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兵隊人形の話

2019.03.31 (Sun)
※ 骨董屋シリーズです

ああどうも、またおじゃましてしまいました。
ここで何度かお話をさせていただいた、元骨董屋です。
もうだいぶ昔になるんですが、私がまだ若い時代にあったことを
思い出しまして。ええ、その話をしにやってきたんです。
あれは、私が30代の後半のときです。自分の店を持って3年目、
まだまだかけだしのひよっこで、目利きもままならず、
よくまがい物をつかまされてた時代のことですよ。
え、店を持つのが遅かったんじゃないかって? ええまあ、
私は高校卒業してからすぐ、大きな骨董屋に丁稚奉公みたいにして
入ってたんです。当時はみんなさそうでしたよ。親の跡をついで
骨董屋になるのならともかく、この商売をやろうと思ったら、

まずはどこぞの店に奉公して、そこでね、目利き、今の言葉でいう
鑑定眼を身につけさせてもらったんです。
ええ、住み込みで雑巾がけから何からやりました。
お給金など、ないも同然ですよ。戦後の混乱期でしたから、
飯を食わせてもらえるだけでもありがたい。
そこでね、市でのセリの仕方やら、古物の手入れの方法なんかを、
一から学んだんですよ。ああ、すみません。昔話が長くなってしまって。
それでね、小さいながらも自分の店を持ちまして、
せまい中に自分の気に入った古物をずらりと並べてね、
今考えると、あのころが一番幸せだったかもしれません。
売り上げも、親子3人食っていけるくらいには上がってたんです。

あ、はい、結婚しておりまして、娘はまだ小学校前だったと思います。
本題に入ります。店じまいしてから、その日の売り上げを数えて、
帳簿につけるんですが、それがどうも合わなかったんです。
もちろん多いなんてことはない、毎日、100円、200円足りない。
100円ぐらいケチ臭い話だと思うかもしれませんが、
今とは貨幣価値が違ってまして、まだ百円札があったころなんです。
おかしいなあ、と考えて、でも、どうして足りないのかわからない。
そのころはもちろんレジなんかなくて、小箪笥に売り上げを入れてたんですが、
それを背にしてずっと私が店番をしてるんです。
ですから、誰かが持ち出すわけはない。ええ、私がね市に出たり、
出張買い取りにでかけてるときは、店は閉めてました。

女房? いや・・・女房を疑うことはなかったです。
毎日ではありませんでしたが、女房は近くの食堂に働きに出てましたし。
それでね、面倒でしたが、現金が入ったときには、
いちいち奥の間にある金庫に入れるようにしたんです。
それで、お金が足りなくなるのは収まりました。まあ、いったんはね。
その金庫の鍵は、私が首からヒモでぶらさげて、
腹巻きに入れてましたんで、誰も開けることはできないはずだったんですが。
そうするようになって3日目くらいですか、夜中に、
いっしょの部屋に寝ていた娘が、急に大きな声で泣き出して、
私も女房も起きてしまったんです。電気をつけて、
「どうした、怖い夢でも見たか」と聞きましたら、

娘が言うには、顔が水をかけられたようにひんやりして、
目を覚ますと、自分の顔の上を大きなカエルが通っていくところだった。
こんな話をしまして。まあね、それだけなら夢だと思いますでしょう。
表戸も裏戸もしっかり閉めてあるし、カエルなど入ってこれるはずがない。
そもそも、店の近くに水場などないんです。
ですから、「よしよし、夢だよ」と言って寝かしつけたんですが、
翌朝、金庫を開けると、前の日の売り上げの中から、
百円札だけがすべてなくなっていたんです。
これには驚きました。だってね、頑丈な耐火金庫で、大人の男2人でも
持てないほどの重さなんです。しっかり鍵もかけてある。
ただほら、前夜の娘のことがあったでしょう。

金庫のある奥の間には、私たち家族が寝てる部屋を通らなくちゃ行けない。
何か、娘が見たというカエルと関係があるんだろうと思いました。
ですが、店にはカエルの置物などなかったんです。
ただ、お金がなくなるのが始まったのは、私が市で古物を仕入れてきた
翌日から始まったのはたしかなので、そのときに買った品のどれかが
悪さをしている。そうとしか考えられませんでした。
でね、どうしたかっていうと、私が奉公していた老舗の骨董屋の主人、
かつての私のお師匠さんでもあるんですが、その人のところへ
相談に行ったんです。お師匠さんはそのころ、もう店は息子さんにまかせて
隠居していて、悠々自適の生活をされていましたが、
私が訪ねると、隠居部屋に案内されてお茶を出していただきまして。

事情を話しますと、面白そうな顔をして聞いておられたんですが、
「それはやはり古物だなあ、何かの古物の仕業だろう。
 といっても、ここで正体はわからん。お前の店に行って目利きして
 やってもよいが、それよりもいい物を貸してやろう」
そう言って立たれ、奥の蔵から紙の箱を持ち出してこられました。
で、中に入ってたのが、じつに意外なものだったんです。
何だと思いますか? それがね、兵隊の人形でした。
ええ、西洋アンティークってやつです。高さ15cmくらい、
赤い布の服を着て毛皮の軍帽をかぶり、立派なヒゲをたくわえた軍人が、
腰に4cmほどのサーベルをさした、いかめしい人形。
ブリキなどの金属ではなく、木彫りに見えました。

意外だと思ったのは、お師匠の店は西洋のものは一切あつかってなかった
からです。お師匠は「これな、ちょっと場違いかもしれんが、
 お前の店のどこか棚の上に一晩置いといてみろ。
 翌朝にはきっと面白いことになってるから」こうおっしゃっり、
私は重々お礼を言って、その箱をいただいて戻りまして、
店の一番高い棚の上にあげといたんです。
その夜は、娘が起きることもなく、何事もなくて、
朝起きたときに金庫の中を見ましたが、お金はなくなっていませんでした。
それで、店に出ましたら、兵隊人形が棚の上になかったんです。
まあ、せまい店ですので、探したらすぐに見つかりました。
奥に大きめのガラス戸棚があって、それなりに値打ちの品を入れてるんですが、

その中に倒れていたんです。拾い上げると、腰のサーベルが抜かれて
なくなってる。よくよく見ますと、戸棚の中に掛けてある掛け軸の一枚、
それの下のほうに、針のようにサーベルが突き立っていたんです。
でね、その掛け軸なんですが、中国の禅画を模倣したような絵柄で、
ススキの野に老人が立ち、こちらに背中を向けて月を見ており、
その足もと、草の間からわずかに顔をのぞかせているカエルの頭を、
縫い留めるようにしてサーベルが刺さってる。ははあ、と思いました。
夜中に娘が見たというのはこのカエルか。いちおう納得はしたんですが、
まだ、問題は解決してませんよね。なくなったお金がどこにいったのか。
掛け軸を外して調べてみても、裏側にもどこにもない。
それで、兵隊人形を返しがてら、手土産を持ってその掛け軸、

またお師匠のところに持っていったんです。話を聞くと、お師匠は笑って
掛け軸を見て、「この欲深じいさんが、手下のカエルをつかってお前の金を
 くすねておったのか。まあ、百円札しか盗らないのはかわいいものだが。
 それにしても、この掛け軸、本物の中国製だぞ、値打ちの物だ」
そう言って、その場で表具職人を呼んで、絵柄の部分、これは本紙と言いますが、
注意深くはがさせたんです。そしたらどうです。なくなった百円札、
それがびっしりしわを伸ばして、表具の側に貼りつけられていたんですよ。
ねえ、不思議な話でしょう。絵の中のカエルが抜け出したのも、
鍵がかかった金庫からお札がなくなったのもね。それが、私が古物の
持つ力を知った最初なんです。その掛け軸はお師匠に引き受けてもらいました。
あと、兵隊人形は、革命前のロシアのものだということでしたね。

『食いたい鋺(かなまり)の話』
『さむどの屏風の話』
『夢二の鏡の話』
『高砂の話』
『扉の掛け軸の話』






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亀のオカルト

2019.03.30 (Sat)
『THE BERMUDA DEPTHS』


今回はこういうお題でいきます。みなさんの中で、子どもの頃に
亀を飼われた経験があるという方は多いんじゃないでしょうか。
昔はお祭りの夜店で、ミドリガメ(ミシシッピアカミミガメ)が、
売られてましたが、外来生物でもあり、
現在は見かけることが少なくなってますね。

さて、亀は古来から霊獣とみなされてきました。これは、中国から
伝わったものと考えられます。もともとは東洋占星術なんですね。
天にある28の星座(二十八宿)を7つずつに分け、それぞれ、
つなげた形から4匹の霊獣が考え出されました。

四神
ZXSDE (1)

これが青龍・朱雀・白虎・玄武の「四神」です。
四神は星座ですので、季節と方角をつかさどっています。
亀の話なので、ここは軽くふれるだけにとどめておきますが、
青龍は春で東、朱雀は夏で南、白虎は秋で西、玄武が北で冬。

ただし、中国には五行説がありますので、四神だけではおさまりが悪く、
中央に麒麟を置くという考え方もあります。
この中の玄武が亀なんですね。正確には足の長い亀に蛇が巻きついた形。
古代中国においては、亀は「長寿と不死」の象徴とされました。

玄武
ZXSDE (4)

で、この四神の中で、龍は想像上の動物ですし、朱雀は鳳凰のことで、
やはり実際にはいません。虎は大陸にはいますが日本には生息して
いないので、実際にいる亀が、特に霊獣として尊重されたわけです。
玄武は、色としては黒、地形としては山を表しています。

また、「鶴は千年、亀は万年」ということわざもあり、
ここでも長寿のおめでたいイメージがありますが、
では、実際の亀の寿命ってどれくらいなんでしょうか。
上で出てきたミドリガメが40年くらい、よく川や沼で見かける
クサガメが60年ぐらいと推定されています。

あれ、人間より短いじゃないかと思われるかもしれませんが、
それは現代からみてのことで、日本の古代においては、
40歳まで生きられる人はそんなに多くはなかったんです。
近世の江戸時代でも、平均寿命は30~40歳と考えられています。

あと、亀の中には人間よりも長寿の種類もいて、
日本のものではありませんが、アメリカハコガメは100歳以上、
ワニガメは150歳以上です。過去に記録された亀の最高齢は、
ダーウインに飼育されたサンタクルスゾウガメの175歳。
長寿の生き物と考えて問題はないでしょう。

古代インドの世界観
ZXSDE (6)

ということで、亀を尊重するのは中国由来の考えでしたが、
日本に仏教が入ってきて、さらにそれが強められました。
古代インドの世界観では、この世界は大蛇の上にいる亀、
さらにその上に乗る3匹の象によって支えられているとなっています。

2018年 中国で発見された甲羅のないカメの化石
ZXSDE (5)

さて、次は生物学的な特徴をみてみましょう。
亀は爬虫類で、その祖先は約2億5000万年前に現れました。
人類の歴史よりもずっと長く存続してる生物です。
去年、中国において完全に甲羅のない亀の化石が発見されて
衝撃を与えましたが、初期の亀は甲羅が未発達だったようです。

それが甲羅を発達させることで外敵から身を護ることが
できるようになり、何度もの大量絶滅期を生きのびて現在にいたります。
最大の亀は、白亜紀(約7500万年前)に生息していた
アーケロンで、全長約4メートル、体重2トン以上と推定されています。

アーケロン 足が一本ありません
ZXSDE (7)

ただ、残念ながらアーケロンは手足を甲羅の中に引っ込めることが
できなかったようで、発見される化石にはヒレの傷ついたものが多く、
同時期にいたモササウルス類に捕食されたためと考えられます。
アーケロンは海亀で、イカやアンモナイトを食べていたようです。

さて、現代でも、巨大な亀の姿をしたUMAの目撃例がありますね。
有名なところでは「ンデンデキ」。アフリカのコンゴ共和国で目撃される
淡水の亀で、体長は5m近いとされます。その正体は不明ですが、
巨大なスッポンの仲間である可能性もあります。
東南アジアには、1、5m近くまで成長する大型のスッポンがいます。

ベトナムの大型のスッポン
ZXSDE (3)

下の画像はみなさんの中でご覧になられた方もいると思います。
アフリカのギニアで発見された漂着物で、4本の足と尾がある亀のように
見えると話題になりました。学者が調査しているということでしたが、
例によって、その後の続報はありません。

ギニアのUMA画像
ZXSDE (2)

でもこれ、自分が見るところでは、クジラの一部分だと思いますね。
クジラの死体は体内に腐敗ガスが溜まって浮き上がり、
海面を漂う場合があり、そのガスが爆発するような形で抜けると、
上になった部分が、ちょうどこの画像のような状態になります。

腐敗ガスで膨らんで漂うクジラ


さてさて、ということで、身近な生物、亀についてみてきました。
自分も子どもの頃に亀を飼ってたんですが、冬眠を失敗すると
土の中で死んじゃうんですよね。今は器具が整って、
飼育は難しくないようです。では、今回はこのへんで。





消えるオカルト甦るオカルト

2019.03.30 (Sat)
アーカイブ52



前に「地球空洞説」の話を書きましたが、それと関係のある内容です。
昨年公開された『キングコング 髑髏島の巨神』ですが、みなさん、
ご覧になられたでしょうか。あのセリフの中で、地球空洞説が出てきていました。
髑髏島は南太平洋の孤島ですが、島の内部には地下に通じる穴があり、
その中にはたくさんのモンスターがひしめいている、とかなんとか。

また、2008年公開の『センター・オブ・ジ・アース 』は、
やはり地球空洞説をあつかったお話で、原作はジュール・ヴェルヌの『地底旅行』。
日本全国公開された初めてのフル3D映画でした。
これも、家族向けのなかなかいい作品だったと思います。

関連記事 『安倍マリオと地球空洞説』

ただ、空想世界ならともかく、実際の地球空洞説には多くの科学者は否定的です。
その根拠としては、一つには地震波です。空洞がもし地球内部にあるなら、
地震波はいびつな伝わり方をするはずですが、
世界のどこで観測しても、結果は理論予測どおりになります。

これは、地球内部に、びっしり物が詰まっているからです。その他にも、
さまざまな面から、地球空洞説は否定されます。地底の国「アガルタ」、
「シャンバラ」など、夢のある話でしたが、
さすがにその役割を終えたようです。消えゆくオカルトと言っていいでしょう。

地球空洞説


では、地球の内部に何があるかというと、これはマントルです。
マントルは、どろどろに溶けた岩石で、いくつかの層に分かれます。
また、地球中心部は核(コア)といって、溶けた金属でできており、
その温度は太陽の表面と同じ、約6000度にもなると言われています。

で、このマントルの発見によって、学会からオカルトとして
葬り去られていた説が、復活を果たしました。何だかおわかりでしょうか?
そう、「大陸移動説 continental drift theory」です。
提唱者は、当時32歳の若き気象学者、アルフレート・ヴェーゲナー。
ヴェーゲナーは、ドイツ人らしい鉄のような意志を持った人物でしたが、
それが後に、彼の寿命を縮めることになります。

アルフレート・ヴェーゲナー


さて、ヴェーゲナーの着想のきっかけは、地球儀を見て、
大西洋の西、つまり南北アメリカ大陸の東海岸の地形と、
太平洋の東、ヨーロッパからアフリカ西海岸の地形が、
海をなくせば、ぴったりと重なると気がついたところからです。
ここだけ見ると子どもの発想のようですが、ヴェーゲナーは真剣でした。

ヴェーゲナーが正式に説を発表したのは1912年、
20世紀に入ってからのことなんですね。ここで、ヴェーゲナーは、
分裂する前の巨大大陸を、「パンゲア」と名づけました。彼の説は緻密で、
地形学、地質学、地球物理学、生物学、古生物学と、各方面から、
公平に見て、当時としては最先端と言っていい論証を行っています。

じゃあ、ヴェーゲナーの説が世界に受け入れられたかというと、
残念ながらそうではありませんでした。アメリカを中心として、
各国の学者から感情的ともいえる批判を受けます。世界的な学術会議において、
大陸移動説は葬り去られ、オカルトあつかいされることになりました。

気球に乗る冒険家でもあったヴェーゲナーの記念切手


この最大の要因は、当時の科学の水準では、大陸が移動するための
巨大な力を説明することができなかったからですが、
大陸が動くなんてありえない! と、はなからバカにするむきもあったんです。
あと、第1次世界大戦 敗戦後のドイツに対する偏見もあったでしょう。

四面楚歌状態の中、最後まで自説が正しいことを確信していたヴェーゲナーは、
証拠集めに奔走し、グリーンランド探査中の1930年、-54度の猛吹雪の中、
過労による心臓発作で50歳で死亡します。犬ぞりで氷河を走り回るという、
植村直己さんレベルの活動をしていたようです。その遺体は、
イヌイットのガイドによって雪の中に埋葬されました。(後に発見されて改葬)

ヴェーゲナーは若い頃に、気象観測用気球で空中滞在時間の当時の世界記録を
つくったりしているので、冒険家の素養があったんでしょう。グリンーランドの、
極寒のため生物が生息できない地域で古生物の化石を見つければ、
それが大陸が南から北へ移動した証拠になると考えていたんですね。
(後に、ヴェーゲナーの予測どおり化石は見つかります。)

ヒゲの凍りついたヴェーゲナー死の直前の写真


その後、大陸移動説は長い間、触れてはならないタブー、
学問ではないオカルトとしてあつかわれてきたんですが、流れが変わったのは、
ヴェーゲナーがグリーンランドの氷河で憤死してから約30年後の
1950~60年代。マントルとマントル対流の発見があったからです。

この、大陸を動かす力は、気づいてみれば何も難しいことはありません。
みなさんがお湯を沸かすとき、下のほうでガスの火で温められた水が上昇し、
逆に上のほうの水は冷えて下に戻っていきます。これと同じことが、
地球の内部で起こっていると考えられるようになったんです。

お湯の対流とマントル対流 原理は同じ
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これらのことをまとめて、「プレート・テクトニクス理論 plate tectonics」
と言います。日本に巨大地震が起きるのも、海溝に沈み込んでいく
地殻プレートのひずみによる影響が大きいんですね。
こうして、ヴェーゲナーの名誉は回復され、現在では高く評価されています。
(日本でも小学校の国語の教科書に載ったりしていました。)

さてさて、このように科学知識の進展が、地球空洞説という一つのオカルトを消し、
大陸移動説という、オカルトとされていたものを学問として甦らせたわけです。
ですから、現在オカルトとされているもの、例えば超能力や心霊などの中にも、
将来の知見によって復活を遂げるものがないとは言えないんですね。
ということで、今回はこのへんで。






エジソン対テスラの戦争

2019.03.30 (Sat)
アーカイブ51

今回はこのお題でいきます。なんか怪獣映画のタイトルのようですが、
そうではなく、どちらも高名な発明家である、トーマス・エジソンと
ニコラ・テスラのことです。年齢的にはテスラが10歳ほど若く、
彼はエジソンにあこがれてエジソン電灯会社に入社していますが、後に対立し、
晩年にはエジソンの名が冠せられた「エジソン勲章」の受賞を拒否しています。

エジソンとテスラ


まずエジソンですが、ご存知でない方はいないでしょう。歌にも、
「♪ エジソンは偉い人、そんなの常識~ パッパパラリラ」とあるとおりで、
子どものころに、伝記を読まれたという人も多いんじゃないかと思います。
その発明には、電話機、蓄音機、電球、映画、トースターなどがあります。

いっぽうのニコラ・テスラには、その発明品として、ラジコン、
蛍光灯、空中放電実験で有名なテスラコイルなどがあります。この2人、
どちらも晩年にはオカルト研究に没頭したことでも知られています。
エジソンは、当時アメリカで大流行していた降霊会を信じていて、
スピリチュアル団体に研究資金を寄付したりしているんです。

テスラコイル


エジソンは、人間の魂を一種のエネルギーと想定し、
エネルギー保存の法則にしたがって、その力は死後も保存されると考えていました。
そこで、空気中に漂う魂のエネルギーをとらえるための
「霊界通信機・霊界ラジオ」の研究に何年も時間を費やしています。

テスラも、同じく晩年には霊界通信の研究に没頭しましたが、エジソンとともに、
成果らしい成果は出せていないのが現実的なところです。あと、
テスラの発明したテスラコイルは、アメリカのカルト団体で疑似科学的に使われ、
オカルトフアンの間で有名な、あの「フィラデルフィア実験」でも使用された
ことになっています。ただ、この話には実体がないですけどね。

フィラデルフィア実験


さて、なぜこの2人に対立が起きたかというと、
主な原因は「電流戦争 War of Currents」によるものです。エジソンは、
直流電流がアメリカのインフラとして送電されるよう推し進め、
それに対しテスラは、自分が考案した交流電流が採用されるよう画策しました。
これ、どちらが採用されるかで莫大な金額が動きますので、

まあ戦争になるのも当然です。
直流と交流の違いはおわかりだと思います。みなさんの家の壁にある
コンセントは交流電源ですし、乾電池やバッテリーは直流です。
直流は電圧は常に一定ですが、交流の電圧は波として変動しています。
下の図がわかりやすいんじゃないかと思います。

交流と直流の違い


結果からいうと、アメリカで採用されたのは交流で、テスラ側の勝ちです。
現在の日本もそうですね。なぜ交流が勝ったかの原因はいろいろあるんですが、
ここでは割愛させてください。で、この電流戦争では、エジソン側から
交流電流に対するネガティブ・キャンペーンが数々仕掛けられました。

次の動画をよろしければご覧ください。(象が感電死する閲覧注意動画です。)
出てくるのは、コニーアイランドの遊園地で飼われていたトプシーという象で、
調教師を3人殺してしまったため、薬殺処分される予定でしたが、エジソン側は、
交流電流の危険を訴えるため、公開の場で電気ショックで殺すことを提案しました。



そして、数秒で煙を出して死ぬ様子が撮影され、エジソンはその場面を
自分が発明した映画にして、全米各地で公開したんですね。
この他にも、エジソンは自分の研究所で、
犬や猫を、交流電流によって多数 殺処分しているんです。

でも、これはどう考えても非科学的だし、そもそもアンフェアですよね。
直流だって電圧が大きければ死ぬはずです。
これに対抗して、テスラ側は人体に交流電流を流し、
その安全性を人々に示すショーを企画して、全米各地を巡業して回りました。

さて、アメリカの死刑方法では電気イスが有名ですが、もちろんこれは、
電気製品が実用化されてからのもので、それ以前は絞首刑が多かったようです。
で、エジソン側は、電流戦争のネガティブ・キャンペーンの一環として、
交流電流が用いられた電気イスでの死刑を提案しました。

史上初の電気イスでの死刑は、1890年、ニューヨーク州のオーバーン刑務所で、
内縁の妻を斧で殺害したウィリアム・ケムラーに対して執行されたんですが、
悲惨きわまる結果になりました。最初17秒間通電しましたがケムラーは死に至らず、
2回目は1分以上通電され、発電機が電圧2000ボルトに上昇するまで

ウィリアム・ケムラーの死刑


ケムラーは叫び続け、肉が焼ける臭いが部屋に立ち込め、頭部から煙が上がり、
最終的には体から炎が上がりました。吐き気を催した見物人が何人も、
部屋から逃げ出したと言われています。この結果について、
「斧を使ったほうがまだましだった」とまで、後に酷評されました。

さてさて、みなさんは今、さまざまな電気製品を使われていると思いますが、
その陰には、このような歴史があったんですね。あと、日本では現在、
オウム真理教の松本智津夫の死刑の話題でもちきりですが、
アメリカでの電気イスによる死刑には、こんな興味深い裏話があったんです。
ということで、今回はこのへんで。





ハリー・ハーロウの光と闇

2019.03.30 (Sat)
アーカイブ50

ハリー・ハーロウ(Harry Harlow)について、ご存知の方は多くないかもしれません。
20世紀の前半に活躍したアメリカの心理学者です。
研究分野は、発達心理学における母性愛についてで、ウィスコンシン大学で、
アカゲザルの仔と、人工の代理母を用いて実験を行いました。

ハリー・ハーロウ


まず、研究の背景ですが、当時は、母親は育児の際に、
母乳を与えて赤ちゃんを栄養的に満たすことは重視されていましたが、
それ以外の母子の接触は推奨されませんでした。
感染症が起きる原因と考えられたんですね。アメリカの保育所では、
全国的に、徹底した施設の減菌措置が進められていました。

当時はまだまだ乳幼児の死亡率が高く、その死因の多くが感染症によるもの
だったんです。特に、コレラ、チフス、ジフテリアは恐ろしく、
抗生物質やワクチンのなかった時代にあって、
免疫力の弱い乳幼児の感染は、致命的な結果を引き起こしました。

この風潮に疑問を持っていたハーロウは、アカゲザルの仔を母親から
引き離し、2種類の人工の母親を与えました。一つは、針金でできた「針金の母」
もう一つは、スポンジと柔らかい布でできた「布の母」です。
で、針金の母のほうにだけ哺乳瓶を取りつけ、乳が飲めるようにしたんです。

「針金の母」と「布の母」


当時の考え方からすれば、アカゲザルの仔は、空腹を満たしてくれる
針金の母になつくはずでしたが、アカゲザルは、乳は針金の母から飲むものの、
それ以外の時間は、ずっと布の母に抱きついていたんです。
まあ、現在から考えればあたり前の話ですが、母親は栄養だけでなく、
温かい接触を与えることが大切だと証明したんですね。

また、ハーロウは、布の母を与えず、針金の母だけによって育てられた仔と、
布の母を与えた仔との比較も行ったんですが、実験の結果は惨憺たるものでした。
針金の母に育てられた仔は、完全に精神に異常をきたしていて、
つねに小刻みに体を揺さぶり、自分の指に噛みついたり、毛を抜いたり、
激しい自傷行為を行うようになりました。

布の母のほうの仔も無事では済みませんでした。針金の母グループほど、
ひどくはなかったものの、外界のことに無気力・無関心で、
ぼんやりとケージの隅に座り込んでいるものが多かったんです。
結局、どちらのグループでも、多くの仔ザルが育たずに死んでしまいました。

ここから、ハーロウは、母親が与えるものは、暖かさ、柔らかさだけではなく、
自ら抱きしめるなどの積極的な愛情行為が必要だと結論づけました。
これはもともと、古代から普通に行われていたことですが、
20世紀初頭という、生活に科学が入り込んでくる時代において、
変な方向に向かってしまっていたのを、ハーロウが修正したということです。

精神に異常をきたした仔ザル
名称未設定 2

次に、ハーロウは「モンスターマザー」を製作します。これは、
布の母のバリエーションですが、激しく振動するしかけ、
バネ板で仔ザルを弾き返すしかけ、圧縮空気を噴出するしかけ、
一定時間がくると針が飛び出して、仔ザルを刺すしかけを加えたものです。

これらの母を仔猿に与えたところ、仔猿は、弾き飛ばされたり刺されたりしても、
何度でも自分からモンスターマザーに抱きついていきました。
生まれつき、子どもにはそういう習性が備わっているんですね。
昨今、児童虐待のニュースをマスメディアで目にすることが多いですが、
子どもにしてみれば、どんな親でも、慕う以外のことはできません。

親に虐待されるのは自分が悪いと考え、「次からいい子になるから、ごめんなさい」
をくり返すという悲劇が生まれるわけです。これらの実験により、
数百匹のサルの仔が死にましたが、ハーロウは、「何万人もの虐待される赤ちゃんを
救えるなら、サルの仔の犠牲はものの数ではない」と言って、悪びれませんでした。

さて、ここまでのところは、まだ、まともと言える実験内容ですが、
だんだんにハーロウの実験は常軌を逸していきます。
まず1つめが「レイプマシン」製作。上記の代理母の実験で育ったサルのほとんどは、
社会性のない状態でしたが、それらのサルは自分の子どもを育てることができるのか?

代理母で育ったメスのサルは、群れのオスと交尾することができなかったので、
レイプマシンは、無理やり体を固定して、オスのサルから受胎させるものです。しかし、
これで生まれた仔に対し、母ザルは愛情を示さず、授乳しなかったり、踏みつけたり、
頭を噛み潰したりしてしまったんです。自分が母の愛情を受けないで育った場合、
自分の仔に対しても、愛情が持てなかったということです。

「絶望の淵」


次の実験は「絶望の淵 pit of disapair」というマシーンの製作、
これは、金属板を逆ピラミッド型に組んだ滑りやすい装置で、その中に入った仔ザルは、
外界が見える位置まで登ると、滑り落とされてしまいます。
この実験でもやはり、多くのサルが精神に異常をきたしました。

さてさて、ハーロウは毀誉褒貶の多い人物です。たしかに、育児にあたって、
母親の子どもに対する愛情が重要であることを示しましたが、
同時に、実験動物に対する扱いについて大きな非難が起こり、
アメリカでの動物愛護運動が生まれるきっかけとなりました。

最後に、ハーロウ自身ですが、重い鬱病と、アルコール中毒を抱えており、
妻との離婚がきっかけで病状が悪化し、自分に対して、
当時最先端の精神病治療法であった電気ショック法を行ったりしています。
このことを考えれば、上記の数々の実験には、抑鬱状態の中で考え出されたものも
あったのかもしれません。では、今回はこのへんで。







ロケットとオカルト

2019.03.29 (Fri)
今回はこういうお題でいきます。カテゴリはオカルト論ですね。
先端技術の一つであるロケットとオカルト、あまり接点がないように
思えますが、まったくない、というわけでもありません。
さて、何から話していきましょうかね。

みなさんは「UFO Unidentified Flying Object(未確認飛行物体)」
という名称はいつごろできたかご存知でしょうか。
これは1952年、アメリカ軍が「ブルーブック」という
プロジェクトチームをつくって、本格的に目撃報告の調査を
始めたあたりからだと考えられています。

では、その前はなんと呼ばれていたかというと、
「空飛ぶ円盤 flying saucer」です。でも、これもそんなに古い話ではなく、
1947年、「ケネス・アーノルド事件」が起きてからのことです。
この年には、もう一つの大事件、「ロズウェル事件」も起きていて、
UFO研究にとっては画期的な年なんですね。

ケネス・アーノルドと空飛ぶ円盤
dddd (5)

「ロズウェル事件」の第一報では「flying disc」と報告に書かれています。
さらにそれ以前は、ケースごとにいろんな名称が使われていて、
1946年にスウェーデンで多数目撃された飛行物体については、
「ゴーストロケット ghost rockets」という名前で呼ばれました。

スウェーデンで目撃されたゴーストロケットとされる画像
dddd (4)

ちなみに、この正体については、流星群を見誤ったとも、
ナチスドイツかソ連軍の兵器実験であったとも言われて、
結論は出ていません。あとはそうですね、最近だと、アメリカ政府が、
UFO情報を撹乱するためにロケット発射実験を行っていると言う人も
いますが、これもたんなる噂の域を出ない話です。

さて、ロケットとオカルトというと、真っ先に出てくるのが、
ジャック・パーソンズという人物です。1914年生まれのアメリカ人で、
ロバート・ゴダード、ヴェルナー・フォン・ブラウンなどと並んで、
アメリカのロケット工学史、航空技術史に名を残しています。

ジャック・パーソンズ なかなかのハンサム
dddd (1)

その業績としては、ロケット用固形燃料の成分やジェット補助推進離陸
システムの開発があげられます。高校時代から他のロケット研究家と
交流がありましたが、カリフォルニア工科大学で研究チームをつくり、
構内で爆発事故を起こすなどして、実験を禁止されてしまいます。

そうしているうちに第2次世界大戦が始まり、パーソンズらは、
当時ロケット技術の最先端であったドイツのV2ロケットを分析し、
弾道ミサイルや戦術地対地ミサイルなどの兵器開発を進めます。
彼は、ロケットエンジンメーカーのエアロジェット社も立ち上げ、
その人生は順風満帆のように思えたのですが・・・

パーソンズはオカルトにも強い興味を持っていまして、
その前に現れたのが2人の人物、アレイスター・クロウリーと、
L・ロン・ハバードです。アレイスターのほうはご存知の方が
多いと思います。20世紀最大の魔術師などとも言われますね。

魔術師 アレイスター・クロウリー
dddd (3)

イギリス出身で、神秘主義結社「銀の星」を主催。
魔術の方法論としては、伝統的な西洋魔術に麻薬や性行為を応用した
ものです。パーソンズはクロウリーのもと、「Belarion Antichrist」
を名のって、魔術師としての活動を始めます。ただ、クロウリーが
パーソンズに与えた影響はそれほど大きくはありませんでした。

問題はもう一人のL・ロン・ハバードのほうです。
この人は、日本ではあまり有名ではないものの、
オカルト界では超重要人物です。もともとはSF作家なんですが、
疑似科学的な宗教団体「サイエントロジー教会」を創設したことで
知られています。現在でも世界各地に支部があります。

L・ロン・ハバード
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このサイエントロジー教会の評判はよくありません。
信者を囲い込んだり、多額の金銭をまきあげたり、日本のオウム真理教の
活動とよく似ているんですね。信者の家族から告訴を受けたり、
正式な宗教団体と認められていない国も多いんです。

ま、ここではサイエントロジー教会には深入りしないことにして、
いずれ別項にまとめて書きたいと思っています。
パーソンズはロン・ハバードの指導のもと、
「モハベーの砂漠でムーンチャイルドと化す」ための儀式を行います。
これも、乱交を含んだひじょうに性的なものでした。

サイエントロジー教会の世界大会


最終的に、パーソンズはロン・ハバードによって、
ロケットエンジンで稼いだ莫大な財産を奪い取られ、また妻もハバードと
いっしょに逃げてしまうんです。これにより世間的な信用を失い、
政府関係機関から追い出されて、洗濯機の修理などで暮らすことになります。

ですが、ロケット開発への情熱は失われず、 1952年、
自宅の実験室で、37歳の若さで爆死してしまいます。この死については、
鬱病による自殺説、アメリカ政府による暗殺説などがありますが、
状況証拠から、事故説がもっとも妥当だと自分は考えてます。

魔術師として活動するジャック・パーソンズ
dddd (6)

さてさて、このパーソンズが死んだ1952年ですが、
最初のほうで書いた「UFO」という名称が始まったのと同じ年なんです。
不思議な因縁を感じてしまいますね。最近、アメリカではパーソンズの
業績が再評価されてきており、その生涯がドラマ化されたりしています。
では、今回はこのへんで。




龍に祟られる話

2019.03.29 (Fri)
通信会社勤務 種田道彦さんの話
あ、さっそく話していきますけど、僕、水が怖いんです。
はい、海や川も怖いし、あと雨が降った日の水溜りとかもです。
それだけじゃなく、蛇口から出る水道の水、
コーヒーや味噌汁も全部怖い・・・まあ、すべての液体が怖いなんて
言ってたら生きていけませんから、つとめて気にしないようには
してるんですけど。え、どうして怖いのかって?
それが、信じてもられないと思うんですけど、
水の中には龍がいるからです。僕、龍に祟られてるんです。
いえ、こんなこと誰にも言ったことはないです、
頭がおかしいと思われますから。はい、龍は実際に見ています。

全部で4回、ただそのうち、1回目のことはほとんど記憶にないんですが、
どうもそれがすべての原因みたいで。ああその、龍は西洋のドラゴン
じゃなくて、中国の細長い龍です。あの、角やひげがあって、
空を飛ぶっていう。・・・中学2年生のときです。8月のことでしたね。
僕は剣道部に入ってて、夏休み中の練習に出た帰りです。
田舎だったので、農道みたいな舗装してない道を歩いてたんですが、
急に空が曇って稲妻が光りだしたんです。それからゴロゴロゴロって。
土砂降りになりました。みるみるうちに道にも水が溜まって、
僕は傘を持ってなかったんで走り出したんですが、
家まではだいぶ距離があったので、あきらめて濡れながら歩いたんです。
そしたら、目の前の水溜りから、どーんと太く長いものがのび上がったんです。

いや、驚いて尻もちをついてしまいました。
で、それ、龍だったんですよ。龍は2階屋の屋根くらいの高さまで
水溜りから出てて、それからゆっくりと頭を下げ、
びしょ濡れになってる僕の正面に顔を出したんです。
はい、頭は50cmくらいはあったと思います。
真っ青に光る目をしてました。それで、腰を抜かしてる僕に、
こんなことを言ったんです。「見てのとおりの龍だ。お前を恨んでいる。
 お前は5歳のときに、幼かったわたしの許嫁を無残にも殺した。
 ずっと復讐を考えていたが、まだわたしの霊力が足りなかった。
 しかし今、こうやって姿を現せるようになった。
 お前を簡単には殺さない、少しずつじわじわといたぶり、

 人生を滅茶苦茶に壊してやるから、覚悟しておくがいい」
これ、龍の口から音として出た言葉じゃなく、意味だけが頭に流れ込んで
きたって感じです。びびってしまって、口をきくこともできませんでした。
で、どのくらいの時間がたったか、気がつくと龍の姿はかき消えてて、
雨もあがってたんですよ。風が強くなって雨雲を吹き飛ばし、
切れ間から太陽と青い空が見えてきました。
呆然としたままなんとか立ち上がると、全身が泥だらけだったんです。
自分が見たものが信じられませんでした。みなさんだったらどうです、
実際にあったことって信じることができますか?
幽霊とかじゃなくて龍なんですよ。そんなものが現実にいるなんて。
うちに帰ったら母がパートから帰ってきてましたが、

「あの雨じゃしかたないね」と、泥まみれなのは怒られませんでした。
もちろん、龍を見たって話は誰にもしてません。
だって、言ったところで信じてもらえるわけがないですよね。
で、僕は翌日から高熱を出しまして、剣道部の稽古を3日休みました。
医者に連れてかれて、風邪だろうということで薬をもらって、
その間ずっと寝てました。寝ながら、龍の言ったことを思い返して
みたんです。僕が5歳のときに、龍の許嫁を殺した?!
でも、そのとき中2といっても小学校前のことなんか覚えてないですよね。
あきらめてうとうとしてたら、夢を見たんです。
公園で一人で遊んでいる自分。それを上から見下ろしてる感じで。
その小さい頃の自分は、水飲み場の水道からおもちゃのバケツに水をくみ、

砂場にぶちまけて。でも、砂だからすぐしみ込んじゃいますよね。
夢の中の僕はそれを何度もくりかえし、砂をまるめて団子をつくってて、
少し水が溜まってるところから、何かを引っぱり出しました。
ドジョウよりも少し大きいくらい。でも蛇ほどじゃない。
それは手の中でくねくうねと動き、手の甲にがっと噛みついて、
はい、そのときに生き物の頭がクローズアップのように大きく見え、
龍だ、と思いました。幼い僕は立ち上がり、龍の尾をつかんで引きはがし、
持ったままふりまわして、近くのコンクリの支柱に何度も叩きつけ、
それから地面に落として踏み、遊び遠具を放り出して、
泣きながら公園を出てったんです。そこで目を覚ましました。
「・・・龍を殺した?」それで、夢の中で噛みつかれた

手をよく見てみたんです。そしたら、左手の親指のつけ根に、
色が1cmほど変わってるとこがあったんです。ただそれは、
傷とも言えないもので、噛まれた跡かどうかはわからなかったんです。
それから・・・僕は高校を卒業して、現在勤めている携帯電話の会社に
就職したんですけど、もう龍を見ることはありませんでした。
だから、あの中学のときのことは、突然の雷に驚いて、
幻覚を見たんだろうと考えたんです。というか、長い年月の間に
すっかり忘れてしまったんですね。それから、仕事の取引先で知り合った
女の子とつき合うようになり、結婚が決まりました。
その結婚式のときのことです。僕らの地域では、
結婚式はかなり派手にやるんですが、ほら、お色直しなんかないとき、

前に座ってると友人たちがお酒をつぎにきますよね。
でも全部は飲んでられないので、足元にバケツを置いて、
つがれた酒をそれに捨てるんですが、袴をはいてた足に何かが
あたったんです。何気なく下を見ると、バケツから龍が首を伸ばしてました。
はい、前見たのとは違って小さい姿でした。ぎょっとしました。
そのとき、また頭の中に声が響いたんです。
「お前はわたしの許嫁を殺した。幸せになれると思うなよ」って。
とっさに、バケツを足で蹴り飛ばしました。中の酒がこぼれ、
龍はもうどこにもいませんでした。その後、新婚旅行に行ったんですが、
このことを思い出して、気持ちが晴れ晴れとはしなかったんです。
でも、結婚生活は順調でしたよ。ただ、龍のことはときおり頭をよぎって

不安になることもあったんです。3年間、何事も起きず、
ある日、妻から妊娠したことを告げられました。もちろんうれしかったです。
それが1月のことで、エコーやその他の検査から、胎児は順調に育ってる
ということだったんですが・・・春に入り、その日、僕は会社にいまして、
午後のことです。トイレに入って手を洗おうとしました。
手を伸ばしたとたん、蛇口から緑色のものが出てきたんです。
それは重力に逆らって天井のほうへ上っていき、
急に太くなって龍の頭になったんです。あの真っ青な目をした龍でした。
龍は僕を見すえ、「お前の血を引くものは、今 死んだぞ」
また頭の中に声が響いてきたんです。そして龍は蛇口へと吸い込まれていき、
そのとき、上着の内ポケットでスマホのバイブレーションが・・・

よろよろとトイレの外に出て、電話に出ました。
相手は、妻のために来てもらっていた義母で、妻がお腹が痛いと言って
病院に運ばれたってことだったんです。上司に事情を話してすぐに駆けつけ
ましたが、妻は鎮静剤で眠っており、担当の医師から完全流産だったことを
告げられました。はい、子どもが死んだ状態で分娩されたってことです。
医師に連れられて別室に行き、ガラス瓶に入った胎児を見せられました。
話では、検査では以上はまったく異常はないはずだったが、
奇形が生じており、それが流産の原因になったということでした。
ガラス瓶の中のものは、まだ人間の形をしておらず、
カエルのような形で、ところどころに鱗のようなものが見えました。
ありえない、きわめて珍しい症例だって言われたんです。





アーカイブ 骨董屋シリーズ

2019.03.28 (Thu)
そんなに前でもないんですが、元骨董屋が主人公となるシリーズを書きまして、
どの話もわりと気に入っています。
よろしければ、リンクをクリックしてご覧になってください。

『食いたい鋺(かなまり)の話』

『さむどの屏風の話』

『夢二の鏡の話』

『高砂の話』

『扉の掛け軸の話』

『兵隊人形の話』

『吊る掛け軸の話』

『海を探す話』

『九相の鏡の話』




スピリチュアルを避ける

2019.03.27 (Wed)
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今回はこういうお題でいきます。カテゴリは怪談論です。
この題名、おそらくみなさんは意味不明だと思いますが、
自分は、このブログに書いてる怖い話をスピリチュアル系にしたく
ないんですよね。そこはいつも気をつけて避けている部分です。

スピリチュアル系の怖い話なんてあるの? と思われるかもしれません。
自分はあると考えています。といっても、スピリチュアルには
多種多様な考え方があるので、自分が意識しているのは、
朝日新聞出版が出している雑誌「HONKOWA」みたいな内容です。

こう書くと誤解を受けそうですが、スピリチュアル系の怖い話が悪いとか、
そういうことを言っているわけではありません。
じつは自分は「HONKOWA」の愛読者でして、近所のコンビニで
ほとんど毎月買っています。まあ、立ち読みのときもありますが。

内容をご紹介すると、だいたい巻頭になっているのが、
漫画家の山本まゆりさんの作品です。これには、雑誌で霊視相談もやっている、
寺尾玲子さんという実在の霊能者が主役として登場します。
あと、同じく実在の、天宮視子さんという霊能者が出ることもあります。

寺尾玲子氏
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「HONKOWA」4月号が今、手元にあるんですが、
「絶対選んではいけない部屋特集」となってて、寺尾、天宮の
お二方とも登場してます。今号はなかなか面白い作品が多かったと思います。
あと、女性漫画家の絵は全体的に白っぽい(ベタやトーンが少ない)
んですが、山本まゆりさんはそうでもなく、読みやすいですね。

さて、じゃあどうしてスピリチュアル系の話を避けてるかというと、
一つは、自分が書いているのが創作怪談だからです。
これは好みの問題かもしれませんが、あんまり霊能者を話に登場させたく
ないんですね。霊能者を主人公にすると、話が書きやすいのはたしかです。

依頼者から不可解な出来事が起きていると相談を受け、主人公の霊能者が
現場を訪れて霊視し、霊障の原因を探ります。
するとそこが、古代からの因縁のある土地であることがわかり、
最終的には主人公が霊能を使って除霊・浄化をする・・・

ASW (4)

でも、この形は漫画だからできるんじゃないかと思うんです。
漫画では、絵はすごく重要です。ストーリーはそれなりでも、
絵に力があれば作品として成り立つものなんですが、
字だけで読ませる怖い話だと、なかなかそうはいきません。
マンネリになってしまう可能性が高いと思います。

あと、もう一つ、世間で霊能者を謳っている人物や団体には、
こう言っちゃなんですが、きわめて怪しいものが多いんですよね。
詐欺と紙一重のものも多数あります。ですから、自分が書く話では、
霊視や除霊で何でもズバズバっと解決できる
霊能者というのは、あんまり出したくないんです。

まあ、自分の場合は、最初からフィクションとして書いてるので、
みなさん作り物と思って読んでおられるわけですが、
「本当にあった」という謳い文句で強力な霊能者を出してしまうと、
世間的によくない影響もあるんじゃないかと思うんですね。

さて、スピリチュアル系の怖い話でよく出てくるのが、生霊、地縛霊、
前世、守護霊、霊道、実際にあるパワースポット、パワーストーン、
気づき・・・あと、なかなか成仏できない自殺者の霊とかです。まあこれ、
自分の話にはまったく出てこないかというと、そうでもないんですが、
できるだけ避けるようにはしてます。

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それと、因縁系の話です。例えば、怨みをのんで死んだ人がいて、
その霊が憎い相手の家族に祟るとか、前に住んでいた部屋の住人が
死んで地縛霊化し、次の入居者の前に現れる・・・ストーリーの破綻は
ありませんが、あまりにストレートすぎて自分はツマラナイですね。
どうせ書くなら、もうひとひねりも、ふたひねりもしたい。

それから、一番重要な点ですが、話をスピリチュアル系にしないためには、
中身を説教臭くしない、結末を教訓的にまとめないということが大切です。
スピ系の怖い話だと、最後に、「自業自得だね」とか、
「やっぱ、こういうことはしちゃいけないんだよね」みたいな
セリフが出てきたりするんですが、これは自分は絶対やりません。

むしろ自分の話は、わけがわからないまま、地雷を踏むような形で
主人公が恐ろしい出来事に巻き込まれ、きわめてヤバイ状態になって、
ぶつんと切れるように終わる・・・こういう形が多いんじゃないか
と思います。ぐにゃんと現実がゆがむような不条理感を
出すことができたら、その話は成功です。

さてさて、だらだらと書いてきましたが、上で述べたように、
スピリチュアル系の怖い話が悪いというわけではありません。
ただ、自分はちょっと書けないなということで、もちろん、スピ系怪談が
お好きな方は読まれて何の問題もないと思います。
では、今回はこのへんで。

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顔のない看護師の話

2019.03.27 (Wed)
アーカイブ48

今晩は。じゃあ、私の話を始めます。娘が5歳になるんです。
ええ、子どもは娘だけです・・・今のところは。一昨年の夏ころからです。
熱を出すようになって、なかなか治らなくて。近くの開業医に
連れていってたんですが、そこの先生が、「これはおかしい」って言われまして、
大学病院に紹介状を書いてくれたんです。ええ、県にある国立大学の病院。
そこで検査に2ヶ月近くかかったんです。その間にも、娘の全身に発疹が出はじめて・・・
検査の結果、後天性の免疫不全症候群ってわかりました。
20万人に1人くらいの割合で起きる難病ということだったんです。
結局、地元の病院では治療のための設備がなくて、東京の病院を紹介されました。
東京の病院には、その病気の権威の先生がいて、設備も整ってたんです。
子どものための無菌室ですね。ただ、東京に行くのは大変でした。

私は小学校の教員をしていて、娘の面倒は近くに住む母が見てくれることが
多かったんですが、さすがにこれは頼むわけにいかず、
休職せざるをえませんでした。治療費のほうは、娘の病気は難病指定でしたし、
夫が家族を含む医療保険に入っていたので、そう心配はなかったんですが、
ずっと東京に滞在しなくてはならず、病院の近くに部屋を借りるしかなかったんです。
夫は、休みの日は必ず東京まで来てくれましたので、その交通費もかかりました。
それで、娘は東京の病院の小児病棟に入院したんですが、
遺伝子治療が必要ということでした。しかも、もし治癒するとしても、
何年もかかるだろうって言われまして・・・
しかも、ずっと特殊な無菌室に入ってなくてはならなかったんです。ですから、
娘の個室に入れるのは1日に2時間だけですし、娘にふれることもできませんでした。

ええ、抱きしめることもできなかったんです。毎日病院には行きましたが、
面会の時間の終りがくると、娘はしくしくと泣き出しまして、
かわいそうでたまりませんでした。さきほど言いましたように、
いつ退院できるのかもわからず、先の見通しが持てなくて、
私自身も不安でしかたなかったんです。ただ、そこで友達ができました。
瀬田さんという、やはり無菌室に入っている娘さんのお母さんです。
年は私より4つ下で、東京に住んでて自宅から毎日病院に通ってこられてたんです。
娘さんは、先天性の免疫不全。ですから、産まれてすぐに無菌室に入り、
もう3年になるんです。娘が病気になってまだ1年足らずでこんなに大変なのに、
いつも明るくふるまっていて、芯の強い人だなあって思いました。
娘とは違う病気でしたが、その病院のことはよく知っていて、

いろいろと教えてもらいました。それだけじゃなく、
小児病棟のデイルームや、1階に入ってる喫茶店で、いろんな話をしました。
学生時代にも、こんなに一人の人と親しくなることはなかったんですよ。
それで、娘が入院して2ヶ月くらいしたときです。
やはり喫茶コーナーで瀬田さんとおしゃべりしてたとき、こんな会話になったんです。
「ねえ、この病院の小児病棟に怖い話があるんだけど、そういうの聞きたい?」
「あ、聞きたい。でも、病院ってどこでもそういうのあるんでしょ」
「他のことはわからないけど、この病院のは「顔のない看護婦」って言うんだって。
 私も他のお母さんから聞いたんだけど」 「いかにもな名前ねえ」
「でも、怖い話なのよ。この看護婦は、入院してる患者には見えないか、
 もし見えたとしても何もしないんだって」

「じゃあ、誰に見えるの?」 「つきそいをしてる家族」
「どういうこと?」 「ここの病院、長期入院してるお子さんばかりでしょう。 
 しかも、家族は泊まり込みでつきそいをしなきゃならないこともある。
 それで、疲れ切ってるときに、ふっと近くに黄色いカーディガンを着た看護婦が
 立ってる。で、見上げると顔がない」
「ええと、のっぺらぼうってこと?」 「そうね。で、その看護婦は、
 こう聞くんだって。お子さん、いりますか? いりませんか?って」
ここまで聞いたとき、急に背筋が冷たくなりました。
「・・・それで、いらないって答えたらどうなるの?」
「その子は顔のない看護婦が連れていくのよ。たぶん死んじゃうってことだと思う」
「・・・実際に見た人っているの?」 「いないと思う。だけど、この話は、

 ずっと小児病棟に伝わってるみたい。知ってる人が何人もいたから」
「・・・・」 ここまで話したとき、喫茶コーナーに瀬田さんのご主人が
入ってこられたんです。ご主人は都庁に勤めてられる方で、
瀬田さんよりも年下だって話を聞いていました。
「じゃあ、またね」瀬田さんはご主人といっしょに出ていかれ、
私はその場に残って、今聞いた話を思い返して、あらためてぞっとしたんです。
それから2ヶ月がたちました。私はもちろん、毎日娘に面会に来てましたが、
病状は改善せず、どんどん痩せて小さくなっていく娘を見るのがつらくて
しかたなかったです。瀬田さんは、それまでは毎日来てたのが、
ときどき顔を見せない日があるようになりました。
ええ、会えばいつも話をしましたが、あるとき瀬田さんがぽつんと、

こんなことを言ったんです。「私、2人目ができたみたい」って。
「えー、大丈夫、産むの?」 「わからない、でも、夫は産んでほしいみたい」
でも、実際には無理じゃないかと思ったんです。それから1週間ほどして、
安定していた瀬田さんの娘さんの具合が急に悪くなったんです。
ええ、ご主人をはじめ、親族の方が何人も来られて、病室に入っていました。
私には何もできることはなかったんですが、心配で、ずっと病院に残っていたんです。
その日の夕方ころ、瀬田さんの娘さんは亡くなりました。
亡くなったのは集中治療室だったので、瀬田さんとは会うことができず、
そのことは看護師さんに教えていただいたんです。
葬儀などで忙しかったんだろうと思います。2週間ほど後、瀬田さんは病院に
あいさつにみえられて、そのときに少しだけお話しました。

私は、なんと声をかけていいかわからなかったんですが、
瀬田さんのほうから、「娘さんの治療あきらめたらダメ、必ず治るから」
こう励まされて、私はただ深く頭を下げるだけでした。
瀬田さんは最後に、「2人目産むことにした」そう言って私の腕に軽くふれ、
病院を出ていかれました。その後、1度もお会いしていません。
それから2ヶ月たって、娘の容態が悪化しました。
私は毎日、毎晩病院に詰めていましたし、夫も仕事を休んで来てくれました。
娘の容態は一進一退で、そのたびに夫婦で一喜一憂する日が何日も続きました。
疲れ切っていましたが、そんなことは言っていられませんでした。
でも夫は、私の体調のこともすごく心配してくれたんです。
夫は、1日だけどうしても会社に顔を出さなくてはならず、

私はそれを下まで見送って、1階の待合ロビーの椅子に腰を下ろしました。
面会時間を過ぎていて、ロビーに人気はありませんでした。
少し休んで娘のところに戻ろう、そう思っていたとき、
横のほうに人の気配がしました。目を移すと、黄色いカーディガンが見えました。
そのとき、前に瀬田さんから聞いた「顔のない看護婦」の話を思い出したんです。
「まさか」でも、おそるおそる見上げた顔には、目も鼻も口もありませんでした。
ひっつめた長い髪と、ただ真っ白い紙粘土のような輪郭があるだけ。
私は息をのみ、声を出すこともできませんでした。
看護婦は感情のない冷たい声で、「娘さん、いりますか? いりませんか?」
私はすぐ、「いります。絶対に死なせない。治してみせます」
叫ぶようにそう言ったつもりでした。

そのとき、看護婦の顔がぐにゃりとゆがみました。
ええ、まるで粘土を上から押しつぶしたみたいに。そして、たくさんの顔が
次々にそこに浮かんできたんです。10人、20人・・・
すべて疲れ切った、悲しそうな女の人の顔。その最後に出てきたのが、
瀬田さんの顔だったんです。はっ、と我に返りました。
ええ、私の横には誰もおらず、気配もありませんでした・・・
疲れている中、瀬田さんから聞いた話が頭に残っていて、幻を見たんだろうと、
今では考えています。このことは夫には話しませんでした。
娘の病状は小康を得ました。ですが、いつまた悪化するかわからず、
病院側から、造血幹細胞移植の提案を受けました。生命の危険のある治療ですが、
完治する可能性もあります。夫と相談し、受けることに決めたんです。






キュリー夫人とゴーストガールズ

2019.03.27 (Wed)
アーカイブ47

福島第一原子力発電所


今回はこういうお題でいきます。東日本大震災にともなう福島第一原発の
事故により、私たち日本人は放射能の危険性を改めて認識させられましたが、
では、放射能って、いつから危険だと考えられ始めたんでしょう?
これ、じつはそんなに古い話ではないんですね。

さて、キュリー夫人はご存知でしょう。こないだエジソンについて書きましたが、
彼と同じくらい伝記でとりあげられている人ですよね。
ポーランド出身の科学者で、ノーベル物理学賞、化学賞をともに受賞しています。
1903年の物理学賞は、放射能の発見によるもので、
放射能(radioactivity)と名づけたのも彼女です。

マリ・キュリー


で、1911年の化学賞は、新元素ラジウムの発見などの業績によります。
さて、1920年代、彼女はキュリー・ラジウム研究所を立ち上げましたが、
研究員が数名、白血病、再生不良性貧血などで亡くなっていて、
その中には日本からの研究員、山田延男も含まれます。

ただ、その頃はまだ、これらの疾患と放射能の因果関係は
明らかではありませんでした。キュリー自身も、1932年に手首を骨折し、
それがなかなか治らず、さらに原因不明の体調不良に苦しむようになります。
そしてその2年後の1934年、再生不良性貧血で亡くなるんですが、
現在では長期の放射能被爆が原因であることがわかっています。

ですが、生前の彼女は、けっして研究員や自らの体調不良を、
ラジウムによるものとは認めませんでした。
それだけ、自分が発見したラジウムに対する思い入れが深かったんでしょう。
彼女の遺体は、夫のピエールと並んで埋葬されました。

現在、パリののラジウム研究所は博物館となっていますが、
実験室は、除染が行われるまで立入禁止でした。
また、彼女の自筆の論文なども、閲覧するためには防護服の着用が
義務づけられているそうで、研究所にある彼女の指紋からも放射能が検出されます。

さて、話変わって、ゴーストガールズについて。
米国イリノイ州オタワ市(カナダの首都とは別)では、1920年代、USラジウム社、
ラジウム・ダイアル社などの工場で、10代、20代の女性が、
時計の文字盤にラジウムを塗る作業をしていました。オタワ市はラジウム・シティ
とも言われ、彼女らの待遇はよく、当時の女性のあこがれの職業の一つでした。

ラジウム塗料を塗るアメリカ人女性


彼女らは「ゴーストガールズ」と呼ばれました。
なんでこんな不気味な名がついたかというと、彼女らの体は、
暗闇でぼうっと光を放ったからだと言われます。で、この若い女性らの間で、
原因不明の疾患が広がっていることがわかってきました。

病態はいろいろですが、骨が溶けたり、骨に腫瘍ができたりするケースが
多かったんですね。また、手足や腰の骨も骨折しやすくなりました。
これは、ラジウム元素の化学的な性質がカルシウムと似ているため、
骨に集まりやすいのが原因なんです。

ラジウム発光時計


また、アゴの骨が主にやられたのは、まだラジウムの危険性が知られておらず、
作業に使う筆の先をなめるなどして、口腔内から体内にとりこまれたためです。
若い女性にとって顔は命だと思うんですが、下アゴが完全に溶けてなくなって
しまったケースもあったようです。

下アゴに巨大な腫瘍ができた女性


合計200名ほどの女性がこのために亡くなり、さすがにおかしいと気づき始めた
被害者たちは、会社を相手に裁判を起こします。
これには長い長い年月がかかり、最終的にラジウム・ダイアル社などが、
全責任を認めたのが1938年のことです。

ということで、最後までラジウムをかばったヨーロッパのキュリー夫人のケース、
裁判で争ったアメリカのケースを考えると、放射能の危険性が知られ始めたのが
1920年代の後半、そして危険性が確定したのが、
1930年代の前半ころと考えるのがよさそうです。

ただし、この認識は一般的にはなかなか広まらず、ラジウム入りの歯磨き、
ラジウム入りチョコレート、ラジウム入り座薬(男性用精力剤のようです)
などが1950年ころまで、主にヨーロッパで売られました。
また、アメリカではラドン(ラジウムからできる気体元素)入の健康飲料水が
大々的に発売され、大きな健康被害をもたらしています。

ラジウム・ラドン入り製品の数々


このことを教訓とし、現在のアメリカでは、ラジウム・ラドンを飲料に入れて
発売した場合には厳しい刑事罰が科されることになっています。それと、
上記のゴーストガールズの話は、1987年『ラジウム・シティ』という
ドキュメンタリー映画となって公開されています。

さてさて、こうしてみると、放射能が人体に及ぼす危険性が認知されたのは、
わずか90年前のことなんですね。そして、その有害性が明らかになった後、
原子爆弾が開発されて広島・長崎に投下されたんです。
では、今回はこのへんで。

原爆投下後の広島






埋蔵金あれこれ

2019.03.27 (Wed)
アーカイブ46

国内最大級の埋蔵金だろうか。土の中から見つかった大きなかめには、
推定26万枚にも上るお金が入っていた。
去年12月に発掘され、9日マスコミに公開された巨大なかめ。人が隣に並ぶと、
この大きさ。しかし驚くのは、その中身だ。入っていたのは、大量のお金。
埋蔵金と一緒に入っていた木簡に記された文字を260貫と読むと、
その数約26万枚ということになる。

埼玉県埋蔵文化財調査事業団の担当者は、「仮に26万に近い枚数になえるならば、
単独のかめとしては全国最大のものになる。」
この埋蔵金が見つかったのは埼玉県蓮田市の新井堀の内遺跡。
ここにはかつて武家屋敷が建っていて、その主が埋めたものではないかとみられている。
今のところ、埋めた理由などは不明だ。大きなかめいっぱいに詰まった埋蔵銭、

いったいどのくらいの価値があるものなのか。今回、見つかったお金のなかで
一番古いものは621年に作られた開元通宝。古銭買い取り歴30年の業者に話を聞くと、
「買い取りは10円未満だと思って頂ければ。たまに金銭もあるんですよ。
そういったものが1枚でもあれば100万円以上になります。」
(テレ朝ニュース)



今回のお題はこれでいきます。なかなかユニークなニュースですね。
「埋蔵金」をオカルトと言っていいかどうかはよくわかりませんが、
オカルト雑誌の「ムー」にはたまに記事が載ってたりします。
それにしても260貫ですか・・・ 銭1000枚で1貫です。

古銭には、骨董価値と貴金属としての価値があります。
「鐚(びた)一文」などと言いますが、引用記事で古物商が言っているように、
鐚銭(私鋳された粗悪な通貨)であれば、1枚10円にもならないでしょう。
それに、26万枚を全部まとめて買ってくれるところもないでしょうしねえ。

また、全部を鋳つぶしたとしても、金属としての価値もほとんどありません。
ただ、もしも中に金・銀の貨幣が混じっていれば話は違いますが、
調べるのもたいへんそうです。なかなか始末に困る埋蔵金です。
公的機関が発見したのなら、博物館などで展示するのが一番いいのかもしれません。

さて、日本各地に眠っている埋蔵金は、現在の価値にすれば、
合計、100兆円規模にもなると言われています。考古学的な調査でも、
つぼやかめにはいった小判などが見つかることはあります。
近世のものが多いですが、ごくたまに、中世以前のものが見つかる場合も。

考えてみれば、銀行も金庫もない時代でしたから、
銭蔵などがなければ、かめに入れて土に埋めておくのが
一番よかったのかもしれません。そして、それを埋めた屋敷の当主がが亡くなり、
そのまま忘れ去られてしまう。で、無念に思った当主が幽霊になって出てきて、
庭の片隅までいってスーッと消えてしまう。家人がそこを掘ってみると・・・
なんて怪談は全国に伝わっています。

さて、現代になって見つかった最大の埋蔵金は、昭和38年に、
東京のビル改築工事現場で、地中から江戸時代の天保小判1900枚と、
天保二朱金約7800枚が発見され、当時の時価で6000万円といわれました。
今だと、もちろん億を超えるでしょう。これは、明治時代に当地で
酒問屋を営んでいた人物が埋めたものであることが判明し、子孫に返還されています。

現代であれば、工事は建設会社がやりますし、
そこで遺跡らしいものが見つかれば、地元の教育委員会などが発掘をし、
もし金銭が見つかった場合は遺失物あつかいになり、
まず、公示から3ヶ月間、それを埋めた人(の子孫)が名乗り出るのを待ちます。
それで出てこなければ、(普通は出てこないし、先祖が埋めた証明もできない)
発見者と地主で折半することになります。
財布なんかを拾った場合と、基本的には同じなんですね。

ただし、文化財として価値がある場合は、国か地方自治体に所有権がうつり、
発見者と地主には報奨金が支払われることになってたはずです。
昔も、地中を掘ったらお宝が見つかったという例はけっこう文献に残ってて、
ここ掘れワンワンの「花咲か爺さん」の民話にもなっていますね。

歴史的な意義が高かったのは、お金ではないですが、
九州の現・博多市で見つかった、国宝「漢委奴国王印」でしょう。
当時の黒田藩は、発見者の甚兵衛に白銀五枚の褒美を与えています。
ただ、この発見時の状況がありまいなため、金印偽造説は根強く残っています。
これ、自分は本物だと考えていますが、そのことはいずれ記事に書きたいと思います。

関連記事 『親魏倭王の周辺』



さて、各地にある埋蔵金伝説で最も有名なものは、「徳川埋蔵金」でしょうか。
1867年に江戸幕府が大政奉還した際、密かに地中に埋蔵したとされる、
幕府再興のための軍資金で、西郷隆盛と勝海舟の会談で、
江戸城の無血開城が決まったとき、小栗上野介らによって持ち出されたとされます。



額は360万両と言われることが多いですね。これは、勝海舟の日記に、
「幕府再興の軍資金が360万両あり云々」と書かれていることによります。
小判なのか金塊なのかはわかりませんが、
その価値は、現在のお金で3000億円~20兆円とされ、
埋蔵場所は、当時の状況から、群馬県の赤城山中と考える人が多いようです。

この発掘は明治時代から行われていますが、いまだに見つかってはいません。
一族で代々発掘を続けている有名な人がいますし、
コピーライターの糸井重里さんも、TV番組の企画で、
超能力者をやとって発掘したりしてましたね。古謡の「かごめ歌」には、
徳川埋蔵金のありかを示すヒントが隠されているなどとも言われます。

関連記事 『かごめ歌の謎』

さてさて、この他にも埋蔵金伝説は、あちこちにあります。
ロマンがあるところでは、岩手県平泉町にある「金鶏山」。
これは、源頼朝に滅ぼされた奥州藤原氏の3代秀衡が築かせた人工の山で,
山頂部に、経典 とともに雌雄の黄金の鶏を埋めたと言われています。

言い伝えをたよりに埋蔵金発掘にのりだした者も、全国に多数いますが、
土地を買ったり、重機をそろえたりしないといけませんし、
家業がおろそかになり、破産するというのが定番です。
ここから、埋蔵金の呪いと言われたりします。

埋蔵金には、埋めたものの執念や、金そのものが持つ魔力がこもっていて、
それを探す者は不幸になる、というわけです。
ただ、埋蔵金が出なかったかわり、温泉を掘り当てたなんて人も中にはいますね。
ということで、今回はこのへんで。

名称未設定 2




ホームズ対ネッシー

2019.03.27 (Wed)
アーカイブ45



昨日、シャーロック・ホームズの話を書きまして、
今回はその続きのような内容です。さて、ホームズっていつごろ
活躍したことになってるんでしょう。1881年に「四つの署名」事件で
ワトソン博士と出会い、そこから探偵としての仕事を始めているので、
19世紀後半から20世紀初頭の人物という設定です。

いつ亡くなったかは書かれてないんですが、1930年頃と
考えられます。では、ホームズは、イギリス最大のオカルトの一つである
ネッシーとは接点がなかったんでしょうか。ネッシーについては
前にも一度書きましたが、いろいろ誤解があるんです。

まずネス湖ですが、日本語では「湖」の語を使っているものの、
英語で「Lake Ness」ではなく、「Loch Ness ロッホ・ネス」なんですね。
ロッホとは氷河によって削られてできた地形で、レイクとは区別されますが、
氷河のない日本には適当な訳語がありません。

っbshdscbhds (4)

それと、ネッシー(Nessie)というのは通称で、正式?には、
ロッホ・ネス・モンスター(The Loch Ness Monster)とされます。
ネス湖は、上で書いたように氷河地形なので、長さ約35キロメートル、
幅が約2キロメートルと、川のように細長い形をしています。

では、ネッシーの名が知れ渡るようになったのはいつからかというと、
湾岸の道路が開通した1933年以以降のことなんですね。
まだ100年の歴史もありません。ですから、ネッシーの登場は
残念ながらホームズの死後のことで、接点はないんです。

ただ、ホームズはフィクションの人物ですし、まあネッシーも似たような
ものです。だったら、この二つの存在をからませたら面白いだろう、
と考える人がいても不思議ではないですよね。そこで作られたのが、
1970年のアメリカ映画、『シャーロック・ホームズの冒険』。

さすがに古い映画のため、自分はビデオで見ました。
監督はビリー・ワイルダー。アメリカ映画なので、イギリス的な暗い雰囲気はなく、
冒頭から、ホームズがロシアのバレリーナに突然プロポーズされ、
とっさに、ワトソンと同性愛関係にあると言って断るという、
ホームズフアンが怒りそうなコメディタッチで話が始まります。

シリアスな推理映画というより、国際スパイ映画的な雰囲気なんです。
で、その後半にネッシーが登場します。作中では、ネッシーの存在が人々に広く
知られている設定でしたが、上に書いたようにネッシーの話が出るのは
1933年以降なので、この設定はほんとうはおかしいんです。

さらに、このネッシー、じつは本物の生物ではなく、
小型潜水艦にハリボテの首と頭をくっつけたニセモノなんですね。
悪人たちが、ネス湖に人を近づけないようにするため、
わざと怪物の噂を流していたわけです。(下図)

っbshdscbhds (3)

で、このネッシーですが、撮影中に、背中の形が気に入らなかった
監督のワイルダーがコブを外すように命じたところ、そこから浸水して、
湖中に沈んでしまったんです。しかたなく、首から上だけをもう一度
作り直し、残りのシーンはスタジオ内の仮設プールで撮影されました。

んsbshs

その5年後、1975年にボストン応用科学アカデミー研究チームが、
ネス湖を探索し、ネッシーを写したとする水中写真を公表しました。(下図)
これは、オカルトフアンの方ならご覧になったことがあるんじゃないでしょうか。
粒子が荒く、また被写体の大きさもはっきりしないですが、
首の長い生物状のものが写っていると見ることもできます。

っbshdscbhds (5)

このとき、写真の被写体が、ホームズ映画の撮影時に水没した模型だった
のではないかとの説が唱えられ、世界的に大きな話題となりました。
この真偽は不明ですが、自分は違うんじゃないかなという気がします。
なぜなら、湖底に沈んだ模型の下半分は潜水艦型になってるはずですが、
そうは見えないですよね。

上と同時に撮影された頭部?
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さて、次は時代がとんで、2016年、スコットランドの旅行会社と
ネッシー研究家のプロジェクトチームが、魚雷型水中ロボットのソナーで
湖底の状況を確認したところ、水深180mの地点で、
下のような画像が撮影されています。

っbshdscbhds (6)

こっちはまず間違いなく、映画撮影用の模型だと思われます。
ソナーの画像は少し修正されていますが、そっくりな形です。
チームの責任者も、「これは映画で使われたネッシーのプロップだと
すぐにわかった」と述べています。

さてさて、ホームズとネッシー、映画を通じてこんな接点があったわけです。
ところで、もし、ネッシーの噂とホームズの時代が重なっていたとしたら、
ホームズはネッシーの存在を否定したでしょうか。
それとも肯定したんでしょうか。

これはもちろんわかりませんが、ホームズの作者コナン・ドイルは、
SF作品『失われた世界』で、南米アマゾンの奥地にある恐竜が生き残った
台地での冒険を描いていますので、おそらくホ―ムズは、
「恐竜が現代まで生き残ってても、何ら不思議ではないんだよ、ワトソン君」
こんなことを言ったんじゃないかという気がします。では、今回はこのへんで。

っっgっっs





難しい話

2019.03.26 (Tue)
宇宙際タイヒミュラー理論のイメージ
DDD (2)

今回はこういうお題でいきます。当ブログは基本的に、自分が書いた
怖い話やバカ話、それとオカルト関連の内容なんですが、
その他に科学的な話題や歴史についても取り上げています。
ただし、何でもかんでもということではなく、
そこに「謎と不思議」があるもの限定です。

ただ、自分は市井の一介の占い師ですので、取り上げようと思っても
内容が理解できなくて断念してしまう場合もあるんですね。
最近では、「宇宙際タイヒミュラー理論」という数学の理論について
書こうとしたんですが、まったくダメでした。

これは、京都大学の望月新一教授が2012年にインターネット上で
発表したもので、数学の代表的な未解決問題である「ABC予想」は、
この理論を用いて解決することができるとされています。
ABC予想だけでなく、さまざまな数論の問題に応用できるもののようです。

で、自分もインターネット上の英文の論文を読んではみたんですが、
これが全然理解できないんですね。膨大な論文の最初のほうの
1ページだけでも、というか、どの1行を見ても、
何を言ってるのかまったくわからず、ただただ驚くばかりでした。

望月新一教授
DDD (4)

「宇宙際」とは、「Inter-universal 」を訳したもので、
(国際が inter-national) もっと簡単に言うと、
「宇宙を股にかける」といった意味なんだと思います。
この場合の宇宙というのは、天体物理学でいう、銀河なんかがある本物の
宇宙ではなく、特定の数学的領域のことみたいです。

ある問題を、数学的に別の領域に持っていって、
劇的に簡略化した形に変換して解く・・・それが、
まるで物理法則の異なる宇宙を行き来してるみたいなので、
「宇宙際」ということなんだと思いましたが、違うかもしれません(笑)。
ということで、自分には理解不能と考えてあきらめたんです。

ただ、これは自分だけのことではなく、世界の代表的な数学者でも、
理解できる人はごくごく少数のようですし、
ネット掲示板「5ちゃんねる」では、この理論についての
スレが何本も立ったんですが、自分が読むかぎり、
ほんの少しでも理解できていると思われる人は皆無でした。

もう、この理論が発表されてから7年目になるわけですが、いくつか
サーベイ論文(ある主題に対して、現在どこまで理解されているかを
解説したもの)は出ているものの、周知が進んでいるとは
とても言い難い状況です。もしこの理論が正しいとしても、
共有化されるまでには10年レベルでかかりそうです。

あと、そうですね。ネアンデルタール人なんかの話も書こうとしたものの、
ちょっと怖くて断念しました。自分は大学で考古学を専攻しまして、
人類学は親戚と言っていいほど近い分野なんですが、
ネアンデルタール人などのヒト属については、
現在、革命的に理解が進んできているところなんですね。

ネアンデルタール人
DDD (3)

なぜかというと、化石から得られたミトコンドリアDNAの
解析が進んでいるためです。これにより、昔からあった学説の多くが
ひっくり返ってしまいました。一例ですが、かつてはネアンデルタール人は
ホモ・サピエンスの祖先とする説が有力でしたが、
解析結果から、別系統の人類と見られるようになってきています。

ですから、素人の自分なんかは、怖くてなかなかものが言えない状況です。
ただ、今後は、従来の人類学的な手法よりも正確な、
分子生物学的な知見がどんどん出てくると思われますので、
科学ニュースには注目していきたいと思っています。

さて、上でも書いたように自分は考古学を専攻しまして、
これは文系の分野なんですが、地質や地層の知識は必須ですし、
遺跡の発掘時には測量もします。また、遺物を保存する際には、
アルコールや窒素なども使うので、理系的な面もあわせ持っています。

DDD (1)

で、文系と理系の内容のどっちが難しいかというと、
自分はどっちも大変だなあと思ってます。例えば、宇宙論だと
「宇宙の膨張は、どうして加速してきているのか?」とか、
ある程度の仮説は立てることができますが、
正しいのかどうか証拠がほとんどないんですね。

文系だと、「霊魂と神の概念は、どちらが先にできたのか?」
こういうのも難しいですよね。地域や集団でも違ってきますし、
ビッグデータを使っても、なかなかまとまったことが言えません。
理系とは別の困難があるんです。

さてさて、ということで、毎回えらそうなことを書いてますが、
自分の知的な限界のために取り上げることができないニュースは
いろいろあります。まあ、これならなんとかなりそうだ、
というのを選んでお題にしているわけです。

ところで、最初に書いた「宇宙際タイヒミュラー理論」について、
当ブログの読者の方で、どなたか詳しい方はおられますでしょうか。
できましたら、コメント欄でご教示いただけたら
ありがたいです。では、今回はこのへんで。





アーカイブ くねくねの話

2019.03.26 (Tue)
あ、どうも。○○大学3回生の山田と言います。よろしくお願いします。
俺、都市伝説研究会ってサークルの長をやってるんです。
こう言うと、くだらねーって思う人が多いみたいなんですけど、
都市伝説ってのは、一種の民俗学だと考えてるんです。
ただ、場所を農村から都会に変えただけの。だから、ちゃんとした学問だと
思うし、卒論のテーマにしようかとも考えてたんです。
で、「くねくね」ってご存知ですか? ああ、知ってますか。
ある大型掲示板の怖い話のスレに投稿されたものが広まったって言われてます。
創作だろうって言う人も多いんですけど、もともと実際にある話だって説もあります。
いちおう説明すると、夏の田んぼの中やススキの生い茂った川原で、
白いものがくねくねと手足を動かして踊っている。

それを、ちらっと見たくらいなら問題ないが、まじまじと見て、
それが何かわかってしまった場合、その見た人もくねくねになってしまう・・・
こういう話です。でね、卒論で、くねくねの正体を探るって題で書こうって考えまして。
ええ、いくつか仮説はあります。一つは「陽炎説」です。
ほら、くねくねが目撃される場所には水がありますよね。田んぼもそうだし、川も。
それに目撃は夏が多いんだから、熱気で水が蒸発して屈折率が変わってる場所があって、
そこをたまたま通りかかった人が、くねくねとゆがんで見える・・・
でも、これだと全然つまらないですよね。次に考えたのが「舞踏病説」です。
舞踏病って、遺伝子異常からくる病気らしいですね。
筋肉が自分の意志にかかわらず痙攣して、でたらめに踊ってるようにも見える。
35歳を過ぎたあたりで発病する人が多いそうで、治療法はないに等しい。

でもねえ、これ、白人にはそれなりにいるけど、東洋人はものすごく少ないらしいです。
白人の1000分の1くらい。それに、ヨーロッパでは、
舞踏病になる家系ってのも、だいたいつきとめられてます。でねえ、病気なんで、
卒論に書くのはちょっとためらわれますよね。あと、向こうでは、
昔は、タランテラって毒グモに噛まれると舞踏病になるって話もあったみたいだけど、
それは現在では、迷信ってことで否定されてます。
次、考えたのは、「ワライタケ説」です。シロシビンという植物アルカロイドの
中毒症状で、そのキノコを食べると、とにかく幸せな気分になって、
服を脱いで踊ってしまう。日本でも何例も報告がありますよ。
俺は、もしくねくねがいるとしたら、これが本命じゃないかって思ってたんですけど・・・
どうもね、違ってたみたいです。真相はもっと怖ろしいもので・・・

その話をこれからしていきます。俺らのサークルに、今年1回生が4人入ったんです。
全部男でしたけど。で、そのうちの一人、三島ってやつが、東北のある県の出身でね。
新歓の席で、そいつにくねくねの話をしたら、自分の住んでる田舎の町に、
それと似た話があるって言うんです。で、聞いてみたら、
白いものが田んぼで踊ってるところなんかそっくりで。
ただ、名前はくねくねじゃなくて、「ばちかぶり」って言うらしいです。
どういう字を書くのかはわかりませんけど。でね、三島の家は、
その地方では、江戸時代から続く旧家で、その昔は庄屋を務めてたって話で。
こりゃいいやって思いました。ええ、大学の夏休みは長いですし、
どうせ彼女もいなくてヒマですから、三島が帰省するときについていって、
フィールドワークってしゃれ込もうって考えたんですよ。

で、お盆ちょっと前あたりですね。帰省する三島について、その某県に行きました。
まず新幹線で隣県まで行って、そこから在来線に乗り換えて、東京からは
片道6時間かかりましたね。すごい田舎でした。山間にぽっかり開けた小さな盆地で、
田んぼが広がってましたけど、耕す人がいなくなって、
休耕田になってるとこも多かったんです。かなり過疎が進んでるみたいで、
昼間は出歩いてる人なんていないんです。道のところどころに軽トラが
停まってましたけど、作業してるのは70歳をすぎた老人ばっかりでね。
ああ、ここは静かに死んでいく村なんだなあって、
柄にもなく詩的なことを思ったりしました。でね、三島の家は、
すごいお屋敷だったんです。うーん、そうですね。「八墓村」ってわかりますよね。
横溝正史が書いた。あれに出てくる建物みたいだったんです。

三島といっしょに広い玄関に立つと、三島の両親が出てきましたが、
どっちも気さくそうな人で、「ああ、よくこんな田舎に来てくださいました」って
すごく歓待されたんです。三島の父親は、町のJAの役員をやってるそうで、
あと、祖父さんは前に町長をやったって話でした。
広い部屋に通されて、エアコンとかはなかったけど、縁側の戸が全て開け放たれて、
風が通って涼しかったです。そこで、スイカなんかごちそうになって・・・
ああ、くねくねの話ですよね。夕食の席でそのことを言ってみたんです。
くねくねって名前を出してもぴんと来ないみたんだったんで、
「この地方では、ばちかぶりって言うそうですね」って話を出したら、
急に三島の親父さんの顔が凍ったようになりまして。
ああ、俺、マズイこと言ったのかな、って思ったんですけど、

親父さんは、「・・・ばちかぶりか、それは古い言い伝えだなあ。
 調べてるんだったら、いい人を紹介するから、明日にでも行ってみるといい」
そう言って、町役場を退職した方に連絡してくれたんです。
その人は、かつて町史編纂室に勤めていて、そこの町の歴史には
すごく詳しいってことでした。その日の夜は、三島と2人で、
蚊帳を吊った座敷に布団を並べて、あれこれ話をしながら寝ました。
で、翌日もカンカン照りのいいお天気で、三島といっしょに、
紹介された神崎さんって人の家を訪れたんです。神崎さんの家は、
山の斜面にあって質素な感じでした。出てきたのはすごく痩せたお年寄りで、
奥さんを亡くされて一人暮らしをしてるってことでしたね。たくさん本が
並んでる書斎みたいな部屋に通されて「ばちかぶり」の話を聞いたんです。

「ああ、ばちかぶり。それねえ、この町にとってはあんまりいい話じゃないんだよ。
 と言っても、もう昔のことだし、今はそんなことをしてる人はいないから、
 話すのは別にかまわないんだけど。どぶろくって知ってるかい」
「あの、白いにごり酒のことですよね」 「ああ、米を発酵させただけの酒。
 密造酒って悪いイメージもあるけど、どこの村や町でもやってた」
「それがばちかぶりなんですか?」 「うん・・・ただねえ、この町のどぶろくは、
 米以外にちょっとした材料をつけ加えてね。ある種の薬草で、
 どうやら幻覚作用があるみたいなんだな」 「ははあ」
「それを飲むと、すごいいい気分になって、周囲の景色が一変してしまい、
 ところかまわず服を脱いで踊ってしまう。その状態をばちかぶりって言ったんだ」
こんな内容でした。これ、ちょっと困りますよね。

おそらく何か、麻薬成分を加えた酒だったんでしょう。
まあ昔のことだから、違法行為ってわけではないんでしょうが、そのまま
卒論に書いてもいいのか迷いました。で、お礼を言って神崎さんの家を出て、
三島の家にはもう一泊して、俺だけ先に帰ってきたんですよ。
でね、それから3ヶ月過ぎて、もう冬休み目前。俺は就職活動と卒論の準備で
すごく忙しかったんです。そんなある日、アパートの郵便受けに分厚い手紙が
入ってまして、差出人が、夏にお世話になった神崎さんからだったんです。
こっからは手紙の内容を要約して話しますね。
「夏にはご訪問ありがとうございました。私は、じつは病気のために、
 もう長いことはないようです。それであのとき、ばちかぶりについて、
 嘘をついてしまったことを心苦しく思い、ここに真相を記します。

 村八分というのをご存知でしょうか。村落共同体の中で行われる
 私的な刑罰のことです。昔は警察などもなかったので、そういうことも、
 ある面ではいたしかたなかったのですが。一つの例として、ある小作人の倅が、
 庄屋の一人娘とねんごろになって逢引を重ねたが、ついに見つかってしまった。
 これは身分違いですから、カンカンに怒った庄屋は、その倅をばちかぶりにしました。
 下男たちに命じて、無理に酒を飲ませ、散々棒で叩いて弱らせた後、倅の着物を脱がせ、
 体中に蜂蜜をまぜたどぶろくを塗りたくって、蚊柱の立っている野に放す。
 そうすると、全身を虫に喰われ刺されて、痛みと痒みで、遠目からは
 踊り狂っているように見える。村のものは誰も助けず、飯も与えず、ついには
 衰弱して死にいたる・・・これが本当のばちかぶりで、庄屋の当主が中心となって、
 戦前まで行われていたんです」こんな内容だったんですよ・・・


 




サッちゃんの話

2019.03.25 (Mon)
俺がよく行ってた、あまりたちのよくない一杯飲み屋に、
「サッちゃん」って呼ばれてる人が来てたのよ。
その人は男で60代、頭が禿げて小柄で、
ガラの悪い常連の中では言葉少なく、いつもにこにこしてたな。
しゃべるときは誰に対してもていねいな口調で、
けど、バカにされてる雰囲気でもなかった。

週に2、3回はそこに来てたが、つまみはいつも関東炊き。
銚子 数本飲んで、10時過ぎには帰っていく。
堅気ではねえんだろうが、人のいいオッサンて感じだった。
その人があるとき「また山田さんが来るようになった」ってぼそっと言った。
俺は隣りにいたが、意味わからないんで黙って顔を見ると、
サッちゃんは「ほら」と言って上着を脱ぎ、シャツをずり下げて首を見せた。

すると、両肩の彫物の上の首のまわりぐるっとが、赤くアザになってたのよ。
「ひでえな、アレルギーかなんかか?」そう聞いたら。
「いや、夜中に山田さんが首絞めてくるんで」続けて、
「今晩も来るのかなあ、・・・嫌だなあ」って言い残して帰ってった。

サッちゃんは次の日も来て、また俺の隣に座ると、
「山田さんがなあ、どんだけ謝っても許しちゃくれねんだよ。困ったな、
 ああ、嫌だ嫌だ。俺も覚悟決めにゃあかんかなあ。気がのらないなあ」
って言いながら、上着をはだけて見せたのよ。
したら、内ポケットに白い木鞘が見えて、ドス呑んでるんだってわかった。

俺が「おいおい、危ねえなあ」と冗談めかして言うと、
低い声で「お前に何がわかる!」って吐き捨て、
急に立ち上がって、飲み食いせずに帰ってった。
そんときは、普段と違う、なんとも言えない迫力があったんだよ。

その翌日から、サッちゃんは飲み屋に来なくなって、
10日ほどして、死んだって噂が聞こえてきた。それも自分で頸動脈を切り、
部屋の天井まで血が飛んで酷いあり様だったらしい。
でな、マスターに前の話を少ししたら、
元ヤクザで若頭までいったマスターは半笑いで、
「あの人、なんでサッちゃんって呼ばれてたか知ってるか?」

こう聞いてきたんで、「名前に幸(サチ)がつくんじゃねえのか?」
そしたら、マスターはますます笑って「それな、サッちゃんってのは
 殺人者の略だよ。若い頃に一人殺して、長くムショに入ってたんだ。
 だから、殺ちゃん」 「ええ!? 誰 殺したんだよ?」
「ああ、飯場の元締めで、そういや、たしか山田って言ったなあ」
こう答えやがったのよ。






アーカイブ 白銀

2019.03.25 (Mon)
先週のことです。金曜を年休取って、土日とかけてスキーに行きました。
2泊3日の今シーズンの滑り始めでした。いえ、一人で車で行ったんです。
片道4時間ほどもかかりましたが。スキー用具を送って、
電車で行くってのはあんまり好きじゃないんですよ。
それと、人といっしょに行くのもちょっと。気を遣うし、
初心者がいたりすれば自分のペースで滑れないじゃないですか。
どのみち、俺の職場にはスキーできるやつってあんまりいないんです。
所帯持ちの先輩は、行くにしても家族とだろうし。
宿泊はネットで探して、半ホテルの温泉宿にしたんです。
ペンションははっきり嫌いですね。やっぱオーナーに気を遣うし、
キッチンとかで手料理をふるまわれるとかも、俺は落ち着かないです。

夜は自分の部屋で酒飲んで、好きなようにしたいじゃないですか。
出身が雪国なんです。スキーは子どもの頃からやってました。
小中とも学校の裏の山に専用のスキー場がありましたよ。ロープつかんで登るやつ。
1日目、宿に着いたのが2時過ぎでした。
で、部屋に荷物を置いて、さっそく滑りに行ったんです。
快晴で、雪質もよく、気持ちよかったですよ。6時過ぎに滑り終えて、
宿に戻りました。ナイターもあったんですが、自重したんです。
まだ1日半ありますから。筋肉痛で滑れないなんてことになったら、
何のために来たかわからないですし。
部屋に食事を運んでもらって、持ってきたウイスキーをちびちびやってね。
ベッドでテレビを見てるうちに寝てしまいました。

翌朝のことです。起きてすぐ窓のほうを見ました。天気が気になるじゃないですか。
そしたら、外に人がいたんです。「え!」と思いました。
部屋の外に廊下があって、そこに籐椅子とテーブル、
廊下に面した窓の外にバルコニーがあるんですが、
雪が積もってるから出ないように宿の人に言われてたんです。
バルコニーにはもちろん、その部屋からじゃないと行けない作りになってるんですよ。
小学生の女の子だと思いました、赤の地に太い白の線の入ったスキースーツを着た。
顔はわかりません、競技用のクラッシュヘルメットをかぶってましたから。
半身をこっちに向けて立ってるように見えたんですが・・・
近づいていくと誰もいなかったんです。いや、そのときは幽霊とか思いませんでした。
雪が朝の光でまぶしいくらい明るかったし。

だから・・・気の迷い、幻覚だと考えたんです。ウイスキーもけっこう飲んでましたからね。
バルコニーには足跡どころか、人が立てば膝まで埋まるくらいの雪がありましたし。
でね、朝食を食べてすぐ、スキー場に出かけたんです。
宿からは歩いていけるほど近かったです。
パスを買ってましたので、午前中はゴンドラで何本も滑り、ヒュッテで食事をしました。
ええ、ビールも飲みましたが、1杯だけですよ。
で、午後からは上級者コースに行ったんです。リフトでしか行けない高いほうです。
そこは斜面が急なので初心者はいないし、じゃまなスノボもいません。
3本ほど滑って、またリフトに乗ったとき・・・もう上に着くというあたりで、
下を赤いスーツの女の子が滑っていくのが見えたんです。

朝と同じスキースーツで、同じ子だと思いました。
でも、下はまばらな林とリフトの支柱が立ち並んだ、圧雪されてない斜面です。
滑走禁止区域だし、ありえないと思いました。
もう一度確認しようとしたら、女の子の姿はありませんでした。
それと、滑っていたならついているはずのシュプールも見えなかったです。
このときに急に怖くなったんです。・・・女の子の赤いスーツですね。
それが記憶にひっかっかってるっていうか。でも、考えてみてもわかりませんでした。
もう上で滑るのはやめて、人のたくさんいるコースにずっといましたよ。
やっぱり怖いので、この日もナイターはやめちゃったんです。
で、宿に戻って、思い切ってロビーで話したんです。スキー場でのことじゃなく、
朝、部屋のバルコニーに女の子がいたと思ったことをです。

そしたら、係員は変な顔をしてましたが、「少しお待ちください」と、
奥に引っ込んでいきました。代わって、60過ぎくらいの白髪の紳士が出てきたんです。
そこの温泉ホテルのオーナーということでした。女の子の服装のことを聞かれたんで、
「スキースーツは赤に太い白い線」と答えたら、「ああ」とため息のような声を出し、
ホテルの裏手にあるオーナーの住居に案内されました。
そこの一室に通され、中にはたくさんのトロフィー類が整然と並べられていました。
壁には新聞の切り抜きを額に入れたもの。
子供用の机の上に写真立てがあり、女の子の古い写真が飾られてありました。
その中に、あの赤いスキースーツでコースを滑っているのもあったんですよ。
オーナーの話で、それが娘さんであることがわかりました。小さい頃からスキーを仕込んで、
トロフィー類はその子がいろんな大会で取ったものだったんです。

その子は関係者から将来を嘱望されていたんですが、夜間の練習中にコースを外れ、
停まっていた雪上車に衝突して、3ヶ月入院した後に亡くなったということでした。
「未練がましいと思うでしょうけど、娘の思い出のものをこの部屋にまとめてあります。
 あれから10年近くたつが、あなたが見たのは娘じゃないかと思います。
 ですが、なぜ姿を見せたのかわかりません」オーナーはこう言ったんですが・・・
俺には心あたりがなくもなかったんです。額に飾られている新聞の切り抜きの中に、
東北の有名スキー場の大会で、5年生の女子の部でその子が優勝した記事が
あったんですが、同じとき同学年の男子の部で優勝したのが俺だったんです。
おそらくその大会の表彰式で、姿を見ているんだと思います。
だから、赤いスキースーツが記憶の底にひっかかっていたんじゃないかと。
オーナーはずっとその土地に住んでいて、
その子が亡くなったのは、一つ隣のスキー場ということでした。

でね、3日目。午前中滑ってから帰るつもりだったんですが、
予定を変更して、その子が亡くなったというスキー場に行ってみたんです。
そこは町営でロープとリフトしかなく、コースも短かったんですが、
かなりの急斜面でした。日曜なのに一般客はほとんどなく、
そのかわり小中学生が来て練習していました。おそらくこれから大会が続くんでしょう。
頂上までリフトに乗り、4本滑りましたが特に何事もなかったんです。
帰る時間が近づいてきたんで、最後にと思い、子どもらがいなくなっていたので、
役員らしき方にお願いして、彼らが練習していた大回転のコースを滑らせてもらったんです。
ポールを通るのは久しぶりで、もうまったく なまっているのがすぐにわかりました。
もしタイムを計ったら、小学生のときより何秒も遅かったかもしれませんね。
あまりに体が思うように動かず悔しかったんで、もう一本滑りました。

1回目よりはだいぶマシでしたよ。リズムに乗って滑れていたと思います。
時間にすれば2分もかからなかったでしょうが、
その間に子どもの頃のことをたくさん思い出しました。
あと最後の旗門を通ってゴールするだけ、というところで、
曇り空の雲のすき間から太陽が顔を出し、あたりをまぶしく照らしました。
斜面が銀白色に輝いて・・・もちろんゴーグルはしてましたが、
一瞬目がくらんで足がもつれ、転倒してしまいました。
いや、ずっとカッコつけて滑ってましたんで、転ぶ感覚も懐かしかったです。
そのまま背中で滑っていると、ふっと横に小さな赤いスキースーツが現れて
追い抜いていき、勝ち誇ったように両腕を開いてゴールし、消えたんです。
いえ、もう怖くはなかったです。・・・彼女はずっと競技の中にいるんでしょうね。
それが幸せなのかどうかはわかりませんが・・・まあこんな話なんですよ。






タバコとオカルト

2019.03.24 (Sun)
『マルタの鷹』ハンフリー・ボガート
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今回はこういうお題でいきます。みなさんはタバコを吸われるでしょうか。
自分は以前は吸ってたんですが、2年半前に大病をしまして、
それ以来、禁煙中です。いったん止めてみると、他人が吸ってる臭いに
すごく敏感になりますね。で、そのときの体調によって、
「ああ嫌だ」と思うときも、「また吸いたい」と思うときもあります。

タバコを吸う人は、以前にくらべてずいぶん少なくなりました。
喫煙率の推移を見ますと、1965年に男性で82%の人が吸ってたのが、
2018年では28%にまで減少しています。昔は、電車やバス、
病院にも灰皿があったので、隔世の感がありますね。

さて、タバコをあつかったホラー小説や映画は少ないんです。
パッと思い浮かんできません。というか、映画やテレビは、かなり前から
タバコを吸うシーンが出てきませんよね。もし出てきても、
「何だお前、まだそんなことやってるのか!?」みたいな感じで、
肯定的にあつかわれることはありません。

『The Long goodbye』


特に、ハリウッド映画は徹底してます。まあ、訴訟社会のアメリカですから、
肺癌になった人から、「あの映画の影響でタバコを吸い始めた」とか、
ありえないイチャモンをつけられる可能性も、なくはないんでしょう。
フランス映画も、今はタバコに関してはかなり厳しいですね。
その他の国の映画では、ときおり喫煙のシーンも出てきます。

さて、少しだけタバコの歴史をふり返ってみると、南米のアンデス山脈地方が
原産地で、7世紀のマヤ文明には、すでに、噛みタバコ、嗅ぎタバコ、喫煙の
どれもがあったようです。それが15世紀、コロンブスらスペイン、
ポルトガル人によって、世界にあっという間に広がりました。

クリストファー・コロンブス
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これは間違いのない歴史なんですが、このときタバコといっしょに
性病の梅毒も世界に広まったという話があります。
ただ、こちらはタバコと違って議論があります。
日本には16世紀、豊臣秀吉の時代、ポルトガル商人によってもたらされた
と考えられています。わずか100年で日本まで到達したわけです。

ちなみに、これは鉄砲の伝来と同時期なんですが、その後、
日本の現在までの、タバコと鉄砲を原因とする死亡者数を比較すると、
タバコによる死者のほうが圧倒的に多いというような話もあります。
これなんかも、なかなか面白い視点だと思います。

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江戸時代に入って、タバコには何度も幕府からの禁令が出ています。
まず一番には、失火の原因になるということです。江戸の町は木と紙でできて
ましたから、火は大敵です。また、農民に対しても、タバコの作付は
米作りの妨げになるとして禁じられたんですが、すべてなし崩しになって
しまいました。それだけ中毒性が強いということですね。

さて、この日本へのタバコの伝来を小説にしたのが、
芥川龍之介の『煙草と悪魔』です。原稿用紙数枚の短い話で、有名なので
ご存知の方も多いと思います。いちおう簡単にご紹介すると、
宣教師フランシスコ・ザビエルの後について、悪魔が日本にやってきました。

悪魔は畑を借り、耳の中から取り出した種を蒔いて熱心に世話を始めた。
やがてその植物は紫のきれいな花を咲かせた。
そこへ牛商人が通りかかり、悪魔に花の名を尋ねました。
悪魔は、「それは教えられないが、一つ賭けをしないか。
もしお前がこの名を当てられたら、何でも望むものをやろう」

芥川龍之介
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商人が承知すると、悪魔は恐ろしい正体を現し「そのかわり、当てられない
場合はお前の魂をもらう」。この後、商人は知恵を絞って植物の名を当て、
悪魔からその植物を得ます。一見、悪魔が敗北したように見えますが、
実は悪魔の本当のねらいは、日本にタバコという害悪を広めることであった・・・

だいたいこんなお話です。芥川龍之介は超の字がつくヘビースモーカーで、
当時の、両切りでニコチンもタールも今とは比較にならないほどきつい
ゴールデンバットを、1日180本も吸っていたそうです。9箱ということですね。
自殺しなかったら、何らかの肺疾患になっていた可能性が高いでしょう。

さて、ここまででだいぶ字数を使ってしまいました。もともと、喫煙は
宗教・神事と深い関係があります。マヤ文明などでは、儀式のときにタバコを吸い、
コカの葉を噛み、カカオ(チョコレート)を飲んでいたようです。
アルゼンチンで発見された、インカ文明の子どものミイラはからは、
大量のコカの成分が発見されています。

インカの生贄少女のミイラ
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このミイラは生贄として生き埋めにされたんですが、恐怖心をまぎらわせ、
神への信仰を高めるために、薬漬けにされていたようです。
このように、タバコをはじめとする植物アルカロイドは、
幻覚、幻視、変性意識を獲得するための手段だったんですね。

さてさて、タバコの健康への害が立証されたのは20世紀の後半です。
それまで、タバコと健康の関連性は、それほど考えられていませんでした。
宮沢賢治の父親が書いた文章に、「賢治が隠れてタバコを再開した。
結核が再発したに違いない」というものが残っています。

宮沢賢治


当時は、タバコは結核の薬になるという認識があったんでしょう。
やはり隔世の感があります。あと、賢治の作品には、狐が出てくるものが
数編ありますが、狐や狸に化かされないためには、
タバコをふかして煙を吹きつけるとよい、なんて話もありますね。
では、今回はこのへんで。

パイプタバコを吸うマヤの神
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山中湖の巨大魚

2019.03.24 (Sun)
7月の終わり、夏休みに入ったばっかの頃に男だけ5人でキャンプに行った。
場所は富士五湖の一つだな。初日の夜はかなり遅くまで
飲んで俺はひどい二日酔いになり、みなが釣りに行くというときも、
一人貸しテントで寝てたんだよ。昼近くなってやっと少し気分がよくなって、
湖岸の道を仲間が行ったほうへぶらぶら歩いてった。
15分ほど歩くと、だいぶ汗が出て頭痛が治まってきた。
右手が湖で、中に向かって板が張り出してるとこがあった。

舟が着けるような場所ではなく、釣用の足場みたいなもんだ。
そこに人がいたんだが、変なやつだったんだ。
50過ぎくらいのおっさんで、上半身は裸、
下半身に晒をぐるぐる巻きつけてた。
こう書くとお祭りのときの格好みたいだが、そうじゃなく、
その晒が尻のところが盛り上がって、そうだな、
コントに出てくるアヒルみたいだったんだ。
わかるかなあ、尻だけぼこんと突き出てたんだよ。

おかしい人だと思ったから、見るのをやめようとしたが、
向こうがこっちを見て目が合ってしまった。そしたらおっさんが叫んだんだ。
「アンちゃん、ちょっと待てや。30分で5万やるから手伝ってくれ」
かまわず行き過ぎようとしたら、
おっさんが走ってきて俺の右手をつかんだ。
「ちょっとやめてくださいよ」振り払おうとしたが、力がかなり強かった。
おっさんは俺の手をつかんだまま、晒からヘビ革の財布出して、
そしたらすげえ分厚かったんだよ。

「じゃあ10万出す、出すから行かねえでくれよお」
泣きそうな声になったんで足をとめ「どういうことですか」って聞いたら、
「なあに、あと10分ほどしたら俺の両手つかんでてくれればいいだけだから
変な格好してるがホモ関係じゃない、それは誓うから、人助けだと思って」
10万というのはさすがに気を引かれるだろ、
それで「わけを説明してください」って言ったんだよ。

したら「わけはちょっと言えねえが、これ見たらわかる」そう言って、
俺の手をつかんでヤブ陰に引っ張っていき、残った片手で晒をほどき始めたんだ。
「やっぱホモか?」と逃げようとしたら、
それを察したのか「ホモじゃねえったら!!」絶叫した。
で、俺に財布ごと押し付けてきた。
「アンちゃんが好きなだけ取っていいから 頼む もうすぐ来るんだよ」
「わかりました、わかりましたよ、できることならやってもいいです」
こう答えると、「ありがてえ」どんどん晒をほどいてって・・・

んで、尻の後ろがあらわになったとき、俺は「あっ!」と叫んでしまった。
尻たぼの間からでろんと長いものがこぼれたんだ。
長さ40cm、太さ10cmはあったな。
色は黒に蛍光グリーンの太い筋でうねうね動いてた。
ヒルか何か、生き物に思えたが、そんなヤマビルはいないよな。
「これ見えるかアンちゃん、寄生虫だよ、しかも生きたもんじゃない」

「でもよ、触ることもできるし、このままにしてれば内臓までいってしまう。
 わかるか、呪いなんだよ。俺は闇金やってるんだが、客に呪われた。
 だからこの場所に解きにきたんだよ」
「??? 意味わかんないですよ。その虫みたいなのは見えます。
 医者行ったほうがいいんじゃ」
「ダメだ、医者は糞の役にもたたん。ああ、もうくる時間だ」
「くるって何が?」 「魚に決まってるだろ、ここは山中湖だぞ。
 回遊する時間が決まってるんだ」ますますわけがわからんかった。

「いいから、俺がこの板の突端に向かって尻を出すから、
 もってかれないように両手を引っ張ってくれればいいんだよ。
 それだけで財布の中身全部やる」
こんなことを言い合っているうち、湖の中央のほうに白い波が立つのが見えた。
「あああ、来た」おっさんが後ろを向いて尻を湖に突き出し、
そのヒルみたいな生き物がにょーんと水の上に垂れ下がった形になった。
「俺の両手を強く引いてくれ。アンちゃんも踏ん張ってな。
 じゃなきゃ俺まで食われる」

水面の波はかなり高くなり、あきらかにこっちに近づいてきてる。
俺は言われたとおり、両手でおっさんの手首を握って板の上で踏ん張った。
そしたら・・・信じられないかもしれないが、
水の中に巨大な魚の口を開けた顔が見えた。
軽トラックを正面から見た大きさだよ。怖くはなかったな 
魚の顔を前から見ると、なんとなくユーモラスなんだ。

それがどんどん近づいてきて、バジャーッと水が跳ね上がり、
跳び上がった魚が、おっさんの尻の後ろで口を閉じたんだ。
バフッという音がした。一瞬、引っ張り込まれそうになったが、
おっさんの体を通して何かが抜けた感触が伝わってきて、
俺はおっさんごと尻餅をついた。

巨大魚はそのまま体を反転させて水に落ちたが、
口の端におっさんの尻にあったヒルを咥えてるのがわかった。
「あああ、抜けたあ。助かったああ」おっさんが歓喜の声をあげ、
魚は潜って見えなくなった。
ま、こんなことがあって、結局20万もらったんだよ。





歴史を変えた重金属

2019.03.24 (Sun)
アーカイブ42

今回はこのお題でいきますが、みなさんが世界史で勉強した、青銅器時代とか
鉄器時代のことではありません。もう少し別の角度からのお話です。
さて、重金属とは、「比重が4~5以上の金属元素のことである。
一般的には鉄以上の比重を持つ金属の総称。」
とWikiに出てきています。

で、これらの重金属の多くは強い毒性を持っています。
例えば、抗癌剤のシスプラチンのプラチンはプラチナ(白金)を表します。
強い細胞毒性があり、癌細胞を痛めつけますが、
正常細胞にも大きなダメージを与えます。
髪の毛が抜けてしまう副作用はよく知られていますね。

また、自分は趣味で海水魚を飼育しているんですが、
飼っている魚が白点病という寄生虫病になった場合、銅を使って治療します。
銅には強い毒性があり、魚に影響を与えず、白点病虫だけを殺すには、
銅製剤の量の微妙なさじ加減が必要です。

これらの重金属は、西洋・東洋、日本を含めてさまざまな歴史の場面で登場し、
大きな影響を与えてきたと考えられています。特にそれがとりざたされるのは、
鉛と水銀ですね。どちらも昔から使われ、やはり毒性は強く、
有機水銀が水俣病を引き起こしたのは、みなさんもご存知でしょう。

さて、まず鉛のほうからいきましょう。ネロ・クラウディウスは第5代の
ローマ皇帝で、1世紀の人です。世界史では「暴君ネロ」として知られています。
その治世は、最初の頃は穏健でしたが、母親を殺害したあたりから精神に
異常をきたしはじめたといわれ、親族や臣下を多数 処刑しています。

皇帝ネロ


また、初期のキリスト教徒を迫害したことも有名ですね。
キリスト教徒をとらえると、松明のかわりに火をつけて燃やしたとか、
宮廷で飼っていたライオンと戦わせたとか、さまざまな話が残っています。
これで、キリスト教の広まる勢いはだいぶ弱められました。

余談ですが、ネロは幼少時から、当時は蔑まれていた芸人になりたい
という希望があり、皇帝になってから、無理やり数千人の観客を集め、
自分が歌うワンマンショーを、たびたび開いていたそうです。
まさに、『ドラえもん』に出てくるジャイアンの元祖のような人でした。

このネロが暴君だった原因は、鉛中毒だったのではないかという説があります。
当時のローマでは、貴族の家に通じていた水道管や食器には鉛が使われており、
その毒性が少しずつ体内に蓄積していって、精神に影響を与えたというわけです。
ちなみに、ネロは31歳で自殺しています。

あと、日本でも、徳川幕府の7代将軍、家継は8歳で亡くなっています。
また、13代将軍家定は、34歳で死にましたが、幼少時から体が弱く、
人前に出ることを極端に嫌っていました。
これは、乳母に授乳されるとき、その胸に塗られていた白粉に含まれる、
鉛の中毒だったのではないかという説があるんです。

徳川家継


鉛入りの白粉は、長い間使用されてきましたが、やがて、
その毒性が知られるようになり、だんだんに別の素材に入れ替わって
いきました。ですが、鉛入りのものが法律で禁止されるには、
1934年(昭和9年)まで待たなくてはなりませんでした。

次に、水銀をみてみましょう。これは前にも書きましたが、
中国を統一して初めての皇帝となった始皇帝、政は水銀中毒で死んだという
話があります。当時 信じられていた仙道では、水銀をきわめて重要な
素材とみなし、それでつくった丹は不老不死の妙薬とされていました。

で、水銀をつねづね服用していた始皇帝の命を縮めたというわけです。
始皇帝は50歳で病没していますが、もう少し長生きできれば、
後継者の体制が固まって、秦の治世はもう何代か続いていたかもしれません。
また、西洋でも、水銀は錬金術で重要視され、多くの錬金術師が
水銀中毒で亡くなったんではないかと推察されています。

秦始皇帝 政


さらに、さまざまな妖怪がぞろぞろ練り歩く「百鬼夜行」。
これも、水銀中毒と関係があるんじゃないかという説があるんです。
聖武天皇の発願で752年に開眼した奈良の大仏ですが、アマルガム法で
金メッキをするために、世界で類例がないほど大量の水銀が一度に使われました。

東大寺盧遮那仏


そのため、大仏の開眼後に、平城京には原因不明の病が流行し、
大仏造営に関わっていた工人たちが、水銀中毒で体のあちこちに異常をきたし、
障害者となって集団でさまよっていた姿が
百鬼夜行として表されたのではないかという、ひどい話があるんですね。

さてさて、当ブログはオカルトブログですので、ここまでの内容は、
話半分にして聞いてください。ネロにしても、始皇帝にしても、
その遺体を分析して、鉛や水銀が検出されたというわけではありません。
ただ、これらの重金属の毒性が、世界の歴史にいろいろな形で影響を与えてきた
のは間違いのないところでしょう。では、今回はこのへんで。

関連記事 『秦始皇帝と不老不死』




「T-1000」ってできる?

2019.03.23 (Sat)
映画「ターミネーター2」に登場するT-1000は液体金属のボディーを
持っており、体を自由自在に変形させ、狭い隙間を通り抜ける
ことができます。中国の研究チームがそんなT-1000を思わせるような、
水平方向だけでなく、垂直方向にも移動可能な液体金属を
作り出すことに成功しました。
(グノシー)

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今回は科学ニュースから、この話題を取り上げてみたいと思います。
液体金属という概念は、上記の引用にあるように、
映画『ターミネーター』シリーズで有名になりました。
「T-1000」は未来の最新型のアンドロイドで、全身が液体金属でできて
いますが、その性能は、考えてみるといろいろ不思議なことだらけです。

おっと、まずはニュースの話からしていきましょう。常温で液体の金属
というと水銀がよく知られていますね。昔は、体温計の針は水銀で
できていたので、割れると中から銀色の水銀の玉がこぼれてきました。
ですが、水銀は毒性が強いので、だんだんにアルコールなどにとって
かわられるようになり、現在はほぼデジタル化されています。

水銀
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この中国の研究チームは、ガリウム、インジウム、塩酸に浸したスズ合金を
まぜた、常温で液体となる金属を使っているようです。
ただ、合金が勝手に動くことはありませんよね。動力源がありません。
そこで、合金の中に鉄やニッケルの微細粉末を入れ、
磁石を使って人力で動かしています。

ガリウムの結晶
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また、液体金属のままだと流れて広がってしまうので、
水の中に入れて操作します。これまでは、液体金属の表面張力のため、
水平方向にしか動かすことができませんでしたが、この研究では、
垂直方向に持ち上がるように動いています。

磁力で上に持ち上がる液体金属
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これは、表面に酸化ガリウムの層が形成されることにより、
表面張力を抑え、磁力に反応しやすくしているとのことです。なるほど、
意味はわかりましたが、これを何に使うのか、応用が難しい気がします。
もし製品化されるとしても、かなりの時間がかかるでしょう。

さて、T-1000の話にうつります。T-1000は、上記したように、
映画『ターミネーター2』から登場してくるアンドロイドで、
アーノルド・シュワルツネッガーが演じる完全な機械作動の、
T-800型の上位機種となっていました。実際、かなり強かったですよね。

ただ、SF的なアイデアとしては面白いものの、これが現実化するには、
いろいろと問題点があります。まず、思いつくのは、
いったい何を動力として動いているのかということです。
T-800の動力源は、パワーセルという一種の電池でしたが、
T-1000の動力については、映画ではいっさい説明がありませんでした。

T-800 機械を有機組織が包んでいる
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まあ、完全な永久機関とは考えにくいので、やはりどこかに電池を
隠しているんでしょうか。それとも、自然にある静電気や、
空気を分解してエネルギーに変えるなどの、未来の技術を持っているのかも
しれません。よくわからないと言うしかないです。

2つめの疑問は、全身を制御し、行動を決定するAIが
どこに入っているかということです。AI部分も液体金属でできてるんだろう
と考えられなくもないですが、後述するT-1000の特徴によって、
そのことは否定されてしまうんですね。

3つめは、体の粘性?を自由に変えることができる点です。
水が氷に変わるように、相転移を起こさせるんですね。
T-1000は、自分の指先をのばし、尖らせて槍のように相手を
突き刺すことができました。人間の頭蓋骨を軽々と通り抜けるので、
本来は硬い合金なんでしょう。

ふれた人間に擬態し、手を槍に変えて相手を殺す
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それが瞬時に結晶構造を変化させることにより、液体化も可能・・・
と説明してみたものの、それって、実際に行うにはかなり
難しい技術ですよね。映画では、2029年に開発された
ことになってましたが、現状では不可能です。
AIが支配する世界ゆえの、技術的なブレイクスルーがあったんでしょう。

それから、T-1000は地のままでは金属光沢を持っていますが、
一度何かにふれると、そのものの質感や色をコピーすることができました。
これはそれほど不思議でもないような気がします。色というのは、
光の反射でできるものなので、ふれた物質の表面構造をそのまま
自分に写せば、なんとかなりそうではあります。



あと、T-1000は自分の体を複雑な機械に変えることはできません。
例えば、バイクや銃のようにはならないんですね。ですから、
映画の中では、銃は相手の持っていたものを奪って使ってました。
それと、火薬やガソリン、薬品などの化学物質にも変化できません。

これは当然でしょうね。できたら錬金術です。
ということで、簡単に考察してみたんですが、T-1000は超技術の
かたまりのようなアンドロイドです。これを造るには、人間の科学だと、
100年では不可能でしょう。200年でも厳しいかもしれません。

自己修復能力があるので、倒すためには、全身にくまなく
ダメージを与えるしかないんですが、『ターミネーター2』では、
液体窒素で凍らせても、溶けると復活してきたので、
溶鉱炉の中に落とすことで、『ターミネーター/ジェニシス』だと、
罠にかけてスプリンクラーで強酸を浴びせて破壊していました。

さてさて、引用の研究の話に戻って、液体金属を実用化するには、
技術的なこととともに、コスト面の問題があげられます。
「形状記憶合金」というのがありますが、これがなかなか使われないのは、
コストのせいが大きいんですよね。では、今回はこのへんで。





怪片 3題

2019.03.22 (Fri)
板金業 三輪洋平さんの話
これな、うちのじいさんの話ではあるんだが、俺にも関係してるんだよ。
俺の実家は長野の山間部の田舎で、今も残ってる。
藁葺き屋根の農家で、築何年になるのかもわからないほど。
誰も住んじゃいないんだが、親父が年に数回行って、
朽ち果てないようにいろいろ手入れをしてるんだ。
なんでそんなムダなことをしてるかっていうと、納戸の奥に瓶をしまって
るからなんだ。何を入れてる瓶かって?それをこれから話すんだよ。
あれはもう、30年も前になるかな。じいさんは大腸癌で死んだんだが、
具合が悪くなったときには、すでに癌が腹の中いっぱいに広がってて、
手がつけられなかった。手術もできなかったんだよ。
で、腸閉塞を起こして物が食えなくなった。

今だったら、バイパス手術とかステントを入れるとか、それなりの対処法が
あるが、当時はどうにもならなかったんだ。で、物が食えなくても
胃液や胆汁は出るから、それが腹の中に溜まって1日中吐く。
緑色のものをドロドロ吐くんだよ。俺が病院に見舞いに行ったのは1回だけだな。
ああ、じいさんの様子があんまり酷いんで、両親が俺に見せたくなかった
んだと思う。でな、こっからは俺の親父から聞いた話なんだ。
親父がじいさんの病室についていて、痛みで丸まってるじいさんの
背中をさすっていたときに、じいさんは、「もう無理だ、苦しゅうてならん。
 いよいよわしも終わりだから、瓶を割ってくれ」こんなことを言ったんだよ。
親父はそのときには瓶の話を聞いていたから、もうこれ以上じいさんが苦しむのを
見たくないと思って、「わかった」って言ったんだよ。

それで、実家の納戸に行って瓶を割ったんだ。そしたら、じいさんはその夜から
昏睡に陷って、翌朝に眠るように息を引き取った。
え、意味がわからないって? まあそうだろうな、説明するよ。
実家の納戸の奥には、古いが頑丈なつくりの棚があって、そこに20cmほどの
瓶が置かれてる。青い色をした焼き物だが、高価なものではない。
その瓶に何が入ってるかは、まだ俺にはわからないんだ。
でな、その瓶には、じいさんの名前を筆で書いた札が貼ってある。
親父はそれを外に持ち出して、横に倒して掛矢を何度も振り下ろし、粉々に割った。
ああ、そう。それを割るとな、安楽死というか、苦しまずに息を
引き取ることができるんだよ。何でそんなものが、いつからあるのかわからない。
今、瓶は二つあるんだよ。一つは親父ので、一つは俺のもの。

親父の瓶をつくったのはじいさんで、俺の瓶をつくったのは親父。
これはな、長男にだけつくるんだよ。理由はわからねえが、
女の子のものはない。そうだな、女は嫁に行くからかもしれない。
親父に頼まれてるんだよ。もし、苦しむだけで治らない病気にかかったら、
実家に行って瓶を割ってくれって。ああ、もしそうなったら、やるつもりでいるよ。
でな、何でこの話をしたかっていうと、この間親父から連絡があって、
瓶のつくり方を教えるってことだった。俺に男の子が生まれたからだよ。
ああ、もちろん承知した。まあ今は、緩和ケアとかの技術が進んで、
そんなに苦しまずに死ねるようになってるみたいだが、それはそれとして、
瓶の中に何が入ってるか、すごく興味がある。あんたたちだって知りたいだろ。
別に秘密ってことじゃないようだから、わかったらまたここに来て話すよ。

清掃会社勤務 佐藤正武さんの話
あの、わたしね、清掃用具のレンタルの仕事をしてるんです。
その日も仕事中で、社用車で県道を走ってたら、脇の植え込みから白い猫が
飛び出してきて、避けようがなくてはねてしまったんです。
車の通行の少ないとこだったので、車外に出て確認したら、
猫は対向車線の端までふっ飛んで、白い体が真っ赤になって死んでました。
そのままにしておけないんで、保健所に連絡し、場所を話して
処理してくれるように頼みました。それから、ガソリンスタンドに入って、
車の下回りを見てもらったんです。へこんだりしてるとこはなかったけど、
猫の血がかかってたので、洗車してもらったんですよ。
はい、黒猫は祟るって言いますけど、白猫でしたからねえ。
それでも1日中、そのことを考えて後味が悪かったですよ。

でね、翌日です。朝、出勤しようと車庫に入ったら、車の後ろに子猫がいたんです。
それも3匹、全部白猫でした。目も開かない生まれたばかりの子猫。
前日のことを考えてゾッとしたんですよ。あの、わたしが轢いた猫の子どもなのか
って思って。でも、そんなはずはないんです。自宅と現場はずいぶん離れてますので。
うちの車庫のシャッターは錆びてきて完全に下まで下りないから、
そっから入り込んだんだろうと思いましたが、親猫の姿はない。
これも保健所に連絡して引き取ってもらおうかと考えたんですが、
それだと子猫たちは処分になっちゃうでしょ。そうすると、2日で
4匹も猫を死に追いやったことになる。それは嫌だったんで、
妻に、子猫の保護をしてるところを調べてくれって頼んで、出勤しました。
ほら、ボランティアで猫の里親探しをしてる団体ってあるじゃないですか。

その日は、わりと早く仕事から帰ってきたんで、妻にどうなったか聞いたら、
里親団体とは連絡がついてるって言いました。それでね、住所を聞いて、
車で行ってみたんです。子猫たちは、ダンボール箱にタオルを敷いたのに
入れて車に積んで。3匹ともずっと眠ってましたね。
でね、行った先はわりと近くの民家で、チャイムを押すと女の人が出てきたので、
事情を話したら、「それはわざわざご苦労様でした。里親は私どもで、
 責任を持って探させていただきます」こうおっしゃったので、
ほっとして子猫たちを箱ごと渡して、帰ろうとしたんです。
そしたら、その女の人は1匹ずつ子猫たちのお腹をさわってましたが、
急に顔を上げてきつい目つきになり、「この子たち、みんなあなたを恨んでます」
って言ったんですよ。怖くなって、何も言わずに逃げ帰ってきました。

団体役員 大村光輝さんの話
先週の日曜日にあったことです。その日は仕事が休みなんで、
午後から今で映画のビデオを見てくつろいでたんですよ。そしたら、
買い物から帰ってきた妻が、あわてた様子で入ってきて、
「和室にお侍さんがいるけど、あなたのお客さん?」って聞いてきたんです。
最初は何を言ってるんだかわかりませんでした。
「え? おさむらいさんって何だ?」 「武士よ、昔の武士」
「???」 話が噛み合わなかったんで、ビデオを止めると、
妻が私の袖を引っぱって、いちばん家の奥の、
来客用の和室に連れてったんです。「ほら、あれ」
そこは引き戸で、ガラス障子が上にはまってるんですが、そっからのぞくと、
たしかに和テーブルに、黒い羽織の武士が正座してたんです。

あっけにとられました。それでおそるおそる入っていって、
「あの、どちら様ですか?」こう聞いたんです。そしたら武士はおもむろに
刀を腰から外して脇に置き、正座のまま私のほうに向き直って、
深々と礼をしたんです。それでとりあえず私も座りました。
ここからはその武士の言ったことですが、なにぶん昔の言葉で話してましたので、
たぶんこうなんじゃないかって思った内容です。
「お屋敷の主人殿でいらっしゃるか。申しわけない。拙者、特別のお役目の最中で
 ござったが、手違いでこの屋敷に迷い込んでしまったでござる。
 ただ、前にもあったことなれば、戻る手段は存じております。
 つきましては、姿見と水を一杯お貸しいただきたく」
わけがわからないですよね。でも、刀を持ってるし、言うとおりにしようと思って、

妻の姿見と、茶碗に一杯の水を持ってってテーブルに置いたんです。
その武士は「かたじけない」とまた頭を下げ、懐から昔の長財布を出し、
「これは些少なれど、御礼として」って小さいものをテーブルに置きました。
それから姿見に向き、しばらく映ってる自分の姿を見つめてたんです。
5分ほどもそうしてましたか、やがて、「よしや!」という声とともに、
腰に刀を差し直し、茶碗の水を口に含んで、姿見にぷーっと霧状に吹きかけました。
そしたらですね。ぼうっと武士の姿は薄くなり、ふっと消えてしまったんです。
びっくりしましたよ。ええ、鏡は水で濡れてましたし、後で鑑定してもらったら、
テーブルにあったのは四分銀ってやつだったんです。どういうことなんですかね。
あの武士、頭もかつらとかじゃなく、ほんとに剃ってたように見えましたよ。
それと、お役目の最中って言ってましたが、いったい何をやってたんでしょう?






時間妄想

2019.03.21 (Thu)
モスクワ物理工科大学、イリノイ州のアルゴンヌ国立研究所、
スイス連邦工科大学らの研究チームが、量子コンピュータを用いて
時間の逆行現象を起こす実験をおこなった。
「時間の逆行」というと、光速を超える方法を思い浮かべるかもしれないが、
今回用いられたのはこれとは違った方法だ。

研究チームは、物理学の基本原理である「熱力学第二法則」から外れた
現象を量子スケールで作り出したのだ。複雑系から単純系へと移行させる
ことを可能にするアルゴリズムによって、量子情報の基本単位である
3量子ビットを、数分の1秒前の状態に戻した。実験では、2量子ビットで
約85%で、3量子ビットで約50%の確率で、同現象が発生したとのこと。

(TECHABLE)

sdert (3)

今回は科学ニュースからこういうお題でいきます。
この記事だけではどういうことか理解できなかったので、英文の
元ニュースの周辺をあたってみましたが、プログラムのアルゴリズムによって、
量子のエントロピーが減少したように見える現象を、
コンピュータ内で起こしたということのようです。

まあ、「マックスウエルの悪魔」のようなことを行ったわけですが、
これはあくまでシミュレーションであって、
実際に時間が逆行するということではありません。世界的にも、
高い評価がこの実験に与えられているわけでもないようです。

マックスウエルの悪魔 気体を動きの速い分子と遅い分子に分ける 速い分子のいるほうが温度が高くなるsdert (1)

さて、時間は物理量の一つなんですが、これほどわからないものは
ないんですね。宇宙空間に対する知識はどんどん広がっているのに、
時間についてのわれわれの知見は、ほとんど増えません。
「時間そのもの」を対象にした実験というのも、
あんまり聞いたことがないですよね。

世界の名だたる物理学者がわからないものを、自分がわかるはずはないので、
ここからの内容はすべて自分の妄想です。それこそ、
「時間のムダ」をしたくない方は、読まれないほうがいいかもしれません。
何から書いていきましょうか。まず、時間には方向性があると、
普通は考えられています。過去から未来に向かう「時間の矢」とも言われます。

われわれは、その方向性に逆らって、現在から過去へと戻ることはできません。
これ、どうしてなんでしょうか。その説明の一つは、
「時間はエントロピーと深い関係があるから」というものです。
エントロピーは難しい概念ですが、「乱雑さの度合い」を表す物理量と
考えることができると思います。

sdert (5)

ビーカーに入った水に赤いインクの玉を落としました。まだインクが水に
混ざっていないときは、「エントロピーが低い」状態です。
これが時間の経過とともに、だんだんにインクと水が混じり合っていきます。
そうすると「エントロピーが高い」状態になります。そして、
いったん混ざって赤くなった水は、自然にもとに戻ることはありません。

「覆水盆に返らず」ということわざが昔からありますが、これは、
「孤立系内のエントロピーは時間と共に増大する」
と言いかえることができると思います。われわれが過去に戻れないのは、
高エントロピー状態から、低エントロピー状態に、
物事を変化させることができないからだということになります。

sdert (2)

上記引用の実験は、これを意識してのものなのは間違いありません。
ですが、「時間とエントロピーには相関関係がある」
という確たる根拠もないんですね。もしかしたら、エントロピーとは
まったく関係がなく、絶対的な時間が流れている可能性もあります。

また、時間に方向性があることを、宇宙論のビッグバンと関連づけて説明する
考え方もあります。われわれの宇宙は、温度圧力無限大の特異点から始まり、
インフレーションであっという間に膨張したというのが、
現在の宇宙論の定説です。で、このときに時間も始まった。

ですから、宇宙が膨張し続けている間は、時間は過去から未来に流れる
というわけです。でもこれ、ほんとうにそうなんでしょうか。
じゃあ、もし仮に、宇宙が膨張から収縮に転じたら、
時間は未来から過去に流れることになるのか。

sdert (4)

みなさん、そんなことってあると思いますか? 考えにくいですよね。
世界の科学者の間でも、そうはならないだろうという意見が多いようです。
ただし、時間と空間は切り離せない関係にあるのは確かです。
アインシュタインは相対性理論で、「時空連続体」という概念を提唱しました。

地球から太陽まで、光の速さで約8分です。ですから、われわれが今見ている
太陽は8分前のもので、逆もまた同じ。もし太陽上から地球を見たら、
それは8分前の過去の地球ということになります。
空間が隔たることは、時間も隔たるということなんです。
そしてその相関は、光よりも速いものがないと崩れません。



さて、ここからは少しオカルトがかった話になりますが、
われわれが「時間の矢」があると感じるのは、人間をふくむ知的生命体は、
時間を過去から未来という形でしか認識できないからだ、という議論があります。
つまり、人間の意識が過去・現在・未来という区分を作り出している。

この話も難しいですよね。じつは時間は過去から未来まで存在しているが、
人間はそのうちの「現在」しか認識することができない、という論もあって、
興味を持たれた方は、前に「ブロック宇宙論って何?」という記事を
書いていますので、そちらを参照されてください。

関連記事 『ブロック宇宙論って何?』

さてさて、あっという間に余白がなくなってきました、
ここで少し話を変えて、みなさんは『ファニーゲーム』というオーストリア映画
をご覧になったでしょうか。2人の青年が、ある家族の家に侵入してきて、
子どもを含む一家を惨殺してしまうという暴力的な内容なんですが、
一ヶ所、驚異的なシーンがあります。

途中で奥さんが反撃して青年の一人を殺すんですが、残った一人があわてて
その家のテレビリモコンを探し、操作すると、キュルキュルと、
青年が殺される前まで時間が巻き戻ってしまうんですね。最初見て、
これにはあっと驚きました。ということで、今回はこのへんで。

『ファニーゲーム』
sdert (1)




宮沢賢治ベスト

2019.03.21 (Thu)
アーカイブ41

このところ、エドガー・アラン・ポー、筒井康隆とベストを書いてきて、
迷ったんですが、今回は宮沢賢治でいくことにしました。
なんで迷ったかというと、宮沢賢治には熱烈なフアンというか、
信者に近い方がいて、何を書いても怒られる可能性が高いんですよね。



さて、宮沢賢治は、知らない人のいない日本の国民的な童話作家・詩人。
その他にも、熱心な仏教者、農村改革者、教育者、肥料技師など
多面的な活動に短い人生を費やしました。その生涯については、
自分などが書くまでもなく、詳細な研究が多数出ていますね。



では、さっそく選んでみます。ベスト1は『銀河鉄道の夜』 『風の又三郎』
これは順不同です。なんで2つをいっしょに出したかというと、
上でも書いたように、どっちをベスト1に選んでも、
苦情が来るんじゃないかという気がするからです(笑)。

この2つとも、賢治が書いた中では長い作品です。賢治は一般的には、
短編作家としてのイメージがあるかと思いますが、両作とも緊密な構成で、
破綻がありません。おそらく、賢治本人が長編を書く気になれば、
かなり優れたものができたんだと思いますが、
本人は創作活動を人生の中心には置いてなかったので、
これはいたしかたのないところです。

ベスト2、『水仙月の四日』お使いに出た子どもが、猛吹雪の中を
カリメラ(砂糖菓子)のことを考えながら歩いている。
そこに、降雪をつかさどる、雪婆んご、雪童子(わらす)らの精霊? が現れて・・・
白一色の中で見え隠れする、子どもがかぶった赤ゲット(毛布)。
日本のファンタジーの中でも屈指の作品だと思います。



ベスト3、『なめとこ山の熊』ご存知のように、賢治は菜食主義者でした。
肉食における人間のエゴを批判する作品には、『ビジテリアン大祭』や
『フランドン農学校の豚』などがありますが、
熊を殺すことでしかしか生きることができない、
不器用で無学な主人公の老猟師、小十郎に対する賢治の眼は暖かです。

小十郎が熊を殺すことは自然の営みの一部なんですね。だから許容される。
そして、熊たちが小十郎に対して神のような畏敬を抱くのと同様に、
小十郎も熊に神性を感じて、思わず拝んだりもしています。
ちなみに豆知識として、「なめとこ山」はずっと賢治が創作した
架空の山だと思われてたんですが、近年、小岩井農場近くの
実在する山であることが判明しています。



ベスト4、『猫の事務所』このお話、いいですねえ。自分は大好きで、
劇として上演したいくらいに思ってます。皆に馬鹿にされている
竈猫(かまねこ 温かい竈の中で寝ている煤だらけの猫)が、身分不相応にも、
お固い猫の事務所の書記官として勤務することになったが・・・

この作品には2つの皮肉が込められています。
一つは、手続きが煩雑で非効率的な、お役所仕事に対するもの。
もう一つは、どうしても自分より弱いものを見つけて、
イジメをせずにはおれない人間性に対してのものです。結末では、
醜い様子を獅子に見とがめられ、事務所はひと声で解散させられてしまいます。

ベスト5、『注文の多い料理店』ホラーと言うほど怖くはない、
洒落たアイデア・ストーリーですが、その中に、上で出てきた小十郎とは違って、
遊戯として狩猟を楽しむハンターへの批判が込められた作品。
自然の中に侵入してくるあまりありがたくない文明、
という形で読むことができるかもしれません。

HDSEU (1)

ベスト6、『セロ弾きのゴーシュ』筋はご紹介するまでもないでしょう。
これは、下手くそなセロ演奏者ゴーシュの成長の物語ですね。
猫をいじめるひねくれ者であったゴーシュが、
さまざまな動物とのふれあいの中で心が養われるとともに、
その奏でる音楽も美しいものに変わってゆく。

ベスト7、『やまなし』影絵として上映されることを念頭に書かれた?
散文詩的な作品です。作中に出てくる「クラムボン」とは何かについて、
ずっと妙な議論が続けられてきていますが、いまだによくわかっていません。
自分は「クラブ 蟹」と「シャボン 泡」を合わせたものかと思ったりしてます。

ベスト8、『毒もみのすきな署長さん』これはブラックユーモアでしょうか?
毒もみというのは、川に毒液を流して魚を根こそぎ獲ってしまうことで、
法律で禁止されていますが、それを取り締まるはずの警察署長が
自ら毒もみをやっている・・・単なる批判でもないし、
どういう意図で書かれたかよくわからない、すごく奇妙な話です。

ベスト9、『シグナルとシグナレス』風の強い夜に、軽便鉄道の男女の信号機が
恋を語るお話。宮沢賢治は生涯独身で、恋愛がテーマとなっている作品は、
詩ではありますが、童話ではこれくらいなんじゃないかな。
それとも自分が覚えてないのか、他にまだありましたっけ?



ベスト10、さてさて、なんとか10作目まできました。
しかし選ぶのはほんとうに難儀ですね。最後は『祭りの晩』にします。
山男が出てくる話で、賢治には民話採集者としての顔もあり、
『遠野物語』の元話を語った佐々木喜善とも交流がありました。

これ系の作品は『ざしき童子のはなし』などがありますし、
『狼森と笊森、盗森』も、もともとは地域に伝わる民話なんでしょう。
ということで、異論ありまくりだと思いますが、あくまでbigbossmanが好きな
作品ということで。では、今回はこのへんで。

関連記事 『宮沢賢治と相対性理論』





科学的な疑問はなくなるか?

2019.03.21 (Thu)
アーカイブ40

空間を満たしている物質には、いまだにその存在が確認できないダークマター
(暗黒物質)がある。欧州宇宙機関の観測結果では、
宇宙空間の約27%がこのダークマターであるともいわれているが、
その存在はあくまでも物理的推論を重ねていった上での仮説である。

暗黒物質の最有力候補として素粒子物理学で注目されているのが、
アクシオンと呼ばれる物質だ。アクシオンは強い磁場の中で光に変わると
予測されており、この性質を利用した検出が世界各国で試みられているという。

だが、この度、アクシオンを地上で検出することはどうやら難しいことが
明らかになった。なんと、アクシオンの大部分は「見えない星」を形成している
というのだ。科学ニュース「Live Science」(10月31日付)が、報じている。

(tocana)

LHCハドロン加速器
deeee (6)

今回はこういうお題で行きます。ただし、引用した記事については
ほとんど触れないことになると思います。いちおう少しだけ説明すると、
アクシオンというのは、ダークマターの候補の一つとして想定される、
仮説上の未発見の粒子です。ですから、上記の話は、現在のところ、
仮説の上に仮説を積み上げたようなものでしかありません。

アクシオンが実際に存在するかどうかわかりませんし、もしあったとしても、
それがダークマターではないかもしれません、ダークマターの候補としては、
この他にも、ブラックホールや星の死骸などの天体、
それ以外の仮想粒子もいくつかあるんですよね。

さて、では、そもそもダークマターって何でしょうか?
これは、この宇宙に存在すると想定されている未発見の物質です。
その特徴として、質量があり、光に反応しない性質を持っていると考えられます。
簡単に言えば、光を反射しないので、われわれには見つけることができない。

アンリ・ポアンカレ
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1902年、偉大な科学者であったアンリ・ポアンカレは、
その当時の科学的知見に基づいて、「暗黒なる物質はない」と著書に書きました。
それが、その時代の最先端科学が導き出した知見だったわけです。
ですが、それから100年、科学はさらに進歩を続けました。

天体物理学分野は、理論と観測から成り立っていますが、
どっちかと言えば、最初に観測があって、しかたなく、その現象を説明するための
理論が構築されるケースが多いんですね。それは、天体望遠鏡が
急速なスピードで進化していったからです。

エドウィン・ハッブル
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一つ例を上げると、エドウィン・ハッブルが、遠くの銀河ほど速いスピードで遠ざかって
いることを赤方偏移から観測したことで、宇宙の膨張という概念が産まれ、
なぜ膨張しているのかを考えているうち、ビッグバン理論ができあがり
発展して現在に至るんですね。ちなみに、余談ですが、アインシュタインは初め、
宇宙の膨張という観測結果を信じようとはしませんでした。
後に、これについて、「生涯最大の過ち」と言ったのは有名な話です。

アルベルト・アインシュタイン
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ダークマターについても、始まりは観測です。1970年代になって、
アメリカの女性天文学者、ヴェラ・ルービンが、遠くにある銀河の回転を観測しているうち、
その周辺部の速度が、中心部分とあまり変わらないことに気がつきました。
これは、望遠鏡で見える光る物質の総重量よりも、その銀河全体がずっと重いという
ことになります。そこで考え出されたのが、ダークマターという仮説上の物質です。

ここでまた一つ余談。ヴェラ・ルービンが行ったのは、理論ではなく観測で、
結果は誰がやっても同じになる確定した事実です。ですから、この発見はノーベル賞の
有力候補になりえるんですが、ルービンは、受賞することなく2016年に死去。
このことを、ノーベル賞における女性差別ではないか、とする意見があるんですね。

ヴェラ・ルービン
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さて、ここまでは前置きで、いよいよ本論に入っていきます。
2ちゃんねる(現5ちゃんねる)に「幽霊は本当にいるのか(いないのか)?」
というスレがあって、そこでは幽霊肯定派と否定派が意見を戦わしていたんですが、
ときおり、肯定派からこういう意見が出てくることがありました。

「現在の科学は完全ではない。なぜなら宇宙にはダークマターやダークエネルギーが
あるのに、科学ではその正体が解明できていないからだ。幽霊もそれと同じで、
遠い将来、もっと科学が進まないと解明できないものなのだ」みなさん、これ、
どう思われますでしょうか。自分には強い違和感のある意見です。

まあ、幽霊のことはさておいて、もちろん、時代とともに科学は進展するでしょうが、
はたして、ダークマターのような「科学的な疑問」が なくなるときが来ると思いますか?
ポアンカレがいた1900年と、現在2018年を比較すると、
宇宙に関する科学的な疑問は、現在のほうがずっと多いんじゃないでしょうか。
そしてこのことは、天体物理学だけでなく、他の自然科学の分野でも同じです。

わかったことが増えれば増えるほど、それに付随してわからないことが出てきます。
これは、科学というものが、「ここまではわかった」 「これ以上はわからない」
という境界を定める役割を担っているからなんですね。
考えてみれば、中世のころは気楽なものでした。

神がこの宇宙を創り、地球はその中心にあって、すべての天体はそのまわりを回っている。
宇宙論についてはこれで終わりで、何の疑問もありませんでした。
ところが、16世紀に望遠鏡が発明されたことで、宇宙に関する疑問がどっと増えました。
ですが、キリスト教勢力の干渉によって、ガリレオ・ガリレイは、
自分が考えた地動説をひっこめなくてはなりませんでしたね。

ガリレオ・ガリレイ
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もし今後、 LHC加速器で、マイクロブラックホールが観測されたとして、
それは余剰次元がつぶれたものである可能性が高いので、超弦理論が正しいことが証明され、
この宇宙は空間9次元、時間1次元であることが判明したとします。
たしかにそれは一つの成果なんですが、それにともなって、
数多くの新たな疑問が出てくるはずです。

例えば、余剰次元は、ビッグバン後のいつ、どうやってできたのか?
余剰次元の中で物質はどのようなふるまいをするのか?とか、いくらでも考えられます。
そしてその中には、事前には想定できない、かなり解決の難しい、
ダークマターのような根源的な疑問もあるんだと思われます。ということで、
科学が進めば進むほど、疑問は増えるものだと自分は考えてるんです。

さてさて、そうは言っても、すべての疑問が解決するときが、
遠い将来にはくるんじゃないか、と思われる方もいるでしょう。
ですが、「疑問がない」=「全知全能のうちの全知」です。
人類が神にならないかぎり、すべての疑問が解決することはないと思いますよ。
では、今回はこのへんで。





地味な水星の話

2019.03.20 (Wed)
科学者のチームが、デモンストレーションを通じて、平均的に地球に
一番近い惑星は金星ではなく水星だという答えを導き出しました。
彼らは独自の計算で単純化した距離を割り出し、その結果報告は、
PHYSICS TODAYにて発表されています。太陽系にあるほかの7つの
惑星に対して、平均的に水星が地球に一番のご近所さんでした。

(GIZMODO)

水星 月によく似ています
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今回は科学ニュースからこういうお題でいきます。水星は太陽系の
惑星の中でも地味というか、あんまり話題にならないですよね。
これにはいろんな理由があるんですが、それらについて
ご紹介していきたいと思います。おそらく地味な内容になるでしょう。

まず、水星は英語でマーキュリー、ローマ神話の男神メルクリウスの
英語読みで、もともとはギリシャ神話のヘルメス神のことです。
雄弁家、盗賊、商人、旅人の守護神であり、タラリアという、
翼のついたサンダルをはいていて、飛ぶように走り、
神々の伝令役を務めたと言われます。

マーキュリーのサンダル「タラリア」
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なぜ、水星にこのマーキュリーの名がついたかというと、
水星もまた足が速いからですね。公転周期は約87日、
地球の4分の1以下の期間で太陽のまわりを一周します。
しかもその軌道は、太陽系の惑星の中で最も楕円形になってるんです。

さて、上記のニュースですが、金星よりも水星のほうが
地球に近いことが判明したというニュースは、かなり意外ですよね。
みなさんは小学校で、「水金地火木土天海冥」と習われたんじゃ
ないでしょうか。これは太陽に近い順に惑星を並べたものですが、
じゃあどうして水星のほうが地球に近いことになるのか?

これは「近い」という定義によるんですね。最接近したときの距離は
金星のほうが地球に近いですが、平均の距離を比較すると、
水星のほうが地球に近いのが、今回判明したということのようです。
この計算は難しいんです。地球は地球の公転速度があり、
水星、金星も独自の速度を持っている。

なかなかコンピュータでも正確な距離の計算ができません。
ちなみに、金星の公転周期は約224日と、水星の3倍です。
ということは、ゆっくり公転して、たまにしか地球に近づかない金星より、
回転が速く、しょっちゅう地球と近づいている水星のほうが、
平均すれば近いことになるという理屈のようです。なるほどね。

さて、水星の一般的な知識としては、直径が地球の3分の1くらいの
小さい星です。木星の衛星ガニメデ、土星の衛星タイタンのほうが
水星よりまだ大きんですね。星が小さいということは、重力が弱い
(地球の3分の1)ため、ほとんど大気はないと考えられています。
ですから、月と同じように隕石の直撃を受けるわけです。

左から、水星、金星、地球、火星、大きさの比較
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水星の自転周期は約59日です。ということは、昼が30日、
夜が30日と単純に考えてしまいそうですが、それは違います。
というのは、水星は自転しながら、太陽のまわりを速いスピードで
公転しているので、水星で太陽が上って沈み、
また上るまでの1日(太陽日)は、176日になります。

上で書いたように、公転周期が87日なので、水星の1日は水星の2年に
なってしまうんです。太陽に近いため、日中の最高気温は約400℃、
長い夜の間の最低気温は-160℃になります。この気温差はすごいですね。
かつては、蒸発してしまうため、水星に水はないと推測されていましたが、

探査の結果、水星表面は月のようにたくさんのクレーターで覆われていて、
その中の永久に影になる部分には、氷があるのではないかと
考えられるようになってきています。
では、何で水星の話題はあんまり多くないのか?

水星の楕円形の公転軌道
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これはやはり温度差が激しいためです。昔から、火星人、金星人という
言葉はよく聞きますが、水星人というのはほとんど聞かないですよね。
生物の体は、水分の占める割合が大きいですが、
400℃、-160℃という温度では、水は状態変化を起こしてしまいます。

このため、水星に生物が生息するのは不可能だろうと思われ、
古典SF作品でも、水星人が登場する話は極端に少ないんです。
もし水星人がいるとしたら、体が岩石(ケイ素)などでできている生物?
などということになるでしょうか。

もう一つの理由は、これまで水星にはほとんど探査機が送られていないことです。
ですから情報がないんです。なぜ近いのに探査が進まなかったかというと、
水星の重力が弱く、探査ロケットは水星よりも、
太陽重力の影響を受けてしまいやすいため、技術的な困難が大きいからです。

水星のシンボル「ヘルメスの杖」
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それと、火星などは地上からの望遠鏡での観察が容易です。
火星の運河なんて話もありました。これに対し、水星は太陽に近く、
太陽の強い光の中に埋もれてしまって、なかなか観察することができませんでした。
ですから、西洋でも中国でも、歴史的な水星の観察記録は少ないんです。

あと、地球人類の移住ということを考えても、水星よりも先に、
月、火星や金星が候補にあがってきます。とはいっても、1973年、
アメリカはマリナー10号で、水星への接近を試みていますし、
現在、「ペピコロンボ計画」という、ヨーロッパと日本が協力して、
水星に探査機を送る計画が進行中です。

ペピコロンボ計画
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さてさて、ということで地味な惑星、水星のお話でした。やっぱり、
書くことはあまりなかったですね。ちなみに、自分がやっている西洋占星術では、
水星はふたご座、おとめ座を支配していて、流動性、つまり交通や通信、
通商や旅行のシンボルとなっています。では、今回はこのへんで。

関連記事 『ヴィーナスとマーズ』




肛門爆破

2019.03.20 (Wed)
昨日の夜だけど、仕事から帰って焼酎のお湯割り飲んだら眠くなってきたんで、
床暖になってるカーペットの上でうつぶせで寝てたんだよ。
したら耳元で声が聞こえてきた。
「竣工が遅れるとマズいですね」 「いっちょう景気づけに発破使いましょう」
こんな内容だったんで、テレビをつけっぱなしにして、
土木関係の番組をやってるんだと思った。

起きてテレビを消そうとしたんだが、体が動かなかった。
金縛りってやつじゃないかと思ったが、初めての経験なんでよくわからんかった。
で、とにかく目を開けようと思って頑張ったら、
大量の涙とともにうっすら目が開いたんだよ。

したら目の前のカーペットの上に、ブルドーザーやクレーン車があった。
ミニカーよりだいぶ大きかったが、それでも20cmないくらいだった。
それと、その工事車両に釣り合うような大きさの人間が2人いたんだよ。
5cmくらいかなあ どっちも作業服を着てヘルメットをかぶってた。
そいつらの話してる声が聞こえてたんだと思った。

相変わらず体はピクリとも動かなくて、息も苦しかった。
そいつらは、「発破ですかー 危険があるんじゃないですか」
「いや、こういうことは初めが肝心だから」こんな会話をしてたが、
やがて背中のほうからガガガガという機械音が聞こえてきたんだ。
俺の尻のあたりに何かが乗ってて動いてる感じがした。

めりめりめりという感じで、ズボンがパンツごとめくられていくのがわかった。
それで尻がむき出しになってしまった。
「重機の作業終了しました」という叫び声が聞こえ、「発破セットします」
そのとき尻の穴に違和感を感じたんだよ。
「全員退避~~」 俺の目の前にいるやつらがこっちを見てて、
若いほうが、「こいつ目開けてますよ」って言った。

したら年配のほうが、「じゃ、起爆スイッチ見せてやるか。もってこい」
また別のやつがコードのついた箱みたいなのを持ってきた。
3人はにやにや笑いながら俺のほうを見て、
「監督、お願いします」 「じゃあいくで」 「発破ーー!!!」
監督と呼ばれた小人が箱の横棒を押し込んだ瞬間、
ドガーン 肛門に激烈な痛みを感じたんだ。

ひょええええええええ~~ああああっ」 瞬時に金縛りがとけて俺は立ち上がった。
したらまわりには工事車両も小人もいなくなってて、
俺は下半身むき出しで、尻の穴が信じられないほど痛かったんだ。
カーペットにぼたぼた血がこぼれて、
救急車呼ぼうかと思ったくらいだったが、恥ずかしいから、
ティッシュを尻に詰めてタクシーで救急外来に行ったんだよ。

待ってる間も痛くて身がよじれそうだった。
やっと俺の番になって尻を見た当直の医者が、
「これ、八方に裂けてますね。小人の土建屋に肛門爆破されたんでしょう。
 最近よくあるんですよ」って言ったんだよ。






呪いの壺の話

2019.03.19 (Tue)
大学生 石脇洋一さんの話
あ、どうも、じゃあ話していきますね。俺、実家が長野県の片田舎で、
今は東京の大学で歴史の勉強をしてるんです。
それで、この間ですね、実家で親父が庭いじりが趣味で、
業者に頼んで、新しく山から松の木を移植しようとして、
穴掘ったんですよ。そしたらね、壺が出てきたってことでした。
それもかなり大きなもので、見に来ないかって電話が来たんです。
もしかしたら甕棺かもしれないって言ってました。
うーんと思いました。甕棺なら北部九州が本場だけど、
長野でも出てないことはないんですよね。俺も興味を持ちまして、
土日をかけて帰省したんです。で、実物を見てびっくりしたんです。
何とも言えない異様なものでした。

甕棺じゃないのはひと目でわかりましたが、瓶とも壺とも言えない
不思議なものだったんです。ちゃんとデータとってあります。
長さが1m82cm、ほぼ6尺です。口の直径が41cm、
つまり細長いってことですね。しかも、胴の部分が、
ミミズがのたくるような形でうねってたんですよ。色は飴色で
光沢がある。釉薬をかけて焼いてあるんだと思いました。
だから、古代のものじゃないんです。底は丸底で立てることができません。
ふつう、丸底の土器ってのは、灰に埋めて火にかけるのに使うんですが、
そんな長さのものを煮炊きに使うわけがない。はい、どんな本にも
あれと同じ物は載ってないですよ。口には蓋・・・というか、
栓がしてありました。硬い木を削ってピッタリはまるようにして。

うーん、うちの実家のある地域は、特に古代の遺跡が多いってことは
ないです。ただ、そのあたりは江戸時代に庄屋屋敷があったとこなんですね。
いや、うちの祖先が庄屋ってことじゃなく、戦後の農地開放のとき、
広い敷地を分割したのを買ったみたいです。
だから、江戸時代の庄屋屋敷のときに埋められた可能性はあります。
壺の栓は俺が開けてみました。ぴったりはまり込んでたので、
壺を割らないように注意しながら、少しずつノミで削ってったんです。
そんなに難しくはなかったです。栓の厚みは10cm程度だったので。
でね、最初にノミを打ち込んだとき、ボーッという船の汽笛みたいな
音が響いたんです。いや、たぶんですけど、穴が空いて、
中に溜まってたガスがもれた音なんじゃないかと思います。

それでね、中は空だったんです。これはちょっとがっかりしました。
まあでも、壺を転がしたりしたとき、何の音もしなかったんで、
空の可能性は強いと思ってましたけど。はい、中には液体も、
粉みたいなものも入ってませんでした。ただ、茶色に変色した和紙が
一枚だけ見つかったんです。なんか筆字が書いてたみたいだけど、
劣化してて読むのは不可能でしたね。それ以上は僕じゃどうにもならないんで、
地元の教育委員会に連絡しました。後日、その人たちが調査に来て、
掘った穴の地層なんかを見たけど、遺跡じゃなかったんです。
その壺だけが単独で埋まってたってことですね。他に気がついたこと?
うーん、あ、そうだ、これ関係あるかどうかわからないですけど、
壺の栓を開けてるときに、近所の石田くんって小学生が見に来てたんです。

6年生ですが、そういうのが好きみたいで、壺を開けるとこが見たいって言って。
うちの庭から壺が出たってのは、近所じゃけっこう評判になってたんですね。
でも、石田くん、その後すぐに病気になっちゃったみたいなんです。
僕は大学に戻ってたので詳しくはわかりませんけど。
何か関係があるのかもしれません。壺はまだ教育委員会のほうで保管してます。

農業 石田浩一郎さんの話
ああ、うちの息子のことですね。あの日曜日の午後からどうも元気が
なかったんです。夕食もほとんど食べなかったんじゃないかな。
「どうした?」って聞いたら、ただ「ムカムカする」って言うだけで。
「医者に行くか?」って言うと、「だいじょうぶ」そう答えたので、
一晩様子見て、朝になっても具合いが悪かったら、学校を休ませて病院に
連れていこうと思ってたんです。そしたら、起きたときはケロッとしてて、
朝食もふつうに食べました。だから大丈夫だと思って学校に出したんです。
それがまさか、あんなことをするとはねえ。はい、午後の授業中に急に
暴れだしたんです。暴れたっていうか、担任の先生は踊ってたって言ってました。
突然立ち上がって、手足をゆっくり動かしながら担任の先生に近づいてって、
手首に噛みついたんです。はい、全治1週間ってことでした。

いや、うちの息子は歴史に興味があってね、その先生も大学で社会を専攻してて、
息子は大好きなんですよ。なんであんなことをしたのか自分でもわからないって
言ってました。息子は取り押さえられまして、先生はだいぶ出血したみたいで、
救急車で病院へ。ただ、縫うまでの傷でもなかったんです。
いやもう、うちとしては学校に飛んでいって平謝りですよ。
もちろん病院の費用も全額負担させていただきました。学校側としては、
事を荒立てる気はないって聞いて、心底ほっとしたんです。
先生も笑って許してくれて・・・だから、あの先生があんな事件を起こすとは
信じられませんでした。息子はまだ、病院の心療内科に検査入院してますが、
病院でも、息子が突然取り乱した原因はわからないみたいです。え、壺ですか?
そういえば、近所の家で妙な壺が掘り出されたのを見に行ったって息子が言ってました。

小学校教員 石本健治さんの話
何から話をしたらいいんですかねえ。まず、学校で授業中に石田くんって生徒に、
突然手首を噛まれたんです。ああ、その話は聞いた。じゃあ自分の事件のことだけ、
説明していきます。ただ、何であんなことをしたのか本当にわからないんですよ。
警察でも、そう話すしかなかったんです。石田くんに噛まれて3日後のことです。
その日、1学期の評価をまとめてまして、遅くまで学校にいたんですよね。
ただ、遅くと言っても、小学校は部活動はないですから、
せいぜい9時くらいまでです。時計を見て、そろそろ帰ろうかって思って、
その後の記憶がないんですよ・・・うちの学校は、警備保障システムになってまして、
月に何回か、契約してる会社の警備員さんが見回りにくるんです。
時間は深夜、12時前後ですね。もし、その時間まで学校に残ってる場合は、
警備会社に電話を入れることになってたんです。まずそんなことはないんですが。

で、ここからは聞いた話です。自分の行動なのに、ほんとに記憶がないんです。
職員室にいた私は、警備会社の車が来たとき、玄関から踊りながら出ていって、
2人組の警備員さんが近寄ってくると、その一人の腕に噛みついたってことで。
すぐにもう一人のほうに引き離されたんですが、私が噛みついた方は
手の甲に裂傷を負って、病院で数針縫うことになりました。そのあたりで、
私は正気に戻ったんですが、自分で何をやったのかまったく覚えてなかったんです。
はい、生徒の石田くんと同じです。警備会社のほうでは、
警察には知らせなくてもいいと言ってくれたんですが、傷害事件ですからね。
校長や教育委員会と相談して、自分から警察へ出頭したんです。
はい、警察で取り調べを受けて書類送検されました。現在は謹慎中です。
担当の刑事さんは、おそらく不起訴だろうと言ってましたが・・・

まあ、不起訴であっても教育委員会からの懲戒はあります。
それは、慎んて受けるしかないです。え、壺ですか、ああ、石脇さんの庭から
出たっていう。はい、石田くんからちらっと話を聞いてます。
何なのかはわからないですね。ただ、私は地方史を少し勉強してまして、
石脇さんのお宅のあるあたりは、江戸時代の庄屋屋敷の跡なんですね。
で、そこの庄屋には義民伝説があるんです。はい、過酷な年貢に耐えかねて、
一揆の首謀者になって処刑されたっていう。たしか20何名かが処刑されて、
その人たちを祀った義民塚というのが、近くにあるはずです。
それにしても不思議です。石田くんといい、私といい、人の腕に噛みつくなんて。
もしかして、何か伝染病のようなものかもと考えたりもしたんです。そう思った
ほうが心が落ち着くというか。でも、病院の検査では異常はありませんでした。

警備員 松本裕司さんの話
うちの同僚の石峰のことだろ。さんざんマスコミの取材を受けたけど、
会社から箝口令が出てるんだよ。だから何にもしゃべれない。
新聞やテレビに出てるとおりの殺人事件。石峰が突然駅前で、
石富さんって老人の首に噛みついて出血多量で死亡した。それ以上のことは
俺にもわからねえから。ただ、一言だけ言っておくと、石峰は真面目で
温和な性格、あんなことができるやつじゃないんだよ。
え、壺? いや、何のことか知らねえな。そんな話は聞いてない。

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お彼岸と怨霊

2019.03.18 (Mon)
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今回はこのお題でいきます。今年の春分の日は、3月21日ですので、
その日を中日として、前後の3日間がお彼岸ということになります。
彼岸の入りが今日3月18日、終わりが3月24日で、合計7日間です。
みなさんの中には、お墓参りに行かれる方も多いでしょう。

もちろん、秋分の日を間にはさんだ秋のお彼岸もありますね。
これは日本では仏教行事とされていますが、インドや中国では、
お盆(盂蘭盆会)はあっても、お彼岸という行事を行うことはありません。
あくまでも、日本独自のものなんです。しかもこれ、
始まりが怨霊に関係していると書けば、驚かれる方もおられると思います。

さて、「彼岸」というのはそもそもどういう意味かというと、
もともとは、川を間にはさんだ対岸ということです。
サンスクリットのpāram(パーラム)の意訳で、仏教用語としては「波羅蜜」です。
では、対岸に何があるのかというと、これは西方浄土ということになります。

春分の日と秋分の日は、昼と夜の長さが同じになりますが、
太陽は真東から昇って、真西に沈むことになります。ここから、
太陽を拝して、西方浄土へと思いをはせる期間ということです。
ただし、西方浄土=極楽があるとは、お釈迦様はおっしゃりませんでした。

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もともと原初の仏教では、地獄や極楽というものはありません。
お釈迦様、ブッダは、目に見えない世界の話はしなかったんです。
では、西方浄土とはどういうことかというと、
これはこの世での心の持ち方のことを指します。

人が世の中で暮らしていく以上、どうしても「あれが欲しいこれが欲しい、
あいつが憎い、他人が羨ましい」という煩悩を逃れることは難しいんですが、
修行を積んで、それらを脱した涅槃の境地に達すること、
それが西方浄土として例えられているんですね。



日本の仏教では、お彼岸の期間は特に「六波羅蜜」を守ることが大切だと
説かれます。六波羅蜜とは、・お布施 つまり他人に物を分け与えること
・戒律を守ること(持戒) ・耐え忍ぶこと(忍辱) 
・何事にも努力すること(精進)・心を集中し安定せること(禅定) 
・知恵を深めること(智慧) です。

鎌倉時代の僧、日蓮が書き残した文章によれば、閻魔(えんま)王など、
冥界の判官が集まって帳簿を改めますが、お彼岸の期間中は、
善いことをしても悪いことをしても、それが特筆されて帳簿に記入される
となっています。ですから、極楽往生を願うなら、このお彼岸の期間
特に行動を慎んで、上記の六波羅蜜を実行しなくてはならないことになります。

日蓮上人
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さて、ここまでは、どこのまとめにも書いてあるようなことですが、
当ブログはオカルトが主題ですので、怨霊の話に入っていきたいと思います。
お彼岸は元来仏教行事ではなく、他の仏教国にはないと上で書きましたが、
では、いつから始まったのか?

歴史書『日本後紀』には、806年、はじめての彼岸会が行われたと
書かれており、この年の3月17日に桓武天皇が崩御していますが、
おそらく、そのことと関係があるものと考えられます。このときの彼岸会では、
崇道天皇(早良皇太子)のため、諸国の国分寺の僧に命じて、
「七日間、金剛般若経を読まさせた」となっています。

崇道天皇を祀る
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早良(さわら)皇太子は、日本の大怨霊の一人ですよね。桓武天皇のもと、
早くから立太子されていましたが、785年、藤原種継暗殺事件に
連座して廃され、寺に幽閉されました。皇太子は、無実を訴えるため絶食し、
淡路国に配流される途中で憤死したとされています。

上記の種継暗殺は、無実の罪であったとする見方も多いですね。
日本の歴史では、たくさんの人が処刑されたり流罪になったりして
いますが、その中で怨霊化するのは、ほとんどが罪なくして死んだ人です。
そして、周囲もその人物に罪がないことを知っていた場合。

その後、事件の関係者の藤原氏が次々と病死し、桓武天皇の生母も病死、
疫病の流行、洪水など悪いことが続けざまに起こり、早良皇太子の祟り
であるとして何度も鎮魂の儀式が行われました。
800年には崇道天皇と追称され、亡くなった淡路国の山陵へ
陰陽師や僧を派遣して、謝罪が行われています。

桓武天皇
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一説には、794年の長岡京から平安京への遷都は、早良皇太子と、
もう一人、井上内親王の怨霊を怖れてのことだったとする意見もあり、
それが一因となったことは間違いないだろうと自分は考えています。
桓武天皇の病気と死も、怨霊のせいとされたんでしょう。

さてさて、ということで、日本独自の仏教行事、彼岸会が、
怨霊と深い関係にあったとは思いませんでしたね。
あと、春分、夏至、秋分、冬至などの太陽暦にかかわる行事は、
おそらく縄文や弥生時代の、日本に太陰暦をベースとした暦が
中国から入ってくる以前の習俗と関連があるんだろうと思います。

最後に、お彼岸につきものの「ぼた餅」と「おはぎ」ですが、本来は
同じものです。春は「牡丹」、秋は「萩」に見立てて餅をつくるわけです。
ですから、花の大きさから、ぼた餅は大きく、おはぎは小さくつくる
とも言われますね。では、今回はこのへんで。

関連記事 『崇と祟』 『天皇退位と怨霊』

日本の古い時代は素朴な太陽暦であったと考えられる
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女性週刊誌とオカルト

2019.03.18 (Mon)
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今回はオカルト論でいきます。みなさんは、女性週刊誌なんか読まれるでしょうか?
例えば代表的なところでは、「女性自身」とか「女性セブン」とかですが、
まず男の人は読まないと思うんですよね。自分も、買って読んだりすることは
ないんですが、この2誌については注目はしています。

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というのは、どちらもこれまで、心霊写真などを掲載するコーナーや、
怪談を紹介する囲み記事があり、そこから発生したオカルト話が
世間に流布している例が多いんですね。男性週刊誌の「週刊ポスト」や
「週刊現代」などには、その手の話はあまりありません。

いくつか例をご紹介したいと思います。「御殿場市殺人事件」
昭和62年(1987)静岡県御殿場市の川原で、男性の絞殺死体が発見され、
会社員のAさん(37歳)と判明しました。警察が妻B子に事情を聞くと、
夫には1ヶ月前からたびたび不審電話がかかってきており、
その日も電話で呼び出されて川原に向かったという。

しかし、B子の証言を怪しんだ警察は尋問によって追求し、
その結果、B子が夫殺しを自白したんですね。まあ、ここまではありふれた
事件だと思いますが、その数日後、「女性セブン」の心霊写真コーナーに、
B子が林の中にいる息子を撮影した写真が、投稿されていることがわかりました。

これ、画像を探したんですが、残念ながら、古い話なんで
ネットに残ってないんですよね。その写真自体は、よくある木の葉の影が
見ようによっては人の顔に見えなくもない、という程度のものだったんですが、
当時、心霊写真研究の第一人者だった中岡俊哉氏が鑑定し、
「被写体の子ども、あるいは撮影者に霊障のおそれがある」と述べています。

心霊研究家 中岡俊哉氏
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この一連の経緯は、当時のオカルト界では大きな話題になりました。
ただし、この鑑定結果が載った週刊誌が発売されたのは、殺人が行われた
後のことで、中岡氏の鑑定結果が、犯行に影響を与えたということでは
ありません。さすがに「女性セブン」もマズイと思ったらしく、
誌面で、くり返し記事と殺人事件との因果関係を否定していました。

「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」いわゆる宮崎勤の事件ですが、
平成元年(1989)「女性セブン」の編集部に、「朝日新聞」と「読売新聞」に
載った宮崎の写真に人の顔らしきものが写っているので調べてくれ、
という投稿があり、「女性セブン」は、写真のそれらしき部分にエアブラシで
顔を描いて強調したものを誌面に掲載しました。(下図)



これについて、「女性セブン」は読売新聞から正式な抗議を受け、
写真を加工して用いたことを認めて、誌面で謝罪することになります。
ただ、当時は、一般紙に載った報道写真を女性週刊誌がとりあげて、
心霊が写っているか検証するというのは一般的に行われていて、「女性自身」も、
昭和54年(1979)の「日本坂トンネル火災事故」で、「静岡新聞」の現場写真に
写った犠牲者らしき顔を強調したものを誌面に載せています。

「秋田児童連続殺人事件」平成18年(2006)畠山鈴香が、
自分の娘を含む2人の子どもを殺害した事件ですが、
「女性自身」が犯人の自宅の、誰もいないはずの窓に、人物らしき影が写っている
写真を掲載して話題を集めました。どう思われますでしょうか。(下図左)

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写真が加工でないのは間違いないですし、人が写っているのも確かです。
ただ、このとき、犯人自宅前には多数人が集まっており、
そのうちの誰かの顔が窓に写り込んでしまったのだろう、というのが常識的な
解釈だと思いますね。窓に映った人物の肩の上にカメラらしきものがあります。

また、これらの女性週刊誌は。このような写真だけではなく、
手記・体験談という形で、実際にあった事件について、
オカルト的な話をつけ加えている場合も多数ありまして、
以下に2つのケースをご紹介しておきます。

「橋北中学校集団水難事件」これは古い話になります。昭和30年(1955)
三重県津市の橋北中学校の1年生女子生徒36名が、
海での水泳訓練中に溺死したという他に例のない大事件で、
このことが、全国の小中学校にプール設備が設置される契機になっています。

この事故について、8年後の1963年、「女性自身」の「恐怖の手記シリーズ」に
当時の橋北中生徒だったという人物の、「防空頭巾とモンペを身につけた
黒い影が海の中にいてみんな引っぱられた」という投稿が掲載され、
この痛ましい事故がオカルト化してしまいました。(下図)



「秩父貯水槽殺人事件」昭和52年(1977)防火用貯水槽の中から、
女性の腐乱死体が発見された、オカルト界ではたいへんに有名な事件なんですが、
この事件から数年たった後、遺体発見前から現場には幽霊の噂があったことを、
「女性自身」が記事に書いています(下図)。



さてさて、ここまでざっと見てきましたが、女性週刊誌が長期間にわたって、
日本の心霊オカルト界で果たしてきた役割がおわかりいただけたかと思います。
ここからの内容は女性差別と言われかねませんが、この手の話は、
上で書いたように男性週刊誌ではほとんどないんですよね。

男性週刊誌にこれを載せても、おそらく「なんだバカバカしい」というような
反応が多く、あんまり売り上げには貢献しないんだと思います。
ということで、今回はちょっと変わった視点からのオカルト論でした。
では、このへんで。

関連記事 『オカルトとエイプリルフール』