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ドウエル豚の首

2018.04.30 (Mon)
米国の神経科学者チームが首を切断したブタの脳を,
36時間生存させることに成功し、倫理的な問題を提起した。
テクノロジーメディア「MITテクノロジーレビュー」によると、
この実験を行ったのは神経科学者のネナド・セスタン氏率いる米エール大学の
研究チームで、食肉処理場から入手した100~200頭のブタを対象とした。

セスタン氏は3月下旬、米国立衛生研究所(NIH)主催の会議で首を切断した
ブタの脳への血液循環を回復させることに成功したと発表した。
MITテクノロジーレビューによると、研究チームは「ブレインEx」
と呼ばれるポンプ装置を使って酸素と、
体温と同じ温度に保たれた血液をブタの脳細胞に届けることに成功。
無数の脳細胞が健康な状態を保ち、正常に機能したという。
(AFP)



今回は科学ニュースから、この話題について書いてみます。
これまでも、当ブログでは積極的に医学・生理学のニュースを取り上げ、
ある場合には、警鐘を鳴らしたりもしてきました。
では、この実験、倫理的な問題はないんでしょうか。

これはあくまで自分の考えですが、豚であれば問題はないのかなあと
思います。このケース以外でも、さまざまな実験が実験動物に対して
行われていて、それらに倫理的な問題は発生していないので、
このケースを「けしからん実験」と言うことはできないという気がします。

当ブログで警鐘を鳴らしてきたのは、あくまで「ヒト」に関する実験。
ヒトゲノムの編集や、ヒトの受精卵を使用した研究、
人間同士の頭部移植などについてで、このケースが学問の進展や、
臨床医学への応用に貢献するのであれば、豚さんはかわいそうですが、
人類全体に対する益を考えると、やむを得ないかなと思います。

さて、この実験ですが、わかりにくい部分がいくつかあります。
まず、「ブタの脳への血液循環を回復させることに成功」とありますが、
これは豚の本物の血液ではなく、酸素が溶けた人工血液だったようです。
その中には、本来の血液が持っているはずの成分はほとんどありません。

それと、「無数の脳細胞が健康な状態を保ち、正常に機能した」の部分。
これはあくまで、脳細胞が死滅せずに存在していたというほどの意味で、
脳が正常に活動していたということではありません。
もしそうであれば、実験の意味はまったく違ってくるでしょう。

研究チームは、脳波などの測定では、豚の脳に意識が生じていた兆候は、
一切なかったと認めています。これは、とにかく脳を生かしておくことを
重視したため、人工血液の中に、脳の膨張をふせぐなどの
化学成分が含まれていて、そのせいも大きいようです。

さて、ではもし、これが人間で、脳だけの状態で意識が
生じていたとしたら、それはどういうものになったでしょうか。
想像するだけで恐ろしいですよね。だって、脳からの神経は、
人体のどこにも、いっさいつながれていないんですから。

つまり、目も見えない、音も聞こえない、においも、味も、
皮膚感覚もない・・・ そういう状態におかれた意識って、
どういうものになるんでしょう。
みなさん、今現在の自分の体を考えてみてください。

背中がかゆかったり、タバコの吸いすぎで喉がいがらっぽかったり、
昨日の夜に食べたとんこつラーメンが胃にもたれたりしていませんか。
今は季節の変わり目で寒暖の差があるので、暑さ寒さを感じれば、
われわれはエアコンの温度を調節したりします。人間の思考・行動は、
そのほとんどが、人体各部からの情報に基づいて起こっているんです。

感覚遮断実験


ですから、それらの情報がまったく遮断されてしまった場合、
はたして意識はどうなってしまうのか。正常に保つことができるのか。
それを人間の意識と呼んでいいものなのか。
このことについては、ほとんど研究データが存在しないんです。

心理学では、感覚遮断実験という、視覚・聴覚・触覚刺激の入力を
制限して、意識がどうなるかを調べる実験がありましたが、
視覚や聴覚などは、脳に入力される情報の、ごくごく一部でしかありません。
脳には内臓や骨などからの、膨大で多様な情報がつねに届いているはずです。

あと、「幻肢痛」などの問題も考えられます。これは、事故などで切断されて
無くなったはずの手や足が痛むという現象ですが、脳だけの意識は、
もしかしたら、全身からの、気が狂わんばかりの痛みに
さいなまれてしまうかもしれません。そう考えると、これも怖い話です。

幻肢痛の治療


さて、これまでの西洋医学・西洋哲学では「心(意識、精神)」と
「体(肉体)」を分けて考える場合が多かったんです。
ところが、最近の研究で、心と体はどうやっても切り離せないものである
ことがわかってきました。人間の意識というのは、体全体を維持する
ための数多くの機能の一つとして存在している可能性が、強く示唆されています。

つまり、「意識が人間の主体である」 「脳が人体で最も主要な器官である」
という考えは、いったん捨てたほうがよさそうなんです。
人間の体のあらゆる部分が協調して情報をフィードバックし合い、
一つの人体、一個の人格を構成し維持しているということなんだと思います。

さてさて、では、脳だけを培養して、そこに意識が生じている場合、
これは人間と言えるんでしょうか。それは「生きている」ものなんでしょうか。
それに人権はあるんでしょうか。脳だけを培養しているのは、
例えば、胃だけを切り取って培養しているのと、どこがどう違うんでしょうか。

こう言えば、「脳には記憶が詰まっている、脳にはその人の人格が入っている、
脳がなければ思考することはできない」と答えられる方が多いと思います。
でも、本当にそうなんでしょうか??? この実験は、そういう問題を、
われわれに投げかけているんだと考えます。では、今回はこのへんで。







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神系の話 2題

2018.04.30 (Mon)
翼を下さい

これは、あるパーティに出席するため東京に出たとき、
その場で親しくなった照明アーティストの方からお聞きしたものです。
「怖い話ですか? そうだね、あるといえばあるけど・・・」 
「あ、ぜひお聞かせください」 「僕の友人でRという男がいて、
 本業はガラス工芸家なんだけど、趣味で凧を作ってたんだよ」
「タコ?ですか」 「うん、あの空に揚げて糸で操る」
「ああ」 「Rの作る凧は、それは見事なもので、全長3mもあるのに、
 わずかな風でスルスルと揚がってね」 「楽しそうですね」
「でもね、もしかしたら、空にはなんか怖いものがいるのかもしれない」
「どういうことですか?」 「Rはね、まとまった休みがあると、
 よく海岸に行って凧を揚げてたんだよ。今はほら、電線がどこにでもあるから」

「そうですね」 「でね、ある会で会ったときに、こんな話をされたんだ」
「どんな?」 「自分が揚げてた凧に、天使がとまってたって」 「天使?」
「そう。たぶんキリスト教でいう天使だよ。空高く揚がって豆粒
 ほどになった凧に何かがとまってた。鳥だろうと思ったけど、
 それにしては色が変だった。七色にキラキラ光ってたって言うんだな」
「そういう鳥はいないですよね」 「でね、糸を繰って下ろしてきても、
 相変わらずそれは凧の上部にとどまってて、だんだん形がはっきり見えてきた」
「はい」 「そしたらね、それ、輝く薄い布をまとった人だったって」
「まさか」 「まあね、僕もまさかと思った。これは冗談を言ってるんだろうって」
「で?」 「その人は、少年か少女かもわからない中性的な体つきで、
 顔も美しかったけど、やはり男女の区別ができない」

「ああ、キリスト教の天使ってそうですね」 「でね、その人は、
 Rに微笑みかけると、腰かけてた凧の上からすっと飛び立って消えた」 
「うーん、幻覚の可能性もあるんじゃないですか」
「そうだね。これはさすがに、薬物中毒を疑われてもしょうがない。
 ちょうどマジックマッシュルームなんかが流行ってる頃だったし」
「で?」 「でね、Rは、ぜったいに見間違いじゃない、もう一度会いたいって言って、
 それから、時間があれば同じ海岸に凧を揚げに行くようになって」
「で?」 「でも、何度行っても天使には会えなかったみたいだ」
「で?」 「それから、2週間くらいたって、Rから携帯に連絡が来たんだよ」
「なんと?」 「天使にまた会えたし、話もした。
 でも、天使は地上には下りられないって言ってるって」 「うーん」 

「これはいよいよ変だって思うだろ。だから直接会って、
 本気で言ってるようなら、心療内科を受診するよう勧めようと思ってたんだ」
「それで?」 「その矢先、2日後にまた連絡が来て、
 すごい嬉しそうな声で、翼をもらったって言うんだ」 「で?」 
「これからその天使といっしょに飛ぶんだって」
「で?」 「さすがにこれはマズイと思って場所を聞いたんだよ。
 そしたら、いつもRが凧揚げをしている海岸でね。
 僕はそのときちょうど仕事がなかったんで、ちょっと待て、
 今そっちに行くからって言ったんだけど、電話は切れちゃって」
「どうなりました?」 「車を飛ばして行ったよ。堤防に車を停めて、 
 そっから海岸をずっと歩いてったら、さびれた浜なのに人だかりがしてて、

 Rがずっと救命措置をされてたんだよ。でも、僕が着いたときは皆あきらめてて」
「で?」 「全身ずぶ濡れで、顔は真っ白で、これは助からないだろうって思った。
 実際、そのときには呼吸も心臓も止まってたんだな」
「で?」 「そこに救急車が到着して、車は砂浜に入れないから、
 救命士たちが担架を持って駆けつけてきて」 「で?」
「Rを担架に担ぎ上げたんだけど、Rの体の下に大量の羽根があって、
 背中にもくっついてた。でね、搬送された先の病院でRの死亡が確認された」
「うーん・・・ でもそれ、たまたまそこに水鳥の死骸があったとかじゃないですかね」
「かもしれない。まあ、普通はそう考えるだろう。けど、
 そのときに羽根を一枚拾って、今も財布に入れてあるんだ。・・・ほら、これ」
「あ、きれいですね。虹みたいに光ってる」 「だろう」



名前を落とす

このお話は、大阪でレンタル会社を経営している、Dさんという60代の男性から
うかがったものです。「あ、bigbossmanといいます。お話を聞かせていただけるそうで、
 よろしくお願いします」 「ああ、こちらこそよろしく。これは、私が
 高校卒業まで住んでた郷里の話なんです」 「どちらのほうですか?」
「山陰の○○県です」 「ああ、神話の里として有名な」
「田舎なんですけど、私が生まれたのは、その中でも特に山深いところで」
「はい」 「でも、田舎には田舎のいいところもあって、
 キノコや山菜の宝庫でした。だから、シーズンになれば一家総出で、
 山に採りに出かけたものです」 「それはうらやましい」
「でもね、山は危険もありますから。ほら、よく年寄りが山菜採りで
 行方不明になったなんてニュースでやってるでしょ」 「ああ、はい」

「それにね、入っちゃいけない場所というのがありまして」
「よく聞きますよね。いわゆる、禁域というか神域というか」
「そうです。私の郷里にあったのは、○○の神がそこにへその緒を埋めたっていう
 言い伝えがあるところで。そんなに高い山じゃないんです。
 800mくらいじゃなかったかな。登山道はありましたけど、
 注連縄を張って封印されてました」 「はい」
「もちろん、田舎は迷信深い人ばかりだから、皆、そういう言い伝えは
 厳格に守るんです。だから、長い間その山には誰も入ってない」
「うーん、その山、持ち主っていたんですか」 「戦前はいたみたいですけど、
 私が子どもの頃には国有林になってました。でもね、当時の営林署の連中も、
 村役に気を使って誰も入りませんでした」 

「ははあ、もし入ってしまったら、どうなるんですか?」
「それが、名前を落とすって言われてたんです」 「名前を落とす・・・
 それ、自分が誰かわからなくなるってことですか? 記憶喪失みたいな」
「いや、そうじゃないんです。その人の意識はちゃんとしっかりしてるんだけど、
 村の者のほうが、誰もその人のことを覚えちゃいないという」
「?! それは変な話ですねえ。だって、その人の家があるし、
 家族だっているはずでしょう」 「そうなんですけども・・・
 具体的な話をしたほうがわかりやすいでしょうか」 「お願いします」
「ずいぶん昔の話ですよ。私が子どもの頃にはもう言い伝えみたいなものでした」
「はい」 「村の男が山菜採りに行って、慣れてるはずなのに、
 どうしたことか土地勘を失って、谷を越えてその山に入ってしまった」

「はい」 「男は、これはまずいとすぐに気かついて引き返したんだけど、
 入っちゃったのは確かです」 「で?」 「そっからなんとか道を見つけて、
 日があるうちに山を下りてきまして、自分の家に向かった。
 で、玄関で、今帰ったぞって山菜のたくさん入ったかごを背から下ろしたら、
 男の奥さんが出てきて、どなた様ですか?って聞いてきた」 「で?」
「お前、何ふざけてるんだ、俺は俺だろ、お前の亭主だって言っても、
 奥さんはきょとんとした顔で、亭主は奥にいますって」 「で?」
「気の短い男だったようで、奥さんを一つ張りとばしてから、居間に入っていくと、
 囲炉裏にどっかと座って鍋をつついているものがいる」 「で?」
「それが、木の根っこがぐるぐると何重にもからみついて人の形になってるように
 男には見えた。そこに、奥さんが玄関から顔を押さえてやってきて、

 木の根っこに向かって、知らない人がいきなり私を叩いたって訴えたんです」
「で?」 「そしたら、おもむろに木の根っこが立ち上がり、
 灰ならしを持って、ずんずん男のほうに向かってきた」 「で?」 
「そこで男は、怖くなって家を飛び出し、外に出て頭が冷えると、
 ああこれは、あの山に入ったせいだって思いあたった」 「で?」
「男は思案のあげく、村の氏神神社に行ったんです」 「ははあ、で?」
「そしたら禰宜さんが境内を掃除してたんで、助けてくれって泣きつきました」 
「禰宜さんはその男のことがわかったんですか?」 「いえ、わからなかったんです。
 だけど、男が必死になって事情を話したら、少し考え込んでから、
 男に水垢離をさせ、祝詞を唱えてお祓いをしまして」 「で?」
「その最中に、山のほうがピカッと光って、ドーンと大きな音がした」 「で?」

「そのとき、禰宜さんは男が誰かわかったんです」 「不思議な話ですねえ」
「禰宜さんは、男を連れて男の家まで行きました。そしたら、
 男の奥さんが出てきて、男に向かって、遅かったですね、心配してましたって」
「木の根っこはいなくなってたんですか?」 「ええ」
「うーん、それが名前を落とすってことですか・・・ いや、でも、もし神社に
 行こうと思わなかったらどうなってたんでしょう?」 「それはわかりません」
「いや、でもですね、男は奥さんを張りとばしたんでしょう。それは?」
「奥さんの顔の片側が大きく腫れてて、奥さんはついさっき庭で転んだって
 言ったそうです」 「うーん、本当だとしたらすごい話ですねえ」 
「まあ、昔話みたいなものかもしれませんよ」 「その山って、今もあるんですか?」
「ええ、もちろん。あのあたりは昔から何も変わっちゃいないです」
 






歴史を変えた重金属

2018.04.29 (Sun)
今回はこのお題でいきますが、みなさんが世界史で勉強した、青銅器時代とか
鉄器時代のことではありません。もう少し別の角度からのお話です。
さて、重金属とは、「比重が4~5以上の金属元素のことである。
一般的には鉄以上の比重を持つ金属の総称。」
とWikiに出てきています。

で、これらの重金属の多くは強い毒性を持っています。
例えば、抗癌剤のシスプラチンのプラチンはプラチナ(白金)を表します。
強い細胞毒性があり、癌細胞を痛めつけますが、
正常細胞にも大きなダメージを与えます。
髪の毛が抜けてしまう副作用はよく知られていますね。

また、自分は趣味で海水魚を飼育しているんですが、
飼っている魚が白点病という寄生虫病になった場合、銅を使って治療します。
銅には強い毒性があり、魚に影響を与えず、白点病虫だけを殺すには、
銅製剤の量の微妙なさじ加減が必要です。

これらの重金属は、西洋・東洋、日本を含めてさまざまな歴史の場面で登場し、
大きな影響を与えてきたと考えられています。特にそれがとりざたされるのは、
鉛と水銀ですね。どちらも昔から使われ、やはり毒性は強く、
有機水銀が水俣病を引き起こしたのは、みなさんもご存知でしょう。

さて、まず鉛のほうからいきましょう。ネロ・クラウディウスは第5代の
ローマ皇帝で、1世紀の人です。世界史では「暴君ネロ」として知られています。
その治世は、最初の頃は穏健でしたが、母親を殺害したあたりから精神に
異常をきたしはじめたといわれ、親族や臣下を多数 処刑しています。

皇帝ネロ


また、初期のキリスト教徒を迫害したことも有名ですね。
キリスト教徒をとらえると、松明のかわりに火をつけて燃やしたとか、
宮廷で飼っていたライオンと戦わせたとか、さまざまな話が残っています。
これで、キリスト教の広まる勢いはだいぶ弱められました。

余談ですが、ネロは幼少時から、当時は蔑まれていた芸人になりたい
という希望があり、皇帝になってから、無理やり数千人の観客を集め、
自分が歌うワンマンショーを、たびたび開いていたそうです。
まさに、『ドラえもん』に出てくるジャイアンの元祖のような人でした。

このネロが暴君だった原因は、鉛中毒だったのではないかという説があります。
当時のローマでは、貴族の家に通じていた水道管や食器には鉛が使われており、
その毒性が少しずつ体内に蓄積していって、精神に影響を与えたというわけです。
ちなみに、ネロは31歳で自殺しています。

あと、日本でも、徳川幕府の7代将軍、家継は8歳で亡くなっています。
また、13代将軍家定は、34歳で死にましたが、幼少時から体が弱く、
人前に出ることを極端に嫌っていました。
これは、乳母に授乳されるとき、その胸に塗られていた白粉に含まれる、
鉛の中毒だったのではないかという説があるんです。

徳川家継


鉛入りの白粉は、長い間使用されてきましたが、やがて、
その毒性が知られるようになり、だんだんに別の素材に入れ替わって
いきました。ですが、鉛入りのものが法律で禁止されるには、
1934年(昭和9年)まで待たなくてはなりませんでした。

次に、水銀をみてみましょう。これは前にも書きましたが、
中国を統一して初めての皇帝となった始皇帝、政は水銀中毒で死んだという
話があります。当時 信じられていた仙道では、水銀をきわめて重要な
素材とみなし、それでつくった丹は不老不死の妙薬とされていました。

で、水銀をつねづね服用していた始皇帝の命を縮めたというわけです。
始皇帝は50歳で病没していますが、もう少し長生きできれば、
後継者の体制が固まって、秦の治世はもう何代か続いていたかもしれません。
また、西洋でも、水銀は錬金術で重要視され、多くの錬金術師が
水銀中毒で亡くなったんではないかと推察されています。

秦始皇帝 政


さらに、さまざまな妖怪がぞろぞろ練り歩く「百鬼夜行」。
これも、水銀中毒と関係があるんじゃないかという説があるんです。
聖武天皇の発願で752年に開眼した奈良の大仏ですが、アマルガム法で
金メッキをするために、世界で類例がないほど大量の水銀が一度に使われました。

東大寺盧遮那仏


そのため、大仏の開眼後に、平城京には原因不明の病が流行し、
大仏造営に関わっていた工人たちが、水銀中毒で体のあちこちに異常をきたし、
障害者となって集団でさまよっていた姿が
百鬼夜行として表されたのではないかという、ひどい話があるんですね。

さてさて、当ブログはオカルトブログですので、ここまでの内容は、
話半分にして聞いてください。ネロにしても、始皇帝にしても、
その遺体を分析して、鉛や水銀が検出されたというわけではありません。
ただ、これらの重金属の毒性が、世界の歴史にいろいろな形で影響を与えてきた
のは間違いのないところでしょう。では、今回はこのへんで。

関連記事 『秦始皇帝と不老不死』






動物の話 2題

2018.04.29 (Sun)
近頃、動物霊という言葉をよく耳にします。現在、空前のペットブームだそうで、
そのせいかもしれません。では、動物に霊魂ってあるもんでしょうか?
これ、キリスト教では、長い論争の歴史がありますし、
輪廻を認める宗教でも、人間は人間の中だけで転生し、
動物には生まれ変わらない、とするものもあります。
宗教的にはかなり微妙なところがあるんですね。さて、今回は、
自分のところに届いた、犬猫にまつわるお話を2つしてみたいと思います。
最初は、50代で主婦をしているYさんからお聞きしたものです。
「あ、どうも、bigbossmanです。よろしくお願いします」
「うちの、去年の夏に亡くなった父の話なんです」 「はい」
「死因は肝硬変でした。お酒が好きで、長い間飲んでましたので」

「はい」 「普段は同居しておらず、母はすでに亡くなってますので、
 父は実家でずっと一人暮らしだったんです。今思うと、それで、
 気ままにお酒を飲んで、体を痛めたんでしょう。
 同居を勧めたんですけど、父は、いいからって断って」 「ああ、はい。
 でも、お年寄りの一人暮らしは多いですよね」 「それで、一人で病院に
 通えなくなり・・・ 私は2人姉妹なんですけど、どちらも仕事はしてないので、
 1ヶ月交代で父のところに泊まり込んで世話をしてたんです」 「はい」
「顔色がとても悪くて、これは長いことないんじゃないかって思いました。
 実際、お医者さんには、もって3ヶ月と言われてましたし」 「はい」
「それで、父が、夜に寝てるときにチロが来る、って言い出したんです」
「はい」 「父は、体は弱ってましたけど、頭のほうはしっかりしてました。

 でも、チロなんて聞いたこともなかったので、それ、何?って聞きました」
「はい」 「そしたら、俺が子どもの頃に家で飼ってた猫だって」 「はい」
「それ聞いて、ちょっと微笑ましい気になったんです。私が知ってる父は、
 動物が嫌いだったし、私たち姉妹が小さい頃、いくらペットが飼いたいって言っても、
 許してくれなかったし」 「はい」 「どんな猫?って聞きました。
 そしたら、父の実家に迷い込んできた生後まもない真っ白な子猫で、
 父の母、私の祖母がかわいそうに思って飼い始めたもんだって」 「はい」
「へえ、お父さん、意外ね、かわいがってたの?って言ったら、
 いや、かわいがるも何も、家に来てから数ヶ月で死んじまったって」 「はい」
「ほら、昔は側溝にボウフラが湧いて蚊が出ないように、町内会で消毒液が
 配られてましたよね」 「ちょっとわかりません」

「そうですか。白い牛乳みたいな液体でしたけど、チロが土間を走り回ってるときに、
 体をぶつけて自分で消毒液をかぶってしまい、3日間苦しみぬいて死んだんだって」
「はい」 「それ聞いて、ちょっと怖い気もしました。それで、お父さん、
 チロは何か言ってるのって聞きましたら、いや、ただ寝ている俺の頭の
 まわりをうろついてる気配がする、俺が死ぬのを待ってるみたいだ、
 あいつのいるところに行くのか、ああ、嫌だ、嫌だって」 
「実際に猫の気配がしたんですか?」 「実家に泊まってるときは、
 父と布団を並べて寝てたんですが、気配も泣き声もしなかったです」
「まあそうですよね」 「ただ、父が寝言を言ったときがありました」 
「どんな」 「ああ、チロ、また来たのか? 悪かった、許してくれって」 
「・・・・」 「それから1ヶ月くらいして、父の具合がいよいよ悪くなって、

 病院に入院したんです。お医者さんは、積極的な治療法はないっておっしゃられて」
「はい」 「それからさらに1ヶ月して、父はものも食べられず、
 点滴の管だらけになって、意識もとぎれとぎれになりました」 「はい」
「それで、おそらく今夜が峠だろうってことで、家族親戚が呼ばれたんです」
「危篤状態ってことですか?」 「ええ、それで、みなでベッドのまわりを
 囲んでたんですが、血圧が低くなって、もういよいよだってときに」 「はい」
「病院のベッドの父の枕元の白いシーツから、丸まってた猫が立ち上がったんです」
「え?」 「猫は歯をむき出しにして、何かを咥える動作をし、
 それからすごく怖い顔になって、空中に跳び上がって消えたんです」 
「それ、見たのは?」 「私一人だけだったと思います」 「で?」
「父の心電図がとぎれまして、医師の死亡宣告がありました」 「・・・・」



次のお話は、郵便局に勤務されている、やはり50代のKさんという男性から
お聞きしたものです。「あ、bigbossmanです。お話を聞かせていただけるそうで、
 よろしくお願いします」 「あれは、私が小学校高学年の頃ですね。
 まだ大阪には出てきておらず、滋賀の山の中に住んでたんです」 「はい」
「そのときに、家にジロって犬がいまして」 「はい」
「親戚からもらったものです。小型の、どこにでもいるような雑種の和犬」
「はい」 「もちろん室内飼いとかではなく、父がつくった、
 庭の犬小屋にいました」 「はい」 「人懐っこい犬でね、
 誰が訪ねてきても、愛想よくしっぽを振って」 「はい」
「だから、番犬としては役には立たなかったんです」 「ああ、はい」
「夕方の散歩に連れていくのが私の役目でした。

 ずいぶんかわいがっていたんですよ」 「はい」
「でね、あれは私が小学校最後の年の夏だったはずです。隣の家の旦那さんが
 亡くなりまして」 「はい」 「まだ50代、ちょうど今の私くらいの歳です」
「はい」 「それまで医者にかかったこともなかったのが、
 急に脳出血を起こして庭で倒れ、それっきりでした」 「はい」
「でね、それを知らせたのがジロなんですよ」 「どういうことですか?」
「隣の家の庭とは低い垣根で隔てられていましたが、庭でジロがあんまり鳴くんで、
 うちの母が見に出たら、隣の旦那さんが垣根にもたれかかるように倒れてて」
「はい」 「で、うちで救急車呼んだんですけど、それっきり」 「はい」
「でね、そのすぐ翌日です。またジロが鳴きに鳴いて」 「はい」
「鎖でつないでたんですが。それをビーンと張って、

 今度は反対側の隣に向かって吠えてたんです」 「ははあ」
「おそらく、鎖が外れたら、そのまま隣に向かって飛び出していったでしょう。
 そのくらいの剣幕でしたね」 「隣の庭に何かいたんですか?」
「いえ、それが何にも、猫の子一匹いなかったと思います。
 そもそも、普段はそんなに興奮して吠えるなんて犬じゃなかったんです」
「で?」 「その1時間後くらいですね。隣の旦那さんが家の中で
 倒れられたらしくて、また救急車が来ました」 「で?」
「やはり脳出血で、助かりませんでした」 「うーん、ということは、
 2日続けて、両隣のご主人が、同じような病気で亡くなったと」
「そうです」 「たまたまなんでしょうか。で、どうなりました?」
「その次の日の朝ですよ。5時頃でした。庭でまたジロの唸り声がしまして」

「はい」 「その頃、私は朝勉といって、夜に早く寝て、朝4時過ぎに起きて
 勉強をしてたんです」 「ああ、はい」 「で、庭にジロの様子を見に行ったら、
 ジロが鎖をつけたまま立ち上がって、口からよだれをたらして暴れてたんです」
「で?」 「まるで、見えない何かと戦ってるみたいでした」
「見えない何か?」 「ええ、鎖の届く範囲で、跳び退ったり、
 空中で何かに噛みつく動作をしたり・・・」 「で?」
「とても怖くて近寄れませんでした。そのうち、ジロの頭と首筋が赤く染まって、
 血が流れてきたんです」 「で?」 「父親を呼びに家に入りました。
 父はまだ寝てたんですが、とにかく起こして、庭に出てみると、
 ジロは息を切らしてうずくまってて、体中傷だらけだったんです」 「うーん」
「その頃は、飼い犬を獣医に連れてくなんてことはなかったし、

 そもそも近くに獣医なんていないし、とにかく、家庭でできるだけの手当をしました」
「はい」 「で、ジロの傷は、1ヶ月くらいかかって治りました」 「はい」
「それで、そのことがあった翌日です。家の庭、ジロの小屋のすぐそばに、
 見たこともない異様な獣が倒れて死んでたんです」 「え?」
「体はジロより少し小さいくらい、細長くてきれいな毛並みをしてましたが、
 それが血でずぶ濡れで」 「ジロが戦ってた相手ですかね?」
「たぶんそうだと思いますが、なぜ翌日になって死体が出てきたかわかりません」
「で?」 「頭に2本角が生えた、西洋の悪魔みたいな獣でした」 「で?」
「父に見せたら、これは山からきた三隣亡だって言って、金バサミでつまんで、
 裏山まで捨てに行きました。それから、家にはおかしなことはなかったです。
 ジロは、私が大学に入って大阪に出てくる頃に、老衰で亡くなりましたよ」
 






くしゃみの話

2018.04.28 (Sat)


今回はこのお題でいきます。上の画像は、タツノコプロによるTVアニメ
『ハクション大魔王』です。自分はまだ生まれてなかったので、
放映を生では見てないのですが、自分の先輩方の中には懐かしがる人が
多いですね。あと、パチンコの機種にもなってるみたいです。

これ、主人公の姿形をみると、イスラム圏でいうところの「ジン」
のようですね。ジンは精霊のことで、『アラビアンナイト』に出てくる
ランプの精もジンの一種です。ハクション大魔王は壺から出てくるので、
何かの魔法で壺に閉じ込められた、くしゃみの精なんだと思います。

余談ですが、イスラム圏では幽霊の話はほとんどありません。
なぜなら、イスラム教の聖典であるコーランが幽霊を認めてないからです。
イスラム教は厳しい一神教ですので、死者の魂はすべて、
唯一神アラーが管理している。ところが、ジンに関しては、
コーランでもその存在に触れられており、信じている人もけっこういるんです。

さて、「くしゃみ」をWikiで引いてみると、「一回ないし数回、けいれん状の
吸気を行った後に強い呼気をすること。くしゃみ反応は不随意運動であり、
自力で抑制することはできない。」
と出てきます。
たしかに、ハクションとなる前に、強く速く息を吸い込んでますよね。
それも含めて、くしゃみなんです。

では、くしゃみは何のためにあるかというと、一つは、
鼻腔内の体温が下がったときに、体を強く振動させて、体温を上げるためです。
「えー、くしゃみくらいで体温が上がるの?」 と思われるかもしれませんが、
くしゃみをするときに体にかかる力はかなり強く、
肋骨を骨折したり、横隔膜を痛めたりする人もいるほどです。

もう一つは、鼻腔内にホコリなどの異物が入ったとき、
強い呼吸をして、それを排出するためです。これは納得しやすいですよね。
紙こよりで鼻の穴をくすぐればくしゃみが出てきます。
また、アレルギーや、「光くしゃみ反射」といって、
強い光を見たときにくしゃみが出るという人もいるようです。

さて、このくしゃみですが、オカルトにもけっこう関係があります。
まず、くしゃみの語源について、陰陽道の呪言の一つである、
「休息万命 くそくまんみょう」を早口で言ったものだという説があります。
でも、転訛のしかたが不自然なので、自分は違うんじゃないかと思います。

これは、「糞食め くそはめ」 が 「くさめ」になり、
やがて「くしゃみ」になったというのが正しいようです。昔から、
くしゃみをすると魂が体外に抜け出し、早死にしてしまうという俗信があり、
それに対して、「糞くらえ」という意味のおまじないを唱えたわけです。

吉田兼好が書いた鎌倉時代の『徒然草』には、いつもずっと、
「くさめ、くさめ」 と唱えている尼さんの話が出てきていて、
どうしてそんなことをしているのか聞いたら、
「自分が小さいころにお育てした若君が、今、比叡山で修行をしていますが、
いつ くしゃみをするかもしれず、くしゃみをしたときに
呪文を唱えないと死んでしまうので、こうして、遠く離れていても、
私がいつも唱えているのです」と答えたそうです。

くしゃみをして、その後に誰かが呪文を唱えないと死んでしまう、
という俗信があったわけですが、これは、西欧でも同じで、
キリスト教が広まる以前からあった古い風習のようです。
Wikiには、1回くしゃみをしたら「健康」、2回だと「健康とお金」、
3回だと「健康とお金と愛」と唱えていた、と出てきます。

この風習はキリスト教でもとり入れられ、16世紀、教皇のグレゴリー13世は、
くしゃみの後に「神の恵みあれ」と唱えるよう信者に命じました。
現在でも、英語圏では、くしゃみをした人に対してまわりが、
「God Bless you」 略して 「Bless you」と声をかけることが多いですよね。
ちなみに、くしゃみは英語で「sneeze」、ハクションは「ahchoo」です。



さらに、インド、アフリカ、イスラム圏、北米、南米など、
ほぼ世界中に、くしゃみの後になんらかのおまじないをする地域があり、
16世紀にスペイン人が北米のフロリダ半島に到達したとき、
現地人がくしゃみをすると、まわりの者がいっせいに両手を上げ、
「災いをお祓いください」と太陽にお祈りをした、
と記録された文献が残っています。

さてさて、なぜ、くしゃみをすると魂が抜け、死んでしまうのでしょうか。
これは、みなさん、理由はおわかりのことと思います。
くしゃみは病気の前ぶれだったんですね。医学が発達していない昔には、
風邪程度でも、簡単に死んでしまう場合が多かったんです。

さらに、もっと恐ろしいのは、くしゃみをした人だけで済む話ではなく、
疫病が大流行する前ぶれである可能性があったからです。
ペストやコレラ、あるいは悪性インフルエンザがひとたび起これば、
広い地域に壊滅的な被害をもたらします。

ですから、キリスト教でも、俗信として片づけるわけにはいかなかったんです。
ということで、日本語の「くしゃみ」、英語の「Bless you」には、
どちらも、昔からの疫病に対する恐れが含まれているんですね。
では、今回はこのへんで。

Say Bless you







巨大エネルギーの利用

2018.04.27 (Fri)
ブラックホールは光さえ脱出することができないほど重力が強く、
高密度に大量の質量が存在する天体です。
「ブラックホールに吸い込まれてしまうと一巻の終わり」
と考えて恐ろしくなることもありますが、そんなブラックホールから,
大量のエネルギーを取り出して有効利用する方法があります。
(グノシー)



今回は科学ニュースからのお話で、引用サイトには、
ブラックホールからエネルギーを取り出す、さまざまな方法が紹介されています。
その一つ一つは納得できる内容なのですが、では、実現可能かと言ったら、
さすがに数百年たっても無理な気がするものばかりです。

そもそも、巨大ブラックホールがある場所は地球から遠く離れているので、
行って帰ってくるだけで、ありえないような時間がかかってしまいます。
ちなみに、現在、地球から最も近い、ブラックホールと考えられる天体は、
「いっかくじゅう座X-1」というもので、約3000光年の距離にあります。

ということで、ブラックホールからエネルギーを取り出すのは、
思考実験に近いものでしかありません。では、もっと現実的な巨大エネルギーは
ないものでしょうか。そこからエネルギーを取り出して使えば、
世界中の化石エネルギーが必要なくなるようなものが。

まず、考えられるのが、地球の自転でしょうか。
地球は24時間で1回転しているわけですが、その速度は、赤道付近で
時速1700kmほどになります。音速が、時速1200kmくらいですから、
それをかなり超える速さなんですね。では、これをなんとか利用できないか?

地球の自転


じつは、われわれはすでに地球の自転を利用してエネルギーを生み出しています。
潮力発電や、風力発電がそうですね。風が起きる原因には、
純気象的なものもありますが、地球の自転による影響が大きいんです。
ただ、世界で使われるエネルギーのうち、潮力、風力でつくられるのは、
今のところ、ほんのわずかでしかありません。

じゃあ、もっと効率よく利用できないのか? じつは、これまでにも、
地球の自転を利用して発電するための、さまざまなシステムが考案されていて、
まるで珍発明の展覧会のようになっています。
それがどうして実用化できないかというと、大きなエネルギーを取り出すには、
装置自体が大がかりにならざるをえないからです。

極端な例を出せば、月から地球までヒモを張ると、そのヒモは、
地球の自転でねじれていくはずですが、とうてい実現は不可能でしょう。
地球の自転からエネルギーを取り出すのは、費用対効果の点で
大きな壁があるんですね。だから、今のところ、潮力、風力止まりなんです。

次、太陽というのはどうでしょう。これもすでに利用はされています。
太陽光発電、太陽熱発電がそれです。ですが、やはり、
地球で使われる全エネルギーの中に占める割合は大きくはありません。
大きなエネルギーをつくり出すには、広い面積が必要だからです。

地球上に降り注ぐ太陽光のエネルギーは膨大で、
地球に届く全ての太陽光を高効率でエネルギーにそのまま変換できれば、
わずか40分程度の受光で、人類が用いている1年分のエネルギーを
まかなうことができると、理論的には試算されています。

ですから、将来的には、宇宙空間を利用して、そこに巨大な
太陽光発電パネルを設置し、地球に送るということが行われるように
なるでしょう。ただ、これも費用対効果の問題があるんですね。
実現までには100年以上かかるのではないかと思われます。

宇宙太陽光発電


あと、SF作家のレイ・ブラッドベリが、『太陽の黄金の林檎』という短編を書いてて、
冷え切ってしまった地球を救うために、太陽にエネルギーを取りにいく
宇宙船の話でした。太陽の構成物質の7割ほどは水素で、核融合で燃えています。
ですが、これを取り出して地球に送るというのは、現時点では夢物語です。

さて、じゃあ、現実的に使えそうなものはないんでしょうか。これ、自分は、
「地下マグマ」の利用が一番可能性が高いんじゃないかという気がします。
「地下マグマ発電」というのがあります。現在でも地熱発電はありますが、
それを大がかりにしたものと考えればいいでしょう。

1000度以上ある地下のマグマ溜まりから熱をもらってお湯をわかし、
その蒸気でタービンを回して発電するわけです。マグマ溜まりは、
地下数十Kmにありますが、地表から1km~10km程度の深さに存在するものが、
現在は発見されています。この点、火山国である日本は有利です。

地下マグマ発電(超臨界地熱発電)


もし地下マグマ発電が本格的に稼働すれば、日本の必要消費電力量の
3倍以上をまかなうことができるという試算があります。
これに研究を集中すれば、50年ほどで実現できるのでは
ないかという研究者の人もいるんですよね。

さてさて、ということで、巨大エネルギーの利用法をあれこれ見てきましたが、
技術的困難を克服したとしても、費用対効果、
コストという壁が厚く立ちはだかっているんです。
でも、いつまでも石炭・石油・メタンハイドレートなどの化石燃料を、
だらだら使い続けているわけにもいかないでしょう。世界が協力して、
どっかで踏ん切りをつけないといけないと考えます。では、今回はこのへんで。

関連記事 『安倍マリオと地球空洞説』






軽めの話 2題

2018.04.26 (Thu)
今回は、自分が収集した話の中から、比較的軽めな・・・軽めというのは、
誰も亡くなったりした方のいない、そういうものを2つご紹介したいと思います。
まず、最初に登場されるのは、不動産業界に30年以上もおられるNさん。
Nさんには、自分が親から相続した土地を売却する件でたいへんお世話になりました。
「Nさん、不動産業界って、よく怖い話の宝庫って言われるじゃないですか。
 何かその手のものご存知でしょうか?」 「そうですねえ・・・
 いやでも、幽霊というのを見たことはないです。それに、仲間内でも、
 幽霊を目撃したって話は聞いてないですね」 「へええ、そんなもんですか」
「ただねえ、どうしても説明のつかない奇妙なことってのはありますよ」
「あ、よろしければぜひ」 「あれはね、まだ私が20代の頃ですよ。
 使い走りのペーペーで、重要な仕事は任せてもらってなかった」 「はい」

「でね、そんときの会社が所有してる物件の見回りをやってたんです。
 募集かけててもなかなか人が入らない部屋とか、地上げのために寝かせてる一軒家とか」
「はい」 「そん中でね、あるアパートの一室で変なことがありまして」
「はい」 「たしか3階建てだったはずで、1階に5部屋、全部で15部屋。
 そのうちの3階の一番奥の部屋でした」 「それ、築どれくらいだったんですか?」
「いや、新しいんですよ。6年じゃなかったかな」 「事故物件とかですか?」
「それが、まったくそんなことはなかったんです」 「続けてください」
「月に1度ね、見回りに行くんですよ。異常がないか確かめに。でも、
 鍵を閉めきってるし、電気水道も止まってるんだから、異常なんてあるはずない」
「はい」 「だから、窓開けて換気したり、ホコリを掃除したりするだけで」
「はい」 「ところがね、その部屋、いつも行けば、押し入れが少し開いてたんです」

「ははあ」 「変でしょ。その部屋に出入りしてるのは私だけです。で、もちろん、
 押入れなんて開けないし、出るときに閉まってるのは確認してるし」
「うーん、押し入れに中には何が?」 「いや、空です」
「何回くらいあったんですか?」 「3回ですね。毎月見に行くと開いてる」
「そのたびにNさんが閉めてた」 「そうです。でね、3回目はさすがにね、
 これは何かあるんだろうと思って策を考えたんです」 「はい」
「何かのときの修繕に使えるんで、車にガムテープ入れてまして」 「はい」
「それを、くっつくほうを表にして丸め、押入れの戸の前に置いたんです。
 もし、押入れから何かが出てきてるなら、跡がつくんじゃないかと思って」
「で?」 「でね、4回目に行ったら、やっぱり押し入れは開いてて、
 丸めたガムテープがなくなってたんです」 「ははあ」

「部屋の中、どこを探しても見つからなくて。もちろん、押し入れの中も調べましたよ」
「よくほら、押入れって天井裏に入れるとこがあるじゃないですか。それも?」
「天袋も持ち上げて見ました。でもおかしな様子はまったくなしで」
「うーん、で?」 「でね、そっからあと4物件くらい回って、
 それから社に戻って事務をして、夕方6時過ぎに家に戻ったんです。
 当時、私は結婚したばかりで、妻が出迎えてくれたんですが、
 玄関で後ろ向いて靴を脱ごうとしたら、キャーってでっかい悲鳴をあげて」
「で?」 「私の背広の後ろに、輪っかになったガムテープがくっついてたんです」
「ははあ」 「これ変でしょ。だって社で事務をしてるとき、何人も同僚に会って
 るんですから。もしそのときについてたなら、誰か指摘してくれたはずです」
「うーん」 「それに車も運転したんだし、シートにもたれたときに、

 べたっとして気がつくはずです」 「まあ、そうですよねえ」
「でもね、怖かったのは、背中にガムテープがついてるくらいじゃ、
 妻があんなに大きな悲鳴をあげるわけはなく、虫、虫って言うんです」
「で?」 「背広脱いで見てみたら、ガムテープの表面にびっしり、
 ムカデとか、小さな蛾とか、ハサミムシみたいなの・・・押入れの中にいそうな
 虫がすき間なく くっついてたんです」 「う」
「丸めて捨てましたよ。それも、家のゴミ箱に入れるのは嫌だったんで、
 外まで持ってって」 「・・・その部屋はどうなったんですか?」
「それが、翌月に入居者が決まりまして。学生さんでしたけど、
 苦情とかないし、大学卒業までいて、次の入居者に代わったはずです」
「うーん、その部屋、今もありますか?」 「いえ、とっくに取り壊されてます」

1441154854和室2押入れ

次の話は、古代史の文化講座で知り合ったDさんという、
元中学校校長だった方です。退職されて、今は悠々自適の趣味生活というご身分。
このDさんと昼食をご一緒しまして、その後にうかがった話です。
「Dさん、じつは自分、ブログで怪談、怖い話を書いてるんですが、
 長い教員生活の中で、その手のお話はあったもんでしょうか」
「怖い話、ですか? そうですねえ、あることはあります。
 幽霊などが出てくるわけじゃないですけど」 「あ、ぜひお聞かせください」
「あれは、私がまだ30歳の頃ですね。当然、学級担任をしていて、
 思えばあの頃が一番楽しかったです」 「はい」
「昭和40年代のはじめでした。マンガの影響でコックリさんが流行ったんです」
「ああ、ちょうど、つのだじろうさんの恐怖新聞の頃ですかね」

「でね、当時 勤めてた学校では、まだ禁止になってなかったんです」 「はい」
「私もうかつでねえ、自分のクラスの女子が放課後にそんなことをしてるとは
 思いもよらず」 「はい」 「一人の女子生徒が、先生、大変、大変って言って、
 職員室に駆け込んできたんです」 「はい」
「手を引かれて教室に行ってみると、机を向かい合わせにして、
 別の女子が向かいあって立ってて、間に、コックリさんの道具がありました」
「はい」 「2人とも、一目で様子が変だってわかりました。
 目がうつろで、体が硬直してたんです」 「で、どうしました?」
「呼びかけても動こうとしなかったんで、女の先生を数人呼んできて、
 2人を抱えて保健室に連れてったんです」 「歩くのはできたんですか?」
「心ここにあらずという感じでしたけど、保健室まで行きました」

「で?」 「そこでね、2人とも、急にしゃべり始めまして、
 私が私じゃないって言い出したんです」 「どういうことですか?」
「そうですね、その子らをAとBとしますと、Aが、私はBだって言って、
 逆にBが、私はAだって言う」 「ははあ、2人が入れ替わったってことですか?」
「ええ、そうだったんです。ああ、これは大ごとになるなって思いました。
 救急車ってことも考えましたが、学年主任と校長に報告したら、
 体の不調はないみたいだから、とりあえず保護者に来てもらおうとなり、
 電話して学校に来てもらったんです」 「で?」
「それで、Aの子の父親が、地元の大きな神社で神職をされてて、
 電話でかいつまんで事情を説明したら、なるほど、わかりましたって」 「で?」
「学校に来られましたら、ここは私に任せてください、っておっしゃられて」

「で?」 「校長も困り果てていましたので、とりあえず言うとおりにしてみよう、
 となって、2人の女の子と、保護者、われわれ教員が、
 2台の車で、その方の務めてる神社に行ったんです」 「で?」
「その子たちは、車の中でも、自分が自分じゃないって言ってパニックになってましたが、
 なんとかなだめつつ連れていきました。あ、それから、コックリさんって、
 10円玉使うじゃないですか」 「はい」 「神職の保護者の方は、それも持って
 いかれたんです」 「で?」 「神社に着いて、2人の子を社殿に上げ・・・」
「お祓いをしたんですか」 「はい、台にのせた小さな丸い鏡を持ち出されて、
 2人の子に、そのまわりをぐるぐる廻るように言ったんです」 「ははあ、で?」
「それで、祝詞を唱えながら、その子らは廻ってたんですが、それがだんだん早くなって、
 唱え終わったときに、目が回ってた2人に鏡を見なさい、って言って」

「で?」 「2人がかわるがわる鏡を見まして・・・そしたら元に戻ってたんです。
 あ、私が私だ、って言ってましたから」 「うーん、で?」
「それからね、神職の保護者の方には、校長ともどもずいぶん叱られました。
 まあしかたがないです。目の届かなかった私の落ち度ですから」
「なるほどねえ、それで?」 「学校では当然、コックリさんは禁止です。
 アンケートをとってみると、他にも、たくさんやってた子がいたみたいで、
 近隣の学校もほとんどが校則で禁止になりましたよ」 「その後は?」
「その2人は特におかしなこともなく、どちらも高校に進学しました。 
 あ、それから、コックリさんに使った10円玉、それは最後に神職の保護者の方が、
 神社のお賽銭箱に投げ込んだんですが、そのとき、空中で白い煙が上がったんです」
「うーん、さすがプロですねえ。貴重なお話、ありがとうございました」
 







「腸脳相関」って何?

2018.04.25 (Wed)


今回はこのお題でいきます。以前に「腸内フローラ」について書いていて、
その続きのような内容です。少し前までは、
腸内細菌なんてほとんど注目されていませんでしたが、
だんだんに、腸と脳が密接な関係にあること。
そして、その関係には腸内細菌が深く関わっていることがわかってきて、
医学・生理学の最前線といえる分野になりつつあるんです。

日本では、昔から「腹の虫がおさまらない」という慣用句があり、
「しゃくにさわって怒りが収まらない」という状態を表しています。
これ、じつはかなりの部分が正しかったんですね。人間の感情や思考は、
「腹の虫」である腸内細菌が操っているとまで言えそうなんです。

さて、まず、腸と脳を比べて、どちらが第一義的な器官かを考えると、
これは腸と答える生物学者が多いでしょう。人間が進化の過程で、
脳の構造を複雑化させる以前には、腸が体を支配していたのではないか、
と思われるフシがいくつもあるんですね。

例えば、原始的な生物であるミミズは、体が一本の腸管でできています。
頭のほうには、小さな神経のかたまりがありますが、
脳と呼べるほどのものではありません。このミミズの場合、腸のほうから、
「食物をとれ」という司令が出されているようなんです。
もちろん、ミミズの腸内には細菌がすんでいます。

ここまで読まれて、どうせミミズなんて下等な生物での話だろ、
と思われるかもしれませんが、腸内細菌が性格や思考に影響を与えることは、
実験用マウスによっても確かめられています。
完全な無菌環境で飼育した無菌マウスは、警戒心が薄く、危険で大胆な行動を
平気でとる一方、性質が不安定なことが知られています。

実験用マウス


この無菌マウスを、通常の環境で飼育した腸内細菌を持ったマウスと
比較すると、神経伝達物質のドーパミンが2倍以上も多く検出されました。
ドーパミンは「やる気ホルモン」とも言われ、生存に欠かせないものですが、
過剰に生産されると、統合失調症の引き金になると言われます。
そのドーパミンの腸内での生産量を、腸内細菌が調節していたんですね。

さらに驚くべきことに、腸内細菌を持ったマウスを、
社交的な性格のグループと非社交的なグループとに分け、一匹一匹の
腸内細菌を入れ替えてみると、なんと、その性質が一定期間で
ほぼ完全に入れ替わってしまったんです。
これ、本当だとすれば、すごい話だと思いませんか。

では、人間ではどうでしょう。昨年、UCLAの消化器病専門医である
キルステン・ティリッシュ博士とそのチームは、18歳から55歳までの
健康な女性40人から採取した便をサンプルとした腸内細菌組成から、
被検者を2つのグループに分類しました。

一つは、バクテロイデスと呼ばれる細菌属が腸内に豊富にいるグループ。
もう一方はプロボテラと呼ばれる細菌群が腸内に豊富にいるグループです。
そして、それぞれのグループに、ネガティブ、ポジティブ、その中間
の画像を見せ、同時に脳内の血流をMRIでスキャンしました。

すると、ネガティブな感情を誘発するようなイメージを見せられたとき、
プロボテラが豊富なグループの被検者は、バクテロイデスが
豊富なグループの被検者より、脳の海馬の活性度が低く、
イメージを見ることによって、不安やストレスなどを抱きやすい
ということが判明したんですね。



それだけではなく、脳自体の構造が2つのグループで異なっていたんです。
バクテロイデスが豊富なグループの被検者の脳は、
前頭皮質と島皮質に厚い灰白質が見られ、
記憶をつかさどる海馬の領域も大きくなっていました。

一方、プロボテラが豊富なグループの被検者の脳では、注意力や感情、
感覚をつかさどる領域の脳内ネットワークが、
バクテロイデスが豊富なグループの被検者の脳より活発だったんです。
これは、腸内細菌が、宿主である人間の脳の構造をつくり変えている
と言ってもいいのかもしれません。

とすると、将来的には、もし活発で社交的な性格になりたければ、
この種の腸内細菌を導入するとか、近々大きな仕事があるので、
ストレスに負けない状態にするため、腸内のこの細菌を増やそうとか、
そういうことができるようになる可能性があるんです。

さてさて、腸内にいる細菌の種類によって、脳の構造までが違ってくるというのは、
少し怖いような気もします。人間一人一人の性格に違いがあるのは、
親から受け継いだ遺伝的な影響が大きいんでしょうが、
腸内細菌もそれに一役買っているみたいなんですね。



まるで、人間ガンダムを、操縦者である腸内細菌が運転してるみたいです。
ということで、この話を知ってから、自分はできるだけ腸内の状態に
気を使うようにしています。どのくらい効果があるのかわかりませんが、
市販されているその手の飲料なんかも積極的に飲むようにしてるんです。
では、今回はこのへんで。

関連記事 『腸内のお花畑』





ブラックジョークについて

2018.04.24 (Tue)


今回はこのお話ですが、これ、けっこう危険な要素をはらんでるんですよね。
ブラックジョークについて、Wikiを引いてみると
「倫理的に避けられるタブー(生死・差別・偏見・政治など)についての
風刺的な描写や、ネガティブ・グロテスクな内容を含んだジョーク・コメディ・
ユーモアを指す言葉である。」
こんなふうに出てきます。
「黒い笑い」と訳されることもあります。

1935年、フランスの詩人、シュールレアリストであるアンドレ・ブルトンが。
「ブラック・ユーモア」という言葉を使って、上記したような笑いを分類した
のが始まりとされているようです。でも、このブルトンが言ったような
意味でのブラックユーモアは、おそらく今の日本では無理だと思います。

例えばの話ですが、「障害」や「部落差別」なんかを題材にして、
戯画化した話を書けば、現代の日本では雨あられと抗議がくると思うんです。
世間からの批判にさらされ、ブログだと炎上するかもしれません。
いわゆる「良識」が幅を利かせる社会なんですね。

日本人は真面目なので、笑いをとるために、
世間的にタブーとされていることをテーマにして書くと、
「面白ければ何をやってもいいのか」と言われてしまいます。
このことは、筒井康隆氏のエッセイに出てきていて、
筒井氏は、初期には、エロ・グロ・ナンセンスで売り出したんですが、
ずいぶん悩んでいた様子がうかがえます。

Wikiの記述にある「風刺」という言葉も、誤解を招く一因かもしれません。
日本だと、風刺といえば「今の政治のあり方を風刺する」みたいに、
正しくないもの、矛盾を含んだものを嘲笑し、それを阻止する、
あるいは変化させるためにあると考えられる傾向があります。

ですから、最初から、悪ふざけ、悪趣味、弱者をいたぶる・・・
などの目的で書かれた話は、「なんだよ、このトンデモない内容は」
となってしまいます。でもまあ、しかたがないんでしょう。
これは世の中の流れで、「表現の自由」で済まされなくなってきています。

さて、じゃあ自分が考えるブラックユーモアはどんなものかいうと、
そうですね、「ダーウイン賞 Darwin awards」なんかがわりと近いんじゃないかと
思います。これは、進化論の始祖であるチャールズ・ダーウインにちなんで
設けられた、インターネット上の架空の賞です。



1985年頃から始まり、1994年度から毎年、受賞者が発表されています。
もちろんジョークなので、勝手に発表するだけで、
記念のメダルとか賞金があるわけではありません。
複数のサイトでやってるんですが、最も有名なのが、ダーウィン賞に関する
本を書いている、ウェンディー・ノースカットという女性が管理しているサイトです。

ダーウイン賞の受賞資格としては、まず「子孫がいない」ということが
絶対条件です。そして、受賞対象者は死ぬか、生殖機能を失わなければなりません。
さらに、それが自殺であってはならないんですね。
また、精神異常や、薬物乱用の状態で行われてもいけません。

つまり、自分が原因で愚かな死に方をした、子孫のない人に与えられる賞なわけです。
受賞の理由はもちろん、「ダメダメな人間が、自分の劣った遺伝子を残さなかった
ことによって、人類の進化に貢献した」ためということです。このあたりが、
まさにブラックですね。では、どんな人が受賞しているか見てみましょう。

・1994年「乗用車にジェット推進機を装着し、高速道路を走行したところ車が離陸し、
 高さ約38メートルの崖の壁面に激突して亡くなったアメリカ人男性」
・1996年「友人らの前で、男らしさを誇示しようとしてチェーンソーを
 振り回し、自らの頸動脈を切断して亡くなったポーランド人男性」

・1999年「シャチと泳ごうと夜中に水族館のプールに忍び込み、
 水中に引きずり込まて溺死したアメリカ人男性」
・同年「夏時間と通常時間を取り違えて時限爆弾の時間を設定し、
 運搬中に爆死した3人のパレスチナ人男性」

・2001年「呪術的なローションを2週間使用した後、
 不死身になったことを確認するため友人に自らを撃たせ死亡したガーナ人男性」
・2005年「自分が指揮する隊に、急襲訓練を行うことを個人的に思い立ち、
 銃剣を手に隊員を襲撃し、驚いた隊員に射殺されたスイス陸軍の中尉」

こんな感じです。もっと知りたい方はWikiを参照してみてください。
ちなみに、昨年度の受賞は、「プロフ画像を撮影しようと、滑走路上で自撮りを
 していた2人のメキシコ人女性。着陸する小型機に気づかずにいたため、
 その翼に頭を強く打たれ死亡(ダブル受賞)」

さてさて、ということで、ブラックユーモアは「不謹慎」だからこそ面白いんですね。
それを「不謹慎だからダメだ」と批判されても、どうしようもないわけです。
このあたりは人間的な性向の違いで、両者が相容れるということはないんでしょう。
あと、日本だと、ダーウイン賞に近いのが「変態番付」かもしれません。
右にリンクを貼っておきます。では、今回はこのへんで。  「変態番付」








フィルム写真の話

2018.04.23 (Mon)
これ、前にも書いたんですが、アナログのフィルム写真から、
デジタル写真に変わって、失敗した写真というのが、ひじょうに少なくなりました。
そうですよね。フィルム写真には手ぶれ修正機能なんてなかったですし、
撮影時、フィルムの保管時、現像時と、それぞれに事故が起きる
可能性があったわけですから。フィルムが何らかの原因で感光してしまって、
できあがった写真に赤い光の筋が写り込んでいたりすると、
龍神様が写っているなんて言う人もいました。
その点、デジタル写真は、誰が写してもそこそこのものが撮れますし、
プリントアウトも自宅でできます。さまざまな画像加工ソフトも出回ってるので、
修正なども簡単に行なえますし、心霊写真をつくるのも難しくはありません。
今回ご紹介するのは、フィルム写真時代のちょっと信じがたいお話、2つです。

象の写真

少し前のことになりますが、自分(bigbossman)のところに、1枚の奇妙な写真が
持ち込まれました。持ってきたのはTさんという、当時20代の、
食品会社に勤務される女性でした。「この写真なんです。何に見えますか?」
「・・・象ですかね。象を正面から写したもの・・・でも、象にしては
 なんか顔が細長いですねえ」 「ですよね。誰が見ても象なんだけど、
 もとは女性の写真だったって言えば信じてもらえますか?」 
「うーん、どういう意味ですか? うかがいましょう」
「この写真、もともとは、私の叔母さんが写ってたんです。叔母さんは、
 大学時代に学生運動をやってまして、卒業後は一般会社に就職せず、
 今でいうNPOを立ち上げたんです。途上国の人権問題に関する」
「それはすごいですね」 「ええ、その頃は私はまだ、中学生だったんですけど、

 とにかく格好がよくて、あこがれの叔母さんだったんですよ」 「はい」
「それで、その写真は、叔母さんがインドにいたときに送ってくれたものなんです」
「そういえば、背景はインドっぽい気もしますね」 「ヴァラナシというところだそうです」
「ああ、行ったことがあります。で?」 「私に航空便で送られてきたんですが、
 そのときは叔母さんが一人で写ってたんです」 「ちょっと信じがたいですね。
 その写真が、いつのまにか象に変化してしまったってこと?」 「はい」
「うーん」 「叔母さんはインドに3年いまして、まだ向こうでの事業は途中だった
 みたいですけど、帰国してきて、私の家に寄ったんです」 「はい」
「叔母さんを見て、すごく痩せてて驚いたんです」 「ああ、向こうは水が悪いですし、
 食べ物が合わなかったりして、体調を崩す人は多いですよ」
「ええ、でも、叔母さんは肌もすごく荒れてて、片足を引きずってたし」

「はい」 「それで、私の家にはちょっとだけいて、すぐに病院に入院したんですが、
 そのときに、向こうの神様とアヤがついた、って言ってたんです」
「アヤがついた?」 「ええ、意味がわからなかったです」
「うーん、アヤがつくってのは、ふつうは、何かトラブルが起きたって意味ですよね。
 で、どうなりました?」 「1ヶ月ほど入院して、体調はだいぶ持ち直しましてので、
 大阪市内に部屋を借りて住んでたんです」 「はい」
「叔母さんは私の母の妹なので、母のところにはたまに電話がかかってきました。
 週に1回くらいなんですが、その内容が変だったんです」 「どんな?」
「象が来る、象が罰を与えに来る、みたいな」 「ははあ罰ですか、で?」
「叔母さん、仕事はしないで部屋に引きこもってたみたいで、
 母が心配して、様子を見に行かなきゃ、精神科の病院に連れていかなきゃ

 って言ってたんです」 「はい」 「それが、ある日の夜中です。
 叔母さんから電話がきて、今夜、象が来る、私はもうダメ、
 逃げ切れないって」 「で?」 「それで、母もただごとでないと思って、
 社会人になってた兄を連れて叔母さんの部屋に様子を見に行ったんです」 「はい」
「そしたら、電話の直後に地震があったんです」 「で?」
「その地震は大きいものじゃなく、震度2くらいだったはずですけど、
 母が叔母さんの部屋についたとき、叔母さんはクローゼットの下敷きになって
 死んでたんです」 「その地震で倒れたってことですか?」 
「たぶんそうだと思います。でも、そのクローゼット、プラスチックのパイプと
 ビニールでできてて、そんな重いものじゃなかったんです」 「はい」
「なのに、叔母さんの死因は胸部圧迫で、両方の肺がつぶれてて、

 肋骨もほとんど折れてたっていうんです」 「・・・・」
「これ、救急車で運ばれた病院でも不思議だったみたいで、
 司法解剖に回されたんです。でも、他におかしなところはなくて、やっぱり
 地震の被害で亡くなったってことになって」 「はい」 「私は病院などには
 行かなかったんですが、帰ってきた母が、医者が、まるで象に踏まれたみたいだ、
 って言ってたって」 「うーん、不思議な話ですねえ。で、この写真は?」
「アルバムに入れてたんですが、叔母さんの葬式のとき、遺影にならないかと
 思って出してみたら、こうなってたんですよ」 「何かの勘違いじゃなくて?」
「だってそのアルバムは家族以外さわらないし、象の写真にすり替えるなんて
 ありえないし」 「そうですよねえ。これ、耳が小さいからインドゾウですね。
 それと牙が一本欠けてる。自分が預からせてもらってもいいですか?」 「お願いします」

心霊スポットの写真

自分の大学の後輩のUさんという男性に相談を持ちかけられました。
Uさんは現在、外資系の商社マンとして働いていて、1年の半分は海外出張です。
「bigbossmanさん、オカルトに詳しかったですよね」 「まあね」
「見てもらいたい写真があるんですけど」 「心霊写真?」
「そんなもんです」 「どれ」 そこで手渡されたのは、夜のトンネルらしき
 ところの前で、4人の男性が並んで写ってる写真で、その中にはUさんもいました。
 フィルム写真らしく、写りはよくなかったですね。
「これは?」 「俺が大学2年のときに、六甲のほうにある心霊スポットで
 写したもんです。長く忘れてたけど、たまたま机の中を片づけてたら出てきて」
「で?」 「これね、変なんですよ。そんときの写真は20枚くらいあったんですけど、
 これだけ4人で写ってて」 「それが?」

「心霊スポットには4人で出かけたんです」 「・・・てことは、これを写したのは?」
「それがわからないんです。他の写真は全部2人か3人で写ってて、
 これだけが4人」 「うーん、自動撮影したとか。じゃなきゃ、その場にいた人に
 シャッターを押してもらって、そのことを忘れてるだけだけとか」
「いや。それ、俺が買ったインスタントカメラで撮ったものだし、
 心霊スポットには俺ら以外に人はいなかったんです」 「そうだとすると変な話だね、
 たしかに」 「でしょう。それと、写ってる俺の足のとこ見てください」
「?」 「透けてるように見えませんか」 「うーん、暗くてよくわからないけど、
 そう言われれば、後ろにあるガードレールが見えてるような気もするなあ」
「それと、いちばん右のやつの頭も」 「ああ、ほんとだ。こっちのほうが
 はっきりしてる。たしかに後ろにあるはずの街灯が見えるね」

「で、怖いんですよ。これ、どうすればいいでしょうか?」 
「うーん、まず、誰も撮影者がいないはずの写真ってとこが不思議だよな。
 体が透けるのは、手ぶれなんかでたまにはあるけど。ここに写ってる
 お前以外の3人は事故にあったりしてないんだよな?」
「いや、そういうことがあれば連絡が来るはずだし、病気になったって話も聞いてないんで、
 みな健在なはずですよ」 「お前が大学時代のなら、もう10年以上もたってるよな。
 それで、何もないのなら大丈夫なんじゃないか。
 もし心配なら、この写真、俺が預かっておこうか」 「お願いします」
ということで、その写真はずっと自分が持ってたんですが、
それからさらに数年たって、もう存在も忘れてたんです。
その間、Uさんの身によくないことが起きたということもありません。

で、最近、身辺の整理をしてたときに、その写真を見つけまして。
ああ、こういうのも預かってたんだよな、と思いながら見直すと、
なんか写真全体が、前に見たときよりも明るくなってる気がしました。
まあ、それは自分の勘違いかもしれないし、経年劣化かもしれないんですが、
写ってるものが変だったんです。まずUさんの足が完全になくなってて、
腰から上が宙に浮いてるように見える。隣の人は両腕がないように見えるし、
その次は上半身がない、両足の上に空間があって、その上に腕と頭が浮いてる。
最後の右端の人は頭がない。前に見たときはうっすら透けてるくらいだった頭部が、
完全に消えてるんですね。さすがにタダゴトではないと思いましたが、
これで人数が合ったとも考えたんですね。ほら、その場にいるはずのない撮影者の
体のパーツがそろったんじゃないかって。でも、それも変な話ですよねえ。

関連記事 『心霊写真の現状』  『心霊写真作成の心理学』







風水とブルース・リー父子

2018.04.22 (Sun)
今回はこういうお題でいきます。まず、風水のほうから話しましょう。
風水をWikiで引くと、「古代中国の思想で、都市、住居、建物、墓などの
位置の吉凶禍福を決定するために用いられてきた、
気の流れを物の位置で制御する思想」
と出てきます。

風水羅盤


現代の日本でも、ネット上にはたくさん「風水」を取り上げたサイトがあり、
「家の部屋の間取りが悪い」とか「墓の場所が悪い」とか出てきますが、
どこまで風水を理解して書いてるのか、
疑問に思うような内容のものもけっこうあるんですね。

風水をきちんと理解するためには、古代中国の『葬書』などの文献を
読み込まないといけないんですが、これがえらく難しいシロモノで、
自分も読んだものの、いまだにちんぷんかんぷんです。
日本における風水は、「玄関は明るくする」とか「南側に窓をつくる」とか、
あたり前と言えばあたり前な、生活の知恵以上になっていない気がします。

では、中国が風水の本場で、偉い先生がたくさんいるかというと、
これがそうでもないんですね。ご存知のように、中国に伝わる古代思想は、
1966年からの、毛沢東の文化大革命によって壊滅的な打撃を受け、
そこからあんまり回復していないんです。

ですから、昔からの風水の形は、各地に散らばって生活している華僑の人たちに、
むしろ強く受け継がれているように思います。
文化大革命の影響を受けなかった香港には風水の専門学校がありますし、
大企業でも、風水師をアドバイザーとして雇っているところもあり、
風水が職業として成り立っているんです。

さて、ブルース・リーは、香港出身のアクション映画の俳優。
アメリカと香港の合作映画、『燃えよドラゴン』が公開され、
世界的に名声を得た1973年には、32歳ですでに亡くなっていました。
それがまた、彼の伝説性を高めたんですね。



ブルース・リーの死因は、脳浮腫となっています。
つまり脳が腫れ、脳幹が圧迫されて亡くなったわけですが、
では、脳浮腫になった原因はなにかというと、麻薬、痛み止め薬の乱用、
筋肉増強剤、脳腫瘍など、いろんな説が出されています。

中には暗殺説まであって、リーをアメリカに取られるのが嫌だった香港映画の
関係者がやったとか、逆に、東洋人の進出を防ぐために
ハリウッド映画の関係者がやったとか、相反する内容のものが
唱えられていますが、どれも憶測の域を出るものではありません。

さて、ブルース・リーは風水を信じていたのか。これはそうだと思います。
映画『燃えよドラゴン』の最後に出てくる、あの鏡の部屋や、
『死亡遊戯』で、悪役の親玉が、部屋にある水槽で飼っている海水魚の
ミノカサゴに餌を与えるシーンなど、風水の影響があちこちに見られます。
(水槽で赤い魚を飼うと縁起がよい)



リー自身も、風水師に観てもらって、場所が悪いので転居を考えていた、
という話もあります。その矢先に死亡してしまったというわけです。
遺作となった『死亡遊戯』には、映画の撮影にかこつけて、
実弾にすり替えた拳銃で、リーを暗殺しようとするシーンが出てきます。

で、ブルース・リーの長男で、同じアクションスターの道を歩んだ
ブランドン・リーが、リーの死から20年後に事故で亡くなりました。
『クロウ/飛翔伝説』という映画の撮影中、銃撃シーンで使われた拳銃に
なぜか実弾が入っており、それが腹部に命中してしまったんですね。

これはちょっとありえないような事故ですが、『クロウ/飛翔伝説』は
低予算映画で、銃器の専門家がスタッフにいなかったことが
原因としてあげられています。このとき、『死亡遊戯』の内容との
奇妙な暗合に気がついた人は多く、オカルトとして話題になりました。

さてさて、撮影の間、ブランドン・リーは、往年のハリウッドの名優
エロール・フリンが建てた豪邸に住んでいました。そこを訪れた知り合いの
香港の映画監督ロニー・ユーは、その家の家相が悪いことに気がついて、
転居を勧めましたが、ブランドン・リーは笑って、
まったく取り合わなかったそうです。

ということで、風水を信じていたと思われる父のブルース・リー、
信じていなかった息子のブランドン・リー、どちらも若くして
亡くなってしまったわけです。なかなか皮肉な話だと思います。
結局は、人のほうに、それを活かし役立てる姿勢がないとダメなんですね。
では、今回はこのへんで。







「怖い童話」について

2018.04.20 (Fri)


今回はこういうお題でいきますが、どれだけのことが書けるか、
あまり自信ないです。スルー推奨かもしれません。
さて、桐生操氏の『本当は恐ろしいグリム童話』など、西洋の童話の怖さに
焦点をあてた本が発刊され、童話の持つ怖さというのが知れ渡ってきました。
当ブログの裏テーマには、「恐怖の研究」があるので、
ここはさけて通るわけにはいきません。

たしかに、有名どころの「シンデレラ(灰かぶり姫)」なんかでも
怖いですよね。みなさん知っていると思うので、ここで詳しい筋は書きませんが、
物語の後半、王子が忘れられたガラスの靴の持ち主を探す段で、
シンデレラの義理の姉たちは、ガラスの靴に無理やり合わせようとして、
足の爪先や踵を切り落とします。ですが、靴下に血がにじんでバレてしまう。

さらに、シンデレラと王子の婚礼につき添った姉たちは、
鳩につつかれて目玉をくり抜かれてしまうんですね。ちなみに、
シンデレラの靴は、もともとはリスの毛皮(vair ヴェール 仏語)製
であったのが、転訛してガラス(verre ヴェール)になったという説があります。

ただ、元からガラスだったという説もあって、決着はついていません。
これ以外にも「白雪姫」や「ヘンゼルとグレーテル」なんかも怖い内容です。
では、どうして怖いのかというと、まず、もともとの話は「童話」ではなく
「民話 フォークロア」だったということがあげられるでしょう。

民話から、子ども向けの童話になる段階で、かなり毒が抜かれています。
グリム兄弟は、聞き書きで採集した民話をそのまま本にするのではなく、
性的な描写を取りのぞき、残酷な部分をおさえ、あと、実の母親を
継母に変えるなどして、内容を子ども向けに改変しました。

民話は、日本のものも怖いし、性的な部分も多いですよね。瓜子姫は、
あまのじゃくに裸にむかれて吊るされ、殺されてしまうバージョンがありますし、
カチカチ山では、爺が狸にだまされて「ばんば汁(婆を料理した汁)」
を食べさせられてしまいます。これをモチーフにした、曽野綾子氏の
『暗く長い冬』という恐怖小説の傑作があります。



また、柳田國男の『遠野物語』では、年寄りを山に追いやる「姥捨て」の話が
出てきますし、馬と娘が結婚する話なんかもあります。
娘の父親が怒って馬を殺し、その首を切ると、
馬の首は空に飛んでオシラサマになる。じゃあ、なんで民話は怖いんでしょうか?
いちおう三つの解答を用意してみました。

まず、一つには口承伝承であるということが大きいでしょう。
文字で書かれた原典がなく、口から口へと伝わってきた物語であるという点です。
つまり、話す人が自由に筋や細部を変えることができるわけです。
こうした場合、話の内容はどんどん過激になっていきやすいんですね。

識字率が低かった中世のヨーロッパで、物語のタネが、長い年月、
親から子へと伝えられていくうちに、極端な内容に変わっていく。
主人公の貧しい田舎娘は、王子に見初められて王妃になり、
悪役の継母などは、手ひどい罰を受けて苦しんだあげくに殺されてしまう。
そのほうが、語る側にも聞く側にもカタルシスが大きいからです。

二つ目としては、当時のヨーロッパを精神的に支配していた
キリスト教のらち外の話である、という点です。
厳しい戒律と道徳で信者を縛りつけるキリスト教の教えと教会の権威は、
民衆にとっては窮屈な面もあったんですね。しかし、魔女や魔法が登場する
民話の中では、自由に想像の羽を伸ばすことができます。

そこで、聖書の物語とは違った、残酷で卑猥な内容が盛り込まれて
いったんだと思います。押さえつけられていた土俗的な感情が、
民話の中では開放されているんでしょう。そういう意味では、
民話の研究というのは精神史的にも重要だと考えます。

三つ目として、昔は、死や血が身近なものであったことがあげられるでしょう。
これはヨーロッパでも日本でもそうでしたが、乳幼児の死亡率は高く、
10人の兄弟姉妹がいても、半数以上が子どものうちに死んでしまう
なんてことが珍しくはなかったんですね。

焼かれるペスト死者


ちょっと疫病の流行があれば、村人がバタバタ倒れ、
血膿にまみれて死んでいく。死体は山積みにされて焼かれる。
子どもを売る、間引きをする、そういうことが普通にある時代。
さらに、今のように肉がパック詰めされてスーパーで売られている
わけではなく、家族で動物を殺し、皮をはいで血を絞る・・・
民話は、そういう中でできていった物語なわけです。

さてさて、民話はなぜ怖いのかについて考えてきました。現代で生まれる
都市伝説(アーバン・フォークロア)なんかも、「テケテケ」とか
「カシマさん」とか、残酷で怖いものが多いですよね。時代が変わっても、
共通する点もあるんだと思います。ということで、今回はこのへんで。







中学校のイチョウの木の話

2018.04.20 (Fri)
TV番組制作会社に勤める知り合いから、奇妙な体験をしたというMさんという方を
紹介していただき、大阪市内にあるいつものホテルのバーでお会いしました。
時間ぴったりにやってきたMさんは、40代後半。
お仕事は食品加工会社を経営されている社長さんでした。
挨拶をし、Mさんはあまり強い洋酒は飲み慣れないということで、
ずっとビールをやりながらお話をうかがいました。
「私の出身の中学校に、この間行ったんですよ」 「はい」
「なんでかと言うと、いよいよ校舎が古くなって建て替えるって聞いたもので、
 最後に見に行こうかなんて柄にもなく考えまして」 「はい」
「でね、私は小さな会社をやってるんですが、これは親父が経営していた
 あとを継いだものです。ですから、ずっと地元の市に住んでるんです」 「はい」

「ちょうど1年前のことです。ゴールデンウイーク目前だったので、
 中学校のときの部活の仲間に連絡して、誘ってみたんです」
「何部だったんですか?」 「陸上部です。私は長距離をやってまして、県大会にも
 出たんですよ」 「ははあ。誘われたのは、やはり地元に住む方々ですか?」
「それが、地元にはあんまりいい就職先はないので、みな他のところに出てまして。
 でもね、今はネット社会ですから、その○○中学校の同窓会のホームページが
 あるんです。そこの掲示板で、○年卒の陸上部OBに呼びかけたら、
 3人から私のところに連絡がきました」 「はい」
「それぞれ別のところに住んでて仕事もバラバラですが、
 名前を見たら、すぐ顔が思い浮かびまして」 「はい」
「で、5月の1日に、取り壊される中学校の校舎をひと目見て、

 もし許可されるようなら中に入ってみないか。その後、どっかで一杯やって、
 思い出でも語ろうってメールを送りました」 「はい」
「でね、3人のうち2人は電車で来るってことで、駅まで迎えに行きました。
 もう一人は、直接車で中学校まで行くって言ってたので、
 現地で待ち合わせをしたんです」 「で、お会いできたと」
「そうです。ただ、残念なことに、教育委員会に問い合わせてみたら、
 建て替えはするけれど、最初にグランドをつぶしてそこに校舎を建て、
 それができてから今の校舎を解体するってことだったんです」
「ああ、今 現役の中学生がいるから、そうするんでしょうね」
「ええ、教育委員会からは、授業参観を申し込みますかって聞かれたけど
 そこまですることもないと思って、それは断ったんです」 「はい」

「でね、当日、駅から2人を私の車に乗せて中学校に回ってみると、
 もう一人はすでに来てて、学校のフェンスの外からグランドを見てたんです」
「はい」 「みなで懐かしいなあって言いながら、工事前のグランドをながめて」
「陸上部ならそうでしょうね」 「ええ、当時とほとんど変わってなかったですから」
「で?」 「それからフェンスの周りをぐるっと歩いて、野球部のバックネット裏
 まで来ました。そこは練習試合なんかを父兄が応援できるよう
 フェンスが途切れてて、中に入れるんです」 「はい」
「で、そこに大きなイチョウの木がありまして、広い木陰をつくってました」
「はい」 「それを見て、仲間の一人が、ああ、あのイチョウの木、
 言い伝えみたいなのがあったよなって言い出して」 「はい」
「大人2人が手をつないでもあまるくらいの大木なんです。

 それをカップルになった男女の生徒がいっしょに回ると、
 同じ高校に行けるって話があったのを思い出して」 「Mさんもやられたんですか?」
「いえ、私はとにかくモテませんでしたので、縁なしでした」 「ははあ」
「仲間が入ってみようって言ったんで、そのイチョウの木の下まで行きました。
 で、一人が、グランドに新校舎を建てるんなら、この木も伐られるんだろうか、
 もったいないよなあ、って言って」 「はい」 「木の近くに寄って、
 幹に手を触れてみたら温かい感じがしました」 「で?」
「でも、その日は天気がよかったですから、日に照らされたせいだと思いました」
「はい」 「木の周りをまわると、別の一人が、ここになんか彫ってあるぞ、
 って言ったんです」 「何と?」 「幹の下のほう、しゃがまないと
 気がつかないような場所に、幹に右手を触れたまま3周回る、けして手を離さない、

 って縦に彫られてたんです。古いものらしく、字は樹液で埋まって黒ずんでました」
「うーん、Mさんが中学校の頃からあったものでしょうか?」
「それはわかんないです」 「あ、すみません、続けてください」
「でね、じゃあこれ、書かれてるとおりにやってみようかってなって、
 いい年をしたオッサンが4人、幹をぐるっと囲んで、手を木肌につけたまま、
 ゆっくりぐるぐる回り始めて」 「はい」 「で、3周目に入ったとき、
 風もなかったのに、木の上のほうの枝がザワザワ揺れだしまして、
 度の合わないメガネをかけたように景色がゆがんで、でね、声が聞こえてきたんです」
「どんな?」 「野球部の練習のときのかけ声ですよ、ばっちこ~いとかいう」
「で?」 「バックネットの網目から、野球部の中学生が練習してるのが
 見えました。その向こうには、一団になって走ってる陸上部も」

「ははあ」 「でね、その着てる体操着が古くさいんですよ。
 ちょうど私が中学校のときに着てたやつだったんです」 「で?」
「これ、うまく口で説明できないんですが、あのときの何とも言えない懐かしい感じ。
 時代が一気に遡った気がしました」 「ちょっと待ってください。
 その野球部や陸上部の中に、見知った顔はあったんですか?」
「それがね、今、ホームページに写真を載せるとき、個人が特定できないように
 顔をボカすきゃないですか。あんな感じでピンボケになってて、
 よくわからなかったんです」 「で?」 
「思わず木の幹から手を離して、そっちに駆けていきそうになりましたが、
 それはしませんでした。何となくそうしてはいけない気がしたんです」
「ああ、木の幹に彫ってあった言葉ですね」 

「そうですけど、それはそんなに意識はしなかったです」
「どのくらい見てたんですか?」 「いくら太いったって、木の幹を回るんだから
 数秒ですよ」 「で?」 「3周回ってから手を離しました。そしたら、
 皆が口々に、今 変なもの見えたよなって言い出しまして」 「はい」
「中学校の昔の様子が見えた、グランドで練習してる昔の生徒が見えたって」
「はい」 「でもね、すぐに異変に気がつきました」 「どんな?」
「一人いなかったんです。4人で回ったのに、立そこにいるのは3人だけ」
「で?」 「もちろん探しましたよ。お~い、ふざけるな、とか言って。
 でも、どこにも姿が見えなくて」 「で?」
「考えてみれば、そんな姿を隠すヒマなんてなかったんです。太い幹でも、
 大人4人で回ってるんですから、前のやつの背中が見えるわけだし」

「どうなりました?」 「いや、スマホに連絡を入れても圏外になってたし、
 自宅に電話しても誰も出ない・・・でね、そのまま行方不明になっちゃったんです」
「うーん、で?」 「そのとき集まった仲間は近況報告とかしてなかったんですが、
 後でわかったのは、その消えた一人は運送会社勤務だったのが、
 飲酒して大きな事故を起こして解雇され、奥さんと離婚してるってことで」
「はい」 「一人暮らしで求職中だったみたいです。ですから、
 捜索願いは、そいつの実家に連絡して出してもらったんですよ」
「見つかったんですか?」 「いえ、もう1年になりますが、手がかりはまったくなし」
「うーん、その方、もしかして回ってる最中に幹から手を離しちゃった?」
「やっぱりそう考えますよね。私もそう思いましたが、それはさすがに
 警察などには話していません。でも、残りの2人も同じ考えです。

 あのとき、みなが、グランドの中に走っていきたいって気になったと
 言いましたから」 「うーん、で?」 「いやまあ、私に関する話はこれだけです。
 後で、中学校の卒業アルバムを見ましたが、いなくなったやつはクラス写真でも、
 部活のでも、生真面目な顔で前を見つめてるだけで」 
「・・・もし、中学校時代に戻ったとして、そこには中学生の自分がいるはずですよね」
「そうですよねえ」 「・・・・いや、貴重なお話、ありがとうございました。
 そのイチョウの木はまだあるんですか?」 「それがやっぱり、新校舎の工事にかかって
 切り倒されちゃったんです。でね、私は地元だからわかりますが、
 そのときに事故が起きてるんです」 「工事の方が亡くなった?」 「いえ、軽症でした。
 でも、建設会社の社長が、まだ若いのに工事の途中で急死して。
 脳出血だったみたいです。まあ、たまたまなんだろうと思いますけど・・・」




 
 


「心拍数一定説」って何?

2018.04.19 (Thu)
発汗は、今や健康や美容のトレンドになっている。
遠赤外線サウナからホットヨガまで、タオルが汗でびっしょりになる
アクティビティはリラクゼーション効果があるだけでなく、
体の毒素を排出して健康を保つとも言われている。

だが、汗をかいて毒素を排出するという説は、汗をかいて弾丸を搾り出す
というのと同じくらいありえない話であることが、
最新の研究で明らかになった。科学者たちも長年密かに疑っていたことだが、
汗と一緒に毒素も排出されるというのは、都市伝説に過ぎなかった。

汗の成分の大部分は水とミネラルだが、
様々な種類の有毒物質も含まれている。ただし、学術誌
「Environment International」に掲載された研究報告によれば、
その量はごくわずかだという。
(National Geographic)



今回は科学ニュースからの話題でいきます。みなさんは、
サウナはお好きでしょうか? 自分は年に数回、人に誘われたときに
行くくらいで、自分からすすんで行くということはないですね。
あの熱い中にずっといるのは、苦行という感じさえします。

さて、これは記事にあるとおりなんでしょうね。基本的に、人間が汗をかくのは、
気温が高いとき汗を出して、それが乾くときに、体から気化熱を奪って
体温を下げるためです。もちろん、汗にも、体に取り込んだ汚染物質や
老廃物は含まれていますが、その量はほんのわずかなんです。

特に、有害金属などは水に溶けにくく、脂肪に引き寄せられやすいので、
ほとんどが肝臓で処理されます。一説には、肝臓と腸によって
便として排泄されるのが75%、尿として出てくるのが20%。
汗によって排出されるのは1%程度で、
髪の毛になって排出?されるのとだいたい同じです。

上記の論文では、1日に45分間の激しい運動をしたとしても、
出てくる汗は2リットル程度。それだけの汗をかいても、
汚染物質は0、1ナノグラム以下しか含まれていないということです。
これは、普段の食生活で1日に体内に取り込む汚染物質のうち、
汗で出てくる量はたったの0、02%にしかならないんですね。

ですから、もしデトックスが目的なら、水をたくさん飲んで、
オシッコの回数を多くしたほうが、まだしも効果的なようなんです。
では、サウナには健康増進の効果はないのでしょうか?
検索してみると、サウナの最大の効用としては、

「身体が高温にさらされると、血管は拡張し心拍数が高くなる。
すると、体内をより多くの血が循環するので、筋肉に流れる血液も増える。
肩こりは、運動やストレスで筋肉が緊張し、血液が流れにくくなって生じるが、
サウナによってこれが改善できる。」こんなことが出てきています。

まあ、たしかにそれはそうでしょうが、これを読んで、
自分はふと別のことに思いあたりました。「心拍数一定説」です。
心拍というのは、心臓のドキンという鼓動のことですが、
人間ではだいたい、1分間に60~80回程度になります。

で、この心拍が、合計20億回~25億回を超えると、
そこで寿命が来てしまうという説があるんです。これは昔からありましたが、
日本で知られるようになったのは、生物学者の本川達雄氏が書いた新書、
『ゾウの時間ネズミの時間』で紹介されてからのことなんですね。

この本、自分も読みましたが、科学的に正しいかどうかはともかくとして、
名著だと思います。とにかく面白く読めますし、
生物学の楽しさに目を開かせていただきました。また、
物理学ではなかなかうまくあつかえていない「時間」についても、
じつに興味深い内容が載っています。

上記した「心拍数一定説」は、あらゆる動物に適用されます。
例えば、ネズミは体が小さく、寿命は数年しかありません。
ですが、心拍数は多くて、1分間に400回もあるのだそうです。
そして、その心拍回数が20数億回を超えたときに生物としての寿命がくる。



人間はだいたい1秒に1回心拍がありますが、ネコで0、3秒、ウマで2秒、
ゾウだと3秒に1回です。象の平均寿命は100年近くあります。
つまり、体が大きい動物ほど心拍がゆっくりで、寿命が長い。
でも、どんな動物も、心拍20億回~25億回が寿命の限界。

で、その生物の心拍数によって流れている時間が違う、と本川氏は説きます。
これはもちろん、物理的な時間ではなくて、生物的な体感時間のことです。
ネズミの寿命は、象の寿命の50分の1ほどですが、
その分、ネズミの時間はゆっくりと流れている。

ネズミの意識を可視化できるわけではないので、
本当にそうなのかはわかりませんが、納得できる気はしますね。
ネズミの小さな脳の中を、血流がものすごい速さでかけめぐっているので、
情報の処理速度が速くなり、それに比例して、時間がゆっくりに感じられる。

われわれが、体が小さい子どものときには、
1年間というのは長い長い時間に感じられましたが、
年をとってくるとあっという間に過ぎていきますよね。
これと似た部分があるのかもしれません

さてさて、サウナの話に戻って、入っているときには確実に心拍数が上がります。
これは激しい運動をする場合でも同じですね。ということは、
20数億回の限りある心拍数を、浪費しているということにならないでしょうか。
まあでも、365日、毎日サウナに数時間入っている
なんて人もいないでしょうから、そんなに心配することもないんでしょう。

最後に、「心拍数一定説」について、生物学者では肯定的な意見の人が
多いようですが、心臓外科医など、医学界には否定的な意見もあります。
ですので、必ずしも確定された説というわけではないことを
お断りしておきます。では、今回はこのへんで。

関連記事 『ゆっくりな世界』








地獄と抗癌剤の話

2018.04.18 (Wed)
自分(bigbossman)は、旅行雑誌に、神社仏閣についての雑文を書いてますが、
その関係で、インドの仏教遺跡にツアーで行ったことがあります。
団体は、自分をのぞいてみな僧侶の方々でしたが、
そのときの行きの飛行機の中で、親しくなったご住職にうかがった話がこれです。
「あの、自分は地獄絵に興味があって、あちこちのお寺で
 拝観させていただいてるんですが、地獄や極楽って、本当にあるものなんですか?」
まだ40代に見えるご住職は笑って、「いやいや、私らの宗派では、 
 地獄や極楽があるという教えはございません。お釈迦様は、この世界を統べる
 法をお説きになったのであって、目に見えない場所の話はなさりませんでした」
「そうですよね。でも、昔からその手の話ってあるじゃないですか。
 悪行を行えば地獄に堕ちる、善行を積めば極楽に行けるって」

「それは・・・方便ですね」 「ああ、嘘も方便の方便ですか。
 じゃあ、地獄や極楽なんてものはない?」 
「はい。火宅の例えってご存知ですか?」
「いえ、不勉強で知りません」 「これは法華経に出てくる例え話の一つで、
 ある長者の屋敷が家事になりました。ですが、屋敷は広いので、
 誰も火事に気がつかない」 「はい」 「外に出た長者は、
 煙を見て火事とわかったんですが、屋敷の中では子どもたちが夢中になって
 遊んでいて、長者が出てくるように叫んでも誰も出てこない」 「はい」
「そこで長者は、外にいいものがあるぞ、出てきたらお前たちに、
 羊の車、鹿の車、牛の車をあげよう、と呼びかけた」 「はい」
「それにつられて出てきた子どもたちは、火事から逃れて命を助かり、

 そこで長者は子どもたちに、もっと立派な車を与えた」
「うーん、どういう意味ですか?」 「子どもたちというのが、衆生、
 つまり一般の人々です。夢中になって生きている人々は、なかなか仏の教えに
 出会う機縁がない。そこで、羊の車などで釣って外に出てこさせる」
「ああ、わかってきました。それが地獄や極楽ってわけですね」
「そうです。そして出てきた子どもたちに与えた、もっと立派な車が
 真の御仏の教えということなんです」 「なるほど、縁なき衆生は度し難しって
 やつですね。勉強になりました」その後、10日ほどかけて仏跡を見て回り、
帰りの飛行機で、またそのご住職といっしょになりました。そこで、
「こんなことを聞いてはなんですが、自分は怖い話をブログに書いてまして、
 ずっとお寺さんで生活してて、何か怖い話なんてありましたか?」

これを聞いて、ご住職はちょっと困った顔をされたんですが、少し考えて、
「うん、じゃあこの話をしましょう。私の父、先代の住職なんですが、
 4年前に、60代の後半で亡くなってるんです」 「はい」
「それが、肝臓癌だったんです。ほら、私らは会社勤めの方とは違って、
 どうしても健康診断などはおろそかになってしまいまして」
「そうでしょうね」 「父も、自覚症状が出て病院に行ったときには、
 すでにお腹の中全体に癌が広がってて手術不能、余命1年と宣告されたんです」
「・・・・」 「父は僧侶ですから、たくさんの人の死を見てきましたし、
 寺のほうは、まだまだ未熟者ですが、私という跡とりもいる」 「はい」
「だから、気持ちの動揺はないつもりだったと言ってました」 「はい」
「それで、病院のほうからは抗癌剤治療を勧められたんです」 「はい」

「でも、抗癌剤って評判がよくないじゃないですか。
 たしかに数ヶ月の延命にはなる場合が多いけれど、その間、
 副作用で日常の生活に大きな影響をきたすって」 「そう聞きますね」
「ですから、これから亡くなるまで、しっかり勤行をしようと考えて、
 いったんは断ったんです。けど、あまり医者のほうで勧めるので、
 1回だけやってみて、副作用がひどいようなら、それでやめようって考えました」
「ああ、はい」 「でね、やってみたら、やっぱり強い副作用が出たんです。
 まあ坊主ですから、髪が抜けるのはかまわないでしょうが、
 味覚障害と、知覚障害っていうんですか、水を飲んでも泥のような味がするし、
 指差がしびれてうまく物がつかめない。それで、お勤めにも差し障りがでるので、
 外来の2回目の抗癌剤投与のときに、もう断ろうと考えて病院に出かけたんです」

「はい」 「父は気丈な人でしたから、私が送ろうと言っても、
 一人でタクシーで行きました」 「はい」
「で、まず血液検査と医師の診断がありますから、待合室の長椅子で待っていると、
 だんだん気分が悪くなってきました。それで目を閉じ、しばらくして目を開けると、
 目の前に大坊主がいたそうです」 「おおぼうず?」
「ええ、父の話では、袈裟を着て、髭剃り跡の青々とした、まだ若い坊主だった
 そうですが、背が高く、病院の天井に頭が着きそうだったと」
「うーん、で?」 「その坊主は、父の前でかがみこむと、
 こうささやいてきたそうです」 「何と?」 
「お前は長い間よくよく修行を積んで、見上げた徳の高さになった。
 それで、このたびは特別に命を助けることになった、って」 「で?」 

「父が、どう答えていいかわからずに黙っていると、大坊主は、
 ただし命の数は決まっているものだから、お前が助かるかわりに、
 別の命を持っていかなくてはならん」こう言ったんだそうです。
「うーん、身代わりってことですか」 「そういう意味だったようです。
 なおも父が黙っていると、大坊主は、もうあまり時間がないのだ、
 どうだ、お前の代わりになる命をこの場で選ぶことにしよう」
 そう、ささやくように言ってきたんだそうです。」 「・・・・」
「待合室は、いくつかの診療科が隣接していて、数十人の患者がいたそうですが、
 平日の午後ですから、ほとんどが父より上の年寄りばかりで」 「で?」
「父は黙ったままでした。この、今 見ている大坊主は、抗癌剤の副作用で
 出てきた幻覚に違いない、でなければ、自分が無意識に死を怖れてるのだろう、

 そう考えて、相手にしないようにしてたのだそうです」 「で?」
「すると大坊主は、いらだった声で、早くせねば、もう時間がないのだ、
 閻魔様の帳簿を書きかえるのは手間もかかる。早く選べ、早く身代わりを選べって」
「で?」 「父がなおも黙っていると、大坊主の声が変わって、
 はしゃぐような調子で、あれなどはどうだ、そう言って通路のほうを指さしたんだ
 そうです」 「で?」 「その大学病院には産科もありまして、
 大坊主の指さした先には、若い母親が押しているベビーカーが」
「う」 「生まれて1ヶ月ほどの赤ちゃんが、すやすやと眠っていたそうです」
「うう」 「父は、大坊主に向かって一言、去りなさいって言ったんです」
「・・・・」 「すると一瞬で大坊主の姿はかき消え、父は座ってた長椅子から
 前のめりに倒れまして」 「で?」

「他の患者さんが受付に知らせて、父は応急処置を受けてその場は回復しました。
 で、2回目からの抗癌剤投与を断って帰ってきたんです」
「で?」 「父の寿命はそれから4ヶ月でした。最後の最後まで勤行をして、
 死の2週間前に緩和病棟に入りまして、そこで亡くなりました」
「・・・・」 「父は、亡くなる数日前、まだ意識があったときに、
 私にこの話をしてくれまして。あのとき病院で出てきた大坊主は、
 抗癌剤の影響もあるのだろうが、おおかたは自分の心の迷いなのだろうって」
「はい」 「もしあのとき、自分の代わりに持っていかれる命を指名していたら
 どうなっていたんだろう、それこそ地獄に落ちたんじゃないか。
 あんなものを見るようじゃ、自分では修行を積んだつもりでも、
 まだまだ足りていなかったんだな、ってね」

「・・・でも、地獄や極楽は存在しないんじゃなかったんですか?」
「ええ、場所としての地獄や極楽はありません。ですが、心のあり方としての
 地獄はあるんです。俗に、生き地獄って言いますでしょう」 「はい」
「天道、餓鬼道、畜生道、修羅道、地獄道などの六道は、この世での心の
 在り方のことを指すんです。例えば、お金がほしくてほしくてしかたがない、
 いくら資産家になっても、もっともっとほしい、こういうのは、
 生きながら餓鬼道に堕ちているということなんです」
「うーん、勉強になりました。ところで、この話、お名前は出しませんので、
 ブログに書いてもいいでしょうか」 「ええ、かまいませんですよ」
「それと・・・もう一つ、もしご住職がお父上の立場で、自分の身代わりを
 求められたら、どうされましたか?」 「それは、もちろん・・・」



 

 


巨人の骨と陰謀論

2018.04.17 (Tue)
今回はオカルト論です。さて、どっから書いていきましょうかね。
まず、「 巨人 骨 」で検索すると、下のような画像がたくさん出てきます。
みなさん、これどう思われますでしょうか? ほとんどの方は、
「嘘くさい」 「作りものだろう」と考えられるんじゃないでしょうか。

世界で発見される巨人の骨
名称未設定 4

まあ、そうですよね。こんな発見があったら、世界が大騒ぎになってるはずです。
ほとんどのものがフェイクなのは間違いないでしょう。
では、なぜ、こういう画像が出てくるのか? 
一つには、技術的に作りやすいからということがあると思います。

画像加工をやったことがある方ならわかると思いますが、
背景が土や砂になってる場合は、たいへん加工が楽なんです。
建物などの人工物である場合に比べて、
土はいろんな大きさのものが混ざってますし、
粒子が荒く、加工してもあまり不自然さが感じられないんですね。

さて、では、これらの中に「ホンモノ」はまったくないのでしょうか?
もし、ホンモノがあったとして、それらはどこにいってしまったのでしょうか?
当然、そういう疑問があるはずですが、ここで出てくるのが、
「陰謀論」なんです。次の例で考えてみましょう。

下の画像は、2008年6月14日の、岩手・宮城内陸地震で、
一ノ関の崩れた崖をテレビが報道したものとされます。
なんと、崖の部分に巨人らしい人骨が写っています。ところが、同じ映像が
次に放映されたときには、巨人の骨はきれいさっぱりなくなっていました。

加工前→加工後??


で、このことに関して、次のような噂が流されました。
「しばらくして、巨人の骨が露出した崖には広範囲にブルーシートがかけられ、
秘密裏に工事が行われて、巨人の骨は改修されたらしい。
関係者に対しては強い口止めがなされた。また、ニュース画像からも
巨人の骨は消されてしまった・・・」

まあ、常識的に考えれば、巨人の骨のある画像のほうが加工なんだろうと
いうことでしょうが、それはおいといて、巨人の骨がホンモノだったとして、
その存在を隠すような強い権力は、日本政府としか考えにくいですよね。
では、なぜ、日本政府は巨人の存在を隠さねばならないのか?

さて、「陰謀論 conspiracy theory」は、オカルトのジャンルの一つで、
強い権力をもつ者が、宗教的・政治的・経済的動機をもって結託し、
一定の意図を持って、一般人の見えないところで事象を操作し、
または真実を衆目に触れないよう伏せている、とする主張や指摘である

とWikiには出てきます。じゃあ、権力者にとって、
どうして巨人の骨の存在はマズイのか?

普通に考えれば、巨人が古代の地球に住んでいたとなれば、
世紀の大発見になります。その学問的価値はもとより、経済的な価値もけっして
小さくはないはずです。例えば、ティラノサウルスの全身骨格標本は
10億円以上の値がつきますし、オークションに出れば、
世界中の博物館が争って競り落とします。高額で買い取っても、
それに見合う以上の入場者収入が見込めるからでしょう。

ティラノサウルス・レックスの全身骨格標本


この手の陰謀論というのは、たいがいこの「なぜ隠すのか」という理由が弱いんです。
ある人は、「巨人がかつて地球上にいたとなれば、欧米を宗教的に支配している
キリスト教的な世界観と合わないから」などと言います。
しかし、聖書には巨人が出てきますよね。

『旧約聖書』の「創世記」にはネフィリム(Nephilim)という巨人が記されていて、
名前の意味は「(天から)落ちてきた者たち」ということのようです。
神が世界を創造し、地上に人が増え始め、娘たちが生まれると、
神の子らは人の娘たちが美しいのを見て、おのおの選んだ者を妻にした。
こうして神の子らと人間の娘たちの間に生まれたのがネフィリムであった・・・

ですから、巨人が存在するとなれば、聖書の記述が正しいとする
証明になるはずなのに、なんで隠してしまうんでしょうか? 
そのあたりがちょっと解せないです。また逆に、「進化論を支持する科学者たちが
巨人の存在を隠している」なんて話もあります。しかしそれだと、
近代科学の証拠主義に反しますし、だいたい、世界の古生物学者や地質学者が、
そんな権力を持っているとも思えません。

さてさて、ここまで説明してきたのは、
「どうして陰謀論ができるのか?」ということの、一つの例です。
① 常識ではありえないものが発見される → 
② ところがその発見が世界に広まらない → 
③ その存在がマズイので隠そうとする勢力がいる という図式になってるんです。

これは何も巨人にかぎったことではなく、UFO関係や、超発明などにも適用されます。
「ほんとうは反重力エネルギーは開発されているが、世界の石油資本が、
その公開のジャマをしているのだ」みたいな感じです。
このことを逆手にとってギャグにしたのが、映画の『メン・イン・ブラック』シリーズ。
アメリカ政府には、宇宙人問題を秘密裏に処理する機関があるというわけです。

でも、そもそもの前提である①がフェイクなんじゃないの、
という場合がほとんどなんですよね。そして、そのことを糊塗するために
さらに陰謀論が生まれる。ですから、オカルト関係の記事は、上記のようなことに
注意して読むと格段に面白くなります。ということで、今回はこのへんで。

ネフィリム







『今昔物語』の巨人について

2018.04.16 (Mon)


今回は、「UMA」カテゴリなのか「怖い日本史」なのかよくわからない
お話です。前からご紹介している『今昔物語』には、巨人の話が出てきます。
 大きな死人が浜に上がる話
「藤原信通の朝臣が常陸の守をしていたとき、任期のきれる4月頃、
風が強く吹いて海が荒れた晩、某郡の東西が浜(場所不明)に大きな死人が漂着した。

死人の長さは5丈(15m)ほど、高さは、馬に乗った役人が向こう側にいて、
その手に持った弓の先がやっと見えるほどだった。(3mくらいか)
死人には頭がなく、右の手、左の足もなかった。サメなどが食い切ったのだろう。
また、うつ伏せに寝ていたため、男か女かもわからなかった。

ただ、体つきは女のように見えた。不思議なことだというので、見物人は
ひきもきらず、わざわざ陸奥国から見物に来た人もいたほどだ。
その中の名僧は、「こんな巨人の住むところがわれわれの世界にあるとは
思えず、これは阿修羅女(六道の修羅界の女)でしょう」などと言った。

藤原信通が「これは朝廷に報告せねば」と述べたが、まわりの者は、
「そうすると検分の役人が来て接待しなくてはならず、
任期ももうすぐ終わるので、黙っていたほうがいいでしょう」と答え、
それで報告はとりやめになってしまった。

常陸の国のある武士は、「こういうものが今後攻めてきたら大変だ。
矢が立つかどうか試してみよう」そう言って死人に矢を射かけたところ、
深々と突き刺さった。これを聞いた人はみな「武士らしく用心のいいことだ」
とほめた。死人は、日がたつにつれて腐敗が激しくなり、
あたり数kmに住む人は臭くて逃げ出したほどだった。」(第七部 雑事)

クジラの死体のあまりの腐敗臭に鼻を押さえて歩く人


こんな話が載っています。『今昔物語』は説話集で、荒唐無稽な話が
たくさんあるんですが、これは報告調で、現実感のある描写になっています。
話に出てくる藤原信通は、12世紀に実在した人物です。
で、この部分について、UMAフアンで注目する人が多いんですね。
中には、南極にいるとされる大型UMA「ニンゲン」ではないかという人もいます。

「ニンゲン」


「ニンゲン」はナガスクジラなみの大きさの、白い色をした裸の人間型の生物
とされますが、じつは「ニンゲン」には、目撃証言など、UMAとしての実体は
ありません。これは巨大掲示板「2ちゃんねる(現5ちゃんねる)」で、
創造されたもので、その経緯もはっきりしています。

さて、巨人の伝説は世界中にありますが、その多くは神話としてのものです。
例えば、北欧神話では、神々と巨人族との対立が物語の軸になってますし、
中国の盤古(ばんこ)のように、この世界は原初にいた巨人の体が元になって
できたとする話も各地に見られます。

しかし、これらはあくまで神話上の存在で、UMAとは区別するべきものです。
では、現実的に、人間型の生物はどのくらいまで大きくなれるものでしょうか。
ギガントピテクスという、約100万年前に生存していた類人猿(下図)がいて、
身長3m、体重300~540kgと推定されています。

ギガントピテクスの想像図


ですが、ギガントピテクスの化石は、歯や顎の骨が見つかっているだけで、
全身骨格はおろか、四肢の骨も発見されてはいません。ですから、
研究者の中には、頭や歯だけが特別大きいだけで、体そのものはゴリラ程度
だったのではないかと言う人もいます。ちなみに、世界で一番背が高かった人は
272cm(下図)ですので、自分は3mでも不思議ではないと思います。

世界史上、最長身の人物


さて、『今昔物語』の死人は、常識的に考えれば、
やはりクジラだったんじゃないでしょうか。
「頭がない」「右手、左足がない」「うつ伏せ」という証言に注目してください。
対角線の手足がないと棒状に近くなりますし、クジラのヒレと尾部が、
残った手足に誤認された可能性があるような気がしますね。

では、古代の常陸の国(現在の茨城県)にクジラはいたのか。これはいました。
奈良時代初期に書かれた『常陸国風土記』には、
クジラの形に似た丘がある地名を「久慈」にした、という記述が出てきますし、
後代でも、常陸の浜はクジラ漁の拠点の一つでした。

で、こういう話をすると「魚を見慣れた浜辺の人々がクジラを見間違える
はずがない」といった反論をする人が必ず出てきます。でも、そうでしょうか。
下の図をごらんください。これはフィリピンの浜辺に流れ着いたものですが、
腐敗が進んで色が白くなっており、皮下組織が毛のように見えます。

漂着死体について、「体毛があった」という証言はよく見られますが、
皮膚がはがれ、皮下組織がくり返し波に洗われているうちに、
毛のようになって見えるのは珍しくはないようです。この死体について、
現地人は、見たことがない、クジラではないと証言しましたが、
フィリピン政府が分析した結果では、やはりクジラだったんです。



さてさて、もし巨人族が現代に生存していたとして、
絶滅しないでいるためには、個体数は数千は必要でしょう。
軍事衛星が10cm以下の解像度で、世界の隅々まで監視しているのに、
その生息地が見つからないとは考えにくいですよね。

超古代にいたとしても、上で書いたギガントピテクスのように、
わずかな骨の化石でも発見されています。ですから、巨人族の存在は
やはり難しいんじゃないかなあと思います。またしても夢を壊すような
内容になってしまいましたが、今回はこのへんで。






「見るなのタブー」について

2018.04.16 (Mon)
今回は怪談論です。怪談で、「夏休み、少年が祖父母のいる田舎にあずけられた。
優しい祖父母は、屋敷の中はどこにいってもかまわないが、
裏庭にある納屋の戸だけはけっして開けてはいけないと言う。
はじめは言いつけを守っていた少年も、やがて退屈してきて、
ついにある日、納屋の戸をそっと開けてしまう。

すると薄暗い中に明かりがつき、床にはたくさんの血がこぼれていた。
奥のほうから刃物を持った祖父母が出てきて、にこにこ微笑みながら、
少年に、あれほど開けてはいけないと言ったのに・・・」こういう話があります。
たいていはここで終わるので、この後どうなったかわかりませんが、
おそらく少年は殺されたんでしょう。で、そうするとこの話を語る人物が
いなくなるので、これは実話怪談とは呼びにくく、民話に近いものなんですね。

「夕鶴」


さて、「見るなのタブー」とは、Wikiによれば、「何かを、見てはいけないと
タブーが課せられたにもかかわらず、それを見てしまったために悲劇が訪れる、
または恐ろしい目に遭うこと」
」こうなっています。「見るなのタブー」は、
世界各国の神話や民話に見られ、人類共通の普遍的なテーマと言えるでしょう。

これについては、比較文化学、神話学、民俗学などで世界中で研究されていますが、
「なぜあるのか」というはっきりした答えは出ていません。
ですから、自分ごときオカルト人間が何かを言うのはおこがましいんですが、
オカルトブログらしく、最後のほうで超トンデモ解釈をしてみたいと思います。

まず、「見るなのタブー」には、どんなバリエーションがあるのか。
「後ろをふり返ってはいけない」(ギリシャ神話のオルフェウス、日本神話のイザナギ)
「この部屋を開けてはいけない」(西洋の童話の青ひげ、日本の民話、夕鶴)
「この箱を開けてはいけない」(ギリシア神話のパンドラ、日本の民話、浦島太郎)

「見たことを人に話してはいけない」(日本の怪談、雪女)
「この実を食べてはいけない」・・・これは「見るな」とは少し違いますが、
この内容は、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教でそれぞれ出てきていて、
人間が原罪を持つことになった原因とされます。
ですから、現代でも社会的に大きな影響を持っているんですね。

「パンドラの箱」


ただ、世界の「見るなのタブー」と日本のものとでは、いろいろ違いがあります。
世界的には、見るなのタブーを破ってしまうのは、男の場合も女の場合もあります。
上記したエデンの園の話は、女であるイブがタブーを破ってしまいました。
これは、キリスト教の神が、まずはじめに自分の姿に似せて男を創り、
さらにその肋骨から女を創ったということと、構造的な関係があるんでしょう。

ところが、日本の場合、見るなのタブーを破るのは圧倒的に男が多いんです。
例えば、浦島太郎は乙姫様の言いつけを破ってしまうし、イザナギはイザナミに
ふり返って見るなと言われたにもかかわらず、死後の腐った醜い姿を見てしまう。
夕鶴もそうですよね。妻が鶴と化して機を織っている姿を
見てしまっては、もう夫婦でいることはできません。

また、日本の場合、見るなのタブーを破った男は、それほど大きな罰は
受けてないんですね。日本神話で、出産の様子を見るなと言われたホオリは、
好奇心に負けて妻の産屋をのぞく。すると妻は巨大なワニ(サメ)の
姿をしていました。妻のトヨタマヒメはそれを悲しんで立ち去ってしまう。

雪女でも、この話を人にした場合はとり殺す、と言われていたのに、
雪女は生まれた子どものためを思い、男を罰せず、ただその場から消える。
こんな形で、タブーを破った男が大きな罰を受けることはなく、
女のほうがその場から去ってしまうケースが多いんです。

この理由について、日本の比較文化学などでは、古代からの歴史的な
男女の立場の違いからきているとする研究が多いようです。(河合隼雄氏など)
まあ、そうなのかもしれませんが、古代の農村の婚姻の形態や、
出産を穢れとする風習など、いろんな要素が混じり合っているんだと思います。

さて、こっからはオカルトトンデモ話です。みなさんは「シュレディンガーの猫」
の思考実験をご存知ですよね。これについては前に書いたので、
ここでは説明しませんが、量子力学の世界では、
観測によって現実の結果が決まってくる、という考え方があります。

「シュレディンガーの猫」


原子核のまわりを回っている電子は、どこにあるのか確率的にしか
予言できないが、観測することによって、場所がある一点に定まる。
これを波の収縮と言います。シュレディンガーの猫にしても、
死んだ猫と生きた猫が重なり合っていたのが、人間が箱を開けたときに、
猫の生死がそのどちらかに決定するんだという説もあるんです。

このことは、前にご紹介した「人間原理の宇宙論」とも関係があります。
われわれ人間は、もしかしたら、世界を決定するための「観測者」としての
役割を持っているのかもしれません。ですから、
閉ざされた箱や扉があれば、未来がどうなるかを決定するために、
どうしても開けなくてはならないよう宿命づけられている・・・(笑)

さてさて、上で書いたように、これはトンデモ話ですので、信用されても困ります
ある地域の、一つの「見るなのタブー」話を読み解くだけでも、
かなりの研究が必要です。文系の学生のみなさんは、卒論のテーマとして
選んでみるのも面白いかもしれませんね。ということで、今回はこのへんで。

「黄泉比良坂」




もう一人の赤い私の話

2018.04.15 (Sun)
これは、前回書いたのと同じときに、大阪市内のホテルのバーで、
ボランテイア霊能者であるKさんからお聞きしたものです。ちなみに、
そのとき自分はペルノをちびちびと飲んでいて、
Kさんはスコッチのシングルモルトでした。
「Kさん、最近、生霊についての話がネットで多く見られるように
 なりましたけど、浄霊の依頼でも多いんですか?」 
「多いよ。けど、あんまり生霊系のことには関わらないようにしてる」 
「え? それはどうしてですか?」「いろいろと難しいからだよ」 
「どんなとこが?」「死霊って、死んだ人の霊のことだろ」 「はい」
「死んだ人には、現在の日本の法律では人権はない」 「たしかに」
「だから、手荒くあつかったってかまわないし、

 要は、行くべきところに送ってやればいいだけだ」 「はい」 
「ところが、生霊は、あたり前の話だが、
 生きてる人の念が形をつくったものだ」 「はい」
「生霊が生まれるには、さまざまな原因がある。失意、嫉妬、羨望、欲求不満、
 執念・・・」 「はい」 「だから、たんに生霊を退散させるだけではダメで、
 それが起きる心理的な要因を解きほぐしてやらなくちゃならない」
「ああ、なるほど」 「そのためには、警察や精神科医、カウンセラー、
 あと、生霊の本体の家族や友人、そういう人と連携をとって
 話を進めていかなくちゃならない」 「そうでしょうね」
「な、長い時間とたいへんな手間がかかるのがわかるだろ。だいたい、
 一般の人は生霊の存在なんか信じちゃいないから」 「うーん」

「それに、生霊を出している人が、そのことに気がついてない場合も多いんだ。
 本人は体調が悪いわけでもなく、日常生活を普通に送ってて、自分の生霊が
 遠く離れたところで騒動を起こしてるなんて考えもしてない」 「ははあ」
「お前、六条御息所って知ってるか?」 
「それくらいわかりますよ。源氏物語に出てくる年増の女御でしょう。
 光源氏をめぐっての嫉妬と、車争いの遺恨から、
 妊娠中の葵の上の前に生霊となって現れるっていう・・・」
「そう、よく勉強してるな。でな、あの話で怖いのは、六条御息所は、
 自分が生霊になってることを知らない。ところがあるとき、
 髪や衣服から、悪霊退散の祈祷に使われる芥子のにおいがすることに気づいて、
 自分が生霊になっているかもしれないと恐れおののく」 「たしかにそうでした」 

「そんな場合どうする? な、難しいのがわかるだろ」 「はい。・・・ところで、
 生霊、死霊以外にはどんな霊があるんですか?」 「ああ、いろいろあるよ。
 祟り神とか、俗にいう動物霊とか、悪い気の凝ったものである魍魎とか。
 ・・・bugbossman、やけにいろいろ聞いてくるな。また、ブログのネタ探しか?」
「はい」 「うーん、じゃあ、一つ話をしてやろう。いまだに、生霊とも
 死霊とも判別がつきかねている特殊なケースの」
「あ、ぜひお願いします」 「そうだな、Uさんとしておこうか。実家から、
 宝飾細工の専門学校に通ってた20代の女性だ」 「はい」
「話は、Uさんが急に耳が痛くなったところから始まる」 「耳ですか」
「耳の中がゴリゴリ、鉄の棒でかき回されているような激痛が走る」
「はい」 「しかも奇妙なことに、ときによって右の耳だったり、左だったりする」

「はい」 「で、もちろん病院に行ったさ。ところが耳鼻科で検査を受けても、
 なんの異常もない。それで、もっと深刻な病気を疑って、
 大病院の脳外科にも行った。しかしMRIなんかを撮っても、やはり異常は
 見られないんだな」 「それでKさんのところに連絡がきたわけですか?」
「いや、そうじゃない。でな、耳のほうは、痛むのは月に2、3度くらい、
 それも10分程度のことだったからガマンはできた。
 けど、それとときを同じくして、Uさんはひどい失恋をした」 「はい」
「彼氏にふたまたをかけられた上に捨てられたんだな」 「それはキツイ」
「まあ、アドバイスするなら、そんなクソ男とはきれいさっぱり縁を切って、
 新しく出発すればってとこだろ」 「まあそうですね」
「本人もそうする気だったったんだよ。だけど、

 その男のとこに生霊が現れるようになった」 「ちょっと待ってください。
 それ、Uさん本人がストーカーしてたってことじゃないですよね」
「違うよ。目撃された姿は、Uさんそっくりなんだけど、
 身長は1才児くらいで、赤んぼうのような裸の体にUさんの顔がついてて、
 しかも全身が真っ赤なんだ」 「・・・どうしてそんな詳しくわかったんですか?」
「最初に現れたのが、Uさんを捨てた男が別の女といっしょにいるときだったらしい。
 天井からにじむように現れて、ベッドの上に逆さ吊りになり、
 恨みがましい目で男をにらみつけて消える」 「うわ、嫌なビジュアルですね。
 それ、男がいいふらしたんですか?」 「そうだ。あちこちでその話をして、
 学校でも噂になって、Uさんは行けなくなってしまったんだ」
「ひどいやつですね、その男。・・・何度も現れたんですかね?」 

「そうみたいだ。で、Uさんの耳が痛む頻度も大きくなってきて、
 知り合いのつてをたどって、俺のところに依頼がきたってわけだ」
「で?」 「まず、話をすべて聞かせてもらうところから始めた。
 Uさんはその男との顛末もしっかり話してくれたよ。今の気持ちは、
 男のことは恨んでいるが、未練はないつもりだって」 「はい」
「で、こっちとしては、向こうから依頼してきたわけだし、
 そんなに難しい話じゃないだろうと思って浄霊を始めた。ところが、
 いくらやっても空振りだったんだ」 「というと?」
「Uさんからは生霊が出ている様子がほとんど感じられなかった」
「じゃあ、生霊の噂は全部、その男がこしらえた嘘ってことですか?」
「いや、それが・・・何だかわからない、モヤモヤしたものはあるんだ。

 けども、こっちも初めての体験で、それの正体がつかめなかった」
「うーん、で?」 「これは、俺が知らない情報が隠れてるんだろうと思った。
 それで、いろいろ調べたら、あることがわかったんだよ」
「どんな?」 「今から話すからあわてるな。Uさんの家はある曹洞宗のお寺の
 檀家なんだが、そこの住職に手を回して、お寺の一室を借りて
 浄霊することにした」 「よく承知してもらえましたね」
「俺は坊主の資格も持ってるんだよ。けっこう位の高い」 「ああ、そうでした」
「でな、そこで浄霊を始めると、Uさんは、耳が痛い、耳が痛いって
 苦しみだして、正座してたのが前のめりに倒れ、赤い女が現れた」
「やっぱりUさんの生霊?」 「いや、Uさんの姉妹だ」
「?? わけわかんないです」 「お前、バニシング・ツインって知ってるか?」

「いえ。・・・バニシングってのは、消失とか失踪って意味ですよね」
「そう。ツインは双子だ。双子を妊娠したときに、ごく初期の段階で、
 一人だけが胎内で消えてしまうことがあるんだ。それがバニシング・ツイン」
「ははあ、初めて聞きました。けっこうあることなんですか?」
「そうらしい。双子を妊娠したケースで、1割以上の確率で起きる」 「ははあ、
 それは多いですね」 「それで、その赤い女は、ほとんどUさんなんだが、
 どこか微妙に違う」 「というと?」 
「Uさんは、バニシング・ツインの生き残ったほうの一人だったんだな。
 そして、赤い女はそのときに消えた姉か妹か」 「・・・Uさんの体内にずっと
 隠れてたってことですか?」 「そう。生きても死んでもいない状態でというか、
 2人でUさんの体を共有してるというか」 「なるほど、意味はわかりました」

「でな、Uさんのご両親の承諾をえて、その赤いほうのUさんには消えてもらったんだ」
「ははあ」 「浄霊の最中、Uさんはずっと耳を押さえて苦しんでいたが、
 終わったときに手を離すと、右の耳のほうから小さな小さな骨の欠片が出てきた」
「それ、もしかして」 「うん、赤いほうのUさんのだ。血管に入って
 体の中を回ってたんだろう。それが、Uさんが男と不仲になったのをきっかけとして、
 意識として現れ出てきたんだ」 「すごい話ですねえ。映画とかの筋みたいです」
「だから、最初に特殊なケースって言っただろ」 「はい」 
「Uさんは、一人で東京に出て別の工芸学校に行き、今は貴金属細工の仕事をしてる」
「それはよかったです。で、その骨の欠片はどうなったんです?」 「死亡届なんかは
 出さないが、寺の住職に話して戒名をつけてもらい、Uさんの家の墓に入れたさ」
「ああ、それで菩提寺で」 「どうだ、参考になったかい?」


 





ネットの墓の話

2018.04.14 (Sat)
前に「悪魔の話」というのを書きましたが、あれに登場するKさんに、
昨夜、いつものバーでお会いしていろいろお話をうかがいました。
Kさんは、貸ビルやアパレルの店などを手広く経営されている実業家ですが、
霊能者としての活動もしてるんですね。ただし、
すべてはボランティアで、謝礼などは一切もらっていません。
「Kさん、最近、何か面白い話とかありましたか?」
「bigbossman、お前なあ、ブログに書くネタを探してるんだろ」
「まあそうです」 「でもな、ブログって怖いんだぞ」
「どんなとこがですか?」 「お前、去年大病しただろ」
「あ、はい。12時間の手術をして、一時は死も覚悟しましたよ」
「で、もしあのときお前が死んでたら、今書いてるブログはどうなったんだ?」

「え、それは大丈夫です。共同事務所の仲間にパスワード教えてるんで、
 消してくれるはず。あと、自分のパソコンの処分も」
「だったらいいけどな。お前のやってるブログなんて、
 特に霊障のかたまりみたいなもんだから」 「・・・・」
「でな、人が生きていく世の中には、喜びも悲しみもあるよな」 「はい」
「それは人間の歴史が始まって以来、ずっとそうだったんだが、
 ネット社会になって、その喜びや悲しみが不特定多数につながるようになった」
「そうですね」 「ネットのことを電脳空間とも言うよな」 「はい」
「けど、実際にそこにあるのは人間の思いなんだよ」 「はい」
「ところで、ネットの墓って知ってるか」 「いえ」
「管理人が亡くなって、ネット上にそのまま放置されてるブログのことを言うんだ」
「ああ、なるほど。言いえて妙ですね」

「だろう。ただまあ、ブログをやってる人でも、自分のブログに対する思い入れは
 さまざまだ」 「はい」 「だからほとんどのネットの墓は無害だが、
 中にはマズイものもあるんだ」 「そうなんでしょうねえ」
「お前、闘病ブログって知ってるか?」 「あ、わかります。病気になった人が、
 病状の経過や治療のことを書いたりするんですよね。上位になってるブログは、
 自分のより3桁くらいアクセス数が多いです」 
「あれなんて、かなり危険な要素がいろいろある」 「ははあ」
「まず、書いてる本人の思い入れというか、念のこもり方が強い」
「そうでしょうねえ」 「ホスピスの病床で、スマホで記事を投稿して、
 そのまま中断してしまってるものもある。おそらく、その記事を書いた直後に
 亡くなったとかだろう」 「はい」 「身内がいれば、死去したという報告を

 ブログに上げたりすることもあるが、今は独身の人も多いし」
「そうですね」 「で、重い病気の場合、仕事をやめてしまったり、症状が重くて
 出歩けなかったり、医師との関係がうまくいかなくて病院を転々としたり、
 外の世界とのつながりが、そのブログだけって場合もあるんだ」 「はい」
「それと、詐病ブログって知ってるか?」 「いえ」
「病気を装った嘘のブログってことだよ」 「何のためにそんなことを?」
「さっき、アクセス数が多いって自分で言ったじゃないか。末期がんとか、 
 難病のふりをしてブログを立ち上げれば、大勢の人に注目してもらえるし、
 アフィリエイト収入にもなる」 「ああ」
「アナウンサーの小林麻央さんが乳がんになって、すごいアクセス数だったろ」
「はい」 「あれ以後、かなり増えたらしい」

「でも、詐病なんてすぐわかるでしょうに」 「それが、そうでもないんだな。
 今は病気に関する情報なんてネットにいくらも出てるし、
 ずっと前に書かれてた他人のブログをその部分だけパクったっていい」
「うーん」 「それに、詐病ブログを書いてる人は、悲劇の主人公になりきって、
 すごく真に迫ったものも多いんだよ」 「・・・・」
「あとは、ブログを見るほうの問題もある」 「どういうことですか?」
「そのブログの読者が、必ずしも治療を参考にしたり、
 病状が軽快するように応援してるわけじゃない」 「・・・・」
「中には、自分より不幸な人を見て楽しみたいってことで、
 アクセスしてる人もいるわけだ」 「うーん、それは嫌ですねえ」 
「でも、実際そうなんだよ。お前、こないだ病気してどんなことを考えた?」

「いや、それは、健康って大事だなあ、生きてるだけで丸もうけなんだな、って」
「だろう。例えば、余命宣告なんかされた人のブログを見て、
 自分は何もないけど、まだ死ぬ心配がないだけ、この人よりはマシだってわけだ」
「うーん」 「まあ、そんな感じで、人間の嫌な部分がブログの周辺に渦巻いてたり
 するんだな」 「でも、病気がよくなるよう、心から応援してる人もいるんでしょう」
「まあな、むしろそっちのほうが多い。しかし、それはそれで、
 因縁の元になったりするんだ」 「どういうことですか?」
「Sさん、としておこうか。まだ20代の女性で主婦をしてる。その人が、
 偶然に、ある闘病ブログを見つけた。そのブログは5年ほど前に
 書き込みが途絶えてたが、まだネット上に残ってたんだな。ブログランキングからも
 外れて、意図的に探してもなかなか見つからないような」 「はい」

「でな、その管理人の女性が、たまたまSさんと同じ年齢だったこともあって、
 興味を持って読み始めた。ブログの管理人は生真面目な人だったらしく、
 病状や治療を細かく記してて、文章も上手だと思ったらしい」 「はい」
「で、それと同時に、管理人の境遇が不幸なことも知った。管理人は独身で、
 父親とは幼い頃に死に別れてたが、闘病中に母親まで亡くなってしまった」
「・・・・」 「それと、仕事を続けられなくなったんで、お金の問題もあった。
 あからさまにそういうことを書いてるわけではないが、そのあたりは読み取れた。
 で、Sさんは深く同情してしまったんだな」 「はい」
「ブログの書き込みは、病状が重くなるにつれて増え、それがあるときを境に
 がくんと減った。パソコンで書いてたのがスマホになり、とぎれとぎれになり、
 最後は、ブログを読んでくれた人へのお礼が2行書かれて終わってた」

「はい」 「それを何日かかけて読み終えたSさんは、
 あまりにつらい気持ちになったんで、ずっと何も書かれてなかったコメント欄に、
 管理人さんのご冥福をお祈りします、みたいなことを投稿したんだな」
「はい」 「それ以後も、ときおりブログを読み返したりしてたんだが、
 Sさんが夜中にうなされるようになった。毎夜、2時から4時ころの間に、
 悲鳴をあげて飛び起きる」 「はい」 「ご主人が心配して、心療内科に行かせたが、
 睡眠導入剤を処方されただけだった」 「はい」 「それで、飛び起きることは
 なくなったが、やはり寝汗をかいてうなされているし、悪い夢を見るって言う」
「どんな夢ですか?」 「黒い影がベッドに近づいてきて、体のある部分を
 なでる夢」 「黒い影?」 「姿形はわからなかったらしい。で、つてを頼って
 俺に連絡がきたわけだ」 「どうなりました?」

「Sさんからいろいろ話を聞いて、そのブログの存在を知った。で、読んでみたが、
 俺には陰鬱なだけの内容にしか思えなかった。おそらく、そのブログの管理人と
 Sさんの波長が合ったんだろうなあ」 「で?」
「でな、ブログの管理人の病気は、特殊な部位のがんだったんだが、
 Sさんが毎夜、黒い影になでられているのが、それと同じ場所だったんだよ」
「う」 「それに気がついて、知り合いのいる癌研の受診を勧めたんだ。
 よく頼み込んで、何種類もの検査をしてもらった。そうしたら、
 やはりその場所にがんが見つかったんだよ」 「うう」
「初期も初期のがんだったんで、Sさんは手術をして、経過観察になってる。
 幸い、再発や転移の兆候は出ていない」 「で?」
「もちろん、Sさんの手術と並行して除霊を進めた」

「上手くいったんですか?」 「たぶん大丈夫だろう。ただ、そのブログのほうは
 問題だった。悪い墓と化してるんだ。だから、またSさんのようなことが
 起きないとも限らない」 「でも、管理人の浄霊は済んだんでしょう」
「それとは別に、ブログそのものに命が宿ってるっていうか、
 悪霊化してるっていうか」 「で?」 「管理人に身内はいないし、
 難しかったが、なんとかブログサービスに連絡をとって、
 落としてもらった。これは、管理人本人を浄霊するより大変だったよ」
「うーん、ブログを書いた人が亡くなり、さらに浄霊されたとしても、
 ネット上に残ったものが霊障をまき散らすって場合があると」
「そう。命とはいえない命を持つんだ。これからのネットは怖い。 
 だから、bigbossman、お前も十分気をつけないと」 「お言葉、肝に銘じますよ」

関連記事 『悪魔の話』


 


 


『葉隠』の幽霊とUMA

2018.04.13 (Fri)
今回はこういうお題でいきます。『葉隠 はがくれ』はご存知だと思います。
江戸時代中期(1716年)に、肥前国、佐賀鍋島藩士、山本常朝
が口述した言葉を、同藩士、田代陣基が筆録してまとめたものです。
「聞書」全12章で、かなりの分量があります。

山本常朝


口述筆記というところにご注意ください。主君への殉死が許されずに
出家した常朝が、あれこれ思うままを述べているので、
内容はひじょうに雑多なものになってるんですが、
ひとことで言えば、武士として生きるための生活の知恵集でしょうか。

『葉隠』といえば、「聞書一」の冒頭に出てくる、
「武士道といふは、死ぬことと見つけたり」の部分が有名ですが、
ここだけ見て、「武士は主君のために忠義を尽くして死ななければならない」
こういう内容をえんえんと書いていると思われている方も
いるかもしれません。でも、それはかなり違うんです。

『葉隠』の一節には、「丁子(ちょうじ)袋を身につけると寒気風気に
あたらない。落馬したときの血止めには、芦毛馬の糞を煎じて飲めばよい。」
こういった内容も、さも秘伝めかして書いてあるんですね。
丁子は、クローブという香木の花蕾のことですが、うーん、馬糞ねえ・・・
あと、衆道(男色)の心得の話なんかも出てきます。

丁子袋


さて、本題に入ります。この『葉隠』には、幽霊の話、
それからUMA(未確認生物)の話が書かれていて、
なかなか興味深い内容なので、ご紹介したいと思いまして。まず、幽霊の話は、
肥前佐賀藩の藩祖で、戦国武将の鍋島直茂のエピソードとして出てきます。

鍋島直茂


「直茂公の頃、城内三の丸で密通したものがおり、
直茂公は厳しく詮議を行って、男女ともに死罪にした。すると、
その2人は幽霊になり、毎夜出てくるようになった。お女中たちは怖がって、
夜になると部屋から出なくなった。この話を御前様がお聞きになり、
ご祈祷や施餓鬼をさせたが、幽霊は出るのをやめない。

ついに話は直茂公の耳に入り、直茂公は「さてさて、なんと嬉しいことか。
やつらは首を斬っただけでは飽き足らない憎むべき輩なのだが、
死んだ後に成仏することもなく、苦しんでさまよっているのだから、
これは気分のいいことだ。ずっとそのまま幽霊でいろ」とおっしゃられた。
その夜から、幽霊はどちらも出ることがなくなったという。」(聞書三)

わりとありがちな話ではあります。鍋島直茂は、山本常朝が生まれる
50年ほど前に亡くなっていますが、常朝はたいへん尊敬していて、
藩祖の幽霊を怖れない豪胆さをここで書いているんですね。
ただ、これについての常朝自身の感想は述べられていないので、
常朝が幽霊を信じていたのかどうかまではわかりません。

次にUMAの話。これは2つ続けて書いてあって、一つ目が、
「仲間の原田という者が15歳のとき、手に(狩りに用いる)鷹を
すえながら野原を歩いていると、その鷹をねらって大蛇が出てきて、
尾のほうから原田の体を3巻きして締めつけた。原田は怖れず、
鷹を手に乗せたまま、大蛇の頭が近寄ってくるのを待ちうけ、
脇差を抜いて頭を切り落とした。

すると体を巻いていた部分ははらりと落ち、見ると蛇の長さは6m近くあった。
その後、締められた肋骨が痛むのでしばらく養生していたが、
寒中になると今でも痛むと原田は言っている。」こんな内容です。
6mは日本の蛇としてはかなりの長さですが、それでも、
いてもおかしくはないかもしれません。しかし、次の話は完全にUMAですね。

「ある者が猟に出たところ、何とも言えない生き物が前から
口を開けて襲いかかってきたので、猟刀を突き出して、
その口に自分の肘のあたりまで刺し入れた。その生き物はたちまち死んだ。
長さは3mほどの蛇だが、頭は獅子のような形をしており、
胴の部分の1m20cmほどは猫のようだった。

銭のような鱗があり、アゴから腹にかけて白い毛が生えていた。
そして驚いたことに、ネズミのような足が8本生えていた。
また、尾は先にいくほど細くなっていた。
これを塩漬けにして持ち帰ったら、その後、山中が大いに振動し、
山道もなくなってしまった。」(聞書七)

これは、何でしょうね。こういう記述を見ると、UMAフアンの血が騒ぎます。
最初はツチノコかもと思ったんですが、足8本のところが不思議です。
古代の蛇には足がありましたが、トカゲと同じ4本ですし、
巨大なムカデ類? それとも何かの突然変異でしょうか。あるいは、
肥前には南蛮船も来ていたので、外来生物?? と夢が広がります。

足のある蛇


で、この話に続いて、常朝は大蛇に襲われたときの対処法を、
大真面目に話しています。後ろから襲われた場合は体を開くと、
蛇はそのまま突っ込んでいくだろうとか、
蛇が体を立ち上げたところを打てば倒れるだろうとか・・・
まあでも、このあたりの部分を面白がるのは自分くらいかもしれません。

さてさて、ということで、一般的な研究書にはあまり出てこない、
『葉隠』の奇妙なエピソードをご紹介しました。
『葉隠』は、武士道を説いた本というだけのものではないんですね。
あと、『葉隠』は以下のサイトで全文が読めます。現代語訳ではありませんが、
難しくはないです。ということで、今回はこのへんで。
「校注葉隠」


 





人物伝説と天草四郎

2018.04.13 (Fri)
今回はこういうお題でいきます。日本にも世界にも、その生涯に多くの
伝説がまとわりついている人物っていますよね。まず、イエス・キリストなど
宗教的な人物はほとんどそうですし、あとは、いわゆる偉人とされる人々。
アレキサンダー大王、ナポレオン、シェークスピア、科学者にして
錬金術師のアイザック・ニュートンなんかにもありますね。

で、本項では、人物伝説というのは、いつ、どのようにしてできるのか、
どんな形になりやすいか、などについて少し考えてみたいと思います。
さて、誰を例にすればいいですかね。ここは日本の人物でいきましょう。
日本史上、誰でも知ってるほど有名で、なおかつ、
たくさんの伝説を身にまとっている人物・・・

うーん、聖徳太子とか役行者とか、古代の人物はやめておきましょう。
なんでかというと、そもそもの実体がよくわからないからです。
まあ、聖徳太子こと厩戸皇子は実在の人物だとは思いますが、
役行者は、ほんとうにいたのかどうかもはっきりしていません。

ということで、思いついたのが「天草四郎」。有名どころですよね。
これで考えてみます。さて、天草四郎は、江戸時代初期のキリシタンで、
「島原の乱」の主導者の一人。諱は時貞。洗礼名は「ジェロニモ」
から「フランシスコ」に変化。1621年または1623年に生まれ、1638年、
原城陥落とともに戦死します。ここまでは史実として問題はないでしょう。

「島原の乱」


まず、① 人物伝説はいつできるのか? 
これは本人の死後にできるものが多いんですが、
生前から伝説がある場合もあります。宗教指導者を考えてみてください。
オウム真理教の麻原が空中浮揚したとか、ああいった類のものです。
信者が積極的に広めて、布教に役立てようとするんですね。

天草四郎は宗教的なカリスマでしたので、当然その手の伝説があります。
というか、生まれる前から、救世主の預言のもとにあったと言って
いいかもしれません。日本から追放されたママコスという宣教師が、
「26年後に16歳の天童が出現しキリシタンを救う」と言い残した内容に、
風貌・人柄がぴったりあてはまっていたのが四郎だったとされます。

さらに、盲目の少女に手をかざしただけで目が開いた。海の上を渡った。
これ、『新約聖書』にあるキリストの逸話にそっくりですよね。
あと、空から飛んで来た鳩が手にとまり、手のひらに卵を産んだ。
卵を割ってみると、キリスト教の経文を書いた紙が出てきた、などなど。

「天草四郎」


② 人物伝説はどうやってできるのか? これはまず、
資料が少ない人物ということになるでしょうね。生没年や生い立ち、
妻子、死亡時の記録などがはっきり資料に残っている場合は、
なかなか伝説が入り込む余地がありません。

ところが、天草四郎の場合は、出自や幼少期のことがよくわかっておらず、
その死についても、江戸幕府軍は誰も四郎の顔を知らず、
首実検の際に困ったと言われます。そこで、伝記の空白を埋めるために、
面白おかしく作られた内容が挿入されるわけです。源義経が牛若丸だった
ころのエピソードなんかがそうですよね。カラス天狗に剣術を教わったとか、
弁慶と京の五条の橋の上で戦ったとか。

それと、悲運の死を遂げた人物。日本には「判官びいき」という言葉が
ありますが、源義経(九郎判官)、豊臣秀頼、大塩平八郎、
新しいところでは西郷隆盛など、大きな権力と戦って敗れ去った人物に対して、
「じつは生きていた」という伝説が生まれやすいんです。

③ 人物伝説にはどんなパターンがあるのか? これはいろいろですが、
代表的なものをとり上げると、「ご落胤説」 「本当は女だった説」
「死なずに逃げのびた説」などがあげられます。
で、これ、天草四郎には3つとも全部あるんです。

「ご落胤説」は、上で出てきた豊臣秀頼の子だったとするもので、秀頼は
大坂夏の陣で死なず、船で薩摩に逃れていて、その後に生まれたのが四郎。
根拠としては、四郎が豊臣家の「ひょうたんの馬印」を用いていたことが
あげられています。秀吉の孫が、徳川家に対して乱を起こしたとすれば
ドラマチックきわまりないですが、まあ、史実ではないでしょう。

「千成瓢箪」


「女だった説」は、上杉謙信などにもありますね。四郎があまりの美少年だった
ところから出されたものでしょう。島原の乱のおよそ200年前、
ヨーロッパでは、ジャンヌ・ダルクの「男装の女戦士」伝説が
生まれていましたので、もしかしたらそれとかかわりがあるかもしれません。

「逃げのびた説」は、天草四郎にはたくさんの影武者がいて、
(実際にそういう資料はあります)首を取られたのはその中の一人、
本物の四郎は、裏から乱を支援していたポルトガルの船でヨーロッパに渡った
とするものですが、これもありえないですね。もし、ポルトガル船に乗ったら、
そのまま奴隷として売り飛ばされるんじゃないかな。

さてさて、天草四郎の伝説は、現代になっても生まれています。
こういう人物はフィクションの主人公になりやすく、山田風太郎の伝奇小説、
『魔界転生』をはじめ、たくさんの小説やマンガに登場していますが、
そこで面白おかしく描かれた内容が、ずっと時がたってから、
伝説化したりするんです。ということで、今回はこのへんで。

「魔界転生」






『今昔物語』の怪談分析

2018.04.12 (Thu)
今回は怪談論でいきます。自分は、怪談にはパターンがあると
考えています。あるいは、構成要素と言ってもいいかもしれません。
もちろん、それはSFにもありますし、ミステリにもあるわけですが、
SFもミステリも近代になってからできたものですから、
古典作品との比較研究はできません。それに対し、
怪談は古くからあるので、考察がしやすいんですね。

さて、『今昔物語集』は、平安時代末期に成立したと見られる説話集で、
全31巻ですが、現存していない巻もあります。天竺(インド)、
震旦(中国)、本朝(日本)の三部構成になっていて、
日本の部分に載っている話は、仏教説話的なものが多いんですが、
中には純怪談としか言いようのないものもあります。例えばこんな話。

「嫉妬心から妻が箱を開ける話」(巻27 霊鬼)
今は昔、京の官吏の家に奉公していた紀遠助という男が、任期を終えて
出身地の美濃の国に帰ることになった。その途中、
瀬田の唐橋にさしかかると、橋の上に女がひとりで立っていた。

女は「どちらまで行かれますか?」と聞いてきたので、遠助は馬から降り、
「美濃の国へ参ります」と答えた。女は「お願いがあります」と、
ふところから、絹で包んだ小さな箱を取り出し「これを、片県郡の某橋のたもと
までお持ちくだされば、女房が待っておりますので、それにお渡し下さい」

遠助は面倒だと思い、「その橋にいる女房の名は何というのですか?
もしいなかったら、どうすればいいのですか?」と聞き返したが、
女はそれには答えず、ただただ頼み込んでくるばかり。
女の様子が不気味だったこともあり、遠助はついに承知してしまった。

このとき、遠助を見送った従者たちが、遠くからその様子をうかがっていたが、
従者たちには、遠助が誰もいないところで一人でしゃべってるようにしか
見えなかった。やがて、遠助は美濃の国へと着いたが、
不覚にも、女の頼みを忘れて橋を通り過ぎてしまった。

家に戻ってそのことに気づいた遠助は、「ああ、申しわけないことをした」
いずれもう一度出かけて渡そうと考え、箱を納戸の棚にしまっておいた。
ところが、遠助には妻がいたが、これがきわめて嫉妬深い女で、
遠助が持ってきたものは愛人への京土産で、自分に知られないように
隠したのだろうと考えて、箱を開けてしまった。

箱は段になっており、一段目には、人の目玉をほじくり出したもの、
二段目には、男の陰茎を切り取ったものが多数入っていた。妻はこれを目にして
悲鳴を上げ、駆けつけた遠助は、「ああ、見てはならぬと言われたものを、
困ったことをしてくれた」と、箱の蓋をしめ、元のようにヒモで結んだ。

遠助が大急ぎで言われた橋に行くと、約束どおりに女房が出てきたので、
箱を渡したが、女房は「開けて中を見ましたね。困ったことをしてくれました」と、
たいそう怒った様子であった。遠助は、「そんなことはありません」と言い、
女に箱を渡して立ち去ったが、家に戻ってすぐに具合が悪くなった。

そして、妻に向かって「ああ、開けてはいけないと約束していた箱なのに、
お前はどうして開けてしまったのか」と愚痴を言い、
そのまま病みついて、まもなく死んでしまった。・・・この話を聞いたものは、
みな、遠助の妻の嫉妬心を憎んだという。



長く引用しましたが、自分が意訳したものです。これには仏教的な要素は
ないので、怪談とみていいでしょう。話のパターンとしては、
「巻き込まれ型怪異」と呼ばれるものです。何も悪いことをしていない人物が、
たまたま、怪異に遭遇して不幸な目に遭うわけですね。
現代の怪談は、ネットで有名になった「八尺様」とか「くねくね」など、
この「巻き込まれ型」怪異が多いんです。

次に、話の構成として「解決しない謎」という形になっています。
遠助に箱を渡した女、箱を受け取った女房が何者なのか最後までわかりません。
また、箱の中になぜ人体の一部が入っているのかもわかりません。
何もわからないまま主人公が死んで話が終わるので、
不条理で不気味な印象が残ります。こういう怪談は現代でも多いですよね。

さらに、怪談らしいギミックがいくつも含まれています。
まず一つは「見るなのタブー」。見てはいけないものを見てしまうことで、
呪いや祟りが発動するんですが、この話の場合、本人ではなく、
嫉妬深い妻が見てしまうという形にひとひねりされています。

あとは、箱の中の目玉や陰茎はスプラッター的な要素にもなっていますし、
遠助が女と話をしていたはずなのに、傍から見ると、
一人でしゃべっているだけだったというのも、
怪談を盛り上げるためのギミックでしょう。

さてさて、ということで、ここまで見てきたとおり、
怪談の諸要素というのは、800年も前の『今昔物語』から、すでにもう
ほとんど出そろっているんですね。それは、怖さに対する感覚が、現代人も昔の人も
それほど変わらないということでもあります。ですから、自分が書いている怪談も、
昔からある要素をこねくりまわしているだけ、ということなんでよすね。

関連記事 『今昔物語から』







亀乃の怖い話の話

2018.04.11 (Wed)
この間、タロット占い師のGさんのことを書きましたが、そのGさんから
紹介されて、高校2年生のお嬢さんと、大阪市内のホテルのロビーにある
喫茶室でお会いしました。仮にNさんとしておきます。
「どうも、星占いをやってるbigbossmanです。よろしく」 
「こちらこそ、よろしくお願いします」 「なんでも、怖い体験をなさったそうで」 
「はい」 「どんなことでしたか?」 「私、bigbossmanさんのやってるブログの
 読者なんです」 「あ、それはありがとうございます」
「それで、影響を受けてっていうか、自分でも怖い話を書いてみようと思って、
 ブログを立ち上げたんです」 「ははあ、そういう形でオカルトが広まって
 いくのはうれしいですね」 「それで、書いてみると、やっぱり難しいです。
 ネットで見たことがあるようなものしかできません」

「最初はそれでいいと思いますよ。何事もマネから入るのが基本でしょうから。
 何話くらい書いたんですか?」 「ええと、まだ7つです。今、8つ目の話を
 書いてるんですけど、今回の相談はそれに関係があるんです」
「というと?」 「私は1日に一つの話なんて書けないから、
 何日もかかるんです」 「はい」 「で、今の話は4日前から書いてるんですが」
「どんな内容です?」 「女の子が、ゴミ収集所から人形を拾ってくる話です。
 それから怖いことがたて続けに起きていく・・・」 「よさそうじゃないですか」
「それが、話の中だけじゃなく、私自身に怖いことが起こって・・・」
「ははあ、どんな?」 ここで、Nさんはカプチーノをぐっと飲むと、
「その拾った人形、日本人形なんです。舞妓さんみたいな」 「はい」
「人形の名前もあるんです。亀乃っていう」 

「・・・Nさんが自分でつけたわけでしょう」 「そうなんだけど、でも、
 亀乃って変じゃないですか。古くさいっていうか」
「まあそうですね」 「けど、人形の名前を考えてたら、
 頭の中に亀乃が浮かんできて、もうそれしか考えられなくなって」
「うーん、話の中の女の子がつけた名前なんですよね。たしかに古風ですけど、
 昔に実際にありそうな名前ですよ」 「それで、少しずつ書いていったんです。
 私は、まずパソコンのメモ帳に書いてからブログにアップするんですけど、
 途中まで書いたのが、どうやっても保存できなかったんです」
「いつもはできるのに、ってことですよね」 「はい」
「それでどうしました?」 「私が何か操作を間違えてるかもしれないと思って、
 中2の弟を呼んだんです」 「はい」 「そしたら、すぐ保存できました。

 そのとき、弟に書いてる内容を読まれて、姉ちゃん、幽霊の話とか書いて、
 そんなの信じてるのかってバカにされました」 「ああ、まあしょうがないです。
 オカルトの道は偏見との戦いですから」 「・・・それで、翌日も続きを
 書いたんですけど、そのときはすごくスラスラ書けたんです。
 頭の中に次々に筋が浮かんできて」 「はい」 「で、半分くらいまで書いて
 保存したんです」 「できたんですか?」 「ええ、あっさり」
「で?」 「その日は、それから学校の宿題をやって、友だちとメールしたりして、
 12時過ぎに寝ました。私、いったん寝ると朝まで起きないし、
 夢も見ないんですけど、そのときは嫌な夢を見て起きちゃったんです」
「どんな夢?」 「時代劇みたいな夢でした。赤い布団が積んである、
 せまい部屋にいて、人形を抱いて泣いてる夢です」

「その人形が亀乃?」 「そうです」 「時代劇っていうのは?」
「私、着物を着てたんです。薄い赤い着物」 「はい」 「それに、髪も
 日本髪みたいになってて」 「鏡を見たんですか?」 「いえ、触った感じで」
「で?」 「あと、自分はもうすうぐ死ぬんだ、ってそういう気持ちになってて、
 それで亀乃を抱きしめて泣いてたんです」 「なんで死ぬんです?」
「わかりません」 「ああ、すみません、続けてください」
「それで、目を覚ましたら、涙が出て枕がぐしょぐしょになってて。
 枕元のスマホを見たら、時間は夜中の3時過ぎでした」 「はい」
「いったん電気をつけて、ベッドに座ってウエットテイッシュで顔を拭いてたんです。
 そしたら、急に部屋のドアが開いて・・・」 「開いて?」
「パジャマを着た弟が入ってきたんです。手にペットボトルを持って」

「弟さんとは別の部屋なんですね」 「そうです。部屋に鍵かけたりしてないから、
 入ってくるのはよくあるんですけど、弟はそのとき白目をむいてました」
「で?」 「歩き方も、映画に出てくるゾンビみたいに、ふらふらよろよろして」
「で?」 「私の机にパソコンがあるんですけど、その脇に立って、
 パソコンのフタを開けました。で、ペットボトルのジュースをかけようとしたんです」
「で?」 「あんた何すんのよ!って言って、突き飛ばしたんです。そしたら、
 そんなに力を入れてないのに、弟は大きく飛んで本棚に頭をぶつけました」
「で?」 「倒れた弟はかたく目をつぶったまま、こう言ったんです」
「何と?」 「亀乃を外に出すな、って」 「?? どういうことですか?」
「わかりません」 「で?」 「弟がそのまま動かなくなったんで両親を起こしました。
 父が揺すったら弟は目を覚ましましたが、大事をとって病院に連れてかれて」

「はい」 「私はついていかなかったんですけど、レントゲンを撮っても
 異常はなかったみたいで、家では寝ぼけたんだろうってことになりました」
「弟さんは、そのときのことを覚えてたんですか?」 「いえ、それが何にも。
 私の部屋に入ったこともわかってなかったです」 「うーん、亀乃を外に出すな、
 ですか・・・不思議ですねえ。Nさんにその話を書くなってことなのか、
 ちょっとわからないです。あ、そうだ、パソコンは無事でしたか?」
「水はちょっとしかかからなかったんで、故障はしてませんでした。でも、
 保存してデスクトップに入れてたメモはどこにもなくなってて」 
「・・・消えたってことですね」 「ありえないですよね」 「いや、自分も
 その手のことは経験してます。心霊系の画像を収集してますが、ときたま、
 どっかに消えちゃうものがあるんです。だから、信じますよ。で、その後は?」

「怖くなってきたんで、もう話を書くのやめようかとも思ったんですが、
 それも悔しいんで、昨日、いちから書き直したんです。内容はほとんど覚えてましたし」
「うーん、また消えるかも」 「だから、書き終わったらすぐプリントアウトしようと
 考えました」 「ああ、なるほど」 「それで、書いてる間は何事もなくて、
 途中までのもプリントしました。それを机のパソコンの上に置いて・・・bigbossmanさん、
 大阪市内なんですよね?」 「ええ。それが?」 「昨日、雷が鳴ってましたよね」
「ああ、そうです、夜中に」 「あれ、私のうちの近くはすごくて、
 あんまり寝られなかったんです」 「はい」 「それで、ベッドで本を読んでると、
 ビターン、ビターンって音が外でしてきて」 「で?」
「窓からのぞいてみたんです、そしたら」 「そしたら?」
「うち、ネットは光回線を壁に穴を開けて引いてるんですが、その線がゆるんでて、 
 
 壁にあたってたんです」 「その音ってことですか。たしかに風も強かったですけど」
「そのときに稲妻がビカって光って、それで、屋根の上に人がいるのが見えたんです」
「で?」 「着物を着た女の人でした。その人が後ろ向きで光回線をつかんで、
 壁に打ちつけてたんです」 「・・・・」 「で、ふっと動きを止めると、
 私が窓から見てるのがわかるみたいに、こっちを見て」 「で?」
「暗くてはっきりはしなかったんですけど、それ私の顔だと思いました」 「う」
「着物を着た私が、屋根の上で雨に濡れながら線を揺さぶってたんです」 「で?」
「またピカッと光って、雷がドーンと」 「家に落ちた?」
「いえ、私の家ではなかったみたいでした。でも、屋根全体が青白く光って・・・
 机の上のパソコンが発火したんです」 「ええ!?」
「あわてて、枕を押しつけて消したんですけど、完全に壊れちゃったし、

 上に置いてた怖い話のプリントも燃えちゃったんです」 「うーん、すごい。
 Nさんが思いついた話がネットに出るのがよほどマズイってことでしょうか。
 それ、いちからNさんが作った話なんですよね。どっかから聞いてきたんじゃなく」
「ええ、そのはずなんですけど、ただ、前に言ったように、亀乃なんて名前を
 思いつくのが変だし」 「とにかく、その話はもう書くのをやめましょう。
 そうすればおそらく、異変も収まると思います」 「ええ、そうします」
「その後は?」 「今朝です。家の軒下にこれが落ちてました」Nさんがそう言って
バッグから取り出したのは、真っ黒に焼け焦げた日本人形らしきもの・・・
「亀乃ですかね」 「たぶん」 「自分が預かってもいいですか?」 「お願いします。
 怖いんで、そうしてもらおうと思って持ってきたんです」Nさんには、念のため神社での
お祓いを勧めました。顔もわからない人形の残骸は、今、自分の本棚の上にあります。

関連記事 『能力の話』


 

 
 


クジラのクチバシ

2018.04.10 (Tue)
今回は超ひさびさにUMA談義です。自分はオカルトのジャンルの中では、
UMA(未確認生物)が一番好きなんですが、なかなか書く機会がないんですよね。
さて、下の画像をご覧ください。これ、オカルト好きの方は一度は
どこかで見かけられたことがあるんじゃないでしょうか。

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通称「テコルートラの怪物」と言います。1969年、メキシコ、
ベラクルス州のテコルートラと呼ばれる町の海岸で発見されました。
漂着してから何週間かたっており、かなり腐敗が進んで、
あちこちの骨がむき出しになり、なかば砂に埋れていたそうです。

特徴としては、推定体長が22~26m、幅6m.体重24トン、
頭の重さだけで1トンあり、なんと3mを超す長さのクチバシがついていた。
クチバシの重さは600kg。体は硬い皮でおおわれ、羊毛のような毛があった。
テコルートラの町長セサール・ゲレーロが当局に調査を依頼した。
さまざまな説が出され、突然変異のクジラではないかとする意見もあったが、
結局、結論は出ないままだったようです。

クチバシと思われる画像  ナガスクジラの頭部


上の画像を見るかぎりクジラには見えませんが、これはおそらくクレーンなどで
吊り上げられている状態と思われます。ですから、
首の部分があるように見える。あと、クチバシは取り外されているようです。
で、これ、自分はやっぱりクジラなんじゃないかと考えます。

ナガスクジラなのか、マッコウクジラなのかはちょっとわからないですが、
クチバシに歯があったという記録がないので、ナガスクジラの可能性が高いかも
しれません。ナガスクジラは、体長20~26m、体重30~80トンなので、
大きさの要件は十分満たしています。

ここで、「ちょっと待って。クジラにクチバシはないよね」と思われた方も
おられるんじゃないでしょうか。そういう意見は多いんです。
でも、自分は逆に、「クチバシ」という証言があるものはクジラの可能性を
疑います。次にクジラの骨格図を掲載しますが、
上がマッコウクジラ、下がシロナガスクジラです。



どうでしょう。頭骨の前の部分の形が、クチバシに見えませんか。この骨が、
肉の部分が腐敗してむき出しになり、クチバシと誤認されるんだと思います。
マッコウクジラ類は、頭の部分に「脳油」と呼ばれる
ワックス状の物質が入っています。これによって浮力を調節し、
深海にもぐったりするんですね。

余談ですが、マッコウクジラの油は「マッコウ油」、
ナガスクジラからは「ナガス油」が採れます。この成分には違いがあり、
マッコウ油は人間の食用にはならないため工業用に、
ナガス油は食用も含めて広く利用されました。アメリカの小説家、
ハーマン・メルヴィルの書いた『白鯨』では、19世紀後半の捕鯨の様子が
出てきますが、当時の捕鯨の最大の目的は、鯨油を採ることにあったんですね。

で、クジラが何らかの事情で死ぬと、胴体は肉厚なので、
まず、頭部が腐って鯨油が抜け、頭骨がむき出しになりやすいと考えられ、
それがクチバシ状に見えるというわけです。次の画像をごらんください。
これは、2007年に中国の海岸で発見されたものです。
くちばしだけで1メートルあり、頭全体では約3メートル。

134-kutibashi (2)

ちぎれたような首からは骨が出ています。これを、プテラノドンなどの翼竜
じゃないかとする見解もありますが、ちょっとありえないでしょう。
この頭部はかなり重そうですが、翼竜の場合、
翼長10m級のものでも、体重は50kg程度しかありません。
それはそうですよね。重ければ滑空できなくなります。

これもおそらくクジラ類の一種なんでしょう。あと、画像はありませんが、
1925年、アメリカ・カリフォルニア州で、体長15mの巨大な生物の死骸が
流れ着き、この生物にも巨大なくちばしがあったが、歯はなく、
クジラのような尾がついていたとされます。
また、下図はロシアのサハリン島に流れ着いたものです。



さて、クジラ類の中には、骨だけでなく、外から見た口吻がクチバシ状に
なっている仲間がいます。アカボウクジラ類ですね。
アカボウクジラは、体長7m、体重2~3トン、
顔つきが赤んぼうのようなことから、この和名がつけられました。
体は細長く、漂着死体がシーサーペントに見える可能性があります。
下図は、オーストラリアの海岸で見つかったアカボウクジラ科の希少クジラです。



さてさて、ということで、漂着死体というとウバザメなどのサメ類が有名ですが、
自分はクジラ類もかなりあるんだろうと思ってます。
何だか夢を壊すような内容になってしまいましたが、
「クチバシ」という証言があったら、クジラの可能性を考えたほうがいいようです。
では、今回はこのへんで。

シロナガスクジラの全身骨格






古代宇宙飛行士説について

2018.04.09 (Mon)
ペルー・ナスカで新たな地上絵が発見された。その数はなんと50個以上、
しかも、これまでに発見されている地上絵より古い時代に描かれたものだ
というから驚きだ。今月5日付けで「National Geographic」が詳しく報じ、
複数の海外メディアも後に続いている。

ペルー南部の乾燥した高原地帯に残る世界遺産「ナスカとパルパの地上絵」。
巨大な地上絵は空から眺めない限り全体の把握が困難なほどだが、
最近ではドローンを使った考古学調査が進んでいる。
そんな中、大きな発見があった。

パルパの砂漠に埋もれていた新たな地上絵が50個も見つかり、
しかもそれらは紀元前500年~西暦200年ごろに作られたのだという。
これまで発見された地上絵は西暦200~700年ごろに作られたと
考えられており、今回の地上絵を作り上げたのはよく知られた地上絵を描いた
ナスカ文化の前、この地に栄えていたパラカス文化の時代の人々と見られる。

(ナショナル ジオグラフィック)



今回のニュースはこれですが、自分が書きたいと思っているのは、
少し別のことです。さて、この発見のきっかけは、
遺跡保護調査のためのドローンを飛ばしたことだそうですが、
ペルーには、地上絵を含めて、まだまだ発見されていない、あるいは、
存在は確認されてても未調査の遺跡がたくさんあるんですね、

上の引用記事にあるとおり、今回見つかったのは、有名なハチドリや
サルなど、ナスカ文化の地上絵よりも、500年から1000年ほども古く、
ペルー南部のパラカス半島を中心に栄えた、
アンデス文明の形成期文化の人々によって描かれたもののようです。

大きな特徴としては、ナスカの地上絵が幾何学的、抽象的であるのに対し、
戦士などの人物を描いたものが多いということです。
それと、パラカス文化の地上絵は、平地に描かれたナスカのものと違って、
山の斜面にあり、麓の集落から見ることができたという点です。
ま、日本の京都の大文字焼きみたいなものなんですね。

さて、ナスカの地上絵に関しては、その巨大さ(ハチドリが96m)から、
どうやって描かれたのか、さまざまな説が立てられてきましたが、
現在では、「拡大説」が定説になっています。
これは、まず、ある程度の大きさを持った元図形を描き、
その各部に定点をとり、ヒモなどを使って拡大していくというものです。

「ハチドリ」の地上絵


拡大のための杭を打った跡が確認されていますし、地上絵の元になった
元図形も発見されているので、それで間違いないでしょう。
ただし、ナスカの地上絵は、さえぎるもののない平地だからできたのであり、
今回、山の斜面に描かれたものが、拡大説で説明できるかはわかりません。

ナスカの地上絵を描いた人々が、古くからあるパラカスの地上絵を
参考にしたのは間違いないでしょうが、ナスカの地上絵は、
そうとう上空からでないと、その全容を見ることはできず、
何のために描かれたのかについて、さまざまな説が出されています。

ユニークなのは熱気球説ですね。ナスカの人々は熱気球の技術を持っていて、
宗教的な儀式として、地上絵を高高度から眺めていたとするものです。
たしかに、ナスカ文化には気球に使用できるような高密度の布はありましたが、
気球そのものは発見されておらず、また技術も後代に伝えられていないため、
これは、根拠の乏しい仮説の域を出ません。

ナスカでの熱気球実験


さて、ここから本題です。このような「古代の」 「巨大で」 「精密な」
技術について、必ず出てくるのが「古代宇宙飛行士説」です。
簡単に言えば、「人類史上の古代または超古代に、宇宙人が地球に飛来し、
人間を創造し、超古代文明を授けたという説」のことですね。

これを唱える人物としては、スイスの実業家、エーリッヒ・フォン・デニケン
が最も有名でしょう。彼の著作は、1970年代に各国でベストセラーになり
ました。デニケンは日本にも1975年に来ていて、
青森の「遮光器土偶」を宇宙飛行士であると断じたのは、よく知られています。

で、自分はこの「古代宇宙飛行士説」があんまり好きじゃないんです。
この説の論点は、① 古代にはありえない技術で作られた遺跡・遺物がある。
② 古代の遺物には、宇宙人や宇宙船を思わせる絵画や彫刻がある。
③ 古代の神話には、宇宙人の飛来を疑われる内容が含まれている。

まあ、こんな感じなんですが、自分は特に①が気に入りません。
自分は大学で考古学を専攻したんですが、学べば学ぶほど、
古代人の知恵に感心することばかり出てくるんですね。こんな高度なものは
古代人に作れるはずがない、というのは単なる先入観です。

古代人と言っても、数千年前の人間と現代の人間の知能は何も変わりません。
例えば、古代ギリシアなどを見ればよくわかりますが、
ホメロスの叙事詩が書かれたのは、今から2800年前のことですし、
ピタゴラスは2600年前、アルキメデスは2300年前、
ナスカの地上絵が描かれたより、ずっと古い時代の人物です。

現代の人間は、各方面からの知識の集積によって、
古代人よりも多少は物を知っているでしょうが、じゃあ、
ピタゴラスの定理やアルキメデスの原理を、何も予備知識のないところから
発見できるかといったら、ほとんどの現代人はできないでしょう。

「現代人の目から見て高度な技術だから、古代人にできるはずはない。
宇宙人が知識を授けたのではないか」・・・これは大きな勘違いなんです。
ですから、安易に宇宙人を持ち出すのは自分は感心しません。
ま、砂漠の中から、古代の宇宙船が発見されたとかいうのなら話は別ですが。

さてさて、引用のナスカ、パラカスなどの遺跡は、破壊の危機にさらされています。
車で遺跡の上を走り回ったり、ゴミを捨てたりすることが後をたたないんですね。
国力の大きくはないペルーだけで遺跡を保護するのは難しいでしょう。
世界的な協力が求められています。では、このへんで。

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へなkしうあ





3段階の話

2018.04.08 (Sun)
Dさんという20代の女性の方と、いつもの大阪市内のホテルのバーで
お会いしました。Dさんは、市内のキャバクラに勤める、いわゆるキャバ嬢です。
自分が先にバーに行って、ちびちび飲みながら待ってたんですが、
約束の時間からやや遅れて現れたDさんの姿形を見て、
昔からのなじみのバーのマスターがちょっとのけぞってました。
「あ、どうも。占い師をしているbigbossmanです。
 今日はお話を聞かせていただけるそうで、ありがとうございます」
Dさんは、警戒するような感じであたりを見回し、それからスツールに座って
ジンリッキーを注文しました。で、こんな話をお聞きしたんです。
「2週間前ですね。その日は朝の4時ころに部屋に戻って、
 シャワーを浴びて寝てたんです。そしたら、ガン、ガンって音が聞こえて」

「はい」 「私は寝室にいたんですけど、音は玄関のドアのほうからしてて」
「はい」 「眠い目をこすりながら見にいったら、やっぱり鉄の扉が、
 ガン、ガンって揺れてたんです」 「で?」
「外から蹴られてるんだと思いました、靴の先で」 「ははあ」
「それで、何ですか? 警察呼びますよ!って大声で叫びながら、
 ドアのスコープを覗いてみたんです」 「はい」
「そしたら、廊下の壁が見えました」 「?? 人がいなかったってことですか?」
「それが、下の方に金色の髪の毛が見えたんです」 「で?」
「それ、私のとこから2つおいた部屋に住んでるMさんだって思いました。
 Mさんは、はっきり聞いたことはないけど、夕方から出かけるんで、
 私と似たような仕事をしてる人だと思ってました。

 廊下で会ったりすれば挨拶ぐらいはしてたんです」 「はい」
「その間にも、ガン、ガンという音は続いてて。それで、チェーンしたまま
 ドアを少し開けたんです。そしたら、低いところからDさんの顔が見えて・・・」
「はい」 「額が真っ赤になってたんです」 「血ってことですか?」
「ええ。それで、具合が悪いんだろうって思ったんです。大丈夫ですか?
 って、チェーンを外してドアを開けたら、Mさんがどっと倒れ込んできて、
 頭から顔から血まみれで。うちのドアに頭を打ちつけてたんだと思います」
「で?」 「救急車呼びましょうか、って言いながらMさんの顔を見たら、
 目が両方とも白目になってて・・・」 「で?」
「ベッドにスマホを取りに行ったんです。そしたら、床に仰向けになった
 Mさんの口から青黒い煙が出てきて・・・」

「で?」 「その煙が玄関で渦巻きながら人の顔になっていったんです」
「顔?」 「そうです。年配の男の人のような。でも、それは一瞬だけで、
 顔はすぐに消えたんです」 「で?」 「Mさんは意識ないみたいでしたので、
 救急車を呼んで、5分ほどで隊員が来てMさんを病院に運びました」
「で?」 「Mさんは一人暮らしで身寄りがいなかったんで、
 私がついてったんです。でも、病院に着く前に意識を取り戻して」
「はい」 「もちろん病院ではあれこれ検査して、特に異常は見つからなかったんです。
 お酒が入ってたので、その影響だろうって言われました」 「で?」
「Mさんからも、飲み過ぎだったみたいって礼を言われたんです。
 そのときはそれで済んだんですけど・・・」
「ちょっと待ってください。さっき、顔って言いましたよね。

 それ、誰なのか心あたりがあるんですよね」 「・・・私の店に来てたお客さん
 だと思いました。一流の企業に勤めてて、きれいにお金使う人だったんだけど、
 急に姿を見せなくなって。その後に、使い込みをしてクビになったって
 噂が流れて・・・」 「うーん」 「それで、そのことを、店によく来るお客さんに
 相談したんです。そしたら、詳しい人を知ってるよって言われて、
 女性の霊能者を紹介してもらったんです」 「それ大阪の人ですか?
 どなたです?」 「○○先生です」 「ああ、△△教のですね。知ってます」
「で、時間があるときにお会いしたら、それは生霊だろうって言われて」
「その使い込みをしたお客さんの、ってことですね」 「ええ、その人が、
 私を恨んで生霊になって、たまたま酔って正体をなくしてたMさんに
 とり憑いたんだろうって」 「恨んでるって言いましたよね。どういうことですか?」

「・・・・」 「あ、口をはさんですみません。続けてください」
「○○先生は、生霊をとめるのは簡単だけど、それだけじゃ物事は解決しないって
 おっしゃって」 「?」 「もう2段階を経ないと真に解決はできないからって。
 で、一度実家に戻ったほうがいいと言われたんで、それはできないですって
 答えたら、じゃあ、男友達に始終ついててもらえって言われて。
 それで、そうしてたんです」 「ははあ、Dさんの部屋に一緒にってことですね」
「そうです。けど、店には出てたんですよ。素直に、いったん実家に戻ってれば
 よかったのかもしれませんけど」 「で?」 「6日前です。店が終わって、
 タクシーで帰るようにしてたので、店の前で待ってたら、
 後ろからドンという衝撃があって、前のめりに倒れたんです」 「で?」
「車にあてられたんです。腰はたいしたことなかったけど、頭を打ってぼうっとしてたら、

 人が降りてきて、トランクを開けて入れられそうになりました」 「う」
「だから叫んだんです?助けて!!って」 「で?」
「店からもボーイさんたちが出てきましたし、まだ歩いてる人もいたんで、
 腕を引っぱって助けてもらいました」 
「車でDさんを轢いたのは、その恨んでるお客さん?」
「使い込みをしたお客さんです」 「どうなりました?」 
「えその人は大暴れして助けてくれた人を蹴り飛ばして、車に乗って逃げていきました」
「それ、Dさんを拉致しようとしたってことですよね。怖い話ですねえ、
 その後は?」 「店長にあったことを話したら、警察に通報したほうがいいって
 言われたので、そうしました」 「で?」
「警察からいろいろ話を聞かれたんで、そのまま話しました」

「で?」 「警察からは、誘拐される可能性があるんで、警護をつけときましょうって
 言われて、店は休んでずっと部屋にいたんです。私の住んでるマンションは、
 出入り口に警備員もいるし、まず安全ですから」 「はい」
「それで、4日前のことです。その、使い込みをしたお客さんが亡くなったって
 連絡が来ました」 「自殺ってことですか?」
「私には詳しいことは知らせてくれませでしたけど、そうみたいです。
 ニュースでテレビに出てました。使い込みを疑われている人物が、
 山の中で死体で発見されたって」 「ははあ」
「それで、私としては一安心だなあって思って、そのことを○○先生に報告したんです」
「ああ、はい」 「そしたら、○○先生にすぐに来なさいって言われて、
 本部の建物に行きました」 「あの△△教の本部のことですね、で?」

「そしたら、○○先生は、私の話を聞くと、じゃあいよいよ第3段階に入るよって
 おっしゃられて」 「うーん、すみません。いまいち意味がわからないんですけど、
 その段階って何ですか?」 「ああ、○○先生がおっしゃるには、
 恨みが激しいと、まず生霊になって来る、これが第1段階。
 第2段階が一番危険で、生身の人間が襲ってくるって」
「うーん、それで、実家に戻れとか、人と一緒にいろって言ったってことなんですね。
 なんとかわかりました。すると第3段階というのは・・・」
「ええ、その人は成仏できてないだろうから、死霊になって私のとこに来るだろうって」
「・・・・」 「それで、○○先生が、そうなってしまえば、
 一番あつかいやすい。消滅させるのは簡単だかから、って」
「なるほどねえ。意味はわかりました。ですけど・・・」

「だから、明日から△△教の本部で、○○先生に主催していただいて
 浄霊の行に入るんです」 「でも、△△教の儀式って、すごく高いんですよね」
「お金のほうは大丈夫です」 「ああ、そうですか。よけいな心配でした。
 ところで、このお話、ブログに書いてもいいでしょうか」
「あ、私と店の名前さえ出さなければかまわないです。どうせ噂が広まっちゃって、
 店にはいられないし、大阪を引き払って別に移ろうと考えてるとこなんで」
「そうですか」 ということで、その場はお別れしまして、
今、これを書いてるんです。Dさんはまだ行の最中だと思いますが、
あれって、数百万するはずです。うまくその人を成仏させることができれば
いいんですけど・・・でも、こういう話って、聞こえてこないだけで、
ここら界隈では、まだまだありそうな気がしますねえ。
 

 


 

大相撲と女人禁制

2018.04.07 (Sat)
不祥事が続いた大相撲界が再び批判にさらされている。
4日に京都府舞鶴市で実施された大相撲春巡業で、
土俵上で倒れた多々見(たたみ)良三市長の救命処置をした女性に対し、
土俵から下りるように場内放送で促したのだ。

土俵の女人禁制という伝統に固執するあまり、
人命軽視とも受け取られかねない結果。日本相撲協会の八角理事長
(元横綱北勝海)が不適切だったと認めて謝罪するなど、
不測の事態への対応の見直しを厳しく迫られることになった。

協会の資料には「土俵は神聖なる場所であるため」と、
女性が土俵に上がれない理由を記している。平成2年の初場所で
森山真弓官房長官(当時)が表彰式で土俵に上がることを求めたほか、
12年に大阪府知事に就任した太田房江氏(現参院議員)が、府内で開かれた
春場所で同様の要請を行ったが、協会は伝統の観点から断っている。

(産経ニュース)



当ブログでは、ふだんは時事的な問題は取り上げないんですが、
この件に関しては興味深かったので、少し書いてみたいと思います。
このニュースを聞いて、まず自分の頭に浮かんだのは、
『日本書紀』に書かれている、雄略天皇の事績です。

雄略天皇(大泊瀬幼武 おおはつせわかたける)は、5世紀後半ころの人物。
ヤマト王権の勢力が全国におよんでいった時期の大王と見られます。
他氏族を滅ぼしたり、随臣を気ままに処刑したことで、
「大悪天皇」の呼び名も持っているような人だったんです。

自ら大猪を殺す雄略天皇
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埼玉県の稲荷山古墳、熊本県の江田船山古墳から、
それぞれ「獲加多支鹵 わかたける 大王」という銘を持つ太刀が出土し
これは異論もありますが、雄略天皇を指しているとする見解が主流です。
古代の天皇の中でも、実在性の高い人物なんです。

この雄略天皇の御代、あるとき、韋那部真根(いなべの まね)という木工が、
巧みに仕事をすると聞いて呼びよせると、石の上に木を置いて斧をふるい、
少しも刃を傷つけることがない。天皇が感心して、
「どんなときでもそのようにできるか」と訪ねたところ、
「もちろんです」と自信たっぷりに答えた。

そこで天皇は、宮中の采女を呼び集め、裸にして相撲をとらせた。
木工はしばし手をとめたものの、仕事を続けたが、集中力を欠いて
ついに手元を誤り、斧の刃を傷つけてしまった。天皇は怒り、
木工を殺そうとしたが、仲間のものが歌を読んで天皇を諌めたので、
天皇は貴重な人材を失ってはいけないと思い直し、処刑は取りやめた。
『日本書紀』には、だいたいこんな話が載っています。

このころは、まだ相撲の土俵はなかったと考えられますが、
女が相撲をとることが禁忌とされている様子はありません。
『天岩戸』で、天鈿女命(アメノウズメ)が陰部を出して踊り、
それを見た他の神々が笑いさざめくなど、もともと、日本神話は、
性に対しておおらかであったことは、『日本書紀』のあちこちに見られます。

さて、現在の相撲協会の前身は、江戸時代初期から始まった勧進相撲ですが、
1768年に両国の本所回向院(お寺)で、最初の大規模な興行が行われました。
ここでの開催が定着したのは1833年からです。
大相撲の歴史は、そう古くまでたどれるわけではないんです。

さらに、初期のころは土俵はなく、「人方屋」という見物人が直径7~8mの
人間の輪を作り、その中で取組が行われました。それが、柱を立てて、
縄を張った格闘技のリングのような四角い競技場に変わり、
現在と同じ丸い土俵になったのは、18世紀始めと見られています。
ただ、その頃でも土俵はまだ一重でしたし、
競技のルールも現在とはだいぶ違っていました。

江戸時代の相撲は興行としての性格が強く、大名や有力旗本が
お抱え力士(家臣に取り立てられ、武士としての身分がある)を持っていて、
この取組によって藩同士の争いが起き、八百長が行われたり、
政治決着として、引き分け、預かり(没収試合)になったりしていたんです。

興行のための子供力士「大童山」 東洲斎写楽


ざっと歴史をふり返ってきましたが、ここまで見るかぎり、
「相撲は神事である」 「土俵は神聖である」 「土俵は女人禁制である」
これらのことには、それほど古い歴史も伝統もありません。
多くは明治になってから、大相撲の権威づけに、明治天皇を中心とする
国家神道を利用してつくり出されたものなんですね。

行司が直垂、鳥帽子など、平安時代を思わせる装束を着用したり、
力士が髷をゆっているのも、横綱の土俵入りなども、
「興行のための演出」の色合いが強いでしょうし、そこまで深い意味があるのか、
と問い詰められると、相撲協会自身が困ってしまうんじゃないでしょうか。

さてさて、現在の大相撲は、「神事」 「興行」 「スポーツ」
「公益財団法人」など、多くの要素が渾然一体となって成り立っています。
それ自体は必ずしも悪いことだとは思いませんが、
そのために起きる矛盾もさまざまにあるんですね。

例えば、相撲協会は「わんぱく相撲全国大会」を主催していますが、
地方大会で女子児童が優勝したとしても、両国国技館での全国大会には、
女性ということで出場できません。これはおかしいですよね。
スポーツとするなら、男女フリーの競技にするか、
あるいは女子だけの大会を別に開くか、どっちかでしょう。
(女子の「新相撲」はありますが、相撲とは別競技とされます。)

ということで、自分は、神道を利用して権威づけする時代はもう終わっている
と考えます。現在の大相撲に必要なのは、いろんなものが渾然一体となって
こんがらかっている部分を、もう少しわかりやすく整理し、現代化していく
ことなんじゃないでしょうか。ということで、今回はこのへんで。

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能力の話

2018.04.06 (Fri)
これは、これまで自分が見聞きした不思議な能力の話です。
ただまあ、すべては偶然による出来事なのかもしれません。
そこのところはご含みおきください。

その1
自分の本業は占星術師ですので、大阪で活動する占い師の仲間の会に
入っています。これは別にギルド的なものではなく、
ときどき集まって情報交換もかねた飲み会をするためのものです。
そこで、タロット占いをしているGさんという女性の方と、こんな話をしました。
「Gさんは、最近、占いをしてて何か不思議な体験ってありますか?」
「bigbossmanさん、ブログに書くネタを探しているんでしょ」
「まあそうです」 「ええ、ありますよ。それもつい最近」
「どんな?」 「ほら、私の場合、お客さんに若い女の子が多いでしょ」
「ええ」 「それで、1ヶ月ほど前に、中学生の女の子が4人で来たのを、
 一人ずつ占うことになったの」 「ははあ、恋占いですか?」
「まあそんな感じ。だけど、そのときちょっと変だったのよね」

「何が?」 「4人のうち、一番地味めの子がすごく気になったっていうか」
「どんなとこがです?」 「それが自分でもよくわからないんだけど、
 なんかその子のことを早く見なくちゃいけない気がして、
 最初にカードの前に座ってもらったの」 「はい」
「それで、カードを並べて、さてめくろうってときに、自分で考えてないことを
 言っちゃった」 「どういうことですか?」
「その子に向かって、あなた携帯持ってる?って」 「・・・」
「そしたらその子、持ってますってスマホを出したから、
 家に電話かけなさいって言ったのよね」 「どうして?」
「それが自分でもわからないの」 「で、どうなりました?」
「その子はとまどってたけど、家に電話かけて、でも誰も出なかったの。

 で、家に誰がいるのって聞いたら、お母さんだけですって」
「それで?」 「でね、その子に、お父さんに連絡して家に向かうように話しなさい
 って言ったの。それから、気がついたら私、席を立って車のキーを持ってたのね」
「・・・」 「で、その子ら4人を乗せて、その子の家に向かってたのよ」
「で?」 「その子は車の中でお父さんに連絡したけど、お父さんは、
 何で家に戻るのかってその子に聞いて」 「まあそうですよねえ」
「でも、その子はもちろん、私も理由がわからない」 「はい」
「そのうちに、30分くらいでその子の家に着いて、郊外の一軒家だったけど、
 玄関のドアには鍵がかかってなくて、開けるとすぐのとこで母さんが倒れてたのよ」
「う」 「それで救急車を呼んで・・・お母さんは命は助かったけど、まだ入院中」
「・・・」 「若いのに、心臓の発作だったのよね」

「うーん、それは不思議ですねえ」 「でしょ。私、そんな行動力、
 ふだんは持ってないから。そのときだけ、何か力に動かされる感じで、
 子どもたちを車に乗せてたのよね」 「うーん、そのお母さんの苦しんでる念が
 Gさんに届いたってことなんですかね」 「そう・・・かもしれないけど、
 その子自身は何も感じてなかったみたいでねえ」
「あ、そうだ。そのときのタロットの卦はどうだったんですか?」
「それが、後になって見たけど、お母さんとも病気とも関係ない
 ことしか出てなかったのよね」 「ははあ」
「で、その子の一家からは感謝されて、大魔法使いみたいなあつかいをされてる」
「それはそうでしょう、命の恩人なんですから」 「でもね、あんなこと2度とできない
 と思うし、その子から、先生占ってって言われるとプレッシャーがあるのよね」

その2 
武道係の雑誌の編集者をしているKさんと、モツ煮込みの店で飲んでました。
自分は学生時代にずっと柔道をやってたので、その関係です。
「Kさん、何か最近、不思議な話とかありますか?」
「ああ、bigbossman、あのブログに書くネタを探してるんだろ」
「まあそうです」 「うーん、そうだなあ。ああ、こないだ80歳を過ぎた
 古流剣術の先生の取材をしたんだ」 「はい」
「その先生は、そんな歳なのにものすごく元気で、今でも山の中に入って
 立木撃ちとかしてるんだよ」 「ははあ、それで」
「だから、取材の最後のほうで、健康の秘訣を聞いたんだ」
「ああ、読者が興味を持ちそうなことですもんね」
「そう。そしたらその先生、変わったことを言い出してね」

「どんな?」 「体の不調が出てきたら、他人にうつすって言うんだ」
「他人にうつす?」 「うん。例えば、ヒザの痛みが出てきたとするだろ。
 それを、おまじないみたいなことをやって他人にうつすんだ。
 具体的なやり方も聞いたよ。自分のヒザの痛みのある部分を何回かなでて、
 痛みの元をくるくると丸める」 「・・・」
「で、それを誰か、自分とは関係ない人間に向かって、後ろ向きで投げつける。
 すると、痛みがその人にうつるんだって」 「うーん、それ、信じたわけですか」
「いやまあ、そのときは信じなかった。だいたい、無関係の人に痛みをうつすって、
 もしできるんだとしても、ちょっとねえ」 「そうですね」
「だから、その先生のイメージが壊れると思って雑誌にも書かなかったんだ」
「うーん、おまじないに近いものですよねえ。

 ほら、小さい子がどっかをぶつけたりしたとき、痛いの痛いの飛んでけ~
 ってやるじゃないですか。あんな感じなんでしょう。ただ、
 その飛んでったものが人にうつるというとこが、新しいかもしれませんが。
 その先生は、どうやってそれ、発見したんですか?」
「ああ、そこまでは聞かなかった。ただ、痛みをうつすのは選挙演説のときに
 やるみたいだよ」 「??」 「その先生は、政治家はみんな悪いやつだと
 思ってて、地元の選挙なんかがあると立ち会い演説会なんかに行って、
 マイクでしゃべってる候補者に悪いところを投げつけるって」
「うーん。いろいろ信じられない話ですねえ」
「でも、実際に効果があるかもしれない」 「え、もしかしてやってみたんですか?」
Kさんはニヤッと笑って、「やってないけど、今、試してみようぜ。

 bigbossman、どっか体の調子悪いとこある?」 
「いや、病気のほうはよくなりました。ただ・・・最近、肩がこる感じがありますね。
 たぶんパソコンの打ちすぎだと思うけど」ここでKさんは声をひそめて、
「ほら、テーブル席にサラリーマンの2人組がいるだろ」 「はい」
「あの青い背広のほうに向かって、肩越しに投げつけてみろよ」
「肩こりをですか? いや、そんなのありえないですから」
「ありえないんだったら試してみてもいいじゃないか。こうやって、何度も
 痛いところをさすって丸めて、後ろ向きのまま、あいつのほうに投げてやる」
「・・・じゃあ、やってみますよ」ということで、Kさんに言われたとおり、
自分の体の悪いところを引っぱり出し、手でこねて丸める動作をし、
肩越しに投げてみたんです。もちろん、そんなこと効果があるとは思ってませんでした。

案の定、青いスーツのサラリーマンには何の変化もなかったんです。
Kさんとは、それから1時間近く飲んでいろんな話をし、その場をおごっていただいて
席を立ったんですが、ちょうど、さっきのサラリーマン2人も、
やや遅れて会計を始めたんです。で、自分はタクシーを呼んでもらって、
Kさんと別れて店の前で待ってました。そしたら、
自分が肩こりをうつしたサラリーマンが暖簾をくぐって出てきて、
首をコキコキと回し、連れに向かって、「さっきから何だか、ひどく首筋が
 痛いんだよなあ」って言ったんです。・・・まあ、これだけの話で、
偶然だとは思いますけど、寝て起きた翌日から、自分の肩こりが
ほとんどなくなってたんですよ。でもこれ、肩こりとかじゃなく、もし、
もっと深刻な病気でもうつすことができるんだとしたら、怖い気もしますねえ。

 






腸内のお花畑

2018.04.05 (Thu)
他人のうんちを大腸に入れて病気を治す。
びっくりするような治療法が既に動きだしている。

心身の健康に深く関与することが解明されつつある腸内フローラ(腸内細菌叢)。
善玉菌優勢のバランスの良い状態ならば健康維持に寄与する半面、
それが崩れると病気や不調を招く。細菌叢を形成する多様な腸内細菌は、
うんちにも混じり、水分を除けば3分の1を占めるという。

健常な人のうんちから取り出した腸内細菌を患者の大腸に注入し、
細菌叢のバランスを取り戻そうというのが、
腸内フローラ移植(糞便微生物移植=便移植)だ。
(西日本新聞)

腸内細菌
腸内細菌

前回に引き続き、今日もウンコの話です。「何だよ、ウンコの特集をやるのか?」
と思われたでしょうが、けっしてそうではなく、昨日、今日と、
最新科学ニュースを見て、たまたま目についたのがこれなんです。
こういうのを、オカルト界ではシンクロニシティと言います(笑)。

さて、まず「腸内フローラ」とは何か? これは回腸から大腸にかけて、
たくさんの腸内細菌が、種類ごとにコロニーを作ってすみついている部分です。
それが、まるで区画をきって植えられた花壇に似ているところから、
フローラ(flora 花壇)と名づけられました。(下図)
また、フローラはローマ神話の花の女神でもあります。

「腸内フローラ」 イメージ


昨日書いたように、人間の腸内には100兆個以上の菌がすんでいますが、
大きく、善玉菌、悪玉菌、日和見菌に分けられます。これはご存知だと思います。
代表的な善玉菌は乳酸菌、悪玉菌は大腸菌やブドウ球菌。日和見菌は、
善玉と悪玉の優勢なほうに味方しようとする、洞ヶ峠の筒井順慶みたいな菌。
理想的なバランスは、善玉菌2、悪玉菌1、日和見菌7だそうです。

善玉菌と悪玉菌


で、腸内でこれらのバランスがとれていればいいんですが、何かのきっかけで
悪玉菌が優勢になるとお腹を壊します。まあ、下痢くらいですめばともかく、
糖尿病やがん、動脈硬化など、深刻な病気の原因になったりもするんです。
そこで、腸内菌のバランスをとろうと考え出されたのが上記の治療法。

ただし、「他人のウンコを腸内に移植する」というのは正確ではないですね。
新聞記事として読者の目を引くためのテクニックでしょう。
ウンコそのものを腸内に手術で移植するのではなく、多くの場合、
健康な人からとった菌液を、浣腸などで腸内に入れます。

でも、これをやったら確実に症状が改善するというエビデンスはありません。
そこはご注意下さい。現段階では、あくまで民間療法でしかないんです。
まだまだ研究途上にある治療なんですね。西日本新聞でも、
そのことはきちんと記事に書いてありました。

さて、腸は「第2の脳」と言われたりします。人間の精神状態と深いかかわりが
あることがわかってきているんです。みなさんの中にも、学生時代の試験や、
仕事のプレゼンなど、緊張をしいられる状態にあったとき、
お腹の具合が悪くなったという方がおられるんじゃないでしょうか。

最近、うつ病と腸内菌の関係についての研究が進み、様々なことが
解明されてきました。「幸せホルモン」と言われる脳内伝達物質「セロトニン」、
「やる気ホルモン」である「ドーパミン」。
これらがきちんと出ていれば、人間はうつ病になりにくいんですね。

で、セロトニンやドーパミンの前駆体は、大部分を、
アミノ酸を分解して腸内細菌が作っているんです。ですから、
腸内菌のバランスが崩れると、これらの物質が不足し、お腹の調子だけでなく、
精神のほうにまで大きな影響をおよぼしてしまいます。さらには、腸のほうから、
これらの物質を出すように、脳に信号を送るケースさえあるようなんです。

これは面白い話ですねえ。自分は、推理小説家、夢野久作氏の書いた奇書、
『ドグラ・マグラ』を思い出しました。あの小説では、登場人物の怪しい博士が、
「脳髄論」という持論を展開します。脳髄論は、ひとことで言えば、
「脳がものを考えるのではなく、体の中の細胞一つ一つが考えるのであり、
脳はただそれらをまとめ、交換しているに過ぎない」こんな内容でした。

ま、あくまで小説の中の話なんですが、近年、脳が人体のすべてを
支配しているのではなく、体の各部分と相互にフィードバックし合う
関係にあるということがわかってきました。人間は脳だけではなく、
体全体を使って考え、体調を維持している。さらに、
それには腸内細菌も深く関わっているというわけです。

腸内細菌は、生まれたばかりの赤ちゃんでも持っています。これは、
母親の胎内で産道を通るときに受け継がれるのだそうです。そして、
母親ももちろんその母親から、代々にわたって腸内細菌をもらってきている。
つまり、人類はずっと腸内細菌と共生していることになります。

さてさて、最近は、日常生活のいたるところで抗菌製品が使われています。
さらに、少し具合が悪いと医者が抗生物質を出してくれます。
しかし、そのことで、人間の体内にいる細菌の多様性が失われつつあると
指摘する研究者もいるんです。清潔なのはいいことですが、
ほどほどにしないと、人間に役立つ細菌も殺してしまうんですね。

ということで、もし、ここのところ落ち込み気味だ、
どうもやる気が出ない、という方は、腸内細菌の状態を見直してみるのも
いいかもしれません。・・・自分はヤクルト社などからお金をもらって
これを書いてるわけではないんですが(笑)。では、今回はこのへんで。