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地下の沼(下)

2015.03.01 (Sun)
そうだな、変わった点といえば、仕事が6時から10時までなんで、
生活が規則正しくなったよ。普通なら、その時間は酒飲んでるからな。
あと、夜ぐっすり眠れるようになった。内容はなんてこともねえ仕事なんだが、
終わって帰ってくると疲労感がかなりあるんだ。
やっぱり精神的に緊張してるんだろうな。
これが紙を見てしゃべるんなら気が楽だったろうが、暗記しなくちゃならんし。
1回ヘマしたことがあるんだよ。祭壇の前で語りかけるときに、
うっかり「とても立派です」って言っちまってな。
ほら、全部を過去形にしなきゃいけないってのに反しちゃったわけだ。
口に出してすぐに気がついたよ。背筋がぞくっとした。
うーん、特に何も起こらなかった。だから気を取り直して続けたんだ。

いや、見田弟にはそのことは言わなかった。首になっちゃ困るし。
やつは3日か4日おきに、店に顔出して封筒に入れた給料を渡してよこした。
そうだ。あと、だんだん体が沼臭くなってきてな。
これにはちょっと困った。そんなヒドいドブみたいな臭いではないんだが、
薬品のような感じの饐えた臭いだよ。消毒薬とも違うし、工場の臭いっていうかなあ。
おそらく沼に入ってるのは水じゃなかったんだろう、何かの薬品。
ま、できるだけ風呂に入るようにしてたから、人に会って言われることはなかった。
やがて1ヶ月になろうって頃に、見田弟から、
「あんた頑張るなあ。よくミスしないでやってる。沼がこんな一ヶ所でもってるなんて、
 記録じゃねえかな。もしよ、具合が悪くて休みたいとかあれば電話してこい。
 1日ぐらいなら俺が代わってやるから」こんな風に言われたりしたんだ。

その矢先、1ヶ月過ぎたとき、ヘマしちまったんだ。
その日の名簿は3人だけで、楽だと思って油断した。それと、
言い訳にしかならねえが、駒田と、幸田で、1人目と2人目の苗字が似てたんだ。
いつものように沼の部屋に入って電気をつけ、祭壇の前に立って一息つき、
おもむろに語りかけを始めたんだが、駒田なのに幸田のを言っちまった。
しかもすぐに気がつかなかったんだ。半分目を閉じて、気持ちを込めて話してると、
ボッコンって音が聞こえた。沼のほうを見ると、風船くらいある大きなあぶくが、
10mほど先に出てたんだ。ここで気がつけばなあ・・・
しばらく待って何事もなかったんで続けた。そしたら、さっきのあぶくが割れ、
下から何かが出てきた。黒い、でかいもんだ。大きさは冷蔵庫くらいもあり、
丸い形をしてた。見た瞬間足がすくんだ。自分が間違えたことにも気がついた。

黒いのは髪の毛だと思った。それが沼の液体でへばりついたようになって、
人の頭が・・・4つ、5つくっついてた。
並んでるんじゃなく、ひとかたまりに溶け合ってたんだ。
ずぶぶぶぶ、って音を立てながら、それはもう1mも出てきて・・・
俺は祭壇の上にネジ止めされてる小型の機械の赤ボタンを押した。
すぐに「どうした!」という声が聞こえた。見田兄弟の声じゃなかった。
「沼から何か出てきた。人のかたまりみたいのが!」
「チッ」舌打ちがスピーカーから大きく響いた。
それっきりいくら呼びかけても応答がなかった。沼から出てきたものは
もう天井につかえ、ゼリーででもできてるみたいに広がってた。
くっつき合ってた顔も分かれて、天井のコンクリに貼りついたようになって・・・

俺はそこまで見て逃げた。急いでドアを出て鍵をかけた。
そのまま店外まで駆け上って、夜の街へと逃げ出したんだよ。
・・・まあ、こんな話なんだ。
で、翌日、店が火事になったってことが新聞に出てた。といっても小火程度で、
すぐに消し止められたようだった。さあねえ、沼がどうなったかはわからない。
こっちから連絡をとることはなかったし、向こうからも電話はかかってこなかった。
店のあったとこへも行ったんだよ。そしたら、燃えた跡が外からはわからなかった。
だから地下のバーの内部だけなんだろうと思った。
黄色いテープが張られてて、階段を下りることもできなかったよ。
で、あったことをつらつら考えると不安になってきた。
そりゃ仕事内容からして尋常じゃなかったからな。ましてあんなものを見ると・・・
それでアパートを引っ越したんだ。結局高くついたってことだ。

それから・・・また、薬の臨床試験があって。
これは有料で登録してあるから、優先的に知らせてくれる。
その試験をやった病院で、見田に会ったと思うんだよ。
ああ、兄のほうだ。俺が昼過ぎの診断を終えた後、特殊病棟の面会室で本読んでたら、
横脇のエレベーターが開いたんだよ。緊急時にベッドごと移送したりするやつだ。
そっから車椅子の人が出てきたが全身に包帯が巻いてある。
で、顔の部分は白いゴム製のマスクだったんだ。犬神家のスケキヨって知ってるか?
あんなやつだ。しかもそいつは右足がほぼ付け根から、
それと左手が肘のあたりからないように見えた。
そこの実験病棟の階は一般の患者の姿は見かけなかったんで、あれっと思った。
むろんそんな状態じゃ自力では動けない。やっぱりその病棟では見たことのない、
赤いカーディガンを羽織った若い看護師が押してた。

しずしずと俺の前を過ぎようとしたんで、投げ出してた足をよけた。
そしたら、看護師が乱暴な手つきで車椅子のやつのマスクをはがしたんだ。
焼け爛れた顔が出てきた。たぶん火じゃなく、何かの薬品で。
そいつは俺にその顔を向け、「うーうーうー」とうなったんだが、
崩れた顔だけど、面影に見覚えがある気がしたんだ。見田の兄だと思った。
「うーうー おろうろは しらら」そう言ってがっくり頭を落とした。
看護師があごを持ち上げてマスクをかぶせ、俺を見るともなく、
「こうなりたいですか? 沼のことは人に話してはいけませんよ」
そうつぶやいて、車椅子を押して検査室のほうへ去ってったんだよ。
うん、見田兄の言った内容は後で考えてわかったよ。
「弟は死んだ」これでまちがいないと思う。あれから3ヶ月が過ぎて、
俺の身のまわりに特におかしなことはない。ないが・・・

地下の沼(上)






地下の沼(上)

2015.03.01 (Sun)
アルバイトの話なんだ。俺? 俺はフリーターってか、プー太郎だよ。
薬の臨床試験ってバイトがあるだろ、最初はあれに参加してたんだ。
うーん別に、不安を持ったとかはないよ。だって応募元は名前のしれた製薬会社だし、
毎日医師がついてて診断してくれるんだから、むしろ普段より健康なんかもしれない。
基本ただ寝てるだけで、10泊11日で25万、これはこたえられねえだろ。
ああ、でもよ、今日するのはその話じゃねえんだ。その次にやったバイト。
この臨床試験で、見田ってやつと知り合いになって紹介された。
年は俺より10は上だな。40以上に見えた。
うーん、筋者じゃねえと思う。臨床試験の被験者って刺青はダメなんだ。
それに、言葉遣いもていねいだったし、威圧するようなとこもなかった。
最終日、これで開放ってときに名詞を渡されたんだ。

その試験とは別の製薬会社のコンサルタントって、肩書きになってた。
まあな、不自然といえばそうだよ。
なんでそんなやつが他社の試験にいるのかわかんねえし。
でよ、こいつの紹介したバイトってのが、報酬がよかったんだ。
1日4時間の拘束で3万。ただし休みの日はないってことだったが、
要するに1ヶ月で90万になるわけだ。しかも違法なことは何一つないって
言われたから、こりゃ断る手はねえよな。で、承知したら次の日、
繁華街にある○○ビルってのを訪ねて来いって言われたんだ。
約束の時間は昼の2時、行ってみたら、飲み屋街の細長いビルなんだよ。
ほら、敷地面積のせまい土地に、階数だけのばして建てた雑居ビル。
ネオン看板を見るかぎり、全部がカラオケスナックかその類だった。
これはちょっと考えたね。水商売が悪いわけじゃないが、
それで日に3万って言ったら、ヤバイ仕事としか考えられねえだろ。

だから、話しだいでは断ろうと思いながら、中に入ったんだ。
地下へ行けという指示だったんで、せまい汚い階段を下りていたら、
ドアがひとつだけ、看板は外されてたが、どう見てもバーかなんかなんだよ。
ノックした、そしたらややあって「入れ」って野太い声がした。
中は予想どおりバーのつくりで、カウンターに大きな男が座ってた。
120kgはあっただろうな。スーツ着てたが、ごつい体なのがその上からもわかった。
おそらく何かの格闘技の経験者だよ。ただし・・・そいつも筋者のにおいはしねえんだ。
そいつは見田って名乗り、臨床試験のときのやつの弟だって言った。顔は似てた。
俺はあいさつをし、それからすぐ仕事内容の説明をされたんだよ。
夕方6時にここへ来て、そうすると古ぼけたファックスに連絡の紙がきてるから、
それをまず読む。

内容は、なんと言えばいいんだ? 人5人くらいの名前と、その人の
いいエピソードが書いてある。いいエピソードって何のことかわかんねえだろ。
「何年何月に晴れて部長に昇進した」とか「後輩をいつも食事に誘って
慕われていた」とか、「長年母親の介護を親身になってやりとげた」とか、
そういう内容。一人一人の名前の下に箇条書きで10個ほど書かれてた。
5人だと50個くらいになるな。まずそれを暗記しろと。
こんとき きつく言われたのが、エピソードを忘れて言わないのはしょうがねえが、
絶対に人を取り違えるなって。つまり別のやつのエピソードを読むなってこと。
それと必ず末尾を過去形にしろ、ってことだった。
で、だいたい暗記したら、それを感情込めて語りかける練習をしろって。
本番のときは紙を見ちゃいけないんだよ。何が本番かって? それは今話す。

「やってみろ」って言われたから、その場で一人分だけやってみせた。
どうやら見田弟は満足だった様子で、カウンター奥の調理場に案内させられた。
バーだからせまいキッチンだったが、そのどん突きにドアがあって、
それが冷凍貯蔵庫みたいな頑丈な鉄扉だったんだ。
で、見田が最初に入ってスイッチらしいのを押した。
それで明るくなったとこへ俺も入って、思わず息を呑んだんだ。
広いんだよ。体育館半分くらいもあった。ただしもちろん天井は低い。
そこに薄暗い感じで水銀灯がいくつか灯ってる。これだと,
ビルの敷地だけじゃあ絶対足りない。裏手の道路の下にまで続いてるようだった。
それとさらに驚いたのは、下が3mほど土で、
その先が水・・・沼みたいになってたことだ。
地下だから太陽光が入らないんで、植物とかはなかったが、

それをのぞけば、平地にあるような沼だったんだ。
水は澱んでて、天井の色を映して青黒く光り、そこかしこからあぶくが立っていたな。
で、沼の手前に祭壇のようなものがあった。簡素なつくりで、
お盆のときの棚にも似てた。見田弟はその前に立ち、
「ここで9時になったらエピソードを一人ずつ、心を込めて語ってくれ。
 仕事はそれだけだから、終わったら帰ってもいい」そう言ったんだ。
いや、どういう意味があるのかはまったくわからなかったよが、質問できる雰囲気じゃ
なかった。その沼のある場所からは5分ほどで出て、厳重に鍵をかけた。
で、さらに注意事項をいくつか言われた。「沼の水には絶対に入るな。手を触れてもいけない」
「もし何か異常な事態が起きたら、店の中なら俺に携帯で連絡しろ。
 ただし沼の部屋で起きたんなら、祭壇の上に無線機があるから、赤ボタンを押して指示を聞け」

「沼の部屋の戸締りを忘れたてたらクビ、言い訳は聞かない」
「休みはねえが、体調がもし悪かったら必ず連絡しろ」こんなことだったな。
その日は交通費と言われて封筒を渡されて帰ったが、中には10万入ってた。
で、翌日6時に出勤した。やはり見田弟がいて、「2、3日はいっしょにいてやるが、
慣れたらお前一人だからな」そう言って、沼の部屋と店の入り口のキーを渡された。
ファッスの紙を取ると、その日名前が載ってたのは4人で、
いかにも立派な人生を送ったかのようなエピソードが連ねてあった。
俺は2時間かけて暗記し、見田弟の前で披露した。
「合格、なかなかいいじゃねえか」にやにや笑いながら見田は言ってた。
で、9時になって沼の部屋に入り、祭壇の前に立った。見田は俺の後ろ、
ドアのすぐ近くで見てたんで緊張したが、20分ほどかかって語り終えたよ。

まるで葬式で弔辞を読んでるような気分だった。
沼は相変わらず、ぼこぼこと泡立ち、饐えたような臭いがしてた。
4日目で見田弟は消え、俺一人になった。
その4日で、12万、最初の10万と合わせて22万だよ。信じられねえ金額だろ。
この仕事にどういう意味があるのかは考えないことにした。
おそらく沼は建築法とかに違反してるんだろうが、
俺がやってることに違法性はない。けっこう頭も使うし、それ以上何を望む?
ただ、日がたつにつれて沼の臭いがきつくなっていく気がした。
あと、どうしても圧迫感がある。言われてなかったから、
俺は常にドアを開け放したまま語りをしてたんだよ。
で、まあ何ごともなく10日ほどが過ぎた。

地下の沼(下)