牛女の家

2017.09.30 (Sat)
俺が高校3年のときの話だよ。その頃はまだ祖父が健在でね。
よく縁側に出てタバコを吸ってたもんだ。でね、たまたま俺が居間で勉強してたとき、
ジイちゃんの弟、大叔父っていうのか、が外から庭を通ってジイちゃんのとこに
遊びに来たんだ。それで、縁側にジイちゃんと並んで座って、
あれこれ世間話を始めた。でね、途中からこんな内容になったんだよ。
「そいえば、坊主町の件(くだん)の家な、とうとう取り壊して更地にするらしいぞ」
「へえ、あれは築百年近いだろう、もったいないような気もするが、
 あんな破れ屋になっては売れんだろうからな」
「にしても、終戦後はいろいろと話題になったよな」
「ああ、件てか、牛女の話だろ。わしらの学校でも騒ぎになっちょった」
俺はそろそろ勉強に飽きがきてたところだったんで、

牛女、って言葉を聞きつけて興味を感じて会話に加わったんだよ。
「叔父さん、牛女って今言ったけど、それ何なん?」
俺の問いに、ジイちゃんと叔父さんは顔を見合わせてたが、
ジイちゃんが、「ま、ずっと昔、ジイちゃんが学生だった頃の話だけどな。
 ある家に、牛女がいるって噂が広まってたんだよ」
「牛女って?」 「何というかな、まあマンガに出てくるような妖怪だよ。
 件って知ってるか?」 「知らん」
「件てのは、体が牛、顔が人の化物で、母牛から産まれてくる。なんでも、
 戦前にその件が産まれて、こんたびの戦争は負けるって予言をしたらしい」
「へええ、役に立つ妖怪か」 「まあそうだ」
「んで、牛女ってのは件とは違うんか?」 

「ああ。牛女は件とは逆で、頭が牛、体が人なんだ。
 これは人間から産まれて、やっぱり予言するらしい」
「へえ、じゃ牛男ってのもいるんか?」 「そこまでは知らんが、こういうのはまあ、
 たいていが女なんだよ。男だと間抜けてるだろう」
「で、それがどしたん?」 「今、高級住宅地になってる坊主町にな、
 その牛女が住んでた家が廃屋になって残ってたんだが、とうとう取り壊すらしい」
「坊主町のどのあたり?」 「あの○○山の分譲地を背にした崖下のあたりだ」
これはいいこと聞いたって思ったんだ。牛女・・・うーんなんかぞくぞくする響きで、
それで、仲間をさそって見にいってみようと思ったわけ。
それまでにも、廃屋に入って探検ごっこみたいのはしてたんだ。
で、次の日曜、部活が終わって飯食った後の4時ころだったな。

当時友だちだった同じバスケ部の安田ってやつを誘ってチャリで行ってみたわけ。
場所はジイちゃんから聞いたとおりですぐわかった。
それが瓦屋根の、平屋だけどすごいでかい家だったんだ。
ただし木造で古くてね、こりゃ人が住むのは無理だってすぐわかるほど
やれてたんだよ。取り壊しはもう業者が入ってるみたいで、
家のまわりに足場が組まれてたが工事の人の姿は見えなかった。
俺らはぐるっと一周して、したら安田が「入ってみよう」って言い出した。
うん、横手に窓枠ごと落ちてるとこがあって、そっからなら入れそうだったんだ。
ためらうことはなかったよ。当時は身軽だったから、
その窓枠に足かけて中に入ってみたんだ。そこは廊下になってて、
ぶ厚くホコリが積もって、さらに床板も腐ってぶわぶわしてたんだ。

窓がないから雨が入ったせいだと思うけど、踏むたびに水がしみ出してな。
「牛女が住んでたんだろ。じゃ、それ監禁してた部屋があるんじゃないか」
「ああ、何てったっけ、座敷牢? そういうやつか」
てことで、順順に部屋を見ていったんだ。部屋は10以上あったよ。
家財道具はほとんどが持ち出されてて、がらんとした印象だったけど、
障子は紙が真っ黄色になってあちこち破れてるし、
ふすまは真ん中から横に折れてるのもあって、薄気味悪い感じが強かったな。
あと和室の一つに大きな箪笥が残ってて、引き出しをあけてみたらカビ臭いのなんの。
中には着物がびっしり入ってたんだが、どれも変色して模様もわからなくなってた。
で、ほとんどの部屋を見終わったけど、座敷牢なんてなかったんだ。
「うーん、これじゃただの家だよな。残るのは便所と風呂場だけだったが、

汲み取り便所は床が腐り落ちれば大変なので、戸をあけて見るだけにした。
で、風呂場の手前にかなり広い脱衣所?があったんだけど、
そこはカビの臭いに混じって、ツーンと酸っぱい臭いもしたんだ。
床に、足の踏み場もないほど細長い布が落ちて渦巻いてた。
「こりゃ何だろ?」安田がその布の一切れをつまみあげて言った。
「おいやめろ、汚いぞ」 布は5cmほどの太さで、くすんだ黄色なんだが、
ところどころにこげ茶色のシミがついてた。
「別に平気だよ。カラカラに乾いてるし」安田が拾い上げた布を、
両手で端をつかんで伸ばすと、もろい感じでビッと切れて、
そっから粉ぼこりがもうもうと舞い、安田はもろに吸い込んでゲホゲホとむせた。
「それ、もしかして包帯じゃないか」

「うっぺぺぺ ・・・かもしれん。牛女に巻いてたやつか。顔を隠すための」
「もう出ようぜ。暗くなってきた」ってことで、
俺らの街まで戻ってから別れて家に帰った。その翌日の月曜。
朝に安田と会って、「昨日はツマンネかったな」って話しかけたら、
安田は顔をぼりぼり人差し指で掻きながら「ああ」って答えた。
その掻いてるとこが、ぼつっと1cmくらいのニキビになっててね。
「なんだ赤くなって腫れてるぞ」 「あ、昨日の夜から痒くてしかたないんだよ」
で、指の爪でぐちぐちニキビを押してると、その横と下にも小さい赤いポツが出てきた。
「お前それ医者に行ったほうがいいぞ、バイキンとか入ったのかもしれん」
「ああ、とにかく痒いんだ。昨日はサロメチール塗ったんだが、乾くとすぐ痒くなる」
安田は授業中も顔をシャーペンの先でつっついてて、

帰るころには、顔の右半分が真っ赤になってたんだ。
で、ニキビのタネみたいな数ミリくらいのやつがいっぱい吹き出してた。
「監督には病院に行ったって俺が伝えとくから練習休めよ」 「ああそうする」
安田はそれで帰ってって、次の日学校を休んだ。
担任に聞くと、「皮膚科に行ったらすぐ入院になったらしい」って言われた。
で、その夜に家に電話がかかってきて、出たら安田で、
「ちょっと顔がひどいことになってる。今ずっと点滴してるんだ。
 何かのアレルギーらしい。でな、クラスのやつらには見舞いに来ないでくれって
 言ってくれないか。ちょっと人前に出られないから」こんな話をした。
「えー、長引くのかよ。お前がいないと大変だぜ。もうすぐ県大会なのに」
安田は身長が188あってチームのセンターだったんだよ。

「あと2週間だろ。それまでには治るさ。あんま心配すんな」
これは、安田のこともあるけど、当時、俺はバスケの推薦で大学進学をねらってたんで、
最後の県大会はせめてベスト4には入りたいと思ってたから。
俺は身長もそこそこだったし、なんとか実績つくんないとな。
で、安田は1週間たっても学校に出てこなかったんだ。
担任と部の監督は見舞いに行ってて、監督は、「顔中包帯でぐるぐる巻きで、
 あれはちょっと大会は無理かもしれん。今日から、安田がいないことを想定しての
 フォーメーションを組むから」って話をした。
で、それから2日して、大会のある週になったとき、
夜に安田からまた電話がかかってきたんだよ。
けど、電話口でモゴモゴしてて、最初は何かのイタズラだと思ったくらいだった。

安田はボーという汽笛みたいな変な声で、「大会の組み合わせ新聞で見た。
浦田工業とだろ。俺がいなくても大丈夫、お前ら2点差で勝つよ」みたいなことを言った。
いや、聞き取るのがたいへんだったけどな。俺は「ああ、頑張る。監督もお前を
 メンバーに入れてるから、治ったら大会の途中からでも出てこいよ」
こう励ましたが、ズモモモモみたいな音がして電話は切れた。
浦田工業は格下の相手だったんだが、安田がいないせいで苦戦し、
ロースコアゲームになって18-16でなんとか勝った。安田が言ったとおりの
2点差だった。その夜にまた電話がかかってき、これは安田の母親からで、
安田はちょっと付き添いの目を話したスキに、病院の近くのマンションの
8階から飛び降りたってことだった。安田は即死で、俺らは翌日、
大会の2回戦があって大差で負けた。安田の葬式には出たが顔を見ることはできなかった。









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タイムパラドックスの話

2017.09.30 (Sat)
えー今日は表題のようなお話をしてみたいと思います。
当ブログでは物理学的な内容の項もけっこうあるんですが、ヒッグス粒子、
重力波観測、超弦理論と余剰次元、タキオンなどについて、
自分のわかる範囲でそれなりに真面目に書いているつもりです。
今回はそれとは違いまして、エセ科学というか、眉唾な話になりますので、
どうかそのつもりでお読みください。

さて、タイムトラベルで未来に行くことは可能です。というか、
みなさんは実際に未来へのタイムトラベルを何度も経験しているはずです。
例えば飛行機に乗ること。特殊相対性理論によれば、速度の速い乗り物に
乗った人の時間は、乗ってない人に比べて遅れることになっています。
ですから、あなたが飛行機に乗って降りれば、ごくごくごくわずかなんですが、
そこは未来になっているはずです。ただし、ほんのわずかでしかないので、
未来に来たことを体感することはできないでしょう。

では、過去に行くことは可能でしょうか。
これは現時点では不可能と考えられることが多いのです。もちろん思考実験として、
過去に行くための方法もいろいろ考えられていますが、
これは、存在するかどうかもわからないワームホールや宇宙ひもを使った
非現実的なものばかりです。かのホーキング博士は時間順序保護仮説を提唱して、
もしも時間の流れが狂うような事態が起きようとした場合、
何らかの量子的な効果が働いて、それを防いでしまうのではないかと述べています。

まあしかし、それだと話が進みませんので、方法はわからなくても、
過去へのタイムトラベルが可能になったとします。
そうすると出てくるのが、有名な「親殺しのパラドックス」ですね。
過去に遡って、自分が生まれる前の両親のどちらかを殺してしまう。
そうすれば当然ながら自分も生まれることができないので、
過去に戻って親殺しを実行することもできない・・・

ただSF的には、このパラドックスを回避するための方法がいくつか考えられています。
一つには平行世界を利用するものです。平行世界はパラレルワールドとも言います。
パラレルワールドをうまく説明するのは難しいですが、例えばあなたが、
A子さんとB子さんのどちらと結婚するか迷った場合、この世界が、
A子さんと結婚した世界と、B子さんと結婚した世界の2つに分かれます。
そしてそういう選択は無数にあるので、
無数のパラレルワールドが存在することになります。その中には、
あなたが今暮らしている世界に酷似しているものもあれば、
まるで違ったものもあると思われます。

もしも平行世界がほんとうにあるのなら、これは夢が広がりますよねえ。
A子さんと結婚したあなたは、A子さんの浮気に悩まされて離婚してしまった。
平行世界を自由に行き来できるのであれば、B子さんと結婚して幸せに暮らしている、
もう一人の自分と入れ替わることができるかもしれません。いやいや、
また別の平行世界では、A子さんは浮気などしない貞淑な妻なのかもしれません。
さらに別の平行世界では、あなたはまだ花の独身・・・

ちなみに、自分が好きな、マンガの『ジョジョの奇妙な冒険』は、
パラレルワールドを認める世界観でした。
例えば、第七部のスティール・ボール・ランでは、敵役の大統領は、
平行世界を自由に行き来できるというスタンド能力を持ってましたね。

さて、親殺しのパラドックスですが、タイムトラベルで過去に戻るときに、
すでに別の並行世界に入っていると想定すれば、そこで親を殺したとしても、
帰ってくるときに元の世界に戻ってしまえば、パラドックスは生じないわけです。
なぜならその世界の過去では、あなたの親は殺されてはいないんですから。
この考え方はたいへん便利なので、いろいろなSF作品で用いられています。

パラドックスを防ぐための考え方はもう一つあります。
それは、時間は連続体ではない、とするものです。
でもこれ、直感的に理解しにくいですよね。
だって、あなたの部屋の時計は電池が切れないかぎりずっと
ぐるぐる動いているわけだし、過去をふり返ってみても、昨日、一昨日・・・と、
つながって存在しているとしか思えないじゃないですか。

でももし、時間は連続しているのではなく、極小の単位でブツブツと切れている、
としたらどうでしょう。例えば、映画のフィルムを考えてみてください。
あれは一コマ一コマごとになっていて、
前のほうのフィルムを切り取ってしまったとしても、
それで後のほうのストーリーが変わるわけではないですよね。もしかしたら、
実際の時間もフィルムのように断続的になっている可能性というのはあるのです。
天才ロジャー・ペンローズが提唱した、ループ量子重力理論というのがありますが、
じつはこの考え方にたいへん近いものなんです。

プランク時間という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
これは、5.391×10の-44乗秒というひじょうに短い時間で、
量子力学の不確定性原理との関係上、これが時間の最小単位と考えられています。
これよりも短い時間は存在しない(というか原理的に観測できない)のです。

われわれが体感する時間というのは、
じつはこのプランク時間がずらずらっと並んだものなのかもしれません。
プランク時間の一つ一つが、フィルムの一コマ一コマにあたると考えてもいいでしょう。
ですから、過去で親を殺したとしても現在に影響はおよばないのかもしれません。
ただしこれ、原因があって結果があるとする因果律を否定することになりかねません。
つまりあなたの人生は、もうすでに終わりまで完成してしまった映画のように、
どうやってもストーリーを変えることができないかもしれないのです・・・
この考え方ってけっこう怖くないですか?

関連記事 『タイムトラベル雑感』









白骨船の話

2017.09.29 (Fri)
親父の手伝いして沖合漁業やってる漁師なんスよ。船に乗って3年目。
ぼとぼち仕事にも慣れてきたけど、まだ親父にはよく怒鳴られるっス。
そんなだから、まあよろしく頼んます。
あ、もちろん日本海側の港っスよ。場所は言わなくてもいいかね。
うん、船は○○丸って言って30t。乗員は俺を入れて7名。
主にまき網でアジ・サンマ・サバとか獲ってるんだけど、
季節によっちゃエビ・カニもやる。ああ、十分食っていけるスよ。
で、先月の半ば頃の話なんス。その日も早朝に出港してね。
午前の漁が終わったあたりの時間だな。
ああ、船泊するのはよっぽどのときだけで、ほとんどは日帰りの漁なんス。
でね、俺が網を戻してると百mほど北に船が見えた。

長さ10mもあったかなあ、高(たか)はほとんどなくて、水すましみたいな船。
それがぷかりと浮いてるのを見つけたんス。
ああ、その日は波もうねりもなくてね、天気もよかったんスよ。
でね、さっそく船長 の親父に知らせたんス。「船長、変な船が見えるス」って。
まあね、もし仲間の船なら無線で連絡とるとかもあるから。
だけど、こう言っちゃあれだけど、あんな丸木舟に毛が生えたようなので、
こんな沖まで出るとかありえないと思ったスけど。
したらね、親父が双眼鏡持ってやってきて、で、その船を一目見るなり、
「ああ、ありゃ白骨船だ」って言ったんス。
「あ、白骨船て気味わりいな。何だスか。それ」
「北朝鮮の船だよ」  「はああ、国から逃げてきたやつスか?」

「いや、おおかたは違う。ありゃ俺らと同じ漁をするための船だ」
「信じられねえ、あんなちょぼい船で沖に出るんスか?」
「そうだ、あいつら大きい船なんて持っちゃいねえから」
「でも、まだ日本の領海内っスよね。不法操業してるってわけ?」
「そうじゃねえだろう、漂流してここまで流されてきたんだろ」
「じゃあ救助するんスか?」  「うーん、いや、まあ見ちゃったからな。
 でもよ、十中八九、生きたやつは乗っちゃいねえ」
「はああ」 「さっきな白骨船って言ったろ。俺らの県にもたまに流れ着くんだ。
 で、調べてみれば中には白骨死体がいくつか転がってる。
 漂流中に餓死したんだろうな」
「・・・泊りがけで漁してるんスか?」

「そこはわからんが、あんな小さい船だし、食料は3日分も持っちゃいないだろ。
 白骨船は漁具もエンジンも、俺らが30年前に使ってたようなやつだよ。
 だから故障でもあれば、もう死んだも同じだ。そのまま漂って、
 海流からいって途中で沈没しなけりゃ、日本の北側かロシアに流れ着く」
「で、どうするわけ?」  「まずは海上保安庁に通報する」
ってことで、親父は無線係の先輩に指示して、海上保安庁に連絡したんス。
したら、指示が2つあって、一つは現在位置を知らせろってことで、
もう一つは、近づいて生存者がいるか確認してくれってこと。
ただし無理する必要はないっても言われたみたいだったス。
それでね、網は巻いた後だったから、エンジンかけて近づいていったんスよ。
「ああ、船長、ありゃやっぱ難破船っスね。あんなに汚れて・・・」

「舳先にハングルが見えるな。軍船みたいな雰囲気もある」
「軍船・・・」  「向こうじゃ人民軍の兵士が漁師を兼ねてるって聞いたことがあるな」
とか言ってるうちに、20mくらいのところまで近づいたんス。
船の高がだいぶ違うんで、こっちから見下ろす形になったけど、
甲板にはシートや網が乱雑に散らばってるだけで、人の姿はなくて。
「拡声器積んでたっけか? ない、じゃあ若いやつら並んで声かけてみろ」
そう言われて、俺と先輩がた二人でその船に向かって、
「おおい、だれかいますか~」って大声を出したんス。
何度もくり返したけども何の反応もなしで、
「どうやら、生きた人はいないようスね」俺がこう言ったときに、
風にあおられたみたいにベロンと、甲板のシートが一枚めくれて、

その下から人が立ち上がったんス。
着てるものはボロで、痩せ枯れてカカシみたいな男だったんス。
「あ、生存者?」 そう俺が言ったとき、
その男が思いもかけない大声で叫んだんスよ。「○☓△□○☓△□・・・・」
もちろん俺らのわかんない言葉でっス。そんとき見ちゃったんスよ。
落ち窪んだ目とこけた頬のあたりから、ザラっという感じで肉と皮が剥がれるのが。
出てきたのは白じらとした骨。「ああっ、あれが何で生きてるんだ!?」
先輩の一人が叫んで後退って尻もちをつき、俺ものけぞってね。
無理ないっしょ。白骨が立ち上がってしゃべってるんだから。
したら、低く小さい船室から、もう一つボロの塊が這いずるようにして出てきて・・・
「船長、死人が、ガイコツが動いてます。何だよ、何だありゃあ!」

もう一人の先輩が叫んで、親父のほうを見て。
したら親父は、「供養だよ、供養するんだ・・・」そう言って俺の髪をつかんで、
「みなの今日の弁当を集めろ!」俺は全身震えながら船室に入って、
ロッカーから弁当箱を出して・・・で、親父の指示でフタを開けた弁当を、
そのまま白骨船に投げ下ろしたんスよ。
したら弁当箱の一つが立ってる男の肩に当たって、
男はガクガクと崩れるように倒れて、そのまま動かなくなったんス。
あと船室から出ようとしてたもう一人も。
向こうの甲板の上には米とおかずが散らばってて。
親父は船室に向かって「生存者はいないようだって報告しろ!」そう言って、
今度は俺らに「知ってるお経唱えろや」って。

いや、無茶言うなって思いましたけど、先輩がたと「ナムアミダブツ・・・」
そのうち海上保安庁から、「こちらが向かいますから、それ以上はけっこうです
 ご協力ありがとうございました」って返信が来て、
俺らの船はエンジンかけて、逃げるようにしてその場を離れたんスよ。
ま、こんな話なんス。嘘だって思うスか? ああ、じゃあいいけど、
俺自身、見たことがいまだに信じられないっス。
けどね、先輩がたも親父も同じの見てるんだしね・・・
で、その日は午後の漁はやめて港に戻ったんス。だって、験が悪いじゃないスか。
いや、その後、海上保安庁はあの船、回収はできなかったみたいスね。
次の日は普通に漁に出たっスよ。いや、変わったことはなかったし、
作業に気をつけるようにしてたけど、魚も普通に獲れてたっス。

あとね、俺もちょっとは調べたんスよ。北朝鮮の白骨船についてね。
この5年間で300隻くらい日本に流れ着いてるみたいっス。
乗員は一隻について3人から10人くらい。
つまり数百人亡くなってるってことっス。
しかもね、これ日本だけじゃなく、ロシアにもかなりの数が行ってるみたいだし、
そもそも流れ着かずに沖で沈没したのも多数あるってことっしょ。
おそろしいっスよね。俺ら漁師は危険と隣り合わせだけど、
それでもここ何年も地元からは遭難者は出してないんス。
それにくらべてね。あんな船だから、いくら軍人っても嫌だと思うんスよ。
しかもね、獲った魚はほとんどが外貨を稼ぐ輸出用で、
朝鮮の人の口には入らないんしょ。・・・怖いことっスよ、ホントに。

米 漁業・船舶用語その他に多数の間違いがあると思いますが、どうかご勘弁を。








しょうけらの周辺

2017.09.29 (Fri)
今回は妖怪談義です。まず最初に石燕の絵を出しておきましょう。
説明書きはありませんが、この妖怪も石燕作の中では読み解きやすいものです。



絵には、屋根に上ったしょうけらが、
明りとりの天窓から下を覗き込んでいる様子が描かれていますが、
これは家の中の人間を見張っているのだと思われます。
なぜそんなことをするかというと、悪いことをしてないか監視するためです。
しょうけらは「庚申講(こうしんこう)」と深いつながりがあると考えられています。
庚申講は、1年のうち6~7回ある、60日に一度の庚申(かのえさる)の日に、
神仏を祀って徹夜をする行事で、庚申待とも言います。

中国の道教の影響で、人間の体の中には3匹の虫「三尸(さんし)」
が住んでいると考えられていました。
三尸は、宿主の人間から栄養分をもらっている寄生虫のようなものなのですが、
これが庚申の日に体を抜け出して、天帝(道教の最高神の一つ)のところへ、
その人間が犯した罪を報告にいくのだとされます。
天帝は、三尸が告げた罪の重さにしたがってその人間の寿命を削ります。
ただし、三尸は宿主が起きているうちは体から抜け出すことができないので、
庚申の夜には、徹夜して神仏を祀ったり飲み食いなどをしていたんですね。

三尸は、上尸・中尸・下尸の3種類で、上尸は中国の道士の姿、
中尸は獣の姿、下尸は牛の頭に人の足の姿で中国の古い書物に描かれています。
で、しょうけらはこの三尸と同一視されて考えられることが多いのです。
もしかしたら3匹が合わさってしょうけらの姿になっているのかもしれません。
さらに、三尸は単に罪の報告をするだけではなく、
宿主の人間が死ねば体から解き放たれて自由になるため、
積極的に宿主に罪を犯させようとそそのかします。

三尸


上尸は人の頭に住んでいて、頭を重たくし、耳を聞こえにくくさせます。
中尸は人の腹に住んでいて、心を惑わせます。
下尸は人の足に住んでいて、性欲を引き起こします。
3匹が協力して人間に罪を犯させ、
寿命を短くして早く自由の身になろうとしているわけですね。

また、庚申の申の字は「さる」とも読みますので、
猿を神の使いとする日本の神道とも結びつき、「見ざる・言わざる・聞かざる」
の三猿とも関連して考えられるようになりました。
下図は庚申講を記念して建てられる庚申塚と呼ばれるものですが、
猿の像の前面に「見ざる・言わざる・聞かざる」が彫られています。
これは人間が犯した罪を「見ない、聞かない、言わない」ということでしょう。

庚申塚


ということで、「しょうけら=三尸」と考えてもいいと思いますが、
これだけではつまらないので、一つ新説をつけ加えておきます。
しょうけらの「けら」の部分に着目して、虫ということを考え合わせると、
「おけら」という言葉が浮かんできます。オケラはコオロギに近い種類の昆虫で、
地下にトンネルを掘って生活しています。前脚の先がモグラとよく似ていて、
土を掘るのに適した形をしていますね。



屋根の上にいるしょうけらと、地下に住んでいるオケラは、
違いも大きいのですが、もう一度石燕の絵に戻って、
しょうけらの両手に注目してみると、なんとなく似ているような気がしませんか。
ま、これは自分の深読みのしすぎなのかもしれませんけども。

関連記事 『石燕を読み解く』





ブラセボと聖痕

2017.09.28 (Thu)
今日はこのテーマでいきます。ブラセボ効果というのはご存知だと思います。
ブラシーボ効果、偽薬効果などとも言います。いちおう説明すると、
でんぷんなど、薬としての効き目のないもの(偽薬)で錠剤やカプセル剤をつくり、
頭痛の患者に本物の薬として服用してもらう実験をすると、
半数くらいの人が治ってしまうこともあります。
薬を飲んだという安心感が、体にひそむ自然治癒力を引き出すのかもしれません。
これを「プラセボ効果」といいます。

上記は武田薬品のホームページから引用させていただいたのですが、
実際は病気の種類や症状によって効果は違いますし、
半数程度が治るというのは大げさのような気がします。
それでも、3割近くの患者には何らかの症状の改善が見られる場合が多いのです。

ただし、その偽薬に副作用があると事前に医師が説明した場合、
実際に副作用のような症状を起こしてしまう患者もいて、
これをノセボ効果、反偽薬効果と言うことがあります。
現在、新薬として認可を受けるための治験では、本物の薬を与えた群と、
偽薬を与えた群とに被験者を分けて実験を行うのが普通で、
本物の薬を与えた群の症状改善が、偽薬を与えた群より上回っている必要があります。

つまり、暗示によって体調に変化が起きるのですが、
これはよい方にも悪い方にも作用してしまうということなんですね。
では、この暗示はどのくらいのレベルまで体に変化をもたらすのでしょうか。
これについて、興味深い2つのお話があります。

ニューヨークのコロンビア大学医学部のハーバート・スピーゲルの実験によれば、
米国陸軍のある伍長を被験者とし、この伍長に催眠術をかけて催眠状態にした上で、
「その額にアイロンで触れる」と宣言した。しかし実際には、
アイロンのかわりに鉛筆の先端でこの伍長の額に触れただけだった。
その瞬間、伍長は「熱い!」と叫んだ。その額にはみるみるうちに火ぶくれができ、
かさぶたとなった。数日後にそのかさぶたは取れ、火傷は治った。

この実験は、その後四回くり返され、いつもまったく同じ結果がえられた。
さて、五度目の実験の時には状況はやや違っていた。
この時は伍長の上官が実験に同席していて、この実験の信頼性を疑うような言葉を
いろいろ発して被験者に迷いや疑惑を生じさせる状況のもとで行われた。
このとき、もはや伍長にやけどの症状が現れることはなかった。


ある国にブアメードという名の健康な身体に恵まれた死刑囚がいた。
この死刑囚は、ある医師から「人間の全血液量は体重の10%が定説となっているが、
私は10%を上回ると考えているので、それを証明したい」と実験を持ちかけられた。
彼はその申し出を受け入れ、目隠しをされてベッドに横たわった彼は、
血液を抜き取るために足の全指先を小さく切開された。

足元には容器が用意され、血液が滴り落ちる音が鳴り響く実験室の中で、
1時間毎に累積出血量を聞かされた。やがて実験開始から5時間が経ち、
総出血量が体重の10%を越えたと医師が言ったとき、この死刑囚は死亡していた。
ところがこの実験は、実は血液を抜き取ってはおらず、彼にはただの水滴の音を聞かせ、
体内の血液が失われていると思い込ませただけだったのである。

この2つの実験がもし本当ならすごいことですが、確実な裏は取れていません。
①の話はいろいろなところで引用されており、
ハーバート・スピーゲルなどと固有名詞も出てくるのですが、
英文で検索しても、実際にあった実験だとは確かめられませんでした。
ただし、いかにもありそうな内容ではあります。

特に注目すべきなのは、実験が催眠状態で行われていることで、催眠状態では、
暗示効果が通常の状態よりも高まることはいろいろな実験で確認されています。
例えば、催眠状態でレモンを甘いイチゴだと言って食べさせた場合、
甘い、と答える人は実際にいるのです。
②に関しては、倫理的に大きく問題のある実験ですので、
都市伝説的なものではないかと思います。でも、こちらもありえそうですよね。

さて、このような暗示は「聖痕現象」にもあてはまるかもしれません。
聖痕現象とは、熱心なキリスト教信者の体の、
イエス・キリストが磔刑となった際についたとされる傷、
イバラの冠をつけさせられた額や、釘を打たれた手足と同様の箇所に傷ができ、
出血が見られることを言います。これらはスティグマータとも呼ばれ、
カトリック教会では奇跡として考えられることが多いようです。

聖痕現象の事例はたくさんあり、日本でも秋田県の「涙を流すマリア像」の関係者に、
この聖痕現象が起こったことが知られています。
これが起きる原因として、信者自身とキリストとを同一視するあまり、
自己催眠状態をつくり出してしまったと考えられることが多いようです。
ただし、その催眠状態の中で無意識に刃物まどを用いて、
自分で自分を傷つけていたのがわかった例も数多くあるのです。

さてさて、ブラセボで体調が改善する、病気の症状が軽快する、
ということは確認済みです。ある種の宗教で「手かざし」などを行うのも、
ブラセボで説明できてしまいそうです。
では、自分の体に火傷や傷ができ、出血するまでのことが本当にあるものでしょうか。
あるとしたら、これは一種の超能力ではないでしょうか。
また、他人の体だったらどうでしょう。スーパーナチュラルな力によって、
他人の心臓を止める、などという話は超能力ものの小説にはよく出てきます。
ですが、本当に精神の力だけでそんなことができるかどうかについては、
慎重に考える必要があると思いますね。







ヒル・ハウス

2017.09.28 (Thu)
じゃあ話をさせていただきます。まず自分のことからですけど、
わたし、仕事はスペイン語とポルトガル語の翻訳および文章作成です。
はい、自宅でやってるんです。自由業ですよ。
翻訳も文章作成も、1字いくらって形の請負で報酬をいただくんです。
ええ、十分生活できるだけの収入はあります。
日本にもね、それなりにスペインやポルトガルと取引してる会社はありますし、
それ以外にもスペイン語が母国語の国って多いんです。
あと、ブラジルはポルトガル語ですしね。だから固定客ががっちりついてますし、
この先食いっぱぐれることはないと思いますよ。
ええ、外語大でそっちのほうの言語を選択したんです。
ただ、自宅仕事なもんですから、女性の方と知り合う機会がなかなかなくて、

お恥ずかしいですがこの歳でまだ独身なんですよ。
あ、はい、本題に入ります。1週間前ですね。
仕事の合間にスペインのウエブサイトを見てたんです。それがジプシーのサイトで。
ああ、ジプシーっていうのは差別用語なんですよね。
今はロマって言葉で言い換えられることが多いんですけど、これも問題あります。
ロマってのは一つの民族名で、ジプシーの中にはロマ以外の民族もあるんです。
まあ、スペインに住んでるのはほとんどロマなんですけど。
彼らは自分たちのことをヒターノって呼んでますね。
それでね、その人たちの作ってるサイトを見てたら、
どんどん深いところに入りこんじゃって。急にパソコンの画面がまっしろくなって、
そこに大きな黒い丸が現れたんです。で、パソコンの操作がきかなくなっちゃった。

これはマルウェアかと思って、あせっていろいろやってたら、
その黒丸が2つに分裂しまして・・ちょうどほら、受精卵の細胞分裂ってあるでしょ。
あんな感じで4つが8つに、8つが16にって具合に画面に黒丸が増えてって、
しまいには直径1cmくらいの黒いぶつぶつだらけになっちゃったんです。
それも規則的に丸が並んでるわけじゃなくて、なんか気味悪い感じで。
これは1回再起動するしかないかと考えてたら、シュンって音がして、
画面がブラックアウトしました。そのときにですね、
顔にプチプチと柔らかいものが当たった感覚があったんですよ。
「え、何だ?」と思ったら、画面が突然、最後に見てたサイトに戻りまして。
ええ、パソコンは壊れたわけじゃないんです。今も普通に使えますよ。
で、問題はプチプチのほうで。これ信じられないと思いますけど、

パソコンの画面に映ってる穴から何かがたくさん飛び出したんです。
でも、それ、目に見えないんです。わたしのパソコンは仕事机の上にあるんですが、
そのとき机にひじをついたら、ねちょっと、何かを腕でつぶした感触がありました。
うーん、ゼリーよりちょっと固くて、グミより柔らかいって感じの。
でね、つぶれたものから液体がしみ出してる感じがあって・・・
それも目には見えないんですけどね。気持ち悪いなと思って、
テイッシュをとってヒジを拭きましたけど、
テイッシュは白いままで汚れはつかなかったんです。
で、これはパソコン画面の見過ぎで疲れてるのかと考えて、
コーヒーでも入れようと立ち上がったんです。そしたら、
わたしは部屋ではスリッパはいてるんですが、一歩踏み出したとたん、

柔らかいものをiいくつか同時に踏みつけた感触があったんです。
ええ、そうです。床の上にも何かいるんです。それもやっぱり透明のが。
這いつくばって手のひらで床をなぞるようにしてみました。そしたら、
わたしの足元だけでも、10も20も、目に見えない何かがいました。
うーん、全部同じものですね。しかも手のひらで押さえてるのに、
モゾモゾ動くんですよ。1つ1つの大きさは、4cmくらいですかねえ。
太さは1cmあるかどうか。それが床にたくさん散らばって這い回ってる。
そこまではわかりました。で、これどうしますか。
ともかく目には見えなくても片づけなくちゃならないと思って、
ほうきで掃いたんです。だけどね、そいつら粘着力があるんですよ。
吐き捨てたガムみたいにべたーっと床にくっついてる。

もちろん掃除機も試しましたよ。力を入れて押しつけると、
いくらかは吸い込まれていく感じはありました。でもね、
大部分はやっぱ床にくっついたままで・・・でね、そうしているうちに、
床のもののいくつかがわたしの足に這い上がってくる感触があったんです。
そのときはハーフパンツをはいててスネを出してましたから。
でね、ふくらはぎのところに丸く穴があいたんです。
そっからじわっと血が吹き出してきました。
そのうちに別のところにも穴があいて・・・
あっという間に足が血だらけになっちゃって。
あの、わたしは休日に山歩きすることがあるんですけど、
ちょうど、山ビルにやられたときにそんな傷ができるんです。

まいりましたよ。部屋じゅうに、目に見えない透明なヒルが
無数にいる状態なわけですから。しばし立ちつくしてたんですが、
その間にも何匹も透明ヒルが足に這いのぼってきて・・・
でね、これはジプシー・・・ロマの呪いなんじゃないかって思ったんです。
ウエブのサイトから呪いが感染するってのも考えにくいですが、
わたしが何か見てはいけないサイトに入り込んじゃったせいなんだろうと考えて、
それでね、大阪にいるロマの知り合いに電話したんですよ。
ええ、日本にもけっこう来てます。表向きは水晶球を使った占いをしたり、
あとはギターで民族音楽をやったり。でね、とりあえずこっちの窮状を話したら、
「それはやっぱり呪いだろう」って話になりまして。準備をして助けに行くから、
その間にできるだけヒルを掃除機で吸い取ってろって言われました。

で、部屋で悪戦苦闘してたら、4時間後くらいにロマの人が来まして。
その人はやっぱり占い師で、40代と思える女性なんですけど、
他に2人20代くらいの男が2人、大きなカゴを持って入ってきました。
その頃にはわたしの足はモモまで血だらけですよ。
でね、男たちが抱えてきたカゴには黒い布がかかってまして、
それを取りのけたら、1つのカゴに2匹ずつ黒猫が入ってたんです。
計4匹ってことですが、どの猫も目が金色で口の中が真っ赤で・・・
ロマの女性は、「大阪じゅうのロマから魔力を持った猫をかき集めてきた」
って言って、カゴを開けて猫を部屋の中に放ったんです。
そしたら4匹ともしなやかに、機敏に動いて、
部屋中に散らばってる見えないヒルをぱくぱく食べ始めたんです。

ほんとにあっという間でしたね。
猫たちはベッドの下やすき間というすき間に入り込んで、
どうやらほとんどのヒルを食べ尽くしたみたいでした。ロマの女性は、
「まだ何匹か残ってるかもしれないけど、数日で消えてしまうと思うよ」
そんなふうに言いまして。ああ、助かったと思いましたが、
その後に呪いのヒルの駆除料を請求されました。
ええ、高かったですがしかたがないです。連れてきた黒猫たちは、
日本にはいない非常に珍しい品種の上に、魔術的なトレーニングをしてある、
魔除け専門の猫なんだそうでしたから。
ええ、ええ、ジプシーの呪いってやつは本当にあるみたいです。
で、その対抗手段もしっかり考えられてあるってわけなんです。

どうしてこんなことが起きたかって?うーん、はっきりとはわかりませんが、
スペインに住んでるロマの多くが麻薬の売買に関わってるんです。
で、わたしがたまたま入ってしまったサイトも、
おそらくそれ関係のものなんだろうって。ええ、危ないサイトってのは、
ふつうならウイルスが仕掛けてあるじゃないですか。
そのかわりというか、呪いが発動するようになってたみたいで。
いやほんと、一時はどうなることかと思いましたから。あのままだと、
わたしは体中の血を吸いとられて死んでた可能性が高いでしょう。
で、透明ヒルは数日で消えちゃうんだったら、
わたしの死体が発見されたときには何の証拠も残ってない・・・
ま、今回のことはいい勉強になりましたよ。ネットサーフィンもほどほどにって。









見つからない

2017.09.27 (Wed)
※ バカ話です。

こう言うとおかしいやつだと思われるかもしれないが、俺には霊感があるんだ。
やばい場所・・・やばいというのは幽霊が出る場所ってことだけど、
そういうとこに行くとピーンとわかるんだ。
零感の人にはちょっと言葉では説明しにくい感覚だけどね。
そういう力というのはあるんだよ。

この間出張で地方の支社に行った。
会議に出て新規の事業計画などを説明してもらい、
勤務が終わってから簡単な宴を開いてもらって、その地方の名物を肴に少し酒を飲み、
予約していたホテルに入ったのが9時半過ぎころだった。
大手チェーンのじゃなく、地元資本のやってるあまり大きくないホテルだ。

フロントでカードキーをもらって部屋に入ったとたんにピーンときた。
この部屋は出る。
なんというかね、自分の体のまわりに見えないクモの巣のようなセンサーが
はりめぐらされているような感じで、幽霊が出る所ってのはすぐにわかるんだ。
で、おそらく部屋のどこかに御札が貼られているだろうと思った。
あんたらも怪談本なんかで見たことがあるんじゃないかな。
ホテルはよくやるんだよ、そういうの。

自分の勘が外れたことはこれまで一度だってない。
おそらく部屋のどこかに御札があるのは間違いないが、確かめないと気になる。
それで探し始めた。定番は飾られている絵の額縁の裏だったが、
最近はそういうのを気にして確かめる人が増えてきたんで、
ホテル側も工夫するようになった。

それでも一応は絵の裏も見たし、額縁の後ろの板を外して中も調べた。
なかったが、まあ当然だろう。次はベッドの下なんかがこれまでの経験で多かったんで、
スーツのまま潜り込んで確かめた。むろんそのままでは暗くて見えないが、
こんなときのためにキーケースにペンライトをつけて持ち歩いている。
潜り込んで探したがベッドの裏には見つからず、スーツが綿ぼこりだらけになってしまった。
清掃のずさんなホテルということはわかったが、納得がいかない。

ここは絶対に出る部屋で、ホテル側も客の苦情に備えてどこかに対策を施してるはずだ。
そこでベッドのシーツをはがしてマットのすき間なんかを徹底的に探したが、ない。
クソ、絶対に見つけ出してやる。
そう思って部屋をブロックに区切り、しらみつぶしに探し始めた。
前の経験では、御札をビニールに入れて洗面所の排水管の中に
耐水パテでくっつけてたところもあった。それを見つけたときは感動したよ。

そこでボストンバッグを踏み台にして、上から下からじりじりしながら探した。
備えつけのデスクの引き出しも全部はずしてその裏も調べたし、
中に安くさい装丁の英語の聖書がはいっていたから、そのページもめくって確認した。
かなりの時間がかかったが、トイレと浴槽を探し終え、部屋も半分まで終わった。
おかしいなあ、ぜったいどこかにあるはずなんだが。

さて残りのスペースはあとわずか。
小型の冷蔵庫を開けてみたら、中に女の首が入ってた。探すののじゃまだったんで
両手で持ち上げたら、目を開いて「ぐええ」と言った。
それを後ろに置いて、中の製氷皿の底まで見たけどやっぱりない。
首を戻そうとしたらなくなっていたんで、まあいいやと次の場所に移った。

残りは外に面した窓と、カーテン付近を残すのみとなった。
もちろんカーテンのひだの中も全部見たし、窓を開けて外の壁も見たが見つからない。
これであらゆる場所を探して見落としはないはずだ。
時間はもう12時を過ぎていた。
おかしいなあ、絶対に幽霊の出る部屋で御札があると思ったんだが。
自分の霊感が外れたのは今回が初めてだ。なんか自信をなくしてしまった。
疲れたんで、風呂にはいってすぐに寝た。朝まで特に何もなかった。






火間虫入道

2017.09.26 (Tue)
今日は妖怪談義とします。鳥山石燕の妖怪画は、ほとんどが読み解くことが
難しいものばかりで、絵の中の小道具も意味不明な場合が多いのですが、
この「火間虫入道」はその中ではわかりやすいものです。
まず、火間虫入道はおそらく石燕の創作した妖怪であろうということ。

元になってるのは文字絵遊びの「ヘマムショ入道」です。
文字絵遊びというのは、例えば「へのへのもへじ」のように、
文字の配置によって意味のある絵を形づくることです。(下図参照)

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使われているのはカタカナで、「ヘ」が頭、「マ」が目、「ム」が鼻・・・
「入道」という漢字が衣の部分を表しています。
まず最初にこの「ヘマムショ入道」があって、その名前から触発されて、
石燕が「火間虫(ヒマムシ)入道」を創作したのだと思われます。

では、石燕の絵を見てみましょう。脇にある詞書はこうです。
「人生勤にあり。つとむるときは匱からずといへり。
生て時に益なく、うかりうかりと間をぬすみて一生をおくるものは、
死してもその霊ひまむし夜入道となりて 灯の油をねぶり、
人の夜作をさまたぐるとなん。
いま訛りてヘマムシとよぶは へとひと五音相通也」




いちおう意味を訳すと「人生は働くことが大切であり、働いている間は
むなしい気持ちにはならないものだ。しかし生まれてから何もせずに、
ただ暇を持てあまして人生を送った者は、死んだ後にその霊魂は
ヒマムシ入道となり、灯火の油をなめたりして夜仕事をじゃまするようになる。
今これをヘマムシ入道というのは、匕がへに訛ったものである」
つまり、一生働かずに過ごした道楽者は、
死んだ後にその罰によって火間虫入道になる、ということです。

ヒマムシの「ムシ」の部分には二つの意味が掛けられているようです。
一つは「夢死」で、これは一生の間、何も生きた証を残さないような人生のこと、
もう一つ、「虫」は昆虫のことですね。そして絵の中の小道具を読み解くと、
この虫はどうやら油虫、ゴキブリのことを表しているようです。

もちろんゴキブリは人間の歴史が始まる以前から日本にいました。
そして江戸時代の人々もずいぶんこれに悩まされていたようです。
さて、石燕の絵をよく見てください。土間に竈(かまど)があって、
その上に絵馬のようなものが立てかけてあります。

その絵には鶏が描かれているようです。これは竈の神様を祀り、
火事にならないように願うおまじないですが、
それ以外にも、ゴキブリが出てこないようにする意味もありました。
鶏がゴキブリを見つけてついばんでくれる、ということなのでしょうか。

また、鶏の絵の横に木の枝のようなものがありますが、
これはおそらく臭蓬(くさよもぎ)ではないかと思われます。
蓬には独特の臭いがあり、また薬効成分が含まれているとして、
お灸などにも使われますが、これもゴキブリよけなのだと考えられます。
もしかしたら実際にゴキブリを近づけない効果もあったのかもしれません。

ただしこの絵の場合、床下から火間虫入道が長い首を伸ばして油をなめて
いますので、残念ながらおまじないは効いていないようです。
江戸時代には虫売りがいて、秋になるとコオロギやスズムシ、クツワムシ
などの声のよい虫、またホタルなどを売りにくるのが季節の風物詩でした。
ところがゴキブリに関しては、現代と同じように徹底的に嫌われていました。

さてさて、ここまでをまとめると、火間虫入道はゴキブリ妖怪であり、
一生人の役に立つ仕事をしないで過ごして死んだ者は、
罰を受けてゴキブリになるんだよ、ということになります。
あと、もう少し深読みをすると、絵の中に竈が出てきますが、
「竈を返す」という慣用句があって、これは家が破産するという意味です。
もしかしたら、ブラブラ遊び暮らしているものがいる家は破産してしまう、
そういう寓意も込められているのかもしれません。

関連記事 『石燕を読み解く』






猫の行動追跡の話

2017.09.25 (Mon)
じゃ話していきますけど、これ、オチも何にもないんですよ。
あんまり怖くもないかもしれないので、そこんとこよろしくです。
ある大学の生物学部に所属しています。今4年生なんで卒論書いてるんです。
いやいやいや、俺はバイオテクノロジーってやつが性に合わなくて。
白衣着て一日中試験管を振ってるなんてまっぴらですよ。それでね、
動物行動学ってのを選択したんです。ほら、よくあるじゃないですか。
例えば猿の群れに密着して観察したりする研究。
でもね、大学生だし、俺一人で研究するわけだから、
野生動物を相手にするのは無理です。
それで、ノラ猫の1日の行動パターンを探るってことにしました。
いやまさか、ノラ猫の後をついて歩くわけじゃないです。

さすがにそれほど暇じゃないんで、小型のGPS発信機を買ったんです。
これって今、かなり売れてるんですよ。ええ、例えば浮気調査とか。
ほらもし旦那さんの行動が怪しいと思ったら、
GPS発信機をふだん使ってるカバンにしのばせておくんです。
そうすれば旦那さんの行動の跡が手にとるようにわかりますよね。
会社帰りにホテル街に寄ったとかも。
あ、すみません。話が脇道にそれてしまいました。
そのGPS発信機をノラ猫をつかまえてくっつけるわけです。
そしてパソコンと連動させて行動追跡をする。
そうすればその猫が街のどこで何時間を過ごしたとか全部わかるんです。
ね、これなら手間もそんなにかからないし、難しいこともない。

でね、アパートの裏手に捕獲器を設置して猫を一匹つかまえました。
目立つので最初からねらってた白猫がいたんですが、
うまい具合にそいつがかかりまして。ちょっと気の毒でしたけど、
その部分だけ毛をそって右後ろ足のつけ根に、
テープでGPS発信機をくっつけたんです。最初のうちは猫も気にして噛んだり
してましたけど、どうしてもとれないことがわかってあきらめたみたいです。
で、つかまえた場所に放してやりました。あとはパソコンにとり込んだ街の地図に、
そいつの行動の軌跡がばっちり残るってわけで。
でね、わかったこととしては、猫ってかなり睡眠時間が長いんです。
一日のうち、少なくて14時間、多ければ18時間は眠ってます。
ただしずっと寝てるんじゃなく、1回の睡眠は2~3時間くらいです。

2時間ほど寝て起きては、自分の縄張り、テリトリーを見回りに出かける。
まあ1日の行動はそのくり返しでしたね。ただ・・・
一つだけ妙なことがあったんですよ。夜中の12時から2時まで、
自分のテリトリーから離れた場所に遠征するんです。ええ、それもほぼ毎日。
でね、その場所というのが、街の運動公園の近くにある、さびれた神社だったんです。
これ、何のためにそこに行くのか疑問でした。
神社の境内に入ってからはほとんど動いてる様子はない。かといってわざわざ、
そんな場所に寝に行くってのも考えにくいですよね。
だから、これは猫の集会があるんじゃないかって思ったんです。
ほら、町内の猫が夜によく一ヶ所に集まってることがあるんじゃないですか。
ああいうのを毎晩やってるのかもしれないって。

でね、猫の集会だったら、それはそれでいい研究になるでしょ。
だからその時間帯に神社に行って、何をやってるか確かめてみることにしました。
その晩、黒っぽい服装をして11時半過ぎに神社に行ってみたんです。
いや、怖いなんてぜんぜん思いませんでした。
幽霊なんているわけないと思ってましたから。それよりもむしろ、
不審者に間違えられるのが嫌でしたね。ですからちゃんと大学の学生証と、
書きかけの論文も持っていったんです。もし警察に不審尋問されたら見せられるように。
ええ、神社の付近は真っ暗で人っ子一人いませんでした。
もともと住宅地じゃないし、夜中に人が通るような場所じゃないんです。
自転車は参道の脇において、そっと神社の鳥居をくぐりました。
懐中電灯は持ってったけど使わなかったんです。

はい、大鳥居には防犯用のスポットライトがついてて、
その周辺だけは明るかったんです。境内に入って様子をさぐりましたが、
シーンと静まり返って、猫が集会をしている様子はありませんでした。
でもね、GPSは白猫がその神社の近辺にいるってことを指し示してるし。
で、あちこちあたりを見回したときに、
白猫が拝殿の賽銭箱の陰からひょこっと顔を出したんです。「あ、いたいた」
と思いましたけど、何をやってるのかはわかりませんでした。
だってそのあたりには猫のエサになるものなんてないんですよ。
まさかロウソクを齧ってるわけじゃないだろうし・・・
そんなことを考えてたら、車の音がして、神社の駐車場に停まったみたいでした。
それでね、べつに俺は悪いことをしてるわけじゃないけど、

茂みの後ろにかくれちゃったんです。それから数分して、
鳥居をくぐって人が境内に入ってきました。さっきの車に乗ってきた人です。
そんな時間にお参りするってのも変ですよね。
まさか丑の刻参り、なんて考えちゃったけど、着ているものは白装束じゃなく、
むしろ黒っぽい洋服の女の人でした。うーん、暗くてよくわからなかったけど、
齢は若いように見えましたよ。でね、その女の人が拝殿の前に来て、
手を合わせて拝み始めたんです。これ変でしょ。
だって夜だから拝殿の戸は閉まってるんです。それに鈴も鳴らしませんでした。
手を叩くこともしないで、ただひたすら拝んでいる。
それが10分ほども続いたんです。で、怖いなと思ったのはその後です。
女の人はバッグから何かを取り出して、自分の頭に手をやりました。

かすかにですけど、ジャキッ、ジャキッという音が聞こえてきたんで、
「ああ、髪を切ってるんだ」ってわかりました。それでね、
突っ立ったまま髪を切っては、その髪を神社の賽銭箱に投げ込み続けたんです。
意味不明でしょ。そんときさすがに怖くなってきまして。
俺がいるのに気づかれないように、身を縮こませてたんです。でね、
ひとしきり髪を切ると、女の人は男みたいな髪型になって神社を出てったんです。
車が走り去る音がしました。・・・今のは何だったんだろう。
なんか呪いみたいなものなんだろうか?考えてもわからないですよね。
そしたら闇の中にひょっと白い影が出てきました。
ええ、俺が研究対象にしている白猫です。拝殿の横のほうに隠れてたみたいでした。
白猫はさっき女の人が髪の毛を投げ込んだ賽銭箱に近づいていって・・・

後ろ足で立ち上がり、賽銭箱の上におおいかぶさるようにして、奇妙な、
踊りを踊るような格好を始めたんですよ。白猫が手を振り回す下に、
何か黒いものがうごめいているように見えました。でね、
もう猫に逃げられてもいいつもりで、懐中電灯をつけて賽銭箱を照らしてみたんです。
そしたら・・・賽銭箱の中から黒いものが何本も立ち上がって、
うねうねと動いてたんです。髪の毛・・・なのかもしれませんが、
俺には黒い蛇のように見えましたね。で、白猫はそのうちの一本をガッと口に咥えると、
ずるっと引きずり出して、また拝殿の横手に逃げてっちゃったんです。
他の黒い蛇は賽銭箱の中に戻ったみたいでした。
いやいや、近づいて確かめる勇気はなかったです。
でね、もう戻ろうと思ったところに、また車の音が聞こえてきて・・・

結局、その晩は3人の女の人が12時から2時までの間に神社にやってきたんです。
行動はみな同じでした。手も叩かず、鈴も鳴らさないで長い間お祈りした後、
自分で自分の髪をジョギジョギ切って賽銭箱に投げ込むんです。
で、その後に賽銭箱から出てきた黒い蛇に、白猫が近づいてきて咥えこんで逃げる。
これってどういうことなんでしょう。あの神社は、
ひそかに呪いの神社として全国的に有名とかなんでしょうか。
例えば、男に裏切られた人がやってきて自分の髪を切って呪詛をするとか・・・
はい、神社に直接行ったのはその晩だけなんで、
毎日そんなことが行われてるのかはわかんないです。けど、前に話したように、
GPSでは白猫は毎晩その神社に出かけてるんで・・・でね、困ったのは卒論ですよ。
この白猫の行動を、いったいどんなふうに書けばいいんでしょうか?

猫の集会 画像 意味 秘密2







顔面崩壊の恐怖

2017.09.25 (Mon)
顔、というのはわたしたちが持つアイデンティティーの一つです。
生まれたときから人間は自分の顔を持って成長していきます。
思春期になれば、身だしなみに気を遣い、
女性ならば化粧をしたり、中には整形手術をするという人もいるでしょう。
やがて結婚して齢を重ねると、若い頃ほどには容姿を気にしなくなる人も出てきます。
しかし、歩んできた人生が顔に刻まれるなんて言い方もありますよね。
ではもし、自分の顔がある日突然崩壊してしまったとしたらどうでしょう。

小説や映画、マンガ作品をあれこれ思い浮かべてみると、
顔面崩壊をあつかったものが意外に多いのに気がつきます。どうですかね、
一番に出てくるのは、横溝正史氏の『犬神家の一族』のスケキヨでしょうか。
小説よりも、映画のあの白いマスクが目に浮かぶ人が多いでしょう。ただ、
この作品の場合、スケキヨの顔面崩壊は別人がすり替わるためのトリックで、
顔面が崩壊したスケキヨの苦悩などは詳しく描かれてはいませんでした。

筒井康隆氏には、そのものずばり『顔面崩壊』という短編があります。
これは主にビジュアル面から顔面崩壊の恐怖をあつかった話で、
「ドド豆を圧力鍋で煮てるときに鍋が破裂して、
熱々のドド豆が顔面いっぱいにめり込む。
顔面は黒い無数の穴だらけの状態となり、豆を1粒ずつピンセットで取りのぞくのが
絶叫ものの痛さ。薬を塗って包帯ぐるぐる巻きにして治療するが、
その時にハエが傷口にたまごを産みつけてしまう。
穴という穴にウジ虫が大発生。肉を食い破ってかゆくて発狂しそうだが、
これまた1匹1匹ピンセットで取りのぞくしかない。さらに皮膚の下に線虫がわき、
血管に沿って顔中移動してかゆくてたまらない。
ついに狂ったようにかきむしってしまい、顔面の筋肉が露出してさらに化膿し・・・」

筒井氏独特の執拗な筆致で、顔面崩壊のプロセスが描写されてましたね。

顔面崩壊の苦悩とアイデンティティーの喪失が作品の中心テーマになっているのは、
安部公房氏の『他人の顔』。
「高分子化学研究所の液体空気の爆発事故で
重度のケロイド痕を負い、自分の顔を喪失してしまった「ぼく」は、
妻や職場の人間との関係がぎこちないものに変わり、
周囲の目を異常に気にするようになってしまう。そこで、
「ぼく」は精巧な人工皮膚の仮面を作り、誰でもない「他人」になりすまして
自分の妻を誘惑しようとし、これに簡単に成功する。
「ぼく」は妻の裏切りに愕然とし手記を書いてこれをなじる。しかし、
じつは妻は始めから、その「他人」が「ぼく」であることに気づいていた・・・」

かなり重いテーマを、非現実感が出ないギリギリのところで描いた作品でした。

マンガのほうに目を向けると、ジョージ秋山氏の『デロリンマン』
「主人公三四郎は自殺未遂によって顔面を損傷し般若のような奇怪な風貌になる。
さらに精神にも異常をきたし、彼はデロリンマンと名乗り、
人間を救う使命を帯びていると語るのだが、周囲の人間には相手にされない。
ボロをまとい、その下は赤褌一枚で街を歩きつつ、
自分は「神」であり「魂のふるさと」であると説く。
デロリンマンは妻と息子の前に現れ、じつは自分は三四郎であると告白するが、
妻も息子もまったくこれを信じず、父親は失踪したと邪険にあつかわれる・・・」

これははじめ「少年ジャンプ」に連載されていたようですが、
よくこんなシニカルで終末論的な作品が少年誌に載ったなあと思います。

洋画に目を転じると、これもいろいろあります。
『バットマン』シリーズに登場する悪役のジョーカー。
ある平凡な男が工場の毒廃液の中に落ちたことで、真っ白な皮膚、緑の髪の毛、
裂けてつねに笑みを湛えた口に変化してしまいました。
これによって性格も変化し、歪んだユーモアを持つサイコパスとなって、
犯罪組織のボスとして君臨し、バットマンに戦いを挑みます。

さて、ここまで見てきて、筒井氏の作品は別にして、
顔面が崩壊することで精神にまで異常をきたしてしまうという内容が多いのです。
まあそうですよねえ。ある日突然自分が自分でなくなってしまう。
それも美しいほうへ変化するのならいいんですが、
人から嫌悪され忌避される姿になってしまった場合、
精神にも影響が出てくるのは当然といえば当然でしょう。
よく、人は外見よりも内面が大切だと言ったりしますが、
外見と内面はどうしても連動してしまうものだと思います。

さてさて、最後にご紹介するのは1995年のアメリカ映画『セブン』です。
これは神の定めた7つの大罪(暴食、色欲、強欲、憤怒、傲慢、怠惰、嫉妬)
をなぞる形で殺人を実行していく猟奇殺人鬼が出てくるサイコサスペンスですが、
そのうちの5番目の「傲慢(pride)」の罪だったかな。

殺人鬼は、美しく、つねに容貌を鼻にかけているモデルの部屋に押し入り、
彼女をベッドに縛りつけて、顔の皮を修復不能なようにはぎとります。
さらに鏡で醜く変貌した顔面を見えるようにし、その上で、
片手には携帯電話、片手には睡眠薬入りの瓶を持たせて部屋を後にします。
つまり助けを呼ぶか自殺するかを被害者に選ばせようというわけです。
で、彼女の部屋に刑事たちが駆けつけたときには被害者は自殺していました・・・
最後の結末もそうですが、ひじょうに後味の悪い作品でしたね。









金一族の魔法

2017.09.25 (Mon)
えー今回も軽い話題でお茶を濁させてもらいます。
現在、北朝鮮の動きが活発ですね。水爆実験をしたりミサイルを発射したり。
これに対しアメリカのトランプ大統領はなかなか実力行使に出ることができません。
もしアメリカが北朝鮮と全面戦争になれば、
韓国や日本にも戦火が飛び火して大きな犠牲が出ることが予想されるからです。
・・・とまあ、当ブログでは基本的に政治の話はしませんので、
このあたりでやめておきます。

さて、今回お話するのは、金日成・金正日・金正恩と3代世襲が続いた
北朝鮮の首領様たちの使う魔法というか超能力についてです。
とくに初代の金日成に関しては、眉唾もののエピソードが多数あります。
金日成は1912年、平壌西方にある万景台で生まれたのですが、
この出生に関しても現在では神格化されていて、
北朝鮮の聖地である白頭山で生まれたことになっています。
その際には偉大なる指導者誕生の予兆として、空に二重の虹がかかり、
光り輝く新星が現れたということです。

まあこれくらいの美化はわからないことはないですが、
その後のエピソードはどんどん荒唐無稽化していきます。
金日成は成長して中国共産党に入党し、抗日パルチザンとしての活動を始めますが、
戦闘に際しては「縮地法」を使ったと言われています。
縮地法というのは中国の仙道にある術の一つで、文字どおり地面を縮めて、
数歩歩くだけで数千km離れた遠方に達することができるという魔法です。
超能力のテレポテーションと言っていいかもしれません。
金日成はこれを用いてあちこちに神出鬼没に現れては、
旧日本軍に対して連戦連勝したことになっています。

この能力は息子の金正日にも受けつがれ、
「将軍様、縮地法をお使いになる」という歌まであるようです。
youtubeに出ていますので、興味のある方は検索してみてください。

さて、金日成は超人ですので、生後3週間で歩き、8週間で言葉を発しました。
また、大学時代には3年間で1500冊の本を書き、
「音楽史上最も素晴らしい」6本のオペラを作曲したとされています。
これは北朝鮮の公式記録に書かれている内容です。

さらにスポーツにおいても特異な才能を発揮し、
初めてゴルフクラブを握ったのに、北朝鮮唯一のゴルフコースで
18ホールで11回のホールインワンを記録し、
38アンダーという驚異的なスコアをたたき出したとされます。
このエピソードは世界的に有名になり、金日成が死んだとき、
アメリカのあるメディアは「地球最強ゴルファーが死んだ」と書いて皮肉りました。

この他にも金一族の驚愕のエピソードは多数あります。例えば、
「金正日が幼少時、世界地図の日本を黒く墨で塗りつぶしたところ、
 日本列島全体が真っ暗になって雷鳴と地震が起こった」とか、
「金日成は戦闘の最中に砲弾が尽きたので、松ぼっくりを原料に
 手榴弾を作って敵を粉砕した」とか、
「金日成が敵に囲まれたとき、近くにある木の葉をちぎって吹きつけると、
 何百という分身が生まれて敵を撹乱し、窮地を脱することができた」
これなんか孫悟空の使った魔法そのままですよね。ただし、
現在の首領である金正恩には、こういった逸話はまだ生まれていないようです。

さらに面白いのは、北朝鮮の国営ウェブサイトに、
「金日成は生涯で一度も大便をしなかった」と記載されていることです。
うーん、みなさんどう思われますか。
こんな絶対ありえないことをわざわざ書く必要があるもんですかね。

さてさて、これらのエピソードを現在の北朝鮮の国民は信じているんでしょうか。
それはさすがに考えられないと思うかもしれませんが、
オウム真理教事件の麻原教祖のことを思い出してみてください。
信者の多くは、「空中浮遊」をはじめとする麻原の数々の奇跡を、
実際にあったこととして信じていました。
これが洗脳の怖ろしいところです。
北朝鮮では国家をあげて金一族の神格化に努めているのですから、
信じていても不思議はないような気がします。
日本だって戦前、天皇陛下は現人神として崇められていたわけですし。











リバースムービー

2017.09.24 (Sun)
えーブログを再開してからなかなか調子が出ず、今日も怖い話ではありません。
当ブログでは、ネタバレになるのが嫌なので、
ふだんは映画の紹介はしていないんですが、
たまたまこんなニュースを目にしまして、『ドニー・ダーコ』という映画を思い出しました。

23日午前。関西空港を離陸したオランダ行きの旅客機から、
重さ4キロ余りの部品が落下し、大阪市の中心部を走っていた
乗用車にぶつかっていたことがわかりました。
けが人はいませんでしたが、国の運輸安全委員会は事故につながりかねない
「重大インシデント」として調査を進めています。
国土交通省関西空港事務所によりますと23日午前11時ごろ、
関西空港を離陸したKLMオランダ航空の旅客機から、
落下した機体の一部が乗用車にぶつかったということです。

落下したのは右主翼の付け根付近の胴体部分にあるパネルの一部で、
縦およそ60センチ、横およそ1メートルで、重さはおよそ4.3キロです。
パネルがぶつかった乗用車は屋根がへこんだほか、後ろの窓ガラスが割れましたが、
運転していた人らにけがはなかったということです。
警察からの通報でパネルが航空機の部品と見られたことから、
国土交通省が当時の運航状況などを調査した結果、KLMオランダ航空から
関西空港を離陸した旅客機から部品が落下したとの連絡を受けたと言うことです。

(NHKニュース)

怖い話ですよね。空から航空機部品が落ちてくるのは、
どんなに注意していても避けようがないじゃないですか。まあこれは、
航空機部品じゃなく隕石とかでも同じでしょうが、
ぶつかった乗用車の人にケガがなかったのが幸いでした。
これでもし死亡したりしたら、ものすごく珍しい死に方ですよね。

さて、『ドニー・ダーコ』は2001年のアメリカ映画で、
貸しビデオ屋ではホラーのコーナーに置かれていることが多いですね。
作中には不気味なウサギの着ぐるみを着た怪人が登場しますし、
人も何人か死にます。ただし全体として見た場合、
自分は青春映画のカテゴリに入るんじゃないかという気がします。

まず登場人物ですが、多かれ少なかれ精神を病んでいて、
主人公のドニー・ダーコはさえない感じの男子高校生で、
過去に放火歴があり現在も精神的なカウンセリングを受けています。
また、恋人役の女子高生はドメスティックバイオレンスの被害者で、
父親から逃れるためにドニーのいる学校に転校してきた設定になってました。
その他、ドニーの通う高校の教師もアブナイ人ばかりで、
生徒の信頼の厚いカリスマ教師が児童ポルノにかかわっていたり、
その高校の元教員で、今はキチガイ婆さんと呼ばれている女性が、
実はタイムトラベルに関する天才理論家だったりします。

自分は仕事柄、映画は試写会で見ることが多いんですけど、
この公開当時はアメリカにいたので、普通に現地のロードショウで見たのですが、
映画館はガラガラで、なんとなくB級くさい感じもしました。
で、観終わった後の感想は「何がなんだかわけがわからない」というもの。
また同時に、低予算だったり脚本が破綻しているために、
わけがわからないという映画はたくさんあるんですが、
どうもそれらとは違うようだとも感じました。

そして、この映画はカルトになると思いました。
なんでかと言うと、観終わった後、映画の内容について誰かと議論したくて
しかたがない気持ちになったからです。
そういう映画は、公開後に大勢のフアンがついて、
後々まで語りつがれることが多いんですね。
案の定、興行成績はふるわなかったものの、その後この映画はリバースムービー
(何度もくり返して見なければならない映画)と呼ばれ、
発売されたDVDはヒットチャート第1位となっています。

あつかっているテーマは一口で言うと「時空の歪み」です。
未来は決定論的に定まっているのではなく、どこに行き着くのかは誰もわからない。
ドニーはそのことを未来から来たというウサギ服姿の怪人物(正体はすぐわかります)
に教えられ、恋人が車に轢かれて死んだり、
母親と妹が飛行機事故で死んだりする未来(世界の終わり)
を回避するために、自分が犠牲になって死ぬことを決意します。
そうして、まだ恋人と知り合っていない過去の時点で、
自宅の2階の部屋に航空機の巨大なエンジンが落ちてきて事故死してしまうんですね。



このストーリーはDVDを3回見てやっと自分の頭に入ってきました。
それと同時に、映画の中に張られている伏線の巧みさも理解することができたんです。
しかしこれ、かなり頭のいい人でも1回見ただけでわかるのは不可能でしょう。
そのあたりのことも監督はねらって作ったんですかねえ。
この項を読んで興味を持たれた方は、
おそらくどこの貸しビデオ屋にもあると思いますので、
ぜひ、一度といわず何度もくり返して観ることをお薦めします。









妖怪(狐狸)はなぜ衰退したか

2017.09.23 (Sat)
今日は怪談論です。まず、お題にある「妖怪は衰退した」ということについて、
えーそんなことないだろ、と思われる方もけっこういるんじゃないでしょうか。
確かに、水木しげる御大の作品は読みつがれていますし
それ以外のマンガでも妖怪の出てくる話は多数あります。
また、妖怪ウオッチもずいぶん流行りましたよね。
あとは、京極夏彦氏らの活動によって、
江戸の妖怪浮世絵師、鳥山石燕の名も高まりました。
出版業界では、何年かに一度は妖怪ブームが来ると言われたりもします。

なんだやっぱり別に衰退してないじゃないか、という感じがしますが、
では、「あなたは妖怪の実在を信じますか?」
こう聞かれると、さすがに声高に「妖怪は実在する」と断言する人は少ないでしょう。
一方、幽霊のほうは、アンケートをとると、
「いると思う」と答える人の割合はかなり多いのです。
そういう意味で、妖怪はキャラクターとしては愛されているものの、
実在を信じている人は少ない、と言えるのではないでしょうか。
また、狐や狸が人を化かすというのも、今では信じている人はほぼいないでしょう。

さて、当ブログで何度も書いているとおり、その昔(江戸時代以前)においては、
幽霊とは、成仏していない死者の霊魂のことでした。
○月○日に死んだ○○○○さんの霊魂が、これこれこういう恨みをこの世に残して、
そのために成仏できずに出てきた・・・ものが幽霊だったのです。ですから、
例えば暗い山道で人の姿をしたものが宙を漂っているのを目撃したとしても、
それが幽霊と呼ばれることはありませんでした。むしろそういうものは、
妖怪、あるいは狐狸が化けたものと考えられました。

ところが現代の怪談を読むと、心霊スポットで目撃された人型の影などは、
どこの誰ともわからないし、恨みの存在も定かではないのに、
幽霊と呼ばれることが多いのです。幽霊の範囲が広がってしまって、
昔なら妖怪と呼ばれたものも、その範疇に取り込まれてしまったんですね。

では、どうして妖怪が信じられなくなってしまったのか。
これについては、ありきたりな答えですが、
科学的な知識が敷衍したから、ということだと思います。
それと、妖怪が信じられなくなったきっかけは明治維新です。
明治の時代は、西洋からどっと流入した近代科学と日本古来の迷信が
衝突した時代でもあります。そして当然ながら、
迷信のほうが負けてどんどん消されていきました。

そういう話はたくさんあります、例えばある柳橋の船宿の芸者は、
客が暗い玄関で客がマッチをすった光を見て、「キャッ、お化け!」
と叫んで気絶したそうです。マッチを見るのが初めてだったんですね。
また、写真は魂を吸いとる魔術であるという話が広まり、
写真を撮られるのは嫌だと言って逃げ回る人もいました。
また、ある地方では電信のための電線は生娘の生き血を塗らなくてはならない、
という噂が流布し、若い娘はみな生き血をとられないように、
歯をお歯黒で染めて既婚者のふりをしたりしたそうです。

しかし、時代が進むにつれて、マッチはもちろん、
写真も電信もあってあたり前のものとなりました。それと同時に、
幻覚や錯覚に関する知識が流入し、狸や狐についても生物学的な情報が入ってきて、
だんだんに、妖怪や狐狸が人を化かすことなどは信じられなくなっていったのです。

さて、明治の初期において、文明開化の象徴といえば、
なんといっても蒸気機関車です。で、日本各地に蒸気機関車と狸が戦って、
狸が負けたという話が残っています。中には新聞に載ったものもあるのですが、
こんな話です。
あるとき、品川駅を出た東海道線の電車が権現山の裏手を通りかかると、
前方からこちらとそっくりの電車が線路を走ってくる。
ありえないことと思ったものの、汽笛を鳴らして危険を知らせたが
向こうはスピードを落とさない。運転手はあせったが、ええいままよと思い、
そのまま止まらずに相手の電車と正面衝突した。
ところが何の衝撃もなく相手の電車はかき消えてしまった。
翌朝、近くに住む者が線路を通りかかると、
一匹の大狸がレールを枕にして死んでいるのを見つけた。


さてさて、この話なんかは、文明と迷信が衝突して、
迷信のほうが負けて消えていってしまった事情を象徴的に現していると思います。
現在では、妖怪や人を化かす狐狸の話はマンガなどの文化の中には残っていても、
実際に存在すると考える人はほとんどいなくなってしまったのです。

では、妖怪の実在は信じられなくなったのに、
いまだに幽霊を信じる人がけっこういるのはなぜなんでしょう。
これ、自分は、幽霊のほうは人間の死生観と直結するからなんじゃないかと思ってます。
幽霊がいるということは人間には霊魂があるということであり、
また死後の世界があるということでもあります。人間死んだらそれで終わり、
後には何も残らないのだとしたらちょっとつまらないですよね。
また、幽霊は妖怪とは違って、宗教と深い結びつきがあります。
ですから、幽霊の実在を信じる人というのは、
当面いなくなることはないんじゃないでしょうか。








ナイトハイクの話

2017.09.22 (Fri)
もう20年ほど前のことになりますかね。今は別の仕事してますけど。
当時は公立中学校の教師だったんです。
まだ採用されて2年目で、だいたい要領もわかってきて、
すごく張り切ってた時期だったんです。
で、中学2年生の担任をやってまして、5月の終わりに宿泊研修があったんです。
地元の少年の家に2泊3日で行って、飯ごう炊飯やテント泊、
オリエンテーリングなんかをやるんです。
日程的にはかなりキツイんですけど、生徒はみんな楽しみにしてましたよ。
それで夜は、2泊のうちの1日目がキャンプファイヤーで、
2泊目にナイトハイクってのをやったんです。

キャンプファイヤーはクラスの出し物とか司会の原稿とかいろいろ準備が必要でしたが、
ナイトハイクのほうは難しいことは何もなくて、1周2キロ半くらいの森の道を、
暗くなってから生徒5人ぐらいのグループで歩いて回ってくるだけです。
ごちゃごちゃしないように2分くらいの間をおいて、生徒たちが次々に出発していく。
明かりは班長が持つロウソクを入れた灯籠だけで、懐中電灯は禁止でした。
でね、昼のうちに灯籠に新しく紙をはってお化けの絵を描かせてあるんです。
コースは街灯なんてない山道ですからね。女子の中には泣き出す子もいました。
まあ、準備がほとんどいらなくて、心に残る活動だったわけです。
さあどうでしょうね、今もやってるかどうか。
宿泊研修自体はあるんでしょうけど、昨今は何かとうるさいじゃないですか。

暗い中を歩かせて、つまずいてケガをしたらどうするのかとか、
お化けなんて非科学的だとか、そういう苦情が保護者から来ることが予想されますし、
もうなくなったのかもしれませんね。
でね、コースには先生たちが先回りしておいて、お化けの扮装をして生徒をおどすんです。
わたしはが学年の先生方の中で一番若かったですので、
最も遠いコースの折り返し地点まで行かされました。
そこのヤブの中にひそんでいるんです。被り物とかは持っていきませんでした。
学生時代、機械体操をずっとやってたので、
首吊りの格好をして生徒を驚かそうと思ってたんです。
ちょっと高めの木の枝に丈夫なロープをかけてぶら下がりブラブラ揺れる。

もちろんホントに首吊りしたら死んでしまいますから、
ロープをちゃんと両手で持って、ブランコみたいにして揺れるつもりだったんですよ。
何しろ若かったですからね、体力には自信がありました。
で、先回りしてコースの折り返しまで行って、あちこち懐中電灯で照らしてみたら、
斜面にちょうどよさそうな松の太枝があったんです。それに用意してきたロープをかけて、
懸垂する形でぶら下がってみました。当時は体重も軽かったし、
これなら楽勝と思って、タバコを吸いながら生徒の最初の班がくるのを待ってたんです。
・・・15分くらいして、コースの向こうからギャッギャッいう声が聞こえてきました。
女の子たちが叫びっぱなしだったんです。
それとともに灯籠の明かりが揺れながら近づいてきた。

その明かりがだいたい10Mくらいまで来たとき、ロープに首を入れ、
両脇を手でつかんでぶら下がりました。そして体を大きく前後にゆすって、
それでも生徒たちがこっちに気がつかなければ、
「ギャー」って叫び声を出そうと思ってたんです。そのときですよ。
急につかんでいたロープが上に持ち上がりました。「え?!」と思って見ると、
木の枝から身を乗り出すような形で何かがいたんです。
何か、としか言いようがないものです。それの下を向いた顔と目が合ったんですが、
猿なんかじゃない。猿に私の体重を持ち上げる力なんかないでしょ。それとね、
今考えれば暗くて顔なんてわからないはずなのに、そのときはなぜかはっきり見えたんです。
真っ白い顔にトンボの複眼みたいな大きな目がついてました。

それと頬のあたりに黒いぼつぼつした斑点がたくさん・・・・
でね、その何かはものすごい力でロープを上下に揺さぶったんで、
私の片手が外れて、一気にロープがあごの下に食い込んで・・・
たぶん「わー」って大声を出したと思います。でもその何かは、ひるんだ様子もなく、
機械みたいに規則的にロープを上げ下げして、もう片方の手も外れてしまいそうでした。
それだと本物の首吊りになってしまうんで、死に物狂いでしたよ。
とにかく外れた片手でもう一度ロープをつかみ直そうとして・・・
そのとき、最初の生徒のグループが私のいた真横まできました。
恥ずかしい話ですが、生徒たちになんとかしてもらおうと思って、
「助けてくれ!」って叫んだんです。

でも生徒たちは、押し黙ったまま横一列に並んで、班長が灯籠を上にかざして、
突っ立ってこっちを見てるだけ。背丈も性別もばらばらの生徒たちだったんですが、
そのこっちを見てる顔が枝の上にいるやつと同じになってたんです。「あああっ!」
枝の上のやつと生徒の姿をしたやつらが声を合わせて一斉に鳴きはじめました。
「ギャーッ、ギャッ、ギャッ、ギャッ、ギャッ、ギャッ、ギャッ」
かろうじてロープにかけていた片手が外れ、私は完全に首吊り状態になって、
・・・そのまま気を失ってしまったんです。
でね、気がついたときには私は草の上に寝かされていて、
学年の先生方が心配そうにこっちを見下ろしてたんですよ。
あちこちに散らばってた先生方が集まってきてるんだから、かなり時間がたってたはずです。

うーん、まあたいしたことがなくてよかったんですが、やっぱり恥ずかしかったです。
学年主任の先生からは、首吊りのまねごとをしているうちに、
いつの間にか少しずつ締まっていって気を失ったんじゃないか、って言われました。
生徒が私を見つけたときには、すでに下の草むらに落ちた状態だったそうです。
・・・そうなのかもしれません。確かに見たと思ったあの怪物みたいなのは、
窒息状態が見せた幻覚だったのかもしれないです。
だから他の先生方には見たもののことは話しませんでした。
ただね、腑に落ちないことがいくつかあるんです。
そのとき用意したロープは、綱引きにも使えるような太いやつで、
私の体重くらいで切れるとは考えられない。

それにね、ロープの切り口がすごくきれいで、
鋭利な刃物でズバッと切ったような感じだったんです。それとロープをかけた木の枝、
ふつうの松の枝だと思ってたんですが、あらためて現場で見ると、
そこだけ木の皮がむけてツルツルになってたんです。
いくらロープの結び目が動いたとしても、そんなふうに木の皮が
むけることなんてないでしょ。あたりにも落ちてなかったし。
うーん、自然の闇の中には何かがいるのかもしれませんね。
私はそういうやつと運悪く出くわしてしまったのかも・・・
でね、この宿泊研修が終わってから何だか仕事の歯車が噛み合わなくなってしまって、
何年かして学校の先生はやめちゃったんです。まあこういう話ですよ。

ないとはいきんぐ







意識障害の恐怖

2017.09.21 (Thu)
今日は科学ニュースをネタにした話題です。
じつは自分は20代後半のときにバイクで自損事故を起こしまして、
脳挫傷になり(その他、腰椎と左手首の骨折)意識不明だったことがあるんです。
このとき、自分の両親は「いつ意識が戻るかわからない」と医師に言われ、
何ヶ月もの長期戦を覚悟したそうですが、幸いにして事故から4日目に目が覚めました。
このときのことはいろんな人に聞かれたんですが、
臨死体験とかそういう記憶はありません。夢を見た覚えもないですね。
ふと気がついたら4日間たっていたという感じで、完全な昏睡状態だったわけです。

さて、お題にある「意識障害」とは何か、ということですが、
これがじつはよくわかってないんです。というのはまず、
意識そのものについてが、現在の科学ではわからないことだらけだからです。
ただし、意識障害にある人の反応についてはしっかり研究されていて、
これは例えば、耳元で呼びかけたら反応があるとか、
痛みの刺激に対して反応するとか、そういう評価基準があって、
救急救命医療の現場などで用いられています。



重篤な交通事故にあい脳に損傷を受け、12年に渡って植物人間状態にあった男性と、
機能的磁気共鳴画像(fMRI)スキャナを用いて意思の疎通をとることに成功したと、
カナダ、西オンタリオ大学の研究者らが米医学協会誌「JAMA Neurology」に発表した。
植物状態とは、脳の広範囲が活動出来ない状態にあるが、
辛うじて生命維持に必要な脳幹部分だけは生きている、重度の昏睡状態を意味する。

実験は、重篤な脳損傷により長期間無反応だと考えられてきた3人の患者に、
fMRIと呼ばれる、脳の活動領域をスキャンする装置を用い、
外部から簡単な言葉で呼びかけ、その反応能力を調べた。
その結果、3人の患者全員が、リラックスするよう指示した時と比べて、
数を数えるよう指示された時に、脳が活性化したという。
また、3人の患者のうち2人(植物人間状態の患者と、最小意識状態の患者の1人)は、
特定の刺激に反応する能力を調べた時に、注意を向ける先を変える能力を示した。

そこでこの2人の患者に「あなたはスーパーマーケットの中にいるのですか?」や
「あなたの名前はスティーヴンですか?」など、
はい、いいえで答えられる質問をしたところ、
2人とも、正確に「はい」と「いいえ」と答えられることがわかったという。
この実験を率いた西オンタリオ大学の脳心理研究所のロリーナ・ナシ博士は、
「私たちは今回初めて、植物状態と診断された患者が、
自分の注意を向ける先を変えることで、自分に意識があることを伝え、
他者と意思疎通を図ることができることを明確に示した」と語る。
(カラパイアより)

fMRIは、脳内の血液の流れを見ることができます。
例えばある質問に対して「はい」と答える場合、脳のこの部分に血液が流れる。
また「いいえ」と答える場合は別のこの部分に、とかです。
上記の実験では、質問によってこの血流の違いがはっきり現れているわけです。

自分の書く話の中にも、意識障害の状態の人物が出てくるものがあるんですが、
これ、外見上はただひたすら眠っているように見えても、
ベッドのまわりにいる人たちの話し声が聞こえていて、
その内容について考えることができるが、運動機能の障害のために、
自分の意思表示をすることができないということだとしたら、
これは怖いと思いませんか。

このように、意識ははっきりしているものの、
まったく自分の意思を外部に示すことができないという状態を、
「閉じ込め症候群」といいます。
この研究では、植物状態で深い昏睡にあると考えられていた患者のうち、
何割かは閉じ込め症候群なのではないか、という可能性を示しているんですね。

現在日本では、植物状態といわれる患者が全国で推計5万5千人いるのだそうですが、
何ヶ月も、あるいは何年もベッドに寝たきりになっていて、生命維持装置をつけたり、
自分で動かすことができるのはせいぜい眼球ぐらい、という状態でも、
意識だけははっきりと持っている。中にはそういう人も数多くいるのでしょう。
で、その人たちの意識というのは、どういう形に変化しているんでしょう?

というのは、われわれの意識は外部からの刺激によって動いているからです。
例えば「肌寒いな」と感じれば「エアコンの温度を上げよう」
「腹減った」と感じれば「外に食事に出かけようか」
といった具合に、刺激に反応して意識が流れていきますよね。
ところが、外部からの情報の多くが遮断されてしまった状態で、
しかも自分の意思を伝えることもできない意識というのは、
通常の人間のそれとはかなり違った形に変化してるんじゃないかと思います。
そして、そういう人たちが現在の自分の状況についてどう考えているのか・・・
想像してみると怖くないですか?







悪魔ばらいの話

2017.09.20 (Wed)
じゃあ話していきますんで、よろしくお願いします。
・・・最近のことじゃあないんですよ。昭和30年代です。
だからもう60年ちかく昔の出来事なんです。それでよろしければね・・・
当時わたしは中学生で、天使園で暮らしてたんです。
天使園ってのはご存知でしょう。キリスト教の養護施設です。
今も全国にあるんですけど、カトリック系が多いんです。
でもね、わたしがいたのはプロテスタントの教会が主催してるところで、
牧師さん、わたしらはミスターをつけて名字で呼んでましたが、
みんなアメリカ人だったんですよ。戦勝国だったアメリカからわざわざ来て、
日本の孤児を世話してくれた。いや、感謝してますよ。
夜間でしたけど高校まで出してもらって、人並みの人生を送ってこれたんですから。

ああ、わたしはね、まるっきりの孤児ってわけじゃあなかったんです。親父はいました。
けど太平洋戦争の傷病兵でして、片手片足が不自由だったんです。
あと、親戚はほとんどが空襲で焼かれてしまって、
それで福祉のはからいでっていうか、天使園にあずけられたんです。
あの、作家の井上ひさしさんってご存知でしょう。
あの人がちょうどわたしと同じ、プロテスタント系の天使園で育てられて、
そのときの体験をいろんな作品に書いてるじゃないですか。
当時の暮らしは、まさにあれと同んなじでしたね。今思えば懐かしいですよ。
ああ、園の生徒はみな男でしたよ。女の孤児はまた別の、
修道女がやってる施設があったんです。でも、男だけって言っても、
それはみな色気がついてくる年頃でしたから、生活はいろんな意味でたいへんでした。

一つの部屋に2段ベッドが3つギチギチに詰め込まれてまして、
ただ寝るだけじゃなくて、ベッドの上が自分のプライベート空間でした。
だからね、仲間はみな周りをシートで囲んで、外から見えないようにして、
服や学校の教科書なんかもそこに置いてたんですよ。
下着なんか数枚しかなくて、園の洗濯機で全部自分で洗ってたんです。
ああ、すみません。思い出話が長くなってしまいました。
で、その天使園の同じ中学2年生の仲間に吉田ってやつがいたんです。
当時はみな栄養状態がよくなかったんですが、吉田は特にやせてまして、
腕なんて枯れ枝みたいだったのを覚えてますよ。
やせているせいか目がぎょろっと大きくてね。髪がサラサラっとして、
なんか日本人離れした顔立ちでした。色も真っ白だったし。

でね、天使園の子は、園から小中学校に通っているんですけど、
部活動というのはできなかったんです。それは一つには、
野球だったらグローブとかスパイクとか、何をやるにしてもお金がかかるでしょ。
でも園がそんなお金を出してくれるわけもなく。あとね、
放課後に園に帰ってくると、それぞれ役割が決まってて作業があったんです。
裏地に畑を作ってました。そこに豆や芋、かぼちゃなんかを植えてたんです。
これ、収穫したらわたしらの食料になるんです。
天使園の運営資金は、基本は寄付です。日本とアメリカからの寄付。
ですから自給自足が奨励されていまして。わたしら生徒だけじゃなく、
牧師さんたちも作業着を着てクワをふるってましたね。
でね、畑の他にも鶏小屋と豚小屋がありまして、これもわたしらの食事にするんです。

吉田は鶏小屋の担当だったんですけど、それが、学校が夏休みだった8月のある日、
首を吊って自殺しちゃったんです。木造の鶏小屋の梁にタオルをかけて。
それだけじゃなく、鶏小屋に20羽はいた鶏が全部、首をねじられて死んでたんです。
わたしは見てないですけどね、吉田の足元には、それらの鶏が積み上げられて
たってことですから、吉田があの細い腕でやったとしか考えられない。
自殺の原因・・・それは、はっきりとはわからないんです。
このあと最後まで顛末を話しますんで、みなさんに想像していただくしかないですよ。
ああ、イジメなんかじゃあないです。
そんなイジメなんてする余裕はありませんでした。
もう自分自身が生きるのに必死でしたからね。
でね、もちろん警察も来ましたし天使園は大騒ぎになりました。

自殺ですからねえ・・・キリスト教だと、自殺することは禁忌になってまして、
葬式をやってもらえなかったりするんですが、ただし厳しいのはカトリックのほうで、
園ではちゃんと吉田のためのプロテスタント式のミサもやりましたよ。
で、警察は深くは介入せずに、しばらくすると園も落ち着きを取り戻したんですが・・・
1週間後くらいに、木造の鶏小屋の壁におかしなシミが浮き出したんです。
ええ、小屋の中のほうです。最初に見つけたのはわたしでした。
吉田のかわりに養鶏の担当になりまして、鶏も新しく買い入れて、
世話をしようと入っていきましたら、むき出しの木の壁に黒い影が焼きついてたんです。
それがね、ちょうど人が首を吊ったとしか見えない形だったんです。
前の日までは間違いなくなかったですよ。それが急にね。
驚いて叫んでしまいました。それで上級生を呼びにいったんです。

上級生が数人きて見ても、やはり首吊りのシミはちゃんとある。
梁から下がったタオルの下でだらんとしてる華奢な姿格好は吉田そのものだったんです。
シミは焼きごてを押しあてたように黒ぐろとして、寒気がするほど不気味でした。
でね、騒ぎを聞きつけたのかミスター・トンプソンがやってきました。
当時40代でしたでしょうか。この人は、農場全般を担当しているんですが、
わたしら園の生徒にはあまり好かれていませんでした。
陰気な感じがしたんですよ。生徒に話しかけることもあまりなかったし。
そのくせ何かと生徒の体をぺたぺた触りたがったんです。
今にして思えば、そういうことがあったから、生徒と触れる機会が多い園の中じゃなく、
外回りを担当させられていたのかもしれないです。
でね、小屋の中に入ったミスター・トンプソンはシミを見て顔色を真っ青に変え、

すたこら走って園長を呼びに行きました。
で、話を聞いた牧師さんたちがだんだんに集まってきまして、
やはりシミを見ては驚愕し、頭を寄せて相談を始めたんです。
そのときに生徒の一人が「悪魔ばらい」って叫んだんです。
そしたらわたしを含めた、そこにいる生徒が口々に「悪魔ばらい」って。
まあねえ、当時は「悪魔ばらい」って意味はみなわかってなかったんですけどね。
それに、映画で有名になったけど「悪魔ばらい」をやるのはカトリックだけなんです。
プロテスタントではふつうそういうことはしません。
でもね、騒いでるわたしらを見て、園長先生が、
「とりあえずミサをやりますから。聖書を取りに行ってきますね」
そう言ってその場を離れました。

鳥小屋の前に集まってた生徒は、草の上に並んで座らせられまして、
園長先生が分厚い聖書を手に戻ってきました。でね、鶏小屋の戸を開け放ち、
園長先生が、どの部分か覚えていないですけど聖書の一節を詠唱し、
他の牧師が両横に並んで、それをくり返しました。
しばらく続けていると、列の端にいたミスター・トンプソンが「ううっ」と
うめき声をあげました。見ると、顔中汗だらけになって目を固くつむって・・・
それには他の牧師さんたちは誰も気がつかず、さらに詠唱が進んで、
そしたらミスター・トンプソンが「熱い!」と叫んで両膝をついたんです。
すぐに両手で頭を押さえたんですが、その前に、
ミスター・トンプソンの額から青黒い煙があがっているのを見てしまったんです。
まあこれで、話はだいたい終わりです。

ミスター・トンプソンは救急車で病院に運ばれまして、
こっからは噂でしかないんですが、額の真ん中に焼け焦げができていたそうです。
それは十字架の形だったという話もありますが、どうですかねえ。
そのまま園に戻ることはなく、アメリカ本国に送還されました。
それと鶏小屋のシミのほうは、園長先生の祈祷でも消えなかったのか、
しばらくして解体され、別の場所に建てなおされたんです。
そうしてこの夏は終わりました。それ以後、おかしなことはなかったと思います。
わたしは、高校を卒業するまでこの天使園で過ごして就職しました。
はい、園はまだありますし、わたしも余裕があるときは差し入れを持っていったり、
寄付をしたりしています。・・・こうして、みなさんに話を聞いていただけてありがたい。
なんだか胸のつかえが降りたような気分ですよ。








人形の怪談

2017.09.18 (Mon)
ブログ中断が1年以上にわたったせいか、なかなか怖い話が書けません。
今回も怪談論でお茶を濁します。何から書いていけばいいですかね。
まず、「人形が怖い」ということについて。
人形をなぜ怖く感じるときがあるかというと、
一つには顔を持っているから、という答えが出てくる気がしますね。

なんだ、そんなの当たり前だろ、と思われるかもしれません。
ただ、人間には「顔」を本能的に認識しようとする働きが、
生まれついての脳のプログラムとして備わっているとする説があります。
みなさんご存知と思われますが、「シミュラクラ現象」です。
3つの点が逆三角形の形で集まっているものを見ると、両目と口を連想してしまう。

人間が他人や動物に出会った場合、まず相手の顔を見る習性があります。
相手が敵か味方かを判断したり、怒っているかどうかなど、
感情を推し量ったりするためです。それによって相手の次の動きを予測し、
自分が生きのびるために有利な行動をとろうとする。
これは人類の歴史の中でもかなり早い段階で獲得された能力だと思われます。
このように、われわれ人間は顔を持つものに対して敏感なんですね。
余談ですが、心霊写真の多くはこのシミュラクラ現象で説明がつくとも言われます。
岩肌の凸凹や木の葉の重なりが顔のように見えてしまう場合のことです。

もう一つ、「不気味の谷現象」というものもあります。簡単に説明すると、
ロボットやヒューマノイドを造ろうとした場合、
まったく人間に似ていない外観(声や動きも)のロボットは
そんなに嫌悪感を持たれません。映画の『スターウォーズ』
に出てくるコンビみたいな、いかにもロボットロボットしたタイプのことです。
また、完全に人間と見分けがつかないヒューマノイドも嫌悪感を持たれない。
まあ本物と区別できないんだからこれも当然ですよね。

ところが、かなり人間に似ているものの、人間ではないことはわかる程度の外観。
そういうときにそのロボットに対する嫌悪感が最も強くなる。
これが不気味の谷現象です。2001年のCG映画、
『ファイナルファンタジー』は、制作費1億3700万ドルに対して、
全米での興行収入が3200万ドルという失敗作でしたが、
この原因が不気味の谷現象にあったのではないかというのは、
映画関係者の間ではよく出てくる話です。

さて、高価な日本人形や西洋のビスク・ドールなどは、
人間によく似せて作られてはいるものの、やはり本物の人間ではないことはわかります。
ですから、不気味の谷現象が働いて、
「怖い」と感じるということがあるのかもしれません。

あとは、人形には魂が宿るとする、古来から伝えられている考え方。
呪詛の方法の一つとして「厭魅(えんみ)」というものがありますが、
簡単にいうと呪いの藁人形のことです。
丑の刻参りで相手に見立てた人形を五寸釘で打つと相手に災いがおよぶ。
これは相手の魂を人形に分霊させる形と考えてもいいかもしれません。

また、「人形供養」を行ってる寺社は日本各地にたくさんありますよね。
これも人形をただのモノとして捨てることができないからなんでしょう。
顔を持つ人形は、魂を宿したり、他者の魂がのりうつったりしやすいものである
・・・無意識のうちにこういう認識を持っている人が多いので、
「人形は怖い」という感情が出てくるのではないでしょうか。

さて、話変わって、人形が登場する怪談やホラー映画を思い浮かべてみますと、
映画に関しては、日本にはあんまり見あたらないんですよね。
『新生 トイレの花子さん』くらいしか思いつきません。他に何かあったかな?
これに対して洋物の映画は、『チャイルド・プレイ』シリーズを始め、
『アナベル 死霊館の人形』 『ドールズ』 『パペット・マスター』
『ザ・ボーイ 人形少年の館』・・・まだいくらでも出てきます。
自分的には、最後にあげた『ザ・ボーイ 人形少年の館』の少年の人形がよかったです。
トリックが古いという評もありますが、けっこうお薦めの映画だと思いますよ。
ともかく洋物ホラー映画では、「人形もの」が一つのジャンルになるほど
たくさん作られているんですね。

これらの場合、なぜ人形が動き出すのかという設定は様々で、
『チャイルド・プレイ』の場合だと、人間の殺人鬼チャールズ・レイが、
自分がおもちゃ屋で撃たれて死ぬときに、たまたま近くにあった人形に、
ブードゥーの呪文で自分の魂を封じ込めたという内容でした。この他、
なぜか人形は最初から命を持つように作られている、
悪魔が人形にとり憑いているなどなど。

怪談の場合だと、稲川淳二氏の大ネタ『生き人形』が最も有名でしょう。
怪談フアンの方なら内容はご存知でしょうが、
「稲川は知り合いの人形使い師から、少女の人形を使った舞台をやりたいから
座長になってくれと頼まれる。稲川は嫌な予感を覚えるのだが、
人形の製作師が行方不明となったり、台本作家宅が全焼したり、
関係者が急死したりと様々な不幸な出来事が現実に起き始める。
さらに舞台のスタッフが、次々と右手・右足に怪我をするようになる。
人形が出演したテレビ番組では、視聴者にはっきりわかるほどの怪異現象が起きる。

で、これらの現象は人形が原因ではないかと思いあたり、霊能者にみてもらうと、
「たくさんの女の怨念が憑いている」と言われる。その中でも特に念が強いのは、
空襲で被弾し、右手右足を失った赤坂にある料亭の少女の霊だった・・・」

だいたいこんなお話でした。この人形は現存しており、下の画像がそうです。
人形は、これからも不幸や怪異をまき散らしていくのでしょうか。
稲川淳二の生き人形


さてさて、まとまらない内容になってしまいましたが、
これまで自分が書いた話を見返してみても、本格的な人形の怪談ってないんですよね。
「ミキちゃんの人形」というのはありますが、人形が主体の話ではないし。
うーん、たまたまなのか、何か書きにくいような理由があるのか、
自分でもよくわかりません。そのうちに挑戦してみようかと思います。

『ザ・ボーイ 人形少年の館』





「皿屋敷」の舞台

2017.09.17 (Sun)
今日はけっこう地味めな話題になります。日本の三大怪談というと、
「四谷怪談」「牡丹燈籠」はほぼ確定的ですが、3つ目には「累ヶ淵」と「皿屋敷」を
入れる人に分かれたりします。「皿屋敷」の場合、
主家の大切な10枚揃いの皿のうちの一枚を割ってしまった奉公人のお菊が、
折檻を受けて井戸に身を投げ、それから夜な夜な幽霊となって井戸から現れ、
「一枚足りない、うらめしや~」とつぶやく、
わりと単純な物語だと思ってる人が多いようですが、実はそうでもないんです。

まず、お菊の話には前段がありますが、これをご存じない人が多い。
そして井戸がキーになっています。
ところで、「皿屋敷」には「播州皿屋敷」と「番町皿屋敷」と2つあるんですが、
播州は現在の姫路で、番町は江戸の町名です。
これがなぜ2つあるかというと、千姫つながりなんですね。

千姫というのは徳川秀忠の娘、徳川家光の姉で、
たいそうな美人だったそうですが、桑名藩主の嫡男本多忠刻と結婚します。
本多家はこの後、播磨姫路に移封されますので、ここで播州との縁が生まれます。
ただし播州での千姫の人生は不幸なもので、長男と夫を病気で失ってしまいます。
まだ30才で未亡人となりました。将軍の家光は姉の不幸に同情して、
江戸の五番町に下屋敷を建てて移り住まわせることとなりました。
ここで番町との縁ができます。

さて、まだ若い千姫ですので、江戸に移ってきてから荒淫伝説が生まれます。
「吉田通れば二階から招く、しかも鹿の子の振袖で」という俗謡がありますが、
吉田というのは、千姫が住んでいた吉田御殿のことです。
情欲をもてあましていた千姫は、この御殿の窓から道行く人々を眺めて、
いい男がいたら振り袖で招いて屋敷にひっぱり込み、食い物にしていた・・・
ところがこの話が広まると、御殿のそばを通る人がいなくなった。

そこで千姫は、側役を務める花井壱岐という侍と密かに通じるようなったんですが、
ある日、この花井の浮気が発覚してしまったんですね。
花井が侍女の竹尾と戯れているのを見つけた千姫は、
嫉妬のあまり竹尾の顔に焼け火箸を押しつけ、屋敷にある井戸に投げ込んで殺してしまう。
さらには自分を裏切った花井も殺して、同じ井戸に放り込んだ。
それ以来、井戸からは2人の亡霊が夜な夜な現れるようになった。
やがて千姫が死に、屋敷は荒れ果てて住むものもなく取り壊され更地になり、
その土地は「更(さら)屋敷」と呼ばれた。

これで「皿屋敷」の舞台が整いました。で、この土地を買って屋敷を建てたのが、
火付盗賊改・青山播磨守主膳です。あとはみなさんご存知の物語で、
ここに菊という下女が奉公していた。承応二年正月二日、菊は主膳が大事にしていた
皿十枚のうち1枚を割ってしまった。怒った奥方は菊を責めるが、
主膳はそれでは手ぬるいと皿一枚の代わりにと菊の中指を切り落とし、
手打ちにするといって一室に監禁してしまう。

菊は縄付きのまま部屋を抜け出して裏の古井戸に身を投げた。
まもなく夜ごとに井戸の底から「一枚、二枚」と皿を数える女の声が屋敷中に響き渡り、
身の毛もよだつ恐ろしさであった。やがて奥方の産んだ子供には右の中指がなかった。
この事件は公儀の耳にも入り、主膳は所領を没収された。
その後もなお屋敷内で皿数えの声が続くというので、
公儀は小石川伝通院の了誉上人に鎮魂の読経を依頼した。
ある夜、上人が読経しているところに皿を数える声が「八枚、九枚・・・」
そこですかさず上人は「十」と付け加えると、
菊の亡霊は「あらうれしや」と言って消え失せたという。


もちろんこの話は創作で、青山播磨守主膳という火付盗賊改は実在していませんし、
了誉上人も、200年ほど時代がずれた人です。
歌舞伎芝居や講談で有名になっていったものなんですね。

さてさて、千姫の逸話が因縁になって「更屋敷」はもともと呪われた土地でした。
ですから、お菊の事件のようなことが起きてしまったのも当然といえば当然です。
現代の怪談でも、よくない場所に家を建てて家族が崩壊していく、
なんてのは定番になってますよね。
これは呪われた土地とそこにある井戸のお話なんです。
最後に「お菊虫」のエピソードをつけ加えておきましょう。
お菊虫はお菊のたたりで大量発生したと言われます。
その形は「女が後ろ手に縛り上げられた姿」をしていて、
ジャコウアゲハのサナギではないかと考えられています。



お菊虫







赤マントの系譜

2017.09.16 (Sat)
今日は都市伝説に関するお話です。
今はネット、そして携帯電話がありますので、興味をそそる話が生まれれば、
またたく間に全国に広がっていきます。
例えば、巨大掲示板である「2ちゃんねる」に投稿された「くねくね」「八尺様」などは、
怪談好きなら知らない人はいないでしょう。
では、ネットどころかテレビもない時代において、
このように全国的に展開した物語はなかったかというと、そうではありません。

その最初となるのは、昭和初期に流布された「赤マント」ではないかと思います。
話自体は単純です。「赤いマントをつけた怪人が子どもを誘拐し、殺す」
女の子だけを拐っていく、などのバリエーションはありますが、基本はこれだけです。
時期は昭和10年代の初めで、東京を起点にして東海道をへて大阪まで広まり、
さらにじわじわと、九州など他の地域にも伝えられていったようです。
これ、内容は単純でも、当時の子どもにしてみれば怖い話ですよね。
町中で赤いマントを着た人物を見かければ、さぞやぎょっとしたことでしょう。

では、この「赤マント」の話はどのようにして発生したのか。
自分が調べたところではルーツは3つくらいあるようです。
そのうちの一つは、明治39年に福井県で実際に起こったとされる「青ゲットの男事件」
青ゲットとは青い毛布のことですが、これを被った男が雪の中に一家3人を呼び出して
惨殺したという、なんとも不気味な事件です。
ここで詳しく解説するスペースはありませんので、興味を持たれたかたは、
『青ゲット殺人事件』 を参照してください。

2つめのルーツは、当時流行していた紙芝居に出てくる「赤マント」。
ただしこれは怖い話ではなく、赤マントを着た魔法使いの紳士に靴磨きの少年が
弟子入りするといったような物語です。ここまではWikiに書いてありますが、
自分は、戦前の修身(道徳)の教科書に載っていた「赤マント」も
関係あるんじゃないかと思ってます。これはどういう話かというと、
ある食人族の村で、村長がなんとかして皆に食人をやめさせたいと考えていた。
そこで村長は「では明日、村の道を赤いマントを着た人が通るから、
そいつを食ってもよい。そのかわりこれで最後にしろ」と村人を説得する。
翌日、通ってきた赤マントの人物を皆で殺したが、
マントをはいでみると、それは村長自身であった・・・というような内容。

この「赤マント」の話は形を変え、「トイレの赤マント・青マント」
「トイレの赤い紙・青い紙」となって現在でも生き続けています。
『赤い紙・青い紙』

次の流行は「カシマさん」でしょうか。こんなお話です。
「終戦直後の米兵が行き来する時代に、女性が米兵に強姦された挙句に両手足を撃たれたが、
そこを医者が通りかかって一命を取りとめたが両手足を失い、
女性は自分の美しさにプライドを持っていたので、そのショックで列車に投身自殺をした」

・・・広まっていったのは昭和30年代ごろのようです。
「カシマさん」のルーツははっきりしませんが、
終戦直後の混乱期ならいかにもありそうなシチュエーションですよね。

この話が怖いのは、連鎖的な呪いの構造を持っていることで、
話を初めて聞いてしまった人のもとに、
何日か以内の夜に「カシマさん」がやってくるんです。そして謎をかける。
謎は「手いるか? 脚いるか?」「この話を誰に聞いた?」とされることが多く、
「手をよこせ」と言われたら「今使ってます」、「脚をよこせ」と言われたら「今必要です」
「その話を誰から聞いた」と聞かれたら「カシマさん、カは仮面のカ、シは死のシ、
マは魔のマ、レイは霊のレイ、コは事故のコ」
このように正しい答えをしないと、カシマさんに手足を引きちぎられて死んでしまうのです。
ですから当時の子どもは、話を聞くと同時にカシマさんが来た場合の対処法も教えられ、
必死になって暗記したということです。

次は有名な「口裂け女」でしょう。1979年の春から夏にかけて、
あっという間に日本中に広まり、社会問題化しました。
まあみなさんご存知でしょうが、いちおう説明しますと、
「マスクをした若い女性が、学校帰りの子供に「私、きれい?」と訊ねてくる。
「きれい」と答えると、「これでも?」と言いながらマスクを外す。
するとその口は耳元まで大きく裂けている。
また「きれいじゃない」と答えると包丁や鋏で斬り殺されてしまう」

この「口裂け女」については、最初に発生したのは岐阜県で間違いないようです。
1979年1月26日の「岐阜日日新聞」に話が載り、
次いで「週刊朝日」1079年6月29日号に記事が掲載されています。
実際にパトカーが出動したり、子どもたちが集団下校になった地域もあるほどです。

この話のルーツとしては、いろんな説があるんですが、
最もよく言われているのが「岐阜では当時、小学校でも比較的裕福な家庭の
子どものみが学習塾へ通っていたため、あまり財力のない家庭が子どもに
塾通いをあきらめさせるために「夜道を歩いていると口裂け女に襲われる」
と夜の外出を怖がらせていた」というような内容で、
これが本当なら、なんだかしょうもないとこから始まったなあと思いますね。

最後に、口裂け女に襲われた際の対処法としては、「ポマード」と「べっこう飴」
が有名で、「ポマードと3回続けて唱えると女が怯むのでその隙に逃げられる」
「べっこう飴は女の好物なので、それを投げ与えて逃げる」
など、なんかギャグみたいな内容ですが、
当時は大真面目に信じていた子どももいたようです。
この「口裂け女」に関しては、自分も一つ話を書いていますので、
もしよろしければ御一読ください。

関連記事 『口裂け女』






男は忘れる

2017.09.16 (Sat)
※ やや毛色の変わった話です。

中学校の英語の教師をしてるんです。採用されてまだ4年目なんですけどね。
地元の県は倍率が厳しくて、何年か講師をやりながら試験を受けたもののダメで、
あきらめてこっちに出てきて正採用になりました。
それで、こないだ自分が担当しているバスケットボール部が地区で優勝しまして、
保護者の方たちと祝勝会をやったんですよ。
調子に乗って12時過ぎまで飲んじゃって、もう電車がなくて、
しかたないからタクシーが拾えるところまで歩こうと思って、
ふらふらと高架下を通っていたんですよ。

そしたら、コンクリの壁についてるオレンジの照明がチカチカして、
そっちのほうに目をやったんですよ。その壁に金髪の塊がついてたんです。
ぎょっとしました。ただね、そのときは幽霊だなんて思わなくて、
何かの具合でカツラが引っかかってるのかなぐらいで・・・
で、2・3歩近づいてみました。すると自分の動きにつれて、その髪がふうっと上に動いて、
髪の下に真っ白い顔があったんですよ。その場で動けなくなってしまいました。
下向きだった壁の顔は、少しずつ真っすぐになっていって、
自分のほうを見すえたんです。うつろな目をした女の顔でした。

自分もそこから目が離せなくなってしまい、そのまましばらく時間が過ぎていって・・・
やがて女が口を開いたんです。こう聞こえたというか、頭のなかに響きました。
「なんで・・・なんであのとき追いかけてきてくれなかったの?」って。
反射的に、「・・・追いかける? 追いかけるって何を? あんた誰? 何だよ?」
ここまで一気に言葉が出てきました。そのとき、空洞だった両目に光が入ったようになり、
ゆっくりと顔全体を左右に振ったんですよ。
そのときに何ともいえない奇妙な気持ちがしたんです。
女は顔を伏せ、何か光るものが地面に落ちたように見えたんです。

それで最初のときみたいにまた金髪の髪だけしか見えなくなり、
スーッと壁に沈み込むようにして消えていったんです。いったん後退ったんですが、
かけ寄って壁にさわってみました。ザラザラした何の変哲もないコンクリの壁。
ただ・・・ですね。女の顔になんとなく見覚えがあるような気がして。
それと女が言った「追いかける」って言葉・・・でも考えても何もわからない。
足を早めてその場を離れました。で、高架下を抜けるころには、
今さっき見たものは、酒を飲みすぎたための幻覚なんだろうって、
そんなふうに気持ちを納得させていたんです。幽霊なんているはずはないと思って。

それですね、それから4日ほどして、アパートの固定電話が鳴りました。
ほとんどの用事はスマホを使ってるんで、固定電話にかかってくるのは珍しいんです。
出てみたら、長らく連絡を取ってなかった地元にいる大学の同級生からでした。
「お前のとこに連絡がいってるか? ○○が自殺したぞ」
「え、○○って?」 「まさか覚えてないのか? 大学で同じ研究室だった○○、
 たしかお前、あいつとつき合ってたことがあっただろ」
そこでやっと思い出したんです。あれは自分が大学デビューした年、
新歓コンパで隣の席になり、親しくなってそっからつき合うようになったんです。
といっても、手さえつないだこともなかったんですよ。

授業が終わったあとに一緒に帰るくらいしかできなかったし、
つき合ってた期間も2ヶ月か3ヶ月、そんな淡い間柄でしかなかったんです。
ええ、その後も何人も女の子とはつき合いましたよ。もっと深い関係になって。
だから○○とのことは、ほんとにちょっとした思い出でしか・・・
「あ、まあそう言われればそうだったけど。で、何で自殺したのかわかる?」
「噂でしかないけど、○○は教員の道は選ばずに、英語通訳の仕事を探してたらしい。
 でも上手くいかなくて、水商売みたいなことをしてたとかなんとか。
 自殺の原因ははっきりしたことはわからないけど、
 かなり精神を病んでいたんじゃないかって話はあるよ」

こんな内容で電話は切れたんです。
それで・・・もやもやした胸騒ぎとともに、こないだの高架下の幽霊?
が頭に浮かんだんです。あの顔は、自分がつき合ってたころとはかなり変わっていましたが、
○○だったんだろうか。あの大学1年のときからもう10年過ぎてるのに、
何で自分のところに出てきたんだろう。「追いかける・・・追いかけてくれなかった・・」
その言葉を頭の中でくり返してみて、あっと思ったんです。
○○、あの子とつき合ってた最後の日だったはずです。
夕方、自転車を並べて走ってるときに、
自分が何かあの子を怒らせるようなことを言ったんです。

どういう言葉だったか・・・もう覚えてないけど、○○は頬をふくらませて、
自転車のスピードをさっと速めて。で、自分は追いかけていかなかったんです。
何でって・・・いや、何でなのかなあ? とっさに反応できなかったのか、
いや、こんなことを言ったらあれなんですけど、それっきりになってもいいや、
みたいな気持ちが正直あったかもしれないです。
苦痛ってことはなかったけど、2人でいてもあんまり話もはずまなかったし。
あのとき・・・追いかけていけばよかったんですかね。
「追いかけてきてくれなかったの?」というのはやっぱあのことだったんでしょうか。
自分、どうすればいいんでしょうか。・・・でも、どうにもならないですよねえ。 だって・・・






恒星間航法について

2017.09.14 (Thu)
今晩は科学ニュースを取り上げます。ちょっと古いのですが2017年7月20日付の
ニューズウィーク日本版から。

宇宙からのメッセージ!? 11光年先の惑星から謎の信号
11光年離れた赤色矮星から謎の信号が発信されている――。
発見した科学者によると「きわめて特異」なパルス信号で、
近辺の星から同様の信号は観察されていない。

発見したのは、アメリカのアレシボ天文台(プエルトリコ)の研究チーム。
今年4、5月に7つの星を観測したところ、おとめ座の方向にある小型の恒星
「ロス128」だけ不思議な電波信号を発していた。
プエルトリコ大学アレシボ校の惑星居住可能性研究所に所属する研究者の
アベル・メンデスは「非常に独特な信号が存在しているのを認識した」と説明した。

まあよく出てくる話ですよね。すわ宇宙人からのメッセージか、と騒がれるのですが、
これまでにも何度か同様の事例があったものの、
いつの間にか立ち消えになってしまったのがほとんどです。
まあもし、この「特異なパルス信号」を捉えたというのが真実だったとしても、
天体・天文現象である可能性が高いと思いますし、ローカル干渉なのかもしれません。
ローカル干渉というのは・・・

1998年、オーストラリアのパークス天文台が捉えた
謎の異常信号の発信元はなかなか特定できず、
宇宙人の存在に期待を膨らませるような報道もあった。そして17年後、
ついに明らかになった送り主の正体は、遠く離れた星ではなく、
施設内の台所にある電子レンジだったという。

・・・というようなしょぼい話のことです。上記のアベル・メンデス博士も、
「発信元が宇宙人ではないか、というよくある仮説は可能性リストの下のほうにある」
こう述べて、地球人類以外の知的生命体のしわざという説には否定的なようです。

さて、11光年先の恒星というのは、
光の速度で進んで11年かかる距離にあるということですが、
これは広大な宇宙空間にあってはけっこうな近さです。
この程度の距離なら、直接行ってみて電波の発信源を確かめてみたいですよね。
そこで今夜は「恒星間航行」について考えてみたいと思います。
ただし現在の技術では恒星間航行はかなり難しいと思われますので、SF的な話になります。
いちおう恒星間航行をするためには4つの方法が考えられています。
① 超光速航法 ② コールドスリープ ③ 世代宇宙船 
④ ロボットやサイボーグ化された乗員や宇宙船を使ったもの

①はいわゆるワープ航法に代表される方法ですが、これも映画や小説の作品ごとに、
いろんなバリエーションに分かれます。例えば紙を折り曲げるように、
宇宙全体をぐんにゃり曲げてしまう方法。『宇宙戦艦ヤマト』がこれに近いかと思います。
しかしこれ、下手すると宇宙全体が壊れてしまう可能性もあるかもしれません。

まあ手軽なのは、宇宙船が進む前方の空間を何らかの方法で消し飛ばしてしまう航法。
それを連続的にくり返しながら進んでいくわけですね。
あとは宇宙の虫食い穴であるワームホールを使ったり、平行世界を使ったりもします。
Wikiの『超光速航法』の項は、作品ごとの方法がけっこう詳しくまとめられていますので、
興味ある方は参照なさってみてください。

Wiki 『超光速航法』

②は映画の『2001年宇宙の旅』や『エイリアン』のシリーズで有名になりました。
いったん乗員を冷凍して冬眠状態、仮死状態、あるいはもし蘇えらせる技術があるなら、
完全に死んだ状態でもいいのかもしれませんが、
目的地に着く直前になってから蘇生させるという方法です。
起きたばかりの乗員は体調不良でゲロゲロ吐く、というのが映画ではお約束ですよね。
もちろん乗員が寝ている間、宇宙船は自動操縦で進み、
もし故障が起きても自己修理能力を持っている。あるいはロボットがずっと起きていて、
船内のメンテナンスをしているとか。

③はロバート・A・ハインラインのSF小説『宇宙の孤児』が有名です。
都市あるいは国家に匹敵する人口を収容可能な巨大な宇宙船に多数の男女が乗り込み、
船内で子どもを何世代も産み育て、長い時間をかけて、
初代乗組員の子孫が目的地に到着するという方法です。
たいがいは、宇宙船の中で食料や水を作って自給自足できるしくみができています。
また、乗員の死体を含むあらゆる資源は徹底的にリサイクルされることになるでしょう。

で、この場合、初代の乗員の目的意識が失われてしまうお話が多いんですよね。
世代を重ねるうちに自分たちが宇宙船に乗っていることが忘れ去られ、
宇宙船の内部で複数の国ができて互いに争ったり、変な宗教が流行ったりします。
この世代宇宙船は、①・②の方法に比べて最も技術的な可能性は高いかもしれません。

④はどうなんでしょうね。人間以外の者が主人公になるのは、
話としてちょっとつまらないような気もしますね。

ちなみに、②③④の方法は基本的には光速以下で進むのが前提です。
もしこれが、光速以下ではあってもきわめて光速に近い速度の場合は、
相対性理論の影響により「ウラシマ効果」が発生します。
光速に近ければ近いほど、乗員はちょっとしか歳を取らないのに、
宇宙船の外の世界では長い長い時間が経過してしまうわけで、
これを効果的に用いていたのが、映画の『猿の惑星』。
宇宙の遥か彼方の猿人たちが支配する惑星と思っていたのは、
実は未来の地球だったわけですね。







三角の家族

2017.09.14 (Thu)
※ 怪談ではないのでスルーをお勧めします。

小学校の図工専科の教師をしています。どうぞよろしくお願いします。
新年度が始まったばかりの4月の放課後のことでした。私は美術室にいて、
子どもたちの作品を整理していたんです。そこへふらりと、
年配の女性が訪ねてこられました。西田先生です。
西田先生はこの県では大変有名な女流画家の方で、中央の展覧会で何度も入賞し、
地方新聞の小説の挿絵なども描いていらっしゃいます。
そして私の美術大学時代の恩師でもあるのです。

「まあ先生、お久しぶりです、こんなところにどうして?」
「いえ、用事で近くによったところで、あなたがこの学校に
 勤めていることを思い出して様子を見に来たのよ。
 それに、大学の4年間つき合ってた彼と別れて、
 ここのところずっと落ち込んでるみたいって噂も聞いたし」   「・・・・」 
幸いにしてその方面に話題は進まず、昨今の美術界の動向などをお話した後、

先生は、ずらりと壁に貼られている子どもたちの絵を眺めておられましたが、
一枚の絵の前で立ち止まって、そこで動かなくなってしまわれたのです。
「これ、一枚だけずいぶん奇妙なモチーフね」先生はつぶやくようにおっしゃいました。
そのコーナーにあるのは2年生の絵で、題材は「わたしのすきなもの」 

ほとんどの女の子はケーキや果物、男の子は乗り物やアニメのキャラクターなど、
それに男女ともお母さんを描いているものが多かったんですが、
先生が目に止めた絵だけは、
どういうわけか鋭角の二等辺三角形が並んだものでした。
タッチは稚拙ではありましたが、色使いは原色ではなく、
赤と黒を混ぜ合わせた深みのあるものだったんです。
「これ、とても小学2年生の絵じゃないわね。描いたのはどんな子?」
「あ、はい。フランス人の血が混じった女の子でマリーという名前です。
 両親がいないために、キリスト教の慈善施設からこの学校に通っているんですよ」

「へええ、それにしてもこの絵は特異なんてものじゃない。
 その子、学級での様子はどう?」
「それが、3歳までフランスにいたせいで、日本語がまだうまくないんです。
 それに髪は赤毛で容貌が日本人離れしているために、
 イジメられているってほどではないんですけど、
 クラスにうまく溶け込めていないみたいで」
「うーん、なるほど。この三角ね、すごく強い力を感じる。何でか、何でかなあ?」

西田先生は小首をかしげて考えておられましたが、
「ねえ、この子が授業にくる時間を教えて。
 私ちょっと見てみたい。校長先生にも話を通しておくから」
こうおっしゃいまして、それは簡単なことですので、時間割を見て日時を伝えたんです。
それは翌週の火曜の3校時で、粘土をあつかった図工の時間でした。
粘土を高いところから落として変形させ、その形をヒントにして、
思いついたものを作るという学習です。子どもたちは最初の説明をそれなりに聞き、

思い思いに活動を始めました。そこへ美術室の後ろ戸から
西田先生が入ってこられたんです。
授業中でしたので私は目礼するだけでしたが、西田先生はすぐに赤毛の子を見つけて、
近づいていかれました。マリーはというと、イスに立ち上がって落とした粘土の、
ぐしゃぐしゃの形を前にして途方にくれている様子で、いつまでも手が動き出しません。
20分ほどが過ぎて、男子の中には飽きて勝手に遊び始める子が出てくる時間帯です。
案の定、マリーの隣にいた男の子が、作業机の上にのったマリーの長い赤い髪の毛に
粘土をくっつけるイタズラを始めました。

マリーは気づかない様子でしたが、そのうち髪の毛が巻き込まれる痛みを感じて、
 男の子の方を向いてきっとにらみつけました。
すると男の子は「なんだ、外人のくせに」のような言葉を発し、
髪の毛がくっついたままの粘土を高く持ち上げ、火がついたようにマリーが泣き出し、
私が止めようと近づいたとき、マリーと男の子の間の空間が
赤黒く渦巻いたように見えました。

「えっ!?」その空間から、いくつもの鋭い二等辺三角形が出てきました。
そして鋭角の先が男の子の顔をねらって飛びかかっていく・・・
そのとき、西田先生が男の子を後ろから抱き上げて離れたところに下ろし、
三角形の群れに向かってパンと両手を叩いたんです。
そしたら三角形たちは一瞬でかき消え、
いっそう強く泣き叫ぶマリーの声だけが教室内に響いていたんです。

なんとかマリーをなだめすかし授業を終えた後、西田先生が私に、
「あの子のご両親のことを知りたい。担任の先生に紹介してくれる」
こうおっしゃいました。その後、西田先生はずっと学校におられて、
放課後になってマリーの担任の先生とずいぶん長い時間話し込んでおられました。
それが終わってから、私のところへやってこられてこうおっしゃったんです。
「あなたまだパスポート持ってる?」  
「はい、卒業旅行のときのがあります」

「じゃあ、すぐじゃないけど、一緒にパリに行かない。
数日なら学校のほうも休めるでしょう」  「え、突然またどうして・・・」
「私はこれからやらなければいけないことがあるから、日時が決まったら連絡する。
 飛行機も宿もちゃんと手配しておくから大丈夫。
 フランスへは観光ならビザはいらないしお金の心配もしなくていいから」
西田先生は眼鏡の奥でおだやかに笑って
そうおっしゃられたんですが、私には何がなんだかわかりませんでした。

それから2週間後、先生から連絡があって地元の空港で待ち合わせをしました。
空港にいたのは西田先生とマリー、そして30代と見える長身で無精髭の男性。
「慌ただしかったでしょう。まあでも、あなたにとっても久しぶりのパリね」
そして所在なげに下を向いている男性の背中を押して前に出し、
「こちらマリーのお父さん。なんとか早めに見つかってよかったわ。
 親権者がいないと子どもは海外に連れてはいけないですからね」

東京へ向かう飛行機の中で事情をお聞きしました。
マリーのお父さんは大阪で肉体労働をしているところを、
西田先生が手をつくして見つけたのだそうです。
マリーとフランスから帰ってきた翌年、
マリーをキリスト教養護施設に捨てるように別れてしまったためか、
親子2人の関係はよそよそしいものに見えました。やがて飛行機は東京に着き、
私たち4人は羽田からフランスに向かう国際便に乗り換えたのです。

ここからの話は細かいことは省略します。
私たちはシャルル・ドゴール空港に降り立ち、
西田先生はタクシーをつかまえて流暢なフランス語で行き先を告げられました。
先生は若い頃、10年以上もパリで暮らしていたことがあるんです。
タクシーは郊外へと出て田舎道をしばらく走り、
着いた先はこじんまりした白い建物。

どうやら病院のようでした。あらかじめ連絡を入れてあったようで、
西田先生、私、マリーの父親、マリーの4人は病院の2階の個室に通されました。
そこのベッドには一人のフランス人の女性がいくつもの管につながれて眠っていました。
その姿を見てマリーの父親はボロボロと涙を流し、
ベッドに駆け寄って名前を呼びました。西田先生は私に、
「この人がマリーのお母さん。お父さんと別れてから事故に遭ったの。
 もう植物状態が何年も続いてるんだって。かわいそうに・・・」
そうおっしゃって、目で病室のベッドの頭のほうにある壁を指し示しました。

そこには一枚の抽象画が飾られてあり、
絵の中には何枚もの鋭角三角形が描かれていて、
作者は画学生時代のマリーの母親でした。「さあ手を握ってあげないさい」
西田先生はやや強い口調でマリーの父親に言い、そしてマリーの手も取って、
痩せた母親の手を握った父親の手の上に置いたんですよ。

ブーンという蜂のうなりのような音が聞こえたんです。壁の絵のほうからです。
見ると、抽象画の三角形が絵の中でくるくると渦を巻いていました。
そして回転が早まると、二等辺三角形の一枚が宙に飛び出しました。
三角形はあとからあとから飛び出し、部屋の天井をかけ回り、
元の絵では赤黒い色だったものがどんどん色調を変え、やがては虹の色に変わって、
部屋中に光をふりまくようにしてめぐりはじめたんです。

それは信じられないような光景でした。マリーの父親は泣きじゃくっていました。
マリーの頬が赤くなり「ママン」と言いながら、寝たきりの母親の胸に頭をのせました。
私は、自分がじゃまもののような感じがしながら、
ただ黙ってその様子を見ているだけでしたが、西田先生が私の背中を押して、
2人で病室の外へと出ました。
「私の役目はここまでかな」西田先生がそっと言いました。

これでお話はほとんど終わりです。後で聞かせていただいたんですが、
フランスに貧乏留学に来ていたマリーの父親とパリ生まれの母親は、
美術専門学校で知り合って正式に結婚しないままマリーが生まれた。
そしてその後ひどいケンカ別れをして、
父親は意地を張ってマリーを無理に連れて日本に帰った。
でも結局はマリーを育てられず、施設にあずけて絵を捨てて日雇いの仕事を始めた。

ええ、施設には養育費は入れてあったそうです。
マリーの母親とは音信が取れなくなり、
事故で植物状態になっていることも知らなかったということでした。
「ハッピーエンドにはならないかもしれない。でもね、あの三角形は、
 母親のマリーを思う気持ちから生まれたもの。その気持は日本にまで届いていた。
 だからね、奇跡が起きることだってあるかもしれない」西田先生はおっしゃいました、
「絵の力ってすごいものなのよ。もちろんそれを生み出す人の心がすごいのだけど」と。

あとは後日談です。マリーの父親は西田先生のお力で、
フランスで美術関係の仕事を見つけることができました。
マリーとともにフランスで暮らすんです。
そうして2人で毎日のように母親の病室を訪れます。
ええ、母親の意識は戻ってはいません。でも、マリーが手を握ると、
握り返すような動作をするようになっているということでした。

私は、せっかくのパリでしたので、西田先生とともにルーブルやオルセーを訪れ、
モナリザをはじめとする数々の美術品と再会しました。
「もちろん技術は大切。でもね、それは心に裏打ちされてないと
 そんなに価値のないものなの。あなたはどう? 
 心を豊かにする日々がある?」と、西田先生。
私は・・・この言葉を聞き、なぜ先生が私をパリにまで連れてきてくださったかが
わかったような気がして、ただ深く頭を下げることしかできませんでした・・・

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『Abstraktes Bild (809-4)』 ゲルンハルト・リヒター








桑名屋徳蔵の表と裏

2017.09.13 (Wed)
皆さんお久しぶりです。ちょっとだけ復活します。久々ですので、
今回は引用の多い軽い話題で。ます表題にある桑名屋徳蔵という人物ですが、
これは江戸時代の大阪に住んでいた北回り船の船頭の頭ということです。
日本各地に伝承があるのですが、実在の人物だったかどうかは確証が取れてはいません。
この徳蔵の逸話として最も有名なのは、海上で大入道と戦ったときのものです。
ただしこの話、表と裏があって、裏の話はなかなか怖いんですよ。

ではまず、表のほうはこんんな内容です。
桑名屋徳蔵は名だたる船乗りで、あちこちの難海をものともせず航海した男だ。
その徳蔵が言うことには、「月末の日に船を出すのは、ひかえたほうがいい」と。わけはこうだ。
ある月末の日、徳蔵がただ一人で海上を行くと、にわかに風向きが変わり逆波が立ち騒いだ。
黒雲が覆いかかって船を中空に巻き上げるようで、並の人なら魂も消え入るところだが、
したたか者の徳蔵はちっとも動ぜず、じっとうずくまってってこらえていた。
やがて目の前に、常人の倍ほどの背丈の大入道が、
血走った巨大な両眼をぎらつかせながら現れた。「どうだ。わしが恐いか」
と妖怪が言うので、徳蔵は、「世渡りのほかに、これといって恐いものはない」と返した。
すると大入道はたちまち消え失せ、波風も静かって、徳蔵は危ない命を助かったという。


もともと月末の晦日には船を出してはいけないという船頭仲間の験かつぎがあったようです。
ところが豪胆な徳像は、出てきた大入道に対して、
「世間の荒波を渡るほうがお前よりずっと怖い」そう言って追い返してしまったんですね。
また、この徳蔵の妻も賢妻として知られていて、動かないと思われていた北極星(ポラリス)が、
少しではあるが動くことを発見したことになっています。
北極星は船頭が海上で方角を知るための重要な手がかりでした。
Wikiにはこういう話が載っています。

江戸時代大坂に、日本海の北回り航路で交易をしていた桑名屋徳蔵という北前船の親方がいた。
ある夜留守を預かる徳蔵の妻は、機織りをしながら時々夫を思っては、
北の窓から北極星を見ていた。すると北極星が窓の格子に隠れる時があり、
彼女は北極星は動くのではないかと疑いを持った。
そこで次に彼女は眠らないように水をはったたらいの中にすわって一晩中北極星を観察して、
間違いなく動くことを確かめた。帰ってきた徳蔵に彼女はこのことを告げ、
この事実は船乗りたちの間に広まっていった。


まあここまでは、怖いというような内容ではないのですが、
話の裏バージョンが伝わっていまして、シチュエーションは先の話と似ていますが、
こちらの徳蔵は江戸深川の人。これがかなり怖ろしいのです。

大晦日の夜は船を出してはいけない決まりだったが、
どうしてもと頼まれた徳蔵は、心配した女房がとめるのも聞かず船に荷を積んで漕ぎ出した。
すると海の中から大きな山がぬーっとせり上がってきて、徳蔵がかまわず突っ込んでいくと、
中から海坊主が現れた。この海坊主は真っ赤な頭をしていて目も鼻も口もない。
胴体もやはり真っ赤な血の袋を突っ立てたような姿をしている。
徳蔵が棹の先で海坊主の頭を一撃すると、海坊主はケタケタと笑いながら崩れ落ち、
しかしそれと同時にたくさんの血の袋が海からニョキニョキと立ち上がり、
ケタケタと笑う。殴っても殴ってもきりがない。

こうして徳蔵が悪戦苦闘している同時刻、留守宅を守っていた徳蔵の妻が、
急に腹痛を起こして苦しみ始めた。家人が困っていると、表の通りで按摩の笛の音が聞こえた。
家人が呼んでくると、按摩は髭そり跡の青々としたいい男。
たくさんの鍼を並べて女房の体を刺すと、血がビュッと吹き出て天井の梁まで上がり、
そこで血の袋の姿をした海坊主になってケタケタと笑った。次々と鍼は打たれ、
血しぶきが飛んで天井の梁の上はケタケタ笑う海坊主でいっぱいになった。
やがて按摩は静かに出ていった。

一方なんとか仕事を終えた徳蔵が、女房の安心した顔を思い浮かべて、
意気揚々と家に帰ってきて見たものは、
全身の血を失って白蝋のような色になった女房の死体だった。

『東京妖怪地図』荒俣宏監修より要約

どうです、なかなか怖い話でしょう。特にニョキニョキ、ケタケタという擬音が効果的です。
海坊主のほうは妖怪だったとしても、徳蔵宅を訪れた按摩はいったい何者だったのでしょう。
わからないことだらけで不条理感があります。海坊主は海入道とも言われ、
海坊主を目撃してから、天候が荒れ始める、船が沈むといった怪異が訪れることが多いようです。
正体としては、アシカやマンボウなどの海の生物の他、
入道雲や大波など自然現象などが挙げられています。

桑名屋徳蔵と海坊主