赤米の話

2016.02.29 (Mon)
これ、俺が子どものときのことだから、もうずっと昔。
ああ、「ふるさと創生一億円事業」ってあっただろ。
各市町村に国が1億円くれて町興しをやれって。ちょうどあのあたりの話だな。
で、田舎の町に住んでたんだよ、すげえ田舎。
主な産業は農業、稲作なんだけど、その頃から爺さん、婆さんがやる副業で、
一家の主は近くの市に働きに出てる家がほとんどだった。
それで、そこはまた温泉地でもあったんだよ。当時はもう秘湯ブームってのが来てたんだが、
ただうちのとこは田んぼの真っただ中でね。ほら、秘湯っていうのは普通は山の中だろ。
雑木がいちめんに繁った中に露天風呂があってって感じの。
それに冬は雪見風呂なんかもできるようなとこ。ところが、雪はほとんど降らないし、
まわりは田んぼだし、風情がなにもなくてね。

それに旅館を何軒も営むほどの湯量もなかったはずだ。
だから町営の施設、これは循環ろ過して数日にいっぺんお湯をとっかえるタイプ。
かけ流しの風呂は昔からある共同湯だけしかなかったんだ。
山の裾の少し木がある中に木造の粗末な小屋が建ってて、そん中に男湯、女湯、
六畳くらいの杉板の湯船があって、洗い場には湯の花が泥みたくたまっててね。
体を洗うこともできないし、ただ入るだけ。
当然人が常駐してるってこともなくて、掃除は週に1ぺん回り番で地域の家がやる。
これはうちも入ってたし、俺も手伝いに行ったこともある。
でな、料金は1回30円を箱に入れるだけなんだ。
そうそう、近くに家があったんだよ。俺はその共同湯が好きでね、よく行ってた。
だって30円なら、冬場は家の風呂を沸かすより安いだろ。

だから家族そろって行くときもあったし、
夏なんかは一人で手ぬぐいだけ持って、夕食後にぶらっととか。
湯質はよかったよ。乳白色で、硫黄のにおいがして。あれでもう少し環境がよければねえ。
でな、この話は俺が小学6年生のときのことなんだ。
まあ色気がついてくる時期だよな。俺の家の裏手に坂本って家があって、
そこに同じ6年の女子がいたんだよ。その子がちょっと好きだったんでねえ。
共同湯でたまに会うことがあって、それが楽しみだったんだ。
といって別に話をするわけでもないだが。ただ・・・そこの湯船は、
男湯と女湯の板仕切りはあるものの、浴槽自体はつながってたんだ。
だから潜れば女湯のほうへ行ける・・・いやいや、それはしたことがないけど、
時期によって流れてくる湯量が少ないときもあってね。

そうすると仕切りと湯面のすき間から、ちらちら女湯の中が見えることがあったんだ。
まあね、幼き日のちょっと酸っぱい思い出ってとこだが、
あるとき怖いことがあってね。・・・ここでちょっと話を変えさせてもらうよ。
最初に「ふるさと創生一億円事業」って言ったが、町が頭を悩まして決めたのが、
古代米の栽培なんだ。どうもね、昔から赤米栽培をやってたらしく、
古代の遺跡から籾殻やなんかがよく出てきてたんだ。
だから、何軒かの農家と契約して、作つけを古代米にしてもらうことになった。
これは農家に損はないんだよ。町から保証金が出るし、
何年かやってダメならまた水田に戻せばいい。これねえ、アイデアはよかったと思うんだが、
ちょっと知恵が足りなかったな。古代米、赤米なんだけど、
そのままじゃあ食えたもんじゃなかったんだよ。

そのまま炊いたんじゃ、飲み下すのも無理なほど不味い。
俺も食ったことがあるけど、えぐ味があるんだよな。タンニン成分ってやつらしいが。
精米すればいいんだが、そうすると小さくなるし、白くなって白米と変わらなくなる。
だからね、餅米を混ぜて炊いたりしていろいろ調理を工夫してたが、
ま、町興しが成功してたとはいえないだろうな。
ああ、すまん話が長くなったが、これも関係があることなんだよ。
お盆前の夏休み中だな。テレビで心霊特集をやってたんだ。それを見終わって9時。
あと風呂に入ってないのは俺だけで、どうせ明日も休みだからって、
共同湯に行くことにした。いちおう11時までってきまりはあるけど、
24時間入れるんだ。田んぼの畦道を行くと10分もかからないし。
街灯もあるし、怖いなんて思ったことはなっかたんだがね。

行ってみると誰もいなかった。まあ年寄りで混むのは夕方と朝だしね。
せまい脱衣所で一瞬で服を脱いで30円を箱に入れ、湯屋に入っていった。
女湯のほうにも人はいないと思ったんだけどね。
俺は昔から温泉になじんでるから、子どもにしては長湯なんだよ。
15分くらいたったら、女湯のほうから声が聞こえてきた。なんかぶつぶつ言ってる感じの。
それが坂本の声だと思ったんだ。「お!」それで、俺は洗い場に上がって音を殺した。
恥ずかしいってわけじゃなく、女湯をチャンスがあったらのぞけるかなって思ったんだよ。
ああ、エロガキだったんだよ。それにしても、坂本がこんな時間に来るのは珍しかった。
いつもは7時ころで、家族と一緒か、小さい妹を連れてくることが多かったんだ。
耳を澄ましているとやっぱ坂本の声なんだが、ぶつぶつ言ってるのが変な言葉なんだ。
今にして考えれば、神社の祝詞だったのよ。

「おっかしいなー、何言ってんだあいつ」と思った。
学校ではきかん気で、男子も泣かせるくらいのやつだったんだよ。
女湯のほうの戸が開いた音がして、坂本が入ってきたようだったが、
風呂の仕切り板から2人分の腰のあたりが見えたんだよ。
一人は坂本で裸。もう一人は大人だと思ったが、
白い着物みたいなのを着たまま湯船に入ってたんだ。そんなやつは見たことなかったから、
ちょっと驚いた。まあ、湯文字ってことだったんだっろうな。
黙って聞いてると、坂本が唱え続けている祝詞に、ところどころその女が唱和し始めた。
すごい真剣な声で、エロい気持ちが吹っ飛んで気味が悪くなってきた。
それで、そうっと出ようと思ったのよ。したらだよ、女湯とのしきりのところの、
白い湯がだんだん赤く染まってきたんだ。血の色・・・そうなのかなあ。

あずき色に近かったかもしれない。赤米を炊いた色だよ。
それがインクを流したようにじわじわと広がって、だんだん男湯の湯もその色になってきて。
そっとそっと、音を立てないようにして脱衣所に戻ろうとしたが、
カラって音を出してしまった。するとピぴたっと祝詞の声が止んだんだ。
俺は急いで服を着て、共同湯の外へ飛び出した。走りながら後ろを振り返ると、
反対側の女湯の入口から人が2人出てきた。素裸の坂本と、
白い着物の背の高い女で、女の着物の腰から下は黒くなって見えた。
さっきのあずき色に染まっているようだった。2人とも俺のほうを見てて、大声で笑ったんだよ。
家に飛び込んだら、親父がまだ飲みながらテレビを見てたんで、見てきたことの話をしたら、
顔をゆがめて俺のほうを見たが、何も言わなかったな。
まあ、こんな話なんだが後日談がけっこうある。

翌日、共同湯を見にいったが、湯は白いままだったんだ。
それと、坂本が2学期から学校に出てこなくなった。先生の話だと、
急な病気で市の病院に入院し、長期になるってことだった。あと、坂本の家では、
例の古代米の栽培をやってたんだが、収穫前に田んぼがダメになってしまったって。
俺は話に聞いただけだが、陸稲のしかも野生種に近い稲が、
一夜でダメになるなんてちょっと考えられない。しかも坂本の家だけで、
他の農家はちゃんと収穫したんだよ。・・・坂本が学校に戻ってきたのは中2のときだった。
口を聞いたことはないよ。俺は市の高校へ行ったが、坂本は中卒でそのまま家にいた。
で、古代米の栽培はしばらく続けられて、俺が18のときに、坂本が古代米の女王って、
町主催のミスコンみたいなのに選ばれたんだ。けど、有名になることもなく、
赤米の栽培は中止になり、坂本は20歳前に他県の神社の家に嫁に行ったんだよ。







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余剰次元はあるか?

2016.02.28 (Sun)
『神の粒子と言われた物質に質量をもたらす「ヒッグス粒子」を発見した、
欧州原子核研究機構(CERN)が所有する世界最大の加速器
「大型ハドロン衝突型加速器(LHC)」がそう遠くないうちに
パラレルワールドを発見するかもしれないという驚きのニュースが流れた。
理論物理学者スティーブン・ホーキング氏をはじめ、
「この研究を続けていくと最終的に宇宙が崩壊する」と批判する科学者たちもいるが、
「CERN」はこれまで誰も成し遂げられなかったこの実験によって
宇宙の解明に繋がると反論している。

CERNの研究員ミール・ファイザイ教授は、以下のように述べている。
つまりは、何枚もの紙が平行に存在しているようなものなのです。ここでは、
縦と横だけを持つ2次元の物体が3次元に存在していることになりますが、
パラレルワールドはそれより高い次元に存在しているということなのです。
我々は、重力が違う次元に流出することも想定しています。
それと同時にマイクロブラックホールが生成される可能性があるとも。』


今晩はこのお話でいきます。できるだけわかりやすくなるよう努めます。
えーどっからいきましょう。まずこの文章はかなり誤解を招きやすいです。
「パラレルワールド」と書かれると、どうしてもSF小説に出てくる
平行世界を連想してしまいますが、これはまったく違う話なんです。

それと、ホーキング博士がこの実験に反対しているというのもじつに興味深い。
ホーキング博士の研究分野は相対論的宇宙論と言っていいでしょうが、
スケールが大きいため実験・観察で証明されることが難しい。
しかし、もし極微小のマイクロブラックホールができれば、
それが蒸発する「ホーキング放射」も確認される可能性が高いでしょう。
ホーキング放射は理論的な穴はないので、多くの研究者は実際にあると思っています。
これが観測されれば博士のノーベル賞もありえるんですが、
自ら反対されているんですねえ。

マイクロブラックホールができれば、この世界に余剰次元がある、
ということの証明につながります。極小、また超短時間の世界では、
重力は一般的な世界よりもはるかに強くなります。それにより余剰次元がつぶれて、
(実際は違いますがたとえと思ってください)
マイクロブラックホールができるものの、ホーキング放射で短時間に蒸発する。
じゃあ「余剰次元」って何だ?ということになりますよね。
これは超弦理論(超ひも理論)の予言からきているものです。

まず、次元とは何かということを簡単におさらいしてみます。
われわれのこの世界は、縦・横・高さの3次元、プラス時間1次元の計4次元と、
ずっと考え続けられてきています。
点(・)が1次元です。ただしこの点は大きさはなく、位置だけがあります。
点が動くと線ができ、線も1次元ですが長さはあっても幅はありません。
2次元は平面、縦横だけがある紙の上と思えばいいでしょう。

下の図のAは、1次元の点人間が2次元の円に閉じ込められて出られません。
Bだったら欠けた部分から脱出することができます。ところが3次元のわれわれは、
天井が開いているので、Aの点人間を上からつり上げて出してやることができますよね。
このように、3次元から見れば2次元は、4次元から見れば3次元は、
一方に大きな穴が開いているということができるんです。
で、重力の力が弱くて観測がしにくいのは、
この穴から別の次元に漏れているせいだとも考えられています。

文書1
こっからはQ&A方式で。

Q どうして超弦理論は考え出されたの?
A 素粒子を1次元の・と考えると、大きさがないから計算に無限大が出てくることが多い。
無限大が出るとその式は破綻するし、重力の説明もできない。
(「標準理論」で、無限大による式の崩壊を防いだのが朝永博士らのくり込み理論)
それで、素粒子は・ではなく、われわれの観測できない大きさの、
振動するひもなんじゃないかと考えたわけだ。
ひもが動くんだから、当然重力も発生する。
このきっかけを作ったのは、あの南部陽一郎博士なんだよ。

Q 超弦理論でどうして多くの次元が必要なの?
A 素粒子というのはたくさんの種類があるけど、
それを全部、ひもの振動のしかたの違いとして説明するには、
次元が空間9つ、時間1つの計10個必要なんだ。
最初から多次元が想定されたわけじゃなくて、
ひもの振動で今ある粒子を説明するために、後づけでだんだんに出てきた話なんだよ。

Q えーじゃあ、なんだかうさん臭いな。次元は10個なの?
A 空間9次元 + 時間1次元の計10次元だったんだけど、
今はさらにひもが膜(ブレーン)の上に載っている(生えている)とする、
11次元の理論(M理論)も出てきてるね。

Q 空間は3次元としか思えないけど、残りの6次元はどうなってるの?
A 「コンパクト化」といって、観測できない大きさにまで丸め込まれているという話だね。
これは前に説明した「超対称性の破れ」によって起きたみたいだ。
コンパクト化される原理は「カルツァ=クライン収縮」って呼ばれてる。
カルバンクラインじゃないよ。どっちも数学者の名前で、
クラインは「クラインの壺」で有名な人だね。下の図で、紙をくるくる巻いて棒状にし、
横から見ると線に見えるだろう。こんな感じで余剰次元が見えなくなるってこと。
10次元の話だからもっと複雑なんだけど、原理は同じ。

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Q えーこんなこと本当にあるの?
A ある、と考える研究者はけっこういるし、
大きな大学では超弦理論の研究者をまず雇ってる。いつか証明されるかもしれないし、
他の所に先を越されたくないからね。だけど、これはもっと大きな理論の、
一面しか見えてないものだろうという研究者もいるし、
ただ単に数学上のものでしかないという批判もあるんだよ。

Q じっさいに超弦理論がある証拠は発見されていないの?
A 直接的な証拠はまったくないんだ。
間接的なのは「ブラックホールの情報問題」とかあるけど。
だから、今回のマイクロブラックホールの観測が期待されてるわけだ。

Q 超弦理論の現状はどうなの?
A 困ったな。それは、超弦理論の研究者の書いた本を読めば、
ますます発展してるってなってるけど、
実際は超弦理論からは数学的に整合性のある無数に近い宇宙モデルが発生して、
われわれの宇宙がそのどれに相当するのか、もうわけがわからなくなっているんだ。
それとね、プランク長さ以下のことだから、永久に観測できない可能性もある。
だから、若くて才能ある物理学者の卵が超弦理論に踏み込むのは危険視されてるんだよ。
一生を目に見える成果の出ない研究に捧げることになる可能性があるからね。
でも、量子論と重力理論の統一は魅力的なテーマだからねえ。

Q 最後にするけど、もし実験でマイクロブラックホールができると危険なの?
A 危険はない、という意見が一般的だね。
だけど、君だって思わぬところでミスすることはあるだろ。
確証のあることは言えないんだ。あるとき突然人間の実験のせいで、
ヒッグス場の「相転移」などで、J・G・バラードの『結晶世界』のみたいに、
連鎖的に宇宙が崩壊してしまうことも、絶対ないとは言えないんだよ。
Q それは怖いね。(最後に怖い話になってよかった)






 
 

病院の花子さん

2016.02.27 (Sat)
これだいぶ前の話になるんですけど、まだ20代のころ、
膵臓の病気で大きな医科大付属の病院に入院したことがあるんです。
手術はできず、投薬治療で治したんですけど、5ヶ月ちかく入院したんです。
そんときの話ですね。病室は最初の症状が重かったときは2人部屋でした。
軽減してからは大部屋に移りましたけど。
その2人部屋のときの相部屋が、三田君っていう11歳の男の子だったんです、
小学5年生。子どもは小児科だと思うでしょうけど、
その子は大学側の研究の都合で、内科においておきたかったらしくて。
でも、小児病棟で行われる出張授業みたいなのは車イスで参加してましたね。
いや、自分としては相部屋が子どもなんで気は楽でした。
病院側としても、自分がまだ若いんでいっしょにしたのかもしれません。

でね、それまで自分はかなり忙しい仕事をしてたんで、
病院に入るともうヒマでしょうがなくなりまして。痛みはお腹に鈍痛があったけど、
それも薬でおさまりましたし。ずっと24時間点滴はしてましたけど、
1ヶ月目あたりからは、点滴車をかかえてうろうろしてましたね。
これは自分がタバコを吸ってたことも関係があります。
まあね、医師からは止められてはいたんですが、当時はまだ全館禁煙じゃなく、
1階には喫煙所があったんですよ。だから日に数回はそこで吸って、
あと売店で雑誌買ってきたり。その子ともいろいろ話しましたよ。
あんまり共通の話題はなかったですけど、ゲームのこととか。
でね、あるとき、「この病院に花子さんがいるみたいだよ」って話が出たんです。
「え、花子さん? 何それ、トイレにいる幽霊のこと?」

「うん、でもねトイレにだけいるわけじゃなくて、病院内を夜になるとうろうろしてるって」
「はー、誰に聞いたん」 「小児病棟の子たちに噂が広まってる」
「うーん、見たって子はいるの?」 「いるよ、山崎君ていう6年生の人、一人だけ」
「どういう姿してるん、髪の長い小学生の女子なんかな」
「それが、大人の女の人だって。口に大きなマスクしてるみたいだよ」
「じゃあ、花子さんより、口裂け女というのに近いのかな。でも、ここは病院だから、
 マスクしてる人は普通だよね」
「そうだけど、赤いマスクで、しかも上に模様が書いてあったって」
「それは気味悪いな。どんなの?」 「それが、◯☓ゲームってわかる?」
「あの線の中に◯☓を書き込んで、3つ並べば勝ちってやつのこと?」
「うんそう。あれの最初の縦横の線だけのやつ」 「??」

イメージがわかなかったけど、ま、子どもの言うことだと思ってたんです。
それから2週間ほどしてですね。夜眠れなくて、
ずっとラジオの深夜放送をイヤホンで聞いてたんです。
それでタバコを吸いたくなって、音立てないように点滴車を引いて病室外に出たんです。
ああ、ナースステーションの前は通りますし、当直は必ずいますけど、
その頃にはタバコ吸いに行くってわかってたので、
見咎められることはなかったです。それでもね、コソコソして。
あと、総合病院だから、救急指定で時間外診療やってましたから、
1階はけっこう人がいるんです。インフルエンザが流行ってた時期なんかは特に、
熱出した赤ちゃんを抱えた母親とかが10数人もいたりして、
怖いなんてことはなかったです。喫煙所にくる人もけっこういました。

一服して、自販機で水を買ってエレベーターのほうに戻ろうとしたときに、
ふっと横の暗い廊下から女の人が出てきました。
白衣のようなのを着てたんですが、その人のマスクが赤く見えたんです。
「うっ!」と思いました。そのマスクに縦横の線が黒で引いてあったんです。
三田君の言ってたとおりなんですよ。
それも驚いたし、なんていうか、その人のまとってる雰囲気がね、
病院の人って感じじゃなかったんです。うーん、年ですか。
目と前髪しか見えませんでしたが、自分より上、30代だと思いました。
でもね、幽霊とか口裂け女っていうのはさすがにねえ。そういうのを信じる年じゃないし。
目が合ったときにこっちに目礼をしたんで、やっぱ病院の関係者なんだろうって思いました。
自分の前をしずしずと歩いてったんです。

エレベーターは同じ方向なんでついてったんですが、
この人何をするんだろうって興味がわきまして。エレベーターは何ヶ所もあるけど、
そっちは病棟でも診療室でもなく、通用口に向かうせまい廊下でした。
エレベーターは引っ込んだとこにあるんで、いったんそこに入ってから、
ボタン押してエレベーターの扉を開け、点滴車を握りしめてもう一度出たんです。
ええそう、上に行ったと思わせるために。でね、そーっと出てみたんです。
そしたらその人はむこう向きに立ち止まっていました。
でね、右手をそっち側の壁にあてたんです。廊下は最小限の黄色い照明しかなかったんですが、
そっち側の壁がぼうっと白く光りました。これが・・・うまく言えませんが、
自分には神々しい感じがしたんです。でも、電気人間でもあるまいし、
一瞬だけだけど、触っただけで壁が光るとかありえないでしょ。

けど、その後もっとありえないことが起きたんです。
女の人は左側にも寄って、そっちの壁も光らせました。それから、
ポケットから何か棒状のものを出したんです。うーん、アンテナというか指示棒というか、
あのほら黒板を指したりする。あの伸びるやつです。
それを伸ばして天井に障り・・・すると、天井もぼうっと光って、
そこに黒い影がいくつも浮かんだんです。うまく言えないんですが、
天井から下向きに生えている上半身とか、手だけとか、顔だけとか。
いや、表情はわかりません。黒い煙みたいな影ですけど、
両目の部分だけ少し白っぽくなってて顔だってわかるんです。天井は光り続けていて、
そいつらの影は苦しそうに伸び縮みし、渦を巻いて、
それからひと固まりで、シュンって、突き当りの中庭に通じるドアに吹っ飛んで消えました。

ドアにめり込んだ感じで、そのときには天井の光はもう消えてました。
女の人は指示棒を短く縮めると、振り返ってこっちを向いたんです。
いや、けっこうあせりましたよ。それから自分のほうを見て下にマスクをずらしました。
・・・普通の口でした。それが開いて、事務的な口調で、
「ただいま清掃中です。病室に戻られてはどうですか」こう言ったんですよ。
それで自分はしどろもどろになって、「あ、はい、どうもスミマセン」
って感じでエレベーターに乗りました。途中でいろいろ考えましたが、
これって霊を清掃してたってことですよね。そうとしか考えられませんよ。
あのマスクは魔除けかなんかで。よっぽど三田君や、病室付きの看護師に
見たことを話そうかと思ったんですが、病院にしても秘密のことだろうからと考えて、
やめといたんです。どうなんでしょう、今もやってるのかどうか・・・








隠れ里の顔

2016.02.26 (Fri)
えー今日も時間がなく、妖怪談義で勘弁してください。
とは言え、この「隠れ里」は、石燕の絵の解釈はなかなか難物です。
まず、前の項で「妖怪」という語は「怪奇現象」みたいな意味でも使われる、
と書きましたが、これなんかはその典型で、
隠れ里という奇妙な現象があるということなんですね。
そしてそれはいくつもの顔を持っています。

鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』より「隠れ里」


石燕の絵はおそらく「ねずみ浄土」または「おむすびころりん」という名で知られる、
お伽話を表しているのだと思います。縁の下にネズミがいて小判があります。
これはネズミらが、蔵に忍び込んで米をかじるついでに集めてきたものでしょうか。
正直爺さんが野原でおむすびを食おうとして転げ、草の穴に落としてしまう。
中から楽しげな声が聞こえ、のぞき込むと体が縮んですっぽり入ってしまった。
そこではネズミたちが、浄土(極楽)にいるように安楽に暮らしていた。
爺さんは歓待され、小さなつづらを土産にもらって帰ると、中には金銀財宝が詰まっていた。
この話を聞いた意地悪爺さんは、野に行って無理やり穴におむすびを押し込み、
ネズミたちをおどして大小二つのつづらを持ち帰る・・・

ま、こんな内容だったと思います。
昔話によく見られる勧善懲悪の物語ですよね。
この絵の右側にいるのは正直爺さんなんでしょうか。
なんだか大黒様みたいな神様にも見えます。前には宝が山と積まれていて、
画像左上では、料理を振る舞おうと使用人が忙しく立ち働いている。

うーん、わからないですね。これらの人物はネズミが化身したもので、
ここはネズミ穴の中なのか? 暖簾には「嘉暮里(かくれざと)」の文字が見えますので、
そうなのかもしれませんが、あるいは長者になった爺さんが、
どこぞの料亭とかで豪遊しようとしているのか・・・?
石燕作品は当時の世相を反映していますので、もしかしたら、
江戸の豪商、大金持ちを皮肉ってるなどということもあるのかもしれません。

ただ自分としては、これが隠れ里の本質かというと、ちょっと違う気がします。
Wikiで隠れ里を引くと、「平家の落人の里」「仏教の浄土思想渡来以前の素朴な山岳信仰」
「隠田百姓村」などの説が出てきますが、
自分的には「隠田百姓村」が一番近いのかなあと思ってます。
隠田は、年貢の徴収を免れるために密かに耕作された水田のことですよね。
発覚すればじつに厳しい処罰を受けました。

それと、中国の『桃源郷記』の影響を受けているものだとも思うんです。
中国の魏晋南北朝時代の詩人、陶淵明の作品ですが、
ただ鳥が歌い、花が香り、人々は仕事に精を出して夕刻には酒を飲む。
詩の中の桃源郷は、まあ理想郷と言えばそうなんですが、
あまり普通の村とも変わらないような気もします。
しかし普通の村とは違う眼目があるんですね。

これが日本ではやや形を変え、一般的な「隠れ里」になってるんじゃないでしょうか。
旅人が山中で足を滑らせて滝に飛び込んでしまう。
岩に叩きつけられるかと思いきや、滝の裏は空洞になっていて、
そこを抜けるとのどかな大地に出る。
そこで人々がおもしろ楽しく暮らしているのに出会うんですね。
まあ中には、そこの水が良質の酒だったというようなバージョンもあるものの、
基本的には他所と隔絶した、特別なこともない村です。

そこがなぜ理想郷なのかというと、
「税金がない」w これが大事なんです。もう赤字・太字で拡大して書きたいところです。
どこに話を持っていくんだと思われるでしょうが、これそうですよ。
みなさんにも多かれ少なかれこの気持はあると思われますが、
自分は自由業なので特にそう感じるんですよね。
日本の百姓は、公地公民から荘園制度、封建領主の領民と、
つねに搾取を受けてきています。収穫の半分はまず持っていかれますし、
その他にも地域の特産品を納めたり、労役に出たり・・・

これは百姓、農民にとって大きな心の負担であったと思います。
武士に対してだけではなく、収税役である庄屋や名主が威張り散らしますし、
土地も自分のものとは言えない。好きなように働いて、
自分と家族が食べていけるだけの作物をつくり、気ままに暮らす。
年貢が心にかかることのない生活へのあこがれ。
これが隠れ里の本質部分にあるんじゃないのかなあ、と昔から思っていました。
ちょっと難しい言葉を使えば、原始共産制の社会ということです。
ま、共産主義が上手くいくかというのとは別の話なんですが。

さて、こういう論調ではオカルトとは縁遠くなってしまいますので、
もう少し隠れ里の別の側面を見てみると、「迷い家」というのがありますよね。
山中に迷い込むんで困り果てていると、巨大な屋敷に出会うが、
いくら呼んでも誰も出てこない。しかたなく中に入ってみると、
料理なども支度されているが、やはり人っ子一人いない。

ここから何か品物を持ちだして出ると、
いつの間にか道は見つかり里に帰ることができる。
そして何か幸運な出来事が起きて、その人は富み栄える。
バリエーションとしては、川に、おそらく迷い家から御膳や箸などが流れてきて、
それを拾うと幸せになれる、といったものもあります。

さてさて、まとめとしますが、前の反魂香もそうでしたが、
こういう奇譚というのは民衆の願望を表しているものでしょう。
亡くなった家族に一目会えたら、年貢のない国へ行けたら・・・
しかしそれは簡単にかなわない、それこそ理想を垣間見たこともまたわかっている。
ですから迷い家も隠れ里も、再びそこを訪れようとしても、
絶対に見つからないことになっているんですね。






奥秩父2

2016.02.25 (Thu)
今から10年ちょっと前のことだよ。奥秩父の某山に登ってね。
山の名前は言わなくてもいいだろう。いや、頂上を目指す登山じゃない。
キノコ採集をかねて山の写真を撮りにいったんだ。これもキノコが主な被写体。
個人の趣味ではあるものの、キノコ図鑑をつくろうとしてたんだ。
ある山系の出版社と話もしてた。四重遭難事件? ああ、もちろん知ってるが、
その現場よりはずいぶん高いところだ。
ふーん、もう6年前になるのか。早いもんだな、つい最近の話って気がする。
まあね、あれも、山にいる何かに魅入られたのかもしれねえな。
道案内のガイドは必要だろうけど、そんな簡単に人が死ぬようなところじゃないんだ。
やっぱ素人だってせいが一番大きいんだろうけど、それだけでもない。
山には魔物がいて、そういうのとたまたま遭遇してしまうこともあるのかもな。

俺もこのときの体験で、あらためてそれを思い知ったよ。
・・・キノコはなあ、もうここでしゃべりきれないほどの種類があるよ。
ヒラタケ、ナラタケ、ナメコ、ブナシメジなんかはあんたらも知ってるだろうが、
それ以外にも、ヌメリスギタケ、アカツムタケ、サンゴハリタケ・・・
俺が採集しただけでも50種類近くあるし、生える時期も微妙にずれてる。
でな、図鑑には単に画像と解説だけじゃなく、
そのキノコの一番うまい料理法も載せようと思ってた。アク抜きが必要なのも、
煮てうまいのも、焼いてうまいのもあるんだよ。
あ? 図鑑の話はいい? そうか、でもな、この図鑑結局は出さなかったんだ。
いやあ、キノコ採りに行った素人さんが、俺みたいな目にあっちゃよくないだろうと思ってね。
それに、キノコにも関係がある話なんだよ。

うん、10月の上旬の日曜だった。むろん日帰り。家は関東の近県だから。
その年は秋が遅くてね。寒さの心配はあまりしてなかったが、一応対策はしてた。
雨が降れば低体温症になるのはすぐだから。道は慣れてた。
何度も何度も入ってるんで、迷うはずはなかったんだが・・・
奥秩父の山は、ある程度まで登るとツガの林になる。
松の一種で、寒冷地が好きな木なんだ。そこの一本道の登山道を一人で登ってた。
他に人影はなし。家族連れやハイキングの人が来るところじゃないんだ。
あちらこちらで立ち止まり、食えないのも含めてキノコの写真を撮ってたら、
まだ午後1時なのに、急に空が暗くなった。天気予報はむろん見て出たが、
崩れるなんて話はなかったのになあ。「ちぇ」と思った。写真だよ。
暗くなるといい写真が撮れない。まずそれを考えたね。

こりゃ引き返そうかとも思ったが、空を見ると、どうも雲がかかってるのは、
その近辺だけのようだった。「ま、様子見だな」ペースをゆっくりにしてさらに登ってくと、
林の奥のほうで、大声で叫んでるやつがいた。はっきり聞こえたよ。
「はつみ~ はつみ~」って。女の名前だろうと思った。
切迫した感じだったから、まず考えたのは事故だよ。
連れが斜面に落ちたか、足でもくじいたか。で、上に向けて急いだら、
ポツンと雨が落ちてきた。風はそんなになかったが、急速に冷えてきたんだよ。
ふた手に別れた登山道を右にいってすぐ、黒い昔風のヤッケを着てフードを被った男が、
林の上方に向かって叫んでたんだよ。「どうしました?」
声かけながらそっちを見て、体がぎゅっと縮んだね。首吊りだよ。
男のとよく似てたが、ピンク色のヤッケの女が斜面につき出した枝にぶら下がってた。

ああ、女だと思ったのは、着てるものもそうだが小柄だったから。
それに男が「はつみ」って言ってたし。顔は見えなかった。向こうむきでうなだれてたし、
頭はすっぽりフード被ってたからね。小走りに駆け寄ると、
男がナイフでロープを切って、女はドサッと藪の上にうつ伏せに落ちたところだった。
「病院! 救助呼びますか?」そう声をかけた。
むろん救急車が入れる場所じゃないし、救援隊はどんだけ早くても2時間はかかる。
その場で応急処置できなけりゃ助からない。山の怖いのはそういうところだな。
うつ伏せに落ちた女はぴくりとも動いてない。男は女を仰向けにしたが、
フードの下はマスクをつけていて、はみ出した茶色の髪しか見えなかった。
「藪から出しましょう、足持ちますから」男に声をかけて、道の草の上まで運んだ。
このときになあ、変だと思ったのよ。女の体がやけに軽かったからね。

男は取り乱した声で「はつみ~」と大声を出しながら、
女の胸を圧迫して人工呼吸みたいなことを始めた。「まずロープ外しましょう!」
俺がそう言うと、男ははっとしたようにナイフでロープを切った。
「連絡しますよ。いいすね」登録してある県警の防災センターにかけたら、圏外表示が出た。
今はね、携帯の通じないとこはほぼなくなったが、当時はまだガラケーだったし。
「はつみ、はつみ、何やってるんだよ、はつみ」 男が胸に取りすがって泣き出した。
と、急に立ち上がって「小屋に行って救助に電話してくるから」
叫んで走りだしてっちまったんだ。「小屋?」すぐそれはおかしいと思ったよ。
だってそこには何度も来てるが山小屋みたいなのはねえし、もし俺が見落としてたとしても、
電話線が引かれてるはずもないんだ。「あ、おいちょっとあんた待てよ」
背中に声かけたが、すごい勢いで道の奥に行って見えなくなった。

途方に暮れたよ。生きてるか死んでるんだかわからない女と2人きりになっちまった。
とにかく、衣服をゆるめるとか、救命措置をしなくちゃなんないだろ。
フードのチャックを喉元まで引き下ろすと、「なんだよこりゃ」思わず声が出た。
人じゃなかったんだよ。茶髪に見えたのは何年も前の杉っ葉だし、
頭の部分には雑多なキノコが詰まってたんだよ。で、体がやけに軽かったのは、
中心に丸太が一本入ってたが、そのまわりや手足は藁束だったんだ。
「かつがれた」と思うとカーッと頭に血が上った。
うん、どっきりカメラみたいなこともチラとは考えたが、でもそれはねえよな。
だってあんな場所、へたすれば1週間待ってたって通るやつはいないかもしれない。
まさか俺の予定を知ってて一杯食わせようとかありえねえだろ。
男に問い詰めてやろうと思って、後を追ったんだよ。

道は少し行くと下りになって、「ああ、これは沢へ降りる道だ」とわかった。
前に通ったことがあるんだよ。そういえば数百m先に、
昔炭焼きに使ったボロ小屋があったような。とにかく頭に来てたからね。
ずんずん下っていくと、小屋はあったにはあったが、
真っ黒にこげていた。最近に火事を出したようだったが、屋根までは落ちていない。
でな、戸を蹴っ飛ばして「ごらあ!」って中に入った。で、息を飲んだ。
男の姿はなくて、壁に4つ・・5つだったか、
さっきと同じような首吊り人形が立てかけてあったんだよ。これは一目で人形とわかった。
立った姿勢だと不自然さが際立つからな。同じようなヤッケだが色は黄色、
水色とかバラバラで、中身は同んなじ。頭の部分にはキノコと杉っ葉だった。
「やれやれ、何だよこれは、たいがいにしろ」男の後を追うのもバカバカしくなった。

でな、その人形の写真を撮った。これは物好きからじゃなく、
山を降りたら男を通報しようと考えたからだ。何のつもりか知らないし、
何の罪にあたるかわからんが、不愉快きわまりない。
相応の説教は受けてもらわにゃと思ってな。
で、小屋を後にしてさっきの場所まで戻った。人形はそのまま道の真ん中に転がってたから、
ヤッケを引っぺがして中の物が見えるようにして、見下ろす形で写真を撮った。
うーん、ここがよく覚えてないんだよなあ。いつも撮っらたすぐモニターを見るし、
そのときも見たと思うんだが・・・ ふだんはそこまで下りないが、
3時間かかって町営のキャンプ場まで下った。管理人に警察呼んでもらおうと思ったのよ。
変な話だから、警官に面と向かってしゃべらないと意味が伝わらんと思って。
で、キノコ人形の画像をデジカメのモニターに出して見せた・・・

したら、そこにはピンクのヤッケを胸まではだけた、
真っ青の顔した死人の女が写ってたんだよ・・・ この後、ものすごくゴタゴタしたが。
警察のやつらと一緒にその場にいかなくちゃなんなかった。
だって首に縄を巻いた明らかに死人と見える女の写真撮ってるんだから。
あ? 小屋の中の写真? それがなあ、そっちはぎこちない格好で、やっぱ人形に見えた。
俺は翌日休みをとって、午前中警察を案内させられたんだ。登山道には何もなし。
切ったロープの先っぽも見つからなかった。小屋はあったが中の人形は消えてた。
ただ土間には何種類もキノコが散らばってたよ。
ああ、その画像の入ったメモリは警察に証拠品として渡して、
1年近くたってから返ってきたが、怖くて見てねえよ。そのまま廃棄した。
うん、この後も山へは入ってるが、こういうことがあったから油断はしてねえよ。
関連記事 『奥秩父』







反魂香

2016.02.24 (Wed)
今日は妖怪談義です。お題は反魂香(はんごんこう)。
これ、まず最初に2つのことを説明しておきます。
「石燕の妖怪画は妖怪の個体名?を集めてるはずなのに、これはお香の名前ではないか」
こう思われた方がいるのではないでしょうか。
「妖怪」という言葉は、前に京極夏彦氏について書いたときにちょっと触れたのですが、
石燕の時代ではまだ、「怪しい出来事、妖しいもの」という意味が残っているようです。
例えば「◯月◯日、どこそこで妖怪があった(起きた)」のように、
「怪奇現象」という意味での使われ方ですね。  関連記事 『京極夏彦と妖怪』
ですから「隠れ里」「幽霊」などといったものも中には収集されていてるんです。

もう一つは、「反魂丹」との違いです。字面だけみれば、「香」がお香で、
「丹」が丸薬なわけですが、「反魂丹」の説明をWikiで見ますと、
「丸薬の一種。胃痛・腹痛などに効能がある。
日本において中世より家庭用医薬品として流通した」
と出てきます。
これは中国風の名前をつけた、昔の日本の胃腸薬なわけです。
落語に『反魂香』という演目がありますが、この二つを混同した勘違いが噺の骨子で、
隣りに住む僧が反魂香で高尾太夫の霊をを呼び出すのを目にした長屋の八五郎が、
間違えて薬屋から反魂丹を買ってきて燃やし、
死んだ女房に一目会おうとするという内容です。

さて、本来の反魂香は「焚くとその煙の中に死んだ者の姿が現れるという伝説上の香」
となっています。もしかすればここでも勘違いがあるかもしれません。
効能は、永遠に死者をよみがえらせるということではなく、
香を焚いたときにだけ、わずかに死者の姿が見えるというものなんですね。
それこそ霊魂のようなもので実体はなく、触ったりはできないようです。

鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』より「返魂香」 クリックで拡大


由来は古く、中国の前漢の時代。石燕の詞書には、
『漢武帝李夫人を寵愛し給ひしに、夫人みまがり給ひしかば、思念してやまず、
方士に命じて反魂香をたかしむ。夫人のすがた髣髴として烟の中にあらはる。
武帝ますますかなしみ詩をつくり給ふ。是耶非耶立而望之 偏娜々何再々共来遅』

漢の武帝というのは前漢の第7代皇帝で、紀元前の人です。
その治世は、儒教を国教としてあつかっていたものの、
後半になると取りまきの道士・方士に影響されて、神仙術への傾倒を深めていきます。
不老不死をこい願うあまり、宮中に崑崙山の神人、
西王母が降臨して教えを説いた、などという話も伝わっています。
またその時代には、憎い相手の名前を書いた人形を地中に埋めて呪う巫蠱の術が流行し、
多くの者が呪詛の罪で断罪されていますが、これには冤罪も多かったようです。
日本の平安時代にも「呪いを行った」という罪状で政敵を陥れる、
ということがありましたが、その元と言っていいかもしれません。

さて、なかなか話が進みませんが、反魂香は西域由来の植物香のようです。
西海聚窟州にある返魂樹という木の香で、楓または柏に似た花と葉を持つ、
西域の大月氏国から献上されたものである、といった記述が後の文献に見えますが、
種類の特定はされていないようです。
根を煮詰めた汁を練ったものを火にくべて用います。
李夫人については、正式な皇后ではなかったようですが、
あまりよくは知られていません。ただすごい美人であったのはたしかなようで、
「傾城」「傾国」という語の由来と一般的に見られています。漢書にある、
「一顧傾人城,再顧傾人国」(一目見れば城が傾き、再度見れば国が傾く)ですね。

反魂の儀式については、唐の詩人白楽天(白居易)の『李夫人』という詩に出てきます。
白楽天には『長恨歌』という唐の玄宗皇帝と楊貴妃の物語をうたった
有名な長詩がありますが、こういう主題が好きだったみたいですね。
若くして李夫人を病魔にとられた武帝は、斉の方士、少翁を招き、
玉製の釜で反魂香を練り金の炉で焚かせると、確かに李夫人の姿が現れます。
それも病気以前の容色の衰えていない姿でです。

ですが、はるかかなたにぼうっと浮かんでいるのみで、
香が燃えるわずかな時間しかこの世にとどまっていてくれない。
これによって武帝の悲しみが癒やされるどころか、恋しさはますますつのり、
苦しみは増していくばかり、という内容です。
この詩は日本でも有名であったらしく、『源氏物語』にも一節が引用されていますし、
この故事を元とした和歌もいくつもつくられています。

最後に白楽天はこう結んでいます。「人非木石皆有情 不如不遇傾城色」
(人はみな木石ではなく情を持っている。そのような美人には出遇わないほうが幸せだろう)
うーん、美人には出遇ったほうがいいように思いますが、
死別する悲しみは避けようがないものだ、ということでしょうか。
さらに、それをよみがえらせるなどといったことは世の理に反するから、
してはならないという教訓も含まれているのでしょう。
これは、中国日本だけではなく、西洋の死者をよみがえらせる話でも、
最後は不幸な結末になることが多いようですね。
現代の、有名なジェイコブス『猿の手』などもそうでしょう。

さてさて、反魂香の効果ですが、現代の知識で考えれば、
一種の植物アルカロイドを用いた幻覚作用と見ることができるでしょう。
ですから、もしかすれば幻覚が終わった後に、
人を鬱に引き込む副作用があったのかもしれません。

また、催眠術(幻術)でも同じようなことができたようで、
どこまで本当かわかりませんが、戦国時代の逸話として、
果心居士という諸大名を渡り歩く幻術者に、悪逆で知られる松永弾正久秀が、
「何度も戦場の修羅場をくぐってきた自分に恐ろしい思いをさせることができるか」
と挑んだところ、急にあたりが暗くなってしとしと雨が降り出し、
数年前に死んだ妻がいつの間にかかたわらにいて「お話しませんか」と声をかけてきた。
震え上がった秀久が術を止めさせると、また元の晴天に戻ったという話が残っています。






伝の木坂の話

2016.02.23 (Tue)
これ俺が中学校2年のときのことだから、今から6年前の話なんですけど、
あんまり怖くないというか、すべてが俺の夢とか幻覚で説明ついちゃうっていう。
まず、そのことをお断りしておきます。
あれは2学期の期末試験が終わった週のことで、もう少しで冬休みだから、
みんななんとなくうかれてる感じだったんです。あ、みんなというのは水泳部の仲間のことで。
もう大会なんてないし、学校のプールはコケだらけだし、
週に3日、1時間くらいランニングと筋トレやって活動は終わりだったんです。
まあ、その後にアスレチッククラブに通ってるやつも多かったですけどね。
で、金曜日だったと思うけど、武見ってやつが頭に包帯を巻いて学校に来たんです。
話を聞くと、自転車で坂で転んだって言う。
ええ、中学校から少し離れた場所にある伝の木坂って名前のダラダラした坂なんですよ。

そのあたりは市の開発から外れてしまってて、
昔からある道は広いんだけど、車通りは少ないんです。伝の木っていう名前の由来?
いや、わかりませんね。当時から気にしたことはなかったです。
市史とかには載ってるんじゃないかな。坂は長さ100mくらいですかね。
突きあたりに公民館があって、その横に細い道が続いてます。
でね、片側、坂を下って左側のほうにガードレールがあって、その外は草ぼうぼうの空き地。
そこは昔、川だったのが、河川工事でなくなったって話です。
左側は民家の中に商店がちらほら。一番大きい店が「伝肉店(でん にくてん)」って肉屋で。
ここね、場所も良くないし、スーパーなんかに押されてさびれてるって思うでしょ。
ところがそうじゃなかったです。安い上に肉の品質がいいってことで、
けっこう主婦の固定客がいたって話です。今はそこにはありませんけど。

ああ、すみません。でもね、この肉屋がなんか話に関係があるんじゃないかと思うんで。
それで、武見は頭を打ってしばらく倒れてたそうですが、
通りかかった人が顔面血まみれなのに驚いて救急車を呼んでくれて。
でもね、CTスキャンとかしても頭の骨も内部もなんともなかったそうです。
で、伝の木坂は「自転車で通ると転ぶ」って話が、小学校のときからあったんです。
ええ、都市伝説っていうのかな、幽霊の話ですよ。よくあるでしょ。
坂を下ってる途中で不意に自転車が重くなった感じがして、
後ろを見ると人が荷台に乗ってたとか、手だけが後ろを引っ張ってたとか。
そういうことがあったのか、もちろん聞きましたよ。そしたら、
「いや、重くなったなんてことはねえ。それに俺のチャリは後ろ、荷台どころか泥カバーもねえ。
 気がついたらアスファルトが見えて、ゴッチンって頭を打ったんだよ」

でね、その場には部のやつが俺入れて4人いたんですけど、
そのうち2人が、小学校のときにやっぱり自転車で転んだことがあるって。
大ケガではないけど血が出たそうです。でね、これ次の土曜休みの日に、
みなでチャリで行って坂を下ってみないかって話になったんです。
で、横から走ってるところを動画撮ろうって。今考えると物好きな話ですけど、
当時はそういうの流行ってましたから。日曜の10時って約束して、来たのは3人でしたね。
カメラはデジカメの動画撮影。今とは違ってハイビジョンじゃなかったです。
天気はどんよりと曇ってて、人はあんまり出てなかったですけど、肉屋の客はちらほらいました。
まず一人目が坂を下りてきて、それを正面から、真横から、後ろ姿と撮る。
時間にすると15秒くらいかなあ。あっという間ですよ。あ、それと、
撮った場所が、真向かいに肉屋があるとこで。

なんでそこかっていうと、武見が転んだというのが肉屋の前って言ってたから、
ガードの後ろの草むらに入って撮れば、人のじゃまにはならなかったし。
で、一人目は俺らの前にきたらわざとハンドルを揺らしたりしたんですが、
転ぶこともなく戻ってきて、再生したけどおかしな物は写ってなかったんです。
2人目も同じでしたね。走ってる最中に違和感を感じたりもなし。
最後が俺の番になって・・・転んだと思いますか?いや、それが何というか・・・
何事もなく仲間のとこに戻ってきたはずだったんですよ。
でね、オチャラけた姿で走ってる俺が写ってましたが、特に変わった様子はない。
そんときに仲間の一人が、「あれ、何だこれ?」って言い出しまして。
そいつが指差してるのは俺じゃなく、仲間の正面に来たときに写った
肉屋の店の前だったんです。そこに長い藁包みみたいなのが置いてあって。

そうですね、店の入口の真ん前で、長さは人の背丈くらいかなあ。
ええ、頭や足は見えなかったですが、中に人がくるまれてるってこともありそうでした。
デジカメのモニターだから小さくて細部はよくわからなかったです。
でね、不思議なのは、実際には肉屋の前にはそんなものは置いてなかったんです。
だって店に入る人の足に引っかかっちゃうでしょう。
みなが不思議だなあ、と言いましたよ。もちろん道を横断して肉屋の前まで行ってみました。
やっぱ何もなしです。でね、動画は一人ずつ重ね撮りしたんですが、
「これおかしいから家のパソコンで静止画にして拡大してみる」
カメラ持ってきたやつがそう言って、そこで解散になったんです・・・
でもね、これも変な話で、いつもならせっかく集まったんだから、ゲーセンに行くとか、
誰かの家でゲームやるとかもっと遊ぶはずなんですよ。

だからねえ、やっぱり俺の夢なのかもしれないです。
で、その日は家に帰って昼飯、夕飯を食って少し勉強して風呂入って寝た・・・
んだと思いますけど、その記憶もあいまいで。
でもね、確かに自分の部屋のベッドに入ったはずなんです。
そこで夢を見ました。音つきでしたよ。そのかわり視界は真っ暗で。
ああ、意味分かんないでしょう。俺が体を何かにくるまれてて、顔も覆われてたってことです。
身動きが取れなかった。まわりで大勢が怒鳴ってるのが耳に入ってきたけど、
日本語だとは思うものの、何を言ってるかわかんんかったです。
昔の言葉かもしれません。ただ「転がせ」みたいな内容だというのはなんとなくわかりました。
体を担ぎあげられた感覚があって、それからドンと放り出され、
視界がないままでゴロゴロゴロって転がってく。

でね、すごい衝撃があって、強烈に頭を打ったんですね。
ベッドから落ちたかと思ったんですが、目を開けると仲間の顔が見えました。
俺は伝の木坂に仰向けに倒れてたんです。1mほど後ろに自転車が転がってました。
「おい、大丈夫か」 「うわ、血が出てる」体を起こすと、痛いのは頭だけで、
手足はなんともなかったです。額に手をやるとべっとり血がつきました。
「救急車呼ぶか?」 「いい、いい、たいしたことない」そう強がってたら、
肉屋から店員が2人出てきて、俺を抱えて道路脇につてれていき、
額の消毒をして包帯を巻き、電話番号を聞いて家に連絡してくれたんです。
若いほうの店員の人が「ここの坂ね、転ぶ人が多いんだよねー」って言ってたのを覚えてます。
それにしても、家に戻って1日が過ぎ、寝て夢を見たと思ったのは何だったのか。
だって10時間以上も俺の記憶の中ではたってたことになるんですよ。

ね、わけわかんないでしょ。親に連れられて病院に行きまして、
やはり武見と同じで骨や中身は異常なし。ただ額は2針縫って、ほら、まだ傷が残ってます。
自転車は肉屋であずかってくれて、後で親父が車で取りにいったけど、
壊れたりはしてなかったです。仲間の話だと、特に何かに引っかかったわけでもないのに、
急に前輪が跳ね上がり、俺の体だけが前に投げ出されて頭から道路に落ちたって。
いくら坂だってそんな転び方しないですよね。ビデオ撮るからスピードも出してなかったです。
あ、それで、動画のほうは消さないでて、後で仲間の家でパソコンの大画面で見ました。
ここでね、何かおかしなものが写ってるとかだと、話としては面白いんでしょうが、
ただ俺がスタントマンみたく派手にすっ転ぶ場面だけでした。
今ならyoutubeに出したかもしれませんよw ま、こんな話です。その後2年ほどして、
伝肉店は近くのにぎやかなとこに場所を変えましたが、今でも繁盛してるみたいです。

ばななあななおおs

 



怪奇ポール

2016.02.22 (Mon)
ああどうも、じゃあ始めます。あのね、たぶん聞けば変な話だなあと思うでしょうけど、
でもね、亡くなった人がいるんですよ。それに終わった話でもないし。
またあるかもしれない。ここはみなさん、こういう話に詳しいって聞いてきたんで、
もしわかることがあれば教えていただきたいんですよ。
あれはですね、一昨年の6月のことでしたね。夜中の2時ころ、家の前で車を磨いてたんです。
ずいぶんな時間だって思うでしょ。これね、わたし、病院の理学療法士で、
勤務時間が不規則なときがあるんです。翌日は平日でしたが休みでした。
それとね、じつは新車を買ったばかりで。はい、BMWです。
嬉しくってしょうがなかったんですよ。家の前に置いてるんですが、
カーポートっていう、税金のかからない屋根だけの車庫なんです。
でねえ、日中磨いてるとなんだか恥ずかしくって。

別に変なことしてるわけじゃないんだけど、なんとなく近所の目が気になって。
ああ、家族ですか。いますよ。妻と2歳の長男。そんな時間ですから寝てました、もちろん。
でね、これ後で関係してくるんですが、その前日、午後の4時ころに地震があったんです。
震度4強でしたから、けっこう揺れました。職場の病院にいましたけど、
物が壊れたり、この影響で患者さんの容態が急変したなんてことはなかったです。
車を水洗いして、コーテイング剤を塗っていく。車好きな人ならわかると思いますが、
つるつるしたボンネットを磨いてるとうっとりしてきて・・・
ああ、すみません、続けます。自宅は新興住宅地のただ中ですが、
前の道はバス通りで街灯が多いですし、カーポートには照明もあります。
さすがにその時間は車や人は通りませんよ。
それで、せっせと磨いている手元に影がさしたんです。

「ん!?」と思いました。そうですね、道路からカーポートまでは2mくらい。
人の影が映るなんてことはないですし、大型車が通ったなら音でわかります。
で、見ると、道の中央に木が生えてたんです。いや、最初そう思ったんですけど、
移動してましたから違います。見たものをそのまま申しあげると、
下はミミズの固まり・・・蛇より太いくらいでしたけど、あの段々の模様がありましたから
ミミズが一番近いでしょう。何百匹もの太いミミズの群れ。
それがわたしの膝くらいの高さまでうねうね絡まりあいながら移動していて、
その上に電信柱のようなものが立ってたんです。太さもそれくらいの。
でもこれ、高さが電信柱ほどって話で、ずんどうのポール状のものです。
横木や電線がついてたってわけではないです。あとね、音はまったくしなかったんです。
だからすぐ横にくるまで気がつかなかったんでしょうね。

もちろん驚きました。でね、カーポートから出ていったんです。
うーん、怖いとはそのときは感じませんでしたね。ポールの質感ですか?
金属・・・というのが一番近いでしょうか。
樹の幹のようなごつごつしたところはまったくなくて、
つるっとして街灯の光を反射してました。
銅製かなあ、色は黄褐色で。だからね、よけいに奇妙なんです。
生物みたいな足?の上に金属のポールが立ってる。
ええ、走ってって通り過ぎたそれの後ろに出たんです。移動のスピードは、
人が歩くよりは早かったと思います。で、走って追い越して前に回ろうかと思ったんです。
そしたらですね、うちから道路をはさんで斜め向かいの家の2階の窓、
そのカーテンが開いたんですよ。「ダメ、ダメ! 止まって!」っていう声が聞こえました。

小さい頃から知ってる男子高校生の部屋なんですけど、その子が声をかけてたんです。
でね、足を止めると、そのポールは20mほど先でずぶずぶ道路に沈み始めまして。
うーん、そのミミズのようなのが穴を掘ったってわけじゃないです。
だって、後で見たらアスファルトにはなんの跡もありませんでしたから。
重いものが縦に泥に落ちたって感じで、1秒で2mくらい、
ズッ、ズッて沈んで見えなくなりました。ポールのてっぺんは丸かったです。
呆然としていたら、2階の窓から高校生が顔を出し、
「今、降りていきますから」って言ったんです。
すぐにその子がジャージ姿で降りてきてたので、車庫の中の長椅子で話をしました。
これが異様な話でして。おいそれとは信じられるような内容ではなかったんですが、
あのポールを見てしまってましたからね。

「や、こんな時間に起きてたの、受験勉強?」って聞きましたら、
「それもあるけど、見張ってました」って言うんです。あのポールのことです。
その子の父親は、大手の出版社勤務だったんですけど、4年前に病気で急死してるんです。
だから今は、弟が一人いる母子家庭ですね。
「親父が亡くなった前々日です。やっぱり地震があったんですよ、震度5の。
 このあたりはたいした被害はなかったですけど。
 その翌日、親父は夜遅くに酔っ払って帰ってきまして。で、次の朝。
 亡くなった日のことですが、変な話をしまして。夜中にタクシーを降りたら、
 家の前を電信柱みたいなのが歩いてたって。たぶんさっき見たやつのことですよ。
 足がミミズだったとも言ってましたから。びっくりした親父が、
 さっきおじさんがやろうとしたみたく、前に回って見上げたら」

「見上げたら?」 「あの柱の高さ5mくらいのところに顔がついてたんだそうです。
 それも一つじゃなく、たくさん。おじいさんや子どもの顔もあったそうです。
 縦に並んでたってことですね。顔はどれも表情がゆがんでて、
 泣いてるようだったって言ってました」 「それでお父さんはどうしたの?」
「そのまま見てたら柱が急に沈みだして、これもたぶんさっきと同じ感じだと思います。
 だから柱についている顔もそのまま下に降りてきて、親父の目の前で、
 どれも同じこと言いながら沈んでいったそうです」
「それ、なんて?」 「わからないんですよ。親父はそこまで話すと顔をしかめて、
 コーヒーを飲んで出勤しちゃったんです。それで午後になって職場で倒れて。
 知らせを聞いて母と病院に駆けつけたときはもう・・・」 「脳溢血だったよね・・・」
「そうです。葬式のときにはいろいろ気を使っていただいて。

 で、そのときの話は僕も酔っ払った親父の夢かなんかだと思ってたんですが、
 またすぐに地震があったでしょう」 「うん、あった。お父さんの49日過ぎだったよね」
「あの次の寄る、高校受験で遅くまで起きてたんです。やっぱ2時ころです。
 そしたら、急に胸騒ぎっていうか嫌な予感がして、勉強が手につかなくなって。
 カーテンを開けて窓の外を見たんです。そしたらさっきの柱がいました」
「部屋の窓から見たってこと?」 「そうです。柱の中間より下くらいの高さです」
「その顔を見た?」 「それが、ちょうど行き過ぎたところで裏側になってて」
「で?」 「母も弟も寝てたので、下に降りようと思ったんです。そしたら・・・
 親父の声がしたんですよ。来るな、来るな、顔を見るな! って」
「間違いなくお父さんの声?」 「そうだと思いました」
何と言っていいかわからなかったですけど、「地震に関係があるのかなあ」

こう聞いてみました。「ええ、それは間違いないと思います。その後も1回、
 地震の翌日の夜中に通ったんです。今夜だってそうでしょ。
 それと、ここの道も場所的に何か関係があるんじゃないかって」
「うーん、だって、できて10年ちょっとの住宅地だよねえ。その前は湿地だったって聞いてる」
「よくはわかんないです。ただ、柱を見るまではいいけど、
 あれについてる顔を見ちゃダメなんじゃないかって思うんですよ。親父は見ちゃったから・・・」
こんな会話でした。他に見たという人がいるのか、
普段は顔を出さない町会の飲み会にも参加して、
それとなく聞いてはみたんですが、何の話かという顔をされました。
ただね、このあたりが宅地造成される前は、
古い祠のようなのがあったらしい、って話も聞いたんですよ。

その後も地震はありました。震度3まででしたが、その夜起きてても出ませんでした。
ある程度以上の強さじゃないとダメなのかもしれません。
ねえ、これって何なんでしょう? おわかりになりますか。
不気味だし不安ですよ。ほら、彼の話の最後で、
窓からポールを見たときにお父さんの声がしたって言ってたでしょう。
その声、どこから聞こえたんですかねえ。
ポールに縦に並んで顔がついてたってことでしたけど、それと関係があるんでしょうか。
ああ、彼ですか。東京の大学に合格しまして、もうこっちにはいませんよ。





 


アリと地球意識

2016.02.21 (Sun)
今日も怖い話ではありません。いや、なんと言うか、
怖い話の内容がスランプ気味なので、少し休んでいるのですが、またいずれ復活します。
さて、どっちからいきましょうか。アリからのほうがとっつきやすいですかね。

『アリの集団が長期間存続するためには、働かないアリが一定の割合で存在する必要がある
との研究成果を、北海道大の長谷川英祐准教授らのチームが16日、
英科学誌サイエンティフィック・リポーツに発表した。
長谷川准教授は「普段働かないアリがいざという時に働いて、集団の絶滅を防いでいる」
と話す。これまでの研究で、アリの集団には常に2~3割、ほとんど働かないアリが存在する
ことがわかっている。働くアリだけを集めても一部が働かなくなり、
働かないアリだけを集めると一部が働き始めるが、その理由はナゾだった。

チームは、様々な働き方のアリの集団をコンピューターで模擬的に作成、
どの集団が長く存続するかを調べた。その結果、働き方が均一な集団よりも、
バラバラの集団の方が長く存続した。働くアリが疲れて動けなくなった時に、
普段は働かないアリが代わりに働き始めるためだ。
実際に8集団1200匹のアリを観察すると、働くアリが休んだ時、
それまで働いていなかったアリが活動し始めることが確認できたという。』
(読売新聞)

なかなか興味深い研究成果ですね。働かないアリが一定数いる集団のほうが効率的であり、
最終的にはコロニーが存続する可能性が高い。
・・・これを人間のニート層などに重ね合わせた論評も見かけましたが、
自分の関心はそういう社会学的な方面ではなく、
どうやってアリが情報伝達しているのだろうか、ということについてです。

一般的には、アリは触覚を触れ合わせることで会話する。
そのときにフェロモンなどの化学物質を伝達している、と解釈されています。
しかしどうなんでしょう。多数のアリが一気に整然と動き始めることを、
はたしてそれだけで説明できるのか。世界的にもこういう疑問を持つ人は多いようで、
アリやハチなどの、集団コロニーで生活する生き物はテレパシーを
持ってるんじゃないか、という仮説を目にすることも珍しくありません。
テレパシーと言ってまずければ、一種の種族全体での同調作用を持っているとか。
こういう話もあります。

『南アフリカの博物学者・ユージーン・マレイ氏は、
ユーメルテスという種のシロアリが作ったアリ塚を用いた先駆的な実験を行いました。
マレイ氏はアリ塚に大きな裂け目を作り、働きアリがその破損した部分を
どのように修復するかを観察したところ、アリたちは破損部の両側から集まり、
中央に向かって修復を始めたとのこと。左右に分かれたアリ同士は互いに触れ合うこともなく、
そもそも目が見えない種だからお互いの姿も見えないはず。
にもかかわらず、アリたちは両側から淡々と修復作業を続け、
最終的には元と寸分の狂いもないアリ塚が再生されたといいます。』


この観察は、アリの左右の集団の間に障害物を入れても同じだったそうです。
まあしかし、視認はできなくてもニオイは伝わりますし、
低周波のようなものでもアリ同士の連絡はできます。
ですから、この結果をして「アリにはテレパシーがある」
と結論づけることはできないとは思いますが、では人間はどうなんでしょう。
人間もアリと比較しても負けないほど、集団に依存して生活している生物と言えますよね。

「地球意識プロジェクト」という超心理学の世界規模の実験があります。
これは、乱数発生器というのを用いるのですが、
乱数というのは「1347849・・・」といったデタラメな数のことです。
ただしこの例は正しい乱数と言えないでしょう。
自分(bigbossman)の脳内から今適当に出てきたものですので、
当然ながら、じゃんけんで最初にグーを出しやすいといった、個人的な偏りが
あると思われます。よい乱数を発生させるにはいろいろ難しい条件があるのです。

乱数発生器を用いて乱数を発生させ続けていると、
出力の偏りが出てくることがあります。これに対し、
偏りは周囲にいる人間の集合的意識の変化を反映しているのではないか、
との仮説が立てられ、プリンストン大学を中心としたプロジェクトが始まりました。
日本では明治大学が協力していますが、世界の多くの地域で測定が試みられています。
その結果、オリンピックやニューイヤー、サッカーのワールドカップなどの
世界的なイベントがあると、たびたび乱数が偏るという観測結果が報告されています。
なかでも2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件の日には、
標準偏差の6.5倍に達する極端な変動が観測されたということです。

つまり、世界の多くの人が興奮するような出来事があると、なぜか乱数が偏ってしまう。
これはたくさんの人々の興奮が地球規模で一つに合わさっているということなんでしょうか。
詩的な表現として乱数の偏りが「ガイア(地球)の息吹」などと言われることもあります。
ちなみに「ガイア理論」というのは、地球と生物が相互に関係し合って
環境を作り上げている状態を、ある種の「巨大な生命体」と見なす仮説です。
なかなかロマンのある話ですよね。  地球意識プロジェクト 明治大学

しかしこのプロジェクトには批判もあります。
乱数の偏り、というのは統計的な手法から求められるのですが、
ある統計手法では偏りと言えても、別の手法ではそうでなかったりもします。
実際、テロ時の同じデータを分析しても、
偏りは見られなかったという専門家の意見もあるのです。

また、このプロジェクトを中心となって始めたのは、ディーン・ラディン(Dean Radin)
という人ですが、本国アメリカでは、インチキ臭い人物としてかなりの悪評があります。
右のHPは詳しく参考文献を示してくれています。  Skeptic's Wiki Dean Radin
また、もし偏りがあるのだとしても、「なぜそれが起きるのか」について、
地球意識プロジェクトは答えを出せてはいません。

言葉で情報伝達をしなくても、種族として意識や行動が同調する。
・・・などということがあれば、これはスゴイ話だとは思いますが、
残念ながら「百匹目の猿現象」(ある猿の群れの一頭がイモを洗って食べるようになり、
同行動を取る猿の数が100匹を超えたとき、その行動が群れ全体に広がり、
さらに場所を隔てた、まったく関係のない群れにも広がる)は、
根拠そのものが否定され、現状は疑似科学扱いになっています。
自分としては、テレパシーなどの能力はあってほしいと思うのですが、
前述したアリたちも、きちんと説明のつく方法で情報を伝え合っているのかもしれませんね。
しかし、それはそれで生命の神秘ではあります。

Gaia イメージ






故人が墓から出る

2016.02.20 (Sat)
変な題名ですが、今日も怖い話ではありません。この話題です。


『11月初旬、大阪・ミナミにある高島屋大阪店。店頭で客を出迎えたのは
人間国宝の落語家・桂米朝・・・ではなく、米朝をモデルにしたアンドロイド
(人間型ロボット)だ。同店で開催した大阪物産展に展示した。
「米朝アンドロイド」が話すのは、人生相談、落語の歴史、米朝自身の人生の3種類。
客がタッチパネルで質問を選ぶと、対応した内容を話す。
話すときにはちゃんと相手と目を合わせ、手ぶりを交える。
「本当に米朝さんがいるみたい」。客の女性は、こう感想を漏らした。
「目的は人間を理解すること。より人間らしく改良して、
人間の存在は永遠になれるのかという課題に挑戦したい」
こう語るのは、米朝アンドロイドを開発した大阪大学の石黒浩教授だ。』
(日本経済新聞)

これは2014年12月の記事ですが、
この3ヶ月後、米朝師匠はお亡くなりになられます。
落語家としては2人目、上方では初の人間国宝、
芸能人として初めての文化勲章受賞と、上方文化を代表されるような存在でした。

・・・ということは、このアンドロイドは、
米朝師匠の生前からつくられていたわけで、その過程に協力した師匠は、
「気味悪いね」とは言いながらもまんざらではなかったそうです。
「自分の芸を残せるものなら残してほしい」とも。
現在、この米朝ロイドは、追悼公演で噺を語り、息子さんや一門の落語家とも共演しています。
一門の弟子たちは、米朝ロイドが運ばれてくると、
生前の師匠を前にしたときのように、さっと緊張の色が走るそうです。

このアンドロイドの生みの親は、大阪大学の石黒浩教授です。
自分的には、アンドロイドもロボットの一種だと考えているのですが、
石黒教授はその製作者の中でも、
特に人間に似せることにこだわっている方のようです。
それには、外面的な部分だけではなく、ちょっとした仕草や表情なども含まれます。
米朝ロイドは表面を特殊なシリコンで再現し、中には機械やモーターが入っていて、
顔を含めて体全体で32カ所が動くようになっており、
制作には数千万円かかっているそうです。

石黒教授がロボットの人間らしさにこだわるのは、対話や接客、
介護といった人間とのコミュニケーションという役割を担わせようと考えるためで、
人間にそっくりな外見を持ち、笑ったり眉をひそめたりと表情を変える、
そんなアンドロイドの実現を目ざしているからです。

自分なんかだと、介護ロボットは別に人間的な外見をしていなくても、
寝返りさせたり入浴させたりの介護機能に優れていればいいのではないか、
という気もするのですが、教授には「人間にとって理想的なインターフェースは人間だ」
というこだわりがあるようです。また、アンドロイドを人間に似せていくことは、
人間とは何かということを研究することにもなる、とおっしゃておられて、
これはそのとおりだと思いますね。

さて、石黒教授の書かれた『アンドロイドは人間になれるか』(文春新書)
という本を読みましたら、自分にとってはじつに興味深い話題に1章が割かれていました。
教授が審査員を務めるSF小説コンテスト「星 新一賞」の準グランプリ作に
「墓石」という作品があり、その内容が紹介されていて、
『死んでアンドロイドになった私が墓場に立っている。
歩くこともできるが、そうすると死んだはずの人間がいる、となって社会が混乱するので、
墓場からは出られない。命日や彼岸には娘が会いに来て結婚したことを報告し、
苦労を話していく。やがて妻も亡くなって、そのアンドロイドが隣に立つ』

こんな話のようでした。

自分(bigbossman)は、両親ともすでに他界し、昨年末に弟も亡くしまして、
ときおり遺影に眺めいることもあるのですが、
どうなんでしょうね。故人そっくりのアンドロイドが遺影のかわりになるでしょうか。
写真は当人を写したものですが、基本的には紙でできています。

アンドロイドは現在はシリコンですが、将来は、
故人の細胞から培養した生体的な素材などにかわってくるかもしれません。
360°から撮った写真を元に制作するでしょうし、
なんなら生前の本人をモデルにして3Dプリンターで造形することもできる。
そのようなアンドロイドが、生前と同じ声調、口ぶり身振りで語りかけてくる。
確かに、生きた人のように語りかけて故人を偲ぶことはできそうですが・・・

でもこれ、あくまでも外見、仕草、声、そのあたりまでだと思うんですよね。
ロボットやアンドロイドには内面の問題もあります。AI(人工知能)のことです。
外面がどのくらい人間に近いか、人間の動きをどれほど再現しているかなど、
アンドロイド製作にはさまざまな観点がありますが、
それと並行して人工知能の研究も進められているのです。
もしアンドロイドが「自我」を持ったらどうでしょう。

自我の定義はさまざまな意見があって難しいのですが、
「私はかけがえのないたった一人の存在である」という自覚、
まあこんなところにしておきましょうか。
さらに自己防衛本能(壊されたくない、いつまでも存在していたい)
などの人間的な要素をつけ加えて行くと、これは感情や自立した思考能力を持った、
と言っていいような気がします。

そのようなアンドロイドに、「お前は昨年亡くなった◯◯◯である」
とプログラムし、故人の記憶を植えつけたとして、
墓場に立たせておいていいもんでしょうか。
自我や感情を持ち、自由に思考できるとしたら、
これは生きた人間と変わりないのではないかという気もします。

人権と言えるかはわかりませんが、さまざまな権利が発生し、墓場から歩き出して、
社会に復帰することになるんじゃないでしょうかね。そういうアンドロイドに、
特定の故人を演じさせていいものなのかという問題も出てくるでしょう。
「墓石」という作品は残念ながら未読なのですが、もしかしたら、
そのようなことを読者に考えさせようという意図があるのかもしれません。

また、石黒教授は「人間に似せたインターフェイス」にこだわっていますが、
これがもし人間とはかけ離れた外見の、
いわゆるロボットであったとしたらどうでしょう。
『スターウオーズ』のあの凸凹コンビのようなものですが、
自我を持ち中身は人間そのもの、あるいは人間よりも崇高な思考をするのかもしれません。
映画ではただの機械として売られたりしていましたが、
そのような存在とのつきあい方のノウハウも、
そう遠くない将来には必要になってくるんじゃないかと思いますね。








「白澤避怪図」について

2016.02.19 (Fri)
えー今日も妖怪談義の続きです。昨夜は話を広げすぎて、
最後のほうはわけわからなくなってしまいましたので、今回は少し絞りたいと思います。
これも、自分のブログを読んだ仲間から、
「最初のほうに『白澤避怪図』とあったが、何のことだ?」という質問を受けまして、
それに対する回答でもあります。昨夜の項では、白澤のことを神と書きましたが、
正確には霊獣なんでしょう。麒麟や鳳凰みたいなものです。
鳥山石燕もその図を描いていますが(下図)、妖怪と言っては失礼なんでしょうね。

鳥山石燕 『今昔百鬼拾遺』の「白澤」


まず、白澤は瑞兆であるということです。これは中国の天命思想、
易姓革命思想から来ているもので、徳の高い人物が天から指名を受けて世を治める。
そうして世の中がうまく回っているときに、瑞兆が現れるのです。
中国の史書には、◯◯帝の◯年、地方から白い雉が献上されたとか、
一尺もの青玉が出たとか、空に龍が昇ったといった記述がよく見られますが、
そういうのが瑞兆なんですね。昨日の最後で、邪馬台国の卑弥呼の話が出ましたが、
中国から見て蛮夷とされる国が遠路朝貢してくるのも、
一種の瑞兆と言えるでしょう。それだけ当代の皇帝の徳が、
遠方まで広まっているということになりますから。

さて、白澤が出現したのは、東方に巡幸した黄帝の前です。
当ブログをお読みの方ならご存知でしょうが、「黄帝」は「皇帝」の誤変換ではなく、
中国を統治した五帝の最初の帝であるとされています。
紀元前25世紀ころが治世なので、まあ伝説上の人物ですね。
薬草・薬石に精通していたという話もあり、
現在でも、中国医学の祖、神として祀られています。

白澤が姿を現したのは、黄帝の徳が高かったからに他なりませんが、
その当時は、さまざまな鬼や妖怪が跳梁する世の中でもありました。
そこで白澤は、黄帝にそういった妖異を避けるためのアドバイスをおくったんですね。
その一つが、白澤の姿を絵に写して飾っておくと妖異が近寄らないようになる、
ということです。これには病魔も含まれるので、古来中国では、
皇帝をはじめ民間でも、白澤を描いたものを身近に置くようになりました。
その風習が日本にも伝わってきているわけです。
『延喜式』に白澤の名が出ているので、少なくとも10世紀までには伝来しています。

白澤イメージとしては、腹に3つの目、その中央は縦についています。
顔にも同じ配置の3つ目、石燕の絵にあるのが代表的なものでしょう。
それと背中から頭にかけてたくさんの角。
このあたりはある種の恐竜に似ていないこともないです。
中国では恐竜の骨の化石を、竜骨として粉末を漢方薬に用いたりしていたので、
何か関係があるのかもしれません・・・とか脇道に踏み込んではいけませんね(自戒)

日本では、安政年間にコレラが大流行した際、
白澤図を枕元に置く家が多かったということです。
また、旅人の道中の必携品ともなっていたと江戸時代の旅行案内には書いてあります。
道中、怪異から身を守るだけでなく、野犬や狼などの害、盗賊の害
なども避けることができるそうです。下が、旅人が携帯した白澤図です。



また少し余談になるのですが、江戸時代後半は旅行が盛んでした。
お伊勢参り、と言えば、農民が領地から抜け出して関所を越えるのも認められ、
目的地は各地の神社仏閣の他、富士講などもありました。
今に残る白澤図には、「戸隠山」と印刷されたものがあり、
山岳信仰との関係も指摘されています。

このため各種の旅行案内のような冊子がたくさん発行されていますが、
これも読むとなかなか面白くて、「◯◯の宿の◯◯屋の飯は不味い」とか、
今なら営業妨害にあたりそうな、かなり具体的な記述もあれば、
「川を越すために舟に乗り、船酔したときには水を飲むと死ぬから、
幼児の小便をもらって飲むとよい」とか、どこまで信じられていたのかわからない、
変な記述も中にはあるんです。十返舎一九の『東海道中膝栗毛』なども、
面白おかしく書かれたガイド本と見てもいいでしょう。

さてさて、白澤のほうに戻りまして、
黄帝へのアドバイスとして、なんと1万1520種の妖異鬼神について語り、
黄帝はこれを部下に書き取らせたということです。
その中には昨夜の飯甑の妖怪も出ていて、
甑(こしき)は米を蒸すための道具ですが、
それが釜の妖怪に変化していったのでしょう。

白澤が述べた怪を避けるための基本は「名前を呼ぶこと」です。
そうすれば怪は正体を見破られたと考えて逃げ去る・・・
しかし、一万以上の妖怪を見憶えて名前を暗記するなんて、
神に近い黄帝ならできたかもしれませんが、一般人には不可能ですよね。
ですが、名を呼ぶことで怪異が破れ、消え去るというパターンは、
昔話などにも見られますし、夢枕獏氏の『陰陽師』シリーズにも出てきます。
これはこれで魔除けの呪法の一つとして定着しているのでしょう。





鳴釜

2016.02.18 (Thu)
今日は妖怪談義とします。お題は「鳴釜(なりがま)」ですが、
今回は石燕の絵から離れて話があちこちに飛びますので、そのつもりでお読みください。



「白澤避怪図曰 飯甑作声鬼名斂女 有此怪則呼鬼名 其怪忽自滅 夢のうちにおもひぬ」
最初に出てくる「白澤避怪図」は、中国の神 白澤が黄帝に授けた、
怪異を避けるための方策が描かれた絵図のこと。
その中に、飯を炊く釜が鳴き声を上げると、それは鬼斂女(きれんにょ)という妖怪だが、
名前を呼ぶと消えてしまうと書かれている・・・まあ、こんな意味でしょう。
石燕としては、中国由来の付喪神というイメージでこのように書いたのかもしれませんが、
「鳴釜」妖怪は、岡山県にある吉備津神社の「吉備津の釜」
に重ねて見られることが多いようです。

で、「吉備津の釜」も、さらに二つのイメージが重なってとらえれられています。
どっちが有名なんでしょうね。
一つは上田秋成の怪異小説集『雨月物語』の中のエピソードです。
これは自分的には『雨月物語』の中でも怖い話だと思っています。
女の嫉妬がテーマとして論評されることが多いですが、出てくる男はかなりの悪人ですね。
ご存知とは思いますが、いちおうあらすじを書くと、

「身持ちの悪い武家の放蕩息子 正太郎が、吉備津神社の神官の娘、
磯良と祝言をあげることになった。
神社では2人の行く末の吉凶を占って鳴釜神事(後述します)を行ったが、
釜は小さな音しか立てなかった。これは凶事のしるしである。正太郎はその後、
遊女 袖とねんごろになり、妻の磯良をだまして旅費を整えさせた上で、
袖と駆け落ちしてしまう。磯良はこれを恨んで悶死する。
また、せっかく駆け落ちまでした袖も、ほどなくして原因不明の病で狂い死にしてしまう。
悲嘆にくれた正太郎は袖の菩提を弔うが、墓参りの帰りに若い女と知りあう。
二人で女の主人の元を訪れると、それは置き去りにしてきたはずの磯良だった・・・」


こんな話です。この後、正太郎もお約束どおりとり殺されてしまうのですが、
その顛末は別の怪談『牡丹燈籠』とよく似ています。『牡丹燈籠』は中国由来の話ですが、
それを博識の秋成が、日本古来の神事である「吉備津の釜」と結びつけて、
一編の怪異譚に仕上げたということなんでしょう。
・・・占い師である自分としては、作中に占いが出てくる部分に、
どうしても興味がいってしまうのですが、
でもねえこれ、カップルがめでたく結婚という門出に、
将来を占うなどということはしないほうがいいですよ、とは言っておきましょう。

さて、もう一つのイメージは「吉備津の釜神事」に関する内容です。
これはかなり古い話になります。第7代孝霊天皇の皇子に
通称 吉備津彦(本名? 五十狭芹彦 いさせりひこ)という人物がいました。
彼はいわゆる四道将軍の一人で、
初期の大和朝廷が各地を服属させるために遣わした軍人です。
名前のとおり吉備地方に派遣され、地元に巣食う温羅(うら)という鬼を退治しました。
温羅は鬼ノ城を拠点とし、渡来人で空が飛べた、大男で怪力無双だった、大酒飲みだった、
等の逸話があります。後の酒呑童子の原型かもしれません。

吉備津神社 鳴釜神事


吉備津彦は温羅と秘術をつくして戦い、ついに温羅の首を落とすのですが、
首だけになっても温羅は死なず、とうとうと恨み言を述べ立てて吠える。
吉備津彦はさらに温羅の顔の肉を犬に食わせ、
吉備津宮の釜殿の地中深くにその頭蓋骨を埋めたものの、
13年間そのうなり声は地中から止むことがなかった。やがてある日、
吉備津彦の夢に温羅が現れ、自分の妻に吉備津宮の釜を炊かせてほしいと願います。
そのとおりにしてやると、うなり声は止み、炊いた釜が鳴って吉凶を告げるようになった。
これが吉備津神社の鳴釜神事の始まりであるとされています。

史実的には、いつから釜の音で吉凶を占う神事が行われ始めたかは不明ですが、
『多聞院日記』という文献には、永禄十一年(1568年)
「備中の吉備津宮に鳴釜あり、神楽料二十疋を納めて奏すれば釜が鳴り、
志が叶うほど高く鳴るという、稀代のことで天下無比である」と記されていて、
少なくとも室町末期には、京の都の人々にも聞こえるほど有名であったようです。

さてさて、温羅と吉備津彦の戦いは、
昔話「桃太郎」の元ネタであるという説があります。
確かに桃太郎ときび団子は岡山県でさかんに宣伝していますよね。
これは、古代の大和政権と吉備国の対立構図があり、
それを桃太郎と鬼の争いになぞらえてできた話であるということでしょう。
この説をもとに岡山県では、笹ヶ瀬川が桃太郎の桃が流れた川と伝承が残っており、
総社市東部にある鬼ノ城という遺跡が、鬼ヶ島のモデルとされています。

話がかなり石燕の妖怪画からはそれてしまいましたが、
さらにここから邪馬台国へとすっ飛びます。ただし眉唾話として聞いてください。
なぜ吉備津彦が「桃」太郎なのでしょうか。これは同じ孝霊天皇の皇女、
吉備津彦の姉である倭迹迹日百襲媛(やまとととひ ももそひめ)が、
『三国志』魏志倭人伝に記された邪馬台国の女王 卑弥呼なのではないか、
とする説が一部で根強くあるんですね。

卑弥呼は鬼道につかえよく衆を惑わした、とありますが、
百襲媛も巫女として強い力を持っていたように記紀には描かれています。
さらに初期ヤマト王権発祥の地と言われる奈良纏向遺跡の掘立柱建物跡の付近からは、
神事に使用されたと見られる桃の種が2千個以上も発見されています。
これはまさに3世紀、卑弥呼の時代のものであるようです。
古代に桃が呪力を持つものとして見られていたのは間違いないところでしょう。

纏向遺跡出土 桃の種


また、倭人伝には卑弥呼が魏に「伊聲耆(いせき?)掖邪拘(えやく?)」
を使者として遣わしたともあるのですが、この伊聲耆(いせき)が吉備津彦、
つまり五十狭芹彦(いさせりひこ)であり、掖邪拘(えやく)のほうは、
百襲媛のもう一人の弟で、吉備津彦とともに温羅と戦った若建彦(若い男子、ややこ)
である、というものです。
ま、こじつけの域を出ないという気もしますが、面白いなあと思ってます。





たとえで語る物理

2016.02.17 (Wed)
えー今日はあまり気乗りのしない話題です。
この間「重力波観測」という項を書きましたら、
合同事務所の仲間がそれを読みまして、「お前、理系でもないのに偉そうに、
この間ヒッグス粒子とやらが発見されたときは何も書かなかったじゃないか」
みたいなことを言われました。でまあ、悔しく思ったんですが、
かといって書く自信があるかといえばそうではない。

一つには自分自身の理解が及んでいないこと、
もう一つは、みなさんにわかりやすく書くのが難しいからなんですね。
しかしながら言われた以上はチャレンジしてみます。
これ、似たようなことが月と竹取物語のときにもあったんですけど。
たとえを用いてできるだけわかりやすく書きたいと考えています。
間違いがあれば詳しい人は指摘してください。  関連記事 『竹取物語小考』

まず、ヒッグス場とヒッグス粒子について。これはあちこちで書かれていますが、
重要なのはヒッグス場のほうです。みなさんは小学生のとき、
砂鉄を散らばした中に磁石を入れて、磁場を観察したことがあると思われます。
ヒッグス場もああいうものです。電磁場は、激しく揺すぶってやると光子(フォトン)
が出てきますが、普通は電磁場の実験で光子のことを考慮することはないですよね。
ヒッグス粒子も同じようなもので、ヒッグス場を激しく揺さぶる(高エネルギーを与える)
と出てきます。波の飛沫(しぶき)のようなものとでも言えばいいのか。
磁石と磁界


ただ、ヒッグス場自体は観測が難しいので、
ヒッグス粒子を見つけることで、ヒッグス場があるという証拠になるわけなんですね。
ちなみに、ヒッグス粒子はマスコミによって、
「神の粒子(God particle)」と呼ばれたりするようですが、
世界の物理学者の中には、この言い方を嫌っている人が多いみたいです。
理論というのは、数学的に美しいものが好まれるのですが、
ある種の素粒子だけが質量を持つというのは美しくない。
むしろじゃまな存在であるので、
「クソ粒子 (Goddamn particle)」などと言う人までいます。

そう、このヒッグス場の中に、ある種の素粒子が入り込むと質量を持ってしまうんです。
ある種の粒子というのはWボゾン、Zボゾンなどですが、ここは深入りは避けます。
ヒッグス場は雪の積もった平原と思えばいいでしょう。
多くの粒子は鳥のようにその上を飛びますので、ヒッグス場からの影響を受けません。
電子はスキーで平原を滑っています。ですから鳥のように完全には自由にできない。
雪の上で、ほんのわずかの質量が与えられてしまいます。
ところがWボゾン、Zボゾンなどは、スキー靴でドカドカ雪の中を歩いている。
だからとても動きにくい。この動きにくさを質量と考えてもらればいいでしょう。

ヒッグス場はなぜ考えられたのか。物理学の目標の一つに、
「重力波観測」の項で書いた、この世界にある4つの力(電磁力、強い力、弱い力、重力)
を統一して記述したい、ということがあります。これらの4つは、
宇宙の始まりでは一つの力だったのが、急速に宇宙が広がっていく中で、
4つに枝分かれをしてきた、と考えられています。
ですから、どうやって枝分かれをしたかを考察することは、
宇宙の始まりへと近づいていくことになるわけですね。

重力をのぞいた3つの力の統一に関する理論を「標準理論」といいます。
で、それまでの物理学では、これらの力にかかわる素粒子は質量を持たない、
と考えられていました。ところが実際に観測すると質量のあるものが混じっている。
物理学者はとても困ってしまい、そこでヒッグス場という考え方が出てきたのです。

宇宙の始まりでは、すべての素粒子は質量を持たなかったと考えられます。
自由自在に平原を移動することができた。ところが宇宙の温度が下がるにつれて、
ヒッグス場に「自発的対称性の破れ」が起き、「相転移」が生じました。
雪が積もった、と考えてもいいでしょう。
そこで質量が出てきてしまったわけです。この「自発的対称性の破れ」というのは、
日本生まれの天才、昨年逝去された南部陽一郎博士が考えだされたものですが、
説明するのがひじょうに難しい。ここでは最もわかりやすいたとえと言われている、
美人女性物理学者、リサ・ランドール博士の話を借りましょう。
下の画像だと、芸能人みたいですね。
Dr.Lisa Randall


中華屋のような丸テーブルがあるとしましょう。各イスごとに一個ずつ、
水の入ったコップが置かれているとします。
席に座る人は左右対称のどっちのコップをとってもいいわけですが、
ある人が、もしたまたま右のコップをとってしまうと、他の人もそれに習うでしょう。
これで「どっちのコップをとってもいい」という状態から、
「右のコップをとらねばならない」という形に、対称性が破れたわけです。

「自発的」というのは、誰かに命じられたわけではなく、
マナーの本に書いているからという理由でもなく、
たんに喉が渇いたという自らの欲求から、対称性が破れてしまったということです。
「相転移」というのは、水の温度がだんだん下がっていって氷に変わるようなもので、
場の世界が一変する。自然界ではいろいろ見ることができます。

さて、ヒッグス場の論文は1964年、ピーター・ヒッグス博士によって出されましたが、
その証拠が約50年の後に観測されたということなんですね。
論文は2つ書かれましたが、どちらも2ページに満たない短いものだったそうです。
で、最初の論文は、提出した科学雑誌の審査で弾かれてしまった。
当時の審査員には理解できなかったんでしょう。

ところが2番目の論文の査読に、上記の南部博士が加わっていた。
これは大変ラッキーなことでした。
南部博士は論文を読んで重要性を認めた上で、さらにアドバイスをしました。
「何か将来に発見されるべき、予言的なことを書いておいたほうがいい」
そこで、ヒッグス博士は「場からは新しい粒子が生み出されるだろう」こうつけ加えたのです。
後の回想でヒッグス博士は「おそらくこの一文を最後に加えたため、
私の名前がヒックス粒子という呼称に残されたのだと思います」と述懐しているそうです。

さてさて、長くなってきましたので最後にしますが、
このヒッグス場が生み出す質量と、重力は基本的には関係がないと見られています。
ヒッグス場と重力場は別のものなんですね。
「標準理論」の中に重力を組み込むのはとても難しいのです。
ちなみに素粒子の重力理論の一つに「超弦(超ひも)理論」というのがありますが、
これが考えられる最初のきっかけをつくったのも、前述の南部陽一郎博士なんです。
素粒子は単なる点ではなく、じつは見えないほど小さい、
振動するひもなのかもしれない、というアイデアでした。
・・・わかりやすかったでしょうか。






センサーマン

2016.02.16 (Tue)
俺の左腕の話なんだよ。な、このとおり肩のつけ根から無くなってる。
これなあ、俺が土建屋いたときに、壁と重機の間にはさまれて、
切断せざるをえなかったんだ。いやあ、事故の瞬間は衝撃で失神したからね。
その後のことはよく覚えていない。気がついたら病院にいて、
そんときにはもう腕はなかったんだよ。
単なる切断じゃなくて、潰れちまってたから医者もこうするしかなかったらしい。
まあね、事故だからしょうがないと思ってるし、
土建の会社もよくしてくれたよ。障害年金ももらってるし。
けどよ、これが傷が治ってからが地獄だったんだわ。
知ってるかい、幻肢痛ってやつ。そうそう、無くなったはずの腕が痛むんだよ。
つけ根の切断面じゃなくて腕そのもの。ちょうど手の甲のあたりだな。

これが激痛なのよ。焼けた火箸を何本もいっせいに突っ込まれるような感じで、
大声で叫んでしまうくらい。人がいないところじゃ転げまわってたよ。
そのくらい痛い。だから仕事にならなかったんだ。
会社のほうでは内勤に回してくれたんだが、辞めざるをえなかったよ。
うん、つねに痛いってわけではないんだ。
俺が、腕がないことを忘れて、左腕で無意識に何かしようとしたときに激痛走るんだよ。
医者は外科から脳神経科に回されたが、そこの話だと、
脳の中の体を動かしてる場所の一部、左腕を担当してたところが、
まだ腕があるもんだと思って働いてるせいってことらしい。
そうそう、だから俺の脳が左腕がないって納得して、
そこの回路が消えちまうまで痛みは続くってことだったんだ。

ミラー療法? ああ、よく知ってるねえ。それもやったよ。箱の中に右手を入れて、
鏡に写して左手がまだあるように脳に錯覚させる。
で、自分で右手を開いたり握ったりして、左手でやってるように脳をだますわけだ。
うーん、効果はあんまりなかったな。信じられないような傷みがちょっとやわらぐくらい。
痛みはいつ襲ってくるかわからないし、あの装置を自宅に設置してはいたけど、
まあ気休めみたいなもんだったな。
それで、家に閉じこもって事故の一時金と年金で鬱々と暮らしてたんだが、
知人から再就職の話がきたんだよ。それがなあ、不動産関係ってことだった。
でもよ、俺は高卒からずっと肉体労働だったから、
デスクワークも営業もできねえんだ。それにさっきから話してた痛みもあるし。
話を聞くだけは聞いてみたんだよ。したら、幻肢痛があるやつを探してるって。

それに、うまくしたら痛みもおさまるかもしれないってことだったんで、
ダメもとだと思って、その不動産屋の顧問に会ってみたんだ。
これが一目でまともじゃないってわかった。俺は土建だったから、
荒っぽい筋とつき合うこともあったが、それと同じにおいがしたね。
言葉遣いは慇懃ではあったけど、要は悪徳土建屋ってことだ。
で、会って一番に「幻肢痛、痛いんですってねえ。治るかもしれませんよ。
 仕事の話はその後でいいから、ちょっと試してみませんかね」こう言われて、
そりゃ痛みがなくなるなら御の字だから、そいつの車で出かけたわけよ。
したら病院に行くと思うだろう普通。それが、車で何時間もかけて着いたのが日本海。
場所は言えないが、もの寂しい岩浜の海岸だったんだ。
季節は冬になりかけの頃だったから人っ子一人いねえ。

ちょっと気味が悪くなってきたが、不動産屋は埠頭に車を止めて、
海の中に長くつき出した桟橋に向かって歩いてく。で、俺もついてったのよ。
あたりは潮のにおいがキツくてね。波のせいで海が泡立ってたな。
その桟橋の先に赤い鳥居と神社があったんだ。
不動産屋が鳥居をくぐって神社の戸を無造作に開け、したら中に大岩があったんだよ。
そうだなあ差し渡し3m高さ2mってとこかな。
でな、その中心に直径20cmくらいの穴が地面と平行にあいてたんだ。
中が金色に光っていた。不動産屋は「ここに左手を入れてみて下さい」
「だって俺、左手ないから」 「いや、あるつもり、入れるつもりで。
 ミラー療法やってたでしょう。あれだってない左手を箱に入れるでしょ」
そう言われればそうなんで、やってみたんだよ。

どうせ本当には入れないんだし、何が起きても危険はないだろうと思って。
頭の中で指先を伸ばし、ヒジを伸ばしたところを想像し、穴の中にスーッと。
何事起きなかった、最初はな。10秒ほどして不動産屋が「どうです。なんか感じますか」
って聞いてきたから「いや、全然。それよりこの金色のは何だい。
 自分で光を出してるように見えるが」逆に聞き返したら、
「それね、ある種のコケなんですよ」 「うーんヒカリゴケとかいうやつか」
「まあその一種です」こんなことを言ってたら突然、
ないはずの左手が穴の中で握られる感触があったんだよ。それと同時に、
俺は信心なんてしたことないから、どう表現していいかわからんが、
なんとも言えない、ありがたーい感じがしたんだ。俺の手を握った相手の、
柔らかい手のひらからじわじわとにじみ出てくるような感じだった。

「あ、あ、誰か中で俺の手、握ってるぞ」 「おお、きましたね」
そうしてるうちに俺はわけもなく感激して、涙がダラダラ流れてきたんだ。
「・・・こらあ、誰が手握ってるんだ。もしかして神様とかか」
「わかりませんが、昔からあるものです」こうして30分ほど、
その神社の大岩の前で過ごしたんだよ。手を抜けと言われて抜いた・・・つもりになった。
もちろん左手が生えてきてるなんてことはない。
ただ、事故以来ずっとザワザワしていた心のうちが、静かになってる感じがしたなあ。
今から思うと、これで俺がセンサーとして完成したんだな。
え、どういうことかって。それを今から話すんだよ。
この帰りの車の中で不動産屋が「もう幻肢痛は起きないと思いますよ」って言った。
でな、実際に1週間たっても、あの痛みが襲ってくることはなかったんだ。

こういう経緯で、その不動産屋の世話になることになった。
どういう仕事かっていうと、会社が新しく物件を買おうとするときに俺がついてくんだ。
一軒家、マンション、地下の飲み屋、ビル、物件はいいろいろだわな。
もちろん売り手がいる前では俺の出番はない。
いつも作業服を着て、ガス水道か、建築の技師みたいなふりをして、
あちこちの部屋の入り口からな何気に手を入れる。ああこれは、
ないほうの左手だよ。すると、中に何かいる場合はその手に触れてくるんだ。
いや、理屈はうまくは言えないが、俺の左手だけが、そいつらにははっきり見えるのかもしれん。
だから触ってきたり、中には握ってくるやつもいる。乾いた手、子どもの手、
ドロドロした手もあるよ。手だけじゃなく体や髪が触れることもまれにある。
するとわかるんだよ。触ってきたやつがどういう心持ちでいるのかが。

怒ったり恨んだりしてるときは、それが伝わってくるんだ。
まあ、めったにないんだけどな。ただ、そういうやつは新しい住人に害をなすことがある。
不動産屋としてはトラブルは避けたいだろ。
そういうセンサーの役目を俺が果たしてるってわけだ。まあね、商売だから、
中に悪い霊がいても条件がよければ買うが、情報を持ってれば対処のしかたも違うだろ。
うーん、何もいない場合もあるよ。それが一番多いし、
何かいても、これはすぐいなくなるだろうってのもわかるんだよ。な、便利だろう。
ああ、海辺の神社ね。年に1ぺんは行ってる。あの岩穴に左手を突っ込むと、
やっぱじわじわとありがたい気が伝わってくるな。パワースポット?
そんな難しいことは俺にはわからんし、むしろ会社が、
どうやってあの存在を知ったかのほうが不思議だが、まだ教えてはもらえん。

がなhsじぇいああき





Mars hoax

2016.02.15 (Mon)
今日は宇宙のオカルト、といっても宇宙物理学関連ではなく、
もう少し身近な太陽系惑星のお話です。題名の Mars は火星で、
ローマ神話の戦いの神から名がとられているというのはご存知だと思います。
hoax のほうは一般的には馴染みがない単語ですが、英文のオカルト関連書籍、
ウエブサイトなどにはよく出てきまして、「人をだますイタズラ」「でっちあげ」
のような意味で使われます。

例えばMoon hoax で検索すると、アポロ宇宙船は実は月には到達していない、
みたいな話が出てきます。『カプリコン1』という映画がありましたが、
あれはアメリカ政府の陰謀として、月への有人飛行をでっちあげたという内容でした。
月面上での一部始終はスタジオ撮影で、
宇宙飛行士たちはその後抹殺される運命に・・・といった筋書きでしたね。

映画の話を出しましたが、フィクションで出てくる太陽系惑星は、
昔は金星が舞台のものも多かったのです。金星は大きさが地球に近く、
そのため重力もほぼ同じで、地球の双子星などと言われたこともあります。
だからSF作品の舞台になりやすかったのですが、
宇宙探査が進んでその実体が明らかになってくると、
人気は火星に移ってしまいました。

一番の問題は温度です。金星の赤道付近は500℃ほどにもなるため、
これは人間は生きていられません。
耐熱宇宙服、宇宙ステーションのようなものがあればいいんでしょうが、
温度を下げるためには大量のエネルギーが必要です。
寒いところで温度を上げるほうがまだしも楽なんですね。
火星の気温は-40℃から-150℃、
これなら高いほうは地球の極地でもありえる温度ですし、なんとかなりそうです。

ということで、近年作られた映画は、『マーズ・アタック!』
『ミッション・トゥ・マーズ』『レッドプラネット』『ドゥーム』などなど、
火星が舞台になっているものが多いのです。
他の惑星への植民もけっこう真面目に研究されていますが、
やはり金星よりも火星のほうが可能性が高いというのが結論のようです。
火星は確かに地球より小さいですが、液体の水(海)がないため、
人間が住める陸地の面積は地球とほぼ同じくらい。
また、自転周期からくる1日の長さも24時間40分くらいで地球に似ています。
(ただし1年は地球の地球の1、9年ほどに相当)

しかし問題点も多々あります。火星に大気があるといっても非常に薄く、
人間は素のままだと1分以内に死ぬそうです。
当面は『トータル・リコール』のようにドームを建設して、その中に住むしかないでしょう。
(長期的には、藻類を使って酸素をつくるなどもあるかも)
あと火星は小さいので、重力が地球の3分の1程度です。
ピョンピョン跳んで歩けるので便利そうですが、おそらく骨に影響が出てきます。

ですからドーム内には人工重力が必要でしょう。
また、大気が薄く地磁気もないため、宇宙からの有害放射線も多量に降り注いでいるので、
これからの防御も必要と思われます。しかし福島原発の例でわかるとおり、
放射線を完全に防ぐ現実的な手立ては、今のところないんですよね。
あとはそうですね、太陽から遠い分、熱だけでなく当然ながら太陽光も少ないため、
地球上の植物を育てるのは難しいとかもあるかもしれません。

さて、余談が長くなってしまいましたが、表題の hoax の話に移ります。
一番有名なのは「火星の人面岩」というやつですね。巨大な人面像のように見え、
超古代に栄えていた火星文明の遺跡だとか言われたりもします。
最近話題になっている画像をいくつか紹介すると、
1,火星のビッグフット 
2,火星トカゲ 
3,火星ネズミ 
4,火星のファラオ像?
5,火星のイソギンチャク人間!? あと頭蓋骨やその他の骨格に見える画像は多々あります。
これ、5の画像に fake zoom と書かれてますけど、
画像を拡大し、鮮明化する時点で意図的な修正がされているものが多いんですね。

1,2(画像はクリックで拡大)
1,2
3,4
3,4



前に一度紹介したことがある、Richard C. Hoagland(リチャード・ホーグランド)氏、
この人が今のところ、このような Mars hoax のアメリカで1番の権威とされていて、
興味ある方はFacebookなどで検索されてください。HPもあります。
英文サイトでは、スプリングフィールド科学博物館職員、
元CBSニュースの科学アドバイザーなどの経歴があるとなっています。
日本でも下のような訳書が出てますね。  関連記事 『オカルトを仕掛ける』



さてさて、この手の人たちの主張というのはたいがい、
「NASAは大きな秘密を隠匿している、宇宙人や宇宙文明の痕跡を隠している」
といったものなのですが、しかし上掲のような画像は全部 NASA が出してきたものです。
hoax の人たちは当然、自前の探査衛星など持っていないので、
公開された画像を詳細に調べて1~5のようなのを「発見」するわけです。
しかしながら、宇宙生命に最も関心を持っているのは NASA 自身ですし、
探査力も使っている機器も民間とはレベルが違います。
もし本物があったとして、素直に公開するもんでしょうかねえ。





バイク女子と水の話

2016.02.14 (Sun)
今晩は、よろしくお願いします。私はバイクに乗るんです。
ご存じですかね、ヤマハのSRっていう400ccのです。
通勤に使ってるわけじゃなくて、主に休みの日にツーリングに行くだけですけど。
それで私、コーヒーが好きなんです。毎日飲みます。
この2つの趣味をなんとかコラボできないかって考えてたら、
バイクの雑誌で面白い企画が載ってたんですよ。
バイクにコーヒーメーカーと粉、キャンプ用のストーブ、これ湯沸し用の小さいやつです。
あとカップなんかを積んで、名水と言われる水のある場所まで走るんです。
ええ、水を汲んだら場所を見つけて、コーヒーを作って飲んで帰ってくる。
コーヒーの野点。ね、楽しそうでしょう。さっそく用具を買って、
関東名水案内っていう本も買って試してみました。大満足でした。

それからは休みの日ごとに、10ヶ所以上を回りました。
あ、はい。バイク仲間の人と行ったこともありますが、一人のほうが多かったです。
そのほうが気楽だし、事前に計画を立てたりもしませんから。
コーヒーの道具はザックに入れてあるし、休みの日に起きだして晴れていたら、
本を見て今日はここへ行ってみよう、って感じでした。
コーヒーの味の違いですか。うーん、難しいですね。
毎回同じ種類の豆で淹れてるわけでもないし。でも、いい水というのはわかる気がします。
名水と言われるものでも、コーヒーに合う、合わないはあるんじゃないかな。
お茶だとまた違うかもしれないし、好みの問題と言われればそれまでですが。
それで・・・場所は言わないほうがいいですよね。
近県の川の水源地って書かれてるところに行くことに決めたんです。

いわれは、明治以前の昔、山岳宗教で山に入る前の修験者たちが、
それを使って体を清めたという、ありがたいお水だということでした。
行程は、一部高速を使って片道3時間くらい。10時に出て途中で昼ごはんを食べ、
さらに1時間くらい走ってコーヒーを飲み、4時ころには戻ってくる。
ね、贅沢な休日の過ごし方でしょう。
でも、このことがあって以来行ってないんです。あまりに気味の悪い体験でしたから。
その日は天気がよくて、6月の、バイクで走るのに絶好の日和だったんです。
高速をスピード出して走るより、国道、県道をタラタラ走るほうが気持ちよかったです。
途中でお蕎麦の店に入って、それも美味しかったですよ。
けど、その後急に空が暗くなってきて、雨具は持ってましたけど、
ああ、雨になるのは嫌だなって。で、水源地へ行く道もよくわからなかったんです。

ナビなんてつけてないし、地図を見てだいたいの勘で来たんですけど、
どんどん景色が田舎になって道が細くなっていって・・・
ええ、止まって地図は確認して、間違ってはいないようだったんですが。
案内とかそれらしいものがなかったんです。それまでは、
「◯◯の名水」とか、道路や道の駅に看板が出てる場所が多かったんですけど。
ただきれいな渓流沿いの道だったので、
わからなかったら渓流の水を汲んでコーヒーを淹れようとも思ってました。
県道から一つ内側の道を走ってると小さな商店の脇に木の看板があったんです、
「◯◯水源地」っていう。ああ、これだなと思って、
さらに道が細くなった集落に入っていったんです。暗かった空がますます暗くなってきて・・・
まあ天気は偶然だと思いますけど、なんとなく心細くなってきました。

で、道が大きな岩山に突きあたって途切れていたんです。
まわり10軒くらい家がありました。どこも田舎の一軒家で立派な瓦屋根の。
それでです。道に面してる4軒なんですが、誰か人が出てたら道を聞こうと思って見てたら、
どの家も玄関先に「忌中」の札が出てたんですよ。
でも、それってありえないでしょう。いくらなんでも隣と向かいの4軒で、
最近亡くなった人がいるなんて。ああ、昔のをはがさないでいるのかもしれないって。
私もそう考えたんですけど、どれも札は新しかったです。
気味悪いのでUターンしようとしたとき、1軒の縁側から庭に人が出てきたのが、
見えたんです。30代くらいの髪の長い男性でした。
「あの、スミマセン。◯◯水源地ってこのあたりですか。本を見て来たんですけど」
でも男性は私のほうを見もしないで、庭の小屋に入ってシャベルを出してきました。

「あの、スミマセン。東京から来たんですけど」さらに声をかけると、
のろのろとこっちを見て「水は腐った。だから死人が出てる」
びっくりするような大声で怒鳴ったんです。怖かったですよ。
だから大急ぎで引き返してその集落を出ました。その頃には気力がなくなってて、
もう帰ろうと思ったんです。ホントに雨が振りそうでしたし。
さっきの看板のところまで戻って見直していたら、商店からおばあさんが出てきました。
優しそうな様子だったので、「あの、その看板の水をいただきに来たんですけど」
って聞いてみました。そしたら、
「ああ、それはご苦労さんだね、だけどねえ、水は止まっちゃったんだよ」
そう言って少し考えてから「でもねえ、せっかく来たんだし、この先に大岩があっただろ。
あの横にもう一ヶ所お水所があるよ」またあの集落に戻るのは嫌でした。

でも、おばあさんの話だと別から回って行くということだったので、
もう一本先の横道へ入ってみました。
200mほど先に「お水所」と書いた木札のある東屋があったんです。
中には誰もおらず、かなり大きな石を掘った手水鉢のようなのがあって、
樋から中にちょろちょろ水が落ちていました。そのときはきれいな水に見えたんですけども。
でも、ペットボトルを出して汲んでみると、細かい灰色のものがうようよしてたんです。
すごく小さくて見えにくいので、くもり空にかざしてみたら・・・
それ、生き物だったんです。形はオタマジャクシみたいでしたけど、
2mmくらいのオタマジャクシっていないですよね。叫びそうになりましたが、
ペットボトルごとその場に置いて、バイクに乗ったとたん、
急に首の後ろが重くなりました。手でヘルメットを押されてるような感じです。

とにかくバイクを走らせて、県道から国道に入ったあたりで雨が落ちてきました。
止まって雨具を出したりせず、濡れて走りました。
ええ、何かから逃げてるような気分でしたよ。
だから高速に出ると、雨なのにスピードを上げたんです。
自分の部屋が恋いしくてしかたなくて、とにかく早くベッドに入って横になりたい・・・
そう思って。そしたらスピードを出すと、首の重さがやわらぐ感じがしたんです。
そうですね、いけないんだけど途中130km以上出てたんじゃないかな。
はい、事故にならなくてよかったです。
雨は一定以上は強くならなくて、都内に入ったあたりでやみました。
高速を降りると、首筋の違和感はなくなっていたんです。そのときなぜか、
「逃げ切った」って思ったんですよ。何から逃げ切ったのかはわかりませんけど。







重力波観測

2016.02.13 (Sat)
科学ニュースはどこも、この話が続いてますので、
当ブログでも触れることにしました。しかしこれ、どっから話せばいいですかねえ。
世間様ではバレンタインデーのほうに関心が高いのかもしれないのに、
色気のない内容ですいませんね。

「LIGO」


『米国の重力波観測所「LIGO」(ライゴ)を中心とする、
米国や欧州などからなる国際研究チームは、
日本時間2月12日未明、重力波を初めて直接的に観測することに成功したと発表した。
重力波の存在は今から100年前にアルベルト・アインシュタインが予言していたもので、
その予言が正しかったことが証明されるとともに、重力波を使って宇宙を研究する
「重力波天文学」という新しい研究の扉が開くことになった。』
(sorae.jp)

まず、重力波とは何かということですが、
『時空(重力場)の曲率(ゆがみ)の時間変動が波動として光速で伝播する現象』
こんなふうにWikiには出ていました。
かなりわかりにくいですが、質量のある物体があれば、そこに重力が発生します。
ですから、みなさん一人一人が存在しているだけで重力波を出している。
指でパソコンを打っても重力波は生じます。
じゃあ、そんなありふれたものがなぜ今まで見つからなかったかというと、
これがものすごく微弱なためなんです。

この世界には4つの力があると言われています。
①電磁気力(電気力と磁気力は基本的に同じ)
②強い力(強い相互作用とも言います)原子核内の陽子と中性子を結合している力で、
 簡単に言うと糊みたいなもんです。かの湯川秀樹博士の中間子理論は、
 結果としてこの力を予言したことになります。
③弱い力(弱い相互作用)これ、わかりにくかったんですが、
 福島原発の事故で有名になってしまいました。
 放射性崩壊のときにベータ線を出す力です。
④重力

こう書くと、えー摩擦力とか遠心力とか、握力とか背筋力とかw
もっと力の種類っていっぱいあるじゃないと思うかもしれませんが、
そのようなのもこの4つの根源的な力のうちのどれか、
または組み合わせとして説明がつきます。
この4つは元々の宇宙の始まり(ビッグバン)のときには同じ一つの力だったのですが、
さまざまな理由で枝分かれしていったんですね。

で、重力は②、③に比べればわれわれにとって身近なものなのに、
なぜ今まで重力波が見つからなかったかというと、
①~③よりも圧倒的に弱いからです。これも意外な感じがしませんか。
重力があるから、みなさんは宇宙に落ちていかないで地球にくっついていられる。
体重が増えると動きにくいですし、エレベーターに乗ればふわっとした感じを受ける。
重力ってけっこう身近に感じるものなのに、けっして大きな力とは言えないのですね。

さて、重力は空間をねじ曲げます。ここもわかりにくいでしょうが、
みなさんがプルプルしたゼリーの中にいると思ってください。
これが重力場です。で、外側からゼリーの端っこを引っぱると、
空間全体がゆがみますよね。(みなさん自身もゆがみます)
で、引っぱった指を離すと、プルプルした揺れがゼリー全体を伝わっていく。
これが重力波です。

上記の引用にあるアメリカの観測装置LIGOというのは、
超々々精密な長さを測るための装置です。
L字型になった同じ距離の2方向に光を打ち出して鏡に反射させ、
帰ってくる時間を調べる。だから考え方によっては超精密な時計と言ってもよいでしょう。
これは何もなければ、つねに帰ってくる時間は同じのはずですが、
もしも空間がゆがんだらどうでしょう。

下の図のように、正方形を押しつぶして平行四辺形にすると対角線の長さに違いが出ます。
これと同じなので原理は単純なものなんですが、問題は精度でした。
LIGOのアームは4kmもあるのに、観測された変化は10のマイナス21乗という
超微細なものだったんです。それだと誤報の可能性も、と思われるかもしれませんが、
LIGOは離れた場所に2ヶ所、ルイジアナ州とワシントン州にあって、
そのどちらもがわずかな時間差で検出しているので、まず間違いはなさそうです。

空間がゆがむと
キャプチャ

さてさて、実は日本でも東大がKAGURA(かぐら)という同様の観測装置を
「スーパーカミオカンデ」に隣接してつくりまして、
来月15日から試運転する直前に、アメリカに先をこされてしまったんですね。
まあ学問ですから、どこが発見してもいいわけですが、
KAGURAは地下施設ですからより精密な観測ができたので、残念といえば残念です。
また、自分なんかはこの周辺事情に大きなロマンも感じます。

というのは、上でさんざん重力波は微弱だという説明をしまして、
それがどういう経緯で発見されたかは書いてなかったのですが、
これは天空の大イベントがあったからです。
今回観測された重力波は、地球から約13億光年ほど離れた宇宙で、
それぞれ太陽の29倍と36倍の質量を持つブラックホールが
合体したときに出たものです。LIGOではそのときのエネルギー出力は、
目に見える宇宙全体の50倍もあったと推定しています。

え? どこがロマンかわからない? これはですね、
約13億光年ほど離れた場所から届いたということは、このブラックホール合体は、
今から約13億年前に起きたということですよね。
重力波も光速でしか伝わりませんから。そんなに桁数の多い過去の話だったら、
もう1年、半年くらいズレてたってよさそうなもんじゃないですか。
そうしたら東大KAGURAも間に合ったかもしれないんです。
・・・KAGURAやLIGOのような施設が世界各地にできれば、
これは多方向から観測できる重力望遠鏡のようなものになるでしょう。
重力天文学への道が開けたということです。





手繰る 2題

2016.02.12 (Fri)
今夜は「手繰る」ということについての不思議な話、怖い話を2つ書きます。
どちらも霊能力者が登場しますが、これはあくまで、
聞いたことをそのまま書いているのであって、霊能者を賛美しているわけではありません。
そのあたりはご理解ください。

山の気

雑誌や本の表紙デザインを依頼されることが多い、
売れっ子のデザイナー、Aさんから聞いた話です。
Aさんと自分は大学の同窓で、古くからのつきあいがあります。
たいそう忙しい方で、いつ連絡しても仕事中という感じなのですが、
ときおり、年に2回くらい山に登ります。
これは山頂を極めたいという登山ではなく、山にある神社にお参りするのが主目的です。
ですから8合目あたりに神社がある場合、山頂までは至らないこともあるそうです。
ご神体山と言いますが、山そのものが信仰対象になっていて、
ふもとに拝殿、山中に本殿がある場合が多いんですね。
そういうのは有名なものから無名なのまで全国にいくつもあって、
Aさんは仕事の疲れが溜まってきたときに、3日ほどの休みをとって登りにいくわけです。

「いや、疲れが吹っ飛ぶときも、そうでないこともあるよ。どうしてだろうなあ。
 やっぱり山との相性があるんだろうかね」こんなことを話していました。
去年の春、山陰地方のご神体山に出かけたときの話です。
そこはけっして厳しい山登りではないのですが、かといってハイキングコースでもなく、
天気のよい日なのに、一本道の登山道を行くのはAさんだけでした。
時間の余裕もあり、多少ダラダラとしたペースで登っていると、
下山してくる人の姿が見えたんですが、それは白い着物を着た、
60代くらいに見える男性でした。宗教的な雰囲気はあるものの、修験者でもない。
そして不思議な動きをしていたんです。杖を持っているのに、
それは脇にはさむようにして使わず、両手を右方の上に回して、
縄でも手繰るような動きをしていたのだそうです。

かといって縄やヒモが見えるわけでもない。「何をしてるんだろう」と、
当然思いましたが、すれ違うときに脇によけて軽く会釈をしました。
するとその登山者は立ち止まって「お参りですか」と聞いてきたので、
「そうです」と答えると「今日はねえ、◯◯様(神社の名前です)からはいい気が出てるよ」
そう言いました。Aさんがきょとんとしていると、続けて、
「あんまり気の力が強いから、こうやって引いてきてるんだ」と、
さらにヒモを手繰るような動作をしたそうです。
「気ですか、もしかして神社から引いてきたってこと?」
「そうそう、こういうとこのお参りに来るような人だったらわかるでしょう。
 太い龍みたいになってビクンビクン動いているよ」
「さすがにそんなことがあるだろうか」とAさんは思いました。

みなさんはどう思われますでしょうか。Aさんが疑ったのが顔に出たんでしょう。
年配の登山者は、「ああ、信じられないようならちょっとさわってみるかね」
そう言いまして、両手で見えない縄を引っ張るようにしてAさんの胸の前につき出したんです。
「ここですか」とAさんがその両手の先に触れてみると、
ビビッと静電気が走ったように思えました。例えが悪いですかね。
静電気は不快ですが、このときにはミントの粉末を吸い込んだような感じだったとも言ってました。
気持ちが晴れ晴れとした。Aさんが「これはふもとまで引いていくんですか。
 その後どうするんです?」と聞くと、登山者は、
「ガラスの器に水を張って、その中に伝わせる。この気なら2週間ほども保つだろう」
そう答えたそうです。登山者と別れ、本殿に参詣して戻ってくるとさらに爽快感が増し、
山から戻ったAさんは半年近く仕事をバリバリこなして、年末には大きな賞を取ったんです。

死の気

これはけっこう怖い話です。Mさんという水泳インストラクターの女性の方から聞きました。
Mさんは若いころ、オリンピック候補にまでなった短距離泳者でしたので、
もしかしたら名前をあげるとご存じの方がいるやもしれません。
このAさんの妹の息子さんが交通事故で亡くなったんです。8年前のことです。
自転車で下校の途中の交差点で、車と接触して転倒。
頭を強く打って硬膜下出血し、開頭手術したものの意識を戻さず死亡したんですね。
事故は夕暮れ時、過疎県の町の信号はありましたが、農道に近いような辺鄙な道で起きたんです。
目撃者はありませんでした。車の運転者は近くの市の団体役員で50代。
轢き逃げなどではありませんでしたし、きちんと警察にも連絡していましたが、
「自分のほうの信号は青だった。子どもが信号無視して飛び出してきて避けきれなかった」
このように証言したんです。現場には急ブレーキ跡もありましたので、居眠り等ではない。

検証した警察はそれを信じたというか、疑ったとしても証拠がまったくない。
ですから過失致死罪、今の自動車運転過失致死傷罪は適用されるのですが、
逮捕はされなかったそうです。在宅起訴ということなんでしょう。
しかし、Mさんの妹、亡くなった子の母親ですが、息子が信号無視で飛び出したとは、
信じられなかったそうです。というのは、ひじょうに行動が慎重で、
しかも普段から律儀にルールを守る子だったからです。
でも、死人に口なしですから。納得できなかった母親は、それで霊能者を頼んだんです。
その町の一集落に住んでいた拝み屋、と言われる90過ぎの婆さんで、
昔は赤子の疳の虫をとるとか、失せ物を占うとかで流行っていたそうですが、
すっかり時代が変わって、拝み屋のほうは近所の年寄り連中数人が相手でした。
そこの家にいき、祭壇の飾ってある部屋で事情を話しました。

そうしましたら婆さんは、事故の加害者が妹さんの家に、
示談がてら仏様を拝みに来る日を聞いて、そのときに訪ねていくことを約束しました。
それから、妹さんの車に乗って事故現場の交差点へ行ったんです。
で、現場で降りると、花束が置かれている路肩を中心にして、
前後左右に動いては両手で縄を撚り合わせるようなしぐさをしたそうです。
ひとしきりそれが終わると、もの問たげな様子の妹さんに向かって、
「若いころは仏様の声が聞こえたもんだが、今は力が落ちてできない。
 けどもあちこちに散らばっている御残念を拾い集めるのはまだできるから。
 それをできるだけ育てて、車の相手のところに当日持っていこう」
というようなことを言ったそうです。それで、いよいよ当日になり、
加害者は所属している団体の会長、保険会社の担当者などと硬い表情でやってきまして。

焼香が終わって、とおり一遍のお詫びの言葉はあったそうです。
それから示談の話になったんですが、妹さんのほうは民事訴訟を起こす決意を固めていました。
ですから「話は裁判の場で」と繰り返すだけでしたが、
加害者の顔を見ると憎しみしかわいてきませんでした。
そこへ、ひょっこりと拝み屋の婆さんが現れまして、
両手に見えない縄のようなものを持って手繰っている様子でした。
そのまま膝で這うようにして、その手に持ったものを加害者の背中にくっつけたんです。
そしたら、それまで虚勢を張るように伸ばしていた加害者の背筋が急に崩れ、
体をぶるぶる震わすと、表情をゆがめて泣き出してしまったんだそうです。
畳に手をついて、「信号を無視したのは自分だった。子どもは何も悪くない」
そう告白したんです。それから警察に行き、ほどなくして交通刑務所に収監されたのです。







聞いた話 音2題

2016.02.11 (Thu)
編集部バイト員のKさんから聞いた話

Kさんは写真の専門学校に通う男性の方で、ある出版社でバイトしていまして、
そこで自分と知り合いました。20代前半です。
おかしなことが起きたきっかけは、古書店で洋書の写真集を買ったことです。
大判の古い本で傷みも激しかったのですが、その分、安くなっていて、
数百円だったそうです。Kさんは風景写真を専門にしたいと考えていて、
その本は白人の写真家が撮ったアラスカの風景でした。
有名な写真家だそうですが、自分は初めて聞く名前でしたね。
本も見せてもらいましたが、白と青以外はくすんだ色しかないアラスカの大地が、
遠景でとらえられた印象的な写真が多かったです。
本はKさんの部屋の机の脇のラックに立てかけられ、ときおりパラパラめくって見ていました。
ただ、この話、Kさん自身に怪異が起きたというわけではないんです。

はじめは隣の部屋からの苦情でした。Kさんが朝にゴミ出しにいったとき、
たまたま隣に住む同じ年代の学生と会い、そのときに、
「昨日の夜部屋に外人が来てた?」って言われ、「いや、部屋にいたけど一人だけだった」
「えーでも、なんか外人が英語ですごい怒鳴ってたじゃないですか、30分くらい。
 うるさくて寝られなかったすよ」 「えー、そんなはずないけど、何時ころ?」
「11時半から12時にかけてくらい」 「俺の部屋のほうの壁から?」
「そうすよ」こんな感じでしたが、Kさんには心あたりがありません。
そもそも外人の知り合いなんていないし、Kさんはテレビを見ないのでそれも違う。
だからそう言うしかありませんでした。それから3日して、今度は下の部屋の住人から。
やはり時間は夜の11時過ぎでした。部屋のチャイムが鳴って、出てみると下の部屋の男性。
この人は50代で大手印刷会社に勤めてるんですが、離婚して一軒家から移ってきたそうです。

しかめっ面で「あんたねえ、ドンドン足を踏み鳴らすのやめてくれる」
「そんなことしてないですよ」 「だってね、天井からホコリが落ちてくるほどだったし、
 上はあんたの部屋だから。それに今も外の廊下で大声が聞こえたぞ、外国語の」
「俺の部屋からですか?」 「そうだよ」 「いや、誰も来てないですけど」
そう言って部屋の中を見せたら、男性は不承不承戻っていきました。
この2回とも、Kさんはアラスカの写真集を見ていたんですが、
それと関係あることとは思わなかったそうです。翌日、バイトから帰ってきたら、
ラックに立ててあった写真集が下に落ち、
何かに引っかかったのかカバーが大きく裂けていました。
拾い上げると、裂け目からカバーの下に何かがあるのが見えました。小さなメモ用紙が、
表紙にテープで貼りつけられていて、英語の筆記体が書かれていたんです。

はがしてみたものの、Kさんにはよく意味がわからず、
翌日、学校で英語の読める人に見せたところ、
「よくわからないけど、なんか軍隊の不正を告発するような内容だな。
 物資の横流しがどうこうとか書いている。すごいスピードであせって書いたような字だな」
こう言われました。そのメモは学校のゴミ箱に捨てたそうです。
それから苦情を言われることはなく、写真集もまだ持っています。
「変な話でしょ。でも、それくらいしか原因が考えられないんですよ。
 こういうことに詳しいって聞いたんですけど、どう思います?」
でもねえ、自分としても何とも言えないんですよね。物や手紙などに念が残って、
いろんな怪異を引き起こすという話は確かに聞いたことはありますが・・・
メモを見たかったんですけど、なくなってしまったのでどうしようもありません。

猫カフェ勤務のUさんから聞いた話。

Uさんは20代後半の男性で、前はペットショップにいたんですが、今は猫カフェに勤めています。
自分は海水魚を飼っているので、そこのペットショップによく行ってて顔見知りになりました。
Uさんが高校生のときのことです。
「もうその頃から、携帯電話が普及したせいで、公衆電話がどんどんなくなってたんですよね。
 けど、学校の近くの児童公園に一台残ってたんですよ。典型的な電話ボックスですね。
 俺はチャリ通学してて、近くを通ってたんだけど、気に留めたことはないし、
 もちろん使ったこともないです。でね、高3になって部活を引退し、
 早く帰るようになった頃にこんな噂を聞いたんですよ。・・・夕方5時ころになると、
 そこの公衆電話が鳴っているときがある。横を通るときにかすかに呼び出し音が聞こえるって」
「ああ、公衆電話にも電話番号があるから、それを知ってる人がかけてたのかも。
 そうする意味はわかんないけど」

「ですよね。まあ、何かの事情で、そういう手段でしか
 連絡できないってこともあるかもしれないけど、聞いたってやつはみな、
 ボックスの中には誰もいなかったって言ってるし」
「それでどうなりました?」 「いや、お定まりの話ですよ。そのときに受話器をとって、
 電話に出てしまうと、呪われるとか死ぬとか、夜に幽霊がやってくるとか」
「ま、そうなりますよねえ」 「でね、仲間内の物好きなやつらが集まって、
 ボックスの電話が鳴るのを見ててみようってことに」
「はああ、勉強のほう、受験とか大丈夫だったんですか」
「それは俺は動物飼育の専門学校に入ることに決めてて、試験なんてなかったから。
 仲間もそういうやつばっかでした。・・・いいですか、こんな話で」
「興味深いです。続けてください」

「でね、その日集まったのは4人・・・5人だったかな。
 俺と男友だち3人。その一人が彼女を連れてて。
 その彼女というのが霊感があるってことだったんです」 「はいはい」
「授業は3時半ころに終わって、それから皆でラーメン屋に入って5時過ぎ、公園に行きました。
 みなチャリです。皆はけっこうワクワクしれるようだったけど、でも俺は、
 正直なところ電話は鳴らないだろうって思ってたんです。
 まず鳴ること自体が嘘だろうと思ったし、もしたまたまそういうことがあっても、
 毎日張りついてでもいないと、それにバッチリあたるとかはないだろうと」 「はいはい」 
「で、チャリにまたがって公園の生垣の外の道にいたんです。電話ボックスのすぐ近く。
 最初、その霊感女子がボックスを見たときには、『変なものは感じない』って言ってたんですよね。」
「で、電話は鳴りましたか?」 「それが10分ほど待ったら鳴ったんです」

「あ、鳴ってる、聞こえるぞ、って誰かが言い、そしたら俺にも聞こえました。
 音はかすかでしたけどね。誰か出てみろ、そう言いながらチャリを立てて公園内に入りました。
 そしたら霊感女子が、ダメ、戻ろう。ボックスの中、黒いものでいっぱいになってきてる。
 って言いまして、ちょっとビビりましたけど。そしたら彼氏のほうが、じゃ、俺が出る。
 これね、彼女が普段から霊感じみたことを言うのが気に入らなかったみたいですね。
 たんにいいとこを見せようとしただけじゃなかったみたいです。
 ダメー、黒いの髪の毛だよ。ぐるぐる渦巻いてる。って、彼氏の腕を引っ張って。
 いや、俺には何も見えませんでした。でね、彼氏がボックスの戸を開けた瞬間、
 呼び出し音が止んだんです。でも、そいつは受話器を取り上げて、おーい、もしもし。
 ってやったんですけど、何の音もしない。って受話器を置きました。
 そのときです。全員の・・・持ってないやつもいたから4人の携帯に一斉に着信が入りまして。

 昔だからガラケーで、マナーモードでしたけど。いっせいに電話に出たときにはもう切れていたんです」
「ははあ、着信の履歴は」 「それがね、うーん、携帯を持ってた4人をA、B、C、Dとしますと、
 AからB、BからC、CからDにかけたことになってたんです。
 これCが俺で、Aが彼氏、Bが彼女ですよ」 「??? ・・・ということはAの履歴は?」
「それが残ってなかったんです、変でしょう」 「たしかに」
「だいたい俺らが互いに電話かけあったりなんてしてないですから」
「で、その後は?」 「ええ、何度か集まったんですが、もう電話は鳴りませんでした。
 誰かの身におかしなことが起きたとかもないです。ただ・・・2年後に大きな台風があって、
 小学生の子どもが一人亡くなってるんです。その電話ボックスのすぐ近くの道でです。
 台風が去った後に、垂れ下がってた電線で感電したんですよ。電話線じゃなく電線。
 これは新聞にも出ました。関係があるのかはわからないですけど」



 


 

鉄鼠について

2016.02.10 (Wed)


最近『呪術合戦』という項を書きまして、
そのときに『鉄鼠(てっそ)』にも少し触れたのですが、
今日はそのお話です。妖怪談義の分類に入ります。
妖怪の中には、かつて生きていた人間だったとされるものもいろいろいるのですが、
そのモデルとなった人物の実在性には濃淡があります。

例えば「安達が原の鬼婆」の岩手(旅人を泊めて夜中に切り刻んで料理し、
最後には妊娠した自分の娘も殺してしまった)などは、
似たような話はあったのかもしれませんが、個人としての実在性は薄いでしょう。
また、これも前に取り上げた「殺生石」。千年狐がインドから中国、
さらに日本まで来て「玉藻の前」になり悪事を働くというのは、
ちょっと考えればありえない話です。   関連記事 『妖怪談義9(最凶)』
前回の「経凛々」の守敏僧都にしても、あまりに資料に乏しいことから、
平安京の東寺が栄えたのに対し、西寺が廃れてしまったことを、
寓意として取り込んだ物語と見るむきもあるのです。

これに対し、鉄鼠に化した頼豪阿闍梨はまず間違いなく実在の人物です。
園城寺(三井寺)に住して、修法の効験で知られていましたが、
『平家物語』『太平記』『源平盛衰記』などによれば、
その力を見込んだ白河天皇から皇子誕生の祈願を依頼されました。
つまり、無事に子どもが産まれるだけでなく、男児にしてくれということですね。
かわりにどんな望みも叶えてやる、との約束を受け、
何晩も徹夜して必死に祈祷した結果、見事に男の子が誕生しました。
(ま、これをたまたまだろう、と思うと物語は成立しなくなります。)
白河法皇は大喜びして、願いは何でも聞いてやるつもりだったのですが、
頼豪の願いは三井寺の戒壇院建立でした。

白河天皇は、さすがにこれには困りました。
戒壇院というのは、あまりご存知でない方も多いでしょうが、
戒壇は戒律を受けるための結界が常に整った場所で、
授戒を受けることで出家者が正式な僧(女性の場合は尼)になるわけです。
戒壇をめぐる問題は、日本史の中でたびたび登場してきました。
同じ天台宗である山門「比叡山延暦寺」と寺門「園城寺(三井寺)」の争いは有名で、
この頼豪の話もその中の一部なんですね。
園城寺にとっては、自分の所属する寺では正式な僧になることはできず、
他の寺でそれを受けるしかないというのは、耐えがたい屈辱であったわけです。

これを頼豪が願い出ると、当然のように既得権を奪われる延暦寺から横槍が入り、
山門の僧らは暴れまわってやっかいです。
白河天皇も約束をかなえてやることができませんでした。こっからは伝説に入るのですが、
(というのは、史実では敦文親王は頼豪より先に亡くなっています。)
深く恨みに感じた頼豪は、せっかく産まれた皇子(敦文親王)を取り殺し、
魔道に落とそうとして、百日の断食行に入ります。
やがて満願となり、頼豪はやせ衰えて死にましたが、
呪詛の効験か、敦文親王は4歳で亡くなってしまいます。
頼豪の恨みはこれだけでは収まらず、さらに怨念が石の体と鉄の牙を持つ巨大なネズミと化し、
8万4千匹に分裂して延暦寺の蔵に侵入して経典を食い荒らしました。
このネズミを鉄鼠、または頼豪鼠というんですね。

ま、いろいろと考えさせられる部分はあるのですが、
この話ができたのも、一つには民衆の当時の、
いつも権力争いばかりしている仏教に対する皮肉な見方があるのだと思います。
人を救い国を救うために寺院はあるのに、
やっていることは煩悩丸出しではないか、ということでしょう。
とはいえ民衆としては、やはり仏法の功徳と死生観にすがるしかなかったわけですが、
やがて法然や道元、日蓮などの改革者が現れます。

さて、京極夏彦氏の長編に『鉄鼠の檻』があります。
ネタバレしないよう深入りは避けますが、明慧寺という誰にも知られていない、
山中の巨大寺院が舞台として登場します。このあたり、
やはり迷宮じみた僧院が舞台となり、テーマが僧院そのものでもあった、
ウンベルト・エーコの歴史推理、『薔薇の名前』を連想した方は多いと思われます。
よくはわかりませんが、京極氏にも、
あの大作に挑戦しようとする意図があったのかもしれません。

話のテーマの中には、本来衆生を救うはずの仏教なのに、
個人の修行とその完成が目的になってしまっていること、
上で書いたのと共通する部分が含まれているとは思いましたが、
連続殺人の動機が「禅宗の悟り」であるのに、
密教僧である頼豪の妖怪名?が題名になっていることには、少し違和感も感じました。





反則企画

2016.02.09 (Tue)
今日は時間がなく、反則企画です。
前に書いた「阪急宝塚線」という話と、某まとめサイトでのその感想ですね。
途中から「おっさん」の話になってこの後もまだ続いています。
たしかに関西弁の「おっさん」「おっちゃん」のニュアンスは伝わりにくい。

阪急宝塚線

そういえば、5年くらい前に昼過ぎの空いた電車に乗っていたら、
それまでカバンを抱えて座っていた40代後半くらいのおっさんが、
停車駅でもないのに急に立ち上がった。
おっさんは額から頭頂部まで禿げ上がっていて、
身長はかなり高く、痩せ気味ではあるものの骨格が太くいい体格をしていた。
おっさんは目を半眼のようにして、
直立不動で何やら軍歌のようなものを大声で歌い始めた。

歌い終わってから、
「みなさん聞かれたことがあるかもしれませんが、今のはPL学園校歌です。
 私は在学時野球部で5番を打っていました。
 惜しくも甲子園には行けませんでしたが。
 ・・・私は昨日付けで会社をクビになりました。
 なりましたが・・・しかしめげませんよ。
野球部時代を思い出してこれからも頑張ります」と言って座った。
最後の方の声はややかすれがちだった。
まばらだった他の乗客はあっけにとられていたが、
小さい声で「そうか、ガンバレよ」と言った人が一人いた。

それで、このおっさんの態度が印象に残ってたんで、
会社の飲み会の2次会で居酒屋に行ったときに皆に話したんだよ。
そうしたらみなちょっとシュンとなって、この景気じゃ人ごとじゃないよな、
みたいな雰囲気になった。そしたら、
居酒屋のついたての向こうにいたタイガース帽のおやじが話を聞きつけて、
顔をのぞかせ「それ、阪急宝塚線だろ」と声をかけてきた。

「そうだ」と言うと、おやじは、「それ幽霊だぞ。しかも嘘つきの幽霊だ。
 会社を首になったのは何年も前だし、そのすぐ後に首を吊って死んでる。
 年に数回出るから、あの沿線じゃちょっと有名だよ」と言うんで、
「幽霊とは思えなかったな。生きた人にしか見えなかったよ。
 それで、嘘つきってどういうことだい」と聞くと、
おやじは、「最初に出たときは、PLの8番バッターと言ってたんだよ。
 それがだんだん打順が上がってきた。人間死んでからまでも見栄をはりたいんかねえ。
 次は4番バッターになってるだろうよ」と言った。

・オチで笑える話になっちゃったじゃまいかw
見栄っ張りで嘘つきなのかw本当は万年補欠だったのかも。
いや、PL入試に落っこちて地元の公立高生だったとかw

・とはいえ、会社をクビになって自殺して、
それでも普段から通勤に使ってたんであろう路線に幽霊となって乗っているんだから……
やっぱ、物悲しい話だよな。

・自分は20年ほど宝塚線に乗ってるけど見たことないなぁ。霊感もわりとあるんどけど。

・最初に出た時はスタメンだったのかも怪しくなってしまったな。

・そもそも、一体どんな未練が、そのオッサンをそこまで現世に引き留めているのかが、
凄く気になる。

・乗客からコンバットマーチで声援して貰いたいんじゃね?

・何故そのおっさんが自殺した、なんて事情を知ってたんだろうか?

・しかし、自分も昔大阪住んでたが、阪急線にも時々どっか壊れたような人乗ってるもんな…
ミナミの方に比べれば遥かに柄は悪くないんだが。

・そこに住んでるけどそんな噂聞いたこと無いな。

・落語かよw

・噂になっていないのは同じ人の前には一度しか現れないから。
霊感がある人が見たことないのは、そういう人がいる時は避けているから。
嘘だとばれるのを避けるためにこの二つを実行しているのだとしたら、
このオッサンかなりの知能犯だよな。あるいは、否定されるのが怖いか。

・一度しかあっていない変な人の話なんて、あってすぐ後に飲み会とかない限り、
あまり話す機会がない。その席で真相を知っている人に会う確率も低いし、
そもそも一度しかあっていない変な人のことなんて、割とすぐ忘れてしまうもんだ。
霊感が割りとある人なら、幽霊だと見抜かれて突っ込みいれられるかもしれない。
ってなかんじで。

・見栄っ張りも死んだ程度じゃ治らないのか。タクシーの殿様を見習えよ、人生ずっと楽しいぜ。

・いや、嘘ついて同情もらうのがこいつの生き甲斐なのかな…?

・もう死んでるってのにいまだ生き甲斐に執着ってことか

・居酒屋で会った見ず知らずのオッサンの嘘くさい話を信じるのか。
その元球児のオッサンは今頃どこかでまた1からがんばってるかもしれないではないか。

・居酒屋で会ったオッサンこそ「嘘吐きな幽霊」説。

・「おっさん」ていう言い方はやめろ、こういう話でよくあるが、すぐおっさん呼ばわりする、
上から目線で侮辱してるのがよくわかる、失礼すぎて下品や
「男性」「年配の男性」という言い方が普通。

・細かいことは気にするなよおっさん。

・少し落ち着けよ年配の男性。何か厭な事でもあったのか年配の男性。
年末なんだし酒でも飲んで忘れようぜ年配の男性。

・おっさん涙目wwwwwww

・そんなんだからおっさんて言われるんだよ

・おっさんにおっさんって言ったら上から目線とか頭おかしい。
おっさんはおっさんであってそれ以上でもそれ以下でも無いだろ。
訳判らん俺ルールを押し付けんなよおっさん。
まあおっさんの俺が言うのもアレだがw

・そうだそうだ。おっさんはおっさんらしく胸はって生きろ。
ウジウジしたおっさんはキモイだけだぞ。

・コメント欄に関西人が少ないようなので少しフォロー。
関西、特に大阪では「おっちゃん」が標準で「おっさん」だと蔑称というか、
やや喧嘩腰な物言いになる。投稿者は会話を標準語に直してるから「おっちゃん」も「おっさん」
に変換して書いたんだろうけど、関西脳だと違和感ある人もいるかもね。
その辺の温度差を汲んで、もう許してあげて。
皆さんも大阪でうっかり「おっさん」呼ばわりしてトラブルにならんように注意してね。
でも「年配の男性」には笑っちゃったけどなww

・あえて言いたい。
47歳までは、お兄さん或いはお兄様だ。

・よう47才。

・47は初老。






呪術合戦

2016.02.08 (Mon)
今日は妖怪談義です。当ブログでいつも取り上げる鳥山石燕の妖怪画には、
一見して妖怪の正体がわかりにくいものがありますが、
その中には歴史的な伝承が含まれていたりもします。
京極夏彦氏の小説に出てきた「鉄鼠(てつそ)」がそうですし、
この「経凛々(きょうりんり)」なんかもその一つですね。
詞書には「尊ふとき経文のかゝるありさまは、呪詛諸毒薬の
かえつてその人に帰せし守敏僧都のよみ捨てられし経文にやと、夢ごゝろにおもひぬ」

とあります。呪詛をすると自分に帰ってくる、「人を呪わば穴二つ」
という考え方が元になっているようです。



守敏僧都というのは、前に少し書きましたが、平安時代前期の僧で、
守敏大徳(しゅびんだいとく、だいとこ)とも言われます。詳しい経歴はよくわかっていません。
Wikiの記述でも『三論・法相を学び、真言密教にも通じた。
823年嵯峨天皇から空海に東寺が守敏に西寺が与えられたが、
空海と守敏とは何事にも対立していたとされる。』

この程度のものです。もしかしたら、弘法大師、空海との権力争いに敗れたことで、
その噂をするのがタブー視されていたのかもしれませんね。
これは歴史上よくあることです。

呪術合戦といえば、夢枕獏氏の『陰陽師』に登場する安倍晴明と、播磨の法師で、
民間陰陽師と考えられる道摩法師(蘆屋道満あしやどうまん)との話が有名ですが、
時代としては守敏僧都のほうが先ですので、
この逸話が元になってできたのかもしれません。
では、どんな術くらべだったかというと、
当時は嵯峨天皇の御代でしたが、空海も守敏もよく呼び出されて宮中に出入りしていました。
寵を競っていたと言えるかもしれません。
あるとき嵯峨天皇が守敏に生の栗を出して「これを煮てこい」と命じた。
すると守敏はにわかに経を読み始め、するとその場で栗が煮えてしまったのです。

これに感心した天皇は、守敏をお側に置いて自分の薬湯なども暖めさせるようになりました。
そして空海を呼び出した際に、この話をしたのです。
空海は「それは尊いことです。ぜひ自分も拝見したい」と言い、
隠れたところで見ていたのですが、守敏がいくら力をふりしぼって経を読んでも、
栗はいっこうに煮えなかった。空海がやはり法力によってじゃまをしていたのですね。
このことがあってから、2人は対立するようになりました。
ここで登場する嵯峨天皇は能書家として知られ、死刑廃止などを行っているのですが、
『今昔物語集』には茶目っ気のある人物として描かれていますので、
もしかしたら陰から空海と守敏の対立をあおって面白がっていたのかもしれません。

2人が戦ったハイライトは、神泉苑での雨乞い祈祷です。
神泉苑は京都にある池で、付随して寺院があり弘法大師が本尊の一つとなっています。
余談ですが、日本のお花見の風習は、嵯峨天皇が812年に神泉苑にて「花宴の節(せち)」
を催したという記述が『日本後紀』にあり、それが始まりとも言われます。
さて、始めに守敏が祈りはじめたのですが、いくらたっても雨は降らない。
守敏が疲れ果ててもう終わりというところで、
申しわけ程度にちょこっとだけ降ったのだそうです。

次に空海が祈祷を始めましたが、やはり雨は降らない。
おかしいと思った空海が魂を飛ばして調べると、日本の雨をつかさどる善女龍王を、
守敏が自分が失敗したのでインドの壺の中に隠してしまったことがわかった。
そこで空海が龍王を開放すると、たちまち雨が降り始め、
それが三日三晩も続いたそうです。別伝では、
空海が雨を降らすのを地蔵菩薩が助けたというのもあります。
いまだに善女龍王は神泉苑の底に住んでいるそうですよ。

結果、空海の勝ちとなって、嵯峨天皇の寵愛は空海に傾きました。
それを恨んだ守敏は空海を殺すための呪詛を始め、気がついた空海も対抗した。
2人の法力はほぼ拮抗していたので、いつまでも決着がつかない。
そこで空海は一計を案じ、自分が死んだということにして、
弟子たちに葬儀の準備を始めさせた。これを聞いた守敏は大喜びで呪詛を中止。
その瞬間に結界が破れて空海の呪詛が届き、守敏は頓死してしまった・・・
というお話なんですね。

石燕の絵に戻りますと、経文の先が破れて尖り、鳥のような姿になっています。
これは石燕が元ネタにしていた室町時代の妖怪絵巻『百鬼夜行絵巻』に出てくる、
クチバシの長い鳥の妖怪をまねたものと言われています。
守敏の恨みの念が妖怪化しているわけですね。

それはともかく、経というのは本来、人を救い国を救うためのものですが、
このようによからぬ目的で使用したために、
その呪いが自分に返ったのだろうと皮肉っているんですね。
しかし、敗者にだけそれを言うのは酷な話で、
空海は当時としては長命の60歳過ぎまで生きましたし、
いまだに高野山の奥の院で生きているという話もあるのです。

関連記事 『即身成仏とミイラ』  『史上の霊能者』





死に猫の島 

2016.02.07 (Sun)
当時、泡沫出版社の編集部にいたんですよ。
ええ、コンビニ売りのムックで食ってるようなところ。
で、2年前の夏前ですね。お盆向けにお約束の心霊特集のムックを作ろうって話になって。
これね、ネットでかき集めた動画や話題だけでも1冊こしらえるのは簡単なんだけど、
それだけだとしょうもないんで、何本か現地取材を入れようってことになって。
といっても、経費がかかるから1泊2日まで、そんなに遠くへは行けないんですよ。
でね、編集長が俺に「死に猫の島って聞いたことがあるか」って言ってきて、
「いや、知りません。ウサギやら猫やらを放し飼いにして、
 観光客呼んでるとこなら聞いたことありますけど」こう答えました。
そしたら「うん、そういうのじゃないらしい。ウサギの島なんかは、観光客用に餌売ってて、
 人間が管理してるのと同じだろ。この死に猫の島ってのは無人島みたいだぞ。

 お前、瀬戸内の出身だよな」 「そうですけど」 「そのお前の実家のある県って話だ」
「無人島なんていっぱいありますけど、聞いたことないです」
「調べて記事にしろ。サキ連れて行って写真撮ってこい。伝承はわからなかったり、
 つまんなかったっりしたら、でっち上げたっていいから」
このサキっていうのは、ある芸能プロダクションに所属してる、霊感で売ってるタレントなんです。
うちの編集部でも何度か起用したことがあるんですが、その当時密かに俺とできてまして。
でもそれ、編集長は知ってたんでしょうね。
俺に休暇与えるつもりで話を出してくれたんだと思います。
ありがたい話でしたが、肝心の島自体さっぱり心あたりがなくて。
実家に電話をかけてみました。実家は漁師で兄貴が家を継いでたんです。
「あー、死に猫の島?なんだそれ、聞いたことがねえぞ」 「やっぱそうだよな」

「帰ってくるんか?」 「そっちには行くけど、家に寄る時間はないと思う」
「じゃあ、漁協に聞いておくけど期待するな。本できたら送れ」こんな会話になりました。
その後、サキのプロダクションに電話かけたらちょうどよく空いてまして、
というか売れてないからいつも空いてるんで、俺らも使ってたんですけど。
それから自分で「死に猫の島」についてネットで調べ出しました。
でもね、何も引っかかってこなかったんです。いやいや、困ったってほどでは。
編集長が言ってたように、わからないならそれはそれで、どっかの無人島に上陸して、
それらしい絵を撮ってくりゃいい話ですから。そう思ってたら、3日後に兄貴から電話がきました。
「死に猫の島じゃないけど、似たようなのはあったぞ。猫墓の島って言うらしい。
 あ? いわれ? そんなのわからん。それ調べるのがお前の仕事なんだろ。
 無人島も無人島で、ごくごく狭い。周囲2kmもないみたいだ。

 行くんだったら漁船の手配はしてやるが、それも天候次第だ。宿泊施設はないから野宿になるな」
ここまでわかればもう行くだけです。サキ連絡して話したら、すごい喜んでましたね。
ただ、キャンプ用品なんて一つもないから、それはこっちで準備ということになりました。
でね、当日は天気予報もばっちりで、台風どころかしばらく凪が続くって話でした。
編集長からOKが出たので、贅沢に新幹線を使って、あとはバスで兄貴指定の漁港へ行きました。
写真も素人ですけど俺が撮るんです。途中でパシャパシャやってたら、サキが喜んでまして・・・
ああ、関係ないですねスミマセン。で、そこの漁協へ顔出したら、兄貴から話が通ってて、
その日の3時出発、迎えは翌朝の9時ってことで、漁船を出してもらえることになったんです。
漁協でももちろん話を聞きました。猫墓の名前の由来をわかる人はいなくて、
そのかわり、引退した地元の老漁師さんを紹介してもらったんです。
時間があったので顔出してみましたが、これが耳が遠くて。

方言は俺もその地方出身ですから何とかわかったんですが、話自体通じませんでした。
それでもなんとか聞けたのは、どうやら明治初期ころの話で、
船で旅をしていたイギリス人技師がどうとかこうとか、その飼猫が埋められているみたいで、
おどろおどろしい部分はかけらもなかったんですが、ま、しょうがないです。
7月の初めでカンカン照り、ひどく暑かったので宿泊は寝袋もいらないくらいでした。
ただし、ヤブ蚊は嫌なので、虫除けスプレーと蚊取り線香は準備しました。
小さな漁船にサキと乗って、船長と話しました。
「うーん、蚊ねえ。ま、海岸沿いで寝ればそう心配はないんじゃないか。
 俺は上陸したことないけど、心配するような島じゃないと思うぞ。これまで人住んだ話はない。
 だから井戸の跡なんかもないだろうし、普通のキャンプと変わらんだろう」
船を砂浜と岩浜の中間くらいのところにつけてもらって、礼金を払いました。

「うっわー海きれい。沖縄とかとも違ってすごく青い」サキが言いました。
砂浜と林の堺に簡易テントを立て、いちおうそこを基地ということにして、
飲料水その他を置き、さっそく探索に出ました。写真は観光用ならすごくいいのが撮れましたが、
オカルトムックとしてはちょっと使えないものばかり。
これは夜に期待するしかない、という感じでした。探索自体は2時間もかからなかったです。
島の周囲は岩礁地帯には入れず、半円を描いた程度だし、
中央部はジャングルみたいな森で、人が入った様子はまったくなかったんです。
「これなあ、墓かせめて祠みたいなのでもあればなあ」 「ただの自然の島だよここ。
 最初から観光施設の廃墟のある島とかにすればよかったんじゃない」
「いいよ、写真は合成もできるから」 「えーそれ、反則!」小さな焚き火をして、
夕食はレトルトのカレーで済ませ、2人でビールを飲みました。あ、そういう話はいい?

そうですか。でね、時間はありあまってるんです。だって編集の仕事は毎日半徹夜ですから。
でもまあ、確かにリラックスはできました。夜でも暑かったけど、
星がきれいだったし、心配してた蚊なんかはほとんどいませんでした。
フナムシが這ってるくらい。10時ころになって、俺だけヘッドランプをつけて、
中央部の森に写真を撮りにいきました。ちょこっと入っただけですけど、
すごく静かで、野生動物なんかもいないのかもしれません。
それでね、島に2人きり、無人島ってのはすごく開放感があるんですよね。
はいはい、続けます。暑いのでいちおう寝袋には入りましたが、ジッパーは開けた状態で。
そしたら、夢を見たんです。日本ではないところでしたね。
なんとなくイギリス、という気がしました。昼に漁師の老人から話を聞いたせいでしょうか。
でこぼこした城壁の上を歩いてるようだったんですが、妙に視線が低くて。

そうです。自分が猫くらいになった感じで物が見えるんですね。
てこてこと歩いていると、急に首筋をつかまれた感覚がありました。
ギラッと刃物が光ったと思います。急に両目に強い痛みを感じて、何も見えなくなりました。
それでも俺はまだ猫のままで、仰向けの状態でもがいていた気がします、
腹のところの毛皮が押し広げられる感触があって、
直感的に刃物を腹に入れられるってわかったんです。「やめろーっ!」と叫んで上半身を起こすと、
サキが俺の体に覆いかぶさってきてたんです。手にアーミーナイフを持ってるのが、
焚き火のオキの光でわかりました。サキは固く両目を閉じたまま、
やみくもにナイフを振り回し、もう少しで刺されそうになりましたけど、
なんとか両手をつかんで組み敷くことができたんです。数秒そうしていると、サキは目を開け、
「あ、何? どしたの」と言いました。

これは大丈夫かと思い、ナイフを取り上げて体の上から降りると、
サキは起き上がって「私どうして・・・きゃー何あれ!」と叫びました。
サキの視線のほうを見ると、森の木々の中に薄緑に光る眼がいくつもありました。
20、30、もっとかもしれません。昼は動物なんていないと思っていたのに。
小さなものでした。猫かもしれませんが、イタチとかかも。はっきりわかりませんでした。
そのたくさんの動物たちとしばらくにらみ合っていたんですが、
やがて光がフッ、フッと消えていきました。この間、鳴き声一つなかったんです。
その後は朝まで起きてましたよ。サキにナイフで俺を襲おうとしてたことを話したら、
ちょっと考えこんでから「猫を殺す夢は見た」ってぽつりと言いました。
4時半頃にはもう明るくなってきて、2人で動物たちが消えた方角の森に入ってみたんです。
やはり繁みがキツくて進めませんでしたが、20mほど先。

蔦のからまる中に白い棒のようなものの上部が見えました。
ええ、西洋の十字架の墓じゃないかと思ったんですけど、はっきりはしません。
まあ、こんな話ですよ。予定の時間に漁船が迎えに来て、サキといっしょに帰りました。
ムックの記事も書きましたが、中身はほとんどでっちあげるしかなかったです。
さっき話した、十字架の一部らしき写真も撮ったんですが、
デジカメなのに画像が真っ黒で、使いものにはなりませんでしたね。
まあこんな話です。サキはタレントとしては芽が出ないのを悟ったらしく、
引退して、去年俺と結婚したんです。ああ、はいはい、「猫を殺す夢」ですよね。
これについて何度か聞いたんですけど、あいまいな答えしか返ってこないんです。
この後も、猫墓、死に猫の島については、機会があれば調べてるんですけどわからないです。
いつか2人で再訪してみたいと思ってますよ。








畑番

2016.02.06 (Sat)
俺が中学に入る前後のことだから、もう何十年も昔の話になるけどな。
当時住んでた町には「畑番」ってのがあったんだ。町の中の一集落の風習なんだけど、
小さな神社の裏手に柵で囲まれたわずかな面積の畑があって、
そこの管理を1年間まかせられるのが畑番だった。
どこにでもありそうな話だと思うだろうが、そのときに実に奇妙な体験をしてるんだよ。
その話を聞いてもらおうと思って。
まず、畑番になるのは、昔からそこの集落に住んでる家族だけなんだ。
田舎だから新しく引っ越してくる人なんてほとんどなかったが、
少なくともじいさんのじいさんの代あたりから住んでる家の回り番だった。
大きな橋で町の中心地から隔てられたそこの集落は、世帯数が150くらいかなあ。
その中で畑番が回ってくるのは60軒くらい。

つまり60年に一度のお役目ってことだ。畑の広さはたいしたことはない。
40mの30mくらいだな。高さ1m程度の木の柵がまわりを囲んでた。
そこは裏手がすぐ山だから、イノシシとか野生動物が降りてくることがあって、
それに荒らされないようにってのが第一目的だったろうが、それだけでもない。
一種の禁足地みたいな意味合いがあったんだろう。前の家から管理をゆずられるのが、
その年の4月で、雪深い地域だったんでさすがに冬場は何もできなかった。
雪が溶けた吉日を選んで、俺の父母が畑に入って畝を立てるんだよ。
土はかなり地味のよさそうな黒土だったが、何も植えたりはしないんだ。
まずこれが不思議だろ。作物を植えない畑じゃ意味がない。
それなのにほぼ毎日、雑草をとったり、水やり肥料やりをするんだよ。
で、そのときに使う水も肥料も、神社の裏手の地面に埋めた大きな桶に入ってた。

水は山水で、竹の樋を通して桶に流れてくるしかけになっていたな。
それと肥料は、これが人糞なんだよ。肥溜めってことだな。それが水桶と並んであった。
まあ当時、水洗の家はほとんどなくて、うちも汲み取り便所だったんだが、
うちから肥を運んだことはないんだ。でも誰かが補充してたらしく、いつもいっぱいになってた。
神社の神主一家がやってたんじゃないかと思うがはっきりとはわからん。
これを午前10時ころ母親が、夕方5時過ぎには仕事から帰ってきた父親が、
小桶にひしゃくで汲んで、畑にまんべんなく撒く。
それが終わると土に額ずいて何かをごにょごにょと唱える。そんな具合だった。
でな、これも不思議で、親父は役場の職員、つまり公務員だったんだが、
どういうわけか毎日4時前には帰ってきてたんだ。その畑番の1年間だけな。
だからもしかしたら、何らかの了解事があったのかもしれない。

どうしても親父が抜けられないときもあったが、
そいう場合は当時まだ健在だったじいちゃんが畑に出てたな。
肥を撒くことについては、1度学校でからかわれたことがあるんだよ。
俺は4月に入学した一年生だったが、同じクラスのやつに。
小さな町だから、小学校は3つで中学のクラスも知ってるやつばっかだったけど、
違う小学校から来た同級生に「お前の家で、畑に肥かけてるんだろう、臭くねえか」ってな。
そんときは「ああ、そうだよ」と言ったが、家に戻って親にそのことを話したら、
すぐに親父がそいつの家に電話をかけて、そしたら1時間くらいして、
そいつが両親に連れられてきた。それだけじゃなく、神主や町議なんかも家に来たんだ。
そいつは来たときにはすでに、殴られたらしく頭がぼこぼこになってたが、
さらに俺の見ている前でそいつの父親に手ひどく平手打ちされ、玄関先で土下座させられたんだ。

「許してください。心ないことを言いました」そう言えって教えられたんだろうが、
泣きながら謝られ、まわりの大人は何も言わずにきつい目つきで見てたんだよ。
さすがに気の毒だったし「いいよ。いいよ」って言ったけどな。そういうことから考えると、
畑番は町ぐるみで特権みたいなのを与えられてたんじゃないかって思う。
あとはそうだな。鹿のことがあったか。畑を荒らしにきた鹿だと思うんだが、
それが畑の柵の前でひざまずくようにして死んでたっていう話なんだ。
俺は直接見たわけじゃないけどな。親父が畑から戻ってきて電話して、
町の若いもので運びだしたらしい。まだ若い鹿だったそうだけど、
「畑の毒にあてられた」って、親父の話には出てきてた。
で、俺自身は畑番にはほとんどかかわらないでいたんだが、10月の始めに神社の祭りがあったんだ。
そのときに何も植えていない畑の「収穫」があるってことだった。

その前、1週間くらいのときに、親父が俺に「お前こないだの誕生日で13歳になったんだよな」
って聞いてきた。「そうだよ」って答えたら、「じゃあ収穫のときに立ちあってみるか。
 次に番が回ってきたときのこともあるしな」こう言った。
「次ったって60年に一度なんだろ。俺はそんときにはじいさんになってるし、
 やらなくて済むんじゃないか」  「いや、町は今、過疎が進んでるから、案外に次は早く来るだろ」
こういう話になって、収穫に立ちあうことになったわけ。
で、神社の祭り自体は派手なことは何もないんだ。神主が祝詞を唱えて、
その年の新穀を捧げるだけだ。その後に畑の収穫がある。
町長をはじめ、、町の主だった人はみな顔を出してたな。来ないのは小中学校の校長とか、
そっちの関係くらいだった。それがみなでぞろぞろと畑に向かう。時間は4時近くだった。
畑は遠くから見たことがあるだけだったが、そのときは柵のまわりに杭が打たれて、

紫色の幕が張り巡らされていた。歩きながら神主が、
「晴れてよかったですの、そちらで心を込めて畑のお世話をしたおかげで」こんなことを言い、
親父が「いや、恐縮です。町のみなさんの盛り立てがあればこそ、なんとか無事に終えられそうです」
神主が先頭になって幕をくぐり、その後俺の両親、じいちゃん、俺。
それから町長や町議、郵便局長とか。中は変哲もない畑なんだよ。
よく手入れがしてあって、雑草一本生えてなかった。畝の土は乾いてたが、
かすかに肥の臭いがしてたよ。でな、神主と親父が柵の隅にある掘っ建て小屋から、
鋤と鍬を一丁ずつ持ちだして、「今年の芽はどれだろう」とか言いながら、
畝の間を歩き始めた。やがて中央やや東側で神主が「これが芽ですろう」と言い、
サクリと鍬を入れて整った畝を崩し始めたんだ。その途端、ギャーッという悲鳴が響き渡ったんだよ。
崩した土の中から、大きな半円形のものが出てきたんだ。

全体としては亀の甲羅に似てたけど、表面がぼこぼこ盛り上がっていて・・・
人の顔がいくつも立体的に浮きだしていたんだ。それらの顔は口を開け、目をむいて悲鳴を上げてた。
「まずは、ひと鍬」神主がそう言って鍬を振り下ろした。続いて親父が。
そのときには、町長が先導して他の人を一列に並ばせてた。
母親、俺、町長自身、あとは町の役職で偉い順に。俺は母親について親父のとこまで行き、
母親が親父から鍬を手渡されて、地面のものに振り下ろした。
亀の甲羅のようなものは土から半分出た状態でグルングルン動くんだよ。
母親の鍬は女の人と思える顔に突き立って、ザッと血がほとばしった。
甲羅はその衝撃で大きく動いて、幼い女の子じゃないかと思える顔が上に出てきた。
俺は母親から鍬を渡され、ためらっていると「これは人じゃないから」とささやかれた。
怯えた目でこっちを見ているその顔に・・・振り下ろすしかなかったんだ。

鍬は順々に手渡されていき、断末魔の悲鳴の中で、その場の全員がひと鍬入れたときには、
畑の土は血でぐっしょりと濡れ、亀の甲羅は原型をとどめないほどぐちゃぐちゃになっていた。
動かなくなったそれを前にして、神主が「今年も芽を摘みました」と儀式めいた口調で言い、
親父が「はい、摘みました」って答えた。それから全員が、他の部分の畝が壊れるのもかまわず、
丸くなってその場所を取り囲み、神主が1時間近くも祝詞を唱えたんだよ。
まあこんな話だ。その後はどうなったかは聞かないでくれ。
まだもちろん町はあるし、畑番も行われているから。
親父の言ってたとおり、過疎のせいで畑番の家は20数件まで減っているようだが。
俺は東京の大学に入ることになって、そんときに弟に家督を譲る念書を書かされた。
だから家は弟が継いで、俺は盆正月にときたま帰る程度なんだ。
もうすぐ弟に畑番がくるようだが、そのときは帰らないつもりでいる。







最新科学ニュースから

2016.02.05 (Fri)
今日はちょっと趣向を変えて、最新の科学ニュースかた面白そうなのを
いくつかピックアップして、感想を書いてみたいと思います。
オカルトにはあんまり関係ないかもですが、ま、埋め草記事と思って下さい。

『市民の安全を脅かす違法ドローンの排除方法を摸索中のオランダ警察は目下、
訓練したワシを使って違法ドローンを退治する方法を検討している。
「ハイテクな問題に対するローテクな解決策だ」
とオランダ警察の広報担当者デニス・ヤヌス氏は語る。

「冗談だと思う人もいるが、これまでのところ非常に効果的であることが分かっている」
オランダ警察はこのドローン捕獲方法を紹介する動画を公開している。
動画では、4基のプロペラを装備したドローンが色の付いたライトを点滅させながら、
倉庫の中央でホバリングしている。飼い主が手を放すと、
ワシはドローンを目指して一直線に飛び、かぎ爪でドローンをガシっとつかんで、地上まで運ぶ。
この取り組みでオランダ警察と協力している民間企業によれば、
ドローンを獲物と認識するようワシを訓練する必要があるという。』
(ロイター)

これが一番面白かったです。最近、ドローンの危険性、
爆弾を積んでのテロや無人遠隔狙撃などの可能性についてあれこれ言われていますが、
じゃあその前からあったリモコンヘリってどうなんでしょう。
これ、だいぶ昔になりますが、あるヤクザ組織の抗争で、
実際にリモコンヘリに爆弾を積んで、対立する組長の自宅を襲おうとした計画があったんですよ。
一部では有名な話ですが、そのときは警察の事前の捜査で未遂に終わりました。
農薬散布などに使われているヘリはドローンと違って見慣れてますので、
怪しまれることも少なかったのではないでしょうか。このあたり、
これまでの警備の無策が隠されているんじゃないかという気がします。

なるほどワシを使ってドローン退治ですか。日本には鷹匠の伝統がありますので、
欧米よりも取り入れるのが楽かもしれません。ただタカよりはワシのほうがパワーがありますが。
もしかしたら警察犬ならぬ警察鷹の配備などということがあるやもしれません。
しかしこれ、そうとわかればドローン側でも対策を立てるでしょうし、
イタチごっこにしかならないような気もしますね。

『あなたがいい文章を書きたいのなら、
キーボードはゆっくりタイピングして入力するのがおすすめ──
こんな研究結果をカナダの大学の研究者が発表した。研究によると、被験者に対し
「学校生活の思い出」など複数のテーマを用意しエッセイを書くよう依頼した。
その際、両手による入力か、片手だけによる入力か、どちらかの方法でそれぞれ書いてもらった。
出来上がったエッセイを、テキスト分析ソフトを使って語彙の洗練度などについて分析した。
その結果、片手だけで入力した作品のほうが良い結果だったという。

研究結果を発表したウォータールー大学の研究者は、片手だけで入力した場合、
書き手は内心で語彙を探すことに時間をかけることができ、
結果的に言葉のバラエティが増したのだろうと考えている。
一方、高速にタイピングすると、心に浮かんだ最初の言葉を打ち込んでしまう──ということのようだ。
ペンと紙など、キーボード以外のツールでも同じことが言える可能性があるが、
それには検証が必要だとしている。研究者は、「書くということは、表現のために使うツールと
われわれの思考との間の相互作用による産物なのだろう」とコメントしている。』
(ITmedia)

これもまあ当然の話という気がしますし、自分でも文章を書いているのでよくわかります。
このブログの怖い話は、アイデアを考える時間は別として、
書くだけなら20~30分ほどしかかかりません。かなり高速のタイピングをしてるんですが、
そうすると、どうしても使う語彙が同じになってくるんですよね。
文章にかぎったことではなく、音楽などでも即興演奏をすれば、
手くせというか、同じフレーズがとっさに出てきてしまうという話も聞きます。

自分の話は老若男女、いろんな人が怪談ルームにきて語るという形なので、
本当はそれぞれ使う言葉も、年代や教養の差によって違うはずなんですが、
なかなかそこまで配慮しては書けません。それをのぞけば、実話怪談は文学的な文章よりも、
むしろ淡々とした報告文のほうが好まれるようでなので、まあいいかなと思ってやってます。
それは、ゆっくり考えながら書けばいいには違いないでしょうけど、
結局はどれくらい時間をかけられるのか、ということとの兼ね合いから、
妥協点を探るしかないんじゃないでしょうか。

『基礎的な電子工作の知識さえあれば、“マイ人工衛星”を作れる――
そんな人工衛星キット「ARTSAT KIT」が、クラウドファンディングサイト
「Makuake」で先行予約を募っている。割引価格は60万円(税込)から。
2014年に多摩美術大学などが打ち上げた小型衛星「ARTSAT1:INVADER」を基に開発した。
地上との通信やユーザープログラムの軌道上実行、カメラ撮影、地上からのプログラム送信、
打ち上げ前に録音した合成音声やトーンの送信――などの機能を搭載する。』
(ITmedia)

ふーむ、新商品の開発は経済的に停滞が続く日本ではいい話なのでしょうが、
でもこんなニュースもありましたよ。

『オーエスジーとアストロスケールは2月10日に、東京大学伊藤国際研究センター2F「
ファカルティクラブ」において「SPACE DEBRIS DAY TOKYO 2016」を開催する。
アストロスケール(本社シンガポール)はスペース・デブリ(宇宙ゴミ)
を除去する人工衛星の開発を行っており、切削工具メーカーのOSGがメインスポンサーとなっている。
アストロスケールは現在、地球低軌道上帯にある極小サイズのスペース・デブリを収集して、
そのデータを集積するための世界初の観測衛星「IDEA OSG 1」を開発しており、
2016年末から22017年初旬にかけて打ち上げが予定されている。』
(sorae.jp)

スペース・デブリというのはご存知でしょう。宇宙ゴミと訳され、
意味がある活動を行うことなく地球の衛星軌道上を周回している人工物体のことです。
宇宙開発に伴ってその数は年々増え続け、対策が必要となってきています。
Wikiでは『旧ソ連がスプートニク1号を打ち上げて以来、
世界各国で4000回を超える打ち上げが行われ、
その数倍にも及ぶデブリが発生してきた。多くは大気圏へ再突入し燃え尽きたが、
現在もなお4500トンを越えるものが残されている。』
とあります。

衛星軌道を回っているので、これらのゴミは極めて高速、
つまり大きな運動エネルギーを持ちます。
有人ロケットや宇宙ステーションに直径10cm程度のものが衝突すると、
それだけで完全に破壊されてしまうというデータもあるんです。
ですから、国際的な監視体制の構築が言われてきていますよね。

あの若田光一さんが回収した実験ボックスには、
500ヶ所近いデブリ衝突の痕跡があったそうです。
人間のやることは時代が変わっても同じで、最初はやり放題にして、
やがてゴミがあふれて問題になってきてから対処法を考えるという。
最近は下町ロケットとか、町工場人工衛星とか、さかんに喧伝されていますが、
その裏にはこういう問題も存在しているわけです。

スペースデブリのイメージ






柱の日

2016.02.04 (Thu)
こんばんは、じゃあ話をさせてもらいます。あらかじめ断っておきますが、
私自身に何かが起きたという話じゃないんですよ。
私が生まれ育った町にある風習についてです。だから、そんなに怖い内容でもないんです。
はい「柱の日」というのがあったんです。期日は7月1日ってことになってましたが、
江戸時代からあることなので、旧暦では何日になるのか、
諸説があってはっきりしないんです。
それと、どうしてそれが始まったかのいわれも伝わっていません。
当時の町の長老も知らなかったし、町史をひもといても記されていないんです。
ただ、柱の日というのが決まっていて、その日は川を渡っちゃいけないことになってたんです。
ええ、そこの町は大きな川の中流域にあって、
あちこちに橋があって4つほどの地域に分断されていまして。

ええ、これはかなり厳格に守られていました。そうすると、通学通勤に困ると思うでしょう。
確かにそうでしたよ。小学校は地域に一つずつあるので問題なかったですが、
中学校や高校は、橋を渡っていく子は休むしかありませんでした。
もちろん仕事もね、町の中で働いてる人なんて少なかったですから、
橋が通勤路に入っている人は年休を取るしかなかったんです。
ただね、近隣の市では、その町の風習は知ってましたから、
「ああ、この日はしかたない」って雰囲気もあったみたいです。
ほら、他の地域でも、大規模なお祭りがあって休むことだってあるじゃないですか。
うーん、その日は特に何かをするわけではないんです。
町内のほとんどの家族が家にいて、できるだけ外出をひかえて静かにしている。
忌み日? ああなるほど、そんな感じかもしれませんね。

そういえば、さっきお祭りの話が出ましたけど。町内ではお祭りというものはなかったんです。
地域の氏神神社はありましたけど、夏祭や秋祭りなんてのは なし。
ええ、ええ、柱の日って聞けば、まず思いつくのは「人柱」ってことでしょ。
それに橋を渡っちゃいけない、っていう忌み事。
これらから考えられるのは、その昔に工事で人柱を立てて、それで祟られてるっていう。
でもね、町にある橋はみな戦後のものですよ。
鉄筋がライトブルーに塗られた近代的な橋で、怖いところなんてありません。
え、昔に橋が流された被害があったとかじゃないかって?
ああ、そうなのかもしれません。ですが、人柱と違ってそういうことなら、
伝承が残っててもよさそうなもんじゃないですか。
災害なので、人聞きが悪いってことはないですからね。

ええ、7月1日というのは台風などが来ることは多いですけどね。
川に流されるのに気をつけろっていう戒めも、あるにはあるのかもしれません。
ただね、いくつかその日は不思議なことがあったんです。
ほら、中学校ですけど、柱の日は学校自体は休みではないんです。休む理由がつけられませんから。
だけど、町内の橋を渡らないと学校に来れない子らは欠席するので、
クラスで出席する生徒は3分の1くらいのものです。
ですから授業もプリント学習がほとんどでしたね。
私なんかはその時間にテスト勉強をやっていたので、ありがたかったですけど。
でね、生徒のうちには、この日にある言葉が頭の中に浮かんでくる子がいるんです。
意味がわからない? そうでしょうね。それは「はんざき」って言葉なんです。
私は違いましたけど、そういう子らは昔からそうなんです。

クラスで4、5人くらいですか。3分の1欠席のうちのその人数だからけっこう多いでしょ。
そういう友達から聞いたんですが、その日は朝10時ころから、
「はんざき」って言葉が頭の中を駆けめぐって、他のことは考えられなくなるらしいです。
そして午後の3時ころにはやむ。だからね、柱の日の自習中に、
頭を抱えている子がいれば、「ああ、はんざきが来てるんだな」って、
他の子も教師もそっとしておいたもんです。はんざきの意味はわかりませんねえ。
他の地域の方言で、はんざきがオオサンショウウオのことをいうのは知ってます。
体を半分に裂かれても生きていられるくらい、生命力が強いってことでしょう。
でも、私のとこにはそういう方言はないですし、
そもそもオオサンショウウオが生息してるなんて聞いたことがないんです。
それでね、私が中3のときにこんなことがあったんです。

3時間目くらいだったかなあ。ガラガラの教室で自習をしていましたら、
一人の男子が急に立ち上がって、「はんざき、はんざき」って大声で叫びだしたんです。
おそらく頭がその言葉でいっぱいになったんでしょう。
「はんざき、はんざき! はんざき!!」その後に、
「柱を通して焼いてくれようか」みいたいなことを言いました。
私にはそんなふうに聞こえたんです。それから机を蹴り倒し、走って教室から出て行きました。
監督していた教師が慌てて追いかけ、校門のあたりでつかまえたそうです。
それから町の病院に搬送されて。翌日は登校しましたからたいしたことなかったんでしょうけど。
でね、その子に何と言ったのかを聞いてみたんですが、
本人は覚えてなかったですね。はんざきで頭がいっぱいになって、
その後のことはまったく覚えていなかったみたいです。

え? もし柱の日に橋を渡ったらどうなるかって? ま、それは当然聞きたいでしょうね。
はい、怖ろしいことになるんです。いえね、私も子どもの頃は、
単なる伝承、迷信と考えていた時期もあったんです。
でもね・・・私が小学校の4年生のときです。赤ちゃんができたばかりの若い夫婦が、
町のある地区にいましてね。嫁さんのほうは他県から来た人です。
あと、旦那さんの父親がそのときちょうど入院していまして。
だから止める人がいなかったんでしょうね。柱の日の前の晩、赤ちゃんが熱を出しまして、
それも40度近い。でね、もう真夜中でやってる病院はないんだけど、
市の大病院だったら、救急外来がある。嫁さんに泣いて頼まれたんでしょうねえ。
車に赤ちゃんを乗せて橋をわたってしまったんです。
まあね、そのままほっておいたら熱でインフルエンザ脳症ってこともありますから、

その判断は責められないと思いますよ。でね、何が起きたかっていいますと、
奥さんが赤ちゃんを抱いて、旦那さんが橋を渡ってる途中で車が止まっちゃったんだそうです。
故障ではなかったようです。翌朝車は動いたっていいますから。
詳しい事情はわからないんです。両親ともにあれですから。事実だけを申しあげますと、
その橋の上で旦那さんが奥さんからむりやり赤ちゃんを取り上げると、
車から出て川に投げ込んじゃったんです。
もちろん助かりはしません。まだ0歳児なんですから。
数日後にだいぶ川下に流されたところで、警察のダイバーが遺体を発見しました。
車は橋の上に残ったまま、夫婦はともに行方不明で。
奥さんのほうは柱の日が明けた日に、町の神社の社殿で、ぽつんと座ってるのが見つかりまして。
意味不明のことを口走っていたそうです。

「川を燃える柱が流れてくる」みたいなことです。
これね、ほら話の中ほどで出てきた、私の同級生が言った「柱を通して焼いてくれようか」
というのに、何かつうじる部分があると思いませんか。あと「夫が子どもを川に投げ込んだ」とも。
でも、それ以上のことはわかりません。奥さんは精神を病んでしまっていて、
長く精神病院に入院してましたが、先ごろ亡くなったという話を聞きました。
旦那さんのほうはずっとゆくえ知れずのままです。もちろん警察では
殺人容疑で捜査をしたんです。でも、電車やバスで移動した形跡はない。
山も捜索しましたが手がかりなし。ただ・・・数年後、持ち山の木を点検に行った人が、
旦那さんらしい人を目撃しています。山中の斜面に巨木が倒れていて、
半裸の人がそれにまたがっていた。旦那さんによく似てたらしいです。
声をかけたら藪の中に転げ落ちて一目散に逃げ、それっきり・・・







江戸の首売り

2016.02.03 (Wed)
今日は「怖い日本史」のカテゴリに入る話です。これ、前は「怖い古代史」だったんですが、
さすがに古代限定の話はネタ切れになってしまい、最近カテゴリ名を変えました。
ただし中世・近世は専門でないため、いろいろ間違いとかあるかもしれません。
前に「江戸ブーム」のようなものがありましたが、
江戸時代に対する興味は、安定した潮流となって今でも続いているようです。
当時の江戸は、人口でも商業発達の面でも世界有数の大都市でしたから、
いろいろ面白い出来事に事欠かなかったんですね。

さて、首売りと聞いて思い浮かべるのは落語の『首屋』の話でしょう。
大通りを「首屋、くびいーやッ」と威勢よく叫んで歩く男がいる。自分の首を売っていると言う。
これを、愛刀の試し切りをしたいと思っていたお殿様が聞いて大喜び、
男を呼びとめて、いざすっぱり首をという段になって、
男は懐から張り子の首を放り出して一目散、「ややっ、これは張り子。そっちのだ」
「これは看板でございます」・・・というようなサゲのお話です。
これ、落語だから完全なつくり話かというとそうでもなく、
実際にあった事件が元になっているようなんです。

『藤岡屋日記』(文政年間~明治1800年台)という商家の主人が書いた日記に、
質屋に女の首を入れに来た男の話が出ています。質屋の番頭が呼び声で店先に出ると、
軽輩の武士が「百両の金がいる、これを質草として持ってきた」と言って女の首を出す。
見れば首はまだなまなましく、切り口から血を吹き出している。
「これは強請りに違いない」と思った番頭は「ちょっとお待ちを」と奥へ引っ込み、
たすき掛けをして六尺棒を持て出てきて、なんと侍に打ちかかった。

同時に店の若い衆が外へ飛び出して「火事だ、火事だ!」と騒ぎ立てる。
これで人が集まってきたため、侍は首を放り出したまま、
金もとらずにほうほうの体で逃げ出した。
後になってよく見ると、首は達磨人形にカツラを被せた張り子の作りもので、
わざわざ血のような赤い染料が吹き出す仕掛けが加えられていた。

・・・こんな話があったようです。本物の首ではないので、
落語に近いといえるでしょうが、本物の首を使ってゆすりを働いた例もあります。
『反故(ほご)のうらがき』という、やはり1800年台の、
インテリ旗本が書いた随筆というか、奇譚集がありまして、
「縊鬼(首吊り鬼)」など、怖い話もいろいろ出てきます。
この中に実際に人の首を質屋に持っていって金を強請った武士の話があります。

その武士が持ってきた首はいちおう包まれているものの、
はっきり人の首だとわかる。質屋のほうでは「これは強請りだ」と思い、
侍に何がしかの金を包んで帰ってもらおうとする。侍は「ただで金をもらういわれはない」
などと最初は言うものの、結局は金をつかみ、首を持って立ち去る。
こうしておそらくは100件以上も強請りを繰り返していたようです。
最後にこの侍は御用になるのですが、仔細を問いただした役人はその凶悪さに驚きました。
首は本物で、切った数は20数人だったからです。

当時の乞食者の首なんですね。浮浪者をつかまえて詐欺を持ちかける。
「お前を縛って人の大勢いるところにつれていき、こいつが1両盗んだから今首をはねる、
と言えば、見物は気の毒がって金を出し合ってお前を許してくれるよう頼むだろう。
それを後で山分けしよう」浮浪者が承知して縛られると、
そのまま人気のないところへ連れていき、本当に首を切ってしまう。
で、その首をもってそこら一帯の質屋に押しかけたということなんですね。

江戸時代は人の命は軽く、特に無宿人などは意味もなく殺されたりもしました。
テレビの時代劇『水戸黄門』で有名な常陸水戸藩の藩主、徳川光圀は、
『大日本史』などの修史事業で有名ですが、若いころは素行がよくなく、
神社の床下に寝ていた浮浪者を面白半分に斬り殺した、
などと記された信頼できる文献も残っています。

さてさて、それにしてもこの侍が100件以上の強請りを繰り返して、
質屋のほうでは、侍が殺人の罪を犯しているのは明らかなのに、
「おそれながら」とお上に訴え出なかったのでしょうか。
これはほとんどのところで、金を払って穏便に事を済ませていたようです。
一つには、お上に訴え出るのが嫌だった、
役人にかかわりたくなかったというのがあるでしょう。
奉行所が中に入ると何十日もかかってしまいますから。

また、それだけではなく、強請りが一種の職業として認められていたような節もあります。
江戸の職業一覧に「倒れ者」というのがあり、
これは、大店の商家の前で行き倒れ、今にも死にそうな様子をする。
店のほうでは、ここで死なれてはやっかいだと、少しの金子を包んで倒れ者に渡す。
すると男はすっくと立ち上がり「まいど」と礼を言って帰っていく・・・
これ、一種の芸なんでしょうね。門づけの漫才に近いものがあるのかもしれません。
一方では殺伐としていながら、他方では貧富の民が共存していたのが、
江戸の社会であるわけです。







老人施設の慰問の話

2016.02.02 (Tue)
これは、アパート経営をしているMさんからうかがった話です。
Mさんは現在、60代の後半ですが、ひじょうにお元気で山登りなんかもされています。
今は郷里に戻ってるんですが、若い頃は芸人になる夢を持って大阪に出て、
40歳近くまで頑張ったんですが、芽が出ませんでした。
寄席や地方も回ってそこそこに食えてはいたものの、爆発的に売れるとも思えなかった。
そのうちに、あることがあって芸人生活に見切りをつけ、
親父さんから金を借りてアパートを建てたんですね。
その後ご両親は亡くなられましたが、アパート経営のほうは順調で、
今は悠々自適の生活をしておられます。
で、ヒマがあるので、地域の老人施設の慰問を始めました。
これは、市の係を窓口にしていますが、まったくのボランテイアです。

若いころに磨いた芸を見せて回っているんですね。この芸というのが音楽漫談でした。
Mさんはアコーディオンを弾くんです。その他、ハーモニカもできます。
現役の頃は相方がいて、漫談ですからしゃべりもあったんですが、
今はもっぱらアコーディオンとハーモニカで懐かしい歌を演奏する。
相手がお年寄りですので、Mさんが子供の頃に流行ったものか、それよりちょっと古い曲。
戦前の小学校唱歌や「支那の夜」「夜来香」とか、そういったものです。
老人施設のお年寄りが食堂などに集まっているところで演奏すると、
まだお元気な人は陽気な曲で手拍子をしたり、車イスで動けない方が黙って涙を流していたり、
声を揃えて合唱したり、それはやりがいのあることだったそうです。
老人施設は、最初は近辺の数カ所に行っていただけでしたが、
評判がよかったため、近くの市とも関係がつき、遠出をするようにもなりました。

で、車で1時間ほどかかる他の市の老人施設、これは有料高級介護施設でしたので、
お元気とはいえないお年寄りも多かったそうですが、
そこで慰問をしたときに不思議なことがありました。いつものようにアコーデンオンで伴奏し、
同時にハーモニカでメロデイを吹いてました。そのときは童謡などではなく、
30年ほど前に流行った演歌で、漫談のステージでもよくやっていたものですが、
曲に合わせて、カツ、カツという音が入る。
ちょうどカスタネットみたいな音でした。おかしいなと思って周囲を見たんですが、
何かを叩いている人がいる様子はありませんでした。
エアコンなどの機械の音ではなかったそうです。完全に曲に合っていたので、
意識的に鳴らしてる音に違いないのですが、出どころがわからない。
すべての曲で鳴るわけではなかったんです。昔ステージでやった曲だけ。

これはおかしいとは思いましたが、お年寄りも施設の職員も、
特別不審がっている様子はなかったので、その日はそのまま帰ったんです。
それから半年ほどして、他のところでは何もなかったのに、
その同じ老人施設に行くと、また特定の曲に合わせてカチ、カチという音がする。
けれども原因がわからない。それで、そのときは終った後に、
お礼を言いにきた所長さんに話してみたんです。そうしたら、所長さんは少し考えこんでから、
「ああ、もしかしたら◯◯さんがわかるかもしれませんよ。
 今から部屋に行って話をしてみますか」こう言いました。
◯◯さん、は施設に入所しているお年寄りのお婆さんなんですが、
なんでも50歳頃まで、とある新興宗教の教祖!をされていたのだそうです。
その教団は今でもあり、若い人に代替わりしているものの、

教団関係者がひっきりなしに施設に訪ねてくるんだそうです。所長さんは、
「これオフレコにしてほしいんですが、◯◯さんの回りではいろいろと不思議なことが起きるんです。
 私自身を含めて、職員のほとんどは体験していますから」
で、半信半疑ながら所長さんとともに、◯◯さんの個室を訪れたんです。
◯◯さんはベッドに起き上がって何か手芸、お手玉のようなものを作っていましたが、
Mさんが入ると顔をあげて、「さきほどの音楽すばらしかったですよ、涙が出ました」
と言いました。頭のほうはボケなどはまったくなさそうに思えました。
Mさんが、さきほど聞こえた音のことについて話すと、小首をかしげてから、
Mさんを手でベッドの端に招きました。そこでイスに座らせて、手のひらを額にあてたんです。
「このときは不思議でしたよ。スクリーンがなにの映画が始まったというか、
 頭の中に突然、極彩色の景色が流れ込んできまして」

「撮影テクニックでズームアップってあるでしょ。大きな風景から、
 だんだん小さなものに焦点が絞られていく。ああいう感じで、最初に険しい峡谷が見えました。
 岩だらけの谷川を高いところから見下ろした感じですね。
 それからどんどんカメラが下がっていって、そしたら川原の尖った岩の間に、
 歯があったんです。ええ、人間の頭蓋骨の一部と言ったらいいか。
 上顎と下顎の部分だけが、岩の間にはさまっって」
その白白とした上下の歯が、カチ、カチ、カチと、合わさってリズムを刻んでいたんですね。
「すぐに何だか・・・誰の歯かというのはわかりましたよ」
これはMさんが芸人時代の相方の歯に違いないと思ったそうです。
今から30年近く前に行方不明になっているんですね。
それが原因でコンビ解消せざるをえず、Mさんが廃業するきかっけになりました。

「ええ、よくある話でね。楽屋で流行ってた野球や相撲の賭博に手を出してたんです。
 これね、けっこうやる人は多かったんです。今はどうだか知りませんでしたけど。
 小遣い範囲でやってるうちはいいんでしょうが、
 負けを取り戻そうとして、中には倍々で賭けてしまうやつもいるんです。
 相方が博打にはまってたのは知ってましたよ。だって始終その筋の人が来てましたから」
ある日、予定をすっぽかして、その相方が消えた。
「いや、事件ってことはないでしょう。自分から消えたんだと思いますよ。
 どっかで心機一転新生活を始めることができるような性格ならよかったんでしょうが、
 これは死んでる、と直感しましたよ。どっか人知れないところで」
つまり、◯◯さんの手によってMさんが見たビジョン?は、
その相方の現在の姿ということだったんでしょう。

まだ行方不明のままですから。山中の岩場から投身自殺して、
遺体は砕けて川に流されたものの、頭蓋骨の一部が岩にひっかかっている。
それでMさんは◯◯さんに、その見えた景色の場所を聞いてみたんですが、
地名はわからない、と言われたそうです。ただ、北陸のあたりという感じはする、って。
それから、Mさんの趣味に山登りが加わったんですね。
慰問のボランテイアとともに、北陸方面の山歩きを始めた。
Mさんに見えたビジョンは、そんなに高いところではなさそうでしたので、沢登りを中心に。
それから4年かかりましたが、ついに相方の歯を発見したんですよ。
警察に連絡して、歯科治療跡から間違いないという結論が出ました。
その他、いくつかの骨片も見つかったそうです。
ほとんど人が来ることはないような、渓谷の支流だったということでした。

「『 秋風の ふくにつけても あなめあなめ 』というのをご存知ですか」
「ええと、小野小町のエピソードですよね。(これは自分です)年寄って美貌が衰え、
 野辺にいき倒れて死んだ小野小町の、野ざらしの頭蓋骨の眼窩からススキの穂が生えてきて、
 秋風が吹くたびに穂が揺れて目が痛い、と幽霊になって在原業平に訴えるという話ですね」
「ええ、まあ相方は男ですし、色っぽい話ではないんですが、
 このエピソードを思い出しました。死んでからもねえ、アコーディオンに合わせてくれたんですね」
「うーん、これは◯◯さんの力があったから、それが起きたってことなんでしょうかね」
「不思議ですけど、そうなんでしょう」
ということで、集めた遺骨は念入りに供養しました。
その介護施設にはその後もたびたび訪問していますが、おかしなことはなかったそうです。
ただ、◯◯さんは昨年お亡くなりになったということでした。







山の基地の話

2016.02.01 (Mon)
中学のときのことだよ。まあだいぶ昔のことだと思ってくれ。
当時から俺は、あんまりたちのいい仲間とつき合ってなくてな。
ああ、思い出した。2年のときのことだった、秘密基地があったのは。
なんでかって言うと、3年がウザかったからで、上下関係は絶対だから、
3年といっしょにいると使い走りをさせられる。それが嫌でね、
俺ら2年だけで過ごせる基地をさがしたんよ。うん、山の中っちゃそうだけど、
人里離れた場所をイメージしてもらっちゃ困る。
けっこうでかい駅の裏っかわなんだよ。そこは山地の尾根の突端みたくなってて、
30万都市なのに、熊はもちろん、猪や雉も出たんだ。
今は、そこらは開発されて団地になっちゃってるけど、
当時は、ジジババが山菜採りに行く程度の道しかなかった。

で、仲間の一人が、放置された小屋をたまたま見つけてきたんだよ。
全部木造のボロ小屋で、下は土間、中央には囲炉裏が切ってある。
昔々に炭焼きなんかが使ってたのが残ってたんだろうな。
うーん広さは、囲炉裏を囲んで5人くらいで座るともういっぱいだったから、
6畳程度だったんだろうか。当時は広く感じたけどな。
何に使ったかと言えば、学校サボったときなんかに寝てたりするんだ。
毛布を家から持ってきたやつもいた。あと、すげえカビ臭かったんだよ。
カビ・・・コケの臭いなんかなあ。とにかく臭くてこれが一番まいってた。
だから、その基地を知ってるやつは全員、家から一人一つ芳香剤を持ってくる義務があったw
あるときはみなで、壁のコケを落としたりもしたんだよ。
で、コケ臭さがなくなった代わり、今度はタバコ臭くなった。

そうそう、秘密基地を求めた理由の一つは、自由にタバコを吸いたいってのもあったんだ。
俺の家じゃあきらめてたけど、往来で吸うと通報されたりするから。
基地を見つける前は、線路に入って吸ったりしてたんだよ。
それが囲炉裏だろw 巨大灰皿つきってわけだ。こりゃ便利だし、吸い殻を灰の中に落とせば、
火事になる心配もまずないってか、火事になっても周りに家のないボロ小屋一つなんだが。
とはいえ、さすがに火事を出して俺らが特定されれば、家裁の審判になる。
ああ、仲間にはけっこういたんだよ。鑑別所、保護観察処分、少年院・・・
あとはエロ本とかは各自がそれぞれ持ち込んで来てたな。
奥に山になって積まれてた。で、さっきもちょっと話したけど、3年には極秘中の極秘。
必ずとられちまうからな。ああ、ふだんは鍵をかけてたよ。最初見つけたときは、
中からか閉めるつっかい棒しかなかったんで、それじゃあ意味ないだろ。

だから誰かが、自転車のクサリ鍵をもってきて、針金を通して扉につけた。
番号回すやつな。それでメンバーだけに教えたんだ。
ああ、メンバーは10人まではいなかったはず・・・8人くらいか。
そん中でよく集まるのが5人。え? いつまでも話が始まらないって? スマンな、今からする。
夏休み中のことだよ。夜にその基地に集まろうってことになった。
台風が来る予定になってたんだ。なあ、今でもワクワクするよ。
気の合った仲間で集まって、ビール飲んだりして、今にも吹っ飛ばされすな小屋で一晩過ごす。
ああ、ああ、家じゃあ心配なんてしないよ。俺のとこなんか親父自体が、
たまにしか家に戻らず、金も入れなかった。そういうやつらばっか集まってたんだ。
その日来たのは5人だったな。みなどっかから酒を仕入れてきてた。
夕方に集まったんだが、もうすでに風が強くなって、ポツポツ雨が降り出してきてた。

で、みなでタバコをスパスパ吸いながら、人の噂や悪口を言い合ってたんだが、
だんだんに怖い話になってきた。といっても、誰もたいして怖いやつは知らないんだよ。
当時はネットもなかったし、テレビの怪談番組で見たような話ばっか。
9時を過ぎたあたりから、本格的に雨風が激しくなった。
とにかく木が揺れる音がスゴイんだよ。ザーッ、ゴーッって。
気温が下がってきたのはよかったけどな。そのうちに一人が「これなあ、もし幽霊が来るとしたら、
 あの戸を叩いたりするんか?」って言った。みなが戸口のほうを見て、
別の一人が床にほっぽってあったつっかい棒を戸にかけた。
「でもよ、幽霊も台風の日は隠れてるんじゃないか」 「ああ、風で飛ばされそうだよな」
「それに、昔から思ってるんだが、こんな山の中で死ぬ人なんてほとんどいなくね。
 俺んちの近くなんてよく救急車が来てるけど、街中のほうがずっと死人は多いだろ」

「そう言われればそうだな。ああでも、何年か前、この奥の山で山菜採りの年寄りが死んだじゃね」
「ババアの幽霊かよ。見たくねえなあ」 「でもなあ、あの戸がノックされて、
 開けてみたら幽霊がいた、なんてことが本当にあると思うか?」
「ないない」 「そんなのあったら世の中がひっくり返る」
「だろ、だからもし幽霊が来るとしても、それは姿がないもんで、気配だけスーッと入ってきて、
 この中の誰かにとり憑くとかじゃないかなあ」話がここまで進んで俺はちょっと怖くなった。
戸の外に髪の長い女がずぶ濡れで立ってるとか、そんなことはありえないが、
誰かがとり憑かれて暴れだすなんてのはありそうな気がしたんだ。
他のやつらもそう思ったんじゃないか。小屋の中が少しシンとなった。
「うーん、じゃあ誰が取りつかれやすいんかな」このときにみなの視線が一人のやつに集中したんだ。
俺らみたいな仲間ってのは力関係がそれぞれ決まってて、中にはみなから軽く見られてるやつもいる。

視線が集中したのは、けっこう勉強のできるいい家のやつだったが、
親に反抗して俺らの仲間に入ったんで、体も小さくケンカなんかはできなかったんよ。
ただ、使い走りをやらされてるってこともなかったがな。そういうのは1年をつかまえてやらせる。
「ちょ、ちょっとやめてくれよ」そいつがおどけた感じで言ったんで、その話題は終わった。
台風はいよいよ本格的になり、俺らの中にはビールが回って歌い出すやつもいたが、
話することはなくなって、1時過ぎにはみんな寝たんだよ。
つけっぱなしで吊るした懐中電灯と囲炉裏の火で小屋の中は明るく、
夏だったから寒くはなかった。俺もうとうとしてたが、突如、ドンドンドンドンって戸が叩かれたんだ。
みなすぐに飛び起きたよ。いや、幽霊とは思わなかった。
もっとやばい事態、わかるだろ。警察だよ。誰かが通報して、警察がどうやってか基地を見つけて、
俺らをつかまえにきたと思ったんだな。こういうとき、人は現実を考えるもんだよ。

ところが、ずっと戸が叩かれるだけで、「開けなさい」の怒鳴り声もない。
俺らは顔を見合わせてたが、もし警察だとしたら、絵に描いたような袋のネズミだろ。
逃げようがない。ドンドンドンという音が、ドッカン、ドッカンとなって、
戸の板がたわむのが見えた。外から足で蹴っているんだと思った。
それでも誰も動こうとしなかったが、さっき話に出てきた、仲間内で軽く見られてたやつが、
ふっと立ち上がって、つっかい棒を外して戸を開けたんだよ。
俺らも立ち上がって身構えた。チャンスがあれば逃げられるようにってわけだ。
戸が開くと、ガーッとスゴイ音がして風が吹き込んできた。
「あっ! 誰もいない」って開けたやつの声がし、俺らは一斉に外へ飛び出した。
確かに誰もいないし、土砂降りの雨で戸に足跡がついてるとかもわからなかった。
ま、こんな話なんだ。それからは翌朝まで何事もなく、9時過ぎには解散したよ。

あとは後日談だ。あのとき基地の戸を開けたやつだが、新学期が始まってそうそう、
隣の中学のかなり評判になってるやつとケンカしたんだよ、一対一で。
しかも勝ったっていうか、相手が大怪我をして入院したんだよな。
これでそいつは家裁送りになったが、親が弁護士をつけたために、
少年院ってことにはならなかった。でな、鑑別書から出てきてから、
なんだか人が変わったようになったんだ。うーん、気が強くなったし、冷酷になった。
俺らともあんまりつき合いはなくなったんだよ。
中学を卒業して、俺らのほとんどは底辺高校に行くかプー太郎になった中で、
そいつは東京の私立に入り、すげえ大学に行った。で、その後しばらく話を聞かないと思ってたら、
本職のヤクザになってたんだよ。名前を聞けば知ってるやつは多いだろうな。
うん? その夜のこととは、関係があるのかなあ・・・それはちょっとわからんねえ。