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パワースポット小考

2017.11.30 (Thu)
今回はこのお話です。自分は、旅行関係の雑誌に雑文なども書いているのですが、
ここ10年ほどは、パワースポットに関連した原稿を書いてくれと依頼される
ことがたいへん多かったんです。パワースポットブームがあり、
今でも続いていると言っていいと思います。

で、神社仏閣、自然を紹介するといった記事なら、さほど苦しまずに書けるのですが、
「パワースポットとは何か?」みたいな論考は、ものすごく難しいんです。
なぜかというと、パワースポットという概念には、
神道や仏教、古代のアニミズム的自然崇拝、中国由来の風水、スピリチュアルなど、
さまざまな宗教、オカルト系の考え方が混じり合っており、
さらには地磁気などの科学的な要素もあって、
とても一口で説明できるようなものではないからです。
まあそれでも、3つほどに観点を絞って述べてみようと思います。

まず、一つには、雄大な自然に対する畏敬の念、というのがあると思います。
日本のパワースポットでいえば、
富士山、三輪山、高野山、御嶽山、華厳の滝、秋芳洞、などなどです。
これは、現代人の目から見て威厳を感じるような場所は、
当然ながら、古代人にとっても同じような感情を呼び起こしたでしょう。

ですから、そのような場所には、古代の磐座や祭祀遺跡が見られることが多いです。
高野山などは、真言宗の開祖である弘法大師 空海が、
前々から優れたパワースポットであるその地に目をつけていて、
当時の都である京都から離れているにもかかわらず、自らの宗教的基盤の地として、
金剛峯寺を開いたと考えられます。

奈良県の三輪山の麓には、日本最古級と言われる大神(おおみわ)神社がありますが、
それは拝殿であって、本殿はありません。本殿は山そのものなんですね。
山中には下方、中域、山上に3ヶ所の磐座があり、
古代の祭祀遺跡と考えられています。入山するためには社務所の許可が必要で、
3時間以内に下山するという時間制限もあります。

また山中では、水分補給をのぞいて、飲食、喫煙、写真撮影はいっさい禁止で、
木の葉一枚といえども、山中のものを持ち出すことも禁じられています。
自分は何度か登ったことがありますが、
たしかに下山の後には、気分がすがしがしく感じられました。

二つ目のパワースポットの要件として、偉大な神の力が宿っている場所、
というのがあります。これは、伊勢神宮、出雲大社、諏訪神社、貴船神社など
神社系の場所が多いですね。寺院はどちらかと言えば少ない。
これは神社と寺院の性格の違いが大きいでしょう。
神社は神そのものを祀る場所であるのに対し、
寺院は、多くの僧侶が集まって学問を研鑽する場所だったのです。
今でいえば学校の役割を果たしていたわけですね。

三つ目は科学的なパワーを持つ場所。ガウスメーターでパワースポットの
地磁気が計測され、長野県の分杭峠にはゼロ磁場がある、
といった形で紹介されることが多いですね。
他にも、地下にある活断層から空気中に電磁波が放出されている、
火山岩盤に豊富に鉄が含まれていて方位磁針が狂ってしまう、
などといった話もあります。

これ系で有名なのは、日本じゃないんですが、アメリカ、アリゾナ州のセドナです。
ここには、 ボルテックス(渦)と呼ばれるパワースポットが10カ所ほどあり、
地磁気の渦が人間の脳波によい影響を与える、などと言われます。
自分はアメリカに住んでいたことがあるのですが、
残念ながらここには行ったことはありません。ぜひいつか訪れてみたいのですが、
日本からのアクセスはなかなか大変そうです。

さて、パワースポットブームには批判もあります。
まず、パワースポットを訪れることそのものが目的になってしまって、
信仰心が置き去りにされているといったものです。
例えば、京都の貴船神社などはたいへんに賑わっていますが、
では、貴船神社の御祭神についてどれくらいの知識があるでしょうか。
主な御祭神は磐長(いわなが)姫命で、長寿および縁結びの神様です。
たしかに、磐長姫命に対する信仰心を持たずにここを訪れたとして、
どれほどのご利益があるか疑問に思いますね。

さらに、神社の場合、あまりにもあちこちにお参りして、
その場所ごとに願い事をするのも問題があります。神社にお参りするのは、
そこの神様と一種の契約を結ぶことでもあります。
神様同士の相性が悪い場合もありますし、たくさんの契約がこんがらがってしまって、
かえってよくない結果を招いたりする、などとも言われることがあるのです。

さてさて、最後に、自分が神社を訪れた場合にやっていることが一つあります。
それは神社の向き、方位を確認することです。
本殿がどちらの方角に向いているかを、方位磁石を使って調べ、メモしておきます。
これまで調べたのでは、南向き、東向きが多かったですね。
ただし、神社の社殿は近代に建てかえられている場合もあり、注意が必要です。
あと、地図を用意し、定規を使って神社の場所からあちこちに線を伸ばして、
線の先に何があるかを調べます。これはレイ・ライン研究などと言われますが、
費用もかからず簡単にでき、なかなか面白いですよ。

関連記事 『忌み地』










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コールセンターの話

2017.11.29 (Wed)
以前といっても、もう10年ほど前ですけど、コールセンターでアルバイトを
していたときの体験をお話します。ほんとうは思い出すのも嫌なんですけど、
納得がいかない部分があって、気にもなるんです。
それで、もしかして こちらで解決していただけるかもしれないと思いまして。
当時、私は短大を卒業したばかりだったんですが、
就職がうまくいかず、アルバイトで生活していたんです。
それで、友だちの紹介でそのコールセンターで働くことになりまして。
業務の内容はインプットといって、お客様からの電話を主にお受けするんです。
はい、こちらから電話をかけるのはアウトプットと言いますが、
それはやったことはありません。そのコールセンターは、
家庭教師派遣と学習教材の会社の委託でしたので、解約などの電話が多かったですね。

それで、ご存知かもしれませんが、イタズラ電話がすごくたくさんあるんです。
そうですね、そこの場合は、電話番号が子どもの目に触れやすいので、
子どものイタズラは多かったです。あと、ワン切りや無言電話。
無言の場合はしばらく待って、こちらから切りますので楽ですけど。
大人の場合は、いわゆる「変態電話」も多かったです。
あの・・・放送禁止用語を連発する人や、こちらの下着の色とかスリーサイズを
聞いてくる人なんかも。それから、変わったところでは、
寿司50人前をわざと注文する人や、聖書をえんえんと読みあげる人とか・・・
でも、私は神経が図太いほうでしたので、そういうのはそんなに気にならなかったんです。
対応としては、まず「この通話は録音されており、あなたの番号も記録されている」
ということをやんわりと丁寧に通告します。

それでもやめない場合は、男性のイタズラ対応スタッフに代わってもらうんですが、
こちらが代わりますと言って保留すると、向こうでも男性が出ると思って、
その間にたいがいは切れるんです。そんなでしたから、
イタズラへの応対も慣れたつもりだったんですが・・・ ある日、夜のシフトのときに、
私がとった電話で男性の方が出まして、ひとしきり教材関係の話をされ、
それからふっと間があって、「ところで占いって信じますか?」みたいに言われ、
「いいえ、あまり」と答えたんです。そしたら「じゃあ、あんたの名前を占ってみようか。
 ちょっと待ってね」それからガサゴソという音がして、
「ああ、わかったよ。あんたの名字は○○、下のほうは□□でしょ。
 違いますか?」それ、ばっちりあたってたんです。まさか、と思いました。だって、
コールセンターは回線がたくさんあるので、誰が電話を取るかはわからないはずです。

私がそこに勤めてることを知ってる知り合いが、冗談でかけてきてるのかとも考えましたが、
心あたりがなかったんです。声は・・・まだ若い、20代から30代くらいだと思いました。
もちろん聞き覚えはありません。私が言葉に詰まっていると、
「どう合ってるでしょ。じゃあ次、住所を占うよ。あんたの住所は・・・・・・・」
これもぴったり正解で、当時私が住んでいたアパートのものだったんです。
「え、何で、どうして?」と思いました。
電話は「これも正解だよね。じや、今日はこんくらいで。またかけるから」
そう言って向こうから切ったんです。頭がくらくらとしたんですが、
1人で考えてもダメだと思って、すぐSV(スーパーバイザー)さんに相談したんです。
そしたら「それ、ストーカーかもしれないな。向こうの番号はチェックされてるから、
 何度もかかってくるようだったら、君につながないようにする。
 
 それと、もし今後も何かあるようだったら、警察に相談したほうがいいかもしれない」
そんなふうにアドバイスされました。それから、2週間ほどは何事もなかったんですが、
ある日 夕方ころに取った電話が、またその人からだったんです。
ええ、声もそうだし、雰囲気で「ああ、あのときの人だ」ってすぐわかりました。
そのときは教材の話はせず、最初から自分で「もしもし、この間の占いのもんだよ。
 ああ、他の人と代わらないで。すぐ終わるから」一方的にそう言うと、
続けて「あんた、昨日の夜、部屋に彼氏が来たでしょ」って。
はい、当時 彼氏がいまして、たしかに前の晩は私の部屋に泊まりにきてたんです。
「あんたの彼、かっこいいね。結婚考えてるの? それと、
 あんたが飼ってる猫もかわいいねえ。これも占いで出たけど、猫の名前はチコだよね」
そこで、やはり向こうから電話を切ってしまいました。

これで本格的に怖くなりました。占いでそんなことがわかるわけはないですよね。
これはやっぱりストーカーだ、どっかから部屋を監視されてるんだ、って思ったんです。
私が住んでいるアパートの住人の顔も思い浮かべてみたんですが、
そういうことをしそうな人は思いつきませんでした。
もちろんこのときもSVさんに話しました。そしたら「向こうの番号をチェックして、
 ブラックリストに入れる。最初からイタズラ応対のスタッフに回るようにするよ。
 それと、やっぱり警察に連絡だな、これは」こんなふうに言われました。
それで少し安心したんですが、でも、翌日になって
「向こうの電話番号ね、公衆電話からだった。だからこっちからはどうにもできない。
 また別の公衆電話からかけるかもしれないから。
 ただ、次も君が取る確率は低いはずだと思うけど」って知らされたんです。

はい、警察には相談に行きました。けど、相手が誰なのかもわかりませんし、
調書はとられましたけど、警察ではその段階でできることはないようでした。
・・・それからまた3週間ほどして、その人からの電話を私がとってしまったんです。
「ほら、またあんたにつながった。こっちは公衆電話からだけど、
 何時何分何秒にかければあんたに回線がまわるか、占いでわかるんだよ。
 あ、切ったり代わったりしないで。俺、これから自殺するんだ、今かけてるのが、
 △△にあるいのちの電話ってやつ」・・・△△というのは有名な自殺の名所でした。
私は頭が麻痺したみたいになって、何か言い返すことも、
電話を切ることもできなかったんです。
「それでね、1人で死ぬのは寂しいから、あんたの猫ね、チコ連れてきてある。
 いっしょに死のうと思って」 え、まさか!!!と思いました。

チコは私が仕事にきている間、部屋から出られないようにしてあるんです。
「ググッ、グギャニャッ」みたいな声が電話の向こうから聞こえてきました。
「待って、嘘でしょ! やめて!!」思わず電話口で叫んでしまいました。
「じゃあもう死ぬから。まずチコに先に行ってもらう。・・・ギニャーッ!!」
猫らしき悲鳴が聞こえて、これは間違いなくチコの声だって思ったんです。
私は呆然として、ヘッドホンをつけたままデスクに倒れ込み、
頭をぶつけてゴンという大きな音を立ててしまったんです。
それに気づいたスタッフや上司が駆けつけてくれました。
そのときには電話はもう切れてたんです。抱え起こされた私が事情を説明すると、
上司がその場で警察を呼んでくれたんです。はい、上司と警官2人とで、
自分のアパートの部屋に行きました。

ドアを開けてチコが出てきたときには、ほっとして泣き出してしまいました。
ああ、あの電話で聞いた猫みたいな声はチコじゃなかったんだ・・・
それで、そのときのことがあまりにショックだったので、
コールセンターのバイトはやめることにしたんです。
あと、警察のアドバイスもあって、そのアパートはひき払うことにしました。
ええ、彼氏がいいって言ってくれたので、
彼の部屋でいっしょに住むことにしたんです。ただ、彼のところはペット禁止でしたので、
残念でしたけどチコは実家に預けることにして・・・最後のなごりを惜しもうと
チコを抱き上げたんです。そしたら・・・チコの白いお腹に、
それまで気づかなかった字のようなものがあるのが見えました。
毛ではっきりしませんでしたが、黒マジックか何かで「占いおとこ」って・・・









幽霊の出し方、見え方

2017.11.27 (Mon)
今日はあまり時間がなく、短めの怪談論で。
自分の書く話で、幽霊が実際に出てくる場面ってほとんどないんですね。
なんでかというと、一つには、
どういう形で幽霊を出せばいいかよくわからないからです。
幽霊の目撃談はいろいろあって、幽霊の姿というのも決まった形はないようです。

ネットから拾ってみると、
・生きている人と変わらずはっきり見える。
・青白く見える。
・カラーで透けている。
・青白くて透けている。
・部分だけ見える。(腕・顔・首・足だけ・・・)
・白い霧状に見える。(丸い・人型など)
・ピンぼけやブレた画像のように見える。
・黒い影のように見える。
・そのときは はっきり見えてた気がするが、後になるとよく思い出せない。
・何かがいるという気配だけが感じ取れる。

こんな感じで、見る人ごとにバラバラで、きちんとした法則はないように思えます。
これが困るんですよね。もし江戸時代の幽霊だったら、
白い経帷子を着せ、手をだらんと下げ、足がないように描けばいいんでしょうが、
現代ではそうもいきません。

ということで、なるべく出さない方向で書いてるんです。
ですから、自分の「青いテント」という話でも、
主人公は幽霊の姿をはっきり目撃はしていません。
見たのは、テントの内部にいて外に向けてつっぱっている黒い手の影だけです。

「・・・するとテント内に明かりがつきました。
そしてまだらになったテント内から、
二つのてのひらが黒く浮かびあがりました。
テント内の人が私のほうに向かって手を突っ張っているのです。
私は一瞬気が遠くなりかけましたが、
急いで反対側から外に出て横に回り込み、
持っていた懐中電灯でそのテントを照らしました。
そのテントの中のものはあちこち手探りをしていましたが、
ジッパーを開けて外に出ようとしています。
私は後ろも見ずに沢に入り膝までぬらして駆け下りました。」
 
関連記事 『青いテント』

もう一つの理由として、幽霊をはっきり出す怪談が、
はたして怖いかどうか疑問だからです。
例えば、心霊スポットに行った人が、
血まみれで長い髪の女の幽霊に追いかけられてあちこち逃げ回る・・・
そういうのが怪談として上等だとはあんまり思えないんですよね。
むしろギャグみたいになってしまうんじゃないかという気がします。

ですから、最初から幽霊はできるだけ出さない方向で話を作っているんです。
「ミキちゃんの人形」という話もありますが、
これでも、幽霊が出るのは最後のほうで墓の後ろから立ち上がる一瞬だけです。
しかも主人公は、自分が心の中でつくり出した幻覚じゃないかと疑ってる。
それくらいがちょうどいいんじゃないかと思ってます。

「ふっと陽がかげってセミの鳴き声が止み、
その苔むした自然石の墓の陰から黒い小さな影が立ち上がった。
そして「お兄ちゃんがんばれ」と小さな声で言った。
いや、小さな声が聞こえたような気がしただけ、
黒い影を見たような気がしただけ、
すべては俺が心の中でつくり出した幻覚だったと思う。」

関連記事 『ミキちゃんの人形』

映画の場合だと、『女優霊』みたいに幽霊の姿がぼんやりしてるものもあれば、
『リング』の貞子、『呪怨』の伽椰子みたいにはっきりしているものもあります。
ただ、映像がそのまま目に飛び込んでくる映画と、
文字でしか描写できない怪談話とではやはり違いがあるという気がします。

映画だったら、特殊メイクや ぎこちない動き、
天井から急に下がってくるなどのショッキングな出し方、効果音などで、
いくらでも怖くすることができるでしょう。
ところが、怪談話ではそうはいきません。

ですので、幽霊を怖くすることを主眼にせず、
幽霊が出るまでの段取りをしっかり作ることを重視して話を書くようにしています。
不吉で不気味な雰囲気を少しずつ盛り上げていって、
幽霊は話のキモとなる部分でちらっと出てくる・・・
そういうのがいい怪談じゃないかと思うんです。











「地球平面説」について

2017.11.26 (Sun)
米ノースカロライナ州で今月9日、「地球は平ら国際会議」初の年次総会が開かれた。
地球は球形ではなく、丸くて平らな円形だと信じる数百人が参加した。
(11月21日)

短い記事ですが、今日はこれを取り上げてみます。
このように、地球は球ではなく平らな円盤だと考える説を、
地球平面説(Flat Earth Theory)といいます。
これ、世界の古代の文明では、そう考えてたところが多いんですよね。
日本も『古事記』や『日本書紀』をみれば、
この世界は水の中に浮いている島のような形で考えられていたようです。
ただし、古代ギリシアでは天文学の発達により、
紀元前4世紀ころ、アリストテレスあたりから地球球体説が広まり始めます。
今は経済破綻がいろいろ言われていますが、古代のギリシア人はすごかったんですね。

余談ですが、「コロンブスが世界一周の航海に出て、地球が球体であることを証明した」
という逸話は嘘です。コロンブスのころ、15世紀のヨーロッパでは、
知識人の間では、地球は球体であるという説がすでに一般的になっていました。
ですから、話を面白くするためにつくられたものなんですね。

この地球平面説を支持する団体が、地球平面協会(Flat Earth Society)で、
1956年にイギリス人のサミュエル・シェーントンという人が立ち上げたのですが、
いったん休眠状態になり、最近、ダニエル・シェーントン
(上記のシェーントンとは血縁ではない)が新会長となって復活しました。

協会の話では、地球平面説を支持する人はだんだん増加しており、
今後も活発に活動していくつもりだということです。
うーん、でもこれ、どうなんでしょうねえ。
地球平面説を支持すると表明している人の中に、ガチで本気の人はどのくらいいるのか?
ジョークとして参加してる人が多いんじゃないかという気がするんですけども。

まあ、それはともかく、協会の主張の大筋をまとめたのがこれです。

① 地球は平面、かつ円盤状である。
② 円盤の中心は北極である。
③ 円盤の周囲はぐるりと氷の壁で縁取られており、これが南極である。
④ 太陽と月の直径はともに51kmほどであり、約4,800km上空の天球上を
  24時間周期で移動している。(その他の星は約5,000km上空を移動している)
⑤ 重力は幻覚。自由落下運動の加速度(g=9,8m/s2)は誤りであり、
  実際は地球がその速さで上昇している。
 (原因は不明だが、おそらく謎の「暗黒エネルギー」によるもの)
⑥ 地面の下に何があるのかは不明、しかしおそらく岩で構成されている。
⑦ 衛星写真などで見る丸い地球は、すべて加工されたもの。
  NASAや政府などの陰謀により、地球は球体と信じ込まされている。
⑧ 南極で自由に活動できない理由は、円盤の縁から人間が落下する事故を防ぐため。
⑨ 国連旗は、地球が平面であることを暗に示すものである。

国連旗


あと、現在、地球球体説が一般的になっているのは、
フリーメーソンやイルミナティの陰謀である、という話もあるようです。
でも、もし陰謀だとしたら何のためにやってるのか疑問ですよね。

この主張をそれぞれみていくと、
④の太陽と月の直径が同じくらいだというのは、
地球からの見た目がほぼ同じ大きさだからなんでしょうね。
平面説では地球の自転を否定しているので、太陽と月は地球から等距離にあって、
同じように動いてないとマズイわけです。

⑤は面白いですねえ。地球球体説では、重力がないと人はパラパラ地球から落ちていって
しまうわけですが、平面説では落ちることはありません。
そして、たしかにリンゴが木から落ちたとき、
平面の地球が重力と同じ加速度で上昇しているのなら、
重力があるのと見た目は同じ現象になりますよね。よく考えたなあと思います。

ただし、これだとこの宇宙には上下の区別があることになってしまいます。
地球球体説だと、とくに宇宙に上下を設定する理由はありません。
ただ便宜上、地球儀は北極を上にしているだけのことです。
(ここでちょっと疑問に思ったので、南半球の地球儀はどうなっているか検索してみました。
これは北半球と同じで、南極を上にしているということはないようです)

⑦は、地球が球体であると人々に信じ込ませるために、
NASAが積極的に加工した写真をばらまいているという主張です。
また、アメリカのアポロ計画による人類の月着陸は、
すべてスタジオ撮影されたフェイクなのだとされています。

⑧は、南極の氷を突破していけば、平面の地球の端に出られることになるわけですが、
地球平面協会では、南極に調査隊を派遣して、
そのあたりを明らかにしようとする計画が立てられているのだそうです。
あと、地球が球体である証拠は、オーロラとか白夜とか船のマストとか、
いくらでもあるわけですが、それらの一つ一つに、
(かなり無理な)反論が用意されているようです。

さてさて、これがオカルト分野に入るのかわかりませんが、
自分はこういうのはけっこう好きです。
おそらくユニークで楽しい人たちが参加しているのだと思いますよ。
ということで、今回はこのへんで。










ダイエット神社の話

2017.11.25 (Sat)
今晩は、よろしくお願いします。では、私の話をしていきます。
私は、事務機リース会社の経理課に勤めてるんです。
年齢は29歳です。それで、同じ課の同僚にB子さんという人がいて、
同期で入社したので同じ29歳です。それで、2人ともまだ独身なんです。
はい、もうすぐ30歳で大台に乗っちゃうんで、結婚はあせってました。
ええ、合コンに参加したり、仕事の合間をぬってそれなりに婚活はしていました。
これはB子さんも同じです。その点、
私とB子さんはライバル意識があったと言ってもいいかもしれません。
それでですね、今年の4月、経理課にAさんという男性が、
地方支社から転任してきたんです。それが、背がすらっと高いステキな人で。
年齢は31歳ということで、まだ独身だったんです。

会社で歓迎会をやったときの自己紹介では、つき合っている人もいなくて、
恋人募集中ですって言ってたんです。これは、って思いました。
ああ、この人と結婚できたらいいなあって。
でも、それはB子さんも同じ思いだったみたいで、
Aさんのところへお酒を注ぎにいった様子を見ててわかりました。
それで、これは負けられないって思って、私もAさんに積極的に話しかけて・・・
このことについて、その2次会のときB子さんと少し話をしたんです。
協定を結んだっていうか、お互いに正々堂々とAさんを張り合おうって。
それでもし、Aさんのほうから私とB子さんのどちらかが誘われたら そこで勝負あった。
遺恨を残さなように前途を祝福しましょうってことをです。
で、ですね、私はこの勝負、けっこう自信があったんです。

というのは、B子さんって体型がぽっちゃり型でスタイルがあんまりよくないので、
Aさんが選んでくれるとしたら私のほうかなって思ってました。
ところがです、それから2週間らいの間に、B子さんがどんどん痩せてきて、
見違えるようにスタイルがよくなったんです。それに、化粧の仕方も変えたのか、
肌の内側から輝いてるようにきれいになってきて・・・
これには驚くとともにあせりました。ああ、私も何かやんなくちゃいけないと思って、
週に何回もエステに行ったり、ネットでダイエットのページを見て、
よさそうな内容のものを実行してみたり。
でも、そんなに短期間で効果って出ないじゃないですか。それは、
断食すれば痩せるかもしれませんが、そうすると肌がガサガサになってしまうし。
マズイなあと思ってたら、B子さんのほうからこんなふうに話しかけてきたんです。

「ねえ、最近 私痩せたように見えるでしょ」
「ダイエットしてるんでしょ。まだ短期間なのにすごい効果出てるね」
「ありがと。どんなことをしてるか知りたい?」
「教えてくれるの?」 「まあそれは、友だちだからね」
で、聞かされたのがこんな内容だったんです。
「ダイエット神社ってあるのよ。もちろん正式な名前じゃないけど。
 ダイエットにばつぐんの霊験があるって、知る人ぞ知るってとこ。
 場所は県内のはずれのほうだけどね。ちょっとした山の上にあって、
 かなり長い石段を登ってかなくちゃならない。それでね、
 そこでお参りしてから、社殿の横にある湧き水、これが特別なご神水なの。
 ペットボトルに何本かくんできて、毎日、朝起きたらコップに1杯ずつ飲むの。

 それと、洗顔した後に顔につける。どう、こんなこと信じる?」
「でも、B子は効果出てるよね」 「まあね、他のダイエットももちろんやってるけど、
 2週間で8kgは痩せたよ」・・・こう聞いて私が考えたのは、
まず、何でAさんをめぐるライバルの私に、簡単に教えてくれたんだろうかってことと、
神社のお水なんかで本当に効果があるんだろうかってこと。
でも、B子さんが成果が出てるのは確かなんだし・・・
それで、次の休みの土曜日、車にペットボトルを何本か積んで、
B子さんに教えられた道を通ってその神社に向かったんです。
そしたら、場所は県の北の外れのほうで、車は、農家しかない田舎に入っていったんです。
そしてその細い道の行き止まりの脇に、ちょっとした小山があったんです。
山には細い石段の道が上に向かって続いていて、塗りのはげた鳥居が立ってました。

車を道に停め、1Lmのペットボトルを数本紙袋に入れて石段を登っていきました。
両側が林の中を石段はどこまでも続いていて、やっと着いたのが、
山頂にある小さな神社でした。私の他には参拝者はだれもいなかったです。
神主さんもいないようでした。とにかく、お賽銭をあげてお参りして、
神社の横に回ってみました、そしたら、岩の間からチョロチョロ水が落ちているところがあり、
そこでペットボトルに水をくんだんです。帰りがけに、社殿をもう一度見たら、
高いところに古い絵の額が何枚も飾ってあり、それはどれも、
花嫁と花婿を描いたもののように見えました。ただ、花婿は軍服姿のものもあって、
もしかしたら太平洋戦争中のものなのかと思いました。
とにかく、ここは縁結びの神様で、額は結婚したカップルがお礼に奉納したものだろうって、
納得して帰ってきたんですよ、それでさっそく、翌日からペットボトルの水を飲み始めました。

はい、効果てきめんでした。たった2日飲んだだけで、体重が2kgも減ってたんです。
正直スゴイと思いました。食事はそんなにひかえてないのに、
こんなに体重が減ったのははじめての経験でしたよ。
もちろん、顔をその水で洗うことも忘れませんでした。
ええ、体重のほうはハイペースでそれからも落ちていきましたが、
顔はそんなにきれいになったように思えませんでした。
むしろ頬がこけて やつれたような感じになって・・・
その頃には、B子さんはものすごく痩せて、しかも私とは違って、
顔も輝くばかり美しくなってたんですよ。それから数日して、
昼休みにB子さんからこんなことを言われました。
「昨日ね、この土曜日、食事をしないかってAさんから誘われちゃった。

 この勝負、私の勝ちみたいね」って。
ええ、それはショックでしたけど、きれいになったB子さんを見れば、
それもしかたがないかって思えたんです。ですから私としては、
約束どおり素直に祝福してあげるつもりだったんです。それで、その翌朝です。
くんできた神社の水がなくなって、最後の一杯をコップで飲もうとしました。
勝負がついちゃったんだから、もうあんな遠くまで水はくみにいかなくてもいいか、
そう思って、窓からの朝日に半分飲みかけたコップをかざしてみたら、
水の中に5mmほどの白いヒモのようなものがたくさん浮かんでいるのが見えたんです。
ええ、何十匹もいました。「匹」って言いましたが、生き物かどうかはわかりませんでした。
でも、それらはうねうね右に左に動いていたんです。
「キャー」と叫んで、コップの水を流しにあけ、水道の蛇口をひねって流しました。

それからトイレに駆け込んでしばらく吐いたんです。
ああ、なんてものを飲んでしまったんだろう、あの虫みたいなのはいつから入ってたのか。
もしかして最初から入ってたのに、今まで気がつかなかったのか、
体重が減ったのはそのせいなのか・・・嫌な考えが頭の中を駆けめぐりました。
で、神社の水を飲むのをやめたとたん、体重は元に戻っていったんです。
病院に行って事情を話して検査してもらったんですが、特に異常はありませんでした。
・・・B子さんとAさんの交際は順調に進んでいるようで、
B子さんからはいろいろ のろけを聞かされました。そして3ヶ月後、
B子さんとAさんの結婚式があったんです。同僚として、もちろん私も出席しました。
花嫁姿のB子さんはモデルのようにスタイルがよく、すごく美しかったです。
そして、式の直後に胸をかきむしりながら倒れて、そのまま亡くなってしまったんですよ。

怪奇ロマン『君待てども』
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斉藤実氏のこと

2017.11.24 (Fri)
当ブログでは、ふだんはあまり社会的な問題を取り上げることはないのですが、
今日はこのニュースで。
23日夜遅く、秋田県由利本荘市で漂着した木造船とともに見つかった
国籍不明の男性8人は、「北朝鮮を出港しイカ釣り漁をしていて船が故障し漂着した」
と話していることが警察への取材でわかりました。
警察は8人を引き続き保護し、さらに詳しく話を聞くことにしています。

23日午後11時20分ごろ、秋田県由利本荘市にある船の係留施設の近くで、
地元の人から「不審者がいる」と警察に通報があり、警察が駆けつけたところ、
国籍不明の男性8人を見つけ、さらに波消しブロックの近くで、
全長20メートルほどの木造船が漂着しているのが発見されました。
警察は、8人を由利本荘警察署で保護し通訳を交えて話を聞いています。

これまでのところ男性らは「北朝鮮を出港しイカ釣り漁をしていて船が故障し漂着した」
と話していることが、警察への取材でわかりました。また、男性らは
「船に乗っていたのはこの8人だけだ」と話しているということです。
(NHK)

ネットの反応を見ると「工作員だ!スパイだ!」「難民だ!」「亡命希望者だ!」
みたいな意見が多いんですが、自分が見るかぎりは漁船員としか言いようがないですね。
乗ってきた船も、イカ釣り用の集魚灯がついていますし。
つい最近の11月15日、日本海で転覆した小型船から救助した北朝鮮の男性3人を、
海上保安庁の船が、海上で北朝鮮の漁船に引き渡しています。

「北朝鮮の白骨船」という言葉がありますが、これは北朝鮮船籍の漁船が、
操業中にエンジントラブルなどで漂流し、中に白骨化した死体を残した状態で、
日本の海岸に漂着したもののことを言います。
このように、白骨状態の北朝鮮人を乗せて日本にやってきた木船は、
2013年から今年5月までの集計で合計277隻に達しています。

関連記事 『白骨船の話』

これ、日本の海域、海岸で発見されたものがそれだけということで、
海上で沈没したものが多いでしょうし、ロシアに漂着するものも多数あるようです。
今回のは、運よく生きて日本までたどり着いたというだけのことだと思います。
本人たちは帰国を希望しているようなので、「亡命希望」などということがなければ、
これまでどおり中国経由で北朝鮮に送還することになるでしょう。

金正恩政権は漁業に力を入れる「魚大風」という政策をとっていて、
北朝鮮の漁民は日本の領海まで出てきて違法に操業をしています。
穀物の不作を魚介類で埋め合わせようというわけですが、
かなり厳しい漁獲高のノルマがあり、さらに愛国心を示すために荒天でも出港するので、
特に海が荒れる11月、12月は遭難者の数が増えるようです。
また北朝鮮の漁船の場合、ノルマ達成のために、遭難時に、
漁船同士で助け合うシステムも働いていませんし、当然、本国からの救助もありません。

それにしても、今回の漁船を見れば、喫水の低いボロ船(下図)で、
日本だと数十年前でもこのような船は使っていませんでした。
エンジンの信頼性も低いでしょうし、よく海に出る気になれるもんだと思うんですが、
北朝鮮では漁業は戦闘と同じあつかいになっていて、
戦闘には犠牲はつきものであるとして、遭難者を殉職(戦死)とみなしているようです。



さて、ネットでは「海上保安庁はなぜ発見できないのか?」という声もあるんですが、
日本の領海は広く、海岸線は長く長く伸びています。
そこにたどり着く船をすべて発見しようとするのは、
家の中にアリを一匹も入れないようにするのと同じで、絶対に不可能です。

レーダーでは小さな木造漁船は捉えられないし、
捉えたとしても日本の漁船や釣り船、ヨットと区別できません。
もしこれを発見しろというなら、海上保安庁の人員を今の数百倍に増やして、
海岸線のすべてを船やヘリ等で見張るしかないでしょう。
それには莫大な費用がかかりますし、物理的にも無理な話なんです。

ですから、北朝鮮有事ということになれば、
多数の難民が日本に向かってやってくるという事態は十分に考えられることですし、
中には武装した者もいるかもしれません。
先日、麻生副総理の発言がありましたが、
それについての対策を今から考えておくことは必要だろうと思いますね。

関連記事 『金一族の魔法』

さてさて、話変わって、今回の本題として みなさんにご紹介したいのは、
斉藤実氏のことです。はたしてご存知の人が何人おられるでしょうか。
有名なヨットマンで同名の方がいますが、その人とは違います。
斉藤実氏は、太平洋単独ヨット横断の堀江謙一氏と同時代の、
日本の海洋冒険のパイオニアの1人なんです。

大学卒業後、記録映画の監督となり、自らマグロ漁船に乗り込んで撮影を続けましたが、
漁船の長期漂流の実態を知り、漁民の間に広まっている、
「海水は絶対のんではいけない、飲むと死ぬ」という定説を覆すために、
自ら漂流して海水飲用実験に臨むことを決意します。

そして木製イカダ「ヘノカッパⅡ世号」に乗り込んでの太平洋漂流実験の最中、
風速70mの超大型台風ジェーンに遭遇することになります。
イカダはひっくり返り、斎藤氏はイカダの一部につかまりながら
大波に何十時間も翻弄され続け、この荒れ狂う海の描写は圧巻です。

この後、氏は奇跡的に漁船に救助されることになりますが、
一連の経緯は『太平洋漂流実験50日』という本にまとめられています。
これ、すごい本 なんですよ。面白さという点においては、
ベストセラーになった堀江氏の『太平洋ひとりぼっち』をはるかに凌駕している
と思います。読んで絶対に損はありません。古本が100円程度で買えますので、
ぜひAMAZONなどで手に入れて、お読みになってみてください。
自信を持ってお薦めします。










担任を呪う話

2017.11.23 (Thu)
これ、俺が中学2年のときのことだから、今から30年以上前の話だよ。
俺はそのころからオカルトが好きで、あるホラー雑誌を毎月書店で買ってたんだよ。
でな、その雑誌は、最後のほうの数ページは怪しい通販の広告がたくさん載ってたんだ。
頭が良くなるテープとか、背が伸びる方法とか、開運の水晶ペンダントとかそういうやつ。
ちょうどピラミッドパワーなんかが流行ってたころだったからね。
そん中に、呪いの藁人形セットってのがあったんだ。
興味をひかれて内容を読んでみると、藁人形1つ、五寸釘が1本、
それと呪いのやりかたを書いたパンフレットがセットで900円ってなってた。
面白い、と思って買おうと思ったんだが、900円は高い。
今とは違って、中学生の小遣いが月500円とか1000円の時代だったからね。
それで、その当時いつもいっしょに遊んでた悪ガキの仲間2人に話して、

1人300円ずつ出し合って買うことにしたんだよ。
んで、申し込んで2週間くらいしてそれが届いたんで、
俺の部屋に2人を呼んで、さっそく包みを開いてみたんだ。そしたら、
けっこうきちんとした藁人形、ピカピカの真新しい釘、それから冊子が出てきて、
それを読んでみると、呪いたい相手の爪か髪の毛、つまり体の一部分を、
藁人形の中に入れて、「死ね~」という強い呪いを込めながら藁人形に釘を打ち込め、
みたいなことが書いてあったんだ。それを毎日くり返して、
30日たったらその相手には最悪の不幸が訪れるでしょう、って。
ああ、「死ぬ」とはっきりとは書いてなかったな。
それはやっぱり、マズイんだろうなって思った。
で、さっそくやってみることにしいて、呪う相手を誰にするか相談した。

その結果、当時の俺らの担任にしようってことになったんだ。
なんで担任にしたかっていうと、俺らはその2ヶ月前くらいに、
学区にあるスーパーでの万引きを店の警備員に見つかって警察に引き渡されたんだ。
それで親が呼ばれ、学校にも連絡された。で、警察での調べでは、
俺らも素直に謝ったんだが、その後学校で担任に説教されたのが、
これじゃあ高校に行けないとか、嫌味たっぷりで、3人ともすげえムカついたんだ。
まあな、今から考えれば逆恨みなんだが、
それで担任を呪いの実験台にしてやろうと考えたわけ。ああ、担任は教科が英語の、
50代くらいのヒステリックババアだった。で、次の日、
学校に早めに行って、教卓の下とかを探したんだ。
担任の髪の毛が落ちてないかと思ってな。

けど、教室は毎日掃除してるから、髪の毛とか見つからなかったんだ。
それで教卓についてる引き出しを開けてみたら、
一本だけ、くるっと丸まった髪の毛が見つかった。担任ババアはパーマをかけてたから、
たぶんこれだろうって思って、それをちり紙に包んで持って帰り、
藁人形の中に入れたんだよ。それで、30日間釘を刺すのは、
3人で10日ずつ分担してやることにした。最初の10日は武田ってやつ、
次が今井ってやつで、最後が俺。で、さっそくその日から呪いが始まった。
次の日、武田に「どうだった」って聞いてみたら、
「9時に自分の部屋でやった。ババアに万引きで怒られてるときのことを思い出しながら、
 クソババア死ね~~って胴体のところにぶっ刺してやった」
こんなことを言った。もちろん担任はその日学校に来て普通にしてたが、

まだ呪いを始めたばっかだから、そんなもんだろうと思ってたんだよ。
10日過ぎて、藁人形は今井の手に渡った。
いや、ババアはその間、休んだりもしなかったし、具合が悪そうってこともなかったな。
最後の10日間になって、藁人形が俺のとこに回ってきた。
んで、俺も前の2人と同じように、1日1回、ありったけの悪意を込めて、
「死ね~~」って釘をぶっ刺してやった。けども、30日まであと3日ってときになっても、
担任ババアの様子はまるで変わらなかったんだよ。
それで、俺の家に集まってこんな話をした。
「ぜんぜん効いてる様子はねえよな」 「でぶババア痩せたりもしてねえ」
「やっぱ呪いなんてないのかなあ」 それで俺が、
「明日はババアの英語の授業があるよな。俺、この人形学校に持っていくわ。

 それで、ババアが授業をやってるときに、藁人形を机の下に隠して釘を刺してみる。
 近くでやれば効果があるかもしれない」そんなふうに言った。
それで翌日、実際に学校に藁人形を持って行ったんだよ。
それを机の中に入れて、英語の時間になってババアが大声で教科書を読んでるときに、
武田や今井に目で合図をしいぇ、筆入れから釘を出して、
机の下で藁人形にぶっ刺してみたんだよ。
うーん、まあ正直、何かが起きるとはあんまり期待はしてなかったけどな。
そしたらだよ、口からつばを飛ばしそうな大声で教科書を読んでたババアのあごが、
下に向かってにょ~~んと伸びたんだよ。
顔の長さが倍くらいになったんだ。「えええっ!」しかしそれは一瞬だけのことで、
ババアの顔はすぐにもとに戻ったんだ。

授業が終わってから、俺はすぐに武田らのところにいって、
「授業中に藁人形に釘を刺したらババアの顔が伸びたよな。お前ら見たか?」
って聞いたんだが、2人とも「え~、そんなことなかった」
「見てないぞ」こんな反応だったんだ。どうやらババアの顔が伸びたように見えたのは
俺だけだったんだな。でまあ、2人にそう言われると、
見間違いかなあって思うしかなかった。藁人形は家に持ち帰って、
いよいよ呪いの期間が終わるまであと2日ってことになった。
で、翌日のことだよ。俺は学校から帰って飯食ってから自分の部屋にいた。
藁人形を取り出し、釘を握りしめて、「クソババア、早く死ねよ~~!!」
って呪いながらぶっ刺してやったんだ・・・
そしたら、窓のほうで「ベチャ」みたいな音がした。

俺の部屋は2階にあって、窓は2方向にあるんだが、
その表通りに面したほうの窓だった。濡れた雑巾を叩きつけるような、
大きなはっきりした音だったんでドキッとした。それで気になって、
その窓のカーテンを開けてみたんだよ。そしたら・・・
窓に大きな顔がへばりついてたんだ。グルグルに巻いたパーマの髪にメガネの
担任の顔だった。しかも教室で英語の時間に見たように、
あごがにゅ~っと下に伸びて、1mくらいにも長くなってたんだよ。
「うわあ!」俺はびっくりしてその場にへたりこんでしまった。
したら声が聞こえたっていうか・・・頭の中に内容が響いてきたように感じた。
「見たぞ、見たぞ。わたしを呪っているのはお前だな。なんで呪う? 
 許さないぞ、許さないぞ、もし死んだらお前もいっしょに連れてくぞ~」

で、頭が割れるように痛くなって目をつぶり、もう一度目を開けると、
窓にあった顔はなくなってたんだ。それで、俺は気分が悪くて、
トイレに行って吐いてしまったんだよ。
で、翌日学校に行ってみると、担任は休んでたんだ。
かわりの先生がホームルームに来て、担任ババアは昨日の夜
急病になって病院に運ばれて入院した、とうぶんお休みということになるかもしれない、
って説明をしたんだよ。それで、俺は前の晩に自分の部屋で見たもののことを、
武田と今井に説明したんだ。2人は半信半疑の様子だったが、武田が、
「それって、呪い返しってやつなのかもな」って言った。で、3人で相談の結果、
担任を呪うのはそこでやめたんだよ。藁人形は髪の毛が入ったまま川に流した。
ババアはそれから4日たって学校に出てきて、その後はクラス替えまで何もなかったよ。










『鎌倉ものがたり』 映画化

2017.11.22 (Wed)
今回はこの話題でいきます。ご存知の方も多いと思いますが、
『鎌倉ものがたり』は、雑誌「まんがタウン」(双葉社)に連載されている
西岸良平氏の漫画作品です。自分は、漫画雑誌はさすがに買ってないですが、
単行本になったら必ず買うくらいのフアンなんです。

で、このたび、『DESTINY 鎌倉ものがたり』として映画化されることになりました。
作者の西岸氏には、他に『三丁目の夕日』という昭和30年代ころを描いた
ノスタルジックな作品があって、それが『ALWAYS 三丁目の夕日』
として2005年に映画化されて大ヒットし、日本アカデミー賞をはじめ、
各映画賞を総なめにしました。つごう3作品のシリーズになっているんですが、
そのときのスタッフがまた集まって実写で作ったんですね。
監督は山崎貴氏、12月9日から一般公開です。

自分が『鎌倉ものがたり』で一番好きなところは、
やっぱり、古都鎌倉はこの世と異世界が混じり合っていて、
人間と魔物が共存している、というその世界観ですね。
自分が書いているナンセンス話と共通しているような部分もあります。

登場人物は、一色正和という30代の駆け出しの推理作家で、
東大卒、長身でハンサム、しかも剣道の達人なんですが、
どこかおっとりとして、ぬけたところもあります。
正和には、亜紀子という小柄で中学生に間違えられるような
20代前半の奥さんがいて、この夫婦どちらもが主人公という感じです。
あと、一色家には大河原キンという年齢が140歳を越える、
半分魔物のようなお手伝いさんが通っていて「ばあや」と呼ばれています。

話のパターンとしては4つくらいあるでしょうか。
一つ目はミステリー系の話。一色正和は鎌倉警察署の署員と懇意にしていて、
奇妙な殺人事件があれば捜査への協力を依頼されます。ほとんどの事件は、
ありえないような不可思議な密室トリックやアリバイ崩しになっていて、
それを正和が解いていくというもの。
漫画の中の鎌倉警察署には心霊捜査課という裏の課があり、
そこには降霊術や狐狗狸さんを特技とする刑事がいます。

二つ目は魔物関係がメインになる話、正和が魔物同士の戦いに巻き込まれたり,
ネズミやアリが知性を持って人間を襲ったり、狐が人間を化かしたり、
西洋の妖怪や未来人が日本にやってきたりします。
三つ目は人情話系とでもいいましょうか。
鎌倉に住む人々の人間模様を描いたような内容で、
一色夫妻とは関係なく話が進んでいくことも多いですね。
四つ目は、鎌倉ルパンという、主に鎌倉の美術品や宝物をねらう
変装名人の渋い中年の怪盗がいて、これが正和と知恵比べをする話。
この勝負は勝ったり負けたりです。

自分はこの作品、試写会で見たんですが、
なかなかの出来ばえになっていると思いました。『ALWAYS 三丁目の夕日』では、
昭和30年代の街がCGで再現され、それが一つの見所になっていましたが、
今回もCGが多用され、鎌倉に棲む魔物たちがリアルに表現されています。

あと、漫画を実写化する場合、どうしても漫画の登場人物と、
実際に演じる俳優さんのギャップが出てきてしまうんですが、
一色正和を演じる堺雅人さんは、まさにイメージにぴったりという感じがします。
一色亜希子は、NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」で主演した高畑充希さんで、
これも髪型や小柄なところは、漫画からそのまま抜け出してきたようです。
他に薬師丸ひろ子さん、三浦友和さん、中村玉緒さんなどの大物俳優が脇を固めています。

ということで、別に宣伝を頼まれているわけではないのですが、
見て損のない内容に仕上がっていると思いますので、
この年末、ご家族や恋人同士で見にいかれてはいかがでしょうか。

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海難法師について

2017.11.21 (Tue)
今日は妖怪談義にしますが、「海難法師」の場合は妖怪というより怨霊のほうが
正確なのかもしれません。なぜかというと、元々は人間だったからです。
まず、海難法師の話が伝わっているのは伊豆諸島です。
ちょっと歴史を見てみましょう。
680年 、駿河国から分かれるかたちで伊豆国が設けられ、
724年、 伊豆国は遠流の地として定められます。

以来ずっと、伊豆諸島は流刑地としてのイメージがつきまといます。
このことは海難法師の伝説に何かしら関係があるかもしれません。
有名な流刑人としては、保元の乱の源為朝が伊豆大島に、
関ヶ原で負けた戦国武将の宇喜多秀家が八丈島に流されていますね。
江戸時代からは幕府の直轄地になり、代官が治めていました。
現在は東京都の管轄になっています。

さて、海難法師の話には2つの説があります。その一つめは、
江戸時代の寛永5年(1628年)のこと。
豊島忠松という悪代官が島民たちを苦しめ、憎まれていたという。
そこで島の人々は忠松を殺すために、わざと海が荒れる日を選んで、
島巡りをするように勧めたのである。まんまと罠にはまった忠松は、
言われた通りに海に出て波に呑まれて死んでしまった。
それ以来、毎年旧暦の1月24日になると、島民たちに騙されたことを怨む
忠松の霊が、赤い帆船に乗った海難法師となって島々を巡るという。


うーん、年次や代官の名前もわかりますし、かなり具体的な伝承です。
豊島忠松(作十郎)というのは実在の人物で、寛永5年から
20年ちかく八丈島の代官を務めた後、溺死したという記録があるようです。

もう一つの説は「(上記の)悪代官をなんとか殺そうとした島の村の若者25人が、
暴風雨の夜にそれを決行し、船で逃亡した。しかし、後難を恐れて、
かくまってくれる島や村はなく、船でさんざん島の周囲をさまよったあげく、
1月24日に海で全員が死亡した。村人に裏切られ、
この世に恨みを残して死んだ25人の怨霊が、島々を巡るのが海難法師である。


先の話とはだいぶ違いがあります。同じ名称の言い伝えなのに、
こうまで話の内容が違っているのは変な気がします。
殺された代官と、殺した25人の若者たちのどちらも海難法師とされるのは、
伝承として不自然ですよねえ。それと疑問に思うのは、
なぜ「法師」つまり、仏教に帰依するお坊さんという言葉が入っているのか。
代官にしても村の若者にしても、僧侶であったとは考えにくいですよね。

さて、このことがあって以来、
伊豆諸島では次のような風習が行われるようになりました。
1月24日は決して外に出てはならず、ずっと家にこもっていなければならない。
その際には門口に籠をかぶせ、雨戸に柊やトベラなどの、
匂いが香ばしい、魔除けの葉を刺し、外にある便所にも行かず、
屋内で瓶や甕などを使用して用を足した。
どうしても外出しなければならないときは、頭にトベラの葉をつけるか、
あるいは袋を被って、外の様子(特に海)を見ないように移動した。
これにしたがわず、言い伝えを馬鹿にして、この日外に出たものは、
死んだり、全身血まみれになったり、口がきけなくなったりしたという。

トベラの葉


これは物忌みということですね。物忌みとは、ある特定の期間、ある行為を控えて、
穢れを避けることです。もともと伊豆大島には「日忌様(ひいみさま)」
という風習があったようです。1月24日から25日にかけて、
家の外に出ずにずっと身を慎みます。
このとき、神棚には25個のお団子や餅をお供えし、
海で拾った丸い小石を出入り口に25個並べて道を作り、海水をかけて清めたりします。
1月の24日、25日といえば、ちょうど旧正月のころにあたります。
(太陰太陽暦のため、旧正月の期日は一定ではない)

ネットで海難法師について検索していたら、面白い記述を目にしました。
(24日の日は)大昔はよその村の人を絶対に村に入れず、
村の入口で何人かに番をさせ、よその村の人間が来たらボコボコにしていたらしいです。
でもそのうち「郵便屋さんだけはいいか」と会議で決まったらしくて、
郵便屋さんだけは村に入れるようになったとか。でも家に郵便屋さんがくると、
懲らしめましたという証拠に、叩くまね事だけはしていたようです。


さてさて、このようにみてくると、
本来は旧正月の、伊豆大島の集落の排他的な物忌み行事であったものに、
江戸時代の代官が溺死したという事実がかぶさり、
怖い話となって全国的に広まっていったというのが、
「海難法師」の真相ではないかと考えることができそうです。









黄泉返りの話

2017.11.20 (Mon)
これは今から40年も前のことなんだが、それでもいいかい。
じゃあ話していくよ。うちの婆様がまだ生きてた頃のことだ。
婆様は10代の終わりから70歳ちかくまで、地域の拝み屋をやってたんだ。
ああ、婆様の当時は珍しいことじゃなかった。
町々にはそういう拝み屋が一人はいたもんだよ。
何をするかっていいうと、まず一番頼まれることが多いのは、
赤ん坊の疳の虫を封じてくれってやつ。あ、疳の虫ってのは、
赤ん坊が夜泣きをしたり、ひきつけを起こしたりすることだよ。
そういうのを拝んで治すわけだ。まあな、非科学的と言えばそうだが、
当時は医者なんて、よっぽど大きな病気じゃないとかからなかったし、
もしかかったとしても、赤ん坊の夜泣きを治せるわけでもねえだろ。

だから、拝み屋が流行ってたときには、けっこうな数の依頼があったそうだよ。
あとは失せ物探しとか、病気平癒とか、行き遅れた娘の良縁祈願とか、そんなことだ。
家の和室の一つに簡素な祭壇がしつらえられててな、
そこでご祈祷をするわけ。何の神様かって? うーん、よくわからん。
仏教じゃない、日本の神道の何かの神様だろうよ。
俺が高校に上がるころまでやってたんだが、そんなの気にしたことはなかった。
でな、俺は兄姉が多いんだよ。男が3人で俺は次男。それと姉が2人いた。
俺が下から2番目ってことだが、ある日、中学に入ったばかりの一番下の弟、
これが自転車に乗っててトラックにはねられたんだ。
見ていた人の話では、自転車ごと高く飛ばされて、道路に頭から落ちた。
救急車が呼ばれて、すぐに病院に運ばれたが、

強く頭を打ったせいで、脳に血腫ができてるって言われたんだ。
それがあまりに大きくて、とても手術はできない。
自然に血がひいていくのを待つしかないが、脳の大事な部分がやられてるかもしれない。
医者はそんな話をしたよ。とにかく、今日か明日かもしれない命だってことだ。
だから家族全員が弟のベッドのまわりに集まってたんだ。
で、弟の血圧はどんどん下がって、呼吸もゆっくりになってきてな。
医者が「残念ですが、ご臨終です」って告げたときに、
俺の母親が婆様に向かって「お義母さん、
 なんとかこの子を助けてやってくださいませんか」って叫ぶように言ったんだ。
そしたら婆様は無念そうに首を振って、「いやいや、それはできんことだ」
って答えたんだよ。だけど母親はなおも、

「お義母さんの祈祷はよく効くって評判じゃないですか。
 この子はお義母さんのかわいい孫じゃありませんか。ダメでもいいです。
 なんとか拝んでください、お願いします」って泣きながら食い下がった。
だが婆様は、「それはやってはいかんことなんだよ。死にゆくものに ご祈祷してはいかん、
 人には定められた寿命があるのだから」目をしょぼしょぼさせてこう言うばかりでな。
それで、俺ら兄弟も全員で婆様に頼んだんだよ。
「弟のために祈祷してください、拝んでやってください」って。
うちの姉2人が、それぞれ両側から婆様の着物の袖をつかんで、
「婆様、婆様、お願いだ。この子を助けてやってくれ」って揺さぶった。
父親をのぞいた家族全員が、泣かんばかりにして婆様に頼みこむと、
婆様は大きな溜息をついて、

「・・・わかった、わかった。わしは何もこの子がかわいくないわけじゃない。
 昔から生き死にに関わるご祈祷はしてはならないことになっとるんだが、
 わしにとっては大事な孫だし、やってはみるけれども、
 道具も持ってきておらんし、上手くいくかはわからんが」
そう言って、ベッドの弟の頭の横にきて、意識のない弟の額に手のひらをあて、
ぶつぶつと口の中で、ご祈祷の文句を唱え始めたんだよ。
医者は黙って家族のやりとりを聞き、婆様のすることを見てたな。
おそらく、何をやっても無駄だろうと思ってたんだろうよ。
婆様は、祈祷の言葉を唱えながら、しきりに弟の頭の上の空に手をやり、
何かを引きずり下ろすような動作をしながら、またひとしきりぶつぶつつぶやく。
それを1時間ちかくもくり返したんだ。

そしたら医者が「あ、血圧が上がってきた。これは持ち直すこともありえるかも」
驚いたような顔をして言った。でな、弟はとうとう死の淵から脱することができたんだ。
もちろん家族全員が喜んで、婆様に感謝の言葉を口々に言ったんだが、
婆様はあんまり嬉しそうじゃなかった。
そして母親に向かって諭すような口調で、「抜け出しかけていた魂を無理に戻した。
 しかしなあ、死ぬ命運にあるものが黄泉返っても、その後どうなるかは保証はできん」
そんなふうなことを言った。でなあ、弟の脳にできた血腫は少しずつひいていき、
事故から1ヶ月ちかくたって、意識が戻ったんだよ。
そしたら・・・俺はそのとき学校に行ってて病院にはいなかったんだが、
ついていた母親の話だと、目を開けたとたんに「ぎゃおう、いでえ、いでえよう」
大声で叫んでベッドから起き上がろうとした。

だが、弟は頭を動かせないよう、重い砂袋で左右から固定されていたんで起きられない。
そしたらその砂袋をつかんで放り投げようとしたらしい。
それで母親はあわてて看護婦を呼んだ。普通はそんな長い間 意識がない状態にいれば、
目が覚めても、筋力が落ちてて体に力が入らないはずなんだが、
とにかく「いでえ、いでえ」と叫んで、ものすごい力で起き上がろうとする。
そして「体中がいでえええ」そう絶叫して、
頭を押さえつけようとした母親の指に噛みついた。
びょんと跳ね上がるようにしてベッドの上に立つと、
騒ぎを聞いて駆けつけてきた医者や看護婦に次々体あたりをして跳ね飛ばし、
四つん這いになって病室を飛び出し、
ものすごい速さで病院の階段を駆け下りていったんだよ。

もちろん関係者がたくさん出て、俺ら家族も呼ばれて探したんだが、
病院の構内では見つからなかったんだ。
しかたなく警察に連絡したんだよ。それから4時間ほどして、
弟は死んだ状態で発見された・・・見つかったのは、うちの一族の代々の墓がある墓地。
病院からは15kmほども離れた場所だったんだよ。
どうやってそこまで行ったかはわからない。
病院の寝間着を着たままだったし、金も持ってるはずはねえから、
歩いていったとしか考えられないが、さっきも言ったとおり、
1ヶ月も意識がなくて寝たきりになってたんだぜ。
それでな、死に方っていうのがまた酷いもんで、
自分で一家の墓に何度も何度も頭を打ちつけたみたいなんだ。

頭が何ヶ所も割れて、とても見られる状態じゃなかったらしい。
とにかく病院に安置されたときには、顔全体が包帯でぐるぐる巻きになっててな。
葬式の前に火葬にするしかなかったんだ。
でな、ひととおりのことが済んだ後、婆様が母親にこんなことを言った。
「やはりあの臨終のときに、魂を引き戻したりするんではなかった。
 人はなんぼ辛くても、逝くときに逝かさせないとダメなんだ。
 かろうじて命の火をつなぎとめても、別物みたいになっちまう。
 全身が痛くて苦しくてたまらんかったろう。かわいそうなことをした」って。
・・・まあこんな話なんだ。婆様が力のある拝み屋だっただけに、
かえって無残なことになっちまったってことだな。その後、婆様も2年ほどで死んだよ。
もちろん拝み屋のあとを継いだ家族はいねえ。









「量子脳理論」って何?

2017.11.19 (Sun)
意識を量子化学で説明しようとする試みとして有名なのは、
英・ケンブリッジ大学の理論物理学者ロジャー・ペンローズ氏と
米・アリゾナ大学の麻酔学者で心理学者のスチュワート・ハメロフ氏らによる
「量子脳理論」である。ペンローズ氏は1980年代から、
脳は量子コンピュータであると主張しており、近年では神経細胞の中にある
微小管(マイクロチューブル)が脳内の量子計算を行っているという仮説を提示している。

微小管はチューブリンというタンパク質が円筒形に連なったもので、
神経細胞に限らず様々な細胞内に存在しており、その機能は細胞の構造の維持、
細胞分裂、細胞内輸送など多岐にわたっている。
ペンローズ氏らは神経細胞内の微小管が伸びた状態と縮んだ状態の、
二種類の形を取ることができることに着目し、
微小管が伸びた形と縮んだ形の重ね合わせ状態で存在し、
量子的な物体として振る舞うのではないかと考えた
。(tocana)

今回はこのお題でいきますが、あんまり実のあることは言えないと思います。
何から話しましょうか。みなさんは高校の物理の時間とかで、
原子核のまわりを電子が衛星のように回っているモデルを
ごらんになったことがあると思います。
あれは、便宜的に原子の構造を理解するには優れたものですが、
実際はちょっと違います。

電子は原子核のまわりのどこにいるかは観測するまでわかりません。
観測する前には、ここにいる確率が高い、ここにいる確率は低い、
という確率の波(雲)のような形でしか表せないのです。
そして、観測したとたんに電子の位置は一点に定まります。
これを「波の収縮」といいます。でもこれって、直感的にわかりにくいですよね。
波の収縮のことは、コペンハーゲン解釈とも言います。

原子核と電子のモデル
名称未設定 1lloo

では、本当に波の収縮ってあるんでしょうか。
これについて、数学者で、初期のコンピュータ理論構築にも大きな役割を果たした
フォン・ノイマンは、シュレディンガー方程式を解析して、
波の収縮は数学的に不可能であるということを証明してしまったんです。
じゃあ、どう考えればいいんでしょうか。
前にご紹介した多世界解釈が正しいのか・・・

関連記事 『平行世界について』

ここでノイマンは、波の収縮が実際の物理現象として起こりえないのならば、
それを観測する「人間の意識の中で起こる」と考えたのです。
しかしこれもスゴイ話ですよねえ。やはり天才は発想からして違います。
でも、波の収縮が人間の意識の中で起こるって、どういうことでしょう?
これ、自分もいまいちよく理解できないんですが、
ノイマンの書いた本などを読んでみると、波の収縮は脳内で起きる
一種の錯覚というか幻みたいなものとしてとらえているようなんですね。

現在の物理学界では、このノイマンの考え方には否定的です。
波の収縮が脳内で起きているという証拠はどこにもないからです。
もし、波の収縮があるとするならば、脳内ではなく、
実際の物理現象として起きていると考える研究者がほとんどだと思います。
ただ、ノイマンの提唱したアイデアが、
今回のお題である量子脳理論の一つの出発点になっているのは確かでしょう。

さて、量子脳理論といっても、いろんな種類があるのですが、
最初にこれを唱えたロジャー・ペンローズもまた、
多彩な分野で活躍する天才です。幾何学パターンを用いたペンローズ・タイル
というので特許をとっていますし、ペンローズの階段という不可能図形も有名です。
ペンローズは、脳の中の微小管という部分に注目し、
そこで量子の重ね合わせと収縮が起き、それが人間の意識をつくり出してる、
と考えたわけですが、これにはたくさんの批判があります。

まず、量子的な重ね合わせ状態が起きるには、微小管という部分は
大きすぎるという批判。原子や電子などに比べると、
「微小」という名前はついていますが、微小管ははるかに大きなタンパク質なのです。
確かに近年、かなりのマクロな物質でも、超低温にすることにより、
量子効果が働くことが知られてきていますが、
人間の脳内は、もちろん人間の体温36℃程度の温度でしかありません。

それと、もし神経細胞で量子の重ね合わせが起きているとしても、
その状態はごくごくわずかな時間で壊れてしまうはずです。
そして、量子脳理論が提唱されてからもう40年近くの年月がたつのに、
実際にそのようなことがあるとする具体的な証拠は、
一つとして発見されていないのです。ですから、
もしこれをペンローズのような各方面から注目される天才が提唱したのでなければ、
たぶん、まともに取り上げてすらもらえることはなかっただろうと思いますよ。

この理論の提唱者の一人であるスチュワート・ハメロフは、
量子脳理論と臨死体験の関係について、
「脳で生まれる意識は宇宙世界で生まれる素粒子より小さい物質であり、
重力・空間・時間にとらわれない性質を持つため、通常は脳に納まっている」が、
「体験者の心臓が止まると、意識は脳から出て拡散する。
そこで体験者が蘇生した場合は意識は脳に戻り、
体験者が蘇生しなければ意識情報は宇宙に在り続ける」あるいは、
「別の生命体と結び付いて生まれ変わるのかもしれない。」
と述べています。

しかしこれも、いっさい証拠のない眉唾話以外の何物でもありません。
ですから、ネットのスピリチュアルサイトなどで、
意識と量子力学を関係づけているような場合は注意が必要です。
現状では信じないほうが賢明であると思われます。

さてさて、とはいえ、やはり意識や心というものは不思議です。
これについて研究するには、もちろん量子力学だけではダメでしょう。
分子生物学やナノテクノロジー、脳医学などと連携しながら
アプローチしていかなくてはならないと思いますが、
その全容が解明されるのは、おそらく遠い遠い将来のことになるでしょうね。











書道部の事件の話

2017.11.18 (Sat)
今、高校2年生で書道部に入っています。よろしくお願いします。
これからお話するのは、私たちの学校で去年起きた事件についてです。
はい、時期は学校祭の前でしたから、10月でしたね。
私たち書道部は学校祭のとき、全員が作品を展示しますし、
校庭で書道パフォーマンスもやるんです。ですから、みなその準備に追われて、
毎日遅くまで作品を書いていました。
書道なんて、絵と違って作品はすぐできるだろうと思われるかもしれませんが、
それがそうでもないんです。1回書き上げても、
よく見るとあちこちに気に入らない部分があるんです。そこを直そうとすると、
今度は別の部分がうまくいかなくて、納得したものができるまで、
何十回も書き直すことがふつうにあるんですよ。

それで、その日も放課後、活動場所になっている教室で、
1年から3年までの部員10数人で、展示作品の練習をしていたんです。
ええ、もちろん書道ですから机は全部移動して床で書くんです。
私はそのとき、日本の漢詩を行書で書いてたんですが、
近くで米山さんという2年生の先輩が、隷書でも篆書でもない、
私が見たことのない不思議な字を書き始めたんです。
興味を引かれたので話しかけてしまいました。
「先輩、その字変わってますね。何ていう書体なんですか?」
そしたら米山さんは、「これね、甲骨文字っていうみたい。
 今からだと3千年以上前の中国の字」こう答えたんです。
「はー、甲骨文字ですか。初めて見ました。どっから手本を見つけたんですか?」

「ネットで適当に検索して出てきたやつを印刷した。意味はわからないわ。
 ほら、みんなと違って私、あんまり字 上手じゃないでしょ。
 でも、この甲骨文字だったら普通の字とはぜんぜん違うから、
 粗がわからないだろうって考えて、これにしたのよ」
「ははー、でも、これはこれで難しそうですよね。これまで練習してたんですか?」
「ううん、昨日まで手本を探してて、今日やっと始めたばかりなの」
先輩が書くのをしばらく見てたんですが、五文字目まで書き終えて、
次の行に移ろうとしたときに、急に気分が悪くなりました。
はい、胃がムカムカしてきて吐きそうになったんです。
それで、トイレに行って個室に入ってすぐに吐いてしまいました。
そしたら、真っ黒な、墨汁みたいなのが口からあふれてきたんです。

これちょっとヤバイかも、って思いました。
帰って親に話して病院に行かなきゃいけないって。
しばらく吐いていたら、なんとかムカムカはおさまったので、
洗面所で口をゆすいでいたら、書道部の同じ一年生の2人が、
小走りにトイレに入ってきました。そして私と同じように個室に飛び込んだんです。
それだけじゃなく、次から次へと書道部の部員が駆け込んできて・・・
最後に部の顧問の先生まで口を押さえながらやってきたんです。
ええ、学校はたいへんな騒ぎになりました。
だって、書道部のほぼ全員が同時に具合が悪くなっちゃったんですから。
保健室の先生も来て、救急車まで呼ばれたんです。
はい、特にひどかった子2人が救急車で病院に行きました。

私をふくめた残りの子は親が学校に呼ばれて、それぞれ病院に行くことになったんです。
私は、病院に着くころには具合の悪さはおさまってましたが、
それでも胃カメラなんかのいろんな検査を受けさせられたんです。
でも、特に異常はなし・・・ トイレで吐いた黒い液体は、
胃の中には残ってなかったんです。学校では、まず給食による食中毒が疑われたんですが、
でも、そういうふうになったのは書道部の子だけで、
他の生徒はなんでもなかったんです。だから、何かの原因で、
私たちが活動していた教室の空気が悪くなって、みんなの調子が悪くなったんだろう、
そういう結論になりました。救急車で運ばれた2人は、
2日間入院しましたが、その後は学校に出てきたんです。それと、
そのとき具合が悪くならなかった人が一人だけいて、それが米山先輩だったんです。

それで、その日から大事をとって書道部の活動はしばらく中止になり、
私たちはそれぞれの作品を家で書いてくることになったんです。
それから1週間くらいして、米山先輩と廊下で会いまして、
「あなたたち大変だったわね」って言われました。
「先輩は具合悪くならなかったんですよね」
「うん、私だけぜんぜん平気で、なんか申しわけなかったみたい」
「家で、あの甲骨文字書いてるんですか?」
「うん、あれ書いてるとね、不思議な気分になるよ。
 なんていうか、一字書くごとに気力が充実して絶好調って感じ」
こんなやりとりをしました。でも、次の日から米山先輩、
学校に出てこなくなっちゃったんです。

はい、最初は学年が違うのでわからなかったんですけど、
先輩の彼氏が、米山先輩に連絡しても電話にも出ないしメールの返事もしない、
それで心配して家に訪ねていったら、先輩は部屋に閉じこもったきりで出てこない、
食事もほとんどとらないで、ずっと習字をやってるって話を、
先輩のお母さんから聞いてきたらしいんです。
はい、あの甲骨文字を1日中書いてるってことです。
そして、いよいよ学校祭が近くなった日に、大事件が起きちゃったんですよ。
ほら、先輩が学校にも行かないし、鍵をかけて部屋から出ようとしないので、
先輩のお父さんが屋根伝いに様子を見にいったんです。
そしたら、先輩はずっと風呂に入ってないボサボサの髪で、
手や顔を墨で真っ黒にして字を書いてたんですが、

窓ごしにお父さんの姿を見つけると、手元にあった文鎮を投げつけたんだそうです。
それで窓は割れ、文鎮がお父さんの顔にあたって、
お父さんは屋根から落ちちゃったんです。
でも、下は庭になっていたので、腰を打ったくらいで大きなケガにはなりませんでした。
お父さんは、これはとにかく先輩に字を書くのをやめさせないといけないと考えて、
男の親戚を何人も呼んで、米山先輩の部屋に踏み込んだんです。
そしたら、先輩はものすごい力で暴れて、大人の男の人を何人もふっ飛ばしたんです。
でもどうにかとり押さえて、手から筆をもぎとり、
そのまま病院に担ぎ込んだってことでした。
そしたら先輩は、憑き物が落ちたみたいに大人しくなって・・・
でも、何日も食事をしてなくて衰弱していたので、

1週間ほど入院しなくちゃなりませんでした。
はい、この話は全部、米山先輩本人から聞いたんです。
ええ、今は元気になっています。
3年生になって、書道部の副部長をやっていますよ。
何でこんなことが起きたかって? それはですね・・・
先輩が書いてた甲骨文字に原因があったみたいなんです。
先輩のお父さんが、先輩が書いてた手本を学校に持ってきて、
歴史の先生に見せたんですけど意味不明で、次に漢文の先生に見せたら、
中国の学者の人に連絡をとってなんとか解読してくれました。
なんでも甲骨文字というのは、その当時の一般の人には広まっておらず、
神様に仕える人たちが占いをするために使ってたらしいんです。

それで、その占いというのが、今年作物がたくさんとれるためには、
何人の人間を生贄に捧げなくちゃならないとか、そういう怖い内容のものだったんです。
でも、ネットで広まってたんだろうって?
そうなんですど、ただ見るだけだと特に影響はないっていうか、
実際に書いてみることで、字の持つ魔力みたいなのにとり憑かれてしまうらしいんです。
だから、先輩が手本を見ながら実際に字を書き始めたことで、
まわりにいた私たちも悪い気を受けて具合が悪くなった・・・
どうやらそういうことみたいです。・・・文字の力って恐ろしいですよね。
うーん、この話、学校側は納得したかどうかはわからないですけど、
とにかく書道部では、甲骨文字を書くのはいっさい禁止になったんです。
はい、あれ以後は平和に活動していますよ。まあこんな話なんです。

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※ 甲骨文字は中国の殷(商)の時代の遺跡から出土する最古の漢字で、
 獣骨や亀の甲羅に刻まれています。これを焼いて、割れた形で吉凶を占います。
 発掘された資料には「生贄は30人で足りるか」などと書かれたものがあり、
 占いの結果が凶と追記されていたので、30人より多い生贄を捧げたものと考えられます。











朗読される自分の話

2017.11.17 (Fri)
今日は時間がないので、手抜き企画です。自分が書いている怖い話の前半のほうは、
巨大掲示板「2ちゃんねる(現5ちゃんねる)」に名無しで投稿したものです。
ですから、あちこちのまとめサイトに転載されているものが多く、
また、いろんな人が朗読をして、youtubeなどに動画をあげています。
ま、そのことについて文句を言うつもりはありません。
2ちゃんねるに投稿した時点で著作権は放棄していますし、
自分としては、誰でも気軽に利用できるところに、
ネット・コンテンツのよさがあるとも思っています。
怖い話のほうでも、あちこちで紹介されて広まっていくのは本望だろうと思いますしね。

■青いテント



上手な朗読だと思います。この話の主人公は女性なので、
女性の方に朗読してもらえてよかったです。

■クラス替えアンケート



これ、けっこう複雑な内容の話なので、朗読で意味がうまく伝わるか、
ちょっと心配でしたが、ゆっくり読んでくれているので わかりやすいですね。
BGMも効果的に入っていると思いました。

■蛇田



これは男性の朗読なんですが、再生回数が1万4千を超えてるんですね。
これだけ多くの人に聞いてもらえば、話もよろこんでるだろうと思います。
(この話の続編です) 関連記事 『蛇田2』

■土用坊主
字が小さいのでyoutubeで見ることをお勧めします。


自分のカテゴリでは「黒民話」に入る話です。
朗読ではなくスクロールで文章が出てくる形になっています。
この話は自分の中では上手く書けたと思っているので、もっと広まってほしいです。









ヨーガの瞑想の話

2017.11.16 (Thu)
今晩は。ではさっそく私の話を始めさせていただきます。
私は娘がおりまして、今、9歳で小学校の3年生です。その下はいません。
娘は不妊治療でやっと授かった子で、そのときのお医者さんに、
これ以上産むのは無理だと言われてますので、
かわいそうですけど、このまま一人っ子でということになると思います。
それで、娘は赤ちゃんのころから体が弱かったんですが、
なんとか小学校に入学できまして。私は働いてはいませんので、
日中は暇な時間ができたんです。で、何か習い事をしようと思いまして。
ええ、お料理とか手芸とか あれこれ迷ったんですが、
地域の婦人会が主催しているカルチャースクールで、
ヨーガを習うことにしました。ヨーガはヨガとも言いますけど、

よりサンスクリットの原語の発音に近いのはヨーガなんだそうです。
じつは、少し体重がオーバー気味で、ヨーガにはダイエットの効果もあると
小耳にはさんだので入会してみたんです。もうすぐ、始めてから1年になります。
うーん、ダイエットはいまいちでしたけど、体はだいぶ柔らかくなりました。
・・・ヨーガというと、みなさん、いろんなポーズの体操を思い浮かべるようですが、
あれはほんの一部分なんですよ。その他に、呼吸法と瞑想があります。
それで、今回お話しようと思うのは、瞑想についてなんです。
ポーズをとって座り、心を無にするんですが、
最初のころは雑念が次々浮かんできて、なかなか瞑想に入り込めませんでした。
ですから、じっとしているのが苦痛で、
早く時間が過ぎないか、そればかり考えてました。

瞑想がそれなりにできるようになったのは、3ヶ月くらいたってからですね。
足を組んでポーズをとり目をつぶる。そうすると、
ゆるゆると意識が溶け出していく感じがするんです。そして頭の中に・・・
万華鏡ってわかりますか。鏡を合わせた中にビーズとかが入ってて、
のぞき込むと、いろんな形のきれいな模様ができますよね。
ああいうのが瞑想中に見えるようになってきたんです。それからときどき、
フラッシュのようにまぶたの裏が光ったりもします。そのことを先生に言うと、
「ああ、それはすごい進歩だ、そこまでくるのに普通の人は1年以上はかかる。
 あなたにはヨーガの才能がある」こんなふうに褒められたりもしたんです。
そこのヨーガの先生はナーランダという名前のインド人の男性で、
もう日本に住んで20年以上にもなり、日本語はペラペラなんですよ。

あ、はい、すみません。ヨーガの話が長くなってしまって。
その瞑想中に不思議なことがあったんです。
ある午後ですね、その日もポーズをいくつかと火の呼吸などをやって、
仕上げの瞑想に入りました。それで、20分くらいたったときでしょうか。
両手は両ひざの上で印を作っていたんですが、その手を
動かしたくてしかたない気持ちになったんです。そんなことは初めてでした。
動かしちゃいけないとはわかっていても、体がいうことを聞かず、
ついにお腹の前に両手を持ってきて、何度もくり返して、
ヒモをほどくような動作をしてしまったんです。
そのときは、どうしてそんなことをしてしまったのかわかりませんでした。
後ろのほうの列で瞑想していたので、先生には見えていないと思ってたんですが、

帰りがけに「あなたの手は、瞑想中に不思議な動きをしていましたね」
こう言われてしまったんです。「ああ、すみませんでした。止めようと思っても、
 どうしても手が勝手に動いてしまって・・・」
と弁解しましたら、先生は「いいんです。わたくしにはわからないけど、
 何か必要なことがあって動いたんでしょう。どういう意味があったのかは、
 そのうちにタブンわかりますよ」と、おっしゃられたんです。
それで、家に戻りまして、夕食の支度をしていると娘が帰ってきました。
その日は、じつは娘は学校で遠足があったんです。
バスに乗っていく旅行ではなく、学校から歩いて1時間くらいの森林公園に行ったんです。
私が娘に「どう、遠足楽しかった?」と聞くと、
娘は「おかあさん、お昼にね、変なことがあったんだよ」こう話し始めました。

「え、どんなこと?」 「わたしね、リュック持っていったでしょ。
 それでお昼にリュック開けてお弁当を出そうとしたら、
 中で結んでたヒモがどうしてもほどけなくて。それで、
 友だちに手伝って開けてもらおうとしたけど、そしたらますます固くしまっちゃったの」
「それでどうしたの?」  「困ってしまって・・・泣きそうになったけど、
 そしたら友だちが先生のとこに持ってったらって言って、
 それで先生のところに行こうとしたら、頭の中がピカッと光って、
 そのときお母さんがヒモをほどいてくれてる様子が浮かんできたの。
 あれあれって思って、リュックを見たらもうヒモがほどけてたの」
「ふうん、不思議ねえ。お母さんも今日ね、じつはヨーガの最中に、何でか手が勝手に動いて、
 ヒモをほどくようなことをしてたのよ。でも。まさかねえ、

 あれって、あなたのリュックのヒモをほどいてたのかしら」
でも、このときは半信半疑というか、偶然の一致じゃないかとも思ったんです。
確かに、ヨーガをやっていると奇跡的なことが起きたりするとは言われますが、
それでも、遠隔操作みたいに遠く離れた娘のリュックのヒモをほどくことができるなんて、
ちょっと信じられませんでした。でも、ナーランダ先生の言葉もあったし・・・
ですが、それから2ヶ月くらいして、もっとはっきりとわかる出来事があったんです。
その日もヨーガ教室で瞑想をしていまして、すんなりと夢想の境地に入れたんですが、
時間がたつにつれて、だんだんに頭の中に黒い雲がわき出してくるような
感じがしたんです。それとともに、すごい不安感もあって・・・
いてもたってもいられないような気になって。
ガマンしようとしたんですが、ダメで「あー!」と叫んで立ち上がってしまいました。

そしたら、目の前に何かが落ちてくるイメージがあり、
思わず両手を出して・・・そしたらずっしりした重みを感じて落ちてきたものを
支えられない・・・そのとき、いつの間にかナーランダ先生が私の近くまで来ていて、
向かい側から私の手の間に自分の両手を差し出し・・・
合計4本の手で重みを受け止めて、その目に見えないものをそっと床に降ろしたんですよ。
先生は「今のは、何だったんだろうねえ、きっとアナタの家族に関係があることじゃないかな。
 娘さんは小学生だったんですよね。学校に電話してみたらどうでしょう」
こうおっしゃいました。それで、教室を抜け出して連絡してみたんです。
そしたら、娘の担任の先生が出られまして、「ああ、○○ちゃんのお母さんですか、
 さきほど娘さんが回旋塔から手を離して飛ばされたんです。
 はい、図工のスケッチが早く終わった子は遊んでもいいことにしてたんですが・・・

 でも、娘さんはケガはしていないです。私はちょうど見ていたんですが、
 かなりの勢いで宙に舞ったのに、どういうわけか空中でふわっと浮いたまま止まって、
 そのまま足からゆっくり下に降りてきたんです。
 泣いてもいなかったし、ケガもなかったんですけど・・・」
こんなことを言われました。それで、何で急に学校に電話したのかを先生から聞かれて、
私のほうも困ってしまったんです。ヨーガ教室でのことを言っても
信用してもらえるとも思えないし。でも、このことがあって、
前のリュックの件も信じられる気になりました。ああ、娘と私はつながってるんだなあって
思ったんです。夕方になって、帰ってきた娘に回旋塔のことを聞くと、
娘はちょっと舌を出しながら「お母さんが助けてくれたんでしょ。すぐわかった。
 とっても暖かかったよ」こんなふうに言ったんです。
 








ノーベル賞の傾向分析

2017.11.15 (Wed)
今回は科学ニュースからです。「ノーベル賞受賞者の傾向は? 」という論評が、
『ナショナル・ジオグラフィック』誌に出ていたので、それについて。

■世界でいちばん受賞者を輩出している国は米国、移民が大きく貢献

米国は、受賞者をどの国よりも多く輩出しているが、科学分野の受賞者の多くが、
子供の頃、あるいは研究を始めたばかりの頃に米国へ移り住んだ移民である。
世界でいちばん受賞者が多いのは米国だが、米国の大学に在籍し、
科学分野のノーベル賞を受賞した多くの科学者が、米国以外の国で生まれている。

米国を拠点とするノーベル化学賞受賞者の30%以上が、米国外の出身者だ。
2017年の共同受賞者でコロンビア大学教授のヨアキム・フランク氏は、
ドイツ生まれである。また、物理学賞受賞者の35%も外国生まれである。
マサチューセッツ工科大学の物理学者で、2017年物理学賞を共同受賞した
ライナー・ワイス氏も、やはりドイツで生まれた。

まあこれはそうでしょうねえ。まず一つには、英語で論文を書くことができれば、
それだけで世界中の多くの人の目に留まることになります。
論文の引用数や追試験の数も増えるでしょうし、
英語圏の住人というだけで、受賞には有利に働くはずです。
あと、アメリカの場合、なんといっても大学を含めた研究機関の数が多い。
研究機関の数が多いということは、研究で食っていけるポストが多い
ということでもあります。いくら高い志を持っていても、
生活が成り立たなければしょうがないわけですし。

さらに、アメリカは研究資金も潤沢にあります。
そこへ、自在に英語を操れる高い知力を持った高等移民が集まってきて
切磋琢磨し、さらにレベルアップする。
これはノーベル賞の数が増えるのは当然でしょうね。
今後、さらに米国一国集中の傾向は強まっていくことでしょう。

話変わって、今年度のノーベル文学賞は、
英国人作家のカズオ・イシグロ氏が受賞されましたが、日本国内では、
イシグロ氏の文化勲章受賞が検討されたものの、最終的には見送られたようです。
(文化勲章は外国国籍でも受賞することができ、
これまでにも米国籍のドナルド・キーン氏などが受賞しています。)

自分は、これは当然だと思います。国籍がどうのこうのという問題ではなく、
文学賞というものの性質上、どの言語で書かれたかということが重要です。
イシグロ氏は、元日本国籍とはいっても日本語はほとんどできず、
氏のすべての作品は英語で書かれています。つまり、
ノーベル賞は英国文学に対して与えられたとも言えるわけで、
日本文学および日本文化との関係は希薄だと考えます。

■平均すると、科学分野の受賞者の年齢は上がっている

2017年のノーベル生理学・医学賞、物理学賞、化学賞の受賞者のうち、
1人を除く全員が70歳を超えていた。これは、受賞者の年齢が年々上昇傾向にある
ことを示している。実際、授賞時の平均年齢は過去100年間上がる一方だった。

これもしょうがないでしょうね。100年前と比較すれば、
科学者の数がまるで違いますから。物理学だけで見ても、100年前には
物理学者の数は数千人程度だったのが、今は数百万人まで増えているでしょう。
そして重大な発見の数も飛躍的に増えており、
受賞の順番待ちをしている科学者がたくさんいるのです。

中には、自分に順番が回ってくる前に死去してしまうという
不運な科学者もいるでしょうが、
1回でのノーベル賞の受賞者の数は決まっているので、
しょうがないことだと思います。とはいえ、iPS細胞の山中伸弥氏のように、
真に画期的な研究成果は順番をすっ飛ばして受賞することになります。

あと、理論の検証に時間がかかるということもあげられるかもしれません。
ノーベル賞は、たんに理論を発表しただけではダメで、
実験による検証がなければ受賞が難しくなってきています。
ですから、ヒッグス粒子のピーター・ヒッグス氏のように、
論文発表から50年もたっての受賞なんてことも起きてくるわけです。

■受賞者の大部分が男性

1901年から2016年までの個人受賞者881人のうち、
女性の受賞者はわずか48人である。
また、数十年間女性の受賞者が全く出ていない分野もある。
最後に物理学賞を受賞した女性は、1964年のマリア・ゲッパート・マイヤー氏である。
この格差は、科学において女性に対する組織的偏見が根強いことを反映している。
ノーベル賞に値する発見が数十年分もたまっていることも状況を悪くしている。

たとえば、ノーベル財団の記録によると、核分裂を共同発見したリーゼ・マイトナー氏は、
1937年から1965年までの間に物理学賞候補に29回入り、
それとは別に11924年から1948年まで化学賞候補に19回入っているが、
一度も受賞には至っていない。また、ダークマター(暗黒物質)の存在を明らかにした
天文学者ベラ・ルービン氏の画期的研究も高い賞賛を得たが、
ノーベル賞を受賞することなく2016年12月25日に死去した。


うーん、受賞者の男女比は20:1くらいの割合ですか。
これ、実際の最先端科学者の男女比と比較してどうなんでしょうね。
ノーベル財団のあるスウェーデンは、早くから女性の人権問題に力を入れている国ですし、
そもそも、ノーベル賞の名前が高まったのは、
女性であるマリー・キュリーの受賞が大きいのです。
意図的に男性を女性に優先させているとは考えにくい気がします。

あと、本文に名前が出ているリーゼ・マイトナー氏はノーベル賞を受賞するに値する
業績を残しましたが、ベラ・ルービン氏はどうなんでしょう。
彼女の、銀河の回転速度の観測はすぐれた成果ではありますが、
その原因が、必ずしもダークマターによるとは まだ言えないと思います。

■多くの人々が関わる共同研究の受賞はますます増えている

ノーベル財団の規則によると、同時受賞は最高で3人までと限定されている。
20世紀初頭には少人数の研究チームが主流だったが、
昨今の画期的発見は大々的な科学協力の成果であることが多い。それでも選考委員会は、
大所帯の研究チームへ科学分野の賞を授与することにいまだ前向きではない。

特に物理学の場合、研究には数千人の研究者が関与していることもある。
2017年の物理学賞は、その代表例だ。アインシュタインの一般相対性理論で
予言された重力波「時空のさざ波」の検知に成功したとして、
ライナー・ワイス氏、キップ・ソーン氏、バリー・バリッシュ氏に賞が贈られたが、
ソーン氏は「将来的には、私たちのようにプロジェクトの初期段階に関わった
人々だけでなく、これを成功させたチーム全体に賞が与えられるような道を、
ノーベル賞委員会には探っていただきたいと願います」と公式インタビューで述べている。

これもそのとおりだと思います。重力波観測の論文は、共同執筆者として
1000人以上が名前を連ねていますし、日本のニュートリノ観測でも、
プロジェクトを代表して小柴昌俊氏がノーベル賞を受賞しましたが、
これも本来は、プロジェクトそのものが受賞すべきではなかったかと思います。
現代の科学においては、理論屋、実験屋、そしてその両者をつなぐ役割のコーディネーター、
この3者のうちのどれが欠けても、プロジェクトは機能しないのですから。

関連記事 『キップ・ソーン博士』

ノーベル賞のメダル










祖父の守りの話

2017.11.14 (Tue)
去年の秋に82歳で亡くなったうちのジイちゃんの話をするよ。
前の年までは元気で病気一つしたことがなかったジイちゃんだったんだが、
春ごろから、なんだか体がだるいって訴え始めてね。
それで、両親が病院に連れてったら、何日も検査をして、
膵臓がんってことがわかったんだ。それも他の内臓にも転移してる、
いわゆるステージ4の末期がんってやつ。当然、手術もできないし、
治療法は抗がん剤しかなかった。でもね、抗がん剤やったからって、
がんが治るってことはないんだってね。
ただ、いくらか寿命が延ばせるかもしれないって程度。
でね、医者はジイちゃんにがんを告知したんだよ。「余命は半年程度でしょう。
抗がん剤という選択肢はありますが、副作用でかなり苦しむことになります。

 ですから、その治療はしないで、緩和ケアだけにするという方法もあります。
 そのほうが残された生活の質は保たれるでしょう。どうなさいますか」
って具合に。うん、今は昔と違って、
がん だってことや、余命もきっちり本人に話すみたいだね。それでジイちゃんは、
「わしはもう歳だし、十分生きたから」って言って、
積極的に治療することはしなかったんだよ。
うちの両親もジイちゃんの意思を尊重した。それからはときおり通院しながら、
庭いじりなんかをやってたんだが、6月に入ったところで、
孫の俺たち兄弟をジイちゃんの部屋に呼んだんだ。
あ、俺は今、高校2年だけど、双子なんだよ。いちおう俺が兄ってことになってる。
それともう一人、中2の弟の3人兄弟。

でね、その3人を前にして、ジイちゃんはこんな話を始めたんだ。
「お父さんお母さんに聞いてるだろうが、わしはもう長くない。
 まあ死ぬのはべつに怖くはないが、心残りというか、心配なことが一つだけある。
 庭のお堂があるのはわかるよな」・・・このお堂というのは、
俺が物心ついたときにはすでに庭の一角にあって、
大きさは50cmくらいの小さな石造りのやつ。ジイちゃんが朝夕に灯明や
お酒をあげたりしてたのは3人とも知ってた。
「あのお堂な、じつはなあ、ある呪いを封じるためにあるんだよ」
「呪いって?」俺が質問するとジイちゃんは、少し恥ずかしそうに笑って、
「それはなあ、ジイちゃんの若いころにかかわることなんだが、
 ちょっとお前らには言うことはできない。お前らのお父さんお母さんも、

 詳しいことは知らないんだよ。まあ、あのお堂があることによって、
 この家が災いから守られてたと思ってくれればいい。
 だがなあ、わしも病気になってしまって、いよいよ決着をつけなければならん
 ときがきた。それをお前らに手伝ってほしいんだよ」
こんな話をされて、俺ら3人は黙ってうなづいたんだ。
で、最初にジイちゃんが俺らに命じたのは、
家の縁側から続く庭の部分の庭木を全部掘り返すことだったんだ。
そしてそこに池をつくるように言われた。といっても俺らは高校生だから、
池の造り方なんてわからない。全部ジイちゃんが買い物から何から指示して、
土を掘ってコンクリを流し、石でまわりを囲うとこまでやったんだ。
それからできた池に水を張っては捨てをくり返し、

コンクリの毒気がなくなったところで、ペット屋から買ってきた安い金魚を
200匹くらい入れた。これは俺らにしれみれば、けっこう面白い作業だったな。
ただ、期間は夏休みいっぱいかかった。
で、夏休みが終わるころに、ジイちゃんの体調が悪くなって、
布団に寝つくことが多くなった。医者は入院を勧めたけど、
ジイちゃんは「まだ孫たちに手伝ってもらってやることがあるから」
そう言って、入院しようとはしなかったんだよ。
ジイちゃんは、布団の中から俺らに指示して、次は池の中にお堂を移すことになった。
これは大変だったよ。いくら小さいとはいえ、石造りのお堂は百kg以上あったからね。
お堂は前面に扉がついてたんだが、それを表通りに向けるようにして、
なんとかかんとか池の中にすえつけることができた。

で、ジイちゃんの容態はいよいよ悪くなって、ついに入院することになった。
その病床で、ジイちゃんは俺ら3人にこういう指示を出したんだ。
「わしもいよいよお迎えが近い。こっからが大事だからよく聞いてくれ。
 まず、3人で順番を決めて、池の中のお堂に朝夕、ロウソクをあげてくれ。
 それから、わしが死んだら、やつがいよいよ家までやってくるだろうから、
 やっぱり3人で交代交代で寝ずの番をして、あのお堂を見張っててくれ。
 お前ら、勉強もあるだろうし大変だと思うが、長い期間になることはない。
 なんとか頼む。それでもし異変があったら、わしの火葬のときにお骨といっしょに
 出てきた古銭をとっておいて、お堂に振りかけてくれ。
 それで終わりになるはずだ。このことはお前らの両親にもちゃんと話してある。
 あとは、全部終わったらお堂の扉を開いて、中の物を焼き捨ててくれればいい。

 それが済んだら、お堂はもう壊してもかまわないよ」
こんな内容だった。それから3日してジイちゃんは意識がなくなり、
本人の前からの希望で、人工呼吸器などはつけず、
それからさらに4日して、眠るように亡くなったんだよ。
ジイちゃんの葬式があり、父がジイちゃんのお棺に何やら重そうな紙包みを入れて、
火葬になった。で、お骨拾いのとき、ジイちゃんの遺骨に混じって、
たくさんの古い硬貨が熱で変形して出てきた。
父が、「ジイちゃんに言われてるんだろう」
そう言って、俺らにその古銭を持たせてよこしたんだ。
その日から、俺、双子の弟、下の弟の順番で、夜に池の中のお堂を見張ることにした。
ずっと寝ないで、2階の窓から庭を見下ろしていたんだ。

ジイちゃんの言ったとおり、長くはかからなかった。
見張りを始めて2日目、夜中の2時ころに双子の弟が俺を起こしにきた。
「アニキ、起きて、池のお堂の前に何かいる」廊下の窓から見下ろすと、
お堂の正面に向かうように、白いものがうずくまってた。
人・・・女の人のように見えた。「古銭、用意してるか」 
「大丈夫、今、持ってる」 「よし、外に出よう」俺と弟はパジャマのまま、
そっと玄関を出て池のほうを見ると、ボロボロの白い服を着たザンバラ髪の女が、
両膝をついてかがみ込み、池に口をつけて水をごくごく飲んでたんだ。
その姿を見たとき、背筋がぞくぞくっとした。弟は無言で2・3歩その女に近づき、
握りしめていた古銭をお堂と女の背中に叩きつけた。
そしたら、ずるっと蛇のような動作で女は池の中に落ち、

そのまま消えてしまったように見えた。家の中に戻ると、
父が起きていて「終わったんだな」ってひとことだけ言った。
翌朝、池を見に行くと、水の色が青黒く変わってて、
底に古銭が散らばってるのが見えた。それから、200匹もいた金魚は、
全部死んで腹を出して浮いてたんだ。
次の土曜日、両親と俺ら3人でお堂の扉を開けてみた。
そしたら中には古いアルバムが2冊入ってたんだが、どっちもページ全部が
固く糊づけされてて開くことができなかったんだよ。
無理に開けることはしないで、そのまま庭で焼いた。まあこういう話なんだ。
いや、それからは特におかしなことは何も起きてない。ジイちゃんとあの女の関係、
呪いのことは、まったくわからないままだよ。









当ブログの内容について

2017.11.13 (Mon)
基本的に当ブログは、自分が怖い話・怪談を書いて載せるものなんですが、
病気で1年2ヶ月ほど中断がありまして。
そしたら怖い話が上手く書けなくなってしまいました。
アイデアそのものが前のようにすぐに出てこないんですね。
しかも前は1話20分くらいで書いてたのが、
今は四苦八苦しながら40分くらいかかります。
ま、リハビリ中と思って長い目で見てやってください。

当ブログでは、それ以外にも妖怪談義やオカルト論、怪談論などもやってますが、
妖怪は、子どもの頃にテレビで水木先生の
『ゲゲゲの鬼太郎』を見て以来の大フアンです。
それで、自分でいろいろ調べているうちに石燕の妖怪画にいきあたり、
石燕の絵にはさまざまな裏の意味が隠されてあり、
それを読み解くためには江戸学(江戸時代に関する知識)が必要だ、
ということがわかってきました。江戸時代の川柳と同じようなもんなんです。

江戸の川柳は現代人には難解なものが多く、例えばこれ、意味わかりますか?
「おさへたとこが 五文にも ならぬやつ」
「おさへた」というのは女房の浮気の現場を押さえたということです。
江戸時代の町民の姦通の慰謝料は五両が相場だったんですが、
女房の浮気相手は五両どころか五文も払えないようなやつだった、という意味です。
これは慰謝料の相場が五両、という知識がないと読み解けないんですが、
それと同じようなことが石燕の絵にはあるんですね。

また、当時の浮世絵は時事的な話題を風刺したものが多く、
石燕の絵にもその傾向は強く見られるのですが、
これも江戸時代の歴史的な知識がないと意味がわかりません。
この川柳はどうでしょう?
「その夜の 月に近つ星 九つ出る」・・・まったく意味不明ですよね。

延亭四年(1774年)8月15日、江戸城内で細川氏が板倉氏に斬りつけられ
死亡する事件が発生、被害者の細川氏の家紋は九つ星。
つまり、殿中で十五夜の日に起きた事件を風刺した内容ですが、
これも知識がなければちんぷんかんぷんでしょう。
こういったことをコツコツ調べていくのはじつに大変なんですが、
まあでも、京極夏彦氏が『姑獲鳥の夏』などの作品で
石燕の絵を取り上げられたことで、現在はだいぶ研究仲間が増えました。

・・・妖怪の話が長くなってしまったので、少し端折(はしょ)ります。
自分のブログでは、原則として政治や経済の内容は扱いません。
これは、怪談は一種のファンタジーであって、
現実的ななまなましい話は似つかわしくない、と思うからです。
同じ意味で、社会的な事件もまず取り上げることはしません。
確かに、猟奇的な連続殺人事件なんかは怖いですし、
ホラーの一分野と言えるんですが、
自分としては、怪談の怖さとはなじまない別物である気がするので、
今後もそれについて書くことはないと思います。

さて、当ブログでは科学的な内容の話がよく出てきますが、
先端物理学などはオカルトとの相性がひじょうにいいんですね。
だって例えば、量子力学で言うところの、
原子核をめぐる電子は、何もしないときは確率の波として広がっているが、
人間が観測したとたんに一点に収縮する・・・
また、粒子は振動する超ミクロのひもである、
なんて考え方もオカルトに近いものだと思いますよ。

また、生命科学にしてもそうです。例えば幽霊について研究するには、
まず生命とは何か、という大疑問を考えなくてはならないと思います。
そしてそれにアプローチするための手段の一つが、発生生物学や、
遺伝子生物学だと考えています。こう考えてくると、
科学とオカルトは、けっして相反するものではないのです。

あと、歴史的な話もけっこう書いていますが、
これは自分が大学で考古学を専攻したせいもあります。
歴史分野にも謎と不思議、そして怖い話はたくさんあります。
特に古代史なんてわからないことだらけです。
それを資料を集めて推論していくのは、趣味としてたいへん面白いものです。

科学的な内容については、できるだけ数式を出さないように、
歴史的な内容では、漢文や古文は口語訳をつけるようにしています。
あとまあ、自分は占星術師を職業としていますので、
星や星座、天体の話は間違いがないよう十分に気をつけて書いています。
ということで、ホラー小説や映画の話題も含めて、
現状、雑多な内容のブログになっているんですが、
みなさんの興味を引きつけるような内容が書けていれば幸いです。










黒塚古墳のU字型鉄製品

2017.11.12 (Sun)
黒塚古墳石室


今回は邪馬台国関連のお話です。邪馬台国問題に関しては、
自分はガチの畿内説ですので、そのつもりでお読みください。
なるべく専門的にならないように心がけます。

まず、黒塚古墳の話をしましょうか。
黒塚古墳は、奈良県天理市柳本町にある、全長約130メートルの前方後円墳で、
これは、同じ大和古墳群にある箸墓古墳のほぼ2分の1の大きさです。
高さ約11メートル、前方部がバチ型で前期古墳の特徴を持っています。
周濠あり、葺石や埴輪は未確認。

1997年、奈良県立橿原考古学研究所が行った発掘調査で、三角縁神獣鏡33面と
画文帯神獣鏡1面が、副葬当時に近い状態で発見されました。
竪穴式石室の木棺内には被葬者の頭のところに画文帯神獣鏡、両脇に刀と剣をおき、
棺外に32面の三角縁神獣鏡が鏡面を内向きにして立てられていました。
このことから、三角縁神獣鏡は量産された葬具であり、
画文帯神獣鏡が被葬者にとって重要なものであったことがわかります。

自分は三角縁神獣鏡国産説をとっていて、
卑弥呼が魏からもらった鏡は、その一つ前の世代の画文帯神獣鏡だと考えます。
ただし、画文帯神獣鏡と三角縁神獣鏡には意匠上の共通点があり、
三角縁神獣鏡は、魏から下賜された画文帯神獣鏡を参考にして、
(もしかしたら鏡の工匠が中国からやってきて)
倭国内、あるいは帯方・楽浪郡内(当時の朝鮮半島)
で作られたと考えたほうが自然なんじゃないかという気がしますね。

さて、今回の本題は鏡の話ではありません。
黒塚古墳からは200点以上の鉄製品が発掘されましたが、
その中にU字型鉄製品と呼ばれる、ひじょうに特異な遺物が出土しています。
(図A)これは、大小2本の鉄棒をU字型に曲げたもので、
それに付随するように、V字型の鉄製の管がいくつも見つかりました。
鉄製の管にヒモを通して、U字型鉄製品に結びつけていたのでしょう。

図A
名称未設定 1

また、全長40cmの棒状鉄製品が近くから8本出土し、
一端には木柄を接続したのか、木材痕跡が確認できます。
これはおそらく、支柱として使われたものでしょう。
さらに、全体に絹繊維が付着していたことが確認されています。
これ、黒塚の調査以前にも以後にも、同様のものは発見されていない、
大変に珍しいものなんです。いったい何なんでしょうか?

自分は、これは卑弥呼が魏よりもらった「黄幢(こうとん・こうどう)」
ではないかと考えます。というか、それ以外のものを想像しにくいんですね。
では、黄幢ってどんなものなんでしょう?
魏志倭人伝の記述にはこうあります。
其の六年 詔して倭 難升米に黄幢を賜い 郡に付して仮授す

「其の六年」というのは、魏の正始6年(245年)。
倭国の使者、難升米(なしめ?)に授けられた黄色い軍旗が黄幢で、
なぜ黄色かというと、これは陰陽五行説で、
魏の国の色が黄(土を表す)だからです。(魏の最初の年号は黄初)

また「其の八年 太守 王頎が官に到る
倭女王 卑弥呼は 狗奴国王 卑弥弓呼と素より和せず
倭 載斯烏越等を遣わし 郡に詣り 相攻撃する状を説く 塞曹掾史 張政等を遣わし
因って詔書 黄幢を齎し 難升米に拝仮し 檄を為りて之を告諭す


邪馬台国の卑弥呼が卑弥弓呼(ひみくこ?)を王とする狗奴国
という国と戦争になったことを知らせてきたので、
ここでも黄幢が授けられています。戦争状態にあって、
邪馬台国には中国の大国、魏がバックについているんだぞ、
と知らしめるための役割が黄幢にはあるわけです。

では、黄幢とはどのような形状のものでしょうか。
現在の旗のようなものなら「旗」という字を使うはずですが、
そうではないので、「幢」とは(図B)のようなものではなかったかと
考える人が多いのです。そしてこれは、上記のU字型鉄製品を組み立てたときの
形(図C これは自分が書きました)によく似ているように思います。

また、高句麗の4世紀の壁画にこのようなもの(図D)があり、
これは「節」と考えられており、軍の指揮に関係したものなんですが、
やはり図Bとよく似た形をしています。さらに、三角縁神獣鏡には傘松文様といわれる、
中国の鏡には見られない独特の文様があり(図E)、
これも図Bと共通した形をしていますね。
自分は、傘松文様は黄幢を記念して鏡の意匠に組み込まれた可能性があると見ています。

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さて、黒塚古墳の鉄製品が黄幢とするならば、
その被葬者は誰なんでしょうか?魏に使いに出た倭人のうちの誰かなんでしょうが、
自分は、遣使された中で最も活躍している難升米ではないかと考えます。
ただ、難升米は魏の皇帝から率善中郎将(魏のために働く夷狄の武人に与えられる将軍位)
に任命され、銀印青綬を与えられていますが、
残念ながら黒塚古墳からは銀印は出土していません。

さてさて、もし黒塚のU字型鉄製品が本当に黄幢ならば、
邪馬台国論争は畿内説で決着と見ていいと思います。
考古学者で、これが黄幢であると声高に主張する人は多くありませんが、
内心、そうじゃないかと考えている人はかなりいるはずです。
みなさんは黒塚のU字型鉄製品の形を見てどう思われますか。
もし黄幢でないとしたら、これはいったい何なんでしょう???

関連記事 『三角縁神獣鏡と卑弥呼の鬼道』

関連記事 『箸墓古墳と倭迹迹日百襲姫』








ファミレス戦争の話

2017.11.11 (Sat)
俺が前にバイトしてたファミレスで起きた話をするよ。ああ、皿洗いやってたんだ。
何から説明すればいいかなあ。そこの市は人口15万人くらいで、
新興住宅地が多いんだけど、県立大学のキャンパスが移ってきて、
それに通じる広い県道ができた。んで、道路沿いにパタパタと店が建ったんだ。
ガソリンスタンドとか、コンビニとか、洋服屋とか車のディーラーとかそういうの。
で、俺がいたファミレスもかなり早い時期にできたんだよ。
最初のうちは客は入ってたね。大学の学生グループが多かったけど、
一般の人もけっこう来てた。俺はその頃にバイトとして採用されてね。
でね、それから3ヶ月くらいして、左隣に回転寿司ができたんだ。
有名チェーン店のやつ。それでファミレスの客が少なくなったと思うだろ。
ところが、そうでもなかったんだよ。

だってほら、ファミレスと回転寿司じゃ客層が違うだろ。
うちはカップルとかグループが多いし、一人でくる人も結構いる。
それに対して、回転寿司は家族層が中心じゃね。それに向こうは10時過ぎに終わるけど、
うちは深夜までやってたし。だからすみ分けができてたんだな。
ところがだよ、それからまた3ヶ月くらいして、今度は向かい側にソバ屋ができたんだよ。
日本ソバが中心だけど、カツ丼とかラーメンもやってる店。
そしたら客の数がガクンと減っちゃたんだな。一番はやってた頃の3分の1くらいになった。
いや、俺はバイトだから別に客が減っても困ることはないし、
むしろ洗う皿の数が減って楽になったくらいだったけど、
店長はかなり大変だったみたいだね。チェーン店のファミレスだから、
雇われ店長で、年も若いしね。売り上げが減ると本社に納める上納金も減って、

本部の偉い人から、あれこれ怒られてたんだな。
もちろん客が減った原因は、せまい場所に飲食店が3軒もできてしまったことで、
2軒なら何とかやっていけても、さすがにその数だと、
客が分散してしまって無理だったわけ。だから、店長は俺らによくこぼしてたよ。
「あーあ、あの回転寿司とソバ屋のうち、どっちかつぶれてくれないかな」って。
まあそれは、向こうにしてみても同じことを思ってたんだろうけど。
でね、ある日のことだよ。俺が朝にファミレスに出勤したら、
建物の屋根の上に紫色っぽい煙が立ち上ってたんだ。
「あ、大変、火事かも」そう思ってすぐに店長に知らせた。
店長が外に出てきて見ると、やっぱ平屋建てのファミレスの緑の屋根の上に、
紫色の煙が渦巻いてるのが見える、けど、店が火事になってるわけでもなかったんだ。

「変だなあ。あの煙、ちょっと危険だけど上ってみるか」店長はそう言って、
俺を下に残したまま建物の中に入り、明り取りの窓からトタン屋根の上に出てきたんだ。
それで俺に「おーい、煙があるのはこっちだよな」
そう叫びながら屋根の上を歩いてった。「ああ、もう少し右です」と俺。
店長は「おっかしいなあ、何もないぞ。ホントに煙に近づいてるのか?」
「そこです、あと前に1m」で、店長が煙の中に入ったとたん、
体を二つに折って咳き込み始めたんだよ。「大丈夫ですか~」俺が声をかけると、
店長はゲホゲホいいながら、「これはダメだ、お前も店に入ってこい」
そう言って、逃げるようにしてファミレスの中に戻ったんだよ。
んで、中で「屋根に上ったら煙は見えなかった。
 ただ、お前が煙があるって言った場所に入ったら、

 急に喉が痛くなって、咳が出て立ってられなくなったんだよ」
それから2人してまた外に出てみたら、やっぱり紫色の煙は屋根の上にあって、
しかも何だか色が濃くなってるように見えたんだ。店長は、
「火事とかじゃないし、自然現象としか考えられん。まあ危険はないだろう」
そう言って、通常どおり営業することにしたんだ。
けど、その日は大変だったんだ。考えられないようなトラブルが続いてね。
まず、ドリンクバーってあるだろ。あの機械が壊れて、コーラやなんかが吹き出して、
客にかかって服を汚したんだ。でも、ありえないだろ。
一つならともかく、いくつもある機械がいっせいに壊れるなんて。
コーヒーやコーンスープなんかの熱いやつも吹き出したから、
客で火傷した人が出なかったのが幸いだったよ。

それだけじゃない。その日は皿やなんかの食器がたくさん割れたんだ。
皿洗いは機械がやって、俺は出したり入れたりするだけだったんだが、
皿洗い機に入れてスイッチを押したとたん、ガガガガって異常な音がして、
中の皿がみな割れたんだよ。それにウエイトレスのバイトも、
よろけて客に運んでく料理を落としたりしたんだ。店長がそのバイトの子に聞くと、
「黒っぽい影みたいなものが急に目の前に現れて、あ、ぶつかると思って、
 よけようとしてトレイを落としてしまって」こんな答えが帰ってきてね。
その上にね、ほら怪談でよくあるだろ、
客が4人しかいないのに5人分、コップの水を出しちゃうなんて話。
そういうことが何度もあったんだよ。で、そんなだから怒って帰っちゃう客が
たくさんいて、俺らスタッフは、とにかくずっと謝りっぱなしだったんだ。

だから午前2時の閉店になったときは心底ほっとした。今日は一体何だったんだ、
って思ってると、店長が、バイトの最古参だった俺に「ちょっと残ってくれ」って言って、
本部に電話をかけたんだよ。それから1時間ほどして、高級車が店の前に乗りつけ、
中から本部の偉い人といっしょに、変な神主みたいな格好の人が降りてきたんだ。
年は60代くらいで、ヤギみたいな白ヒゲを伸ばしてた。
その人は店に入るなり「ああ、これは呪いの攻撃を受けている」そう言って、
木でできた占い盤?みたいなのを出して、あれこれいじってたが、
「わかった。隣にある回転寿司、あれがこの店に呪術的な攻撃をしかけておる。
 おそらくこの店をつぶしたいのだろう。これから呪い返しをする」
それから床にチョークで変な図形を描いて、その中に炉みたいなのをすえて香を焚き、
朗々とした声で祈祷を始めたんだよ。それが朝の4時ころまで続いた。

でね、翌日の朝まで店に泊まって仮眠をとり、
それから店長と外に出てみると、前日の紫の煙はまだあったが、
だいぶ煙の色が薄くなってた。それと、それまで確かになかったのに、
回転寿司の屋根の上に緑色の煙が立ってるのが見えたんだ。そこに白ヒゲの先生が出てきて、
「ああ、呪い返しが効いてる、効いてる。今日はあの店のほうがてんてこ舞いだろう」
そう言って帰ってったんだよ。で、その日も店は営業して、
前日ほどではなかったものの、やっぱり細かいトラブルがいくつもあったんだ。
これは回転寿司のほうも同じだったんじゃないかと思う。
屋根の上の紫と緑の煙は、今日はこっちが濃かったと思えば、
次の日はあっちが濃くなってるって具合で、両店ともどんどん客が減ってったんだよ。
ところがそれから5日ほどした日、紫も緑もどっちの煙もなくなってたんだ。

そのことを店長に言うと、店長は小さな声で、
「呪詛合戦な、あれ、両方の店で手打ちをして、お互いにやめることにした。
 このままだと共倒れになっちまうからな」
俺が「ああ、やっとトラブルから解放されますね。
 前の状態に戻れるわけですか」そう言うと、店長は、
「いや、また三すくみ状態に戻ってもしかたないだろ。明日からは、
 両店で協力して、向かいのソバ屋をやるんだよ」ニヤニヤ笑いながら、そう答えたんだ。
でね、翌日、ソバ屋の屋根の上にオレンジ色の煙が溜まってた。
その煙はどんどん濃くなって、それとともにソバ屋の駐車場にある車の数が減り、
ついに1ヶ月後、閉店してしまったんだよ。ああ、それ以来、
回転寿司とは共存して、俺はバイトやめたけど、そのファミレスは今も営業してるよ。










平行世界について

2017.11.10 (Fri)

今回は、平行世界について少し考えてみます。平行世界はパラレルワールドとも言い、
さまざまなSF作品にアイデアとして取り入れられています。
ただしこれ、前に書いたタイムマシン関係の話よりも、
さらに眉唾なものになりますので、そこのところを含んでお読みください。

まず、平行世界のアイデアが出てきたきっかけは、
量子力学の「シュレーディンガーの猫」の話からですよね。
みなさんご存知とは思いますが、簡単に説明すると、Wikiにはこう書かれています。

まず、蓋のある箱を用意して、この中に猫を一匹入れる。箱の中には猫の他に、
放射性物質のラジウムを一定量と、ガイガーカウンターを1台、
青酸ガスの発生装置を1台入れておく。
もし箱の中にあるラジウムがアルファ粒子を出すと、
これをガイガーカウンターが感知して、その先についた青酸ガスの発生装置が作動し、
青酸ガスを吸った猫は死ぬ。しかし、ラジウムからアルファ粒子が出なければ、
青酸ガスの発生装置は作動せず、猫は生き残る。
一定時間経過後、果たして猫は生きているか死んでいるか
。」

ラジウムが一定時間内にアルファ粒子を出す確率を仮に50%だとします。
そうすると、一定時間が経過した後、箱の中の猫が死んでいる確率は50%
生きている確率も50%ということになりますよね。
で、箱を開けてみれば猫がどうなっているかは一瞬でわかります。
問題は、箱を開けて見る前の観測がなされていない状態のときに
どうなっているのか、ということです。これはノーベル賞物理学者の、
エルヴィン・シュレーディンガーによって
考え出された思考実験なので、この名がつけられています。

この思考実験を量子力学的に解釈すると、
「箱の中の猫は、生きている状態と死んでいる状態が、
半々の確率で重なり合っている」ということになるわけですが、
でも、それってどういうことでしょう?誰も具体的に説明できませんよね。

この問題に対して、当時大学院生であったヒュー・エヴェレット3世が、
画期的なアイデアを出しました。エバレットの多世界解釈と呼ばれるものです。
死んだ猫と生きている猫が半々に重なり合っている・・・
ということがありえないとしたら、いっそのこと、
世界が2つに分かれると考えればいいんじゃないか、と主張したのです。
(実際は、エバレットは直接、シュレーディンガーの猫の問題に
言及したわけではありません。)

つまり、猫が箱の中にいる間に、
猫が死んでいる世界と、まだ生きている世界の2つに世界が分岐する。
そして箱を開けた瞬間、猫の生死によって、
あなたはどちらの世界にいるかがわかる。
まあこんな感じです。ただ、この多世界解釈が正しいのかどうかは
どうやっても証明できないので、エバレットは後に、
失意のうちに物理学から離れることになります。

しかし、このアイデアは多くのSF作家たちの想像力を刺激し、
パラレルワールド物というSFの一つのジャンルを生み出すことになります。
多くのSFでは、パラレルワールドは時間旅行と関連づけて使われていて、
マイケル・クラントンの『タイムライン』なんかが有名です。
あと、マンガの『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズも、
パラレルワールドを認める世界観で描かれていますね。

さて、ではもし、パラレルワールドが存在するとして、
世界が分岐するのはどんなときでしょうか。
あなたが朝、玄関を出るときに、
右足から出たか左足から出たかで世界が分かれるのか、それともその前、
あなたが靴下を右足からはいたか、左からはいたかで分かれるのか。
そういう選択っていくらでもありますよね。
その一つ一つで世界が分岐するのでしょうか。

・・・ここまでは人間的な選択について書きましたが、
シュレーディンガーの話に戻って、ラジウムが崩壊したかどうかなどの、
ミクロな量子のふるまいによっても世界が分かれるのか・・・
どちらにしても、パラレルワールドは無数(無限大)に存在することになります。

つまり、パラレルワールドの中には、あなたが存在している世界が無数にあり、
また、あなたが存在していない世界も無数にある。
それどころか、地球が存在していない世界、太陽系が存在していない世界なども、
無数にあることになってしまうわけです。
そしてそれらの世界は、似ていてもどこかしらが少しずつ違っている。

さて、話変わって、あなたがA子さんにプロポーズするとします。
A子さんの気持ちは揺れ動いていて、
プロポーズを受け入れる確率と断る確率は半々です。
で、あなたがプロポーズし、A子さんが承諾した世界と断った世界に分かれます。

・・・ここで何を言いたいかというと、
パラレルワールドは決定論的だ、ということです。
決定論というのは、運命は決まっていて変えられないというもの。
A子さんが承諾した世界にいるあなたは、A子さんと結婚するのが運命だったし、
A子さんが断った世界では、あなたがふられるのが運命だったわけです。

ここまでのことをまとめると、
※ 平行世界は無数にある ※ 平行世界はどこかしらが必ず違っている
※ 並行世界は決定論的である ということになります。
さらにもう一つつけ加えると、ここで詳しい説明はしませんが、多世界解釈においては、
※ 他の平行世界とは原理的に行き来することはできない  
んです。ですから、どうしてもA子さんのことをあきらめきれないあなたが、
他のパラレルワードに行って、A子さんと結婚しているもう一人のあなたと入れ替わる、
などということはできません。ただ、それだとツマラナイので、
SF作品ではさまざまな方法で平行世界を行き来する理論をひねり出しています。

さてさて、パラレルワールドは本当にあるのでしょうか。
自分としてはあると考えたいですね。そのほうがロマンがあります。
というか、平行世界はともかくとして、エバレットの多世界解釈は正しいのではないか
という気がします。波の収縮ということを想定するより、
世界が分かれるとしたほうが、解釈として明快で美しい。
ところで、あなたは今あなたがいるこの世界に満足していますか?
それとも、できるなら他の平行世界の自分と入れ替わりたいですか?

関連記事 『タイムパラドックスの話』

関連記事 『タイムトラベル雑想』



※ 機会があれば、平行世界とファインマンの経路積分について書きたいと思ってます。








自殺をめぐるあれこれ

2017.11.09 (Thu)
前回は不慮の事故死を取り上げたので、今回は自殺を見てみましょう。
多少不謹慎ではありますが、クイズ形式でいきたいと思います。
四択問題にします。

第1問、日本は世界の中でも自殺者が多い国であるというのはご存知でしょう。
では、人口10万人あたりの自殺者数(自殺率)は、
全調査183ヶ国中、日本は何番目でしょうか?

①10位以内に入る  ②10位~20位圏  ③20位~30位圏  ④それ以下

正解は②です。平成15年度の統計で、日本の自殺率は世界18位なんですね。
これ、どう思われますか? 意外に高いですか、それとも低いですか?
自分はこの統計を見るまで、①の10位以内なんじゃないかと思ってました。
ちなみに平成15年度の日本の自殺者総数は、32109人です。
昭和11年15423人、昭和33年23641人、昭和61年25667人、
平成10年に初めて自殺者が3万人を超えました。
全体としては、増減はありつつも右肩上がりに増加しています。

第2問、人口10万人あたりの自殺率が世界で最も高いのはどの国でしょうか?

①北朝鮮  ②ロシア  ③スイス  ④スリランカ

正解は④のスリランカです。うーん意外ですね。
スリランカってインドの下のほうにある、昔、セイロンといった島国ですよね。
なんで自殺が多いんでしょう?
疑問に思ったので調べてみましたが、いまいち納得がいく答えが見つかりません。
興味を持たれた方はこちらのサイトを参照してみてください。  
スリランカの自殺率が何故高いのか
スリランカの自殺率は人口10万人あたり35,3人
18位の日本は19,7人ですから、倍近い数です。

①の北朝鮮は日本より低く、31位で15,8人、(韓国は4位、28,3人)
②のロシアは日本よりやや高く、16位で20,1人
③のスイスは35位で15,1人です。
ヨーロッパの国は全体として自殺は少ないんですが、その中で、
経済的に豊かなスイスが高いほうにあるのはちょっと意外に思いました。
でも、たしかスイスって安楽死と自殺幇助が法律で認められてるんでしたよね。
あと、北朝鮮の統計がどれだけ信用できるかはわかりません。
世界的な傾向としては、貧困・犯罪問題のある発展途上国はやはり自殺が多く、
キリスト教の中でも自殺に厳しいカトリック国は自殺が少ないようです。

第3問 日本の自殺手段の中で最も多いのは首つり(縊首)ですが、
では2番めは何でしょうか?

①ガス  ②飛び降り  ③薬物  ④溺死

正解は①のガスです。平成15年度の場合、首つり17254人、ガスが2245人、
以下、飛び降りが2011人、睡眠薬や農薬などの薬物が699人、
溺死つまり入水自殺が667人、電車等への飛び込みが533人という順です。
ただしこれ、年によって順位の変動がけっこうあるみたいですね。
ガス自殺の多くは車の中に排気ガスを引き込んでのものですが、
近年はネットで情報が流れた練炭によるものも多くなってきています。

また、男女別で見ると、男性は「1位 首つり 2位 ガス 3位 飛び降り」
女性は「1位 首つり 2位 飛び降り 3位 薬物」の順になっています。
これは男性は自分の車で排ガス自殺するケースが多いからなんでしょうか。
あと、よく手首を切る、リストカットなんていいますが、
刃物による失血死ってそう多くないんですね。

変わった自殺方法としては、
・水を飲みまくって自殺・・・コップ60杯目で死亡、約30L。
・熊牧場の熊小屋に入って自殺・・・しかしこれ、ものすごく痛いでしょう。
・テイッシュを鼻と口に詰めて窒息・・・すごいですね、
 よほど意志が固かったんでしょう。ふつうなら苦しくて吐き出してしまいそうです。
・干潮時に鉄の管に入り、満潮になるのを待って溺死
 ・・・これは鉄管を準備するのが大変そうです。崖から海に飛び込んだほうが
 簡単なんじゃないでしょうか。

さて、ここまででだいぶ長くなってしまいました。
最後にオカルトの一分野?として「ありえない自殺・エクストリーム自殺」
というのがあるので、ご紹介してみたいと思います。
これは安易に事件性なし、自殺という判定をした警察への皮肉でもあります。

・大阪、タクシー運転手 - 首にロープを巻いて、家の門扉の前でジャンプし
 ロープを門扉にひっかけて首つり。門扉の高さは数mあった。
・大阪、社長 - 全身をロープと粘着テープで縛って、ビル屋上の鉄柵を飛び越えた。
・千葉、少年 - 全身をロープと手錠で縛って、柵に囲われた線路に飛び込み。
・大阪、潜水ルポライター - 水深数10cmの川で全身を縛ってめった刺しにしてから
 うつぶせに水中に横たわった。ご丁寧に背中に重しまで乗っけた。
・神戸、ヤクザ - 自分で自分の首をはねて自殺した。首はみつかっていない。
・茨城、おばさん - 首つりしたあと歩いて川に入り息を止めて自殺。気管には水なし。
・千葉 - 首つりをしてからわざわざ飛び降り自殺。死因は飛び降りではなく窒息。
・名古屋 - 車で首つりをしようとして首を切断。首がないまま駐車、車庫入れをこなす









身近な恐怖

2017.11.08 (Wed)
※ けっこう しょうもない話題です。

身近な恐怖・・・といってもいろいろあるでしょうが、
今回紹介するのはオカルト・ホラーではありません。
「飲み屋の階段から転落する恐怖」についてです。(笑)
なぜ、急にこんなことを書き始めたかというと、先日、郷里に戻りまして
ある法要に参加したんですが、それが自分の高校時代の恩師のものだったんです。
自分は、小学校で道場、中・高・大学では部活動で柔道をやっていまして、
恩師はその高校時代の監督でした。

で、その恩師がどうやって亡くなったかというと、
飲み屋の階段から転落しての脳挫傷による死です。緊急手術はしましたが、
助かりませんでした。そのとき、自分たちの部は大会に参加するために、
北関東から関西に遠征していまして、その1日目の夜のことですね。

自分は3年生でキャプテンをやってたので、宿舎となった旅館で「早く寝ろ!」
などと言って部員をまとめていたんですが、
恩師は自分らを置いて大会関係者と夜の街にでかけていまして、
おそらく何軒か飲み屋をはしごし、階段から転落してしまったんです。
恩師は現役時代、国体にも出ていて柔道四段だったんですが、
受身も取れないような落ち方(酔い方)だったんでしょうね。

みなさんの身近で、そういう話を聞かれたことはないですか?
飲み屋の階段で亡くなったという方はけっこう多いみたいですよ。
特に危険なのが、店が地下にある場合のせまくて急な階段だそうです。
ちょっと資料が古いですが、「不慮の事故死」について見てみますと、
平成20年度の統計で、高齢者が圧倒的に多い「窒息」の9419件をのぞいて、
「交通事故死」が7499件、これが件数の第1位になります。
そして第2位が「転倒・転落」の7170件・・・
もちろんこれには自殺は含まれていません。
件数的には交通事故死とほとんど変わらないんですよね。

ちなみに第3位が「溺死」の6464件、第4位が「火災」の1452件、
第5位が「中毒」の895件、その他が5254件。・・・このその他というのも、
詳しく見てみると、じつにいろいろな死に方があって興味深いのですが、
今回はふれないことにします。
年間で交通事故の死者とほぼ同数くらいが転倒・転落で亡くなっているのは、
統計を見てはじめてわかりました。

で、高校の恩師の話に戻って、遠征の2日目の朝ですね。
自分が旅館で朝起きて、他の部員を起こして顔などを洗わせているとき、
なぜか地元にいるはずの校長先生が他の先生方とともに姿を見せ、
「ちょっと」と言って自分を別室に呼び出し、
「じつは監督は昨夜亡くなったんだ・・・」こう切り出されたんです。
最初、それを聞いて、何を言ってるのかわかりませんでした。
前日の試合で大声で怒鳴っていた人が亡くなった・・・なんて信じられませんよね。

「ええーっ、嘘ですよね!!!」 でも、校長先生がわざわざ来られて、
そんな冗談を言うはずがないし・・・ということで、
そのときはパニックになりました。詳しい事情は自分ら生徒には説明してもらえず、
(まあ、名誉といえる亡くなり方ではないですし、
 生徒を宿舎に残して夜の街に出かけたのも問題になるでしょうしねえ)
その日以降の試合は棄権して地元に戻ったんです。

それから地元で監督の火葬、葬儀が行われ、
キャプテンだった自分はどちらにも参席させていただきました。
そのころには噂で、監督がどうやって亡くなったかということを伝え聞いていまして、
「飲み屋の階段は怖い」ということが強烈に頭に焼きついているんです。
ですから、自分が飲みに出かけたときは、
階段はとくべつに注意を払って慎重に昇り降りするようにしています。
みなさんもお気をつけになってください。

さて、酔って飲み屋の階段で転落死した有名人といえば、
推理作家の小泉喜美子氏がやはり脳挫傷で亡くなっています。
『弁護側の証人』などの作品が有名ですよね。
それから、小説家、劇作家、ミュージシャンと幅広く活躍していた中島らも氏。
アルコール中毒、薬物中毒の噂がずっとついて回ったデカダンな作家でしたが、
ついにというか、飲み屋の階段から転落して、脳挫傷による脳内血腫のため緊急入院、
15時間におよぶ手術を行なったものの、回復にいたりませんでした。

らも氏はホラー短編も書いていて、遺作となったのは、
事故の3日前にホラー・アンソロジー「異形コレクション・蒐集家(コレクター)」
のために書き上げた『DECO-CHIN』という作品。
これはちょっと、ここでは紹介できないようなムチャクチャな内容の話なんですが、
傑作の呼び声が高いものです。もし機会があればご一読を。









クイズ2

2017.11.07 (Tue)
第3問 「月と地球の間に長い棒を渡します。
     そしてその棒を押したり引いたりすれば、
     光速より速く情報が伝わるのではありませんか?」

この問題もネットでよく見かけますね。
月と地球の距離は約38万kmです。で、光の速度は秒速、約30万kmなので、
ふつうに通信すれば片道1.3秒ほどの時間がかかります。
ところが、棒の押し引きだと、瞬時に情報が伝わるんじゃないか?
相対性理論は光速以上で情報が伝達するのを禁止しているはずなのに・・・
まあ、こう考えたくなるのはよくわかります。

この問題、「思考実験とは何か?」ということと密接な関係があるんです。
結論から言うと、答えはノーです。
地球と月の間に渡す棒の材質は、鉄でもアルミでも木でも何でもいいんですが、
この世のほとんどの物質は分子でできていますよね。
その分子はさらに原子からできている。
(金属は分子をつくりませんが、基本的には同じことです)
ですから、どんな棒でもかならず伸び縮みします。
そして、棒を「押す」あるいは「引く」ということは、
この分子が「押される」「引かれる」ということなんです。

もし棒を押してやると、押された力がある範囲の分子に伝わり、
さらにその分子が隣の分子を押し・・・というふうに、
力は順番に連鎖的に伝わっていくしかないんです。
そしてそのスピードは、当然ながら光速以下にしかならないんですね。

ここで、「じゃあ、棒が分子でできていなかったらどうなる?
思考実験なんだから、絶対に伸びたり縮んだりしない棒を想定してもいいだろう?」
このように言いたくなった方はいませんか。
しかし、それはいくら思考実験であっても無理があります。
その設定が使えるのは、よほど特殊なケースだけでしょう。

絶対に伸びたり縮んだりしない物質のことを「完全な剛体」と言いますが、
そんなものはこの世には存在しません。
どんな物質も、必ず分子、原子からできているのです。
ですから、いくら思考実験と言っても、
そういう存在を仮定するのは反則になってしまうことが多いんですね。

第4問 「相対性理論では、光速に近い速さの宇宙船で移動すれば、
     その宇宙船の中の時間の進み方は遅くなる、と言われていますよね。
     だから、もし双子A・Bがそれぞれ地球と宇宙船にいた場合、
     宇宙船が地球に戻ってくれば、
     宇宙船に乗っていた双子Aのほうが若くなっている・・・

     でも、これって変じゃないですか。
     地球から見れば、宇宙船は光速に近い速度で移動しているでしょうが、
     逆に宇宙船から見れば、地球のほうが光速に近い速度で移動している
     ということにならないんですか?」

ふむふむ、この疑問を持った人は頭がいいですね。哲学者のベルクソンも、
相対性理論が発表されてすぐ、似たような疑問を持ったようです。    
例えば、時速60kmで走っている(等速直線運動)電車があるとします。
地上にいる人から見れば、電車は時速60kmで走っていますが、
逆に電車に乗っている人から見れば、地上にいる人は電車の進行方向と
反対向きに、時速60kmで走っていることになる・・・
ここまでは何の問題もありません。まったくそのとおりです。

ただ、違うのは、電車はいきなり時速60kmにはなれないですよね。
速度0から出発して、だんだんにスピードをあげていくことになります。
また、電車はずっと走り続けていることはないので、
駅に着くとじょじょに減速して速度0になります。
そしてこの2つの場合には加速度がかかります。

宇宙船の場合も同じで、地球を出発するとき、地球に帰還するとき、
それと、地球に戻ってくるわけですから、途中で向きを変えてUターンしなくては
ならないですよね。この3つの場合、どうしても加速度がかかります。
そして、上記の双子のケースであれば、
地球上にいるBさんは、宇宙船に加速度がかかっているとき、
Aさんよりも年をとることになるんです。

もし宇宙船が急角度でUターンしたとすると、その瞬間に地球上のBさんは
ぐわっと一気に年をとる・・・これって常識では考えにくいと思いますが、
でもそう考えるしかないんです。この世のしくみは不思議ですよねえ。
上記のようなAさんとBさんの関係を「双子のパラドックス」
AさんとBさんの年齢が違ってしまうことを「ウラシマ効果」と言います。

ちなみに、相対性理論には特殊相対性理論と一般相対性理論がありますが、
等速直線運動が一般相対性理論、加速度(=重力 加速度と重力は等価)
をあつかったものが一般相対性理論と考えていいと思います。

関連記事 『クイズ』









家鳴とその周辺

2017.11.05 (Sun)


今回は妖怪談義です。まず石燕の絵をごらんください。
家の縁側やその下に小鬼のような風貌の妖怪が7匹いて、
柱にとりついて揺らしています。また、槌などの道具を持っているものもいます。
この「家鳴(やなり)」を言葉どおり解釈すれば、もちろん「家が鳴ること」ですよね。

石燕のころは、ほぼすべての建物が木造家屋であり、
湿度や温度の変化、また強風などでガタピシ鳴るのは珍しくなかったでしょう。
江戸時代の夜は暗く、また人々は早寝早起きであったため、
夜中に布団の中で「ピキーン」などという音を聞けば、
「ああ、これは妖怪が家を揺らしている」などと思ったかもしれません。
しかしこれ、そう単純に考えることもできないようです。

というのは、『日本書紀』『続日本紀』にもそれらしい内容があり、
太鼓や釜がひとりでに鳴ったと書かれているんですね。
ですから、「建物の中で、だれもいないはずなのに音が聞こえる現象」
と広義に解釈される場合も多いのです。
石燕の描いた妖怪たちも、そっと部屋にしのびこんで、
そこにあった太鼓を叩いたりすることもできそうです。
こう考えると、家鳴は、欧米で言われる「ラップ音」とよく似た概念になります。

さて、ラップ音をWikiで見てみると、
「ラップ現象とは、誰も関与しないまま、誰もいない部屋や、
何も存在しないように見える空間から、ある種の音が発生し鳴り響くとされる現象」
となっています。英語の「rap」は「ドンドンと叩く」という意味で、
ラップ音楽のラップと同じ語です。このラップ現象が世界的に広まったのは、
19世紀のアメリカ、「ハイズビル事件」からでした。簡単に概要を説明すると、

ハイズビルに住むフォックス家の2人の姉妹が、
夜ベッドに入ってから聞こえてくる音に興味を持ち、
音を返してみたら交信することができた。それによると、音を鳴らしているのは、
5年前にこの家に宿泊していた住人のジョン・ベルという男に殺された、
チャールズ・ロズマという名の行商人であり、地下室に埋められていると告げた。
翌日、家族で地下室を掘り返してみると、少量の骨片と毛髪、歯が出てきた。

それだけでは量が少なく、殺人とも何ともいえなかったが、
その後、地下室にこっそり入り込んで遊んでいた少年たちが、
壁の崩れたところから人骨がのぞいているのを発見し、調査の結果、
2重壁の中から行商人用のブリキ製の箱と、ほぼ一体分の人骨と発見された。

この後、フォックス姉妹はニューヨークを拠点として全米で降霊会を開き、
一家は、巨大な富を手に入れた。
ピーク時には、150万人を超える信者や支持者がいた
ともいわれ、彼女らはカリスマ的存在ともなった。

そんな中、ラップ音について、バッファロー薬科大学の調査結果が発表され、
「音の正体は、足首や膝の関節を鳴らしていた」と結論づけられた。
姉妹のうちの一人マーガレットが、調査のとおり、
「足の関節を鳴らしたもので、すべてはトリックであり詐欺だった」と告白。
しかし1年後、彼女はこの告白を撤回する・・・

この事件の真偽については、現在でもたくさんの議論があります。
ただ、これをきっかけにして、アメリカ全土で心霊ブーム、
降霊会の流行が起きたのは間違いないところです。

さてさて、ラップ音は「ポルターガイスト現象」の一つとして説明される
こともあります。ポルターガイスト現象は、単に音がなるだけではなく、
家全体が揺れたり、屋根に石が降ってきたり、ベッドが宙に浮き上がったり、
食器棚の皿が飛び出したりするものです。
世界各地でさまざまな事例が報告されていますが、原因として、

① 自然現象説、台風や竜巻、地震、磁気異常、寒暖の差などによる現象。
 また、上下水道のウオーターハンマーによる振動などもこれに含まれます。
② 心霊現象説、死者の霊がこれを引き起こしているとするもの。
③ 超能力説、ポルターガイスト現象では、事件の関係者に思春期の少年少女が
 いることが多いため、それらの子どもが超能力で引き起こしたとする説。
④ 詐欺、トリック、手品説・・・などがあげられています。

こうして見てくると、「家鳴」もまた、単なる「木造家屋のきしみ」
だけでは片づけられないものであるのがおわかりいただけるでしょう。










明晰夢を見る方法

2017.11.04 (Sat)
今回のお題はこれでいきますが、どう話を持っていけばいいか悩みますね。
というのは、自分は子どものころから明晰夢を見るのがすごく得意なんです。
ですから、最初に自分のやっている方法をご紹介したいと思います。
その上で、科学ニュースのほうを転載するという流れがいいかもしれません。

ではまず、明晰夢とは何かというところからいきます。
この言葉は、脳科学や心理学、オカルトやスピリチュアルでも使われすが、
必ずしも、広く認知された科学用語ではないんですね。
そこはご承知おきください。Wikiの定義を借りますと、
睡眠中にみる夢のうち、自分で夢であると自覚しながら見ている夢のこと
となっています。

さて、睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠があります。
レム睡眠はREM(Rapid Eye Movement)で、
まぶたの下で眼球が急速に動いているという特徴があり、
ふつうは身体は筋肉が弛緩して休息状態なっていても、
脳は覚醒しています。半覚醒状態と言っていいかもしれません。
大人では全睡眠のうち、20~25%がレム睡眠で、
夢を見るのはこのレム睡眠中がほとんどです。
また、俗に金縛り(睡眠麻痺)といわれる現象も、レム睡眠中に起きます。
レム睡眠では「シータ波」という、4~7Hzの周波数を持つ脳波が顕著になります。

ノンレム睡眠は、レム睡眠以外の眠りすべてを指していて、
その睡眠の深さによってステージが4つに分かれます。浅い眠りのステージ1では、
リラックス時の脳波とされる8~13Hzの「アルファ波」が優勢で、
眠りが深くなってステージ4に近づくほど、
1~3Hzの「デルタ波」が主な脳波となります。で、明晰夢を見るのは、
覚醒している状態とレム睡眠の中間くらいとする研究が多いのです。
わかりやすくまとめると、
覚醒→明晰夢→レム睡眠→ノンレム睡眠1(浅い眠り)~ノンレム睡眠4(深い眠り)

さて、上に書いたとおり、明晰夢では「夢の中で、これは夢であると気づいている」
ことが重要です。明晰夢を見ることに慣れると、見ている夢の内容のかなりの部分を、
自分の思うとおりに操ることができるようになります。といっても、
自分の場合、例えば他人を殺したり、苦しめたりなどのことはできません。
これはおそらく、無意識にのうちに道徳的な抑制が
働いてるためじゃないかと思います。
現実の世界でできないことは、夢の中でもなかなかできないんですね。

前置きがだいぶ長くなってしまいました。自分の方法をご紹介します。
ただし、あくまでもbigbossman式ですので、
みなさんがやってみて上手くいくかどうかはわかりません。
まず、明晰夢を見るのは時間があるときにしてください。
例えば、明日は仕事があるので早起きしなくてはならない、
なんてときはやらないほうがいいです。なぜかというと、
自分は明晰夢を見ると、睡眠によって体が休まらないんですね。疲れがとれない。
ですから、翌日が休みで2度寝できるような場合がいいと思います。

手順1 だいたいいつも寝ている時間に寝ます。そして5~6時間寝たら、
夜中に目を覚まします。ここで、「一度寝たら朝まで目が覚めないから無理~」
と思われた方、これ、慣れればできるようになりますが、
まあ急には無理ですよね。その場合は目覚まし時計を5時間後にセットします。

手順2 一度起きたら、完全に覚醒しないようにしてください。
まだまだ眠いという感じをキープします。
ここで、本を読んだりスマホを触ったり、物を食べたりしてはいけません。
そして「自分はこれから明晰夢を見るんだ」と自分に言い聞かせます。
できればこのとき、「どんな夢を見たいか」も頭の中で決めるといいでしょう。
例えば、「これからすごい怖いけど、自分だけは安全な夢を見てやるぞ」とか(笑)

手順3 もう一度寝直します。このとき、頭がさえてしまって眠れなかったら、
明晰夢の実験は失敗です。うまく寝直せて、夢を見られたらしめたもの。
その夢の中で「これは夢なんだ」と思えるようになります。(たぶん)
で、「これは夢だ」と考えたとき、じつはそのまま起きてしまうケースも多いんですが、
もし起きないまま「ああ、夢を見てる」となったら、これで明晰夢は成功です。
あとは夢の内容をある程度変えることができます。
そうですね、例えば「小さな村にいて吸血鬼の群れに囲まれた。
危機一髪の状況になったとき、宙に浮き上がって逃げることができた」とか(笑)

・・・という方法で自分はやってきたんですが、今回、
科学ニュースを見てびっくりしました。そこに書かれている方法が、
自分のものととてもよく似ていたからです。

明晰夢を見るテクニックを発表したのは、オーストラリア・アデレード大学心理学部の
デンホルム・アスピー氏だ。明晰夢を見られるようになるという手法は
これまでにもいくつか発表されているが、
今回アスピー氏はそれらの有効性を実験で検証した。
テストされた手法は以下の三つで、睡眠中の目に光を当てるアイマスク型装置などの
特別な機械が不要な手法が選ばれている。

1. 一日に何度か自分の状態や周囲の環境をチェックし、
夢を見ているのかそうでないかを確かめる。
普段から夢か現実かをチェックする癖をつけて、
夢の中でこれは夢だと気付きやすくする手法。

2. 就寝後5時間で一度起きて、ほんの短時間だけ覚醒状態を保ち、
それから再び眠る。これではっきりした夢を見やすいREM睡眠の状態に入りやすくなる。

3. 就寝後5時間で一度起きて、ほんの短時間だけ覚醒状態を保つ。
そして、再び眠る前に「次に夢を見たとき、私は自分が夢を見ていると思い出す」
と繰り返し唱え、明晰夢を見る自分を強くイメージする。
MIND(Mnemonic Induction of Lucid Dreams)と呼ばれる手法。


ね、そっくりでしょう。特に5時間寝て1度起きるところはそのまま同じです。
でも、自分の場合10代の時分から試行錯誤でこの方法にたどりついたんです。
ただ少し違うのは、明晰夢で睡眠の質が悪化しないと言っている点ですね。
引用を続けます。

実験の結果、47人の被験者のうち、8人がたった1週間で
明晰夢を見ることに成功したという。とりわけ効果が高かったのは3の手法で、
5時間後に一度起きてから5分以内にMINDを終え、再び眠った人々の22人が
明晰夢を見たという。また、明晰夢を見ても睡眠の質の悪化や
睡眠不足にはならないという。論文は専門誌「Dreaming」に掲載された。










妻女石の話

2017.11.03 (Fri)
※ ナンセンス話です。

地元の国立大学に合格した発表の夜のことでした。
親父が「ちょっと話がある。大事なことだ」って、僕を夕飯後に書斎に呼んだんです。
で、てっきり大学に入るにあたっての心構えとかを聞かされると思ってました。
ところが、それが違ったんです。「お前、魚石って知ってるか?」親父がこう言い、
僕は首を振りました。「それはな、一見、どこにでもあるような緑っぽい
 石っころなんだが、じつは中に水が入っていて、ごく小さな金魚がすんでる。
 もちろん外からは見えない。これを丁寧に根気よく磨いていくと、
 だんだんに石が透きとおるようになっていき、破れて水が出る一歩手前までくると、
 中の金魚が石の外から見えるようになる。でな、その金魚を見ると長生きができる」
「父さん、それおとぎ話かなんかだろう。だって、酸素がないのに石の中の
 金魚が生きてられるわけないじゃない」僕がこう返すと、

親父は少し笑って「そうだ。これは中国の古い伝説。しかしな、これはお前の将来に
 関係があることなんだ」こう言い、続けて「お前、高校でモテなかっただろう?」
って聞いてきたんです。僕は少しムッとしたんですが、親父の言うとおり、
学校では全然モテなかったんですよ。というか女の子たちに避けられてるような感じで、
僕が近づいていくと、女の子たちはフイっと場所を移動したりして。
だから満足に話をしたこともありませんでした。でもそれ、僕的には、
どうしてそうなるかの心あたりがまるでなかったんです。「・・・まあね」と僕が言うと、
親父は「それなあ、お前のせいじゃなくて、うちの家系に伝わる呪いなんだ」
こんなことを言い出しました。最初はふざけてるのかと思ったけど、
親父は真顔だったんです。「詳しいことは言えない、というか、もはやわからない。
 とにかく遠い先祖が何かをしたことによって、わが家の長男、跡継ぎには、

 女にモテない呪いがかかってるんだ」
「じゃあ妹は大丈夫なの?」 「まあそうだが、あいつに婿をとることに決めたら
 とたんにモテなくなる。不思議な事だがそうなってるんだ」
「・・・・でも、父さんは母さんと結婚できたじゃない」僕が言い返すと、
「うん、そこで魚石なんだよ。ただし、金魚が入っている石じゃない。
 妻女石といってな、将来、自分の妻になる人が中に見える石なんだ、どうだ信じるか」
それで僕は「無理・・・」って答えたんです。親父は、
「まあそうだろうな、俺も最初はそんなことまるで信じられなかった。だが、
 これを信じないと、お前は一生結婚できないし、ここでわが家系は絶えることになる」
「じゃあ母さんも、その石の中に顔が見えたの?」 「そうだ」
「うーん、そんな石があることが、そもそもどうやってわかったの?」

「いい質問だ。それはな、呪いが発動した早い時期に、先祖の一人が地域の拝み屋から
 呪いの対抗措置として聞いてきたものなんだな」
「でも、その石ってどこにあるの? 父さんが持ってるのか?」
「いや、そうじゃない。石は一人ひとりが自分で見つけなくちゃならないんだ」
「どこで、どうやって?」 「それを今から教える」
親父が言うには、うちの家系が代々住んでいた田舎の地には、
一本の渓流が流れていて、その水源地の岸辺に小さな石造りのお堂がある。
そこに一晩こもって ある呪文を唱え、朝日が上るのと同時に渓流を下って、
青か緑の石を探していく。そのうちに手で握ると全身にビビっと電気が走ったように
感じられる石があるので、それを布に包んで持ち帰る。
あとは毎日、丁寧に少しずつ磨いていく。

そのうちに石の中にある女性の顔が見えるようになり、
そうすると遠からず出会いがあって・・・ということなんだそうです。
でね、春休みの中の一日、親父の車で故郷の町まで行き、渓流をさかのぼって
お堂のあるところで降ろされました。「こっからは一人で頑張れ、
 明日の夕方むかえにくる」親父はそう言って僕に呪文を教えて帰っていき、
僕は両開きの戸を開けてお堂に入ったんです。ええ、そこで一晩、
眠いのをガマンして、聞いたばかりの呪文を唱え続けたんですよ。
朝になったときには、寝不足でフラフラになってました。それから、
雪のない地方でしたけど、まだ3月の身を切るような渓流にゴム長で入って、
目をこらしては緑っぽい石を一つずつ拾い上げ、手で握りしめて確かめたんです。
それが4時間ほど続き、距離にして600mくらいですか、

渓流を歩いたとき、文鎮にできるような丸い青い石があり、拾って握りしめたとき、
たしかに全身にビビビビッと電気が走るような感じがあったんです。
僕はこれだ!と思って、用意してきた袋の中に入れました。
家に戻ってから親父に見せると「父さんにはわからない。自分の石は自分にしか
 特別な感じはしないんだ。ただまあ、それで間違いないだろう。
 明日からはとにかく、時間があったらそれを磨くんだぞ」
こう言って、石を磨くための布や紙やすりを用意してくれたんです。
4月になって大学の入学式があり、同じ研究室には女の子も多かったんですが、
やはり全然モテませんでした。向こうからは話しかけてこないし、
僕が話しかけようとすると、みな変な顔をして離れていくんです。
高校のときとまったく同んなじでした。

まあ慣れてはいたんですけど、やっぱり悲しいですよね。
それで、僕は空いていいる時間は空き教室なんかで、持ってった石を布で磨いてたんです。
そしたらたちまち、変人だという噂が広まって、
男の友だちすらできないから、コンパなんかにも誰もさそってくれなくなりました。
でも、その頃には、だんだん石を磨くのが面白くなってきていました。
ええ、磨くと表面がつやつやになって、いっそう青さが増すように感じられて、
紙やすりで削っては布でこするのをくり返していると、
石の形もだんだん球に近づいていったんです。
そうしているうちに秋になりました。その頃には石は2まわりほど小さくなって、
もう宝石かと思うくらい輝いてました。で、その日も、
学食の横のベンチで石をこすっていると、

その表面にぼうっと、女の子の顔が浮かんだんですよ。
前髪を切りそろえた、少し鼻と目が大きい、純朴そうに見える子でした。
そしてそこの子は口を開き「まあ、きれいな石」って言ったんです。
でもその声は背後から聞こえたので、振り返ると、
かなり小柄な女の子がベンチの後ろからこちらをのぞき込んでて、
「いつも石、磨いてるよね。それ趣味なの? わたしもやってみたい」
彼女はそう言ったんですよ。
・・・ええ、それをきっかけにしてトントン拍子に交際が進んでいって・・・
とうとう彼女と学生のうちに婚約してしまいました。
ええ、将来の伴侶としてどうしても手放したくはなかったので。
はい、石に妻の顔が写ったのはそのとき1回だけでしたよ。

石はどうなったかって? それはですね・・・
じつはその後もずっと磨いてたんです。何でかというと、同じ質問を親父にしましたら、
「うん、あれは母さんの指輪になってるよ。
 あそこまで小さくするのは大変だったんだぞ」って。
たしかに、そう言われれば母の指に緑のきれいな石の指輪がはまってるのを、
小さい頃から見てきました。でね、僕も親父にならって、
石はその後も磨き続けたんです。それで大学を卒業して1年ほどで、
指輪にしてもおかしくないだけの大きさになったので、
結婚式を挙げました。まあこんな話なんです。
そうですね、今となっては呪いとやらに感謝してますよ。
というか、これって呪いじゃなくて何かの祝福だったんじゃないんですかねえ・・・

ガラス作家 増永元氏の作品








げんなり

2017.11.02 (Thu)
※ 怖い話ではありません。

何が「げんなり」かというと、
現実世界でまた恐ろしい事件が起きてしまったからです。
これって怪談作家の書く意欲を失わせるんですよ。
プロの先生方はどうかわかりませんが、自分なんかは確実にそうです。
もう何のことを書いてるかおわかりいただけたと思います。

座間での連続殺人事件(現在のところまだ死体遺棄事件)です。
それにしても怖いですね、9人ですか。2ヶ月で9人なら週一のペースです。
ホラー映画でも、犠牲者9人は多いほうです。
しかも解体した死体といっしょに暮らしていたということなんですよね・・・
(被害者の方々のご冥福をお祈りします)

それにしても神奈川は最近、怖い事件が続きますね。
大口病院の点滴殺人事件がそうでした。
これ、被害者は2名ということになっていますが、
実際のところ、どのくらいあるかわかんないくらい闇の深いものですよね。
あと相模原市の障害者施設19人殺人事件も。

ま、当ブログは政治・経済・社会に関する話は、
基本的には扱わないことにしていますので、これ以上の論評はさけますが、
こういうことがあると、心霊スポットがーとか、
呪いがーとか、怖い話をちまちま書いているのが馬鹿らしくなってくるんです。
ほら、みなさんも口から出かかっているでしょう。
「幽霊よりも生きた人間のほうが怖い」って言葉。

それはそうなんです。まず「幽霊の話=フィクションとして楽しむ」
という暗黙の了解がある上に、怪談の多くは一種の約束事に則って書かれています。
ところが現実世界はなんでもありで、
タガの外れた人間は何をしでかすかわからないんですね。
とはいえ、同じく「恐怖」に関することであるのは変わりないので、
その点は比較されてもしかたないわけです。
ですから、どうしても「げんなり感」を覚えてしまうんです。

あと、「事実は小説より奇なり」という言葉もありますが、
これもほんとにそうだと思いますよ。
例えば、怪談とは対極にあるような恋愛小説なんかでも、
三角関係以上のことはなかなか書きにくいと思います。
でも、大学のサークルなんかの限定されたシチュエーションの中では、
五角とか六角関係ができていたなんてことも実際にあります。
あと、小説ではまず考えられないような2人がくっついたりとか。

政治小説とか企業小説、国際的スパイ小説などでも、
現実のほうが複雑で数奇だったというのは珍しくありません。
これ、小説だと、どうしても作者が考えた落ちというか大団円に向かって
話が進んでいくのに対して、現実のほうは偶然が重なり合い、
しかも人間の感情というのは揺れ動くものですから、
ときとして思わぬ行動を衝動的にとったりして、
しっちゃかめっちゃかになって収拾がつかないことが多いんです。

歴史上の大事件を詳細に調べてみると、これはよくわかります。
事件の関係者は、作者の意のままに動く将棋のコマではないので、
衝動にまかせて、明らかに自分にとって損な行動をあえてやったり、
それまでの感情と正反対のことをしてみたり、
もしこれが小説なら、とても読者を納得させられないだろうな、
ということがいくつも起きていて、全容を解明するのがたいへんに難しい。
でも、それが現実というものなんですね。

・・・とまあ、以上のことは愚痴です。
ここでちょっと偉そうなことを言わせていただきますが、
フィクションを書く者は、フィクションとしての面白さを大切にしながらも、
つねに現実に学び、現実と対峙していかなければならないと思います。
でないと書くことに深みが出ないんですよね。
ということで、今回はこのへんで。








リュウグウノツカイと地震予知

2017.11.01 (Wed)
リュウグウノツカイ


今日は科学ニュースからです。お題はこれ。
海魚の打ち上げと大地震の発生は関連性が薄く、防災情報としては活用できない
とする調査結果を、東海大の織原義明准教授らのチームがまとめた。
国内ではリュウグウノツカイやサケガシラなどの深海魚の打ち上げや、
捕獲を地震の前兆とする言い伝えが一部にある。
1968年に起きたマグニチュード(M)7・9の十勝沖地震では、
発生3日前にシギウナギが捕獲された記録もある。
海底のプレート(岩板)の微小な動きなどで電磁場が変化し、
深海魚の行動に異常が出るなどとする考え方だが、科学的には証明されていない。

そこでチームは、国内を・日本海側・北海道~関東の太平洋側
・東海~九州の太平洋側・南西諸島周辺・小笠原諸島周辺――の5地域に分類。
1928年11月26日~2011年3月11日で、
深海魚の打ち上げや捕獲が確認された事例を新聞記事や水族館の記録などで調べ、
同じ地域内で、海岸などを震源とするM6以上の地震が、
30日以内に起きたかどうか検証した。その結果、
深海魚が確認された事例は206件あったが、
同じ地域で地震が起きたのは約3%の7件だった。


自分は、東日本大震災までは茨城県に住んでいて、
サンゴと海水魚を趣味で飼育していました。しかし、震災後の停電により全滅。
それ以後、大阪に引っ越したんですが、飼育は再開していません。
これは主には自宅に巨大な水槽を設置するスペースがないからです。
あと、サンゴの飼育にはたいへんお金がかかるのもあります。
サンゴの多くは褐虫藻という藻類と共生していて、
それらが光合成で得た栄養分を利用しています。
ですから、照明のための電気代がものすごく大きいんですね。
水槽クーラーやヒーターなども必要ですし。

それに、自然保護のためサンゴが手に入りにくくなったこともあげられます。
ただ、海水魚飼育だけならそのうち復活させてみたいですね。
海水魚フアンとして、深海魚であるリュウグウノツカイを飼育してみたい、
という夢を持っておられる方は多いと思いますが、
まあ実現は不可能です。水族館なみの超巨大水槽が必要ですし、
そもそも水族館ですら長期飼育に成功したという例はないのです。
(短期間泳がせた例はある)

リュウグウノツカイはアカマンボウ目リュウグウノツカイ科に属する
深海魚ですが、それほど深い海域に生息しているわけではありません。
日本の海岸にうちあがるものは3mクラスが多いんですが、
最大で11m、体重272kgの個体が報告されています。

このため古来から、シーサーペント(大海蛇)の誤認例の一つではないかと
考えられています。プランクトン食性で、オキアミなどを餌としており、
食べやすいように、折りたたまれた口が飛び出す構造をしています。
生態についてはほとんどわかってないものの、タツノオトシゴのように
海中で直立する形で浮遊しているようです。

さて、日本の妖怪ともUMAともつかないものの一つに「神社姫」というのがあり、
文政2年(1819年)、肥前国のある浜辺に、全長2丈(約6メートル)の、
2本角と人の顔を持つ魚のようなものが現れた。
それを目撃した者に向かい「我は龍宮よりの使者・神社姫である。
向こう7年は豊作だが、その後にコロリという病(コレラのこと)が流行る。
しかしわれの写し絵を見ればその難を逃れることができ、さらに長寿を得るだろう」
と語ったという。
」(加藤曳尾庵『我衣』)

「神社姫」の絵姿


まあ魚が語ることはないでしょうが、この絵姿を見れば、
これはリュウグウノツカイだったんじゃないかという気がしますね。
細長い体や、頭に角があるところなど共通点が多いという気がします。
リュウグウノツカイの横顔は、海中では人間に見えないことはないですし。
なぜ神社姫という名がついたのかわかりませんが、もしかしたら、
リュウグウノツカイの赤い色が神社の鳥居などを連想させたのかもしれません。

この神社姫はコレラの流行と豊作を予言しましたが、
上記引用のニュースでは、深海魚の打ち上げは地震予知との関連は薄く、
防災情報としては役に立たないと結論づけています。
これは自分もそう思います。定期的に台風や海流の影響で打ち上がったり、
漁網にかかったりしていたのが、最近になって地震と関連づけて語られるようになり、
注目され始めたんじゃないでしょうか。

さてさて、古来から、ナマズが騒げば地震が来る、
ネズミなどの小動物が集団で移動すれば
地震の前兆になるなどとも言われてきましたが、
これを確実な地震予知に利用するのは難しいようです。

現在、予想される東海地震に対して、海底プレートのプレスリップ(前兆すべり)
が24時間体制で監視されていますが、それでも地震予知については、
現在の科学技術はそのレベルに到達しておらず、
日本地震学会は「現時点で地震予知を行うのは非常に困難」
という見解を発表しているのです。