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ロボット社会

2016.05.02 (Mon)
今日は当ブログとしては硬派というか、
ふだんあまりやらない社会学的話題になります。
とくべつ政治的な意図があるわけではありません。得意ではない分野なので、
なんかすごい間違ったことを書きそうで自信がないんですが、
未来の社会構造を考えるのは、SFなどを書く場合には必要なことですよね。
お題は、やや古くなりますが昨年12月に出されたこれです。

『野村総研は、10~20年後に国内労働人口の49%に当たる職業について、
人工知能やロボットで代替される可能性が高いという推計を発表した。
独立行政法人・労働政策研究・研修機構の「職務構造に関する研究」が分類した
601種類の職業について定量分析データを使って分析した結果をまとめた。

人工知能やロボットで代替される可能性が高いのは製造や販売などの現場作業が多く、
可能性が低いのはクリエイターや研究者、医者や保育士などだった。
必ずしも特別な知識・スキルが求められない職業や、データの分析や
秩序的・体系的操作が求められる職業は代替可能性が高い傾向にある一方、
抽象的な概念の知識や他者の理解、
交渉などが必要な職業は代替が難しい傾向にあるという。

野村総研は「あくまで技術的な代替可能性」について推計したものであり、
「実際に代替されるかどうかは、労働需給を含めた社会環境要因の影響も大きいが、
今回の試算にそれらは含めていない」と説明している。
推計はオックスフォード大学のマイケル A. オズボーン准教授と
カール・フレイ博士との共同研究として実施し、
米国と英国の先行研究で使ったのと同様のアルゴリズムを使用した。
米国では労働人口の47%が、英国では35%が代替可能性が高いとしている。』

元記事リンク

gないskしえyr

職業の表については場所を取りますので、10ずつあげてみます。
興味を持たれた方は、上のリンクを参照ください。

・人工知能やロボットに取って代わられる可能性の高い職業
電子部品・機械生産工、梱包工、建設工、会計監査員、一般事務員、廃棄物回収員、
受付係、スーパー店員、タクシー運転者、警備員・・・

・人工知能やロボットに取って代わられにくい職業
アートディレクター、犬訓練士、医師、美容師、評論家、学校カウンセラー
商業カメラマン、テレビタレント、演奏家、料理研究家・・・


ま、引用記事に書いてあるとおり、業務内容がくり返し単純作業であるほど、
機械に取って代わられやすいというのは当然でしょうね。
問題は、仕事が機械に代替されることで、人間は幸せになれるかということです。
ちょっとコンビニの店員を例にとって考えてみましょう。
コンビニのアルバイト店員がロボット化されることのメリットとしては、
ぶっちゃけた話、バイト代を払わなくて済むということです。
ロボット店員の導入費、維持費がもし人間を雇うよりもコスト安になるなら、
これは経営の合理化につながります。

経営の合理化にはどの企業も熱心に取り組んでいますよね。
まさに乾いた雑巾をさらに絞るようにして、コストの削減をしています。
もしコンビニバイトが機械化されるとすれば、当面の目的はそのためでしょう。
ここで問題になるのが、削減されたコスト分のお金はどこにいくかということです。
これは当然、利益として店や会社に入るのですが、
社長個人がすべて懐に入れるわけではなく、給料には一部反映されるでしょうが、
多くは新技術の開発やチェーンの拡大に回されます。
しかしそれだと、会社は拡大するもののどんどん雇用は失われていく。

これはおかしいですよね。いくら会社が大きくなっても、
商品やサービスを買う人がいなくなったのでは本末転倒です。
まあ現実的には、今のところ世界の中での熾烈なコスト競争がありますから、
競合国よりも安く商品を作って売るというのは重大事ではあります。
しかしながら、今の日本を考えれば、
経営合理化で給料が減ったり派遣が増えたりして、
人は将来の不安もあって物を買わなくなり、なかなかデフレから抜け出せません。

では、どうすればいいのか。機械化によって浮いたお金は
すべて強制的にプールして、機械に仕事を奪われた人に、
社会保障の形で分け与えるようにすればいいのでしょうか。
しかし、働かずにお金をもらうのは罪悪感がありますよね。
極論だと思われるでしょうが、これはギリシャ・ローマなどの奴隷制と似た形です。

もちろん、人間の奴隷というのは人権の観点から絶対悪とされますが、
それが機械だったらどうでしょう。ロボットがせっせと食料や製品を生産し、
それを売って儲けたお金は仕事をしてない人にも配られる。
生産に必要な原料も、ロボットが地底や宇宙から取ってくるわけです。
暇になった人間は、それこそ古代ギリシャの自由市民のように、
朝から大浴場に行って、友人同士で体を鍛えたりゲームをしたり悠々と過ごす・・・
音楽や美術などはやりたい人はいるでしょうから、なくなることはない。

あれ、おかしいですね。それだったらお金が介在する必要はなさそうです。
食料や必要な日用品、贅沢品も配給にしてしまってもいいんじゃないでしょうか。
配給という言葉を出しましたが、これは労働は伴わないですが共産主義みたいですよね。
機械を奴隷にすると、共産主義の世の中がやってくるんでしょうか ww

ここらへんは・・・難しいなあと思います。
共産主義は労働者と資本家という対立構造の打破が目的でしたが、
人間から階級意識、つまり競争してのし上がろうとする意欲がなくなると、
活力が失われて衰退に向かう、という議論もあるんです。
また、生きがいの問題もあります。
働くことが生きがいだという人は、日本には多いですよねえ。

あとまあ、人工知能が「心」を持つようになれば、
上であげた後者のクリエイティブといわれる職業も、
じょじょに機械に取って代わられるようになるかもしれません。
もし人工知能が心を持ったとしたら、それを奴隷のように扱ってもいいのでしょうか。
そんな問題が出てくるのはずっと先だと思われるでしょうが、
アンドロイドなども含めれば、こういうテーマのSFはたくさん思い浮かびます。

さてさて、なぜこんな項を書いたかといえば、
自分は、日本は先端技術を開発するのには長けていても、
それを社会的に運用するのがすごく下手だと思っているからです。
技術の革新が、なかなか人間の幸せにつながっていかない。

ともかく、来るべきロボット社会に向けて、例えば、
「人間は労働するべきだ」とか「経営は合理化しなければならない」とか、
そういった今ある価値観を、改めて考え直す必要があるんじゃないかと思います。
でないとたぶん「便利にはなったが幸せではない」に
なってしまうんじゃないかという危惧があります。日本人は生真面目ですから。
関連記事 『AIの恐怖』   関連記事 『AIは直木賞の夢を見るか2』

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磯神神社

2016.05.01 (Sun)
俺が中学生時分だから、そうさなあ、昭和30年代の話になる。
うちは漁師家だったのよ。近海で、サケ、マス、サンマ漁。
当時は獲物も豊富で、それなりに暮らしは成り立ってたんだ。
漁船のローンを払いながらも生活してくことができた。それが今じゃあね。
重油も高いが、何より獲物が寄らなくなった。
ああ、でもよう、俺は漁師になったわけじゃあないんだ。
いや、もちろん親父の後を継いでなるつもりだったんだが。
俺は長男だったしよ。それが、高校は自動車科のある工業に行って、
ずっと整備工やってきたわけ。ま、夢がかなわなかったんだな。
うん、だから、何でそうなったのかって話をこれからするわけ。
磯神神社ってのにまつわる話なんだ。

場所は言わなくてもいいよな。まあ九州のどっかってことにしといてくれ。
海は磯浜で、そこらは堤防からすぐ、急速に深くなったいい漁場だったのよ。
でな、家から1kmくらいのところに、
「入らずの浜」って言われてるとこがあって、そうだなあ、
海岸線のさしわたしが100mばかり、禁足地になってたんだ。
神域の浜ってわけだ。で、そこの沖合150mばかりのところに、
磯神神社ってのがあったんだ。うん、神社って名前はついてるが、
建物があったわけじゃない。鳥居もない、賽銭箱もない・・・ただの岩なんだよ。
それが海中から水面上2mほどに突き出ていて、そこに注連縄がまいてあった。
これが磯神神社だ。うん? 人が2人立てるくらいの足場はあったが、
登ったやつはいねえな。なんたって神社だから罰あたりだ。

その岩は不思議なことに、水中から何十mも突き立ってるんだよ。
水の中で見れば大木がそびえてるようだったな。ああ、潜ったことはあるよ。
今その話をしてるんじゃねえか。満潮になるとてっぺん近くまで水没して、
注連縄もすぐダメになってしまう。2ヶ月に1ぺんくらいの割で、
漁師仲間で順を決めて、取り替えることをやっていたな。
それで、毎年の旧盆のあたり、8月の中旬だ。
このあたりの日に、地元の漁師のせがれが集められるんだよ。
15歳以下のガキがな。でなあ、この日にちってのは決まってるわけじゃあねんだ。
そこらへんの時期に、ぽっかりと凪いだ日ってのが必ずあるんだよ。
そういう日は、海の青さが色あせた感じで、ずっと深場まで見通すことができる。
浜の長老、引退した漁師だが、その人が毎日海の様子を監視してて、

これはってときに、朝の有線で放送が入って、
15歳以下の浜の男児が集められる。でな、白褌一丁に白い半纏を来て、
親に連れられて浜に行くわけよ。そうすると神主はじめ、
地域の区長とか、組合関係とか主だった人らも集まってて、
子どもら・・・全部で20人前後かなあ、が神妙に海に向かって立った前で、
神事が始まるのよ。といってもたいしたことをやるわけじゃあねえ。
神主が磯神様の岩に向かって祝詞をあげ、それから酒樽を開けて、
海に向かって流すってだけのことだ。踊りや鳴り物なんかは使われない。
それから、磯神様の岩に向かって泳ぐんだよ。
それをやるのは、10歳から14歳までの子たちだな。
いやあ、泳げないなんてやつはいねえよ。

そこらの子は、まだ幼児の自分から、親父が漕ぐ小舟に乗せられて、
沖合で海に放り込まれるとかして鍛えられているからな。
別に水泳競技じゃねえから速く泳ぐ必要もねえ。
漁師だから、万一のときのために、ゆっくり長く泳ぐことが大事なんだ。
だから、そこらの子はみな、やらせたら何kmも泳げたはずだよ。
磯神様まで往復の300mなんてわけはねえんだ。
まして海は鏡のように凪いでるんだし。念のため、大人が小舟も出してた。
でな、14歳以下のその子らは、おのおのの速さで岩まで行って、
タッチして戻ってくるだけだが、その年15歳の俺らは違うわけ。
岩まで着いたら、その手前で潜るんだよ。そうだなあ、海面から2mほどの深さに、
岩にぽっかり穴が開いてるんだ。いやいや、自然にそんなのができるわけねえ。

大昔・・・たって江戸後期ごろらしいけどな。往時の人の手で開けたものだ。
さあなあ、なぜそんなことをしたのか。いわれは伝わってねえんだ。
2mまで潜るのもわけはねえよ。そして体が完全に穴から出たところで、
沖側の海の底を見るんだ。これな、試験みたいなもんなんだよ。
何のって、そりゃ漁師になれるかどうかの。最初にそう言っただろう。
でな、その年の15歳は、俺を入れて4人。神主の合図でいっせいに海に入って、
俺がたしか2番目で岩までたどり着いた。そこで大きく息吸って、
海中の穴から向こうに出た。その間数秒ってとこだ。
それで目を開けると、見えちまったんだよ・・・
海の底数十mだから、普段ならどうやっても見えねえが、その日は見通せた。
したらそこに、かなり朽ちた沈没船があったんだ。

水車の輪みたいなのがついてたから、大昔の外国の蒸気船だ。
ほら、ペリーが日本に来たときに乗ってたようなやつ。まあでも、
ここまでは実際にあるものだから誰にも見える。でなあ、船底を下にして沈んだ
その甲板から、磯上様の岩に沿うようにして、太い綱が立ち昇ってたんだ。
ああ、今思い出してもぞっとするよ。その綱は太いところで直径4mほど。
先細りになってて、先端が海面下10mほどまで達してたが、
人間の体でできてるんだよ。海の溺死者ってことだ。人数にしたら百じゃきかねえ。
それが上に向かって這い上がる形で、びっしりとからまって綱のようになってたんだよ。
ああ、当然、実際にあるもんじゃねえ。幻覚と言えばいいのか、そのへんはわからないが、
重要なのは俺にはそれが見えちまったってことだ。息を飲んで海面に顔を出し、
磯神様を回って浜に戻ってきた。でなあ、神主に「見えました」って正直に報告した。

うん、エビス様の柱って言うんだな。どうしてこれがわかったのかは知らんが、
15の歳に磯上様の御穴をくぐって、その柱が見えたものは
漁師にはなれない定めなんだ。海に関係した職業にもつけねえ。なんでかっていうと、
将来必ず海で死ぬことになるからだよ。ああ、間違いはないらしい。
だからよ、そこらの近海で漁をしてるかぎりは、地域で死んだ漁師はずっといないんだよ。
ま、遠洋はそのらち外なんだけどもな。ない頭をしぼって考えたんだが、
あれは一種の浜の守り神なんだろう。将来海で死ぬはずのものを知らせてくれてるんだ。
だから俺は親父の後を継ぐのをあきらめて、海とは関係ない自動車の仕事についたわけ。
親父の船は弟が継いで、今もう60過ぎたけどまだ漁師をやってる。
うん、やつにはあの綱が見えなかったんだなあ。
こんな話だが、どうだあんたらの役に立ったかい?

実に興味深い? そらよかった。だけどよ、磯上様はもうねえんだ。
岩が折れちまったんだな。今から14年前に、あのあたりで地震があったろう。
その前の晩だよ。これは俺はもう町出てたから、弟から話に聞いただけだが、
夜の10時過ぎに、沖が薄ぼんやり白く光ってるって話が弟の家に伝わってきて、
急いで行ってみたら、もう浜にはたくさん人が集まってた。
磯神様の海中あたりから、白い光が出てたそうだ。何事かと思ってると、
急にそのあたりだけ波が高くなって、大きな船が浮き上がってきた。
これはほとんどの人が目撃してるんだ。海の底に200年近くあったポルトガル船。
それが完全に壊れ果てているのに、沖に向かって進んでいったそうだよ。
翌日の昼に震度5の地震。いや、被害はほとんどなかったんだが、磯神様の岩が
ぽっきり折れちまった。だから、もう神事はやっていないんだよ。

はなななかいうr