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公園管理の話

2018.05.31 (Thu)

この間の日曜日です。3歳の息子を連れて、近くの児童公園に行ったんです。
その日は主人がお休みで、一家揃って寝坊し、起きたのが10時近くだったんです。
ですから、朝昼兼用の食事を11時ころに済ませて、
その後、息子を連れてぶらっと。そこの公園までは、幼児を連れて歩いても
10分ほどしかかかりません。ごく小さいところですよ。
ちょうどお昼の時間帯だったせいか、私たちの他には、利用者は誰もいませんでしたね。
遊具はブランコ、すべり台、低鉄棒、砂場があるくらいです。それで、
息子はすべり台がすごく好きで、何回も何回も乗るんです。危険もあるので、
ずっとついてないといけないんですが、小一時間ほどで飽きて、砂場に移ったんです。
そこで遊ぶための小さいプラスチックのバケツとスコップを持ってきてたので、
息子にわたして、私はベンチに座ってゆっくりしてました。

そしたら、ギッ、ギッで音が聞こえてきて、そちらのほうを見ると、
ブランコが少し揺れてたんです。はい、風はまったくなかったと思いますよ。
最初は、ごく微かな揺れだったので、まあそんなことも何かの拍子で
あるのかなって考えたんですけど、それがだんだんに揺れが大きくなっていって・・・
ありえない、って思いました。でも、怖くはなかったです。
太陽がまぶしいくらいの日中でしたから。で、ベンチから立ってブランコに近づき、
見ててもまだ揺れてるんです。思い切って両手でブランコを止めてみました。
そしたら揺れがやんだので、数秒そこにいてから、またベンチに戻りました。
すぐにギッ、ギッ、ギー、ギー、さっきより強く揺れだして、腕が見えたんです。
鎖をつかんでる片方の腕だけが。体のその他の部分はなかったと思います。
そこで、すごく怖くなって、砂場の息子を抱き上げて、家まで逃げたんですよ。


これ私の5歳の娘から聞いた話ですので、どこまで本当かわかりません。
もしかしたら、嘘っていうか、子どもの作り話なのかもしれません。
そこはあらかじめお断りしておきます。娘は5歳です。
幼稚園に通ってるんですけど、その日はたまたまお休みで、
それで午後から、娘を連れて近くの児童公園に行きました。
そのとき人は5~6人いましたね。お母さん方と、私の娘より小さい子たち。
娘は砂場が好きなんです。ちょうど他には誰もそこで遊んでなかったので、
私はベンチに座ってました。そしたら、たまたま、同じ幼稚園に通う
男の子とお母さんがやってきて、男の子はいっさんにブランコに走り、
私はそのお母さんと、ベンチであれこれ話をしてたんです。
そしたら、10分ほどして娘が急にギャーッと泣く声が聞こえてきて。

見ると、砂場の上に這いつくばるような格好で、私のほうを見て、
泣きながら助けて、助けてって。それで、かけよって抱き上げました。
右の手が、肩のあたりまで砂だらけになってました。
しばらくして泣きやんだ娘に、どうしたのって聞いたら、
砂の中から手が出てきた。大きな大人の手だと思う。
最初はジャンケンをした。その手はパーしか出さないので、全部私が勝ったけど、
だんだんつまらなくなってきた。それで、てのひらの真ん中をこちょこちょって
くすぐってみた。そしたら、ガチッと手を握られて、砂場の中に引きずり
込まれそうになった。痛いし怖いし、お母さん助けてって叫んだ・・・
こんな話だったんです。で、娘が引き込まれたっていう砂の穴は、
とても子どもじゃ掘れないような深さで、50cm以上はあったと思います。


小学校6年生です。学校帰りに公園に寄りました。道草なんだけど、
その日は5時から塾があって、いつも学校から直接行ってるんです。
けど、そのときは塾の時間まで30分くらいあったから。
最初にブランコに乗って、かなり高くまで漕ぎました。
それから、土管を組んでできた迷路があるんです。
その中に入りました。土管は人がくぐれる太さで、横に進んだり、
上に登ったりできるんです。その中にいると、自分の今いる位置がわからなくなる
ところが面白いんです。土管の端から顔を出すと、意外な場所が見えたりして。
それで、中を進んでいくと、出口のところに袋があったんです。
うーん、どう言えばいいですかね。ちょうどスイカが入るくらいの袋。
色は白っぽくて、ところどころススがついたように黒くなってる。

じゃまだなと思って、手で押しました。そしたら袋はゴロンと外に落ちて、
でも、顔を出してみると、袋は下にはなかったんです。
それから、向きを変えて上に登ろうとしました。そしたら、
上の穴が黒くなって、袋が落ちてきて僕の頭にあたったんです。
目から星が出るってあんな感じなんですね。すごく痛かったです。
でも、僕に当たったはずの袋は見えなくなってました。
頭を押さえながら出ると、袋が土管の一本の上に乗ってたので、
近寄って土管に外側から登り、思いっきりその袋を蹴ったんです。
でも、重くてあんまり飛びませんでした。ゴロゴロと転がり落ち、
袋の1か所が破れてました。そしたら、その破れ目から黒いものが見えました、
人の髪の毛みたいな。え?と思ったときには、もうなくなってたんです。


市の建設部、公園管理課に勤めてます。
なんだか楽そうな仕事だって思われるかもしれませんが、そうでもないんですよ。
うちの市は、ほとんどが市街地なので、大きな自然公園とかはないけど、
そのかわり、小さな公園が200近くあるんです。
それらの管理を一手に引き受けてやってます。課の職員は4人だけですよ。
それに、責任もけっこう重いんです。ほら、遊具で遊んでた子どもが
不具合でケガをしたり、最悪の場合は亡くなったりすることもあって、
裁判になった事例が新聞に出てたりするでしょ。
あれ、何千万の賠償が命じられたケースもあるんです。
ですから、気が抜けないんです。ええ、見回りはわれわれでやります。
もし、壊れてるところがあれば、直すのは業者ですけど。

で、ですね。このところ苦情がたくさんきてたんです。
ええ、公園で変なことが起きたっていう。これまで大ケガは出てないですけど。
それがね、苦情のくる公園は5ヶ所で、どれもごく小さな、住宅街の中にある
遊具が3つ4つくらいのところで。もちろん、すべて見回りに行きましたし、
遊具の一つ一つを確認しました。でも、どれもしっかりしてて、
壊れた箇所なんてなかったんです。あと、苦情の内容も、
なんか怪談みたいな話ばっかりで。それで困ってたんですけど、
あるときに課長が、市の地図でそれらの公園がある場所に印をつけてみました。
そしたら、ぐるっと円になってることがわかりました。
円っていうか、正確には五角形ですね。それを見た課長が、
これはわれわれの手には負えないことかもしれないなあ、って言ったんです。

ここからはオフレコでお願いします。どうしたかっていうと、
霊能者に依頼して見てもらったんです。もちろん、市の予算、市民の税金で
霊能者を呼んだなんて知れたらエライことですが、
課長が、俺が責任持つからって言って、礼金は設備費から出しました。
霊能者は、ある宗教の幹部の方で、課長が個人的に知ってたんです。
50歳代くらいの、どこにでもいそうな普通のおじさんでしたよ。
その人といっしょに、苦情がくる5つの公園を回りました。
そしたら、どの公園にも砂場があったんですが、その前で霊能者の方は立ち止まって、
手を合わせてお経みたいなのを唱えたんです。
で、その後、役所に戻ってから、霊能者の方は、大きな呪いみたいなものを感じる、
砂場を掘り返してみなさいって言いまして・・・

ええ、業者に頼んで、言われたとおりにしましたよ。そしたら・・・
砂場の底のほうから骨が出てきたんです。2つの公園からはそれぞれ左右の腕、
2つの公園からは左右の足。残った一つからは麻袋に入った人の頭。
これでね、われわれだけで済む話じゃなくなってしまいました。
警察が調べたところでは、すべて人骨で、同一の成人男性のものだってことが
わかったんです。ただ、胴体の骨は見つからなかったし、死因もわかりませんでした。
警察の調べが終わってから、骨は1か所に集めて霊能者の方に供養してもらいました。
それからは、おかしな苦情はこなくなったんです。あとですね、
五角形の公園を対角線で結んだ中心に、暴力団の組長の豪邸があったんです。
ただし、その組長は1年前に銃撃で死亡してて、組は解散して今は空き家になってるんです。
公園から出てきた骨が、その組長のものってことではないんですけど・・・









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怪片7題

2018.05.30 (Wed)

会社員の山根さんが帰宅途中の駅で電車を待っていて、
ホームに滑り込んできた快速の窓に、
山根さんの背後で不自然に動く手が写り込んだ。
「ん?」と思った山根さんが後ろをふり向くと、
背の高い西洋人の神父さんがいて、さかんに胸の前で十字を切っていた。

山根さんが驚くと、神父は、とがったアゴで下のほうを指し示すような仕草をし、
そちらを目で追ったら、電車の下部とホームの間のすき間から、
血まみれの女が顔をのぞかせていた。「うわっ!」と思った山根さんは、
後退りして神父さんの体にドンとぶつかった。
神父さんは山根さんの耳元で「ニッポン、コワイ トコロデス」と言い、
もう一度下を見ると、女の顔はなくなっていた。


法務省に勤務している石原さんが中学校1年生のときの初めての定期テスト。
1時間目は社会だったが、問題をすべて解き終わっても20分ほど
時間があまった。見直しをしたが、間違ってると思えるところはない。
そのままぼうっとしていて、あと数分で終了というとき、
ふとテスト用紙の裏を見て愕然とした。なんと、用紙の裏半分ほどに
まだ問題が印刷されていたからだ。「あ、あ、あ、間に合わない」
あせった石原さんだったが、そのとき、目の前がぐにゃんとゆがんだ。

目をこすりながら顔をあげると、黒板の横の時計が目に入ったが、
「え?」テスト終了時間まで、まだ20分残ってた。
何度も確認したが、それは変わらない。石原さんは、わけわからないながらも、
テストの答えを最後まで書いて提出した。
数日後、テストは帰ってきたが、点数は62点。裏を見ると、
答えの欄はすべて埋められていたものの、そこに書かれているのは、
見なこともない、異国の古代文字のようなものだったという。


フルーツパーラーでバイトしている岸本さんが小学生のとき、
通学路を歩いて帰宅していると、曲がり角の塀の陰から猫が顔を出した。
岸本さんが近づいていっても猫は逃げない。
「頭をなでよう」そう思って、そっと猫のところまでいき、
おそるおそる手を出した。猫はなでられるままだったが、
そのうちニャンと鳴いて、塀の陰から出てきた。その胴体が・・・長い長い。

「3m以上はあったと思います」しかも気味の悪いことに、
足が10本以上ついていたそうだ。驚いて尻もちをついてしまった岸本さんの前を、
猫はゆうゆうと通り過ぎ、民家の生け垣をくぐって消えた。
「その後ですね、この話を家族にしたんですが、誰も信じてくれませんでした。
 それと、猫をなでた手が赤くなってブツブツが出てきたんです。
 2週間ぐらいで治りましたけど」
この後、岸本さんはその道を通るのをやめたそうだ。


証券会社に勤める飯田さんが、なじみの小料理屋で遅くまで酒を飲み、
いい機嫌になって帰ろうとし、店にタクシーを呼んでもらった。
しばらくして、店の前でブッと短いクラクションが鳴り、
戸を開けて出てみると、なんと、黒塗りに金の飾りがついた霊柩車が停まっていた。
「ええ?!」飯田さんが驚くと、ひとりでに後部座席のドアが開いた。
「これは乗ってはいけない」そう思って、数歩後ろに下がると、
「お客さん、乗らないんですか?」という声が聞こえてきた。

見ると普通のタクシーで、運転手がイラついた顔で窓から顔を出していた。
「あれれ?、そこまで酔っ払ってるのか、俺?」
そう考えて少し恥ずかしくなりながらタクシーに乗り込んだら、
何事もなく自宅に着いた。ただ・・・それから2週間のうちに、
同居していた飯田さんの両親が立て続けに急病で亡くなったとのことだ。


アメリカで不法就労していた岩城さんが、ニューメキシコの農場での
長期バイトが終わって、同じ農場で働いてた白人男性に車に乗せてもらい、
根城にしている安ホテルに戻る途中、
車のまったく通らない、夜のハイウエイを走っていると、
ピックアップトラックの窓に何かがドンとぶつかってきた。
岩城さんが乗っている側だ。かなりの重量感がある黒い鳥のように思えた。
白人男性は「チッ」と舌打ちをし、車を停めてダッシュボードから拳銃を出した。

岩城さんが驚いていると、男性は岩城さんに窓を開けるように言い、
言われたとおり開けたところへ、さっきの鳥のようなものがまた飛んできた。
姿は、暗くてはっきりとはわからなかったが、叫び声は、
英語で「death、death」と聞こえた。男性は身を乗り出し、
岩城さんの体の前で窓の外に2度発砲し、急いで車を発進させた。

ホテルについて、岩城さんは礼を言って車を降りたが、
そのときに「さっきのは何なんです?」と聞いてみた。白人男性は嫌そうな顔をし、
答えなかったかわりに、拳銃を入れてあったダッシュボードを開け、
何かをつかんで、岩城さんにつき出した。
見ると、十字架がついた安物のペンダントで、
くれるということみたいだった。岩城さんが受け取り、
それ以上の質問する前に、白人男性は走り去っていった。


雑誌社専属のカメラマンをしている三木本さんが、写真の専門学校時代、
仲間と数人で、心霊スポットとされる林の中の民家に探索に行った。
そこは一般家庭が住んでいたと思われる日本家屋で、
落書きなどもなく、家の中には生活臭がまだ残っていた。
1階の奥にある部屋までいくと、巨大な仏壇があった。

扉が閉まっていたので、誰かから「開けてみろよ」という声がかかり、
一番近くにいた三木本さんが、観音開きの扉を一気に開け放つと・・・
中に、横向きに体育座りをした白い着物のじいさんがいた。
「わあ!!」という声が上がり、全員が走って逃げたので、
その後どうなったかはわからない。「でね、そのじいさん、懐中電灯の光で、
 ちらっと見ただけなんですけど、両手に箸と茶碗を持ってたような
 気がするんですよね」という三木本さんの話。


その当時、高級割烹で皿洗いのバイトをしていた西崎さんが、
必死で働いていると、調理場のほうで「わっ!」という声が上がった。
そちらを見ると、板前さんの一人が、「まただよ」と言いながら、
さばいている途中の大きなサバを皆に向かってかかげていた。
「ああ、嫌だ、嫌だ。こんなの店じゃ捨てられない」板前さんはそう言って、
西田さんを呼び「これ、どっかに持ってって捨ててこい」と命じた。

みると、半身におろしかけたサバの体から黒く長いものが無数に出ていて、
西崎さんには髪の毛のように思えた。どうすればいいか聞けばしかられると
思ったので、髪の毛にさわらないよう新聞紙でつつみ、
近くにある地下鉄の駅に持ってって、ゴミ箱に投げ込んできた。
それが何だったか西崎さんは聞かなかったが、
その割烹は西崎さんがバイトを辞めて数ヶ月してつぶれたそうだ。




 


宇宙系の話 2題

2018.05.29 (Tue)
円形迷路

小学校5年のときのことだな。たしか午前中の図工の時間。なんか作ってた
気がするが、俺はそういうの苦手で、だらだらとさぼりながらやってたんだ。
そしたら、友だちの湊ってやつが、やっぱ面倒くさそうに紙をハサミで切りながら、
フワワーってあくびをしたんだよ。そしたら、口の中が銀色に光って見えた。
「あれ。おま、口の中変だぞ。もっかい口 開けてみろよ」
「ああ、変か?」 でも、湊の口の中は普通だったんだ。
「おっかしいなあ。たしかさっきは、銀色に見えたんだが」
「そうか・・・あのな、朝に変なことがあったんだよ」 「何?」
「俺、今朝、すげえ早く学校に来たんだ」 「何で?」
「ほら、俺んち、父ちゃんも母ちゃんも、おんなじ工場で働いてるだろ。
 で、早番の日ってあるんだ。6時前に家を出る。それで、俺一人っ子だし、
 
 家の中に誰もいなくなるんで、無理やり親といっしょの時間に
 家を出させられるんだよ」 「何時ころ?」
「そうだなあ、たぶん6時ちょっと過ぎくらい」 「学校、開いてねえだろ」
「そうだよ。用務員さんもまだ来てない。だから、そういう日は、
 誰か来るまで、ずっと校庭でブランコとか乗って遊んでるんだ。
 でな、校門をくぐったら、グランドのほうが変だった」
「どんなふうに?」 「いや、それが、さっきお前言ったみたいに、
 銀色に光っててな。だから見に行ったわけよ。そしたら・・・
 前に、算数の時間にコンパスで大きな円、小さな円を重ねて描くのがあったろ」
「ああ、同心円ってやつだな」 「それ、それがグランド一面に描いてあったんだよ」
「ウソつけ、今、どっかの学年で体育やってるし、

 そんなのあったら、誰がイタズラしたって、大騒ぎになってるだろ」
「それがなあ、消えたんだよ。俺が、面白えなあって思って、
 その円の上を足で踏んでったんだ。そしたら、描いてる幅は俺のズックより
 大きいんだけど、俺が通った後ろはスッ、スッって消えくんだ。
 円は端のほうでつながってて、どんどん中心に向かって進んでった。
 で、真ん中まできたわけ。そしたら、上のほうで、ビコンビコンって音がして、
 見上げると、高いところに丸いものが浮かんでた。そんなに高いわけじゃなく、
 校舎のちょっと上くらいのかな。んで、その真ん中が銀色に光ってて、
 いつのまにか俺の体も銀色に染まったのよ」 「んで?」
「上のその丸いものから、なんか数字を言われたんだ。6325843みたいな。
 忘れちゃったから、これは今、適当に言ったんだけどな。

 それで、気がついたら、一人でグランドの真ん中に立ってた」
これね、俺、半分くらいは信じたんだ。子どもだったし、湊はそんな奇天烈な嘘言う
やつでもなかったし。「それ、もしかしてUFOじゃね。お前、宇宙人にさらわれる
 とこだったとか」 こんなことを言って、昼休みにグランドを見に行くことにしたのよ。
けど、グランドの土は大勢の生徒に踏み荒らされてて、
円なんてどこにも残ってなかったんだ。
でな、その日はそれで終わったけど、翌日から湊が変になった。
いつも、暇さえあれば数字を並べたのをつぶやいてて、「7634561、違うなあ。
 5678933、これでもねえなあ」こんな感じ。
で、ヘマばかりやって担任に何度も注意されるようになったんだ。
それと、湊は頭はよくなかったが、スポーツだけはできたのに、

体育の時間にちょっと動いただけで、ハーハー言ってへたり込むようになったんだ。
体が悪いんだろうと思ってたら、夏休み後から学校に来なくなった。
担任が言うには、ちょっと難しい病気が見つかったから、
大きな市の病院に入院したってことだったんだよ。それから、
湊は一度も学校に姿を見せないまま、転校したことになった。
いや、手紙なんかもこねえから、どこに行ったかわからねえよ。
んでな、それから10年近くたって、地元で成人式があった。俺は地元離れてたけど、
小学校のときの仲間と久しぶりに会っていろいろ話したら、
何人か同級生が死んでるんだよ。白血病が多かった。
でもよ、まだ20歳なんだぜ。死ぬやつなんて珍しいだろ。だから・・・
なんかこれ、湊のことと関係あるような気がするんだよなあ。あんたら、どう思う?

スマホ

あ、よろしくお願いします。私の母の話なんです。父は、私が大学のときに
亡くなってまして、私が仕事についてからは、ずっと一人暮らしでてたんです。
でね、今年、母にスマホを買ってやったんです。
いや、ちょっと骨粗鬆症気味だけど、体は元気だし、
頭もボケてる様子じゃない。だけど、もう75歳を過ぎましたからね。
ああ、住んでるとこは車で1時間くらいです。だから、私もときどき顔は
出してましたけど、ほら、母が外出したときに具合悪くなったら、
すぐ連絡をよこせるようにって思って。
いやあ、やっぱり年寄りなので、操作を覚えてもらうには時間がかかりました。
でも、なんとかかんとか私と、離れたところにいる弟のスマホに
連絡はできるようにして。ああ、メールはさすがに無理でしたけどね。

でね、当初はやってよかったと思ってたんです。固定電話だけのときより、
ちょくちょく連絡が来るようになりましたから。
それから1ヶ月くらいしてですね。母から電話が来て、
変なことを言うんです。「お父さんから電話がかかってくるようになった」って。
でもね、さっき言ったように、父はもう何十年も前に他界してるんだし・・・
まず、考えたのは、オレオレ詐欺です。子どもじゃなく、
旦那からってのが斬新だけど、ありえることじゃないですか。
だから、「いうことを聞かないで。ぜったい銀行に行って振り込んだりしないで」
とは言いました。そしたら母は不満そうに、「だって間違いなく。
 お前のお父さんの声なんだよ」って言うんです。
で、次に考えたのが、いよいよボケが始まったのかってこと。

だから、母のとこに様子を見に行かなくちゃって思ってたんですが、
仕事が忙しくて、なかなか行けなかったんです。で、そうしてるうち、
また母から連絡が来て、「お父さん、電話番号教えてくれたから、
 私のほうからかけられるようになった。
 お前が小さいときのこともいろいろ話したんだよ。
 詐欺なんて言ってたけど、お父さんで間違いないから」って。
どう思います? これ聞いたとき、私、ちょっと背筋が寒くなったんです。
霊界に通じる電話ってことですからね。いや、もちろん、
いい親父でしたから、本物だったら私も話をしてみたいですよ。
でもねえ、そんなことあるわけないと思うでしょう。
でね、2日後、母にこっちから電話をかけてみたんです。

そしたら、いつもはすぐ出るのに、ずっと「ただいま、電話に出られません」で。
なんか胸騒ぎがして、心配になって母の住んでる家、
私が生まれ育った実家なんですけど、顔を見に行ったんです。
そしたら、玄関に鍵がかかってなくて、開けたら、すぐのところに母が倒れてました。
もちろん救急車を呼びましたけど、すでに事切れてたんです。
脳出血ってことでした・・・ 悲しかったですよ。
弟もすぐ来まして、葬式出すためにバタバタしました。
なんとか済ませて、一息ついたところで、スマホのことを思い出したんです。
発信と着信の履歴が出てきました。けど、私と弟以外のものはみな、
変な番号になってたんです。2463894みたいな。
でも、これって固定電話でもスマホでもないですよね。

番号は全部違ってたんですが、そのうちの母が亡くなる直前のにかけてみたんです。
そしたら・・・相手が出ることは出たんですけど、ずっと信号音みたいなのが
聞こえるだけでした。ビコンビコンっていう。あとはチューニングが合ってない
ラジオみたいな雑音。ええ、その他のにかけても同じでしたね。
それでしょうがなくて、そのスマホはずっと家に置いてあったんです。
それが、母の49日が過ぎた日の夜でした。
もう電池が切れてるはずの、そのスマホの着信音が鳴りだしまして。
出てみたら、雑音の後に低い声で「〇〇(私の名前です)か?
 母さんがこっち来たぞ」って聞こえたんです。すぐ父の声だってわかりました。
「父さんなの? 今、どこ?」こう聞いたら、「宇宙!」その一言だけで
電話は切れ、それからは、何をどうやっても連絡がつかなかったんです。







月へ行った話

2018.05.28 (Mon)
もうずいぶん昔のことです。あれは中学校1年生のときでしたね。
この話、信じてもらえますかどうか・・・
私、月に行ったことがあるんです。ええ、夜空に浮かぶあの月ですよ。
え? ああ、アポロ宇宙船の月面着陸よりは後のことです。
2年後になるのかな。あのアポロ計画のおかげで、当時は日本でも
天体好きの少年が増えたんですよ。私もね、親に無理を言って、
誕生日のプレゼントで天体望遠鏡を買ってもらったんです。
といっても、子ども用のオモチャみたいなやつでしたが。
そうですねえ、高校生になった頃までは実家にあったと思いますが、
その後どうなったのか。大学生になって女の子に興味を持っちゃって、
天体はどうでもよくなっちゃたんですよね。

あ、話がそれてしまいました。でね、天体望遠鏡は、最初、
家の物干しに出してみたんです。でも、近隣の家がじゃまで、
空のほんの一角しか見えなくて。かといって、
屋根に登れば危ないって怒られますし、困ったあげく、近くの空き地に持ち出して
空を見てたんですよ。え、のぞき? いや、まさか。
当時はほんの子どもで、そんなことは考えつきもしませんでした。
もっぱら、見てたのは月です。だってほら、さっき言ったようにオモチャみたいな
もんですから、金星や火星を見たって、ただの光の点なんですよ。
まともに何とか見えるのは、お月さまだけで。
でね、その頃はまだ小学生だったんで、夜に外に出るのは親が心配して、
観測の時間は、夕食後の8時から8時半までの30分間って決められてたんです。

でも、買ってもらって1ヶ月ぐらいは、ほとんど毎日外に出てましたよ。
で・・・6月のある日のことです。その夜も、空き地の草むらに望遠鏡を立てて、
月を見てました。やっぱり月は近いから、クレーターらしいものも
うっすら見える気がしたんです。アポロの着陸船が見えないかなんて思ってましたが、
今考えればそんなはずないですよね。そうやって夢中で望遠鏡を
のぞきこんでると、「おおい、坊や」突然声をかけられて、
飛び上がるくらい驚きました。そっちを見ると、
空き地の外の道に、背の高いおじいさんが立ってたんです。
うーん、当時はおじいさんだと思いました。だって髪が真っ白でしたから。
でもね、顔にはほとんどシワがなかった気もするんですよね。
それで、白っぽい浴衣みたいなのを着てたのを覚えてます。

そのおじいさんが、「坊や、いいもの持ってるね。何を見てるんだい?」
って聞いてきたんで、「月です」って答えました。
そしたら、「へええ、月ねえ。どうして直接 行かないんだい?」って。
これね、さすがに子どもをからかってるんだろうと思ったんですが、
「宇宙船に乗らないと行けません」って返事しました。
そしたら、「おやそうかい。でもねえ、月ってこの町内とつながってるはずだよ」
「冗談ですよね」って私が言うと、おじいさんはにやにやと笑って、
「その望遠鏡、反対にしてのぞいたらどうなるんだい?」って聞いたから、
「それだと実物より小さく見えるんです」って律儀に答えました。
おじいさんは「ほーそうかね、でもね、いっぺん見てごらんよ」
こう、からかうように言って、ずっとこっちを見てるんで、

「じゃあ」って望遠鏡の向きを反対にして月に向け、のぞいてみました。
当然、真っ黒で何も見えなかたんだけど、「やっぱ、見えないです」
っておじいさんに言ったら、おじいさんがエヘンって大きな咳払いをして、
そしたら、望遠鏡の穴に顔が映ったんです。それ、当時、
小学2年生だった弟の顔でした。しかも、かたく目をつぶって涙を流してる・・・
「あ!?」と思って目を離し、おじいさんのほうを見ると、
おじいさんは笑いながら、「弟さんかねえ、弟さんに月の石を持ってってやりなよ」
そう言って、私に向かって手をバイバイと振り、歩き去っていったんです。
それから、少しして家に戻りましたが、両親はテレビを見ていて、
弟は?って聞いたら、熱っぽかったのでもう寝かせたって言われました。
その頃は、私は2階の自分の部屋で寝ていて、弟は両親といっしょでした。

翌日の朝ですね。起きていくと、仕事してない母が着替えてて、私に、
弟の熱が下がらないから、病院に連れてくって言ったんです。
「僕は?」って聞くと、「お前は学校に行きなさい。もし、帰ってきても
 私がいなかったら、夕食を用意しておくから食べて待ってなさい」って。
それで、いつもどおり自転車で出かけたんです。で、授業が終わって、
私は陸上部に入ってたんですが、弟のことが心配だったんで、
部活を休んで早く帰ったんです。4時頃でしたよ。1年でいちばん日の長い季節で、
まだ昼と同じくらい明るかったんですが・・・ 自転車で家まで15分くらいでした。
それが、かなり急いで漕いでたのに、いつまでも家に着かなかったんです。
それどころか、なぜかどこを走ってるかもわからなくなって・・・
確かに家の近くの住宅街なんですが、ぜんぜん見覚えがない道でした。

おかしいなあ、迷うなんてありえない。そう思って走ってると、
道の両側の家がペラペラになってきたんです。これ、うまく説明できないです。
だんだん立体感がなくなったっていうか、お芝居のセットの書割みたいになって、
現実感がないというか。それに、道で車にも人にもすれ違わないし・・・
そこでいったん止まったんです。そしたら、空が急に暗くなりました。
でも、夜ともまた違って、足元の地面が白く明るかったんです。
しかも、舗装道路だったのが、いつの間にか細かい砂地になってて、
「え?え?」と思ってると、書割のような家々から、真っ黒な人が出てきました。
あっちからもこっちからも、ぞろぞろと。その人たちはシルエットになってて
顔も服もわからなかったんですけど、白い地面からの照り返しで、
黒じゃなくて濃い緑色だってわかりました。

そんな人たちが何十人も出てきて、私のほうを指さして、だんだん集まってくる。
怖くなって、自転車で走り出しました。前方にも出てきた緑の人の中を突っ切って
走ってくと、両側の家が途切れて、広い広い砂漠に出たんです。
で、信じてもらえますかねえ。空に巨大な青いものが浮かんでたんですよ。
あれ・・・地球だったと思います。緑のやつらはもう追いかけてはきませんでしたけど、
どうしたらいいのか途方にくれました。そのとき、昨夜空き地であった出来事を
思い出したんです。ええ、あのおじいさんの「弟に月の石を持ってってやれ」
って言葉です。それで、自転車から下りて、そこらにいくらでも落ちてる
粉っぽい石を一つ拾って、ズボンのポケットに入れました。
そこからは記憶があいまいなんですよねえ。かなり長い距離を、
自転車で走った気がするんですが、気がついたら家の前にいたんです。

で、鍵を出して入ろうとすると、ちょうど父が車で帰ってきまして、
「早く乗れ、〇〇(弟)が大変だから病院にいくぞ」って言われて、
そのまま大学病院に行ったんです。母が最初に連れてった開業医から、
そっちに移されたみたいでした。で、車の中で父からいろいろ話を聞かされて、
弟はウイルス性脳炎というのになってて、朝からずっと40度の熱が続いてる
ということでした。病院に着いて、急いで小児病棟に入ると、
弟は個室で寝かされてたんですが、点滴を何本も刺し、顔が真っ赤で、
ハアハア荒い息をしてました。ベッドの脇には、母が半泣き状態でついてたんです。
それで、苦しがってる弟の顔が、前の日の夜、望遠鏡で見たのと同じで、
ああ、死んじゃうのかもしれないって思いました。
でね、ポケットの中にある月の石ですよ。

あれを取り出して、ベッドの横に回って、点滴をしてないほうの手に
そっと握らせてみたんです。そしたら、石はスーッと溶けるようになくなったんです。
で、それで弟が劇的によくなったというわけじゃないんですが、
毎晩、両親とも弟の病室に泊まり込んで、私を世話するために、
父方の祖母が家に来てくれました。で、2週間ほどもかかって、
弟の熱は下がり、心配されてた後遺症もほとんどなかったんですよ。
まあ、こんな話なんですが、当時は中1でしたからねえ。
夢と現実がごっちゃまぜになってるのかもしれません。
そこはなんとも言えないんですけど、今でも月を仰ぎ見るたびに、ああ、あそこに
行ったのかなあなんて考えます。え? そのおじいさんですか?
あれ以来、一度も見てないですね。本当にいたとしたら、何者だったのか・・・








双子の話

2018.05.26 (Sat)
双子は双子ならではの特別な意思疎通を行います。
そして凄いのは双子達は自分たちにしかわからない
独自の言語を生み出すことがわかっています。約40%の双子は、
自分たちで言葉を作り出しコミュニケーションをとるとされます。

一緒にいる時間が長ければ長いほど双子達はオリジナル言語を開発するそう。
双子を育てたことのある方なら双子が変な言葉で会話しているのを
みた事がある人いるのではないでしょうか。
(なんでも評点)



やや古いニュースですが、今回はこの話題でいきます。
自分は持病があって、今も大きな大学病院に通院してるんですが、
受診してる科の待合室が産科の近くで、
双子の赤ちゃんを連れたママさんもけっこう見かけます。

日本で双子を出産する確率は1%だそうです。つまり妊娠1000件につき
10件、そのうち一卵性が4件。これは人種によっても違い、
双子が生まれる確率は、黒人が一番高く、次が白人で、東洋人は低くなって
いるようです。ただし、一卵性である確率はどんな人種でも同じです。

さらに、妊娠年齢が低いほど双子の産まれる確率は低く、
高齢になるにしたがって高くなっていきます。40歳の妊娠で7%、
45歳だと、なんと17%にもなります。 高齢だと双子になりやすいのは、
排卵が複数個起こる可能性が高くなるためと考えられています。

あと、日本全体として、双子の出産は増えてきています。
これは、高齢出産が増えたのと、不妊治療が関係しているようですね。
さて、双子、特に一卵性双生児の場合は、
テレパシーで意思の疎通ができるのではないか、という仮説が古くからあり、
これまで超心理学を中心に研究が進められてきましたが、
今までのところ、肯定的な答えは出ていません。

ただ、上記の引用にあるように、双子どうしが、自分たちでしか通じない
不思議な言語で意思疎通をすることは、よく見られます。
これは、一卵性でも二卵性でも同様に起きるので、
ごく幼い頃から、つねに一緒にいることが多いためと考えられています。

また、最近の研究では、妊娠14週目から、
母親の胎内で、双子がお互いの体に触ることができるようになり、
まるで遊んでいるように見えることがあるそうです。
これ、なかなか面白い話ですよね。

さて、このような双子の神秘性から、ドイツ・ナチスでは、
ユダヤ人の双子を用いて、さまざまな非人道的な実験が行われました。
ユダヤ人は人間ではなく、実験動物と同じあつかいを受けていたんですね。
気分の悪い話なので、ここでは詳述するのは避けますが、一例だけあげると、

ナチスの双子実験


「悪魔の医師、死の天使」と言われた、ヨーゼフ・メンゲレは、
健康な双子の皮膚や静脈をつなぎ合わせ、シャム双生児をつくるなどの
異常な研究を行いました。ちなみに、つなぎ合わされた双子は、
いつまでも苦しんで泣きやまないため、見かねた両親が殺したと言われます。

また、双子のうちの一人が、もう一人の体内に入ってしまった形で
産まれてくるケースもあるようです。ご存知のない方が多いと思いますが、
昭和時代、力道山の弟子のプロレスラーに、マンモス鈴木という人がいて、
全身の剛毛、身長193cmとキャラクターに恵まれていたものの、
レスラーとしては大成できませんでした。

マンモス鈴木は、助産婦にとりあげられたんですが、妊娠初期に、
助産婦は母親に、双子だと言ったそうです。ところが、産まれてきたのは
マンモス一人。マンモスはいつも体調が悪く、プロレスの厳しい練習に
ついていけなかったんですが、あるとき病院を受診したところ、
体の中に双子の肉体が入っているのが発見されたんですね。

マンモス鈴木


これが体調不良の原因になっていたわけです。
もちろん、体内の双子に生命はありませんでしたので、摘出手術したんですが、
この後、マンモスの体重は激減してしまい、プロレスができなくなって、
レフリーに転向しています。もっと早いうちにわかればよかったですね。

さて、双子をあつかったホラー映画はたくさんあります。
いちばん有名なのは、スティーヴン・キング原作、
スタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』だと思いますが、
あの映画では、双子は象徴的な意味で少し出てくるだけでした。

双子をメインテーマとしている中で、自分が最高傑作と思うのは、
ブライアン・デ・パルマ監督の1973年作品、『悪魔のシスター』ですね。
ただ、これはホラーよりも、サイコサスペンスに近い内容でした。
まだ見ておられない方にはオススメです。

『悪魔のシスター』


あとは、ロバート・マリガン監督の1972年作品、『悪を呼ぶ少年』。
金髪の双子の少年が出てきますが、脚本がよく練られていて、
隠されていた真相がわかると、一気に怖くなります。
そして、じつに哀しい話でもありました。

この他、デビッド・クローネンバーグの『戦慄の絆』、
ハリー・クレヴァンの『デッドリンガー』などが思い浮かびますが、
近年の作品では、ベロニカ・フランツの『グッドナイト・マミー』
が2016年に公開されています。

整形手術を受け、顔中包帯だらけにして病院から帰ってきた母親が、
前とは違った冷たい性格になっていて、奇妙な行動をとる。
そこで、本当の母親かどうか疑った2人の双子の少年たちが、
秘密を暴こうと行動するが・・・こんなお話でした。では。今回はこのへんで。

関連記事 『もう一人の赤い私の話』  『嘘つき』








波乱万丈の人

2018.05.25 (Fri)
変な題名ですが、「怖い世界史」のカテゴリに入る内容です。
比較的 地味な内容なので、スルー推奨かもしれません。
さて、近代(日本の明治維新から第2次世界大戦まで)で、最も波乱に富む
生涯を送った人を一人あげろと言われたら、自分は迷わず、
ロマノフ朝第14代にして最後のロシア皇帝、ニコライ2世と答えます。

ニコライ・アレクサンドロヴィチ・ロマノフ


この人は、すごいトラブル・メーカーなんですよね。
ただし、自分から好んでトラブルを起こすわけではなく、
トラブルのほうから、この人物に向かって寄ってくるという感じです。
しかも、オカルトめいた話題にも事欠きません。

まず、最初にあげられるのは、皇太子時代に日本で起きた「大津事件」
でしょうか。1891年、ニコライ2世の世界旅行の最後の訪問地として、
日本に寄港。長崎から京都に向かう途中の大津で、警察官 津田三蔵が
サーベルで斬りかかり、頭蓋骨にヒビが入る重傷を負わせました。

これが大津事件です。津田は、2人の車夫によって取り押さえられます。
大国ロシアに配慮した明治政府は、津田を、日本の皇族に対する罪である
大逆罪で死刑にしようとしましたが、
大審院院長、児島惟謙は、一般人に対する謀殺未遂罪を主張します。

津田三蔵
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結局、議論の末、それが認められ、最高刑である無期懲役に処されました。
これにより、日本政府による圧力から司法権の独立が守られたと
評価する人もいます。で、津田三蔵がなぜニコライを襲ったのか。
これは、日本に干渉するロシアに対する反感が、最も大きな動機でしょう。

ただ、一説には、西南戦争で自決したはずの西郷隆盛が、
じつはロシアに逃れており、ニコライとともに帰国するというデマが
日本中に流れていて、西南戦争で勲章を授与されていた津田は、
もし西郷が帰還すれば、自分の勲章も剥奪されるのではないかと
おそれていたため、という話があります。

この事件のため、ニコライは終生、傷の後遺症と頭痛に苦しむようになり、
日本人に嫌悪感を持ち、ことあるごとに「猿」
と呼ぶようになります。そして、この蔑視が。
後の日露戦争につながっていったのは間違いのないところです。

さて、その後、ニコライはアレクサンドラと結婚し、1896年、
皇帝の戴冠式を行うわけですが、そこで「ホディンカの惨事」と呼ばれる
事件が起きます。モスクワ郊外のホディンカの平原に設けられた即位記念会場を
訪れた50万の大群衆の中で、順番待ちの混乱から将棋倒し事故が発生し、
1400人を超す死者が出たんですね。

ホディンカの惨事


しかし、新皇帝と皇后は何ごともなかったかのように祝賀行事に出席するなど、
事件への対応は、国民からは「冷淡」「無関心」とも取れるもので、
ロシア国民、特に貧困層の反感を買うこととなり、
後のロシア革命の遠因になったとも言われています。

トラブルはまだまだあります。兵士が武器を持たない10万の群衆に発砲し、
2000~3000人の死者を出した「血の日曜日事件」、
映画になった「戦艦ポチョムキンの反乱」事件などです。もちろん、
東洋の島国に、バルチック艦隊が壊滅させられて敗戦した日露戦争もそうです。

さて、ニコライの末子、皇太子アレクセイは血友病患者であり、当時は
有効な治療法がありませんでしたが、その祈祷にあたったのが、
帝政ロシア最大の怪物とも言われる、グリゴリー・ラスプーチンです。
皇帝一家が、ラスプーチンを「我らの友」と呼び、絶対の信頼を寄せたことから、
ラスプーチンは政治に口をはさむようになり、陰で大きな権力をふるいました。

グリゴリー・ラスプーチン
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もちろん、周囲がそれをそのままにしておくはずがなく、
ラスプーチンは暗殺されるんですが、毒を飲ませ、ピストルで撃ち、
首を絞め、さらに氷の張った川に投げ込んでも、
まだ生きていたというオカルト話が残っていますね。

さてさて、そうこうしてるうちにロシア革命が起き、ボルシェビキによって,
皇帝一家は捕らえられ、幽閉されます。ウラジーミル・レーニンは、
皇帝一家の殺害命令を出し、皇帝、皇后、5人の子女は殺されて
しまうんですが、ここで、最後のオカルト話になります。

皇女アナスタシア


皇女アナスタシアの生存説です。何人もの女性が、自分がアナスタシアであると主張し、
その証拠の品を示しているんですね。これは、ソ連が「ニコライ2世は処刑されたが、
他の家族は安全な場所に護送された」という噂を流し続けたせいが大きいようです。
しかし近年、皇帝一家全員の遺骨が確認され、
生存説には終止符が打たれることになりました。

かなり端折って書いたつもりですが、だいぶ長くなってしまいました。
ここで書いたのはほんの一部分で、ニコライ2世のいくところ、
トラブル、トラブルの連続で、たくさんの血が流れています。
いくら共産主義革命のさなかと言っても、こんな人は珍しいですよ。
では、今回はこのへんで。






死に鳥居の話

2018.05.24 (Thu)


これは、大阪市で獣医をしているYさんという男性からうかがった話です。
「あ、どうも、bigbossmanと申します。お話を聞かせていただけるそうで」
「こちらこそ。あれは、私が小学校6年生のときです。当時、15分ほど
 かけて小学校まで通ってたんですが、その帰り道に、 
 民家のコンクリ塀に鳥居の絵が描いてあったんですよ」 「ははあ、それって、
 立ち小便するなってやつですね」 「いや、最初は私もそう思ったんですけど、
 それにしては、ちょっと変というか、いくら夜中でも、
 立ち小便をするような人がいるとは思えない場所で」 「というと?」
「広い道路だし、そもそも近くに飲食店はないし、酔っ払いが通るとは思えない」
「うーん、どんな鳥居だったんですか?」 「15cm四方くらいの大きさで、
 そうですね。地面から20cmくらいの高さでした。
 
 でね、赤い色なんだけど、普通の鳥居とはちょっと違ってる形のような
 気もしたんです」 「というと?」 「うまく言えないですけど、
 一般的な鳥居より複雑な形をしてたような」 「うーん、で?」
「まあ、学校帰りに前を通りかかっただけですし、すぐに忘れてしまったんですが・・・」
「ですが?」 「翌日の朝ですよ。その鳥居の前でノラ猫が死んでたんです」
「で?」 「内臓がはみ出して、頭も割れてたので、道路で車にはねられた
 んじゃないかと思います」 「で?」 「帰りにはなくなってましたから、
 近所の人が保健所に通報するとかして、片づけられたんだろうと思いました」
「で?」 「そのね、鳥居はまだ残ってて、だけど色が違ってる気がしたんです」
「というと?」 「最初に見たときは、鮮やかな赤だったのが、
 なんか黒っぽく変わってったというか。でも、それは私の思い違いかもしれません」

「で?」 「その翌年、中学に入学して、通学路が変わってたんです」
「はい」 「でね、これは朝だったはずです。通りに面した大きなビルがあって、
 その壁面の、やっぱり地面に近いところに、鳥居が描かれてたんです」
「ははあ、同じ形でしたか?」 「そうだと思います。で、そのとき、
 小学校のときのことを思い出して、ああ、そういえば前に猫が死んだよなって」
「で?」 「私は陸上部だったので、帰りは7時近くでした。
 そこの前を通りかかったら、鳥居の描いてある前方の信号機の根本に、
 花束があったんです」 「・・・・」 「よくはわからないんですけど、
 小学校前の小さい子が事故で亡くなったって、夕食のときに母が話してました」
「うーん、鳥居は?」 「やっぱり、鮮やかな緋色から、どす黒い赤に
 変わってたと思いました」 「それらの鳥居は、ずっと残ってたんですか?」

「どちらも1週間くらいで消えたように思います」 「で?」
「それから2年後です。うちは父が府の職員だったんですが、その頃は
 まだ家を建てる前で、賃貸マンションに住んでまして」 「はい」
「まあ、高いところじゃなく、アパートに毛の生えたようなもんでしたけど、
 あれは、塾の帰りだから9時過ぎですかねえ。私のとこから、2軒おいた隣の
 奥さんが、自分とこのドアの前にいて、ぞうきんで鉄扉を拭いてたんです」
「それ、もしかして」 「そうです。あの変な形の鳥居・・・」
「で?」 「奥さんは、私が通るのを見て、イタズラ描きされたんだけど、
 これ、何で描いたのかしら、ぜんぜん消えないわ、って言ったんです」
「で?」 「その夜に、救急車が来ました。その家には2歳の女の子がいたんですが、
 夜中に急に具合が悪くなって、病院に搬送されたんですが、亡くなって」

「・・・鳥居は?」 「翌日もありました。同じですよ。黒っぽく色が変わって、
 1週間くらい残ってましたね」 「自然に消えたんですか?」
「ええ、すぐ隣ですから、毎日見てましたけど、だんだん色が薄くなっていく感じで」
「気味の悪い話ですねえ。死を呼ぶ鳥居ってことですか。その後は?」
「幸いというか、その後はずっと見てません。ただ・・・私は神戸の大学に行きまして、
 あるときの飲み会で、同期の仲間にその話をしたんです。そしたら、たまたま、
 家が神主をやってるってやつがいて、そいつが、飲み屋の箸袋にペンで、
 こんな鳥居じゃなかったか、って描いてみせたんです」 「で?」
「ああ、それだ、こんな形だった。これ何だよ?って聞きました」 「そしたら?」
「友だちは、嫌な顔をして、これは死に鳥居だよって言って、箸袋をくしゃくしゃに
 丸めて捨てたんです。死に鳥居?って聞いても、それ以上は教えてくれませんでした」



次の話は、上記の内容とシンクロしてるんですが、もしかしたら、
ますますわけがわからなくなるかもしれません。聞かせていただいたのは、
大阪市内で、健康食品を販売しているUさんという女性の方です。
「あ、どうも、bigbossmanと申します。お話を聞かせていただけるそうで」
「こちらこそ。私が小学校のときの話なんですが、ちよっとありえないような
 内容で、信じていただけるかどうか」 「いや、奇妙な話はたくさん聞いてるので、
 どうぞお願いします」 「4年生のときだったはずです。学校が早く終わった帰りに、
 友だちと、児童公園に寄って、ランドセルを置いてブランコに乗ってました。
 道草だから、ほんとはいけないんですけど」 「はい」
「20分くらい乗ったでしょうか。飽きてきたし、お腹もへったので、
 そろそろ帰ろうって、友だちに言ったときに」 「はい」

「そこの公園って、土管をつないだような遊具があるんです。潜り込んで遊ぶやつ」
「ああ、わかります」 「その何カ所かある入口から、白い人が出てきたんです」
「白い人?」 「ええ、そのときの印象はそうです。けど、今になってみれば、
 あれ、神社の神主さんの服装だったって気がします」
「浄衣ってやつですかね。黒烏帽子もかぶってましたか?」
「たしか、そうだったと思います」 「20分ほどそこにいたんですよね。
 その人が土管に入るのは?」 「見てません」 「うーん、顔は?」
「それが・・・印象にないんです。若かったのか、年寄りだったのかもわかりません」
「で?」 「それで、そっちを指さして、友だちに、
 あれ、変な人が出てきたよって言いました」 「で?」
「でも、友だちは、私が何を言ってるかわかってないみたいで、
  
 なになに、どこどこ?って言うばかりで」 「で?」
「そのとき、公園にはかなりの子どもがいたんです。そのときの私のような 
 小学生よりもっと小さい子が多かったし、そのほとんどはお母さんに連れて
 こられた子です」 「で?」 「その白い人は、着物の袖に手を入れて、
 ひょいっと長い筆を出したんです」 「で?」
「それから、筆を前に突き出して、それで公園にいる子どもらを一人ずつ
 指し示すような動作をして」 「Uさんたちも指されたんですか?」
「それが私と友だちにはしなかったんです。もっと小さい子ばかりでした」
「で?」 「それから、白い人は、うんうんとうなずくと、
 すべり台のほうに歩いていきました。私はなんだか、目が離せなくなって、
 ずっと見てたんです」 「で?」 「そしたら・・・

 すべり台の上に、ちょうど5歳くらいの女の子が、3歳くらいの男の子と
 いっしょに登ってきたところでした」 「で?」
「白い人は、すべり台の下までくると、筆を持った腕を突き出して・・・
 そしたら、腕も筆も、みょ~んと伸びたんです」
「で?」 「ちょうどすべり台の真上にいる男の子の額に、
 筆が届いて、しゅるしゅるって何かを描いて・・・男の子の額に、
 赤い鳥居が浮かんでました」 「うーん、それ、その子たちは気がついて
 ましたか?」 「それが、ぜんぜん気にしてる様子がなかったです」
「で?」 「お姉さんのほうが、弟を後ろから抱きかかえると、
 すべり台の横の地面に放り投げたんです」 「う」
「下は草地でしたけど、すべり台の土台はコンクリで、

 男の子はそこに額から落ちで、ゴンという音がしました」 「うう」
「気がついたお母さんが走ってきて、男の子を抱きかかえたら、
 顔が血で真っ赤でした」 「で?」 「男の子は泣きもせず、ぐったりしてました。
 気を失ってたんだと思います。それに他の大人の人も気がついて集まってきて、
 誰かが救急車を呼んだみたいでした」 「で?」 「白い人は、
 こっちを振り向き、私に向かって、筆を持ってないほうの手で、
 シーッっていうポーズをしたんです」 「Uさんには見えてるのがわかったって
 ことでしょうか?」 「わかりません。ただ、それを見たときに、
 私の背筋がぞくぞくってなりました」 「で?」 「白い人は、ゆっくり土管の
 ほうに歩いてって中に入り、それっきりでした」 「男の子は亡くなった
 んでしょうか?」 「・・・翌日のニュースでそう言ってました」
 
 






『平家物語』は鎮魂の書?

2018.05.23 (Wed)


今回はこういうお題できます。比較的地味な内容なので、
スルー推奨かもしれません。『平家物語』はご存知だと思います。
たしか中学校の国語で出てきてましたよね。
鎌倉時代の軍記物語で、作者は不詳ですが、吉田兼好の『徒然草』には、
「信濃の前司 行長」という人が書き、生仏(しょうぶつ)という
盲目の僧に教えて語り手にしたと、かなり詳細に出てきています。

吉田兼好


リズムのよい七五調の「和漢混淆文」で書かれていて、
平曲(へいきょく)として琵琶に乗せて語るのにぴったりです。
平氏が興って、清盛を中心に栄華を極め、最後に壇ノ浦で
滅亡するまでを描いて、まさに題名そのものの内容です。

さて、この『平家物語』ですが、滅亡し、怨霊化した平氏の無念を鎮める
目的で書かれたのではないか、という説があります。
作家で、『逆説の日本史』で歴史論も展開されている井沢元彦氏などが
唱えておられますが、これについて、自分は半分くらいは賛成です。

まず、なぜ平氏が怨霊化したとされるかというと、巨大な天変地異が
起きているからです。壇ノ浦の合戦は1185年4月のことでしたが、
そのわずか4ヶ月後、巨大な地震が、京の都を中心とした関西地方を
襲いました(文治地震)。鴨長明の随筆『方丈記』に詳述されています。

鴨長明


マグニチュード7レベルで、震源域は不明。
地が割れて地下水が吹き出し、京都近辺の建物はすべて倒壊し、橋が落ち、
余震が2ヶ月以上も続いたとなっています。
ただ、鴨長明は、これが平氏の怨念によるとは書いていませんね。

さらに、平氏追討に暗躍した後白河法皇が1191年に病を得ます。
腹に水がたまってたいへんな苦しみだったようです。
ただちに平癒祈願の祈祷が行われ、壇ノ浦で入水した安徳天皇の御堂も
建立されますが、平氏一門への怨霊鎮めは、公的にはありませんでした。

これは、基本的に、平氏は貴族ではなく武士だったためと思います。
武士は戦いをするのがその存在意義ですし、また、勝敗は時の運。
ですから、敗れたからといって、怨念を持つべきものではなかったはずです。
それまで、怨霊として考えられたのは、早良皇太子や崇徳上皇、
菅原道真などの皇族や貴族でした。

とはいえ、超自然的なことがふつうに信じられていた当時にあって、
平氏の滅亡と、大地震は関係があると、おそらく誰しもが思いますよね。
そこで、公的には罪人になっている平氏を、鎮魂の書を編むことで、
密かにとり鎮めようとしたというわけです。

ここまでは、十分ありそうに思います。ただ、武士である平氏に対しては、
神道で神に祀り上げるのではなく、仏教の「無常観」を用いて、
説得しようと試みたんでしょう。「無常観」は、「この世のものはすべて
うつろい、常に同じくとどまるものはない」という考え方です。

鎮魂の書説では、『平家物語』編纂の黒幕は、当時の仏教界の頂点であった、
天台座主の慈円(じえん)ではないかと考える人が多いようです。
『徒然草』には、最初に出てきた「信濃の前司 行長」が、
慈円のもとに身を寄せていたと記されています。

慈円


また、慈円の兄、九条兼実の日記『玉葉』には、「下野守 藤原行長」という
人物のことが出てきます。下野と信濃の違いはありますが、
この藤原行長が、『平家物語』の作者である可能性は高いように思います。
慈円は当時の後鳥羽天皇と、深いつながりがありました。
慈円が、天皇の意をくんで、藤原行長に命じて『平家物語』を書かせた。

さて、平家物語の内容は、かならずしも源氏が善で、
平氏が悪となっているわけではありません。平氏に中にも好人物がいれば、
源氏の中にも悪人がいるという具合で、
勧善懲悪的に描かれているということではないんですね。
ただ、一つ一つのエピソードが、じつに美しく語られます。

その中で、平氏一門に対して、お前たちが戦いで死んだのは
武門のならいなのだ、怨むなどと馬鹿なことは考えず、成仏しなさい、
という説得がなされているというわけです。まあ、ここまでのところは
自分にはあまり異論はありません。そうなのだろうなと思います。

安徳天皇


ただ、『平家物語』が、霊的に怨霊を鎮めるためだけのものだとも思いません。
ご存知のように、源氏の勢力基盤は関東であり、
平氏は西国に根をはっていました。ですから、平氏の残党は壇ノ浦の後も、
日本の各地に残っていたと考えられます。

そこで、『平家物語』を習い覚えた琵琶法師たちが、全国に散らばり、
平曲を語ることによって、霊だけでなく、現実的な反乱をも抑えようとする
意図があったんじゃないかと考えるんですね。
実際、平氏の残党が蜂起するなどの事態は起こりませんでした。

さてさて、では、平氏の怨霊は鎮められたんでしょうか。
これはなんとも言い難いですね。平氏の落武者伝説はあちこちにありますし、
江戸時代でも、小泉八雲が説話をもとにして、怪談『耳なし芳一』を書いています。
ですから、平氏の無念という感覚は、民衆の間にはずっと残っていたと
言えるんじゃないでしょうか。ということで、今回はこのへんで。







電気とフランケンシュタイン

2018.05.22 (Tue)
今回はこの話題でいきます。ルイージ・ガルヴァーニ(Luigi Galvani)
という人をご存知でしょうか。18世紀、イタリアの医師、物理学者で、
生体電気と、それから発展した化学電池の研究に、
大きく貢献した人なんですが、日本ではあまり知られていません。

ルイージ・ガルヴァーニ


さて、医師であったガルヴァーニは、カエルを料理して、
彼の患者のスープにするため、医療用メスを使って切り刻んでいましたが、
別々の金属でできたメスをカエルの体にさし入れたところ、
足の筋肉がピクピク痙攣することを発見しました。

それまでは、筋肉が動くのは、体内をめぐる何らかの液体が
筋肉を膨張させるためだと考えられてきましたが、
ガルヴァーニは、その力が生体内の電気によって引き起こされたと推論し、
動物電気と名づけました。

ガルヴァーニの実験


でも、この仮説は間違っていたんですね。ガルヴァーニは、
電気が起きるのは化学反応によると考えた同時代の物理学者、
アレッサンドロ・ボルタと論争になり、ボルタは、カエルの体を介さなくても
電気が化学反応で起きることを実験で示しました。
現在、ボルタ電池と呼ばれるしくみです。

カエルの体は一種の触媒の役割を果たしたのであり、それがなくても、
うすい塩酸に亜鉛板と銅板などを入れれば電気が発生します。
しかし、電気によって筋肉が動くことも間違いありません。
そこで、同時代の学者は、こぞってその研究に着手しました。

さて、ガルヴァーニの甥に、ジョバンニ・アルディーニ(Giovanni Aldini)
という人物がいて、この研究について知ると、
カエルよりももっと大きな動物で実験を始めました。
しかも、それを研究室内で行うのではなく、公開デモンストレーションとして、
ヨーロッパ各地を巡回しながら実施していったんですね。

ジョバンニ・アルディーニ


まるで見世物ショーのようですが、この公開デモンストレーションが行われた
のは、1789年に始まったフランス革命の真っ最中であり、
ご存知のように、ルイ16世やマリー・アントワネットが処刑されています。
銃を持った市民があちこちにうろうろしていた、血なまぐさい時代にあって、
アルディーニの実験は大ウケし、大喝采を博しました。

実験は、具体的には、屠殺されたばかりの牛や犬、羊などの死体に
高圧の電流棒をふれさせ、体を痙攣させたり、脚を動かしたりせてみせるものでした。
これは首のない死体にも行われたので、観衆はただただ驚くばかり。
で、ここまでくれば、当然人間の遺体でもやってみたくなりますよね。

アルディーニの実験
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世紀がかわった1803年、アルディーニはイギリスにおもむきました。
これは、当時の英国では、犯罪者は遺体も罰せられなくてはならない、
という法律があり、実験体が手に入りやすかったからです。
そこでアルディーニが入手したのは、妻と子を溺れさせて殺した罪で
死刑になった、ジョージ・フォスターという男性の遺体です。

実験は王立医師アカデミーの施設で、皇太子立ち会いのもとに行われ、
アルディーニが電気棒をあてると、死体は目を開き、アゴを動かしたと言われます。
さらに、アルディーニが電気棒を遺体の肛門に突っ込むと、
遺体は拳を突き上げ、足をバタつかせたとされ、観衆に大きな感銘を与えました。

さて、『フランケンシュタイン』はご存知だと思います。
イギリスの小説家、メアリー・シェリーが1818年に匿名で出版した
ゴシック小説で、多くの映画化作品があります。フランケンシュタインは、
吸血鬼、狼男と並んで、世界の3大モンスターなどとも言われます。

メアリー・シェリー
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誤解が多いのは、フランケンシュタインは怪物の名前ではなく、
それを創った科学者の名前なんですね。怪物の名前は作中には出てきません。
フランケンシュタイン博士は、自ら墓を暴き、死体を集めて継ぎ合わせ、
それに高圧電流を流して、生命を蘇らせました。

作者のメアリーは、詩人のパーシー・シェリー、バイロン卿らと、
スイス・ジュネーヴ近郊のレマン湖畔に滞在していましたが、夕食の議論の後、
「皆でひとつずつ怪奇小説を書こう」という話になりました。
このときの議論の話題の中心になったのが、ガリバリズム(galvanism)で、
これは、最初に出てきたガルヴァーニによる、一連の発見のことです。

さてさて、ということで、あの名作の誕生エピソードとして、
なかなか面白い話だと思われませんか。現代になっても、電流を流すことによる
死者の蘇生には成功してはいませんが、ガルヴァーニの考え方は、
救命器具のAEDや、脳ニューロンの発火などにつながっているわけです。
では、今回はこのへんで。







生き物を飼う家の話

2018.05.21 (Mon)
今回もまた、ボランティア霊能者であるKさんからうかがった話です。
「ねえ、Kさん、マンガや映画だと、霊能者と霊の派手な対決の場面って
 あるじゃないですか。電光が飛び散るみたいな。ああいうことって、
 実際にあるんですか?」 「まあ、普通はないね。お祓いや加持祈祷は、
 もっと淡々としたものだよ」 「ですよねえ。やっぱ、ああいうのは
 フィクションの中だけなんでしょうね」 「うん、ただ・・・
 われわれプロの霊能者は、何年もかけて準備したりするんだよ。
 映画なんかだと、せいぜい2時間で終わってしまうから、
 そこらへんのことは出てこないけどね」 「準備? 例えばどんな?」
「5年かけて支度をしたこともある。どうだ聞きたいか?」
「あ、ぜひお願いします」ということで、お聞きしたのは・・・

「今から7年前だな。Gさんという、建設会社に勤めてる
 30代の男性がいてね。前の年に結婚して、子どもが生まれたばかりだった」
「はい」 「男の子でね。低体重児だったんで、しばらく病院で体重が増えるのを
 待ってから家に連れてきた」 「はい」 「気温の高い6月の午後でね。
 Gさんは親と同居して一軒家に住んでたんだが、
 奥さんは赤ちゃんのそばにいて、縁側の戸を開け放してた」
「はい」 「そしたら、縁側の外は庭ともいえない草地だったんだが、
 その緑が急に太くなったように思えた」 「はい?」
「え? と思っ奥さんが目をこらして見ると、緑色をした太い蛇のようなものが
 立ち上がってた」 「どういうことですか?」
「俺も自分の目で見たわけじゃないから、よくはわからんが、

 奥さんの話だと、大人の大腿くらいある、頭の丸い、両方の目のギラギラした
 ものがいたんだそうだ。しっぽのほうは見えなかったから、
 確実とは言えないが、全体の印象としては蛇だったそうだ」「で?」
「驚きのあまり動けないでいると、その蛇はぱかりと口を開き、
 あと5年、5年で赤んぼうの命を取る、って言ったそうだ」
「うわ、昔話みたいですね。それで?」 「奥さんがベビーベッドの赤ちゃんの
 体を抱きかかえて守ろうと目を離した隙に、そのものの姿はかき消えていたそうだよ」
「うーん、で?」 「奥さんは、仕事から戻ったGさんにそのことを話したが、
 Gさんは、あんまりその手のことは信じない人だったんだな」
「まあ、普通は信じないですよね」「だが、同居してたGさんの両親は信心深い人たちで、
 つてをたどって、俺のところに話がきたわけだ」 「ははあ、で、どうしました?」

「いつもどおりの手順だよ。奥さんからそのときのことを詳しく聞いて、
 俺は嘘は言ってないと思った」 「まあねえ、そんな嘘つく意味ないですよね」
「ただ、初めての出産だったから、精神的に不安定になってることもあるかと
 思って、大病院の心療内科の受診を勧めたんだ」 「で?」
「特に異常は見られなかった」 「で?」 「次に、Gさんの家に行って、
 赤ちゃんと対面したよ。やや痩せ気味ではあったが、どうということのない、
 かわいい赤ちゃんだった」 「で?」 「それから、奥さんが蛇を見たという
 縁側に立ったんだ。そしたら、どす黒いものが頭の中に浮かんできた」
「何だったんですか?」 「いや、それがわからなかった。霊視したというわけじゃない。
 向こうのほうから俺の中に流れ込んできた、邪念といっていいものが」
「うーん、で?」 「それで、奥さんが聞いたという、

 赤ちゃんの命を5年後に取るというのは、本当に起きるんじゃないかと思ったわけ」
「その蛇は、妖怪かなんかなわけですか?」 「いや・・・それで、申しわけないが、
 知り合いの興信所に頼んで、Gさん一家について調べてもらったんだ」
「はああ」 「この手のことには、話しにくい家の秘密が隠されてる場合が
 多いからね」 「で?」 「そしたら、奥さんのほうは特には何もなかったが、
 Gさん、バツイチだったんだな」 「ははあ」 「どうやら若い頃は、
 やんちゃな暮らしをしてて、まだ10代で最初の結婚をした。
 で、2年で離婚してしまった」 「で?」 「その、最初の奥さんとの間に、
 女の子がいて、もし生きてるなら、その時点で12歳になってるはずだった」
「はず、というのは?」 「それが、離婚して2年目までは、Gさんは養育費を
 払ってたんだが、そこから前の奥さんの行方がわからないんだ。
 
 噂では、新しい男ができて、子どもとその男とともに東南アジアの某国に
 行ったらしい。消息不明なんだよ」 「で?」
「俺が自費で人を頼んで、某国まで調べに行ってもらったんものの、
 足取りが消えてた」 「うーん、前の奥さんが、
 Gさんを呪ってるってことなんですかね?」 「わからんかった。
 離婚から12年もたってるんだし、俺の霊視でも、ただ真っ黒いものしか
 見えなかったからな」 「で?」 「準備をしたんだよ。5年後に何が起きても
 いいように」 「どんな?」 「その赤んぼうの名前が照男だった」
「古風ですね」 「で、田舎の一軒家だったのをいいことに、
 生き物をたくさん飼ってもたっらんだ」 「?? どういうことです」
「犬を2匹、猫を2匹、それから念のために亀なんかも。

 どれもその年に産まれた仔だ」 「なんでそんなことを?」
「その一匹一匹の名前を、照男にしてもらった」 「う」
「わかるよな、目くらましだよ。5年後といえば、まだ小学校入学前だ。
 だから、幼稚園にも保育園にも行かせないで、その犬猫と混じって育てて
 もらったんだ」 「・・・しかし、よくGさんがそんなことを承知しましたね」
「まあな。田舎の古い家だからできたんだろう。あと、Gさんも生き物好きだったし。
 で、犬も猫も、赤んぼうも、どれもみな照男なんだが、わけへだてせず、
 できるだけ名前を呼んで育ててもらうようにした」 
「うーん、ギャグみたいな感じもありますね」 「でな、人間の照男のほうは、
 大きな病気もせず、犬猫アレルギーもなく、
 もうすぐ5歳の誕生日を迎える6月になった」 「で?」

「ある朝、照男の一人が死んだ」 「どの?」 「猫の照男だった。
 ああ、もちろんG家で飼ってる動物は、すべて雄だよ」 「で?」
「朝、すべての照男に同じ時間に食事を与えるんだが、その猫だけ姿が
 見えなかった。探したら、5年前に緑の蛇が立っていた縁側の下で、
 血を吐いて死んでたんだ」 「で?」 「それを聞いて、すぐG家に行った。
 猫の死骸を見せてもらったが、ボキボキに肋骨が折れてたな」
「蛇が巻きついた?」 「わからん。だが、最初が人間でなくてほっとした」
「で?」 「とりあえず結界を張った。その縁側を中心にして、
 家のまわりぐるっと。ただ・・・霊視すると、渦巻いてるすごい力を
 感じてね。結界程度では防げないだろうと思った」 「で?」
「だから、かわいそうだったが、結界に穴を開けて、縁側下に犬の照男をつないどいた」

「で?」 「夜中にキャンと一声鳴くのが聞こえ、行ってみたら死んでたよ。
 猫のときと同じ。同様のことをして、もう一匹の犬も死んだ」
「で?」 「時間稼ぎなんだよ。その間に、俺はある神社に行って、
 そこから大きな力をもらってきたんだ」 「で?」
「人間の照男の誕生日まで、あと2日になったとき、縁側に亀の水槽を持ち出した」
「亀?」 「言っただろう。念のために亀にも照男って名前をつけて飼ってもらったって」
「ああ、で?」 「その亀に、もらってきた力を移したんだ」
「どうなりました?」 「その日の夜のことだ。俺は隠れて、薄明かりの中で
 水槽を見てたんだ」 「で?」 「夜中の2時過ぎに水が揺れた。
 そして、どっと水槽が倒れた。何か目に見えない大きなものが、
 亀を口に咥えるようにして、のたうってるように見えた」 「で?」

「Gさんの家族も音を聞いて駆けつけてきた。俺がご祈祷をすると、
 だんだんに光る鱗が見えてきた。たしかに緑の蛇で、その口の中に亀がいる。
 ご祈祷に力を込めると、ぬるぬるした蛇の頭が、亀の照男を吐き出し、
 女の顔に変わった。頭から半分髪が抜けた不気味な姿だったよ」 「それは・・・」
「俺はGさんの様子を見たが、Gさんは目をつぶってたな」 「で?」
「蛇の女は、暴れるだけ暴れて、じゅっと煙を出して消えた」
「派手な展開ですねえ。マンガみたいだ」 
「そういう話を聞きたかったんじゃないのか」 
「ええ、まあ」 「それで呪いは消えたみたいだった。照男の5歳の誕生日がきて、
 今にいたるまで元気に育ってるよ、あと、生き残った亀と猫も」
「亀も無事だったんですか。それはよかったです」 「・・・まあね」
 
蛇女の脅威3 





 

洪水と反閇

2018.05.20 (Sun)
中国の黄河(Yellow River)で4000年前に大洪水が起きたことを示す
初めての証拠を発見したとの研究結果が発表された。
この大洪水は、夏(Xia)王朝とその後の中国文明の誕生につながったとされる。

米科学誌サイエンス(Science)に発表された研究結果によると、
大洪水が発生したのはこれまで考えられてきたよりも数百年早い紀元前1920年。
これは、禹(Yu)王による夏王朝樹立の時期が通説よりも早かったことを意味し、
この発見により歴史が書き換えられる可能性がある。
(AFP)

前に「蠱術」について書きましたが、
今回も、中国由来の呪術についての内容です。
さて、どっから書きましょうかね。まず、夏(か)王朝のことからいきますか。
夏は、中国最古の王朝で、紀元前19世紀ころに始まったとされます。

よく「中国4000年の歴史」などと言いますが、その元になった王朝です。
夏というのは、後世の呼び名で、自称が何であったかよくわかってはいません。
また、夏に文字があったかどうかもはっきりはしていません。
ちなみに、中国の古代王朝、「夏・殷(商)・周」を三代と言います。

夏が文献に出てくるのは、ずっと後代のことであり、
伝説上のものに過ぎない、という人もいれば、紀元前19世紀は、
ちょうど中国が新石器時代から青銅器時代に切りかわる頃であり、
何らかの勢力が起こったのではないかと考える人もいました。

それが、1959年、中国河南省偃師(えんし)市の二里頭村から、
大規模な都市、宮殿遺構が発見され、二里頭遺跡と呼ばれます。
殷(商)の遺跡に先行することから、これを夏王朝の都とみる説が有力になりました。
下は、南北100m、東西108の方形の基壇の上に建てられた、
一号宮殿跡の復元図です。

二里頭遺跡 一号宮址


さて、この夏王朝の始祖とされるのが、帝 堯(ぎょう)です。
堯は、中国の「五帝」の一人であり、「その仁は天のごとく、その知は神のごとく」
と賛美される人物です。堯は自分の子孫には帝位を継がせず、
有徳の噂の高い舜(しゅん)に、自分の娘を嫁がせて譲位しました。

ご存知の方も多いと思いますが、このように、自分の血縁者ではない人物に、
その地位を譲ることを「禅譲」と言います。禅譲は、治世の理想とされましたが、
長い中国の歴史において、禅譲らしき出来事は何度かあるものの、
そのほとんどは、実質的には、後継者が地位を簒奪したものです。

さて、この堯・舜2代の皇帝に、治水の能力によって仕えたのが、
第3代皇帝の禹(う)です。黄河の大洪水の後、その復旧をまかせられたとされます。
初めは、禹の父の鯀(こん)が工事を行っていましたが、
失敗して死に、その後継に任じられました。そして治水に成功した功績により、
舜から帝位を禅譲されることになります。

皇帝 禹
ダウンロード (1)

後代の文献『莊子』には、「禹は偏枯なり」という言葉が出てきていて、
この「偏枯」は、片足が萎えた人と解される場合が多かったんです。
体が不自由なのに、大規模な工事を行ったのがすごいということで、
中国で伝えられてきたものと考えられます。

で、禹は足が不自由だったため、よろめきながら歩くわけですが、後代、
その歩法に呪術的な意味がつけ加えられ、「禹歩 うほ」として伝えられました。
道教の儀式において、道士が禹歩を行うことにより、
日照りに雨を降らせたり、岩を動かすことができるなどと伝えられています。

禹歩


禹歩は日本にも伝わり、「反閇 へんばい」という儀式になりました。
土御門などの陰陽師が、天皇や高位の貴族の外出の際に、
大地を踏み鎮め、悪霊を祓うために行われたんですね。みなさんの中には、
テレビで放送した『陰陽師』で、安倍晴明が反閇を行っているのを
ご覧になった方もおられると思います。

反閇は、相撲の四股や、歌舞伎の足さばきに影響を与えたなどとも言われます。
また、反閇を行うときには、松明に火を灯し、水、米、大豆,ゴマ、粟、麦、
酒などを、行く道に撒き散らす「散供 さんぐ」をあわせて行いました。
反閇は現代にも伝わっていますが、厳密に古代と同じものかははっきりしません。



さて、「禹は偏枯なり」の話に戻って、偏枯は足が不自由という意味ではなく、
魚の神を表しているのではないかという説があります。
言語学者の白川静氏は、禹という漢字が、もともとはワニや竜を表す象形文字であり、
中国の博物誌『山海経』に、偏枯という魚神が描かれていることから、
禹は洪水神ではなかったかという説を述べています。

『山海経』の「偏枯」
ダウンロード

うーん、もしこれが本当だとすれば、禹は自分で洪水を起こし、
自分で治めたということになるんでしょうか。それも不思議な話ではありますが、
洪水神は、世界各地の神話に出てきますので、
そういうこともあるのかもしれません。

さてさて、引用記事に戻って、黄河の大洪水は、紀元前1600年ころと
考えられてきましたが、洪水で崩壊した建物の瓦礫の中から見つかった、
3人の子どもの骨に対する放射性炭素年代測定によって、
前1920年ころと推定され、夏王朝の開始した時期も早まることになったんですね。

でも、どうなんでしょう? 洪水があったことは事実として、
それが夏王朝の伝説とほんとうに結びつくのか。その時代に、
大規模な治水工事などができたのか。禹は実在の人物なのか、謎は尽きないんですね。
では、今回はこのへんで。  関連記事 『蠱術って何?』 『夏の法』







記憶の移植ってできる?

2018.05.19 (Sat)
記憶の移植は長らく、典型的なSFのテーマだったが、
最近の研究によってそれが現実味を帯びつつある。
米大学の研究者らはこのほど、海に住む軟体動物のジャンボアメフラシの
個体から別の個体に、遺伝子のRNA(リボ核酸)を使い、
記憶を移植することに成功した。

研究者らはまず、ジャンボアメフラシに刺激に対する
防御反応を起こす訓練を行った。その個体から取り出したRNAを,
訓練を受けていない別の個体に移植すると、
刺激に対して訓練された個体と同様の反応を示したという。
(BBC News Japan)



今回は、この話題でいきますが、すごく難しいテーマで、
自分の手にあまる可能性があります。かなり間違ったことを言うかも
しれませんので、そのつもりでお読みください。
さて、実験では、まず、ジャンボアメフラシの尻尾に軽い電気ショックを与え、
防御反応で体を縮ませるように訓練しました。

すると、訓練されたジャンボアメフラシは、
体を触られると約50秒にわたって収縮しましたが、
訓練されていない個体が体を縮ませたのは、わずか10秒程度でした。
つまり、訓練された個体は、刺激に敏感になっているわけです。

さらに、研究者らは、電気ショックで訓練されたジャンボアメフラシの神経から
RNAを取り出し、訓練を受けていないジャンボアメフラシに移植。
すると、訓練されていない個体も体を触られると、
約40秒にわたって収縮するようになったということです。

で、自分の、この実験についての感想は「えー、眉唾だなあ」というものです。
というのは、RNAの移植については、いろいろ先行研究があるんですね。
1960年、シカゴ大学の心理学者が、プラナリアに光に反応する
訓練をほどこし、さらにそのプラナリアをすりつぶして、
別のプラナリアに食べさせるという実験を行いました。

すると、光に対する反応が、別のプラナリアに移ったように見えたということです。
実験は、記憶の移動という内容を含むため、センセーションを巻き起こし、
研究者は多額の研究資金を得ることができました。後には、
プラナリアのRNAを直接抽出して、注射できるようにもなりました。

分断されてもそれぞれ生き残るプラナリア


これを受けて、1960年代、実験用マウスなどでも、同じような実験が多数
行われましたが、結果はどれもはかばかしいものではなく、
プラナリアでの実験も、あちこちで行われた追試は成功しませんでした。
こう言ってはなんですが、実験結果の統計的な操作も疑われたりして、
これ系の研究は、ずっと長い間下火になっていたんです。
今でいう、常温核融合みたいな感じです。

また、鮭でも実験が行われていて、Aという川を遡上する鮭のRNAを抽出し、
Bという川を遡上する鮭に移植。BをAの川の水に入れると脳波が反応した、
という実験もあります。しかし、この追試もうまくいってません。
ですから、そういう歴史的なことを踏まえて、
自分は、この実験がにわかには信用できないんですね。

さて、RNAとは、リボ核酸のことで、動植物の細胞の核と細胞質に存在し、
DNAとはやや異なる塩基配列を持っており、
タンパク質の統合と遺伝情報の伝達にかかわると考えられています。
で、もしRNAに記憶が保存されるとしたら、どんな仕組みで行われるんでしょう。

これについて、研究者はくわしくふれていませんが、
RNAの塩基配列が変化するんでしょうか?? それとも数が増えるのか?
ここはかなり疑問です。実験の前後でのRNAの変化を、
きちんと示す必要があると思われます。

細胞の構造


一般的に、記憶は脳の神経の接合部分であるシナプスのつながりとして
蓄えられると考えられています。また、脳で、記憶分野をつかさどるとされる
海馬や側頭葉を切除すると、重い記憶障害が起きることが知られています。
ですので、記憶に脳が関与してるのは間違いないところでしょう。

さて、引用の実験の話はこのくらいにして、
もし、Aさんの脳から記憶を取り出し、別のBさんに移すことができたとしたら
どうなるんでしょう。もちろん、Bさんの記憶は、その前に消去してあります。
マウスの脳から特定の記憶だけを消去する実験には、すでに成功しています。

人間の人格の大部分は、記憶の積み重ねによってできているとも考えられます。
では、Bさんの体に、Aさんの意識が芽生えることになるんでしょうか。
脳の記憶さえ別の身体に次々と移植できれば、
人間は不死になれるんでしょうか。これは難しいですね。
人格には遺伝的な部分もあるでしょうし、自分にはなんとも言えません。

ただ、部分的な記憶が移植できるとしたら、例えば、自転車に乗れない人が、
記憶の移植を受けることで、自転車に乗れるようになる、
などのことは可能になるかもしれません。あるいは、言語記憶を移植することで、
まったくしゃべれなかった人が英語ペラペラになるとか。

2016年のアメリカ・イギリス合作の映画、『クリミナル 2人の記憶を持つ男』は、
このあたりのことをあつかったストーリーでした。核ミサイルの遠隔操作に関する
重要な記憶を持ったCIAエージェントが銃撃で死亡。
その記憶を死刑囚に移植して世界を救おうとするんですが・・・

さてさて、ということで、記憶の移植というアイデアには、
さまざまな可能性があると思いますが、倫理的な問題もまた大きいでしょう。
上記の実験の続報を期待したいと思います。
では、今回はこのへんで。








管の鬼の話

2018.05.18 (Fri)
今回は、大阪の郊外にある市の医療法人に勤める20代の女性看護師、
Uさんからお聞きした話です。場所は、いつものホテルのバーではなく、
ある駅前にある小洒落たクレープ屋でした。
「あ、どうも、bigbossmanです。よろしお願いします」
「こちらこそ」 「看護師をなさっているそうで」
「はい、Y市にある医療法人の○○会の病院です。そこの市には、
 系列の病院が3つあるんですが、去年の4月に南病院から北病院に
 移動になったんです」 「はい」 「南病院は一般病棟がほとんどでしたけど、
 新しく行くことになった北病院は、療養病棟中心なんです」
「はい」 「療養病棟は、慢性疾患を抱えたお年寄りが中心で、
 痰の吸引が必要な方や、胃瘻の方も多かったんです」

「ははあ、大変そうですね」 「いえ、それがそうでもなくて、
 介護のほうは介護士さんがいますし、医療行為は多くはないんですよ」
「ああ、なるほど」 「ただ、こんなことを言ってはなんですが、
 やりがいがあまりないというか・・・ 脳疾患や心臓疾患に認知症が重なってる、
 お年寄りが多くて、こちらから話しかけても、アーウーとか言うばかりで、
 ほとんど意思の疎通ができないので」 「ああ、あの点滴に異物を混入させた
 事件があった横浜の病院みたいな感じですか?」 「そうですね・・・
 それで、5階の病棟に配属されて、看護師長や同僚の看護師に挨拶をしたんです。
 みなさん、明るい方だったんですが、師長さんが、お話の後に、
 私にそっと数珠を渡されたんです」 「数珠ですか?」
「はい、青い玉が5個ついた小さいものでした」 

「それ、珍しいですよね」 「はい、私も不思議に思って、これは?って
 尋ねたんですが、ただ、ナース服のどこかに入れておけばいいよ、
 っておっしゃられて」 「うーん、自分も長期入院したことあるんですが、
 数珠持ってる看護師さんは・・・」 「まあでも、そこの病院なりの
 しきたりなんかもありますし、お亡くなりになる患者さんが多いからかな、
 と思って、いつもロッカーに入れてて、仕事中持つようにしてたんです」
「ははあ」 「それで、勤務は特に問題はなかったんです。さっき言ったように、
 あまり意思疎通がとれない患者さんが多かったんですが、
 病院はスタッフも多くて仕事は楽でした」 「はい」
「一週間ほどして、初めての夜勤のシフトが回ってきたんです」 「はい」
「引き継ぎをして、定時に病棟内を見回るんですが、

 眠剤を使われてる患者さんが多く、ほとんどの方はよく眠っておられて」
「はい」 「女性患者の病棟を午前2時に回ってたときです。
 Hさんという80代のおばあさんのベッドに、カーテンを開けて入りました」
「はい」 「そしたら、Hさんがベッドに起き上がっていて・・・
 体が斜めになってたんです」 「どういうことですか?」
「ほら、病院のベッドって角度を変えて起きられるようにできてますよね」
「はい」 「それが、ベッドはそのままで、Hさんの上半身が、
 まるでリクライニングしてるみたいに斜めに」 「うーん、で?」
「Hさんは両目をカッと見開いてて、口から管が出ました」
「治療用の管ってことですか?」 「いえ、Hさんはそういうのは一切つけて
 なかったんです」 「で?」 「管は真っ白で、1m以上の長さがあって、
 
 先のほうがうねうね動いてました」 「で?」
「びっくりしましたけど、Hさんは少し認知症があったので、何かのホースを
 自分で見付けてきて咥えてるんだと思ったんです」 「で?」
「思わず、動いてる管の先をつかもうとしました。そしたら、管は私の手をそれて、
 Hさんの口からも外れました。シーツの上をくねって、カーテンづたいに
 天井のほうへ上っていったんです」 「で?」 「上のほうのカーテンレールに
 巻きついた管の穴から、もっと生きたい、って声が聞こえて」
「それ、Hさんの声ってことですか?」 「いえ・・・わかりません」
「女性の声だとは思ったんですが」 「で?」 「管は暗い天井に消えていき、
 半身を斜めに起こしていたHさんがベッドに倒れました」 「で?」
「あわてて確認したら、呼吸が止まって脈もないので、当直の医師を呼びに行きました」

「で?」 「別室で蘇生措置をしましたが、そのままHさんは亡くなったんです」
「気味の悪い話ですねえ。その後は?」 「ご家族への連絡などでバタバタしましたが、
 そのときに、いっしょに夜勤だった看護師も、医師も、片手に数珠を持ってたんです」
「で?」 「夜勤の同僚に、それは?って聞いたら、あなたももらってるでしょ、
 朝まで持ってたほうがいいって言われました。詳しいことは後で教えるって。
 でも、時間がなくて、そのときは教えてもらえなかったんです」 「うーん、
 Uさんが目撃した、管については?」 「医師に話しましたし、後になって師長さんにも
 報告したんですが、すごくそっけない態度で、わかりましたって言われただけでした」
「で?」 「それからまた1週間ほどして、夜勤が入ったんです。前のことがあったので、
 巡回のときはすごく警戒してました」 「で?」
「早い時間は何事もなくて、やはり2時の見回りのときです」 「はい」

「男性病棟の最後が2人部屋だったんです。その窓際のベッドのカーテンを開けると、
 Mさんっていう80代のおじいさんの口から、白い管が出てて、
 うねうね動いてました」 「で?」 「Mさんは、酸素のチューブをつけてましたけど、
 それよりずっと太い白い管・・・前に見たのと同じだと思いました。
 で、管が伸びている天井を見たら・・・」 「何が?」
「この前亡くなったHさんが張りついてたんです」 「え?」
「もうとっくにお葬式も済んでるはずです。それが、白髪を振り乱して、
 白目を剥いて、Hさんの口から伸びてる管が、Uさんの口までつながってて」
「で?」 「私はギャーッって悲鳴を上げちゃったんです。
 とにかくカーテンの中から逃げ出しました」 「で?」
「廊下を走ってたら、ナースステーションから先輩が走ってきて、

 手にあの数珠を持って前に突き出してて、私に向かって、あなたも数珠出しなさい、
 って言ったんです」 「で?」 「先輩を先頭にして、また病室に戻って
 カーテンを開けると、白い管だらけでした」 「え?」
「天井に張りついてるHさんの体から、何十本も管が出てて、 
 ベッドのUさんとつながってたんです。私は後退りしてしまったんですが、
 先輩はひるまず、数珠を持った手で管にふれると、管は煙みたいに消えてって、
 上にいるHさんが身悶えしながら、やはり天井にめり込むようにして消えました」
「で?」 「Uさんは、上をにらんだまま一言しゃべって、がくっと頭が落ちました」
「何と言ったんですか?」 「もっと生きたい、って。
 でも、Uさんはそのまま亡くなってしまったんです」 「うう」
「蘇生措置をしてもダメでした。私はショックを受けてて、何もできなかったんです」

「で?」 「朝になって、出勤してきた師長さんから話をうかがいました。
 私が見たのは、そこの病院で管の鬼って呼ばれてるものだって」
「管の鬼・・・」 「はい。毎回ではないですけど、患者さんが亡くなるときに現れる、
 そこの病院に棲みついてるものだって。それは、Uさんのときみたいに、
 管だけの場合もあれば、Hさんのときのように、
 前に亡くなった患者さんの姿で出てくる場合もある・・・」 「はい」
「お坊さんを呼んで、ひそかにお祓いをしたんだそうです。
 そのとき、お坊さんが管の鬼って名前をつけて。でも、お祓いではいなくなり
 ませんでした。それから、お坊さんの勧めで、看護師や医師も、
 全員が数珠を持つようになったそうなんです。管の鬼は、
 私たち病院のスタッフには何もせず、数珠でさわると消えていくって」

「うーん、すごい話ですねえ。その後も見たんですか?」
「はい。1年間で4回見ました。で、そのたびに患者さんが亡くなって。
 でも、あの管の鬼が患者さんを殺してるってことじゃないと思うんです。
 亡くなったのは、もとから容態が悪い患者さんばかりでしたから」
「何だと思いますか?」 「・・・うまく言えないんですが、あれ、
 ほとんど意識がない状態で、体中、点滴や酸素、人工呼吸で管につながれてる
 大勢の患者さんの念が凝り固まったものじゃないかと」
「・・・・」 「で、管の鬼につかまった患者さんは、ふだんはしゃべれないのに、
 もっと生きたいって言うんです」 「・・・そんなになっても生きたいと」
「わかりません。とにかく、私はそこの病院に慣れることができなくて、
 今年の3月に希望を出して、一般病棟に移動させてもらったんです」



 

 


「蠱術」って何?

2018.05.17 (Thu)
今回はこういうお題でいきます。どっから書いていきましょうか。
まず、「蠱術 こじゅつ」は中国から日本へと伝わったものですが、
さまざまな内容を含んでいて、たいへんわかりにくくなっています。
Wikiを始め、あちこちのホームページに書かれている記述には混乱が見られます。

自分は、すべてのものを総称した上位概念を「蠱術」と呼んでいて、
その中に「蠱毒 こどく」 「巫蠱 ふこ」 「犬神の法」などが含まれます。
蠱術は、簡単に言えば、他人に害を与える目的の、
「中国式の呪詛」を表しています。

さて、「蠱」という漢字ですが、これは壺などの容器の中に、
たくさんの虫がいる状態を表します。ひじょうに古い漢字で、
3000年以上前の中国の殷(商)の時代には、甲骨文字としてすでに
あったようです。ですから、長い長い歴史を持っているわけですね。

「蠱毒 こどく」は、みなさん聞かれたことがあるでしょう。
蠱術の中でも生き物を使う技法で、現在も、中国の少数民族である、
苗(ミャオ)族に伝わっているという話もありますが、
自分が文献を調べても、はっきりしたことはわかりませんでした。

蠱毒
nanana (2)

蠱毒の方法として、『隋書 地理志』には、「五月五日に百種の虫を集め、
大きなものは蛇、小さなものは虱と、併せて器の中に置き、
互いに喰らわせ、最後の一種に残ったものを留める。蛇であれば蛇蠱、
虱であれば虱蠱である。これを行って人を殺す。」と出てきます。

で、人を殺すためには、その生き残った虫を相手に食べさせるわけですが。
これで本当に人が死ぬかどうかは大いに疑問です。
蛇などの毒は、噛まれて血液中に入った場合は致命的ですが、
口から胃に入った場合は、それほどの効き目はないはずです。

おそらく、中国で古くから研究されていた、漢方薬系の毒薬を
併用したのではないかと思われます。ちなみに、漢方薬には副作用はない、
などという人もいますが、そんなことはなく、重度の肝障害や、
肺炎での副作用死をもたらすものが知られています。

次に「巫蠱 ふこ」について。これは、呪う相手をかたどった木製の人形を
土中に埋め、巫女が呪いをかけるものです。
そんなことで本当に効果があるのか?と思われるでしょうが、じつは、
たいへんな効果があり、中国では内乱まで起きています。

巫蠱
nanana (3)

ただし、効果というのは「巫蠱を行った罪で、相手を陥れる」ことです。
中国の漢の時代、紀元前91年、漢の武帝からうとんじられていた
皇太子の戻(れい)が、重臣の江充から、巫蠱の法を行っていると訴えられ、
皇太子の宮殿から木人形が発見されました。

進退窮まった皇太子は、江充を斬った上で反乱を起こしましたが、
死者数万人の激しい戦いの後、皇后とともに自殺しています。
この事件を「巫蠱の乱」と言います。なお、後に、皇太子の無実が明らかになり、
武帝は江充の一族を滅ぼし、皇太子を追悼しています。

井上内親王を祀る御霊神社


日本でも、奈良時代の「養老律令」において、蠱毒は厳しく禁じられ、
772年、井上内親王が天皇を呪い殺そうとした罪で皇后の位を追われ、
皇太子とともに、不自然な形で死亡しています。
井上内親王の蠱毒は冤罪の可能性が高く、その怨念と考えられる天変地異が
しきりに起こったため、後に無実を認められ、名誉回復されることになりました。

ということで、蠱毒や巫蠱は、その呪いが効力があるというより、
相手が「蠱術を行った」と言いがかりをつけ、呪いの人形などを偽造し、
政敵を葬るために用いられたケースが、たいへん多いんですね。
呪詛よりも、現実的な勢力争いのほうが、ずっと怖いということです。

さて、最後に「犬神の法」ですが、「犬を頭部のみを出して生き埋めにし、
その前に食物を見せて置き、餓死しようとする瞬間ににその首を切ると、
頭部は飛んで食物に食いつき、これを焼いて骨とし、
器に入れて祀る。すると永久にその人に憑き、願望を成就させる」

犬神
nanana (4)

こういう使い方が一般的に知られています。相手を呪う場合は、
その人が通る道筋に、犬の頭蓋骨を埋めておいて踏ませる。
あるいは、犬の首についたウジを乾燥させ、
食物に入れて食べさせるなどの方法があるようです。
でも、現代の目からすれば、こんなことで人が死ぬとは思えませんよね。

さてさて、ここまで見てきたように、蠱術はまあ迷信です。
歴史的には、それを行ったと喧伝して、政敵を葬り去るために使われてきました。
現代でも、メールを偽造したりとか、会話を録音したりとか、
人を陥れるためのさまざまな謀略がありますが、
その一種だったわけです。では、今回はこのへんで。

関連記事 『解体工事』

nanana (1)





タコの話

2018.05.16 (Wed)
我々日本人は日頃からタコを食すことから、あまり気にならないかもしれないが、
よくよくタコを見てみると、その姿は異様としか言いようがない。
火星人がタコ型にイメージされたり、クトゥルフ神話に登場する異形の神が
タコをモチーフに描かれていたり、特に欧米でタコが地球外的生命体、
あるいは超自然的存在としてイメージされることが多いのも頷ける。

2015年8月に学術誌「ネイチャー」上で発表された研究では、
タコの遺伝情報が極めて複雑だということが分かり、研究者は、
「タコはまるでエイリアンのようだ」と、驚嘆の声をあげていた。
生物学的に見てもタコほど奇妙な生物は存在しないのだ。そして今回、
英紙「Daily Mail」によると、全世界33人の研究者らによる共同研究により、
やはりタコの祖先は地球外から飛来した可能性が高いことが明らかになったという。

(tocana)

今回は科学ニュースからの話題ですが、お読みになってわかるように、
かなり眉唾な内容ですね。「タコは宇宙から来た」これがありえると仮定して、
その過程は3つくらい考えられるでしょうか。
① タコの卵が隕石などにくっついて地球に飛来した。
② 宇宙線がタコの遺伝子に傷をつけ、進化の方向を変えさせた。
③ 宇宙から飛来したウイルスがタコの遺伝子を変化させた。

①は全然ムリですよね。隕石は落ちてくるときに、
地球大気との摩擦で高温になるので、タコの卵が無事ですむはずはないでしょう。
もし無事だったとしても、孵化した限られた数のタコが、
地球環境に適応して繁殖できるとは思えないです。

②は、たしかに、宇宙線は常時地球に降り注いでいるので、
生物の進化の歴史に何らかの影響を与えてきた可能性があります。
でもそれは、タコだけの話じゃないと思うんですね。
この3つの仮説の中では、一番可能性があるのは③でしょうが、
これにしても、積極的な証拠はまったくありません。

さて、タコは軟体動物で、頭足類と呼ばれます。貝類にひじょうに近い仲間で、
オウムガイなどが、貝殻を捨てる形で進化したと考えられています。
下図を見ていただければわかりますが、オウムガイはオウムのような
クチバシを持っていて、これはタコにも受け継がれています。

オウムガイ


では、なぜこういう話が出てくるのか。初期のSFでは、
タコ型の宇宙人は定番でした。H・G・ウエルズの『宇宙戦争』で出てくる
宇宙人のイメージもタコ型です。大きな頭には大容量の脳が詰まっていて、
一度にいろいろな操作ができるよう、たくさんの触手がある・・・
こんな理屈で考えられたんでしょう。

『宇宙戦争』挿絵


それ以外にも、タコの外見や生態が人間とかけ離れているということが
大きんだろうと思います。日本人は昔からタコを食べますが、
他の国では食べないところが多く、「悪魔の魚」などと言われました。
クトゥルー神話の神、クトゥルーもタコのイメージが大きく反映されていますし、
海にはクラーケンという大ダコ型の怪物がいると信じられました。

大いなるクトゥルー


実際、タコの体は、人間はもちろん、その他の海の生物とは大きく違っていて、
3つの心臓と、9つの脳があるなどと言われます。頭にある主となる脳は、
クルミ大の小さなものですが、その他に、足の一本一本に、
脳に近い神経のかたまりがあるみたいなんですね。

また、タコはいろいろな特殊能力を持っています。
まず、体表の色を変えることができますし、ミミックオクトパスと呼ばれる種類は、
ウミヘビやヒトデ、カレイなどに姿を変えることができます。
あと、タコ類は毒を持っていて、そのほとんどは人間に害のないものですが、
ヒョウモンダコと呼ばれる種類には、致死性の毒があります。
スミを吐いて、姿をくらませることもできますよね。

カレイに擬態するミミックオクトパス


さて、10年ほど前に、予言をするタコ「パウル」という話題がありました。
ご記憶にあるでしょうか。これは、ドイツ・オーバーハウゼンの
水族館シー・ライフで飼育されていたマダコで、
2つ用意されたエサ箱のうちのどちらに入るかで、サッカードイツ代表の
勝敗を高確率で的中させたとされます。

予言するタコ「パウル」
ダウンロード

まあ、これは水族館の話題づくりでしょうが、タコの中には、貝殻などの道具を
使うものが知られていて、けっこう知能が高いのではないかと考える人もいます。
ちなみに、パウルは2年9ヶ月で老衰死していますが、タコやイカの寿命は、
かなり短いんです。その分、短期間で大きくなります。

さて、日本では、タコは昔から食べられていたようで、
弥生時代のタコツボ型土器というのが、瀬戸内海地方を中心に出土しています。
これを使って、主にイイダコを採り、食用にしていたようです。
現代でも、明石のタコと言えば有名ですよね。

タコツボ型土器


また、江戸時代には、タコの浮世絵が知られています。
下図は、『富嶽三十六景』で有名な日本を代表する絵師、葛飾北斎のものです。
基本的には春画なんでしょうが、江戸の浮世絵師は、
こういう洒落っ気のある画題が大好きでした。

葛飾北斎


最後に、日本のオカルト界の草分け的存在である西丸震哉氏が、
『動物紳士録』という著書で、「タコは夜中に海から上がってきて、
畑の大根を引き抜く」という話を書いていて、
オカルト好きの間で、ちょっとした話題になりました。

まあ、ホラ話が好きな人なので、これもその類かと思われてたんですが、
タコは数十分なら海から上がって行動でき、岩の上でカニをつかまえたりしますし、
白い球根などでイイダコが釣れるという話もあり、
そういうことが、絶対にありえないとも言えない気はします。

さてさて、ということで、タコについて見てきました。
自分は食材としてのタコは大好きです。刺身でも美味しいですし、
イイダコを炊いたのも酒の肴にはいいですよね。人間が食べるために、
神様がお創りになったんじゃないでしょうか。では、今回はこのへんで。

美しいが、危険な毒を持つヒョウモンダコ







骨の花嫁の話

2018.05.15 (Tue)
ここのところ、自分が怪談のブログをやっているということが、
あちこちに知れ渡って、奇妙な体験を聞かせてくださる方が増えてきました。
これはありがたいことですが、必ずしもご自身の体験ばかりではなく、
知り合いから聞いた話なんかも多いんですね。
ですから、それが実際にあったことなのか、裏が取れない場合も多々あります。
そこはご承知おきください。それと、霊障を受けているなどのご相談も
来るようになりました。これは困るんですよね。自分はまったくの〇感で、
霊は見えないし、もちろん祓うことなどできません。
ですから、そういうご相談があった場合、自分がご利益が大きいと考えている
神社を紹介することにしています。あと、自分の話に何度か登場している、
ボランティア霊能者、Kさんの連絡先をお教えしてるんですね。

ここからの話は、農機具メーカーに勤務されているUさんから
ご相談を受けたものです。3ヶ月ほど前、大阪市内のバーでお会いしました。
「bigbossmanです。どうぞよろしく」 「あ、よろしくお願いします。
 さっそく話していきます」 「はい」 「僕、ある工科大学を出たんですよ。
 その2年のときに彼女ができまして」 「はい」 「近くに女子大があって、
 そこの子だったんですけど」 「はい」 「ずっと卒業までつき合って、
 就職したら結婚するつもりでした」 「はい」 「けど、彼女、卒業と同時に
 車を買って、すぐに自損事故で亡くなってしまったんです」 「・・・・」
「当時はほんとうにショックでした。正式なプロポーズはしてなかったけど、
 お互い結婚するもんだと思ってましたし、彼女の両親のとこにも挨拶に行ってたし、
 何も手につかなくなって、せっかく就職した会社も辞めちゃったんです」

「そうでしょうねえ」 「しばらく引きこもってましたけど、1年くらいして、
 このままじゃいけないって思って、先輩に相談して、今いるとこに入ったんです」
「はい」 「それで、夢中になって仕事覚えて、もともとメカは好きだったんで
 かなり気が紛れました」 「はい」 「だけど、彼女のことが忘れられなくて、
 ずっと女の子とつき合うこともできなくて」 「わかるような気がします」
「けど、そんな自分でも、よく思ってくれてる子がいたんです。
 けっして忘れたわけじゃないけど、彼女の死から5年たってましたし・・・ 
 その子とつき合うようになって、先月、結婚したんです」
「ああ、でも、それはしかたないことですよ。Uさんの人生は、これからもずっと
 続くんですから。いつかはふっ切らなきゃ」 「ただ・・・結婚式の前後から、
 彼女の夢を見るようになって」 「はい」

「その夢の中で、彼女が怒ってるんです。ウエディングドレスを着て、
 一度も見たこともない怖い顔で、ベッドの上に浮かんでて・・・」
「うーん、でもそれ、霊というより、Uさんの罪悪感が見せてるんじゃないですかね」
「・・・僕もそんなふうに考えてたんですが・・・これ、見てください。
 先月の結婚式の写真です」 「ああ、きれいな奥さんじゃないですか。これが?」
「この写真だけ、顔が違うと思いませんか」 「え? うう、確かに」
「このケーキ入刀の写真だけ、亡くなった彼女の顔なんですよ」 「間違いなく?」
「はい」 「・・・わかりました。自分の知り合いに、Kさんという、こういうことに
 詳しい方がいるんで、相談してみます。これ、お借りしていいですね?」 
こんなやりとりがあって、2日後、Kさんのところにその写真を持っていきました。
「Kさん、どう思われます?」 「じつによくないもんだね。

 強い力がこもってる。きっとこれから騒動をひき起こす」 「やっぱり、
 Uさんの彼女がまだ浄化してなくて、Uさんの心変わりを怒ってるってことですか?」
「・・・うーん、そうじゃない気がするんだよな。だが、何なのかまだわからない。
 調べてみる」 「お願いします」 この後ひと月ほど、Kさんからも、Uさんからも
音沙汰がなかったんですが、突然、Uさんの奥さんから連絡が来て、
Uさんが病院に入院してるということだったんです。自分のことは、
Uさんが奥さんに話していたようです。新婚のアパートのソファで、眠いと言って
横になったきり、大きないびきをかいて目を覚まさず、救急車を呼んだ。
医師の話では、脳内出血だが手術できない箇所で、このまま血が引いて
意識が戻るのを待つしかないということでした。すぐにKさんに報告し、
2人で病院に行ったんです。結婚写真で見た奥さんが、つきっきりでした。

Uさんとの面会はできないとのことでしたが、Kさんがいろいろ手を回して、
病室に入れてもらったんです。Uさんは人工呼吸器につながれてて、
真っ白な顔で目をつぶってました。その枕元で、Kさんが静かに呪言を唱え始めると、
ベッドの上の空間に、白いモヤが凝りはじめました。水に油を流したように
ゆっくりとたゆたい、そして、少しずつ形になっていったんです。
ウエディングドレスを着た花嫁でした。ただ、顔のある部分まで白く、
目も鼻もない・・・ Kさんはその花嫁をじっと見つめていましたが、
「これは、祓えない。本性じゃない」そう言って、パンと手を叩き、
花嫁の姿はかき消えたんです。病院からの帰り、Kさんはこんな話をしました。
「さっき出てきたのは、Uの元彼女じゃない。いや、混じってるのかもしれないが、
本質は別のものだ」 「意味がわかりません」 

「俺もちゃんとはわからないが、遠隔操作だと思う」 「遠隔操作?」
「ああ。それでな、元彼女のことを調べてみた。亡くなって5年だが、
 その間に母親が病気で他界している。一人娘の死で気落ちしたんだろう」
「ああ」 「父親は今、一人暮らしで勤めに出てる」 「気の毒ですね」
「どうだ、お前、明後日ヒマか?」 「いつもヒマですよ。売れない占い師ですから」
「彼女の実家に行ってみる。いっしょに来い」 「はい」
ということで、Kさんの車で、2時間ほどかけてその家に行ったんです。
彼女の父親は、あちこちの団体役員をしてるらしく、立派な家でした。
「bigbossman、ここからは犯罪だが、いいか?」 「・・・OKです」
Kさんと自分は、その家の塀を乗り越えて庭に入り、Kさんがガラス切りを出して、
ベランダのサッシ戸から中へ侵入しました。

父親はKさんの調査で、しばらくは帰ってこないのがわかってました。
Kさんは間取りがわかるように、ずんずん中に入って2階に上がり、その奥の一室、
おそらく亡くなった彼女の部屋のドアを開けました。中は・・・お香のような
においが立ち込め、祭壇がしつらえてありました。神道でも仏教でもない、
何ともいい難い様式で、香炉の後ろに一体の人形がありました。
高さ20cmほどの、純白のウエディングドレスを着た。
「bigbossman、これ、何でできているかわかるか?」 「・・・骨、ですか」
「そうだ」 「彼女の」 「ああ」 それから、Kさんの祈祷が始まり、
30分ほどして、さわりもしないのに、人形はくしゃっと崩れたんです。
「これでいいだろう。荒療治だがしかたない。bigbossman、不法侵入、
 器物損壊、あとはもしかしたら死体損壊? 逮捕されるかもしれんぞ」

「別にいいですよ。どうせ自由業ですし」 帰りの車の中で、Kさんから話を聞きました。
「あの人形、業者がいるんだよ。故人の遺体を加工する。おそらく、そこに依頼して
 作ってもらったんだろう。それに彼女の父親が、何らかの儀式で念を込めた」
「そんなことができるもんですかね?」 「あの父親は、たちのよくない
 新興宗教に入ってるんだ。そこで身につけたものだろう」
「人形が朽ちましたよね。どうなるんですか?」 「父親のねらいは、Uさんだよ。
 おそらくあの世に送って、そこで娘と添い遂げさせようと考えたんだろうな」
「ということは?」 「この足で病院に行ってみよう。変化が起きてるかもしれん」
で、着いたら病室がバタバタしていて、Uさんの奥さんが少しだけ出てきて、
「気がついたんです。目さ覚めたんですよ」って言いました。
それだけ聞いて、自分とKさんは戻ったんです。

その日の夜、いつものバーでKさんから話をうかがいました。
「彼女の父親が儀式をしてたってことですが、彼女の霊は浄化されてこの世にはもう
 いないんですか?」 「・・・そうではないと思う。あの父親は、彼女の骨を使って
 Uを呪い、儀式であの世に送ろうとしたが、それを彼女は望んでいない。
 だから、比較的簡単に呪いは破ることができた」 「これからどうなるんです?」
「あの父親がどうするかだな。今後もUの命をねらうようなら、さらなる
 荒仕事も考えなくちゃならん」 「はああ」 「まあ、Uはまだとうぶん病院だろうから、
 そう心配はないと思うが」 でも、心配は杞憂に終わりました。
父親が電車に飛び込んで亡くなったからです。Uさんを連れて行くことができず、
その代わりに自分が娘さんのところに行くことにしたようです。Kさんは、
その葬儀の後、彼女と父親の浄霊の会を開くことを計画しています。


 




孤独死について

2018.05.14 (Mon)
孤独死した人の自宅を清掃・消毒して原状回復する「特殊清掃業者」
が急増している。業界団体によると、全国で5000社以上が参入しており、
団体が民間資格の認定制度を始めた5年前から業者数は15倍超にふくらむ。
高まる需要の背景に、家族・親族関係の希薄化が浮かび上がる。

特殊清掃業者は故人の住宅の管理人や親族らから依頼を受け、
清掃や消毒のほか、遺品整理を請け負うこともある。孤独死の場合、
遺体発見まで時間が経過すれば、室内の臭いや汚れがひどくなる。
業者は特殊薬品や殺虫剤、電動のこぎりなどを使って室内を原状回復し、
感染症予防のため防護服を着て作業することも多い。
(毎日新聞)

当ブログでは、ふだんは政治・経済・社会の話題は取り上げない
ことにしてるんですが、この記事はオカルトとも関係があるので、
少し考察してみたいと思います。さて、まず「孤独死」についてですが、
これは法律用語ではないため、明確な定義はありません。
行政機関では、「孤立死」という表現が使われることが多いようです。

社会的な通念としては、「一人暮らしの人が誰にも看取られることなく、
当人の住居内などで生活中の突発的な疾病などによって死亡すること」
こんな感じでしょうか。孤独死は、必ずしも高齢者とはかぎりません。
20代でアパート暮らしをしてる人の孤独死なんかも、けっこうあるんです。

また、孤独死は「一人であることを自覚しながら亡くなる」ものなので、
一般的には、眠っているうちに死亡するなどの「突然死」は含まれません。
でも、そのあたりの死の状況は、なかなかわからないことが多いですね。
あと、「自殺」も孤独死にはあたりません。

とはいえ、孤独死の中で高齢者の占める割合は当然ながら高くなっています。
また、孤独死する男性は、女性の2倍以上です。
現在、年間で3万人程度の人が孤独死していると考えられますが、
この数は、高齢者の増加とともに、ますます増えていくものと思われます。

ですから、引用記事のように、特殊清掃業者が増えているわけです。
需要のあるところに供給ありです。それから、孤独死するのは、
まったく身寄りのない人というわけではなく、
子どもや孫が離れたところにいる場合のほうが多いんです。

老夫婦のうちのどちらかが亡くなり、子どもが引き取ろうと言うのを
断ったりしているケースです。「子どもに迷惑をかけたくない、
まだまだ自分は大丈夫」こんな気持が孤独死を生みやすいんだと思います。
あと、自分はアメリカに住んでましたが、
アメリカでは、いわゆる孤独死はすごく多いんです。

アメリカでは、親と子どもは独立した別家庭という意識が強く、日本のように、
子どもが親の介護をしなくてはならないという社会的慣習はありません。
これは、人は死ぬときまでまで自立しているべき、
という考え方があるためです。孤独死ではなく、自立死なんですね。
その分、食事の宅配や、民間のヘルパー、医師が常駐する
高齢者向けマンションのような社会サービスが充実しています。

さて、実際に孤独死が起きればどうなるか。もちろん、最初に警察の
検視があります。場合によっては司法解剖も。もし遺体がどろどろに腐敗
していたりすれば、本人であるかどうかのDNA鑑定も必要です。
この後、事件性がないと判断されれば、遺体は家族のもとに返されますが、
遠い親戚などしかいない場合は、引取拒否もあるようです。

遺体はどんなにどろどろでも、プロである葬儀屋に依頼すれば、
運搬し、火葬までを受け持ってくれます。
その後、腐敗液などで汚れてしまった部屋を掃除するのが、
特殊清掃業者ということになりますが、これにまつわる怪談は、
いろいろネットでも紹介されていますね。

部屋が汚れてしまった場合、もし賃貸などであれば、
部屋の所有者から高額の賠償請求をされる場合があります。
さて、では、孤独死は事故物件(心理的瑕疵物件)にあたるでしょうか?
ほんらい、孤独死は病死ですから、自然死とみなされて、
次の入居者に対して、告知義務が発生することはないはずです。

ただし、遺体が長期間発見されず、腐敗したりしていた場合は、
近隣にそのことが知れわたってしまうので、
いくらきちんとリフォームしていたとしても、
部屋の所有者が入居者に告知せずに、裁判で負けてしまった判例があります。

あと、人の死の判定は、基本的に医師でないとできません。
ですから、ある人が部屋で倒れているのが発見されたときに、
一目で死んでいることがわかったとしても、
救急搬送された先の病院で死亡確認されることになります。
その場合、部屋で死んだということにはならないんですね。

さてさて、ここまで孤独死についてみてきました。
もし、これに関連した怪談を書くような場合は、
参考にしていただけたらと思います。で、上でアメリカの事例を書きましたが、
自分は、必ずしも孤独死が悪いとは思いません。

家族や親戚一同に囲まれて最期を迎えれば理想的でしょうが、
病院で死ぬのも、それはそれで怖い面があるんですね。というのは、
病院に入院してしまうと、なかなか楽には死なせてもらえないからです。
意識のないまま、いったん人工呼吸器などの生命維持装置に
つながれてしまうと、それを外すのには、いろいろ難しい問題があります。

アメリカでは「No Code」という刺青をしている人や、
タグを首にかけている人もいて、これは、
「コードにつなぐような延命措置はしないでください」という意思表示です。
ということで、元気なうちから、家族や、他人にも迷惑をかけない死に方について
考えておくのは大切だと思います。では、今回はこのへんで。







「相」って何?

2018.05.13 (Sun)
相というのは古い時代にできた漢字です。木と目が向かい合うことから、
「よく見る」という意味で使われます。例えば、人相、手相、家相
などという、占いのジャンルがありますよね。
また、相を読むことを「観相」などとも言います。

ギリシアの人相学


まず、人相ですが、人の顔だちを見て、性格や生涯の運勢を割り出すもので、
歴史は古く、古代ギリシャ時代からありました。
ヒポクラテス、アリストテレス、プラトンなどが人相学の基礎を築いたと
言われ、その著作も残っています。

また、中国でも古い時代から人相学は発達していて、
日本の人相学は、その流れと考えられます。人相占い師は奈良時代から
いたようで、『日本霊異記』には、大きな神社のそばには、
相八卦見(そうはっけみ)が店を出して、参詣に来た人から
お金をとって占っていたという記述が出てきます。

次に、手相ですが、この由来は古代インドで、それが中国を経由して
日本に伝わっています。ヨーロッパでは、手相を見ることはキリスト教で
禁止されたので、あまり広まりませんでした。
あと、家相は、中国の風水から来ているものですね。

インドの手相学


さて、この「相」について、自分が好きな『今昔物語』に
面白い話が出ているので、ご紹介しましょう。
その昔に、登照という僧がいて、京都一条に住み、人相見の名人として
知られていました。この人は、平安時代の実在の人物です。

登照は、人の顔を見るだけではなく、声を聞いたり、
その動作を見ることで、寿命の長い、短いだけでなく、貧富や、
官位の高い、低いなどもすべて当て、一度も間違うことがありませんでした。
このことが評判になり、登照の僧坊にはたくさんの人が、
連日、占ってもらおうと押しかけました。

さて、この登照があるとき、所用があって朱雀門の近くを通りかかると、
老若男女、大勢の人が門の前にたむろしていました。
何げにそれらの人の顔を見て、登照は驚きました。
というのは、そこにいる人すべての顔に死相が現れていたからです。

「これはどうしたことだ?」 なぜこの人たちはみな死ぬのだろう。
例えばここに、悪人が現れて、手あたり次第に刀をふるったとしても、
全員が死ぬということはないはずだ。とすれば、考えられることは一つです。
登照は、「見ろ、今にも門が倒れるぞ。まごまごしてると、
下敷きになって死ぬばかりだ!」こう大声で叫びました。

朱雀門


この言葉を聞いて、あわてて走り出たものもいれば、登照の言葉を
信じなかった者もいましたが、それまで、ぴくりとも動かなかった門が、
急に傾いて、地響きをたてて倒れ、ぐずぐずしていた者の幾人かは、
門の下敷きになって死んだということです。

この話で面白いのは、登照は門が倒れることを予知したわけではない
というところです。あくまで、その場にいる人たちの相を読んだんですね。
そして全員に死相が現れていることから推理して、
朱雀門が倒れるという結論に達したわけです。

さて、登照の話はもう一つ載っていて、雨がしとしと降り続く夜、
登照の僧坊の近くを、笛を吹きながら通り過ぎるものがありました。
登照はじっと耳を澄まして笛の音を聞いていましたが、弟子を呼んで、
「今、笛を吹いて通り過ぎる者は、命が今日、明日に迫っている」
行ってそのことを教えてやれ、と命じました。

ところが、弟子はその人に追いつくことはできませんでした。
翌日、雨がやんだ夕方のことです。また同じ笛の音が聞こえてきました。
登照は、「おかしなことだ。あの笛の音は昨夜と同じ人だろうが、
ずっと寿命が延びている」そう言って、弟子に笛の音の主を呼んでこさせました。

普賢菩薩


見ると、若い侍でしたので、登照は「失礼ながら、昨夜あなたさまの
笛を聞いたときには、寿命が尽きかけていると思いましたが、
今聞くと、延命の相が出ています。いったい、
どういうことをなさったのですか」と尋ねました。

男は、「いや、特別なことはしていないが、昨夜は普賢講(普賢菩薩を信仰する講)
があって、そこの人たちに混じって、夜通し笛を吹いていたのだ」と答えました。
これを聞いて、登照は、「それは、お経を読む以上の功徳があって、
寿命が延びたのでしょう」と言って男のことを拝み、
男も喜んで、礼を言って帰っていった・・・こんな話です。

さてさて、『今昔物語』は仏教説話ですので、寿命を延ばす功徳のある普賢菩薩
を称えるような内容になっていますが、それはともかく、
これらの話から、相は予知とは違うこと、また、相は変えることができるものだ
ということがわかります。では、今回はこのへんで。







恐怖症の話

2018.05.12 (Sat)
みなさんは「恐怖症」というのをご存知ですよね。有名なものに、高所恐怖症、
閉所恐怖症、対人恐怖症などがあります。で、なぜ、そのものに恐怖を感じるのか、
理由がわかる場合も、わからない場合もあります。
また、例えばクモ恐怖症とか、ヘビ恐怖症のように、多くの人が感じるものもあれば、
リンゴ恐怖症みたいな、何でそんなものを怖がるか、普通は理解できない、
特定の人しか感じないものもあります。恐怖症は、長い間、
心理学的な研究の対象になっていますが、今だに不明な点が多いんですね。
ただ、多くの恐怖症はいつのまにか克服されてしまいます。それはそうですよね、
対人恐怖症が治らなければ、いつまでも結婚も就職もできないわけですから。
今回は、そんな恐怖症にまつわるお話をしてみたいと思います。
聞かせていただいたのは、汎用エンジンメーカに勤めるエンジニアのHさんです。

「bigbossmanさん、トライポフォビアって知ってますか?」
「ああ、聞いたことがありますよ。日本語に訳すと、集合体恐怖症とか、
 つぶつぶ恐怖症とも言いますね。ある一定の大きさの点がたくさん集まってるのが
 怖いという」 「そう、それです。ただ・・・自分がトライポフォビアにあたるのかは、
 よくわからないんです」 「どういうことですか?」
「実際に写真とかでつぶつぶを見ても怖いわけじゃないんです」 「はい」
「それが、心の中でつぶつぶがたくさんあるのを想像すると、たまらなく怖いんです」
「うーん、具体的な体験がありそうですね」 「はい」
「ぜひ、お聞かせください」 「始まったのは中学校2年のときだったと思います。
 もしかしたら、それ以前の小さい頃にもあったのかもしれませんが、
 覚えてないです」 「はい」 「学校の期末試験だったんですよ。
 
 その5時間目で、これで全部の科目が終わるってとき」 「はい」
「たしか数学だったような気がするけど、とにかく夢中になって問題を解いてると、
 鼻の奥にツーンとしたにおいを感じたんです」 「ははあ、どんな?」
「そのときは何のにおいかわからなかったです。ただ、悪いにおいだとは
 思いませんでした」 「はい」 「これはその後、成長してからわかってきた
 ことなんですが、一番近いのが紫蘇のにおいです」 「紫蘇?」
「ええ、あの梅漬けに入ってたりする」 「はい」
「で、試験の最中なんだけど、何だこのにおい、と思って顔を上げたんです」
「はい」 「そしたら、空中に、教室一面に黒い丸い玉が浮かんでたんです」
「うーん、どのくらいの大きさですか?」 「一つが、そうですね、
 直径3~4cmくらいでしょうか、スーパーボールくらいです」

「で?」 「それが数え切れないくらいに、あちこちに浮いてたんです」
「うーん、試験の緊張で幻覚を見たとかではないんですよね」
「幻覚・・・そうなのかもしれませんけど、その後に・・・」
「ああ、口をはさんで済みません。続けてください」
「あれれと思って、目をこすってみても黒いつぶつぶは消えませんでした」
「で?」 「試験中だから、あんまりキョロキョロするのもマズイじゃないですか。
 それで、テスト用紙に目を落としたら、ちょうど目の前に、
 その黒い粒の1つがあって、じっくり観察できたんです」 「はい」
「少しだけ赤っぽい色が混じった黒・・・小豆の羊羹に近いというか、
 そんな色で、光沢がありました」 「はい」
「でね、息を吹きかけてみたんです」 「ほう、どうなりました?」

「そしたら、スーッと空中を滑るように動いたんです」 「で?」
「それと同時に、なんか教室の中の空気感が変わって」 「はい」
「顔を上げたら、無数にあるその黒い粒の全部が、まるで生き物みたいに動き出して」
「最初は止まってたってことですね」 「ああ、そうです」 「で?」
「黒い粒が、一箇所に集まっていくんです」 「どこに?」
「Yっていう、前のほうの席の男子生徒の頭の上です」 「で?」
「どうなるかと思って目を離すことができませんでした。粒は、どんどんYの頭の上に
 くると、くっついて一つの大きな固まりになっていって」 「はい」
「2mくらいの巨大な玉になったんです。それがふわっとYの頭の上に落ちて、
 そこでふっと消えて」 「で?」 「そのとき、夢中になってテストを書いてたYが
 シャーペンを投げ出すようにして片手を伸ばし、そのままイスから転げ落ちました」

「うーん、で?」 「テスト監督の先生が駆け寄って抱き起こしましたが、
 そのとき、口から泡を吹いてるのが見えたんです」 「で?」
「Yは保健室に運ばれ、しばらくして救急車の音が聞こえてきました」
「で?」 「翌日になって、担任が、Yが亡くなったって知らせを」
「う」 「急な心臓発作で突然死ってことでした」 「Yくんは持病か何か?」
「いや、聞いたことはありません」 「うーん、不思議というか何というか。
 それから?」 「その後、紫蘇のにおいがすることも、
 黒い粒を見ることもずっとなかったんです」 「はい」
「で、10年以上たって、結婚して長男が産まれた年のことです」
「はい」 「夜になって子どもが熱を出したんで、救急外来に妻と連れていきました」
「はい」 「そしたら、インフルエンザが流行ってた時期だったんで、

 20人くらいの人が待合室にいたんです」 「はい」
「子どもはぐずってたのが眠りかけてたんで、ソファで順番を待ってたら」
「はい」 「また紫蘇のにおいがして、空中に黒い粒粒が見えたんです」
「で?」 「そのとき、中学校のときのことを思い出して、妻に、黒い粒が見えないか?
 って聞きました」 「で?」 「妻は、何のこと?って答えて、見えてる様子は
 なかったんです」 「で?」 「やっぱり、粒は最初は止まってたんですが、
 だんだんに動き出して・・・ 一人の母親が抱いてた、
 3歳くらいの女の子の上に集まっていって・・・」 「で?」
「同んなじですよ。巨大になった玉が、ごろんと女の子の上に」 「で?」
「そしたら、女の子の首ががくんと垂れるのがわかりました」 「亡くなったんですか?」
「わかりません。母親が何か叫んで、受付の事務員に知らせ、

 そのまま処置室に連れていかれましたから。でも、中学校のときのことを考えると、
 気の毒ですけど、亡くなったのかもしれません」 「うーん、不思議な話ですねえ。
 その後も?」 「ええ、あと1度だけ。でも、このときは前とパターンが
 かなり違ってて」 「はい」 「長男が5歳のときです。家族で海に行ったんです。
 僕は浜辺で寝そべってて、妻と子どもが波打ち際で遊んでるのを見てたんです」
「はい」 「そしたらまた、紫蘇のにおいがして、ドンと黒い粒が出たんです」
「で?」 「ほら、それまでの2回は室内でのことだったじゃないですか」
「はい」 「だから、粒の数も、多くても限られてたと思うんです。それが、
 ずーっと沖まで続く空中一面に黒い粒があったんです」 「うーん」
「何億なのか何兆なのかわかりませんけど、つぶつぶつぶつぶ・・・・」
「・・・・」 「遠くのほうは空に黒いモヤがかかったように見えました」

「で?」 「その粒がまた動き出したんです。でも、全部じゃありません。
 せいぜい僕の周囲20mくらいのが、だんだん一箇所に集まってって、
 砂浜でアイスをなめてた小学校高学年くらいの男の子の頭上で固まって
 その子が埋もれるように覆いかぶさって、消えたんです」 「その子が倒れた?」
「それが、そうじゃなかったんです。全然平気で笑ってました」
「で?」 「もう粒は全部消えてたんですが、怖くなって、早めに帰ったんです。
 まだ早いのに何で帰るのかって聞かれたんですけど、答えられなくて」
「で?」 「その日の夜のニュースで、僕らが行った海水浴場で水難事故が
 あったって出たんです。男の子が一人水死したって」
「う、その小学生の子なんでしょうか?」 「わかりません。
 顔写真が出たわけじゃないので」 「で?」

「黒い粒を見たのは、その3回だけです。bigbossmanさん、こういうことに
 お詳しいんでしょう?」 「いや、その、こんな話は始めて聞きましたよ。
 うーん、黒い粒ねえ。まず一つ考えられるのは、Hさんが予知をしたんじゃないか
 ってことです。なぜかその場にいる、これから亡くなる人がわかって、
 それを黒い粒が指し示したっていう」 「うーん」 「もう一つは、
 その黒い粒が、生き物ではないんでしょうが、何か悪いもので、
 Hさんが見た3人にとり憑いて命を奪った・・・」 「・・・それで、
 もしですね、またあれを見たらどうしようって。それも、他人じゃなく、
 僕や家族のほうに集まってきたらって考えたら、怖くて怖くて」
「たしかにそれは怖いですね。こういう例が世界的にないか調べてはみますが、
 あんまり期待はしないでください」 「よろしくお願いします」







血液型占いってどうなの?

2018.05.11 (Fri)
日本では自分の血液型をほとんどの人が知っていますが、
外国では「血液型、何型?」と聞くと「血液型? 知ってるわけないじゃん!」
と笑われたりします。でも、やっぱり自分の血液型は
知っていたほうがよさそうです。

性格判断とか相性占いとかにも使えますけど、血液型によっては
大ケガで生きるか死ぬかをわける大ごとになるかもしれません。
東京医科歯科大の研究チームが発表した論文によると、
血液型によって、大ケガで死亡する割合が変わってくるらしいのです。

2013年から2016年までに大ケガを負って救急に搬送された900名
以上の患者データを分析した結果、救命を施したにも関わらず
亡くなってしまった患者の死亡率はO型が28%、ほかの血液型は11%でした。
O型の人、えらいこっちゃです。
(GIZMODO)



今回は、科学ニュースから、この話題でいきます。
うーん、まず、血液型とは何かというと、血球の中にある「抗原・抗体」
という物質の有無によって、人間を分類しようとするものです。
日本ではABO式の血液型分類がよく知られています。

A型はBという抗体を持ち、B型はAという抗体を持つ。
AB型はどちらも持っておらず、逆にO型はABのどちらも持っている。
このため、輸血する場合は、同じ血液型どうしで行うのが、
拒否反応が起こりにくく、安全なわけです。



ただし、ABO式は、数ある血液型分類の一つに過ぎません。
他にもRh式などがあるのはご存知だと思います。
血液の中にある抗原の種類は数百あるので、その組み合わせによって、
ほぼ無限に近い血液型タイプに分けることができます。

一卵性双生児でもないかぎり、自分と完全に同じ血液型を
している人はいないとまで言われています。
ですから、ABO式というのは、あくまで一つの目安にすぎないわけです。
まず、このことを前提として頭に入れておいてください。

自分はアメリカにいたことがありますが、たしかに自分の血液型を知らない
という人も多かったです。もちろん、軍に入隊した人は、金属製のタグに
自分の血液型を記入して身につけるので知ってますが、
日本のように、ほとんどの人がわかるということはありません。

さて、じゃあ、日本の血液型占いというのは信じられるものでしょうか?
日本で血液型占いが広まったのは、放送作家だった能見正比古氏によるところが
大きいですね。氏が1971年に出版した『血液型人間学』が大ベストセラー
になり、そこからテレビや雑誌で取り上げられるようになりました。

能見正比古


ただし、能見氏は別に医師や生理学者などではなく、氏の理論は、
統計学的に見ても、お世辞にも説得力があるものではありませんでした。
それなのに、血液型占いが爆発的に広まったのは、一つには、
上記したように、ほとんどの日本人が学校の検査で教えられて、
自分の血液型を知っていたことがあるでしょう。

もう一つは、日本人の血液型(特にABO式)にバラエティがあるからです。
日本の場合、A型が約40%、O型が30%、B型が20%、
AB型が10%くらいです。しかし、そういう国のほうが珍しいんですね。
例えば、ヨーロッパの多くの国では、A型とO型で80%以上になります。

クリックで拡大できます


人間の血液型は、厳密に遺伝によって決まるので、
中には、95%がO型というグアテマラのような国もあり、
そういう国で、血液型性格分類や占いをする意味はないですよね。
また、B型、AB型が少ない国で、ことさらその性格を強調することは、
少数派差別につながりかねない危惧があると思います。

実際、世界の中で血液型占いをやっているのは、日本と、その影響を受けた
韓国、台湾くらいのものです。占星術や、タロットカードなどの占いには
長い歴史がありますが、血液型占いは、
そもそも、血液型が分類できるようになったのが近代のことで、
統計的事実の積み重ねがあるわけではありません。

さらに、血液型による性格分類といった類の話は、
ヨーロッパでのイメージはよくないです。
これは、ドイツ・ナチスの優生学によるところが大きいんですね。
純粋ゲルマン人に多い血液型は○○、ユダヤ人に多い血液型△△、
○○は優れた遺伝形質を持ち、△△は劣ったものである・・・という具合です。

ナチスの優生学 顔の長さを測られる女性


2014年に、日本とアメリカが共同で、1万例以上をサンプルとして、
血液型と社会的行動や性格との関連を研究した調査がありますが、
そこでは、意味のある関連性は見出されませんでした。
ですから、世界的には疑似科学あつかいされることが多いんです。

さてさて、上記の引用に戻って、なぜ救急にかかったO型の人の死亡率が
高いのかについて、はっきりした因果関係はわかっていません。
ただ、数字を見るかぎり、たまたまということでもないようです。
研究チームによれば「O型は血が固まりにくいという性質があるため、
大量出血の止血がしにくいのではないか」という可能性が指摘されています。

うーん、例えば交通事故なんかで、O型は、病院で処置される以前に
大量出血してしまっているなんてことは、ありえるかもしれません。
これを逆に考えれば、血が固まりやすいO型以外の血液型の人は、
血栓などを起こしやすいということが言えそうなんです。

実際、足で血栓ができ、それが心臓や脳に影響を与えるエコノミー症候群は、
O型の人はなりにくく、AB型がいちばん起きやすいんだそうです。
ということで、血液型で性格が違うということに根拠はありませんが、
生理的な違いはあり、それが命に関わる場合もあるということは、
頭に入れておいたほうがいいでしょう。では、今回はこのへんで。








夏目漱石とオカルト

2018.05.10 (Thu)
今回はこういうお題でいきますが、はたしてどんなことが書けますでしょうか。
さて、夏目漱石をご存知でない方はいないでしょう。
文豪と冠される日本の小説家の一人で、『坊っちゃん』『こゝろ』『三四郎』
などが代表作。その作風は理知的で「余裕派」などとも言われました。



自分は、けっして漱石について詳しいわけではありませんが、
オカルト研究の観点からすると、夏目漱石に対しては、
「オカルトに強い興味を持ちながら、その中に本気で足を踏み入れる
ことがなかった人」というイメージを持っています。

まず、漱石の子ども時代は、たいへん怖がりだったという話が残って
いますね。ただこれは、そう珍しいことでもないでしょう。
漱石が本格的にオカルトと出会ったのは、1900年からの
官費での英国留学時だと考えられます。

この頃、イギリスは心霊主義ブームの真っ最中でした。
漱石の留学は、学費が少なく、苦しいものであったようです。
大学での講義を価値のないものとして、本を読みながら、
下宿を転々と変えているうちに、神経衰弱気味になって帰国しました。

漱石は、留学中にロンドン塔を訪問しています。ロンドン塔は、
テムズ川の岸辺、イースト・エンドに築かれた中世の城塞で、身分の高い者を
収容する監獄としても使用され、現在でも幽霊の噂が絶えない場所です。
霊能者を自称する宜保愛子氏が、TV番組の企画で訪れたことも有名ですね。

ロンドン塔


漱石は帰国後、そこでの体験を『倫敦塔』という短編作品として
発表していますが、作中で、ロンドン塔に幽閉され、おそらく殺されたと
考えられるエドワード4世の2人の男児や、17歳で処刑された
イングランドの「9日間女王」ジェーン・グレイの姿を幻視します。

しかし、これはあくまでも幻視であって、実際に幽霊を見たというわけでは
ありません。漱石は、上で書いたように、そちらの側には踏み込まない人でした。
ちなみに、宜保愛子氏のロンドン塔での霊視は、漱石の書いた『倫敦塔』の
内容とほぼ一致していることが指摘されています。

さて、漱石は催眠術に強い興味を持っていました。これは、大学在学中に、
イギリスの医療ジャーナリストである、アーネスト・ハートの
『催眠術』を翻訳していることからもわかります。
ただし、催眠術への関心は漱石だけの話ではなく、
明治中期に、日本で催眠術の大ブームがあったんですね。

で、催眠術を日本に広めた立役者の一人が、オカルト界ではたいへん有名な、
東京帝国大学助教授の心理学者、福来友吉博士です。
福来博士が文学博士号を取ったのは、「催眠術の心理学的研究」でした。
ただ、福来博士は催眠術にあきたらず、超心理学の領域にまで手を伸ばします。
漱石とは違って、オカルトの闇に踏み込んでいきました。

福来友吉


御船千鶴子や長尾郁子などの透視・念写の研究に没頭し、
いわゆる「千里眼事件」を起こして、大学を追放されてしまうんですね。
漱石と福来博士の間に接点があったかどうかはわかりませんが、
漱石がこの事件に興味を持っていたのは、間違いないと思われます。

漱石の催眠術に対する知識は、『吾輩は猫である』に出てきていて、
胃の不調に悩む苦沙弥先生が、知り合いの医師に催眠術をかけてもらいますが、
かかるふりをして、じつはかかっていないという笑い話として描かれています。
このあたりからも、催眠術の原理や弱点を漱石が熟知していたことがわかります。

さて、漱石は怪談も書いています。『琴のそら音』という短編ですが、
これなんか、漱石のオカルトに対するスタンスがはっきり出ている作品です。
筋は、主人公の書生が、幽霊を研究している心理学者の友人のところで、
出征している夫が持っていった鏡に妻の姿が映り、後になって、
その瞬間に、日本にいた妻が死んでいたことが判明したという話を聞かされます。

そういえば、自分の婚約者がインフルエンザにかかっていたことを思い出し、
主人公は心配になります。友人の部屋をでて夜道を帰る途中、雨がしとしと降り出し、
さらに葬式の一行に出会って、主人公は不吉な気持ちがいよいよ増し、
婚約者のことが気になってしかたがない。まあ、固定電話すらない時代の話です。

このあたりの漱石の描写はじつに巧みで、
読者も、婚約者はすでに死んでいるのではないか、という気になってきます。
主人公が家に戻ると、まかないの婆さんが迎えに出て、
今夜は犬の遠吠えが普段とは違っていると言いはります。

しかし、主人公が翌朝早朝、息せき切って婚約者の家を訪ねると、
婚約者のインフルエンザはとっくに治っていて、
なぜこんな時間に来たのか不審がられる・・・という内容でした。
最後の場面は、そこまでとはうって変わった明るい調子でしめくくられています。

さてさて、漱石はオカルトにのめり込むには、あまりに聡明すぎたのだと思います。
興味は持ちつつも、あくまで客観的・懐疑的なスタンスを崩してはいません。
漱石は、理知的であったがゆえに神経衰弱となり、それからくる胃弱に悩まされ、
最後は胃潰瘍の大吐血で命を落としてしまうんですね。
ということで、今回はこのへんで。

関連記事 『宮沢賢治と相対性理論』







ある病院の話

2018.05.09 (Wed)
病院が舞台になっている怪談って多いですよね。これは、当然かもしれません。
なんといっても亡くなる人が多いからです。自分も、一昨年、
ある大規模病院に長期入院して手術を受けましたが、
自分がいた病棟では、ほぼ毎日のように亡くなる人がいたんです。
これ、本当に怖かったです。自分は夜中、なかなか眠れなくて、
イヤホンでラジオを聞いていることが多かったんですが、病室の外の廊下を
早足に歩く音がして、当直の医師と看護師の会話が聞こえてきました。
「そんな!死んでるなんてありえん」 「でも、そうなんです」
おそらく、夜の定時の見回りにいった看護師が、患者が死亡しているのを
発見して、医師と確認に行く場面だったんでしょうが、このとき、
ああ、自分もそうなっても何の不思議もないんだよな、と考えてしまいました。

今回は、高校の先生をしている、Hさんという30代の男性からうかがった、
なんともわけのわからない話です。「あ、bigbossmanです。どうぞよろしく」
「さっそく話していきます。僕ね、若白髪なんです」 「は?」
「それで、自分ではまったく気にしてなかったんですが、妻が、
 染めたらどう?って言うもんですから、はじめて美容院で白髪染めして
 もらったんです」 「はい」 「そしたら、真っ黒になったんですけど、
 終わって帰るころに両方のまぶたが痒くなってきて」 「はい」
「それから、すごい腫れてきたんです」 「あ、アレルギーですね」
「そうです。家に着いた頃には顔中がパンパンに腫れてしまって、
 妻に、なにそれ、どうしたのって驚かれたんです」
「ははあ、で?」 「日曜日の午後だったので、妻の車で、

近くにある、総合病院の緊急外来に行ったんです」 「はい」
「そしたら、インフルエンザが流行ってるときで、けっこうな人数が
 いたんですが、僕の顔を見て、わりと早く処置室に通してもらいました」
「はい」 「で、点滴をされたんですが、そうしてるうちに、
 首のあたりも腫れあがって、息ができなくなってきたんです」 「はい」
「これは危ないから、緊急入院して、明日皮膚科の先生に見てもらいましょう、
 って言われて、処置室で一晩過ごし、翌朝病棟に運ばれました」
「はい」 「病院は7階建てだったんですけど、その最上階、
 皮膚科や眼科の患者さんがいるところでした」 「はい」
「で、緊急だったため、1床だけ空いてる4人部屋に入ったんです」 「はい」
「その頃には、顔が倍くらいになって、皮膚科の先生に診てもらって、

 ずっとステロイドの点滴をしてました」 「はい」
「学校への連絡なんかは妻にしてもらいましたが、腫れが完全にひくまで、
 1週間はかかるって言われました」 「で?」 「しょうがないなって思いました。
 人前に出られる状態じゃなかったですから」 「はい」 「でね、入院2日目に、
 部屋を移りますって言われたんです。そこは2人部屋でしたが、
 差額ベッド代はなしでいいってことで、ラッキーだなって思っちゃったんです」
「はい」 「けど、看護師がいなくなってから、眼の手術で入院してる同室の人に、
 2人部屋に移るみたいたけど、そこよくないぞって言われたんす」
「で?」 「その人の話では、めったに亡くなる人なんていないはずの、
 皮膚科、眼科の病棟なのに、その部屋に入った人が、たて続けに死んでるんだって」
「怖いですね」 「ええ、でも、僕はそういうのあまり信じてなかったから、

 たまたまなんだろうって思ってました」 「はい」
「で、部屋を移りまして、2人部屋なんで、先に入ってる患者さんがいたんですが、
 カーテンをしめ切ってて、どんな人かわからなかったんです」 「はい」
「僕は点滴してて動けなかったんですが、よろしくお願いしますってカーテンの
 外から声をかけたものの返事はなし」 「はい」 「まあでも、具合が悪いんだろうって
 思ってました」 「はい」 「もちろんその人は、意識がないわけじゃないですから、
 食事とかもするんですが、そのときもカーテンは開かれず、看護師が食事の
 トレイを運び込むだけで」 「会話とかなかったんですか?」 「ほら、定時に
 体温とか血圧を測るじゃないですか」 「はい」 「そのときに、看護師が
 その人に話しかけても、もごもごした音が聞こえてくるだけでした。
 もちろん、僕と同室なんだから、男の人だとは思いましたけど、

 それ以上のことはわからなかったんです」 「はい」 
「僕のほうは、学校の教頭が見舞いに来てくれたし、妻も来てくれてましたが、
 妻が帰りぎわに小さい声で、隣の人、全身包帯でぐるぐる巻きねって言ったんです」
「で?」 「その日の夜です。病院の消灯は9時で、でも、さすがに眠れないですよね。
 うとうとし始めたのは11時ころでした」 「はい」 「その間、あれ1時間おきなのかな。
 看護師が見回りに来て、顔をペンライトで照らすでしょ」 「ああ、はい」 
「そのたびに目を覚ましてたんです」 「自分も入院したときはそうでした」
「でね、明け方ころです。ふっと目を覚ましたら、ゴゴゴゴって洗濯機が回るような
 音が聞こえて」 「はい」 「隣のベッドのほうからなんです。そっち見ると、
 ほら、ベッドを仕切ってるカーテンって、上のほうが少し空いてるじゃないですか」
「はい」 「その上の天井が、真っ黒く渦巻いてたんです」 「どういうことですか?」

「その人のベッドの上の天井に、そうですね、直径1m半くらいの黒雲があって、
 ぐるぐると回転している」 「うーん、で?」 「もちろん何だかわかりませんけど、
 すごく怖く感じました。で、そのとき、看護師が見回りに来たんです、たぶん午前4時の」
「はい」 「看護師は僕のほうのカーテンを開けて顔を照らしたんですが、
 僕は目をつむってました」 「で?」 「それから隣に行って、カーテンを開ける
 シャッて音が聞こえて・・・看護師が何かを唱えだしたんです」 「何と?」
「わかりません。外国語みたいな言葉で、オムニ、ペマペマ・・・みたいに聞こえました」
「不思議な話ですねえ」 「そしたら、隣の天井で渦巻いてる黒雲の真ん中が
 うっすら赤く光ったんです」 「で?」 「看護師が、○○さん、おつとめの時間ですよ、
 って言いました」 「で?」 「それから、大きくカーテンを開けた音がしました」
「で?」 「僕はそっと起き上がって、カーテンのすき間から外をのぞいたら」

「はい」 「大柄な男の看護師に手を引かれて、顔が包帯でぐるぐる巻きに
 なった人が、よろよろ歩いて病室を出てったんです」 「で?」
「看護師と包帯の人が廊下に出ると、天井が元に戻ったんです。それで、隣の包帯の人は、
 1時間くらいして、また看護師といっしょに帰ってきました」
「うーん、たしかに、わけわかんないですね」 「でしょう。でね、これ、次の夜も
 同じことがあったんです。その次の日も」 「で?」
「3日目のときには、僕は点滴がとれてたんで、2人が病室を出て少ししてから、
 そっと廊下に出てみました」 「そしたら?」 
「看護師が包帯の人の手を引いて、階段を上っていくところでしたが、
 その階段って、屋上に続くものだったんです」 「屋上?」
「ええ、昼に上がってってみたんですけど、金網の入ったガラスのついたドアがあって、

 それ、屋上に出るんだけど、鍵がかかってて開かなかったんです」
「で?」 「ガラスに顔をつけるようにして外をのぞいてみましたが、
 かなり大きい病院なので、屋上全体は見えませんでした。ただ、視界のはじのほうに、
 白い大きなものがあったんです」 「何でした?」 「仏像じゃないかと
 思いました。数mはあるお釈迦様かなんかの」 「うーん、で?」
「話はだいたいこれで終わりです。4日目の夜に、その人は看護師に連れられて
 出ていって、朝になっても戻ってこなかったんです」 「で?」
「その日の昼にベッド回りが整理されて、私物も看護師が運び去っでいき、
 シーツなんかも取り替えられて、空きベッドになりました」 「その人は亡くなった
 ってことですか?」 「わかりせん。看護師や医師には聞いてないんで。
 けど、そんな形で退院することはないと思うし、

 他の病室でも、包帯だらけの人は見かけなかったですし」
「うーん、わからないですねえ。その後は?」 「僕は入院5日目には、すっかり
 顔の腫れがひいて、退院できたんです」 「それはよかった」
「荷物をまとめてるときに、隣に新しい患者が入ってきたんですが、その人も
 やっぱり顔も手も包帯でぐるぐる巻きで」 「前とは別の人ってこと?」
「そうです。体格が違ってましたし、その人は少ししゃべれました」
「・・・何もかも奇妙な話ですけど、その天井が黒く渦を巻いてたってのが、
 何より不思議ですねえ」 「それね、後になって気がついたんですけど、
 屋上に大きな仏像みたいなものがあるって言ったでしょう」 「ええ」
「僕が入った2人部屋は、その真下にあたるんじゃないかって思うんですよ」
「・・・まあ、何にしても、無事に退院できてなによりでしたね」 「ええ、ほんとに」



 





死神について

2018.05.08 (Tue)


今回はこういうお題でいきます。ここ最近、運命論について書いていますが、
それとも関係がある内容です。まず、死神とは、
一般的に「人間を死に誘う、または人間に死ぬ気を起こさせるとされる神」
と考えられますが、自分は大きく2つの種類があるかなと思います。

一つは、「運命論的ではない死神」です。ふらふらと世間をさまよいながら、
手あたり次第、気まぐれに人に死を与えるものです。
「縊鬼 いき」などがそれにあたるでしょう。こんな話があります。
あるところで宴会を始めようとしたが、客として来るはずの同心の姿が見えない。

しばらくたった頃、やっとその同心が来て、
「今日は出られないから断りに来た」と言う。
「どうしてだ?」とわけを聞くと、「首をくくる約束をした」と言い、
そわそわして、しきりに帰ろうとする。仲間はその同心が乱心したと見て、
酒を飲ませて引き止めたところ、やがて同心は落ち着いてきた。

そのとき、外で「首くくりが出た!」という叫び声がして、人が騒ぎ始めた。
すると同心は、「ああ、なんだか憑き物が落ちたようだ。さっき誰かから、
首をくくれと言われて、そうしなきゃいけないと思い、
ここに断りに来たんだが、今はもうそういう気はない」と言った。
江戸時代の鈴木桃野の随筆、『反古のうらがき』からご紹介しました。

縊鬼


この場合の縊鬼は、首をくくらせるのは誰でもよかったように思えます。
たまたまこの同心に出会って、首をくくらせようとしたが、
同心が義理堅く宴席を断りに行ったので、代わりに別の者の命を持っていった、
そんなふうに読み取ることができますよね。

縊鬼は、もともとは中国から来た話で、中国では、
冥界の総人数は決まっていて、一度死んだ人間が転生するためには、
その分、誰かを地獄に引っぱって来なくてはならず、そのために、
死者がこの世に現れて、自分の代わりの人を自殺や事故死に誘導する、
という考え方があったようです。

これに対し、「運命論的な死神」は、ある者の寿命が決まっていて、
期限がきたら、その者の生命をもらっていくという、冥界の役人の
ような立場になっています。よく「閻魔帳」などと言いますが、
これは、この世に生きる一人ひとりの寿命が書かれた帳面のことです。

つまり、あらゆる人の寿命は、生まれたときから決まっているという
考え方があるわけですね。古典落語の『死神』がこれに近いでしょう。
ある男が貧乏をなげいていると、男の前に死神が姿を現す。そして、
「お前に死神が見えるようにしてやる。病人の枕元に死神が座っていたら
その人は寿命だが、足元にいたら助かる。

だから、枕元にいた場合は、手遅れで助かりませんと告げ、
足元にいたら呪文を唱え、死神を追い払って金をもらえばよい」と教える。
男はこれを実行し、金を儲けていたが、ある大金持ちから、
何としても病人を助けてほしいと頼まれる。

見に行くと、枕元に死神がいた。これでは助からないが、男は思案をし、
死神が居眠りを始めたスキに、布団をぐるっと反対向きにして呪文を唱え、
死神を追い払う。そうして病人は助かり、礼金をはずまれる。
ところが、金を懐にして帰ろうとする夜道に、はじめの死神が出てきて、

男をたくさんのロウソクがゆらめく洞窟に連れていく。
男が「これは何だ?」と聞くと、全部、人の寿命だと言う。
「じゃあ俺のはどれだ?」と問いただすと、すっかりロウソクがチビて、
今にも消えそうな一本を、死神は指さす。



男が仰天すると、死神は「お前が金に目がくらんで、あんなことをしたから、
罰として寿命が尽きかけてるのだ」と言う。男が助かりたいと
願うと、「しかたない、新しいロウソクをやるから、今のお前のものに
継ぎ足せ」死神はそう教えてくれるのだが・・・

だいたいこんなお話でしたね。この場合、人の寿命は、最初からロウソクの
長さとして決まっているわけですが、ただし、策略を使えば、
その運命を変えることができる場合もあるようです。これ以外にも、
閻魔帳に載っている寿命を何とかして伸ばそうと、地獄からの使者に賄賂を送り、
ごちそうをふるまう話が、平安時代の説話集、『日本霊異記』に出てきています。

まさに「地獄の沙汰も金次第」ということになりますが、
日本の場合、寿命は運命的に決まっていても、必ずしも絶対的なものではなく、
善行を積んだり、仏にすがったり、なんとか方便を使ったりして、
変えることができる、という柔軟性があるように思います。

このあたりは、思想的になかなか難しいところがあり、
仏教的には、正しい生き方をして成仏し、極楽往生することが最も大切で、
この世での命は長くても短くても、あまり関係ないんですが、そうは言っても、
やはり人は死にたくはないし、現世での寿命を伸ばしたいものです。
ですから、こういう話が出てくるんだろうと思います。

さてさて、ここまで書いてだいぶ長くなってしまいました。
ローブを着て大鎌を持った西洋の死神についてもふれる予定だったんですが、
それについては、また書く機会があると思います。
では、今回はこのへんで。







「聖杯」って何?

2018.05.07 (Mon)
イコンにみる聖母マリアと幼子イエス


今回は、キリスト教の聖遺物の中でも特に有名な
「聖杯」のお話をしてみたいと思います。
ただし、聖杯の概念はものすごく混乱していて難しいので、
どれくらいのことが書けるか、あんまり自信はないです。

聖杯については、いちおう3つのとらえ方があると思います。
① イエス・キリストが、最後の晩餐において、使徒たちに、
「これは私の血である」と言って、ブドウ酒を回し飲みさせた杯。
② イエス・キリストが十字架に架けられた際、槍で突かれた
 体から流れ出た血を受けとめた杯。

①は、現在のキリスト教の儀式で、最も重要なものの一つである
「聖体拝受」のもとになった出来事です。ブドウ酒とともに、
イエス・キリストの体に見立てられたパンも食べるんですが、
これにより、死後の復活の保障を得ることができると考えられています。

また、この①と②の杯は、同じものであるという説もあります。
③ 中世ヨーロッパにおける「聖杯伝説」に出てくる杯。
一説には、魔王サタンが天から堕ちたとき、その冠から巨大なエメラルドが
外れ、それを彫ってつくられた杯とも言われます。

関連記事 『アーサー王伝説について』

①と②の場合、聖杯は英語で「Holy Chalice」ですが、
③は「Holy Grail」なので、両者は違うものであると考えたほうがよさそうです。
で、③については、あまりに荒唐無稽な内容になっているので、
本項では①②について考察していきたいと思います。

さて、まず、聖杯にはどんな力があるのか? これは、触れた者の病気を治し、
精神を癒やす働きがあると考えられています。さらに、聖杯が現れるときには、
音楽が鳴り、豪華な食事がその中から出てくるなどとも言われます。
ただ、この内容は、キリスト教の神の奇跡というより、
ケルト神話の魔法に近いのではないかと思われます。

次に、聖杯はどんな形をしているのか? 「Holy Chalice」で画像検索して
みると、下のような、黄金製だったり、宝石を散りばめたりした
きわめて豪華な杯が出てきますが、これはちょっとありえないでしょう。
貧しい大工の家に生まれたイエス・キリストが、こんな高価なものを
使用していたとは考えにくいですよね。



おそらくもっと、質素でありふれたものだったのではないかと思います。
それと、日本語では「杯」と訳されていますが、
ワインを回し飲みしたことを考えれば、杯よりも容量の大きな、
ボウルのようなものだったのかもしれません。(下図)



あと、有名なレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』で、
テーブルの上に聖杯が描かれていないか探してみましたが、
不鮮明で、はっきりとはわからないですね。
ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』については、最後のほうでもう一度取りあげます。

次に、聖杯はどこにあるのか? これは様々な説があります。
イタリアのジェノバ大聖堂にあるもの、スペインのバレンシア大聖堂にあるもの、
アメリカのメトロポリタン美術館にあるもの、などがその候補とされますが、
まだ見つかっていないと考えたほうがロマンがありますよね。

さて、「聖杯」をテーマにしたフィクション作品はいろいろありますが、
有名なところでは『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』です。
これは、聖杯をめぐる冒険活劇でしたが、最終的にインディが見つけたのは、
下図のような地味な形のものでした。これなんかは、
けっこう自分のイメージとも重なっています。

名称未設定 1

あと、「聖杯は器物ではない」という解釈を示したのが、
世界的に大ヒットした、ダン・ブラウンの推理小説、
『ダ・ヴィンチ・コード』です。ここでは、キリストの血脈こそが聖杯であり、
その子孫は現代にまで続いているというのが結論でした。

独身であったと考えられるイエス・キリストですが、じつは、
イエスによって悪霊を追い出してもらい、以後イエスと共に旅をしたとされる、
マグダラのマリアという女性と婚姻関係にあり、
マリアはイエスの子を宿していてたと説明されます。

上で書いた、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』で、
イエス・キリストの右隣にいるの女性的な人物は、
普通は使徒ヨハネと解釈されますが、これがマグダラのマリアであり、
イエスとマリアの構図がV字型になっているのは、
マリアの子宮に子が宿っていることを暗示するのだそうです。

『最後の晩餐』(部分)V字型の構図


さてさて、ということで、伝説の聖杯について見てきましたが、
キリスト教関係の内容は難しいですね。もしかしたら、
自分が間違えている部分もあるかもしれません。
ということで、今回はこのへんで。

関連記事 『キリストの墓3+1』  『聖遺物の話』






「聖アントニウスの火」

2018.05.06 (Sun)
今回はこのお題でいきます。けっこうオカルトに関係がある内容です。
カテゴリは「怖い世界史」に入るでしょうか。
さて、まず、聖アントニウスとは何者かについてお話します。
「聖」とあるとおり、アントニウスはキリスト教初期のころの聖人です。
3世紀のエジプトに生まれ、修道士生活の創始者とされています。

聖アントニウス


ただ、その生涯は伝説に彩られていて、どこまでが実際のところなのか
よくわかってないんですね。裕福な両親のもとに、
キリスト教徒として生まれたものの、20歳になったころに両親が次々に亡くなり、
アントニウスは全財産を貧しい者に分け与え、砂漠に入って苦行生活を始めます。

そして、ときおり町に戻っては、辻で説教をする。その言葉に共感した者たちが
弟子となり、砂漠に生活する家を建てて共同生活を始める。
これが、最初の修道院であるとされます。
そして、このアントニウスの行動を悪魔が眼にとめます。

悪魔は、アントニウスの覚悟をためそうと、美しい女に姿を変えて誘惑しますが、
アントニウスは禁欲の誓いをもって、これをはねつけます。
次に、悪魔の一団がアントニウスを襲い、病気などのあらゆる苦しみを与えて、
神を捨てるように迫ります。しかし、アントニウスはこれも退けます。

このときの様子が、宗教画のテーマとして画家たちの興味をひき、
「聖アントニウスの誘惑」の題で、ヒエロニムス・ボス、グリューネヴァルト、
デューラー、ブリューゲル、サルバドール・ダリなどの画家が描いています。
下は、ヨースト・ファン・カースベーク のものです。

「聖アントニウスの誘惑」


さて、ここまでが基礎知識なんですが、では「聖アントニウスの火(業火)」
とは何かというと、中世ヨーロッパに存在した病気のことです。
これは伝染病ではなく、小麦に寄生した麦角(ばっかく)菌を
食べてしまうことによって起こります。
麦角菌は毒性のあるアルカロイドをつくり出すんですね。

症状はかなりきつく、痙攣性の発作に襲われたり、呼吸困難や、
手足の末端に焼けつくような痛みがあります。この段階で、
幻覚を見るとも言われます。やがて症状が進むと、
手足の先端から壊死が始まり、四肢がくずれ落ちていきます。

この病人の様子が、悪魔に苦しめられている聖アントニウスと重なり、
「聖アントニウスの火」がこの病気の名前となったわけです。
医学知識の乏しかった当時は、この病気は伝染病と誤解されました。
原因が麦角アルカロイド中毒にあると判明したのは17世紀のことです。

麦角菌(黒変部分)


で、この病気にかかった者は、聖アントニウスを信仰し、
その遺物にふれると治ると言い伝えられました。
フランス北部のストラスブールにある、聖アントニウスゆかりの修道院には、
この病気にかかった者たちが、たくさん巡礼に訪れました。

そして、その旅の途中で治ってしまうことが多かったんです。これは、
当時は奇跡とも考えられていましたが、現代の目から見れば、
なんのことはない、故郷を離れることによって、
麦角菌におかされた食物(主に粉に挽かれた小麦)を
口に入れることがなくなり、中毒が治まるからです。

「聖アントニウスの火」にかかった人物
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ちなみに、日本では麦角菌を原因とした病気はほとんど見つかっていません。
これは、麦角菌が稲には寄生しないからですが、太平洋戦争中の食糧難時代、
岩手県で、笹の実を食べた妊婦が次々に流産するという事件が起こり、
麦角菌によるものではないかと疑われています。

さてさて、「聖アントニウスの火」は、魔女と深い関係があります。
こっからオカルトの内容になりますので、ご注意ください。
まず、麦角菌アルカロイドは、魔女によって堕胎の薬として使われた
という話があります。ご存知のように、キリスト教では堕胎を禁じています。

そこで、子どもを生むことができない妊婦は、森のなかに住む魔女のところを
訪ね、麦角菌を処方してもらって、子どもを堕ろすわけです。
さらに、麦角菌アルカロイドの幻覚作用は、魔女の宴であるサバトのときに
利用されていたのではないか、という話もあります。

アメリカの開拓時代である1692年、マサチューセッツ州セイラム村において、
200名近い村人が魔女として告発され、19名が処刑、
1名が拷問中に死亡、2人の乳児を含む5名が獄死しています。
この事件を「セイラム魔女裁判」と言います。

「セイラム魔女裁判」


きっかけは、牧師の娘が、友人らとともに親に隠れて降霊会に参加している最中、
急に暴れだしたことからです。この状態は、降霊会に出席した少女たちに、
次々に伝染。そして悪魔憑きと診断されて、騒ぎがどんどん拡大していきました。
この原因が、麦角アルカロイド中毒によるのではないか、という説があるんですね。

ただし、現代の日本でも、コックリさんを行った少女らが、
次々に錯乱して倒れたという話もあり、集団ヒステリーによるものと見ることが
できます。根拠はありませんが、どっちかと言えば、
このほうが正しいんじゃないかと自分は考えます。では、今回はこのへんで。

関連記事 『ココリツトリって何?』

「聖アントニウスの誘惑」 サルバドール・ダリ






妖怪系の話

2018.05.06 (Sun)
みなさんは、妖怪というものをお信じになりますでしょうか?
妖怪ウオッチなど、何年おきかで妖怪ブームがありますが、
では、妖怪が実在するのかというと、これは首をかしげられる人が
多いような気がします。じゃあ、お前はどうなんだと言われそうですけど、
自分は妖怪の研究はしているものの、さすがに、砂かけ婆や子泣き爺が
実在するとまでは考えていません。ただ・・・自分が収集した話の中には、
これは妖怪、あるいは魔物としか呼べないんじゃないか、
と考えさせられる例が、一定の割合で存在するんですね。
今回は、そういう、ちょっと信じがたいような話をしてみたいと思います。
このお話を聞かせていただいたAさんは、今年25歳になったばかり、
アルバイトをいくつかかけ持ちして働いていたそうです。

「あ、どうもbigbossmanです。お話を聞かせていただけるそうで」
「あの、ありえないような話なんですけど」 「かまいませんよ」
「そうですか。身の上話みたいになるんですけど、僕、Fラン大学を卒業して、
 就職がなかったんです。それで、しかたなくスーパーのバイトを始めました」
「はい」 「もうね、こっから先は負け組人生だなーって思って、
 お先真っ暗、うつうつとしながら生活してました」 「はい」
「それが、どういうわけか彼女ができたんです」 「はい」
「たまたまブックオフに行ったときに、同じ本を手に取ろうとしたのが
 きかっけで」 「ほう、アニメみたいですね」 「そうなんです。
 でも、今から考えると、あれもなんかおかしいなーって」
「どういうことですか?」 「いや、僕がターゲットにされたんじゃないかって」

「ターゲット?」 「獲物ってことです」 「・・・続けてください・・・
 あ、そうだ、何の本を買おうとしたんですか?」 「文庫の怪談の本です」
「うーん」 「でね、その子が、自分から、怪談お好きなんですか?って
 話しかけてきて、それで近くの喫茶店に行って、怪談の話で盛り上がったんです」
「はい」 「そしたら、彼女はすごい怪談に詳しくて、
 僕よりずっとたくさん読んでたんです」 「はい」 
「でね、そこから彼女が持論を展開しだして、今の怪談は幽霊の話が多くて、
 妖怪が出てくるのが少ないのはおかしいって」 「なるほど」
「私は妖怪は実際にいると思う、って強調してました」 
「彼女、どんな子だったんですか?」 「それが、知り合って2ヶ月で別れちゃった
 んですけど、僕より年下で、小柄で可愛い子だったと思うんですが・・・」

「はい」 「つき合ってる間は、毎日のように会ってたのに、今になってみると
 どんな顔だったか思い出せないんです」 「うーん、で?」
「あと、すごく料理が上手だったんです」 「はい」
「スーパーに、少し傷んで安くなってる食材があるじゃないですか」 「ああはい」
「ああいうのを買ってきて、調味料も僕の部屋にあるものだけしか使ってないのに、
 ものすごく美味しい料理を作ってくれたんです」 「はい」
「最初のうちは、土日だけだったのが、2週間くらいすると、
 ほとんど毎日僕の部屋に来て、夕食を作ってくれて」 「同棲してたってことですか?」
「いやそれが、彼女は僕といっしょに夕食を食べて、その後、
 必ず帰っていっちゃってたんです」 「うーん、彼女はどこに住んでたんです?」
「それがわかんないんです。彼女が言わなかったんで、僕も聞くことができなくて」

「送っていけばよかったんじゃないですか」 「そう言ったんですけど、
 彼女が強く断るんで、何か事情があるのかもしれないと思って」
「で?」 「でね、毎晩のように彼女の手料理を食べてるうち、
 体重が増えちゃいました。彼女と出会ったときは60kgちょっとだったんですけど、
 1ヶ月で75kgまで増えました」 「15kgですか」
「それも不思議でねえ。彼女が作ってくれる料理は、美味しいけど、
 けっして量は多くなかったんです。それなのに、短期間であんなに増えましたから」
「うーん、たしかに変といえば変ですね。で?」
「それとね、彼女は毎晩来てくれるのに、いつまでも・・・その、
 体の関係にならなかったんです」 「一つ同じ部屋にいるのに?」
「そうなんです。僕が肩に手を回したりしても、そこまではいいんですが、

 それ以上はやんわりと断られて」 「ははあ。で?」
「僕も、無理やり迫るなんてことはしなかったんです。だって、この歳になって
 初めてできた恋人だし、関係が壊れちゃったら嫌でしたから」
「うーん、で?」 「でもね、今、bigbossmanさんが言ったように、
 男女が同じ部屋にいるんだから、僕が悶々とするのも当然ですよね」
「で?」 「だから、そんな生活が2ヶ月目の終わりに近づいたとき、
 思い切ってそのことを話したんです」 「そしたら?」
「彼女は話を聞いてくれて、それから、僕のお腹の肉をさわって」
「・・・で?」 「そろそろいいかもね、って承知してくれたんです」
「で?」 「せまいアパートの風呂だったんですけど、彼女といっしょに
 入りました。彼女は僕の全身を石鹸で隅々まで洗ってくれました」

「で?」 「その後、裸の彼女を抱きかかえて、汚いベッドですけど、
 いっしょに入りました」 「で?」 「そこで記憶が飛んでるんです」
「どういうことですか?」 「僕、気絶しちゃったみたいなんです」
「うーん、で?」 「それで、夢を見たんです」 「ほう、どんな?」
「浜辺のようなところにいました。白い砂があって、エメラルドグリーンって
 いうんですか、宝石みたいにきれいな海が沖までずっと続いてて」
「はい」 「サンサンと太陽が輝いて、波があちこちで光ってました」
「ほう」 「それで、ああここ、楽園だなって思ったんです」
「で?」 「僕はその波打ち際に一人で寝転んで、海を見てました」
「で?」 「そしたら、海から何か、白い大きなものが上がってきました」
「何だったんですか?」 「それが、すぐに視界がふさがれて。

 その白いものの胴体が、顔の上に乗っかってきたからです」
「で?」 「最初、お腹のあたりがくすぐったくて、すぐに、
 いい気持ちになってきたんです。まるで天国にいるみたいな」
「で?」 「そこまでですね。その夢の中でまた気を失ってしまって」
「で?」 「気がついたら朝になってました」
「彼女は?」 「いませんでした。それ以来、会ってないんです」
「うーん、じゃあ、いろいろ質問させていただきます。まず、
 大事なことを聞いてなかったんですが、彼女の名前は何と?」
「ひさこって言ってました。姓はわからないです。あと、
 ひさこの漢字もわかりません」 「さっき、どこに住んでるかわからない
 って言ってましたが、彼女のメアドとかは?」

「それが、彼女、携帯を持ってなかったんです。だから当然、
 電話番号もわかりません」 「うーん、あえてAさんに知らせなかったんでしょうね。
 その朝、何か気がついたことがありますか」 「あります。
 裸で寝てた胃の上のあたりが、丸く黒くなってたんです。
 それに、体重が減ってました。ほら、彼女の手料理で太ったって言ったでしょ。
 それが、そのとき洗面所の鏡を見たら、顔が細くなってて、測ってみたら
 60kg台になってたんです」 「うーん、80kgくらいあったんですよね?」
「そうです」 「それが一晩で?」 「15kgくらい減ってました」
「ちょっと信じがたいですが・・・ お腹や、それ以外の体のどこかに傷とかは?」
「なかったと思います。痛いとこもなくて、胃の上のアザはだんだん消えていきました」
「うーん、彼女の手がかりは一切ないと」 「はい。最初に出会ったブックオフにも

 何回も行ってみたんです。でも、彼女はいませんでした」
「じゃあ、彼女の姿を見た人は?」 「僕は友だちがいなくて。あと、バイトの同僚も
 見てないです。アパートの住人は見た人はいるとは思うんですが、
 あんまり親しくないし、確かめたりしてないです」
「わざと手がかりを残さなかったとしか思えませんね。・・・最初に、獲物にされたのかも、
 って言ってましたよね。それは?」 「僕に料理を食べさせて太らせ、
 それから、体の中のものを抜いてったんじゃないかって。僕がモテるわけないですから」
「・・・・」 「あ、写真があるんです。彼女を撮った」 「見せてください!」
これで、Aさんが出した携帯の中の画像は、なんとも形容しがたい、
あえて言えば、ブレにブレた海獣のジュゴンみたいなものでした。
「最初からこう写ってたんですか?」 「いえ、見たときはふつうだったんです・・・」
 

 
 




「こどもの日」って怖い?

2018.05.05 (Sat)


ゴールデン・ウイークたけなわ、みなさんはどうお過ごしでしょうか?
自分は雑文書きなどもしてますので、完全な休みではありませんが、
雑誌の編集部がのきなみ休みになってるので、
編集者に締め切りをせっつかれることがなく、気は楽です。

さて、今日は「こどもの日」。祝日法で、「こどもの人格を重んじ、
こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」という趣旨のもと、
1948年に制定されました。この日は、ご存知のように、
もともとは「端午の節句」と言っていました。

端午とは5月5日のことで、この日を節句として祝うのは、
中国の陰陽五行説からきた風習です。5節句というと、
人日(1月7日 七草粥を食べる日)、上巳(3月3日)、端午(5月5日)、
七夕(7月7日)、重陽(9月9日)のこと。
これらの日は、江戸幕府が公式の休日として定めています。

端午の節句が日本でも祝われるようになった歴史は古く、
平安時代の『枕草子』の三十九段には、「節(せち)は、
五月にしく月はなし。菖蒲、蓬などのかをりあひたる、いみじうをかし。」

(節句は五月が一番よい。菖蒲や蓬が香りあっているのは趣がある。)
というように出てきます。当時の貴族社会では、季節の変わり目を
大々的に祝って、単調な日々に変化をつけていたんですね。

現代には「5月病」という言葉があります。これは、進学、
就職などでの環境の変化になじめず、心身の調子が悪くなることですが、
昔も、季節の変わり目であり、また、田植えがある5月は、
災いが起こりやすいとされました。

そこで、「五月(さつき)忌み」として、田植えが始まる頃に、
早乙女と呼ばれる若い娘たちが、仮小屋や神社などにこもって、
田の神のために穢れを祓い、身を清めて田植えに臨んだと言われています。
日本の端午は、中国から来たの風習と、
日本古来の農耕儀礼が結びついたものだったんです。



さて、このあたりのことは、あちこちのホームページに書いてありますが、
当ブログはオカルトのブログですので、
端午の節句に怖い話がないかと考えたら、これがあるんですね。
上で『枕草子』に出てきた、菖蒲と蓬の霊力に関する内容です。

よく見られるのが、「食わず女房」型の説話。・・・あるケチな男が、
飯を食わない女がいたら女房にしてもよいと言います。
それを聞きつけた山姥などが、若い女に化けて男の家にやってくる。
そして、私は飯を食わないから嫁にしてくれと言う。

男は喜んで、女を女房にするが、たしかに男の目の前では
飯を食わないものの、なぜか蓄えてある米の減り方が早い。
そこで、男は野良仕事に出るふりをして、こっそり家の様子をうかがうと、
女が飯を炊いて、米びつのまましゃもじですくって食べている。

しかも、女の後頭部にはもう一つの口があって、
前と後ろでばくばく食っている。これは妖怪「二口女」です。
驚いた男が声を上げてしまうと、それに気がついた女は、
男をひっ抱え、食うために山の中にある自分のすみかに連れていく。



なんとかスキを見て逃げ出した男を、女が追いかけてくるが、
男は菖蒲と蓬が生えた湿地に身を隠し、女は蓬のにおいに負け、
また、菖蒲の葉が剣のように見えることから、
男のことをあきらめて山に逃げ帰っていく。

女の正体が、蛇の精や蜘蛛の精になっているなど、細部は違っていても、
こういう形の民話は日本各地に残っています。
そして、端午の節句に菖蒲湯に入ることや、軒下に蓬を吊るすことの
始まりとされることが多いんですね。



菖蒲と蓬、それと餅にまく柏の葉も含めて、においの強い植物であり、
それらには魔を祓う力があると考えられていました。
西洋でも、ニンニクが吸血鬼に効果があるなどと言われ、
ハーブが珍重されましたが、考え方の根は同じです。

さてさて、ということで、子どものおられる方は、今日はどこぞに
行楽にお出かけになっているかもしれません。
家族サービスはけっこうなことですが、連休が終わるとぐったり疲れていた、
などということがないよう、体調管理にお気をつけください。
では、今回はこのへんで。






シンクロニシティ映画

2018.05.04 (Fri)


前に「運命論って何?」という項を書きましたが、それに関係した内容です。
映画『ファイナル・デスティネーション Final Destination』
のシリーズはご存知だと思います。初作が2000年に公開された
アメリカのホラー映画で、シリーズ化されていますが、
ここまでのところ、基本的なアイデアはどれも同じです。

作品を見られた方には冗長でしょうが、ストーリーを説明すると、
パリへの修学旅行に飛行機で向かうアメリカの高校生グループで、
男子高校生の主人公は、ふと飛行機が墜落するシーンを幻視します。
そして、周囲を巻き込んで7人の生徒が飛行機から降りてしまう。

その後、離陸直後に飛行機は空中で爆発して墜落。ちなみに、
このときの事故の報道映像には、現実に墜落したTWA800便のものが
使用されています。7人の生徒は、離陸直前で飛行機から降りたことから、
爆発事故に関係しているのではないかという嫌疑を受けます。

そんな中、7人は次々と、不自然な事故で死んでいきます。
こう書くとサスペンス映画みたいですが、事故そのものは誰かが計画的に
起こしているわけではありません。主人公は、その原因が、
航空機事故から逃れたことにあると考え、友人たちの死の順番が、
飛行機の中の座席に関係してると気づきます。

主人公はガールフレンドと協力して、あれこれ知恵をめぐらし、
なんとか死の運命から逃れようと試みますが・・・
だいたいこんな内容ですね。見どころとしては、登場人物一人ひとりが、
日常生活の中にひそむ危険によって、どんな死に方をするかというところで、
殺人鬼の出てこないスプラッター映画というアイデアは秀逸です。



さて、この映画で、キーになっているのは、「運命論」と「予知」、
それと、もう一つつけ加えるとすれば、「シンクロニシティ」です。
彼ら7人が、飛行機事故で死ぬことは運命として定まっている。
ところが、主人公の予知によってその飛行機には乗らなかった。
しかし、死ぬべき運命は変えることはできない。

つまり、彼らは運命の力によって殺されてしまうわけです。
もし、これをキリスト教的に解釈すると、この世界は神の計画によって
すべてが動いています。ですから、子どもが幼くして亡くなると、
アメリカでは、「神がこの子の魂を愛でて、早くおそばにおきたいと、
天国にお召しになった」みたいな言い方をします。

ただ、このキリスト教的な解釈はいろいろとマズイので、
映画の中では出てきません。あくまでも、運命という巨大なシステムによって、
主人公たちは殺されていくんですね。起きる出来事の細部は
変えられたとしても、「死ぬ」という運命だけは避けられない。

この映画の世界観では、予知によって未来を見ることはできますが、
運命は変えることはできないんですね。では、予知はなぜ起きるのか?
これは、主人公が特殊な能力を持っているからということではなく、
シンクロニシティが関係していると、自分は解釈しました。



「シンクロニシティ」は、スイスの心理学者で、オカルトにも造詣の深かった
カール・グスタフ・ユングが提唱した概念で、「共時性、同時性」などと
訳されます。意味としては、「因果関係のない2つ以上の出来事が、
偶然に一致して、意味を持っているように見えること」

例えば、夜中に地震があって本棚から昔のアルバムが落ちた。拾い上げると
開いたページに、大学時代の友人といっしょの写真があった。
翌朝、新聞を読むと、その友人が事故死したという記事が載っていた。
典型的なシンクロ二シティはこんな感じです。

カール・グスタフ・ユング


で、この映画の場合、主人公の誕生日が9月25日で、
乗るはずだった、墜落した飛行機の出発時刻が9時25分。この他にも、
いくつかのシンクロニシティが出てきますが、それらが重なった場合に、
未来の予知が起きることがある、ということのようです。

つまり、シンクロニシティは、この世を支配している
運命というプログラムのバグみたいなものなんだと思います。
運命は、すべてのことがつじつまが合うように世界を創っているが、
ときとしてほころびが生じるわけです。そして未来の出来事が漏れ出てしまう。

さてさて、日本では、シンクロニシティに近い概念は、
「虫の知らせ」として昔から知られてきました。
また、世界でも、これに類する考え方は多くの国で見られますね。
ということで、今回はこのへんで。

関連記事 『虫の知らせって何?』  『虫の知らせ系』

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運命系の話 2題

2018.05.03 (Thu)
赤い糸

大阪市内のとあるホテルのバーで、Kさんとお会いして一杯やりました。
Kさんは50代の実業家。貸しビルやカラオケ店を手広く経営される
かたわら、ボランテイアで霊能者をやってるんです。
「ねえ、Kさん。運命ってあるもんだと思いますか?」 「何いってんだ、
 bigbossman。そういうのは、占い師のお前のほうがくわしいだろ」
「うーんまあ、そうなんでしょうが、Kさんがどう考えてるか知りたくて」
「そうだなあ、じゃあ、こっちから逆に質問する。
 お前、運命の赤い糸って信じるか」 「え、あの、将来結ばれるはずの男女は。
 小指と小指が目に見えない赤い糸で結ばれてるってやつですか」
「そうだ」 「それって、もとは中国の話ですよね。月下老人という
 縁結びの神様が、年頃の似合いの男女を見つけて、

 2人の足首を赤いヒモで結ぶっていう」 「なんだ、よく知ってるじゃないか。
 どうだ、信じるか?」 「・・・いや、信じないです。
 だって、運命の相手なんてものがいるんだったら、この世に、
 夫婦喧嘩とか離婚ってないはずじゃないですか」 「その場合は、
 赤い糸で結ばれた相手じゃなかったってことだろうな」 「そんなの、
 後出しジャンケンですよ。幸せになれなかったら、運命の相手じゃないって」
「うん、赤い糸で結ばれた運命の相手はいるが、
 その相手といっしょになっても、必ず幸せになるわけではないのかも、だな」
「何か具体的な話があるんですね」 「ああ、俺が関わった話じゃないが」
「ぜひお聞かせください」 「Uさん、としておこうか。Uさんは20代の女性で、
 固い会社に勤めてたんだが、そこの妻子ある上司と不倫関係になった」

「ははあ」 「けど、それは長続きせず、関係が上司の奥さんにバレ、
 すったもんだがあって、Uさんは居づらくなって会社をやめたんだ」
「ありがちな話ですね。で?」 「Uさんは一連のことで傷ついて、
 実家に帰ろうかとも考えたが、やはり都会に未練が残ってて、
 わずかだが貯金や退職金もあったんで、夜にあちこち飲み歩いてた」
「嫌なパターンですね、何が起きたかわかるような気がします」
「うん、たぶんお前の想像どおりだ。若い水商売のボーイと知り合って、
 いっしょに暮らすよになったんだ」 「で?」 「これがたちの悪いやつでね。
 最初は優しかったんだが、だんだんに本性を現して、働きに出ないわ、
 暴力を振るうわ、Uさんに風俗で金を稼いでこいって言うわ」
「それも、大阪のお水の世界ではよく聞く話です。で?」

「その頃には、Uさんもこいつはダメだって気がついて、
 住んでた部屋を引き払って逃げたんだよ。で、友だちのところに身を寄せてたが、
 男に見つけられて、ボコボコに殴られた」 「で?」
「これはもうどうしようもないと思って、奈良のほうにある実家に逃げた」
「で?」 「だが、執念深いやつで、実家までやってきたんだな。
 それで、Uさんの家族がいる前で刃物を振り回したりした」
「で?」 「また来るって言って、その日はなんとか男は帰っていった。
 Uさんは、父親は早くに亡くなってて、実家にいるのは母親と祖母なんだが、
 母親と相談して、ただごとで済みそうもないんで、警察に通報しようって決めた。
 そしたら、その晩、お祖母さんがUさんを暗がりに呼んで、こんなことを言ったんだ」
「どんな?」 「あ祖母さんは、白い紙箱から和バサミを一つ取り出して、

 Uさんに渡し、あの男ともう1回だけ寝てやりなさいって」 「で?」
「そして、男が寝ているときに、Uさんの小指と、
 男の小指の間の空間をそのハサミで切れと」 「縁切りってことですか?
 そのお祖母さん、拝み屋か何かやってたんですか?」
「そういうわけじゃないが、若い頃から和裁をやってて、地域の花嫁衣装なんかも
 そのハサミを使って、たくさん仕立てたってことだった」 「ははあ、で?」
「Uさんには信じがたかったが、お祖母さんを信じて言われたとおりにしたんだよ。
 男に連絡して部屋に行き、ベッドで男が寝ているときに、
 男の手を布団の上に出して、自分の手と並べて、小指どうしの間をチョキンと」 
「どうなりましたか?」 「翌日になって起きると、男はUさんにすっかり
 関心をなくした様子で、出て行けって」 「ははあ、で?」

「これでまあ終わりだよ。男はUさんにつきまとうことはなくなり、
 Uさんは実家でパン屋のパートを始め、そこの店長に見初められて結婚した」
「よかったじゃないですか」 「だが、後日談が2つある」 「やっぱり」
「まず、ストーカー男のほうだが、その後、俺が興味を持って調べてみると、
 刑務所に入ってた。銃刀法違反その他だな。しかも、試し撃ちした
 安い輸入拳銃の暴発で、片手に大ケガして指を何本か失ったらしい」 「う」
「まあ、これは自業自得だし、偶然だろうと思う」 「で?」
「Uさんは、それから2年して男の子が生まれたんだが、その子は生まれつき、
 片手の小指がなかったんだ」 「うう」 「これも偶然だと思うか?」
「いや、わかんないです。お祖母さんのハサミで男との関係を切ったときに、
 運命の何か狂ったってことでしょうか」 「そうかもしれんね」



時計

この話は、自分の共同事務所があるすぐ近くの家具店で働いている
30代の女性、Hさんからお聞きした話です。
「あ、bigbossmanです。奇妙な体験があるそうで、ぜひお聞かせください」
「あれは、私が高校生のときだから、もう15年以上前のことになります」
「はい」 「そのころ、私の通ってる高校では、女子の間ですごく占いが
 流行ってて」 「はい」 「あ、そうだ、bigbossmanさんって、占いの
 お仕事もなさってるんですよね」 「ええ、いちおう」
「占いって当たるもんですか?」 「当たるつもりでやってます」
「ですよね。あ、それで話の続きです。その頃、○○駅前のデパートで、
 占いコーナーってあったんです」 「ああ、当時はそうでした」
「そこに、日曜の午後、女の子の友だちと2人で行ったんです」

「はい」 「で、占い師さんがいる小ブースが3つあって、
 たしか、タロット、水晶球、占星術だったと思います」 「ほう、同業者ですか」
「で、私たちあまりお金がなかったので、一番安いタロット占いのとこに
 入ったんです。女性の占い師さんでしたが、名前は忘れてしまいました」
「はい」 「料金はたしか、15分で2000円だったような」
「15年前ですか。まあ妥当なとこでしょうね。で?」
「まずはじめに私が占ってもらいました。恋愛運とか、まあそういう、
 高校生の女の子がよく聞くような、他愛もないことを」 「はい」
「それで、あれこれ答えていただいて、けっこう当たってたんです」
「それで?」 「次に、友だちがイスに座って、いろいろ質問に答えてから、
 占い師さんがカードを並べてめくりました」 「はい」

「そこで、占い師さんがちょっと とまどってたんです」 「で?」
「何これ、変だなあってつぶやいて、それから、占いはちょっと中断って言って、
 友だちの手を取って、水晶球のブースに連れてったんです。
 そこはお客さんはいなくて、年配の女性が水晶球の前に座ってました」 「はい」
「タロットの占い師さんが、その女性に耳打ちして、水晶球の占い師さんは、
 友だちを座らせて、手を取ったんです」 「で?」
「そして何か呪文みたいなのを唱えたら、透明な水晶球がバッと白く曇りました。
 それと同時に・・・ 友だちは赤い小さなディズニーの時計をしてたんですが、
 その文字盤がバシッと割れたんですよ」 「で?」
「水晶球の占い師さんは、その時計を友だちに外させ、文字盤を見て、
 まあ、これで大丈夫かなって言って、返してよこしたんです」

「で?」 「そしたら、そのときは午後の2時前だったのが、ガラスが割れた
 時計の文字盤は5時過ぎになってたんですよ。正確には5時12分」 「で?」
「友だちは、これもう使えないねって言って、時計をバッグにしまい、
 それから、水晶球の占い師さんが料金はいらないって言ったので、
 友だちとあちこちデパートの中を回って、そろそろ帰ろうかって、
 外に出てバスを待ってました」 「で?」 「そしたら、道路でドーンとすごい
 音がして、走ってる軽自動車にトラックが追突し、方向を失った軽自動車が、
 歩道に乗り上げて、私たちのほうに突っ込んできたんです」
「無事だったんですか?」 「私は無傷、友だちは手首をちょっとかすっただけでした」
「で?」 「それで、そのときに、デパートの前の電光掲示で、時間が出てるのが
 目に入って、それが5時12分だったんです」 「うーん・・・・」



 
 



運命を信じますか?

2018.05.02 (Wed)


今回はこのお題でいきます。自分の本業は占星術師ですので、
(実際は、それ以外の収入のほうが多いんですが)これは、
自分の職業に深く関わった内容ということになります。さて、みなさんは、
運命というものについて、どのようにお考えになるでしょうか?

「運命論 fatalism」は「宿命論」とも言います。また、「決定論」とも
かなりの部分で重なっているんですが、微妙な違いもあります。
ここでは、それについて詳しくは触れませんが、どちらかというと、
運命論はギリシア・ローマ哲学的、決定論のほうは
キリスト教神学的な内容を多く含んでいるように思います。

運命論を簡単に言うと、「未来のことはすべてあらかじめ決まっていて、
人間の力ではどうやっても変えることができないものだ」
こんな感じになります。これ、じつは、
人間にとってかなり厳しい考え方なんですよね。

例えば、みなさんが生まれたとき(あるいは生まれる前)から、
何年後の何月何日に死ぬかは決まっている。幸福になるか、不幸になるか、
それもすでに決まっている。そして、不幸になる運命ならば、
どうあがいたところで、それを変えることはできない。
つまり、運命論は、人間の自助努力の完全な否定ということになります。

運命について、ローマの哲学者キケロは、こんなことを書いています。
「友人が病気になり、医者を呼んでくれと言ったので、私はこう答えた。
君が助かる運命なら、私が医者を呼ばなくても助かるだろうし、
君が死ぬ運命なら、医者を呼んでも死ぬだろう。だから、私は医者を呼ばない。」

マルクス・トゥッリウス・キケロ


ここまで読まれて、「何か変だな?」と思われませんか。
もし、すべてのことが運命で決まっているのなら、友人が病気になったとき、
キケロしかそばにおらず、医者を呼んでくれないのも、また、
あらかじめ決まった運命だったということになるんじゃないでしょうか。

さて、ネットの占いブログなどを覗いていると、じつに様々なものがあります。
それらを分類してみると、以下のような感じになるように思います。
「非運命論的な立場」
① 未来はまったく決まっていない。自分で好きなように変えることができる。
② 運命はある程度まで決まっているが、
  特別な行為をすることで変えることができる。

パワーストーン


①の立場はそんなに多くはありません。②はかなり多いですね。
例えば、開運グッズやパワーストーンなどを売っているところは②の考え方です。
また、自己啓発セミナーなんかもそうですよね。自分をよりよく変えることで、
より輝かしい未来を引き寄せることができるという。

次に、「運命論的な立場」を見てみましょう。
③ 運命はどうやっても変えることはできない。
   それは人間の限界を越えたことだ。
④ 運命は変えることはできないが、未来を覗き見ることはできる。

アガスティアの葉


③は、「因果応報」を説く、輪廻のある宗教なんかがこの立場です。
前世で悪いことをしたせいで、今、その罰を受けて貧しく悲惨な暮らしを
しているのだ、みたいな感じ。ただ、それだと、前世で悪いことをしたのも、
運命で決まってたことなんじゃないの、とツッコミを入れたくなりますよね。
この、永遠に続く輪廻の鎖から解き放たれようと考えたのが、お釈迦様です。

④は、例えば、「アガスティアの葉」なんかがそうですね。
オカルト好きの方はご存知でしょうが、いちおう説明すると、
紀元前3000年頃に実在したとされる、インドの聖者アガスティアの
残した予言を伝えるとされる葉で、すべての個人の運命がそれに書いてあります。
みなさんがインド旅行をして、自分の運命が書いてある葉をもらうことができます。

あと、水晶占いをはじめ、昔は、占いの多くはそういうものでした。
ですが、将来に不幸が見えていて、それをどうやっても避けられないというのでは、
占う意味がないような気もします。ですから、最近は、
①②に比べて、③④の考え方はあまり人気がありません。



で、このごろは、また別の考え方が出てきました。これは前に何度か書きましたが、
量子力学における「多世界解釈」を援用したものです。
つまり、みなさんが何かを選択したとき、世界はその可能性の数だけ分岐する。
この設定は映画なんかでも多いですよね。

例えば、あなたがAさんとBさん両方にプロポーズされていて、
迷いに迷ったあげくAさんのほうを選んだ。このときに、世界は2つに分かれます。
そしてあなたはAさんと結婚した世界に残り、別のあなたは別の世界で
Bさんと結婚生活を送っている、というわけです。

そして、そのようなことは、選択の機会があるたびに発生します。
これは、一見して運命論ではないように思えますが、そうではなく、
あなたがAさんを選ぶのは運命として決まっていて、
だからこの世界にいるのだ、と解釈することもできます。
どちらかといえば、運命論に近いと考えられているんです。

さてさて、じゃあ、お前の占いはどうなんだ? と思われるでしょうが、
答えは、「職業上の秘密で、お教えすることはできません。」(笑)
ただ、上記の④に、きわめて近いものであることだけは書いておきましょう。
なんか舌足らずな内容になってしまいましたが、これは重要なことなので、
また触れる機会もあるでしょう。今回は、このへんで。

『ファイナルデスティネーション5』