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室屋の髪

2015.05.03 (Sun)
室屋の髪という話をいたします。
「髪」は神様の「神」ではなく、髪の毛の「髪」です。
これはわたしらの集落に昔から伝わる古習というか呪法のようなものですが、
もう行われなくなってから20年以上もたちます。
なにせこの過疎ですから、集落に子どもがおりません。
それどころか、もはや集落の存亡さえあやういような状態なのです。
もちろん昔はこうではありませんでした。
廃校になって久しいのですが、集落の小学校もありましたし、
最盛期にはどの学年も1クラスずつあったのですよ。
昭和の30年代のあたりです。ああ、すみませんね。
話が逸れてしまいました。

室屋というのは、集落から少し山に入った水源地にある小屋のことです。
わたしらの集落は、田んぼも少しはやっておりましたが、
その水源のことではあありません。
まあ言ってみれば、どこにでもあるような湧水のことですよ。
その流れ出ている付近に建てたのが室屋です。
中は12畳ほどの広さの土間でして、窓も何もない。
入口をのぞく三方はびっしりと棚でして、そこに泥人形の頭が並んでおったのです。
ええ、頭だけです。実際の人の頭よりは2回りほど小さい子どもの頭ですが、
それに目鼻はついておりません。どのみち頭は板壁のほうを向いておりますんで、
目鼻をつける意味がないのです。ずらずらと並んだ泥色の後頭部には、
一束の、長さ12cmばかりの髪が植えられて垂れておりまして、それで室屋の髪。

この集落の独特の習わしなのですよ。
男の子が生まれますと、5歳になるまで後ろ髪の一部分だけ伸ばしておく。
それは、伸びすぎたら切りそろえますがね。
で、小学校に入る前の年になると、それを切りまして、
新しくこしらえた泥の頭に植えて室の中に納めます。
なぜそんなことをするのかって? いえね、これがいろいろと重宝したのです。
ええ、今からお話しますよ。そうですね、
金次という子どもがおったと思ってください。
これは仮名ですが、実際の名前も近いものです。
親は二人とも分別のある者でしたが、この子はやんちゃでして、
さまざまな問題を引き起こしました。今となっては懐かしい話ですがね。

小学校5年のときでしたか、日暮れになっても家に戻らなかったのです。
それで、父親が青年団の会所に相談にみえまして、
常に山に入って駆け回っておった子どもでしたから、
その日も山にいて、何かあったに違いない。みながそう考えました。
夜になっても戻らないので、これは夜明けと同時に山に捜索に入るべきと、
相談がまとまったのですが、まずは室屋にお伺いしてみようということになりました。
ええ、室屋に入れるのは氏神さんの神主だけで、
行って金次の髪を植えた頭を見ますると、
整然と並んだ泥の頭の中で、金次のものだけがなぜかそっぽを、
西のほうを向いておった。それを見て神主は、
「ははあ、西の山に入りおったな」そう考えて、髪の先をつんつんと引いた。

その後ね、神主は金次の両親とともに西の山の登り口に向かったんですが、
そうしましたら、真っ暗な中を金次が両腕に何かを抱えて下りてくるのに出会った。
金次の話は「夢中になって鹿の子を追いかけとったら、暗くなってしまった。
 道を失ってしまい、朝を待とうと思って枯草の中に寝たんだが、
 後ろ髪が引っぱられる感じがして、その方に少し歩いたら登山路に出た」
こういうことでした。ええ、腕に抱いておったのはその夏に生まれた鹿の子でしたよ。
逃がしてやりましたが、それにしてもよく捕えることができたものです。
まあ、このような形で室屋の髪は役に立っておったのです。
金次の話を続けます。中学は集落にはありませんでしたので、
自転車で町に通うことになりまして、
そしたらどうも町の子どもらと折り合いが悪くて、ケンカばかりしておったようです。

これは、集落の子どもは田舎者ということで、
どうしても町では馬鹿にされる傾向がありまして、
金次が代表格として、そういう子らに向かっていったせいでしょう。
そこまでは理解できるというか、むしろ褒めてやりたいくらいですが、
金次は町の年上の連中と関係がついてしまったようで、
いわゆる悪い仲間に入ってしまったのです。
当時はね、どこの中学も荒れておりまして、暴走族もこんな田舎にもあったのですよ。
シンナーなども流行っておりまして、その関係でしょう。
金次は夜遊びして朝方帰り、学業を怠るようになりました。
体の大きな子でしたし、力も強かったですからねえ。
そこで困り果てた両親が神主のところに伺い、窮状を訴えた。

神主は室屋に入りまして、金次の頭の髪をずんずんと引っぱるわけです。
そうしますと、夜遊びをしていた金次が、
激しい頭痛を感じて家に戻ってくる。
そこへ神主が室谷から戻ってまいりまして、
頭を抱えて寝込んでいる金次を正座させて、こんこんと説教をする。
このようなことが何度かあったようです。
ええ、室屋の髪は、その子の守り神としてあるのですから、
こういう用い方は本来のことではないのです。一般に、
集落の子はみな大人しかったのですが、その金次という子は特別でしたから。
ですからねえ、最期はあんなことになってしまったのです。
それを今からお話しますよ。

金次はね、勉強が嫌いでしたので、中学を出て町で就職いたしました。
メッキ工場であったと思います。16歳ですね。
初給料から親に小遣いとしていくらか手渡したようで、
それには両親も涙を流さんばかりに喜んでましたが・・・
同時にね、免許をとり、ローンを組んでバイクを買いました。
ええ、先ほどお話した暴走族の関係です。で、金次は工場の寮に住んでおったのですが、
両親の元に工場の上役から、金次が月曜になっても寮に戻らない、
という連絡が入りました。そこでね、また神主を頼ったわけですが、
神主も室屋の髪がどれほど効力があるかはわからなかった。
といいますのは、その子が16歳を終えると、頭は泥に戻し、
髪は集めてお焚き上げをすることになっておりまして、その期限の直前であったのです。

室屋の髪は子どもが幼いときほど効力を発揮し、
大人に近づくにつれて力を失っていくものであったのです。
まあ、まじないというのはそういう面を持っておるのでしょう。
神主が室屋に入りまして、金次の頭を見ますると、
なんと、頭は真っ二つに割れて、髪はばらばらにほどけて棚に散らばっておったそうです。
そのようなことは初めてであり、これは只事ではないと、
両親に話して警察に届けさせました。でね、その日の遅くになって、
金次が発見されたのです。ダム湖へ行く峠のがけ下にバイクと一緒に転落しておりまして、
即死であったということです。ええ、今でもわずかですが集落には子どもらはおります。
でも、後ろ髪を伸ばさせたり、切って泥の頭に植えるなどのことはしておりませんよ。
別にそのようなことをしなくても、普通に育っていますからねえ。








攻撃

2015.05.02 (Sat)
*ナンセンス話です。

もうだいぶ前の話だよ。俺はそんとき中学生だった。
ちょっとヤンチャな仲間に入っててね。けど、悪さはタバコと深夜徘徊くらい。
それ以上危ない、たとえばクスリ系とかはやんなかった。
あ、あと万引きだな。この話の発端が万引きなんだよ。ちょうどコンビニでき出して、
町の雑貨屋や小スーパーにとって代わり始めたころでね。こんな噂が広まったんだよ。
コンビニはスーパーみたいに、すぐに万引きを警察に突き出したりしないって。
ある程度はホントだったようだよ。ただな、仲間の一人がやりすぎちまった。
缶酎ハイとつまみの乾きものをくり返し万引きしてたら、
ついに店長にとっつかまって警察と親に連絡され、後になって学校にも知れた。
まあ今にして考えれば自業自得もいいところなんだが、当時、
それを聞いた仲間の俺らは憤慨して、そのコンビニに復讐しようってことになった。

けどよ、中学生のできる復讐ったって限られてるだろ。
商品を荒らしたりガラス割ったりするのはさすがにハードルが高い。
見つかって下手すれば家裁の審判までいくし、
そうならなくても親が弁償することになる。
で、相談の結果出てきたのが、その店を呪ってやろうって案だった。
いや、その時代はオカルト流行ってたんだよ。
テレビでも頻繁に特集が組まれてたし。
でもな、呪いのやりかたなんて誰も知らなかったんだ。
当時は・・・ネットが始まったばかりの頃で、その手のホームページは珍しかったし、
そもそも子どもが自由にできるパソコンそのものが少なかった。
唯一知ってるのが藁人形に釘を打つやつだったが、
さすがに中学生だったから、そんなの効かねえだろうなって思ってた。

そしたら仲間の一人が、
「俺のバアちゃん、今、老人専用の病院に入院してて、かなり危ないらしいんだ。
 けどよ、まだ意識はあるから、もし死んだら、
 幽霊になってそのコンビニに出てくれるよう頼んでみようか」って言い出した。
俺らはそれ聞いて、「これは」って感じるものがあった。
「でもよ、万引きを警察にチクられた復讐ってったら、
 お前のバアちゃん、そんな頼み承知しないだろ」
「そらそうだけど、そこはなんとかごまかすんだ。そうだな、俺ら無実だったのに、
 そこの店長から濡れ衣を着せられて警察に突き出されたってのはどうだろ」
「うーん、しかしそれ信じるか」 「バアちゃんはずっと入院してるから、
 俺の親が頻繁に学校に呼び出されてるとか知らないんだよ。

 それに、最近は見舞いに行っても眠ってることが多いんだ。
 起きてるときも半分ボケがかかってて、女学生だった頃に戻ってるのかもって、
 親父が言ってた」 「おまえのバアちゃんが学生の頃っていつだよ」
「第二次世界大戦中。なんかずっと若いころの夢を見てるみたいなんだよ」
「それだと、寝てるときに頼んでも効果はあるんじゃないか」
「でもよう、○□のバアちゃん、けっこうしぶとくこの後何年も生きてるかもしれないよな」
「しぶとくって何だよ。もちろんそのほうがいいにきまってるだろ」
「もめるなよ。夏休み前まで○□のバアちゃんが生きてるなら、
 それはけっこうなことだから、別の方法を考えることにしようぜ」
「とにかくバアちゃんには、幽霊になったらコンビニ店長を懲らしめるよう頼んでおくよ」
こんなやりとりをしたんだ。

で、それから1週間たたないうちに、○□のバアちゃんは亡くなり、
やつは2日ほど学校を休んだ。その後出てきたときに前の話がどうなったか聞いたら、
「ばっちり頼んどいたよ。俺らが商品の袋が破れてるのをわざわざ知らせてやったのに、
 万引き扱いしたって言ったら、ベッドの上で憤慨してね、
 葬式が済んだらその翌日に、そこのコンビニに幽霊になって出てやるって
 約束してくれたぜ」 「葬式はいつだよ」
「明日。俺はまた休むけど、そん次の日はなんとか家を抜け出してくるから、
 例の店の前に夜9時に集合な。店の外で何か起きないかずっと見張ってようぜ」
「おう」・・・ってことになった。どうだろうな、そんときは半信半疑ってよりも、
やっぱ何も起きないだろうって気のほうが強かった。
ただまあ、○□のバアちゃんは約束してくれたっていうし、もしかしたらって・・・

その日仲間4人がコンビニの前に集合した。
全員チャリにまたがったまま、店の駐車場でスタンバイ。
中の様子は外からガラス越しにだいたい見える。
そこは店長は夜の12時までのシフトで、それからバイトと交代する。
だから、12時までは見てようって。
・・・1時間が過ぎたが何も起きない。当時コンビニはまだ珍しくて、
高校生やそれより上のやつらもたむろしてることがあったから、
俺らはチャリで動き回りながら見張りを続けてたんだ。
途中のどが渇いたんで、目の前に店があるのに、
別のとこの自販機に一人を買いに行かせたりもした。そのうち11時を回った。
「ふわー、あと1時間しかないぜ。○□のバアちゃん本当に出てくれんのか」

仲間の一人があくびしながらそう言ったとき、
そいつが「うわー」と叫んで地面に投げ出された。「何だ?」と思う間もなく、
俺らも同じように転がったんだ。
なんでそうなったかというと、またがってた自転車が急に消えたんだよ。
ウオーン、ウオーンというサイレンのような音が空に響いて、
全員が立ち上がったときはあたりが焦げ臭かった。
コンビニのあった方角を見て愕然とした、そっち側が燃えてたんだ。
一軒、二軒の話じゃなく、町中が大火災になってるとしか思えなかった。
「何だよこれ」 「チャリはどこいった?」
俺らが口々に叫んだとき、ドーンという音とともに空に火花が散った。
「あんたら何してる、こんな非常時に!!」

後ろからそう呼びかけられた。
振り返ると、防空頭巾にモンペという社会の資料集に出てくる、
戦時中の恰好の人が立ってたんだ。
頭巾の下からのぞく顔は、俺らより少し年上に見えるくらいの女だった。
「焼夷弾が落ちてる。早く避難所まで逃げないと!!」怒った目をして、
その女の人が言った。ゴーンという音がして、火のついた柱が転がってきた。
「火に巻かれない広場に逃げないと死ぬよ。
 万引きなんて非国民なことをしてるヒマはないよ」
「えっ?!」そんとき、強い閃光で目がくらみ、ドカーンという爆発音が・・・
気がつくと俺らはコンビニのアスファルトの上に全員が倒れてて、
ただしさっきと違うのはチャリがあったことだ。

コンビニの店員がこっちをうかがってるようだったので、
あわてて立ち上がりチャリを起こした。「おい、ケガしてないか」 「何だよ今のは?」
「見たか、火事とサイレンと爆弾」 「俺も見た。まだ熱さが体に残ってる」
「おいお前らの顔・・・」見ると、どのやつもススのようなのが顔に黒くついてて、
肌のむき出しの部分があちこちひりひりした。
「火の粉で火傷してる・・・」 「全員が同じものを見たのか」
「ぜんぜん時間がたってないぞ」一人が腕時計を見て言った。「女の人が出てきただろ、
 頭巾かぶった」 「あれ・・・俺のバアちゃんだと思う、若いころの。
 戦争中の写真はないけど、それ以後に撮ったやつに似てた気がするんだ」
○□が言った。その言葉で俺らは固まってしまった。
ああ、その後はすぐ解散して家に戻った。考えと行動を改めたよ。








否(いや)

2015.05.01 (Fri)
今晩は。では、話をさせていただきます。あまり怖くはないでしょうねえ。
声だけの怪異ですから。そうです、怪しい物の姿は見えず、
声だけが聞こえるのです。場所は、わたしの家の近くにある坂です。
彌坂(いやさか)という名前となっています。これは「いや栄える」にちなんで、
近年つけられたもののようで、昔は否坂(いやさか)と言っていたようですね。
否な声が聞こえる坂ということでしょう。
長さは200mばかりでしょうか。傾斜もきつくはないのですが、
車一台が通れるだけの幅しかありません。もっとも通る車もありませんが。
道自体は一方通行だし、その坂の途中にある家の車しか通れないのです。
指定車以外通行禁止・・・そういう標識が出ています。
坂の両側は黒塗りの板塀になってまして、昔の町並みなんですよ。

ええ、塀の内からしだれ柳が垂れたりしておりまして、
雰囲気のある場所です。これで道路が舗装でなかったら、
けっこうな観光地となっていたかもしれません。
実際、写真を撮りに来られる方もおられるんです。さて、一つ目の話です。
50過ぎの日雇い労務者の男の方が、
夕暮れを過ぎるころに坂を通りかかった。
街灯はぽつんぽつんとしかなく、暗いんです。
足元があぶなっかしいので急いで、通り過ぎようとしたときに、
どこからともなく「さぞ暑いだろう、こんなに蠅がねえ」
という声が聞こえてきました。その方にはその声に聞き覚えがありました。
自分の母親の声だと思ったそうです。

この方は高校を卒業すると同時に、半ば家出同然にこっちに出てこられまして、
それ以来ずっと実家には帰っておらず、連絡もとってなかったそうです。
まあ、いろいろな事情があったのでしょう。
そのあたりのことは私も詮索はしませんでしたが、
30年以上も話をしていないのに、母親の声とわかりました。
あたりを見回したが誰もいない。黒々とした高い塀があるだけ。
声はもう聞こえませんでしたが、ひじょうな胸騒ぎがしたそうです。
それで都会に出てから初めて、実家の様子を郷里の昔の知り合いに尋ねました。
ところがよくわからなかったんです。あまり長い年月がたっていたので、
その方自身が郷里では忘れ去られていたようです。
気になってしかたがなくなり、電車代をなんとか工面して帰ってみました。

これは浦島太郎みたいなものでね。郷里はすっかり変わり果てていて、
元住んでいた家は区画整理のために影も形もない。
役場に足を運んで、やっと両親の住んでいる場所がわかりました。
行った先は川下のあばら家で、確かに父親の名の表札がある。
外から声をかけたものの誰も出てこない。玄関の戸は開いていたので、
中に足を踏み入れたとたん、異臭を感じたそうです。糞尿臭と、それ以上に強い死臭。
二間しかない奥の部屋の障子を開けると、つぎはぎだらけの布団が二つ。
一つには真っ黒い顔の人がいて、びっしりと蠅がたかっていました。
一目で死んでいることがわかったそうです。これが彼の父親でした。
母親はといえば、傍らの布団に寝ていましたが起きる力はなく、
片手に団扇を持って、腐りかけた父親の顔をあおいでいたそうです。

二つ目の話。これは30代の勤め人の方です。
その方が、やはり夕暮れ過ぎに坂を歩いていると、
「このガキ、うるさいぞ、あっちへ行け」という怒鳴り声が聞こえた。
それが、ご自分の声だったと話しておられました。
ずっと長い間忘れることができなかった、ご自分の言葉です。
この方の話によりますと、20代後半の頃、
セールスでの外回りの帰りに、住宅街の小公園で休んでおられたそうです。
そうしたら、5歳ほどの捕虫網を持った男の子が一人でやってきて、
ベンチのまわりを駆け回った。
この方は仕事のほうがうまくいってなかったのと、暑さのせいでイライラして、
つい、その子を怒鳴りつけてしまったそうです。そのときの声だったのです。

男の子は驚いて公園から走り出ようとし、
持っていた捕虫網の柄を入り口の柵にひっかけて大きくつんのめった。
そこへ運悪く車が通りかかり、その子はボンネットに頭を打ちつけ、
さらに車体の下に巻き込まれてしまったのです。
車の下の地面にたちまち血の溜りができまして、即死だったそうです。
その方は子どもが轢かれたのは自分のせいだと思いましたが、
誰もその方が怒鳴ったところを見ていたものはいなかったので、
おろおろしている若い女性の運転者に気づかれぬよう、
そっと反対側から公園を抜け出し、その場を立ち去ったということでした。
そういう事情で、その方がやったことは誰も知らず、
実際に罪になるかどうかもよくわからないのですが、

そのときのご自分の声と、車のブレーキ音が、
何年たっても耳について離れなかったそうです。まあ無理のないことですよね。
三つ目の話です。これは20代の女性の方です。
お仕事は何をなされているのか聞きませんでしたが、
たいそうおきれいな方でした。やはり夕暮れ時ということは同じですので、
この怪異が起こる時間帯なのでしょう。
この方が聞かれたのもご自分の声ということでした。
ハイヒールに気を配りながら坂を下っていると、どこからともなく、
「あんたなんか才能ないし、早く辞めちゃえばいいのに」という若い女性の声。
それがいかにも憎々しげに聞こえたんですが、
同時にご自分の声であることもわかりました。

その方が高校生・・・芸能人の卵のような方が多く通う学校だそうですが、
そのときの一年後輩の女の子にかけた言葉だったそうです。
女性の方は当時、集団の中心となってその子を苛めており、
たくさんのひどいことをしたと言っていました。
「辞めちゃえばいいのに」の言葉が最後となり、
後輩の子は学校に出てこなくなり、ずっと引きこもったままということでした。
坂でそれを聞きまして、なんて自分は嫌な人間だったんだろうと思われたそうです。
後日わかったことですが、後輩の女の子はその方が坂を通る3日ほど前に、
自死されていたのだそうです。・・・後のお二人の方は、
坂の下でわたしが開いている店に真っ青になって駆け込んでこられまして、
そのときに聞かせていただいたお話です。

よくそこまで聞き出すことができたって?
ええ、そうですね。個人の秘密に類するようなことですし、
それぞれ人の命にかかわりのある内容ですからねえ。
でもね、わたしが小さいころから年に何度かは、
そうやって店に駆け込んで来られる方がおられまして、
祖父や父が応対しているのを見てきましたから。
代々そうしたことを続けてきているのです。
え? わたしの店ですか。このお話には関係はないと思うのですが、ええ、
和楽器の販売・修理をやらせていただいております。
江戸時代からの家業でして、わたしで7代目になりますよ。