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感傷旅行の話

2018.03.06 (Tue)
今晩は、よろしくお願いします。この春、高校を卒業して大学に入学しました。
といっても、エスカレーター式だったので、受験勉強はなかったんです。
だから、春休みもヒマでやることがなくて。
それが、女子校だったので、彼氏とかいないんですよ。部屋でゴロゴロしてたら、
親が見かねたのか、「旅行にでも行ってきたら」ってお金をくれたんです。
大学の入学祝いのつもりなんだと思います。でも、旅行といっても、
一人でデズニーランドとか行ってもつまらないじゃないですか。
かといって、温泉なんて趣味もないし、ちょっと困りましたが、
あれこれ行き先を考えてみたら、小学校6年生のときに1年間だけ過ごした、
地方都市はどうだろうって思いついたんです。そこは、父の仕事の都合で、
その年だけ一家で引っ越したんです。

私にとっては、初めての転校だったので、緊張して過ごした1年間でした。
だから、あんまり友だちもできなかったし、そのときの同級生で、
今も連絡を取り合ってるような人はいないんです。名前もよく覚えてないです。
かといって、いじめられたってこともなかったし、
いい思い出も、悪い思い出もないような場所だったんですよ。
じゃあ、何でそんなところに旅行に行こうと思ったのかって?
うーん、それは、思いつきとしか言いようがないです。
母に行き先を決めたことを言うと、「ああ、○○市、懐かしいわねえ」
こんな反応が返ってきました。ネットで調べて、
駅前のビジネスホテルに宿泊することに決め、1泊2日で出かけたんです。
その市までは電車で3時間ほどかかるので、朝に出発して、

着いたのがお昼少し前ぐらいでした。駅から下り立って、
ああ、何か見たことがある場所だとはすぐに感じました。
でも、私の頭の中にあったイメージよりも、ずっとせまくて閑散としてたんです。
まあ、過ごしたのは小学校のときだったし、転校した不安感で、
その当時の私には大きく広く感じていたのかもしれません。
あと、過疎化が進んでいるせいもあるんだと思います。駅の隣の旅行案内所で、
レンタサイクルをやっていたので、自転車を借りました。
まず、私の家族が住んでた社宅に行ってみようと思いました。
なんとなくですが、道はわかるような気がしたんです。
駅前の商店街はのきなみシャッターが下りてて、たまに年寄りが歩いてるだけ。
若い人の姿はほとんど見かけなかったですね。

自転車で10数分、見覚えのあるような、ないような景色の中を川沿いに走ると、
大きな橋に出ました。この橋を渡った先に、確か社宅の団地があったはず・・・
でも、それはどこにも見あたらなかったんです。
たしかにこのあたりだと思った場所には、新しいコンビニが建ってました。
そこに入って飲み物を買い、そのときに社宅の話を出してみましたが、
店員さんはわからないようでした。無理ないかと思いましたが、
だんだんつまらなくなってきて、この旅行は失敗だったかなあと考えながら
橋を渡っていくと、道沿いにバス停があったんです。
「あー、あれ覚えてる」そこの街はかなり雪が降るところで、
小学校の学区の外れに社宅があった私は、冬場にバスを利用してたんです。
はい、そのバス停は木とサッシでできた、人が中に入れるものでした。

やっと懐かしいものを見つけたので、自転車を停め、サッシ戸を開けて入ってみました。
中にはベンチが2つあり、座ってみると、自分でもびっくりするくらい、
小学校6年のときの気分に近づいたんです。ああ、たしかに、
この街で1年間過ごしたんだよなあって。ベンチは柔らかい木でできてて、
シャーペンの先で引っかいたような落書きがたくさんありました。
今も子どもたちが利用してるのかもしれません。それらを見ていると、
中に、「松野由希子 死ね」と書かれたものがあって、それが記憶に引っかかったんです。
「え、松野由希子、覚えてるかも」それと、その字なんですが、
私の字によく似てたんですよ。「えーこれ、子どもの頃に私が書いたんだろうか」
で、松野由希子のことを思い出したんです。クラスは違ってましたが、
たしか委員会がいっしょで、そこの小学校で過ごした中で一番親しかった子です。

「あれー、何で、今のいままで忘れてたんだろう。それに、これ書いたの私だとして、
 どうして、死ねなんて・・・」でも、それ以上のことは思い出せなかったです。
その落書きは、かなり深く彫られていて、その上に重なるようにして、
細い字で別の落書きがあったんですよ。何て書いてるかわからず、
顔を近づけてみると、「この子 殺してあげる」と読めました。
「えっ!」胸がドキッとしました。でも、私の落書きに反応して書いた、ただの
イタズラ書きだろうって考え、それでも気味が悪いので、松野さんについて、
とにかく思い出そうとして・・・「ああ、そうだ、この子の家、写真屋さんだった」
小学校への途中にある小さい街の写真館で、何度か一緒に帰ったときに、
松野さんがバイバイと手をふって写真館に入ってった記憶があるんです。
それで、また自転車に乗って、小学校への道を進んでいきました。

でも、道の両側のどこにも写真館なんてなかったんです。
小学校はありましたが、これも自分の記憶にあるよりずっと小さくて、
子どもたちの歌声がかすかに聞こえてました。「おっかしいなあ」 写真館は、
たしか学校から5分ほどのとこにあったはずで、でも、町並みは古いのに、
どこにも見つからず、このあたりだと思うところには、神社がありました。
けっこう新しい神社です。もしかしたら写真館がつぶれて、
その跡にこれが建ったのかもしれない。自転車を停め、小さな鳥居をくぐってみました。
お社も小さく、使われてる木は白くて、やっぱり新築のものでした。
とりあえずお賽銭を入れて鈴を鳴らし、手を合わせると、急にめまいがして、
地面に手をついてしまいました。心臓がドキドキして立ち上がれず、
そのままでいると、おみくじを売る建物から白い着物の人が出てきました。

年寄りだったか若かったかも覚えてません。その人はしゃがみ込んでいる私の横に立つと、
「なんでここに来た! すぐに帰りなさい、神様が怒っている!」って言ったんです。
その剣幕に押されて私が立ち上がると、その人は口調を変え、諭すように、
「ここはねえ、あんたのために死んだ子を祀ってる神社だ。
 そのあんたがここに来るなんて、とんでもないことだから」その言葉で、
心臓を手でつかまれたような気がして、私は反射的に立ち上がりました。
それで、具合は悪かったんですが、神社を走り出て、自転車に乗って
駅まで逃げたんです。はい、もうその街にいる気にはなれませんでした。
ホテルはあとでキャンセルすることにし、自転車を返して電車に乗って戻ったんです。
体調は相変わらず悪く、電車のトイレの中で何度も吐きました
ぐったりした状態で自分の街に着き、タクシーで病院に行くと、

あれこれ検査をされましたが、特に異常は見つからず、
両親に迎えに来てもらって家に帰ったんです。両親には、
具合が悪くて旅行を中断した、と言い、あの1年間についていろいろ聞きました。
「私があの街にいたとき、殺された女の子っていた?」
「松野由希子さんて覚えてる?」 「小学校に行く途中に、神社ってあった?」
でも、父も母も、どの問いにも「覚えてないなあ」って言うだけでした。
ですから、自分でもあの街であったことが、本当に起きたことなのかあいまいになって、
神社でのことや、もしかしたらバス停の落書きも、
体調が悪くて見た、夢みたいなものなんじゃないかって思えてきたんです。
家について、どうしても気になったので、怖かったけど、
その小学校の卒業アルバムを押し入れから探し出し、

おそるおそる見てみました。でも、自分のクラスはもちろん、
他の3クラスにも、松野由希子って子はいなかったんです。それなのに、
松野さんのことは思い出すんです。図書委員会で、2人で残って遅くまで
図書カードを整理したり、本の破れを修繕したり・・・本の好きな優しい子だった
気がするんですが、ただ、松野さんの顔がどんなだったかは記憶に残ってなくて。
その後、3日ほどたってから、インターネットでも調べてみました。
何かの犯罪の被害にあった、松野由希子って子どもはいません。
事故や自殺まではわかりません。そこでもう、考えるのをやめようと思ったんです。
もしかしたら、小学校に連絡すれば何かわかったかもしれないんですが・・・
最後に、あの街の地図を出して神社を見てみました。たしかに道ぞいに鳥居のマークは
ありました。でも、ホームページなどもなく、神社の名前はわからなかったです。








オウムアムア騒動について

2018.03.05 (Mon)
これ、ずっと書こうとは思っていたんですが、
なかなかいいタイミングがなく、今回、ほぼ観測が一段落したようなので、
記事にすることにしました。ただ、ネットで上ではさまざまな情報が
錯綜しているので、間違ったことを書くかもしれません。

見つかったのは昨年の10月、ハワイ、マウイ島の天文台においてです。
最初は、「彗星」であり、「太陽系内天体」であると考えられましたが、
だんだんに、大変なものであることがわかってきました。



「オウムアムア」という名前は、ハワイ語で「偵察者」あるいは、
「遠くから最初にやってきた使者」というような意味だそうです。
あと、上に画像を上げましたが、実際の形は望遠鏡でとらえることは
できないので、これはあくまでイメージ、想像図です。

このあたりから、自分を含めた天文フアンはわくわくしてきたんですね。
彗星でないということは、ガスの尾を引いてないということで、
そこまでは問題はありません。彗星じゃないなら小惑星なわけですが、
速度が異常に速く、軌道を計算すれば、どうやら、
太陽系外から来たと考えられるからです。

もし、これが恒星間天体だとすると、観測史上初ということになります。
さらに、詳細がわかるにつれて、天文フアン、特にSF小説を読むような層の
興奮はますます高まりました。まず、赤い色をしている。
さらに、形がひじょうに特異で、長さが400m程度、
幅が40m程度と推測されました。鉛筆のような形をしているわけです。

ここで、誰もが考えるのが、そう「葉巻型宇宙船」です。
宇宙空間であっても、ある特定の方向に進む場合、当然ながら前後ができます。
そして、前方に星間物質の塵やガスがあった場合、
それと衝突する可能性を少なくし、摩擦を減らすためには、
葉巻型というか、棒状をしているのが有利だという意見があるんですね。
そして、そういう形をしている太陽系内の天体はきわめて珍しい。

spaceship


「これは宇宙船、あるいは無人探査機などかもしれないが、
宇宙人がつくった人工物だろう」まあ、こう考えたとしても無理ないですよね。
そして、続報。オウムアムアは明滅している。表面はどうやら金属のような
固いものでできているらしい。さらには、太陽の重力を利用してスイングバイ
(軌道や速度を変えること)しようとしている・・・やっぱり、宇宙船なのか!?

ただ、明滅しているのは、自ら光を発しているわけではなく、
回転しながら飛んでいるためのようです。
ブーメランみたいな動きをしてるんですね。そして、長い側面が
地球の方を向いたときに、太陽の光を反射して光っているように見える。

これについても、宇宙船派の中には、わざと回転させることで、
宇宙船内に人工重力を産み出していると言う人がいました。
速度は、最大で秒速80km。地球の公転速度が秒速30kmくらいなので、
かなり速いです。この速度があるから太陽系に捕らえられず、
抜け出していくことができるんですね。

オウムアムアが地球に最も近づいたのは2400万kmほど。
地球から月までの距離の約60倍程度です。今年5月には木星軌道を越え、
2019年に、土星軌道を越えて太陽系外に脱出すると見られています。
このため、観測するチャンスはあまりなかったのですが、
世界の天文学者はできるかぎりの対応をしました。

オウムアムアの軌道


そして、2つの観測結果が出たんです。一つは電波信号の有無です。
しかしこれは、膨大なデータを解析した結果、
残念ながら、人工的なものは認められませんでした。もう一つは、
光学スペクトル分析から、外側はおそらく炭素とみられる固い物質で、
中には氷があるのではないかと推測されました。

オウムアムアはかなり太陽に近づき、そのとき温度は数百℃になった
と考えられますが、中の氷が溶け出さなかったのは、
このカーボンコーティングのためだと思われます。
数千、あるいは数億年間、宇宙を漂っている間に、
表面を覆う硬いヨロイをつくり上げていったんですね。

さてさて、ということで、人工宇宙船説には否定的な結果が出たわけですが、
まだまだチャンスはあると思います。電波信号が見られなかったのは、
もしかしたら宇宙人のテクノロジーが、非電気的なもの、
例えば、精神力などを使って飛んでいるのかもしれません。

あるいは、これが作られたのははるかな昔で、中の乗員や、
推進装置などの機械類はすべて死に絶え、
冷え切った残骸となって、宇宙を漂っているのかもしれないですよね。
そう考えたほうがロマンがあります。

最後に、これまで、もし恒星間天体があるなら、
それは彗星のようなものと推測されてきましたが、
オウムアムアによってその考えは変更せざるをえなくなりました。
恒星間天体がこのようなものなら、今までの探し方がまずかったわけで、
第二、第三のオウムアムアが、今後に発見される可能性は高まるでしょう。
では、このへんで。





油赤子と遊女

2018.03.04 (Sun)
今回もまたまた妖怪談義です。お前、妖怪好きだなあ、
と思われるかもしれませんが、最近、自分は「江戸学」にはまっていまして。
現在の妖怪のイメージが定まったのは、もちろん水木しげる先生の力が
大きいんですが、その水木先生が参考にしているのが、
石燕を含む、江戸時代の浮世絵師や黄表紙作家なんですね。
ですから、妖怪を読み解くには江戸時代についての知識が必要なんです。

で、取り上げるのは「油赤子 あぶらあかご」。こいつもなかなか悩ましい。
いろんな要素が含まれていて、自分にわかる部分も、わからない部分もあります。
絵を見ると、寂しげな山里を描いた屏風の前に女性が寝ています。
これは髪型からすると遊女かもしれません。



女の夜具には、でかでかと桐の絵がついていて、これには、
絶対に、仲間ウケする意味があるはずです。例えば、石燕の仲間の誰かが
桐の紋を使っている遊女と馴染みになっているとかなんとか(笑)。
あと、女の枕元には、長煙管、かんざし、小槌? 紙入れ? 
などがあるようですが、絵が小さくてはっきりわかりません。

そして行灯の前に立って油を舐めている幼児がいます。
赤子といっても立っているし、2,3歳くらいに見えますね。
あと、この子が男か女かもよくわかりません。

詞書は、「近江国 大津の八町に 玉のごとくの火 飛行(ひぎやう)する事あり
土人云(いわく) むかし志賀の里に油をうるものあり 夜毎に大津辻の
地蔵の油をぬすみけるが その者死て 魂魄炎となりて 今に迷ひの火となれるとぞ
しからば油をなむる赤子は 此(この)ものの再生せしにや」


いちおう訳してみると、「近江国の大津八町に、球形の火が飛ぶことがあった。
現地の人が言うには、昔、志賀の里で油を売るものが、毎夜、辻の地蔵堂の
油を盗んでいたが、その者が死んで、霊魂が炎となって現在も迷って
出ているいるものだということだ。そうすれば、油をなめる赤子は、
その者が生まれ変わったのだろうか」 こんな感じですか。

この話は、江戸時代の書物『諸国里人談』『本朝故事因縁集』にある
「油盗みの火」の話を引用したもので、「油赤子」についての
その他の伝承は見あたらず、石燕が創作した妖怪と考えられています。

さて、油赤子の正体として、猫を表しているのではないかとする説があります。
猫は当時からペットとして飼われており、基本的に肉食なのですが、
植物性の残飯を与えられることが多く、タンパク質や脂質が不足して、
江戸時代には魚油が中心だった、行灯の油をなめることがあったそうです。
油をなめる猫は、化け猫ものの怪談によく出てきます。

油をなめる化け猫


また、猫は「寝子 ねこ」に通じます。寝子は遊女を表す隠語です。
で、吉原の遊女には猫を飼っている者も多かったので、
それとひっかっけてあるのではないかとする説ですね。
これは十分ありえるように思います。

月岡芳年の浮世絵


それから、「お茶をひく」という慣用句がありますよね。
これは客のつかなかった遊女が、他の遊女に来た客に飲ませるための
お茶を挽く仕事をしていたことから、ホステスなどの接客業が、
「客がなくて暇でいる、仕事にあぶれる」などの意味で使われます。

それと同義の語として、現代では用いられなくなりましたが、
「油をなめる」というのもあり、やはり客のつかなかった遊女が、
一晩、店の高価な油をムダにしてしまうということのようです。
ここでも、絵の内容が遊女とかけられているように思えます。

ということで、油赤子の正体は、油をなめる、遊女が飼っていた猫・・・
かもしれませんし、もう少し勘ぐれば、遊女が堕胎した水子の霊なのかも
しれないです。当時の知識では、完全な避妊は難しかったので、
吉原全体で、おびただしい数の堕胎があったようです。中絶に失敗して、
命を落とす遊女も多かったと考えられています。

『平家物語』の鬼(法師)


さてさて、最後に、絵の枕元にある小槌のようなもの。これが異質ですよねえ。
あれこれ考えて、ふと思いついたのが『平家物語』に出てくエピソードです。
後白河法皇が、祇園にある女御の館に通っていたさい、近くの御堂に、
手には打ち出の小槌を持ち、髪が針のように光る鬼が出現した。

法皇が護衛にあたっていた北面の武士(平忠盛)に確かめさせると、
それは、灯籠をともすために働いていた油つぎの法師で、
手に持った燃えさしを入れた容器が小槌、頭にかぶっていた雨よけの蓑笠が、
針のような髪に見えたのでした。(上図)

このとき、簡単に法師を斬り捨てなかった平忠盛の、
冷静沈着さに感心した法皇は、祇園女御を忠盛に与え、
その子として平清盛が生まれることになります。・・・例によって、
自分の深読みのし過ぎかもしれませんし、そもそも絵の中のものは小槌では
ないのかもしれませんが、何か関係があるかもです。








影女と自由意志

2018.03.04 (Sun)
今回も妖怪談義です。取り上げるのは「影女 かげおんな」。
これは、もしかしたら小難しい話になるかもしれません。スルー推奨かな。
まず、石燕の絵を見てみましょう。画面左上に三日月があります。
そして庭に松の木があり、その影が障子に映っていますが、
その影の左側が、女が逆立ちしているように見えます。



それと、室内には竹か籐の花かごがあり、野の花らしきものが挿してあります。
畳の上には、弓と矢が2本置かれてますね。うーん、弦月のことを「弓張月」
とも言うので、弓と月が関係しているのは間違いないでしょう。
花かごも何かの意味があるんでしょうが、自分にはわかりません。

全体として、俳人・宝井其角の有名な、「名月や 畳の上に 松の影」
という俳句を思わせるような情景ですが、其角の句は満月のときのものです。
其角は石燕より50年ほど前の人なので、
石燕もこの句は知っていたでしょうが、直接の関係はなさそうですね。

さて、詞書が難しい。「もののけある家には 月かげに女のかげ 
障子などにうつると云(いう) 荘子にも 罔両(もうりょう)と
景(けい)と問答せし事あり 景は人のかげ也 
罔両は景のそばにある微陰なり」
うーん、なるべく簡単に説明します。

まず、最初の部分、「もののけが出るという家には、月の光で、
女の影が障子などに映るといわれる。」ここまでは問題ないですよね。
後半は、「莊子という書物に、罔両(もうりょう)と景(けい)が
問答したことが出ている。景は人の影であり、
罔両は景のまわりにある微かな陰である。」

莊子は中国の、紀元前3世紀頃の、無為自然を説いた思想家ですが、
その著書の『莊子』には、「胡蝶の夢」などの逆説的な寓話が多数含まれ、
古代の中国思想の奥深さを感じとることができます。
『莊子』齊物論篇に、罔両と景の以下のような問答が出てきます。
罔両は、石燕が書いているとおり、影の端のほうの淡い部分のことです。

「 罔兩問景曰 景子行 今子止 景子坐 今子起 何其無特操與 
 景曰 吾有待而然者邪 吾所待 又有待而然者邪 
 吾待蛇蚹 蜩翼邪 惡識所以然 惡識所以不然 」

罔「おい影よ、お前は動いていると思えば止まり、
  立ってるかと思えば座っている。どうしてそうバタバタしているんだ?」

影「いや、私は本体の人間の行動によって動いているだけです。
  私は、蛇の鱗や蝉の羽のようなもの。ただ本体につき従っているだけで、
  自由な意志というものはありませんよ。だから、バタバタしていると
  言われても、ただ、あるがままに存在しているだけなんですよ。」

これは、「自由意志」というものを東洋哲学的にあつかった話で、
「影には自由意志はない。ただ本体の動きにしたがっているだけだ。
では、影の本体であるわれわれには、ほんとうに自由な意志はあるのだろうか?」
みたいな莊子の問いかけが含まれている、と解釈されています。

ああ、やっぱり小難しくなってしまいました。もちろん、
博学の石燕は、この問答のすべてを知っていて影女を描いたんでしょう。
例えば、もののけが出るとされる家に行って、びくびくしながら一晩を過ごす。
すると自分の心が知らず知らずのうちに周囲の環境に影響され、
ただの松の影も女の姿に見えてしまうかもしれません。

「あなたは今、影女を見ているが、影女は影だから本体があるはずだ。
しかし、怪異というのは、怖いと思う自分の心がつくり出すものなのだから、
今見ている影女は、じつは、あなたの心そのものなのではないのか。」
こんなことを、石燕はこの絵で言いたいんじゃないでしょうか。

「苅萱道心」


さてさて、影の怪異というのは、怪談の一つのパターンとしてあります。
例えば、自分の影が本体の自分とは違った動きをすれば、これは怖いでしょう。
日本の影の怪談としては、「苅萱(かるかや)道心」の説話が有名ですね。
ある侍が、妻と妾を同居させていたが、2人は仲よく一緒に暮らしていた。

その夜も、妻と妾が笑いながら碁を打っていたが、灯火で障子に映った
2人の髪の毛の影が、お互いに蛇となってからみ合い、争っていた。
これを見た侍は、嫉妬というものの怖ろしさに心底ぞっとして、
妻と妾を捨て、出家して高野山に上ってしまった、というお話です。

しかし、じつはこの影も、妻と妾を一つ屋に同居させていた侍の、
心の中にある罪悪感がつくりだしたものなのかもしれないんですね。
ということで、今回はこのへんで。









地球発、宇宙汚染

2018.03.04 (Sun)
政府は27日の閣議で、未確認飛行物体(UFO)について、
「地球外から我が国に飛来した場合の対応について特段の検討を行っていない」
とする答弁書を決定した。立憲民主党の逢坂誠二衆院議員が、
2016年に施行された安全保障関連法で定める「武力攻撃事態」や
「存立危機事態」に該当するかを問う質問主意書を出していた。

逢坂氏は、米国防総省が過去にUFOや地球外生命について極秘に調査していた
とする米国の報道に基づき、UFOへの対応をただした。
これに対して答弁書は「政府として(UFOの)存在を確認したことはない」
「個々の報道について答弁は差し控えたい」とした。

政府は07年に「(UFOの)存在を確認していない」とする公式見解を
初めて示した。当時の町村信孝官房長官は、
「個人的には絶対いると思う」と私見を述べていた。
(毎日新聞)



今回はこの話題でいきます。前にもアントニオ猪木議員が、
UFOへの対応について国会で質問したことがありましたが、
そのときは、防衛大臣が困惑して、あいまいな返答になっていました。
今回は、はっきり「UFOへの政府としての対応策はない」
という回答が示されたわけですね。

うーん、でもこれ、難しい話ですよね。この場合のUFOというのは、
単に「未確認飛行物体」ということではなく、
宇宙人などの知的生命が操縦している物ということだと思いますが、
さすがに、それについての対処法を、
前もって決めておくのは無理なんじゃないかという気がします。

だって、もし宇宙人がUFOに乗って地球にやってきたとしても、
友好的なのか敵対的なのかもわからないわけですし、
宇宙人と地球との文明の発達度の差がどのくらいあるのかもわかりません。
もしそういうことがあったら、その場その場で、
臨機応変に対応していくしかないんじゃないでしょうか。

さて、過去に宇宙からの訪問者が地球にやってきて、人類の進化や
文明の発達に影響を与えたとするSF作品は多数あります。
小説だと、有名なところでは、カート・ヴォネガットの『タイタンの妖女』とか。
映画では、『2001年宇宙の旅』なんかがそうですよね。
あと、『エイリアン』のシリーズでは、宇宙人の「エンジニア」が、
地球にDNAの素をふりまいて、生命を誕生させたことになっていました。

では、これと逆の場合はどうなんでしょう。逆というのは、
地球人が宇宙に生物学的な影響を与えてしまう事態のことです。
人類が宇宙開発時代に入って久しく、日本もたくさんの人工衛星や探査機を
宇宙にうち上げていますが、それが宇宙に対して、
生物学的な汚染を引き起こしてしまう危険性が、
最近、強く言われるようになってきているんです。

例えば、アポロ12号の有人月探査は1969年のことでしたが、
その2年前に、無人探査機サーベイヤー3号が月に到達しています。
それをアポロの宇宙飛行士が回収して地球に持ち帰り、調べてみると、
なんと、連鎖球菌という乳酸菌の一種が繁殖しているのが発見されました。
(宇宙汚染はなかったとする異論もあります。)

サーベイヤー3号の回収


連鎖球菌は、地球上ではどこにでもいる存在なのですが、
サーベイヤー3号に付着した菌が月に到達し、その後2年の間、
放射線と真空にさらされた月面で生き残っていたことになります。
これはすごい生命力ですね。こんな形で、地球人が宇宙を汚染してしまう、
宇宙に生命のタネをふりまいてしまう懸念が大きくなってきているんです。

細菌だけではなく、もっと高等なクマムシやネムリユスリカなどの昆虫も、
休眠の状態で宇宙空間を生きのびることができるという研究もあります。
ですので、地球に宇宙人がやってくるという事態を予測するより先に、
地球人が宇宙を汚さないことを考える必要があるようです。

クマムシ


人間の体には数十兆の細菌が住みついていると言われます。
また、宇宙に打ち上げるロケットの表面にもたくさんの細菌やウイルス、
バクテリア、植物の胞子や花粉などが付着しています。
これらをできるだけ宇宙に出さないため、NASAでは、
探査機などの宇宙に出るもののすべてを高温で減菌処理しいています。

また、最近、火星に水が存在することが確実視されるようになってきましたが、
火星の水がある部分など、生命の繁殖が可能な地域については、
絶対に地球から持ち込まれた生命で汚染されることがないよう、
厳密に対処していかなければならない、
という議論が国際的に進められているんです。

さてさて、とはいっても、完全に地球の生命を宇宙に持ち出さないようにする
のは不可能です。人類は1950年代から、宇宙へ探査機を飛ばしはじめましたが、
その中には太陽系外へ出ていったものもあります。
それらに地球の細菌が付着していて、どっかの星で繁殖しているなんてことが
絶対にないとは言い切れないと思います。

ということで、遠い遠い将来になるでしょうが、
宇宙人が地球にUFOでやってきて、その第一声が、
「地球のお父さん、あなたがたのおかげで私たちは誕生しました。
私たちははるばる、生命の故郷である地球へとやってきたのです」
なんて言われることがあるかもしれませんね(笑)。では、このへんで。







みさきの話

2018.03.03 (Sat)
※ パロディみたいなものです。

すんません。俺、中卒でドカタやってるんで、あんまり話うまくないんです。
だから、もしかしたら途中で意味わかんないとことかあるかもしれないです。
まずですね、始まりは、仕事終わってから、仲間5人と部屋で酒飲んでたんですよ。
そこでね、怖い話になって。地元の心霊スポットって言われる場所の話です。
そこは、港に近い墓地公園なんですけど、小高い山になってて、
いくつもの区画があって、同じ形の墓がたくさん立ってるんです。
俺、地元なんだけど、生まれたときからすでにあると思いますよ。
でね、その山の真ん中へんに大きな塔のある広場があって、
そこにカップルで行くと、必ず別れるって言い伝えがあったんです。
それと、夜になると、その塔のまわりを白い服を着た女が歩き回ってるって。
あ、俺も1回肝試しに行ったことがあります。でも、何にも起きなかったです。

そこの話をしてたら、仲間の一人がこんなことをしゃべり始めました。
その墓地公園に肝試しに行ったグループがあって、特に怖いことはなかったけど、
帰ろうとして駐車場に停めてある車に乗ったら、助手席に座った女が、
か細い悲鳴を上げた。「どうした?」って運転してるやつが聞いたら、
「手が私の足をつかんでる・・・」って。のぞき込むと、
たしかに車の床から白い手が2本生えてて、
見たやつは「ワーツ」と叫んで車から飛び出した。
後部座席にいたやつらも、シート越しにのぞいて手を見ると、
我先に車から飛び出して、みなで街灯のあるところまで逃げた。
んで、その助手席の女の子だけが車に取り残されて、泣きわめく声が聞こえてくる。
でね、運転してたやつは女の子の彼氏だったんで、意を決して車に戻り、

外からのぞき込んだら、女の子はぐったり気を失ってて、
手はもう見えなくなってた。で、女の子を病院に運んだんだけど、
気がつくとわけわかんないことを口走って、いつまでも正気に戻らない。
それで、その子は精神病院に入院して、いまだにそこにいる・・・って。
でもね、これってすごく嘘くさいっていうか、ネットとかでよく聞く話じゃないですか。
だから俺、こう言ったんですよ。「そういうのって、全部が嘘とは言わないけど、
 精神病院に入院してるとか、後日談みたいなのはどこまで本当かわからないよな。
 噂に尾ひれがついてるだけじゃないのか」って。
そしたら、この話をしたやつが怒り出して、「世話になってる先輩から聞いたんだから
 間違いない。じゃあ次に会うまでに、女の子の名前と入院してる病院の
 名前を聞き出してくるから」ムキになった口調で言ったんです。

俺はそいつを怒らせるつもりじゃなかったけど、「ああそうか、じゃ楽しみにしてる」
って言っちゃったんですよね・・・そんときは、こんな大事になるなんて
考えもしなかったですよ。でね、翌週、そいつがバイクで事故ったんです。
後ろから追突されて倒れて。でも、頭部を強く打っただけで命に別状はなくて、
大学病院に入院したんです。さっそく見舞いに行きました。そしたら、
脳震盪でしばらく頭を動かせないってベッドに固定されてたけど、
わりに元気だったんですよ。そいつの話だと、急にスピードを上げてきた外車に
跳ね飛ばされ、外車はそのまま逃げてったって。ええ、ひき逃げってことです。
「くっそ、ツイてねえよな。それにしてもあの外車許せねえ。
 わざとみたいにぶつかってきやがって」そいつは寝たままの状態でこう言い、
それから俺に向けて、「ああ、そう言えば、こないだ話した墓地公園のやつな、

 先輩でバイク屋やってるKさんから聞いてきたぞ」
俺は「そんなのもういいから」って言たんですが、そいつは「病院は○○市の
 松野精神科病院ってとこらしい。それから女の子の名前は・・・あれ、何だっけ、
 名前が思い出せねえ。ちょっと待ってくれよ・・・うーん、フルネーム聞いたんだよな。
 何だっけな、あ、頭痛え」こんな感じだったんで、「もういいから、休めよ」
俺が言うと、「スマン、まだ頭が本調子じゃない。お前、Kさんのバイク屋知ってるだろ。
 そこで直接聞いてきてくれよ」こんな調子で、「ああ、わかったそうする」
とは答えたものの、もう怪談のことなんてどうでもよかったんです。
でも、それからさらにたいへんなことが起きて。新聞にデカデカと載ったんで、
知ってると思いますけど、バイク屋のKさん殺されちゃったんです。
それも奥さんと5歳になる息子さんも一緒にです。

いや、俺も新聞に載ってることしかわからないけど、
鋭い刃物で刺されたってなってました。俺らの田舎だと大事件ですよ。Kさんって、
中学校のときに、学校をシメてた人で、地元の不良の間じゃ有名人だったんです。
俺らは大興奮して、あちこちで犯人の噂とかしてました。
でね、翌週にまた入院してるやつのとこに見舞いに行ったら、
受付で「退院しました」って言われて。あれ、って思いました。
その前の日まで、そいつからメールとか来てたんですよ。そのときには、
退院するって話も出てなかったです。それで、そいつのスマホにかけてみました。
そしたらずっと呼び出しになって、その後オフクロさんが出て、
「どうしてますか」って聞いたら、「転院したんです」って一言。
「え、どこにですか?」 「・・・松野病院」これで電話切れちゃったんです。
その後はいくらかけても通じなくてね。

まあここまでなら、何か事情があるんだろうって思うけど、さらに驚いたことに、
そいつの家ごとなくなっちゃったんです。いや、言葉のとおりですよ。
そいつは母子家庭で、ボロい一軒家に住んでたんだけど、
あっという間に解体されて、空き地になっちゃったんです。
でね、訪ねてったときに近所の人に聞いたけど、誰も引越し先を知らなくて・・・
ただほら、松野病院に入院するって話を聞いてたので、
○○市に行ったんだろうと思います。ええ、気になるんで行ってみようと思ったんです。
それで翌日、仕事の昼休みに、コンビニ弁当食いながら、
ドカタに行ってる先の班長さんに聞いてみたんです。
「すんません、○○市の松野病院って知ってますか?」って。
そしたら、班長さんが飯を吹き出して、それから怖い顔を俺に向けて、

「ちょっとこい!」って、現場の陰になってるところに連れて行かれて。
いや、あんまり雰囲気悪くて、殴られたりヤキ入れられるんじゃないかと思いました。
班長さんは「お前な、○○市の松野病院ってどこで聞いたんだ?」 「いや、友だちから」
「その友だちはどうなってる」 「それが事故に遭って、それから急に引っ越しちゃって。
 たぶんその松野病院に入院してるんだと思います」こう答えると、
班長さんはますます暗い顔になって、「そうか、やっぱりな。それで、
 もしかしたら、松野病院に入院してるって女の子の話も聞いてるか?」
「あ、墓地公園の話ですよね。班長さんこそ知ってるんですか?」
「お前なあ・・・ 女の子の名前を聞いたかどうか聞いてるんだよ」
「いや、それが事故ったやつが記憶喪失みたいになってて、聞いてないです」
そしたら、班長さんは全身から力が抜けたようになって、

「そうか・・・よかったな。お前、タブーって知ってるか?」
「タブー?? いや、わかんないです」 「この市じゃあ、心霊スポットの肝試しで、
 女の子が精神病院に入ったって話は絶対にしちゃいけないんだよ。
 死ぬか、その松野病院に入ることになる」 「マジっすか?」
「マジもマジだよ。俺が知ってるだけで、片手くらいの人間が不幸な目に遭ってる」
「5人ってことですか」 「そうだ」 「・・・・なんでまた」
「いいから忘れろ。その女の子の名前を聞いてなければ、まだ大丈夫だから」
「・・・誰か、話が広まるのを防いでる人間がいるってことですか? 
 ヤクザか何か?」 「わからん、わからんけど、これ以上この話するな。
 いいか、間違っても松野病院に出かけてったりしちゃいかんぞ」
「わかりました。行かないです。すべて忘れます」

こうは言ったんですけど、やっぱり気になるじゃないですか。
それに、今はネット時代で、昔みたいに秘密を隠しておくなんて無理でしょ。
だから、松野病院について検索してみたんです。
○○市には、そういう名前の病院はなかったですよ。ただ、山の麓に、
「松野」という名前がつく老人介護施設みたいなのはありました。
それくらいしかわかんなかったです。でね、そうしてるうち、塾に行ってた妹が
帰ってきたんですが、俺に「玄関先でこれ、お兄ちゃんにって知らない人に渡された」
って、20cmくらいの箱をよこしたんです。「え、どんな人だった?」
 「白衣着た背の高い人」 部屋に戻ってぐるぐる巻きの黒いビニールをとると、
箱の外に「松野病院」って書いてまして、開けると・・・ドライアイスが
たくさん入ってて、その中に、よくわかんないですけど、大きな内臓みたいなのが・・・







天井下がりの周辺

2018.03.02 (Fri)
今回も妖怪談義です。取り上げるのは「天井下がり」ですが、
「てんじょうさがり、てんじょうくだり」という二つの言い方があるようです。
天井板を突き破って、髪の長い裸の妖怪が舌を出しながらぶら下がっています。
背景の障子はあちこち破れており、廃屋が舞台なんでしょうか。



詞書は、「むかし茨木童子は 綱が伯母と化して 破風(はふ)をやぶりて出
今この妖怪は 美人にあらずして天井より落(おつ)
世俗の諺に天井見せるといふは かゝるおそろしきめを見する事にや」

茨木童子(いばらぎどうじ)は平安時代の鬼で、酒呑童子の一の家来。
これが源頼光四天王の一人、渡辺綱(わたなべのつな)
と戦ったのは有名な話ですが、自分が書くまでもないでしょう。

訳すと「その昔に、茨木童子が渡辺綱の伯母に化けて天井を破って出てきた。
今、この妖怪は(そのような)美人でもないのに天井から落ちてくる。
世間のことわざに「天井を見せる」というのは、
このような恐ろしい目を見せることなのだろうか」

うーん、美人ねえ。とするとこの妖怪は女なんでしょうか?
体に毛が生えていて、ヒゲもあるように見えるんですけど・・・
舌を出しているのは、石燕には「天井嘗(てんじょうなめ)」という妖怪画もあり、
それと何か関係があるのかもしれません。

「天井嘗」


あと、「天井を見せる」というのは、江戸時代には用いられていたものの、
現代ではあまり使われなくなった慣用句で、
人が仰向けに寝ると天井が見えますよね。そこから、
「人を(寝転がるほど)苦しめる・困らせる」という意味があったようです。

Wikiには、この慣用句をもじって石燕が創作した妖怪ではないか、
という説が出ています。まあ、その可能性はあるでしょう。
ただ、それだけではつまらないので、2つのキーワードをもとに、この妖怪を
読み解いてみましょう。キーは「下がる」と「逆さ」です。

まず、「下がる(落ちる)」系の妖怪というのがあります。「釣瓶落とし」
「おとろし」などがそうですが、普通、人は前後は警戒していても、
頭上はあまり見ないものなので、突然、上から何かが下がってくれば
ビビりますよね。これは、幽霊屋敷やホラー映画でも定番の手法です。

例えば、部屋に一人でいるとコツコツと廊下を歩く足音がする。
主人公が、おそるおそるドアを少し開け、右、左とのぞいて見ても何もいない。
ああよかった気のせいか、とホッとしてドアを閉めようとした瞬間、
上から化物が目の前にぶら下がってくる・・・映画では昔から見られるシーンです。
ということで、「下がる」には、突然の恐怖という意味があります。

次に、「逆さ」のほうですが、日本各地に逆さ幽霊という話が残ってるんですね。
例えば、江戸時代の怪談集『諸国百物語』には、「逆立ち幽霊」の話が出てきます。
豊後の国(現在の広島県のあたり)で、夜の川べりで、
舟に乗った侍が、逆立ちのまま土手を歩いてくる女の幽霊に出会う。

「何者だ?」と問うと、幽霊は「夫と妾が謀って私を絞め殺し、この川上に埋めた。
そのとき、後の祟りができないようにと、逆さまに埋められたので川を渡れない。
なんとか舟で川を渡らせてほしい」と頼み込む。
侍は承知し、女を舟で対岸に渡すと、
女は「やれ嬉しや」と夫の家に逆さのまま入っていき、妾をとり殺した・・・

『諸国百物語』の「逆立ち幽霊」


また、沖縄では、「真嘉比道(まかんみち)の逆立ち幽霊」といって、
病弱な夫を看病していた妻に、夫が「俺が病気なので、お前が浮気するのが心配だ」
と言うと、妻は浮気できないよう自分の鼻を削ぎ落とし、
ますます夫につくすようになった。
しかし、病気の癒えた夫は、他に女をつくって妻を捨てた。

妻はその後すぐに死んだが、幽霊になって夫と女のところに出てきて恨みを述べる。
困り果てた夫は、妻の死骸を掘りおこして、二度と出てこられないように、
両足を棺桶に釘で打ちつけた。すると妻の幽霊は、それからは
逆さになった状態で出てきて、ついに夫を呪い殺した・・・
「逆さ」は、通常ではない、不吉で禍々しい状態を表しているようです。

さてさて、ということで「下がる」 「逆さ」には、特別な意味があり、
怪談としての怖い要素がいろいろ含まれているんですね。
このあたりのことは、もちろん石燕も承知していたことと思われます。
では、今回はこのへんで。








骸骨と死

2018.03.02 (Fri)
今回は妖怪談義です。取り上げるのは「骸骨 がいこつ」。
これは、そんなに裏読みする必要もないのかなと思います。
石燕の絵を見ると、風が吹きつける野辺に柳の木が生えていて、
その下の、黒い壺の中から骸骨が立ち上がっています。



壺は骨壷でも棺桶でもないようです。
また、骸骨も男か女かもよくわかりません。
骸骨の頭部は「しゃれこうべ」「髑髏 どくろ」などとも言いますね。
詞書は、「慶運(けいうん)法師、骸骨の絵讃(えさん)に、
かへし見よ おのが心は なに物ぞ 色を見 声を 聞くにつけても」

慶運法師は、鎌倉時代から南北朝時代頃の天台宗の歌僧です。
『徒然草』を書いた兼好法師と同時代の人で、ともに当時の和歌四天王の
中に入っています。慶運と兼好は仲がよくなかったようで、
歌論が対立して殴り合いのケンカをしたなどという話が残っていますね。

詞書の後半は和歌のようです。和歌の中でも、仏教的な内容を持つものを
「ご詠歌」と言います。ですから、仏教的な解釈をする必要があります。
「ふり返って考えてみなさい、あなたの心とは何ですか? 
色を見たり、音を聞いたりするたびごとに」

色(しき)とは、「色即是空」の色、仏教用語で「物質的な世界すべて」を表します。
骸骨になってしまえば、目も耳もなくなって、
物を見たり、音を聞いたりすることはできません。
そんな状態で心だけが残ってしまったら、心というものの本質が、
よくわかるのではないか。このご詠歌にはそんな意味が含まれているようです。

ま、あまり仏教的な内容には深入りしないことにします。
この慶運法師の歌は、徳川光圀が編纂した『扶桑拾葉集』という詞花集で、
骸骨の絵の横に載っていたのを、石燕がさらに引用しているんですね。
おそらくですが、壺が出てくるのは、骸骨とこの歌が「ツボに入っている」
つまり「ぴったりとよく合っている」という洒落なんじゃないかと思います。

それにしても石燕の教養はたいしたものです。
石燕の妖怪画の詞書には、中国の故事、日本の古典、仏教書、俳書、国学、
民間伝承など、さまざまな内容が引用されていて、江戸の文化人が、
いかにたくさんの本を読んで知識を身に着けていたかがわかります。
ちなみに、石燕と同時代の文化人には、
本居宣長、大田蜀山人、上田秋成、平賀源内などがいます。

さて、骸骨は死の象徴です。今だったら、人骨が発見されたりすれば、
警察を呼んで大騒ぎになりますが、石燕の生きた時代にはごく身近なものでした。
松尾芭蕉の作に『野ざらし紀行』というのがあり、その冒頭の句は、
「野ざらしを 心に風の しむ身かな」です。

「野ざらし」は道の辺にある骸骨のことで、旅立ちの句にしては不吉な内容ですが、
「旅の途中で行き倒れになって、野原に死体をさらしてもかまわない」
という強い決意が込められていると言われます。
俳画には、「野晒図」(下図)というのがあり、
やはり身近にある死、ということがテーマになっています。

「野晒図」
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芭蕉は石燕より100年ほど前の人ですが、そういう事情は石燕の時代でも、
ほとんど変わりませんでした。田舎だけでなく、江戸市中でも、
行き倒れの死体が見つかれば、発見者は番屋に届けますが、
奉行所の検視が済んで、引き取り人が現れないかどうか1日保管した後、
目立たない藪の中などに捨て置かれたという文献が残っています。
 
川には身投げや心中者、赤ん坊の死体が放置されていましたし、
死と死体が生活のごく身近にあったんですね。
石燕が「骸骨」を含む『今昔画図続百鬼』を刊行したのは67歳のときです。
平均寿命が50歳に満たなかった時代ですので、
日常、つねに自分の死というものを意識していたんだと思います。

「死の舞踏」
shsjskaosu (3)

さてさて、骸骨が死の象徴であるというのは、西洋でも変わりません。
西洋画のテーマとして「死の舞踏」 「死と乙女(少女)」があります。
ペストなどの疫病や戦争で死体がゴロゴロしていた、14世紀頃から
描き始められたものです。上の絵は、年若い美女や高い身分の者でも、
死からは逃れることができないことを表していて、このあたりの感覚は、
洋の東西でそれほど変わりがないように思われます。では、このへんで。

shsjskaosu (1)






心霊写真作成の心理学

2018.03.01 (Thu)
今回はこのお題でいきます。ただこれ、心理学となってますが、
別に実験をしたわけでもなく、統計をとったわけでもなく、
ちゃんとした学問ということではありません。
あくまでブログ管理人の感じ方ですので、「えー、私は違う」と思われる方も
多いと思います。そこのところはご了承下さい。

さて、写真がフィルムからデジタルに変わり、手ぶれや感光、ピンボケなどの
失敗写真が減ったかわり、さまざまな画像加工ソフトが出回って、
「意図的に心霊写真をつくる」ことが簡単にできるようになりました。
この「意図的」というのは、何もその写真を使って霊能詐欺などを働くわけではなく、
せいぜい友人に見せて驚かせよう、話題にしようくらいのことです。

で、そういう心霊写真を作る場合、作成のしかたに、
ある一定の心理的な傾向が働くんじゃないかなと思うんです。
どういうことを言ってるのかは、おいおい説明していきます。
下の画像をごらんください。海外のフリー素材から拝借したもので、
著作権や肖像権は問題ないと思います。



6人のスーツでキメたビジネスマンらしい人物が、世界地図を前にして
立っている構図で、とても幽霊なんか出そうにはない雰囲気ですよね。
わざとそういう画像を選びました。ここで、もしみなさんが、
「この中に幽霊の顔を入れろ」と言われたら、どこに入れられるでしょうか。

体は入れる必要はありません。また、顔は一部分でもかまいません。
また、画像は透けさせないようにします。
それと、極端に巨大化したり、縮小したりしてもいけません。
こういう条件でいきたいと思います。

この心霊写真は、上に書いたとおり、友人に見せて驚かせるためのものです。
ですから、ひと目で心霊写真とわかてしまっては、あまり面白くないですよね。
かといって全然気づかれないのも困ります。
「あれー、よく見たらこれ、ここに変なの写ってるよ」
こんなふうに友人に言わせたいわけです。

そうすると、入れる場所は限られてくると思うんです。
まず、すぐにおかしいとわかってしまうので、画像の縦横の中心線部分(下図)
には入れたくないですね。また、生首が飛び回っているのではないので、
人物の前に重なって顔だけがあるのも変です。



そこで自分は、① 中心線からやや外れた部分に入れる。
② 人物と人物の間に入れる。これは物と物の間でもいいんですが、
この画像には物のすき間ってほとんどないんです。
③ 照明があたって明るい部分は入れない。明るい部分に顔があれば目立ちますし、
背景が暗いほうがいろんな処理をしやすいですよね。

ということで、下の画像を作ってみました。
できは悪いですが、製作時間が4分だったので、まあこんなもんでしょう。
最初に考えた候補は3ヶ所あって、向かって右端の人物の右肩の上。
でもこれだと端すぎるかなあと考えてボツ。
あとは右端と右から2番めの人物の足の間。ここでもよかったんですが、
ちょっとせまいので現在位置に決めました。



あと、ひと目で普通の人間でないとわかるよう、顔の色調とコントラストを変え、
少しボカしてあります。これもフリー素材を使わせていただきましたが、
挿入する画像にもやはり、心理的な傾向はあります。
正面向きではなくやや斜めにするが、完全な横顔や後頭部などはさける。
まあ、あたり前ですよね。幽霊の後頭部が写ってる心霊写真なんて見たことがないです。
それと、人物の目が写ってないと怖さが半減するでしょう。

さてさて、TBSの心霊番組で、加工ではないかと疑われた心霊写真がありましたが、
それが下図です。自分がここまで書いてきた法則に、
けっこう当てはまってるんじゃないでしょうか。
・写真の中心線部分はさける ・背景が暗い場所に入れる
・物と物、人と人などのすき間に入れる ・入れる顔は正面向きではなく、
彩度や明度をいじって生きた人間には見えないようにする。

クリックで拡大できます


ということで、心霊写真を意図的に作成する場合、つくる側には、
心理的な制約、技術的な制約があります。そういうことを考えながら、
ネットに出回っている画像などは、生暖かい目で
見るのがいいんじやないかと思います(笑) では、このへんで。