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眠らない話

2018.06.30 (Sat)
脳内にある80種類のタンパク質の働きが活性化すると眠くなり、
眠りにつくと働きが収まるのをマウスの実験で発見したと、
筑波大の柳沢正史教授(神経科学)のチームが英科学誌ネイチャー電子版に発表した。
「スニップス」と名付けたこの一群のタンパク質は眠気の「正体」とみられ、
睡眠そのものに深く関わっているらしい。

柳沢教授らは、タンパク質が睡眠を促して神経を休息させ、
機能の回復につなげているとみている。「睡眠の質の向上や、
不眠など睡眠障害の治療法の開発につながる可能性がある」という。
(共同通信)

ロシアでの30時間不眠実験とされる画像


今回はこのお題でいきます。みなさんは最近、よく眠れているでしょうか。
現在、ロシアでサッカーワールドカップが行われていますが、
日本の試合が、こちらの時間で夜間に開始されたため、
もしかしたら睡眠のリズムがおかしくなったという人もいるかもしれませんね。

さて、上記引用の研究では、脳の神経内にあるタンパク質群に、
眠らないでいると化学変化が起き、リン酸がたまっていくことがわかりました。
それが眠気の正体だったということですね。例えば筋肉が疲労する原因は、
乳酸が発生するためと判明していますが、
それと同じようなしくみが脳内にもあったということです。

さまざまな脳内物質を発見している柳沢正史教授


じつは、これまでにも、脳内でリン酸化現象が起きることは確認されていました。
ですが、それが眠気を誘発するためのものなのか、それとも、
眠れないことのストレスによるものなのかがはっきりしませんでした。
そこで、今回の研究では、遺伝子操作で睡眠時間が長いマウスを作製。
このマウスと不眠状態にした通常マウスを比べた結果、
リン酸化が、睡眠を誘発するためであることがつきとめられたということです。

睡眠は、よくコンピュータゲームのリセットやPCの再起動に例えられます。
ずっと眠らないでいると、脳神経が疲労し、また記憶内容が増えて処理しきれなく
なるため、いったん眠ることで神経を休め、起きていた間の記憶の整理を行います。
眠くなることは、人間の体に生まれつき備わったシステムなんですね。

ではもし、長時間眠らないでいたらどうなるでしょう。
これについては、古くから人体実験が行わていますが、比較的近年のものを
ご紹介しましょう。1959年、アメリカラジオ局のDJ、ピーター・トリップが、
小児麻痺救済の基金集めのために、タイムズスクエアのブースで、
衆人に見まもられながら、「200時間不眠マラソンラジオ」を行いました。

結果を最初に書くと、200時間(8日と8時間)は達成されましたが、
100時間を過ぎたあたりから、行動に異常が見られるようになり、
突然声を上げて笑ったり泣いたりし、
また、単純な計算や単語を書くこともできなくなりました。

200時間不眠マラソンラジオ


5日目に入ると、体中を虫が這い回っているという幻覚を見たり、
危険防止のためにつきそっている医師に対して「お前は葬儀屋だろう、
俺を葬る気か」と叫んで、逃げ回る騒ぎを起こしました。
誰が見ても、もう無理という状態だったんですが、最後の70時間ほどは、
覚醒作用のある薬を飲んで、なんとか200時間が達成されたんですね。

実験の最後では、このDJは知り合いの顔が判別できず、また、
鏡を見ても自分が誰かわからず、「お前は何者だ」などと叫びました。
完全に精神錯乱状態におちいっていたわけですが、終了後に、
長い眠りをとることで、いったん回復したように見えました。

ですが、この不眠マラソン後、彼の性格は怒りっぽくなり、
周囲と強調することができず、人間関係が悪化してメディアの世界から
姿を消してしまいました。また、私生活では4度の離婚をしています。
不眠実験の影響でキャリアを失ったと見る人が多いんですね。

さて、このころにはまだ、「ギネスブック」に不眠時間の記録がありました。
上記の実験の5年後の1964年、アメリカ人の学生が、スタンフォード大学の
心理学研究室の協力のもと、265時間の不眠記録を達成しました。
ですが、やはり記憶障害や認知障害、言語障害を起こし、

最後のほうでは、左右の眼球がバラバラに動くなど、
生理機能にも影響が出たとされています。これらの実験により、
不眠へのチャレンジは、あきらかに人体に危険があり、死の可能性も高いとされ、
ギネスブックからは、不眠に関する記録の類はすべて削除されています。

不眠の動物実験では、ロシアで犬を対象に行われたところ、
90~120時間ですべての犬が死亡しました。アメリカでラットで行われたものは、
10日程度で、こちらもすべてのラットが死亡。解剖をしたものの、
確定的な死因はつかめなかったそうですが、ホルモン異常など、
さまざまな要因で、全身の状態が悪くなったためと考えられています。

さて、ナルコレプシーという病気をご存知でしょうか。まとまった睡眠がとれず、
短時間しか眠れない。そのかわり、24時間ずっと眠い状態が続くという症状で、
直木賞作家の色川武大氏(ギャンブル作家の阿佐田哲也)がこれにかかっていて、
麻雀を始めても、牌をつもっては眠り、つもっては眠りという状態だったそうです。

色川武大氏


また、ショートスリーパーといって、短時間の睡眠でも
健康を保つことができる人間も知られていて、ナポレオンが1日3時間しか
眠らなかったというのは有名な話です。ショートスリーパーは一般人と比較すると、
レム睡眠が圧倒的に少ないことがわかっています。

さてさて、最後に、不眠はつらいものです。画家のゴッホはずっと不眠に悩んでいました。
彼は自分の耳を切り落とし、ピストル自殺をしてしまいますが、精神病のために
不眠になったのか、不眠のために精神病になったのかははっきりしていません。
彼は、「画家の寝室」という題の作品を数点描いていて、そこからは、
安らかな眠りに対する切実な希求が読みとれます。では、今回はこのへんで。

「ファン・ゴッホの寝室」






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女性週刊誌とオカルト

2018.06.29 (Fri)
今回はオカルト論でいきます。みなさんは、女性週刊誌なんか読まれるでしょうか?
例えば代表的なところでは、「女性自身」とか「女性セブン」とかですが、
まず男の人は読まないと思うんですよね。自分も、買って読んだりすることは
ないんですが、この2誌については注目はしています。

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というのは、どちらもこれまで、心霊写真などを掲載するコーナーや、
怪談を紹介する囲み記事があり、そこから発生したオカルト話が
世間に流布している例が多いんですね。男性週刊誌の「週刊ポスト」や
「週刊現代」などには、その手の話はあまりありません。

いくつか例をご紹介したいと思います。「御殿場市殺人事件」
昭和62年(1987)静岡県御殿場市の川原で、男性の絞殺死体が発見され、
会社員のAさん(37歳)と判明しました。警察が妻B子に事情を聞くと、
夫には1ヶ月前からたびたび不審電話がかかってきており、
その日も電話で呼び出されて川原に向かったという。

しかし、B子の証言を怪しんだ警察は尋問によって追求し、
その結果、B子が夫殺しを自白したんですね。まあ、ここまではありふれた
事件だと思いますが、その数日後、「女性セブン」の心霊写真コーナーに、
B子が林の中にいる息子を撮影した写真が、投稿されていることがわかりました。

これ、画像を探したんですが、残念ながら、古い話なんで
ネットに残ってないんですよね。その写真自体は、よくある木の葉の影が
見ようによっては人の顔に見えなくもない、という程度のものだったんですが、
当時、心霊写真研究の第一人者だった中岡俊哉氏が鑑定し、
「被写体の子ども、あるいは撮影者に霊障のおそれがある」と述べています。

心霊研究家 中岡俊哉氏
なかおか2

この一連の経緯は、当時のオカルト界では大きな話題になりました。
ただし、この鑑定結果が載った週刊誌が発売されたのは、殺人が行われた後のことで、
中岡氏の鑑定結果が、犯行に影響を与えたということではありません。
さすがに「女性セブン」もマズイと思ったらしく、
誌面で、くり返し記事と殺人事件との因果関係を否定していました。

「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」いわゆる宮崎勤の事件ですが、
平成元年(1989)「女性セブン」の編集部に、「朝日新聞」と「読売新聞」に
載った宮崎の写真に人の顔らしきものが写っているので調べてくれ、
という投稿があり、「女性セブン」は、写真のそれらしき部分にエアブラシで
顔を描いて強調したものを誌面に掲載しました。(下図)



これについて、「女性セブン」は読売新聞から正式な抗議を受け、
写真を加工して用いたことを認めて、誌面で謝罪することになります。
ただ、当時は、一般紙に載った報道写真を女性週刊誌がとりあげて、
心霊が写っているか検証するというのは一般的に行われていて、「女性自身」も、
昭和54年(1979)の「日本坂トンネル火災事故」で、「静岡新聞」の現場写真に
写った犠牲者らしき顔を強調したものを誌面に載せています。

「秋田児童連続殺人事件」平成18年(2006)畠山鈴香が、
自分の娘を含む2人の子どもを殺害した事件ですが、
「女性自身」が犯人の自宅の、誰もいないはずの窓に、人物らしき影が写っている
写真を掲載して話題を集めました。どう思われますでしょうか。(下図左)

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写真が加工でないのは間違いないですし、人が写っているのも確かです。
ただ、このとき、犯人自宅前には多数人が集まっており、
そのうちの誰かの顔が窓に写り込んでしまったのだろう、というのが常識的な
解釈だと思いますね。窓に映った人物の肩の上にカメラらしきものがあります。

また、これらの女性週刊誌は。このような写真だけではなく、
手記・体験談という形で、実際にあった事件について、
オカルト的な話をつけ加えている場合も多数ありまして、
以下に2つのケースをご紹介しておきます。

「橋北中学校集団水難事件」これは古い話になります。昭和30年(1955)
三重県津市の橋北中学校の1年生女子生徒36名が、
海での水泳訓練中に溺死したという他に例のない大事件で、
このことが、全国の小中学校にプール設備が設置される契機になっています。

この事故について、8年後の1963年、「女性自身」の「恐怖の手記シリーズ」に
当時の橋北中生徒だったという人物の、「防空頭巾とモンペを身につけた
黒い影が海の中にいてみんな引っぱられた」という投稿が掲載され、
この痛ましい事故がオカルト化してしまいました。(下図)



「秩父貯水槽殺人事件」昭和52年(1977)防火用貯水槽の中から、
女性の腐乱死体が発見された、オカルト界ではたいへんに有名な事件なんですが、
この事件から数年たった後、遺体発見前から現場には幽霊の噂があったことを、
「女性自身」が記事に書いています(下図)。



さてさて、ここまでざっと見てきましたが、女性週刊誌が長期間にわたって、
日本の心霊オカルト界で果たしてきた役割がおわかりいただけたかと思います。
ここからの内容は女性差別と言われかねませんが、この手の話は、
上で書いたように男性週刊誌ではほとんどないんですよね。

男性週刊誌にこれを載せても、おそらく「なんだバカバカしい」というような
反応が多く、あんまり売り上げには貢献しないんだと思います。
ということで、今回はちょっと変わった視点からのオカルト論でした。
では、このへんで。

関連記事 『オカルトとエイプリルフール』





くねくねの話

2018.06.27 (Wed)
あ、どうも。○○大学3回生の山田と言います。よろしくお願いします。
俺、都市伝説研究会ってサークルの長をやってるんです。
こう言うと、くだらねーって思う人が多いみたいなんですけど、
都市伝説ってのは、一種の民俗学だと考えてるんです。
ただ、場所を農村から都会に変えただけの。だから、ちゃんとした学問だと
思うし、卒論のテーマにしようかとも考えてたんです。
で、「くねくね」ってご存知ですか? ああ、知ってますか。
ある大型掲示板の怖い話のスレに投稿されたものが広まったって言われてます。
創作だろうって言う人も多いんですけど、もともと実際にある話だって説もあります。
いちおう説明すると、夏の田んぼの中やススキの生い茂った川原で、
白いものがくねくねと手足を動かして踊っている。

それを、ちらっと見たくらいなら問題ないが、まじまじと見て、
それが何かわかってしまった場合、その見た人もくねくねになってしまう・・・
こういう話です。でね、卒論で、くねくねの正体を探るって題で書こうって考えまして。
ええ、いくつか仮説はあります。一つは「陽炎説」です。
ほら、くねくねが目撃される場所には水がありますよね。田んぼもそうだし、川も。
それに目撃は夏が多いんだから、熱気で水が蒸発して屈折率が変わってる場所があって、
そこをたまたま通りかかった人が、くねくねとゆがんで見える・・・
でも、これだと全然つまらないですよね。次に考えたのが「舞踏病説」です。
舞踏病って、遺伝子異常からくる病気らしいですね。
筋肉が自分の意志にかかわらず痙攣して、でたらめに踊ってるようにも見える。
35歳を過ぎたあたりで発病する人が多いそうで、治療法はないに等しい。

でもねえ、これ、白人にはそれなりにいるけど、東洋人はものすごく少ないらしいです。
白人の1000分の1くらい。それに、ヨーロッパでは、
舞踏病になる家系ってのも、だいたいつきとめられてます。でねえ、病気なんで、
卒論に書くのはちょっとためらわれますよね。あと、向こうでは、
昔は、タランテラって毒グモに噛まれると舞踏病になるって話もあったみたいだけど、
それは現在では、迷信ってことで否定されてます。
次、考えたのは、「ワライタケ説」です。シロシビンという植物アルカロイドの
中毒症状で、そのキノコを食べると、とにかく幸せな気分になって、
服を脱いで踊ってしまう。日本でも何例も報告がありますよ。
俺は、もしくねくねがいるとしたら、これが本命じゃないかって思ってたんですけど・・・
どうもね、違ってたみたいです。真相はもっと怖ろしいもので・・・

その話をこれからしていきます。俺らのサークルに、今年1回生が4人入ったんです。
全部男でしたけど。で、そのうちの一人、三島ってやつが、東北のある県の出身でね。
新歓の席で、そいつにくねくねの話をしたら、自分の住んでる田舎の町に、
それと似た話があるって言うんです。で、聞いてみたら、
白いものが田んぼで踊ってるところなんかそっくりで。
ただ、名前はくねくねじゃなくて、「ばちかぶり」って言うらしいです。
どういう字を書くのかはわかりませんけど。でね、三島の家は、
その地方では、江戸時代から続く旧家で、その昔は庄屋を務めてたって話で。
こりゃいいやって思いました。ええ、大学の夏休みは長いですし、
どうせ彼女もいなくてヒマですから、三島が帰省するときについていって、
フィールドワークってしゃれ込もうって考えたんですよ。

で、お盆ちょっと前あたりですね。帰省する三島について、その某県に行きました。
まず新幹線で隣県まで行って、そこから在来線に乗り換えて、東京からは
片道6時間かかりましたね。すごい田舎でした。山間にぽっかり開けた小さな盆地で、
田んぼが広がってましたけど、耕す人がいなくなって、
休耕田になってるとこも多かったんです。かなり過疎が進んでるみたいで、
昼間は出歩いてる人なんていないんです。道のところどころに軽トラが
停まってましたけど、作業してるのは70歳をすぎた老人ばっかりでね。
ああ、ここは静かに死んでいく村なんだなあって、
柄にもなく詩的なことを思ったりしました。でね、三島の家は、
すごいお屋敷だったんです。うーん、そうですね。「八墓村」ってわかりますよね。
横溝正史が書いた。あれに出てくる建物みたいだったんです。

三島といっしょに広い玄関に立つと、三島の両親が出てきましたが、
どっちも気さくそうな人で、「ああ、よくこんな田舎に来てくださいました」って
すごく歓待されたんです。三島の父親は、町のJAの役員をやってるそうで、
あと、祖父さんは前に町長をやったって話でした。
広い部屋に通されて、エアコンとかはなかったけど、縁側の戸が全て開け放たれて、
風が通って涼しかったです。そこで、スイカなんかごちそうになって・・・
ああ、くねくねの話ですよね。夕食の席でそのことを言ってみたんです。
くねくねって名前を出してもぴんと来ないみたんだったんで、
「この地方では、ばちかぶりって言うそうですね」って話を出したら、
急に三島の親父さんの顔が凍ったようになりまして。
ああ、俺、マズイこと言ったのかな、って思ったんですけど、

親父さんは、「・・・ばちかぶりか、それは古い言い伝えだなあ。
 調べてるんだったら、いい人を紹介するから、明日にでも行ってみるといい」
そう言って、町役場を退職した方に連絡してくれたんです。
その人は、かつて町史編纂室に勤めていて、そこの町の歴史には
すごく詳しいってことでした。その日の夜は、三島と2人で、
蚊帳を吊った座敷に布団を並べて、あれこれ話をしながら寝ました。
で、翌日もカンカン照りのいいお天気で、三島といっしょに、
紹介された神崎さんって人の家を訪れたんです。神崎さんの家は、
山の斜面にあって質素な感じでした。出てきたのはすごく痩せたお年寄りで、
奥さんを亡くされて一人暮らしをしてるってことでしたね。たくさん本が
並んでる書斎みたいな部屋に通されて「ばちかぶり」の話を聞いたんです。

「ああ、ばちかぶり。それねえ、この町にとってはあんまりいい話じゃないんだよ。
 と言っても、もう昔のことだし、今はそんなことをしてる人はいないから、
 話すのは別にかまわないんだけど。どぶろくって知ってるかい」
「あの、白いにごり酒のことですよね」 「ああ、米を発酵させただけの酒。
 密造酒って悪いイメージもあるけど、どこの村や町でもやってた」
「それがばちかぶりなんですか?」 「うん・・・ただねえ、この町のどぶろくは、
 米以外にちょっとした材料をつけ加えてね。ある種の薬草で、
 どうやら幻覚作用があるみたいなんだな」 「ははあ」
「それを飲むと、すごいいい気分になって、周囲の景色が一変してしまい、
 ところかまわず服を脱いで踊ってしまう。その状態をばちかぶりって言ったんだ」
こんな内容でした。これ、ちょっと困りますよね。

おそらく何か、麻薬成分を加えた酒だったんでしょう。
まあ昔のことだから、違法行為ってわけではないんでしょうが、そのまま
卒論に書いてもいいのか迷いました。で、お礼を言って神崎さんの家を出て、
三島の家にはもう一泊して、俺だけ先に帰ってきたんですよ。
でね、それから3ヶ月過ぎて、もう冬休み目前。俺は就職活動と卒論の準備で
すごく忙しかったんです。そんなある日、アパートの郵便受けに分厚い手紙が
入ってまして、差出人が、夏にお世話になった神崎さんからだったんです。
こっからは手紙の内容を要約して話しますね。
「夏にはご訪問ありがとうございました。私は、じつは病気のために、
 もう長いことはないようです。それであのとき、ばちかぶりについて、
 嘘をついてしまったことを心苦しく思い、ここに真相を記します。

 村八分というのをご存知でしょうか。村落共同体の中で行われる
 私的な刑罰のことです。昔は警察などもなかったので、そういうものがあるのも、
 ある面ではいたしかたなかったのですが。一つの例として、ある小作人の倅が、
 庄屋の一人娘とねんごろになって逢引を重ねたが、ついに見つかってしまった。
 これは身分違いですから、カンカンに怒った庄屋は、その倅をばちかぶりにしました。
 下男たちに命じて、無理に酒を飲ませ、散々棒で叩いて弱らせた後、倅の着物を脱がせ、
 体中に蜂蜜をまぜたどぶろくを塗りたくって、蚊柱の立っている野に放す。
 そうすると、全身を虫に喰われ刺されて、痛みと痒みで、遠目からは
 踊り狂っているように見える。村のものは誰も助けず、飯も与えず、ついには
 衰弱して死にいたる・・・これが本当のばちかぶりで、庄屋の当主が中心となって、
 戦前まで行われていたんです」こんな内容だったんですよ・・・


 




ゴリラの死生観は?

2018.06.27 (Wed)
独特なフォームの手話を習得したゴリラとして有名になり、
ロビン・ウィリアムズやレッド・ホット・チリ・ペッパーズのフリー
などのセレブが会いに来ることでも知られていたココが死亡した。
ニシローランドゴリラのココが,米国時間6月19日に46歳で
永眠したと、ゴリラ財団が公表した。

同財団の声明にはこのように記されている。「ココは全ゴリラの親善大使として、
異種間の交流と共感の象徴として、何百万という人間の心に感動を与えました。
彼女は生涯愛され、今後も人々の記憶に残るでしょう」
(朝日新聞デジタル)

今回はこのお題でいきます。アメリカで、いや、もしかしたら世界で
最も有名な雌のゴリラ、ココが亡くなったというニュースですね。
46歳ということです。眠ったまま亡くなったとニュースにはありますが、
死因は書かれていません。老衰なんでしょうか。

ニシローランドゴリラの寿命は野生では30~40歳、
飼育下では50歳前後だと考えられているので、
まあ、大往生ということなのかもしれません。このゴリラのココがなんで
有名になったかというと、手話を覚えて人間と意思の疎通ができたからです。

生後3ヶ月で病気にかかっているとき、ココは発達心理学の研究者の
フランシーヌ・パターソン博士と出会い、手話を教わることになります。
2012年の時点で、使うことの出来る手話は2000語以上になり、
嘘やジョークを言う事もあったとされます。

ココとパターソン博士


これは有名になりますよね。金髪の女性学者とゴリラのツーショットは
絵になりますから。ココは数の概念を理解していたともされ、
虫歯になったときに、痛みの強さを1から10までの数字でどのくらい?
と聞かれると、9から10と答えたとも言われます。

ただ、これらの報告には批判もあります。ココが用いていた手話は、
アメリカの障害者が使用している体系的なものではなく、
パターソン博士との間でしか通じない独自のものが多いんですね。
ですから、ココが言ったとされる内容の中には、
パターソン博士による恣意的な解釈が含まれている可能性があります。
その点についてはご注意ください。

さて、では、ココのエピソードをもとに「動物はどのような死生観を持っているのか」
について考えていきたいと思います。1983年のクリスマス、
パターソン博士がココに、猫が出てくる絵本を読み聞かせていると、
ココは手話で、猫がほしいと博士に訴えました。

そこで最初、ぬいぐるみのネコを与えたが、ココは気に入らず、
手話でくり返し「悲しい」と訴えました。そこで、その年のココの誕生日に、
小さな子猫たちを連れてきて、ココに一匹選ばせました。
ココは灰色と白の混ざった子猫を選び、その猫は「ポール」と名づけられました。
ココはまるで自分の子どものようにボールをかわいがって世話をし、
赤ちゃんを抱くように連れて歩き、一時期、授乳しようとさえしました。

ココとポール



ところが、残念なことにポールは、研究所の外で、車に轢かれて死んで
しまったんですね。研究者たちは、そのことをココに手話で伝えました。すると、
ココは悲しそうになにかを訴えるような鳴き声をあげ始め、それは、
ゴリラが嫌なことがあったときの声でした。それを聞いたパターソン博士ら
研究者もココといっしょに泣いたそうです。

ここまでのところ、ココは「死」といことについて理解しているように見えます。
では、他の研究ではどうでしょうか。チンパンジーについては、
さまざまな事例が残っています。例えば、イギリスの霊長類学者、
ジェーン・グドールの研究では、母親を亡くしたオスのチンパンジーが、
悲しみのあまり、じょじょに鬱状態になって食事をとらなくなり、

やがて衰弱して死んでいく様子が克明に記録されています。
ただ、これだけだと、残された子どものチンパンジーが悲しんでいるのは、
「母親がいなくなった」からで、必ずしも「死」というものを
理解しているとまでは言えないような気がします。

また、英オックスフォード大学のドラ・ビロ率いる研究チームが、
アフリカのギニア・ボッソウ周辺の森林にあるチンパンジーコミュニティーで
行ったも研究では、子どものチンパンジーが死亡した場合、
母親のチンパンジーは、遺体を数週間から数か月にわたって持ち運びました。

ミイラ化した子どもを背中に乗せて運ぶチンパンジー


持ち運んでいる間に遺体はミイラ化してしまいますが、
母親は強烈な腐敗臭にもめげず、まるで遺体が生きているかのようにあつかい、
どこへ行くにも持ち運んでいたが、やがて、母親は徐々に遺体を手放すようになり、
他のチンパンジーが遺体をさわることを許すようになったそうです。

うーん、この例でも、どこまで「死」が意識されてるのかはわかりにくいですね。
ココの話にもどって、パターソン博士がココに、手話で「ゴリラはいつ死ぬのか?」
と聞いたところ、「年をとり 病気で」と答え、
「そのとき何を感じるのか?」という質問には、「眠る」とだけ答えたそうです。

また、「死んだゴリラはどこへ行くのか」と聞くと、
「苦痛のない 穴に さようなら (comfortable hole bye)」と答えました。
別の機会に「何がココを不安にさせるの?」と聞くと、
「埋める 穴 (stop hole)」と答えたこともあるそうです。

さてさて、これが本当だとしたら、ココは「死」を理解しているように思えます。
ココはテレビを見ていましたので、「死」が「穴」と結びついているのは、
埋葬の場面を見たことがあるのかもしれません。今ごろは、
心配や苦しみのない穴の中で安らかに過ごしているでしょうか。

ゴリラやチンパンジーは、人間と違って宗教を持たないでしょうから、
神、来世、天国、輪廻などの概念がなく、死というものをシンプルに捉えて
いるように思えます。もしかしたら、まだ宗教が発生していないころの人類も、
そんな感じだったのかもしれませんね。では、今回はこのへんで。







宮沢賢治ベスト

2018.06.25 (Mon)
このところ、エドガー・アラン・ポー、筒井康隆とベストを書いてきて、
迷ったんですが、今回は宮沢賢治でいくことにしました。
なんで迷ったかというと、宮沢賢治には熱烈なフアンというか、
信者に近い方がいて、何を書いても怒られる可能性が高いんですよね。



さて、宮沢賢治は、知らない人のいない日本の国民的な童話作家・詩人。
その他にも、熱心な仏教者、農村改革者、教育者、肥料技師など
多面的な活動に短い人生を費やしました。その生涯については、
自分などが書くまでもなく、詳細な研究が多数出ていますね。



では、さっそく選んでみます。ベスト1は『銀河鉄道の夜』 『風の又三郎』
これは順不同です。なんで2つをいっしょに出したかというと、
上でも書いたように、どっちをベスト1に選んでも、
苦情が来るんじゃないかという気がするからです(笑)。

この2つとも、賢治が書いた中では長い作品です。賢治は一般的には、
短編作家としてのイメージがあるかと思いますが、両作とも緊密な構成で、
破綻がありません。おそらく、賢治本人が長編を書く気になれば、
かなり優れたものができたんだと思いますが、
本人は創作活動を人生の中心には置いてなかったので、
これはいたしかたのないところです。

ベスト2、『水仙月の四日』お使いに出た子どもが、猛吹雪の中を
カリメラ(砂糖菓子)のことを考えながら歩いている。
そこに、降雪をつかさどる、雪婆んご、雪童子(わらす)らの精霊? が現れて・・・
白一色の中で見え隠れする、子どもがかぶった赤ゲット(毛布)。
日本のファンタジーの中でも屈指の作品だと思います。



ベスト3、『なめとこ山の熊』ご存知のように、賢治は菜食主義者でした。
肉食における人間のエゴを批判する作品には、『ビジテリアン大祭』や
『フランドン農学校の豚』などがありますが、
熊を殺すことでしかしか生きることができない、
不器用で無学な主人公の老猟師、小十郎に対する賢治の眼は暖かです。

小十郎が熊を殺すことは自然の営みの一部なんですね。だから許容される。
そして、熊たちが小十郎に対して神のような畏敬を抱くのと同様に、
小十郎も熊に神性を感じて、思わず拝んだりもしています。
ちなみに豆知識として、「なめとこ山」はずっと賢治が創作した
架空の山だと思われてたんですが、近年、小岩井農場近くの
実在する山であることが判明しています。



ベスト4、『猫の事務所』このお話、いいですねえ。自分は大好きで、
劇として上演したいくらいに思ってます。皆に馬鹿にされている
竈猫(かまねこ 温かい竈の中で寝ている煤だらけの猫)が、身分不相応にも、
お固い猫の事務所の書記官として勤務することになったが・・・

この作品には2つの皮肉が込められています。
一つは、手続きが煩雑で非効率的な、お役所仕事に対するもの。
もう一つは、どうしても自分より弱いものを見つけて、
イジメをせずにはおれない人間性に対してのものです。結末では、
醜い様子を獅子に見とがめられ、事務所はひと声で解散させられてしまいます。

ベスト5、『注文の多い料理店』ホラーと言うほど怖くはない、
洒落たアイデア・ストーリーですが、その中に、遊戯として狩猟を楽しむ
ハンターへの批判が込められた作品。自然の中に侵入してくる
あまりありがたくない文明、という形で読むことができるかもしれません。

HDSEU (1)

ベスト6、『セロ弾きのゴーシュ』筋はご紹介するまでもないでしょう。
これは、下手くそなセロ演奏者ゴーシュの成長の物語ですね。
猫をいじめるひねくれ者であったゴーシュが、
さまざまな動物とのふれあいの中で心が養われるとともに、
その奏でる音楽も美しいものに変わってゆく。

ベスト7、『やまなし』影絵として上映されることを念頭に書かれた?
散文詩的な作品です。作中に出てくる「クラムボン」とは何かについて、
ずっと妙な議論が続けられてきていますが、いまだによくわかっていません。
自分は「クラブ 蟹」と「シャボン 泡」を合わせたものかと思ったりしてます。

ベスト8、『毒もみのすきな署長さん』これはブラックユーモアでしょうか?
毒もみというのは、川に毒液を流して魚を根こそぎ獲ってしまうことで、
法律で禁止されていますが、それを取り締まるはずの警察署長が
自ら毒もみをやっている・・・単なる批判でもないし、
どういう意図で書かれたかよくわからない、すごく奇妙な話です。

ベスト9、『シグナルとシグナレス』風の強い夜に、軽便鉄道の男女の信号機が
恋を語るお話。宮沢賢治は生涯独身で、恋愛がテーマとなっている作品は、
詩ではありますが、童話ではこれくらいなんじゃないかな。
それとも自分が覚えてないのか、他にまだありましたっけ?



ベスト10、さてさて、なんとか10作目まできました。
しかし選ぶのはほんとうに難儀ですね。最後は『祭りの晩』にします。
山男が出てくる話で、賢治には民話採集者としての顔もあり、
『遠野物語』の元話を語った佐々木喜善とも交流がありました。

これ系の作品は『ざしき童子のはなし』などがありますし、
『狼森と笊森、盗森』も、もともとは地域に伝わる民話なんでしょう。
ということで、異論ありまくりだと思いますが、あくまでbigbossmanが好きな
作品ということで。では、今回はこのへんで。

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海辺の町の話

2018.06.25 (Mon)
これから、俺が生まれ育った町の話をするよ。そこの場所は聞かないでくれ。
もうないんだ。あらいざらい全部、津波にのまれてしまったからな。
まず地形を説明すると、湾になってたんだよ。U字型のけっこうきつい海岸線の。
そういうとこは漁師町で、漁業で生計を立ててたと思うだろうが、
それがそうじゃねえ。町で、漁師をやってたのは数十世帯ほどで、
それもみな他の漁港に出稼ぎに行ってた。
だから、俺らの町の湾には、船は一隻もなかったんだよ。
じゃあ観光業だと思うかもしれないが、それも違う。
近隣の他の町では、夏場は浜を海水浴場にして、海の家なんかもやってたんだが、
湾の中は1年を通して遊泳禁止。それどころか、町の住人が浜に出るのも
よくは思われてなかった。はっきりと禁止されたわけじゃないけどな。

そんなだから、海の水自体はすごくきれいで、かなりの遠くまで底が
見渡せるくらいだった。ただ・・・やはり人が出ないせいで、
砂浜にはいろんな漂着物が山と積み重なってたな。
で、町の住人がどうやって暮らしてたかっていうと、ほとんどが勤め人だ。
隣の市にある缶詰工場で働いてる人が多かった。あと、年寄り連中は、
海とは反対側のゆるい山の斜面に小さな畑を作ったりしてたな。
でな、家のことだが、海沿いだから瓦屋根の家が多かった。
これはトタンだと錆びるからなんだが、どこの家も、絶対に玄関を海側にしない。
海に背を向けるようにして建ってて、しかもご丁寧に、
海側には窓を作らないんだよ。文字通り、海に背を向けるってわけだ。
どうしてそんなことになってたかって?

それは、聞いたことはないなあ。子どもの頃はそういうもんだと思ってた。
海は嫌なもの、よくないものだってな・・・
でな、有線放送って知ってるか? 町役場に放送室があって、
町に何かがあるつど、そこで放送した内容が、
あちこちに設置されたスピーカーから流れる。選挙の知らせとか。
それで、そうだなあ年に1回か2回、変な内容があるんだよ。
「海が荒れています。町民のみなさんは建物の中に避難してください」って。
これ、海なんか荒れてないんだよ。むしろ風も吹かない穏やかな日のほうが多かった。
それで、この放送が入ると、時間にかかわらず、家の中にいるものは
戸口の鍵をかけ、窓には雨戸を下ろして、ただじっとしてたんだ。
ああ、うちの婆さんなんかは、仏壇に向かって何やら拝んだりもしてたな。

じゃあ、放送が入ったときに外出してたやつはどうするのかっていうと、
近くの家に入れてもらうんだよ。これは知り合いでなくてもかまわない。
そうするしきたりだったんだ。あと、湾にそって町営の公民館が3つあるんだが、
そのうちの近いところに逃げ込むとか。それと、最悪の場合、
道端に車を停めて、その中でじっとしてるとかだな。
なんでそんなことをしたのかって? それは・・・海から来るものを怖れたからだよ。
俺は見てしまったことがあるんだ。小学校5年のときだったと思う。
その日は学校が早く終わって、仲間数人と堤防近くで遊んでたんだ。
ああ、浜との境にある高い堤防だよ。そこで石蹴りみたいなことをしてた。
そしたら急に、ウーンとサイレンが鳴り出して、あの放送が入ったんだよ。
「海が荒れています。町民のみなさんは急いで建物の中に避難してください」

仲間はそれを聞いてパラパラと走って逃げた。家が近いやつは自分の家へ。
遠いやつは近くの商店とか。でもな、俺は当時から、けっこうひねくれた、
きかん気の子どもだったから、海が荒れるって、何が起きるか見てやろうって
考えたのよ。だから、その場を逃げずに、むしろ浜のほうに出ていって、
流れ着いた木造のボートの中に入って隠れてたんだよ。
そしたらだ、太陽が雲に隠れてふーっと薄暗くなって、いつのまにか、
沖に船が浮かんでた。見たこともない形で、けっこうでかかった。
すべて木造の、一枚帆がついた江戸時代にあったような船だな。
それが浜のすぐ近くまできてる。といっても、船の底が砂についてしまうから、
数十Mは離れてたが。息をのんで見ていると、船から梯子が下りて、
10人くらいの人夫が下りてきた。みな半纏みたいなのを着て、髷をゆってた。

人が降りると、船の上から俵がいくつも投げ落とされ、人夫は2人で一つ
俵を担いだんたよ。それから最後に、船から白い着物を着た女の人が下りてきて、
その人も時代劇のような髪型でな。海に入るんだから着物は濡れてしまうが、
それもかまわず、何か声を上げ、竹棒のようなもので人夫に指図をしてた。
俵はかなり重そうで、人夫らはよろめきながら海の中を歩いてきて、
浜にそれを並べたんだ。女は最後に浜に上がって、陸上をぐるっと睨めまわし、
高らかにこう言ったんだ。「見ている者がいます。約束を違えましたね。
 これで荷は終わりにします。それから・・・今見ている者は後で必ず
 とりますから」景色がぐにゃっとゆがんで、女も人夫も船も消えた。
ただ、俵だけが浜に残ってたんだよ。俺は怖くなって逃げた。
堤防を越え、家に向かて走ったんだが、そこからのことはよく覚えてない。

道のどこかで倒れてしまったんだ。気がついたら家にいて、
布団に寝かされていた。回りには父母、婆さん、親戚、医者・・・
それと当時はわからなかったが、町長や町の神社の神主もいたんだよ。
で、これもあとになってわかったことだが、俺は意識不明の状態で、
12日間も高熱にうかされてたんだな。気がついたときは、
やっと熱が下がったばかりだったが、その俺に向かって、町長が、
きつい口調でこう聞いてきたんだ。「船を見たのか?」って。
俺はうなずいた。そしたら、大人たちは口々に声を上げて何か相談を始め、
俺はまた意識を失って・・・立って歩けるようになったのは1ヶ月後くらいだ。
体重もすごく減ってた。でな、俺の家は一家で引っ越すことになって、
それについて何の説明もなかったが、俺があの船を見たせいだってことはわかった。

いや、すごく怒られたってことはなかったよ。引っ越した先は、県庁のある
大きな市で、親父は、それまでの仕事をやめて、
町の出張所みたいなところに勤めるようになった。町にいたころより暮らしはよくなったし、
俺は転校して、新しい友だちもできた。でな、2つのことをきつく言い渡されたんだよ。
一つは、絶対にあの町には戻らないこと。もう一つは、水に入ってはならないこと。
これはプールであってもダメだ。だから、学校の体育で水泳があるときには、
親が先生に話して、皮膚病があるから水泳はダメってことになってたんだ。
で、それからは特別なこともなく、俺は工業高校に入って就職も決まった。
その2年後、成人式があって、俺らの県は田舎だから夏の盆の時期にやるんだよ。
同窓会の後、仲間の家で酒を飲んでたら、一人が、暑いから高校のプールに行かないか
って言い出してな。夜中だし、侵入して少し泳いでもわからないだろうって。

俺もついていった。高校のプールは、水泳部が練習してるらしく水がはってあり、
防犯灯がついてて、うっすら明るかった。もちろん鍵がかかってるんだが、
酒が入って気が大きくなってるやつらは、みな柵を乗り越えて、
次々に飛び込んだ。で、俺は・・・それまでは言いつけを守って水にはいったことは
なかったんだが、もういいだろうって気になったのよ。
その頃には、小学生のときの体験なんて夢のようにも感じてたしな。
で、おそるおそる足を水に入れた。水は生温かった。なんだ何も起きないじゃないか。
そう思って、プールの中央まで来たとき、ぼこっと沈んだ。
いつのまにか、頭を下にしてどこまでも深く落ちていってる。底に船が見えた。
うすぼんやり白く光ってるのは、小学生のときに見たあの和船。
甲板に着物の女が立って顔を上げていた。髪の毛が水にゆらゆら揺れて・・・

そこでまた記憶が途切れた。小学生のときと同じだな。
気がついたら、プールサイドに寝かされて、何度も水を吐いたみたいだった。
「お前なあ、死ぬんじゃないかってあせったぜ」仲間の一人が言った。
うつ伏せになって浮いてた俺を、みなで助けあげてくれたんだな。
このことは、もちろん親には言わなかった。これで、話はほとんど終わり。
その後、いっさい水に近づくことはなく、俺は結婚して子供ができた。
あの海辺の町は、震災の津波であらい流されて、残った住民のほとんどは別の
場所に引っ越したみたいだ。もう二度と近づくつもりはないが、ただ・・・
何十年後か、年をとって死が近づいたら、最後にあの湾の浜に立ってみたいとも
思うんだよな。それで何が起きるかわからない。
まあ、何も起きないのかもしれないが、それでもなあ。







 

視覚の話

2018.06.23 (Sat)
視力に関し、人間は必ずしも生物の中で最も優れているわけではないが、
猫よりはおよそ7倍、ねずみや金魚よりは12倍程度はっきり目が見え、
蚊と比較した場合は何百倍も正確に目で捉えることができると判明しているという。
生き物の種類やシチュエーションにより、
目に見えるものがかなり異なるというから面白い。

専門誌「Trends in Ecology&Evolution」に発表された今回の研究では、
それぞれの種の目を解剖したデータから視力と視界のクリアさを推定している。
その結果、人間と比較するとほとんどの種は視力が人間よりも弱く、
視界が限られているという事実がわかったのである。
(グノシー)

今回はこのお題でいきます。怪談では、ペットの犬や猫が、
何もいないところに向かって吠えたり、とびかかったりするという話があります。
この場合、犬猫は人間には見えない何者かが見えている、
あるいは、その気配を感じ取っているということになります。

さて、上記引用の研究は、人間とその他の生物の視力と
視野の遠さ(どうも視界の広さということではないようです)を、
解剖学的に調査したもので、その結果、人間はすべての生物の中で、
どちらも高い位置にいることがわかったということです。
下のグラフをごらんください。

クリックで拡大できます


グラフの縦軸が視力、横軸が視野の遠さを現しています。
これを見ると、人間より視力が優れているのは猛禽類くらいですね。
ハヤブサ、鷹などは、かなりの高さから地上の小さな獲物を狙って
高速で舞い降りてきますので、視力が生存に直結してるんでしょう。

物体が網膜において結ぶ像の大きさを視角によって表現した、
画像中の空間周波数(視覚1度あたりの周期=c/d)を計測すると、
人間はおよそ60c/dであったのに対し、
ワシやタカなどの猛禽類は140c/dと、倍以上になるんです。

鷹の目


それから、人間より視野が遠いのは、キリン、ダチョウ、ゾウなどですが、
キリンやダチョウは首が長いせいで、ゾウは体高があります。
長い首だと、より遠くまで見通すことができます。
あと、人間よりも上にシュモクザメがきてるのが面白いですね。

次に、下の画像を見てください。人間の視力と、
ネコ、金魚、ネズミ、蝿、蚊の視力を比較したものです。
これを見ると、たしかに人間の視界はクリアですが、これはあくまで、
眼の構造から推定したもので、視覚情報が、動物の脳の中でどのように
処理されているのかはわかっていません。



さて、では、どうして人間は眼がいいのか? この理由はよくわかりませんが、
自分としては、人間がサルから進化し、木から下りて直立歩行するように
なったことに原因の一つがあるんじゃないかと思います。
直立歩行すると、眼のある位置が高くなりますよね。

眼が高い位置にあれば遠くまで見通せるので、焦点距離が自然に長くなる。
現代でも、アフリカのサバンナに暮らすマサイ族の視力が高いのは有名ですよね。
あるTV番組の計測では、視力10、0を超えるような人が
ごろごろいるんだそうです。これは、視野を遮るもののない広い空間で
暮らすことによって得られたものでしょう。

それと、サルとして樹上で暮らしているうちは、木の葉や枝に遮られて、
遠くを見る必要はあまりなかったんじゃないかと思うんです。
眼の前にある果実や木の実を見つけられればよかった。それが、
平地で生活するようになって、高い視力と長い視野を進化の上で獲得していった。

ショーヴェ洞窟の古代人の壁画 残像現象を利用しているとも言われる


また、他の動物は鼻先がとがっているのに対して、
人間の顔は平べったく、目が横に並んでついています。これによって、
立体視をすることができるんですね。2つの目で同時に一つのものを
見ることができる動物は、人間以外に多くはありません。

さて、では人間の眼がいいことで、どんな利点があったのか。
これは、一つには文字が使えるようになったことじゃないかと思います。
ぼんやりした視力では、文字を読むことも書くこともできません。
もし文字がなかったら、ある人が新しいことを考え出したとしても、
その発見はなかなか大きく広まってはいかないでしょう。

古代エジプトのヒエログリフ


ところが、文字があることによって、
過去の出来事を記録することが可能になりました。
つまり、知識を集積して次代に伝えることができるんですね。
それで、人間の社会は加速度的に発達していったと思うんです。

では、人間に比べて、他の動物は劣ったものなのか?
そう考えるのは思い上がりのような気がします。例えば、昆虫の中には、
複眼を使って、人間には見えない紫外線を見ることができるものもいます。
下図は、蝶の視覚を想定した紫外線写真です。



また、犬や猫の視力が人間に比べて弱いのは、
眼の前にいる獲物をつかまえるために、焦点距離をあえて短くしている
ためだと考えられます。さらに、暗い洞窟で暮らすコウモリなどは、
視覚を捨てたかわりに、超音波をとらえることができる能力を獲得しました。

ということで、動物はそれぞれ、その生活の形態に沿った能力を
進化させてきたわけで、どちらが優れているということはできないでしょう。
「霊長類」という言葉がありますが、人間が必ずしも
霊の長であるということはないように思いますね。

さてさて、最初の話に戻って、犬猫は霊の存在を感じ取れるのか?
これは、視覚以外にそういった能力を持っている可能性は否定できません。
あんがい、犬や猫は、「人間にはこんなのもわからないのか」
と考えているかもしれませんね。では、今回はこのへんで。






気合術と松山主水

2018.06.22 (Fri)


今回はこのお題でいきます。よく「気合をかける」とか「気合を入れる」
と言われますよね。このときの「気合」って何でしょうか?
ネット辞書を見ますと「 1、精神を集中させて事に当たるときの気持ちの勢い。
また、そのときの掛け声。2、 呼吸。いき。」
と出てきます。
では、気合術とは何なのか?

ここでひとまず「気合術」を定義しておくと、「相手に直接ふれることなく、
声や動作を用いて、行動を自由に制御する方法」こんな感じですかね。
では、こういうことは実際にできるんでしょうか?
youtubeには、中国の気功師が、声をかけただけで遠くにいる人を転倒させる
ような動画が出てきていますが、自分から見ればかなり怪しいものなので、
今回、中国関係のものはのぞいて考えてみます。



さて、自分は小学校では道場、中高では部活動で柔道をやっていて、
団体戦ですが、国体に出たこともあります。
柔道だと、声を出して試合することはあんまりないですね。
ただ、小学校のときの道場の師範には、技をかけるときに「ヤー」などと
声を出しながら行うと、そうしないときよりも力が入るというのは教わりました。

これは科学的にも実証されていて、特に重量挙げなどの力を使う種目では、
大声を出しながらバーベルを挙げた場合と、そうでない場合では、
はっきりと数値に違いが表れています。ある研究では、出す声が「うー」
のときが一番 成績がよかったそうです。

ただし、柔道の場合、技をかけるときは相手の道着をつかんでいるので、
上に書いた気合術の定義からは外れています。あと、道場の先生には、
組みながら相手の呼吸をはかって、相手が息を吐いたときに技をかけるとよい
とも教わりましたが、それは、どうやっても自分にはできなかったですね。

気合を入れる松本薫選手


さて、自分が通っていた中学校の道場はひじょうに古い建物で、
平屋建ての右側が柔道場、左側が剣道場になっており、間に壁がなかったんです。
で、柔道部はたんたんと練習してるんですが、剣道部はつねに、
「きえ~~~」とか「あぎょ~~」とか叫びながら稽古していて、
それがうるさくて、練習の後に頭が痛くなることがありました。

これ、剣道部のやつらは防具の面をつけてるので、それが耳栓になって、
横で聞いている柔道部よりうるさく感じないんですよね。
剣道のこの叫び声を「気勢」と言うんだそうです。なぜ声を上げるかというと、
大きな声を出すと、自分の体内でこの声が反響し、特に頭蓋骨内で、
脳が活性化され、集中力が高まるということらしいですね。

ここまで、重量挙げと柔剣道を例にして、「声を上げる効果」について見てきましたが、
あくまで自分の力を十分に発揮するためのもので、相手に対する効果と
いうわけではありません。もちろん、多少は威嚇する効果もあったでしょうが、
それは相手もやってるので同じです。
では、相手を支配する気合術というのはないんでしょうか?

さて、松山主水(もんど)という人物をご存知でしょうか。
あまり知られていないと思いますが、江戸時代初期の剣豪の一人です。
江戸初期は、たくさんの浪人があふれ、その中で、剣技によって身を立て、
名を高めて仕官をめざそうと、全国を武者修行にまわる者がいました。
有名な、二刀流の宮本武蔵もその中の一人です。



松山主水は、めでたく熊本細川藩の江戸屋敷に採用され、
藩主の細川忠利に重用されて、千石という知行を得ます。
主水の剣の流派は「二階堂剣法」といい、
源義経から伝わるものとされ、その奥義は「平兵法」と呼ばれました。
あれ、義経が元祖なのに、平というのは変ですよね。

これは、初伝を「一文字」、中伝を「八文字」、奥伝を「十文字」とし、
これら「一」「八」「十」の各文字を組み合わせると「平」の字になることから
きているようです。また、主水は「心の一方」あるいは「すくみの術」という
技も使い、これが今回のテーマである気合術と関係がありそうなんです。

江戸時代には参勤交代の制度ができましたが、百を超える藩の行列が
江戸城を目指して、たいへんに混み合いました。
そこで幕府の下士が交通整理にあたりましたが、
主水が細川藩の行列の先頭に立ち、列の前に来るものに対して、短く声を発し、
手のひらを下向きに前に突き出すと、みな身がすくんで動けなくなったり、
ひっくり返ったりしたと書き残されています。このため、細川藩の行列だけは、
いくら混雑してても、すいすいと進むことができました。

どうやら、「心の一方」は、瞬間催眠術のようなものだったんですね。
主水の働きを目撃した諸大名家の人々は、「主水はまるで魔法使いのようだ。
細川家はとんだ重宝な術者を持ったものだ」と噂し合ったそうです。
また、主水は気合術だけでなく、体術にも優れ、七尺(2、2m)の塀や、
二十二尺(6、6m)の堀を、助走なしで跳びこえることができたということです。

さて、これほどの力を持った主水ですが、病気で高熱を発して寝込んでいるところを、
恨みを持った刺客に襲われます。布団の上から刺されたものの、刺客に、
「心の一方」をかけて動けなくしてから斬り殺し、その後、
自分も息絶えたと言われます。(動けないところを、主水の小姓が斬ったという説もあり)

さてさて、最後に、細川藩といえば、晩年の宮本武蔵が客分として招かれていましたが、
主水と武蔵には、接点はなかったようです。ただし、主水の一番弟子であった
吉之丞という人物が、細川家に仕官を求めた宮本武蔵に試合を挑んだところ、
武蔵は恐れて逃げたという逸話が残っていますが、どこまで本当かはわかりません。

宮本武蔵


ということで、主水の話が真実ならば、気合術のようなものはあったことに
なりますが、残念なことに現代には伝わっていないようです。
これについては、機会があればさらに調べてみたいと思います。
では、今回はこのへんで。





火の記憶の話

2018.06.21 (Thu)
中学校3年生の秋本さんの話
今晩は、よろしくお願いします。私が住んでいる町は、場所は言えませんけど、
現在、人口1500人ほどの過疎地なんです。前は高校があったんだけど、
なくなってしまって、私も、卒業したら他の市の高校に通うことになります。
それで、中学校の総合の時間に、個人テーマを決めて調べ学習するって活動があるんですが、
私は、郷土学習を選んだんです。はい、この町の歴史を調べるってことです。
ただ、歴史といっても幅が広いので、何かテーマを一つにしぼりたいと思って
町史を見ましたら、昭和の初期に大火があったんです。
その頃はまだ、町は鉱業で栄えていて、人口は今の倍以上でした。
町史には、その町の半分以上が焼け、78名の死者が出たと書かれていました。
えー、こんな大事件があったんだと思い、インタビューを中心に研究をまとめました。

町役場の建設課に勤める武藤さんの話
大火のときの話ねえ。さすがにもう90年以上前の出来事だから、
当時のことを知ってる人は生きちゃいないよ。だいたいのことは、
町史に書いてあるとおりだと思う。ただねえ・・・ ここからはちょっと
非科学的な話になるから、秋本さんの研究には役立たないかもしれないけど・・・
ほら、ここは建設課で、道路工事なんかも担当してるんだが、
アスファルトをはがして、地面を50cmくらい掘ると、真っ黒い
焼けた土が出てくる場所が町にはあちこちにあるんだよ。
そういう場合、工事してる連中はいったん作業をとめて、黙祷をし、
それからコップ一杯の水をお供えすることにしてるんだ。
これ、昔からずっと続いてるし、もちろん今もやってる。

そのとき亡くなった人の霊を慰めるんだ。そのことは、この地域の建設会社なら
みな知ってる。え、やらないとどうなるかって?
うーん、それはねえ、前に1回だけ、
東京の会社が入札で工事を受注したことがあってね。
その工事には、自分が立ち会ったんだよ。でね、焼け土が出てきたとき、
自分が、この地域では、お水をお供えしてるんですって事情を話したら、
そのときの若い現場監督は鼻で笑って、迷信ですよ、ってやらなかったんだ。
そしたら、工事で事故が続いてねえ。それも、常識じゃあるりえないようなこと
ばっかりで、まったく作業が運ばなくなった。で、直接その会社の社長にかけあって、
簡単な慰霊祭をやってもらったんだよ。そしたら、それからはトントン拍子に進んでね。
まあ、そんなことがあったのを覚えてるよ。

町の氏神神社の宮司をしている武田さんの話
ああ、大火のときの話ね。うちの神社は、200年以上前からあるんだけど、
幸い、あの火事には巻き込まれないで済んだんだよ。いや、やっぱり神様が
守ってくれたんじゃないかな。この神社の杜の中に、大火の慰霊碑がある。
行ってみようか。ほらこれだ。こっち来てみて。
大火のときに亡くなった人の名前が全部、裏に刻んであるんだよ。
全部で78名ね。うん、毎日 碑にはその朝に汲んだお水をお供えしている。
熱かったででしょう、苦しかったでしょう。安らかにお眠りくださいって。
え、なんでこんなに厳重に柵で囲ってあるかって?
うん・・・それはね、火傷をする人が出ないためなんだ。
これ、信じられないかもしれないけど、大火があったのは5月3日の未明で、

その日は1日中、慰霊碑が熱くなったんだ。触ると火傷してしまうほどに。
これは、先々代の宮司さんから聞いた話だけどね。
慰霊碑が建った次の年、5月3日に慰霊祭をやることになって、
朝から準備をしてたんだが、そのときの手伝いの人が、
碑を水でお清めしてたら、手のひらに火傷をしてしまった。
それでね、急遽 柵で囲むことになった。当時はまだ、
亡くなった人たちの無念が残ってたんだろうね。
今? 今もそうだよ。大火があった5月3日には、火傷するほどじゃないけど、
じんわりと熱くはなる。・・・そうだ、当時、火元が近かった上野さんって家が
あるから、そこの家のご主人に話を聞いてみるといい。
うん、こっちから電話をかけて、あなたが行くことを連絡しておくから。

農業をしている上野さんの話
ああ、こんな年寄りのところによく来てくださった。
うちの井戸の話を聞きたいんだって? 裏庭にあるから、いっしょに行ってみるかい。
この井戸だよ。いや、私のじいさんの代から使ってはいない。
使ってはないけど・・・つぶしもせずにこうやって残しているのは、
いまだに水を求めに来る人がいるんじゃないかと思ってだね。
うん、これもじいさんから聞いた話なんだが、あの大火のとき、
うちは火元に近かったのに、家は焼けずに済んだんだよ。
風向きが幸いしたんだろうね。で、煙に巻かれて火から逃げてきた人が4人、
この井戸の前で折り重なって亡くなってたのが、後になって見つかって。
それ以来、うちでは井戸は使わなくなったんだ。

それで、あんたみたいなお嬢さんは怖がるかもしれないけど、
大火のあった5月3日の明けがたに、その4人が井戸のところにやってくる、
という話を子どもの頃から聞かされてきたんだな。
私だけじゃなく、私の親父もじいさんからそれを聞かされて育ったって言ってた。
いや、実際に見たことはないよ。5月3日の前日に、
井戸の前にたくさんお供えをして、あとは誰も家の外に出ないようにしてるから。
うーん、でもねえ、あれから100年近い年月がたって、もう亡くなった人たちの
無念は消えてるとも思うんだけどねえ。え、大火が起きた原因?
それが、正式には不明なんだ。いろいろ取り沙汰されてることはあるけど。
そのあたりのことは、町史を編纂した西川さんって人が詳しいから。
なんだったら話を聞きに行けばいい。私から連絡しておくよ。

町役場を退職した西川さんの話
大火の原因ね。・・・それねえ、火元は鉱山に機械を納入してた工場じゃないかって
話は当時からあったけど、はっきり特定はされてないんだよ。
うん、そこの工場の経営者は町の有力者だったからね。その一家の当主が、
うちではそんな朝早くに工場は可動してないし、火の不始末もなかったって
言い張ってね。大陸での戦争がますます激しくなる時期だったし、
あいまいなままに警察の捜査は終わってしまった。でもね、その一家、
町の人に恨まれてねえ。工場は焼けて、機械を売るあてもなくなり、居づらくなって、
とうとう引っ越していったんだ。で、引っ越した先の市で火事を起こして、
一家全員が死んでるんだよ・・・ え、その工場の跡地? パチンコ屋になってたけど、
もうつぶれて、取り壊されもせず廃墟になって残ってるな。

中古車販売店に勤める中西さんの話
俺ね、高3のとき、心霊現象とかに凝ってて、
仲間とあちこちの心霊スポット巡りに行ったんだよ。何カ所も回ったけど、
おかしなことはなかった。ただ、あのパチンコ屋の廃墟をのぞいてね。
ああ、あれ、たしか5月2日の夜だったはず。ほら、次の日が休日だろ。
で、仲間2人と行ったんだけど、パチンコ屋の建物には簡単に入れた。
ガラスが割れてたからね。中を懐中電灯で照らしながら一まわりして、
写真を撮るつもりだったんだけど、中が異常な熱さだったんだ。
あの町は雪国だし、5月の初めなんてまだ寒いくらいなのに。
それでも、みな汗をだらだら流しながら、中を回って歩いて。
でね、入ってきた場所から店内を最後に写真撮って・・・

もちろんフラッシュたいて撮影したんだけど、いったん店内が白く明るくなって、
それから赤く変わったんだ。フラッシュなんて一瞬だろ。
それがまるで火事のど真ん中にいるみたいに、ゆらゆら揺れる赤い光につつまれて、
体中がますます熱くなってきてね。みな、こりゃヤバイと思って逃げた。
でね、パチンコ屋から離れて見てたんだけど、中の赤い光はしばらく消えなかったな。
で、仲間の一人の家に行って、デジカメの写真を見てみた。
そしたら、撮ったときには何もなかったはずなのに、たくさんの黒い影が、
助けを求めるように両腕を伸ばして、俺らに近づいてきてたんだよ。
それ見て怖くなって、その写真はカメラごと町の氏神神社に持っていった。
そしたら宮司さんに、罰当たりなことをするなって怒られて、
カメラは没収されてしまったんだよ。どう? 役に立ったかい。







筒井康隆 短編ベスト

2018.06.21 (Thu)
この間、エドガー・アラン・ポーのベストをやりましたが、
今回は、敬愛する筒井康隆先生のベスト。ただし、長・中編や
連作短編(『家族八景』など)はのぞき、短編作品にしぼりたいと思います。
ただこれも、筒井康隆フアンは世の中にたくさんいますので、
異論ありまくりだと思いますが、あくまでも自分の好みで選んだものです。

筒井康隆の作品は、中学校、高校時に読みまくった思い出があります。
その後、全集も買ったので、たぶん読み逃してる作品はないと思うんですが、
記憶があいまいな部分もあるので、ここでご紹介する内容は、
もしかしたら違っているところもあるかもしれません。

さて、筒井康隆はSF作家として出発し、小松左京、星新一とともに、
「SF御三家」などと呼ばれましたが、その作品には、
科学的知識を駆使して書かれた、ハードSFと呼ばれるものはほとんどありません。
同志社大学文学部卒で、理系の人ではないんですね。



自分は、筒井康隆の作品のベースは2つあると思っています。
一つはフランスに興ったシュールレアリズムの超現実的な世界観。
もう一つは、ユングやフロイドなどの精神分析論、
それと関係の深い心理学です。では、そろそろ選んでみましょうか。

ベスト1、『鍵』 これはホラーに分類される作品だと思いますが、
幽霊や怪物などが出てくるわけではありません。主人公のライターは、
ふとした思いつきで昔の住まいへ立ち寄り、そこで独身時代のアパートの鍵を発見、
そのアパートに出向くと、そこには元の職場のロッカーの鍵があり、
かつての職場に行くと、そこでは高校時代のロッカーの鍵が見つかる・・・

派手な展開はまったくなく、主人公はただひたすら過去に遡っていくだけです。
現実的には、昔使っていた鍵がそう簡単に見つかるわけはないんですが、
そのあたりは軽く書かれています。で、主人公は、自分の潜在意識の中で、
鍵をかけて厳重に閉じ込められていた、触れてはならない過去を見つけてしまう。

ベスト2、『遠い座敷』山の下の家に住む少年が、山の上に住む友達の家に遊びに行き、
遊んでいるうちに遅くなり、晩御飯までごちそうになる。暗くなって、
帰り道が大変だなと思っていると、友だちの父親が、
「続いている座敷づたいに降りていけば、やがておまえの家に着く」と教える。

少年がふすまを開けると、そこには座敷・・・日本間があり、
一つ一つの座敷は間取りが微妙に違っていて、床の間にある掛け軸や置物も違う。
少年は怖い思いをしながらも、えんえんと続く座敷を通り抜けて、
家族のいる場所へとたどり着く。どうして座敷が連なっているのかの説明は
いっさいなく、じつに不思議な印象を残します。

ベスト3、『エロチック街道』見知らぬ町でタクシーを降ろされた主人公は、
町の人に交通手段を聞くと、バスの他に温泉があると言われる。
温泉は地下洞窟を流れて隣町まで続いている。
その中を、案内人の半裸の女性と流されてく・・・という淫夢のようなお話。

ベスト4、『熊ノ木本線』たまたま熊の木という集落のお通夜に参加した主人公は、
うまい地酒をふるまわれ、歓待されて、地元に古くから伝わる「熊の木節」という
俗謡を見せてもらう。通夜に来た人々が一人ずつ前に出て、
熊の木節を歌い踊るが、それぞれ微妙に歌詞が違っている。

調子にのった主人公は、すっかり覚えてしまった熊ノ木節を、
皆の前で披露するのだが・・・これはナンセンス小説に入るんでしょうが、
最後で一転して怖い話になります。
古代から伝わる「忌み歌」を利用したアイデアが秀逸な作品でした。

ベスト5、『関節話法』題名は「間接話法」のシャレですね。
言葉をしゃべることが無作法とされ、関節を鳴らして会話するマザング星へ行った
主人公は、現地人の教師について関節話法をみっちり習うものの、
そもそもマザング星人とは体の構造が違う。

必死になってマザング星人との交渉を試みる主人公ですが、
だんだんにあちこちの関節が鳴らなくなってくる。そこで、
「船」を「しゅらしゅしゅしゅ」などと言い換えをするものの、
ついには全身を脱臼して倒れてしまう・・・というドタバタギャグ満載の中に、
言語についての洞察が含まれたお話でした。

ベスト6、『母子像』これはホラーらしいホラー。
主人公が赤ん坊のの息子に買ってやったサルの人形は特殊な能力を持っていて、
持っている人を異次元に引きずりこむ性質があった。その後、赤子と妻が蒸発し、
「向こう側」から助けを求めて霧のような姿を現すが・・・

ベスト7、『怪奇たたみ男』いい意味で力の抜けたお話で、
畳にじかに寝ていた主人公は、顔に畳のあとがついてしまう。
これをなんとかとろうと蒸しタオルをあてるなどするものの、どうしても消えず、
どんどん本物の畳に変化していく・・・

ああ、もうこんなに長くなってしまいました。この他にも『家』
『乗越駅の刑罰』 『わが良き狼』 『五郎八航空』など、
印象に残る作品は多々あります。自分が書いているナンセンス話も、
筒井先生の影響を受けたものがかなりあるんです。
では、今回はこのへんで。







月面核爆発計画って何?

2018.06.19 (Tue)
トランプ米大統領は2018年6月18日(現地時間)、
米軍に新たに「宇宙軍」を創立すると指示しました。
 トランプ大統領は国家宇宙会議にて、「アメリカが宇宙空間にプレゼンスを
持つだけでは不十分で、宇宙で優位に立つ必要がある」と語り、
宇宙探査だけでなく国防における宇宙への関わりを表明。そして、国防総省に、
陸軍、海軍、空軍、海兵隊、沿岸警備隊に続く6番目の軍種の創立を指示したのです。

(楽天ニュース)

「A-119」プロジェクト


今回はこのお題でいきます。アメリカは現在5軍と言われています。
Army(陸軍)、Navy(海軍)、Air Foece(空軍)、 Marine(海兵隊)、
Coast Guard(沿岸警備隊)ですが、それに加えて、Space Force(宇宙軍)を、
正式に国防総省の管轄下につくろうということのようです。

ふーむ、まあ、現在の宇宙関連技術を最もリードしているのがアメリカですから、
こういう発想が出てきても不思議ではないでしょうけど、
でもこれ、1966年に国連決議で採択された
「宇宙条約」との関連はどうなんでしょう。

宇宙条約は、4つの柱から成り立っています。① 宇宙空間の探査・利用の自由
② 領有の禁止 ③ 平和利用の原則 ④ 国家への責任集中原則
この中では、④がわかりにくいかもしれません。これは、もし宇宙で何かがあった場合
それに関与した国家が世界に対して全責任を負うという意味です。

先日、中国の宇宙実験室「天宮1号」が落下するという騒ぎがありましたが、
あのようなことが起きた場合、中国が世界に対してすべての責任を持つことになります。
これは、もし人工衛星やロケットを打ち上げたのが民間企業であったとしても、
そこが帰属している国家が、賠償などをしなくてはならないということです。

で、この宇宙条約には、明確な欠点があると言われています。
③の平和利用に関して、月や火星などの天体の軍事利用ははっきり禁止されて
いるものの、宇宙空間の軍事利用にはほとんど触れられていないんです。
ですから、ICBM(大陸間弾道ミサイル)などのように、
いったん宇宙空間に出るものでも、条約の対象外と考えられているんです。

あと、核爆弾などの大量破壊兵器は宇宙に配備してはならないことになっていますが、
通常兵器はそのかぎりではありません。はっきりしたことはまだわかりませんが、
トランプ大統領としては、宇宙空間に通常兵器を備えた軍隊を、
常駐させようと考えているのかもしれません。

さて、みなさんは「神の杖 Rods from God」という言葉を聞かれたことが
あるでしょうか。これは、アメリカが密かに開発しているとされる宇宙兵器で、
高度1000kmの人工衛星上から、ウランやチタンなどの硬い棒状の金属に
推進装置を取りつけたものを、地上の目標に向けて発射するという計画です。

「神の杖」計画


その棒の先端には、爆発する弾頭はついていません。
これは運動エネルギーを利用する兵器で、最大速度はマッハ10に達するとされます。
まあ、原理としては、ヤシの実が頭に落ちてくるのと同じです。その威力は、
特に、地下基地などにこもっている相手に対して発揮され、
地下数百mにある目標の破壊が可能だと考えられています。

さて、今回のお題に戻って、アメリカによる月面核爆発計画があったのを
ご存知でしょうか。「A-119」というコードネームのプロジェクトです。
第2次世界大戦の終了とともに、米ソは冷戦に入りました。
アメリカはそれまで、宇宙技術に関してソ連よりも優位に立っているという
自負がありましたが、それを打ち砕く出来事が起こります。

「スプートニク・ショック」です。1957年10月、
ソ連が地球低軌道で発射した人類初の人工衛星スプートニク1号が
打ち上げに成功したことですね。これは、アメリカ国内において、
各方面でパニックに近い反応を引き起こしました。

スプートニク1号


これに対抗し、同年、アメリカは、人工衛星ヴァンガードを打ち上げましたが、
わずか1.2m、時間にして2秒ほど浮上した後、爆発してしまったんです。
そこで、何としても、ソ連にアメリカの力を見せつけるべく計画されたのが
「A-119」、月面上で核爆弾を炸裂させようとするものです。

ヴァンガードの失敗


約38万km離れた月面上で核爆発を起こし、爆発する際に発生する火影と
巨大なキノコ雲を地球から肉眼で確認できるようにし、ソ連を震え上がらせようと
いうわけです。この計画には、映画になった『コンタクト』などのSF小説も書いている
天体物理学者のカール・セーガンも深く関わっていました。

カール・セーガン博士


ですが、当時すでに完成していた水爆は重くてロケットに搭載できず、
計画は縮小され、1.7トンの原子爆弾がのせられることになりました。
これは、広島・長崎に投下されたものの10分の1以下の威力です。
で、打ち上げ失敗の危険性、また月で爆発させることができたとしても、
核汚染物質が地球上に降り注いでくる危険性を考慮して、
最終的に、計画は中止されます。

さてさて、このような時代背景のもとに決議されたのが、
上記の国連による「宇宙条約」です。そして、アメリカは宇宙への関わりを、
学術探査、平和利用へと切り替えていきます。
それが、後のアポロ宇宙船による人類初の月面着陸につながっていくんです。

ということで、トランプ大統領には、このような宇宙利用の歴史的経緯を
しっかり考えていただいて、もしアメリカ宇宙軍を創設するのであれば、
人類全体の役に立つためのものにしてほしいと思いますね。
では、今回はこのへんで。








デッドマンの話

2018.06.18 (Mon)
※ 地震のため短い話です。

NPO法人の役員をしている沢芝さんの話。
つい1週間前のことですよ。午後の3時ころ、電車に乗ってたんです。
平日でしたけど、その日は仕事がなくて、買い物に出た帰りでした。
そんな時間帯でしたから、電車もまったく混んでなくてね。
私が乗ってた車両の乗客は10人もいなかったと思います。
私もゆっくり座って雑誌を読んでたんです。そしたら、車内放送のスピーカーから
雑音が聞こえてきたんです。ブツン、ブツンみたいな音です。
電車はそのとき、郊外の住宅地を走ってたんですが、
ギギッという音がしてゆっくり停車してしまったんです。

いや、駅でもなんでもないところでです。あれ、事故かなんかだろうかって
思ったんですが、車内放送はなかったんです。
で、停車して5分くらいして、私を含めた乗客たちも不安になってきて、
連れのいる人は「どうしたのかしら・・・」とか話を始めて。
そしたら、またブツンという音がして、車内放送が入ったんですが、
アナウンスじゃなかったんです。最初に「うがああああっ」という男のうめき声。
それから少し沈黙があって、同じ声で名前が連呼されだしたんです。
「カミカワハルカ、カミカワハルカ、カミカワハルカ」って。

すると、乗客の中の、20代後半くらいのケバい化粧をした女性が立ち上がって、
「あ、何これ、あたしの名前呼んでる」って叫んだんです。
「カミカワハルカ、カミカワハルカ、カミカワハルカ、
 カミカワハルカあああああああ おまえも来いいいいいい!」
これで放送は途切れました。名前を呼ばれた女の人はカンカンに怒ってましたね。
「何よ、事と次第によっちゃ、この会社訴えてやるから」こんなことも言ってたんです。
で、それから何の連絡もないまま、40分間、電車は停まったままでした。

さすがにしびれを切らした男性客らが運転席に向かったんですが、
中には入れなかったみたいですね。・・・このことは翌日の新聞・テレビに出たので
ご存知だと思いますけど、運転手が心臓かなにかの発作で急死してたんです。
ええ、その電車はワンマンで、車掌はいなかったんです。
電車ってのは、デッドマンブレーキというのがついてるんだそうですね。
一定時間、何の操作もなかったら緊急自動停止するシステム。

それが働いたんで、駅でもないところでずっと停まってたわけです。
まあ、私は特に用事があったわけでもないので、よかったんですけど、
急いでる人にとっちゃ災難でしたよね。それでね、さらにその翌日のニュースです。
あの電車が停まった地点の一つ前の駅で、飛び込み自殺があったみたいなんです。
もちろんニュースで名前は出ないので、女性ということしかわかりませんでしたが、
それ、もしかしたら「カミカワハルカ」って人なんじゃないかってちょっと考えまして。
いや、違うんならそれでいいんですけども。







あるファミレスの話

2018.06.18 (Mon)
フリーのイラストレーターをしている根本さんの話。
3年ほど前、まだ学生だったころですね。あるチェーン店のファミレスで
バイトしてたんです。最初は調理補助、まあ皿洗いなんですけど、
それで入って、1年ほど続けたらレジ係に昇格したんです。
レジ係はずっと立ちづめだけど、皿洗いよりは楽でした。
やっぱ、洗剤を使ってると手荒れするんですよね。でね、調理場を出て、
店内をずっと見ていられる位置にいたんで、奇妙なことに気がついたんです。
毎月の5のつく日です。ええ、5日、15日、25日の3日ですね。
店に変なものが来るんですよ。いや、変なものとしか言いようがないんで・・・
まず最初に異変があったのは、ある月の5日の日でした。
店の窓際の奥のほうのテーブルで、時間は夜の9時ころでしたね。

その席にいたのは、両親と、中学生と小学校高学年にみえる男の子2人。
ちょうど4人がけのテーブルに座ってたんですけど、ちらっと目線をやったとき、
なんか妙な気がしたんです。「あれ?」と思ってもう一度見直すと、
まだ料理が運ばれてないテーブルの上に、頭がのってたんです。
「え、え?」じいさんの頭でした。最初は、生きた人間だと思ったんです。
そのじいさんがイスに座らないで、しゃがんでテーブルの上にアゴをのせてるって。
でも、そんなことをする意味がわからないですよね。
まさかそのじいさんだけ家族の中で虐待されてるわけじゃないだろうし。
それとね、じいさんのいる場所って窓の前なんです。
で、窓とテーブルはギリギリにくっついてる。
だから、どうやってもそこに人が入れるはずはないんです。

いや、そのときは怖いとは思いませんでした。幽霊とか、そういうものが
いるはずはないと思ってましたから。だから、次に考えたのは、
その家族が、何かの事情でロウ人形みたいなのの頭をテーブルの上に置いてる
ってこと。そういうことだってないわけでもないですよね。
例えば、映画とかお芝居の小道具かなんか。そう考えてたら、
うつ向いて、ハゲた頭頂部を見せていたじいさんの頭が、
ぐうっと持ち上がって、顔がこっちを見たんです。「!?」
ええ、生きた人間にしかみえませんでした。それで、じいさんの表情なんですが、
なんとも邪悪というか、絶対にそばに寄りたくないようなイヤーな顔で。
でね、しばらくして料理が運ばれてきたんですけど、ウエイトレスがじいさんの
頭の上にドンとステーキの皿を置いて・・・

ええ、じいさんの頭とステーキの皿が重なったってことです。
料理を運んできたウエイトレスは何も気がついてないみたいだったし、
その家族もね、じいさんの頭なんかまるでないようにして、料理をばくばく食い始めて。
で、そのときにやっと、「これって、俺だけにみえてるんじゃね」
って気がついたんです。「もしかして幽霊かなんかか?」
それでもね、怖くはなかったですよ。だって、店内は明るくて、
お客さんもたくさん入ってましたから。でね、確かめてやろうと思って、
少しの間レジから抜け出して、調理場のほうへ戻ってきたウエイトレスに、
「今、料理運んだテーブルの上に、何か変なものがのってなかった?」って、
聞いてみたんです。でも、ウエイトレスは、
「えー、気がつきませんでした」って言うだけだったんです。

あ、俺ですか。霊感があるって言われたことはないです。
だからね、何で俺だけに見えたのか、それは今もって不思議ですよ。
でね、仕事をこなしながらも、そのテーブルを注意して見てたんです。
そしたら、家族4人がだいたい料理を食い終わったあたりで、
じいさんの頭がふうっと宙に浮いたんです。そしたらやっぱり体はなくて。
じいさんの頭は4人家族の上をわりと速い動きで漂ってましたが、
中学生の子の後ろに行くと、前歯をむき出して、その子の首筋に歯をたてたんです。
いや、その子はぜんぜん気がついてないみたいでした。
それで、1分もたたないうち、じいさんの頭はふっと消えたんです。
で、その日はそれ以降、2度と現れることはなかったです。
不思議には思いましたよ。疲れてるせいで幻覚を見たのかって。

でも、あんなにはっきりした幻覚ってのもねえ。で、翌日以降は何もなかったんです。
だから、気にしないようにして、だんだん忘れていきました。
でね、15日の日です。時間も同じ9時ころ、ふっと気がついたら、
そのテーブルにまた頭があったんです。ああ、5のつく日にそれが出てくるってのは、
もっと後になってわかったんですけど。そのテーブルには、
サラリーマンらしい4人組が、つまみをとってビールを飲んでまして。
それで・・・テーブルの上にあった頭は、こないだ見たじいさんより、
なんか若くなってるように思えたんです。そうですね、最初が70代だとしたら、
2回目は50代ってところでしょうか。でも、同一人物だってことはわかりましたよ。
その後は、この間と同んなじです。4人の飲み食いがだいたい終わったあたりで、
その頭が宙に浮きあがり、中の一人の首筋に歯をたてて消える・・・

でね、その4人は、俺のところに会計に来たんです。そしたら、頭に歯をたてられた
サラリーマンは、首を回しながら、「なんか肩がこるなあ」とか言ってて。
後ろを向いたときに、首筋が赤くなってたんですよ。ね、奇妙な話でしょう。
でもね、絶対に幻覚じゃないって自信もあったんで、仕事が終わったときに、
思い切って店長室に行って、見たことを店長に話したんです。
最初は、店長は「何を馬鹿なことを」って顔で聞いてたんですけど、
俺ほら、美術学校に行ってたでしょ。で、似顔絵は得意なんです。
それで、メモ用紙にサッサッと、70代と50代の頭の顔を書いて見せたんです。
そしたら、急に店長の顔色が変わりまして。「ああ、これもしか・・・」
何か心あたりがあるみたいだったんですけど、
それが誰なのか、俺には教えてはもらえませんでしたね。

で、店長はね、翌日から、そのテーブルの下に薄く塩をまいたんです。
お客さんにはわからないくらいうっすらと。それで、10日後の25日の日ですね。
やはり9時ころ、気がついたらそこのテーブルの上に顔がのってました。
ええ、やっぱり若返ってましたよ。30代に見えるくらいに。
もちろん同じ人物だと思いました。それで、すごい怒ってたんです。
ええ、前までは邪悪な顔って言いましたけど、そのときは明らかに激怒した顔で、
四方八方店の中をねめまわしてたんです。で、そのテーブルはたまたま
空いてて、お客さんはいなかったんです。俺、怖くなってきて、
店長に知らせに行きました。「またあのテーブルに顔が来てます」
そしたら、店長は意を決したように、塩をひとつかみ持って、
そのテーブルに近づいてって。俺はそれ、離れたレジから見てたんですけど。

店長は、他のお客さんに気づかれないよう、塩をテーブルの上に置いて、
手のひらで伸ばし始めたんです。で、その手が顔にかかりそうになったとき、
顔はぐんと天井近くまで浮き上がって、そっから急降下して、
店長の首筋に頭突きするようにぶちあたったんです。
顔はそこでパッっと消えて、店長が前のめりにテーブルに突っ伏しました。
でも、何事もなかったように立ち上がって、俺のほうにもどってきて、
「どうだ、顔は消えたか?」って聞いてきたんで、「はい」って答えました。
いや、店長に頭突きをかましたことは言いませんでしたよ。
うーん、店長本人が気味悪いだろうと思ったんで。それから、
その日の終わりころ、店長が具合悪いって言い出し早く帰って、
翌日から体調不良ってことで、ずっと店に出てこなくなったんです。

ええ、もちろん、あのことと関係があるんだろうって思ってましたよ。
俺も、バイト辞めようかなって考えたんですけど、なんとなく踏ん切りがつかずに
ズルズルと続けてて。で、翌月の5日のことです。時間はやっぱ9時。
そのテーブルには、近くにある看護学校の若い女性たちが座ってたんですが、
その真ん中にダルマみたいなものが出現しました。ダルマってのは・・・
下が店長の顔なんです。うつ向いて目をつぶって涙を流してました。
その上に、店長の頭にガッと噛みついた10歳くらいの男の子の顔。
満面に笑みを浮かべて、楽しそうに店長の頭をかじってたんです。
ええ、そうです。店長が亡くなったという知らせは、翌日に届きました。
その後は・・・どうなったかわかりません。その日のうちにバイト辞めたんで。
二度とそのファミレスには足を踏み入れてないんですよね。







ポーのベスト

2018.06.17 (Sun)
今回はこのお題でいきます。自分が好きなポーの作品を並べてみますね。
もちろんこれには異論があるかと思います。
さて、ポーは19世紀初頭に生まれたアメリカの詩人。小説家で、
優れた恐怖小説の短編をたくさん書き残しています。

他には、ナンセンス小説、それと推理小説の元になったといわれる作品群、
あと、冒険小説もあります。ポーというと、
恐怖小説を中心に論評されることが多いんですが、
じつは、かなり幅広いジャンルにまたがる話を書いてるんですよね。

エドガー・アラン・ポー


生前は、作品はそれなりに売れていましたが、アルコール中毒気味で、
つねに飲酒上のトラブルを起こして職を転々とし、
貧困のうちに、40歳で謎めいた死を遂げます。作品群が評価されたのは、
まずヨーロッパにおいてであり、本国アメリカでその名が知られる
ようになったのは、死後100年以上たってからのことです。

ベスト1、いろいろ迷いましたが、第一位にはゴシック恐怖小説の
『アッシャー家の崩壊』をあげたいと思います。
旧友アッシャーが妹と二人で住む屋敷に招かれた語り手が、
その館でさまざまな恐怖を体験するという筋立てで、
現代の「館もの」と呼ばれる怪奇小説の元祖的な作品です。

『アッシャー家の崩壊』
bb (2)

ポーの作品には、2つの大きなモチーフがあるとよく言われます。
一つは「早すぎた埋葬」、生きながら埋葬された人物、
あるいは埋葬後によみがえった人物をあつかった内容です。
もう一つは「美女再生」、若く美しいまま亡くなった女性が、さまざまな形をとって
この世に戻ってくる話。『アッシャー家の崩壊』には、この2つともが含まれています。

ベスト2、『メエルシュトレエムに呑まれて』科学恐怖小説と言えばいいでしょうか。
ノルウエーの沖にとつじょ現れる巨大な大渦、その名前が「メエルシュトレエム」です。
兄とともにその中に船から投げ出された主人公は、渦に翻弄されながらも、
冷静に渦の性質を観察し、その結果、兄は飲み込まれて死亡し自分は助かる。

『メエルシュトレエムに呑まれて』


これをSFの元祖という人もいますが、現在、一般的に考えられるSFとはだいぶ違います。
主人公は、科学的な知識によって助かるわけですが、
自分がはじめて読んだとき、ははあ、こういう内容も小説になるんだなあ、
と感心したのを覚えています。死の恐怖が迫ってきて、かなり恐い作品でもあります。

ベスト3、『赤死病の仮面』これは現実感の薄い、寓話あるいは散文詩のような作品です。
ある国で「赤死病」という疫病が広まり、人々は体中から血を流して死んでゆく。
感染を怖れた王は、貴族たちとともに城に立てこもり、出入り口を封鎖する。
その中で、王たちは享楽的な生活にふけり、
ある日、仮面舞踏会を開くことを思いつくが・・・

『赤死病の仮面』
ll (1)

この設定、どっかで見たことがあるような気がしませんか。
感染者から逃れるために、ある場所に複数人で立てこもるという筋は、
『ドーン・オブ・ザ・デッド』など、現代の映画のゾンビもので定番ですよね。
ちなみに、奇妙な味のショートショートの名手、阿刀田高氏のポーのベストが、
この『赤死病の仮面』と著書に書かれていました。

ベスト4、『モルグ街の殺人』、アマチュア探偵、オーギュスト・デュパンが登場する
推理小説の元祖と言われる作品です。パリのモルグ街のアパートメントの4階で、
二人暮らしの母娘が惨殺された事件を、デュパンと語り手である「私」が、
独自の捜査をして解いていく話で、ポーの理知的な面がよく表れています。

『モルグ街の殺人』
ll (2)

この、私とデュパンのコンビが、後のシャーロック・ホームズとワトソンの
組み合わせに大きな影響を与えたのは有名な話で、デュパンは、
史上はじめて登場した名探偵なんですね。結末は、犯人が人間ではないので、
現代の感覚からすればアンフェアと言われそうですが、
ポーが重点を置いているのは、謎を解く過程です。

ベスト5、『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』
短編作家であったポーの、唯一の長編と言われますが、実際の長さは中編くらいです。
主人公のピムは、密航した捕鯨船で船員の反乱が起こり、さらに嵐に遭遇して漂流、
生き残ったピムらは南極探検に向かうジェイン号に救助されるが・・・

『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』
bb (1)

これ海洋冒険小説ですね。当時、未知の世界であった南極に向かうにつれ、
都市伝説の「ニンゲン」のような、得体のしれない不可思議な白いものに
対する恐怖が高まっていきます。後の、H・P・ラブクラフトの作品のような趣もあります。
そして、謎の正体がはっきりしないまま、話は唐突に終わってしまうんです。

ベスト6、『黒猫』スタンダードなゴシック恐怖小説です。
西洋では不吉とされた黒猫を中心に、恐怖を高める小道具が全編にちりばめられ、
主人公の精神が崩壊していく様子が描かれます。
ひじょうに構成の巧みな話でもあります。

ベスト7、『振子と陥穽』ポーが描くところの恐怖は
心理的なものが多いんですが、これはリアルで感覚的な恐怖が出てくる作品で、
トレドでの異端審問にかけられた主人公は、地下の部屋に閉じ込められ、
落とし穴や、先端に鎌がついた巨大な振り子に襲われますが、
知恵をしぼって逃げのびる・・・映画の『ソウ』のシリーズのようでもあります。

さてさて、ベスト10までいきませんでしたが、長くなったのでここらで
終わりにします。こうしてみると、ポーの作品には、現代の恐怖小説や映画に見られる
要素がたくさん含まれていることがわかります。また、詩的な部分と知的な部分が
ほどよく入り混じっていて、そこが魅力の一つではないかと自分は考えています。
では、今回はこのへんで。






画像診断ミスについて

2018.06.15 (Fri)
千葉大医学部付属病院(千葉市中央区)で、コンピューター断層撮影法(CT)
検査結果の見落としがあり、がん患者2人が死亡した問題で、
厚生労働省は14日、文書で、全国の医療機関に見落とし防止策を
徹底するよう求めた。同様の注意喚起は昨年11月と今年5月、
厚労省と日本医療機能評価機構が出していた。
(読売新聞)



この間、「光免疫療法」について書きましたので、今回も医療関連の
ニュースをとりあげます。CTの画像診断について院内調査をしたら、
9人の患者に画像診断を巡るミスが見つかったということです。
ミスは3つのケースに分かれているようです。

① 担当医が、放射線診断専門医から届いた画像診断報告書をちゃんと
 確認しなかった患者が5人。そのうち2人が癌で死亡。
② 担当医が、CTは撮ったのに画像診断は依頼しなかった患者2人。
③ 担当医は依頼したが、放射線医が報告書を作成しなかった。
 作成が遅かった。それぞれ患者1人ずつ。

うーん、これ、自分の感想としては、氷山の一角なんだろうなあ、
ということです。こんなの、おそらく全国の大学病院や総合病院でたくさん
あるはずです。他の病院はどうして正直に出さないんでしょうね。
で、こういうことが起きる原因もいろいろ想像できます。

一つは、医局制度によるところが大きいでしょう。医局というのは、
大学の教授を中心とした診療科ごとのまとまりです。
自分は一昨年、術死率10%を超える手術を受けるために、某巨大病院に
長期入院してたんですが、例えばの話、呼吸器内科と消化器外科で、
仲が悪いとまでは言いませんが、やはり連携がうまくいってないな、
というような場面をしばしば見ました。

ま、医師からすれば、自分の診療科が中心になるのは、
今の制度ではしかたのないことですし、心臓をみる目的でCT検査を依頼して、
腎臓に怪しい影があると書かれていても、それを見過ごしてしまうというのは、
十分起こりえると思います。あと、医師の超多忙も、
その手のミスに拍車をかけていると思うんですね。

前日、当直で、その徹夜明けに手術なんて話も聞きますし、
あんな多忙では、そりゃミスも起きると思います。みなさんの仕事だって、
小さな連絡ミスなどは毎日のようにあるでしょう。
ただ、医師の場合、一つのミスが人の死に直結する。

『白い巨塔』の昔から、医局制度については批判があり、
改革していこうとする機運も一時期 高まったんですが、
まだまだ、旧態依然のところも多いんですよね。
で、部外者である自分が言うのもなんなんですが、この手のミスを防ぐには、
患者一人ひとりを中心とした、診療科横断的なシステムが必要だと思うんです。

自分が入院していたとき、まわりは高齢者ばかりでした。
人間、年をとればとるほど、あっちにもこっちにもガタがくるんですよね。
例えば、胃癌で受診した患者が、癌で命を取られる前に、
糖尿病や心臓病で亡くなるなんてことも、今後ますます増えてくると思われます。

あと、重複癌のこともあります。癌は細胞の老化という面が大きいので、
転移ではなく、別々の臓器に別個の癌ができるケースが、高齢化にともなって
すごく増えてきてるんです。どっちの癌から最初に手をつければいいのか、
医師も迷ってしまうことがあるそうです。ですから、一人の患者の複数の病気に、
もっと柔軟に対応できるシステムの構築が必要だと考えます。

さて、画像診断についても難しい面があって、医療は手作業ですから、
CTを撮ったとして、その診断は人の目を通じて行わなければなりません。
でも、人の目には限界がありますし、機械にも限界があります。
医療機器は、一昔前からすれば格段の進歩を遂げていますが、それでも、
癌であれば、数mmレベルの大きさのものは見つけることが難しい。

で、ある月に撮ったCTで2cmの癌が見つかった。
そこで、3ヶ月前のCT画像を出して比べてみたら、同じ場所に、
そう言われれば癌かもしれないと疑うことのできる、
ごくごく小さい影があった。じゃあ、そういう場合、
どこまでが見落としということになるんでしょうか。

こういう話をすると、将来的にはAI(人工知能)が画像診断するようになる、
という人が多いですね。たしかに、そうなっていくでしょう。
現状でも、AIが人間の能力を上回っているというのが、
研究者や医療関係者の間でコンセンサスになっています。

でも、これも難しい面があるんです。医療の不確実性という言葉があります。
ある患者に効果があった治療が、同じ病気の患者には効かなかったなんて、
いくらでもあることですし、体格はもちろん、臓器の形なども
人間一人ひとり違いがあります。ですから、AIがいくら進歩しても、
やはり見落としはなくならないと思うんですね。

では、AIが見落としをしたら、誰の責任になるんでしょうか。
そのAIを使っている病院の責任なのか、それともAIの製造メーカーの責任なのか。
自動車の自動運転でも、もし事故が起きた場合、誰の責任になるのかが、
一つの焦点になっていますが、それと同じようなことが起きそうです。
ですから、AIが画像診断したとしても、最終的には人間が責任者として、
もう一度確認する必要が出てくるでしょう。

さてさて、最後に、病気になって医療を受けるのは自分自身だということです。
この手のミスから自己防衛する必要があります。
なんでも医者まかせにしておける時代じゃないと思いますね。
診療情報を開示してもらって、画像を持ってセカンド・オピニオンを受けに行くとか、
患者側も知識を蓄える必要があります。診断医をたくさん抱えて、画像診断だけを
専門にやる医療機関があってもいいのかもしれません。

前にも書きましたが、日本人の2人に一人が癌になり、
3人に一人が癌で亡くなる時代になりました。義務教育で、性教育や薬物乱用
に対する教育の他に、癌教育なんかも必要になってきてるんじゃないかと思います。
基本は、自分の身は自分で守る。では、今回はこのへんで。








歯の話

2018.06.15 (Fri)
出版社に勤める30代の独身女性、Sさんの話。
2週間ほど前、最寄りの駅から、自転車で賃貸マンションへ帰ったときの
ことです。自転車置場に自転車を入れ、鍵をかけて玄関に向かおうとしたとき、
マンションの壁に近い植え込みの前に黒いものが落ちてきて、
ズドーンというすごい音がしたんです。私は驚いて数歩後ろに下がったんですが、
見ると、アスファルトの上に、うつ伏せに倒れた人の頭があって、
私のほうに何か小さいものが転がってきたんです。
それは、私の前でぴんと跳ね上がって足にあたりました。
人の・・・歯に見えました。歯茎ごと2本つながった歯。「いやーっ」思わず悲鳴を上げて、
蹴っちゃったんです。何でそんなことをしたのか自分でもわかりませんけど、
歯は飛んで、近くの格子になった蓋の間から、側溝の中に落ちたんです。

ドーンという音、あるいは私の悲鳴が聞こえたからなのか、
マンションから守衛さんが出てきて、「こりゃ大変だ」とつぶやきました。
それから救急に電話をかけ、だんだんにマンションから人が出てきて、
倒れている人を遠巻きに囲みはじめました。「飛び降りだ」という声が聞こえてきました。
私は怖くなって、自分の部屋に戻ろうとしたんですが、守衛さんが近づいてきて、
「警察にも電話したから、あなた、事情を聞かれると思う。
 落ちるところ見てたんだからね」こんなふうに言われました。
それで、いったん部屋に戻って着替えてから、1階のロビーで待機してたんです。
そのうちに救急と警察のサイレンが聞こえてきて、
1時間後くらいに警察の人が来て事情聴取されたんです。
見たことをそのまま話しました。ただ・・・

気が動転していたせいか、あの歯のことは言わずじまいだったんです。
聴取はすぐに終わって、その日は少しお酒を飲んですぐに寝たんですが、
しばらくの間、外は騒がしい様子でした。朝になって、
出勤のために自転車置場に向かいました。飛び降りの現場にはブルーシートがかかり、
回りがテープで囲まれていました。見張りなのか、若い警察官が前に一人立ってました。
そのとき、昨夜の記憶がよみがえってきて、おそるおそる、
あの歯を蹴り飛ばした側溝をのぞいてみたんです。そしたら、枯草やゴミに混じって、
底のところに白いものがちらっと見えたんです。すぐに、のぞいたことを後悔しました。
それで、立ってた警察官のそばに行って、歯のことを話しました。
警察官はしゃがんで側溝をのぞき込み、「どこですか?よくわからないんですが」
と言ったので、もう一度見ると、さっき確かに見たはずの白いものはなくなってたんです。

「すみません、見間違いかもしれません」そう答え、
警察官が側溝のフタを外そうとしているところを、自転車に乗って駅へ向かいました。
会社で仕事をして、午前中は何もなかったんですが、昼休みを過ぎたあたりから、
右下の奥歯が強烈に痛みはじめたんです。会社には医務室があるので、
行って痛み止めの薬をもらいましたが、まったく治まる気配はなく、
私が顔をしかめてるのを見た先輩が、「今日はいいから、医者に行ってこい」
こう言ってくださったので、ネットで探して会社の近くにある歯科医院に行きました。
予約ではないのでだいぶ待たせられましたが、その間にも歯はずきずき痛みました。
やっと診察の番になって、担当は若い女医さんでしたが、私が痛みを訴えてる箇所を診て、
「おかしいですね、虫歯じゃないし、歯周病とも思えませんね」
ということで、レントゲンを撮ったんです。

それから、女医さんが診察台の私に、かなり困惑した様子でレントゲン写真を見せ、
「これ、わかりますか。あなたの歯の下、歯茎の中に別に歯らしきものが
 あるように見えるんです、それも2本。
 ・・・親知らずなら、そういうこともないわけじゃないですけど、
 この箇所にあるのははじめてのケースです」確かに、そんなふうに見えました。
女医さんの話では、これは切開手術するしかないだろうけど、
ここではできないから、大きな大学病院に紹介状を書くということでした。
私が痛みを訴えると、強い痛み止めを処方されました。それを飲んで、
しばらく待合室にいると、だんだんに痛みが治まってきたんです。
それで、会社に戻って仕事の残りを片づけ、その日は早めに帰宅したんです。
マンションに戻ると、朝にあったブルーシートはなくなって、テープだけが残ってました。

夜は、歯が痛みだすことはなかったです。
それから、飛び降りのことですけど、マンションの住人の噂では、
亡くなったのはこのマンションには住んでいない女性で、11階の部屋を尋ねてきて、
ベランダから飛び降りたということでした。
その部屋に住んでるのは、30代の男性のカメラマンで、警察では、
事件、事故、自殺とも決めかねて、捜査を継続してるという話だったんです。
でも、ベランダの手すりはかなり高いので、事故だけはないだろうと思いました。
それから2日後です。会社は朝から年休をとって、紹介された大学病院に行きました。
そこには、あの歯科医院で撮ったレントゲンが送られてきていて、
大学病院の歯科医師はそれを見ながら、「これねえ、ありえないことですよ」そう言って、
もう一度そこで、歯科用のCTを撮ることになったんです。

それで、すぐに結果は出たんですが、歯茎の中には何もなかったんです。
大学病院の医師は、「あのレントゲン写真はミステリーですよ。ありえないですけど、
 何かの具合で撮影ミスが起きたとしか考えられません。まだ、痛いですか?」
こう聞いてきたんですが、あの夜から痛むことはなかったんです。
ひとまずほっとしました。歯茎の切開手術なんて、考えただけでも嫌ですから。
診察が終わって、まだ3時過ぎだったので、会社に出ることも考えましたが、
せっかく1日年休をとったんだからと思って、マンションに戻ることにしました。
それで、マンションのホールでエレベーターを待っていると、
横に、大柄な男性が並びました。長髪で髭も生やした人でした。
いっしょにエレベーターに乗り、私は自分の部屋の8階のボタンを押し、
その人は11階を押しました。そのとき、ふっと、もしかしてこの人、

飛び降りがあった部屋の住人のカメラマンじゃないかって思ったんです。
今、警察の任意捜査から帰ってきたところなのかもしれないって。
そう考えると、同じエレベーターの中にいるのが怖くなりました。
それで、エレベーターの横の壁に寄ったんですが、その人は目をつぶって
ただ立ってるだけでした。そのとき、口の中に違和感を感じたんです。
強い痛みと、歯が浮くような感じ。思わず手で口を押さえたんですが、
その指の間から何かがこぼれて下に落ちました。歯です・・・歯茎がこびりついた、
あの自殺があった夜に見たのとそっくりの2本の歯。「あっ!」
歯は男性のほうに転がっていって、足もとのあたりで消えたんです。
私が声を出したので、男性は目を開けて、ジロリと私を見ました。
そのときちょうど8階に着いたので、

よろめくようにしてエレベータを出て、自分の部屋に戻ったんです。
部屋に入ってすぐ、浴室の鏡で口の中を見ました。
私の歯はすべてそろっていて、痛みも消えていました。
ただ、口の中でドブの臭いがするようで気持ち悪く、何度も何度もうがいをしたんです。
それから夜の9時近くになって、外でサイレンの音が聞こえてきました。
私の部屋のチャイムが鳴って、インターホンに出ると、
隣の部屋の同年代の女性でした。アパレル関係の仕事で、けっこう親しくしてたんです。
ドアを開けると、「ねえねえ、また飛び降りがあったんだって。
 落ちたのは同じ場所みたい。見に行かない?」こう聞いてきたので、
「行かない、絶対に行かない!!」大声を上げてしまいました。
ええ、もうおわかりだろうと思いますが、飛び降りたのはエレベーターの男性。

やはりあの人が、最初の飛び降りがあった部屋の住人のカメラマンだったんです。
私にかかわりのあることはこれだけです。
カメラマンの場合は、その人一人しか部屋にいなかったので、
自殺ということで決着しました。その前の女性の後を追ったんだろうってことで。
女性のほうは、まだ決着がついてないみたいです。
でも、私に起きた一連のことを考えれば、想像はつきますよね。
あのカメラマンが、おそらく女性をベランダから落としたんですよ。
それで、あの歯です。うまく言えないんですけど、
私が恨みの仲介役みたいなものに、たまたまなってしまったのかもしれません。
もちろん、このことは警察には話してません。言ったって信じてもらえるような
ことじゃないですから・・・これで終わります。 







光免疫療法について

2018.06.13 (Wed)
赤い光で化学反応を起こす薬剤をがん細胞に取り込ませ、
がん遺伝子の一つ「N(エヌ)RAS(ラス)」を狙い撃ちにする実験に成功したと、
甲南大(神戸市)の研究グループが11日発表した。
がんの増殖に関わるNRASたんぱく質が大幅に減少し、
ほとんどのがん細胞が死滅したという。論文は同日、
英オンライン科学誌「ネイチャーコミュニケーションズ」に掲載された。

研究グループは、NRASたんぱく質の設計図となるメッセンジャーRNA(mRNA)
という分子が「四重らせん」と呼ばれる特殊な構造を持ち、
赤い光で反応する薬剤「ZnAPC」が結合することを突き止めた。
この薬剤はがん細胞に集まりやすく、赤い光を当てるとNRASのmRNAが破壊され、
がん細胞が死滅した。多くのがん細胞ではNRASが異常に働いて細胞を増殖させている。
実験の成功で、患者への負担が少ない新たながんの
治療法につながる可能性が示された。
(毎日新聞)



今回は科学ニュースからこのお題でいきます。当ブログではこれまで、
あまり医療関係の話は書いていませんが、それは、もし間違いがあった場合、
読まれている方への影響が大きいと思ったからです。
ですから、この記事も、もし自分が間違えている部分があれば、
コメントで指摘していただけたらありがたいです。

さて、上記の治療法は、アメリカ国立癌研究所(NCI)の主任研究員、
小林久隆医師が開発した「光免疫療法(PIT)」のバリエーション的な技術と思われます。
まず、光免疫療法について書いていきます。これまで、癌の治療法は、
手術療法(内視鏡含む)、放射線療法、化学療法(主に抗癌剤)の3つが柱でしたが、
光免疫療法はこれらとはまったく作用機序の異なるものです。

光免疫療法は2つの方法論から成り立っています。一つは、
癌細胞に比較的発現の多いEGFR(上皮成長因子レセプター)に
結合する抗体(セツキシマブ)に、光(近赤外線)が当たった時だけ反応する物質
(光感受性物質 フタロシアニン)を人工的に結合させます。
そして、その液体を血管注射して癌細胞まで届かせます。

で、近赤外線(テレビのリモコンなどに使われる赤い光、
可視光線に近く人体には無害)を癌細胞に照射すると、光があたっている部分の
癌細胞が化学変化によって破裂し、死滅していきます。しかしこれだけだと、
光があたった部分しか治療できないことになりますよね。
(数mmは表面下にも浸透するようです。)



二つめは、癌細胞が上記のように破裂することにより、細胞の内容物が外にばらまかれ、
人間がもともと持っている免疫細胞が、その癌を敵と認識し攻撃できるようになります。
そして、癌の原発巣から離れた転移巣にまで到達し、それらも破壊していく。
しかも、免疫細胞は敵の特徴を覚えているので、再発を防ぐワクチン的な役割も
はたすことになるんですね。ここがまさに、名前に「免疫」がついているゆえんです。

癌がやっかいなのは、転移があるからです。現在の医療技術では、
全身に転移してしまった癌を治すことはできません。せいぜい抗癌剤で癌の成長を
抑えるくらいしかないんですが、光免疫療法は、特に二つめの効果から、
「夢の治療法」などと言われてきました。

6 (1)

現在、アメリカでは治験の2段階が終了し、日本でも治験が開始されています。
トマスジェファーソン大学の発表例によると、末期頭頚部がんの患者
7名が臨床実験を受けた結果、4名は、1ヶ月後には腫瘍がなくなり、
三ヶ月後には皮膚も回復し、再発もせずに1年以上生存しています。

1名は現在治療中で生存。1名は副作用により死亡、1名は癌が骨髄内にまで
達していたので、治療が不可能だったということでした。
その後の治験の結果もネットに出ていますので、
興味を持たれた方は参照してみてください。

で、これらの治験によって、光免疫療法の持つ弱点も明らかになってきました。
まず、「現状では、EGFRを持たない癌細胞には効果がないこと」
しかし、他の受容体などの分子に結びつく抗体を探すことによって、
これは解決できるかもしれません。上記引用の甲南大の研究は、
まさにそこをねらったもののようです。

次に「光は癌細胞の表面にしかあてることができないこと」現在の治験は、
すべて再発した頭頸部癌に対してのものです。これは患部を切り開いたり、
内視鏡を使ったりしなくても治療を行うことができるからです。
では、体の奥深くにある癌はどうやって治療するのか。

これは、内視鏡や細い針に光照射装置をつけて患部まで挿し込む、
外科手術で開腹して、膵臓等の臓器に直接照射するなどの方法があるでしょう。
また、分厚い癌の塊に対しては、近赤外線を光ファイバーに流して、
癌の内部に挿し込んで照射するなどの方法が考えられます。



さて、副作用のほうはどうでしょうか。癌は浸潤といって、
まわりの臓器や血管、神経などを巻き込んで広がることがあります。ですから、
近赤外線をあてて、癌細胞が破壊されるときの痛みは相当あると思います。
また、癌細胞が臓器や血管の壁の役割をしている場合、癌細胞が壊れると、
臓器や血管に穴があいた状態になってしまいます。
それに、癌は自分に栄養を運ぶ新しい血管もつくります。

上記の臨床試験での副作用死も、癌が壁の役割を果たしていた頸動脈が、
癌細胞が崩れたことで破れ、大量出血による失血死をしたものです。
ですから、光の照射にあたっては、麻酔を使用し、
患部の状態を見極めながら、慎重に行っていく必要がありそうです。

さてさて、ここまで見てきて、みなさんはどう思われたでしょうか。
現在のところでは、光をあてただけですべての癌が消え去る
夢の治療法というわけではないようです。また、少ないと思われていた
副作用も、重大な結果をもたらす場合があることが確認されました。

で、自分の感想としては、これは工夫しがいのある治療法だなあということです。
上記引用の甲南大の研究もそうですが、癌細胞が持つ分子的な特徴は
さまざまにあるので、結びつけることができる抗体も、世界中で研究を進めれば、
いろいろなものが出てくる可能性が高いでしょう。

また、患部に挿し込んで光を照射するための光学的な技術、これも、
特殊な形状の光ファイバーなど、かなり工夫改善する余地があると思われます。
あるいは、近赤外線以外の周波数の電波も使えるのかもしれません。
現在、日本人の2人に1人が癌になり、3人に1人が癌で死亡しています。
このような研究が、世界中で進められ、画期的な治療法が早く
癌患者のもとに届くようになればいいですね。では、今回はこのへんで。

(クリックで拡大できます)






斉明天皇と鬼

2018.06.12 (Tue)
今回は日本史の話題です。これ、書いていくと本一冊分にも
なりそうな内容なんですが、できるだけかいつまんで話します。
斉明天皇は7世紀の女帝で、まず皇極天皇(第35代)として即位し、
間に孝徳天皇をはさんで重祚(ちょうそ)し、斉明天皇(第37代)となっています。
重祚とは、同一人物が生涯に2度以上、天皇に即位することです。

斉明天皇


舒明天皇(第34代)の皇后として、中大兄皇子(後の天智天皇)
大海人皇子(後の天武天皇)を産み、夫の死に際して、
後継の天皇が決まらなかったため、自ら即位して、49歳で皇極天皇となります。
在位中は、蘇我蝦夷が大臣として重んじられ、
その子の入鹿が国政を執っていましたが、専横が目立つようになります。

蘇我入鹿


そして起こったのが、治世中の国内最大の事件である「乙巳の変」ですね。
(対外的な最大の事件は「白村江の戦い」ですが、これについて書くと長くなるので
今回は割愛します。)昔は、中高の教科書には「大化の改新」として出てきて
ましたが、改新の実態がはっきりしないため、最近はあまり使われないようです。

『日本書紀』によれば、蹴鞠の会で親しくなった中大兄皇子と中臣(藤原)鎌足が、
蘇我入鹿の殺害を計画し、645年、三韓から朝貢の使者が来日した際、
大臣である入鹿は、儀式に必ず出席しなくてはならないので、
その席において暗殺を決行することとしました。

中大兄皇子と中臣鎌足


中大兄皇子は、官人に命じて入鹿の剣を外させ、宮門を閉じます。
儀式では、石川麻呂が上表文を読みましたが、計画を知っていたので、
声が乱れ、手が震えました。これを不審に思った入鹿が「なぜ震えるのか」と問うと、
石川麻呂は「天皇のお近くが畏れ多く、汗が出るのです」と答えます。

そのとき、中大兄皇子と仲間が飛び出し、いきなり入鹿の頭と肩を斬りつけます。
入鹿はさらに片脚を斬られ。倒れながら皇極天皇の御座へはい寄り、
「私に何の罪があるのでしょうか。天皇がお裁き下さい」と言います。
中大兄皇子が「入鹿は皇族を滅ぼして、皇位を奪おうとしています」と奏上すると、
それを聞いた皇極天皇は、入鹿の問いには答えず、宮中深くに退きます。

宙を舞う入鹿の首


これが、乙巳の変のあらましですが、この後、入鹿は首を刎ねられ、
ズタズタに斬られて雨で濡れた庭に放り出され、この知らせを聞いた父親の
蘇我蝦夷は兵を集めるも、勝ち目がないことを悟り、舘に火を放ち、
『天皇記』『国記』その他の珍宝を焼いて、自害し果てます。

この事件の後、皇極天皇は息子の中大兄皇子に天皇位を譲ろうとしますが、
中大兄皇子は固辞し、皇極天皇の弟の軽皇子が、
孝徳天皇として即位することになります。皇極天皇は大変な事件に遭遇する
ことになったんですが、ここまでのところで不可解な内容は出てきません。

さて、孝徳天皇は短い在位期間で亡くなり、次の天皇は、
また中大兄皇子が断ったため、655年、皇極天皇は斉明天皇として、
史上はじめての重祚をすることになります。で、この即位式について、
「空中有乘龍者、貌似唐人着靑油笠而自葛城嶺馳隱膽駒山、
及至午時、從於住吉松嶺之上向西馳去。」
という奇妙な記述があるんです。

(空に竜に乗る者があり、その風貌は唐の人に似て、青い油の笠をかぶり、
葛城嶺から飛んで生駒山に隠れた。午の時になって、住吉の松嶺の上から、
西に向かって飛び去っていった。)これ、いったい何なんでしょうね。
・・・葛城嶺というところにヒントがありそうです。

で、ここから斉明天皇としての治世が始まるわけですが、
『日本書紀』の内容は天皇に批判的です。斉明天皇は大規模な土木工事を
好み、長い水路を掘って舟数百艘を浮かべ、
石上山の石を宮地の東の山に運んで、積み重ねて垣としました。

「狂心渠」とみられる遺構


この無謀とも思える工事に対して、当時の人々はこの水路のことを、
「狂心渠 (たぶれこころのみぞ)」と呼んで非難しました。
また、「石で山丘を作っても、おのずから崩れてしまうだろう」
と言う者もいました。ちなみに、奈良の明日香村にある酒船石遺跡は、
斉明天皇の時代のものと推定されています。

2000年の大規模な発掘によって、周囲には石敷がほどこされ、
さらに石垣で取り囲まれていることがわかりました。
はっきりしたことは不明ですが、斉明天皇自らが、何か水を流すような
道教的な儀式を行っていたのではないかとする説があります。

酒船石遺跡の亀型石造物


さて、661年、斉明天皇は崩御しますが、このときの記述がまた異様です。
「是夕於朝倉山上有鬼、着大笠臨視喪儀、衆皆嗟怪」 (夕刻、朝倉山の
上に大笠をかぶった鬼がいて、天皇の葬儀をのぞき見ていた。
人々はみなそれを怪しんだ。)笠をかぶっているところから、おそらく即位式の
ときの鬼と同じものでしょう。では、この鬼、いったい何者なんでしょうか?

これを、蘇我入鹿の亡霊、あるいは蘇我蝦夷の怨霊と考える人が多いんですね。
上で、葛城嶺のことに触れましたが、葛城は蘇我氏の祖廟の地とされます。
血だらけで助けを求めたにもかかわらず、皇極天皇に見捨てられた蘇我入鹿が、
鬼となって、ずっと斉明天皇を恨み祟っていた。

さてさて、では、斉明天皇は本当に蘇我氏の怨念を受けてたんでしょうか。
これ、自分はけっこう疑問です。蘇我氏を実質的に滅ぼしたのは、
中大兄皇子(天智天皇)と藤原氏ですよね。ところが、『日本書紀』では、
鎌足の息子である藤原不比等の関係で、そう書くことができない事情があるため、
斉明天皇が蘇我氏滅亡のすべての責任を負ったように記述された・・・
そういう側面があるんじゃないかと疑ってるんです。

関連記事 『霊的巨人 天武天皇』








グレートヒェンの話

2018.06.11 (Mon)
※ ホラー小説的な話です。

今晩は、よろしくお願いします。話を始めさせていただきます。
私が18歳のとき、母に癌が見つかりました。転移があったため手術はできず、
母は、それから3年間がんばりましたが、最後は地元のホスピスで
亡くなりました。まだ40代でした。亡くなる1日前まで意識があったんです。
すでに自分の死を悟っていたみたいで、すでに社会人になっていた兄の
手を握って、父や私のことを「頼むよ、頼んだよ」とくり返していました。
それから、涙でぐグシャグシャになっている私に、
こんな意外なことを言ったんです。「庭にある小屋の奥の棚に、
 鎖をかけた木の箱がある。その中に人形が入ってて、
 名前はグレートヒェン。お前が結婚したら、その人形を出して、新婚の家の
 いつも見えるところに飾りなさい。グレートヒェンは、

 私がヨーロッパで手に入れたもの。このことを忘れないで。
 いい、グレートヒェンを怖がらないで、信じなさい。
 そうすれば、必ず災厄を引き受けてくれるから・・・
 私は・・・信じきれなかったから」そのときは母が何を言ってるのか、
まったくわかりませんでした。うわ言なのだろうかとも考えましたが、
母の意識はしっかりしていたんです。それと、母は若いころ、音大を出てから
弦楽器の奏者を目指して、ウイーンに留学していたことも聞いていました。
でも、どうして死の間際になって、その人形にこだわるのか、
災厄を引き受けるとは、どういうことなのか・・・
母が亡くなって、私たち一家は悲しみの中で葬儀の準備をしました。
それがひととおり済んでから、庭の小屋に行ってみました。

そしたら、確かに棚の高いところに、80cmほどの縦長の木の箱があって、
太い鎖がぐるぐる巻きになっていたんです。
この2年後、私が23歳のときに、ごく平凡な結婚をしました。
夫は会社員で、当時勤めていた会社で知り合ったんです。
夫は、私に主婦になるよう求め、私は退職して、アパートを借りて暮らすことに
なりました。そのときに、母の遺言を思い出したんです。
いえ、思い出したというか、ずっと覚えてはいたんですが、
なんだか現実味のない話だと思ってたんです。結婚式の2日前、
小屋に行って木箱を降ろしました。それほど重くはなかったです。
鎖を外し、難渋しながら打ちつけられていた釘を抜いて、
出てきたのは、箱にぴったり収まるほどの西洋人形でした。

「これが、グレートヒェン??」
ビスクドールのようなものではなく、すべて陶器製の全身像で、
それほど高価なものとは思えませんでした。田舎風の服を着て、
金髪をかきあげている若い女性の人形。
「たしか母は、この人形を信じてって言ってた。
 信じるって、どういうことなんだろう」紙に包まれて下向きになっていた
顔を前に向けて、私は思わず息をのみました。白い顔の、
片方の目がつぶれていたんです。いえ、穴があいているとか、
その部分だけ欠けているということではないんです。
最初から・・・片目が潰れたように作られたとしか・・・
ええ、その部分だけゴツゴツと、陶器の元になった粘土が

盛りあがっているのがわかりました。そして、残った片目を大きく見開いていて・・・
「怖い」と思いました。どうして母は、こんなものを飾れと言ったのか、
「信じろ」とはどういうことなのか、まるで理解できませんでした。
でも、母の遺言です。夫に話をして、グレートヒェンはアパートのキッチンにある
食器棚の上に置きました。目のことを夫に話したんですが、
夫は「へえ、ほんとだ。最初から片目で作られてるなんて珍しいね。
 何か向こうのおとぎ話かなんかに、そういうのがあるんじゃないの」
この程度の反応でした。さきほど話したように、私は専業主婦をしてましたから、 
グレートヒェンはいつでも見える位置にあったんですが、
母にはすまないと思いながら、なかなかそっちを見ることが
できませんでした。やっぱり、怖かったんです。

それから、特に何事もなく、結婚生活は幸せに過ぎていきました。
2年後に男の子が生まれ、あれよあれよという間に、幼稚園に入る年になりました。
その頃には、アパートから広いマンションに移ってましたが、
グレートヒェンは居間のクローゼットの上に置かれていました。
ママ友ができ、お互いの子どもの誕生日には、家を訪問し合ったり
もしたんです。そのあるとき、私の部屋を訪れたママ友の一人が、
グレートヒェンを目にとめ、前に行ってしげしげと眺めながら、
こんなことを言ったんです。
「変に思わないでね。このお人形、不思議な力を持ってる。
 たぶん、遠い遠い場所で、最初に作られたときに込められた力」
そのとき私は、「それって、いい力?、それとも悪い力?」

こう聞いてみたんです。ママ友は小首をかしげてましたが、
「うーん、わからない。この人形をどう見るかによって違ってくるかもしれない。
 それと、たぶんだけど、その力は1回使われてる」
「どういうこと?」 「ごめんなさい、それ以上はわからないの」
こんなやりとりがあったんです。また1年後、息子は幼稚園の年長組になり、
私は2人目の子を妊娠して3ヶ月目でした。
もう少ししたら買い物に出ようか、そう思いながら、ぼんやりと午後のテレビを
見ていたんです。リモコンを手にとったとき、ふっと気配を感じました。
うまく言えません・・・ただ、何かが起こっていて、
どうしてもそちらを見ずにはいられない気配としか・・・
私は首を回してグレートヒェンのいる場所を見ました。

そうしたら、髪をかきあげた形の人形の両手が動いてたんです。
何か、私にはわからない西洋のサインのようなものを両手でつくって、
またほどいてをくり返してて・・・ どうしてあんなことをしてしまったのか、
わかりません。反射的にというか、やっぱり怖かったのか。だって、陶器の
人形の手が動くなんて、ありえないじゃないですか。私は、持っていたテレビの
リモコンをグレートヒェンに向かって投げつけていました。
リモコンはサインを作っている右腕にあたり、チンという乾いた音を立てて、
腕は折れて下に落ちました。「あ、あ・・・」
そのとき、携帯に着信があったんです。出ると、幼稚園の先生からで、
息子が遊具で遊んでいて大きなケガをした。
これから病院に搬送するということだったんです。

名前の出た病院にタクシーで行きました。病院では、泣き暴れる息子を、
医師たちが懸命に押さえつけていました。
右の腕がありえない角度に折れ曲がっていました。回旋塔という遊具の
中心部分に息子の手がはさみ込まれ、そのまま何度も
回ってしまったということでした。やがて夫が駆けつけてきました。
医師の話では、息子の手はヒジを中心に粉砕骨折しており、
切断するしかないということだったんです・・・
2ヶ月入院し、息子の右腕はなくなってしまいました。
痛みがなくなったので、本人はわりと平気そうにしてましたが、
息子に一生の障害を残してしまった私たち夫婦の悲しみは大きかったです。

最後に、グレートヒェンのことですが、私が家に戻って見ると、
折れて下に落ちていたはずの片腕が、元に戻っていたんです。
そのかわりにというか、片目だけだったのが、もう一方の目もつぶれてました。
私は、グレートヒェンを持ち上げて床に叩きつけようかと思ったんですが、
母の「信じなさい。そうすれば、必ず災厄を引き受けてくれる」
この言葉を思い出し、それは思いとどまったんです。
そのかわりに、前にグレートヒェンが入れられていたのと同じような、
頑丈な木箱を用意し、鎖でぐるぐる巻きにして、
押入れの天袋から、屋根裏の奥に片づけたんです。
ええ、今でもそこにいるはずです。この後、どうなるのかわかりません。
・・・これで終わります。






都市伝説の成立条件

2018.06.10 (Sun)


当ブログでは、何回か都市伝説についての記事を書いていますが、
今回はそれ系のお話です。まず、都市伝説とは何か?ということですが、
この定義はいろいろあるものの、「現代を舞台にした、多くの人に伝わっている、
根拠のあいまいな噂話」だいたいこんなところになるでしょうか。

まず、現代の話でないものは除外されます。例えば、「源義経は大陸に渡り、
ジンギスカンとなって広大な領土を治め、その孫、
フビライの代になって日本に侵攻した」こういうのは都市伝説とは
言いませんよね。あくまで歴史上の伝説です。

次に、「多くの人に伝わっている」の部分。いくら興味深い話であっても、
かぎられた地域の少数の人にしか知られていないものは、
やはり都市伝説とは言いにくいでしょう。もっとも、インターネット時代に
なってからは、噂話が拡散するスピードは格段に早くなっています。



あとはもちろん、「根拠があいまい」なのは当然ですね。
もしきちんとした根拠があるなら、それは伝説じゃなく事実になります。
あと、ある研究では、一度ネット上に何らかのデマが広がると、直後に、
それを否定する正しい情報が出ても、人は最初に出たデマを
信じてしまう傾向があるという結果が出ていました。

さて、では、どういう内容が都市伝説として広まりやすいか。
自分が考えたのは、次のようなことですね。
① その話が面白いこと、興味深いこと。
② その話に真実味があること、信憑性が高いと感じられること。
③ 自分にも何らかの形でかかわりがあるかもしれない話であること。
④ 印象的なオチがついていること。

で、まず①ですが、これは当たり前の話ですよね。つまらない話は興味を持たれないし、
広まることもありません。みなさんは、「ミーム」という言葉をご存知でしょうか?
進化生物学者のリチャード・ドーキンスによって考え出された概念で、
一般的には、「ヒトの脳内で進化し、人類の文化を形成する情報」と定義されます。

このミームを説明する場合、都市伝説がよく引き合いに出されます。
情報そのものが生命のような力を持ち、「どうしても他の人に伝えたい」という
気持ちを引き起こして、短期間に広まっていく。その間に、情報の細部が、
不特定多数の伝達者によって、より面白い、より興味深い形に改変されていく。
ですから、よく似た都市伝説がいくつかある場合、その中でも、
最も面白い内容のものが最終的に生き残ることになります。

次に、②の「話に真実味がある」という項目ですが、例えば、
「ある女性がヨーロッパを旅行していて、東欧の某国の店で試着室に入ったところ、
そこで足どりが途絶え、行方不明になってしまった。数年後、別の国の街角で、
両腕両足を切断された、だるまのような姿で見世物にされているのを友人が発見した」



また、「東南アジアの某国を旅行中、ポン引きにいい女がいると紹介されて
ついていき、最初に出された酒を飲んだら記憶を失った。気がついたら、
ホテルの一室で、氷がたくさん浮かんだ風呂に入っていて、
腹部には大きな傷跡があった。病院で検査したら、内臓がいくつかなくなっていた」

自分は、ルーマニアなどの東欧や、東南アジア、南米にも行ったことがありますが、
中には、警官が簡単に買収に応じる国や、マフィアが裏で支配してるところなどもあり、
残念ながら、日本のように治安や人権意識が確保されている国は多くありません。
ですから、こういう話が、いかにも「ありそう」に思えるんですね。

こう書くと、「真実味のない都市伝説もあるじゃない」と言われそうです。
確かに「高速道路を100キロで走っていると、車と並走してくる
着物姿の婆さんがいた」100キロ婆っていうんですが、そういうものもあります。
しかしこれ、自分は都市伝説とはちょっと違うんじゃないかと思ってます。
ギャグの一種なんじゃないでしょうか。

それと、伝説が広まる年齢層ということもあります。
「トイレの花子さん」などの学校の怪談系の話は、大人は信じなくても、
子どもにしてみれば身近で怖いですよね。このような、ある特定の年代に通じる
都市伝説というのも、年齢層によって利用するSNSが異なる現状において、
広まりやすくなっていると思います。

③の「自分に何らかの形でかかわりがある」これは例えば、「ある人がビーチで
美しい女声と知り合い、ホテルで一夜を過ごした。翌朝目覚めると、
ベッドに女性の姿はなく、バスルームの鏡に口紅で、『ようこそエイズの世界へ』
と書かれてあった・・・」こういうのは、ナンパをしてる人には身近で
怖いでしょうし、実際、これに近い話もあるんです。



あるいは、「○○フライドチキンで三本足の鶏を、
遺伝子改変で作って使用している。△△バーガーにはミミズの肉が使われている」
こういうのも、ふだんからファーストフードをよく利用している人にとっては、
身近な話ですよね。また、これ系の都市伝説は、陰謀論と結びつく場合も多いです。

④の「印象的なオチ」は、①とも関係がありますが、
オチが鮮やかであればあるほど、「他の人に教えたい」という気持ちが強くなります。
あと、上には書きませんでしたが、伝説の登場人物のキャラが立っているかどうかも
重要です。「口裂け女」とか「八尺様」とか。

さてさて、ということで、都市伝説の成立条件に着いて考えてみましたが、
自分が書いている怖い話の中にも、都市伝説を利用させていただいているものは
数多くあります。怪談は世に広まってナンボですので、自分が書いた話でも、
都市伝説化するものがあればいいなあと思ってます。では、今回はこのへんで。

関連記事 『アメリカの都市伝説』  『ベッドの下には?』  『ミミズバーガーはある?』

映画『ルール』
ははははは





ハリー・ハーロウの光と闇

2018.06.09 (Sat)
ハリー・ハーロウ(Harry Harlow)について、ご存知の方は多くないかもしれません。
20世紀の前半に活躍したアメリカの心理学者です。
研究分野は、発達心理学における母性愛についてで、ウィスコンシン大学で、
アカゲザルの仔と、人工の代理母を用いて実験を行いました。

ハリー・ハーロウ


まず、研究の背景ですが、当時は、母親は育児の際に、
母乳を与えて赤ちゃんを栄養的に満たすことは重視されていましたが、
それ以外の母子の接触は推奨されませんでした。
感染症が起きる原因と考えられたんですね。アメリカの保育所では、
全国的に、徹底した施設の減菌措置が進められていました。

当時はまだまだ乳幼児の死亡率が高く、その死因の多くが感染症によるもの
だったんです。特に、コレラ、チフス、ジフテリアは恐ろしく、
抗生物質やワクチンのなかった時代にあって、
免疫力の弱い乳幼児の感染は、致命的な結果を引き起こしました。

この風潮に疑問を持っていたハーロウは、アカゲザルの仔を母親から
引き離し、2種類の人工の母親を与えました。一つは、針金でできた「針金の母」
もう一つは、スポンジと柔らかい布でできた「布の母」です。
で、針金の母のほうにだけ哺乳瓶を取りつけ、乳が飲めるようにしたんです。

「針金の母」と「布の母」


当時の考え方からすれば、アカゲザルの仔は、空腹を満たしてくれる
針金の母になつくはずでしたが、アカゲザルは、乳は針金の母から飲むものの、
それ以外の時間は、ずっと布の母に抱きついていたんです。
まあ、現在から考えればあたり前の話ですが、母親は栄養だけでなく、
温かい接触を与えることが大切だと証明したんですね。

また、ハーロウは、布の母を与えず、針金の母だけによって育てられた仔と、
布の母を与えた仔との比較も行ったんですが、実験の結果は惨憺たるものでした。
針金の母に育てられた仔は、完全に精神に異常をきたしていて、
つねに小刻みに体を揺さぶり、自分の指に噛みついたり、毛を抜いたり、
激しい自傷行為を行うようになりました。

布の母のほうの仔も無事では済みませんでした。針金の母グループほど、
ひどくはなかったものの、外界のことに無気力・無関心で、
ぼんやりとケージの隅に座り込んでいるものが多かったんです。
結局、どちらのグループでも、多くの仔ザルが育たずに死んでしまいました。

ここから、ハーロウは、母親が与えるものは、暖かさ、柔らかさだけではなく、
自ら抱きしめるなどの積極的な愛情行為が必要だと結論づけました。
これはもともと、古代から普通に行われていたことですが、
20世紀初頭という、生活に科学が入り込んでくる時代において、
変な方向に向かってしまっていたのを、ハーロウが修正したということです。

精神に異常をきたした仔ザル
名称未設定 2

次に、ハーロウは「モンスターマザー」を製作します。これは、
布の母のバリエーションですが、激しく振動するしかけ、
バネ板で仔ザルを弾き返すしかけ、圧縮空気を噴出するしかけ、
一定時間がくると針が飛び出して、仔ザルを刺すしかけを加えたものです。

これらの母を仔猿に与えたところ、仔猿は、弾き飛ばされたり刺されたりしても、
何度でも自分からモンスターマザーに抱きついていきました。
生まれつき、子どもにはそういう習性が備わっているんですね。
昨今、児童虐待のニュースをマスメディアで目にすることが多いですが、
子どもにしてみれば、どんな親でも、慕う以外のことはできません。

親に虐待されるのは自分が悪いと考え、「次からいい子になるから、ごめんなさい」
をくり返すという悲劇が生まれるわけです。これらの実験により、
数百匹のサルの仔が死にましたが、ハーロウは、「何万人もの虐待される赤ちゃんを
救えるなら、サルの仔の犠牲はものの数ではない」と言って、悪びれませんでした。

さて、ここまでのところは、まだ、まともと言える実験内容ですが、
だんだんにハーロウの実験は常軌を逸していきます。
まず1つめが「レイプマシン」製作。上記の代理母の実験で育ったサルのほとんどは、
社会性のない状態でしたが、それらのサルは自分の子どもを育てることができるのか?

代理母で育ったメスのサルは、群れのオスと交尾することができなかったので、
レイプマシンは、無理やり体を固定して、オスのサルから受胎させるものです。しかし、
これで生まれた仔に対し、母ザルは愛情を示さず、授乳しなかったり、踏みつけたり、
頭を噛み潰したりしてしまったんです。自分が母の愛情を受けないで育った場合、
自分の仔に対しても、愛情が持てなかったということです。

「絶望の淵」


次の実験は「絶望の淵 pit of disapair」というマシーンの製作、
これは、金属板を逆ピラミッド型に組んだ滑りやすい装置で、その中に入った仔ザルは、
外界が見える位置まで登ると、滑り落とされてしまいます。
この実験でもやはり、多くのサルが精神に異常をきたしました。

さてさて、ハーロウは毀誉褒貶の多い人物です。たしかに、育児にあたって、
母親の子どもに対する愛情が重要であることを示しましたが、
同時に、実験動物に対する扱いについて大きな非難が起こり、
アメリカでの動物愛護運動が生まれるきっかけとなりました。

最後に、ハーロウ自身ですが、重い鬱病と、アルコール中毒を抱えており、
妻との離婚がきっかけで病状が悪化し、自分に対して、
当時最先端の精神病治療法であった電気ショック法を行ったりしています。
このことを考えれば、上記の数々の実験には、抑鬱状態の中で考え出されたものも
あったのかもしれません。では、今回はこのへんで。







怪片4題

2018.06.08 (Fri)
裏返る
デザイナーをしている元木さんの体験。小学校1年のときです。
雨降りの日で、傘をさして歩いてたのは間違いないです。赤い傘です。
たぶんお母さんといっしょだったと思うけど、そのあたりは記憶があいまいで。
一人だったかもしれません。あと、新しいピンクの長靴もはいてました。
子どもだったから、水たまりがあると、どんどん踏み込んでって。
それで、大きな水たまりがあったんですよ。傘をさした私の全身が
映るくらい大きな。そこにずんずん入ってって、傘をさしてる姿が、
大きくはっきり映ったんですよね。そのときに、水面がぐにゃんとゆがんで、
ほんの短い時間で、自分の体が下に沈んで、しかもひっくり返る感覚がありました。
「え?」と思ったときには、普通に戻ってたんですが・・・
それから、街中にある看板が一切読めなくなってしまったんです。

あの、鏡文字ってわかりますよね。字を鏡に写した文字。
すべてのものがそれに変わってしまってたんです。小学校1年でしたから、
ひらがなや簡単な漢字を習いますよね。それが全部読めなくなっちゃったんです。
教科書も、家にある絵本も、何もかもが鏡文字。
ええ、親が心配して病院に連れていきましたけど、珍しい症例だということで、
地域の大学病院から、東京の研究機関まで、あちこち受診させられました。
でも、結局治らなくて、字は一から全部おぼえ直すことになったんです。
まあ、小1だからまだよかったんですけど。それから、中高では美術の、
特にデザインの才能があるって言われて、美大に進んで今の仕事についたんです。
これ、どう思われますか? やっぱりあのとき、水たまりに映った私と
入れ替わっちゃったんでしょうか。まあ、そうだとしても不満はないんですけどね。

目の神社
JRを定年退職した西村さんの話。定年退職して1年。毎日が日曜日で、
悠々自適の生活をしてたんですが、さすがにね運動不足を痛感するようになりまして。
一念発起して、ウォーキングを始めたんです。女房が早くに病気で亡くなってるんで、
一人暮らしですよ。で、毎日4時半に起きて、5時には家を出ます。
始めてみたら、ウォーキングしてる方ってけっこういるんですね。
私よりかなり年配のご夫婦で歩いてる方や、私のような独り者の男性。
そういう方々と自然に知り合いになりまして、あいさるするのが日課になりました。
でね、ウォーキングをやり出してから1年ほどたったときですね。
私が歩くのは、だいたい往復で1時間で、コースもいくつかありまして。
その日は、市の運動公園へのコースをとったんです。ゆっくり歩いていくと、
脇道から、ウォーキングされてる人が何人も出てこられて、

それが、すべて男性で、見たことがない人ばかりでした。そのときは、
今朝はウォーキングの人が多いなくらいで、特に気にも留めなかったんですが・・・
野球場をぐるっと回って、さあ戻ろうかというときに、赤い鳥居が見えたんです。
「あれ?」と思いました。だって、何度も通ってる道なのに、そんな神社、
記憶になかったですから。鳥居の中をのぞき込むと、参道の奥にたくさん人が
集まってるのが見えました。「何かお祭りでもやってるんだろうか」そう思って、
私も入っていきました。そしたら、大きくはない社殿の前に、年配の男性ばかり
20人ほどが立ってたんです。特にお祭りらしい様子はなかったです。
その人たちは、トレーニングウェアを着たり、水筒を肩から下げたりしてて、
私と同じウォーキングの途中に見えました。「この人たち、何でここにいるんだろう?」
そのとき、妙なことに気がつきました。全員、右の目に眼帯をしてたんです。

「?? ここはもしかして、眼病に効験のある神社か何かなのか?」
そう考えたとき、社殿の回り廊下の後ろから、白装束の神職が2人出てきまして、
閉まってた社殿の扉を、両側から開いたんです。「え?」そしたら、
中に、巨大な・・・幅2m以上ある目があったんです。いや、本物の目じゃなくて、
木彫か何かだと思いましたよ。そしたら、社殿にいた人たちが、そちらに向き直り、
いっせいに柏手を打って、お辞儀をしたんです。私もつられて、同じ動作をしました。
それで社殿の扉は閉められ、いた人たちは三々五々帰っていきました。
それだけの話なんですが・・・翌朝、その神社にもう一回行こうとしても、
どうやっても見つけることができなかったんです。野球場を過ぎたとこは、
ずっとフェンスが続いているばかりで・・・ね、変な話でしょう。それと、
あれ以来、右目の底のほうが痛いんです。ええ、病院に行こうと思ってます。

道路をにらむ
道路公団に勤めている三島さんの体験。あのほら、事故多発地点ってあるじゃないですか。
年に何件も、同じ場所で交通事故が起きる場所。僕は、そういうところの対策をたてる
仕事をしてるんです。でね、事故が頻繁に起きる場所ってのは、たいがい、
何かしらの理由があるんです。例えば、見た目よりもカーブの角度がきついとか、
ゆるい下りになってて、スピードが出やすいとか。でも、ときどき、
死亡事故が多発してるのに、これといった理由が判明しない場所もあるんです。
その、県道にあるカーブもそうでした。見晴らしが悪いわけじゃないし、
角度も急ではない。それなのに、去年だけで5件の事故があり、
7人の人が亡くなってる場所。そこへ、上司と2人で出かけて、
あれこれ調べたんですが、どうやっても事故が起きる理由がわからない。そしたら、
上司が、「これはダメだ、峰さんを呼ぼう」こう言いまして。

峰さん、っていうのは、大きな声では言えないんですが、僕らが協力していただいてる
修験者の方です。年齢は70代でしょうね。いや、気のいいおじいさんという見た目です。
連絡したら、すぐに来てくださりまして。服装もズボンにポロシャツの普段着です。
ただ、長い望遠鏡を持ってこられます。それを、事故多発地点に設置して、
四方八方を覗くんです。でね、30分ほどして、ずっと向こうにある小高い丘を
指さして、「ああ、わかりました。あそこですよ」って言ったんです。
それから、上司といっしょに、僕が運転する車に乗っていただいて、
その山を目指したんです。1時間ほどかかって山の登り口に着き、
そこを車で入っていくと、中腹に、大きな寺院がありました。でも、それ、
ちゃんとした宗派のものじゃなくて、ある新興宗教が建てたものだったんです。
しかも、その団体はつぶれてしまったらしく、荒れ放題でした。

ええ、立入禁止だと思うんですが、管理する人もいなかったし、
峰さんを先頭に、僕たちはどんどん施設の中に入っていきまして。そしたら、
草ぼうぼうになった前庭に、巨大な観音像が立ってたんです。そうですね、
高さ10m近かったと思います。峰さんは、それを見て「ああ、あれだ、あの目が
 道路をにらんでる。祀る者がいなくなった恨みの目でな」たしかに、
そのうつろな視線の先に、事故多発地点があったんですよ。でね、原因がわかれば
あとは対策をするだけ。国会議員を通して施設の所有者に掛け合って、
その観音像だけは撤去してもらったんです。そしたら、それ以後は、
事故ゼロです。軽い接触事故すらありませんよ。まあ、こういう話です。
そうですか、興味深いですか。峰さんにやっていただいた仕事の中には、
もっと不可思議なものもあります。いつか機会があればお話しますよ。

きつね面
農業を引退した松崎さんの話。子どもの頃ね、俺は分家だったから、
盆正月は本家に集まったもんだ。昔は多産だったから、子どもらだけでもたくさんいて、
久しぶりにイトコや甥、姪に会うのが楽しみでね。でね、これは俺が中1のお盆の
ときのことだったと思うが、5歳くらいの女の子の手を引いてたんだ。
いや、その子も親戚で、名前は美代子って言ったはず。
ただね、何で俺がその子を連れてたかは覚えてない。とにかく、
お祭りの中にいたんだよ。たくさん屋台が出てて、人であふれてた。
で、そんとき。俺は珍しく小遣いを持ってたから、美代子に、
「何か欲しいものがあれば、買ってやるよ」って言ったんだが、
美代子は首を横に振るばかりで。でね、ある屋台の前に来たとき、美代子が、
指さして「あれ、ほしい」って言い出して。

ほら、昔よくあったお面屋だ、アトムの面とかがある。でも、美代子が
指さしたのは、古臭いきつねの面で、こんなのが欲しいなんて、ちょっと変わった子だと、
そのときは思った。安いものなんで買ってやったら、美代子は頭の上にか被って
大喜び。それで、俺が面を顔の上まで引き下げてやったんだよ。
そしたら、浴衣を着ていた美代子の体が、銀白の毛をした本物のきつねに変わって、
するんと藪のほうに逃げてってしまったんだよ。いくら呼んでも探しても見つからない。
これは困った、小さい子を迷子にして怒られると思って本家に戻ったら、
家中がバタバタしていて、母親に「どうした?」って聞いたら、昨日の夜から
熱を出してた美代子ちゃんが死んでしまったって言うんだ。でな、医者が帰ってから、
顔に布をかけて寝かされてる美代子を見に行ったら、
小さな布団のすそのほうに、カランときつねの面が落ちてたんだよ。







子どもの話 2題

2018.06.07 (Thu)

去年の秋、保育園の年長にいってる息子の親子遠足があったんです。
妻が、どうしても仕事の都合がつかないと言うし、自分はわりと
休みを取りやすい職場なんで、いっしょに行くことになったんです。
父親が来てる子もちらほらいたんで、その点は少しほっとしました。
息子も、お母さんじゃないと嫌だ、とは言いませんでしたし。
遠足は、バスに乗って動物ランドへ行き、そこで昼の弁当を食べて、
午後はイチゴ狩りでした。ええ、息子は楽しんでましたよ。
で、その帰りのバスの中でのことです。はしゃぎすぎで、
疲れて寝てる子も多かったですね。息子もそうでした。
その寝顔を見ているうち、自分も少しウトウトしかけたんですが、
国道を走ってる途中で、自分たちの前にいる男の子の母親が、

「あのースミマセン」って、遠慮がちに引率の先生に声をかけたんです。
「どうしました?」 「こんなとこで申しわけないんですが、息子が
 どうしてもトイレって」 引率の先生は少し考えてから、
バスの運転手さんに声をかけました。その場所は、道の両側が低い山になってて、
トイレを借りられそうな建物ってなかったんです。
ややあって、バスは路肩に停まり、前のほうを押さえてモジモジしてる
男の子の手を引いて、若いお母さんが恐縮したようにバスを下りていきました。
数分して戻ってきましたが、あのほら、バスの前のドアって、
自動で開くようになってるでしょ。それが、引っかかってうまく閉まらず、
運転手さんが何度か操作して、やっと閉まったんです。
で、バスが走り出したんですが、そのとき、車内の空気が変わった気がしたんです。

うまく言えないですけど、なんとなく寒々とした感じがしたんですよ。
でね、バスが停まったことで、息子も起きたんですけど、
前の座席の背に手をかけて身を乗り出し、通路の真ん中を指さして、
「赤いお姉ちゃんが乗ってるよ」って言ったんです。
自分は息子を席に引き戻して、「赤いお姉ちゃん? 何のこと?」
そう聞いたら、「お姉ちゃんだよ、体中、真っ赤でびしょびしょの
 赤いお姉ちゃん」って。変なことを言うなあと思いました。
でも、息子だけじゃなかったんです。そのとき起きてた子どもたちが、
ヒソヒソ声で親に何か訴え始めたんです。「おねえちゃん」 「赤い」
「頭が割れてる」そういう声が断片的に耳に入っていました。
そのうち、一人の女の子が「怖いよう、幽霊がいる」って大声を上げて。

そこからは、バスの中がパニック状態になりました。
「幽霊がいるよう!」 「怖いよう!」 それまで寝てた子も起き出して、
「怖い、怖い」私も他の親も、保育園の担任の先生もあっけにとられてたんですが、
幼児にだけしか見えない何かが車中にいる・・・そう思うしかない状況だったんです。
どうなるんだろう・・・そのとき、ゴーという音がして、
車内にエアコンが入ったんです。熱風でした。そのままバスは止まらずに走り続け、
車内がだんだんに暑くなってきたんです。子どもたちが「怖い、怖い」と
言ってるところに、運転者さんのマイクが入りました。
「スミマセン、エアコンの具合がよくないようです、
 窓を開けていただけませんでしょうか」って。何人かの親が半分ほど窓を開けて、
そしたら息子が、「あ、赤い人が飛んでった」って言ったんです。

はい、窓から飛び出たみたいでした。そっちの窓際にいた園児で、
外に向かってバイバイをしてる子がいましたから。まあ、こんな話なんです。
うーん、自分には何も見えなかったのでわかりませんが、
あの、トイレの子のためにバスが停まったときに、
草原にいた幽霊か何かを拾ってきてしまったのかもしれないです。
でね、この話には後日談があるんです。
その後、保育園では、遠足の思い出を絵に描かせたみたいなんですけど、
あの帰りのバスの中での出来事・・・血まみれの女が通路に立ってるところを
描いた子が多かったみたいで、結局、絵は全部、保育園の先生が回収して、
飾ったりしなかったみたいなんです。息子に聞いたら、
「僕も描いたんだよ、幽霊の絵」こんなふうに言ってましたよ。


私、あるビルで警備員をやってるんです。朝の7時から、
夕方の5時までずっと立ってるだけ仕事です。まあね、こんな爺さんには、
それくらいの仕事しかできませんから。でね、そこの道は通学路になってて、
集団登校の小学生が毎朝通るんです。全部で7人でした。
その子たちが、いつも私にあいさつしてくれるようになって。
それが嬉しかったですね。ええ、そのビルに入ってる会社の人は、
私のことは空気みたいに思ってて、あいさつしてくれる人なんていないですから。
でね、6年生の女の子が先頭だったんです。
小学生にしては背の高い、しっかりした顔立ちの子でした。
いつも一列で歩いてくるんですが、間に小さい子たちがはさまって、
最後がおそらく5年生の男の子。

ところが、5月に入って、先頭の女の子がいない日があったんです。
そのときは何かの事情でお休みなんだろうって思ったんですけど、
それからずっとその子はいなくて、先頭が5年生の男の子に変わってしまったんです。
あれ、転校か何かしたんだろうか。気になったので、ある日、
男の子に、「やあ、お早う、いつもいた6年生の子はどうしたの?」って聞いたら、
「病気でお休みしてるんです」って答えが返ってきました。
そのときは、「ああ、早くよくなるといいな」と思ったんですが・・・
いつまでたっても、その子は列に戻ってこなかったんです。
それから2ヶ月が過ぎまして、もうすぐ学校は夏休みになる頃です。
その女の子が、列の先頭にいました。「治ったんだな、よかった」、
でも、何か様子が変だったんですよ。

その子が復帰したなら、5年生の子は最後尾に戻るはずだけど、
そうじゃなくて、男の子の前を歩いてるんです。しかも、なんだか全体が薄い感じに
見えて・・・それに、いつもは明るくあいさつしてくれてたのが、
ぐっと前を見つめたまま滑るように動いてて・・・
それにね、ときどき、男の子と体が重なったりするんです。
もしかして、この世のものじゃないのかって思いました。
毎朝通るたびに、おかしいことは明らかだったので、また、男の子に聞いたんです。
「休んでた子は、治った?」 そしたら、「それが・・・病気が悪くなって、
 死んじゃったんです」こういう答えが返ってきました。
でね、本人の幽霊?はすぐそこにいるんですよ。でも、
私たちの話は聞こえてないみたいで、列が止まったので自分も立ち止まってるんです。

ああ、気の毒だなって思いました。幽霊になっても、
集団登校の先頭を歩かなきゃいけないと思ってるんだとしたら、
これは気の毒な話ですよねえ。でもね、私は別に霊能者でもなんでもないし、
なぜ私にその子が見えるのかはわかりませんが、
何にもしてやることができなくてね。
そうしてるうち学校が夏休みになって、また始まる9月の日のことです。
あの子の幽霊がどうなったのか、気になりますよね。
で、集団登校の子らがやってきたんですが、あの子、まだいたんです。
前に比べれば、かなり薄くはなっていましたが、やはり先頭にいて、
前をまっすぐ見つめて歩いてる。責任感の強い子なんだろうなって思って、
可哀想でしかたなかったんですが・・・

それから数日たった朝のことです。また、幽霊の子を先頭に、
集団登校の子どもたちがやってきました。でね、そのとき、前のほうから、
袈裟を着たお坊さんの集団が歩いてきたんです。
どこかのお寺さんの人たちなんだろうと思いましたが、
一番前にいたかなりの高齢のお坊さんが、歩きながら数珠を取り出しまして、
集団登校の子どもたちとすれ違うときに、幽霊の女の子の頭をさっとなでたんです。
そしたら、かなり薄くなってた女の子は、その瞬間にかき消えてしまいました。
私が思わず、「あっ!」と声を出したら、それが聞こえたようで、
偉いお坊さんは立ち止まりました。私はどぎまぎしながら、
思わず、そのお坊さんに礼をしたんですが、そしたらお坊さんは、
私のほうに向き直って合掌し、歩き去っていったんです。







天岩戸神話について

2018.06.06 (Wed)


今回は古代史系のお話です。天岩戸神話については、
みなさんご存知と思いますが、まずは概略を説明します。
『古事記』『日本書紀』で、神話によっては内容が異なる部分もありますが、
天岩戸の話は、どちらも大筋で大きな差はありません。

天照大神の弟は素盞嗚命で、高天原で、田の畦を壊して溝を埋めたり、
御殿に糞をまき散らしたりして大暴れしますが、天照大神は、はじめは、
文句を言う他の神々から弟をかばっていました。ところが、
天照大神が衣を織る機屋にいるところに、
素戔嗚尊は皮をはいだ馬を投げ込みます。

これに驚いた天照大神は機織り機で自分を傷つけ、驚き怖れて天岩戸に入り、
戸を閉じてしまったので、国中が暗闇となり、
昼夜の区別もつかなくなってしまいました。これに困った神々は集まって相談し、
まず、知恵の神、思兼(オモイカネ)が、常世之長鳴鳥(とこよのながなきどり)
を集めて長く鳴かせました。これで朝になったと思って、
天照大神が出てくると考えたんでしょう。

さらに、天鈿女(アメノウズメ)が、神憑りして胸をさらけ出し、
裳の裾を陰部までおし下げて踊りました。
すると、八百万の神が一斉に笑いさざめいたんですね。
これを聞いた天照大神は、なぜ暗闇の中で神々は笑っているんだろうと
不思議に思い、少しだけ岩の戸を開けました。

アメノウズメ


そこを、大力の神、手力雄(タヂカラオ)が手をとって引っぱり出し、
天児屋(アメノコヤネ)が、岩戸に注連縄をかけて、戻れないように
封印しました。その後、またすったもんだがあるんですが、神々は
素盞嗚命の手足の爪と髭を切って力を弱らせ、高天原から追放します。

タヂカラオ


まあ、ざっとこんなお話です。この神話について、
さまざまな観点から見てきたいと思います。まず、世界の他の国に
類話があるかどうか。これは、北米のネイティブ・アメリカンや
イヌイットにもありますし、中国の少数民族にもあります。

中国の南西部にすむ、苗(ミャオ)族の間では、昔、空には10個の太陽があり、
人々が暑くてたまらないので、弓で9個を射落としたら、残った1個も、
怖がって山の陰に隠れて出てこなくなってしまい、何日も夜が続いた。
そこで人々が鶏を鳴かせてみたところ、太陽は東から顔をのぞかせ、
元に戻った。喜んだ人々は、鶏をほめたたえ、頭に赤い王冠を授けた・・・

こういう話があるんですね。で、これらの神話は、モンゴロイド系の民族の間で
語り継がれているケースが多く、しかも、これは天体現象である
日食を象徴的に現したもののようなんです。ただ、日食といっても部分食は
毎年のように見られますので、太陽の全体が隠されて、あたりが暗くなる、
皆既日食をさしているものだと考えられます。

古代のギリシャ・ローマ、またその影響を受けたオリエント世界、
あと古代中国でも、天文学が発達していて、日食は天体現象であることが
知られていましたが、日本や、その他のモンゴロイド社会では、
日食が神秘的な現象としてみられていたのは、十分考えられる話だと思います。

さて、当ブログでは、邪馬台国関連の話も書いていますが、
この天岩戸神話を、邪馬台国問題と結びつける説があります。
邪馬台国は始め九州にあり、それが東の大和に移っていったという説を、
邪馬台国東遷説と言いますが、それらの人によって主張されることが多いんです。



まず、天照大神が邪馬台国の女王、卑弥呼になります。そして卑弥呼の死が、
天照大神が岩戸に隠れたこと。この後、邪馬台国では男王が立ったものの、
国中が承服せず戦乱が起こり、13歳の、卑弥呼の同族の娘、
台与を新王とすることで争いが収まったと『三国志』には出てきます。

つまり、台与は、岩戸から出て再生した太陽を現しているというわけです。
さらに、この話はヤマト王権に代々伝えられ、天照大神は伊勢神宮の内宮に
祭られていますが、それに食事を給する役目をもって外宮に祭られているのが、
豊受大神(トヨウケノオオカミ)なんですね。

天照大神と豊受大神


卑弥呼と台与の記憶が、岩戸隠れの神話として後代に伝わり、
天照大神と豊受大神となって、現代でも信仰を集めている・・・
これが本当だとしたら歴史上の大ロマンですが・・・残念ながら、
証明する方法があるとは、自分には思えないんですよね。現代の歴史学は、
どんどん実証主義的になってきていますので、
これを定説とするには大きな困難があると考えられます。

さてさて、では、卑弥呼と日食は関係あるんでしょうか。
卑弥呼が亡くなったのは、247年頃と考えられています。
このときに皆既日食はあったのか? 現在では、専用ソフトを使って、
古代の日食の日時や形態を算出することができるようになっています。

卑弥呼の死に近いところでは、247年3月24日、248年9月5日に
日食が起きています。ですが、正確な計算では、どちらも、
邪馬台国の候補地である九州本島や畿内の全域で、
部分日食にしかならないことがわかっているんです。ですから、これを
卑弥呼の死の原因や、天岩戸神話と結びつけるのは、
ちょっと難しいかもしれません。では、今回はこのへんで。

皆既日食







植物に意識はある?

2018.06.05 (Tue)
エント


これは難しいテーマです。おそらく自分にはたいしたことは言えないと思います。
なぜこのテーマが難しいかというと、一番には、「意識」という言葉の定義が
はっきりしていないからでしょう。みなさんは「意識」というと
どんなことを思い浮かべられるでしょうか?

「この人は意識がある」とか「意識を失っている」とか、
今、起きていて、外界のことを感じ取ることができる状態を「意識」という
場合が多いんじゃないかと思います。でも、古来から哲学や心理学、
生物学などで言及されてきた「意識」は、もっと広範囲な内容を含んだものです。

例えば、感情や理性、知識、記憶、自我、思考、他者とのコミュニケーション・・・
こういったものをひっくるめて、意識とする場合も多いんですね。
ですから、植物に意識はあるのか?という疑問の答えは、
意識というものをどう定義するかで違ってくると思われます。

ですので、ムリに「意識」という概念にこだわらず、
「植物には何ができるか?」ということを考えていったほうがいいかもしれません。
まず、「植物は外界の環境の変化を感じ取ることができるか?」
これはできますよね。外の世界が明るいか、暗いかは植物にはわかります。

というか、光があるときには光合成をし、二酸化炭素を取り入れて酸素をつくり出す、
逆に、暗いときには呼吸をして酸素を取り入れ、二酸化炭素を放出する、
そういう生活をしている植物にとって、光を感知することは、
生存にとって何よりも重要なことです。

また、植物は、葉など体の一部分が、何かに触れたことを感知できます。
オジギソウという植物は、手で触ると葉が閉じていきますよね。
根が虫に食われているなどのこともわかります。
われわれ人間は、目や耳などの感覚器で外界の様子を感じ取りますが、
植物の感覚器はそれとは違っているだだけのことです。

オジギソウ


次に、「植物には記憶があるか?」これはあると考えたほうがいいかもしれません。
桜の木は毎年、ある気温になれば花を咲かせ、花を散らし、
新芽を吹き出させ、寒くなってくると紅葉して葉を落とします。
アメリカの科学誌に載った論文では、植物が長期記憶を
持っている可能性が指摘されています。

次、「植物は他者の攻撃から身を守ることができるか?」
これはさすがに、人間がチェンソーで伐り倒そうとするのを防げる植物はありません。
しかし、植物が細菌などに感染した場合、フィトンチッドという物質を出して、
細菌を殺そうとすることはよく知られています。ちなみに、フィトンチッドは、
人間の体にはよいとされ、森林浴の効能を紹介する際によく用いられますが、
本当にそうかどうかはわかっていません。

ハエトリグサ


次、「植物は仲間とコミュニケーションがとれるか?」
イタリア、トリノ大学の研究者によると、木は仲間の根と別種の根を区別し、
よそ者を排除することがあるそうです。また、カナダの、
ブリティッシュコロンビア大学では、フィトンチッドや電気信号を利用し、
木が同じ種類の仲間同士で危険を警告し合うことが発見されたそうです。

まだ他にも、いろんな観点があると思いますが、これくらいにしておきましょう。
人間を始めとする高等動物の多くは、脳と神経系によって上記のようなことを
行っていますが、もちろん植物に脳はありません。しかし、
それとはまた別の巧妙な仕組みで、彼らなりの生活を営んでいるわけです。

さて、一昔前に、植物に音楽を聴かせると育ちに変化があるなんて話がありました。
例えば、クラシック音楽を聴かせればきれいに育ち、ハードなロックを
流せば育ちが悪くなるとかなんとか。これについて、さまざまな論文が出ていますが、
肯定的、否定的な意見が入り混じって、結論は出ていません。

植物にロックとクラシックを聴かせて育てたとされる画像


自分的には、植物は音波、つまり空気の振動は感じ取れても、
音楽の内容を理解してるとまでは言えないんじゃないかと思います。
ただし、植物が好む、あるいは嫌う、振動の周波数があるのかもしれません。
今後の研究の進展を待ちたいところです。

さて、少し話の方向性を変えて、日本は宗教的に、古代から自然崇拝の強い国でした。
御神木といって、樹齢を重ねた大木には神性が宿るとする考え方もあります。
また、弥生時代に水稲耕作が始まってからは、穀物の霊が特別視されました。
現在でも、天皇陛下が、皇居内の水田で自ら田植えをされたりしていますよね。

これは、キリスト教以前の西洋でもそうでした。
エントというのをご存知でしょうか? トールキンの『指輪物語』に出てきた
樹木の精霊で、樹人などとも言います。ところが、キリスト教が広まるとともに、
こうしたアニミズムは一掃され、植物、あるいは牛や豚などの家畜は、
人間が自由に利用するために神様が創ったことにされてしまいました。
生物の中で、上下関係ができてしまったわけです。

屋久島の縄文杉


例えば、西洋の庭園は、植物はきっちり同じ形に刈りそろえて、
幾何学的に植え込んでいる場合が多く、それに対し、日本庭園は、
自然の景観を模して造られていますよね。このあたりにも、
考え方の違いが現れているように思います。

さてさて、だいぶ長くなってきたので、そろそろ終わりにしたいと思いますが、
ここまで読まれて、みなさんは「植物に意識があるかもしれない」
とお考えになられたでしょうか。これ、難しいですが、なかなか面白いテーマなので、
今後も書く機会があるかもしれません。では、今回はこのへんで。






怪片6題

2018.06.04 (Mon)

関西の大学に通っている滝田さんが、友人たち3人と山のキャンプ場に行った。
まだ肌寒い季節の平日だったので、他の客はほとんどおらず貸し切り状態。
そこは昨年できたばかりで、作りつけのテントも新しい。
炊事場で飯盒で飯を炊き、バーベキューを楽しみ、存分に酒も飲んだ。
夜も更け、テント内でみな寝袋に入ってだべっていると、
もこもことテントの下端がめくれるのが目に入った。
「何だ?」と思って見ていると、ちょこんとリスが顔を出した。

「あ、リス!」と滝田さんが言うと、友人らも顔を上げ、「へえ、かわいい」
などと口々に言ったが、テントはさらにめくれて、
ずりずりと人間の前頭部が入ってきた。「!!」 驚いたことに、リスの下半身は、
そのはげ上がった額から生えていたそうだ。「うわわわ」 「何だよ、これ!」
リスが生えた頭は下向きのまま、完全にテントの中に入り込み、
リスは目を見開いて小さな口を開け、「・・・たすけてくれ」と言った。

「わあ!」4人は寝袋を抜け出し、我先にとテントから逃げた。
向かった先は管理人のいる木造小屋。幸いまだ起きていた管理人に、
今 見たもののことを口々に告げると、初老の管理人は眉根にシワを寄せ、
「そうか・・・一昨年の秋なあ、山菜採りの人が行方不明になって、
 春に白骨遺体で俺が見つけた。でな、その頭の骨の中に、どういうわけか、
 小動物の死骸もあったんだよな」そう言ったそうだ。


小学校の講師をしていた吉成さんは、2年生の担任を任された。
低学年を持つのは始めてだったが、みな素直でかわいらしい。
ある日、さようならをした後、掃除当番の班と教室を掃除していると、
ホウキを持った男の子の手の甲に、何か文字のようなのがあるのに気がついた。
「あれ、何か書いたの?」そう言って手をとってみると、「3」と読めた。

赤いクレヨンのようだが、軽くこすっても消えない。
「これ、○○君が自分で書いたの?」と聞いても、
男の子はきょとんとして首を振るだけ。「掃除が終わったら洗いましょうね」
そう言って、終了後に男の子を呼ぶと、手の数字は消えていた。
「自分で消したんだろう」そのときはそれで終わった。

それから3日後、同じ男の子が昼休みに遊びにも行かず、自分の机に伏せっていた。
「具合悪いの?」近寄ってそう聞くと、男の子は顔を上げ、
そしたら額に「0」と赤く書かいてあった。「!?」
男の子は「げえ」と机の上に吐き、ごろんとイスから落ちたので、
抱き上げて保健室に連れていったが、もう額の数字は見えなくなっていた。
救急車を呼ぶ事態になり、男の子はそのまま亡くなってしまったそうだ。


外資企業に勤める鴻池さんは、思った以上の臨時ボーナスが出たので、
奮発して高級寿司屋に行った。大トロやアワビなど、普段は頼めないネタを
存分に食べ、大満足して、最後のシメを何にしようか考えていたら、
目の前のネタケースの中で、白い霧のようなものが発生し、蠢いている。
見ていると、それはだんだんに魚の形になり、ケースから上に染み出してきた。

「!?」驚いていると、職人さんの一人が包丁を持ってやってきて、
横の部分で、その魚の背びれを軽く叩いた。
魚の形はパッと消え、「あ、あ、今のは?」鴻池さんがそう聞くと、
職人さんは少し笑って「お客さん、見える人なんですね。いやね、魚の中にも
 往生際の悪いやつがいて、成仏しないことがあるんですわ」と言ったそうだ。


インターネットビジネスを手広く営む山根さんが小学生のとき、
仲間と河原で石投げをしていた。平べったい石を水面スレスレに投げると、
何度かバウンドして向こう岸まで届く、それが面白くてずっとやっていたら、
川上から大きめの木箱が流れてきた。これはちょうどいい的だ、
みながそう思って、石投げを集中させた。すると、
何発目かに投げた大きめの石が命中し、ボンと箱から白い煙が出た。

そして箱の中から、10cmばかりの人形が数十体、宙に飛び出し、
それらはみな、ひな人形の右大臣のような服装をしていた。
水面に落ちた人形は、どれも踊りのような動作で一回転して、
それからミカンに変わった。壊れた箱とミカンは、
そのままプカプカと川を流れ去っていったという。「本当ですよ。
 あのとき河原にいた仲間は、みんな見たんですから」という山根さんの話。


消防士をしている門脇さんは、たまの休みの日、奥さんと4歳の娘さんと
いっしょに、「動物ふれあい広場」に出かけた。
そこは放し飼いの動物が多く、客はエサを買って、自由に与えることができる。
娘さんは大はしゃぎで、キリンのいる場所まで来た。
キリンは背の高い動物なので、ずっと低い場所にいて、
首を伸ばして柵の間からエサをもらうようになっている。

娘さんは、顔を出しているキリンにエサをあげようとしたが、4歳では届かない。
門脇さんが抱き上げようとしたとき、近くにいた中年の男性がパチンと指を鳴らし、
すると、キリンの首がススススと縮んで、娘さんが伸ばした手から、
エサをぱくっと食べた。「え? え?」そこへ、飲み物を買った奥さんが帰ってきたが、
今見たことを告げると「キリンが体をかがめただけでしょ」と言われた。
中年男性は、いつのまにかいなくなり、キリンの首も元に戻っていたそうだ。


沖縄から大阪に出てきて事務員をしている上原さんは、祖母がユタと言って
霊媒師のような仕事をしていた。そのせいもあってか、
普通の人には見えないものが見えるときがある。
ある日、遅くまで飲み会があり、なんとか終電に間に合ってアパートのある街の
駅に着いた。かなり酔った状態で歩いていると、缶を蹴飛ばしてしまった。

道路脇に花束が添えられてあり、今 蹴飛ばしたのはジュース缶だった。
「ごめんなさいね」上原さんは心の中で謝り、缶を元に戻して信号を待った。
すると、「ねえ・・・」という声が聞こえ、スカートが軽く引っぱられた。
見ると、頭の割れた血まみれの男の子で、明らかにこの世のものではない。

上原さんは反射的に、祖母から教えてもらっていた呪言を唱えると、
子どもはスッと消えた。翌朝、遠回りして花を買った上原さんは、
駅前にまだ残っていた花束の上にそっと重ねた。そのとき、
上原さんは、あの子の話をもっと聞いてやればよかったと思い、
沖縄に戻って、祖母のあとを継いだほうがいいんだろうか、
そんな考えが頭をよぎって、まだ迷っているところだという。








穴に落ちる話

2018.06.03 (Sun)
※ ナンセンス話です。

これ、俺が小学校6年生のときの話だよ。夏休みの終わり頃のことだった。
当時俺は田舎に住んでて、家は農家だったから、親が金を持ってなくて、
ゲームとか、あんまり買ってもらえなかったんだよ。
まあでも、別に不満じゃなかった。外で遊ぶほうが好きだったからな。
学校のプールも開放されてたし、川や沼で魚釣りもした。
けど、やっぱり夏休みと言えば虫捕りなんだよ。
2日おきくらいに山に出かけて、大きめの虫カゴ3つにびっちり
虫を飼ってたんだ。あんまり捕れるんで、カブトなんかは貴重じゃない。
クワガタの大きなやつだけ残して、あとは捕ってもすぐに逃してたな。
うーん、今はどうなんだろうな。長い間、あの田舎の町には戻ってないけど、
自然破壊で昔みたく捕れなくなくなってるのかもしれんね。

でな、その日は、家で昼飯を食ってすぐ、捕虫網と虫カゴを持って、
裏の山に登ったんだ。まあ、山といっても、せいぜい300mくらいか。
小学生の足でも1時間かからずに頂上まで着く。そんな山がいくつも
横に並んでたんだ。山に入って、前に来たとき、
木に焼酎を塗ったところに行ってみた。これで大概、何匹かクワガタが
ついてるんだが、その日はカブトのメスが2匹いただけ。
他の場所も同じようなもんだった。ああ、つまんねえな、って思って、
少し冒険してみることにした。横につながってる、
別の山に入ってみるつもりだった。といっても、夏の盛りだから、
草木が茂ってて、道のないところには入れない。それで、
いったん頂上まで登って、そっから下を見下ろしてみたんだ。

そしたら、右手下のほうに、ごくごく細い道が見えた。
これは、木を伐る人がこさえた道だろうと思って、そこまで下りて、
隣の山に入ってたんだよ。で、その道はあんまり使われてないらしくて、
子どもの俺がやっと通れるくらいの幅しかなかった。両脇は深い茂みで、
なんだか心細くなってきて、もう少し進んで、広場みたいなとこに出なかったら
戻ろうと思ってたのよ。それが、ふっと目の前が開けて、円形の草地に出たんだ。
不思議な場所でな、そこだけ草を刈って芝を植えたようになってた。
で、端のほうに岩でできた像みたいなのが一つあった。近寄ってみると、
人間を掘ったもんじゃない。どう言えばいいかなあ。
あ、奈良のほうに猿石ってあるだろ。あれに似てたような気がする。
その前で、像をしげしげと眺め、後ろに回ろうとしたとき、

地面がぼこっと陥没したんだよ。気がついたら、回りが暗くなって、
俺はズザザザと斜面を滑り落ちてた。んでも、たいした深さじゃない。
せいぜい3mくらいかな。俺は下に尻から落ちて、あたりを見回すと、
うすらぼんやり明るかった。上に、俺が落ちてきた穴が空いてて、
そっから光が射し込んでたんだ。で、思わず息を飲んだよ。
回りがぐるっと、コントロールパネルみたいになってたんだ。
やっぱり子どもの頃に、浄水場の見学に行ったことがあるけど、
あれよりもっと大規模で、ずらずらっと、スイッチみたいなのが並んでたんだ。
それと、中央に、石でできた四角い大きなものがあったんだ。
当時はわからなかたけど、あれは石棺ってやつだと思う。ほら、古墳なんかにある。
でもな、回りのスイッチとか、そんなものが古墳にあるわけがない。

上の穴を見たら、斜面はけっこうゆるくて、何とかよじ登れそうに見えた。
気持ちに余裕が出てきて、手近にあったスイッチを一つだけ上に上げてみたんだ。
そしたら、ビコンビコンと音が鳴って、赤い色が上のほうで点滅しだしたんだ。
あ、これはヤバイ、そう思って逃げることにした。斜面に四つん這いになって、
滑るけどなんとか登ってったんだよ。ああ、時間はかかったが、
穴の縁までたどり着き、手をかけて外に出たんだ。上から見下ろすと、
中が真っ赤になってるように見えて、警告音みたいなのもかすかに聞こえてきた。
俺の服は泥だらけになってて、ああ、また怒られるなあと思いながら、
すっかり虫捕りをする気は失せて、家に戻ったんだよ。
まだ早い時間だったから、両親は畑から戻ってきてなくて、ばあさんが猫といっしょに
居眠りをしてた。俺は汚れた服を脱いで洗濯機に放り込んだ。

異変に気がついたのは、夕方になって、母親に呼ばれたときだな。案の定、
俺の泥まみれの服を持って怒ってた。けど、その言葉が変だったんだよ。
「また、こんな○汚して」・・・この○のところが、息を吸い込みながら、
「ピョゲ」みたいな発音に聞こえたんだ。まあでも、そのときは、怒りのあまり
発音が変になってるんだろうと思って笑わないでいた。けど・・・
はっきり異変に気がついたのは夕食のときだな。ちょうどテレビで7時のニュースを
やってたんだが、アナウンサーの発音がおかしかった。全部がおかしいわけじゃなくて、
ところどころに、さっきのピョゲとか、ジャコみたいな音が混じるんだ。
それで、「このアナウンサー、変じゃね?」って言ってみた。
でも、家族は普通に聞いてて、姉が「どこが?」って言っただけだったんだよ。
そのときはそれ以上のことはわからなかったんだな。

けど、飯を食い終わって、自分の部屋のベッドに寝転んでマンガ読んでたら、
字が変なことに気がついた。見たことのないひらがなが印刷されてたんだ。
いや、何回か前に読んだことがあるマンガで、そのときは変じゃなかった。
どう言えばいかなあ。形はどう見てもひらがななんだけど、学校で習ったもんじゃない
っていうか・・・で、マンガの他のページも見たら、俺の知らないひらがなが3つ
あることがわかった。「に」と「れ」と「つ」だな。
これが入れかわってる。教科書を引っぱり出して見ても同じだった。
で、それ持って、姉の部屋に行っただよ。指で指し示して、
「姉ちゃん、この字、何て読む?」って聞いたら、「ひらがなじゃないの、
 何言ってんのよ、ピョゲでしょ」 「おかしいと思わない?」
「ぜんぜん」こんな感じだったんだよ。

それで、わけがわからないながらも、その日は寝た。いやあ、そうだなあ、
これが山の中での出来事と何か関係があるとか、それはまったく考えなかったな。
まあ、子どもだったし、実害があるわけでもないし、1日寝れば、
餅に戻ってるかもしれないと思ったわけ。でも、次の日も同じだった。
3個の字が、書くときも、話すときの発音も前と違ってるというだけ。
え?俺が話すとき? さあ、どうだったんだろうな。
自分では普通にしゃべってたつもりだし、聞き返されたりしたこともなかった。
そういえば、そこには気がつかなかったなあ。でな、山であの変な機械を見てから、
2日後のことだよ。その日は、朝からばあさんが、猫がいなくなったって探してた。
まあ、あの猫は、夜に外に出てったりしてたから、
そのうち帰ってくるだろうと思ってたんだけどな・・・

で、よく晴れた日だったから、もう一度あの山に行ってみようと思ったわけ。
俺が落ちた穴がどうなってるか? 確認したかったし、
もしできるなら、穴にまた入って、秘密を探ってやろうと考えたのよ。
下からは行く道がわからなかったから、こないだと同じように裏山に登って・・・
ところが、どうやってもあの横道が見つからなかった。それで、あの日のように、
いったん頂上に出て、道を見つけようと思ったわけ。
そしたら・・・頂上にある倒木に、大人が2人座ってた。
その人らは田舎では葬式でしか着ない黒い背広の上下で、
顔にでっかいサングラスを掛けてたんだよ。あと、一人が手に、やはり黒い
大きなバッグを持ってたんだ。俺は大人の姿を見て、なんとなくバツが悪くて、
さりげなく下りて行こうとしたら、一人から声をかけられた。

「坊や、道を探してるのかい?」 「い・・・え、そういうわけじゃ」
「隣の山に行ったかい?」 「いえ」 「ふーん、機械触らなかった?」
「いえ」 「変だなあ? 坊やだと思うんだけどなあ」一人がそう言うと、
薄笑いを浮かべながら、「でもね、大丈夫。機械はなんとか直したから。
 それと、もしかして、猫探してるんじゃないの?」 「いえ、その」
男はバッグを開け、ぐったりして目をつぶった猫を持ち上げてみせたんだ。
家の猫にそっくりだったけど、垂れ下がった四肢の他に、腹のところに
もう一本足がついてたんだ。「坊や、もう2度とあの山に行かないでくれる。
 世界が狂っちゃうから。坊やも、こうはなりたくないだろ。あと、このことは
 人に言わないで。まあ、しゃべっても、誰も信じちゃくれないだろうけど」
それから、2人は狂ったように笑い始めたんだよ。







環境DNAって何?

2018.06.02 (Sat)
もし本当にいるとすれば、英国スコットランドで最も有名な動物は、
ネス湖にいるというネッシーだ。今回、科学者チームが、
ネス湖の水に含まれているDNA断片の配列を片っ端から決定することで、
この湖にネッシーがすんでいる(あるいはすんでいた)か
をめぐる論争に決着をつけようとしている。

ニュージーランド、オタゴ大学の遺伝学者ニール・ジェメル氏が率いる
国際研究チームは、2018年4月からネス湖の水のサンプルを採取していて、
6月からはサンプル中に含まれるDNAの抽出に着手する。
彼らの目的の1つは、ネッシーの遺伝子探しだ。
(Natonalgeographic)

bbbbhhsususus (1)

今回は、科学ニュースからこの話題でいきます。
やや地味めな内容で、カテゴリとしてはUMA談義に入るでしょうか。
まず、環境DNAとは何か?ということですが、生物はそれぞれ、
固有の遺伝子を持っていて、その塩基配列はDNA(デオキシリボ核酸)
の中に組み込まれています。ここまではご存知だと思います。

さて、生物が生活するにあたって、多数のDNAが周囲にまき散らされます。
皮膚のかけらや体毛、糞、精子などです。人間では、
1日で約1兆個の細胞が入れ替わると言われていますし、
掃除をすれば、ゴミの中にたくさんの髪の毛が含まれていて
驚くこともあります。1日、100本は抜けているそうです。

これらの、生物の個体から直接採取されたのではない、
環境の中に自然に含まれるDNAを、環境DNAと言います。
川や湖の場合、水の中には、環境DNAが多数とけ込んでいます。
(海の場合は水量が桁違いに多いため、難しい面があります)

これまで、ある水域にすむ生物相を調べるには、あちこちで網を入れて
実際に魚を捕ったりしなくてはならず、膨大な時間と費用がかかっていました。
ところが、最近になって、次世代シーケンサーという機械が開発され、
短期間で効率よく生物調査ができるようになったんですね。
単に、採取した水のサンプルを機械にかけるだけです。

次世代シーケンサー
bbbbhhsususus (3)

日本でも、琵琶湖周辺の河川において実施され、たった一人の研究者が、
わずか10日間で、琵琶湖周辺水域の85%の調査を行っています。
これが従来型の調査であれば、大勢の研究者で何年もかかっていたはずです。
しかも、調査の精度も十分満足できるものでした。

琵琶湖には、文献などから、44種類の魚が生息すると推定されていましたが、
この調査では、そのうち38種類の環境DNAを採取し、
さらに、琵琶湖では報告がなかった2種の魚のものまでが見つかったんです。
また、やろうと思えば、魚だけでなく、
水生昆虫や植物のDNAも見つけることができるはずです。

上記引用のニュースは、この調査をネッシーがすむとされるネス湖において
実施しようということなんですね。では、ネッシーは本当にいるのか?
これまで、ネッシーの正体は、恐竜の一種である首長竜ではないかという
説が多かったんですが、首長竜の絶滅は6600万年前、
それに対し、ネス湖が氷河によって形成されたのが約1万年前です。

首長竜
bbbbhhsususus (2)

根本的に時代が合わないんですね。ですから、ネッシー研究者の中には、
ネス湖は地下のトンネルで海とつながっていると主張する人もいました。
しかし、これまでに行われた水質・地質の調査では、
地下トンネル説には否定的な結果が出ています。

また、首長竜は、小さなものでも体重1トンはありますし、
長い年月にわたって種を維持するためには、
最低でも数百頭の個体数が必要だと考えるのが妥当でしょう。
ところが、ネス湖は寒冷地にあり、それだけの巨大生物の数を維持できる
餌となる魚がいないんですね。ということで、ネッシー=首長竜 説は八方塞がりです。

これを打開するため、いろんな奇抜な説が考え出されています。
例えば、サイエンスエンタティナーを自称する飛鳥昭雄氏は、
ネッシー=タリモンストラム 説を唱えていますが、これは恐竜よりはるかに古い、
古生代に生息していた、せいぜい10cm程度の生物です。

タリモンストラム


それらの説の中でも穏当なものとしては、チョウザメやヨーロッパオオナマズの
誤認ではないかとするものです。チョウザメは、
大きな種類では10mほどになりますし、冷水を好みます。
また、ヨーロッパオオナマズも3m近くなります。
しかし、ネス湖において、この2種が捕獲されたという記録はないんです。

さて、ここまで読まれて、なんだ、どうせネッシーなんていないんだろう、
そんな調査やるだけムダだと思われたかもしれません。
しかし、もし、いないと思われていたチョウザメのDNAが見つかったら、
それはそれで大発見ですし、キャビアをとるための養殖ができるかもしれません。

オオチョウザメ


また、ネス湖全体の生物相がわかることで、環境保護にも役立ちます。
あと、首長竜のDNA配列はわかってはいません。
化石はいくつも見つかっていますが、長い年月の間に,
DNAは壊れてしまってるんです。ですから、
もし正体不明のDNAが発見されれば、ネッシー実在の夢は残ることになります。

さてさて、これ以外にも、環境DNAを用いた調査は、たくさんの可能性を秘めています。
例えば、このニュースを掲載したナショナルジオグラフィックの研究チームは、
1930年代に、飛行中に行方不明になった米国の女性飛行士、アメリア・イアハート
が不時着したとされる南太平洋のニクマロロ島で、土を採取して、
彼女がいた痕跡を探しているということです。

アメリア・イアハート
bbbbhhsususus (1)

これが成功すれば、すごい話だなあと思います。ただし、アメリア・イアハートは
近代の人で、あらかじめ髪の毛などから彼女のDNAがわかっているので、
同定が可能なんでしょう。日本で、例えば、坂本龍馬の環境DNAを見つけたいと
思ったとしても、元がわからないんですよね。では、今回はこのへんで。






エジプトミイラについて

2018.06.01 (Fri)
鷹のミイラとして英国の博物館で展示されていたミイラのなかには
人間の胎児が入っていた。古代エジプトの「鷹のミイラ」として、
100年近く博物館に所蔵されていたミイラは、ヒトの胎児だったことが判明した。
カナダの研究者がCTスキャンで内部を撮影したところ、無脳症の胎児の骨が発見された。

(Maidstone Museum/Nikon Metrology UK/University of Western Ontario)



今回はこのニュースでいきます。古代エジプトの話です。
古代エジプトは、ご存知のように多神教で、来世復活を信じる宗教ですよね。
ミイラ作りが始まったのは、豊穣の神であるオシリスが破壊の神セトに殺害され、
その後、ミイラとして蘇り、冥界の王となったという神話にもとづいています。

オシリス神


で、復活するためには、遺体を保存しておくことが肝要であり、
ミイラの作成は、紀元前3000年以前から行われるようになりました。
作り方は時代によって違いはありますが、
基本的には、内臓をまず取り出し、遺体を炭酸ナトリウムに長期間漬け、
その後、乾燥させてから何重にも布を巻きます。

映画に出てくるミイラ男は、このイメージが元になっています。
また、取り出された内臓は、個別にカノプスという壺に入れて保管されました。
この壺には、神々の姿が彫られており、例えば、肺はハビ神、
肝臓はイムセティ神というように決められていました。

カノプス壺


また、脳はミイラを腐らせてしまうとして、鼻から鉤状の器具によってかき出され、
心臓だけは、魂と理性が宿るとされ、そのまま遺体に残されています。
ただし、ここまで丁寧に処理されるのは神官や王侯貴族だけで、
庶民はもっと安上がりな方法で処理され、内臓を取り出さず、
ただ天日干しされただけのものが見つかっています。

さて、上記引用のミイラは、ずっとイギリスのメードストーン博物館に
収蔵されていましたが、鷹を模した造形物だと思われていたんですね。
約2100年前のものだそうで、ミイラとしては新しい部類に入ります。
このミイラについては、1925年に英国人の医師から博物館に寄贈された
という以外の情報はまったくわかっておらず、
年代は、たぶん炭素法によって出されたのだろうと思います。

それが、カナダの研究者がCTスキャンで内部を撮影したところ、
内部に、妊娠23〜28週と推定される胎児の骨が見つかったんですね。
ここまで成長しているのは、おそらく死産だったからだろうと考えられます。
さらに、この胎児には脳がなく、耳や背骨にも異常があるとのことです。

では、その奇形の胎児がなぜ保管されたのか。これは、
まず、胎児には霊力が宿っていると考えられたからでしょう。
さらに、奇形もまた、霊力の源として見られていました。そこで、ミイラ職人が
胎児の遺体を巧妙に折りたたんで、鷹の姿に見えるよう造形したわけです。

エジプトで鷹といえば、ホルス神を連想します。正確には猛禽であるハヤブサの神です。
エジプトの神々の中で最も古く、最も偉大であるとされ、
太陽と月を両目として、すべてのものを見通すと考えられました。
ですから、この胎児のミイラも、それと何か関係があるものと思われますが、
はっきりしたことはわかっていません。

ホルス神
images (1)

さて、これらのミイラたちは、来世が来る前に破壊されたりしてしまうと、
当然ながら復活することができません。そこで、ミイラには、
墓荒らしに対抗するための呪いがかけられていると言われます。
有名なのが、「ツタンカーメンの呪い」というやつです。

1922年に、王家の谷で発掘された、古代エジプト第18王朝のファラオ、
ツタンカーメンのミイラですが、それを指揮したカーナヴォン卿および
発掘に関係した人物が、発掘作業の直後に次々と急死したとされる事件です。
ですが、詳しく調べてみると、かなりの部分がこじつけであることがわかります。

現在では、呪いの真相については、発掘に携わった考古学者ハワード・カーターと
独占契約を結んだタイムズ社に対抗した他の新聞社が、
発掘関係者が死亡するたびに「王家の呪い」と報じたことが原因であると
言われています。呪いの実体そのものがなかったんですね。

ツタンカーメン王の発掘


あと、「タイタニックとミイラの呪い」の話もよく知られています。
タイタニック号は、1912年、氷山に衝突して沈没した豪華客船で、
映画にもなっていますが、その荷室に、大英博物館から、
ニューヨークのメトロポリタン美術館へと送られる予定だった
ミイラが積まれており、その呪いで船は沈んでしまったとするものです。

ですが、タイタニック号の積荷の記録にはミイラ、
あるいはそれに類する古美術品という項目はありません。そこで、
「ミイラを正規のルートで送れなかったバイヤーが、
船に積んだ車のトランクに隠していたのだ」という話がつけ加えられています。
しかしこれにも、何の証拠もなく、都市伝説の域を出ないものです。

さてさて、信仰心から、来世での復活を願って作られたミイラですが、
西洋人の目には、文化的に相容れない不気味なものとして映り、
数々の禍々しい伝説が加えられてしまいました。
これは、古代エジプト人にとっては心外なことだろうと思います。

ミイラをあつかった映画はたくさんありますが、『ハムナプトラ』のシリーズが有名ですね。
シリーズ化されて、たしか第3作まで作られてるんじゃなかったかな。
あとは昨年、トム・クルーズ主演の『ザ・マミー 呪われた砂漠の王女』が
公開されています。これはどちらも、1932年のホラー映画『ミイラ再生』の
リメイクだったはずです。では、今回はこのへんで。

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『ミイラ再生』