新人研修

2017.10.31 (Tue)
※ ナンセンス話です。

うちは不動産会社なんだよ、それは知ってるんだよな。でなに?
新人研修について話せばいいんだよな。いいけどもよ、言っとくがうちは
ブラック企業じゃねえんだ。給料は同業他社に比べりゃ悪かねえよ。
それに残業手当もきちんとつけてる。そういう意味では優良企業だ。
ただまあ、社員教育はスパルタだからな。そのことが知りたいんだろう?
ああいいよ、話してやる。うちは・・・3つの県にまたがって事業を展開してて、
営業所は全部で12ある。今年度は全社で4人、新入社員が入った。
で、そのうちの一人の教育係が俺だってわけね。
あ? テレアポ? 飛び込み営業? そんなありきたりの研修はやらねえよ。
そんなもんは黙ってても自然に覚えるだろ。
いいか、不動産業ってのは生き馬の目を抜く商売なんだ。

業務マニュアルなんてないし、あってもどうせ役に立たねえ。
物件も顧客も千差万別なんだよ。だからなあ、研修の主眼は「人生の厳しさ」
これを叩き込むことにあるんだ。うすらぼんやりしてたらたちまち野垂れ死に
しちまうこの世の中を泳ぎ切る覚悟を、まずは身につけさせるんだよ。
ああ、俺が担当したのはこの4月に大学を卒業した山本ってやつ。
背がひょろ高くて、髪型なんかも坊っちゃん坊っちゃんしたやつでな、
こりゃあ鍛えがいがありそうだって感じたね。
でな、まず最初にやったのは、うちで扱ってる物件に寝泊まりさせること。
そうすりゃ不動産屋が扱ってる商品ってものを肌で感じ取れるだろ。
うん、最初に連れてったのはアパートの1室だよ。
ここで3日間生活させるんだ。え、どんなアパートかって?

それをこれから話していくんだよ。夕方、俺は山本とそのアパートに着くなり、
ワゴン車に積んであった布団一式を運び込ませた。
家具なんかはないけど、アパートの中は清掃済みできれいなもんだ。
それでな、俺が布団を置く位置を決めて敷かせたんだ。
それからビデオセットした。ああ、山本がズルしないように、
寝てる様子を記録するためだ。ズルって何かって? 今にわかるよ。
山本には、自分で夕食をコンビニからでも買ってきてその部屋で食べること、
それと11時になったらビデオのスイッチを入れ、小さい灯りをつけて寝ること、
この2つを指示したわけ。やつは変な顔をしてたな。まあ当然だ、
こんな研修は他社ではやってない。質問をしたそうだったが何も言わなかった。
んで、翌朝、そのアパートを朝の8時に訪れたら山本はもう起きてた。

「どうだ、よく眠れたか」 「・・・はい、まあだいたい眠れたんですが、
 布団に入ってしばらくして、金縛りになりまして」 「それで?」
「体がピクリとも動かなくなって、指一本動かないし、目も開けられなかったんです」
「うん、それで」 「しばらくしたら、自分の顔を何かがこする感じがしたんです。
 上下に何回も、何回も」 「うんうん」
「これ何だろう? 変な感触だなあって思ってるうち、
 いつの間にか眠っちゃいまして」
「うんうん、予定通りだ。じゃあ次の司令を出す。今夜も金縛りになるはずだから、
 そんときに頑張って目を開けるんだ。それにはちょっとしたコツがいる。
 寝ながら吸う息と吐く息を意識して呼吸を整え、
 息を吐いたときにガッと力を入れて、まぶたをこじ開けるんだよ」 

「わかりました。やってみます」
まあこんなやり取りをして、この日の日中は得意先まわりに連れ回した。
で、いっしょに夕飯を食べ、夜の9時過ぎにそのアパートに戻ってきた。
「いいか、金縛りになったら朝言ったように目を開けるんだぞ。
 それと、何があってもこのアパートを逃げ出しちゃなんねえからな。
 お前はまだ試験採用期間中だってことを忘れるな。
 このビデオはお前が逃げたりしないように撮ってるんだから、いいな」
こう念を押し、俺は山本を残してアパートを後にしたんだ。
翌朝、また8時きっかりにアパートを訪れると、山本は頭まで布団をひっかぶって
まだ寝ていた。俺がそれをひっぱがすと、
山本は固く目をつぶってブルブル震えてたんだよ。

「こら起きろ!」俺が2.3発、顔にビンタをすると山本は半身起き上がって、
「先輩~~~」と情けない声を出した。「おい。どうだった、金縛りになっただろ」
「・・・はい」 「そんときちゃんと目を開けたか?」 「・・・・はい」
「よし、じゃあ何が見えた?」 「・・・足の裏です。両足の足の裏が垂さがってて、
 それが自分の顔を往復でなでてたんですよ」 「そうか、上出来だ!」
「え?」 「じゃあ第3段階に入る」俺はそう言って、山本に布団の位置を直させた。
ああ、敷いてる場所はそのままで、頭と足の位置を逆にしたんだ。
「何でこうするんですか?」 「いや、その足の裏ってのが何か、
 お前に全容を知らせるためさ。いいか、何があってもこの部屋を逃げ出すなよ。
 そしたら解雇だからな。必ず朝までここにいろよ」
こう念を押してから、山本に着替えさせ、

その日は会社のデスクで不動産用語辞典を読ませておいた。
でまた夕方になって、いっしょにそこのアパートに行ったわけよ。
それから9時ころまでいろいろ話をして、俺はアパートを後にしたんだ。
翌朝、また8時に行ってみると布団に山本の姿がなかった。
部屋のすみで膝を抱えてガクガク震えてたんだな。
「おい、どうだった?」 「先輩~~ 勘弁して下さいよもう~~」
「ダメだ、これは大事な研修の一環なんだから。昨夜、何があったかちゃんとしゃべれ」
「・・・また金縛りになったんです。
 それで、先輩に教わったとおり目を開けたら・・・
 足元で寝間着を着たジイさんが首を吊ってたんですよぉ~~。
 1日目と2日目に自分の顔をなでてたのは、そのジイさんの足の裏・・・」

「よしよし、それでどうした」 「それ見た瞬間に逃げ出そうと思ったんですが、
 体は金縛りで動かなくて・・・ 目も閉じられなくなっちゃたんです」
「うんうん、それで」 「そしたらです、がっくり首を垂れてたジイさんが
 急に頭を起こしてカッと目を見開き、自分のほうをにらみつけて、
 『苦しい恨めしい・・・』って言ったんです。覚えてるのはそこまでで、
 怖さのあまり気絶してしまい、気がついたら朝になってて・・・」
「よーし、上出来だ。この部屋はな、じつは事故物件なんだ。
 ワケアリ物件とか瑕疵物件、要告知物件とも言う。
 お前が見たのはここに住んでたジイさんの幽霊だよ。
 ジイさんはな、子どもはいるんだが遠くに離れてて、ここで一人暮らしをしてたが、
 オレオレ詐欺にひっかかってなけなしの貯金を取られて、それで自殺したんだよ」
 
「えええ、そんな部屋に自分を泊まらせるなんて・・・」
「馬鹿野郎! それこそが研修の骨子なんだ。お前、ジイさんの姿を見て何を感じた?」
「いや、怖くて・・・」 「怖いのはあたり前だ、それ以外には?」
「・・・物悲しいなあとか・・・」 「悲しい? クソ野郎! ここで必要なのは
 軽蔑の感情だ。わかるか、ジイさんは敗残者なんだ。お前はああなりたいのか?」
「いいえ」 「だろ、これから人生の先は長い、俺らは戦って戦って、
 勝っていかなくちゃならないんだ。あのジイさんの姿は反面教師なんだよ」
「・・・はあ」 「なんだ気のない返事だな。まあいい、これで研修の第一課程は終了。
 次は一軒家の物件に住んでもらう」 「・・・それってまさか」
「そうだよ。そこも事故物件だ。夫婦と子ども2人、たいそうなローンを組んで 
 念願のマイホームを建てたものの、旦那がまだ40代前半でリストラされちまってな。

 それを悲観して、子どもらを絞殺、奥さんは刺殺の一家心中」
「ひええええ、そこも出るんですか?」 「ああ、もちろん4人分出る」  
「もう、勘弁してくださいよう」 「ダメだ、この研修は俺も新人の頃にやった。
 こここのアパートもその一軒家も、新人研修のためにわざと売らずに残してあるんだ。
 いいかよく聞け、リストラされたオッサンは人生の敗残者だ。
 そんなのを伴侶にした妻も同じ。まあ子どもらはかわいそうだけどな。
 この研修の目的は、お前に人生の荒波ってものを思い知らせ、
 他人を押しのけてでも生きのびてやるっていう気力を植えつけるものなんだ。
 わかったか。なあ、うちの会社って、社員みなバイタリティがあるだろ。
 それも全部、この研修のおかげなんだよ。さ、理解したらその一軒家に出かけようか。
 前使ってから1年ぶりだから、まずは掃除からやらなくちゃな」
 









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奇妙すぎるバイト

2017.10.30 (Mon)
これな、だいたい1年前の話なんだよ。
当時俺は無職でね、失業保険で暮らしてた。
リストラされてからなんもやる気が出なくて、パチンコばっか行ってたのよ。
で、その日も朝から大はまりして、
1回もあたりが来ないまま3時間たったわけ。
頭に来て席を立とうとしたら、少し離れたイスにいたやつが、
「アンちゃん、ついてないみたいだな。もう昼だから飯食いに行かねえか」
こう誘ってきたんだよ。それでいっしょに近くの焼肉屋に行った。
そいつは、そうだなあ年は30代かな。髪が床屋に行ったばかりみたいに
ビシっとしてて、いやに色が白かったのを覚えてる。
でな、焼肉屋でこんな話をされた。「ここんとこ、毎日来てるみたいだが、

 ツイてないようだな。パチンコ、少し休んでバイトしないか」って。
まあな、俺も金を失うばっかだったから、詳しい話を聞いてみたのよ。
そしたら、やるのは電話番で期間は2週間、バイト料は50万ってことだった。
2週間で50万って破格じゃねえか。クビになった前の仕事は
手取りで月18万だったんだぜ。こりゃ、なんかワケアリだって思うだろ。
そしたら「報酬がいいのは24時間拘束になるからだ」って言われた。
どういうことか聞いたら、「ある場所に2週間住み込んでもらう。
 寝るのも飯食うのもそこでするんだ。もちろんベッド、食い物は用意してある。
 そこには電話機が2台あって、片方に電話がかかってくるから、
 聞いた内容をもう一方の電話に復唱するだけだよ。簡単だろ。
 ただし、電話は夜中もかかってくる。まあそんなに心配するな。

 電話がくるのは1日にせいぜい2回程度だ。どうだ、やるか?」
でな、俺は少しだけ考えてうんと言ったんだよ。
その翌日、パチンコ屋の前で待ち合わせをして、そいつの車に乗った。
連れて行かれたのは、郊外にある廃工場みたいなところで、
そこの守衛室が仕事場だった。
古い木の机の上に今は見かけなくなった黒電話が2台、
それと仮眠用と思える簡易ベッド、あと大型冷蔵庫と電子レンジがあった。
ああそれから、スマホやパソコンを持ってくるのは禁じられてた。
退屈だって聞いてたから、本は何冊か持ってったけどな。
男は「こっちの右の電話がかかってくる専用。で、左の電話が連絡専用だ。
 0を回せば相手につながるようになってる。難しくはないよな。

 食い物は冷蔵庫に入ってるから、レンジで温めて好きに食ってくれ。
 それと、24時間拘束は気が滅入るだろうから、毎日10時から11時まで、
 自由時間にする。車の免許はあるんだろう?
 敷地にある車を使っていいから、好きな食いもんや本を補充してくればいい。
 ただし、外出時にテレビや新聞を読むのは厳禁だ。
 新聞は買うのもダメ。いいかな」
まあこんな説明をして出ていったんだ。こうして50万のバイトが始まった。
簡易ベッドで寝転がって本を読んでたら、その日の夕方4時過ぎ、
最初の電話がかかってきたんだ。受話器をとると、
男か女かもよくわからない甲高い声で、「シダテツハル、
 シダはこころざしに田んぼの田、テツは哲学の哲、ジはさんずいにムと口」

これだけ2回言って切れたんだよ。メモはとってもいいことになってたから、
俺はダイヤルの0を回してもう一方の電話にかけた。1度だけ呼び出し音がして、
受話器が取られたようだったが、向こうからは何も言ってこない。
それで、志田哲治ってのを最初の電話のとおりに復唱して、こっちから切った。
それで仕事は終了ってわけだな。こんなのは中学生でもできる・・・
ただなあ、どっから考えても変な話だろ。
何で俺が人の名前を中継しなくちゃなんないわけ?
直接やりとりすればいいじゃないか。だろ、それにそもそも何で電話なんだ?
今はファックスもメールもあるし・・・まあ、いくら考えてもわからないから、
考えるのはやめて一日中ごろちゃらしてたんだよ。
腹が減ったら冷蔵庫から冷凍食品を出して気ままに食いちらかしてな。

1日目にはその1回、2日目に2回、3日目は夜中の3時過ぎを含めて3回、
電話はかかってきて、たしか男の名前が4つ、女の名前2つを左の電話で伝えた。
んで、ここまで外出はしてなかったんだが、4日目さすがに飽きてきて、
駐車場の車を借りて10時に外出した。
雑誌を買い込んできたんだよ。車は古いがベンツだった。
あと、俺が外に出ている間に電話がかかってきたのかは
ちょっとわからない。こんなふうにして10日間が過ぎたんだ。
でな、11日目のことだったと思う。その日も自由時間に外出して、
街でラーメン食ってたんだよ。冷凍食品に飽きてたからな。
したらそのラーメン屋でラジオがかかってて、
東名高速で事故があったニュースが聞こえてきたんだ。

玉突き追突が起きて死者が4人出た。その名前と年令を読み上げたんだが、
そのうちの一人の名前に聞き覚えがあったんだよ。ああ、俺が3日前に
電話で聞いて連絡したのと同じだと思ったんだ。
まあ、そりゃ偶然の一致ってこともあるかもしれないが、
その名字のほうはけっこう珍しいやつだったから・・・
でな、なんか気味悪くなってなあ。変な想像が頭をよぎったんだ。
もしかして俺は、これから死ぬ人の名前を伝えてるんじゃないかって。
でもよ、その事故はあきらかに不可抗力で、同じ名前だったのは、
トラックが突っ込んだ2台先の車のやつだったんだよ。
だから俺は、変な考えを頭から追い払って忘れることにしたんだ。
その後も1日2回ほどかかってきたのを律儀に伝えて、いよいよ最終日になった。

その翌朝の6時でバイトは終わりだったんだ。
例の男が車でむかえにくることになってた。俺は50万が入ったらどう使おうか
考えてなんだか浮き浮きした気分になって、その日は遅くまで起きてた。
したら夜中の12時近くになって電話が来た。
で、内容がこうだった。「カワカミコウイチ、カワカミは縦棒3本の川に上、
 コウはたくみ、技巧の巧、イチは漢数字のイチ」
これを聞いて驚いた。なんでかって? それ、俺の名前なんだよ。
受話器を置いて呆然としてしまった。で、前の事故のニュースのことも思い出した。
ああ、左の電話に伝えてもいいかどうかを考えたんだ。
だってなあ気味悪いじゃないか。バイトに誘ってきた男にだって、
俺の名前は言ってないんだしなあ・・・

とにかく左の電話を回して伝えることは伝えたんだが、
ちょっとだけゴマカシたんだよ。
相変わらず音も立てない相手に向かって、俺はこう言った。
「カワカミコウイチ、カワカミは縦棒3本の川に上、
 コウは成功の功、イチは漢数字のイチ」・・・意味わかるかなあ。
俺の名は「川上巧一」なんだが、それを「川上功一」って伝えたわけ。
そしたら、俺が言い終った後、電話の向こうで「クススッ」って笑う声がした。
女の声だよ。それから「ズルしましたね」こう言って電話が切れたんだ・・・
それからは電話はなく、翌朝男がむかえに来てパチンコ屋の前に降ろしてくれた。
そのときに手が切れるような札で50万円入った封筒をもらったんだ。
以来、その男とは会ってない。パチンコ屋にも来なかったな。

でな、俺は自分の部屋に戻るとすぐにパソコンを立ち上げて、
それまでの2週間のニュースを調べたのよ。事故にあったやつ以外に、
俺が電話で中継したやつが死んだりしてないかどうかをな。
うーん、これがよくわからなかった。2週間で名前を中継したやつは、
だいたい30人くらい。メモは置いて帰れって言われたから、
そいつらの名前自体うろ覚えだったし、自然死とかだとニュースにはならないだろ。
だから何とも言えないんだよ。ただなあ、これ見てくれればわかるけど、
俺自身が事故にあったんだ。ああ、なんとか再就職が決まって、
朝にバス停でバスを待ってるとき、急にフラッとよろけて、
まだ停車してないバスの側面に頭をぶつけた。それであたりどころが悪くて、
左耳を持ってかれちまったんだ。髪で隠してるけどほら、こっちの耳がないんだよ。








目目連と囲碁

2017.10.30 (Mon)


久々になりましたが、今回は妖怪談義です。取り上げるのは目目連(もくもくれん)
鳥山石燕による詞書きには、
煙霞跡なくして むかしたれか栖し家のすみずみに目を多くもちしは
 碁打のすみし跡ならんか
」昔誰かが住んでいた家の隅々に目があるのは、
 碁打ちが住んでいたからなのだろうか。

とあります。水木しげる先生の次女、悦子さんは、中学時代の修学旅行先の
京都府の旅館で、障子の格子に目のようなものが浮かび上がって動き回る現象を、
同級生たちと共に目撃しており、家に帰って父に話すと、
水木先生はそれを「目目連だ」と語ったという話が残っています。

さて、目の錯覚の一種にバーゲン錯視というのがあり、これは黒地に白い格子
があった場合、交点の部分に黒い点が飛び回っているように見えることを
いいますが、どうでしょうか。下図で黒い点が見えるでしょうか。
これが強く見えてしまう場合、疲れがたまっているとも言われます。
目目連は、このバーゲン錯視を指しているのだという説もありますが、
ただし、バーゲン錯視の場合は格子の交点であるのに対し、
石燕の絵は格子で囲まれた障子紙の上に目が二つずつ出ていますので、
違うといえば違うかもしれません。

「バーゲン錯視」


この妖怪のテーマになっているのは、囲碁ですね。
囲碁では、ルール上、目(眼)をつくるのが重要です。
目というのは自分の石で囲まれた部分のことで、これが2つあれば、
相手に自分の石を囲まれても生きることができます。
目というのは囲碁では勝敗にかかわる重要なものなんです。

さて、囲碁や将棋では勝負にこだわるあまり争いが起きて、
人が死んだなどの例もありました。例えば怪談の「鍋島の猫騒動」では、
2代目藩主、鍋島光茂の囲碁の相手を務めていた龍造寺家の家臣が、
対局上の争いによって手討ちにされてしまうのが発端です。
この手の勝負事にはどうしても遺恨が残りやすいものなんですね。

江戸時代には、碁所(ごどころ)という幕府の役職があり、
囲碁家元である四つの家からただ一人だけ選ばれ、就任するためには同時代の
誰よりも強い、名人の技量を持っていなければなりませんでした。
これをめぐって、四家ではさまざまな確執が起こり、
対局者の一人が局後に血を吐いて倒れたとする「吐血の一局」などという話も
あります。そういった碁打ちの勝負に対する執念は、
石燕も聞きおよんでいたと思われます。

また、囲碁は古代の中国で生まれましたが、仙人が好む遊戯とされ、
別名、爛柯(らんか)というのですが、こういう話が伝わっています。
晋の時代の昔、王質という木こりが山奥の洞窟に入ると、そこで数人の童子が
歌いながら碁を打っていた。王質は腹が減ると童子にもらった棗の種を
口に入れてそれを見物していたが、童子に言われて気がつくと斧の柄(柯)が
ぼろぼろにただれ(爛)れていた。王質が山から里に帰ると、
数えられないほどの年月がたっていて、知っている人は誰一人いなくなっていた。

(南朝梁の任昉『述異記』)つまり、斧の木製の柄が腐ってしまうほどの長時間、
夢中になって仙界にいてしまったということです。

このように、囲碁には他の遊びとは違った神秘性があると思われていたわけです。
また、日本にはこんな話もあります。江戸時代の怪談本『玉箒木』から。
江戸の牛込に、囲碁の好きな清水昨庵という者がいた。
昨庵があるときに近くの柏木村円照寺を散歩していると、
色白と色黒の2人組が話しかけてきた。2人と馴染みとなった昨庵が名を尋ねると、
色黒の者は山に住む「知玄(ちげん)」色白の者は海辺に住む「知白(ちはく)」
と名乗り、それきり姿を消してしまった。
昨庵はこの後囲碁の名人となり、江戸中に敵が無くなった。

この2人は囲碁の精なんでしょうね。

さてさて、こうして考えると、囲碁の持つゲームとしての神秘性、
また、碁打ちの持っている勝負に対する執念を石燕が妖怪化してみせたのが
この目目連なのかもしれません。






魚のオカルトホラー

2017.10.29 (Sun)


うーん、これは難しいお題です。映画だといろいろありますが、
小説ではなかなか・・・
上田秋成の『雨月物語』の中に「夢応の鯉魚」というのがありました。
ある魚の絵が上手い僧侶が重い病気になり死んでしまったが、
胸のあたりがまだ暖かいので、弟子たちは埋葬せずそのままにしておいた。
その間、僧は夢の中で鯉になりあちこちと泳ぎ回るが、
最後に檀家の一人に釣られてしまい料理される。
ここで僧は生き返り、檀家の家に使いを出して「鯉料理を食べているだろう」
と聞くと、そのとおりだった・・・こんなお話です。

この作品では、鯉になった僧が近江八景から琵琶湖などを巡る描写が素晴らしく、
三島由紀夫から激賞されていますね。
まあ怖い話ではないですが、不思議な話ではあります。
もしかしたら中国に元ネタがあるのかもしれません。

あと、そうですねえ・・・第16回日本ホラー小説大賞の受賞作、
宮ノ川顕氏の「化身」なんかも魚の話と言えるかもしれません。
南の島を一人で訪ねた主人公が、絶対に脱出不可能な穴の底の泉に落ち、
体がだんだんに異形のものに変化していく。ありえない設定ですが、
文章の上手さで最後まで読ませるタイプの作品でした。
でもこれ、「夢応の鯉魚」もそうですが、変身の物語の要素のほうが強いですね。

魚と人間の中間的なもの?と言えば「人魚」ですが、
日本でも西洋でも、ふつうは上半身が人間で下半身が魚になっています。
人魚はUMAとしても分類することができ、日本では『日本書紀』に、
7世紀の捕獲例が載っているので、昔から知られていたものなんですね。

「八百比丘尼伝説」が有名です。これは、ある男が見知らぬ人の家に招待され、
人魚の肉を出されるが、気味悪がって食べずに家に持ち帰る。
それを知らずに男の娘が食べてしまい、それからは歳をとらなくなった。
何度も結婚したが夫はみな先に死んでしまい、知り合いもいなくなったので、
尼となって全国を放浪し、各地に木を植えて回った。
やがて800歳になったとき、若狭の地にたどりついてそこで亡くなった。

こんな話でしたが、これは仏教説話の一種ですね。
長生きしても永遠に近い生命を得られても、
それで楽しい人生が送られるわけではない。この世は虚しいものなのだ・・・
ということを知らしめるためにできたものではないでしょうか。
あと、人魚のミイラというのが各地に残っており、
猿と鯉や鮭などの体を組み合わせたもので、これをつくる専門の職人がおり、
江戸時代にはヨーロッパなどに輸出されていました。
西洋の博物館などにある人魚のミイラは日本産のものが多いんです。

人魚をテーマとした話としては、西洋では「ローレライ」の伝説とか、
アンデルセンの『人魚姫』などがあります。人魚姫は悲しい結末を迎えますが、
日本の小川未明の『赤い蝋燭と人魚』も怖くて悲しいお話でした。

さて、マンガだと楳図かずお氏に『怪獣ギョー』というのがあり、
小さい頃に海で不気味な魚を見つけた少年は、魚と友達になりギョーと名づけるが、
大人に見つかってギョーはいなくなってしまう。
大人になった少年は原子力発電所の所長になるが、原発に事故が起こり、
もうどうしようもないというとき、海から巨大化したギョーが現れ、
原発を海に引きずり込んでくれる。
あと、伊藤潤二氏に『ギョ』という作品があって、
これは歩行する魚によって日本が壊滅するパニックホラーでした。

映画だとたくさんありますね。特に「サメもの」が一つのジャンルになっています。
『ジョーズ』『ディープ・ブルー』最近の『ロスト・バケーション』
なんかが有名ですが、数えれば50作以上はつくられていると思います。
『ジョーズ』では、サメは荒々しい自然の象徴として描かれていますが、
このもともとの発想は、ハーマン・メルヴィルの原作、
グレゴリー・ペックが主演した『白鯨』からきているんでしょう。
ただ、鯨は厳密には魚ではありませんが。

さてさて、魚は水中で人間は陸上、住んでいる世界が違いますので、
恐い魚がいれば水に近づかなければいいようなもんですが、
作品として成り立たせるためには、
なんとか2つの世界を交わらせなくてはなりません。
上記の伊藤潤二作品では、魚が足を持って陸上に上がってきますし、
映画の『殺人魚フライングキラー』では、ピラニアがトビウオの羽根を持ち、
宙を飛んで人間を襲ってきます。

サメもの映画でも、『ディープ・ブルー』では水浸しになった研究室、
『ロスト・バケーション』では、主人公が取り残された小さな岩礁など、
どうしてもサメと対峙しなくてはならないシチュエーションになっていました。
『ジョーズ』でも、海水浴場として成り立っている町を守るために、
人間のほうからサメを退治しに行かなくてはならないんですね。
このあたりの工夫が一つの見所になっていると思います。









石棺

2017.10.29 (Sun)
今からだと、もう20数年前のことだ。だからな、違法なことがあったが
すでに時効なんだよ。まず最初にそれを断っとく。もっとも、
俺はホームレスだからな。警察沙汰なんかこれっぽっちも怖くないけども。
当時俺は、ある都市で建築会社を経営してたのよ。
あ、従業員は20人足らずではあったけど、社長様だったんだ。
とはいっても、すでにバブルは終わってた時期だから経営は苦しかった。
だから多少ヤバイような仕事でも、喜んで飛びついたもんだ。
ああ? 何がヤバイかって? それをこれから話すんだよ。
それは郊外のほうにあるコンクリ敷きの駐車場を更地に戻すって仕事だった。
まあ難しいことはねえわな。重機で派手にぶっ壊していけばいい。
繊細なところは何もねえ仕事よ。ところがなあ・・・

そこの駐車場は、つくってはみたもののなかなか契約者が埋まらない。
そのうちに所有者が死んで、相続した息子が、
更地にして売り払ってしまおうってことだったな。
で、重機を入れてガンガン コンクリをはがしていったわけ。
人手不足だったし他に仕事も入ってなかったから、社長の俺も毎日現場に出てた。
天候にもよるけども、10日もあれば片づくと思ってたんだが。
でな、その工事が始まってから、変な夢を見るようになった。
俺は暗い洞窟みたいなとこにいて、中はせまくて、
あちこちから水が滴り落ちてる・・・そういうかなり具体的な夢でな。
そのうち、奥のほうに明かりが見えて、だんだんこっちに近づいてくる。
明かりを持ってるのは女なんだよ。

うん、いい女だったが若くはないように見えた。あれは30代半ばくらいだったろう。
それと、すごい美人ではあるものの、日本人離れをした顔つきをしてた。
東南アジアとかで見るような顔だったと思う。
ああ、20年以上たっても頭にしっかり焼きついてるんだ。
でな、その女は俺の前まで来て、「鏡をください」って言うんだよ。
いや、言うってのは正確じゃないな。そういう意味が頭の中に入ってきたってこと。
俺が当惑していると、女はかたわらにあった石積みの上に明かりを置き、
鏡を一枚持ち上げて俺に見せるのよ。そこで目が覚める。
これとそっくり同じ夢を4晩続けて見たんだ。それで5日目、駐車場の現場で、
重機がたいへんなものを掘りあてちまった。石でできた四角い箱・・・
石棺って言うんだ。中には古代人の死体が入ってる。

でもよ、そこは平地なんだ。古墳みたいに土盛りのある場所じゃねえ。
これは困ったことになったと思ったよ。文化財保護法ってあるだろ。
何か土中から遺物らしいものが出てきた場合、自治体に届ける義務があるんだ。
けどよ、そうなると緊急発掘調査ってのが行われる。
まあ大抵は調査が済んだら埋め戻すんだが、それには数週間かかるし、
もし貴重なものが出た場合、工事を中断して現場は長期間塩漬けになっちまう。
でな、俺の高校の同期に、地元の私立大学で歴史の講師をしてるやつがいたのよ。
当局に届ける前に、まずはそいつに見てもらおうって思った。
それで、もしたいしたもんでないとなったら、
知らんふりして工事を続行しようと考えたわけ。これが法律違反にあたるんだが、
当時はどこの会社でもやってたことだ。俺がとくべつ悪質ってわけじゃねえ。

そいつに連絡して翌日に来てもらうことにしたが、その夜もまた夢を見たのよ。
「鏡をください」って言われるとこまで内容はいっしょだったが、
俺が黙ってると、女は続けて「時間がないのです」そう言って鏡を置くと、
自分の顔の髪の生え際のとこに爪を立てた。で、べりべりって、
自分の顔の皮をあごのほうに向けて剥いでったのよ。
そしたらその下から金色に光った・・・蛇かなんかのウロコが出てきたのよ。
俺が驚くと、女は「この鏡が用意できなければ、あなたは死にます」
そう言ったんだよ。そこで目が覚めた。ああ、布団がしぼれるくらいに
汗をかいていたよ。で、次の日、現場に講師のやつが来てくれたんだが、
むき出しになった石棺を見て首をかしげていた。そいつが言うには、
おそらく5・6世紀の石棺で立派なものだが、そういうのは普通古墳に埋まってる。

それがこんな平地にあるのはおかしい。そのあたりが昔、
丘陵地だったって記録もない。そもそもそこらは遺跡なんて出ないところで、
緊急発掘例も聞いたことがない。古代に集落があった場所ではない・・・
「じゃあこれ、貴重なものじゃないんだろ。このまま埋め戻していいよな」
俺がそう言うと、「うん、かまわないんじゃないか。
 中がどうなってるか気にはなるけど」こう答えたんで、
ついでというか、夢の話もしてみたんだよ。そしたら「鏡ってのが面白いな。
 どんなのだったか、特徴覚えてるか?」って聞いてきたから、
覚えてるだけのことを話したんだよ。5日続けて夢に見たから、
ある程度は頭に残ってたんだ。そしたら「それは○○って鏡みたいだな。
 日本中のあちこちからたくさん出てる。

 まあ金はかかるが手に入れるのは難しくない。コレクターで持ってる人を
 何人も知ってるから」 こんなことを言ったんで、ためしに金額を聞いてみた。
そしたら数十万程度だったんだ。鏡を入手するか聞かれたんで、
その返事は保留しといた。それと講師のやつは、「石棺を埋め戻すんだったら、
 一度蓋を開けて中を見せてくれないか」とも言ったんだ。
考えてみたが、蓋はせいぜい数百kgで、
ロープをかけて重機で吊るすのはわけはなかった。だから「ああ、いいよ」
って答えた。でな、次の日にもう一度来てもらって、石棺の蓋を開けてみたのよ。
うん、その石棺には両側に2つずつ石を削った出っぱりがあって、
古代の昔もそれにロープをかけてたみたいだった。蓋がだんだんに持ち上がって、
そしたら講師のやつが「あっ!!」と叫び、

「ダメだ、これ!中断しろ。蓋を戻して、早く!!」こう怒鳴った。
で、俺が「おーい、戻せ!」って合図をして、蓋は下に落とされた。
うん、違法なことだから、現場には俺と講師と重機のやつしかいなかった。
中を見たのは2人だけだよ。蓋は50cmほど持ち上がっただけだから、
ちらっとしか見えなかったが、中には・・・てらてら光ってピンク色のものがうねってた。
うーん、俺には腸とかの内臓に見えたが、それはありえないことだよな。
だって1500年以上前のものだぞ。もし中に内臓が入ってたところで、
乾いてカラカラ、風化してるはずだよな。それがなあ、
ものすごく生々しく見えたんだよ。講師のやつは「これ、一度話にきいたことがある。
 とにかくすごくマズイもんだから、このまま埋め戻すのが正解。
 見なかったことにして忘れたほうがいい」そんなふうに言ったんだよ。

どんな話を聞いたのかは教えてくれなかったな。で、そそくさと帰っていった。
その夜だよ。また夢を見たんだ。洞窟の中にいるのは同じだったが、
奥から出てきたのは、全身が金色に光る女の胴くらいに太い蛇だった・・・
で、その蛇からこういう内容が響いてきた。「恥ずかしい姿を見てしまいましたね。
 あの鏡を持ってこないと命はない、必ず死ぬ」それから洞窟の天井まで伸び上がって、
ぐるんぐるんと回ったんだ・・・目が覚めたときにはものすごく心臓がドキドキしていて、
救急車を呼ぼうかと思ったくらいだった。でな、その日の午前中に、
講師のやつが死んだって連絡が入ってきた。夜、布団に入って、
そのまま突然死で起きてこなかったんだ。夢のこともあるし、これにはブルった。
だから、図書館に行って考古学の本を見て、俺が夢の中で見た鏡を特定したんだよ。
ああ、すぐにわかった。ページの最初のほうにある有名なやつだったんだ。

でな、数日かかったが、つてを頼ってコレクターからその鏡をゆずってもらったんだ。
その間、工事は中断してたし夢も見なかった。とにかく講師のようには
なりたくないと思って必死だったんだよ。で、手に入れた鏡を持って現場に行った。
その後どうすればいいかわからないかったから、石棺の上に鏡を置いて埋め戻そうと
思ったんだ。俺一人で石棺の脇に立つと、蓋がガタガタと揺れた。
で、数百kgの蓋が少し持ち上がって、中から片手が出てきた。
人間の女の手だと思ったが、ところどころに金色のウロコがあった。
俺がその手に鏡を持たせるようにすると、手はまたするっと引っ込んでって・・・
ああ、翌日石棺を埋め戻して、土盛りをして工事は終了だ。
そこは今アパートが建ってるみたいだ。さあなあ、悪い噂は聞いてないな。この1年後、
俺の会社は借金を抱えて倒産し、いろいろあって俺はホームレスになったんだよ。









霊障ってあるの?

2017.10.28 (Sat)
今回はいろいろと問題のある内容です。ここでは自分の考えを述べますが、
必ずしも正しいものではないかもしれないことを、最初にお断りしておきます。
さて、日本では最近、「霊障」という言葉をよく聞きますね。
体調が悪いとか、不運な出来事が重なる、家族に不幸が続いたりする場合、
「霊障を受けている」というふうに言われることがあります。
この場合の霊障とは、うらみをのんで死んだ人が祟っている、
長い間墓参りをしていない先祖の霊が怒っている、
うらみを持つ人が生霊を飛ばしている、などのことを指しているようです。
でも、こんなことって本当にあるのでしょうか?

自分はアメリカに住んでいたことがあるので、アメリカの話をしますが、
向こうでは「幽霊が生きた人にとり憑く」「幽霊が生きた人に祟りをなす」
という話はほとんど聞きません。悪魔がとり憑く話ならたくさんあります。
まあフィクションなどで ないことはないですし、
体験談をよくさがせば見つかることもありますが、
全体としてひじょうに少ないんです。
これ、自分には3つくらいの原因が考えられます。

一つめは、宗教的な理由からです。アメリカはキリスト教国に分類され、
中でもプロテスタントの多い国です。キリスト教の神は全知全能で、
死者の魂は神の厳重な管理下にあることになっています。最後の審判のとき、
すべての死者の魂は復活させられ、天国か地獄に選り分けられる、
といった考え方もありまよね。
ですから、基本的には勝手にふらふら出歩いている幽霊
というのは宗教的に考えにくいわけです。
ただもちろん、アメリカにも幽霊の話はあります。

日本の江戸時代に広まった幽霊話は「四谷怪談」にしても「皿屋敷」にしても、
勧善懲悪の物語です。幽霊が祟るのは、悪いことをして人を死なせてしまった
人間に対してです。ですから、心にやましいことのない人は、
べつに幽霊を怖がらなくてもいいようなものですが、
やはり幼少時からこういう話を見聞きしていれば、
「幽霊は怖いものだ」という先入観を持ってしまうのかもしれません。

現代の日本では、地獄や極楽を信じる人は少なくなりましたが、
アメリカでは、まだまだ宗教が力を持っています。
キリスト教で、人間の魂を裁くのは神にしかできない行為です。
もちろん裁判で罪を裁くことはできますし、
相手に対して現実的な復讐をすることもできますが、
死者の魂を裁くのは神の専権事項なわけです。
悪いことをした人間は神が裁いてくれるという信頼感があるので、
ことさら幽霊になって祟る必要はないのかもしれませんね。

二つめは、アメリカらしい合理主義的な理由からです。
生きた人間は肉体と魂を持っています。それに対し、幽霊は魂しかありません。
幽霊は強いうらみや執念を持っている、とは言っても、生きた人間だって、
一人ひとりがそれぞれ強い精神力を持って世の中を渡っているわけです。
それなのに、なぜ幽霊にとり憑かれたり、
一方的に祟られたりしなくてはならないのか、なぜ簡単に負けてしまうのか、
こういう疑問はアメリカ人なら当然出てくるのではないかと思います。

三つめとして、19世紀の世界的な心霊ブームは、
アメリカの1848年のフォックス姉妹による「ハイズヴィル事件」
を大きな契機として始まりました。この事件についてはここでは詳述しませんので、
興味を持たれた方は検索してみてください。
アメリカでは、このフォックス姉妹をはじめ、たくさんの霊媒師が登場し、
各地で降霊会が実施されるようになったのですが、ここで、
霊を呼び出すのは特殊な力を持った霊媒師の専売特許である、
という考え方が広まりました。アメリカには今でも多くの霊媒師(ミーディアム)
がいて、犯罪捜査や行方不明人探しに関わっているようです。

このような理由から、アメリカでは「幽霊にとり憑かれる」「幽霊に祟られる」
という話が少ないのだと自分は考えています。
ですから、アメリカ人は日本の『リング』や『呪怨』
などを見れば自分たちとは異なる考え方に驚きを感じるんですね。
とはいえ、これらの映画はあくまでもフィクションです。
自分がこのブログに書いている話もほとんどが創作ですが、
創作ということを明らかにしているのは、
フィクションとしてのオカルトホラーを楽しんでほしいからなんです。

さてさて、当ブログをごらんのみなさんなら大丈夫とは思いますが、
安易に「霊障」という言葉を持ち出す人物には注意が必要です。
「水子の霊」みたいな話も、さまざまな理由で妊娠中絶した人への差別では
ないかと思うくらいです。簡単に「霊障」を持ち出す、
エセ霊媒師や嘘つきスピリチュアルには近づかないのが賢明ですね。
高価な壺を買わされたり、おかしなセミナーに参加させられたり、
いつのまにか新興宗教に入信させられていたなんてことになりかねません。

日本の心霊ブームの立役者の一人である、「あなたの知らない世界」
の放送作家、故新倉イワオ氏は、加門七海氏の対談集、
『心霊づきあい』において、「自分の仕事でもし後悔があるとすれば、
先祖の祟りみたいなのが広まってしまったことだ。先祖の霊がかわいい子孫に
祟ったりするはずがない」・・・今手元に本がないので正確ではないですが、
だいたいこんな内容のことを述べておられました。
自分もそのとおりだと思います。










隣家の機械

2017.10.27 (Fri)
わたしは信用金庫に勤めておりまして、昨年の秋に転勤してきたんです。
家族で引っ越してきたものですから、郊外の一軒家を借りることになりまして。
築20年ほどでしたか、やや古びてはいましたが、
部屋数が多くて2人の子どもにも、それぞれ自分の部屋を用意してやれたんです。
周囲には緑が多くて、最初のうちは、
いいところに越してきたなって思ってたんです。
ええそれが、隣人に問題があったんですよ。うちの右隣は道路でしたが、
左隣がその山田さんというお宅で、夫婦2人だけで住んでいたんです。
旦那のほうはなんでも、ある機械メーカーの研究所に勤めていたということでしたが、
だいぶ前に退職して年金暮らしをしてました。そうですね、
山田さんのほうが70代で、奥さんは60代後半だったはずです。

でねえ、それがじつに意地が悪いというか、陰険なところのある人たちで・・・
引っ越した最初にまず、あいさつに行ったんですよ。まあ、ああいう片田舎では
近所づき合いが大事だと思って、引越しソバを持ってね。
そしたら山田さんが出てきたんですが、開口一番、
「うちとお宅の境にある柿の木を伐ってくれ」って言われたんです。
垣根を枝が越して伸びてるし、秋になると枯れ葉が落ちてきてたまらんからって。
もちろんその木はわが家が植えたんじゃなく、
以前からあったものなんですが、そんなことを引っ越し早々のあいさつのときに
言わなくたってよさそうなもんじゃないですか。
そのときは「そうですかわかりました」って言って、ソバを置いて帰ってきました。
それからすぐ、植木屋を呼んで柿の木は伐らせたんです。

ところがねえ、それからもいろんな難癖をつけられっぱなしで。
うちの子どもらは、上が小6の男で、下が小2の女です。
で、子どもらは庭のある家は初めてだったので、学校から帰ってくるとよく、
庭で遊んでたんですよ。そしたら垣根越しに山田さんに大きな声で怒鳴られまして。
下の子なんかおびえて泣きながら家に戻ってくるようなすごい剣幕で。
それからもね、ことあるごとにあれこれ文句を言われて。
例えば、下の娘はピアノを習ってて、家でも練習するんですけど、
その音がうるさいとか。いえね、下手くそなピアノの音が迷惑になることは
わたしだってわかりますけど、ピアノを置いてある部屋は隣家からはかなり離れてて、
わたしが庭で聞いてみても、聞こえるか聞こえないかくらいの音しかしてません。
それなのに、「うるさい、年寄りを殺す気か」ってうちまで言いにきて。

それはね、騒音問題で大事になったケースがあることも知ってますから、
「どうもすみませんでした」って謝りましたけど、
これじゃあ、家の中でちょっとも物音を立てられないなって、
妻とため息まじりに話し合ったくらいなんです。ええそれで、
山田さんのほうが瞬間湯沸かし器型に怒るとすれば、
奥さんのほうは陰湿きわまりないタイプで。
ほら、ゴミ出しのときに集積所の前で待っていて、
あれこれ文句をつけてくるタイプの人って、よく話を聞くじゃないですか。
奥さんのほうがまさにそれで、妻がゴミを出しに行くのをわざわざ待ちかまえてて、
ゴミ袋を持ち上げ、袋を振りながら中身を確認して、
例えば缶詰のフタなんかの金属が入っていたりすると、

妻に袋をぶつけるように放り投げて、一言、
「分別がなってない、やり直し」って命じたりしたんです。
それはね、たしかにきちんと分別してなかったうちが悪いんですが、
それにしてもそんなやり方ってありますか?最初からね、
隣人と仲よくしようなんて考えはまるで持ってないんですよ。それどころか、
わたしたちに何かの恨みでもあって、出ていけばいいっていうような態度なんです。
そりゃ腹もたちましたけど、向こうは地元の人だし、
うちのほうでずっと我慢してたんですよ。
それが、2ヶ月前のことです。日曜日に妻が庭に洗濯物を干していると、
向こうの奥さんが庭に出てきて、「ああ、ああ、下品な臭いがする。
 洗剤か柔軟剤か知らないけど、臭いをこっちによこさないでちょうだい」

こんな風に言ったらしいんです。さすがにこれには妻もかっとなって、
「うちの庭に干してるんだし、これくらいのことで文句を言ううちなんて
 あなたたちくらいですから!」って言い返したらしいんです。
そしたら向こうの奥さんが、さらに嫌味を言おうとして、額に青筋を立てて
垣根に近づいてきたんですが、そこで足元の草につまずいて、
転んで頭を打ったんです。うつぶせに倒れていつまでも起き上がってこない。
声をかけようと妻のほうから近づいたら、ガーガーといういびきの音が聞こえて、
これは大変だってことで、玄関に回って山田さんに知らせ、
山田さんのほうで救急車を呼んだんです。ええ、奥さんはそのまま、
脳出血で亡くなりました。でもねこれ、妻が悪いってことはないですよねえ。
たしかに言い争いのようなことはしましたが、

それも垣根をへだててのことなんだし、今まで一方的にやられてたのはうちのほう
なんですから。それで、隣家では葬式は行いませんでした。
話に聞くところでは、火葬のときに坊さんを呼んで、
そこで簡単にお経をあげてもらって済ませたみたいでしたね。
だから、気が進みませんでしたけど、香典を渡してお線香でもあげさせてもらおうと、
妻といっしょに隣家を訪ねたんです。
そしたら・・・山田さんが出てきましたが、わたしらの顔を見るなり
鬼のような形相になり、「妻はお前らのために死んだ。
 お前らが引っ越してこなければよかったんだ。この敵はかならずとってやる!!」
こう怒鳴られまして。でもねえ、敵って言われてもねえ。
ため息をつきながら妻と家に戻りましたよ。

これで山田さんの攻撃がさらに激しくなると思ったんです。ところが・・・
翌日から山田さんは朝早く庭に出ると、何か機械のようなものを組み立て始めました。
いや、わたしにはよくわからないんですが、変電所とか電柱の上にある電極?
みたいなのがたくさんくっついたやつです。そうですね、
大きさは公園のジャングルジムくらい、全体の形もそれに似ていました。
で、午後になると軽トラで出かけていって、
その機械の材料をたくさん積んで戻ってくるんです。ええ、こちらが庭に出ても、
まったく目もくれませんでした。まさに鬼気迫るって感じで、かえって怖かったです。
でね、2週間くらいたって、夜、家に山田さんが来たんです。
山田さんは玄関に入るなり、「機械が完成した。これでお前の一家は終わりだ!!」
これだけ言って出ていったんですよ。

翌朝、出勤のときに隣の庭を見ると、組み上げられた機械の上で電極がブンブン
うなりをあげ、その間に緑色の稲妻のようなのが走っていました。
で、その日から家族全員、調子が悪くなっちゃったんです。
子どもらは熱を出すし、妻は全身に蕁麻疹ができて顔が倍くらいに腫れ、
わたしは子どもらを医者に連れていった帰り、急に気分が悪くなって血を吐いたんです。
でも、子どもも妻もわたしも、病院では原因が特定できなかったんです。
・・・でもねえ、どう考えても体調悪化の原因は隣家の機械だと思うじゃありませんか。
それで、妻と相談して警察に連絡したんですよ。そしたら警官が2人来たので、
垣根越しに隣家の機械を見せたら驚いていました。
バチバチ音をたてながら緑の火を吹いてるんですからね。
それで、改めて翌日、警察が山田さん宅に事情聴取に行ったんです。

表向きは火事を起こしそうで危険だからという理由で・・・そしたらです。
警官が山田さん宅に入ると同時に、ものすごい怒鳴り声が聞こえてきて・・・
山田さんが木刀で警官たちを叩きまくりながら外に出てきました。
もちろんこれは公務執行妨害だし、警官の一人は頭から血を流してたので傷害でもあります。
山田さんは現行犯逮捕されて警察署に連行されたんですが、その日のうち、
トイレで自分の下着を飲み込んで自殺してしまったんです・・・ええそれで、
隣家の庭にはまだ動いている機械だけが残され、わたしは意を決して隣家の庭に入り、
持っていったシャベルやつるはしで機械を叩いて叩いて叩きまくりました。
機械は人間の悲鳴のような音を立てながら少しずつ壊れていき・・・最後に中心部分を
つるはしでえぐったとき、白いものが転がり落ちて割れ、中身がこぼれました。
それ骨片だったんです。ええ、おそらく山田さんの奥さんの遺骨なんだと思います・・・





 



話の怪談

2017.10.27 (Fri)


変な題名だと思われるでしょうが、今回はこれでいきます。
よくあるパターンとしては3つほど考えられるでしょうか。
一つめは「語ったものが死んでしまう話」ですね。とてつもなく怖い話、
あるいはさし障りのある話があって、それを語ろうとした者は、
どうしても最後まで話せず、病気などの原因で死に至るというもの。
これで有名なのは「田中河内介の最期」です。

大正初期、東京の京橋に「画博堂」という書画屋があり、
3階は怪談が好きな連中のたまり場になっていた。
ある日、そこに見知らぬ男がやってきて、
「田中河内介の話」をしたいと言う。田中河内介は明治維新の尊皇志士。
男は「田中河内介が寺田屋事件の後どうなってしまったかということは、
話せばよくない事がその身に降りかかってくると言われ、誰もその話をしない。
知っている人はその名前さえ口外しないほどだ。そんなわけで、
本当のことを知っている人が、だんだん少なくなってしまって、
自分がとうとう最後の一人になってしまったから話しておきたい」と言う。

大半の人々が面白がってうながすので、その男が話を始めた。
前置きを言って、いよいよ本題にはいるかと思うと、
話はいつのまにかまた前置きへもどってしまう。
男の話は要領をえず、同じことを何度もくり返しているので、
みな飽きて一人立ち二人立ちとその場を離れ、階下に降りてきて、
あの男どうかしてるんじゃないかと笑っていると、あわただしく人が下りてきて、
誰もまわりにいなくなったその部屋で、前の小机にうつぶせになったまま、
あの男が死んでしまったと言った。


これは、国文学者の池田彌三郎氏が書いた『日本の幽霊』に載っている内容で、
池田氏の父親の実体験なのだそうです。田中河内介はもちろん実在の人物で、
明治天皇が4歳になるまで教育係を務め、大変慕われていました。
その後、河内介は京都で勤王活動に奔走するのですが、寺田屋騒動に関連して
薩摩藩に拉致され、船中で斬られて遺体は海に捨てられます。
しかし薩摩藩では、後に無関係の河内介を殺したことを後悔するようになります。

明治維新が成った後、明治天皇は昔の養育係を思い出し、
「田中河内介はいかがいたしたか」と臣下に尋ねられ、誰も答えられないでいると、
田中と親交のあった者が進み出て「ここにおられる○○君等が指図して、
薩摩へ護送の際に斬られ、船中において非業の死を遂げました」と答え、
その場にいた○○は赤面して顔を上げることができなかった・・・
一説には、この○○は大久保利通だったという話があります。
天皇もことの影響を考えて公の席では2度とこれに触れようとしませんでした。

つまり、河内介の最期は薩摩藩内では、
すでにタブーに近いものになっていたのですが、
さらに明治天皇と、当時の最高権力者の一人であった大久保利通がからんできて、
もはや完全に触れてはならない話題になってしまったわけですね。
これらのことから、上記の引用のような話ができたのかもしれません。

さて、二つめは「有名なのに誰も知らない話」です。『牛の首』という題で、
小松左京氏が書いています。「牛の首」というとてつもなく怖い話があるという
噂を聞いたある男が、内容を知っていそうな人にかったぱしから聞いて回っても、
みな「恐ろしい」「聞かないほうがいい」「他の人に聞いてくれ」
と言葉を濁してしまう。男はここで不審を抱き、
じつはこの話は誰も知らないんじゃないかと考える。男はあちこちに取材して、
その話に最も詳しいだろう人物との面会の約束を取りつける。
しかし、男がその人物の元に行ってみると、
その人物は海外に出かけてしまっていた・・・

実は、この「牛の首」という怪談話は実際には存在しておらず、
「その話を聞いた者は、恐ろしさのあまり死んでしまう」
という情報が人々の好奇心をかき立て、その題名だけが広まってしまった・・・
ということなんですね。これと同じタイプのものには、掲示板「2ちゃんねる」
で有名になった「鮫島事件」があります。

さてさて、三つめは「聞いたものが呪われる、祟られる、死んでしまう話」です。
これは怪談としては定番で、「カシマさん」なんかもそうですね。
話を聞いてしまった人のもとに、3日以内の夜にカシマさんが現れる。
そこでカシマさんの質問に対して、呪いを避ける言葉を返せればいいが、
そうでないと命を取られてしまう・・・
実話怪談でも、このタイプは紹介しきれないほどたくさん書かれていて、
「これを聞いた人は呪われるんだよ」と一番最後に知らされます。

ちょっと変わったバリエーションとしては、
作家で詩人の西條八十が1919年に発表した詩集、『砂金』に収録されている
「トミノの地獄」。黙読なら大丈夫なのですが、
これを声に出して読むと、不幸がおきる、また最悪死ぬといわれているんです。
詩人の寺山修司は、この「トミノの地獄」を口に出して、
しばらくしてから亡くなったというエピソードがつけ加えられたりもします。
「トミノの地獄」はかなり長い詩なので、ここに引用はしませんが、
興味のある方は検索してみてください。










味の素と生命の起源

2017.10.26 (Thu)
みなさんは料理に味の素を使われているでしょうか?自分は使ってませんが、
「体に悪い」から使わない、というわけでもありません。
「化学調味料」という言われ方をするので、
味の素は化学合成されている、と思ってる方は多いようですが、
実際は主に発酵法によって作られます。
味の素の主成分は、L-グルタミン酸ナトリウムです。

この「L-」の部分に着目してください。グルタミン酸はアミノ酸の一種で、
アミノ酸にはL型とD型があります。これは左手と右手の関係に似ていて、
どちらも同じ原子でできていますが、その構造は、ちょうど鏡に写ったように
反対になっているのです。これを鏡像異性体と言います。(下図)
アミノ酸を化学合成すれば、ふつうはL型とD型が半分ずつできます。



ところが人間をはじめ植物や細菌類まで、地球上の生物のほとんどは、
L型のアミノ酸を利用しているんです。
われわれはL-グルタミン酸ナトリウムを食べればうま味を感じますが、
D-グルタミン酸ナトリウムでは感じません。
これは、われわれの体をつくるタンパク質がやはりL型からできていることと
関係していると考えられています。
L型とD型は同じ原子からできており、基本的な性質もほぼ同一なのに、
なぜこのような偏りができてしまったんでしょう?

さて、話変わって、地球上の生命はどうやって誕生したんでしょうか?
これにはいくつかの説がありますが、主なものをあげると、
① 神が創造した説 ② 自然発生説 ③ 化学進化説 ④ パンスペルミア説
に分かれます。まあ、いろいろとさし障りがあるので、
ここでは①にはふれないことにします。

②はアリストテレスの昔から長い間信じられてきた、
何もないところから命が生まれるという説です。
水を容器に入れてほうっておけば、
いつの間にか微生物がいるのが見つけられるというような話ですが、
現代のみなさんは、これは空気中を漂っているものが水の中に
落ちたためであることを知っていますよね。自然発生説は、
19世紀のパスツールの実験によってほぼ否定されました。

③は、最初の生命は原始地球にあった材料から合成されたとする説で、
今のところ支持者が最も多いのではないでしょうか。
最近は、海底の熱水噴気孔あたりで生命ができたのではないか、
という説が注目されていますが、これも化学進化説の一つです。
最後に④ですが、簡単に言えば、生命をつくるもとになった材料は、
宇宙から隕石に乗って飛来したとする説です。

今回取り上げるのはこの④の説について。
19世紀末頃からこれを唱える人はいましたが、20世紀に入って、
イギリスの天文学者にしてSF作家のフレッド・ホイルや、
同じくイギリスの、DNAの2重らせん構造を解明した分子生物学者クリック
などが熱心に主張していますね。特にクリックは「意図的パンスペルミア説」
つまり、地球外の知的生命体が宇宙に意図的に生命の種をばらまき、
その一つが地球にやってきたとする過激な説を述べていて、
しかしこれ、SFならともかく、さすがに過激すぎて学会の反応はいまいちです。

さて、L型とD型の話に戻って、近年、隕石からアミノ酸が検出されたとする
報告例が増えているのですが、このアミノ酸がL型に偏っているんです。
では、なぜ偏りが起きたんでしょうか? 話はここで一気に宇宙にとびます。
それは天体現象である円偏光によると考える学者が多いですね。
円偏光は巨大な質量を持つ星のまわりで起きることが多く、
偏光には右回りと左回りとがあります。

そして右回りの円偏光の紫外線を浴びると、
D型のアミノ酸は壊れてしまうのです。
太陽系が誕生した頃、その近くで重い恒星が生まれていて、
あたり一帯が右まわりの偏光に包まれ、
L型のアミノ酸が残ったという仮説が提唱されているわけです。

さてさて、そのL型のアミノ酸は、隕石に乗って原始地球に飛来し、
最初の生命を形づくる源となり、原初の生命は長い時間をかけて進化をとげ、
現在の人間まできました。そのため、
われわれの体はL型タンパク質で構成されており、
味の素を食べればうま味を感じる・・・とまあこんな話です。
ただしこれ、あくまで一つの仮説ですし、
実証にはさまざまな困難があることをつけ加えておきます。









飯マズの話

2017.10.25 (Wed)
始まったのは2週間前の夜のことでした。うちは父が公団に勤めてて、
帰ってくるのがだいたい6時過ぎ、母は主婦で基本的に家にいますし、
私は高校生だけど部活動はやってないので、5時過ぎには帰宅します。
あと弟が小4で、4時前後には帰ってきます。
だからほぼ毎日、家族全員で7時過ぎには夕食をとることになってたんです。
その日もいつもどおりでした。えーおかずは、カキフライとエビフライ、
卵とトマトとチンゲンサイの炒め物、味噌汁、ご飯でしたよ。
ええ、あんなことになったんでよく覚えてるんです。

まず最初は弟からでした。好物のエビフライにドバっとソースをかけ、
口に入れた瞬間、ものすごく変な顔をして、ロケットみたいに吐き出したんです。
エビフライは飛んで、向かいに座ってた父の手元に落ち、
私たち家族が驚いていると、弟は「うげー何これ、腐ってるよ!!うえええんっ」
って泣き叫んだんです。母が驚いて、
「そんなはずないわよ。今日の夕方に買ったんだから」
自分の皿のを食べ、頭を思いっきり叩かれたような顔をしました。
それで、半開きの口からボロッとフライがこぼれ落ちて・・・

ドーンという音がして、弟がイスから落ちました。
父が立ってきて弟を抱き上げトイレに連れていきました。母は目を白黒させながら、
「ダメ、このエビフライおかしいから。食べないで!」って言いました。
でも私はほんの少しだけ、どんなだろうと思ってかじってみたんです。
そしたら・・・一瞬で吐き気がこみ上げてきました。
どう表現したらわかってもらえるかな・・・玉ねぎを1ヶ月ドブにつけて、
それにさらに塩の塊を混ぜたような・・・それであわてて味噌汁を一口飲んで、
そこでもどしてしまいました。ええ、味噌汁も地獄のような味だったんですよ。

「ママー、これ味噌汁もダメ、ダメダメ!」そう言うと、
母は、「えー味噌汁まで! じゃあ、水道の水のせいなのかしら」
それからおそるおそる、炒め物やご飯を箸でさわって舐め、
「ほんと全部ダメだー!」と絶望したように叫んだんです。
私はキッチンに行って水道の水をコップにくみ、
ちょっと飲んでみました。そしたら・・・これは普通の水だったんですよ。
父が泣いている弟を連れて戻ってきたので、母は、
「ごめんなさい、今日のご飯はダメ、何か外から取りましょう」って言ったので、
私は「お水はなんでもないよ!」って知らせました。

・・・こんなことを詳しく話してもしょうがないですかね。
その後ピザを頼んだんですが、箱を開けたときは普通のピザに見えたんですけど、
やっぱりひどい味がして、家族の誰も食べることができませんでした。
でも、おかしいですよね。家のご飯なら何かで全部ダメになった
ってことも考えられるけど、宅配のピザまでそうだってのはありえないです。
今回はピザを口にしてしまった父が、
「もしかしてというか、それしか考えようがないけど、
 何かの中毒で家族全員の舌がダメになったのかもしれない」
それから、冷蔵庫の中の牛乳やハムなんかを試してみました。

でもどれも、とても食べられないひどい味で。
それで、家族全員で総合病院の救急外来に行くことにしたんです。
ええ、病院では話を聞いて驚いていましたが、中毒だと大変なので、
朝までかかって全員の検査をしてくれました。でも血液の数値も普通だし、
アレルギーでもないし、舌にも異常はなし。
父が代表して胃カメラを飲んだんですけど、
それもまったく問題はなしで・・・病院でも首をかしげるばかりでした。
それで、様子を見てくださいと言われて家に戻ったのが5時過ぎだったんです。

眠そうな弟は学校を休ませることにし、朝食は抜きにして、
私は学校に父は仕事に出かけたんですが・・・
学校では学食でカレーを注文しました。
いつもはパンで済ませることも多いんですが、
昨夜から何も食べてなかったのでお腹が空いてて・・・
でも結局、それも食べられなかったんです。
おそるおそる口に入れたものの、友だちのいる前で吐き出してしまいました。
昨夜と同んなじ味だったんです。げっそりして家に戻ると、
母と弟が私の顔を見て首を振りました。

家では近くの食堂からカツ丼を注文したそうですが、
やっぱり私と同じで食べられなかったんです。そうしているうちに父が帰宅し、
ダメだったってことは顔を見てすぐにわかりました。
家族全員の体質がおかしくなっちゃった。やっぱり中毒としか考えられない。
明日もう一度別の病院に行こう・・・そう家族で話し合いがついたとき、
玄関でチャイムが鳴りました。母が見にいって、
居間に白っぽい和服の男性を案内してきたんです。その人は60歳くらいで、
アゴの下に長い髭をたくわえていました。

「はじめまして、わたしは町内の稲荷社の宮司をしておるものです。
 鳥居の前を掃除していると、高いところで狐火が燃えておるのに気がつき、
 見に来たらこの家の屋根の上だったので、おじゃまさせていただきました。
 もしや当社の狐たちが何かイタズラをしておるのではありませんか?」
こう言ったので、父が食べ物の味がおかしくなっていることを説明しました。
宮司さんはしばらく考えていましたが、「はああ、それはいかにも狐たちが
 やりそうなことではあります。しかしながら、ただにイタズラをするわけもなく、
 何か原因があるはずです。どなたかお心あたりはございませんか」

すると、さっきからモジモジしていた弟が、
「昨日学校の帰りにお稲荷様の境内に寄って友だちと遊んだ。そのとき、
 小さなお堂のお狐様にさわった」こんなことを言い出しました。
それで私たちは家を出て屋根を見たんですが、私には火は見えませんでした。
それから宮司さんと連れ立って稲荷社まで行ってみたんです。
もう暗くなってましたけど、稲荷社の前には防犯灯がついてました。
宮司さんは弟に「さわったのはどこ?」と聞き、弟は参道の脇にある小さなお堂、
摂社と言うんですか、そのうちの一つを指差したんです。

「昨日はこの扉が開いてて、白いお狐様がいたから食べ物をあげた」
「えー、食べ物って何?」私が聞くと、
宮司さんが「まあまあ」と、お堂の扉を開けてみると、
中には陶器の白い狐の像があり、その半開きの口に石がはさまっていました。
「お前がこれやったのか?」 「だって何か食べたそうだったから」
弟が半泣きになって答えました。宮司さんはひょいと石をつまんで取り、
参道に放ると「これはいけませんな、この狐に謝ったほうがよろしい」
それで、家族全員で頭を下げ、本殿にはお賽銭1万円を父が投げ入れました。

それから母が油揚げをスーパーで買ってきてお堂の前にお供えすると、
もう一度家族で謝ったんですよ。
宮司さんは、「うん、これで大丈夫かと思いますが、なんなら試してみましょう」
私たちを社務所に招き入れ、紅白の砂糖菓子を半分に割ったのを配られました。
みんなでおそるおそる食べてみたんですが、
あのひどいドブのような味はなくなっていたんです。
宮司さんは笑って、「ああ、これでよい。家でも大丈夫でしょう」
それから弟の頭をなで「お狐様は石は食べないからね。今後は気をつけるんだよ。

 お家でもあんまり怒らないであげてください」と、優しい調子で話されました。
私たちは家に戻り、ほとんど残っていた昨日のピザを一口ずつ食べてみると、
普通の味になっていたんです。「ああよかった」と母が言いました。
私が弟の頭をヒジで少し小突くと、父が「ま、今回のことでわかったろう。
 古いものは大事にしなくちゃいけないんだよ。とくに神様の関係は」
こう弟に諭すように話しました。これで私のお話は終わりです。
はい、二度とあのひどい味のものを食べなくてすんで、ほんとによかったです。
こういうことって実際にあるんですね。









『エクソシスト』3作+

2017.10.24 (Tue)


最初の『エクソシスト』は大ヒットしましたが、
なにぶん1973年公開ですので、
リアルタイムで見たという人は少なくなったかもしれません。
貸しビデオ屋で借りて見た人が多いのかな。この作品を論評するとすれば、
キリスト教映画であること、密室劇であること、の2つですかね。
ストーリーはごくごく単純で、ある少女にとり憑いた悪魔を2人の神父が
キリスト教の悪魔祓いによって追い出す・・・これだけです。

映画の公開時には、伝統的な勢力からいろいろと批判もあったようですが、
最終的には神父2人の自己犠牲によって悪魔は退散するのですから、
神の勝利が描かれてるわけで、昨今のスプラッタ系や拷問系の映画に比べれば、
そんなに非難されるような内容ではないと思いますけどね。
むしろカトリックの悪魔祓い儀式や、悪魔にとり憑かれる怖ろしさについての
いい宣伝になったんじゃないかという気がします。

密室劇については、最初こそメソポタミアの遺跡などが出てきますが、
それ以外はずーっと、あのせまい石段を上った先の、
屋敷の2階のリーガンの部屋の中で話が展開していくので、
観客を飽きさせないために、リーガンの体が宙に浮くとか、緑色のゲロを吐くとか
声が変わって汚い言葉をしゃべるとか、首が180度回転するとか、
たくさんのおどかしギミックが詰め込まれることになりました。
これを「こけおどし映画」と評する人もいるんですが、
場面転換して目先を変えることができないので、監督としては、
次々と怖いギミックを仕掛けることに集中できたんでしょうね。

あとは、テーマ曲の『チューブラー・ベルズ』。
監督は最初の音楽担当者を、デモテープを聞いてすぐ解雇したそうですが、
これは大正解でした。チューブラー・ベルズのくり返し円環していく曲想は、
この映画の内容にぴったりだと思います。

さて、『エクソシスト2』に行きましょう。これは1作めとは逆に、
アフリカとアメリカのシーンがめまぐるしく入れかわって描かれる内容でした。
評価は賛否両論で、都筑道夫氏のように、
「この数年間でただ一度、終わったとたんに、思わず拍手してしまった映画」
みたいに激賞する人もいれば、「わけがわからん」と切り捨てる人もいて、
どっちかといえば否定派が多いんだと思います。

自分はこの両方の論ともにわかる気がします。
「わけわからん」というのは、まず、あまりにも多くの内容が短時間の中に
詰め込まれている上に、説明不足なので、観客が理解できないうちに
次のシーンに移ってしまい、消化不良を起こしてしまうからでしょう。
あと、よく考えればつじつまの合わないところもたくさんあり、
脚本にちょっと問題があったかなあと思います。

よかったと思うのは、単なるキリスト教映画を超えていたことで、
生物学的な視点、心理学的な観点が盛り込まれていました。
悪魔は、群れをなして襲ってくるイナゴの象徴であり、
かつて悪魔にとり憑かれたアフリカ人の少年は、
大人になって生物学の研究者になり、凶暴化したイナゴの群れを鎮める
「よいイナゴ」をつくり出していました。そしてリーガンもまた、
催眠療法などを通して、悪魔をはね返す力を身につけた
「よいイナゴ」になっていたのです。

このあたりのことは、オカルトホラーに造詣の深い都筑道夫氏なら、
瞬時に理解できたのでしょうが、1作めの怖さを期待して見にきた一般の観客が
これを見てそこまで理解するのは、はっきり言って不可能ですね。
ですから、批判があるのもしかたないのかなあと思います。
でも自分は好きですよ、この映画。

さて、『エクソシスト3』に行きます。
1作目の原作者のピーター・ブラッティが、
『エクソシスト2』の出来に腹を立て、自らこの映画を制作したんですね。
彼は映画の監督は素人ですので、説明的な長いセリフが多いなど、
演出にもたつく部分もあったんですが、
恐怖というもののとらえ方が映画畑出身の人とはかなり違っていて、
それだけにはっとさせられるシーンが多かったです。

話の流れは、連続殺人事件を刑事が追っていくという、
サイコスリラーのような形をとっていて、当時のホラーとしては斬新でした。
残虐な殺人が続くのですが、そのほとんどは画面としては描かれず、
セリフで語られます。このあたりは小説家のつくった映画らしいところ。
あと、上記したようにそれまでのホラー映画には見られなかった、
感覚的に怖いシーンがあちこちに詰め込まれていましたね。

例えば、病院で夜間に見回りする看護師を長回しで写して、
こんなのを長く撮ってるのは何か意味があるんだろうなと観客が思ったころ、
白布をかぶった殺人鬼が手術用の骨切り鋏をかまえて看護師の後から
出てくる場面、これにはのけぞりました。あと婆さんが天井を這い回るシーンとか、
刑事の娘が間一髪で首を斬られるのを逃れるシーンとか、
才能ある素人に映画を撮らせるのも面白いなあと思わされました。
映画には文法があるんですが、それを外すのも一つの手なんですね。

ただ、エクソシストの題名がついているのに、最後の対決のシーンで、
神父が簡単にやられてしまうのはちょっとどうなんでしょうか。
あと特撮もいまいちしょぼかったですし。
まあでも、映画監督の黒沢清氏が絶賛しているなど、
全体的な完成度はそれなりに高かったと思います。

最後に、題名に「+」とあるのは、2004年の『エクソシストビギニング』。
これは自分はあまり楽しめなかったです。
前半の重い設定が後半の悪魔祓いのシーンに
ぜんぜん生かされてなかったですし、なにより怖くなかったです。








虫系ホラーについて

2017.10.24 (Tue)


うーん、このお題でどんなことが書けますかねえ・・・
虫といっても、昆虫以外のクモとかヒルとかゴカイとかも入れて、
小動物ということで考えていきましょう。
まず最初に言えるのは、生理的嫌悪感のあるものが多いということですね。
例えば、廃屋を歩いていると、天井が急に破れて、
大量のウジが頭の上に降ってくる・・・これはたしかに怖いですけど、
生理的嫌悪感のみで話を成り立たせるのは、ちょっと反則のような気がします。
それだけでは底の浅いものになってしまうというか、
もう一つプラスアルファの部分がほしいところです。

虫に対する恐怖症を持っている人は多いと思われますが、
その中でもクモ恐怖症は特に「アラクノフォビア」という名前までついてます。
この語源になったアラクネというのはギリシア神話の登場人物で、
女神アテナと機織の勝負をしてクモに変えられてしまった人間の女性です。
「クモが怖い」と言うと、「クモは蚊やハエなどを食べてくれる益虫なんだよ」
と返されることもありますが、そうは言っても、
なかなか理屈で恐怖症が改善することはないですよね。

「虫のホラー」で最初に思い浮かぶのは、やっぱりカフカの『変身』なんですが、
これも毒虫になってしまった主人公への家族の嫌悪感が、
物語の構造上、大きな部分を占めています。
もしこれが かわいい子犬とかに変身したのなら、
まったく違ったファンタジー系の話になったかもしれません。

ホラー小説だと、スティーブン・キングの次男であるジョー・ヒルが、
『蝗の歌を聞くがよい』という短編を書いています。
ある朝、いじめられっ子の主人公は大きな蝗に変身していて・・・
ここまではカフカ作品へのオマージュなんですが、
その後は一転してスプラッタアクション系の展開になっていきます。

あと、オーガスト・ダーレスが『シデムシの歌』というのを書いていて、
シデムシは漢字で死出虫と書く、動物の死骸を食べる虫のことです。
雰囲気で読ませる作品なので粗筋を紹介するのはやめておきますが、
これはなかなかの佳作ですね。作者のダーレスは、H・P・ラブクラフトの死後、
作品を整理してクトゥルー神話の体系をつくりあげた人で、
自身もたくさんホラー短編を書いていますが、これとあと、
『淋しい場所』というのが有名です。

日本のだと、どちらも長編ですが、坂東眞砂子氏の『蟲』とか、
田中啓文氏の『蝿の王』がそれ系ですかね。田中作品はもちろん、
ウィリアム・ゴールディングの同名の傑作『蝿の王』へのオマージュ作品です。
ちなみにゴールディング作品の蝿の王とは、
蝿が群がった豚の頭を意味するとともに、悪魔ベルゼブブも指しています。

さて、映画だと虫系ホラーはいろいろありますが、大別して2つに分かれます。
一つは虫がそのままの大きさで大量に出てくるもの。
1976年のアメリカ映画『スクワーム』なんかが代表作ですかね。
ここで出てきたのはゴカイの大群です。B級といえばそうなんですが、
ストーリーがしっかりした、なかなかいい作品だったと思います。
これ系の映画のはしりは、チャールストン・ヘストン主演の1954年作品、
『黒い絨毯』でしょうか。アマゾンの人食いアリが黒い絨毯という題名の由来です。

もう一つは、虫が何らかの理由で巨大化して暴れまわるもので、
『スパイダー・パニック』とか、これ系はいっぱいあります。
あと、SF映画の『スターシップ・トゥルーパーズ』のシリーズも、
敵の宇宙人は、ゴキブリとかクモが巨大化した造形でしたね。
あと『メン・イン・ブラック』でも、
ゴキブリから進化したエイリアンが出てきていました。

ハリウッド系の映画は、オリジナルの怪物をつくるのが苦手だという話があります。
これはキリスト教国なので、すべての生物は神が創造したものであるという
概念からなかなか抜け出せないためである、という説がなんですが、
これはどうなんでしょう。1998年のハリウッド版『GODZILLA』では、
ゴジラがトカゲのような造形になっていたので、
そういう面はあるのかもしれません。

あと、上の2つの分類にちょっと当てはまらないのが、
1986年の『ザ・フライ』です。これはSF系のホラーで、
物質転送機「テレポッド」を発明したノーベル賞科学者の主人公が、
転送の際に、手違いで入り込んでしまったハエと遺伝子レベルで融合してしまい、
だんだんにハエ人間化していくというお話でした。
ただこれ、虫系というよりは変身物の要素のほうが強かったと思います。
最後に主人公は、またまた手違いによって機械と融合してしまうという
ドジな結末でしたね。・・・まあ今回はこんなところで。

悪魔『ベルゼブブ』








毎年恒例ハロウィンケーキ

2017.10.23 (Mon)
さて、今年もハロウィンが近づいてきましたので、毎年やってるハロウィンケーキ
のご紹介をしたいと思います。まず日本語で「ハロウィンケーキ」で画像検索すると、
9割以上がまともというか、かわいいケーキが出てきますが、
英語の「Halloween cake」で検索すると、かわいいケーキが6割、
やや悪趣味なケーキが3割、これはちょっとアウトだろうというのが1割くらいあります。
このあたりはやっぱり文化の違いなんでしょうねえ。
(画像はクリックで拡大できます)

○かわいいケーキ編

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○ちょっと悪趣味だけど、まあアリかな編

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○これはさすがにアウトでしょう編

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まあしかし、怖がるときは思いっきり怖がるというのも一つの文化でしょうし、
本場はこういうものだ、ということで。
(画像はほとんど商品見本からとったものですが、著作権に問題がある場合はご連絡ください)

関連記事 『ハロウィンケーキ』







海からきた恵比寿さまの話

2017.10.23 (Mon)
これ、5年前に死んだうちのジイさんの話なんだよ。まあ聞いてくれ。
72歳で亡くなったんだ。早すぎるって歳じゃないし、しかたないんだけど、
亡くなった前後の事情がかなり奇妙奇天烈でね・・・
ああ、仕事は鉄道関連の会社を退職して、俺の両親と同居してたんだよ。
それで年金を小遣いにして、悠々自適の生活だった。
うん、体も悪いところはどこもなくて、毎日港に漁に出てた。
いや、漁師じゃなくて趣味でやってたんだ。釣りもやったけど、
メインはカニ籠だったな。岸壁に籠をしかけてモズクガニをとるんだ。
ジイさんがとったカニは臭みもなくて、味噌汁に入れても佃煮にしても旨かった。
んで、ある日、俺が高校から帰ってくると、ジイさんが庭にたらいを出して、
何か洗ってたんだよ。「ジイちゃん、何やってんの?」と聞いたら、

「今朝な、カニ籠にこんなもんが入ってたんだ」と、
たらいの中のものを持ち上げて俺に見せた。それが高さ50cmくらいの
赤黒いもので、そんときは何だかわからなかった。
「何だい、それ?」重ねて聞くと、
「木彫りの像みたいだ、恵比寿さまなんじゃないかなあ」って答えた。
「恵比寿さま?」 「ああ、頭巾をかぶって鯛を持ち上げてる」
・・・言われてみればそう見えないこともなかった。
「へえ、そりゃ縁起いいんじゃないの」 
「そうだな、恵比寿さまは漁師の守り神だし」
「でもそれ、カニ籠に入ってたの? 籠の穴よりずいぶん大きく見えるけど」
「それがわしも不思議なんだよ。それにカニ籠は底まで沈めてるわけじゃねえから、

 海の中を漂って入ってきたってことになる」
「うーん、そうだよね」 「ところがなあ、これ、たらいに入れると沈むんだよ」
「きっと恵比寿さまのほうで、ジイちゃんを慕って寄ってきたんだろ」
そのときはこんな会話をしたんだよ。それから、
洗った恵比寿さまは庭の日当たりのいいところに何日か干されてあったんで、
見てみると確かに腹の出た人の形をしてて、両手で魚を抱えている。
今にして思えば、釣り竿を持ってないのは変だったけどな。
木目が浮き出てたから木製なのは間違いない。
泥を落としてみると赤に近いえび茶色をしてた。ただし、何かを塗ったわけじゃなく、
そういう木の色みたいだったんだな。恵比寿さまは水気が抜けきるまで、
1週間ほど庭で乾かされていたが、その終わりころに、

野良猫が一匹、像の前で死んでたんだよ。上を向いて血を吐いて転がってた。
病気で死んだんだとそのときは思ったが、そういう猫の死に方って珍しいだろ。
うん、猫って普通は具合が悪くなれば、縁の下とか人に見えないとこで死ぬよな。
今にして思えば一連の出来事の、これが始まりだったんだろうな。
・・・すっかり乾燥した恵比寿さまは、ジイさんが使ってる和室の床の間に置かれた。
長い間海の中にいたせいで、輪郭はボケてるけど、
それなりに立派なものに見えたよ。ジイさんは木を磨く油を買ってきて、
暇があれば恵比寿さまをこすってて、
よっぽど気に入ったんだろうって家族で話してたんだよ。
で、それから3日くらいたった朝のことだ。ジイさんの部屋のほうで、
ガチャーンってガラスが割れる音がしたんだ。

家族はみんな起きてたんで何事かと見にいったら、
ベランダのサッシにカラスが頭から突っ込んでた。首を切ったみたいで、
割れたガラスの下のほうが血で赤く染まってて、カラスはぴくとも動かなかった。
ジイさんが恵比寿さまの前に正座してたんで、「どうしたん?」って聞いたら、
「カラスのやつが恵比寿さまをねらってきやがった。
 けども恵比寿さまの力に負けてこのザマだ!」そう言って、
ガラスに刺さってるカラスを指差して嘲笑ったんだよ。
「えー、カラスが木の像なんかねらわないだろ」俺がそう言うと、
ジイさんは真顔で「いや、もしかしたら恵比寿さまのほうでカラスを呼び寄せたのかも
 しれん。この恵比寿さまは命が好きみたいだから」こう答えたんだ。
うん、そのときはどういう意味かわからなかったよ。

次の日からジイさんはまた漁に出るようになった。カニ籠はやめて釣りだったな。
それが、毎日すごい釣果があったんだよ。
石鯛やスズキの大きいのがバンバン釣れた。
けど、それらを母親が料理してみると、なんでかどれも泥臭くって、
刺し身はもちろん、焼いても煮つけにしても旨くなかったんだよ。
もしかしたら、港に流れてる廃油かなんかを吸って育ったのかもしれん。
ジイさんは「どんどん釣れるのは、恵比寿さまが欲しがってるからだろう。
 もう魚はお前たちにはやらん」そう言って、釣ってきた魚を竹籠に積み上げて、
恵比寿さまの前に置いてお供えみたいにした。
うん、その頃からジイさんの部屋が生臭くなりはじめたんだよ。いや、
季節は秋に入ってったし、朝に釣ったばかりの魚が1日置いたって腐るわけはねえ。

ジイさんは庭に穴を掘って、夜になると、恵比寿さまに供えた魚を毎日埋めてたしな。
この頃から、ジイさんの様子がいよいよおかしくなりはじめた。
朝に釣りに行って10時ころ帰ってくる以外は、
何もせずにずっと恵比寿さまを磨いてたんだよ。家族の食卓にも出てこなくなり、
母親に食事を部屋に運ばせるようになった。で、それにもほとんど箸をつけてない。
ジイさんは顔も洗わず、髭も剃らずで、どんどん痩せていった。
ときおり部屋を覗くと、恵比寿さまを抱え込むようにして、
にやにや笑いながら磨いてたんだ。それで、恵比寿さまはつやつやに光って、
なんだか赤い色がいっそう鮮やかになったように見えたな。
家族で相談して、これはちょっとジイさん、ボケがかってきたかもしれないから、
医者に連れて行こうってことになった。

ところがジイさんは頑としていうことを聞かず、
「わしが恵比寿さまを守ってないと、恵比寿さまが勝手に出かけていって
 命をとってくるかもしれんから、それはならん」こんなふうに言ったんだよ。
続けて「恵比寿さまはもう、魚じゃ満足できんみたいだ。明日から釣りはやめる」
そんときはそれもどういう意味なのかわからなかった。
けども、翌日もジイさんは朝に出かけていって、
やはり昼過ぎに麻袋をかついで戻ってきた。
これは俺が学校に行ってていないときだから、母親が目撃したんだが、
ジイさんは得々として袋から中型の犬の死骸を出し、
恵比寿さまの前に捧げたって話なんだよ。しかもだ、その犬ってのが首輪がついた
明らかに飼い犬に見える毛並みのいいやつだったから、これはマズイだろ。

それで、母親は父親に電話をかけてジイさんを入院させる相談をしたんだ。
けど、本人が嫌がってるのを無理やり入院させるのはできないんだな。
措置入院ってのもあるけど、いろいろ複雑な手続きがある。
まず何よりも医者の診断がなくちゃいけないんだが、
ジイさんはどうしても医者にかかろうとしないし。
かといって、人の家の犬を殺しにいくのを黙って見てるわけにもいかんだろ。
それで親戚の男衆に連絡して事情を話し、何人か来てもらって、
ジイさんを家から出さないようにしたわけよ。
ああ、ジイさんが袋を持って外に出ようとしたら、
何人もでジイさんを押さえ込むようにしてな。そうやって3日がたった。
この間に、家族でジイさんのことを警察や行政に相談したんだ。

で、翌日のこと。その日も、朝からジイさんをなだめすかしてたら、
恵比寿さまのほうからカキーンという乾いた音がしたんだ。
ジイさんはそれを聞いて「ああ、恵比寿さまが、もうこの家にはいたくないと言ってる。
 海に帰るから最後の命がほしいとも」そう言うなり、
前にかがみ込むようにして咳き込み、大量の血を吐いたんだよ。
そのまま倒れ込んだんで、救急車を呼ぶしかなかった。
それで病院に着いて1時間後に亡くなったんだが、
死因を特定するために胃や腸、肺なんかを調べても、
どこにも出血するような病巣はなかったんだ。それから葬儀屋を呼ぶとかなんとか
すったもんだして、夜中にやっと家に戻ってきたが、ジイさんの部屋を見ると、
誰もさわってないはずなのに、恵比寿さまはなくなっていたんだよ・・・











猿のオカルトホラー

2017.10.23 (Mon)
「ウアカリ」


このお題を目にした方は、ははあこれはジェイコブスの短編『猿の手』と、
映画の『猿の惑星』や『キングコング』が出てくるだろう、
とお思いになったでしょう。
たしかに『猿の手』は古典的名作ですので出さざるをえませんが、
上記の2つの映画にはふれないことにします。
これらを出さなくても、猿に関するオカルトホラーはたくさんあるんですよ。

まず『猿の手』ですが、作者はイギリスの小説家W・W・ジェイコブズ。
日本ではこの一作だけが有名ですね。
老夫婦が男から猿の手のミイラをもらい受けた。
猿の手は願い事を3つ叶えてくれるという。手始めに老夫婦は金が欲しいと願う。
すると、息子が工場の事故で死んで見舞金が入ってきた。
妻は嘆き悲しみ、息子を生き返らせてほしいと願う。
その晩、老夫婦の家にノックの音が鳴り響く。妻はドアを開けようとするが、
夫は必死になって止める。 なんとも不吉な予感が胸をよぎったからだ。
夫は猿の手に最後の願いをする。「ドアの外の者を去らせたまえ」と。


この話について、いろんな人が論評を書いていて、
「3つの願い事」の部分は、ヨーロッパの昔話によくある内容なんですが、
あまり触れられていないのは、この作品が、
かなり古い時期にゾンビをあつかったものだということです。
それも肉親がゾンビになる恐怖など、当時としては斬新なテーマを含んでいます。
この作品へのオマージュが多いのは、そのあたりのことも関係しているのでしょう。
ちなみに『猿の手』が書かれたのは1902年で、最初のゾンビ映画といわれる
『恐怖城』の公開は1932年です。

さて、猿関連のホラー小説では、貴志祐介氏の長編『天使の囀り』。
これはネタバレをすれば寄生虫物なんですが、最初に寄生虫を持っていたのが、
ウアカリというアマゾンに棲む奇怪な姿の猿でした。
あと生きた猿ではありませんが、筒井康隆氏のホラー短編の代表作、
『母子像』には、赤ん坊を異次元に引きずり込む、
不気味な猿のシンバル人形が出てきます。
ホラー小説家田中哲弥氏には『猿駅』という短編があり、
とある駅を一歩出ると、そこは一面の猿の群れになっていて、
主人公は猿を踏んづけながら歩いていくと・・・という夢幻的な内容。

さて、妖怪の一種には「猿神」なんてのもあります。
『今昔物語』には、少女を毎年生贄として求めていた猿神が、
猟師に退治される話が出てきていて、
これは有名な岩見重太郎のヒヒ退治とほとんど同じ内容です。
ヒヒは漢字で狒々と書き、年老いた猿が变化(へんげ)すると言われています。
柳田國男の著書『妖怪談義』には、天和3年(1683年)に越後国(新潟県)、
正徳4年(1714年)には伊豆で狒々が実際に捕らえられたとあり、
前者は体長4尺8寸、後者は7尺8寸あったとなっています。

4尺8寸は140cm台ですが、7尺8寸は2mを大きく超えていて、
日本にはゴリラなどの大型霊長類はいないので、
この話がもし本当だったとしたら、その正体が何かはわかりません。
・・・話題がどっちの方向へ行くかだいたい予想がつかれたと思いますが、
オカルト分野の一つUMA(未確認動物)では、雪男(イエティ)やビッグフットは、
ネッシーと並んで重要な地位を占めていますね。

ちなみに、雪男はヒマラヤ山中で目撃されるもので、
ビッグフットは北アメリカのロッキー山脈に生息していて、
ネイテイブアメリカンの伝承にあるサスカッチと同一視されることもあります。
あと日本では一時期、広島県の比婆山に生息するという「ヒバゴン」
が有名になりました。その正体に関しては、
群れから外れた大型の年老いたニホンザルという説が、一番有力そうです。

さてさて、そろそろ〆たいと思います。
猿の仲間は知能が高いことが知られていますね。
チンパンジーやオランウータンの知能は、人間でいえば3~4才児くらいに相当する、
という研究もあります。4才児だったら、もうかなり自由に言葉を話せますよね。
では、類人猿は死や死後の世界についてどのように考えているのでしょうか。

「ココ」という名のゴリラをご存知でしょうか。メスのローランドゴリラで、
世界で初めて手話(アメリカ手話言語)を使い、
人間との会話に成功したとされるています。女性の発達心理者パターソン氏は、
ココに2000語もの手話の単語を教えました。
ココはポールという名の猫と仲よく暮らしていましたが、
ある日ポールは事故で死んでしまい、パターソン氏がそのことを手話でココに伝えると、
ココは手話で「話したくない」と答え、嘆き悲しみました。
この様子はビデオにも残っています。

また「死の概念」について、手話で「ゴリラはいつ死ぬのか?」と問われると、
年をとり 病気で」と回答し、「その時何を感じるのか?」という質問には、
眠る」とだけ答え、 最後に「死んだゴリラはどこへ行くのか」と聞くと、
苦痛のない 穴に さようなら」と答えたのだそうです。
これが本当ならば、かなり人間に近い形で死をとらえているようですが、
ココの手話はパターソン氏以外とはなかなか通じず、
パターソンが恣意的に解釈しているのではないかという批判もあるのです。








航空機の怖い話、その他

2017.10.22 (Sun)


今回は飛行機にまつわるお話をします。2014年3月8日、
マレーシア航空370便が消息を絶った事件は記憶に新しいところで、
陰謀説や拉致説、はては時空のゆがみ説までいろいろ出ていますが、
べつに海に落ちたと考えれば、自分は不思議でもなんでもない気がします。

こういう事件は過去にもたくさんあって、日本でも1979年、
成田空港発サンパウロ行きの貨物便が乗員6名とともに行方不明になり、
その後も消息は知れていません。
まあ、これが飛行機だから騒がれるのであって、
船舶が海で行方知れずになる事件は、1年間で膨大な数になるのです。

さて、飛行機に関する不可思議な話として有名なのは、
「サンチアゴ航空513便事件」ですね。
アメリカのタブロイド紙・ウィークリー・ワールド・ニュースは、
1989年11月14日号において、以下のような事件が発生したと報じた。
1989年10月12日、ブラジルのポルト・アレグレ空港に
1機のロッキード・スーパーコンステレーションが、管制塔の許可をえずに着陸した。
機内を調べると、乗客乗員あわせて92名全員が白骨死体となっていた。
フライトレコーダーを調べてみると、同機は1954年9月4日、
西ドイツのアーヘン空港からポルトアレグレ空港に向かっている途中で
行方不明になっていたサンチアゴ航空513便だと判明した。


まあ、これは完全なフェイクニュースです。
サンチアゴ航空という航空会社はそもそも存在していませんし、
1954年当時に飛行機が行方不明になったという記録もありません。
事件を報じた「ウィークリー・ワールド・ニュース」は、
日本の東京スポーツよりも冗談がかったフェイク専門の新聞です。

さて、航空機関係の怖い話で有名なのは、オムニバス映画『トワイライトゾーン』
の第4話「2万フィートの戦慄」ですね。原作は『地球最後の男』などを書いた
リチャード・マチスンの短編、『高度2万フィートの悪夢』。
飛行機の嫌いなセールスマンが飛行中にふと窓の外を見ると、
翼の上に何かがいる。そいつはエンジンを破壊しているようだ。
このままでは墜落すると思ったセールスマンは、
窓をぶち割って怪物に向けて発砲するが・・・こんな話でした。
昔の映画ですので乗客が拳銃を持っていたりするんですが、
今ではハイジャック防止のためにこの設定は不可能でしょう。

この話の元ネタは「グレムリン」かもしれません。といっても、
映画の『グレムリン』シリーズではなく、
20世紀初頭にイギリスの空軍パイロットの間存在が噂された、
空中に住む妖魔のようなものです。
第二次大戦中は、日本に空襲をしかけにきたアメリカ軍爆撃機の乗組員が、
不思議な飛行物体を見たり、計器類に異常があったりした場合、
このグレムリンのせいにされました。現在でも、機械やコンピュータが、
原因不明でおかしな動作をすることをグレムリン効果と言ったりします。

あとまあ、飛行機に乗っていて、UFOを見た、龍を見た、
魔法使いがほうきに乗って飛んでいるのを見たとか、そういう話はたくさんありますね。
ちなみに自分は、モンゴルのウランバートルに向かう飛行機の窓から、
雲が直径数百m以上のレンズ状にふくらんで、その真ん中が漏斗のようになり、
ぐるんと裏返るのを目撃したことがあります。
これはおそらく、上昇・下降気流に関係した何かの気象現象なのでしょうが、
ものすごい壮大な光景で、今でも忘れることができません。

さて、飛行機をあつかった怖い映画はたくさんあるんですが、
その紹介はやめておきます。なぜかというと、
飛行機に関しては、現実にあった出来事のほうがはるかに怖いからです。
飛行機が墜落すれば死ぬ確率はほぼ100%です。
アメリカの9.11テロ事件では、4機の飛行機がハイジャックされ、
約3000人の人名が失われましたが、そのうちの幾人かは、
救助隊員の無線、携帯電話、航空機備えつけの電話でメッセージを残していて、
まとめたものを読むと胸に迫ってくるものがあります。

さてさて、最後に胸クソの悪い話を書いて終わります。
「桜花」という特殊な飛行機をご存知でしょうか。これは第二次世界大戦中に
日本軍が開発した、特攻に特化した滑空機です。
ごくわずなな燃料だけを搭載し、爆弾を積んで乗員が操縦し、
敵戦艦などに体あたりする兵器なんですね。

アメリカ軍はこれを「Baka Bomb(バカ爆弾)」と呼んであざけりました。
この発案者は「大田正一海軍特務少尉」で、
桜花の兵器としての採用を軍に熱心に働きかけました。
彼は敗戦後、茨城県の基地から零式練習戦闘機に乗り込んで離陸し、
そのまま行方不明となり、自決したものと考えられましたが、そうではなく、
名前を変え、無戸籍のまま家族を持ち、1994年まで生き伸びたのです。

チベット上空で飛行機から撮影された龍 カメラの紐じゃないかと思うのは自分だけでしょうか








ベッドの下には?

2017.10.22 (Sun)


今回は怖い話ではなく、前に書いた「アメリカの都市伝説」の続きのような内容です。
まず、「under your bed」で画像検索をしてみてください。
ずらずらっと怖い画像のオンパレードになるはずです。
アメリカには、「ベッドの下は怖い」という概念が強くあるようです。
ヘビイメタルのロックバンド、メタリカには「エンターサンドマン」という
大ヒット曲がありますが、サンドマンは前にちょっとご紹介したように「砂男」。
夜、子どもの目に砂をまいて眠らせる民間伝承の妖精のようなもので、
この曲のモチーフになっているのは「子ども時代の、夜や悪夢に対する恐れ」です。

Hush little baby don't say a word
And never mind that noise you heard
It's just the beasts under your bed
In your closet and in your head

幼い子よ、話すのをやめなさい
言葉を発してはいけません
あなたに聞こえている音は気にしないで
それはあなたのベッドの下、クローゼットの中
そしてあなたの頭の中にいる野獣のものなんだよ


日本だと、ベッドで寝る人は増えましたが、
ベッドの下が怖いという話はあまり聞きませんよね。これアメリカでは、
なんでそんなに怖がられてるんでしょうか。
うがちすぎなのかもしれませんが、もしかしたら、
アメリカの家は広く、子どもには自分の部屋があり、映画なんかを見れば、
両親は1階の寝室でいっしょにダブルベッドで寝ていて、
子どもはかなり幼いときから、電気を消して2階の部屋で一人で寝る。
そんな幼児期に、夜を恐れた経験のある人が多いのかもしれません。

さて、アメリカの都市伝説で有名なのが「ベッドの下の男」というもので、
これもみんさんご存知でしょうが、いちおう紹介すると、
マンションで一人暮らしをしている女性の部屋に友人が遊びに来た。
部屋にはベッドが一つしかないので、自分はベッドに寝て、
友人は床に布団を敷いて寝させることにした。夜も更けて寝ようとする女性に、
突然友人は外へ出ようと誘う。あまりにしつこく誘うてのでしぶしぶ部屋を出ると、
友人は血相を変えて彼女に、
「ベッドの下に包丁を握った男がうずくまっている」と言った。

こんな内容です。この発祥がいつかはわかりませんが、
1912年に『ベッドの下の男』という映画が制作されていて、
かなり古いものであるのは間違いないようです。

この話にはバリエーションがいくつもあり、
その中で自分が怖いなあと思うのは、「なめるのは犬だけではない」という話です。
「The Licked Hand(なめられた手)」という題もあります。

ある女の子が一人で寝ていると、ポタポタと水のしたたる音が聞こえる。
気になってしかたがないし、だんだん怖くなってきた。
ベッドの下には愛犬が寝ているので、女の子が手を下にたらすと、
愛犬がその手をペロペロなめ、それで女の子は安心した。
でもやっぱり音が気になるので、女の子は意をけっして起き上がり、
電気をつけて音のありかを探すことにした。
どうやら音はクローゼットの中から聞こえてくる。開けてみると、
愛犬が首を斬られて吊るされており、切り口から血がしたたっているのだった。
そのとき、ベッドの下から「なめるのは犬だけではないよ」という声が聞こえた。


何者かがいつのまにか家の中にしのびこんでいる、というシチュエーションも
よくあって、「ベビーシッターと2階の男」というのが知られています。
あるベビーシッターが仕事中に、見知らぬ男から電話を受けるようになった。
しだいに個人的なことを訊かれるようになり、
最後には、子供の様子をちゃんと確かめたか、という言葉を残した。
ついに彼女は911に電話し、警察が発信元をつきとめると、
なんとその不気味な電話は、その家の中からかけられていることがわかった。
警察が家に踏み込み、子供たちが眠っている二階に男が潜んでいるのを発見したが、
時すでに遅く、子供たちは残忍に殺されていた。


これだとあまりに救いがないので、ベビーシッターが活躍して子どもたちを助ける
バージョンもあります。1979年の映画『夕暮れにベルが鳴る』が、
だいたいこの内容で、この話もかなり古くからあったもののようです。
ちなみに『夕暮れにベルが鳴る』は、2006年に『ストレンジャー・コール』
としてリメイクされています。

さてさて、アメリカの都市伝説には、ベビーシッター物というジャンルもあり、
ベビーシッターのアルバイトは10代の若者だけでなく、
英語があまりできない移民したての人がなる場合もあります。
そして様々な失敗をして、ときには赤ちゃんが死んでしまう、そんな話が多いですね。
アメリカでは、幼い子どもを置いて夫婦だけで出かける場合もよくあるのですが、
そういう個人主義的な文化背景が、
この手の都市伝説を生んでいるのかもしれません。

関連記事 『アメリカの都市伝説』










白と黒

2017.10.21 (Sat)
これ・・・臨死体験の話なんです。でもほら、臨死体験って、
本なんかに載ってるのだと、川を渡ろうとするものが多いじゃないですか。
ええ、三途の川って言うんでしたっけか。そのどっちかの岸で、
とっくに亡くなったお祖母ちゃんとかが「こっちに来なさい」って呼びかけてくる。
それで、行こうかどうか迷っているうちに目が覚めたとかなんとか・・・
ところが、私が体験したのは、それとはぜんぜん違ったものだったんです。
それを今からお話したいと思います。

あれは大学2年のときでした。深夜の2時ころ、皿洗いのバイトが終わって、
ミニバイクで部屋に戻ろうとする途中、信号で停まっているところを、
ミニバンに追突されたんです。突然後ろに強い衝撃を感じて、
気がついたら宙を飛んでました。それもたぶん、
頭が下側になってたんじゃないかと思います。
よく、そういうときは自分のそれまでの人生で起きたことが次々に出てくる、
って言いますけど、私の場合はそれはなかったです。

ただ、宙を舞ってる時間がものすごく長く感じられて、
なかなか下に落ちていかないような気はしてました。それから、
目の前が真っ暗になって・・・そして、また宙に浮かんでいる自分に気がついたんです。
ええ、そういうのを体外離脱現象っていうって、後になって聞きました。
それで、下のほうに自分が倒れているのが見えたんです。
バイクから数m離れた道路にうつぶせの状態で。
バイクはひしゃげて大破し、私の手足は不自然にねじまがって、
頭の部分からどんどん道路に血が広がっていってるところでした。

ええ、深夜だったんですが、はっきり見えたんです。
ぶつかったミニバンの人は車外に出て、倒れている私の近くにきて
携帯電話をかけていました。警察と救急車を呼んでたんです。私は・・・
そうですね、体の痛みはまったく感じていませんでしたし、気持ちも平静というか、
あ~あ、大変なことになっちゃった、バイトのお給料が入らないし、
大学の単位落としちゃうかも、どうしようって、
何か他人ごとみたいな感じでそれを見てたんです。

そしたら、いつの間にか私の倒れている体の近くに、変なものが来てたんです。
うーん、説明するのが難しいんですが、もし似ているものをあげるとしたら、
ガマガエルでしょうか。大きさは私の頭の3倍くらいはありました。
小さめの犬くらいって言えばいいでしょうか。
ただ、全体の印象がそんな感じというだけで、手足はカエルよりずっと多かったですし、
顔はその、お寺にあるおシャカ様の仏像に似ているような気がしました。
ええ、上のかなり高いところから見下ろしてるのに、
それの体の前についてた顔がわかったんです。そのあたりは不思議ですが。

あと、それは色が真っ白だったんですよ。体全体が漂白したような白。
ああ、変なものがいるなあ、と思いました。もしかしたら死神なのかも。
私はもう死ぬんだろうか、それにしても、
マンガとかでみる死神とはぜんぜん違うなあ・・・
そしたら、別のものが体の反対側のほうにもう一匹いるのに気がつきました。
そっちのほうは黒い色だったので、ぱっと見わからなかったんです。
ええ、白と黒という色の違いをのぞけば、ほとんど同んなじ形でしたね。

それで、両方がくぱーという感じで同時に口を開けて、そしたどっちも、
口の中からロープの束みたいなものが出てきたんです。
うーん、言葉でうまく表すのが難しいです。一本が直径1cmくらいのヒモ。
でもヒモというか、生き物のミミズみたいに思えましたが、
それが何十本もからまりあって一つの太いロープのようになってて・・・
ただ、やっぱり色が違ってました。白いガマから出てきたのは白くて、
黒いガマから出てきたのは、ちょっと赤黒い感じで・・・

状況がうまく伝わってますでしょうか。2匹のガマが私の体をはさんで、
口からロープのかたまりを吐き、それがちょうど、うつ伏せに倒れてる背中の上で、
しばらくうねうねとしていましたが、やがて白いロープと黒いロープの先が、
ガッと結びついて、綱引きみたいに引っぱり合っているように見えました。
ええ、両方のガマの体に力が入ってるのがわかったし、
ロープがどっちかに引かれるたびに、負けそうになってるガマが、
グラっとよろけたりしてましたから。

私はそれを見下ろしながら、ああ、どっちが勝つんだろうなって思って・・・
ええ、不思議なものを見てるなあ、というくらいの気持ちでした。
どのくらい引っぱりあいが続いたのか。すごい長い時間に思えたけど、
救急車が来るまでに5分くらいしかかかってないはずなので、
たぶんほんの数分だったんだと思います。グン、グンと引っぱるたびに
両方のガマの体が揺れて、ついに黒いガマのほうがコテンとひっくり返りました。
そしたら両方の口から伸びてたロープの束がするすると引っ込んで、
白いガマが私の体の上に乗ってきたんです。

ああ、白の勝ちなんだなと思いましたが、そのとき黒いガマのほうが、
ひっくり返ったまま顔だけ上げて、宙にいる私のほうをきっと見すえたんですよ。
そして、「次はこちらが必ずとる」って言った・・・というか、
そういう内容が私の頭の中に直接響いてきた気がしました。
そのとき救急車のサイレンの音が聞こえはじめ、宙に浮いている私はシュン、
という感じで倒れている体のほうに引っぱり込まれて、
その後は何もわからなくなってしまったんです・・・

それで、次に意識が戻ったのは4日後だそうです。
私は病院のベッドにいて、両親が私が気がついたのを見て涙を流してました。
硬膜下出血の緊急手術をして、医師にはいつ気がつくかわかりません、
数日なのか、1ヶ月以上になるかも、って言われてたそうなんです。
それからは砂袋で頭を固定され、1ヶ月近くベッドで上を見たまま過ごしました。
あと、頭の他に全身を打撲し、左の手首は骨折もしてたので、
入院期間は半年近くになったんです。

はい、長い間寝ていて体が固まってしまったので、リハビリはしましたが、
脳のほうは幸い大きな後遺症もなくて、今は普通に生活しています。
ただ・・・あの事故からもう4年がたったんですが、年に2回くらい夢を見るんです。
ええ、あのとき負けた黒いガマ、ガマと言っても正面から見ると、
顔は仏像のように立派なんですが、それが私の胸の上にまっすぐに乗ってて、
口を開けてロープに束のような舌を出し、私のあごをペロペロなめながら、
「次はこっちがもらうからね」みたいな念を送ってくる夢です。

どういうことなんでしょうか。あの事故のとき、白いガマのほうが勝ったから、
私は助かったんでしょうか。そうだとしても「次」ってどういうことでしょう。
だって、人はだれでも年をとって最後には死にますよね。
それが「次」っていうのは、もしかしてまた事故とかがあるんでしょうか。
そう考えると不安になるんです。それで、事故とかにあわないように気をつけて、
とにかく慎重に毎日を送ってるんです。こんな話なんですが、
もし何かわかることがあれば教えていただきたいと思って。










アメリカの都市伝説

2017.10.20 (Fri)
アメリカのモーターホテル


今回はこのお題でいきます。自分は大学を出てすぐの頃に、
アメリカに2年半ほど住んでいたことがありまして、
大きな声では言えないんですが、このうちの大半の期間が不法滞在でした。
いた場所は都会ではなく、中西部の片田舎の人口7千人くらいの町。
そこは食事や就寝の際に神様に祈りを捧げたりする人の多い、実に保守的な社会で、
日本人だからということで差別された経験はそれほど多くはなかったですが、
プロテスタント系のキリスト教徒ではないため(地域の教会とかかわりがないため)
不都合だったことはいろいろとありました。

アメリカというと、日本にはニューヨークやロサンゼルスなどの大都会の
話題が伝わってくることが多いですが、国土のほとんどが、
ハイウエイ沿いに小さな町が点々と連なる田舎の集合体である、
というのが自分の印象です。そして車で長距離移動することが普通にあり、
州を越えると警察の管轄が違ってくる。(複数の州をまたぐ犯罪はFBIの管轄)
それと、家1軒1軒の敷地が広いんですね。つまり隣との距離がかなりあって、
何か事件が起きてもちょっくらとは助けが呼べない。
このあたりが、アメリカ的な都市伝説を生む母体になっていると感じました。

キーになっている点は「犯罪社会であること」 「車社会であること」
あともう一つつけ加えるなら「訴訟社会であること」じゃないかと思います。
アメリカの都市伝説で、幽霊の話は少ないです。現実の殺人鬼のものが多いですよね。
例えば「後部座席の殺人鬼」という有名な話があって、ご存知の方も多いでしょう。

女性が暗い道を車で走っていると、後ろから一台の車がついてきた。
最初は気にも留めなかったが、しばらくすると後ろの車がパッシングをしだした。
女性は怖くなり家に着くなりあわてて逃げ込んだ。
だが後ろの車は彼女の家まで着くと男性が降りてきて
家の中にいる彼女に「鍵を閉めて警察に連絡しろ!!」と叫んだ。
警察が到着し彼女は事情を知ることになった。
彼女の車の後部座席には「肉切り包丁を持った殺人鬼が潜んでいた」のだった。
後ろの車の男性は後部座席にいるこの殺人鬼の存在に気づき、
パッシングで合図して危険を知らせようとしたのだ。


この変形として、ガソリンスタンド(gas station)バージョンもあります。
女性が給油にガソリンスタンドに入ると、店員が手を引っぱって
無理やり建物の中に連れ込み、さらにドアの鍵をかけてしまう。
女性はその店員に襲われると思ったが、店員は、
「あなたの車の後部座席にナイフを持った男がいた。今すぐ通報する!」
アメリカの人口10万人あたりの殺人件数は4.88件。
日本は0.31件ですから、犯罪が他人事ではないものとして切実に感じられる
のも無理はないと思います。(ちなみに件数世界1位は、
エルサルバドルの108.63・・・どういう数字だこれ!)

あと、訴訟社会というのは「猫を電子レンジに入れて爆発」のような話で、
おばあさんが濡れてしまった猫を乾かそうと、電子レンジに入れたら爆発して死んだ。
ばあさんは弁護士に勧められ、家電会社を裁判に訴え巨額の賠償金をもらった。
それ以後、電子レンジの注意書きに「生きた猫を入れないでください」
という項目が加わった・・・これ、でも、どうやら嘘みたいですね。
ただ、マクドナルドで自分でコーヒーをこぼして火傷し、
高額の賠償金を受けとった話などは事実です。

さて、幽霊の都市伝説がほとんどない(宇宙人や怪物的なものはある)アメリカで、
これは異質だなと思うのは「消えるヒッチハイカー」という話。
ある男が車で走っている途中、若い女性のヒッチハイカーを拾った。
男は女性を後部座席に乗せ、目的地に連れていってやることにした。
目的地である一軒の家の前に着くと男は後部座席を振り返る。
するとそこにいるはずの女性の姿は消えていた。
気になって家の呼び鈴を押し、中から現れた男性に事情を説明すると、
男性は悲しそうな顔で、それは◯年前に亡くなったうちの娘だ。と言った。

この後に「家に娘を乗せてきたのは君で◯人目だ」というのが
つけ加えられる場合もあります。

自分は、この話はアメリカ的ではないとずっと感じていたのですが、
話の出所に関して二つの説があるようです。一つは、
「インディアンの花嫁」というネイティブ・アメリカンの伝承が
元になっているという説。行方不明になった花嫁が、
幽霊になって馬に乗せてもらい家族の元へ帰るという話です。

二つめは、なんと日本由来であるとする説。『諸国百物語』という、
江戸時代の怪談本にある、主人に殺された下女の幽霊が馬に乗ってきて消え、
さらに主人に祟りをなすという話が、明治時代に翻訳されてアメリカに伝わり、
「幽霊が人に祟る」という話はキリスト教国であるアメリカに新鮮な驚きを与え、
「消えるヒッチハイカー」に変形してアメリカ全土に広まったという説です。
実際、『リング』や『呪怨』などのジャパニーズ・ホラーで、
死者が生者を呪う、祟るという考え方を初めて知ったアメリカ人は多いのです。

さてさて、これはどちらが元ネタと特定するのは無理そうですが、
ネイティブ・アメリカンも江戸時代の日本人もキリスト教ではなく、
死者の魂が神様に管理されているという概念を持たなかったので、
どちらでもありえそうに思いますね。

関連記事 『ベッドの下には?』

ブラッディ・メアリー








宇宙人を探せ2

2017.10.20 (Fri)


前回、フェルミのパラドックス、
「宇宙人がいる可能性はかなり高いのに、どうして連絡が来ないのだろう?」
についてご紹介しましたが、これに対する回答を多くの人が考えていて、
代表的な意見は3つほどに分かれます。
一つめは「宇宙人はもうすでに来ている」というもので、
これはまあ、オカルトではよくある考え方です、

この説の代表的な論者は、たま出版社長の韮澤潤一郎。
テレビ番組『ビートたけしのTVタックル』で、大槻義彦教授を相手に、
宇宙人の住民票などをめぐって論戦をくりひろげた話は有名ですね。
・・・まあこれは冗談ですが、一般的にはエーリッヒ・フォン・デニケンが
よく知られていて、彼の説をまとめると、
「巨大な考古学遺跡やオーパーツは、宇宙人の技術で作られた」
「宇宙人は、類人猿から人類を創った」
「世界各地に残る神話の神々は、宇宙人を神格化したもの」こんな感じです。

ピラミッドやナスカの地上絵、日本だと遮光器土偶などは、
古代に来た宇宙人が人類に技術を教えてつくられた。
また、土偶のモデルは宇宙人飛行士である、といったような内容は、
一般のオカルト好きには根強い人気がありますね。
こういうのを「古代宇宙飛行士説」と言います。

二つめの回答は、「宇宙人はいるが、まだ地球を訪問できていない」
宇宙は広大で、天の川銀河における恒星間の平均距離は約3光年。
これは現在の地球人類の技術では何万年もかかる距離です。
前に「恒星間航法について」という記事を書きましたが、
ワープのような超技術が発明されていないかぎり、
文明が地球より進んだ宇宙人でも、地球まで来るのはかなり難しいと考えられます。
この説は、天文学者を含め、科学者に全体的に人気があります。

ただ、地球に直接来れなくても、電波くらいは送れるだろうという意見もあり、
これには「広い宇宙の中で、そもそも地球を見つけてターゲットにするのが難しい」
という回答が用意されることもありますね。
関連記事 『恒星間航法について』

三つめは、「地球以外に知的生命は存在しない」とするもので、
生物学者などは、生命が誕生してさらに進化を続ける確率をかなり低いものに
見ている人が多いので、この回答もそれなりの支持を集めています。
ただ、これがもし真実だとするとちょっと残念ですよね。

さて、前回SETI(地球外知的生命体探査)の話をしましたが、
SETIにはアクティブSETIとパッシブSETIがあり、アクティブSETIはMETIとも言われ、
地球のほうから宇宙に向けて積極的にメッセージを発信します。
1974年、アレシボ電波望遠鏡の改装を記念して、
地球から約2万5千光年の距離にあるヘルクレス座の球状星団 M113に向け、
メッセージが送信されました。この電波メッセージでは、
1から10までの数字、水素・炭素・窒素・酸素・リンの原子番号、
DNAの二重螺旋構造の絵、人間の絵と太陽系の絵などが
含まれていました。これを「アレシボ・メッセージ」と言います。

また、1972・73年に打ち上げられた宇宙探査機パイオニア10号・11号には、
人間の男女の姿と、太陽系の姿を刻んだ金属板が搭載されました。
1977年に打ち上げられたボイジャー1号、2号にも、
人類のさまざまな情報が記録されたレコードが乗せられています。
この内容は、SF映画『コンタクト』にも関わったカール・セーガンを委員長とする
委員会で決められました。どうでしょう、何万年、何十万年後かに、
この返事は来るのか?それまで地球文明は続いているのでしょうか?

さてさて、最後に、当ブログによく登場するホーキング博士は、
宇宙人とのコンタクトについて、「地球外生命体とコンタクトをとるべきではない」
とたびたび述べ、これを強く否定しています。
これ、どうなんでしょうね。われわれは漠然と、地球より文明が進んだ宇宙人なら、
大人が子どもに接するように優しい態度をとってくれるに違いない、
と考えてしまいがちですが、ホーキング博士は、
ネイテイィブ・アメリカンとコロンブスの例を引きあいに出し、
地球人類にとって絶対に不幸なことが起きると想定しているようです。

確かに、文明が進歩したからといって、倫理観が進んでいるとはかぎりません。
そもそも宇宙人の道徳規範は、われわれとはまったく違ったものかもしれないのです。
そのあたりのことを描いたのが、
アーサー・C・クラークの名作SF『幼年期の終わり』でした。

関連記事 『宇宙人を探せ1』

パイオニア号のメッセージ








狐狗狸さんの話

2017.10.19 (Thu)
私が中学校3年のときの話です。美術部に入ってたんですよ。
ええ、運動は苦手だったし、それでも何か部活動をやってないと
内申書で不利になるかと思って。はい、絵なんて全然得意じゃなかったです。
だから学校祭に作品を出したこともないんです。
3年生の部員は11人いたんですけど、私と同じように
あんまり活動に熱心でない子がもう2人いて、部活の時間は美術室を抜け出して、
その子たちとおしゃべりしてることが多かったんですよ。

そのときもやっぱり空いていた教室に入り込んで、
芸能人の話とか男の子の噂なんかをしてたんだけど、
真由って子がコックリさんをやろうって言い出しました。
いえ、特に流行ってたわけじゃないし、学校で禁止されてるってこともなかったです。
それで、コックリさんは前にもその子たちと何回かやったことがあって、
スケッチブックの1ページに、鳥居とあいうえおの50音を書いたのがありました。
でも、それまでにやったときは、あんまり上手くいかなかったんです。
10円玉が途中で動かなくなってしまうことがしょっちゅうだったし、
質問をしても答えが意味不明だったり・・・

今にして思えば、「カッコイイ3組の○○君の好きな人は誰ですか?」
みたいな質問ばっかしてたので、3人でけんせいし合って
上手くいかなかったんじゃないかって思いますけど。
「えーコックリさん? いいけど、たぶん前と同じでちゃんと答えてくれないよ」
私がそう言うと、真由は「今まではやり方が間違ってたみたい。
 私、ネットで見たんだけど、コックリさんって漢字で「狐狗狸」って書くんだって。
 これ、キツネと犬とタヌキって意味なんだけど、その3匹は本当は仲が悪くて、
 だからお互いに足を引っぱり合って上手くいかないみたい」

「へえ、じゃあどうすればいいの?」遥香って子が聞くと、
真由が「3人でやるのが一番よくて、そのときに一人ずつちゃんと役割を決めないと
 いけないみたい」 「役割ってどういうこと?」
「一人が犬、一人がキツネ、一人がタヌキってそれぞれ決めるの。
 そうすれば決めないでやるよりずっとスムーズに進むんだってよ」
「わかった、じゃああたし犬」 「あたしキツネでいいや」
「えー、残りタヌキだけじゃないかよ。やだけど、まあいい、やろやろ」

こんな感じで、私がタヌキになっちゃったんです。
真由は続けて「じゃ、ちゃんと誰が何だかわかるように、
 手の甲にマジックで書こう」って言い出し、バッグからネームペンを出して、
自分に犬、遥香にキツネ、私にタヌキって書きました。
それで机を2つくっつけてスケッチブックを中央に置き、
10円玉を出して、3人で「コックリさん、コックリさん、どうぞおいでください」
ってお願いをしました。で、いっせいに10円玉の上に人差し指を置いたとき、
なんか電気がビリっと走った感覚があったんです。

でもほんのちょっとだけだったので、そのまま気にせず、
「おいでになりましたのなら、はい へお進みください」
そしたら力も何も入れてないのに10円玉はシューッとすべって、
はい のところに行きました。「あ、これなんか、今までと違う」
「うん、ホントすごくスムーズに動いた」 「本物が来てるのかも」
とてもワクワクしながら、次の質問をしました。
「あなたはどなたですか?」そしたら、10円玉がものすごく速く動き出し、
「た・へ・る・も・の 」って字をなぞったと思いました。

「えー、たへる?」 「違うんじゃない、食べ物ってことじゃないかな」
「すごい速かったから腕いたい」 こんなことを言い合ってると、
また10円玉が猛スピードで動き出しました。
質問をしてないので、私はまったく力入れてなかったのに。
「あ、これちょっと」 「きゃ、引っぱられる」それで、
バランスを崩してこけそうになったので、10円玉から指を離そうとしたけど、
接着剤でくっつけだみたいに取れなかったんです。他の子も指は離しませんでした。

あまり速くてどう動いたか、そのときはわからなかったです。
「あ、あ、あ」 そのとき、窓の外がビカッと光り、
すぐドーンとすごい音がしました。10円玉から、
最初に感じた電気みたいのが強くなってビリビリ伝わってきて・・・
そっから目の前が暗くなって、記憶が飛んじゃってるんです。
「こら~、お前たち何やってるんだあ~~~」男の先生の声がして、
気がついたら、目の前に遥香のお尻がありました・・・

ええ、私は遥香のスカートを齧ってて、スカートはボロボロだったんです。
私たち3人は、コックリさんを置いた机のまわりで輪になって四つんばいで、
それぞれ前の子のスカートを噛みちぎってたんですよ。すごく恥ずかしかったです。
3人とも正気に戻ってたので、保健室に連れていかれ、
そして親を呼ばれました。家では両親にも怒られたし、もうさんざんでしたよ。
後で先生に聞いたところ、空き教室の中で犬がケンカしてるような音がするので、
見にいってみたら、私たちがすごい速さで、
ぐるぐる机のまわりを回ってたってことでした。

あと、雷が落ちたってこともなかったそうです。
それから、これも3人で集まったときに話したんですが、
質問してないのに10円玉が動き出したとき、みんなで見たことを総合すると、
「た・れ・か・ら・た・へ・る」だったんじゃないかって話になったんです。
うーん、わからないですけど、
もしかしたら「誰から食べる」だったのかもしれません。

話はだいたいこれで終わりですけど、ほら、
手にネームペンでタヌキって書いたじゃないですか。それがマジックはすぐ落ちたけど、
その下がイレズミみたいになって、タヌキって字が茶色く残り、
いつまでも消えなかったんです。他の2人も同じです。
恥ずかしいので、3人とも包帯をまいて隠していました。消えたのは翌年のお正月、
受験もあるので神社に初詣に行ったときでした。それも他の子も同じで。









宇宙人を探せ1

2017.10.19 (Thu)
今回はこのテーマです。お題を「地球外生命体」にしないで
「宇宙人」としたのは、バクテリアや微生物などではなく、
ある程度以上の知的生命体を対象にしているからです。
「フェルミのパラドックス」という言葉があります。これを簡単に説明すれば、
「宇宙人がいる可能性はかなり高いのに、どうして連絡が来ないのだろう?」
ということ。エンリコ・フェルミはノーベル賞受賞の物理学者で、
1950年、昼食をとりながら、同僚と宇宙人についての議論の中で、
「彼らはどこにいるんだ?」という問いを発したとされます。

宇宙の年齢は、現在のところ137億年くらいと推定されています。
ただし最初のうちは、いろんなものがグチャグチャに混じった暗黒時代で、
ハッブル宇宙望遠鏡ではおよそ130億光年先を見ることができます。
130億年は気が遠くなるような長い年月です。その間に、
われわれの住む地球に何らかのメッセージを発した星はなかったのでしょうか。

多数の科学者にアンケートをとれば、「宇宙人はいるだろう」という答えが、
「いない」とする答えを圧倒します。なぜなら、宇宙は広大で、
地球のように生命が存在するのに適した星は多数あると考えられるからです。
「ドレイクの式」というのがありまして、これは、
「われわれの銀河系に存在し人類とコンタクトする可能性のある地球外文明の数」
を算出するためのものです。詳しい解説はしませんが、
3~10個くらいはあるのではないか、と予想する人が多いようです。
じゃあ、それらの星から何か連絡が来てもよさそうなもんですよね。

では、宇宙人探しのこれまでの歴史をざっとふり返ってみましょう。
最初に始めたのはドイツの天才的な数学者カール・フリードリヒ・ガウスで、
彼は天文学もたしなんでいました。
1820年、ガウスは月に住んでいるかもしれない知的生命体に、
メッセージを送る方法を発表しました。ただし、まだ19世紀のことですので、
地球から電波を送るというわけではありません。

彼は、もし月の住人がいても地球の言葉はわからないだろうと考え、
シベリアの森林地帯を切り開いて平地をつくり、そこに巨大な直角三角形を描き、
さらに各辺を1辺とする正方形を外側に描くことを提案したのです。
これ、何かわかりますでしょうか。ピタゴラスの定理ですよね。
月の知的生命体が、数学がある程度まで発達しているなら、
この図形の持つ意味に気がついて地球に連絡してくるんじゃないか
と考えたわけです。さすが頭いいですねえ。

すぐに、この意見には他の科学者から改良案が出され、
サハラ砂漠に幾何学的図形を描いた溝を掘り、
さらにそこに石油を流し込んで火をつけようというもので、
これなら月からでもかなりはっきりと見えることでしょう。
しかし、残念ながらこれらの計画は実行にはうつされませんでした。

さて、1895年、イタリアの技師マルコーニが世界最初の無線通信に成功し、
宇宙からは何らかの形で地球に電波が送られてきているのではないか、
という考えが広まりました。ちょうどこの頃、火星に運河があるという話が
盛り上がっていたのです。

その4年後の1899年、アメリカの科学者、
ニコラ・テスラが、高さ60mの電波塔で宇宙からの奇妙な電波を受信し、
これは宇宙人のメッセージではないかとする考えを発表しました。
またマルコーニ自身も1920年、研究所で原因の特定できない電波を受信し、
火星人からのメッセージの可能性を示唆しています。ただしどちらも、
再受信はできなかったようで、今となっては何だったかはわかりません。

1924年は、地球と火星がもっとも距離が近づく大接近の年で、
アメリカでは陸海軍が、大接近の前後3日間、すべての通信を停止し、
軍の暗号解読の専門家が多数参加して、火星からの電波受信につとめたのです。
しかし残念ながら、それらしい電波は一つも見つからず、この失敗によって、
宇宙との通信計画は長きにわたって中断されることになります。

さて、この試みが再開されたのは、1960年の有名な「オズマ計画」で、
天文学者フランク・ドレイクが、アメリカ国立電波天文台 で始めた、
地球外知的生命体探査 (SETI) の初めての取り組みです。
ちなみに「オズマ」というのは、物語『オズのエメラルドの都』
に登場するお姫様の名前からとっています。
オズマ計画では、宇宙からの電波を約4ヶ月間観測しましたが、
それらしいものをとらえることはできませんでした。

さてさて、ここまででだいぶ長くなってしまったので、
ひとまず終わることにします。今回は宇宙からの電波を受信することを中心に
書きましたが、もちろん地球から宇宙にメッセージを発信する計画も進められており、
次回はそのあたりの事情についても触れていきます。

関連記事 『宇宙人を探せ2』









賭けにまつわる話

2017.10.18 (Wed)


今回はこのお題でいきますが、ネタバレにご注意ください。
「まつわる話」としたのは、オカルトホラーに限定すると、
賭博を主題にしたものはそんなに多くはないからです。
むしろ文学作品に多いですね。例えばドストエフスキーの『賭博者』とか。
ジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』も旅行に出た発端は賭けからでした。
これは「賭け」そのものが十分にスリリングな要素を含んでいるので、
無理にホラーにする必要がないのかもしれません。

何からいきましょうかね。まずは日本の誇る短編小説の名手、芥川龍之介の『魔術』。
主人公の私は、インドの独立運動家にしてインド魔術の使い手、
ミスラ君の家を訪問する。そして披露された数々の鮮やかな魔術に驚嘆し、
自分にも教えてほしいと頼み込む。ミスラ君はうなずくが、
「魔術を行うものは欲を捨てなくてはなりません」と言う。

こうして魔術を習得した私は、友人たちの前で燃える石炭を金貨に変えてみせる。
金貨を暖炉に戻そうとした私に、友人たちはもったいないからやめろと言い、
私が拒否すると、じゃあ賭けをしようと誘う。私はその誘いに乗って勝ち続け、
頭に血が上った友人は、最後に、全財産を賭けて勝負しようと言い出す。
私は思わず欲が出て、こっそり魔法を使ってカードをキングに変える。
と、たちまちキングはミスラ君の顔になり、
私は最初に訪問したミスラ君の家にいることに気がつく。ミスラ君は、
「あなたはまだ修行が足りません」と私をたしなめ、私は恥じ入る・・・


こんなお話でした。自分は、芥川龍之介の作品は、
人間の心の弱さや脆さをテーマにしたものが多いと思います。この話では、
主人公は賭けで大勝ちする誘惑に負けてしまう。有名な『蜘蛛の糸』にしても、
もしカンダタが自分の後ろにたくさんの罪人がつながっているのを見て、
「下りろ、この糸は俺のものだ」と言わなければ、
おそらく極楽までたどりつくことができたに違いありません。
一つの選択・判断によってによって大きく結果が変わってしまうのは、
賭けと似ている部分があると思うのです。

さて、みなさん予想はついていると思いますが、
次にご紹介するのは、ロアルド・ダールの『南から来た男』
これはオカルトではないしホラーでもありませんが、大変怖い話です。
米兵がプールで遊んでいて、南米なまりの男に「どんなときでも火がつく」
とライターの自慢をする。それを聞いて男は、「じゃあ、そのライターが10回
続けてつくかどうか賭けをしよう」と持ちかける。

賭けるのは、男の所有するキャデラックと、米兵の左手の小指!
こうして賭けはスタートし、米兵は緊張でガチガチになりながらも、
ライターは8回連続で火がつく。あと2回となったときに、
男の妻が現れ、「この人は47人の人から47本の指を切り取り、
車も11台失った。でもこの人は、もう何も持っていない。
長い時間をかけて私がみんな取り上げましたから」
そう言って車のキーをつまみあげる。
その手には親指ともう一本の指しかなかった・・・


最後のオチがなんとも強烈ですよね。賭博に狂った夫に対し、
妻は自分の指を賭けてすべての財産を取り上げてしまったわけです。
それが夫への愛情によるものなのか、
それとも他の感情によるものなのかは、なんともわかりません。
ダールは賭けが好きだったみたいで、もう一つ『味』という短編を書いています。
娘との結婚を賭けてワインのティスティングをする話でしたが、
『南から来た男』ほどの切れ味はなかったです。

さて、映画のほうに話を転じると、これも賭けを主題にしたものは多く、
ビリヤードをあつかった『ハスラー』とか『スティング』とか、
いくらでも名前が出てきますが、やはりなんといっても印象が強烈だったのは、
『ディア・ハンター』でのロシアンルーレットのシーンです。
ただし、これは実際に行われた例は少なく、フィクションが先行して有名になりました。
ルールでは、弾丸が入っていると予想した場合、こめかみではなく、
天井に向けて引き金を引くことも許されていたようです。

最後に、日本には賭けを主題としたマンガがあります。
福本伸行氏の『賭博黙示録カイジ』です。福本氏は麻雀マンガの『アカギ』の
シリーズも描いていますが、麻雀の手筋が重視されている『アカギ』より、
『カイジ』のほうが賭けの持つ魔力や恐ろしさがより強く出ています。
「人間競馬」とか「救出」とか、さまざまな種類の賭けが登場し、
あの内容を考え出しただけでもすごいなあと思いますね。










身代わり

2017.10.18 (Wed)
いやあ、息子の話なんだよ、今年10歳になる。
それが大変なことになってね。ま、事が起きた順番に話していくから聞いてくれ。
今年の5月の連休に、家族旅行に行ったんだよ。行き先は奈良。
俺と女房は、大学の文学部で知り合ってね。2人とも卒論は古典だったんだよ。
だから在学中はよっく奈良・京都を2人で旅行して。
そんとき歩いた道を一人息子を連れてもう一度たどってみようと思ったわけ。
で、その日の日程は「山の辺の道」を歩く予定だった。
知ってるかな、奈良盆地の三輪山のふもとからの春日山のふもとまで、
だいたい35kmくらいあるんだけど、レンタサイクルを借りて、
そのうちの20kmくらいを家族で走る予定だったんだ。
当日は天気はよかったよ。それでいい風も吹いてて、いかにも5月らしい感じで。

それがね、1時間くらい走ったところで、息子が行方不明になったんだ。
これ、ありえないことだよ。田舎の一本道を親子3人で自転車で走ってて、
どうやって行方不明になる?それがな、道が無舗装になったところで、
息子の自転車がちょっと遅れた。それで後ろをふり返って、
「おい、どした?」って叫んだら、自転車だけ道に倒れてたんだよ。
息子の姿が見えなくなるまで10秒もなかったはずだ。
でな、最初は息子が自転車をおいて脇のヤブに入って、
立ちションでもしてるんだと思った。それが「おーい、どこだ?」って、
いくら声かけても出てこなくてな。ああ、女房と二人でかなりの範囲を探したんだよ。
けど、どこにもいない。それで警察に連絡したんだ。
すぐに来てくれてね。状況を説明したら、遠くまでいくはずがないからって・・・

けど俺ら夫婦に警官4人が加わって探しても、やっぱり見つからなかったんだ。
これはってことで、警察が応援を呼んでね。
かなり大規模な捜索になっちゃったんだよ。それで、結果だけ言えば、
息子は7時間後くらいに、もう夜になってから見つかった。それがな、
いなくなった場所から5kmくらい離れた古墳の前で、ぼうっと一人で立ってるのを、
近所の人が発見してくれたわけ。ああ、その古墳ってのは、
名もしれない小さなやつだよ。山の辺の道の周囲には崇神天皇陵とか、
300mクラスの大古墳がいくつかあるんだけど、そういうのじゃない、
山に少し入ったところの、誰のものともわからない小古墳の前にいたってわけ。
うーん、そのときは、自転車をおいて自分で歩いてったんだと思ったけどな。
どうしてそんなことをしたかはわからないけど。

うん、本人に理由を聞いても言わなかったんだよ。特にケガとかはしてなかった。
とにかくね、迷惑かけた警察や発見者の方にお礼を言って、
その日1泊し、その後の予定は取りやめて大阪に帰ってきたわけ。
でもな、そんときから息子の様子がおかしいんだよ。
心ここにあらずみたいな感じで、何を話しかけても「うん」くらいの返事しかしなくて、
普段はものすごくよくしゃべる、小うるさいくらいのやつだったのに。
女房が、いなくなってる間に何かあったんじゃないかって心配して、
それで何度もそのときのことを聞いたんだけど「わからない・覚えてない」
で、学校を休ませて病院に連れていった。2日がかりで検査したけど、
体の異常は見られなかったんだ。医者は、これは精神的なものである
可能性が高いだろうって、別の病院の心療内科に紹介状を書いてくれたんだよ。

で、心療内科で催眠療法を受けてから、完全におかしくなってしまった。
変なことを大声で叫び出すんだ、誰もわからない言葉で。
うん、なんとなく日本語らしい響きがあるから、
もしかしたら古代の言葉なのかもしれないと思った。それで入院になって、
その夜は女房と2人でついてたんだけど、9時ころになったら、
ベッドの上でガクンガクンって体が揺れだしてね。
体を伸ばして寝た状態で飛び上がるんだ。それも1mも。
息子の体を抱きかかえたら、ものすごい力で上から引っぱられてるようだった。
舌を噛まないように拘束したほうがいいんじゃないかってなったが、
ドスンドスン動いててとても手がつけられない。その様子を見て、
医者が集まって話をしてたが、やがて主治医がこんなことを言い出した。

「このような症状は1回だけ経験したことがあります。
 医師の私がこんなことを言うのは問題あるでしょうが、そのときに治療した、
 民間の療法士さんのところに連れてったほうがいいかもしれません」
それで、治ったのか?って聞いたら、「ええ、治りました」
で、息子にはとりあえず鎮静剤を打って静かにさせて、夜だったけども、
その民間の療法士さんに連絡してもらって車で運んだんだ。
それが、六甲山のふもとにある大邸宅だったんだよ。総ひのき造りっていうのか、
ものすごい大きな家でな。療法士さんって言ったけど、
病院だからそんな言い方をしただけで、出てきたのは白髪を後ろになでつけた、
60代に見える体格のいい人でね。高価そうな和服を着てた。
家には何人も使用人がいて、その人は先生って呼ばれてたな。

先生は息子の様子を見るなり、「ああ、わかりました。下級霊に呼ばれてます」
続けて「身代わりを用意しなくちゃなりません。
 これは準備に時間がかかるので、とりあえず今夜はこのまま寝かせましょう」って。
で、息子はその屋敷の奥まった和室に寝かされたわけ。
翌朝になって、先生がやってきて、「これから行うことは、危険はありませんが、
 ずいぶん非科学的に見えるでしょうが、私を信用しておまかせいただけますか」
って聞いてきたから、「とにかく助けてください」って夫婦そろって答えた。
でな、運ばれてきたのが一頭の豚だったんだよ。そんなに大きくないまだ子どもの。
豚は麻酔を打たれてるってことで、板の上に横になっていびきをかいてた。
それを息子がいる一室とは離れた部屋に寝かせて、腹から背にかけての毛を剃ったんだよ。
で、白衣を着た男が一人来て、先生が「当家専属の医師です」って紹介した。

「これから、息子さんの血を500ccほど採取させていただきます。
 命の危険はありませんからご心配なく」そんときには、
すべてをまかせることに腹は決まってた。医師は息子から血を抜くと、
また鎮静剤を注射したんだ。それから息子を裸にすると、体に筆で字を書いたんだよ。
うん、名簿みたいなのを見ながら、山田健広、石本裕二、中山久美子・・・
たくさんの名前を前身に書いた。医師は「古本屋で買ったどこかの高校の同窓生の名簿です。
 息子さんはこれで姿が見えなくなるはずです」って言った。
それから3人で豚のいる部屋に行いくと、先生が神職みたいな装束に着替えてて、
豚は前後の足をそろえて横向きで寝かされてた。で、腹の毛を剃ったところに、
息子の名前が大きく朱墨で書かれてたんだよ。先生は、「今からこの豚が息子さんです。
 さあ、ご両親は息子さんだと思って、名前を呼びかけてください」

こう小さな声でささやいたんだ。俺らが大声で豚に向かって息子の名を呼ぶと、
先生は「心を込めて、本当の息子さんだと思って」と励ますように言い、
夫婦で30分ほど続けたんだよ。医師が「そろそろ麻酔が切れるころです」
そう言って、さっき抜いた息子の血を注射器で豚の体全体にふりかけた。
先生が「むっ、来ますな」そしたら、豚の体がふっと10cmくらい宙に浮いて落ちた。
先生は大声で、豚に向かって息子の名を呼んだ。もちろん俺らも声かぎりにさけんだんだよ。
豚はドスンドスンと浮いては落ち、だんだんにその高さが高くなって1m以上になった。
それで宙に浮いたときに、豚の体がくしゃっとゆがんだんだ。
まるで目に見えない大きな手でつかまれたみたいに。
先生は「○○を連れて行かないでください!」と大声を出し、俺も女房もそれに合わせた。
そのときには豚は目を覚ましていたらしく、か細い鳴き声を上げたよ。

豚は宙に浮いたまま回転し、天井近くまで持ち上がった。
そして全身がガクガクと揺れて、そのまま下にドスンと落ちた。
医師が豚の首のあたりに触って「絶命しています。連れていかれたみたいです」
と静かに言った。先生は汗をぬぐいながら、「なんとか終わったようだ」続けて、
「ええ、この豚を連れていったのは息子さんが見つかった古墳の主ではありません。
 被葬者の霊はとうに消滅しているでしょうが、そこに何か悪い気が憑いたものでしょう。
 どうしてかはわかりませんが、あなた方の息子さんが気に入って、
 連れていこうとしたんです。ただ、下等なものですから、この程度でだまされて、
 豚の命を持って帰った。ええ、命を一つ取ったのですから、
 これ以上息子さんに手を出すことはできません。ただし、用心のため、
 もう奈良に息子さんと旅行するのはやめなさい」こんなふうに言ったんだよ。









 

食の奇譚

2017.10.18 (Wed)


さて、今回は食の奇譚がお題です。前に書いた「カニバリズム小考」
の続きみたいなもんです。あ、その前に、この項は完全なネタバレになりますので、
ご注意ください。ネタバレさせないと作品の魅力を伝えにくいんですよ。

「奇妙な味」の短編で、人肉食をあつかったものとしては、
スタンリイ・エリンの『特別料理』とロード・ダンセイニの『二瓶のソース』が、
双璧として賞賛されていますね。まずは『二瓶のソース』からご紹介。
ちなみに作者のダンセイニは貴族で、ロードというのは名前ではなく称号です。
ダンセイニ卿と訳されたりもしますね。

ある男が小金を持つ婦人と暮らし始めたが、婦人はいつのまにか失踪してしまう。
警察は捜査をするが婦人の姿はどこにも見つからない。
ここで警察は男が婦人を殺したと考えるものの、死体が発見されない。
男は行商人から肉料理のソース2瓶を買い、
家の近くの森で木を伐り倒して薪をたくさん作る。
警察は当然、薪で婦人の死体を燃やしたのだろうと考える。

しかし、周囲に火を燃やした跡はなく、そもそも薪はまったく使われず
小屋に積み上げられている。ここで男にソースを売った行商人が探偵役に変わり、
男は菜食主義者を自称しているのに、
肉しかおいしく食べられないソースを買ったのは変だと言う。
・・・もう真相はおわかりですね。男は婦人の死体をすべて食ってしまったんです。
最後に、警察は行商人に「あの薪はなんのためにこさえたんだろう?」と尋ね、
行商人は「なあに、腹を空かせるためですよ」と答える・・・

次はエリンの『特別料理』。ある男が会社の上司からとあるレストランに誘われる。
そこは有名ではないが上品な店で、男はたちまちレストランの料理のとりこになる。
レストランの壁には実在した作家アンブローズ・ビアスの写真が飾られてあり、
彼にレストランの厨房を公開したのだと料理長は言う。
ちなみに、ビアスがメキシコで謎の失踪をとげたのは有名な話です。
それを聞いて、男は自分もレストランの厨房を見学したくてしかたなくなる。

ある日、レストランの特別料理が出る。これがメニューに出るのは年に何回もない。
特別な場所で注意深く育てられたアミルスタン羊を使った肉料理で、
魂の奥底をのぞき込むような味する。男は料理を堪能し、あたりを見回して、
毎日のようにレストランに来ていた常連客がいないのに気がつき、
せっかくの特別料理の日なのにと気の毒に思う。
男はレストランのおかげで、痩せていた体にふっくらと肉がつきはじめる。
やがて遠くに出張する前日、上司は料理長から厨房を見学しないかと誘われる。
男もいっしょに見学したかったのだが、自分はまだその資格がないとあきらめる・・・

まあこんな話です。筋だけ書いてもあまりぴんとこられないかもしれません。
自分は前にこの話を翻訳したことがあるのですが、
日常まず使われない単語がたくさん出てきて、実に精緻に組み立てられています。
レストランの厨房を見たものは肉にされてしまう、という真相はすぐにわかりますが、
雰囲気で読ませる作品なんですね。日本の作家が、
この作品へのオマージュを書いていて、米澤穂信氏の「儚い羊たちの祝宴」や
綾辻行人氏の「特別料理」。どっちをご紹介しましょうか。

同じ題名の綾辻作品は、ある夫婦がゲテモノ食いレストランの常連になる。
そこで出される料理は虫とか排泄物とか、だんだんにエスカレートしていき、
最後には自分の指を切り取って食べるところまで行き着きます。
満足した夫婦が「そろそろ子どもがほしいわね」という会話をして話は終わり。
これ、子どもも食べてしまうんでしょうね。
このテーマの作品として、平山夢明氏の『Ωの正餐』、
阿刀田高氏『わたし食べる人』などがあります。

あとはそうですね、日本の推理小説の黎明期に出ていた「新青年」という
雑誌がありますが、人肉を食べる話もいくつか掲載されていて、
夢野久作氏の『人間腸詰』、水谷準氏の『恋人を食べる話』など、
どちらもなかなかの傑作です。

最後に、これは食人ではありませんが、食に関する異常な話を集めたのが、
田中啓文氏の『異形家の食卓』。自分はなんか波長が合う感じがして、
この作家は大好きです。中でも代表作になるのは、
『新鮮なニグ・ジュギペ・グァのソテー。キウイソース掛け』
ぜひご一読ください。

関連記事 『カニバリズム小考』








自動運転あれこれ

2017.10.17 (Tue)
2年に1度の自動車の祭典、東京モーターショーが10月27日から始まる。
国内自動車メーカーは、開発競争にしのぎを削る電気自動車(EV)や
自動運転などの分野で先端技術をアピールする構えで、各社の出展内容がほぼ出そろった。
人工知能(AI)を活用した試作車の出展も目立つ。
」(朝日新聞)

今日のお題は自動運転とします。まず、自動運転にはレベルがあります。
レベル0・・・運転者がすべての操作を行う
レベル1・・・アクセル、ハンドル、ブレーキの操作のどれかを自動システムが行う
レベル2・・・アクセル、ハンドル、ブレーキの操作の複数を自動システムが行う
レベル3・・・限定的な状況で、アクセル、ハンドル、ブレーキの操作を自動で行う
       ドライバーはシステムからの要請があればこれに答える
レベル4・・・高速道路など特定の状況下で操作を全てシステムが行い、
       その条件が続く限りドライバーは全く関与しない
レベル5・・・考え得る全ての状況下での運転をシステムに任せる状態
       ドライバーの乗車も必要ない

これ、本当はもっと複雑なんですが、わかりやすいように書き換えてみました。
で、本項ではレベル4,5が実現した場合のことを考えてみます。
まず、自動運転が完成すると事故は起きなくなるでしょうか?
そんなことはないですよね。事故は劇的に少なくはなるでしょうが、
まったく起きないはずはありません。突然、歩行者が飛び出してくるとか、
急に目の前のトラックが荷物を落とすとか、不測の事態は必ずあるでしょう。
昔、原発は絶対に安全、という馬鹿げた神話がありましたが、
もろくも崩れ去ってしまいましたよね。あれと同じです。
では、事故が起きてしまった場合、その責任は誰にあるのでしょうか。

これ、自分で運転していないドライバーに責任を追わせるのは不自然ですよね。
そもそも完全自動運転なら、運転免許は必要ないし、
幼児や病人、障害者が一人で乗ったっていいわけです。
じゃあ、車を造ったメーカーが責任を負うのか。
もし自動運転に誤作動が起きての事故なら、
メーカーは責任を負う必要があるでしょうが、それ以外の場合は? 難しいですよね。
自分は、ドライバーもメーカーも無過失になるんじゃないかと思います。
で、民事で事故の賠償をする。賠償金を支払うのは保険会社です。
じゃ、保険金の掛け金は誰が払うのか? 

完全自動運転が普及すれば、個人での車の所有は意味がなくなるんじゃないでしょうか。
だって自分で運転する楽しみがないわけですから。
カーシェアリングが主体になるでしょう。自宅から連絡すれば車が自動でやってくる。
それに乗って、目的地に着いたら乗り捨てればいいわけです。
自動で走るタクシーみたいなもんです。その利用料金に保険料を上乗せする。
そんな形になっていく気がします。シェアリングカーは、
燃料補給や整備を一括して管理すればいいので、タクシー会社はもちろん、
ガソリンスタンドや町の整備工場なんかも必要なくなるんじゃないでしょうかね。

シェアする車の車種は近距離タイプ、遠距離タイプ、荷物を多く積むタイプとか、
そんなに多くする必要はないでしょう。どうせただの移動手段ですから。
同じ大きさ、同じ性能の車が多く走ってれば、それだけ事故も少なくなるでしょうし。
あと、どうしても自分で車を運転したいとか、高価な車を自慢したいという人は、
サーキットなどで自己責任で手動運転すればいいわけです。

次、当ブログで前に紹介した「トロッコ問題」というのが、改めて検討されています。
例えば、自動運転車が走っていると突然目の前の道路が陥没した。
ブレーキをかけても止まれないし、そこに落ちると必ずドライバーは死ぬ。
ハンドルを切って回避するしかないんですが、道路の右側には老人の集団がいる。
また、左側には幼稚園児が1人いる。この状況で、自動運転をしているAIに、
どういう判断をするようにプログラミングすればいいでしょうか。

まず、ハンドルは切らないで自分が穴に落ちて死ぬという選択。
しかし、そういうプログラミングをされた車に乗りたいですか?
老人はどうせ残り少ない命なんだし、将来のある幼稚園児を死なせるよりは
そっちに突っ込むという選択。あるいは、老人は集団で複数の犠牲者が出るだろうから、
犠牲が一人で済む幼稚園児に突っ込むという選択。
これも難しいですよね。老人や幼稚園児が死亡した場合の賠償額を瞬時に計算し、
額が少ないほうに突っ込むようにすればいいのか(笑)  

関連記事 『倫理学的思考実験』

MITが、今ネット上でこの問題について「モラル・マシーン」
というアンケートを世界規模でやっているようです。
興味を持たれた方はアクセスしてみてください。http://moralmachine.mit.edu/hl/ja

さてさて、では完全自動運転はいつごろ実現するでしょうか。
自分はまだまだ先のことだと思います。なぜかというと、技術的な問題はさておき、
完全自動運転が実現することで、仕事がなくなる、損をする、
大きな責任を負ってしまう、という人がたくさんいるからです。

まあ何の技術でもそうなんですが、世の中が大きく変わるときには、
それによって不利益をこうむる人の手あてをしなくてはなりません。
ソフトランディングを目ざさなければ、足の引っ張りあいが起きるでしょう。
新技術だからと はしゃぐだけでなく、生じる利益と不利益をしっかり計算し、
それによって人間全体がほんとうに幸せになれるのかということを、
つねに考えながらことを進める必要があると思います。

自分の予想としては、2030年になっても、
ほとんどの車が自動運転化されてる、というのは無理なんじゃないかと思います。
せいぜい高速道路上、トラックとかの商用車で実現するくらいなんじゃないかなあ。
で、そのうちに別の新技術が開発され、例えば人を乗せて移動するドローンとか、
そっちのほうに世の中の関心が移っていくとか・・・(笑)

自動運転車関連銘柄3







解体工事2

2017.10.16 (Mon)
えっと一昨年のことなんだ。ある建物の解体工事を請け負った。
それがな、話が来たのが、うちの県の参議院議員の事務所からでな。
だから、これ聞いたときは驚いたよ。
え、何でかって? そりゃ国会議員ともなれば、
縁故でつながりのある建設会社なんていくらもあるだろ。
それが何でわざわざうちみたいな小さいとこに頼むのか、
やっぱ不思議に思うじゃない。それに、
うちは従業員は少ないし機材もそろってるってわけじゃない。
だから大きな建物の解体は最初から無理なんだ。
けどよ、ざっと話を聞いたところ、
壊すのは、たいした床面積もねえ蔵が一棟ってことだったんだ。

それによ、予算はこっちで好きに決めていいみたいなことも言われて、
こりゃおいしい話だって思うじゃない。
で、工事に入る前に現場の下見に行ったのよ。
向こうから来たのは、その議員の秘書だったが、
これがすげえ細身で顔色が真っ白だったのを覚えてる。
場所は山に近いほうで、あたりにはほとんど建物のないとこだった。
まず驚いたのが、その200坪の土地が厳重なフェンスをめぐらされてること。
それがただのフェンスじゃないんだよ。
高さが2m以上あって上に鉄条網までついてたんだ。
秘書は大きな錠前を鍵を2つ使って開けて、俺らはフェンスの中に入った。
ああ、もちろん蔵は外側からも見えたよ。でなあ、これもまた異様な建物でな。

床面積は30坪、だから広大な敷地の真ん中に蔵がぽつんと建ってるってこと。
なあ、不思議な土地の使い方だろ。それと、蔵の高さが異様に高かった。
民家の2階建てよりもまだ高い。それと、
屋根の上に煙突みたいなのが出てたことだ。
だってよ、蔵ってのは宝物を火事から守るためにあるんだから、
火気は厳禁だろ。それが煙突って変な話じゃないか。
でな、その秘書がこれも何個も鍵を使って3重の蔵の扉を開けて中に入った。
そしたら2階建てでもなんでもねえガランとした空間で、
天井がずっと上に見えた。中のものは運び込まれて残ってなかったが、
蔵の床の真中に四角い柱が一本立ってたんだ。で、材質はひと目でわかって、
コンクリ製の50cm四方の柱、そんなのがある蔵なんて聞いたことがねえだろ。

そう。外から煙突に見えたのは、その柱が屋根から突き出てるものだったんだよ。
で、秘書の話では、外のフェンスは全部撤去。蔵も完全に解体するが、
その真ん中のコンクリの柱だけは残してほしいってことだった。
これも変な話だが、別に難しい注文でもねえ。いや、蔵の解体って楽なんだよ。
解体工事で最も大変なのは廃材の分別なんだ。ガラスはガラス、
断熱材は断熱材、金属は金属ってきちんと仕分けしなくちゃなんない。
それもリサイクルできるのとそうでないものに分けてだ。ところが蔵の場合、
窓はないし、壁はしっくい、屋根は瓦で、
断熱材はもちろん、木材や金属はほとんど使われちゃいねえ。
な、楽な仕事だと思うだろ。俺も初めはそう考えてたんだが・・・
でな、現場から戻るときに、その秘書のやつがもう一つ注文をつけた。

「土台が残ってもかまいませんので、蔵の下の土は掘らないでください。
 最後に整地する必要もありませんから。それと、この真ん中の柱には、
 絶対に重機などをぶつけたりしないでください。なんとかよろしくお願いします」
で、見積もりを出してすぐ工事に入った。
いちおう足場を組んで養生シートを張ったが、
隣近所はいないも同然で、1週間以内には片づくはずだった。
ところが作業員の一人が大ケガをしたんだよ。
自分で自分の右足首にシャベルをうち込んで、アキレス腱が切れ骨が折れた。
俺はそんとき現場にはいなかったが、もちろん病院には何度も見舞いに行った。
これは手術が終わってだいぶ落ち着いてから聞いた話だ。
「あの蔵の下に何か埋まってます。家・・・じゃないかって思うんですが」

「何バカなことを言ってるんだ。どうしてそう思ったんだよ」
「いや、あの柱ね、どう考えても変でしょ。じつは・・・
 どこまで埋まってるかと思って、休憩中にまわりを少し掘ってみたんですよ」
「バカ野郎!! 土はちょっともさわるなって言ってあっただろ」
「・・・すいません。でも、不思議じゃないですか。
 なんであんな柱があるのか気になってしかたなくて」  「・・・それで?」 
「そしたら1mも掘らないうちに屋根瓦にあたったんです」
「そりゃ、たまたま埋まってたんだろ」 
「でもそこらずっとが屋根瓦だったんですよ。それもそんなに古くない・・・」
「ありえねえよ。鉄筋コンクリの建物ならともかく、瓦屋根ったら木造家屋だろ。
 それが土の下に埋まってたとして、土の重みですぐつぶれてしまう」

「いや、そうですよねえ・・・で、土を埋め戻そうとしたときに、
 どういう具合か力加減がおかしくなっちゃって、
 思いっきりシャベルで自分の足をぶっ刺しちまって」まあこんな会話をした。
そいつは全治4ヶ月ってことだったが、今は復帰してる。
考えられねえケガだよな。自分の足にシャベルを刺す?
そんなのは高校出たてのアルバイトでもやらねえよ。
ましてやつは10年選手のベテランなんだし、何から何までおかしな話だ。
もちろん土の中に家が埋まってるなんてことはありえねえ。
あのあたりで土砂崩れがあったなんて話も聞いたことがねえしな。
だいいち平地にどうやって家を埋める?
けどな、そっから先いろいろおかしなことがあったんだよ。

解体は終わって、広い敷地の中に四角い柱だけがぽつんと残ってる状態で、
あの秘書を呼んで確認をしてもらったんだが、
約束した時間に行ってみると、柱のまわりにカラスが落ちて死んでたんだよ。
それも4羽も。いや、広い敷地でそこだけなんだよ。まるでその柱が煙突で、
毒の煙が出てるんじゃないかって思ったくらいだ。
うん、実際、中は空洞だったのかもしれないが、そのへんはわからない。
でな、秘書のやつはカラスの死骸を足で蹴りながら、
「おう、いい、いい。これはすごい。20年経ってもこれほどのものか」
正確には覚えちゃいねえが、こんな内容のことを言った。
地鎮祭はやらない契約だったんでこれですべて終わりなんだが、
俺はちょっと興味を持って秘書に聞いてみたんだ。

「この土地、これからどう使うんです?」そしたら秘書のやつは笑って、
「ああ、アパートを建てる予定です」こう言った。続けて、
「そのほうの工事は御社にはお願いすることはできません。申しわけない」って。
でもな、それも釈然としなかったんだよな。国会議員がアパート建てるかね。
てっきり事務所か何かになると思ってたから、これは意外だったな。
それから2ヶ月ほどして、県内の大きい業者が入ってあの土地で工事が始まった。
それでできたのが、アパートっていうかシニア マンションなんだよ。
そう、老人向けの集合住宅だ。完全バリアフリーのつくりで、
住むのは一定年齢以上で、資産条件を満たした高齢者のみ。
うん、そういうのには国からいろんな補助が出るし、税の優遇もあるんだ。
近くの医療機関と連携してて看護師も常駐してる。

あのあたりはあまり店はないが、ひんぱんに街の中心までバスが出てるらしい。
そのへんは国会議員の力なんだろうな。
評判? それがなあ・・・いいと言えばいいか、悪いと言えばいいか・・・
微妙なんだよなあ。うん、入居者がよく死ぬんだ。
それまで元気だった老人が、あのマンションに入ったとたん
コロッと病気で亡くなる。去年だけで何回葬式を出したんだか・・・
けども、部屋に空きが出ればすぐに入居者が埋まる。
自分の親をあそこに入れたいって子どもらが多いみたいなんだな。
ああ、あの蔵にあった柱な。わざわざああやって残したんだから、
マンションの建物の一部として組み込まれてるんだと思う。
なんのためにそんなことをしたのかはわからないけども。

関連記事 『解体工事』










猫の怪談

2017.10.15 (Sun)


猫の怪談というのも、一つのジャンルを形成できるほど多いですね。
これが犬だとそうはいきません。犬はひたすら飼い主に忠実な場合が多いですし、
それに対して猫は気まぐれで、ときおりふっと野生の表情をかいま見せたり
するからでしょうか。ちなみに、犬の骨は縄文時代から確認できますが、
猫のほうはもっと後代にならないと出てきません。
そういえば『枕草子』には、宮廷で飼われていた犬と猫の話が載ってますね。

さて、猫の怪談といえば、日本では『鍋島猫騒動』が有名です。
肥前国佐賀藩の2代藩主・鍋島光茂の時代。光茂の碁の相手を務めていた
臣下の龍造寺又七郎が、光茂の機嫌を損ねたために斬殺され、
又七郎の母も飼っていたネコに悲しみの胸中を語って自害。
母の血を嘗めたネコが化け猫となり、城内に入り込んで。
毎晩のように光茂を苦しめるが、光茂の忠臣、小森半佐衛門がネコを退治した。

Wikiにはこんなふうに出ていて、話ができた背景には、
鍋島家と竜造寺家の実際の確執があったようです。

これを元にして昭和の時代、化け猫映画がたくさん作られました。
化け猫女優といえば、入江たか子さんが有名ですが、
猫のまねをして口のまわりを何度も舌でペロッとなめる演技をしたところ、
当時のベンガラに含まれていた鉛で急性中毒を起こして、
撮影中に倒れ、死にかけたというエピソードが残っています。

あと、猫は年を経ると猫又という妖怪になると言われます。
この「又」の部分は、しっぽが二又(ふたまた)に分かれるからというのの他、
いろんな説があるようです。鳥山石燕も、手ぬぐいを頭にかぶって、
立ち上がって踊る猫又の姿を描いていてます。(下図)

さて、西洋だとポーの『黒猫』が有名ですね。黒猫を虐待した男は、
まず猫の片目をつぶし、さらに首に縄をかけて吊るしてしまう。
さらに男は妻も殺し、壁にぬり込めてしまうのだが・・・
かなりゴシック色の強いお話でした。

西洋では、黒猫は魔女と結びつけて語られることが多く、
映画の『魔女の宅急便』でも、キキという黒猫が出てきていました。
黒猫は不吉の象徴として見られたり、
そこがまた魅力的だとしてわざと飼っている人もいるようです。
あと、これはホラーではなくファンタジーなのですが、
ポール・ギャリコの『ジェニイ』なんかも印象的な作品でした。

さて、詩人の萩原朔太郎に『猫町』という散文の短編がありまして、
これは麻薬中毒から回復中の男が、ふと猫の町に迷い込んでしまう話なのですが、
ホラー小説の大家、アルジャノン・ブラックウッドが書いた
『いにしえの魔術』という話によく似ています。
書かれたのはブラックウッド作品が十数年早いのですが、
朔太郎が参考にしていたかはよくわかりません。
ただ、朔太郎作品が散文詩的なのに対し、ブラックッドのは本格ホラーです。

ちなみに、ブラックウッドには原始的な恐怖を描いた作品が多く、
秘密結社「黄金の夜明け団」に属して魔術師を自称していました。
余談ですが、自分はこのブラックウッドの諸作品が、
スピリチュアルの「シルバーバーチの霊訓」などに強い影響を与えた
と考えており、そのことは機会があれば書きたいと思っています。

あとそうですね、ホラーアンソロジー『異形コレクション』の32巻「魔地図」に、
多岐亡羊氏の「わたしのまちのかわいいねこすぽっと」という短編があり、
ちょっと作り込まれすぎてる感もありますが、読んでうならされました。
これはたいへんな傑作ですので、ぜひご一読をお勧めします。

映画だと、強い印象があるのはスティーブン・キング原作の、
『ペット・セマタリー』です。ペット霊園の裏山には不思議な土地があり、
愛猫が事故で死んだ主人公は、幼い息子にそのことを説明できず、
その土地に埋めてしまう。すると猫は帰ってきたが、
凶暴で腐臭を発する別の何かになってしまっていた。
さらに、男はその息子までも事故で失ってしまい・・・
カメラワークがなんとなくB級映画みたいな感じで、
それが逆に怖さを増していたと思います。

鳥山石燕 『猫また』








やつしの話

2017.10.14 (Sat)
実家が海の近くにあってね、そこに高校までいたんだ。
ああ、漁師じゃないよ。親父は町役場に勤めてた。
最終的には助役までいったんだよ。まあでも、じいさんは町長だったから、
親父の代で格落ちしたってことだな。俺? 俺は次男だったし、
あんな田舎にいるのはまっぴらだったから、こうして都会に出てきて
自由にやってるんだ。兄貴が町役場にいるよ。
でな、その町長だったじいさんに、子どもだったころに、
しょっちゅう「やつし には気をつけろ」って言われてたんだよ。
うーん、何だろうな。妖怪といえばいいのかもしれないが、
ちょっと違う気もする。なんというか、
あの町の古くからの住人だけが持ってる業みたいなもんじゃないかと思う。

遠い昔に何かがあって、それが原因で代々嫌がらせされてるっていうか。
いや、その何かってのはわからないよ。じいさんはとうに死んじまったし、
もしかしたら、兄貴は親父から聞いてるかもしれないけどな。
別に知りたいわけじゃなかったし、とっくに町を離れてたから、
俺には関係ないことだと思ってたんだよ。うん、やつし ってのは、
「姿をやつす」ってところからきてる。要は人に化けて出てくるってことだな。
それでいろいろ悪さをするわけだ。命までとられる・・ってことも、
ときにはあったみたいだ。俺の中学の同級生で、
やつし にあったやつを知ってるから、
今からその話をするよ。そいつが小学4年生だったとき、
そいつの中学生の兄貴といっしょに泳ぎに行ったんだ。

海のそばだったから、6月になれば子どもは海でガンガン泳いだよ。
だからみんな泳ぎは達者なんだけど、そいつはあんまり上手くなかったんだな。
それで兄貴が特訓してやろうってことで、海に連れ出してたらしい。
で、まずは足のつかない深さに慣れさせるために、
そいつに浮き輪をつけさせて、兄貴が引っぱってどんどん沖に出ていった。
んで、岸から50m以上離れたところにきて、
兄貴が「浮き輪はずせ」って言って、そいつが「兄ちゃん怖いよ」って答えた。
そしたら兄貴は、そいつの前でガボッと水に潜って、
もう一度出てきたときには真っ黒な顔になってたんだよ。
うん、そいつの話だと墨をぬったような黒さで、
目だけがらんらんと輝いてたってな。

で、いきなり口を開けて浮き輪にかぶりついたんだ。
当然、浮き輪は破れて一気に空気が抜け、そいつはアップアップし出した。
もがきながら見ると、黒い顔のやつが大口開けて歯をむき出して笑ってそうだ。
それで、海水を飲んでもうダメだってときに、
後ろからガッと髪の毛をつかまれた。
そう、つかんだのが本物の兄貴だったんだよ。
そいつの兄貴は「お前、何やってるんだ!」って怒鳴り、
それから頭をねじってそいつの体をあお向けにしたまま、
うまいこと泳いで足の立つところまで引っぱっていったんだな。
で、後から兄貴に聞いたところじゃ、浮き輪をつけてバシャバシャやってたのが、
急に止まって、その場でゆっくり回りはじめた。

それでいきなり自分で自分の浮き輪を噛み破って、
そのままストンと海に沈んで溺れだしたってことだった。
10mほど離れて後ろをついてった兄貴は驚いて、
髪をつかんで引っぱりあげた・・・
だからそいつの兄貴には、まったく やつし が見えてなかったってことだな。
うん、この話なんかは、下手すれば命をとられてたかもしれない。
まあ、やつし ってのはそういうもんなんだよ。
だけどな、気をつけろって言われても、
どうやって気をつけたらいいかわからないだろ。
だって知ってるやつに化けてくるんだから、
いちいち相手に、「あんた本物か」って聞くわけにもいかないだろ。

んでな、俺の話に戻る。あれは大学を出て3年目くらいのときだ。
俺は電力関係の会社に就職して、彼女のマンションで同棲してたんだよ。
けど、いっしょに暮らし始めたら、
お互いに嫌なところばかりが鼻につくようになってな。
毎日のようにケンカしてたんだよ。で、その日も真夜中に近い時間に大ゲンカして、
俺がそのマンションから飛び出したんだ。
で、もう別れるしかないなと思ってたんだが、
外で一服してるうちに少し彼女のことが心配になってきた。
うん、精神が不安定なとこのあるやつだったし、
死ぬの死なないの、みたいな言葉もケンカの中で出てたからな。
で、まさかのことがあっちゃいけないと思って、様子を見に戻ったんだ。

合鍵は持ってたから、エレベーターで8階の部屋まで戻って鍵を開けた。
チェーンはかかってなかったから、そのまま部屋に入って見回したがいない。
んで、カーテンが開いてたんでベランダを見たら、
彼女がぼうっとした感じで立ってたんだよ。それで近づいていったら、
コンクリの手すりを乗りこえるような動作をしたんだ。
俺は「おい、待て、やめろ」そう叫んでサッシを開け、
飛びつくようにして彼女の腰をつかんだんだよ。
したら、空中で彼女は体を曲げてこっちを見たんだが、
その顔が真っ黒だったんだよ。目と、大口を開けた歯だけが白く光ってて、
前に話した同級生の言ってたのと同じだったんだ。
俺は「あっ!」と思って手を離そうとしたが、

そいつが俺の服を強く握ってて離れない。
んで、そいつはぐるんと手すりから外に落ちて、
俺も引きずられて腰のあたりまで空中に出てしまったんだ。「ああ、落ちる」
そう思ったときに、「○○、あんた、何やってるのよ!!」って声がして、
後ろから本物の彼女が来て、俺の足の片方を持って、
ベランダのほうに引き戻してくれたんだよ。
うん、俺が最初に彼女だと思ってたのが、
やつし だったんだよな。本物の彼女は風呂上がりの格好で、
ちょうど出てきたところで、ベランダでジタバタしている
俺に気がついたってことだった。え、やつし はどうなったかって? 
それが、空中で消えたとしか言いようがない。

もちろん朝になって調べたけど、マンションの下には何も落ちてなかった。
うん、これが俺の やつし 体験だ。ああ、彼女には俺しか見えてなかったし、
やつし の話はしなかったよ。だって信じてもらえないと思ったからね。
だから彼女は、ケンカが原因で俺が飛びおりようとしたと思ったんだな。
そっから態度が少し優しくなって、同棲はもう1年くらい続いた。
まあ、結局は別れちゃったけどな。
あれからもう20年ちかくたったけど、その後は やつし にはあってない。
うーん、見るのは一生で1回だけなのかもしれないけど、
そのあたりのことははっきりとはわからないよ。まあこんな話なんだ。
実家のほうでは、まだ やつし の被害を受けてるやつがいるのかもしれないけど、
話が伝わってこないんで、これもわからないなあ。








アート怪談

2017.10.14 (Sat)
スジスワフ・ベクシンスキー


art、芸術といっても言語芸術はのぞきます。陶芸や書道を含む美術、
音楽、あと舞台とか舞踏などの総合芸術・・・骨董品なども含めて、
これらを題材とした怪談、ホラーはいろいろありますよね。

まず美術だったら、絵の中の人物が動くとか、魂が宿って抜け出す、
絵柄がだんだんに変わっていくなどというのは定番です。
見る人が絵の中に閉じ込められてしまうなんて話もあります。
彫刻だと、ギリシャ神話のピグマリオン。現実の女性に失望したピグマリオンは、
理想の女性の裸像を彫刻するが、やがて裸では恥ずかしいだろうと服を着せ、
いっしょに食事をするようになる。しかし彫刻はあくまで彫刻であり、
ピグマリオンは恋わずらいのためにどんどんやせ細っていく・・・

世界的に有名なのは、やはりオスカー・ワイルドの、
『ドリアン・グレイの肖像』でしょう。
若く奔放な美青年ドリアン・グレイは、友人の画家が描いた自分の肖像を見て、
「絵のほうの自分が年をとればいい」と言う。そして官能に溺れた生活を続ける。
すると絵のほうのドリアンだけが、どんどん汚れて醜くなっていく。
肖像を描いた画家を殺したドリアンは、絵を破壊しようと試みるが・・・
世紀末のデカダンな雰囲気がよく出ていたと思います。

音楽だと、あるミュージシャンが出したCDにありえない変な声が入っている。
『暗い日曜日』というハンガリーの歌謡を聞くと自殺したくなる。
ある曲がかかると勝手に足が動いて踊りがとまらなくなってしまう・・・とか。
呪われた曲というのもホラーのジャンルの一つになっていますね。

これはまず、芸術家には奇矯な性格で、異常な生涯を送った人が
多いということもあるでしょう。そういう人たちが執念を込め、
長時間かけて創ったものですから、不可思議な力が宿るのも当然かもしれません。
また、絵だったら構図や色彩、音楽なら旋律やリズム、
それらがなんらかの呪術的な効果を持ってしまうなんてことも、
考えられなくはないと思います。

さて、クトゥルー神話の生みの親、H・P・ラブクラフトは芸術好きであり、
美術と音楽をモチーフにした話をどちらも書いています。
音楽では、代表作の一つである『エーリッヒ・ツァンの音楽』
主人公の私は、同じ下宿に住むドイツ人の老音楽家、
エーリッヒ・ツァンの部屋から聞こえてくるヴィオルの調べに魅了される。
ぜひ目の前で演奏を聞きたいと申し出るが、激しい拒絶にあう。
ヴィオルの演奏はだんだんにこの世のものとは思えないほどになっていき、
それとともにツァンは日ごと憔悴の度をまして・・・
絵のほうは『ピックマンのモデル』という作品ですが、
こちらは『エーリッヒー』ほど評価は高くありません。

日本だと、作家の井上雅彦氏が編集するテーマ別ホラーアンソロジー、
「異形コレクション」の34巻で、
『アート偏愛(フォリア)』というのが出ていて、
折原一氏、竹河聖氏、菊地秀行氏、平山夢明氏などが作品を寄せています。

最後に『今昔物語』から、絵師と細工師が勝負する話をご紹介します。
これには百済の川成という絵師と、飛騨の匠という工匠が出てきますが、
どちらも当時評判の名人で、腕比べ合戦をします。

ある日、飛騨の匠が一間四面のお堂を建てたというので川成が見にいき、
西の面から入ろうとすると、そこが閉じて南の戸が開く。
ではと、そっちから入ろうとするとまた閉じて、今度は北の戸が開く。
いつまでもそういう具合で、川成はとうとう入れずに戻ってきてしまった。
自動仕掛けになっていて、わざと入れないように造ってあったんですね。
後に、飛騨の匠が陰から見て大笑いしていたという話を聞いた川成は、
仕返ししてやろうと匠を家に招待します。

匠が警戒しつつ出かけていき、家に入って戸を開くと、
腐りかけた死人が転がっていた。たちまち死臭が漂ってきて、
これはたまらんと退散しかけたところ、川成が出てきて、
「絵ですよ」と言う。見ればなるほど屏風絵で、死臭はかけらもなかった。
あまりに出来栄えが真に迫っていたので、
匠はありもしない臭いまで嗅ぎ取ってしまったのです。
このように両人とも比類のない腕を持った名匠でした。