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火の女の影の話

2018.11.30 (Fri)
あの、山根と申します。よろしくお願いします。一連の出来事の最初が、
4年前の夏なんです。俺、当時、期間工として某県の会社に勤めてました。
ラインに入って乗用車を組み立てる単純作業で、寮生活でした。
でね、8月になって、夏休み期間があったんですが、
俺には帰るような実家もなくて。うちの両親は離婚していて、
俺は高校出てから、どっちとも会ってなかったんですよ。寮にはそういう、
どこも帰るあてのない若いやつらが何人か残ってて、毎日どっかの部屋に集まって
酒飲んでたんです。そこに、峰田ってやつが顔を出しまして。
峰田はそこの工場の正社員で、家から通ってるんです。そいつが、
「何だよお前ら、ヒマそうだな。そんな昼から酒ばっか飲んでるとアル中になるぞ」
と言って、「盆だから、心霊スポットめぐりでもしねえか」って誘ってきて。

面白そうだし、皆すぐに承知したんです。ほら、峰田は地元だから、
近辺の廃屋とか墓地とか、幽霊の噂のある場所をあちこち知ってて、
車も持ってたんで、一晩に2ヶ所くらい夜中に行ってみたんですよ。
俺は、幽霊なんていないと考えてたし、全然怖いとは思わなかったです。
実際、スマホで撮った写真にもおかしなものは写ってなかったしね。
でね、盆休みが終わる2日前の日です。その夜も、心霊スポットに行ったんですが、
その前に峰田が、「これまで行ったとこはいまいちパッとしなかったが、
 今回は怖ええぞ。そこのホテルはな、ある部屋で女が焼き殺されて、
 その黒いススみたいな影が壁に焼きついてるんだ。スゲエだろ」こう言って、
俺が「峰田さん、これまでそこ、行ったことがあるんスか?」って聞いたら、
「いや、始めてだけど、俺のダチが何人も行って確認してる」って。

で、皆でビール、チューハイを飲んで11時ころに、峰田が乗ってきた
ワゴン車に乗ってね。ああはい、峰田ももちろん飲んでました。
だから、飲酒運転ってことになりますが、当時はそういうことあんまり気にしなくて。
場所は国道が山に入ったすぐにあるラブホテル。寮から1時間くらいでした。
着いてみると、ホテルそのものが黒く焼け焦げてて、中に入るのが危険に見えました。
なんか天井とか崩れ落ちてくるかもって感じで。
「峰田さん、これ大丈夫なんスか?」 「いや、入ったやつらがいるって言ったろ。
 ほら見てみ、スプレーの跡があるだろが」確かに、黒くなった壁の上に、
いろんな落書きがあったんですよ。あ、そんときはホテルの前に車停めたんですが、
やっぱお盆のせいか、俺ら以外に来てる物好きはいないみたいでした。
で、ガラスの割れ落ちた入り口から、そのままどんどん中に入っていきました。

はい、数日前からのスポット探索で、みなそれぞれ懐中電灯を持ってて。
で、入ってみると、中の焼け方はそれほどひどくなかったんです。
おそらく、外から放火されたんじゃないかって思いました。
ここでね、峰田の話とちょっと違うなって。だって、女はホテルの部屋で焼き殺された
って言ってたから。まあでも、噂ってそんなもんだとも思いました。
1階は1時間くらいかけて全部見ました。ある部屋には、大人のおもちゃが
何個か転がってて、拾ってスイッチを入れても動かなかったです。
峰田が、「女の影がある部屋は、階段のぼって2階の4番めだから」そう言って、
みなでそれぞれライトで照らしながら上がってきました。
ホテルの中も落書きだらけで、俺は怖いとは思ってなかったです。
たぶん皆も同じ。「ここだな」峰田が言って、4番目の部屋のドアを開けました。

中はせまくて、ベッドのある部屋とバスルームしかなかったです。
それに、焼けた跡もなかった。「峰田さん、どこスか、その女の影って?」
「ちょっと待てよ。うーん、あれじゃねえか」指さしたのが、
ベッドの枕側の壁。「いや、きれいなもんじゃないスか?女なんてどこにも」
「いやほら、あれが頭だろ、あれが腕で、ひざまずいた格好に見えるだろ」
「えー、普通の人間よりかなりでかいですよ」 「そう言われれば、そう見えなくも
 ないけど、俺らがライトで照らした影なんじゃないスか。
 じゃなきゃ、前に来たやつが描いたとか」 「いや、俺どこだかわかんねっス」
「ほら、これが頭だろ」峰田がイラついた声を出して、落ちてた電気スタンドの笠を
拾って、思いっきり壁の頭の部分に投げつけた・・・そしたら、
俺には、その黒い大きい頭が急に動いて、壁から突き出す形で、

峰田の胸にぶつかったように見えたんですよ。「ぐへはっ!」峰田が変な声を上げ、
それから「うわーっ」と叫んで部屋から逃げ出して行ったんです。
俺らが後を追って飛び出すと、転げるような勢いで階段を降りてって、
ホテルから出て自分の車に向かって走ってってね。これ、峰田に一人で逃げられちゃ
困るでしょ。だって俺ら足がないから。タクシーだって、こんな盆休みの深夜に
来るかどうかもわからない。だから、峰田がリモコンで車のドアを開けたとき、
みなで取りついて乗り込んだんです。「大丈夫っスか?」そう聞いても、
峰田はまっすぐ前をみたまま車のスピードをどんどん出して、そのほうが怖かったですよ。
でね、街に近くなって24時間のファミレスが見えたんで、皆で峰田に車を停めるように言い、
そこに入ったんですよ。その頃には、峰田もだいぶ落ち着いてきてました。
「ああ、さっきはびっくりした。ドスンと胸に何かがあたったんだよ」

で、皆で軽い食い物を注文したんです。あ、ほら、こういう話って、よく店員が
人数より多い水のコップを出したりするじゃないすか。でも、そんなことはなかったです。
さっきの部屋での話をして、壁の影が動いたように見えたってのが俺を含めて2人。
何もわからなかったのが2人。峰田自身は、「確かに女の大きな頭が俺に向かって
 きたんだよ。顔には目もあった」こう言ってました。でもね、俺はそう見えたのは、
誰かが懐中電灯を動かしたせいだろうと思ってました。で、峰田が俺らを寮に送って、
「胸が痛え」って言いながら帰ってったんです。で、俺らはほら、まだ明日も休みだからって、
また一部屋で酒飲みを始めたんです。それから小一時間して、俺のスマホに着信が入って、
峰田からでした。ひどくおびえた声で、「今 家にいるが、俺の部屋に女の影が来てる。
 お前らすぐ来てくれよ」って言うんです。「峰田さん、俺ら足ないっスよ」そう答えると、
「金払うから、今すぐタクシーで来てくれ」ってことで。

まあね、相手は先輩の正社員だし、皆、なかばバカバカしいと思いながら行ったんです。
俺は前に峰田の家には行ったことがあるんで、場所は知ってました。
わりに近いんだけど、こんな時間にタクシー来ないと思ったんですが、
一社、来てくれたところがあって、皆で峰田の家の前で降りたんです。
2階の峰田の部屋の窓に明かりがついてました。でねえ、峰田の家には両親がいるんだし、
中から開けてもらおうと思って、窓に向かって小石を投げたんですよ。
そしたら、ドッシャーンって窓が割れたんです。いや、石で割れたんじゃなくて中から。
窓を破って下に峰田が落ちてきたんです。これはびっくりしましたよ。
まあでも、普通家の2階だから、そんな高さがあるわけじゃなく、足から落ちたんで、
峰田は足首をネンザした程度でした。峰田は自分の部屋の窓を指さして、
「女がいる、部屋の壁に黒い影の女がいる」って言って。

俺らで救急に連れて行こうかとも思いましたが、峰田の両親が音で起きて出てきたんで、
事情を話して医者に連れてってもらうよう言いました。
でね、工場が始まって、峰田は出てきたんですが、足にギブスをはめ、
松葉杖をついてました。峰田は、「全部俺の勘違いだった、お前らには迷惑かけたな」
って殊勝にも菓子とか配ったんですよ。それからは忙しくて、峰田とも会いませんでしたけど、
社食で、峰田が不機嫌で誰とも口を聞かず、つき合ってた女とも分かれたって噂を
聞いたんです。はい、やつは社食にも出てこなかったんで。
それから2週間後、峰田が自殺したんですよ。それもね、俺らが行ったラブホテルの廃墟。
あの中に夜中に一人で入り、ガソリンをかぶっての焼身自殺・・・
まあ、警察ではそうと決めつけてるわけでもなくて、ホテルの建物が全焼して、
中から黒焦げの焼死体が発見された。それが峰田と判明したんで、

事件の可能性も考えてたみたいです。結局、真相はわからなかったです。
で、そんな死に方で、地元の新聞にも大きく出たんで、
峰田の葬式はやらなかったんですよ。でもね、その週の土日、俺が何人か誘って、
峰田の家にお線香をあげに行こうって言ったんです。俺は両親も知ってましたし。
でね、前みたいにタクシーで行って、降りて峰田の部屋を見上げました。
窓は修理されてましたが・・・なんというか、家の壁に、巨大な女の体の影があるように
俺には見えたんです。窓のところがちょうど頭。でも、それを言ったら、
他のやつらは「そうかなあ、見えないよな」ってね。まあ、俺の気のせいでしょう。
両親は憔悴してて、皆で峰田の遺影に手を合わせて帰りました。これで終わりなんですが、
ほら、ラブホテルで焼き殺されたっていう女ね。調べたんだけど、
そんな事実はなかったんですよ。そうだろうと思ってたとおり、まったくのガセネタでした。

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「大国主 縄文人説」って何?

2018.11.29 (Thu)
大国主命
sghaksi (2)

今回はこういうお題でいきます。ただしこれ、真面目な歴史の内容というより、
神話ファンタジーに近いものですので、そのつもりでお読みください。
さて、何から話していきましょうか。みなさん、大国主命はご存知でしょう。
『古事記』 『日本書紀』に登場する日本神話の神で、国津神の代表です。

神仏習合によって、大黒様とも呼ばれています。
その他にも別名がたくさんあって、大国主命を主祭する中心は出雲大社ですが、
全国各地で祀られていたことがわかります。
大国主命のやったのは国造りですね。少彦名神(スクナヒコ)という
小さな神と協力して、日本の国の土台を整えたとされます。

ところが、日本が「豊葦原中津国」と呼ばれる豊かな国になると、
空から別の神が降ってきて、大国主命に、「国を譲れ!」と迫ってきました。
天から下りたったのは、建御雷神(タケミカズチ)という神です。建御雷神は、
剣を地に突き立て、その上にあぐらをかいて座り、大国主命にどうするのか尋ねます。

大国主命は、まず自分の息子の事代主神(コトシロヌシ)に聞いてくれと言い、
建御雷神がそうすると、事代主神は「天の逆手」を打ち、
海の中に青柴垣を作って隠れてしまいます。これは、死んだということと解釈されます。
また、「天の逆手」は相手を呪うための作法なんでしょう。

諏訪神社の御柱祭 巨木を立てる縄文文化の名残とも言われる
sghaksi (4)

大国主命は、もうひとりの息子、建御名方神(タケミナカタ)にも
聞いてくれと言い、建御名方神は承知せずに、建御雷神に力比べを挑みますが、
両手を握りつぶされ、諏訪湖まで逃げていき、「ここから出ないから勘弁してくれ」
と許しを請います。これが長野県の諏訪大社ができた由来ですね。

息子2人がいなくなってしまった大国主命は、「この国を天津神に差し上げるので、
そのかわりに私の住む所として、大きな宮殿を建ててほしい」と言って、
その宮殿の中に入って隠れてしまいます。これが出雲大社のできた由来です。
ここまでの話をみると、大国主命は、自分の作った国を武力制圧されて
しまったようにとれます。天津神が国津神から国を奪い取った。

さて、ここまでに出てきた天津神と国津神ってどう違うんでしょうか。
天津神は、天照大神など高天原にいる神々、または高天原から天降った神々の総称です。
それに対し、国津神は日本の地にもともといた神々のことを指します。
これ、日本の古代における縄文人と弥生人の関係に似ている気がしますよね。

天津神の降臨
sghaksi (3)

昔からそのことは言われていましたが、説として最初にまとめたのは、
明治時代に民俗学を創始した柳田國男です。柳田は著書の中で、
「天津神を奉ずる渡来民族(水田稲作農耕民)によって山に追われた先住民が
山人であり、山人は国津神を報じた非稲作民であった」と述べています。
これは、まだ「縄文」や「弥生」という言葉がなかった頃の話です。

さて、古神道には、「天つ罪、国つ罪」という概念があります。
国つ罪が近親相姦や獣姦を禁じているのに対して、天つ罪は、例えば、
「畔放(あぜはなち) 田に張っている水を、畔を壊して流出させること。
溝埋(みぞうめ) 田に水を引くために設けた溝を埋めること」のように、
ほとんどが水田耕作に関係した内容になっています。

このことからも、天津神=水田耕作を主にする人々=弥生人、
国津神=日本列島に元来住んでいた人々=縄文人、という見方ができると言われます。
ただ、「天つ罪、国つ罪」という概念ができたのは、
だいぶ後代になってからのことだという見解もありますね。

古代出雲神社の想像復元図
sghaksi (1)

さて、縄文人とは、「縄文時代に日本列島に居住していた人々の総称。
約1万6000年前から約300年前まで、現在の北海道から沖縄本島にかけて住み、
狩猟・採集を中心とする縄文文化を保持した」こんなところでしょうか。
これに対し弥生人は、「弥生時代に中国大陸から稲作文化を持って、
日本列島に渡来してきた人々」。

では、大国主命は縄文人だったのか? これはまあ、神話の話なので、
わからないとしか言いようがないですが、「大国主命型勾玉」という言葉があるとおり、
大国主命は勾玉と結びつけて語られることが多く、
勾玉は縄文時代を代表する遺物で、その中心的な産地の一つが出雲です。
出雲大社の境内からも勾玉が出土しています。

大国主命型勾玉(現代の製品)
sghaksi (6)

ですから、縄文時代の象徴として、大国主命をみることができなくもないでしょう。
じゃあ、縄文人は弥生人によって滅ぼされてしまったんでしょうか?
これは、かつてはそういう意見が多かったんです。弥生人によって、
北へ北へと追いやられていた縄文人がアイヌ民族になったとか。

ですが、最近は否定的な見解が多くなってきています。弥生時代の遺跡を発掘すると、
縄文文化を継承しているのが見られるケースが多いんですね。
これは、弥生文化と縄文文化が融合していったことを表すと考えられます。
また、近年は遺伝子解析技術が進歩し、新しい知見が得られるようになってきました。

縄文人と弥生人
sghaksi (5)

詳しい説明は字数がないのでできませんが、それによれば、
弥生人が縄文人を一方的に侵略していったのではなく、両者はゆるやかに
混血していったのではないか、という考え方が主流になってきています。
縄文人の遺伝的な特質を持つ現代人は、かなりの数がいるんですね。

さてさて、ということで、大国主命の国譲り神話が、
必ずしも縄文人と弥生人の対立を表しているわけではないんですが、
なんらかの史実を反映しているということも、また間違いではないでしょう。
ここまで地味な話題につき合っていただき、ありがとうございました。
では、今回はこのへんで。





中国のヒトゲノム編集

2018.11.28 (Wed)
遺伝子を改変した人間を体外受精で誕生させることが理論上可能になったのは、
ゲノム編集技術「CRISPR」という安価かつ容易な遺伝子編集ツールが
発明されたおかげだ。そして、それは理論上のことではなくなってきている。

中国の研究者は今月、遺伝子を編集した人間の赤ちゃんを誕生させることに
成功したと発表した。これは世界初の試みで、
誕生した赤ちゃんはHIVに対する免疫力を持っているという。
ただしこういった実験は、デザイナーベビーという新しい優生学へとつながる
危うさもはらんでおり、懸念の声も上がっている。
(グノシー)

賀建奎教授


今回はこのお題でいきます。現在、各社の科学ニュースを見ると、
上掲の話題でもちきりです。やはり大きなインパクトがあるんですね。
当ブログではこれまで、たびたび、中国の生命科学界の状況について
危惧を表明してきましたが、とうとうヒトゲノムの編集が行われたようです。

臨床試験を行ったのは、広東省、深セン市にある南方科技大学の
賀建奎(ハ・ジエンクイ)教授のグループで、治験計画書に掲載されている
データでは、24週(6ヶ月)までの複数の胎児に対して実験が繰り返され、
今月、ある女性が、双子の女児を出産したと伝えられています。

この報道が事実なら、ゲノム編集で遺伝子を編集した子どもが生まれたのは
世界初になります。賀建奎教授は、中国科学技術大学で近代物理学の学士号を取得。
10年に米テキサス州ライス大学で生物物理学の博士号を取り、
翌年から2年間、米スタンフォード大学で遺伝子研究に従事。

28歳で南方科技大学の最年少副教授に就任。
それとともに、遺伝子ビジネスにも参入する実業家の顔も持っており、
中国の8つの遺伝子ビジネス会社の経営幹部も務めているようです。
今回、ゲノム編集技術を人間の受精卵に対して行った目的として、

賀教授らは、父親がHIVウイルスに感染しており、ゲノム編集によってウイルスが
細胞に入らないようにするためだったと述べています。
また、賀教授らはこの他にも、複数の組の夫婦にも、不妊治療を目的として、
遺伝子改変を行っているようで、さらに今後、不妊治療研究のために
400個の受精卵にゲノム編集を計画しているという報道が出ています。

この発表に対し、南方科技大学は公式に「双子誕生の報告はなく、
もしそれが事実なら、学術倫理や規範に反する」との声明を出しています。
また、中国人科学者122人が、強く批判する署名付き声明を公開し、
中国科学院のトップも懸念を表明しているようです。

ただ、この治験について、「事前に大学や省の倫理委員会の審査を通っていた」
とする暴露記事がネットにあがっており、このあたり、中国らしい混乱が見られます。
世界的にこれほどまでに批判が高まっている現状から、
今後も、ヒトゲノムを改変する治験が実施されるかどうかはわからないですね。

とまあ、ここまでは各社のニュースをまとめたものです。具体的な遺伝子編改変は、
当ブログで何度かお伝えした、「CRISPR」という遺伝子ハサミを使い、
受精卵の、HIVウイルス感染にかかわると考えられるたんぱく質「CCR5」を切除し、
また母親の体内に戻したということのようです。

この技術自体はけっして難しいものではなく、もし倫理規定が許せば、
できる研究者は世界にたくさんいると考えられますが、もちろん多くの国では、
中国と違ってヒトゲノムを編集することを禁じる法令があります。
これに対し、中国は「やったもん勝ち」の風潮が強いんですよね。

この手のことは、別の分野ですが、自分は中国で何度も経験しています。
ただまあ、中国および賀教授を批判するのは、他のメデイアがいくらでも
やるでしょうし、当ブログでは少し違うことを述べたいと思います。
なぜ、ヒトゲノムの編集は禁忌とみなされるんでしょうか?

これはまず第一に、ゲノム編集によって生まれてくる赤ちゃんの将来が保証できない
ということですね。遺伝子の人為的な改変は、突然変異、つまり癌化を起こす可能性が
高いんです。また、将来、深刻な遺伝病に罹患することも考えられます。
前例がないので、当然ながら、絶対安全という保証はどこにもありません。

それと、欧米ではキリスト教勢力の影響が強く、神が創造した「人間」を、
人類が勝手に変えてしまうことに対する拒否感があるんですね。
これまでにも、妊娠中絶や体外受精などに対して、キリスト教勢力からの反対が
多数あった歴史があります。また、遺伝子改変が赦されると、髪や肌の色などの外見、
知能や運動神経も変えてしまう、デザイナーベイビーの誕生につながる危惧があります。

さて、ここから書くことは、他のメディアにはまず見られない内容になります。
もしかしたら立腹される方もおられると思います。「病気」って、遺伝子改変をしてまで、
必ず克服しなくてはならないものなんでしょうか? これまで人類は、
ワクチンや抗生物質の発見によって、天然痘や結核などを大きく減らしましたが、
それが世界の人口増の一つの要因にもなっています。

日本は少子化でピンとこないかもしれませんけど、世界的には人口増というより、
人口爆発と言っていい状況にあります。で、病気には、人口抑制の作用があるんですね。
中国では、かつて「一人っ子政策」を実施していましたが、これはある意味、
「子どもが一人しか産めない病気」を、人為的に作り出したのと
似ているんじゃないかと思います。

「自然淘汰」という進化論の概念がありますよね。病気にかかりやすいかどうか、
親から病気が遺伝するかどうかも、一種の自然淘汰と言えなくはないと自分は考えます。
本庶博士のノーベル賞受賞により、癌治療に対する希望が広がっていますが、
もし、癌が完全に撲滅されたらどうなるでしょうか?

おそらく平均寿命が大きく伸びるでしょうが、認知症や関節の摩耗など、
体の老化そのものがなくなるわけではないので、医療費や年金はかさむ一方でしょう。
子どもが親を介護する期間も伸びます。一個人としてはもちろん、
病気が治ったほうがいいわけですが、ある病気を駆逐することが、必ずしも
人類全体の利益につながるかは、現状では、わからないと思うんですよね。

さてさて、ということで、HIVや癌で闘病されている方には、
お叱りを受けるかもしれない内容を書きましたが、みなさん、これについて、
どうお考えになるでしょうか。まあ、不老不死が実現すれば問題ないのかも
しれませんが、それはまだまだ先のことでしょうしねえ。では、今回はこのへんで。





ホテルの怖い話

2018.11.27 (Tue)
今回は、自分(bigbosman)が、ある酒席で、とあるホテルの支配人をしている
Kさんからお聞きした話です。Kさんは50代後半、高卒と同時にホテル業界に入り、
ベルボーイから叩き上げで現在の地位まで昇りつめた方です。
そういう経歴だから、ほんとにホテル業の隅から隅まで知りつくしてるんですね。
「あ、どうも、bigbossmanと申します。ホテル業界に長くおられるそうですが、
 怖い話なんてあるもんでしょうか?」
「日教組の大会の会場になったときは、右翼がたくさん来て怖かったです」
「・・・それはそうでしょうね。ただ、今お聞きしてるのは、オカルトというか、
 心霊系の怖い話なんですが」 「ああ、なるほど。まあ、ないことはないです」
「ぜひ、お聞かせ願えませんか」 「ええ、かまいませんよ。まずですね、
 大きなホテルになると、年間の延べ宿泊者数が10万人を超えるところもあります」

「はい」 「ですから、ほとんど地方の大きな市レベルの人口があると言ってもいい」
「そうですよね」 「何が言いたいかおわかりでしょう。一般の人が想像するより、
 はるかにたくさんの人がホテル内で亡くなっているんです」
「ああ」 「まあでも、厳密にはホテル内で亡くなったことにはならない場合が多い」
「というと?」 「例えばね、部屋の中で白目をむいて倒れてる人がいて、
 どう見ても生きてるとは思えなくても、われわれが死亡判定するわけじゃないですよね」
「はい」 「救急搬送された先の病院の医師が死亡判定するので、
 亡くなった場所はその病院になります」 「ははあ、ホテルで救急車を呼ぶんですか?」
「もちろん。ただ、裏口に車をつけてもらいますけど」 
「そうでしょうね。で、ホテルで亡くなった人がいた場合、お祓いとかするもんですか?」
「うーん、観光地の温泉ホテルとか、日本旅館の事情はわかりませんけど、

 普通のシテイホテルではするところはないですよ。お祓いって、神職に来ていただくと
 かなりの謝礼が必要でしょ。そんなの経理上の説明ができませんから」
「え、じゃあ、すぐ翌日とかに別のお客さんを入れるんですか」
「・・・まあ、部屋が汚れて、特殊清掃が必要とかでなければね」 「ははあ」
「ただね、私が知ってるホテルの中には、そういう社員がいるところはあります」
「そういう社員って?」 「お祓いを専門にやる係ですよ。神職の免状を持った」
「ああ」 「それなら、社員に対して給料を支払うわけですから、何の問題もない」
「なるほどねえ。あと、部屋に御札を貼ったりするんですか?」
「ははは、いやあ、お客さんの中には、ホテルの部屋に入ったら、
 まず御札を探すって方はいますよ。ほら、飾ってある絵の額縁の中を見たりして」
「で?」 「でも、大きなホテルではまずそんなことはしません。

 ただ、ビジネスホテル、ラブホテルとかはわからないですね。
 デリヘルを呼べるようなホテルだと、いろんな事件が起きるんです。
 窃盗やら殺人なんかもね。そういうところだと、もしかしたらやってるかも」 
「具体的にKさんが体験された話ってありますか?」 「いくつかはあります」
「ぜひ、お聞かせください」 「ありきたりですよ」 「お願いします」
「20年以上前に、フロント業務をしていたときです。夜のシフトだったんですが、
 ある部屋から、何度も内線電話がかかってくるんです」 「はい」
「でも、出てみると無言で切れてしまう。しかもね、履歴が残るはずなのに、
 何もないんです。これはおかしいと思うでしょ」 「はい。そういう場合って、
 部屋にカメラとかつけてないんですか」 「いや、それは法律で禁じられています。
 でね、そのときはまだ、お祓い担当の社員が残ってたので、内線に出てもらって」

「はい」 「そしたら、これはマズイかもしれませんって言うんです。
 電話の先が冷たくて死の気配がするって。その人は、体中に鳥肌が出てましたよ」
「で?」 「2人でその部屋に行ってノックしましたが応答はない。
 施錠されてたんで、マスターで開けようとしたんですが開かない。
 で、お祓い係は、ドアノブを握ったとたんにブルブルと震えだしましてね。
 何が起きてたのかおわかりでしょう」 「なんとなくは」
「ホテルのドアって、ほとんどが内開きなんです。これは、外開きにすると、
 災害等の避難で廊下が通りにくくなるためです。で、もう一人呼んできて、
 力ずくでドアを押したんですよ。そしたらやっぱりというか、お客さんが、
 内側のノブにネクタイをひっかけて、座った状態で首を吊ってました」
「ああ」 「でね、それだと警察を呼ばなくてはならないんですけど、

 検死の結果、死亡時間は4時間以上前で、事件性はなし。つまり自殺。
 ですから、その部屋から内線電話をかけられるはずはないんですよ」
「はい」 「そのときはさすがに、念入りにお祓いをやって、
 その後は特におかしなことはなかったです」 「それから?」
「うーん、あとね、ある有名テーマパーク近辺のホテルにいたときです」
「それ、もしかして耳の大きいネズミさんのいる?」 「まあそうです。
 そのときは、最上階の展望レストランでボーイをやってまして。そしたら、
 お客さんからときどき苦情があったんです」 「どんな?」
「窓の外を子どもが飛んでるって」 「ええ!? ご覧になったんですか?」
「いや、見てません。けどね、時間もバラバラの別々のお客さんの言うことが、
 ほとんど一致してました」 「どんな?」 

「トレーナーに半ズボンの、8歳くらいの男の子が、顔に満面の笑みをうかべながら
 窓の外をすーっと上にのぼっていったって」 「ははあ」
「しかも、見た人は全員が、その子は手に、あのネズミの風船を持ってたって言うんです」
「うーん、それは幽霊なんでしょうか?」 「そこはわからないですけど、
 もしそういうことがあるなら、何十万人とテーマパークに来てる子どもたちの、
 夢が形になったものじゃないかって、そのときは思いました」
「・・・なるほどねえ、ロマンのあるお話です。他には?」 
「これは、私が現場に出てたキャリアの最後のほうなんですが、
 そこは地方都市でしたけど、明治から続いてる由緒あるホテルで」 「はい」
「もちろん経営者はかわってるし、建物も1度建て直しをしてますし、
 その後も、耐震工事などで何度も改修されてる」 「はい」

「そのホテルで、迷子になるお客さんが何人かいたんです。
 私が勤めていた期間内でも3人おられました。これは大人の話です」 「はい」
「迷子になったお客さんは全員、地下の駐車場に続く階段のところでへたりこんでるのが
 見つかったんです。でね、その3人ともが、エレベーターでおかしな階に
 降りたって言われて」 「おかしな階?」 「ええ、廊下や部屋のドアが黒い木でできてて、
 ピカピカに光ってる階だったって。でもね、そのホテルのドアはすべて鉄製です」
「そうですよね」 「間違えたと思って、エレベーターに乗り直そうとしたら、
 エレベーターそのものがなくなってた。それで、怖くなって うろうろしてるうち、
 立派な木の階段があったので降りていくと、音楽が聞こえてきて、
 大広間のようなところへ続く通路に出た。広間のドアが開いていて、
 そこまで行って中をのぞくと、オーケストラの裏側にいたんだそうです」

「で?」 「楽団の向こうでは、燕尾服とか、すごく古めかしい洋装の男女が、
 ワルツを踊ってたんだそうです。見ていると、自分が場違いな気分になってきて、
 その場を離れ、さらにあっちこっち歩き回ってるうちに
 めまいがして座り込んでしまい、気がついたら駐車場の近くにいた」
「ははあ、何となくわかりました。それ、昔の、明治時代のホテルの幽霊なんですね」
「たぶんそうだと思います。私が思うに、個人の幽霊はあるとしても、
 そんなに力を持ってはいない。ですけど、多くの人のあこがれとか、
 楽しかった記憶っていうのは、形になって残る場合があるんじゃないかって」
「ああ、わかりますよ。大きな神社なんかもそうです。神様はいるんですけど、
 それよりも、たくさんの参拝客がお参りした念の集まりのほうが大きくて
 パワーがあるとか。いや、貴重なお話、ありがとうございました」
 

 



小野妹子の冒険

2018.11.26 (Mon)
今回はこういうお題でいきます。けっこう日本史の専門的な内容なので、
なるべくわかりやすく書いていくつもりですが、
あまり興味のない方はスルー推奨かもしれません。
表題の小野妹子は、第2回の遣隋使として中国に赴いた人物ですが、
生没年もよくわからない謎の人なんですね。もちろん男性です。

さて、西暦600年(推古8年)、『隋書』倭国伝に、隋の初代皇帝、
高祖文帝のもとに、倭国からの使者が訪れたとあります。この使者が
妹子かどうかははっきりしていません。このとき、倭国はまだ
国際外交にうとかったようで、使者は国書を持参していませんでした。
そのせいか、『日本書紀』にはこのことは出てきません。

小野妹子
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そこで文帝は、使者にいろいろ質問し、倭王の姓が「阿毎 あま」
名が「多利思北(比)孤 たらしひこ」、号が「阿輩雞彌 おほきみ=大王」
であることを聞き取りました。また、使者は倭国の政治について、
「倭王は天を兄とし、太陽を弟としている。だから、まだ天が明けないうちに
政務につき、弟である太陽が昇ったら、弟にまかせて政務をやめる」と答えます。

「あまのたらしひこ」は、「天垂彦 天から降臨した男性」という意味と考えられます。
また、政治形態については、内容が本当なら夜明けの時間しか仕事をしないことに
なるので、文帝は、「此大無義理 まったく理屈に合わない」とあきれて、
改めるように使者を教え諭します。まあ当然ですよね。

またこのとき、使者は、倭王の妻は「雞彌 きみ=君?」、
皇太子は「利(和)歌彌多弗利 わかみたふり」、王の後宮には女が6、700人いる
などのことを述べています。さらに7年後、607年(推古15年)、
また倭国からの使者が訪れますが、隋の皇帝は、
悪名高い第2代の煬帝にかわっていました。

遣唐使船 大陸への渡航は命がけでした
dser (5)

このときの使者が、小野妹子だと考えられます。で、妹子が持参したのが、
あの有名な、「日出處天子 致書日沒處天子 無恙 日の出ずる所の天子、
日の没する処の天子に書を致す つつがなきや」で始まる国書なんですね。
この文章は、当時、推古天皇の摂政であった聖徳太子が書いたものと
言われてきましたが、それに確たる証拠があるわけでもありません。

これを見た煬帝は、「蠻夷書有無禮者 勿復以聞 蛮夷の書に無礼があれば、
二度と私に見せるな」と激怒します。ただ、煬帝が怒ったのは、
中国を「日の沈む所」と書いていたからではなく、倭国の王が自称として、
煬帝と同格の天子という語を使っていたためです。
基本的に、中国では天子(皇帝)は一人だけであり、
蛮夷である倭国の王は、中国の冊封体制の下にあるべきと考えていたんですね。

しかしまあ、怒りはしたものの国書には答えねばならず、
煬帝は、裴世清(はいせいせい)という外交官吏に国書を持たせ、
妹子にはおそらく訓令書のようなものを持たせて倭国へ送り帰します。
訓令書の内容は、倭国の無礼をとがめ、天子ではなく王なのだということを
厳しく説いたものだったろうと考えられます。ここまでは『隋書』からの話。

旧壱万円紙幣の聖徳太子
dser (4)

さて、この続きが『日本書紀』に出てきます。裴世清一行とともに
倭国に帰りついた妹子は、朝廷において、自分が持参してきた訓令書は、
百済の国で盗まれてしまったと述べます。これは大失態なので、
妹子には流罪の刑が与えられますが、直後に赦され、さらに昇進までしてるんです。

ですから、この部分は、妹子が持ってきた訓令書の内容があまりにも、
倭国にとって都合の悪いものだったので、推古天皇も、大臣の蘇我馬子も、
聖徳太子もみながナアナアで、盗まれて失くなってしまったことにしたのだろう、
というのが通説になってますね。倭国側では、見なかったことにすればいいわけです。

裴世清は大歓待され、朝廷の庭に連れてこられて、そこに隋からの答礼品を
ずらりと並べ、煬帝の国書を読み上げることになります。
その内容が『日本書紀』に引用されているんですが、冒頭が、
「皇帝問倭 皇帝は倭の皇に問う」です。この部分は内容が改竄されていて、
本当は、「皇帝問倭」だったのではないかとする説がありますね。

推古天皇 大変な美人であったと『日本書紀』に出てきます
dser (3)

自分もその見解には同意です。この後、裴世清は饗応を受け、
小野妹子とともに中国に帰ることとなりますが、ここまでを読まれて、
何か違和感を感じませんでしょうか。このときの天皇は、第33代推古天皇
(炊屋姫 かしきやひめ)で、日本の歴史上、初めての女帝です。

ですから、女帝が珍しい中国では、そのことを知っていたら、
『隋書』の中で特筆されるはずですが、倭王が女だとは一言も出てきません。
さらに、最初で書いた使者の言葉をもう一度ごらんになって下さい。
「倭王は天垂彦、天から降臨した男性」となっていて、妻もいます。

あまりに不自然ですよね。このため、日本史上の謎の部分として、いくつもの説が
立てられているんです。一つは、「天皇が女であることを日本側が極力隠そうとした。
裴世清は、御簾ごしに推古天皇と対面したので、その姿を見ていない」
とするものです。まあ、絶対ありえなくもないでしょう。

蘇我馬子


次は、「聖徳太子が前面に出て、王としてふるまっていた」というもの。
これもありそうな話ですが、『日本書紀』のその部分には、聖徳太子の名前がまったく
出てきてないんですよね。それがちょっと困ります。最後の説は、
「推古天皇はお飾りで、叔父である蘇我馬子が実質的な大王として君臨していた」
とするものです。ただ、蘇我馬子は「天から降臨した」天皇家の者ではありません。

さてさて、ということで、みなさんはどう思われますでしょうか。
どの説も一長一短があるんですが、自分の考えは、
どれかを選べと言われたら、最後の蘇我馬子天皇説ですね。
ともかく、このあたりは日本史のかなり面白い部分で、『日本書紀』には、
いろいろ考えるヒントが隠されているんです。では、今回はこのへんで。

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ホーキング博士3つの警告

2018.11.25 (Sun)
cder (1)

今回はこういうお題でいきます。今年の3月に亡くなった、
「車イスの天才物理学者」スティーヴン・ホーキング博士についての話です。
博士は、学生時代に筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症しました。
ALSの予後は5年程度と考えられますが、博士の場合は不幸中の幸いというか、
途中で病勢の進行が弱まり、76歳まで存命されました。

これは、イギリスの男性の平均寿命とそれほど変わりません。
おそらく、最先端の治療を受けていたのだと考えられます。晩年は、
生命維持装置や合成音声による意思伝達装置を搭載した
車イスによる生活でしたが、50年以上にわたって研究を続けてきました。
博士の死に際しては、当ブログでも追悼記事を書いています。

さて、博士の晩年は、神の不在に言及したり、
科学の進展によるバラ色の未来を謳うというよりは、人類の未来を悲観した、
警告的な内容の言説が多かったと思います。表題に書いたとおり、
その内容は大きく3つあるんじゃないかと、自分は理解しています。

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一つめは、地球外知的生命体に関するものです。ホーキング博士の持論は、
「宇宙人とは接触してはならない」で、これは生前、再三にわたって
インタビュー等で主張されています。ですから、現在行われているSETI
(地球外知的生命体探査)の活動にも批判的でした。

2016年、中国の口径500mの巨大望遠鏡「天眼」が、宇宙からの信号
らしきものをキャッチしたというニュースが伝わったときには、間髪を入れず、
「応答してはならない、宇宙人に地球の場所を教えてはならない」との
声明を出されました。これはまず一つには、ホーキング博士には、
「宇宙人は必ず存在している」という確信があったためだろうと思われます。

「天眼」
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それと、もし地球からの信号をキャッチした宇宙人が、地球に来ることができる
手段を持っているとしたら、それは地球人類よりもはるかに文明の
進んだ存在であるはずなので、接触することは、けっして地球のためにはならない、
と考えられていたようです。ただし、これは必ずしも「宇宙人性悪説」
に立ってのことでもないようなんですね。

博士は、「宇宙人が、人類がまだ発展段階にあるこの地球に来ることは、
コロンブスが新大陸を発見したときと同じように、
全人類にとっよいことではないかもしれない」と述べられており、
もし宇宙人に侵略の意図がないとしても、上位文明との接触は、
人類にとって、さまざまな混乱をもたらす可能性が高いということでしょう。

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警告の2つめは、AIの脅威に対するものです。ただし、これも誤解があって、
ずっと機械装置の助けを借りて生きてきたホーキング博士は、
AIの開発そのものを否定していたわけではありません。
2017年の科学誌のインタビューでは、このように述べています。

「われわれはランプの魔神ジーニーを解き放ってしまいました。
もはや後戻りはできません。AIの開発は進めてゆく必要がありますが、
危険とまさに隣り合わせであることを心にとめておかなくてはなりません」
AIが自意識を持ち、人間に反抗して攻撃してくるというSFは、
映画の『ターミネーター』のシリーズなどいろいろありますが、

ホーキング博士は、それだけではなく、「AIの本当の脅威は、
彼らの悪意ではなく競争力です。超知性を持つAIは目的の達成のために
とてつもない能力を発揮するでしょう。ただ、その目的が我々と合致しない場合、
人類は危機に陥ります。あなたは悪意をもってアリを踏み潰すような“アリ嫌い”

ではないと思います。しかし、もしあなたが水力発電の開発プロジェクトを
担当していて、その地域のアリ塚を水浸しにしてしまうとしたら、どうでしょう? 
その場合、人間にアリを殺す意図がなくても、
アリたちにとってはとても不幸な事態です」このように述べ、AIの高い能力と、
強い目的遂行性から、偶発的な事故が起きる可能性をも視野に入れていたようです。

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さて、博士の警告の3つめは、生命科学、遺伝子操作に関するものでした。
「人間の遺伝子編集に反対する法律ができると思いますが、記憶力の向上、
病気への耐性、寿命を延命などといった魅力に抗えない人もでてくるでしょう。
そうしたスーパーヒューマンの出現は、彼らと競争できない
未改良の人間たちにとって、大きな政治的問題になるでしょう」

これも以前に当ブログで取りあげた内容ですが、人間の遺伝子改変を国際条約で
禁じたとしても、必ずそれを破る国家が出てくるのは歴史が証明しています。
これは何も中国だけの話ではなく、アメリカだって、国際条約で禁じられている
生物化学兵器の研究はずっと継続して行っています。

さてさて、では、この3つの警告のうち、どれが最も危険性が高いんでしょうか。
宇宙人の話は、宇宙人が必ずいるとは言い切れないですよね。
また、銀河間航行、恒星間航行ができるには、
かなりの高い文明レベルが要求され、すべての宇宙人は、
そこまでには達していないかもしれません。

AIの脅威については、AIが自意識を持つようになるには、
自分は、まだまだ相当に長い時間がかかると考えています。
機械が意識を持つといっても、そもそも「意識とは何か」について、
現在の人類は、ほとんど何もわかっていない状態です。

cder (4)

一番近づいているのは、3つ目の「遺伝子改変によるネオ・ヒューマン」の
誕生だと考えます。ヒトゲノムの全塩基配列の解析から15年がたち、
この分野は、倫理的な規制がなくなれば、
飛躍的に伸びるだろうと思うんですよね。ホーキング博士の危惧が、
現実のものにならなければいいんですが。では、今回はこのへんで。

関連記事 『ネオ・ヒューマンの誕生』  『ホーキング博士追悼』




ナラコの話

2018.11.24 (Sat)
じゃあ話をしていくよ。ただなあ、聞いててあんまり
気持ちのいい内容じゃないからな。そこんとこは、あらかじめ断っておく。
あれは、俺が小学校5年生のときだな。俺は、学校で嫌われてたんだよ。
なんでかっていうと、すぐ暴力をふるったからだ。
男のガキは、俺の家が貧しくて、ゲームの一つも持ってねえってバカにした。
ま、成績も悪くて、バカだったのはたしかだけどよ。
だから、俺をバカにした態度のやつは、顔の真ん中、
鼻っ柱をゲンコツで叩くことにしたんだ。相手がやり返してくると目をねらった。
そうしてるうちに、やり返してくるやつはいなくなったが、
友だちもまったくできなかった。女のガキは、誰も俺と口をきこうとは
しなかった。無視してたんだな。まあ当時は、それはなんとも思わなかったが。

とにかく、俺が嫌われるのは、家が貧乏なせいだと思ってた。
だから家族も嫌いだった。親父は、酒が入ると声を荒げて、
俺と母親を叩くだけだったし、母親は下の弟妹の世話と内職で、
俺に声をかけるのは、何か用事を言いつけるときだけだったし。
俺にゆいいつ優しくしてくれたのは ばあちゃんだけだったよ。ごくたまにだが、
小遣いをくれたりもしたんだ。・・・ああ、すまん、
身の上話をしにきたわけじゃねえ。でな、さっき言ったように、
その頃流行ってたゲーム機なんて持ってなかったから、学校から帰って、
手伝いをさせられないときには、いつも釣りに出てたんだよ。
家にいて弟妹が泣くのを見てるのも嫌だったし。釣りったって、家の近くにある
三角沼ってとこにいつも行って、雑魚を釣るだけ。

釣り竿も、竹を切って自分で作ったやつだ。だから、鯉なんて無理だし、
釣った雑魚も、家で飼う水槽なんてねえから、全部、沼に放してやってたんだ。
でな、ある日、釣りしてる途中で糸が切れて、それでもうできなくなった。
かといって、家に戻るには時間が早いんで、草の中を、
行ったことのない方角へぶらぶら歩いていったのよ。道がわからなくなっても
べつにかまわなかった。でな、20分ほど歩くと、草丈が低くなって、
神社の境内らしいとこへ出た。始めて来た場所だよ。小さい神社で、
木なんかは、どこもかしこも腐ってた。2間四方ほどの小さいお社があって、
高床の下には細かい砂がたまってたな。俺は、アリジゴクがいるかもと考えて、
そこに潜っていったのよ。でな、アリジゴクの穴がなくて
がっかりして出ようとしたとき、奥のほうに箱のようなものがあるのを見つけた。

そんなに大きくはない、ちょっと高さのある菓子箱くらいだった。
クモの巣をかき分けながら這っていって、手で持ち上げてみると軽い。
で、俺はそれを引きずるようにして外に出た。箱は木でできていてホコリだらけ。
何重にもしばってあるヒモがあちこち切れてた。当然、開けてみたよ。
そしたら、箱の中は真新しくて、銀色に光ってたんだよ。
「何だろ?」中には、やはり銀色に光る楕円形の卵みたいなのがあり、
金属にしては軽い。いいものを見つけたと思って、軽く放り投げたり
転がしたりしてるうちに、ウィーンって音がして、パカっと半分が開いた。
ちょうど、ゆで卵を立てて、殻を上半分だけとり去ったような感じ。
でな、中には、やはり卵型の透明なゼリーが入ってたんだ。
それは崩れ落ちたりはしなかったが、ふるふる震えてて、やわらかいもんだと思った。

今ならスライムって言うかもしれねえな。透明なスライム。これは面白え。
そう思って、神社の参道の砂利の間に立てて、中に木の枝を突っ込んでみた。
ブニョンって感じに跳ね返されたが、強く刺すと枝は中まで入って、
抜くとスライムに空いた穴がひとりでに元に戻った。ますます面白えだろ。
枝は見たところ何ともなってなかったから、今度は人差し指を突っ込んでみた。
そのとたん、いろんなことが同時に起きたんだ。まず、目の前に燃える炎が見えた。
それと、頭の中に「ナラコ、ナラコ、ナラコ」って音が響いたんだ。
あわてて指を抜こうとしたら、指の先から紫の煙みたいなのが、
スライムの中に流れ出してた。そのときに、「このままじゃ死ぬ」ってわかったんだよ。
腕ごと引くと、俺は後ろに倒れて、スライムの中はうっすら紫の雲がかかって
渦を巻いてた。ますます面白えと思ったが、その日はもう暗くなってきてたんで、

また箱に入れて、神社の床下に戻しておいたんだよ。翌日、学校が終わるとすぐ、
その神社に行った。何度も行ったが、ついぞ参拝する人は見なかったな。
よほど寂れてたんだろう。で、最初に音が聞こえたって言ったろ。
そのスライムのことを「ナラコ」って呼ぶことにした。いろいろバカなことも考えた。
「ナラコ」って「コ」がつくんだから、これは女なんじゃねえかとか。
そのときには、俺の指から出た紫の煙で濁ってたナラコは、元の透明に戻ってたな。
で、最初でこりたんで、指を突っ込むのはやめにして、
そのかわりに、虫を入れてみることにした。神社の裏手にあった倒木を掘っ返して、
でかい、俺の指くらいのクワガタの幼虫を見つけて、用心のために木の枝ではさんで、
ナラコに入れてみた。そしたら暴れること暴れること。透明な中を、
紫の煙を吹き出しながらのたうち回っていたが、数分で動かなくなった。

で、ナラコ自体がまた紫色にかすんで光って、それがきれいでなあ。
いろんな生き物で実験してみた。小さい甲虫から、トンボからカエルから。
一番大きかったのが、家のネズミ取りにかかったネズミ。
でな、どれも反応は同じ。ナラコの中に入った瞬間から狂ったように動いて、
体から紫の煙を吹き出す。口からとかじゃなく、全身からだな。
体の大きい生き物ほど、ナラコの中で生きてる時間が長く、煙の量も多い。
その紫色はだんだんに薄くなっていって、1日たつとだいたい消え、
中の生き物もいなくなる。でもまあ、それだけだから、だんだん飽きてきたときに、
ある発見をしたんだよ。「死んだ生き物を入れたらどうなるだろう」って考えた。
だから、完全に動かなくなってアリがたかってるカブトムシの死骸をナラコに入れた。
けど、何も起きなかったんだよ。「まあそうだろうな、あ!」

そ、入れたのはナラコが透明なときだけだったからな。じゃあ、紫の煙が
残ってるうちに入れればどうなるだろうって思ったわけだ。で、やってみた。
そしたらだよ。なんとなんと、死んでたセミが生き返った。
それも、羽と頭だけ残ってて胴体が空になってるやつが、ナラコの紫の煙の中で、
ビクンビクンと羽先を動かし始め、それから狂ったみたいに、
ナラコの中を飛び回ったんだ。胴体の欠けたところが元にもどったわけじゃねえ。
当時は知らなかったが、今ならゾンビゼミって言うだろうな。
でな、セミはあちこちナラコの中でぶつかって跳ね返されてたが、
急に外に出てきたんだ。で、俺の体をかすめて、高い木の上に飛んでってしまった。
ああ、カエルとかでも試してみた。俺が踏んづけて内蔵をはみ出させて死んだカエルも
生き返ったよ。真っ白い目をしてのそのそ歩いたな。

・・・ここで話をやめたいとこだが、そうもいかないだろう。
こっからのことは、あんまりしゃべりたくはないんだが・・・前にな、
ばあちゃんだけが俺に優しくしてくれたって言ったろ。そのばあちゃんが病気になった。
野良仕事に行った畑で倒れて、家に運ばれてきた。そのときだけ、
往診の医者に来てもらったが、脳卒中ってことだった。いや、入院なんてさせる金は
家にはなかった。ばあちゃんは意識がなく大イビキをかいて、大小便は垂れ流し。
その世話は母親がやってたんだが、「早く死んでくれ」みたいなことを、
親父がいないときに言ってた。で、俺がどうしたか、だいたい想像がついただろ。
ナラコの中にいろんな生き物を入れ、紫よりもどす黒くなったのを、
こっそり家に持ってきた。でな、母親がちょっと外に出た、家の中に赤ん坊しかいない
ときをみはからって、意識のないばあちゃんの手をつかんで、

指先をナラコの中に入れてみたんだよ。しばらくは何も起きなかった。
「こりゃダメか」と思いかけたとき、ばあちゃんがバネ仕掛けのように上半身を起こした。
前に見た死んだカエルのような真っ白い目を見開き、吠えるような声で、
「あああああ、おちたあああ」一声叫んで布団に倒れて動かなくなった。顔が紫だったよ。
俺は呆然としたが、ナラコを隠し母親を呼んだ。医者が来たときには、
ばあちゃんは死んでたんだよ。まあこんなところだ。もちろんナラコの話は誰にもしてねえ。
次の日、ナラコは箱ごと沼に投げ込んだ。数日後、沼を見に行ったら、
たくさんの魚が浮かび上がってたっけ。・・・でな、このことから10数年たち、俺は県外で
就職して親との縁を切り、あるとき、ばあちゃんの墓参りを思い立って田舎に戻ってきた。
そんとき、金払ってお経を読んでもらった坊さんに、「ナラコ」ってわかるか聞いてみた。
坊さんは少し考え、「ナラコは梵語で仏教の奈落、つまり地獄のことです」こう答えたんだよ。






漢風諡号小考

2018.11.23 (Fri)
今回はこういうお題でいきます。日本史のカテゴリなんですが、
この内容は難しく、自分でもそれほど自信はありません。
さて、神武天皇はみなさんご存知だと思います。日本の初代天皇とされますが、
実在の人物かどうかには大きな議論がありました。現在では、
「実在ではなかった」あるいは「なんとも言えない」という意見が強いでしょう。

まあ、それはともかく、神武天皇が自分で「神武」と名乗っていたわけでは
ありません。『日本書紀』に書かれている諱(いみな)は、
「彦火火出見(ひこほほでみ)」で、もし実在の人物だったとすれば、
これが本名というか、自称だったのではないかと考えられます。

では、「神武」というのは何かというと、「漢風諡号 かんふうしごう」
というものなんです。簡単にいえば、後代につけられた諡(おくりな)ですね。
「漢風」とあるとおり、もともと中国の慣習であったものが、
奈良時代に日本に取り入れられました。この他に、
和風諡号というのもありますが、今回はふれません。

淡海三船
kuiii (1)

さて、本場の中国では、皇帝(または王侯)の諡号は、生前の治世・業績を評価して
つけられることになっていました。徳が高く、よく世を治めた皇帝には
よい字(美諡)を、平凡だった皇帝にはそれなりの字(平諡)、
暴政をしいて民を苦しめた皇帝には、悪い字(悪諡)がおくられたんです。

例えば、美諡としては文帝や武帝。悪諡には、幽、昏、霊などの字が
使われますが、その代表的なものに、隋の「煬帝 ようだい」があります。
悪逆非道で知られ、最期も臣下に殺されるという悲惨なものでした。
「煬 火であぶる」の字が使われたのは、本名の姓が「楊」だったためでしょうが、
それを火偏の悪字に変えられ、「帝」も「だい」という特殊な読みになりました。

隋の煬帝
kuiii (2)

さて、日本で、初代の神武天皇から第41代持統天皇までの漢風諡号を、
一括してつけたのは、奈良時代後期の文人、淡海三船だと考えられています。
この人はたいへんに学識が深く、日本最古の漢詩集、
『懐風藻』を撰集したことでも知られていますよね。

8世紀半ばに成立した『釈日本紀』に引用された「私記」に、
「初代神武以下の諡号は淡海三船が撰じ・・・」とあり、
淡海三船の朝廷での立場と、文人としての力量を考えれば、
撰考にかかわっていたのは、まず間違いのないところでしょう。
では、日本の漢風諡号には、どんな特徴があるんでしょうか。

その一つは、漢籍、中国の古典書から語句が取られていること。
もう一つ、中国のように悪い字は使ってはいませんが、それぞれの諡号には、
その天皇の生前の業績や特徴を表す深い意味があるということです。
ですから、諡号を研究することで、隠された日本史の秘密が見えてきたりもします。 
 
天智天皇
kuiii (3)

よくいわれるのは、「天智天皇」と「天武天皇」ですね。「天智」は「てんち」ではなく、
「てんぢ」と読みますが、これは「天智玉 てんぢぎょく」から来ているという
説があります。(明治時代の文豪、森鴎外の『帝諡考』での考察)
天智玉は、悪逆で知られた商(殷)の紂王(これも悪諡)が、
周に攻められて自殺するときに身につけていた、長大な宝石のことです。

つまり、天智天皇は商の紂王に例えられており、天武天皇は商を滅ぼした周の武王
ということなんですね。もちろん、天武天皇は兄の天智天皇を直接殺したわけではなく、
壬申の乱で、天智天皇の子の大友皇子から天皇位を奪い取ったんですが、
これが、商から周に変わる易姓革命になぞらえられていることになります。
自分は、この説は正しいんじゃないかと思ってます。

継体天皇
kuiii (6)

「継体天皇」はどうでしょう。「継体」には「体制を受け継ぐ」という意味があり、
先代の武烈天皇に子どもがなかったことから、越前の国にいた応神天皇の5世孫
である継体天皇が探し出されて、天皇として推されたことになっています。
形の上で、天皇家の血筋が絶えるのを防いだので「継体」。
これについて、じつは王朝交代だったと唱える研究者もいますね。

「継体持統」という四字熟語が中国にはあり、「持統」は「系統を持する」
という意味です。天武天皇の没後、皇后であった持統天皇が、
自らその後を継いだことを表していると考えられます。
それから、前に少し出てきた「武烈天皇」と、もう一人「雄略天皇」について。
この2人の天皇は、どちらも荒々しい暴君であったと『日本書紀』に記されており、

雄略天皇
kuiii (5)

この場合の「武」「雄」は、「厳しい法制をしいて人々を裁いた」というような
意味で使われてるんじゃないかと考えます。ただ、雄略天皇は、
実在の人物とみなされる根拠がありますが、武烈天皇に関しては、
継体天皇への政治体制の移行を正当化するための、
架空の存在ではないかとする意見が多いですね。

稲荷山古墳出土鉄剣 「獲加多支鹵 (ワカタケル 雄略天皇)」の象嵌
kuiii (4)

あとはそうですね、「仲哀天皇」。『日本書紀』では、新羅国を攻めるようにとの
神のお告げにしたがわず、神は偽物ではないかとののしったため、
その祟りに触れて亡くなったことになっています。このあたりの事情が、
「哀」という字に表されているんじゃないかと思います。
仲哀天皇の後は、神功皇后が長期間にわたって世を治めることになります。

さてさて、ここまで書いてきたのは ほんの一例で、
それぞれの天皇諡号には、現代のわれわれには知られていない情報が
隠されているのは間違いないでしょう。じつは「推古天皇」について、
自分はかなり大胆な仮説を持っています。いつか書く機会があるでしょう。
では、今回はこのへんで。

関連記事 『日本書紀の中の爆弾』




記憶術あれこれ

2018.11.22 (Thu)
イギリス・ローハンプトン大学の研究者は、被験者114名に、
女性がバッグを盗まれる場面を映したビデオを観せ、その内容に関する
質問に答えてもらうという実験を行なった。

実験では、ビデオを視聴してもらったあとで、被験者を3グループに分け、
10メートル「前に歩く」か「後ろに歩く」、あるいは「じっと立っている」
のうちのいずれかの指示を与えた。それからビデオに関する問題を出題すると、
後ろ歩きグループは、ほかのグループよりも2問分だけ
正答率が高いという結果になった。
(カラパイア)



今回はこういうお題でいきますが、なかなか科学ニュースにいいのがなくて、
あんまり面白い内容にはなりそうもないです。
さて、これは行動心理学の実験かなと思いますが、ここのところ、
心理学に対する学術界の風あたりはよくないですよね。

それは、2015年、科学誌「science」に、過去の心理学の研究論文100
について追試を行った結果、その実験結果を再現することができたのは、
39%だけだったという、かなり衝撃的な論文が発表されたからです。
つまり、60%以上の実験には再現性がなかったということで、
再現性は、その研究が科学的であるかどうかを決定する重要な指標です。

dfrt (5)

実験の再現性が最も低いのが心理学、次が医学と言われます。
これは理解できますね。どちらも研究対象を人間にしている場合が多いんですが、
人間には個人差がありますし、また実験時の環境によっても結果が左右されます。
例えば、ふだんは低いのに、病院で血圧を測ると、
緊張して数値が上がってしまうなどのことです。

じゃあ、実験の信頼性を高めるにはどうすればいいんでしょうか。
一般的には、実験の回数を多くするという方法がとられますが、
これもなかなか難しいんですよね。被験者数を10000人に増やせば、
114人よりは信頼性が高いと言えそうですが、予算と時間の問題が出てきます。

かといって、特定の114人に同じ実験をくり返すと、
その被験者たちは、研究者グループがどういう結果を望んでいるかを
無意識に読み取ってしまい、「前に歩く」ときよりも「後ろに歩く」ときに
より集中して記憶しようとする傾向があるんですね。

ただまあ、自分はこの実験結果にケチをつけているわけではなくて、
こういうことは実際にあるんじゃないかなあと、経験からも考えてます。
まず、前に歩くことは普通ですが、後ろに歩くには、いつもは使わない筋肉を
使いますし、目から入ってくる視覚情報も違ってきます。

dfrt (1)

ですから、脳がふだんよりも活性化するのは間違いないと思いますね。
それと、昔から、記憶と空間は深い関係があると言われています。
例えば、記憶術の一つとして、「ロキ法(場所法)」
というのがあるのをご存知でしょうか。

10個の英単語を暗記しなくてはならないとします。このとき、
一つの机に向かって10単語を暗記するより、10個の単語をそれぞれ紙に書いて
別々の部屋に置き、移動しながら暗記したほうが、
記憶する効率が高いという実験結果があるんですね。

「そんな、家には10部屋もない」と言われそうですけど、なにも部屋でなくても、
ある単語はソファの上、別の単語は電子レンジの上とかでもいいわけです。
移動をすることで、英単語の本来の意味にプラスして、
別のイメージがつけ加えられ、覚えやすくなるということでしょう。

歴史年号の暗記法で、「1492(石国)見つけたコロンブス」なんてのが
ありますが、それと似ているかもしれません。空間の話とは少し外れますが、
自分は学生時代、英単語を暗記するときに、ノートの英単語の横に、
それの簡単なイラストを書いたりしていました。

dfrt (4)

単語がappleだったら、リンゴの絵を書くということです。
これ、一見時間がかかって非効率そうですが、ただ丸暗記するよりも
結果はよかったような気がします。記憶する内容が、
手を動かすという別の行為に結びついていると、
かえって想起しやすくなるんじゃないでしょうか。

それと、記憶にかぎらず、発想においても、動き回ることの有効性を示した
実験もありますね。自分もいちおう文筆業のはしくれですので、
原稿を書いていて文章に詰まったときには、用がなくてもトイレに行ったり、
事務所の外に出て空気を吸ったりすることがあります。
そうすると、いい言い回しが出てくのは何度も経験しています。

dfrt (3)

作家の筒井康隆氏はジャズが好きで、自分でもピアノ、ドラム、クラリネットを
演奏しましたが、氏のエッセイの中で、SFの原稿を書いていて引っかかると、
ピアノを鳴らしたり、ドラムを叩いたり、風呂に入ったり、
そのくり返しの中で、少しずつ作品ができあがっていくと書いておられました。

さて、日本の会社やお役所は、同じ部屋に部員が机を並べて、
上司がその働き方を監視しているという形が多かったですよね。たしかに、
単純作業や人海戦術的な作業には、そのほうが効率はいいでしょう。
ですが、これからは、そういう仕事はどんどんAIにとって代わられてしまいます。

クリエイティブな仕事がまず生き残ることになります。その場合、
上で書いたように、自分の好きなことを自由に間にはさみながら仕事を進めて
いったほうが、効率はいいんじゃないかと思います。極端なことを言えば、
途中でエロサイトでポルノを見たっていいじゃないですか。

さてさて、もう字数が尽きてしまいそうです。心配していましたが、
けっこう書く内容がありました。暗記も、ただ漫然と行うのではなく、
自分なりの記憶術を開発していくのが重要だということですが、
それには才能も必要なんだろうと思いますね。では、今回はこのへんで。

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拝み屋の家の解体の話

2018.11.21 (Wed)
これな、ずいぶん昔のことだよ。それでいいなら話すけどな。
昭和の30年代の初めな。当時、俺は土建作業員やってたんだよ。
といっても、お役所の入札に参加できるような大手じゃなくて、
便利屋に毛の生えたような仕事だった。あの頃は、戦争が終わって10年
たってたとはいえ、まだあちこちにバラック小屋が残ってた。
そういうのを取り壊したり、逆に大急ぎでこさえたりだな。
ああ、他人様の土地に勝手に家を建てて住みついたりするやつもいたんだ。
空襲で焼けた跡地もまだあちこちにあった。高度成長期ってのに入る
ちょっと前の話なんだ。今はほら、建物の解体ってすげえ厳しくなってる。
金属は金属、ガラスはガラス、断熱材、電線・・・
そういうのをすべて分別して処分しなくちゃなんない。

けどな、昔はそんなのなかった。まあ法律のことはわからんが、
守ってる業者はほとんどなかったよ。だからずいぶん罰当たりなこともあったんだ。
古いお社を解体した木材を、バラック建てるのに流用したり、
山に持ってって崖から捨てたりもしたんだよ。え、罰?
そんなの当たったことはなかったよ。神も仏もいねえと思ってたんだがな。
ああ、話を進める。その日、会社に顔を出すと、社長が・・・
俺らは大将って呼んでたけど、「今日は遠出になるぞ」って言ってな。
作業員が集まって話を聞くと、解体の現場は隣の県との境に近い集落で、
車で2時間以上かかる場所。なんでそんなところの仕事を受けたか聞いたら、
大将は、「よくわからんが、地元の業者はどこも引き受けてくれないって言ってた」
それから、詳しい話をみなにしてくれたんだよ。

施主は近くの市に住む若い男で、その田舎に住んでた婆さんの遺産を相続したんだ。
婆さんには夫はなく、子どもらは いたみたいだが、すべて死に絶え、
孫なんかもいない。その施主は、婆さんの妹の孫で、
親は空襲で亡くなってるから、たった一人の相続人なんだな。
とは言っても、その婆さんの家に行ったことはもちろん、会ったこともないらしい。
だから、突然遺産を相続するって役所から言われて、かなりとまどったようだ。
もちろん放棄することはできるんだが、どうやら婆さんは大金を持ってた
みたいなんだな。当時の金で数百万、今なら数千万の預金が入った通帳が見つかった。
で、遺産は相続し、婆さんの住んでた家はぶっ壊して更地にすることにした。
いや、あんな田舎の土地、売れやしねえよ。施主は地元の自治体に
寄付するって言ってたな。・・・そんな話をしてるとこへ当人が現れた。

うん、20代くらいの痩せたあんちゃんだったよ。俺らのバンに同乗して
現地に行くってことだった。いや、当時は、車なんて持ってるやつは少なかったんだよ。
バンの運転は大将、それと作業員が6人。その他に、木材なんかを運び出す
中型トラックが1台。それだけだよ。俺らの会社は重機なんて持ってなかったし、
たかが田舎家を片づけるのに、手作業で十分だと思った。
で、道が悪くて、2時間以上かかってその集落に入った。
いや、すげえ山の中で、田んぼはなかったから、おそらく養蚕をやってたんだろ。
施主の案内で、村の奥の、まばらな林の中に小さな家があった。
バンから下りてみて、「ああ、こりゃ簡単だ」って思った。
壁の木は腐りかけてたし、ガラス窓もなかった。何より大きいのが、
藁葺き屋根じゃなかったことだな。「こりゃ今日のうちに終わるな」みなそう思っただろ。

図面なんてないから、大将が先に入って中を確認した。
部屋は4つ。炊事をするカマドがある土間と、婆さんが寝る部屋、物置に使ってる納戸。
あと、一番広い部屋には、祭壇みたいなのが飾ってあって、他の場所は煮染めたような
色なのに、そこだけが色とりどりの垂れ幕みたいなのが上から垂れてたんだ。
大将が施主に「ここは何すか?」と尋ねると、どうやら婆さんはその村で
拝み屋みたいなことをしてたって話だった。白布がかかった祭壇の上には何もなかったが、
その手前に大きな四角い穴があった。あと、風呂はなし、便所は家の外に
くみ取りのがあったが、これは上を壊したら埋めるしかないと思った。
でな、みなで道具を持って、まず屋根を落とそうとしたときに、
停めてたバンの陰から、一人の婆さんが出てきて、俺に、
「あんたらなあ、オタキ様の家を壊すのかあ」こう聞いてきた。

「ああ、そうだ」と答えると、「見ててもいいかあ?」別に問題はないと思ったから、
「ジャマにならねえ、離れた場所にいるんならいい」そう言ったんだ。
作業はあっという間に進んでった。壁はカケヤで打つと簡単に崩れるし、
家具もほとんどない。数時間で壁と屋根がなくなって、あとは家の土台を残すのみ。
柱は石の上に立ててるだろうから、それを倒して終わりだ。
で、床をはがしてると、「んなあ~、んなあ~」みたいな声が聞こえてきた。
何だと思ってそっち見てびっくりしたよ。見物してた婆さんの数が増えてたんだ。
その婆さんらが、歯のない口で叫んでたんだよ。よく聞くと、
「んなあ~」という声は、「オタキ様あ~」と言ってるようだった。
死んだ婆さんの名前だよ。気味悪りいなあと思ってると、祭壇のある部屋に
かかってた作業員の一人が、「大将、ちょっと来て下さい」って叫んだ。

みなで見に行くと、祭壇は撤去されてたが、その前の穴が深かったんだ。
のぞき込むと真っ暗だが、かすかに白いものがある気もする。
で、床板を全部剥がしてみると、石を組んだ四角い井戸みたいなものが埋まってた。
中には水はなく、何だかわからない、雲みたいな形の白っぽいものが見えた。
「これは、埋めだな」大将がそう言ったが、作業員を一人呼んで、
その雲みたいな形のものを持ち上げようとした。けど重くて上がらない。
しょうがなく、縄をかけてみなで引っ張り上げたんだ。
そしたらだ、そのとき、外に集まってた婆さんたちの声が大きくなって、
「オタキ様あ~ ○☓○☓○☓」そんな叫び声を上げながら、
いつのまにか取り出した数珠みたいなのをまさぐって、こっちを拝んでたんだよ。
「うるせえぞ、婆あども、どっかへ行け!」たまりかねて大将が怒鳴った。

で、穴から何が出てきたと思う。仏像だよ。座った形の仏様・・・
俺にはなんていう仏様なのかわからねえが、高さが1m半くらいある、
黒く煤けた仏像、それが頭を下にした逆さまになって入ってたんだ。
大将が叩いてみると、材質は木で、彫りも稚拙。けっして金になるようなもの
には見えなかった。大将が、作業を見ていた施主に、
「これ、どうしますかあ、ちょっと売れるようなものじゃないようだが」
こんなことを言い、施主が「そっちで処分してかまわないです」って答えた。
あとな、仏像が出てきた穴を懐中電灯で照らしてみたが、
泥で黒くなった羽根、それから細い骨がたくさん散らばってた。
たぶん鶏のものじゃないかと思った。それと、10cmばかりの、
おがくずを練り固めたような人形が20ばかりあったな。

まあ、これで作業は終わり。便所もふくめて、家があった場所はできるかぎり
土をかけて埋めた。取り壊した木材とかは、大きいものはその場には捨て置かず、
持ってきたトラックに積んだ。大将の指示で、そのときいっしょに、
地下から出てきた仏像も荷台に載せたんだよ。帰りは、大将がトラックを運転し、
俺が助手席、作業員2人が荷台に乗って、まっすぐ会社に戻るバンとは別行動になった。
ああ、材木とかを山の中に捨てるんだよ。車を出そうとしてたとき、
見物してた婆さんたちが、いっせいに土で埋めた家のあった場所に
転がるように倒れて、「オタキ様あ、オタキ様あ」と叫んでたんだ。
それから、林道に入ってしばらく走り、適当な場所を見つけて、
トラックに積んでた腐った木やカマドなんかを斜面にほかしていった。
作業員2人が仏像に手をかけ、「大将、これもほかしますか」そう聞いたら、

大将は少し考えてから、「いや、トラックに残しとけ。いちおうダメもとで
 古物屋に持ってってみる。もし売れたら、お前らにも分け前をやるよ」
こう言ったんだ。それから、会社に戻ったらバンはとっくに着いてて、
施主がまだ残ってた。俺らは上がりで家に帰り、大将だけ残って施主と支払いの
相談をするようだった。それがな、生きてる大将を見た最後だったんだよ。
次の日、大将が会社に出てこないから一人見に行かせたら、一家全員、
大将と奥さん、子ども4人が全部死んでたんだ。急性の食中毒ってことだった。
あとな、あの家を壊したときの作業員の一人に、後からこう言われたんだよ。
「ほら、あの家で、婆さんたちが、オタキ様って叫びながら呪文みたいなのを
 唱えてましたよね。あれ、前に聞いて知ってるんですが、あるお経をさかさに
 読んだもんなんすよ」って。 仏像はどうなったかわからねえな。知りたくもねえ。







悪魔と自由意志

2018.11.20 (Tue)
映画『エクソシスト』 シリアの遺跡で悪魔パズズと対峙するメリン神父
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前回、天使について書きましたので、今回は悪魔をお題にします。
おそらく小難しい内容になると思います。さて、何から書いていきましょうかね。
まず、悪魔とは何かということですが、ここでは仏教でいう悪魔ではなく、
西洋におけるキリスト教の悪魔についての話になります。

Wikiを見ると、「悪を象徴する超越的存在をあらわす言葉」
とありますが、キリスト教の悪魔の概念にしぼると、
「神に敵対し、人間を堕落させようとする存在」こんなところでしょうか。
では、悪魔はどうやって生まれたんでしょう。
神は天地を創造しましたが、そのときに悪魔もいっしょに創ったんでしょうか。

これはさすがに、そうではないと考えられています。
悪魔のでき方は大きく2つあります。一つは、神の御使いである
天使が堕落して悪魔になるという形です。
キリスト教の代表的な悪魔であるルシファーは、「明けの明星、光り輝く者」
という意味で、もともと天使であったときの名前です。

悪魔バフォメット
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それが、神に反抗して天界から堕ち、サタンという名に変わりました。
サタン以外にも、悪魔と化した天使はいます。もう一つは、キリスト教以外の
異教の神が悪魔におとしめられるケースです。例えば、バフォメットという
悪魔がいますが、これは、イスラム教を興した預言者ムハンマドの
フランス語読み、「マホメット」をもじったものと考えられています。

ひどい話ですね。他の宗教の創始者が悪魔にされてしまってるんです。
あと、映画の『エクソシスト』で、少女のリーガンにとり憑くのは、
パズズという悪魔ですが、これはバビロニア神話における風の神です。
バアルという悪魔も、メソポタミアで信仰されていた天候の神です。

悪魔バアル
cvr (2)

さて、ここで話を変えます。「自由意志」という言葉がありますね。
古来、哲学における大きな主題の一つとなってきたものですが、
じつは神学とも深い関係があります。「人間が自己の判断に対する
コントロールを行うことができる」という仮説のことをいいます。

これと対義になる言葉は「決定論」です。決定論とは、「あらゆる出来事は
その出来事に先行する出来事のみによって決定している」とする立場のこと。
例えば、ビリヤードを考えてみてください。玉のある位置、玉を弾く力の度合い、
角度などが完全にわかっているなら、その後に玉がどう動くかすべてを
予測することができる、とするのが決定論です。
もっと簡単に言えば、あらゆることは、初めから結果がどうなるかわかっている。

「ラプラスの悪魔」という思考実験があります。
これは「世界に存在する全物質の位置と運動量を知ることができるような知性が
存在すると仮定すれば、その知性は未来をすべて見通すことができるだろう」
という仮説で、フランスの数学者、ピエール・シモン・ラプラス
によって提唱された、決定論的な立場のものです。

ピエール・シモン・ラプラス
cvr (3)

ラプラスは、そのような存在を、ただ「知性」と呼んでいましたが、
いつしか科学者の間で、「ラプラスの悪魔」と変化していきました。
ですが、すべてを知ることができる存在は「全知」ということですよね。
悪魔よりも神に近いものなんじゃないでしょうか。

さて、最初の話に戻って、なぜ神は悪魔の存在を許しているんでしょうか?
この疑問に対する答えの一つに、「神は自分の創造物に対して、
自由意志を持つことを許したから」とするものがあります。
天使も人間も、どちらも神の創造物です。

神が創った最初の人間、アダムとイヴは、蛇にそそのかされ、迷ったあげく
神が禁じた知恵の木の実を食べてしまいます。これは、彼らが自由意志を持って
いたからですね。そしてその罰として楽園を追放されてしまいました。
悪魔も同じです。神は天使に自由意志を与えたため、
自分の意志で神に反抗するものが現れて、悪魔となったんです。

楽園を追放されるアダムとイヴ
cvr (1)

よく、「神が全知全能だったら、なぜ地上の世界には、犯罪や貧困があるのか。
神の力ですべてをなくすことができるんじゃないか」
こういうふうに言われることがあります。これに対する答えもまた同じです。
「神が人間に自由意志を与えたから、
その中には犯罪や貪欲の罪を犯す者も出てくるのだ」

つまり、人間は神によって試される存在なんですね。
神への信仰を、自由意志で選び取って正しい生涯を送った者は天国に行ける。
逆に、自分の意志で、あるいは悪魔にそそのかされて悪行を行った者は、
地獄に堕ちて責め苦を受けることになるわけです。

ただし、これとは異なる説もあって、16世紀フランスの神学者、ジャン・カルヴァンが
唱えた「予定説」がそうです。これは、神の救済にあずかる者と滅びに至る者は、
あらかじめ神によって定められているとする、きわめて決定論に近い内容です。
でもこれ、生まれたときから、ある者は将来犯罪を犯して地獄に行くと
決まっているなんて考え方を、みなさんは納得できますでしょうか?

ジャン・カルヴァン
cvr (1)

さてさて、ここまで読まれて、どう考えられたでしょうか。
なんだかわけがわからない、という感想を持たれた方もいるだろうと思います。
それは、自分の書き方が悪いせいもあるでしょうが、
「自由意志」と「決定論」について論じ始めると、どちらの立場をとっても、
さまざまな矛盾点に突きあたって、それ以上進めなくなってしまうことが多いんです。

ということで、自由意志と悪魔の関係をみてきました。
われわれは自由な意思を持っているから、善と悪の間で揺れる場面があり、
そういうとき、悪魔がしのびよってきて、「やってしまえ」とささやきかけてくる
かもしれません。みなさんも十分お気をつけください。では、今回はこのへんで。




「モンスの天使」をめぐる話

2018.11.19 (Mon)
映画『コンスタンチン』に登場する天使ガブリエル 悪に傾いているため羽が黒くなっています
regegre (5)

今回はこういうお題でいきます。オカルトブログらしいテーマですが、
ただこれ、キリスト教などに興味がない人には、
たいして面白くない内容だと思いますので、スルー推奨です。
さて、日本ではアンケートをとれば、心霊を信じる人は多いですよね。
UFOを信じる人もそれなりにいます。

youtubeなどの動画投稿サイトには、「幽霊の動画」 「UFOの動画」が
たくさんあがっていますが、日本人が投稿した「天使の動画」ってほとんど
ないですよね。ところが、英語の「angel appearance (天使出現)」で
検索すると、いろんなのが出てきます。

angel appearance
regegre (1)

これ、どうしてでしょう。 なんで日本人は天使を目撃しないのか?
その答えの一つは、「日本人にキリスト教徒が少ないから」。身もフタもない
回答ですが、そうとしか言いようがありません。天使は神の御使いですので、
キリスト教信者ではない人の前には現れないんですね。

これは、悪魔についても同じです。悪魔は、神を信じる人を誘惑して堕落
させようとします。そしてその魂を地獄に持って帰る。
ところが、日本人はキリスト教の神を信じず、
そういう異教徒は必ず地獄に落ちることに決まっているので、
わざわざ悪魔が出てくる必要がないんです。ほっといてかまわない。

天使が墜落すると悪魔になる
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さて、では、天使ってどういうものでしょうか。ここでは、ユダヤ教、
キリスト教、イスラム教で信じられている天使について書いていきます。
(仏教にも天使という語はありますが、混乱するので今回はふれません)
この3つの宗教は同じ神を信じていて、『旧約聖書』が聖典の一つになっています。
『旧約聖書』には、天使が登場する場面があちこちに出てきます。

天使には肉体があるのか、それとも霊的な存在なのか。
これについては、各宗教・宗派で意見が分かれているんですが、どっちかといえば、
肉体を持たない説のほうが優勢かもしれません。ただし、必要なときには、
人間と同じような姿で現れることができます。

ただ、その場合でも、天使は性別を持っていないと考えられることが多いんです。
宗教画では、女性のように見える顔をした天使でも、基本的に、
胸がふくらんでないように描かれます。もう少し美術の話を続けましょうか。
『新約聖書』で、天使が出てくる最も有名な場面は、
処女マリアのもとに受胎を告知するために訪れるところでしょう。

下の絵は、17世紀のスペインの画家、エステバン・ムリーリョの『受胎告知』です。
宗教画には様々な決まりごとがあり、受胎告知の場面では、読書をしたり、
糸を紡いでいるマリアのもとに天使が現れる場合が多いんです。
これは突然の驚きを表します。また、絵の中に描かれている白い鳩は「精霊」、
白百合の花は「純潔」の象徴です。

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ 『受胎告知』(部分) クリックで拡大できます
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あと、この絵で、上のほうにたくさんいる赤ちゃん天使たちは、
ローマ神話のキューピッドからの影響だと考えられます。あとはそうですね、
キリスト教には大きく分けて、カトリックとプロテスタントがありますが、
天使を崇敬しているのはカトリックのほうです。名前のある天使として、
大天使ガブリエル、ラファエル、ミカエルが聖書に登場します。

さて、天使が出現したエピソードは多数ありますが、よく知られているのは、
表題になっている、「モンスの天使事件 (The Angels of Mons)」ですね。
概要を説明すると、第一次世界大戦時の1914年、ベルギーのモンスにおいて、
少数のイギリス軍がドイツの大軍との戦っている最中、

モンスの天使
regegre (2)

全滅しそうになったとき、一人のイギリス兵が神に祈りを捧げると、
雲の中から、後光がさした灰色の人型のものが多数現れ、
巨大な弓と矢で、ドイツ兵を次々と撃ち倒していった、という内容です。
この話は、あっという間にヨーロッパ中に広まっていきました。

ですが、現在ではほぼ全容が明らかになっています。イギリスの怪奇小説家で、
魔術結社にも所属していたアーサー・マッケンが、戦闘の1ヶ月後に
「弓兵」という短編を書き、「イヴニング・ニューズ」紙に発表。
さらにその内容が、神智学協会の会合で話されたことで、
事実として流布していったんです。

アーサー・マッケン
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作者のマッケンは、創作であることを表明していますが、
噂が広まる勢いをくいとめることはできませんでした。この話については、
英語で書かれた詳細な研究がいくつもあります。
さて、ローマの前1世紀の政治家、ジュリアス・シーザーの名言の一つで、
「人は自分の見たいものしか見ない」というのをご存知でしょうか。

上記の「モンスの天使事件」の場合、「神がイギリスに味方している」という
ことを信じたいため、噂がすごい勢いで拡散していったんでしょう。
一般的な天使についても同じだと思います。キリスト教などを強く信じている人が、
雲の中などに天使を見てしまうことは、十分考えられます。

さてさて、では、幽霊やUFOはどうでしょう。
「幽霊を見たい・不可思議なことを体験したい」、あるいは逆に「怖い、怖い」、
そういう強い思いを抱いて心霊スポットなどに行けば、やはり、
何かを見てしまう可能性が高まるんじゃないでしょうか。では、今回はこのへんで。





海の家のバイトの話

2018.11.18 (Sun)
こんばんは。都内のある大学の2回生の、山田っていいます。
知り合いから、ここに来て怖い体験を話すとお金がもらえるって聞いて来ました。
よろしくお願いします。ただこれ、そこまで怖いかどうか微妙なんですけどね。
去年の夏休みの話です。俺、工学部の材料化学研究室ってとこに所属してるんですけど、
そこの先輩からバイトの話がありまして。はい、俺らの研究室で
代々受け継いでるバイトです。関東のある県の海水浴場の海の家で働くんですよ。
なんだ、楽そうだって思うかもしれませんが、これがそうでもなくて。
時間は長くはないです。海水浴場が開いてる10時から4時まで。時給は安かったですけど、
朝夕の食事が出ます。このバイトを受けたのは、俺ともう一人、
同期の竹島ってやつです。はい、このバイトは、俺らの研究室の誰かがやらないと、
大学の別の研究室にとられちゃうんです。

だから、先輩方も新入生をいろいろあたって、俺ら2人を確保したんです。
みんなやりたいんじゃないかって思うかもしれませんが、そうでもないんですよ。
3週間向こうに行って泊まり込みですから。都内で定期のバイトを持ってるやつは
できませんしね。でね、俺らが出発する段になって、
紹介してくれた先輩からいろいろアドバイスを受けました。
まず、日焼け対策をしっかりやれってこと。海の家ってほら、
外壁がなくて、柱に屋根がついてるだけでしょ。だから外にいるのと大して変わらなくて、
1週間で皮がむけてヒドいことになるぞって。
あと、女遊びはほどほどにしろよ、とも言われました。けっこう女の子だけの
グループでそこの海水浴場にくるらしいんです。それが日帰りだったら、
どうにもならないけど、近くのリゾートホテルに泊まってるのなら、

夜に会う約束をしといて、ナンパできるって言うんですよ。これはねえ、
期待がふくらみました。あとですね、最後に妙なことを言われたんです。
「大岩の上にある神社に、あんまり近づかないほうがいいぞ」って。
これ、イミフですよね。でも、そのときに理由を聞いても、
はっきりとは答えてもらえなかったんですよ。ただ「気をつけろ」ってだけ。
まあでも、あんまり気にしてませんでした。
そこの海水浴場には電車で行きました。俺ら車なんて持ってないですし。
竹島と、バイト開始の前日の午後にその町の駅に着くと、約束通り、
海の家のおばちゃんが迎えに来ててくれました。そうですね、齢は50代くらい。
太ってて、元気のいい人でしたよ。その場で、名物のソフトクリームをおごって
もらったんです。ああ、今年の夏は楽しくなるぞ、そう思いました。

それからおばちゃんの車に乗って海水浴場まで来ました。
泊まるのは、おばちゃんがやってる民宿の一部屋だったんですが、
最初は別のところに行ったんです。堤防の外にバンを停めて、歩きで海に向かいました。
でね、そこの海岸は磯浜で、大きな黒い岩がいくつも積み重なってるんですが、
その一つに階段がついてまして、おばちゃんがえっちら上ってく後をついてったんです。
そしたら低い鳥居が見えてきました。岩の上に神社があったんですね。
社殿はすごく小さいもので、お堂と言ってもいいくらい。
それでも、小さい注連縄と鈴がついてました。おばちゃんがそれを鳴らして、
3人でお参りをしたんです。おばちゃんは、今年の夏が事故なく無事に終わるようにって
ことだと言ってましたね。岩の上から下を見ると、波が砕けた上のほうに、
ワカメのような形の赤っぽい海藻がたくさんうちあげられてました。

あと、そのとき、ここの岩は満潮時には鳥居のすれすれまで海が来るって話も聞いたんです。
それから、おばちゃんの家に行きましたが、海から100mも離れてない近くでした。
かなり古い家で、外壁は潮風のせいかボロボロに剥げて、民宿の看板が出てました。
そこの一部屋が、それから俺と竹島が3週間過ごす場所。
6畳の畳の部屋で、テレビがあって、小型の冷蔵庫もありました。
おばちゃんに、近くにコンビニはないかって聞いたら、
「ここらにはそいう気の利いたものはないな」って言われて、少し離れたところの
酒屋を教えてもらったんです。それで、竹島と缶ビールを買いにいきました。
道はすぐわかって、帰りに、竹島と神社の話をしたんです。
「先輩にバイトを紹介されたときに、神社に近づくなって言われなかったか」
「ああ、言われた。あそこのことだろうけど、どういう意味なんだろうな」

でも、そのときにはまったくわかりませんでした。で、翌日からバイトが始まったんですが、
慣れるには時間がかかりましたね。午前中はジュースやアイスを買いにくる客。
それとかき氷ですね。作り方は簡単でした。けど、昼時になるとすごく混んだんです。
他にも海の家はいくつもありましたが、どこも満員状態。
ひっきりなしにお客さんが来て、ラーメン、焼きそば、カレーなんかを注文します。
おばちゃんが一人でそれらを作ってたんですが、午後になってお客さんが
少なくなった時間に、2人で作り方を習ったんです。まあ、カレーは作り置きでしたが、
焼きそばはコツがあってけっこう難しかったです。そんな感じで、一日一日と
バイトの期間が過ぎていったんです。おばちゃんは、どうやら一人暮らしの
ようでしたね。でねえ、ナンパのほうはなかなかうまくいきませんでした。
女の子の2人連れをねらって、俺らの海の家に来たときに声掛けしたんですが、

後で彼氏が合流するとか、大きな市に出て宿泊するとかが多かったんです。
それでも2組、女の子たちと、夜の8時に海の家の前で待ち合わせする約束を
取りつけたんですけど、2回ともね、女の子たちは来なかったんですよ。
で、3回目、あんまり期待してなかったんですが、やっと女の子たちが来てくれて。
やった!って思いました。まずね、その子たちが持ってきてた花火を、
浜でやったんです。俺らの他に人影はなかったです。
でね、そのときに、海際がだいぶ深くまで入り込んできてるのがわかりました。
新月の満潮になってたんです。花火が終わって、女の子たちともだいぶ気持ちが近づいて、
さあ、街に飲みに出て、それからってときに、竹島のやつが神社の話を出したんですよ。
満潮時には、鳥居のある ひたひたのところまで海がせまってきてるって。
そしたら、女の子たちが、ぜひ行ってみたいって言い出しまして。

それで、神社には浜からは近づけないので、いったん堤防の外の道路に出て、
それから階段を上って大岩の上に出ました。月のない晩でしたけど、
社殿の屋根に1個、防犯灯がついてて、あたりの様子は見えました。
でね、たしかに海が近かったんです。鳥居のすぐ外を波が洗ってました。
岩は傾斜がついてるので、もし足を滑らせたりすると、
そのまま海に落ちていきそうでした。ですから、それぞれ女の子たちの手を引いて、
鈴を鳴らし、簡単にお参りを済ませたんです。そしたら、それまで穏やかだったのが、
ドーンと急に大きな波が来て、それが退くと、鳥居の内側に何か大きな黒い固まりが
打ち上がったんです。「ああ、びっくりした。あれ、何だろ」
「もじゃもじゃした形だから、海藻じゃないかな」 「ちょっと見てくる」
よせばよかったんですが、女の子たちの前でカッコつけたかったんですね。

俺と竹島が近づいていくと、遠くからの明かりで、やっぱり海藻のからまったものに
見えました。一部を引きちぎって女の子たちのところに持っていこうとしたとき、
その中からにゅっと白い手が伸びたんですよ。そして、竹島の腕をつかみました。
「あああっ」竹島が腕をメチャクチャに振り回しても離れない。
俺は逃げてしまいそうでしたけど、横からその竹島をつかんでる腕を蹴り上げたんです。
手が離れ、それと同時に海藻の固まりが上に持ち上がりました。
白い顔があったんですよ。若い女の真っ白な顔が。女の腕はパタパタと岩の上を動き、
何かつかまえるものを探してるような・・・俺は、腰が抜けて座り込んでいる
竹島の脇に手を入れて立たせ、女の子たちがいるところまで下がったんです。
そのときまた大きな波が来て、次に見たときには、何もなくなっていたんです。
もうナンパどころじゃなく、怯えてる女の子たちをリゾートホテルまで送っていきました。

それから、おばちゃんの民宿に戻ったんです。もちろん、竹島とで見たもののことを
話しましたが、海藻を全身にかぶった女ということしかわかりませんでした。
・・・ここから話すことはあまりないです。3週間のバイト期間が終わり、
おばちゃんは、ボーナスと言って、1万円色をつけてその週のバイト料をくれました。
それから、「ちょっと拝んでいってくれるかい」と言って、母屋の、
仏壇のある部屋に連れてかれて。仏壇は開いてて、お線香の匂いがしました。
手前のほうに小さな写真立てに入った遺影があり、若い女の子が海を背に
笑って立ってました。おばちゃんは、「これね、17歳のときに海で死んだうちの娘,
そのことが原因で夫とも離婚してね」そう言ったんですよ。・・・これで終わりです。
娘さんの写真は、あの神社で見た顔と似ているような気も、そうでない気もしました。
え、ナンパですか? それがねえ、その後は1度もチャンスがなかったんですよ。






「動物兵器」って何?

2018.11.17 (Sat)
人も犬もロボットになる時代、このたびワシントン大学にて、
太陽光パネルに赤外線レーザーを当てて給電する、
極小のハエ型無線ロボット「RoboFly」が開発されました。
これは20年の研究の末に完成させた、世界初の試みなのだとか。

これまでは、ピエゾ圧電効果・逆圧電効果を担うピエゾアクチュエータを
駆動するための回路を小型化することが困難だったのですが、
マイクロプロセッサーの脳を搭載し、爪楊枝よりも軽い回路を
作り出す新しい方法によりやっと完成したのです。
(Rakutennews)



今回はこういうお題でいきます。上掲のニュースは、
羽ばたきをして飛ぶ、超小型のハエロボットが完成したということです。
重さはわずか190mgということで、これは1円玉が1000mgなので、
その5分の1なんですね。研究チームも軽量化には苦労したようです。

動力は、ソーラーパネルが小さいので、自然光を利用した発電は無理で、
パネルにレーザー光をあてて人為的に充電を行うようです。
つまり、半永久的に飛び回ることはできません。また、このハエロボットは
簡単な人工頭脳を持っていて、翼の羽ばたきを「する」・「しない」
を制御して飛び、せまい場所へも入り込むことができるとのことです。

自分はこのニュースを見て、劇画の『ゴルゴ13』のエピソードを思い出しました。
ある科学者が、自分が開発した昆虫型の小型飛行ロボットに毒針をとりつけ、
連続殺人を行うというストーリーだったんですが、当然ながら最後には、
ゴルゴの超人的な狙撃技術の前に倒されてしまいます。

さて、今回のお題は「動物兵器」ですが、このニュースに出てくるのは、
「ロボット」です。ですので、ここからの内容は記事から離れます。
では、動物兵器ってどういうものでしょうか?
少し前の2013年に、アフガニスタンでタリバンが「ロバ爆弾」を使用し、
4人の死傷者が出たというニュースがあったのを思い出された方もいるでしょう。

こういうのって、国際条約で禁止できないんでしょうか。
生物兵器や化学兵器などは、多国間条約でそれぞれ禁止されています。
ですが、動物兵器の場合はいろいろと難しい点があるんです。
その一つは、「動物兵器」と「軍用動物」の境界がはっきりしないことです。

暴れ狂う戦象


軍用動物とは、文字どおり、軍務のために使用される動物のことです。
例えば、馬を軍用品の輸送に使った場合は軍用動物です。
また、馬に爆弾をつけて敵の中に放てば、これは動物兵器と言っていいでしょう。
じゃあ、馬に人が乗って闘うのはどっちなんでしょうか。

これは難しいですよね。馬の機動力を実際の戦闘に使用してるのは
間違いないですが、馬自身が戦いをしているわけではありません。
騎馬兵の歴史と伝統は世界各国で古くからあって、尊重されてます。
ですから、なかなか「動物兵器禁止条約」というわけにはいかないんです。

さて、では、これまでに使用された動物兵器にはどんなものがあるでしょう。
ローマ帝国では、馬に、映画の『ベン・ハー』に出てくるような戦車を牽かせました。
紀元前4世紀、アレキサンダー大王がインドに侵攻した際には、
インド側は200頭の戦象を投入して戦ったという記録が残っています。

また、紀元前3世紀のポエニ戦争では、カルタゴの名将ハンニバルが、
戦象を使ってアルプス越えをし、イタリア侵入を図ったのは有名な話です。
とまあ、この手のことを書いていくときりがないので、
近代に使われた動物兵器の例を、2つだけご紹介しましょう。

どちらも、第2次世界大戦時のものです。一つめは、旧ソ連軍による
「対戦車犬」です。空腹にさせた犬の前に、ドイツ軍の戦車の模型を置き、
その下に餌を設置して、戦車を見れば下に潜るよう条件づけをします。
これはまあ、実験下においては、まずまずうまくいったようです。

「対戦車犬」


ですが、実際に爆弾を背負わせて最前線に投入すると、
激しい爆発音などに犬が怯えてしまい、逃げ去ったり、自陣に駆け戻って爆発し、
味方に大損害を与えるなど、うまく機能しなかったんですね。
まあ、訓練を積んだ人間の兵士でさえパニックになるので、これは無理ないでしょう。
ドイツ軍は対策として戦車に火炎放射器を搭載し、多くの爆弾犬を焼き殺しました。

2つめは、アメリカ軍が日本への攻撃に使用しようとした「コウモリ爆弾」です。
冗談のようですが、これ、かなり真面目に研究されたものなんです。
1942年、フランクリン・ルーズベルト大統領が計画を承認。
コウモリに搭載されるの通常爆弾ではなく、ナパーム弾の予定でした。

「コウモリ爆弾」


これは、日本の家屋が木や紙でできており、火をつければ簡単に燃えること。
また、コウモリに搭載できる通常爆弾の火薬の量では、
大きな被害を与えられないことからです。それに対し、ナパーム弾なら、
少量の油を入れておけば勝手に燃え広がっていくわけです。
それと、コウモリが夜行性なのも都合がいいんですね。

で、航空機に爆弾を搭載したコウモリをのせ、空中で放ってみたところ、
ほとんどのコウモリは石のように落下し、地面に激突して死んでしまいました。
そこで、コウモリに小型のパラシュートをつける試みがなされましたが、
もう、何を研究しているのかわからなくなっています。

東京大空襲


そうこうしているうちに、同時並行的に研究されていた原子爆弾が完成し、
コウモリ爆弾計画は中止されたんです。これ、興味深い話だと思いませんか。
もし、コウモリ爆弾が成功していたら、日本に原爆は落ちなかったのかも
しれません。ただ、東京大空襲などの状況を見ると、
ナパーム弾による火炎攻撃もかなり悲惨なものでした。

さてさて、ということで、今回はやや毛色の変わった内容になりました。
上記のハエロボットの話に戻って、アメリカ軍では間違いなく、
超小型ロボット兵器の軍事研究を行っているはずです。このニュースの技術も
使われるのかもしれません。そう考えるとちょっと怖いですね。
では、今回はこのへんで。

イルカ兵器? ただしアメリカ軍は開発を否定しています






「アステカの祭壇」の話

2018.11.16 (Fri)
生贄の祭壇
nhuyt (1)

今回はこういうお題でいきます。まず、「アステカの祭壇」について
概要を説明すると、1997年から2001年にかけて、フジテレビのバラエティ番組、
「奇跡体験!アンビリバボー」での、視聴者から投稿された心霊写真を
様々な霊能者が鑑定するという特集コーナーにおいて、

霊能者の一人、立原美幸さんが、共通の特徴がある数枚の心霊写真を取り上げて、
撮影者も日時も場所もバラバラなのに、それぞれに幾何学的な形の赤い光が
写り込んでおり、写真の向きを変えると、そのどれもが同じ台または
杯のように見えるものがあることを指摘しました。番組内で立原さんは、
「何かの祭壇なのではないか、残酷な儀式に使った台だと思う」と述べています。

番組終了後、局に数多くの電話がかかってきて、その中には霊能者からの
ものがいくつも含まれていました。みなほとんど同じ内容で 、
「何というものを放送するんだ、祟りがある。2度と放送するな」
・・・典型的な「アステカの祭壇」の画像を下に載せます。

nhuyt (3)

さて、これ、みなさんはどう思われますでしょうか。
自分は「なぜアステカなんだろう?」と、まず考えますね。
数百年前にメキシコで行われていた儀式の祭壇が、なんで現代の日本の写真に
出てくるのか。ちなみに、番組内で立原さんは、「アステカ」という言葉は
出していないようです。この語が出てきたのは、「残酷な儀式」からの連想でしょう。

で、この一連の写真、たしかに撮影者、撮影日時、被写体もバラバラなんですが、
一つ、大きな共通点があります。レンズ付きフィルム(「写ルンです」など)
で撮影されたものがほとんどだということですね。
写真の専門家は、「レンズ付きフィルム特有の、フイルムを押さえる部品が
感光して写ったのではないか」と述べています。

まあ、自分もそうだろうと思います。この話自体が都市伝説に近いものです。
番組放映時は、レンズ付きフィルムがデジカメにとって替わられる最中でした。
もしこれが何かの霊的な現象だとしたら、どうしてフィルムカメラの終焉とともに
撮影されなくなってしまったんでしょう。当然こういう疑問は出てきますよね。

アステカの生贄の儀式
nhuyt (5)

さて、じつは、この話で自分が注目している点は少しべつで、
「写真を放映したら、多数の霊能者から番組に電話がかかってきた」という部分。
霊能者やスピリチュアルカウンセラーなどは、地上波テレビで取りあげられるか
どうかで、収入がまるで違うんです。ですから、
テレビ出演の機会をねらって、いろんなことを画策する霊能者がいます。

これも古い話になりますが、2000年、岐阜県富加町に新築された
4階建ての町営住宅で、ポルターガイスト騒ぎが起きたのをご記憶でしょうか。
「いくつかの部屋で、食器棚が勝手に開いて、お皿や茶碗が飛び出した。
シャワーや水道から水がひとりでに出たり、
勝手にテレビのチャンネルが変わった。」・・・まあ、こんな内容でした。

クリックで拡大できます
nhuyt (1)

ちなみにこの事件、「幽霊マンション事件」などとも呼ばれているんですが、
はっきりした幽霊の目撃はありませんし、建物はマンションでもないんですね。
今回はこの話はしませんが、騒ぎが話題になって、新聞・雑誌記者、
テレビ局のスタッフが現地に集まっている中に、複数の自称霊能者が
弟子を連れて自費でやってきて、祈祷などを行っているんです。

何のためかはおわかりだと思います。テレビ局のインタビューなどを受け、
画面に顔や名前が載りたいからです。「○○局の〇〇番組で紹介された〇〇先生」。
これだけで名前に箔がつきますし、うまくすれば「大霊障事件を解決した〇〇先生」
になるかもしれません。それだけ、当時の地上波テレビの影響は大きかったんです。

ですが、今は違いますよね。youtubeなどの動画投稿サイト、SNSなどが中心で
テレビはあんまり見ないという若い人が多くなってきています。
自分もテレビはスポーツ中継を見るくらいです。最初にご登場いただいた
立原美幸さんも、現在はテレビ出演はなく、
タロット占星術をされているようですね。おやおや、ご同業ですか。

太陽神ウィツィロポチトリ
nhuyt (4)

さて、アステカの生贄の儀式については前にも書きましたが、
基本的に彼らは太陽信仰で、神話に登場する太陽神ウィツィロポチトリと
夜の神テスカトリポカが、つねに上空で戦い続けており、
もし太陽神が負けてしまった場合、再び朝が訪れなくなると信じられていました。

太陽が消滅し、暗闇の中で作物が育たなくなってしまうことを恐れ、
太陽神に力を与えるため、生贄として多くの人間の心臓を捧げ続けていたんですね。
鉄器を持たなかったアステカの神官は、黒曜石製のナイフを使って
生きた生贄の胸部を切り裂き、心臓を手掴みで体内から取り出して天へと掲げました。

さてさて、最後に実話を書きます。自分は大学で考古学を専攻したため、
先輩や同期、後輩の中にはその関係の職業についている人が大勢います。
その先輩の一人が、一昨年、研究協力のためにペルーの遺跡を訪れました。
アステカではなく、15世紀に栄えていたプレ・インカ文明のチムー王国のものです。

ペルーの遺跡から発掘された550年前の子どもの人骨
nhuyt (2)

ここは、5~15歳の子どもの男女140人以上とリャマ200頭が、
同時に生贄にされた特異な遺跡で、世界的に注目されています。
発掘に参加して帰国した先輩から、自分はチョコレート(名産)のお土産を
もらったんですが、そのとき、先輩が発掘人骨の一部を
日本に持ち帰ったという話を聞いたんです。

研究のためですし、よくあることなんですが、自分は、なんとなく怖いな
という感じがそのときにあったんですね。それから1ヶ月後、先輩の4歳になる
娘さんが、交通事故で自宅前で亡くなられたんです。
まあ、不幸な偶然なんだと思いますけど・・・ では、今回はこのへんで。

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忘年会のビンゴの話

2018.11.15 (Thu)
山野と申します。今、何というか・・・たいへん困惑する事態が起きてまして。
こちらは、そういうことを専門にする方々がお集まりということで、
ご相談にうかがったんです。私は、リアルマネートレーディングの会社の
副社長をしています。まだ30歳になったばかりなんですけども。
はい、うちの会社は、いわゆるベンチャー企業で、社員はみな若いんですよ。
社長は西木と言いまして・・・ああ、ご存知ですか。
そうです、先月亡くなりました。マンションの部屋で死んでいるのを、
訪れた知人が見つけて・・・はい、首がなかったんです。
本人とわかったのは、部屋や会社にある指紋と遺体のものが一致したのと、
あとDNA鑑定もしたので、社長なのは間違いないです。
はい、新進気鋭の企業の社長殺人事件、しかも首が消えてたということで、

マスコミにも大々的に取り上げられ、取材攻勢で一時期は会社も大騒ぎでした。
あれから1ヶ月たって、やっと少し落ち着いてきたところです。
警察からは、会社のほうにも情報が来るんですけど、
もちろん首は見つかってないし、捜査は進展していないみたいですね。
社長は独身で家族はなく、郷里のほうにご両親がいるだけです。
何から話せばいいんでしょうかねえ。私自身、すごく混乱してまして。
そうですね、会社のことからにします。私と社長は大学の同期なんです。
同じワンダーフォーゲル部に所属してました。
で、私は普通に卒業して就職したんですが、社長は就職せず、
世界放浪の旅に出たんですよ。私のところに2回絵葉書が送られてきました。
1枚はカンボジア、もう1枚が南米のペルーからでしたね。

はい、そういう人はそれなりにいますよね。
会社に縛られるのが嫌で、自由気ままに生きたいっていう。
社長はまさにそういうタイプだったんです。でも、若いうちはいいとしても、
年をとってから困る場合が多いですよね。世間はそんなに甘くありませんから。
ところが、卒業から5年くらいたって、日本に帰国してた社長から、
新会社を設立するから協力してくれないかって誘われたんです。
でね、話を聞いてみると、かなり現実的な計画があって、
しかも、大きな自己資金があったんです。社長の話では、南米のほうに
大資産家のパトロンがいるってことでした。でね、私もね、
それまでの会社にいても、ずっと下積みのままだし、思いきって社長の話に
乗ったんです。はい、それ以降は成功に次ぐ成功で、

どんどん事業が拡大していって、最初、社長と私と事務員2人で始めたのが、
今では従業員100人を超える規模になりました。
経営は順風満帆で、将来に何のくもりもなかったんです。
それと、社長が殺された動機もねえ、まったく心あたりがないんです。
だって、社長は明るく快活で、人から恨まれるようなタイプじゃないんです。
痴情関係もないと思いますよ。だって、ほとんどの時間会社にいたんですから、
女をつくる時間なんてなかったと思います。社長室にベッドが置いてあって、
週の大部分はそこでに寝泊まりして指示を出してました。
はい、その指示はどれも的確で、ズバリズバリあたったんですよ。
ですから、マスコミから天才経営者なんて言われてたんです。
・・・忘年会の話をします。今、会社の忘年会って、                  

やってるところが、どんどん少なくなってきてますよね。まず、
飲酒運転などのおそれがあるし、酒が入るとパワハラ、セクハラなんかも起きやすい。
けど、うちの会社の場合、会社全体での忘年会が4年前から始まったんです。
「ぜひやりたい、1年間の社員みんなの苦労にぜひむくいたい。
 家庭の都合もあるだろうが、ぜひとも全員参加してほしい」こう言われましてね。
ええ、病気とかの場合をのぞいて、すべての社員が参加してました。
でね、この忘年会、一流ホテルで行うんですが、会費ってなかったんです。
全部、社長のポケットマネーから出たんです。これね、かなりの出費ですよ。
料理も一流、ワインも一流、それで社員は100人からがいるんですからね。
忘年会自体は、特別なことはやりませんでした。社長が一言あいさつして、
後は無礼講でみなで飲んで食ってくれってことです。

ほら、最初に話したように、社員はみな若くて、社長や私とも年が近いですから、
ものすごく盛り上がったんです。それとね、会の終わり頃にビンゴをやったんです。
で、その賞品もすべて社長持ちで、一番最初にビンゴした人の賞品は、
なんと1週間の有給と、賞金20万円、それとペアでのヨーロッパ旅行の航空券だったんです。
いや、見せたかったですよ。あの盛り上がり・・・最初の年にあたったのは、
石崎という男性社員でした。まだ独身で、大喜びで彼女とヨーロッパに行ったんですが、
帰ってきてすぐね、事故で亡くなっちゃったんです。この死因がちょっと珍しくて、
聞いた話だと、アパートの浴室に針金を張ってタオルを干してたのが、
その針金に、どういうわけか首がからまっての窒息死ということでした。
まあでも、そのときは不運な話だなあとしか思わなかったんです。で、翌年です。
ビンゴで旅行にあたったのが、前澤っていう入試したばかりの女子社員。

彼女はね、感心なことに自分では旅行に行かず、航空券をご両親にプレゼントしたんです。
それで・・・ご両親が戻ってきて1週間ほどして、彼女も亡くなっちゃったですよ。
舗道を歩いてるときに、脇を通った大型トラックが道路標識を車体に引っかけ、
それが運の悪いことに、彼女の首に直撃しまして。首の骨は折れませんでしたが、
気管がつぶれて、息ができなくなっての窒息死・・・で、去年の忘年会です。
ビンゴはもちろんありました。さすがにね、過去に一等があたった2人がどちらも
亡くなってるんで、始まる前は微妙な雰囲気でしたが、
でも、やっぱり偶然と思うじゃないですか。始まったら大盛り上がりで、峰っていう、
やや年配の社員があたったんです。彼は既婚者でしたが、まだ子どもはおらず、
奥さんと2人で旅行に行き、帰ってきてすぐに亡くなりました。はい、窒息です。
これもニュースになりましたけど、大きな病院で回転扉に首をはさまれたんです。

でもねえ、ほら、子どもが回転扉にはさまれて亡くなる事故が前にあって、
ほとんどの回転扉は改修され、構造上、首がはさまるなんてありえないのに。
さすがにねえ、3人目となると社内でも噂が広がりました。
あのビンゴは呪われてるみたいな。しかも、全員が窒息死ですからねえ。
そうしているところに社長の死です。もう社内はパニック状態でした。
今は、私が社長代行ということでなんとか切り盛りしてるんですが、大変です。
これまで会社が大きくなったのは、すべて社長の才覚のおかげで、私が果たした役割なんて、
ないも同然でしたから。それでです、社長の死がわかった2日後、社長秘書から封筒を一枚
渡されました。社長の生前、「もし自分に何かあったら、副社長にこれを渡してくれ」
と言われて、金庫にしまってあったものだそうです。で、封筒の中には、
聞いたことのない会社名と電話番号、それから大きな昔風の鍵が入ってたんです。

はい、すぐにその番号に連絡したら、貸し倉庫の会社だったんです。
社長が、会社名義で倉庫を一つ借りてました。でね、その日の退社後、
さっそくその倉庫会社に行ってみたんです。場所は埠頭に近いところで、
海が目の前にありました。会社からはかなり遠い、辺鄙な場所だったんです。
着いて事務所に連絡し、こちらの身分を述べると、トレーラに積む大きなコンテナに
案内されたんです。コンテナはいくつもあり、その最奥でしたね。
そこで案内係は戻り、見ると、コンテナには大きな錠前がついてたんです。
今どき、電子キーじゃなく錠前と鍵ですよ。信じられますか。
で、鍵を入れて回すと、カチリと音がしたので、
手でシャッターを押し上げました。中は真っ暗で、手探りで横の壁にさわり、
スイッチらしきものを見つけて押すと・・・

真っ赤な明かりがついたんです。中はバスよりやや大きい縦長で、
突きあたりに何か、像のようなものが見えました。前までいくと、人間より大きい
不気味な顔をした石像で、昔に社長が放浪した南米のものじゃないかって思いました。
その像が、背後から赤いスポットライトで照らされている。なんでこんなものを社長が
わざわざ貸し倉庫に入れ、しかも自分が亡くなったら私に鍵を渡せなんて言ったのか?
訝しみながらさらに近づくと、像の前の祭壇に20cmくらいの先が丸くなった
石の棒が置かれてたんです。まるで捧げ物をするみたいに。でね、赤い光の中で、
それぞれの棒に、こう彫られてるのがわかったんです。「石崎○○、前澤○○、峰○○」
・・・ビンゴにあたって亡くなった3人の社員の名前です。それで、同じような石棒が、
像の傍らに、もう何本も積まれてたんです、何も彫られていないのが。・・・もうすぐ、
忘年会の時期になりますよね・・・私はいったい、どうしたらいいのか・・・






横溝正史長編ベスト5

2018.11.14 (Wed)
悪魔の手毬唄
dsr (4)

今回はこういうお題でいきます。なんだ、横溝作品は探偵小説で、
オカルトじゃないだろと言われそうです。たしかにそうなんですが、
自分は横溝先生の大フアンで、しかも横溝作品って、
下手なホラー小説よりも怖いと思うんですよね。

自分の実家に、講談社版の「横溝正史全集」があり、おどろおどろしい装丁で、
これはきっと怖いんだろうなあと思ってましたが、
中学生のころに読み始めると、やっぱり怖いんですよね。
第一巻が、『鬼火』 『真珠郎』 『蔵の中』などの、
初期の耽美的な短編を収録していたせいもあるかもしれません。

横溝正史
dsr (2)

で、続けて2巻目の『本陣殺人事件』を読み始めたんですが、これって、
機械トリックで自殺を他殺に見せかけるという話ですよね。
それで、なにか思ってたのと違うなあと感じて、
そこでいったんストップしちゃったんですね。
読むのを再開したのは高校生になってからでした。

そのころ自分は柔道をやってまして、腰を強打して椎間板ヘルニアになって
入院・手術し、病室の枕元に横溝全集を積み上げて読んでたので、
変な高校生だなあと思われたかもしれません。ちなみに腰のほうは、
医者に、もう柔道はできないと言われたんですが、リハビリを重ねて、
なんとか復帰することができました。今思うと懐かしいですね。

八つ墓村
dsr (3)

さて、横溝作品の特徴としては、まず、因果物であるということでしょうか。
過去にあった出来事が怨念を生み、それがだんだんに育ってきて、
現在の殺人が起きる・・・こういう形がほとんどだと思います。
事件が起きたのは必然のことで、それが作品に深みを与えています。

それから、本格推理の作品群はどれも長く、膨大な登場人物が
出てくるんですが、その一人ひとりの立場や性格がはっきりしているので、
読んでいて、途中で登場人物の表を見直したりしなくても大丈夫でした。
作品の骨格が綿密に組み上げられていて、
ストーリー展開に破綻がないせいもあると思います。

横溝作品は岡山の田舎や孤島を舞台にしていて、
伝奇推理などと言われたりもしますが、
ストーリーの構成はかっちりしています。これは、横溝先生が戦争中、
疎開していたときに大量に読んだ、ヴァン・ダインやエラリー・クイーンなどの
欧米の本格推理の作法を下敷きにしているからでしょう。

あと、探偵役の金田一耕助。「鳥の巣のようなボサボサ頭で、
困ったときに掻きむしるとフケが飛び散った」などのギミックはあるものの、
基本的には狂言回しの役で、犯人の犯行をとめることができません。
悲劇が全部終わってしまってから、謎解きをするための人物なんですね。
殺人を未然に防げたのは、中編で数回あるくらいのはず。

獄門島
dsr (5)

推理小説の最後の部分を、大団円などと言ったりしますが、横溝作品の場合、
事件が解決しても晴れ晴れとした感じはまったくないんですね。
この後、残された登場人物たちはどうなるんだろうと不安になるような
終わり方です。おそらくですが、横溝先生は悲劇を書きたかったんだと思います。

さて、かなり前置きが長くなってしまいました。
自分が選ぶベスト1は『悪魔の手毬唄』です。かなり長く、もう少しコンパクトに
できるんじゃないかと思うところもありますし、トリックの出来も
他の作品にくらべてそれほど優れてるわけでもないんですが、
この話、怖いんですよねえ。背筋がゾクゾクするシーンがいくつもあります。

特に有名なのは、金田一耕助が夕暮れの峠道で、村を出ていたおりん婆さんが
戻ってきたのとすれ違う場面ですね。これ、自分は、日本の推理小説の
最高の名シーンの一つなんじゃないかと思います。その場面自体も怖いし、
謎がとけてみると、いっそう怖さが際立つんですね。

夜歩く
dsr (1)

ベスト2は『獄門島』。推理小説としての出来は、これが一番いいと思います。
主な3つの殺人の、どのトリックも斬新でした。あとは、
レッドヘリング(読者の注意を真犯人からそらすため、わざと提示される
偽の手がかり)の「きちがいじゃがしかたがない」も秀逸です。

ベスト3『八つ墓村』。やや毛色の変わった、冒険小説の要素を含む話です。
地下洞窟での宝探しシーンなんかは、
横溝先生も楽しんで書いたんじゃないでしょうか。
映画のほうでは怪奇色が強調されていましたが、怨霊の祟り話ではなく、
人間の持つ悲しさが作品の主題になっていたと思います。

ベスト4『悪魔が来たりて笛を吹く』。
推理小説としては欠点のある作品だと思いますが、雰囲気がよかったですね。
ベスト5『夜歩く』。夢遊病を小道具に使い、「顔のない死体」のトリックに
挑戦した話。『犬神家の一族』が出てきませんでしたが、
これ、自分はもう一つ納得のいかない部分があるんですよね。

さてさて、横溝ブームは、十数年をおきくらいでくり返し起きています。
これは、横溝作品が古くならないせいが大きいと思います。
今読んでも違和感を感じません。ですから、今後もまた大きなブームが
あるんじゃないでしょうか。では、今回はこのへんで。

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dsr (6)





南極とオカルト

2018.11.13 (Tue)
地球上で最も謎多き大陸・南極。最新の科学はその秘密のベールを
徐々に引きはがしつつある。このたび欧州宇宙機関(ESA)の衛星画像が
明らかにしたのは、過去2億年にも及ぶ南極大陸の壮大な歴史である。
英「Daily Mail」ほか、多数メディアが報じている。

厚さ1.6kmにも及ぶ分厚い氷に隠された南極大陸は、
その姿すらよく分かっていないという。だが今月5日、
ドイツやアメリカの研究者チームがオンラインジャーナル
「Scientific Reports」に、南極大陸の地形や構造、そしてその形成に
至る過程を明らかにする新たな研究成果を発表した。
(Rakutennews)

南極大陸
sysysyu (1)

なかなか面白いニュースがないんですが、今回はこのお題でいきます。
高度225kmという、ひじょうに低い軌道の衛星から4年間にわたって
南極を観測してデータを集め、プレートテクトニクスによって、南極がどのように
形成されてきたかをシミュレーションしたということのようです。

ざっと南極の歴史をふり返ってみると、もともとはゴンドワナ大陸の
一部として南アフリカにくっついた形でした。それが、1億6000万年前に
アフリカ大陸から離れ、約4000万年前、オーストラリアと離れて、
独立した大陸になったんですね。地球の歴史が46億年ですから、それからすると、
南極大陸ができたのは比較的最近と言っていいかもしれません。

さて、南極についてのオカルトはいくつもありますが、
いちばん有名なのは「ピリ・レイスの地図」と呼ばれるものでしょう。
ピリ・レイスはオスマン帝国の海軍提督で、彼が1513年に制作したのが
「ピリ・レイスの地図」です。ただし、現存するのは、大西洋を中心に描いた左半分で、
おそらくインド洋を描いていたであろう右半分は失われてしまっています。

「ピリ・レイスの地図」部分
sysysyu (4)

コロンブスのアメリカ大陸上陸が1492年ですから、それからわずか21年後に
つくられた地図なのに、南北アメリカの東海岸がじつに詳細に描かれているのが
不思議だと、発見当初から評判になりました。たしかにこれは不思議ですが、
考えるヒントは、ピリ・レイスがオスマン・トルコの人物だったということです。

キリスト教がヨーロッパの精神世界を支配したことで、ヨーロッパからは、
ギリシア・ローマ時代の宇宙論などの科学的知識が失われてしまいました。
それがオスマン・トルコなどのオリエント世界には残っていたんですね。
それらの知識は、幾度もの十字軍遠征で、
再発見される形でヨーロッパ世界に広まったんです。

ピリ・レイスは、地図の作成にあたって、
オスマン帝国に伝わる33枚の地図を参考にしたとされます。
その中には紀元前のアレキサンダー大王の頃のものもあったと言われ、
それらのうちに、コロンブス以前に南北アメリカ大陸を描いたものがあった可能性は、
自分は捨てきれないと思います。これはなかなかロマンのある話ですよ。

あと、ピリ・レイスの地図には、19世紀になるまで発見されなかった、
南極大陸が描かれているとする意見もあり、これはありえないことだから、
超古代文明や、異星人の力によるものではないかと言われたりもします。
ですが、描かれているものが南極であるという確実な根拠はないですね。
南アメリカ大陸だと考えるのが常識的だと思います。

このオーパーツ説が広まってしまったっため、ピリ・レイスの地図が持つ
真の価値に言及されることが少ないのは残念です。
次は何の話でいきましょうかね。「南極にあるピラミッド群」にしましょうか。
下の画像をごらんください。これだけ見れば、
ピラミッドと言われてもうなずいてしまいそうです。

南極のピラミッド画像
sysysyu (2)

この画像はグーグルアースでも確認することができます。上で少し書きましたが、
南極はかつて、本物のピラミッドのあるエジプトと似たような緯度にあった
ときもありました。それが現在の位置に大陸移動したわけですが、
人類が誕生するはるか以前の話です。ですからこれも、超古代文明が、
異星人の力を借りてつくったものだとする説が出ています。

ですけど、これ、自然のものであっても不思議はないですよね。
この形は、ヨーロッパ・アルプスの山にある稜線とよく似ています。南極は平原で、
風を遮るものがありません。しかも風速数十mのブリザードが吹き荒れています。
四方から氷雪があたれば、こういう形に削られるのもありえるんじゃないでしょうか。

ヨーロッパ・アルプス
sysysyu (3)

次、「南極の重力異常」の話。南極のウィルクスランドと呼ばれる地域で、
2006年、NASAのGRACE衛星が、不可解な重力異常を発見しました。
これ自体は、オカルトではなく本当の話で、地上に大きな山がないので、
地下に巨大な重量物が埋まっている可能性が高いということになります。

そこでまず考えられたのが、巨大隕石説です。現在から2億5000万年前の
ペルム紀 – トライアス紀には、地球の海洋生物の96%と陸上脊椎動物の70%
がいなくなる大絶滅がありました。この原因が、南極に衝突した巨大隕石だった
とするものです。その大きさは、恐竜を絶滅させた、
ユカタン半島に落ちた隕石の2倍程度の規模。

うーん、これが本当だとしたら、やはりロマンのある話です。
2億5000万年前は、まだ南極はゴンドワナ大陸の一部で、
ずっと北にあったはずです。ですから、巨大クレーターは長い間残されていたのが、
いつしか極地まで移動して、厚い氷に埋もれてしまったということでしょう。

ただ、これが事実だとしても、現在の科学力では調査する方法がないんですよね。
で、これについても、異星人の秘密基地があるとか、
次元ワープできる異世界の門があるとか、オカルト界ではいろんな話が出されています。
その中でも特に突飛なのが、「堕天使 墜落現場説」(笑)です。

氷の地獄にいる堕天使
sysysyu (1)

この話が出てくるのは、『エノク書』と呼ばれる旧約聖書の偽書です。
はるか古代、高慢によって神と争った天使長ルシファーは、
天界から堕とされ、氷の地獄深くに埋まったとされます。それが南極なんですね。
ルシファーは厚い氷の壁の中で、復活のときを待っているということです。

さてさて、最後の話は、キリスト教に興味ある人以外には、
あまりぴんとこなかったかもしれません。地球温暖化のため南極の氷が減っている、
また、逆に増えているとする意見もあります。人間の環境汚染によって、
魔王が復活することがなければいいんですが。では、今回はこのへんで。

sysysyu (2)




封印の家の話

2018.11.12 (Mon)
今晩は。私はある法人系の金融機関に勤めてまして。団体名は勘弁してください。
転勤があって、今年の4月にその地方都市に単身で赴任したんです。
期間は1年の予定でした。引っ越した先は、社が契約している1DKのアパートですが、
1年だけですから、それで十分です。持ってった荷物も最小限にしましたから、
軽トラ1台ですんだんです。越したのは3月の終わりでしたけど、
引き継ぎやら何やらで、かなり忙しかったんです。
4月に入って支店のメンバーとの顔合わせ、歓迎会も終わり、
やっと一息ついた頃に、アパートの郵便受けに町内会の回覧板が入ってまして。
見ると、町内会でも、近所にある公民館で顔合わせの会をやるって内容で、
少し考えましたが、参加しようと思いました。1年しか住まないってわかれば、
何かの役員をやらされることはないだろうし、

ゴミ出しとかでも世話になるだろうと考えまして。時間は夜の6時半からってことだったので、
その日は仕事を早く切り上げ、チラシにあった地図を見ながら歩いて会場に向かいました。
それが、私のアパートからすぐ近くだったんです。公民館の建物も新しかったですね。
で、時間少し前に行ったんですが、着いたときにはかなりの人が集まってました。
テーブルにイス席だったので、空いてる端っこに座ろうとしたら、
「新しく越してこられたアパートの方ですよね」そう声をかけられました。
ほどなくして会が始まったんですが、前のほうの席に3人並んで座ってる右側が、
袈裟を着たお坊さんだったんです。年は50代に見えました。
「ははあ、町内にお寺があって、そこのご住職なんだろう」って思いました。
会は、前年度の事業報告、決算報告など、どこでもやるような内容でしたが、
議題のその他のところで、「前川家の件について」と、

真ん中に座ってる町内会長さんが言ったんです。「ん?」と思いました。
会長さんは「えー、前川家がこの町内にあるのはしかたない宿命みたいなものです。
 今年度も1年の間無事なように、みなさんもご協力下さい」
それに続けて、「前川家の前方は通行禁止です。小さい子どもさんがいるご家庭は、
 よく言い聞かせておいてください。絶対に門から中に入ったりすることないよう、
 これは大きなお子さんのいる家でもお願いします。人命に関わることですから、
 何とかよろしくお願いします」これ、変に思いますよね。
どういうことだろうといぶかしんでいると、次にお坊さんが立ち上がり、
「万善寺の住持を務めている山田です。今年の正月、前川家の中に入りまして、
 法要を行いました。今後も例年通り、6月、9月にも行う予定です。
 ご協力していただける町内会員のみささまには、よろしくお願いいたします」

こんなことを話したんです。わけがわかりませんでした。
「前川家? 法要?? そんなことがどうして町内会で話題になるのか?」
会のほうはそれで終わりまして、会費制の懇親会になったんです。
半分ほどの人は帰り、席をつめてテーブル上にビールとつまみ類が出されました。
私は知り合いも誰もいませんので、少しだけいて帰ろうと思ってたんですが、
乾杯が終わってすぐ、会長さんがビールを持って注ぎにこられたんです。
挨拶して、転任してきた事情なども話しました。そしたら、会長さんのほうから
前川家についての話が出たんです。「さきほどは奇妙に思われたでしょう。
 ○○アパートにお住まいでしたね。2階ですか?」
私が「そうです」というと、「アパートの建物の後ろ側に道路があって、
 その道は行き止まりになるんですが、その突きあたりの家が前川家です。

 空き家になって4年目です。おそらく、あなたの部屋の窓から、
 前川家の屋根の端が見えるんですが、そちらの窓、ブラインドが設置されてる
 はずですので、なるべく閉めたままのほうがよろしいですよ」 
たしかに、ブラインドがあって部屋の中が暗くなってました。
でも、どうしてそんなことがわかるんだろうと思っていると、
「あのブラインドね、町内会でアパートの大家さんに頼んでつけてもらったんです。
 お信じにならないかもしれませんが、前川家にかかわると、寿命が縮むんです」
「え!? どういうことですか」 「いや、文字どおりの意味です。
 命を落とす可能性があるので、入るのはもちろん、見たりするのもよくありません。
 最初の3年間で町内の方が12人亡くなられて、私たちもわかったんです。
 さきほどおられたご住職、じつはお寺はこの町内にはないんですけど、

 無理を言って法要をしていただいてるんです。
 それでどうにか現在は収まってるんですよ」 「収まるって、何が?」
「・・・祟りです」 ねえ、現代ではありえない話じゃないですか。
もちろん詳しい事情を尋ねました。ですが、それに関しては口を濁して、
はっきりは教えてもらえなかったんです。ただ、何度も、「前川家に入らない。
 前に行ってもいけない。ずっと見ていてもダメ」これらのことを念を押されただけ。
気になりますでしょう。で、私は仕事で貸出をやったこともありますので、
信用調査の方法も知っています。それで、前川家のこと、少し調べてやろうと思って。
懇親会を予定どおり途中で退席し、ほとんどお酒は飲んでませんでした。
部屋に戻って、ブラインドを上げ窓をあけて外をのぞき込んでみました。
前川家の屋根・・・それはわかりませんでした。そこの通りは奥のほうに街灯がなく、

真っ暗になっていたんです。翌日です。出社して、昼休みの時間にインターネットで
検索をしてみました。市の名前、町内名、前川・・・そしたらです。
7年前、前川千春という中学生の女の子が自殺したという記事が見つかりまして。
ただ、自殺した場所は家ではなく、学校の建物からの飛び降り。
即死ではなくて、長期間入院していたようです。自殺の原因はいじめで、
教育委員会が調査したという内容が書かれていたんです。
いじめの加害者も特定されたようですが、その後どうなったかはわかりませんでした。
あと、前川家の残された家族についても何も。・・・気になりますよねえ。
でね、その日、残業でかなり遅くなって、アパートまで来たのが10時過ぎ、
そのときにね、前川家を見てやろうと思ったんです。ええ、道一本後ろなだけですから、
行くのにわけはないです。実際、数分しかかかりませんでした。

そしたら、暗いんです。その道は細く、家5軒もいかないうちに行き止まりになり、
街灯が消えてました。電球が壊れてそのままになってたんですね。
こんなの、市に連絡すればすぐに直してくれるはずなのに・・・
あと、突きあたりの家の手前が空き地になってたんです。
建物を解体して引っ越していったんでしょうが、「売地」の看板もなく草ぼうぼう。
そして最奥が前川家。黒い、暗闇そのものの空間でしたけど、
私も目が慣れてきていて、かすかには見えたんです。まだ新しく思える門扉、
そこが板で☓の字に、厳重に打ちつけられてありました。
それと、目をこらしてみると、庭をはさんだ家の建物の窓にも板を打ちつけてあるような。
そのときです、ちらっと、前川家の2階の窓で赤い光が動いたように思えました。
それを見た瞬間、強い吐き気がこみ上げてきて、

私は近くの電信柱にもたれて吐いてしまったんです。ひとしきり吐くと、
ほうほうの体でアパートの部屋に逃げ戻り、そこで熱っぽいのに気がつきました。
すぐに薬を飲んで布団に入りましたが、夜中に熱は40°近くまで上がり、
翌日は仕事を休み、やっと平熱まで下がったのが3日後でした。
その日も年休をとって病院に行ったんですが、部屋に戻って一息ついていると、
ドアホーンが鳴りました。出てみると、町内会長さんだったんです。会長さんは、
あいさつもそこそこに、「もしかして前川家へ行きませんでしたか?」こう聞かれて、
私が答えられないでいると、「お願いですからやめてください。
 あなただけじゃなく、町内のもの、みなが困るんです」
・・・その口調の真剣さに恐縮しまして、あったことを話し、
もう2度と前川家には近づかないことを、あらためて約束させられたんです。

ええ、で、それをずっと守っていました。何だかわかりませんが、
とにかくその家は信じられないような力を持っている。
そのことを身をもって体験しましたので。
それから2ヶ月たった6月、町会の回覧板に前川家の法要があると書かれていました。
第3日曜日です。それと、できるだけ町内の多くの方に参加してほしいとも。
行ってみましたよ。いや、すごい人出で、たくさんの人が来ていて、
とうてい町内会だけの人数ではありませんでした。黒の喪服を着ている人が大勢いて、
部屋に戻ってスーツに着替えなくてはなりませんでしたよ。
出直していくと、せまい道にテントが張られてあり、葬式の受付のみたいでした。
それと駐車場がないせいか、近所の道路筋のあちこちに運転手つきの大きな車が停まってて。
私も受付をしましたが、前川家の庭には入ることできず、後方で遠巻きに見ていたんです。

そしたら、前に公民館にいた住職が、若い僧侶2人を連れてやってきて、
人が間を空けて前川家の玄関前まで進んでいきました。
どうやら護摩壇のようなものが設えられてあるようでした。やがて、屋外ですが、
朗々とした声の読経が始まり、3人の僧が声を合わせて、
1時間以上も続いたでしょうか。それが終わると、喪服の男性3人が祭壇の前に出ました。
ええ、板が打ちつけられた家の玄関のすぐ前です。3人はそこに土下座をし、
僧侶たちも、その後ろ側の人20人ほども合わせるように平伏しました。
私が周囲を見回すと、知っている町内会の人たちもみな、
ひざまづきこそしないものの頭を垂れていたので、私もそうしたんです。前の3人から、
「申しわけございませんでした。なにとぞお許しください」これが大声で3回くり返され、
みなで復唱したんですよ。それからまた読経。お香を上げるなどのことはありませんでした。

法要が終わると、前方にいた人たちが道に出てきたんですが、
その中の土下座をした一人が、新聞の写真で見たことがある、この市の市長だったんです。
庭にいた人たちがみな出ると、作業員が数名やってきて、
前川家の門扉の封印にかかり始めました。それが終わるころには、
だいぶ人が少なくなっていて、ぼんやり見ていた私は肩を叩かれたんです。
見ると、町内会長さんでした。「6月の法要も無事に終わってほっとしましたよ。
 私の任期もあと半年、その間、いや、その後もです、何も起こらないでくれればいいんですが」
私が言葉を返せないでいると、会長さんは「始めのうちは引っ越した家もずいぶんあったんです。
 でもね、ダメでした。まあ当然です」 「当然?」 「みなで前川家にひどいことをしたんです。
 この市、学校、ここの町内でもです。どれほど謝っても足りないようなことを」
こう言って、帰っていかれたんですよ。

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日本は東海姫氏の国?

2018.11.11 (Sun)
fu (4)

今回はこういうお題でいきます。日本史のカテゴリなんですが、
たいへん地味な話で、しかもオカルトにはほとんど関係がないので、
古代史とか、こういうのに興味がある人以外はスルー推奨です。
さて、何から話しましょうかね。

みなさんは、日本が古代において「倭国」と呼ばれていたのは
ご存知だと思います。『後漢書』の東夷伝には、
「安帝永初元年 倭國王帥升等獻生口百六十人 願請見」と出てきます。
「西暦107年、倭国王の帥升等が奴隷160人を献上して、謁見を願った」

「帥升等」の部分は、3文字の人名なのか、それとも「帥升たち」という
意味なのかははっきりしません。倭に関しての記述はこれ以前にもありますが、
「帥升等」は、倭国の人物名が歴史書に現れる最初なんですね。
160人の奴隷という内容が本当ならば、
かなりの権力を持っていたと見るべきでしょう。

倭人
fu (2)

なぜ、日本が「倭」なのかについてもわかっていません。
倭は「環 わ」のことで、環濠集落を表しているという説もありますが、
なんとも言えないですね。ただ、倭という漢字を選んだのは古代の中国人です。
倭には、「性質が従順 おとなしい 体が小さい」などの意味があるようですが、
一国の国名としては、あまりいい字とは言えないと思います。

中国には古来「中華思想」があり、中国が世界の中心であって、
その四方は蛮夷の住む場所と考えられていました。ですから、
周辺国に対して、例えば、「匈奴」とか「濊(わい)」 「鮮卑(せんぴ)」など、
卑字、つまり、あまりよい字義ではない漢字をわざと使っていたんです。

倭という名称が「日本」に変わったのは、7世紀、天武天皇の治世とみる
意見が多いですね。これについては前に書きましたが、
壬申の乱において、天智朝から天武朝に交代したのを契機に、
卑字である倭から、国号を変更したものだろうと考えています。

さて、日本を表す呼称として、この他にも「秋津島」 「扶桑国」 「大和」などと
いわれますが、その中の一つに「東海姫氏(きし)国」というのがあります。
これ、聞いたことがあるという方は多くないと思いますけど、
以前に記事にした「野馬台詩」に出てきますし、
中国でも日本でも、この語は日本の別名として通用していました。

関連記事 『野馬台詩と足利義満』

平安時代に編纂された『日本紀私記丁本』、これは『日本書紀』の内容に
ついての問答集なんですが、天皇の「なぜ日本のことを東海姫氏国と言うのか」
という質問に対し、宝誌という僧が、「日本の皇祖神が天照大御神で女性、
神功皇后などの女帝も輩出しているため、
『東海姫氏の国』と呼ばれているのでしょう」と答えます。

まあ、中国では珍しい、女帝がいた国という意味も多少はあるのかもしれませんが、
自分は、この見解は大筋では間違っていると考えてます。
じゃあどういう意味かというと、姫氏国は「姫氏がつくった国」
なんじゃないかと思うんですね。「姫」は中国にある姓です。

さて、三国時代の『魏略』逸文には、「聞其旧語自謂太伯之後」と出てきますが、
これは、「(倭人に)昔のことを尋ねると、我々は太伯の子孫であると答えた」
ということです。『普書』や『北史』の倭国の記述にも同じ内容が出てきます。
太伯というのは、紀元前11世紀ころの人物で、
周王朝の祖先である、古公亶父(ここうたんぽ)の息子です。

呉の太伯
fu (6)

古公亶父には太伯・虞仲・季歴の3人の息子がいましたが、季歴の子の昌
(周の文王)が優れた子であり、産まれるときにさまざまな瑞兆があったため、
古公亶父は昌に王位を譲りたく内心は思っていました。
そこで、王の気持ちを察した太伯と虞仲の兄弟は、季歴に後をつがせるため、
自分から国を離れ、蛮夷の地へと出ていったんですね。

古公亶父は、2人の息子に帰ってくるよう迎えを出しましたが、
2人はすでに髪を切り、全身に文身(いれずみ)をしていて、
「われわれはもう、王になるにはふさわしくない」と言い、
太伯は、その地域の人々を集めて呉の国を興したと『史記』に出ています。

fu (1)

この呉はもちろん、三国時代に孫権が興した国とは別物です。
また、王となった昌は、太公望呂尚を軍師に迎えて周の国を開き、
その子の武王の時代に、商(殷)を攻め滅ぼすことになります。
で、古公亶父や太伯は周王朝につながる人物ですので、名字は「姫」です。

顔面への文身
fu (5)

『三国志』魏志倭人伝の「男子無大小 皆黥面文身(中略)今文身亦以厭大魚水禽」
「男子は老若みな文身をしている。それによって水に潜ったときに大魚の害を
避けることができる」・・・この記述は、倭人が、文身をした太伯の子孫であると
称していることを意識して書かれているというのがほぼ定説です。
では、倭人はほんとうに呉の太伯の子孫なんでしょうか。

太伯の子孫が大陸から海を渡ってきて、日本に入って弥生人となった?
これはなんとも言えませんが・・・遺伝子のハプロタイプというのがあります。
ここでくわしい説明はしませんが、男系のY染色体に注目してみると、
現代の日本人の一部は、中国の揚子江流域の人々が北上してきた
子孫だという可能性は否定できないんです。

さてさて、この地味な話に最後までつきあっていただいたみなさん、
どう思われたでしょうか。まあ、古代から人の移動は珍しくはありませんでした。
弥生人の前にいた縄文人だって、やはりユーラシア大陸から狩りをしながら
日本に移り住んできた人々なんですよね。では、今回はこのへんで。

fu (3)




ビオ・ヒューマンはできる?

2018.11.11 (Sun)
事故や病気などで切断した手足を再生できるようになるかもしれない。
新たな研究によって、カエルではあるが手足の再生に成功したというのである。
英「Daily Star」が今月7日付で報じた。
成体のアフリカツメガエルの四肢を切断すると、通常は棒のような軟骨組織にしか
ならない。だが、そんな常識を覆す新たな研究結果が発表された。

米タフツ大学の生物学者セリア・エレーラ・リンコン氏らが今月6日付で
専門誌「Cell Reports」に発表した論文によると、
アフリカツメガエルの後ろ足を切断した直後、その場所に24時間、
バイオリアクターを装着するだけで、足の再生を一部ではあるが誘導できることが
確認できたというのである。
(Rakutennews)

nshdyeri (1)

今回はこういうお題でいきます。これもよくわからないニュースです。
バイオリアクターがどういうものなのか、一読してもまったく理解できませんでした。
最初から関係ない話になりますが、日本の科学記事、
特に海外からのニュースって、すごくわかりにくいんですよね。

何でかというと、記者が勉強不足でレベルが低いせいです。
元記事の内容をちゃんと理解しないまま、ただ適当に翻訳だけしてるものが多く、
あいまいで、何を言ってるか伝わらないことがよくあるんです。
これも、英語の元記事にあたらなくてはなりませんでした(怒)。

アフリカツメガエル
nshdyeri (3)

一言でいうと、この実験は、iPS細胞などの幹細胞とは関係ない話みたいですね。
アフリカツメガエルの足を切って、下図のような装置(バイオリアクター)を
その切断部分に装着すると、中に含まれているプロゲストロンという
ステロイドホルモンの一種が切断された部分の組織に働いて、
組織の修復や再生を効率よく促進するということのようです。

バイオリアクターを用いた足の再生 この画像も海外記事からとりました
nshdyeri (2)

もともと持っているカエルの再生能力を利用するわけですね。
ですが、切断された足は完全に元に戻るわけではなく、指のない
ヒレのような形になりました。この研究は人間の再生医療にも応用できると
研究者たちは言っているようですが、カエルでこのレベルなら、
人間に使えるまでには大きな壁がいくつもありそうです。

さて、ここからは記事の内容から離れます。
体の組織がどのくらいまで再生できるかどうか、
それは、その種の持っている遺伝子で最初から決まってるみたいですね。
例えば、プラナリアという扁形動物は、体をバラバラにしても、それぞれの部分から
再生します。つまり、1つの命を3つに切れば、3つの命ができるということです。

プラナリアの分割・再生のイメージ
nshdyeri (4)

これは不思議ですよねえ。この点が注目されて、プラナリアは各国の機関で
ひっちゃきに研究されています。それから、尾のある両生類は高い再生能力を
持ち、イモリやサンショウウオは、足を切っても完全に再生します。
カエルの場合は、同じ両生類ですが、尾のあるオタマジャクシの期間は、
足を失っても再生しますが、成体のカエルではできません。

爬虫類のトカゲの場合、足の再生はできません。尾の再生はできますが、
一生で1回だけのものが多く、尾の中にある骨は新しくはできないんです。
それから人間の場合、もちろん手足の再生はできないんですが、
胎児のときには、欠けた指がもと通りになって産まれたという例がありますね。

イモリの再生能力
nshdyeri (1)

さて、組織の再生には、未分化、分化、脱分化ということが関係してきます。
人間の場合でも、受精卵は未分化の状態です。これは体のどういう組織にでも
なれる能力を持っているということです。
このとき、細胞分裂の速度はたいへん速いんですね。

それが、ある時期を境にして分化が始まります。この細胞は筋肉になる、
この細胞は血管になるというように、なれるものが決まってきます。
人間の場合、いったん分化した細胞が未分化の状態に戻ることはありません。
ところが、イモリなどの場合は、足が切断されるという刺激に対して、
分化した細胞が未分化に戻ります。これを脱分化と言います。

ここでちょっと余談。癌の場合、悪性度ということが言われます。
一般的には、癌細胞が未分化なほど悪性度が高い。これはわかりますよね。
分化した細胞をつくるには時間がかかりますが、未分化の、
あるいは分化度の低い癌細胞は、どんどん増殖して、あっという間に大きくなり、
また、体液の流れに乗って、あちこちに転移してしまうんですね。

で、人間が手足を失ったなどの場合の再生医療では、この未分化、分化、
脱分化を制御できるかどうかが鍵になります。iPS細胞の場合は、
さまざまな種類の細胞に分化できる分化万能性と、分裂増殖を経ても、
それを維持できる自己複製能の両方をあわせ持っているんです。
ですが、iPS細胞は癌化することが大きな問題点となっています。

iPS細胞
nshdyeri (2)

イモリなどの細胞は、再生のときにきわめて速いスピードで増殖しても癌化しません。
ところが人間のiPS細胞では、高い確率で癌化が起きる。
これを克服することが、大きな研究の課題となっているんです。
難しい問題ですよね。人間は進化の過程で、再生する能力を捨ててしまっています。
そのように遺伝子でプログラムされているので、無理にやろうとすると癌化する。

さて、少しオカルト話をします。ビオ・ヒューマンという言葉をご存知でしょうか。
これを知ってる方はかなりのオカルト通ですよ。こんな内容です。
「1960年代に旧東ドイツと旧ソ連が共同で設立した生物兵器研究所、
ゾンネンシャインで創造されたとされる不死身の人間が『ビオ・ヒューマン』。

もともと京都大とヘルシンキ大が共同研究で造り出した『死なない線虫』
のテクノロジーを応用し、さらに高い再生能力を持たせることで、
ケガなどによる死をも克服した。1980年に作られた第1号の再生能力は、
切断された手足が再生するばかりか、手足の方からも本体が再生するという
驚異の人間。1984年までに5体造られ、各国に分配されたという。」

まあ、何の証拠もない与太話なんですが、興味深い部分もあります。
手足を切断すると、手足のほうからも再生するというところです。
これ、最初のほうで出てきたプラナリアと同じですよね。ただ切断するだけで、
いくつもの生命を創り出すことができるわけです。
これなんか、「生命とは何か?」を考える上で大きなヒントになると思います。

さてさて、最初のニュースからだいぶ離れてしまいました。
自分は、この記事の研究そのものにケチをつけているわけではありません。
再生医療に期待されている方は大勢いますので、
研究の伸展に期待したいところです。では、今回はこのへんで。





石が見る話

2018.11.10 (Sat)
うちの座敷の床の間に飾ってあった石の話なんです。今はもうないんですけどね。
そうですね、大きさは横40cm、縦が30cmくらいでした。
やや横長の、山のような形をした自然石です。
かなり古色のついた木製の台座の上にのってました。こういうの、
水石っていうみたいですね。中国の宋の時代に始まった趣味が、
日本に伝わってきたって話です。後醍醐天皇が愛蔵していた石が、
今も美術館に遺されてるそうですね。その石、色はやや紫がかった青で、
表面がつるっとしてたんです。おそらく川の中にあって、
水流で磨かれたんだろうと思います。それで、ちょうど真ん中へんに、
そうですね、幼児の拳が入るくらいのぼこっとした凹みがあって、
離れたところから見ると、全体が目に見えなくもないっていう。

うちは新しく建ててから、まだ10年くらいで、
その石は、実家にあったものを持ってきて飾ってたってことです。
いや、私は、水石とかそういう趣味はないんですよ。古臭いし、
それにそういう石って、すごい高価みたいなんですよね。今、子ども2人が
大学生と高校生ですから、そんなお金もないですし。
じゃあ、何で置いてたかっていうと、父親の遺言で。
親父は7年前に病気で亡くなったんですが、病院で、いよいよもういけない
ってときに、私にあの石の話をしまして。ええ、「あの石は長男であるお前が
 引きうけろ。絶対に売るんじゃないぞ。お前の家の床の間に飾って、
 月の初めの日に、お神酒徳利1本に特級酒を入れてお供えしろ。
 必ずだぞ」こんな内容でした。ねえこれ、変に思いますでしょう。

だって危篤の際に言い残すことって、もっと他にありそうなもんじゃないですか。
ええ、まわりにいた親族も変な顔をしてましたよ。
でもね、親父は頭はぼけてたわけじゃないので、きっと大事なことなんだろう
と思って、言われたとおり実家からあの石を持ってきて、
新築の家の床の間に置いてたんです。はい、お神酒を供えるのもやってました。
別に難しいことでもないですからね。でね、やっぱり少し変だったんです。
お供えしたお神酒が3日くらいで空になるんです。
そんな早くに蒸発するわけないしね。それと、お神酒をお供えしてしばらくは、
さっき話した石の中央の凹み、そこだけ色が濃くなって、
さわってみると濡れてたんですよ。これ、石が酒を飲んだんじゃないかって
考えたくなりますよね。まあ、そんなことあるわけないとも思ったんですが・・・

で、3ヶ月前のことです。私、会社の接待でゴルフをやってて、
アキレス腱を断裂しちゃったんです。完全に切れてしまって、
入院して手術しました。そしたらなかなかくっつかなくて、
入院が2ヶ月におよんだんです。今はだいたい治りましたけど、もうゴルフは
無理かもしれません。でね、このときの入院騒ぎで、
石にお神酒をあげるのを1回パスしちゃったんです。そこまでまったく
気が回りませんでした。家内に言って、やってもらえばよかったんですが、
それもできなくて。手術から週間ほどしてリハビリが始まり、
そのとき病院に来てた家内が、妙なことを言い出しまして。
あの、石の置いてある座敷、ふだんは使うことはないんですが、
そっから夜中に、人の声が聞こえるって言うんです。

ぶつぶつ、ぼそぼそ、太いけど低いささやくような声が。
「お前の気のせいだろ」って言ったんですが、下の息子も聞いたって話で、
部屋に入っても誰もいない。ただ、まだ秋口なのに、
座敷の中は身震いがするくらい寒かったそうです。
そこで、「あっ!」と思い出しまして。もう月も半ばに入ってたんですが、
家内にお神酒をあげるように言ったんです。で、家内がそうしたら、
翌朝になって、お神酒徳利がつぶされたように粉々に割れてて、
中の酒が全部こぼれてたってことでした。それに、ぶつぶつ言う声は収まらず、
むしろだんだんに大きくなってきてるとも言ってました。
でね、なんとか退院することができまして、気になってたんで、
最初に石を見にいきました。そしたらねえ・・・

なんとなく色が変わってる感じがしたんです。
澄んだ青い色をしてたのが、赤い色がやや入ってるように思えました。
で、さわってみたら、何だか温かいんですよ。
そうですね、人の肌ほどではないけど、じんわり温かみが伝わってくる。
やはり変ですよね。あと、人の声が聞こえるのは夜中ってことだったから、
その座敷に布団をひいてね、私が一晩寝てみることにしたんです。
10時過ぎには布団に入ったんですが、どうにも寒くてね、
なかなか寝つけませんでした。それでもいつの間にかうとうととて、
どのくらいたったでしょうか。金縛りの状態で意識が戻りました。
目も開けられないし、指も動かない。ただ、耳は聞こえて、
ぶつぶつ、もごもごいう声がすぐ近くでしてたんです。

それと、胸の上がすごく重くて。ええ、金縛りはそういうことが多いんですってね。
どうしようもないので、そのぶつぶつ声に耳を澄ましてたら、
だんだんに言ってることがわかってきたんです。昔の言葉だったので、
そのままじゃないんですが。・・・この内容、うちの家系の恥になることですので、
なんとか他言はしないようにお願いします。
「見たぞ、見たぞ、〇〇徳治郎が死ぬのを見たぞ。徳治郎は医者に注射されて
 死んだぞ。空に手を伸ばして苦しんで死んだぞ。女狂いであちこちに妾をつくっていた
 徳治郎、家財を使い果たして女たちに捨てられ、親族にあいそをつかされた徳治郎、
 家族に暴力をふるって暴れた徳治郎は、医者に毒を注射されて死んだぞ・・・
 見たぞ、見たぞ、その息子の篤蔵は、役場の金を使い込んでいたぞ、
 金庫を開けて、溜め込んでいた金を一枚一枚数えてるのを見たぞ、見たぞ・・・」

これ、最初の徳治郎の名前は聞いたことがなかったんですが、
篤蔵というのは、うちの曽祖父です。「何の話なんだこれは?!」と思っていると、
わずかに指の先が動くのがわかりました。金縛りがとけてきてたんです。
それで、指を2本、3本と動かしてるうち、腕も大丈夫な気がしたので、
思いきって布団をはね上げたんです。ゴロリ、重いものが転げる感触がありました。
肘をついて上半身を起こすと、枕元にあの石が、ひっくり返った形であったんですよ。
床の間にもどしましたが、かなり温かくなっていて、なんだかドクンドクンという
鼓動のようなものまで手に伝わってきたんです。翌日、少し調べましたが、
曽祖父が、勤めていた役場の金を使い込んで、なんとかもみ消したのは
事実でした。徳治郎はその父親、当時の家で病死してるまではわかったんですが、
なにぶん昔のことで、それ以上は・・・

でね、これ、私の家はかなり古い旧家なんですが、その歴代の秘事を
石が知ってるということになりますよね。ああ、だから親父が、
この石はどこにも売るな、月一でお神酒をあげろって言ってたんだなって
わかりました。要は、石の機嫌をとってたってことでしょう。
それが、私が1回とだえさせてしまったためにへそを曲げた。
困りましたよ。その後は、何度お神酒をあげても、徳利が割れるばかりだし、
ぶつぶつ言う声も収まらなかったですか。あれこれ収拾策を考えたんですが、
知り合いに、古物商を引退して、今は悠々自適にくらしている人がいることを
思い出しまして。それで、その人に相談をしました。
そしたら、さすがに石のことは自分ではわからないからと言って、
水石を専門にあつかってる方を紹介してもらったんです。

ええ、大学生の息子に手伝ってもらって、その方の店舗に石を運び込みました。
店は広く、どのくらいかわからないほどの数の石が置かれてましたね。
出てきたのは、80歳すぎに見える老人で、
気難しい顔に見えたんですが、言葉は穏やかで、
「事情は聞いています。これですか」と、その数十kgある石をひょいと持ち上げ、
「ははあ、なるほどねえ、これは目を持ってる」と言って石を置き直し、
ゆっくり何度も、石の上をなでたんです。そしたら、
石にあったあの凹みのところから、だらだらと水がこぼれだしまして。
老人は「この石はわしがあずかりましょう。もう見たことを話すことはないです。
 買い取りではないから、お金は払えないですけども」こう言ったんです。
一も二もなく承知しまして、そこの店に置いてきたんですよ。

水石 石の穴は「ジャグレ、虫食い」などと言います





リーディングの話2

2018.11.08 (Thu)


さて、続きです。前回は、アメリカの霊媒師「the medium」の話をしましたが、
彼らが使う能力が「reading」。日本語では、霊視と訳されることが多いですね。
で、今回お話するのは、「本物の霊視」ではない場合のことです。
リーディングには大きく2つの種類があります。
コールド・リーディングとホット・リーディングです。

まず、コールド・リーディング(cold reading)のほうから説明しましょう。
ここで、コールドとは「事前の準備なしに」という意味です。
初対面の相手に対して、さまざまな手法を使って相手の素性や心情を読み取り、
自分の言うことを信じさせるための技術です。

これはもちろん、霊媒師だけが使うわけではなく、マジシャンや詐欺師、
宗教家、あるいはセールスマンやカウンセラーが用いる場合もあります。
この技術を紹介していくだけで1冊の本ができてしまいますので、
ほんの数例だけ取りあげてみましよう。



まず、相手が自分から話す形で情報を引き出すことが基本ですが、
そのとき相手に、「ああ、私は調べられている」と思わせてはいけません。
例えば、「あなたの身近な人で、ケガをなさった方がいますでしょう?」
よくあるのは、こういう聞き方です。

ここで相手が「そうですね、2年前息子がサッカーの試合で足を骨折しました」
これだけで、相手には息子がいるということがわかります。
「ははあ、それは大変でしたね。ご主人もさぞ心配されたでしょう」
このような形で、さりげない質問を積み重ねていって、
家庭の情報を依頼者から言わせる形で聞き出してしまう。

「あなたのお父さんは亡くなって・・いませんよね」こういう聞き方もあります。
これは2つの意味にとれますよね。「亡くなってはいない」と
「亡くなってしまって、もういない」です。
ですから、相手が「父は生きています」と答えたら、
「やっぱりそうでしたか」とでも言っておけばいいわけです。

ま、こんなのがコールド・リーディングです。ここでご紹介したのは
ごく初歩のものですが、マジシャンなんかはもっとずっと巧妙な技術を持っています。
次に、ホット・リーディング(hot reading)ですが、
こちらは相手について、できるだけの事前調査をしてから面談に臨むものです。



前回書きましたが、アメリカの霊媒師なんかは、
最初に霊視を予約したときに住所氏名を聞き、すぐに探偵社に連絡して
身元調査をしてもらう。で、いざ面談が始まって、
相手の情報をズバズバあてていくんですね。これをやられると、
霊媒師に依頼するようなタイプの人は、一発で信用してしまいます。

さすがに日本では、そこまでやってる人は多くはないんですが、
前にちょっと取りあげた昭和時代の有名な霊能者、S氏なんかは、
かなりこの方面に力を入れていたようです。S氏は、テレビ出演多数、
著書もほとんどがベストセラー状態でしたが、個人面談での霊視も行っており、
100万円クラスの相談料が必要だったようです。

S氏は個人事務所を持っており、家族と、信頼できるマネージャーで
構成されていました。個人面談は、事務所兼自宅で行われていたようです。
この事務所のスタッフが、テレビで心霊スポットを訪問する場合など、
その場所についての詳細な事前調査を行うわけです。

また、依頼者が面談のために訪ねていくと、待合室に通され、
そこにS氏の弟子というか、マネージャーの人がいて、気さくに、
「どちらから来ましたか」とか「お悩みが深そうですね」とか話しかけてくる。
打ち解けて話をしているうちに面談の時間がきます。
そうしてS氏のいる部屋に通されることになります。



で、あいさつが終わったころにマネージャーがお茶を持ってきますが、
その茶碗を置く位置によって、九州出身とか東北出身とかの情報が伝わるように
なっています。また、S氏の茶碗には、星などのESPカードのようなマークがついていて、
そのどれかをS氏の正面に向けることで、恋の悩み、金銭問題、
病気のこととか、相談内容がわかるようになっていたと言われますね。

そうしておいて、「関西から来られましたね。○○県でしょうか。
今回来られたのは、人間関係でお悩みだからでしょう」こんな感じで言われれば、
術中にはまってしまうのも無理のないことですよね。
まあ、この手のことは、べつにS氏に限ってのものではなく、
霊視などを行う人物は、多かれ少なかれやっているものなんです。

さて、ホット・リーディングとコールド・リーディングについて、
ほんのさわりだけご紹介しました。あと、霊視などを受けにくる人は、
「こういうふうに言ってほしい」という答えを最初から持っている場合が多いんです。
で、霊能者のほうでは、できるだけそれに沿うような形で霊視の結果を提示します。

さてさて、急いで書いたのでわかりにくい部分もあったかもしれません。
ここで「お前も占い師なんだから、リーディングを使ったりしてるんだろう」
と言われそうですが、それについては「職業上の秘密でお答えできません」(笑)。
ということで、今回はこのへんで。







リーディングの話1

2018.11.08 (Thu)


今回はこういうお題でいきます。でもねえ、これ、じつはいろいろ
書くのに難しい面があるんです。何でかというと、自分の職業は占い師ですので、
この話は職業上の秘密にかかわりがあるというか・・・
ま、そうは言っても、始めてしまったので進めていきましょう。

リーデイング(reading)の英語での意味は「読書」なんですが、
その他に、「人の心中や過去・未来などを霊能力・超能力などで読み取る」
という場合にも使われます。これはアメリカからきた言葉なんです。
アメリカには、たくさんの「ミーディアム(the medium) 霊媒師」がいます。
おそらくは全米で数千人はいるんじゃないかな。

ちょっと余談になります。例えば、ステーキを注文するときに、
「ミディアム レア」とか言いますよね。レアとウエルダンの中間の焼き方です。
medium は「中間、中位」というのが本来の意味ですので、
「霊媒師」で使う場合、英語では定冠詞をつけて「the medium」。

日本語の訳語は、「ミーディアム」と伸ばして書くことが多いんです。
これはもちろん、霊媒師は霊界と現世の中間にいて、
霊と生きた人間の中立ちをするところからきています。
感覚としては、日本の「イタコ」などに近いようなものなんですね。

19世紀の半ばころから、ヨーロッパとアメリカで心霊主義の時代がありました。
当時、降霊会(交霊会)が各地で開かれ、霊媒師が暗闇の中でテーブルを浮かせたり、
死者の霊を呼び出したりして評判になりましたが、これがアメリカでは大受けして、
全米各地を有名霊媒師が興行して回ってたりしたんです。

アメリカの降霊ショーの様子 この霊媒師は現在のお金で
年間、数億円も稼いだと言われてます



その頃からの流れで、今もたくさんの霊媒師がアメリカでは活動しています。
「何でそんなうさん臭いものが、合理主義のアメリカにいるのか」と思われる
かもしれませんが、いろいろと特殊な事情があるんですね。
その一つは、行方不明者の多さです。アメリカの18歳以下の行方不明者は、
年間80万人!という数字が出ています。

ただし、そのすべてが事件・事故によるということではなく、
多くは自分から故郷の町を出ていった若者ですし、離婚が多いアメリカでは、
別れた親同士による子どもの奪い合いも珍しいことではないんです。
で、家族に行方不明者が出て、警察に捜索願いを出したとしても、
まず、まともに捜査はしてくれません。



あまりに行方不明者が多く、それに輪をかけて凶悪犯罪も多いので、
とうてい警察の手が回らないんですね。それと、アメリカは州警察制ですので、
複数の州にまたがる犯罪はFBIの管轄になりますが、
FBIがただの行方不明者を捜索するわけがないですよね。

そこでどうするかというと、私立探偵に頼む場合が多いんです。
全米で2万5千ほどの探偵社があると言われますが、
これは日本の5倍くらいの数です。
有名なピンカートン探偵社のような大手から、警察を退職した人物が
一人でやっているものまで、街々に探偵社があるんですね。

私立探偵のイメージ


アメリカのハードボイルド小説では、探偵の事務所に、家族の捜索を依頼しに
人が訪れる場面で始まるものが多いですよね。ロス・マクドナルドの名作、
『さむけ』なんかがそうですし、その後のネオ・ハードボイルドでも
典型的なプロットの展開です。で、これらの探偵社の中には、
霊媒師とタイアップしているところもあるんです。

この事情は少々複雑なんですが、まず、霊媒師のところにくるお客さんの調査を、
霊媒師が探偵社に頼みます。これは、霊媒師がお客さんの事情を霊視で
あてることができるように見せかけるためです。またその見返りに、
探偵社が行方不明者の家族を霊媒師に紹介したりするという、
持ちつ持たれつの関係になっているんですね。

霊媒師のイメージ


また、霊視などを依頼する人は、あっちこっち、複数の霊媒師のところを訪れる
ことが多いんですが、アメリカでは、そういう人たちの個人情報が
データベース化され、霊媒師たちに共有されていると言われます。日本で、
訪問販売を買ってしまいやすい人がピックアップされているのと似ていますね。
霊媒師は、そのデータベースを見て、依頼人の素性をピタリピタリとあてる。

それから、自分の住んでいる地域で大きな事件が起きた場合、
霊媒師は、自分から警察へ捜査協力するという連絡をします。そして、
犯人などについて、霊視した結果を述べるわけです。警察にとっては迷惑でしょうが、
まあ、そういう情報提供を断ることはありません。

で、事件が解決した場合、その霊媒師は、地元のタブロイド新聞や
自身のホームページなどに、「自分が霊視した成果で事件が解決した」ということを
大々的に発表します。この場合、霊視の結果があたっていたかどうかは重要ではなく、
自分がその大事件にかかわっていたというのが肝要なんです。
こうしてできた霊媒師のインチキな伝説は、枚挙にいとまがないほどです。

有名な自称 超能力者であるジョー・マクモニーグルや、全米で放送され、
大人気となったドラマのモデルで、霊媒師のアリソン・デュボアなんかも、
こういった手を使って名前を売っていったんですね。実際には、両名とも、
警察やFBIのほうから、正式な協力依頼を受けたことはありません。

あああ、自分はアメリカに住んでいたころ、霊媒師について興味を持ち、
いろいろ調べたことがあったので、書いているうちに異常に長くなってしまいました。
ぜんぜんリーディングの話までたどり着いていませんね。
これ、後半に続くことにします。

実際にはFBIの正式スタッフだったことはありません






よい怪談を書くために

2018.11.07 (Wed)
今回はこういうお題でいきます。カテゴリは怪談論ですね。
でねえ、こういう内容を書くと、後でいろいろ言われるんですよね。
「お前は怪談のプロでも専門家でもないだろ。何を偉そうに!」
みたいなことです。まあ、たしかにそうなので、
素人の戯れ言と思って聞いていただければ幸いです。

さて、まずはじめに「よい怪談」って何でしょうか?
これはいろいろな考え方があると思いますが、怪談を読む側から考えると、
長い夜のひととき「怖い思い、ぞっと背筋が寒くなるような思いをしたい」
という場合がほとんどなんじゃないでしょうか。

ですから、怪談は、まず怖くないとダメだと思うんですね。
それはもちろん、「心温まる、感動する怪談」とか、
「派手なアクションでスカッとする怪談」などがあってもいいと思いますし、
実際に自分もそういうのを書いてもいます。

ですが、やはり怪談の本質というものを考えると「怖いかどうか」
ということが評価の軸になるのは当然だろうと思います。
感動する話とかは、例えば、オー・ヘンリーの「最後の一葉」とか、
普通小説でいくらでもできるわけで、
怪談でなければならない必然性はないですよね。

ただ、当ブログの怪談論で何度か書きましたが、「怖い」って難しいんです。
それは、人によって「怖い」と思うツボが異なってるからです。
自分の書いた話でも、仲間内で「どれが怖かったですか?」と聞くと、
かなりバラバラの答えが返ってきますし、ある人が「すごく怖い」と言ったものが、
別の人は「ぜんぜんだった」となることも珍しくありません。

この対策は難しいというか、自分は、どうにもならないと思ってます。
恐怖という感情は、その人がどういうふうに生まれ育ってきたかと、
密接に関係があるんじゃないでしょうか。ですから、「怖い」を意識しながら、
なるべくいろんなタイプの怪談を書いてくしか、手はないような気がします。

さて、では、「よい怪談」を書くにあたって、どんなことが必要でしょうか。
まず考えられるのは「文章力」ですが、自分はこれ、
そんなに必要ないんじゃないかと思ってます。何か人に見せるものを書く場合、
それは文章力があるに こしたことはないんですが、

怪談の場合、文章がたどたどしかったりしたほうが、かえってリアリティがあって
迫力が出る場合もあります。それに、ふつう怪談では、くわしい情景描写や、
登場人物の心理描写はしないものです。そういう部分を入れると、
「創作臭い、小説じゃないんだから」と言われてしまいます。

ですからまあ、読み手が、よどみなくすらすら読める程度の文章力は必要でしょうが、
そんな高いレベルが要求されることはないと思います。
自分も、当ブログの怪談を書くにあたっては、「情景、心理描写は最小限に」
ということを心がけてるつもりです。といっても、
興に乗ってだらだらと書いてしまうこともあるんですが。

次に、「オカルト知識」はどうでしょう。これはもちろん、ないよりは
あったほうがいいに決まってます。「お坊さんにお祓いしてもらった」とか、
「神社の御本尊」とか書くと変ですよね。そこで読み手が引っかかってしまうと、
それ以上読んではもらえないかもしれません。

あと、古典にある有名な怪談や世界の都市伝説。そういうものを知っていれば
いるほど、書く内容にバラエティが出てくると思います。
自分の場合も、『今昔物語』とか、中国の『聊斎志異』なんかから
ヒントをもらって書いたものがけっこうあります。

古くから伝わっている、大勢の人に広まっている怪談というのは、
それだけ怖さのツボが押さえられたものが多いんです。
ただし、あくまでヒントをもらうだけで、完全なマネではいけません。
芥川龍之介に、「鼻」 「芋粥」など、『今昔物語』を下敷きにした短編がいくつも
ありますが、どれも独自性を持った芥川文学になってますよね。

さて、長くなってきたので最後にします。「人生経験」のようなものは
怪談に必要でしょうか。これねえ、以前は特に必要ないだろうと思ってたんですが、
最近になって少し考えが変わってきました。怪談のパターンということを考えると、
一番単純なのが、「○○を見た、体験した」というものです。

例えば、「夜道を歩いていたら血まみれの女がいて追いかけてきた」とか。
これが悪いということではありません。書き方によっては怖くなりますし、
上で書いたように、怪談は怖ければいいわけですから。ただ、最近自分は、
意識して、「語り手の人生とからんだ怖さ」みたいなのを書くようにしています。

どういうことかというと、「怖ろしい体験をすることによって人生が変わった」
また逆に、「それまでの生き方が怖ろしいものを呼び込んだ」みたいな話です。
これ、なかなか難しいんですよねえ。ですが、
それだけに挑戦のしがいがあるようにも思ってるんです。

さてさて、ということで、今回は怪談論でした。ですがこれ、
一介の素人の占い師が言ってることですから、異論もたくさんあると思います。
秋の夜長の季節になってきました。みなさんも一つ、
創作怪談に挑戦されてみてはどうでしょうか。では、このへんで。






猿に返す話

2018.11.06 (Tue)
だいぶ前に死んだ、うちのジイさんがまだ壮年の頃だから、
昭和10年代くらいの出来事だと思う。ジイさんは山師をやってたんだ。
ああ、これは詐欺を働くって意味じゃなく、山に入って金にする仕事なんだ。
例えば、依頼を受けてあっちこっちの山をめぐり、建材にするための巨木や
庭石にいいような岩を見つける。もちろん、他人様の山だから、
勝手に持ってくることはできない。依頼者と山主の間に入って仲介料を
取るんだ。それと、いい木や石が多い山の場合、
思い切って自己資金で買い取る。ただこれは一種の賭けでね。
外から見ていいと思った木でも、伐ってみると使い物にならなかったりするんだな。
そうそう、山師って言葉はそういうとこから来てるんだ。
そのほか、山にあるものは何でも金にする。

罠を仕掛けてキツネを獲ったり、でかいサルノコシカケを採取したりだな。
ああ、サルノコシカケは知ってるよな。キノコというより、
菌類の一種なんだが、古くなった木に寄生して成長する。
種類によっては、さしわたし50cm以上になる場合もあるんだ。
でな、それを採ってきて乾燥させると薬になる。ほんの少し小刀で削ったものが、
今の金で数万にもなることがあるんだよ。
でな、その日も朝から山に入ってたジイさんが、椎の老木の根元に、
ひと抱えもあるサルノコシカケを見つけた。見たことのない種類で、
赤黒い色合いをしている。「こらあ、めったにないお宝だ」と思ったそうだ。
で、つねに腰にさしてある山刀を抜いて、生えてる根っこのところから、
ガシガシ削り落とそうとした。そしたら、最初に刃を入れたときに、

山がザワッと鳴ったように思えたんだと。そういうことはたまにあるんだそうだ。
何かよくないことをしでかして山が怒ってるときに。だからジイさんは、
「これは採っちゃいけねえもんか」と考えたが、まあ、欲に目がくらんだんだな。
どうしても金がほしい事情があった。長男が病気で町の病院に入院してたんだ。
この長男というのは、俺の伯父にあたる人だよ。
だから、「これだけは見逃してくれろ」心の中でそう念じながら、
サルノコシカケをどんどん切っていったんだよ。そしたらどういうわけか、
切ったところから黒い汁がだらだらこぼれ、引っぱって木からはがしたときには、
ザワついてた山鳴りがピタリとおさまって、シーンと静まり返った。
ジイさんは、それがかえって不気味に感じたと言ってたな。
で、その大きなサルノコシカケを縄で結わえて背中にしょった。

かなりの重さがあったそうだ。それで一歩踏み出したとたんに、
木の根に足をとられてひっくり返った。いや、若い頃はそんな人じゃなかったんだよ。
1日中、山を上り下りしても平気の平左の体力があった。
足腰もしっかりしてて、木の根ごときで転ぶはずはねえ。
だからそのときまた「ああ、山が怒ってる」って思ったんだと。
山が怒ってるときには、なんとかして里に出さないように、
山がいろいろしかけてくるって言ってたな。転ばすのもそうだし、
山道を歩いてても、木の枝やつる草が妙にからみついてくるんだそうだ。
重いサルノコシカケを背負って、えっちらおっちら山を下ってると、
急に雨が降ってきた。季節は10月の終わりで、それほど激しくはないが、冷たい雨。
ずっとあたり続けてると、今でいう低体温症になるようなやつだ。

ジイさんは蓑をつけてはいたが、笠はなし。これはいけないと考えたときに、
しばらく先に炭焼き小屋があるのを思い出した。
もちろんジイさんが建てた小屋ではないが、緊急のときには誰でも使っていいことに
なってる。ともかく、そこに入ろうと思って先を急いだ。
小一時間ばかりで着いて、炭焼の季節ではないので中には誰もいない。
小屋自体は古いものだったが、中は整えられており、簡素な囲炉裏と、
火起こしの道具がそろってた。ジイさんはサルノコシカケを背中から下ろし、
囲炉裏に火を入れて一息ついたんだ。その間、雨はずっと降ってて空は暗く、
とうぶん止みそうにはなかった。「ああ、ここで夜明かしか」ジイさんはそう
覚悟を決めた。食いもんは少ししか持ってきてなかったが、それは慣れてる。
ジイさんはムシロを敷いた上にゴロリと横になり、そのまま寝入ってしまったんだと。

それからそのくらい時間がたったか。目が覚めると暗くなってた。
もちろん腕時計などは持ってないが、ジイさんの感覚では夜中の2時過ぎ頃。
これな、不思議なことに、ジイさんは山の中だと、時計がなくてもだいたいの時間が
勘でわかったんだそうだ。いや、太陽の高さを見るんじゃなく、
夜になっててもわかる。長い間の山暮らしで身につけたものなんだろうな。
耳をすますと、もう雨の音はしない。もう眠くはなかったんで、
夜明けを待って山を降りようと考えた。で、ほとんど消えかけてた囲炉裏の火を
少し起こして、板壁にもたれて座り、目を閉じていた。それから1時間ほどして、
上のほうでガサガサッと音がした。目を凝らして見たが、
梁の上に何か小さな生き物がいるようだった。「テンか何かかあ?」
テンなら金になるからつかまえてやろうか。そう思ってジイさんがじっとしていると、

上で動いてたものがトンと、土間に下り立った。それが、どうも、
まだ若い猿のようだったんだな。「ほほう」猿では金にはならんが、面白いと思った
ジイさんは黙って動かずにいた。子猿は、おどおどした様子でジイさんのほうをうかがい、
それから、離れたところに置いてあったサルノコシカケに近づいていったんだそうだ。
「こいつ、何をする気か」なおも薄目を開けて見ていると、
子猿は、サルノコシカケに爪を立て、カリカリと引っかくような動作をしていた。
ジイさんは一気に立ち上がって、その猿の片足をつかんで吊し上げたそうだ。
野生動物を素手でつかまえるんだから、すごい早業だよな。
猿は暴れてジイさんを引っ掻こうとしたが、ジイさんはブンと振って、
子猿の頭を壁板に叩きつけた。殺すような強さではなかったそうだ。
それで暴れるのをやめたので、サルノコシカケを囲炉裏のほうに引っぱって見ると、

コシカケの表面が削れて、何か字のようなものが書かれていた。
しかし読めない。たしかお寺で、こういうのを卒塔婆に書いてた気がする。
梵字というのによく似ていると思ったそうだ。「猿が梵字?」
そこでジイさんは少し気味が悪くなり、それ以上かまうことはせず、
小屋の戸を開け、勢いをつけて猿を放り捨てたそうだ。
翌朝、雨はあがっていたので、夜明けとともに山を下りていった。
しばらく歩いて、ジイさんは何だか視線を感じた。
誰も人がいるはずのない山の奥、それなのに見られてる気がする。
でも、周囲は半ば枯れかけた薮で見通しがきかない。ふっと上を見上げると、
木の梢に動くものがいた。猿だ。それも一匹ではなく、
あっちに数匹、こっちに数匹、昨夜のとは違う大人の猿が、

どれもジイさんに視線を合わせてたんだな。「うう」こいつらはサルノコシカケを
ねらってるんだ。ジイさんはそのとき、よっぽどそこにコシカケを置いて
こようかと思ったそうだが、長年山のものを金にしてきた自負があって、
そうするのはしゃくにさわる。ジイさんは山刀を抜き、薮に隠れるほど身をかがめ、
その姿勢のまま、小走りで山道を駆け下りていったそうだ。
そしてちらっと上を見上げると、木を伝って猿たちも移動している。
「ガガッ」 「ガガッ」と声が降ってくる。猿たちが吠えている声だと思った。
そうしてるうち、登山路の分かれ道に来て、ジイさんは、隣村へ降りるほうの
普段は使わない道を選んで下りていった。上で叫んでいる猿たちの声が、
「ガエゼ!」 「ガエゼ!」に変わった。サルノコシカケのことだろうと思い、
「返さねえぞ!」そう叫びかえしてどんどん道を下っていくと、やがて森林帯がとぎれ、

高い木がなくなった。そこまで来てジイさんがふり返って見ると、
猿たちは端の木の枝に鈴なりになって、ジイさんを見ていたそうだ。
「ふうう、やっとあきらめたか」そのあたりから傾斜がゆるくなって、
やがて栽培している林檎畑が見えてきた。隣村に入ったんだな。
ゆっくりと歩いていくと、道脇に小さなお堂があった。「地蔵さんのお堂か」
その前に垂れている幕に字が染めこまれていて、サルノコシカケに書かれた梵字と
同じに思えた。気になって、ジイさんは幕をめくって中を見た。そしたら、
地蔵様が数体並ぶ前のせまい空間に、一匹の小さい猿が平伏していた。すぐに、
昨夜、小屋にきた子猿だとわかったそうだ。猿は土下座の状態でぶるぶる震えている。
それを見て、ジイさんは何だか可哀そうになり、「ああ、わかったよ」と言って、
背中からサルノコシカケを下ろし、その地蔵堂に置いてきたんだと。






科学的な疑問はなくなるか?

2018.11.05 (Mon)
空間を満たしている物質には、いまだにその存在が確認できないダークマター
(暗黒物質)がある。欧州宇宙機関の観測結果では、
宇宙空間の約27%がこのダークマターであるともいわれているが、
その存在はあくまでも物理的推論を重ねていった上での仮説である。

暗黒物質の最有力候補として素粒子物理学で注目されているのが、
アクシオンと呼ばれる物質だ。アクシオンは強い磁場の中で光に変わると
予測されており、この性質を利用した検出が世界各国で試みられているという。

だが、この度、アクシオンを地上で検出することはどうやら難しいことが
明らかになった。なんと、アクシオンの大部分は「見えない星」を形成している
というのだ。科学ニュース「Live Science」(10月31日付)が、報じている。

(tocana)

LHCハドロン加速器
deeee (6)

今回はこういうお題で行きます。ただし、引用した記事については
ほとんど触れないことになると思います。いちおう少しだけ説明すると、
アクシオンというのは、ダークマターの候補の一つとして想定される、
仮説上の未発見の粒子です。ですから、上記の話は、現在のところ、
仮説の上に仮説を積み上げたようなものでしかありません。

アクシオンが実際に存在するかどうかわかりませんし、もしあったとしても、
それがダークマターではないかもしれません、ダークマターの候補としては、
この他にも、すでに発見されているニュートリノや、
それ以外の仮想粒子もいくつかあるんですよね。

さて、では、そもそもダークマターって何でしょうか?
これは、この宇宙に存在すると想定されている未発見の物質です。
その特徴として、質量があり、光に反応しない性質を持っていると考えられます。
簡単に言えば、光を反射しないので、われわれには見つけることができない。

アンリ・ポアンカレ
deeee (1)

1902年、偉大な科学者であったアンリ・ポアンカレは、
その当時の科学的知見に基づいて、「暗黒なる物質はない」と著書に書きました。
それが、その時代の最先端科学が導き出した知見だったわけです。
ですが、それから100年、科学はさらに進歩を続けました。

天体物理学分野は、理論と観測から成り立っていますが、
どっちかと言えば、最初に観測があって、しかたなく、その現象を説明するための
理論が構築されるケースが多いんですね。それは、天体望遠鏡が
急速なスピードで進化していったからです。

エドウィン・ハッブル
deeee (3)

一つ例を上げると、エドウィン・ハッブルが、遠くの銀河ほど速いスピードで遠ざかって
いることを赤方偏移から観測したことで、宇宙の膨張という概念が産まれ、
なぜ膨張しているのかを考えているうち、ビッグバン理論ができあがり
発展して現在に至るんですね。ちなみに、余談ですが、アインシュタインは初め、
宇宙の膨張という観測結果を信じようとはしませんでした。
後に、これについて、「生涯最大の過ち」と言ったのは有名な話です。

アルベルト・アインシュタイン
deeee (5)

ダークマターについても、始まりは観測です。1970年代になって、
アメリカの女性天文学者、ヴェラ・ルービンが、遠くにある銀河の回転を観測しているうち、
その周辺部の速度が、中心部分とあまり変わらないことに気がつきました。
これは、望遠鏡で見える光る物質の総重量よりも、その銀河全体がずっと重いという
ことになります。そこで考え出されたのが、ダークマターという仮説上の物質です。

ここでまた一つ余談。ヴェラ・ルービンが行ったのは、理論ではなく観測で、
結果は誰がやっても同じになる確定した事実です。ですから、この発見はノーベル賞の
有力候補になりえるんですが、ルービンは、受賞することなく2016年に死去。
このことを、ノーベル賞における女性差別ではないか、とする意見があるんですね。

ヴェラ・ルービン
deeee (2)

さて、ここまでは前置きで、いよいよ本論に入っていきます。
2ちゃんねる(現5ちゃんねる)に「幽霊は本当にいるのか(いないのか)?」
というスレがあって、そこでは幽霊肯定派と否定派が意見を戦わしていたんですが、
ときおり、肯定派からこういう意見が出てくることがありました。

「現在の科学は完全ではない。なぜなら宇宙にはダークマターやダークエネルギーが
あるのに、科学ではその正体が解明できていないからだ。幽霊もそれと同じで、
遠い将来、もっと科学が進まないと解明できないものなのだ」みなさん、これ、
どう思われますでしょうか。自分には強い違和感のある意見です。

まあ、幽霊のことはさておいて、もちろん、時代とともに科学は進展するでしょうが、
はたして、ダークマターのような「科学的な疑問」が なくなるときが来ると思いますか?
ポアンカレがいた1900年と、現在2018年を比較すると、
宇宙に関する科学的な疑問は、現在のほうがずっと多いんじゃないでしょうか。
そしてこのことは、天体物理学だけでなく、他の自然科学の分野でも同じです。

わかったことが増えれば増えるほど、それに付随してわからないことが出てきます。
これは、科学というものが、「ここまではわかった」 「これ以上はわからない」
という境界を定める役割を担っているからなんですね。
考えてみれば、中世のころは気楽なものでした。

神がこの宇宙を創り、地球はその中心にあって、すべての天体はそのまわりを回っている。
宇宙論についてはこれで終わりで、何の疑問もありませんでした。
ところが、16世紀に望遠鏡が発明されたことで、宇宙に関する疑問がどっと増えました。
ですが、キリスト教勢力の干渉によって、ガリレオ・ガリレイは、
自分が考えた地動説をひっこめなくてはなりませんでしたね。

ガリレオ・ガリレイ
deeee (4)

もし今後、 LHC加速器で、マイクロブラックホールが観測されたとして、
それは余剰次元がつぶれたものである可能性が高いので、超弦理論が正しいことが証明され、
この宇宙は空間9次元、時間1次元であることが判明したとします。
たしかにそれは一つの成果なんですが、それにともなって、
数多くの新たな疑問が出てくるはずです。

例えば、余剰次元は、ビッグバン後のいつ、どうやってできたのか?
余剰次元の中で物質はどのようなふるまいをするのか?とか、いくらでも考えられます。
そしてその中には、事前には想定できない、かなり解決の難しい、
ダークマターのような根源的な疑問もあるんだと思われます。ということで、
科学が進めば進むほど、疑問は増えるものだと自分は考えてるんです。

さてさて、そうは言っても、すべての疑問が解決するときが、
遠い将来にはくるんじゃないか、と思われる方もいるでしょう。
ですが、「疑問がない」=「全知全能のうちの全知」です。
人類が神にならないかぎり、すべての疑問が解決することはないと思いますよ。
では、今回はこのへんで。





金魚と人形の話

2018.11.04 (Sun)
これ、ずいぶん古い話・・・もう50年ちかくも昔になりますけど、
かまいませんでしょうか。私が子どもの頃、ある小さな町に住んでいまして、
昭和30年代のことです。今の人に想像つくかどうかわかりませんが、
まだ集団就職がありましたし、出稼ぎも盛んでした。
高度成長期に入っていたので、その小さな町もどんどん大きくなっていって・・・
現在は逆に、過疎化していく一方なんですけども。
私はずっとそこで暮らしていますので、盛衰がよくわかります。
小学校3年生のときでしたね。近所に、美緒ちゃんという同じ学年の友だちが
いたんです。幼児のころから一緒に遊んでまして、
小学校に入って違うクラスになっても、待ち合わせて帰ることが多かったんです。
秋に入った9月のその日もそうでした。

いつもの通学路を2人で歩いていると、前のほうに、リヤカーを牽いてる人がいたんです。
そういえば、リヤカーなんてほんとうに見なくなりましたね。
雪が深い地方でしたので、当時は、冬になると馬ソリが走ったりしてたんですよ。
男の子たちはその後ろにつかまって、町の中をずっと滑っていったり。
ああ、すみません、話がそれてしまいました。
そのリヤカーが角を曲がって、私たちの前に出てきたんですが、
まず目を惹いたのが、赤と白の細かな色彩でした。「何だろう?」と思って、
駆けよっていったんです。そしたら、それ、何百体もの日本人形だったんです。
大きさはさほどでもありませんでした。大きいのでも大人の手のひらくらい。
それよりも小さいもののほうが多かったです。
そしてどれも赤と白の着物を着て、顔は全部違っているようでした。

当時は、今とは違って子どもの遊ぶおもちゃといっても、
かぎられたものしかありませんでした。ですから、私たちが目を輝かしたのも
無理のないことでしょう。日本人形たちは、どれも幼い顔つきの女の子で、
袋に入ってるわけでも、紐で束ねられてるわけでもなく、
ただ無造作にリヤカーの荷台に積み上がっていたんです。
「一つほしいな」と思いました。それは美緒ちゃんも同じだったと思います。
手を伸ばせばさわれそうだったんですが、取ろうなどとは思いませんでした。
そのとき、リヤカーがぴたりと止まり、近づいてた私たちはつんのめりそうになりました。
「おじょうちゃんたち、お人形ほしいかい」声が聞こえ、
視線を上げると、リヤカーを牽いていた人がこちらに向き直っていました。
そう言われて、私と美緒ちゃんは顔を見合わせましたが、

どちらからともなくうなずいて、「ほしいです」って言ったんです。
それで、リヤカーを牽いてた人なんですが、おじいさんでした。
真っ黒に日焼けしていて、もう肌寒くなってきているのに、
白いランニングシャツを着て、首に手ぬぐいをかけた。
「そうか、お人形ほしいか。あげてもいいけど、これはダメだな。もうお役目が済んだ 
 ものなんだ。だから、わしの池までくれば新しいのをあげよう」
しわだらけの顔をさらにくしゃくしゃにして、そう言ったんです。
「行きます」2人で 声を合わせるようにして、即座にそう答えてました。
・・・今の子どもは、不審者対策で、知らない人にはついていかない、
話しかけられても答えない、そういうことが徹底されているようですが、
昔は、それほどのこともなかったんです。

まして相手は、人のよさそうなおじいさんでしたから。
それから、リヤカーの後をついて、どのくらい歩いたでしょうか。
町中を外れ、田んぼ中の舗装されてない道を通り、リヤカーはがくがく揺れて、
積んでいた人形たちが跳ね上がりました。そうして、見たことのない神社の
横手の道を入っていくと、小さな小屋と、田んぼ半分くらいの池があったんです。
おじいさんは小屋の前にリヤカーを置き、中から長い柄のついた網を出してきました。
そして無造作に荷台につっ込むと、ごそっと人形たちをさらいあげ、
勢いよく池の中に放り込んだんです。私たちは息をのみました。
人形たちはゆらめきながら、緑の池の水に沈んでいき、
おじいさんは、さも楽しげな様子で同じ動作をくり返し、
荷台の上の人形は一つもなくなってしまったんです。

喪失感・・・というのか、なんとも言えない悲しい気持ちになって、
私と美緒ちゃんはため息をつきました。
するとおじいさんは、池の縁まで歩んでゆき、何かの言葉を唱えながら、
パンパンと2回、神社でするように手を叩いたんです。
そしたら・・・緑だった水面にふうっとさざ波が立ち、
小さな泡粒がいくつも浮かんできました。池の面はたちまち赤白の色であふれ、
最初は人形が浮かび上がってきたのかと思いましたが、そうではなく、
たくさんの金魚だったんです。ええ、それは間違いないです。はっきりと見ましたから。
金魚たちは重なるようにして水面に顔を出し、おじいさんが「よしよし」
と声をかけました。そして、私たちのほうに向き直り、
「おじょうちゃんたち、金魚はたくさんいるから選べないよ」

そう言うと、さっきの網より小さいのを持ち出して、近くの金魚を、
さっと2匹すくいあげ、「ほら、あげましょ」と私たちに向かって差し出して。
金魚をもらうつもりではなかったので、少し後ろに退がると、
網の中に入ってたのは、2体の日本人形だったんです。
「さあ」おじいさんが言い、まず美緒ちゃんがおそるおそる手を出して
一つをつかみ、残ったのを私が取りました。どちらも10cmもないもので、
顔も似てはいましたが、微妙に違ってました。赤白の着物なのは同じでしたが、
美緒ちゃんのはお姫様のような感じで、私のは、そのときはよくわかりませんでした。
今考えると、巫女さんの衣装に近かったんじゃなかと思います。どちらも水から
あげたばかりなのに、まったく濡れてはいませんでした。
そのとき私は「美緒ちゃんののほうがいいな」と、ちらっと思ったんです。

おじいさんは、「遅くなるから、もうお帰り」と言い、来た道を指差しました。
私と美緒ちゃんは、それぞれ人形を持って歩いていったんですが、
さっきは何度か曲がったような気がしたのに、ずっとまっすぐな、
両側にススキが生えた道だったんです。かなり長時間歩いた気がしました。
道々、お互いの人形を見せ合ったりしましたが、私は美緒ちゃんに、
「そっちのほうがかわいいね」みたいなことを言った記憶があります。
そうして歩いているうち、唐突に見知った町の中に出たんです。
私たちの家のあるすぐ近くでした。美緒ちゃんと別れ、遅くなって怒られると思って
家に駆け込んだんですが、時計を見るとまだ4時前でした。
これも不思議なことですよね。1時間以上はたってると感じたのに。
家族に怪しまれるといけない、なんとなくそう思ったので、

勉強机の引き出しに入れておきました。翌日、美緒ちゃんと学校で、
昨日の出来事を話しました。それだけじゃなく、もう一度行ってみようということになり、
帰り道に昨日の池を探したんですが、リヤカーを最初に見た場所から、
どうやっても道を見つけることができなかったんです。その後も美緒ちゃんと、
また私一人でも、あの不思議な池への道は見つかりませんでした。
ここから、話は少し飛びます。私と美緒ちゃんは中学まで同じでしたが、
その後、私は地元の高校に、美緒ちゃんは集団就職で東京に出ることになりました。
出発の前日に、美緒ちゃんが私の家に来て別れを惜しみました。そのとき、
美緒ちゃんは、「あのときの人形取り替えない。私はそれを○○ちゃんだと思うから、
 私の人形を美緒だと思って」そう言い、私もうなずいて、交換したんです。
その後、美緒ちゃんは成人式やお盆には帰ってきて、会うことができました。

ですが、私は高校を卒業して就職、結婚し、美緒ちゃんも向こうで結婚したようで、
だんだんと疎遠になっていったんです。お互い、子育てで忙しかったですし。
でも、年賀状のやりとりは続けていましたし、数年おきくらいには顔を合わせてもいたんです。
それからまた年月がたち、ついこの間です。美緒ちゃんの訃報がはがきで届き、
急な病気と書いてありました。私は動転し、箱にしまってあった美緒ちゃんの人形を
出してみました。中に人形はなく、そのかわりに、カラカラに乾いた金魚の死骸があったんです。
私はそれをちり紙につつんで外に出ました。どうしてかわかりませんが、
じっとしていられなくて。そして、気がついたら、あの小学生のときに行った池のほとりに
立ってたんです。私は、金魚の死骸をそっと池に落としました。そのままゆらゆらと沈んで、
金魚が生き返るわけでも、お人形に変わることもありませんでした。
その翌日、電車に乗って、美緒ちゃんのお葬式に行ったんですよ。






「ステラ賞」って何?

2018.11.03 (Sat)
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今回は、こういうお題でいきます。あまりオカルトとは関係ない話ですので、
スルー推奨かもしれません。当ブログでは、これまでにも、
「イグノーベル賞」や「ダーウイン賞」について取りあげていますが、
まあ、賞シリーズの一環ですかね。

「ダーウイン賞」というのは、「その年に最も馬鹿げた死に方をした、
子孫のいない人物」に与えられる賞でした。劣悪な遺伝子を世界に残さないことで、
人類の進化に貢献したという、ブラックユーモアなんですね。それに対し、
今回ご紹介するステラ賞は、もう少しジャーナリスティックな意味の強いものです。

「その年に起こされた、最も馬鹿げた訴訟」に与えられます。
これ、アメリカのジャーナリスト、ランディ・カッシンガムという人が、
新聞のコラム上で発表してるんですが、始めた動機は、
アメリカが行き過ぎた訴訟社会であり、常識ではありえないような裁判が毎年、
多数起こされていることへの皮肉・批判です。

受賞例について、いくつか見てみましょう。「2002年受賞、バート姉妹」
3姉妹は、母の命を救おうとするところを見せられ精神的苦痛を受けたとして、
治療にあたった医師を訴えた。・・・おそらく、心臓マッサージや、
AEDの使用のことを言ってるんだろうと思いますが、これはさすがに、
訴えられた医師は災難以外の何物でもないでしょう。

「2005年、ローラ」 2人のマジシャンに対し、
「マジシャンは物理法則を無視している。これは『神の力』を使っているに違いない。
自分は神であり、2人は自分から力を奪っているはずだ」として、
マジックの秘密を教えるか、2人の生涯賃金の10%を自分に払うように訴えた。
「2006年、アラン・ヘッカード」 マイケル・ジョーダンと似ているため
頻繁に間違われ、名誉毀損と精神的苦痛を負ったとして、ジョーダンと
スポンサー企業のナイキを訴えた。・・・まあ、こんな感じです。

さて、ここでステラ賞の「ステラ」とは何かというと、女性の名前です。
1994年、ステラ・リーベック(当時79歳)は、マクドナルドのドライブスルーで、
朝食セットを購入、駐車場で停車しているときにコーヒーを膝の間にはさみ、
フタを開けようとしたとき、誤ってカップが傾いてしまい、
コーヒーがすべてステラの膝にこぼれて火傷をしました。

裁判に臨むステラ・リーベック
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ステラは7日間の入院して皮膚移植手術し、その後2年間の通院が必要でした。
そこで、ステラとその家族は、「コーヒーの熱さは異常であり、この点について
マクドナルドは是正すべき義務がある」として、民事訴訟を起こしました。
裁判は紆余曲折ありましたが、結果的に、ステラは64万ドル(6500万円ほど)
の和解金を勝ち取ることができたんですね。

この判決には、消費者への注意喚起を怠ったという、企業に対する懲罰的な意味合いも
あります。これ以降、米国マクドナルドはコーヒーカップに「HOT! HOT! HOT!」と、
すべてのドライブ・スルー店舗には「Coffee, tea, and hot chocolate are VERY HOT!」
という注意書きをそれぞれ表示するようになり、スターバックスなどの同業者も追従して、
コーヒーカップや紙パックに注意書きを入れるようになりました。

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このエピソードは、アメリカがいかに行き過ぎた訴訟社会であるかを表すものとして、
あちこちで語られるようになりました。ただ、馬鹿げた裁判が起きる要因は
複雑なんですよね。まず、よく言われるのは、アメリカには弁護士が多く、
その中には、全国的に名前が知れわたった「スター弁護士」がいるということです。

O・J・シンプソン
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みなさんご存じないでしょうから、具体的な名前はあげませんが、彼らはまさに、
「白を黒にし、不可能を可能にする男たち」なんです。「O・J・シンプソン事件」
というのをご記憶でしょうか。上のステラの事件が起きたのと同じ1994年、
元プロフットボール選手で俳優のO・J・シンプソンが、
元妻とその友人の2人を殺害したとして訴えられたものです。

ここでシンプソンは、有名弁護士を何人も集めた「ドリームチーム」を雇い入れ、
状況証拠は圧倒的に不利で、しかも逃亡しているのにもかかわらず、
無罪を勝ちえることができました。このときの弁護費報酬は、
当時の日本円にして5億円以上だったと言われています。

無罪を勝ちえたシンプソンとドリームチーム
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次に、要因の2つ目は、アメリカの裁判が陪審員制度であることですね。
上記のシンプソン事件では、シンプソンが黒人であったため、
人種問題が大きく取り上げられました。そこで、まず弁護団と検察側で、
陪審員の選定にをめぐっての最初の戦いがあり、弁護団は12人の陪審員のうち
9人を黒人にすることができたんです。これでもう勝ったも同然。

それから、3つ目の要因として、アメリカがディベート社会であることがあげられます。
相手を言い負かしたほうが勝ち、という意識が強いんです。シンプソン事件では、
「チューバッカ弁論」という手法が用いられました。これは、
「論点のすり替えを多用して聞き手を混乱させ、自分が望む結論へ誘導する弁論」
のことで、チューバッカは映画の『スターウォーズ』に登場する異星人です。

さて、日本ではまずこういった裁判は起きません。「訴訟沙汰」という言葉がありますが、
他人と裁判で争う自体が世間様に恥ずかしい、という認識が日本社会にはあるでしょう。
そうなる前に「和をもって話し合いで解決」することが望ましいんですね。それにもし、
日本でこの手の訴訟を起こすと「お前、そんなに金欲しいのか!」とバッシングされます。

また、日本は、貧富の差が大きくなったとはいえ、まだまだ中間層の多い、
均質な社会であると言えます。ですが、アメリカは違います。
自分は住んでいたことがあるんでわかるんですが、白人と黒人、ヒスパニック、東洋人・・
それに同じ白人でも富裕層と貧困層で、住んでいる場所が違いますし、
根深い対立意識があります。その中で闘う手段の一つが訴訟であり、裁判なんです。
ですから、アメリカでの「馬鹿げた訴訟」は、今後もあれこれ出てくると思われます。

さてさて、ということで、今回は「ステラ賞」の概要を説明しました。
ただし「濡れた飼い猫を乾かそうとして電子レンジに入れ、死んだので家電会社を訴えた」
さすがにこれは都市伝説です。アメリカの電子レンジに「猫等を入れないで!」という
注意書きはなかったですよ。では、今回はこのへんで。

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女はいらない?

2018.11.02 (Fri)
新しい生命を生み出すのに、必ずしも男と女を必要としなくなるかもしれない。
幹細胞と遺伝子編集技術を使って、中国の研究者たちが同性のマウスの
ペアに子どもを作らせた。これまでにも、雌のマウス同士では成功していたが、
新たな研究で、雄のマウスのペアでも子どもが誕生することが初めて示された。

2匹の雌から生まれたマウスの子は健康的に見え、その後、
自分でも子どもを産んだ。しかし、2匹の雄から生まれた子は誕生して
間もなく死んだ。全部で12匹が生まれたが、
48時間以上生きられたのはわずか2匹だった。
(National Geographic)

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今回は、科学ニュースから、こういうお題でいきます。何から話しましょうか。
これも中国の研究ですね。自分はこれまで、中国の生命科学について、
いろいろ批判的な記事を書いてきましたが、この内容そのものは批判するつもりは
ありません。マウスやサルなどの実験動物で、
人類のために役立つ研究を行うのは、自分は問題はないと思ってます。

これ以前、メスのマウス同士で子どもをつくる研究が2004年にあり、
それは日本の東京農大で行われたものだったんです。ただし、中国の場合、
人命軽視、人権軽視、不十分な倫理規定などの問題が世界的に取りざたされているので、
研究が、安易に人間にまで延長されてしまうことが危惧されるんですね。

あと、自分は何度も中国に行って、考古学関係の研究者とお会いしたりしてるんですが、
若い研究者は、よく言えば自負心があって熱心、悪く言えば功名心が強い。
人文科学でもそうなので、理系の分野では、その傾向はもっと大きいんだろうと思います。
そういう点でも、心配があるんじゃないでしょうか。

さて、みなさんご存知と思いますが、哺乳類の場合、オスはXYの染色体、メスはXXの
染色体を持っています。子どもは、親からそのうちの片方ずつを受けつぎ、
オスからXを受けつげばXXとなってメス、Yを受けつげばXYとなって
オスの子どもが生まれます。これは遺伝学の基本です。ですから、
もしメス同士で子どもが生まれるとしたら、必ずXXのメスになるはずです。

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生物の中には、単性生殖を行うものが数多く知られていますが、
哺乳類がオスとメスで両性生殖を行っているのには、意味があります。
新しい遺伝子同士が出会うことで、種のバリエーションが確保されるんですね。
そうして、環境の変化に適応したものが生き残っていく。

また、哺乳類には、「ゲノム刷り込み genomic imprinting」という機構があり、
子どもが持ついくつかの遺伝子について、片方の親から受け継いだ遺伝子しか
発現できないようになってるんです。なぜ、こういう機構があるのか
わかっていませんが、オスとメスの両性で生殖を行うことを前提としたものです。

これが、オス同士、あるいはメス同士での生殖の壁となっていました。
今回、中国の研究チームは、前にご紹介した「CRISPR-Cas9」という分子ハサミを使い、
ゲノム刷り込みによって成長に問題が起こりそうな遺伝子の部分を切除しました。
メス同士で3ヶ所、オス同士で7ヶ所の切断が必要だったようです。

胚の分裂
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では、なぜメス同士から産まれた子どもが成長できたのに、
オス同士だと成長できなかったのか。これにはいろいろな原因が考えられますが、
最も大きい点は、自分は、オスは卵子をつくれないためだろうと思います。
メス同士だったら、一方のメスの染色体を、精子の代わりに別のメスの卵子に入れて
やるだけでいいので、話は簡単です。ただし、これではメスしか産まれません。

ところが、オス同士の場合、この実験では、染色体を合体させたものを、
卵子から核を取り除いたものに入れ、メスの体内に戻しても成長できませんでした。
そこで、一定期間人工的に培養した上で、さらに別の代理母の子宮内に挿入し、
やっと子どもが産まれることができたんですね。まあ、こんなにあれこれいじくった、
複雑なプロセスを経たものが上手くいくのは難しいでしょう。

さて、当記事のお題は「女はいらない?」ですが、子孫を残すという点に関して、
男と女のどっちがより「必要ない」か(笑)、を生物学的に考えてみると、
これは間違いなく男でしょう。上記したように、男は卵子を持っていません。
ただ、まったく卵子なしでも、受精卵をつくって子どもに成長させるのは、
近い将来にできそうなところまできています。

オスの精子のDNAを覆う化学物質を完全に取り除き、新たな覆いを被せることで、
卵子のように変化させる研究が進んでいるんです。ただ・・・
受精卵を子どもにまで成長させるためには、女性の子宮が必要です・・・
いや、じつはこれも、できないことはないんですよね。

男性の妊娠?
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男性が出産するためには、腹腔に受精卵を移植し、腹膜妊娠の状態を作成して、
出産は帝王切開によって行います。実際、そういう例も出てきているようですが、
これ、胎児と妊娠した男性のどちらにも大きな生命の危険があります。
また、人間の体内を使わない、完全な子どもの人工培養器が完成するには、
できるとしても、今後 何十年もかかると思われます。

さて、話変わって、世界で「同性婚」が認められている国は、
現在のところ25カ国ほど。その他に、ある州では認められているという国や、
「同性パートナーシップ」で権利が保護されている国を合わせると、
全部で50カ国ほどになります。しかし、当然というか、
同性間で産まれた子どもについての法整備がされている国はありません。

同性婚
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それはそうですよね。これまで、養子は別として、そういう事態は
想定されていませんでした。では、同性同士の子どもができるようになると、
いったい、どんなことが起きるんでしょうか。
子どもの成長に、父性と母性の両方は必要ではないんでしょうか?

こう言うと、「母子・父子でも立派に子育てしている家庭は多い。そもそも、
父性や母性という概念自体、ジェンダーフリーに反するのでないか。」
こういう答えが返ってくるかもしれません。
でも、本当にそれでいいんでしょうかねえ。自分には疑問があります。

さてさて、哺乳類は、基本的に単性生殖できないと上で書きましたが、
単性生殖ではないかと疑われる世界的に有名な事例があります。
おわかりですよね。聖母マリアとイエス・キリストです。もしかしたら、
同性同士で産まれた子どもも、何か奇跡を起こすなどの力を持っている
のかもしれませんよ。では、今回はこのへんで。

関連記事 『「舟」としての私』

サンドロ・ボッティチェッリ『受胎告知』
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