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実話系の話4

2015.06.30 (Tue)
黒い花

これは会社役員から定年退職し、今は奈良の山裾で趣味の陶芸をしている
Cさんから聞いた、なんと40年以上にもわたる話です。

Cさんは工科大学を卒業してからずっとある製薬会社の研究所に勤務し、
最後は開発担当の専務になって退職しました。
研究所に勤め始めて7年目、同社の女子社員と結婚し、
所から歩いて15分ほどのところに建売住宅を買い、
以後ずっとそこに住んで、歩いて会社へ通っていました。
家を買ってすぐのことだったそうです。研究所に行くには○○橋という、
20mないくらいの短い橋を通るんですが、
それは川ではなく湿地にかかった橋でした。
地元では水無川と呼んでいたそうですが、
もともとの川が流れの筋を変えた後に残った湿地に、昔からの橋が架かった場所です。
もっとも橋は造り替えられてコンクリ製のものになっていたそうですが。

その日の朝、橋の歩道を歩いていると、
前に4歳くらいの男の子を連れた若い母親がいて、
子どもとこんな会話をしているのが聞こえたそうです。
「お母さん、橋の下にたくさん黒い花が咲いているねえ」
「あらほんと、この前通ったときはなかったのに。何というお花かしら。
 珍しいわね。後で図鑑で見てみましょうね」これだけのことだったんですが、
とても奇異な感じを受けたそうです。なぜかというと、
Cさんが見た橋の下は砂と泥水だけで、花など一本も咲いていなかったそうです。
翌日、朝刊でその橋からそれほど遠くない場所で、
母親と男の子が暴走トラックに引っかけられて亡くなったという記事を見ました。
もちろん顔写真が載っているわけではなく、

この母子が朝会話を聞いた人たちと同一人物かはわからなかったわけですが、
なんとなく嫌な気がしたそうです。ただし、
このことはしばらくして忘れてしまい、思い出したのは13年後のことです。
40歳を越えたCさんは、いくつか有名になった新薬の開発にかかわり、
所内でもチーフの役目を与えられていましたが、相変わらず歩きでの通勤でした。
開発担当は遅くまで仕事することも多いんですが、
Cさんは健康のためにも歩くことをやめなかったんですね。
その朝は、少し前に70歳を過ぎたと思われる老婦人の車イスを、
娘と思われるよく似た顔の女性が押している2人ずれがいました。
当時はまだバリアフリーも浸透しておらず、橋の歩道で難儀している様子だったため、
後ろにいたCさんは、いつでも手助けできるよう心づもりしてたそうです。

水無川の中らへんまで来たところで、老婦人が意地の悪そうな声で、
「おや、黒い花が咲いておる。わたしが○○流(華道の流派のようです)
 の師範をしてたころにはついぞ見かけたことのない花だねえ。外国のものかね」
こう言い、娘さんはそれを聞いて、いぶかしそうに橋の下を見てましたが、
「お母さん、そんな花は見えませんよ」と答えました。
ここで、車イスの母親が高圧的な態度で娘を叱るというやりとりがあったそうです。
これも翌日の新聞です。そこの市郊外の総合病院の前庭から、
娘が母親の乗った車イスを、下の運動公園に故意に押し落としたという事件があって、
このときには顔写真が載ったのですが、
これは間違いなく、昨朝会話を聞いていた母子だったということでした。
このときに、記憶の底に引っかかっていた13年前のことを思い出したんだそうです。

それからは、理系のCさんですから偶然だろうとは思いつつも、
橋下に咲いているという黒い花を自分が見てしまうのが怖くなり、
やや遠回りになるものの、通勤のコースを変えたということでした。
水のない川ですから、橋を渡らなくても会社には行けるわけです。
それから15年ほどたって、Cさんの定年間際のことです。
夕暮れ時に、その橋を渡っていました。
これは先輩の退職記念の会がその橋の近くの会館で行われるため、
どうしても通らざるをえなかったということでした。
なるべく下を見ないように足早に歩いていると、欄干にもたれるようにして
下を見ている人がいました。50過ぎほどに見えたそうですが、
パンチパーマに金縁の眼鏡という、いかにもその筋の人だったそうです。

かかわり合いができないよう身を固くして行き過ぎようとしたところ、
「ちょっとあんた」と声をかけられました。
「この橋の下いちめんに黒い花が咲いているようだが、あんた見えるかね」
こんなふうにです。Cさんは、もちろん花などは見えませんでしたが、
あたりさわりのないよう、「いや、暗くてちょっとわかりません。
 あまり目がよくないもので」こう答えました。その筋者は、
「そうか、あの黒いの、前に見たことがあるなあ。ムショ(刑務所のことですね)
 に入る前に見た気がするなあ」ひとり言のようにこうつぶやいて、
それ以上Cさんに話しかけてくることはなかったそうです。
これで、この筋者が翌日の新聞に載ったというなら出来過ぎのようですが、
それはありませんでした。どうなったかわからないということです。

Cさんが退職した後のことです。十分な退職金が出たこともあり、
再雇用を希望せず、カルチャーセンターの陶芸教室に通っていました。
そのころに市の再開発があって、水無川の部分全体に土を盛り、
橋をなくす計画になったんです。地元の業者が請け負ったんですが、
たいした工事ではないはずなのに難行し、
重機がひっくり返って作業員が1名亡くなったんです。
水無川の軟弱な地盤をようよう掘り起こしたところ、砂の中から、
線路のレールの鉄ですね、あれを60cmほどに切って、地下2mほどのところに、
縦に埋めたものが出てきました。全部で40本ほどです。
線路の規格や錆具合から、明治後期ころのものではないかという推測になりましたが、
誰が何のために埋めたのかはわからなかったそうです。

出てきたのはそれだけで、白骨死体なんかは見つかっていません。
でも、不思議ですよねえ。レールを埋めるという話は、
何かの呪詛としても聞いたことがないです。
最後にCさんはこんなことをおっしゃってました。
「なんだかね、自分が年とったせいか、
 その黒い花を見てみたい気がするように思えてきた。もうね、
 子どもらも独立して孫もいるが、妻が死んでからあまり生きたいという気力がない。
 ・・・どんな花なのか気になるじゃないか。黒百合みたいなものか、
 菊みたいな花か。まさか彼岸花みたいなものじゃないだろうねえ。
 だからね、今こさえてる陶芸の皿に、自分が想像した黒い花の絵を入れているんだ。
 いや、様々な意匠を試しているが、なかなかピンとくるものはまだできてないよ」







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鬼一口

2015.06.29 (Mon)
「鬼一口」(おにひとくち)という言葉があります。
これは平安時代初期に成立した『伊勢物語』より発生した語で、
『伊勢物語』は、『在五中将物語』とも言われるように、
在原氏の五男であった右近衛権中将、歌人の在原業平を主人公とした歌物語です。
では、この語ができた元になったといわれる、
あまりにも有名な芥川の段(第6弾)を見てみましょう。短いものです。
教科書にも採用されているので、ご存じの方も多いでしょう。

むかし、をとこありけり。女のえうまじかりけるを、
年を経てよばひわたりけるを、からうじて盗み出でゝ、
いと暗きに来けり。芥川といふ河をゐていきければ、草の上にをきたりける露を、
かれはなにぞとなむをとこに問ひける。ゆくさき多く、夜もふけにければ、
鬼ある所とも知らで、神さへいといみじう鳴り、雨もいたう降りければ、
あばらなる蔵に、女をば奥におし入れて、をとこ、弓やなぐひを負ひて、
戸口にをり。はや夜も明けなむと思ツゝゐたりけるに、鬼はや一口に食ひけり。
あなやといひけれど、神なるさはぎにえ聞かざりけり。やうやう夜も明けゆくに、
見ればゐてこし女もなし。足ずりをして泣けどもかひなし。

 白玉か なにぞと人の 問ひし時 つゆとこたへて 消えなましものを

昔ある男(業平)がいて、手の届かない身分の女をなんとか連れ出したが、
真っ暗な中、芥川という川を渡りっていくと、背中に負った女が、
草の上の露を見て「あれは何?」と尋ねました。
このあたりは、野の露も見たことがないほどの深窓の令嬢、
つまり、身分の高い女性だったということを表すとともに、
「露のようにはかない」という言葉があるように、
不幸な結末も暗示しているのでしょう。道は遠く、夜が更けてきて、
雷雨も激しかったので、鬼のいるところとも知らず、
ぼろぼろの蔵に女を押し込み、男は弓矢を持って戸口を守っていたが、
もう夜が明けると思えるあたりで、鬼が女を一口で食ってしまった。
女は悲鳴を上げたけれど、雷のため聞こえなかった。
夜が明けて蔵を見れば女の姿はなく、
男が地団太を踏んで泣いてもどうしようもなかった。

白玉(露のこと)を「あれは何かと」あなたが聞いたとき、
「露です」と答えて私が消えてしまえばよかったのに
まあこんな内容です。関係ない話ですが、
このあたりの文章は和語中心で訳しやすいです。これが時代が下って、
和漢混交体になるとぐっと難易度があがります。
この段には後半部分があって、女が鬼に食われたように書かれているが、
実は女の兄弟たちによって武力で取り返されてしまったのだという裏話が出てきます。
ただ、それについては物語として無粋だと思うむきもあったのでしょう。
人間がこの話のように、鬼に一口で飲まれたように跡形もなく消えてしまうことを、
「鬼一口」と言うようになったとされます。

さてこの話がどのくらい有名かというと、
ずっと時代が下る江戸時代になって、当ブログでよく登場する絵師、
鳥山石燕が『今昔百鬼拾遺』に妖怪(百鬼)として描いています。
絵(下図)を見れば、人間を跡も残さず一口で食べてしまうのですから
これは巨大な鬼で、画面に収まりきれていません。
例えば血の跡もなければ、食われた人が死んだのかどうかもわからず、
弔いで成仏を願うこともできないのです。

この「鬼一口」について、民族学の岡部隆志氏は、
「戦乱や災害、飢饉などの社会不安の中で頻出する人の死や行方不明を、
異界がこの世に現出する現象として解釈したものであり、
人の体が消えていくことのリアルな実演であり、
この世に現れた鬼が演じてしまうもの」と推測しています。
法の目が行き届いてはおらず、人の命が軽かったであろう昔にあっては、
さもありなんという内容ですね。

さてさて、最近、日本の行方不明者は年間10万人という話を耳にします。
警察庁の資料によると、平成21年度、
警察が捜索願を受理した家出人の総数は81644人ですが、
これは少なくなってきていて、10万人を超えていた年もあるようです。
人口一億を超える中での8万人を多いとみるか少ないとみるかは難しいところですが、
日本の優秀な警察のことですので、
発見率は諸外国よりも高いのではないでしょうか。
この年も、その年度中に所在が確認された家出人は79936人で、
単純に引き算をすれば、未発見者は1700人ほどということになります。
この中には年度を超えて発見された人も多いのでしょう。

今朝もニュースやワイドショーで、山中の墓地に死体を遺棄された女性と、
いまだ所在不明の息子の話をやっていましたが、行方不明者の中には、
犯罪等に巻き込まれ、どこかで命を落としている人もいると思われます。
そういう意味で、戦乱や飢饉の世ではありませんが、
現代においても「鬼一口」は存在するのです。
もしかしたらみなさんの背後にも、大きく口を開けた巨大な鬼がいるのかもしれません。
自分の話にも、人が消えてしまう内容のものは多いですが、
そう考えると怖いなあと思います。

『鬼一口』 鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』より






寿司成仏

2015.06.28 (Sun)
俺、大きめの寿司屋で板前の見習いやってるんです。
まあそりゃ出前持ちもやりますけど、寿司職人修行中ってことにしといてください。
でね、おとといの夜、11時半頃のことですね。
あんま客も少なくて、けっこうヒマな日だったんですよ。
店の電話が鳴りまして、おかみさんがとったんです。
電話はすぐに切れたんで、きっと出前の注文だと思ったんですが、
おかみさんは受話器をいじって相手先の番号確認したんです。
その後、親方と俺を手招きしたんでカウンターの奥に入ったんです。
「あのね今、出前の注文が来て、特上1人前だったんだけど」
「ネタは残ってるよ。どしたん?」
「それがね、発信先が○○ちゃんのマンションの部屋なのよ」

この○○ちゃんというのが、店からバイクで10分もかからないマンションに住んでた
元クラブのホステスの人で。元というのは、先月自殺して亡くなってるんです。
睡眠薬を飲んで。そうですね、月に5、6回は注文がありました。
ほとんど1人前ですけど、特上しか頼まなかったんです。
うちの特上は大トロ、ウニ、アワビ、カニ・・・4000円ですから、
いいお客さんでした。直接店にも何度も来られてましたよ。
「で、どんな声してたんだ。○○ちゃんの声か?」
「それが、ぼそぼそっと特上1人前って言っただけなんで、はっきりしないのよ」
「じゃあ、別人だろ。だいたい幽霊が寿司注文できるわきゃねえや」
「そうだけど、でも、同んなじ部屋からだったし」
「新しく住人が入ったんだろ」 「そうかもしれないけど、気味が悪いよう」

「注文されたのが間違いないんなら、つくるしかねえだろ」
「配達はどうすんですか?」 「お前がやるに決まってんだろ」
「えー、怖いですよ親方」 「馬鹿、幽霊なんていねえ。新入居の人か、
 さもなきゃ、生前のお仲間が集まって故人を偲んでるとかだろ」
「あ、そうですよね。きっとそうです。
 だから電話の履歴でわかると思って住所も言わなかったんですよね」
「でもねえ、法事みたいなことなら1人前というのが変じゃない」
「まあ、わかった。今から握るから。念のために特製にしとく。
 亡くなった○○ちゃんの好物はカニだったよな」
・・・ということで、特上一人前をバイクで出前することになったんです。
いや、正直言って幽霊ってことはないと思いましたが、やっぱ薄気味悪い・・・

そこのマンションは賃貸だけどすごい豪華で、
家賃は俺の給料手取りの倍はいくと思います。入り口に24時間ガードマンがいるんです。
その受付に顔を出して、寿司の出前だって声かけました。
そんときいたのは顔見知りの、俺より数歳上くらいの人です。
部屋番号を告げると、「えー、おい。そこまだ空き部屋になってるんだけど」
「うわ、来た」と思いました。「でも、うちのおかみさんが注文受けたんです。
 間違ったことなんてないです。そこ友人の人たちとか来てないですか」
「そんな記録はないなあ」ガードマンは訪問者名簿をめくってましたが、
顔におびえの色があったように思えました。
「じゃ、いっしょに来てくださいよ。もし部外者が入り込んでたら大変でしょ。
 仕事じゃないですか」 「・・・わかった」

ということで、そのガードマンといっしょに寿司桶持ってエレベーターに乗ったんです。
8階の部屋でした。外には面しておらず、廊下にも空調が効いてるんです。
ドアの前まで来たんですが小窓は暗かったです。
といっても、これは玄関の電気つけてなきゃ人がいてもいなくても暗いんですが。
「自分はそこの曲がり角の陰にいますから」 「ちょ、そんな一緒にいてよ」
「でも、もし不審者が入ってるなら、自分の姿見れば警戒するでしょ。
 暴力沙汰になるかもしれませんから。大丈夫、何かあったら飛び出しますから」
ガードマンはこう、プロの戦略なのか怖いのかよくわからないことを言って、
曲がり角の向こうまで後じさって行ったんです。
そのとき、急に携帯にマナーモードの着信がありました。
あやうく跳び上がりそうになりましたよ。やっぱビビッてたんですね。

親方からでした。「おう、着いた頃だろ。もし寿司相手が受け取って怪しい感じがしたら、
 お代受け取るな。それと、そうだなあ10分くらい前で待ってろ。
 何か起きるかもしれんから」こう言って、こっちが問い返す前に切れちゃったんです。
しょうがないので、部屋の呼び鈴を押したんです。応答なし。
正直ほっとしました。いないなら、それはそれで間違いかイタズラなんだし。
念のためもう一度押したら、ややあってインターホンから、
「は・・・い」というか細い声が聞こえてきたんです。「う!」
○○さんの声には似てる気がもしたんですが、はっきりはわかんなかったです。
待っていると、ドアが開き始めました。その時間の長く感じられたこと。
ドアは15cmも開かずに止まりました。でね、素肌の手が出てきたんです。
ひじから先。真っ白い若い女の人の手でした。

「ドアの陰にいてください」その人が言いました。
「中をのぞかないようにして、お寿司の桶だけこっちに入れてください」
相変わらずか細い声でした。ドアは外開きでしたのでそれは可能だったけど、
「これ、ヤバい」って直感したんです。
ガードマンのいるほうをちらっと見たんですが、出てくる気配はなし。
でね、俺はドアにぴったり張りつくような形で、
寿司桶持った右手だけ中に入れて・・・ そしたら寿司桶がふっと受け取られたんです。
あわてて手を引っ込めると、ドアが閉まりながら「あのー、お代は・・・」
ここで親方に言われたことを思い出しました。
「いや、親方がお代はサービスだって言ってました。今後ともご贔屓に」
マズイことを言ったかな、とすぐに気がつきましたよ。

もし幽霊なら、贔屓にされちゃたまんないです。
「そうですか・・・ありがとうございます」ドアが閉まるとダッシュで曲がり角まで戻って、
そしたらガードマンがしゃがんでました。
「いる、人か幽霊かわかんないけど寿司受け取った。あんた出番じゃないのか?」
「そうだけど、こっからだと腕しか見えなかった。・・・真っ白だったよな」
「ああ、それがどうした」その態度にだんだん腹が立ってきたんです。
「ほら」ガードマンが制服をまくって腕を見せました。
「黄色いだろ。照明のせいでこうなる。あんただってそうだし、
 ドアの前はキーや足元のためにこの照明が一番強いはずで、真っ白ってありえない」
ゾーッとしました。「これからどうすんの?」
「とりあえず本部に連絡して応援を呼ぶ。それから入ってみるよ。あんたは?」

「親方から10分ほど待っててみろって言われたから、もう少しいるよ」
でもね、その後、その場では何事もなかったんですよ。
俺だけ下に降りてマンションを出ました。そこで、植え込みの中に○○さんがいたんです。
あの死に装束っていうんですか。火葬されるときの白い着物を着て、
一目でわかりましたし、不思議に怖くなかったんです。
むしろ神々しい感じさえしました。○○さんは俺に向かって一礼し、
そのとき心の中に「親方によろしく」って声が聞こえた気がしました。
○○さんはそのまま、白い薄光する固まりになって、シュッと空に上ってったんです。
バイクを走らせ、店に戻って親方にそのことを伝えました。あとは後日談ですね。
ガードマンは機密だってしぶってましたけど、話を聞かせてもらいました。
あの後、応援が2人来て、部屋はチャイム鳴らしても応答なし。

鍵がかかってたから、合鍵で入ったものの、
部屋の中は家具もなく整えられてて、人がいた気配はまったくなし。
ただ、そのガードマンが本部から怒られたってこともなかったそうです。
ええ、この手のことってよくあるらしいんです。
それで、手がついてないラップがかかったままの寿司桶が玄関にあったそうす。
翌日の午後、それを返してもらって店に戻りました。
親方に見せると、「精魂込めて握ったからねえ。それに」そう言ってラップをとり、
しなびたてしまったカニの切り身を裏返して俺に見せたんです。
はっきりとわかりましたよ。寿司醤油で書いただろう字が、
焦げたように黒くなってました。「南無阿弥陀仏」って。
今度、店員全員で○○さんの墓参りにいくことになったんです。だいぶ遠方ですけど。







 

水を飲む

2015.06.27 (Sat)
中3の秋のことです。父と父の友人とがキノコ狩りに行くと言ったんで、
僕もついていったんです。10月の奥秩父です。
オートキャンプ場をベースにして、父と父の友人、
僕と小5の弟、父の友人の小4の娘さんという5人パーティでした。
キノコはヒラタケ、ナラタケ、ブナハリタケ、ホテイシメジ・・・
などでしたが、僕にはほとんど見分けがつきませんでした。
紅葉は始まったばかりで、色づいているのは一部の木だけでしたが、
それなりにきれいだったのを覚えてます。
登山が目的ではなかったので、険しい山道には入らなかったんですが、
1時間も歩くと足がパンパンに張ってきました。
部活を引退して受験勉強をしてたので、体力が落ちてたんだと思います。

でも、自分より小さい子がいるため、
弱いとこは見せられないと思って歩いてたんです。
え? これはおととしの秋ですから、4重遭難があった後のことです。
ここって怖いところなんですよ。
あの話題になった4重遭難でも、ヘリ墜落で亡くなった5名はともかく、
コロコロと簡単に人が亡くなる場所なんだそうです。
そのことは父も話してまして、「ここを魔境と呼ぶ人もいるんだぞ、
油断するな」って言い渡されていたんですが・・・
その日は天気は曇りでしたが、風もなく、そうですね、寒いとは感じませんでした。
ちょうど汗をかかないくらいのペースで歩いてたし、
キノコの採集で立ち止まることも多かったんです。

そのときも父たちがキノコの株を見つけて採り始め、
弟らが大喜びで手伝ってました。僕は振り返って、
これまで登ってきた山道をながめてました。そしたら、
右手の沢側のカエデの木の一枚の葉が、それだけひらひらと揺れてたんです。
他にたくさん葉がついている中の一枚だけです。
不思議でしょう。風もないのに小刻みにちらちら、ちらちら。
何か理由があるんだろうと思いました。例えば、
そこがどういう理由か風の通り道になってるとか、その葉に、
こっちからは見えないけど、ツタか何かからんでいるとか。
軽い気持ちだったんです。木の裏側に回って見てみようと思って。
ところがね、足場が不安定になっていて、僕が立つと崩れて落ちちゃったんです。

といっても1mもない高さでしたから、尻もちをついただけで、
ケガはありませんでした。そこは斜面になっていて、
すぐのところに細い登山道がありました。僕らが来たのとは別の道です。
「あらら、大丈夫」と女の人の声がしました。
そっちを見ると、大人の女の人が一人で立ってたんです。
そのときは年齢はわかりませんでした。というか、
今考えると顔もはっきりしなかったんです。
マズイとこを見られたな、と思って「大丈夫です」って答えました。
するとその人は「大丈夫じゃないと思うな。・・・落ちたことじゃなくて、
 葉っぱのこと」こう言いました。「葉っぱって?」思わず聞き返すと、
「さっき一枚だけ動いてる葉っぱ見たんでしょう」

女の人は上を指さしました。そこにはさっきのカエデの葉が逆方向から見えて、
まだそれだけがちろちろと揺れてました。
女の人は声を潜めて「あれ、見たら死ぬものよ」こう言ったんです。
「えー、そんなの聞いたことない。冗談でしょう」
死ぬ、なんてこんな場所でよくないことを言う人だなって思いました。
そしたら、意外な答えが返ってきたんです。
「志賀直哉って知ってる?」 「え? 昔の小説家ですか。読んだことないです」
「私も高校の教科書で読んだだけだけど、その人の書いたものに『城の崎にて』
 という小品があって、途中で一枚だけひらひらする桑の葉の話が出てくるの。
 有名な作品なんだけど、どうしてそこだけ関係のないことが突然出てくるのか、
 評論家の人にもよくわからないの」

「どういう内容ですか?」 「ただ、他の葉が動かない中で、その葉だけがひらひら・・・」
「でも、その小説家の人は死んだりはしなかったんでしょう」
「志賀直哉は葉の動く意味を知っていたから。作品にもそう書かれてあるわ。
 でも、君は意味がわからないでしょう。だから死ぬかもしれない。
 志賀直哉もそのすぐ後、たまたま投げた石でイモリを殺すことになるのね」
このあたりで、催眠術のようなものにかかってしまったのかもしれません。
本当に自分が死ぬのではないかと思えてきました。
だって、葉はまだ揺れてて、そのことは理屈で説明がつきそうもなかったから・・・
「死にたくはないでしょう」女の人がそう言い、僕はこくんとうなずきました。
「助かる方法があるの。こっちにいらっしゃい」
「でも、父たちから離れると・・・」 「すぐそこ」

その登山道から脇道に入っていったんですが、
直線距離にすれば確かに父たちとはそう離れてはいないと思いました。
そこはぽっかりと木々が切れ、木の葉の落ちたm四方ほどの池というか、
泉があったんです。水は驚くほど澄んでいました。
たぶん地中から湧いて出てたんだと思います。女の人は水を指さして、
「この水を飲めば助かるよ。死なないで済む」と言いました。
もう自分では判断できなくなっていたんだと思います。僕は草の上に腹ばいになり、
水面に口をつけてすするようにして水を飲み始めたんです。
すごく冷たくて、泥の味などはいっさいしませんでした。
女の人が言ったように、これを飲めば命が助かるんだろう、
頭の中はその考えしかなかったんです。

少しずつでしたが、かなりの量を飲みました。
もういいかと思って顔をあげると、女の人はいつのまにか泉の向こうに回っていました。
「まだ?」と目で問うと、女の人は首を振り、
マウンテンパーカーの両袖をたくし上げて水の中に手を入れました。
しばらく水底の落葉の下を探っていましたが、僕のほうの水は濁りませんでした。
「もっと飲みなさい。でないと」女の人はそこで言葉を切り、
「こうなるわよ」そう言って、水から両手を一気に引き上げました。
手には、白々とした人の頭・・・頭蓋骨を持ってたんです。
「うわっ」と叫んで立ち上がろうとしたとき、「お前何やってる!」
怒鳴り声が聞こえて、襟元をつかんで引きずり上げらたんです。
父でした。「さっきから姿が見えなくなって探してたが、こんなとこで何してる!」

これまであったことを説明しようとしたんですが、声が出ませんでした。
「水を飲まないと」これだけ言ったんです。そしたら父は目をむいて、
「見ろ!」泉の向こう側を指さしました。そこには落葉に埋もれて跪いた姿の、
人の遺体がありました。手や首の部分は白骨化し、頭の半分ほどまで水に浸かっていたんです。
「この様子だと数年はたってるな。こんなとこでどうして今まで発見されなかったんだろう」
父は僕を立たせた後、つぶやくようにこう言いました。
「・・・さっきまで、この人と話してた。水を飲むように言われて・・・」
泥々に汚れたマウンテンパーカーがわずかに見え、
それは女の人が着ていたものとよく似ていたんです。どうにか父にすべてのことを話すと、
父は少し黙ってから「そういうことも、山ではある」と言いました。
一枚だけ揺れていたカエデの葉は、もうどれなのか見つけられませんでした。

志賀直哉『城の崎にて』より
大きな桑の木が路傍にある。彼方の、路へ差し出した桑の枝で、
或一つの葉だけがヒラヒラヒラヒラ、同じリズムで動いている。
風もなく流れの他は総て静寂の中にその葉だけがいつまでも
ヒラヒラヒラヒラと忙しく動くのが見えた。自分は不思議に思った。
多少怖い気もした。然し好奇心もあった。自分は下へいってそれを暫く見上げていた。
すると風が吹いて来た。そうしたらその動く葉は動かなくなった。
原因は知れた。何かでこういう場合を自分はもっと知っていたと思った。







ポスト

2015.06.26 (Fri)
始まりは学校の総合学習の時間だったんです。
ぼくたちの中学校では、1年から3年まで郷土学習でした。
1年で選んだ研究テーマを3年まで発展させてやるんです。
例えば「交通網」を選んだなら、2年生までに市と県の交通について調べ、
修学旅行で行った東京の交通と比較するのが3年のとき、そんな感じです。
ぼくは、1年のときに同じバスケ部の仲間3人とグループを作りまして、
みなパソコンが好きだったので「グーグルアースで見る都市の形」
というテーマにしました。まあ、思いつきといえばそうなんですが、
発表会のプレゼンでは画像を多く使えるだろう、という考えもあったんです。
で、1年生の終わりころですね。総合の時間にコンピュータ室で、
グーグルアースを使って、市の南側にある大型造成団地を見てたんです。

そしたら、仲間の一人が「何だろ、変なのがあるな」と言いました。
「何が?」と聞いたら画面の一画を指さして、「このうずまきみたいなの」
って答えたんです。見ると、団地へ続く道路の横に細い脇道があって、
その上に家4軒分くらいのオレンジ色のうずまきがありました。
グーグルアースを使ってる人ならわかると思いますけど、
全体的な色合いって緑と灰色ですよね。
こんな鮮やかなオレンジは見たことなかったし、形も不思議でした。
それで何だかわからなくて、グループの間を回っていた先生に聞いてみたんです。
「うーん、実際に写真に写ってるものじゃないように見えるなあ。
 航空写真の他の部分はもっとピンボケしてるのに、これはくっきりだよね。
 グーグルのほうで写真に後で入れたマークなんじゃないかな。

 意味は先生もわからないけど、
 グーグルジャパンに問い合わせしてみたらいいんじゃないか」
こんなふうにアドバイスしてくださったんです。
研究テーマには直接関係ないことでしたけど、その日はやることもなかったので、
テレホンカードを先生から借りて、1階の公衆電話から連絡してみたんですよ。
すぐにつながりましたけど、でも担当者が不在ということで、
後で学校あてに返答をファックスで送ります、という返事をされたんです。
まあどうでもいいことでしたから、こっちが恐縮してしまいました。
で、その週の土曜日のことです。午前中に部の練習があり、
仲間と一緒に帰る途中、そのオレンジのうずまきの話が出たんです。
「午後からは特にやることないし、自転車で行って確かめてみないか」って。

小学校のときには、そうやって自転車で遊びに行くことはけっこうあったんです。
でも、中学校に入ると勉強がきつかったし、塾に入ったやつもいて、
みなでどっかに遊びに行くというのは、久々で面白そうでした。
で、家で飯を食ってから、1時半に大橋のたもとに集合ということになりました。
団地のほうには川を渡って行くんです。
1人が用事があって来られなくなり、集まったのはぼくを入れて3人でした。
団地へ行く道は広かったですけど、土曜の午後ということもあって、
交通量は少なかったです。山を切り拓いたとこなので、
ずっとゆるい上り坂になってました。そうですね、距離は10kmくらい、
自転車で20分ほどでしたね。場所はだいたいわかりました。
1人がグーグルアースの画面をプリントしたのを持ってきてたんです。

団地につながる本道の右手に、人しか通れない、
ジョギングコースみたいな道があるはずでした。
道は本道の歩道から樹木ごしに見えたんですが、ずっと鉄柵が続いていて、
どっから入ればいいかわからなかったんです。
それで、だいたいの見当をつけたあたりに自転車を置いて、
柵を乗り越えて道に入ってみました。アスファルトの曲がりくねった細い道で、
通ってる人はありませんでした。怖いことはなかったですよ。
真昼間だし、林の中といっても車の通ってる本道が見えましたから。
数分歩くとアスファルトの上に黒いものが見え、嫌な臭いがしました。
「あ、カラスが死んでる」 「くっせえな」 「まわり見ろよ、あれだけじゃない」
草の上にスズメや、何というか名前のわからない鳥が何羽も落ちてたんです。

その中にポストがあったんです。ええ、郵便のポストで〒のマークも白く入ってました。
箱型で一本足の支柱がついてるやつですが、色が黒かったんです。
ぼくらは鼻を押さえながら近づいていきました。
たしかに郵便のポストなんですけど、色の他にも変なところがあったんです。
あの、郵便物の回収時間をはってあるとこがありますよね。
あそこに書いてる時間が、「0:00」「2:00」だったんです。
これ午前のことで、真夜中しゃないですか。
そんな時間に配達の人が来るってことありえないでしょう。
でも、やっぱ怖いとは思わなかったんです。むしろ盛り上がりましたね。
「何だこれ、妖怪ポストか?」 「これ夜中黒いバイクに乗って採りにくるのか」
「どう考えても何かのイタズラだよな」

「でもよ、だとしたらあのマークは何なんだろ」
「偶然じゃないか。火星の写真とかでも、NASAがつけたマークを宇宙人の記号だ、
 とかって言うやつがいるけど、そんなとこじゃないか」
「何か入れてみようぜ」1人がそう言って、近くの木から小枝を折りとり、
草の上に落ちていたスズメの死骸をつまみあげました。
それはカラカラに乾いていて、羽根のとこしか残ってなかったんです。
投函口から中に入れましたが、もちろ何も起きませんでした。
「中、見てみたいなあ」ぼくが投函口のフタを手で押さえ、
1人が枝を突っ込んでみたんですが、中は暗くて見えませんでした。
「何かぐにょっとした手ごたえがある」
「俺のチャリに鉤のついたゴムひもがあるから持ってくる」

スズメを入れたやつがそう言って柵を乗り越えて走り、
すぐ外まで自転車に乗って戻ってきました。
荷台に載せたものを留めるゴムを中に垂らしてみたんです。「何か引っかかりそうだ」
何度か垂らして持ち上げるのを繰り返してるうちに、
ポストから強烈な臭いが立ち上ってきました。「うええ」ゴムを入れてたやつがえずき、
後じさりしたんですが、手にしたゴムの鉤が出てきて、
そこに黒いものが引っかかってたんです。髪の毛にも海藻にも見える濡れた束でした。
「うえ、この臭い」 「もう戻ろう、何かおかしいぞこれ」
ゴムひもを持ったやつがそれを投げ出して、ポストの横に蹴りを入れました。
そしてみなで柵を跳び越えて、川向うまで戻ったんです。
体に臭いが染みついてるような気がして、バラバラに家に帰りました。

ぼくが戻ると、パートが休みで家にいた母親が「さっき地震あったけど気がついた?」
と聞いてきました。「え、ぜんぜんわかんなかった」
テレビを見ると、たしかにポストの前にいたあたりの時間に地震がありましたが、
震度は3でした。震源地はぼくたちの市の沖合となってました。
・・・こっからはよくわからない話になります。
翌週学校に行くと、グーグルジャパンからファックスが来ていて、
「おっしゃっていたマークを探したんですが見つかりませんでした」という返答でした。
グーグルアースを見たら、あのオレンジの渦巻きはもうなくなっていました。
プリントアウトしたやつですか・・・それ持ってたのが、
鉤で変なものをポストの中から引っぱりだしたやつなんですけど、
転校しちゃったんですよ。

その週の土曜日だから、ポストに行ってからちょうど1週間後ですね。
部の練習に遅れて終わり頃に来たんです。元気がなかったんで「どうした」って聞いたら、
「昨日の夜、黒い郵便がきた」これだけ言って、質問には答えないで帰っちゃったんです。
日曜の練習は休んで、次の日に学校に行ったら、
先生が「急な家の事情で○○君は転校しました。
 お別れ会などができなくて残念でしたね」こう言ったんです。
でも、そいつの家って、会社員じゃなく和菓子屋だったんですよ。
ええ、家にも寄ってみましたが、店の商品は全部残ってました。
連絡先を先生に聞いても教えてくれなかったんです。携帯もパソコンのメールも通じないし。
どうなっちゃったんでしょうか。ポストですか? あれ以来行ってません。
どう考えてもマズイですよね。あれ何なんでしょうか?







『今昔物語』から

2015.06.25 (Thu)
今日もあまり時間がなく、『今昔物語』から話を紹介してお茶を濁します。
現代でも「奇妙な味」の短編として通用しそうなものがいくつもあります。
紹介しきれないのですが、あまり知られていないもの数編を意訳で。
ま、たまにはこんなのも。

・絵師が大工に敵討ちをする話
これには百済の川成という絵師と、飛騨の匠という工匠が出てきますが、
どちらも当時評判の名人で、腕比べ合戦の話です。

ある日、飛騨の匠が一間四面のお堂を建てたというので川成が見にいき、
西の面から入ろうとすると、そこが閉じて南の戸が開く。
ではと、そっちから入ろうとするとまた閉じて、今度は北の戸が開く。
いつまでもそういう具合で、川成はとうとう入れずに戻ってきてしまった。
自動仕掛けになっていて、わざと入れないように造ってあったんですね。
後に、飛騨の匠が陰から見て大笑いしていたという話を聞いた川成は、
仕返ししてやろうと匠を家に招待します。
匠が警戒しつつ出かけていき、家に入って戸を開くと、
腐りかけた死人が転がっていた。たちまち死臭が漂ってきて、
これはたまらんと退散しかけたところ、川成が出てきて、
「絵ですよ」と言う。見ればなるほど屏風絵で、死臭はかけらもなかった。
あまりに出来栄えが真に迫っていたので、
匠はありもしない臭いまで嗅ぎ取ってしまったのです。
このように両人とも比類のない腕を持っていたという話。

・算道で女どもを笑わせる話
算道というのは中国より伝わった計算術法で、
算木という角材のようなものを用います。これを使用すれば、
例えば人を殺すなどの魔術のような技もできたように書かれています。

ある男が、来朝していた唐人(宋の人)に弟子入りして算道を教わり上達したが、
その才を見込んだ唐人がいっしょに中国に渡れと言ったのを、
ごまかして約束をほごにしてしまった。
それを恨みに思った唐人がこの男に呪いをかけ、
男はまだ若いのに半分ぼけかかった人のように生気が抜けてしまい、
どんな人にもバカにされるような体たらくになった。
あるとき、宮中の女房どもが集まっていたとき、
この半ぼけ男もかたわらに控えていた。女房の一人がからかってやろうと思い、
男に「何か人を笑わせるようなことをしてごらん」と言いますと、
男は「ただ笑いたい、というのならできましょう」こう答えて算木を取り出し、
はらはらと床に落とした。それを見ていた女房どもは、
おかしいこともないのに床を転げまわって笑い、
いつまでも止まらず、おなかを抱え涙を流して息も絶え絶えになった。
男に向かって手を合わせ、笑いを止めてくれるように願うと、
男は算木の形を崩し、みな一斉に笑いやめた・・・という話。

・水の精が人の顔をなでる話

もと冷泉院の邸宅のあったあたりが庶民に解放され、
池のほとりに人が住むようになったが、縁側などで昼寝していると、
身の丈3尺ほどの老人が現れて顔をなでて消える。
不気味なことであり評判になったが、ある度胸自慢の男が、
「俺が退治してやろう」と言って、わざわざそこにいって寝た。
すると夜半になって、話のとおりの老人が現れたので、
跳び起きてつかまえ、縄でぐるぐる巻きに縛りつけた。
そこで人を呼ぶと見物が大勢集まってきたので、老人に何者か問いかけると、
老人は目をしょぼしょぼさせ、憐れな声で「たらいに一杯水を汲んでくれ」と言う。
まあ逃げ出せはしまいと、言ったとおりにしてやると、
老人はたらいの前でぶるっと身をふるわせ、「自分は水の精である」
ざぶんと水の音がして、老人の姿はかき消え、
たらいの水が増して、縄がその上に浮いていた。
一同はこれで恐ろしくなり、たらいの水をこぼさないようにして、
池まで運んで捨てた・・・という話。

・寝ている侍を板が圧し殺す話

2人の腕に覚えのある武士がある貴族の屋敷で宿直(とのい)をしていたが、
その上司である五位の侍は、貴族の寝所に近いところで寝ていた。
やがて夜も更けてくると、屋根の梁の上に一枚の板が出てきて、
ずんずんと伸びてくる。「さては怪しいやつがこの板に付け火でもするつもりか」
そう思って刀を手元に引き付けたが、人の姿は見えない。
そのうちに板は梁を降り、八尺もの長さになってひらひらと飛んでくる。
「これは鬼だな」2人が刀を抜いて待ち構えていると、
板は急に方向を転じて、そばの格子の隙間から室内に入っていき、
すぐさま、そこに寝ていた五位の侍がうんうんと2、3度ばかりうめいた。
2人の侍は大声を出して人に知らせ、火を灯してその間に入ってみると、
五位の侍は平べったく圧しつぶされて死んでおり、板の姿はどこにもなかった。
また、死んだ男は侍のくせに身の近くに刀も置いていなかったことがわかった。
これを聞いた人々は、庶民でも太刀や小刀を身から離すことはなくなった。
・・・という話。

まだまだ興味深いものはたくさんあります。
例えば芥川龍之介の『鼻』『芋粥』『羅生門』などの元になった話。
夢枕獏氏の『陰陽師』にも小エピソードがいくつも取り入れられています。
たくさんの人に語り伝えられて話の形が整ったものを
聞き書きしたせいでしょうか、全体的に完成度は高いです。
自分的には、学生時代2つのことに興味を持ってこの書を読みました。
一つは武士の武勇が怪異を退けるという話の形が、
どのあたりから出てきたものか、という点、
もう一つは『今昔物語』には中国の奇譚も収集されており、
日本独自の怪異譚と中国から入ってきた話の見分け方という点でした。








実話系の話3

2015.06.24 (Wed)
派遣社員のOさんから聞いた話

0さんは30代の派遣会社の女性社員です。
8年前、大手の塾・予備校へ派遣され、期間は2年ということだったそうです。
そこは、8階建てのビルの7つの階に入ってて、
幼児から大学受験生までが通ってくるところでした。
Oさんの仕事は1階の受付担当で、1日6時間の3交代のシフト。
キツイ仕事ではなかったそうです。生徒が受付に寄ることはあまりなく、
教材業者への対応などが仕事の中心だったようです。
勤務は午前のときも夜間のときもあったそうです。
受付のカウンターから右手に、地下へ降りる階段があり、
階段の横が鉄壁になっていて、そこにやはり分厚い鉄製のドアがついてました。
最初に見たとき、変だなと思ったそうです。

なぜかというと、その階段に行くにはべつにドアを入る必要はなく、
ドアの横、数十cmの通路をそのまま通ってくればいいからです。
それと、ドアノブの鍵をかけるポッチ、鉄壁との境目にも、
かなりの長さにガムテープが貼ってあるのも奇妙に思えました。
気になっていたので、シフトの交代時に先輩に聞いたところ、
そこは火災時に防火シャッターが下りる構造になっていて、
そのときには煙の充満を防ぐため、ドアから出入りする。
ガムテープは、訪問客や生徒が知らずに開けて、
前にいた人にドアがぶつからないようにするためのものだったんです。
緊急時にはガムテープをはがして出入りすればいいわけです。
それを聞いて「何だ、変なことを気にしてバカみたい」と思ったそうです。

こういう構造は学校などでは珍しくないそうです。
それでも最初のうちはなんとなく気になって、
ドアのほうにちらちら目をやっていましたが、1週間ほどでそういうことはなくなりました。
2ケ月ほどたった4時から10時までの夜間シフトの日のことでした。
塾の生徒はだいたい9時20分ごろには帰り始めて、
10時まであと10分ほど、人気がなくなったところで帰り支度をしていて、
ふと何気なくそのドアのほうに目をやると、
ガムテープがはがれて床に落ちていました。貼り直そうと近づいていくと、
背筋にぞくぞくっと寒気が走ったそうです。ちなみに時期は、
まだ残暑の厳しい9月のことでした。
嫌な感じがしたので、通路から鉄壁の向こうを見たんですが誰もいません。

戻ってきてガムテープを拾い上げ、元のように貼ろうとしたんですが、
粘着力が弱まってるのかはがれ落ちてしまいます。
顔をあげ、ティーチャーズルームに取にいこうとしたとき、
ポッチの鍵がかかってるはずなのに、急にガチャリとドアが開きました。
小学校高学年でしょうか、全身に血をかぶった、
頭からガラスの破片の突き出た子どもが、Oさんをうつろな目で見上げ、
「・・・勉強したい」と言ったんだそうです。
Oさんは悲鳴を上げ、ティーチャーズルームに走り込むと、
まだ数人講師の先生が残っていました。Oさんから話を聞くと顔を見合わせ、
一人が「験力が切れたんだな」そう言って出ていきました。
数分でOさんが取り落としたガムテープを持ってくると、

重なっている部分をはがし始めました。きれいにははがれませんでしたが、
中からは神社の御札らしいものが出てきたそうです。その先生は、
「あれは可哀そうな子でね、しばらく前に隣のビルが火事になったんだけど、
 そのとき上から落ちてきたガラスが直撃して亡くなった、うちの生徒なんだ。
 そんときは用心のためにうちも防火体制をとってシャッターが下りてた。
 あの子は、ドアの前までたどりついて出血多量で亡くなったんだよ。
 それから・・・いまだにうちで授業を受けなきゃと思ってるらしくてね。
 通路のほうは閉まってるように見えるんだろう、あのドアからしか入れない。
 御札はときどき新しいのをいただいてきてガムテープに重ねて貼ってるんだけど、
 あんまり長くはもたないみたい」こんな説明をしたそうです。ちなみにOさんは、
 派遣期間終了まできちんとそこを勤めあげたそうです。

大型バス運転手のNさんから聞いた話。

Nさんは今はもう定年退職していますが、
4年前話を聞いたときはまだ現役の運転手で、
仕事は路線運行ではなく、貸し切りバス中心でした。
学校の遠足や部活動の遠征、老人会の旅行・・・そういうやつです。
宿泊を伴う場合が多いんだそうです。そういうとき、旅館やホテルでは、
運転手専用の部屋があるんですが、そこに泊まることになります。
これが、旅行会社の添乗員用の部屋よりさらに程度が落ちる場合もあって、
「まあね、寝られさえすればどんなとこでもいいんだけどね。
 運転のために睡眠はしっかりとりたいんだけど、そうもいかない場合もあってね」
「どういうことですか」と聞くと、「出るんだよ。そういう話が聞きたいんだろ」
「ええ、ぜひ」

「あれは7、8年前かな。地元の高校のラグビー部の遠征で関西方面に行ったんだよ。
 修学旅行と違って、こういう遠征は費用を切り詰めてることが多いから、
 宿も粗末な和風旅館でね。俺に回ってきた部屋は、
 4畳半でそのうち半分が物置になってた」
「はあ、怪談にはおあつらえ向きの環境ですね」
「まあね、でも、俺にすれば何もないのがもちろん一番だから、
 部屋の中をざっとは調べたんだよ」 「御札とかですか」
「そうそう。押入れの中を見たが、これが布団が詰まっててどうにもならない。
 ベッドじゃないし、掛け軸とか絵もないからね、あきらめて飯食いに行った」
「でね、少し酒を入れてきて、あとは風呂に入って寝るだけ。
 部屋にはもう布団が敷いてあって、電燈の真下のところ、

 ちょうど目の前にスイッチのひもが下がってたね」
「そこは古い旅館なんですか?」
「築4、50年ってところかなあ。でも、廊下なんかよく磨いて板がぴかぴかだったし、
 風呂も悪くはなかった。全体の雰囲気はね、出そうな感じはなかったんだけどね」
「わかるんですか」
「何となくね。そういうところは、いくら照明を増やしても薄暗いんだよ。
 それに肌寒い・・・だけど、そんなことは感じなかった」
「それで、どうなりました?」
「すんなり寝入ったんだが、夜中に目が覚めた。そういうことはあんまりないんだ。
 職業柄水分を控えてるし、トイレに行きたいわけでもない」
「それで?」 「うん、天井にいた」

「何がです?」 「40歳くらいの男の幽霊だろうな。逆さに天井にはりついてるんだよ。
 蜘蛛みたいに。で、顔を下に向けて俺を見てたな。ただ・・・目つきは、
 恨めしいとかそういう感じじゃなかった。ただ見ている・・・みたいな。
 こっちに興味を持ってるとも思えなかったし」 「で、どうしました?」
「いや、そのまま目をつぶってお経を唱えながら寝たよ。
 俺は運転手で客じゃないから、迷惑かけられんし」
「はあー。お経は暗記なさってるんですか?」 「般若心経だけだけどな」
「そういう体験はよくなさるんですか?」
「よく、ってほどでもない。1年に数回、ない年だってあった」
「でな、翌朝になって、朝食前に番頭にはちらっと話したんだよ。
 あの部屋いたぞ、御札貼ったほうがいいんじゃないかって。

 そしたら番頭は、もう貼ってありますよ。そう言って俺を連れて部屋に戻った。
 で、部屋にあった茶箱を踏み台にして、電燈のカサの上を見せたんだ。
 そしたら丸い厚紙がカサの上にあって、それで上部が透けて見えないようにしてあった。
 でよ、長方形の紙が2枚貼ってあった」 「御札ですか?」
「一枚はな。もう一枚がなんだと思う?」 「わかりません」
「これが給料袋なんだよ。その幽霊は自殺した従業員で、
 まだ給料が銀行振り込みじゃなかった頃の話だ」 「給料袋・・・」
「自殺なんだから、旅館に恨みもあったかもしれんが、
 そいつの名前入りの給料袋見せれば機嫌よくなるだろうって考えたらしい。
 実際、電燈のカサの上でうろうろしてるだけで、その部屋に泊まったやつに、
 悪さをすることはなかったって・・・」 「・・・・」



 


2015.06.23 (Tue)
先々週の日曜のことだよ。男だけ3人でドライブに行ったんだ。
あ、気色悪い? そうじゃなくてよ、ダチの一人が車買ったんだ。
ランエボのファイナルエディションてやつ。わかるか?
ラリーで名を馳せた車なんだが、生産終了になる。もう造らないんだ。
それでそのダチが、男気の5年ローン組んで買ったんだよ。
それが届いたんで、乗せてもらおうと思ったわけ。
俺ら車好きだから、高速で運転代わったりもした。
だからよ10時ころに出かけて、夜までの間の90%以上が運転だったんだ。
いや・・・車は確かに速かったけどよ。
何ていうか、高級感があって、昔のブン回すって感じにはなれなかったな。
高度なコンピュータ制御で曲がっていくんだよ。

ああ、車の話はもういいか。スマンな。
それで、昼飯時には高速を降りて、城址公園みたいなとこでメシを食った。
そこには神社もあって、皆でお参りしたんだよ。
いやほら、新車買ったダチが交通安全のお守りを買いたいって言ったから。
俺らそういうのはけっこう験をかつぐんだ。
だってよ、車の事故ってのは、いくら自分が気をつけてても、
もらうときはもらっちまうからな。でよ、3人でお御籤も引いた。
これは信じるとかいうより、賭けをしたんだ。
お御籤には末吉とか大吉ってのがあるだろ。
あれで、一番悪かったやつがみなの昼飯代を払うってことで。
えーと、籤はあのよくあるガラガラを使うやつだったな。
でよ、どういう結果が出たと思う?

まずランエボのオーナー、これが大凶。次俺が引いてやっぱ大凶 www
最後もう一人のダチが引いたら、これが変なのが出てきたんだ。
普通、お御籤ってのは最初に和歌が書いてあって、
その後に、金銭運とか恋愛運とか細かく書かれてるだろ。ところが、
あの折りたたんだ紙を開くと、ほとんど真っ白で、
ど真ん中に小さい活字で一文字だけ「空」って書いてあったんだよ。
さあな、なんて読むかわからんかった。「くう」「そら」「から」・・・
さすがに「空(あ)き」じゃないよな。「から」かもしれないと俺は思ったが、わからん。
でよ、これが大凶より強いのか弱いのか判定ができないじゃないか。
それで神社の人に聞いてみたんだよ。「この、空ってのはどういうもんなんだ」って。
したら神主が紙を見て呆けたような顔をして、何も答えなかったんだ。

さらに強く聞くと、「これは何かの間違いで紛れ込んだものですから、
 無料でいいですので、もう一回お引きください」ときた。
でな、引き直した結果、そのダチもやっぱ大凶だったんだ。
笑うだろ。全員が大凶で引き分けだったんで、割り勘で天そば食ったんだよ。
それからまた高速に乗って・・・来た道とは反対側のほうを帰ることにした。
でよ、あるインターが近くなったときに、「空」引いたやつが、
下に降りようって言い出した。近くだから「○○屋敷」に寄ろうって。
ああ、「○○屋敷」といってもわからんだろうな。
けっこう有名な廃墟スポットなんだよ。
俺らは心霊系の話も好きで、そこを取り上げたDVDを最近見たばっかだったんだ。
時間は5時近くなってたが、まだそんな暗くはなかった。

でな、下の県道に入って、20分も流すと、その○○屋敷が見えてきた。
これは廃墟といっても、大きな建物じゃなく民家なんだ。
藁葺ではないけど、でかい昔風の農家の平屋なんだ。
そこの住人の主婦が台所のガスコンロで焼身自殺したなんて話もある。
ああ、知ってるのかあんたら。なら話が早いわ。
松の木が繁った岡の中腹にでーんと建ってたんだよ。
むろんスポットに入る準備はしてきてなかったが、車の懐中電灯一本と、
スマホの明かりがあれば十分だろうと思った。そんな長居するつもりはなかったんだ。
ざっと中を見て回って、DVDと同じなのを確認するぐらい。
下の砂利道に車を置いて、少し上ると、腐れかけた生垣に出た。
その破れ目から庭に入ると、雑草がぼうぼうで、そん中に三輪車があったな。

まあね、不気味は不気味だったけど、ああいうコンビニ売りのDVDとかって、
内容はほとんどフカシだろ。嘘とかホラって意味。
縁側のサッシは、投石されたのかほとんど割れてて、そっから廊下に入った。
平屋だけど、10部屋近くあるんだよ。
映像で見た通りの仏間があって、位牌も遺影も残ってた。
あと、昭和40年代あたりまでの生活用品が散乱してた。
そこも有名な場所だから、いろんなやつが見にきてるんだろうけど、
ああいうのって、誰ももってかないし、あんまり散らかしたりしないんだよな。
まあ、金になるもんじゃねえから持ってくやつはいないか。
それとスプレー缶の落書きもほとんどなかった。
まあ工場跡とかじゃないから、広い平らな壁もないんだけど、

やっぱ、生活感が染みついてるんで、そういうのはためらわれるんだろうな。
俺もなんか、他人の家に土足で入り込んだような感じで、
落ち着かないのはそうだったよ。有名な台所も見入った。
確かにガスコンロが残ってて、周りと天井に焼け焦げの跡があった。
それ見たときはさすがにゾーッと背筋が寒くなったよ。
なあ、あれって本当の話なのか? あんたら知ってるんだろ。
え、ライターが書いた作り話だって・・・そうなんだろうなあ。
でもよ、オカルトっていうか、わけのわかんないことってのは本当にあるんだよ。
俺らこの後に体験したから・・・一通り見て回って、
もう戻ろうかってときに、台所に残ってたダチの一人、「空」のやつだよ、
が「うわっ」って声をあげて、床に片膝をついた。

床板が腐ってて、片足を踏み抜いたんだよ。
そのままぱたっと両手を前の床についたら、そこも板が3枚くらい、
一緒になってはがれた。つまりそいつの顔の前にぽっかり穴が開いたんだ。
「おい、大丈夫か?」って2人で駆け寄ったら、
そいつがえずき始めた。「おえっ、おえええっ」って。
両脇から立たせようとしたが、片足が腿まで落ちてるせいか、うまくいかない。
「げええええっ」ひときわ大きくえずいたとき、
そいつの口から何かが出てきたんだ。
うっすらと光る桃色の・・・最初は蛇かと思ったがそうじゃない。
何と言えばわかりやすいか・・・そいつの体が大きいピンクの絵具のチューブで、
にゅるにゅるって絵具が口からしぼりだされるような感じで。

そのピンクのは、全部開いた穴から床下に落ちていった。
俺ともう一人のダチが穴を覗き込むと、暗い中に、黒光りのするヒルみたいな虫が、
うじゃうじゃと玉になってたんだ。そうだな1匹が3cmくらいか、
そういうのが何万もいた。で、ダチの口から落ちてくるピンクのものに群がって、
たぶん食ってたんだ。信じられねえ気色悪さだった。
俺が足で床板をガンガン踏んで、ダチが落ちてる穴を広げた。
ケするかもしれなかったが、そんなこと言ってられなかった。
両脇からダチを抱え上げて、車まで走ったんだよ。
すごく体が軽く感じられたが、これは2人で担いだせいかもしれねえ。
ダチは担がれながらもピンクのものを吐いてたよ。
それは草の上に落ちると消えたから、実体のあるもんじゃなかったみたいだ。

そのまま近くの総合病院の救急外来に運び込んだんだが、
原因不明の体調不良・・・食事ができないのと低体温で今も入院中だ。
見舞いにいっても口が効けないし、俺が誰だかもわからないみたいだった。
で・・・おとといのことだよ。家の便所で小便してたら、
小の便器の底に、廃墟の床下で見た黒いヒル?がいたように思えた。
それはするするっと小穴にもぐり込んでったみたいだったが、
見間違いかもしれないとうか、見間違いであってほしいよ。
・・・この一連の出来事で何が悪かったのか、俺なりに考えてみた。
やっぱ、安易な気持ちで心霊スポットとかに行ったのがいけなかったんだろううが、
あのお御籤のことが腑に落ちねえ。神社にいたときは、
スポットにいくつもりはなかったんだ。・・・もうお御籤引くのは怖くてできねえよ。







仏教的守り

2015.06.23 (Tue)
えー今回はうんちく話です。
なんですが、その前に少しばかり当ブログのポリシーを述べると、
まあ何でもありのデタラメな内容ではありますが、一つだけ守っていることは、
オカルトホラーとは関係ないことを載せないということです。
自分は相互リンクやブロ友について、
申し出をお受けしても辞退させていただいているんですが、
その理由の一つがこれなんです。ですから、自分が書いているうんちく・・・
歴史系や物理系、生命科学、哲学宗教系などの話全般にわたって、
わざとオカルト的な色合いが強調されています。
(無理に事実を曲げたり、まったくないことを書くことはありませんが)

ですので、まっとうな学問からは少しずつ恣意的にオカルトに傾斜している、
そう思って聞いていただければ・・・
しかし、オカルトのうんちくというのも実に役に立たないものです。
これが経済とか法律の話なら、みなさんの生活に生かすこともできるでしょうが、
オカルトを知っていたから難を逃れることができたなどということは、
現代の世の中ではまずありえないですよね。
これはあくまでも自分の趣味であり、
読んでいただけるのはたいへんにありがたいと思っています。

「尊勝陀羅尼(そんしょうだらに)」というのをご存じでしょうか。
これがなかなか解釈の面倒なものなんですが、まず「陀羅尼」というのは、
仏教系の呪文だと思ってください。
わりと長目のもので、普通はサンスクリット語を訳さず音読する形になります。
陀羅尼・・・ダーラニーは「暗記する」くらいの意味で、
もともとは仏教者が守るべき作法のような内容だったのが、だんだんに、
暗記してくりかえし唱える大切な呪文というようなものに変わっていきました。

「尊勝」のほうはかなりやっかいです。
まず、仏様はたいへんに偉大なので、
常人とは異なる33の異相があるとされています。
例えば「足の裏が平らで地面にぴたりと密着する」とか、
「常人は32本なのに40本の歯があり、その他に4本の牙がある」とか。
「眉間に右巻きの白毛があり、光明を放つ(白毫相)」これなんかは有名ですね。
しかし、よくこんなことを33も考えたと思いませんか。
で、この中の一つに、頂髻相(ちょうけいそう)というのがあって、
これは頭の天辺部分の肉が盛り上がって、
髻(もとどり)のような形になっているということです。
仏像の頭はお椀を伏せたようになってますよね。
あれは髪型のせいだと自分は子どものころに思ってたんですが、
そうではなく中に肉が詰まっているわけです。

さて、この頂髻からは光が放たれるのですが、
それによって、すべての悪魔・外道が調伏されると言われます。
実にありがたいものなんですね。ということで、あまりにありがたいので、
その部分が独立して仏格を持つようになりました。
すごいですね、お釈迦様の身体の一部がさらに別の仏になっているのです。
それが尊勝仏頂(ヴィキラノーシュニーシャ)という仏で、
この尊勝仏頂に捧げられた(の功徳を説いた)陀羅尼が、
尊勝陀羅尼というわけです。もっとお知りになりたい、
ぜひ覚えたいという方には、このHPに詳しく記されています。
尊勝陀羅尼
では、尊勝陀羅尼にどれほどの功徳があるのか、
これは当ブログでよく引用する『今昔物語』に話が載っています。
概要を説明すると、

『昔、藤原常行という若い大納言がいましたが、この人は好色で、
毎夜のごとく女の元に通っていました。ある夜、
神泉苑に近いあたりを供を連れて歩いていると、
向こうから松明を灯した大勢のものがやってくるのに出会います。
これは怪しのものだろうと思い、神泉苑の北門に隠れて様子をうかがうと、
やはり人ではなく、さまざまな形をした異形の鬼たちでした。
やがて鬼たちは「人臭い」「人がいるならとって喰おう」と言い合って、
常行の隠れるあたりに近づくものの、みな「これはダメだ」と戻ってしまいます。

結局、どの鬼も常行に触れることができず、
「ここに尊勝仏頂がおられる」と言って逃げ去ってしまいました。
こうして事なきを得たわけですが、
これは常行の乳母が夜遊びをする常行の身を案じて、
着衣の襟のところに尊勝陀羅尼を書いた紙を縫い込んでおいたためだったのです。
実はこの夜は、忌夜行日(百鬼夜行の出歩いてはならない夜)
に当たっていたのでした。この話を聞いた人々は、みな深く感じ入って、
尊勝陀羅尼を身に着けるようになったのです。』
(巻十四、四十二 尊勝陀羅尼の験力によりて鬼の難を通るる話)


こんな話があるんです。ちなみに、仏教からは少し外れますが、
背中に魔除けを縫いつける(刺繍する)民間信仰を、
背守り(せまもり)と言い、
魔物に背後から侵入されないための子どもの魔除けとして、
江戸時代にはたいへん流行っていたそうです。
背守りは目(背後を見る)の意匠の他、
さまざまな魔除けとされるものが縫いこまれます。
今はTシャツなどでも見ることができるようです。







テレビ

2015.06.22 (Mon)
もうずっと昔の話なんですけど、いいんですか?
そうですか。わたしが中学校の頃のことで、
そんときは一軒家の社宅に住んでました。
父親が転勤族でして。でも、そこはけっこう長く住んだほうです。
といっても3年ですけど。社宅はわりと新しかったです。
同じ造りのものが3軒並んでて、
どれも父と同じ会社の社員が住んでました。
わたしのところはその右端で、隣がせまい道路だったんです。
で、道路の向こうがアパートでした。これがまた古い建物でしてね。
いや、もうありませんよ。貸しビルになったんです。それで、わたしの話は、
そのアパートがつぶれたいきさつと関係がある気がするんです。

その日学校から帰ってくると、アパートのブロック塀の前のゴミ集積所に、
大型テレビが出ていました。それ見てね、あちゃーまずいなあと思ったんです。
なんでかっていうと、粗大ゴミ収集は翌日のはずでした。
いやもちろん、中学生がゴミ収集の日なんて覚えちゃいませんけど、
夕方にゴミが出てることはありえないんですよ。
朝のうちに出す決まりでしたから。うちの母親は町会の役員になってて、
そういうルール違反には厳しかったんです。
ええそう、夕飯のときに文句を聞かされるかと思いまして。
そのテレビは、もちろん今の薄型液晶のじゃなくブラウン管のでしたけど、
当時でもすでにかなり古い型のものに見えましたね。
で、ゴミ収集の金網の柵の隣に置かれてたんです。

まあ粗大ゴミですから柵の中には入れないんですけど。
24インチ型だったと思います。家に入る前になんとなく近寄ってみたんです。
そしたら、画面がこっち向きになってて、後側に黒いコードの束みたいなのが、
もつれるようにして広がってたんです。
何本かは前のほうにはみ出してきてたんで、先っぽにさわってみました。
そしたらです、電気をビビッって感じたんです。
感電ってことです。でも、もちろんそのテレビに電源が入ってるわけじゃない。
あわてて手を引っ込め、コードをよく見たら、
細い三つ編み状だったんです。あの、何というかわからないんですが、
レゲエの人の髪型ってあるじゃないですか。あれみたく、
きちーっと三つ編みにした・・・髪の毛じゃないかと思いました。

でも、そんなのがテレビについてるわけないですよね。
さっきさわってこりたんで、今度は道に落ちてた木切れで、
横っちょのあたりにおそるおそる触れたんです。
そしたら・・・電気は感じませんでしたけど、
テレビの画面がパッとついたんですよ。でも、一瞬だけでした。
夕暮れどきだったんですけど、薄暮の中で一瞬画面が光ったって感じで。
大勢の人の背中が見えたような気がしましたけど、
何が映ってるかははっきりわかりませんでした。
何回か試してみたんですが、映ったのはそのときはそれっきりでした。
で、興味をなくして家に入ったんです。
その夜ですね。わたしの部屋は2階にあったんです。

宿題やってそろそろ寝ようかってときだから、11時過ぎくらいだと思います。
1階のトイレに行こうとしたんです。
それで、階段に降りるところで、窓から外のゴミ集積所が見えるんです。
普段なら気にも留めないところですが、その夜は違ってました。
明滅する光があったんです。四角い形で青白く光ってて、
あのテレビがついてるんだってわかりました。
ええ、ずっとついて光ってました。その光の具合が切り替わるんで、
何かを映し出してるんだろうと思ったわけです。
ただ、上から見下ろしてる形なので、窓からはブラウン管は見えなかったんです。
ええ、気になってしかたなかったので、パジャマのまま外に出ました。
一般的な住宅地の中ですから人影はなかったです。

家の玄関からそのゴミ集積所まで、走ったら1分もかからないくらいでした。
アスファルトの地面に光を落としてるテレビの前に回り込むと、
映ってたんですよ。何がっていうと・・・まず画面はモノクロでしたね。
それで全体に青みがかかってる。音はなかったです。
ただ・・・かすかにパチパチという雑音みたいなのが聞こえたようにも思います。
何が映ってたかって? 今、話しますよ。 葬式・・・なんだろうと思いました。
豪華な袈裟を来たお坊さんの後姿がちらりと見えましたから。
一人の坊さんが祭壇に向かってて、その両脇にも坊さん、
それと参会者なんでしょうか、たくさんの人の頭が見えました。
画面は基本的にそれなんですが、ときおり坊さんの手元とかに切り替わる。
驚いて呆然と見ていましたよ。そしたらです、急にまた画面が替わって・・・

暗くなりました。かなり暗いところに一人で立ってる人がいる。
そいつはストライプのパジャマを着ていて・・・
自分なんです。そのときのわたしの後姿だったんですよ。
「!?」そんなもの映るはずないですよね。
で、試しに右手を上げてみたら、その画面の自分も右手を上げた。
つまりね、真後ろからそのときのわたしを誰かがカメラで撮っていて、
それがそのままテレビに映ってるんだとわかったんです。
そのとき、急に怖くなりました。後ろに何かがいる、って。
そう考えると、体が固まってしまったんです。
ただ、振り返っちゃいけないってことは、なんとなくわかったんです。
ここで後ろを見ると大変なことになる。

まだ春の時分でしたけど、油汗が流れてきました。・・・どのくらい、
後姿の自分を見てたんでしょうか。かなり長い間のように思えましたけど、
実際は数分のことかもしれません。根負けした感じで、
また画面が最初の葬式に切り替わったんです。
ご焼香に移ってました。一人ずつ並んで、祭壇にご焼香するんですが、
その人たちの顔に見覚えがあると思ったんです。
ええ、テレビの後ろにあるアパートに住んでる人たちだったんです。
いや、全部が知った顔ではなかったですけど・・・
でね、また画面が替わって、祭壇が映ったんです。
そこには遺影がずらずらっと並んでて、それもアパートの住人たちでした。
ああこの人たち、自分にご焼香してる・・・

そのとき、急に空から何かが降ってきて、わたしとテレビの間の地面に落ちました。
あの夕方見た髪の毛を編んだコードの長く伸びた先端です。それが、
アパートの2階あたりの屋根から切れて落ちてきたんだと思いました。
それをきっかけに、わたしは弾かれたように、自分の足元だけ見て家に駆けこんだんです。
2階の窓から集積所を見ると、もう光ってはいなかったです。
翌朝、ゴミ出しの見届けに行った母親に「テレビなかった?」って聞いたら、
「なかったよそんなの、今日は金属ゴミで、粗大ゴミ回収はまだまだ先だから」
こんな答えでした。たしかに学校に行くとき見たら、ゴミ収集車が来る前でしたけど、
テレビもコードもなかったんです。ただ・・・集積所の前の地面に、
かすかに焼け焦げたような黑い跡がありました。それから1か月後、
アパートが火事を出して、住人のうち11人が焼死したんです。







羊歯

2015.06.21 (Sun)
羊歯の話なんです。ええ、羊歯植物が出てくるんです。
ずいぶん奇妙な内容ですが、順を追って話していきますよ。
先週の木曜のことです。会社の帰りに関連会社の連中と飲んだんですよ。
2次会で歌いすぎて、終電にタッチの差で乗り遅れちゃったんです。
これが普段なら、ビジネスホテルへの泊まりも考えるところですが、
ボーナスが出たばかりで気が大きくなってましてね、
タクシーに乗ったんです。ええ、家までは1万円近くかかりますよ。
でもねえ、わたしと同じような連中。いかにも終電逃しちまったって人が、
けっこう乗り場に並んでましたよ。
で、わたしの前に来たのが黒塗りの個人タクシー。
高級そうな車種だったんで、ラッキーと思いました。

家までリラックスしていけますからね。それで、乗り込んで行き先を告げるとすぐ、
老齢の運転手さんから「お客さんこれ、どうぞ」って、
ラッピングされた四角い小さいものを手渡されたんです。
「はああ」と思いました。ほら、前にテレビでやってたでしょう。
幸運を呼ぶ四葉のクローバーのタクシー。
それかと思って渡されたものを見たら、ちょっと違ってたんです。
4cm四方ほどの透明なビニールの中に入ってたのは、
クローバーじゃなく、植物は植物でしたが見たことのないもんだったんです。
表が緑で裏が白く、白いほうにはたくさんのぶつぶつがついてて、
ラッピングの上から触っても感触がわかりました。
「ああ、どうも。でも、これ何ですか?」

「羊歯なんです」 「羊歯?」
「わたしが山に行って採集してくるんですが、これが非常に珍しい種類で、
 1週間山に入ってても、見つからないときもあるんです」
「はああ、1週間も山に行くんですか?」
「ええまあ、じつは長年、市営交通でバスの運転をしてまして、
 そこ定年退職してから個人タクシーを始めたんです。趣味とまではいきませんが、
 気が向いたときしかやってないんです。暇をみて、羊歯植物の研究をしています」
「うーん、わたしは素人なんでよくわからないですが、これってそんなに珍しい」
「ええ、古生代からの直の生き残りと思われる種類です。
 ですから、お客さん100人につき一枚しかお渡しできません」
「古生代の・・・」

「ええ、古生代というと、恐竜出現よりも前の時代です。
 実は植物界では、この時代が羊歯にとっての天下だったんですよ。
 空を覆うような巨大な羊歯の大木が支配していたんです」「へーえ」
「まあね、今でこそ羊歯といえば、山の日陰になった場所にしか見られない。
 そう思われてる方が多いんですけど、昔は違ってたんです。
 どうですか、ロマンがあると思われませんか」
こう言われたんですが、わたしにはあまりぴんときませんでした。
「具体的にはどういうころがロマンなんでしょう?」
「・・・今は1年が365日ですが、古生代の頃は違ってました。
 1年が400日の時代があったことも、サンゴ化石の日輪からわかってます」
「日輪?」 「正式用語かわかりませんが、1日ごとの年輪みたいなもんです」

「へーえ、ということは今は地球の自転が遅くなってるってことですか?」
「お客さん、理解が早いですね。研究職か何かですか。そうです、
 潮汐による摩擦などの影響で地球の自転は確実に遅くなっています。
 それと、地磁気も異なっていました。パンゲアって知ってます?」
「えーっと、大陸移動説でしたっけ」
「さすが、お詳しい! この巨大大陸の完成が古生代末なんです。
 ここで史上最大の大量絶滅が起こり、
 当時生息していた生物種の85%が絶滅したと考えられています」
「はー」 「お客さんにお渡したものは、その頃からの固有種と考えてます」
「なるほど、どういう具合に貴重なものかわかりました。
 ラッキーです、ありがとうございました」 「いえいえ」

こんな会話になり、家に着くまで眠るどころか、かなり目がさえてしまいました。
ま、乗り物で寝ると夜中に起きてしまうことがあるんで、
それはそれでよかったんですが。料金を払って降りると、家に灯りがついてました。
珍しいこともあるな、と思いました。この時間では女房は寝てることが多いんですよ。
自分で鍵を開けて入るんです。
子ども二人が独立して、すっかり女房も怠惰になりまして。
でね、居間に入ると女房がダイニングにいて、目を丸くしてたんです。
「あれ、あんたさっき帰ってきたんじゃない?」 「んなわけがないだろう」
「え、でも、10分前くらいに、タクシーで貴重な羊歯の標本をもらったって言って、
 そこに置いて・・・」テーブルの上を指さしたんで、
見るとね、確かにあったんです。タクシーでもらったのと一緒に思えるやつが。

「そんなバカな、同じのここに持ってるぞ」そう言って、ポケットを探ったら、
これがなかったんです。不思議でしょう。
「それで、さっき帰ってきたという俺は今は何をしてるんだ!」
「風呂に入ってすぐ寝るって言って、風呂場に行ったと思ったけど」
「じゃあ見てくる」小走りに風呂場まで行ったんですが、
電気は消えてて誰も入ってる様子はありませんでした。
中も、湯を出した様子もなく、洗い場は濡れてなかったんです。
居間に戻り「お前、寝ぼけてたんだろう。
 それとも本物のボケの始まりじゃないだろうな」「だって、その植物・・・」
「俺が今さっき、たぶんポケットから出したんだ。そうしか考えられないだろ」
こんな顛末になったんですよ。

まあね、これだけなら女房が寝ぼけたってことで済むんでしょうが、
羊歯のラッピングを取り上げると、底に穴が開いてて、
ぱらぱらと種みたいなのがこぼれたんです。
胞子っていうみたいですね。さっきは穴なんてなかったよなあ、と思いながら、
ポケットを探りましたが、中にはこぼれていませんでした。
でねえ、変なことが2つ起きつつあるんです。
一つ目は、翌朝会社に行ったときです。
タイムカードを入れようとしたとき、課の女の子に言われたんです。
「あれ、さっきも押してませんでしたか?」って。
家での出来事と同じく、10分ほど前に私の姿を見たようなんです。
「黙ったまま、廊下に出ていかれたと思ったんですけど・・・」

得意先に回ったときも同じです。
「確か○○さん、ちょっと前に一回来られましたよね」って。
もう一つはですね。門から家の玄関までの間に、
奇妙な植物が芽吹いてきたってことです。ええ、一夜にしてですよ。
そもそも家の庭はすべて芝生で、それ以外の植物は植えてませんから。
それが、人の握りこぶし大のゼンマイ状のものですが、
こんな大きいのは見たことがありませんよ。
しかもすごい力を持ってます。今朝発見したんですが、
廊下の床板が割れていて、そこにも庭に生えたのと同じゼンマイが頭を出してて。
どこまで大きくなるんでしょう。家がバラバラになったりしないですよね。
あのタクシーでもらった羊歯、ほんとうにラッキーだったのかどうか・・・






実話系の話2

2015.06.20 (Sat)
* 今日も時間がなく、あまり怖い話ではないです。
どっから話を始めましょうか。そうですね、伝聞ではなく、
自分の体験談から行きますか。

宿坊で

4年前のことです。取材である宿坊に泊まりました。
宿坊というのは、主に仏教寺院などで僧侶や参拝者のために作られた、
簡素な宿泊施設のことで、精進料理を出し、沸かし湯の風呂がありました。
どこのことか、場所を明らかにすることはできませんが、
高野山や永平寺クラスの有名どころではありません。
その日は自分の他の宿泊者が、なんとアメリカ人の若い男性4人組で、
どうやら日本文化を研究している向こうの大学院生のようでした。
で、でしゃばるつもりもなかったんですが、
自分が通訳の真似事をしたりして(彼らも日本語はそこそこできた)
けっこう打ち解けました。

翌朝、自分は出立する予定でしたが、
彼らはその日も座禅修行を体験することになっていました。
で、朝餉の席でのことです。献立はお粥にごま豆腐、漬物という簡素なもので、
長い卓に向かって正座していただいていますと、
卓の下をちょろちょろする黒い影がありました。
あれ、何だろうと思い、下をのぞくと見えなくなってしまう。
また背筋を伸ばすと、黒いものが動くのが見える。
そのくり返しでしたが、気にしないようにしようと考えた矢先、
黒いものは食卓へと這い上がり、今まさにお粥をすすろうとした、
アメリカ人の一人の腕をかけ上って、口の中に入っちゃったんです。

あららら、と見ているうちに、そのアメリカ人が急に、
脇腹を押さえて苦しみ始めました。自分は、変に思われるかもと考えながらも、
作務の僧の一人に見たことを伝えたんです。
そしたらその僧はいったん奥に引っ込むと、いかにも手慣れた様子で、
盆に木の盃を載せて運んできて、苦しんでいるアメリカ人に飲ませたんです。
すると、あっという間に腹痛が治まってしまったんですよ。
正露丸よりも効き目が早かったです。その後、僧にそっと話を聞いたところ、
その黒いものの正体はわからないが、ごくたまに出現することがあり、
そういうときは水に経典の紙片を溶いたものを飲ませるようにしている、
という話だったんです。

解体現場で

これは2年前に、工務店の棟梁から聞いた話です。
ある古い旅館、大正時代あたりまで遊郭だったのを改造したものですが、
その所有者が亡くなって空き家になり、しばらく放置された後に、
行政の手で解体されることになったんです。
全て木造でしたので、解体は簡単だったそうですが、
いよいよ土台だけになったところを、重機で平らにならしていると、
あまり深くないところから、幅20cmばかりの木の樋が出てきたというんです。
そう古い時代のものではないようだし、まとまった遺跡ということでもない。
行政のほうに報告するまでもないだろうと思ったそうですが、
これが引き抜こうとすると、かなりの長さで続いていた。

敷地の端まで掘っても、そのずっと先まで続いてるようだったということでした。
これが東京の話なら、江戸時代の上水の樋というのも考えられるんでしょうが、
そこは地方都市だし、これまで見たことがなく、何のためのものか、
まるで見当がつかなかったそうです。樋の断面は四角で、
中には周囲の黒土とははっきり異なる、白い砂がずっと詰まっていたそうです。
で、敷地のぎりぎりまでその樋を掘り出して外したときに、
白い砂の中から黒い蛇のような影が現れ出て、
しばらく足元をちょろちょろしていたが、やがて一人の工員の足を這い上り、
口に入っちゃったんだそうです。その工員は、途端に腹を押さえて苦しみ出し、
病院に担ぎ込んだものの、原因は不明。

とりあえず急性の腸炎という診断で、10日間入院。
職場に復帰するまでには3週間ほどかかったそうです。
で、この話の黒い影というのが、自分が宿坊で見たものとよく似ているんです。
黒い影としか言いようのないもので、
長さま30~60cmくらいの範囲で伸び縮みし、煙のような質感なんです。
これが、身をくねらせるというんではなく、
左右に平行移動するような形でちろちろと動く。
腹痛を起こすところも同じで、不思議だなあと思いました。
ちなみに、棟梁が後に地図を見ると、
その樋が向かう方向の2km先に小さい八幡神社があったそうです。

霊能者から聞いた話

1年半くらい前ですね。仕事である霊能者の元を訪れ、
いろんな話を伺ったんですが、そのときに、この黒い影の話を出してみたんです。
そしたら、しばらく考えていましたが、
「それは炭の名残なんじゃないかな」みたいな話をされました。
これには自分も思いあたることがあって、
古式の神社や寺院の跡地を掘り起こすと、炭と水晶、場合によっては、
実用品ではないかわらけ(素焼きの土器)などが見つかることがあるんです。
敷地の四辺や鬼門の方角に埋められていることが多いんですが、
おそらく土地の清めに使用された物だと思われます。
もちろん、縄文・弥生までさかのぼるほど古いものではありません。

「炭というのは、ほら活性炭なんかを冷蔵庫に入れるじゃない。
 ああいう形で邪気を吸い取ってしまうんだよね。
 だから、ある場所を炭で清めたら、
 必ず時期を置いて掘り出して処理しなくちゃいけないんだけど、
 昔のことだしね、そのまま忘れ去られてしまうこともあるのよ。
 そうすると、炭の効力が消えても邪気が残ってしまい、
 集められた分だけかえって悪いものになってしまう。
 そういうのは黒い影のような蛇の形をとって現れることが多いみたい。
 もちろん実体のあるものじゃないけど、人に腹痛を起こさせるくらいの力ある」
こんな話でした。二番目の話の、神社との関係はよくわかりません。






神もの

2015.06.19 (Fri)
今、自分がかかわっているイベントがたいへんに忙しく、
おそらく来週の火曜あたりまで、怖い話の更新はできそうもありません。
ところで最近、当ブログは検索から来てくださるお客さんが増えました。
どこかで紹介してくださった方がいるのかわかりませんが、
ここ1か月ほど、旧作の拍手ボタンを押していただくことが多くなり、
たいへんよろこんでいます。日によっては10個近くも旧作に拍手をいただき、
素直にうれしく思います。

さて、日本のSFには昔から「神もの」と言っていいような作品群がありました。
小松左京氏や光瀬龍氏なども書いていますが、
やはり有名なのは山田正紀氏の『神狩り』シリーズでしょう。
情報工学の天才が、古代文字解読のために訪れた弥生遺跡で落盤事故があり、
彼がそこで意識を失う前に見たものは、
関係代名詞が13重にも入り組んだ複雑な文章であり、
それは決して人間に理解できるものではなかった・・・

この作品で登場するのは、この世を自由自在に操ることができる神、
しかも面白半分に人間にもて遊ぶ「邪悪な」神だったのです。
これに気づき、神と戦うためのメンバーが集うものの、
神の力はあまりに強力であり・・・
この古代文字もそうなのですが、神はわざと自分の存在を暗示させる証拠を、
あちこちに埋もれさせておき、不幸にもそれに気がついたものは、
悲惨な人生の最期を迎えることになります。

欧米でも「神もの」的な作品はないわけではないですが、
ここまで邪悪な神というものをストレートに描いた作品は珍しいと思います。
昨夜の話でも書きましたが、神は基本的に善であり、
神に反抗する悪の軍団という二元論的な作品が多いのは、
キリスト教圏の文化的な背景を考えればしかたがないのだろうという気がします。
それに物語的にもなかなか成り立たせるのが難しいものがあります。
神が全知全能であるのならば、これと戦うというのは不可能に近いですよね。
神に抗ったものが次々と悲惨な末路を迎えてしまう、
といった話になりかねません。
物語の悪役に据えるには、あまりに強大すぎるのです。

そこで、神のかわりに宇宙人が使われることが多かったのではないかと思います。
人間の進化の歴史は、実は宇宙の知的生命体によって操作されていた、
というような内容で、三島由紀夫が褒めた、
アーサー・C・クラークの『幼年期の終わり』
(これには、地球にかかわり続けたオーバーロードたちの姿が、  
二本の角と翼ととげの尾を持つ悪魔の姿であったというきつい冗談が出てきます)
同じ作者の、映画化された『2001年宇宙の旅』もそうですし、
かなりブラックな内容ですが、カート・ヴォネガットの『タイタンの妖女』
など、ざっと考えただけでもいくつも例をあげることができます。

次に登場したのが、サイバーネッワークものです。
世界をつなぐコンピュータ・ネットワークが独自の意思を持ち、
人類に対抗してくるといった話。
これも、もし電脳部分を持つ機械類がすべてネットワークの傘下に入って、
自在に操られるのならかなり強力です。
核ミサイルを積んだ原潜なども支配下に入ってしまうわけですから。
この設定で描かれているのが、映画の『ターミネーター』シリーズです。
さらに時間テーマもからんでいましたね。
未来から過去に遡ってきたターミネーターの右腕のチップが、
人類を絶滅させようと造反した、人工知能スカイネットの誕生につながっていきます。

それと仮想空間物です。好例が『マトリックス』でしょう。
これもコンピュータの反乱により、人類の大部分は培養器に入れられて、
コンピュータの動力源となりながら、
普通に日常生活を送っている現実としか思えない夢を見させられています。
その夢の中がいわゆる仮想空間なのですが、
そこで起きることは、すべてコンピュータの意のままに・・・・
どうでしょうか、これは実際の世界の神と人間の関係に似ていますよね。
ただし、全知全能の神ならミスはしないでしょうが、
コンピュータのプログラムには、エージェントスミスのようなバグが現れます。
デバッグはなかなか難しいようでした。



 



宇宙人とキリスト教

2015.06.18 (Thu)
* これは怖い話ではないので、興味のない方はスルーしてください。

なかなか奇異な感じのする題名ですが、
西欧世界では、けっこう議論の対象になる内容です。
まず、宇宙人(知的生命体と言ったほうがいいかな)はいるのでしょうか。
世界の科学者でも、さまざまな論があるのですが、
「いる」と考えている人も多いようです。
宇宙には実にたくさんの、想像できないほどの数の星があります。
その中にはおそらく、地球と同程度の気温、重力、光量、
回転速度、元素の種類や量などを持つ星はあると思われます。
そこに生命が生まれているという可能性は否定できない気がします。

もっとも、SF的な思考に慣れた方であれば、
温度の高い星にはプラズマ状の生命体がいるかもしれないし、
重力の大きな星には、地表にへばりつくように住むケイ素主体の、
鉱物の身体を持つ生命体がいるかもしれない・・・
こんなふうに考えられるかもしれません。
もっと言えば、「生命体」という言葉を使いましたが、
もしかしたらそれは、地球で考えられているような「生命」の概念には、
あてはまらないものであるのかもしれないのです。

さて、ここではキリスト教にのっとって考えてみます。
基本的にこの世界は、キリスト教では神が創造したものであるとされます。
ですから原理主義的なキリスト教には、進化論を認めず、
恐竜と人間はともに創造され、共存していた時代があったなどの論もあるのです。
それで、天地創造のときに「神は地球人類以外を創造されなかった」
としてしまえば話は簡単なのでしょうが、
この宇宙探査時代にあっては、実際はなかなかそうもいかないのでしょう。
2008年、11月14日。現ローマ法王・ベネディクト16世が、
にバチカン宮殿において「神はアダムとイブと共に、地球外生命体を創造された」
このような声明を発表したという話があります。しかし真偽はよくわかりません。

確実なのは、同じ2008年にバチカン天文台長のガブリエル・フネス
(Gabriel Funes)氏がバチカン新聞に「宇宙人は我が兄弟である」という記事を寄せ、
「地球に様々な形態の生命があるように、
宇宙にも神が創られた知的生命体がいるかもしれない。
さらに、宇宙人の中には原罪を負っていない存在さえあるかもしれない。
地球外生命体も神が創られたものであるため、
地球外生命体の探求と神への信仰とは矛盾しない」
このような内容を書いていることです。(元記事 BBCニュース)
BBCニュース

さてさて、ここで出てくる「原罪を背負っていない存在」とは何でしょう。
まず原罪とは「アダムとイヴが神が禁じた楽園の知恵のリンゴを食べた罪」
のことです。このため2人は楽園を追放され、そしてこの罪は受け継がれます。
神への不服従の結果、人の世に苦しみ・情欲の乱れ・死が生じたわけですね。
現在の人類はすべて、アダムとイヴの子孫ですから、
この原罪から逃れるものはいないとされます。
しかし、宇宙人はアダムとイヴの子孫ではないでしょうから、
原罪を持たない存在というものもありえることになるのです。

このあたりの宗教的な問題を追及したのが、
ジェイムズ・ブリッシュというアメリカのSF作家が書いた『悪魔の星』
という本です。1959年ヒューゴー賞受賞ですから、けっこう古いものです。
内容はかなり難解です。科学的に難解というより、
宗教的に難解な話で、日本人にはあまり興味を持たれないと思われます。
だいぶ前に読んだのでうろおぼえの部分もあるんですが、
あまりネタバレにならない程度に内容を紹介すると、
科学者でもある神父が、リチア星という惑星の調査に訪れる。
そこにはトカゲのような姿の異星人が住んでいるが、
彼らには宗教がないにもかかわらず、知能が高く理性的で、
犯罪など、心の暗い面とは縁のない生活をしている。

それを見て、神父は悩み始めます。神を持たない彼らの暮らしが、
地球人よりもはるかに優れたものであるのならば、
神とはいったい何なのか?
そしてついにはこのような疑念を持つに至ります。
彼らリチア人は悪魔が作り出した星の住人なのではないのか?
しかしキリスト教の教義上、悪魔には創造する力はないことになっている。
では、自分の考えは異端なのか?

こういった内容が、前半で神学論争なども交えて緻密に書かれています。
後半、主人公はリチア人から彼らの卵の一個を託され、地球に持ち帰ります。
そこから生まれたリチア人は、リチア星にいる他のリチア人のようには育たず、
原罪を持たないものとして、扇動者のようにふるまい始めます。
かつて地球にもう一人だけ存在した、原罪を持たない者のようにです。
ここで作者は、善と悪の間で、神とはいったい何なのか?
神の本質、宇宙の本質とは善なることにあるのか?というような疑問を、
読者に投げかけているのだと思いました。言い方を変えれば、
いったい悪魔の星は、神を持ち、それゆえに原罪を背負い、
背徳と犯罪にあふれた地球であるのか、
神を持たず理知的に暮らしているリチア星のどちらであるのか・・・

宇宙人という要素を入れることで、
これまでキリスト教で考えられてきた神の概念が揺らいでしまうのですね。
もっともこれは、神は不変で、神に対する地球人の理解が揺らぐということでしょうが。
ところで、最近「生命宇宙飛来説」がとりざたされることが多くなってきました。
これはパンスペルミア仮説といい「宇宙空間には生命の種が広がっている」
「地球上の最初の生命は宇宙からやってきた」とする仮説でのことです。
この仮説のアイデア自体は、もともとは1787年、
ラザロ・スパランツァーニによって唱えられた古いものなのですが、
根拠とともに提示されることが多くなってきたのです。

南極などで見つかった隕石から、生物のDNA(デオキシリボ核酸)
を構成する分子を発見したと、NASAなどの研究チームが発表したこと。
また、38億年前の地層から真正細菌らしきものの化石が発見され、
地球誕生から数億年というわずかな期間で、
ここまで進化した生物が登場するのは考えにくいこと、などなど。
もしこれが正しければ、地球人はアダムとイブの子孫ではないのでしょうか。
いままでキリスト教の教義の根本にあった原罪の概念はどうなるのでしょうか?
興味深いなあと思っています。







2015.06.17 (Wed)
去年の秋のことです。1つ年下の彼とドライブに行ったんです。
紅葉を見に。はい、彼は車好きなんですよ。
乗ってるのはランエボといういかつい車です。
私は免許持ってないし、彼とつき合うようになるまで、
あんまり車のことは関心なかったんですけど、
彼と話を合わせてるうちに、だんだん覚えてきて。
うーん、彼は車通りの少ないとこではスピードは出しますけど、
街中で危険な運転はしないですよ。それでその日、
日曜でしたけど、午前中4時間ほどかけて紅葉の見られる山の中まで入って、
道の駅かどこかでお弁当を食べて帰ってくるというプランだったんです。
ええ、お弁当は私が作ったんです。

2時間ほど高速を走り、その後、山の中の道に降りました。
10月の終わりで、紅葉は真っ盛りでした。
彼がアンビエントが好きなんです。これ、環境音楽って意味です。
静かなボーカルなしの曲をオーディオでかけてて、
それが赤や黄色に染まった山の景色とすごくマッチして、
うっとりするような気持でした。
下の道の降りてからは、走っている車は少なかったですね。
行楽日和だったんですけど、そこらは有名な観光地ではなかったんです。
「ちょっと山に入ってみようか」彼がそう言って、
県道から外れて、上りになった脇道に入っていきました。
「えー、迷うんじゃない。さっきからナビがさまよってるわよ」

そこの道に入ってから、ナビの表示が乱れてというか、
道ではないところを矢印が飛んでたんです。
「大丈夫、情報のない道だろうけど舗装してるし、たぶん山の向こうへ抜けられる」
10分ほど走ると、前方にマイクロバスが見えてきました。
道幅いっぱいで、対向車が来たらすれ違えるかどうかわからないくらいでした。
その後ろについたんですが、これがノロノロ運転で。
かといって引き返すわけにもいかず、彼が少しいらいらしてきたところで、
バスは右手の道にそれていきました。
「こんなとこにバスが来るなんて、何か見るものでもあるのかしら」
「うーん、わかんないな」その頃には道は少しずつ下りになっていて、
前方にさっき通ってた県道が見えてきたんですが。

その合流する地点の手前に、長い石段が見えたんです。
「ここ、山に登って行けるみたいだな。上になんかあるかもしれない。
 車停められそうだから、ちょっと行ってみよう。
 いいとこがあればそこでお昼食べよう」
彼がそう言って車を停め、お弁当の入ったバスケットを持ってくれて、
2人で登っていったんです。入り口の足元に縄が落ちていました。
そこに「融」と一文字だけ書かれた白い木札がついてたんです。
「あれここ、もしかして立ち入り禁止とかじゃないかな。
 この縄、張ってあったのが切れたんじゃない」
「うーん、でも禁止とは書いてないし。もし人がいて何か言われたら戻ろう」
紅葉がきれいでしたし、特別な観光地でないというのは気になりませんでした。

彼とはつき合い始めて半年にもなりませんでしたから、
2人きりでいられることのほうが嬉しかったんです。
石段の長さはけっこうありましたけど、上まで5分かからなかったと思います。
だんだんに脇の木々が少なくなっていって、
やがて平らな所に出ましたが、下が芝生の広場になっていました。
そこの中央にかなりの大きさの塔、仏塔っていうんだと思います。
中に空洞があって、3mほどの仏像が収められていましたから。
何という仏様かはわかりませんでした。すみません、詳しくないんです。
塔の後方に、さっきのマイクロバスが停まっていました。
そして、高齢者の方々が回りにいました。
そうですね、全部で10数人くらいでしょうか。

みな白い着物を着ていて、襟に「融 講」という文字が黑く入ってましたので、
何かの宗教団体かもしれないって思いました。低くですが、
「お前百まで、わしゃ九十九まで~」という民謡のような音楽が聞こえました。
高齢者の人たちはみなご夫婦のようで、2人ずつ寄り添うようにしていましたが、
車イスの方や、ストレッチャーに乗ったお年寄りも何人かいたんです。
ええ、そういう人たちだけでバスに乗り降りはできないですよね。
上下黒のトレーナーを着た介護の人たちも10人ほどいました。
みな体格のいい30代くらいの女の人でした。
私と彼が近寄って行くと、その介護の人のうちの一人がこちらに気づいて、
走り寄りながら「すみませーん、ここ私有地ですから。
 申しわけないですがお帰りくださーい」こう叫びました。

彼が「ああ、そうですか。すみません、公園か何かかと思ったもんで」
そう答えて軽く頭を下げ、2人で階段を降りたんです。
「よさそうなとこだったのに、残念だったわね」
「・・・何か変だったよな。気がついた?
 お年寄りの人たちはかなり重病の人もいたみたいなのに、
 こんなとこで何をするんだろう」
「うーん、どっかの介護施設の遠足とか」
「でも、気がつかなかった? お年寄りの人たち、どの人も全員が目を閉じて、
 夫婦で手を握って、涙をだらだら流してた・・・」
「・・・襟に融って文字が入ってたよね。何かの宗教の儀式とかするんじゃない?」
「気になるんだよな。さっきのバスが分かれてった道、引き返して登ってみないか」

「えー、やめようよ。今度こそ怒られるよ。
 それよりどっかお弁当食べられるとこ見つけよ」
「女の人しかいなかったじゃない。それにバスじゃこの車、追いかけてこないだろ」
こんな話になって、ターンして道を引き返し、バスの分かれ道まで戻りました。
マイクロバスの幅しかない道でした。山の高さを考えれば、
数分で上に出るかと思いましたが、途中で下りの分かれ道があり、
下のほうに木に囲まれた白塗りのコンクリの建物が見えたんです。
「あそこ見て、何かわからなかったら戻ろう」彼はそう言って車を乗り入れました。
建物は平屋で横長でした。わりと新しいものに見えました。
車を停めて彼が外に出、サッシ戸のノブを動かしたら開いたんです。
私も外に出て、彼の後ろから入ってみました。

中には、お堂のようなのがいくつも並んでいました。
ほら、神社の脇にある摂社っていうんですか、あの1m四方くらいのお堂、
あれがずらずらっと20ほど、建物の中にあったんです。
観音開きの扉はどれも閉まっていて、彼が入り口近くのを開けてみました。
それも開いたんです。中には・・・そのときは土でできているのかと思いました。
夫婦人形というのか、10cmくらいの人形が数十体詰め込まれていました。
おじいさんとおばあさんが並び立ったのが1セットで、それがいくつも。
「なんだこれ」彼がほっとしたように、「売り物でもないだろうし、
 やっぱ宗教関係かな。戻ろう」こう言ったとき、「ググググッ」
というような音が聞こえました。それは奥のほうのお堂からしたように思えました。
彼がそっちに歩いていったので、「やめなよ」と声をかけました。

でもかまわず彼がそのお堂の扉を開けちゃったんです。
そして呆然とした表情になり、数歩後ろへ下がりました。
中は扉の陰になって見えなかったので、「どうしたの」
私が彼のほうに駆け寄っていきました。彼が手で止めるような仕草をしましが、
見てしまったんです。中には・・・顔が二つありました。
男女のお年寄りで、目を閉じたままさも嬉しそうに、にこにこ笑ってたんですが、
頬のところがくっついていたんです。体は・・・
もう手がどこで足がどこかもわからないほどぐちゃぐちゃに溶けあってました。
「・・・融合してる」彼がつぶやいたとき、おじいさんのほうが目を開けました。
私たちを見てさらに笑みを深くし「・・・末永く・・なあ」そう言ったように聞こえました。
彼が私の手をつかんで建物の外に出、車に飛び乗ってその場を逃げ出したんです。







ホラー小説と実話風怪談

2015.06.16 (Tue)
自分が書いているのものは基本的に「実話風創作怪談」だと思っています。
中には人から聞いた話(本人が本当にあったと言ってる話)もありますが、
ほとんどは自分が頭の中で組み立てたものです。
ブログを始めたときに「本当にあった」ということにしないと、
見に来るお客さんが少なくなるよ、とアドバイスしてくれる人もいたんですが、
自分としては「まあそれはそれでいいや」と思ったんです。
ですが、自分が書いてるものは完全なホラー小説でもありません。
(ランキングはホラー小説に入ってるんですけども)
どこがホラー小説と最も違うかというと、
体験談である、という部分だと思っています。
つまり、話はすべて過去に起きた出来事なわけです。

その超常体験を生き残って怪談ルームに来た作者が、
自分の身に起きた出来事を語る、という形にほぼすべての話がなっています。
ホラー小説だとここのところはもっと自由ですよね。
例えば老婆が、自分が若いころに見聞した体験を物語るという形でもいいし、
完全な現在進行形で、
「意識が遠のいていく。ああ、俺は今死ぬんだとわかった・・・」
こういう形で終ってもいいわけですが、
ここでは「実話風」を謳っているだけにさすがにそれはできません。

体験談というのは一種の安堵感というか余裕がありますよね。
怖い出来事があっても、それはもうすでに終わっているからです。
(テクニックとしては、語り手のその後に不安を生じさせるような
書き方もできますが)
優れたホラー小説というのは、現在進行形だけでなく、
過去進行形で書かれていても臨場感があります。
例えばゾンビものとかでも、今、まさに目の前に体の崩れたゾンビがいて、
クワが頭に振り下ろされたりして、主人公が死ぬかもしれないという恐怖、
これには体験談はなかなか勝てません。
(それで自分の場合は、少しでも臨場感を出そうと、
1人称の語り文で書いてるわけです)

それから、怪談の場合は最後に謎が残るのは別にかまいません。
特に自分の場合は、話が1人称の語りであるため、
語り手が見聞きしたり、調べて知ったこと以外はどうやってもわからないわけです。
ですから残った謎を読まれる方に投げ出しても別にかまいません。
ホラー小説でも謎が残って終わるものもあるわけですが、
それでもある程度ま超常現象の原因が説明されている場合が多いでしょう。
(ただしこれも、いくら実話といってもあまりに謎だらけで終わると、
単なる意味不明の話になってしまいますし、
読まれる方も欲求不満になってくるでしょう)
そのあたりのさじ加減は調節しながら書いているつもりではありますが、
上手くいってるかどうか・・・

今回話題にあげたいと思っているのは、体験談の結末部分のことです。
上で、語り手がわからないことは説明できないと書きましたが、
逆に言えば、語り手がわかることに関しては説明しなくてはなりません。
ところが、「説明しないで終るほうが話の完成度が高くなる」
という類のものが書いているうちに出てくる場合があります。
自分の話でいえば「死んだ」「赤ナマコ」などがそうです。
旧作で、やや長いですが「死んだ」を再掲します。

死んだ

えー今高校3年です。小学校6年と去年のお盆の話をします。
自分の父親は次男で東京に出てるんですが、
毎年お盆には田舎の実家に里帰りをします。
母親と、自分や弟もついていくんですが、
年によって1泊のときも5泊くらいしてくるときもありました。
小6のときはじいちゃん、ばあちゃんがいたんですが、
2年後にばあちゃんが亡くなって今はじいちゃんだけです。
ばあちゃんの葬式にはもちろん行きましたよ。

小6のお盆ですね。・・・このとき自分は死んだと思うんです。
いや、死ぬような怪我や病気ってことじゃなくて・・・実際に死んだんです。
その年は8月の11日には田舎に着いて、16日に帰る予定でした。
父親は公務員で、夏休みの他に年次休暇もとったみたいで、
ゆっくりできる年だったんです。
着いた翌日から、捕虫網を買ってもらって虫捕りに行きました。
弟はまだ赤ちゃんでしたから、自分一人でです。
それまでも毎年行ってたんで、裏の畑から渓流、
浅い林くらいは場所がわかってました。
カブト虫がいる木が林の中にあって、昼でも何匹かはつかまるんです。

その林に行くには、渓流を渡っていかなくちゃならないんですが・・・
渓流といっても小川みたいなもんです。
幅はけっこうありましたが、深さは膝下で流れもゆるやかでした。
だから家族も子ども一人で外に出してくれたんだと思います。
その渓流を渡り林に入り、前にカブトを捕った木を思い出して、
何本か回ってみたんですが1匹もいませんでした。
それだけじゃなくて、いつもならうるさいほどに鳴いている蝉も、
オニヤンマ一匹、蝶一匹も見つかりませんでした。

林の中を歩き回って探したんですが成果はなく、つまらなくなったし、
静かで寂しくて、なんだか怖くなってきたんです。
それで帰ろうとしました。時間は午後3時過ぎくらいじゃなかったかと思います。
とぼとぼ歩いてると、急に日が陰って暗くなりました。
背後の林の中も黒くなって、
何かがそこから追いかけてくるような気がしたんです。・・・それで走りました。
渓流を渡るときは流れから出てる石を5つ6つ踏んでいくんですが、
川の真ん中辺で苔に足がつるっと滑りました。ガーンと強い衝撃があって、
マンガみたいですが目から火花が散った感覚がありました。

右の側頭部を打ったんだと思います。
しばらく片手で頭を押さえて、半ば水に入った状態でうつぶせになってました。
そのうち少しずつ痛みが引いてきたんで、石の上に立ち上がると、
その石のすぐ横の水に自分が倒れてたんですよ。
あ然としました。半ズボンも同じでしたし、着ていた薄緑のTシャツも同じ・・・
ただ虫かごは自分が肩に下げていて、捕虫網は一つだけ流れに落ちてました。
つまり・・・服と体だけ自分が二つになってるわけです。
そのうつ伏せに倒れている自分の頭のあたりの水が赤く渦巻いていて、
出血してると思いました。

わけがわからず、走って逃げ帰りたかったんですが、
これをこのままにしておいてはいけないという気がしました。
それで、体の下に手を入れて水の中でもう一人の自分をひっくり返してみました。
顔が見えました。鏡で見る通りの自分の顔でしたが、固く両目をつむっていました。
頭の横が切れているらしく、血がごわっと浮かび上がって流れていきました。
鼻と口に手をあててみましたが、息をしてると感じませんでした。
胸に手をあてても、心臓も動いていないと思ったんです。
これを・・・このままにしててはいけない、という考えがわきあがってきました。

人に見られるとすごくマズイことになる、
そんな気がしたんで両足を持って引きずりました。
・・・重かったですよ。ひっぱるたびもう一人の自分の頭が石にあたって、
ガツンガツンという振動が手に伝わってきました。
なんとか川から上げて5・6m引きずると、
くぼみが続いてて中に葦が生えてるとこがあり、
そこにもう一人の自分・・・自分の死体を投げ込んだんです。
死体は草に隠れて見えなくなりました。
それが目の前から消えたんでホッとしました。
なぜだか、ずっと見ててはいけないものだという気がしたんですね。

この間15分はたってなかったと思います。
何かにあやつられているような行動でした。
網を拾って、かなり濡れた状態で実家に戻りました。
・・・家族や祖父母には川で転んだと言いました・・・
が、あのもう一人の自分のことは口に出しませんでした。
その頃には、自分の死体を見たことや、
足に中に投げ込んだことが遠い夢のような記憶になってました。
それに自分が生きてここにいるんだから、信じてもらえないだろうとも思ったんです。
川で石に打った頭のところはまだズキズキ痛くて、それには現実感がありました。
ただ血はまったく出ておらず、少しコブになってたくらいでした。

次の朝早く渓流にいってみたんです、確かめようと思って・・・
死体を投げ込んだはずの葦の中を探してみたんですが、どこにもありませんでした。
消えてしまってたんですね。すごく安心しました。
ああやっぱり、昨日見たのは夢みたいなもんだったって。
たぶん頭を強く打ったショックで、
一時的に気が変になっちゃったんだろうと思ったんです。
翌日からはお盆に入って虫捕りはできなくなりました。
だんだんと親戚が集まってきて、花火をしたり墓参りをしたりしました。
そんなこんなで、帰る頃には渓流での出来事は気にならなくなっていました・・・

その後もほぼ毎年、両親と弟とで実家には行きました。
渓流までは10分もかからなかったんで、
虫捕りはやめましたが、毎年一人で見にいったんですよ。
もちろんなにもなかったです。そしてばあちゃんが亡くなって・・・
高校に入学した年、渓流のあたりの野原が開発にかかって、林は切られ、
川は護岸され、道路が通って家が立ち並ぶ予定だということを聞きました。
翌年、高2の去年のお盆です。
じいちゃんは1年でずいぶん齢をとった印象になっていました。
送り盆が終わって次の日帰るという夜、じいちゃんが自分を裏の小屋にさそいました。
どういう用事かわからなかったけどついていったんです。

それまで入ったことがなかったんですが、小屋は2階建ての木造でけっこう広く、
じいちゃんは何も言わずに裸電球をつけ、階段をのぼっていきました。
自分も後をついていきましたが、2階は屋根裏のようにせまく、
その4分の1を占めるほどの大きな両開きの衣装ダンスがありました。
じいちゃんは、近づこうとする自分を手で制してその鍵も開け、
おもむろに扉を開きました。薄暗い光でしたが、はっきり見たんです。
固く目を閉じ眉間にしわがよった子どもの顔、薄緑のTシャツに半ズボン・・・
小6のときの自分が、そのままの姿で藁束に囲まれるようにして立たせられていました。
肌は青白いものの、腐っている様子はなく嫌な臭いもしませんでした。
額から側頭部にかけて、白くぱっくりと口を開けた大きな傷跡がありました。

じいちゃんは「忘れてないだろう・・・あの日に死んだお前だよ。
 翌朝早く拾ってきたんだ。・・・今はこうだけど、
 ときどき口をきくんだよ。代わりたい、早く代わりたいって・・・
 じいちゃんもそろそろ体が弱ってきてな、いつまで抑えておけるかわからん。
 だから今夜お前に見せた・・・」
こんなふうに言ったんです・・・



体験談であるとすれば、この最後の場面の後にどうなったかを書く必要がありますよね。
語り手はこの後のことを経て怪談ルームまで来ているわけですから、
設定的には話さないほうがおかしいです。
かといって、この後にくどくど話をつけ加えても、
かえって怖さが失われてしまう。
そういう判断をしてここで終ったわけです。「赤ナマコ」にしても同じで、
口から次々赤ナマコを吐き続けている語り手がどうなったか、
説明する義務があるはずですが、あそこで終ったほうが不条理です。
「これらはホラー小説だ」としてしまえばいいのかもしれませんが、
自分としては気になっている部分です。

関連記事 『赤ナマコ』








酒につられる

2015.06.15 (Mon)
* 昨日2chに書いたものに加筆しました。

こないだ転勤で引っ越したんだよ。
そこは風呂トイレつきの会社で借りてる一間のアパートなんだけど、
どうも嫌な感じがしたんだ。
まず一日中日がささないし、壁がじとーっと湿ってる。
これは立地のせいだからしょうがないのかもしれんけどな。
団地の丘の陰で近くに沼もあるし。
ただ、俺は霊感とかないから上手く言えないけど人の気配を感じるんだよ。
いっつも見られてる感じがするっていうか。
まあ気のせいかとも思ったけど、配置換えの激しい職種だから転勤は何度もしてるし、
いろんなとこに住んだけど、こういう感じは初めてだったんだよ。
それでありんまり気になるんで、天井裏とかも押入れからのぞいてみたんだ。

ほら、天井裏に実際に浮浪者が住んでたなんて話もテレビであったから。
・・・さすがにそれはなかったけどね。
蜘蛛の巣とほこりだらけで人の気配なんてまるでなし。
そもそも安普請のぺらぺらの天井板で、あれだと人がのれば破れちまう。
実害は別にないんだ。髪の毛が落ちてるとか物の位置が変わってるとか、
そういう怪談めいたことはなにもないけど、やっぱ視線を感じる。
それも、俺が部屋の中で向きを変えれば、
そいつも動いて俺の俺の背後に回るような気がしたんだ。
うーん、艶っぽい感じはなかったなあ。
だからもしいるとしたら男の霊じゃないかと思ってたんだよ。
でよ、行った先の支社にそういうことに詳しい女の人がいたんだ。

50過ぎのオバハンなんだけど、歓迎の飲み会の2次会から全開で守護霊とか、
生霊とか、新興宗教の話をしてた人だったんで、
昼休みに冗談みたいな感じで相談してみた。
したら、少し考え込んでから「あんたのアパートは今年新しく借りたもんだから
 詳しいことはわかんないけど、一つ試してみる方法はある」って。
それで「どうやるんです?」聞いたら、瓶ビールを買えって言う。
これには困惑したね。霊とビールと何が関係あるんだろうと思うじゃない。
今や瓶ビールは贅沢品っていうか、俺はふだん発泡酒しか飲んでない。
で、最近気温が高いんだけど、会社から部屋に戻ったらまず熱い風呂に入れって。
その後にキンキンに冷やしたビールを瓶ごとぐいってあおってみな、
そうすれば何かわかるかもしれない。

こんなアドバイスをされたんだよ。わけわからんだろ。
でもよ、ずっと気にして生活してるより原因がわかったほうがいいと思ったから、
試してみたんだよ外回りで汗ぐっしょりのまま会社に戻らず部屋に直行した。
その日は水分を控えてたから、喉がからからだったけど、
エアコンはつけず、風呂にすぐ熱めの湯を入れて素っ裸になった。
俺は長風呂あんまり好きじゃないんだけど、
そんときは頑張って30分くらい入ったんだよ。
おそらく脱水気味になってたんじゃないか、あがると頭がくらくらした。
パンツ一丁で布団に座り、冷蔵庫からビール出してプシッと栓を抜き、
そのまま口をつけて一気にあおったんだ。
したら直後に耳元で「くっそ、いいなー」という声がしたんだよ。

確かに聞いた。なんとなく想像してたとおりのオッサンっぽい男の声だった。
でよ、その場で会社のオバハンに電話かけたら、「やっぱりいたじゃない
 たいしたもんじゃなさそうだから、安い霊能者紹介したげる」って言われたんだよ
でな、次の日曜の夜8時に霊能者がやってきたんだけど、
これが袈裟着たり衣冠束帯姿とかでもなく、
安っぽいクールビズのシャツを着たジイサンで、一目見た印象が貧乏くさい。
ジイサンは会うといきなり「わたしはね、力弱いですから、
 霊と対話などはできません」って切り出した。じゃあどうするのかと思ったら、
「そうですね、暑い季節ですから冷酒がいいでしょうね。
 ビールだと気が抜けちゃうんで。高い冷酒を買って下さい。
 4合瓶で5000円くらいのやつを5本。冷えたの出してもらって。」

これって俺にはえらい出費だったけど、そう言ったらジイサンは、
「必要経費ですからあきらめてください。そのかわり謝礼は安くしときますから」
まあ、しょうがなく買ってきた。で、どうするのかと思ったら、
ジイサンは持ってきたバッグから、小さい木の枡、一号枡っていうんかな。
あれをいくつも取り出し、部屋のドアを開けて外のコンクリの通路に一つ置いて、
ほんのちょっとだけ冷酒を注いだんだ。
それから2人で外に出た。「近くに公園とかありますか」って聞いてきた。
うん、住宅地だから小公園はあちこちにあるんだよ。
「すぐそこにもありますよ」って答えたら、「じゃあそこへ」そう言って、
20m置きくらいに冷酒を枡に1cmくらい注いだやつを、
民家の塀の上とか、バス停のベンチ下とかに置いてった。

そこの公園までは歩いて5分ほどだよ。
まだ9時前だけど誰も人影はなかった。そのベンチに座って、
今度は少し大きめの枡に、3人分冷酒をなみなみと注いだんだ。
「これ、どんな意味があるんですか?」こう聞いたら、
「ここまでの話でね、酒好きの霊みたいだから、部屋からここに呼ぼうと思いまして」
「どうするんです?」 「いや、あなたとわたしで、静かに飲んでればいいんですよ」
ってことで、その貧相なジイサンと差し向かいで、
間に3つ目の枡を置いて、ベンチに座って飲んでたんだよ。
いや、警察が回ってきたりしたらヤバかったんじゃないかな。
深夜じゃないけど不審尋問された可能性はあるね。
でね、話題もないから、俺のほうからジイサンにお祓いとかのことを聞こうとした。

したらジイサンは「その話題はやめましょ。霊が警戒するかもしれない」
しょうがなく黙って飲んでた。ジイサンが、
「お酒は出してもらったんで、わたしがおつまみを提供しましょう」
そう言って、コンビニのサキイカの袋を出してきた。
そうだなあ、そうやって小1時間も飲んでたかな。
話すことがないし、暑かったんで酒は進んだよ。
最初の1本はすぐになくなり、2本目の半分にかかったあたりで、
「ああ、こられましたね」ジイサンが真ん中の枡を覗き込んで言った。
俺も見ると、枡の酒が少し減って、目のようなもんが浮かんでたんだ。
俺の目じゃないよ。あんなに濁ってない。ジイサンはバッグからサランラップを出すと、
手早く切り取って枡にフタをし、その上から御札を貼りつけたんだよ。

まあこんな具合で、俺の部屋からは気配は消えた。
結果としてはジイサンは上手くやったってことになるな。
謝礼? ああそれは3万だった。
高いっちゃ高いよな。実働は2時間ほどだし、
何やってたかっていうと、公園で俺と酒飲んでただけだから。
ああ酒といえば、残った冷酒は、「これ、この方の供養に使いますんで」
そう言ってジイサンが持ってってしまったよ。








呼んでしまう

2015.06.14 (Sun)
中3の文化祭前日のことです。私は生徒会の事務局員というのになってて、
他の女子3人といっしょに、3階の教室でバザーの準備をしてたんです。
ええ、値札をつけて展示し、看板やポスターを描くなどですね。
明日が文化祭初日ということで、校内にはいろんな部門の人がたくさん残ってて、
活気がありました。時間は6時を過ぎてたと思います。
私は茶道部で、活動は週に2回、いつも遅くても5時には家に帰ってました。
だから、そんな時間に学校にいることは初めてで、
すごく気分が高揚してたんです。
他の子たちは運動部だったので、そんなことは感じてなかったと思います。
9月でしたので、教室の窓の外は真っ暗になってて、
闇に沈んだグランドにぽつぽつと緑の防犯灯の光が見えました。

「少し休憩しよか」Sさんという、
生徒会書記で、この部門のリーダーの子が言ったので、
私は値札を書いてた手をとめ、窓際に歩み寄りました。
少しだけ開いてた窓を全開にし、身を乗り出すようにして夜の空気を味わったんです。
それから、両手を前に出してその空気を胸にかきこむような動作をしました。
うーん、なんでそんなことをしたのかはわからないです。
無意識の行動だと思うんですが・・・そしたらMさんというバレー部の子が、
「Nちゃん(これ私です)ダメダメ、高いところからそういうふうに、
 何かを呼ぶような動きをしちゃダメなんだよ」と言ったんです。
「えー、どうして?」意味が分からなかったので聞いたら、
「私もよく知らないけど、うちのおばあちゃんが言ってた。

 夕暮れの空中にはいろんなものが漂っていて、誰か下にいる人を呼ぶのはいいけど、
 そうじゃないのに手で招くようにすれば、変なものが入ってくるんだって」
「えー、別に誰も招いてないけどな」
「うん、そうよね。私もそういうの信じてないけど、ただ言ってみただけ」
こういうたわいのないやりとりでした。
その後トイレに行ったりして5分ほど休憩し、
「7時前には終わらせて帰ろう」と言い合って仕事を再開したんです。
そしたら、Sさんが「あれー、こんなのあったっけ」と声をあげました。
そっちを見ると、白布をかけた机の上に、ぽつんと人形が置いてあったんです。
縦、横、高さとも15cmくらいの和風の人形でした。
台座の上に竹垣があり、そこに絣っていうんでしょうか。

昔の着物を来た坊主頭の男の子が、
足を投げ出してもたれかかっているものでした。
「あれー、見た覚えない」 「提供リストと照合してみればわかるんじゃない」
「うーん、ないね」バザーはどこでもそうでしょうけど、商品は、
本類や、お歳暮の食用油、食器、タオルなんかがほとんどだったんです。
「おかしいねー」 「この教室に元々あったものじゃない」
「それはない。ここはずっと空き教室で、あまったトロフィーとかしかなかったよ」
「別に学校のでもいいんじゃない。これも新しいから売っちゃおうよ」
「買う人いるかな」 「この子、よく見ればけっこうかわいい顔してるよ」
人形の男の子の目は、まん丸い黒で、両頬が赤く塗られ、
確かにかわいいと言えないこともなかったんです。

「値付けが難しいよね、いくらなら買ってもらえるかしら」
「うーん、500円じゃ高いよねえ。200円にしといて、もし午前で売れなかったら、
 午後に100円にしよ」 「そうだね」
それで値付け担当の私が、カードにマジックで200円と書いて、
テープで貼りつけました。そしたら、その人形がコロンと転がったんです。
そのときは自分が手でひっかけたんだと思いました。
ところが、かなりの面積の平らな台座がついてるのに、
何度起こしても後ろにひっくり返ってしまうんです。
「あれ、変だな」と思いながら、机の別の場所に置いてみました。
すると突然、教室の蛍光灯が消え、値札のカードがぼっと燃え上がったんです。
「何、何?」 「どうしたん?」 「えーなんか燃えてるよ!」

そのときはまだ、パニックというほどでもなかったです。
廊下の電気はついてて、その明かりが窓から入ってましたし。
「ちょっとNちゃん、火つけたりした?」
「してないよ。急に燃え出した」私は手近にあった下敷きでカードを叩こうとしました。
そしたら、ぐーんと火が大きくなり、壁に人形の影が映ったんです。
ええ、4人全員が見てました。その影がむくっと立ち上がり、
両手をひらひらさせて踊るような動きをしたんです。私以外の3人が逃げ出しましたが、
私はとにかく火を消さなくちゃと思って、夢中で机を倒し、
燃えているところを足で何度も踏んづけたんです。
蛍光灯がつき、「どうした、何やってる?」男の先生の声が聞こえました。
3人が廊下で会った先生を呼んできてくれたんです。

「人形の値札が急に燃えだして・・・」私は安堵のあまり泣きそうな声を出しました。
ところが、床の上にも机の上にも、人形の姿はなかったんです。
半分以上焦げた値札だけが落ちていました。
先生はそれを拾い上げ「うーん、これ。お前、火のつくもんとか持ってるか?」
私がかぶりを振ると、先生は「怖い怖い」と固まっている3人のほうへ向きなおり、
「お前たち、今日はもう帰れ。準備はあらかたできてるようだから、
 明日朝に早く来てやりなさい」こう言いました。
「さっきの何だったのあれ?」 「影が踊ったよね」 「人形の霊なのかな」
「Nちゃんがホントに火をつけたんじゃないの?」
「違う、ぜったい違うから」こんなことを言い合って、
分かれ道に出るまで一緒に帰ったんですよ。

家に入るとカレーのにおいがして、
母が、「遅くなるって言ってたけど、意外に早かったじゃない」
「すんごく怖いことがあったのよ。今話すから」こう答えて、
バッグと制服を置くために2階の部屋に行きました。
電気をつけて、そしたら私のベッドに、人形の男の子がいたんです。
学校で見た小さいやつじゃなく、等身大で。
男の子は瞳のない真っ黒な目をこっちに向けて「200円」って言ったんです。
「きゃー」私は悲鳴を上げて階段を駆け下り、母に今あったことを話しました。
「そんなバカな」母はそう言って、いっしょに部屋を見に来てくれたんですが、
ベッドは掛け布団がかかっていて、人が上がった様子はなかったんです。
ついでに学校であったことも話しました。

母は興味深そうに聞いてましたが、
「ああ、そういえば、夕方に高いところから招くような動作をしてはいけない、
 というのはこのあたりの言い伝えにあるけど・・・」
こんなふうに言い、「200円が安くて怒ったんじゃない」とつけ加えました。
とにかく信じてくれたのがうれしかったです。
その晩からしばらくは両親の寝室で寝たんですが、
おかしなことは家でも学校でもなかったです。
翌日、朝早く行くと他の3人も来て、担当の先生ときのうの先生とに別室に呼ばれて、
「変な噂を広めないように」と釘を刺されました。
これで話は終わりなんですが・・・2年後、高2のときに修学旅行がありまして。
博多を中心に北九州を回ったんです。

そのときの最終日に入ったお土産屋に、あの人形があったんです。
ええ、色合いが少し違ったような気がしましたが、
竹垣の形も人形もそっくりで・・・
目にしたときは思わずのけぞったんですが、
まわりにたくさん人がいて怖くはなく、むしろ懐かしいような感じでした。
それで近くに寄ってよく見ると、2980円って値段がついていたんですよ。








民話的な発想をする

2015.06.13 (Sat)
では一つ、例として黒民話を書いてみます。
無理やりなのであまりいいものにはならないかもしれません。
お題はそうですね、七五三とかにしましょうか。
黒民話系の話は、時代はできるだけ古く(といっても江戸時代とかだと、
それはそれで現実感がなくなってしまいますが)
また、地域をあいまいにしたほうがいいです。
ネットに書く場合、創作前提のところでなければ、
「いくら検索しても、そういう風習の話はかけらも出てこない」
という人がいるからです。

それと、実際の行事とあまり密接に関係した話は、
内容の自由度が損なわれてしまいます。「祖母が子どもの頃のこと」
「その地域からは引っ越してしまい、今はどうなってるかわからない」
「過疎のため昔のようにはやってないと思われる」
くらいのあいまいさがベターです。
こつとしては、長く書かないこと、くわしく書かないことです。
くわしくするほどボロが出ますし、ぼやーっとにじんだような感じが、
かえって民話としての幻想味を際立たせるように思われます。

まゆご様

私が子供の頃、もうだいぶ前に亡くなった祖母から聞いた話です。といっても、
祖母にしても幼い時分のことであり、多くは祖母の両親から聞かされたものです。
当時、祖母は小さな市に住んでいまして、そこが先祖代々受け継いだ土地だったんです。
その市は6つの地区に分かれており、それぞれ氏神神社が異なっていました。
祖母の話では、その頃七五三は全国的には広まっておらず、
地元でもその地区だけの特異な風習とみられていたそうです。
現在では七五三は11月に行われることが多いですが、
祖母のところでは、秋の収穫が終わったばかりの10月はじめということでした。
満でいうと2歳、4歳、6歳の女の子だけが集められたそうです。
着るものは晴れ着ではなく、白の浴衣に近い着物だったということです。

ですから、すべての子が同じような姿になります。もちろん千歳飴はありません。
まず2歳児の行事が昼に行われます。毎年30人ほどですが、
その子らは氏神神社の裏手にある山の祠に集団で入れられるのです。
明け3歳の幼児と言えば、ほとんどが歩けるし、話せますが、
中にはおしめをしてる子もいますよね。
その子らが一人ずつ、紙の灯明を持たされて真っ暗な祠に入れられるのです。
通り抜ける時間は1分程度なのですが、これは怖いでしょう。
でも親の足にかじりついて離れないような子は最初から除外されます。
泣き出して動かない子なども同じです。灯明を持って祠をくぐって来た子のうち、
にこにこ機嫌がよく、しかも灯明が消えてない子が「まゆご様」に選ばれます。

これは振り分けをするための儀式なんですね。大勢の2歳児のうち、
まゆご様になれるのは年に3人、多くて4人だったということですが、
祖母もその中に入っていたんです。
まゆご様は、生まれつきの素質を持っている子で、
さらに祠の中で、ほんのわずかの時間に神様から力を授かると言われていました。
このまゆご様の力がもっとも高まるのが、数え5歳のときです。
その1年間は、いろいろな場面に借り出されるということでした。
祖母も、山菜採りに行って戻ってこない年寄りの捜索に加わったと言ってました。
もちろん一度も入ったことはない山の中なのですが、
装束を着て若い衆に肩車されていくと、頭の中に人の声が聞こえたそうです。

「その人はまだ生きておるよ」祖母はそう言って、山中の一方向を指でさし示し、
それを何度かくり返して、1時間もたたないうちに、
崖下にうずくまってふるえている年寄りを発見したのだそうです。
5歳のまゆご様は、七五三の神事では子ども巫女役を務めます。
これは場所を移して夜に行われるのです。
○○沼という、地区の外れにある沼です。これは自然のものではなく、
江戸中期ころに掘られた人工の溜池ということでしたが、
もう農業用水には使われていなかったそうです。
その一方のふちにかがり火がしつらえらえ、
かなり高さのある櫓が組まれています。

池へ通じる長さ5m、幅1mほどの道は泥の斜面になっていて、
小さな白い鳥居が立てられています。夜中の11時過ぎでしたが、
祖母は眠くもならず、むしろお役目がうまく果たせるかと緊張していたそうです。
大人に抱えてのせられた4人のまゆご様は櫓の上で、
それぞれ手に柄杓を持っています。沼から上がってきたものに、
御神水の入った桶から、柄杓で水を注ぎかけるのです。
櫓の足下には7歳のまゆご様が、手に榊の枝を持って控えます。
もしも、櫓の守りが破れたときの備えということですね。
これまでの長い間に、破られたことは1度しかなく、
そのときは2人のまゆご様が引かれてしまったという話も聞きました。
まゆご様は7歳までですので、その子らは最後のお務めということになります。

櫓の後ろにいる神職が「来られるぞ」と大きな声を出し、
かがり火で赤く染まった沼から泡が湧き上がり、白い手が水面に現れたそうです。
やがてそれは泥の道にとりついて、ゆっくりと体を引き上げました。
全身どこもかしこも真っ白な裸の子どもで、
背中や腹は泥と緑の藻に覆われて男か女かもわからなかったそうです。
年の頃は、そのときの祖母と同じ5歳か6歳。立ち上がることができず、
四つん這いのまま、泥の道を進んできます。「それ!」という神職の声を合図に、
4人のまゆご様が桶から御神水を汲んで、その白いものに振りかけます。
体にかかっても苦しむということはなかったそうですが、
滑りやすかった泥地に水がかかって泥濘と化し、
白いものはずるりずるり滑って前に進めません。

「お帰りなされ~」「いになされ~」このように言いながら、
祖母たちはどんどんと水を汲みかけます。やがて白い子どもは進退窮まり、
ずるんと大きく滑って沼まで転げ落ちました。
ひとしきりその上に水をまいた後、神職が進み出て朗々と祝詞を唱えます。
これで神事は終わりです。次の年、その年5歳のまゆご様にその役が回ります。
こうして長い年月、代々にわたって続けられてきた儀式だということです。
祖母は、転がり落ちる前に見た白い子どもの、
ぽかんとしたような表情が忘れられないと言っていました。
心の中に「どうして?」というその子どもの気持ちが伝わってきたそうです。
話では、七五三はまだ行われているそうですが、
過疎のためか、まゆご様は今はもういないということでした。

*やっぱあんまりいい話になりませんでした。








ネタがない

2015.06.12 (Fri)
*怖い話ではありません。

♪ 書かなくちゃ~ 今日のブログを書かなくちゃ 急いで早く書かなくちゃ
  ネタがない~

ということで、この項は怪談論の一環です。
自分がどうやって怪談の着想を得ているのか、「意識の流れ」ふうに書いてみます。
ちなみに「意識の流れ」というのはもともとは心理学用語で、Wikiによれば、
「人間の意識は静的な部分の配列によって成り立つものではなく、
 動的なイメージや観念が流れるように連なったものであるとする考え方」
ということです。まあ、それはそうですよね。
何か一つのことに集中しているとき以外は、人間の意識はあっちに飛んだり、
こっちに飛んだりしていることは十分に理解できます。

これが文学上においては、
「人間の精神の中に絶え間なく移ろっていく主観的な思考や感覚を、
 特に注釈を付けることなく記述していく文学上の手法」と出ていました。
ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』『フィネガンズ・ウェイク』
なんかが有名ですが、この2作は難しいというか、
頑張って最後まで読みましたが、非常につらかった記憶があります。
あれ、話がうんちくのほうに逸れてしまいました。
今回のテーマは、自分がどうやって怖い話を発想しているのか、
前からちょこちょこは書いてるのですが、さらに詳しく、
自分の「意識の流れ」に沿って説明してみようという試みです。

まずほとんどの場合、大雑把に書く内容を決めるとこから始めます。
例えば、今日は「釣りの怖い話」を書こう、というふうにです。

うーん、釣りかー、そうだなあ、山の話はだいぶ書いてるし、
渓流よりも海釣りのほうがいいかな。
海釣りねえ・・・船で釣るか、岸で釣るかだよなあ。
それ以外になんかあるんかな?
だけど船に乗るとすれば、操縦者や仲間がいる場合が多いだろうなあ。
そりゃ、自分で操縦しながら釣るのは難しいだろうし、当たり前か。
一人のほうが怖いはずだし、岸から夜釣りってことにしよう。
ま、よくあるのは何か変な怖いものをひっかけて釣ってしまうことだよな。
髪の毛とか。しかし髪の毛を釣るとか、怪談としては定番すぎるなあ。
そんなの書いても誰も怖がらないし、むしろ馬鹿にされる。

うーん、じゃ奇妙な魚を釣るとか。でも魚系もけっこう書いてるし。
それに人間に関係したことじゃないと、
単なる変な話で終ってしまう可能性が大だよなあ。
俺の場合、自分だけでウケてる独りよがりの話が多いって、
この間言われたし。あれけっこう傷ついたけど、でも当たってるんだよなあ。
・・・原発の近くとかで変な魚を釣ったりすれば怖いだろうけど、
これは心霊オカルトの怖さとは違うだろうし。
何を釣るか? 何を釣るか? 何を釣るか・・・
靴とかか、これも定番だよなあ。しかもギャグマンガの素材だし。
うーん、財布、毛皮のえりまき、腹巻、いなり寿司とか。
しかし、いなり寿司を釣るわけはないな。
なんで俺、今、いなり寿司とか考えたんだ? 食いたいのか?

ジューシーないなり寿司のお揚げを噛みしめると、じんわりと甘辛い汁が・・・
ダメダメ、ダメだから。もう少しでコンビニに買いに行くとこだった。
こんなことをしてるから太るんだよ。
80kgをかなり超えちゃってるからなあ。
いくら身長があるといっても、もう限界だよな。
食うんだったらもう少し運動しないといかんよなあ。
そういえばこないだ先輩から、たまには母校に稽古つけに来いって言われたけど、
高校生くらいなら、まだ投げられはしないよなあ。でもケガが怖いな。
こっちは自由業だし、何の保障もない身だからケガや病気はあかん。
・・・何、変なことを考えてるんだ、俺。
そうじゃなくて今日のブログネタだよ。

うーん釣り上げるもので、怖そうなものか。
小さいものだよな。あ、そうだ、鍵束とかどうだろう。
キーケースが上がってきた。なんとなく物語がつながりそうだなあ。
でも、マンションの鍵とかだと、どこのものかなんてわからないだろうし。
あ、そうだ。コインロッカーの鍵とかどうだろう?
あれなら番号札がついてるし、一目でコインロッカーってわかるよな。
番号札といえば、スイミングスクールとかスーパー銭湯のもついてるか。
しかしそれだと書くのが難しくなるし、非現実的な話になりそう。
やっぱ、コインロッカーだな。
うん、主人公が一人海で夜釣りをしてると、コインロッカーのキーが釣れた。
そうだ、「なんだこれ」と言って1回は捨てることにしよう。
そしたら再びまた、同じ鍵を釣ってしまう。

いいかもしれないな。近くの磯に放り投げて、
別のとこを釣ってたはずなのに、また同じ鍵を釣ってしまった。うんうん。
それで、よく見たらその釣り場に来たときに、
鉄道の駅にあったコインロッカーの鍵に似てる。
でも、普通は釣りは自分の車で来るよなあ。
竿やクーラーボックスを担いで電車には乗らないよな。
うーん、ここまで考えてダメかね。でも、もったいない気がするよなあ。
あ、そうだ。そこの海岸には水族館があって、
そこに前に仕事で何回か電車で来てることにしよう。
それだったら、そう不自然じゃないよな。俺ってけっこう頭よくね。
うん・・・釣り場で少し不気味なシーンを入れといたほうがいいだろうな。

まったく釣れないで、その鍵を持ってとぼとぼ帰る途中で・・・
あれ、どうだろう? ボウズで帰るのと、たくさん釣れて帰るのと、
どっちが最終的に不気味だろう? たくさん釣れたほうがいいかもしれないな。
それだと、後で釣った魚が全部腐ってドロドロになってたとか、
そういうことも書けるし・・・ だな、今までにないくらいの大漁で、
ほくほくして帰るってことにしよう。
そうしたら、海のほうから主人公を呼ぶ声が聞こえた気がする・・・
あ、そうだ。鍵札に書いてる番号を呼ぶ声とかのほうがいいか。
でも海のほうを振り返っても誰もいない。
で、もう始発の時間になってて駅も開いてるんだ。
車で来てた主人公は、鍵のことが気になって車で駅に寄るってことにしよう。

うんうん、いいね。始発は5時過ぎくらいで、
ほとんどまだ人気のない駅のロッカー室に入る。
下がってる鍵は確かに同じものだし、
その番号のロッカーには差さってない。
で、釣った鍵を差し込むとするりと入って、一気に開けると中には
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
とまあ、こんな感じで話を考えてるんです。









ネット神社(下)

2015.06.11 (Thu)
でも、間違いなく生きているものでした。
自分でくにゃくにゃ上下に動いてましたから。
社長は、事もなげにそれを顔の前に持っていくと、
大きく口を開けてぱくっと飲み込んでしまったんです。
N彩は気がついていないようでした。それで社長は、私のほうを向くと、
口をくちゃくちゃ動かしながら、唇の前に指をあてて、
「しーっ」というポーズをしたんです。後になってN彩がいないときに、
社長が近寄ってきて「さっきの虫、見えたんだよね。あれ、まが虫っていうの。
 Nちゃんには内緒。でも、あれが見えたというのは、
 あなたもかなりの力があるのね。上を手伝ってもらうことになるかもしれない。
 上のお給料はここの3倍以上よ」 こんなことを言われました。

翌日から、N彩の姿はなく、社長から上の階の仕事に回ったと知らされました。
その後の1週間は仕事を一人でこなして、てんてこまいの忙しさでした。
翌週から新しいバイトの子がきたんですけど。
ですから、N彩のことを考えてるヒマもなかったんです。
それに、時間帯が違うとしても同じビルで働いてるわけだし、
そのうち会えるだろうって・・・
4週間後のことです。家にいた私の携帯にメールが入ったんですが、
こんな内容でした。
「今のバイト ヤバいからすぐやめなよ 心が壊れて虫だらけになっちゃう
 わたしはもうダメ ボロボロ 実家に復讐してもらう
 今日の昼12時にネット神社のビルの前に来て N彩」

10分もたたずに返信したんですがそのときには、
アドレスを変えたのか通じなくなってたんです。
気になったので翌日、12時少し前にビルの前に行きました。
特に変わった様子もないと思ったんですが・・・
しばらく待っても何も起こらず、N彩の姿も見えず、
時間が少し早いけどビルに入ろうかと思った矢先でした。
ズダーンという爆発のような音がしました。そっちを見ると、
N彩がうつ伏せに倒れていました。着ていたTシャツが下着とともに脱げかかり、
両手がありえない方向に曲がって、奇妙な踊りを踊っているようでした。
じわじわと、うつ伏せのN彩の顔の下から、
真っ赤な血がアスファルトに広がり始めました。

私は動くこともできず、呆然と見ているだけでしたが、
他の通行人から叫び声があがり、私もそっちに駆けよっていったんです。
N彩はピクリとも動きませんでしたが、そのかわりというか・・・
体の下から、前に見たあの白い虫が何匹も何匹も這い出してきたんです。
それらは、おびただしく流れる血に染まることもなく、
かなりの速さで道路のあちこちに散らばっていきました。
・・・たぶん集まってきた野次馬には見えなかったんだと思います。
誰も騒ぐ人はいませんでした。やがて救急車のサイレンの音が聞こえてきて・・・
N彩が運び出されたときには1時を回っていました。
救急隊の人が「どなたか、この方のお知り合いはいませんか?」と叫んだとき、
名乗り出ることができなかったんです・・・何もかもが怖くて。

仕事の開始時間が過ぎていることに気がついて、ビルに向かったんですが、
入り口が固く閉ざされていて、そのときは警察が入っていくこともなかったんです。
N彩は、隣のもっと高いビルの屋上から飛び降りたようでした。
半泣きになって震えている私の携帯にメールが入りました。
見るとネット神社からで、
「当神社は当分の間閉鎖いたします これまでお勤めご苦労様でした
 報酬は6か月分を指定口座に振り込みいたします」
これで、私とネット神社の関係はいっさい切れることになりました。
向こうから連絡はありませんし、こちらからも連絡していません。
ネットのホームページも翌日には削除されていたんです。
N彩の飛び降りのことは新聞でもテレビでも報道はありませんでした。

でも、あれで生きているはずはありません。
きっと誰か、ネット神社の関係者が手を回したんじゃないでしょうか。
これで話はほとんど終わりですが、いくつか後日談があります。
一つは社長と会ったことです。というか、姿を見たと言えばいいか。
話はしませんでしたから。N彩のことがあってから、
私はあちこちの神社にお参りするようになりました。
もちろん本物の神社です。広い参道で神気を受けていると、
体に溜まった悪いものが抜けていくような気がしました。
そのうちの一つの御社で、遠くから社長の姿を見かけたんです。
黒の洋装でしたが、間違いなく社長でした。
でも歩き方が、老婆のように腰が曲がってよろよろしていました。

杖もついていて、数十mを歩くのに何分もかかるありさまだったんです。
近くまで寄っていったんですが、あの真っ白だった社長の顔が、
しわだらけになり、色も干物のように変わっていて・・・
とても話ができる状態じゃなかったんです。
社長は杖にすがりつくようにして、社務所に入っていきました。
もう一つ、これはN彩の飛び降りから1年後のことです。
私のアパートに、一通の封書が来たんです。
それには達筆の筆で書かれた二つ折りの半紙が入っていました。
そこにただ一行、こう書かれていたんです。
「あの神社の関係者は残らず滅びた 貴女だけは許す」
消印は、N彩の実家のある四国の某村になっていました。

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ネット神社(上)

2015.06.11 (Thu)
3年前、大学4年のときにバイトしてたんです。はい、ネット神社の。
これがどういうものかというと、あるホームページを開くと、
そこに3Dの神社があったんです。参道から社殿、神社の杜も、
カーソルを動かして進んでいくことができるようになってて。
実写とCGをまぜたものです。よくできてましたよ。
私は、もう一人の人と2人でそこの巫女をやってたんです。
もちろん私たちの写真が使われているわけじゃなく、
巫女さんはアニメのキャラでしたし、声も私たちのじゃなかったですけど。
実際の仕事は、御守などのグッズの販売、
申し込まれた宛先に、振り込みを確認してから送ることでしたが、
それ以外に御祈祷というのもあったんです。

これは、そこの社が入ってるビルの階の一角に、
大きくはないですがけっこう本格的な祭壇がしつらえてあって、
そこで神主役の方・・・本職かどうかはわからなかったんですが、が御幣を振り、
その前で私たちが巫女姿で座っている後姿の写真をお客様にお送りします。
それで、実際に御祈祷をしたという証拠にするんです。
この写真は使いまわしではなく、毎回新しく撮ってましたよ。
祭壇にお客様が願いを書いた手紙を、きちんと捧げているところも写しました。
そうですね、御守や開運グッズは恋愛関係の御利益をうたってましたから、
毎日かなりの数量が出てましたけど、
御祈祷をされる方は1日に数人というところでしたね。
それでも、ずっとビル内では巫女の恰好で仕事してました。

話が下手なので、どっから説明していいのかよくわからないんですけど、
仕事の内容はこんな感じでした。最初は社長がついてあれこれ教えてくれたんです。
ええと、採用は前にこのバイトをやっていた学校の先輩に紹介されてです。
採用の面接もちゃんとありましたよ。社長が出てきて10分ばかり話しました。
社長は女性です。年はですねえ・・・よくわからなかったですね。
たぶん30代か40代の始めくらいだと思うんですが、
色白というより、真っ白に近い顔色で、しかもしわがまったくなかったですから。
でも、ネット関係はすごく詳しかったし、
神社のこともよく知っていました。あと服装が変わってましたね。
巫女さんとも神職とも違う紫色の着物を着てましたが、
普通の和服とも違ってて、なんというか、乙姫様みたいでした。

面接のときには、私のひいおばあさんが沖縄でユタをやってたことも話しました。
先輩から、そうしたほうがいいと言われてましたので。
でも、私には霊感とかそういう能力ってぜんぜんないんです。
ひいおばあちゃんの話は本当ですけど、
私が生まれたときにはとうに亡くなってましたし、
父が若いころに東京に出てきてましたから。
バイト料ですか? よかったですよ。昼の1時から5時までで、土日休み。
それで週に6万でした。もっとも、御祈祷は元手ゼロに近いものですし、
御守グッズ類にしても原価はしれたものです。
でも、返品はOKでしたけどほとんどなかったし、苦情もまず来ませんでした。
え、ネット神社の御祭神ですか?

それが今だによくわからないんです。祭壇に書かれてるお名前が、
恥ずかしいですが漢字が読めなかったんです。
社長になんと読むか聞いたこともあって、そのとき、
難しい名前をぺらぺら言われたんですが、
日本語じゃない感じでおぼえられなかったんです。
社長ですか? ほぼ毎日来られてたと思いますが、夕方が多かったです。
というのは、そこの社は俗にペンシルビルといわれる細長いビルの
5階、6階を占めてたんですけど、私たちの上の6階にいることが多かったんです。
ええ、そっちは主に夜に活動していました。
ええ、これは後になってわかったことですけど、
呪い代行というのをやってたんです。御存知ですか?

・・・そうですか。あんまり口に出したくないことなんで助かります。
ええ、今はどちらもやっていません。あの事件があってやめちゃったんです。
私と同僚の、もう一人はN彩という子で、
私より前からこのバイトをしていて、学生でも社会人でもないようでしたね。
けっこう仲はよかったんです。ただ、いちおう巫女の恰好をして働いてるわけだし、
仕事中はほとんど私語をすることはなかったんです。
それにN彩は車を持ってて、終わるとすぐに帰っちゃいましたし。
あと、携帯のやりとりなんかもなかったです。
これは社のほうから言い渡されていました。ええ、バイトの巫女同士が、
私的に連絡を取り合うことがないようにという業務規約があったんです。
でも、こんなことを聞いてます。N彩は四国のある村出身で、
家が代々、民間の陰陽師のようなことをやっていたんだそうです。

N彩はそこの4女ということで、家業からは解放され、
東京に出て自由に過ごすことを許されてたみたいなんです。
ええ、その家業が、ネット神社に採用された理由だろうとも言ってました。
気持ちのいい子でしたよ。それがあんなことになるなんて。
ええ、はい、その顛末を今からお話しするんですが、
私にはわからないことがたくさんあるんです。
N彩は上の階のほうに引き抜かれていきましたから。
あるときですね。私たちがパソコンに向かって仕事してると、
珍しく社長が入ってこられたんです。
立ち上がってあいさつしようとしたら「そのまま、そのまま、続けてて」
社長はそうおっしゃって私たちの背後に回りました。

「あなたたち、だいぶ仕事を呑みこんできたみたいね。売り上げもあがってるから、
 来週はボーナスを出すわよ」
そう言いながら私たち一人一人の肩を揉むような仕草をしました。
それでN彩の肩を触ったとき「あれあれ」と声を出されたんです。
横を見ると、社長の手に一匹、大きな芋虫みたいなのが握られていたんです。
そうですね、大きさは10cm以上ありました。
太さも女性の親指より太かったと思いますが、
気持ち悪いということはなかったんです。
色が白く、半透明で透きとおってて、超大粒の真珠をつらねたみたいに見えました。
あと、変なたとえですが、あんこも何もかかっていない、
白いお団子みたいな感じもあったんです。団子の餅を6つくらいくっつけたような。

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サイリンカ

2015.06.10 (Wed)
先週の日曜のことです。夕方家族そろってテレビを見てたら、
宅急便が届いたんです。私が出てみると、大きな段ボールでした。
母も出てきて、送り主の書いてあるところを見ると、
「あら、また鏡子からだわ。いつもいつも申しわけないねえ」と言いました。
鏡子というのは母の妹で、つまり私の叔母さんてことになります。
この人は沖縄に嫁いだんですが、いろいろあって離婚し、
それでも沖縄を離れなかったんです。それどころか、沖縄を拠点にして、
1年の半分近くは東南アジアを巡り歩いているんです。
これは仕事のせいもあります。沖縄と東京に南国雑貨の店を持ってて、
そのための商品の仕入れってことですね。母と2人がかりで、
重いダンボールを居間に運んでいくと、

妹が「鏡子おばちゃんから、やったー」と叫びました。
年に数回宅急便が届いて、そのほとんどが珍しい南の国の食べ物だったんです。
夕飯を済ませたばっかりでしたが、段ボールをテーブルにあげて開けてみると、
緩衝材のふわふわの上に、2つ折りした手紙があがっていました。
開いてみると「今回の旅はポリネシアまで足を伸ばしました。
 そこで入手した『サイリンカ』という珍しい果物です。みなさんでどうぞ」
こういう内容でした。母に渡すと、
「おや、ワープロ打ちだね。いつも手書きだったのに珍しい」こう言いました。
その間にも、妹がどんどん緩衝材をむしっていき、
中からごろんと大きな果物らしきものが出てきたんです。
そうですね、大きめのスイカくらいなんですが、楕円形でした。

ええ、キウイに似た形と言えばわかりやすいでしょうか。
色も、表面がけばだった感じもキウイっぽかったですが、
大きさがまるで違いました。そしてすごく重かったんです。
同じほどのスイカに比べれば倍以上あったと思います。
それと、持ち上げた感じがぐにょぐにょしてました。
薄い皮の下にたっぷり液体が詰まっている感触があったんです。
あとですね・・・生温かい気がしたんですよ。
前にふれあい牧場というところで、仔豚をさわらせてもらって、
持ち上げたりもしたんですが、そのお腹に触ったときと感じがそっくりでした。
私たちのやることを見ていた父が、ちょっと困惑したように
「見たことないものだけど、これ、どうやって食べるんだ?

 包丁で切ったら汁が溢れてきそうじゃないか。それに温まってるというなら、
 冷やしたほうがいいかもしれないし」こう言いました。
「そうよね、貴重なものを無駄にしてもいけないし、
 鏡子に電話して食べ方を聞いてみるね」母が答え、携帯で連絡したんです。
でも、鏡子おばさんが電源を切ってたようで、
そのときはつながらなかったんです。それで、9時ころにもう一回かけたら出ました。
そして母とこんなやりとりになりました。
「鏡子かい、なんかスゴイもの送ってもらったけど、
 食べ方がわからなくて電話したんだよ。これどこの国のもの?」
「えー、段ボール?? 送ってないけど。
 ・・・その食べ物の名前わかる? どんな形のもの?」

「カタカナでサイリンカって書いてあるよ。ごろんとしたジャンボキウイって感じ」
「ええええ!! サイリンカ? それマズイ、ぜったいマズイから」
「おいしくないの?」 「そうじゃなく、すごく危険なものなのよ。
 南国は南国の産だけど、果物でも食べ物でもなくて呪いの固まり」
「えー、そんなものがどうして、あんたじゃなく私たちに送られてきたの?」
「・・・それはわかんないけど、ほら私って、姉さんとこしか身内がいないじゃない。
 だから、じわじわとまわりから攻めてくってことを知らせたいのかも」
「はた迷惑な話ねえ。なんで怨まれることになったわけ?」
「それは・・・ちょっと言えない」 「まあいいけど、呪いの固まりってどういうこと?」
「うーんと、サイリンカってなんとなく日本語っぽいでしょ。漢字で書けるの。
 『災臨禍』って、華僑の人たちはそう書いてる」

「うわ、嫌な字」 「でしょ、今どうやって保管してる?」
「冷蔵庫の一番下の野菜庫を空にしてそこに突っ込んでるよ」
「ああ、冷やすのはいい。そのままにしてて」その日はいったんこれで終ったんです。
翌日、都内の電気店から業務用の強力な冷凍庫が届きました。
鏡子叔母さんが、注文したものです。そしてまた電話の続きです。
「ああ、姉さん。冷凍庫届いたでしょう。
 サイリンカをそれに移してカチンカチンになるまで凍らせて。
 中まで凍るには3日くらいかかるだろうけど、冷えてるならまず心配ないから」
そして3日後、昨日のことです。
「姉さん、サイリンカどうなってる?」
「お前の言ったとおりカチカチだよ。持ち上げても中が動く様子はないね」

「じゃ、夜に一家総出でやってもらうことになるね」 「どうすんのよ?」
「鉋、切れる包丁、カッター、カミソリ、ヤスリ・・・
 ああ、摩擦熱が出るからヤスリはダメね。とにかく表面から均等になるように、
 回しながら薄くうすーくみんなで削っていって。
 そしたら色が変わったとこが出てくるから、それは傷つけないように残す。
 削った皮も捨てたりしないで。一欠けも残さないよう、まとめといて」
ということで、言われたとおりにしたんです。サイリンカを盥に入れ、
表面は固く凍ってましたが、その分削りやすく、回しながら父が鉋をかけ、
残った部分を私たちがカッター等でそいでいったんです。
中は意外なことに深い群青色でした。そしてかなり内部まで彫っていくと、
鮮紅色の部分があちこちに出てきました。

そこだけを残して群青の部分をとり終えると、
中に入っていたのが何だかわかりました。
1mほどですが、内臓のような色の、太さのある蛇がとぐろを巻いて、
ネズミより大きいくらいの毛のある動物を頭から呑みこんでるとこだったんです。
その動物の顔は、蛇の口の中で見えなかったですが、
日本にはいないものみたいでした。「ごくろうさんでした、嫌なものが出てきたでしょ。
 それ、また冷凍庫に入れておいて、明日○○火葬場に持ってって。
 話は通してあるから、そこで燃やしてもらって。爆発物みたいなもんだから、
 そのまままるごと燃やすのは危険なのよ。あと、それ以外の皮と中身は、
 もう凍らせなくてもいいから、あちこちの大きな神社に行って、
 神木の杜に少しずつ撒いてきて」翌日、母がそのすべてをこなしました。

「姉さん、すべて言ったとおりにやってくれた。ああ、安心した」
「それほど手間じゃなかったけどね。でも、腑に落ちないのは、
 こんなの配達されても、あんたに電話かければ送ってないてわかるじゃない。
 どうせ礼の電話かけるんだし。もしうちに置いたままにしたいなら、
 夜中にこっそり来て、床下にでも転がしとけばまずわからないのに。
 それに、サイリンカっていう名前が書いてあったのも、考えてみれば変じゃない」
「うーん、警告なんだと思う、私に対する」
「じゃあ、あんたに直接警告したらいいじゃない」
「たぶんそうすると、送り主が正体がばれると思ってるんじゃないかな。
 まあ、私はもう想像ついてるけど」 「これで済んだのかい」
「また何かくるかも。とにかくしばらく気をつけてて」 こんな話になったんですよ。


 




泥の味

2015.06.09 (Tue)
2週間前、俺の高校時代の監督の訃報を新聞で知ったんだよ。
ああ、ラグビー部だよ。もう18年も前のことになるけどな。
享年62、死因は詳しくは書いてなかったけど、
昔の仲間に電話をかけて聞いたら事故死ってことだった。
酔っぱらって飲み屋の階段から落ちて、脳挫傷ってやつ。
これな、新聞に出たりはしないけど、死ぬまでいかなくても、
大ケガした人とかけっこう多いんだとよ。あんたらも気をつけたほうがいいぜ。
その監督は、俺らのときはまだ地方の公立高校の監督でね。
それが、県代表の常連になって、
全国大会でもそこそこの成績を残すようになり、
それで中央の有名私立高にスカウトされたんだ。

そこで何度も全国制覇してね。だからそれなりの有名人だったんだよ。
葬式にはテレビ局も来たらしいけど、俺は行けなかったんだ。
これは無理だったよ。なにしろ会場が東京だったし、
平日で俺の仕事もあったから。・・・俺らの代は弱くてね、
花園をかけた県大会の準決勝で同じ公立の高校に大差で負けたんだ。
監督にしてみれば不肖の弟子だったんだろうけど、
世話になったわけだし、俺はずっと地元にいるから、
せめて監督のご実家にご焼香にうかがわさせてもらうことにしたんだよ。
うん、監督の実家はそこの県だし、だから先祖代々の墓もこっちにあるんだ。
昔の仲間と話したときに、
御遺骨はこっちに返ってきてるって話を聞いてたから、

日曜の午前中に行ってみたんだよ。でね、そんなに混んでないのかと思ったら、
そうじゃなくて、地区の市会議員をはじめ、
体協の関係者とかたくさん人が来てたんだ。
ま、県でも有名人なわけだから、考えてみればそれも当然なんだけどな。
でね、俺は小さくなってご焼香だけさせてもらって、
たまたま来てた高校の先輩と少しだけ話して戻ったんだ。
ご焼香した感想? うーん、不幸な亡くなり方ではあったけど、
監督自身はラグビー界では功成り名遂げたわけじゃない。
監督としてはもう引退する年でもあるし、
心残りはなかったんじゃないかと思ったね。御遺影はにこやかに笑ってて、
高校のときのこわさは微塵もなかったねえ。

でね、ご実家におじゃましていたのは25分くらいだったはずだけど、
玄関を出ようとしたら、ぐちゃぐちゃの雨になってたんだよ。
困ったなと思った。俺は夏冬兼用の一張羅の喪服を着てるわけだし、
来るときは雨降ってなかったから、傘持ってきてなかったんだよ。
車で行ったんだけど、そこら住宅の込み入ったところで、
車を400mほど離れたコンビニに停めてあったんだ。
駐車場は、ご実家で聞いたとこでは、
裏手の工場の敷地を借りてたらしいんだけどな。
それで、しかたなく玄関先にあった透明ビニール傘を拝借したんだよ。
いやいや、これは盗もうと思ったわけじゃない。
これは誓ってそうじゃないよ。

コンビニまで借りて、車で家の前まで戻ってきて、
門前に停めてダッシュで返しにいく予定だったんだ。
もし近くに家の人とかがいたら、そうお願いするつもりだったけど、
たまたま誰もいなかったからね。
でね、傘をさして急ぎ足で歩いてた。したら、何だか体が軽い感じがしたんだよ。
ほら、見てのとおり俺はこんな体だからね。体重は100kg超だよ。
ラグビーやってましたって言えば、誰もがフォワードでしたかって聞くけど、
そうじゃない。右のウイングだったんだ。1秒台で走れたんだよ。
太ったのは引退後で、あれ以来運動らしい運動はしてないからね。
それが妙に軽く感じた。いや、雨はひどかったけどまっすぐ降ってたし、
風はなかったんだよな。傘が煽られたってこともない。

なんていうか、足取りの一歩一歩がふわって浮く感じがしたんだ。
それで不謹慎かもしれないけど、楽しくなって半ばキップみたいにして歩いてた。
・・・見てた人はいないだろうね、雨がひどかったから。
でね、来たときにコンビニの駐車場への近道を見つけてたから、
そっち回ってったんだよ。民家の間の草地を抜けて、
やや高くなった駐車場のアスファルトに出る。
その境目がちょっとした堰になってたんで、体が軽く感じるのをいいことに、
傘を高く掲げて、ふわっと飛び越そうとしたんだ。そしたら・・・
そのまま体が宙に浮いたんだよ。「!?」
そうだなあ・・・3m近くは上がったんじゃないか。
車高のあるUV車の屋根が見えたからね。

そりゃ驚いたよ。驚いて足をバタバタさせた。
そしたらね、傘が手から離れて、俺はうつ伏せの恰好で下に落ちたんだ。
でね、堰の増えてた水の中に思いっきり顔を突っ込んだ。
ラッキーというか、もう数cmずれてれば、
駐車場の境のコンクリに前頭部をぶつけてたかもしれないね。
傘? ああそうそう、傘はそのまま飛んでったなんてこともなくて、
ふわーっとすぐ近くに降りてきたよ。
立ち上がってみたら幸いケガはなかったけど、
一張羅の喪服は泥水だらけになってた。今クリーニングに出してるとこだよ。
いったん家に戻って、着替えてから返しにいったよ。
でねえ・・・泥に落ちたときに、妙に懐かしい気がしたんだ。

そうそう、高校のときはタックルをくらって、
顔から地面に落ちることはざらだったし、地方だと芝生の競技場は珍しいんだ。
だからね、ずっと忘れてた泥の味を思い出したっていうか。
これは監督のおかげなんだろうかって思ったね。
それで、こないだの日曜日、久々に母校の部に顔を出してみたんだよ。
差し入れにコーヒー牛乳とバナナをいっぱい買っていった。
・・・体は重いよ。軽く感じたのはあんときだけだったみたいだ。
それでよ、ジョギングを始めようかと考えてるんだ。
会社の健康診断でも、まだ30代なのにあちこちひっかってるし。
まあこんな話なんだ。怖い部分が何もなくてスマンな。
謝礼をもらったらジョギングシューズとランナーズウオッチを買うよ。







餓鬼の目撃談

2015.06.08 (Mon)
今回も反則気味の投稿です。
自分は「餓鬼」という話を書いたんですが、それがまとめサイトに載せられ、
そしたら餓鬼を目撃したという体験談がいくつもついたんです。
それをご紹介させてもらいます。まず自分の旧作です。

餓鬼

俺は編集の仕事をしてるんだけど、月に何回かものすごく忙しい時期がある。
そういう疲れがたまってるときに、
毎度ではないけど右上の奥歯のあたりの歯ぐきが腫れてくることがある。
歯科医に行っても、歯槽膿漏などではなく雑菌が入ったんでしょうと言われるだけ。
それで、この歯ぐきが腫れている時期には変な物が見えることがある。

一番多いのが、一般的に餓鬼と言われてるものだと思う。
色は黒くて、それも黒人のような黒さではなく、
魚の干物のような感じでボロボロに肌荒れしている。
大きさは小学校1年生くらい、髪はあったりハゲてたりする。着物は着ていない。
ただ、日中の太陽が出ている時間帯には見えない。照明の下でも。
夕方から夜にかけて、暗がりの中で不自然に動くものがあれば大概は餓鬼だ。

例えばある日、終電を待ってるホームで、
ベンチで頭を抱えてたサラリーマンが急に吐いた、
するとベンチの下からぞろぞろと餓鬼が這い出してきて、
その吐瀉物を食ったりするんだ。
下水口の中にいくつも重なっていたり、民家の屋根の上を走っているのもいる。
何度か写真に撮ってみたけど、一度も写ったことはなかった。

お盆に田舎の菩提寺に墓参りに行ったときに、思い切って住職に話してみたら、
何でも仏教的には餓鬼には3種類あって、
一つ目は、何も食べることができない一番下等?な餓鬼。
二つ目は、死肉や糞便などの不浄なものしか食べることのできない種類で、
吐瀉物なんかを食べてるのはこれかもしれない。
三つ目は、ほとんど何でも食べることができるけど、
食べてもまったく満足感や満腹感のない餓鬼。
住職は「どれが一番苦しいんでしょうね」と言って、
「私にはまったく見えません」とつけ加えた。

さらに、「餓鬼が出ているときには、あなたが見えていることを、
それらに気づかれないようにしたほうがいいかもしれません。
そういった類いのものは、常に救済を求めているので、
自分らが見える人は力になってくれる人と思って、
寄りついてくることがあるかもしれませんから。お気をつけて」と忠告してくれた。
ちなみに、どの餓鬼も施餓鬼会のときにお供えされたものは
食べられることになっているので、
「当寺でもそういうことの回数を増やしましょう」とのことだった。

また商売柄、霊能者と呼ばれる人に会うことがあるが、
テレビにも出ている有名な人にこの話をしたら、
その人は日常的にいつでも見えるんだそうだ。
まず生きた人間に害をおよぼすようなことはないが、
それでも何かのきっかけで数が増えているところに出くわすことがある。
そういうときは供養したアメ玉を投げることにしている。
するとアメ玉に群がって道が空くので、その隙に通り抜けることにしているという。

霊能者の話では、餓鬼は霊性のものの中でも生きた人間に近い性質があるので、
見ることができる人はそれなりにいるのだそうだ。
ただ、餓鬼よりもレベルが高いというか、もっともっと怖いものもいて、
そういうのは修行を積んでいない人が見ると、発狂してしまうこともあると言っていた。
「あなたの場合は疲れているときだけだから、それほど大事にはならないでしょう。
ただし、そういうものは不浄なところにしか潜めないから、
会社の中や自分の部屋の中で見るようになったら、これは大変なことです」
とも言っていた。

それ以来、歯ぐきが腫れているときには、
部屋に帰ってきて電気をつける前に気配をうかがう癖がついた。
今のところは自分の部屋で見かけたことはないな。
餓鬼以外に見えたことがあるものについては、機会があれば書いてみます。


こんな話なのですが、「供養したアメ玉を投げる」という部分だけは、
実際に霊能者の方にお聞きしたんですが、あとは創作です。
これに対して、こんなコメントがついてるんですね。

『私、妊娠中にみた。
去年の年末なんだけど、朝早くコンビニまで散歩した帰り道
コンビニの前で信号待ちしていたんだ。
私の横を紺色の車が通ったんだけど、
車のボンネットから車のドアにかけて人形のようなものが張り付いている。
よく見たら餓鬼が車に張りついていたよ。
助手席側に座ってる綺麗な女性を食い入るように見てた。
そのまま車は走って行ってしまったけど、女性は無事だったのかが今でも気掛かり。』


『高校生の時に家のマンションの屋上でタバコ吸ってたら
一度だけ餓鬼に遭遇したことがある。
体育座りしてたら気付いたら自分の半径一メートル位餓鬼だらけで
自分の膝とかに餓鬼が上ってきてピギャピギャ鳴いてて、
ビックリして立ち上がって払い落として家帰って寝た。
餓鬼が上ってきてた右膝や、腰の辺りが一日重かった。』

『餓鬼かはわからないけど、ぽいのは見たな~。
深夜うとうとしてるとき、急な金縛りで目覚めた。
瞼はどうしても開かず、その瞼の中で赤い灯りがゆらゆら。
同時に「ビー!ビー!」という警報?の爆音が耳の中で鳴りまくる。すげーびびる。
そして、暫くすると警報の音に女の子のクスクス笑いが混じり出し始めた。
それも二人分…いつしか女の子達は「ビー!ビー!」音に合わせて
「いーち、にーい」と数を数え出す。
いっそ気を失ってしまいたいと半泣き状態の時、
目の前の景色はいつしか暗闇に黄色い花畑が広がる光景になってた。
女の子達は21、2くらいまで数えていたかな。ちなみに姿は見えず。

段々声が小さくなり、そしてようやっと目が開けられた時だ。超汗だく。
身体は重くて動かない…ふと自分の真横、右手の壁、
足下に目をやると、壁を何かが這ってる。
それは真っ黒で、お腹がぽっこりしていて、
角がちょんちょんと生えていて、大きさは20㎝くらい。
奴が足下から出てきて、そして天井の影に溶けて消えた。
前に誰かから聞いたんだけど、地獄の餓鬼は足を引っ張ってあっちへ連れていく
・・・なんて話を聞いたのを思い出したから、あれも餓鬼の一種だったのかなあと。』

『それらしきモノは幼少時に良く見えていた気がする。
こう、眼の端と言うか ふいっと横を見た瞬間ソレがいるの。
もう一度そっと頭を傾けて見るとソレが何体か纏めるように
五色の布に絡まれて塊になっている。
父が見えて払える人なので見たまま話すと
「見てはいけない、見返してもいけない、きずかれないように通り過ぎなさい」
と教えられたのは5歳の頃の話。

その後父の持っている御札やら何やらの呪術本を手にしたとき
「お前はこれを読んではいけない 持ってもいけない 知る事学ぶ事もいけない」
と普段優しい父にきつく叱られて怯えていたら、和やかな顔にも戻った父に
「お前は憑かれ易い巫女体質だからけして手にしてはいけないよ」と頭を撫でられた。
それ以来私はその本もお札も手にしてはいないけど 
気が弱ると見えてしまうので見てないふりが得意になりました。』

こんなふうに、次々に具体的な体験が出てくることにかなり驚きました。
やはり見えやすいものなのでしょうか。
ちなみに餓鬼というのは仏教の言葉で、人間がおもむくことができる
6つの世界のうち一つに住むものです。
天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道といいます。
ここは解釈が難しいところですが、
これらの世界には死後に生まれ変わって行くのではなく、
心の在り様を現しているとされます。

天道には天人が住み、人間よりも寿命が長く幸福ですが、それでも死は免れません。
天人が死ぬときには、体が臭くなるなど5つの兆候が表れ、
それを天人五衰と言います。(三島由紀夫の『豊穣の海』中の一巻の題名になっています)
修羅道は争いと戦いの世界、
畜生道は本能だけに従って生きる動物のような世界とされます。
人間界は、四苦八苦の苦しみがありますが、また喜びもあり、
仏教に出会って成仏できるのはこの世界だけとも言われます。







実話系の話

2015.06.07 (Sun)
これは自分も少しだけ関係がある実話系の話です。
ただし、自分は怖い目には遭ってないですが。

スポーツジムのインストラクターをしている女性、Mさんから聞いた話です。
彼女は温泉巡りが好きで、連休などには、
車を飛ばしてあちこちの温泉に出かけてるんです。
そこの場所は書けないですけど、かなりの秘湯の部類に入るところです。
女性のインストラクター仲間の一人と、夏休みに2泊したんだそうです。
アルカリ系の温泉も、山菜と川魚中心の食事も大満足だったそうですが、
トイレがけっこう微妙でした。というのは、そのあたりは山間地で下水道がなく、
トイレも杉板造りの古めかしいものだったんですが、
便器だけが真新しいウォシュレット式だったんだそうです。

宿の人に聞いたところ、ずっとぼっとん式の便所だったのが、
女性客が多くなって不満が聞こえるようになったため、
そこだけ改装したということでした。
「ま、周囲の環境にそぐわず、ウォシュレットの西洋便器が
 浮いてる感じがしたってことだけど、これがぼっとん式なら、
 それはそれでたぶん文句言ったでしょうね。客ってぜいたくなものよね」
こんなことを言ってましたが、わかる気がします。
で、宿泊は一棟ずつ別になった離れで、囲炉裏が切ってあり、
風情は最高だったそうです。ただしトイレは独立した棟で、
そこまで歩いていかなくちゃならない。

でも、そんなことは気にせず地酒を好きに飲んだので、
夜中にトイレに行きたくなって起きてしまったそうです。
スマホで時間を見ると2時を少し回ったあたり。
相方はぐっすり寝てるし、
トイレに行くのが怖いからといって起こすわけにもいかない。
トイレまでは部屋を出て、冬場の雪対策に、
板戸を張って屋根をかけた細い通路を通っていきます。
ですからそんなに怖いわけでもなかったそうですが、
いざ個室に入って便器に座ると、やはり気味悪くなってきました。
トイレ自体も、江戸後期からある建物を明治になって改装したもので、
壁板は長年磨かれて黒光りしてる感じです。

横手の板を見てると、親指を縦に2本並べたほどの、
大きな木の節があるのに気がつきました。その上部が少し欠けていて、
外の闇が見えたそうです。それで、
ああ、この節がもしぼろっと抜けたりしたら怖いだろうなと変なことを考え、
そしたら目が離せなくなってしまった。で、立ち上がろうとしたとき、
本当に節がぼろっと抜けたんだそうです。
「きゃー」と絵にかいたような叫びをあげて立ち上がると、
その穴から、たぶん人さし指が一本突き出てきて、くいくいと動いたんだそうです。
Mさんは女子柔道出身ですから、叫びはしたものの、
気丈に閂を外してバーンと戸を開けたそうですが、外には人の気配はまるでなし。

「近くの藪に逃げ込んだとしても、何か音とかするでしょ。それが、
 シーンと静まり返ってたのよ」こんな話を聞いたんです。
自分は「えーでも、変質者って考えたほうがいい気がしますけどねえ。
 他の宿泊客はどうだったんですか」こう尋ねたんですが、
「私たちの他は年配の方ばっかりだったし、それより、
 トイレの中に突き出された指が真っ赤だったのよ」
「真っ赤?」 「ええ、ペンキに浸したような赤い色、
 少し見えてた手のひらの他の部分もそうだった」
で、この話の後に、デジカメで山を撮った写真を何枚か見せてもらったんですが、
そのうちの2枚、8月の夏真っ盛りの山だったんですが、
雑木林の上に、ぼうっと赤く光る部分が何箇所かかぶさってたんです。

まあでも、自分はカメラは詳しくないのでわかりませんが、
何かの機械の不具合だろうと思いました。
赤い指のほうも、こう言っちゃなんですが、慣れない旅先という環境で、
お酒も入っていて、節が抜けたのは事実かもしれないけど、
赤い指は、見えた気がしただけなんじゃないかと思いました。
もちろんこれは、本人にはそうは言わなかったですが。
でね、この話には後日談があるんです。
これはMさんとはまったく関係のないことです。

その日、自分はある旅行ガイドムックの編集部を訪れてまして、
コーヒーをいただいて、だべったりしてたんですが、
温泉ガイドでMさんが行った温泉の入るページを、
使ってないパソコンで見せてもらいました。前の話のことが気になってたからです。
そこを開いたら、露天風呂の写真が真っ赤に見えたんですよ。
「何これ、この写真失敗してるんじゃない?」
「えー、どれ」で、見直してみたら何でもなかったんです。
雪の積もった中で、湯がもうもうと上がってる白っぽい写真でした。
「あれ、あれれ・・・」おそらく照明等の関係だったんでしょう。
この3日後に、念のため眼医者にも行ったんですが、特に異常なしでした。

この1年以上後のことです。自分もそこの温泉に宿泊する機会がありまして、
男子トイレのほうもウォシュレットでして、ははあ、このことだなと思いました。
女子トイレで、節穴が抜けている部分があるか確かめたかったんですが、
さすがにそれは言い出せなかったです。
一人旅だったので、同行者に頼むということもできませんでした。
でね、夜中にわざわざトイレまで行ってみたんですが、おかしなこともなし。
写真もたくさん撮りましたが、赤い色が入ったものはなかったです。
これを残念と言うのは変なんでしょうが、
温泉旅館としては大満足の宿でしたね。









古銭

2015.06.06 (Sat)
大学の軽音楽部に入っています。それで、先週の土日に合宿があったんです。
部員は男女ともにいるんですが、今回は私が所属してる、
女子だけ5人のバンドの強化合宿だったんです。
場所は、大学が所有している海辺の合宿所でした。
廃校になった小学校を改造したもので、その音楽室で練習をしてたんです。
いつもなら運動部のどっかが来てたりするんですが、
その週は私たちが貸切の状態でした。他には管理人しているおばさんが数人。
ええ、食事を作ってくれたりするんですが、宿泊者がいるときだけ、
地元の人たちがパートでやってくださってるんです。
宿泊は、教室だった部屋に3段ベッドがいくつも運び込まれたところです。
ああ、長くなりそうなので、かいつまんでお話します。

金・土と2泊したんですが、土曜の夜は他のバンドの人4人が激励に来てくれて、
お酒も飲んだんです。そのうち3人がいっしょに泊まっていきました。
それで、日曜の朝のことです。その日は、コンサートでやる予定の5曲を通しで練習し、
11時過ぎには合宿所を出る予定でした。
私は3段ベッドの真ん中に寝ていたんですが、重い頭を抱えて起きると、
向かいのベッドの下段に座って髪をとかしていたA綾という子が、
私の顔を指さして「いやははは、ちょっと何それ」って笑い出したんです。
私が「何か変?」と聞くと、「おでこにコインがはりついてるよ。
 めり込んでる感じ」こんなことを言うんです。
「え?」さわってもみたら、確かに額の真ん中に固い感触があり、はがそうとしたら、
指の間をすり抜けて床に落ち、ベッドの下に入ってっちゃったんです。

「えー、誰のイタズラ?」そう言って、ベッドの下を覗き込んでも、
奥に入ったのか暗くて見えませんでした。
「さっきのコインね、今のお金じゃなかったよ。昔の、古銭ってやつじゃないかな」
A綾が言いました。鏡で見ると、おでこにまあるく跡がついてたので、
強く押しつけられたのかもしれません。でも、痛くはなかったし、
指で揉んでいるうちに跡は消えたんです。昨夜きた3人は朝一の電車で帰っていき、
バンドのメンバーは朝食を取りに食堂へ入りました。
なじみになっていたおばさんが3人来てくれてたんですが、
そのうちの一人が、おかずの皿を取りにいった私を見て顔を曇らせたんです。
「そのおでこ、もしかして一文銭じゃなかった」こう小声で聞いてきました。
そして私の返事も待たず、「誰にも言わないで、後でまかないの控室に来てね」

何だろうといぶかりながら、食事の後に顔を出すと、
おばさんがエプロン姿のまま片付けを抜けてきてくれました。
そこで、信じられない話を聞かされたんです。
「あなた、ここの地方の出身?」 「いえ、近県から来てます」
「じゃあ、おミサキさんって言っても知らないかしら」
「・・・それ、7人みさきって話のことでしょうか。もしかして」
「ああ、知ってるの」 「うちの県にも話はあります」
「あれ、本当にあるって言ったらどうする?」
「はは、まさか。聞き分けのよくない子供をおどすためのものだと思ってました」
「ここの県ではね、おミサキさんは一人1文ずつお金を持っているの。
 三途の川の渡し賃は6文だから、7人合わせて7文で、一人渡れるでしょ」

「まあ、そういうことになりますね」
「だけど、7人の中で一人が抜け出すには代わりを見つけなくちゃならない。
 それで、代わりの人の額に一文をはりつけていくって言われてる」
「はは、まさか、これ7人みさきが来てやったっていうんですか?」
「いいえ、そうじゃなく、古銭をはりつけたのは生きた人間・・・
 一文銭は本当の形はないから、すぐに消えてしまったでしょう」
「いえ、ベッドの下に落ちてってしまって」
「探してもないと思うねえ。あなた、誰かに恨まれてる心あたりはない?
 その人がやったんだよ」ここまで聞いてはっとしました。
バンドのメンバーはそんなことをするはずもないけど、
昨夜、激励に来たメンバーには私を恨んでいる人がいました。

その人の彼を私がとったと思ってるんです。
・・・そうとられてもしかたのない事実はありました。
「でも、ありがたいですけど私には信じられません。現代にそんなことがあるなんて」
「そう思うでしょうけど、ミサキになるまでの期間は7日だから、
 来週の日曜日まで。その間に様々な兆候があると言われてるの。
 もし、私の話が本当だと思ったら、ここの岬の根っこにあるお堂に行きなさい。
 昔から念仏講が行われてたとこ。おミサキ様も祀ってある」
こんな話になりまして・・・もちろん信じてはいなかったんですが、でも・・・
合同コンサートは火曜でしたが、私の出来はあんまりよくありませんでした。
そして終わった後に高熱が出たんです。病院へ行き、
インフルエンザの検査をされましたが陰性でした。

熱は解熱剤を飲むと下がったんですが、そのかわり、
消えたと思っていた額の古銭の跡がまた、赤く浮き出てきたんです。
これはどうやっても消えず、外科、皮膚科と回されましたが、
先生方も首をひねっていました。そしてその日から、夢を見るようになったんです。
毎晩ほとんど同じ内容でした。私が板敷の間に座っていると、
修験者?の恰好をした人が土間から土足で入上がってきます。
みな深編み笠をかぶっていて顔はわからないんですが、白装束の身体は、
女の人や子どもも交じっているように見えました。
笠の上にはどの人も黒々と「七人同行」と書かれてました。
7人は、抵抗できないでいる私の身体を板敷の上に押さえつけ、
顔を上に向けて固定し、一人が額に固いものを押しつけてくるんです。

あの一文銭だと思いました。それで、目が覚めると額の真ん中が、
燃えるように熱くなっているんです。鏡を見ると、古銭の跡が真っ赤に浮き出ていて。
こうなると、あの親切なおばさんの話を信じざるをえませんでした。
金曜の午後、体調が最悪でしたので、お金がかかりましたが、
タクシーで合宿所のある町の、岬のお堂を訪れたんです。
「阿弥陀堂」という顕額がかかっていました。
堂守りと名乗るおじいさんが別棟から出てきて、
事情を話すと古めかしい鍵を渡され、一人でお堂の奥の間に籠るように言われました。
それ以上は質問に答えてくれなかったです。ただ目をつむって座っていろと。
堂内は蜘蛛の巣があちこちにかかり、明り取り程度のすき間しかなく薄暗かったです。
昔は阿弥陀如来像があったそうですが、今はただのがらんとした空間でした。

ええ、夢で見た板敷の間に似ているといえば似ていました。
そこで一人、目をつむって正座していました。すると、
身体の周りで密かな足音が聞こえてきました。夢で見たような荒々しい形ではなく、
ごくかすかな音でした。つむっているまぶたの裏に、
さまざまなイメージが浮き上がってきました。深い海底の岩の海藻の陰にある頭蓋骨、
渓谷を流れる速い川のそばに、河原石に混じって天辺をのぞかせている小さな頭蓋骨、
広い下水道の中の金網にひっかかっている頭蓋・・・
どれも骸骨が出てくるイメージが7つくり返され、それを見ている間、
人の気配が、かさこそと私のまわりを歩き回っていました。
だんだんに額が熱くなってきました。耐えきれなくなってうつ伏せに倒れると、
板の間に何かが転がり落ちた感覚があったんです。

目を開けると、そこに古銭が落ちていました。
さわった感じも間違いなく本物の一文銭でした。
それを手のひらに乗せてお堂を出、堂守りのおじいさんに見せました。
「これで終ったわけじゃないよ。この銭を、日曜の夜までに、
 だれかの額にはらないと、おミサキさんに連れてかれることになる。
 逃れることはできんよ。あとはあんた次第だから、生きたいのならそうしなさい」
これだけ言って、おじいさんは別棟に引っ込んでしまいました。
それで・・・土曜日の昼にあれこれ情報を集めてここのことを知ったんです。
その一文銭は持ってきています。これです。
この後、私はどうすればいいんでしょうか。本当に、これを私が誰かにはらないと、
助かることはできないんでしょうか? あと1日しかないんです、お願いします。








いいもの

2015.06.05 (Fri)
中学校の修学旅行のときのことです。
行き先は京都・奈良方面でした。ああ、それと大阪城にも行きましたね。
その2日目が、京都でのグループ別の自由行動だったんです。
私は女子だけ4人のグループになってて、
どっちかというと大人しい子だけの班でした。
だからというか、立てた行程の計画もかなりシブ目のもので、
「詩仙堂」などを含んでいたんですよ。
ああ、こう言えばどっちの方面に行ったかわかりますね。
メンバーの中でも特にM華という子が、歴史関係が好きで、
ほとんどその子の意見を取り入れて決まったんです。
ええ、京都は初めて訪問したんですが、やはり素晴らしかったです。

今でもちょくちょく訪れています。あの当時は、
それほど神社仏閣に興味があったわけじゃなかったんですが、
それも大好きになりました。ええ、このときの修学旅行がきっかけで、
神仏ってあるもんだなって実感するようになったんです。
M華の寺社好きはかなり徹底していて、
計画を立てた有名寺院以外にも、道の途中に神社などがあれば、
全部中に入ってお参りしていました。
有名でもなんでもない名の知れないところでもです。
まあ、そういうところは拝観料をとられることはなかったんですが、
すべて歩きだったので、足が疲れましたよ。
それで、ある神社に入ったときのことです。

そこもやはり何の変哲もないただの神社で、しかも隣に保育園があり、
子どもたちの声が聞こえる、生活感にあふれたところだったんです。
おそらく地元の人しかお参りしてなかったんじゃないかと思います。
その小さな社殿の前で、4人並んでお賽銭を投げ入れ、
手を叩いて拝んだ後のことです。
空のほうでキューンという音が聞こえたような気がしました。
他の子らにも聞こえたみたいで、皆がいっせいに上を見上げたんです。
「何か落ちてくる」M華がそう言いましたが、
私には何も見えませんでした。その直後、私が持っていたトートバックが、
急に重くなったんです。旅行カバンはホテルに置きっぱなしにして、
みんなお土産を入れる袋しか持ってませんでした。

「○○のバックに空から落ちてきたものが入ったよ」M華がそう言ったので、
あわてて中を見たんですが、中にはここまでで買った、
ストラップなどの小さいお土産類しかありませんでした。
「えー、何もないよ。おどかさないでよ」と答えたんですが、
M華は「さっき落ちてくる音がしたのを聞いて、みんな上見てたじゃない。
 それにバッグに入ったのは悪いものじゃない、いいものだよ」
自信たっぷりにこう言いました。そのときには、
バッグの重さはもう感じなくなってました。その後、私たちは無事に行程を終え、
電車でホテルのある地区まで戻ったんです。その夜のことです。
私は同じクラスのK美という子と相部屋でした。当時から、
大部屋で枕投げをするなんて旅行は少なくなって、ホテル泊が増えてきてました。

そのほうが旅行社もプランが立てやすいし、先生方も管理が楽なんだそうです。
K美とは親しかったんですが、さすがに2人だと大騒ぎもできず、
10時半の消灯からほどなくして2人とも寝入ってしまいました。
それで、夜中に・・・隣のベッドで寝ていたK美が私を揺り起こし、
目を開けると電気がついてたんです。
「どうしたの?」と聞くと、K美は、
「さっきトイレに起きたとき、カサカサ音がするんでそっちを見たら、
 ○○ちゃんのバッグから、絣の着物を着た坊主頭の男の子が上半身を出してた」
こんなことを言いました。昼、自由行動に持っていたバッグは、
部屋のクローゼットの前に立てかけてあったんですが、
買ったお土産が詰まっていて、もちろん子どもが入れる大きさなんてありません。

ええ、M華が「何か入ったよ」って言ったバッグです。
別のグループだったので、そのことをK美は知らないはずなので、
私も怖くなってきました。でも、勇気を出して中を確かめてみましたが、
男の子はもちろん、変な物は入っていませんでした。
どうせ先生方に言っても信じてもらえないだろうと思い、
「夢だと思うよ」とK美をなだめ、
バッグはクローゼットの奥にしまってまた寝たんです。
その後は朝まで・・・というか、修学旅行が終わるまで、
おかしなことはありませんでした。
楽しかった旅行ですが、家に戻ると気持ちが沈みました。そのころ家は、
やっていた商売の経営状態がよくなくて、雰囲気が最悪だったんです。

いつも揉めている両親の間に入って、
私とおばあちゃんと妹はほとほと疲れ切っていたんですよ。
家に入ると、おばあちゃんが待っていて、
「旅行は楽しかったかい。お前の荷物が届いてるよ」って言いました。
お土産類はまとめて、向こうで家に送ってあったんです。
それで、まずおばあちゃんにお土産を渡そうと箱の一つを開けました。
西陣織の巾着を買ったんですが、包装はそのままだったのに、
中が空だったんです。「えーっ!?」
それで、妹や両親へのお土産も開けてみたんですが、
どれも中には何も入っていなかったんです。八橋の大きな箱までです。
「えー、嘘、こんなのありえない!」

私は大騒ぎしましたが、おばあちゃんは私が投げ出したバッグの中から、
何かを大事そうにつかみ出すような仕草をしました。
そして「おやおや、これはこれは。いいものをもらってきたねえ」
そう言って、大事そうに家の神棚に捧げたんです。
「あ、M華と同じようなことを言ってる」と思いましたが、
おばあちゃんの手の中にも、神棚にも、私には何も見えませんでした。
おばあちゃんは「朝夕拝むのをかかさないようにしないと」と言って、
それから、私もいっしょに座らせて神棚に手を合わせてましたが、
私はしばらく、お土産がすべて消えてしまったことが不満でした。
でもそれから、家の商売のほうが上手く回転するようになり、
両親が揉めることもなくなって、私のお小遣いも増えたんです。

おばあちゃんは3年前に他界しましたが、
私は今でも、神棚にあるはずの何か「よいもの」に対して、
毎日かかさずお参りしています。
でも、どうして、おばあちゃんやM華に見えて、
K美には男子の姿で現れたのが、私にだけ見えないのか、
そこがちょっぴり悔しい気がするんですよ。








髪の毛怪談

2015.06.04 (Thu)
髪の毛が出てくる怪談というのは多いですよね。
例えば、一人暮らしの男の部屋なのに、女の長い髪の毛がときどき見つかる。
変だなあと思っていると、だんだん見つける頻度が増えてきて・・・
というのは定番中の定番です。
自分も、風呂場の排水溝なんかに髪の毛がたまっているのを見れば、
ああ、気味悪いなあと思うんですが、
この感覚というのはどっからくるんでしょう。

一つはフォビア(恐怖症)ということがあるのかもしれません。
フォビアというのは、さまざまな種類があるようで、
有名な対人恐怖症、高所恐怖症、蜘蛛恐怖症などの他、
風恐怖症、数字恐怖症、ニンニク恐怖症とかいうのもあるようです。
フォビアになる原因もまた多様なんですが、罹っている人が多いものと、
その人に独特な症例で、他人には理解しにくい希少なものとがあります。
対人恐怖症の人の数は多いでしょうし、ニンニク恐怖症は少ない。

・・・つぶつぶ恐怖症というのがあって、特に理由は考えられないのに、
似たような形の小さいつぶつぶがたくさん集まっていると怖いというものす。
これは自分もちょっと怖い(気持ち悪い)です。
蛇恐怖症というのは世界でも多いようですが、
もしかしたらそれと似た形で、無理に理由をつけなくても、
もともと人間には髪の毛恐怖症というのがあるのかもしれませんね。

しかし、これだけでは考察にならないので、
ネットで髪の毛が怖い理由というのを少し検索してみました。

・ 不潔な感じがするから
まあこれはあるでしょう。雑菌などが繁殖しているかもしれません。
しかし部屋の隅にある綿ゴミとかにも、同じように雑菌はいるはずです。

・ 人間の体の一部であるから
たしかに髪はDNAを含んだ人間の体の一部ではあります。
しかし1日の間に人間の身体は、新陳代謝で1兆個もの細胞を入れ替えているので、
皮膚だってぼろぼろ剥がれてまき散らされているはずです。
微小な皮膚片は見えないし、髪の毛は見えるから怖いということでしょうか。
もっとも、髪、爪などは感染呪術の材料として、ヴードゥーの呪いなど、
世界的に使用されていますね。

・ 髪の毛には人間の情念が宿ると言われているから
これもあるでしょうね。
人の念を髪の毛は特に宿しやすいということなんでしょう。
僧や尼僧が髪を剃る(切る)のは、煩悩の元を捨てるということでしょうし、
髪の毛が伸びる人形というのも、人毛であればこれに入るのかもしれません。

この3つのことは、どれも髪の毛が怖い原因の一つになっていると思われます。
おそらく多くのことが複合して「髪の毛が怖い」感覚が生じているのでしょう。
あと、ネットで実にユニークな意見を見つけました。
「人間がまだ全身に毛のある猿人であった頃、
 肉食獣に捕食された仲間の残骸の周囲に、
 たくさん毛が散らばっていたことなどの記憶から」というもので、
この意見の当否は自分には判断できませんが、
面白い着眼点だなあと思いました。

さて、怖い話で部屋に落ちていた髪の毛は、
女性のものであることがほとんどです。
これが白髪交じりの短い男性の髪で、頭頂部がハゲた中年の幽霊が出てきた、
というのでは怪談になりませんよね。
やはり怖い話に登場するのは、長い女性の髪の毛でないと様にならないようです。
で、この女性の髪の毛というのは、
強い情念と結びつけて語られることが多いんですね。
また、髪の毛と蛇の関連性もうかがえるようです。

『刈萱(かるかや)道心』の話をご存じでしょうか。
これは仏教説話のような形で語り継がれてきたものですが、
その前段で、刈萱道心(元の名は加藤)という大身の侍が、
妻と側室を近くに住まわせていたが、
表面上は2人ともとても仲睦まじいように見えた。
ある夜、妻と側室が同じ部屋でやはり楽しそうに笑いながら囲碁を打っていた。
ところが灯火に映った影を見ると、
2人の髪が互いに蛇と化して、くんずほぐれつ争っていたという話が出てきます。
やがて正室の憎しみが、ついに側室殺害未遂にいたるという事件を引き起こし、
この世に嫌気を感じた加藤は、誰にも告げずに高野山に入り刈萱道心となります。
『安珍・清姫伝説』でも、安珍に騙されたと知った清姫は、
履物を脱ぎ捨て、髪をふり乱した姿で安珍を追いかけ、
ついには川を渡れずに蛇身となります。

・・・・まあ、女性の髪が現代よりもずっと長かった時代ですし、
髪の長さが美人の条件とされたこともありました。
男尊女卑の考え方が普通であった時代でもあります。
けっして髪の毛が怖いのは女性が怖いからだ、
という結論ではありませんので、そこはご理解くださいw

『清姫』






キャハハハ

2015.06.03 (Wed)
去年の8月のことですね。すごく暑かったでしょう。
わたしは賃貸のワンルームマンションに一人暮らししてるんですけど、
あまりに暑いので外に涼みに出たんですよ。
もちろんエアコンはありますが、来客時しか使わないんですよ。
政府の節電政策に協力して、と言いたいところですけど、
この年ですからね、冷風にあたると節々が痛むんです。
ええ、熱中症には気をつけてますよ。水分をきらすことのないようにしてます。
それで、そのとき涼みに出たのは10時を回ったあたりでしたね。
行った先はマンションの裏手の小高くなったところにある神社です。
なんでも平安時代にはすでに記録があるという由緒あるところなんですが、
そのわりに知られてないし、参拝客も多くはありません。

そのときも人の姿はまったくなしです。
そこは、実はわたしの朝のウォーキングコースでして、
ほぼ毎日通ってるんですが、夜に行ったのは初めてでした。いやいや、
怖いなんてそんな。この年で幽霊がどうのこうのと言ってもしょうがないでしょう。
70年以上生きてきまして、幽霊に悪さをされたことはありません。
人を害するのは生きた人間ですよ。
で、下の鳥居をくぐると、ゆるーい上り坂になってるんです。
石段じゃなく、アスファルトの道です。
外灯がいくつかありまして、足元が危ないということはありません。
朝のウォーキングは6時前ですから、まだ外灯がついてる時間です。
そうですね、外もまあ室内よりはましというだけで、暑いは暑かったですよ。

あと森が残っているせいかヤブ蚊がいましてね。
トレーニングウエアの上から何箇所か刺されてしまいました。
夜の神社に御参りしてお賽銭をあげ、
100mほどの坂を半分ほど降りてきたところでです。
背後から「キャハハハハ」という笑い声が聞こえてきました。
女の子の声のようでした。「こんな時間に」と思ってふり向くと、
ヘルメットの下から長い髪をたらした、Tシャツ、短パンに、
ひじとひざに当てものをした10歳くらいの女の子が滑り降りてきたんです。
あの何というんでしたか、スケートボード?
そうそう、それに乗ってました。驚いているわたしの横まできて、
その子は乗り物から飛び降りると、ぽんとそれを足で蹴り上げて両手で持ちました。

それで、こっちを見てにこにこ笑ってるんです。
こんな夜なのに、あまりにも警戒感がなかったので、近くに親が来てるんだろうと思い、
「おとうさん、おかあさんはどこ?」と声をかけました。
そしたらその子は「いないよ、300年くらい前に死んだかな」って答えたんです。
わたしはまだ、ふざけてるんだろうと思って、
「見ず知らずの人と話をしては危ないこともあるから、
 はやくご両親のところへもどりなさい」自分から声をかけたにもかかわらず、
こう言ったんです。そしたら、
「私、幽霊だから平気だよ。あれ、でも・・・神様なのかな、あれ、どっちかな。
 ちょうど神様と幽霊の中間くらいなのかな。まだ300年だし」
こんなことを答えました。

いや、おかしな子だなあと思いましたよ。
見た目よりずっと口調は大人びてましたが、幽霊だと思うわけがありません。
えー、何でしたっけ、スケートボード? に乗って、
ヘルメットの間から金色まじりの髪の毛を垂らしてる幽霊なんて、
いるわけがないと考えるじゃないですか、普通。
「はは、神様はいるだろうけど、幽霊はいないよ」わたしがそう言うと、
その子は少し考え込んだような顔つきをしていましたが、
「じゃあ、これなら幽霊だとわかるかな」と言って、
手に持っていた乗り物をこっちに突き出して見せたんです。
そしたら、ふっと乗り物が消えて、それが手毬に変わっていたんですよ。
「ええ?」と顔をあげると、女の子の姿もね、変化してたんです。

赤地の和服、おかっぱの黒髪型になってました。
でもね、顔立ちは前のヘルメットの子と同じだったんです。
女の子は、すっと沈んだ表情をしてみせてから、また笑顔に戻り、
「ずーっと、ずーっとね、250年以上この恰好でいたんだよ。
 でも、毬つきなんてつまんないでしょ。ここの神社の社務所にテレビが入って、
 それを見てて、こっちのほうが面白そうだと思ったから。変えてもらったんだ。
 本物の神様のお許しが出たときだけ遊んでるんだよ」そう言うと、
また、リモコンでテレビのチャンネルを変えたみたいにして、
さっきのヘルメット姿に戻ったんですよ。そして乗り物を下に落とすと、
それに飛び乗って「キャハハハハハ」と笑いながら坂を滑り降り、
かなりスピードに乗ったところで、ぱっと消えてしまいました。

嘘だと思うでしょう。まあね、こうして話していても信じられませんからね。
坂を下りる途中、わきの藪の中なんかも探したんですよ。
でも姿はなかったですし、ご両親がいるかと思って、
もう一度社殿まで引き返してもみたんですが、そこにも人影はなし。
涼みにきたのに汗だくになってしまいましたよ。
キツネにつままれたというのは、あのときの感じを言うんでしょうねえ。
でも、そこはお稲荷さんでもないですし。・・・怖くはないですが不思議な話でしょう。
むろん、朝のウォーキングはやめませんでしたよ。早朝の社殿にお参りをしていると、
そうですね、1ケ月に一度くらい、キャハハハという笑い声が、
木の間から聞こえる気がするんです。姿は見てませんけど。どんな事情かわかりませんが、
早く神様になれるといいな、と思いながらお祈りしてるんです。