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流れる

2015.05.31 (Sun)


この間、○○街を歩いていたんですが、日に照らされて少し具合が悪くなったんです。
これはダイエットの最中だったせいもあると思います。
それでちょうど、10mほどの人しか通れない橋の上に来ていたので、
欄干にもたれて一息つきました。繁華街を流れる川なんですが、
水はそれほど汚れてはいません。鯉や水鳥もいるんですよ。
そのとき、白いものが川面を流れて橋の下に入ったのが目に入ったんです。
「あれ、何だろう」と思いました。一瞬、人の顔のような気がしたからです。
でも、橋を横切って向こうまで見に行く気にもなれず、出てくるのを待ってました。
そしたら、かなり遠く離れたところで見えるようになったんですが、
これはお面だろうと思いました。白くて、丸くて、上向き。鼻の頭が水から出るくらいで、
ゆらゆら流れていったんです。角度のせいで顔つきはわからなかったですね。

まあ、これだけなら不思議なことはないんでしょうけど、
そのお面は、名前のわからない小さい水鳥が多数いる間に入っていきました。
そしたら鳥たちが、お面が流れてくるのに気づいて進路を開けたんです。
端のほうにいた何羽かは飛び立ちました。
これも不思議ということもないですよね。
鳥には警戒物に見えたんということでしょう。
不思議なのは、お面が脇を通ったとき、最も近くにいた両側の2羽が、
まるで水中から足をつかんで引きこまれたように、
ずぼっと水に潜ったんです。テレビなどで見てると、
鳥って頭から潜るじゃないですか。それがそうじゃなく、まるで消えたみたいに。
それでずっと見て待ってたんですが、いつまでも浮かんでこなかったんです。



○○街の川に面したビアガーデンにいたんだよ。
ほら、この陽気だろ。いや、俺のところは夜に半袖でも暑いくらいだから。
会社の仲間5人で飲んでたんだ。酒量?
そうだなあ、大ジョッキ4杯で、それからチューハイに切り替えたばっかだった。
そんなに酔ってたわけじゃないよ。終電に乗って普通に家に帰ったからね。
でな、川のほうを見てた仲間の一人が、「あれ、人が流れてるんじゃないか」
って言い出した。ま、大事とは思わんかった。そこの川は流れがゆるいし、
底がすぐ見えて、大人の腰ほどの深さしかないんだ。
そいつが指さした方を見ると、暗くてはっきりわからなかったが、
確かに川から人の上半身のようなのが上向きに突き出て流れてる。
「ああ、マネキンか何かだろ」俺がそう言った。

だって、人にしては白すぎたし、硬直した感じだったからな。
右手を上に出してるようにも見えたが、ぴーんと伸ばして動かすでもない。
だから他の仲間も、「ありゃマネキンか、じゃなきや何かの人形だろ」
ちょっと見てそう言っただけで、視線をライブショーのほうに戻してしまった。
ま、これだけのことなんだが、最初に言い出したやつがまだ見てて、
「おい、あれ踊ってるぞ。手足を激しく動かしてる」こう言ったんで、
また見たけど、よくわからなかった。マネキンを人と見間違えて、
恥ずかしいんで、照れ隠しにふざけてるのかとも思った。
その後すぐに、「あ、見えなくなった」って言ったし。これだけで金もらえるんか。
申し訳ないね。あ、あとね、そんときのライブに出てた女のボーカルが、
後半のほうで倒れたんだ。歌ってて急にばたっと。大事にはならなかったけどね。



その日の夕方6時頃かなあ。店の2階で着替えてたんだ。
店の営業は7時からなんだけど、いろいろ支度があるんでね。
あたしはまだそこの店は日が浅いから、
けっこう早く来て準備を手伝ったりしてるんだ。えらいでしょ。
それでね、店の2階からは川が見えるんだよ。あんまりきれいじゃないけど、
ああいうネオン街を流れてるにしてはましなほうじゃないかな。
私はそこの街の出身で、子どもの頃はボランティアで、
川原のクリーンナップに参加したりしたんだよ。
それでね、何気なく川のほうを見てたら、真っ白い人が流れてきたんだ。
ああ、人って言ったけど、本物の人間じゃないよ。
真っ白というのは、発泡スチロールみたいな白さで、そんな人間いないじゃん。

それに動いてないし、死んだ人なら沈むでしょ。
それが浮かんでるんだから、軽いものだと思う。発泡スチロールそのものかも。
うん、ここまでは別に不思議じゃないよね。
粗大ゴミを見たってだけなんだけど、ただ・・・
その流れてくる人形の上に、変な霧が渦巻いてたんだ。
色は黒、最初は虫の固まりかとも思った。えーなんてったっけ?
蚊柱、そうそうそれ。あんな感じでうすーい黒っぽいもやが渦巻いてたの。
うん、これもね、それだけの話って言えばそうだけど。
ほら、あたしこの肩のとこにタトゥー入れてるでしょ。これ梵字なんだよ。
バンドやってる姉ちゃんと同じときに入れたんだ、別の字だけど。
その霧というかもやが、お姉ちゃんの字のほうと同じ形に見えたんだ。偶然かな?



バーのマスターをやってるんです。『レモンハート』ってマンガ知ってますか?
古谷三敏さんが書いてる酒のうんちくマンガです。
あれにあこがれて、バーマンの修業をし、金をためて河口近くに店を借りたんです。
いやあ、マンガのようにはうまくいきません。
だいいちあれだけの種類の世界の酒を仕入れて回転させるなんて、
家が大金持ちでもなければ不可能ですよ。
ただまあね、そこらへんは地代が安いんです。
ですから、店の近くにバンド練習用の貸しスタジオをこさえて、
そこに出入りしてる連中や、ときにはプロも頼んで、
ライブハウスみたいなこともやってしのいでます。
当初の目的とは違うものの、最近はけっこう名前も売れてきたんです。

で、ですね。その夜から3日間、地元の女性ボーカルのジャズバンドに、
来てもらうことになりまして、その1日目のことです。
6時ころに店にバンドのメンバー5人が来られて、
貸しスタジオのほうに入って休んでもらおうとしたんです。
そしたらね、女性ボーカルの方が川のほうを指さして、
「あれが、ここまで来てる。流れて来てる」って叫んだんです。
それで私も、もそっち見たんですけど、
何か白っぽいものが中州にひかかってるようには見えたんですが、
何だかわかりませんでした。そんときは他のメンバーがなんとかなだめすかして、
とにかくスタジオに入ってもらったんです。
いや、宣伝してましたから、キャンセルは困るなーと思いました。

でね、スタジオに様子を見に行ったら、
ボーカルの方がドラムのミュート用の毛布をかぶって震えてたんです。
他のメンバーと話し合って、やっぱその夜は無理で、
明日からのことは様子を見て連絡するって言われました。
しょうがないと思いましたよ。誰だって具合の悪いことはあるわけだし。
お客さんにはライブ代を払い戻して何か一品おごればいいかと・・・
で、30分後くらいに、バンドのギターの人が来て、
ボーカルの女性の姿が見えなくなったって言ったんです。
中をくまなく探したけどいなくて、ええ、歩いて帰ったかとも思って、
あちこち連絡もしたんです。それで最後、バンドのミニバンの中を
まだ見てないってことに気がついて、全員で外に出ました。

そしたら、川の岸近くで水しぶきがあがってたんです。
ええ、そこは海に近いのでテトラポットが入ってるんですよ。
何だろうと思っていってみたら、ボーカルの女性が川にはまって溺れてたんです。
すぐに駆け寄ろうとしたんですが、テトラがでこぼこしてるでしょ。
悪戦苦闘してるうちに女性は沈んでしまって、
かわりにそこの水面に白い変な人形が突然浮かんだんです。
発泡スチロール製ですかね。川に入ってたわりにはどこも真っ白でした。
うん、もちろん警察にも連絡したんです。
朝方まで捜索したんですけど、女性は見つかりませんでした。
その人形ですか?流れてってしまったと思います。特徴も何もないものでしたが、
背中の真ん中に、梵字ですかねえ、黒い大きなマークがあったのを覚えてます。








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幽霊はなぜ祟るか

2015.05.30 (Sat)
だいぶ前になりますが「幽霊はなぜ怖いか」という記事を書きまして、
関連記事 『幽霊はなぜ怖いのか』
けっこう反響をいただいたのですが、
それとやや関連があるものの、基本的には違う話です。
日本の有名な幽霊譚は祟りの話ですよね。
関連記事 『日本四大怪談』

『四谷怪談』『累ヶ淵』『播州(番町)皿屋敷』と、中国に原典がある
『牡丹燈篭』をのぞけば、日本の幽霊はすさまじい祟りを発揮します。
ですから、子どもの頃からそういう怪談を聞かされていると、
「幽霊=祟るもの=怖い」 
という回路ができてしまっているという人もいるかもしれませんね。
さて、ではなぜ幽霊は祟ることが多いのでしょうか。
これは、欧米と比較することで見えてくるものがあるような気がします。

どっから話しましょうか。「R.I.P」という言葉をご存じでしょうか。
英語だと「Rest In Peace」で、元のラテン語は「Requiescat In Pace」でしたか。
亡くなった有名人が出てくるyoutube動画の、
コメント欄に書かれていることが多いですし、墓標に刻まれていたりもします。
これは日本語では「安らかに眠れ」と訳されるのが普通ですが、
rest という単語は休息、安息という意味があります。
では、亡くなった人はいつまで休息していればいいかというと、
これはキリスト教の場合、最後の審判までということになります。

これの解釈は宗派によって様々ですが、
基本的には「世界の終わりにイエス・キリストが再臨し、
あらゆる死者をよみがえらせて裁きを行い、
永遠の生命を与えられる者と地獄に墜ちる者とに分けるという」こんな感じです。
つまりR.I.Pは、最後の審判がくるまで休んでいなさいということなんですね。
カトリックの場合だと、最後の審判で肉体が復活して魂と結び合わされるとされ、
昔の魔女裁判でジャンヌ・ダルクなどが火あぶりになったのは、
肉体を失わせ、復活できないようにするためであったとも言われます。
アメリカで土葬がまだまだ一般的で、ゾンビ映画にとって好都合なのも、
土地が広いせいもありますが、このためもあるのです。

さて、欧米の幽霊話では、霊媒が意図的に呼び出す場合は別として、
死者が祟ったり、生者にとり憑いたりするものはきわめて少ないのです。
なぜかというと、人の魂を裁くのは神の専権事項だからです。
それはもちろん、昔のチャールズ・ブロンソンの映画(古い)のように、
家族を殺された男が銃をとって現実的に復讐したりということはありますし、
罪を犯した者は法廷で裁かれて罰を受けるわけですが、
人間の魂を裁くのは神にしかできないことなのです。

何回か話を出しましたが、『ゴーストーニューヨークの幻』という映画では、
悪人が死ぬと黒い影のようなものが出てきて、
そいつの魂をどっかに引きずりこんでいきますが、
これは後に神による裁きを受けることになるためです。
こういう観念が欧米人にはあり、人間が他の人間に、
霊的に復讐するという発想はしにくいのだと考えています。

これに対して、日本では裁くのは神ではなく、
「世間」であると個人的にとらえています。この世間というのは、
檀家制度や支配層、村落共同社会といった諸々のことです。
『四谷怪談』のお岩さんにしても、『累ヶ淵』の累にしても、
手ひどい仕打ちを受けてイジメ殺されたという経緯があり、
周囲の人々に「ああ、あの人なら化けて出てもしかたがない」
という共通認識があった場合、霊障事件は発生するのです。
これは被害者への同情と言ってもいいかもしれません。
あるいは加害者に対する社会的な罰とも。

幽霊は「恨めしや」と言うから幽霊であったわけですね。
ですから、江戸時代頃に「暗がりで生首が飛んでいるのを見た」
といった場合でも、すぐさま「それは幽霊だ」とはなりませんでした。
狐狸のしわざかもしれないし、妖怪なのかもしれません。
その生首がどこの誰かもわからない場合は特にそうです。
また、上記のような考え方から、身にやましいことがない人は、
幽霊を怖れる必要もなかったわけです。

ところが現代ではこの考え方がすっかり廃れてしまいました。
「何ともわからない白い霧状のもの」「黒い人型の影」
「誰の物ともしれない腕」こんなのも怪談では幽霊として扱われたりしますし、
恨みがないはずの人でも霊として姿を見せたりします。
これは、狐狸が化かす、妖怪が跋扈する、
といったことが信じられなくなったせいもあるでしょう。

有名な怪談で「かつての事故現場で幽霊が現れ、運転者を崖から落とそうとする。
運転者がなんとか踏みとどまると、もう少しだったのに、と言って消えてしまう」
というのがありますが、これなどは伝統的な幽霊譚からは外れています。
元の事故の原因はわかりませんが、故人の不注意だったのかもしれないし、
そうでなかったとしても、関係のない人を無差別に襲うのは、
通り魔殺人と変わりがないですよね。『牡丹燈篭』の話はこれに近く、
霊に見初められたという理由だけでとり殺されてしまいます。

ということで、現代の怪談はなんでもありの状況になっています。
さらに、オカルトではない「危ない人が危ない行動をとる」ような話まで
怪談に分類されてきているんです。
これは書きやすいとも言えますし、逆に書きにくいとも言えます。
両面があるので難しいところなんですが、
自分が思うのは、昔の怪談作者、例えば鶴屋南北などが、
現代の怪談を見たらどういう感想を持つだろうかということ。
それともう一つ。現代の怪談好きの人は、
ほとんど身にやましいことがない人ばかりでしょうが、
本当に幽霊を信じて怖がっているんだろうか、ということなんです。








ピンクの玉

2015.05.30 (Sat)
じゃあ、話をさせてもらいますが、
ここに来たのは、いったい何が起きたのか、出来事の意味を知りたいからです。
ですから謝礼はいりません。ここにおられる方々は、
みなさんそういうことの専門家だということですから、
ぜひ教えてほしいんです。お願いしますよ。
話は、40年ちかくも前にさかのぼります。
そのころわたしはまだ独身でして、体力もありましたからねえ。
毎朝5時半起きしてジョギングしてたんですよ。
もちろん今はやってません。わたしの体型を見ればお判りでしょう。
かなり太りました。・・・それはともかく、ある朝ですね。
その日もジョギングに出たんですが、ひじょうに調子がよかったんです。

いくら走っても疲れないし、スピードを上げても息もきれない。
ランナーズ・ハイですか。知ってますけど、それとも違ったような気がしますねえ。
まあ、わかりませんけど。それで、いつもなら30分ほどかかるコースを回って、
時計を見たら20分しかたってなかったんです。
それだけペースがあがってたってことですね。
で、走り足りない気もしました。でね、アパートが見えてきたあたりで、
一本脇道に入ったんです。そこらをもう10分走ろうと思って。
そしたらですね、見覚えがあるようなないような通りでねえ。
そのあたりはアパート街で、どこも似たような街並みではあるんですが、
住んでるアパートから目と鼻の先なんです。
それなのにね、何だか初めて入った場所のような気がしたんです。

ええ、実際にね、後で確かめてみたんですが、
そのとき走った通りは見つけられなかったんです。変ですよねえ。
ああ、そのアパートからは引っ越してだいぶたちますんで、
その後は行ったことはないですよ。
アパートはまだあるはずなんで、行ってみればいいですかねえ。
それでね、そこは前に小さな庭のある新しい住宅がずらっと両側に並んでまして、
幼児の自転車があったりして、すごく平和そうな場所でした。
いい気持ちで走ってると、一軒の家の門、鉄扉の門ですけど、
そこにね、内側からピンク色の丸い玉がひっついてたんです。
直径20cmってとこですかねえ、ええ、子どものオモチャと思うところですが、
それが何とも言えないピンク色をしてて、思わず足を止めて見入ってしまったんです。

ピンク真珠・・・いや、もっと美しい色ですよ。しかも内側から光ってました。
神々しい感じといっても言い過ぎじゃないと思います。
で、近づいていくと、それがね扉にはさまってるというわけじゃない。
ただ扉のさんにぴたっとくっついてる感じです。
風船? いや、そうは思わなかったです。
ヘリウム風船だったら上に上っていくでしょう。
そうじゃなく、内から押しつけられたみたいになってました。
門がなければ外に出て行ったでしょう。
それに風船みたいな薄っぺらいもんでもなかったです。
ある程度の厚みがあるというか、中が空洞という気がしなかったですよ。
高さは大人の腰の位置あたりです。腰をかがめて見てたんです。

そしたら、家の玄関が開いて、中からパジャマ姿の女の子が出てきました。
中学生くらいでしたか。でね、片手に補虫網を持ってたんです。
わたしは、怪しいやつと思われるだろうと考えて、
門扉から離れました。そしたら女の子は庭をとっとっと横切って、
門の手前までくると、補注網をくいっと動かして、
そのピンクの玉をすくおうとしたんです。
そしたら一発で網の中に玉は入りまして、女の子は網の張ってあるほうを上に向け、
その中で玉は生きてるかのように、きゅっきゅっと動いたんですよ。
女の子はほっとしたような表情になり、家に戻りかけました。
わたしはそこまで見ていて、好奇心を抑えきれず、
離れた場所からその子に声をかけたんです。

「きれいだね、それ何?」って。
すると女の子はわたしのほうを見て、驚いた顔になりましたが、
にこっと笑って「おかあさん」と言って、家に走り戻っていったんです。
わたしは狐につままれたような気持になりましたが、
またジョギングを再開し、通りを抜けたんです。
ええ、さっき話したように、何度かそこの通りを見つけようとはしたんですよ。
でも、似たようなとこはあっても、同じじゃなかった。
今から考えれば、不思議ですよね。
だって通りを出て5分でアパートに戻ったんですから。
で、その後わたしは結婚しまして、転職もしました。
子ども2人はどっちも独立して、孫もいるんですよ。

ですから、この若い日の朝のことはずっと忘れてたんです。
で、今年の4月のことです。わたしの第二の職場で、定年退職になりまして。
ええ、それなりに退職金も出ましたんで、
しばらくのんびりしてから、無理のない形でまた働こうとは思ってました。
妻には苦労をかけましたんで、2週間ほど、東北の温泉巡りを計画していたんです。
でね、その出発の日の朝です。わたしの車で行く予定だったんで、
混雑にあわないよう早くに出たんです。
まだ寒かったですから、わたしが先に行って車を暖ためておこうと・・・
そしたらですね、家の門に、ピンクの玉があったんです。
やはり前に行こうとするのを扉にとどめられてる形でした。
いや、どうでしたかねえ。

それを見てすぐに、ジョギングのときのことを思い出したわけではないですね。
あのときのことは、その後だんだんに頭の中に再現されてきたというか。
でもね、そのピンクの玉が前にも見たことがあるものだっていうのは、
すぐにわかった気がします。驚きましたが近寄ってみました。
それで、さわってみたんです。暖かかったというか、人肌ほどの温度がありました。
感触はつるっとしたわけでもなく、かといってねばっこいわけでもなく・・・
うまく表現できません。とにかく捕獲しようと思ったんですが、
さわってた手を離したとたん、するっと門扉をすべるような動きで外に出て、
そのまま消えてしまったんですよ。
ええ、シャボン玉が弾けるような感じでした。

わたしはね、そのとき、なんだかすごくまずいことをやった気がしたんです。
せっかく旅行に出かける矢先だというのに、心に影がさしたような。
で、そのままガレージに行き、バッグをトランクに積んでエンジンをかけ、
妻が出て来るのを待ってたんですが、それがいつまでたっても来ない。
化粧とかは済んでたし、戸締りを入念にしてるのかと思って見にいったら、
玄関口に妻が倒れてたんです。駆け寄ると、息をしてませんでした。
もちろん救急車を呼び、電話の指示で人工呼吸や心臓マッサージもしました。
でもね、それっきりだったんです。もうね、ずっと虚脱したようになってしまって、
葬式から何からみな子どもたちの世話になりっぱなしでした。
それからです、だんだんに若い日のあの朝のことが思い出されてきて・・・
こんな話なんです。







前の記事の続き

2015.05.29 (Fri)
さて、前に自分が描いた話を採録します。
短いもので、あまり出来がいいとはいえないのですが。
既読の方は飛ばしてください。

菊理媛命
私はある俳句の会に入ってるのですが、そこで体験したことを書きます。
怖くはないかもしれませんが実際にあった話です。

私は中学校の国語の教諭ですが、
部活動は担当していないので土日は時間があります。
それで、人に勧められたこともあって地域の俳句の会に入りました。
まわりは仕事を引退したおじいちゃんがほとんどで、
女性会員は数人しかおらず、ずいぶんかわいがっていただきました。
月2回集まって互選の句会をし、年に2回吟行の会がありました。
吟行といっても、師範役の大学の講師の先生が大型バンを運転してくださり、
日曜日に日帰りできる近場に行くだけです。

その吟行は5月の連休の一日で、朝から晴れていてとても気持ちのいい陽気でした。
その回の出席者は9人だったと思います。私は車の中で水筒のお茶を飲んだりしながら、
朝の集合時に言われた席題を考えていました。席題は『立夏』で、これで一句。
それから、5月の自由題で一句俳句を作って昼食をとり、
今日行く神社の集会所を借りて句会をする予定でした。
神社は自分たちの住む町から車で2時間くらいのところで、
御社名は秘しますが主な御祭神は菊理媛命です。

大きな神社の駐車場で車を降り、社殿までの道すがら、
皆で歩きながらときどき立ち止まって、野草の名前を教えていただいたりしました。
そしてメモを出して俳句を考え始めました。
『立夏』は難しい題ではなく、どうにかなりそうでした。

神社の神域に入って手水をとり、お参りしようとしたとき、
突然空が暗くなり、西のほうにものすごく太い稲光が走りました。
そのとき、近くにいた句会のメンバーのSさんが、
「うお」と大声を上げたかと思うと、鼻と口から黒っぽい血を噴き出し、
目を剥いて硬直したようになって、真後ろに倒れました。
「ドーン」という雷の音がして、その瞬間に、
参道の脇にある小さなお社の観音開きの戸がすべて開きました。
その直後に大粒の雨がものすごい勢いで降ってきました。
師範の先生がこちらを見て駆け寄ってきました。
そして私ともう一人の方と三人で、Sさんを社務所の中に運び込みました。
Sさんの様子をみてすぐに救急車が呼ばれ、
一緒に来ていた奥さんが乗り込んで病院に向かいました。

その後、師範は社務所の神官の方と話していましたが、
雨の中からSさんの手帳を拾って戻ってきました。
その手帳を神官に見せると、神官はあっと驚いた顔に変わりました。
その後は皆で昼食を食べ、句会は取りやめにして帰りました。
神社から離れると雨はあがり、元の初夏の空になりました。
師範は携帯でSさんの奥さんと連絡をとっていましたが、
Sさんはそのままお亡くなりになったそうです。

次の句会で、師範から驚くべき話を無理に聞きかせていただきました。
あの神社にはとても古くから伝わる忌み言葉があり、
それは特別まがまがしい意味ではないのですが、
日常的にはまず使われることのない古語で、
神域の中でその言葉を発したり書いたりすると、
たちどころにその者には神罰がくだるのだそうです。
Sさんが倒れたことと天候の急変で、ふとこの言い伝えに思い当たった神官が、
Sさんの俳句手帳を見ると、そこには作りかけの俳句とともに、
はっきりとその言葉が記されていたのだそうです。

私は師範の話について当時は半信半疑でしたが、
国語を教える者として、言霊というものはあると考えておりましたので、
今ではこのお話を信じかけています。

この話がまとめサイトに転載され、興味深いコメントがついていましたので、
反則気味ではありますが、抜粋して引用させていただきました。

・邪神じゃねーかこんなもん
そんなに言われたり書かれたくないかなら自分から先に宣言しとけよ。
エリア外に垂れ幕でも提げとけよ

・日本では祟る存在を畏れ鎮めるためにお祀りするのは普通に行われてきたんだけどね
「こんなのが神様なの?」ってコメントときどき見るけど、
神っていうと慈愛に満ちてホンワカ~なイメージを抱いているのかな

・自分に都合の良い存在だけ神様認定ってのは、なんか違和感があるなあ。
例えば―聖書に出てくる神様は、
エジプトの兵士達を軍隊規模で焼き殺したり溺死させたりしたし、
長男として産まれた赤子を街単位で皆殺しにしたんだが

・キリスト教的な「神」という言葉に囚われてる人が多いね。
ここ読んでるってことはオカルトに興味ないわけではないだろうに
日本の神ってのは人にあらざる超越的な存在全部含むから、
人にとって都合の悪いことしかしない神もいっぱいいる

・めんどくさいヤツを神様みたいに扱って面倒を避けるんだろ
人間でもウザくて馬鹿なヤツほど神様みたいに崇め奉ってやれば
気をよくして可愛がってくれたりするし
そんなヤツに良い思いさせるのは府に落ちんが
癇癪起こされてもたまらんもんな

・そもそも宗教って自然そのものの力をメインに扱うタイプともう一つが儒教や仏教、
キリスト教のように人間の人生や倫理とかをメインに扱うタイプとがあるからな
後者に対抗するために神道も後からそれっぽいもん付け加えたりしたけど、
基本、元々テーマが全く別物なのを同じ尺度で計ろうとしちゃってるから混乱してる訳で
…まぁ、混乱ついでに神仏習合しちゃったりもしてるが

・神様がたも人間にとって都合のいいところだけじゃない。
だから荒御霊を別の社にわざわざ祀ったりしてるわけでな
人間同様性格の多面性があるのを、分離して存在させているのが神様だと思いねえ
というか、これで邪神というのなら、まずその定義はなんなのだね
やってはいけないことを罰するのも、
間違いは間違いだと教えるのも自由の侵害だとでも言うか?
だったらこの世には邪神しかいないな
そんなカテゴライズ自体がまずナンセンスだってことさ
そもそも自然を祀るのが神道の元々のあり方(だから木に見立てて1柱と数える)なんで、
自然が常に人間の味方をしてくれるのかと考えればすぐわかることなんだがな

・「触らぬ神に祟りなし」という諺があるくらいだから、
日本の神様ならこういうのもありだろう。
とはいえこれはSさんちょっと気の毒だ…


さすが怪談サイトに集う方々だけあって、
オカルト・・・と言ってはいけないですね。
宗教的なことがよくわかってる人が多いと思います。
自分は、踏んでしまうとヤバい地雷のような神もおそらく坐すと考え、
怪談に登場していただいているわけです。

元サイト『怖い話まとめブログ』





神道の神について2

2015.05.29 (Fri)
昨日の続きですが、今回は「現世利益」ということを考えてみたいと思います。
他の宗教の話にも触れますが、長い歴史がある宗教は、
その分さまざまな考え方が派生していますので、
自分が書いていることが、必ずしもその宗教の方から、
全面的な賛同を得られるというわけではないでしょう。
そこはご承知おきください。

基本的に現世利益は世界の伝統宗教ではあまり重視されていません。
特に一神教においてはその傾向が強いようです。
キリスト教では神は全知全能であり、過去から未来にかけてあまねく在るので、
ある特定の人を助けたり利益を与えるといったことは、
意味がないのでまずしません。
(ノアとその家族は、心が清かったため洪水から助けられましたが)
人は正しく生きて死後、神の国に入ることをめざすのです。
ですから祈りの際にも「何事も神の御心のままに」
というような内容が好ましいとされます。
一方、神の怒りはじつに厳しいものがあるのは、旧約聖書を読めばわかりますね。

仏教は、本来は人生の修行法のようなものです。
この世の一切が苦であることを知り、因縁の鎖を断ち切って入悟、
成仏を目指すのが本来の姿であると思われます。
しかし日本に入ってきて少し変質しました。
奈良の大仏は「鎮護国家」のために造られましたし、
僧侶による加持祈祷も行われました。雨ごいや敵の調伏などがそうですし、
病気平癒のための祈祷もありました。これらは現世での利益を願うものであり、
本来の形からは逸脱していると言えそうです。
もちろん死後に極楽往生をたのむという考え方も盛んで、
あの地上で栄華を極めた藤原道長も、死に際しては阿弥陀堂にこもり、
仏像の手から自分の手へ糸を結んで、
極楽へ導かれることを願ったと言われています。

さて、神道ですが、日本の神話を読んでも、
神々は善なることばかりをやっているわけではありません。
どっちかと言えば好き勝手なことをしている印象が強いですね。
姉の機屋に生きたまま馬の皮を剥いで投げ込んだり、
それで怒って、真っ暗になるのがわかってて岩戸に隠れたりします。
このあたりを評して、新井白石は『古史通』で「神は人なり」と述べました。
まあ世界を見ても、多神教の神々というのはだいたいこんな感じです。
北欧神話、ギリシア神話の神は好色だったり、嫉妬深かったり、
人間の命にかかわるたちの悪いイタズラをしたりします。

日本の神道の神は多様で、性格もバラバラですから、
中には人間にとって害になることしかしないやっかいなものもいます。
かといって人間の力では及ばないので、とにかく祀るしかないわけです。
そして、それぞれの神が司る領域が違っていますので、
御利益が様々に分かれます。
家内安全、交通安全、無病息災、縁結び、縁切り、呪詛・・・
また、自分たちの氏族の神は、自分たちだけを豊作にし、
災害から守ってくれます。隣の集落がどうなろうが知ったこっちゃない。
ということで、神道の神は現世利益を願うのに最も適していると言えそうです。
ただし、世の平安などを願うのはともかく、
あまりに利己的な願いばかりしていると変な神が寄ってくるかもしれませんw

この項続く








神道の神について

2015.05.28 (Thu)
自分の書いてる怪談には神社が出てくるものが多数あります。
主だったところをあげてみると、
面(おもて)神社  斑(はだら)神社  硫黄神社  氷継(ひつぎ)神社  
髪神社  廃神社
などですが、これはやっぱり神道の神が多様性を持っていて、
怪談に使いやすい気がするからです。
お寺さんだとなかなかそうもいきません。
仏教には開祖によるきちんとした法(のり)があり、
多くの僧侶らによる学問と修行の歴史があるからです。
それに対し、神社のほうはけっこう何でもありなんですよね。

日本神道の神々は「八百万の神」(やおよろずのかみ)
と言われているように、まず数が多い。
この八百万というのはもちろん実数ではなく、
ひじょうに多いという意味で使われています。
これらの神を分類してみると、さまざまな考え方があるでしょうが、
自分は大きく分けて四つととらえています。

まず、自然神です。天照大神は太陽神ですし、風の神、川の神などの他、
土地ごとの神様がいます。例えば○○渓流の□□滝の神とか、
△△沼の神とか。これらはおそらく最も古いもので、
数も一番多いのではないかと思われます。
日本は「言さやぐ国」と言われました。
あちこちで様々な神の声が聞こえる国ということです。
古代人の自然に対する畏敬や土地への愛着から生まれたものでしょう。

二つ目は氏族の神です。氏神ということですね。
これは日本書紀、古事記が8世紀に成立したおり、
そのときに有力であった豪族らの祖先神が、
優遇されて取り扱われていたりもしますが、
ほとんどの日本人は自分の氏神というものを持っているはずです。
この2つは重なっている場合もあります。
前述の天照大神は太陽神であるとともに、
天皇家の祖先神でもあるという具合です。

三つ目は渡来系の神です。日本文化は外来の事物を取り込んで、
日本人に合うように変質させていく、とはよく言われますが、
神々もまたしかりです。有名なところでは弁財(才)天などがそうでしょう。
俗に弁天様と言われてますが、
もともとはヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティーです。
芸術、学問などの知を司り、水に縁のある神様です。
大黒様(大黒天)は、ヒンドゥー教のシヴァ神の化身であるマハーカーラですが、
大国主命とくっついて習合してしまっています。

最後、四つ目は実在の人物が死後に神として祀られたもので、
有名どころでは菅原道真、徳川家康、明治天皇などです。
これはさらに御霊系と偉人系とに分けることもできます。

また別の観点から見れば、天つ(津)神、
国つ(津)神という分類もできますね。
基本的には、天つ神は高天原にいる、または高天原から天降った神の総称であり、
それに対して国つ神は地に現れた神々の総称とされています。
ただし高天原から追われた神は国つ神とされます。
姉の天照大神と争って追放された素戔男尊(すさのおのみこと)
は国つ神になるのです。

天つ神は天皇家や中央豪族に関わる祖先神、国つ神は地方豪族の神、
というふうに見ることもできるでしょう。
奈良時代に地方の文化風土や地勢等を国ごとに記録編纂し、
天皇に献上させた報告書である風土記には、
日本書紀には登場しない土地ごとの神々の名が出てきますし、
これらを御祭神とする地方の神社も多いのです。

さらに一柱(はしら)の神(神様は基本的に一柱、二柱と数えます)が、
たくさんの名前を持っている場合も多いです。
例えば大国主命には、大穴牟遅神(おおなむぢ)八千矛神(やちほこのかみ)
葦原醜男・葦原色許男神(あしはらしこを) 大物主神(おおものぬし)
大國魂大神(おほくにたま)杵築大神(きづきのおおかみ)などなど、
書ききれないほどたくさんの御名があります。

これは土地土地によって呼び名が違うということの他に、
「一霊四魂」(いちれいしこん)という考え方からきている面もあります。
神には和魂(にぎみたま)荒魂(あらみたま)
奇魂(くしみたま)幸魂(さきみたま)の四つの魂があり、
それら四魂を直霊(なおひ)という一つの霊が統合している
というものです。これは神だけではなく、人にもあると説明されることが多いです。
ただし、考え方としてはそう古いものではありません。
せいぜい中世あたりからでしょうか。

「荒魂」は神の荒々しい側面、荒ぶる魂であり、天変地異を引き起こし、
病を流行らせ、人の心を荒廃させて争いへ駆り立て、
祟りをなす神の働きであるとされます。
それに対し「和魂」は、雨や日光の恵みなど、
神の優しく平和的な側面であり、神の加護は和魂の表れとみなされます。
また、「幸魂」は運によって人々に幸せを与え、収穫をもたらし、
「奇魂」は奇跡によって幸を与えるといわれます。
上記した大国主命の和魂が大物主神で、奈良県の三輪山などで祀られていますね。

どうでしょうか。
実に多様な面が複雑に組み合わされて成立しているのが神道の神々なわけです。
出自も多様だし、一つの神が様々な性格を持ち合わせています。
ですから、話にも使いやすいんですね。

『大社縁結図』 出雲大社に集結する八百万の神







書かない怪談

2015.05.27 (Wed)
今日も諸事情で流し記事になります。
さて、当ブログをご覧になっているみなさまには、
さまざまな怪談を読まれている怪談フアンの方も多いのだろうと思いますが、
自分はあくまでも趣味として当ブログをやっているので、
基本的に自分が書きたいと思うことしか書いていません。
ですから内容には偏りがあると思われます。
基本的に自分の気の進まないことはやりませんので、
この傾向の怪談は書きたくないというものが存在します。
これがけっこうたくさんあるんです。

・恋愛や、三角関係のもつれから生じる怪談

これはほとんどありませんね。
まず恋愛の顛末を書いたりするのが面倒なのです。
カップルが怪異にまき込まれるという形のものはありますが、
恋愛感情が怪異現象を生むエネルギーになっている、
という話はないんじゃないかな。
それと、根本的に恋愛感情というのは生きるための力になるもので、
冷やりとした死とは相性が悪い気がします。
もしこれを書くとしたら、自分が普段書いてる長さではぜんぜん舌足らずで、
中途半端なものになると思われます。せめて短編小説程度の長さにしないと、
形にならないんじゃないかなあ。。

・因縁から生じる怪談

先祖が何か良くないことをして、その祟りで・・・・
代々~をしてしまう家系で・・・
これも自分は書かないですね。世の中の出来事には、
目に見えない形でさまざまな因縁が絡んでいるということは
承知してはいるのですが、どうも書く気になれません。
せいぜい黒民話で取り上げるくらいでしょうか。

ところで、某通り魔殺人事件で、犯人の過去を調べたところ、
実は犯人の祖父が、被害者の一人の祖父によって刺殺されていたことがわかった、
という話があります。もちろん犯人と被害者は面識はなく、
その事実を犯人は知らないということになっています。
これが実話だとしたら怖い話ではありますが、また逆に言えば、
これは実際に起きたことだから怖いのだという気もします。
創作怪談でやれば「何をご都合主義に」
と思われる方もいるのではないでしょうか。

・動物を虐待する怪談

プロの実話怪談作家の先生方の話には、
動物を虐待したやつがその祟りを受けて~
というような話のパターンもあるのですが、
自分は書かないですね。せいぜい虐待するといっても虫くらいまでで、
それ以上の内容は書いていません。
理由は単純で、動物を虐待するシーンを書いてると、
自分で不快になってくるからです。
趣味なので嫌なことをやる意味はありません。

・悪い人物が勧善懲悪的に祟られる話

上記の動物虐待の話と似ていますが、
悪いやつが悲惨な目にあって溜飲が下がる、
というような筋が、怪談として質が高いとは思えないんですよね。
そもそも悪いやつ、下司なやつに感情移入する読者の方もあまりいないでしょう。
だから、そいつが怖い目にあったとして、
読者の方が怖がってくれるか疑問があります。ザマミロと思うんじゃないですか。
自分の話は、ほとんど何の落ち度もない人物が、
地雷を踏んでしまう形で怪異の扉を開いてしまい、
理不尽に不幸におちるという内容が多いです。

・霊能者を賛美するような話

これはまず自分が、霊能者なる人物の存在を懐疑しているということがあります。
そのようなことが現実にあると思われる方は少ないでしょうが、
霊能ある人物が鮮やかに霊障事件を解決して、
まわりに感謝されるというような話はあまり書きたくありません。
また、現実はそんなに甘いものでもないと思いますし。
自分に降りかかってきた不幸は、さまざまな人のアドバイスは必要でしょうが、
最終的には自分で立ち向かう他はないものだと思うんですよね。

・悪魔の出てくる話
これは書きたくない、というより上手く書けないです。
何度かは挑戦してみたんですが、話全体がバタ臭くなるし、
現実感も生まれない。やはり文化が違うんでしょうね。
つねに悪魔が自分の近くにいて、悪の側に墜ちるように誘惑してくる恐怖、
というテーマは外国のホラーには多いんですが、
一般的な日本人にどれほどの実感が持てるか疑問です。

・拷問の恐怖的な話
これもホラー映画などには多いですが、
自分は痛みや身体が損壊する恐怖というのはあまり書きません。
これは書きたくないというより、書いても映像にはかなわないんじゃないか、
という思いが強いからです。

ざっとあげてみましたが、これらは別に、
書かないとルール化しているわけではなく、単に自分の好みという面が大きいです。
プロの作家の方なら、いろいろなものを書くことも必要なのでしょうが、
前述したように自分は趣味でやっていますので、
自然に自分の書きたいことを書いているわけです。
ですから物足りないと思われている読者の方もおられるかもしれません。
もし「こういう話を書いてほしい」というご要望があれば、
コメント欄のほうにお願いします。







トバ山

2015.05.26 (Tue)
俺は去年30歳で、これは数え年なんだけどな。
それで役男(やくおとこ)になったんだ。
これは俺らの町の昔からのしきたりみたいなものだが、厄年とは違う。
あれは42歳だろ。42が「死に」に通じるから縁起が悪いって。
年頭に、その年数えの30になるやつらが公民館に集められて、
ただ酒と料理をしこたまふるまわれる。
そのかわり、その後の1年間の禁酒を言い渡されるんだ。
ちょっと変わってるだろ。役男の役割は1年間禁酒をすることってわけだ。
なぜこんなしきたりがあるのか、だれも教えてはくれなかったよ。
土地でも古老しか詳しいことを知らないようで、俺も一種の迷信だと思ってたんだ。
ここ何十年も、役男が役目を果たすことなんてなかったようだし。

ま、禁酒自体は悪いことじゃねえよな。まわりもこっちが役男なのを知ってるから、
酒の席にはさそわないし、それがちょっと寂しかったりもするけど、
健康にもいいだろ。俺自身はあんまり堪えることはなかった。
もともとそんなに酒をたしなむほうじゃなかったしな。それが、
9月のある夜のことだよ。ちょうど台風がこの地に近づいてきてるとき。
夜中の12時過ぎに、寝入りばなをたたき起こされたんだよ。
独身の俺のアパートの部屋まで町会のやつらがやってきたんだ。
そのまま公民館に連れてかれた。したら、その年の役男のやつらが、
病気とか、仕事でこの地を離れてるやつを除いて、皆集められてたんだ。
総勢8人だったな。わけもわからず畳の部屋に控えてると、
町会長が入ってきて「役を果たしていただきたい」って言った。

説明を聞いて驚いた。これから役男8人でトバ山に登ってくれって話だったんだ。
真夜中にいきなりだぞ。しかも雨こそ降ってなかったが、台風のせいで、
かなり風が強かった。むろん、何のためか聞いたよ。
そしたら「町の小学6年の男子が、今日4人同時に行方不明になった。
 警察も捜索してるが、こうしたときは昔から、役男がトバ山に登って、
 子どもらを探すことになってる」って言われた。
トバ山ってのは、この町の外れにある600mくらいの山で、
杉林の他、なんにもないところだと思ってたんだ。その並びに山はもう2つ、
舟山と姫山という山があって、子どもが行方不明ってんなら、
まだしもそっちに入ってる可能性が高いだろうと思ったが、
有無を言わさず支度させられた。白装束を着せられ、足元は草鞋、手には松明。

それが昔からのトバ山参りの恰好だっていう。で、山に入ってどうするかといえば、
山頂付近にある祠に入って、そこの地面にぬかづいて、
とにかく誠心誠意ひたすら謝れってことだったんだ。あれこれ作法を教えられて、
わけはわからないが、もうやるしかないって雰囲気になっていたな。
で、トバ山には登山路はいくつがあるが、そのうちで最も裏の山地に近いとこを、
役男8人が手に松明を掲げて、列になって登っていったんだ。
道中は無言を言い渡されていた。本当は山の中で見たことも話してはいけないんだが。
いや、9月だから装束一枚で寒いということはなかったな。
ただ風が強くてまいった。松明は遠くを照らすのはできないが、
足元が明るくて心強かった。道はせまかったが、草はそれほど茂っておらず、
歩きやすかったよ。両側は深い深い杉の林。

俺ら8人は黙々と、転ばぬように注視ながら歩いていった。
山はたかだか600mだから、1時間あれば大人ならゆうゆう登れる。
しかし、こんなところに小学生の子どもが来るとは考えられなかったな。
山頂に近くなるにつれて、杉の木が太くなってった。
30分ほどで山の中腹を過ぎると、その杉の木の様相が変わった。
登山路に面した側の幹の表面が平たく削り取られていたんだよ。
そうだなあ、人の頭のところから上に高さ3mほどだ。
どれもかなり昔に削られたみたいで、表面は黒ずんでいたが、
そこに太い筆で字が書かれてた。これは梯子に登って書いたんだろうが、
字は墨と木肌の変色が同化していて読めなかった。ただ木の全体が、
あれに似てると思ったな。ほら、お寺にある卒塔婆だよ。その大きなやつ。

そうだなあ、俺が数えた限りで40本以上はあった。
で、もう20分ほど歩いて、山頂に近づいてきた。
その頃から少しずつ雨が降り始めた。削られた木の表面は、上に登るほど新しくなって、
手近のやつを松明で照らしてみたら、どうにか読むことができた。
すべて漢字で「○○○○童男」 これ見てあっと思ったね。
子どもの戒名じゃないか。それがわかると怖くなってきた。
やがて、黒々とした20mもの大岩があり、その周囲に注連縄が巡らされてた。
横手に回ると、ぽっかりと祠になってたんだ。
幅5m、高さ3mほどで、奥行きは暗くてわからなかった。
中に入った頃には、装束は雨でぐしょぐしょになってたよ。
奥へ5mばかり進むと岩を彫った祭壇があり、その向こうに古い仏像があった。

不動明王というやつじゃないか。高さは人の背より少し低いくらい。
先頭を登ってた役男が、懐から小箱を取り出し、中からロウソクを出して、
何本も祭壇に立てた。祠の中の壁は岩肌がむき出しで、
壁画のようなものが上下左右に描かれていた。龍とか、鳳凰とかに見えたな。
俺らは松明を壁に立てかけ、8人の役男が横一列になってひざまずいた。
むろん下も岩だから痛かったが、こうするように言われてたんだ。
土下座の恰好になり、何度も額を岩にこすりつけて、
とにかくひたすら、声には出さず心の中で唱えたんだ。
「申しわけありませんでした。心からお詫びいたしますので、
 子どもらを返してください」ってな。お経や呪文のようなものはなかった。
時間にして20分以上はやっていたと思う。

いや、祠の中に特に変化はなかったように思うなあ。
ただ・・・正面にある仏像の顔が、少しずつ穏やかになっていくような気がした。
まあこれは、俺がそう思っただけかもしれないけどな。
いつまで謝り続ければいいのかわからなかったが、
やがてリーダー格のが立ち上がり、俺らは松明を拾って祠から出た。
で、また一列になって下り始めたんだよ。
雨は依然として降り続け、そのかわり風が少し弱まってた。
これで、下まで戻れば役男のお役は終わりだが、
これで本当に役目を果たせたのかどうかはよくわからなかった。
巨大な卒塔婆のように見える杉の木の間を下り続けて、
林が開け麓が見えてきたとき、リーダーが松明で林の中を指し示した。

子どもがいたんだよ。行方不明になった男の子らだ。
杉の木にもたれかかるようにして立ってた。
行きにも同じ道を通ったが、子どもらなんて絶対にいなかったのに。
林に走り込んで近くの子に駆け寄ると、目をつむって意識はないようだった。
それでも立ってるのは、足が脛の中ほどまで土に埋まってたからだ。
脇を抱いて持ち上げると、足はすぐに抜けた。
意識が戻らないので負ぶることができず、肩に担いだ。
他の役男があたりを探し回って、もう2人見つけた。
どの子もやはり意識がなく、すっかり体が冷えていた。
行方不明の子は4人と言ってたが、あとの一人はどうしても見つからなかったよ。
それで3人の子を担いで下っていくと、麓にたくさんの明かりが見えた。

町会の人たちが迎えに来ていたんだな。
3人の子どもらは、毛布でくるまれてすぐに車で病院に運ばれた。
3人とも高熱を出していたが、なんとか命は助かったよ。
後で子どもらの話を聞いたところでは、
トバ山とはまったく別方向の溜池付近で遊んでいて、
夕暮れになったので家に戻ろうとしたあたりから、3人とも、
まったく記憶がないとのことだった。もう一人の子は、いまだ見つかっていないよ。
わからないけど、俺ら役男の謝りが足りなかったから、
その子は返してもらえなかったんだろうか。その子の両親は、
もちろん葬式などは出してないが、すっかり諦めているような感じだったよ。
これで話は終わりだが、詳しいことは聞かないでくれ。わからないから。

関連記事 『舟山』  関連記事 『姫山』







トカゲの子

2015.05.25 (Mon)
昨年、ある神社に御参りをしたんです。有名なところではありません。
おそらく、知る人ぞ知るという場所だと思います。
願掛けをしたんです、縁切りの。ええ、縁切り神社と言われるところで、
有名な御社がたくさんあるのは調べました。
京都の安井金比羅宮様などですね。
縁切り絵馬を買って、願掛けされる方が多数おられるようです。
でも、そういう有名なところに行くのはなんとなく気が引けて・・・
そこへ、ある知人から、その御社のことを伺ったのです。
ほとんど人に知られず、参る人も少ないが、とても強い効験を持った
神様のおられる場所だということでした。それで、
まだ1歳になったばかりの息子を連れ、電車を乗り継いでお参りに出かけたんです。

たどり着いた先は、ほんとうに田舎の町で、そこの駅からバスに乗って1時間、
さらに無舗装の登り坂を30分以上歩いたところでした。
夏の始めのことでしたが、息子が暑がってずっとぐずっていたことを思い出します。
やがて棚田の中のこんもりとした林に御社の茅葺屋根が見えてきました。
そのとき、御社の裏手の山地から一筋白い煙が上がっているのが見えました。
ええ、空に向かって細く一直線にです。御社の戸は開いていましたが、
境内に人の姿はなく、神職さんも常駐してはおられないようでした。
また、絵馬などが奉納されてる様子はなく、御御籤すら見ませんでした。
こう言ってはなんですが、知人の言っていたことは確かなのだろうかと、
不安になってきました。まだ歩けない息子を、
手水鉢の陰になったところに置き、普通の形でお参りを済ませました。

何を願ったかというと、それは前に話したように縁切りです。
息子が生まれる前後から、ずっと夫の浮気に悩まされてきたんです。
ただ、そのときに願ったのは夫との縁切りではなく、
夫と相手の女との縁が切れることだったんです。
もう神仏に頼るくらいしか、私にできることはなかったんです。
思えば目が見えなくなっていたんでしょう。
なんだか物足りないような気持でお参りを済ませ、息子を抱きなおして、
バス停までの炎天下の道を歩いていました。
そこでふと、御社のほうを振り返ると、
さっきまで空にたなびいていた煙の色が変わっているように見えました。
あの、ピンク色の真珠ってありますでしょう。

あの色に見えたんです。それは美しく、まるで空への道が続いているように。
ええ、それを目にしまして、
なんだか私の願いを神様が聞いてくれたように思えたんです。
息子はすっかり疲れたようで、眠ってしまっていました。
田んぼにも、道にも人の姿はなく、
みなが家にこもって暑さをさけているようでした。
バス停までの道のりの半分ほど歩いたでしょうか。
道の向こうから、白装束の人がやってきました。背の小さいおばあさんで、
お遍路さんの装束をしていました。ええ、白衣と笹笠姿でしたが、
そのあたりは巡礼の道筋からは外れていたはずです。
私は軽く頭を下げて行き過ぎようとしたしたのですが、

お遍路さんは笠をあげ、私のほうを見て立ち止まったんです。
「いざなさんへ参ってこられたかね」訛りの強い口調でこう話しかけられたんです。
「いざなさん」というのが何のことかよくわかりませんでした。
御参りした神社の名前とは異なっていましたが、
そこは神社までの一本道でしたので、御社のことだろうと思いました。
私も立ちどまり、あいまいにうなずくと、
お遍路さんは、「御社の煙の色が変わったんで来てみた。
 あんた願掛けをしてきたんだろう。この暑い中を御苦労なことだが、
 いざなさんはしわっておるぞ」こう言いました。
「しわって」の意味が分からず、「どういうことですか」と尋ねると、
お遍路さんはやや口調を変え、

「わからねばよい。それより、あんたが手に抱いている子。
 それは本当にあんたの子かね、人間の子かね」そう聞かれて、
思わず「えっ」と息子の夏帽子をのぞき込みました。
眠っていると思っていた息子が、きろっと目を動かしたんですが、
それが黄色に黒の棒のような瞳の、蛇など爬虫類の目だったんです。
顔にはびっしりと鱗がありました。
「えっ?、えっ」腕の力が抜け、取り落としそうになりました。
息子の体が傾くと、ふわっと体が軽くなり、ちろりとトカゲが地面に落ちました。
さきほどは1歳児と同じほどの大きな顔をしていたのに、
手のひらに満たない青いトカゲが、白く日に照らされた地面を走り、
用水路の草の中に消えていきました。

私に残されたのは息子の赤ちゃん服だけでした。
「えっ、どういうこと、息子はどうなったんですか」
私はパニックを起こして叫んでしまいました。
「あんたはよほど強く憎しみをぶつけてきたんだろう。いざなさんのお使いを、
 社から連れてきてしまった。いざなさんは何より血の好きな神さんだで、
 大変な過ちをするところだったぞ」
「それよりも、息子は? 息子はどこにいるんです」
「まだいざなさんにおるだろう」このお遍路さんの言葉を聞いて、
私はくるりと後ろを向いて走り出しました。ええ、炎天下ですので、
汗だくになり眩暈もしましたが、そんなことは言ってられませんでした。
長く長く思える道を必死にに駆け続けて、御社に戻りました。

ええ、息子は最初に置いた手水鉢の陰で、
おむつだけの姿ですやすや眠っていたんです。
それを見て、安堵のあまりその場にへたり込んでしまいました。
御社のお水をいただき、しばらく休んでから今度こそ息子を抱えて戻りました。
途中で振り返ってみると、山からの煙は止まっていました。
帰りの道で、あのお遍路さんに行き会うことはありませんでした。
今となっては、お礼を言うことができなかったのが残念です。
その後、家に戻ってからいろいろとあったんですが、
最終的に夫とは離婚することになりました。これがよかったのかはわかりません。
もしあのまま「いざなさん」を連れ帰っていたらどうなっていたでしょう。
これでよかったのかはわかりませんが、息子は元気に育っています。








新歓

2015.05.24 (Sun)
えっと、某大学の廃墟探検サークルに所属してるもんです。
俺は3年なんですが、この4月に新入生が入りまして。
4人だけで全部男でしたけど。いや、女子はもともと期待してなかったんです。
ほんとに好きなやつだけ集ればいいんです。
あとね、いいですか、俺らは廃墟探索のサークルなんです。
オカルト系、心霊系とは一線を画してるっていうか・・・そのはずだったんです。
幽霊とかそういうもんはね、いないと思ってたんです。
俺らが追及してるのは「Ruin」でした。
えっと、滅亡、没落って意味です。ま、廃墟の美ってことっすね。
えー栗原亨さんって知ってまっすか。有名な廃墟探索家の人です。
樹海で何体も遺体を発見してる。ええ、そうです。

そんな人でもね、オカルトって信じてないんです。
何百もの廃墟を回って歩いても、不可思議なことは一度もなかったって、
インタビューや本で言ってます。だからねえ、俺らも信じてなかったんです。
実際、探索中には一度も変なことはなかったし・・・
だから毎年、新入生歓迎会はそれを叩きこむ目的でやるんですよ。
ええ、オカルトなんてないってことをね。どういうことかというと、
わざと怖い噂のある場所に連れていって、こっちが心霊現象をしかける。
でね、震えあがってるとこで、全部フェイクだぞってバラすんです。
これね、新入生一人ずつにやるんですよ。手を変え品を変えね。
で、そんときはSってやつの番だったんです。今月の始め、連休中に。
場所は、郊外の峠にある電話ボックスってことに決めてました。

え? 廃墟じゃないだろうって? まーそうなんですが、これね、
もう使われてないって設定にしてあるんです。ホントはまだ使われてますけど、
回線は普通で撤去を待ってる状態だって。それなら立派な廃墟でしょ。
ああ、ボックスの照明ね。そこも抜かりはないです。街灯はどうにもならないけど、
ボックス内の蛍光灯はあらかじめ電源を外しときました。
違法なんでしょうが、あんなとこ使うやつなんていませんよ。
そこに「一人で10分間入ってろ」ってのがSの課題だったんです。
俺らの計画はこうです。まず最初にSに、そのボックスに関する噂を吹きこんでおく。
殺人事件の被害者の女が最後に電話をかけた場所だとかなんとか。
ええ、そんな事件はない・・・ないはずなんですよ。
でね、Sを車でその近辺まで送り届けて、一人でボックスに入らせる。

ちゃんと10分いたことが証明できるように、外にビデオカメラをセットさせる。
透明プラスチックごしにSの姿が映るように。それを後に提出させるんです。
もうおわかりでしょ。俺らは近くに隠れてて、ボックスに電話をかけるんです。
ええ、ボックスの電話も決まった番号があるんです。それは事前に入手してました。
ねえ、使用中止になったボックスに電話がかかってくれば、そりゃ怖いでしょ。
ここで逃げ出したら不合格で、正座させて説教するつもりでした。
というかボックスは草むらの中なんで、仲間が一人草の中にいて、
Sが逃げ出そうとしたらドアの下部を押さえて、
出られないようにしようとも打ち合わせてたんです。
もし電話に出たら? それは合格です。肝が据わってるってことですから。
あと、呼び出し音を無視して10分ボックス内にいた場合も合格です。

でも、俺はそれは無理だと思ってましたね。一番怖いじゃないですか。
まあ確かに、俺らがイタズラでかけてると考えるもしれません。
それはそれでいいんです。冷静で先を読めるやつなら、
今後の廃墟の現場でも足手まといになりませんから。
ということで、夜の11時過ぎ、車でその峠まで行きました。
Sと俺ら3年生が4人です。いや、車通りはほとんどなかったです。
ゴールデンウイーク中で、遠出するやつらは高速通りますから。
でね、ボックスの近くでSにビデオを持たせて降ろしたんです。
そのまま俺らは行き過ぎたふりをして、
Sがビデオをセットしてボックスに入ったところを見はからって、
車を適当なとこに停めて歩いて戻ってくるんです。

そこらは草がぼうぼう生えてるんでわからないですよ。
こちいからだけボックスの中が見えるとこまで近づくと、
Sのやつはそれほどビビリ顔でもなく、壁にもたれかかってましたよ。
で、俺らの一人、Mが携帯で電話をかけたんですが・・・
「あれ、かっしいな。話し中だぜ」 「番号、間違えたんじゃね」
「いや、あらかじめ呼び出し音が鳴るのを確かめてから登録してある」
「なんだよそれ、つまんねえな。ビビらねえだろ」
ところがです。ボックスの中のSが、急に驚いたような顔になり、
ドアのほうに寄ったんです。電話のほうを見てました。
「やっぱ、鳴ってるんじゃね」 「でも話し中なんだが・・・」
「まあいい、回線が通じてて通話できないってんなら、それでいいだろ」

最初の計画通りに、Uってやつがしゃがんで草の中を歩いてボックスに近づき、
手だけ出してドアの下を押えました。
でね、見てたらSが受話器を取ったんです。「お!」
数秒耳に当ててましたが、受話器を放り出すようにすると、
ドアから逃げ出そうとしました。ところが開かない。
俺らは大笑いしたんですが、Sがドアを肩で押し始めて・・・
「あれ、いくらなんでも開くだろ。Uは不安定な体勢で一部押さえてるだけだし」
「確かに変だな」そのとき、草むらにいたUがボックスの前に転がり出て、
立ち上がってこっちに走ってきたんです。こう叫んでました。
「白い霧、霧か煙でボックスがいっぱいになってる」
「えーなってねえよ、こっから見てみろ」

突然、ボックスの四方の壁がべこっとへこみました。
ほら、深海のに缶カラを沈めると、水圧でへこむじゃないですか。
あんな感じにです。「わ、何だあれ」 俺らが驚いてる間にも、
ボックス全体がべこんべこん、へこんでは戻りを繰り返し始めました。
Sの姿が見えなくなって、どうやら床に崩れ落ちたんだと思いました。
「わわわ」「ありえねえ!」 「お前ら逃げるなよ! Sを救出する!!」
いちおうリーダーだった俺が叫んで、みなで一斉に電話ボックスに殺到しました。
ボックスの外壁に手をかけたら、ものすごく冷たかったです。
そこは郊外で肌寒いくらいでしたが、そんなもんじゃない。
冷凍庫なみに冷えてて、俺がボックスの折りドアに手をかけると、
ちょっと抵抗がありましたが、開いたんです。

仲間2人が倒れてたSを引きずりだして、
運転してきたやつが車を取りに走って・・・
Sの頬を2~3回ぺしぺし叩いたら目を開けたんでほっとしました。
車に連れ込んで、飲み物でも飲ませたら大事にはならないだろうと思ったんです。
そんとき、ボックスの電話がまだ鳴ってることに気がつきました。
変でしょ。受話器はSが投げ出したときに外れてるんですから。
「もう電話いいから、切れよ」携帯でかけたMに言ったら、
Mは当惑した顔で、「とっくに切ってる」って答えたんです。
俺らは顔を見合わせ、結局リーダーの俺が受話器を取って、
そのまま戻せばよかったんでしょうが、
怖がってないとこを見せようと耳にあててしまったんです。

そしたら・・・ザッ、ザッという雑音が聞こえ、それに混じって、
途切れ途切れに女の声が聞こえてきたんです。まとめるとこんな内容でした。
「あなたたち、私が殺されたこと知ってるんですね。
 この下の川原に埋められてるんです。早く助けてください」
意味が分かった途端、俺は電話を切りました。
そんときは仲間には話しませんでした。だってねえ、Uが見た白い霧、Sの失神、
ぼっこぼこになってひび割れたボックス・・・こんだけありえないことが起きて、
さらに混乱させるようなことをしても・・・後になってSから、
受話器を取ったとき「死んだ死んだここで殺された」と、
女が叫んだって聞いたんです。でね、ここに相談に来たんですよ。
どうしたもんでしょう。警察に行けばいいですか、やっぱ。








空中歩廊

2015.05.23 (Sat)
ペデストリアン・デッキって知ってますか。ええ、日本語だと、
歩行者回廊とか空中歩廊って言うやつですね。
自分は関東某市で、業界誌の会社に勤めてるんです。
駅前です。そこは駅ができたときから都市計画で、
駅周辺の通りずっとにペデストリアン・デッキを回したんです。
ビルの2階、場合によっては3階の高さに歩道橋のような橋をくっつけて、
地上に降りずに、歩いて街を行き来できるようにしたやつです。
道路も何か所かで横断しています。
ほら、よく三層構造の街って聞くじゃないですか。
この空中歩廊と、地上、それに地下街で三層ってことで。
あの上で怖い目にあったんです。その話をしますよ。

自分の会社というのは駅前のビルにあるんですが、
もちろん業界誌ですから、たいした商売をしてるわけじゃありません。
親業界にくっついたノミみたいにね、チュウチュウ血を吸って生きてるんです。
だからガラが悪いというか、「よく書いてほしかったら金よこせ」ってばかりに、
堂々と袖の下を要求する先輩もいるんです。
はい、自分は新人です。もちろん転職ですけど、
その会社にはこの4月に入社したばっかなんですよ。
でも、2ケ月たたないのにかなりブラックなとこだってわかりました。
ああ、すみません。本題に戻ります。そのペデストリアン・デッキなんですが、
貸しビルの2階に入ってる、うちの会社のエレベーターホール横にも、
それに続く入り口があるんです。

強化ガラスの壁に金属のドアがついてるんですが、
いつも鍵がかかってましてね。そのうえ、
使用禁止って書いた札がノブにかかってたんです。
最初は、何か危険なことがあって使われないんだろうくらいに思ってたんですが、
ガラス越しに見るかぎりはどこも壊れてないようでした。
もしね、そこ通れればすごく便利なんですよ。
道を渡って向かいのビルの前をにいき、そこで大きな歩廊に合流して、
駅まで信号待ちなしで行けるんです。ね、どうして使わないのか不思議でしょ。
それで4月うちに、ペア組まさせてもらってた先輩に質問したんです。
会社ビルの入り口前でしたけど、俺の言い出した内容を聞いて、
その先輩は顔をしかめ「その話やめや、 あとで機会があったら教えてやるから」

こう手を振ってさえぎったんです。
「とにかく、うちの会社にいたかったらあそこ近づいたらいかん。 
 あんま見るのもダメだから。ええか」こんな調子でした。
でね、そう言われるとかえって気になるでしょ、どうしても。
会社の外に出たときとか、ちらちら見てたんですけど、
もちろんそこ通る人はだれもいないんです。会社側からはどこへも通じてないんで、
こっち側のドアが常時閉まってるなら人が来ないのは当然ですけど。
でね、こないだ地震があったでしょ。自分らの地方は震度4強で、
かなり揺れたんです。会社の中にいましたけど、大型の書類書類棚が倒れちゃってね。
まあ元々安定が悪い感じがしてたんですけど。
書類が散乱して、積み上げてたいろんな物も落ちてきた。

それの後片付けをやらされたんですが、
そんときに書類棚の上にあった、金属の某テーマパークの菓子箱も落ちて、
中に入ってた金属類が散乱したんです。
壁掛けフックとか、カーテンの金具みたいなやつですが、
それを元に戻してたとき、鍵束を見つけたんです。
どうやらね、このビルの会社のある階のマスターキーみたいでした。
ほら巡回する人が持ち歩くようなやつ。
箱に入れて上にのせ直したんですが、何かのときに使えるなって思ったんです。
で、今月のゴールデンウイーク明けです。一人で残業してたんです。
それが、先輩のミスを自分が押し付けられた形で、
かなりむしゃくしゃしてました。やっと終わったのが11時過ぎですか。

ええ、業界誌ですから、編集部は徹夜の仕事の日もありますけど、
それは月に何日かの話で、あとはほとんどの社員が営業職だから、
ビルのその階には俺しか残ってなかったですよ。
でね、どうせ遅くなったついで、誰もいないんだし、
この間見つけた鍵を使って歩廊に続くドアを開けてみようと思ったんです。
そっと開けて、そのまま閉めれば、誰にもわかんないでしょ。
俺が鍵持ってることは知らないんだから。え? 怖くなかったかって。
まさかですよ。11時過ぎとはいえ駅前ですからね。
下の道路をたくさん車が走ってるし、歩行者の姿も見える。
ちょうどその高さはネオンサインがいっぱいで、まぶしいくらいですよ。
でね、鍵束を出して、ドアの前まで行ってみたんです。

そこを通って帰るつもりはなかったです。1階の警備員に報告しなくちゃならないんで。
ただ開けて出てみるだけ。エレベーター前のホールに出て、
ドアノブの使用禁止札を外しました。マスターキーを差し込んだら・・・
回ったんですが、ドアを押しても開かない。何度か強く前後させたら、少し開きましたが、
ドアと横の壁の間に何かがはさまってたんです。しばらくギコギコやってると、
ばっと急に外に開いて、湿った紙クズがぱらぱら落ちてきました。
かなりの数です。その一つを拾って広げ、何かわかったときにはギョッとしました。
神社の御札だったんです。それと、しまったなあとも思いました。
ええ、元に戻せるかどうか自信がなかったんです。
とにかく拾い集めて、ソファの上にまとめて置きました。
それから外に出てみたんです。日中は暑いくらいでしたが、外はひんやりしてました。

高さがあるからなんでしょうね。真ん中へんまで行って、胸の高さの手すりから、
下を覗き込んでみました。一般の歩道橋より少し高いくらいですか。
見てる間にもたくさん車が通って。で、向こうのビルまで行って戻ろうとふり向いたら、
歩廊の上に女の人が立ってたんです。ぎょっとしました。
その人は髪が長く、冬用と思われるコートを着てましたね。ありえないでしょ。
自分が出た後に会社のビルの出口から来たとしか考えらえないけど、
それもちょっと・・・ でもね、そんときも幽霊とか思わなかったんですよ。
元来信じてなかったんです、そんなの。・・・今は違いますけど。
でね、近づいてってこう聞いたんです。「うちのビルから来たんですか」
でも、その女は自分を見ようともせず、ずっと向こうで道路を横断してる歩廊を指さし、
「あそこから来たんです」って言いました。

「あのあたりのビルですか」よくわからなかったんで、聞き直したら、
「いえ、あのデッキから飛び降りたんです・・・道路に。
 ドアを開けてくれたんでしょ。よかった」こう言ってこっちを見た。
そんときにね、それまで普通に見えてた女の、
いつのまにか頭から肩にかけてぐっしょり黒く濡れて、髪はぐしゃぐしゃ。
それだけじゃなく、頭の片側がぼこっと陥没してたんです。
「わー」自分は飛び下がって叫んでしまいました。女はもうこっちには目もくれず、
スーッと滑るような動きで、自分の会社のビルに入っていったんです。
自分は・・・反対方向に歩廊を走って、かなり離れたところで下に降りました。
それから道路を通って会社の前まで行き、警備のおっさんに事情を話して、
いっしょに2階まで来てもらったんです。

いえ、まったく人影はありませんでしたし、物の配置が変わったり、
なくなったりした様子はなかったです、ただね、その警備員のおっさんは、
俺が歩廊へのドアを開けたことを知って「あんた、もう遅いかもしんないけど、
 その御札を元に戻して、知らないふりしてなくちゃダメだよ。
 それがあんたのためだね。今起きたことは誰にも言わんほうがいい。
 俺もなんもなかったことにしとくから」こう言ったんです。
で、そそくさと戻ろうとするのを引きとめて、
御札を元に戻すのを待ってもらったんです。
歩廊へのドアの鍵をかけ、社内を点検して戸締り消灯して、ビルの外に出ました。
でね、下の道路から会社のビルに続く歩廊をを見上げたとき、
強化ガラスの向こうに、人影が見えた気がしました。

それから・・・うちの業界誌の編集長が自殺しました。
まだ30代に入ったばかりで、やり手って評判の高い人だったんですが。
昨日のことです。ちょうど雑誌の校了をしてたところで、
社内はもうてんやわんや、大混乱ですよ。
あの女の幽霊が指さしてたあたりの歩廊からの飛び降りです。
「ちょっと食料を仕入れてくる」って夜中に出てって・・・もちろん下の玄関からです。
どっかで歩廊に登ったんでしょうねえ。
飛び降りは、ちょうど大型トラックが来たところをねらったのかもしれません。
大きく跳ね飛ばされ、後続車に次々轢かれて、
死体は原形をとどめてなかったそうですよ。
これで終ります。

400t_P1200906~WM






姫山

2015.05.22 (Fri)
関連記事 『舟山』

私の集落にある姫山という山にまつわる話をします。
まず、この名前は地元の通称で、
実際は山地の突端にある標高300mほどの山なんです。
そこは山が3つ並んでいて、向かって左端の一番高いのがトバ山。
すみません、漢字はわかりません。中央が舟山で高さも2番目。
ついこの間、山頂にある神社の改修工事があって、
付属の井戸から奇妙な骨が出たという話を聞きました。
右端にあるのが姫山で、ここは頂上付近が小公園になっていて、
地元の小学生が遠足に行きます。そうですね、登山道はどの山にもあるはずですが、
トバ山に登ったという人の話はあんまり聞いたことがないです。
真っ黒で何もないからじゃないでしょうか。

その姫山なんですが、昔、江戸時代の頃までは男子禁制だったそうです。
これは珍しいですよね。女人禁制という山は各地にいくつもありましたでしょう。
まず富士山がそうだったし、御嶽山、立山・・・
たくさんあります。ところが姫山は男子禁制で、
それが解除されたのが明治の半ばころだったそうですよ。
今でも大人の男性が登ることは少ないです。・・・登るのは難しくはないです。
小学3年生の足でも1時間なんてかかりません。私も5歳で初めて登りました。
そのときの話なんです。そんな小さい頃なのに、不思議と記憶は鮮明です。
はい、祖母に連れられて行ったんです。地元に「ばんば講」というのがあるんです。
年よりのお婆さんだけの親睦会みたいなもので、家族に迷惑をかけずに、
ぽっくり亡くなることを願掛けしているのだということを、後で聞きました。

ええ、そのお婆さんたちが連れだって姫山に登るんです。
行き先は山頂の公園広場じゃなく、そこを通り過ぎて山地側に少し降りるんです。
そうすると、そこにもわずかな平地があって、御堂が建ってるんです。
ばんば講の人たちはその御堂にお参りします。もちろん私は入ったことはないですよ。
ばんば講に加入できるのは60歳以上なんです。
あ、それと、その御堂のある一帯は今でも男子禁制です。
私が祖母に連れて行ってとせがんだんです。
両親は共働きで、私はお祖母ちゃん子でしたし、
その頃はまだ妹も生まれてなかったですし。そしたら祖母は少し考えてから、
「講といっしょに行くことはできないけど、
 わたしと2人で行くぶんには構わないよ」こう答えてくれたんです。

それで、土曜日の午後に出かけました。父母は特に何も言わなかったです。
私は着物は浴衣しか着たことがなかったんですが、
そのときは祖母が用意してきた、子供用の白い一重の着物を着せられました。
祖母も同じ白い着物で、これは講の人たちがみな持っているものです。
登山道は何本かあるんですが、そのときは一番登りやすい、
丸木を埋めて階段のようにしたところを通って行きました。
夏でしたね。ちょうど今頃の時期です。まだセミは鳴いておらず、
緑が鮮やかだったのを覚えてます。
私の足元がおぼつかなかったんでしょう。祖母はゆっくり登り、
少しの難所でも手を引いてくれました。
公園広場まで1時間以上かかったと思いますが、あまり疲れた記憶はありません。

そこから今度は下りになったんですが、
10分もいかないうちに御堂の屋根が見えてきました。
神社に似たつくりで、御堂の四方を小川がとりまいていました。
幅は30cmほどでしたから、堰と言ったほうがいいかもしれませんね。
深さも数十cmほどだったと思います。近くに寄ってみると、
その堰はどこともつながってなかったんです。
つまり御堂の四囲にある小さなお堀みたいになっているんですが、
それなのに、かなりの速さでさらさらと流れていたんです。左回りでした。
これって不思議ですよね。中にポンプなどがあるのなら別ですが、
そんな様子はなかったです。祖母は、
「わたしは中でお参りしてるから、この前で少し待ってなさい。

 さびしいことはないから。ただね、このお堀を越えてはいけないよ。
 越えることはできないけど、痛い思いをするからね」
そう言い残して、自分だけ堰をまたぎ越し、御堂の裏手に回って行ってしまいました。
「あ、待って」と追いかけようとしたんですが、
その頃の私には堰はけっこうな幅に感じられたんです。
それでも、着物の裾を持って跳ぼうとした途端、
お腹のあたりに鋭い痛みを感じたんです。それで後ろにひっくり返ってしまいました。
御堂の裏手で、引き戸が開け閉めされる音がしました。
私が泣き出そうとしたとき、祖母が回って行ったほうから、
私と同じくらいの年の女の子が出てきたんです。その子はすごく華やかな着物に、
きれいな帯を締めていて、しかも手にいっぱい玩具を持ってました。

玩具と言いましたが、手にしてたのは手毬やお手玉などの昔の遊びものです。
その子は「○○ちゃん、いっしょに遊ぼう」と私の名前を呼びながら、
軽々と堰を跳び越えて近くにきたんです。
私はその子が差し出した、極彩色の手毬に見とれて泣きやみました。
お腹が痛かったのも一瞬だけのことでしたし。
その子はまったく見たことない顔だったんですが、
話をしてみると私のことをとてもよく知っていました。
草の上に座って30分ほども遊んだでしょうか。
「そろそろ行くね。また痛い思いをするから追いかけてきちゃダメ」
そう言ってその子が立ち上がり、また堰を跳び越えて御堂の後ろに回り込んだんです。
私はさっきのことを思い出し、堰の外を回ってそっちに駆けて行きましたが、

また戸が開く音がして、私がその面に出ると、
祖母が後ろ手に戸を閉めて出てくるところでした。
「今の子は?」と祖母に聞いたとき、名前を聞かなかったことに気がつきました。
祖母は堰を越え、それには答えず、ただ私の頭をなでただけでした。
そして、来た道をたどって家に戻ったんです。
それから、いくら私がそのときの子のことを祖母に聞いても、
はぐらかすようにして答えてくれませんでした。
祖母はその2年後に亡くなりました。まだ60才台だったんですが、
畑に出ているときに倒れてそれっきり・・・意識が戻りませんでした。
まさにばんば講で願っていたとおりになったわけですが、私には早すぎる死でした。

次に姫山に行ったのは小学校3年の遠足のときです。
私は5歳のときのことを覚えてましたので、自由時間に皆から離れて、
山の後ろに回っていきました。御堂の屋根が見えてきて、
そのまわりでたくさんの女の子たちが遊んでいました。
みな色とりどりの着物を着た5歳くらいの・・・
私がもっと下に降りようとしたとき、
女の子の中の一人が私に気がついてこちらを指さし、
その子たちは蜘蛛の子を散らすようにして御堂の中に入ってしまったんです。
一瞬でシーンとしてしまい、私はとても申しわけないような気持になって、
それ以上は降りずに、遠足の仲間たちのほうへ戻ったんです。
点呼のときに姿が見えなかったということで、先生方に怒られてしまいました。

遠足の帰りです。クラスごとに一列に並んで坂を下っていると、
横道から白い着物のお婆さんたちが出てきました。ばんば講の人たちでした。
お婆さんたちは私たちが通り過ぎるのをやり過ごそうとして、
そこで立ち止まってにこにこしながら私たちに手を振っていました。
これで話はほとんど終わりですね。
私は地元をずっと離れず、ここで結婚して子どもが2人できました。
2人とも女の子です。姫山へは、小学校の遠足以来、
いつか行こうとは思いながらも、機会がなく果たせませんでしたが、
今年母が60歳になったんです。
それで、今もあるばんば講に入りたいと言ってるんです。

でも、昔と違って今の60歳なんてかくしゃくとしてるし、
寿命だってこれから20年以上もあるじゃないですか。
ばんば講の人って、たしかに長患いしないで亡くなる方が多いけど、
なぜかあんまり長生きしないんですよ。
だから、どう返事したものかどうか決めかねているんですが、
もしかしたら、母と一緒にまた姫山に登る機会があるかもしれません。

関連記事 『トバ山』








○○自然の家

2015.05.21 (Thu)
じゃあ話をしますけど、ここ、本当に信用していいんですよね。
話した内容は絶対外部に出ませんよね。
というはね、ありていに申し上げると、わたしは実はあそこの職員なんです。
といっても嘱託ですけど。
だからね、ここで話したことが広がるとマズいんです。
あの、わたしがね、ここに来たのは何も謝礼が欲しいからってわけじゃないんです。
そこはわかってください。何であんな変なことが起きるのか知りたいんです。
で、もし原因があるのなら、それを取り除きたいと思ってるんです。
あそこは市の施設で、市立の小中学校は、
半強制的に利用させられてるわけじゃないですか。
何か大きな事故とかが起きてからじゃ遅いんですよ。

フィールドアスレチック

これから話すのは、全部わたし自身が目撃したものです。
最初は、あそこで働き始めて1ケ月目のことです。
ある小学校の5年生が一泊で来てて、
子どもらは東の広場のフィールドアスレチックで遊んでたんですよ。
木とタイヤとロープでできた遊具が10以上あるところで、
遊んでも面白いし、障害物競走にも利用できる。
しかも体力もつきますしね。
わたしは、事故がないように近くで見張ってました。
小さい子どもさんは、ロープがからまってしまうことがときおりあるんです。
でね、見ていたら一人の男の子が、「ヘビ」と呼ばれてる遊具に入ってったんです。
タイヤ15本くらいを並べて、ロープで中空に吊ってあるんです。

そのぐらぐら揺れる中をくぐっていくやつです。
でも、アスレチック遊具の中では、そんなに難易度は高くないんです。
見ていたら、その子は足場にのって上半身をタイヤにくぐらせ、
その格好で止まってしまったんです。揺れるのが怖くて動けないんだと思いました。
で、30秒以上その姿勢のままだったんで、助けに行こうかとしたとき、
もう一方のはしからひょっと男子の子が顔を出したんです。
「え!」と思いました。だってね、中にいるのはその子だけなんですから。
タイヤの列は4mほどの長さがあるんですよ。
顔を出した男の子もね、わたしと同じように「あれ?」という顔をして、
そのまま頭から下に落っこちていったんですが、
胴体がびょーんと長く伸びたように見えたんです。

で、男の子の頭が地面に着くあたりで、入り口のほうに見えていた
その子の足と腰が、すっとタイヤの中に飲み込まれた・・・
わたしは話が下手なんで、状況を想像できますかね。
男の子が落ちるとき、長く伸びていた胴体がしゅっと縮んだように見えたんです。
そうですね、蛇笛ってありますでしょう。
ピーと鳴らすと伸びるやつ。あれが縮んでいくときのような感じでした。
地面に横たわっている男の子の体は普通に戻ってたんです。
その子は医務室に運んでしばらくしたら目をさましました。
脳震盪が疑われるので、両親を呼んで病院に連れていってもらいましたが、
その子は、アスレチックのタイヤに入ったとたん、大蛇に飲み込まれたような
気がしたって言ってました。蛇みたく伸びてたのはその子のほうなんですけどねえ。

電撃柵

宿舎のほうと、野外炊飯場は電撃柵に囲まれてるんです。
これは熊用のもので、まだ大きな事故は起きていませんが、
その施設から続く山には熊は普通にいるんです。
私らが山に入って作業するときには、熊よけの鈴をつけますし、
宿舎の建物のすぐ近くで、熊が木につけた縄張りのしるしを見たこともあるんです。
それで、宿舎と炊飯場は食べ物をあつかうでしょう。
ですからね、臭いにつられてこないよう柵で囲ったわけです。
電撃は三千ボルトで、これで熊が死ぬということはありません。
やつらも学習しますしね。だんだん自分から近づかないようになりますから、
今ではね、バチッとなるのは年に数回のもんです。
で、その夜はわたしが宿直だったんです。

郊外にあるので、警備保障が来るまで時間がかかる。
それで宿直制度が残ってるんですが、翌日は休みです。
その日はどこの学校も来てなくて、飲酒等はもちろんできませんが、
気楽なもんでした。でね、夜10時の見回りのときでした。
懐中電灯をつけて宿舎の外を歩いていると、バチバチ音がしたんです。
そっちに回っていくと緑色の光が明滅してるのが見えたんで、
何か動物が柵にひかっかって動けなくなり、
電撃を浴び続けてるんだろうと思ったんです。
建物の東側でしたね。光ってる柵の正面にいくと、
外側で何が起きてるのかはっきり見えました。熊・・・でしたけど、
立ち上がって両腕で何かを抱えてたんです。

で、それを電撃柵に押しつけている。熊自身も感電してるんだろうけど、
その抱えてるものを通してだから、たいしたことはないんです。
最初、抱えているものは狸だと思いました。それくらいの大きさでしたから。
ところが、バチッと光るたびに、柵に押しつけられたそいつの顔が見えて・・・
体つきは猿に見えましたが、顔に木の面を被っていたんですよ。
つるつるした材質の無表情なお面です。面の目の穴から、
本来の猿の目がのぞいてて、それは白目になってました。
もう電撃で気絶してたんでしょう。熊のほうはわたしが来たのに気がついたようで、
その生き物を抱えたまま後じさりするようにし、生き物を口に咥え直して、
四つんばいに戻って駆け去っていきました。ねえ、変な話でしょう。
あの生き物が猿だとして、誰が何のために面をかぶせたんでしょうか?

玄関の絵

これが今回最後の話です。宿舎の正面昇降口には、ずっと靴棚が並んでいて、
その上に大きな絵が飾られてあるんです。
わたしは美術はあまり詳しくないんで、何号とかはわかりませんが、
2m×2mもあるようなものです。油絵でして、寄贈品なんです。
これを描いたのが、この○○の家の初代の所長さんです。
元は中学校の美術の先生で、校長で退職してからここの所長になったんです。
山が好きな人で、施設まわりをよく歩き回っていたそうですよ。
で、この絵の題材が、山の中にあるダム湖なんですが、
実際にスケッチしたものを元に油絵に仕上げたんです。
施設の東の方面、数km離れたところにあるダム湖ですね。
その下には、数十件の世帯でしたが、小集落が沈んでいるんです。

いえ、すべてダム造成のときに立ち退いていただいて、
たいそうなお金をもらっ街中に移ってったはずです。
その工事のときに死者が出たって話もありませんでした。
だからね、この絵が祟る理由なんて一つもないんです。
なのにねえ、これも年に数回のことなんですが、
朝になると絵の前のコンクリの床が濡れていることがあるんです。
そこは昇降口だし、生徒が来ているときには泥足で踏むところですから、
濡れても別にかまわないんですが、施設に宿泊者がないときでも
それが起きるんです。ねえ、考えられないですよね。
まさか絵の中のダム湖の水がこぼれてくるわけはなし。
ある晩、これも宿直のときでした。

照明をつけては消ししながら、宿舎内を回っていたんです。
でね、ここの昇降口は最後のほうになるんです。
異常なし、と思って照明を消そうとしたとき、ボコッボコッという、
泡が弾けるような音が聞こえたんです。壁の絵のほうからでした。
そっちに懐中電灯を向けると、絵の中央の表面が盛り上がってました。
あのほら、2つ目の話で出てきたお面ですよ。
あれが絵の中から浮き上がるようにして出てきていたんです。
同じものだと思いましたね。ただ、目の穴の中は空洞で黒々としていました。
そのときは動けなかったです。呆然と見ていると、面はあるとこまで出てきて止まり、
横長の口の穴から大量の水を吐いて、そして引っ込んでいったんです。
絵の表面は元のダム湖の油絵のままで、何の痕もなかったですよ。








しりとり

2015.05.20 (Wed)
去年の秋、ちょうど紅葉の頃の話です。
私と友達のS衣とで、ダブルデートをしたんです。
相手は、その前の週末のコンパで知り合った某神道系大学の男子2人です。
UさんとMさん、ということにしておきます。
何でもUさんとMさんは従弟同士で、どちらも実家が神社なのだということでした。
そのせいか、どちらも平安時代の人のような顔立ちをしていて、
背が高く、すらりと痩せていました。
最初のうちは間違えそうになるくらい、似たような雰囲気をもっていたんです。
グループデートなんて中学生のとき以来でしたし、
ちょっとどうなるのかワクワクする感じはありましたよ。
でも、2人とも家業の神職を継ぐことは決まっているみたいで、

私はさすがに神職に嫁ぐつもりはなかったので、
本格的なおつき合いにはならないだろうとも思っていました。
デートのコースは、車で2時間ばかり離れたところにある渓流でした。
Uさんたちが、いいところだから是非にと提案してきたんです。
コンパのときの話では、なんでも遊歩道から外れて少し歩いた先の滝の脇に、
とてもパワーのある御神木があるんだそうです。
ショッピングモール前でS衣と合流して待っていると、
約束の9時少し前に、MさんがBMWを運転してやってきました。
いえ、私は車のことはあんまりわからないんですが、
S衣がすごい高級車だよと言ってたんです。
女子2人が後部席に乗って出発しました。

車の中ではあまり話は弾みませんでしたが、
2人とも真面目な人であることはわかりました。
神社の人にこう言うのも変なんでしょうが、修行僧みたい、
という言葉が浮かびました。S衣が神道系のその大学に興味があるみたいで、
授業の内容など、いろいろ質問をしてましたよ。
着いたのは休屋のあるだだっぴろい駐車場でしたが、
まだ土曜のお昼前なのに、半分以上埋まっていました。
紅葉は峠を通る途中から見えていましたが、とってもきれいでしたよ。
車を降りると、かはり肌寒かったですけど、
Uさんたちのアドバイスにしたがって、厚着してきてたんです。
休屋で昼食を食べ、渓流に沿った遊歩道へ出ました。

ええ、景色はとてもきれいで、観光客が列になってましたよ。
せまい板を渡した上を、私とUさん、
S衣とMさんがペアになって通っていきました。
Uさんとは紅葉している木の話なんかをしました。
とっても詳しかったんで驚いたんですが、
御神木の管理も将来の仕事の一つだからって言ってました。
20分ほど歩き、渓流が支流にわかれ、横道があるところで遊歩道を外れました。
こちらに入ってくる観光客はなかったので、4人だけになりました。
あと30分もかからず、御神木のある滝に出るということでした。
ずっと晴天が続いてたので、足元は乾いて歩きやすかったんですが、
私はもうすっかり汗をかいていました。

そっから20分ほど歩いたところで、UさんがMさんに、
「何か変だと思わないか。パワーが消えている感じがする」と言い、
Mさんはちょっと戸惑ったような顔をしましたが、
「そうかもしれない。というかパワーは増しているような気がする。
 けど、悪いパワーだよな」 「どうする。やめるか」
「このままにはしておけないだろう」こんな会話になったんです。
その後、Mさんが私とS衣に向かって、
「危険なことはないと思うけど、もし何かあったら必ず僕らの言うことを聞いて」
と真顔で言いました。でも、私もS衣も、何かがあるとは思えなかったです。
高い空から木漏れ日が降り注ぎ、渓流が足元でサラサラ音をたてていましたから。
だから、Uさんたちが事前に打ち合わせておいた演出なんじゃないかと思ったんです。

ええ、それならそれで調子を合わせて楽しもうくらいの気でした。
そこから10分ほどで滝が見えてきました。そうですね、
3mくらいの高さで、そのあたりには滝はたくさんあるので、
特に観光スポットになるような感じじゃなかったです。
滝に近づくと、Uさんが「やっぱり! あれ」と横手の斜面に顔を向けました。
そこには他の木とともに、ひときわ太い大木がありましたが、
かなり高いところで、白いものがついた縄が切れて両側の枝にかかっていました。
「やっぱり注連縄が切られている」Mさんが言いました。
「それもそうだけど、ほら」今度はUさんが根もとのほうを指さすと、
そこは木の皮を幅5cmほどにはがして、白々と字が書かれてあったんです。
「禍」というふうに読めました。

「登って確めてくるからちょっと待ってて」Uさんが言って、斜面を登り始めました。
Mさんは私たちを少し下がらせて、木との間に立ちました。
そのとき私の足にしぶきがかかり、下を見ると、
流れの水の量が、ちょっとの間にかなり増えているような気がしました。
Uさんがやっとのことで木の根元にたどり着き、こっちに向かって手を振りました。
そのときS衣が、「あっ、あれ」と大きな声をあげました。
S衣が指さす滝の上に、白い大きなものがありました。
始めは何かわからなかったです。Mさんが「水から離れて」と叫んで、
私たちを山側に押しました。ドッドーンという音が響き、
盛大な水しぶきがあがりました。それで、滝から落ちてきたのが、
巨大な水の固まりだとわかったんです。全身かなり濡れてしまいました。

ほぼ同時に「うわーっ」という声が上がり、
斜面に登っていたUさんが転げ落ちてきました。「大丈夫ですか?」
私が駆け寄ると、Uさんは「ダメだ、手の打ちようがない。逃げよう」と、
うめくような声をあげました。滝のほうを見ると、今の水のせいか、
岩が大きくはがれ落ち、そこに空洞がのぞいていました。
かなりの深さで、奥のほうに白い骨、人体標本のようにつながった骨格が見えました。
でもそれは、普通の人間よりずっと大きかったんです。
Mさんが「あれ見ちゃダメだ」と私たちの背中をつかんで後ろを向かせました。
痩せてるのにすごい力でした。
Uさんが「どうやらケガはしていない。ただ僕らの力じゃどうにもならない」
「とにかくここは逃げて、神宮庁に知らせよう」とMさん。

滝に背を向け、私たちの前にUさん、後ろにMさんという形で、
そろそろと遊歩道に向かいました。いつの間にか天候が変わっていて、
あれほどの好天が、どんよりと濁った空の色になり、
それを映して渓流も黒ずんでいました。Uさんが、
「ぜったい走っちゃいけないよ。ゆっくり、何もなかったようにゆっくり進むから。
 後ろ見ないで」と言い、私たちはそろそろと進んでいきましたが、
このときどうしてか、後ろを振り返って、
もう一度あの骨を見たいという気が強くしたんです。
「あの骨が気になる。あれ何? ダメ、後ろ見ちゃいそう!」
私は声に出してしまいました。そしたらUさんが、
「見ちゃダメだっ! そうだ・・・しりとりをしよう」って言ったんです。

私もS衣もア然でしたが、
Mさんは「ナイスアイデア! できるだけ大きい声でやろう。
 ンを言わないでね。ほんとにヤバイから。
 じゃいくよ、ゴ・リ・ラ」Uさんが「ラッパ」と言って私をつつきました。
「パセリ」・・・こうやって、遊歩道まで戻ったんです。
ずっと後方に圧迫感があったんですが、遊歩道の観光客の列が見えてきた頃には、
それはほとんど感じないほど薄まっていました・・・
あとは後日談ですね。御神木は、滝の後ろにあった何かを封印していたもので、
それを何者かが意図的に穢したため、あの巨人の骨が出現したということでした。
それは、Uさん、Mさんがそれぞれ実家の神社を通じてしかるべきところに報告し、
高位の神官たちの手で再封印されたそうです。

ええ、しりとりはですね。魔除けの一種なんだそうです。
魔はつながっているものに弱いというか、
しりとりを続けていると、いつまでも終わりがないので、
魔が隙を見つけることができないんだそうです。
ですから、もし「ン」が出て終わってしまったら、危険なことにまったかもしれない
という話で、それを聞いて、あのときの恐怖が改めてよみがえってきました。
これで終わりですが・・・え? Uさんたちとはその後どうなったかって?
それはですね・・・私はUさんとはご縁がなかったです。
あんな怖い思いをするなんて、神職の家はぜったい私には無理です。
でも、S衣はMさんとおつき合いを続けているんです。
この間もBMWに乗って2人で出かけてましたよ。







聞いた話4

2015.05.19 (Tue)
テレビ番組製作会社社員Aさんの話

Aさんは大学卒業時に就職ができなくて、長いバイト経験がありますが、
その頃の話だそうです。
そのときは30歳前くらいだったそうですが、
靴の大型チェーン店に勤めていました。
スーパーに匹敵するようなだだっぴろい店内でしたが、
店長とバイト3人で日々切り盛りしていたそうです。
まあ、スーパーと違って調理や、ひんぱんな仕入れがないのでできるんでしょうね。
勤めて2週間ほどたった頃、Aさんが8時半に出社すると、
40代の店長がもう一人で売り場に出て、
何やら忙しく動き回っていたそうです。
「店長、どうしたんですか?」

「おお、早いな。ちょっと手伝ってくれ」 「どうするんですか」
「フロアの棚の靴、あちこち入れ替わってるから、
 見て直していってくれよ。そんなに遠くまで移動してるものはないはずだ」
「え?」 ということで、見て回ったら、
確かに革靴のコーナーからサンダル、運動靴まで、すべてのフロアの棚の商品が、
ぽつんぽつんと左右違うものになってました。
で、入れ替えられた片方はそのコーナーか、
離れていたとしても棚の裏側あたりにあったんです。
Aさんはそれらを直しながら、店長に、
「何でこんなことになったんです。誰かのイタズラですか」
「夜中に起きるんだよ。毎月、必ず23日にな」

「えーそんな。警備保障入ってますよね。監視カメラは?」
「赤外線センサーはあるが、警備の監視カメラはない。店のはあるけど、
 夜中はつけてない。」 「つけてもらえばいいんじゃないですか」
「それが拒否されてるんだよ。それだけじゃなく、
 23日の夜の見回りも前に頼んだが、これもやんわりとだが断られた」
「じゃあ警備保障の会社を代えればいいんじゃないですか」
「そうもいかん。チェーンの店舗一括して、同じとこに頼んでるんだし、
 それにたぶん、そうしたからって問題が解決するとは思えん」
「というと」 「お祓いが必要だと思うねえ」
「・・・幽霊がやってるってことですか」
「まあな。子どもの霊なんだよ」

「どうしてそう思うんです」 「何か気がついたことなかったか?」
「えー あ!」 「な、棚の商品のうち入れ替えられてるのは下から3段目までだろ」
「確かに」 「これやってるやつが子どもで、高いとこに手が届かないんだ。
 実はな、前に23日の晩、泊まり込んだことがあるんだよ。
 事務所の長椅子持ち出してきて、フロアで一晩中監視してたんだ」
「で、何が起きましたか? 子どもの霊、見たんですか?」
Aさんがここまで聞いたとき、店長は首を振って、
「俺は正社員だからな。嫌なことも仕事としてやるけど、
 お前はバイトだし、知らないほうがいいだろう。月に1回だけだし、
 実害はほとんどないんだ。早く出てきて元に戻せば済むんだから」
こんな話だったそうです。ちなみにその店は今もあります。

自分の共同事務所近くのバーのマスターKさんの話。

これはお店のほうではなく、プライベートに聞いた話です。
Kさんの店は、朝方近くまでやってることが多いんですが、
Kさんは家で小型犬を飼っているので、
朝に自宅に戻った後、すぐには寝ないで6時前に犬の散歩にいくのが、
日課だということでした。
「それで、その日もいつもどおりのコースで散歩に出たんだ。
 夏場だったからもう明るかったが、住宅地なんで人通りは少ない。
 でな、その日は前夜にかなりアルコールが入ってしまって、
 それを抜こうと思って、いつものコースより長く散歩したんだ」
「へえ、犬が喜んだでしょう」
「そうでもない。俺んとこの犬は小さいし、いつもの縄張りの外に出るから。

 そのせいかしらんがあんまりはしゃいではいなかったよ。
 でな、ずっと土手を歩いていくと、
 ちょっとした運動公園があって、そのラグビー場のわきに小さい神社がある。」
「はい、場所はわかります。確か山王神社ですよね」
「ああ、そういうことに詳しいんだよね」 「いちおうは」
「そしたら、犬がその神社に鳥居をくぐって入りたがるんだよ」
「ええ、それで」 「やっぱマズいじゃない。神社だし、狛犬がいるとは言っても、
 参道でウンコとかされたら」 「それは、そうですね」
「でね、どうせたいした力もない犬だし、リードを引っぱったんだよ。
 そしたらどういう具合かリードが外れてね。
 金具が弱くなってたみたいだ。

 犬が鳥居から中に駆け込んでって、俺が名前を呼びながら後を追いかけた。
 聞きわけのいい犬だから戻ってくると思ったんだ。
 それがな、俺が鳥居をくぐった瞬間、がくっと腰が砕けたんだ」
「犬のですか?」 「いや、俺のだよ」
「はあ、それで」 「うつぶせ・・・までもいかない、
 地面に両手をついた状態で体が起こせないんだ。
 無理に起こそうとすると、腰に叫び声をあげるくらいの激痛が走った。
 そんときはマジで、通りかかる人がいたら救急車呼んでもらおうと思ったほどだ」
「ぎっくり腰とかでしょうか」
「いや、とにかく油汗が出る感じで、気が遠くなりそうだった」
「で、どうなりました」

「鳥居の中で犬がすごい興奮して駆け回ってるのが見えたんだよ」
「とにかく名前を呼んだんだ。いつもならすぐ寄ってくるんだが、
 そのときはこっちも見ないで、玉砂利の上で走っては跳び上がることを繰り返してた。
 したらね、何度目かに跳び上がったときに、
 空中から何かを咥えたように見えたんだよ。いや、目には見えないんだけど、
 犬がそういう動作をしたってことだ。
 で、何か咥えた状態で地面をごろごろ転げまわった。
 あれ、たぶん強く噛んでるんだよな。ライオンとかもやるだろ」
「動物はあんまり詳しくないんです」 「そうか、でな、ひとぢきり転がったあげく、
 横の茂みのほうへいって、咥えてたものをぽいと放り捨てるような仕草をした。
 そしたらだよ。腰の痛みが急に消えて、起き上がることができるようになったんだ」

「ははー」 「犬は呼ぶと、今度はすぐにやってきて、リードをつなげて、
 その後はまっすぐ家に戻ったんだよ。腰はなんともなかったね。
 まあ、これだけのことで、もしかしたら俺の体の筋とかが、
 そのときだけおかしくなっただけかもしれないけど」
こんな話を聞かせていただきました。
自分は、思いあたることがないでもなかったんですが、そのときは言わなかったです。

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アメリカの迷信

2015.05.18 (Mon)
今日も時間がなく流し記事です。
自分は仕事でアメリカ人と付き合いがあって、そのうちの一人に、
今年の2月前に「節分」について説明することになり、ちょっと戸惑いました。
まず「鬼」をどう訳せばいいか・・・

まあ「tag」ではないとは思いましたが。これは「鬼ごっこ」の鬼、
プロレスのタッグマッチのタッグですね。
「ogre」オーガーだと西洋のファンタジーみたいだし、
「demon」デーモンだと近いんでしょうが、これもちょっと神話的な感じがするし、
「devil」だと完全に悪魔ということになってしまいます。
「evil spirits」(悪い精霊)というのが一番ましかなと思って、
それで説明しましたが、よかったかどうか。
ちなみにその後検索したら、節分のことを「Bean-Throwing Festival」
(豆投げ祭)と書いてある英文記事を見つけました。

説明の途中で、そのアメリカ人は「わかった」という顔をし、
「superstition!」(迷信)と一言。まあ、年中行事を迷信ととらえるのが、
いいのか悪いのかよくわかりませんでしたが、ニュアンスは通じたかなと。
ところで、アメリカにも迷信がありますね。
これはキリスト教以前からヨーロッパにある土着的なもので、
アメリカ人の文化の底流になっているものと、
アメリカ先住民由来のものとがあるようです。
その根底に「幸運」(good luck)を得る、失うという考え方があるんですね。
キリスト教だとすべてのことは全能の神の御心のままに動いているはずですが、
そこから外れて、運不運の領域に漂っている物事もあるということなんでしょうか。

スティーヴィー・ワンダーの「迷信」(superstition)という曲の歌詞の一部に、
「ladders bout’ to fall
 Thirteen month old baby
 broke the lookin’ glass
 Seven years of bad luck
 the good things in your past」

と出てきますが、訳すとすれば
「倒れかかるはしご、13ヶ月の赤ちゃん、鏡を割ると不運が7年続き、
 よいことは過去のものとなる」こんな感じですか。

ここで出てくる、「はしごの下をくぐる」「鏡を割る」というのが迷信で、
どっちも7年とか5年、幸運を失うと言われます。
まあ、はしごの下をくぐるというのは単純に危険で、
ギャグではペンキの入った缶が落ちてきたりしますね。
鏡を割るというのは、長年見ているうちに、
鏡に魂の一部が移っているということかもしれません。

「13ヶ月の赤ちゃん」というのはよくわからないんですが、
13は不吉な数字で、ちなみに「13日の金曜日」(Friday the 13th)は、
キリストが磔にされた日というのは俗信のようです。
13を不吉な数とするものと、金曜日を不吉とするものが独立して生じ、
それらが合体したものであるという説が有力だとWikiにありました。
13は、最後の晩餐の出席者が13人というところからかもしれません。

あと、塩をこぼしてしまった(spilling salt)とき、
一つまみ肩越しに投げるとよい、というのもありますね。
これは悪魔がそのあたりにいるからなどとも言われますが、
古代エジプトあたりからある迷信のようです。
このように、不運なことをしてしまった場合、
どうするかというと、それを回復するおまじないをします。

よく知られているのは「knock on wood」(木を叩く)ということです。
『ブルースブラザース2000』というのは好きな映画ですが、
あれに出演していたエディ・フロイドの代表作に、
「knock on wood」という曲がありますが、その冒頭部分、
「I don't want to lose you this good thing
  that I got 'cause if I do
 I will surely,surely lose a lot」


「私はあなたを、私が得たよいことを失いたくない、
 なぜなら私はたくさんのことを確かに失ってきたから」
となっていて、そこで、「I'd better knock, on wood」
となるわけです。つまり何か幸運を失うことをしてしまった場合、
あるいは長く幸運が続くことを願う場合、手の甲を上に向け、
コンコンとこぶしの指先で、木でできたドアやテーブルを叩きます。
(下の動画で叩いています)

あとは「くしゃみ」(sneeze)をすると魂が飛び出て早く死ぬ?ので、
まわりにいた人が「God bless you!」(神のご加護がありますように)と言う。
「ひとさし指、中指を十字に交差させる」
(cross one's fingers, one's fingers crossed for luck)
これは幸運を願うときに使うことが多いようですが、
交差させた指を人に見せて、「あなたもいっしょ願って」
みたいなニュアンスもあります。

あとは、かわいいところでは、てんとう虫(ladybug)
が自分にとまったらいいことがある。そっと逃がして、
飛び立つときに願い事をするとか。
てんとう虫の有名な英語の子どもの歌があるそうですが、よくわかりません。
ウサギの足(rabbit's foot)とか、dreamcatcherとかまだまだありますが、
いつか書く機会もあるでしょう。まあこのへんで。

『Knock on wood』Eddie Floyd
















P君

2015.05.17 (Sun)
*オカルト的にではないんですが、ちょっとヤバい話です。

先月初めの土日をかけての話です。反原発の市民団体が主催した、
「ゆっくり抗議マラソン」というのに、彼といっしょに参加したんです。
いえ、私自身はそんな夢中になって運動に参加しているわけじゃないんですが、
彼のほうはけっこう熱心です。
まあ人間が管理することですから、どれほど安全対策を積み重ねても、
事故がなくなるということはないと思うんです。
そしていったん事故が起きてしまえば、地球環境に与える被害は甚大ですよね。
ですから、できるものならなくしたほうがいい、そう思ってはいます。
すみません、話がそれてしまいました。そのマラソンは30kmの距離でした。
これも原発から30km圏内という避難区域とかが関係してるんだと思いますが、
ゆっくり歩いても6時間から8時間でゴールできるということでした。

夕方6時に、この地方の電力本社前で抗議行動を行い、
その後、隣の市にある大きな神社までがコースとなってました。
参加者は150人くらいだったと思います。
様々な人が参加してました。フル装備のマラソンスタイルの人もいれば、
ハチマキをしめて大きなプラカードを持った人、
地元テレビの取材があるということでしたが、被り物をつけた人などもいたんです。
・・・抗議行動は20分ほどと短いものでした。
私たちの地域は、原発事故が起きた福島とはずっと離れているため、
反対運動に関心を持つ人は少ないんです。
むしろ、関連施設に就職しているとか、補助金の関係で、
運動に批判的な人のほうが多いかもしれないくらいなんです。

スタートは特に整列するわけでもなく、ピストルが撃たれるわけでもなく、
主催者の方が拡声器で合図して、参加者が三々五々、
歩道を同じ方向に歩き始めました。走って飛び出していった方もいましたよ。
私は彼とそろいのジョギングウエアを着て、
手をつないで、やや早歩きくらいのペースでした。
そうですね、人の列の中間よりやや前のほうといったところでしょうか。
走るつもりはありませんでした。なんといっても30kmですから。
足を痛めて、月曜からの仕事に差しさわりが出るんじゃないかと、
それはちょっと不安でしたね。
15分ほどで列は縦長にばらけて、特に交通規制をしているわけでもないので、
行儀よく歩道を進んでいきました。

1時間ほど歩いて、郊外の国道に出ました。
あと少しで、給水をかねた最初の休憩所があるはずでしたが、
まだ疲れは感じてませんでした。彼とは映画の話をしていたと思います。
その私たちの横を、なにか小さい大きな緑色のものが追い越していきました。
ああ、「小さい大きな」という言い方は変ですよね。
背が小さいんです。157cmの私より頭一つ小さかったので。
そのかわり、幅が普通の人の倍以上ありました。
でもすぐ、後姿を見て着ぐるみだとわかりました。
2頭身に近い体形で、体の色は白。
大きな頭には緑色のヘルメットを被ってました。
「P君だね」彼が言いましたが、私には何なのかわかりませんでした。

「あれは、20年くらい前に原発関連団体が広報製作用に製作した、
 ビデオに登場するキャラだよ。飲んでも安全だと言って、
 子どもにプルトニウム入りに水をごくごく飲ませたりする内容だったな」
「あ、そう言えば聞いたことがある。原発事故のときにネットで見たのかな。
 でも、プルトニウム入りの水を飲んで安全なわけがないじゃない」
「まあそうだけど、当時はそのくらいの勢いで安全神話を広めてたってことだね。
 でも、日本に原発を押し付けたアメリカからの抗議をくらって、
 すぐにお蔵入りになったはずだよ」
「当然よね。でも、どうしてそんなののコスプレして参加してるのかな」
「原発推進側への皮肉だろうけどね。・・・それより変だと思わないか」
「何が?」 「あの背の高さだよ。子どもってことはないよな。

 着ぐるみはけっこう重いし、子どもが夜中をかけて、
 30kmなんて歩くのは無理だから。小さな大人の人が入ってるんだろうね」
「そうなんでしょうね」P君の後姿に注目したんですが、
背中のあたり、白い厚い布でできてるんですが、
そこが広範囲に、ぼーっと緑色に点滅してたんです。
「なんだか気味の悪い色ね」
「中にLEDを入れてるんだと思うけど、あれじゃ目立たないよな。
 背も小さいし、どうせならヘルメットを光らせればいいのに」
P君はひょこひょこした動きながらも、なかなか速く、
一人、また一人と追い越して曲がり角に入っていきました。
4時間ほど歩いたところで、私たち、というより私がかなりまいってしまって、

2つ目の休憩所で休むことになりました。
国道沿いのドライブインの駐車場に設営したテントです。
寝転がったりできるよう下にはマットが敷かれてました。
そこで熱いコーヒーをいただき、
足にスプレーをかけて彼がマッサージしてくれました。
私たちがいるイスの横に、品のある老婦人とつれの人たちが来られて、
「ごくろうさま」と声をかけてきました。
見たことがある方でした。県会議員で、反原発の団体を主宰している方です。
私たちが恐縮してあいさつを返したとき、
テントの奥のほうがぼーっと緑色に光りました。
その中から、私たちより先にいっていたP君が現れたんです。

P君は女性議員の背後に回ると、全身が燃え立つように緑色に光ったんです。
そのとき、女性議員が手に取っていたコーヒーの白い紙コップが、
中のほうから、P君に同調するように緑色に光ったような気がしました。
P君は私と彼が見ているのに気がついたのか、
おどけたような仕草をし、着ぐるみとは思えないスピードで、
駐車場の奥の闇に駆け込んでいったんです。
そのときにはもう、体は光ってはいませんでした。
女性議員はコーヒーを飲み終わり、私たちに、
「ゴールまであと2時間かからないから、がんばって」
そう言って席を立っていかれました。
それをきっかけに、私たちも休憩所を後にして歩き始めたんです。

・・・ゴールに設定されている有名な神社の大鳥居が見えてきました。
私は体の疲れよりも、足の痛みのほうが大きかったので、
鳥居が目に入るとほっとした気持ちになりました。
ゴールに入っていく人はまばらでしたが、
全体では2時間休んだにもかかわらず、
私たちは早いほうだったと思います。
彼が、「あっあれ」と神社の杜の情報を指差しました。
すると空の高くに、ジグザグの軌道で白く光って飛んでいる物体がありました。
小さなものでしたが、絶対、星や衛星があんな動きをするがずがありません。
「UFO?」私がそう答えたとき、御神木の杜の中に、
飛行物体の動きに呼応するように動く、緑色のものが見えました。

P君の発光と同じ色でしたが、人間が、
まして着ぐるみを着てあんな動きができるはずはありません。
「あれはP君じゃないだろう。あの色のサーチライトか何かを、
 あちこち動かして照らしてるんじゃないかな」彼がそう言いました。
私たちは鳥居の中に入り、参加証明証とバッチをいただきました。
主催者の人に見たもののことを話そうかと思いましたが、
そのときには、木の中の緑の光も、UFOも見えなくなっていました。
これでお話は終わりです、なんですが・・・ あの神社の杜の、
御神木がたくさん枯れたんです。原因は不明です。
それと、さきほど話に出てこられた女性議員の方なんですが、
昨日の新聞で訃報を知ったんです。急性の白血病ということでした。










舟山

2015.05.16 (Sat)
今晩は。「船頭多くして船、山に登る」ってことわざがありますでしょう。
そうです、指図する人ばかりが増えると、
物事が見当違いの方向に進んでしまうという意味ですよね。
最近はこういう言葉もあんまり聞かなくなりましたが、実はわたし、
子どもの頃に、舟が山に登って行くのを見たことがあるんですよ。
船頭は一人もいませんでしたがね。
あまりに昔の話でして、ずっと忘れていたんですが、
最近あることがあって思い出しまして、ここのことをお聞きして話にきたんです。
あれはわたしが、中学のときの話です。
当時わたしが住んでいた集落の奥は山地に続いてまして、
その手前に三つほど名前のついた山があったんです。

いいえ、そんな高い山じゃあありません。
一番高いのが標高600mほどであったと思います。これがトバ山。
漢字はどう書くかわかりません。地図などに載っている名ではないのです。
そのあたりの通称でしてね。真ん中が舟山、低いのが姫山です。
それぞれ登山道が何本かありましたが、
わたしが子どもの頃はすでに植林の杉林になっており、
山菜もキノコも採れませんので、姫山以外は滅多に登る人はいませんでした。
姫山はね、頂上付近が芝生を植えて整備されてて、
集落の小学3年生が遠足で出かけます。
そんな子どもの足でも登れる程度のところなんですよ。
ええはい、中学3年のときのことです。

わたしは陸上部に所属してましたが、当時、家庭の日というのがありまして、
その日曜は活動が休みになるんです。
それで暇をもてあましましてね、同じ陸上部で幅跳びをやっていた、
白根というやつと、午後から姫山に登ったんです。
麓までは自転車で行き、そっから2時間あれば頂上まで行って降りてこられます。
これは小学校のときの経験でわかってました。
目的は特になかったですねえ。ちょっとした冒険心だったでしょうか。
1時間ほどで登れました。朝方に少し雨が降ったので、足元が滑りやすく、
何度か転びましたが、怪我はありませんでした。
上の公園には誰も来ておりませんで、がらんと芝生が広がってて、
もの寂しい感じがしました。

それですぐに降り始めたんですが、
中腹で林が切れて視界の開けるところがあるんです。隣の舟山の登山路が見えました。
何気なくそちらを見ていると、白根が「あっ、あれ何だろ」と言いました。
その指さすほうを見ると、葉陰になっていてはっきりしませんでしたが、
何か大きなものが登山路を登っていくようでした。
「何だ、人じゃないよな」 「大蛇かな」 「まさかねえよ」二人で注視していると、
その大きなものは見えるところに出てきまして、
それが驚いたことに舟だったんです。ええ、一人か二人しか載れない和舟だったんですが、
舳先を上方に向けて、ずるっずるっと間欠的に動いて登っていくんです。
前後には押している人も曳いている人も見えませんでした。
それで、舟の中に白いものが見えました。

人が仰向けに寝ていたんです。白い着物を着た女の人に見えました。
顔立ちまでははっきりしないんですが、長い髪が顔の両脇に広がってましたから。
「人が乗ってる・・・」見ていたのは数分で、また林に入ってしまい、
その後は見えることはなかったんです。
そうですね、驚きが去ると、怖くなってきました。
白根もそうだったと思います。ですから、見たもののことはあまり話さず、
転がるようにして山を降りたんです。
自転車にまたがったところで、ちょうどまた雨が降ってきまして、
それで白根と別れて家に戻ったんです。
もちろん、見たことは家族に話しましたよ。
両親には取りあってももらえませんでしたが、祖母だけは、

「舟山様だから舟が登っていったんかねえ。お前の話ぶりだと、
 それはよいもんじゃないかもしれん。人に言ったり、
 まして登って確めに行ったりはせんほうがええと思うぞ」こう言ったんです。
翌日、学校で白根と会ってその話をしましたら、
白根のほうは家で祖父にきつく叱られたということでした。
「舟山様は蛇の神さんで、頂上には神社もある。滅多に足を入れてはいかんところだ。
 子どもは引かれてしまうぞ」とね。
その後は総体があって陸上部を引退し、受験勉強をしかたなく始めて、
白根とはクラスが違うのであまり話さなくなりました。
で、中学の卒業式が終わった後です。部の親の会主催の卒業を祝う会というのがあって、
そこで白根と一緒になりまして、実に奇妙な話を聞かされたんです。

「祖父には怒られたけれども、あの舟と中の女の人のことが気になってしかたがなくて、
 受験が終わった翌日に一人で舟山に登ったんだ。お前をさそわなかったのは、
 これがばれれば、うちのじいさんから連絡がいって、
 お前も怒られることになると思ったからだ。やっぱり舟山は高くて上まで2時間かかった。
 頂上部はせまくて、ぼろぼろの神社一つが建っていっぱいだった。
 でな、神社の床下、そこに和舟があったんだよ。俺らが見たやつだと思うが、
 ほこりまみれで、使われた様子はなかった。それから、神社の裏手に井戸があって、
 木の蓋がしてあった。もちろん開けてみたよ。そしたら・・・
 こっからの話は信じなくてもかまわねえよ。最初は、ただ暗いだけで、
 水面は見えなかった。水はあってもずっと下だと思った。
 ところが、晴れていた空が陰ったとたんに、中が明るくなったんだ。

 最初、何が見えたかわからなかったが、砂浜だったんだよ。何と言えばいいか、
 ずっと高いところに登って、桶の底を抜いたのから下を見下ろしてる感じ。
 右手のほうにはちらっと海が見えた。で、その砂の上を人が通るんだよ。
 漁師とか、村の子どもとか。着てるのはボロみたいな着物で、
 ずっと昔の時代の人たちだと思った。そうだよ、頭の上から見下ろしている形だ。
 井戸の中から目が離せなくなって、30分近く見ていたと思う。
 そしたら、フンドシ一丁の漁師の集団が、砂の上を舟を曳いてきた。
 それが、お前と見たあの女の人だったんだ。間違いはないと思う。
 その人は仰向けだから顔もあんときよりはよく見えて、
 目をつぶって動かなかったのが、ちょうど井戸の中心に来たあたりで、
 まぶたを開けて俺を見たんだ。なぜだかそんとき、女の人だけ大きく見えた。

 目が合ったんだよ。俺が井戸の縁にいるのを知ってるみたいだった。
 で、右手を上にあげて俺のほうを手招きしたんだ。嘘じゃないよ。
 手に海藻がからみついてるのも見えたんだから。
 そうしたら、俺はたまらなく井戸に飛び込みたくなった。
 縁にかけていた両手ががくがく震えるほどにな。だけど飛び込まなかったから、
 こうやって帰ってこれた。手で井戸を突き放して後ろに倒れたんだよ。
 大急ぎで蓋をして、そのまま走って下まで降りたんだ。
 あちこち傷だらけになった、ほら」そう言って、
手や脛の引っかき傷を見せたんです。それでもね、わたしは半信半疑でしたよ。
あの山に登っていく舟を見てなかったら、最初から嘘だと決めつけたかもしれません。
・・・白根は地元の高校を出て東京で就職して、今でも健在のはずです。

わたしは名古屋にいますので、ほとんど会うこともなくて、
この話は成人式で顔を合わせたとき、ちらっと話題に出たくらいです。
ずいぶんな年月がたちまして、ずっとわたしも忘れていたんですが・・・
この4月に、故郷でその舟山山頂の神社の改修工事があったそうなんです。
というか頂上の面積を広げて隣に電波塔を立てる計画で。そのとき、
白根の言っていた井戸、あれも浚ったということでした。そしたら中は泥水でしたが、
いろんなものが出てきたそうですよ。まずワカメと思われる海藻の残骸が大量に。
これは昔の神事で使用されたものだろうということでした。
そこの集落は海からずっと離れてるんですけどね。それと長大な蛇らしき骨格。
・・・後の調査で4m級の大ウツボと判明しました。あと十代前半らしい男の子の骨が2体。
古いもので事件・事故だとしてもとうに時効のものだということでしたが。

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位牌車

2015.05.15 (Fri)
先月、妻の実家の墓参りに行ったときの話だよ。
俺の実家のほうは、毎年お盆に行くことにしてて、
妻のほうは、妻の母親の命日に行くことが多いんだよ。それが4月。
ずっと工事がストップしてた自動車専用道がやっと開通してね。
妻の実家の墓所までは、今までは国道を通って2時間以上かかってたのが、
その道を使えば1時間ちょっとで済むはずだった。
だからね、ドライブがてらってのもあった。
平日だよ。会社のほうは年休をもらったんだ。
道は空いてたよ。ガラガラって感じ。
まあ今まで、採算が取れないだろうって理由で、工事が中断してたわけだから。
いや、これまでにおかしなことはなかったよ。

今までの国道とは逆方向から行くんだよ。
できたばかりの新しい道だから、まだナビにのってなくてね。
インターを降りてからちょっと道に迷ってしまった。
俺が案内標識を見落としただけなんだけど。
だんだん道がせまくなって、山の中に入ってって、
さすがにこれは違うだろうって気がついて、引き返そうとしたとき、
助手席の妻が、「あ、ちょっとアレ、変じゃない?」って声を上げた。
視線のほうを見ると、山へと入っていく無舗装の小道に、
黒い車が入りかけて停まってるのが見えた。
「何が変なんだよ?」 「今の車、横から見たとき、ドアにガムテープ貼ってた。
 それに窓ガラスを段ボールで塞いでたよ」

「えー、普通じゃないな」 「時間あるし、戻って様子見たほうがいいんじゃない」
ということで、Uターンできるとこを見つけて戻ってみた。
したら妻の言うように、おかしいんだよ。
後ろのほうは黒いスモークで、フロントガラスと運転席、助手席は、
内側から段ボールで塞いで中が見えないようにして、
それにドアのところは外からガムテープを張りつけてあった。
「煉炭か排ガス自殺?」声には出さなかったが、俺も妻も同じことを考えたと思う。
俺は「携帯出して警察に連絡できるようにしとけ」そう言って、
車を路脇に停め、一人で降りて歩いて近づいてった。
車は、ベンツのやや古い型のやつで、かなりの大型セダン。
右後ろにぶつけてへこんだ跡があった。

窓は全部閉まってたし聞こえないとは思ったが、いちおう、
「誰かいますか」そう声をかけてから、運転席の窓をこぶしで叩いてみた。
反応はなし。段ボールはぴったり窓の形に切ったらしく、すき間はない。
で、後ろの窓の濃いスモークガラスに顔をくっつけるようにして、
中をのぞいてみたんだ。後部座席に人はいないようだった。
前席のドアノブに手をかけると、鍵がかかってないようだったんで、
思い切って開けた。したら革シートにほこりがつもってて、誰も乗ってなかった。
「何かの事情で放置されてるんだろう。警察に連絡することはないな」
そう思って閉めようとしたとき、シートのすき間から、
後部座席の真ん中に、かなり大きめの位牌がぽつんと立ってるのが目に入った。
「うわ」って思った。禍々しい感じがして、すぐドアを閉めた。

車に戻って妻に、「誰も乗ってなかった。事件とかじゃないだろう」
わざわざ気味悪がらせることはないと思って、位牌のことは言わなかったんだ。
やがて引き返して道を見つけた。妻の実家の墓所までは10分ほどだった。
山の中腹に墓が数十ほど固まってある田舎の墓地でね。
これも、盆でも彼岸でもないから誰もいなくて、
墓の周りを掃除してからお供えをあげてお参りした。
そんときにね、どうやってもロウソクに火をつけて立てられなかったんだよ。
風はほとんどないのに、ロウソク立てにさすと消えてしまう。
そのままチャッカマンで火をつけようとしても、絶対につかなかったんだ。
ロウソクの芯が湿ってたとは思えないんだよな。新しく買ったのだったし。
何回試してもダメで、線香には火がついたんでそのままお参りをした。

その帰り道、出発したのが3時過ぎだったから、
4時半前には家に戻れるはずだった。夕食にはまだ早いんで、
向こうについたら買い物をして帰ろうってことになった。
で、新しい道を折り返したんだよ。
料金所を入って10分ほど走ると、空が急に暗くなって雨が降ってきた。
そんな大降りではなかったけど、とにかく暗いんで、
ライトをつけて運転した。道路には対向車がぽつんぽつんと来るくらいで、
俺の進行方向には他の車は見えなかった。スピードはけっこう出してたよ。
30分ほど走ったとき、妻が、
後部座席に置いてあったバッグをとろうとして大声をあげた。
「えーっ、なにこれ?」 「ん、どうした」

「・・・位牌、位牌が置いてある」 「んなバカな」
ルームミラーからは見えなかったんで、少しスピードを落として見たら、
確かに妻のいうとおり、後部座席の真ん中に、
もたれかけるようにして位牌がある。
さっきベンツの中で見たのと同じものであるような気がした。
背中がぞっとしたよ。「何でこんなものがあるのよ」
「墓地の駐車場で、俺らが車停めてたときに誰かが入れたとかか」
「ロックしたでしょ。それに私たち以外誰もいなかったはずよ」
こんなことを言い合ってたら、後ろから車が迫ってきたのがミラーに映った。
「えっ!?」とにかく信じられないスピードだったんだよ。
俺のアテンザは100km以上出してたのに、あっという間に間隔が詰まってきた。

逃げ場がないんでスピードを上げたが、ぴったり後ろにつかれた。
さっき山の中で見たベンツだった。
しかもだよ。ありえないことに、窓が段ボールでふさがれたままなんだ。
だから中に人がいたとしても、
まったく前が見えないまま運転してるってことになる。
俺は半分パニックを起こして、アクセルをベタ踏みした。
スピードは150kmを超えて、たぶんリミッターに近かったと思う。
それなのに後ろのベンツはますます迫ってきて・・・
追突された、と思ったが何の衝撃もない。
ただ・・・何かが俺らの車に重なって、そのまま通り過ぎていった感じがした。
何と言えばわかってもらえるかな。

生臭い風がさーっと通り過ぎていったような感じか。
違うけど、それくらいしか例えようがないな。
とにかく衝撃はなくても、背中がぞくぞくっとした。
後で聞いたら、妻も同じように感じたってことだった。
とにかく後ろについていたベンツは消え、もちろん前にもいない。
異常なスピードが出てたんで、あわててアクセルから足を離した。
20分ほど俺も妻も無言のままで、PAに入った。
後部座席の位牌はなくなっていたが、
シートの背もたれに位牌の形に跡がついてた。
うっすらと焦げたような感じで、どうにもならない。その後は何もないが、
妻とは相談して、シートを張り替えるかそのまま全部交換するにしたよ。







虫の知らせ系

2015.05.14 (Thu)
自分は創作怪談をこのブログでメインに書いているのですが、
それとは別に、身近な人、あるいはたまたま乗ったタクシーの運転手さんなどから、
実際にその人の身に起きた不可思議な出来事を聞き書きして、
収集しています。そういう中で、
最も多い傾向にあるのが、「虫の知らせ」系の話です。
つまり、身近な人や知り合いが亡くなる前に夢に出てきたり、
あるいは実際に仏壇の茶碗が倒れたりした後、
病院から親戚の訃報が届いたなどという話ですね。
これは例えば「神社の裏の繁みで宙に浮かぶ生首を見た」w など、
「~を見た」系の話とは比較にならないほど多いのです。

では、こういうこと・・・死期の迫った人、またはその死の瞬間に、
魂が抜け出して自分の死を親戚や知人に知らせて回る、
などのことができるものなのでしょうか。
まあ、できるのかもしれません。実際に多くの証言があるうえに、
絶対できないということは証明できませんから。
ただ、これについて面白い確率の試算があるのでご紹介します。
これを問題提起したのは、心理学者の菊池聡氏(信州大学)で、
たしか『超常現象をなぜ信じるのか』という著書ではなかったかと思います。
氏はまず、このような仮定を立てました。

① ある人の夢に出てくる可能性のある人は約 100人
② その人を今後50年に1 度だけ夢に見る
③ 50年後には半数の人は亡くなっている

あくまでこれは仮定ですので、細かい部分は気にしないでください。
それで計算ですが、

A ある特定の夜に知り合いの中の特定の1人の夢を見る確率は、②から、
 1/365 × 50 = 1/18250
 これは、単に1年の日数に50年をかけた答えの逆数です。

B その特定の夜にその人が亡くなる確率は、③より
 (1/365 × 50)× 1/2 = 1/36500 
 50年で半数が亡くなるわけですから、Aにさらに1/2をかけます。

C ある特定の人の夢を見て、その夜にその人が亡くなる確率は、
  A × B =(1/18250)×(1/36500)= 1/666125000

D その日に知り合いの誰かが亡くなりその夢を見る確率は、
 知り合いは100人なので、
  1/666125000 × 100 = 1/6661250

となります。どうでしょう、この数字だけを見るとかなり低い確率に見えますよね。
ところが日本人全体だとどうなりますか。
日本人全体のうちでこの計算の仮定にあてはまる人(子供は知り合いが少ないし、
老人は知り合いが死ぬ確率が高いので除外)を8千万人とすると、
ある1日にDのようなことが起きる人は、
1/6661250 × 80000000 ≒ 12  
12人いることになります。
さらに1年間でこのことが起きる人は、365日をかけて、
12 × 365 =4380人 となります。

どうでしょうか。ある夜、知り合いの夢を見て、
すぐにその人が死んだことを知った経験のある日本人は、
1年の間に4000人以上にのぼるわけです。
この計算は、仮定の部分をいじくれば、
他の内容の予知夢にもあてはめて考えることができますが、
例えば飛行機事故などであれば、
そもそも飛行機の大事故が起きる確率自体が低いので、
予知夢を見てあたったという人はずっと少なくなりますね。
また、知人のうちの誰かが病気で入院しているなどの情報を得ていた場合、
その人のことを気にかけて夢に見ることは多くなるでしょうから、
この試算はあてはまりません。

では、夢ではなく、実際に時計が止まったり、
飾っている先祖の写真がずれたりして、
その後に知り合いが亡くなったことを知ったなどという場合はどうでしょう。
これは、常ならぬことというのは、
日常では実はさまざまに起きているのだと思われます。
たとえば、玄関で呼び声がしたが出て行ってみると誰もいなかった。
これはもしかしたら、
近所の人の声がたまたま聞こえてきただけかもしれません。
ですから、その後に何もなければ忘れ去られてしまいます。

ところがその後、知人の訃報を知らせる電話などがあったりすれば、
その玄関の呼び声と、知人の死が、
「玄関で誰かの呼んだ声が聞こえて、そのすぐ後に○○さんが亡くなった」
と結びついて語られてしまうことがあります。
さらには「○○さんの声が玄関で聞こえて、その後すぐ死の知らせが届いた」
のように変化してしまうことも考えられなくはありませんね。

最近、「デジタル時計のゾロ目が出てるのを見ることが多い」
こういう話が出てきています。
これは体内時計などのさまざまな要因が考えられますが、
一つには上記したようなことがあるのではないでしょうか。
例えば無意識に時計のある方向を見て、文字盤が視界に入る。
そのとき時計が4:28とかだったら、まったく意識に残らないが、
3:33であれば「あっ!」と記憶に残ってしまう。

これがすべてということはないでしょうが、
ゾロ目を見るということを意識する人ほど、この現象は起きやすくなります。
特別なことだと思っているから意識にとどまるんですね。
実際には3:33と3:34は特別な違いはないのに、
人間はどうしても、何か意味があると考えてしまいがちなのです。
もしゾロ目を見るということが、何かの啓示だとしたら、
もっとわかりやすいというか、
意味のある形で知らせてくれてもいいように思いますね。

『ハラノムシ』







消毒

2015.05.13 (Wed)
中学校の時分の話ですね。2年生のときだったと思います。
俺らの学校は街中にあったんですが、
まわりをぐるっとポプラの木で囲まれてたんです。
そのせいか何年かおきに5月頃に毛虫が大発生するってことがあって、
それが俺が2年生のときに起きたんですよ。
マイマイガっていう蛾の幼虫でした。こいつは親が小さいんで、
毛虫も小さいんですが、やっかいなのは、
毛虫が糸を出して風に乗って飛んで歩くんです。
だからいつのまにか肩についたりしてることがあって、
女子なんか見つけると大騒ぎしてましたね。
でも、別に俺はそんな気にならなかったんですけど・・・

先生方も慣れてるらしく業者は頼まず、校務員さんが背中に噴霧器を背負って、
あちこち消毒して回ってました。
だから、学校の外はどこも消毒薬臭かったんです。
それに1階は窓の外のサッシの下のほうにも吹き付けてたみたいで、
窓を開けると教室の中まで消毒臭くなってしまって・・・
でも、暑くなってきた時期だし開けないわけにもいかず、
ずっと消毒薬の臭いをかいでるって状態でした。
今だったら健康に悪いって保護者から苦情が出たかもしれません。
でね、金曜日の7時過ぎでしたね。俺は卓球部だったんですけど、
部活が終わって、グランドの横の道を仲間と一緒にチャリで帰ってたんです。
せまい道で先生方にはしょっちゅう、横に並んで通るなって注意されてました。

でも、そんなの気にしないで3列くらいに並んでしゃべりながら走ってたんです。
そしたら前の通りから急に車が曲がって入ってきて、
一番グランド側にいた俺が、幅寄せしてきた仲間に押されるようにして、
側溝に落ちちゃったんです。自転車はグランドのフェンスに当たって落ちなかったけど、
俺がそっち側に倒れました。側溝の中に水はなくて、
前の年の色の変わったポプラの落葉がつまってるだけでしたが、
左足が落ちたとき、強烈に消毒薬の臭いがしたんです。
撒いたのが溜まってるんだと思いました。
ケガは左の膝を少し打ったのと、肘をすりむいたくらいでしたが、
チャリのかごに入れてたカバンが側溝に落ちちゃったんです。
チャリを立ててから拾おうとしたんですが、そのとき、

側溝のふたしてあるほうを見たら、中に何か白いものがいたんです。
側溝の中だからそんな大きいものではなかったと思いますけど、
それが後ずさりするように俺のほうから離れて奥に入ってったんです。
「あ、なんかいる」って言いましたが、仲間は俺が転んだ照れ隠ししてると思ったのか、
「ネズミとかじゃねえか」って、興味ない様子でした。
それで、そいつらと別れるまで、「消毒薬くせー」ってからかわれたんです。
確かに、左足がチャリに乗ってる自分にわかるくらい消毒薬臭かったです。
でね、そのまま家に入ると親になんか言われるだろうと思って、
家の前の水道でズックごと足を洗ったんですよ。
夕飯を食べて、風呂に入って、それからベッドに寝転がって携帯をいじてったんです。
そしたら、二階の部屋でしたけど急に消毒薬臭くなったんです。

さすがに自分の足じゃないと思って立ち上がったら、
窓の外のほうから臭いがする気がしました。そっちの窓は少し開けてたんです。
カーテンを開けて、外を見たら、屋根の上が濡れたように光ってて、
そっちのほうから消毒薬の臭いがしたんです。
でも、そんな時間に人の屋根に登って消毒薬を撒くやつなんていないですよね。
変な気がしたんで、窓を閉めたら臭いはあまり感じなくなりました。
そのまま寝たんですが、朝起きたときには臭いはなくなってました。
で、次の土曜日は卓球の講習会があって、市の体育館から4時ころに帰ったんです。
家の中に入るとかすかにまた消毒薬の臭いがしました。
休みで家にいた母親に「庭の消毒とかした?」って聞いたら、
首を振って「それよりさっき友だちが来たよ」って言いました。

部活の仲間のほかに家まで来るやつなんて心あたりなかったんで、
「え。どんなやつ」って聞いたら、
「それがちょっと変な子で、たまたまトイレに行こうとしたら、
 玄関に人が立ってるのを見かけて・・・ 男の子だったけど、
 すごく背が小さかった。小学校の低学年くらいしかなかったと思う。
 それと顔がね、なんだか腫れてるというか、むくんでる感じがしたの。
 ○○のお友だち?って聞いたら、小さい声で、そうですって答えたわよ。
 今部活で外に出てるって言ったら、帰ってたけど、
 変な子だったのよ。心あたりある?」
こんな話でしたが、遊ぶ約束もすいてないし、
そんな背の小さいやつなんてぜんぜん心あたりはなかったんです。

夜になって自分の部屋にいたら、妹が入ってきて、
「お兄ちゃん、玄関の水槽の金魚が死んでる」って言ったんです。
その当時、ピンポンパールっていうあまり大きくならない金魚を、
45cmの水槽で飼ってたんですが、見にいってみると、
ほとんど全部が腹を出して水面に浮いてました。
網ですくったんですが、水槽の水が消毒薬臭かったんです。
水を替えたときに、いっそう強い臭いがしました。その母親の言ってたやつが、
来たときに水槽に消毒薬を入れたとしか考えられなかったんですが、
なんでそんなことをされるのか、やっぱり心あたりがなかったんです。
結局、金魚は全滅でしたよ・・・で、次の日曜は学校で練習だったんですが、
午前中で終って、帰る途中です。

やっぱり家の近い仲間3人と一緒だったんですが、グランド脇の道を通るとき、
そのうちの一人が、「そういえばお前こないだ側溝に落ちたとき、
 中に何かいるって言ってたよな。今は明るいから見えるんじゃないか」
そう言いだして、全員がチャリを停めて側溝をのぞきこんだんです。
そのときは消毒薬の臭いはしませんでした。最初にのぞいたやつが、
「暗くてよくわからんけど、別に何もいないみたいだぞ。
 ただ枯葉がたくさん詰まってるだけ」こう言いました。
次に俺が代わって、かがんでのぞいたんですが、
そいつの言葉のとおりでした。で、俺が立ち上がったとき、
後ろにいた2人が「えっ、えっ!」 「お前背中!」
「背中がどうしたんだよ?」 「ジャージ脱いでみろよ」

ジャージを脱いで背中を見ると、マイマイガの毛虫がびっしり、
それこそ何十匹もついてたんですよ。「うわっ」と叫んで、
フェンスにばんばん叩きつけました。腰のあたりについてたのは、
友だちがはらってくれました。
「でも、変だよな。側溝をのぞいてるときは何もついてなかったと思うけど、
 急にお前の背中毛虫だらけになったぞ」
「側溝のフタの下に固まっていたんじゃないか。それが落ちてきたとか」
こんな話をして帰ったんですが、すごく気持ちが悪かったです。
土曜日に家に来たっていう変なやつのことをしゃべろうと思ってたんですが、
できませんでした。それからは変なことはなかったです。一人で部屋にいるとき、
かすかに消毒薬の臭い感じたこともありましたが、これは気のせいかもしれないです。

この後、6月に入ってマイマイガはすべて駆除されたようで、
姿を見なくなりました。中学校では事件のようなことはなかったんですが、
5月に近くの小学校のほうで、病気で亡くなった子が一人いたと、
後で聞きました。でもそれは女の子で、
この話とは関係がないんじゃないかと思います。
こんな話なんですが、金魚が死んだことがショックでずっと覚えてます。
それ以外は自分の勘違いが重なってるだけなのかもしれませんが。
今でも消毒薬の臭いをかぐたびに、
このときのことを思い出して考え込んでしまうことがありますよ。









史上の霊能者

2015.05.12 (Tue)
ということで、今日も怖い話ではありません。
日本の近代以前の霊能者を集めてみようという内容です。
近代以降は、いろいろとさしさわりがあるのでやりません。
この方たちと御船千鶴子などを比較してもしょうがないですし。
また、菅原道真、崇徳院、将門のように死後に霊力(ありていに言えば祟り)を
発揮した人物は含みません。順位をつけようかとも思いましたが、
異論続出でしょうから、これもやめておきます。
みなさんがホラー系の小説などを書くときの参考になるでしょうか。

・天武天皇(てんむてんのう ?~686?)
 壬申の乱に勝利し、天智天皇の後を継いだことでご存じでしょう。 
 日本書紀には遁甲を能くし、乱の際に式盤を用いて戦いの吉凶を占ったとあります。
 国風諡号は天渟中原瀛真人天皇(あまのぬなはらおきのまひとのすめらみこと)で、
 これは極めて道教的な意味合いを含んでいます。
 仏教、神道をともに厚く保護し、霊的な支配を目指したとも言われます。
 また、天皇が再興した伊勢神宮には、
 道教的な仕掛けがほどこされていると説く人もいます。

・役小角(えんのおづぬ 伝634~701)
 修験道の開祖とされます。元興寺で孔雀明王の呪法を学んだとあるので、
 仏教系ですが、正式な僧ではないとされることが多いようです。
 金峰山、熊野山などで修行して、山岳修験の道を開いたと言われます。
 讒言により伊豆大島に流されたが、毎晩富士山に飛んで修行をしたそうです。

・空海(くうかい 弘法大師 774~835)
 幼少時から天才の名高く、遣唐使として入唐後わずか2年で、
 長安青龍寺より密教の奥義伝授を受けます。
 帰国後、高野山で真言密教を伝えました。能書家としても知られます。
 各地で数々の伝説を残しています。
 今でも高野山では、奥の院の霊廟で大師が禅定を続けていると信じられ、
 日に2度の食事が供されています。

・守敏(しゅびん 大徳? 生没年不詳)
 空海のライバルとしては、むしろ天台宗の最澄より知られているかもしれません。
 史実はよくわかっていないのですが、
 嵯峨天皇から空海に東寺が、守敏に西寺が与えられ何事にも対立したと言われます。
 空海とのさまざまな術比べの逸話が残っていますが、すべて負けているようです。
 後述する安倍晴明と道満法師のライバル関係のモデルかもしれません。

・小野篁(おののたかむら 802~853)
 官位は従三位・参議、文人であるとともに反骨の人であったようで、
 遣唐使を拒否し、朝廷を風刺する詩を作ったため、隠岐に流罪となりますが、
 後に許されます。京都東山の六道珍皇寺の井戸から地獄へ降り、
 閻魔大王の裁判の手伝い(地獄の官吏)をしていたという逸話があります。

・賀茂忠行(かものただゆき ?~960)
 従五位下・丹波権介、一般には安倍晴明の師として知られますが、
 自身、子の賀茂保憲とともに優れた陰陽師であったようです。
 箱の中に隠された品物を当てる射覆が得意であったと言われます。

・安倍晴明(あべのせいめい 921~1005)
 従四位下・播磨守、出自がはっきりせず、
 狐の子であるとの葛の葉伝説が流布しています。
 傑出した陰陽師として高く評価され、各種の作品に登場します。
 花山天皇、藤原道長らの信頼を受け、官位は低くとも尊崇されていたようです。
 数々の不可思議な逸話がありますね。

・芦屋道満(あしやどうまん 生没年不詳)
 播磨の国の仏教系、民間陰陽師とでも言うべき存在でしょうか。
 もしかしたら、官制陰陽師と民間陰陽師の対立のようなことがあったかもしれません。
 また、上記したように安倍晴明との術比べの逸話は、
 空海と守敏の話の影響を受けているのかもしれないです。
 ただ、道満が呪術合戦で晴明を殺害し、
 師である唐人の伯道上人が来日して晴明を蘇生させたという話も有名です。

・源頼光(みなもとのよりみつ 948~1021)
 正四位下、まあ武士なのですが、武によって怪異を祓う、例えば、
 刀が魔物除けになるなどのことは、このあたりが元祖かもしれません。
 酒呑童子退治の話が有名ですが、大江山で賊を追討したのは史実で、
 頼光が自らしたためた追討祈願文書が現存します。
 家来の四天王、渡辺綱、坂田金時(金太郎)らが、
 茨木童子などの鬼と戦った話も有名です。

・果心居士(かしんこじ 生没年不詳)室町時代末期の人。
 大和の興福寺に僧籍を置きながら、外法に長じたために破門された、
 という話がありますが、よくわかりません。
 幻術で有名です。信長、秀吉、光秀らの前で幻術を披露したとされます。
 松永久秀の前に死んだ妻を出現させ、心底怯えさせた話は有名です。
 昔の幻術の話では、馬を呑む術や、
 瓜の種から、またたくまに天空まで瓜のつるを生やす術などが知られており、
 催眠術のような技術の伝統があったのかもしれません。

・天海僧正(てんかいそうじょう 南光坊天海 1536?~1643)
 徳川家康の近習、相談役。100歳以上の長寿であったと言われますが、
 出自ははっきりしません。明智光秀と同一人物説があります。
 古代中国の風水を元に江戸の街を設計し、
 日光東照宮に様々な霊的な仕掛けをほどこしたとされます。

・祐天上人(ゆうてんしょうにん 1637~1718)
 浄土宗大本山増上寺36世法主、怨霊封じの呪術僧として知られています。
 最も有名な説話は、「累ヶ淵」の怨霊封じの話で、
 この話は怪談落語で有名になりましたが、
 実際に江戸時代に流布していたようです。

まあこのへんで。




 
 
 


古代史研究方法の変遷

2015.05.11 (Mon)
* この項はオカルトとはほとんど関係のないものですので、
 興味のない方はスルーしてください。

今日は久しぶりに数時間、某巨大掲示板の日本史スレに参加して、
古代史の話をしてきました。ですので怖い話は書けません。
邪馬台国問題が主なテーマであるスレで、自分的には、いちおう畿内説ですが、
別に邪馬台国がどこにあろうとこだわりはないです。
それよりも、ギャップを感じるのは、
古代史研究の方法がはっきり変わったということを理解しない人が多いことです。
どういうことかと言うと、昔は古代(6世紀以前頃)
の列島の状況を理解する手段として、壮大な仮説を立てる学者が多かったんですね。
いわゆる、各大学にある碩学、大家、長老的な人物が、
長いスパンで滔々と歴史の流れを語る、
そういう本が多く出されていたわけです。

昔の学者は博学で漢文もすらすら読めましたので、
そういう本には、たしかに拝聴すべき部分が多く含まれているのですが、
かといって各論のすべてが正しいかというと、そうではない。
新しい考古学の発掘事情により、くつがえされてしまう場合も多いのです。
そういうことが積み重なったせいもあり、
最近の日本史は、わからない部分をあえて想像や考察で補わない、
という形にだんだんに変わってきたのです。
つまり、わからないことはそのままにしておく、
無理にそこに筋を組み込まないということです。
歴史の物語化を避けると言えばいいでしょうか。

例えば、今出版社で日本史の何十巻にもなる本を出すとすれば、
その1巻、2巻、場合によっては3巻目の古墳時代中期頃まで、
文献史学者ではなく、考古学者が書くことになります。
これは文字の一般的に使用されていなかった時代なので当然のことではあるのですが、
昔はそうではなかったのです。
これは現在よりも、日本書紀、古事記の記事に信がおかれていたせいでもあります。
例えば崇神天皇とかについても、実在が信じられ、
その没年(258年、318年説あり)を元にして、
国家形成の時期が考えられたりしていたのです。
この流れで、有名な3王朝交代説なども生まれました。
ところが、現在では崇神天皇の実在そのものが疑われるようになりました。

それはもちろん、崇神天皇陵(柳本行燈山古墳)というものはありますので、
その被葬者である人物は実在していたわけですが、
ではその人物が、記紀に描かれた崇神天皇にストレートにつながるかというと、
大いに疑問なわけです。その逸話の中には不可思議な内容も含まれますが、
かといって、この話は史実、この話は脚色と分けることもできません。
どうしても恣意的になってしまうからです。
そんな事情もあり、現在では継体天皇(6世紀)以前の歴史を、
記紀の記事を元にして読み解いた論文というのはほとんど出なくなりました。
出したとしても、崇神天皇であれば崇神天皇の事績のうち、
どれが本当でどれが間違いであるか判別できないので、
評価のしようがないのです。学者としての業績にも加算されにくくなりました。

「崇神天皇? そんな人本当にいたの?」
こう言われてしまえば、研究そのものが陳腐化してしまうわけです。
ということで、現在の歴史研究は比較的新しい時代の各論にうつってきています。
わかることをよりわかるようにしよう、ということですね。
そしてわからない部分については、無理に解釈したり、
推論を加えたりしない。
自分はここまで明らかにしてほぼ確実だろうから、
あとは後代がさらに研究を深めてくれ・・・こういう姿勢が目立ってきました。
これは日本史研究における進歩だと自分は考えています。
大人になったと言ってもいいでしょうか。

邪馬台国東遷説とか騎馬民族征服説、そういう壮大な仮説は、
確かに魅力的なのですが、また、どこを切っても明確な根拠は出せない、
トランプの城のように脆いものでもあるのです。現在でも、自国の歴史を、
ファンタジーのような壮大なものとして扱っている国も日本の近隣にありますが、
日本の史学は皇国史観あるいはマルクス史観などの、
イデオロギーに染まった歴史解釈から脱却することができたと思います。

わからないことに対して、都合のいい解釈を加えない、
ここはわからない部分である、とするのは、
史実かどうかも定かではない物語がひとり歩きするよりも、
はるかに大人の態度である、と自分は考えます。
データや遺物、古文書等で明確な証拠を示せるもののみ、
知識として集積していけばいいのだと思います。

ですから、今後は考古学者の役割は重要になってきますが、
ここでも、あえて無理な論を組み立てないことが大切だと思います。
遺跡を発掘し、遺物を整理し、データとして提示する。
そこにもし、明瞭に見えてくるものがあれば、
それは誰にでもわかるはずです。

『北野天神縁起絵巻』部分
北野天神縁起絵巻







噛む

2015.05.10 (Sun)
えー自分は占い師を職業にしておりまして、趣味はオカルトの研究です。
ここに来させていただくのは2回目で、
今回も自分の身に起こった話ではないんですが、怪異は目撃しました。
自分は仕事柄、中国に行くことが多くて、
ああはい、中国占星術の勉強です。
そこで親しくなったOさんという中国の方がいるんです。
この人がお金持ちでね。いや、中国には改革開放以来の成金は多いんですが、
この人は代々の金持ちです。地方在住で、
なんとか文化大革命をのり越えられたようですね。
今はIT関係の会社を経営しています。
このOさんが、日本に土地を買ったんです。

いや、投機が目的じゃないですよ。
たしかに日本の土地を買ってる中国人は多いんですが、
そういうのとはちょっと違う。Oさんが買ったのは、田舎の廃村の土地でして、
値段は二束三文です。これから値が上がることはありえないし、
そもそも買う人がいないようなとこですよ。
古民家2件分をつぶして、そこに別荘を建てたんです。
実は廃村といっても、地方空港から車で1時間ちょいくらいのとこで、
ええ自然は申し分ないです。中国の田舎は不便だし、
砂利の最終や木の伐採で荒れているとこが多いですからね。
月に一度くらいやってきて、のんびり畑をやったりしてるということでした。
なんでわざわざ日本の廃村なんかに、と思うでしょうが、

自分はわかる気がします。中国はどこもかしこも人だらけですから。
それに新興の成金は、金を見せびらかすために、
純金のスマホケースを特注して持ち歩いたりするんで、
Oさんとは趣味が合わないですよ。
ええ、このあいだ別荘におじゃまさせていただいたんですが、
周囲の景観と調和したいい建物でしたよ。
でね、そんときに相談されたんです。何をかっていうと、
庭に配した彫像のうちの一つが、
野生動物に荒らされてるみたいだってことです。
さっそく見せていただきましたら、1mもないくらいの石造りの白虎の像でした。
はい、風水です。北に玄武、南に朱雀、西に白虎、東に青竜ってやつ。

塀の内をぐるっと回って見せていただいたんですが、
4つの像はそれぞれに風合の異なる石彫りで趣味のいいもんでしたが、
そのうちの白虎の像だけが、あちこち傷ついてたんです。
といっても欠けたりするほどひどくはないんですけど、
そこかしこに黒い痕がついてたんです。歯型のようにも見えましたけど、
それほど鋭くはない草食動物の前歯みたいな感じでした。
歯型自体はかなり大きなものです。独身のOさんが、この別荘を建ててから、
一人でやってくるたび、この痕が増えていたということです。
はい、他の3体はきれいなもんで、何の傷もありませんでした。
中国式の風水かって? そうですね。四神相応は守られてるんですが、
日本式の「山川道澤」ってやつじゃありません。

中国式より、日本式のほうが細かく条件がつけられてますよね。
日本人らしく、儀式的に変化したっていうか。
中国古来の風水だと、北を背後にして高山、前が海か湖か川の水。
西と東の左右は、砂と言って、後ろの山より低い丘陵や岡であることが望ましい、
くらいですが、日本式は北と南は同じでも、
西が大道、つまり道路で、東が流水、まあ川であるのがよいと考えられます。
ただねえ、条件を細かくすればするほど、
それに当てはまる地は少なくなってしまいますよね。
ああ、すみません。みなさんご存じのことを長々話してしまいました。
でね、その晩、Oさんの別荘に泊めていただいて、
百虎のある西側の庭の見える部屋に卓をしつらえまして、

紹興酒をいただきながら夜を待ったんです。
ええ、飲みすぎには注意しました。紹興酒のいいのは、
つるつる飲んでるうちに腰が立たなくなってしまいますからね。
いや、特別に霊的な準備とかはしなかったです。
白虎の様子を見せていただいたときに、そんな悪い気を感じなかったので。
ええ、10時を過ぎたあたりですね。満月の頃で庭は明るかったですよ。
別荘の周りを囲む塀は2m以上あるんですが、
その上にトン、トンと軽く跳び乗ったものがありました。
すぐに気がつきましたが、Oさんは感じてないようでした。
その3つは、やはり軽い感じで白砂の上に降り立ちましたが、
大きさは1m以上ありました。

「何か来たんですか」Oさんが声を潜めて聞いてきたので、
「黒いものですね、野生動物ではないようです」と答えました。
どう表現すればいいですかね。例えば雷様の黒雲を絵に描くとすれば、
黒のぐるぐるの渦巻きになりますが、
それがたくさん集まって体を成しているというか。
でも、頭と尾、四肢があることはわかりました。2体ともよく似てましたね。
そいつらの足元に注目していたんですが、
白砂を歩くときに砂が乱れなかったんです。
「ああ、これは実体じゃない」そう思いました。
黙って見ていると、2体は地面の臭いをかぐようにしながら、
白虎の像に近づいていき、後足で立ち上がると像の台座に前足をかけ、

左右から噛み始めたんです。カツン、カツンと噛む音が聞こえてきました。
さっきまでは実体じゃなかったのに、一部実体化してたのかもしれません。
音はOさんにも聞こえたようで、自分のほうを見たので、
「さあ、どうなりますか」と言いながら、いつもポケットに入れてる小さな水晶玉、
ビー玉より少し大きいくらいのやつですが、
それを窓か白虎の像に向かって投げたんです。
透明水晶は闇に溶けて見えませんでしたが、カツーンと音がして、
当たったことがわかりました。するとです。
その2匹の黒い獣は、一瞬硬直したように動きを止め、
それからくるりと振り返って塀を跳び越え、
一目散に逃げていったんです。西の方角でした。

「これ、西のほうに何かあるんですか?」
「ずっと森が続いてるだけですよ」 「明日、早朝に入ってみましょう」
で、翌朝森の中をしばらく歩いて、朽ちた鳥居を見つけたんです。
短い参道はすっかり草に浸食されてまして、
祀られなくなってから久しいことがわかりました。
「うーん、神社というのは、どんな小さいお社でも、
 地元の神職さんが掛け持ちで回ってお祀りしてるもんなんですが、
 さすがに村自体がなくなってますからねえ」
傾いて屋根のずれた社殿の前に一対の狛犬がありましたが、
すっかり黒ずんで、苔で覆われてました。
「ははあ、こいつらですね」開けた口の中を見てそう言いました。

歯の部分に白い粉がついてたんです。白虎の石の粉だったんです。
「これは何です?」Oさんが聞いたので、
「狛犬です。ちょっと形は違いますが、中国にもありますよね」
「ええ、確かに。これらが私を恨んでやったんでしょうか?」
「そうでもないと思います。祀る人がいなくなったので、参道を真っすぐ歩き出たら、
 Oさんの別荘があって、守り神がいた。それ以上進めなくなったんで、
 噛んでたんだと思いますよ」「どうすればいいんでしょうかね」
「うーん、御社を再興すれば治まるでしょうね。社殿を部分的に修理して、
 神職さんを頼んで、時々来てもらうようにすればいいんじゃないかな。
 中国でいう土地神みたいなものだから、祀る人がいればいいんです。
 Oさんならたいした出費でもないでしょう」 こんな話になったんですよ。

四神図








殯(もがり)

2015.05.09 (Sat)
この4月に高校1年になりました。よろしくお願いします。
初めてそれを見たのは、僕が小学校にあがる前後のことです。
場所は、住んでいる市の郊外にある自然公園です。
その頃はまだ弟も生まれていなくて、両親に両側から手をつながれて、
落葉のたくさん散った中を歩いていた記憶があります。
ええ、秋の休みの日だったんです。
広場を走り回って、そこも一面に色とりどりの落葉が舞ってました。
それで、ひとしきり遊んで疲れて、木のベンチにどすんと腰かけたんです。
そのとき座面と背もたれの間に、嫌な色合いのものが見えたんです。
青黒い中にいろんな赤が混じったような・・・
「えっ」と思い、後ろ向きになってのぞきこみました。

まだ小学生にもなってなかったんですが、人の死骸だってわかりました。
それもほぼ限界まで腐った死体です。人の形は残ってましたが、
裸の体のあちこちが膨れて、さらにそこがヒビが入ったように割れてたんす。
色も青あざのような部分や、黴が生えたような緑の部分もあって・・・
それを見た瞬間飛び上がって泣き出しました。
両親のところまで走っていき、見たもののことを訴えたんです。
「死んだ人、死んだ人」と言いながら僕が泣くんで、
困惑しながら両親が来てくれましたが、ベンチの後ろには何もなかったんです。
ただふんわりと枯葉が積もってるだけでした。
まあ・・・このときだけのことなら、ただの見間違いってことだと思うんですが。
公園内にはたくさん人がいて、バーベキューなんかもやってたし、

そんなのがあれば絶対に誰か気がつくはずです。
ベンチの裏だからって、死体がずっと放置されてるようなとこじゃないんです。
それに、あとから考えたんですけど、
臭いがしなかったと思うんですよ。ミイラのようにカサカサだったわけじゃなく、
腐敗して膿が出たりしてる状態で臭いがしないはずはないですよね。
ところがそんな記憶はない。だから、そのとき両親が言ったとおり、
テレビかゲームで見た怖いシーンの記憶が、
たまたまそのとき蘇ったっていうのに納得したんだと思います。
ところが・・・それから2年に1回以上の割合で、死体を見るようになったんです。
ええ、幻の死体ですよ。仰天して人を呼び行ったり、
また自分でも目をつぶってから見直すと、消えてるんです。

そうですね、場所はさまざまです。最初のときは秋でしたけど、
見る時期も全部バラバラでした。そうですね・・・共通点をあげるとすれば、
自宅のある近辺では見ないということですね。
どっかに旅行に行ったときが多かったです。
はい、その死体は全部同じ人のだと思います。
それが・・・見るたびに、不思議なことに死体が新しくなっていくんです。
最初のときはグズグズに腐って男か女かもわからなかったのが、
わかるようにりました。うつぶせに寝た女の人の死体です。
若いんだと思いますが、顔がわからないんでなんとも言えませんでした。
じゃ、最近見た2回のことを話しますよ。
中2の修学旅行のときでしたね。関西方面に行ったんです。

僕は歴史が好きだったんで、グループ行動は歴史分野体験に入ってました。
兵庫県に、古墳が築造されたときの状態に復元され、
保存されてるとこがあるんです。そこに行ったとき、
貼石の積まれた古墳の上が通路になっていて、
前方部から後円部まで歩くことができるんです。その上から見ました。
石の積まれた段差のところにうつぶせの女の人が倒れてるのを。
体は青黒くなってましたが、むくんではいませんでした。
友だちも、他の観光客の人もそっち見てるのに何も言わなかったんで、
また例のアレだろう、と思ったんですよ。
案の定、1回目をそらしてから再び見ると消えてたんです。
ええ・・・自分でもいろいろ調べました。檀林皇后の話ですか。知ってますよ

平安時代初期の、嵯峨天皇の皇后様ですよね。仏教を深く信じていて、
この世のあらゆるものは移り変わり、永遠なるものは一つも無いという、
「諸行無常」の真理を自らの身をもって示し、
人々の心に菩提心を呼び起こすために、死に臨んで、
自らの遺体を埋葬せず路傍に放置せよと遺言し、
遺体がだんだんに腐乱して白骨化していく様子を皆に示した、
という逸話が残ってますよね。それと何か関係があるんでしょうか?
あと九相図(くそうず)についても調べました。これも仏教関係のもので、
死体の変遷を九の場面にわけて描くんですよね。
死後まもないものから始まって、、次第に腐っていき血や肉と化し、
獣や鳥に食い荒らされ、九つ目にはばらばらの白骨になるまでを描いたもの・・・

ええ、あれを逆に見てるようなものです。
僕の場合は、最初に見たのが、白骨ではなかったですけど一番腐敗したもので、
そっから順に、死体が新鮮というか、新しくなっていくんですから。
・・・最後に見たのは去年です。それが自分の部屋でのことなんですよ。
遅くまで受験勉強してから寝て、すぐトイレに起きたんです。
ベッドから降りたときに、何かを踏みつけてつんのめりそうになりました。
それがいつもの死体だったんです。
ええ、裸の背中を踏みつけた、ぐにゃっという感触は忘れられません。
そのときは色が真っ白なだけで、普通の人間と変わらないと思いました。
それで仰向けだった死体の体勢が、踏んでしまったせいで動いて、
ぐるっと首が回って顔が見えたんです。

予想してたとおりの、若い女の人でした。自分と同じくらいの歳だと思いました。
ええ、自分から動いたりしたわけじゃないです。
固く目を閉じて、はっきり生きていないってわかりました。
思わず「あっ!」と叫び声をあげてしまいましたが、
つんのめって壁に手をつき、後ろを振り返ったときにはもう消えてたんです。
はい、自分の他に見えた人はいません。
ですから、これは10年以上の長い期間続いている、
僕の幻想、幻覚ってことでも説明はつくのかもしれません。ですが・・・
4月の終わりに、高校に編入試験を受けて入ってきた転校生がいたんです。
女の人で、僕のクラスに入ってきたんですが・・・
その顔を見て呆然としました。

去年、自分の部屋で見た死体の女の人とそっくりだったんです。
巫女さんみたいな古風な髪型も同じでした。
もちろん体つきはわかりませんが、見間違えてはいないと思います。
なぜなら、その後、朝に昇降口でいっしょになったとき、
こんなことを言われたんです。
「この間、私の背中を踏んだでしょ。別に気にしてないからいいけど。
 これからよろしくね」って。
そのとき、顔は笑ってましたけど、目が怖かったんです。
何をどうよろしくなのかわかりません。
これから何かが起きるんでしょうか。一連の出来事は説明がつくものなんでしょうか。
どうかアドバイスをお願いします。

『壇林皇后 九相図』







妖怪の継承と変遷

2015.05.08 (Fri)
「継承と変遷」と書くと、なんとも大げさなタイトルですが、
これは今思いついたもので、昔から考えていたことではありません。
ですから、たいした内容にはならないだろうことを、
あらかじめお断りしておきます。
今日もまだ長期出張中ですので、お茶濁し的な記事です。

さて、自分は妖怪が大好きで、当ブログにも妖怪の出てくる話はいくつもあります。
それらはできるだけ、ある一定のイメージから外れるようにして書いたつもりです。
ある一定のイメージというのは、現代だと、
水木しげる先生の『ゲゲゲの鬼太郎』に登場したイメージということですね。
「砂かけ婆」と聞けば、多くの人が、まずビジュアルとして、
鬼太郎に出てくるあのイメージを思い浮かべると思います。
「子泣き爺」にしても同様でしょう。

妖怪をビジュアルとして表現してしまうと、
それが広まれば広まるほど、そのイメージでしか見れなくなってしまうのです。
もともと妖怪というのは口承によって伝わってきました。
江戸時代以前の農村というのは、交通手段が発達しておらず、
百姓には移動の制限もあり、また荘園などに囲い込まれている場合も多かったので、
情報の行き来というのが難しかったのです。

ですから、ビジュアル化が進む前の妖怪は、
地域ごとに違った特性や外見を持っていました。
例えばポピュラーな河童ですが、地域によって、
背中に甲羅があったりなかったり、頭に皿があったりなかったり、
あっても皿の向きが違っていたり、
全身に毛が生えているとされる地域があったりするわけです。

これは、ずっとその地方で伝承されてきて、
他地域との情報の交流がなく、いわゆるガラパゴス化が起きているのです。
そんな妖怪のイメージが、ある程度統一化されるようになったのは、
江戸時代中期頃だと思われます。
博物学の隆盛が原因です。寺島良安による『和漢三才図会』が成立したのが、
1712年で、これは中国の「三才図会」を参考にしてつくられた、
挿絵入りの百科事典のようなものですが、
妖怪と呼べるような怪しの物の記述もあります。
これを契機として、黄表紙などによる妖怪図鑑も出されるようになり、
北尾政美の画による有名な妖怪図鑑、『夭怪着到牒』の出版が1788年です。
こうして妖怪は全国に共通する姿かたちを得て、広まっていったわけですね。

この時点で、多くの新しい妖怪が創作されています。
鳥山石燕の『画図百鬼夜行』が1776年、
『今昔百鬼拾遺』が1780年ですが、
前者が昔から伝承されてきた有名妖怪が多いのに対し、
後者には石燕の創作ではないかと考えられるものがかなり混じっています。
また、1784の『百器徒然袋』は、絵の解説文の最後に、
「~と夢のうちに思ひぬ」とあるように、
石燕が自ら、個人的な創作妖怪であることを明かしています。

また他の草双紙や黄表紙作家もさまざまに妖怪を創作していて、
「豆腐小僧」などはその代表格でしょう。
頭に竹の笠をかぶり、丸盆を持ち、その上に紅葉豆腐(紅葉の型を押した豆腐)
を乗せた子どもの姿で、何の特殊能力も持ちません。
(ただし、見た人間が天然痘を避けるなどの縁起物のような力はあったようです。
 小僧の着物の柄の赤ダルマ、鯉、また紅葉も天然痘よけ)
怖くはないし、おそらくギャグとして創作されたキャラクターなのだと思います。

このようにして、ビジュアル化により統一的なイメージが固定され、
さらに、さまざまな想像による新妖怪がつけ加えられていくことが、
妖怪の継承と変遷ということになるわけです。
ですから、現代のわれわれが、最も喧伝された、
水木妖怪のイメージに縛られてしまうのもしかたのないことではあります。
まして現代では妖怪の実在を信じる人は稀有ですし、
そのため現実的な妖怪の情報というのはほとんど入ってきませんから。

さらに、最近、『妖怪ウオッチ』の流行によって、
「ヒキコウモリ」など、大量の新妖怪が加わることになりました。
これらの新妖怪は、江戸時代に洒落物の作家たちに創作されたのと、
本質的な差異はない(著作権がありますが)と思われるので、
何十年後には一般化されることになるのかもしれませんんね。
あとは都市伝説由来の「口裂け女」なども、
妖怪の仲間入りするのでしょうか。

さて、自分が書いた妖怪物は振り返ってみるとけっこうな数になります。
餓鬼『餓鬼』 
『どんたく上人』 『狸』
土用坊主『土用坊主』
水虎『水虎淵』
子獲り『こをとろ』
『蛟』
濡女『濡女』
『ムジナ』
牛鬼『牛鬼』
すねこすり『すねこすり』
『狐』
ぬらりひょん『ぬらり』
垢嘗『垢嘗』
塗仏『塗仏』
などですが、この他にも、鬼、いのこ、蛭子など妖怪かどうか微妙なものもあります。

妖怪物の中では『狐』『土用坊主』『水虎淵』『こをとろ』『濡女』『垢嘗』などは、
比較的よく書けたと思っています。

豆腐小僧







暦の話

2015.05.07 (Thu)
今回も時間がなく、あんまりオカルトでもない地味な話です。
自分は、実際の収入の割合はともかく、本業は占星術師のつもりなんですが、
昔から日本の神話について残念に思っていることがあります。
それは何かというと、星の神話がほとんどないことなんですね。
ギリシア神話を見れば、各星座ごとに絢爛たる物語があるのですが、
日本書紀や古事記を読んでも、星の話はほとんど載っていません。

それどころか、三貴子(他は天照大神、素戔嗚尊)
の一人である月読(ツクヨミノ)命。
これは夜を統べる月の神で「日の光に次ぐ輝きを放つ月の神を生み、
天に送って日とならんで支配すべき存在とした」
と日本書紀の本文にあるのに、
皇祖神として活躍する天照大神に比べて、まったく登場の機会がない。
男神とは考えられていますが、実際には記紀で性別さえ言及されてないのです

これはなぜなのか考えてみると、自分は、
日本における暦の発達と関係があるのではないかという気がします。
暦は大別すると、太陽暦、太陰暦、太陰太陽暦の3つになります。
太陽暦はもちろん、地球の公転周期である365日を1年としたもので、
これは実際に巡ってくる季節とのずれがありません。
(太陽と地球の位置関係によって季節ができるので当然ですね)

太陰暦は月の朔望により1ヶ月を決めます。
新月から新月、または満月から満月までを1ヶ月として見るのです。
月の状態により今日は何日と知ることができるので、便利ではありますが、
完全な太陰暦でやっていくと12ヶ月で354日ほどにしかなりません。
これだと、年々実際の季節とずれていくことになります。
長い間には北半球の1月なのに夏、というようなことが起きます。

そこで、太陽暦による調整を太陰暦に加えたものが太陰太陽暦です。
太陰暦は1年で11日ほど太陽暦より短くなるので、
3年に1度、閏月を加える。するとその年は13ヶ月になるわけです。
これはさすがに現在では正式に採用している国はないようです。
それはそうですよね、12ヶ月と13ヶ月の年があると、
様々な年次統計などが意味をなさなくなりますし、
周囲の国とのずれも大きいですから。

さて、日本の古代では、このうちのどれが使用されていたかというと、
自分は太陽暦ではないかと思います。
実際の季節とのずれを起こさない、
太陽暦が最も農耕に適していると考えられます。
二分二至(春分、秋分、夏至、冬至)は、いろいろな方法でわかります。
古代人が二分二至を知っていた(例えば、春分の日の磐座の影がどうとか)
という人もいますが、おおざっぱに分かっているだけでも、
他に渡り鳥や開花などの生物季節を併用すれば、
農耕に不便はないと思われます。
太陰暦は日、つまり今日がその月の何日かを知るためには便利ですが、
日本の古代人は日に追われない、
おおらかな生活を送っていたのではないでしょうか。

日本人が暦を採用したのは、日本書紀の欽明天皇14年(553年)条に、
百済に暦博士を日本に派遣することを求める記事が出ています。
6世紀ころには暦が伝来していたと考えられますが、
これは太陰太陽暦である中国の暦でした。
中国暦は、単に月の満ち欠けで日を決めるだけでなく、
もっと複雑な天文計算をしていますので、日本人が作成するのは難しく、
日本独自の暦ができたのはずっと後代のことになります。
ということで、日本神話に星、月の話が少ないのは、
このような事情によるのではないかと考えています。

話変わって、「倍暦」というのをご存じでしょうか。
これは古代史関係でよく出てくる話で、
日本の古代人は通常の1年を2年として数えていたというような説です。
春の種まきの時期で1年、秋の収穫の時期でまた1年というわけです。
これを言う人は、邪馬台国の話が載っている中国の史書、
三国志中の魏志倭人伝に「倭人は長寿で、あるいは百年、あるいは八、九十年」
と出てくるのを根拠にあげることが多いようです。
人類学的には弥生後期頃の日本人は、
かなり寿命が短かったことがわかっています。

ですからこの記述は、倭人が倍暦の年齢を教えたのに、
中国人は通常の数え方によると勘違いしたもので、
つまり倭人が100歳と教えた人は、本当は50歳だったというわけです。
また別の根拠として、始めのころの天皇の寿命が異様に長くなっていること。
神武天皇127歳、孝昭天皇114歳、孝安天皇137歳・・・
などですが、これは倍暦による年齢が伝わっていたためであり、
字際はこの半分である、というようなことも取り上げられます。

どうなんでしょうねえ。倍暦という考え方は面白いですし、
実際に熱帯の二期作地域では用いられたりもしていたようですが、
自分としては違うんじゃないかなという気がします。
魏志倭人伝の倭人の寿命が長く書かれてるのは、
中国人に神仙思想(東方海上にある不老不死の島、蓬莱山と日本を重ねたなど)
による先入観があったとか、
古代天皇の寿命が長いのは、神武天皇即位を古く(紀元前660年)
に設定してしまい、調整のために引き伸ばしたとか、
あるいは旧約聖書の創世記の登場人物が異様に長い寿命を持ってるように、
神と人の間にくる人物だから寿命が長くされているとか、
別の理由でも説明はできそうです。







絡まる

2015.05.06 (Wed)
今晩は。ええと、私は神道系の学校に通ってまして、今、4年生です。
神道系の学校と言っても、神社に務めたり巫女さんになるわけではないですけど。
この間、卒業実習の1回目があったんです。そのときのことをお話します。
ええ、本当は秘密なんですが、教官の先生がこちらの会のことをご存じで、
あった出来事を話すことによって、追体験により感覚が体に刻まれるから、
ぜひ行って話して来いと言われまして。
そういうわけですので、よろしくお願いします。
私の同期生は女子だけ25人ほどです。ずいぶん少ないとお思いでしょうが、
大きな校舎や施設があるわけではありません。
あるビルの1階を借りて勉強しているんです。
その25人が4つの班に分けられまして、私の班は7人でした。

各地の山に派遣されたんです。私が行ったのは四国地方でした。
ええ、わりと近くに遍路の御札所はありますが、
特に宗教的な場所ということではなかったです。
800mほどの山地の突端にある山でした。その山すそにテントを張りました。
女性の教官の先生の分も含めて4人用を3つ。班の7人が協力して達成する課題は、
この山でときおり目撃される「もつれたもの」を祓うことでした。
ええ、それは時折、ふもとの農家などで目撃されてたんです。
獣のような、人のようなものです。畑を荒らしたりするんじゃなく、
物陰から学校に通う子供たちを見ていたり、留守の家に忍び込んで、
お菓子などを盗っていく被害があったそうです。地元の神社の神主さんから、
私たちの大学のほうに連絡がありまして、それでそこへ行ったわけです。

現地へは午後早くに着きました。テントの設営が終わって、
先生に「とりあえず寝る」ように言われました。
実習は夜に行われるんです。おそらく朝方までかかるだろうとのことでした。
そのための昼寝です・・・食事はなしです。
3日前から食を減らして、精進潔斎していたんです。
緊張で眠れませんでしたが、7時すぎには起き、
トレーニングウエアから装束に着替えました。
そして7人が集まったところで、呪具を渡されました。
神鈴と、榊の枝、そして見えない糸、それと松明です。
見えない糸を使用するのは初めてのことでした。
その後、あらかじめ調べてあったその山の登山路が3本ありましたので、

7人が2人組、3人組に分かれて時刻を合わせ、3箇所から同時に登って行くんです。
この間、何があっても口をきいてはならないことになっていました。
私は2人組で、パートナーの人と、西口という登山路に歩きで移動し、
9時を待って登り始めました。ええ、同じ時刻にいっせいに登り始めているはずです。
神鈴と榊の枝は腰帯につけ、片手に松明、片手には見えない糸を捧げ持つんです。
パートナーの人も同じ姿勢でした。登山道ははじめのうちは石段になっていて、
2人並んで登っていくことができました。
ほとんど使われていないようですが、いちおうハイキングコースになっているらしく、
また頂上には電波塔もあるということで、傾斜は急ではありませんでした。
真の闇が降りていましたが、松明は思いのほか明るく、
足元が危険という感じはしなかったです。

無言のまま、同じペースを保って登っていきました。
私も、パートナーの人も体は鍛えているのですが、息遣いが少しずつ荒くなってきました。
左手で捧げる見えない糸には、何も感じるものはありません。
この糸は目に見えないのですが、霊的にあるものです。
どこまでも長く伸び、他の組の人たちとつながって、その山を取り巻いているのです。
トポロジーの原理というのを使用しているのだそうですが、
私にはよくわかりません。やがて、登山路の石段が途切れ、
腐葉土の積もった土の道に変わりました。
しばらく天気がよく、濡れていなかったのが幸いでした。道幅が狭くなり、
左右の藪の枝がぴしぴしと装束にあたるのがわかりました。
40分ほど登り、山の中腹を過ぎました。

ぱっかりと藪が切れ、平地のようなところに出ました。
山腹に造成した広場のようなところです。そのとき、腰につけた神鈴がリンと鳴りました。
同時に、手の中にある見えない糸に何かがかかる手ごたえがありました。
左の方角、パートナーの人のいるほうです。
もちろんパートナーも気づいていて、鋭い動きで首を回しました。
手の中の糸に感情が伝わってきました・・・「帰りたい、痛い、苦しい」
左手にはずらりと高い木が並び、その向こうは崖と思われましたが、
木の間から黒いものがすごい勢いで飛び出してきました。
四本足で走る獣のようでしたが、松明の明かりで、
その背中にも手足があるのがわかりました。
パートナーが息を飲み、見えない糸を持った右手を顔のあたりまで上げました。

黒い獣は数m手前まで来て立ち止まりました。
1mほどのイノシシのように見えましたが、体はかなり朽ちて、
毛皮の間から骨がのぞいて見えました。そしてその背中に白い人間の顔がありました。
そちらのほうはイノシシよりも原型をとどめていて、
男の子の顔に見えました。イノシシの背中に上向きに負ぶさるように、
体が上を向き、細い手足が天に向かって突き出されていました。
獣はこちらを見て唸り声をあげました。私はパートナーに目で合図をして、
松明を地面に置き、腰から榊の枝を抜きました。
パートナーも松明を捨てて、両手で見えない糸を捧げました。
トントンと獣は数m後ろに跳び下がり、それから全速で私たちに向かってきました。
私たちは体を沈め、私は頭上に榊の枝をさし出しました。

ピシッと、枝に何かがあたる手ごたえがありました。このあたり、
恥ずかしい話ですが目をつむってしいまっていたので、よくわからないんです。
獣の叫び声に交じって「おかあさん」という男の子の声が聞こえた気がしました。
目を開けると、パートナーが下に落ちた獣の・・・
背中に突き出した男の子の足に見えない糸を絡めようとしていました。
獣は素早く起き上がり、後ろを向いて山頂方向に駆け出しました。
パートナーのほうを見ると、深く大きくうなづき、
私にも手ごたえで糸が絡んだのがわかりました。松明を広い、
半ば走るようにして山頂を目指しました。
私たちのではない、リンリンとい神鈴の音がかすかに聞こえ始め、
仲間たちが他の登山路から集まってきているのだとわかりました。

やがてまた視界が開け、鉄塔が見えてきました。
「怪我してない? よくやったね、絡んでるよ。こっち」教官の先生の声が聞こえました。
鉄塔の下のコンクリに先生が立っていて、反対側の斜面を指さしておられました。
山頂へは私たちの組が一番乗りのようでしたが、数分して、
他の組の人の顔が見えてきました。全員がそろうと、
私たちは片手で見えない糸を捧げたまま、その斜面に向けて半円を作りました。
「ここは道じゃないから、あなたたちは降りられないでしょう。
 私が行ってくる」先生がそうおっしゃって、藪に入って行いかれました。
先生は登山装備で、ヘッドライトをつけてたんです。
しばらくして、先生が戻ってこられました。
「全部は回収できなかったけど」そう言って胸ポケットから白いものを出されました。

「男の子の骨・・・20mほど下のくぼみで獣の骨と混じってたわね」
先生の言葉に「イノシシだと思います」と私が答えました。
「見えたのね、すごいじゃない。糸を絡めたのは?」と先生が聞かれ、
パートナーがやや誇らしそうな顔で手をあげました。
「あなたたちはたぶん合格でしょうね。他の人たちは運が悪かったみたい。
 また次の研修があるんじゃないかな」先生がおっしゃいました。
「男の子はどうなるんですか」誰かが聞き、
「糸が絡んでいるからもう動けない。後で本格的な祈祷をしますので、
 それは心配ないです」
・・・こんな感じで、私の山での実習は終わったんですが、
まだもう一回あるんです。ええ、今度は夜の街でです。


 





リフレクション

2015.05.05 (Tue)
えー自分は占い師を職業にしておりまして、趣味はオカルトの研究です。
そういう点では、みなさんと同好の士であるわけでして・・・
え? レベルが違う? ・・・そうですか。
ええ、私の知り合いの編集者のNさん。この方は女性なんですが、
現在は4WD車の専門雑誌の編集部にいまして、すごい男勝りの方なんですよ。
いつもミリタリーファッションだし、自分でもジープ乗るし。
その方から相談を受けたんです。
えーNさんはワンルームのマンションに住んでるんですが、
入居して6年って言ってましたね。その間、特に何事もなかったんですが、
こないだ気分転換に部屋の模様替えをした。
ベッドやら本棚、デスクなんかの位置を変えたわけですね。

そしたらです、その晩から奇妙なことが起きるようになった。
その日は12時過ぎに寝たそうです。少しだけお酒は飲んでたとは言ってましたが、
酔っぱらうほどじゃあなかったとも。
部屋の電気は消して寝るそうですが、電子機器とか集合コンセントからの明かりで、
完全に真っ暗ではないそうです。そしたら夜中に目が覚めました。
体が動かない状態で、いわゆる金縛りになってたんですね。
初めての経験だったそうです。意識はわりとはっきりしてたって言ってました。
それでまず、どっか体の中で動くところがないかさぐってみた。
そしたら、指先が動きだし、次に瞼が開きました。
ところが、それ以上はどうしても自由にならない。
バカバカしいとは思いながらも、頭の中で般若心経の一部を唱えてもみたそうですよ。

上を向いて寝ていて、体が動かないわけだから、見えるのは天井だけです。
そしたら、その天井を何か光の点のようなものが横切った。
光ってるわけではないけど「ホタルかな」って最初は思ったそうです。
続いてもう一つ、また一つ・・・でね、見ているうちに、それが何だかわかったそうです。
目だったんです。人間の片目だけ、顔の他の部分はいっさい見えない。
それが頭の上1mくらいのところをスーッと流れていく。次から次とです。
「何でこんなものが」と急に怖くなったそうですよ。
その目は数えてる間だけで、40いくつあったそうです。
全部特徴が違ってて「同じ人の目ではないと思う」とも言ってました。
だいたい20分から30分くらい、その目を見てたってことですから、
1分に一個以上通過していくわけですね。

そのうちに意識がふーっと遠ざかって、気がついたら朝になっていた。
起きようとしたら体は普通に動いたってことでしたね。
でね、それが翌日の夜もあったそうなんです。ええ、全く同じような具合にです。
それで、自分の共同事務所のほうに相談に来られました。
「うーん、片目だけがいくつも通っていくという話は聞いたことがないですね。
 斬新です。仮名にしますからブログのネタにしてもいいですか?
 ああ、ありがとうございます。(これ自分です)
 ちょっとそのお話だけだとわからないっていうか、いろいろ質問してもいいですか。
 まずですね、自分が不思議だなーと思うのはその目の向きです。
 Nさんから見て、その片目は正面に見えたわけですよね。
 てことは、その目に顔があるとして、下向きにベッドのほうを向いてるんですよね。

 え、違う? どういうことですか?
 ・・・目は進行方向である正面を向いてるんだけど、
 下にいるNさんからも正面に見える? あ、それ、もしかして目っていうのは、
 あの鬼太郎の目玉おやじみたいな眼球なんですか、球形の。
 それも違う、上まぶたと下まぶたの間の目・・・
 いやこれは、お話は信じますけど、自分には何が起きてるかわかんないです。
 日頃オカルティストを気取ってるわりに無能だって?
 いや、すみませんね、そのかわりこれから時間ありますか。
 わりと近くにKKさんという霊能者さんがいらっしゃるんですよ。
 自分といっしょに行ってみませんか。自分と違ってプロですから、
 解決の糸口がつかめるかもしれません」

とまあ、こんな話をして、KKさんの事務所に一緒におじゃましました。
電車で2駅ほどのビルに事務所があるんです。
KKさんは女性で、たぶん50代かな。おどろおどろしい格好とかはしてません。
こう言っちゃ失礼ですけど、普通のおばさんに見えます。
ああ、御存じなんですか。そうでしょうねえ。KKさんはおられまして、
予約も何もなかったんですが、相談室に通されました。
Nさんが事情を説明しますと、KKさんは少し考えておられましたが、
「部屋の模様替えをしたっておっしゃいましたよね。
 もしかして大きなポスターみたいなのがありますか?人が写っている」
「はい、あります。わたしはミリタリーが好きなので、
 米陸軍のイメージポスターです」

「ああ、なるほどね。では、もしかしてあなたが見た中に、
 日本人じゃないと思われた目はありませんでしたか?」
「・・・ええ、ありました。そうですね、
 黒目がかなり茶色っぽいのが混じってたような」
「わかりかけてきましたよ。では、ベッドのある同じ部屋の中に鏡はありますか」
「・・・いえ、ないはずですが」 「よく考えてみて」
「あっ! あります。それ甥っ子が昔、修学旅行でディズニーに行ったとき、
 お土産に買ってきてくれたものなんです。縦15cm、幅は10cmもないかな。
 有名なキャラクターがついたものです。
 小さくて使ってはいないんで忘れてました」
「うん、だいたいわかったわよ。あなたがベッドに寝た姿勢で鏡は見える?」

「部屋の模様替えしたばかかりで、意識したことがなかったですが、
 位置的には見えるかもしれません」 「ポスターのほうは?」
「ポスターはベッドの頭の後ろの壁なので、仰向けでは見えません」
「ふんふん、それで、あなたが見た目の流れていく方向というのは、
 ポスターから鏡に向かってたんじゃないの?」
「あ、そう言われるとそうです!」
「うんうん、じゃあ解決は簡単ね。鏡を外すかポスターを外すかどっちか。
 軍隊のポスターというなら、そっちを外したほうがよさそうだけど」
ここで、自分が口をはさみました。
「どういうことが起きたんでしょうか?」
「うーんとね、まず目と目が向き合うのはよくないの。

 生きた人間でも、恋人同士でもないかぎり、
 ずっと見つめ合ってるって疲れるじゃない。写真のポスターとかも同じなのよ。
 絵だとまた違うみたいだけど。だから人の顔が大きく写ったポスターを、
 向き合わせに貼るのはよくないの。それから、ポスターが鏡に映っている場合もね」
「顔どうしでつながりができるってことですか」
「うん、目どうしと言ったほうが正確かな。
 その目と目の間に一種の霊道ができるらしいよ。
 それで、アメリカ軍のだったら、きっと外人さんの目だろうなって思ったの」
こんなお話をしていただきました。謝礼はKKさんが固辞されたので、
後でNさんが何か贈り物をするそうです。ポスターを外して、
それからおかしなことは起きてないと言ってました。

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いうおうY 


 
 
 

温泉と幽霊

2015.05.04 (Mon)
えー大型連休真っ最中ですが、みなさんどのようにお過ごしでしょうか。
と、雑談ブログのような書き出しで始めましたが、
自分は今、仕事で某地の温泉巡りをしていまして、長い話が書けません。
今回は温泉と幽霊の話でお茶を濁させてください。
一般的に宿、旅館やホテルになどを舞台にした怪談話というのは多いですよね。
自分の友人の中にも、ホテルに宿泊したらまず飾られている絵の額の裏、
ベッドの下などを見て御札を探す、という人がいます。

「実際に御札を見つけたことがあるのか」と聞いたら、
「何度かはある」と答えていましたが、この人は旅行が仕事(観光ライター)
みたいなものなので、それで「何度か」であるならば、
そんなに多くはないんでしょう。
大型ホテルであれば、年間ののべ宿泊者数はかなりの数になるはずで、
一つの市の人口ほどに達するでしょう。
ですから、そこで亡くなった人がいたとしても、
いちいち御札を貼るなどの対応はしてないんでしょうね。

さて、自分は宿そのものを主体にした怪談というのはそれほど多くはないんですが、
温泉がテーマになってる怪談はけっこうあります。
関連記事 『硫黄神社』
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関連記事 『垢嘗』
関連記事 『蛇湯』
などがそうですが、この中で「垢嘗」は妖怪が出てくるものの、
内容的には循環温泉施設をテーマにしたけっこうハードなものですし、
「蛇湯」は、かなりの部分自分の体験が取り入れられています。

温泉地の怪談として有名なのは、これはだいぶ昔(昭和30年代前半)に、
作家の遠藤周作氏と三浦朱門氏が熱海の宿で体験した話で、
二人が同時に「私はここで・・・死んだのです」と枕元でささやく声を聞き、
座り込んだ男の幽霊を目撃して逃げ出しました。
そして2人がそれぞれ別々に別のメディアに作品として発表し、
そのことを週刊誌が取り上げて評判になったんですね。
まあ他の実際の幽霊事件同様に、検証しても幽霊実在の証拠はつかめないんですが、
長旅の疲れ、俗に「枕が変わる」という普段とは異なる眠るときの条件、
温泉の湯の効能などが相乗効果をあげて、
幽霊を見やすい環境にあったとは言えるのではないかと思います。

自分は残念ながら零感ですので、一度も幽霊を目撃したことはないのですが、
いろんな人の話を総合すると、
青森の恐山内にある温泉が幽霊が出るという評判が高いようです。
ただしここは日本有数の霊場ですので、怖い幽霊というよりも、
「湯につかってゆったりした気分で窓の外を眺めていると、
 外を行きかう人に交じって、亡くなった人の姿を見てしまう」
といった内容になっているようです。
ここは自分も行ったことがありますが、
湯船のある板作りの小屋が4つほどあったように記憶しています。
確かに外には普通に観光客が歩いていますので、
ちょっと落ち着かなかったですね。

温泉には神社が付随していることがあり、
その御祭神は、大己貴(オオナムチ)神(大国主命)と少彦名(スクナヒコ)神
が充てられている場合が多いようです。
この2人が日本各地を回って、数々の温泉を発見したと言われています。
あと弘法大師をはじめとする昔の高僧が開いたと言われる場所も各地にありますね。

自分としては、幽霊は見ないものの、温泉が持っている力を感じることはあります。
ある種のパワースポットなのではないでしょうか。
地の底からガスや湯が噴出してくる力が伝わってくるのだと思います。
特に湯の沸出量が多いところで、強くそれを感じます。
岩盤浴でも有名な秋田県の玉川温泉などがそうでした。
ただ、そういうところは硫化水素などの火山性ガスの危険があり、
実際に死者も出ていますので、散策などの際は十分お気をつけください。

恐山温泉


玉川温泉