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聞いた話 町議編

2015.12.31 (Thu)
町議編とはおかしな題名だと思われるでしょうが、これは関西某県、
某町で町会議員をやっておられるMさんから聞かせていただいた話です。
公職にある方ですので、かなり細部はぼかして書かせていただきました。
Mさんは60代後半で、広い田畑を持ち農業もやっておられます。
その地域に古くから続く家系の当主なんですね。
地域史も研究されておられ、寺社の由緒や民話、古美術などにもたいへんに造詣が深い。
で、話の中には霊能めいた内容も出てくるのですが、
もちろんMさんが超自然的なものの存在を公言、吹聴しているわけではなく、
たまたま地域の方のお世話をする中で、そういう事例に巻き込まれてしまうのです。
そこはちゃんと書いてくれよと言われ、話を掲載する許可をいただきました。
最初の話は「藁蛇」にかかわるものです。

藁蛇(わらへび)というのは、文字どおり藁でなった蛇なのですが、
神社の鳥居や手水所の柱などに巻きつけられているのを見ることができます。
下に画像をあげておきましたが、眼や口が入れられているもの多いようです。
魔除け、厄除けのほか、雨乞いにもご利益があると言われたりします。
さて、Mさんのお仲間の町議の一人娘が結婚することになりまして、
これはめでたい話なのですが、式まであと1ヶ月を切ったあたりから、
その娘さんの具合が悪くなりました。でも、大学病院で精密検査を受けても、
これといった異常は見つからないのですね。どういう症状かというと、まず頭が痛む。
これは朝の目覚めのときが一番痛み、だんだんと日が高くなるにつれて治ってくる。
娘さんは、夢のなかで黒い人がきて頭を踏まれると訴えていたのですが、まあ夢の話ですし、
顔にアザなどができているわけではないので、医師は重視しなかったようです。

それと、これはだしばらく後になってわかったのですが、
真夜中あたりになると、全身にふつふつと出来物ができるというジンマシン症状。
粟粒のような大きさのが、主に背中側にできてくるのですが、
これは痛みもかゆみもなく、わずか5分程度でおさまってしまうので、
病院にいくときはきれいな皮膚なんですね。わかってからはアレルギー検査もしましたが、
原因物質は特定できませんでした。そんなこんなで娘さんは参ってしまい、
寝こむことが多くなりましたが、俗にいうマリッジブルーではないかと親戚からは言われ、
家族もぜひ予定どおり式をあげさせたいと、入院するまでには至らなかったんです。
もちろん心配はあったので、それでMさんのところに相談がきたんですね。
Mさんがその町議のところへ向かいまして、典型的な田舎の豪農屋敷だったのですが、
畑の中の敷地に足を踏み入れたとたん、軽い目眩のようなものを感じたそうです。

それから病床の娘さんに会って話を聞いたものの、特にはかばかしい成果はなし。
ただ、何か隠し事があるような気配は感じたそうですが、無理問いはしませんでした。
で、Mさんは、さっきの目眩は何だったのだろうと屋敷の外を調べてみました。
そしたら、庭のある場所を踏み越えると頭の中でパチッと火花が散る感じがした。
その部分の地面を調べてみると一本の藁しべが落ちていまして、
別に珍しいことではないのですが、持ち上げてみるとずっとつながっていたんです
藁一本にはそんな長さはないので、端が結ばれているということですね。
その藁をた林の中に入ってから徐々に太くなり、大人の腕から太腿ほどにもなって、
杉の木の下枝に藁蛇の頭が載っていました。そのあたりの藁・・・
綱と言ったほうがいいでしょうか、
には、本物の蛇の抜け殻が何十本も巻きつけられていたそうです。

その藁蛇の口の部分からは、一本の藁しべが出ていまして・・・
けっきょく町議の屋敷のぐるりを藁蛇の体が取り巻いていたということです。
そして頭がしっぽを咥えている状態。これは西洋ではウロボロスの蛇といって、
永遠、完全などの象徴的な意味を持つのですが、
Mさんが藁しべをまたぎ越えたとき、ひじょうに禍々しい感じを受けたのです。
これが娘さんの体調不良の原因になっている呪なのではないかと思いました。
しかし、藁蛇というのは本来は魔除けの神具です。
そこで調べてみましたところ、このような古来からの習俗には表と裏がありまして、
使おうと思えば、禍事を目的として使用することもできることがわかりました。
当然ながら、この呪を仕掛けた人物がいるわけです。藁蛇自体は、
儀式をして途中を断ち切れば呪は破れるのですが、Mさんはそうしませんでした。

人を使って、いろいろと周辺事情を調べたんですね。すると、
この結婚話が決まる以前、娘さんには別につきあっていた人がいて、
その人は拝み屋血筋と言われる家系の出身者だったのです。
それで、誰が呪をかけたのかはわかりました。しかし問題が解決したわけではないですよね。
娘さんの結婚相手というのは、近くの市の建設会社の跡取り息子で、
政略結婚的な意味合いがあるのではないかとMさんには思えました。
・・・ここからの経緯を詳しく書くのは、オカルトホラーブログの目的からは外れますので、
省略させていただきますが、Mさんは町議一家と話し合いを持ち、
娘さんからも真意を聞き取りました。その後に、呪を行ったと思われる家も訪れ、
そこでも息子から話を聞いたわけです。結果、結婚話は破断、
かといって拝み屋の息子とよりを戻したというわけでもなかったのです。

それはそうですよね。娘さん本人の体に危害が及ぶような呪をかけたわけですから。
ま、このような話なのですが、いくつか補足をさせていただきますと、
まず藁蛇の丸くなった体を他者が儀式をして切り離した場合、
それは倍の大きさになってかけた本人のところに戻っていくのだそうです。
人を呪わば穴二つ、ということわざどおりになるわけです。
それを知っていたため、Mさんも簡単には切り離すことができなかったんですね。
もう一つ、娘さんのジンマシン症状ですが、
これは藁蛇に巻きつけられていた蛇の抜け殻が効果を発揮していたようです。
一般には、蛇の抜け殻は金運上昇、財布に入れておくとお金が貯まるなどと言われます。
蛇本体と抜け殻で数が増えたように見えるからなのかもしれませんが、
これにも裏としての使用法があり、

娘さんの発疹の原因になっていたのだということでした。
急に現れる粟粒のような発疹は、実は蛇の鱗だったのです。
ほうっておくと、どんどん出てくる時間が長くなり、数も増えて、
治ってもひどい痕が残ってしまうのだそうです。これはなかなか怖い話ですね。
藁蛇は、仕掛けた拝み屋の家族が自分らの手で切り、
その後に氏神神社でお焚き上げして灰になりました。
ああ、話がもうこんな長さになってしまいましたね。
「最初の話」などと冒頭で書きましたが、二つ目に入るのはちょっと無理なようです。
いずれ項を改めて書かせていただきたいと思っているのですが、
実は近々、Mさんとお会いする予定がありまして、
もしかしたらそこで、また新たな話をお聞きすることができるかもしれません。

『藁蛇』







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聞いた話 神道系

2015.12.30 (Wed)
大学生Aさんから聞いた話

Aさんは自分が世話になっているある雑誌編集部でバイトしている現役大学生です。
この方が昨年の正月に神社でバイトしたときの話なんですが、
Aさんは男性なので巫女ではなく、雑用係です。
巫女さんにはできないような力仕事、車の運転などをするわけですね。
ちなみにAさんが奉仕に行ったのは、名前は秘しますが、
普段から神職が十数人いる大きな神社で、そのぶん初詣に来る人の数も膨大です。
で、正月の間そこの神社は、社務所のかたわらに「古札納め所」を設けます。
1年間を経過した御札、お守り、破魔矢などを入れる木箱のことで、
これはかなり大きいのですが、なにせ参拝者が多いので、
すぐにいっぱいになってしまいます。
そしたら中身をダンボールに移して倉庫まで運ぶのです。

その神社では1月15日にいわゆる「どんど焼き」を行い、
そのときにダンボールごとに清めの火でお焚きあげをするのですね。
で、基本的には納め所にはその神社でいただいたものをお返ししますが、
中には他社のものも多く混じっています。しかしこれは神様の系統が違う場合もあるので、
あまりよいことではないそうです。さらには、
明らかにおかしな物も入っていたりするんですね。
ゴミとかならまだしも、不要になった人形、アルバム、故人の手紙、蔵書、骨壷!
などが入っていることもあるそうです。あとは、呪いに使ったのではないかと疑われるもの。
よくあるのは丑の刻参りの藁人形で、これがけっこうな数見つかります。
どこまで古式に則って行われたのか、効果の具合はいかほどだったのか。
そのあたりはわからないですが、人の世は恨みに満ち満ちているということですか。

その神社では、そういう類は別分けし、特に念入りに祈祷してからお焚きあげしていました。
で、藁人形だったらはっきり呪物とわかりますが、
中にはどうすればいいか判断のつかないものがあり、
実はそういうのが怖かったりするそうです。Aさんが倉庫でこの仕分け役をやっていましたが、
判断のつかない物があれば社務所に持って来い、と言われていました。
難しい仕事ではないので、たんたんと進めていたのですが、
雑誌が入っているのを見つけて手に取りました。それは数の出ている有名週刊誌の古い号で、
水を吸って乾いたのか膨らんでいて、明らかにゴミとして捨てたように見えたのですが、
Aさんがつかんだとたん、自分の軍手をした手から腕にかけて、
ビーッと紫の光が走ったように見えました。そして指が麻痺したようになり、
雑誌を離せなくなってしまったんですね。同時に頭痛がしてきました。

Aさんは雑誌をつかんだまま社務所に行き、居合わせた神職の人に事情を話しました。
雑誌は、神職の人がAさんの腕を握ると指が開いて下に落ちましたが、
カチカチに糊で固めたような状態だったんです。
つまりページが開かないということです。
それで神職の人が無理に中央あたりのページをビリビリと開けてみると、
中は、記事の部分にびっしり朱色の筆で何か記されていました。
ただ、にじんでしまって字は読めなくなっていたそうです。
それでページの中央に一枚写真がはさんでありました。和服を来た中年女性の半身像です。
「あ、こっちもだ」神職の人があちこちにとじ込まれていた写真を見つけたのですが、
どれも同じ構図の同じ女性だったんです。「うわ・・・これは・・・」と言って、
神職の人はその雑誌を持って行ってしまい、Aさんが後に聞いたところによると、

呪いを解くことを専門にやっている別の神社に持ち込まれ、
しかるべく処理されたということだったそうです。
ちなみに雑誌の号数をAさんは覚えていて、調べてみましたら、
巻頭グラビアに出ていたモデルさんが、
その年の途中で仕事を辞めていることがわかりました。
しかしこれは、たんに都会暮らしが嫌になって実家に帰っただけかもしれないですし、
事務所を移って契約の関係で少しの間姿を隠しているのかもしれません。
まあよくあることですからね。ですから、この雑誌にかけられた呪い、
はさんであった写真の中年女性と、モデルさんとの関係は不明だということでした。

東北で銃砲店をやっているGさんの話

このGさんは自分の知り合いではなく、仕事で東北某県に行ったとき、
自分が怖い話を集めているということで、
ぜひ体験をお聞きしなさいと、向こうの方から紹介されたのです。
Gさんは70代で、昔は県内に猟銃を所持している人が多かったが、
今は少数のハンターとクレー射撃の人しかお客さんがおらず、
自分の代で店を閉めるおっしゃっていました。まあ、昔に比べて銃刀法が厳しくなり、
これはしかたのないことなのでしょう。
さて、話は今から40年ほども昔、Gさんが若かった頃の話です。
Gさんも当然ながら狩猟をやっており、夏場は泊まりがけで猟に出かけることもありました。
マタギではなく、趣味としての狩猟なので、楽しみ優先というわけですね。
その日は4人の仲間と猟師小屋に一泊したのですが、

みなが肉と野菜を担いできており、それと仕留めたイノシシ肉も合わせて、
囲炉裏に火を入れて大鍋をこしらえました。
豚、イノシシ、鶏肉の混ざった豪快な鍋でしたが、それなりにうまかったそうです。
もちろん飲むほうも忘れてはいません。
山行には重い日本酒を全員が水筒に入れて持参していました。
そうして夜がふけていくにつれ、雨が降ってきました。
もちろん事前に天候は調べていましたので大雨ということはありません。
夏場でしたので、翌日滑りやすくなるのをのぞけば、
藪蚊類が出なくなるので酒飲みには都合がいい。そのうち11時ころになって、
山小屋の戸がトントンと軽く叩かれた音がしました。しかし出てみると誰もいない。
これが2回繰り返されたわけです。

まあしかし、その程度のことで猟師が怖がるはずもなく、
「これは山の神さんも酒、肴がほしいということだろう」誰かがそう言って、
軒下の雨がかからないところに、あまっている食器に酒と鍋の具を入れたものをお供えし、
そしたらそれ以後戸を叩く音は聞こえなくなりました。
で、みないい気分に酔ってしまい。明日も行動予定が早いからということで、
12時前には切り上げました。それでGさんですが、夜中にトイレに起きたものの、
かなり酔っ払っていて足元はふらふら。小屋の外に簡易式の便所があったのですが、
そこまでいくのが億劫で、戸口を出てすぐのところで小便をしてまた寝ました。
翌朝、雨は晴れており、夏場で裸に近い格好で寝ていたGさんがズボンをはこうとしたところ、
股間に違和感があったそうです。パンツの中をのぞき込んでみると、
なんと一物に注連縄がかかっていて・・・「あっ!!」と声をあげてしまいました。

まあそう見えたのですが、手でさわると注連縄はぐにゃんと動き、
パンツのすそから這い出して逃げていきました。ひじょうに小さな、
肉色に近い白蛇だったんです。噛まれたというわけではないようでしたが、
それからGさんが小便をしようとするたび一物が痛み、それは2週間ほど続いたそうです。
「奇妙な話ですね、どうしてそうなったんでしょうか」自分が聞くと、Gさんは、
「それがなあ、俺、夜中に小便しに出ただろう。そんとき酔っててわからなかったが、
 どうも神様にお供えした食器の上に小やったみたいなんだよ。
 これマズイから仲間に言わなかったけどな。でも察していたやつはいたかもしれん。
 この後はその山に入るたびにお供えを持っていって謝ったからか、
 特に何かをされるということはなかったけどな」こう話されました。
このような山の不可思議話も、だんだんする人がいなくなってしまうんですね。








聞いた話 数字編

2015.12.29 (Tue)
木工家のOさんから聞いた話。

Oさんは和風の現代家具を作っている40代の男性で、
京都のほうにアトリエがありますが、
ときどき大阪に飲みにきて、自分のところへも連絡があります。
数年前のちょうど今ごろ、夜の1時すぎに、酔っ払って繁華街を歩いていました。
終電の時間が過ぎて、そろそろ街には人の姿が消えつつありましたが、
これは雪がうっすらと積もるような天候だったこととも関係があったんでしょう。
大通りに出てタクシーを拾おうとしていたのですが、
革靴で来ているために滑って歩きにくい。それで、
足元に注意しながらそろそろ進んでいたそうです。こういうとき特に危険なのが、
格子になった鉄製の側溝の蓋で、それを避けるようにして路肩を歩いていしました。
そしたら、2つ手前の蓋のすき間から、白いものがひらひらしていました。

「え!?」と思ってよく見たら、人の指だったということです。それが2本、
中から突き出て前後に動いている。Oさんは「ぜったい見間違いではない」と言っていました。
指はおそらく人差し指と中指。細かったので女の人のものだと思いました。
でも、そんな寒中の夜中に側溝の中に入っている人なんているはずがない。
気味が悪いので、歩道から車道に出て離れてそこを通ったそうです。
もちろん蓋の中をのぞき込んだりはしていません。
そしたら2本の指は、Oさんが通り道を変えても、Oさんのほうに指の腹を向ける形で、
ずっとひらひらしていたので、何度も振り返って見たそうです。
その場はそれで終わったのですが、Oさんはあまりに不思議だったので、
翌日、知り合いの僧侶にそのことを話しました。
Oさんのつくる家具、座椅子などは和室に合うため、仏職、神職のお客さんが多いんです。

そのお坊さんは話を聞いて、「それは霊というより、何かの知らせではないだろうかねえ。
 いや、わからないけど昔、ある家の欄間で小さな手のひらだけがひらひらしていて、
 それからまもなくして、その家に赤ちゃんが産まれたという話を聞いたことがある。
 そういう類のことじゃないかな」こうおっしゃったんですが、
Oさんの子どもはもう高校生になっていて、これから赤ちゃんができるわけもない。
それでもう一度そのときのことを考えてみたら、
いやに指が2本というのが強調されていたような気がしました。
Oさんに2という数字を見せつけていたのではないかと思ったんです。
しかし、2といっても考えられることは無数にありますよね。
それで気にしないことにしていたら、
それから2日後にOさんお兄さんが突然亡くなったんです。

病気一つしたことがない人だったのに、
朝起きてこないので家人が見にいったら冷たくなってた。
Oさんのお兄さんの名前には「二」はついていませんでしたが、
その上にもう一人兄がいて次男だったんですね。Oさんは、
「違うのかもしれないけどねえ。それくらいしか思いあたらないんだ。
 あの指は次男が亡くなるという知らせだったんだろうかねえ」と、この話をされたとき、
自分に聞いてきたんですが、そんなのわかるはずがありません。
そう答えると「だってお前、占い師だろ。この手のこと詳しいんじゃないか?」
これねえ、いろいろなとこで言われるんですが、占いと予言・予知は違います。
占星術は統計だし、もちろん当たり外れはあるものですから。
そう説明するとOさんは、「何だ、じゃあほとんど役に立たんじゃないか。

 でな、あれから側溝、それだけじゃなくビルのすき間なんかもなんとなく気味が悪くて。
 3本指が出てきたらちょっと。俺、三男だからね」こう言っていました。
でもこれ、自分は「次男が亡くなる」という予言とはちょっと思えないです.
あまりに回りくどいですから。かといってじゃあ何か?と聞かれても答えられないんですが。
生きた人間でないのは確かだと思いますので、
幽霊と考えるのが素直な解釈という気がしますね。
最初のお坊さんのおっしゃったことに影響されて、
予言としか考えられなくなったんじゃないでしょうか。

左官職人のGさんから聞いた話

Gさんは漆喰専門の左官職人で、やはり京都のほうに住んでおられます。
お寺の壁などの他に、最近は蔵を改造した酒場や喫茶店などもありますので、
家業は繁盛しているようです。このGさんも40代で、自分の飲み仲間の一人です。
で、Gさんがあるお寺の壁の修繕に行ったんですが、
これは京都の有名なお寺ということではありません。
近県の、まず観光客などは来ないところです。外壁が一面に黒カビのようなのに覆われてしまい、
はがして塗り直しをするということで計画を立てました。
それから晴天時は弟子を連れて毎日そのお寺に通ったんですが、
寺の裏手の笹薮の中に、厳重に鉄柵でとり囲まれた石碑のようなものがありました。
鉄柵は近代の仕様で、そう古いものではなかったんですが、
石碑自体は苔むしてかなり古く、刻まれた字も読めなくなっていました。

興味を引かれたので、3時の休みに住職が茶菓を出してこられたとき、
その由来を聞いてみたのですが、「九十九塚」というのだとおっしゃいました。
戦国時代に入る前、室町の末期ころですね。応仁の乱の影響を受け、
お寺の近辺でも合戦がありましたが、和議がなった後に、
敵味方合して、とられた首を埋めて供養した塚だということでした。
住職は「実際の首の数が99というわけではないと思うんだけどねえ。
 これはたんに数が多いということを表しているんじゃないか。それなのに、戦前からこの周辺で、
 首塚の怨霊が、99だとおさまりが悪いので、なんとかきりよく100にしようと、
 首をねらってさまよっている、という噂が広まってね。
 しかしこれ、ずいぶんひどい話じゃないか。怨霊ってねえ、成仏してないってことだし、
 それじゃあ祀っている当寺に力がないみたいじゃないですか」

こんな話をされたんですね。柵で囲われているのはどういうことか尋ねると、
「それはね、先代の話では、昔、戦前の頃に、もう移転したけどこのあたりに旧制中学があって、
 そこの寄宿舎に入ってる生徒さんたちが、肝試しに夜中来たりしていたそうなんです。
 そのときに事故があって。ああでも、亡くなった生徒さんがいたわけじやないので、
 首の数が100になったということではないんです。
 ま、危険なので柵で囲んで近づけなくしたそうですよ」
それから2週間足らずで壁の修繕は終わり、Gさん自身は特におかしなことがあったとも
感じてはいなかったんですが、後に弟子たちを連れて飲みに行ったとき、
その一人がこういう話をしました。 「あそこのお寺、気味が悪かったですよ。
 いやほら、自分は裏の壁をやってたんで、あの塚が真後ろにあるじゃないですか。
 でねえ、壁塗ってると、塚のほうから風が吹いてくるんです。

 ああ、それはね、あの後ろは林だから風吹いてもおかしくはないんですけど、
 なんだか、うなじとか耳のあたりを指先でちょこちょこっとさわられる感じがしたんです。
 でも、ふり向いても誰もいないんです」
「それ、ご住職から首塚のいわれを聞いたからなんじゃないか。
 あの下に99も首が埋まってるなんて考えれば、そりゃ気味も悪いだろうよ」
「でも・・・仕事が終わりの前日に、そのときも後ろからさわられてる感じがして、
 ふり向いたら、塚の後ろにふっと人が隠れたように見えたんです」
「お、鎧武者の怨霊だったか?」 「茶化さないでくださいよ。・・・それがねえ、
 学生服に学生帽を被った小柄な人、住職が、戦前に旧制中学の子どもらが肝試しに来て
 事故があったって言ってましたが、そのときの生徒だったらあんな格好かも・・・」
でも、住職の言葉だと、そのときには亡くなった人は出ていないし、これも不可解な話ですよね。
 
gたれうかいおあ
 




ゾンビから生き延びる2

2015.12.28 (Mon)
昨夜のお話の続きです。えーホームセンターに立てこもって、ゾンビを避けるという。
自分はホームセンターが好きで、行くとつい必要のない工具やボルト類、
ドアや水道の金具w、パッキンなどを買ってしまうんですね w
さて、実際問題として一人で立てこもるというのは難しいでしょう。
ゾンビ現象が夜に発生したとしても、中には警備員などの人がいるでしょうし。
仲間がいれば助け合うことができますが、逆に仲間を助けようとして
危険な目に遭う場面も考えられます。

このあたり、アメリカ映画では複数で籠城したときの描き方に、
一つのパターンがありますよね。
まず仕切り屋が出てくる。最初は頼れるリーダーのように見えるが、
だんだん非民主的、強権的になっていく体格のよい人物。あと『ミスト』に見るような、
宗教的に凝り固まった人物。これは日本では考えにくいでしょうが。
それから、いつもすねていて非協力的、ゾンビ発生前は高い地位にいたものの、
危機の状況には無能で、最後に裏切る利己的な人物。

こういう集団心理を描くのがパターン化していますが、
あれ見ると「こいつは最後はこうなるだろう」と予想できてしまいます。
よくも悪くもハリウッド式の作劇術が効果を発揮しているのですが、
これがヨーロッパ映画だとちょっと違っていて、あまり計算ずくではないです。

それはともかく、自分としてはできれば単独で行動したい。
ホームセンター内でも一人がベストですね。というのは、
食料はいずれ尽きてしまうので、なるべく食い延ばしをしたいところです。
3階建てくらいのホームセンターの、地上階の出入り口はもちろん、
2階、3階のエスカレーターなども封鎖し、非常階段のみ使う。
これはゾンビに侵入されときの用心です。
食料や飲料水は上の階に運び込んでおきます。

しかしこれ、生野菜などの類はないので、
長期間いると脚気とか栄養不良からくる病気にになりそうですね。
旧日本軍の軍艦、潜水艦などでは脚気や壊血病にずいぶん悩まされたようです。
ビタミン剤はあったと思うので、それでしのげるでしょうか。
電気、ガス、水道は止まっているでしょうが、ホームセンターには登山用のコンロ、
カセットガスコンロ、灯油やガス類はふんだんにあるはずです。
カセットガスボンベを利用した爆弾や火炎瓶も作れそうです。
自分にできるかわかりませんが、機械に強い人は、
農薬散布機を利用した火炎放射器なども作れるかもしれません w

で、屋上の駐車場に出られる部屋をいわゆるセーフルームにし、
窓なども厳重に塞ぎ、ドアも補強しておく。
侵入してしまったゾンビが来る前に、屋上に出られるようにしたい。
そこに脱出用の車を用意しておきたいです。ホームセンターの下の車庫には、
商品搬入用の仕入れトラックなどがありそうですが、キーはついてないでしょうね。
これがなんとか動かせればいいのですが。
ランクルのような大型SUVがあるといいのですが、
ああいう高級車は盗難防止用イモビライザーがついてて、
素人では手が出せないでしょうね。マニュアルミッションのトラックならあるいは・・・

早い段階で屋上の駐車場に上げておきたい。もちろん下の坂からの入り口は塞いでおく。
いざとなったら、そこをトラックで突破して逃げるわけです。
もちろんウインドウやタイヤの側面などは金網、鉄板で補強しておく。
映画では、ボンネットの前面に槍を並べたようなものや、
タイヤのホイールに刃物をつけたり、対ゾンビ用の装備を満載した車も出てきてました。
それでも群れなすゾンビの中で立ち往生してしまえば、食われるのは時間の問題でしょうが。
食料が尽きた場合は、ああいう感じのに乗って旅に出るしかないようです。
もちろんガソリンは残ってる車からすべて集め、
金属製タンクに入れてトラックの荷台に積む。電池式のポンプを使えば、
車外に出なくても給油できるでしょう。

こうしてなんとか生き延びた人を描くとすれば、映画はどうしてもロードムービーになります。
ゾンビが入り込んでいないホームセンター、スーパー、ガソリンスタンドを見つけて、
燃料や食糧を確保しながら、あてどもなく進んでいくわけです。
これも銃器がないと難しいでしょうから、散弾銃なども手に入れたいところ。
携帯電話は車の電源から使えるでしょうが、
できれば無線があるといいですね。途中でなんとかして仕入れたい。
モバイルパソコンなどは、あってもウエブ自体が壊滅しているでしょう。
そして情報を収集しながら、感染フリーの安全な地を目指していくのでしょうが、
はたしてそんな地がありますかどうか。  関連記事 『ゾンビから生き延びる1』








ゾンビから生き延びる

2015.12.27 (Sun)
ゾンビが発生したらどうやって生き延びるか。これ某掲示板でもスレが立ってましたし、
今日はこれについて少し考えてみたいのですが、
その前に、ゾンビと言ってもいろいろあります。

まず発生の原因。軍による秘密研究のバイオ兵器が漏れ出たという設定が多いのですが、
宇宙から来た未知の疫病などもこの仲間と考えていいでしょう。
吸血鬼症状もウイルス性のものに分類してもいいかも。
ゾンビ映画の一部は『REC』とか『デモンズ』のように、
悪魔主義的な儀式や呪文による場合もありますが、
これはかなり何でもありになってしまうので、本項ではパスします。
「ゾンビは感染症によって起きるものであるが、その感染力は弱く空気感染はしない。
 感染するのはゾンビに噛まれたり引っかかれたり、体液を浴びた場合」
もちろん多くの映画ではさすがにタブーなので取り上げませんが、
ゾンビの肉を食べても感染するでしょう。しかし焼いたり煮たりした場合は? ww

次にゾンビの体力? ゾンビ映画では動きの速いゾンビと、
古典的なスローモーゾンビが出てきますが、基本的に死んでいるのだし、
神経系統や筋肉も生前なみに働かないとすれば、スローであるほうがそれらしいような。
もしかしたら死んですぐの新鮮なゾンビは動きは早く
遺骸の傷みが進行するにつれて動きが遅くなっていくのかもしれません。
多くの映画では、動きが遅くても力が強いように描かれています。
人の首筋に噛みついて食いちぎるというのはかなりの顎の力ですし、
生きた人の腹膜を爪で破って内臓を出すというよく見る場面も、
そうとうな力が必要でしょう。

あと、ゾンビ映画を見て感心するのは、みな歯が丈夫だなということw
日本人の差し歯率は高いみたいですし、あんなにみながみな、
生きた人間の弾力ある筋肉を噛みちぎれる丈夫な歯を持っているとは思えないのですが。
ということで、ゾンビは力が強い、動きや反射神経、注意力は生きた人ほどではない。
このあたりが妥当な線でしょうか。ゾンビの攻撃は歯、爪、押し倒しw
道具、武器を使うゾンビというのはあんまり見ないですね。

次、ゾンビを倒すにはどうすればいいか。これも多くの映画では、
ゾンビは脳、脳髄などを攻撃されれば動かなくなります。
あるいは手足をもぎ取られれば、まだ動いてても何もできません。
アメリカ映画だと、向こうは銃社会なのでバンバン頭をぶっ飛ばしていきますし、
それが一種の見どころでもあるのですが、日本の場合は難しいですね。
どうやってゾンビ脳を攻撃するか。猟銃店に行って奪ってくるというのも、
おいそれとはできないでしょう。やはり尖らせた鉄棒のようなもの、
柄を長くした鉈などを使うということになるでしょうが、
ゾンビの頭を一撃で叩き割るのは相当力のある人でないと無理ですね。
しかも向こうは疲れないのに、生きた人間は疲労しますから。

次、いつまでゾンビと戦い続ければいいのか。
これもあまり映画では描かれない設定ですが、体液が通ってないゾンビはだんだん腐敗、
または乾燥してミイラ化していく場合が多いようです。
それと、これもタブーなのですが、ゾンビに生殖能力はないようなので、
新しく赤ちゃんゾンビが生まれてくるというのも考えにくい。
もしその設定でをやるとしたら、これはかなり斬新な映画になるかも w
たしか『バイオハザード』のシリーズ4か5で、ゾンビの寿命は数十年と出てきましたので、
その程度の期間を生き延びればいいと考えることにしましょう。

次、初期のゾンビ映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』『バタリアン』などのように、
ガスなどで一定範囲の死者が甦ってしまう場合は、
土葬があるアメリカではゾンビ化のスピードは異様に速いでしょう。
そうではなく、ゾンビから人という形でしか感染しないという場合、
ゾンビが増えるまでにはそれなりの時間があるように思えます。
この初期の段階で事態を的確に把握することが重要でしょうがww
ゾンビ映画のフアンでないと無理でしょうねえ。

自分だったら、まず食料確保のためにホームセンターに逃げます。
デパートやショッピングモールでもいいでしょうが、できれば街中ではない、
郊外店がいいです。まわりを駐車場に囲まれて見晴らしがきく建物。
3階程度の高さがあるといいですね。これは下の階に侵入されても、
エレベーター等を封鎖して上に逃げることができるからです。
上に立体駐車場などがあってもいいでしょう。いざという場合は屋上に立てこもる。
大型ホームセンターは食料も飲料も十分置いてありますし、上階に移しておきたい。
あと、ノコギリ、鉈、ピッケル、つるはしなど、武器になりそうなものがたくさんあります。
デパートなどは、食料売り場が地下なのが怖いですね。

最後に地下の隅っこに追い詰められて食われるのは嫌です。
もうダメだと思ったら、高層から飛び降り自殺するくらいの自由は確保しておきたいところ。
ゾンビ化する前に自殺すればゾンビになるのを防げるという映画が最近は多いですが、
埋葬済みの死者が墓からゾンビとなって甦る映画も上記のようにあるので、
これも考えてみると矛盾しているような気もします。
噛まれた登場人物が、いよいよゾンビ化する前に、
自分で頭を撃ち抜くシーンは最近は定番ですが。
あとは仲間をつくるか、一人で戦うか。これも一長一短がありますねえ。
長くなってきたので今回はこのへんで。またいつか続きをやります。
関連記事 『ゾンビのいる風景』  『ゾンビから生き延びる2』







聞いた話 伝承編

2015.12.26 (Sat)
印刷会社役員のKさんから聞いた話

Kさんは50代の男性で、自分とは直接仕事上のつながりはありませんが、
自分は前にアメ車のjeepに乗っていて、そこのディーラーで何度か顔を合わせました。
そのときの点検の待ち時間に聞いた話です。
Kさんは東北某県の生まれで、山間部のその集落は今もありますが、
かなりの過疎地で、現在では年寄りだけの家数十件しか残っていないそうです。
そこで子ども時代を過ごしたんですが、今から40年前の日本の経済成長時代でも、
店は集落に1軒しかなく、海のものを生で食べることはまずなく、
行商人がときたまエイの干物?を持ってくるくらいだったそうです。
農業以外の仕事はせいぜい炭焼きくらいしかなく、
昼は人の歩く姿を見かけない、というようなところでした。

その集落は、山の斜面に墓地はありましたが寺はなく、
寺の用事はかなり離れた他集落まで行かなければならなかったため、
仏教はあまり活発ではなかったそうです。その代わりに信仰されていたのが、
村で唯一の神社で、「いやしき様」と言ったそうですが、どういう字を書くかは、
今もってわからないとのことでした。その神社はまだあり、
年寄りが細々と維持しているそうです。年に一度、秋の収穫の後にお祭りがありましたが、
お神輿を担ぐとか夜店が出るとかの賑やかなことは何もなく、
ただ境内に集落の主だったものが集まって新穀を捧げ、
神主、これも常駐しているわけではなく、昔からの集落の大家の当主が、
そのときだけ神主の格好をして務めたそうです。
正式な資格があったかもわからないということでした。

それで、祈祷が済むと、全員が声を張り上げてその神社の忌み言葉である、
「きよねお(を)わ(は)かえい」というのを唱和し、
その後に手を打ってお神酒を回し飲みして終わりというものだったそうです。
今はどうなんでしょうね。少なくなった集落の家々でもやっているのかどうか。
この忌み言葉は、自分の手帳にメモが残っていますので、これで間違いないと思うんですが、
でも「忌み」と言っても、こんな言葉、間違って言ってしまうことなんてないですよね。
自分が知っている忌み言葉の多くは、日常ごく普通に使用されるもので、結婚式で、
「別れる、切れる」などと無意識に言ってしまうことを諌めるものですが、
こういう例はめずらしいと思います。だってまず覚えるのが困難なわけですから。
自分もメモを見ないとここに書けなかったです。Kさんによると、この言葉にはいわれがあって、
アナグラムといいますか、もとの言葉の並びは違っているのだそうです。

「きよねお(を)わ(は)かえい」を並べ替えると、何か別の語になるということですね。
昔、おそらく江戸時代に、集落には「いやしぎ様」の神主一族の他に、
もう1軒大百姓がいて栄えていたんですが、その何台目かの当主が馬肉が好きで、
死んだ農耕馬を買い取ったり、遠くから取り寄せたりして鍋にして食っていたそうです。
むろん江戸時代は殺生は禁じられていましたが、
前に書いたとおり、その集落には寺がなかったため禁制も緩かったのかもしれません。
その当主の跡取り息子が他の村から嫁を迎えることになったのですが、
婚礼の前の夜、当主が夢を見たのだそうです。
自分は縛られた状態で草の上に転がされており、まわりを紋付きを着た人が取り囲んでいたが、
どの人もみな馬の長い頭をしていたんだそうです。
焚き火に鍋がかかっており、当主は「これは自分が煮て食われるんだな」と思いました。

まあ、現代の解釈では無意識に馬を食うことの罪悪感が生じて、
そんな夢を見たということになりそうですが、その馬人間たちは当主を足で転がしたり、
火の加減をみたり、鍋に野芹を入れたりしながら、
同じある言葉を大声で叫んでいたのだそうです。馬人間の一人が大きな包丁を持ち出してきて、
もう体を切り分けられるというところで、当主は汗をびっしょりかいて目を覚ましました。
そのときには、夢の中でとても怖い目にあったことは覚えていたけれど、
細部は忘れてしまっていたということです。
息子の婚礼は自分の屋敷の何間かをぶちぬいて行われたのですが、
いよいよ固めの三三九度が終った後、息子が盃から口を離し、
「◯◯◯・・・」という語を発すると同時に血を吐き、
前のめりに倒れて亡くなってしまったのです。

当主はそれを聞いて夢の出来事を思い出し、
その言葉が馬人間がしきりに叫んでいたものであることに気がつきました。
急遽医者を呼んだのですが、息子はそのまま事切れてしまい、
もちろん縁談はなくなりました。その年のうちに、息子の弟たちも次々に突然死し、
娘はいなかったために養子を迎えざるをえなくなりました。
また、同じ年には村の農耕馬も、まだ若いものも次々に倒れて死んでいったそうです。
当主だけはその後もしばらく生きていまして、どう考えても馬の祟りだろうから、
この出来事を忘れないようにと、息子が叫んだ言葉の語の順を並べ替え、
養子に忌み言葉として伝えたんだそうです。その後、家は傾きだし、
養子の代に、もう一方の勢力である神主の家に屈する形で取り込まれてしまいました。
それで、その忌み言葉が神社に代々伝えられているのだそうです。

まあ、昔の伝承ですからどこまでが真実なのかはわかりませんが、念のため、
みなさんもここで出てきた忌み言葉の並べ替えなどはなさらないほうがいいと思いますよ。
もう一つ、「いやしき様」に関してKさんから聞いた話があります。
ある家に子どもが生まれて、1・2歳の言葉を話し始める時期になって、
家の天井、昔は二階はなく高い藁ぶき屋根の場合が多かったんでしょうが、
そのどこか一角を見つめて視線をそらさなくなるということがあったそうです。
それで、その子に「何がいるの、何が見える?」と聞くと、
子どもはにこにこ笑いながら「いやしき様が来ている」と答えまして、
そうなると一大事です。なぜなら「いやしき様」が見えてしまった子は、
七つの歳を迎える前に亡くなることが多かったからです。
この「いやしき様」が見えるのはほとんどが男の子だったということでした。

家族は、「大変だ、とられてしまう」ということで、
急いで神社に出かけて神事を行い、自分の子をどうかとらないでくれとお願いする。
それから家に戻って、その子が「いやしき様」が来ていると言った天井の方角に、
梁から笊を吊るしたんだそうです。農具のザルということですね。
そうするとその子は、その方角を見なくなり、
見ても「いやしき様」が来ているとは言わなくなる。
その場合、その子は長らえることができたということでしたが、
笊を吊るしても、別の方角に「いやしき様が来ている」と言うことも稀にあり、
その場合は、神様にそれほど気に入られているなら、と親はあきらめたものだということです。
むろん、Kさんが子ども時分には、これは単なる伝承として伝えられるだけで、
「いやしき様」を見た子がいたり、笊をかけたりなどのことはなかったそうです。







地下道の話

2015.12.25 (Fri)
これ俺が中学のときの話なんだけど、通学の途中に地下道があったんだよ。
いや、特に名前なんてない、長さ30mくらいのやつ。
ほら、上が線路で、踏切にするかわりにその下の地面を掘り下げて、
車や人が通れるようにしてある。だから車は高さ制限になってたんだ。
な、そういうのよく見かけるだろ。そこを毎日通ってたわけ。
照明は多くないけど入口出口がすぐだし、そこらはわりに人通りが多いから、
怖いなんて思ったこともないし、それまで別に悪い噂とかもなかった。
で、2年のときの学校祭の何日か前、9月の中旬頃だな。
クラスの出し物の製作をしていて、やや遅く7時ごろそこを通ったんだよ。
その日は学校で友だちとちょっとトラブルがあって先生に怒られ、少しむしゃくしゃしてた。
だからそこの歩道を歩きながら、コンクリの壁を蹴ったりしてたんだ。

そのとき、ポケットにマジックが入ってるのを思い出して、壁に落書きをしたんだよ。
いやべつに、ちょっとしたイタズラのつもりだったんだが。
なんて書いたかっていうと「ここおばけが出ます」ただこれだけ。
スプレー缶とかじゃないし、字も小さいし、まず気がつくやつはいないと思った
実際何日もそのままで、消されたりもしてないし変化なし。
中学生男子の頭の高さくらいだから、通るやつは誰でも見られたろうけど、
壁なんて見ないし、見えても気にしないよな。だから冬中ずっとそのままだったんだ。
で、変化があったのが翌年の4月なんだよ。
俺はほぼ毎日そこ通って、一人のときは「まだあるな」って見てたから、
すぐ気がついたんだよ。俺が書いた横に、赤の・・・たぶん口紅とかじゃないかと思うけど、
それで「ああ、出ますね」って書いてあった。

大人の女の人の字じゃないかと思った。そのときも別に怖いとかはなくて、
「あ、反応があった。どんな人が書いたんだろう」くらいだったな。
でね、また4ヶ月ほど何の変化もなし。夏休み前くらいだな。俺は3年になって部活を引退し、
早く帰るようになったんだよ。それで、家の近い友だちといっしょに通ったとき、
そいつが「ここ何だか気味が悪いよな」って言い出した。
でもまだ明るかったし、すぐそこに出口が見えるんで「そうか~」くらいの反応をしたら、
「まだ昼だからいいけど、夜は気味悪い。だから塾に行くときはここじゃなく、
 遠回りして向こうの踏切を通ってる」こう続けた。
それで、そいつに中で、俺が書いた落書きとその返信?を見せたんだよ。
そしたら、「全然気がつかなかった」って言ってた。
それからそいつと、週に2回くらいいっしょに帰るようになったんだ。

それから1ヶ月して、俺の学校じゃ「まもるメール」ってのがあって、
親の携帯に警察からの変質者情報とかが入るようになってた。
それに、前の晩にそこの地下道で変質者が出たというのが入ってたんだよ。
翌日学校で詳しい話を担任がしたんだが、2時過ぎに小学校の低学年の女の子が、
中で人に追いかけられたってことだった。けど、その子は相手をはっきり見なかったらしく、
男か女かもわからなかったんだ。「そこ通る人」って聞かれて俺は手をあげた。
その後に「できるだけ踏切のほうを通るようにしましょう」って。
その2日後くらいだよ。朝にはなかったと思ったけど、
帰りに俺の落書きにまた、コメント?がついてたんだ。
「おばけは何人かな?」って。これはボールペンじゃないかと思う。
細いから、俺みたいに気にしてないとまずわからないだろうな。

お化けの人数なんて考えたこともなかったから、ちょっとおもしろいなって思った。
それで、一人だったからわざわざバッグから鉛筆を出して、
その横に「4人かな」って書き加えたんだよ。
4という数字はその場の思いつきで、「四=死」くらいの連想だったと思うよ。
深い意味はなかったんだ。そしたら翌日からだよ。
どんどん落書きの数が増えだしたんだ。それも赤のスプレー缶で書いた大きいやつ。
でも字じゃなかったんだ。意味のない記号というか、絵みたいなやつ。
どう説明すればいいんだろうな。矢印が10本以上、
円の真ん中に向かってくねりながら進んでいくような形。円自体は直径1m以上。
だからすごく目立ったんだよ。で、その円の中心が、
俺が書いた「おばけが出ます」になってたんだよな。

さすがに気味が悪いなと思った。落書きは、殴り書きしたような感じじゃなく、
スプレー缶だけど丁寧に書かれてて、アートみたいっていうか、
雑誌で見たことがある外国のミステリーサクルっぽかったんだよ。
それが翌日は隣にまったく同じ大きさ、同じ形のが増えてて、
次の日にもう一個、さらにもう一個、つまり4つになったんだな。
その翌日の帰り、トンネルの前に通行止めの看板が置かれてた。
中で工事をしてるみたいだった。それで踏切のほうを通ったんだ。
それから3日間くらい通れなくなって、母親にその話をしたら、
壁の落書きが目立つので塗り直ししてるってことだったんだ。それでちょっと変な気になった。
だって、もしかしたらきっかけは俺が最初に書いたやつかもしれないから。
まあでも、最初に書いたのが俺だってわかるはずないし、

スプレー缶の大きなやつしか目に入らなかっただろうと思った。
工事の期間が過ぎると、その壁だけ表面のコンクリが上塗りされてた。
それと「監視カメラ設置箇所」という金属の板が上のほうにはられてたな。
さすがに俺はもう落書きはしようとは思わなかったけど。
ところがね、落書きがまた始まったんだよ。目立つ大きさじゃなく、俺が最初書いたように、
マジックで「おばけが出ます」それから1ヶ月くらいして「出ますね」
また2週間くらいして、「おばけは何人ですか?」・・・字は全部バラバラだったけど、
これ、監視カメラの視界内だから書いたやつはバッチリ写ってるだろうと思った。
で、前に話した友だち、そいつと一緒に帰った日にその話をしたら、
「このカメラはずっとモニターに写ってるんじゃなく、時間を決めて、
 前のの上に繰り返し録画するやつで、大きな落書きがあったときしか見ないんじゃないか」

そう言ってから「でも、ここやっぱりよくない感じがする。次から踏切のほうを通ろうよ」
と続けた。 ま、それで5分もかわらないから、そうすることにしたんだ。
それからまた2週間くらいして、もう冬に入って、俺はヒーヒー言いながら受験勉強してた。
で、大事件が起きたんだよ。集団自殺なんだ。それもその地下道で。
現場を見たわけじゃないけど、落書きのあった場所みたいだった。
そのかなり上のほうに鉄パイプの配管が何本も通ってて、
そこにヒモをかけて男2人、女2人が首を吊ったんだよ。これが朝方の4時頃らしく、
20分ほど後に、そこを通った車に発見された。
こっからはその後にわかったことを言ってるんだけど、全員が市の住民だったけど、
ジイサンから女子高校生まで年齢はバラバラで、
警察ではそれぞれの人同士の関係はつかめなかったみたいだ。

けど、自殺なのは間違いないし、おそらくどっかで接点があって、
集団自殺しようってことになったとしか考えられないようだった。
けど、どうしてその地下道なのか、ずいぶん不思議だったみたいだ。
だって、街中で人通りも多いし、警察でもずいぶん首をひねったらしい。
考えられるのは、その場に監視カメラがあることくらいで、それには確かに、
自殺しようとする場面の一部が写っていたって話だった。で、これで終わりじゃないんだ。
地下道は事件後封鎖されてしまったんだけど、数日後に俺のところに警察から連絡がきたんだよ。
話を聞きたいって。それで親といっしょに出頭したら、監視カメラ映像を見せられて、
それには俺が写ってたんだ。あの地下道の壁に向かって。
まったく心あたりはなかったんだよ。警察の話では自殺があった日の午前1時前で、
その時間は受験勉強してて、たしかにコンビニにお菓子を買いに出たけど、

歩いて10分以上かかるその地下道まで行くはずはない。
でも、写ってるダウンはコンビニに着ていったものだし、斜め上から見た背格好も俺・・・
警察が数日で特定できるくらいはっきりと写ってたんだ。
だから俺が無意識のうちにそこに行ったとしか考えられないんだよな。
担当の警察官は安心させるように、「自殺の件とは関係ないと考えてますけど、
 このときに何か見たりしたんじゃないかと思って」こんな話をした。
俺は覚えていないの一点張りで、そしたら警察官は、
「でもね君、このときに壁にイタズラ書きしてるでしょ」と現場写真を見せてよこした。
そしたら、「おばけは何人ですか?」の横に「4人でしょう」と書かれてて、
それが俺の字だったんだよ・・・まあ、警察では怒られたりはしなかったけど、
親にはノイローゼ?を疑われて病院に行かされた。地下道はその後ずっと封鎖されたままだよ。





 

天体衝突の恐怖

2015.12.24 (Thu)
今日は時間がなく、お茶濁し的な記事です。
下の画像は、クリスマスイブである今夜、地球から1100万キロの距離まで近づく
小惑星のもので、NASAが公開しました。
これは地球と月の距離の28倍に当たり、地球には特に影響はありません。
球形ではなく、なかなか微妙な形をしていますね。
ちなみにハロウインの日に近づいたドクロ型小惑星は、
最接近時の地球からの距離は約50万キロでしたので、これよりもずっと近いです。
今回のは無理やり面白ニュースにしてるようなものですね。

クリスマス小惑星


ハロウィン ドクロ小惑星


こんなニュースもありました。
『英バッキンガム大学(University of Buckingham)などの研究チームによると、
地球に衝突する可能性のある天体に関する研究の大半は、
小惑星帯の天体に重点を置くものだという。小惑星帯は、
地球の隣の外惑星である火星の軌道から、外側は木星軌道までの範囲にほぼ分布する。

だが、これよりはるかに大きな軌道を持つ「ケンタウルス族」と呼ばれる巨大彗星が
過去20年間で数百個発見されたことで、
潜在的な地球衝突危険天体のリストを拡大する必要に迫られていると研究チームは指摘した。
巨大彗星は、太陽に近づくにつれて徐々に崩壊する。
彗星の破片による特徴的な尾を発生させるこの現象によって、
地球への衝突は避けられなくなる。』
(AFP)

ふむふむ。自分のような占星術をやるものは、惑星の軌道計算などは比較的詳しいのですが、
「ケンタウルス族」というのは、木星と海王星の間の軌道を公転する、
氷で覆われた小天体のことですね。巨大な楕円軌道を持っていて、
何万年に1度以上のレベルで地球に近づいてきます。
これが意外に彗星が多いというのがわかったということで、
これらが直接地球に衝突しなくても、彗星の尾にかかるだけで、
何十万年もの間、破片が降り注ぎ「核の冬」に似たような現象が起こって、
多くの生命が絶滅してしまうんですね。

恐竜を始めとする白亜紀末(約6550万年前)の大絶滅の原因として、
メキシコのユカタン半島にあるチクシュルーブ・クレーターの元になった小惑星衝突が
有力視されていますが、ああいうことが起きるわけです。
細かなチリが空を覆って暗くなり、即物が光合成できなくなり、気温が下がっていく。
月面のクレーター群を見ればわかるとおり、長い年月の間にはたくさんの小惑星、
隕石が衝突しています。ただ、人類の歴史は長く見ても400万年くらいですので、
大きな影響を与えたものはまだないのですね。

まあしかし、小惑星であろうが彗星であろうが、
衝突してしまうのは現在の技術では防ぎようがないです。
彗星は尾の体積が広範囲であるだけ、さらにやっかいだということでしょう。
映画だと『アルマゲドン』では、小惑星の深部まで穴を掘り、
内部で核爆弾を爆発させて軌道を変えるという作戦がとられていましたし、
小松左京氏原作である邦画『さよならジュピター』では、
これは接近してくるのがマイクロブラックホールだったと記憶してますが、
木星の爆発させてその爆風で軌道変更させようとしていました。
これは実際にはどっちも難しいでしょう。ただし、監視体制は世界的に強化されているので、
何らかの対策を研究する時間はあると思われます・・・

さて、オカルト的に天体衝突、隕石衝突といえばまず出てくるのが「ツングースカ大爆発」です。
1908年6月30日(現地時間)頃、ロシア帝国領中央シベリア、
エニセイ川支流のポドカメンナヤ・ツングースカ川上の上空で
隕石によって起こった爆発のことをさしています。
ロシアといえば、2013年のチェリャビンスク州の隕石落下は記憶に新しいです。
あれは直径は数mから15m、質量10tほどと推定されていますが、
衝撃波のために広範囲で被害が発生していました。
これと比較すると、ツングースカ大爆発の原因となった天体は質量約10万t
直径50~100mほどもあったようです。(どちらも大気圏外で爆発)

Wikiでは『半径約30~50kmにわたって森林が炎上し、広範囲の範囲の樹木がなぎ倒された。
1000km(東京ー沖縄間ほど)離れた家の窓ガラスも割れた。
爆発によって生じたキノコ雲は数百km離れた場所からも目撃された。
イルクーツクでは衝撃による地震が観測され、爆発による閃光はヨーロッパ西部にも届き、
ロンドンでも真夜中に新聞を読めるほど明るかったと言われている。』

このように出ていますが、これ落ちたのが、
たまたま運よくシベリアの超僻地であったために、人命の被害は確認されていません。

ロシアが特に隕石が落ちやすいとも思えないのですが、
広い国土面積を持っているからなんでしょうね。
ただロシア、旧ソ連というと秘密めいた印象があってさまざま陰謀論などが生まれます。
この「ツングースカ大爆発」でも、落ちたのは宇宙船であるとか、
隕石をUFOが迎え撃って空中で爆破したとか、いろいろなオカルト説があります。
関連記事 『12のシナリオ』






聞いた話 3題 男性編

2015.12.23 (Wed)
今夜も自分(bigbossman)の占星術のお客さんから聞いた話です。
昨夜は女性の方だけでしたので、今回は男性のお話ということにします。
これ、このブログをはじめる前には、
あまり話が集まってくるということはなかったんですが、
自分が怪談を書いていることが知られるようになって、自然に収集が増えてきました。
しかもけっこう強烈な体験が多いんですね。ブログに載せる了解はもらっています。
創作であればともかく、もし本物の実話なら障りがないかという心配はあります。
みなさんもどうぞお気をつけて。

中学校の教員をしているMさんの話

これは前に某掲示板に書いた話です。Mさんは30代の中学校の教員で、
冗談でこんなことを言うような人ではないと思っています。
新年度が始まる2月の第三土曜日のこと、
Mさんはその日、部活動の指導があって学校に出ていました。
その後、午後から職員室で教材作りをして、そのときはもう2人、
男の同僚の先生が来てたそうです。そしたら急に職員室のドアがガラガラと開いて、
3月までその学校にいて転任した先生が「どうもー」と言いながら入ってきました。
でも、その先生は春休み中に自分の子供を連れて山スキーに行って立木に頭をぶつけ、
おそらくその影響で、一時間ほど後に尾根から転落して亡くなっていたんだそうです。
葬式は内輪でやってMさんは呼ばれなかったので、家にお線香をあげに行っています。
Mさんも「どうも」と言い返したら、その先生は、

「山滑りに行くのはいいよな。また行きたいな」と言い、
職員室の後ろに置いてある来客用のソファに背中から滑りこむような格好をして、
反対側から立ち上がり、「じゃ」と言って出て行ったんだそうです。
そのとき職員室にいたMさんら3人はしばらく沈黙し、
ややあってMさんが、「今の死んだ人だよな」って言いました。
「あーそうだよな」「すごいはっきりしてたな。生きてるときと変わらなかった」
こんな会話になったそうです。ここでMさんが思ったのは、
急だったせいもあってか、まったく怖く感じなかったこと。
これは明るい日中で、他にも人がいたこともあるかもしれないと言ってました。
ただ、「この人死んでるのになあ」という違和感は強く感じたそうです。
もう一つは、その先生はつねに謹厳な勤務態度だったので、

休日であっても、ソファに滑りこむなんてことは生前は絶対にしなかったこと。
それが子供みたいな行動をしたのも変に感じたということでした。
とにかくこのことがあって、その場にいた3人とも幽霊を信じるようになったそうです。
これなんか、たしかに特に怖いということが起きたわけではないものの、
やはり違和感のある話です。幽霊になれば肉体がない分、
生前とは言動が変化してしまうのでしょうか。
そのあたりのこともよくわかりません。

出版社勤務のHさんの話

自分は仕事柄あちこちの出版社というか、その下の雑誌編集部と関係があって、
忘年会にも呼ばれたりします。光栄なことなのですが、
あまり重なると内臓に負担がきますね。まあ自分が飲まなければいいだけの話なんですが、
なかなかそうもいかずww ですからこの時期、ブログの更新がけっこうたいへんです。
とにかく少しでも空いた時間を使って、超短時間で書いているんです。
さて、Hさんも30代で、かなり無理のきく年頃です。
ずっと校了作業があって会社に泊まり込み、一段落ついてやっと家に帰れるという日、
とはいっても、その日も終電ひとつ前の電車だったそうです。
Hさんの家は郊外にあり、その時間には空いている路線でした。
乗り込んだときはその車両には数人程度。ただしドアを入ってすぐ強烈な違和感を感じました。
向かい側の座席の右側のほうに、女性の等身大マネキン人形が座っていたんです。

ちょっとびっくりはしましたが、ひと目で人形とわかるものでした。
座っている形になってるのは、関節部分が可動するタイプだったのでしょう。
ただ・・・着ている服が真冬なのに浴衣だったそうです。
まあ、人形ですから寒さは感じないでしょうけど。
マネキンの横に、一人分くらい離れて作業着の中年男が座っていたので、
何かの事情でその人が電車で運搬しているのだろうと思いました。
反対側の座席の隅に座り、いつもなら少しうとうとするところでしたが、
中年男の様子が気になって寝られませんでした。
というのは、マネキンの座ってるほうをチラチラと見ながら、
ジャンバーにあごをうずめるようにして、クスクス笑っていたからです。
笑い声は聞こえるくらい高かったそうです。それで警戒したんですね。

2駅ほど過ぎると、作業着の男がHさんのほうをまっすぐ見て、
「ちょっとあんたあ」と声をかけてきました。
電車の中ですので無視しようかとも思ったそうですが、あきらかにHさんの顔を見ているので、
しかたなく「何です?」と小声で答えました。そしたら男は、
「あんたのことなあ、この人形が気に入ったってよ」こう続けたので、
酔ってるのだろうと思いました。「ああそれはどうも」と当たり障りない答えをし、
もっと話しかけて来るようなら、次の駅で降りて終電に乗り換えようと思ったんです。
男はそれ以上話しかけてはきませんでしたが、クスクス笑いと独り言が一層ひどくなったので、
駅についたときに席を立ちました。そしたら男は、
「なんだあんたここで降りるんかあ」と言い、マネキンの腕をつかんで立ち上がり、
軽々と引きずってHさんのところまで持ってきました。

そして、「こいつ、頭のなかに虫を飼ってるんだぜ」と言い、
斜めに引きずったマネキンのカツラを片手ではぎとったそうです。
そしたらマネキンの頭部がなく、中が空洞になってるようでした。
「ほら」男はマネキンをさらにかしげて、内部をHさんに見えるようにしたんですが、
中には白い発泡スチロールの緩衝材の細ヒモがたくさん入っていて、
その上に点々とゴキブリのような虫がいるのがわかったそうです。
ただし、思い返してみると、ゴキブリではなくコオロギのようだったと言ってましたね。
大型魚や爬虫類などの餌として年中コオロギは売っているようですから、
その類だろうと考えたそうですが、その瞬間は気味が悪くて思わず後ろに下がってしまいました。
男は「なんだよ、この子、気に入らないのか」と不満そうな様子で、
Hさんは次の駅で電車を降りたんです。以降、その男とは会っていないそうです。

宅配員をしているKさんの話。

Kさんは自分の占星術のお客さんではなく、よく行く居酒屋の飲み仲間です。
年齢は20代の後半。あるアパートに生鮮食品らしい小包を届けたときのことです。
チャイムを押して、荷を渡してサインをもらうわけですが、
「開いているから入って」とインターホンで言われました。
で、開けてみるとこれが典型的なゴミ屋敷で、ゴミ袋に入ったまま出していないものが、
部屋中にあるのがわかりました。生ゴミの臭いもひどかったそうです。
「あの、荷物をお届けにきたのでサインもらえますか」と言うと、
しきり戸を開けたままでコタツに入っていたジャージの中年男性が、
「俺ね、足悪いからここまで伝票持ってきて」と言いました。それでしかたなく、
「じゃあ失礼します」と、小包と伝票を持って入っていきました。
そのアパートはキッチンと和室の2部屋でしたが、男性はキッチンにコタツをかけていて、

隣の和室へのふすまが開け放たれていたそうです。
それで和室の奥の正面に大きな仏壇があり、その部屋もゴミ袋だらけでしたが、
仏壇へと通じる通路?ができていて、幅50cmほどの部分にはゴミは置かれていませんでした。
そして仏壇右手のゴミの中に、着物を来て青白い顔をした老婆が立っていたんです。
老婆はKさんのほうは一瞥することもなく、ずっと中年男性をにらんでいたそうです。
コタツの上に小包を置くと、男性は愛想よく伝票にサインし、老婆のほうをボールペンで指して、
「あれね、うちの母親、もう死んでるんだよ。だけどね、俺が信心しないもんだから、
 ああやって出てきてにらんでくるんだよ。たまらんだろう」こう言いました。
信心と言われて、もう一度仏壇のほうを見ると、新興宗教にありそうな特殊な形でした。
とにかく伝票をつかんでKさんは逃げ出したのですが、
いまだにその老婆が生きた人なのか、それとも幽霊なのかわからないということでしたね。

あかいあかおおおあき






聞いた話 3題 女性編

2015.12.22 (Tue)
レストランのウエイトレスをしているYさんの話

Yさんはじつは自分の占星術のお客さんなんですが、この方の体験談です。
前から虫歯だったものの放置していた下の奥歯が痛くなり、
しかたなく歯医者に行って治療し、金属の冠をかぶせたんだそうです。
ただ、根っこのほうも少しグラつきがあったため、
無理をしないようにと言われて戻ってきました。特に違和感などはなかったそうです。
それから1週間ほどは何もなかったのですが、
彼氏がアパートに来ていた夜のことです。ベッドでうとうとしかけたとき、
隣に寝ていた彼氏が、「おっかしいなー。この部屋ラジオとかつけてる?」と言うと、
半身を起こしてベッドまわりを見回し始めました。
「えー、なんもないはず」そう答えてスマホも確認したんですが、
音が出るような設定にはなっていなかったそうです。

それで2人で寝直したのですが、しばらくして、また彼氏が、
「音してるよ。それもお前の頭のあたりから。なんかトムラ、トムラって聞こえる」
「そんなはず・・・」と言おうとして口を開けたとき、
口の中から「ソトムラ シゲオさんが亡くなりました・・・」という、
ニュースの報道を読み上げているような声が確かにしたんだそうです。
音がしたのも不思議ですが、Yさんが「あっ!」と思ったのは、
「ソトムラ シゲオ」という名前に心あたりがあったからです。
Yさんが高校時代につき合っていたボーイフレンドの名前だったんですね。
しかしその子とはもう4年以上会ってはいませんでした。
「なあ今、音したろ」彼氏が確認するように言ってきましたが、
あいまいに笑ってごまかしました。

音がしたのはそのときだけでしたが、Yさん自身にも、
自分の口の中から出たように思えたそうです。
翌日の朝早く、仕事があるといって彼氏が帰っていきましたが、
それを見送ってから歯を磨こうとしたとき、
ザリザリと口の中から金属の破片が出てきました。粉に近いものだったそうです。
被せたばかりの奥歯の冠が砕けていたんですね。
Yさんは遅番だったので、午前中歯医者に行きましたが。
「こんなふうに壊れるとは何を噛んだんですか?」と医者はあきれていたということでした。
午後になってニュースを見ていると、Yさんの郷里の市でゲリラ豪雨があり、
車ごと増水した川に落ちて亡くなった方がいるという内容をやっていましたが、
それがソトムラ シゲオさんだったんですね。

クラブホステスのMさんの話

これはお店が休みの日に、Yさんが買い物に出ようと、
電車に乗ろうとしていたときのことです。平日の3時過ぎくらいでホームはすいていました。
後ろのほうで立って待っていると、まだ時間があるのに、
それまでベンチに座っていた乗客の一人が立ち上がって、
ホームの線路際に歩いていきました。何気なく見ていると白線を越えたので、
「危ないなあ」と思ったそうです。その人は、老紳士という言葉がぴったりで、
歳はたぶん60代後半から70代の前半、今どきソフト帽をかぶり、
ひと目で高級とわかる灰色のロングコートを着ていたそうです。
背は低く、金縁メガネをかけて鼻下にヒゲがあったそうです。
「よく観察しましたね」と自分が言うと、Mさんは、
「何か目が離せなくなったのよね。引き込まれるような不思議な感じで」

老紳士は白線の外のギリギリまで出たので、
これは駅員に知らせたほうがいいかと考えていると、
コートのポケットからテイッシュのようなものを出して、線路に落としたそうです。
「えっ!」と思いましたが、とっさには何もできませんでした。
それから老紳士は斜め後ろを振り向き、Mさんのほうを見てにやっと笑いました。
「ああこの人、私が見てることがわかってるんだ」と思ったとき、
老紳士は左手のコートやスーツをまくりあげ、同じポケットからカッターを出すと、
線路につき出した左手の手首をガッと切ったのだそうです。
ああっ!!」Mさんはかろうじて悲鳴を飲み込みました。
すぐに血が流れ出るのがわかりましたが、老紳士は平然と、
その血をポタポタと線路に滴らせていました。

Mさんは怖くなってその場を離れ、隣の乗降口前まで移動しました。
すると老紳士は、またMさんのほうを見て笑いました。、
それで結局、駅員に知らせることはできなかったんですね。
やがて電車が入ってくるというアナウンスがあり、Mさんも前方に出ました。
そのときに老紳士の前の線路を見ると、
白い紙を人の形に切ったものが砂利の上に落ちていて、
老紳士の血でまだらに赤く染まっていたそうです。電車が来てMさんは乗り込みましたが、
老紳士が乗った車両からはできるだけ遠ざかったそうです。
それから2週間の間に、何件かの飛び込み事故がその駅で起きたようなんですね。
「全部がニュースに出るわけじゃないだろうけど、噂になってるからかなりの数だよ。
 あれと関係があるとしか思えないよね」こう言ってました。

スポーツインストラクターのUさんの話。

この方も、自分の占星術のお客さんの女性です。今から2年ほど前、
彼氏といっしょに東北某県までスキーに行ったそうです。
Uさんはスキーは20代の頃はずっと冬季国体に出ていて、
自分も一度だけ見たことがありますが、舌を巻くような腕前なんです。
とにかく滑りたくてたまらなかったので、着くやいなやゲレンデに出て、
初心者レベルの彼氏をほっぽり出して、ずっと滑り続けていたということでした。
いったんペンションに戻って夕食をとり、すぐに一人でナイターに出かけました。
彼氏は久々のスキーで筋肉痛になり、足に薬を塗りながら、
「俺はもう酒飲むから、お前一人で行ってこい」という具合だったんです。
スキー場の最上部の上級者コースでリフトを降り、さあというときに、
斜面の裏手の下のほうに、ぼうっと緑色に光っているところがあったんです。

蛍光グリーンということでしたね。直径10mほどの円形に雪がへこみ、
中がぼうっと光って見えたそうです。もちろんコースの同じ位置には昼も来ているんですが、
そのときには気がつかなかったんですね。
何だろう、といぶかしく思っていると、林の中からトットッと野生動物が出てきました。
「胴がガッチリしていて足が細かったからカモシカだと思う」
ということでしたが、カモシカは雪に足をとられながらも歩いて、
その緑の円に近づいてきました。それで、円のギリギリ外側まできたとき、
全身がビクンと硬直したようになり、そのままバッタリと横ざまに倒れたそうです。
しばらく足を上に向けて痙攣していましたが、やがて少しずつ起き上がり、
飛ぶようにしてその場を逃げていったそうです。「あれ、火山性のガスとかかしら、
 でも、そのあたりは温泉地ではないのよ」とUさんは言ってました。

はあいあかかお





八角御堂の話

2015.12.21 (Mon)
町内にうちが檀家になってるお寺があって、
その裏手の藪を切り開いてお堂が建ってるんだが、これが八角形で、
聖徳太子建立の法隆寺の夢殿が有名だけど、あんなに大きいもんじゃない。
一角の面の幅が1mもないから、中に2m四方くらいの空間しかないはず。
もちろん法隆寺とは比べものにはならないけど、それなりに古いもので、
俺が子供の頃にはもう材木が古びて真っ黒だったな。
なんでも関東大震災と太平洋戦争のときの町内の死者を祀ってあるってことだったが、
それに関する話なんだ。断片的なことばかりで、消化不良を起こすかもしれないけど。
顕額とかもないから正式な名前はわからないが、
八角御堂(みどう)と呼ばれることが多かった。あとは年寄りなんかは「足切りさん」
と言ってたが、どういう意味なのかはよくわからない。

今はなくなったけど、お寺の境内の横にはちょっとした広場と遊具があって、
俺の子ども時分はときたまそこで仲間と遊ぶこともあったが、
足切り様にはうちのばあちゃんからも親父からも、あんまり近づくなって言われてた。
理由は教えてくれなかったけどね。これは俺だけじゃなく、
他の子らもそうだったみたいだ。みな家でそういう話をされてたんだ。
もっとも、近づくったって無理な話で、まわりを竹矢来で囲まれて出入り口もなかった。
それに扉もつねに閉まってたし、鈴やお賽銭箱もなかったな。
じゃあ打ち捨てられてるのかって言ったら、そうでもなかったんだ。
年に1度、足切り様のお祭りってのがあって、これはお神輿を担ぐとかそういうのじゃなく、
俺らは真言宗だったけど、なんと本山の高野山からたくさん偉い僧侶が来るんだ。
竹矢来を外して、お堂の前に大きな護摩壇をしつらえる。

その1日、寺の住職らも交えて大々的に法要をやるんだよ。
檀家の主だった家から代表が出て、うちは古くからその地域に住んでたから、
まだ当時健在だったじいちゃんが紋付袴を着て出ていた。
じいちゃんは町会議員で、議長まで務めた人だったから。
ただ、親父は郵便局の職員で、じいちゃんが死んでからは呼ばれることはなくなった。
これはもしかしたら、じいちゃんの死の顛末と関係があるのかもしれないが、
俺はいまだに詳しい話はされたことがない。
その法要の様子は、まあ外でやるんだから秘密というわけじゃない。
これまで数回、人の後ろから見たことがあるけど、
正面の扉が開けられていて、護摩壇の後ろに内部がちらっと見えた。
中にはロウソクが立ててあって、床には一面に、ヌイグルミとか人形が置かれていた。

だけど人形供養ってわけでもないみたいだった。
今、人形供養で有名になってるお寺があるだろ。ああいうところは供養料をとって、
全国から人形が送られてくるんだろうが、そうことはしてなかったはずだ。
だからもしかしたら、小さい女の子が祀られているのかもしれない。
そう考えられる節はいろいろあるんだよ。
俺の子ども時分には、夕暮れ時に足切り様の近くを通ると女の子の泣き声がする、
なんて噂があったんだ。聞いたことはあると思う。
小学校6年のときかな。それくらいの年頃だと、だんだん怖い噂とか信じなくなってくるだろ。
だから仲間の何人かと、肝試しのノリで6時過ぎまで足切り様の近くにいたことがあるんだ。
けど、寺の住職はもちろん、大人に見つかると怒られるから、
御堂の裏手に回って、そこはゆるい崖になってるだが、竹矢来にしがみついてた。

10月頃だったから、6時だともう暗い。最初のうちは少し怖かったけど、
何も起きないんでだんだんバカバカしくなってきた。
けど自分から「もう帰ろうぜ」って言うと、怖がりだって言われるかもしれないんで、
みな我慢比べみたいになって矢来にひっついてたんだ。
そしたら、かすかに子どもの泣き声みたいなのが聞こえてきた。
でもまわりに人がいないのはわかってたし、まさかお堂の中にもいるはずはない。
だから、仲間の誰かが怖がらせようと思ってたってるんだと思った。
で、わざと平気な風に「誰だよ、嘘泣きしてるの」って言ってみた。
そのとき仲間は俺を入れて4人だったが、全員の顔を見ても泣き真似をしてるやつはいなかった。
それでも泣き声は聞こえてきて、それがだんだん痛がってるような感じに変わってきた。
「もう逃げよう」そう考えていると、ギギギギって正面のほうで音がした。

扉が開いてきてるんだと思った。「ああ、ヤバイ」俺らは裏手にいるから、
逃げるには正面を回らなくちゃならない。
けど、それが怖くて一人が一気に崖下に飛び降りたんだ。
ゆるい坂だから落ちるわけじゃないが、下は道もない藪だった。
一人がそうするとあとは集団心理で、全員がその崖を降りて下の道まで逃げたんだよ。
全員、草や小枝で引っかき傷ができたり服が破れたりしてたな。
この崖の藪だけど、俺が高校生のときに人の死体が見つかったんだよ。
ただし事件というわけでじゃなかった。体にはとくに傷などもなく、
死因は心臓関係だろうと言われてたな。急に具合が悪くなって、
お堂の近くから下に転落したんだろうって。これだけならたいしたことでじゃないんだろうが、
その亡くなった人の身元が後でわかって、なんと検察庁の捜査官だったんだよ。

なんでこんなとこに来てたのかはわからない。当時、大きな事件があったということもないし、
こっちには親戚とかの身寄りがいるわけでもなかったんだ。
最後に、4年前に俺のじいちゃんが亡くなったときのことを話すよ。
この足切り様の御堂の前で発見されたんだ。
俺は高校卒業と同時に地元で就職したが、そのあたりからじいちゃんがボケ始めた。
家には母親が主婦としていて、介護をしてたんだけど、
ちょっと目を離すといなくなる。近所を探しても見つからない。
そういうときは警察に連絡するよりないよな。2回、地元の警察から夜中に電話があって、
見つけてもらったじいちゃんを親父が引き取りにいった。
話では、とくに行くあてがあるわけじゃなく、町内をぐるぐると徘徊していたらしい。
で、ボケたせいか、じいちゃんは足切り様の法要に呼ばれることがなくなった。

家族で何度も話をして、じいちゃんは申しわけないけど老人ホームに入れるしかない、
こう話がまとまりかけた矢先、またじいちゃんがいなくなったんだ。
6時過ぎまで家族で探して、見つからないんで警察に連絡した。
で、警察から連絡がきたのが11時過ぎ。病院に搬送されているということで、
家族全員で駆けつけたんだが、そのときにはもう亡くなっていたんだな。
医者の話では急な脳の発作だということで、解剖などはなかったんだ。
その後警察官から、じいちゃんがお御堂の竹矢来に背中でもたれるように倒れていた、
という発見したときの事情を聞かせてもらった。
そのときには財布など持ち物は一切なく、片足はサンダル、片足は裸足だったようだ。
それと、「片手にこれを持ってました」って見せられたのが、
くしゃくしゃになった新聞のチラシみたいなもので、開いてみると・・・

ほら、行方不明の子どもの、見つけてくださいっていう張り紙があるだろ、
電信柱に貼ったりしてるやつ。あれだったんだよ。
その子の名前は伏せておくけど、行方不明になったのが12年前で、
場所は俺の町から60kmくらい離れた県内の市だった。女の子でその当時4歳。
なんでじいちゃんがそんなものを持ってたのか不思議だったが、
まあボケた人の行動ということで、警察ではとくに問題視してないようだった。
たまたまどっから剥がしたのかもしれないって。でもその貼り紙は、
俺は町内では一度も見たことがなかった。あと、なんで足切り様のところで倒れてたかだが、
これはじいちゃんがお寺に何度も足を運んでて、無意識のうちに足が向いたんだろうって。
確かに、何十年も足切り様の法要には参加してたからそうかもしれないけど、
釈然としないというか、気になることがいろいろあるんだよな。








神の介入

2015.12.20 (Sun)
自分が書く怖い話には、古神道のというか、
日本古来の不可思議な神様たちが出てくるものがかなり多いのですが、
さすがに一神教的な絶対神が登場するものはありません。
それは日本人として書くのはまず不可能だと思われます。
また、神の対立概念である悪魔の話も難しいですよね。
これを出して怖がらせるには、かなりの工夫が必要でしょう。

『エクソシスト』は、主人公の少女がエビ反りで歩いたり、
首が360度回ったり、そういう特殊効果の点ではウケましたが、
では、日本人があれを見て悪魔の側に取り込まれる恐怖を感じるかというと、
自分には疑問があります。
悪魔を扱った映画、古くは『オーメン』『ローズマリーの赤ちゃん』
『エンゼル・ハート』近年では『パラノーマル・アクティビティ』
なんかもそうですが、コケオドシ的な映画の技術をのぞけば、
日本人にとって心理的に怖いという感じはあまりない気がします。
やはり宗教文化の違いという他ないかもしれません。

さて、クリスマスから大晦日にかけて、世間は慌ただしく、
かつ賑わっていますが、西洋ではクリスマスストーリーの一つとして、
悲しいお話が書かれることがあります。
典型的なものとして『フランダースの犬』などがあげられるでしょう。
ストーリーには、かなりあざとい感じでクリスマスの日が絡められています。
この話を嫌う人は、そのあたりのことを言う場合が多いですね。

ネロとパトラッシュが小屋を追い出されたのは、吹雪のクリスマスイブでしたし、
またその日が、ネロのすべての希望を込めた、
絵画コンクールの発表の日でもあったわけです。
結果は落選(しかし後にネロの才能を認め養育しようというパトロンが現れる)
パトラッシュは雪の中で、追い出された風車小屋の主人の
全財産入りの財布を見つけて届ける。絶望して帰宅した風車小屋の主人は、
事情を聞いて、ネロに対し今まで行った数々のひどい仕打ちを後悔する。

ネロはパトラッシュとともに大聖堂におもむき、
見るのが念願であったルーベンスの絵を前にして、いっしょに凍死してしまう。
確かに、財布のエピソードなどは話として都合よすぎではありますが、
これも、登場人物のすべてが悔い改めるということが、
クリスマス・ストーリーとしては重要なのですね。

あとは、アンデルセンの高名な『マッチ売りの少女』
これは大晦日の話でしたか。一本ずつマッチを燃やしていった少女は、
最後に優しかったおばあさんの幻影を見て、翌朝、
燃えカスを抱えて微笑みながら死んでいるのを発見される。
この話については、「なぜこんな悲しいことを書くのか」
といった批判が多く寄せられたそうですし、『フランダースの犬』では、
結末がハッピーエンドになるように改変されて出版された国もあるようです。

しかしながら、これらの物語、オスカー・ワイルドの『幸福な王子』なども含めて、
児童文学であることに注意しなくてはなりません。
マッチ売りの少女もネロも、王子もツバメも、
最後には天使に迎えられる形で天国に入ります。
善良、正直、勤勉な生涯を送ったものは、最後には神の国に行く。
子どもたちへの教訓が含まれていますし、
死というものを宗教的に説いているとも言えるでしょう。

天使たちに抱えられて昇天するのは、けして悲しい結末ではなく、
むしろハッピーエンドと言っていいかもしれません。
そういう伝統の上で書かれたものなんですね。
日本では、江戸時代までは極楽往生の物語といって、
似たような形のものがありましたが、現代ではさすがに難しいと思われます。

どうしても大人になるにつれ、社会の現実的な側面が目に入るようになり、
『フランダースの犬』に対しては、「無力に死んでいった負け犬の話」
というような評もあるのです。これは難しいところで、
昨今は欧米でも無神論者が増えているようですし、
世の中は信仰だけで渡ってはいけませんからねえ。

さてさて、自分がアメリカにいたときに、テレビのドキュメンタリーで、
スリーマイル島原発事故のその後を追う、という内容の番組をやっていました。
公的には周辺住民への健康被害は微小であったとされていますが、
風下地域における乳幼児死亡率の増加などといったデータもあるようです。
その中で、周辺地区に住む子どものいる主婦がインタビューに答えていましたが、
「どうしてここに住み続けるのですか?」という記者の質問に対し、
「先祖代々の土地だし、ここに住むのは神のみ心だと思うから。
もしそれで早く死んだとしても、それだけ早く神のおそばに行けるからいい」
といったことを答えていたと記憶しています。

それを見ていて「ああ、信仰が残ってる人がいるんだなあ」と、
少し驚いたりもしたんですが、アメリカの田舎で教会の日曜学校に通い、
日々、寝る前や食事前のお祈りをしている家族に生まれた人はそうなんだろうなあ、
とも思いました。そのような文化の中にあれば、
最期に天使が迎えに来て天国に入る、また悪魔の誘惑に負けて魂を奪われる、
などのことも話として成り立つんでしょうね。

クイズ 何の映画のラストでしょう?






蛇瓶の話

2015.12.19 (Sat)
こんばんは、よろしくお願いますよ。わたしが高校卒業まで住んでいたのが、
某県の某村で。まあ一応名前は秘しますが、ここのみなさんならご存知でしょう。
昔からの呪術的な風習が色濃く残っているところで。
ああ、四国の物部村ではありません。あそこは太夫さんの家系がずっと残っているでしょう。
わたしのほうはそうじゃなく、あの村では邪教をやっているってことで、
江戸の中期ころに徹底的な弾圧があったそうなんです。
ですから表向きには拝み屋の血筋を引く人はいなかったんです。
当時にみな殺されてしまったと村史には出ていますな。
村は明治に入ってから、米より生糸生産に力を入れるようになりまして、
これは現金収入だから、そこらの在郷では開けたほうに変わったんですよ。
でもねえ、やっぱり昔の風習がとんでもないときにひょっと出てきたりするんです。

あれはわたしが小学校の6年のときですね。
上の郷のYってジイサンが蛇瓶(へびがめ)を掘り当てたって話が伝わってきたんです。
当てたっていうと、なんだか宝くじみたいですが、これは悪いほうの話で、
脳卒中なんかになることも「当たる」って言うじゃないですか。
ええ、村にはよそから入ってきた家族もありましたが、
そういう人らには知らせないで、話が口づてに伝わったのは古くから村にある家だけで。
村では戦後も生糸が主な生業でして、ええ、蚕を飼うんです。
ですから田や畑は、どこの家でも自分ら家族が食べる分しかつくってませんでした。
さきほど言ったように、当時は子どもでしたので、
ちゃんとは教えてもらえなかったんですが、親父の話などを切れ切れに聞いていると、
Yジイサンは、家の裏山に畑に使う腐葉土を掘りにいったということでした。

今はホームセンターなどで売ってますが、なに、木の葉が冬中雪の下にあって、
どこにでもあるもんなんです。それを一輪車を押して取りにいったわけです。
そんなことはどこの家でもやるんですよ。わたしだって家の畑の肥料にと、
親父と掘りに行っことがありました。だからね、
見つけた自体は運が悪かったんですね。あんな家に近いところにあるとは思いませんから。
ただ、Yジイサンがね、中を開けてしまったのは、
思慮が足りなかったと言われてもしかたないでしょう。もう長老に近い歳だったんだから、
やるべき行いじゃなかった。ですから、その後の一連の出来事は、
しかたないことだったのかもしれません。Yジイサンはその日のうちに高熱を発して、
町の病院に家族が入院させましたが、1日保たずに亡くなりました。
それだけじゃありません。氏神神社の神主、これはずいぶん立派な方でしたが、

その蛇瓶があった場所と、ジイサンの家でお祓いをしまして、
その最中に血を吐いて倒れたんです。白の浄衣が真っ赤に染まって、
死因は出血性ショックということだったんですが、持病は一切なかったんですよ。
胃潰瘍も静脈瘤も血を吐くような病因はないので、
医者も首をひねったでしょうね。それで、これは大事だということで、
村の主だったものの寄り合いが、村長宅や公民館で何度も開かれたんです。
ええ、一種の呪いなんです。封印を切らなければ、呪いはいつまでも残ってるし、
古いものほど強くなっているらしいです。
そうです、Yジイサンが開けてしまったのは、未使用の蛇瓶ということ。
いやあ、誰が仕掛けたのかなんてわかりませんよ。
ジイサンの家の持山ってことは、Y家の祖先なのかもしれませんが、

この手のものは仕掛けた者の子孫とか、そういうことは関係ないですから。
村ではどう手を打ったかというと、まずですね、
ジイサンが埋め戻した蛇瓶のある山の道を封鎖した。竹矢来を築いて厳重にね。
もちろんそんなことをしなくても、死が詰まったものですから、
知ってて近寄るものなどいませんのですが。まあ、子どもたちへの用心ということです。
それとね、古くからの家のほとんどで、山で蛇の抜け殻を見つけてきて、
玄関の軒の真ん中に打ちつけておりました。ええ、これは蛇の眷属であるということを、
入ってこようとするものがいたら知らせるためです。
蛇瓶には蛇の恨みが入っていますから。ここの家はお前たちの仲間だよ、
ってことを知らせるためです。それと、玄関先の廊下、当時は土間の家も多かったんですが、
そのあたりに幼児のおもちゃを積んでおく。

小さな子どもがいない家は、わざわざ町まで行って買ってきたんですよ。
それと、玄関の開け閉てが慎重になった。これはね、
災いというのは律儀に玄関から入ってくるんです。
こっそり夜中に屋根やら軒下からくるもんじゃない。ですから泥棒なんて心配したこともない、
普段は戸口に鍵もかけないような村でしたが、つねに厳重に戸締まりして、
出入りも最小限にしました。で、他人の家に用があって訪問する際には、
三代前まで先祖の名前を言うんです。どういうことかというと、当時のわたしでしたら、
まだ祖父が健在でしたので、祖父から数えて三代前までのジイサンの名前を名告るわけです。
これが本当にその人が来たっていう証で。あとですね、村の小学校が集団登校になりました。
今にして考えれば、村長が学校のほうに手を回したんでしょう。
広い地域にぱらぱらと家があるわけですから、これは面倒でしたね。

だって、それまでバラバラに登校していたのが、10人ほどの仲間が集ってくるの、
をどっかで待ってなくちゃなったわけですから。もちろん6年生が先頭で、
なんと犬を引いて学校までいって帰ってくるんです。ええ、変わってるでしょう。
村はね、もともと猪や猿対策に犬を飼っている家は多かったんですが、
順番を決めてね、あちこちの家から番犬を借りだして学校まで連れていくんです。
で、その犬たちは授業が終わるまで、学校の門前に立てた柱に繋がれているわけですよ。
用務員さんが餌やりなどの世話をしてくれていました。
これはね、小学校の児童数が少なかったからできたんでしょうねえ。
え、何で犬を連れていくのかって。はいはい、これは先触れと言いまして、
もし道に災いが待っていれば、まずその犬にかかるようになっていたんです。
わたしの登校班では、幸いにしてありませんでしたが、

他の子のところでは、それまで静かに歩いていた犬が農道で急に吠え出し、
その後すぐにばったりと倒れて死んでしまったということでしたよ。
ええ、たまたまなのか、道で待ち構えていた蛇瓶の呪いに、
当たってしまったということでしょう。班の子らには被害はなかったんです。
でもね、この事態で、村で亡くなった人は1年の間に十指に余りますよ。
だからその年は、親父が常に葬式に行っているようなありさまで。
すべてではないでしょうが、おおかたは蛇瓶の呪いのせいです。
みな病死ですよ。持病もちも、まったく丈夫だった人もいますが、共通点としては、
突然具合が悪くなって、その日か翌日には亡くなってしまうんです。
Yジイサンや神主さんと同じで、病名ははっきりせず。
だからね、その一年はほんと戦々恐々でしたよ。

いつ自分のとこに呪いが来るかわからないわけですから。それでも、
小学生で亡くなった子はいませんでした。これは、
親がさまざまな方策で守っていたからなんでしょう。ただ、中学生の女の子で一人、
この1年中に亡くなっています。蛇瓶のせいだと思いますよ。
ええ、ここまで話して、もうみなさんならおわかりでしょう。
蠱毒というやつです。字のとおりに虫を使う場合が多いようですが、
わたしの村では蛇を使ったんです。呪う相手がまだ死んでないにのに、
位牌を作って名前を入れる。そしてできるだけ多くの蛇とともに瓶に入れ
空気穴のある蓋をして埋めるわけです。飢えた蛇は食い合いをして、
うまくいえば何匹か強いものが残る。それを取り出して呪事に用いるわけです。
そういうことをすべて知っているはずのYジイサンが、

掘り出したときに蓋を開けてしまい、
未使用の呪いが村に開放されてしまったわけですね。
ああ、いくつか質問がある? はい、いいですよどうぞ。
Yジイサンが掘り出した蛇瓶にも位牌が入っていたかって? 確かめた者はいませんが、
これは間違いなくそうでしょう。でなければやる意味がないですから。
他には? 家の軒先に蛇の抜け殻を飾る意味はわかったが、
上がりかまちに幼児のおもちゃを積んでおく理由は? ですか。
え、おもちゃ? わたしがそんなこと言いましたか。ああ、そうですか、少しく耄碌しましたかね。
・・・ええ、蛇瓶には、蛇を入れる他に、私の村では赤子を使ったそうなんです。
もちろん当時からみても昔々の話です。そうすると効き目が倍々になるとかで。
どう使うのかは秘中の秘で、これはここでは勘弁してください。








AIの恐怖

2015.12.18 (Fri)
『2015年5月にロンドンで開催された「Zeitgeist 2015」のカンファレンスで、
スティーヴン・ホーキング博士が、人工知能が大きく向上し
コントロールできなくならないために人類がすべきことを語りました。
ホーキング博士は2014年にBBC Newsのインタビューに対しても、
「人工知能の進化は人類の終焉を意味する」と発言しており、
人工知能開発に対して警鐘を鳴らしています。』

今夜はお題はこれでいきます。

最近のホーキング博士のこの手の活動は活発ですよね。
「神はいない、天国も来世もない」発言もありましたし、
「地球は宇宙人に侵略される」というのもありました。
少し前までは、「地球は宇宙人とコンタクトを取るべきではない」
が持論だったと思うのですが、最近「ブレークスルー・リッスン(Breakthrough Listen)」
という、過去最大規模の宇宙人探知計画を発表しています。
これはこちらから電波等を発信するアクティブSETIではなく、
相手が出した電波をキャッチして解析するパッシブSETIだからいいということなのでしょうか。
まあ何にしても、末長くご活躍願いたいとは思います。

さて、人工知能の人類に対する反乱というのは数多くのSF小説、
映画のテーマになっています。映画で言えば、
古くは『2001年宇宙の旅』ですが、あの場合は、
宇宙船内のコンピュータ1基だけの反乱で、危険がおよぶ範囲もあの宇宙船だけでしたが、
最近の映画では、これにネットワークという概念がつけ加えられるるようになりました。

『ターミネーター』が有名ですが、他にも『マトリックス』のシリーズ、
アイザック・アシモフ原作の『アイ,ロボット』なんかもそうですし、
まだまだたくさんあります。インターネットがこれほど発達したわけですから、
この発想は当然と言えるでしょう。
いくらAI(人工知能)が人間を超える知力、思考力を持ったとしても、
それを行使するための手足にあたるものがなければ、基本的には無力ですよね。

ところがほとんどの映画では、マザーコンピュータは、
ありとあらゆる電子機器を自分の配下に置くことができる能力を持っています。
つまり世界中のデータを手にできるわけですし、不正アクセスによって、
核攻撃ボタンを押すこともできます。
発電所も制御下に置いているので、エネルギー不足に陥ることもないのです。

最近は自動車の自動運転技術の開発競争が活発化しており、日本でも、
2020年の東京オリンピックまでに一定の成果を上げることを目的とし、
官民協力して研究が進められています。
もしこういう自動運転車がマザーコンピュータに支配されてしまえば、
車に乗っている人すべてが人質になってしまうということもありえるでしょう。
あ、これは何か近未来SF小説が書けそうな発想ですね。
こういう設定であれば無敵なのは間違いありません。

AIの研究を続けていけば、いつかは人間の知力を超えるだろうと自分は思っていますが、
そのAIの手足になる力を持たせない、ということが重要かもしれません。
しかしこれもなかなか難しいでしょうね。
AIの開発で、ネット上の膨大なデータを利用しない手はありませんし、
コンピュータを数多くつなげばつなぐほどその力は高まるのです。
現在世界にあるスーパーコンピュータを連結して上手く調整すれば、
相当なことができるでしょう。この研究の方向性にストップをかけるのは難しい。

それから、映画の中の悪役コンピュータはたいがい自己修復機能を持っています。
どっかが壊れたり、不具合があれば自分でそれを直してしまうわけです。
これは人間でいえば「死なない」ということに相当します。
人間の独裁者であれば、いつかは老いて死んでしまうわけですが、
AIは地球自体が消滅でもしないかぎり永遠の存在になる。
ですから、手足を与えないということとともに、
自己修復機能を与えないということも、
暴走を防ぐための一つの鍵になるかもしれません。

あと、映画では1段階がすっ飛ばされて描かれている場合が多いのです。
どういうことかというと、AIが世界を支配するという未来の前に、
必ず、人間がAIを悪用するという段階があるはずです。
AIに自我を持たせるには長い時間が必要と思われますが、
強大な力を持ったシステムを悪用しようとする人間はすぐにも出てくるでしょう。

ですから、現時点で注意しなくてはならないのはむしろこちらの方向でしょう。
AIを使用した犯罪、セキュリティ破り、データの改竄、コンピュータウイルスの作成、
などのことはすでに始まっています。
AIが人間にとって害となるよりも、人間がAIを利用して犯罪を実行する。
これに対処していく中で、AIとのつき合い方も見えてくるような気がします。

最後に、「ロボット工作機械によって人間の単純労働者が淘汰されたように、
AIの発達で頭脳労働も人間から奪われてしまう」こういう意見があります。
英・オックスフォード大学が2013年に発表した論文では、
米国の702の職業別に機械化される確率を示し、
「今後10~20年で47%の仕事が機械に取って代わられる高いリスクがある」
と結論しています。未来には、大量失業者の発生、格差の超拡大によって、
経済政策、産業政策、社会保障・福祉政策、教育政策など、すべての政策について、
従来の常識が通用しない社会が出現する懸念があるのだそうです。

これはどうでしょう、人間はAIに雇用の機会を奪われてしまうのでしょうか?
それとも機械に労働をさせて、人間は遊んで暮らせる夢のような未来が来るのか?
自分としてはあまり得意な分野ではないので深入りは避けますが、
これは、AI自体よりも人間社会の経済システム上の問題なので、
克服できる方法があるように思えますね。







Another destination

2015.12.17 (Thu)
じゃあよろしくお願いします。話は去年の忘年会のときまでさかのぼるので、
だいたい1年前のことなんですけど、これを今、家族や会社で言うと、
頭がオカシイんじゃないかって思われるんです。
いやね、自分でも半信半疑というか、かなりあやふやになってきました。
ずっと長い夢を見てたんじゃないか、って。
でもね、不安があるんです。ものすごい不安。もうすぐね、
今年の忘年会がありますんで、どうしたらいいかここのみなさんにご相談したいんです。
ええ、休もうかとも考えているんですよ。
まあね、会社人間ですから忘年会は出ないわけにはいかないんですけど、
急病か何かの理由をつけて。いや、命があぶないんじゃないかって気がするんですよ。
まあこんな話です。聞いてやってください。

去年の、2014年、平成26年の忘年会のことです。
一次会はホテルの大会場で、それから2次会はクラブ、あとは三々五々分かれて、
カラオケに行ったり、ラーメン食べたり、飲み足りない人はバーに行ったり・・・
でね、わたしはその飲み足りない口で、同僚のEさんと2人で、
有名なホテルのバーに行ったんです。酔うほどに、
ウイスキーとかの強いのが飲みたくなるんです。もう終電の時間はとっくに過ぎてましたが、
ボーナス出たばかりでしたし、タクシーで帰宅するつもりで。
そうですね、店を出たのは1時半過ぎだったと思います。
でね、Eさんとは帰る方向がだいたい同じなのでタクシー相乗りしようと。
そうすりゃ遠距離でも料金も折半でで済むでしょ。
街には、まだたくさん人が出ていまして、ブラブラ歩いてるとタクシーはすぐつかまりました。

でね、Eさんが先に乗り込んで、さて自分がというときに、
急に閃光が何度もひらめいたんです。いや、そのときは
街全体が稲光のように光ったと思いましたが、まわりを見ると誰も驚いた様子をしてなかった。
だから、わたし一人だけに見えたのかもしれません。
その光と同時に、「このタクシーに乗っちゃいけない」って気がしたんです。
とにかく絶対にダメだ、って。理由はわかりませんよ。
とにかくその瞬間にそういう気持ちになっちゃったんです。
で、Eさんには申しわけなかったけど、「ちょっと買っていくものがあるのを思い出したから」
って言って乗らなかったんです。それから道の隅にいってタバコを一服し、
別のタクシーに乗ったんです。そのときは特別おかしな感じはなかったですねえ。
無事に家に帰り着いたら、家族はみんな寝てました。

翌日が休みでしたので、わたしも風呂に入らずすぐ寝たんです。
次の日の朝、「あなた、たいへん!」って、妻に叩き起こされました。
何事かと思ったら、昨夜、タクシーの事故があってEさん急死したってニュースを、
たった今テレビでやったって言うんです。
会社の上司に連絡を入れたら奥様が出て、不幸なことに間違いなかったんです。
タクシーの前を過積載のトラックが走っていて、しかも荷がきちんと固定されてなかった。
それが転がってきて、乗り上げたタクシーは横転、
運転手は重症ということでしたが、Eさんは半分窓から飛び出して車と道路の間にはさまれ、
即死だったんです・・・というか、そういう記憶があります。
上司と相談して、翌日に家を訪ねました。Eさんはわたしと同期入社、同年齢、
結婚した年も同じで、やはり小さな子どもが2人いたんですよ。

ですから奥さんの嘆きはそれはたいへんなもので・・・
ええ、葬儀までの間、できることは何かと手伝わせていただいた・・・はずなんですが・・・
もちろん、もしわたしがいっしょにそのタクシーに乗ってたらどうなっていただろう、
とは考えましたよ。あの、乗り込む間際にピカピカ光ったのは、
もしかして神様がわたしを助けてくれたんじゃないのかとまでねえ。
だってそれ以外説明つかないとそのときは思ったんです。
車の惨状も地方新聞に出ていまして、あれに同乗していれば、よくいって重傷でしたでしょう。
それはショックでしたよ。人の運命ってわからないもんだなあと思いました。
ちょっとした偶然による行き違いで、死ぬことも生き延びることもある・・・
でね、このことがあってから1ヶ月後くらいから、夢を見るようになったんです。
暗い部屋にわたしが一人で座ってる夢です。

手元のとこだけスポットがあたったように明るくて、そうですね、
ビリヤードの球くらいの大きさのボールが4個転がってました。
色がそれぞれ違っていて、うす赤いのと、空色のとオレンジのボール、
それともう一つ真っ黒いボールです。手にとってみましたら、うす赤のボールを持つと、
頭のなかに妻の顔が浮かんできたんです。空色とオレンジのボールはやや小さくて、
それぞれ握るとわたしの息子と娘の顔が見えました。
あと、黒いボールなんですが、これは握ったとたん、
あの忘年会の夜にタクシーに乗ろうとしたときに見えた閃光がバチバチと頭の中で光りまして。
イヤーな感触だったんです。でね、しばらくそうしていると声が聞こえました。
うーん、年配の男の人の声じゃないかと思います。
「選べ、その中からひとつ選べ。ただし慎重に。時間はまだまだある」

そういう意味のことですよ。でね、それで目が覚めたんです。
それからは同じ夢を何度も見ました。だいたい月に2回くらいですね。
夢のなかではわたしはまだボールを選んではいません。ただ、これはすごく大事なことだから、
選ぶときはかなり覚悟を決めなくちゃならない、そういう気が強くしたんです。
家族や上司には相談しませんでした。心配をかけますから。
そのかわり、会社のカウンセラーさんのところには相談にいきましたよ。
やはり友人を亡くしたショックのせいだろうと言われました。
PTSDってことでしょうね。もし、夢を見る頻度があがるようなら、
心療内科に紹介状を書きますって話をされて。
でもね、そのときからしばらく夢は見なくなったんです。
ああこれは、少しずつショックが薄れてきているのかも、とも考えましたが・・・

でね、次に夢を見たのが先月です。11月の終わり。
やはりわたしは4個のボールを前にして座っていまして。声が聞こえてきたんですが、
前とは内容が違っていました。「いよいよ期限だな。さあ1つ選べ。
 慎重に、断固として選びなさい」こんな感じでしたが、逆らえない調子だったんです。
それで・・・妻のボール、息子と娘のボール、黒いボール、
何度も握っては離しをくり返し、声にせかされるままに黒いボールを選んしまったんです。
「これにします」と言ってつかんだ手を前に出したとき、
目が覚めまして、朝になっていたんです。
それで、その日どんなことが起きたかわかりますか。
いつもどおりに出勤すると、なんとです、Eさんが出勤してきたんですよ。
いや、その姿を見たときには失神しそうになりました。

いやいやいや、幽霊じゃないんです。ちゃんと生きた人だったんです。
まわりもね、Eさんがいることが平常通りというか、
だれ一人驚いてる様子もなかったんですよ。それでわたしは混乱して、
その日は休みをもらって帰っちゃったんです。でね、家に戻ったら妻がいましたので、
Eさんの事故や葬儀のときの話をしたんです。そしたら、「あなた何言ってるの」という反応で。
ええ、あの事故はなかったっことになってたんですよ。
それどころか「先月Eさんといっしょに泊まりがけで釣りに行ったじゃない」
そんなことまで言われて。いや、わたしにはまったく記憶はありません。
翌日は会社でEさんとも話をしました。釣りのことも出たんですが、
わたしはしどろもどろで、ずいぶん変に思われたでしょう。
・・・これが、もしかして夢の中で黒のボールを選んだ結果なのか、とは当然考えますよね。

Eさんが生き返ったというか、事故そのものがなかったことになってるんだから、
これが最良の選択だったかと考えると、どうもねえ、
わたしの未来に暗雲が垂れ込めているような気分になるんです。
ねえ、どう思われますか? これでよかったんでしょうか?
今のところはいいんですけど、もうすぐ去年の忘年会からまる1年です。
何かがあるような気がしてならないんですよ。あの、映画の「ファイナル・デスティネーション」
というのをご存知ですか。主人公が飛行機事故を予知して直前で降りたために、
運命の手によっていっしょに降りた仲間が一人ずつ殺されていくって話。
デスティネーションというのは行き先って意味みたいです。
わたしはいったいこれからどこに行き着くんでしょう。
とにかく、今年の忘年会には出ないほうがいいですよね。そう思いませんか?







穴!?

2015.12.16 (Wed)
ある個人輸入の会社に勤務している新米のOLです。よろしくお願いします。
始まりは・・・というか、それがすべてなんですけど、
会社の自分の机で物がちょくちょくなくなったんです。貴重品などではなく、
ほんとうにちょっとした、普段使いのペンやクリップなんかです。
別に惜しいものではないんだけど、昨日まで普通に使ってたのが、
翌日になってどこにも見あたらないって、なんとなく気持ち悪いですよね。
1回2回ならともかく、ここ1ヶ月で10個くらいもありましたから。
よく冗談で言いませんか? 今の今まであったものが急に見えなくなるのは、
異次元の穴に吸い込まれたからだって。もちろん、
そんなことはありえないと思ってたんですけど。それがこんな結果になってしまって。
誰にも話さなかったのが幸いと言えばいいんでしょうか。

はい、それで、どうしてなくなるのか考えてみたんです。
私はエクセルでデータを打ち込むのが主な仕事なんです。文書を作成したりもしますが、
課内向けのもので、外部からの書類が回ってくることってあんまりないんです。
ですから残業もほとんどしないし、机の上も基本的にはパソコンだけなんです。
さきほど話したペンやクリップ、付箋紙なんかも出しますけど、
退社の際に簡単に片づけられる程度です。机の一番上の大きい引き出し、
そこに出したものをザラッと放り込んで、自分のカップを洗ってから帰るようにしてたんですが、
どうも、なくなるのはそういったものだったんですよね。
いちおう引き出しを抜き出して調べたんですけど、何のへんてつもないスチール製で、
穴なんて空いてないし、そもそも穴があっても床に落ちるからわかるはずです。
ということは、もしかして私が帰ってから誰かが机の中を物色しているのか。

そんなことまで考えたんです。人目があるときには無理でも、
残業で遅くまで残って一人のときになら、できないことはありませんよね。
私のいる2階には3つの課が入っていて、10時ころまで仕事をしてる人もいるんです。
でも、そんなことをして、価値のほとんどないものをくすねる意味もわかりませんでした。
それで、幸いその引き出しの部分だけ鍵がかかりましたので、
退社際にかけてかえるようにしたんです。そしたら、数日はなんともなかったですが、
やっぱりなくなってるものがあったんです。
これはけっこう高価なレーザーポインターでした。
それにしても不思議でした。退社際にその引き出しに入れて、
ちゃちなものとはいえ鍵をかけ、朝に出勤して鍵を開ける、
それなのに昨日入れたはずのものがなくなってるんですから。

それで、その日からは机の中にはいっさい物を入れないようにしたんです。
書類や本などは課の共用ロッカーにすべて入れました。
エクセルの解説書などで、機密保持が必要なものはありませんでしたので、
必要なときにそこから出して使うようにして、ペンなどの小物類は、
帰りに全部カバンに入れて持ち帰るようにしました。
さすがに、カバンの中からなくなるということはなかったです。
それでですね、1週間くらい後のことです。その日は帰るのがちょっと遅くなったんです。
仕事のキリが悪かったので、せいぜい1時間半くらいでしょうか。
それで終わって帰ろうとしたとき、上の引き出しの中からブーンという音が聞こえたんです。
外からさわってみると、細かく振動してるような感じでした。
思い切って開けてみました。そしたら・・・手前のほうに穴があったんです。

直系10cmくらいで、中は貝の裏側みたいに虹色に光っていました。
もし人が近くにいたら呼んだと思いますが、そのときは課内の人はみな早く帰ってて。
穴の端のほうは中心に向かって渦巻いていて、そうですね、
排水口に水を流したときみたい、と言えばわかってもらえるでしょうか。
近くのロッカーの上にたまたまあった30cm定規を手にとって、穴に突っ込んでみたんです。
ぐにゃっと、こんにゃくをつついたような感触がありました。
でも定規は入っていきまして、今度は吸い込まれていく力が伝わってきました。
それであわてて引き抜いたら、中で何かが引っかかってて、
さらに力を込めたらブチブチと輪ゴムが切れるような感じで抜けてきました。
定規が抜けると、ブウンという小さな音がして、穴はなくなってしまったんです。
おそるおそるさわってみても ただの机の底で、これだと誰にも信じてはもらえないですよね。

ああ、さっき穴を見たときに大声を出して人を呼べばよかった、と思いました。
でもそのときは、1度あったことですから、またあるだろうと思いました。
そのときこそ人に見せよう。もしかしたら冗談で言ってる次元の穴は本当にあって、
大発見なのかもしれないって w 自分としては遅い時間でしたので、
帰ろうと思い、ロッカー室に寄ってから階段を降りていたときです。
上のほうの階がなにやら騒いでいる声が聞こえてきて、見にいこうか迷っていたら、
今度は下で救急車の音がしたんです。すぐに担架を抱えて救命士の人たちが上ってきました。
私は身をよけてから、おそるおそる上っていくと、
会社の3階の部署のAさんが急に倒れたということだったんです。
イスにかけたまま後ろにドターンと。Aさんは意識がない状態で運ばれていき、
そのまま緊急入院することになりました。

後でわかったことですが、脳の血管が切れ、命に別状はなかったものの、
かなりの後遺症が出ているということでした。
このAさんというのは40代前半で妻子ありの課長補佐の方です。
じつは、私が入社した1年前の歓迎会の2次会の席で、やんわりと誘われたことがありました。
もちろん固くお断りしまして、それからはそんなことはんかったんですけど。
あの穴のことと何か関係があるんでしょうか。
ええ、あれからは注意して引き出しの様子をうかがってるんですけど、
二度と起きてはいないと思います。振動を感じることもなかったです。
まあ、関係がないと思いたいですよ。あの定規が穴の中に引っかかって、
無理に引き抜いたときのブチブチというイヤーな感触、それが今でも手に残っているんです。
こんなような話なんです。みなさんはどう思われますでしょうか。

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クリスマスプレゼントと幼児虐殺

2015.12.15 (Tue)
今夜もしつこくクリスマスの話をします。実証主義的にみると、
旧約聖書はもちろん、新約聖書の記述もたいへんあつかいが難しいです。
これはどこまでが実際の史実であるのか、
他の資料で保証されない部分があまりに多いうえ、
細部が書かれていない場合もあるからです。

例えば、今の西暦はキリスト生誕が紀元であるとされますが、
実際には、キリストが生まれた年は紀元前8年から紀元6年ごろまで諸説ありますし、
誕生日についても聖書に記載はありません。
ですから、12月25日を生誕の日とすることに根拠はないのです。
ただ、わからないと困るので、この日にすることに決まっているというだけなんですね。

さて、下の画像はプレゼピオ(伊 Presepio)と言います。
プレゼントと語感が似ていますが、関係があります。
キリスト生誕の場面を表したジオラマのようなもので、日本では一般的ではありませんが、
フランス、イタリアなどのカトリックの多い国では普通に見られ、
とくにイタリアでは、クリスマスツリーよりもこちらのほうが主流かもしれません。
教会では実物大の場合もある大きなもの、
各家庭でも代々受け継がれたミニチュアを飾ります。
アメリカはプロテスタント中心で、ある家庭は少ないですが、
英語では最初が大文字の Nativityと言うようですね。



人形の人物は、基本的には聖家族(母マリア、父ヨセフ、幼子イエス)ですが、
これに東方の3博士や羊飼い、羊の群れやその他の動物たちが加わることもありあます。
東方の3博士というのは、新約聖書『マタイによる福音書』に出てくる人物で、
おそらくペルシア、ゾロアスター教の占星術師
(あるいは天文学者)のことと考えられます。
彼らは自分から見れば占星術の大先輩にあたるわけですね。
突如天空に出現した救世主の星に導かれ、ユダヤ人の新たな王の誕生を祝うため、
当時は寒村でしかなかったイエス生誕の地、
現パレスチナのベツレヘムにやってきたのです。

じつはこのあたりのこともよくわかっておらず、
聖書マタイ伝には博士たちの人数も書かれていません。
ただ、彼らはイエスを見つけて伏し拝み、
乳香、没薬、黄金の3つの贈り物を授けたことから、
人数は3人とされ、メルキオール(黄金)バルタザール(乳香)カスパール(没薬)
などと仮の名前がつけられているのです。
これが、クリスマスプレゼントの起源というわけです。

3博士を導いたのが救世主の星、ベツレヘムの星とも言われますが、
これについてもはっきりしてはいません。
天文学者の間では、この2000年の間にさまざまな意見が出され、
あの、ケプラーの法則のケプラーは木星と土星の接近説を出していますし、
SF作家の大御所で科学啓蒙書も書いているアイザック・アシモフも、
ベツレヘムの星として考えられる9つの説というのを提示しています。
ま、はっきりわからないのですが、もしあったとしたら彗星か超新星爆発など、
そのときにだけ見ることができた星という主張が多数派のようです。

さてさて、題名の「幼児虐殺」を行ったとされるヘロデ王は、
ローマ帝国初期にユダヤ地区を統治したユダヤ人の王です。
前述の東方の3博士は、星に導かれイエスを探す旅の途中でヘロデ王のもとに立ち寄り、
救世主誕生の事情を話しますが、王の反応から事態を察し、
イエスを見つけたことは知らせずに帰っていきます。

これにより、自分の地位がおびやかされることを怖れたヘロデ王は、
ベツレヘムの2歳以下の男児をすべて殺すように命じ、命令は実行されてしまいます。
聖書の中でもかなり残虐な場面なのですが、史実と認めるのは難しいようです。
ヘロデ王の生涯はかなり詳しくわかっていますが、幼児虐殺については、
歴史家の著作はもちろん、マタイ伝以外の他の福音書にもその記述はないのです。
ですからマタイ?によるドラマチックな創作と見るむきもあります。

ヘロデ王はかなり強権的な政治をとり行い、ユダヤ教の高位の司祭や、
自分の息子2人も処刑していますので、
そういったことがこの幼児虐殺のエピソードに反映しているのかもしれません。
また、もし幼児虐殺が史実であったとしても、
当時のベツレヘムは小さな村で、人口は1000人未満程度であったと考えられ、
2歳以下の男児はせいぜい数十人であったでしょう。
これがキリスト教の物語では人数がふくれ上がり、数万人ともされているのです。
なお、このとき殺されたとされる子どもたちは、
キリスト教 最初の殉教者として「聖嬰児」などとも呼ばれています。

ちなみに、天使がヨセフの夢に現れて逃げるように言ったため、
家族はエジプトに逃れて難を避けることになります。
父ヨセフは貧しい大工でしたので、この逃避行の資金には、
3博士がプレゼントしたという黄金が役立っているのかもしれません。
このように、聖書の記述には、詳細がわからず後世につけ加えられた部分が多いため、
物語として見ていくしかないのですね。

中央が救世主の星、クリスマスツリーの星もそうです






Christmas pranks

2015.12.14 (Mon)
いやーネタが思いつきません。やはり冬は怪談の季節ではないのでしょう。
なかなか気分がのらないし、思いつく話はどれも前に書いたものの2番煎じみたいで。
そういうときは、世間様がクリスマスからお正月と、
楽しい行事や行楽にひた走っているときに、自分一人が陰々滅々した話を考えてるのも、
何やってるんだろうなあ、という感じがしてくるのです。

ということで、少し気分を変えて prank の話でも。
これはイタズラという意味です。普通は、相手に大きな害を与えるつもりのないイタズラ、
悪ふざけ、というニュアンスで使われます。
これに対し、害を与えてしまうイタズラは mischief と言われることが多いようです。
さて、欧米、とくにアメリカには、chrisitmas pranks と呼ばれる文化?があります。
罪のないイタズラを家族や親しい人に仕掛けることで、
最も多いのがプレゼントに関するものです。

最初にがっかりさせておいて、最後には喜ばせるという形が多いです。
例えば、自分の子どもがほしがっていたものの箱を包み紙に包んで渡す。
子どもが狂喜して中を開けると、重さを出すための詰め物といっしょに、
腐りかけたバナナとか卵1ダースパックとか歯間ブラシとかw
防寒下着とかごくごくつまらないものが入っている。

子どもがしょげていると、親が「そのバナナは食べられないから生ゴミに捨てなさい」
子どもが泣きながら持っていってゴミバケツを開けると、
そこに真のプレゼントが入っている・・・という感じ。
ここまで手が込んでいる場合は、たいがい親がビデオに撮っていて、
子どもが大きくなってから見せたりします。

まあ中には本物のプレゼントが用意されてない場合もありますが、
これは親が我が子に世の中の厳しさを教えることが、最大の贈り物である
というオチがついていたりします。
昨夜の「黒いサンタ」の話題と多少関係があるかもしれません。

下の動画はすごい再生回数で、箱を開けた瞬間に子どもの顔色が変わるところなど
かなり面白いです。泣いたりふてくされたり、親に跳びかかったりします。

I gave my kids a terrible present. part1


part2


あとはそうですね、snowman pranks というのも定番でありますね。
これは家族ではなく、道を通る不特定多数の人の前で、
雪だるまの扮装をしていた人が動き出して驚かすというもので、candid camera
どっきりカメラとして番組で放映されることが多いです。

snowman pranks


この場合はあまり雪が積もってないし、雪だるまも作り物のディスプレイくさいですので、
そんなに驚いていないですが、中には、
積もった雪の中に実際に入っていて飛び出しておどすのもあります。

最後は Santa Claus pranks です。これはさすがに悪質というか、
洒落にならない内容ばかりですので、事前に登場者に了解をとって作った番組でないと、
トラブルになるかもしれません。

Santa Claus pranks







クランプスとループレヒト

2015.12.13 (Sun)
12月、クリスマスシーズンですので、今日はそれに関係した話。
まず聖ニコラウスはご存知でしょう。サンタクロースのモデルになった人物です。
4世紀ころの東ローマ帝国の主教で、教区の貧しい娘たちに、
ひそかに結婚の持参金を恵んでやったとも言われます。

ほぼすべてのキリスト教宗派で聖人とされていますが、
これ聖人の認定ってかなり難しいんですよね。
殉教者は別にして、生前の他、死後に2度の奇跡を起こさないと認められません。
聖ニコラウスの場合は、死後不朽体(朽ちない体)となり、
多くの病者を癒やしたとされます。ノーベル賞を受賞したマザー・テレサも、
そろそろ死後の2度めの奇跡の話が出てもおかしくはないでしょう。

あれ、何か変ですね。サンタさんはあったかそうな白い毛糸の着いた服を着て、
トナカイの曳くソリに乗り、グリーンランドだかフィンランドだか、
寒い国に住んでいるというイメージがありますよね。
フィンランドにサンタさん宛の手紙が届くのじゃなかったでしょうか。
まあしかし、サンタクロースは古くからあったものではなく、
19世紀頃から赤鼻のトナカイや煙突などの付属イメージがくっついて広まった、
けっこう新しいものなのです。

で、今回はサンタさんの話ではありません。
ヨーロッパにおける12月の風習で、この聖ニコラウスの記念日12月6日から
クリスマスまでに、各地をサンタさんが回るわけですが、
それに同行する2人の人物?についてです。
伝承が残っているのはドイツ、オーストリア、ハンガリー近辺です。
あまり日本には入ってきていない話ですよね。

クランプス(独 Krampus)のほうは鬼といえばいいでしょうか。
下に画像を載せておきますが、いろいろな怖い姿で表現されています。
背中に子どもを投げ入れるカゴを背負い、
手には錆びた鐘や鎖、鞭を持っているともされます。
しかしこの扮装はかなり本格的で、ダリオ・アルジェント監督の映画『デモンズ』
のシリーズを思い起こさせます。

クランプス


Wikiでは『農村部では、特に若い少女へのクランプスによる鞭打ち(樺の笞による体罰)
を伴う伝統がある。クランプスは通常、悪い子供を連れ去り、
地獄の穴に投げ入れるための籠を背負ったイメージで表される。
そして、鞭を振るいながら、子供を捕まえて、
親の言うことを聞くように、勉強するのだぞと厳しくさとす。』


この名前は、鉤爪や鞭を表す古ドイツ語「Krampen」(クランペン)からきているようです。
若い女性を鞭打つのは純潔・貞淑へのいましめでしょうか。
しかしこれ、どこかで聞いたことがある話ですよね。

そう、日本の「ナマハゲ」です。秋田県の男鹿市周辺に伝わる伝統的な民俗行事。
手に出刃包丁と桶を持ち、蓑を着た鬼が「悪い子いねが、泣く子いねが」
と家々を回って子どもをおどしつける年越しの風習です。
よく似ています。「ナマハゲ」の「ナマ(モ)ミ」というのは、
冬場に何も仕事をせず、コタツにあたってばかりいるとできる低温火傷の痕で、
ナマハゲは包丁でこれを剥ぎとるとも言われます。
ドイツも昔は農業国でしたし、長い冬を持つのも日本の東北地方と似ています。
農作業の少なくなった冬の風習として似てしまっているのでしょうか。
それとも伝播があったのか、そのあたりは難しいです。

ループレヒト(独 Knecht Ruprecht)もサンタクロースといっしょに
各地を回る助手的な役割ですが、こちらはここまで怖い姿ではありません。
サンタさんがよい子をほめるのに対し、こちらは悪い子を懲らしめるため、
「黒いサンタ、影のサンタ」などとも言われるようです。
もともとは聖ニコラウスが、ほめるのと叱るのの2役をこなしていたのかもしれませんが、
人格というか役割が2つに別れたとも考えられます。

伝統的なクネヒト・ループレヒトの姿は、長い髭をもち、
毛皮を着ているか藁で身を覆ったもので、
長い棒や灰の袋を持って現れるとされるのが多いようです。
悪い子に対し、石炭の塊や棒や石などよくないプレゼントを置いていくのだそうです。
クランプスと役割は似ています。やはりよい子でないとよいプレゼントはもらえない、
という当然の摂理を表しているのでしょう w
下の画像のような感じですが、教皇服を着ているサンタさんに対し、
ループレヒトは山賊みたいに見えますね。

サンタクロースとループレヒト







家 case3

2015.12.12 (Sat)
無職Uさん(男性)の話

6年前、大学生のときです。ある心霊スポットに探訪に行きました。
いいえ、有名なところではありません。当時も今も無名というか、誰もしらないでしょう。
幸い、評判になってないです。ええ、事件が起きたのはあの中じゃないですから。
・・・はい、じゃあ起きたことを順を追って話しますよ。
そこのことを知ったのは、Kってやつが聞いてきたからです。
親戚にその教団の信者がいたってことでした。はい、山の中に新興宗教の新しい神殿が、
誰も人がいなくなって残ってるってことだったんです。
ね、そういうの好きなら行きたくなるでしょう。
教団が解散した理由は、内部の内輪もめってことでした。
それまで教祖をやっていた人に力がなくなったと見て、幹部の一人が新しい教祖を連れてきた。
それでゴタゴタが続いて、信者が一人減り、ふたり減りして。

最盛期は400人以上いたそうですが、わずか2年足らずで解散に追い込まれた。
ええ、僕らは心霊研究会でしたから、全国にはそういう施設が多いのは知ってます。
集めた寄付、お布施で壮麗な建物をつくっても、後が続かず廃墟になってしまってる場所。
教団が解散するきっかけは、犯罪や信者の家族からの裁判、いろいろですが、
教祖が死んだり、内部での内輪もめというのも多いそうです。
ああ、すみません。行ったのは、俺とK、それぞれの当時の彼女のMとSで、
みな研究会のメンバーです。全部本名です。隠したってしかたないでしょう。ご存知でしょ、
あれだけ大きな事件になって、新聞テレビで報道されたんだしね。
俺がレンタカーを借りて3時間かけて行きました。ただ、車は途中で停めて、
20分ほど山道を歩きましたけどね。行ったのは大学の冬休み期間です。
ええ、雪がふるところではないので、むしろそのほうが藪が枯れてて歩きやすかったです。

寒かったですけどね。道は一本道のようなものですから、迷うことはなかったんですが、
途中はほんとうにあるのか、って心配もしました。
もちろん昼ですよ。午後の早くから。本当にまわりは人っ子ひとりいない山ですから、
いくらそういうのが好きでも、夜に行くのは無理です。それに、夜間は撮影も難しいし。
ええ、ビデオとデジカメを持っていきましたが、データはすべて廃棄しました。
いや、おかしなものが写ってたっていうか・・・僕の判断ですけど、
信管抜いた爆弾を持ってるようなもんだと思って。
あれ見てまた死人が出たんじゃ、たまんないでしょ。
で、神殿の建物が見えてきた頃には、みんなかなり疲れてて、
特に女たちは、ダウンジャケットが樹の枝に引っかかって裂けたとか、
文句たらたらでしたよ。2階建ての白い建物で、真新しく見えました。

窓の割れたところとか、スプレーの落書きなどは一切なし。
高い塀に囲まれてましたが、門の鉄扉は開いてて。
建物の中に入るのも、玄関の大型扉に鍵はかかってなかったんです。
これね、そのときは幸いと思いましたが、今になって考えると・・・
そうですね、大きいといえば大きいですが、ちょっとした公民館程度じゃないですか。
下の階の間取りは覚えてます。全部屋に入りましたから。
でもね、僕だけ上の階に行ってないんです。だから命が助かったのかもしれませんね。
1階は、受付と広々したロビー、信者の勉強会をやるであろう、
100人ほど入れる会議室みたいなのが2つ。そこはね、大型ディスプレイやスクリーン、
折りたたみのイスなんかも残ってました。設備はほとんどそのまま残ってました。
これ、持ってって売れば金になるんじゃないか、そういう話が出たくらいです。

いや、もちろん持ち帰ることはありません。
それはタブーですよ。他のスポットに行ったときも禁じ手です。
あとは礼拝室。ああ、最初言いませんでしたね。その新興宗教はキリスト教系なんです。
だからミサをやる場所ってことです。中はうっすらホコリが溜まっていまして、
あとね、全体に饐えた臭いがしましたね。単に窓が閉めきってあるってだけじゃなく、
どっかで何か、ナマモノが腐ってるんだと思いました。
僕はビデオカメラ係だったんです。1階の天井は高く、
上にある明かり取り窓から光線が入ってきて、照明は必要なかったです。
一つ一つの場所や物を、ねめ回すようにして撮っていたので、
他のやつらからは遅れ気味でした。でね、会議室もロビーも、おかしなものはなかったんですが、
礼拝室に先に行ったやつらが入ったとたん、女の子たちの大きな悲鳴が聞こえました。

何だったと思いますか? え? そうですカラスです。どうしてわかるんですか?
たくさんのカラスの死骸が腐って乾いた状態で、高い天井から糸で吊るされていました。
臭いの原因はこれだと思いました。全部で10羽以上あったんじゃないですか。
ええ、全部礼拝する座席の上のほうにです。それとね、その礼拝所は、
ステンドグラスじゃないですが、紫の明かり取り窓で、そっからの光がゆらゆら、
カラスの死骸にあたっていましてね。いや、カラスが揺れてたわけじゃないです。
当たり前ですが、どれも吊り下がったまま氷のように動かず、それはそれで不気味で。
意味はわかりませんでした。儀式に使われたものか、施設が打ち捨てられてからのイタズラか。
これ見たとき、帰ろうって話も出たんです。まあ、普通の人なら逃げ出してたでしょうね。
でも僕らは、青木ヶ原にまで行った心霊研究会でしたから・・・
礼拝所の全面には大きなキリストの磔刑像。カトリック系ということでしょうか。

その前に説教台のようなものがあり、紫の刺繍布がかかってましたが、
その上に、よく吸血鬼映画で出てくるような棺(ひつぎ)が2つ置かれていました。
ただね、大きさが成人のものの半分ほどしかなかったんで、
子どもの棺というより、そのときは何かの儀式に使うミニチュアだと思ったんです。
カラスの死骸の中を縫うように進んでいき、右のほうから開けて、中は空でした。
そして左を開けたとき、また女の子たちから悲鳴が上がりました。
中に黒い子どもの形のものがあったんです。ただ、本物の死体じゃないことはすぐわかりました。
表面がポロポロしていまして、乾いた黒い米粒だと思いました。
全体が海苔をまいた巨大なおにぎりに見えないこともなかったんです。
幼児・・・乳児ほどの大きさでしたね。それからもすごい腐敗臭がしました。
1階はそれで全部。僕はさっき話したようにビデオを撮ってたので、みなから少し遅れて。

1階の天井が高いので、ホールにある階段は長くて、螺旋階段とまではいかないですが、
途中で2ヶ所ほど折れ曲がっていまして。下の階を撮りながら上っていったんです。
2回は広い廊下があり、片側は研修所の部屋のようでした。
信者が寝泊まりするための部屋だったんでしょう。もう片側はドアとドアの間隔が広く、
教祖や教団幹部のいた部屋じゃないかと思いました。はい、詳しくはわかりません。
みなが先に手前の部屋に入って、僕が階段を上り終えたとき、
ギャーというものすごい悲鳴が聞こえ、ドアから3人が飛び出してきました。
そのときのみんなの顔は忘れませんよ。Kが僕を突き飛ばし、真っ先に階段を下りていきました。
女の子2人も転げるような勢いで後に続いて・・・
階段の途中から「Uさん、逃げて!」という彼女のMの叫びが聞こえました。
僕は呆然としてましたが、みんなの後を追おうと、ふり向いて逃げ出しました。

走って後を追いかけていくと、前の方でギャーギャーという3人の悲鳴が聞こえました。
いくら待てよ、って叫んでも、ただ山道を駆け下りていく姿が見えるだけ。
僕はカメラ機材を抱えてたんでどうしても遅れたんですが、後ろはふり返りませんでした。
走って走って、やっと車を停めたとこが見えてきたんですが、
3人はその手前で急に曲がって、木立の中に入ったんです。ありえないと思いました。
ただの山の藪の斜面なんです。「おい、どうしてそっちいく。車見えるだろ、乗れよ!」
荒い息で叫んだんですが、こっちを見もせず。3人が入っていった場所を見ると、
来たとき気づかなかった、人ひとりやっと通れる小道がありました。いったん車の中に機材を入れ、
僕もそこを下って行きましたが、木が重なっていて3人の姿は見えません。
「オーイ、どうしたんだよ!」呼びながら小走りに行くと、
木の間から遠くにさっきの神殿が見え、どうやら裏手のほうに回ってきているようでした。

立ち止まって、Kたちの携帯にかけてみたりもしたんですが、みな呼び出し音がするばかりで。
さらに10分ほど走って、木がまばらになったところに出ました。神殿裏の崖下だったはずです。
「K!、K、M、おいみんなどこ行った! 何なんだよお前ら」嫌な臭いが強くしてきて、
木の間に黒いものがうず高くなってるのが見えました。そっちに駆け寄ると、
カラスの死骸の山でした。数百羽分もあったんじゃないでしょうか。体は腐っても、
羽根はそのまま残るんですね。それから2時間以上も探しましたが、3人は見つからず、
暗くなりかけてきたので、警察に連絡したんです。地元の人らと捜索に来てくれるまで、
さらに2時間かかりました。すっかり暗くなって、僕は車の中で待っていたんです。
その日はどうにもならず、僕は事情を説明していったんアパートに戻りました。
やはり3人とも家には帰ってませんでした。翌日、3人がセーターやダウンのひもで、
首を吊っているのが発見されました・・・ 神殿のある崖の真下あたりでです。

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家 case2

2015.12.11 (Fri)
パート勤務のOさん(女性)の話

あ、はい。アパートの上の部屋だったその夫婦のことは知ってますよ。
出てったのが8年前くらいだったかねえ。そうそう、2階の206号室。
旦那さんのほうはコンピュータセキュリティの会社って話で、
奥さんはパートをやったりして。でも、長続きしなかった。
子どもができたからね。最初の子は死産だったんだよ。それで落ち込んで・・・
そのあたりはまだ普通に話せたんだ。だけどその後、その奥さん、
新興宗教みないなのに入っちゃったんだ。やっぱりきっかけは子どものことだと思うよ。
初めは一人で集会みたいなのに出かけてたんだけど、
旦那さんがあんまり家にいない人でね。信者の人がここまでやってくるようになった。
白いガウンみたいなのを着た人たちだよ。うん、アパートの住人は気味悪がってたね。
あ、私? 入信しないかとか誘われなかったかって?

誘われた、誘われた。でもね、私はそういうの一切信じないたちだから、
強く断ったんだよ。そしたら私にはそれ以後話はしてこなかったわねえ。
だってそりゃ、高いお布施払ったり、いろんなものを買わされても、
ご利益なんてないだろう。神様拝んで幸せになれるのなら、
この世に不幸な人なんていないじゃない。あ、旦那さんのほうは入信しなかったと思うよ。
だからね、そのあたりから夫婦でケンカが絶えなくなって。
怒鳴りあってる声がアパート中に響いたもんだよ。それは旦那さんにしたら たまんないだろう。
稼ぎをそういう得体のしれないものに持ってかれちゃ。
いくら子どもを亡くして気が落ち込んでるってもねえ。でもね、
夫婦ゲンカもそう長くは続かなかった。また赤ちゃんができたんだよ。
奥さんのほうは言わなかったけど、お腹が大きくなるのがわかったから。

でね、それと同時くらいに、宗教のほうの信者さんもここに来なくなったんだ。
これは、事態がいいほうに進んでるんだなあと思ったけど・・・
おかしなこと? うん、ありましたよ。カラスがねえ、この近所に多くなって。
もともとあんまり見なかったんだよ。それが朝からカーカーうるさいほど増えて。
それが不思議なことに、集まってくるのはその夫婦の部屋のベランダだけなんだよ。
他の住民もみな不思議がって。まさかカラスに餌付けしてるわけはないけど、
ベランダに生ゴミでもあるんじゃないかと、大家さんとこに相談して、
そこから苦情がいったはず。だけどね、まったく改善しなくて。
隣の部屋の人の話だとベランダに何か落ちてるわけでもなく、
いっつもサッシもカーテンも閉まってるんだ。なんであの部屋だけカラスが来るのかねえ。
まさか、その後のことをカラスが察知してたとは思えないけど。

奥さんのお腹がだんだん大きくなっていって、もう臨月って頃のことだよ。
私はその夜、職場の慰労会があってね。遅く帰ってきたんだ。
といっても10時過ぎくらいだけど。アパートに入る前に何の気なしに上の階を見上げたら、
夫婦の部屋のベランダに何か立ってるのが見えたんだよ。
そうだねえ、2歳児、もっと小さいかもしれないけど、自分で立ってるように見えたから。
とにかく幼児が一人でいるように思えた。そうそう、部屋の電気がついてて、
カーテンも開いてたから見えたんだろうね。「おかしいな、あん子どもはいないはずだし、
 もし知り合いの子とか来てるにしても、一人でベランダに立たせちゃ危ないだろうに」
そう思ってた矢先に、その子が落ちたんだよ。ベランダの床に崩れて、
そっから転がるみたいに。ほら、ここのつくりは手すりの下が少しだけ開いてるだろう。
はいはいするような乳児をベランダに出しちゃダメなのよ。そりゃ驚いて。

叫びながらベランダの下まで走ったんだ。だけどね、それが本物の子どもじゃなかったんだ。
うつ伏せに倒れてるのが作り物だってことはひと目でわかったよ。
だって真っ黒だったから。あとで警察が調べたとこでは、外側が炊いた米で、
おにぎりみたく固めたのに墨を塗って、お腹には生肉が詰まってたということだったね。
私が人形を呆然と見下ろしていると、屋根のあたりからたくさんカラスが降りてきて・・・
それまでは夜に見たことはなかったけど、人形が割れてはみ出してる肉をついばみ始めて。
そりゃあ、気味の悪い様子だったわよ。あ、警察は別に私が呼んだわけじゃないのよ。
翌日、そのベランダで旦那さんが首をつったんだ。見つけたのは登校中の小学生だよ。
自殺ってことになったけど、奥さんはそのときから消えちゃた。
大きなお腹をかかえてどこにいったかねえ、皆目わからないみたい。それ以来206号室は、
ずっと空き部屋で両隣も引っ越しちゃった。ここら中の評判だったから無理もないね。

特殊清掃業のMさん(男性)の話

ああ、そのアパートの部屋の清掃をしたのは俺たちだよ。
うん、場所聞いたら間違いないね。旦那さんが自殺した部屋だろ。
最初ね、仕事が来たときには、そうまた大変なこともないだろうと思ってた。
だって、自殺してすぐに発見されたんだろう。それに一人暮らしじゃなくて、
奥さんもいたって聞いてたから。俺らの仕事はただの清掃業じゃなくて、
頭に特殊ってつくだろ、ほら、最近言われてる孤独死、そういうのをやるんだ。
もしもジイサン バアサンが死んで、1ヶ月発見されないでみろ。
そりゃあ大変だよ。夏場だったら鼻が曲がるし、慣れてないやつは吐く。
ま、詳しいことは言わないけどね。それとゴミ屋敷みたいなのもやるんだ。
それに比べれば、夫婦で生活してた部屋ならたいしたことないだろうと思ったんだ。
浅はかだったし、危険だった。死人が出てるんだ。

そこの部屋は2DKで、ダイニングキッチンが7・5畳で、それに洋室が2つ。
子どものいない夫婦には十分過ぎる部屋だろ。
でね、家具なんかは引き取り手がないんでほとんどそのまま。
奥さんが失踪してるってことだったから、連絡がつくのを待ってたのかもしんない。
俺と若いやつと2人で行って、午前中には終わらせようと思ってたわけ。
大家から鍵もらって入って、ざっと中を点検したら、
汚れてるわけじゃないのに、嫌な臭いがこもってたが人の死臭とは違った。
それに驚いたのが、洋室の一部屋を占めている祭壇だよ。神道系の新興宗教なのかなあ。
俺は詳しいことわからないけど、白木を組んだ段の上に何十にも白い布が垂らしてあって。
そこの部屋が一番臭いがきつかった。だから後でそこと、
旦那さんが首を吊ったというベランダを2人でやろうと思ったわけ。

俺がダイニング、若いやつが寝室に鳴なってる洋間。2手に分かれて清掃を始めた。
台所は汚れちゃいなかった・・・というか、普通の生活してればつく程度のもので、
家具がある分、よせたりの手間はあったけど。でな、2人ぐらしにしては大きめの
冷蔵庫があって電源も入ってた。その観音開きの前扉がきちんとしまってなくて、
いったん開けて閉め直そうとしたんだ。そしたら下の野菜室っていうのかな。
あの中が真っ黒なものが詰まってて嫌な臭いがした。開けてびっくりだよ。
黒い鳥の羽、羽・・・ありゃあカラスの羽だろう。食い物は何も入ってなくて、
それだけがびっしり入ってたんだ。思わず尻もちをついてしまった。
「何だこりゃ」若いやつを予防としたとき、そいつの悲鳴が聞こえたんだ。
走って見にいったら、ベッドのある寝室にはいなくて、
そいつは祭壇の垂れ布の中に頭を突っ込むようにして叫び声を上げてたんだよ。

「どうした、おい落ち着け」そう言って背中をつかんで引っ張った。
「あ、あ、あ、鳥、鳥、鳥・・・」垂れ布を上げてみると、カラカラに乾いた鳥の死骸。
羽をむしられたカラスだと思う。それが10数羽分積み重ねられてた。
俺も声を上げそうになったが、よく見るとカラスのクチバシ、それと爪が切り取られてた。
「あと子どももいた」そいつが叫んで、さすがに「まさか」と思った。
大きい祭壇といっても、せいぜいが縦横1.5m程度のものだ。
「子どもだと?」そう言って次々垂れ布をめくり上げて上の横木に引っかけた。
もちろん子どもなんてどこのもいない。しかしそいつは、
「黒い子ども、黒い子ども」うわ言のように繰り返して、仕事になりそうもなかった。
ちょっとの間のことなのに、汗をダラダラかいて、かなりの熱があったんだ。
しかたなく会社に電話して応援を呼んだよ。

・・・祭壇の中は、カラスの他には水のコップ、三宝にあげた真っ黒い握り飯。
これも乾いてしなびてて、それと、小さな写真立てに白黒に近い薄い色の写真が一枚。
背景は豪華だけど下品な感じの神殿・・・これ、新興宗教とかの建物だろう。
その門の前で、白いガウンのようなのを着た若い女性が子どもを抱いてた。
ただし、生きた子どもじゃない。2歳児くらいの大きさの人形だろうな。
真っ黒で、やつが言ってる「子ども」というのはこれかと考えたが、
それだけ見れば、そんなに怖がるようなものでもなかった。応援が2人きたんで、
一人に若いやつを病院に連れてってもらい、あとの一人と最後まで仕事はやり遂げたよ。
旦那さんが自殺したっていうベランダはきれいなもんだった。カラスの死骸は、あちこち、
ベッドの中からも出てきて、100羽分以上もあったんじゃないか。大家に話をして全部廃棄した。
若いやつはそのまま入院したが、夜に病室を抜けだして近くの公園で首を吊ったんだよ。(続く)

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家 case1

2015.12.10 (Thu)
民生委員のMさん(男性)の話

あそこの家が空き家になったのは、かれこれ8年くらい前だねえ。
70代の老夫婦が住んでたんだよ。この家はその夫婦が建てたもんで、
当然、前の住人というのはいない。でね、その夫婦はある日突然失踪しちゃったんだ。
夜逃げ? いやいや、借金なんてなかったと思うよ。
旦那さんは教員で高校の校長までやったんだ。奥さんは50代でやめたけど、
やっぱり小学校の先生で、今とは違って年金額は大きかったはずだ。
夫婦仲はよかったよ。ケンカしてるとこなんて見たことがない。
2人とも頭も体もしっかりしててね、実は町内会長をお願いしたいなんて
依頼もしたくらい。引き受けてはもらえなかったけど。
子どもさんは2人、どっちももういい歳だよ。
2人が行方不明になってから、何度も訪ねてきてるんだよ。

そりゃあ心配してたさ。でもねえ、こちらとしても何の心あたりもないしね。
悠々自適の老後だったはずだし・・・旅行?
いや、それなら子どもさんらに話していくだろ。
警察に捜索願も出てるし、海外に出たならパスポート必要だし、絶対わかるはずだよ。
ということで管理者がいないままだから、やっぱり痛みは激しいね。
なまじ総木材建築ってのがよくなかったのかも。
うーん、変わったこと? ああ、あったといえばあった。
これね、ご主人のほうから聞いたんだけど、小さい子どもが来るかもみたいな話をしてたね。
失踪する10日ばかり前の話。どういうことって聞いたら、
奥さんの昔の教え子の子どもだって。うん、不幸なことに両親とも亡くなって、
身寄りもない子どもを引き取るかもみたいなことだった。

いや、結局その子は来なかったというか、
来る前にいなくなっちゃったんだと思う。姿を見かけたりはしてないよ。
その子がどうなったかもわからない。施設に入ってるのかも。
この家はまだ、その老夫婦の名義なんだよ。
子どもさんらは失踪宣告してないから、処分することができないみたいだ。
まあね、子どもさんらはいい職についてるようだから、お金には困ってないだろうけど。
年に1度は人を入れて、掃除したり庭の手入れもしてるね。
生け垣も刈り込まれてあるだろ。不審者なんかが入り込んでるなんてことはない。
防犯上の問題はないんだ。ただ、妙にねえ、この庭にカラスが来るんだよ。
餌なんてないと思うんだけど、朝からガーガーうるさくてね。
それにカラスって気味悪いじゃない。ここらじゃ死ぬ人を察知して来るって言われてる。

パート勤務のAさん(女性)の話

はい、最初からお話します。午後の5時ころでした。あそこの空き家の前を通りました。
ええ、仕事の行き帰りに毎日通ります。これまでおかしなことはなかかったです。
その日は、もうだいぶ暗くなっていて、前を小学校3、4年くらいの男の子が歩いてました。
黒いランドセルをしょった。そうですね、小学生が帰るには遅い時間ですけど、
塾や学童保育なんかもありますから、変には思いませんでした。
ただ、その子が両手に新聞紙で包んだものを抱えて持ってまして、
それから液体がぽたぽた道路にこぼれてたんです。それで、ちょうど買い物帰りで、
よぶんにビニール袋をもらってきてましたので、近づいて声をかけたんです。
「ボク、何かこぼれてるよ。オバサン袋持ってるからあげようか」って。
でも、その子は振り向きもしなくて。自分が言われたんじゃないだろうと思ってるだろうと、
横に回って顔をのぞき込んだとたん、息をのみました。

顔が真っ黒に見えたんです。ああ、これは黒人とかそういう意味じゃなく、
墨でも塗ったように真っ黒い顔。目だけが街灯に光って見えましたが、
何の表情も感じられませんでした。私が驚きで立ち止まってもその子はスタスタ歩いていき、
ちょうど切れ目になってるとこから、そこの家の生け垣に潜り込んだんです。
ランドセルが引っかかってガサガサ葉っぱが落ちました。
ええ、空き家だということは知っています。いえ、住んでおられた、
学校の先生夫妻のことは存じ上げません。その方たちが行方不明になってから、
私も主人もこちらに越してきたんです。その家から100mほど先のアパートです。
生け垣のすき間から中をのぞき込むと、その子が草ぼうぼうの庭の中に立ち、
新聞紙の包を広げて中のものを地面に落としました。
暗くてはっきりはしませんでしたが・・・生肉の塊のように見えました。

そしたら、5、6羽、もっといたでしょうか。大型の鳥がトットッと歩いてきて、
その肉をついばみ始めたんです。闇に溶けるような感じだったんで、黒い鳥、
たぶんカラスじゃないかと思います。ああ、それは知ってます。
カラスは夜行性ではなく、もうねぐらに帰ってる時間帯だってことでしょう。
でも、鳴き声はたてませんでしたが、そう思いました・・・
むしろその子のほうが「クッ、クッ」という声を出してて、笑ってたのかもしれません。
数分鳥を見ていましたが、庭を歩いて裏手のほうへ消えていったんです。
まあ、こんなことがあったんですが、これだけならおかしいというほどでもないでしょう。
顔が黒く見えたのは私の勘違いかもしれないし、鳥には単に餌をやっただけ。
それで、気になって次の日の朝そこを通ったとき、同じ生け垣のすき間から
庭をのぞいてみたんです。肉の乾いたようなものが少しだけ落ちていました。

それと、庭にはいませんでしたが、電線にカラスがたくさんとまって、
うるさいくらいに鳴いていました。 この日からちょうど一週間後のことです。
私の主人が。主人はIT関係の仕事をしていまして、勤務がものすごく不規則なんです。
昼過ぎに出社して、夜中すぎまで帰ってこなかったり、
3週間もぶっ続けで勤務が続いて、その後1週間休みがあったりという具合です。
その夜は、帰ってきたのが夜中の1時ころでしたね。
遅いときは私は先に休んでるんですが、そのときは起きていました。
アパートのドアが開いて、大声が聞こえるんです。主人の声でしたが、
酔っ払っているような感じで。でも、お酒はまったくといっていいほど飲めない人なんです。
とにかく近所迷惑になるので、「あなた、ちょっと声低くして」と言いながら出ていったら、
主人がドアにもたれるようにして立ってて、片手に何か持っていました。

「土産だぞ」と言って、私の足元に投げてよこしたんですが、
見たものが何かわかると、大声で悲鳴を上げてしまいました。ええ、カラスの死骸だったんです。
それから主人は、玄関先に崩れ落ちるようにして泣き出しまして・・・
「人を殺した、子どもを殺した」って。「何言ってるのあなた」
私がおそるおそるカラスの死骸をまたいで、主人に近づいていったら、
「ダメだ。自首する」 この言葉を残して走り出ていってしまったんです。
後を追いかけましたが酔ってるとは思えない速さで、私はすぐに息が切れ、
立ち止まって主人の携帯にかけました。でも呼び出し音が鳴るだけで・・・
何度かかけ直すと相手が出たんですが、それが近くの派出所の警官だったんです。
主人が駆け込んでいたんですね。もちろん私も行ってみました。
そしたら主人が警官に、あの空き家の庭で男の子の首を絞めて殺したと言っていて。

でも、警察が空き家に行ってみても何もなかったんです。
庭はもちろん、翌日は現在管理している老夫婦の息子さんに連絡をとって家の中も。
何もなかったということでした。主人が派出所に駆け込んだときは、
泥酔に近い状態でしたから、警察のほうでは事件性はないだろうと判断したようです。
ええ、前の日にいなくなった子どももおりませんでしたし。
部屋に戻ってから、主人に前夜のことを問いただしたんですが、
同僚らとカラオケに行って、そこから記憶がないということで、人心地がついたときには、
自分がなんで派出所に来ているのかもわからなかったそうです。もちろん、
カラスの死骸をどこから持ってきたかもです。ただ私は、このことはあの空き家と
絶対に関係があるだろうと思っています。主人が殺したと言ったのは、
私が見たあの子かもしれません。ですから、もうあそこの前は通っていません。(続く)

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逆木の話

2015.12.09 (Wed)
私が中学生の時の話です。町に一つしかない中学校で、家からはずいぶん遠く、
自転車通学をしていました。それで、ルートが2つあったんです。
一つは町中の道路を通っていく正規の通学路で、
信号もあまりないような町でしたけど、それれも20分はかかりました。
もう一方は山の中を抜けていく道で、当時は舗装されていませんでした。
中学校自体が小高い丘の上にあるので、
この山道のほうは行きがほとんど登り、帰りが下りの道になってたんです。
ですから、ここを通るのは帰り道だけでした。自転車をこがなくてもどんどん下っていって、
10分ちょっとで家の近くまで出たんです。
親からは、その道は通るなと言われていました。学校からもです。
人気がないうえに街灯なども設置されておらず、危険だということでした。

ただ、今になって考えてみれば、それだけではなかったのかもしれません。
遠い昔に町で起きた出来事から、忌まれていた地であったのかもしれないです。
私は怖がりでしたので、暗くなってその道を通ることはありませんでした。
ところがあの日は、だるい感じがして部活を休んでしまったんです。
ですから学校を出たのは3時半過ぎ、まだまだ明るかったし、
自転車をこぐのもおっくうだったので、つい学校の裏手からその道に入ってしまったんです。
未知の片側は山の斜面で、反対はゆるい崖でした。
学校からすぐのところが急な下りになっていて、
しっかり握っていないとハンドルをとられてしまうくらい。
その先からはだらだらした下りでした。あちこちに石の出ている黄色い土の道を、
ゴトンゴトン走っていると、急に景色がぐらっと揺れた感じがしたんです。

いえ、自転車の揺れはなく、視界が歪んだみたいな。
そしたら、道の雰囲気がなんだか違って感じられたんです。
うまくは言えないんですけど、色あいが薄くなったというか。
それで、視界が開けたところに出て、そこからは崖の下の家並みが見えるんですけど、
トタン屋根がなくなっていて、ずっと田んぼが続いていたんです。それも、
あまり整備されていない昔の田んぼという感じで、遠くに行列が通っているのが見えました。
「え、おかしいな。こんな景色なかったはず」と思いましたが、
樹木の切れ目はそこで終わって、またゴトゴト自転車で下っていく・・・
あと数分で坂を下りきって農道に出るというとこまできたとき、
自転車のハンドルが大きくとられて、崖のほうにふらふら進んでいきました。
「落ちる」と思ってそっちのほうの足で地面を蹴り、ハンドルを思い切りきりました。

そしたら今度は逆に、山側の笹竹の茂みに突っ込んでしまったんです。
思わず足を出して茂みの中を蹴ろうとしましたが、
ガチンとすねのところが何か固いものにあたって、
自転車ごと茂みの中に横倒しになってしまいました。しばらくショックでそのままでいましたが、
なんとか自転車を起こすと、右足のすねに強い痛みがありました。
見ると、ちょうどソックスの上の部分が真っ赤にすりむけて血がしみだしていたんです。
笹は私が倒れたことで広範囲に倒れて、地面から四角い木の杭が出ているのがわかりました。
かなり太いものです。からからに乾いていて、
白っぽくなった15cm四方ほどの角材の頭の部分。
これに足をぶつけたんだろうと思いました。血の滲んだ部分をハンカチで軽く縛って、
なんとか下りていくと、普段と変わった様子のない農道に出ました。

家に入ってすぐ、「お母さん、自転車で転んだ。薬出して」と叫びました。
家は専業農家で、その時分はあまり作業のない時期でしたので、
両親とも家にいたんです。すぐ母が出てきて、私の足を見て、
「ああ、すりむけてるね。くじいたりしてない?」と聞いてきました。
「それは大丈夫」 「じゃあ風呂場に行って洗ってきなさい。そのあと消毒するから」
母が持ってきたタオルで足を押さえながら、廊下を通って風呂場に行こうとしたとき、
居間でテレビを見ていた父が急に首だけふり向いて、
「逆木だあ」って言ったんです。普段はわりと甲高い声の父でしたが、
そのときの声は低くてなんて言ったか最初はわからないくらいでした。
「え、お父さん、何?」 「え、何も言ってないぞ。それより病院行かなくてもいいのか」
「そこまでひどくないよ。大丈夫」

風呂場で傷口を洗ったんですが、薄く皮が向けているだけで強い痛みはありませんでした。
ただ、数mmほどの細かな木のささくれが、一面にくっついていたんです。
「いちおう医者に見てもらいましょ。まだ時間は早いし、やってるから」
それで、母の運転する軽トラに乗って、近くの外科に行ったんです。
小さい頃から世話になっている年寄りの先生が出てきて、
「おやまあ、たいしたことないけど、木くずはとってしまいましょう」
そう言って、ピンセットで細かな木のささくれを一つずつ抜いていって・・・
そのうちふっと意識が途切れてしまったんです。気がつくとベッドで点滴をされていて、
すごく熱っぽかったんです。両親と弟が周りにいて、心配そうに私を見ていました。
先生の話だと、ケガとは関係ない風邪の症状だろうということでしたが、
入院しても、40度近い熱がずっと下がりませんでした。

それと足の傷も治りが遅く、足首が膿んで倍近くに腫れてしまったんです。
熱が下がり、膿が出なくなると、今度はカラカラに皮膚が乾いて黒くなってきました。
それで、ここではダメだということになり、県庁所在地の大学病院に転院しました。
特にばい菌が入ったとも思えないのに、組織が少しずつ壊死してきているという説明でした。
一時は足の切断という話まで出たんですが、それはなんとかまぬがれまして、
退院することができたんですが、結局5ヶ月も入院したんです。
家族は「えらい災難だったが、とにかく治ってよかった」と喜んでいました。
これがそのときの傷跡です。いまだに黒い跡が残ってますでしょう。
しかも十字の形に見えますよね。どうしてこんなことになったのか、
ずっとわからなかったんですが、一昨年のことです。
私が自転車で転んだあの山道を、幅を広げて舗装道路にすることになったんです。

そしたら事故が続き、重機のショベルの誤作動で2人の作業員の方が亡くなったんです。
切り崩した山の斜面から、十数本の十字型に組まれた木が出てきました。
ええ、どれも鎖もせず、むしろ乾いて真っ白になっていました。
これ、たぶん私が藪の中で足をぶつけたものだと思うんです。
大学の先生が来ていろいろ調べた結果、それは江戸時代の処刑に使われた磔の木じゃないか、
ということになりました。それも、隠れキリシタンのです。
このあたりは江戸の後期頃にそうした出来事があったという記録が残っているんです。
その十字の木が掘り出されてからは、工事は事故もなく進み、
今では立派な道になっていますが、私は通らないようにしています。
これまで交通事故が起きたという話はないんですが、わからないですよね。
それこそ、さわらぬ神にたたりなしですよ。

だって、私のケガや事故のことは偶然で済むかもしれませんが、
あのとき途中で見た昔の風景、あれは絶対に説明がつかないんですよね。あと父が言った、
「逆木」という言葉も。ちらっと目に入っただけでしたが、遠くの道に見えた行列には、
馬に乗った人や、白い着物のたくさんの人がいたような気がします。
あれはもしかして、キリシタンの人たちが刑場にひかれていく場面だったんでしょうか。
でも、もしそうだとしたら、殉教者の人たちは天国に行っているはずですよね・・・
とにかく、このとこがあって以来、山や茂み、
土の出ているところが怖くてしかたがないんです。
だって、どんな由来のある、恨みがこもってるかもしれないものが埋まってるか、
わからないじゃないですか。まあこんな話なんです。
みなさんもお気をつけください。








聞いた話 2題(予知?)

2015.12.08 (Tue)
模様

これは自分が仕事でつき合いのあるカメラマンのAさんから聞いた話です。
Aさんが写真専門学校の学生だった頃だそうですから、
かれこれ20年も前の話ですね。そのころのAさんの友人の一人にHさんという人がいまして、
ちょっと変わった感じの人でした。自己紹介のときに、
自分は変わり者ですと名乗ったそうです。
Aさんの話では、Hさんは頭はかなりよく、美的なセンスも十分あったそうですが、
集中しているときとそうでないときの差が、ものすごくあったそうです。
わかりやすく言うと、自分が興味のあることには何時間も熱中し、
そうでないことは我慢がきかない。ほとんどの人はは多かれ少なかれそうだと思いますが、
Hさんは極端で、学校の講義でも、カメラと関係のない内容には、
ものの十分もじっとしていられず、あちこち見回したり、ノートに落書きしたりしていました。

で、そのノートを見せてもらったこともあるんですが、
Hさんはすべての講義内容を一冊にまとめてメモしてあり、その余白に落書きがあったんですが、
これがすべて同じに見えるものだったんです。
Aさんには具体的な意味のない抽象画に思えたそうです。
シャーペンで斜線を入れた背景を描くことで、白く残した部分が模様に見えるわけですね。
それが、ある部分は丸であったり、ある部分は長方形、
また飛び離れた島のようなところがあったり・・・今、島と言いましたが、
全体的に地図の大陸のように見えたということでした。その同じ模様が繰り返し書いてある。
Hさんの言うには、「これは物心ついた、たぶん小学校の低学年のときから、
 繰り返し書いているものだが、自分でも何なのかはわからない。
 ただ、どう書かなければいけないかはわかるし、書いているとスッと気が落ち着く」

Aさんはかなり豪快な人柄で、友人が多くいたんですが、
HさんはAさん以外に学校で親しく話す人がおらず、
だんだんに出席も少なくなっていき、ついに出てこなくなってしまいました。
で、しばらくしてAさんはHさんに道で声をかけられたんですが、
車に乗っていまして、しかもなんとポルシェだったそうです。
中古で買った、という話でしたが、年式はそう古いものではなく、
Hさんがバイトをしているという様子もなかったので、Aさんは「ははあ、家が金持ちなんだな」
くらいに思っていたそうです。そのときは「すげえな、今度乗せてくれよ」などと言いましたが、
ついにその機会は訪れませんでした。というのは、翌年の正月2日、
Hさんはポルシェで事故って亡くなってしまったんです。
高速道路のトンネルの壁に突っ込むという自損事故で、同乗者はありませんでした。

地元の新聞に載ったところでは、原因は、スピードを出し過ぎていたのは確かですが、
トンネル内ですのでカーブがあるわけでもなく、
一種の催眠現象なのかもしれないとのことでした。
Aさんは友人代表として葬儀にも出席したそうですが、Hさんの実家はやや離れた県の旧家らしく、
地元の議員などが大勢出席していて、Aさんは交通費まで頂いたそうです。
で、ノートの模様の話に戻りますが、その年の夏、
Aさんらは仲間の持っているミニバンに同乗して海に行きました。
そのときにHさんの事故現場を通ったんです。当然その話になり、
「どこにぶつかったんだろう」とトンネル内を皆で見ていたんですが、
中央付近の一ヶ所に、新しくコンクリを塗り直したと思われる部分があり・・・
もうおわかりだと思いますが、それがノートにあった落書き絵と同じ模様だったそうです。

カレンダー

これは雑誌のイラストなどを描いているKさんからうかがった話です。
けっこう微妙なところのある内容なので、少しぼかして書きます。5年前の話です。
Kさんは当時、2歳と3歳の年子がおり、上が男で下が女。
イラストの仕事は休んで専業主婦をやっていました。
これは子育てばかりではなく、お姑さんの介護もあったんですね。
Kさんの旦那さんはIT関係の会社を経営しており、
2世代同居でした。といっても、お舅さんは早くに亡くなっていて、
Kさん、旦那さん、2人の子ども、お姑さんの5人家族だったんです。
それで、Kさんお姑さんがあまりうまくいってなかったんです。
お姑さんは前の年に卒中にかかり半身にマヒが残っていましたが、
気丈な人で、トイレには自力で行っていました。

また、旦那さんの会社が成功していることもあり、
電動ベッドなどの最新の機材を取りそろえ、家の中も改築し、
日中の大部分をヘルパーさんに来てもらっていました。ですから介護といっても、
それほど大きな肉体的負担があるわけではなかったのですが、
お姑さんは、Kさんが嫁に来たときから、Kさんのやることなすことが気に入らないようで、
嫌味を言われっぱなしだったんですね。それが病気を得て、ますますひどくなりました。
かなり精神的にキツかったとおっしゃっていました。
で、その日も昼食の介助をしたとき、お姑さんに嫌なことを言われ、
Kさんはかなり落ち込んで子供部屋に戻ってきました。
上の子は幼稚園に行っていて、下の女の子だけが積み木で遊んでいましたが、
子どもの顔を見ると、スーッと心が晴れる気がしました。

娘さんは2歳でしたので、だいぶ話ができるようになっていましたが、
遊んでいた手を止め、「数字がついたのがほしい」と言い出しました。
最初は何のことかわかりませんでしたが、「壁にあるやつ」ということで、
カレンダーのことかなと思いました。それで、子供部屋にはないので、
居間のを持ってきて与えたんですが、「これじゃない」と言ってぐずり、
「おばあちゃんのへやにあるやつ」と言ったんだそうです。
もちろん子どもたちも、お姑さんの部屋には何度も出入りしていて、
あるのはわかっていたんでしょうが、「不思議なことを言うなあ」とそのとき思ったそうです。
「あれはおばあちゃんのだからダメよ」とたしなめたのですが、
ひっくりかえって泣き叫び始めたので、しかたなくお姑さんの部屋に行ってみました。
ちょうどそのあたりの時間は昼寝していることが多かったんです。

それでそうっと部屋に入ってみましたら、介護士さんが、
「よく眠っていらっしゃいますよ」と言い、Kさんは何気ないふうにカレンダーを外し、
子ども部屋に持っていきました。
そのカレンダーは年寄りにも見やすいように大きな数字が印刷されたもので、
その部分が気に入ったのかと思いながら娘さんの前に広げると、
たよりない手つきで一枚めくり・・・次の月のところということですね。
それから立ち上がって赤い色のクレパスを持ってき、
止める間もなく、「21日」のところにグリグリと印をつけました。
「これ何なの? 何の日?」と聞いても「しらない」という答えが返ってくるばかり。
実際、翌月のその日には家族に関係のある特別な予定はなかったんです。
これももうおわかりですね。その日、お姑さんが2度目の卒中で亡くなったんです。







座敷わらし あれこれ

2015.12.07 (Mon)
youtubeの座敷わらし動画が海外で評判になっているそうで、
今日はこの話題でいきます。題名に「あれこれ」とついているのは、
特に何かの結論めいたものはなく、さまざまな内容を羅列しているだけということです。
「座敷わらし」をWikiで見てみますと、
『主に岩手県に伝えられる精霊的な存在。座敷または蔵に住む神と言われ、
家人に悪戯を働く、見た者には幸運が訪れる、家に富をもたらすなどの伝承がある。』

似たような伝承は東北各地、それ以外の地にもあるようですが、
柳田國男『遠野物語』で、岩手県のが有名になったわけですね。
ちなみに豆知識として、柳田は「やなぎた」と読みます。「た」に濁点がありません。
ご本人は「やなぎだ」と読まれると訂正していたそうで。

水木ロードの座敷わらし像


まず、この座敷わらしですが、はたして幽霊なのでしょうか、それとも妖怪?
これについては自分は妖怪としてとらえています。
当ブログで何度か書きましたが、自分は基本的に、
幽霊というのは、生前のプロフィール(いつどこで亡くなった誰それさん)がわかり、
なおかつ周囲が「あの人が化けて出る(成仏できない)のはしかたない」
と納得する事情があるもの、として考えているからです。
ですから、もし座敷わらしのプロフィールがわかるのであれば、
幽霊と呼んでもかまわないという気がします。
座敷わらしが、もし幼くして亡くなった子どもたちの霊や念を集めたものであるとしても、
やはりそれは、妖怪として考えたいところです。

次に、座敷わらしに関連して、よく間引きとか口減らしとか子殺し系の話を説く人がいます。
『遠野物語』の成立に深く関わった、民俗学者の佐々木喜善氏によれば、
『座敷童子のことを、圧殺されて家の中に埋葬された子供の霊ではないかと述べている。
東北地方では間引きを「臼殺(うすごろ)」といって、
口減らしのために間引く子を石臼の下敷きにして殺し、
墓ではなく土間や台所などに埋める風習があったといい・・・(後略)』

こんな怖い話もWikiには載っています。もちろん飢饉時には口減らしはあったでしょうが、
それでなくとも明治以前の乳幼児死亡率は高かったのです。
どこの家系でも、幼くして病死等した子どもは多かったと思われます。ですから、
座敷わらしを村落共同体の暗部の象徴とだけみるのはどうかなあという気がしますね。

このことに関連して、自分の専門の考古学で思いつくのは「埋甕(うめがめ)」という、
縄文時代中期から後期にかけての風習です。ただしこれは東北地方ではなく、
中部から関東にかけて多かったものです。使用されるのは甕棺とまではいえない、
小型の甕で、土器棺と言ったほうがふさわしいでしょう。
甕棺のように葬送用に特別につくられたわけではなく、
日常使用された平口のものが多いようです。
これが縄文時代の住居の内や外に埋められているのが見つかります。
住居内に埋められたものは、中に産まれた子どもの胎盤を入れていた
という説がありますが、はっきりした根拠はありません。
一方、外に埋められたものからは乳幼児の人骨が出ています。

「埋 甕」


あまり深入りすることは避けますが、これらは素朴な古代呪術であると思われます。
縄文時代に間引きがあったかはわかりませんが、胎盤を入れて甕を埋めたものは、
産まれた子どもの健やかな成長への願いだったと考えられますし、
家の外に埋めたのは、次子や家全体の繁栄を願うものだったかもしれません。
ですから、座敷わらしについても「早世した子どもが家の守り神になる」
程度に考えたほうがよいのではないかという気がしますね。

『特徴的な民間信仰として、座敷童子がいる家は栄え、
座敷童子の去った家は衰退するということが挙げられる。こうした面から、
座敷童子は福の神のようなもの、または家の盛衰を司る守護霊と見なされることもある。』

このようにWikiに出ていますが、やはり家の守り神として考えられる面が大きかったのです。
ただ、座敷わらしに会える宿として知られていた、岩手県金田一温泉郷の「緑風荘」は、
2009年に起きた火事で、座敷わらしを祀る中庭の亀麿神社以外が全焼しました。
従業員・宿泊客は全員無事だったが、営業停止状態となっています。
宿のご主人は、「ずっと予約が満杯で、家族みなが過労状態にあったので、
火事になったのも座敷わらしの導き」とコメントされていましたが、
まだ再建のめどはたっていないようです。このあたりは塞翁が馬というか、
ものは考えよう、ということなんでしょう。

あと、Wikiに実に面白い記述があって、『高橋貞子著『座敷わらしを見た人びと』によれば、
座敷童子は大工や畳職人が、家の工事の際に気持ちよく仕事できなかったことに対する呪い
から生じたとする話も残っており、木片を薄く剥いだ人形を柱と梁の間に挟みこむ
などの呪法があったという。』
これ面白い話ですね。
たぶん工賃を満足に払ってもらえない、あれこれ文句をつけられたなどで怒った大工が、
木っ端に簡単な細工をして人形をこしらえ、
見えない部分に呪いとしてはめ込んでおいたということなのでしょうが、
なんか怖い話のネタとして使えそうな気がしますね。

最後に、水木御大と並ぶ昭和のオカルト漫画家、
つのだじろう氏描くところの座敷わらしが、テレビの映像中で目を開けたとする話です。
youtubeから引っぱってきました。

これはかなり反響を呼んだようです。たしかまぶたの部分には別種の塗料が使われていて、
紙を動かしたときの光の加減で目が閉じるように見えるという解説があったのですが、
みなさんはどう思われますでしょうか。





踏切と外国人の話

2015.12.06 (Sun)
専業主婦をしてるんですが、まだ子どもはいません。
これからするのは、ある私鉄の踏切と外国人男性の話なんです。
最初の2つは同じマンションのお友達から聞いたもので、
それが私にも関わってきたというか・・・聞いてからどういうことかを考えていただければ。

赤い目

Mさん、としておきます。歳は私より2つ上で、マンションの同じ階に住んでいる方です。
今年4歳になるかわいい娘さんがいるんです。
4ヶ月ほど前の日曜日に、その娘さんを連れて買い物に出たそうです。
車は持ってないので、歩きで近くのショッピングモールに。
その帰り、たくさん買い物をして両手がふさがっていたため、
いつもはつないでいる娘さんの手を離していたそうです。
どれで、その踏切に出たときには、もう遮断機が下り、警報が鳴っていたそうです。
うーん、何の変哲もない踏切なんですよ。開かずの踏切とも言われてません。
そんなに列車の本数は多くないんです。特におかしな噂もなかったと思います。
いい天気で、のんびりと踏切が開くのを舗道で待っていたら、
突然、すぐ前にいた娘さんの体がビクンと震えたのがわかったそうです。

それで、いきなり踏切に向かって走りだしたんだそうです。
一瞬おいて、娘さんをつかまえようと手を伸ばしましたが届かず、
ゴーッという電車の近づく音が聞こえました。娘さんはすでに遮断機の下をくぐりぬけ、
線路にまで入っていたんです。そのとき、「☓◯☓◯」という意味不明な声が背後から聞こえ、
巻き毛の金髪の背の高い外人男性が走り出てきて、
滑りこむようにして遮断機をくぐり、立ち上がって娘さんを抱きかかえたそうです。
娘さんは両手を上に伸ばして暴れるしぐさをしましたが、
外国人男性はそのまま後ろに飛び下がり、そこへ電車が走り込んできたんです。
間一髪だったということでした。外国人男性に抱えられて戻ってきた娘さんは、
まだジタバタと暴れていました。両目がつり上がって、しかも真っ赤だったそうです。
これ・・・普通目が赤いといえば、白目の部分が充血してるという意味ですよね。

ところがそのときは、娘さんの黒目の部分が燃えるような色になっていたということで。
外国人男性が、またわからない言葉で娘さんに何かを言い、
つるんと大きな手で顔をなでたとたん、娘さんは大人しくなり、
きょとんとした顔つきになったそうです。Mさんは安堵のあまり腰が抜けそうでしたが、
外国人男性から娘さんをうけとって強く抱きしめました。
それから、英語がとっさに出てこず、日本語でお礼を言いました。
すると外国人男性は、アクセントは多少変なものの、
文法的にはおかしなところのない日本語で、「いいんです、いいんです。
 ここの踏切は、お子さんとは相性が悪いようです。次からは別の所を通られては」
こう言ったそうです。そしてスタスタと立ち去ってしまったということでした。
家に戻ってから娘さんに踏切のことを聞いても、まったく何も覚えていなかったんですね。

昔の人

これも同じマンションのUさんから聞いた話です。
Uさんは私より4つ下の歳で、まだ子どもはいません。というか去年結婚して、
越してこられたばかりなんです。このUさんが例の踏切で、
一人で電車が過ぎるのを待っていました。
そのときは上りと下りの電車両方が通ったため、かなりの待ち時間があったそうです。
それで、まず最初に上りの電車が行き過ぎて、そしたら、
踏切の向こう側の一番前に、一人の男性が立っていました。
その顔を見て、Uさんはとても驚いたそうです。
なぜかというと、その男性はUさんの大学時代の恋人だったからです。
でも、そんなはずはありません。なぜなら、昔の恋人はUさんとつき合ってから、
4年目の夏に、ここからはかなり離れた海岸で溺死していたんです。

だから、他人の空似だと思いました。まあ当然ですよね。
ところが、Uさんと線路をはさんで目が合うと、その男性は懐かしそうに微笑み、
それからUさんに向かってしきりに手を振ったんです。
その仕草が、昔の恋人そのままで、Uさんはぼうっとしてしまいました。
そのうちに下りの電車がきて、恋人の姿はまた隠れてしまいました。
ありえないことだけど、あの人が生き返ってきたんだろうか?
そんな考えが頭の中を渦巻いて、Uさんは結婚してしまったことを後悔までしたんだそうです。
この電車が過ぎてもまだ、その人が向こう側にいたら・・・
電車が行き過ぎました。どうなったと思いますか?
ええ、その人はまだ向こうの舗道ににいたんです。
でもその肩に、頭一つほど背の高い外国人男性が腕を回していました。

Uさんの昔の恋人は、さきほどの生き生きした表情はなく、
ぼんやりと虚ろな感じで、外国人の男性がその耳に向かって、
しきりに何かを語りかけていたんです。するとだんだんに恋人の体が透けていって、
警報が鳴り終わり、遮断機が上がる頃には、ほとんど消えてしまっていました。
外国人の男性は、肩に回していた腕を下ろし、
そのまま真っ直ぐにUさんの方へ向かって歩いてきました。
そして、よろよろ歩き出したUさんの前で立ち止まり、Uさんを見下ろすようにして、
「今、何か見ましたか? 見てはいけないものを見たでしょう。ダメです。
 あなたもこの踏切とは相性が悪いようです。ここ通らないで、回り道してください」
こんなふうに言ったそうです。Uさんは問い返そうとしましたが、
外国人男性はもう歩き出していて、かなりの速さで遠ざかっていくところだったそうです。

図書館で

この2つの話をたまたま連続して聞きまして、私は好奇心を持ったんです。
その踏切は私はあまり通らない場所にあったんですが、ヒマにまかせて行ってみました。
ええ、その外国人男性を見られるかもと思ったんです。
でも、そんな人はいませんでした。ちょっとがっかりしましたが、
まあそうだろうなあとも予想はしてたんです。
2人の話はたまたま外国人男性が出てきただけで、同じ人とはかぎらないし、
Uさんの話にいたっては、白昼夢じゃないかとも思いました。
陽炎がゆらめくような暑い日が続いていましたから。
・・・その夏の間、私は日中図書館通いをしていたんです。
これはお恥ずかしい話ですけど、エアコン代を節約するためでした。
午前中に掃除洗濯を済ませてしまって、暑くなる午後に自転車で図書館に向かいまして。

わりと近くなんです。それで流行の小説を借りだして2時間ほど読んで帰る。
そういう生活リズムができてきていました。で、今話したことがあったものですから、
ちょっとその踏切のことを調べてみようかと思ったんです。
まず手始めに地方新聞の縮刷版を見たんですが、すぐにやめました。
あまり膨大な量でらちがあかないと思ったんです。
その日は家に戻ってから、インターネットで検索してみました。
ええ、事故の記録が見つかったんですけど、それが40年も前のものだったんです。
私が生まれる10年以上も前のことです。
ポーランド人の女性が踏切事故で亡くなったようですが、詳細はわかりませんでした。
当時はまだ、このあたりでは外国の方は珍しい時代だったと思います。
他に情報はないかと探したんですが、その記事だけでした。

翌日、図書館の郷土出版のコーナーに行って棚を見ていると、
「◯◯市鉄道史」という厚い本が目に止まり、読書コーナーに持ってきました。
そのポーランド人女性の事故のことが出てないかと思ったんです。
目次を見てもはっきりわからず、巻末についている年表にも事故のことはなし。
だいたい40年前あたりのところを読んでいるうちに、ふっと眠気がさしてきました。
気がつくと机に伏せて眠っていて、係員の方に声をかけられてしまいました。
恥ずかしくて顔が真っ赤になり、本を戻して帰ったんです。
それから2日間、図書館には行きませんでしたが、ほとぼりが覚めたかと思ってw
また行ってみました。鉄道史の本はコーナーになくなっていました。
カウンターに行って同じ本が書庫にあるかどうか聞こうとしたんです。
そしたら、衝立の陰から外国人の男性が立ち上がりました。

見上げるほど背が高く、おそらく私よりも若いと思える人でした。
外国人の男性は私に向かって、小声で「あなたが探してる本、私が借りました。
 読まないほうがいいです。それがあなたのため。
 あの踏切について調べるのはよくないです。心配しないで。 ワタシが、
 父の代からずっと、邪悪なものからずっと守っていますから」
こうささやいてにやっと笑い、立ち去って行ったんです。

あじゃかっかあい






ある屋敷の清掃

2015.12.05 (Sat)
俺はある大学に6年いたんだが、これはその5年目の話。
授業はほとんどなくてね。就職活動が嫌でダラダラしてたんだが、
ずっと金欠なのにはまいった。バイトはしてたよ。便利屋の下請けみたいなこと。
そこの便利屋は退職したジイサン3人でやってたんだが、体力のいる仕事の場合は、
俺を含め、つてのある大学生に回してくる。不定期だったが時間だけはあった。
で、そのときのバイトというのが、ある田舎家の清掃だったんだ。
それと池さらい。これがすごいバイト料がよくて、2日間で5万。
ちょっと考えられないような額だろ。このときに少し疑ってかかればよかったんだが・・・
メンバーは俺を含め3人、それと便利屋のジイサンが一人監督でついてきた。
その人がハイエースを3時間運転して現地まで行ったんだよ。
時期は8月の終わりで、大学はまだ夏休み中だった。

着いた先は、まあ簡単にいえば廃村だな。過疎が進んで人の住まなくなった村。
住所は言うのはひかえておくよ。廃村といっても、
実際は年寄りが何世帯かはいたみたいだった。話をする機会とかはなかったがね。
その村の小高い丘の上にある典型的な豪農の屋敷。
世が世なら庄屋とか名主の家柄なんだろう。平屋だが20部屋近くあった。
庭も広くてな。手入れされてない植木が雑草に埋まってたよ。
9時に向そこに着いて、まず最初にやったのが池さらいだった。
家の縁側にそってくの字に曲がった池があったんだ。
水は緑色に濁ってて、生き物が住めそうには見えなかった。幸い臭いはほとんどない。
ジイサンは、「ここは水抜き穴もあるし、ポンプも持ってきてるけど、
 このままだと詰まってしまってどうにもならないから、これで大きなゴミをさらい出して」

そう言って、かなり頑丈な柄つきの網を3本取り出した。
それで、さらったゴミは木箱に詰めて持ち帰るっていう。
ジイサンの一人が、夕方頃に木箱を別の車に積んで持ってくるってことだったんで、
それまでさらったものは、池の脇の草の上に積み上げておくことにした。
でな、2人と1人にわかれて両端から池をさらい始めると、
上がってくるのは全部骨だったんだよ。犬といっても、大型犬はなかった。
小型犬やら猫、あるいはたぶんイタチとか山の野生の動物の骨。
まあ俺にその区別がつくわけじゃないが、頭蓋骨の形で人間のものでないことはわかった。
1回網を入れると、ずっしりという感じで藻で緑に染まった骨が上がってくるんだ。
それをザラザラと池の脇に積み上げていく。
まだ暑い時期だったから大汗をかいたよ。骨はいくらでも出てきたんだ。

何十体、いや百体近い小動物の死骸が投げ込まれてたってことだな。
これをさらうだけで、コンビニ弁当の昼飯をはさんで4時間はかかった。
ある程度までさらったところで、水抜き栓を開け、さらにポンプを使って水を草むらに流した。
底が見えてきたが、泥がたまってて、その中にも何本も大小の骨が沈んでたな。
そういうのも泥と一緒に全部拾い上げてるうち、
2台めのハイエースが大きな木箱を2つ持ってきた。
それにさらった骨を入れてると、さすがにあたりが暗くなってきた。
この日は泊まりだったんだよ。昼よりは少し豪華なコンビニ弁当が配られて、
それが夕飯。その後は屋敷の一番庭に近い部屋に入って俺たち3人が泊まる。
ジイサンら2人はそれぞれ車で帰ることになってた。
夜の間にさらった池に水を入れるって言ってたな。

その部屋は掃除されてはおらず、まずホコリをぬぐって寝場所を確保するところから始めた。
布団はなしで、それぞれ1枚ずつタオルケットを渡されただけ。
それで寒いということはないし、むしろ暑いので雨戸はもちろん、ガラス戸も少しずつ開けてた。
蚊が嫌だったし、蚊取り線香も渡されていたが、これがほとんどいなかったんだ。
電気はついたけどテレビがあるわけでなし、ラジオも持っては来てない。
これもジイサンたちから差し入れのウイスキーを飲みながら雑談してたが、
10時ころには半ば腐った畳の上に寝た。昼の作業で、体が疲れきっていたんだよ。
バイトは数々やったが、その池さらいはかなりの重労働だったんだな。
でな、部屋の電気を消したとたん、ギィー、ギィーという音が頭の上から聞こえてきた。
屋敷は広いけど平屋だから、上階からの音じゃない。
「なんだよこれ。うるせえな」仲間の一人が言った。

「家鳴りだろ、でなきゃ屋根の上に野生動物がいるとか」
「家鳴りって、さっきまで聞こえてなかっただろ。風もないし」
「猫がさかる季節じゃないけど、俺らの知らない山の動物かもしれん」
「赤ん坊の泣き声みたいで気味わりいな」こんなことを言い合ったのを覚えてる。
けど、その音は5分ほど続いてやんだんだ。それと同時に、俺はことっと寝入ってしまった。
それから何時間ぐらいたったか、仲間の「うわーっ」という叫び声で目が覚めた。
そしてすぐ電気がついた。「なんだよ。何かあったのか」俺が立ってるやつに声をかけると、
「今、顔の上を何か踏んでった。小さいものだ」こう言った。
「あー、やっぱ戸を開けてるから動物が入りこんだのか」
「いや、動物・・・そうかもしらんけど、どうもなあ・・・」
そいつは何だか煮え切らない返事をした。部屋の中を見渡しても何かがいる様子はなかった。

その部屋から他へ通じるふすまは閉めてあったし、もし動物が入ってきたとしても、
またガラス戸から出たのか、でなきゃそいつが寝ぼけただけだと思った。
時計を見ると4時だったんで「もうすぐ夜が明けるし、暑くないから戸を閉めて寝るぞ」
で、また俺は吸い込まれるように寝てしまったんだ。次に目が覚めたのは8時過ぎで、
仲間は2人とも起きてて、縁側から庭の池を見ていた。
俺が起きていくと、池の水が3分の1ほどたまってた。
便利屋のジイサンの一人が来てて、車から小ぶりの箱を持ってきた。
何をするんだろうと思ってたら、箱の中から金色の仏像、15cmくらいの小さなものだったが、
それを3体、池の水の入った底に間隔が均等になるようにして立てたんだ。
「あれ見ろよ」仲間が池の底を指差した。澄んだ水の底に、
小さな足跡のようなのがいくつもあった。人間の、赤ん坊の足跡のように思えた。

朝飯のおにぎりと牛乳をジイサンからもらって、その日の仕事を聞いた。
家の中の拭き掃除ってことで見取り図を渡された。部屋数を考えて俺らはげんなりした。
ただし、トイレや風呂、その他にも掃除しなくてもいい部屋もあって、
そこには入るなってことだった。雑巾とバケツを渡され、
雑巾は汚れきったら捨ててもいいと言われた。それと奇妙なことだが、
バケツの水は池から汲めって言われたんだ。言われたとおりにしたよ。
一人が6部屋の担当で、ホコリのせいで雑巾はすぐダメになった。
バケツの水もすぐに真っ黒になって、何度も草むらに捨て、池から汲みなおした。
そんなこんなで、昼飯をはさんで全部終わったのが3時過ぎだったな。
それからジイサンのハイエースに乗って、大学のある街に帰ったわけだ。
着いたら6時過ぎてて、ジイサンは「あんたら頑張ったから、色つけてある」

そう言ってバイト料の封筒を渡してよこした。中を見ると6万入ってた。
2日で6万は、かなり疲れたがたしかに割はいい。だけど何か釈然としないものがあったんだ。
それで、ジイサンが帰ってから3人で近くのファミレスに入った。
金があるんでステーキを注文して、いろいろ話した。
夜中に叫んだやつは「俺の顔の上を通ってたのは、赤ん坊じゃないかと思う。
 だってよう、動物なら毛があるだろ。それがすべすべしてたし、なんかミルクのにおいもした」
もう一人も、「あの池さらい変だよな。何であんな動物の骨が入ってるわけ? それと・・・
 これは違うかもしれないけど、形の残ってる頭蓋骨は犬猫のものだろうけど、
 くしゃっとつぶれたやつの中に、人間の赤ちゃんじゃないかと思えるのがいくつかあった。
 それにジイサンが池に沈めた仏像はありゃ何なんだ? 変すぎるだろ」
それから3人でいろいろ考えたが、はっきりしたことはわからなかった。

ただ、何か赤ん坊にかかわることだとしか・・・
でな、これからのことは関係があるかはわからないんだが。俺はこの後、
大学はなんとか卒業したが、就職はぜずにアメリカに渡った。
観光ビザで不法就労してたんだよ。向こうで女もできてな。
結婚するつもりはなくて避妊してたんだが、子どもができてしまって。
彼女は産むといってきかなかった。だから俺も向こうの人になる覚悟を決めようと思ったわけ。
ところが、5ヶ月目に流産してしまって、それをきっかけに別れることになったんだ。
日本に戻って就職した。ベンチャー企業でやりがいがあるし成功してる。
結婚もしたんだよ。だけど2回妊娠して、2回とも流産だったんだ。
医者の話では、女房の体に問題があるということではないようだった。
でな、このバイトのことが気になるんだよ。俺以外の2人が今どうなってるかも。







恐怖の2面性

2015.12.04 (Fri)
やや古い、今年1月のニュースですが、今日はこれでいきます。
当ブログの裏テーマである「恐怖」に関する心理学的な話題です。
ただし、後半の内容はあまり自信はありません。

『愛知県犬山市にある京都大学霊長類研究所の正高信男教授(認知神経科学)
らの研究グループは、恐怖心が冷静な判断を誤らせるという心理学の定説とは逆に、
判断力を高めるという新説を実験を通じ打ち出した。
実験は大学生108人と小学4年生25人を対象に行い、
誰もが恐怖心を抱くとされるマムシなどの毒ヘビ20種類と、
人の気持ちを和ませる花20種類について、それぞれ赤、青、緑のカラー写真を用意。
その写真をパソコン画面で無作為に見せたうえで、「ヘビの写真は何色か」
「花の写真は何色か」という回答をボタン方式で求め、反応時間を調べた。

その結果、大学生も小学生もへビの色を答える時の方が花の色を答える時よりも
迅速なことがわかり、大学生は平均で0・5秒、小学生も平均で0・3秒早かったという。
正高教授は「恐怖心による機敏な反応は危険を回避するために必要な対応といえる。
今回の実験結果は、恐怖のようなネガティブな感情は
人間の判断を鈍らせるとする心理学の基本原理に異を唱えた英国の生物学者、
ダーウィンの主張にも合致する」と話している。』
(読売新聞)

これは定説に科学的な根拠がなかったということなんでしょうか?
恐怖のために行動が阻害されてしまう、ということも確かにあると思いますが、
やはり生命の危機に直結した事象に対しては、
それを避けるために脳の活動が鋭敏化される、
と考えたほうが理屈に合っていますよね。
ただ、この反応時間を考えれば、自分には意識しての行動というより、
無意識の領域での反応ではないかと思われます。

人間の脳活動の95%以上?は無意識の活動であると言われます。
わかりやすいところでは、まばたき、呼吸、発汗、癖などがそうでしょう。
われわれが「意識して行動している」と考える部分というのは、
じつは脳の活動の中ではそれほど多くはないのです。
われわれが蛇を見た瞬間にパッと逃げるという行動が、
意識的な判断によるものかは、自分には疑問に感じられます。

というのも、前に「あなたの恐怖は先天・後天?」の項で取り上げたように、
われわれの蛇に対する恐怖というのは、
先天的なものであるという実験結果が多いのです。
ですから、おそらく脳の中には蛇の形や模様、臭いなどを察知して、
瞬間的にそれを避ける、というメカニズムがあるのではないかという気がします。
関連記事 『あなたの恐怖は先天・後天?』

これは人類の進化の過程で獲得されたものでしょう。
無意識によって蛇を避けた後に、意識のほうへ「蛇から逃げた」
という内容が伝わってくると考えたほうがいいのではないでしょうか。
蛇だけではなく、われわれは無意識のうちに、
さまざまな危険を避けて生活しているのだと考えられるのです。

さて、何を言いたいかといいますと、
一口に恐怖といっても、このような無意識が判断する恐怖と、
そうではなく、意識が感じ取る恐怖とがあるのではないかということです。
ただし、意識と無意識の境界というのもはっきりと定まっているわけではないので、
以下の論が正しいかどうかはわかりません。
眉唾で聞いていただければありがたいです。
例えばホラー映画などだと、意識的な恐怖と無意識的な恐怖が混在しています。
主人公が幽霊屋敷に真夜中に入っていくとします。ここですでに怖いですよね。
それは、屋敷の中でさまざまな怖ろしいことが起きると予想できるからで、
意識的な恐怖と言えるのではないでしょうか。

これに対し、主人公がせまい廊下を歩いているとき、
突然、ドーンという効果音とともに横のドアが開いて何かが襲ってくる。
このときの恐怖は、無意識の領域に働いている本能的なものではないかという気がします。
このあたりのことはハリウッド映画は上手で、サスペンスなども含めた、
さまざまなテクニックの蓄積があります。
これに対しジャパニーズホラーは、不気味な雰囲気や歪な人間関係、
常軌を逸した登場人物の行動などにより、
われわれの意識に訴えかける理知的な恐怖に優れているような気がします。

ところが怪談、怖い話の場合は、
映画のテクニックでいう「コケ脅し」を使うのが難しいです。本を読んでいて、
先を読むのが嫌で閉じてしまうということはあっても、
いきなり本を放り投げてしまうほど怖がるということはないですよね。
ですから、ほとんどの部分を意識に訴えかける恐怖、
で勝負していかなくてはならないんですね。しかも後天的な恐怖は、
どんなパターンが怖いと感じられるかは、人によって違いがあるようで、
難しいなあといつも思います。








学校祭のときの話

2015.12.04 (Fri)
あの、中学2年生なんです。今年の学校祭のことだから9月の話です。
わたしたちの学校では、文化部以外の生徒はいろんな部門にわかれて活動するんですけど、
わたしと美佳と留衣は同じバレー部で、しめし合わせて部門も古本バザーにしたんです。
やる前はわりとヒマかなと思ってたけど、はりきって声かけしたせいか、
予想よりたくさん本が集まったんです。生徒もそうだけど、
PTAと先生方がたくさん出してくれました。それで、
計画では展示販売は一つの教室だったんだけど、せっかく集まった本だから
きれいに並べたいと思って、もう一室借りられないかって考えたんですけど、
両隣の教室も展示するものが決まってて、空けてもらえないんです。
でも、うちの学校は少子化で生徒が少なくなっていて、
何の展示もない教室がけっこうあったんです。だから3人で校内をぶらぶら見て回ってました。

2教室が続いて空いてるとこは見つかりませんでした。でも古本バザーをやるのはB棟の2階で、
その一番向かって右端の教室は空いてるみたいでした。
だから、そこの隣の教室でやる喫茶室とわたしたちの場所を代わってもらえば、
2教室でできるかなあと思ったんです。端の教室はもともと生徒が出入りするとこじゃなく、
運動部がもらってきたトロフィーで飾りきれないのをしまっておくような場所でした。
学校祭の準備期間は、先生がたがやったんだと思うけど、
前後の出入り口に「立ち入り禁止」の札が掛けられてて、
戸の前に机が置かれて入られないようになってました。
でも、もともとは普通教室だから、鍵はかけることができないんです。
美佳が、「ちょっと中見てみて、簡単に片付けられそうだったらここ貸してもらうよう、
 先生に交渉してみようよ」こう言ったので、

机をどけて中に入ってみました。電気をつけたら、机やイスはいっさいなくて、
黒板と反対側の壁にケースがいくつもあって、そこにトロフィー類が並べられてるだけでした。
「超いいじゃない。この教室遊ばせておくのもったいないよ。◯◯先生に話しにいこ」
留衣がそう言ったんですが、わたしはちょっと嫌な気がしました。
というのも、そこに入ったときすぐヒヤッとした感じがしたからです。
はい、霊感っていうのかな。そういうのがわりとあるほうみたいなんです。
子どもの頃からいろいろとあったんです。あ、それもよかったら後で話しますよ。
でも、美佳も留衣もまったく気にならないみたいだったから、
私も調子を合わせたんです。そうしてるときに、
急に私たちが机をよせた入り口から人が入ってきて、
「こら、あなたたち、ここ立ち入り禁止でしょ」って大声を出したんです。

そっちを見たら、☓☓先生だったんです。☓☓先生は40代くらいの女性で、
その年に赴任してきたばかりでしたが、生徒にはあまり好かれてませんでした。
口うるさいし、授業もどのクラスでもあまりうまくいってなかったんです。
国語の先生でしたが、生徒に発表させず先生が一方的にしゃべるばかりで、
飽きた子が居眠りしたり、ノートにイラストを書いたりするとすごく怒ったんです。
「あ、すみません。でも、私たち、ここ使えないかどうか見てたんです」
私がそう言い、2人もうなずきました。でも☓☓先生は、
「使えないところだから、立入禁止にしてるんでしょ。さあ、早く出なさい」
そう命令口調で強く言ったので、カチンときた留衣が、
「でもここ、物の移動もないのにどうして使えないんですか?」と食い下がりました。
☓☓先生はそれには答えず「出ないならあんたたちの担当の先生にさぼってたって報告するから」

さらに怒ったので、美佳が留衣の制服を引っぱって、
とりあえず出ようとしたんです。そのとき、窓の外で騒ぐ声が聞こえました。
B棟全体が学校の裏の通りに面していて、
その道でおそらく女子が大きな声で話しているようでした。
☓☓先生は声のする側の窓に近寄りカーテンを開けました。
それから窓も開け、「あんたたち何部? 何の部門? 大声で立ち話しないで早く帰りなさい!」
そう下に向かって怒鳴りました。私たちも窓に近づいていくと、
たぶん2年生の女子テニスの生徒が数人、自転車に乗ってこっちを見上げていました。
裏通りは人通りが少ないので、部活帰りの生徒が溜まって立ち話をしてるのは、
近所からの苦情もあり、前からやめるように注意されてたんです。
5時半を過ぎてたので、外は暗くなっていて あまりはっきりはわかりませんでしたが、

その子たちの一人がこちらを指差して何か言ってるようでした。
「そこで立ち話しないように言われてるでしょ。すぐ帰りなさい!」
☓☓先生はますます怒って声を張り上げたので、その子たちはパーッと走り出しましたが、
そのうち何人かは、自転車に乗りながらまだこっちを指差していたんです。
☓☓先生は興奮した様子で窓とカーテンを閉め、
私たちはひとしきり怒られてから、自分たちの教室に戻ったんです。
担当の先生に2教室を使いたいということを話したら、はじめから1教室でやる計画だし、
端の部屋は使わないことにしてるので無理だけど、
展示用の机を増やしてもらえるよう交渉すると言われ、それで納得してその日は終わったんです。
翌日、テニス部の子が寄ってきて、「きのうの帰り、B棟の端の教室に☓☓先生といたでしょ」
と聞いてきたので、「あのときわたしたちも怒られてたの」と答えたら、

「☓☓のやつウザいよね。・・・それより、☓☓の横に真っ赤な女が立ってたよね。
 あれ何?」でも、何と言われても何のことかわかりませんでした。
「赤い女って? 赤い服を着た人ってこと?」 「うーんそうじゃなく、窓から見えた上半身が、
 ライトで照らされたように赤いの。それが☓☓のすぐ横にいて、
 それで怖くなっちゃって。みんな見たし、帰る途中ずっとその話してた」
でも、その場には☓☓先生とわたしたちしかいなかったのは確かだし・・・
怪談みたいなものだろうかとも思いましたが、そんな話は聞いたことがなかったんです。
ソフト部の子たちは、この話をあちこちでしたらしく、
「☓☓先生が呪われてる」みたいな噂になって、わたしたちのところに戻ってきました。
☓☓先生は、学校祭では担当の部門がなかったみたいで、あちこち回って歩き、
生徒を見とがめては怒ってばかりいたので、その腹いせもあるのかと思っていました。

それで、いよいよ明日が学校祭という前の日、集まってきた古本を人気や本の痛み具合などで分け、
きれいに並べて値札をつけたりしていたので、かなり遅くなってしまいました。
その日は塾がある ごめんね、と言って美佳は先に抜けたので、
7時過ぎに留衣といっしょに自転車で帰ったんです。自転車小屋を出ると学校の裏の通りで、
B棟が見えるんです。私は前のことを思い出して校舎を見上げたら、
端の教室にだけ明かりがついてました。留衣もそっちを見てて、
「あれ、☓☓先生じゃない?」って言いました。窓際に誰か人が立っていて、
それは確かに☓☓先生に見えました。「あの先生、呪われたんだよね」
「まさか、あのときわたしたち同じ教室にいたじゃない」そのときです。
☓☓先生の背後から何かが出てきました。それはぼうっと赤く、
ライトに照らされたように光っていたんです。

「あ、あ」女の人の輪郭のようでしたが、顔形はわかりませんでした。
☓☓先生はまったくそれの存在には気がついていないみたいでした。
赤いものは先生のすぐ隣にいましたが、だんだんに☓☓先生に重なるようにして、
先生自体が赤く光り始めたんです。「これ、ヤバイんじゃない?」
「帰ろ、あっち回って帰ろ」遠回りでしたが、私たちは明るい通りに出て家に戻ったんです。
学校祭では、バザーにたくさん人が来てくれて本も予想以上に売れました。
お祭りが終わって学校は通常の授業に戻ったんですが、
☓☓先生は前以上に授業で怒るようになりました。それに比例するように、
☓☓が呪われてる、という噂も広まっていったんです。☓☓先生は学校をたびたび休むようになり、
ある日の授業で、居眠りしていた男子生徒を怒ったら反抗的な態度をとられ、
持っていた出席簿でその子の頭を叩いてケガをさせ、それから学校に来なくなってしまったんです。









ドロドロ

2015.12.02 (Wed)
去年の正月のことだ。成人式があって、その後に中学の同窓会をした。
俺は地元にいることもあって幹事の一人だったんだけど、
一次会で帰るやつをミニバンで駅まで送る係だったんだ。だからまったく飲めなかった。
まあそれはいいんだけど、そのときにおかしなことがあったんだよ。
ミニバンはレンタルで、翌日に返したんだけど、車内に忘れ物があったんだ。
それが昔の、小学校のときの集合写真なんだよ。
俺の6年生のときのクラスのだったから、誰が忘れたのかはすぐわかった。
俺と小6で同じクラスだったやつは一人しか乗らなかったからな。
うーん、じゃあ山田ってことにしとくか。たぶん、中学校のときのクラスのやつは覚えてても、
小学校のときのメンバーはうろ覚えなんで持ってきたんだろうと思った。
でな、この写真が変だったんだよ。

俺も写ってたし、懐かしくてつい見入ってしまったんだが、そのときに異常に気がついた。
場所はグランドで、全員が体育着を着てるから運動会のときのだと思う。
クラスごとに撮ったやつで、俺も同じのを持ってたんだろうが、
小学校のときのアルバムには入ってなかったな。、
で、何が変かっていうと、男女3列ずつで左右に分かれて写ってるんだけど、
女子の最後列の右から4番目の子の顔がドロっと溶けたようになってたんだ。
上半身の部分が渦巻いたようになってて、気味が悪かった。
でもよ、こういう写真は学校に出入りしてる写真屋がすべて撮ってたんで、
これは後になって考えたことだけど、そんな失敗写真が残ってるはずはないんだよな。
山田の連絡先がわからなかったんで、幹事で出欠の集約をしたやつに連絡してみた。
そしたら返信に書いてあって、その携帯番号にかけてみたんだ。

すぐ出たんで写真の話をした。そしたら、そんなの知らないって言うんだ。
だってお前しかこれ持ってるやつはいないと思うんだが、って重ねて聞いたら、
そっちで処分をしてくれ、焼いてくれって言って、すぐに切れてしまった。
焼くのは簡単だけど、やっぱ気になるだろ。それで家に持って帰って、
小学校の卒業アルバムとつき合わせてみたんだよ。
クラスは34人でほとんど覚えてたんだけど、
そのドロっと溶けた部分のやつがわからなかったんだ。人数を数えたら、
全部で35人いることになってしまう。なあ、変な話だろ。
6年生のときには、転校してきたやつも出て行ったやつもいなかったんだよ。
え? たまたま背景が人に見えるとかじゃないかって?
いや、だって列の端ならともかく、その溶けたやつはちゃんと列の中に収まってるんだ。

そこだけ間を空けて写真を撮るなんて考えられないし、それに、
顔は溶けて判別できないけど、体育着を着てることはわかるんだよ。
気になったから処分はしなかったんだ。
で、翌週に地元の小学校の同級生のとこに持っていって見せた。卒業アルバムもいっしょに。
2人で見比べて考え込んでいたけど、やっぱわからなかったんだ。
そいつの部屋で酒飲みながら、これはこういうやつだったよなって、
一人ひとりつき合わせたんだけど、溶けた顔のやつはまったく手がかりなし。
人がいるのは間違いないから、たぶん何かの事情で、
他のクラスの女子が混じってるんだろうってことになった。それしか考えられないから。
溶けたように見えるのは、山田のとこで薬品みたいなのをこぼしたとかして
そうなってるんだろう ってな。

で、その日の夜に変な夢を見た。小学校の、たぶん写真に写ってるときの運動会。
山田がいたし、あと何人か小学校の同級生の男子がいた。
で、俺らは体育着でハチマキとかもしてるんだけど、場所はグランドじゃなく、
学校の中庭にあるウサギの飼育小屋。そこの金網の戸をみなで押さえていたんだ。
ウサギ小屋の中は暗くて見えないんだけど、中から何かが出ようとしている。
それをその場の全員で必死になって押しとどめようとしてるみたいだったんだ。
夢の中だけど、とにかく出しちゃいけない、中のものが出てくればたいへんなことになる。
そんな気持ちだったんだよ。起きたときに、握りしめていた金網の感触が残ってたくらいだった。
冬なのに汗びっしょりになっててな。ウサギ小屋の中のものは出たかどうかはわからない。
その前に目が覚めたから。でも、その夢を見たのは1度きりだったし、
写真は机の引き出しに入れっぱなしにして、そのまま忘れていったんだ。

3ヶ月くらいたってから、山田から携帯に連絡があった。
すごくあせったような声で「あの写真処分してくれたよな。焼いたんだよな」こう念を押してくる。
まだ持ってるとは言えず「大丈夫、あれからすぐ焼いたから」って答えた。
そしたら「ウサギ小屋のことを覚えてるだろ。あれ、お前も同罪だから」
こんなふうに言うんで、「同罪って何だよ?」聞き返したときに電話は切れてしまった。
それで、その後何度かけ直してもつながらなくなったんだ。
たぶん番号を変更したんじゃないかと思う。ウサギ小屋の記憶・・・
それがまったく心あたりはないんだよ。俺は飼育委員になったことはないし、
動物はあんまり好きじゃないから見にいったこともない。
そんなことがあって、夢のことも思い出した。でな、写真を出して見てみたんだよ。
そしたら・・・ あのドロドロに溶けたやつはいなくなってた。

これが不思議で、女子と女子との間がつまってて、最初からいないみたいになってたんだ。
でも、確かに見たし、もう一人の同級生も確認してるんだよ。
それでな、その代わりというか、男子の中の山田の顔が同じような感じでドロっと溶けてたんだよ。
つまり写真の中身が変わってしまったってことだけど、そんなのありえるか?
とにかく心底ぞっとして、マジで山田の言うとおり焼こうかと思ったくらい。
けど、それもなんとなくためらわれて、また引き出しに戻したんだよ。
それから4日後、山田が死んだって情報が伝わってきた。
やつは別の県の大学に行ってたんだが、向こうで自殺したんだ。
それも灯油を頭からかぶって火をつけるっていう・・・
これは間違いなくて、地元で葬式もやったんだ。俺も友達何人かと参列したけど、
もう火葬になってて、遺影はたぶん高校のときのが使われてた。

その夜に、気味が悪かったけどまた写真を出して見た。山田はやっぱり溶けたまま。
で、次の日曜日、俺は写真を封筒に入れて、母校の小学校を訪れたんだよ。
といっても、フェンスの外からグランドを見たりしただけだったけど。
卒業した8年前とそんなに変わってる部分はなかった。
中庭は見られなかったけど、スポ小帰りの子を呼び止めてちょっと話を聞いたら、
ウサギの飼育はもうやってなくて、小屋もないということだった。
それで、どうしたかっていうと、小6のときの担任のところに写真を持っていったんだよ。
小学校の先生だから同窓会には呼んでなくて、会うのも卒業以来だった。
もう別の学校にいるんだけど、住所はわりと近くだったんだ。
もちろん最初に電話して、ちょっと相談したいことがあるって言った。
そのときに山田のことも話に出たけど、写真のことは言わなかった。

訪れたのは次の土曜日だな。先生は男で50代。他の学校で教頭にまでなってた。
待っててくれたみたいで、コーヒーとケーキをごちそうになり、
山田の自殺の話なんかもしたんだ。そのときは顔は曇ったけどおかしな雰囲気ではなかった。
ところが俺が写真を見せたとたん、はっきり顔色が変わって、手が震えだした。
それで、奥の方に引っ込んでから白い紙箱を持ってきたんだよ。
俺に「よかった、この写真を焼いたりちぎったりしなくて。これ先生が預からせてもらうよ」
そう言って、写真を紙箱に入れたんだ。そのときちらっと見えたけど、
中は全部写真で、乱雑に積み重なっていた。何枚かしか見えなかったが、
それは全部グランドの写真だったんだ。しばらく沈黙があって、俺が、
「この写真や、山田の自殺ってウサギ小屋と何か関係あるんですか?」って聞いたら、
先生は黙って首を振り、「これは私が墓まで持って行くから」それしか答えてくれなかったんだよ。