朗読される

2015.11.30 (Mon)
ほぼ今日も反則企画のようなものです。
自分が某掲示板に書いていた時代の話は、いくつか朗読をされて動画になっています。
別に著作権などにこだわっているわけではないのですが、
自分が書いたものが音声になって残っているのは変な感じです。
機械朗読も、上手な方が朗読したものもありますが、
どちらかというと機械朗読のほうが、イントネーションが変で、
特に盛り上がりなどを意識してない点、不気味な感じが自分はします。
あと、機械朗読には女性的な声と男性的な声とがありまして、
好みの問題でしょうが、自分は女性声のほうがいい感じですね。

『ミキちゃんの人形』の場合はこんな感じになってました。
ニコゾンなのでリンクを貼ります。画面に出てくるコメントを見ていると、
怖いというより辛いという感想が多くて、やっぱりそうだろうなあ、と思いました。
書いたときは長い話ではないと思ってたのに、
朗読すると7分近くもかかるんですね。
女性声の機械朗読です。

nicozon 『ミキちゃんの人形』

『ふだらく様』が人間の男性に朗読されてるものです。
まあ、無理に雰囲気をつくろうとしてないので、聴きやすいとは言えそうです。
もともとはネトラジなのでしょうか。



これは『蛇田』他の方の話も入ってますが、自分の話だけで20分以上、
時間がある人向けです。



これが異色というか、自分の『青いテント』という話が元だとは思うんですが、
完全な語り口調になっていて、いろんな細部がつけ加わり、結末も改変されています。



こっちがオリジナルの『青いテント』くぐもった機械声が不気味です。








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お面の話

2015.11.29 (Sun)
20歳です。高校を卒業してからアルバイト生活です。よろしくお願いします。
2週間前の日曜日のことです。午後の早くに、近所のスーパーに買い物に出たんです。
それで、レジを終えてから、トイレ前のベンチに座って少し休んでました。
その数日前から、肩が重くてしかたがなかったんです。そのときは喉も乾いてまして、
自販機でお茶を買って飲んでましたら、トイレのほうから、
母親に手を引かれた3、4歳くらいの女の子が出てきまして。
私のほうを見て目が合ったので手をふったんです。
そしたらその子は、固まったような表情をして一歩後ろに下がりました。
そして私のほうを指差すと母親の顔を見、何か言ったんです。
母親はたしなめるようなことを女の子に話しかけ、外に出ていこうとしましたが、
女の子はずっと、私のほうを注視して指差したままでした。

おかしな子だなあ、と思いながらふと肩ごしにふり返りますと、
ベンチの後ろはすぐ壁なんですが、そこに顔があったんです。「えーっ!」
と叫んでベンチから立ち上がり、跳び離れてもう一度見ると、
ベンチの人の座った肩ほどの高さに、たしかに顔が浮きだしていたんです。
でもそれは、生きた人間の顔ではなく、しかも見覚えがあったんです。
はい、どういうことかと言いますと、能面です。
「おきな」と呼ばれる、ひげの長い笑ったおじいさんの顔の古びた白木のお面。
見覚えがあるというのは、私が12歳までいた実家の一室に飾ってあったのと、
同じものに思えたからです。お面は数秒間そのままでしたが、
やがてゆっくりと壁に沈んでいきまして、埋もれるようにして消えてしまいました。
それと同時に、感じていた肩の重さが少しやわらいだ気がしました。

その実家というのは、ある地方の旧家で、
家のあちこちに古い高価なものが置いてありました。
部屋も和室だけ10間以上あったはずです。その中で、
普段入ってはいけないと言われる部屋あいくつかあり、その中の一つの床の間に、
そのお面が飾ってあったと思うんです。あ、飾ってあったと言いましたが、
お面は直接、額の部分を壁に釘で打ちつけられていたんです。
そういえば、そのとき見たのも、額の部分に黒い穴があったので、
間違いなく同じものだと思います。私がそれらの禁じられていた部屋に入るのは、
お正月のときだけで、一家揃って床の間の前に並び、
三宝にのせた塩とお神酒を捧げて、当主の祖父の後に一礼する、
そういうしきたりがあったんです。

あ、はい。その実家を出たのは、母と祖父との折り合いが悪くなったからです。
母はその家の娘で父が入婿だったんですが、
私が小学校6年生の1年間、ずっといがみあいをしていまして、
中学入学を前に、とうとう東京に引っ越して別居することになったんです。
もちろん父は仕事を探さなければなりませんでした。
実家にいるときは、関係のあった地元の工務店で働いていたのが、
それを辞めなければなりませんでしたから。ええ、そんな感じで越してきたので、
ずいぶん苦労をしたんです。・・・わけがわかりませんでしょう。
何年もたってるのに、急にあのお面が壁に出てくるなんて。
それとこのことは、私の肩が重いのと関係があるんじゃないかとも思いました。
あと、そのとき女の子にはお面が見えてたのに、母親には見えなかったみたいでした。

これも不思議です。それで家に戻って、仕事が休みだった母にこのことを話しました。
母はお茶を飲んでゆっくりしていたんですが、私の話を聞くと顔色が変わり、
固定電話で実家に電話をしました。ええ、携帯は持っているんですが、
実家とは固定電話でしかやりとりしてないんです。
そもそも両親と実家を出てから、つき合いはないに等しかったんです。
お盆やお正月にも帰りませんし、ことらからも向こうからも連絡はしません。
つき合いを絶っている状態だったんです。母は長い間話し込んでいまして、
ときおり電話の向こうの相手が代わっているようでした。
私は近くに立って見ていたんですが。きれぎれに「開かずの間のしわうち」
という言葉が出てきまして、あのお面のことじゃないかと思いました。何度も相手が代わり、
沈黙の間が入りながら1時間以上電話で話して、母は受話器を置きました。

それで私に向かって、「おじいちゃんが死んだよ」と言ったんです。
そのときは、祖父は前に亡くなっていたのを実家のほうで連絡してこなかったんだろう、
と思いましたが、そうじゃなかったんです。
母が電話をしたとき、最初に出たのが祖父だったんです。
それでお面を私が見たという話になり、祖母に電話を代わって祖父は部屋に見にいきました。
踏み台を置いてお面に触れようとしたとき、心臓の発作が起きて、
そのまま転げ落ちて事切れたということみたいでした。
ええ、すべては後になって聞いたことです。実家のほうは母の弟、
長男が後を継ぐ予定だったんですが、その長男夫妻が救急車を呼び、
祖父は病院に運び込まれていたんです。
ええ、まだ亡くなったとはわからなかったはずですが、母はそう確信していたんですね。

私はもちろん母にいろいろな質問をしたんですが、何一つ教えてはもらえませんでした。
そのかわりというか、その日の夜のうちに、
父親の運転で2時間以上離れた神社へと行き、家族でお祓いを受けたんです。
そのときに一人一人が、肌身離さず大切に持っているように言われて、
御守のようなものを渡されました。細長い和紙に包まれた何かで、
袋の御守よりずっと大きく、つねに身につけているのは大変そうでしたので、
私はバッグに入れて持ち歩いていたんです。
帰りの車の中で、母が「あんな祀りごとをするから、おじいちゃんは毒にあたってしまった」
こんなことを言いましたが、意味はわかりませんでした。続けて、
「今日はいいだろうけど、あと7日間が辛抱だから、その弊紙はずっと持ってなさい」
こう言われ、私はバイトを休ませられて、ずっと家にいたんです。

母はある新興宗教団体で事務をしていたんですが、しばらくはそちらには行かず、
毎日あちこち別のところに出かけていました。「あんたらには迷惑をかけられないから」
そう言って、祖父の葬式にも一人で出かけたんです。・・・7日間が過ぎようとしていた、
最後の夜のことです。11時過ぎですね。ネットをしてましたが、
飽きてきてベッドに入ったんです。でも、その日は昼寝をしてしまったので、
なかなか寝つけませんでした。明日からバイトも再開するから寝なくちゃ、と思っていると、
ヒョー。ヒョーという笛のような音が聞こえてきました。
中空のあたりからです。電気を消して寝るので部屋は暗いんですが、
そのほうを見たら、顔の上1mほどに白い煙のようなものがありました。
それがだんだんに形をなしていって、あのお面に変わっていったんです。
怖い、と思い布団をかぶろうとしたんですが、体が動きませんでした。

お面は、笑った口元のはずなのに、なぜかすぼまっていて、
そこからヒョーと息が漏れているみたいでした。そして一瞬に重なったんです。
ええ、目をつぶったおじいさんの顔です。これは木造りじゃなく本物の人間のおじいさん。
でも、生きた人じゃないと思いました。はい、長いこと顔を見てませんでしたが、
先日亡くなった祖父の死に顔だと思いました。顔はお面とぱっぱっと切りかわり、
生きてないはずの祖父の顔の口元もすぼまっていました。それでお面に戻ったとき、
すぼめた口から「しわよせる」そう聞こえる言葉が出てきたんでうす。そのとき、
机の上でボウンという音がしました。ええ、あの御守を置いていたんですが、
真っ白に光って燃え上がっていました。体が動いたので悲鳴を上げました。
ややあって両親が部屋に駆け込んで来、母が机の上でぶすぶす煙を上げている御守を見て、
一言「終わったみたいだね」と言いました。やはり何の説明もなかったです。








トンデモ日本史

2015.11.28 (Sat)
えー今日も怖い話ではありません。
オカルトには、トンデモ歴史と自分が呼んでいる分野がありまして、
超古代文明と陰謀論という既存のオカルト分野を混ぜあわせたようなものなのですが、
それだけで説明しきれるわけではありません。
日本史の分野だけでもかなりありますし、世界史を含めれば膨大な数になります。
まあ、今日は日本史にとどめておきますが、いつか世界史のほうもやってみたいです。

トンデモ歴史と一口に言ってもレベルがあります。
まず、絶対ありえないとしか考えられないもの。
そうですね、例えば「大和朝廷はモーゼの失われた十支族が作った(日ユ同祖論)」とか、
これは考えられないでしょう。信憑性0%としたいところですが、
オカルトブログですので、2~3%とかにしておきましょうか。
ただしこういうのは調べていく過程で「なぜ伊勢神宮にはダビデの星紋があるのか」など、
本筋とは関係のない面白い話を見つけてしまう場合もあります。
・・・いざ書いてみようとリストアップしたら、かなりの数のトンデモがありますね。
全部はとうてい無理なので、人物関係にしぼることにします。

「源義経=ジンギスカン説」なども、さすがにないでしょう。
高木彬光氏の『成吉思汗の秘密』は、自分はあまり感心しませんでしたが、
最後のエピソードは興味深かったです。
「成吉思汗」を「なすよしもがな」と読み、白拍子の静御前が作ったとされる、
「しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな」
の歌との関連性を論じているところですね。
これは偶然なのだと思いますが、読んだときにはロマンを感じました。

これらと比較すれば、「松尾芭蕉=忍者説」などは、けっこう信憑性が高いです。
50%近くはあるんじゃないかと自分は見ています。
出自を考えれば伊賀の下級武士出身ですから、
少なくとも忍者の子孫であったとは言えるんじゃないでしょうか。
ただしこれも、「幕府の隠密であった」というのをつけ加えると、
信憑性は20%くらいにまで下がるんじゃないかな。
さらに「奥の細道は東北諸藩の事情を伝えるために暗号で書かれている」とまでいくと、
「源義経=ジンギスカン説」とそう変わりはないような気がします。

あと、有名なところとしては「天海僧正=明智光秀説」なんかですか。
こういうのを「同一人物説」と言います。
南光坊天海は家康の側近として、初期江戸幕府のさまざまな政策にかかわっており、
風水によって江戸の守りも築いたと言われていますね。
「日光東照宮 徳川埋蔵金 かごめ唄」などで検索すれば、
じつに興味深い話が出てきます。
うーん、自分的には信憑度10%ほどとしておきましょう。

この「◯◯はじつは☓☓であった」説というのは、
☓☓が、死なせるには惜しい歴史上好感を持たれる人物の場合が多いんですね。
悲劇的な最期と考えられていたのが、じつは生き延びていてさらに活躍した、
というような時代の願望が根底にあるのでしょう。
ここまであげた他にも「天草四郎=秀頼の子孫説」などもあります。
これから派生したのが「生存説」です。これは、
本能寺の変の後も信長は生きていた、西南戦争後も西郷隆盛は・・・といったものです。
しかし信長の場合なら、もし生きていたら必ず本名で再起するでしょう。

「替え玉説」というのはまた別種のものですね。
有名な史上の人物が、じつは替え玉であり、
名も無き影武者などの別人であるとする説で、
これもまた世の願望が説の形成に影響を与えているのかもしれません。
「徳川家康=世良田二郎三郎説」なんかがそうです。
世良田二郎三郎は当時の賤民であった願人とされ、
このような身分の貴賤が入れ替わったように思える説は、
出した人の意図に注意する必要があります。
もちろん、入れ替わりがあったとされる信頼すべき根拠は存在しません。
あと「明治天皇=大室寅之祐説」とか。
これも信頼度は低いですね。3%もないでしょう。
かなり真面目に研究された「孝明天皇暗殺説」などとはちょっと違いますね。

最後に「正体説」というのをつけ加えておきましょう。
これは「同一人物説」とやや似ていますが、同一人物説の場合は、
ある有名人物が死後に別の有名人物に成り代わったとするものであるのに対し、
正体説は、一時期だけ活躍した詳細不明の人物が、
じつは何らかの理由で正体を隠していた、当時のもっと別の有名人であったとするものです。
日本では「東洲斎写楽」についての論が多いです。正体については、
初代歌川豊国、葛飾北斎、喜多川歌麿、司馬江漢、蔦屋重三郎、山東京伝・・・
等々、十指にあまる人物が提起されています。

写楽は浮世絵としては特異な画風ですし、世に出たのも一定期間だけであり、
詳細の伝わらない謎の人物ではあるので、
こういう話が出てもおかしくはないのですが、どれも決定打がありません。
むしろ現在では「阿州侯の能役者、斎藤十郎兵衛説」が有力とみなされてきています。
ただしこれは実在も疑われていた無名の人物ですので、
謎解きの興味を考えればつまらないのでしょうね。
「正体説」では、世界史でもウイリアム・シェークスピアに関するものが有名です。
これも作品以外の資料が少ない人物ですので、
哲学者フランシス・ベーコンなどが正体として挙げられています。

はじゃっっこう




聞いた話 3題(異界)

2015.11.27 (Fri)
木の骨

これは自分が行きつけの居酒屋で、Oさんという50年配の会社員の方から
聞いた話なのですが、Oさんは東北に住んでいる甥から聞いたということなので、
また聞きの話ということになります。
Oさんの甥は30代になったばかりで、土建屋に就職し、ずっと地元で暮らしていて、
趣味は山歩きなのだそうです。ただし、ハイキングなどではなく、
春は山菜、秋はキノコ狩りと、実益を兼ねたものだったそうです。
その人が、去年の秋に慣れ親しんだ地元の山に入りまして、
キノコを採ってました。自分は詳しくはわからないのですが、
ナラタケという白っぽいキノコ背負カゴに何杯も採って、塩漬けにして冬中、
酒の肴にしていたんだそうです。で、いつもの林道から入っていった山は、
藪もかなり枯れていて、目をつむっても歩けそうなくらいでした。

キノコをカゴに放り込みながらずんずん登っていくと、
林の中のある方向から、カラカラ、カラカラという音が聞こえてきました。
それが高価な炭を打ち合わせたときのような、澄んだ金属音だったので、
不思議に思って聞こえるほうに入っていきますと、
楢の木の多い場所に出て、木から何かたくさんのものがぶら下がっていました。
白く乾いた動物の骨が、木綿糸で枝から吊るされていたんですね。
全部で100以上はあったそうです。高さは大人が手を伸ばしてやっと届くあたりに、
15~30cmほどのきれいに乾いた骨が隣と触れ合う間隔で吊り下がり、
それがぶつかって、風でカラカラと音を立てていたんですね。
見たときはぞっと背筋か寒くなったそうです。骨は鉛筆より細いくらいで、
すべてが同じ部位だと思いましたが、何の動物のものかはわからなかったそうです。

それで気味が悪くなり、キノコ採りを中断して林道の軽トラに戻りました。
とろとろと山を下っていくと、山裾の農家の爺さんが庭先に出て作業をしていたので、
車を停めて声をかけ、今さっき見た骨の話をしました。
爺さんはシワを深くして聞いていましたが、「なんだそれ、聞いたことがねえな。
 糸で吊るされてたというなら人がやったもんだろうが、気味悪い話だ。
 うーん、あんたなあ今年はもうこの山には入らんほうがいいかもしれんな」
そこで少し考えて、「そうだなあ採ったキノコも食わんほうがいいだろうな。
 捨てるのもあれだから、全部煮て、◯◯さん (これはそのあたりにある神社)
 に持っていったほうがいいんじゃないか」こんなふうに言われました。
で、言われたとおりにしたわけです。キノコ採りはあきらめたわけではなく、
別の山に入って採ったそうですが、特に不幸なことなどは起きなかったとのことです。

路地の長塀

これは自分と同じ占い師のUさんという人から聞いた話です。
Uさんは大阪でも高級住宅地と言われるところに住んでいるのですが、
ある夜、Uさんが占いの連載をしている雑誌の編集部との打ち合わせで酒を飲み、
終電で家に帰ったそうです。酔っ払ってたってことはない、とは本人の言ですが、
実際Uさんは、酒が強く、飲んでもほとんど乱れない人です。
自宅は駅から歩いて10分ちょっとほどで、いつもの道を歩いていました。
時間はもうすぐ翌日になるというあたりで、歩いている人には出会いませんでした。
ただし時おり車は通っていたそうです。で、長い板塀の横を通りましたが、
そこは有名な料亭の裏手にあたるところで、塀の中は日本庭園です。
5mおきくらいに、その料亭の上品なネオン看板が塀の上部に灯っていました。
それで、これが50mもない長さなのに、いくらあるいても塀が途切れなかったそうです。

それで、Uさんが「おかしいなあ」と思った途端、塀が直角に曲がって、
向こうにずっとまた看板のついた塀が伸びていた。でも、そんなはずはなかったんです。
そこは真っ直ぐな道で、曲がるということはありえない。
でも進行方向はまた別の板塀になっていて、曲がるしかなかったということでした。
その道に入っても、まったく先ほどの道と同じ印象で、
「これ、どう考えても変だよ」と思うと、目の前が行き止まりになって曲がり角が現れる。
・・・なんか昔話なんかに出てくるような話ですが、
Uさん本人はかなり怖くなっていました。板塀の道に入ってから10分以上過ぎてて、
出られないんじゃないかと思ったそうです。
で、もう一度塀を曲がると、向こうから歩いてくる人がいました。
でも、風体が異様で声をかけられなかったんですね。

男の人で、和服を着て手ぬぐいをかぶった時代劇のような服装。
それで、チンドン屋が持っているような太鼓を胸の前にぶら下げていたそうです。
その男はほっかぶりをしたまま視線を下にむけてずんずん近づいてきて、
Uさんとすれ違いざまにぼそっと、「土産、塀の中に投げるといんじゃないかな」
と言ったそうです。そのときUさんは、家族の土産の焼シュウマイをぶら下げてたんです。
「えっ」 と思って振り返ると男の姿は消えていて、Uさんは少し躊躇しましたが、
思い切って焼シュウマイの折りを塀の中に投げ込んだんです。
そしたら、周囲の景色がぐにゃんとゆがんだように見え、
料亭の塀からはかなり離れた、もう家のすぐそばの道に立っていたんだそうです。
「なんかねえ、タヌキとかに化かされたみたいな話だろ」Uさんは笑ってそう言ってました。
最近は都会に住むタヌキの話もニュースに出ますが、そのあたりでは聞いたことはありません。

ロッカーの中から

これは大きな総合病院で看護師をしているMさんから聞いた話で、
前に書いたことがありますが、背景をかなり変えていたので、
もう一度聞いたとおりに書きます。今夜の3つの話の中では、
これが一番不思議で、なんとも説明のつかないものです。
Mさんのその日のシフトは日勤のロングで7時過ぎのあがりでしたが、
所要があったため、年次を取って1時間ほど早く終え、
着替えをしようと1階の女子職員のロッカールームに入りました。
半端な時間なので中はMさんだけで、着替えていたら、
ずらーっと並んだロッカーの十数個右のほうのが、急にバカンと開いたんです。
その音でそちらを見て、Mさんは仰天しました。ロッカーから人が出てきたんです。
それもコートの裾を濡らした西洋人と思われる若い女性。

金髪で、横顔はかなり鼻が高く、20代後半くらいに思えたそうです。
その女性は、たった今、傘をすぼめたばかりのようにして手に持っていて、
傘の先からもしずくが垂れていました。「え、え、えええ?」
と見ていると、外国人の女性はMさんのほうに視線を向けることもなく、
バーンとロッカーの戸をを閉めると、
そのままスタスタと出入口の戸から出ていってしまったんです。
場所がわからないとか、戸惑っているという様子もまったくなかったそうです。
あまり驚いたので、しばし立ち尽くしていましたが、
床を見ると、傘やコートからしたたったしずくが点々と落ちていました。
そのロッカーは幅が広く、人の出入りもできそうでしたが、
さすがに傘をさしたままというのは不可能です。

ロッカーの名札を見ると、面識のある後輩のものでしたので、
少し迷ったものの、思い切って開けてみようとしました。
でも、鍵がかかっていて開けることはできなかったんですね。
ちなみに、その日は外は雨は少しも降っていなかったそうです。
この話は、頭がおかしいと思われるのを承知で、何人かの親しい同僚に話してみましたが、
みなただ驚くだけで、何一つわかったことはありませんでした。
そのロッカールーム自体も、幽霊が出るとかその手の噂はまったくないんです。
「病院勤めだから、怖い話なんかないのかって聞かれることもあるんですけど、
 そういうのは私はまったくなんですよ。内科なので、お亡くなりになる患者さんは、
 毎日のようにおられるんですけど・・・」こうおっしゃっていました。
これしかし不思議ですよねえ。そのロッカーは外国のどこかにつながってるんでしょうか??







3世代同居

2015.11.26 (Thu)
主人と結婚したとき、主人の一家で転居したんです。
ああ、意味がわかりませんでしょう。主人の一家は、70歳代の祖母と、
50代の主人の両親、そこに私が嫁に入ったため、前に住んでいた家が手ぜまになり、
同じ市内から市内のもっと広い家に引っ越したということです。
その家は新築ではなく中古でしたが、築5年ということで、
外観はとても新しく見えたんです。ええ、同居するということは、
婚約したときから話し合って決めていました。
主人の父、義父はバリバリの会社社長で、義母はその会社の重役、
主人もいずれは今の仕事をやめて親族経営の会社に移る予定になっていました。
義父も義母も、気楽にお話できるよい方たちで、
その点で苦労をしたということはないんです。ええ、恵まれていると思います。

おばあちゃんは昔風の方でしたが、いつもにこにこしておられて・・・
はい、私のお話はこのおばあちゃんが中心になるんです。
一家揃いまして、全員で新しい家に入ったときのことです。車を車庫に入れて、
義父が鍵を開けているとき、おばあちゃんが2階の窓を見上げて、
「誰かいるのかねえ」とおっしゃいました。それで私もそのほうを見たんですが、
カーテンが閉まっていて人の姿が見えるということはありませんでした。
「やだなあ、母さん。ここ俺たちが引っ越してきたんだから、
 人なんかいるはずはないだろう」義父が言い、
「そうだねえ」と祖母が首を傾げながら答えました。
今にして思えば、これが始まりだったんでしょうね。新居は部屋数が多く、
私たち夫婦は2階、義父母とおばあちゃんが1階になりました。

私は専業主婦をすることになっていましたので、
最初から張り切って掃除をしまくりました。部屋数は9つで、
私の実家もこんなに広い家ではなかったんです。家の中は,ホコリは積もってましたが、
人が汚したような跡はほとんどなかったんです。主人によれば、
新築で建てた家族が3年ほど住んでいたが、その人たちは他県に移ってしまい、
格安で売りに出されていたということだったんです。
主人と義父母が仕事に出てしまうと、家には私とおばあちゃんだけ。
おばあちゃんは足腰が弱らないようにと、午前中は散歩がてらに買い物をし、
午後からは自分の部屋でテレビを見ていることが多かったんですが、
私はできるだけ、お菓子などを持っておばあちゃんの部屋を訪れ、
あれこれお話をするようにしていたんです。

おばあちゃんのお話は楽しかったですよ。テレビが好きせいか、
芸能人のゴシップなんか、私よりずっと詳しかったんです。
そんな話の中で、おばあちゃんが「この家ね、私たちの他に誰かいるんじゃない」
とおっしゃいまして、「えー、誰かってどんな方ですか?」
「はっきりとはわからないけど、若い女の子、中学生ぐらいかなあ」
「でも、いるはずないじゃないですか」
「それはそうなんだけどね、ときどき目の端に見える気がするのよ」
こう言われてみると、私も心あたりがないわけではなかったんです。
掃除をしているときや、洗濯物を干しにベランダに出たときなど、
ふっと人の気配のようなものを感じるときがありました。
でも、ふり向いてみても、誰もいなかったんです。

それと、若い女の子のキャハキャハという感じの笑い声が聞こえたように思ったことも。
でも、そんなはずないですから、気のせいだと考えるようにしてたんです。
おばあちゃんは続けて「もしね、誰かいるとしたら、
 あんまりよくないものじゃないかって思うのよ。なんとなく私たちを憎んでるみたいな」
うーん、私はそこまではわかりませんでした。
それでも、特別なこともなく3年が過ぎたんです。主人の仕事も、
義父母の会社も特に問題ははなく順調で、家族はケンカ一つしたこともなかったんです。
ただ、おばあちゃんが風邪を引きやすくなって1年に何回か寝込むようになったのと、
私たち夫婦に子どもができなかったことが悩みのタネといえば、そうでした。
特に義父母は、初孫の誕生を心待ちにしていましたから。
それからまた2年がたち、やっぱり子どもはできませんでした。

ええ、主人も私も病院で検査を受けましたが、特に問題はなかったんです。
その頃、午前中の散歩をやめていたおばあちゃんが、
久しぶりに一人で買い物に出て、揺りかごを買ってきたんです。
籐製の昔風のものです。主人はそれを見て「あーおばあちゃん、ごめんね。
 いつまでもひ孫ができないから、待ち遠しくてそういうの買ってきたん?」
と聞きましたが、おばあちゃんはにこにこ笑って、「そうじゃなく、私が使うんだよ」
と言って、自分の部屋に持っていかれたんです。
でも、いくらおばあちゃんが小柄だといっても、赤ちゃん用のゆりかごに入れるわけもなく、
部屋で自分の傍らに置いて、何かブツブツ言いながら片手でそれを揺らしていたんです。
それを見て、義父母はボケが来ちゃったんじゃないかと心配してたんですけど、
それ以外の言動におかしなところはなかったんです。

ある日のことです。私が外で買ってきたシュークリームを持っておばあちゃんの部屋にいくと、
おばあちゃんはうつらうつらしながら、片手で揺りかごを揺らしていたんですが、
中に小学校低学年くらいの女の子が窮屈そうに入っていたんです。
「えっ!」と声をあげてしまいました。そしたらその子はパッと消えて、
そのかわりのようにおばあちゃんが目を開けました。
「あの、おばあちゃん。その揺りかごの中に女の子いなかった?」そう聞くと、
「あらあ、いるはずがないじゃない。これはね、私のボケ防止なの」
こんな風に答えられました。でも、確かに見たんです。
そこか私立小学校のような吊り紐のついた灰色のスカートと、白いブラウスを着た女の子・・・
さらに1年がたち、やはり私たち夫婦には子どもができないままで、
おばあちゃんは風邪をこじらせてから、ずっと寝込んでいたんです。

トイレには起きて行くことができましたし、食餌も自分でとれたんですが、
私はなるべく、おばあちゃんのそばにいるようにしてたんです。
布団を敷いていても、その傍らにずっとあの揺りかごが置かれていました。
ある日、おばあちゃんの部屋から咳き込む声が聞こえ、
キッチンにいた私があわてて行ってみると、おばあちゃんが布団に上半身を起こして、
口をおさえてえづいていました。「おばあちゃん大丈夫」と駆け寄ろうとしたとき、
揺りかごの中に赤ちゃんがいたんです。たぶん1歳前の、まるまる太った。
私が立ちすくんでいると、おばあちゃんは荒い息で「壺がいるねえ」と言ったんです。
ええ、その夜、おばあちゃんが壺の絵を書きまして、
それと同じものを主人が骨董屋から買ってきたんです。
土製の40cmほどの高さの、けっして高価ではない田舎風の壺でした。

翌朝、おばあちゃんの部屋に行くと、壺の口には和紙が貼ってあり、
おばあちゃんは「これ、庭の日当たりのいいところに深く埋めてもらっておくれ。
 中はけっして見ないようにして。私が死んだら掘り出して開けていいから」
どう答えたらいいかわかりませんでしたが、主人に話してそのとおりにしてもらいました。
それから3ヶ月後の冬、おばあちゃんは風邪から肺炎になり、あれあれという間に弱って、
入院先の病院で眠るように亡くなられたんです。お葬式を済ませ、
初孫の顔を見せられないまま逝ってしまわれたんだと思うと、申しわけない気持ちになりました。
そのときは雪が積もっていましたので、翌春、庭に埋めた壺を掘り出してみました。
和紙の封印は何十にもなっていてはがれておらず、中を開けてみると、
ころんと干物のようなものが転がり出て、中身はそれだけでした。「これへその緒じゃないか」
義父がそう言いました。私の妊娠が判明したのはそれから1ヶ月後のことだったんです。







恋の歌の話

2015.11.25 (Wed)
今日も怖い話ではありません。今、仕事で稚内に来ていますが、寒いのなんの。
地元の方にはアマイアマイと言われましたが。 それで今日も軽めのお話で。
内容的には、「怖い古代史」に入るでしょうか。

「歌合(うたあわせ)」というのをご存知でしょうか?
歌人を左右二組にわけ、その詠んだ歌を一番ごとに比べて優劣を争う、
平安時代の典雅な遊びです。もしかしたら、
現代の紅白歌合戦などにもつながるのかもしれませんが、
男女に分かれてというわけではありません。

主に宮中で行われ贅を尽くしたと言われますが、
そこはそれ、歌とはいえ勝敗を競うものですし、
氏族の権力争いの激しかった平安時代のこと、けして優雅なだけではなかったようです。
この歌合の中で最も大がかりであったと言われるのが、
天徳4年(960年)の「天徳内裏歌合」です。

左右にわかれた左方が、当時の世を席巻していた藤原氏チームで、
多くの有力歌人を事前に陣営に引き入れ。
右方はこれに対し、少数精鋭で挑むことになります。
このあたりの政治的な事情は複雑ですが、長くなりそうなので割愛します。

試合の期日は3月30日(現代暦の4月28日)夕刻より。村上天皇の御代でした。
判者(はんじゃ)これは歌の優劣を決める審判のことですが、
左大臣藤原実頼、その補佐に大納言源高明、
講師(こうじ 歌を読み上げる役)は左方が源延光、右方は源博雅。
おや、どこかで聞いたことのある名が出てきました。
そう、源博雅は夢枕獏氏の『陰陽師』における安倍晴明の相方、ワトソン役です。
笛の名手であり、武にも強い上級貴族として登場します。

ここで、源博雅が失態を演じてしまったことが記録に残っていて、
3番の歌のときに間違えて4番を詠んでしまいました。
それでたしかその番は反則負けになったんじゃなかったかな。
その後は動揺のため、声が震えてうまく詠めなかったそうです。
『陰陽師』の博雅像と重ね合わせると、いかにもというエピソードですが、
このあたりのことも知っていて、夢枕氏は冷徹な晴明の相方に選んだのでしょう。
夢枕獏原作、岡野玲子作 『陰陽師』(白泉社)第7巻に、
歌合の詳しい様子が出てきています。

さて、この歌の題材というのは1ヶ月前から伝えられていて、
あらかじめお題に基づいて作られています。
で、結果としては左方の藤原チームの10勝5敗5引き分け、
圧勝という形で終わったのですが、夜も白みかけた第20番、
最後の歌は伯仲の闘いになりました。お題は「恋」です。

左:壬生忠見

恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか

(恋をしているという私の噂は、早くも広まってしまったよ。
                  人に知られぬよう、その人を思い初めたのに。)
右:平兼盛

忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで

(耐え忍んでいたのに、私が恋をしていることは気色に現れてしまったよ。
              何か物思いをしているのではと、人が尋ねるほどに。)

どちらも百人一首にとられているので皆さんもご存知でしょう。
「人に知られてはいけない恋、忍ぶ恋」という似たような主題になりました。
両者とも秀歌で甲乙つけがたいのですが、
みなさんはどちらの勝ちと思われますでしょうか?
まあ、こういうのは理屈で解説してもしょうがない気がしますし、
人それぞれの感性に訴えかける部分もまた違うと思うのですが、
自分はどちらかといえば壬生忠見のほうが好きです。

実際、場は紛糾、議論白熱したため、
講者の藤原実頼は引き分けにしようと考えましたが、
御簾の中で村上帝が兼盛の歌を小さく口ずさんでいるのが聞こえ、
これを尊重する形で右方の勝ちとなりました。
これはもしかしたら、左方圧勝の勢なのでので、最後は右に花を持たせよう、
という天皇の意図があったのかもしれませんね。

さてさて、この後、負けたことを恨みに思った壬生忠見は気鬱になり、
自ら食を断って衰弱死したという説があります。
死後、忠見の亡霊が「恋すてふ」の歌を口ずさみながら内裏に立ち、
それを安倍晴明が祓うというのが『陰陽師』での筋立てです。
『今昔物語』のエピソードもからめて、たいへん巧妙な作品になっていました。

ですが、この日の勝敗でいえば、壬生忠見は1勝2敗1分ですし、
相手の平兼盛は4勝5敗1分で、出だし3連敗もしています。
それほどの遺恨が残るかなあという気もします。
また、一流歌人であれば相手の歌が優れているのもわかったでしょうしねえ。
しかも資料的には、忠見のその後の晩年の歌も残っていますので、
これは面白エピソードと言うべきものなのでしょう。







怖い英語

2015.11.24 (Tue)
今日もお茶濁し記事になります。このところ忙しいのでご勘弁ください。
当ブログでは「恐怖」というのを隠れテーマとして、
さまざまな角度から考察しているのですが、言語的な問題はあんまり触れていません。
例えば「怖い」と「恐い」「怖ろしい」などの形容詞を比較対象すれば、
そこに微妙なニュアンスの違いなどが見つかるかもしれません。
あとは「禍々しい」とか「忌まわしい」などという言葉も。
ただまあ、自分は国語が苦手で、そういうのはあまり自信がないのです。

ところで、英語の単語には「怖い」を表す言葉がたくさんあると思いませんか。
自分は昔からそう思っていました。列挙してみると、

Scary
1,〈物事が〉恐ろしい,おっかない,薄気味悪い. a scary movie 恐ろしい映画

2, 驚きやすい,臆病な,おびえる,びくびくする.
Don't be so scary. そんなにびくびくするな.

Dreadul
1, 恐ろしい,怖い,ものすごい. a dreadful accident 恐ろしい事故.

2, ものすごい,ひどい,いやな. dreadful weather ひどい天気

3, 《口語》 つまらない,おもしろくない,実にひどい.
a dreadful bore ひどく退屈な人.

Fearful
1, 恐ろしい,ぞっとするような,ものすごい.
a fearful railroad accident 恐ろしい鉄道事故.

2A, 〔+of+(代)名詞〕〔…を〕恐れて,気づかって
He was fearful of the consequences . 彼は成り行きを心配していた.

2B,〔+that [《文語》 lest]〕〈…ではないかと〉心配して.
She was fearful that in the end the prize should escape her.
彼女はその賞を最後に取りそこないはしまいかと心配していた.

3, (悪い意味で) ひどい,すごい,大変な. a fearful liar ひどいうそつき.

Frightening
ぎょっとさせる,驚くべき. a frightening experience 恐ろしい体験.

Terrible
1, 恐ろしい,怖い,ものすごい. a terrible crash of thunder 恐ろしい雷鳴.

2, ひどい,つらい,厳しい. terrible sufferings ひどい辛苦.

3, 《口語》 非常に悪い[よくない], 実にいやな[まずい], ぞっとするような.
terrible coffee ひどくまずいコーヒー.

4, 〔+at+(代)名〕《口語》〔…に〕すごく下手で.
He's terrible at golf. 彼はゴルフがとても下手だ.

Horrible
1, 恐ろしい,ものすごい,身の毛のよだつ. a horrible monster 恐ろしい怪物.

2, 《口語》 ぞっとするほどいやな,実にひどい, (人に)残酷な.
horrible weather 実にいやな天気.

統一するために「英和辞典 Weblio辞書」さんを使用させていただきました。
同じ形容詞でも be ーー of の形で使われることが多い afraid は除きました。
それから、bloodcurdling のような特殊なものも。
自分が外国人と話す場合、ほとんどscary を使っていましたが、
向こうでもこれがわりと普通に使われているようです。
「恐怖」という名詞として、dread. fear, horror, terror などがありますが、
上記辞書には、意味用法の違いとして、

『【類語】 fear は「恐怖」を表わす最も一般的な語で,懸念や通例勇気のなさを暗示する。
  dread は懸念と嫌悪の感情を示すほかに、
「人・事に直面することに対する極度の恐怖」を表わす。
 fright は突然ぎょっとするような恐怖。terror は極度の恐怖。
 horror は嫌悪感や反感などを伴った恐怖。』

という解説がありました。うーん、いまいちよくわかりませんね。
ネイティブの人はそこまで意識して使い分けをしているのでしょうか・・・

まあ、こういう英語の類義語の場合、ニュアンスの違いを見るためには、
その単語で画像検索してみるのも一つの手です。
ためしに scary(上) と fearful (下)で検索してみると、
下図のようになりました。(ちなみにscar は傷跡とい名詞)
scaryでは「怖い顔」  fearfulでは「怖がっている私」 が出てくるようです。







好きな鳥山石燕の絵

2015.11.23 (Mon)
今日もお茶濁し的な内容になります。
さて、鳥山石燕はみなさまご存知だと思いますが、京極夏彦氏の登場以前、
どれだけの方が知っておられたんでしょうね。もちろん自分は妖怪好きで、
あと江戸時代の戯作にも興味を持っていましたので、貴重なデータベースとして、
早くから存じあげておりました。

京極夏彦氏の場合、作品は重いテーマを含んだ純推理小説が多く、
オカルト的な怪異はほとんど登場しないわけですが、モチーフは妖怪から取られています。
これ、「この作品のテーマは何ですか?」などと面倒な?質問を受けた場合、
「姑獲鳥です」とか「絡新婦です」とか答えることができて便利だなあ、
などとくだらないことを考えてしまいますね。
さて、自分が好きな石燕の絵をいくつか紹介していきますが、順不同です。
順位はちょっとつけられそうにないですね。絵はクリックして拡大できます。

・青行燈 『今昔百鬼拾遺』
『燈きえんとして又あきらかに、影憧々としてくらき時、
青行燈といへるものあらはるゝ事ありと云。むかしより百物語をなすものは、
青き紙にて行燈をはる也。昏夜に鬼を談ずる事なかれ。鬼を談ずれば怪いたるといへり。』



好事家の百物語の後に現れるといわれる妖怪で、石燕らの創作ではないかと思われます。
青行燈は、百物語会に用いられる小道具の一つで、
当時ロウソクは貴重品でしたし、百本灯せば火の不始末も危険です。
江戸時代では失火も大罪になりましたしそこで、青い紙を張った行灯に燈心を百本入れ、
一話終わるごとに一本ずつ引き抜いていくのが作法でした。
百本目が抜かれて暗闇となったとき、怪異が訪れるという。
これは鬼なんでしょうか、角がありますね。お歯黒をしているので既婚者の女性の鬼?

・加牟波理入道(かんばりにゅうどう) 『今昔画図続百鬼』
『大晦日の夜 厠にゆきて、がんばり入道郭公 と唱ふれば、妖怪を見ざるよし。
世俗のしる所也。もろこしにては厠神の名を郭登といへり。
これ遊天飛騎大殺将軍とて、人に禍福をあたふと云 郭登郭公同日の談なるべし。』



まあ便所妖怪です。トイレを覗き込みながら口から鳥を吐いていますが、
これが時鳥(ホトトギス)なのでしょう。ホトトギスは郭公とも書き、
これが中国の厠神、郭登と通じるという説もあります。
「がんばり入道ホトトギス」と大晦日の晩に便所で唱えれば1年間怪異を見ない、
という呪文が紹介されています。ところで「がんばり」はトイレでがんばる、
という意味なのでしょうか? 江戸の庶民の多くは長屋の共同便所でしたでしょうし、
田舎家では母屋の外、このあたりの風俗も調べれば面白そうです。

・塗仏  『画図百鬼夜行』


これは残念ながら解説文がないんですね。色の黒い、目の飛び出た小太りの妖怪です。
仏壇の中から出現している姿が描かれていますので、屍者の霊という話もあります。
お寺の太鼓のようなのが描かれており、、坊主の怠け癖を戒めるため、
屍体を粗略に扱わない戒め、という解釈もありますがよくわかりません。
石燕以外の塗仏の絵は、色黒、目の飛び出しは共通しているものの、
ナマズのようなしっぽが描かれているものが多いのです。
まあ解説がないほうが不気味だし、いろいろ正体を推測できる楽しみもありますか。
自分としてはデザイン的に惹かれるものがありますね。

・目目連  『今昔百鬼拾遺』
『煙霞跡なくして、むかしたれか栖し家のすみずみに目を多くもちしは、
碁打のすみし跡ならんか』



これもビジュアルがよいのでいろんな人に使われていますね。
この家に住んでた碁打ちの霊が目となって、障子の升に現れたということのようです。
囲碁は目を作れるかそうかの争いなので、それが掛けられているのでしょうが、
碁石は線の交差した部分に打ちますよね。これではオセロのようですが、
表現上いたしかたないですか。廃屋の床に穴が開いているのはどういうことでしょう?
これらもたぶん何かの意味があるんでしょうが、ちょっとわかりかねます。
石燕の絵には、仲間の絵師や戯作者にしか通じない冗談が含まれている場合もあるのです。
関連記事 『石燕を読み解く』






ドッペルゲンガーあれこれ

2015.11.22 (Sun)
前夜の話は、ドッペルゲンガーが主題になっているものでしたが、
これについて少し書いてみます。
ドッペルゲンガーはもともとドイツ語で、「二重に歩く者」といったような意味です。
英語ではダブル(double、doublement)と言われていますが、もちろんこれは、
普通に2倍という意味で使われる言葉で、ドッペルゲンガーの意で通用するのは、
自分のような、オカルト好きの間だけのことです。

Wikiでこのドッペルゲンガーを見てみますと、
①自分とそっくりの姿をした分身。
②同じ人物が同時に複数の場所に姿を現す現象。
③自分がもうひとりの自分を見る現象。自己像幻視。

と出てきます。①は②、③の両者に共通にかかる意味内容ですが、
②と③ではかなり場合が異なるのではないかと思います。

③のケースが、狭義のドッペルゲンガーではないかと自分は解釈しています。
つまり、自分の分身を見たのは自分だけという場合です。
芥川龍之介などはこのケースというか、本人が証言している、
『芥川はある座談会の場で、ドッペルゲンガーの経験があるかと問われると、
「あります。私は二重人格は一度は帝劇に、一度は銀座に現れました」と答えた。』

という話だけで、2人の芥川を見たという第3者は存在しません。
このタイプのドッペルゲンガーは、生気なくたたずんでいることが多く、
積極的に行動したり、ものをしゃべったりするというケースは少ないようです。
映像でブレがあるように、本人と同一の行動しかできない場合もあります。

日本で、離魂病、影の病い、影のわずらいと言われるものも、このタイプのようです。
まあねえ、これだけなら説明はそんなに難しくはないと思われるんですよね。
自分の分身を自分しか見ていない、というなら、
それは幻覚である可能性が高いでしょう。
実際、ある種の精神疾患、あるいは脳の側頭葉と頭頂葉の境界領域に
脳腫瘍ができた患者が、自己分身を見たり、
その存在を感じたというケースはいくつも報告されています。

またそこまで深刻ではない偏頭痛によても起きることがあるようです。
芥川龍之介も偏頭痛を患っており、しかも睡眠薬を多用していたので、
幻覚を見る条件はあったと考えられます。
あるいは薬物の影響。いずれにしても症例の一つとして説明がつきますし、
「ドッペルゲンガーを見たものは死ぬ」という説についても、
病気の影響による自殺、あるいは病死と考えれば不自然ではありませんよね。

問題は②のケースです。自分の分身を自分と第3者が同時に見てしまうケース。
あるいは、自分と同じ姿のものが離れた場所で同時に目撃されるケースです。
自分と他人がそろって同時に同じ幻覚を見た、というのは解釈が難しいのは当然です。
これの後者については、オカルト的にはバイロケーション(Bilocation)
といって区別されることもあります。

この言葉は日本では、同名の映画で知られるようになりました。
バイロケーションの場合は、ドッペルゲンガーというよりは、
日本でいうところの生霊というのが近いようです。
体外離脱(人間の意識が体から分離する現象)との関連で書かれている文献が多いのです。
ただし生霊も体外離脱も、出ている本体は、
眠っていたり虚脱しているケースが大部分なのですが、
バイロケーションでは両者とも活発に動いている事例もあります。

さて、バイロケーションの有名な例として、1800年代のフランス人女性、
エミリー・サジェ(Émilie Sagée)の話はあちこちで取り上げられます。
当時32歳のサジェは、ラトビアのリヴォニアにある名門の女子校に教師として赴任し、
間もなく生徒たちが「サジェ先生が2人いるように見える」と言い出し始めました。

Wikiがよくまとまっているので引用すると、
『生徒たちの証言によれば、あるときサジェが黒板に字を書いていると、
分身が現れ、黒板に書く仕草をしていた。ある生徒がサジェと並んで鏡の前に立つと、    
鏡にはサジェが2人映っており、生徒は恐怖のあまり卒倒した。
後に生徒たち以外の目撃者も現れ、給仕の少女が、
食事中のサジェのそばで分身が食事の仕草をしている光景を目の当たりにし、悲鳴を上げた。』


こんな感じですね。もちろんサジェ自身も分身を見ています。
この分身に関しての最大の目撃者は42人の生徒で、教室内と窓の外の花壇の両方に
サジェの姿を見たことになっています。
室内のサジェは生徒の一人がさわると布のような感触で、
分身が出ている間ぼんやりした様子だった窓の外のサジェが本物だったようです。
この後サジェは学校を追われるのですが、さらに19回も分身のために職を変えます。

まあ、思春期の生徒が集団幻覚を起こす事件はよく知られています。
次のような集団ヒステリー事件が報告されています。
生徒たちは幻覚を見るだけではなく、次々に過呼吸を起こして倒れるなど、
ある意味ではサジェのケースより深刻な事態になっているのです。
心霊事件簿5「何かがいる」

さて、この話ですが、かなり都市伝説的な色合いが濃いのです。
エミリー・サジェ(Émilie Sagée)について特定しようと、英文サイトはもちろん、
よくわからないながらもフランス語サイトも検索してみました。
まず出典として、この話は英国人の作家ロバート・デール・オーエンが、
サジェの赴任していた学校の生徒の一人であったジュリー・フォン・ギルデンスタッブ?
(Julie・Von・Guldenstubbe)という男爵令嬢から聞いたものとして伝わっているようですが、
ちょっとそれ以上はたどれませんでした。学校の名前も、(Pensionnat Neuwelcke)
と出ているサイトもありますが、固有名ではない気がします。
なんともよくわからないんですね。

また、ドッペル現象のために学校を追われたサジェは、その後、
有名なロシアの超心理学者アレクサンドル・アクサーコフ( Alexandre・Aksakof)
に相談してうんぬんと書かれているフランス語サイトもあるのですが、
ちょっと自分の理解がおよびません。いくつか検索キーを示しましたので、
どなたか詳しい方がおられればご教示いただければ幸いです。
Un étrange cas de "dédoublement"
ということで、時間がかかったわりには煮えきらない話になってしまいましたが、
いつかまたもう少し掘り下げてみたいと思っています。

さてさて、ドッペルゲンガー、バイロケーションについて考察してきましたが、
それが病気による幻覚であった場合はもちろん、それ以外のケースでも、
けして本人にとってよいものではなさそうです。
最近の実話怪談は、生霊ものをけっこう目にするのですが、
これにしても、平穏な生活、通常の精神状態では、
なかなか出てくるものではないようです。みなさまもお気をつけください。







ドッペルK

2015.11.21 (Sat)
ある公立大学の文学部にいたんです。これってつぶしがきかないんですよね。
ええ、就職活動は はなからあきらめていまして。国語教師の免許を取ったんで、
講師をしながらなんとか食いつないでいこうと思ってたんです。
だけど、先輩のつてがあって、今はあるタウン情報誌の編集部にいます。
いやあ、何とか一人で食っていけるだけの収入しかありません。結婚とか不可能です。
でもね、俺みたいな人はけっこういて、いくつもの編集部を掛け持ちしてやってるんです。
フリーの編集者ってことですね。俺もそうするつもりです。
あ、でね、これは俺が大学4年のときの話なんですけど、
俺自身に起きたことじゃないんです。だから、聞いてて意味不明だと思います。
俺も何がどうなってるのかよくわかんないですから。
ただね、人ひとり行方不明になってるんです。三河って名前にしときますね。

俺らが4年に進級し、卒論書かなきゃってことになって、
三河と同じ担当教授につきました。文学部ですからね、
たいがいは作家論か作品論をやるです。俺ですか? いちおう筒井康隆さんで書きました。
お恥ずかしい。内容はひどいもんでしたよ。まあそれはともかく、
三河に題材を聞いたら、芥川龍之介って答えました。
こいつは俺とは違って出来がよかったですし、ああ、正統派だなって思ったのを覚えてます。
でね、それから三河とはしばらく会わなかったんです。
4年生ですから授業はぽつぽつとしかないし、みなバイトと就職活動、
あと公務員試験の勉強とかしてるんです。6月ですね、
担当教授に卒論の進行状況を報告する日があって、そのとき三河と顔を合わせまして、
そしたらね、もともと痩せ気味だったんですが、骨と皮ばかりになっててちょっと驚きました。

でねえ、こんな話するとなんなんですが、本についてる芥川の写真に、
頬のこけかたとか、そっくりだったんです。ま、髪型とかは違うんですが。
それで、いっしょに学食に行ったとき「お前、ちゃんと飯食ってるか?」って聞いたんです。
そしたら、「ああ、食ってるよ。最近すごい腹が減るんだ。けど体重は増えないね。
 体質なんだろうな」こう答えまして、で、実際そのときスゴイ食ったんです。
おかず4皿に大盛りライスとデザート。それ見て安心したんですが・・・
当然卒論の話になりまして、俺は筒井康隆ですから、
シュールレアリズムからの影響とか書いてたんですが、その方面も三河は詳しかったです。
いろいろ教えてもらいました。やつのほうは「今、芥川の「歯車」読んでるけど、
 どうしてもわからない部分がある」って言うんです。三河にわからないなら、
俺にわかるはずもないんですが、いちお「どのあたり」って尋ねました。

したら、「ドッペルゲンガーの出てくるあたりだよ。お前そういうオカルト系のこと詳しいだろ」
逆に質問をされまして、で、わかることは説明しました。
ドッペルゲンガーとバイロケーションの関係とか。ああ、バイロケーションはご存知ですよね。
同一の人間が同時に複数の場所で目撃される現象のことです。
これでもし自分でもう一人の自分を見てしまった場合、
ドッペルゲンガーって呼ばれるんじゃないかとか、見た人は死ぬという言い伝えがあるとか。
アメリカ大統領のリンカーンがそうだったって言われてるし、芥川もそうです。
ただ、こういう説明だけじゃあんまりなんで、薬による幻覚説も強くある、
芥川も睡眠薬の常用者だったことなんかもです。まあさすがにそれは知ってましたけどね。
そのときは、真面目一方できたやつだから、
こういうところで引っかかるんだろうくらいに考えてましたけどね。

で、夏休みが過ぎて、9月にまた卒論の報告会がありました。
そしたら三河のやつますます痩せてて、身長は175くらいだったけど、
体重は50kgもなかったんじゃないかな。他のやつらも驚いてたし、気味悪がってました。
顔色がね、すごい青かったんです。青ざめたなんてもんじゃなく、
何かわざと色を塗ったみたいに。でまた俺が「ちゃんと飯食ってるか」って聞くと、
「食ってる食ってる、食費がかさんでしかたないくらい」って。
こりゃ病気だと思いますよね。でもね、その日も学食で、
大盛りカレーと大盛りラーメンを完食したんです。それはさすがに俺でも無理なんだけど、
平然としてまして、「まだ食い足りないくらい」って言ったんです。
卒論のほうは「ドッペルゲンガーはなんとなくわかってきた。あれって河童だよ」って。
意味不明でした。たしかに芥川は「河童」という作品も書いてますが、

ドッペルはドイツ系の話だし、河童は日本の妖怪でしょう。
ちゃんと整合性がとれるようにつながるのかどうか。ま、論文の読みあわせがあるんで、
そのときにわかるだろうと思ってましたけど。別れ際に、
「そんだけ食えるなら心配ないかもしれないけど、いちおう医者にいったほうがいいぞ」
とは言ったんですよ。で、10月に入りまして、最後の学祭がありました。
4年生はやることはないんですけど、構内をぶらぶらしながら、
後輩のやってる模擬店をはしごしてひやかしてました。
図書館の前がイベント広場になってて、舞台をつくっていろいろやってたんです。
バンドが多かったけど、そのときは大食い大会をやってまして、
何とそれに三河が出場してたんです。驚きました。そういうタイプじゃないんです。
でね、学生だから元手のかからないウドンの大食いだったけど、何と三河が優勝したんです。

相変わらず顔は青く鶴みたいに痩せてましたが、30分でウドン14袋食ったんですよ。
終った後、商品をもらって戻ってきた三河に声をかけました。
腹はほとんど出てなかったです。「すげえじゃねえか、俺なんて3玉がせいぜいだ」
こう言いましたら少し笑って、「最近、腹の減りがますます激しくなって、
 出るつもりもなかったけど、食費が浮くかと思って」こう言いました。
その後真顔に戻り「今なあ、うどん食いながら下の席を見てたら、俺がいたんだよな」
こうポツリと言ったんです。「なんだよ、ドッペルか?」
「うーん、俺に姿を変えた河童かもしれない。ドッペルを見たら死ぬって言うけど、
 ドッペルに化けた河童なら大丈夫だよな」・・・ヤバイでしょう。
このときね、これは絶対悪い薬に手を出してるんだって思いました。
ちょうど、合法ハーブとかの出始めの頃だったんです。でも、そうは口に出しませんでした。

でね、12月に入った初めのあたりです。
もう卒論はほぼ完成してなくちゃならないんだけど、俺はまだで少しあせってました。
そのときも部屋でシコシコ書いてたら、携帯に着信があって、
珍しく三河からでした。でね、内容が「これから河童を捕まえに行くから見にこいよ」
って・・・「お前、今どこにいるんだ?」 「入間川の河口付近。製紙工場の見えるあたり」
でもね、そのあたりの川というか、県自体にも河童の伝承なんてないところなんです。
ふざけてるのかとも思ったけど、口調が真剣だったんで、
「わかった、今からチャリで行くから」こう答えました。場所はだいたい知ってたんで、
近くの橋の上で待ち合わせることにしました。行ってみると、
三河が欄干に寄りかかって下を見てまして、「おい河童いたか?」
こっちが冗談めかしてそう叫ぶと、黙って下を指差しました。

そしたらね、30mほど向こう、護岸のコンクリから1mほど離れた浅いところに。
青っぽい人がスネまで水に入って立ってたんです。細部はわからなかったけど、痩せてて、
三河に似てる気がしました。「あれが河童か? 服着てるじゃね」こう言うと、
三河はいらいらしたように、「下に降りるぞ」とだけ言って、
橋を渡って土手に向かったんです。俺が後を追っていくと、三河はその人物?
がいるあたりから、ダイブするように土手を駆け下りていったんですよ。
「おい、待て危ないぞ!」そう叫びましたが、一面の枯れすすきですぐに三河の姿は見えなくなり、
俺は躊躇して下りられなかったんです。何がどうなってるか見えるように、
土手の標識につかまってガードレールの上に立ちました。
そしたら、ススキの切れ間から三河が飛び出し、川の中の人物に跳びついて、
折り重なるように水の中に倒れ、しぶきが上がりました。

「ああ、マズイ」どうしようもなくて、俺もススキの中に飛び込み、
半ば転げるようにして川岸まで下りていきました。コンクリの川縁まで行くと、
川上も下もずっと見渡せるんですが、どこにも人の姿はなかったんです。
ほかんとしましたよ。冬枯れで水は少なく澄んでいたので、
人が2人も倒れてたなら絶対わかったはずです。それが影かたちも見えず、
水の濁ってるとこもなくて・・・ただね、縁のコンクリの上に携帯が一個載ってて、
それが三河のものだってことはわかりました。拾い上げると、水がしたたってきましたね。
え? 三河からの着信ですか? もちろん残ってましたよ。とにかく、
人が川に流された可能性があるので、警察に連絡しました。
事情を話して捜索があったんですが何も見つからず・・・俺の虚偽通報と疑われたかもしれません。
でも三河はそれ以後行方不明で捜索願が出たんですが、いまだに手がかりもないんですよ。

遊戯王カード ドッペルゲンガー







あなたの恐怖は先天・後天?

2015.11.20 (Fri)
「人間の感情の中で、何よりも古く、何よりも強烈なのは恐怖である。
その中で、最も古く、最も強烈なのが未知のものに対する恐怖である」

                (H・P・ラヴクラフト『文学と超自然的恐怖』)

ということで、今日は怖い話ではありません。上記の言葉はアメリカの怪奇小説家、
クトゥルー神話の生みの親であるラブクラフトの、
恐怖についての解釈なのですが、これについては「そうだなあ」と思う反面、
「本当にそうだろうか」という疑念を感じることもありました。
・人間の持つ感情の中で、最も強いものが恐怖
・その恐怖の中で、最大のものが未知への恐怖
という2つの命題は、証明できないのではないかという思いがあったからです。

この話題を取り上げてみます。
『マウスが天敵キツネのにおいと電気的刺激の二つの恐怖に同時に直面した場合、
生まれながらに持つ「先天的な恐怖」に対する反応が優先され、
キツネのにおいを回避する行動を取ることが分かったと、
関西医科大付属生命医学研究所のチームが19日付の米科学誌セルに発表した。

研究チームは実験で、マウスにスパイスを嗅がせて電気的な刺激を与え、
「後天的な恐怖」を覚えさせた。その後マウスを迷路に置き、
一方の道に同じスパイスのにおいと餌、
もう一方にはキツネの分泌物に似たにおいと餌を用意し、どちらに進むかを観察。
9匹中6匹がスパイスの方を選び、3匹はどちらにも進まなかった。』
(時事通信)

これは前にも取り上げたことのある小早川 高・令子夫妻(分子生物学)
のチームによる研究で、令子氏は、このところ精力的に論文を出されている女性科学者です。
これを読んで疑問に思われることの一つは、
マウスがスパイスとともに電気ショックを与えられ、それによって感じる恐怖は、
まあ条件反射ですよね。確かに「後天的な恐怖」で間違いではないでしょうが、
キツネのにおいというのは、はたして「先天的な恐怖」なのかどうかということです。
氏のこれまでの研究の流れというのは、まず「マウスが恐れるにおい」の開発、
次に「その臭いに対して慣れ効果が生じないこと」の解明、
この延長上に、今回の研究があるようです。  関連記事 『トムとジェリー』

実験室で生まれ育ったマウスというのは、
実物のキツネに遭遇した経験はないでしょうし、
また、繰り返し嗅いでも慣れ効果が生じないということは、
脳にその臭いに反応する部位があると考えられ、
これはマウスにとっての先天的な恐怖である、と言えそうではあります。

では、人間にとっても先天的な恐怖と考えられる「暗闇への恐怖」、
あるいはラブクラフトが言及した「未知への恐怖」などは、
先天的な恐怖と言えるのでしょうか。
蛇を怖がる人が多いのはどうなんでしょう??(この回答は最後にあります)
それを解明するためには、数ある恐怖の一つ一つについて、
実験を行う必要があるのでしょうか。

もちろんそれはできるでしょうが、現在の研究の流れとしては、
「脳の働く部位が感情(その他)を決定する」となってきているのです。
どういうことかというと、人間の感情というのは、怒り、悲しみ、喜び・・・
さまざまな出来事において、これらが入り混じっており、
心理学的にきちんと分類するのは難しかったのです。例えば恋人と別れたとして、
そのときの感情は悲しみや怒りなどが混在したものになりますよね。
うまく言葉では表現ができません。しかし、そのように感情の側から考えず、
脳のこの部位が働いたときにはこの感情が生じている、とすることで、
客観的、定量的に研究することができるようになってきているのですね。

このようなニュースもありました。
『幸福を強く感じる人ほど右脳の特定部位が大きいことを、
京都大医学研究科の佐藤弥准教授らが突き止めた。
幸福感と脳の構造の相関を解明したのは初めて。英科学誌に20日発表した。
心理学では幸福感の強さを質問用紙で数値的に計測できるとされる。

佐藤准教授らは、質問結果と磁気共鳴画像装置(MRI)で測定した、
脳の各部位の体積で相関を調べた。10~30代の男女51人で実施。
質問用紙を使い、幸福感について尋ねた。質問への回答を数値化し、
各人の脳の各部位の体積と比べた結果、幸福感が強い人ほど右脳の内側にある
「楔前部(けつぜんぶ)」が大きいと分かった。』
(京都新聞)

楔前部というのは、下図の黄色の部位のことです。

この大きさは、もちろん後天的な発達もあるでしょうが、
大きくは遺伝的に決定されていると思われます。
とすれば、生まれながらに幸福を感じやすい人と、
そうでない人とがいることになります。もしこれが正しいとしたら不公平ですよね。
ちょっとしたことにも幸福を感じ、強い幸福感にひたれる人と、
そうでない人とでは、かなり人生が違ってきてしまうのではないでしょうか。
上記引用の佐藤教授は、

『幸せの意味は古代の哲学者以来、考えられてきたが、
脳科学的な視点で幸福の一端を解明できた。』
と話されています。
これはけして哲学的な考察を否定するコメントではないでしょうが、
「幸福とは何か」をつきつめて考えるよりも、
脳のこの部位が感じ取るかものが幸福である、
としたほうが、研究が進めやすいのは確かでしょう。

また、このようなニュースも。
『人が絵画や音楽を「美しい」と感じたとき、脳の一部分の血流量が増加する。
英ロンドン大神経生物学研究所の石津智大研究員=神経美学=のチームが、
米専門誌などに発表した研究結果が注目されている。 』
(日経新聞)
いやあ、美的な感覚までこのように分析されてしまうのは、
ちょっと大変という気もします。これに関わるのは、脳内の「内側眼窩前頭皮質」
という部位のようですが、もし研究が進めば、この部位が発達していない人は、
芸術家には向かない、ということになってしまうのでしょうか。
これは困りましたね・・・しかし、そう単純なものでもないような。

さて、こういう研究は、日進月歩で進められています。
これまで脳科学が難しかったのは、人体実験は基本的にできませんし、
動物実験でも倫理的な制約が大きかったのが、fMRIの発達により、
脳の血流の流れがかなり細かくわかるようになったことが大きいのです。
この調子で世界中で研究が進むと、脳のどの部位が何を担当しているかの
マッピングが詳細に解明されていきそうです。

さてさて、最初の話に戻って、小早川夫妻の研究ですが、
統合失調症の患者に処方される向精神薬をマウスに投与したところ、
後天的恐怖への反応が弱まった一方、先天的恐怖への反応が強くなりました。
小早川高氏は「人間でも同様の作用が起こると推測され、
精神疾患の治療に役立つ可能性がある」と話されています。自分としては、
特に、後天的なものである心的外傷およびその、
後ストレス障害治療などに役立つ可能性が高いような気がしますね。
最後に、内容で少し触れましたが、われわれの中に蛇を怖がる人が多いというのは、
どうやら先天的な恐怖である、という結果の出ている研究が多いようです。







聞いた話 某国の板囲い

2015.11.19 (Thu)
これは自分の所属しているライター事務所の先輩から聞いた話です。
Aさんということにしておきます。
およそ10年前、中東某国にユダヤ教の某国が侵攻するという事件がありましたが、
そのときの話です。Aさんは今は50代半ばで、つまり当時は40代、
まだまだ動ける年齢でした。イスラム教関係のルポをするために、
若いフリーのカメラマンと現地入りしてたときに、戦闘に巻き込まれたんですね。
もちろんAさんが行く前からずっときな臭い噂はありましたし、
いつ戦争が起きてもおかしくない状況であったわけですが、
それでもこの2人は現地入りしていました。ですから当然、
事前に退避路は確保してあったわけですが、Aさんはカメラマンと相談の上、
現地に留まることにしました。これをチャンスと捉えたわけです。

空爆が南部のほうで始まり、一時停戦を経て地上軍の侵攻が始まりました。
このときの攻撃で、某国民の5人に一人が家を失ったと言われています。
Aさんらが滞在していたのは首都ではありませんでしたが、
その街もすぐに、あちこちに瓦礫の山ができたそうです。
Aさんらは攻撃目標になりそうなホテルを捨て、
取材をしていた現地人の家にいたのですが、そこの地域にも夜間、空爆があり、
生きた心地がしなかったそうです。朝になるとそこここの建物が崩れ去っていて、
路上では悲嘆に泣き叫ぶ声が聞こえていました。Aさんは海外生活は慣れていましたが、
戦場カメラマンといった、その道のプロではなかったので、
さすがに限界を感じ、あちこちのつてを頼って退避ルートを探していたんです。
ある日、カメラマンといっしょに裏通りの道を歩いていると、

「Aさん、ちょっとちょっと、あれ見えますか」とカメラマンが瓦礫の中を指さし、
そこは崩れた家々の脇の空き地らしく、20人ほどの人が路上生活をしていました。
「ん、何? どこ?」Aさんが意味がわからず尋ねると、カメラマンは、
「ほら、あの男の子の入ってる箱囲いみたいなやつです」と言いました。
見ると、6歳以下と思われる男の子が、2m四方ほどの急ごしらえの板囲いの中に、
ぽつねんと座っていました。囲いの中には、崩れた住居から持ちだした、
毛布や鍋など、わずかな家財道具が入っていて、敷物を敷いた一隅に、
その子は膝を抱えていました。ほとんど雨が降らないのでできるんですね。
おそらく家族は街中に食べ物を探しに行っているのだと思われました。
「んー、あの子がどうしたん?」 「男の子じゃなくて足元のほう」
Aさんはそちらに視線をのばして、思わずタバコを吐き出しそうになりました。

箱の中で、そこは地面の砂がむき出しになっていたんですが、
3歳くらいの女の子の上半身があったんです。胸より上の部分ですね。
これは土に埋められているわけじゃなく、かといって、
死体の一部が放置ないし安置されてるわけでもありません。それは一目でわかりました。
なぜなら、女の子の片方の目はつぶれていましたが、
残り一方は見開かれて、ときおり視線を動かしていたからです。
「あれ、幽霊ですよね」 カメラマンが言い、「そうとしか言えないよな」とAさん。
続けて「この空爆で亡くなったんだろうな、囲いの中にいるのは男の子の妹だからか?」
「霊っているもんなんですね。日本じゃ見たこともないし、考えたことすらなかったです」
「・・・まあ、それだけ死が近いってことだろうな。日本とは違う」
「でも、イスラムって幽霊は信じないんでしょう?」

「いや、魂は当然認められているが、神がすべて支配してるってことだろ。
 世界のどこでも物は下に向かって落ちるし、重力が働いてるのに変わりはない。
 それと同じで、幽霊の法則というものがあるとすれば、
 宗教で変わることもないんじゃないか」
「うーん、そうなんでしょうね。実はこないだ一人でここ通ったときに見たんです。
 それからずっといるし、Aさんにも見えるかと思って」
「見えるよ。だけど俺も日本では見たことがない。
 タイの田舎で一回それらしい経験はしたけどな」
「あの子は、女の子の幽霊に気がついてるんでしょうか? 
 一度も視線を向けないんですけど」
「・・・足の先なのに、一度も視線を向けないほうが変だろ。

 当然見えてるんじゃないか。それにあの場所だけ物が置いてないのも不自然で、
 他の家族にも見えているんじゃないかと思う」
「それで、何もしないのは宗教のせいとかでしょうか?」 「・・・わからんな」
立ちどまってこういうやりとりをしたんですが、
Aさんらにできることは何もありませんでした。悲惨は国中にあふれていたからです。
この侵攻時には100万人近い避難民が出て、その半数近くが子どもだったんです。
その後、その地区には2日間隠れ住んでいましたが、
軍用トラックに便乗して、暫定国連軍のいる場所まで行けることになりました。
世話になっていた家には、そのときできるだけの礼をして、
当地を離れたんですが、トラックとの待ち合わせの場所に向かう途中、
回り道をしてその空き地を通ったんです。

そしたら、板囲いはありましたが、中の家財道具は減っていて、
男の子もいませんでした。「ほら、あれ」カメラマンが前と同じ所を指さし、
そこには女の子と思える、頭頂部の髪だけが見えました。
「地面に潜っていってるんですかね」 「わからん」
「家族はどっかに移っていったんでしょうか?」 「そうだろうな」
「あの子を残して?」 「できることはないんだよ」 Aさんはそう言って、
そちらに向かって手を合わせ、カメラマンもそれに従いました。
この後も、さまざまな出来事があったものの、
Aさんとカメラマンはなんとか無傷で日本に帰り着き、
そのときに撮った写真は雑誌社等で買い上げられて、それなりのお金になったそうです。
ま、こんな話だったんですが、後日談があります。

Aさんはこの2年後に現地を再訪したんですね。
急ピッチで復興が進められているのは首都だけで、地方都市は傷跡がほとんど残っていました。
「そこの空き地にも行ったんだよ。これは興味本位ということじゃなく、
 世話になった現地人に改めて礼をするためだよ」
「それで、どうなってましたか」 これは自分です。
「空き地はなくなって、粗末な家が建ってたが、
 空爆された家の家族はどっかに引っ越していったみたいだった。 
 その家族に小さな女の子がいたのかどうかもわからなかったよ」
「あの、カメラマンの人は、そのときの写真は撮らなかったんですか?」
「いや。そんな何かを背負ってきそうなことはしないよ、プロだから」
「ですか。そこでは・・・」 「ちょっとしたお供えのようなことはした」 ということでした。







オイサキ様の杖

2015.11.18 (Wed)
市の介護サービスセンターで、デイケアの担当をしています◯◯と申します。
半年ほど前からです。そのあたりから、いろいろ関係のありそうなことが続いてて。
それが私自身にも降りかかってきたみたいなんです。
それで、ここに来て話をすれば、お知恵を拝借できると聞きまして。
初めは、山際さんという男性の方で、たしか86歳だったはずです。
日曜日にお一人で、巡回車で当センターに来られまして。この方は、
ほとんど介助なく、一人で何事もおできになりました。温泉に入浴されまして、
湯上がりを涼んでいるところに私が麦茶をお持ちしたんです。
そうしたら、「年取ってから寝てばかりいるようになったけど、夢を見るんだよね。
 昨日はオイサキ様に登ってきたよ」こうおっしゃられまして。
このオイサキ様というのは、市の郊外の山上にある神社なんです。

もちろん正式名称ではなく、介護センターには縁起の悪い話ですが、
お年寄りが「老い先短く」と願掛けをすると効験があると言われていました。
ええ、あちこちにある「ぽっくり地蔵さん」みたいなものです。
老齢になって体が不自由になったり、長く寝ついて家族に迷惑をかけぬよう、
ぽっくり逝きたい、とお祈りをする。でもねえ、これは無理からぬところもあると思います。
やはりいくら高齢になっても死ぬことは恐怖だと思うんです。
ですから、ここでいう「ぽっくり」というのは、苦しまず、
自分で気がつかないうちに、眠るようにあの世に旅立ちたいってことなんじゃないかと。
私はまだ若いですので、そのときになってみないとわからないのかもしれませんが。
まあそれで、お話を聞くことが私の仕事でもありますので、
「どんな夢でしたか?」と尋ねました。

「うん、それがね、あのオイサキ様の長い石段を、杖をついて登ってたんだよ。
 いやいや、実際にはもうそんなことができる歳じゃないけど、まあ夢だから。
 それで、さして疲れもせず鳥居の前まで来たら、境内に大きなテントが張られてて、
 中で人がたくさん茶飲み会をしてたんだよ。知った顔もおったけど、
 見知らぬ人が大部分だった。それでね、わたしも自分の杖を傘立てのようなのに入れて、
 履物を脱いで中に入ったんだよ。知り合いの幾人かとあいさつをしてね。
 あれこれ話をして、機嫌よく過ごしたんだ。それで、小一時間ばかりしたときに、
 神社のほうで神主が前に出てきて、何か呼びかけを始めた。
 そしたら皆がわらわらと立って外に出だし、わたしも行こうとしたんだが、
 履物はあったものの、自分の杖がどれだかわからず、
 迷っているうちに一本もなくなってしまってね、困ってた。そういう夢だったんだよ」

「ははあ、オイサキ様ですか。懐かしいですね。私は小学校の遠足以来ご無沙汰してます」
「今から思えば、もっと体が丈夫なうちに足繁く参拝しておればよかったね。
 あの石段は年寄りにはきついし、あれを登れるうちは、ぽっくり逝ったりはせんだろう」
「いえ、山際さんもまだまだお達者じゃありませんか」こんな会話をした翌日です。
その山際さんがお亡くなりになったんです。ええ、突然のことでしたが、
ぽっくりというわけでもなかったんです。日課の午前中の散歩にお出になったとき、
道路のちょっとした段差につまずいて転倒されたということでした。
そのとき大腿骨を骨折して腿の大動脈が傷つき、大規模な内出血が起きて、
それはそれは苦しんで亡くなったということでした。ええ、お気の毒でしたが、
これだけであれば、前日に伺った夢の話と関係があるとは思えませんよね。
ところが、それから1ヶ月ほどして、センターで地元中学校の吹奏楽の演奏会がありまして。

終わって中学生がお年寄りと交流しているときです。
お年寄り同士で「オイサキ様で杖をなくした夢を見た」という声が耳に入ってきたんです。
そちらを見ましたら、よくセンターに来られている、80代の女性同士が話をされてて、
どちらがおっしゃったことかはわかりませんでした。で、そのとき、
前に山際さんから伺ったことをちらと思い出しました。それでも、
まだ大事だとは思ってなかったんですよ。はい、そうです。
その女性のうちのお一人が、翌日亡くなられました。
歩行器を押してちょっと外に出た際、中学生の自転車と接触してやはり大腿骨骨折です。
ただし、死因はショックということでしたけど。それを聞きまして、
偶然だろうけど気味の悪いことだなあ、と思ったんです。オイサキ様というのは、
ほんとうは不吉な神様なのだろうか、などと罰当たりなことを考えたり。

それから1ヶ月ほどは、また特別なことはなかったんです。
それが、私自身がオイサキ様にお参りする夢を見てしまったんですよ。
ええ、山際さんのおっしゃてたとおりに、杖をついて石段を登っていました。
いや、もし私がご参拝に行くとしたら、杖を使うということはないと思うんですが。
その後も山際さんが言われてたとおりで、境内で何かの会が開かれいて、
センターで顔見知りのお年寄りの方々が、こちらを見て手招きされていました。
ここで、夢の中でしたけれど、山際さんの話は完全に覚えていましたので、
白木の杖を杖立に入れるとき、わからなくならないよう、爪で握りのところに☓印をつけ、
さらにすぐ取りやすい手前に斜めにさしたんです。やはりしばらくして、
神主さんがテントの外で何か叫び出し、みながわらわらと外に出始めました。
私はまず自分の杖をつかみ、それから履物をはいてテントを出たんです。

外では、オイサキ様の社殿の奥、そこからご神体になっている高山が見えるのですが、
みなは立ったままその山のほうを仰いでいまして、でも何かが見えたわけでもなかったんです。
これで夢は終わりです。気がついたら朝になっていました。
それでですね、私は右手をしっかりと握っていまして、手のひらの中に、
骨のようなものが一本あったんです。ええ、持参してきました。これです。
鶏のモモの骨よりやや細めで、長さも短いですよね。
このようなものはまったく心あたりはないです。前の晩は夕食、肉じゃがでしたし。
それで、ここわかりますでしょうか。☓印がついています。
これは夢の中で私が、自分の持っていた杖につけたのと同じじゃないかと思うんです。
大きさは縮小されえているかもしれませんが、あのとき自分が爪でつけた。
ええ、それはもちろん、その日は足元に気をつけて過ごしました。特に何事もなかったです。

それで、この骨、どうしたらいいものかと思い悩んでいたんですが、
その週の土曜日、私は休みになっていましたので、思い切ってオイサキ様に持って行ったんです。
石段はきつかったですよ。夢の中ではすいすい登れたのに、
実際は青息吐息になりました。介護の仕事で体力はついたかもしれませんが、
息切れはどうにもならなかったですね。途中では、登る人も降りる人もいませんでしたし、
参道も境内もガランとしていまして。みくじや御守の授与所には、
アルバイトらしき女の子しかおりませんでしたが、
そこで、お祓いをしていただきたいと申し出たのです。
そうしましたら、社殿から神主さんが出てこられましたが、夢の中では、
鶴のように痩せた方であったのが、似てもつかぬ赤ら顔の太った方でした。
山際さんのことから始めて、夢の内容もお話しました。

神主さんはぽかんとした顔で聞いておられましたが、
私がハンカチから、この骨を取り出しますと急に顔色が変わって、
「なんて不浄なものを持ってくるんだ。その骨はアレだろう。うちの社では、
 前代の自分からそういうことはやってないんだ。ええ、見たくもない。
 持って帰ってくれ」 こう怒気を含んで叫んで荒々しく席を立たれ、
社殿に入ってしまって、いくら待っても出てこられることはなかったんです。
私はすっかり困り果ててしまいまして。それで、いろいろつてを頼ったんですが、
ある知り合いからこちらの会のことをお聞きしまして。
それでこうやって持参したわけです。 え? 家族はいるかって?
私ですか? いえ、3年前に主人とは協議離婚いたしまして、子どもはいませんでしたので、
現在は一人暮らしです。それが何か関係があるんでしょうか?







ジンマシンの蛇

2015.11.17 (Tue)
こんばんは、では始めさせていただきます。よろしくお願いします。
ずっと母子家庭で育ってきたんです。母が離婚したのはまだ20代の前半の頃のことで、
幼い私を抱えてずっと苦労の連続でした。
ええ、母の実家ではいろいろ私のためにはしてくれました。
でも、母としてはあまり世話にはなりたくなかったようです。
というのも、母が父と結婚するにあたって、かなりの反対があったからです。
それが、結婚してわずか3年程度で離婚したとあっては、
母としても意地が立たない部分があったのでしょう。とはいっても、
今とは違ってシングルマザーには厳しい世の中でしたから、私が幼児の間は、、
母の両親、私にとっての祖父母にはかわいがっていただきました。
ですが今話したような事情で、母は私が小学校に入るとすぐ、

アパートを借りて2人だけの生活を始ました。パートをいくつもかけ持ちして。
でも、私が学校から帰ってくる時間にはできるかぎり家にいてくれていたんです。
もちろん祖父母とは今でもつきあいはあります。
訪ねに来てくれることも、お正月などにこちらから出かけていくことも。
だから今は関係が悪いということではありません。
父ですか・・・これが一度も会ったことがないんです。
最初から向こうの家では、私の養育権を放棄しているようでした。
といって、向こうの家から生活費などが出ているわけでもなかったんです。
父は母と離婚して1年もたたずに再婚したようです。ですから、
私にとってはまったく見ず知らずの人と同じで、会いたいとは思いませんでした。
それで、これは私が小学校に入学してすぐに、気をつけるようにと話してもらったんですが、

離婚の原因というのが、私のジンマシンだったみたいなんです。
まだ0歳当時のお盆のことですね。向こうの家のお墓参り親戚一同で行ったとき、
私がひどいジンマシンを起こしたということでした。
ええ、乳児であれば命の危険があるほどの重篤な症状で。
緊急入院をして、2ヶ月以上病院にいたようです。原因ですか?
それがそのときには判明しなかったようです。
翌年、私が1歳になったときのお盆にも同じ症状になり、そこで様々な検査をして、
やっと、柳アレルギーということがわかりました。これはきわめて珍しい症例だそうで、
たしかに柳の木のアレルギーなんて聞いたこともありませんよね。
向こうの家の墓地には、そこかしこに柳の木が生えていて、
私は葉や枝が直接肌に触れたわけではないのに、かかってしまったんです。

体の内側のやわらかい部分に赤い発疹ができ、それが大きくふくれ上がりました。
ええ、腕から脇腹、お腹にかけてですね。そしてそれがだんだんに一つにつながり、
うねる蛇のように見えたということです。
それで、2年続けてそのようなことが起きたために、母は離婚せざるをえなくなったんです。
これもおかしな話だと思うでしょうが、父の家というのはその地方では旧家で、
一風変わった民間宗教を伝える宗家だったんです。
ですから、そこに産まれた子どもが、墓参りもできないような体質とあっては・・・
ということだったのでしょう。ちょっと考えられない話ですけど。
まあ、子ども時代の私は幸せでしたよ。母は何一つ、
他の子に引け目を感じないようにしてくれてました。ただずっとアパート暮らしであること、
父親がいないということはどうにもなりませんでしたけど。

でも、物心ついてからは、私のほうからそういう不満を言ったことはなかったです。
ああすみません、長くなってきましたね。このジンマシンが二度再発したことがあるんです。
1度目は私が小学校5年生のときでした。母が話をして、小学校の先生も知っていましたので、
柳の木に触れたということはないと思います。夏休み前のその日は何かの行事で、
比較的早めに帰ってきて、アパートに母はいませんでした。
私は体に熱っぽさを感じたので、冷蔵庫から麦茶を出して飲もうと思いまして、
開けた途端、何か細長いものがするっと下のほうから這い出てきたように見えました。
とたんに息が苦しくなり、全身が痒くなりました。子どもでしたから、
仰向けになって腕の内側をガリガリ掻いていると、みるみるふくれ上がって、
痒さが全身に回ったんです。ええ、気が狂いそうな痒みでしたけど、
それ以上に、呼吸ができなくなってきたんです。

喉を押さえ、大きく口をあけて息をしていると、体の上をスルスルと何かが動く感触、
まるで蛇が這っているみたいでした。そして頭の上1mほどのところに、
女性の上半身が浮かんだんです。白い着物を来て、首には何十にも数珠をぶら下げ、
白いものが混じった髪をひっつめに束ねた年配の女性でした。
顔はものすごく怒っていて、そのままだんだん位置が下がり、
喉を押さえていた私の手に、別の手が重なるのがわかりました。そうです。
首を絞められていたんだと思います。半分意識を失ったまま、手足をバタバタさせているときに、
母が仕事から帰ってきました。このときのことは母から聞いてないので詳細はわかりませんが、
母にもその女性が見えたんじゃないかと思います。
次に気がついたときは救急車の中で、私の体全体に塩がかかっていたんです。
このときの入院も2ヶ月ちかくかかりました。

2度目は私が高校3年のときのことでした。もう就職が決まっていて、
母を安心させることができると思っていた矢先の2月の初めです。
母が職場で突然倒れたんです。救急車で運ばれ、心臓の疾患ということでした。
ええ、もともとあまりよくはなく、健康診断のたびに言われていたようでしたが、
私には話してくれなかったんです。私が学校で急を聞いて駆けつけると、
母は点滴と酸素マスクをされていて、担当医の先生が「手術をしなくてはならないが、
 体力がないのですぐには無理だ」とおっしゃられました。
いったん家に戻って入院の準備をし、その日からずっと、日中から夜の11時過ぎまで、
母の個室につき添ったんです。進路が決まっていて、
高校は行っても行かなくてもいいようなものでしたから。この点は幸運だったと思います。
様々な検査があり母の容態も安定してきて酸素マスクがとれ、3日後が手術という夜のことです。

11時過ぎでしたか。もう病院の消灯は過ぎていましたが、
私は病院の地下のコインランドリーで洗濯をして、病室に戻ると母は眠っていました。
ベッド脇の椅子に座って一息ついたとき、急にベッドの母が苦しそうな声を上げ始めました。
ナースコールを、と立ち上がろうとしましたが、体が動かなかったんです。
母のベッドの上に白い霧が渦巻いていました。それがだんだんに人の形をとり・・・
白い装束の真っ白な髪のお婆さんでした。それが、
私が小学生のときに見た人と同一人物だということが、直感的にわかったんです。
お婆さんは私のほうは見ようとはせず、母の上に覆いかぶさるように動いて、
両手で首を絞め始めたんです。なんとか動こうと思い手足に力を込めましたが、
ピクリともしなくて・・・そのとき、体中がかっと熱くなって、
ジャージの下で皮膚がぼこぼことふくれていくのがわかりました。

ああ、ジンマシンが起きている、と思ったんですが、このときは痒くはなかったんです。
ジンマシンはジャージの下でつながった感じがあり、
そして首のところから這い出てきたのは、一匹の太く長い蛇でした。
病室のスモールライトは黄色でしたが、その蛇は鮮やかな赤い色をしていました。
母の体の上のお婆さんがそのとき初めて、私のほうを見たんです。
信じられないほどの憎しみがその顔に浮き出ていました。
赤い蛇はするするとお婆さんの体に巻きつき、そして一気に締め上げました。
もともとお婆さんの体は煙のようなものでしたから、それで四散しましたがまた集まってきて、
そのたびに蛇に締め上げられる・・・これを何度も繰り返すうち、薄くなって消えてしまいました。
同時に、私の体も動くようになったんです。立ち上がって母の側に行くと、
母は目を開けており、苦しげな声で「これで、終わったかもしれないよ」と言いました。

起きていたんです。私が看護師さんを呼ぼうとするのを母は止め、
「もうだいじょうぶだから、あのね、お前の体から今、蛇が出てきたろう。あれのこと、
 お母さんはずっと悪いものかと思ってたんだけど、そうじゃないのかもしれない。じつはね、
 覚えてるかな、お前が小学校のときにジンマシンで救急車が来たことがあったでしょう。
 あのとき、ちょうどお前のお父さんが亡くなっているの。お前には知らせなかったけど。
 今出てきたお婆さんは、かなり歳をとって見えたけど、たぶんお父さんの実家の母親。
 私のお姑さんだった人よ。お前のジンマシンをものすごく嫌ってた、というか怖がっていた。
 それが自分たちの家系にとって、害があるものだってわかってたのかもしれない」
一気にこんなことを言いました。・・・3日後、母の手術は成功し、今も元気にしています。
父の実家の姑、あのお婆さんは、どうやらこのときに亡くなったようですが、詳しくはわかりません。
あれから何年もたちましたがジンマシンは出ていません。柳にも近づいてないですけれど。

十毒大補湯

 







反則企画

2015.11.16 (Mon)
* あああ、また反則企画になってしまいました。やはりパソコンの不具合です。
これはもうダメのようなので、明日中古店で買ってきます。

奇妙な男
この間、居酒屋で会社の同僚数人と飲んでたんだよ。
掘りごたつ式になった座敷があって、衝立で他のグループと仕切られているような所だ。
時間は9時頃で、それまで生ビールを大ジョッキ3杯にあと酎ハイをかなり飲んでたから、
もしかしたら酔っぱらって幻覚を見たのかもしれない。
そこはあらかじめ断っておく。

トイレに行こうとして通路で靴をはいたときに、
俺らの右隣で衝立越しに飲んでたやつらの様子がたまたま目に入ったんだが、
なんか違和感がある。何だろうと思ってよく目をこらしてみたら、
テーブルの端に一人だけ色の濃い人がいて奇妙なことをやっている。
濃い人、というのがうまく説明できないんだが、
そいつだけまわりの人や調度類よりくっきりはっきりしてて浮かび上がって見えるんだな。
画像の加工をやったことがある人ならわかるかもしれないけど、
その人物の輪郭を指定して彩度を上げ、シャープをかけたような具合。

そいつはたぶん50代くらいの男性で、染めたと思われる黒々した髪を真ん中分けして、
最近はまったく見なくなった黒縁のメガネをかけている。
服装はかなりくたびれて皺のよった濃紺のスーツ上下で、
これも今時見ない黒の腕ぬきを両腕につけてるんだ。
バラエティのギャグシーンに出てくる田舎の分校の先生、といえば合点がいくだろうか。
それから奇妙なことというのは、左のてのひらを広げて上に向けその上に懐紙が載ってて、
さらにその上で何か妙なものが動いている。15cmくらいの長さのミミズ、
それも白っぽいカブトムシの幼虫のような色のミミズが数匹のたくっていて、
それを右手の箸でつまんでは、隣の40過ぎくらいの、
茶色の背広のカッパハゲのサラリーマンの襟首から背中に落としている。
そんなことをされたらたまらないと思うが、
サラリーマンはされるがままで、その男の行為自体気がついていないように見える。

俺は1分ばかりもその様子をあっけにとられて見ていたが、
そのうち虫を入れている男と目が合った。すると男は箸を置いて人差し指を口の前にあて、
俺に向かって子供のやる『しーっ』のポーズをしてみせた。
それでばつが悪くなって、俺はトイレに行ったが、戻ってきてみると男はいなくなっていた。
そのグループのテーブルを見ても、男のいた場所に料理の皿はなかったから、
マジにさっきのをほんとうに見たのか自分でも怪しくなってきた。

俺らはその後二次会でカラオケに行き、
それでも終電に間に合うように11時過ぎには解散して、俺は皆と別れて最寄りの駅に行った。
この界隈は飲み屋が多いんで、こんな時間でも乗客はそこそこいたが、
電車を待ってると、ホームのすぐ近くで騒ぎがあった。
サラリーマンらしい男3人がもつれ合っているが、
どうやら2人で1人の上着を引っ張ってるようだ。
よく見ると、さっき居酒屋で隣にいたグループに似ている。
上着を引っ張られているのは、変な男に背中に虫を入れられていた男じゃないか
・・・ハゲ具合がそっくり・・・と思っているうちに快速がホームに走り込んできて、
上着を引っ張られていた男は全身の力をこめて両腕をぶんまわし、
2人の男を振り切ってその電車に飛び込んだ。

・その霊が殺すつもりでミミズを入れたのか…それとも悪戯したら偶然死んだのか…

・これはこわい オチが…文章が上手い。

・え!? 何だこの唐突で凄まじい後味の悪さは…つか、謎怖過ぎんだろよ…。

・死神なのかな?

・死神だろうな 死にたくなるようなムズムズした気持ちになる蟲入れられたな

・霊体ミミズだろ 堀「カニ玉ってなんだ~!?」
 ・・・詳しく知りたい人は「ノロイ」でググるがよろし。

・やはり死神ももう普通のサラリーマン風なんだな
死神と聞くと黒いローブに髑髏の顔にデカイ鎌って印象だったんだが

・実に手際がいいな。やっぱ、死神やろね。そんな奴に狙われたら、為す術がないな
それにしても、趣味が悪いというか、きもいね><

・これ竹書房の2月23日発売の「本当にあったゆかいな話 不思議体験SP」で漫画化されてんぞ。
書いた本人が投稿したのかね?

・これと友人から電話かかってきた話も載ってるね。賞金目当てじゃない?
田島先生かわいそうだ…

・この目撃談2chに投稿した者だけど漫画雑誌とか知らんぞ、ひどいな。

・本人キタ━━━(゚∀゚)━━━!!
しかし、他人の話送って賞金もらうとかほんとひでえな・・・

・これとは別ベクトルの話になるかもしれんけど「2ちゃんねるの呪い」と言う作品で
「姦姦蛇螺」とか「邪視」とかの話を映像化してるけどあれもいいのかなぁ?
映像ソフトとして金取ってるんだから普通は話書いた人に許可もらうべきじゃないの?
まあ、匿名で投稿してるんだから本人を特定出来ないってのがあるかも知れんけど・・・

・死神にもいろいろいるんだなあ

・編集が拾ってきて掲載してるって線が濃くね?

・某ホラー漫画誌に体験談応募して採用されると五千円もらえます。(2013.10)

・快速に飛び込んだって、飛び乗ったのかと思ったら飛び込み自殺しちゃったの?!
こわ~!!(;_;)


これの黄色字の部分は自分がこのサイトに投稿したもので、
匿名掲示板に書いた話が、このように知らないうちに商業雑誌等に転載?
されていることは何回かありました。
この場合、話を読んだ誰かがマンガ雑誌に自分の体験として投稿し、
それが作者にも編集部にも知られずに作品化されたんじゃないかと思います。
まあ別にいいんですけど、ブログに書くようになってからは、
もちろんそういうことはなくなりました。







コンビニDVDの話

2015.11.15 (Sun)
ほら、夏場になるとコンビニに怪談の本が並ぶじゃないですか。
中に付録のDVDが入ってて500円前後の安いやつ。去年の夏、あれ買ったんですよ。
うーん、怪談とかオカルトがそんなに好きなわけでもないんだけど、
パラパラっと立ち読みしたときに、DVDの第2話の場所が、◯◯県□市って書いてて、
これって俺の住んでるとこなんですよ。それで興味持ったっていうか。
そんときはバイト料持ってたし、安かったから。
さっそくその夜、部屋のPCで見ました。第一話目は、離れた県の心霊スポットの話で、
女子高生3人が町中にある空き家に探索に入ってくやつ。
これ見てねえ、ちょっとがっかりしたっていうか、ありえねーって思いました。
俺も今高校3年なんですけど、女子高生が女だけで、
心霊スポットなんて絶対行かないです。タレントと男の話題しかしないですよ、普通。

ま、それでね、ちょっと期待はずれかなって思って。作りも安くさかったし、
女子高生役も見たところもっと年上でしたし。でね、2作目が俺らの市が舞台になった話で、
いきなり画面にドーンと市役所のネームプレートが出たときは、一人で笑いました。
あ、こんなの出していのかなって。それで話は、再現フィルムじゃなかったんです。
そうじゃなく、事故を起こした車の中から発見されたビデオテープをそのまま映すってことで。
こういうのモキュメンタリーって言うんでしょ。本物の映像だっていうふれこみで、
じつはフェイクだってやつ。まあね、けっこうワクワクして見てましたよ。
そしたら男2人、女2人で車に乗ってる映像から始まったんです。
後部座席に乗ってる女のうちの一人が撮ってるようでした。
顔にモザイクをかけ、声も会話の内容がわかる程度に変えてましたね。
その4人で、トンネルの心霊スポットに行くために高速を走っている。

当時は高校2年でしたから、車の免許持ってないし、場所はよくわからなかったです。
フロントガラスの向こうの夜の道が映ってて、会話の内容が聞こえている。
ナレーションで△△トンネルって名前を言ってました。
でね、画面が早回しになり、また映ったらけっこう激しい雨になってました。
前方にトンネルの入口が黒々と見えてきたところで、急にPCの具合が悪くなって。
ソフトが重くて、画面が前に進まなくなったんです。
ジャンプするみたいにして画像だけが変わっていく。黄色いランプのトンネル内。
次がビビリました。フロントガラスが割れてて、そこに大きな牡鹿が突っ込んでたんです。
立派な角のあるやつですよ。鹿は大きな目を見開いて、血で毛がゴワゴワになってました。
それから、後ろを振り向いて何か叫んでいる運転者。
乗ってるやつらの姿は見えなかったです。車外に逃げ出したのかも。

でね、そこでまた長く動かなくなって、次がトンネル内の脇に黄色い花束が置かれてる画像。
その後ついに完全にPCが止まって、うんともすんとも言わなくなりました。
巻き戻しも早送りもできない。それどころか取り出しもできなくなっちゃって。
それだけは何とかして取り出したんですけどね。でもこれ、自分のPCのせいかとも思ったんです。
古いやつでしたから。それで、気になるじゃないですか、この話はどうなってるのか。
単にトンネル内で車に鹿が飛び込んできて事故になったのか。
それに全5話でしたから、見られない話がまだ3つも残ってるし。
だから翌日、DVDを高校に持ってったんです。生徒会室に生徒が使えるパソコンがあるんで、
それを借りて見ようと思ったんですが、やっぱ家と同んなじ状態で、
第2話の途中で動きが悪くなってしまう。ただ、断片的に出てくる画像はちょっと違ってて、
神主みたいな服装の人が、草むらで大きな鉈を持ってる姿がありましたね。

まあ、ここで普通はあきらめてしまうんでしょうが、俺はけっこうしつこいタイプなんで、
ムックについてる製作会社の連絡先に電話したんです。そしたら女の人が出て、
こっちが「DVDが途中で見られなくなって」と説明したら、
少し間があってから、「送料は当社ですべて負担しますから、本とDVDを送ってください。
 そちらの住所に新しいものを送り返しますから。すみませんでした」
こういうことだったんです。でね、面倒でしたけども着払いのやり方をネットで調べて、
宅急便で送ったんです。で、それからずっと音沙汰なし。
1ヶ月くらい後に、同じ番号に電話してみたんです。
でもね、その番号はまったく別の会社になってました。
こりゃしょうがないと思って、、いつのまにか忘れてちゃったんですよ。
で、それから1年たって俺は高3になり、早くに就職が決まったんです。

地元の工務店ですよ。それで、普通免許が必要だからってことで、
自動車学校に通うことになって。俺は昔から車が好きで、運動神経も自信あったし、
実技はとんとんと進んでいきました。その自動車学校は、
教習券というのを一回ごとに買って、毎回違う教官から教えてもらうんです。
それとほら、今、少子化で生徒の数も少ないから、優しく丁寧に教えてもらってます。
でね、仮免を取りまして、それまで落ちたのは1回だけですよ。
街中を何度か走って、高速教習になったんです。
そんときは男の教官で、初めての人でした。高速に乗って20分ほど走ってから、
インターから下りて国道を戻ってくる計画だったんですけど、
その途中で△△トンネルを通ることになってました。
でね、あらかじめ道路図を見せられたときに、あのDVDのことを思い出したんです。

ちょっと変な気持ちになりました。けど、あれとは違って日中だし、雨も降ってないし、
時間的にも車はほとんどなかったんです。だから運転自体は余裕でした。
トンネルが前に見えてきたとき教官に、教習に関係のある質問みたいにして、
「こういうとこで、動物が車とぶつかるとかあるもんですか?」って、
聞いてみたんです。そしたら「それはこんな山ン中だから、ないことはないだろう。
 でも、ここらで熊とかイノシシとか、大きな動物と衝突した事故というのは
 聞いたことがないなあ。小動物が道路で死んでるのはたまに見かけるけどね。
 スピード出てるから、ちょっとぶつかっても車は被害受けるよ」
こんな答えが返ってきました。「鹿はどうですか? このあたり鹿って多いんでしょうか」
俺がそう言ったときです。どう説明すればいいか・・・
目の前がグニュンとゆがんだ気がしたんです。

教官の声が遅回しのような感じで「鹿は・・いるよう・・・鹿は・・・怖いよう」
こう聞こえ、気がついたときにはトンネルを抜けてたんですよ。
ええ、この間の記憶がまったくないんです。それからすぐ一般道に下りて自動車学校に戻り、
教官の先生に教習手帳を書いてもらいました。
そのときに「全体的によかったけど、トンネルの中だけ、
 ハンドル握りしめてずいぶん緊張してたね。声かけようかとも思ったが、
 かえって危険かもしれないからやめた。苦手なのかなあ。慣れるしかないだろうね」
こんなことを言われました。それから家に戻って、8時ころに俺あてに宅急便が来たんです。
心あたりがなかったですが、中はあのムックでした。
1年以上かかって届いたってことです。ねえ、気味悪いでしょう。
あのトンネルに行ったその日なんですから。

まあでも、自分の部屋で見てみました。1話目はまったく同じで、いよいよ2話目でしたが、
PCが固まるということはなかったんです。男女4人が車で心霊スポットのトンネルに向かう。
車中では他愛のないことを話していて、ときおり映像が早送りになる。
それから強い雨に降られながらトンネルの前まで来る。
中は黄色いナトリウム灯が連なり、数分走ったときに車の屋根に何かが落ちてきたみたいでした。
モザイクがかかった助手席の男が上を指差して叫んでいて、
その直後、巨大な鹿の頭が逆向きにフロントガラスに突っ込み、
ガラス片が車内に散らばる。これは特撮とは思えないリアルな映像でした。
というかハリウッド映画のCGでもここまでできないだろうってくらいで。
その次のシーンで俺は息が止まりそうになりました。
顔面を血だらけにして振り向いた運転者・・・モザイクが消えてて、これが俺だったんです。

一瞬しか映りませんでした。その後画像がぐちゃぐちゃに乱れてブツンと消えたんです。
ナレーションが、「上にはコンクリートの天井しかないトンネル内で、
 なぜ鹿が落下してきたのかは誰にもわからない。この車に乗っていた4人のうち、
 3人が死亡し、残り一人は重傷を負っている」こんなことを言いました。
そしてトンネル内の花束の映像・・・ 残りの3話も見ましたけど、
どこにでもあるような怪談で、起きた場所もあいまい。
俺の市が舞台になってる2話目だけがあまりに異様だったんです。それとです、
学校で見た神主の出てる場面・・・これは全部を通してどこにもなかったんですよ。
ネットでこのDVDのことを検索しましたが、ありきたりの感想が書かれてるだけで、
2話目の内容にふれてるものはありませんでした。わけわからないでしょう。
まあとにかく、免許を取ってもあのトンネルには行きませんよ、絶対に。







田舎暮らしの話

2015.11.14 (Sat)
田舎暮らしを始めたんです。まだ2年目で、一冬を過ごしてやっと慣れてきたところです。
場所は、言わないほうがよいのでしょうね。中部のほうです。
主人が定年退職したしまして、その前から、まだ体が効くうちに農業でもやりたいな、
などと話し合っていたのですが、2年後、やっと決心がつきまして、
こちらに引っ越してきたのです。お金の面は心配していませんでした。
貯金と、主人の退職金がありましたし、向こうの家土地を売却したのが大きかったです。
独立している子どもたちには、私たち2人の生命保険を残します。
そう言ったら、反対はありませんでしたよ。
改築した古民家を、畑ともどもひじょうに安い値段で買ったのです。
ただ、畑のほうは自分たちのところで食べるだけを作るつもりで、
もちろんどこかに出荷しようなどという計画はありませんでした。

なんといっても素人ですから、無理をしないということを心がけまして。
あ、はい。田舎暮らしにはさまざまな問題点があると言われますね。
せっかく計画を立て、越していっても1年足らずで戻ってくる人も多いと。
私たちが参考にした本にはこのような問題点が指摘されていました。
1、仕事が見つけにくい 2、公共交通機関が少ない 
3、病院、商店などの必要な施設が少ない、遠い。
4、近所付き合いが濃厚で複雑なため、プライバシーの干渉が激しい
5、地域によっては部外者の受け入れに消極的な場合がある
このうち、1は問題になりません。もともと仕事をする気はありませんでした。
2は主人も私も運転ができますし、軽自動車と軽トラックを中古で買いました。
3は山奥暮らしではないので、スーパーは10分もかからないところにあります。

大きな総合病院は遠いですけど、今のところ2人とも体はいたって丈夫で。
4と5は、これは問題ないと思っていました。私たちが住んでいる郊外の一角は、
市の計画で、すべて田舎暮らしの希望者に分譲されたものです。
ですからご近所さんは地元の人ではなく、私たちと同じような方々なんです。
ですからすぐに親しくなりましたし、いろいろと悩みも相談できるんですよ。
小規模の自治会のようなものも作りましたし、食事会なども企画しまして。
それで、古民家はそれそれ離れて建っているんですけど、
最も近いお隣さんが家の畑をはさんだ裏手で、ご主人がアメリカ人の方なんです。
横須賀の米軍基地で長いこと勤務されて、その間に日本人の奥さんをもらわれ、
退官後にこちらに越してこられたんですね。たいへん大柄な方で、日本語もペラペラです。
奥さんはかなり歳が離れていますが、対象的に小柄なおとなしい方で。

え、ちっとも不可思議な話にならない? これは申しわけございません。
田舎暮らしは1年目の冬を越すまでが勝負とよく言われますが、
こちらの冬はけして厳しくはなく、雪も少なめで大きな問題はありませんでした。
それで唯一、悩まされたのが幽霊なんです。
幽霊と言ってはいけないのかもしれませんね。・・・座敷わらしというのが適切でしょうか。
ええ、古民家に入りましてから、主人と最初に徹底的な清掃をしました。
そのときからもうおったようです。私が各部屋に雑巾をかけておりますと、
隣の部屋でザッ、ザッとホウキを使う音がしまして。
でも、主人は庭のほうに出ているはずで、不思議に思ってのぞいてみたら、
小さな黒い影のようなものがおったんです。背丈は小学校1年生くらいでしたが、
ひじょうに存在が薄かったと申しますか、よく見ないとわからないような人がたの影。

それが部屋の中をくるくると回っていたのですが、私が入っていきますとフッと消えました。
それからちょくちょく見るようになったのです。
私だけでしたら気のせいと思うかもしれませんが、主人も同じように見ているのです。
最初は人のいない部屋だけでしたが、だんだんに、
囲炉裏を切った居間にも出てくるようになりまして。といっても正面から見ることはありません。
目の端にちらっとうつるのですよ。それと、声も聞こえ始めました。
子どもの笑い声でしたが、それだけでは男とも女ともわかりませんで。
そうですねえ、怖いという感じは、私も主人もあまり持たなかったんですが、
やはり家の中にそういう存在がいるのがいいものかどうか、どうしても考えてしまうでしょう。
座敷わらしに関する本も読みまして、家に幸運をもたらす存在であるなどと書かれてましたが、
本当にそれかどうかはわからないですよね。

まあ実害はありませんでしたので、放置していたんですが、
時期がたつにつれて、最初はごく薄い影だったものが、少しずつ濃くなってくるような気がして。
それとですね、人数も増えてる感じがしたんです。
ええ、先ほど話した笑い声が何種類か聞こえたんです。
それで、とりあえず隣家のご主人に相談してみました。ええ、アメリカ人の方です。
私の家とは畑をはさんで向かい合っておりますし、民家の造作もよく似ていたんです。
だから、もしやそちらでも、このようなことが起きているのではないかと思って。
ただ、やはり外国の方ですから、幽霊などというものは信じないかとも考えていたんです。
そしたら「ああ、ゴーストですか? うちにもいマスよ」そう軽くおっしゃられまして。
お話を聞いてみると、やはり薄い影のような子どもたちという点は同じだったんです。
「でもねえ、ワタシはなんとなく原因ワカリマシタ。

 ご主人、お暇でしたら連れて来てクダサイ」そういうことでしたので、
改めて主人といっしょに訪問しました。そうしたら、畑の一隅にまばらな林がありまして、
その中にみなで入っていきました。アメリカ人の隣人は、
その最奥にある苔むして傾いた石碑を指さして、「これ何かワカリマスカ?」
と聞いてきました。字が彫られてるようでしたが、私も主人も読めなかったんです。
すると、「これ、江戸時代の飢饉の碑ね。この下の人たちの一部、
 まだ行くべきところに行ってないみたいデス」そうおっしゃられたんです。
「とくに子どもたちネ。ゴーストになってうちにもよく来マスヨ」
これを聞いて。ああうちだけじゃないんだ、と思いました。
どうやって対処しているのか尋ねましたら、「ああ、よろしデス。うちに来てクダサイ。
 もうすぐ晩ごはんデスカラ、見てもらいマス」って。

ということで、主人といっしょにおじゃまさせてもらったんです。
そうしましたら、石碑のある畑に面した和室にテーブルが用意されており、
そこにお皿が5、6枚出ていて、アメリカ風のパンケーキがそれぞれのっかっていたんです。
バターとはちみつがかかった、日本でいうホットケーキに近いものでした。
「子どものゴーストが何が好きなのか、いろいろためしマシタ。
 お米のご飯、アンコ餅などネ。でも、これが一番ウケがよかったデス。ほら」
アメリカ人が指差すと、テーブルの各皿の前にぼうっと小さな影が浮かんできました。
「これでネ、みんな前よりずっと薄くなってきました。もうすぐ天国に行くネ」
アメリカ人はそう言い、テーブルに向かって、「みなそろったネ、では いきマス。
 Our Father in heaven, hallowed be your name. Your kingdom come,
your will be done, on earth, as it is in heaven・・・」

これは後で教えてもらったんですけど、アメリカの食前の祈りということでした。
そしたら、この詠唱に合わせてテーブルの前の影がゆらゆらと揺れて・・・
もちろんパンケーキがなくなるということはありませんでしたが、
時間がたつにつれて影はいっそう薄くなった気がしました。
正直、スゴイと思ったんです。アメリカ人のご主人は、
「これね、別にプロテスタントが偉いわけではないデス。日本のお経?も同じでしょ。
 要は彼らを怖がらないこと。何か好きなものを食べさせてあげることデス」
こうおっしゃったんです。私も主人も深く感銘を受けまして家に戻りました。
それで「安易にお坊さんなんか呼ばなくてよかったね。私たちにもできることがあるんだ。」
こう話し合いまして、やはり石碑に近い部屋に食卓をしつらえ、
パンケーキを真似するのもなんですので、いろいろ工夫しました。

そしたら、お客さんたちは今川焼きを好むようでした。
まあ日本版パンケーキですよね。やわらかいのがいいんでしょうか。
中は練乳の餡が一番でしたね。それからお祈りのほうは、お経というのもつけ焼き刃ですし、
心を込めて「苦しかったでしょう、辛かったでしょう。たくさんおあがりなさい」
と言うことにしたんですよ。そうしましたら、だんだんに影が薄くなってきて、
今では気配しか感じられません。それももうすぐなくなりそうです。
・・・というような話なんです。ねえ、こんなこと都会ではなかなか経験できないですよね。
というか、移ってきた私たちだから、その存在が感じ取れたのかも。
だってその古民家にも、もともと住んでいた人たちがいたはずでしょう。
その人たちには日常となってしまって、かえってわからなかったのかもしれません。
それにしてもアメリカの方に教えられるとは思いませんでした。ちょっと恥ずかしいですよね。







反則企画

2015.11.13 (Fri)
* またまた反則企画になってしまいましたが、今日は時間がないわけではなく、
パソコンの不具合がひどく、修復に今までかかってしまったためです。
これは買い替えもあるかもしれません。
やや長いですが、仏教系の話とそれに対する仏教に関するコメントです。

住職の話
このスレでよく寺の和尚や神主に霊感や祓う力があるかどうか話題になるんで、
そのことについて俺が寺生まれwで住職をしている友人から聞いた話を書いてみる。

俺の生まれた地域は田舎だけど、町で一番大きな友人の家の寺は、
けっこう敷地が広くて立派な作りをしてる。
ただ宗派の総本山から住職が派遣されてくるほどの格式ではなくて、
明治以降は長男が代々世襲で住職を務めている。友人は小学校前くらいの時分に、
よく祖父である大(おお)和尚に連れられて墓域の片付けと掃除に行ったそうだ。
ここらでは寺の住職に定年はないので基本的に死ぬまで僧職にあるけど、
大和尚はその頃で七十歳前後だったはず。お祖母さんはもう亡くなっていた。
友人の父は四十代だったが、ちょっと離れた市の同じ宗派の寺で修行していた。

掃除についていくとカラスが集まっている。
これはお供え物を持って帰らない人がいるんでそれを狙ってくるんだけど、
そのカラスの中にどうも他とは違う感じのが混じっているように友人には思えた。
どう違うのか確かめようと二三歩近づいてみると、
十羽ちかくいるうちの二羽が、カラスの黒い丸い目ではなく、
白目のある人間の目をしていた。ただし、人の目よりはずっと小さいけど。
友人がそれを気にしているのに気づいた大和尚は、
「ほう、お前あれらが見えるか」と言い、
「お前の母親を拝み屋筋から嫁にもらったのは正解だったようだな。
残念ながらお前の父親はまったく見る力がないから」こう続けて、
数珠を出してそのカラスのいるほうに向かって短くお経を唱えると、
人の目をしたカラスはぼんやりとにじむようになって消えた。

「あれは何?」と友人が聞くと、「なーにたいしたものではない。人の魂などではなく、
 ちょっとした悪い気が凝ったものだよ」と教えられた。大和尚は続けて、
「別にあれらが見えなくても寺の仕事に支障があるわけでもないし、
 立派に勤めることができる。ただ、こういう力が途絶えてしまうのは残念だから」
というような意味のことを言ったらしい。
友人にはその当時は何のことかわからなかったが、
友人の母親はその地域のお寺とは違う民間信仰を司る家の娘だった人で、
ずいぶん無理をいってお寺に嫁に入ってもらったという。
それで、俺ら一般人からみれば不思議な力が友人にも受け継がれたということのようだ。

友人にそういう力がこれまで役立ったことがあるかと聞いたら、
葬式のときに引導を渡した後、
まだ霊魂がこの世にとどまっている気配というのが何となくわかるんだそうだ。
それで、その後の儀式の力の入れ方を調節する。
たいがいは仏教でいわれる四十九日までとどまっていることは少なくて、
三十日前後で気配は消える。いわゆる成仏するということか。
ただ恨みを飲んで亡くなった人などは強い念が残っている。
狭い町なので亡くなる前後の事情はだいたいわかっているから、
自殺者などは特に念入りに儀式を行うことにしているという。

それから、ここらではよほどの大家でなければ遺体を寺に安置して通夜を行うんだが、
(ただし交通事故などで損傷した場合は先に火葬してしまう)
この地方独特の風習として、北枕にした遺体の枕元に小さい黒い屏風を立てる。
遺体は魂が抜け出した空の状態にあるので、
そこをねらって悪い気が入り込んでくることがごくたまにある。
それを防ぐための黒屏風で、風などで倒れないようにしっかりした台座がついている。
一度だけ、強い風で屏風が倒れたのに小一時間ばかり気づかないことがあって、
そのときは白布の下で閉じられていたはずの遺体の目が、かっと見開かれていたそうだ。
それに気づいたのがもう僧籍に入って修行していた友人で、
長い時間特別なお経を唱えるとひとりでに目が閉じて、
悪い気が抜けていくのがわかったという。

友人に、悪い霊が憑いた人を祓ったことがあるかどうかを聞くと、
そういうことはないと言ってた。
もしそういう人が尋ねてきたとしても、気を感じることはできるかもしれないが、
どこの誰の霊が憑いているかなんて絶対わからない。
自分よりずっとずっと上の能力がある人ならわかるのかもしれないと言ってた。
こういう力というのは修行で身につくものではなく、ほとんど生まれつき決まるんだそうだ。
実際に、子どもの頃と比べれば今は力はずっと落ちてきてるらしい。

そういう相談を受けた場合は、
宗教関係ではなく医療機関を受診するように勧めているそうだ。
なぜなら、道行く人を見ても多かれ少なかれ何かの気が取り憑いていて、
それらにいちいちお経を唱えてもきりがないし、
変な例えだが、寄生虫が体内にいると肥満にならず健康な場合もあるように、
何かが憑いていても悪いことばかり起きるわけではないと笑ってた。

それから、心霊写真は大部分がただの紙だから気にすることはないと言ってた。
もちろん気になる人が持ってくれば寺で預かってもいいが、
そもそも見間違いのような場合がほとんどだそうだ。
ただし、古道具、骨董類は人間よりずっと長くこの世に存在してるものが多いので、
何らかの気が凝ってることもあるらしい。ただ特別に儀式をするまでもなく、
しばらく本堂に置いておくと気は抜ける。「漂白剤に浸けるようなもんだね」と言ってた。
 
まとまらない怖くもない長文でスマンかった。
これらは全部、俺が酒の席で友人から直接聞いた話だが、
もしかしたら違う宗派や宗教の人には別のように見えるのかもしれないとも言ってた。
色眼鏡をかけるとレンズの色にものが染まって見えるように、
その地域の習慣や宗派の教えに影響されるということのようだ。


・>もしかしたら違う宗派や宗教の人には別のように見えるのかもしれないとも言ってた。
ウチに来てくれる坊さんも似たようなこと言ってたな。宗派での話だったけど

・うちの知り合いの住職は、幽霊なんているわけねーべ。だって、
俺が見たことねーんだもんw取り憑かれたなんて被害妄想乙!とか言ってた。
住職も人それぞれだなー。

・ちょっと気味悪い事があって近所のお寺にお祓いしてくださいって言ったら、
何か可哀想な奴を見る目されたの思い出した。
幽霊なんかいないから気にすんなって言われて終わりだった。

・<俺が酒の席で友人から直接聞いた話だが、
生臭坊主じゃねえかw
でもこういう話を聞くとテレビの霊能力者とかが如何に詐欺臭いかわかるなw

・酒は般若湯っていう薬だから飲んでもいいって言ってた。
肉や魚も本来は食べてはいけないんだけど
わざわざ用意してくださったものを断る方がもっといけないから、
自分から食べることはないけど出されたものは食べるって言ってた。

・今時よっぽど精進している一握りの人以外は、
みんな酒も飲むしフツーに肉も魚も食べまくってるよね。

・今の坊主は堕落してる奴しかおらんだろ。
檀家すらまともに世話しないで葬儀で金取ってくだけじゃん。
あんな奴らに何か分かるとはもともと思わないよ。
宗派の寿命なんて500年くらいだから今の宗派は殆ど社会的には死んでる。

・高野山に行った時案内してくれた坊さんに、
泡般若だか麦般若だか言ってビールも飲むと聞いた。
ちなみにその坊さんバイクが趣味らしくハーレーに乗ってた。

・子供の頃私は単純に、お坊さんは厳しい修業をしていて、
菜食で霊感あるんだと勝手に美化していた。
お彼岸にお経をあげに来てくれたお坊さんをキラキラした眼差しで観察していたが、
出された食事で肉とか酒とかごいごい喰って、カーステレオがんがん鳴らした車で帰っていった。
ちなみにその時の曲は布袋寅泰だった。

・逆に檀家がお寺さんを世話するものだったのにね。
信徒を導く修行に専念出来る様にと、寺の修繕や食べ物、袈裟衣の世話をしていたのが檀家。

・俺の知り合いの寺生まれは厨房のときコーラーを飲んだことないって言ってて、
厨房ながらに凄い衝撃をなぜか受けた。
うん。ただそんだけ。

・江戸時代まで浄土真宗以外の宗派は、表向き肉食妻帯は破戒行為だった。
が、明治になって国家(?ww)が酒池肉林オケー、
と許可したら雪崩を打つ様に全国の坊主が肉を食って子作りに励み、
寺を世襲させるようになった。真宗がうらやましかったんだろーなw
他国の仏教徒が聞いたら卒倒するような話だ。他国の実像はシランが。

・出家僧というのは俗世の欲望を断って修行するから世間から尊敬されていたのに、
寺をそのまま家庭にしてしまったw。その上、高いお布施は取るわ
(お経上げるだけで時給換算数万〜数十万)戒名だのなんだので毟り取るわ、
檀家からの浄財を趣味や遊びに使いほうだいだわ、
永代供養と言って無縁仏なるとさっさと更地にして売り出すわ・・・
寺離れ、葬式離れが広がるのは当たり前だと思う。

・坊さんが食べちゃ駄目なのは、自分のために殺生したものだけ。
だから、今の時代のように自分たちで生き物を絞めて食べることの少ない時代は、
なんでもいけると思っていい。

・坊さんて昔から面倒見のいい村の仲裁役みたいなものでしょ。
霊感より人柄でやってくようなイメージ。
成仏しきれてないのが分かるってのも無念な遺族の気持ちを感じとってるとこもあると思う。
できれば嫌なもの見えてしまう遺伝なんて引き継ぎたくないだろうな。
それが人のためになるなら聖職冥利につきるかもしれないけど。

・コンビニで働いてた時。
レジ横で坊さんが今買ったばかりのおにぎりとお茶でランチを始めたのを見て、
何かこう…私の寺への信仰心が薄れていったな…笑 次の日はカップ麺を啜ってた。

・個人的なイメージだけど、坊さんには頭を丸めてメシは精進料理食って、
車も所有せず公共機関を利用してほしい。
肥え太った坊さんが高級車乗り回してるのを見ると、
どれだけ人柄がよくても幻滅するというか信仰する気が失せちゃうな。
まぁ、もうそういう時代じゃないんだろうけどさ…。

・何を言う。かの一休さんだってタコ(生臭)を食べたのを
リバースしてばれちゃったって話だぞ。生臭坊主だと非難されたのを得意のトンチで、
「自分は高い徳を積んでるので体内からタコを練成できるんです」とな。
でもそのエピソードごと歴史に残ってるし。
ちなみに一休さんは実在したすごく偉いお坊さんだからね、アニメキャラじゃないのよ。


gaはっじいき





バチバチあれこれ

2015.11.12 (Thu)
* 今日は怖い話ではありません。
そろそろ冬に近くなってまいりましたが、この季節になると発生しやすくなる、
静電気のお話です。俗にバチバチとも言いますよね。
この日常の中に見られる静電気は、摩擦帯電によるものが多いようです。
物質と物質が擦れて起こるわけですね。われわれは衣服を身につけ、
つねに動いてますので、これは基本的には防ぎようがありません。

また、帯電した電気によってバチッとなることは、正確には火花放電が起きたと言います。
実際に火傷が確認される場合もあるので、けっこう怖いですね。
「自分は静電気体質だ」などと言われる方もいますが、
これは誰でも同じように帯電しているはずです。しかし、金属のドアノブや車のドアなどに触れて、
上記の火花放電が起きやすいという人は確かにいます。みなさんはどうでしょうか。
そのような人たちは、肌が乾燥している場合が多いということです。
普通の人も同じように帯電しているのですが、自然に少しずつ放電しています。
ところが乾燥肌の人はなかなかそれができず、つねに+の電気を帯びてしまっていて、
それでドアノブなど-の電気を持つ金属部に触れるとバチッとくるということです。

また、体脂肪の量や汗のかき方、血液の濃さなども関係しているとも言われます。
対策としては、放電グッズなども売られていますが、手や髪の毛に保湿クリーム、
保湿スプレーなどを使用するのが、最も簡単で効果的なようです。
あと、この項を書くために検索をしていたら、実に奇妙な説を見つけました。
縁起が悪いとされる「北枕で寝る」ことが静電気の火花放電を防ぐというものです。

『地球は磁石。磁力線がN極からS極、つまり南極から北極へ走っています。
寝るというのは、そういう磁力線の中に身を横たえること。一方、
体の中は血液が流れています。磁力線の中を血流が横切ればそこに電気が発生します。
プラスイオンが流れるとそのまわりに時計回りの磁力線を生じ、
マイナスイオンはその逆の反時計回りの磁力線を生じます。
東西方向に寝ると、地球の磁力線と血流によって生じた磁力線の方向から、
血管内でイオンの偏りが生じます。 磁力線の流れと血流との関係を見ると、
北枕で寝るときが、最も電気が発生しにくくなり、血流も良くなります。
北枕ってダメなことだと思ってましたが、けっこういいこともあるもんですね。』

(出典 医学博士・歯学博士・薬学博士 堀泰典オフィシャルサイト)
うーん、これはどうなんでしょう。理屈としては合っているような気もしますが、
面白ネタというか、これで防げる可能性はごくごくわずかじゃないかとも思いますね。

さて、この静電気ですが、雷を始めとして自然界にはあちこちで見られる現象です。
当ブログではかなり執拗に幽霊の話を続けていますが、
実は説の一つとして、幽霊は人間が死ぬときに残した強いエネルギー(残留思念)が、
静電気を燃料として取り込み、ずっと保存されているのだとするものです。
細かい部分を見れば問題は数々ありますが
これもなんとなく、そうかなあと納得してしまう部分もありますね w

では、雷の話題に移ります。どうやって発生するのかは長く研究されていますが、
いまだにわからないことも多いようです。基本的には、
雲の中の氷晶が擦れ合い、摩擦によって静電気が蓄積される。
そのうちに雲の上層と下層でも電位差が大きくなって放電が生じる、
ということのようです。雷の頻発する季節は過ぎました(秋口が多く、前に書いた
「神無月あれこれ」という項では、10月は「雷の月」だったのが神無月の語源となった、
という説も紹介しています)が、冬場でもないことはありません。

じつは自分の友人に、落雷に遭って失神したという人がいます。
自転車で激しい雨の中を走っていたら、5、6m離れた電信柱に落雷し、
ドーンという爆発音が聞こえた後、記憶がなくなった。
気がついたら自転車を放り出して、自分は水たまりの中に倒れていた、ということです。
両手を頭の上にあげた万歳状態になっていたということでした。
調べてみると、特に火傷やケガはなかったということでしたから、
単に音と光のショックによる気絶だったのかもしれません。
ただし、その友人が言うには「しばらくの間、自分が触れた電気製品が壊れやすかった」
ということで・・・これもどうなんでしょうねえ。

さてさて、ここで話は妖怪に飛びます。雷は「雷様」(虎皮のフンドシをつけ、
背中に太鼓を並べたものを背負った子鬼)が起こしているという俗説がありますが、
一方では、雷は「雷獣」が原因であるという話もあります。
下のミイラのようなものです。空の上にはまだ知られていない生物が住み、
それが落雷などの天変地異によって地上に落下するものと考えられ、
雷獣の伝承が生まれた、とWikiには書かれていましたが、
実際に雷のときに動物が落ちてきた例というのは、枚挙にいとまがないほど古資料に見られます。
これは上記した友人のように、たまたま木の上や近くの草むらにいた野生動物が、
落雷の感電やショックで、死んだり気絶したものであった可能性は高いと思います。

雷獣のミイラ


あと、次の画像もごらんください。これは享和元年(1801年)に芸州 五日市村
(現・広島県佐伯区)に落ちたとされる雷獣で、画はカニまたはクモを思わせ、
四肢の表面は鱗状のもので覆われ、その先端は大きなハサミ状で、
体長3尺7寸5分(約95センチメートル)、体重7貫900目(約30キログラム)
あまりあった、という詳しい記録が残されていて信憑性は高いです。
うーんこれは、確かに哺乳類には見えません。
アサヒガニやヤシガニの仲間というのが近いでしょうか。
ヤシガニは1m近くにもなりますが、重さは5kg程度しかありませんね。
重さから考えれば腐敗したウミガメとか、あるいは南方の未知の海洋生物かもしれません。

奇妙な雷獣とアサヒガニ、ヤシガニ


「ファロッキーズ」ということも疑われます。これはオカルト用語で、怪雨と訳されますが、
『一定範囲に多数の物体が落下する現象のうち、雨・雪・黄砂・隕石のような
よく知られた原因によるものを除く「その場にあるはずのないもの」
が空から降ってくる現象を指す。』
 とWikiにあります。
この原因としては、竜巻の可能性が高いようで、竜巻に巻き上げられた物体は、
ときに雲の中の上昇気流に乗り、かなり遠くまで運ばれることがあり、
実際、海上で発生した竜巻により魚が海水と共に巻き上げられ、
遠く離れた内陸部へ落下したという事例がいくつも報告されています。
上のカニ状雷獣も、大きさのわりに重さはそれほどでないような気がするので、
もしも平べったい形状であったとしたら、ありえなくはないのかもなあ、と思います。





エビ反り

2015.11.11 (Wed)
うちの60代の祖父の話です。祖父はけっこう大きな会社を経営してたんですが、
今は引退して会長職です。それと同時に、ある空手の会派の会長もやってるんです。
それで、自宅の敷地内にも空手道場があって、そこで子どもを教えたりもしています。
もっとも、実際の指導はしばらく前から師範代がやるようになってたんですけど。
で、1ヶ月ほど前から病気で寝込んじゃってるんです。
ええ、1時期は入院してたんですが、病状がいくらか回復したので自宅に戻りました。
でもね、病気自体の原因はいくら検査してもまったく不明で、
だから満足な治療はできなかったんです。
その症状というのが変わってまして、夜寝ると体がエビ反っちゃうんです。
あの、背筋のトレーニングってありますよね。
うつ伏せに寝て両膝を上に曲げ、両手も同時に後ろ側に反らすやつ。

布団に入って寝つくと、仰向けだったのがいつの間にかうつ伏せになってて、
しかも弓なりに反ってる。それで痛くて目が覚めるっていう・・・
ね、聞いたことがないでしょう。内臓や脳などはどこも何ともないんです。
だからね、医者は心因性のものだろうって見てるようでした。
ですから精神関係の薬を処方されて、病院ではエビ反りしなくなったんです。
でも、自宅に戻ったら薬を飲んでても、すぐにぶり返してしまって・・・
この繰り返しだったんですよ。それでほとほと困り果てまして。
祖父はすごくあせっていまして。というのも、会社のほうはまず問題はないんですが、
空手の協会のほうが、派閥争いみたいなことがあったんです。
祖父が寝込んでしまうとクーデターみたいなのが起きて、
反対派が役職を握ってしまうって、無理して自宅にいたんです。

ほら5年後の東京オリンピックで、空手が新種目として採用になったじゃないですか。
それとも関係があるみたいですよ。詳しいことはわかりませんが。
それでね、いろんな人に相談しましたところ、
何か霊的な障りがあるんじゃないかって言う人がいて、ある武道家を紹介されたんです。
その人は空手じゃなく、古武術関係で、◯◯柔術の達人というふれ込みでしたね。
まあ、とりあえずダメ元で来てもらったんですが、
これが80歳を過ぎた小さなお爺さんで。
羽織袴姿で背筋はピンと伸びてましたが、身長は150cmはなかったと思います。
実は僕も空手を齧ってるんですけど、未熟なものの目から見ても、
隙のない身のこなしでしたね。でね、爺さんは家に来て早々、
犬みたいに鼻を鳴らして、母屋から道場まで、塀の中を嗅ぎまわって・・・

それで、祖父と面会してしばらく話してから、
家族を呼び集めて最近の家の様子なんかを聞き質しまして。
「庭に犬小屋があるけど、犬がいないのはどうしてか?」って聞いたんです。
それが、立派な秋田犬を飼っていたんですよ。
でも、祖父がこの病気になる少し前に、突然死んじゃったんです。
朝起きて散歩に連れ出そうとしたらうつ伏せで倒れていて、
地面に吐いた跡がありました。いや、獣医さんには見せませんでした。
病気ならともかく、死んだ後に見せてもしょうがないと思って。
それでペット霊園に葬ったんです。このことを聞きまして、
爺さんは「ははあ」と言い、「犬が必要だ」って言い出したんです。
でね、「わたしの知り合いにいい血統の柴犬を飼ってる家があるからお借りする」って。

それから2日後に、爺さんがその柴犬を連れて家を再訪しまして。
でねえ、笑っちゃったのはその犬の名前が「太郎左衛門」だったことです。
利発そうな顔つきでしたが、時代劇でもあるまいし大仰すぎますよね。
で、爺さんは、犬のリードを持ったまま、最初のときと同じように鼻を鳴らして、
家のまわりを巡ったんです。その日は日曜だったので、僕も見てましたが、
爺さんと太郎左衛門は、道場の西側に来るとピタッと足が止まりまして、
太郎左衛門は吠えませんでしたけど、道場の床下に向いてリードをいっぱいに伸ばして、
眉間にしわを寄せました。何かある、って言ってるみたいでした。
爺さんが太郎左衛門の頭をひとなでして、リードを離すと、
太郎左衛門は一直線に道場の床下にもぐっていきまして。
そうですね、5分以上は床下にいたんですが、赤黒い何かを咥えて戻ってきたんです。

毛が蜘蛛の巣だらけになってましたが、それ以上に引っ張りだしてきたものが臭くて。
鼻が曲がりそうでした。なんと形容すればいいかわかりませんが、
ドブ泥と生ゴミと屍肉の臭い・・・ 太郎左衛門自身も臭かったんでしょう。
顔が歪んでましたね。で、引っ張りだしてきたのは、
小柄な太郎左衛門の体の半分より大きい、人形みたいなものだったんです。
色はそうですね、サラミソーセージの色です。
形は関節人形みたいに細い四肢がついてましたが、それがエビ反りの形をしてたんです。
太郎左衛門はその人形を爺さんの前に置きまして、
僕も近寄ってみたんですが、何でできているかはわかりませんでした。
爺さんは「これは呪(まじもの)だな。和紙を丸めて手足や胴体をつくり、
 その中にネズミの仔を詰め込んである」こう言ったんです。

続けて「おそらくはできたときにはネズミの仔らはみな生きてたんだろう。
 それが死に腐ってこの状態になった。会長さんの症状は、
 これが障りになって起きているものだ」
どうやら空手の協会の、反対派の誰かが呪いとしてセットしたということのようでした。
で、家の秋田犬が死んだのも、それに気づかれないように、
毒を盛ったのだろうって。それが本当なら怖い話ですよね。
その後、どうしたかというと、爺さんは顔を手ぬぐいでおおいながら、
呪物に縄をかけて家の庭木にうつ伏せの向きで吊るしたんです。
それからいったんどこかに出かけて、大量の松葉を軽トラに積んできまして。
呪物の下に丸木で井桁を組んで中に入れ、御札を大量に混ぜて火をつけたんです。
生乾きでしたからなかなか燃えませんでしたが、

いったん火がつくとこれがまたいがらっぽい臭いで。
呪物そのものの臭いと相まって、とても近くに寄れたもんじゃなかったです。
涙が出てきましたよ。でね、呪物の人形(ひとがた)は、中に子ネズミを詰めたものですから、
いぶされるにしたがって汁が垂れてきまして、エビ反りだった形がだんだんにゆるんで、
四肢がだらんと下に垂れ下がったんです。その状態で、松葉に灰をかけて火を消し、
これも用意していた白木のお宮さんのようなのに入れたんです。
一般家庭にある神棚に似たものでしたよ。爺さんは、
「これで呪詛は破れたし、破れた呪詛は仕組んだ者に戻っていく。
 それを待てばよいし、こちらからは相手の出方を見て対処すればよい。
 しかしこれまでだろうな」そんなことを言いまして、
呪物の入ったお宮さんごと軽トラックに積んで、街を流れる川の河口まで運んだんです。

そこで初めて、何事が呪文のようなものを唱えて川に流しました。
おそらく磯浜の海まで流れていって、そこで岩にあたって壊れて沈んだんでしょう。
この効果は覿面でした。祖父の症状はその日からピタリと治まりましたし、
2週間後、空手の反対派の人がたて続けに2人亡くなったんですよ。
2人とも50代の若さでしたが、心臓疾患による突然死です。
その人たちが呪いを仕掛けてたんでしょうねえ。
自業自得と言えばそうですが、恐ろしい、後味の悪い話ですよね。
その後は今のところおかしなことは何もありません。爺さんには多額のお礼をしまして、
道場にも教えにきてもらってるんですが、これがなかなかすごい体術の遣い手でした。
世の中にはこういう人もいるんですねえ。ああそれと、太郎左衛門には、
輸入品の超高級ドッグフードを1年分贈ったんですよ。がんばってくれましたからね。







輪の話

2015.11.10 (Tue)
じゃあお話させてもらいますよ。こんなね、年寄りですから、
どれだけ内容がわかるように話すことができるか、自信はありませんけども。
昭和50年代後半のことです。わたしは当時50を過ぎたばかりで、
初孫が2歳でした。言葉を話すことができるようになったばかりで、
かわいい盛りでしたよ。ああ、孫は女の子でしたよ。
まだ秋口に入ったばかりで、気温もそれほど下がっていなかった日の、
午後の3時ころでしたね。あの日のことは忘れようとしも忘れるものじゃありません
孫はまだ幼稚園などには通っておらず、息子夫婦は共働きでしたので、
わたしの妻が見ておったんです。でね、その日はわたしが早く仕事から戻ってきまして、
孫にせがまれて自転車に乗せ、川べりの土手を散歩に連れていったんです。
寒くはなかったですが、どんよりとした空が広がってたことを覚えてます。

土手の上は舗装路で、自転車の荷台に乗った孫はうれしそうにはしゃいでおりましたが、
そろそろ帰ろうという段になって、「じいじ、川が見たい」と言い出したんです。
それで適当な場所に自転車を停め、孫を抱いて土手から下への階段を下りていきました。
道の両側は、まだ白くなりきっていないススキがぼうぼうに生えていましたね。
下りきったところは、低い木に囲まれた釣りの足場で、
泥の上に竿を立てるためのY字型の木が何本か突き立っていました。
川面は空と同じ鉛の色に濁っていました。「なんも見えないな、お魚も見えない」
孫にそう言いましたとき、「あの、もし」と突然、右手の林から声をかけられまして、
ぎょっとしました。女の方でした。年は30前くらいだったですか。
旅館の浴衣のようなものを着ておりまして、裸足に下駄をはいて、
足先が泥で汚れてたのを覚えています。

「はあ、どうしました」そう答えると、女の方は焦点の定まらない目をしておりまして、
こちらを向いてはいるんですが、まったく目線が合わなかったんです。
「ここらはよいところですが、わたしは疲れました」こう話をされて、
どう答えていいかわかりませんよね。「はあ、旅館にお泊りですか?」
「ええ、北海道から当地に来たのです。向こうの会社の寮が火事で焼けてしまいまして、
 みなで旅館にお世話になっているのですが、心苦しくて」
こんな内容だったと思います。それで、その方は話しながら、
しきりに片方の目の下を右手でこするんですが、
その手の甲に花瓶のような形に見える赤い痣があったんです。
これには驚きました。ちょうどそのときに抱いていた孫娘の同じ方の手の甲に、
やはりまったく同じ形に見える痣がありましたから。

「川は・・・」その方がまた何かを言いかけたとき、
わたしの腕の中でちじこまっていた孫娘が、「じいじ、もう帰ろう」と言いまして。
顔を見たら真っ赤で、額にさわると熱っぽかったんです。
それで驚いて、その方に頭を下げまして、急いで自転車に戻ろうとしました。
階段の途中で振り返ってみますと、もう女の方の姿は見えなくなっていました。
ええ、孫娘はかなりの熱を出していまして、
わたしが上着を脱いでそれでくるみ、風に当たらないようにして家まで連れ帰り、
すぐに車で病院に連れていきました。肺炎という診断でした。
でもねえ、前日までまったくそのような兆候はなかったんです。
風邪どころか、咳一つしなかったですから。
即日入院となりまして、息子の嫁が病院に泊まりこんで世話をしたんですが、

3日後、熱さましの注射を打った後に容体が急変して、
そのまま亡くなってしまったんですよ。・・・これはねえ、わたしは責任を痛感しまして。
もう死んでしまいたいような気持ちで、何年も過ごしたものです。
息子夫婦はわたしを責めるようなことは一言も言わなかったんですが、
やはり、あのとき土手に連れていかなければ、もう少し厚着をさせていれば、
それと、釣り場まで下りなければ、あの女の方に会わなければ・・・
ええ、孫娘が急に熱を出したことと、あの女の方に会ったことは、
何か関係がある気がしてならなかったんです。
というか、あの女の方はこの世のものではなかったのではないか。
孫娘はその瘴気のようなものにあたって、急病になってしまったのではないか。
考えれば考えるほど、そういう気がしてきまして。

それでね、少し調べたんです。その日に北海道から来て旅館に泊まっていた客。
それも話しぶりからすると集団で。まだ大型ホテルもない頃でしたから、
これがわかりそうなものかと思っていたんですが、どこの旅館でもそんな客はいなかった。
女の方の浴衣の模様が、牡丹の花に見えましたので、
そちらのほうからもあたったんですが、手がかりはなしです。
ずいぶん熱心に調べたと思うでしょうが、まあねえ、
今にして思えば、自分の責任をその女の方に転嫁したい、
そういう気持ちがあったかもしれません。でね、市史を調べているうちに、
一つわかったことがあったんです。箱館の魚加工の工場と社員寮が火事になって、
そこに住み込みで働いていた女性社員の人たちが十数名、
市内に昔あった商人宿に数ヶ月宿泊していたということでした。

でも、これは戦後まもなくの昭和26年の話で、
孫娘が亡くなった年から30年以上も前のことだったんですよ。
それから、その集団で避難してこられていた方たちの中で、亡くなった人がいるとか、
そういうことはまったくわかりませんでした。
あの女の方が、時空を越えてあの川べりにいた幽霊なのか、
それともすべてはわたしの思いすごしで、当時のただの旅客だったものか。
どうにも判断がつきかねていたんです。それとね、あの手の甲の痣。
今思い出してみても、孫娘にあったものと大きさこそちがえ、
まったく同じ形だったように思えてならなかったんです。これも不思議でねえ。
家の方は、数年たたずに息子夫婦にまた娘が産まれ、
年子で息子も産まれまして、暗かった雰囲気が晴れたようになりました。

その子らは病気らしい病気もせず、すくすくと育ちまして、
ええ、今は2人とも大学を卒業しています。上は結婚の話がありますので、
もしかしたらひ孫の顔を見ることができるのかもしれません。
もちろんね、亡くなった孫娘のことは忘れていませんし、
年に十数回は墓参りに行きまして、当時のことをわびているんです。
わたしもね、90歳に近くなりまして、まあボケもせず、なんとか体もききますが、
車の運転はやめましたし、妻も10年前に他界して、
もういつお迎えがきてもいいようなものです。できればね、
寝たきり介護などが必要になる前に、ぽっくり逝きたいものだと思っているんです。
それでですね、この間の敬老の日のことです。
地区の公民館で敬老会がありまして、それに出席しました。

近くでしたので、一人でぶらぶら歩いて行ったんですが、
地域の市会議員とか、市長代理とかの人が話をされて、
まああまり面白いものではありませんでした。
もうね、生きていて面白いようなことはほとんどないんですけどね。
その帰りです。やはり疲れたんでしょう。家まで数百mの距離なんですが、
バス停のベンチに座り込んでしまいました。
そしたらね、近くの家から5歳くらいの男の子が出てきたんです。
その子が玄関口で立ち止まって、ずっとわたしのほうを見ていました。
ああ、不審に思われたかなと立ち上がろうとしたときとき、その子の右手の甲に、
赤い花瓶の形の痣があるのに気がつきました。「あっ」と驚きましたが、
その子は振り向いて、コンビニのほうに駆け去っていったんですよ。

はかかいいいおお





反則企画

2015.11.09 (Mon)
これをやるのは本当に時間がないときです。自分が前に書いた「神隠し」という話に、
某まとめサイトでついていたコメントから抜粋、なかなか興味深いものがありました。

神隠し
うちの昭和7年生まれのばあさんの、さらにばあさんが子どもの頃の事だから、
明治か江戸時代??かもしれない話。それがわが家に伝わってきたのを書いてみる。
そのばあさんが12歳ぐらいのときに神隠しにあった。
当時は里子に出されたり人買いに売られたりなんてこともあったそうだが、
そういう親が事情を知っていて、いなくなったのではなく本物の神隠し。

夕方、赤子の弟の子守をしながら裏をぶらついていたと思ったら、
いつのまにかいなくなって、赤ん坊だけがおんぶ紐といっしょに草の上で泣いていた。
集落の若い者大勢が出て探したが見つからない。そのうち夜になって、
街灯もない頃だから明日の夜明けからまた探そうということになった。
そうしたら当時のじいさん(俺から見れもはや遠い先祖)が、
女の子の神隠しは、神おろしの憑坐(よりまし)
にしようとしてさらっていった場合が多い。憑坐の手順には普段使ってる櫛が必要で、
さらっていった者か術をかけられた本人が取りにくることがある。
だから櫛を隠しておけば、目的が果たせなくなって子供が返されることもあると言って、
箱に入れて自分が寝ている納戸に持っていった。

それからじいさんは「本当はネズミがいいんだが時間がない」と言いながら、
大きなガマを捕まえてきて、鎌の先で腹を割き、
内臓を櫛にまんべんなく塗りつけた。同時にアワかなにかの実をぱらぱらふりかけた。
その晩、じいさんが櫛の箱を枕元に置いて寝ていると、なにかがやってきた気配がある。
じいさんは起きていたんだが、体が動かないし、叫ぼうとしても声も出ない。
そのときに笹みたいな匂いが強くしたそうだ。

何かかなり大きな妖物がきている圧迫感がある。
妖物は枕のすぐ上にある櫛箱に手をかけたようだが、
ビーンと弾く音がして、さらにパシッと叩きつけられたような固い音がする。
そして「けがれ・・・」という咳が言葉になったような声がして、気配が消えた。
しばらくじっとしていたら体が動くようになったんで、明かりをともしてみると、
櫛が箱から出て床に落ちており、櫛の歯がばらばらに折れていたそうだ。

で、ばあさんは、昼前に集落の氏神の森から歩いて出てくるところを見つかった。
本人にさらわれていた間の話を聞いてみても、まったく要領を得ない。
木の葉がゴーッと鳴って目の前が白くなり、立っていられなくなってうずくまると、
背中の赤子がまだしゃべれないはずなのに、
「か・し・こ・み」と一語ずつはっきりと声に出した。さっと太い腕でかつがれた感じがして、
そのあとは貝の裏側のように虹色にきらきら光る場所でずっと寝ていた。
まぶしくて目を覚ますと、鎮守の森の入り口のあたりにいたんで家に戻ろうとしたと言う。
まあこれだけなんだけど。

・へ~、神隠しから取り戻す方法か。
昔の人の、学は無くても知恵が有るの典型的話だな。
面白かった!

・上の人がサラリと悪意のないイヤミな言葉を発したのに感心した。
さぞかし教養に自信ある方なんでしょうね。

・大学出てなくても、とか現代的な自然科学の知識がなくても、
とかそういう意味だと思うのよ

・微積分やらなんかよりよっぽど役立つ知恵って事で

・感心してるのにイヤミて・・これは学が無いと言うか、
何というか。ちょっと気の毒なほど。

・おばあちゃんのおばあちゃんをさらったのは本当に神様なのかな?
「かしこみ」は祝詞とかに出てくるし、
穢れを嫌った?みたいな態度は、神様っぽい気がする。
氏神様がさらったのか、氏神様のところに帰されたのか、どっちだろう?

・知識は無くても知恵はあるくらいでいんじゃね?
うまく言ってれば嫌味も嫌味として言ってないことがわかるはずだもの。
現代の学校では生きる上での知識は学べんからねw
生物学、化学、英語(外国語学)、地理学くらいじゃないか、学で使えるのは。

・この場合、感心すべき点は、おじいさんに知恵がある云々より、
拝み屋でもない普通の人がこんな知恵を持ってるほど、
怪異が身近な存在だったとこじゃないか?

・「学は無くても」のモヤモヤ発生源推測
 *学問が無いと決めつけているところ。
 *仮に学が大学だの微積分だのを意味するならば、
  まるで昔の学問は学問に値しないかのようなところ。
 *仮に〇〇(現代の学問)より余程役に立っている、と意味するならば、
  〇〇を馬鹿にしているように受け取れるところ
 *そもそも学問の有無が関係ない話で無学を持ち出すところ。
 *感心していることは発言の客観的イヤミ性を打ち消す十分な要素ではないところ。
例「君は中卒だけど大学院を卒業した僕より知恵があるね!」
 「君は僕より収入が低いのに高価な物も持っているんだね!」
 「君がそんなに不細工な顔をしているのに友達がいるのは、凄く性格が良いことの証だよ!」

・無事帰ってきたから良かったけど・・
神なら子供誘拐しても許されるし罰を受けないとか理不尽すぎるw
神ってそんな偉いの?

・日本の神って自然みたいなものと考えるのがいいと思う。
恵をもたらすものでもあり、災いをもたらすものでもある。
災いとならないように対策したりお願いしたりはするけど、基本的に従わせることは出来ない。
理不尽な災いが起こるのは、許す許さないじゃなくて、仕方ない。
災害が起きたからと言って、自然を罰しないのと同じ。

・神おろしの憑坐(よりまし)にするって、具体的に何なの?
神様が自分をおろす為の体として女の子をさらうの?
おろして何すんの?
教えて教養のある人!

・寄り坐(ま)し、の意神霊がよりつく人間。
特に、祈祷師(きとうし)が神霊を乗り移らせたり、
託宣をのべさせたりするために伴う童子や婦女。
人形が使用されることもある。ものつき。ヤフー調べ。
簡単に言うと、巫女や巫などに近い物だと思います。

・なんかこういうキリスト教っぽい考え方の人って時々居るよね。
あるいは半端に親近感を覚えて人間と同一視するから、そういう解釈になってしまうのか。
台風や雷が人の命を奪っても、それに対して「自分が偉いと思ってるのか!」
とか言わないだろうに。

・自然災害とかは誰の意思とか関係なく起こるから仕方ないけど
こういう氏神様?とかが明確な意思を持ってやってるんなら納得いかんかな

・人と神では道理が異なるからなぁ。
例えば、村の安泰や繁栄を願って祀られている氏神が村を守るために必要なのが
(もしくは見返りとしての?)憑坐だとしたら、
氏神からすれば子供がさらわれて悲しむのは自分を祀る人間側の身勝手とも取れるんじゃね?
まぁそもそも氏神の仕業かどうか分からんが。

・もし人間の科学力がブレイクスルーして地震を中和する装置、
落雷する前に雷を消滅させる装置、竜巻や台風を無力化する装置など
自然災害を予防出来るようになった場合、「神殺し」扱いなるの?

・「神殺し」ではなく、「神越え」だと思う。
ただし、本当にその技術が神の力を凌駕しているかは大勢を見極めなくてはならない。
 例えば崖崩れや洪水は自然の中で当たり前の現象だけど人間の都合でそれを阻止した結果、
かえって洪水の被害が拡大したり海まで土砂が流れてこなくなって海岸線が波で侵食されたり
細かなしわ寄せがどこかで起きる。
地震や雷、台風や竜巻も必然で起きるものだから無理に止めるのはかえって危険と思う。
自然のサイクルを無理やり押し留めたくらいでは、それが神越えとは言い難い。

・日本の神は自然現象と同じ、だから人間にとっては理不尽でも仕方が無いこと、
ってのにすごく納得がいった。
自然災害と精神的にうまく付き合っていくためには理不尽だと
怒ってばかりじゃなくてある程度の諦めも必要だからなぁ。










梵字石の話

2015.11.08 (Sun)
じゃあ始めますが、この話ねえ、今もって進行中なんですよ。
だから、どうしたらいいかの解決策もお聞きしたくて。よろしくお願いします。
4年前ですね。僕が中1のときです。その日は、先生方の研究会があって、
午前中で学校が終わったんですよ。ま、それだけならわりとあることですけど、
部活動も全部なかったんです。これはすごく開放感がありまして。
でね、いったん家で昼飯を食べてから、男子8人で近くの河原に集合しました。
石積みアートってのをやろうとしたんです。
僕らの学校は総合学習が盛んで、いろんな地域講師の人が頻繁に学校を訪れて、
講演会をしてたんです。その中の一人が、石積みアートを日本で最初に始めたって人で。
小さめの石をいくつか持ってきて体育館で実演もしてくれたし、
世界で行われている石積みアートのスライドをも見せてくれたんです。

驚きましたよ。小さい石の上にその何十倍も重量のある大きな石が乗ってたり、
ボンドでくっつけたとしか思えないバランスのものもあって。
子どもはそういうのに影響されますからね。
それで、自分らでもやってみようってことになりました。
天気がいい日で、河原の石はみんな乾いてましたし、
大きいのや小さいの、色も青から茶褐色までさまざまで、
積むのにはうってつけだったんでしょうが、そこはやはり子どもですし、
経験もないですから、スライドで見たようにはうまくできなかったんです。
それで、小一時間もするとみな飽きてきて、
最後は誰が一番高く積むことができるかの競争になったんですよ。
ええ、一番高い子は自分の背丈を超えて積み上げていました。

でね、そうしてるうちに「あー、なんだこれ」って一人が声を上げたんです。
みながわらわらと集まっていくと、ちょうどCDくらいの大きさの平たい石を見せました。
その裏側、裏は少し湿ってたんでわかるんですけど、そこに大きく、
字とも記号ともつかないものが黒く書かれてあったんです。
「何だこりゃ」 「ああ、俺これわかる。梵字だろ。あの墓にある卒塔婆に書いてるやつ」
「すげえ、いいな。他にもないかな」ということで、
平べったい石を手当たり次第ひっくり返したら、似たようなのがもう3つ見つかったんです。
でもね、書いてある字は違ってましたね。それで、僕も一つ見つけたんですよ。
他のやつは羨ましそうにしてましたね。その後、
「これ、どうしようか?」って話になったんですが、誰かが、
「タコ和尚に見せよう」って言って、みな納得してそうすることにしました。

タコ和尚ってのは、蛸に似た和尚ってことじゃなくて、
前に総合学習の話をしたでしょう。地域伝統の和凧を作っていて、
それを学校に教えに来てくれてた和尚さんのことです。
グランドで定期的に凧揚げの実習もしてましたし、僕らには身近な存在だったんです。
お寺は河原から20分ほど歩いたところにあって、
そのときの8人全員の家が檀家になっていました。で、石を持ってぞろぞろ行ってみたんです。
けっこう大きなお寺でした。これは地域にお寺そのものが少なかったんです。
代表を決めて住宅のほうの玄関のチャイムを押すと、
和尚さんは在宅ですぐに出てきてくれました。事情を話して4個の石を見せると、
かなりの興味を持ったようでしたが、「梵字に見えるけどちょっと違うところもあるねえ。
 うちは密教じゃないから、あんまり詳しいことはわからないけど」

こう、やや頼りないことを言いました。そのお寺は禅宗だったんです。
それから家に戻って虫メガネを手にしてくると、石を一つずつためつすがめつ見てましたが、
「うーん、これは筆字に見えるけど、そうじゃないね。石そのものの模様みたいだ」
そう言って、今度はタガネと金づちを持ってきたんです。
「ちょっと割って見るけどいいよね」石の端のほうを家の土台のコンクリに固定して、
タガネでカコンと割りました。それで割れ口を僕らに見せてよこしたんですが、
たしかに黒い部分は内部にまで入り込んでいたんです。
それと、これは他のやつに確かめてないので僕だけかもしれませんが、
石が欠けるときに、オーンという鐘の余韻のような音が頭の中に響いたんですよ。
和尚さんは「この石ね、ちょっとお寺で預からせてくれる? 調べてみるから。
 わかったことは今度学校で凧揚げの実習のときに来てくれたら知らせるから」

こういう話だったのでみんな納得して、その後は2グループに分かれて、
友達の家でゲームなんかをして帰ったんです。
思えばこれが、和尚さんを見た最後だったんですね。その夜、
和尚さんは本堂で倒れているところを家の人に発見され、救急車で運ばれましたが、
その日のうちに亡くなったんです。脳溢血ということでした。
それがわかったのは翌日の夜で、学校ではまだ誰も知らなかったんです。
でほら、うちは檀家なものだから、2日後にあった葬式には母親が行ったんです。
そしたら返ってきてからこんな話をしました。
「あの和尚さん、偉いっていうか格式が高かったんだねえ。
 お葬式にはものすごい数のお坊さんが来てたよ。若い人が多かったけどね」
あの石のことは、そのままうやむやになってしまいそうでしたが、

仲間の一人が、お参りに行った家族についてお寺に行ったときに、
出てきた奥さんに、思い切って石の話をしてみたんだそうです。
そしたら、「ああ、あの梵字が書いてある石でしょう。あれね、
 お葬式のときに本山からたくさん若いお坊さんたちがきて、
持って行かれてしまいましたよ」こんな答えが返ってきたそうです。
それでね、和尚さんの葬式から3ヶ月くらいして、急に、
あの河原の護岸工事が始まったんです。市役所勤務の父親が驚いていたのを覚えてます。
「護岸工事たって、市も県の予算もついてないところで、
 急に国土省が介入して始まってしまった。でもなあ、あんなとこ工事してどうなるんだ?
 洪水のおそれもないし、貴重な生物が住んでるわけでもなし。
 何かの利権があるとも思えんが業者は県外だし、わけがわからんな」

で、工事は半年近くかかって、河原の石はすべて撤去され、
コンクリートの土手になりました。僕らは中学を卒業しまして、
その間特におかしなこともなかったんです。あのときの8人は、
ほとんどバラバラの高校に進学しました。でね、2週間ほど前、
そのうちの一人から連絡がありました。8時ころ、家の固定電話にかけてきたんです。
それがこんな内容で。「ほら中1のとき、河原で拾った裏に字が書いてある石のこと覚えてるか?
 そうそう凧和尚が亡くなる前の日の。俺はもうずっと忘れてたんだが、
 今朝、家を出るとき玄関の芝生に、平べったい石があるのを見付けたのよ。
 何気なく足でひっくり返してみたら、そこに黒いあの、何てったけ、
 あそう、梵字が書いてあったわけ。それであんときのことをバーッと思い出してな。
 なんとなく薄気味悪くなって」

「ああ、それ覚えてるってか、俺も今思い出した。で、その石どうしたん?」
「まだそのまま玄関にある。いちおう表のほうを向けといたけど」
ここまで話したとき、電話の中でオーン、オーンという音がし始めたんです。
「何だこの音、お前んとこでテレビつけてるか?」
「オーンって音だろ。知らん。てかこれ、受話器の中でしてるんじゃないか」
「・・・」これで2人とも気味が悪くなって、電話を切ってしまったんです。
でねえ、その友だちはあのとき石を見つけたうちの一人なんですが、翌日急死しちゃたんです。
和尚さんとは違って病気じゃなく、自転車で信号待ちしてるとこを、
大型ダンプに追突されたってことでしたけど。偶然なんでしょうか。
え、その石がどうなったかはわかりませんよ。葬式にも行ってませんし。それでね、昨日の朝です。
うちの塀の近くで平べったい石を見つけたんです。いやまだ、ひっくり返してはいないですけど。



 

 


目を洗う

2015.11.07 (Sat)
小学校6年のときのことだよ。クラス替えがあって、
席が近くだった◯◯◯ってやつと仲良くなった。◯◯◯は仮名だけど、
ものすごく珍しい苗字なんだ。調べてみたが、日本でこいつの一族だけみたいだ。
◯◯◯は川向うに住んでて、これは恥ずかしいことなんだが、
町ではそっち方面はちょっと差別されてた場所なんだよ。
田作りをしないで、炭焼きとかの山仕事で生計を立ててる家が多かったんだ。
ただまあ、差別といっても大人の世界での話で、子ども同士ではそんなに気にはしなかった。
で、◯◯◯の家は写真館だったんだ。当時町では川のこっち側と2件しかなかった。
◯◯◯の店はほとんど川向うの住人が利用してたんだ。
◯◯◯自身は、そうだなあ、体が小さくて少し臆病な性格だったな。
成績はそこそこだったが、目立つようなことは絶対にしなかった。

俺は写真に興味があったんだよ。でも、家にはカメラはあったけど、
貴重品で親父がさわらせてくれることはなかった。
それで◯◯◯にいろいろ写真の話を聞いてたら、「家に遊びにこないか」って誘われたんだ。
で、日曜の午前中に行く約束をした。写真館の暗室を見せてくれるってことだったんで、
すごいワクワクしたんだ。当日は自転車で行ったんだが、
町の北にかかってる大きな橋を越えるのが3回目くらいだった。
はっきり言われてたわけじゃないけど、川向うにはあんまり行くな、
って雰囲気が家にあったんだよ。だからその日、親には、
別の友だちのところに遊びに行くって話して家を出たんだよ。
場所はだいたい道筋は聞いてたし、途中まで◯◯◯が迎えに来てくれることになってた。
行ってみたら橋を渡ったすぐで、◯◯◯が待っててくれた。

それから写真館はわりと近くだった。川向うでも、奥の山のほうまで行かないところに、
小さな商店街があって、その並びにあったんだ。
写真は明治時代に始めたってことで、赤いつやつやした木でできた、
かなり重厚な造りの建物だった。中に入ると、
セピア色に変色した白黒写真が何枚も飾られていて、中にはチョンマゲの武士の姿のもあった。
で、◯◯◯の父親が待っててくれたんだ。今とは違って兄弟が多い時代で、
自分の部屋を持ってる子どもは少なかったし、家の中で遊ぶなんてこともまずなかった。
◯◯◯は一人っ子だったけど、それはめずらしかったんだよ。
父親は毛玉だらけのセーターを着た小柄な人で、すごく優しかった。
写真館の中をひととおり案内してもらって、いろいろ説明してくれた。
昔の電球のフラッシュも焚いてみせてくれたんだ。

もちろん暗室にも入れてもらった。思ってたよりせまく、薬臭かったのを覚えてる。
現像器具や引き伸ばし機がところせましと並んでたな。
電気を消して、セーフライトをつけてもらったりした。
うん、すごくよくしてくれたんだ。だから、あんなことになってしまって申しわけなかった。
・・・それを今から話すんだよ、何があったかを。 1時間くらいそうしてから、
そろそろ小学校のほうへ行って公園で遊ぼうということになった。
その時間だとたいがい仲間がいて、野球やったりしてたんだ。
それで◯◯◯の父親にお礼を行ったら 「土産にうちの柿、持って行きなさい」って言われた。
俺の実家のほうじゃ、柿っていったら干し柿のことだった。
生えてるのが渋柿ばっかだったからね。父親が◯◯◯に「裏から2本持ってきな」
こう言って、◯◯◯が店の外に出ようとしたんで、俺もついていったんだ。

店の裏はごみごみした小路で、バラックみたいな小屋が立ち並んでた。
その中の一つが、写真館の裏手の建物とつながってたんだよ。
入り口が大きく開いてムシロが何枚も垂れ下がり、
そこに赤い字で読めない記号のようなのが書いてあった。
「なんだ、あそこ。あれもお前の家なんか?」俺が聞いたら、◯◯◯は少し言いよどんでいたが、
「ばあちゃんの仕事場だよ」って答えた。
「え、お前のばあちゃん? 写真に関係のある仕事か?」
「いやちょっと、赤ん坊の疳の虫をとったり、失せ物を探したりする・・・」
「ああ」それは拝み屋だなって思った。いや、当時は珍しくなかったんだ。
俺の住んでるほうにもそういう家はあった。ほら、昔は夜間診療なんてなかったし、
迷信がたくさん残ってる時代だったからね。

ただ、写真館を経営してるのに、そこの婆さんが拝み屋をやってるというのは、
ギャップがあって意外だったけどな。裏の軒先に何本も下がってる干し柿の
紐を外そうとしてた◯◯◯が、「固いなあ、これ取れやしない。ばあちゃんいるかな。
ちょっとハサミ借りてくる」そう言って、ムシロの下がった小屋に向かったんで、
俺もついていった。小屋の中は2mばかりの細長い土間になっていて、
その両側に薄黄ばんだ布が下がってた。「ばあちゃんいないのか、ハサミ借りに来た」
◯◯◯が声をかけたが誰も出てこない。「これはいないな。母屋に行こう」
そのときだよ。右側の白布の一枚に内側から何かが飛びついたんだ。
手で抱えられるくらいの動物だと思ったが、布を通してピンク色が透けて見えた。
それで、その重みで布が上から落ちたんだよ。その布にくるまれるようにして、
猫よりは大きい動物が足元に転がってきたが、それは毛がなくなってた。

皮を剥がれてたんだと思う。全身が赤とピンクと嫌な黄色になってた。
だから犬ともタヌキとも、それ以外の何だったかもわからない。
まったく声を出さなかったから、喉をつぶされてたのかもしれないな。
その動物はもがいて布をふりほどき、ものすごい速さで走って路地に消えてったんだ。
そのとき◯◯◯が「ばあちゃん!」って叫んだ。動物に気を取られて見てなかったが、
布の外れた内側は四畳くらいのゴザを敷いた部屋になってて、
そこに婆さんがうつ伏せに倒れてたんだ。顔のまわりに生き物の毛が散らばり、
かなりの量の血がこぼれていた。婆さんのなのか、動物のものなのかはわからなかった。
それと、正面に祭壇のようなものがあり、そこに引き伸ばした写真が何枚も吊り下げられてた。
全部がモノクロの半身像で、男も女もあったけど、
それらの顔の部分がすべて渦巻き状になってたんだ。

「あああ、ばあちゃん!」と、◯◯◯が部屋に上がって婆さんの背中を揺さぶり、
それから俺に向かって「出ろ、外に出ろ、この写真見るな!」って怒鳴ったんだよ。
初めて聞いたすごい大声だった。それから◯◯◯は俺の手をつかんで引きずり、
写真館の表に回って中に入った。大声で「父ちゃん、父ちゃん」と呼び、
父親が奥から顔を出すと、「ばあちゃんが倒れてる。それからこいつ」と俺を指差して、
「あの写真見てしまった」って言った。◯◯◯の父親は、一瞬固まったようになったが、
「ばあちゃんを見に行く。お前はこ流しにいって、お友達の目を洗え」そう言ったんだ。
流しにいくと女の使用人のような人がいて、◯◯◯がわけを話し、
俺は上半身の服を脱がされて、白い粉・・・塩で両目を洗われたんだよ。
流れてきた水がしょっぱくてわかったんだ。不思議とあんまり目にしみなかった。
◯◯◯は「ばあちゃんを見てくる」そう言って途中でいなくなった。

その後、目を洗い終わっても◯◯◯も父親も戻ってはこず、その女の人が、
「もう帰ったほうがいい」みたいなことを言ったんで、いちおその人にあいさつして、
一人で自転車で帰ったんだよ。まだ遅い時間じゃなかったが、もう公園に寄る気もなくなってた。
目は特に痛んだりはしなかった。けど、晩飯のとき家族に目が赤いって言われた。
その日の出来事は話す気になれず、「こすったから」って言ってごまかしたんだ。
次の日学校へ行くと◯◯◯は休みで、「家庭に不幸があった」って先生が話した。
それから3日ほどで出てきたんだけど、なんだか態度がよそよそしくなっていて、
写真館で見たことについて話を聞きそびれてしまったんだ。
あと、やっぱり婆さんはあのときに亡くなったってことだった。
で、あの皮を剥がれた動物も、顔の部分が渦巻いた写真も不思議だろ。
いつかわけをきかなきゃと思ってたんだが、◯◯◯が俺を避けるようになってな。

まあこれで話はほとんど終わりなんだが、もうすぐ小学校を卒業するって頃に、
川向うで大火があったんだよ。で、小さな商店街になってた部分はみな燃えてしまった。
◯◯◯写真館もだよ。いやでも、◯◯◯も家族も亡くなった人はいなかった。
ただ、住む家がなくなって町を出ることになり、卒業式の直前に転校していってしまったんだよ。
それからは手紙もこないし、もちろん会ってもいない。
どこでどうしてるかはちょっとわからないな。え?俺の目?
いや、もともと視力はよかったが、今もこうして眼鏡なんかはかけてない。
老眼はあるけど、特になんともないよ。おかしな物が見えるなんて、ないない。
あとはそうだな。その川向うの火事になった一帯は、今は町の体育館になってる。
聞いた話だと、裏手の駐車場が、
夜間のら猫のたまり場になってるそうだが、これは関係ないだろうな。







透明と軍事技術

2015.11.07 (Sat)
前に書いた「不可視、透明、半透明」は、
映画や幽霊の話題が多くなってしまったので、少し補足をしておきます。
ある物質が透明であるためには、光を吸収、反射、散乱しないことが条件になります。
前に色の話を書きましたが、その物質の特性により光の(虹の)7色のうちどれを吸収し、
どれを反射するかでその物の色が私たちの目に見えることになります。
ところが光を反射・吸収せずすべて透過してしまうと、その物は透明に見えるわけです。
関連記事 『幽霊の肖像』

光・・・この場合は可視光線ということですが、
これはあくまでも光の波長の一部分です。ですから、可視光線では透明であっても、
他の光線に対しては透明ではないという場合もあります。
例えば、ガラスは紫外線をかなり吸収します。
ですから紫外線に対しては透明ではない、ということができるでしょう。
車のUVカットガラスなどはこの特性を高めたものです。
昆虫の中には紫外線を感知できるものがいますので、
それらにはガラスが透明には見えていないのかもしれません。

それから、ダイヤモンドは基本的には無色透明ですが、
カットすることにより光が反射して、あのように強い輝きを持つわけです。
このように光り輝いて見えるものは、透明であるとはしません。
あとビー玉などですが、透明なガラス製であっても、
球形であることでレンズと同じような性質を持ち、光を屈折させてしまいます。
だから目に見えるし、どこにあるかがわかるわけですね。
youtubeの動画に、透明な強化ガラスに、
人が次々とぶつかる場面を撮ったものがありますが、
あれは、光の反射や散乱が起きにくい条件下にあるガラス面なのです。

さて、当ブログは科学ブログではありませんので、そろそろ話題を変えて、
もう少し興味の持てそうなことを書きます。
現在の技術では、人間そのものを透明化するのは不可能であると思われます。
ただし光学迷彩は軍事技術として各国で研究されています。
最も進んでいるのが米軍でしょうね。
映画の『プレデター』シリーズの怪物のように、スーツで身を包み、
その表面で光を曲げたりしているわけです。
次の画像をごらんください。自分は最初に見たときはCGかと思いましたが、
そうではないようです。この技術的な詳細は、当然ながら未公開です。





光学迷彩について、現在研究されている技術は2方向あります。
一つは映像投影型で、カメレオン型とも言われますが、簡単に説明すると、
兵士が自分の体をやわらかいスクリーン状のもので覆って、
そこに周囲の映像を投写する。
あるいは、これもやわらかい液晶画面のようなのを体にかけ、
それに直接外部の光景を映し出すというタイプの技術です。
これは砂漠やジャングルなどの単純な地形であれば効果抜群と思われますが、
都市部などの複雑な外観を映し出すのは難しいでしょうね。

それと、どうしても電源が必要になります。
表面が傷つきにくく、防塵性、耐熱性があり、軽量で長時間稼働できるもの、
と考えると、これは現実の装備とするためには、技術的な困難が相当にありそうです。
あと紫外線や赤外線カメラで見た場合にどうなるか・・・
対費用効果も厳しいでしょう。

もう一つのタイプは、光に対して負の屈折率を持つ、
メタマテリアルなどの特殊素材を使って、光を迂回させるタイプのものです。
マジックで合わせ鏡を使用して姿を消すのと原理は似ています。
これなら電源は必要がないかもしれませんが、
光を曲げる度合いには限界があると思われます。
ちなみに『怪奇大作戦』の有名な第一話「壁抜け男」で、キングアラジンが使用したのは、
特殊スプレーと周囲の色を映し出す特殊繊維でしたから、
これら2つのタイプを組み合わせたようなものになるでしょうか。
あの時代にスゴイ技術があったのですね ww

鏡を用いたマジック


さてさて、透明ということからだいぶ話がそれてきましたが、
それたついでに軍事的な話を少しすると、今後の戦闘で、
一兵士の迷彩の必要度はどれほどのものでしょうか。
現代の戦闘では、なるべく人的被害の少ない戦術が求められていて、
そのために開発されているのが、無人攻撃兵器です。
無人機による爆撃は現在すでに行われていますし、ドローンのようなものもそうです。
今後は無人ロボット兵器、ガンダムに人が乗っていないようのが出てくるかもしれません。
そういう時代にあって、高価な迷彩装置がどれほど役に立つのかということもあると思います。

世界の自動車メーカーでは、自動運転の技術を各社が競って研究していますね。
高齢化社会を見すえてのことでしょうし、
自動車事故のほとんどは人為的なミスによるものですから、
ぶつからない車づくりはもちろん間違ったことではないのですが、
これは容易に軍事に転用できるものでもあるのです。  関連記事 『不可視、透明、半透明』

『怪奇大作戦』キングアラジンの勇姿







書けない怪談

2015.11.06 (Fri)
前に「書かない怪談」という項を設けましたが、  関連記事 『書かない怪談』
この場合は、自分が個人的に書きたくない傾向の筋の怪談ということでした。
これとは別に、最初から「これは書くのは無理」という怪談もあります。
いろいろな差し障りがあるからですね。

まず、現実にあった事件を思い浮かべてしまうような話は書けません。
やはり不謹慎と言われるのをまぬがれないですから。
実際に遺族や関係者の方が目にして不快に思うこともないとは言えませんし。
それと、殺人などの犯罪系の怖さでは、
どうやっても現実にかなわないと思うんです。
「幽霊より生きた人間のほうが怖い」とはよく言われる言葉ですが、
世界には絶句してしまうような実話がたくさんあって、
個人の想像力を越えているケースが多いです。

大事故や大災害についての話もそうですね。
東日本大震災から4年以上が過ぎましたが、あれを題材にとった話、
特にオカルトをからめた話がネットで出ると、
すぐに「不謹慎」と叩かれることが多いです。
これに似たことを実はエドガー・アラン・ポーも書いています。
有名な『早すぎた埋葬』という短編の冒頭部分ですね。少し長いですが引用すると、

『普通の小説にするのにはあまりに恐ろしすぎる、というような題材がある。
 単なるロマンティシストは、人の気を悪くさせたり胸を悪くさせたりしたくないなら、
 これらの題材を避けなければならない。
 それらは事実の厳粛と尊厳とによって是認され支持されるときにだけ、
 正しく取り扱われるのである。たとえば、我々はベレジナ河越えや、リスボンの地震や、
 ロンドンの大疫病や、セント・バーソロミューの虐殺や、
 あるいはカルカッタの牢獄における百二十三人の俘虜の窒息死などの記事を読むとき、
 もっとも強烈な「快苦感」に戦慄する。しかし、これらの記事が人を感動させるのは、
 事実であり、現実であり、歴史であるのだ。
 虚構の話としては、我々は単純な嫌悪の情をもってそれらを見るであろう。』

(青空文庫から 訳 佐々木直次郎氏)

ここに出てくるベレジナ河越えというのは、ナポレオンのロシアとの戦いの話ですが、
数万人が渡河の最中に戦死、溺死したという史実です。
これらの出来事の記録が人に感銘を与えるのは、事実であるからで、
フィクションでその手のことを書いても、嫌悪感しか与えられないというような要旨です。
これはそのとおりだと思います。
恐ろしすぎる事実には、尊厳を持って臨まなければならないし、
虚構などを安易に混ぜ込んではいけないでしょう。

ちなみにポーは、この後「個人として最も恐ろしい体験は、
生きたまま埋葬されてしまうことである」と続け、
話の主人公は真っ暗なせまい船室の中で目覚めたときに、
早すぎた埋葬をされてしまったと誤解します。ポーの小説には他にも、
「早すぎた埋葬」をモチーフいしているものがいくつかあり、
ポー個人のフォビア(恐怖症)の一つであったものと思われます。

上記引用のようなことを考えていたせいでしょう。
ポーの『赤死病の仮面』は、「黒死病」であるペスト流行を思わせる内容ですが、
色違いの7つの部屋などを舞台にして社会的な現実感を消し、
象徴的、寓話的な作品世界をつくり上げています。
どことも知れない場所、誰ともわからない人々の間で起きた夢幻として、
話ができているのです。
ですから、赤死病の仮装をした仮面の下には何も存在しないのですね。

これと関連して、自分は「予言、予知」というものが好きではありません。
特に昨今ネットで見られる「◯月◯日大地震が起きる」というようなものです。
お前は占い師だろう、と思われるかもしれませんが、
詳述はしませんが、これは占いの根本からは大きく外れています。
もちろん自分には予知能力などありません。
中には「こういう予言は、人々が様々な準備をするだろうし意味がないわけではない」
という人もいますが、自分はそうは思いません。
それは大地震が起きる可能性というのはつねにあるわけですが、
科学的な根拠のある予測であればともかく、
流言飛語ととられかねない内容は慎むべきでしょうね。







復元

2015.11.05 (Thu)
*ナンセンス話です。

これは俺が大学のときのことだけど、自分の話じゃないんですよ。
Sって同じ研究室の友人についてのものです。
Sは四国出身で、家はずいぶん古くから続いている血筋だそうです。
俺は関東の出身だから当然それまで接点はなかったわけで、
大学に入って初めて口をきいたのがこいつなんです。まあ、親友と言っていいと思います。
でね、そのときは雀荘に入って4人でセット麻雀をしてたんです。
土曜の夕方から初めて、半荘8回ほどやって日付が変わろうとしてたときです。
Sがトイレに立ったんです。で、俺もと思ってトイレに行ったら、
Sが店外に出て行くのが見えたんですよ。
ああ、風にあたって頭を冷やそうとしてるのかと思ったら、こっちに背中を向けた状態で、
両手を背中の方に回して、そうすると腰のあたりにきますよね。

その位置で手のひらを合わせて、指先を上に向ける。ちょっとやってみてください。
ね、筋が攣りそうになるでしょ。かなり無理な体勢なんです。
黙って見てたら、Sはその格好で、合わせた手のひらに力を入れてるらしく、
全身が小刻みにプルプル震えてるんですね。
最初はストレッチかと思ったんですよ。ところが、何かを大声でしゃべってるのが、
ガラス越しに俺のところまで聞こえてきたんです。
「あん、わうん、おおん」こんな感じでしたね。
ははあこれは、麻雀でツキを呼ぶための呪文だろうって考えたんです。
Sはそのとき負けてましたからね。俺がトイレに入って出てきたときに、
ちょうどSも外から戻ってくるところでした。それで、「さっきやってたのは何だ?
  麻雀で勝つためのまじないか何かか?」って聞いたんです。

そしたらSは、照れたように笑って、
「何だよ、見てたのか・・・うーんまあ呪文は呪文だけど、
 麻雀とは直接関係ない。俺の家に古くから伝わっているやつだ」って答えまして。
これ気になるでしょう。Sの家が旧家で、
宗教みたいなことに関係があるのは聞いて知ってましたから。
そのときは、仲間が待っていたので雀卓に戻りましたが、気になるので数日後、
学食で一緒になったときにあらためて聞いてみたんです。
そしたらこんな答えが返ってきました。「うーん、信じないと思うけど、
 あれは家に代々伝わってる呪事(まじごと)の一種で、
 何と言えばいいかなあ、そうだ、パソコンの復元ポイントってわかるか?」
「ああ。使ってるうちに不具合が起きたら、システムの回復で、

 パソコンの中身を前に設定したポイントまで戻すってやつだろ」
「そうそう、それ。あれを人生について行うものなんだ」 「???」
「意味わからないだろうな。・・・例えば、前に麻雀やってたとき、
 俺がトリプル役満を振り込んだとする。こりゃえらいことだろ。そういうときに、
 別の呪文を使えば前に設定した復元ポイント、
 あの手を後ろで合わせてた時点に戻ることができる。役満を振り込む前に」
「・・・嘘だろ、それ」「いやまあ、そう思うのは当然だが、
 俺は小さい子どもの頃から親にあれをやらされてるんだ」
「うーん、お前の家がそういう家系なのは聞いてるけど・・・百歩譲って信じたとして、
 例えばお前が事故で死んじゃったら、もう復元はできないんだろ」
「そうだな。死んでしまってはダメだ。それ以外ならどうにかなる」

「うーん、これまで使ったことはあるのか?」
「いやないよ。俺の家系の当主直系だけが使えるんだが、
 うちの親父も使ったことはないそうだ。なんでかっていうと、副作用があるらしい」
「どういうことだよ?」「使うと寿命が20年近く縮まる」
「うわ・・・、意味ないじゃないか」「まあそうだけど、もしもだよ、
 自分が殺人とか犯してしまったらどうだ。バレバレですぐに警察に捕まって、
 長期の刑務所暮らしや死刑もあるかもしれないってときなら、
 20年寿命を損したほうがマシだろ」
「うーん、あれはどのくらいの頻度でやってるんだ?」
「月一だな。新月の日の真夜中。ちょうどこないだ麻雀やってたのがそれ」
こんな話を聞いたんですよ。信じたかどうかって? それは・・・

でもねえ、あんまりそういう冗談を言うやつじゃないんですよ。顔も大真面目だったし。
考えてみたんですけど、そういうすごいドラえもんに出てくるような能力があったとしても、
まず普通は使わないと思いませんか? だって寿命20年というのはでかいですよ。
それに死刑になるような犯罪を犯すのはごく少数の人間でしょうからね。
使ったほうがいい場面なんて普通の一生ではないような気がしますが、
もしかしたら、事故で寝たきりになったり、重度の後遺症がある場合なら、
寿命20年を捨てる価値があったりするのかもしれませんね。
あのポーズは俺もやってみましたけど、マジで体がおかしくなりそうでした。
やっぱ小さいときから慣らしてないと厳しいですよ。
ああ、呪文は教えてくれませんでした。・・・話を続けますね。
大学3年になって、俺もSも遅ればせながら彼女ができたんです。

それで友人としては少し疎遠になってしまいました。
でね、俺の彼女はまあどこにでもいる、こう言っちゃなんだけど、
自分に釣り合った人でした。卒業前に別れちゃいましたけど。
でもSの彼女というのが、これがスゴイ美人でね。
それだけじゃなくバンドでボーカルをやってて、
芸能事務所からスカウトが来てるような人だったんです。Sは背は高かったけど、
顔立ちは普通で、釣り合ってるとはとうてい言えなかったんです。
それにSは、卒業後は実家に戻って、家の宗派を継ぐことが決まってたみたいだし。
3ヶ月くらいしたら、やっぱりというか、Sがその彼女と別れたっていう
噂が広まりまして。まあこれはそうだろうなあと思ってはいました。
それからですね。Sがその子にストーカーみたいなことをやり始めたんです。

どこに行ってもついてまわり、メールを何百も送りつけるっていう、
典型的な形で。当然警察沙汰にもなりましたし、俺のところにもSを止めてくれ、
って話が来たくらいなんです。でねえSのところに話に行こうかと思ってた矢先に、
Sが大学をやめたんです。それとその彼女もです。
なんと急転直下、その子はバンドもやめ、芸能界入りはせずに、
Sと結婚して四国の実家に入ることになったんですね。
・・・どう思います。これ、やったなって思うでしょう。
そうそう、前に話した復元をですよ。でなきゃこういう展開にはならないですよね。
ええ、半信半疑ながらも俺は疑っていましたよ。
まあこれで、だいたい話は終わりなんですが・・・
Sとその子がね、実家に入る前に俺んとこにあいさつに来たんですよ。

2人とも幸せそうには見えましたが、Sが一人になったときに、
思い切ってこう聞いたんです。「お前もしかして、あの復元をやったりしたか?」って。
そしたら、しばし言葉に詰まってましたが、「ああ」って答えたんです。
「やっぱり本当に20年寿命が縮むのか?」 「ああ、そうだよ」
「うーん、まあなあ、かなり関係がこじれてるって話だったけど、
 こういう結末になるんなら20年は惜しくないのかもな」
「いやそれが、2回やった。つまり40年だな」 「えっ・・・・」
「俺の寿命がどれくらいかわかんないけど、もうあんま先はないんだよ。
 早く跡継ぎをつくんなくちゃいけない。家系を絶やすわけにはいかないから。
 息子が生まれたらこの能力のことを教えて、
もちろんできるだけ使うなって言うつもりだ」って。
 
はかいあか





聞いた話 2題

2015.11.04 (Wed)
奇妙な魚

これは、大阪ではけっこう有名な某アパレルショップのオーナーである、
Uさんから聞いた話です。Uさんは大学生のときに事故で友人を亡くしているのですが、
そのときの顛末ということでした。3年の夏休み中、
体育科の仲間2人とドライブに行きました。車は中古のランクルで、ボロボロ。
しかし買ったことがうれしくて、友人らを見せびらかしがてら誘ったんですね。
その夏は暑く、海に向かったんですが、車のエアコンの効きがあまりよくなく、
あきらめて窓を全開にして走っていたそうです。
国道を1時間ほど走ると、右手に岩浜の海が見えてきまして、
誰からともなく「泳ごうぜ」という話になりました
海パンは持ってきてなかったんですが、全員短パンだったので問題はなかったんです。
適当に横道に入り、松林の中に車を停めると、タバコだけ持って海に駆け出しました。

そこは海水浴場でもなんでもなく、真っ黒い岩が2mほど崖になっている下が海。
水の色はかなり青く、つまり相当な深さがあるってことです。
3人はシャツを脱いで次々海に飛び込みましたが、やはりまったく足は立たず、
潜ると水中は大きな海藻だらけでした。3人ともそこそこは泳げたのですが、
海水で冷やされて暑さがおさまると少し不安になってきました。
飛び込んだあたりは崖なので、水からあがるとき、よじ登るのが大変そうに見えたからです。
それで誰からともなく「もっと低くなったとこまで行こうぜ」という声が出て、
岸の岩壁に手でつかまりながら平行に泳いで、岸がやや低くなっているところまできました。
そこで上がったんですが、シャツを置いたとこからだいぶ離れてしまいました。
「タバコ吸いて」 「いったん戻って荷物とってこよう」戻ろうとしましたが、
最後に水から出たAさんの足どりが重かったんです。

「おいどした?」 「いやちょっと岩に頭をぶつけた。たいしたことないけど」
「怪我したか?」 「いや、血は出てない」足元の岩はあちこち尖っていて、
速くは歩けませんでしたが、それでもAさんがだいぶ遅れました。
振り返ると立ち止まって海面を見ていたんです。
「おーい、どした」 「でかい魚がいる」Aさんが答えたので、戻ってみました。
「どこ、どこにいる?」 「すぐそこだよ、ほら」指さされたものの、
Uさんにはよくわかりませんでした。「どんな魚」 「つるつるした白いイルカみたいな」
「どこだよ、いねえぞ」こう言い合っていると、Aさんが急にそこから飛び込んだんです。
「危ねえぞ!」と声をかけたUさんは自分の目を疑いました。
Aさんが空中で魚に変化したように見えたんです。
さっきから言っていた、イルカ・・・ジュゴンのような哺乳類にです。

「あ、あれ!?」もう一人の友人のほうを見ると、やはり目を丸くしていました。
「Aが魚になったぞ」 「ありえねえ」その魚は頭を下にして潜り、
尾が水面でバタバタ跳ねました。
そして鼻先で何かを水から掘り起こすような仕草を何度もしました。
そしたら別の白いものが浮いてきたんです。うつ伏せになった人間で、まったく動きません。
「あ、あああ」 その短パンに見覚えがありました。「あれAじゃないか?」
「Aはあの魚になっただろ」 「いや、魚は潜ったまま出てこない」
「とにかくAを水からあげよう」2人が飛び込み、Aさんの短パンをつかんで引き寄せ、
体を反転させて顔を上に向けましたが、Aさんは強く目を閉じていて、
顔は真っ白でぴくりともしない。頭を支えながら、手近の岩に引き上げたんですが、
呼吸も心臓もありませんでした。

携帯が出始めの頃で、2人とも持っていなかったので、
Uさんが走って国道まで出て、電話のありそうな店を探しましたが、
だいぶ時間がかかってしまいました。救急車を要請して戻ってくると、
もう一人の友人が心臓マッサージをしながらUさんを見て頭を振りました。
Uさんはランクルに戻って国道に出、路肩で救急車が見つけやすいように待っていました。
Aさんは大量の水を吐いたものの、呼吸、心臓の鼓動も戻ることなく、
そのまま病院で息を引き取ったそうです。「今になって考えると、
 Aが魚になったのは幻覚かもしれないが、でも、もう一人のやつも見てるんだ。
 あの魚の尾っぽがバタバタ揺れたのは目に焼きついてる。うーん、もしかしたらAは、
 最初に飛び込んだときに水中の岩に頭を打って、意識をなくしてたのかもしれない。
 海から上がってきたときにはすでに、幽霊みたいなもんだったんじゃないかな」

水たまり

Hさんから聞いた話。Hさんは自分の占星術の事務所近くでたこ焼きの屋台を出してる、
50代の女性です。かなり体格のよい豪快な性格の人です。
あ、それから、上の話もそうですが、聞いたのはすべて大阪弁で、
共通語に直して書いています。で、このHさんが小学校の低学年のときですから、
かなり前のことですね。お母さんと買い物に行った途中で雨に降られ、
傘を持ってきてなかったので、喫茶店に避難しました。
その窓際で、ラッキーと思いながらパフェを食べていると、
ガラス越しに通りの様子が見えました。かなり強い降りだったので、
もうすでに舗道に水たまりができていました。
水は横一面に広がって避けようがなかったので、
歩行者は靴のままバシャバシャ入って歩いていたんです。

そしたら、若い女の人が水たまりに入ったとき、ズッと足が下に下がったんです。
スネのあたりまでです。ガラス越しで声は聞こえませんでしたが、
「キャッ」と悲鳴を上げたように見えました。Hさんは、
「ああ、あそこに穴があるんだ」と思い、次に来る人も落ちないかなと、
子供らしい期待を持ちました。それから数人が通りましたが、
その穴の近くには足を入れず、残念だなあと思っていたとき、
ずぶ濡れになった子猫がちろちろと走ってきました。
あ、かわいいと見ていると、水たまりの前まで来て立ち止まり、
それを避けようと車道のほうへ歩きかけました。そのとき、
水たまりの中からバシャッと蛸の足のようなものが出てきて、
子猫の前足に巻きつくと、一瞬で水たまりの中に引きずり込んだのです。

通行人で気がついた人はいないようでした。
あまりのことに、Hさんはしばし呆然としましたが、お母さんに知らせようと思い、
「ねえ、今ね、あそこの水たまりからにゅーっとタコの足が出てきて、
 ネコさんを引っぱってった」こう話しかけましたが、
お母さんはそのとき、夢中になってぜんざいの餅を噛んでいましたので、
「ああ、猫? 水に落ちたの? かわいそうねえ」と適当なことを答えてきました。
「タコが引っぱったの?」 「蛸? このあたりに蛸はいないわよ」
水たまりに目を戻すと、まるでさっきのことはなかったかのように静まっていました。
その後は、パフェを食べ終わるまで、水の穴に落ちる人もいなかったんです。
雨が小降りになってきたので、お母さんが「そろそろ出ましょう」そう言って、
勘定を済ませて店外に出ると、もう濡れても気にならないほどの小雨になっていました。

Hさんは、「こっち、こっち」と、お母さんをさっきの水たまりまで引っぱって行きました。
それで、ちょっと怖かったのですが、手を握っているから大丈夫だと思って、
子猫が消えたあたりを片足でバシャバシャやってみました。
「こらこら、靴が濡れちゃうでしょう」お母さんが言いました。
でも、いくらそのあたりを探っても、猫が消えるような、
女の人の足がスネまで落ち込むような穴はなかったんです。
「それでね、さっき蛸の足って言ったけど、それは形が似てるってだけで、
 色は青緑だったのよ」とHさん。「うーん、それは興味深いですね。場所どこですか?」
「◯◯の△△」 「ああ、こっから10分くらいですね」
「その後、道が乾いてるときも通ったけど何もなかったわねえ。だけど、
 すっかり変わっちゃった今でも、あの道は反対側の舗道を通るようにしてるの。念のため」







不可視、透明、半透明

2015.11.03 (Tue)
* 今日も怖い話ではありません。
『インビジブル』(原題: Hollow Man)という透明人間の映画がありましたが、
invisibleは「目に見えない、不可視」という意味ですね。
inが否定の意味を持つ接頭語で、visibleが「目に見える、可視」ということです。
と、ここまで書くと透明人間の話と思われる方もいるでしょうが、少し違います。
「透明」というのはかなり難しい概念ですが、「不可視」はさらに難易度が高い気がします。
そのあたりを少し考察してみようかと。

『インビジブル』


自分は不可視について、大きくわけて2つあると考えています。
Aタイプは、実体のない精神?だけのものですね。
body を持たないと言ったほうがいいかもしれません。だから当然見えません。
神様がもしいるとすれば、こちらの分類に入るでしょうか。
Bタイプが、body を持っていながら透明である、いわゆる透明人間に近いものです。
これは透明であるという点をのぞけば、物理法則にしたがう場合が多いです。
例えば、服を着て顔に包帯を巻けば姿が現れる。(洋服を着ることができる)
粉やインク、ペンキのようなものがかかれば、
その部分は可視化する。泥地などに入れば足跡がつく。
これだとタバコを吸えば煙が肺に充満し、食べたものが胃にとどまって見える、
ということになるでしょうか。

ここがなかなか難しいところです。もし食べ物が見えてしまうのなら、
汚い話ですみませんが、腸内にとどまっているウ◯コも見えてしまうのでしょうか。
食べ物が見えるのに、それが消化された物は見えないという理屈も難しいですよね。
もしかしたら、唾液や消化液が食べ物に混じれば屈折率が変化して見えなくなる、
といった仕組みがあるのかもしれません。
また、bodyを持つタイプの透明人間であっても、
壁を抜けたりできるケースもあります。・・・透明人間はどちらかと言えば、
オカルトよりSFにジャンルが近い気がしますので、
話の中での設定次第ということになるんでしょう。

では、これらの不可視のものについて、自由度を考えてみたいと思います。
Aタイプ① 精神だけの存在であるが、
物理的な力を行使できたり、物理を超えたりする。
これはもう完璧ですね。精神ですから、自分は物理的な攻撃は受けません。
そして壁を抜けたり、瞬間移動したり、精神感応したり、好きな姿を見せたり、
気に入らなやつを滅ぼしたり、現在の物理学にとらわれない行動ができるとともに、
(概念上の)手でドアを開けたり、人間に話しかけたり、
ギリシャ神話の神々のように人間との間に子どもをもうけたりもできる。
ま、神様であればこれくらいできて当然なのかもしれませんが。

Aー② 精神だけの存在で、壁を抜けたり瞬間移動などはできるが、
他者に物理的な影響は与えられない。(念動力はできない)これはつまらなそうですが、
映画の『ベルリン・天使の詩』に出てきた天使たちがまさにそうでした。
この使えそうもない設定で、ああいう映画になるんですね。
大人にはまったく見えないが小さな子どもには見える、あの天使たちは、
bodyはなく人間がさわったりはできません。ただ人間のそばに寄りそっているだけで、
自殺志願者を前にしても、何もできることはありませんでした。
そこからくるストレスのために自ら天使の地位を捨てて、人間に堕ちていったりするという。
Aー③ 精神だけの存在なのに、足音を立てたりドアをノックしたり、
物理的に可能なことしかできない。『ゴーストーニューヨークの幻』の幽霊にやや似てます。

『ベルリン・天使の詩』


Bー①タイプ、bodyを持っていて、物理的な力を行使したり超越したりできる。
これは自分の見えない体を攻撃される可能性があるだけで、
A-①タイプとほとんど変わりはないです。
究極の超能力者が、透明人間になったようなものでしょうか。
Bー②タイプ、bodyを持ち壁抜けや瞬間移動などの超能力的なことはできるが、
物理的な力は行使できない・・・Aー②と似ていますが、
体があるのに物を持ったりできないのは変ですね。かなりお話にはしにくいでしょう。
B-③タイプ、透明であるだけで、すべての物理法則にしたがい、
それに反した行動はできない・・・これが元祖 H.G。ウェルズの透明人間です。
ウェルズの透明人間には、タバコの煙が気管を通るのが見えたという描写があります。

不可視の存在の中では、Aー①が当然ながらもっとも自由度が高く、
Bー③が最低ということになるでしょう。ただ見えないだけであとは普通の人間と同じ。
なんといっても透明でいるためには裸でなくてはならないので、
真冬に外で長く行動したりはできませんね。

さて、ここで話題を変えて、幽霊の目撃談では、
「体が半分透けていた」つまり半透明であった、という証言がけっこうあるのです。
心霊写真にもその手のものは数多く見られます。
もちろん「生きた人間とまったく変わらなかった」「何も見えず声だけが聞こえた」
「ドアをノックされたが、すぐ開けても誰もいない」このような証言もあります。
これは不思議ですね。幽霊には上記したようなさまざまなタイプがいるのでしょうか。
それとも、最初は生きた人間とあまり変わらなくても、
幽霊でいる年月が長ければ長いほど、透けて見えやすくなるのでしょうか?

なんだかわけがわからなくなってきましたが、
幽霊が半透明である、と仮定して考えてみましょう。
完全に透明ならば人間の目には見えませんが、背景が透けて見えるくらいの半透明、
その程度の光の透過率と散乱性を持っているということです。
でも、これって変に思いませんか。幽霊の中身や裏側はどうなっているのでしょう?
みなさんのまわりにペットボトルやガラスのコップはありませんか?
それを見れば、裏の部分も透けて見えるはずです。
さらに幽霊に内臓がある、とすれば、それも見えないのはおかしいです。
ですから、半透明な幽霊なら、ペットボトルにビー玉を詰めたように見える
と考えるのが論理的ですよねえ。それとも幽霊には、人間に向いた側の表面しかないのかw
あるいは脳内にわざわざ半透明の像を送り込んでくるのか・・・

幽霊が半透明という話が出てきたのはいつからなんでしょう。
江戸時代の幽霊画などを見ますと、背景が透けて見えるように描かれているものは、
ほとんどありません。ただし足の部分をのぞいてです。
下に2枚画像を載せておきましたが、腰の部分あたりからだんだんに薄くなっていって、
後ろが見えるようになり、足はなくなっている場合が多いです。
足のない幽霊は円山応挙が始めたとも言われますが、これは諸説あってはっきりしません。
そういう描き方をするのが様式になっていったということなんでしょう。

だいぶ長くなってしまったので、そろそろ終わりますが、
自分は透ける幽霊というのは、心霊写真からの影響がやはり大きいと考えています。
特にフィルム写真時代の2重写しです。同じフィルムに別の像が重なってしまうもので、
どちらかが透けてしまうこともよくあります。
多くは失敗写真なのですが、心霊写真を作るために故意に撮られたものもあります。
1970年代には中岡俊哉氏による心霊写真の一大ブームがあり、
その頃の記憶が残っているのでしょうね。
また、現在はデジタル化されて失敗写真は少なくなりましたが、
画像加工ソフトが登場しました。これで2つの画像を組み合わせてトーンを同調させるには、
どちらかの不透明度を下げるのもテクニックの一つです。
それに、単純に透けていれば不思議ですしね。  関連記事 『透明と軍事技術』

『瞽女の幽霊』歌川広重(三代目)  伝円山応挙







ペストと薔薇

2015.11.02 (Mon)
えー今日は奥歯が痛んで、7年ぶりに歯科医に行ったのですが、
全然痛くなかったですね。これは治療技術が進歩したのか、
それとも腕のいい医者にあたったのかどっちでしょうか。
まだ麻酔が効いているようで口内に違和感がありますので、
今回は無理をせず、医療関係の怖い世界史でも。

世界史を大きく変えたもの、これはいろいろとあるでしょうが、
伝染病のペストなどもその一つであると考えられます。
世界的な大流行が何度かありましたが、最も大きかったのは、
1347年(46年説もあり)東西交易によって、
中央アジアからイタリアのシチリア島のメッシーナに上陸したもので、
毛皮についていたノミが媒介したと言われています。
ペストとは、黒死病とも呼ばれ、
『ヒトの体にペスト菌が感染することにより発症する伝染病である。
日本では感染症法により一類感染症に指定されている。
ペストは元々齧歯類(特にクマネズミ)に流行する病気で、
人間に先立ってネズミなどの間に流行が見られることが多い。』

こうにWikiに出ています。

この翌年には、早くもアルプス以北のヨーロッパにも伝わり、
ブリテン島にまで広まりました。
14世紀末まで3回の大流行と多くの小流行を繰り返し、
全世界でおよそ8500万人、当時のヨーロッパ人口の3分の1以上である、
2000~3000万人が死亡したと推定されています。
以後も、ヨーロッパでは18世紀まで何度かの流行が起きています。

これによって、ヨーロッパ社会はさまざまな影響を受けました。
まず死者が多すぎて農奴が不足し、穀物栽培から牧畜に産業構造が変化したりしています。
またイギリスでは、ラテン語の使用者が減り、
下位の言語であった英語が生き延びたとも言われており、もしペストがなければ、
みなさんが学校で英語を勉強することもなかったかもしれません。

ボッカチオの『デカメロン』チョーサーの『カンタベリー物語』などは、
ペストの影響下に成立した話ですし、
シェークスピアの『ロミオとジュリエット』においても、
ペストがストーリーに大きくかかわっています。(ジュリエットの手紙を託した使者が、
患者に接触したため隔離されてしまい、それがロミオの死につながる)

次の画像は何だと思われますでしょうか?


悪魔主義者の鳥人間? いえいえこれは、
イタリア語でメディコ・デッラ・ペステという、ペスト医師の仕事用の装束です。
今でいえばパンデミックで出てくる防護服のようなものでしょうね。
ペスト医師は、ペスト患者を専門とする医者のことで、
黒死病が蔓延した時代に多くのペスト患者を抱えた街から特別に雇われた者です。
報酬も街から支払われたため、ペスト医者は貧富の隔てなく、
誰であろうと治療を施したました。
しかしこれは、自らも感染の危険のある命がけの仕事です。

ですから高名な医師がその役をやることはなく、
医師としての資格も怪しい者や、
名を上げようとする若い駆け出しの医師が多かったようです。
この鳥仮面の鼻先は意味なく尖っているのではなく、
そこにはペストに対する薬効のあるとされた、香りのよい香草が詰められていました。
バームミント、ショウノウ、クローブ、 アヘンチンキ、バラの花びらなどです。

さて、このペスト医師の一人に、「恐怖の大王」予言で有名なノストラダムスがいます。
ノストラダムスの経歴はざまざまな伝説に彩られていますが、
彼が長年ペスト医師として活動していたのは事実で、
その方面の著書『化粧品とジャム論』もあります。
伝説では、ノストラダムスはペストの原因がネズミであることを見抜き、
その駆除や患者の隔離、アルコール消毒や熱湯消毒、
キリスト教で禁じられていた火葬などの先進的な改革を行ったことになっていますが、
事実ではありません。著書には、イトスギのおがくず、すりつぶしたバラ、
丁子などを治療薬にしていたと出てきますが、
もちろんそれらに画期的な薬効はありませんね。

この医師としての活動で名を成したノストラダムスは、
富を蓄え、名士となって社交界にデビューしました。
ある意味では、彼もまた当時のアバンチェリエ(山師)の一人であったわけです。
そこで預言者として、暦書や予言書を出版し、
フランス国王アンリ2世にも謁見しています。
みなさんの中にどれだけ「1999年7の月、空から恐怖の大王が降ってくる」
という予言を気にされた人がいるかはわかりませんが、
あれが20世紀の日本で評判をとったのも、元をただせばペストが関係しているのですね。

さてさて、題名にしている薔薇ですが、何度か上記したとおり、
これはペストに効果がある生薬と考えられていました。
ペスト医師の鳥仮面の鼻にも詰められていたものです。
イギリスの童謡集である『マザーグース』に、このようなものがあります。
『 Ring-a-Ring-o' Roses, A pocket full of posies,
 Atishoo! Atishoo! We all fall down. 』

(薔薇の花輪を作ろう、輪になって踊ろうポケットに花束をさして。
 ハクション、ハクション、みんなが転んだ)

無邪気な女の子の遊びの歌のように思えますが、これには、
花束はペスト治療用の薬草、くしゃみは病気の末期症状、
みんなが転んだ、の部分はもうおわかりでしょうが、ペストによる村の壊滅を表している、
こういう解釈もあるようです。  関連記事 『パイドパイパー伝説』

ノストラダムス 鳥仮面をかぶっていたのでしょうか?