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青い花

2015.07.31 (Fri)
昔々の話だよ。それでもいいかい。俺が17のときだから、もう40年近く昔。
俺は当時、塗装工の見習いで地元の暴走族に入っててね。有職少年だったわけ。
で、バイクで事故を起こした。いや、仲間とつるんでてのことじゃなく、単独。
ダムへ続く峠道を一人で走ってて、カーブを曲がりきれずに、
ガードレールを飛び越えて崖下へ転落。
幸いなというか、それ以降の記憶がないんだ。
怪我は頭蓋骨と腰椎、手首の骨折。全身打撲に強度の脳震盪。これが一番厄介でね。
開頭手術はしないで済んだが、砂袋で固定されて1ヶ月まるまる動けなかった。
だからね、腰椎の骨折の処置も後回しになったんだよ。
キツかったねえ。8カ月入院してリハビリが半年。
仕事に復帰するまで1年以上かかったんだ。

意識がなかったのは5日間。医者が母親に、「明日意識が戻るか、1か月後か、
 あるいは最悪の場合ずっとこのまま」とか言いやがって、
植物人間も覚悟したって。だからね、5日ってのはラッキーだったと思うよ。
障害もほとんど残らなかったし。うん、雨の日に腰が少し痛むくらいだ。
でね、その5日間眠ってる間に、臨死体験をしたんだ。
いやね、それまではそんなこと信じちゃいなかったんだが、
今でもあのときのことはありありと思い出せるよ。
これがきっかけになって、いろいろと調べたんだよ。
したら世界中で似たような体験があるじゃねえか。死んだら終わりじゃないんだな。
次の世界が待ってる。ああ、すまんな話が脇道にそれて。
うん、広い野原ってか、湿原だな。尾瀬みたいなとこに俺は一人で立ってたんだよ。

足元はきれいな水でね、そっからたくさん植物が生えてた。
でもそれは、この世にある水芭蕉とかとは違ってて、見たことないようなのばっかだった。
いや、植物は植物で、そんなに極端に違うわけじゃないが、
図鑑には載ってないやつってこと。で、そこを静かに歩いてると、
やがて目の前に大きな川が見えてきた。土手とかはないんだ。
湿原と同じ高さの川だったが、幅が数百mあった。ここでよ、人の話だと、
死んだジイサン、バアサンが向こう岸で手を振ってたってなるパターンが多いようだが、
そうじゃなかったな。誰も人の姿は見えなかった。
これは俺の家が核家族で、年寄りと暮らしたって経験がないからかもしれん。
ま、今から考えたらの話だけどな。かすみがかかったような向こう岸を見てると、
川を渡りたいって気持ちになってきた。だけど幅数百mだからな。
俺は泳ぎがあんま得意なほうじゃなかったんだよ。

川の岸に近いとこはきれいな薄緑色だが、
中央に近づくにつれて海みたいな深い紺に変わって、相当な深さがある感じがした。
躊躇したんだよ、溺れるかもしれないって。でもなあ、これ死後の世界だろ。
いっぺん死んでるのにまた溺れ死ぬなんてことがあるんだろうか。
それで、イライラとも違うなあ・・・なんというか、やるせないような気分になってきた。
で、近くに生えてた丈の高い花をむしったんだよ。コスモスほどの大きさの青い花。
その途端、背筋にびびっと電気が走った感じがして、目が覚めたんだよ。
集中治療室でな。口にいろいろ管が入ってて声が出せなかったんで、
手を動かしたら看護婦が寄ってきて・・・ そっから1ヶ月はピクリとも動かず、
脳の腫れが治まるのを待ったんだ。下の世話とか全部母親にやってもらって、
これはずっと頭が上がらなかったよ。意識はとぎれとぎれだったなあ。

鎮静剤を点滴されてたんじゃないかな。切れ切れの夢の中で青い花が出てきたんだ。
地面から生えてるんじゃなく、俺がちぎった花に数cmの茎がついた状態で、
目の前でくるくる、くるくると回てった。・・・話を少し端折らせてもらうが、
車イスと伝わり歩きで、自力でトイレに行けるようになったのは3ヶ月後だ。
このときは嬉しかった。涙が出たよ。脳のほうはなんとかよくなって、
脳外科から整形の一般病棟に移ったんだ。したら翌日、朝、目が覚めたときに、
ベッドの横のテーブルに青い花が載ってたんだよ。
臨死体験、その後に見た夢に出てきたのと寸分違わなかった。
花びらは6枚で、花は上向きじゃなく、茎に対して直角・・・扇風機みたいになってた。
花びらの一枚一枚がねじれてて、ちょうど風車の羽のような形。
しおれかけ生気がなかったから、プリンのカップに水を入れて挿してたんだ。

でよ、これはこの花と関係があるかどうかわからないが、
そのあたりから、まわりの入院患者がぽつぽつ亡くなり始めたんだよ。
整形だから、命にかかわる患者なんて多くないんだ。それが、科全体で週に1人か2人、
どっかの病室で亡くなる。普通じゃねえよな。だって足骨折の20代の人まで死んだんだぜ。
その人はケガとはまず関係ないと思われる心筋梗塞だった。
看護師たちも患者の前では言わなかったが、ナースステーション前を通ったときに、
「異常だ、ありえない」ってベテランが言ってるのを耳にしたりした。
で、カップに入れてた青い花が、ろくに水換えもしないのに生き生きしてきたんだ。
・・・話は変わるが、この事故のことで母親の涙を何度も見たし、
雇い先にも迷惑をかけた。だから暴走族を抜けようって思ったんだ。
面会謝絶がとれてから、リーダーをはじめ、仲間が次々と見舞いに来てくれてた。

そんときには強がりを言ったし、事故前と変わらないように接してたんだが、
だんだん決心が固まっていった。それで、久々にリーダーが仲間連れてきたときに、
思い切って口に出してみた。したら、要件がわかった途端、顔色が変わって。
当時の族は後輩が殴られるのは普通だったし、二十前に抜ける場合は手ひどいリンチをされた。
俺はこんなケガだからって甘く考えてたんだが、そうじゃなかったんだ。
不機嫌になったリーダーが、青い花の入ったカップをとって俺に水をぶっかけた。
「抜けるんだったら、その体でも掟どおりにさせてもらうからな」って。
リーダーたちが帰ってから、床に落ちただろう青い花を探したが、どこにもなかったんだよ。
その夜のことだ。ほら病院って消灯が早いだろ。
その頃にはだいぶ体も治ってきて、夜はあんまり寝つけなくなってた。
だから、イヤホンでラジオの深夜放送を聞いてたんだ。

時間は1時を回ってたのは間違いないけど、ラジオを消してうとうとし始めたとき、
ベッドの横に何かの気配がしたんだ。看護師の巡回かと思ったが、
ついさっまでラジオ聞いてたはずなのに体が動かない。金縛りとは違うな。
意識ははっきりしてた。とにかく、そっち側が異常に寒いんだよ。
冷気が伝わってきたんだ。それと胸が締めつけられるような気分。
ぜんぶそれが発散してるもんだと思った。
その状態が何分続いたのかなあ。はっと悟ったんだよ。
ベッドの横にいるのは「死」だって。その途端、俺の頭の中に意味が伝わってきた。
意味だけだよ、だからどういう声だったとかはないんだ。
「あの花は十分に養分を吸った。向こうの世界に戻りたがっている。
 もっていく」こんな内容だった。

それを聞くと、引き込まれるように意識が薄れてきた。
俺はこれでもう一度死ぬんだと思った。朝になっても目が覚めないんだろうってな。
だから、翌日検温の看護師に起こされたときにはね、
窓から差し込む光も、俺より数歳年上と思えるその看護師の頬の色も、
何もかもが美しくってね。ああ、まだ生きた世界にいるって実感があったんだよ。
その日の午後、続の仲間がドヤドヤ入ってきてね。
リーダーが死んだって。パトカーに追われたのを、
振り切ろうとして入った交差点でトラックと激突して。
これから追悼の集会をして、それから跡目を決めるってみな興奮してた。
俺は、こんな殺伐とした世界のどこにあこがれてたんだろうと思って・・・
まあね、こんな話なんだよ。








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夢送り

2015.07.30 (Thu)
いやまあ、夢の話なんですけどね。だから、
たいしたことないだろうと自分でも思ってまして、それがねえ、こんな大事になるとは。
ああ、こんなことを言っても意味わからないですよね。最初からお話します。
去年の12月に会社で転勤がありまして、大阪支社から名古屋の支社へ。
12月なんて半端な時期だと思いますよね。
わたしはずっと経理畑を歩いてきまして、大阪支社では課長補佐でした。
ところが、わたしの前任者、名古屋の経理課長ですが、
多額の使途不明金が発覚しまして。ええ、間違いなく横領です。会社のほうでは、
懲戒解雇の上、弁済を迫ったんですが、それがかなわず、やむなく刑事告訴しました。
その経理課長ですか? 顔は知ってます。
といってもレセプションなどのとき、遠くから見かけたくらいですが。

気の毒な面もあるんですよ。なんでも娘さんが難病で、
ものすごい額の治療費がかかったらしいんです。
同情はしますけど、まさかあんなことを・・・ 順を追って話せって?
はいはい、すいませんね。わたしは数字と経理ソフトには強いんですが、
営業職と違ってしゃべるほうはからっきしで・・・
それでね、急に名古屋に行くことになって、子どもらの学校もありますし、
単身赴任ですよ。住居は、会社で借りている1DKのマンション。
真新しいところで、それには何の不満もありませんでしたよ。
でね、転任して早々、歓迎会を開いていただきまして、12時過ぎに戻って、
まだ整理の終わってないダンボールがごろごろ置いてる中で寝たんです。
夢を見ました・・・学生時代の夢でした。

あれは大学入試のときですね。科目は数学で、問題用紙が配られざっと目を通すと、
どれも勉強したことのある問題だったんです。
こりゃ高得点できるぞ、って意気込んで書き始め・・・ 気がついたら寝てたんです。
試験上の机の上でってことです。寝てる夢の中でまた寝るって変ですよね。
でね、ふっと目が覚めて腕時計を見たら試験終了5分前。
目の前には白紙の答案用紙が・・・ まあね、これだけなら、
学生時代の試験の夢ってのはよくあ話ですけど。
起きると、冬の最中なのにびっしょり汗をかいて、心臓がドキドキ。
その手の内容の夢が、毎晩毎夜1日もかかさず、その後も続いたんです。
学生時代だけじゃなく、社会人になってからのものです。
大失敗をして、どうやっても取り返しがつかなくなったところで気がつくという。

「ジェイコム株大量誤発注事件」ってご存知ですか? そうです。
「61万円1株売り」とすべき注文を「1円61万株売り」と、
誤ってコンピュータに入力したっていう。あのレベルの大失敗ですよ。
ええ、これとまったく同じではありませんが、
株の売買をしてる夢も見ました。会社はもちろん上場してますけど、
わたしの部署では扱ってないのに。
その他にも、外回りをしててお得意先の重役を激怒させてっしまうとか、
超重要書類を電車内に置き忘れるとか、ウイルスを呼び込んでしまって、
会社のパソコンのすべてが乗っ取られるとか・・・
仕事内容をわたしが知ってるか知ってないか、それに関係なく、
あらゆる悪い事態を、わたしの責任で呼び込んでしまうという夢だったんです。

毎晩です、横になるとすぐ夢が始まるんです。目が覚めて寝なおしてもまた・・・
怖くて眠れなくなりました。目の下に隈ができ、憔悴して、
転任したばかりなのにミスが続いたんです。夢とは違って、細かいものばかりでしたけど、
新しい経理課長、あれ使えないやつだ、って評判が立っている気がして。
いや実際、これまで普通にできてたことができないんですから。
で、部屋に戻ってちょっとうとうとすると、手ひどい致命的なミスの夢です。
その頃には心臓が痛み始めていました。それであるときね、
朝方に夢から目が覚めたとき、目の前を白いチョウチョが飛んでるように思ったんです。
思わず手でつかもうとしたら、何もない。幻覚だと、最初はわたしも思ったんですが、
同じことがたびたび起きるようになりました。
目が覚めた一瞬だけ見えるんです。だんだん、どんなチョウかわかってきたんです。

白い和紙のような紙をチョウ形に切り抜いた人工的なものだと思いました。
色味も羽の筋とかもなかったですから。それと、
頭の部分に人間の顔がついてるような気がしたんです。
でも、小さくてどんな顔かはわかりませんでした。それを目覚めるたびに見る。
変でしょう? だから、録画してみることにしました。家からビデオカメラを持ってきて、
枕元にセットして寝たんです。ええ、ええ、映ってましたよ。
わたしが眠りに落ちるとすぐ、頭の上をチョウチョが飛び始めるんですが、
その動きが変なんです。普通はひらひら飛ぶもんですよね。
それが、上から重力で落ちるように降ってくると、わたしの顔の上でぱっと消え、
また上からっていう繰り返しだったんです。それとね、そのチョウについてる人間の顔、
動画ソフトに取り込んで静止拡大してみたら、馘になった前の経理課長に似てたんです。

わたしの前任者ってことです。それからどうしたかって? 
証拠がありますからね、映ってるビデオという。それ持って支社長に見せにいったんです。
そしたらね、もちろん初めは信じてませんでしたけど、
拡大画像を見せたら、こんなことを言い始めたんです。
「うーん、こいつのうちは〇〇教っていう、新興宗教やってるんだが・・・」って。
〇〇教ってのは関西に本部のある、そこそこには名のしれたところです。
でねえ、この支社長の一言で、解決策が見えた気がしたんですよ。
というのは、わたしの妻の伯母が、この宗派でだいぶ上の地位にいる人でして。
さっそく妻を介して相談しました。そしたら、その伯母さんから電話がきて、
「調べてみましたら、そのチョウの顔の方はすでに教団を離れています。
 かなり熱心に修行して力を授かったようですが、邪法として用いてるようですね」

こんなふうにおっしゃって、教団の人を派遣してくださったんです。
巫女さんの装束を着た若い女の人でしたよ。高校生くらいに見えるその人が、
部屋でわたしに、「どうぞ寝てください」って言ったんです。
「心配でしたら、何をするか確認するためのビデオをセットしてもいいですから」って。
変なもんでしたよ。若い巫女さんが枕元にいて、
その様子を固定カメラで映しながら布団に寝るわけですからね。
はたから見たら何やってるんだって、いぶかしがられるでしょう。
わたしはなんとなく安心感があって、ことんと寝てしまいました。
でね、夢を見たんです。いつもと同じ大失態の内容です。
そのときは、プレゼンをやってました。よくわからない何かの新製品でしたね。
必死になってアピールをしてたら、会場がざわざわしだして・・・

支店長が後ろを回ってわたしのところに来て、「お前それ、他社の製品だぞ!」
こう耳打ちして・・・「あああっ!」いつもならそこで、
心臓がきゅーんとして目が覚めるんですが、このときは違ってました。
会場の席から一人の女性社員が立ち上がって、きりりと黒のスーツを着てましたが、
顔は枕元にいるはずの巫女さんだったんです。驚いたことに手に蝿叩きを持ってました。
つかつかと足早にわたしの前まで来ると、蝿叩を振り上げてピシリ。
わたしの額に叩きつけたところで目が覚めました。
自分の部屋の自分の布団で、巫女さんもちゃんといて、
わたしの額から蛾のようなものをつまみあげるところでした。
ええ、チョウではなく灰色の毛羽立った蛾でしたが、巫女さんが羽をすぼめるよう持ち、
すぐに懐紙に包んでしまったので、顔がついてるかはわかりませんでした。

巫女さんは「終わりました。元教団員がご迷惑をかけましたが、
そちらはこれから処置いたします」そう言って帰っていきました。
何かお礼をしようとしたんですが、聞き入れてくれませんでしたね。
これ以来、変な夢を見ることもなく熟睡できるようになったんです。
やっぱり前の経理課長がやったことのようでしたが、逆恨みもいいとこですよね。
わたしに何の関係があるんだって話で。
たんに後任をまかせられただけじゃないですか。それも単身赴任までして。
おかしくなってしまっていたんでしょうねえ。しばらくして、
その人が自殺したという報が入ってきました。難病の娘さんを道連れにしてです。
こうなると気の毒ですが・・・ あの巫女さんが言ってた「処置します」というのが、
このことだとしたら怖いなあと思って・・・

あがががが






奥秩父

2015.07.29 (Wed)
* 昨日2chに書いたものです。

今年の5月の連休だけど、会社の仲間2人と、
2泊3日の予定で奥秩父に渓流釣りに行った。
あのヘリが墜落したり日テレ社員が遭難した、4重遭難と言われる事件で、
奥秩父は怖いところだ、緑の魔境だって噂が広まったが、
天候やルートなどの基本的なことに気をつければ、それほど怖い場所じゃないと思ってた。
たくさん死者が出たからマスコミが騒いだが、
ヘリ墜落は山岳遭難とはちょっと違うだろ、って。
場所は少しボカさせてもらうが、川上村役場から奥の支流に入っていったあたりだ。
ねらいはヤマメとイワナ、ルアー中心だが状況によっては生き餌もやる。
1日目は釣果は大きかったな。 20cm内外のヤマメがかなり釣れ、
みな気を良くして、酒飲んで車中泊した。

2日目はもっと奥に入って、冷水域のイワナをねらおうってことになり、
3人で2人用のテントを二つ持って、
その日のうちには車のとこまで引き返せない上流まで分け入った。
だけどイワナはあんまり釣れなかったんだ。
そのうちに夕方になって小雨がぱらつき始めたんで、早めに山側に入ってテントを張った。
本当はダメなんだが焚き火をしようってことになり、みなで乾いた木を拾いに出かけた。
山には入らずに川原にそって石の上を歩いてたら、
川べりにうずくまってる赤いベストの人がいたんだ。
俺ら以外の釣り人はそこらでは見かけなかったんで、
挨拶がてらポイントを聞こうと思って近づいていった。そしたらすげえ嫌な臭いがしたんだよ。
腐った魚の臭いなんだ これは俺らは慣れてるのですぐわかる。

それと「オエーッ、オエーッ」と吐いてる音が聞こえてきたんだ。
数メートルまで近づいて、「どうしましたか」って仲間が声をかけたら、
そのベストのやつがふり向いて、歳は40代かなあ、
ネガネをかけてきちっとした髪型のおっさん。
そいつが川のほうを向いて口をもぐもぐさせてたんだ。
それで2、3回噛むと「オエーッ」って川に向かって激しく吐く。
そのたびに腐った臭いがきつくなった。「大丈夫ですか、病気なら救助要請しましょうか」
そう俺が聞いたら、おっさんはにやっと笑って、魚篭を川から上げてみせた。
するとまた臭いが強くなって、腐った魚が入ってるんだと思った。
おっさんが魚篭に手を突っ込んで上げると、
やっぱり、白くぐずぐずになったヤマメが握られてたんだ。

肉も腐ってるから指の間からだらだらこぼれるんだが、
おっさんはニヤニヤしながらそれを口に突っ込む。で、また「ゲボーッ」って吐くんだ。
俺らは気味が悪くなって、後じさりしながらおっさんのとこから離れたんだよ。
どう見ても異常な行動だったし、
それに臭いがこっちに移ってきて、俺らも吐きそうになったんだ。
離れて遠くから見たら、おっさんはまだ川べりにしゃがんでいた。
あたりにはザックや竿は見なかった気がする。
「なんだよ、あれキチガイか」「異常だよな。あんな腐った魚、生で食うとか」
「うええ、気持ち悪りい。もうその話題やめろ」
こんなことを言い合いながらテントまで戻ったが、一人が、
「警察に通報しなくてもいんいいんかな。どう見てもおかしい」って言い出した。

「知らんよ、あの様子だと、救助要請しても俺らがよけいなことしたって言われかねん」
「だよな、こんな場所に来たら基本、自己責任だよな」
翌日は午前中に帰りたかったから近くの木にカンテラをかけて、
その日はあまり酒も飲まず、9時過ぎには寝たんだよ。
テントは俺と木村ってやつが同じで、もう一人が別のテント。
それで、夜中にガサガサする音で目が覚めてしまった。
携帯で時間を見たら4時前でもうすぐ明るくなる。
木村が寝袋から出て、テント外にいくところだったんだ。
「ああ、小便か」と思ってまた寝ようとした。 
けど寝つけなくって、それと木村がいつまでたっても戻ってこない。
小便ならそこらの草むらにすればいいし、おかしいと思って懐中電灯を持って外に出てみた。

川のほうに行って足を滑らせ、頭を打ってるなんてことも絶対ないとは言えないからな。
テントのまわりの明るいところには姿はなく、
「おーい 木村ー」って呼びながら、ぶらぶら川のほうまで行ったんだよ。
そしたら遠くから「オゲーッ」って吐いてる声が聞こえてきた。
夕方のおっさんのことを思い出していやーな気がしたが、
それは木村の声のように思えたんだよ。
勇気をふるってそっちに向かって行ったら、
だんだん、夕方のおっさんがいた場所に近づいていくのがわかった。
ひっきりなしに「オエーッ、オエーッ」って声がして、明らかに木村だと思った。
で、空がだいぶ明るくなってきてたんだよ。
夕方におっさんがいた場所よりも川の中のほうに、木村がしゃがんでるのが見えた。

「おい、お前なにやってるんだ。冗談にしたらたちが悪いぞ」
かなり不機嫌な声でそう呼びかけたんだが、木村はこっちを見ない。
目の前の渓流の石の陰から、何かをすくって食ってるような動きをしていた。
「まさか、あのおっさんのマネをしてるんか?」そう思って走り寄ったら、
川の岩の間に赤いベストが見えた。人がうつ伏せに倒れて顔まで水に浸かってたんだ。
あと、魚の臭いとはまた違う腐臭。近くまでいって唖然とした。
顔が見えなかったが、倒れてるのはあのおっさんだとしか考えられなかった。
全身が水を吸ってて、しかも新しい死体じゃないように見えた。
それで木村は、おっさんのむき出しの腕から、
白くふやけた肉を爪でこそげとって食ってたんだよ。

「何やってんだ馬鹿、お前!!」俺は木村の背中をつかんで後ろに引き倒した。
そしたら木村は仰向けに浅い水に倒れながら、
口からぶーっと上にゲロを吐いたんだよ。
それからうつ伏せになっ川原まで這っていき、すすり泣き始めたんだ。
俺は混乱して、どうすればいいかわからなかった。
とりあえず、もう一人のやつに携帯で連絡し、
「死体を見つけたから、警察に通報してくれ」って頼んだんだよ。
それから木村を解放しようとしたが、手足をバタバタさせて暴れ、
暴れながら吐き続けていたんだ。このあとはものすごくごたごたして、何日もつぶれた。
赤いベストのおっさんは、どっからも捜索願とか出てなかったが、
死後1週間ほどで、まもなく身元が判明した。

俺らが山に入るだいぶ前に死んでたんで、嫌疑とかはかかってないよ。
警察からは詳しいことは教えてもらえなかったが、どうやら自殺のようだった。
離れたところの橋から身を投げて、そこまで流れてきたってこと・・・
確かに現場にはおっさんの身一つだけだったんだが、
だとすると、夕方に俺らが見た魚篭と、その中の腐った魚は何だったんだろ。
人の腐臭とはまた違う、あの魚の臭いは?
死者が俺たちを惑わせようってことだったんだろうか・・・
木村はずっと錯乱してて、警察署でもまともな話はまったくできなかったな。
暴れて手がつけられないんで、家に戻っても家族が入院させるしかなかった。
それで今も、精神科に転院して入院中で面会もできないんだ。
まあこんな話だ。もう行かないよ、釣りは止めることにする。

あいあいあおうううう





四方拝

2015.07.28 (Tue)
話をさせていただきますけど、私の身分などは明かさなくてもいいんですよね。
ああそうですか。くれぐれも秘密は守ってくださいよ。
べつに後ろ暗いことはないですし、一切犯罪などとは関係はないんですが、
取材者の方と、本や論文にこの話は書かないって約束しているもので。
もっとも、その取材者の方は当時すでに高齢でしたので、
お亡くなりになっている可能性は高いんですが、それでも約束は守りたいんです。
これから話す内容は他言無用でお願いしますよ。
〇〇湖って知ってますか? ええ、そう、△△県の。
戦後10年ほどしてできた巨大な人造のダム湖です。
では、あそこに怪物の噂があるのをご存知ですか? ああ、お詳しいですね。
十数mもある、白い半透明の生物が目撃されていますよね。

ははあ、ここは心霊・・・幽霊関係を専門に研究されてる集まりと聞いてきたんですが、
この手の、未確認生物って言いましたか、それも守備範囲なんですか。
いやいや、わたしが怪物を見たって話ではありません。
〇〇湖には1度しか行ったことがないんです。
それも車を降りずに走りながら眺めただけでね。
そのときは天気もよく、静かな湖面で、怪物がいるなどとは思えませんでした。
じつはですね。わたしはある大学で民俗学を教えているんです。
そのわたしが学生時代のころ、今から数十年前のことですが、
フィールドワークで採集した話と、湖の怪物が関係あるかもしれないんです。
あのダム湖を造るために、3つの集落が移転させられ、
水底に沈んでいるのはご存じですか?

その集落に住んでいた人は、町に出たり、他県の親戚を頼って移転したんです。
わたしが卒業論文を書くにあたって、そこに目をつけたわけです。
ダムの底に沈んだ、今はなき集落に伝わっていた伝承・・・
ねえ、ロマンがあると思いませんか。ええ、民俗学ってそういうものなんです。
歴史学と違って明確な根拠は必要ない。もちろんあるにこしたことはないですけど、
柳田民俗学、折口民俗学・・・どっちかというと、文学に近いんですよ。
『遠野物語』だって、今は文学として読まれているでしょう。
ああ、話がそれてしまいました。いろいろ興味深い話が集まったんですが、
もっとも奇妙だったのは、隣県に移って暮らしていた、一人の老婦人から聞いた話です。
当時70歳代でしたから、今、ご存命ならば100歳近いでしょう。
Oさん、ということにしておきます。

Oさんは、物心ついたときには広大なお屋敷の中で暮らしていたそうです。
これはね、3つの集落を束ねる、元の庄屋だった家のことだと思います。
平屋でしたが、部屋数は20いくつもあったそうですよ。
両親はおらず、いつも数人の使用人がOさんの身の回りの世話をしていたそうです。
Oさんはつねに白い着物を着せられ、毎日精進料理を食べさせられていたということでした。
同じ年頃の遊び相手も、おもちゃも、もちろんテレビさえない退屈な暮らし。
そして、夕刻になれば庭の榊に囲まれた一角で、井戸水の冷水とお湯で、
禊をさせられていた・・・ねえ、不思議な境遇でしょう。
暮らしている部屋は、調度も何もない板敷きの部屋で、
ただ、鴨居の上の高さに、白木の大ぶりな神棚があったそうです。
毎日、使用人たちが神棚の水と酒、灯明を代えていたということです。

それで、その神棚には金色に光る4つの品が奉ぜられていました。
どれも10cmくらいの、鈴、小槌、俵、箭(や)です。
小さいのにずしりとした重さがあったので、今から考えると本物の金かもしれない、
とのことでした。これらはOさんが行う四方拝の儀式に用いるものなのです。
Oさんは16歳になるまでその屋敷におったのですが、
その間に四方拝を行ったのは2回だけだったそうです。
どちらも夏の嵐の夜のことで、5歳と11歳のときでした。
顛末はどちらのときもほぼ同じでした。台風がきている中、
布団に入っていると半鐘がなる音が聞こえ、使用人Oさんを起こしにきます。
Oさんは禊をさせられ、新しい白衣と赤い上掛けを着せられます。
その上に蓑笠をつけ、4つの小物を神棚から下ろして懐に入れます。

使用人とともに屋敷の外にでると、神官が待っており、
白馬が引き出されています。それに横座りになって神官が手綱を持ちます。
こうして総勢5、6人で集落の四方を拝しにいくので、四方拝。
そこの集落は、ダム湖になるくらいですので盆地の底です。
そして集落をほぼ一周するように、渓流に近い川が流れています。
まず初めは東、山に近い橋の上で馬を降りると、神官が祝詞を唱える中、
橋の上から、増水して泥色になった川に金の鈴を投じます。
次は南、ここは山中に入った細長い滝の下です。これも雨で水量が増え、
溢れんばかりになった滝壺に、同様にしてミニチュアの小槌を落とすのです。
次は西、集落にわずかにある田畑の中をやはり増水した川が流れていて、
土手に杉の木が数十本生えた小さなお社のようなところに上がります。

その欄干から、川に向かって金属製の米俵を投げ込む。
最後が北でしたが、これが最も怖かったそうです。
北のほうは岸壁がずっと上まで続いているのですが、そこにぽっかりと、
注連縄の下がった祠があります。その中に、松明を手にした神官と2人だけで入るのです。
洞窟は深く、下に向かって続いています。だんだんに通路がせまくなっていき、
ドウドウという水の音が聞こえ始めます。いよいよ頭がつかえそうになったところで、
不意に広々とした空間に出ます。そこは天井高く、足元はせまい。
崖の突端のようになっていて、下方10mくらいのところに、
松明の火を映して、怖ろしいような青色をした地底湖が広がっています。
神官がそこで、前の3ヶ所とはやや異なった祝詞を詠じ、
Oさんは最後に残った箭(これは15cmほどの破魔矢の形のものだったそうです)を、

身を乗り出して投げ込もうとします。地底湖は外の川とは違って波一つありませんでしたが、
それが急に、大きく水面が動き始めます。何か巨大なもの、
杉の大木ほども太さのあるものが、水をはね散らしてのたくっているのがわかります。
そのもの自体が微かな白い光を放っているのです。
その上に向けて箭を投げます。必ずしも当たる必要はないということでした。
箭が水面に触れたとたん、白い大きなものは動きを止め、
全体が石と化したかのように、垂直に沈んでいくのです・・・これで四方拝は終わりです。
祠の外に出ると、ひっきりなしに鳴っていた半鐘の音は止み、
集落の家々の明かりは消えています。あとは台風の行き過ぎるのを待てばよいわけです。
屋敷の戻ったOさんは、着物を着替えさせられ、
今度は禊ではなく、熱い風呂に入れられます。

それから白酒のような甘いお酒を飲まされ、布団に入るのです。
・・・こんな話をお聞きしたんです。Oさんのその後ですか?
ええ、16歳のときに形だけの見合いをさせられ、
集落から出て、県外の裕福な材木問屋の次男のところに嫁入りしたのです。
旦那さんはとてもよくしてくれ、幸せに生きたとおっしゃっていました。
そして子どもができ、孫ができたころに、その集落がダムの底に沈むという話を聞いたのです。
Oさんはとくに、屋敷の中や四方拝のときに見たことについて、
口止めされていたわけではありませんでした。
でも、嫁ぎ先ではなんとなくその話題を避けているようでしたので、
自分からも話をすることはありませんでした。ところがダム造成の話を聞いて、
たまたま訪ねて行った学生のわたしに、この話を聞かせてくれる気になったのです。

よく、Oさんがその集落出身だってわかったって? はい、みなさんは鋭いですね。
隠し事はできないみたいだ。わたしはその県のある神社の神職の家に生まれたんです。
Oさんのことを教えてくれたのは、宮司だった父です。
この話が埋もれてしまうのは、あまりに惜しいだろうと言いましてね。
で・・・最初のダム湖の怪物の話に戻ります。目撃者は年に数十名いるんですが、
その多くはたんに湖面の波を見ただけで、魚や水鳥が立てたものかもしれない。
しかし数人は、ダムの壁面に頭をつけるようにして浮いている、
生白い巨大な生き物を目にしているんです。この人たちにも会って話を聞いているんですが、
生き物は烏賊のような白にわずかに黒い筋が入っていて、頭部は樽ほどもある蛇。
その透けた頭部を空気にさらして、生き物はうっとりと目を閉じていたそうですが、表皮の下で、
金色に光る小さなものがいくつも、キラリキラリと、日を反射していたということでした。

あふあっひお





実話系の話7

2015.07.27 (Mon)
これはテレビカメラマンであり、大学時代は有名山岳部、
その後社会人になっても山岳会に所属し、30代でヒマラヤ遠征も達成した、
Mさんから聞いた山の話です。現在は60歳を少し過ぎましたが、
バリバリの現役です。自分も山行はときどきしますが、
渓流釣りの沢登りやハイキング程度の軟弱登山で、
Mさんの経歴には及ぶべくもありません。
この前、飲み会でごいっしょした際、山での不思議な体験をお聞きしました。

ケルン

ケルンというのは積石のことです。検索すると、
どうやら「ケアン」というのが正しいようですが、
Mさんがケルンと言っていたので、ここではその表記でいきます。
Mさんが大学の1回生時代、自分からあこがれの山岳部に入部しまして、
厳しいしごきは本で読んで覚悟はしていたそうですが、
バイトしてもバイトしても装備代で金が消えていくほうが辛かったと言ってました。
先輩方は入部したての1回生のために入念な歓迎山行の計画を立てており、
かつて他の大学で、しごきで死者が出た事件もあったため、
蹴られるとかピッケルで叩かれるなどの体罰はありませんでしたが、
それはハードな内容だったそうです。しかし、Mさんは高校時代、
地元ではかなりの強豪校の野球部員だったので、新入生の中では最も体力があったそうです。

だから怒鳴られるなどのことはほとんどなかったそうですが、
1度だけ先輩にすごく怒られたことがありました。それは、ガレ場で休憩しているとき、
道のかたわらにケルンが積んであるのを見つけたときです。
Mさんはケルンのことはなんとなく知ってましたが、見るのは初めてでした。
まず死者が出るような場所ではないので、
誰かが面白半分に積んだんじゃないかと思いましたが、土台の丸石の上に平たい石、
その上四角っぽい石が積んであり、その上にもう一つ石が載せられそうな感じがしました。
それで、何気なく近くにあった中から治まりのよさそうな三角のを選んで上に載せた。
そんときに3回生のサブリーダーにこっぴどく叱られました。
「あったものは、あったままにしておけ!」って。
Mさんはおそるおそる「縁起悪いとかですか?」と聞いたら、先輩は、

「見てのとおり、ここは遭難死するような場所じゃないから、
 そのケルンも誰かの墓標ってことはないだろう。そうじゃなくて、
 行動以外のことで山のものにさわるのは、収まってるものを動かすわけだから、
 たししたことないと思っても、巡り巡ってどんな影響が起きるかわからん。
 だから無意味な行動はするべきじゃないんだ。意味もなく積むのはよくないし、
 崩れてたのを戻すのもいいことじゃない」こんなことを言われたんです。
Mさんは「ははあ、奥深いもんだな」とそのときは思ったそうです。で、歓迎登山が終わり、
へとへとになってアパートの部屋に帰り着きました。疲労のあまりザックをほっぽりだして、
その日は寝てしまったんですが、翌日装備を整理していたら、なんと中から、
Mさんがあのときに上に載せようとした三角の石が転げ出てきたそうです。
「これ意地悪とかで先輩がやったとは、ちょっと考えられないんだ」こう言ってました。

リングワンダリング

ワンダリングは「彷徨う」という意味で、道を失って、
輪を描くようにして同じ所をぐるぐる回ってしまう状態を言います。
慣れ知った山でも、かなりのベテランでも、多人数でも、
そういう状態に陥ってしまうことはあるんだそうです。Mさんは、
「昔から登山者の間では、人間の足や手の長さは微妙に違っていて、 
 自分では真っ直ぐに進んでいるつもりでも、そのことが影響して少しずつずれていく。
 やがては同じ所をぐるぐる巡る状態になると言われてたけど、
 最新の外国の実験では原因は別らしいんだな。
 もっと人間の方向検知能力に関する根源的な問題らしい。昔からあったことで、
 キツネや狸に化かされた話として伝わってるな」と言ってました。
「なったことあるんですか?」と聞くと、

「ないけど、なりかけたことはあるよ」こう答えて体験を話してくれました。
Mさんが大学3年で、リーダーとして下級生を率い、
北陸方面の岩峰に行ったときのことです。
秋のことで、けっこう霧が出ていましたが、Mさんはそのルートには2度入ったことがあり、
道に迷うことはないと思っていたそうです。まだ中腹の森林地帯を登っていたとき、
向こうから社会人らしい3人のパーテイが下りてきましたが、
3人とも「おかしい、おかしい、えらい目にあった」と首をひねっていたそうです。
それでMさんたちに向かって「この先の道おかしいから。ルートがおんなじようで違う」
一人がそう言って、Mさんの右腕にオレンジのタオルを巻いたんだそうです。
「この先の分岐、どっちに行くつもりだ」と聞かれたので、
Mさんは「右の道です」って答えました。そしたらその人は、

「だよな。だけどなんか変なんだ。もし迷うことがあったら、タオル巻いたほうが右だから」
こう言い残して下っていったそうです。「変なこと言うなあ」と思いながら、
大岩の前の分岐に出ると、そこはひときわ霧が濃くなっていて、
右に行くはずなのに「正しいルートは、どうしても右ではない」って思えたんだそうです。
「だけど、さっきの人たちにも右って言ったし・・・」霧の合間から切れ切れに見える景色は、
覚えがありましたが、それを目にするとますます、
「左に曲がるのが正しい」って思えたんだそうです。
でも、さっき巻かれたタオルが右腕にあるし、Mさんは「ええい」と、
左が正しいと思う気持ちを振りきって右の道に進み、無事に山頂にたどり着いたんです。
「あれな、帰りは霧が晴れてて。そしたら左の道のはずはないんだよ。
 なんで左が正しいって思ったのか、自分でもおかしいくらいだった」こう言ってました。

死に場所

これはMさんが、社会人の山岳隊の仲間3人と初めて海外遠征したときのことで、
ヒマラヤの6000m峰でのことです。
もちろん全員が初めての山で、現地ガイドを一人雇っていました。
エベレストやK2などの有名な山ではないにしても、
6000m級となれば高度順化が必要です。
少しずつ体を酸素の薄い状態に慣らしながら登らないと、
高山病を起こしてしまうってことですね。酸素ボンベは使用しない予定でしたので、
ベースキャンプを設置して、少しずつ登っていきました。
夏季のことでもあり、登山は計画通りに進行し、みな体調も上々だったそうです。
で、頂上がはるかに見えるあたりまで来ました。
そのとき、仲間の一人が「あの岩、なんかいいなあ」とぽつりと漏らしたそうです。

確かにいい形の大岩が眼前にありましたが、
その仲間の言葉に込められた感慨があまりに深かったので、Mさんは、
「あれ、そんなにいいかな」って聞いたんだそうです。
そしたら「うん、あの形、たたずまい、もし自分が死ぬんだったらああいうとこだよ」
「おいおい、やめてくれよ。お前、新婚じゃなか。無事に帰ろうぜ。
 それにあの大きさだと、日本に持ち帰って墓石にするわけにもいかんぞ」
こんなふうに答えて近づいていきました。そしたら、風の関係か、
その岩の裏側は溜まっていた石が掘れてになったのがいくつもありました。
さっきの仲間がその一つに近づいて、「いい墓穴まであるじゃないか・・・」
と言いかけて「あっ!!」と叫びました。
人工的な青い色が穴の底に見えたんです。

時間があったので、ガイドと5人がかりで石をどけていくと、
出てきたのはヨーロッパ人の男性の遺体でした。
これはあとで登山記録を調べてわかったことですが、遭難して行方不明になってから、
なんと16年目のことだったそうです。
その山はヒマラヤの入門者が登る山として知られていて、
毎シーズンそこそこ入山者はあります。
そのときのガイドも10回以上は入っていたんですが、まったく気がつかなかったと、
言っていたそうです。もちろん遺体はカラカラに乾いていて、
死臭がしたということもありません。
「やつが、こんなとこで死にたいって言ったのは偶然だと思うけど、
 やっぱ、こういうのは山の不思議の一つだと考えたいよね」Mさんは言っていました。







倉庫の怪

2015.07.26 (Sun)
じゃ話していくけど、くれぐれも秘密は守ってくれよな。
会社に知られちゃマズイんで。あのな、俺は輸入会社に勤めてるんだよ。
いや、商社って規模じゃないんだけどな。主にメキシコから中米、南米が取引先なんだ。
これって商売敵は少ないのよ。やっぱ地球の裏側で遠いだろ。
航空便を使って割に合うような貴重品の輸入もないし。
大型コンテナ船が中心なんだ。それじゃどうしたって時間がかかるから、
敬遠するとこが多くてな。熱帯魚とかはルートはあるけど。
でな、うちの会社の神戸の倉庫での話なんだよ。
ああ、前までは倉庫会社から借りてたんだが、商売が順調でね、
自前の倉庫を買ったんだよ。そんな大きなもんじゃないけど、
田舎の中学校の体育館くらいの広さがある。そこでの話なんだ。

日中はな、嘱託のじいさんが管理主任として常駐してるんだ。
けどよ、この人は二代目で、最初の管理人が失踪してるんだよ。
いや、倉庫の中でってことは誰も考えなかった。
朝に勤務に出て、帰宅後に行方不明になったってことだろうとみな思ってた。
だって、倉庫にはその日の勤務日誌が残ってて、すべて外鍵がかかってたからね。
まあね、そいつがどうなったかってのはこれからの話に出てくる。
あんたらが信じるかどうかはわからねえけどよ。
でな、その倉庫は夜間は警備保障に頼んであるんだ。
もちろん常駐じゃねえ。それは金がかかりすぎるし、
赤外センサーを入り口、荷降ろし口付近に組んでもらって、あとは月数回の巡回。
で、もし巡回やセンサーで異常の感知があった場合、管理部長のところへ連絡が行く。

だけどよ、これがすごく多かったんだ。それも赤外線センサーの誤感知。
月に5、6回くらいあっただろう。そのたびに警備怪会社が駆けつけるんだが、
表面的な異常はなし、鍵はかかってるし物が荒らされた様子もない。
初代管理人の幽霊? いや、違うけど、まったくの間違いでもない。
おそらくこういうことに詳しいあんたらにも想像はできんよ。
でな、警備会社のほうから、誤作動はネズミとかの小動物のせいだろうって話があった。
向こうは侵入者もいないのに走らされるのはうんざりだったんだろうが、
そうは言わず、大切な商品に害があっては困るでしょうから、ときた。
まあそれでな、とにかく実体を確かめようってことになった。
食品はほとんど輸入してないんで、ネズミがいるとは考えにくかったし、
それでも、もしいることがわかった場合は駆除会社に連絡して対処することにした。

そうそう、俺が担当になってネズミ捕りを仕掛けたんだよ。
昔ながらの網カゴのやつ。ああいうの見るのって俺は初めてだった。
年寄りの上司たちは、昔使ってたのとほとんど変わってねえって懐かしがってたけど。
うん、それを出入口と、荷降ろし口の近くに設置したんだ。
俺が行ってやったんだよ。まあ、社外のやつが立ち寄るとこじゃないから、
見られて困るということはない。普段は管理主任しかいないしね。
で、夕方に設置して、翌朝に見にいく。それを1週間続けたわけ。
最初の4日は何もかかってなかったんだ。だから、やっぱいないもんだと思ってた。
誤作動の原因は別だろうって。ところが、5日目の朝に管理主任から電話があって、
変なものがかかってるって言うんだ。で、見に行った。
したらネズミ捕りのカゴが、ビニールのゴミ袋でくるまれててね。

管理のじいさんがやったんだよ。「何だこれ」って聞いたら、
「こうしないと逃げ出してしまう」って。「小さな生きもんか」ってさらに尋ねたら、
「寒天みたいなもんだ」って言いやがった。わけわかんねえだろ。
んなわけねえだろって、じいさんは止めたけどビニールを剥いでみたんだよ。したら、
半透明のビニールの内側が粘り気のある液体で濡れてて、俺の手にもついた。
嫌な臭いがしたね。あと温かみも感じた。液体はボタッ、ボタッと床に垂れて・・・
信じるか? それが自然に一つにまとまっていったんだ。
俺の手についた分も、ごろっと玉みたいになってこぼれて。床に固まったのは、
黄色みがかって中に小さな気泡がいっぱい入った、大きさもまさに寒天だったよ。
しかもそいつは自力でぷるぷる揺れてたんだが、突然、
物凄い速い動きをして、荷物の箱の下に入って見えなくなったんだ。

ネズミ捕りの中には、蛾とか小さい甲虫とか、
からからに乾いた虫の死骸がたくさん残ってた。自分で見たもんが信じられなくて、
背筋がぞくぞくってしたよ。で、見たままを上司に報告したら、
「まあ嘘とは思わん。面白そうだから、泊まりがけで見てこいよ」って言われたんだ。
「特別の手当をつけるから」ってね。断れねえんだよ。
実はな、最初はボカすつもりでいたんだが、俺らの会社ってのは、
完全なカタギのとこじゃないわけ。だから上の命令は絶対なんだよ。
で、その夜。俺とじいさんが管理室に寝袋持って泊まり込んだ。
荷のために空調が入ってるんで暑い寒いってことはねえ。
相手が夜行性かもしれねえからって、上の照明は全部消し、
管理室の明かりだけつけて。あとは一人ずつ大型懐中電灯を持ってな。

ネズミ捕りのカゴは使わなかった。朝の様子じゃ効果ないと思ったから、
捕虫網の網を外して、そこに丈夫なビニールをくっつけたのをわざわざ作ったんだ。
餌は、昆虫が好きそうだったんで、ペット屋で買ってきたカブトのメスを数匹、
手足をもいで床に置いた。で、11時過ぎだな。
管理室からの明かりでうっすら見えるそのカブトのほうに、なんか近寄ってきた。
1Lのペットボトルを半分に切ったくらいの大きさで、ゆっくりゆっくり・・・
朝見たのと同じ薄黄色の半透明のゼリーだった。
それが先のほうがビョーと伸びるようにしてカブトに被さって。
それと同時に本体のほうもカブトの真上に移動してな、中に取り込まれちまった。
俺は学はねえんだけどよ。中学のときの理科の実験で見たアメーバってのを思い出した
微生物ってのか? 顕微鏡で見てたら、他の小さいやつをにゅーっと体の中に入れて・・・

寒天ゼリーがカブトを取り込んだところで、俺が懐中電灯と捕虫網を持って外に出た。
そいつがいる床面を照らし出したとたん、そいつは素早く縦に伸び、
その伸びた方向に逃げ出した。人が走るより速いように思ったが、
そのあたりの潜り込めそうなコンテナ類は片付けてあった。
やつが壁にあたって垂直に曲がった。俺は斜めに走ってやつの進路めがけ、
捕虫網を振り下ろした。後ろのほうをかすっただけで入らなかった。
やつはコンテナの置いてあるほうへ逃げ、
「ああ、隙間にもぐりこまれてしまう」と思ったんだが、そうじゃなかった。
コンテナの陰に大きなものがいたんだ。
2m四方の寒天ゼリーを想像してくれ。立方体より縦長で、大型冷蔵庫のような感じの。
それに懐中電灯を向けて、俺はこの仕事を受けたのを後悔した。

ゼリーはプルプル震えて光を反射し、はっきりとは見えなかったが、
確かにその中に人がいた。青い作業着はそのままで、
顔は干からびてミイラになっていたが、行方不明になってる前の管理主任だと思った。
もちろん管理主任がまだ生きててゼリーを動かしてるわけじゃない。
中に取り込まれて水分を吸われて死んだ体が残って、突っ立ってるんだと思った。
さっきの小さなゼリーが、滑るよう親玉ゼリーにあたり、
平べったくなって張りつき一体化した。ゼリーは震えながら、ぬるりと形を崩した。
俺のいるほうに傾いて歪んだんだよ。命の危険を感じた。
俺は後ろを向いて走りだし、管理室に逃げろと声をかけた。
2代目管理人が転げるように出てきて、俺たちは必死で入り口まで全力疾走し、
ドアの外に出て鍵をかけた。警備保障のロックをするヒマはなかったよ。

携帯で上司に連絡し、さいわいまだ起きてたんで顛末を話した。
そしたらこんなことを言われたんだよ。「やっぱそうか。ん、知ってたっていうかなあ。
 チリでそういう話は聞いたことがある。人喰いゼリーというか、人はめったに食わん。
 向こうは生態系が豊富だから、食いもんには困らんだろうし、
 わざわざ人を襲うことはない。ちょっと大きいワニが人食いワニって名づけられ、
 評判になるようなもんだろ。よくあるホラ話かと思ってたが、ホントにいるのか。
 世界は奥深く自然は神秘的だな。そいつ、捕獲できるんなら会社にとっても
 何かの役に立つんじゃねえか。テレビなんかが大々的に取り上げてくれるだろうよ」
ということで、明日の夜だよ。会社をあげて捕獲作戦をすることになった。
害虫駆除の業者も呼んでな。もちろん俺も行く。嫌だが行くしかない。
不安でならねえよ。あれは人の太刀打ちできるもんじゃねえ。だから話しにきたんだ。







お守り

2015.07.25 (Sat)
小学校の3年生のときのことですね。
ええ、自分としてははっきり覚えているつもりなんですけど・・・
ただね、自分の記憶に間違いがないとすれば、そこから見えてくることは一つなんで・・・
記憶違い、勘違い、間違いであってほしいんです。
何から話をすればいいですかね。お守りのことからにしますか。
今はありませんが、自分が物心ついたときには、
つねに首からお守りをぶらさげていたんです。白いタコ糸を太くしたような紐の先に、
平べったい木の板がついた。その木の板は人の手のひらの形に彫られていて、
親指と小指をのぞいた3本を伸ばしている。
手のひらの側はちゃんと手相が描かてていて、
自分の手相と較べてみるとよく似ているような気がしました。

小さなものなんで微妙なんですけどね。そうですね、大きさは5cm四方くらいでした。
手の甲の側は木目が出ていて、そこに奇妙なマークが黒く描かれてました。
描かれてっていうか、焼き印みたいなものなんだと思います。
指でなぞると少しへっこんでましたから。それを肌着の下にいつもつけてたんです。
風呂に入るときも・・・母にそうするように言われてたんです。
母は、当時父とは再婚だったんです。父の前の奥さんは事故で亡くなっています。
その後に母と知り合って結婚し、自分が生まれたんです。
でね、兄がいたんですよ。歳は3つ上ですが、父と前の奥さんとの子どもだったんです。
自分とは仲がよくありませんでした。いや、自分のほうは仲よくしたかったんですよ。
でも、兄のほうでことあるごとに意地悪をしてきて・・・
母は、少なくとも小遣いや服なんかを与えるときは公平に扱っていたと思います。

でもね、やっぱり実の子どもではないわけで、
そういう点が兄にも伝わったんでしょうね。お互いに打ち解けない、
よそよそしい話し方しかしませんでした。それと兄は、母の仕事をはっきり嫌ってました。
あの・・・新興宗教の教祖みたいなことをしてたんです。
元は四国生まれで、そういう家系の出身で・・・
それほど大規模なものではありませんでした。信者さんの数も数百くらいだったはずです。
それに悪どいお金集めのようなこともしてませんでしたし。
父は会社員をするかたわら、母の教団の経理なども手伝ってましたね。
ああ、前置きが長くなってしまってすみません。
そのね、3年生のときの5月11日のことです。この日付だけは絶対忘れません。
連休の次の週の日曜日だったはずです。

午前中、朝食を食べてすぐ、兄が近所の公園に遊びに出ようとしたんです。
まだゲームなどは店にあるくらいで、家庭用のファミコンなどは普及してなかった時代です。
外で遊ぶ子どもらが多かったんですよ。そのとき、自分もいっしょに出ようとしました。
いえ、兄といっしょにに遊ぶってことじゃなく、
公園に行けば自分と同じ3年生の仲間も集まっているだろうと思ったんです。
そしたら兄が「ついて来るなよ」って言ったんです。
いつものイジワルだなと思い、兄が家を出てから、遅れて公園に行こうとしたんです。
兄が玄関を出てしばらくしてから、ボールを持って家を出ました。
小さな庭があって、高い板塀に続く門があって、
そこを出たとたん「おらー!」っておどかされ、同時に背中をどやされたんです。
隠れていた兄の仕業です。そういうことはよくありました。

家の前の通りは、それほど交通量は多くなかったんですが2車線のバス通りで、
そのとき自分は、驚いたのと兄に背中を押されたのとでつんのめって、
そのまま歩道を飛び出して膝までくらいの低い柵を乗り越え、
車道に背中から落ちたんです。そこへ車が来て・・・
ドカーンというものすごい衝撃を覚えてます。頭をバンパーに打ちつけ、
さらに車体の下に巻き込まれた形で・・・
気がついたときには車の下の空間にいました。喉から胸にかけて裂けてて、
血がゴボゴボと音をたてて目の前に吹き出していました。
「お母さん、お母さん」って何度も叫んだんですよ。
そしたら・・・いつも服の下になっているお守りが、自分の血で真っ赤に染まって
目の前にあったんです。その人差し指が煙を上げていて・・・

そこまでしか覚えてません。目の前が真っ暗になって、
「おい、おい」と兄が呼ぶ声がして・・・気がつくと、
家の前の歩道に尻もちをついてたんです。ええ、お尻が少し痛かっただけで、
体にはどこにも傷はありませんでした。兄もね非常に驚いた様子で自分を見てました。
「お前、今、車に・・・」こんなことも言った気がします。
でもね、立ち上がってもどこもなんともない。ただ、そのお守りが服の外に出ていて、
しかも人差し指の部分が黒く焦げ落ちてなくなっていたんです。
兄は「今のこと、誰にも言うなよ」そう言って公園に行ってしまいました。
自分は、家に戻って母にそのお守りを見せたんです。
そしたら母は何も言わずに、自分の頭をなでてから、お守りを服の下に戻したんです。
それから家の奥の間にある祭壇に行って、その日はずっとご祈祷をしていました。

翌日・・・のはずなんですが。こっからは信じられないような話なので・・・
ええ、自分が事故にあったと思ったのにケガ一つなかったというのも、
これも信じられない話ではあるんですけど、まあねえ、
自分がおどかされたショックで白昼夢を見ただけってことで片付くかもしれません。
でも、この日のことは・・・
学校があると思って、早く起きて下に行ったんですよ。そしたら、母が台所にいて、
「休みなのにずいぶん早いわね」って言ったんです。えっ、と日めくりを見ると、
5月の11日だったんです。ありえないでしょう、同んなじ日が2回繰り返されるなんて。
自分が母にそのことを言おうとすると、母が黙って首を振りました。
そのうちに兄が起きてきて・・・兄は最初から休みの日だと思ってるようでした。
で、朝食を食べてから「公園に行ってくる」と言い出して・・・

前の日?のことがあったんで、自分はいっしょに行くとは言わなかったです。
兄が玄関を出ようとしたときも、まだキッチンの椅子に座ってました。
そしたら母が背後に近づいてきて、自分の頭を抱き寄せ、
両耳を塞ぐようにしたんです。その後、何が起きたかおわかりですよね。
家の前でドガーンという音がして、それから怒号のような人の声が聞こえました。
母が「お前はここにいなさい、動かないで」そう言い残して出て行って・・・
兄が家に前で車に牽かれたんです。救急車で運ばれたんですが、ほぼ即死状態でした。
自分は母にきつく留守番を言い渡され、父母とも遅くまで帰ってきませんでした。
翌日は警察が来て現場検証なんかもあって・・・
車の運転者は罪にはなりませんでした。兄が一方的に飛び出したということで、
目撃者が多数いたんです。父母とも、その人を責めることもなかったです。

こんな話なんです。信じてもらえますか。
その後は、母が体を悪くしまして、入退院を繰り返すようになり、
自分が小学校卒業前に病院で亡くなったんです。
それと同時に、母がやっていた教団も解散になりました。
その後は父と2人だけの生活でした。父は家事などもよくやってくれたんですが、
やっぱり男2人だけの生活というのはねえ。それで自分は高校を卒業して名古屋に出たんです。
そこで就職し、結婚しまして。父はまだ健在ですよ。孫の顔を見て喜んでくれました。
あと話すのはお守りのことだけですね。指が2本だけになったそれは、
ずっと首にかけてあったんですが、母が亡くなる前後のあたりに、
気がついたらなくなってしまっていたんです。それ以来見つかりません。
今もね、実家に戻ると、祭壇があったあたりの箪笥などを探してみたりもするんですが。







アレルギー

2015.07.24 (Fri)
話は2週間前にさかのぼります。親戚の伯母が亡くなったんです。
夫のほうの親戚で、86歳でした。その方は老衰ではなかったですけど、
大勢の家族に囲まれた穏やかな最期で・・・ 
ですから、今回のこととは関係ないと思いたいです。
私の地方では、最初に火葬をするんです。その後、お骨箱になってからお葬式です。
その火葬のときに、親戚が集まったんです。
私も主人と、三歳の息子を連れて出かけました。
それでお骨拾いがあるんですが、子どもにやらせるのはどうだろうって話が、
一同の中から出たんです。ええ、子どもは息子の他に何人か来ていました。
そうですね、地域でも来ていただいたお坊さんの宗派でも、
特に禁じられているわけではないんですが、怖がるかと思ってです。

少し話をした結果、お骨拾いは子どもには見せないで、
大人だけでやろうってことになりました。それで、その間、
中1の女の子に小さい子2人を見ててもらうことになったんです。
痩せていた方ですし、火葬の火の勢いもあるのかもしれませんが、
お骨はあらかた形が崩れた灰になっていて、拾える部分は少なかったです。
あと、こちらの地方では、お棺の中に10円玉を数枚入れるんですが、
それも溶け曲がっていました。魔除け、お守りになるとのことでしたので、
我が家で2枚いただいたんです。その後、火葬の順は午前中でしたので、
みんなでどこかでお昼ごはんを食べて解散しようって話になりました。
息子たちのいるところに戻りましたら、見てくれていた女の子が、
「さっき、〇〇ちゃん(息子のことです)の頭をなでていったおじいさんがいたよ」

と言ったんです。それだけじゃなく「なんか10円玉でなでてたみたい」とも。
変には思いましたけれど、息子の様子に特に変わったところはなかったので、
その場はそれで終わりました。なにか私の知らない、
縁起かつぎのようなことかと思ったんです。主人も特に気に留めませんでしたので。
その夜からですね。息子がしきりに目のまわりを気にして、
「かゆい、かゆい」って言い始めました。見ると顔の上半分が赤くなっていました。
それで翌日、皮膚科の病院に連れていったんです。
そこは、私が子どものころからやっているところで、院長はおじいさん先生ですが、
息子さんもいっしょに勤めてるんです。
「これは何かのアレルギーだね。薬を出しますけど、
 採血してアレルゲンの簡易検査もしてみましょう」

こう診断されまして、30分ほどかかったんですが、
その場では原因はわからなかったんです。
その検査でできる40種類くらいの物質ではないということでした。
さわったり掻いたりしないように言われて、内服薬と塗り薬をもらってきました。
症状は、顔の特に目のまわりが腫れてまゆの上下からじくじくした液が流れ、
それが眼窩で固まってこびりついているという感じでした。
それでも、内服薬を飲んでしばらくするとかゆみは治まったようで、すんなりと寝ました。
部屋に寝かせて、私は夫と明日の伯母の葬式に持っていくものの準備などをしていたんです。
11時ころでしたか。そろそろ寝ようか寝室を整えにいきました。
息子が先に寝てたので、小さい電気だけつけていたんです。
その明かりで。息子の寝顔がテカテカ光っていました。これは塗り薬のせいです。

早く治ればいいな、と布団をかけ直そうとしたとき、
息子ががばっと上半身を起こしたんです。両手を上げ、顔をかきむしり、
額の生え際から下に皮を剥くようにしてべりべりっと・・・
幼児の体に老人の顔が乗っていました。老人は骨ばったいかつい顔で、
南の島の、あのモアイって言うんですか、その像を連想したんです。
老人は「灰をかぶれええ」大声で叫び、やや遅れて私が悲鳴を上げました。
主人が駆け込んできたときにもまだ、私は壁まで下がって叫び続けていました。
「こら、どうしたんだ?」 「〇〇の、〇〇の顔が!!」
「ええ? なんでもないぞ」
見ると息子はすやすやと眠っていて、老人の顔など、どこにもなかったんです。
息子は騒ぎに起きもせず、右手を上げて目蓋をぽりりと掻きました。

翌日、お葬式が終った後に、また息子を連れて皮膚科に行きました。
変に思われるだろうし、主人にも怒られるだろうと考えたんですが、
思い切って、老先生に昨日の夜のことを話してみたんです。
そしたら、老先生はありえないような話を遮りもせず最後まで聞いてくださり、
両手を組んで「うーん」と唸っていました。
やがて、「医者がこんなことを言うのはやっぱりよくないんだろうけど、
 お薬師様の目洗い地蔵さんって知ってるかな」意外なことを言われました。
「そこのお水をいただいて、この子の顔を洗ってみたらどうかなあ。
 いやね、わたしも若い頃は、なんだそんなものって馬鹿にしてたんだが、
 これがうちで改善しなかった症例がよくなったことも多々あるんだよ。
 その老人の顔というのは解釈できないが、行ってみなさい」

それで、待っていた主人にそのことを話し、車で回ってみたんです。
お薬師様があるお寺は大きなところでしたが。平日で境内は閑散としてました。
参道の右脇にお地蔵様のお堂があり、竹筒から水が手水鉢に落ちていました。
そこのお賽銭箱に千円札を入れ、持ってきたタオルに柄杓で水をかけ、
息子の顔をふこうとしたんです。タオルを近づけたときに、
急に息子が口をとがらせ、老人の声で「やめろお」と言ったんです。
ええ、これは主人も聞いて驚いていました。私はためらわず、
タオルで息子の顔を包み込むようにし、それを何度も繰り返しました。
息子は最初は泣いていましたが、タオルの水をかえるたびに、
「気持ちいい」と言い出して、最後はにこにこしていたんです。
これでお話はほとんど終わりです。

その後3日ほどでアレルギーは治まり、顔の皮が剥がれた部分から、
新しいやわらかい皮膚がのぞいてきました。
あの老人の顔や声は一度も出てきていません。
あれ、何だったんでしょうか。わからないですが、火葬のときに女の子が言っていた、
10円玉で頭をなでた老人と関係があるような気がしてならないんです。
みなさん、どう思われますか?ああそれと、老先生の皮膚科にはその後も通って、
今後のことも考えて、詳しいアレルゲンの検査をしてもらったんです。
でも、何百種という数で調べてもよくわかりませんでした。
ただ、少しだけ反応があったのが火山灰なんです。
でも、このあたりに火山なんてないですし・・・ あの老人の言葉を考え合わせると、
火葬の灰・・・ そういうことってあるものなんでしょうか。







反則企画

2015.07.23 (Thu)
今日は時間がなく、反則のような企画です。
ブログの「記事の管理」という機能で、自分は100記事を1ページ上で
見られるように設定しているのですが、
おとといで1ページ分が更新になり、総計900記事を超えたことがわかりました。
(各記事にナンバーでもつけていれば一目でわかるんでしょうが、
面倒なのでそういうことはしてませんでした。)

「はー、よく書いたな」と自分では思いました。もっとも、このうちの100くらいは、
ネットの掲示板にすでに書いていたのを再録したものです。
さて、自分が書いた怖い話の中で、自分で気に入っているものを、
10あげてみたいと思います。本当は訪問者の皆さんに選んでもらうとよいのでしょうが、
おそらくすべての話を読んでおられるという方はごく少数だと思います。
あと拍手数を比べようとしても、ブログ初期の頃に載せた話は訪問者数1桁とかでしたので、
最近の話と比較することが難しいです。
ちなみに、自分はどういう傾向の話がウケるのかということに興味を持っていて、
拍手数は重視して見ていますので、訪問者の皆様には、
気に入ったかどうかで拍手する、しないのメリハリをつけていただくとありがたいです。

さて、順位をつけるのも何なんで(実際難しいので)順不同に10個と少しあげてみます。
『青いテント』
自分が一番最初に書いた怖い話で、短いものであり辻褄が合わないところもあるんですが、
これが一番怖かったという感想を持たれる方が多いです。
「~を見た(体験した)」型の、特にひねりもない話ですが、
恐怖感というのは、そのほうがかえって伝わるのかもしれません。

『猿の置物』
これは元ネタがあり、それに触発されて書いたものですが、
ここまでシチュエーションを変えてあれば、本歌取りとして見てもらえるんじゃないかと、
自分では思っています。コミカルかつ、
誰が見ても一目で創作とわかる非現実的な内容ですが、
自分は「怖い」とほぼ同じくらいの比重で「ナンセンス」ことも意識していますので、
この手の話は今後も書いていきたいと考えています。

『ミキちゃんの人形』
これはあちこちのまとめブログとかに転載されて、
コメントもたくさんいただいているんですが、
怖い話の本道?からは外れています。自分としては、このブログで書いている話からは、
人間的な感動(愛情や親子の情などの文学的な要素)は極力排除する方向でいますので、
この手の内容は今後も少ないと思います。

『目館』
不条理系で、心霊スポット系の話でもあります。
どこといって長所はないような気もするんですが、自分では気に入っています。
もう少し目館についての情報を後日談とかで入れればよかったかもしれません。

『死の船』
これはかなり起承転結のはっきりした話で、小説のような展開ですが、
自分でもラノベを意識して書いてみました。
長いものを書く時間はなかなかとれないんですが、
チャンスがあれば今後も書いてみたいです。

『鹿ぞ鳴く』
全体として意味不明な怖くもないような話ですが、自分ではなぜか気に入っています。
戦前の雑誌に出てくるような幻想譚のようなのを書いてみたいと思ったんですね。
ただしこういうのは、ムードを盛り上げる描写が上手くないと、
底浅い感じになる気がします。
ちなみに、百人一首の中ではこの俊成の歌が一番好きです。

『ケンちゃん』
これも不条理系の話です。これとか『無言ルーム』のような話は、
評価してくださる方と、わけわかんないと言われる方と両極端に分かれる傾向があります。
教え子をぬいぐるみの中に詰め込む小学校教師
・・・のイメージが浮かんだ瞬間、話が出来ました。

『赤ナマコ』
これは最後の結末がかなりホラー小説的ですが、
衝撃力はあるかなと自分では思っています。
実話風怪談だけではなく、ホラー系、奇妙な味系も今後は増やしていきたいなと。
しかし話はこの後どう続くのでしょう。書いた自分でも不思議です。

『妻の実家』
思いっきり話をありえない方向に振っています。
民話系というか不思議な家系の話でまったく怖くはありませんが、
こういうのは楽しく読んでいただければ。

『土用坊主』
黒民話系ではこれが一番よくできているかな、と。一般に民話系の話は、
「これどっかで聞いたことがある」みたいな感想を持たれれば、
成功しているんじゃないかと思います。

これで10個ですが、この他にも『コンペティター』 『垢嘗』 『ロケ隊』 『夜景』
などがよく書けたなと思ってます。

『聖なる森』アルノルド・ベックリン






パロット古着店

2015.07.22 (Wed)
* 変な話です。

アメリカにいたんですよ、3年前まで。最初は留学の学生ビザで・・・
でね、それが切れた後もね、いろいろ事情があって日本に戻りたくなくて、
不法滞在してました。でね、日本人が経営してる古着屋で働いてたんです。
そこの店長がコネ使ってワーキングビザも取ってくれました。
場所は西海岸で、サーフインで有名なとこです。店の名前は、そうだなあ、
「パロット古着店」ってことにしといてください。もちろん違う英語名なんだけど、
その店まだあるし、それにパロットって語は入ってますから。
そうそう、パロットは parrot で、オウムって意味です。
カウンター奥にでかい鳥籠を吊るして、極彩色のオウム飼ってましたから。
そいつの名前はキューちゃんでした。いや、九官鳥じゃなくてオウムなんだけど、
キューちゃん。店長がつけたんです。100語以上しゃべれましたよ。

店長はね、国籍は日本だけどグリーンカード持ってました。
50年配で、日本で暮らしてた期間より向こうの生活のほうが長いでしょう。
海千山千の人で、現地でも一目置かれてました。
ああ、オウムね。オウムの寿命って知ってますか?
種類によるんだけど、キューちゃんは大型でね、まあ100年以上。
ね、驚くでしょ。犬猫の比じゃないんですよ。
店長はよく「こいつのが俺より長生きする。俺が死んだらこいつ引き取ってくれるか」
って言ってました。うんまあ、店のマスコットってことなんですが、
そこで扱ってる古着はマリーン系のものが多かったんです。
ほら、海賊映画で船長が肩にオウムのせてるシーンとかあるでしょ。
ああいうイメージをつくるのにも一役買ってたんだと思います。

でね、このキューちゃん。単なるペットじゃなく、すごく役に立ったんです。
それ、今から話しますよ。俺が雇われて最初のうちは、
買取の相場とかわからなかったんで、商品に値札つけしたりポップこさえたり、
あとは売り場の整理整頓とキューちゃんの世話。
それとね、ネットオークションへの出品もやってました。
ええ、店とイメージが合わなかったりする買取品はそこに出すんです。
だからお客さんが持ってきただいたいのものは買い取ってました。
でね、一日の終り頃ですね。その日買い取った品を一枚一枚、
キューちゃんの籠の前で広げて見せるんです。
すると、キューちゃんは平然としていたり、ちょっと小首をかしげたりするんですが、
ある種の服を見せると、大声で「cursed. cursed」って叫んだんです

ええそう、「呪われてる、祟られてる」って意味ですね。
ほら古着にかぎらずだけど、古物ってのは、
持ち主の念がこもってるって言うじゃないですか。だから、
中にはヤバイ品もあるわけです。そういうのを見分けるのがキューちゃんの仕事で、
そういうのは買取代金にちょっと上乗せして、その日のうちオークションに出すんです。
たいがいすぐに売れましたけどね。それでも売れ残った場合は、同業者に回してやる。
なかなかね、アメリカでも古着屋って長続きしないんです。
それだけ難しい商売ってことですが、その難しいって中には、
いわくのある品をつかませられる場合もあるってことなんでしょうね。
え? キューちゃんはどうやってそんな能力を身につけたかって。
そうそう、俺も気になって、店長に聞いてみたことがあるんです。

けど、詳しいことは教えてもられませんでした。
ただ「こいつは、俺なんかよりずっと修羅場をくぐってて、
 人の生き死にもたくさん見てるから」これだけでしたね。
何らかの事情があるんだろうと思って、俺もそれ以上は聞きませんでした。
キューちゃんはね、店に人が来ても愛想悪いんですよ。
ほとんど話とかしないでそっぽ向いてる場合が多かったです。
だけどね、1回だけこんなことがありました。
店にね、40代くらいの男が入ってきまして。
そこらでは珍しいメキシコ系ってすぐわかりました。顔がロドリゲスだったんです。
あの、ロドリゲスってのは特定の人物じゃなく、
西部劇で出てくるメキシコ人の悪役に多い名前です。口ひげの悪そうな顔つきのね。

でね、その男が入ってくるなり、ふだん大人しいキューちゃんが騒ぎ出したんです。
「プリーズ ドンキ ウエアアアアー、グエアアアアアー」って。
その声を聞くと、男は血相を変えて店外に出ようとしたんですが、
店長が追いかけて行って、店外で男の持ってきたコートを買い取ったんです。
相当に安値だったはずです。ピーコート風のマリーンの軍用コートでした。
でね、それカウンターに置いてある間中、キューちゃんが騒ぎまくってて。
おそらくねえ、キューちゃんはこう言おうとしたんだと思いますよ。
「 Please don't kill me 」って。それ、みなまで言わないうちに悲鳴がかぶさって。
案の定、そのコート調べてみたら巧妙に繕ってありましたね。
腹部に入る銃槍ですよ。背中に抜けてなかったから、着てたやつは、
腹の中ぐちゃぐちゃになって死んだんじゃないかな。ま、わかんないですけど。

もちろん即攻でネットオークションです。限定品だったらしく、
かなり高値で売れました。ま、こんあ感じの商売をやってたわけです。
買ったやつはどうなるのかって? いや、そんなことわかりません。
でね、3年前、親父が死にましてね。それで俺、日本に戻ってきたんです。
母親はとうに死んでましたし、兄貴以外に係累はなしです。
相続は、親父が住んでた家と土地を売っぱらって、兄貴と分けたんです。
家はたぶん解体するしかないんだろうけど、土地が都内に近いいい場所で、
けっこうな値段で売れました。それで、俺はその金を元手に商売をやろうと思ったんです。
ええそう、俺には古着屋の経験しかないですから・・・
でもね、古着一本てのも自信がなかったんで、いわゆる古銭や金券、時計や宝石も扱う、
リサイクルショップを始めようと思ったわけです。

でね、古物商の鑑札をとりまして、店は賃貸で在庫を集めて。
うん、このことを「パロット古着店」の店長にも連絡したんですけど、
あんまり喜んではくれませんでした。「前途多難」って言われましたよ。それでも、
アメリカから向こう物の古着を輸入できるルートを紹介してもらったんです。
「祟られてるもんは勘弁してください」って冗談半分で言ったら、
「お前にはそんなことはしない」って。あとね、これはぜひとも、
オウム飼いたかったんです。キューちゃんみたいな特殊能力はなくてもね、
アメリカの本店から暖簾分けしてもらったような気分が出るじゃないですか。
でね、ペット屋から大型のオウムを買ったんです。
キューちゃんと同じ種類のは日本では売ってなくて、それよりちょっと小型の。
前は海外・・・中東のほうで飼われてたらしいです。

生後20年くらいって言ってましたから、まだまだ生きるはずだったんです。
日本語はほとんどしゃべれないってことだったけど、
少しずつ教えていこうと思ってました。
名前はキューちゃん2(ツー)ってつけたんです。店のほうはなんとか開店に漕ぎつけて、
カウンターの奥にキューちゃん2の籠を吊るしたときには、
なんとも言えない満足感があったんですが・・・ ええ、店はもうつぶれちゃいました。
最初はね、そこそこ順調に売上も推移してたんですけど。
3ヶ月くらいしてからですね。品のいいばあさんが和服を数枚持ってきたんです。
俺は和服の目利きなんてできないですからね、断ろうと思ったんですが、
いくらでもいいって言われたんで。でね、ばあさんが風呂敷を開いたとたん、
キューちゃん2が叫び始めたんです。

「ヒイイイイイ コロサナイデ コロサナイデ」って女の声で。
日本語まだぜんぜんしゃべれないはずなのにです。
キューちゃん2が止まり木から転げ落ちたんで、そっちに気を取られてる間に、
ばあさんは金も受け取らず、着物を置いて消えてました。
でね、キューちゃん2は手当の甲斐もなくなく死んじゃいまして、
そっから店のほうも坂を転げるように業績が悪化して・・・
その着物はすぐに廃棄に出したんですけどねえ。
店はたたんじゃって、何をやってもうまく行かず今に至るわけです。
ああ、アメリカの店長にそのことを話したら、「ほらみろ、この商売は難しいんだ。
 アメリカに戻るんならいつでも雇ってやるぞ」こう言ってくれたんですが、
俺、不法滞在歴があるし、入国管理厳しくなってビザが下りるもんかどうか・・・







プリミティブ・リズム

2015.07.21 (Tue)
すんませんね。汗臭い格好で。これでもね、
今さっき公園の水道で体ふいてきたところなんですよ。ええ、住所不定、
職業なしのホームレスです。いやあ、気楽なもんですよ。
特に夏場は、どこでも寝られるしね。熱中症? ないない、ないです。
ホームレスが熱中症で倒れて運ばれたなんてニュース、聞いたことないでしょ。
そうですね、暑くてどうしようもないときはパチ屋に行ってしのぎますよ
なるべく休憩場所の薄暗いとこがいいですね。
飴ただで食い放題のとこもあるし、景品交換書のゴミ箱にお菓子捨ててあったりするし。
いや人間、体面ってものがなくなれば、どうやってでも生きられます。
熱中症にしてもね、かかるのは働いてるやつらですよ。
工事現場とか畑仕事とか。俺らは好き勝手に日陰にいったり、

なんなら噴水で水浴びたっていいんで。むしろ冬のほうが死が近い。
あとは病気ですね。保険証なんて持ってないですから。
うん、でね。病気といえば俺、5年前まで研究職だったんですよ。
製薬会社じゃないけど、〇〇って知ってるでしょ。化粧品の会社だけど、
そこで健康食品の研究してたんです。ええ、そんときは静かな生活でしたよ。
研究所は社内の派閥争いとかほとんど関係がないし、
製薬会社みたいに成果をせっつかれるわけじゃないし、省庁とも関係が薄いし。
ところがね、なんか社内でお家騒動みたいなのがあって、
社長が変わったんです。それから2週間ほどして俺のいた研究所の部署に、
ブラジルからあるベリーが持ち込まれました。ベリーってストロベリーとか
ブルーベリーのベリーです。要は果実の一種でポリフェノールを大量に含んでます。

ええ、代表的なのはお茶やワインのカテキンとかタンニン、そういうやつね。
でね、そのベリーは黒い小粒で、中にコーヒー豆みたいな種子が入ってました。
新社長のつてでアマゾンから輸入を検討してるものらしくて、
俺らの班で成分分析をするように指令されたんです。
それは難しい仕事じゃなかったですよ。したらね、
そのベリーのポリフェノールは抗酸化作用が抜群なことがわかったんです。
ええそう、活性酸素に働くんです。よくご存知ですね。
今さかんに言われてるアンチエイジングに効果あるってことです。
で、次は、そのベリーを使って何か健康食品を開発してくれって、
各部署から人を抜いて新しいチームが作られたんです。俺が副キャップでした。
上の方針で、サプリメントじゃなくドリンクにしてくれって。

これもね、特に難しいことはない・・・っていうか、作るのは簡単ですよ。
ただね、こういうのは数多くあるドリンク類との競争になるから、
売れるもんを作るのはそりゃ難しいんです。
あとね、そのベリーは一種独特の臭いがしてねえ。
悪い臭いって俺は思わなかったですけど、好みははっきり別れました。
社員全員に協力してもらってアンケートをとったんですが、結果、
「好ましい」が2割で「好ましくない」が6割・・・
で、臭いは消す方向でってなったんですけど、これが大変で・・・
週4日くらいは男は泊まり込みになりました。静かな生活が一変したわけですが、
これはこれで働いてるなーって実感があったんです。
疲れを感じなくなったんですよ。1日3時間も睡眠をとれば実験に戻れました。

覚醒作用? いや、それはないです。入念に調べましたから。
化学合成物のアンフェタミン類は当然ですが、カフェインさえ含まれてなかったんです。
外見はコーヒー豆に似てるのに、これは少し意外でした。
だからカフェインは最終段階で別に添加したんです。俺としては、
単に気分が高揚してるだけだと思ってました。10人のチームで、
眠れないってのは俺ともう一人、大学院出たての若いやつだけでしたから。
でね・・・、もしかしたらそれ、このベリーの臭いと関係があるんじゃないかと、
後になって思ったんです。俺とそいつ、Nってことにしときますけど、
この2人が、チームの中でベリーの臭いを「好ましい」って答えてるんです。
とにかくね、臭いを消すのにさまざま試行錯誤しました。
あとね、別にどっかと競争してるわけじゃないから急ぐ必要ないはずなのに、

上から、開発をすごくせっつかれたんです。
でね、開発チームができて2週間後です。Nが失踪しちゃったんですよ。
着替えを取りにアパートに帰ったはずなのに、翌日から無断欠勤で連絡がとれず、
アパートを訪ねても帰った様子はなし。毎日すごく張り切ってたんで、
いなくなる理由なんかないんです。結局は実家に連絡して捜索願出したんですけど、
今もって見つかっていません。Nがいなくなって3日目のことです。
俺もいったん家に戻ろうとしました。研究所には宿泊施設も風呂もあったんですが、
独身のひとり暮らしでしたから、いろいろ支払いとか済ませておこうと思ったんです。
夜9時過ぎの電車に乗って・・・そしたらね、所外に出た途端すごい眠気が襲ってきて、
電車の座席ことんと寝込んでしまったんです。トン、トン、トトン、トン・・・って、
太鼓ですかねえ、よく知りませんがリズムが聞こえてきて・・・

目を開けるとジャングルみたいなとこにいたんです。夢なのかなあ・・・
とにかく続けます。日本では見られない、葉の大きな植物に囲まれた
空き地みたいなとこにいて、夜でした。俺は裸で仰向けに寝て、
手足を植物の蔓で縛られて身動きできませんでした。あと口も塞がれて。
焚火があって、半裸の原住民みたいな男が2人いました。
そいつらが振り向くと・・・顔に彩色と刺青がありました。
トン、トトンという太鼓の音はずっと聞こえてて、
あと、あのベリーの強い臭いがしてました。男の年配のほうの一人が俺のほうに体を回して、
しゃがんだ体勢で腹に縦に指をあてたんです。
したら、その指がずぶずぶって手首まで沈んで・・・ 数秒後に男が腕を抜き出すと、
そこに俺の肝臓が握られてたんです。

これでも生物を大学院までやったんで、人の内臓の部位くらいわかります。
痛みはなかったです。血も流れてなかったと思いました。
心霊手術? いやあ、その手のものは信じてなかったんで・・・
でもね、腹にはぽっかり穴が開いてました。あせったんですが、どうにもできないまま。
で、その男は片手に俺の肝臓を持ったまま、もう一歩の手で後ろをまさぐってましたが、
蛍光色の緑の筋が入った黒いカエルをつかみ出して、両手を上に掲げたんです。
もう一人の男が、木の椀を俺の顔に近づけてきました。
ベリーの臭いが強くしました。男が俺の鼻の前で椀を傾けたとき、
中にどろどろの黒いものが入ってて、ベリーをすりつぶしたものだと思いました。
男が俺の顔を見てなにか言いました。
いや、英語ではないし、ポルトガル語でもなかったんじゃないかな。

昔のアマゾンの現地語じゃないかと感じました。もちろん意味はわかりませんが、
男の目の動きとか鼻をつまむ仕草とかで、で、言いたいことが伝わってきた気がしました。
そのベリーの臭いをどう思うかみたいなことを聞いてきたんだと思います。
どう反応していいかわからなかったんですが、なんとなく自分の生存本能が、
これを受け入れちゃいけない、って言ってる気がしました。
それで強く何度も首を振ったんです。しばらく間があって、男は椀を遠ざけ、
もう一人のやつが、俺の腹に肝臓を戻してよこしたんです。
腕を抜いて、腹の表面をなぜたとたん傷口がふさがって・・・
そこで目が覚めました。眠り込んでから駅4つ分しか走ってなかったです。
でね、ちょうど4つ目の駅についたばかりで、緑のポロシャツを着た、
色の浅黒い外国人2人が、ちょうど電車から降りていくとこだったんです。

後ろ姿だけなんで、夢の中の男たちに似ていたかどうかわかりません。
顔に刺青があったかもわからないんですが、一人はね、
背中にエスニックな太鼓を背負ってました。いったん電車を降りて、
トイレでワイシャツの腹をめくってみました。傷跡のようなのはまったくなかったです。
それ以来・・・表面的にはおかしなことはなかったんですが、
ベリーのプロジェクトは中止になってしまいました。
ええ、本社からの指示です。南米からの原材料の輸入ルートが潰れたって理由でした。
その後ですか? 俺は鬱になっちゃったんですよ。
なぜか何にもやる気が起きなくなって、2年休職した後、会社を辞めたんです。
それからホームレスまではすぐでした。障害年金も生活保護も労災も、
申請する気にならなかったんです。相談する相手もいなかったし。

うん、まあ、こんな話なんですが・・・ 話に出てきた新社長ですけど、
俺が辞めた少し後に、またクーデターがあって会社を追われちゃったんです。
降格でも左遷でもなく、解雇っていう厳しい措置でした。
あのベリーの仕事と関係あるかどうかはわかりません。
そりゃ研究費は無駄になったけど、量産化までいってないし、
普段のランニングコストに比べても、たいした額とは言えないですよ。
あと、こっからは噂半分です。その新社長、自殺しちゃったんです。
これは間違いない事実ですし、奥多摩の山中で首を吊ったのもね。
その、噂っていうのは、社長、首を吊る前にメスで自分の腹を裂いたようなんです。
割腹してから首吊り・・・しかも、腹の中には爬虫類が何匹も詰め込まれてたっていう・・・
その爬虫類の種類までは聞いてないんですが、両生類のこれじゃないかと思うんですよ。







実話系の話6

2015.07.20 (Mon)
早笑のじいさん

この間、高校の同級生と飲む機会がありまして、そのときに聞いた話です。
ただしこれも、また聞きのまた聞きなので真偽のほどは保証しかねます。
自分は関東某県の出身なんですが、今は大阪在住で、
そいつらと飲むのはかなり久しぶりでした。その席で、
「怖い話のブログやってるが、なかなかネタがなくて困ってる。怖い話知らんか?」
って話題を振ったら、みな「いい歳こいて何を・・・」って顔をしてましたが、
そのうちの一人、Kってやつが、
「そんなに怖いわけでもないけどな、俺の地元じゃたいがい知ってるんじゃないか」
そう言って聞かせてくれたものです。
ちなみに母校は県庁所在地にあり、Kは郡部から出てきて寮暮らしでした。
Kの地元の町には自分は行ったことがないんです。

Kが中学生のとき、夜に家族でテレビを見てたんだそうです。
ちょうど夏休みの時期で、心霊特集のような番組をやってたんですが、
どれも作りもの臭い写真や動画ばっかりで、
Kにはそういうことがあるとは思えませんでした。それで家族に、
「ねえ、こんなことって本当にあるのかなあ?」と疑問を発したんです。
そしたらKのじいさんが「うーん、死んでからのことはわからんが、
 死ぬ前の夢ってのはあるらしいぞ」こう言ったんですが、
Kには意味がわかりませんでした。
「それまだ死なないうちの、危篤とか臨終って段階の話のこと?
 だったらまだ死んでないんだから、夢を見るのも当然ありじゃないの?」
そしたらじいさんは「まあな、だけどそれが現実に起きたらどうする」

こうつけ加えました。ますます意味がわからなくなったKに父親が助け舟を出して、
「じいちゃんが言ってるのは、いわゆる虫の知らせってやつのことだ。
 ほら、死ぬ間際で病院に寝たきりの人が、親戚や友人など遠く離れた場所に
 姿を現して別れを告げるって話、聞いたことないか?」 Kが、
「ああ、それはある」と答えると、父親は今度はじいさんに向かって、
「早笑のじいさんの話だろ」って言ったそうです。
この「早笑」というのはその町の地区名で、「さわらい」って読みます。
そこに住んでいるじいさんってことですね。
当時か3年ほど前のこちだったそうです。早笑のじいさんは70代でしたが、
長い間病気していて、市の病院で寝たきり。しかも容態が悪くなって、
今日明日かもしれないということで、家族や親戚が詰めかけていました。

それが、その早笑地区の氏神神社へ行く道で、
何人もの人がじいさんの姿を見かけたんです。
早笑のじいさんは帝国陸軍の軍服を着て、にっこにこ満面の笑顔で、
大きくて足を振り立てて、行進でもするかのように神社へ向かってたそうです。
このじいさんは、戦争で南方へ行ったそうなんですけど、
戦友がほとんど死んだ部隊から、奇跡的に生還してきたんです。
道端で農作業していた人たちが何人もその姿を目撃したんですが、
あまりの異様な様子と、あとは入院している事情を知っていたので、
誰も声をかけたりはしませんでした。ただ、一人物好きな若い衆が、
じいさんのあとをついていったんだそうです。この後は、その若い衆の話です。
じいさんは砂利道の参道までくると、急に四つん這いになり、

そのままの姿勢で、犬みたいに舌を出しながら鳥居をくぐり、
拝殿の前まで駆けていきました。若者の足でも追いつけないくらいの早さだったそうです。
で、拝殿の前へくると手水鉢のまわりを何度も回り、それから、
拝殿の鈴についた紐に飛びつくようにして、するするっと軒のあたりまで登り、
そこでぱっと消えました。若い衆が見ると、軒下には戦前に奉納された、
軍服姿の出生兵が描かれた絵馬が何枚も並んでいたんだそうです。
この後はお定まりの、じいさんがその後すぐ病院で亡くなったという知らせが届いた、
ってわけです。親戚や友人らの元へは現れなかったということでした。おかしな行動ですが、
じいさんはそういう末期の夢を見ていたんだろうって話になったんです。
この話が広まって、氏神神社の神主は得意そうな顔で、
葬式を出した寺の住職は苦い顔をしていたそうです。

引きにくる

これは同級生ではなく、仕事で知っている、
番組制作会社で撮影助手をしているYさんから聞いた話です。
Yさんは、カメラの専門学校を出て3年目のまだ若い人です。
Yさんの60代はじめのおばあさんが、十二指腸潰瘍で緊急入院、手術をして、
3ヶ月近くかかって退院しました。
一人暮らしだったんですが、自宅療養と通院があるため、
Yさんの母親が泊まりに行っていたそうです。で、退院して10日目くらいですね。
おばあさんが変なことを言い出した。
「さっき玄関にNさんが来て、金魚の水槽を覗きこんでたよ」って。
このNさんというのは、おばあさんと病院で同室だった人で、
かなり重篤な糖尿病だったそうです。

身寄りの少ない人で、見舞客を見かけなかったそうです。
Yさんの母親はNさんという方を見知っていましたが、
退院どころか、いかにも末期という様子で、訪ねてこられるはずはないと思ったそうです。
玄関に見に行ってみると扉は内鍵がかかっていて、
おばあさんが昔から飼っていて、かなり大きくなった金魚が一匹、
腹を出して水に浮き、死んでいたということでした。
その2日後、おばあさんを病院に送り届けたとき、看護婦室に顔を出して、Nさんが、
ちょうどおばあさんが玄関に来ていたと言った日に亡くなったのを知ったんです。
まあ、ここまでならよくある話ですが、その後の展開は様相が違うようでした。
さらに翌日、またおばあさんが玄関でNさんの姿を見かけたと言い出し、
金魚が一匹浮いていたんです。まあでも、これが何らかの怪異だとは思いませんでした。

金魚が死んだのは、長い間水換えなどで手がかけられなかったせいだろうし、
おばあさんがNさんの姿を見たのは、ボケの始まりかもしれないと思い、
むしろそっちのほうを心配していたんですね。
ところがです、その週末、夕方ころにYさんの母親がトイレに行こうとしたとき、
じっと玄関にたたずんでいる、裸足でパジャマ姿の人の影を見てしまったんです。
体は小さく縮こまって、髪もぼさぼさでしたが、
間違いなくNさんの姿に見えたそうです。心臓が止まるくらい怖かったそうです。
それで母親は、知人にかたっぱしから電話をかけて、
その手の霊障?に詳しい人を見つけて相談したんですね。
そしたら、Nさんは病院で話し相手だったYさんのおばあさんを引っぱりに来てるんだろう、
って言われたんです。つまり・・・あの世の道連れにってことです。

どうすればいいかさらに尋ねたところ、
お祓いもいいが、かえって恨みを買って事態を悪くすることもあるから、
Nさんの四十九日が過ぎるまでやり過ごすほうがいいだろうという話でした。
具体的には、Nさんはなぜか金魚に興味を持っているようだから・・・
幽霊になると、夢の中にいるように意味のある行動をとるのが難しいんだそうで・・・
それで釣ってみたらどうだろう、って助言されたんです。
で、水槽の水を全換水してきれいに洗い、前からいた金魚に加えて、新しい金魚、
ひらひらでカラフルなやつを、ホームセンターから10匹ほど買ってきて入れたんです。
相変わらずNさんの姿は3日おきくらいに目撃され、金魚も次々に死んでいって・・・
四十九日までいかず、30日くらいでNさんは姿を現さなくなり、
金魚が死ぬのも止みました。Yさんのおばあさんは、すっかり元気になったそうです。







2015.07.19 (Sun)
中2の夏休みのことです。うちの家族・・・両親と自分と小5の妹、
それから父の会社の同僚の木田さんの家族とで、オートキャンプに行ったんです。
場所は・・・滋賀県のほうって言えばわかるでしょうか。
キャンプ地としてよりも、スキー場のほうが有名かもしれないです。
あんまり大きなとこではなかったですけど、自然には恵まれてましたよ。
父はそのころアウトドアにこってまして、
ハイエースを改造したキャンピングカーを買ったばかりだったんです。
それで休みがとれたらキャンプに行くぞって張り切ってたんですけど、
自分はほぼ毎日部活があったんで、土日かけての1泊2日だけになりました。
それで、父が会社で同じ趣味を持つ木田さんの家族を誘って・・・
木田さんのところは、両親と小3の息子さんでしたね。

でね、3時過ぎにはキャンプ場に着いて、雑木林で虫捕りをしてたんです。
あの、関係ない話ですが、その後も何度かキャンプに行きまして、
植生って重要なんだなって思いました。植林の杉林はつまんないです。
キノコも山菜も生えないし、子どもが喜ぶような虫もほとんどいないんで。
雑木林のぐしゃぐしゃしたところのほうがいいですね。
ああ・・・それで、ロッジの管理棟でチェクインしたんです。
うちと木田さんところで、山の斜面に近い隣り合わせの区画に入りました。
日陰もあってよさそうなところだと思ったんですが・・・
それで、たぶんこれ重要なことだと思います。
ロッジの表に場内の案内と注意事項を書いた大きな掲示板があったんですが、
その下に紙がは貼られてまして、そこには、

「もし仏像の頭を拾われたり、見かけたりした方はすぐ管理室にご一報ください」
ってマジックで書いてあったんです。
それ見たときは家族で笑いましたよ。なんで仏像の頭なんだって。
父が「うーん、ここら近所の寺で盗難事件なんかがあったんじゃないかな。
 仏像って、大きいのは部分部分を組み合わせて作られてあるから、
 盗みだしたやつが処置に困って捨てたのが、頭だけ見つかってないとか」
こんなことを言ってました。そういえば、ここまで車で来るとき、
湖のほとりに大きなお寺があったのは見てましたから、
そこのかもしれないと思ったんです。その後、炊事場に行って、
お決まりのバーベキューですよ。父のボーナスが出たばかりで、
いい牛肉を大量に買ってましたからうまかったですよ。

そっから車のあるほうに戻って、焚き火テーブルを出して、
父と木田さんは本格的に飲み始めたんです。自分と妹、
それから木田さんとこの保君て言ったんですが、3人で場内を探検したり、
持ってきたゲームをやったりしてました。
うーん、涼しいところでしたが、ヤブ蚊がいましたね。
それで、テントは張ってたんですが、車の中で寝ることにしたんです。
父のハイエースは5人分のベッドを設置できるようになってたんです。
「寝る前にトイレ行っとけよ」って言われたんで、10時半頃ですかね、
共同の木造トイレに行ったんです。キャンプ場の入りはパラパラでした。
お盆前のせいもあったんでしょう。
その帰り、保君が藪のほうを指さして「光るものがある」って言ったんです。

最初はホタルかなんかいるのかと思ったんですが、寄ってみるとそれが、
仏像の頭部だったんです。一段高くなった頭の天辺と、ちりちりの髪型で、
お寺にあるお釈迦様の頭でした。草の間に頭頂部を上にして立ってたんです。
色は黒ずんだ木のもので、ところどころ金箔が残ってたのか、まだらになってました。
どこが光って見えたかはわからなかったです。
大きさは実際の人の頭より一回り大きいくらい。すぐに、
ロッジ前の注意書きを思い起こしました。でね、妹と持ち上げてみようとしたんです。
そしたら意外に軽かったんです。10kgもなかったんじゃないかな。
それで、自分が一人で抱えて、車まで戻ったんです。
父たちはすでにすっかり酔っ払ってて、仏像の頭を見せても興味を示しませんでした。
「明日、明日管理棟に持ってくから、そこらに置いとけ」

そう言われて、一段高くなった区画の端に置いておきました。
保くんは自分の母親のところへ行き、自分らは車に入って、
ベッドに寝転がりました。テントは立ててたんですが、ヤブ蚊がいるんで、
車で寝たほうが快適だろうと思って。少し妹と話をしてるうち眠くなってきて、
眠り込んでしまいました。で、どのくらいたったんでしょうかね。
時計を見なかったんでわからないんですが、
目が覚めて網戸の車窓から外を見ると焚き火は消え、父も車に戻って寝てましたね。
夜間も照明があるんで外はうっすら黄色に光ってて、
その電灯の下に虫が集まってるように見えました。カブトかな、と思い、
そっと皆を起こさないように車を出たんです。
怖いとは思わなかったです。だってね、家族はみんな近くにいるんだし。

電灯の下までくると、ほとんどが蛾とカナブンでしたが、
中にカブトらしいのが一匹いまして。高いところで手が届かなかったので、
捕虫網をとろうと車のほうに行きかけ・・・そのとき後ろから声がしたんです。
「頭、頭知らんか!! 俺の頭・・・」くぐもった声でした。
振り返ると、頭のない人が立ってたんですよ。
作業服の上下だったと思います、泥だらけの。体にも藁みたいなのがいっぱいついてて。
頭の部分には何もなかったです。作業服の襟を立ててたから、
切り口?もよくわかりませんでした。ギュンと心臓が縮むような感じがしました。
そいつは「頭、俺の頭・・・」って言いながら、自分のほうによろよろ歩いてきたんです。
腰が抜けたってのはああいうことを言うんでしょうね。
尻から地面に落ちて、体が動かなくなりました。

目をつむることもできませんでした。そいつが数歩前まで来て、
自分のほうにかがみこもうとしたとき、「おーい、こっちだぞー」って、
声がしました。そうですね、おんなじ声のように思えましたが、
こっちのほうがはっきりしてましたね。自分の声ですか?
叫ぼうにも「あ、あう、あう」というような音しか出てきませんでした。
不意打ちでしたからねえ。でもやっぱ、根が臆病なんでしょう。
ともかくそれで、首なし男は自分のとこから向きを変えて、
そっちにぎくしゃく歩いてったんです。あの仏頭を置いてあったほうでした。
少し足に力が入ったので立ち上がり、車に向かって駆け出しました。
そのときちらっと見ると、首なし男は両手で仏頭を持ち上げ、
自分の肩の間に置こうとしてるようでした。

ハイエースに走りこんで、赤い顔で熟睡している父親を起こしました。
「あ、う、んっ、何だ!」みたいな感じで、酒臭い息を吐きながら起き出したんですが、
自分の説明を聞いて「アホか?」という顔になりました。
「頭がないやつ? それがどうやってしゃべるんだ? しゃべれるわけねえだろ」
そう言いながら車外に出てったんですが、しばらくして「だれもいなかったぞ」
って戻ってきました。「仏像の頭は?」って聞いたら、「なかった」って。
「やっぱり首なし男が被って持ってたんだよ」
「それはない。管理棟から見回りの人が来て見つけてったんだろ。
 お前が見たってのもたぶんそれだよ。もういいから寝ろ」こんなやりとりになりました。
その夜は、暑かったけど自分の近くの窓は閉めて、外に背を向けて寝たんです。
こんな内容なんですが、あとふたつ話すことがあります。

朝起きると、もう家族はみんな起きてて、外でコーヒーを飲んでました。
自分も出て行くと、保くんが寄ってきて、
「昨日の夜、首なし男が頭を取りに来たよね」って言ったんです。「見てたの?」
と聞いたら、「夢で」って。それと、キャンプ場をチェックアウトするとき、
父が管理人に仏像の頭の話をしたんです。そしたら「私たちは取りに行ってませんね。
 どなたが拾ったんですか?ああ、子どもさんたち。作業服の男ねえ・・・
 わかりますよ、その人、ダムのほうから頭を探しに来たんでしょう。
 見つけてすぐ私らに知らせてくれたら、怖い目を見ないで済んだのにねえ」
こんなことを話して、それ以上は教えてくれませんでしたよ。その人が、
「お祓いが・・・」って言いかけたとき、「ちょっとお前、やめ・・・」って、
もう一人の管理の人が声をかけてきて、それで終わったんです。







『ハムレット』2エピソード

2015.07.18 (Sat)
『ハムレット』はもちろん、イギリスの劇作家、
ウィリアム・シェイクスピアによる悲劇の一つで、
「生きるべきか死ぬべきか・・・」というセリフで有名ですね。
ところで、これにしても『ロミオとジュリエット』なんかもそうですが、
現代の日本ではどのくらい読まれているものなんでしょう。
自分は家に文学全集があって、高校の頃に読んだんですが、
退屈だった記憶しかないですね。劇として見れば面白いのかもしれませんが、
残念ながらその経験はありません。
あるいは、シェイクスピアの書くセリフは詩的・音楽的だとされる評もあるので、
英語の原文で読み味わわないと醍醐味は伝わらないのかもしれません。

筋としては、王子ハムレットが父王の死を留学先で聞いて帰国すると、
叔父のクローディアスが母と結婚して新王になっていた。
呆然とするハムレットは、死んだ父の亡霊に会い事件の真相を知る。
これに宰相および、その息子と娘がからんだりしますが、
最終的にはハムレットは父の復讐を果たすものの、
主人公を含めてほぼすべての登場人物が死んでしまいます。

さて、作品をめぐる一つ目のエピソードですが、これはなかなか興味深いもので、
ローラ・ボハナンというアメリカ人の人類学者が登場します。
まず話の前段で、彼はイギリス人の友人に、
「アメリカ人にはシェイクスピアは理解できないだろう」とからかわれ、
「物語の骨格には全人類に普遍的な要素が入っているから、
理解できないことはない」と反論します。
彼は友人からハムレットを贈られ、実地調査のために西アフリカに渡ります。
そこで、ある部族の中に入って過ごし、彼らから話を聞いたお礼として、
ハムレットを現地語に直して読み聞かせてやります。

ところが、父王の幽霊が登場する場面になると、
「それは不可能だ」という野次が現地人から次々と起こりました。
彼らの部族では、肉体を離れた霊だけがこの世に現れて行動するというのは、
ありえないことと考えられていたのです。
彼らの文化では、死者の言葉が呪術師の口を借りて出てくることは可能でしたが、
霊本体が独立に行動することは不可能とされていたんですね。

結局、この他にもいろいろな齟齬があり、彼は上記の自身の言葉のようには、
アフリカ人に物語を理解させることはできなかったのです。
出来すぎの感もありますが、なかなか貴重なエピソードです。
こういうある地域や部族に特有の死生観、霊の概念というのは、
ネットの発達による情報社会の到来で、
どんどん失われたり融合したりしてきています。
日本製の、いわゆるジャパニーズ・ホラー映画も、
かなり現代アメリカ人の霊魂観、幽霊感に影響を与えているようです。

さてさて、2つ目のエピソードはハムレットの成立事情に関することで、
シェイクスピア自身も、父王の亡霊を物語に登場させることに悩んでいました。
これはキリスト教的な事情によるものです。カトリックの教義では、人間は死後、
神の裁きによって天国、地獄、煉獄のどれかに行くことになります。
基本的に、勝手にさまよい歩いている幽霊というのは存在しません。
このあたりはアフリカの部族と似たような理解なのですね。
そこで、父王の亡霊を物語の展開上どうしても登場させたかったシェイクスピアは、
悩んだあげく、父王は煉獄にいるということにしました。

煉獄というのは、「神の恵みと神との親しい交わりとを保ったまま死んで、
永遠の救いは保証されているものの、
天国の喜びにあずかるために必要な聖性を得るため、
浄化の苦しみを受ける人々の状態」まあこんな感じのものです。
そのままでは天国に入れないので、毎日火に焼かれ、
苦しみを受けることで魂が浄化され、天国に入れるようになるわけです。
つまり煉獄の苦しみは、地獄のように永劫に続くものではないのですね。

ここで、シェイクスピアはアクロバチックなことを考えつきました。
父王の亡霊は煉獄の獄舎につながれているものの、
責め苦は昼だけであり、夜間は開放されるということにしたのです。
その間に幽霊として宮殿に戻ってきて、我が子ハムレットに訴えかける。
そして一番鶏が鳴くとともに帰っていくわけです。
この部分は英文学者による研究もありますので、
興味を持たれた方は検索してみてください。

ハムレットは1600年から1602年頃に書かれたとされますが、
この時期は、ヘンリー8世によるカトリック世界からの英国教会の独立より
50年ほど後のことです。
(ヘンリー8世が破門されたのは、カトリックで禁じられている離婚問題のためで、
彼は6人の妻と結婚し、そのうち2人を刑死させています。
ちなみに処刑場所であったロンドン塔には、
2番めの王妃アン・ブーリンの首なしの霊が出るとも言われます)

このあたりの宗教文化的な混乱は、
ハムレットの父王の亡霊を登場させることができた要因の一つとして
あげることもできそうですし、
イギリス人が幽霊や幽霊屋敷に寛容なのも、あるいは・・・
このように、幽霊を一つの切り口として世界の文化を見ていくと、
いろいろ面白いものが見えてくるんですね。

『ハムレット 父王の亡霊』






荒覇吐

2015.07.17 (Fri)
怖いっていうかねえ、あんまり怖くはないんでしょうけど、不思議な話ではあります。
自分が子どものころに住んでたのは、東北の某県なんですけど、
海岸沿いの道の山側に、アラハバキ神社ってあったんです。
今もあるんじゃないかなあ。郷里にはしばらく帰ってないけど、
なくなるとも思えないから、あるんでしょう。
ええ、とにかく地域のジイさん、バアさんらの信仰を集めてたんです。
自分らの時代は、月ごとに当番の家が決まっててお祀りをやってました。
これはどうでしょうね。過疎のひどい地域だからなくなったかもしれません。
でね、この神社、正式な御祭神はよくわかんないんですけど、
その辺りでは、蝦夷の英雄を祀ってるって言われてたんです。
あの、アテルイって知ってますか。

漢字で書くと「阿弖流為」らしいんですが、坂上田村麻呂の遠征軍と戦って、
9世紀の初めに京の都、平安京まで連行されて処刑されてますよね。
いや、御祭神はアテルイ本人ではないでしょうけど、その類のね、
大和朝廷に反逆したまつろわぬ民の勇者って言われてました。
本当のところはよくわかんないです。地元の研究家もあきらめたくらいですから。
ああ、すみません余計な話をして。でね、自分は子どものときから、
この神社のある前の道を通るのが苦手だったんですよ。
え、何でかって? いやそれが、吐き気がするんです。
うちはわりとその近くだったし、海岸に出るにはその道が一番早いんです。
で、自分の実家は夏場だけ浜辺で海の家を開いてまして、
小学生の時分から何度か頼まれ物を届けに通ったことがあるんです。

だけど、そのたびになぜか吐き気がしましてね。
いやあ、たまたまってことはないですよ。だって吐き気は必ずしてたから。
ええ、神社の前の辺が一番ひどいんです。実際に吐いたことはないですけど。
口を押さえて、走って通り過ぎたりしてましたね。
でね、吐き気がすることがわかってから、その道は敬遠してたんですよ。
遠回りになるけど、畑の中を突っ切って行く道もあって、
もっぱらそっちを使うようになりました。
・・・それで中学校1年のときだったと思うんですけど、何かの用事があって、
久々にその道を通ったんですよ。何だっけなあ。すみません、よく覚えてないです。
ただ自分としては、前に通ったときから2年近くたってたんで、
まだ吐き気がするかどうか確かめて見たい気もあったんです。

吐き気は・・・やっぱりしました。それも強烈なのが。
神社のある手前100mくらいから、胸の中を棒でかき回されるような感じがして、
「ああ、やっぱダメだ」と思って、口を押さえて走ったんです。
けども、神社の鳥居が見えてきたあたりで限界にきて、
さすがに道路に吐くのはよくないと思って、堤防から顔を出したんです。
それでゲロゲロ~って。いや、汚い話でほんとすみません。
そしたらね、口から何が出てきたと思います?
ミカン・・・これは缶詰のミカンだと思います。それと白い・・・杏仁豆腐。
それがまったく未消化の状態で、コンクリの上に積み重なって・・・
でもね、そんなの食べちゃいないんですよ。
このときは夕食前あたりの時間だったと思うけど、飯前に物を食べると怒られたんです。

それにね、杏仁豆腐なんてそこらじゃ売ってなかったです。
自分も見るのが初めてだったし。見たことがないのに何で杏仁豆腐ってわかったかって?
それそれ、それを今から話します。とにかく吐きながらぽかんとしてました。
今、自分が吐いてるのは何なんだろうって。もちろんミカンはわかりましたけど。
でね、吐きおわって、また小走りに神社から100mほど向こうまで出ると、
吐き気はすっかり消えちゃったんです。ええ、気味が悪かったので、
帰りは別の道を通って家に戻りました。
その日の夕飯は、相も変わらず焼き魚で・・・物の流通がよくない時代でしたので、
おかずは魚、それも漁師が売り物にならないって捨てるようなのを、
もらってきたやつです。肉なんて月に1回食ったかどうか。
すき焼きと肉入りカレーは夢に出てくるような食いもんでしたよ。

で、その夜の10時過ぎでしたね。漁協の寄り合いに出てた親父が帰ってきて、
土産だぞってよこしたのが「杏仁豆腐」だったんです。
中国船の船員から水と交換に大量に分けてもらったって言ってました。
「ここらでは珍しいもんだから、よく味わって食え」って言われたんです。
でもね、ちょっと口に入れた弟が「味がしない」って言い出して。
そしたら母親が、冷蔵庫に入ってた、当時としては贅沢品のミカンの缶詰を開けて・・・
そうですよ。自分が吐いたのとまったく見た目が同んなじのが、
ガラス小鉢に入って出てきたんです。・・・ね、変な話でしょう。
ですけど、まだ続きがあるんです。夕刻のことがあったんで、
食っていいもんかどうか迷ってたら、耳元で声がしたんですよ。
家族の誰とも違う男の声でした。

で、言葉は理解できなかったけど、意味はわかったんです。
ええ、聞いた言葉自体は日本語とは思えない、そこらの方言とも違うものでしたが、
意味だけがスーッと頭に入ってきました。「食え、食わないと死ぬぞ」って・・・
それでまあ、弟もガツガツ食ってたんで、負けずに自分も食べたんです。
そうですねえ、美味いとも思わなかったですけど、
まあキロキロした食感はありました。でね、食い終わった後に親父が、
「近所に配ってもまだだいぶんあるから、少しは荒覇吐さんにお供えするか」
って言い出したんです。まあねえ、粟団子とかは供えてましたから、
似たようなもんだって思ったんじゃないですか。
で、自分に「明日神社まで行ってお供えしてこい」って。怖い親父でしたけど、
いちおう「吐き気がするから嫌だ」って抗弁しました。

そんとき、夕刻に杏仁豆腐を堤防で吐いた話もしたんですが、
「バカバカしい」って一笑されて・・・
翌日ね、学校の帰り。タッパーに入れたミカンと杏仁豆腐を、
おそるおそる神社に持ってったんです。
そしたら、なんでかそのときは吐き気がしなかったんですよ。
お供え持ってくるやつには害を与えないのか、
神様って現金なもんだなって思ったのを覚えてます。
でね、普段は姿を見せない神社の神主が鳥居の下を掃いてまして、
ちょうどいいと思って白紙に包んだタッパーを見せたんです。
「中身は何?」って聞かれたんで、「杏仁豆腐」って答えたら、
驚いた顔をして「ボクんところで、4軒目だよ、それ持ってきたのは」

こう言って、拝殿の前に並んだのを見せられたんですよ・・・
まあねえ、中国船から分けてもらったのが、
親父だけじゃなかったってことなんでしょうが、やっぱ不思議な気がしました。
その後はあんまり神社に寄る機会はなかったですね。
子どもが神輿を担いだりとか、そういう行事は一切ないとこだったんです。
それに自分も弟も、親父の跡をついで漁師にはならず、
高校卒業して町で就職しましたから。そうですねえ、不思議なことは何もなくて、
神社の前で杏仁豆腐を吐いたと思ったのは自分の勘違いかもしんないです。
その夜食ったのは間違いないですけど、それと記憶がごっちゃになってるのかもねえ。
だとしたら、こんな話で謝礼をもらって申しわけないです。
え、参考になった? そうですか、それは何よりですよ。

『悪路王首像』 







霊能者の脳内を見る

2015.07.16 (Thu)
変な題名ですが、これも最新科学技術にかかわる内容です。
昔から某掲示板の幽霊関係スレでは、幽霊の実在を示す方法の一つとして、
複数の霊能者に別々に(同時にでもいいが互いに意思疎通をせず)幽霊を見てもらい、
後に別々に見たものについて証言してもらって、
それを突き合わせるという検証方法が言われていました。
この証言がもし、多くの点で一致するようであれば、
霊の存在に対する信憑性がかなり増すのではないかと思われますが、
なぜ行われないのだろう、というような話です。

これには霊能者?!側からの反論もありましたね。
霊能と言ってもさまざまなレベルがあり、うすぼんやり(性別も服装もわからない)
しか見えない人や、はっきりくっきり見える人、
その霊だけではなく背後に憑いているものまで見えてしまう人・・・
人によって能力がバラバラなのだから、必ずしも同じものが見えるとはかぎらない、
というものです。例えて言うと、一般の0感の人というのは視力なしということで、
霊能者にも視力0.3から4.0とかまであるので、
視力によって夜空に見える星の数が違うように、同じものは見えていない、
というような説明でした。なるほど、うまいことを言うなとは思ったんですが・・・

fMRI(機能的磁気共鳴画像)という機器があります。
人および動物の脳や脊髄の活動に関連した血流動態反応を視覚化する方法の一つで、
脳医学で使用される場合が多いのですが、
それ以外の分野でもさまざまな活用法が研究されています。
さて、これを使用して人間の脳内イメージを視覚化(映像化)できるとしたらどうでしょう。
ちなみに、fMRIによって見られるのは脳内の血流の活動です。
脳波や脳内の神経における電位差などは、微弱すぎて現在の技術で捉えるのは不可能です。
この機器で見ることができるのは血流信号(血流量や血液の酸素濃度)なわけですが、
これらは神経ニューロンの活動状況とほぼ比例的に対応しています。

最初のうちは、今現在被験者は横縞を見ているか、
縦縞を見ているのかを当てる程度のものでしたが、現在では、
脳活動パターンから予測することで、被験者に見せたことがない図形でも、
映像化することができるようになりました。
例えば四角形を見たら、脳のこの部分に血流が流れるといったデータが、
十分な量蓄積され、そこから類推できるようになったわけです。
動画として再生も可能です。つまり、もしこの技術が将来進んでいけば、
実際に見ているものをその場で鮮明に映像化することができるようになるでしょう。
最初の霊能者の話で言えば、霊能者Aが見ているものと霊能者Bが見ているものを、
突き合わせて確認することができます。

Movie reconstruction from human brain activity


ただしこれには問題があります。この研究はさらに進歩を重ねて、
なんと夢まで映像化することができるようになったのです。
fMRIの中で被験者に眠ってもらい、夢見と関係がある脳波パターンになったときに、
被験者を起こして、何の夢を見ていたかを聞くという方法で、
夢の報告内容と、それに対応する脳活動パターンのデータを大量に収集したのです。

しかしこれ大変な実験ですよね。
特に被験者の方は寝たり起きたりの繰り返しで・・・
ここで疑問が出てきました。夢というのはもともと自分の脳が作り出している、
実際には存在しないない世界のことです。
とすれば、もしかしたら霊能者が見ているものは、
自分の脳内で作り出した白昼夢(幻覚)である可能性もあるかもしれません。

関係あるような、ないような話を一つ。
レム睡眠というのがあります。レム睡眠というのは、身体が眠っているのに、
脳が活動している状態のことで、
「金縛り」と言われる身体状況が起きるのも、このレム睡眠内でのことです。
脳は起きていると思ってるのに体が動かないので、
自分を押さえつけている落武者w などのイメージを作り出してしまう・・・
レムはREMで、急速眼球運動を意味します。体は眠っているのに、
眼球は眼窩内でせわしく活動している。この原因は数十年間謎とされ、
まぶたの内側を潤滑するため、脳を温めるため、脳幹からの刺激に反応しているなど、
さまざまな説が出されてきました。

ところが最近、フランス人神経学者らの研究で、
どうやら「見ている夢の像を追うために眼球が追従している」
ということが証明されたようです。(日経サイエンスより)
「レム睡眠行動障害」という病気の患者がいます。
この人たちは、レム睡眠中、普通の人のように体が麻痺しているのではなく、
眠っていながら実際に手や足、首が動くといった症例で、
その人たちの手足や体の動きと視線は、99%同期していたという内容でした。

さてさて、fMRIが進歩すれば(またはもっと進化した機器が出れば)
霊能者が見ている映像が、実際に感覚器である目を通し、
視神経を経由して脳内再生されているのか、
それとも夢や幻覚のようなものであるのかは判別がつくでしょう。

もし幻覚であったとしても、
ああ、幽霊は実在しないのかとがっかりすることはありません。
複数の霊能者が事前の打ち合わせなしでほぼ同じものを脳内に構成しているとしたら、
それはそれで、幽霊は視覚情報としてではなく、
直接脳内にイメージを送り込んでくるという結論に至るかもしれないのです ww
さあどうでしょう、この研究がさら進展したあかつきには、
はたして協力していただける霊能者が出てこられるでしょうか?






人工幽霊は造れるか

2015.07.15 (Wed)
というテーマなんですが、自分は絶対無理と考えます。
理由は簡単で「本物の幽霊」がどのようなものであるかわからないからです。
本物の特性が定かでないのに、マネのしようがないですよね。
ということで今日の分は終わり・・・だと簡単でいいんですが、
そうもいかないでしょう。
そこで、最新の科学技術でちょっと面白いものを見つけたので紹介します。
これは「音響浮遊」という技術の動画です。

Three-Dimensional Mid-Air Acoustic Manipulation


超音波を使っているのだそうですが、原理自体は難しくないでしょう。
人間の目に見えない「力」が働いていればいいわけです。
難しいのは、どのように音波を出したり重ねたりするかの、
プログラミングの部分であると思われます。
超音波といっても空気の振動なので、磁力や単なる風を使っても、
精密なプログラミングさえあれば、物を空中に浮遊させて動かすことはできます。
ただし磁力だと、磁性を持つ砂鉄のようなものでないと難しいでしょうし、
風を使うとすれば、浮かばせる物の形によって適不適が出てくるでしょう。
その点、音波を使うと素材に左右されずに効果を得ることができそうです。

では、こういうのを野外にこっそり仕掛けるという
プロジェクトを実施してみたらどうでしょう。
うっそうとススキの茂った川辺あたりが適しているのではないかと思われますが、
心霊スポットの廃墟の中でもいいでしょう。
スピーカーを木のうろや草の中に隠し、
暗くて見えないと困るでしょうから、巧妙にライトアップする。
で、シリコンとか水滴を素材として宙に浮く人型をつくる。
そりゃ見た人は驚くでしょうし、幽霊だと思うかもしれません。
しかしもちろん、これを幽霊とするにはいくつもの問題点がありますよね。
そのうちの2つくらい取り上げてみましょうか。

まず一つは、これはあくまでプログラミングで動いているということで、
浮かんでいる物が自己の自由意志で行動しているわけではありません。
(幽霊に自由意志があるのか、という問題もあるでしょうがそれは置いておきます)
二つ目は、物を浮遊させるため、外部からエネルギーを得ているということです。
スピーカーから音を出すには電力を使用しています。
さて、ではこの2点をとりあえずクリアすれば幽霊に近づくのでしょうか。
プログラミングの問題は、AI(人工知能)を使うしかないんでしょうね。
エネルギー供給の問題は難しいですが、
自然界にある静電気を吸い上げる装置(これは非常に困難でしょうね)
でもつくるとしますか。あるいは風力発電とかソーラー蓄電。

現在は、人工知能も自然エネルギーの利用もまだまだですが、
もしこれらができるようになったとして、自己(人工知能)の意志で行動し、
自己で自然界からエネルギーを集めている(人間だって食物を摂取して
エネルギ-を集めてます)宙に浮く白い物体、
なんならもっと精巧に人間の顔や体を持つようにしてもいい。
これは幽霊、あるいは人工幽霊と言ってよいのでしょうか?
自分は違うと考えます。それは単に幽霊と言われるものの外形を、
マネしただけでしかないように思うんです。
べつに幽霊型ロボットでも同じことですし、
なんであれば、実体のない3D映像でもいいわけです。
ここで、幽霊の本質が少し見えてくる気がします。

自分が思う幽霊の本質は「人間由来である」ということです。
いくら科学技術の粋を凝らして精巧な幽霊をつくり、
それを人工知能で動かしたとしても、人間に似ているのは外見だけで、
「かつて生きていた〇〇さん」ではないのです。
最近は、ちょっと不可解なものは何でも幽霊と呼ばれるようになってきていますが、
自分は、この部分がなければ幽霊とは呼べない気がしますね。

逆にいえば、外見は別にステロタイプの長い黒髪の白い服の女でなくても、
宙に浮かぶ白い霧でも、地を這いずる黒い影でも、火の玉でもいいわけですが、
「元は生きていた人間であったもの」ということが、
幽霊と呼ぶための絶対条件ではないかと思うんです。
そしてこの部分は、科学がどれだけ発達しても無理な気がします。
もしAIが進歩を重ねて、豊かな感情を持ち、ユーモアを介し、
人間よりも優れた文学や芸術作品をつくれるようになったとして、
つまり、人間と同じ、あるいは人間以上の能力を持っていたとしても、
やはり人間ではないのですね。

・・・この話は自分でもちょっと消化不良気味なので、後日続きがあると思います。




砂人

2015.07.14 (Tue)
俺じゃあなくって隣の家のおやじのことなんだけどよ。
いや、死んじゃいねえ。まだ生きてはいるけどよ。うん、今から話す。
俺んちは郊外の住宅地にあって、100坪ほどもある。
そのかわり通勤距離は長いが、まあそれはしかたねえ。
都会のマンションよりかは、ちょっと田舎でも庭つきの1軒家を持ちたかったから。
ローンはあるけど、そこらはみんなそうだから、
一種の連帯感みてえなもんはあるよ。トラブルはほとんどない。
で、隣のおやじなんだが、今年で64歳になるんだ。
長年町工場に勤めてたのが、60歳で定年退職して3年間再雇用。
町工場って言っても、超2流企業・・・つまりは優秀な技術を持った中小企業だった。
だから退職金も悪くなかったらしいよ。

で、おやじは去年の4月からいよいよ念願の悠々自適の隠居生活に入るはずだった・・・
んだが、それが予定通りにはいかなかったのよ。
そうそう、よくわかるね。熟年離婚ってやつ。奥さんのほうから切りだされたんだ。
いや、奥さんは品のいい人で顔を見るたびに挨拶してたよ。
お花の師匠の免許持って教室開いてて、うちの娘も教えてもらったんだ。
だから、浮気とかそういう話じゃねえ。
ただ、旦那の定年を期に、自由に暮らしたいってことだったんだ。
隣のおやじ・・・Nさんってことにしとくか、にとってみれば青天の霹靂よ。
あの何でも言うことを聞いてた奥さんが、
そんなことを言い出すなんて思ってもみなかったろう。
だから茫然自失して、言われるままに判子押しちまったんだ。

で、家はNさんのほうに置いてく代わりに、
退職金は半分以上取られちまったらしい。え、子どもさん?
隣は息子さん娘さんがいて、2人ともとうにに独立してるからな。
どっちについたかどうかはわからねえが、
離婚してからもたまにNさんとこへは顔を見せてたよ。
金の面は心配はねえと思うよ。一人暮らしでローンも完済してるはずだから、
年金だけで十分にやっていけるだろ。ただ、やっぱショックだったんだろうな。
ひどい落ち込みようで、家からあんまり出てこなくなっちゃった。
面倒見のいい人だったから、ほんとうは地区のほうじゃ、
退職を期に町内会の仕事や民生委員なんかを頼みたかったんだが、
そんな事情でね、むしろNさんのほうが心配される側になってしまったわけだ。

うちとは仲がよかったよ。顔を合わせれば世間話とかはしてた。
それがね、買い物以外は家にこもりっきりになっちゃったんで、
釣りとかに誘ったらどうだって、家の子どもらにも言われてたとこなんだよ。
でね、隣の家はなかなか立派な庭があってね。
子どもさんらが大きくなってから建てたんで、居住スペースを少なくして庭を広くとった。
年に数回は庭師が入ってたんだけど、それが放置状態になって、
1年間で雑草がぼうぼうだよ。ああ、もったいないなって思ってた。
それがね、今年の4月から、庭でちょくちょくNさんの姿を見るようになった。
電動草刈機を持ってたり、クワ持ってたり。
だから元気が出て、庭仕事をやるきになったのか、
よかったなって思ってたけど、ちょっと様子が違った。

Nさんが「えい、えい」って気合を入れて刃物を振り回してるだけで、
雑草はさっぱり減らないし・・・ それでね、Nさんの姿が見えたときに、
「何してるんですか?」って聞いてみたんだよ。そしたら返ってきた答えが、
「庭に小人がいる。草の中に隠れてるが、夜になるとベランダにやってきて、
 手の跡をガラスにつけたり、俺の方を見て笑ったり悪さをしやがるんで、
 今退治してるとこなんだ。何匹か首を切ってやったがいっぱいいる」
・・・これっていかにもマズいだろう。
だってねえ、小人なんて西洋の童話じゃあるまいし。
その日ね、家でこの話をしたら、それこそ民生委員に相談するか、
でなきゃ子どもさんとこに連絡したほうがいいんじゃないかって話が出たくらいだよ。
ただまあ、外に出て変なことするわけじゃないから、もう少し様子を見てようって。

その後も夕方になると庭に出て「えいえい」やってたから、
「小人でしたっけ、どんくらいやっつけました?」って、俺のほうから声かけてみたんだ。
したら、「いやね、もう100匹以上は駆除したんだが、こいつらきりがない。
 やっつけてもやっつけても出てくる」こんな返事で。
「見せてもらってもいいですか」って言ってみたんだよ。したら手招きしてきたから、
裏木戸から中に入ってみた。雑草の中に黒っぽい、
そうだなあ、直径8cmくらいの土団子が山と積んであって、それを、
「これ、これまでにとった小人の首なんです」って見せてよこしたんだよ。
でもよ、目も鼻もないただの丸い土くれで、表面が滑らかだったんで、
Nさんが手でこねてこさえたもんにしか見えなかった。
その場は適当に相槌を打って戻ったが、これはマズいなあ、いよいよかなって思った。

それから数日して、Nさんの庭に外部の工事が入ったんだ。大規模の造園会社だよ。
どうなるんだろうと思ってたら、大きく育った庭木を全部引っこ抜き、
池も埋めちゃってね。土を一皮掘り起こして砂を入れちゃたんだ。
庭があったところに巨大な砂場ができたって言えばわかりやすいかねえ。
工事中、Nさんが外に出てたんで、生け垣越しに声をかえてみた。
「ずいぶんさっぱりしましたねえ、鳥取砂丘みたいだ」って。そしたら、
「これまでね、小人のことでいろいろ愚痴を聞いてもらいましたが、
 こうしちゃえばもう土の中には逃げ込めんでしょうし、一段落ですよ」
こんな答えが返ってきたんだよ。でもよ、その後もやっぱ、
夕方にはNさんの姿を庭に見かけたし、「えい、えい」って声も聞こえたんだ。
そんな状態でね、3日前の夜になったわけだ。

7時過ぎかな。俺がちょうど晩酌を始めたあたりのときだよ。
ちょうど帰ってきた息子が「Nさんが庭で大声をあげて叫んでる」って知らせてよこした。
それで、見に行ったんだよ。場合によっては、心療内科とかにかかることを勧めるつもりだった。
したら、生け垣越しにシャベルを持ったNさんの姿が見えて、
それが満面の笑みだったんだよ。俺を見てカラカラ笑い、
「やあ、小人の親玉を退治しましたから。これで、もう出てこんでしょ。
 いやあ苦労した。どうですか、見ますか」って言ったんで、入ってったわけよ。
そしたらね、街灯とベランダからの明かりで見える庭一面に、
やっぱ丸い玉が落ちてるわけ。泥団子から、水を含ませた砂団子に変わってたわけだ。
Nさんが「こっちこっち」って言うから、横手のほうへ回っていった。
そしたらね、そこはひときわ砂が高く積まれてたんだけど、

その砂山の前に等身大の砂人形があったんだよ。いや、もちろん砂だから、
立ってる人形じゃねえ。人の寝姿になってたんだが・・・それがね、
体の部分はおざなりだったが、顔だけ非常に精巧にできててねえ・・・
そう、よくわかったな。出て行った奥さんの顔になってたんだよ。
実際に人が埋まってて、その上にうっすら砂をかけたのかと思ったくらいだったが、
そんなわけはねえ。それ見てね、ああこの人はやっぱ、奥さんのことを恨んでたんだろうな、
って思ったわけ。でね、Nさんは、「こいつさえいなくなれば、
 もう庭小人どもも出てこんでしょう。こいつめ、こうしてやる」って言って、
シャベルを振り上げて、その砂人形の首に打ち込もうとしたわけ。
でなあ、そんときに確かに見たし聞いたんだよ。
Nさんの奥さんの砂人形がね、ぱちっと目を開けてこう言ったんだ。

「あんたがこんなだから、私が出て行ったんだよ」って奥さんの声で。
それ聞いてNさんは逆上して、滅茶苦茶にシャベルを打ち込んで、さらに足で踏みつけた。
それから、何事かわめきながら走り出て行っちゃったんだ。
面目ないが、俺も驚いてしまってて、止める暇がなかったんだよ。
砂はもちろん調べてみたが、やっぱただの砂で、人が埋められてるってことはなかったね。
いや、離婚した奥さんともそれから連絡をとったんだ。
実家の近くにいて、ぴんぴんしてた。でねえ、Nさんはその後、
駅のほうに行って暴れたらしくて、警察に収容されてしまったんだよ。
ケガ人とか出なかったのが幸いだったけど。今日、息子さんたちがもらい受けにいってるはずだ。
ま、こんな話で、不思議なとこっていうと、奥さんの砂人形が口を聞いたことだけなんだが、
確かに見たんだよ。唇も動いてた。ありゃ、どういうわけなんだろうねえ。







『炎天』を読む

2015.07.13 (Mon)
みなさんお暑うございます、としか言いようがないですね。
熱中症による被害も出ているようです。十分お気をつけください。
ちなみに自分は、小学校の道場時代から大学まで柔道部でしたので、
夏休み中の稽古で、仲間がバタバタ熱中症で倒れていくのを見てきています。
監督、コーチ連は慣れたもので「頭が痛い」と言い出したやつを観察し、
いよいよダメとなる一歩手前で、風がくるところに寝かせた上で、
氷で首筋を冷やしながら業務用大型扇風機にあて、スポーツドリンクを飲ませてました。
それで大事になったことはないですね。とにかく体を冷やすのが効果があるようでした。
しかし、自然というものは怖ろしいです。震災、台風、熱波、寒波・・・
当たり前ですが、心霊オカルトの怖さなどかすんでしまいます。
というか、納涼と称して怪談話に興じるのは贅沢な楽しみなのでしょう。

さて、「暑さ」をテーマにした怖い話というと、
名前があがるのが英国人作家 W・F・ハーヴィーの『炎天』という作品です。
自分は創元社の『怪奇小説傑作集1 英米編』で読みましたが、
原題は『Augast Heat』で、岩波少年文庫では『8月の暑さのなかで』と訳されています。
もう著作権が切れた作家なので、邦訳でも英文でも検索すれば読めますが、
ただし日本語の場合は翻訳の著作権はあります。
当ブログに載せようかと英文のほうをあたってみたんですが、
これが自分の記憶よりかなり長く、自分が書いている話の3倍くらいあります。
まあ自分のは実話風怪談ですので、そう長くはできないんですが、
ホラー小説だと、ショートショートといってもこれくらいの分量は必要なんですね。
それで全訳はあきらめて、簡単に筋を紹介します。

ある夏の暑い日の午前、天涯孤独の画家ジェームズは、
インスピレーションに駆られて鉛筆スケッチをした。
非常に太った男が法廷の被告席で判決を受けた瞬間、
男は驚愕のため放心状態にある・・・こんな絵柄で気に入った出来ばえだった。
その後ジェームズは暑さに耐えきれず、そのスケッチをポケットに入れて家をを出た。
涼みがてらに知り合いの家を訪ねようとしたのだが、道に迷い夕刻までさまよってしまう。
ふと1軒の家の前に出たが、それは石工のところで、
御影石が涼しそうだったのでふらっと入ってみた。
奥で仕事をしていたのは非常に太った男で、ジェームズはその顔を見て驚愕した。
なぜなら自分がスケッチした男とそっくりだったのだ。
男は見ず知らずのジェームズを快く迎え、
いろいろ話しているうちに、現在製作中の墓石を見せてくれた。

品評会に出すため、思いついた架空の名を刻んだということだったが、
それは「ジェームズ・クレアレンス・ウィゼンクロフト 1860年1月18日生
1901年8月20日頓死 生のただ中につねに死はあり」というものだった。
そこにあったのはジェームズのフルネームと誕生日、そして今日の日付。
さらに驚愕したジェームズは、自分がその名で、誕生日も合っていることを告げ、
石工も驚嘆する。しかし驚きはそれだけではなかった。
ジェームズがポケットに入れてあったスケッチを石工に見せたからだ。
お互いに一度も会ったことがないのを確認し、
2人は偶然とは考えられない一致に不安にかられる。
石工はジェームスが帰宅中に事故に遭うことを心配し、
その日が終わる12時まで自分の家に滞在することを勧める。

ジェームズは石工の細君からギュスターブ・ドレの聖書の挿絵を見せられたり、
軽食をごちそうになったりしながら過ごす。石工はノミを研ぎ始めた。
・・・最後はこんなふうに終わっています。
『 It is after eleven now. I shall be gone in less than an hour.
But the heat is stifling. It is send a man mad. 』

もう11時を過ぎた。あと1時間もせずに私はここを後にする。
まったく息詰まるような暑さだ。これじゃどんな人間でも頭が変になる。

英文は昔風なのはしかたないとして、イギリス的な回りくどい表現が多いようです。
これを宿命論の話と見るのは難しくはないでしょう。
画家は決定づけられた運命のもと、見ず知らずの石工が法廷で判決
(おそらく殺人罪)を受ける絵を描き、
石工もまた、運命により見本の墓石に実在の人間の名を刻んでしまう。
その後2人が出会い、運命により定められた事件が起きるのは必然というわけです。
作中に聖書やダンテの神曲の挿絵を書いているドレの名が出てくるのも、
神の「啓示」ということを暗に示しているのかもしれません。
しかしここまでだと解釈の半分かなあと思いました。
作品がけっこう長いのは、話の中に汗を拭くシーンなど、
繰り返し暑さの描写が出てくるからですが、これがないと話の底が浅くなりそうです。

変な比較かもしれませんが、自分は安部公房さんの『砂の女』を思い浮かべました。
海辺の砂丘に昆虫採集にやって来た男が、
女が一人住む砂穴の家に閉じ込められ、様々な手段で脱出を試みる・・・という話なんですが、
あの砂底に住む人達の集落が現代社会の何かの比喩になっているとして、
それだけでは物語は成立しません。
あの圧倒的な砂の描写の積み重ねが、作品を作っていると思うんですね。
中心テーマは「砂」。それと同様に、この話も異常な熱気の描写があってこそ、
初めて成り立つんじゃないかと考えたんです。








Left-handed theory

2015.07.12 (Sun)
わほほほほっ

この4月から一人暮らしを始めたんです。奈良県から大阪の大学に合格して。
部屋はけっこう高いところなんですが、両親が初めて親元を離れる私を心配してくれて。
1部屋ですが、キッチンがけっこう広いんです。
あと、セキュリティのきちんとしたところがいいって言って、
玄関に警備員さんが常駐してるマンションの8階です。
そうですね、家賃は高いです。あんまり仕送りで負担をかけたくないなと思って、
今、アルバイトを探しているところなんです。
ある程度の家具が付属してました。キッチンのテーブルとイス、テレビ台、
それからクローゼットです。これからお話しするのは、
そのクローゼットのことなんですよ。いえ、使い始めたときには気がつかなかったです。
あの音が聞こえるようになったのは、3週間して大学にもやっと慣れてきたころからですね。

クローゼットは部屋に作りつけになってて、つまり壁とくっついてるってことです。
高さは180cmくらいでしょうか。ちょうど鴨居までで、私の背よりだいぶ高いです。
バーはちょうど手が届くくらいなんですけど。
観音開きで、両方の扉の裏側に縦長の鏡がついてて、下半分が引き出しになってる。
まあ、どこにでもありそうなものです。あ、はい。そこは新築ではないので、
私の前にも居住者はいました。でも、それは別の大学の女性で、
ちょうど卒業で入れ替わったんです。おかしなことがあったなんて話は、
不動産屋さんからは聞いてはいないです。
「わほほほほほっ」って音なんです。声って言えばいいかな。
ただ、最初はくぐもった感じで、音なのか声なのかわからなかったです。
ええ、そのクローゼットを開けたときに聞こえるんです。

必ずではありません。そうですね、はっきりとはわからないですけど、
日中は聞いたことがないですので、夜だけです。それも11時くらいに遅くなってから。
開けると、やや間を置いて「わ~~ん」って音が聞こえたんです。
最初は、クローゼットそのものがたてる音だと思ってました。
蝶番のところなんかが錆びたりしてて、それが鳴ってるんだろうと。
でも、その音がするのは最初に開けたときだけなんです。
その後は何度開閉しても鳴りませんでした。
いえ、怖いと思うことはなかったです。私の実家は奈良の田舎の古い木造でしたから、
よく家鳴りがしてたんです。台風のときなんかガタガタピシピシって。
だからそういうたぐいのものだと思ってました。
でも、その音が聞こえるたびに、エコーがとれてはっきりしてきたんです。

「わほほほほっ」・・・人が驚いたときにあげる叫び声みたいに思いました。
ええ、女の人の声です。それがなんだか、
だんだんに自分の声に似ているように思えてきたんですよ。
ええ、扉を開けるたびに「自分が驚いて叫んでいる」声を聞いているってことです。
どう解釈していかわかりませんでした。
不動産屋か大家さんに苦情ですか? それは考えなかったです。
別に実害があるわけじゃないし、その音以外はとても気にいってましたから
あと、部屋を替わりたいって言っても、ここは両親が選んで入ったばかりなので、
絶対反対されるってこともわかってました。
だから、できるだけ気にしないようにしてたんです。
そうしているうちにも、声はだんだんはっきり、大きくなってきて・・・

5月の連休前ですね。私がとっているゼミの先生の出版記念パーティがあったんです。
それに出席しました。お酒は飲んでなかったです。
でも会が終わった後に友達とカラオケに行って、
終電に合わせて帰ってきたのが12時近くでした。ええ、スーツを着ていたので、
クローゼットを開けてしまおうとしたんですよ。
もう遅いし、またあの声が聞こえるのかなと思いながら開けたら、
クローゼットの中に人がいたんです。いえ、これは正確ではないですね。
正面にもう一人自分がいて、ちょうど同時に向こう側からクローゼットを開けて・・・
あまり驚いたので思わず叫んでしまったんですよ「わほほほほっ」って。
あわてて閉めました。その後・・・躊躇したんですが、そっと少しずつ開けてみたんです。
そしたらいつも通りに戻っていました。え、正面に鏡があったんじゃないかって?

・・・まあ、普通はそう考えますよね。でも絶対にそんなことはないです。
ここに扉を開けて取った写真を持ってきてますので。
それに、もし鏡があったとしたって、ほぼいっぱいに洋服がかかってるので、
見れるわけはないんです。でも・・・私ってほら、口の右側にほくろがあるでしょう。
クローゼットの中にいた自分はこのほくろが、向き合った形で同じ側にあったんです。
つまり左ってことで、これは鏡を見るときとおんなじですよね・・・
とにかく不思議で、ここのことを聞いて相談に来たんです。
その後ですか? ええ、クローゼットは使わないわけにはいかないので、
今も使ってますけど、声は聞こえなくなりました。それにしても「わほほほほっ」って声、
ずいぶん間抜けな感じだと思ってたんですが、やっぱり自分が叫んだものだったんですね・・・
あ、それと、向こうのもう一人の自分も叫んでたと思いますよ。 おんなじ声で。

皮膜

仕事はホストをしてるんだよ。え? その額の包帯は何かって?
今その話をするんだよ。昨日の夜、開店前に店に行って、
女子トイレの鏡の前で、新しいスーツおろしたから具合を見ようとしたんだよ。
え? なんで女子トイレかって? そりゃホストクラブだから、
俺らの控室にも鏡はあるけどよ。
女子トイレのは、客の映りがよくなるように縦にゆがませてあるんだ。
スタイルよく見えるってわけ。こういう商売はね、酔ってもらってナンボだから。
ああ、酒に酔うってことだけじゃなく、店の雰囲気とかね、
あと自分にも酔ってもらわないと。だから現実が見えないようにしてあるんだな。
スーツは英国製だよ。俺はイタリーは嫌いなんだ。
60万くらいじゃねえかな。俺が買うわけないだろ。

客からのプレゼントだよ。あぁ? その客はここ2週間くらい姿を見せてないけどな。
金が切れたのかもしねえが、よくは知らん。
でよ、その鏡がなあ、曇ってたんだ。
薄らぼんやり曇ってて、全身がかすんで見えるんだよ。
変だなあと思ってなぜてみたが曇りはとれない。けど、原因はすぐわかった。
鏡・・・かなりでかい一枚鏡なんだが、そこにビニール・・・
よりはベタつく感じのフィルム?が貼ってあったんだよ。
イタズラにしちゃ大掛かりだし、おそらく鏡のメンテを店でやってるんだと思った。
けどよ、それじゃ姿を映せねえし、開店の時間もせまってたんで、
剥がしてもいいだろうと思ったわけ。
で、鏡の左隅を爪で引っ掻いたら、セロテープみてえな感じで端っこがあった。

一気にべりって剥がそうとしたとき、すげえ嫌ーな感じがしたのよ。それで、
ペリリってちょっとだけめくったら、額に激痛があった。手で押さえたらべっとりと血。
でよ、不思議なことに鏡の曇りはとれてて、
左の生え際が血だらけになってる俺がいたんだ・・・
頭の皮が剥がれかけてたんだよ。それで救急外来に行って縫ってきたんだ。
いや、顔に縫い痕つくのは勘弁って言ったら、
今は技術が発達して痕は残んないって。
まあそれで安心してまかせた。どうやったら生え際にそんな風に傷がつくか、
医者もいぶかしがってたけど、俺に説明できるわけはねえよな。
なあ、変な話だろ。もし思いっきり剥がしてたらどうなってたんだろうな。
ちょっと怖くなって、それから鏡には近づいてねえんだよ。








名誉の家

2015.07.11 (Sat)
昭和40年代後半頃の話だよ。俺がまだ小学生の時分な。
小学校の4年から6年まで、その3年間、
夏休みは父親の田舎のばあちゃんの家に預けられたんだ。
場所は言わないで置く。だいぶん年月はたったが、あれこれマズイことあるだろうから。
両親が共稼ぎだったんだよ。母親はミシンのセールスをしてて、
ふだんから団体職員の父親より帰りが遅かった。
だから夏休みは昼飯つくることができないんでってことだったろう。
俺としちゃ不満だったなあ。だって友達と遊べないから。
まあ、山には自然があったけど、テレビはチャンネルが少ないし、
ばあちゃんは夜早く寝るしね。向こうの子どもと友達になるなんてこともなかったな。
これは一軒一軒家が離れてたせいもあるけど、それだけでもなかった。

なんとなくばあちゃんの家はそのあたりで敬遠されてたんだよ。
これは今だからわかることだけど。ばあちゃんは当時まだ60になったばかりでね。
元気なもんだった。炎天下でも毎日畑に出て昼飯どきに戻ってくるんだ。
山だから田んぼはわずかしかなかった。畑作中心、あと養蚕をやってる家もあった。
俺は、起きて朝飯を食うと、ばあちゃんについて畑にいくか、
家でごろちゃらしたり宿題やったり、一人で虫捕りに行ったりって生活だった。
川で釣りもしたよ。いや、危険なことはなかったね。
渓流だったけど足首くらいまでの深さしかなかったし、
雨もあんまり降らない地域だったから、増水するってこともなかった。
ああ、よく知ってるね。ばあちゃんに禁じられてたことはあったよ。
ほら、昔の農家だから縁の下が高かったんだ。

そこにだけは入るなって言われてた。そんなにきつくじゃない。
下には古い農機具がしまい込まれてて、中には刃がついたものもあるからってことで。
いや、最初から入る気なんてなかった。
子どもでもかなり頭をかがめなきゃなんなかったし、蜘蛛の巣だらけでね。
ただね、ばあちゃんは朝、クワ持って畑に出かける前に、
必ず手を叩いて縁の下を拝むんだよ。これは不思議だった。
もちろんなんでそなことするのかって聞いた。したら、
「縁の下には神さんがおるから。うちには特別に強い神さんがおるからの」
こんな答えが返ってきたよ。意味不明だったねえ。
とにかく、留守中に家を守ってくれる神さんってことだった。
で、ばあちゃんが畑に出ると退屈な俺の一日が始まるってわけ。

でね、そこの地域は獣害がひどかったんだ。
シカが一番で、たまにイノシシとサルだな。ただサルはほとんど見かけなかったし、
イノシシだって冬場のことだから。
たいがいの家では、主要作物・・・つまり自分らが食べるだけじゃなく、
出荷する野菜を作ってる畑は木の柵で囲ってあった。
今でもあるらしいよ。ただ、金網と電気柵に進化したみたいだけど。
それでもやっぱ被害は出る。それでその夏は、猟友会のハンター連中を町で頼んで、
駆除することになった。そこらでは猟銃免許持ってる年寄りも多かったが、
やっぱいろいろ危ないからってことだったろう。
でもよ、ばあちゃんの畑は、柵はないのに何の被害もなかったんだよ。
ある日の午後、ばあちゃんが畑から帰ってきて昼飯を食った後、

町の自治会かなんかの人かなあ、中年の男のが訪ねてきたんだ。
害獣駆除のための寄付金を集めてるってことだった。
で、ばあちゃんと縁側に座ってこんな話をしたんだよ。
「○○さんとこは名誉の家だから、獣どもは近寄ったりせんだろうが、
 これも役目でね」 「ええよ、ええよ。寄付は出すから。千円でええのか」
「すんませんなあ」ここで出てきた「名誉の家」ってのがよくわからなかったから、
あとでばあちゃんに聞いてみた。したら「戦死者を出した家ってことだよ。
 お前のじいさんは先の大戦で戦死して、そのことだろ」この話は聞いてたし、
ばあちゃんの家の仏間には、軍服を着た立派なじいさんの写真も飾られてた。
俺の父親と弟を残して、出征したじいさんは帰って来ず、
残されたばあちゃんが、戦後の混乱期に苦労して子育てしたんだ。

そのおかげで、こうやって俺も世に出たわけだし。
・・・じいさん、じいさんって言ってるけど、その遺影に写ってるのは、
黒々した髪の青年といっていいような人だったよ。
まだ30代になったばかりだったろう。
ああ、すまん長話になってきたな。害獣駆除があって2、3日後だ。
夜中に家の外が騒がしくて目が覚めたんだ。
でな、獣が鳴くような声がするんで起きてみたわけだ。そこらは泥棒なんていないんで、
雨戸を開けて蚊帳を釣って寝てたんだよ。そっから出て、縁側にいってみた。
そしたら街灯もない闇でよくわからなかったけど、
ぎゃんぎゃん騒いでるのはサルの声みたいだった。それも数匹。
尋常の騒ぎ方じゃなかったんで、奥で寝てるばあちゃんを起こしに行ったんだ。

したら布団にばあちゃんがいなかったんだよ。で、最奥の仏間を開けたら、
ロウソクが灯ってて、ばあちゃんが仏壇に向かって拝んでたんだ。
「ばあちゃん、外で・・・」こう言いかけたとき、外の音がピタッと止んだんだ。
「おや、起きたかい。外はもう済んだみたいだから、蚊帳に戻りなさいな。
 この家は守り神さんが守っててくださるから。朝になれば何が起きたかわかる」
で、気になったんで翌朝早くに庭に出てみたら、
サルが3匹倒れて死んでたんだよ。ニホンザルだと思うけど、
やつらは夜行性じゃないんだよな。で、その死に方がひどかったんだ。
3匹とも目を剥いて、胸が何かで締めつけられたようにへこんで、
口と尻から血の固まりと内臓を吐きだしてたんだよ。おびえてると、
ばあちゃんが出てきて村役場に電話をかけ、猿の死骸はとりかたづけられた。

ま、この年はおかしな出来事はこれっきりで、
あの事件が起きたのは俺が6年生のときのことだ。
やっぱばあちゃんの家にいたんだ。その夏休みが終わるころだったなあ。
夕暮れどき、ばあちゃんは流しで夕飯を作ってて、俺は縁側で涼んでたんだよ。
したら家の前の砂利道に大きなトラックが来たんだ。
そこらでは軽トラしか見かけなかったんで珍しかった。で、中から男が2人、
背広の上下を着たやつと、もう一人ランニングシャツに作業ズボンのやつが出てきた。
こっちに向かって歩いてきたんだよ。最初は薄暮でよくわからなかったけど、
生垣の木戸を開けて入ってきたとき、ランニングのやつの肩に刺青が入ってるのが見えた。
それで怖くなった。うん、何か普通じゃない雰囲気を漂わせてたっていうかな。
で、背広のほうが俺を見て「ボク、家の人はいるかい」って声をかけてきた。

で、答えないでいるうちにずんずん近づいてきて、
ランニングのやつが俺のシャツの背中をつかんだ。「ばあちゃん!」って叫んだとき、
目の端に動くものが見えたんだ。それは縁の下から出てきてね、大きな蛇だったんだ。
長さは3mくらいかなあ。外国のニシキヘビとかに比べればたいしたことはないが、
太さは大人の脛くらいもあったよ。蛇は地面を素早く這って、
俺のシャツをつかんでたランニングの足に絡みついて引き倒した。
そいつはものすごい勢いで倒れて、縁石に頭を打ってのびてしまった。
背広のほうはあっけにとられてたが、蛇だって気がついて体をぞくぞくって震わせ・・・
大蛇はぎゅん頭をもたげ、脇の下から入ってそいつの胸に巻きついた。
そんときに初めて気がついたんだよ、蛇の頭に黒々と髪の毛が生えていることにね。
この後はどうなったかわからない。俺は家の中に逃げ込んだから。

したら、流しにいるはずのばあちゃんが奥の部屋から出てきて、電話をかけたんだ。
警察にだよ。それから俺を抱き寄せて目をふさぐようにしたんだ。
・・・まあこれで話は終わりだ。2人は死んではいなかったが、背広は肋骨が何本も折れ、
ランニングは頭の骨折と脳の損傷で長期間入院したってことだった。
県内の大きな市で抗争をして、指名手配中の筋者だったんだな。
なんでばあちゃんの家に来たのかはわからない。たまたまかもしれないし、
じいちゃんの戦前の知り合いだったのかもしれない。
野生動物に襲われて負傷したところを逮捕ってことで、
ばあちゃんが何度か警察に呼ばれて事情を聞かれた程度で済んだ。
俺は中学に入って、部活のためばあちゃんの家に長期滞在することはなくなったが、
お盆には両親と行ってた。あの蛇はその後一度も目にすることはなかったね。







天空の図書館

2015.07.10 (Fri)
* 難しい話の上に、自分がどっかで間違えている可能性も多分にあります。
 怖い話を期待される方はスルーをお勧めします。

「天空の図書館」・・・奇異な題名ですが、今日は怖い話ではありません。
これはアカシック・レコードと言われるものの別称です。
アカシャ年代記とも呼ばれています。19世紀後半から20世紀初頭の、
オーストリア帝国に生まれた神秘思想家、
人智学を創設したルドルフ・シュタイナーが作った言葉であるとされます。
シュタイナーは、日本では幼児教育の分野で語られることが多いですが、
哲学、文学、医学、建築など多方面で多くの業績を残しています。

では、アカシック・レコードとは何かということですが、これは、
「物理界・幽星界・神界・天空などの世界の果てに、
それを取り巻くように不思議な境界線が遠く伸びており、
ここには全宇宙の歴史が時間の流れにしたがって配列されており、
あらゆる生物、民族や個人についての全記録が保存されている」
というものです。

それは、解読不可能な言語で記録された膨大な蔵書をようする図書館にも例えられ、
透視能力のある意識だけが、近づいて情報を引き出すことができるとされます。
オカルティストの間では、過去の出来事のみにとどまらず、
未来に起きるすべてのことも記録されていると考える立場もあり、
これに立てば、あらかじめ万物の運命は決まっているという宿命論になります。
現代ではニューエイジ用語としても使用され、
心霊治療家であるエドガー・ケーシーが用いたことで一般にも広まりました。

実際にそんなものがあって、自在に情報を引き出すことができるのであれば、
それはすごいことですが、これはあくまでも世界記憶的な概念です。
ところが最近、話題に上ることが多くなってきました。
「ホログラフィック宇宙論」という最新の宇宙物理学上の知見との関連においてです。
ホログラフィックとは「ホログラム(ホログラフィー)」
2次元なのに3次元に見える写真のことですが、ここから名づけられています。

さて、どこから話を進めればいいでしょうか。
まず例えば、音楽CDでもいいかな。あの丸い円盤をヤスリか何かで、
粉状にすりつぶします。さらに熱を加えてその粉を燃やしつくして灰にします。
そうすれば、CDに含まれていた情報は、
完全に破壊され消滅してしまったように見えます。

しかし、物質が消えてしまうということはありませんから、
CDを粉にして燃やすという一連の過程をビデオに撮ったものを逆回しする
(灰が粉になりCDに戻っていく)ようにして元に戻し、技術的な困難はともかく、
理屈の上では元の情報を再現することはできるはずです。

さて、このブログにたびたび登場するホーキング博士は、
「ホーキング放射」というものについての理論を発表しました。
これは簡単に説明すると、「量子力学的に真空ゆらぎからトンネル効果により、
粒子がブラックホールの事象の地平線付近で対生成を起こす。
その対生成で出来た二つの粒子の一方が地平線に向かって落ち片方が外へ放射される。
エネルギー保存の法則からブラックホールの質量エネルギーは下がり、質量を失う」


つまり、ブラックホールは消え去る方向へと向かっていくわけです。
ですからこの理論は「ブラックホールの蒸発理論」とも言われています。
巨大なブラックホールにおいては、微々たる量のこの放射は問題になりませんが、
極小のブラックホールならば、
できたとほぼ同時に蒸発してしまうこともありえるわけです。
ホーキング放射の観測は試み続けられていて、極微小なので難しいでしょうが、
もし観測されれば、ホーキングのノーベル賞受賞もありえるでしょう。

このどこが問題かというと、ブラックホールの中心には重力の特異点があります。
量子もつれを起こしながらこの特異点に入ってしまうと、
量子状態に関する情報が破壊され、完全に消え去ってしまうことになりそうです。
これは困ったことです。さっき例に引いたCDであれば、
どうやっても元に戻すことができなくなってしまうわけですから。

このことを「ブラックホール情報パラドックス」と言います。
ちなみに余談ですが、ホーキングとその仲間たちは冗談が好きで、
この分野で生じた定理や仮説を「裸の特異点」
「ブラックホール無毛定理」「宇宙検閲官仮説」などと、
ポルノ取締りに関する用語のパロディ?で名づけています。

この理論を発表したとき、ホーキングは、ブラックホールに落ち込んだ情報は、
完全に破壊されると確信していたため、1997年、
前にタイムマシンの話で出てきたキップ・ソーンを味方に引き込んで、
物理学者ジョン・プレスキルと賭けをすることになりました。

負けたほうが「情報を自由に引き出すことができる事典」
を勝者に贈るというものです。
(ブラックホール無毛定理=ブラックホールには毛がない=情報を引き出せない)
そしてこの賭けは、多くの物理学者を巻き込んで大きな論争を引き起こしました。
たくさんの仮説が発表され、ホーキング方の旗色が悪かったのですが、
2004年にホーキング自身も情報が保存される一つの仮説を発表し、
自分の負けを認めました。これによりプレスキルには、
彼が望んだ野球百科事典が贈られたのです。

さてさて、この論争の過程で、
ブラックホールに落ち込んだ情報は、ヘーラルト・トホーフトによって、
事象の地平線の上に符号化されて保存されると説明され、
超ひも理論の研究者も同一解を示してこの結論を支持しました。
このあたりは難しいのですが、思いっきり簡単に言ってしまうと、
ブラックホールに落ち込んだ情報(エントロピー)は、ブラックホールの事象の地平線の、
表面積に比例して保存されるということのようです。

これは意外ですね。直観的に理解しにくいです。なぜ体積ではなく表面積なのか・・・
ところでブラックホールだけではなく、
われわれのこの宇宙にも事象の地平線はあります。
これはシュヴァルツシルト面とも言われ、
いっさいの情報が到達できなくなる限界面と考えられています。

とすればわれわれのこの宇宙の全情報もまた、
宇宙の事象の地平線上に記載されており、
われわれが生きて行動することのすべては、
その2次元情報に基づいていると見なすこともできてしまうようなのです。
もし世界が2次元からの投影であれば、重力についても説明しやすくなります。
まだまだ理論上のものではありますが、アメリカのフェルミ国立加速器研究所において、
検証実験が行われようとしています。もしかすれば、
われわれの存在は2次元情報を元にした超高解像度の3D映像のようなものである、
ということが明らかにされるかもしれませんww

どうでしょう、ここまでお読みになった方は、
最初に出てきたアカシック・レコードとの類似点にお気づきにはなりませんか。
神秘学的な考えと最新宇宙論はもとより比較すべきものではないことは
承知していますが、じつに、じつに面白いなあと感じます。
こういうのを見ると、長生きしたいなあと思いますね。
自分が生きているうちにどこまでのことがわかるのか、
この世界はどれほどまで予想を超えた不可解な姿を現し続けるのか。
楽しみでなりません。







山の湯

2015.07.09 (Thu)
中学校1年のときの話ですね。父が森林管理局・・・当時は営林局といってましたが、
そこに勤めていまして、ちょくちょく出張があったんです。
夏休みに入ったばかりの7月後半でした。
父の出張は3か月など、長期にわたることが多かったんですが、
そのときは2泊3日という短いものでした。
「どうだ、俺の仕事中は宿で大人しくしてるなら、連れてってもいいぞ」
父がこう言ったので、とびついたんです。
まだゲームなども出始めたばかりのころでしたが、自分はそういうのには興味がなく、
外で遊ぶこともあまりなくて、読書が好きな子どもでした。
だから父についていけば、涼しい山間地の宿で、
一日中寝転んで本が読めるだろうと思ったんです。

あとそれに温泉。父の泊まる宿は現地の営林署が準備するんですが、
温泉宿であることが多かったんです。今回もそうだという話を聞いて、
ますます、これを逃す手はないと思いました。
ええ、温泉も大好きだったんです。着替え数枚と文庫本3冊、
それと形ばかり宿題を持って、営林局のバンに同乗しました。
今だったら問題になるかもしれませんが、万事のんびりした時代で、
そういうのはうるさく言われることはなかったです。
出張は父ともう一人の局員とで、4時間ほど走ってかなり山奥の集落に着きました。
広い木材の集積場があり、その向かいが一軒宿の温泉旅館になってました。
想像どおりの鄙びたところでしたよ。部屋によって荷物を置き、
父と同僚の方は営林署に顔を出しにいき、自分は和室に寝転がって本を広げました。

1日目の夜でしたから、現地の署員や作業員を交えて、
そこの温泉の広間で歓迎会がありました。今ならこれも、
接待として問題視されるかもしれません。
自分は御飯だけ食べて、父との二人部屋に下がって読書の続きにふけったんです。
ええと、そのとき読んでいたのは横溝正史の「大迷宮」という本です。
子ども向けの内容のものですが、戦後すぐの作でよくわからないところもありました。
ちょうどね、石坂浩二さんが金田一をやった映画が流行ってまして、
横溝さんのリバイバルブームの真っ最中でしたね。
で、2日目の夜です。その日は宴会はなく、
父が「何度風呂に入ったんだ? お前の本好き温泉好きもたいしたもんだ。
 こっからもう少し奥に入ったところに、露天風呂のある宿があるから行ってみるか」

こう聞いてきました。宿の風呂は木造りの小さいものでしたので、
「行く、行く」タオルだけ持って父と歩いて出かけたんです。
そうですね、時間は夕食前の6時くらいだったと思います。
もう一人の局員の方が集落に出かけてましたので、父としては、
その方が戻って晩酌を始めるまでの時間つなぎのつもりだったかもしれません。
時間は15分ほどでした。山を背にして黒々と大きな木造の建物が見えてきましたが、
明かりはついてませんでした。「あれ、旅館はやってないんじゃない?」
「いや、もう母屋は使ってないんだよ。風呂と離れの数部屋しかやってない」
あとでわかったことですが、そこは林業が盛んだった明治のころに、
遊郭だった建物だったんです。離れの木戸をくぐると老人が出てきて、
ていねいにお辞儀をし、露天風呂に案内されました。

あらかじめ連絡を入れてあったんです。
脱衣所が小屋になっていて、木の鍵がついたロッカーがありましたが、
入浴客は自分たちしかいないようでしたので、脱いだものを竹籠に入れて、
露天風呂に向かいました。「うわ、何これ。すごい湯気だね」
「いや、ここはぬる湯だし、真夏だから湯気じゃない。
 これは温泉蒸気だよ。あっちの岩陰から噴出してるが危険なことはないはずだ」
風呂は自然の岩を組んだもので、かなりの広さがありそうでしたが、
とにかくもうもうとした湯けむりで、向こう側が見えなかったんです。
洗い場も何もない昔ながらのつくりでしたが、
外からは見えないように葦簀(よしず)の衝立がはりまわされていました。
お湯はぬるかったです。自分の腿くらいの深さだったのが、

歩いていくと腰のあたりまできました。中に大きな岩がありその陰で体を沈めました。
とても幻想的な感じでしたよ。空は満天の星だし、目の前は漂う湯けむりの層。
5分ほどしてから立ち上がり、奥に進んでいきました。
底が傾斜していたんでしょう。進むほどに深くなっていき、
ついには自分の胸くらいにまで湯がきました。
それにしても広い湯船で、この先どのくらいあるんだろう。そう思ったとき、
ずんと体が沈んだんです。ええ、足元に深みのようなところがあったんです。
驚いて叫び、お湯を飲み、もがき、それから泳ぎました。
遠くのほうで「おおい、どうした?」父の声が聞こえたように思いました。
縁の岩に手をかけて立つと、入ったときと同じ腿くらいの深さで、
這い上がってお湯を吐きました。

それから周囲の玉砂利を回って入り口のほうへ戻ろうとしたんですが・・・
行けども行けども湯けむりの温泉があるだけだったんです。
ありえないことですよ。心があせって100m以上も走ったんじゃないかな。
池のまわりを巡ってるようなもので、それでも脱衣所の小屋が見えてきませんでした。
それと、自分の外側の葦簀の衝立もどこまでも続いていて・・・
「父さん、父さん」呼びましたが返事はなし。もう半べそになってました。
で、どのくらい走ったか、葦簀の切れ目に灯りが見えた気がしました。
20mほど奥に、雨戸を外した長い廊下がありました。
来るときに見た旅館の母屋だと思いましたが、かなりの長さでした。
でも、温泉と違って建物の両端はあったんです。
廊下の向こうは障子で、3部屋ほど灯りがついてて、あとは真っ暗。

人がいるのなら、ちょっとおじゃまして脱衣小屋へ行く道を聞こうと思いました。
ええ、そのときは裸でしたけど、タオルは持ってましたし、
子どもでしたから、そう恥ずかしい気もなかったんです。
それに父は本局から来た課長ということで、どこでも丁寧に頭を下げられてましたし。
タオルで足を拭いて廊下にあがると、2部屋は続きで使われているようで、
障子越しに話し声が聞こえ、大勢の人の影が映るのが見えました。
何か宴会のようなことやってるんだ、とわかったので、
もう一つの障子4枚だけの小さい部屋の前の廊下で、「あのーすみません」
小声でよびかけてみたんです。カサッと音がしたので人がいるようでした。
もう一度声をかけると、障子が数cm開いて・・・覗き込むと女の子の顔があったんです。
女の子は自分を見て驚いた表情でしたが、すぐ「しっ」と、

人差し指を唇の前にあてる仕草をしました。
女の子・・・そうですね、そのときの自分と同じ年ごろに見えましたよ。
当時でも古臭い感じの紺のセーラー服姿でした。
これは恥ずかしかったです。腰にタオルをまいて廊下に膝をついてましたから。
「あの、露天風呂で迷って・・・」女の子はもう一度指を口にあてる仕草をし、
「黙って、祝宴の人たちに聞かれてはいけないから」こうささやきました。
続けて「お風呂から来たのなら・・・」そう言って、いったん部屋の奥に下がりました。
そのとき、覗き込んだ障子の隙間から布団が見えたんです。
白布団に横たわり、顔に白布をかけて・・・胸の上で組んだ手には数珠が・・・
急に線香の匂いがしてきたんです。「えっ、ええっ、死んだ人がいる」
女の子は小箪笥から何かを出して指にかけて戻ってきました。

そして、「お風呂から来たなら、これ持ってもう一度お湯に入って」そう言って、
ひものついた木片を指に絡めてよこし、そしてツンと障子が閉まりました。
木片には「弐拾四」という漢数字の番号が書かれてあり、
どうやら脱衣所の木製ロッカーの鍵のようでした。
今の女の子は? それにあの布団・・・親戚のお通夜に出たことがあるので、
それと同じだと思いました。真夏なのに背筋がぞくぞくとして、後退りして廊下を下りました。
女の子が何をしているのか気がかりでしたが、隣の座敷で三味線のような音が聞こえ始め、
立ち上がった人の影が障子に映ったので、葦簀をくぐって湯けむりの露天風呂に戻りました。
湯船のに足を入れ、10歩も進まないうちに父の声が聞こえてきたんです。
「ずいぶん長湯してたな、ほんとにお前、温泉好きだなあ」って。
指の間にひもが引っかかって、あの木の鍵が下がっていました。

あったことを父に話そうかと思いましたが、それより鍵のことが気になったので、
「もう上がろうよ」そう言って脱衣小屋に向かいました。
小屋のロッカーは長年使われてないらしく、薄汚れて蜘蛛の巣のかかったところもありました。
手近の鍵を抜いてみたら、自分が持ってるのとほとんど同じでした。
24番には鍵がついてなかったので、差し込むと何とか入って、
コチッと回ったんです。開けてみると中は空・・・に見えましたが、
奥のほうに千代紙らしきものがへばりついてたんです。
濡れて乾いてを繰り返したようなそれは、縦15cmほど。
すっかり色がにじんで褪せてしまっていたんですが、和服を着た女の紙人形だとわかりました。
ぱりりと音を立ててはがし、ちょうど入ってきた父に「ほら、これ」と見せると、
父は目を細めて見ていましたが「花魁の人形かなあ」こう言ったんです。

んこきうytr





犬使

2015.07.08 (Wed)
漫画ムックの編集者をしてるんです。おわかりになるかどうか。
あの、よくコンビニに置いてある少女マンガ系の厚いホラー漫画誌。
この仕事ってけっこうたいへんなんですよ。
漫画家さんと一緒に神社やパワースポットと言われるところを訪問したり。
中には心霊スポットもありました。その中でいろいろ奇妙なことは体験しています。
でも、今回みたいなのはさすがに初めてだったんです。
2週間前ですね。昼過ぎに駅にいました。
そのときは、仕事でお世話になっている霊能者さんのお宅へ伺うところでしたが、
体調が悪かったんです。恥ずかしい話ですが、
ダイエットをしていまして、ええ食事制限中心です。
1日に1000cal以内に抑えていました。だからそのせいもあったと思うんです。

それと、あの日は真夏日になったんですが、
ホームにいるときも日差しがギラギラまぶしくて、熱中症気味だったかもしれません。
ええ、平日の日中でしたから、人はぱらぱらとしかしませんでした。
眩暈がして、ベンチに座り込んだ瞬間にフーッと気が抜けちゃったんです。
いえ、その・・・幽体離脱っていうんですか、
あの状態になっちゃったんです。体が軽くなって、
ずっと続いてた偏頭痛もなくなってましたが、それもそのはずで宙に浮いてたんです。
頭がホームの屋根近くまできていたと思います。
そして、下のベンチに自分が頭を垂れて座ってるのが見えたんです。
そうですね、そのときまず思ったのが「ああ、やっちゃった」ってこと。
いえいえ、これまでそういう状態になったことはありません。

ただほら、仕事がそういう関係ですから、
自分が幽体離脱してるんだってことはわかりました。
この次の来る電車に乗らないと、霊能者さんのお宅に約束の時間まで着けないな。
初対面の方だしどうしよう。そんな考えが頭の中にありました。
え、そのとき着ていたものですか? 下にいる自分と同じだったと思います。
連絡しなきゃと思いましたが、スマホはバッグの中で、
それは幽体の私は持ってなかったんです。だから、体をかがめて降りてこうと思いました。
そしたら、ドーンという強い衝撃があったんです。
痛みではありません。そうですねえ、自分の身体全体が太鼓の皮みたいになってて、
それが叩かれてピリピリ震えるような感じです。
痛くはないけどショックが走ったんです。

しばらくもがいているうちに、どうやってもそこから動けないってことがわかりました。
そして怖くなってきたんです。下の私の身体もピクリとも動かないし、
これは死んだんだろうって。でも、これまで聞いたところだと、
幽体離脱したときには、何ともいえない安心感や幸福感があるという話が多かったんですが、
全然違いました。「あ、ヤバい、やっちゃったなあ」
仕事で何かとてつもない失敗をしちゃったときの感じに似てました。
あと「これからどうなるんだろう?」って。
これも体験者さんの手紙などを読んだところでは、空中の一点に穴が開いて、
そこから光が溢れてきて・・・ってことだったんですが、
いつまで待ってもそんな兆候はありませんでした。
そうしているうち、電車が2本来て出てしまったんです。

そして2本目の電車が走り去った後、線路から黒い影が出てくるのが見えました。
2ついました。黒い影としか言いようがないですね。
手や足があるようには見えなかったし、
全体が30cmほどの幼虫みたいなものでした。それがホームへと這い上ってきて、
ベンチでうつむいている私の身体の足元に這い寄ったんです。
そのとき、それらのだと思います。考えていることが頭に入ってきました。
「これは抜け殻か?」 「主のいない抜け殻」
「食べてもいいのだろうか?」 「いいのではないか」 「いいものに違いない」
こんな感じです。私が漫画雑誌にかかわっているせいでしょうか。
漫画の吹き出しを見ているようでしたし、少しコミカルな調子でもあったんです。
黒い影の一つがにゅーっとのび、私の幽体でないほうの体の右足のすねに吸いつきました。

巨大なヒルという感じでした。そしてもう一匹が左足に・・・
その気持ちの悪いこと。もしみなさんの足にヒルが吸いついてて、
落としたりスプレーを書けることもできず、ただ見てなくちゃならないとしたら。
まさにそれなんです。もどかしいけど、どうにもできないっていう。
こいつら、黒ヒルって呼ぶことにします。
黒ヒルは波うっていて、私の身体から何かを取り入れてるってことがわかりました。
そのとき3本目の電車が入ってきたんです。何人かの人が降りドアが閉まった後に、
そのドアを通り抜けて、真っ白い犬が降りてきました。
耳がピンと立ちしっぽの丸まった・・・秋田犬に似ていたと思いますが、
よくはわかりませんでした。犬はとことこ軽快に黒ヒルのところに駆け寄ると、
一匹を咥えて私の足から引きはがしました。

そして何度か振り回すと、ホームの下へぽいっと。
もう一匹も同じでしたね。「やったザマミロ」と思いましたが、
そのとき初めて、犬は幽体の私のほうを見上げてから、
「ゲッ、ゲッ」とえずくような動作をして、白い玉を吐きだしたんです。
そうですね、ゴルフボールより少し大きいくらいでしょうか。
白い色をしてたんですが、そのときは光を映して虹色に光ってました。
すっ、と私の幽体の身体が玉のほうに向かって動き出しました。
一瞬玉の中に吸い込まれちゃうんじゃないかと思ったんですが、
そうではなく、幽体の私の身体は後ろ向きになり、座った姿勢をとって・・・
ええ、ベンチの私と重なって一つに戻ったんですよ。犬はまだ足元にいましたが、
人間のようにこくんとうなずくと、白い玉の中に吸い込まれていきました。

私は・・・高熱が出たときのように、あちこちの関節が痛かったです。
それと、さっき黒ヒルに吸いつかれてた両脚のすねには、
また別のなんとも言えないいやな痛みがあったんです。
立ち上がったら立ち上がれたので、下に落ちていた白い玉を拾いました。
そう重いものではなく、石なのか陶器なのかよくわからなかったです。
それをバッグに入れ、次の電車に乗って霊能者さんのお宅に向かいました。
表に白黒の巴模様の看板が出ている家の前に出て、
テレビで知っている霊能者さんが待っておられました。遅れたおわびをしようとしたら、
「いいから、いいから。あんたもたいへんな目にあったようだが、
 無理なダイエットはいかんよ」こんなことを言おっしゃいました。
それから「大事なものだから、玉を返しなさい」

手を出してこられたので、バッグから出してお渡ししました。
「さっきのご存知でしたか? 私はどうなっていたんでしょうか」
霊能者さんは、玉を和服の袖にしまい込まれ、
「いや、あれだけなら死ぬまでいくようなことじゃなかったけど、
 魍魎がついたみたいだったからね、あの黒いの。シロを使いに出したんだよ」
庭を通る最中に指さされましたので、見ると、
さっき電車から現れたのとよく似た白犬が、気持ちよさそうに昼寝をしてたんです。
「助けていただいたんですね。・・・どうお礼をすればいいか・・・」
「いやあ、わたしはたいしたことしてないからいいけど、
 気持ちがあるなら後で、シロにドッグフードでも買ってきてよ」
霊能者さんは鷹揚な感じでこうおっしゃいましたが、ふと真顔に戻って、

「取材は今日はいいから、あんたの足、皮膚科に行ったほうがいいよ」
ええこの足です。ほら、全体にできものができて・・・
これでも治ってきたほうなんですよ。
この後、霊能者さんはわざわざ編集部までこられて、
そこでいろいろとお話をうかがったんです。
私がなったのは「死」の少し手前の「虚」というもので、
黙ってれば自然に抜け出した魂は戻るけど、
その間にいろいろ悪いものが入り込んでしまう状態ということでした。
ええもちろん、シロにはたくさんのお礼を買って送らせていただきました。
それにしても、こういうことってあるものなんですね。とにかく、
ダイエットはもうやめました。体だけでなく心にも影響が出るということでしたから。







雑談

2015.07.07 (Tue)
えー今日は、七夕ですね。日頃訪問させていただいているみなさんのブログでも、
テーマに取り上げておられる方も多かったです。
自分の本業は占星術ですのが、
その中では織女星も牽牛星も重要な位置を占めています。
ただ、この2つの星は10数光年離れているんです。昨日書いた話で考えると、
もし織姫が手を振ったとして、彦星がそれを見るまで10数年かかることになります。
さらに手を振り返したのを確認するまで30数年・・・

さて、当ブログでは怖い話の他に、オカルト論、怪談論といったものも掲載しています。
そちらのほうもだいぶ溜まってきたので、拍手数が多かったものを抜粋して、
フロントページに載せることにしました。(縦長になってしまうのが悩みなのですが)
ですので、今日の更新はありません。
怖い話と合わせて、そちらもお読みくだされば幸いです。

あ、それから、今フロントページに貼ってあるYoutubeのは、ブルーグラスといって、
伝統的なアメリカの音楽です。カントリーっぽいですが、
ギター、バンジョー、フィドル(バイオリン)の演奏はテンポが早くテクニカルで、
独特のスイング感があります。彼らは少年の演奏者で、
このようなスタイルの音楽も世代交代が順調に行われているようです。
ぜひ一度聴いてみてください。
bigbossman






未来の新聞を読む

2015.07.06 (Mon)
ということで、今日も怖い話の創作ではありません。
『恐怖新聞』というのは、オカルトフアンの方ならご存知でしょうが、
つのだじろう氏により「週刊少年チャンピオン」誌上に連載されたホラー漫画です。
連載期間が1973年~75年ということで、
今年からすれば40年も昔ということになります。
さすがに自分もリアルタイムで知っているわけではありませんが、
オカルトフアンの間では今でもときおり話題に上ることがあります。

いちおう説明すると、
『ある晩、主人公である中学生 鬼形 礼の元に、午前零時、突然「恐怖新聞」
と書かれた新聞が届けられる。その新聞には、霊魂の存在を実証する記事、
または未来の出来事などが書かれていた。翌日、その記事は現実となってしまう。
そして、級友から「恐怖新聞」にまつわる恐ろしい噂を耳にする。
それは、「恐怖新聞」は1日読むごとに百日ずつ寿命が縮まるというもの。
その日から鬼形礼の恐怖の日々が始まった・・・』
というような内容です。
とここまで書くと、今回は『恐怖新聞』の評論めいた話かと思われるでしょうが、
そうではなく「未来の新聞が読めるか」というのがテーマです。

昨日の記事でちらっと「現在から過去へ遡ることはできない」
ということを書きましたが、これは未来から現在へ情報を送るというのも同様です。
例えば、未来の新聞があってそこに競馬の結果などが出ている。
それを手に入れて勝ち馬に賭けて大儲けする、などということはできないのです。
これは光速度が一定で、それよりも速いものはない、というところから来ています。
何を使って説明すればわかりやすいかあれこれ考えたんですが、
太陽の爆発、というのがいいようですね。
もし太陽が何らかの原因で爆発すれば、どう考えても地球も無事ではないでしょう。
で、感覚的には、太陽が爆発したと同時に地球も吹っ飛ぶような気がしますが、
じつはそうではありません。

太陽からの光は、約8分かけて地球に届きます。そして光よりも速いものはありません。
つまり、太陽の爆発によって生じた衝撃波や熱波、磁気嵐のようなものも
8分以上たたないと地球には到達することはできないのです。
ですから太陽の爆発の影響によって地球が吹っ飛ぶのは、その8分後です。
そして、太陽が爆発して8分以内にそれを知ることは、
現在の科学ではできないというわけです。(話を単純化して考えています)

ところがもし、光より速い粒子があったとしたらどうでしょう。
太陽から地球まで1分で届く粒子があって、
それによって爆発を知ることができれば、7分間の猶予を得ることができ、
その間に何らかの対策を講じる(まあ無理でしょうが)ことができるかもしれません。
地球から見れば太陽は通常どおり輝いているのに、
7分後には爆発するという情報(あるいは1分前に爆発しているという情報)がくる。
相対性理論の言う、「同時が同時ではない」ということの好例ですし、
これが「未来から情報を得る」ということなんです。

このように光速よりも速い粒子をタキオンと言います。
タキオン自体は、特殊相対性理論から導き出されたもので、
その存在は式には反しません。しかしどうやら、現実には存在しないようです。
「タキオンの原理を利用した車の燃費が良くなる添加剤」的なものが、
これが提唱されたときにたくさん出てきましたが、
どれも眉唾の疑似科学的なものであると思われます。
タキオンがあれば未来からの情報を得ることができるのですが、
それは現状では残念ながら無理のようですね。

さて、相対性理論によれば未来に行くことは可能です。
というよりもみなさんは実際に未来への時間旅行を何度も体験しているはずです。
未来に行くためには、いろいろな方法がありますが、
さしあたっては「スピードの速い乗り物に乗る」というのが簡単でしょう。
もしみなさんが飛行機に乗れば、高速で移動しているため、
飛行機内での時間の進み方は、ほんのわずかですが遅くなります。
逆に言えば、地上で静止して飛行機を見上げている人の時間は、
飛行機内から見ると速く流れています。そして飛行機から地上に降りると、
そこは飛行機に乗る前よりも少しだけ未来ということになるのです。
といっても、原子時計でごくごくわずかの時間ですので、
一生飛行機に乗り続けても、目に見えるような変化はありません。

タイムマシン、特に過去に遡るものの理論的な研究としては、
リチャード・ゴッドの宇宙ひも(超ひも理論とは関係なし)を利用したものや、
キップ・ソーンのワームホールを使用するものが有名ですが、
どちらも非現実的な理論上のものです。
そもそも、宇宙ひもやワームホールが存在する根拠さえないのですから。
有名なホーキング博士は、「時間順序保護仮説」というものを主張しました。
これは、過去への時間旅行が起こりそうになった場合、
何らかの量子的な効果が起こって、それが防がれてしまうだろうという仮説で、
きちんと数式化された理論というわけではないようです。
しかし、この世界は過去への時間旅行ができないような構造になっていて、
パラドックスを防いでいるというのは、直観的にありそうな感じがしますね。

ということで、科学的には未来から情報を得る、
未来の新聞を読むのは現状では不可能です。
しかしながらオカルトは科学ではありません。
おそらく科学とはまた別の力が働いていると思われる、
「未来予知」というものがありますw どうなんでしょうねえ。
未来のことがわかってしまうのは、怖い気がします。
もし数日後に自分が不慮の事故で死んでしまうなんてことが判明してしまえば、
はたしてそれに耐えることができるかどうか。
先のことがわからないからこそ現在を幸せに生きることができる、
という面もあるのではないかという気がしますね。








哲学的思考実験

2015.07.05 (Sun)
今、哲学が密かにブームだという人もいるようですが、
今日は怖い話はお休みして、それ系の話です。
まず、思考実験とは「頭の中で想像するだけの実験。科学の基礎原理に反しない限りで、
極度に単純・理想化された前提(例えば摩擦のない運動)により遂行される」
こんな感じでWikiには書かれていました。
技術的、あるいは倫理的な問題(その実験が被験者の人権無視や虐待にあたるとか)で、
実際には行えないことを、頭の中だけで行うわけですね。
哲学で用いられることが多いのですが、理論物理学でも使われます。

アインシュタインがさまざまな思考実験を駆使して、
相対性理論を完成させたことは有名ですね。
光速に近いスピードで飛んでいる宇宙船からさらに光を発射するなどというのは、
おそらくこれから100年たっても実際の実験は不可能でしょう。
あと、「過去へ遡るタイムマシンを作れるか」(未来へ行くことは理論的に可能)
などの話でもよく出てきます。

哲学的な思考実験では、近年は「心の哲学」に関するものがよくとりざたされます。
心の哲学とは「心、心的出来事、心の働き、心の性質、意識、
およびそれらと物理的なものとの関係を研究する学問のこと」
これは当ブログのテーマである心霊の話とも密接な関係があるんです。
例えば、人間の心、意識はすべて脳が作りだしているものである、
という考え方があります。これは心脳一元論ともいわれて、
もしこのとおりだとすれば、死によって脳が停止してしまえば、
壊れたコンピュータと同じことで、人間には魂(あるいは霊)などというものはなく
あの世も幽霊もない、ということなってしまうかもしれません。

また、もし脳とは別に人間に魂というものがあるのであれば、
ある人の肉体的な死後においても魂は残り、それが霊界へと旅立ったり、
この世に残って幽霊になったりするのかもしれません。
この立場は、心脳二元論と呼ばれることが多いです。
臨死体験などで、宙に体が浮いていてベッドに横たわる自分の姿を見ていた、
などの、いわゆる体外離脱現象というのもこの立場からの話です。

思考実験の中でも「スワンプマン」「マリーの部屋」「哲学的ゾンビ」
などは有名ですので、知っておられる方も多いでしょう。
「スワンプマン(沼男)」というのはこんなテーマです。
『ある男がハイキングに出かける。道中この男は不運にも沼のそばで、
 突然 雷に打たれて死んでしまう。その時、もうひとつ別の雷が、
 すぐそばの沼へと落ちた。なんという偶然か、
 この落雷は沼の汚泥と化学反応を引き起こし、
 死んだ男と全く同一、同質形状の生成物を生み出してしまう。』

このスワンプマンは体も脳も原子レベルまで完全に死ぬ直前の男と同一であり、
記憶も知識も死ぬ前の男と同一です。スワンプマンは立ち上がり、
スタスタ歩いて、死んだ男の職場や家族の元へと帰っていきます・・・

この実験で何が問題かといえば、
はっきりと、死んだ男とスワンプマンは別の存在であるのに、
だれもそれを明らかにすることができないということです。
もし全知全能の神がいるとすれば、
死んだ男とスワンプマンは別のものであるとわかっているわけですが、
この世の人間はだれも、スワンプマン自身をも含めて、
それに気づきようがないんですね。
つまり、この問題を考える人に「私とは何か」といったことを問いかけているわけです。
興味を持たれた方は、「マリーの部屋」「哲学的ゾンビ」「中国語の部屋」
などについても検索してみてください。

さて、自分がこの哲学的思考実験の中でも難しいなあと思うのは、
「経験機械」という思考実験で、ロバート・ノージックという哲学者が考案しました。
内容はこういうものです。
『これは、脳に電極を差し込むことにより、あなたが望むあらゆる体験を
 バーチャルに経験できる機械の話だ。この機械による副作用などはなく、
 使用中も健康状態はモニタリングされ、機械につながれなかった場合と同じ
 健康状態が保たれる。そこであなたは上で述べたような「快適な意識状態」
 を好きなだけ楽しむことができる。
(例えば、何の心配もなく一生甘酸っぱい恋愛ゲームの世界に浸っていられる状況)
 また、心配性の人のために、数年に一度、現実世界に戻ってくることもできる。』


ここまで読まれた方は、なんだか聞いたことのある話だなと思われるかもしれません。
シュワルツェネッガー主演の映画『トータル・リコール』の内容によく似ています。
(『トータル・リコール』の原作は、SF作家P・K・デイックの『追憶売ります』)
また、同じく映画の『マトリックス』にもよく似ています。
ちなみにマトリックスの発想は、
やはり思考実験である「培養液の中の脳」が元になっています。
では、この思考実験がどのような問題を含んでいるか考えてみましょう。

ちなみに、バーチャル世界での体験は、
五感すべてが現実世界のものとまったく変わりがないものと仮定します。
また体験している本人は、それがバーチャル世界ではなく、
完全な現実であると思うように設定します。
また、体験機械の費用は誰が払うのかといった経済的な面は棚上げしときます。
(『マトリックス』では、夢を見させられている人間が、
コンピュータの動力源になっているという、経済的?な側面がありましたが)

自分が考える一つ目の問題は、「幸福状態」とは何かということです。
これは単に脳の幸福感や快感を司る中枢を、
電気などで刺激し続けることではないでしょう。
快感神経をずっと刺激し続ければ、脳の中の他の部分が「これは異常な状態だ」
と気がついて、平常に戻るよう動き始めると思われます。
つまり、快感が持続しなくなるということですね。
そのへんの技術的なことをクリアしたとしても、快感を与え続けるだけなら、
バーチャル世界を見せる意味もあまりないように思われます。

では、容姿に恵まれた自分が人生の中で成功し続けるといった体験を
作って見せてやればいいのでしょうか。
しかしこれも、人間は目的意識を持ち、ある程度の挫折を経験しながらも、
最終的に目的を達成することで喜びが強くなるという考え方もあります。
あるいは社会に貢献することが幸福だと考える人もいるでしょうし、
人間はさまざまだと思うんですね。ですから、体験をさせるにしても、
その人がどういう経験をすれば最も幸福を感じるかという点を、
詳細に分析する必要が出てくるのではないでしょうか。
これはかなり難しいことです。

二つ目の問題点は、「現実とバーチャル」の接点ということです。
体験機械にかかった人間は、その人自身は実際に有意義な一生を送ったと考えたまま
死亡にいたるわけですが、はたから見ればただ体中に電極を刺し、
ベッドに寝て一生を機械につながれたまま終わるわけです。
例えばバーチャル世界の中で、地球を宇宙人の侵略から守り、
世界中の人に感謝されたとしても、現実世界の中では何一つなしえていないわけですね。
人の一生としてそれが果たして有意義なものであるのか?
人間の尊厳はそのどこにあるのか?
このような疑問が出てくるのではないでしょうか。

長くなってきたのでいったん終わりますが、この他にもまだ問題点はあるでしょう。
さてさて、ここまで読まれたみなさんは、
もし体験機械が完成すれば、そこで一生を送りたいと思われるでしょうか?







怪談本

2015.07.04 (Sat)
昨日の土曜日のことですね。昼飯食って、午後から図書館に行ったんです。
ええ、よく行くんですよ。うちの市の図書館は快適ですから。
もちろん空調はありますし、静かだし、
蔵書は、全体としてみれば豊富とは言えないかもしれませんが、
読みやすい文庫本の品揃えがいいんです。
会社を定年退職してもう5年がたちます。再就職なんて考えませんでしたよ。
長年待ち望んだのんびり暮らしですから。
いえいえ、蓄えは十分ということもないんですが、そこそこには。
ただねえ、年金はそれだけで暮していくには、やっぱし足りないですよねえ。
新幹線の中で自殺したって人も、年金額への不満が一つの原因になってるんでしょ?
他人に迷惑をかけちゃもちろんダメだけど、気持ちはわかりますよ。

その点、図書館通いってのはいい趣味でしょう。
午後の間ずっといて、金を使うのは飲み物を買うくらいで。
それにね、部屋にいるとエアコン代って馬鹿にならないんですよ。
かといってつけないと、熱中症になるかもしれませんしねえ。
本読むのはボケ防止にもなりますしね。おかげさまで、
目を含めて今のところ体に悪いところはないんです。
まだまだ、子どもらの世話にはなりたくないと思ってます。
ああ、スミマセン。よけいな話ですね。それでじつはというか、
ここって怪談サークルみたいなとこなんでしょ。紹介してくれた人がそう話してました。
わたしもね、この齢になって子どもみたいだから、
あんまり人には言わないようにしてますけど、怪談が大好きなんですよ。

でね、そこの市の図書館は文庫の怪談本の揃えが充実してるんです。
新刊中心ではありますが、古いのもけっこう置いてあるんです。
あの昔の実話怪談って、著者名が入ってないのも多いんです。
編集部への手紙や、読者からの取材という形で、
無名のライターが書いてると思うんですけど、これがなかなか味があるんです。
ええ、洗練されてない分、怖さがある気がします。
ガシガシ、ザシザシした語り口が、逆にリアリティがある感じがしますね。
ああ、スミマセン。今、話しますよ。そのね、怪談本のコーナーで背表紙を見てたら、
珍しそうな本があったんです。それが、題名は覚えてないんですよ・・・
よく廃棄処分にならないなってくらいの古びた本で、判型っていうんですか、
本の大きさも普通の文庫本より少し大きい。

先週行ったときにはなかったと思いますが、私が見逃してたんでしょうか。
出版社も聞いたことのないところでした。絶版なのは間違いないと思います。
でね、わたしが手に取ろうとしたときに、横からすっと別の手が伸びてきて、
ほとんど重なるぐらいのタイミングでしたが、
他の人が先に取っちゃたんです。「失敬」と言われたので見ると、
そうですね、わたしより4、5歳上くらいの男性でしたね。
まあね、たかが本のことですので、それくらいでムッとすることはなかったです。
「どうぞ、どうぞ」みたいなことを答えたと思います。
でね、その人がテーブル席に行って読み始めたんで、
わたしも別ののを選んで近くの席に行ったんです。
学生の休み前の試験勉強だと思いますが、その日はけっこう来館者はいましたよ。

それから本に没頭しました。わたしは速読のほうで、
文庫本1冊なら、2時間かからないで読めるんです。
でね、さっきの本の人はどうしてるだろうって、ちらっと見たら、
まだページは少ししか進んでないみたいでした。
それでね、ああ今日はあの本はダメだなと思って、
別を選ぼうとして立ち上がったんですが、そのとき、
その人の白髪頭のまわりに、黒い丸い影があることに気がついたんです。
ほら、西洋の宗教画で後光のようなのが書かれてるのがあるでしょう。
あれは白ですけど、それを反転して黒くしたような感じです。
変だなとは思いましたが、まあでもね、その人は照明の真下でしたし、
光の関係だろうくらいにしか考えませんでした。

で、さらに1時間ほどたって2冊目を3分の2ほど読んだあたりです。
缶コーヒーでも買おうかと立ち上がったんです。
そしてまたさっきの人のほうを見ました。そしたら、
全然ページが進んでなかったんです。
ええ、1時間前とほとんど変わらないように思えました。
ああ、居眠りしてるんだろうと思いました。そのとき、
その人があくびをするように大きく口を開けました。すると、
頭のまわりを包んでいた黒い霧みたいなのが、急に動いて流れを作り、
すーと、数秒の間にその人の大きく開けた口の中に流れ込んでいったんです。
確かに見ました。間違いないです。でね、
その人は急にむせたように咳をし始めて・・・ゴボッと血の塊を吐いたんです。

驚いたように手で口を押さえたんですが、その指の間から血が滝のようにこぼれて、
その人はゆっくり目を閉じて、椅子から横ざまに落ちたんです。
テーブルの上が血だらけですからね、音でそっちを見た女子学生から、
「キャー!!」という悲鳴があがり、騒然となりました。
あわてて図書館の職員がかけつけてきまして、その人は床に横向きに倒れ、
そこにもどんどん血溜りが広がっていったんです。
職員は「二宮さん、大丈夫ですか?」って声をかけてました。
ええ、なぜ名前を知ってるかも不思議に思いましたが、
それより驚いたのは、わたしの苗字も二宮なんですよ。
何もできませんでしたが、わたしもそっちに近寄っていきました。
倒れた人のまわりに人だかりができ、職員が「みなさん席に戻ってください」

こう声をかけて下がらせました。ほどなくして救急車の音が聞こえ、
救急隊員が入ってきて、てきぱきとその人を担架にのせて運んでったんです。
あたりはもう何からかにから血だらけで、自分がやるわけでもないのに、
ああ掃除が大変そうだな、と思いましたね。
それでね、テーブルごと持ってかれる前に怪談本の書名を見ようとしたんです。
テーブルをのぞきこんだら、半開きの本の中は活字じゃなかったんです。
左ページに一つだけ四角い枠があって、その中に筆字で「二宮○○」って書かれてました。
○○の部分は、赤黒い大きな血の塊が落ちてて読めなかったんですよ。
背表紙も見れずじまいでした。もっとも、あれほど汚れてしまっては、
あの本は廃棄にするしかないんでしょうけど。
あとね、今日の午前も図書館に行っていろいろ聞いてきました。

ええ、野次馬根性でお恥ずかしい。あの、わたしと同姓の二宮さん。
昨夜のうちに亡くなられたそうです。食道静脈瘤の破裂ということでした。
職員が名前を知っていたのは、なんとね、あの人、
あそこの図書館の何代か前の館長だったんだそうです。
10年ほど前に退職されてから、たまにですが昔の職場を訪れ、
汚れた古い本なんかを見つけては係員に廃棄を勧めたりしてたそうなんです。
どうなんでしょうねえ、そういうの。わたしは昔の職場に顔を出す気なんてないです。
現職がやりにくいじゃないですか。でね、あの葬式の芳名帳みたいな本、
どういうものか、みなさんご存知ですか。気になるんですよ。
なんで名前なんか書いてあるのか? わたしと同じ苗字が出てたのは偶然でしょうけど、
他のページはどうなってるんでしょう。古本屋回って探そうかと思ってるんです。え?







奇妙な仕事

2015.07.03 (Fri)
じゃあ話すけどよ。ある宗教組織がかかわってるみたいなんだ。
もしここで話したことによって、そことアヤがついたら、
あんたらで何とかしてくれるのか? できるかぎりのことはするって?
そうか、じゃあ。俺はよ、最近までずっとホームレスだったんだ。
その前は大学の研究者だ。嘘じゃねえよ。ほら、この本。
ルポライターがホームレスにインタビューしたやつなんだが、
これに俺が出たんだよ。このライターはちゃんと裏とってるから。
ここに書いてある俺の略歴は本物だよ。
京大から筑波の大学院、これが最終学歴だったんだ。
それがどうしてホームレスまで堕ちちまったのか・・・
というのは、ここで話す内容じゃねえよな。

この本が出てから、他のマスコミからも取材が来たんだ。インテリホームレスってな。
さすがにこの齢だからか、大学関係から再就職のお呼びはかからなかったが。
その代りっていうか、本が出てから1か月ほど後に、
俺のテントを変なのが訪ねてきた。黒いスーツの上下で、
サングラスかけた映画の悪役みたいなやつだ。ただ、話し方はていねいで、
威圧的なところとかは微塵もなかった。だから俺も正体を図りかねてね。
ヤクザもんとならそこそこ付き合いはあったが、それとは違う。
まあ、一番近いのが宗教なんだろうな。新興宗教関係。
でよ、そいつから奇妙な提案をされた。
「これから冬に向かうにあたって、テント生活も辛いでしょうから、
 よろしければ新居を提供いたします」って。

で、これがよ。やることは、基本的にはそこに住んでいるだけ。
家賃はなしで、その上に月50万くれるってことだった。
でもよう、そんなウマイ話なんてありえねえよな。それで詳しく話を聞いてみた。
したらそれが、かなり奇妙な内容だったんだよ。
新居は新興住宅地にある一軒家。ただし、他の家々よりは多少小さい。
いわくつき物件とかじゃないよ。正真正銘、俺が入る直前にできたものだったんだ。
中は奇妙な造りでね。1階は4畳半が5部屋。2階に風呂トイレと1部屋で、
俺はふだん2階で生活するように言われた。
そっちに冷蔵庫や、簡単な流し台もあったんだ。要は下に居るなってこと。
下は4つの4畳半が、真ん中の部屋をぐるっと取り囲むようにできてた。
その真ん中の部屋はやっぱ4畳半くらいだけど、洋間の応接室になってたんだ。

「もし訪問販売のサラリーマンが来たら、その部屋に通して話を聞いてくれ」って。
これが仕事といえば仕事だったんだよ。
その部屋の造りか・・・よくある革張りの応接セットがあってね、
あと家具は客側のソファの後ろにサイドボード一つ、それだけ。
サイドボードの上に、60cm立方くらいの白い木箱があった。中身は何かって?
まあそうせかすな。おいおい話していくから。
応接セットは、客側が長ソファ、主人側が2つの1人掛けっていうよくあるやつ。
セールスマンは必ず長ソファのほうに座らせるんだ。
部屋の内装は基本は黒だが、客用と主人用のソファで壁の色が違っててね。
俺が座るほうが真っ黒で、セールスマン側は銀箔みたいなのが3面にはられてて、
うすらぼんやりだが、人の姿も映った。・・・想像つくかねえ。

あと木箱の中身な。俺が入居するときに、
最初のやつと同じ黒スーツを着たやつが何人か来て運び込んだんだ。
重い感じじゃなかったな。テントに来たやつに「それ何だ?」と聞くと、
「ああ、気になるでしょうね」そう言って中を見せてくれた。
あれは白木だな。一木彫りして塗材を使ってない布袋様の像だった。
いやあ、普通よくあるもんに見えたな。腹の出た半裸姿で、片手に大袋、
片手に打出の小槌ってやつだ。俺が訝しがってると、男は、
「これで気が済んだでしょう。もう開けられませんから」そう言って、
茶箱のように上からかぶせるフタの上から、
本体と同じ色の白い和紙で、何重にも封印してしまったんだよ。
この紙をはがさなきゃ、もう開けることはできないってわけだ。

・・・最初はぽつり、ぽつりだったな。訪問販売のセールスマンだよ。
「こちらから、ここに入居したのは金持ちの独居老人だという噂は流しときますから、
 あなたのほうでも、勧誘の電話やダイレクトメールで、
 この家に人が訪ねてくるようなのは、積極的に返事をしてください。
 布団でも浄水器でも、何でも買ってもかまいませんよ。
 それはすべて必要経費として、報酬とは別途に出しますから」
で、3日に一度くらいずつ訪れてくる訪問販売を、
例の応接室に案内して話を聞いてたわけだ。
でな、これが妙なことに、女のセールスレディってのは長居しないんだ。
まあ俺はジジイで、女に興味を持つ齢でもないし、
向こうが勧めるもんに買うようなのはないから、そのせいかと思った。

けど、だんだんにそうじゃないことがわかってきた。女はよ、
総じてあの部屋に忌避感を持つみたいなんだ。入って15分もたたないうちに、
何か理由を見つけて帰ってしまうんだ。いやあ、
本人らにも理由はわかってなかったんじゃないか。とにかくあたふたとな。
男のセールスマンはどうなるかって? これがだいたい同じパターンだったが、
なかなか面白い見ものだったぞ。例のソファに腰かけて、
おもむろにテーブルにパンフレットとかを広げ、自慢のセールストークを始めるが、
流暢なのは最初の10分くらいだな。だんだんに目が泳いだようになって、
呂律が回らなくなる。しゃべってる本人もな「あれ、変だな」って顔をして、
自分の額に手をあてたりする。だいたいは30分もいればダウンだ。
だらだら汗をかいて「体調が悪いんで今日はスミマセン」って出ていくんだ。

2回目に来た猛者も何人もいたよ。でもよ、そういうやつらは悲惨なことになった。
鼻血を出すんだ。ツーとかじゃなく、盛大にドバッと。
それがわかってからは、あらかじめテーブル下にテイッシュの箱を用意してた。
まあ、これで帰ってしまうやつがほとんどだったが、
応接室で倒れ込んで、救急車を呼んだやつが3人いた。
手足に力が入らず、動けなくなったんだ。ただ、どいつも意識はあったから、
俺が病院についていくということはなかったな。あかの他人だし。
救急隊員には、「ここで話を聞いてたら急に具合が悪くなったみたいで」
こう言うしかないだろ。実際その通りなんだから。
ただなあ、3人も訪問販売が同じ家で倒れたとあっては、
さすがに変だなと思うやつが消防署に出てくるかもしれねえ。

管内の同じ署から来てるんだし。たぶんそんな事情でこの仕事も終了になったんだろ。
半年間で、そうだなあ。訪問販売のやつは100人は来たよな。
で、例外なく男はすべて具合が悪くなった。3度目、来たやつはいなかったし、
家に来たセールスマンを町の他の場所で見かけたこともない。
さあねえ、どうなったんだろうね。あまり考えたくないね。
で、半年後、仕事が終了するってときに、また黒服たちが何人もやってきたが、
4人がかりででかい金属の箱を持ってきたんだ。薄い金属板だったがかなりの重さで、
あれは鉛製のもんじゃなかったかと思う。でよ、そん中に、
白木の布袋様の入った箱をすっぽり入れて持って帰ってったよ。
中がどんな風になってるかはわかんないよ。俺は近づかなかったし。
そんなの、まともな頭を持ってればわかるだろ。

セールスマンたちの具合が悪くなったのはあれのせいだって。
でよ、俺の手元に残った金が200万ほどだ。
今はのんびり暮らしてるが、これがなくなったらまたホームレスに戻るかもしれねえ。
別にホームレスの暮らしも悪くはねえよ。なんたって悩みがない。
そりゃ病気は怖いが、ごちゃごちゃした人間関係とかはねえからな。
いや、体の具合は悪くはない。いたってぴんぴんしてる。
あと話すことは2つだけだな。一つは、この仕事中住んでた建売住宅を見にいったら、
取り壊されて、真新しい小さな神社に変わってたこと。もう一つは、
駅の待合室のテレビで見たんだが、この間手入れがあった新興宗教の本殿。
そこの何重にもなったガラスケースに入ってた布袋像が、
箱の中のとよく似てたんだよ。ただし、色が血のような真っ赤だったがな。

あひこう





実話系の話5

2015.07.02 (Thu)
首がのびる

これはかなり信じがたい内容なのですが、当事者であるKさんは、
たくさん目撃者がいるのだと強調して話していました。
ただし、この話はすべて彼が幼児の頃のものであり、
Kさん本人にははっきりした記憶がなく、
後に彼が成長してから家族に聞いたことなのだだそうです。
ですので、判断のほうは読まれる方にゆだねたいと思います。
ちなみに、Kさんはコンピュータのソフト開発会社に勤める30代の男性です。

人口30万ほどの地方都市に育ったのですが、両親は共働きであり、
当時まだ健在であった祖母といっしょにいることが多かったそうです。
いわゆるおばあちゃん子だったわけですね。
この祖母はたいへん信心深い人で、Kさんの家の近所、
数百mのところにあった神社にいつもお参りしており、
Kさんがまだ歩けない頃から、背中に負ぶって連れていくことがありました。
Kさんは、「さすがにその頃の記憶はありませんけど、幼稚園のあたりですかね。
 祖母に手を引かれて神社の境内を歩いていた覚えはうっすらあります」
こう話していました。幼稚園に迎えにいくのが祖母だったので、
その帰りなどに「おそうまき様」に寄ることが多かったようです。
大きな神社ではなく、古色蒼然としたものだったということでした。

Kさんは現在大阪ですが、今でも年に数度は、
そこの神社にお参りにいくようにしているそうです。
ですが、そこは神職が常駐しているわけではなく、
Kさんも詳しい由来などは知らないようだったので、
こちらのほうで「おそうまき様」というのを調べてみたんですが、
どうやら住吉大社の名もなき末社であるようですが、よくはわかりませんでした。
もしかしたら本来の御祭神は地元の神様なのかもしれません。
いまだにそこの市に現存しているようです。
この神社のことで記憶にあるのは、社殿の表に何枚かの奉納額があり、
それには奇妙な絵が描かれていたことです。
「首が伸びている人」の絵だったそうです。

といっても、妖怪のろくろ首のように不気味なものではなく、
一家の当主らしき人が、紋付袴姿で座敷にいて、
まわりを親戚一同が取り巻いている。
宴席であるらしく、一同の前には脚付きのお膳が並んでいて、
当主は片手に扇を持ち、自分の頭を下方から扇いでいるように見える。
当主の首はまもいのあたりまで伸びていて、顔には満面の笑み。
親戚一同もまた、その当主の姿を見て手を叩いて喜んでいる、
そんな絵柄だったそうです。ただしこの絵馬は、
Kさんが中学生の頃には取り外されて見られなくなってしまったということでした。
これが本当だとしたら大変珍しいものだと思います。
全国的にも似たような例を聞いたことがありません。

ただし、髪型・服装や座敷の様子からすれば、
それほど古いものではなく、明治に入ってからのものでしょう。
さてKさんですが、この絵馬同様に幼いころは首が伸びることがあったんだそうです。
どうですか、信じられるでしょうか。初めて起きたのはまだ幼稚園入学前、
3歳当になったばかりのことで、夜、両親が帰ってきた夕食後、
一人で居間の隅でブロック遊びをしていたのが、
急に立ち上がり、部屋の隅に向かっておじぎをくり返し、手をパンパンと叩いた。
母親が「どうしたの」と聞くと、「おそうまき様が来てる」との答え。
家族は、まあ普段よくお参りにいってることを思い出したのだろう、
くらいに考えていたんですが、その後急にぐずり始めたので、
寝室に連れていって寝かしつけたんだそうです。

その後、母親が様子を見にいってみると、豆電球一つつけた部屋に、
ゆらゆらと長い影が揺れていた。寝たままの状態のKさんの首がにゅーっと伸びて、
天井に髪をこすりつけていたんだそうです。仰天した母親が駆け寄ると、
首は縮んだとも見えなかったのに、Kさんは普通の姿ですやすや眠っていた。
こんなことがあったそうです。もちろん居間に戻ってきた母親の話を
父親は信じなかったし、母親も幻覚を見たかと半信半疑になりかけていたんですが、
祖母だけが「そういうこともあるだろう」と話したのだそうです。
翌朝、Kさんが起きたときに寝てからのことを聞いても、
何もわからなかったということでした。次がKさんが4歳のときで、
これにはたくさんの目撃者がいるのですが、みなKさんと同じ4歳児でしたので、
いまだにそのときのことを覚えているかはわかりません。

市内にある動物園に見学に行ったときのことです。
Kさんはキリンのフェンスの前に5,6人ほどの仲間の子らといました。
キリンのいるところは低くなっていたんですが、それでもフェンスはかなりの高さで、
園児たちのほうに寄ってきたキリンが、フェンスから頭をのぞかせたときに、
Kさんの首がするすると伸びて、キリンとフェンス越しに並んだということでした。
まわりの子どもらはあっけにとられていましたが、一瞬送れてワーワー騒ぎ始め、
幼稚園の先生が何事かと思って駆けつけたときには、
もうKさんの首は普通に戻っていました。ただ仲間の子らは「首、首、Kちゃんの首」
「にょーっと首がのびた」こう言ってしばらく騒いでいました。
Kさんの両親は、幼稚園の先生から後に電話があってそのことを知ったのですが、
前のことを思い出して、それこそ首をひねったということでした。

このときのことも、Kさんには記憶がありません。
最後に首が伸びたのは、Kさんが小学校に入学する直前のことです。
その日は母親と午後からバス停にいました。
小学校の入学説明会にで出かけるところだったのです。
Kさんはその日朝から元気がなく、そのときも、
道路のすぐわきのバス停の表示板にもたれかかるようにしていました。
バスが来たので、母親がKさんの手を引いてちゃんと立たせようとしたとき、
つかもうとした手が滑って、Kさんはバスが徐行して入ってくる車道に
後頭部から倒れかかりそうになったんです。そままだとスピードは出ていなくても、
車輪の下に入って命にかかわることになっていたかもしれません。
母親にはKさんの倒れていく様子がスローモーションに見えたそうです。

ところが、倒れながらの空中で、Kさんの首がひょんとバス停側に伸び、
「く」の字になりながら、差し出した母親の手の中に向かってきた。
母親がその頭を抱きとめると、
首が縮んで、Kさんの体全体が母親の手の中にあったそうです。
このときのバス停には他の乗客もいて、皆が目を丸くして驚いていたということでした。
このことがあって、母親は首が伸びるという事態を完全に信じるようになったのですが、
残念ながらというか、それ以後は今にいたるまで、首が伸びることはありませんでした。
これで話は終わりなのですが、一つつけ加えると、
このちょうど1年後、3月の同じ日にKさんの祖母が亡くなりました。
まだ60代前半だったのが、食事をしながら前に倒れて救急車を呼びましたが、
それっきり。脳卒中だったということです。