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瘡の部屋

2015.04.30 (Thu)
・・・落ち着いて話すようにしますんで、
何かわかることがあったら教えてください。このままだとヤバイんですよ。
発端というか、ネット見てただけです。内容はグロ画像でしたけど。
外国だと、日本と違って事故とかの死体写真が新聞に載るとこもあるんです。
文化の違いというか。某掲示板にもグロ画像スレってあるし、
そんなにヤバイことしてるとは思わなかったんです。
見てたのは外国の、たぶん東南アジアの国のサイトです。
首がちぎれかけたのとか、交通標識が刺さって脳が出てるのとか、
バイク事故だと思うけど、顔面が道路で擦りおろされちゃったのとか・・・
で、そのサイトのリンクのリンクって感じでたどってったら、
変なサイトに行きあたったんです。

いや、そこ画像としてはそんなに酷いものは載ってなかったんですよ。
いかにも素人が携帯で撮ったようなピンボケ写真が数枚・・
短パン姿のたぶん若い男の膝をアップした写真で、顔は写ってなかったです。
文字はいっさいなかったんでわかんないですが、
何となく画面から受ける感じが日本のサイトのような気がしました。
でもそこ、後になってから探したんですが、どうやっても見つからなかったんです。
履歴にも残ってなかったし・・・ああ、すみません。
その写真ですが、右の膝がしらがすごく腫れてたんです。
ガングリオンって言うんですか、皮膚の下に脂肪がたまってぶよぶよになる、
あんな感じの膝でしたよ。普通の倍くらいになってました。
でね、そこに顔がついてたんです。

ええ、ええ、人面瘡というのは知ってます。でもね、その膝は・・・
確かに顔に見えたんですが、人為的にやったものだと思いました。
何かの事情で腫れてしまった膝に、悪ふざけかなんかでカッターで切れ目を入れ、
人の顔に見えるようにした。そういうのだと思いました。
目や口のくぼみはあっても、目玉や唇、歯なんかはなかったし。
見るからにチャチだし、そんなん興味ないじゃないですか。
だから見てたのは数分だったと思います。それだけのことだったんです。
ところが2日後、広告とかのメールを削除してたら、
その日のところに差出人不明のメールがあって、
どうやってるのかわからないんですが、相手のアドレスが不明でした。
つまり返信できないってことです。

でね、要件は何も書かれてなく、ファイルが1枚添付されてるだけでした。
それ開いちゃったんです。事前にウイルスチェックはしたけど問題なかったし。
そしたら画像でしたけど、さっき話した変な膝の写真、
あれと同じトーンのものが出てきました。
ただ・・・サイトで見たのはアップ画像でしたが、それはずいぶん引いてたんです。
相変わらず顔は見えないんだけど、
その若い男がフスマにもたれて足を投げ出している写真です。
その部屋に見覚えがあったんです・・・俺が今住んでるアパートの部屋でした。
これは間違いないです。フスマのシミも同んなじだし、間違えようがないです。
え、いくつか質問がある? ええ、どうぞ。
ああはい、その写ってる男は俺じゃないです。

俺はもっと毛深いし、履いてる短パンも見たこともないやつです。
それにぞの写真で見るかぎり、そいつはずいぶん背が低い感じがしました。
ああ、はい。俺が部屋を借りたのは4年前ですよ。
そんときからフスマのシミはありました。俺がつけたもんじゃないんです。
いいですか? ・・・続けます。
そいつの膝はやっぱり腫れてて、顔に見える穴が開いてたんですが、
その口の部分に紙を一枚咥えてたんです。
ピンボケでしたが、そこに書いてる文字はなんとか読めました。
「布団の下の畳をあげて裏を見ろ」これが黒マジックで2行に書かれてました。
はい、ベッドじゃなくて布団です。ええ、やっぱり気になるでしょう。
写真そのものはイタズラだとしても、俺の部屋なんですから。

前に住んでた住人だろうとしか考えられませんでしたが、
そんな手の込んだイタズラをされる覚えはなかったですし・・・
俺の前ですか? これは大家に確かめたんですが、
50過ぎの土木作業員ってことでした。でも、写真の男はもっと若いです。
だからその前の住人・・・大家は普通の学生だったって言ってましたけども。
そっちの本面からはたいしたことはわからなかったです。
アパート自体は築20年以上ですから、数代前の住人かも。
で、次の日曜に畳をあげてみたんですよ。
すごい綿ボコリがまい立ちました。でね、畳の裏なんですが、
俺が寝てるとこの足のほうになってる畳一枚の裏に、
一面に黒マジックで絵と字が書かれてたんです。

絵のほうは10cm四方の子どものイタズラ書きのような顔。
何を表してるかはすぐにわかりました、写真の男の膝にあったやつです。
目や口の形も同んなじだったし。それが全部で14ありました。
字のほうはその顔の書かれてない部分一面にびっしりと、
「転べ 転べ 転べ 転べ 転べ」ってそれだけを。
そりゃすぐに大家のところに文句を言いに行きました。
そんときにさっき話した前の住人のことも聞いたんです。
こんなのイタズラだし実害もないのに、ってしぶる大家に談判して、
畳を替えることを約束させたんです。
ええ、その一枚だけ。書かれてるのはそれだけでしたから。
それにしても、4年間ずっとその上に寝てたのかと思うと不気味でした。

なんでそんなことをしたのか、意図がまったくわからないでしょう。
それに何年もたった今になって知らせてきたってのも意味不明だし。
それで・・・1週間前、仕事の帰りにチャリで転んじゃったんです。
右の膝を強く打ったんですが、医者にいくほどのことはないと思ったんです。
ところが翌朝になるとすごく腫れて、それに、ほら。
顔に見えるでしょう。傷じゃないから血も出ないんだけど、
こんなふうにへこんで戻らないんです。いや、そんなに痛くはないです。
むず痒いって程度ですけど。もちろん仕事を早引けして医者に行きました。
で、昨日検査の結果が出たんですが・・・
その整形外科病院で、大病院に転院を勧められたんです。

紹介状を書くからって。入院の準備もしておいたほうがいいって言われました。
でね、医者に食い下がって聞いたんです。
そしたら「はっきりしたことは言えないけど、足を切ることになるかも」
みたいな話をされたんです。冗談じゃないですよ。
こっちは肉体労働だし、片足じゃ人生終わりです。
それで、もう話したくないそぶりの医者に、一連のことをしゃべったんです。
グロサイトから変なページに入ってって、そこで膝の写真を見たこと。
メールが来て、それに俺の部屋が写ってたこと、指示どおりに畳をあげたら、
「転べ 転べ」が書かれてたこととかを全部。そしたら医者は考え込んでましたが、
「もしかしたら」って言って、ここを紹介されたんですよ。
みなさんこういうことの専門家なんでしょう。どうしたらいんですか?







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変な話

2015.04.29 (Wed)
*怖い話ではないですが変な話です。

自分と同業の占い師のSさんから聞いた話。
彼は自分に比べればずっとメジャーで、某有名雑誌に占いコーナーを持ってます。
つい先日、飲み会の席でこんな話をうかがったんです。
「なあ、世の中に殴りたくなる顔ってのはあるよな」
「うーん、あるでしょね。でも性格の問題と違って顔が気に入らないからって、
 殴るわけにはいかないでしょ。嫌なやつなんですか?」(これ自分です)
「いや、行きつけのコンビニの店員だよ、深夜シフトの。
 店のマニュアル内容しか口をきいたことしかなかったんで、性格はわかんない。
 30代くらいで、なんかおどおどした感じなんだが、
 カウンターごしに顔を見てると無性に殴りたくなるんだよ」
このSさんは自分と同じく学生時代に柔道をやっていて、体重は100kgを超えます。

「殴っちゃダメですよ。でも興味深いなあ、どんな顔してるんです?」
「まあ、ナス型だな。頭の髪のある部分が小さくて、その下のほっぺたが膨らんでる。
 電球を下に向けた感じっていうか、マンガでもそんなキャラいるだろ」
「下ぶくれってことですね」 「ああ、それそれ。でな、正面に目鼻が集まってて、
 両頬の面積が広いんだ。しかも肉が柔らかそうにフルフルしててね、
 ああ、これを思いっきり張り飛ばしたらどんなに気持ちいだろうかって」
「うーん、それはぜひ見てみたいですね。あ、そうだ、下ぶくれの顔って、
 ボクシングのパンチングボールに似てますよね。ゲーセンにもあるやつ。
 あれを連想するんじゃないですか」 「わかんないけど、そうかもな。
 とにかくコンビニで物買って、会計を待ってる間、殴りたくて殴りたくて、
 自然とこぶしを握り締めてるんだよ。手のひらにじっとり汗をかくくらい」

「うわー」 「で、買い物が終わって店を出ると、ほっとするんだ。
 今日も殴らずに済んだって」 「別の店に行けばいいんじゃないですか」
「そうなんだけど、何かその顔を見たい気もあるんだよ。中毒してるみたいに」
「・・・・」 「でな、こないだその店員と居酒屋で偶然一緒になったんだ。
 俺が仲間と飲んでて、仲間は終電に合わせて帰っちゃったけど、
 俺は地元だし、飲み足りない気がして一人で冷酒やってたんだ。したら、
 その店員が3人づれで入ってきて、カウンターにいる俺をと目が合って頭下げた」
「興味深いですね、どうなりましたか?」 「俺は相当な量の酒が入ってたんで、
 10分ほどしてトイレに立ったその店員を、手招きして隣の席に呼んだんだ。
 で、少し世間話した後に、単刀直入に聞いてみたんだよ」
「何とです?」 「あんた、これまで殴られたことあるかって」

「おお、で?」 「そしたら、殴られそうになったことはたくさんあるけど、
 実際に殴られたのは1回しかないって。
 でな、その後に聞いたのがじつに変な話なんだ」
「ぜひ教えてください。ブログネタになります」
「そいつはどうやら自分の顔が、他人に殴りたいって気を起こさせるのを、
 知ってるようなんだ。子どものころから、
 とにかく理由もなく殴られそうになったことが、何度もあったって言う。
 相手は親兄弟以外のほぼすべての人、男も女も年も関係なく、
 ある程度まで顔が近づくと、こぶしを握ってプルプル震えるって。
 学校の先生、病院の医者までそうだったらしい。べつにケンカとかしたわけじゃなく、
 普通に話してる途中で。学校の先生なら面談中、医者なら診療中にな」

「ええ、Sさんみたいにですね」
「まあそうだ。で、相手がこぶしを振り上げようとした瞬間、
 いつも急に殴るのを思いとまる。それでそいつの顔を見て目をぱちくりさせる」
「殴られないで済む?」
「そう言ってたな。で、相手は驚きで放心したような状態になってる。
 そういうことが何度もあったんで、中学のときに相手に聞いてみたそうだ。
 そしたら・・・こっから信じられないような話になるがいいか?」
「いいです、ぜひ」
「そのときの友達が言うには、そいつの顔がサザエに見えたそうなんだ」
「サザエ・・・貝のサザエですか?」
「そうだ。それも人間の顔大の巨大サザエ」

「えー嘘でしょう。ありえないです!」 「だから信じられないって言ったろ。
 サザエってごつごつ とげとげしてるじゃん。それで驚きとともに、
 痛そうなんで殴る手が止まってしまう。ここでよ、
 心霊関係に詳しいお前に質問するが、これはオカルト的にどう解釈できる」
「えー、できないですよ、そんなの。まあ・・・むりくり言えば、
 サザエが守護霊になってるってことですかねえ」
「人間以外も守護霊になれるのか」
「・・・昔ペットにしてた犬や猫が守護してる、という霊能者の人はいますよ。
 しかし貝は聞いたことがない。それ以前に魚も聞いたことはないです」
「そりゃどうしてだ?」
「魚介類は霊魂がないか、あっても霊格が低いってことでしょうかねえ」

「そうなのか?」 「うーん、これはどっちかというと人間中心主義的で、
 万物みな霊を宿すってのが日本古来の考え方のような気もしますけど。
 キリスト教では論争がありましたし、輪廻宗教系では、
 人間にしか生まれ変わらないというのと、そうではないものがあります。
 人間以外にも生まれ変わる宗派は人気ないですけど・・・
 あの、さっき1回殴られたことがあるって言ってたそうですけど、
 それはどんなケースですか」
「ああ、高校のときで相手はボクシング部だったそうだ。
 事情はそれまでとほぼ同じだったけど、相手が人を殴りなれてるだろ。
 モーションが小さいしスピードがのって手が止まらなかった」 「それで?」
「その店員の顔はなんともなくて、相手の手がぶさぶさに裂けたそうだ。

 ちょうど巨大サザエを殴ったみたく」
「うわ・・・ さっきからちょっと気になってたんですが、
 その店員の人、そういう経験を積んでるなら、
 Sさんが店で殴りたいと思ってるのに気づいてたんじゃないですかね」
「ああ、そうかもしれん。さすがに俺の話は出なかったけどな」
「汗かくほどこぶしを握り締めてたんでしょ。ぜったい気がついてますって」
「だろうなあ」 「今度1回実際に殴りかかってみてくださいよ。
 実際に殴らなくてもサザエに見えるんでしょう。
 やってみれば本当の話かどうかわかりますよ」 「確かにそうだなあ。
 今度コンビニ行ったときに試してみる。俺は事情を知ってるわけだから、
 悪意があるとも思わないだろう。次会ったとき、どうなったか報告するよ」

『さざえ鬼』水木しげる




 


ゲーム

2015.04.28 (Tue)
*ナンセンス話です。

その日はいつもどおり・・・いや、違うかな。
いつもより電車一本早めのに乗ったんです。でも、それはたぶん関係ないというか、
耳がおかしくなったのは、電車を降りてからです。
電車のドアを出てホームに立った瞬間、両耳に圧迫感を感じたんですよ。
うーん、飛行機のとはちょっと違うなあ。あれは気圧の関係でしょ。
そうじゃなく、もっと鋭い感じというか・・・
圧迫感という言葉が悪かったかもしれませんね。
侵入感と言えばいいのかなあ。両耳同時にね、ミミズくらいの、
ちょうど耳の穴にすっぽりはまるくらいのが入ってきた感じを受けたんです。
もちろんさわってみましたよ。でもね、何もなし。
物理的な感じは一瞬だけでしたが、その後はっきり耳が聞こえにくくなりました。

ちょうど退勤のラッシュ時なのに、うるさい感じがしなかったんです。
変だなと思いました。耳の病気だろうかってね。
子どもの頃、よく中耳炎とかになってたんですよ。
でも、それはプールに入ったせいだったし、
一時的なもんであればいいなあ、とりあえず一晩寝ても同じなら、
明日早引けして医者へ行こうと考えました。
それで駅の階段を降りてるとき、妻から頼まれた買い物があるのを思い出しました。
いえね、つまらないんもんで、妻がやってる洋裁の材料です。
だいぶ前に言われてたんですが、ずっと忘れ続けてたんですよ。
まあ近々に必要なものとも思えないし、妻もうるさく言わなかったんで。
でも、いつもより早い時間だし、ちょっと地下街に寄って帰ろうかと・・・

そしたらその時、耳の中でチイチイという音がしたんです。
それも両耳同時に。うーん、ネズミの鳴き声に似てると言えば似てました。
あと、聞こえたときに、鼻の奥のほうがツンと酸っぱい感じがしたんです。
ああ、これはやっぱり何か耳の障害なんだろうか、と考えたとき、
頭の中に声が響きました。
「ほら、チャンスじゃないか。洋裁の道具買って行けよ。
 奥さん待ってるだろうに」・・・これが確か右の耳のほうでした。
ええ、左からも聞こえたんです。
そっちは「耳病気かもしれないんだぞ。どうせ洋裁なんて日曜までやらないから、
 耳が直ってから買に行けよ」これが同時にです。
それなのにどっちもちゃんと意味がわかったんですよ。

えーとほら、よくマンガで黒い悪魔と白い天使が出てきて、
ささやきかけてくるシーンがあるじゃないですか。
人間の良心を擬人化したものですよ。ちょうどあんな感じではありましたね。
でもね、洋裁の道具を買うか買わないかなんて、そんな大事じゃないでしょ。
もしかして耳だけじゃなく、脳のほうもヤバイのかと思ったりもしました。
これはいよいよ病気、それも脳梗塞か何かの前兆かもしれん、
買い物なんてやめてまっすぐ帰ろう、そう考えて駅を出、バスに乗りました。
自宅まではバスで20分ほどです。
で、いつもの停留所に近づいたので、降車ボタンを押そうとしたら、
右の耳の奥で、「もっと乗ってけ。メタボ気味だろ。
 次の停留所でも定期は同じだから、そっから家まで歩けばいい運動になる」

こう聞こえてきたんです。左のほうは何も聞こえませんでした。
確かにねえ、このお腹ですし、会社の定期健診でも引っかかってますよ。
でも、停留所を乗り過ごして歩くなんてちょっと。
まして耳の奥から声が聞こえてる状態でやるわけがありません。
で、バスを降りました。そっからはマンション街の少し上り坂を5分ほど歩けば家です。
そうですね、体のほうは何でもなかったんです。
どっか苦しいところがあるとか、息切れしたりするわけじゃかったです。
人通りはそこそこありました。で、2分ほども歩いたでしょうか。
一本道なんで、私の住んでるマンションが見えかけたあたりです。
また右の耳から声がしました。
「のど渇かないか。缶コーヒ飲みたくないか。左手の自動販売機100円だぞ」

・・・潜在意識っていうのがあるじゃないですか。
自分の意識の表面には出てなくても、頭の底のほうでずっと考えてること、
そういうのを言うんじゃないでしょうかね。そんとき、もしやこの声は、
自分の潜在意識が働きかけてるんじゃないかと、ふと思ったんです。
ポケットから財布を出したとき、今度は左耳で声がしました。
「やめろ、体調悪いんだろ。変なもの飲んで命取りになるかもしれんぞ」
また右耳、これはやや強い口調でした。
「ブブー 『命』という言葉を出すのは反則だよ。さあ、飲み物を買え」
その勢いに押されて、スポーツドリンクを買い、
コートのポケットに入れたんです。その後は両耳の音はしませんでした。
私のマンションの2つ手前まで歩いたときです。

ドカーンと目の前で爆発音がしました。仰天しましたよ。
目の前15cmのところにストッキングをはいた人の両脚があったんですから。
下を見ると人の頭、長い髪の女の人でした。
年はわからなかったですね。なにしろ顔がつぶれてましたから。
気味の悪いものが飛び散ってて、みるみるアスファルトに赤い液体が広がっていき、
私の目の前に直立していた足は、ありがたいことに向こう側にパタンと倒れたんです。
「人が落ちたぞ!」「飛び降りだ!」という声がして、
わらわらと通行人が集まってきました。
そのうちの一人が「あんたの目の前に落ちたよな。運がよかったといか、
 巻き添えで死んだ人の話もあるから」私にそう言ったんです。
「おい、救急車に連絡しろ」 「もうダメだろ。頭を見ろよ」

飛び降り自殺・・・この言葉がやっと頭に浮かんだとき、
駅と同じように耳の違和感を感じました。
右耳のほうで「またこっちの勝ちだな。自動販売機で立ち止まらせたのが効いた」
左耳で「ああ、今回は負けたが、まだこっちが勝ち越してるぞ。
 しかし悔しいな、女のほうはうまくいったのに。攻守交替でもう一勝負やろう」
そういう声がして、ぬるりとい感じで両耳から何かが抜け出ました。
それはしゃがみ込んだ私の頭上で二つの黄色っぽいホタルほどの光となって、
ちょうちょみたいにもつれ合い、からみ合いながら、
道の上の空に昇っていったんですよ。もう違和感は残っていませんでした。
・・・落ちたのはそこのマンションの住人で、私のまったく知らない人です。
即死だったようです。いや、それにしても私の耳に入ってきたのは何だったんでしょう。



 



 

土着系話の反応

2015.04.27 (Mon)
今回もあまり時間がなく、反則的なブログ内容です。
まず最初に、自分が書いた土着系の怖い話(黒民話)を採録します。
それほど長いものではありません。

土用坊主

子供の頃に住んでた地方に伝わる土用坊主の話。
土用は年4回あって、この土用の入りから節分
(新暦2月の豆撒きが有名だがこれも年4回)までの約18日間は、
草むしりや庭木の植え替えその他、土いじりをすることは忌まれていた。
この風習は中国由来の陰陽五行説からきたようだが、
この期間に禁を破って土いじりをすると、
土用坊主という妖怪というか土精のようなものが出てきて、
災いを為すと言い伝えられてた。

土用坊主の姿はあいまいで、土が固まって人型になったもの、
あるいは巨大なミミズ状のものという目撃談が多いようだ。
ただ別伝承の中には土の人型がだんだんに崩れて、
その人の一番嫌いなもの、見たくないものに姿を変えるという話もある。
これはかのハリー・ポッターシリーズに出てくるまね妖怪に似ている。

出身地の旧村はほとんどの家が農家だったので、
実際には土用の間すべて土いじりしないのは無理がある。
だからそこいらでは立春前の土用は慎まれていたけれど、
それ以外の期間は土にさわっても問題なしとしていた。
春の期間もおそらく田畑関係のことは除かれていたのかもしれない。

ある中程度の自作が庭の木の下に金を入れた壷を埋めていた。
この百姓はじつに吝嗇で、
嫁をもらったものの婢のようにこき使って早くに死なせたし、
実の両親に対しても年寄って弱ってくると、
ろくに飯も与えず一部屋に閉じ込めきりにして、
やはりぱたぱたと死なせていたという。
また小作や使用人への当たりもたいそう非道いものだったらしい。
そうして溜め込んだ、百姓にはそれほど必要のない金銀を、
夜中にこっそり壷から取り出しては、
暗い灯火の下で数えるのが唯一の生き甲斐だった。

まだ冬のさなかのある夜、この百姓が夢を見た。
どこか遠くのほうから土の中を掘り進んで百姓の家にやってくるものがある。
人ほどの大きさもあるミミズで頭に人の顔がついているようだが、
夢の中のせいか霧がかかったようにはっきりしない。
その化け物が生け垣の下から庭に入り込んできて壷のある場所にいき、
壷を割って中の大切な金銀をむさぼるように食べている。
そしてすべて食べ終わると、
ぐるんぐるんと土の中で輪をかいて踊るという夢だ。

この百姓にとってこれほど怖ろしいことはない。
たんなる夢とは片づけられないじつに気がかりな内容だった。
そこで次の日の夜中に、土用にもかかわらず壷を掘り出してみることにした。
龕灯と鍬を持って庭に下り掘り返すと、
壷は割れた様子もなくもとのままで、口にした封にも変わった様子はない。

やれうれしや、と壷を手に取ると壷の下に幼い女の子の顔があった。
その顔は両目からたらたらと涙を流していて、
一気に百姓の肩あたりにまでのびあがった。
夢で見たとおりの土まみれのミミズの体をしていた。
目の前で涙を流している顔を見て百姓はあっと思った。
それはずいぶん昔に人買いに渡した自分の娘の顔だった。
こういうのが土用坊主らしい。


この話について、某まとめサイトではこのような感想をいただいていました。

・DQN爺ザマァ!を期待していたんだが…

・土用坊主よりもこの百姓がいかに鬼畜な守銭奴かって話しだよな
 げに恐ろしきは生きてるヒトなり、だ

・せめて発狂のオチくらいあってくれないと、こんな奴の犠牲になった家族
 (と言えるのかすら甚だ疑問だが)が報われなさすぎる

・土用坊主っていうのか・・・うちの方でも土用(特に夏の)の間、
 家の造作や井戸掘りは避けるよ。釘一本でもだめだって言われる。
 十年ほど前にうちの畑の西側が宅地化されて6軒ほどの家が建ったとき、
 土用に起工したってんで随分爺ちゃん達が姦しかった。
 でも購入したのがみんな三十代前後の人たちだったにもかかわらず十年の間に
 5軒の家から葬式が出たところを見ると何かしら根拠はあるのかもしれないね。

・普通は土公神というね。もともと道教由来陰陽道の神様。
 仏教ライズされて土用坊主になったんだろうね。

・そんじょそこらの怖い話より何倍も怖かった…
 正直今まで読んだ怖い話の中でこれが一番怖い
 景色を想像すると本当に恐ろしすぎる
 人の念も怖いしそれが作りだす悲しい妖怪も怖い


土用の土いじりが忌まれている地方というのは実際にありますし、
現在でも一部の土木会社では配慮されることがあるようです。
また土用坊主自体も神奈川県で信じられていたという妖怪で、
水木しげる先生によりキャラクター化もされています。
自分が黒民話を書く場合は、
始めから話すべてを創作するということはあまりありません。
日本の民間信仰や民間伝承に関するネット辞書などをつらつら眺めているうちに、
それを生かしたアイデアに至るのです。
できるだけ日本の民話は読むように心がけているので、
そういうものの内容が頭の中でガラガラポンされて、
話ができてくるという感覚もあります。

この話では、百姓が最後にどうなったのか、
土から出てきた娘の顔をしたものが本当に土用坊主なのかは、
話として書かれてはいませんが、
自分は京極夏彦氏の
「あまりに恐ろしすぎる(人間の起こした)話は、
 出来事全体が妖怪の名をつけられて封印される」
といった考え方に共感しており、
そのためにわざとあいまいな結末としています。

『土用坊主』水木しげる







車の怪談

2015.04.26 (Sun)
私事ではありますが、車を買い替えまして土曜日に納車され、
ちょっと気分が高揚しているbigbossmanです。
ということで、今回は車の怪談全般について書いてみます。
始めに、① 車そのものが幽霊?であり、運転者や所有者は関係ないケース
これはまずないですよね。

② 車と運転者がともに実体のない幽霊と化しているケース
これは普通にあると思われます。まあ単なる幽霊でも、服を着たり、
メガネをかけたりしていますし、車イスの幽霊の話もありますから、
その延長上と考えればそう不自然ではないと思われます。
「峠を下ってきて消える白いセリカ」などという話も、
主体は実は運転者なのではないかという気がします。

③ 車が実在(あるいは半実在)していて、妖怪化?しているケース
これは元々、日本では百鬼夜行などで、
器物の霊(唐傘お化けとか)は珍しくはありません。

関連記事 『付喪神』

器物が妖怪化するためにはいくつか条件があって、百年近い時を経たもの、
寺の所有物等で長年ありがたいお経を聞いたりしたもの、
あとは元の所有者の念が物に浸み込んでいるという場合。
車の場合はこれが多いでしょう。
「売れていっても、なぜかまた戻ってきてしまう中古車」
などの話は聞かれたことがあると思います。
ただ、骨董品などの場合はともかく、
車は大きな事故を起こせば、修理費が中古で売却する利益より高くなり、
廃車になってしまうことが実際には多いでしょう。
その車に乗るとなぜか気が荒くなって暴走してしまう、というような話は、
昔の妖刀もののバリエーションなのかもしれません。

④車も運転者も実体であるケース
これはみなさんもそうでしょう。特にとりあげることはないようなものですが、
現実の事故は幽霊よりずっと怖いですので、
気をつけていきたいと思います。

さて、話変わって、車の出てくる怪談がなぜ多いのか?
これは一つには「密閉空間である」ということがあげられるでしょう。
走行中の車の中に幽霊が出現した場合、
減速し、適当な場所に車を停車し、ドアを開けて逃げ出すわけですが、
交通の流れによってはこれができないこともあります。
怪異に遭遇しても、簡単にその場から離れられないのです。
それに狭い密閉空間ということは、
幽霊はごく近くにいるということにもなります。

二つ目には「車が所有物である」という点。
つまり自分の物ということです。
怪談というのは、幽霊のほうに自分から向かっていくケースが多いのです。
心霊スポット探訪物などは典型的ですし、
事故物件物でも、幽霊のいるアパートに自分から入ってしまうのですが、
ちょっくらとは買い替えできない車という自分の所有物に、
幽霊が侵入して居座ったりされるのはたまりません。
もしこれが中古車であった場合は、事故物件物に近くなると思います。
たまたま選んでしまうわけですから。
ところが新車で工場から来たものが、
人を轢いたとかではないのにとり憑かれてしまうのは理不尽ですよね。

幽霊と車の話といえば「タクシー幽霊」は定番です。
自分にもありますが、さすがにここまでポピュラーになってしまうと、
バリエーションを書くにしても難しいです。

関連記事 『タクシーの話』

それと、日本の場合幽霊の居場所が墓地であることは少なく、
事故現場、殺害現場に地縛霊化している話が多いので、
「青山墓地まで」とかいうこの話は有名な割には例外的である気がします。
どっちかというと都市伝説に近いのかもしれません。

都市伝説の本場アメリカでは、
車に関するものは幽霊よりも圧倒的に犯罪系のほうが多いです。

関連記事 『アメリカの都市伝説』

「ガスステーションの殺人鬼」という話は有名ですよね。
アメリカの田舎だとチェーン店のガソリンスタンドではないところも多いですが、
女性がそこで給油(基本セルフ)していると、店員が出てきて、
なにかに言って女性を建物何内に引っ張り込もうとする。
これは怪しいと女性は思うが、最後は手を引っぱられて連れ込まれてしまう。
女性が身の危険を感じていると、
店員は「あなたの車の後部座席にナイフを持った男が乗ってました」と言う。

まあこんな話です。あとは、ヒッチハイク物も多いですね。
ルトガー・ハウアーの映画『ヒッチャー』は怖かったです。

貞子車 バカな(褒め言葉)ものを作りましたね









摂理

2015.04.25 (Sat)
1年前、親父が肝硬変で亡くなった。まだ50代のはじめだよ。
おそらく前から具合が悪かったんだろうが、俺らに隠して働いてて職場で倒れた。
救急搬送された病院で、もう治療の方法がないくらい悪い、
余命1ヶ月あるかどうかって言われたんだ。
それで、俺と母親で相談して医者の勧めるとおりホスピスに入れたんだよ。
できるだけ苦痛がないようにって思ったんだ。
それから2ケ月持って亡くなった。
長くないことはほんにんも知ってたが、愚痴ひとつこぼすでもなく、
尊敬できる最期だったんだ。意識も亡くなる3日前まではしっかりとあった。
ただ・・・その1週間ほど前から奇妙なことを言いだしたんだよ。
「俺が死んだら、遺骨を○○県の□□の浜に撒いてくれ、できるだけ残さずに」って。

「何だよ親父、遺言かそれ、縁起でもねえな。
 にしても○○県とは、ずいぶん離れた場所だな。若いころにいたことがあんの?」
「いや、ない」 「え? じゃあなんでまた」
「うん・・・説明はできないんだが、そうしなきゃいけないらしい」
「らしい? だれかが親父にそう教えたってこと?」
「そうじゃないんだが、自然にわかったっていうか。・・・これは摂理なんだろう」
「摂理?って」 「どうしてもそうしなきゃならない定めってことだ」
「何だよそりゃ」ホスピスで、こんな会話になったんだよ。
で、親父は意識を失うまでこのことを言い続けてたんだ。
わけわからねえだろ。だけどよ、親父があんまり真剣に頼むもんで、
俺と母親はそうしてもいい、って気になりかけてたんだ。

このことは実家で健在の親父の両親、俺の祖父母も見舞いに来たとき聞いてたんだよ。
親父が生きてるうちは特に口をはさむということもなかったが、
いざ火葬が終わった段階になって、「いくら本人の頼みでも、
 遺骨を海に流すことはできない」って言い出したんだ。
まあねえ、そう言うのも無理はないとは思うんだよ。先祖代々の墓があるわけだし、
それなのに遺骨を海に流すってのは親戚連中の手前が悪い。
ましてよ、そこの海が親父の思い出の地ってんならともかく、
本人自身が、ぜんぜん知らない行ったこともない場所だって言ってるんだから、
不自然というか、他人に理由を説明することができねえよな。
かといって親父本人はものすごく真剣だったし、
病気からくる妄想だったとしても無碍にはできない。

それで、折衷案になった。遺骨の大部分は実家の墓に納めるんだけど、
ごく一部を俺が持ち帰って、それを親父の言ってた□□浜の海に撒く。
これなら行政のほうにもし知れても、大きな問題にはならないだろうって結論だった。
でな、初七日を過ぎて、俺がその遺骨を撒く役目をすることになった。
弟もいるけど、まだ学生だったしな。
で、土曜日の朝から、親父の遺灰を入れた陶製の容器を車に積んで、
ナビをたよりにその○○県に出かけたんだ。
いや、俺もその県に行ったのは初めてだよ。高速を飛ばして車で8時間かかった。
だから朝に出たのに、その県に着いたときには日が暮れかけてた。
○○浜ってのはすぐに場所はわかったが、けっこう広い地域なんだよ。
どこに行って撒けばいいのか迷った。

というか、どこでもいいんだろうと思って、海岸沿いの道路を流してたんだよ。
ぞこは岩浜で、黒々とした岩礁が続き、漁の船なども見えなかったが、
夕日で赤く染まった海岸に、桟橋がずっと伸びてる場所を見つけたんだ。
「ああ、ここだ」って思った。そんときに、
親父の言ってた摂理って言葉が頭に浮かんだんだ。
その桟橋が骨を撒く場所として定められてる、そうわかったんだよ。
車を適当な場所に停め、遺灰を入れた容器だけを持って桟橋に近づいていくと、
車からは人がいるようには見えなかったのに、
十数人ばかりの人が集まってたんだよ。みな沈鬱な表情をしててね、
手に十字のマークの入った銀色の遺骨壺のような容器を持ってた。
この人らも遺骨を撒きにきたんじゃないかって思った。

で、みなは言葉をかわすでもなく、
軽く会釈をするくらいにして桟橋に立ってたんだ。全員が沖のほうを見てた。
そしたら、ほとんど波のない穏やかな海面の、50m先くらいに泡が立ち始め、
急に黒い船が浮き上がってきたんだ。漁船でもない、大昔の木造船だ。
船首に女の立ち姿のような奇妙な像がついてたから、日本のじゃないかもしれない。
すっかり朽ち果てて、貝がびっしりとついてて、海藻もまとわりついてた。
船はゆらゆらと揺れながらも帆柱らしきものを上にして立ち、
そのまわりで大きな黒い魚が何匹も跳ね上がったんだ。
その魚は、こっちの俺のいる桟橋目がけて近づいてくるようだった。
10mほども近くにきて、魚じゃないとわかった。
イルカとかそれ系のものだった。海棲の哺乳類。

いつの間にか桟橋はそいつらに囲まれて、そうだな、
頭数はそこにいる人間と同じくらいだと思った。
イルカたちは桟橋をぐるっと取り巻くようにして、一斉に水面から顔を出した。
それが合図であったかのように、集まってたやつらが、一斉に海に遺骨を撒き始めた。
すると、撒く尻からイルカがばくばくと食べだしたんだよ。
「きゅい、きゅい」って嬉しそうな声で鳴きながら。
俺はほら、前に話した事情で遺灰の一部しか持ってきてなかったから、
すぐに撒き終ってしまった。そしたら、隣にいたスーツ姿の老人が、
「それじゃあ、足りないでしょう」って言ったんだ。
それを聞いて、俺も「ああ、これじゃ足りない。
 なんで親父の言うとおりにしなかったんだろう」って後悔の念がわいてきた。

全員がすっかり遺灰を撒き終ると、イルカたちは船のほうへ戻っていき、
黒い沈没船は、波も立てず静かに沈んで消えたんだよ。
桟橋にいたやつらはみな満足そうな様子で、やはり話をせずばらばら帰っていく。
俺だけが、取り返しのつかないよくないことを親父にしてしまった。
そんな気持になってたんだ。
その後は、近くの道の駅で車中泊をして、翌日に戻ってきた。
そしたら、母親が「たいへんなことが起きたよ」って家に入るなり言った。
前日の夕方、ちょうど俺があの桟橋で遺灰を撒いているあたりの時刻に、
まだ墓に納めずに家の祭壇にあった骨壺のふたが吹っ飛んで、
中から水が跳ね上がったんだそうだ。慌てて母親が拭いたが、
遺骨は水びたしで潮のにおいが強くしたということだった。

親父にまつわる部分はこんなことなんだが、2日前に祖父が亡くなった。
親父の49日が過ぎたあたりから体を悪くして入院してたんだ。
実は祖母も別の病院に入院してて、これも医者の話では長くはないらしい。
親父が死ぬ前までは病気の話もなく、2人ともかくしゃくとしてたんだよ。
それで、祖父が死ぬ前においおいと泣いたんだよ。
親父の名前を呼んで、「あいつには可哀そうなことをした。
 天国には届いてないだろう。言ったとおりにしてやればよかった。」って。
で、最期に俺の手を握って、親父と同じあの浜に遺灰を撒いてくれって言う。
俺はそうするつもりだ。親戚から反対があってもやるよ。
またあの船が浮かぶんだろうか?
そしてイルカの群れが来て遺灰を食う・・・なあ、どう思う?



*摂理(Providence)とは、人生の出来事や、人間の歴史は、
神の深い配慮によって起きているということで、
聖書に基づいたキリスト教の人生観を言い表している。
ヒンドゥー教・仏教の「因果・業・カルマ」
また、イスラム教の「運命・アッラーの意志」と比較することによって、
その概念の特徴を浮き立たせることができる。









目なしさん

2015.04.24 (Fri)
最初はどうして卒業して15年もたってから、
あんな手紙が来たのか不思議だったんですが、じつは、
私の通ってた小学校が去年の暮れから建て替え工事に入ってるそうなんです。
そのことと関係があるのかどうか・・・ 最初からお話します。
私は結婚して、その小学校のある県とはずっと離れた場所に住んでるんです。
先日、郵便受けに封書が入ってたんですが、
それが一目見て普通の郵便ではないことがわかりました。
形がいびつで、印刷用紙を手で折って手作りしたもののようでした。
宛名は主人ではなく私の名前で、うちの住所は書いてなかったんです。
つまり、郵便局を経て配達されたものではないということです。
裏面には差出人の名前はありませんでした。

これは誰かが直接うちのポストに投函したとしか考えられないですよね。
切手も貼ってませんでしたし。
私は主婦で外での仕事はありませんので、気になってましたが、
家の掃除が終わった10時ころに他の郵便物とともに開けてみたんです。
そしたら、中には一枚の黄ばんだ紙が折りたたまれて入っていました。
広げてみて、とても驚いたんです。
それは小学校6年のときの学級文集の1ページで、
ちょうど私の将来の夢の作文が載っている部分でした。
すごく懐かしい気がした反面、なぜ今頃になってこんなものが、
という疑問を当然のように持ちました。これは学校全体で作った文集ではなく、
私の6年の担任の先生が、卒業の記念としてまとめてくださったものなんです。

つまりこれを持っているのは、当時のクラスメート30数人と、
あとはその担任の先生くらいのはずです。
自分の作文は、もうすっかり内容は忘れていたんですが、
読んでみると、将来はファッションデザイナーになってパリに住むという、
いかのも子供らしい夢のある内容でした。
実際には平凡な主婦になったわけですが、それはそれで幸せを感じています。
「なぜこんなものが」といぶかしみながら裏を見ると、
そこは、名前も覚えていない男の子の作文になっていたんですが、
余白の上のところに、たぶん赤いクレヨンだと思いますが「わたしの目を返して」
と、なんとか読み取れるたどたどしい幼児のような字で書かれてあったんです。
なぜそんなものが今になって来たのか、わけがわかりませんでした。

ただ、その字を見たときに強い胸騒ぎを感じました。
それで、普段は開けることのない衣装ダンスの引き出しにしまったんです。
その夜、夢を見ました。私は夢の中で小学生に戻っていたんだと思います。
自分の手も小さかったし、視線の位置から考えて背丈も低くなっていました。
いた場所は私が卒業した小学校のトイレの中です。そこの校舎は、
私の代にはすでに古びていて、トイレは水洗でしたがぜんぶ和式でした。
私はその個室にいて、必死になって戸の鍵の部分を手で押さえていたんです。
ええ、鍵はかかっていたと思うんですが、
戸の外にすごく怖いものがいるのがわかったんです。
そのものが声を出しました。女の子の声でしたが、
キンキンした金属の響きを持っていました。

「わたしの目を返して。わたしの目を返して・・・わたしの目を・・・」
その声を聞いているうちに、外にいるものの姿が頭の中に浮かんできたんです。
髪の長い小柄な女の子・・・その子には両目がありません。
目を閉じているとか、ケガをしているとかそういうことじゃないんです。
最初から目のある位置にはなんにもない・・・鼻や口は普通なんですが、
目のあるはずの部分がのっぺりと皮膚に覆われた異様な顔。
「目なしさん」だ、と思いました。トイレの戸が強い力で引っ張られ、
ちょうつがいの部分ががくんと下に下がり、すき間ができました。
そこから細い白い指が入ってきて・・・
そこで目が覚めました。主人に肩をゆすられていたんです。
「どうしたの? ずいぶんうなされてたけど、怖い夢でも見た?」

主人の優しい声でだいぶ落ち着いたんですが、そのときには、
ずっと忘れていた目なしさんのことを思い出していたんです。
ほら、学校の怖い話ってありますでしょう。トイレの花子さんとか。
私の学校のトイレには目なしさんという女の子が住んでいることになってたんです。
でも、トイレの花子さんなんかは、子どもの間で代々言い伝えられてきた話ですよね。
ところが目なしさんはそうじゃないんです。
あの6年生の1年間で、私ともう一人の子とで創作したものなんです。
どういうことかというと、
当時「学校の怪談」という映画の何作目かが流行ってたんですが、
私たちの学校にはそういう話がまったくなかったのが不満で、
友達のSさんが目なしさんのアイデアを出し、私がそれを元に絵を描いたんです。

昔からマンガは好きでしたから。そして2人で話を作って学校中に広めました。
「目なしさんは生まれつき両目のないかわいそうな子だった。
 両親は不憫に思って、その子を学校にやらなかったが、
 目なしさんはみんなと同じく学校に行きたいと思っていた。それである日、
 一人でつえをついて学校に来たものの、見た人に怖がれ騒がれてトイレに逃げ込んだ。
 それ以来ずっとトイレに住みついている」
こんな他愛のない話だったんです。でも、下級生なんかはすごく怖がって、
一時期は先生方が噂を消そうとして全校集会まで開いたくらいなんです。
私とSさんは怒られるかもと思ってましたが、
私たちが出どころだというのはばれなかったんです。
その後、卒業してから噂がどうなったのかは気に留めていませんでした。

でも、その手紙が目なしさんから来たとは思いませんでした。
そんなことが現実にあるわけはないですよね。
だから、小学校の同級生の誰かのイタズラなんだろうと考えたんですが、
それにしてもなぜ今頃・・・それに、家のポストに直接投函したにしても、
私は実家からずっと離れたところに住んでるのに、わざわざそこまでして・・・
とにかく気になったので、翌日、実家に電話をかけ、
ずっと疎遠だったSさんのことを尋ねたんです。
そのときに母から、小学校が建て替えにかかっているということを聞きました。
それと、Sさんは地元で結婚していて、
母が連絡先は調べられると言ったので、教えてもらいました。
それで電話をかけてみたんです。

声ですぐに、出たのがSさんだということはわかりました。
私が自分の名前を言うと、Sさんが息を飲む音が聞こえました。
それで、あいさつもそこそこに手紙のことを話そうとしたんですが、
Sさんは「わかってる。目なしさんから手紙が来たんでしょう」こう言いました。
そこで長い沈黙があってから、Sさんは続けて、
「私、結婚してて先月子供が生まれたの。・・・女の子だった。
 検査ではなんでもなかったのに、出産してみると片ほうの目がなかったの」
こう言ってまた沈黙、そして電話は切れてしまったんです。
かけ直す気にはなれませんでした。じつは私、今、妊娠7か月目なんです。
検査ではなんの心配もなく成長しているとのことです。
・・・あの手紙はSさんから来たものなのでしょうか。それとも・・・








2015.04.23 (Thu)
大学で心霊研究会というサークルに入っていたときにあった話です。
ガセじゃないですよ。そんときいろいろあって、
地方新聞だけど新聞沙汰にもなったんです。証拠も持ってきてますから。
発端は、当時2年生の佐々木ってやつがネタを持ってきたんです。
夏休み中でね、俺はアルバイトがあるんで実家には帰ってなかったんです。
その日の午後にサークル室に顔を出したら、
俺と同じ3年の高木ってやつと佐々木が地図を出して何か話をしてまして、
「面白いことでもあるんか?」って聞いたら、
高木が「交通標識に!ってあるの知ってるか?」って聞いてきました。
「ああ、それくらい知ってる。その他の危険ってやつだろ。
 落石、動物の飛び出しとかはそれ用の標識があって、そういうの以外。

 つまり、言葉で表せないような危険がある場所に設置されるんだな。
 それには幽霊も含まれる」俺がこう答えると、
「さすがY先輩、詳しいですね」佐々木が言いました。
「んなの基本知識だから。で、それがどうかしたのか?」
「この市から、県境の峠に出る間道にそれが設置されてる場所があるって、
 話を聞いたんですよ。面白そうだから見に行かないかって。
 車で40分くらいらしいっス」
「ふーん」 「ほら、学祭の展示用に廃墟ビデオ撮ったけど、
 あれだと編集すれば1時間もたないだろ。だから行って撮ってこようって」
高木がこう言ったんで、「これからか? 俺は今日バイトないからいいけどよ。
どうやって行くつもりだ」

「この佐々木が実家から母親の軽借りてきてるんだよ。今3時だろ、
 今からそこ行ってビデオ撮って戻ってきても6時前じゃね」
こんな感じでさっそく行動することになったんです。
その頃は4年生はもうサークル引退してましたし、
俺と高木が実質、活動を引っぱってるようなもんでしたから。
で、佐々木の運転で地図で確認した林の中の道に入ったんですが、
ナビも一般的じゃない頃でしたんで、あちこち迷って、
標識のある場所に着いたときには4時半近くなってました。
でも、日の長い季節だったんで、撮影には問題ない明るさでしたね。
「あった、あれだろ。ビックリマーク標識」
「いい具合に車停められるとこあるじゃね」

その標識は向かって右側。そこは左手が崖になってて、その下は渓流。
右は落石が起きないようにネットが張られた斜面だったんです。
そして標識の20mほど前に、山側に車一台を置けるくらいのスぺースがありました。
ビデオカメラを持って3人で外に出ました。
平日のせいか時間帯のせいか、車通りはいっさいなかったです。
元々知る人ぞ知る、っていう抜け道でしたしね。
標識はまだ新しい感じでしたが、支柱が曲がってました。
「これ、カーブが続いてて、対向車とすれ違うのが危険だよな」
「やっぱ落石注意ってことなんかな」
「それなら落石の標識になるし、動物の飛び出し注意もそうだろ。
 これって目の錯覚を起こしやすいとこに立てる場合もあるらしいから、それかねえ」

「ま、とりあえず手前から標識を撮って、100mほど進んでみようぜ」
ということで、カメラ持った佐々木を先頭にして、
山側のほうに一列に並んで標識の先へと進んでいきましたが、
内心ちょっとがっかりしてたんです。というのは、
あんまりおどろおどろしい場所じゃなかったんで、絵的にツマンナイ感じがしまして。
「なんかなあ、いまいちだよな。ただの道路だぜこれ」
「うーん、暗くなるまで粘ってみるか」 「あんま変わんないと思う」
50mほど進むとゆるい右カーブになってました。
「あれ、おかしくないですか」佐々木が言い出しました。
「さっき見たときは左に曲がってると思ったんですが」
「それだ! 地形の関係であそこからは左カーブに見えるのに、実際は右に曲がってる。

 それで事故起こしやすいから標識があるんだろう」
「しかしそれ、うまくビデオに撮れるかな」こんな話をしながら進んでいくと、
10分くらいしてまた「!標識」があったんです。
「なんかさっきと同じ場所に見えるな」 「まさか、変わりばえしない地形だからでしょ。
 もう戻りませんか」・・・ところがです。戻っていくと最初の!がありましたけど、
 その先に俺らの乗ってきた車がなかったんです。
「あれ? おっかしいな」「車がなくて急カーブになってる」
で、そこのカーブを曲がってみると、ずっと道が続いてるのが見えましたが、
その山側に10mおきくらいに「!標識」がずらーっと並んでたんです。
「えー 嘘だろ。俺ら間違いなくこっちから来たよな」
「・・・あんなの絶対なかった」

でね、そっから先は行けども行けども「!標識」の続く一本道で、
車は一台も来なかったんです。「いつの間にか前後を間違えたのか」
そう思って戻ってみたんですが、今度は進行方向にも果てしなく「!」が続いてたんです。
「おい、なんだよこれ」 「どうして車がないんだよ」
「だいたいこんな何百本も「!標識」が設置されてるとかありえないだろ」
「俺らもしかして異界とかに迷い込んだんじゃないか。
 あの最初の!マークはそれを知らせるためとか」
「うーん、いや。お前らは笑うかもしれないが、タヌキとかムジナかもしれんぞ」
「それこそまさかだよ」そうは言ったものの、唾を眉につけるとか、
タバコの煙を周囲にまき散らすとか、
タヌキの化かしに効果があるという方法も試してみました。

だけど全く効果なしで、前も後ろもずっと「!標識」が並んだ道。
時計を見ると5時半を回って、少しずつ薄暗くなってきました。
「これ、状況を変えるしかねえな」 「どうすんだよ?」
「崖を降りるのは無理そうだから、この山に登ってみようぜ」
確かに山の斜面はものすごく急というわけじゃなく、
緑のネットにつかまっていけばなんとか登れそうではありました。
「・・・上から見れば全体の状況がつかめるかもしれん」 ということで、
1時間近く歩いてかなり疲れてたんですが、適当なところを登り始めたんです。
斜面は15mくらいの高さでした。先頭で上った高木が、上の木のあるところに出て、
「えーっ!!」という叫び声をあげました。「何だ、どうした」
俺も上に着いて、反対側を見下ろして唖然としましたよ。

上のほうは幅5mくらいの土手で、どうにか通れるくらいの道がありましたが、
その反対側が谷になってて、田んぼと集落が広がってたんです。
それがすべて藁葺屋根で、道も舗装されてなくて・・・陰惨な感じで。
なんと言えばいいですかね、明治、大正? わからないですけど、
もっと古いように思えました。それとね、その集落のあるほうの崖の直下に、
車の残骸がたくさんあったんです。まるで俺らの立ってるところから転げ落ちて、
ひっくり返ったみたいでした。はっきり見えませんでしたが、
古い車種が多かったと思います。もうずっと前に販売中止になってる。
そっち側はかなり暗くなってて、ぽっと藁葺農家の一軒に灯りがつきました。
「こっち見ないほうがいいぞ、ヤバい感じがする」高木が言いました。
「ですね、なんか引き込まれるような気持になります」と佐々木。

俺らはそっちに目を向けないようにして、土手の上をずっと進んでいきました。
そっから見るとなぜか、道には「!標識」がなかったんです。
10分も進むと、斜面に沿って駐車してある佐々木の軽が見えました。
「あれだ! ここ降りるぞ」俺らは一斉に飛び降りるようにして斜面を下ったんですが、
そんとき、道の向こうからセダンが一台やってきたんです。
勢いがついてて、佐々木があやうく轢かれそうになりましたが、
なんとか3人とも無事に道に降り立ちました。それから軽まで走って、
大学のあるほうまで戻ってきました。普通の道で、おかしいことはなかったです。
・・・あの上から見下ろした昔の集落って何だったんでしょうね。
あんなのあるはずがないんです。地図でもずっと山地になってましたし。
それと積み重なった車の残骸・・・あれも不思議です。

わかんないことだらけですよ。この後にも何回かこの道には来てるんですが、
「!標識」は一個だけで、地図通りに県境へと出ました。
道路管理者・・・あそこは県道なんで、県にも問い合わせてみたんですが、
まったく要領を得なかったです。すべては謎のままですよ。
ああ、新聞沙汰の話ですか。ええ、その県の3日後の地方新聞のコラムに、
小さくですが奇妙な話が載ってたんです。起きた日時はあの当日です。
そこの道を車で通りかかった人が投書したんだと思います。
佐々木が轢かれそうになったセダンの運転者でしょう。
走ってたら山のほうから3人、昔の蓑笠をつけた人がすごい勢いで降りてきて、
車の前方に出たが、目の前ですっと消えたっていう内容です。
これ俺らのことなんじゃないかと思いますけど、もちろん蓑笠なんて着てなかったし・・・








木の鬼

2015.04.22 (Wed)
昨夜のことです。私はあるデザイン事務所に勤めていまして、
毎日遅くなることが多いんですが、
その日はめずらしく8時前に社を出ることができました。
それで自分のマンションに近い駅へ降りたとき、
ちょっと地下街に寄っていこうと思ったんです。
実は私はお酒、日本酒が好きで、少しですが毎日飲むんです。
晩酌というより寝る前ですね。ネットを見ながら軽く。
そのためのつまみ類を買って帰ろうと思ったんです。地下街の食料品売り場に入ったら、
奥のほうである県の物産フェアというのをやっていました。
私自身はその東北地方の県には行ったことがないんですが、
祖母がその県の出身でしたので何となく親近感があり、のぞいてみたんです。

そしたら、利き酒コーナーというのがあったんです。
利き酒といっても、お酒を飲んでその銘柄を当てるというのではありません。
当てようにも、都内ではその県のお酒の銘柄に詳しい人なんていないでしょうから。
そうではなく、お酒の銘柄の書かれた樽の前に、
小さな木の升がたくさん並べてあり、
それを一口ずつ飲んで、気に入った銘柄に投票するというものでした。
自分の住所・氏名を投票用紙に記入すれば、選んだお酒が1~3位に入った場合、
後に抽選でお酒の小瓶が当たるということでしたので、
参加してみることにしたんです。
お酒の銘柄は10種以上あったんですが、升は手のひらに入るほど小さく、
盃一杯ほどしか中身がなかったので、全部飲んでも平気だと思ったんです。

そうですね、お酒自体は純米大吟醸酒ばかりで、
どれもフルーティな感じでおいしかったですが、
東京のお酒に比べると全体的に甘めのものが多いと思いました。
それで、確か最後から2番目のお酒を飲んだときです。
升を持ったときに、きついにおいが鼻をつきました。
アルコール臭というのではなく、なんと表現すればいいでしょうか、
とても青臭いにおいです。植物の樹液のイメージが頭をよぎるような。
でも、そのお酒だけスルーするわけにもいかないので、
思い切って飲んでみました。そしたらものずごく酸っぱく感じたんです。
お酢に何かの植物を漬けこんだっような味で、むせてしまって、
飲み込むことができず、そばにあった小さなバケツに吐き出してしまいました。

それだけじゃなく、咳き込みが止まらなくなり、
棚の陰にしゃがみ込んでずっと口を押えていなくてはなりませんでした。
ほんとうに恥ずかしかったです。もう時間が9時近くなっていたこともあり、
他のお客さんがちらほらとしかいなかったので、
治まったところで、立ち上がって帰ろうとしました。
利き酒の投票はできませんでしたが、それどころではなく、
口の中にまだ異様な味が残っていて、どこかで口をゆすぎたかったんです。
立ち去りかけたところで、「あのう、ちょっと」と後ろから声をかけられました。
ふり向くと、その物産展の前掛けをした小柄なおじいさんが立ってたんです。
「ああ、すみませんでした」こう言いましたら、
おじいさんは顔の前で手を振って、

「いやいや、そうでなく、あんた、この県出身の方が身内におるか」
こう聞いてきました。それで、「・・・祖母がそうですが」と答えました。
すると「ああ、ああ、あのお酒、酸っぱかったんじゃろう。
 いや、今でもこういうことがあるのだねえ。ちょっと待って」そう言って、
カウンターの奥に引っ込んでいきましたが、すぐ、
手に、利き酒に使った小さい升を持ってきたんです。
「これね、あんた持って帰って、これ使って口を漱ぐといいよ。
 それとね、全部使わないで残しといて、もし夜に何か来たら、
 これふりかければいいなくなるから」こんな話をされました。
升には上にラップがかかっていて、中に白い粉状のものが見えましたが、
お塩ではないかと思いました。

どういう意味なのかわかりませんでしたので、聞き返そうとしたんですが、
おじいさんは私の手に升を押しつけると、
素早くカウンター奥のドアの中に戻ってしまったんです。
それで、升をコートのポケットに入れて地下街を出、マンションに戻ったんです。
部屋までは歩いて10分くらいでしたから、
その間ずっと口の中の嫌な味をガマンしてまして、
部屋に入ってすぐ、水道の水で何度もうがいをしました。
味のほうはすぐに消えましたが、鼻の奥のほうの青臭いにおいはとれませんでした。
それで、さっきのお塩を一つまみ入れた塩水でうがいしてみたら、
すっという感じでそれが消え、ずっと続いていた吐き気も治まりました。
それでも、いちおう胃腸薬を飲んで、食事はせず早く寝ました。

夜中に目が覚めました。コーン、コーンという音が聞こえました。
どう言えばいいでしょうか、炭と炭をぶつけているような澄んだ音です。
それとさやさやという木の葉がこすれ合うような音。
ベッドのまわりに気配を感じました。何かに囲まれているんです。
思い切って目を開けました。そしたら、足元に木が生えていたんです。
太さは大人の一抱えよりも太く、ごつごつした樹皮が目に入りましたが、
何の木か種類はわかりませんでした。
幹の両側に太い枝が一本ずつ張り出していて、
腕で私を抱きかかえようとしているような感じでした。
木の上の部分は二股に分かれて、ちょうど鬼の角のようになって、
天井につかえていました。それと顔があったんです。

幹の人の背丈くらいのところに・・・うまく説明できませんが、
雪だるまに炭で顔をつけたりしますよね。あんなふうに、
細く短い木の枝が顔になってたんです。叫ぼうとしましたが、声が出ませんでした。
そのかわりに私はベッドから転げ落ちるようにして、リビングに走りこんだんです。
ええ、体は動きました。玄関に向かおうとしたんですが、
寝室から根っこのような曲がりくねった枝が数本伸びてきて、
私は足をからまれて倒れてしまいました。
すると木の枝はどんどん何本も私の体を巻くように出てきて・・・
寝室から木の鬼が顔をのぞかせました。身動きできなかったんですが、
かろうじて右手が動きました。テーブルの上に置いていた、
もらった升に手が届いたんです。

つかんだと思った瞬間、枝に足を引っぱられて肘がテーブルから落ちました。
升の中の塩が飛び散って・・・そしたら、塩がかかった瞬間に、
木の枝が消えたんです。全部一気にです。
もちろん寝室のドアから顔を出していた鬼もいなくなっていました。
呆然として立ち上がりました。部屋のじゅうたんにお塩がこぼれているだけで、
寝室を見ても何もいなかったんです。
ただ・・・部屋中にお酒をこぼしたように、日本酒のにおいが漂っていました。
部屋ではもう眠る気がせず、ネットカフェで朝まで過ごしたんです。
夜が明けて友達に連絡をとったら、ここのことを勧められて・・・
それで会社を休んで話しに来ました。え? 利き酒で気持ちが悪くなったお酒の名前ですか?
ああ、話し忘れていましたか。「鬼のむすめ」という名前でした。








うつろ舟小考

2015.04.21 (Tue)
今日も軽い話題で。「うつろ舟」というのは、オカルトフアンには有名ですが、
一般の方でどれだけ知っておられる方がおられますか。
「うつぼ舟」とも言いますし、漢字にすれば「虚舟」と書くようです。
発端は、『兎園小説』という本を『南総里見八犬伝』で知られる江戸後期の作家、
曲亭馬琴がまとめたことからで、内容は、江戸の文人や好事家の集まり、
「兎園会」「耽奇会」で語られた奇談・怪談(今でいう百物語のようなもの)です。
その中の一つに「うつろ舟の蛮女」の話があり、享保3年(1825年)
茨城県大洗町(北茨城市とも語られる)付近の海岸「はらやどりの」の浜に、
不可思議な舟が漂着したとされます。

『兎園小説』には色つきの挿絵が入っていて、それを見ると、
空飛ぶ円盤のような乗り物(舟)と、その傍らに立つ箱を抱えた異国風の女性、
右上には奇妙な文字のようなものが添えられていますが、
これは舟に記されていた文字のようです。下図参照

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この挿絵にはいくつかのバリエーションがあります。
なんともロマンのある話で「はらやどり」の浜の場所が特定されないこともあり、
UFO説からヨーロッパの女性漂着説、謎の神の伝説、
単なる創作といろいろな説が出されています。
自分としては、これに2つの解釈を付け加えてみたいと思います。
一つは文字についてで、これは同時代の浮世絵に見られる、
「蘭字枠」というものにひじょうによく似ています。
蘭字枠とは、文字通りオランダ語の書かれた浮世絵を囲む枠ということで、
下図のようなものですが、これが入っている作品は、
江戸の馬喰町の版元、江崎屋吉兵衛という人物が出したものです。

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一見アルファベットのようにも思えますが、じつはデタラメで、
実際にこのようなオランダ文字はありません。
絵を見てもわかるとおり、浮世絵版画なのですが、
西洋絵画のように遠近法が強調されていて、
当時にあってはバタ臭いというか、異国情緒を売り物にした作品です。

享保3年(1825年)は、その前年に大津浜事件というのがあり、
(1824年5月28日に水戸藩領の大津(北茨城市大津町)の浜に、
イギリス人12人が上陸し、水戸藩が尋問した後彼らを船に帰した事件)
それを受けて異国船打ち払い令が出された年です。
同じ現在の茨城県の浜で起きた事件というのが興味深いところですが、
そのような幕末の混乱した世相の中で出されたものなのです。
この挿絵にある文字については、蘭字枠から借用していると思われます。

さて、この手の話は実は古くから各地で言い伝えられていました。
例えば、こういうものがあります。
『千葉県安房郡和田町(現南房総市)花園の伝説。
「子の神由来記」と呼ばれる掛け軸に記されているそうです。
花園天皇(即位1308年)の時代に、
一人の姫がうつろ舟に乗ってこの地に漂着しましたが、村人達の介護もむなしく、
姫は亡くなりました。姫の墓には、姫が大切に持ってきた一本の花木(ハマボウの花)
を植え、村人達は、それを花園の花の木と名付けて庭に植えて伝えてきました。
また村の名も、西条村から花園村に変わりました。』


この話が花園天皇にさかのぼる古い時代のものかはわかりませんが、
馬琴の『兎園小説』よりは古いのではないでしょうか。
ここでは、乗ってきた姫は村人の介護にもかかわらず亡くなりましたが、
姫を発見したものの、対処のしかたがわからず、
また元の舟に乗せて海に流してしまったという結末の話も多いようです。
さてさて、自分の解釈の二つ目です。
あまり話題として触れられることはないのですが、
この蛮女の大事そうに抱えている箱に入っているものはいったい何でしょうか。
自分は男の首、と想像します。

なぜそう思うかというと、中国の古民話にこのようなものがあるからです。
『あるところに金持ちの権力者の男がいたが、
大事にしていた娘が未婚のうちに妊娠しているのが発覚した。
娘を問い詰めると、相手は信心している寺の若い僧侶ということであった。
怒った男は、僧侶を捕まえて首を斬った。
また、いったん入ると出ることのできない舟を作り、その中に自分の娘を閉じ込め、
箱に収めた僧の首とわずかな食料を入れて密閉し、川へ流した』


どうでしょう、この話にも元となるものがあるのかもしれませんが、
博覧強記の馬琴らも知っていたのではないかという気がします。
幕末という混乱した世相にあって、エキゾチックな西洋と、
古来から影響を受けていた中国古譚のぶつかったところから、
出現した話なのではないでしょうか。
ただ、この中国の話、いろいろと検索したんですが出典が見つからない。
どなたかご存知であればご教示いただけたら幸いです。







つけこまれる

2015.04.20 (Mon)
去年の話だ、クリスマス直前。そのとき俺は専門学校の仲間といっしょに、
パン工場でケーキ造りのバイトしてたんだよ。
ベルトコンベアのラインに乗ってくるケーキに、サンタ人形とかのせてく仕事。
これがなんつーか、頭はヒマなんだけど、
ずっと手は動かし続けなくちゃならないんで、精神的に疲れるんだよ。
それを3日間やったら、イライラが最高潮に達してね。
他のやつらもそうだったと思うよ。そんな中で起きたことなんだ。
ケーキ自体は徹夜で造られ続けるんだけど、3日目のバイトが終わったのが、
シフトの関係で午後の9時過ぎ。工場は郊外にあって、
車で来たやつに2人同乗して街に戻ってったんだが、
途中ファミレスに寄って何か食ってこうってことになった。

バイト料は日払いで金は持ってたし。
で、仲間内にSっていう心霊系の話が好きなやつがいて、
こういうファミレスとかに来たときはきまってイタズラをする。
ほら、よく幽霊話で、3人で店に入ったのになぜか水のコップを出された、
ってのがあるだろ。あの逆をやろうとしたわけ。
どういうことかわかるかな。つまり、俺ら3人が4人掛けのテーブルに座って、
店員が水を3人分持ってきたら、「え、一人分足りないですよ。こいつの分」
とかって空のイスを指さすとかするんだよ。
悪趣味だろ。でもよ、深夜とかに入れば、
ヒマな店員に、面白い冗談だって喜ばれることもあるんだよ。
まあ軽いイタズラ以上の意図はなかったんだよ。

そこのファミレスは古いタイプだし、場所が郊外なのと、
夕食の時間を過ぎてたことでほとんど人がいなかった。
俺らは入ってって、外が見える窓の近くの奥に座った。
で、わざわざ空いてる席のイスもさげておいたんだ。
やがて店員がやってきて、見るからにバイトという女の子だった。
3人分のコップを置いて、事務的に、「注文がお決まりになりましたら、
 呼び鈴を押してください」そう言って立ち去りかけたときに、
Sが「あのー、水一個足りなんですけど。こいつのやつ」
いつもの調子でそう言った。ふり向いた女の子はけげんそうな顔をしてたけど、
「あっ、失礼しました。ただいまお持ちします」
あわててカウンターのほうに戻っていった。

「・・・あんまウケなかったな」
「真面目な子なんだろうな。水持ってくると思うか?」
「持ってくるんじゃね。水なんてただだし、
 いうこと聞いてりゃトラブルになんないから」
「反応がいまいちツマンなかったよな。あんまり怪談とか読まない子じゃね」
「もし水持ってきたら、どうする? こいつの分も注文するか?」
「まさか」こんな会話をしてたら、さっきの子がトレイに水一人分と、
それからなぜか小さいテイッシュの箱をのせて持ってきた。
して、空の席にコップを置くと、「どうぞお使い下さい」
そう言ってテイッシュの箱もいっしょにのせたんだ。俺らがきょとんとして、
「それ何?」って聞いたら、「こちらのお客様、泥だらけですし、

 お顔に血がついて・・・テイッシュが必要かと・・・」
こう言ったんだよ。まさかね、こう切り返されるとは思わなかったから、
俺らはかなりウケた。「いやー、こいつが見えるのか。実はこいつ3か月前に、
 バイクで田んぼに落ちて死んでるんだよ。
 だけどいくら言い聞かせてもそれがわかんないみたいで、
 いつもこうやって俺らの後をついてくるんだよ」
「あんたすげえよ、霊能者でも見えないって人もいたのに」
俺らの声が高くなったんで、店員の子は唇に指をあてて「しーっ」というポーズをし、
「私、幽霊の本けっこう読むんです。これって面白いアイデアですよね。
 でも、あんまりそういうことをすると、
 霊を呼び寄せてしまうって聞いたことがあります。つけこまれるっていうか」

「えー信じてるの? 幽霊なんていないよ」
「私はいると思います。霊はほとんどの人には見えないので、
 自分に関心を持ってくれる人につきまとうって言いますよ。
 特に心が空白になってるときが危ないって話です」
「ふーん」こんな話になって、それから俺らは各自注文して、
1時間くらいそのファミレスで過ごしてから帰ったんだよ。
翌日はクリスマスイブの前日で、これでバイトも終わりの4日目、
いよいよ追い込みで、シフトは夜9時から朝の6時まで。
これは眠気との戦いになる。4時間仕事して休憩をはさんでまた4時間って形。
Sが少し遅れてやってきて、なんだか調子が悪そうだったんだ。
「お前、顔色悪いんじゃないか」

「昨夜から肩がずーんと重い感じがしてほとんど寝てないんだ」
「ヘマすんなよ。買い取りになるぞ」
この買い取りというのは、流れ作業の途中でミスって、
ケーキを下に落としたりした場合は、
その分をバイト料から引かれるってこと。
原価だから安いけど、それでも時給の半分はいっちゃうね。
いちおう仲間内でSのことを気づかって、一番楽な作業に回した。
ウエハースの家をのせるのが楽なんだよ。ただ置くだけだから。
Sはうつらうつらしながらも、前半の作業はなんとかこなしたが、
休憩時間に工場の食堂で紙コップのコーヒーを飲んでる時に、
「作業中に、誰か俺の背中引っぱってるやつがいるだろ」って言い出したんだ。

「んなはずねえだろ。隣のラインとの間に棚があるし、ケーキが次々くるから、
 場所の移動なんてだきないだろう」
「うーん、そうだよな。そうなんだけど・・・」
でね、仕事の後半、あと残り2時間ってあたりだったな。
そのくらいのときが一番つらいんだよ。
とにかく意識を殺して、頭を空っぽにして耐えるだけ・・・
あっ、これってファミレスの子が言ってた「心が空白」ってことなんかな。
本職が生クリームを盛ったケーキが次々に流れてきて、目の前は白一色。
隣で仕事してたSが目をつむりだしたんで、俺が注意しようとしたとき、
「何だよ、やめろよさっきから。引っぱるな!」
そう叫んで体をねじり、後ろにひじ打ちをするような動作をしたんだ。

「おい! 誰もいないぞ」俺がそう言ったとき、
確かに見たんだよ。コンベアのSの目の前にあったケーキがぼこっとへこむのを。
それも5本の指を広げた手の形に。
その直後、Sが昏倒してそのへこんだケーキに顔をつっこんだ。
だから手型のついたケーキは残ってないんだよ。これはちょっと残念。
霊のいる証拠になったのになあ。それはともかく、
顔をクリームまみれにして床に倒れたいSの意識は回復せず、
救急車を呼ぶ騒ぎになったんだよ。病院では、単純作業の繰り返しによる催眠状態、
それと疲労って診断だったんだが、あれ以来ずっと入院が続いてる。
それも精神科のほうに転院して。・・・まあ、こんな話。
つけこまれるってのは確かにあるみたいだ。注意したほうがいいよ。

これ全部ケーキです ハロウィンケーキは日本では流行らないんじゃないかな











「ツチノコ=鳥」説

2015.04.19 (Sun)
今日は軽く流します。
当ブログの内容はいくつかのカテゴリに分かれているんですが、
一番多く書いているのが「怖い話」で、これが看板です。
次が「ナンセンス話」、現実感が薄く、
怖いよりおかしいという内容のものはこれに入ります。
続いて「オカルト論」「怪談論」という順なんですが、
1回だけ書いてストップしているのが2つありまして、
1つが「渡海」という中編小説の冒頭部分・・・
これは不定期連載で続けようと思いながらも、そのままになっています。
もう一つが「UMA談義」、オカルトの各ジャンルの中でも、
自分はUMA(未確認生物)は一番好きなんですが、
「モンゴリアン・デスワーム」という巨大ミミズ状の怪物について書いて、
後が続いていません。

何とかしなくては、と考えていたんですが、
昨日、よく拝見させていただいている『ひよどりblog』さんという、
野鳥の記録写真を掲載されているブログで、
「アリスイ」という鳥を取り上げているのを見て、この項の内容を思いつきました。
というか、前々から自分が持っている説(そんな大層なもんではないですが)
として「ツチノコ=鳥」というのがあります。
つまりツチノコの目撃談のうちのいくつかは、
鳥の誤認ではないかというものです。
その主人公となるのが、このアリスイなんです。

さて、「ツチノコ」はみなさんもご存じだと思います。
Wikiでは『日本に生息すると言い伝えられている未確認動物 (UMA)
のひとつ。鎚に似た形態の、胴が太いヘビと形容される。
北海道と南西諸島を除く日本全国で”目撃例”があるとされる。』

歴史的には、「縄文時代の石器にツチノコに酷似する蛇型の石器がある」
という記述がありますが、これはかなり怪しいです。
石器で長いものを作ると折れやすいので、
普通の蛇を表現して、結果的この形になったというのが現実的な気がします。

江戸時代の本草学(広義の博物学)には、
ツチノコらしき生物が記載されているものがあり、
通常の蛇とは別種扱いになっています。
田辺聖子さんの小説や、『釣りキチ三平』の矢口高雄さんのマンガ等で、
1970年代に一気に有名になりました。
現在でも、ツチノコによる町興しをしている地方公共団体があり、
岡山県赤磐市でしたか、現在では2000万を超える高額になっているはずです。

ツチノコの目撃談ではいろいろな要素があげられていますが、
自分が注目したのは3つの点、
一つ目は「ジャンプする」です。2mから10m近いジャンプの目撃例もあります。
例えば『2008年8月31日、千葉県白井市の田園地帯において、
水平に3メートルジャンプしたツチノコらしき生物の目撃情報が寄せられた。』
二つ目は「まばたきをする」という点。
三つ目は「チーなどと鳴き声をあげる」

では、アリスイを見てみましょう。
『動物界脊索動物門鳥綱キツツキ科アリスイ属に分類される鳥』で、
日本では各地で見られるようですが、渡り鳥で、
『日本では北海道、本州北部では夏季に繁殖のため飛来し(夏鳥)
 本州中部以西では冬季に越冬のため飛来(冬鳥)する。』
となっています。
自分は鳥についてはほとんど知識がないので、
ここからは間違ったことを書くかもしれません、とあらかじめ断っておきます。

この鳥は実に蛇によく似ています。特に後ろから見た場合ですね。
まず、羽毛の模様が蛇の鱗に見えますし、
擬態というのかどうかわかりませんが、
蛇に似た色や形に進化していったのではないでしょうか。
動作も、体をくねらせるように動かす様子は蛇そっくりと言われます。
また、周囲を警戒して頻繁に首をかしげたり、
後ろを振り向いたりするところから、不吉な鳥と言われることもあるようです。

この鳥の和名の由来は、
木の枝や地上でアリを吸うようにして食べるところからきています。
蛇に似ていることが、生存に何かと有利に作用するのではないかと思われます。
この鳥を、上記のツチノコの特徴と比較すると、
「飛ぶ」というところは合致しますね。
もちろん羽を広げて飛ぶわけですから、見間違いはないように思われますが、
藪の斜面のような視界の悪いところならどうでしょうか。
瞬時に飛び離れるというような動作なら、誤認の可能性はある気がします。

「まばたき」という点はどうでしょう。
蛇と鳥類は似ていて、基本は瞬きはしないものと思われますが、
表皮のピンと張っている蛇に比べて、
羽毛に覆われた鳥は瞬きに見える動作をすることはあります。
「鳴き声」これは鳥類は鳴きます。
アリスイの鳴き声はyoutubeにあがっていました。
蛇は「しゅーっ」というような空気音しか出せませんね。
この説の弱点としては、大きさです。ツチノコは30cm~80cmくらいとされます。
それに対し、アリスイはスズメよりは大きいですが、
20cm足らずです。ですから誤認の場合は、やはり後ろから見て、
遠近感がよくつかめなかったとき、などではないでしょうか。

最後にツチノコの図像と、アリスイの写真をあげておきます。
見比べてみてください。

井出道貞『信濃奇勝録』




まさにアリを吸う瞬間、クチバシを隠して見てみてください










町興し

2015.04.18 (Sat)
私が住んでるのは○○町という田舎の町です。周囲の市町村と仲がよくなくて、
平成の町村大合併のときにぽつんと取り残されました。
もちろんひどい過疎なんですが、町長さんが新しくなって、
町興しを始めました。それが、テーマはUFOなんです。
古洲模山といって、山地の町側に500mたらずの山があります。
そこは登山路が整備されてて、上のほうが芝生の広場になってるんです。
そこでは昔から、UFOの目撃事例があったんです。
UFOという言葉も当然なかった、江戸時代からですね。
古い地誌に挿絵とともに、不可思議な物体がこの山の上を飛んでいくのを見た、
という話が載ってます。それで「UFOの里○○」
というキャンペーンを立ち上げたんです。

ええ、バカバカしいと思われるでしょう。そんなので観光収入が増えるとか、
工場誘致ができるなんて考えられないですし、過疎がとまるはずもない・・・
まあ、多くの町民がそう考えていたんですが、
それでも何もしないよりはマシだろうというくらいの話です。
具体的にやったことといえば、まずゆるキャラをつくりました。
「いぞうくん」という宇宙人を模したキャラクターです。
「いぞう」というのは古誌に出てくる、この地方特有の妖怪なんです。
これがアメリカ発の、グレイという宇宙人にどことなく似てるんです。
さすがに「グレイくん」というわけにはいきませんから。
それと地元で作っている清酒を「宇宙人」
という名前で出してもらうことになりました。

役場の観光振興課に「いぞうプロジェクト」というのができたんです。
そこに私がおつき合いしているN君という人が配属されまして、
なんと「いそうくん」の中の人をやることになったんです。
ええ、着ぐるみを身につけてアクションする係です。
N君は高校時代陸上競技をやってて、そのあたりが選ばれた理由だったようです。
この話を彼から聞かされたときは、ちょっと複雑でした。
というのは「いぞうくん」の姿形がかなり気味の悪いものだったからです。
全身が銀色で背丈は2m近くあります。
頭はハリボテで、N君はそれを自分の頭に乗せ、
着ぐるみの首にあいた穴から外を見るようになってるんです。でもN君は、
「このキャラをふなっしーに負けないくらい盛り上げるぞ」と、はりきってました。

着ぐるみを着たまま側転なども練習してて、ケガをしなければいいなと思いました。
3月の終わりころです。「いぞうくん」が出る初めてのイベントがあったんです。
古洲模山の花の見ごろに合わせて行われるのど自慢大会に、
「いぞうくん」も出演するんです。彼に誘われて見に行きました。
そうですね、のど自慢大会の出演者はみな地元の人でしたし、
「いぞうくん」が最初に出てバク転をしたときには少しだけ盛り上がったんですが、
全体としてウケているという感じはありませんでした。
酔っぱらった人から「かっこ悪いぞ」とか「キモイ」などという声が出ていました。
イベントは1時から始まって4時過ぎに終わったんです。
それから後片づけと御苦労さん会をやり、N君は町のバスで来ていたので、
私の車で家まで送ることになりました。

山頂広場を出たのが9時少し前くらいでした。後部座席に、
「いぞうくん」の着ぐるみや、イベントで使った延長コードなどを積んでました。
N君が「あした休みだから、もう一つ奥の山に行って夜景を見ないか」
って言い出したんです。奥の山は古洲模山より300mほど高く、
電波塔があるので、砂利道が続いているのは知っていました。
地元の小学校の遠足で行ったこともあります。
私の車はコンパクトカーでしたのでちょっと不安でしたが、
賛成して山の裏手の道に入りました。
そこの道は両側が林で、街灯もなく真っ暗でした。
大きな石でもあって車の底をぶつけたりしないかと気が気でなく、
慎重に運転していました。

そしたら、もう少しで林を抜け山の稜線に出るというところで、
急にエンストしてしまったんです。私の車はATだし、そんなことは初めてでした。
何度キーを入れても、キュルルルと音がするだけです。
「バッテリーあがりみたいだけど、走ってる最中にそんなことあるわけないし。
 ちょっと運転代わるか」 「えーでも、お酒飲んだでしょう」
「別に走るわけじゃないし」でも、N君がやってもエンジンはかからなかったんです。
「これちょっとダメだな。発電機とかかなあ」N君はそう言って、
社外に出ました。私も出ようとしたら、
「寒いから中にいろよ。それとカード出して、JAFに連絡できるよう準備してて」
ボンネットが上がって、N君は懐中電灯で照らしながら中を見ていましたが、
「ダメ、全然わからないや」こう窓の外から声をかけてきました。

いよいよJAFに連絡するしかないか、こんな山の中で何してたんだと思われると、
ちょっと恥ずかしい、そう考えながら携帯を出したときです。
横の林の中がぼうっと緑に光ったんです。
すごく人工的な感じのする光でした。N君も気がついたみたいで、
ボンネットを閉めてそっちを見ました。
そしたら、林の中から緑に光る人型のものが出てきたんです。
体の表面はつるつるしていて、目は大きく、瞳がありませんでした。
全体が黒目のようなアーモンド形の瞳・・・
そうです。それは「いぞうくん」の着ぐるみによく似ていたんです。
でも、着ぐるみではないことはわかりました。
生物と言っていいかわかりませんが、生きて動いているものでした。

ただ「いぞうくん」と決定的に違うのは、頭の人間なら耳がある部分に、
アンテナのような奇妙な形のツノが生えていたんです。
「うわわ、何だよこいつ」N君はそう叫んで、それの来たほうと反対のドアを開け、
私の手をつかんで車外に引っぱりだしました。
それは、私たちが逃げ出すのには全く関心を払う様子はありませんでした。
30mほど走って逃げ、そこでいったん立ち止まって様子を覗いました。
それは車のドアに両手をあて、そしたら車がやわらかいものでもあるかのように、
ずぶずぶ手が中に沈んでいったんです。
そして「いぞうくん」の着ぐるみを引っぱりだしました。
それは吊り下げるようにして着ぐるみを広げ、上から下までながめているようでしたが、
地面に落とし、首を振ってから出てきた林へと戻って行ったんです。

林の中を緑の光が遠ざかっていくのがわかりました。
「・・・もう行ったんじゃないか」N君がそう言って、
ふるえている私を車まで引っぱっていき、乗り込んだら、
何事もなかったかのようにエンジンがかかったんです。
それから一目散に民家のあるところまで車を飛ばしました。
まあこんな話なんです。ええ、もちろん警察に話しました。
捜索があったみたいですが、何も発見できなかったそうです。
・・・「いぞうくん」は、N君の提案で全身銀色だったのを緑に変え、
頭の両側にツノをつけることになったんです。
そうしたからといって人気が出る様子はないんですが、
なんとなくしっくりしたというか、実際にいるもののような感じにはなりましたよ。






忌み地

2015.04.17 (Fri)
小学校でやった郷土学習なんです。住んでいる地域について、
6年生の学級をバラバラにした4人のグループで調べました。
自分の興味にしたがって、歴史や産業、観光などの分野に分かれたんです。
僕らのグループのテーマは、寺社についてでした。
市内全域だと小学生の力では無理があるので、「旧○○町内だけにしたら」って、
社会が専門の担当の先生にアドバイスされました。
確かにその地区には、小さい神社・・・オサキ様とか、オコガイ様なんて名前の、
二間四方ほどのお社がたくさんあるんです。そんなんだから、
もちろん神主さんなんていないし、お賽銭箱もないところもあります。
あとは神社だけじゃなく、お地蔵様のお堂ですね。
そういうのも含めて、まず町の1万分の一の地図に印をつけていきました。

でも、地図に神社マークがついてるのは比較的大きなとこばっかりで、
4つしかなく、これだと研究がすぐ終わってしまいそうでした。
そしたらまた先生が、「こっからが研究だよ。今度の時間は午前いっぱい使えるから、
 自分の足でまわって歩いてみるといい。校外に出る許可はとってあげるし、
 先生もついていこう」こう言ってくれたんです。
当日、9時前には学校を出発して、旧町内を回って歩きました。
旧町内だと街道沿いに一回りしてきても、2時間はかかりません。
グループで分担を決めて、お社やお堂があるところで地図にしるしをつける。
あとは写真を撮ったり、御社名を書きとめたり、
近くの民家でインタビューもしたんです。これは先生がいっしょに行ってくれました。
何を聞いたかっていうと、そこのお堂を管理している人の名前と連絡先です。

お社だけだと、戸も閉められてて、御祭神が何なのかもわからないことが多いんです。
「そういうお社は、必ず掛け持ちで管理している神主さんがいるはずだから、
 どなたか確かめておいて、後で電話でお話を聞かせてもらうといい。
 これは歴史だけじゃなく、社会勉強にもなるから」
こう先生は言ってました。ええと確か、大小11の神社があったはずです。
それと地蔵堂、古い石塚、道祖神などを入れると全部で20を越えました。
で、かなり歩き疲れて学校に戻り、
残った時間で回ったところの印をパソコンの地図に入れ直していきました。
それを使って発表をすることになっていました。
そしたら面白いことがわかったんです。

神社に印をつけ、先生のアドバイスにしたがって全部を線で結んみました。
線と線の重なるところがいくつかありました。
たいがいは3つくらいの重なりなんですが、
一か所だけ8本もの線が重なる場所があったんです。
これは大発見じゃないか、と思って先生に話しました。
先生は僕らのパソコン画面を見て興味深そうな顔をしていましたが、
「これはちょっと偶然じゃないよな。えーとこの地域は昔、ヤチ沼と言われてて、
 今でこそ民家や店もあるけど、元はずっと湿地帯の広がってたところだよ。
 埋め立てをしたんだけど、今でも軟弱地盤で地震のたびに家屋の壁にひびが入ったり、
 傾いたりの被害が出てる。学校からは2kmもない場所だな。
 今度の午後2時間続きの時間に行ってみようか」こう言ったんです。

で、1週間後の総合の時間です。
先生とグループ4人で、地図をもとにしてその場を目指しました。
そのあたりはヤチというだけあって、全体に土地が低いんです。
住宅地図だと、神社の線の重なる場所は大きなチェーン店の靴屋の裏側になってました。
30分くらいでだいたいの場所に着いたんですが、
靴屋はつぶれてて、店が閉鎖されてたんです。
裏の駐車場はそのままでしたが、車は一台も置かれておらず、
駐車場のさらに奥は空き地で草ぼうぼうになってました。
「おかしいなあ、ちょっとのずれがあるとしてもこの辺りだよなあ。
 何かがあると思ったけど、ちょっと当て外れだったかもしれないなあ」
先生が言いました。9月だったので、草地に入るとヤブ蚊がわっと飛び立ちました。

どうしようもないので、写真だけ撮って帰ろうとしたんですが、
グループの一人が「あ、あの隅に石碑みたいなのがある」って声をあげました。
見ると、丈の高い雑草に囲まれてたんですが、
石の塚らしいものの先端だけが見えました。
「やっぱり何かあったか。しかし大きいものじゃないな」先生が寄っていきましたが、
「うっ」と言って片方の耳を押さえてうずくまってしまいました。
「どうしたんですか?」 「いや、虻か何かに耳を刺された。
 たいしたことじゃないけど、虫が多いな」
先生は立ち上がって「お前たち、ちょっとそこで待ってろ」
そう言って、あたりの草を塚らしきものの前だけ、
足で踏んだり手でつかんで抜いたりしたんです。

塚は高さが50cmくらいでしょうか。表面がぼろぼろに風化してて、
かなり古いもののように思えました。
表面に「頽馬塚」という漢字3字が彫られてましたが、
僕らには読めなかったし、先生もはっきりとはわからなかったんです。
「うーん頽廃の頽(たい)という字だと思うけど、
 これが何の意味かはわからない。まあいいじゃないか、
 また一つ調べる材料ができた」これで帰ったんですが、
先生はずっとハンカチで虫に刺されたほうの耳を押さえてました。
頬のほうまで赤くなっているのがわかりました。
その後、学校で調べたら「頽馬」は一発で出てきました。
こんな記述があったんです。

「頽馬は路上を歩いている馬を突然にして死に至らしめてしまうという。
 倒れた馬は、口から肛門にかけて、
 太い棒を差し込んだかのように肛門が開いているといい、
 馬の鼻から魔物が入り込んで尻から抜け出すために起こる怪異といわれる」

先生に知らせようとしましたがパソコン室に姿が見えず、他の先生に聞いたら、
虫に刺されたところがひどく腫れたので病院に行ったということでした。
それから先生は何か月も学校を休んだんです。
耳の傷が化膿して、黴菌が血液に入ってしまったということでした。
その間に郷土学習の発表会があって、僕らはなんとか自力でまとめましたが、
中途半端な内容になってしまいました。
先生は冬休み過ぎに出てきましたが、ものすごく痩せてしまっていました。

先生は「いや、ひどい目にあった。一時は全身の血液に黴菌が回って、
 高熱が何日も続いたんだよ。そのときにずっと、目の前を馬が何頭も何頭も、
 跳びはねながら通っていく夢を見ていた。
 あの頽馬塚というのは、病気の流行で死んだ馬を埋めたところみたいだね。
 頽馬を妖怪みたいにいうむきもあるけど、
 昔の人の伝染病に対する懼れなんだと思うよ。
 それにしても、小さい神社に囲まれてあるのは偶然じゃないような気がするな。
 そこが嫌な場所であるとして、あちこちに神社を建てて守っていたんじゃないかな。
 封印していたっていうか。だから今になってもあのあたりが さびれてるのかもしれない。
 こういう昔からのことは馬鹿にできない。いい勉強になった」
こう言ってたんですよ。
 






聞いた話(お守り)

2015.04.16 (Thu)
これも実話というか、人から聞いた話です。
やはり持っている人が多いからなのでしょうか、
お守りに助けられたという話はよく耳にします。
ただしそれには、はっきりした心霊関係でないことも多く含まれます。
例えば交通事故で、お守りを車に下げていたせいか、
車は大破したのに軽傷で済んだといったもの。
こういうのは、たまたま運がよかっただけなのかもしれません。
そうでない例を2つほど。

飲食店経営者のWさんの話

自分がよくいく店のママさんの話です。
この方は女性でたぶん40代だと思います。
地方から大阪に出てきて、いろいろと苦労をしましたが、
今はまず不満のない暮らしぶりに見えます。
Wさんが中学生のとき、地元で学校の行きかえりの通学路でのことです。
中2になってから、帰り道に跡をつけられていると感じたことがあったそうです。
通学路の途中に人しか通れない細い道が400mほどあって、
そこはいずれ区画整理の対象になるため舗装されておらず、
ずっと砂利をしいた状態だったそうです。街灯はありますが人通りは少なく、
両側が倉庫の塀と企業所有のグラウンドというとことでした。

Wさんは運動部だったので、ほぼ毎日帰りが6時半を過ぎていましたが、
一人でその道を通ると、後ろで自分の足音以外に、
ザック、ザックと砂利に足を引きずるような音が聞こえたそうです。
これは友達と一緒のときや、その道に通行人が多かった場合は聞こえない。
ところが、一人で通って他の人がほとんどいないときには、
まず必ずといっていいほど聞こえた。
ストーカーなどの生きた人間ということは考えなかったそうです。
なぜならその道はほぼまっすぐで、
ふり返ればついてくる人がいるかどうかは一目でわかるからです。

気味が悪いなとは感じていましたが、それでも、
何か自分の考えつかないような現象があるのかと思うくらいだったそうです。
ところがある日、ザック、ザックという音が、
いつもよりも近くで聞こえる気がしました。
Wさんが走り出すと、音が大きくなってついてくるだけでなく、
すぐ耳元でハア、ハアという息遣いまで聞こえたそうです。
砂利道を抜け出たとたんに音はやみ、ふり返ると誰もいない。
当時Wさんは両親の離婚のごたごたで、お祖母さんと暮らしていましたが、
家まで走って帰ると、お祖母さんにあったことを話しました。

するとお祖母さんは「あのあたりは昔、
 軍需工場で空襲されたところだから、何かあるのかもしれないねえ」
そう言って、自分のバックから小さい紫色の、
布製のお守り袋を出し、Wさんの背負いカバンの中に入れました。
詳しくは聞きませんでしたが、神社で市販されているものより、
もっと特別なものに見えたそうです。
数日後、Wさんが砂利道に入ると、また前と同じことが起きました。
ザクザクいう足音が近くで聞こます。

ふり向いたら、闇の中にひときわ黒い人型の固まりが見え、
それがすごい勢いでWさんの近くまできて、
あわやぶつかるというか、影に飲み込まれそうになった直前で、
四散して消えたそうです。家に戻ってそのことをお祖母さんに話し、
お守りを出してみると、絹の袋がおろし金ででもこすったように
ブサブサになっていたそうです。
それ以来、その道でおかしなことはなくなりました。

Wさんはこの後、公立高校を卒業して大阪で水商売の世界に入りましたが、
10年ほどして別居していた父親が亡くなってまとまった額の遺産が入り、
それからとんとんと運が開けて、
現在の店を持つようになったとのことでした。
ちなみにお母さんも早い時期に亡くなったのですが、
お祖母さんは90を過ぎてまだ健在だそうです。

車関係のムックを作っているUさんの話

Uさんは4綸駆動、オフロード系の車雑誌を作っていて、
自分がジープに長年乗っていたので、その関係でお付き合いがあります。
ただし話はUさんご本人のことではありません。
Uさんの郷里で、お祖母さんが一人暮らしをしていたのですが、
(これは上の話とはまったく別の方です)
なんとオレオレ詐欺にひっかかりそうになったのです。

Uさんとは別の孫が、「酒酔い運転中に事故を起こし、
 すぐ示談金を払わないと警察に訴え出ると相手が言っている。
 そうなれば仕事を首になってしまうのでなんとかしてくれ」
という典型的な手口なのですが、お祖母さんは信じてしまいました。
そこで預金のある銀行のATMに行ったのですが、
カードを出そうとしたとき、
大型のがま口にキツネの面の形の守りがついていて、
その鈴がなぜかたいへんに熱くなってい、さわったとたんに手を火傷して、
大声を出してしゃがみこんでしまったのだそうです。

声を聞きつけた行員が駆けつけ、
「手が熱い」というお祖母さんを水場まで連れて行ったのですが、
水をしばらくかけていたら痛みは消え、痕もまったく残ってなかったそうです。
そのときにお祖母さんと話した行員が、
断片的な言葉から詐欺ではないかと思い、ふり込みを思いとどまらせた。
行員が警察に通報し、警察官が事情を聞いて話に出てきた孫に連絡してみたら、
事故など何もなかったということでした。
そのお守りは、京都の大変有名な稲荷大社のもので、
Uさんのお祖母さんはいよいよ信仰を厚くして、
足繁く参拝しているということでした。







緑の土の話(下)

2015.04.15 (Wed)
んじゃ続きな。前のことから2年後、俺は中学生になってたけど、
うちの同居してたバアちゃんが死んだんだよ。80いくつだったし、
病気がちだったからいつ死んでもおかしくはなかったんだけど、
春から夏にかけての季節の変わり目に肺炎になって、あっという間だった。
で、悲しかったかと聞かれれば「そうだ」って答えるんだけど、
なんであんなことをしたかっていうと、ちょっと複雑なのよ。
バアちゃんにどうしても生き返ってほしかったとか、
そういうわけではないんだ。それよりも好奇心のほうが強かった。
どうなるんだろうか、っていうね。そう、もうわかっただろう。
前の話の緑の土、あれをバアちゃんに試してみたんだよ。
亡くなって、病院から自宅へ遺体が返ってきた夕方のことだ。

スタミナドリンクの空ビンを持って、あの工場の斜面に行ったんだよ。
相変わらず柵も立ち入り禁止の札も出てたけど、入るのはわけなかった。
斜面は前よりえぐれた形になってて、
土を重機で掘り出して工場で使ってるんだと思った。
緑の土の地層はだいぶ薄くなってたけどまだあった。
前と違って薄暗いときだったんで、ぼうっと嫌な感じの光がそれから滲んでた。
落ちてた木の皮をヘラ代わりにして、ビンの半分ほどまで詰めて、
一目散で帰ってきた。誰かに見とがめられるってことはなかった。
バアちゃんは葬儀社の人に遺体を洗われ、
白い着物を着せられて座敷に寝かされていた。
明日が通夜、明後日が火葬、翌日が葬儀・・・俺らの地域ではこんな順番だ。

枕経をあげに来た坊主が帰るとき、
両親も詰めていた親戚もみなで見送りに出たんで、
その隙にバアちゃんのところに行って、胸の上で合わせられていた
左の二の腕の外側全体から手の甲にかけて、
水につけたテイッシュにその粉をとって塗りつけた。
そしたら思った以上に緑色に染まってしまって、水だけで何度か拭いたんだよ。
そしたら色は薄まったけど完全にはとれなかった。
で、布をかけたバアちゃんの頭を上から見下ろしてたが、何も起きなかった。
体全体も、腕もピクリとも動かない。そうだろうな、って思った。
あの小学生のときのことは、そんときの仲間とは何度か話はしたけど、
やっぱ虫の生命力が強かっただけだろうって。

頭のなくなった虫が飛ぶのはありでも、人間が生き返ったり動いたりするわけはない。
それはそれで納得したんだ。・・・声が聞こえて、
親戚らが中に戻ってきたようなんで、その場を抜け出した。
その後、通夜の日も火葬のときも特に変わったことはなかった。
俺も学校を休んで、火葬に立ち合ったよ。
よくほら、火葬の炉の中で人が生き返ったりするって話も知ってたから、
そのあたりも注意してたけど、炉の中はのぞけないし、
係員の人の様子に変わった様子もなかった。
お骨拾いもやったよ。ぜんぶきれいに白い灰になってて、
焼け残ってるとこはなかった。バアちゃんは死ぬ前、痩せて小さくなてったから、
こんなものだろうって、親戚の人が話をしてた。

うちらのほうでは、骨壺になったところで葬式になるんだ。
葬儀社の会館で、遺影の前にお骨を供えてね。これも特段に変わったこともなく、
バアちゃんは逝ってしまった。
親父が「お前は長男だから、こういう手順をちゃんと覚えててくれよ」
って言ってたのが記憶に残ってるよ。
骨壺は自宅にしばらく安置されてて、その後先祖代々の墓に入った。
・・・まあ、こんな話なんだが、不満だろう?
何かが起きたってわけじゃないからな。まだ続きがあるんだ。
中学の卒業式のちょっと前に、工場の斜面にもう一回行ったんだよ。
高校受験が終わって結果の発表前でね。あんまり出来がよくなかったから、
不安でイライラして、そこら中を自転車で走り回ってたんだ。

俺らのところはあんまり雪が降らないんだよ。
工場の斜面はあたりの草が枯れ、木も葉を落としてて見晴らしがよかった。
柵の外側に自転車を停めて見ると、
あの緑の部分は採りきってしまったのかもうなくなってて、
ただの黄色い土ばかり・・・そこに、何か動くものがあったんだ。
イタチとかの小動物か鳥かと思った。柵を越えて近づいてったら、
這ってたのは、漂白したように白い人の肘から先の腕に見えたんだ。
腕はもろい土を掘り返してはもぐり、また出てきてを繰り返して・・・
それ以上近づく気はなかったからはっきりとはわからないが、
しわだらけの・・・バアちゃんの手じゃないかと思った。
混乱したよ。火葬されて骨になり、墓に入ってるはずだろうって。

そのとき後ろの遠くから声がした。
「何やってんだお前!! ここ工場の土地だぞ!」って怒鳴り声。
あわてて自転車に跳び乗ったんだが、道に出たとき、
向こうから白衣の人が2人走ってくるのが見えたんで、反対側に逃げた。
そいつらは追ってこなかったが、こう口々に怒鳴ったんだ。
「何か見たのか?」 「ここはもう終る。 
お前がやったことはお前に返るんだぞ」って。
どういう意味かそんときはわからなかった。今はわかるけどね。
・・・結局、受験は第一志望で失敗し、滑り止めに入った。
俺が高校の1年のとき、工場が撤去された。その後すぐ両親の葬式を出した。
親父の車が事故って、母親も同時に死んだんだ。

親戚に預けられて、そっからずっとついてない人生が続いてる。
まあ・・・俺の努力不足って言われりゃそれまでだけど。
で、ついてないこと、よくないことが起きる前には、
バアちゃんの腕が来るんだよ。どう来るのかって? それは・・・

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緑の土の話(上)

2015.04.14 (Tue)
小学校6年生のときのこと。もうずいぶんな昔になる。
ゲーム機もマンガもあったけど、虫捕りとか、外で遊ぶのが好きでね。
でね、その日も工場地帯にある小川で魚をすくってたんだ。
魚って言っても、タナゴとかドジョウ、ヤゴ類しかいなかったけども。
確か同学年の仲間3人とで、春から夏にかけての休みの日だったと記憶してる。
1時間ほども遊んでただろうか。
新田ってやつ、これはそんとき一緒にいたわけじゃないけど、同学年の。
そいつが土手を走ってきて、私らの姿を見ると「大発見した」って叫んだんだよ。
いいかげん飽きてきたところだったので、
何か面白いことだろうと思って上がっていった。そしたら、
ものすごく興奮した口調で、「死んだ虫が生き返る土を発見した」って言うんだ。

そいつの後についていったのが、工場のすぐ裏手の斜面だった。
ときたまブルが入って土を削ってるところで、
俺らは危険だというので立ち入りを禁じられてた。
鉄の柵があったが越えることができた。何の工場だったのかねえ。
今はないんだよ。この話の出来事から3年くらいして閉鎖されたはずだ。
あとで家族にも聞いたんだが、化学薬品関係としかわからなかったね。
新田は、「その斜面の下に積み上げられてる丸木にコクワガタがいた。
 それを捕ってたが木の皮をはがせばいくらでも出てきて、
 すぐプラケースいっぱいになった。メスを捨てることにして、
 斜面の土から出てる岩に思いっきり叩きつけた。
 そしたら、頭が割れたり中身の白いのがはみ出たりし転がり落ちてくる。

 それが下の幅1mほどの堰に落ちて浮かぶ。
 そのまま死んでしまうやつがほとんどだったが、堰から這い上がってきて、
 斜面の一番下の緑っぽい色をした地層?まで来たやつは、
 急に元気になって、どんなに壊れてるやつも羽根を開いて飛んでいくんだ」
こんな話をしたんだ。「えーでもよ、それは生き返るっていうか、
 その土に薬品かなんかが浸み込んでて、
 それで一時元気がよくなったように見えるんじゃないか。
 アンモニアつけられたような感じで」こう言い返したら、
「ほら」という感じで新田があごをしゃくった。
・・・その方向の斜面上に、頭が完全になくなったクワガタがいて、
それなのに動いてたんだ。

「それ、俺がわざと頭を石ですりつぶしたやつだ。生きてるはずないよな。
 人間でいえば脳がないんだから。だけどどうだ」
それはマジで胴体だけだったが、なくなった頭を振り立てるようにして、
獅子舞みたいに激しく動いてたんだ。
「頭をなくしてから、その緑の土に一回埋めて掘り出したんだよ」
不意に頭のないクワガタが飛び立った。
それは俺らの立っている中を飛び回り、あわててしゃがんで避けたよ。
だって気味悪いだろう。そいつは狂ったように何度も旋回すると、
どっかに飛んでってしまった。
「うーん確かになあ、生き返ったかどうかはともかく、
 そこの土は何かの力を持ってるのかもしれねえな。変な色だし」

土は今から考えれば地層で、幅20cmほどでずっと横に伸びてたんだ。
色は暗い感じの緑で、少し光ってる気もした。
近寄って指をさしこんでみたやつが、「これヤベえよ、ピリピリする」
って叫んだんだ。それで俺が、「さわんな。ただの土じゃなく、
 工場から漏れた廃液が浸み込んでるのかもしんねえ」そう言い、
「その指、堰の水で洗え、ぜったい舐めたりするなよ」とつけ加えた。
そいつは堰の縁にかがみこんで指を洗いながら、
「なあ、俺らが捕った魚も生き返るだろうか。・・・試してみないか」
って言ったんだよ。それを聞いて、その場にいたやつはみなスゲエと思った。
わくわくする実験だって感じたんだよ。
だって魚って水の中の生き物だろ。

それがいったん弱ったり死んだりしたのが、
その土をつけたら空気中で元気になったりしたら、大発見じゃね。
「試してみようぜ」ってことになり、持ってたバケツの中から、
いちばん大きいタナゴを選び出した。
水がぬるんでもう弱ってる感じだったが、下の土に浅く埋め、
その頭の部分をズックの踵で踏んづけた。
・・・残酷だと思うかもしれねえが、当時の子どもってそんなもんだったよ。
それを5分も放置してから掘り出したら、もうぴくりとも動かない。
頭はつぶれて、完全に死んでるようにしか見えなかった。
俺がその胴のほうを持って、頭を先にして緑の土の部分に入れようとした。
ところがけっこうな硬さがあって埋まっていかない。

落ちてた木の枝を拾って掘り返し、魚を入れて土をかけた。
そしたら、はみ出てた尾がビンと強く動いたんだよ。みなが「!」と思ったとき、
上のほうから「こらお前ら、何やってる!」という大人の怒声がした。
見上げると、ヘルメットと作業着の大人が2人立ってて、俺らを見ながら、
「おい、学校に言いつけるぞ。ここは工場の敷地だし、
 もし土が崩れてなんかあったりしたら、こっちの責任になるんだ。
 出ていけ。早く!」こう言われるとどうもならない。自分らが悪いんだし、
その場で怒られるんならまだしも、学校に言われると親を呼ばれてしまうからな。
それでしかたなく帰ったんだよ。俺らの背中で、「2度と来ちゃダメだぞ!」
って声がしてた。で、2年ほどそこへは行かなかったんだよ。
ちょっと休憩、少し休んだら続き話すから。

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やじろべえ

2015.04.13 (Mon)
つい昨日あったことです。私はウエブデザインの会社に勤めていますが、
残業したんです。そんなに遅くなるつもりはありませんでした。
うちの会社は定時で帰る人がほとんどなんです。
だって仕事が残っていたとしても、家のパソコンからいつでもできるんです。
終わったのは8時過ぎころです。
オフィス内には私の他に誰もいませんでしたけど、
怖いとは思いませんでした。だって、ビル内の他の会社には、
まだまだたくさん人が残ってますし、入り口には終夜勤務の警備員さんがいますから。
バッグを持ちコートを着て、室内灯を消そうとしたところで、電話が鳴りました。
「はい、○○です」と受話器を取ったところ、
「窓の下を見なさい」一言だけ言って切れてしまったんです。

「ん?」と思いました。オフィスの窓は一方向にしかなく、
取った電話は入り口に近いほうだったので窓の外は見えません。
そうですね、今から考えると声は女だったような気がします。
女の人がわざと低いしわがれ声を出して、性別をわからなくしてる感じです。
ええ、番号表示機能はついてます。これも後で確かめたところ、
なんとオフィスのあるビルの一階にある公衆電話からだったんです。
早く帰りたかったのですが、窓に近づいて外を見ました。
そちら側には3階分ほど低い隣のビルがあって、そこの屋上がみえます。
私のオフィスが10階で、そのビルは8階建てなんです。
見下ろして「え!」と思いました。下に見えるビルの屋上のフェンス上に人がいたんです。
転落防止用の鉄製のフェンスです。幅は5cmもない・・・

上から見下ろした形だったんですが、すぐ女の人だってわかりました。
長い髪の毛の頭頂部と、裾の広がったこーとが見えたんです。
距離はけっこう離れてましたが、そのコートの色は私のものと同じでした。
髪型もよく似ていると思ったんですが・・・
それよりも、「警察に連絡しなくちゃ」と考えました。
その女の人は両手を大きく広げてバランスをとってましたが、
ぐらぐらして今にも落ちそうだったんです。
「まず、下の警備員室に連絡しよう」そう考えて、手近な電話まで行きました。
手を伸ばしたとき、コールが鳴ったんです。
反射的にとりました。すると、さっきのとたぶん同じ声で、
「やじろべえ」と言われたんです。

そのとたん、視界がぐにゃっとゆがむ感じがしました。
顔に小雨まじりの風が吹きつけてきて・・・
下に車のヘッドライトが連なる道路が小さく見えました。
どういうことかわかりますか? 私が隣のビルの屋上フェンスの上に立ってたんです。
ぐらぐらと体が左右に傾き、「ああ、落ちる」と思ったとき、
また電話が鳴ったんです。
私はビル内のさっきの受話器の下にしゃがみ込んでいました。
出ると、「怖かった? 今日の分はこれで終わり、だけどまだまだ続くよ」
そう言って切れてしまったんです。
窓の外、隣のビルの屋上フェンスにはもう人の姿はありませんでした。
どうしようか迷いましたが、警備員室に連絡をして見たことを話しました。

「いや、人が落ちたなんてことはないと思うよ。
 ・・・隣のビルにも連絡はしますけど・・・
 ただ、屋上に人が出てるとはただごとじゃないですよ。今はいないんでしょう?」
困惑した声が返ってきました。そう言われると、自分でも自信がなくなってきました。
3回電話がかかってきたことは確かに記録されてるんですが、
フェンス上に自分に似た女の人がいたこと、
その人と一瞬入れ替わったように感じたこと、これが実際にあったことなのか、
よくわからなくなったんです。照明を消し、施錠してオフィスを出、
エレベーターで降りて警備員室に顔を出しました。
「今、連絡をとって隣の屋上をいちおう調べてもらってるところだよ。
 結果は明日報告しますけど、気をつけて帰ってくださいね」

外は霧のような雨が降ってましたが、
傘を開かなくてもほとんど濡れることはなかったです。風は強くはありませんでした。
駅までは、歩いて5分ほどしかかかりません。
さっきからのことを考えながら歩いていると、「ああ、ちょっと」と呼び止められました。
見ると、薬局のアーケードの下の易者さんでした。
この人とは顔見知りで、前にも何度か見てもらったことがあります。
本業はその薬局の主人なんですよ。易学を趣味としていて、
それが高じて、夜に店を閉めた後に易者をやってるんです。
そんなだから、見料もものすごく安いんです。
「はい?」「いまさっき、何かあったでしょう」
「わかりますか」 「ええ、すごくよくない感じがします」

それで立ち止まって話を聞いてもらったんです。
易者さんは、私の言ったことを聞いて「うーん」と下を向いて考え込んでいましたが、
「ちょっと、背中見せてもらっていいですか」こう言いました。
「さっきね、声をかけさせてもらったのは、
 あなたの背中にすごくよくない気がくっついている感じがしたもので。
 これは占いとは違うんですけど」私がコートの背中を向けると、
「何もないですよね・・・でも・・・」そう言って後ろからコートの襟を立てました。
「あっ! これです。見つけました」
易者さんのほうに向き直ると、指先に白い紙片のようなものをくっつけていました。
「これ、やじろべえに見えますよね」
確かに、紙を3cmくらいに切って作った、両手を広げてる形の人・・・

「襟の中に入ってましたよ。ご自分で入れたわけじゃないんでしょう」
「はい、もちろん」「コートはどこに置いていましたか」
「オフィス内の女子更衣室です」 「そこは女の人は誰でも入れる?」
「それはそうです。ロッカーも鍵はかけてませんでしたし」
「うーん、こんなこと言っちゃあれだけど、これは呪いだと思いますよ。
 誰かがあなたを恨んでやっていることじゃないかな。心あたりありますか?
 わたしにはどうにもできないけど、そういうことに対処できる人を知ってます」
そう言って、名刺を渡してよこしたんです。
それには、霊能者?らしい名前と、連絡先が書かれてありました。
「あと、この紙片はわたしにあずからせてください。少し調べてみます。
 何かわかることがあるかもしれない。明日の晩もここで店を出してますから。

「それからですね、身の回りのものはロッカーなどに入れないほうがいいです。
 明日は出社したら、何もかも自分の机の下にでも」
そんなことがあって、今朝は言われたとおりに更衣室を使わなかったんです。
窓の外を確認すると、昨夜のフェンスの横に白いものがはりついているように見えました。
それは私のコートの襟の下から出てきたのよりだいぶ大きいんですが、
同じ形をしていると思いました。そのとき、
フェンス上に立っていた感触がよみがえってきて、ゾーッと怖くなったんです。
今日は特におかしなことはなく定時で退社しました。
薬局の前を通ったら、シャッターが閉まり、易者さんは出ていませんでした。
昨夜はああ言ってたのに。どうすればいいんでしょうか?
この名刺の人に連絡をとったほうがいいですか?

Yukiko lethal dive 2



 

子どもの頃の話2

2015.04.12 (Sun)
力石

うちの近くのお寺さんだな。うん、神社のほうじゃない。
後ろ向かいになってたから、どっちで起こったことか間違えるときがあるんだよ。
お寺の・・・墓地の端の辺だな。ゆっくりした斜面になってて、
その下に力石と呼ばれる石が10個ほど置かれてたんだよ。
いや、特別大事にされてるふうもなくて、放置されてるって言ったほうがいいな。
それは言い伝えでは、昔の・・・たぶん江戸時代から明治初期頃の、
集落の若い人が力試しをするために使われた石ってことになってた。
そんなに重いわけじゃないんだよ。50kgくらいなのかなあ。
それを担いでお寺のまわりを何周も走ったって話だったから。
だから縦長で、肩に担ぎやすい形状をしてたんだ。
で、小学校の6年のときのこと。

そのあたりで3人でアイス食ってたんだよ。
棒アイスっていうかな、当たりつきのやつ。
俺ともう一人が斜面に腰かけて、高雄ってやつがその力石の上に座った。
うーん、罰が当たるとは考えなかったけど、
座るもんじゃないとも思ってたな。
だけど高雄が気にする風はなかったし、俺らもなんも言わなかった。
子どもだから、アイス食うのが早いっていうか、
最後までなめてられないんだよな。途中でまどろっこしくなって齧ってしまう。
それで頭がキーンと痛くなるっていう。
そういえば、冷たいものを食べて頭が痛くなる経験って最近してないよな。
ああ、スマン話がそれてしまった。

で、夢中で食っていると、高雄のほうから「ううっ」って声が聞こえたんだ。
見ると高雄がアイスを咥えたまま、
座ってた力石を両手で頭の上に持ち上げてたんだ。
俺らはそれを見て仰天した。そりゃ力石っていうくらいだから、
何度か動かそうとしてみて、子どもには無理だってわかってたからね。
それが、転がして向きを変えるくらいしかできないのに、
重量挙げみたいに頭の上に差し上げてたんだからそりゃびっくりする。
「ああ、高雄すげえ」 「どうやってやったんだよ」
高雄は真っ赤な顔でしばらく頑張っていたが、
どんと草むらに石を投げ落とし、「アイス食ってたらなんか、
頭の中で持ち上げろって声がして、やってみたらできた」

こんなことを言ったんだ。俺らもすぐやってみたけど、
膝までも持ち上がらなかったし、不思議なことに高雄も2度とはできなかったんだ。
確かに高雄はその年ごろとしては大柄で力も強かったけど、
俺らと同じ程度しか持ち上がらない。できたのはその1回きりなんだよ。
まあこんな話。俺だけじゃなく、もう一人のやつも見てるから嘘じゃねえよ。
で、その後なんだけど、高雄にはっきり罰が当たるとかはなかった。
病気とかになったわけじゃない。むしろ、そのときの3人の中で、
高雄だけがアイスがもう一本の当たりだったんだし。
ただな、その年の秋祭りに神社のほうでやった奉納相撲。
高雄は優勝候補筆頭だったんだけど、総当たり戦で一勝もできなかったんだ。
みな変なか負け方をして。これは何か力石のことと関係があるのかねえ。

放置自動車

昔のことだからのんびりしたもんで、
あちこちに動かなくなった自動車とかが放置されてたんだ。
今でも見ないわけじゃないけど、それは人の家の敷地内とかだろ。
そうじゃなくて、当時は大きめの用水路とかに軽自動車が落ち込んだりしてて、
だれも引き上げないでそのまま放置されてたりしたんだよ。
ガラスが割れて、車体が錆だらけになったような状態で。
で、ダムへ行く細い県道のがけ下に、大型の乗用車が放置されてた。
これはだいぶ前に事故で転げ落ちたものだって話だったが、
運転者や同乗者が死んだってわけではなかったんだ。
そのまま夏場は草の中に埋もれてたんだけど、冬枯れの時期に町の話題になった。
たまたまそれを上の道から写真に写した人がいて、

その人が現像した写真を確めたら、
フロントガラスに人の顔が映ってるように見えるので、
新聞社に持ち込んだんだ。
うちのほうの地方新聞だけど、それが載ったんだよ。
もちろん一面、二面とかじゃなく、コラム欄にちょこっとだけどね。
うん、間違いなく、横ざまに倒れた車のフロントグラスの隅っこに、
その写真では人の顔があるように見えた。目も鼻も口もある。
ただし、髪が映ってなかったから男とも女とも言いにくかったけど。
で、その写真が掲載されてから、パチンコくらいしか娯楽のない町だったから、
見物人がわっと押し寄せたんだよ。
といっても一日200人程度だったらしいけど。

場所が両脇が崖と谷の一車線の道で、車でいくしかないとこだから、
駐車が場所が大変だったみたいだけどね。
こっからは俺の叔父さんから聞いたことだよ。母親の弟なんだ。
その叔父さんは地元のテレビ局で夕方のニュース番組作ってて、
1週間ちかくその場所に通ったんだよ。
でね、叔父さんにはいくら見てもフロントガラスの人の顔は見えなかった。
そんとき来てた野次馬でも「見える」って言った人は少なかったってことだった。
ただね、その場にきた人は一様に、
「あの車を見てると寿命が縮む気がする」という意味のことを、
インタビューで答えたそうなんだ。

叔父さんもそれは感じたって言ってたな。
実際、1回見にきた人は二度と顔を見かけなかったって言ってた。
まあこれは、1回見ちゃえば気が済むだろうし、
そんなもんなんだろうけどね。叔父さんが作ったテレビ番組も見たけど、
幽霊については否定的なスタンスだった。だけどその番組の放送途中から、
局のほうに、「今放送してる車のフロントガラスに幽霊が映ってる」って電話が、
じゃんじゃんかかってきたってことだった。
さすがに番組のビデオとかは残ってないと思うなあ。
で、叔父さんなんだけど、この3年後、俺が高校生のときに、
取材スタッフと乗ったミニバンが渓流に転落して亡くなったんだよ。
その放送した現場からは5kmくらい離れた場所だったんだけどね。

関連記事 『子供の頃の話』

ssindex







聞いた話3

2015.04.11 (Sat)
昨晩に引き続いて人から聞いた話です。
自分の場合はほとんどが知り合いの人から聞いた内容ですので、
突っ込みなども自由にできますが、怪談のプロが、
見ず知らずの体験者の人から取材する場合はどうなんでしょうね。
状況がよくつかめないという場合は別として、
話が怪しいと思ったり、創作臭いと感じたとしても、
なかなか面と向かってそうは言えないんじゃないかなあ。

霊能者(切り絵作家)SSさんの話

これは自分が前にちょっとした(霊関係ではない)仕事でごいっしょして、
以来お付き合いのある霊能のある方から聞いた内容です。女性で50代。
身なりはいたって普通で、本業は切り絵作家なんです。
ここからの内容は、まとめてインタビューなどをしたものではありません。
それはご承知おき下さい。
まずラップ音(霊の出現直前などに鳴ると言われている音)なんですが、
SSさんによると、そういうのは特別ないんじゃないかってことでした。
昔の心霊主義時代の欧米の霊媒師が、交霊会の席で関節を鳴らしたり、
テーブルの裏を叩いたりしたのが始まりで、
そっから話が出てきてるんじゃないかって言ってました。

普段は意識していないだけで、実はしーんとしている家の中でも、
家鳴りをはじめ様々な音がしている。
「神経が鋭敏になっているときには、
そういう音も耳に入りやすくなるだけなんじゃないかな」
では霊の出現の兆候はないのかというと、これはあるそうです。
冷気、長い間霊がとどまっていた場所というのは、
そこに入った瞬間にぞくっとするほど寒く感じる。
鳥肌が立つ場合もあるということでした。
アメリカでやってるゴーストハンター番組でもこれは出てきます。
霊がいると言われる場所は、気温の実測値が周囲より低いことが多いんですね。
これを感じることができる人はたくさんいるそうです。

SSさんには、霊の姿は色として見えるということでした。
どういうことかというと、例えば真っ暗闇を懐中電灯で照らしているような場合、
ある場所に色の固まりが見えるんだそうです。
赤とか青とか、原色もあるそうですが、もっとくすんだ色の場合も多い。
これは前に何かの話に取り入れさせてもらったんですが、
赤系の色になっている霊は、
怨みや怒りの気持ちを持っていることが多いんだそうです。
それに対し、緑や青はただ単に現世を懐かしがっているような場合で、
白に近づくほど執着が薄れて、成仏と言っていいのかわかりませんが、
この世からの消滅が近くなっているんだそうです。
これは一般の人には見えません。

SSさんは、そういう色が見えた場合、
近くに寄ったり手を差し入れたりしてみます。
そうすると3回に1回くらいで断片的な情報が読み取れることがあるそうです。
性別や年齢、名前、亡くなり方、現在持っている感情などがわかるわけですね。
その霊の容貌が頭の中に像として浮かぶのは10回に1回くらいだそうです。
ただしこういうのは、霊能の質によって違いがあるようで、
自分より力の強い人はもっとはっきりわかるのだろう、とも言ってました。
霊の情報が読み取れるときは、その霊が新しい(死んだばかり)か、
強い感情を持っているか、向こうから何か伝えたいことがある、
この3つの場合だろうと考えているそうです。

SSさんは「自分には霊を祓うことはできない」と言ってます。
「だから霊能者と言っても、できることは限られてるの。
 霊障と言われるような問題も解決できたためしがない」
もちろんSSさんは霊能でお金を得たリはしていません。
霊は生きた人間に影響を与えることはまずできないのですが、
逆に人間側から霊に干渉するのも同じように難しいのだそうです。
ただし、最近言われることが多くなった生霊、
これは他の人間に影響を与えることができるそうです。

例えば、みなさんは何かにぶつけたり、
ストレッチのようなことをしたわけでもないのに、
急に肘や肩が痛くなったことはないでしょうか。
これは単なる体の問題の場合のほうが多いでしょうが、
ときとして、生霊が近づいて起こしていることがあるということでした。
生霊は他の人間を病気にしたり、
うつ状態にしたりする力もあるということでした。生霊の場合は色ではなく、
肩などにしがみついてい姿がかなりはっきり見えるそうです。
しがみつかれている人の奥さんだとか、恋人だとか、仕事のライバルだとか、
そういうこともある程度推測できる。
そういうときも、生霊を祓うというのではなく、慎重に考えて、
人間関係を改善するための常識的なアドバイスをするようにしているそうです。

あとそうですねえ。
5、6年くらいかけて少しずつ聞いた話をまとめて書いてるので、
断片的になって申しわけないんですが、
霊は人気のない山の中や廃墟などにはほとんどいないんだそうで、
これはけっこう意外でした。
霊は基本的に生きた人に何かを訴えたり、
わかってもらいたいことがあってこの世に残っている。
だから、人が大勢いるにぎやかな場所に多くいるのだそうです。

それと霊は夜より、むしろ昼のほうがたくさんいるとも言っていました。
昼のほうが気配を感じる場合が多いのですが、
ただし、上記した色が見えるのはSSさんの場合は夜に限られている。
「これは太陽の光がじゃましてるのか、
 どういうメカニズムになってるのかわからないけど、
 数だけなら昼のほうがいるよ」ということでした。
草木も凍る丑三つ時、というのはちょっと違うんだそうです。
ただ夜のほうが見えやすいだけ。

その人の守護霊とか祖先霊、前世などについてはまったくわからないそうです。
「最近、守護霊、前世の質問をされることが多くなったけど、
 これはスピリチュアルの流行と関係があるのか。
 私には見当もつかない話だね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
自分は執拗に怖い話を書いている割にはまったくの0感ですので、
これらの話の真偽について何かを言うことはできません。
ただ、SSさんは嘘を言うような人柄ではないですし、
誠実な仕事をして信用と少なからぬ収入を得ています。
思春期の少女のように、注目されたいがためにやっているとも思えないです。
以上でした。








聞いた話2

2015.04.10 (Fri)
このブログは基本的には創作怪談で、一人称の語りなんですが、
今回は自分が知り合いから聞き集めた話です。
ただまあ、自分の周辺の人は映画や音楽、雑誌の編集など、
創作に関わる人が多いですので、
必ずしも本当にあったことであるという保証はできません。

某中高年ファッション雑誌の編集者Fさんの話

このFさんというのは極めて珍しい漢字を使う名字で、調べてませんが、
もしかしたら日本でFさんの親戚一族しかないのかもしれません。
出身地は伊賀や甲賀ほど有名ではありませんが、
当地の大名に仕えた素破(忍者)が住んでいた里なんだそうです。

Fさんがまだ小学校の中学年だったころ、
正月に奥の谷に住む一族の本家の家に年始のあいさつに行ったときのこと。
幼児から高校生までの親戚の子どもが十数人来ていたんだそうです。
Fさんの同年輩だけでも4人ほどいた。
その子らと広い屋敷にたくさんある座敷の一つで遊んでいると、
急にフスマが開いて、見たこともない子が出てきたそうです。
その子はFさんらより少し年配くらいで、
正座をした状態で両手で畳を漕ぐようにして中に入ってきた。
Fさんは、「初めて見るけど、遅れてきた親戚の子だろう」
くらいにしか思わなかったそうです。

その子はFさんらに目もくれず、
座敷の床の間へいざってゆくと、縦長の花器を両手で持ち上げ、
その中に、声も上げずに嘔吐し始めたんだそうです。
その間、その子は苦しそうに顔をゆがめるということもなく、
涼しい顔をしていたそうです。そして吐き終わると手でくるんと体の向きを変え、
また入ってきたときのように、正座の姿勢でフスマから出てぴたりと閉めました。
Fさんたちが「おおい、だいじょうぶ?」などと言いながらフスマを開けると、
そこには誰もいなかったそうです。
そこは座敷が縦に並んでいる場所だったそうですが、
次の間のフスマもぴったり閉まったままでした。

それで、不思議だなあと思いながら花器のほうをのぞくと、
吐いた物はなくて、そのかわり白い玉が一個入っていたんだそうです。
花器は重かったので畳の上に運んで横にすると、
その玉がふわーっという感じで中から出てきて、
転がるというよりも風に飛ばされるという様子で動いて、
閉めていた障子にぶつかって消えたそうです。
夕食で、親族一同が集まった中にはその子はいなかったということでした。
それから5年ほどして、そこの旧家があまりに古く危険になったので、
改築をするということになりました。

Fさんは中学生になっていて、改築途中の家に父親とあいさつに行き、
父親が話をしている間ヒマなので、庭に出ていたら、
工事の人たちが入っている棟の屋根のあたりから、
前に見たのと同じくらいの大きさの白い玉が、
いくつもいくつも宙に舞いあがっていたんだそうです。
Fさんは、「このときのことは自分一人しか見てないから、
 何かの錯覚かもしれないと思うけど、花器に吐いた子のことは、
 後で聞いたら、その場にいた親戚の子たちはみな覚えていた。
 ただ、白い横顔は鮮明に記憶してるけど、
 その子の服装を覚えてるのは誰もいなかったんだ」こう話してくれました。

元 某テレビ番組製作会社のディレクターMさんの話

このMさんはかなりのベテランで、
30年近く前に心霊番組を何本も作っています。
その中で、ある海岸沿いの廃屋になっている食堂にロケをしにいったとき、
某テレビ局近くの駐車場に9時集合になっていたのに、
時間になってやってきたのがアシスタントディレクター1人と照明さんだけ。
カメラマン、音響などのスタッフはもちろん、
タレントもマネージャーも来ない。

Mさんは自分らが場所を間違えたのかと思って連絡したら、
そうではなく、皆がいろいろな事情(急に鼻血が出て止まらなくなった。
車が故障した。実家の親が雨漏り修理中に屋根から落ちた)
などの理由で、来られなくなっていたということでした。
メイクの人などは、そこに来る途中の電車で、
人身事故が起きたために遅れてしまったのだそうです。
これはさすがに確率的にありえないですよね。

結局その日のロケは中止せざるを得ず、
そのうちに番組そのものが諸事情でなくなってしまいました。
その後も、その廃屋の話が仕事に関わってくるとよくないことが起きる。
例えば、ある出版社の資料室がその廃屋の写真を持っているということで、
借りにいくことになっていた前日、
Mさんのマンションの部屋でボヤを出してしまったんです。
奥さんがフライパンの油に引火させてしまったということでした。
天井が焦げた程度でしたが、報知機が作動して消防車が来たそうです。
で、翌日になって出版社から写真が見つからないという連絡が来ました。

出版社のほうでは、Mさんに渡すために封筒に入れて準備していたそうですが、
その封筒ごとなくなってどこを探しても見つからない、
スマン、ということだったそうです。
「俺はそこの地方の出身でもないし、個人的には何の関係もない。
 それなのになぜこういうことになるのかよくわからないが、
 俺に来させたくないとしか考えられないな」と言ってました。
ちなみにその廃屋は今でもあるはずです。
廃屋のある海辺の町全体が過疎になって、さらに年月を重ねて、
「きっといい味の廃墟になってて、絵的にばっちりだとは思うんだが、
 また火事とかになってもねえ」こう言ってました。

関連記事 『聞いた話』

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玉体様

2015.04.10 (Fri)
大学2年のときの夏休みのことです。
同じ研究室の仲間2人と海の家でバイトしてたんですよ。
代々俺らの研究室が受け継いでる仕事で、今でも後輩たちがやってるんじゃないかな。
そんな大きな海水浴場じゃないです。大学のある市からは車で1時間。
もちろん通いじゃなく、民宿の一室に宿泊費なしで泊まり込み。
食費もタダだけど、売り物にならない魚のから揚げとか煮物とか、
そんなのばっかでしたよ。でも俺はこのバイト好きだったです。
毎日泳げるし、ひと夏、頭空っぽにしてかき氷削ってりゃいいんですから。
1年のときもやりましたから、2度目ってことです。
でね、その年、お盆の前あたりにイベントがあったんです。
砂の彫像大会ってやつ。

そこらの砂は濡れると土に近いくらいに固まるんですよ。
それをバケツで積み上げて、何かの形にするわけです。
でもね、そんな大がかりなものはできません。雪の彫刻とかと違って、
しょせんは砂だし、それに制限時間2時間で作るんですよ。
だから大きくても2m四方くらいでした。
事前の参加申し込みと、当日の飛び入りとでコンテストもしたんですが、
参加者が少ないってことで、俺らにも出てくれって話が観光協会から来たんです。
作ってる時間帯は店のほうはやらなくていいからって言われて。
どうせサクラみたいなもんだろうって思って引き受けることにしました。
で、何を作るかみなで話をしたんですよ。砂だと高さのあるものは作れないし、
複雑な形も無理ってことで、けっこう悩みました。

したら、滝田ってやつが「大海蛇とかどうだ」って言ったんです。
そいつはUMAフアンで・・・ 
ああ、UMAというのは世界各地で目撃される怪物みたいなもんです。
「砂を盛り上げた台座を海面にするんだ。波とかも作って。
 胴体全部作んなくても、ところどころ出てるようにすればいい」
「あ、それ簡単そうだな」ってことで決まりになりました。
当日は12時から2時までが制作時間でした。道具はバケツとシャベル、
移植ベラくらい。1時間かからずにある程度のとこまではできました。
でもね、蛇に見えなかったんですよ。ぐねぐね木の根っこみたいなのがうねってるだけ。
まあ、俺らは地元みたいなもんだから、どうせ賞の対象にはならないんですけど、
見物してる人の手前、「これじゃあいくらなんでも」と思いました。

そしたら、言い出しっぺの滝田が、「これ、頭を人の顔にしようぜ。
 それから胴にヘラで細かく鱗をつけていけば、少しは蛇らしくなるだろう」
ということになって、残り1時間はそれをやってたんです。
鱗をつけるのは簡単でしたが顔の部分が難しくて。
最初は女の顔にするはずでしたが、髪がうまくできなかった。
結局は、坊主頭の子どもの顔みたいなものになっちゃったんです。
もう少しで時間ってときに、商工会の人が回ってきたんですが、
俺らが作ってるのを見て、ちょっと驚いた声で、
「あんたら、玉体様作ってるのか?」って聞いたんです。
「何ですか? ぎょくたい様って」俺らが逆に聞き返すと、その人は、
「ああ、知らないならいいんだよ。ここらに古くから言い伝えられてるもんだ」

それ以上何かを言われることはなかったです。
コンテストの出場者は12組だかだったと思いますよ。
テーマは、ドラえもんとかアニメのキャラが多かったですが、
やっぱり高さのあるものは砂が崩れて、作るのは大変そうでした。
2時までで完成させて、その後1時間投票時間があるんです。
海に来たお客さんが投票していく。
で、3時になったら審査員の投票と合わせて結果の発表、表彰って流れで。
まあ、予想通りというか、俺らのは3位にも入りませんでしたよ。
自分らで見ても気味悪いもんでしたしね。ただ、終わった後に、
地元で俳画を書いてるっていう審査員のじいさんが俺らのとこに来て、
「偶然に作ったって話だったが、玉体様に見える」って首を傾げたんです。

「さっきも言われたんですが、玉体様って何ですか」
「ほら、ここは壇ノ浦に近いだろう。そこで8歳で海に沈まれた天皇様がいて、
 ここらではお体、つまり玉体が蛇になったという言い伝えがある。
 小さいところだが、お祀りしている神社もあるんだよ」
こんなことを言われたんです。
「マズかったでしょうか?」
「いや、不敬だみたいなことは思う人は少ないだろうけど、
 玉体様は人を引くとも言われているんだ」 「人を引く?」
「泳いでいるときに足などを引かれて溺れてしまうということだ」
「それに似ているんですか?」
「人の顔をした蛇だって話になっている」

まあでも、そのときはちょっと気味が悪いなくらいにしか思わなかったんです。
その後、仕事に戻って、5時には終わりました。
夏なんで、5時といってもぜんぜん明るいんですよ。
それで自分ら用のかき氷を作って、食いながら浜辺を3人でぶらぶらしてました。
したら滝田が沖のほうを見て、「あれ何だ?」って大きな声を出したんです。
「何だよ?」 「ほらあそこ、でかいものが跳ねただろ」
「え、どこ。イルカとかか?」
そこは沖に船を出してイルカやクジラのウオッチングなんかもやってるんで、
そう思ったんですが、俺には何も見えませんでした。
「いや、長い蛇だ。俺らが作ったのと似てる」
「玉体様か? 冗談はやめろよなー」

俺ともう一人、牛島ってやつがいくら指さす方に目をこらしても、
波しか見えませんでしたよ。
「白・・・透明に近い白い蛇だよ。10m以上あるんじゃないか」
「はいはい、わかったから。もう宿に戻ってプロ野球見ようぜ」
俺らは取り合わずに宿に向かい、滝田もついてきましたが、
たびたび海のほうを振り返ってました。
その夜、発泡酒を何本かずつ飲んで寝たんですが、布団に入ってから、
また滝田がさっきの話を持ち出して、
「さっき言ってた蛇だけど、見間違いかもしれないけど、
 人の顔がついてるように見えたんだよな。あれが玉体様じゃないか」
「わかったから、そういうの怖くないから」こんな感じで寝たんです。

翌朝は2日にいっぺんの仕入れの日で、6時には起きたんです。
氷とかジュース類を仕入れてくるんですが、車の免許を持ってたのが滝田だけで。
ところが布団に滝田の姿が見えない。
外の軽トラのところに行ってもいなかったんですよ。
もしかしたらと思って浜に出て、店のあるほうにも行ってみました。
でもね、テントはたたまれたままで、滝田の姿は見あたらなかったんです。
ああ、それと、前日に作った彫像は展示されたままだったんですが、
俺らの蛇だけが、なぜかめちゃめちゃに壊されてたんです。
足で踏んだ跡とかはなくて、丸太でも転がしたように見えました。
事情を店のオーナー、民宿の家族に話して、仕入れをしてもらいました。
で、滝田はその日から行方不明なんです。

アパートにも、実家にも帰ってなくて、やつの両親と相談して、
2日後に警察に捜索願いを出しました。
地元の警察と漁協の人も出てもらって浜も捜索したんですが、
見つからなかったんです。・・・バイトのほうは最後まで続けました。
後輩に連絡して一人来てもらって。こっちにいるほうがいいと思ったんです。
うーん、滝田がどうなったかはわかりませんが、
バイトが終わる最後の日です。その頃にはクラゲがたくさん出てて、
泳ぐのに適さなくなってましたが、夜に夢を見たんですよ。
海を大きな白い蛇が泳いでいる夢。蛇は波間に見え隠れして、滝田の顔がついてたんです。
朝にそのことを牛島に言ったら、驚いた顔で「俺も同じ夢を見た」って。
こんな話です。滝田はどうなっちゃったんでしょうか。

*諸星大二郎氏の作品『海竜祭の夜』からヒントを得ています。








語るな畏敬せよ

2015.04.08 (Wed)
*ややハードな内容ですので、小難しい話が苦手な人はスルーしてください。

幽霊の存非に関する掲示板のスレでは、
「最近、ダークマターやダークエネルギーということが言われていて、
 それが何なのか ほとんどわかっていない。
 現在の科学ではわからないことがたくさんあり、
 幽霊についても、いつか科学がもっと進歩すればわかるようになる」
こういう意見が出ることがあります。まあそうなのかもしれませんが、
自分は、幽霊(神や霊魂、死後の世界などについても)は、
最初から自然科学では扱えないものである、という気がしてなりません。

自然科学がいくら進歩しても、おそらくわからないことというのは、
どこまでも果てしなく続いていくだろうと思います。
科学の進歩とは、ここまではわかっているがこの先はわからない、
という境目を確認し続けていくことである、と言ってもいい気がします。
このダークマターやダークエネルギーにしても、
理論と観測の分野の宇宙物理学の専門家が世界中で協力して、
やっと「ある」ということが見えてきたものなのです。

当ブログは自然科学解説が目的ではありませんので、
ごくかいつまんで、どのくらいの努力の積み重ねがあったかを書いてみます。
ダークマターは暗黒物質と訳されます。
これは巨大望遠鏡による、宇宙の銀河の観測の過程で見つかりました。
夜空にはたくさんの銀河が見えますが、平たい円盤型をしているものが多い。
その中でたまたま真横を向いているものが観測の対象になりました。
銀河は回転していますが、その速度を調べてみると、
中央の部分と円盤の端のほうの星の少ない部分との速度の差が、
ほとんどないことがわかったんですね。
もし太陽系のように中央に重いもの(太陽)がある場合、
外側はゆっくり動くはずです。

ところがそうでないということは、外側にも、見えてはいないが、
きわめて大きな質量(=重力)があるということになります。
で、天文学者や宇宙物理学者たちは、ある銀河系について、
見えている星の重さの総量を計算してみた。これは気の遠くなるような作業ですが、
その結果、見えている星の重さだけでは、
銀河の内外を同じ速さで回すには、まったく足りないんですね。

さらに今度は別のタイプの銀河について調べました。
何百万光年にわたって引き伸ばされたようにゆがんでいる形の銀河です。
これは実際にそういう形をしているはずはなく、
望遠鏡とその銀河の間に重い物質があり、重力レンズ効果によって、
われわれからゆがんで見えるとしか考えられません。

そのようなゆがんだ銀河を統計的に調べていくと、
見える物質の5倍くらいは見えない物質がなくてはならないことが、
計算で出てきたんです。これをダークマターと名づけました。
最初にダークマターの候補にあがったのは、見えないけれど重い天体です。
太陽系で言えば木星のようなタイプですね。あるいはブラックホール。
地球はもちろん、木星ほどの大きさでも巨大望遠鏡では見えません。

ただ、これらの星がある明るい星の前をたまたま通ったときなど、
上記した重力レンズ効果を起こして存在が確認できる場合があります。
そういう例を100万単位の星で、毎晩毎晩、世界中で何年も観察し続けました。
その結果、見えない星というのは多くない、という結論が出たんです。
大なり小なりゆがんで見える銀河はたくさんあるのに、
見えない重い天体というのはそんなに多くはない。

そこで、ダークマターの正体は、見えない星やブラックホールではなく、
もっとずっと小さい、素粒子なのではないかという考え方に至ったんです。
ニュートリノなども候補の一つです。
・・・と、ここまで説明してかなり疲れました。
ダークエネルギーのほうはやめておきますが、
これは宇宙の膨張が加速しているという観測事実から、
必然的に導き出されたものです。

何が言いたいかというと、「~という正体のわからないものがある」
ということを言うだけでも、これほどの観測、推論、計算が必要だということです。
今後さらに何十年と研究が進めば、「ダークマターの正体は○○である」
と結論が出ることになるでしょう。
ダークマターが概念化され、ダーク(暗黒)ではなくなるわけです。
このようにして、「わからないもの」を研究の積み重ねによって、
「わかるもの」として概念化していくのが科学である、と思うのです。

では、幽霊についても、この自然科学の方法論があてはまるでしょうか。
自分はそうは思いません。例えば「神」を、
このように実験観察で追い詰めていくということができるのでしょうか。
無理だと思います。哲学者、言語学者のウィトゲンシュタインは、神について、
「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」と述べました。
自分もまさにそのとおりだと考えます。
こう書くと、幽霊と神は違うという人もいるでしょう。
しかし世界では、神との邂逅の体験は、幽霊の目撃体験と同じほど多いのです。
それに多くの宗教において、
神の存在と霊、魂、死後の世界は密接に関連しています。

幽霊を捕獲するとか、心霊スポットの温度や気流、磁場を調べるなどのことは、
話題としては面白いかもしれませんが、
それで何が得られるということはないでしょう。
世界中で、何年もかけて多くの科学者が幽霊について研究を重ねたとしても、
針の先ほどのこともわからない、自分はそう考えます。
欧米で心霊主義が流行した時代から、すでに150年が過ぎようとしていますが、
体系的な知識として概念化されたことはないに等しいのです。
では、霊魂などはないのでしょうか。
そう言ってしまうのは簡単ですが、
実際に神や天国を信じている人は、世界中にたくさんいます。

神の概念、魂や霊についての概念というのは人それぞれが持ってはいても、
それぞれ微妙に異なっていると思いますが、それでいいのです。
精神世界の概念を、自然科学で扱う「もの」のように考えことができると思うのは、
大きな誤りであり、また人間の不遜さでもあると思います。

死後や霊魂の世界を「このような仕組みで、こうなっていて、こういう法則があって」
などと「もの」のように語る人が増えてきている気がしますが、
これはよい傾向ではないと感じています。
自分としては、上記した「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」に、
「ただ畏敬の念にうたれるだけ」このような言葉をつけ加えたいですね。

小中学校の道徳が教科化されることが話題となっていますが、
その価値内容に「畏敬の念」という項目があります。
「人間の力を超えたものに対する畏敬の念」を指導せよという内容ですが、
公教育では特定の宗教に偏って教えることはできません。
そこで「自然に対する畏敬」と捉えられる場合もあるようですが、
決してそれだけではないと思います。日本人の多くはこのことを理解しているでしょう。
そして、この畏敬の念は、望遠鏡を通して空を見上げる天文学者の多くが、
日々感じているものでもあると思います。

関連記事 『概念について』

関連記事 『幽霊は物理的か』







病院の蛇

2015.04.08 (Wed)
同居していた60歳台の祖母が糖尿病で入院したときの話です。
でも、すぐに命がどうこうということではなく、体重が増えてしまったので、
しばらく入院して食事療法をするのが目的だったんです。
ですから入院先も、内科専門の個人病院でした。
3階建てでベッド数は百近くありました。
病棟は6人部屋で、そのうちの5つがふさがっていました。
朝一番の入院で、両親といっしょに僕も付き添って行ったんですが、
そのときちょうど騒ぎがあったんです。
窓際にいた、祖母より10歳は年上に見えるおばあさんでした。
その人が「窓の外に蛇がいた。人よりも大きな蛇」そう叫んで、
看護婦さんたちや、同室の患者さんになだめられていたんです。

「確かに見たんだよ。ミミズみたいに体がだんだんになっている蛇が、
 そこの窓を這ってるのを。あんなに大きい蛇はいないから、蛇の化け物だよ」
「夢を見たんですよ、きっと」
「ここは3階だから、蛇が登ってくることはできませんよ」
「だってそこに跡がついてるじゃないか」
その人が指さした窓を見たんですが、跡があるようには思えまえんでした。
「気のせいですよ、気のせい。もっと楽しいことを考えましょうよ」
こう言われて、その人も落ち着いたようでした。
そんな中で入院の準備をし、祖母は簡単な検査にまわることになりました。
休みの日だったので、その日はずっと病院にいましたが、
出てきた昼食の量を見て、祖母は絶句していました。

3日後の午後、父と見舞いに行ったとき、
前に騒いでいた人のベッドが空いているのに気がつきました。
祖母の話では、その晩に急に容体が悪化し、
大病院に搬送されてそこで亡くなったということでした。
僕は蛇の話を思い出して、少し気味が悪くなりました。
まるでその蛇が、その人の命を奪っていったような気がしたんです。
でも、考えてみるまでもなく、人ほども大きい、
体がミミズの蛇なんているわけがありません。
きっと具合が悪くて幻覚を見たのだろう、と思うことにしました。
祖母は退屈していましたが、目が悪いために読書とテレビは制限され、
しかたなくイアホンでラジオを聴いているということでした。

それからも1週間に一度の割で見舞いにいきました。
祖母は目に見える形で痩せてきて、入院の目的からすれば、
それは好ましいことなのですが、
なんだか、体重とともに元気もなくなっていっているような気がしたんです。
病室の他の患者さんはやはり長期入院の方が多く、
ずっと顔ぶれは変わらず、亡くなった方のベッドは空いたままでした。
それから1か月ほどして、高校の帰りに僕が一人で見舞いに行ったときのことです。
病院に入ると、入り口すぐの面会ロビーに祖母が座っていました。
もうかなり痩せていて、その面では退院してもいいくらいでしたが、
検査で新たに具合の悪いところが見つかったため、
もうあと1ケ月はかかるだろうということでした。

祖母は僕の姿を見つけると手招きし、
病院の外の植え込みの中のベンチで話をしたんです。
そのときに祖母が「前に、蛇の騒ぎがあったのを覚えているかい」
「うん、ばあちゃんが入院した日のことだよね」
「あれねえ、仲良くなった別の部屋の人たちに聞いたんだけど、本当にいるみたいだよ」
「まさか。ばあちゃん、そんなことないから」
「もうすぐ死ぬという人にだけ見えるんだって。
 でなければ逆に、その蛇に魅入られたから死ぬのかもしれない。
 どっちかわからないけど、これまでに大蛇を見たって騒いだ人はけっこういるみたい。
 しかもその人たちは、みな数日たたずに亡くなってるんだって」
「でも、ここ病院だし、亡くなる人もいるだろうけど、蛇とは関係ないんじゃない」

「それがね、蛇には人の顔がついてるんだって」
「えー怖いなあ、ばあちゃん、もうやめようよこの話」
「それでね、蛇の顔っていうのは、
 この病院の先々代の院長さんなんだって話もあるの」
「えー、そんな。先々代ってここの病院を開いた人でしょ。
 玄関先に銅像があったよね」
「そ、あの頭が台座から抜け出して、そしたら長いミミズの体がついててね。
 病院中をどこでも這ってまわることができるんだって」
「そんなのありえないから。あの銅像の先生は郷土史の本にも出てくる立派な人だよ。
 この病院ができる前は、時間をかけて隣の市までいかなくちゃなんなかったし。
 そんな人が自分のつくった病院の患者さんに悪いことするわけないじゃない」

「そうだよねえ」
「そうだよ。それに生き物の体に銅の頭がついてたら重くて動けないから」
こんな話をして、その日は病室には寄らずに帰ったんです。
帰り際に、祖母の話があまりに変だったので、
葉陰になっているその銅像をのぞいていきました。
病院にとっては大事なもののはずなのに、なぜか周りを木に囲まれて、
ちょっと目には場所がわからないようになってるんです。
額の広い、温和な初老の紳士の胸像だったんですが、
その頭が・・・緑色のねばねばした液体で濡れていました。
木から樹液が落ちたんじゃないかと思いましたが、
見ているとすごく不安な気持ちがしたんです。
でも、首が抜け出して蛇になるなんてことは信じてはいなかったんですよ。

それから1か月しても、祖母の退院許可は出ず、
入院したときとは見違えるくらい痩せてしまっていました。
ある夜です。家族全員が家にいるときに、
その病院から祖母の容体が急変したという連絡が入りました。
急いでかけつけると、祖母は1人部屋に移され、点滴と酸素吸入を受けていました。
ベッドの周りを囲んで、父母と僕、妹が呼びかけると、
祖母はうっすらと目を開けました。点滴を受けてないほうの腕をタオルケットの外に出し、
首のほうに向けてひっかくようなそぶりをしました。
酸素吸入器を外したがっているように見えました。
それと察した主治医の先生が、口と鼻のカップを外しました。
祖母はかっと目を見開き、一言「へびをみた」と言いました。

そのとき、主治医の顔色がはっきり変わったのを覚えてます。
それから30分もたたずに祖母は亡くなりました。
僕と妹は泣いているだけでしたが、両親は葬儀社に連絡したり、
菩提寺や親戚に電話をかけたりで、悲しむ余裕はなかったと思います。
死亡診断が済み、葬儀社の車が到着して、家はマンションでしたので、
遺体は葬儀社の会館に安置してもらうことになりました。
病院を出たときに、祖母のいた3階のほうを振り返ってみました。
そしたら・・・ほんの一瞬だけ、2階から3階にまたがって、
巨大な長い生き物がはりついているように見えたんです。
でもそれは、目をしばたくと消えていました。
初代院長の銅像ですか?・・・確めてみる気にはなれませんでした。

おいおう





無明

2015.04.06 (Mon)
始まりは学校の総合学習の時間にやった、障碍者疑似体験学習です。
これはどういうものかというと、県の施設から指導員の方が来てくださり、
さまざまな器具を使って、自分が障碍者になったらどんな点が不自由なのか、
どんな気持ちになるのか、バリアフリーはどうあればよいか、
などについて1クラスごとに学習するんです。3つのコースがあって、
1時間のうちにすべてを体験します。一つはアイマスクをつけるもの、
一つは車イス、もう一つが、体に重りやヒジ、
ヒザが曲がらなくなるサポーターをつけるというものでした。
私は同じクラスの友だちの美紀とペアになって、
美紀が体験しているときには、私が介助役をします。交代でやるんです。
やってみると、いろいろと気づかせられることがありましたが・・・

器具の数には限りがあるので、クラス全体が3つの班に分かれて、
順番を変えてやりました。私たちの場合は、
車イスから始まって、最後がアイマスクでした。美紀が最初です。
アイマスクは交代で使うので、上にティッシュをのせてから美紀がつけ、
私が手を引いたり、口で指示を出したりして校内を回ります。
ただし、事故があってはいけないので、
上りはいいのですが、階段を下りることは禁止でした。
上の階に上がった場合は、アイマスクを外して下ります。
私たちの教室は2階なので、2、3階を回ることになります。
どこをどう案内するかの順は自由で、教室に戻ってアイマスクを外してから、
回った道順を紙に書いて、合っているか確かめる予定だったんです。

アイマスクをつけて立ったとたん、美紀が異様に怖がりはじめました。
「頭をぶつけそうな感じがする」と言って目の前に片手を出して振るんです。
「だいじょうぶだよ。障害物はないよ。
 手を引いてちゃんと案内するから、どこどこを回ったか覚えてて」
こう言って、手を引いて教室を出ました。
美紀は「怖い、怖い」と言いながら、ずっとつかんでいないほうの手を前に出し、
体を後ろにのけぞらせて歩きました。
廊下には他のペアがいましたので、それにぶつからないように気をつけて、
教室棟の廊下から「右に曲がるよ」と言って特別教室棟に入りました。
特別教室の鍵はすべて開けてあったので、最初に調理室に入り、
美紀に「ここ、どこだかわかる?」と聞きました。

途中でこんな質問をすると回った順がわかってしまうんですが、
そこまで真面目にやってたわけでもなかったんです。
美紀が「木工室」と答えました。
木工室は廊下の反対側の部屋なので、私は笑って、「これ何かわかる?」
そう言って、美紀の手を各テーブルについている水道の蛇口に持っていきました。
「ああ、調理室なのね。なんでか逆に思ってた」
こんな調子で、美紀もだんだんに怖がらないようになってきました。
特別教室棟の端まで行ったので、「階段上ってみる?」と聞いたら、
「いい、いい、やっぱり怖い」それでやめることにしたんです。
つき当たりは、普段はいつも閉まっている清掃用具を置いてある部屋でした。
そこも開いてたので美紀の手を引いて入りました。

中には予備のホウキやモップの柄、バケツなどが雑然と置かれているだけでした。
「じゃ、ここはどこ?」また私が聞くと、美紀はしばらく考えていましたが、
「うーん、医療室」って答えたんです。
「えー、何言ってるの。医療室なんてもともと学校にはないじゃない。
 保健室は1階だし、そんな言葉どっから出てくるの?」
思わずこう言ってしまいました。そしたら美紀は、
「・・・・そうだよね。でも、なんでか医療室って言葉が出てきた。
 あれ、変! アイマスクつけてるのに見えるよ。
 白い目の人がたくさんいる」 「白い目? どういうこと?」
「煮たり焼いたりした魚の目」
「ちょっと気味悪いこと言わないで」

美紀が逆に私をからかってるんだろうとは思いましたが、
本当に気味が悪くなってきたので、美紀の手を引いてその部屋を出、
あとはまっすぐに教室まで戻ってきたんです。
「さっきの魚の目って冗談でしょう・・・」こう言いながら、
アイマスクのマジックテープを外しました。
美紀は目をパチパチさせていましたが、半分叫ぶようにして、
「見えない」って言ったんです。「もう冗談やめて。大声出すと怒られるよ」
美紀はぎゅっと額にしわがよるほど固く目をつぶっていて、
閉じたまぶたからぼろぼろと大粒の涙がこぼれ始めました。
「美紀、どうしたの大丈夫?」
「見えない、見えない。目が熱い、熱いよう」

美紀は床にうつぶせに倒れ、手足をじたばたさせ始めました。
部屋にいた他のクラスメートが回りに集まってきました。
「先生を呼んできて」私が叫び、男子が数人走っていきました。
先生と指導員の方が駆けつけてきたときには、美紀はべたっと体を床につけて、
クロールのような動きをしていました。「熱い、熱い」と叫びながら。
「どうしたんだ。どこかぶつけたのか?」
先生が聞いたので、私は頭を振りました。暴れる美紀を、
先生と指導員の方が両脇を支えて立たせ、下の保健室に連れていきました。
私も後ろについていきました。美紀はすごい暴れ方で、
大人2人でも立って歩かせるのが大変な感じでした。保健室に入ったとたん、
美紀は先生方の手を振りほどいて薬品の棚に突っ込んでいったんです。

ガラスが割れ、棚が倒れました。すごい音だったので、
職員室にいた他の先生方も入ってこられました。
ガラスが散らばった中でもがいていた美紀を体育の先生が肩に担ぎ上げ、
「これダメです、救急車を呼びましょう」と言いました。
私は別の部屋に連れていかれ、何があったのかを聞かれました。
あったことをそのまま答えるしかできませんでした。
清掃用具室に入ったときの「白い魚の目」の話もしたんですが、
生徒指導の先生も首をかしげるだけでした。私のほうから逆に,
「この学校って、医療室ってあったんですか」と質問してみましたが、
「いや、ここは20数年前に新築で建てられて、保健室はずっと保健室のはず.
 その前は田んぼだ」こう答えが返ってきただけでした。

午後になって、美紀についていった担任の先生が戻ってきて、
「病院に行ったら落ち着いた。
 検査をするのでしばらく入院することになると思う。
 しばらくお見舞いには行かないでください」帰りの会でこう説明しました。
それを聞いて少し安心しました。
保健室の棚が倒れてガラスが割れたときに血が出るようなことはなかったので、
2,3日すれば戻ってくるだろうと思ったんです。
・・・・・・ところがそうはなりませんでした。
美紀の入院は何ヶ月も続き、見舞いに行くことは禁じられたままでした。
半年ほどして、美紀は入院のまま転校したということを聞かされました。
その後、噂が広まったんです・・・・

美紀が入院中、自分で自分の両目をくりぬいた、という噂です。
本当かどうかはわかりません。
先生に聞いたら「その話はしないでください。これ以上広めないで。
 美紀さんはちゃんと治療を受けているから」
こんな答えが返ってきました。
まだ障碍者疑似体験を終えてないクラスもありましたが、中止になりました。
あれ以来、2階の清掃用具室には「使用禁止」の札が貼られ、
その前に机のバリケードが築かれました。
そんなものがなくても、私は怖くて近づく気にはなれませんでしたけど。
・・・気になるんです。いったいこれは何があったんでしょうか?


*無明(むみょう、avidya)とは、仏教用語で、迷いのこと。 また真理に暗いこと、
智慧の光に照らされていない状態をいう。 法性(ほっしょう)に対する言葉である。
仏教では十二因縁の根源に無明をおく。








カエル

2015.04.05 (Sun)
もう20年も前のことになります。私は当時小学校4年生だったと思います。
その頃の実家は平屋建てで、父母と祖父の3人家族でしたが、
まもなく妹が産まれるということで、バタバタしていたのを記憶しています。
祖父は70台の後半で、長く工場勤務をした後定年を迎え、
のんびりした暮らしをしていました。
植物が好きな人だったんですが、あいにく当時の家には庭がなく、
ホームセンターで買ってきた数百円ほどの観葉植物の鉢をからからと並べ、
毎日水やりなどの世話をしていました。玄関と祖父の部屋で合わせて、
10いくつもあったと思います。ポトス、シンゴニウム、アイビー類・・・
祖母は30年も前に亡くなっておりましたので、寂しかったのでしょう。
怖い祖父ではありませんでしたが、私はあまり話をした記憶がありません。

平日の6時ころだったと思います。
父は仕事、母は妹がいよいよ産まれそうなので病院に行っていました。
家には学校からあがってきた私と、祖父だけでした。
玄関のチャイムが鳴ったんです。父が鳴らすことはないのでお客さんだと思いました。
私はお客さんや配達の人のお相手をするのが好きな子どもでしたので、
そのときも走って玄関に行ったんです。実は・・・ここから記憶はあいまいなんです。
本当にあったことかもしれないし、子どもの想像かもしれない、
それくらいのつもりで聞いてほしいと思います。
玄関を開けると傷痍軍人がいたんです。もちろんこの言葉は大人になって知ったもので、
その頃には街で見かけるということはなくなっていましたから、
どんな人なのかはわかりませんでした。

白い着物を着て地面にいるんです。足が悪いのだと思いましたが、
木で作った車に乗っていました。車イスではありません。
もっと低い、小さな木の車輪がついた箱のようなものでした。
片手を首から吊り下げ、顔にはぐるぐる白い包帯が巻かれていました。
頭にはぼろぼろの軍帽をかぶっていたと思います。
その人は片方だけ包帯から出ている目を私に向けるでもなく、ガラガラした声で、
「健男さんはいるか?」と聞いてきました。これは祖父の名です。
私があまりの異様な様子に声を失っていると、
その人はザッと片手で床を掃くようにし、車ごと玄関の中に入ってきました。
そのとき、下についた手の甲がカエルの皮膚のようにイボだらけなのがわかりました。
「おじいちゃん!」私は大声を出しました。

奥から祖父が「お客さんかぁ」と言って出てきましたが、玄関にいる人のことを見ると、
小走りに寄ってきて「南方からか? 食うもんがほしいのか」と叫びました。
その人は「50年ぶりだなあ」と言い返しました。
祖父は上り框までくると私に「居間に戻りなさい」と言って、
くるりと背中をその人のほうへ向けてかがみました。
するとその人は、箱の中に座った状態から、
ぴょんと跳びつくようにして祖父の背中に負ぶさったんです。
ええ、とても人間の動作とは思えませんでした。
ですからこのあたり、私の記憶がおかしくなっているところかもしれません。
祖父は大柄でしたので、その人の重さを感じる様子もなく、
片手で背中を押さえたまま、片手で車のついた箱を持ち上げました。

「この方と部屋で話をするから、父さんが帰ってきても客のことは言わんでいい」
祖父はそう言って、その人を負ぶったまま自分の隠居部屋へ向かったんです。
心臓がドキドキしたまま居間に戻ろうとしたとき、
玄関にあった三つの観葉植物がすべて、
力なくくたりとしおれていることに気がつきました。
その後、祖父の部屋で何があったのかはわかりません。
1時間ほどして父が帰ってきましたので、「お客さんが来てる」と言いました。
父は「おお、そうか」と祖父の部屋に向かったんですが、
怪訝な顔をして戻ってきて、「だれもいなかったぞ、お客さんなんて来てないって。
 じいちゃん、戦争のときの旗や水筒なんか一人で出して並べてた」
こう答えたんです。

玄関から帰るなら居間の横を通るはずで、気がつかないわけはないし、
裏口から帰ったのだろう。でも、裏の道は土ででこぼこしているので、
あの箱車で帰れたんだろうか。祖父はどうして、
お客さんが来てないって言ったんだろう。さっぱりわけがわかりませんでした。
後で祖父に聞くことはできたんでしょうが、
祖父があの箱車を壊したものをそっとゴミに出すのを見てしまったので、
きっと聞いてはいけないことだと考え、そうしなかったんです。
その後数日して、祖父は自分の部屋にあった観葉植物をすべて捨てました。
どれもからからに干からびた状態になっていました。
それと・・・1日に何回も家の周りをぐるぐる回って、
屋根や壁を見て歩くようになりました。

祖父に何をしているか聞いたところ、少し怖いような目をして、
「壁にカエルがついてないか見て回ってる」と言いました。
それから2年後、80歳の手前で祖父は亡くなりました。
体の不調を訴えるなどの兆候はまったくなかったのに、
朝起きてこないのを気づかった母が見に行くと、
布団の中で冷たくなっていたんです。脳溢血ということでした。
祖父の遺品などはごくわずかなものでしたが、
茶箪笥の中に遺書めいた書置きがあり、私とその頃1歳になっていた妹へ、
かなりの額の貯金を残してくれていました。
それから、書置きには茶箪笥の一番下の引き出しの物をすべて、
火葬のときに棺に入れてくれ、とも書かれてありました。

父が開けてみると、軍隊で使っていたへこんだ水筒、薬莢、
階級章の切れ端、などが出てきました。
それとともに、油紙でぐるぐるに包まれた文庫本ほどの箱があり、
中からは干物のようになった大きなカエルが出てきました。
カエルには両脚と片方の前脚がなかったんです。
片眼がつぶれているかどうかはわかりませんでした。
それを見たときには父もあっけにとられていましたが、
「これも、じいちゃんが戦争で南方に行ってたときの形見かもしれない」
そう言って、迷った挙句、それもいっしょに棺に入れることになったんです。
その後は特におかしなことはなかったと思います。
ただ、祖父の生前は見なくなっていたカエルが、また増えだした気がしました。








2015.04.04 (Sat)
昨日の夜のことです。会社帰りに駅の地下に寄ったんです。
いやね、妻からケーキを買うのを頼まれてて。時間は6時を過ぎてましたんで、
そんなに混んでないかと思ったんですが、やっぱ並ばなくちゃなりませんでした。
ええ、自分みたいなサラリーマン風が多かったです。
ああ、この人たちもやっぱ家族に命じられて買いに来たんだろうなって。
でも、並んだって言っても10分かそこらです。
それ持って外へ上がろうとしたんですが、急にめまいがしまして。
めまいはすぐ治まったんですけど、頭が痛くなって・・・
ずーんと重い感じがして、立ってられなかったんです。
トイレの前の自販機とベンチのあるところまで行って目をとじ、
壁にもたれて休んでましたら、5分ほどでいくらかマシになってきました。

仕事で1日中パソコン見てますのでね。眼精疲労だと思います。
職業病みたいなもので、ときどきなるんです。
でね、目を開けたときに、駅構内と地下街の境目になってる裏の通路に、
黒っぽい異様なものがあるのに気がつきました。
どう説明すればいいでしょうかね。高さは女性の背より少し小さいくらいだから、
1m50ってところですか。クレヨン型って言うんですか。
円筒形の先が丸くとがってる形でした。
でもね、そんなにはっきりしてるわけでもないんです。
全体がぼやーっとにじむような黒さで、
煙突から出た煙が動かずにその場に止まってるようなものでした。
「え!」と思って1回目を閉じて、また開けてみてもやっぱりあるんです。

目をこらしてよく見ましたら、上のとがった先に顔があるように思ったんです。
2つの目と口、それが3つとも地の色よりさらに濃い黒色でね。
いや、オブジェとかそういうものではないです。
だって裏とはいえ出入り口の真ん中なんですから。
立ち上がって近くまで行こうかと思ったんですが、
そのとき背中に水を浴びせられた感じがしたんですよ。
小説なんか読んでればそういう描写が出てくることがありますが、
あれって本当だなと思いました。で、手の甲にぶわっと鳥肌が出たんです。
これは近づいちゃだめだと思いました。
何だかわからないけど、あおのそばへ行くと命にかかわる、そうわかったんです。
そのうちに電車が着いたんでしょう。

人がバラバラと降りてきたんですが、みなそれの前で一瞬足を止めるんです。
で、顔をしかめる。どうなんでしょうねえ、見えてないんじゃないかと思います。
でも、そこに何かがあるのはわかる。
だからね、通り抜けるときみな体を斜めにかしげて、
それに触れないようにしてこっちに入ってきたんです。
見てるぶんには面白い感じもありましたよ。
その入り口を3mほど過ぎてから振り返って首をかしげる人や、
すり抜けたとたんに体を犬みたいにぶるっと震わせる人もいて、
自分と同じように冷水を浴びせられた感じがしてるんだろうなって考えました。
その黒いものは濃くなったり、薄くなったりしながら立ってましたが、
また向こうから一人、40代くらいのサラリーマンがやってきたんです。

この人も無意識によけるんだろうな、と思ってましたが違いました。
その額の広い、やや小柄なサラリーマンは足早にそれに近づいてきて、
そのまま突っ込んだんです。・・・やはり少し顔をしかめましたけど、
足を止めずに歩き去っていきました。その後です。それに変化が起きたんです。
さっき話したように、それは黒色が濃くなったり薄くなったりするんですが、
色が黒と灰色のまだらになって回転を始めたんですよ。
あの、床屋にあるグルグル回る看板みたいな感じです。
でね、だんだん色がついてきたんです。
ベージュ色で、さっきのサラリーマンのコートと同じ色だと思いました。
形も変化していって、なんと1分くらいで、
さっきのサラリーマンそのままの姿かたちに変わったんですよ。

今までのことを見ていなければ、生きた本物の人間だと思ったでしょうね。
ただ・・・顔が、輪郭と髪型はそっくりでも、
目と口だけはさっきと同じ真っ黒い穴でしたね。
その形の変わったものは、しばらくうつむいて立っていたんですが、
やがて顔をあげて、両手で自分の首のあたりをつかむような動作をしたんです。
ネクタイを結ぶみたいな感じでした。
そっから30cmくらい足が宙に浮いたんです。
踊るように激しく手足をばたつかせて、
マリオネットという言葉が頭に浮かびかけましたが、
すぐそうじゃないことに気がつきました。
また両手を首のところにもっていって・・・これは首吊りの動作だと思ったんです。

そのとき、後ろのほうで「ああ、気の毒に」って声が聞こえました。
ふり向くと、全身ブランド品と思われる高価そうな洋服で着飾った、
60歳くらいの年配のご婦人が立ってたんです。
「あんたもあれが見えるんだね?」こう聞かれたので、
「はい、見えます」と答えました。「あれ、何かわかるんですか?」
「魔だね」 「マ?」
「悪魔の魔、魔物の魔、ということだよ。古い時代からいるもんだ」
こんなやりとりをしているうち、サラリーマン姿の魔?は、ぐったりと動きを止め、
少しずつ薄くなってきたんです。にじんでぼやけて人の形もわからなくなり、
ついに消えてしまいました。老婦人は魔のいた場所に歩いていき、
バッグから扇子を取り出し、小開きにしてその空間にかざしました。

そしてこっちを見て「行ったね」って言いました。
「もういなくなったんですか?」 「贄を食ったからね。贄、生贄のこと」
「生贄? さっきのサラリーマンのことでしょうか」
「たぶんね、今頃は頭の中は死ぬことしか考えてないだろう」
「え! 首吊り自殺ってことですか。追っかけていって知らせることはできませんか」
「できるだろうけど、死ぬ気は変えられないし、もしできたとしても、
 誰か別の人が代わりになるだけだよ」
「・・・死に神だったってことなんでしょうか」
「それとは少し違うけど、魅入られたら死ぬところはおんなじかね。
 とても古いものなんだよ。人間がこの世に現れる前からいる」
老婦人はこう言って扇子を閉じ、立ち去って行ったんです。








オカルトを仕掛ける

2015.04.03 (Fri)
今日も某編集部にお呼ばれした歓迎会で怖い話が書けません。
軽めの内容でいきます。
前にも少しとりあげたのですが、フライング・ロッズ (Flying Rods)
日本ではスカイフィッシュと呼ばれる生物?についての話です。
長い棒状の身体を持ち、空中を高速(280km/h以上?)で移動する、
とされていて、UMA(未確認生物)の分野に入ると思われます。
このような↓ものですが、オカルトにさほど詳しくない方でも、
見たことがあるのではないでしょうか。



この画像を目にすると、「ハエなどの虫の飛行が残像になっているもの」
と言われる方が多いようです。
テレビでもそのような検証を行っていた番組(特命リサーチ200X)がありました。
確かにそれで映像は再現することができ、
虫のモーションブラー(残像)現象と見ることもできるのですが、
もともとの始まりはもっと意図的、人為的なものだと自分は考えています。

1995年、ロサンゼルス在住のメキシコ系アメリカ人、
ビデオ編集者のホセ・エスカミーラ氏 (Jose Escamilla) が、
ダイビング撮影中にビデオ映像をコマ送りすることによって発見し、
ビデオカメラや写真には写るが、実際に捕獲された報告のないことから話題となり、
日本を含め各地で同様の事例が見つかるようになりました。

ニューメキシコ州のゴロンドリナス洞窟でしたか。
直径50m、深さは最大370m、
スカイダイビングさえできるほどの巨大な地の穴で、
ホセ・エスカミーラ氏がスカイフィッシュを最初に撮影した場所とされています。
では、ここがスカイフィッシュの巣窟なのでしょうか。
それともただ単に羽虫がたくさん住んでいるだけ?
しかし、それまでの他のダイビング映像に、
このようなものが写ったことはなかったのです。

ゴロンドリナス洞窟


自分は疑問を持ったので、ホセ・エスカミーラ氏について、
英文Wikiを検索してみました。
そしたら案の定というか、氏についての記述は、
スカイフィッシュの発見者としてよりも、氏が過去に発表して捏造疑惑をもたれている、
UFOドキュメンタリー動画についての内容が多かったのです。
かなりうさんくさい人物であるような書き方がされています。
この疑惑については、ネットで問題の動画を見つけることができますので、
興味のある方は自分で検索してみてください。

ホセ・エスカミーラWiki

まあ、自分は何も頭ごなしに否定しているわけではないですし、
スカイフィッシュについても、
必ずしも、エスカミーラ氏の捏造であると断言するつもりはありません。
ただ、これはオカルトとしてはかなり優れた夢のある素材だと思いますし、
そしてたいへんお金になります。
アメリカは世界一の経済規模を持っており、
オカルトの市場としても世界一です。

ですから、様々なオカルトコンテンツを自ら仕掛け、作り出して、
それで食っている人が存在します。
いくらでも例をあげることができますが、「火星の人面岩」(Face on Mars)
および火星の人工?構造物の権威であるリチャード・ホーグランド氏
(Richard C. Hoagland)などもその一人です。

日本でこの手のホームページを立ち上げたとしても、
それだけで食べていくことは難しいですが、アメリカでは違うようです。
その市場は深く厚く、うらやましいなあと思ってしまいます。
ただし、すべてのオカルト仕掛けが成功しているわけでもありません。
日本でも紹介されて話題を呼んだ「アポロ計画スタジオ撮影論」
これは英語で、ムーン・ホークス(Moon Hoax)と言われます。
オカルト分野としては、陰謀論に入るのでしょう。

イギリスで始まったと記憶していますが、
このアメリカでの推進者が、映像監督のバート・シブレル氏(Bart Sibrel)です。
彼はこれについてのビデオを発表したり、賛同者への小冊子を発行したりしていましたが、
2002年、アポロ11号の月面到達者であるエドウィン・オルドリンに、
突撃インタビューを試み、「嘘つき! 卑怯者!」と挑発したところで、
顎を一発殴られるという事件を引き起こしました。
英文Wikiを見ると、氏の現在の境遇は成功しているとは言えないようです。
氏がどこまで Moon Hoaxを信じていたのかはわかりませんが、
このオカルト仕掛けはうまく転がらなかったということなのでしょうね。





数学には勝てない

2015.04.02 (Thu)
これは何が勝てないのかというと、人間の感覚、直観ということです。
これは天動説、地動説の昔からそうですよね。
人間の感覚としては、自分が今立っている大地が動いているとは思えない。
ですから、天の星が回るのは、そのまま天が動いているからだと考えた。
こういうのはいくらでもあります。
有名なガリレオの実験もそうですよね。
自由落下の法則では、落下するときの時間は物体の質量には依存しません。
同じ大きさの鉄の玉と木の玉は(空気抵抗がほぼ同じなので)
ピサの斜塔から同時に落とせば、同時に地面に落ちるはずです。
ところが、人間の感覚としてそうは思えないんですよね。

これはアポロ15号でしたか、確か月面で実験が行われているはずです。
真空状態の中でハンマーと羽毛を同時に落とすと、
空気抵抗がないため、両者はまったく同時に落ちます。
真空チェンバーでの実験も行われていたと思います。
このような例はさまざまにあるのですが、現代でも、相対性理論において、
やはり人間の感覚と実際の事象とのずれということを、
あらためて感じさせられました。
(そういえば一般相対性理論の発表から100年ですか)
相対性理論では、物体の速度が増して光速に近づいていくほど、
その物体の中の時間は縮み、空間は圧縮されることになります。
しかしどうしてもそのようなことがあるとは思えないですよね。

哲学者のベルクソンはアインシュタインに反論して、
もし地球から光速に近い速度で宇宙船が飛び立てば、
宇宙船を基準に考えると、地球のほうが止まっている宇宙船から、
光速に近い速度で離れていくことになるため、
時間の縮みなどという現象は起きない、と述べました。
これは、両者が一つの系でなければそのとおりです。
たまたま等速勅撰運動している宇宙船から見たとき、自分は止まっていて、
地球のほうが宇宙船の速度で動いているとしてもかまいません。

ところが、宇宙船が地球を出発して地球に還るという場合は、
地球を脱出するときに速度は0から加速していくはずだし、
引き返すときには大きな負の加速度がかかります。
だからウラシマ効果(宇宙船内の時間と地球上の時間の進み方のずれにより、
戻ってくると未来になっている)と呼ばれるようなことが起きるわけです。
まあ、光速に近い速度などをわれわれが経験するのは現在の科学では不可能ですが、
実際に起きること、数学的に予測されることと、
われわれの感覚はかなり異なっているのです。
ちなみに、われわれが使っているカーナビは、
衛星からの電波を受信して位置情報を得ているのですが、
相対性理論による2つの補正を受けています。

衛星の中の原子時計は、ひじょうに速い速度で地球を回っているために、
特殊相対性理論の効果で地球の時計よりも早く進みます。
しかし、衛星のあるところは高度が高いため、
わずかしか地球の重力の影響をうけません。
これは一般相対性理論の効果によって、時計は地球上より遅れることになります。
この2つの効果の相殺すると、
結果的に時計はごくわずかですが早く進むことになるようです。
ところで、「相対性理論、カーナビ、補正」などのワードで検索をすると、
「アインシュタインのトリックがわかった」という題名の、
たいへんユニークなサイトに到達します w
ここで書かれていることの真偽はともかくとして、
論理の展開がとても面白いので、興味がある方はぜひ一読をお勧めします。

科学者の書いた本を読んでいると、
「人間の感覚が数学に負けたと思う瞬間がある」というような話が出てきます。
計算してみると、どう考えても信じられないような数値が出るが、
結果がそうならば世界はそうなってるんだろうと、受け入れざるを得ない。
数式に負けたと思う瞬間がある、というような内容ですね。
ブラックホールにしても、最初は計算上出てくるものの、
実際にはありえないものだと考えられていましたが、
だんだんに実際に存在すると推測される観測結果が見つかるようになってきました。
量子力学の波の収縮なんかもそうですよね。
ということで、数式ではこうなっているが、
人間の感覚としてはどうしてもそうは思えない。しかし数式が最終的には勝ってしまう。
こういう形で科学は進歩していっているわけです。

ところで、自分は幽霊について「自然科学で」考えるということはしていません。
そうするとたくさんの矛盾点が出てくるからです。
もし、幽霊が物質ではない=重力の影響を受けていない とするならば、
地球といっしょに動くことはできません。
もし幽霊が宙に浮いたりできるのならば、その比重はどうなっているのでしょうか。
もし空気より軽ければヘリウム風船のように、
上空に行ったきりになってしまうかもしれません。

浮遊するのにホバークラフトとかリニアモーターカーのような原理を使っているのなら、
ではそのためのエネルギーをどこから得ているのか。
そもそも人間のように食物を摂取しないのであれば、
幽霊が在り続けるためのエネルギーはどこからきているのか?
このように考え出すと一つ一つきりがないのです。
ですから、自分としては幽霊は現代の自然科学とは全く別の、
オカルト理論で動いているものとして設定しています。
幽霊が存在する力の根源は、外的な空間にあるのではなく、
人間の心の中、インナースペースにあると考えるわけです。

最後に問題を一つ。
あなたが走っている電車の中にいるとして、通路上で跳び上がれば、
これは(ほぼ)元の場所に落ちます。
列車の進みによって落ちる場所がずれるということはないはずです。
これは空いている電車内で実験することもできるでしょう。
では、もし電車の屋根の上にいて、そこで跳び上がったらどうなるでしょうか?
後ろに吹っ飛んでいくことになるのでしょうかww

これはなあに







生き残るオカルト

2015.04.01 (Wed)
今日はエイプリルフールなので、それにやや関係のある話をします。
自分はUMA(未確認生物)フアンでもありますので、その方面です。
「サン・ディジェの翼竜」という名前を聞いたことがありますでしょうか。
サン・ディジェはフランス、パリ郊外の地名ですが、
1856年、ここで地下トンネル工事をしていたところ、
岩を砕いた際に、中からなんと翼竜が出てきたというのです。

これはそう大きなものではなく、ガチョウ程度だったようですが、
翼竜がはさまれていた岩にはぴったり翼竜の体の大きさのくぼみがあり、
そこに密閉されていたようでした。
これが化石であればわかりますが、出てきた翼竜は生きており、
しかし翼をふるわせて一声鳴くと、その場で死んでしまったのだそうです。

「イラストレーテッド・ロンドン・ニューズ」誌の挿絵


その翼は蝙蝠類のような皮膜で、クチバシの中には歯が並び、
鋭いかぎ爪があるという、当時想像された典型的な翼竜の形をしていました。
その翼竜の死体は近くの市に運ばれ、そこで行方不明になってしまいました。
(ちなみに、決定的な証拠品がいつのまにか消息不明になるというのは、
UMA界では定番中の定番です。中にはメン・イン・ブラックを思わせる、
政府機関を名乗る役人が現れて押収し、さらに口止めをしていった、
という場合もあります。)

まあ、心霊オカルトも同じようなもので、心霊写真が出てくる話で、
写真はどうなった?と聞くと、霊能者に勧められて削除してしまったとか、
お寺に持って行ってお焚きあげしてしまったと答えられるのが多いのと
構造は同一のようです。

これはさすがに信じられる話ではないですよね。
翼竜が生息していた時期は中生代であり、
最短でも6600万年前と言われています。
もしその時期に何かの理由で岩に閉じ込められ密封されてしまったとしても、
19世紀まで仮死状態でいるということはありえないでしょう。
氷漬け、あるいは琥珀のような樹液に閉じ込められていたのなら、
原形が残っている可能性もあるのかもしれませんが。

この話は同年の「イラストレーテッド・ロンドン・ニューズ」誌の、
2月9日付けの新聞記事ということになっています。
記事ではこの生物を、ラテン語学名風に、
「プテロダクティルス・アナス」という名前で紹介していますが、
「アナス」のほうには「愚か者、騙されたやつ」のような意味があり、
エイプリルフールではないにしても、
わかる人にはわかる形で書かれた冗談記事のようなもので、
当時このような形の記事は珍しいものではなかったようです。

さて、1856年といえば日本は江戸時代最末期、
黒船が来航して世情が騒がしい時期でした。
ほどなくして明治時代となり、瓦版のかわりに新聞が発行されましたが、
当時の新聞を見れば、狐狸などや妖怪、幽霊や鬼の目撃談などが
ごく普通に挿絵つきで掲載されており、
報道姿勢とかニュース倫理などという概念も発達していない時期でありました。
(下の画像は「報知新聞」で葬儀の場に友人の幽霊が現れたとするもの)

今でこそ新聞で報道されたとなれば、一定の信憑性があるように感じられますが、
はっきりいって当時は興味を引くものならなんでもありでした。
オカルトにおいても、『リング』の元ネタ説がある有名な「千里眼事件」
(念写事件)を、大学教授やマスコミが取り上げているなど、
まだ頭から疑ってかかられるという状況ではなかったのです。

1870年代報知新聞の幽霊記事


ですから、そういう古い時代に世間で評判になった、
あるいは新聞や雑誌に取り上げられた事象はたくさんあります。
では、その中で現代にも生き残って語られる話とはどういうものなのでしょうか。
これは様々なパターンがあるのですが、
一つにはその話を利用したいという勢力がいる場合です。
「サン・ディジェの翼竜」であれば、これを使って自分らの説を広めたい。
どういう勢力かというと、翼竜を含む恐竜などは、
実は人類と同時期に生存していたと説く人々です。

この人たちは、旧約聖書の『創世記』の、神は6日間かけて世界を創造したという話
「創造論」を実際にあったことと考えています。
アメリカでは州によってダーウィンの進化論への態度はまちまちであり、
進化論を教えるならば同じ時間だけ創造論も教えるべきである、
という論議まで起きています。
(進化論を信じていると答えた米国人は40%、
44~47%の人が創造説を支持しているという統計もあります)

創造論博物館というのがケンタッキー州にあり、
ここでは人類と恐竜が共存するジオラマなどが展示されているようです。
神がすべての生物を一どきに創造し、恐竜と人間は(カンブリア生物なども)
共存していたが、恐竜が先に絶滅した。
地質学やC14での化石年代などは信じるに足りない、
というのが彼らの主張なのです。

「インテリジェント・デザイン論」というものもあります。
これは内容はほぼ創造論そのものなのですが、
公教育で特定宗教の神を出すことへの配慮から、創造主の名をぼかしつつも、
知性ある存在による地球生命のデザインを示唆しているわけです。

さて、上記した「サン・ディジェの翼竜」の話は、
日本ではサイエンスエンターテイナーを自称する、
飛鳥昭雄氏の著書で取り上げられていますが、
氏は創造論の立場をとる「末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)」の信者であり、
著書では教義を反映した内容が述べられているとの指摘があります。この他にも、
恐竜と人類の足跡が同時期につけられている遺物などの話もあったと思います。

心霊オカルトでもそうです。
欧米の心霊主義時代には、たくさんの霊媒師が現れて交霊会を行いましたが、
それらの事例が一部のスピリチュアル団体では、
心霊主義の歴史の一コマとして取り上げられている場合もあります。
この心霊主義の時代というのはまさに、
上で紹介した報知新聞の幽霊記事の時期と重なります。
当時の時代背景を考えれば、簡単に鵜呑みしてしまうことは危険だと思われますね。

アリゾナのサンダーバード