい、研究しにくいものであり、
「クオリア」は現在のところ、その象徴とも言えます。
意識がそのようになっているのは、
人間が来世や死後生を想定することができるようにするためで、
それが絶望による自殺を防いで、
人類の種の保存に優位に働くという論旨です。
どうでしょう、もしこれが正しいのであれば、ゴッドスポットもまた、
人間に神や魂、死後生について考えさせるために、
遺伝的にプログラムされた機能である可能性もあるのではないでしょうか。

ネット上には多くの心霊写真や心霊動画が氾濫し、日本では少ないですが、
欧米では天使の画像などもよく見かけられます。
霊や魂に関心を持つ人間は実に多いのです。
宗教にまで範囲を広げれば、
世界各地でさまざまな宗教が熱心に信仰されています。
これはもしかしたら、人間にそのようなことを求めてしまう機能が、
生まれつき備わっているからかもしれないのです。

さてさて、だいぶ話が難しくなってしまいました。
実際のところ、仮説に仮説を積み上げた内容ですので、
これが正しいというつもりはまったくありません。
最後に、幽霊に関連して面白い情報があります。
ゴッドスポットは脳の側頭葉にあるとされますが、
この部分には人間の持つ機能の様々な中枢があり、嗅覚の一次中枢もここです。
もしかしたら、幽霊の体験にはこのことも関わりがあるのかもしれません。
様々な汚染による臭いから側頭葉を刺激され、
そこに存在しないはずのものを見てしまう・・・
こういった可能性もありえるような気がします。







記憶について

2015.02.09 (Mon)
のっけから不躾な質問をしますが、あなたの記憶力は完璧でしょうかw
・・・これはなにも、半分ボケかけてるんじゃないかとか、
そういう意味ではありません。
あなたが持っていると考えている幼少時や青春時代、さらにはごく最近の記憶が、
現実に起きたこととどれほど一致しているのか、という話です。

記憶は想起されるときに再構成されますが、
このとき、虚偽情報が混じり込んでしまうことがあります。
多くは無意識による操作です。記憶は、時間がたつほど薄れて曖昧になっていきます。
そして脳は曖昧な部分を、最近経験した、
似たような記憶で補ってしまう傾向があるのです。これは心理学ですが、
認知心理学者で記憶研究の大家、エリザベス・ロフタス博士の、
有名な「ショッピングモールの迷子」という実験があります。

概要を紹介しますと、
被験者に対して親か年長の兄弟がいくつか幼少時の出来事を語ります。
本人がよくおぼえている場合も、あいまいな記憶しかない場合もあります。
さらに続けて、「ショッピングモールで迷子になったときのことを覚えてる?
 あのときはたいへんだったのよ」などと嘘の話をします。
すると、被験者は当然ながら最初は思い出せないのですが、
「お前より少し年上の男の子が見つけて店員に知らせてくれたの」
「店内の暖房が効きすぎて、冬なのに汗をたくさんかいていたわ」
などと細部をつけ加えていくと、「そういえばそういうことがあった」
と思ってしまう人が多くいるのです。ある実験結果では、
24人中の6人、被験者の1/4が偽の記憶を埋め込まれてしまった、となっています。

さらには「男の子は泣いている私にかんしゃくを起こしてひっぱたこうとした」
などのように自分でどんどん偽の記憶を広げていこうとする人までいます。
最後、実験の種明かしをされると、
被験者は「信じられない」という反応を示します。なぜなら、この偽の記憶は、
細部に自分の別の新しい記憶を使用しているために生き生きとしており、
強い感情とともに思い出すことができるからです。
偽の記憶は、意図的な誘導によって、
簡単に造り出されてしまう場合があるんですね。

自分(bigbossman)の最古のまとまった記憶をたどれば、
幼稚園時代の3歳くらいのとき、
同級の子に石をぶつけられ、額から流血して泣きながら歩き回り、
医者に連れて行かれて縫合するときに、
暴れて診察室に血が飛び散ったというのがあります。
そのときの傷跡は残っているので、偽の記憶ではないのですが、
もしかしたら、後に親の話などを聞いて
つけ加えられている部分があるのかもしれません。

上記の例はずっと以前の記憶についての話でしたが、
ではごく最近の記憶はどうでしょうか。これも面白い心理学実験があります。
これは法廷証拠とするために、記憶の信用性に関して行われたもののようです。
広い部屋に多くの学生を集め、パーティを実施しています。
そこへ廊下から口論を続けながら、男2人、女2人の学生が入ってきます。

これはその場の全員が知っている人たちです。
男性の一人は手にバナナを持ってピストルのように振り回します。
その場にいた教授がこっそり癇癪玉を鳴らし「撃たれた」と叫びます。
入ってきた4人は全員逃げますが、その間30秒ほどの出来事です。

この後すぐに目撃者たちの証言を集めますと、29人の証人のうち、
4人の登場人物が部屋の中に入ってきたことを記憶してたのは3人だけでした。
全員知ってる学生だったが、誰であったかを全員見分けた者は1人もなし。
さらに29人中8人が、演技に参加していなかった人物のみならず、
その場にいなかった人物までも「見た」と証言しました。
ババナのことや教授の叫び、破裂音の回数などの細部においては、
誤った証言が多々みられたのです。

みなさんはこの結果をどう思われますでしょうか。
古い記憶が改変されたものであることは理解できます。
単に忘れてしまった部分を補うため、または自分の精神を安定させるために、
都合のよい形に変わっている可能性はかなりあるでしょう。
ところが、ごく最近の記憶でさえこのように誤りの多いものであったとすれば、
実際、何を信じたらよいかわからなくなってしまいます。

さて、ここまで書いて、賢明な読者のみなさんは何の話かおわかりでしょう。
幽霊の目撃談についてです。まず目撃証言に対しては、
それが意図的な虚偽であるか、実際のことであるかを確かめる必要がありますが、
幽霊を目撃したと話すことは犯罪ではないので、
嘘発見器にかけるというわけにもいきません。

ですから本当に見たと仮定して考えたとしても、次に、
正しい記憶か誤っている記憶かという問題が出てきます。
特に幽霊を見たなどというのはパニック時の記憶ですので、
上のパーティー実験のように、細部が(あるいは根幹部分も)
おかしくなっている可能性を考えてみる必要性がありそうです。

これらを根本的に防ぐことはできないのですが、
われわれは記憶のメカニズムについての知識を持ち、
虚偽記憶、記憶の改変というのは普通に起こりえるのだということを、
知っておいたほうがいいかもしれません。われわれは不確かにものを見て、
さらにその記憶を長期的に改変させているのです。

かといって自分の記憶を証言者を捜してきて、つきつめて正す必要もないでしょう。
思い出が美しいものになるのは、時間の経過による忘却と改変によりますが、
これは人間に与えられた(遺伝的にプログラミングされた)
一つの大切な機能であると思うからです。







木食(もくじき)

2015.02.08 (Sun)
もう20年も前のことになります。当時わたしは美術工芸大学の学生でして、
木彫をやってたんです。結局ものにならず、今は一介のサラリーマンですけど。
2年生のときでしたけど、近県に木喰仏があるという話を聞いて、
同じく木工をやってた友人と、レンタカーを借りて出かけたのです。
木喰仏ってご存じですか?木喰上人という江戸後期の遊行僧が彫った仏像です。
これがいい仏さんでしてね、微笑仏(みしょうぶつ)とも言われていて、
ほとんどがにこやかに微笑んだお姿なのです。
フォルムもデフォルメがきいてて、言われなければ現代作品だと思う人も多いです。
全国を巡り歩いた人なので、各地に600体以上の作品が残ってるそうです。
ああ、作品と言っちゃいけないのでしょうね。
私などはどうしても美術作品として見てしまいますが、本来は信仰対象でしょうから。

大学に入ってからその存在を知り、ひと目実物を見てみたいと思っていたんですが、
隣県のお寺にあるってことを聞きまして、夏休みを利用して行ったんです。
友人は奥野という名前で、私と同期でした。今では気鋭の彫刻家です。
車で6時間ほどかかりましたね。ナビはありましたけど、
レンタカーにはまだついてなくて、迷い迷い行った先がすごい田舎の村でした。
山奥でね、田んぼはほとんどなくて果樹園ばっかり。
目指すお寺の名前はもちろん調べてきたんですが、
林道のようなとこでまた迷ってしまいました。小雨がパラついて暗くなってきました。
困っていると果樹園の主らしき人が通りかかったので、道を尋ねたんです。
「○○寺って知ってますか」
「知ってるけど、かなりこっからは離れてる。まあ、ほとんど一本道だけどな」

「アチャー、そうですか」
「あんたらは何しに?」
「あの、木喰仏を見に来たんです」こう言いましたら、
ふっとその人の表情が曇った気がしたんです。
「・・・もくじきさんって、どっちの?」こう聞き返されました。
「ほら、木喰上人っていうお坊さんが彫った仏像ですよ」
「ああ、ああ、それなら」表情が戻りまして、詳しく道を教えてもらったんです。
後から考えればおかしな反応だったんですが、このときは何とも思いませんでした。
それから20分くらいで、村外れにある小さなお寺に着いたんですが、
それがひじょうに荒れ果てた雰囲気だったんですよ。
建物はあちこち破れ目が目立ってたし、全体に薄暗い感じがしました。
本堂の表戸の扉も閉まっていましたし。

住居らしきところに行って呼び鈴を押すと、ややあって小柄な僧侶が出てきました。
年は若かったです。40になるかならないかくらい。
袈裟も薄汚れてましたが、愛想はよかったです。
要件を話すと相好を崩し、われわれを住居から招き入れて本堂に案内してくださいました。
木喰仏はありました。それはご本尊ではなく、別の間に安置されていたんですが、
寺の内部の他の部分は汚れてるのに、よく手入れされていて色つやがよかったです。
感激しました。奥野もそのようでしたね。
彫り自体は荒く、鑿の跡がわかるほどなのに、全体の印象がとても柔和なのです。
作者の精神性の高さがにじみ出ている気がしました。
・・・形だけ手を合わせてから、美術品として鑑賞しました。
小1時間ほども見ていたでしょうか。

奥野は住職に頼んでスケッチブックに模写しました。
満足して帰ろうかとしたとき、住職から、
「これから帰るとなると、着くのは夜の10時を過ぎるでしょう。
 よろしかったら泊まっていかれませんか」こう勧められたんです。
申しわけないし、晩飯のこともあるので断ろうとしたんですが、
「粗末ですが、夕餉もお出ししますから、ぜひ」
・・・夏休み中で翌日はバイトも入ってなかったし、雨脚も強まってきていたので、
お言葉に甘えさせてもらうことになりました。
どうやら寺には住職が一人で住んでいるらしく、料理も自分でされていて、
これにも恐縮しました。夕餉は粥に野菜の天麩羅という精進料理で、
量的にはややものたりませんでしたが、贅沢は言えません。

食後のお茶をいただきながら、いろいろ話をうかがいました。
なんでもその寺は、江戸末期までは村の総檀家寺として栄えていたが、
ある不始末があって新しく別に寺ができ、ほとんどの墓もそちらに移されている。
住職は由緒ある寺を絶やさないために、宗門から派遣されてこの寺を守っている、
などのことです。ある不始末というのが気になりましたが、
そのときは内容は話してもらえませんでした。
「夏場のことで暑いですから、雨戸を開けておきます。蚊帳を吊りましょう」
住職がそうおっしゃり、われわれは木喰仏のある隣の間に、自分らで布団を引きました。
8時過ぎには蚊帳の中に入りましたが、もちろんそんな時間には寝つけません。
奥野が準備よく携帯ラジオを持ってきていましたので、それを聞いたり話をしたりしてました。
住居とは離れているので、うるさい気遣いはなかったんです。

それでも10時を過ぎると、私は長時間運転した疲れもあり、
いつの間にか寝入ってしまいました。
ひじょうに不可解な夢を見ました。夢の中なのに真っ暗で、息苦しいんです。
耳元で鉦を叩く音が聞こえ続けていました。
薄いタオルケット一枚なのに、汗をびっしょりかいて目が覚めました。
ぼんやりと蚊帳の天井が見えました。でも、現実に鉦の音が聞こえたんです。
そちらを見ると、半身起き上がった奥野が、何者かと蚊帳ごしに顔を合わせていました。
何者かは暗くてよく見えませんでしたが、手に鉦を持って叩いているようでした。
「お前、何・・・」声をかけたんですが、聞こえた様子もなく、
奥野は立ち上がって蚊帳をめくりました。「おい!」
奥野は蚊帳の外に出、その人物とふうっと重なったように見えました。

そして鉦を叩きながらスタスタ歩いていきました。私も立ち上がり後を追いました。
次の間、木喰仏の前に座って、奥野が下を向き、胸の前で鉦を叩き鳴らしていました。
私は肩に手をかけ、「おい、何やってんだ」と大声を出しました。
それでも平然と鉦を叩き続ける奥野の横に回り、顔をのぞき込んで絶叫しました。
落ちくぼんだ眼球のない二つの穴、むき出しになった上下の歯・・・ミイラの顔だったのです。
タタッと畳を小走りする音がし、電灯がつきました。
振り向くと住職が数珠を持って立っていたのです。
住職が私にはわからない言葉で何かを言い、奥野は横様に倒れ、手から鉦が落ちて転がりました。
・・・住職が抱き起こして羽交い締めのような形をとると、奥野は息を吹き返し、
「何だ、どうしたん?」と寝ぼけたような声を出しました。
腕時計を見ると、深夜の2時過ぎでした。

夕餉をいただいた部屋でお茶を出され、お話をうかがいました。
「あなたがたには迷惑をかけましたね。
 ずっと何事もなかったので大丈夫と思っていましたが・・・業の深いことです」
その寺が村から総スカンを食った不祥事というのは、即身仏にまつわることでした。
これはご存じでしょう。昔の僧が食べ物を制限して痩せていき、
最期は生きたまま石室の中に埋められるというものです。そのときわずかの酒と水、
塩を与えられ、手に持った鉦を叩き続ける。やがて鐘の音が聞こえなくなると空気穴を埋め、
3年の後に掘り出すと木乃伊になっているという。
名もなき僧だった木乃伊は○○上人の名を与えられ、みなの信仰の対象となるわけです。
どういう不祥事だったのか、肝心のところは聞けませんでしたが、
その僧の他に、村人も一人亡くなっているのだそうです。

「そのことがあって、このお寺ではよくないことが続き、ついに放置されたのです。
 そこで宗門のほうから、悪霊を鎮めるために木喰仏をいただきまして、
 代々派遣された僧侶一人がそれをお守りしているのです。
 『木食』というのは、即身仏になる前の修行で、五穀断ち十穀断ちをすることです。
 肉食はもちろん、穀物も一切食べず、口にするのは木の実や草の根だけ。
 塩などの味付けや、煮炊きの調理も許されません。
 そうして入定する前に体内の業を落としていくのです。
 最後に漆の樹液を飲んで水分をすべて吐き出し、穴に入る。
 『木喰上人』に即身成仏の話があるわけではありませんが、
 その仏像の威徳、お力にすがろうという意図だったのでしょう。
 あの木喰仏が安置されていた間は、即身仏の石室の上に建てられているのですよ」

『木喰仏』


 





生命科学と魂

2015.02.07 (Sat)
幽霊や魂の話を自然科学でするとなると、物理学を持ち出す人が多いです。
自分も物理系で何本かこのブログに書いています。
ですが、生命科学を持ち出す人ってあんまりいないですね。
これはなぜなんでしょうか? 自分は、けっこう論点がいろいろあると思うのです。
まず一つめ、肉体を離れた純粋な意識というものは存在できるのか、
という問題があると思われます。
われわれの意識は肉体の影響を大きく受けています。
意識をつくりだしていると考えられる脳が、
体の他の部分の影響を受けていると言ってもいい。
これはどういうことかというと、例えばこのブログを読んでいる人は、
目から視覚情報を得て、それを元にいろいろ考えを巡らせていると思います。

われわれの意識の多くの部分は、外部からの情報、刺激を受けて成り立っているのです。
それは視覚情報だけではなく、音や痛覚、嗅覚、暑い寒いなどの感覚もそうです。
部屋の温度が下がっていることを、皮膚などからの情報を受けて脳が感知し、
それを意識に伝える。意識は「寒い、なんとかしなきゃ」と考え、
「ストーブをつける」という行動が起こるわけです。
これはあたり前と言えばあたり前ですが、
では、肉体を持たない意識だけの存在というのが成り立つのでしょうか。
感覚遮断実験というのがあります。
アイソレーション・タンク(人間が浮かぶ程度の比重の液体を満たした容器で、
外部からの光や音を遮断する)を用いた実験などが知られています。

感覚を遮断される・・・目も見えず、音も聞こえず、皮膚感覚なども制限される、
その状態が長く続くと、人は自分で自分に刺激を与え始めます。
例えば体をなで回したり、近くのものを叩いたり。
意識がそれを要求するわけですね。それも制限されてしまうと、
眠り込んでしまったり、幻覚を見たりします。
人の意識は外部からの刺激がない状態になかなか耐えられないのです。
そして感覚遮断実験が終わった後に、計算問題や知能テストのようなのを行うと、
能力が非常に落ちることも知られています。
鉱山事故などで暗くせまい空間に閉じ込められた場合、
人は長く生存できないと言われます。これはさまざまな要因があるでしょうが、
感覚遮断もその一つではないかと考えられています。

では、肉体から切り離された魂、純粋な意識(あるいは精神)
だけの存在があるとしたら、外部からの刺激のない場合は、
われわれの想像が及ばないような意識内容になるのではないかと思われます。
ただし、体外離脱の体験談を見ると、
意識だけの存在になっても、周囲の様子が見えたり、音が聞こえたりするようです。
よくあるのは、上から横たわった自分の体を見おろしていたとか。
では、魂(純粋な精神と言ってもいいか)は、
感覚器を持たずに、まわりの様子を知ることができるのでしょうか。
ここは疑問があります。

脳は肉体なしに発達するのは不可能です。0歳から1歳ほどの赤ちゃんは、
よく周囲の様子を見ています。
耳から聞いた音、それから、くちびるの形を見たりして言葉を覚えていく。
つまり感覚器を通して脳を発達させているわけです。
また、指を中心とした体の動きによって、脳の運動を司る分野を発達させます。
ですから、もし生まれたばかりの赤ちゃんの脳だけを取り出して培養
(そんな実験はできませんが)すれば、
おそらく普通に発達することはないと思われます。
これは遺伝子のプログラムによる学習のプロセスと考えられます。
脳は肉体あってこその脳、と言えるわけです。

なにも赤ちゃんだけの話ではなく、大人でも、
われわれの脳が神経伝達物質をどう出すかは、
末梢神経などからの情報による場合が多いのです。
肉体のほうから脳に指令を与えていると考えてもよい。
われわれは「精神」と「肉体」を切り離して考える場合も多いですが、
精神が脳から生じているものだとすれば、脳と肉体は切り離すことができないのです。
ではもし、魂があらゆる感覚を備え、独自に思考できるのだとすれば、
脳というのはいったい何のためにあるのか、ということになってきますよね。
このあたり、みなさんはどう考えられますでしょうか。

2つ目、もし魂があるとしたら、人の発生のどの部分で宿るのでしょうか。
精子や卵子の段階ですでに魂を持っているのでしょうか。
それとも受精の瞬間?それとも細胞分裂をくり返して、脳ができたあたりでしょうか。
これもあまり議論されることのない話題です。
しかし疑問だと思いませんか。
われわれ人間は「遺伝子を運ぶ船」と例えられることがあります。
自分が今ここにあるのは、先祖代々遺伝子を受け継いできたからで、
偶然もあったでしょうが、長きにわたる生存競争を勝ち抜いてきた特性が、
われわれ一人一人の遺伝子には詰まっているはずです。

このことを輪廻を認める宗教などはどう考えるのでしょう。
営々と受け継いできた遺伝子を持つ赤ちゃんとして生まれた個人に、
ぽっと、まったく関係ない(大きな目で見れば人類のルーツというのはありますが)
前世を持つ人の魂が入り込んだりすることが起きるのでしょうか。
これも考えてみると大きな疑問です。
われわれは何のためにずっと遺伝子をつないできているのか。
単に人間一人一人、個体間にバリエーションを持たせるためとは、自分は思えないですね。
また宗教的にも、日本人の場合は祖霊崇拝が強いと思われますが、
輪廻で、祖先とは関係ない人が入ってきているとすれば、
墓参りなどを行う意味があるのでしょうか。

こう疑問点を書いてきましたが、やはり生命は不思議です。
生物と無生物の差とはなんなのでしょう。いちおう定義らしきものはあります。
自己増殖能力、エネルギー変換能力、恒常性維持能力などですが、
ウイルスなどの存在をつきつめて考えれば、これもわからなくなってきます。
生物学者、生命科学者には悩みがあるでしょう。
自分は、自分が生命であるということは一つの驚異と考えています。
どこともしれぬところからやってきて燃えている生命の火。
この不思議さからすれば、個人的には、死後も意識が残るとか、
魂だけになっても周りの様子が知覚できるなどのことは、
それほどたいした話ではない気がするのです。
つまり、今を生きて在ることは神秘であり驚異であり、
次など期待せずに今を生きよ、ということですね。








駅の呪い

2015.02.06 (Fri)
先月の話ですね。その日は残業したんですが、なかなかキリのいいとこで片づかす、
帰りが終電になってしまいました。ホームの人影はパラパラでしたね。
家には「遅くなるからメシいらない」の連絡はしてましたよ。
疲れていたので、ベンチに座って目を閉じてました。
しばらくしたら、ズボンの裾に何かがあたる感触がしました。
そうですね。ネコくらいの大きさの動物がじゃれついているような。
のぞき込んでみたんですが、何もいませんでした。
そのときは風が通ったとかを勘違いしたと思ったんです。
ホームに電車が入るというアナウンスがあって、
起ち上がり白線のほうへ出て行きましたが、
そのとき、後ろから何か小さく素早いものに横を追い越されました。

黒いネコくらいの影です。明るかったんですが細部はよく見えませんでした。
「えっ、さっきのはやっぱり」と思いました。
その影は、ちょうど滑り込んできた電車の前の線路に飛び出し・・・
てっきり轢かれたと思ったんですが、その後どうなったのか。
電車が急停車するとか、アナウンスも何もなし。
そのまますぐに出発したので、下に潜り込むとかして難を逃れたのだろう、と思いました。
翌朝その駅で降りたときに、前夜のことを思い出したんですが、
特別に変わった様子はなかったんですよ。
でね、1週間ほどは何もなし。その後、飲み会で遅くなった日があったんです。
やはり終電でね、酔ってましたから、
この日だけのことだったら幻覚と思ったかもしれないですが。

今まさに電車がというとき、前と同じようにベンチの下から黒い影が飛び出したんです。
ええ、同じベンチだったはずです。
それは電車の全面のガラスの前に勢いよく飛び出して・・・
そう言えば前のときよりも細部はよく見えた気がします。
全体としては黒い煙のような固まりなんですが、4本の足があって、
それをせわしなく動かしていたのが。
「ああ、これは完全に轢かれた」と見えたんですが、
このときも電車の出発が遅れるとか、片づけをするとか、そういう放送はなかったんです。
「今度も無事に逃げたか、運のいいやつだ」その生き物になんとなく親近感を持ったんです。
駅に生き物がいるという話はあまり聞いたことがないですが、
そのあたりに住み着いているんだろうと。

もしかしたらネコではなく、タヌキの類なのかもしれないなと考えました。
この頃は、都会の住宅街にもタヌキが出没するなんて話もあるじゃないですか。
仕事が定時で終われば、だいたい6時前の電車に乗るんですが、
そのときには見たことがないので、夜行性の生き物なのかと。
それで、一週間前のことです。このときは終電の2本くらい前の電車でした。
前に出ようとしたとき、私の股間を生き物がすり抜けていったんです。
今回はずいぶんはっきりと見えました。
上から見おろした背中は黒いぼさぼさした毛が両側に広がってって、
大きさをのぞけばネコには似ていなかったんです。
それは電車の真ん前に飛び込み、今度こそ大きく飛ばされて宙を舞いました。
「あっ、やっちまった」それは円を描くように跳ね返って、私の足元に落ちたんです。

思わず後じさりしました。背中から落ちたそれは私に黒い腹を見せていましたが、
そこにゲジゲジって知ってますでしょう。
あれとそっくりな足が何十本も生えて、モゾモゾ動いてたんです。
ええ、動物の4本足の他にです。血が出たりしている様子はなかったです。
「うわ、なんだこいつ」そう思ったときに、頭の中に声が響いたんです。
「呪い、お前に対する呪い」って・・・
それはじわっとホームの床ににじむようにして消えました。
あたりを見回しました。終電ではないのでそこそこ人がいましたが、
誰もこちらを見ている人はいませんでした。
おそらく私にしか見えなかったんじゃないかと思います。
疲れが溜まっていて、幻覚を見たんだと思いました。

ええ、医者にも行きましたよ。かかりつけの家庭医に。
見たことを大雑把に話したんですが、そこの検査では特に異常はなし。
「心配でしたら、大病院に紹介状を書いて精密検査をしてもらいましょうか」
こうも言われたんですが、断りました。
明るい時間帯に考えると、なんだか馬鹿らしくなってくるんです。
だってねえ、ネコかタヌキに昆虫のような足が生えた生き物なんて。
それと「呪い」って言葉ですが、私には人に恨まれるような心あたりは・・・
まあ、もう一度見てしまったら、精密検査も考えようと思いました。
それで、昨日のことです。なるべく遅くなるのは避けてましたが、
終電一つ前になってしまったんです。いつものベンチ・・・の下はよく確認しました。
寒々とした空間があるだけで、何もいなかったですよ。

それが、電車が来たときに、また走り出てきたものがありました。
子ども、人間の子ども、私の2歳になる下の娘でした。いつものパジャマを着て、
上を向いた状態で手も足も私のほうに伸ばし、顔は笑ってました。
その姿のまま床から少し浮いた状態で、シャカシャカと線路のほうへ向かっていく。
背中の下から何本か横に広がった触手が見えました。あのゲジの足が生えてるんだと・・・
そして娘は、電車の角にあたって跳ね飛ばされ、私の足元に落ちてきたんです。
娘は相変わらず笑ったまま、その場に円を描くように這い回り、
じわじわと薄くなって消えたんですよ。
「呪いだよ、呪い、全部お前のせいだ」こういう声が響きました。
・・・いや、聞いたことがないというか、マイクを通したようにくぐもってて、
誰の声とは判別できませんでした。

その場ですぐ、家に連絡をしましたよ。
妻が出ましたが、娘たちは2人ともよく眠っているということでした。
これはやはり私の幻覚なんだろうか・・・自分自身に自信が持てなくなりました。
その電車をやり過ごして、もう一度それが出てくるベンチを確認したんです。
どこにでもある金属とプラスチックのやつですが、固定されていて動かせませんでした。
電車が出たばかりで人がいなかったのを幸いに、膝をついて下からのぞき込んでみたんです。
そしたら、さっき見たときはわからなかたんですが、
赤い折り紙くらいのを4つ折りにした紙が底にひっついていたんです。
引っぱると少し抵抗があってとれてきました、糊でつけていたようです。
それを開くと・・・中に干からびたゲジと、黒い毛の束が入ってました。
字は一切書かれていません。ほら、これです。

* グロ画像注意










2015.02.05 (Thu)
まだ20代の、若いときの話だよ。その頃は出鱈目な暮らしをしててな。
今もそりゃ、ほめられた世渡りとは言えねえが、
当時はいろんなとこに迷惑をかけてて、
それでとうとう、ねぐらを逃げ出さなきゃならなくなった。
何をやったのかは言わなねえよ。本筋とは関係ねえことだし。あんたら怪談が聞きたいんだろ。
3ヶ月は逃げたんだが、パチ屋に顔出したとこを見つかっちまったんだ。
外国に売られる、なんてことはねえよ、俺は男だし。
保険金かけて殺される・・・いや、そんなのはマンガの中だけだ。
ないことはないだろうが、基本的に他人様に多額の保険金かけてりゃ、
まず保険屋が怪しむ。向こうだって商売なんだし。
じゃあどうしたかってえと、タコ部屋に放り込まれた。

表沙汰にできねえ土木工事ってことだな。そういうのはけっこうあるんだ。
俺がやらされたのは山中にある沼の埋め立てで、
そこは調査したときに希少生物が住んでることがわかって、本来なら保護地扱いになるんだが、
表沙汰にしねえで、こっそり埋めちまうってことだった。
でもよ、これはどうやら違ってた。なんとかサンショウウオとか言ってたが、
そんなのは工事期間中に一度も見かけてねえ。
というか埋め立てた後の土地を何に使ってるかもよくわからねえんだ。変だろ。
ただに埋めることだけが目的だったみたいだ。
いや、場所は言わないでおく。あんたらも知らないほうがいいだろ。
かなりヤバイ組織が裏でかかわってると思うんだよ。タコ部屋・・・ってのは、
その沼の近くに建てられたプレハブの宿舎。脇に苔むした鳥居の小さな神社があった。

沼自体は、直径が200mってとこかな。そんなのはどこにでもあるし、名前がないほうが多い。
人里に近ければ、カラス沼とかそういうのがついてることもあるが、山の中だし。
うん、通常の工事ならダンプで土を運んであっという間に埋められる。
ところがそこは、近場を切り崩した山砂をベルトコンベアで流し込むっていう、
けっこう特殊な工法がとられてた。次々往復するダンプを目撃されたくないってことだろ。
ま、当時は俺に土木工事の知識があったわけじゃなく、
後から少しずつ身につけてきた知識だから。違ってるとこもあるかもしんねえ。
工事のメンバーは10数人で、タコ部屋の一室に寝泊まりさせられてた。
シャワーはあったが風呂はなし。弁当は朝晩2食出るが、給料は一銭もなし。
すべて借金返済に充てられることになってた。
肉体的にももちろんきつかったが、それよりも何よりも不気味なことが数々あってな。

うん、作業員メンバーの中では俺が一番若かった。
年以外はみな似たような境遇だったろう。ヤサなしで、
娑婆にいられなくなった理由があるっていう。
あとホームレスの中から引っぱられてきたやつもいたみたいだ。
そいつらには給料も出てたはずだ。でな、不気味なことのまず第一は沼が光るんだよ。
曇りの日なんかには、直径200mの沼の中央部分の50mくらいの底が、
円形にボーッと薄緑の蛍光色に光る・・・水がそういう色をしてるんじゃなく、
何か底に沈んでるもんの色のように見えた。それが何かはわからなかったよ。
水が泥で濁ってたから。もちろんポンプを何機も使って水をくみ上げてるんだが、
その尻から土砂を被せてたし。もしかしたら、
あの光る物を隠すために埋め立ててたのかも。ま、これは後になって考えたことだ。

あと、工事したせいだと思うが、毎日大量に魚が浮かび上がってきて、
鮒とかナマズだが、それらが腐ってヒドイ臭いをさせていた。
それらの処理も俺らの仕事のうちだったんだ。
それで、夜はプレハブの中の20畳敷きの部屋で、十数人が毛布にくるまって寝る。
ああ、季節は夏場だったから、寒いってことはなかった。
むしろ逆、エアコンはなく換気扇だけだったから、朝になるとびっしょり汗をかいてた。
でもよ、寝苦しくてまいったってことはなかった。
何でかっていうと、誰も朝まで目覚めるやつがいなかったから。
ま、過酷な労働の疲れもあったろうが、それだけじゃない。
おそらくは、晩の弁当に睡眠薬系の薬物が混ぜられてたんじゃないかと思うんだ。
だってよ、朝になると寝小便してるやつが何人もいたんだよ。

これは、ふだん酒飲んでるやつらが多かったのを、
アルコールを切らせて労働に集中させるためじゃないかって最初は思ってた。
うーん、寝起きが少しつらいくらいで、副作用はなかったけどな、俺の場合。
だけどよ、このことに気がついて、一度だけ晩飯を食わなかったことがあるんだ。
始まって10日ほどたった頃だ。その夜の話をするよ。
プレハブはまずあんまり窓のない特殊なつくりで、
少ない窓にも外側から樹脂のはめ込み式の雨戸をかぶせる構造になってた。
6時過ぎに仕事を終えたらすぐにそれをやって、プレハブに入る。
それから順番にシャワーを浴びて、弁当が配られる。食った容器は、
班長がゴミ袋にまとめるんだが、そんときに残してないか見てたのかもしれねえ。
俺はその晩の弁当を、食ったふりしてビニール風呂敷の中に落とし込んだ。

バレはしなかったよ。何でそんなことをしたかって?
そうだな、それが終わって娑婆に出たときに、秘密を握ってれば、
何か有利になることがあるんじゃないかと思ったんだよ。
消灯は9時、早いと思うだろうが、朝は5時起きなんだ。もう明るくなってる。
あ、それから、いったん消灯すると電気がつかないんだ。
換気扇は回ってたから、わざと照明だけ電源を落としてるみたいだった。
班長とか組織から来てるやつらは個室に行って、
消灯して15分もたつと、話をするやつもなく、みな静かに寝入ってる。
俺も寝てしまいそうになったが、空腹感でかろうじて起きてることができた。
腕時計を持たされてるやつはいなかったんでよくわからないが、
12過ぎくらいだと思う。外から、ごくかすかにだが、音楽が聞こえてきたんだよ。

そうだな、雅楽って知ってるか。あれに似た感じに思ったが、
単に低かったからそう聞こえたのかも。その音が少しずつ近づいてくる気がした。
さっき、プレハブの横に小さい神社があったって言ったろ。
その関係かもしれないと思った。しばらくして音楽が止まり、
かわりに、プレハブの雨戸を外から叩く音がした。
たいして強くじゃねえ。トントン、トントンって感じだ。
叩きながらプレハブの周りを回ってるようだった。俺は寝たまま、
その音のするほうを目で追ってたんだ。そしたら、トントンの音がやんで、
カリカリひっかくようなのに変わった。雨戸をはがしてるんだと思った。
全部外さないで、隅の方だけ引っぱって浮かせることができるんだよ。
俺の足のほうの場所だったが、少し頭を持ち上げるようにして見てた。

するとな、その一画からビッと青緑の閃光が射してきた。
うーん、どう言えばいいか。外にサーチライトのような強い光源があって、
その光がプレハブ内部に差し込んできてるって感じ。サーチライトの色じゃなかったが。
でよ、まぶしくて見てられない。目をそらそうとした一瞬、
窓の外に緑色に光る片方の目が見えたんだ。
ぎょっとした。何と形容していいかわからんが、人間の目じゃなかったんだよ、間違いなく。
目はすぐに引っ込んで、今度は青緑の光がビームのような線状になってプレハブに入ってきた。
中がぼうっと薄緑に光って・・・薄めで見ていたら、ビームは寝ている作業員の顔を、
一人一人照らし始めた。といっても雑な感じで、
毛布をかぶってるやつは飛ばしたりしてたな。でよ、これは確かに見たんだが、
ビームがあたったやつの顔が寝たまま苦しそうにゆがんで、そして変化したんだ。

皮膚が内部からもこもこと盛り上がって顔の輪郭が変わった。
うーん、何というか魚に近いのか、そんな感じに鼻先が尖って、
皮膚にもひし形の鱗が浮いていたように思う。緑色に照らされてえらく気味が悪かった。
口を縦に開いて舌が長く飛び出した。でもよ、起きる気配はなし。
だんだんビームが俺のほうに近づいてきて、俺はたまたま寝返りをうった形で、
ビームに背中を向けた。でもよ、耳から側頭部のあたりにあたって・・・
気がついたら朝になってたんだ。夜中に顔が変化したやつらは元に戻ってた。
俺は他のやつらが便所とかに行ってる間に、外に出て薮の中に夜の弁当の中身を捨てた。
したら雨戸の昨日めくれたあたりに、ごく薄くだが緑色の手型がついてたんだよ。
次の夜から弁当は食ったが、寝る前に横を向いて頭から毛布をかぶるようにした。
あのビーム攻撃?はその後もあったんだろうと思う。

それから2ヶ月して、沼は埋まった。中に沈んでるように見えたもんについては、
やはりわからずじまいだった。俺の借金はまだまだ埋まらなかったから、
他のいろんな場所に回されたが、沼の現場ほど奇妙な体験はしてないよ。
それから娑婆に戻り、そこでも仕事をして長い時間をかけて金を返した。
ずいぶん人生を無駄にしたよ。
沼のあった現場に訪れたことはないよ。一度近くまで行ったことがあったが、
鉄条網が張られて通行止めになっていた。
大企業の研究所があるって話を聞いたが、話をしたやつも実際に見てるわけじゃない。
単なる噂ってことだな。そのときの工事のメンバー? ああ、あのおっさんらか。
その後、他の現場に回されてるときにも、娑婆でも二度と会ってないよ。
これでいいかい、謝礼の約束は守ってくれるよな。








防御

2015.02.04 (Wed)
えーと10年ばかり前のことです。当時、わが家は、
親父が水商売系の仕事をしてまして。ああ、店長とかじゃなく経営ですね。
店をいくつか持ってたんです。あることがあって、今は全部やめちゃいましたけど。
で、東洋人の風水師みたいな人とつき合ってたんです。
華僑なのかなあ、そのあたりはよくわかりませんけど、たぶん中国系。
60年配の小柄な男性でしたよ。いつもチャイナ帽っていうんですか、
変な帽子をかぶってまして。あーほら、キン肉マンって知ってますか?
あれでラーメンマンがかぶってるやつ。辮髪ではなかったと思いますけど。
日本語はぺラペラでした。
春のことですね。親父が夕食後家族を集めまして、
いきなり「俺はある人間から呪いを受けている」って言い出したんです。

「逆恨みに近いものだが、相手がこっちに対して霊的な攻撃をしかけてきているから、
 ヤンさんにいろいろお教えをいただいた。
 相手の攻撃は半年くらい続くだろうが、こっちは専主防御する」
こんな話でした。わけがわかりませんよね。
要するに、いろいろ普段とは違った変わったこと家の中でするから、
黙って従えってことだったんです。
うーん自分はその頃高校生で、サッカーをやってまして家のことにはほとんど感心なし。
中学生だった妹もそうだと思いますよ。
親父がまた変なことを始めたが、勝手にやってこっちに迷惑をかけないでくれ。
まあそんな感じでした。あと家の家族は、母親と、当時まだ健在だった祖母ちゃんとです。
これから話をするのは、そんときにあったことなんです。

水槽

防御の一つめは、けっこう大きな水槽、だいたい60cm立方くらいのやつ、
これを玄関に置いたことです。うちの玄関は広くて、
大型の靴棚があったんですが、その上に。
そのおかげで、靴棚の戸の開け閉めがしにくくなりました。
水槽って重いんです。60cm立方で200kgにもなるんです。
水槽の中には赤い大きめの金魚が6匹入ってました。
始めから大きく育ったのを買ってきたんですね。これはほら、よく聞くでしょ。
玄関には水気のあるもの、赤いものを置くのがいいってこと。
俺ですか? いや、はっきり言ってそういうのまったく信じてなかったんです。
呪いを受けてる、って聞いて「嫌だな」と思いましたが、かといって、
「霊的な防御」なんてねえ。ところがです、しばらくして変なことがあったんですよ。

日曜日の夕方でした。そんときは、家に俺とばあちゃんしかいなかったんです。
俺も祖母ちゃんもれぞれ自分の部屋にいました。
そしたら玄関のほうで声が聞こえたんです。「入れて下さい、開けて下さい」って。
それが変な声で、洞窟の中で叫んでるようにくぐもってたんです。
「おかしいな」と思いました。うちはインターホンがついてて、
来客はそれを通して話すのが普通でしたから。
大きな声で、部屋まで聞こえたんで下りてみました。そしたら玄関の磨りガラスを通して、
異様に頭の大きな人の影が見えたんです。
頭は碁石形って言えばいいでしょうか、横長で普通の人の何倍もあったと思います。
まあでも、そんときは「光のあたり具合でそう見えるのかな」
くらいにしか思わなかったですが。

「あ、今開けます」そう言って玄関を開けたら、誰もいなかったんです。
「あれー、変だな」少し外に出てあたりを見渡したけど人の姿はどこにもなし。
気のせいってのもありえないと思ったけど、1回ドアを閉めました。
で、中に入ってみたら、やっぱり磨りガラスに扁平な頭の人影が映ってる。
「そこに水槽があるだろ、そのせいで中に入れない。せっかく戸を開けてもらったのに」
また、妙に反響する声が響いて、人影がふっと消えたんです。
出てみてもやはり人の姿はなし。うちは通りに面してるんで、
走ったとしても、そんなに早く姿を隠すのは不可能だと思いましたよ。
で、親父が帰ってきてからその話をしました。
すると親父は「それは相手の使い魔みたいなものだろ。そういうのは実体がないから、
 人の家には、家人にドアを開けて招かれなければ入れない。

 だから危ないとこだったんだが、水槽があるおかげで何もできなかったんだな。
 ヤンさんの言ったとおりだよ」
でね、その後すぐに水槽の水替えをしました。それ、俺の担当の仕事になってたんです。
いや、生き物はあんまり好きじゃないんだけど、親父から小遣いをもらえたから。
そしたら、中はいつもきれいにしてるはずなのに、
水槽の水をホースでバケツに水を入れると、髪の毛みたいなのがたくさん混じってたんです。
正確には髪の毛じゃなく、海藻のモズクをまっすぐに伸ばした感じのやつ。
ああ味悪いなと思って、水は全部外の側溝に捨てました。
あとね、水槽の隅で大型の金魚が一匹死んでました。
普通は死ぬと浮き上がってくるんですが、そうじゃなく手で握り潰されたようになって。
金魚は親父が翌日新しいのを買ってきて足しました。

炭俵

防御の2つ目は、家の敷地の四隅に炭俵を埋めたことです。
家の敷地は広くて高い塀を巡らしてましたが、その四隅ってことです。
正確に東西南北の方角とは合ってなかったはずですよ。
ほら、炭には浄化作用があるって言いますでしょう。
それと、古代の神社跡なんかを発掘すれば、水晶や炭が出てくるって聞きました。
霊的な守りってのは、ずっと昔から日本でもあったってことなんでしょうね。
で、その炭を埋めるときには、ヤンさんが来て一家で立ちあったんです。
俺もシャベルで穴を掘るのを手伝いました。
ヤンさんが何やら呪文を唱えてから、中国風の護符を貼った炭俵を、
1mくらいの深さに埋めて土をかけ、その上に常緑樹の苗を植えたんです。
榊ともまた違った植物だと思いましたよ。

でね、1ヶ月おきに掘り出して新しく埋め直すんです。
いや、全部じゃなくて、苗木が上手く育たないところだけ。
一種のセンサーの役目を果たしているんだと思いましたね。
たまーに様子を見て歩いてましたが、裏の向かって右側の隅に植えたやつだけ、
ひねこびたような形になって葉が黄色く、今にも枯れそうな様子になってました。
1ヶ月後にヤンさんが来て、そのときは俺と親父とヤンさん、
男だけで掘り返したんです。何か嫌なもんが出てくるって予想があったみたいでしたよ。
だから母親や妹には見せないように。
ほとんど伸びてない苗木を抜いて、シャベルを入れたとたん、
スゴイ嫌な臭いがしたんですよ。生ゴミの腐った感じでしたが。
それだけじゃなく薬品臭のようなのもありました。

炭俵の周りは、青と灰色の粘り気のある液体が溜まってて、
そん中に白い小さいものがいくつか見えました。カエルくらいのもんですね。
ヤンさんが、カナバサミを使ってそれらをつまみ出したんですが、
きれいな骨格標本みたいにななってました。
どうやら歯で炭俵に食いついてたみたいで、引っぱると頭がもげたんです。
黒い紙の上に、ヤンさんが拾い上げたのを並べると、
骨格はさまざまな種類がありましたが、どれもこの世の生き物とは違ってました。
肢が8本あったり、小さな頭蓋骨にトゲがたくさん出てたりね。
全部で15匹くらいあったはずです。いや、気持ち悪かったですよ。
鈎をかけて俵を引っぱり上げ、新しいのを入れ、
また念入りに呪文を唱えたんです。

その後に植えた苗木は順調に育ちましたが、今度は別の場所のやつが・・・
こういう具合にして、しばらくあちこちの炭俵をとっかえひっかえしてたんです。
面倒でしたが、あの変な骨を見ちゃうと信じざるをえませんでした。
骨も炭俵も、ヤンさんが持っていきましたよ。
ええ、親父の言ってたとおり、半年くらいこういうことが続きました。
もちろん今は治まってて、家の四隅には、あまり他では見ない常緑樹が大きく育ってます。
呪いを仕掛けた相手ですか?うーんそれは、どうなったかはわかりませんね。
親父もヤンさんも詳しいことは言いませんでしたから。
でも普通、呪い返しを食った場合は・・・ この後ね、たいへんなことがあって、
親父はヤンさんとの付き合いを断ち、水商売の経営もやめてしまったんですが、
そんときの話は、また機会があれば改めて。




 


ヒドゥン

2015.02.03 (Tue)
3年前、小学校のときの話です。うちは港に面した丘の上にある集合住宅でした。
男だけの4人家族だったんです。祖父と父と、僕と2つ下の弟、道男と。
父は客船の船員で、1年のほとんどを船に乗って外国を回ってて、たまに帰ってくるだけ。
母は弟が生まれてすぐ、病気で亡くなったということで、
ほとんど思い出がありません。アルバムのようなのもなく、写真も見たことないんです。
で、ですね、今、弟と言いましたが、ぜったいに僕が小5のときまで弟はいたんです。
これは間違いないです。ないんですが・・・
まあ、これから詳しく話しますので、
会場の皆さんでそういうことなのか判断してほしいです。
その小5の秋頃のことです。普段は60代の祖父と生活をしていまして、
学校のことから何からすべて面倒を見ていてくれました。

といっても祖父は夜になると出かけることが多く、仕事だと言っていました。
だから寝る時間には僕と弟しかいないことが多かったんです。
朝になると帰ってきていましたけど。それと、集合住宅の他の家は、
今から考えると貧しい家庭が多かったんじゃないかという気がしますが、
うちはほしいオモチャやマンガ本など、何でも買ってもらっていました。
集合住宅には同じ小学校に通う友だちも数人いて、そいつらと遊ぶことが多かったです。
ほとんど室内でゲームとかでしたけど。
あるとき、どういうきっかけだったか忘れましたが、外に遊びに出たんです。
僕と弟と仲間2人の計4人で、団地の丘から下りて海のほうへです。
港に行くことは祖父に禁じられていました。
何でかっていうと、車通りが激しくて危険だからです。

いや、車通りが多いというのは違うかな。道がだだっ広くて信号もほとんどなく、
走ってるのは自動車やコンテナを積んだ大型トレーラーばかりだったんです。
普通のトラックの倍以上あるような巨大なやつ。
丘の上から見ている分にはかっこよかったんですが、近くを通るとすごい風圧で、
子どもだと吹っ飛ばされそうな感じがしました。
で、その日は倉庫街でかくれんぼと鬼ごっこの混ざったような遊びをしていたと思います。
倉庫街は、体育館ほどの建物を殺風景なコンクリの高い塀が取り囲んでいて、
日本じゃないような感じがしたんです。
アスファルトに長く影が伸びてきた夕方、そろそろ帰ろうかとなって、
4人で塀の前を歩いていました。鉄格子の門の前を通ったとき、弟が倉庫のほうを見て、
「あ、ロボットがいた」って言ったんです。

それを聞いて、残り3人も鉄格子の中を見たんですが、
何も動くものはありませんでした。「嘘つくなよ、こら」
「ロボットが、んなとこにいるわけねえだろ」こんなふうに言われて、
弟は悔しそうに、「さっき白いロボットが、あのシャッターの中に入っていった」
って言い張りました。
たしかに中の倉庫の一つの建物のシャッターが、半分くらい開いていました。
「俺、見てくる」弟はそう言って、鉄格子の下の部分をくぐりました。
子どもだとくぐって入れるくらいのスペースがあったんですよ。
「ちょ、待てよ」しかたなく僕らも続いたんです。
僕らでも顔を地面にこすりつけるようにすれば入っていけました。
弟はすでに建物のシャッターの前に立って中をのぞき込んでいました。

「怒られるぞ、早く出ろ」そう言いながら近づいていくと、
「兄ちゃん変なもんがある」弟が言いました。それで俺らも中を見ると、
たしかに変なものがあったんです。その建物の中は薄暗い照明がついてて、
小学校の教室3つ分くらいの広さでしたが、床が土になっていたんです。
まずそこが変ですよね。それと、5mほど離れたところに低い鉄柵があり、
その中に石がいくつも立ち並んでいたんです。
人の気配はありませんでした。弟が中から引っぱられるような感じでふらふらと入っていき、
僕らも後に続きました。鉄柵に近づくと、黒い土の上に、
円を描いて1mほどの縦長の石が並んでいたんです。
そして直系2mほどの円の中心にあたる部分に、他よりもやや高さのある石柱。
「これ、日時計みたいだな」と友だちが言い、みなはうなずきました。

そうですね、今なら何かわかる気がします。
東北にあるストーンサークル、あれにそっくりでした。
石は白っぽくて、中に緑っぽい部分が入ってて、どれも同じ種類に見えましたね。
鉄柵を回っていくと、弟が「あ、ほらあれ、さっきのロボット」と叫びました。
見ると突き当たりの壁に、白い人の形のものが3つ並んでいました。
「人がいるなら怒られる」と思ったんですが、それは生きている感じがしませんでした。
近づくと、それは壁から吊り下げられた服だったんです。
宇宙服というか、映画のスターウオーズで帝国群の兵士が着てた、
白い硬質のスーツみたいな。でも、大人のにしては小さく、中に人は入ってませんでした。
ヘルメットの透明な部分の中は何もなく、くたっと壁にかけられていたんです。
「何かの作業のときに着るやつじゃないか」僕が言いました。

「もう見たからいいだろ、早く出ようぜ」友だちの一人がそう言い、
僕らはシャッターのほうへ向かいました。前にいた弟が鉄柵越しに石柱の一つにさわりました、
そしたら根元が埋まっていたわけじゃなかったのか、
ぐらっと傾いて中央のほうに倒れ、中心の石にあたったんです。
「カン」と乾いた音がしました。そのとき急にサイレンが鳴り出し、
天井で赤色の光が点滅を始めました。「バカ、何やってるんだ」僕は弟に言い、
「逃げろ」全員で走りました。シャッターを抜け、鉄格子の門をくぐり、
サイレンの音を背に長い塀の横を走りました。全力疾走で息が切れ、
角を曲がったところでいったん立ち止まったんですが、3人だけ。
弟がいなかったんです。「あれ、道男のやつ」僕がそう言って、さっきの道を覗こうとしたら、
「道男ってだれだ?」って友だちの一人が言ったんです。

「俺の弟だろ、さっきまでいた」・・・2人は顔を見合わせて、
「俺ら3人で来たよな」「だいたいお前に弟なんていないだろ」わけがわかんなかったです。
「何言ってんだよ、さっきロボットが見えたって、あの倉庫に入ってったろ」
「それ、お前だよ」「俺じゃなくて」こう言い合っていると、
「迎えに来たぞ」急に声をかけられてびくっとしました。振りかえると、祖父でした。
「あっ、じいちゃん、道男が・・・」「道男ってだれだ?」「えっ!?」
・・・最初から弟なんていなかったことになってしまったんです。
祖父が「弟なんていない」って言うのでどうにもなりませんでした。
それで、家に戻ったら弟の痕跡がまるでなくなっていました。
机も、布団も、教科書も何もかもです。もちろん祖父には繰り返し話したし。
かんしゃくを起こして新聞を床に叩きつけたりしたんですが・・・

そのうち、祖父は仕事だからと出かけてしまい、
朝になって目覚めてもやっぱり弟はいませんでした。
しかもです、小学校に行っても弟のいた跡というのはまったくなかったんです。
3年生の弟がいるはずの教室に行き、そこの担任に聞いても、
「道男くんという子はこのクラスにはいないよ。君、5年生の子だよね。
 他の学年と勘違いしてるんじゃないか?」雨具かけにも、靴棚にも弟の名前はなし、
すっぱりこの世から消えてしまったんです。
え、ずっと僕のほうが弟がいたっていうニセモノの記憶を持ってたんじゃないかって?
それはないです。弟とやったことの一つ一つをちゃんと思い出せるし。
ただ、ときおり帰ってくる父に聞いても「弟なんていないだろう」って・・・
この2年後、中1のときのことです。朝方、電話が鳴っていて目が覚めました。

祖父はおらず、眠い目をこすりながら出てみると、
父でした。「引っ越すことになったから今日は学校を休め。今、人が来るから」
30分ほどしてチャイムが鳴り、開けると作業服の人が数人入って来ました。
その人たちは黙々と部屋の中のものをダンボールに詰めて、
俺が何を聞いても答えようとしなかったんです。
そうしているうち、外国に出ていたはずの父が入って来て、
「神戸に引っ越すぞ、じいちゃんは後でくるから」こう言ったんです。
先に家の荷物をまとめたトラック、俺は父の運転する乗用車で後に続いて、
何時間も走りました。それで、今住んでる家まで来たんです。
集合住宅から比べればものすごく広くて・・・庭にあれがあったんです。
ストーンサークルですよ。倉庫で見たのと同じものだと思いました。

今の家にきて1年になるんですが、まだ祖父は合流してません。
父はもう船には乗らないようで、ずっと家にいますが、
前に祖父がやってたように夜になると出て行き、朝には帰ってきています。
転校して、新しい学校にはなんとかなじむことができましたが、
なじめないのは家のほうです。部屋数が多くて暗くて不気味で・・・
それと、庭のストーンサークルには近寄ってません。
あの小5のときのことがあるので・・・でも、一人で夜2階の部屋にいるとき、
つい庭のほうを見おろしてしまうんです。そしたらこの間、12時過ころ、
ストーンサークルのまわりを、白いものがふらふら歩き回っていたんです。
あの倉庫にかかってた宇宙服みたいなスーツに見えました。
大人の背丈じゃなく小さかったんで・・・あれ、道男じゃないかと思うんですよ。









節足

2015.02.02 (Mon)
1ヶ月ほど前のことです。会社の新年会がありまして、普段は1次会で帰るんですけど、
その日はなんだか調子よく飲んでしまい、2次会のカラオケ、
3次会のバーにまで行ってしまったんです。先輩の真紀さんに誘われたせいもあるんですが。
それでも、真紀さんといっしょに終電前には店を出たんです。
私はかなり酔ってしまってましたが、
乗る電車が真紀さんと同じ方向なので心強かったんです。
タクシーで駅に行くと、ホームに人はパラパラとしかいませんでした。
電車が来たので真紀さんと並んで座りましたが、
そのうち2人ともこっくりし始めたんです。
私は終点で降りますし、真紀さんはその一つ手前でした。
そうですね、そのとき車両にいたのは私たちを入れて5人ほどだったと思います。

ガクンと揺れがあり、どこの駅か確かめようと目を開けました。
すると、向かいの座席に女の人がいたんです。
その姿を見た途端、一気に酔いが覚めた気がしました。
とても不気味な印象だったんです。黒い長い髪を無造作に両脇にたらし、
大きなファッショングラスをしていました。年齢はよくわかりませんでした。
同じ女の目から見てもはっきりしなかったんです。
40代にも見えるし、もっとずっと若いようにも・・・
でも、異様と言ったのは顔のことではないんです。スタイル、体型ですね。
かなり痩せていて、手足が細くて長かったんです。
服装は肌にぴったりした黒のセーターと同じく黒のスキニーデニムでしたが、
肩、ヒジ、ヒザの部分がぐっと突き出ていて、
なんというかその、節足動物みたいに見えたんです。クモやエビの仲間のことです。

それと、ファッショングラスの中の視線です。レンズは薄い青でしたが、
肩をすぼめて首を埋めるような姿勢で、
そのレンズの中の小さな目でじっと私たちを見つめているように思いました。
「ああ、気味悪い人」と思い、目をつむってしまいました。
でも気になったので薄目を開けると女の人の口がマンガのようなひし形に開いていたんです。
あくびをしてるのかなとも思いましたが、そうじゃなく、視線は私たちに向けたままでした。
そして、その口から白いものが出てきました。
糸・・・だと思いました。クモの糸のように細い。照明で光っていたのでわかったんです。
糸は何の支えもないのに、生きて意志があるようにシュシュシュッと伸び、
私たちの手前まできて先端が2つに枝分かれしたんです。
そして一方が私の顔、もう一方が真紀さんの顔のほうに・・・

頭を動かして避けようとしたんですが、どういうわけか体が動きませんでした。
糸はキラキラ光りながら目の前まで迫って、ぴっと下唇にあたった感触がありました。
横目で見ると、もう一方は同じように真紀さんの唇に。
いくら酔っていたとしても、これほど体が動かないというのは考えられないことでした。
麻痺してる、という感じがしたんです。
もしかしたら、その人の視線で射すくめられた状態になっていたのかもしれません。
ほら、蛇ににらまれた蛙って言葉があるじゃないですか。
その女は、ますます肩を高く上げ、両手を口の前にあてて、
あの絵、ムンクの叫びのようなポーズになりました。そして・・・
口から、白いヒルのようなのが2匹出てきました。
背筋にぞくぞくと冷たいものが走りました。

それらは器用に、通路に伸びている糸にそれぞれ乗り、
ゆっくりゆっくりと私と真紀さんのほうに這ってきたんです。
叫ぼうとしたんですが声も出ませんでした。目の前にせまってきた白いヒルは、
5cmほどで丸々と太っていました。目も口も触覚もなかったと思います。
ヒルが唇に触ったのがわかりました。吐き気がこみ上げてきました。
でも動けない。必死で歯を食いしばっていました。
唇の上をヒルが這い回る嫌な嫌な感触がしました。
横目で見ると、もう一匹のほうはよく寝ている真紀さんの唇にするりと入り込み、
見えなくなってしまったんです。そのとき電車が駅に着き、
その女は私のほうをにらんだまま立ち上がりました。そしてそこで降りたんです。
何人か乗客が乗ってきて通路を通りました。

だから糸や私のほうに来ていたヒルがどうなってしまったかわかりません。
気がつくと体が動くようになっていたので、真紀さんを揺り起こしました。
「うーん、なにもう着いた?」かなり眠そうな真紀さんを揺さぶって、
今あったことを話しました。
真紀さんは途中まで聞いて「それ・・・夢じゃないかな。だってねえ、そんなこと」
こうおっしゃいました。そう言われると、私も自信がなくなってきたんです。
口から糸を出してヒルを送り込んでくる女・・・なんて普通いるはずがないですよね。
そんな気になってきました。真紀さんの降りる駅に着き、真紀さんは、
「じゃあ、月曜にまたね」と言って降りていきました。
私は部屋に戻ってから、シャワーを浴び、何度も何度もううがいをしました。
でも寝る前には、やっぱり夢だったんだろうなあと思うようになっていました。

その後1週間ほど、特に変わったことはなかったんですが、
2週目に入ると真紀さんが痩せてきたのが誰の目にもわかるようになってきました。
元々スタイルのいい人だったんですが、腕や足が細くなり、関節が浮き出てきたんです。
仕事でのミスが多くなり、上司に病院に行くことを勧められました。
そして早退したその日から行方不明になってしまったんです。
会社は無断欠席で、携帯も固定電話もすっと呼び出し中・・・
実家に連絡したんですが、帰ってない。マンションの管理人に上司が事情を話し、
部屋に入ると、携帯もカード類を入れた財布も、貯金もそのまま残っていたんです。
実家と相談して、警察に捜索願を出すことになりましたが、
それからずっと行方はつかめませんでした。
そして昨日のことです。休みでしたので買い物に出たんです。

ええ、いつも通勤で使っている電車でです。それから乗り換えたとき、
その電車に黒ずくめのファッショングラスの女が乗っていました。
あの新年会の帰りに見た女によく似ていましたが、真紀さんだったんです。
そのことはすぐにわかりました。
真紀さんドア近くに座っていて、私がその前に建つような形でした。
ただ体型が痩せに痩せて、あの女そっくりになっていました。まるで手長エビみたいに。
「あの、真紀さんですよね」私が声をかけると、
真紀さんは首を数回横に振ったんですが、人間の動きとは思えなかったです。
それからファッショングラスを外したんですが、両眼は丸い白い点になっていました。
真紀さんまた何度か首を振りました。
そしてその人間ではなくなった目から涙がこぼれ落ちたんです。

真紀さんはあの女のように口をひし形に開きました。
中にらちらちらと白いものが見えました。あのヒルが口いっぱいにいたんです。
電車が途中の駅に着き、真紀さんは涙をこぼしながら、
私に「早く降りろ」というように手の甲を向けて振りました。
私は後ずさりするようにして電車を降り、すぐに携帯で上司に連絡しました。
「真紀さんを見た」と。
「なぜ引きとめなかった」と言われましたが、理由は答えられませんでした。
上司が警察に連絡し、警察ではその路線を調べてくれたようですが、
結局、見つからなかったんです。
いったいあの女はなんだったんでしょうか。真紀さんはその仲間になっちゃったんでしょうか。
もし、もしもあのヒルが、口に入っていたら私も・・・







ブログ開始 1年半

2015.02.02 (Mon)
ということで、一昨年の7月にブログを始めて、1年半が経過したことになります。
「早いもので」という言い方はちょっとできません。
むしろ、ずいぶん長かったなーという印象が強いです。
これは、できるかぎり毎日更新ということを心がけてきたせいもあるかもしれません。
自分の場合、ブログをやる目的は「怖い話を書くのがおもしろい」ということが一番で、
あと「どのような話がウケル(評価される)のだろう」という興味もあります。
前にネット掲示板のオカルト板に書いていたときには、
だいたいウケル話(実生活に密着した、いかにも本当に起こりそうな内容)
というのは想像できたんですが、一般のブログ読者の方というのはどうだろう、
と考えたからです。

みなさまの拍手数を参考にさせていただいているのですが、
どっちかというとディープに怖い話よりも、
軽めの不思議系の話のほうが拍手が多いようです。
自分の分類でいうと「ナンセンス話」に入るほうです。
これはちょっと意外ではありましたが、ナンセンス話も書くのは嫌いではないので、
量を増やすようにして、今は怖い話との比率が2:1くらいの割合になってます。
ただ、怖い話はけっこういつでも書けるのですが、
ナンセンス話のほうは、気分が高揚した状態(躁状態)でないと、
なかなかいいものができない気がします。
あと、ブログには載せにくい(超下ネタ系、ブラック系)は、
ときどき掲示板に書いています。

毎日更新しているのは、不定期更新にすると、
自分のことだからすぐに週一くらいになってしまい、そのうちに
やめちゃうんじゃないかと思うからです。話を一つ書く時間は30分前後なのですが、
毎日更新を心がけていると、緊張感があります。
自分はいわゆるサラリーマンではなく、
いろんな形態の仕事をちょっとずつやっている自由業なんですが、
このブログのおかげで生活にリズムができた気がします。
書いている時間は、だいたい午後の10時から12時くらいの間で、
始めてしまえば休まず一気に書き上げます。
みなさまのコメントにお返事するのも基本的にはその時間帯です。

とはいえ、負担だなあと思うときもあります。
毎日更新しているみなさまのブログを拝見しますと、
アイデア、ネタがない、という話がよく出てきますが、自分もそのとおりで、
ネタが出なくてその日の更新をあきらめかけたことが何度もあります。
移動の時間や仕事の待ち時間がちょっとあれば、
ネタを考えるくせがついてしまいました。
最近は特に、マンネリにならないよう、
いろんなタイプの話を書くことを心がけています。
怪談というのは、マンネリになりやすいものだと思います。
できるだけ場面の設定を変え、語り手の口調を変え、
話の現実味や深刻度を調整して書いているつもりですが、上手くいっているかどうか。

あと、自分の場合は旅行、飲み会(仕事の打ち合わせ)などがあり、
そういうときは自動更新を使っています。
その場合、コメントには即時的にお返事できません。
話のストックは、だいたいつも5つくらいはあるようになりました。
近々、東南アジアでの仕事があり、
そのときにはお休みさせてもらうことになると思います。

あとそうですねえ、カウンターを外してしまったのでよくわかりませんが、
訪問者数は5万を越えたくらいではないかと思います。
ブログランキングに3つ参加しているのですが、順位はいつもほとんど変わりません。
ホラー系は好きな人とそうでない人がいて一般的とはいえないでしょうから、
今後も大きく増えるということはないと思われます。
基本的にブログの宣伝といえるほどのことはしていません。
twitterも、仕事では使いますが、このブログ関係ではやってないです。
(きりなく時間をとられてしまうので)
ランキングのほうからこのブログを見つけて入って来て下さる方は多くはないようですね。
占星術を載せれば、お客様は増えるのかもしれませんが、
このブログではオカルト心霊意外のことは書かないつもりです。

ということで、あまり無理せずできることをやっていきたいと思います。
今後ともよろしくお願いします。






さんさい

2015.02.01 (Sun)
うちの親父がまだ結婚してない時分のことだから、もう何十年も昔の話ですよ。
親父は農業でしたが、稲刈りが終わると仕事にも余裕ができて、
山に入ってキノコ狩りをするのが楽しみでした。
リュック一杯に採ってきたのを、秋野菜と鍋の具にしたり、
焼いて塩をふり、酒のつまみにしたりです。
行くのは家の持ち山と、それに続く国有林です。
当時はリュック一つ分くらいのキノコで文句言われることはなかったそみたいです。
それほど険しい山でもなかったそうです。獣道よりはややましな踏み跡がついてまして、
枯葉がそろそろつもり始めた頃。
午前中いっぱい採ってから国有林のほうに入り、
そろそろ昼飯にしようかというところで、道脇に奇妙なものを見つけました。

一言でいうと塚なんですが、見たこともないものだったんです。
金の・・・といっても塗りなんでしょうが、一つ5cmほどの木製の仏像、
親父はそういう信心方面にはあまり詳しくなかったんですが、
一体一体違った顔つきをしていたので、羅漢様じゃなかったかと言ってました。
それが全部で20個ほど三角山状に積み上げられていたんです。
本来ならね、何か信仰にかかわるもんだからさわっちゃいけないと思うところですが、
興味を引かれた親父は塚を崩してみたんだそうです。
そしたら小さい羅漢様たちの下には、4つ折りにされた和紙がありました。
白いものでしたが、濡れても汚れてもおらず、
たった今入れたばかりのように見えたそうです。まあ当然のように開けてみました。
すると、中に入ってたのは白い粒・・・人間の前歯だったそうです。

それが何かに気がついて、親父は「うわ」と言って放り捨てました。
ただね、気味が悪くなったので、下に和紙を置いて、
また羅漢像は元のように積み上げておいたそうです。
いったん開けた日当たりのよい場所に出て、
枯木に腰掛けて昼飯の包みを広げた。握り飯にかぶりついたんですが、
そのとき上あご前歯にズキンと痛みを感じたんだそうです。
思わず飯粒を吐き出すほどの。握り飯自体は、今朝握ったばかりのものでした。
痛むところを舌でさわってみると、前歯が一本なくなってる。
でもね、散らばった飯粒の中にも抜けた歯は見あたらなかったそうです。
痛みがひどくてたまらず、湧き水のあるところまで走って、
冷水で何度も口をゆすいでいたら、そのうちに治まってきました。

それで中断してた握り飯を片づけて、国有林のほうへ入っていきました。
戦争にも行った昔の人ですから、歯の一本くらい、
たいして気にしなかったんだと思います。毎年の場所へ行くと、一面に舞茸が生えてる。
親父はもう歯のことは忘れて夢中で採っていました。
そしたら大木の根元にまた塚があったんです。先ほどのものとそっくりでしたが、
羅漢様の数が少し増えて、塚自体が高くなっていたようです。
羅漢様の顔も、前のよりも表情が険しくなって怒っているように見えたそうです。
もちろん先ほど同様に崩してみました。中には同様に4つ折りの和紙。
ただし中身は歯ではなく、爪だったんです。それも爪の根元には指の皮膚がこびりついて、
血が和紙ににじんでいたそうです。これもついさっき剥がしたばかりの様子。
前よりもいっそう不気味に感じ、爪を和紙に戻し、それを敷いて羅漢像を積み上げました。

まだ陽は高かったんですが、
そんなことがあったのでもう帰ろうと思いました。収穫は十分でしたし。
いったん渓流に出て下の道を戻ろうとしました。
斜面を下っていると急に足元の土が崩れた。
あわてて近くの灌木をつかんだんですが、元々何かにひっかかって曲がっていた枝らしく、
ぐりんと幹が回って、つかんでいた親父の右の人差し指の爪が弾け飛んだんです。
「あっいててて」親父は尻餅をついて河原まで滑り落ちていきました。
幸い指以外のケガはなく、渓流の水で冷やしてから手ぬぐいで縛りましたが、
きれいに爪一枚が剥がれていたそうです。
ここに至って、さすがに迷信が嫌いな親父でも思い当たりますよね。
羅漢の塚の下で歯を見つけた直後に歯が抜け、爪を見つけた直後に爪が剥がれた。

それは何かあると思うでしょう。びくびくしながら河原を歩いていくと、
下のほうから白ずくめの人が歩いてくる。修験者です。
奥の山地はこの地域の修験場になっていて、修験者は今でもちょくちょく見かけます。
その人たち相手の温泉まであるんですよ。親父はていねいに礼をして行き過ぎようとしたら、
「あ、待ちなさい」と呼び止められた。その修験者は片方の目がつぶれ、
白い顎髭を長く伸ばし、そうとうな高齢に見えたそうです。
「あなた、とてもよくないものに寄られているようです。山中で何かありましたか」
こう聞かれたので、迷ったものの、あったことを話しました。
羅漢像の塚と歯と爪のことです。修験者は少し考え込んでいましたが、
「それは、さんさいというものだろう」こう言われて親父は、
「山菜」のことと思ったそうですがそうではなく、
漢字にすると「三殺」と書くのだそうです。

ほら「相殺(そうさい)」という言葉があるでしょう。あの「殺(さい)」です。
それは何かと親父が訪ねると、修験者は逆に「あなた何か人に恨まれることはありますか」
こう尋ね返してきました。・・・実はあったんですね。その頃親父は親戚の一人と、
激しい土地争いの裁判をしている最中だったんです。
親父はすっかり観念してそれを隠さず話すと、修験者は、
「あそう。じゃ、その相手が三殺を仕掛けてるんだろう。
 このままだともう一度、羅漢塚を見ることになるよ」
あっさりした口調で言ったそうです。「見ればどうなりますか」
「最後の三つめだから命取りになる。塚には臓腑の一部が入っている場合が多いが、
 脳だったこともあるらしい」
親父は驚いて、すがるようにして修験者を見ました。

修験者は「何かの縁だろうから、助けてあげたいが、相手との力比べになるな」
そう言って背の荷から矢立を取り出し、筆を渓流の水に湿して、
親父の首筋になにやら字を書いたそうです。それから親父に、
「帰りの道は目を半眼にして、脇見をせず足元だけ見て歩きなさい。
 村の道まで降りられたら大丈夫だろう。
 家に着いたら、仏壇の前に行って、神さん仏さんをよう拝みなさい。一家全員で」
こう教えたんです。
親父は修験者を伏し拝んで、持ってた物を渡そうとしたんですが、
「効くかどうかはまだわからないから」そう言って断ったそうです。
そこからはもう、おっかなびっくり。自分の長靴の足先だけをみて歩きまして、
なんとか家までたどり着くことができました。

道中、またあの塚を見てしまったらどうしようと思うと、
生きた心地がしなかったと言っていました。その後、家では教えられたとおり、
父の両親と年寄り、家にいた父の弟、妹らで神棚、仏壇に長くお祈りをしたそうです。
まあ、どこまで本当のことかはわかりませんが、
こういう話を子供時分に聞いたんですよ。
え、土地争いの裁判ですか? それが・・・争っていた親戚なんですが。
地裁の判決が出る前に亡くなったんです。
夜に酔って歩いていて溜め池に落ちたのだと聞いています。
裁判はなくなりまして、土地は私ら家のものになったはずです。
親父が死んだときに相続で手放しましたけども。最後にね、話に出てきた修験者ですが、
私も山に入るようになって、何度か見かけたことがある気がするんですよ。

ええ、親父の亡くなった後です。
ありえないほど若々しい身のこなしで滝を登ったりしてました。
そのとき、片目だったのも見ているんです。
でもね、親父の若い自分にすでに高齢だったとすれば、
もうとうに百歳を越えているはずですし、さすがにそれはありえないですよね。
おそらく別の人なんでしょう。
もしあれをやって長生きできるのなら、私もやりたいですけどね。
「三殺」ですか。幸いにして山で見たことはありません。
ええ、人の恨みを買わなければ、そうしたことは起こらないんでしょうから、
せいぜいまっとうに生きるように努めていますよ。
聞いていただいてありがとうございました。