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身近な恐怖

2019.04.20 (Sat)
アーカイブ82

身近な恐怖・・・といってもいろいろあるでしょうが、
今回紹介するのはオカルト・ホラーではありません。
「飲み屋の階段から転落する恐怖」についてです。(笑)
なぜ、急にこんなことを書き始めたかというと、先日、郷里に戻りまして
ある法要に参加したんですが、それが自分の高校時代の恩師のものだったんです。
自分は、小学校で道場、中・高・大学では部活動で柔道をやっていまして、
恩師はその高校時代の監督でした。

で、その恩師がどうやって亡くなったかというと、
飲み屋の階段から転落しての脳挫傷による死です。緊急手術はしましたが、
助かりませんでした。そのとき、自分たちの部は大会に参加するために、
北関東から関西に遠征していまして、その1日目の夜のことですね。

自分は3年生でキャプテンをやってたので、宿舎となった旅館で「早く寝ろ!」
などと言って部員をまとめていたんですが、
恩師は自分らを置いて大会関係者と夜の街にでかけていまして、
おそらく何軒か飲み屋をはしごし、階段から転落してしまったんです。
恩師は現役時代、国体にも出ていて柔道四段だったんですが、
受身も取れないような落ち方(酔い方)だったんでしょうね。

みなさんの身近で、そういう話を聞かれたことはないですか?
飲み屋の階段で亡くなったという方はけっこう多いみたいですよ。
特に危険なのが、店が地下にある場合のせまくて急な階段だそうです。
ちょっと資料が古いですが、「不慮の事故死」について見てみますと、
平成20年度の統計で、高齢者が圧倒的に多い「窒息」の9419件をのぞいて、

「交通事故死」が7499件、これが件数の第1位になります。
そして第2位が「転倒・転落」の7170件・・・
もちろんこれには自殺は含まれていません。
件数的には交通事故死とほとんど変わらないんですよね。

ちなみに第3位が「溺死」の6464件、第4位が「火災」の1452件、
第5位が「中毒」の895件、その他が5254件。・・・このその他というのも、
詳しく見てみると、じつにいろいろな死に方があって興味深いのですが、
今回はふれないことにします。
年間で交通事故の死者とほぼ同数くらいが転倒・転落で亡くなっているのは、
統計を見てはじめてわかりました。

で、高校の恩師の話に戻って、遠征の2日目の朝ですね。
自分が旅館で朝起きて、他の部員を起こして顔などを洗わせているとき、
なぜか地元にいるはずの校長先生が他の先生方とともに姿を見せ、
「ちょっと」と言って自分を別室に呼び出し、

「じつは監督は昨夜亡くなったんだ・・・」こう切り出されたんです。
最初、それを聞いて、何を言ってるのかわかりませんでした。
前日の試合で大声で怒鳴っていた人が亡くなった・・・なんて信じられませんよね。
「ええーっ、嘘ですよね!!!」 でも、校長先生がわざわざ来られて、
そんな冗談を言うはずがないし・・・

ということで、そのときはパニックになりました。
詳しい事情は自分ら生徒には説明してもらえず、
(まあ、名誉といえる亡くなり方ではないですし、
 生徒を宿舎に残して夜の街に出かけたのも問題になるでしょうしねえ)
その日以降の試合は棄権して地元に戻ったんです。

それから地元で監督の火葬、葬儀が行われ、
キャプテンだった自分はどちらにも参席させていただきました。
そのころには噂で、監督がどうやって亡くなったかということを伝え聞いていまして、
「飲み屋の階段は怖い」ということが強烈に頭に焼きついているんです。
ですから、自分が飲みに出かけたときは、
階段はとくべつに注意を払って慎重に昇り降りするようにしています。
みなさんもお気をつけになってください。

さて、酔って飲み屋の階段で転落死した有名人といえば、
推理作家の小泉喜美子氏がやはり脳挫傷で亡くなっています。
『弁護側の証人』などが代表作です。それから、小説家、
劇作家、ミュージシャンと幅広く活躍していた中島らも氏。
アルコール中毒、薬物中毒の噂がずっとついて回ったデカダンな作家でしたが、
ついにというか、飲み屋の階段から転落して、脳挫傷による脳内血腫のため緊急入院、
15時間におよぶ手術を行なったものの、回復にいたりませんでした。

らも氏はホラー短編も書いていて、遺作となったのは、
事故の3日前にホラー・アンソロジー「異形コレクション・蒐集家(コレクター)」
のために書き上げた『DECO-CHIN』という作品。
これはちょっと、ここでは紹介できないようなムチャクチャな内容の話なんですが、
傑作の呼び声が高いものです。もし機会があればご一読を。







家のオカルト

2019.04.19 (Fri)
今回はこういうお題でいきます。これはかなり大きなテーマですね。
ホラー映画や小説でも「家もの」といえば、一つのジャンルを形成しています。
ホラー小説を書く人は、一度は家ものに挑戦してみたいと
考えることが多いんですが、これまで、さまざまなアイデアが
出つくしている感があるので、新味を出すのはたいへんそうです。

『ヘルハウス』
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では、なぜ家ものホラーの作品が多数あるかというと、
時間の経過とともに変化していく心理が、描きやすいからじゃないかと
思います。どういうことかというと、典型的なストーリーとしては、
まず、ある家に新しく家族が引っ越してきます。

これ、日本だと一軒家を中古で買うというケースはあまり多くないんですが、
アメリカでは普通にあります。で、越してきた家族の父親が仕事を
チェンジしたりしてて、明るい陽光の中、希望に満ちた雰囲気で始まる
筋書きが多いんです。そして、新しい暮らしの中で、
少しずつ奇妙な出来事が起こり始める。

ここで、希望が不安に変わりますが、気のせいだと思い込もうとします。
ですが、ついに怪異の存在を信じざるをえない決定的な事態が起こり、
不安はさらに恐怖に変化します。家族の結束も崩れ、
中には怪異の側に取り込まれてしまう者も出てきます。

『ハウス』
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そして、それまではチラチラとしか出てこなかった怪異の正体が姿を現し、
驚愕の真相が明らかになる・・・こんなパターンがほとんどですよね。
家ものホラーは舞台が限定されてるので、その中で、
日常に非日常が侵食してくる過程が描きやすいわけです。

自分が書く怖い話で、家ものは多くはないんですが、
これは理由がはっきりしていて、家ものにすると長くなってしまうからです。
時間的に長いものを書くのは無理なので、どうしても、
スケールダウンした「部屋もの」になってしまいます。

関連記事 『剥製の家』

みなさんが実話怪談や漫画で読む中にも、部屋ものは多いですよね。
その理由の一つには、短編に向いているということがあげられます。
あと、日本だと賃貸アパートに一人暮らしというのは普通ですが、
アメリカでは学生はお金がなく、ルームシェアが盛んなので、
「ルームメイトもの」という派生ジャンルがあります。

『パラノーマル・アクティビティ』
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さて、日本で最近の家ものでヒットしたのが『呪怨』のシリーズです。
夫に惨殺された伽椰子(と魔界に引き込まれたその息子)の怨念により、
その家に一歩でも足を踏み入れるとか、少しでもかかわった者は
必ず悲惨な死に方をして例外はありません。

最初から怪異の原因がわかっているので、映画に謎解きの要素は
あまりなく、登場人物がどうやって死んでいくのかが
見どころになります。雰囲気で押していく日本のホラー映画の
特徴がよく現れた作品かなと思います。

『呪怨』の家


で、この『呪怨』ですが、自分のアメリカ人の知り合いに見せると、
違和感を口にする人がけっこういるんです。「伽椰子の怨念がいくら
強いといっても、しょせん一人じゃないか。相手は魂だけの
幽霊なんだから、肉体も魂も持っている生きた人間が、
ああも簡単に負けて殺されてしまうのは変じゃないか」

こんな感想を持たれることが多いんです。
まあ、アメリカ人の多くは、生きていくことは戦いだと思っているので、
こう考えるのはわからなくはないです。あと、「伽椰子とは関係のない
人間が、家に入っただけで死ぬほど呪われるのは変だ」

『ホーンテッド』
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これも無理のない考え方だと思います。実際、江戸時代の幽霊話は、
すべて因果ものでした。『四谷怪談』のお岩さんは、
自分を殺した夫への恨みで怨霊化するわけですが、
関係のない人間に祟ることはありませんよね。

『四谷怪談』は芝居ですので、観客は怖いと思いながらも、
お岩さんの恨みが晴れるよう応援し、夫の伊右衛門が悲惨な目に遭うと
「因果応報だ、ざまあみろ」と思うわけです。それが、
現代のホラーは、地雷を踏むような感じで、何も悪いことをしていない
人間が死んでしまうというように変質してきてるんですね。

『悪魔の棲む家』
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あと、西洋のホラーは何らかの形で悪魔がかかわっていることが
多いんです。『ローズマリーの赤ちゃん』は、マンションの住人全員が、
悪魔を信奉するサタニストでしたし、家ものホラーの定番『ヘルハウス』も、
悪霊の正体ベラスコは、生前、悪魔主義的な儀式をくり返し、
自分の魂を鉛で封印された部屋に閉じ込めていました。

スペイン映画の『REC』なんかも、たんなるゾンビものではなく、
アパートの中で、悪魔憑きが感染していくという内容でした。
ただ、この形は日本では難しいので、例えば、悪魔のかわりに、
古墳から掘り出された古代の精霊とかにする必要があります。

さてさて、ほんのちょっとさわりを書いつもりなんですが、
予定の字数が尽きてしまいました。やはり家ものというのは大きな内容を
含んだジャンルなんですね。そのうち続きを書きたいと思います。
では、今回はこのへんで。

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鏡の中の顔の話

2019.04.18 (Thu)
あ、どうもコンバンワ。じゃ、話を始めさせてもらいます。
私、・・・本名は山根正一って言うんです。
でも、今住んでる街でその名前で呼ぶ人はいません。
自分から言ったことないし、知ってる人、ほとんどいないんじゃ
ないかな。お店では、シャーリーって呼ばれてます。
あ、はい、働いてるお店は女装サロンなんです。・・・こう言うと、
一般の人はゲイバーと勘違いするんですけど、
全然違うんです。あと、ニューハーフバーとも微妙に違います。
ああ、すみません、よく聞かれることなんですけど、
ここのみなさんは、こんな話 興味ないですよね。
それで、3週間くらい前ですね、私と、

いっしょに働いてるダリアって子と別のお店で飲んでたんです。
そこで2人の学生さんと知り合いまして。その人たち、大学の
心霊研究会ってサークルに所属していて、幽霊とか心霊スポットの
話をいろいり聞いてすごく盛り上がったんです。
私たちの仲間って、占いとかパワーストーンとか、
スピリチュアルにはまってる人が多いんですよ。毎日占いを見て、
その日着てくるドレスの色を決めるとか。
それで、そのときですね、ダリアが「私、幽霊とか信じない」
って言ったんです。「この世界、よく自分は霊感があるって言ってる人
 いるけど、そんなの目立ちたいための嘘か、メンヘラが入って
 るだけだから。ほんとうに幽霊がいるのなら見てみたい」って。

そしたら、学生さんたちはそういうのに慣れてるのか、にやにや笑って、
「じゃあ、お店が休みの日いつ? そのときに俺らと、
 霊感があってもなくても、誰でも絶対に心霊現象を体験できる
 スポットがあるから、いっしょに行かない?」って誘ってきたんです。
そしたらダリアはすぐ、「行く、行く、連れてって」って答えて。
そのとき、「あーこの子、またそんな簡単に返事して」って思ったんです。
私、幽霊は怖いし、いると思ってるんです。
結局、その場のなりゆきで私もついてくことになり、
お店が休みの次の月曜日の夜9時に、近くの駅前まで車で迎えにきてくれる
ことになったんです。ダリアはすごく乗り気で、
「きゃ~楽しみ、何 準備しておけばいいの?」って聞いて。

「うーん、いちお廃墟だから、ジーンズとかはいて来たほうがいい。
 それと足元が危ないから、ヒールのあんまり高くないブーツか
 スニーカーで。あとは懐中電灯くらいかな」そのとき、
ダリアはちょっと残念そうな顔をしたんです。あの子、プライベートで
出かけるときも、いっつも派手派手なドレス着てましたから。
それで翌週の月曜日になり、メールで連絡がきて私たちが待ってると、
学生さんたちがレンタカーで迎えに来てくれて、
それから1時間近く走って、郊外にある低層マンションの廃墟に行ったんです、
学生さんたちは、そこで殺人事件があったとか、
オーナーが借金で首を吊ったとか、私たちを怖がらせようとしてだと
思うんですけど、いろいろ話をして。私はけっこう怖かったですよ。

でも、ダリアはまったく平気で「でも、そんな事件があったなら
 新聞に載ってるよね」みたいに反論してました。学生さんたちは、
「まあね」と話を続け、「そのマンション、いちお立入禁止の札が立ってるけど
 誰でも入れるから、スプレーの落書きだらけなんだ。けど今日は月曜だから、
 たぶん他に来てるやつはいないと思う。で、そこの3階の4番目の部屋、
 ドアに幽霊の絵が描かれてて、一番危険な場所って言われてる。
 ガラスとかあちこち割られてるんだけど、その部屋の浴室にある
 つくりつけの鏡は残ってて、夜に一人でその鏡を見ると自分が死ぬときの
 顔が映るって噂になってる」そう言ったんです。
ああ、怖いって思ったんですけど、ダリアはキャハハと笑って、
「見る、見る、絶対に見るから」すごくテンションが高くなってました。

それで、そのマンションに着いて駐車場の跡地に車を停めました。
他の車はなかったんで、来てるのは私たちだけだと思って少しほっとしました。
幽霊も怖いけど、他のグループとトラブルになるのも怖かったんですよ。
その学生さんたち、ケンカとかあんまり強そうに見えなかったので。
さっそく全員が自分の懐中電灯をつけ、マンションの入口を照らしました。
たしかに落書きだらけでした。「ここは鍵かかってるから」
学生さんの一人がそう言い、1階の部屋のベランダの割れたサッシから中に入って
いったんです。それで、中にはいってちょっと拍子抜けしました。
生活感がまったくなかったんです。ああ、これ、入居者が入る前に
建設中止になったんだなって思いました。だから、家具もないし、
新しい壁にスプレーで落書きがされてるだけで。

私、廃墟に入ったのはそのときがはじめてなんですけど、そういうのって、
生活感があるから怖いんじゃないですか。壁にカレンダーがかかってたり、
仏壇があったりとか。ダリアもそう思ってるみたいでしたね。
それで、1階の数部屋に入ったんですが、どこも同んなじつくりでした。
期待に反して? 私たちがあんまり怖がらないのを見て、
学生さんたちは「じゃ、3階の鏡のある部屋に行こう」そう言って、
もちろんエレベーターは動かないので、非常階段を上っていったんです。
それで、問題の部屋ですけど、ドアにはたしかに幽霊の絵があって、
すごく上手だったんです。真っ黒い目をした女の子がぼうっと立ってて、
その目の穴から赤い血がしたたってる。スプレーじゃなく、
油性マジックとかだと思いました。学生さんの一人が、

「あんまり怖くないみたいだから、じゃ、この部屋、一人ずつ入って
 浴室の鏡見てくることにしない。自分が死ぬときの顔は一人じゃないと
 見られないっていうから。大丈夫、ドアは開けっ放しにして、みなで待ってる」
それ聞いてやっぱり怖くなってきました。ダリアはすごくはしゃいで、
「やる、やる、待ってました~」って。それで、学生さん、私、学生さん
ダリアの順に部屋に入ることになったんです。最初の学生さんが終わって、
黙ったまま出てきました。次が私の番で「浴室は左側だから」って聞いて、
懐中電灯で照らしながら、こわごわ入っていきました。
浴室のドアを開けたら鏡があるのがわかりましたが、
私、そこでやめちゃったんです。まさか自分が死ぬときの顔が映る
はずはないと思うけど、万が一ほんとうだったら・・・

それで、見ないまま戻ったんです。次が学生さんで、最後がダリアの番。
ダリアはわざと懐中電灯の光を上下に散らしたりしながら入ってって、
少しして「ぎゃ~~~~」ってすごい悲鳴があがったんです。
ダリアの声です。学生さん2人がすぐ入っていき、怖いので私もついてったら、
ダリアが浴室でうずくまってて、鏡が割れてたんです。
暗くてよくわからなかったですが、ダリアの手から血が出てるようでした。
ダリアの両脇を学生さんたちが抱えて車まで戻り、両手の指が切れてたので、
タオルでくるんで救急外来のある病院に連れてったんです。
その間、ダリアはおびえた顔で、一言もしゃべりませんでした。
たぶん、鏡はダリアが素手で叩いて割ったんだと思います。結局、
ダリアの傷はたいしたことはなく、縫うまでもいかなかったんですが、

気まずい雰囲気になって、学生さんたちとは別れたんです。次の日、
出勤する前に、私のスマホにダリアから「お店休む」って連絡が来て、
「ケガが痛むの?」って聞いたら、「そうじゃなくて、鏡を見るのが怖くて
 お化粧できない」って言うんです。「え? 昨夜、何を見たの?
 ホントに自分が死ぬときの顔?」そう聞いたら、少し間をおいて、
「・・・50歳くらいの太ったオッサンの顔、白髪で無精ヒゲの」
それで切れちゃいました。それから、ずっとダリアはお店を休み、
街からいなくなっちゃったんですよ。噂だと、女装サロンで働いてるってことが
どうしてか実家の両親にばれてしまい、ダリアの部屋に押しかけてきて
さんざん説教されたり叩かれたりしたあげく、無理やり連れ戻された
ってことみたいです。それ以来、連絡はありません。





 

現代仏教はどこへいく

2019.04.18 (Thu)
アーカイブ81

辻説法する日蓮
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うーん、この内容はあんまり書きたくないんですよね。
じゃ、書かなければいいだろうと言われそうですが、近年、お寺さんに対する
苦情を耳にする機会がすごく多いんです。それで、やはり問題提起を
しておく必要があるんじゃないかと思いました。もし、当ブログの読者に
僧侶の方がおられて、気を悪くされたら申しわけないです。

どういう苦情を聞くかというと、「戒名料が高い、ぼったくりだろう」
「毎年の檀家料がどんどん値上がりしてる」 「寺の改修費を徴収されたが、
新しくできた本堂の天井に天女の画が描かれた。あんなもの必要なのか?」
まあ、この手のお金の話は昔からあります。

永平寺の修行僧
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それ以外にも、「檀家になってる寺で、若い住職が親の跡を継いだが、
何もものを知らない。仏教の話もこっちのほうがまだ詳しいくらいだ」
「今の住職はBMWなんか乗り回して、葬式の後の会食でも、
さんざんに食って飲んで偉そうにしてるだけだ」 「あそこの寺の住職は、
悪ガキだった息子を、われわれの檀家料で学費の高い私立大学に入れた」
こういう苦情も多いんですよね。

なぜこんな話が出るのかというと、いろんな原因がありますが、
もっとも大きいのが、地域にあるお寺が世襲制になったことだと思います。
もっとも、宗派の総本山などの大きな寺は、
一般的には、代表者は世襲ではない場合が多いんですが。
あと、観光客の拝観料で成り立ってる有名寺院もまた別です。

さて、ではここでお寺の歴史を少しふり返ってみますが、
江戸時代以前のことを書くと内容が膨大になるので、江戸初期あたりからにします。
江戸時代、お寺は半官営と言ってもよく、これは役所としての役割があったからです。
江戸近辺のお寺は、幕府の寺社奉行の管轄下だったのはご存知でしょう。

女犯で晒の刑を受ける江戸時代の僧侶
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この始まりは、1612年に出されたキリスト教禁止令からです。
これ以後、棄教をした転びキリシタンに「寺請証文」を書かせました。
その元キリシタンが、あるお寺の檀家となったという証文ですね。
さらに進んで、武士、町民、農民、どの身分の人も、特定の寺院に所属して檀家になり、
住職は、彼らが自らの檀家であるという証文を発行しなくてはならなくなりました。

これを「寺請制度(檀家制度)」と言うんですが、仏教を国教とすることに
等しい政策だったんです。寺請証文がないと無宿人あつかいになります。
また、旅行や居住地の変更をするさいにも寺請証文が必要で、
江戸時代のお寺は、まさに現代のお役所だったわけですね。

では、現代と違うのはどこかというと、江戸時代は、特定の一部宗派をのぞいて
僧侶は妻帯を禁じられていたことです。また、「女犯(にょぼん)」も
厳しく取り締まられ、女犯が発覚した住持僧は遠島、その他の僧は晒しの上で、
所属する寺院・宗派から破門、追放処分になりました。
(江戸時代以前は、意外にそう厳しくはありません。)

「葬式仏教」という批判
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なぜ、女犯戒があったかはおわかりですよね。仏教というのは、
ただたんにお経を読んでいればいいというわけではなく、学問であり、
僧侶の目的は、仏教哲学的な真理の追求にあったからです。
異性へ心を惑わすことはその妨げになります。そして、
周囲に学識を認められた者だけが、住職になることができました。

これが一変したのは明治になってからです。1872年、太政官布告が発布され、
「僧侶の肉食妻帯はこの布告をもって自由である」とされました。
これはべつに、僧侶の人権に配慮してのものではありません。
明治政府が、天皇を中心とした国家神道を、国を支える基盤と決めたためです。



仏教は用済みになったわけですね。もう国では仏教の面倒は見ない。
だからお前らは勝手に事業を起こして食っていけ・・・これには、江戸後期に
隆盛した国学の影響が大きいんですが、ここで、お寺の世襲制が始まり、檀家料、
戒名料、墓地管理料、供養料などで寺院は経営されていくことになりました。

収入の保障がなくなったため、ある面ではしかたのないことかもしれません。
ですが、お寺が世襲になったため身分の保障はあり、
「学問をしない、修行をしない、奉仕活動をしない、布教をしない、説教をしない」
こういう坊さんがたいへんに多くなりました。

ちなみに、僧侶の妻帯が認められている仏教国は日本くらいです。
チベットも中国もタイも、基本的に妻帯は認められません。
また、キリスト教では、プロテスタントの牧師は結婚できますが、
カトリックの神父は原則、禁止になっています。

托鉢僧
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現在の仏教界には「葬式仏教」という批判が強いですよね。「檀家を抜ける、
墓所をお寺から移す、葬式は坊さんを呼ばず無宗教のお別れの会にする、
墓はつくらず自然葬にする、散骨する」・・・こういう家庭が増えてきたのは、
お寺にお金を払う無意味さに気がついてきたからと言えると思います。

さてさて、坊さんたちは、このような現状をどう思ってるんでしょうかね。
実際、上に書いたような歴史を知らない坊さんも多いんです。
そのくせ、葬儀のときにはふんぞり返って偉ぶってる。
これでは反感を買いますし、最初に出てきたような苦情が増えるのは当然です。
ということで、日本の仏教はきわめてヤバい状況にあります。

現在の高齢者がみな鬼籍に入る頃には、相当に衰退していることでしょう。
かといって、いまさらお寺の世襲制を廃止することもできませんよね。
坊さんは、お寺の中にばかりいないで、托鉢や辻説法でもしてみたらどうでしょう。
その手のことをしてこそ、宗教的情熱を呼び覚ませるんじゃないかな。
では、今回はこのへんで。

kakakakai (5)




アーカイブ 年髪様の話

2019.04.18 (Thu)
これは5年前、88歳で亡くなった祖母から聞いた話です。
祖母は大正の終わりごろの生まれで、戦争が終わるまである村で過ごし、
その後、市部のほうへ出てきたんです。大陸での戦火が激しくなる
昭和10年代以前は、比較的裕福で、のどかな村だったということです。
また、そこには曹洞宗のお寺があり、夏休みには子どものほとんどがお寺に集められて、
2日間の座禅講を行ったそうです。ただし男女は別々の日で、女の子は全部で15人ほど。
これは学校の行事ではなく、その寺のご住職が善意で実施していたもののようです。
メインは座禅でしたが、そこは子どものことであり、
長い時間はとうていもちません。それで、途中でお習字をしたり、
墓所の草むしりをしたり、子ども向けに易しくした法話を聞かされたりしたということでした。
まあ、田舎にあっては楽しい行事と呼べるものですが、怖いことが2つあったそうです。

その一つは、法話の途中で六道絵を見せられることで、
あの餓鬼道、畜生道、地獄道、天道・・・という。その中でも、
やはり子ども心に強烈に印象に残るのは地獄絵で、毎年のことでも、6年生になっても、
火で焼かれたり鬼に煮え湯を飲まされる人の姿は、やはり怖ろしかったそうです。
もう一つは、夜に行われる肝試しです。夜は広い本堂の板の間のあちこちに、
各家から持ち寄った蚊帳を吊って寝るのですが、その前に行われるのです。
まず、夕餉をいただいた後の6時ころに、みなが本堂に集められて
怖い話を聞かされます。これはまさかご住職がするわけにはいかないので、
村に住んでいる退職した小学校の先生の役目でした。元とはいえ学校の先生ですから、
そうおどろおどろしい話はしません。そのあたりに伝わる怪しの話が中心で、
毎年中身は違っていたそうです。これからお話するのは、祖母が5年生のときのことです。

その年のお話は「年神様」についてのものでしたが、
他の地域で言われている、正月にやってくる神様とはかなり違っていました。
祖母の話では判然としなかったのですが、
もしかしたら「年髪様」という字を書いたのかもしれません。
そこのお寺は、神仏習合の名残があって、お寺の裏山に50段ほどの石段が続き、
それを上ると小さなお社が建っていたそうです。子どもたちは話を聞き終わると、
年長の子と年下の子、例えば6先生と1年生という具合でペアをつくり、
ロウソクを一本持たされて、手をつないで石段を上っていきます。
そうして、お社の前のロウソク立てで燃えている火をそれに移し、お供えしてくる。
これだけのことで、時間にすれば1ペア10分もかからなかっただろう
ということでしたが、それはそれは怖かったそうです。

というのも、その年のお話は、山の上のお社に関係したものだったからです。
こんな内容でした。・・・夜になってから、そこのお社にお参りする場合、
行きは何も問題ないが、帰りに石段を下りるときは、
どんな気配を感じたとしても、下りきるまで絶対に後ろを見てはならない。
なぜなら、年髪様が後をついてこられるからです。
その姿は、顔も体もない、ただ長い髪だけが宙に浮き、漂っているというものでした。
・・・これだけなら、どこにでもありがちな話なのですが、
わたしが変わってるなと思ったのは、もしもふり向いてしまった後のことです。
そういう者は、宙に漂っている髪が顔におおい被さってきて、
なんと寿命を吸われてしまうということでしたが、死ぬまでではありません。
運がよければ3年、長いと8年、寿命が短くなってしまうのです。

ええ、口もないその髪のかたまりが「◯年いただき申した」と女の声でささやくんだそうです。
これを聞かされてから、夜のお社に行かされるのはたまったものではないでしょう。
でも、そこは事故が起こってはいけませんし、まして火を使うのですから、
石段の途中の藪や山の上のお社の陰に、子どもたちの父母が数人潜んでいて、
危ないことがないか見張っていたということでした。
まあ大人は大人で、子どもたちをだしにした納涼の楽しみごとであったのかもしれません。
祖母は2番目で、2年生の子とペアにさせられました。
その子は無邪気にはしゃいでいて、これは歳上の自分が怖がってるところは見せられない、
と思ったそうです。祖母たちが石段前の鳥居の横に着いたとき、
1番目の子らのタタタという足音が聞こえ、すぐにその子らが駆け下りてきました。
祖母は世話役の大人から真新しいロウソクを渡され、

左手に握り、右手は年下の子の手を取って、そろそろと石段を上っていきました。
真っ暗ということはなかったです。お社の前には篝火があり、
その灯りが石段まで届いていたのですね。祖母は「怖くない、何もいない」
と心のなかで唱えながら、急がぬように段を登っていきました、それでも、
わずかの時間でお社に着き、すでにロウソク立てで燃えているロウソクから火を移し、
落ちぬようにしっかりと立て、また手をつないでそろそろと戻ってきたのです。
本来なら、行きよりも帰りのほうが怖くないはずです。
上りではお社は見えませんが、下りは登り口の鳥居がまるまる見えましたから。
でも、年髪様がついてくるのはその下りなのです。
「急がぬよう、急がぬよう」わざとゆっくりと下って、踊り場のようになった場所をこえ、
半分を過ぎたあたりでです。「後ろに何かいるよ」と年下の子が緊張した声で言いました。

そう言われればそんな気もしましたが、ふり向いてはいけない。
そう考えて、握った手に力を込めたとき、ばっと突然、
祖母の顔の横に黒い髪の毛のかたまりが現れました。「ぎゃー」と祖母は叫び、
年下の子も叫びました。そのまま走り下りようとしたところ、
足がもつれて2人一緒に転んでしまいました。急な石段ではないので、
何段も落ちるということはなく、ケガもしなかったのですが、
着ていた浴衣が汚れてしまいました。すぐに「何やってるお前ら!」という男の怒鳴り声、
それから「大丈夫だ、〇〇子、動くなよ」と女の人の声がして、
祖母と年下の子のところに大人の女の人が駆け寄ってきました。
ええ、隠れていた大人の人たちですね。すぐに藪の中から、大人の男が、
男の子ども2人の首根っこを押さえて現れたんだそうです。

一人の男の子の手には竹の棒が握られ、その先には糸がついていて、
さらにその糸には鬘(かつら)のようなものが・・・ 
ええ、どちらも祖母と同じ小学校の6年生の男子でした。
女の子たちの肝試しでおどかしてやろうと思ってそっと家を抜け出し、
夕刻から潜んでいたものの、大人もいるのでタイミングがつかめず、
一番目のペアには何もできずに、祖母たちが戻ってくるときに初めて、
通り過ぎた後ろに鬘を垂らしたのです。
まあねえ、子どものイタズラなんでしょうが、石段から転落するおそれもありますし、
その子らは寺に連れて行かれて、大人たちに囲まれて大目玉を食らったそうです。
まあ、こういう話で、ええ、これだけなら祖母らは怖かったでしょうが、怪異は何も
起きてはいません。ですが、この話にはなんとも言えない後日談があるんですよ。

いよいよ時局が押し詰まって、大陸での戦いが激しくなり、
その男の子らも他の子とともに出征することになりました。
でね、イタズラをした子の一人が出征する数日前に祖母の家の裏の畑に来ていて、
祖母が用事で出てくると、やや離れたところから大声で、
「俺、戦争に行ったら帰ってこられんから。あのお社の肝試しの後、
 年髪様にそう言われた」これだけを叫んで駆け去っていったんだそうです。
ええ、その子は自分の言葉どおり、南方に行って帰ってきませんでした。
輸送艦に乗っているところを撃沈されたので遺品もなしです。
もう一人のイタズラした子も南方のジャングルで戦死。
もちろん村からの出征者で、亡くなったのはその子らだけではないのですが、
このときのことはずっとずっと、祖母の心に残っていたそうです・・・ 

あじゃじゃきうあ




子どもとオカルト

2019.04.17 (Wed)
『オーメン』リメイク版


今回はこういうお題でいきます。カテゴリはオカルト論です。
怪談で、子どもが出てくる話はいろいろ思いつきますが、
自分はあまり書かないですね。怖い話の創作を始めた最初のころに
「ミキちゃんの人形」というのを書いたものの、
これはちょっと本道ではないと考えて自粛してるんです。

関連記事 『ミキちゃんの人形』

さて、子どもの怪談の場合、大きく分けて、
子どもが何らかの被害に遭う話と、子どもの幽霊が出てくる話の
2つがあるんじゃないかと思います。子どもが被害に遭うということでは、
昔からあるのが「神隠し」譚です。

昔の神隠しは、基本的には、神域とされる山や森で起きることが
多かったんです。何らかの事情で、禁じられている山に入って
しまった子どもが戻ってこない。そういう場合、
その山にすむ神様に隠された、あるいは山の天狗にさらわれた
などと言われました。神隠しの別名が「天狗隠し」です。

柳田國男の『遠野物語』には「寒戸の婆」という話が収録されており、
寒戸という家の8歳の女の子が外で人形を持って遊んでいたが、
いつのまにか姿が見えなくなった。みなで探したら、
庭の梨の木の根もとに、履いていた赤い草履と人形がきれいに
並べられているのが見つかっただけ。

「寒戸の婆」
zzaas (1)

村の衆大勢で探したがどこにもいない。家の主人はしかたなく、
女の子がいなくなった日を命日として供養を続けていた。
それから何十年もの歳月がたち、主人は亡くなって息子の代になり、
ある風の強い日、外でその子の供養をしていると、
ぼろぼろの着物の見かけない婆さんがいる。

怪しんだ人々が身元を尋ねると、なんと供養されている女の子
本人だと言う。驚いて家の中に入るように手を引くと、
婆さんは、「そんなことはしていられない、みなが元気なのを見て
安心した」と言い、どこへともなく消えてしまった。

それ以来、風の強い寒い日に子どもがいつまでも外で遊んでいると、
大人たちは、「こんな日には寒戸の婆が来るぞ」
そう、子どもたちをおどしつけた・・・こんな話です。
上で書いたように、昔の神隠しは神域で起きるとされていたので、
自宅の庭でいなくなるというのは、本来の形ではない気がします。



これは、今で言えば何者かに拉致・監禁されたということを
示唆してるんじゃないでしょうか。昔の村でも、完全に外界から
孤立していたわけではなく、物売りや旅芸人、武士なども入ってきて
いたので、それらの者にさらわれたのかもしれません。

また、昔は飢饉の年などには、口減らしで子どもを殺してしまったり、
女の子なら人買いに売ったりということもありました。
その手の人買いは昭和30年頃までは珍しくなかったんです。
ある家から急に急に子どもがいなくなり、

隣近所では、薄々その事情を察してはいても、共同体の中で
事を荒立てないようにするため、「神隠し」という便利な言葉が
使われたのかもしれません。怪談の『累ヶ淵』でも、
2人の子どもを川に落として殺してしまったのが、村の中でいつまでも
発覚せず、親が罪に問われなかったことが怪異の始まりでした。

さて、次に子どもの幽霊について見ていきますが、
「鞠をつく女の子」の霊というのを映画などで見たことがあるという
人も多いんじゃないでしょうか。日本だと、振り袖を着たおかっぱの
10歳以下くらいの女の子が、いっしんに手鞠をついている。

じつはこのイメージ、外国にもあるんですね。下の画像は、
1973年の古いイタリア映画、『呪いの館』からのものですが、
鞠を持っているのは、馬車に轢き殺された7歳の女の子で、
この子の姿を見た者はみな死んでしまう、という筋だったと思います。

『呪いの館』
zzaas (2)

日本から伝わったというより、洋の東西を問わず不気味なビジュアル
として怪談になりやすいんでしょう。子どもは何を考えているか
わかりにくいですし、大人の常識が通じない場合が多い。
そういう点で、幽霊として登場させると扱いやすいかもしれません。
『呪怨』シリーズの、あの青白い子どもなんかがそうですね。

あとは、子どもの頃だけ、大人に見えないものが見える
といった話もあります。映画の『シックスセンス』には、
いつも霊が見えてしまって、怯えきっている少年が出てきますが、
あんな感じです。そしてその能力は、成長すると失われてしまう。

『シックスセンス』
zzaas (4)

モダンホラーだと、子ども特有の無邪気さで、善悪もよくわからないまま、
周囲を害していってしまうといった内容のものもあります。
ジョディ・フォスターが主演した『白い家の少女』はそんなストーリーでした。
あと、『オーメン』のような悪魔の子どもの話は、日本にはなじまないですね。

さてさて、ということで、いまいちまとまらない内容になって
しまいました。子どもの怪談・オカルトについては、
まだまだ書くことがあるんですが、続きはまたの機会とさせてください。
では、今回はこのへんで。

関連記事 『神隠し』






アーカイブ 夜が来る話

2019.04.17 (Wed)
今晩は、都内の大学に通っている山尾と申します。よろしくお願いします。
私、大学の3年生なんですけど、今年の10月にアパートを引っ越したんです。
はい、前のアパートが、道路の拡張工事に引っかかって取り壊されるためです。
そのことは前から言われてたので、8月ころから新しい部屋を探してました。
不動産屋さん回りをしてたら、すごく条件のいいところが一ヶ所あったんです。
前のところよりも大学に近くて、電車を使わずに通えそうな距離で、
しかも家賃も1万円ほど安いという。それで、現地を見にいったとき、
不躾かと思ったんですが、不動産屋さんに、「こんな家賃なのは、
なにかわけがあるんですか?」って、思いきって聞いてみました。
そしたら、不動産屋さんはちょっと困った顔をしましたが、
外に出て、アパートの裏手側に回ったんです。

そこですね、道をはさんで墓地になってたんです。もちろん高い塀に囲まれてるので、
外からは墓地だとはわからないんですけど。
でも、私はあんまり気にならなかったんですよ。というのは、空いていた部屋は
2階のいちばん端で、お寺の区画は切れてて、窓からはお墓が見えなかったんです。
不動産屋さんは、「所有者からははっきり聞いてはいませんが、こういう事情で
 他所よりお安いんだと思います」こう話してました。
それで、立ち退きの期限もあったので、そこに決めちゃったんです。
それとですね、今回の話に関係があるんですけど、キッチンのついた一間の部屋の
中を見せてもらってるとき、ガス台の上、換気扇があるところの横に、
金属の赤い箱があったんです。はい、天井から10cmほど下で、
もちろんイスとかに上がらないと手が届かない高さです。

「あれは?」って聞いたら、「ああ、ガス検知器です」という答えで、
たしかに、真ん中に小さなライトが一つ点滅していました。
そのときは納得したんですけど、今考えれば赤い色って変ですよね。
で、引っ越しをしました。荷物が少なかったので、業者には頼まず、
大学のサークル仲間で免許を持ってる人が運んでくれたんです。
その日の夜は、お礼に、新しい部屋でピザなんかをとって、
少しお酒を飲んだんですけど、一人、「この部屋、なんかなあ」っていう友だちがいて、
「何?」って聞いたら、「気を悪くしないでね。ケチをつけてるわけじゃないんだけど、
 この部屋、暗く感じない」じつは、私もそう思ってたんです。けどそれは、
部屋の照明が古くなっているせいだと考えてました。蛍光灯だったので、
新しい大家さんに、LEDとかに変えられないか話してみようと思いました。

それから、1ヶ月は何も起きなかったです。照明のほうは旧式で、
LEDは無理だったんですけど、蛍光管を変えたら明るくなりました。
先月のことです。夜の8時ころでしたか。バイトから帰って、
キッチンで料理してました。簡単な献立ですけど、生活費節約のために、
毎日自炊してたんです。そしたら、フライパンの油がパチンとはじけて顔にあたり、
びっくりして横の壁にドンとぶつかってしまって。そのとき、ウインウインって
サイレンの音がすぐ上から聞こえて、見るとガス検知器のライトの点滅が激しく
なってました。あわてて火を消したんですが、ガスの臭いはしなかったです。
私がぶつかったせいだと思って、見てみようと机からイスをひっぱり出してるうち、
音は消えて、点滅も収まったんです。はい、それから2週間後くらいですね。
その日は遅く、11時ころに部屋に戻りました。

冷蔵庫から飲み物を出してると、携帯が鳴ったんです。出てみると地元にいる母でした。
「あ、お母さん、どしたの、こんな時間に?」実家は夜が早くて、
ふつうはもう寝てる時間なんです。母はいつもののんびりした声で、
「お父さんの具合が悪くってねえ」 「え?どういうこと?」
変なことを言うなあと思いました。私の父は4年前に病気で亡くなってて、
母は、実家で兄の家族と同居してるんです。「お父さんてどういうこと?」
そしたら少し沈黙があって、「・・・そっちは停電してないのかい?」って。
「何言ってるのよお母さん、私のとことそっち、すごく離れてるじゃない。
 お母さんのほう、停電なの?」 「そうかい、停電じゃないのかい・・・
 じゃあ、が来るよ」そこで電話は切れました。その途端、
部屋の電気がぱっと消えたんです。「え、え? ホントに停電?!」

ウワンウワンウワン・・・ガス検知器がまた鳴り出したんです。
赤い光の点滅で、天井がまだらになって見えました。「ああ、どうしよう?」
暗い中をキッチンまで行きましたが、もちろんガスはついてないです。
まずこれを止めなきゃと思ったんですが、まごまごしてるうちに音と光が消え、
真っ暗闇になったんです。窓のカーテンを開けてみました。
下は道なので、街灯とかの光が見えるはずなんですが、それもなくて、
この地域一帯が停電なんだと思いました。でも、地震があったわけでも、
台風でもないのに。とにかく暗くてどうにもならず、手探りで机の引き出しから
懐中電灯を出したんです。スイッチを入れると、一瞬だけつきましたが、
すぐに消えて、また真っ暗に。ああ、こんなときに電池切れ。
玄関のドアを開けて外の廊下に出てみました。そしたらやっぱり街全体が真っ暗で。

「そうだ、隣はどうしてるんだろう」はい、私の部屋は端なんですけど、
右隣の人はあいさつをして知っていて、私と同じ大学生だったんです。
インターホンを押しましたが反応ありません。ああ、停電でこれも切れてるんだと
考えて、ドアをドンドンとノックしました。そしたら、ドアが少し開いて、
「誰?」という声がしたので、「あたし、隣の山尾」そう言うと、
チェーンロックを外す音がしてドアが開きました。「あ、すみません、
 急に停電になったので、何かわかることないのかと思って」
「入って」中はぼうっとオレンジ色の明かりで、部屋のテレビ台の上にロウソクが
立ててあったんです。「あ、準備いいですね。うちは懐中電灯もつかなくて。
 どうして停電になってるかわかりますか?」 「・・・が来たから」
「え? どういうことです?」 「ほら、こっち来てみて」

隣の人は、窓に寄ってカーテンを開けました。外をのぞくと、
私のとこからは見えない塀の中のお墓が青白く光ってて、たくさんの人がいるように
思ったんです。「え、あれは?」 「死んだ人が少し出てきてるの。だから」
「ええ?」 ここで急にすごく怖くなったんです。ロウソクの光に照らされた顔が、
別人のように思えてきて。「私、戻ります」そう言って、
逃げるようにして部屋に戻ってきました。でも、相変わらず真っ暗で。
また、携帯が鳴ったんです。番号は実家から。おそるおそる出てみると、
やはり母でした。「お母さん、こっちも停電、これ、どうなってるのよ?!」
「だから、が来たんだって。もうすぐお父さんがそっちへ着くよ」
私は携帯を放り出し、部屋の鍵をかけてベッドに飛び込みました。
布団をかぶっていると、ドンドン、ドンドン、ドアをノックする音が聞こえ、

それはドカンドカンと蹴りつける音にかわりました。
でも、私はずっと布団か出ず、そのうちに音は聞こえなくなり、眠ってしまったんです。
目を覚ますと朝の気配がしました。はい、外が明るくなってたんです。
時間は9時を過ぎてましたが、その日、大学の授業は午後からでした。
まず携帯を見ました。でも、実家の母からの着信履歴はなかったんです。あと、
電気もつきました。すごく怖かったんですが、隣の部屋の前に行ってインターホンを押すと、
隣の人が出てきて、「どうしたの?」と聞くので、「昨日、停電ありましたか?」
「いや、気がつかなかったけど」こんなやりとりになったんです。
この調子だと、私が部屋に入ったことも否定されるだろうと考えて、言い出しませんでした。
・・・ここまでくると、全部が夢だったって思いますよね。
私は昨日、帰ってきてすぐに寝て、停電する夢を見てた。

そうとしか解釈しようがないです。念のために、母に電話してみました。
母はすぐ出て「これからパートに行くんだけど、どしたの?」 「昨日の夜、電話した?」
「いや、してない」・・・あとは、あのガス検知器だけです。イスに上がって金属の箱を見たら、
4隅がネジ止めされてたんです。そのときはどうにもならず、大学の帰りに
ねじ回しを買ってきて、箱を開けました。中は真ん中に一つだけ、
ブレーカーのような大きなスイッチがあって、上にあがってました。下側に白い紙が貼ってあり、
そこに筆字で「」ってあったんです。大家さんに連絡したんですが不在で、
不動産屋にかけました。担当者が出たので解約したいって話すと、理由を聞いてきたから、
一言だけ、「ガス検知器の中を見ました」そう言ったら、「・・・ああ、わかりました。
 解約は了承します。・・・次のお部屋はお決まりですか?」頭にきたので電話を切り、
友だちからつてをたどってこちらの話を聞いて、相談しに来たんです。






プロレスと移動カーニバル

2019.04.17 (Wed)
アーカイブ78

アメリカの移動カーニバル
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今回はこういうお題でいきますが、できるだけブログの趣旨に沿った、
オカルトな内容にしたいと思います。さて、みなさんはプロレスはお好きでしょうか。
自分はけっこう好きです。ただ、自分は小学校から大学まで柔道をやっていたので、
見始めた少年時代から、プロレスが、いわゆる「本気でたたかう競技」
ではないことはわかっていました。

まず、本気の競技だと、ああいうゆっくりした間にはなりません。
たえず動き回っていなくてはならず、選手同士が互いに技を出し合うという形には
ならないんです。総合格闘技はそうですよね。
また、ブレーンバスターやボデイスラムという技がありますが、
かけられるほうが踏ん張れば、簡単には人間の体は持ち上がりまん。

プロレスはすべて、細かい約束事から成り立っています。
例えば、ヘッドロックという頭を締めつける基本技がありますが、
あれは必ず左手でやることになっています。youtubeで、どれでもいいので
プロレスの試合を見てもらえばわかりますが、ほぼ100%左腕です。

カーニバル・レスラー
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これは、そのほうが、かけられた相手がバックドロップなどで返しやすい
ということもありますし、初顔同士のプロレスラーの対戦でも、
約束事があればスムーズに試合を運ぶことができるからで、ケガの防止にもなります。
数ヶ月に1試合のボクシングとは違って、プロレスは毎日のように興行があるので、
相手にケガをさせないことが大切です。

さて、自分はなにもここでプロレスを貶めるつもりはないですし、
秘密を暴くのが目的というわけではありません。アメリカ文化の一つとして、
プロレスを大いに尊敬しているつもりです。上でボクシングの話を少し書きましたが、
アメリカにおけるボクシングとプロレスはルーツが違います。

ボクシングはもともとヨーロッパで始まったもので、
それが開拓者とともにアメリカにも伝わりました。ボクシングの創成期には、
マフィアがからんだ八百長もありましたが、基本的にはガチの試合です。
これに対し、プロレスには善玉(ベビーフェイス)と悪役(ヒール)がいて、
試合の勝敗も最初から決められています。

フレンチ・エンジェル(怪奇レスラー)
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なぜそうなのかというと、アメリカのプロレスのルーツが「移動カーニバル」
からきているからなんですね。移動カーニバル(traveling carnival)は、
国土の広いアメリカをサーキットして回る興行で、みなさんも、アメリカ映画で
子どもが射的なんかをやってるシーンをご覧になったことがあると思います。

特に、テレビのまだなかった時代には、移動カーバルが町にやってくるのは、
娯楽の少ないアメリカの田舎町の住人には、たいへんな楽しみだったんです。
ちなみに、アメリカは南北にも広く、北部は冬とても寒いので、
移動カーニバルは基本的に、夏の暑い時期に北部、
冬場は南部のほうを回ることになっていました。



この移動カーニバルがアメリカ文化に与えた影響って、ひじょうに大きいんです。
SF作家のレイ・ブラッドベリには、長編『何かが道をやってくる』、
短編集『黒いカーニバル』がありますが、どちらも、
子ども時代のカーニバル体験への郷愁から書かれた作品です。
トルーマン・カポーティの『遠い声 遠い部屋』なんかもそうですね。

カーニバルは楽しいだけではなく、不気味な出し物もありました。
怪しげな占い師がソロテントの店を出していたり、
エレファントマンのようなフリークス(畸形)のショーもありました。
アメリカのホラー映画では、ピエロが出てくるものが多いですが、
それも子どもの頃のカーニバル体験からの連想です。

フリークショーの4本足の少女
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さて、19世紀にアメリカで大人気だった降霊術も、カーニバルのように
各地を巡業して回りました。このときにアメリカでは、幽霊は勝手に
さまよい歩くのではなく、霊媒師が呼び出すものだという認識が広まったんですね。
ただこれは、日本製のホラー映画の影響もあって少しずつ変化してきています。

また、アメリカの各地で、現在でも霊媒師(ミーディアム)が活動しているのも、
その心霊主義の時代の影響が残っているからなんです。
なかなかプロレスの話にならないですね。みなさんはイタリアの映画監督、
フェデリコ・フェリーニの『道』という作品はご存じでしょうか。
あれには、ザンパノという力技のカーニバル芸人が出てきますよね。

フェリーニ『道』のザンパノ


初期のプロレスラーも、そういうところから生まれてきたんです。
カーニバルのテントの一つに簡単なリングを作り、賞金を賭けて、
その町の腕自慢の素人の挑戦を受ける。これにはかなりの実力が必要です。
また、入場料を取ってカーニバルレスラー同士の対戦を見せる。

このときに、観客の憎悪を買う悪役レスラーが最初からいたんですね。
悪役レスラーは体が大きく、ひげもじゃの怖い風貌をしている。
それに対し、善玉レスラーは体は小さいですが、若々しくスマートで、
はじめは苦戦するものの、最終的には悪役レスラーを倒して観客の喝采を受けます。

この形が発展したのが、アメリカンプロレスなんです。
ですから、始まった当初から勝敗の決めごとがあったわけです。
勝ち負けはその地のプロモーターが決め、それに逆らうことはできません。
もし決めごとを破ってガチを仕掛けたりしたレスラーがいれば、
アメリカ全土にお触れが出て、そのレスラーは干されることになります。

ハーリー・レイス(レスラー)
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ヨーロッパ出身で、日本で「プロレスの神様」と呼ばれたカール・ゴッチも、
干されたことのある一人です。NWA世界ヘビー級王座を通算8回獲得し、
「ミスター・プロレス」の称号を持つハーリー・レイスは、本人は明言してませんが、
15歳でカーニバルレスラーとしてデビューしているんです。
では、今回はこのへんで。

レイ・ブラッドベリ『何かが道をやってくる』
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臓器をつくる3つの道

2019.04.16 (Tue)
イスラエル・テルアビブ大学のタル・ドビル教授らの研究チームが、
人間の細胞や生体物質を使った人工心臓を3Dプリンターで試作した。
同大が15日発表した。実用化に向けてなお開発が必要だが、
将来の心疾患治療への応用が期待される。

3Dプリンターで血管や心房、心室などが備わった人工心臓が
作られたのは「世界で初めて」(同大)という。
(JIJI,com)

今回は科学ニュースから、こういうお題でいきたいと思います。
さて、上記引用のニュースですが、バイオ3Dプリンターで、
血管や心房、心室などが備わった人工心臓がつくられたということです。
これはまだ試作の段階で、下の画像のように人間の心臓よりずっと小さく、
ウサギの心臓程度の大きさしかありません。

バイオ3Dプリンターでつくられた心臓
derty (4)

なぜ心臓をつくったかというと、これは比較的つくりやすいからです。
哺乳類の心臓は大部分が心筋でできており、心筋は高分化のため、
細胞は生まれた直後からほとんど分裂せず、入れ替わらないんですね。
ですから、遺伝子変異が起きる可能性が少なく、きわめて癌になりにくい
性質を持っています。「心臓癌」という言葉を聞くことはないですよね。

一般的に、バイオ3Dプリンターで臓器をつくる場合、組織が均質で
あるほど簡単なんです。角膜や肝臓なども、つくりやすいと言われます。
また、引用記事の心臓は、本人の生体組織を材料にしているため、
拒絶反応が起こりにくいのがメリットとなっています。

バイオ3Dプリンター


では、この心臓、体内に移植して動くかというと、
動きません。一番の理由は、自律神経がつながらないからです。
実際に使えるようになるためには、乗り越えなくてはならない
技術的なハードルがたくさんあり、もし実用化できるとしても
10年以上かかるのではないかと思われます。

さて、この間、医療界で人工透析中止による患者死亡という
大きな出来事がありました。臓器不全のため、移植を待っている
患者はたいへんに多いんですが、日本の場合、
世界の先進国の中でも圧倒的にドナー数が少ないんです。

下の図を見てもらえばわかりますが、アメリカの30分の1程度
しかいません。これには文化的、社会的なさまざまな理由があります。
特に、子どもの脳死からの臓器移植はほとんど行われていない現状です。
ですから、募金をつのって外国で移植手術を受ける子どもの話題が、
少し前までは大きくマスコミに取り上げられていました。

クリックで拡大できます
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ですが、これには強い批判があります。もしアメリカに渡って
臓器移植を受けたとしたら、それは順番待ちをしている
アメリカの子どもの中に割り込むことになるからです。また、途上国で
臓器を金で買うようにして移植を受ける場合もあるんです。
本来、臓器移植はその国の中で行われるべきものです。

ですから、ドナーなしで移植するための臓器を開発することができれば、
移植を待つ患者にとっては、大きな福音となります。
移植用の臓器の作成は、各国で競うようにして研究が行われていますが、
はっきり言って、まだまだ時間がかかると思われます。

豚の体内で人間の臓器をつくる
derty (5)

さて、自分は、移植用の臓器の作成には3つの道があるかなと
考えています。① 主にバイオ技術を用いて作成する
② バイオ技術と機械工学の連携によって作成する
③ 完全な人工臓器 です。引用のニュースはバイオプリンターの
機械を使っていますので、②ということになります。

①で、現在研究されているのは、キメラ動物を用いたものです。
キメラ動物とは、ゲノムが異なる細胞が混じりあった状態の個体の
ことで、 例えば人間とブタの場合、ヒト幹細胞を
ブタの受精卵に注入してつくられます。

これにより、人間とブタの遺伝子が入り混じった生物ができますが、
外見はまあブタです。で、このキメラブタの特定の臓器を遺伝子操作に
よって欠損させます。例えば、膵臓が欠損したキメラブタは生まれてすぐに
死んでしまいますが、その胚を取り出してさらにヒト幹細胞を注入し、
別のブタの体内で育てることで、人間の膵臓に近いものがつくり出されます。



ただ、この方法は倫理的な問題が大きいのはおわかりでしょう。
動物の胎内で人間の臓器をつくってもいいのか。また、
できた臓器にはどうしてもブタの細胞が入り込んでしまいます。
それを人間に移植してもいいのか。さらに、動物が持っている
よくわからない病原菌に感染する危険もあるんです。

バイオ3Dプリンターでつくられた耳
derty (1)

②については、くわしくは触れませんが、上記したように、
バイオ3Dプリンターによって、多くの臓器が、その形だけはつくれるように
なりました。ですが、それが生きて動くためには、
解決しなくてはならない問題は多いんです。

③は、完全な機械で臓器の代用をすることで、人工透析機がそうですよね。
現在の人工透析機は大きな装置ですが、将来的には、
体内に埋め込むことができるまでに小型化される可能性はあります。
また、機械式の補助人工心臓はすでに実用化されていますし、
血液中の酸素と二酸化炭素を交換する人工肺もあります。

人工肺「テルモ」
derty (2)

さてさて、ここまで読まれて、みなさんはどう考えられたでしょうか。
どの道も大変そうだと思いませんか。実用化までには、
長い長い時間がかかりそうな気がします。
で、自分としては、当面使えそうなのは③かなあと思います。

人体については、いくら研究を重ねても未知の部分が多すぎます。
①②で臓器をつくったとしても、予想もしなかった問題が
次々発生してくるんじゃないでしょうか。それに対し、③は純 機械工学
ですので、なんとかなりそうだなあと。でもそれだと、
人間はサイボーグになってしまいますね。では、今回はこのへんで。




願われる話

2019.04.15 (Mon)
2週間くらい前の話です。自分(bigbossman)がたまに原稿を書かせて
もらっている雑誌の出版社の、創立60周年記念のパーティがあり、
招待されて参加しまして、会う人ごとに「何か最近、怖い話ないですか」
って聞いてたんですね。自分が怖い話のブログをやってることを
知ってる人は多いので、半分バカにしたような顔で「ないなあ」
みたいな反応がほとんどだったんですが、けっこう有名な映画評論家のUさんが、
「ああ、怖いっていうか、奇妙な話を聞いたな」そう言ってくれたので、
パーティ会場の隅のほうでうかがいました。「どんな話ですか?」 
「これな、俺の身に起きたことじゃなく、聞いた話なんだが、それでもいいか」
「もちろんです」 「俺の知り合いにMさんって人がいて、陶芸家なんだ」
これ、自分はMさんのことは知りませんでした。

「Mさんはな、不幸な人なんだよ」 「どういうことです?」
「50代後半くらいの人だよ。自分の窯を持ってて、鎌倉のほうで
 作品を焼いてるんだが、一人暮らしなんだ」 「はい」
「たしか10年くらい前、奥さんを乳癌で亡くしてるんだ」
「ははあ、子どもは?」 「それがな、男女2人いたんだけど、
 2人とも若くして亡くなってる」 「どうして?」
「息子さんのほうは、新婚旅行でハワイに行った翌日だよ」 「え?」
「新婚の奥さんと2人でビーチに出たんだ。遠浅の浜で人がたくさんいて、
 溺れるような場所じゃないんだよ。それが、ふっと姿が見えなくなって、
 奥さんが探してたら、浜に人だかりのしてるとこがあって、
 そこへ行ったら旦那さんが倒れてて、救命措置を受けてた」

「ええ?」 「結局 助からなくて、溺死ってことだったんだが、
 そこ、海の深さが大人の膝くらいの場所だったんだって」 「・・・」
「それからな、娘さんのほうはまだ高校生だった。大学受験で
 合格が決まった翌日だよ。その日はMさんがお祝いに好きなものを
 買ってやるって、いっしょにデパートに行くことになってた。
 それが朝になっても起きてこないんで見に行ったら、
 部屋のベッドで息をしてなかったんだよ」 「なんで?」
「突然死症候群って診断だったらしい。Mさんは嘆いてたよ。
 うちの娘は、小さいころから風邪ひとつひいたことがない丈夫な
 娘だったのにって」 「・・・それはたしかに、不幸というか、
 運が悪いですよね」 「だろ」

「それでな、Mさんはすっかりまいっちゃって、新聞記者をしてたんだが、
 東京のマンションを売って、鎌倉のほうに引っ込んだ」
「はい」 「早期の退職金で窯場をつくって、それまで趣味でやってた
 陶芸を本格的に始めたんだが、なかなか売れなかったんだよ」
「始めていきなり売れることはないですよね」
「まあな。ただ、Mさんの作品を見た人はみな、陰鬱で底寒いような感情を
 底にたたえてる、みたいなことを言うんだよ」 「ああ」
「で、ここまでは前置きで、次からは俺がMさんから直接聞いた話なんだ」
「はい」 「Mさんはある日、宅急便を受け取ったが、
 別に不審には思わなかった。今はネットで陶芸の道具とか土とかも
 注文できるから、自分が買った何かだと思ったそうだ」 「はい」

「ところが、ダンボールを開けてみたら、驚くようなものが出てきた」
「何ですか?」 「絵馬だったんだよ、かなり高そうな拵えの」
「絵馬?」 「しかもそれには、願い事が書いてあった。
 Mさんは女の字だと思ったそうだが、内容が非道くて、
 その女は働いてる先の上司と浮気してて、じゃまな夫に死んでほしい
 ってことだったんだ」 「ははあ、奇妙な話ですね」
「で、ほら、普通は絵馬って、右下に神社名が書いてあるだろ。
 そこにはMさんの名前があったんだな。ということは、Mさんを
 名指しして、願い事がかなうように送ってきたってことだ」
「うーん、その願い主の名前は?」 「絵馬には書かれてなかった」
「あ、でも、宅急便だから、差出人の住所氏名があるはずですよね」

「それが、住所は「同上」、氏名は「本人」になってたんだ」
「ああ、旅先で自分で自宅に荷物を送る場合はそう書きますよね」
「だからMさんも困ってしまって。何かの間違いだろうけど、
 ゴミに出すのも気味が悪いからって、作業小屋の奥にほっぽっておいた」
「で?」 「そしたらな、1週間後に、今度は差出人不明の封書が来てな、
 中には、手紙と現金5万円が入ってたそうだ」
「現金書留じゃなく、普通の封書ってことですよね」 「そうだ」
「消印とかは?」 「それが九州の某市になってて、Mさんは行ったことも
 ないし知り合いもいない」 「手紙にはなんと?」
「このたびは願いをかなえていただいてありがとうございます、
 とりあえずは御礼として、ってなってたんだそうだ」

「うーん、ということは、わずか1週間でその絵馬を書いた女の旦那が
 死んだってことなんですかね。もし本当にそうだとしたら、
 すごいご利益っていうか、怖いですね。そのお金はどうされたんですか」
「うん、Mさんも気味が悪いから、手をつけずとっておいた」
「で?」 「それから3ヶ月くらいして、また宅急便が来た」
「絵馬ですか」 「そうだ。差出人がわからないのも同じだが、
 今度もまたひどい内容でな」 「どんな?」
「やはり女の字で、うちの息子が失恋して落ち込んでる。つきましては、
 かわいい息子をふった相手の女の顔をぐじゃぐじゃにしてほしい、
 そんな内容だったそうだ」 「うわ・・・で、その願いは?」
「また礼状が来たんだよ。やっぱり5万円入ってた」

「・・・聞いたこともない不可思議な話ですね。どういうことなんでしょう。
 Mさんに呪いの願掛けをかなえる力があることを知ってるのか?
 でも、どうして?」 「Mさんがわからないんだから、俺にわかるわけないだろ」
「そうですよね、で?」 「それから半年の間にもう3枚、呪いの絵馬が
 宅急便で来て、その邪悪な願いはすべてかなったようだったんだな」
「計5枚 来たってことですか。でも、宅急便て受取拒否ができますよね。
 たしか、配達人に拒否しますって言うだけでいいはず」
「うん、だからね。6枚目が送られてきたとき、差出人が「同上・本人」に
 なってるのを見て、受け取りを拒否しますって言ったんだよ」
「で?」 「そしたら、配達のドライバーは若いあんちゃんだったんだが、
 玄関先で急に体が硬直したようになり、白目を向いて、

 Mさんに向かって、汝は神なれや、なぜに受け取らぬか、
 神が神たりえる本分をわきまえよ、
 さあさ、とくとく受け取るがよかろうぞ、こんな内容のことを、
 吠えるような声で言ったっていうんだ」
「・・・」 「Mさんは恐ろしくなっちゃってね、受け取ってしまったんだよ」
「それでどうなりました」 「Mさんが受け取ると、配達人の白目が
 ぐるんともとにもどって、愛想のいい声で、じゃあ受け取りのハンコか
 サインお願いしますって」 「・・・こんな話、初めてです」
「でも、絵馬はそれが最後だったんだな。それからは今にいたるまで、
 送られてきてないそうだ」 「全部で絵馬は6枚、御礼が30万円
 ってことですね」 「そうだ」 「それ、Mさんはどうしたんですか?」

「うん、警察に連絡しようかとも考えたんだが、どうせ差出人不明だし、
 まともに取りあってくれるとも思えない。だからね、その絵馬6枚と
 お金も全部、陶芸の窯に炭といっしょに入れて燃やしちまったそうだ」
「ああ、もったいない気もします」 「・・・それでな、そのときに焼き上がった
 作品の茶碗の一つ、それが陶芸の大きな展覧会で
 第一席に選ばれたんだよ」 「うう」 「すぐに買い手もついて、
 30万どころじゃない金額で売れたそうだ」
「・・・なるほどねえ。ところで、Mさんは絵馬の呪いが
 本当にかなってるかどうか、調べたりしなかったんですか?」
「うん、呪われてる相手の名もわからないし、送られてくるのも止まったんで、
 それ以上かかわるのは怖いからやめたって言ってたな」






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2019.04.15 (Mon)
しがない雑文書きをしています。
この間、1週間ばかり前に、雑誌の取材でとある心霊スポットに
行ったんですよ。わりとマニアの間では有名な廃鉱山跡です。
ただ今回は、鉱山そのものがメインじゃなく、
その近くにある特殊な旅館の廃墟が取材の対象でした。
特殊なというのは、遊郭みたいにして使われてたとこなんです。
昔々の話ですけど。で、自分はね、あんまり文章の才能ってないんです。
ただ、すこーし、ほんの少しですけど霊感があるんです。
自分が取材メンバーに加わってれば、
何かしらの怪異が起きるって評判になりまして、
この手の仕事が多く入るようになったんです。

いや、行ってみるとなかなか大変なところでしたが、
今夜は心霊スポットの話じゃないんです。その後のことですね。
首尾よく、やらせではない映像や音響が撮れまして、
取材のメンバーが出版社前で夕方5時頃に解散になったんです。
家まで送ろうかと言われましたが、断って電車で帰りました。
そのときにはズーンという感じで肩が重くなっていました。
「ははあこれは、何か憑けてきちゃったな」ってわかったんです。
そういうことはよくあるんですよ。今回はモノホンの場所でしたしね。
でも、これまではたいがい、2・3日くらいで
自然に抜けてったもんでしたが、電車の中で、
これはちょっと様子が違うなって思ったんです。

なんでかっていうと、これまでもらってきた霊は、せいぜいが肩の重さ、
だるさ、頭痛くらいだったんですが、今回は触感があったんです。
ゾゾーッという感じで、右頬に触れてくるものがある。
髪の毛の感触です。ボサボサに髪が伸びた頭が自分の右肩の上にあって、
その髪の束が、自分の首筋から頬にかけて触れるのがはっきりわかるんです。
で、そこから、強い恨みの念が流れ込むようにして伝わってくる。
電車は混んでなかったので、もうすぐトンネルに入るというときに、
席を立って自分の姿を暗くなった車窓に映してみました。
ええ、いましたよ。もつれまくった髪の毛の固まりの中に、
濁った白い目が一つ見えたんです。
実体化して見えたのは今回が2度目で、ヤバイなあと思いました。

霊は危険なんです。幽霊は関係のない人には危害を加えないって
言う人もいるんですが、そんなことはありません。
霊障としかいいようがない形で亡くなった方を何人も知ってますよ。
ああそれは、商売柄、霊能者の人は数人知己を得ています。
でもね、簡単にお祓いなんて頼めない。
モノホンの霊能者ってのは、自分の寿命を削ってやってるようなもんです。
だからね、御祈祷料も1回に何十万レベルでかかります。
知り合いだからってまけてくれるようなものじゃないんです。
どうしようかと思いました。・・・一つには、パワースポットと言われる
場所を巡るという方法があります。これまでの経験では、
神社仏閣よりも修験道の山のようなところのほうが効果がありました。

でも、自分にしては珍しく仕事のスケジュールが詰まってまして、
旅行する日程が立てられなかったんです。
そうしてるうちにも、肩の重さだけじゃなく息苦しくなってきたんですよ。
首に手の感触があって、後ろから絞められているんだと思いました。
そのときね、家にこういう霊を封じる水晶があったのを思い出したんです。
それは2年前にメキシコに行ったときに、
向こうの政府関係者をひょんなことで助けて、お礼にもらったものだったんです。
いやいや、霊を成仏させることはできませんよ。
ただ分離してその中に封じ込めるだけ。方法は細かく教わってました。
でね、部屋に戻って水晶を取り出し、準備をして近所の公園のトイレで
試してみたんですよ。自分の部屋ではできませんからね。

どんな方法かって? うーんそれはちょっと、ここでは勘弁してください。
大量の血液が必要だったので、手首を切らなくちゃなりませんでしたよ。
でね、見事に霊を封じることはできました。
ましたが・・・この水晶玉をどうするかの問題が残ってました。
そんなの捨てちゃえばいい、と思うかもしれませんが、そうはいきません。
封じられたことで霊はかなり怒ってるはずです。
何かの拍子に封印が解けて出てきてしまったら、
近くにいる人はまず死にます。それだけ強力な霊だったんです。
でも、とりあえずの危険は脱しましたので、手首の治療をしてから、
袱紗に包んだ水晶玉を持って、やはりパワースポットまで
行かなくちゃなんないか、とか考えながらブラブラ歩いていたんです。

そしたら、とある大きな家の門の前に、自転車が2台停まってて、
痩せて背の高い外国人2人が門扉を開けてその家に入っていくのが
見えたんです。ああ、これはと思いました。見覚えがあったんです。
労をいとわず、はるばる日本まで来て布教してる外国の人たちです。
彼らは菜食で、酒もタバコもやらず実に謹厳な生活をしていることを
知ってましたからね。そこらの生臭坊主より、はるかに力を持ってます。
でね、まことに申し訳ないとは思ったんですが、自転車のカゴにあった
革カバンのチャックを開けて、袱紗ごと水晶玉を入れたんです。
いや、心配はしてませんでしたよ。彼らの力を信じていましたね。
宗教は違っていても、信じる心というのは一緒です。
それに彼らは彼らなりのノウハウをちゃんと持ってますから。

やれやれひと安心、こんな短時間で片がついて、
ラッキーと思って部屋に戻ったんです。
で、心霊スポットの原稿を2日がかりで書いてメールで送ったときは、
とにかくほっとしました。徹夜した午前中でしたが眠る気にもなれず、
サウナに行くことにしたんです。マッサージをしてもらっていい気分で
出てきたときに、後ろでキッという自転車のブレーキの音がしました。
そして「ミツケタ!」という片言の日本語の声。
ふり向くと外国人2人が立っていて、大声でまくし立てられたんです。
「アナタ ヒドイ ヒトネ。ドシテ アンナ コトシタ」 
「ワタシタチニ ゴースト イレタデショ。
 ダメヨ ソンナノ フェアジャ アリマセン」

あ・あ・あ、何で自分がやったってわかったんだろう、さすがだなあと思いました。
外国人の1人は、短く刈った頭があちこち円形に禿げてましたし、
もう1人は自分と同じように右手首にぐるぐる包帯を巻いてました。
かなりの壮絶なバトルをしたんでしょう。
なんといってもジャパニーズゴーストは強力ですから。
でね、どうしようもないんで平謝りに謝って、寄付を申し出たんです。
さすがに改宗はできませんからね。
金額は・・・今回の原稿料の半分でしたよ。
もうね、こんなことばっかりなんです。でも、お金のことはともかくとして、
今の仕事も、霊に関わることもやめる気はありません。
霊がいるからこそね、生きている実感もわくってもんですから。






アーカイブ 垢嘗

2019.04.15 (Mon)
ある町の公共温泉施設で働いています。
こっから話すことは職場の恥になるようなことですが、今は改善しています。
というか、改善せざるを得なかったのです。
そこの施設も、あのご当地温泉ブームのときに町の予算でこさえたもんです。
あの当時は大手の温泉ボーリング業者、ボイラー業者が全国を回っておりまして、
それに開発を丸投げすれば、たいした知識もなく施設ができあがったんです。
ちょっとご退屈かもしれませんが、少し温泉の話をさせていただきます。
ただ、自分は技術職ではありませんので間違いもあるかもしれません。
温泉法という法律がありまして、基本的には水温25度以上で、
何らかの微量の成分が含まれていれば「温泉」という名称を使用することができます。
で、地面の下深くに埋まってる地下水というのは温度が高い場合が多いんです。

それは元々温泉地でないところに温泉施設をつくるわけですから、
うちでもかなり深くまでボーリングをしたようですよ。
それでもやはり入浴に適した42度ほどにはなりませんから、
くみ上げた温泉をボイラーで加熱します。このときにお湯の循環設備も入れたんです。
ボイラー業者がセットで勧めてきましたし、
近隣の施設もみなそうでしたので、特になんとも思わなかったですよ。
循環、というのはお湯を再利用することです。
汚れた浴槽のお湯、浴槽から溢れたお湯、洗い場を流れたお湯なんかを、
まとめて集毛器にかける。ここで大きなゴミを取るんです。
それから濾過槽、生物濾過ですが、そこを通すと無色透明の水に戻ります。
で、また加熱して浴槽の滝口から流れ落ちるようにするわけです。

え、それだと源泉を最初入れたら、あとは入れなくても済むんじゃないかって?
いや、それはさすがに・・・1週間に1度はお湯の入れ替えをしていましたよ。
町民のみなさんに格安でサービスを提供する町営の施設ですからね、
そんなに人件費、維持費をかけられるわけじゃありません。
それに当時は、役場に詳しい知識を持ってる人なんていなかったんです。
開業した当初は大賑わいでしたよ。
うちらの施設は近隣の市町村に比べて後発でしたから、
やっとおらが町にも自前の温泉ができたってことで。もう20年も前の話です。
で、それからずっとやってきたわけですが、
7~8年前からお客さんの入りが悪くなりました。
一番の原因は町の過疎化だと思いますが、他にもいろいろあります。

施設が老朽化したことも大きいでしょうね。
あと設備が中途半端で、露天風呂がなかったことなんかもあるでしょう。
それと温泉以外にこれといった付加サービスを開発できなかったこともあります。
デイケアや道の駅、学習体験なんかと結びつけられればよかったんでしょうが。
循環風呂が問題視されたこと?うーん、他県でレジオネラ菌の事故が起きたときには、
そういう話も少し出ましたし、秘湯の源泉掛け流しブームもありましたが、
基本的にはあまり関係なかったんじゃないですかねえ。近隣の類似施設は全部それですし、
ここいらのお年寄りはそういう知識のある人も多くないですから。
・・・施設の温泉に入ったお年寄りが、
「浴槽から出たら上がり湯を使うと、体についた温泉の成分が流れてしまう」
なんて言ってるのを聞くと申し訳ない気はしましたけどね。

で、施設は赤字になり、第3セクターに経営が移ったんですが、
毎年町からの補助が出ていましたよ。そう大きな金額ではなかったんですけど。
すみません。長々と怪異とは関係のない話をしてしまって。
わたしは町職員の身分のまま、その第3セクターの副支配人として働いているんですが、
夜間に来たお客さんから苦情が出たんです。
「お湯が魚臭い」って。これには驚きまして、すぐ浴槽に行ってみたんですが、
わたしには何も感じられませんでした。人命に関わるような事故になっては大変ですので、
翌日は休業にしまして、契約業者に施設を点検してもらったんです。
ボイラー、濾過器等すべて見ましたが異常はなし。雑菌の繁殖なども見られませんでした。
でも、念のために消毒のために入れている塩素の量を増やしたんです。
これをやると今度は「塩素臭い」と言われることになるんですが、
大事が起きてしまうよりはマシですから。

ところが、翌日もやっぱり「魚臭い」と言われました。
ほぼ毎日のように来られているお年寄りからですから、
塩素の臭いを間違えたわけではないと思いました。
さらに、施設は毎晩10時半まで営業していたんですが、
その最後のほうに入られたお客さんから、
「浴槽の中に魚がいた」という話をされたということを、従業員から聞いたんです。
それはいくらなんでも・・・なんですが、
よく知っている方で、嘘をつくような理由もありません。
それでね、翌日はわたしが終わりまで居残りしまして、
終業後のお風呂に入ってみることにしたんですよ。
ええ、循環ですから、洗い場の掃除はしても普段は浴槽の掃除はしてませんでした。

お湯に落ちた垢や髪の毛は全部吸い込まれて濾過されますから、きれいなもんです。
お湯が透明で温泉特有のにおいや湯ノ花などが出ないのはしょうがないです。
脱衣所で服を脱いで、だれも人のいない浴槽に入ってみました。
ゆっくり泳ぐように移動し、お湯をすくい上げて臭いを嗅いでみましたが、
かすかな塩素臭はしても、魚の臭い・・・生臭さなんて感じられませんでした。
滝口でも同じでした。浴槽の縁にもたれて目を閉じると、
朝から長時間職場に詰めていた疲れが出たのか、うとうと眠くなってきました。
こりゃいかん、そろそろ上がろうかと思ったとき、
脇腹に何かがコツンとあたったんです。
「ん、何だ?」と下を向くと、強烈な腐臭を感じたんですよ。
生ゴミというより、それは確かに魚の腐った臭いでした。

「えっ、えっ」思わず立ち上がると、両足に何かがコツコツとあたります。
でも透明な水を通して見ても何もいないんですよ。
そのときです。天井から細い長い手が伸びてきて、お湯の上をすくうようにしたんです。
上を見ました。痩せた裸の子どもが天井の木組みの梁に上向きに取りついて、
信じられないほど長い手を伸ばしていたんです。
その手の中には魚が握られていました。15cmくらいの真鮒のようでしたが、
はっきりはわかりませんでした。
ぐずぐずに腐って、やっと形をとどめている状態だったんです。
天井のものは意地悪そうな男の子の顔で、首だけひねって下を見ました。
手がするすると縮んで魚はそれの口元までもっていかれ、
それの口から真っ赤な長い舌が出て、魚をべろんと嘗めたんです。
 
こういうものを見ると、人間って呆然として動けなくなってしまうんですね。
それはひとしきり魚を嘗めつくすと無造作に放り、また長い手を浴槽に伸ばしました。
お湯があちこちで跳ね上がり、たくさんの魚が目に見えました。
どれも腐ってとろけ、頭も鱗もどろどろと白く濁っていたんです。
手は跳ねる魚の一匹をつかまえてまた上に・・・
そこまで見たとき、叫び声を上げて浴槽から飛び出ました。
ええ、この頭の傷ですが洗い場を走ったときに転んだんですよ。
なに、切り傷だけです。脱衣所でとりあえずパンツだけ履いて逃げ出しましたよ。
いや、施設に残っていたのは自分の他にあと男性職員2人だけでしたから、
まあそこはなんとか・・・ で、この後どうしたかというと、つてを頼って、
妖怪の専門家に相談したんです。

あのほら世田谷に住んでおられる・・・ああ、ご存じなんですか。
そうでしょうね、みなさんもこういうことの専門家なんですよね。
なんとか垢嘗のほうはおさえていただきましたよ。
翌日からは出ることはなくなりました。腐った魚もです。
・・・町役場の上のほうに事態を理解してもらうのはたいへんでした。
あと妖怪封じの費用を捻出するのもね。
結局は町長のポケットマネーになったんじゃないかと思います。
施設のほうは、赤字でしたが大幅に改革しました。
循環はそのままですが、お湯を毎日取り替えるようにしたんです。
元々湧出量は多いんです。そして1日の最後にお湯を抜いて浴槽の掃除をします。
あと妖怪専門家のアドバイスに従い、源泉の神様のお社をたてて祀るようにしたんですよ。






カンブリアとオカルト

2019.04.14 (Sun)
その姿は、まさにクトゥルフ神話に出てくる強大な力を持つ
恐るべきクリーチャーの形に良く似ている。それはイングランドの
岩の中で4億3000万年間もの永き眠りからついに目覚めたようだ。
だが、禍々しいその姿とはうらはらに案外ちっちゃいヤツだった。

発見されたこのナマコの仲間には、クトゥルフにちなんで、
「ソラシナ・クトゥルフ(Sollasina cthulhu)」という名がつけられた。

(グノシー)

今回はこういうお題でいきます。この題名を読まれただけで、
「ははあ、あの人物の話だな」と思いあたる人もおられると思いますが、
正解です。この時点でそれがわかるのは、かなりのオカルト通ですね。
ただ、自分は別に批判を展開しようとしてるわけではありません。
あくまでオカルト史的な話なんです。

さて、どこから話していきましょう。まず、カンブリア紀についてかな。
カンブリア紀は、地質時代の古生代前期における区分の一つで、
約5億4200万年前から約4億8830万年前までになります。
恐竜が栄えたのが中生代のジュラ紀や白亜紀ですので、
それよりもかなり古い時代です。

化石の発掘によって、この時代の生物相はきわめて多様で、
しかも、現代の生物とはかけはなれた、たいへん異様な姿をしていることが
知られるようになってきました。この生物群を総称して、
「カンブリアンモンスター」と呼ぶことさえあります。

上記引用のニュースで、「クトゥルフ」の名がつけられたのは
下の図のように復元された古代生物で、殻におおわれ、
45本もの触手を持っているんだそうです。現在のナマコに近い種類
なんですが、大きさは3cm程度。ちっちゃいですね。じつは、
カンブリアンモンスターには、あまり大きなものはいないんです。

「ソラシナ・クトゥルフ(Sollasina cthulhu)」
dertyu (4)

さて、次はクトゥルフについて。これはオカルトフアンなら知らない人は
いないでしょう。アメリカの怪奇小説家、H・P・ラブクラフトの
作品に登場する宇宙から来た古代の神で、現在は、
海底に沈んだ古代都市ルルイエに封印されているという設定です。

H・P・ラブクラフト
dertyu (7)

この「cthulhu」という名称は、作者のラブクラフトが、
人間には発音できない単語として考え出したもので、「クトルー」
「クスルー」などと日本語に訳されましたが、ラブクラフト本人が、
「Koot-u-lew」と発音していたという証言があり、
現在のように落ち着きました。

ただ、そのあたりの事情を知らないアメリカ人にこの単語を見せれば、
「Koot-u-lew」と発音できる人は少ないでしょう。
クトゥルフの体は巨大で、少なくとも数十mはあるように書かれています。
頭の部分は、イカやタコの頭足類に似ています。

下図のような姿で描写されることが多いですね。
これ、アメリカ人にとっては、たしかに異質で不気味な姿だと思いますが、
日本人はちょっと違って、イカ・タコは食べ物としての認識があり、
しかも刺身で生食します。ですから、アメリカ人ほどの
恐怖感は生じないんじゃないかと思います。

大いなるクトゥルフ
dertyu (5)

さて、ここからが本題ですが、飛鳥昭雄氏はご存知と思います。
漫画や小説も書かれますが、最も多く本を出しているのは、
本人が「ノンフィクション」と述べる、学研社から出しているシリーズです。
また、飛鳥氏は自身のことを「サイエンスエンターテイナー」と称しています。

飛鳥昭雄氏
dertyu (1)

で、この飛鳥氏の説く説に、カンブリア紀の生物が登場することが
多いんですね。例えば、「ネッシー=タリモンストラム」説。
タリモンストラムは やはり古代生物で、化石が下の図のような形に復元され、    
ターリー・モンスターとも呼ばれます。じつに奇妙な形ですが、
これも小さいんですよね。全長10cm足らずです。

タリモンストラム
dertyu (1)

飛鳥氏の説をすべて紹介している余白はないんですが、
1960年に、ピーター・オコンナーという人物が撮影したとされる
下の左の画像や、右の水中画像との類似点が根拠の一つとしてあげられて
います。しかし、5億年も前の小さな生物が、えんえんと生き残って、
現在はネッシーと呼ばれているなんてことがあると思いますか。

名称未設定 2

また、欧米では「フライングロッズ」と呼ばれるスカイフィッシュについて、
やはりカンブリア生物であるアノマロカリス説を一時期唱えておられました。
(現在はプラズマ生物と見ておられるようです。)でも、カンブリア紀から
現在までの5億年の間には、何度もの大量絶滅があったのに、
どうやって生きのびてこられたんでしょうか。

アノマロカリスとスカイフィッシュ
dertyu (6)

これ、飛鳥氏は、そもそも5億年前の生物とは考えてないんですね。
氏は、「末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)」の信者であり、
モルモン教は、キリスト教原理主義的な教えで、
聖書に書かれていることはすべて真実であるとしています。

カンブリア生物も、恐竜も、マンモスなども、みな人類といっしょに
一度に、神の創造によってこの世に現れたわけです。それも、
地球の誕生は現在の定説である46億年前ではなく、わずか6000年前に
天地創造が行われたとする過激な説が主張されています。

飛鳥氏の著作は、ほぼすべてこの考え方にのっとって書かれています。
ノアの洪水やソドムとゴモラの話も、歴史上 実際にあったことなんですね。
ですから、タリモンストラムが6000年生き残ってネッシーになったのも、
何の不思議もないということになります。

さてさて、ということで、上記引用のニュースをもとに、
かなり違う内容のことを書いてしまいました。最初の話に戻って、
カンブリア生物にクトゥルフの名前をつけた研究者は洒落っ気があって
いいと思いますね。では、今回はこのへんで。

dertyu (2)




視線のオカルト

2019.04.13 (Sat)
nsnsns (1)

今回はこういうお題でいきます。オカルトブログらしいテーマですね。
さて、日本の慣用句には「視線を浴びる」 「視線を感じる」
「視線が痛い」などというものがあり、「浴びる」はともかく、
残りの2つは、視線が力を持っているような言い方です。

まあ、視線が心理的な作用をひき起こすのは当然ですね。
きつい目つきでにらまれれば、「あれ、俺、この人に嫌われてる」
などと思います。では、視線は物理的な作用を起こすことはできるんで
しょうか。これはなかなか難しい考察になります。

「視線は力を持つ」という考え方は、世界各地に見られ、
古代ギリシア、ローマ時代の書物にも出てきています。
『英雄伝』で有名な古代ローマの随筆家、プルタルコスの著作に、
「邪視は、目から発する見えない光線の作用であり、
十分に強力であるならば、人を殺すことさえできる」とあります。

プルタルコス(プルターク)
nsnsns (3)

ここで「邪視」という言葉が出てきました。別に「邪眼」とも言います。
英語だと evil eye ですね。それにしても、人を殺すことができるとは
ただごとではありません。ほんとうに視線にはそんな力があるんでしょうか。
それと、世界的にも「人を幸福にする視線」みたいな話はあんまりなくて、
悪い意味で使われる場合がほとんどです。

『ハリー・ポッターと秘密の部屋』のバジリスク
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さて、幻獣とされるものの中には、邪視の力を持つものがいます。
ギリシア神話のメデューサはよく知られています。
ゴルゴン3姉妹の末娘で頭髪は無数の毒蛇、自分が見たものを石に
変える力を持っていました。また、基本的に不死です。
メデューサがこのような醜い姿になったのは、神の怒りを買ったためです。

それから、『ハリー・ポッターと秘密の部屋』に出てきたバジリスク。
全ての蛇の上に君臨する蛇の王です。ただ、メデューサと違うのは、
相手がバジリスクの姿を見た場合、必ず石になって死んでしまうことで、
鶏の姿をしたコカトリスもそれは同じです。

コカトリス
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でも、これは変ですよね。ヨーロッパの博物誌の中には、
バジリスクやコカトリスの絵が載っていますが、
見ると必ず死ぬのなら、どうして絵に描けるんでしょう。もしかしたら、
直接ではなく、鏡などで見た場合は死なないのかもしれません。
おっと、また脱線してきたので軌道修正。

ともかく、強い憎しみ、恨み、妬みの感情が込められた視線は、
人を殺すほどの力があると考えられて恐れられたわけで、
さまざまな対抗策が考え出されました。キリスト教が広まってからは、
もし邪視を受けたと感じたら、聖書の詩句を唱えたり、首から下げた
十字架をさわったり、人差し指、中指をクロスさせたりします。

マノ・フィコ(邪眼除け)
nsnsns (4)

ただ、キリスト教以前の土着的な風習も残っており、
古代ローマでは、手で「マノ・フィコ」をつくったとされます。
上のような形ですが、これ、日本でもヤバいですよね。一般的に、
性的なシンボルには、呪いを打ち消す力があると考えられました。

上でキリスト教のことを書きましたが、カトリックの最高位であり、
ヨーロッパ各国の王も逆らうことができなかったローマ教皇の中に、
邪視の力を持った人物がいたと書けば、驚かれるかもしれません。
10世紀から11世紀にかけてその任にあったシルベステル2世です。
また近年では、19世紀のピウス9世が邪眼の持ち主と言われました。

ピウス9世が街をパレードしているとき、沿道にいた母親が抱いた
子どもを見ただけで、その子は死んだという噂が広まり、
ピウス9世が通るときには、誰も道に出なくなったと言われます。
この原因は、ローマ教皇の持つ神秘性、権力への反抗心、
その任期中に枢機卿が多く死んだことなど、いろいろな説があります。

邪眼を持つとされたピウス9世
nsnsns (5)

さて、視線は本当に力を持っているのか。例えば、
「ふと後ろをふり向くと、自分をにらんでいる人がいた」
こういう話があります。この場合、相手の視線に力があるからふり向いたとも、
人間には視線を感じ取る能力があるとも、どちらにも取れますよね。

このことの説明としては、人間は無意識のうちにけっこうふり向いたり
しているんですが、後ろに何もなければそのことを忘れてしまう。
ところがそのとき、たまたま自分のほうを見ている人がいた場合、
視線を感じてふり向いたと思い込んで記憶に残る・・・
これ、みなさんはどう思われますでしょうか。

フリーメーソンのシンボル「プロビデンスの目」
nsnsns (2)

じつは、興味深い心理学実験があるんですね。
「A、Bの2人一組で実験を行う。AはBにわからないようコインを投げ、
表が出たら背中を向けているBを見つめる。裏の場合は見つめない。
また、Bはすべての場合に、Aに見つめられているかどうかを予測する。」

アメリカ・カリフォルニア州の中学校の生徒が24名が参加し、
計480回の実験を行った記録があります。
この全体の的中率は55.2%でした。まあ、試行回数が少ないので、
これをもって、人間の視線にはテレパシー的な作用があると
断定するのは難しいでしょう。

さてさて、ということで、視線のオカルトを見てきました。
日本には「目は口ほどにものを言い」という慣用句もあり、
視線の、人間の感情を伝える力が大きいのは間違いないでしょう。
では、今回はこのへんで。






顔が紫の話

2019.04.12 (Fri)
これはもう20年以上前になるな。俺がまだ〇〇会にいたころの話。
ただな、俺自身のことじゃねえんだ。うーん、仮名でもいいんだろ。
じゃあ、佐藤って名前にしとくが、そいつの話なんだ。
いや、佐藤はもうとうに死んじまってるんじゃないかと思うし、
しょせんチンピラだから、どっかに差し障りがあるってわけじゃねえ。
組ももう解散してるしな。そうじゃなく、俺が気味悪りいんだよ。
どういうわけだろうな。知り合って10年以上はいろんな場所で
つらを合わせてたのに、やつの顔がさっぱり記憶にない。
不思議なんだが、たぶんこれから話しする内容と関係があるんだと思う。
でな、俺と佐藤は同期で〇〇組の盃を受けたんだ。
歳は俺のほうが一つ上だが、まあ五分の兄弟だよ。

ああ、五分の兄弟ってのは、完全な同格ってことで、
どっちが兄貴でもねえ。互いに兄弟って呼び合うし、義理ごとの席でも
同じくれえの場所に座る。まあな、どうせ末座の下っ端だったんだが。
で、俺はシノギとして競輪のノミをやってた。
ま、頭脳労働ってこったな。それに対し、佐藤のほうは体がでかくて
顔もゴツかったから、闇金の取り立て屋だったんだよ。
ずいぶん恨まれるようなマネをしてたらしいが、
これは金借りて返せないほうが悪い。そうだろ。
でな、その闇金、ずいぶん稼いでたんだが、あるときに警察の手が入って
つぶれちまったんだよ。それで、佐藤は俺のいるノミ屋に回されてきた。
けど、ノミ屋ってのはちゃんとした客商売だ。

お客さんに気分よく遊んでもらってナンボ。強い顔なんか見せちゃなんねえ。
当時すでに、賭け金は銀行口座から引き落としになてったんで、
荒事なんて一切なかった。むしろ負けが続いた客には、
離れねえように、俺らのほうから何やかやサービスしてたもんだ。
ああ、すまねえ、こんな話は興味ねえよな。佐藤は俺の下について、
少しずつ仕事を覚えてった。でな、週末にはよく2人で飲みに行ったんだよ。
で、あるときな。スナックで飲みながら佐藤がこんな話をした。
「最近、俺のヤサに嫌がらせのハガキが送られてくる」って。
まあ、やってるのは昔に佐藤の客だったやつだろ。
取り立てのことで恨まれてるんだ。だから「そんなの気にするタマかよ」
そう言ったんだが、佐藤は「まあな、けどよ、変なんだ」

「何が?」 「いや、そのハガキに写真が印刷されてるんだが、それな、
 俺がガキのころのもんなんだよ」 「はあ?」
「ほら、俺は中1のときに親父が工場の事故で死んで、母親は俺を置いて
 どっかに行っちまったから、キリスト教の孤児院で育ったんだが、
 それ以前、まだ小さかったときの写真はあったんだよ」 「んで?」
「アルバムに貼ってたのを見た記憶がある。母親が出てくとき、
 金以外、物は何も持ってかなかったんで、住んでたアパートの物は
 全部処分されちまったんだ。そのアルバムもな」
「どういうことだ?」 「いや、変だろ。何で俺のところにくるハガキに、
 俺の幼稚園や小学校のときの写真が印刷されてるのか」
「そら、ハガキ出してるやつが、お前のアルバムを持ってるってことだろ」

「うーん、そうは思えないんだよな」 「で、嫌がらせってのは、
 死ね殺すとか書いてあるのか」 「いや、字は一つも入ってねえ。ただ、
 写真に写ってる俺の顔のとこだけが、あぶったみてえに歪んでるんだ」
「あ、ハガキなら消印見たか?」 「見た。俺がガキのときに育った町だよ」
「じゃあ、やっぱお前のアルバムをどうにかして手に入れたやつがいるんだろ」
「・・・」こんな話をしたんだよ。俺が、「そんなの気にしてたら、
 この商売はやってけねえ。それに俺らはシノギとしてやってるんだから、
 組に手を出せるやつはいねえよ」 「まあそうだな」
でな、俺と佐藤は毎年、年末から年始にかけて東南アジアの某国に行ってたんだ。
目的は女遊びだ。ホテルに滞在して毎晩クラブに繰り出す。
そこの国は治安は悪くねんだよ。女で外貨を稼いでるわけだから。

3日目だったかな。朝になっても佐藤がホテルに戻らなかった。
別に心配はしてなかった。女のとこで朝寝してるくらいに考えてたんだが、
昼時になって、現地の警察から連絡があった。あんたの連れを保護してるって。
しょうがねえなと思って行ってみたら、署内に佐藤がいて、どこもケガはなく、
財布も盗られてなかったんだ。話では路地で寝てるのを発見されたそうで、
それだけなら泥酔してたって思うだろ。それがな、佐藤の顔が紫色だったんだ。
俺は思わず笑っちまって、「どうした、その顔」って聞いたら、
「知らねえ、起きたらこうなってた。警察の洗面所で洗わせてもらったんだが
 色が落ちねんだよ」って。佐藤の話では、女をクラブから連れ出したとこで、
記憶が途切れてて、気がついたら朝で、スラムのゴミの中で寝てたって
ことだった。それにしても、かなり入った財布が盗られてねえのが不思議だ。

佐藤の顔の紫はなかなか落ちなかったが、毎日洗ってるうちに
だんだん薄くなっていった。佐藤はそんな顔でも毎晩女遊びに出かけてた。
まあ、そのために来たんだからな。でな、日本に戻って競輪の正月開催があり、
俺らはノミ屋業に精出してたんだが、ある日の午後な、組の上のほうの兄貴が
事務所にやってきて、いきなり佐藤を数発 張り飛ばしたんだよ。
そのまま佐藤を引き連れていこうとしたんで、スンマセンって訳を聞いたら、
佐藤がその日の午前、親父さんが別の組長とゴルフをしてるグリーンに現れて、
いきなりカップに小便をして逃げた、って言うんだよ。紫色の顔をしてたが、
いっしょに回ってた兄貴の中に、佐藤をよく知ってる人がいて、
すぐにわかったって言うんだ。佐藤は殴られてぐったりしてたが、
俺は、朝からずっと事務所でいっしょにいたって言ったんだよ。

それは事実だし、だいたいこの世界で、親父がゴルフしてるとこに行って
小便するとか、気が違った以外にありえねえよ。
でな、佐藤は本部の事務所に連れてかれ、あれこれ調べられたが、
結局は無罪放免になった。まあ人違いなんだろうってことだ。
けどよ、気になるのは、佐藤が紫色の顔をしてたってとこ。
某国から戻って、佐藤の顔の色はとれてたが、それと関係があるかって
思うだろ。で、1週間ほどは何もなかったんだが、
佐藤が体の具合が悪いって休んだ日の夜、俺がさあ飲みに出よう
かってときに、前とは別の兄貴たちが血相を変えてやってきて、
「佐藤はどこだ?」って聞いてきた。俺が「休んでます」って答えると、
兄貴たちは佐藤のヤサに案内しろって言う。

その道々「どうしたんスか?」って聞いたら、なんと佐藤が、
顔をおかしな色に塗って組事務所前に現れ、シャッターにチャカを何発か
ぶっぱなして逃げたって言うんだよ。そりゃ大ごとだよ。
ケガ人死人はなかったようだが、本当にあったことなら佐藤は拷問される。
でな、俺らはチンピラだから、兄貴たちみたいなマンションじゃなく、
賃貸の部屋に住んでたんだよ。佐藤のとこに案内して、
インターホンを押したが出てこない。呼びかけても返事もない。
頭にきてた兄貴の一人が部屋のドアをドカン、ドカン蹴とばし始めた。
こりゃいねえか、って思ったとき、急にドアが開いて、
「うあああああああ」大声で叫びながら佐藤が飛び出してきた。
でな、その顔が血まみれだったんだ。

いや、紫に塗られてんじゃなく、本物の血。
佐藤は手にカミソリを持っててな、自分の顔の肉を切り裂きながら、
また「うああああああ」叫ぶと、非常階段のほうに向かって駆け下りてった。
俺も兄貴たちも呆然としてたが、気をとり直して後を追いかけた。
けど、佐藤はすげえ速くて、見失ってしまったんだよ。それ以来、
組でも必死に探したんだが、今に至るまで佐藤は行方不明だ。・・・それでな、
そのことがあってすぐ、俺は佐藤の顔を思い出せなくなった。いや、
一時期は毎日見てた顔だし、さっき言ったように外国にいっしょに遊びに
行ってる仲なんだ。変だろ。組では佐藤を破門して回状をまわすことになり、
盃事のときに撮った写真なんかを引っ張り出したんだ。そしたらな、
佐藤が写ってる顔だけ、どれも濃い紫に塗りつぶされてあったんだよ。






アーカイブ みさきの話

2019.04.12 (Fri)
すんません。俺、中卒でドカタやってるんで、あんまり話うまくないんです。
だから、もしかしたら途中で意味わかんないとことかあるかもしれないです。
まずですね、始まりは、仕事終わってから、仲間5人と部屋で酒飲んでたんですよ。
そこでね、怖い話になって。地元の心霊スポットって言われる場所の話です。
そこは、港に近い墓地公園なんですけど、小高い山になってて、
いくつもの区画があって、同じ形の墓がたくさん立ってるんです。
俺、地元なんだけど、生まれたときからすでにあると思いますよ。
でね、その山の真ん中へんに大きな塔のある広場があって、
そこにカップルで行くと、必ず別れるって言い伝えがあったんです。
それと、夜になると、その塔のまわりを白い服を着た女が歩き回ってるって。
あ、俺も1回肝試しに行ったことがあります。でも、何にも起きなかったです。

そこの話をしてたら、仲間の一人がこんなことをしゃべり始めました。
その墓地公園に肝試しに行ったグループがあって、特に怖いことはなかったけど、
帰ろうとして駐車場に停めてある車に乗ったら、助手席に座った女が、
か細い悲鳴を上げた。「どうした?」って運転してるやつが聞いたら、
「手が私の足をつかんでる・・・」って。のぞき込むと、
たしかに車の床から白い手が2本生えてて、
見たやつは「ワーツ」と叫んで車から飛び出した。
後部座席にいたやつらも、シート越しにのぞいて手を見ると、
我先に車から飛び出して、みなで街灯のあるところまで逃げた。
んで、その助手席の女の子だけが車に取り残されて、泣きわめく声が聞こえてくる。
でね、運転してたやつは女の子の彼氏だったんで、意を決して車に戻り、

外からのぞき込んだら、女の子はぐったり気を失ってて、
手はもう見えなくなってた。で、女の子を病院に運んだんだけど、
気がつくとわけわかんないことを口走って、いつまでも正気に戻らない。
それで、その子は精神病院に入院して、いまだにそこにいる・・・って。
でもね、これってすごく嘘くさいっていうか、ネットとかでよく聞く話じゃないですか。
だから俺、こう言ったんですよ。「そういうのって、全部が嘘とは言わないけど、
 精神病院に入院してるとか、後日談みたいなのはどこまで本当かわからないよな。
 噂に尾ひれがついてるだけじゃないのか」って。
そしたら、この話をしたやつが怒り出して、「世話になってる先輩から聞いたんだから
 間違いない。じゃあ次に会うまでに、女の子の名前と入院してる病院の
 名前を聞き出してくるから」ムキになった口調で言ったんです。

俺はそいつを怒らせるつもりじゃなかったけど、「ああそうか、じゃ楽しみにしてる」
って言っちゃったんですよね・・・そんときは、こんな大事になるなんて
考えもしなかったですよ。でね、翌週、そいつがバイクで事故ったんです。
後ろから追突されて倒れて。でも、頭部を強く打っただけで命に別状はなくて、
大学病院に入院したんです。さっそく見舞いに行きました。そしたら、
脳震盪でしばらく頭を動かせないってベッドに固定されてたけど、
わりに元気だったんですよ。そいつの話だと、急にスピードを上げてきた外車に
跳ね飛ばされ、外車はそのまま逃げてったって。ええ、ひき逃げってことです。
「くっそ、ツイてねえよな。それにしてもあの外車許せねえ。
 わざとみたいにぶつかってきやがって」そいつは寝たままの状態でこう言い、
それから俺に向けて、「ああ、そう言えば、こないだ話した墓地公園のやつな、

 先輩でバイク屋やってるKさんから聞いてきたぞ」
俺は「そんなのもういいから」って言たんですが、そいつは「病院は○○市の
 松野精神科病院ってとこらしい。それから女の子の名前は・・・あれ、何だっけ、
 名前が思い出せねえ。ちょっと待ってくれよ・・・うーん、フルネーム聞いたんだよな。
 何だっけな、あ、頭痛え」こんな感じだったんで、「もういいから、休めよ」
俺が言うと、「スマン、まだ頭が本調子じゃない。お前、Kさんのバイク屋知ってるだろ。
 そこで直接聞いてきてくれよ」こんな調子で、「ああ、わかったそうする」
とは答えたものの、もう怪談のことなんてどうでもよかったんです。
でも、それからさらにたいへんなことが起きて。新聞にデカデカと載ったんで、
知ってると思いますけど、バイク屋のKさん殺されちゃったんです。
それも奥さんと5歳になる息子さんも一緒にです。

いや、俺も新聞に載ってることしかわからないけど、
鋭い刃物で刺されたってなってました。俺らの田舎だと大事件ですよ。Kさんって、
中学校のときに、学校をシメてた人で、地元の不良の間じゃ有名人だったんです。
俺らは大興奮して、あちこちで犯人の噂とかしてました。
でね、翌週にまた入院してるやつのとこに見舞いに行ったら、
受付で「退院しました」って言われて。あれ、って思いました。
その前の日まで、そいつからメールとか来てたんですよ。そのときには、
退院するって話も出てなかったです。それで、そいつのスマホにかけてみました。
そしたらずっと呼び出しになって、その後オフクロさんが出て、
「どうしてますか」って聞いたら、「転院したんです」って一言。
「え、どこにですか?」 「・・・松野病院」これで電話切れちゃったんです。
その後はいくらかけても通じなくてね。

まあここまでなら、何か事情があるんだろうって思うけど、さらに驚いたことに、
そいつの家ごとなくなっちゃったんです。いや、言葉のとおりですよ。
そいつは母子家庭で、ボロい一軒家に住んでたんだけど、
あっという間に解体されて、空き地になっちゃったんです。
でね、訪ねてったときに近所の人に聞いたけど、誰も引越し先を知らなくて・・・
ただほら、松野病院に入院するって話を聞いてたので、
○○市に行ったんだろうと思います。ええ、気になるんで行ってみようと思ったんです。
それで翌日、仕事の昼休みに、コンビニ弁当食いながら、
ドカタに行ってる先の班長さんに聞いてみたんです。
「すんません、○○市の松野病院って知ってますか?」って。
そしたら、班長さんが飯を吹き出して、それから怖い顔を俺に向けて、

「ちょっとこい!」って、現場の陰になってるところに連れて行かれて。
いや、あんまり雰囲気悪くて、殴られたりヤキ入れられるんじゃないかと思いました。
班長さんは「お前な、○○市の松野病院ってどこで聞いたんだ?」 「いや、友だちから」
「その友だちはどうなってる」 「それが事故に遭って、それから急に引っ越しちゃって。
 たぶんその松野病院に入院してるんだと思います」こう答えると、
班長さんはますます暗い顔になって、「そうか、やっぱりな。それで、
 もしかしたら、松野病院に入院してるって女の子の話も聞いてるか?」
「あ、墓地公園の話ですよね。班長さんこそ知ってるんですか?」
「お前なあ・・・ 女の子の名前を聞いたかどうか聞いてるんだよ」
「いや、それが事故ったやつが記憶喪失みたいになってて、聞いてないです」
そしたら、班長さんは全身から力が抜けたようになって、

「そうか・・・よかったな。お前、タブーって知ってるか?」
「タブー?? いや、わかんないです」 「この市じゃあ、心霊スポットの肝試しで、
 女の子が精神病院に入ったって話は絶対にしちゃいけないんだよ。
 死ぬか、その松野病院に入ることになる」 「マジっすか?」
「マジもマジだよ。俺が知ってるだけで、片手くらいの人間が不幸な目に遭ってる」
「5人ってことですか」 「そうだ」 「・・・・なんでまた」
「いいから忘れろ。その女の子の名前を聞いてなければ、まだ大丈夫だから」
「・・・誰か、話が広まるのを防いでる人間がいるってことですか? 
 ヤクザか何か?」 「わからん、わからんけど、これ以上この話するな。
 いいか、間違っても松野病院に出かけてったりしちゃいかんぞ」
「わかりました。行かないです。すべて忘れます」

こうは言ったんですけど、やっぱり気になるじゃないですか。
それに、今はネット時代で、昔みたいに秘密を隠しておくなんて無理でしょ。
だから、松野病院について検索してみたんです。
○○市には、そういう名前の病院はなかったですよ。ただ、山の麓に、
「松野」という名前がつく老人介護施設みたいなのはありました。
それくらいしかわかんなかったです。でね、そうしてるうち、塾に行ってた妹が
帰ってきたんですが、俺に「玄関先でこれ、お兄ちゃんにって知らない人に渡された」
って、20cmくらいの箱をよこしたんです。「え、どんな人だった?」
 「白衣着た背の高い人」 部屋に戻ってぐるぐる巻きの黒いビニールをとると、
箱の外に「松野病院」って書いてまして、開けると・・・ドライアイスが
たくさん入ってて、その中に、よくわかんないですけど、大きな内臓みたいなのが・・・






アーカイブ 胡蝶の夢の話

2019.04.12 (Fri)
これはアメリカに住んでいた頃の自分が体験した話です。
2年半ほどいて、アルバイトしながら占星術の勉強をしていたんですが、
後半のほうは、不本意ながら不法滞在状態になってしまいました。
ですので、場所などはボカさせていただきます。あるとき、
同じ占星術のスクールに通っていた、Gというイタリア系アメリカ人の友人から
相談を受けました。Gはマフィアの資産家の5男で、カジノの経営者という肩書を
持ってましたが、店にはほとんど顔を出すことはなく、
毎日好きなこことをして遊んで暮らしている、けっこうな身分でした。
日本人の奥さんがいるんですが、ワイフのことで相談していいかって言われたんです。
「いいけど、俺は独身だし、たいしたアドバイスなんてできないぞ」
「いや、お前ほら、霊とか超能力とかに詳しいだろ。そういう話なんだよ」

これ、当時自分は若気の至りで、あることないこと、オカルト話を周囲に
まき散らしていたんですね。今思えば恥ずかしいんですが。
「うちのワイフは知ってるだろ」 「ああ、何度かお会いしたね」
「そのワイフが変な夢を見るって言うんだよ」
「夢の話か、夢判断とか、夢占いなんてできないぞ」
「いや、とりあえず話を聞いてくれるだけでいいよ」 「 O K 」
「うちのワイフが、日本で失恋してこっちに来たってこと、前に話したよな」
「ああ、聞いた。日本で婚約までした男がいたんだけど、結婚式直前になって
 相手の浮気が発覚して破談、奥さんは傷心のままこっちに留学しに来て、
 そこでお前と知り合って結婚までこぎつけたって話だろ」
「そうだ。でな、ワイフの夢というのが、その前の男と結婚してて、

 日本で生活してるって夢なんだよ」 「へええ、奥さんがそう話したのか」
「そうだ。このところ体調が悪そうだから、あれこれ聞いたら、隠さずに話してくれたよ」
「で?」 「ワイフの夢の中では、浮気が発覚しなかったのか、
 その男といっしょになって日本で暮らしてる。これがすごくリアルで、
 1回見た夢で、数日とかそれ以上がたってるらしい。目が覚めた後はぼうっとして、
 しばらく体が動かないみたいだ。ワイフは働いていないが、外出もできずにいる」
「うーん。でもまあ、夢は夢だよな。病院で診てもらったほうがいいんじゃないか」
「それはもう、何件も回ったよ。どこでも体は問題ないと言われた。
 だから今は精神科医にかかってる」 「それなら、そう心配しなくてもいいんじゃないか。
 ところで、お前、奥さんとの仲はうまくいってるのか」
「問題ない、と思ってる」 「じゃあ、俺がアドバイスすることもなさそうだが、

 具体的な夢の内容はわかるか?」 「うん。さっき言ったとおり、
 ワイフは夢の中でその男と結婚してて、子どもはいないらしい。
 それで、結婚生活はうまくいってない。相手の男はどうしようもないやつで、
 女にだらしなく、浮気を続けてて、それでしょっちゅうケンカになって、
 ワイフはその男に愛想を尽かして、離婚を考えてるとこってことだった」
「ふーん、具体的だし、内容が続いてるんだな。そういうのは聞いたことがない。
 でも、俺にできることはなさそうだな。あ、そうだ、
 日本に興信所で働いてる知り合いがいるから、その男、奥さんの元婚約者がどうしてるか
 調べてもらおうか。費用はかかるけど、いいだろ」 「問題ない、頼むよ」
ということで、日本に連絡してGの奥さんの婚約してた相手について調べてもらったんです。
そしたら、その男はまだ独身で、外資系の証券会社に勤めてるってことがわかりました。

収入はかなりあるらしく、女関係も派手という報告が来たんです。
これを知らせるため、またGに会ったんですが、話に進展がありました。
「ワイフは夢は相変わらず見てる。前は週に1回くらいだったのが、その頻度がだんだん
 増して、今は眠るたびにその男が出てくる」
「うーん、お前、もしかして、その男に嫉妬してるのか?」
「違う。ワイフは夢の中で、その男のことが嫌いでたまらなくて、
 すぐにでも離婚したいが、男が承知しないって嘆いてるんだよ」 「で?」
「つい3日ほど前、おかしなことがあった」 「どんな?」
「寝室のダブルベッドでワイフと寝てるんだが、朝方、ワイフの声で目を覚ますと、
 隣りにいるワイフが、あんたなんか死んで、みたいなことを叫んでたんだが、
 目の下が紫になって腫れあがってたんだ」 「で?」

「驚いてワイフを起こしたんだが、なかなか目が覚めなかった。で、起きるなり、
 男に殴られたって言ったんだ」 「夢の中で殴られたってことだな」
「そうだ、DVが激しくなってきたらしい。だけど、ワイフの顔の腫れは、
 目を覚ますと同時にすっと消えてなくなったんだよ。これ、どういうことかわかるか?」
「うーん、夢の中の出来事が現実の世界に影響をおよぼしてきたってことなんだろうか。
 お前、平行世界って知ってるか?」 「いや、わからん」
「そうか、これ、説明がめんどくさいから、もっとわかりやすい例えで話す。昔々に、
 中国に莊子って人がいてな。胡蝶の夢 (the dream of a butterfly) って話を書いてる」
「胡蝶の夢?」 「まあ知らんだろう。ある人が、蝶になって、
 じつに楽しく、ひらひら飛んでる夢を見た。で、夢から覚めた後に、
 自分は本当に自分なんだろうか? もしかしたら、自分は本当は蝶で、

 今、自分だと思ってるのは、蝶が見てる夢なんじゃないかって考えた」
 「・・・それはわかるような気がする。東洋哲学だな」 「うん。あ、そうだ、
 たしか精神科にかかってるて言ってたよな。それはどうなった」
「ああ、そっちは、精神科医の野郎が、夢を見るのは、無意識のうちにワイフが
 その男に未練を持ってるからとかなんとか言い出したんで、
 気分が悪くなって通うのをやめさせた」 「そうか、また何かあったら知らせてくれ」
 それから2日後、Gから連絡が来て、かなり慌ててる様子だったので、
 自分の部屋から近い、大学のキャンバスで会ったんです。
「どうなった?」 「たいへんなことが起きた」 「どんな?」
「今朝な、やはりワイフの声で目を覚ましたら、ワイフの体が透けたり戻ったりしてた」
「え? どういうこと」 「いや、ワイフの方を見たら、身体ごしに白いシーツが見えて、
 
 これは透けてるってことだろ。それが数秒で濃くなってっていうか、
 普通に戻って、またしばらくして透け始める。それで、透けてるときに肩を揺すろうとしたら、
 触れないんだ」 「で?」 「だから濃くなってるときに強く揺すって起こしたんだよ」
「で?」 「そしたら目を覚まして、体はもとに戻ったが、夢の中で、
 また日本にいる男に殴られて、それで気を失って、光る海みたいなところにいたらしい」
「光る海?」 「そう言ってた。虹みたいに水が7色にきらめく海に浮かんでたって」
「うーん、ただごとではないみたいだな」 「どうすればいい」
「もしかしたら、奥さんは2つの世界の間でたゆたってるのかもしれない。できることは・・・
 お前、仕事していないんだからつねに奥さんといっしょにいろ。寝るときは2人で、
 手とか足を縛って寝るとかもいいかもしれん。あとは、とにかく痕跡を残すことだと思う」 
「痕跡?」 「そうだ、奥さんと一緒の写真をたくさん撮れ。だれかれ声をかけていろんな人に

 撮ってもらえよ。あとは・・・そうだ、お前、あちこちにタトゥー入れてるだろ」
「ああ」 「じゃあ少しぐらい増えてもかまわないよな。奥さんと一緒にタトゥー屋に
 行って、奥さんの名前のタトゥーをどっかに入れろ。別にいいだろ」
「ああ、問題ないが、それにどういう意味がある?」
「いや、ちゃんとはわからんけど、向こうの世界とこっちの世界がせめぎあってる
 状態なら、観測が多いほうが勝つ気がする」 「観測?」
「いや、気にするな。とにかく、奥さんが生きて暮らしてたって痕跡が多いほうが
 勝つんじゃないかって気がするんだよ」 「勝ち負けの話なのか?」
「・・・たぶん」 「わかった、勝ち負けだってんなら、できることすべてやるよ」
まあ、自分も自信はなかったんですが、こんなアドバイスをしたんです。
Gがそれを忠実に守ってたせいか、奥さんが透けるということはなくなりました。

ただ、1回だけ、奥さんが目を覚ましたときに、指に見慣れない指輪をはめてた
ことがあって、Gが奥さんといっしょに自分のところに持ってきました。
結婚指輪でしたね。奥さんは一度も見たことがないものだと言い、
それは自分が預かったんです。Gは、「いつもワイフと一緒なのはかまわないが、
 これ、いつになったら終わるんだ」といらだった様子で聞いてきて、
それには何とも答えられませんでした。けど、この件は唐突に終わったんです。
日本で、奥さんの元婚約者の男が亡くなりました。酒を飲んで帰る朝方、
人気のない街中で刺されたんですね。出血多量でその日のうちに死亡し、
あれから10数年たちますが、犯人は見つかっていません。それ以来、奥さんは
透けることも、夢を見ることもなくなったんです。あとは・・・もしかして平行世界から
来たかもしれない指輪は、消えてなくなりもせず、今も自分が記念に持ってます。



 



「インキュバス現象」て何?

2019.04.12 (Fri)
アーカイブ73



18世紀後半~119世紀前半にかけて活躍したロマン派の画家、
ヨハン・ハインリヒ・フュースリの代表作のひとつ「ナイトメア」(上図)は、
ぐっすり眠っている女性の胸に小さな悪魔が乗っている不気味でホラーな絵画だ。
昔から決して少なくない数の人々が「夜中に不意に目覚めると、
自分の胸の上に誰かが馬乗りなっていて凄まじい恐怖を感じた」
と訴える報告が残されており、そうしたホラーな「心霊現象」は、
この絵にちなみ「インキュバス(悪夢)現象」と呼ばれている。

このインキュバス現象について、最近になって科学的な調査が行なわれている。
オランダ・ライデン大学の研究チームは、過去の13の論文における計1800人もの
症例を分析し、このインキュバス現象が現代でもこれまで考えられていた以上に
広い地域でみられる現象であることを報告している。
そして、精神科医はインキュバス現象を訴える患者の話をより真剣に聞き、
治療に向けて取り組まなければならないとしている。

インキュバス現象に見舞われた患者は往々にして「襲われる」
という表現を使うのだが、これは多くの場合、睡眠麻痺(sleep paralysis)
を発症している間に起る現象だという。睡眠麻痺は、
睡眠フェイズの不調和に起因する症状で、入眠時と起床時に起きやすい。

(tocana)

今回は久々に科学ニュースからの話題です。どっから書いていきましょうか。
まず、インキュバスとは何か、ということですが、これは西洋の悪魔の一種です。
「淫魔」などとも言われますね。眠っている女性のもとにやってくるのが、
男性型のインキュバス、男性のもとにくるのが女性の姿のサッキュバスです。
どちらも、眠っている人から見て姿形の美しい、その人の理想どおりの異性であり、
誘惑を避けるのは極めて難しいと言われます。

これ、自分は、大もとはギリシア神話あたりから来てるんじゃないかと思います。
性におおらかだった古代ギリシアでは、神話の主神ゼウスは好色で、
白鳥とか金色の雨に化けて人間の女の寝室に忍び込み、
半神半人の子どもを産ませたりしていますよね。

それがキリスト教が支配する世の中になって、純潔や禁欲が美徳とされるようになり、
性欲は悪魔がもたらすものだ、みたいな考え方が生まれてきました。
それで、インキュバスのようなものが創り出されたんじゃないかと思います。
ただ、自分は引用のようなことを「インキュバス現象」と呼ぶのは賛成しかねます。

以下、その理由を説明します。このような現象は、
引用にあるとおり「睡眠麻痺」状態のときに起きやすいのです。
睡眠麻痺が起きるのはレム催眠状態にあるときと言われています。
レム催眠(Rapid eye movement)は、簡単に言えば、

脳が起きていて体は眠っている状態です。
まぶたを閉じていても、その下で眼球が活発に動いているんですね。
この反対がノンレム睡眠(Non-rapid eye movement sleep)で、
脳は眠っていますが、筋肉の活動は休止していません。

レム睡眠時には呼吸が停止してしまうことがあり、強い息苦しさを感じたり、
胸部に圧迫感を覚えることがあります。そして、
そのような不条理な状態を説明するため、
脳が「自分を押さえつけている人」などの幻覚・夢を作り出すこともあり、
これは日本で俗に言う「金縛り」現象のことを指しています。

みなさんは金縛りになったことがありますでしょうか。
自分は何度か経験していますが、金縛りのときにエロいことを考えられますか?
これはさすがに無理なんじゃないかと思います。呼吸が止まって胸が苦しくなり、
死を意識したときに、まず最初にくるのは恐怖の感情ではないでしょうか。
そういう意味から、自分は「インキュバス現象」というのは、
この状態を言い表すのにはあまりふさわしくないんじゃないかと思うんです。

さて、恐怖の感情が起きた場合、人間は恐怖の対象となるものを自分の
潜在意識の中から引っ張り出してきますが、その恐怖の具体的な対象というのは、
世界のそれぞれの国の文化によって当然違ってきます。
これが日本の金縛りの場合は、鎧かぶと姿の落武者など、
幽霊として現れることが多いんですね。
日本では、幽霊はそれだけポピュラーな存在であるわけです。

それがアメリカだと、宇宙人という場合が多いんです。アメリカ人を対象にした
映画会社20世紀フォックス社のアンケートによれば、半数近いアメリカ人が、
異星人やそれに準ずる物の存在を信じており、そのうちのほとんどが、
「異星人は定期的に地球を監視するために訪れている」ことも信じると回答しています。
またさらに、そのうち20%の人々が、「異星人が地球人を誘拐する」と考えています。

ここで出てくるのが「アブダクション(Abduction)」という概念です。
これは拉致、誘拐などと訳される言葉ですが、「眠っていたらいつの間にか
宇宙人の円盤の中に連れ込まれていた。不思議な機械で体を調べられ、
体内に何かを埋め込まれた。そして気がついたら、自分のベッドに戻ってた」

こういう体験談がたくさんあります。米大手シンクタンク、
ローパー世論調査センターの調べでは、30年間で約370万人ものアメリカ人が、
宇宙人による誘拐を経験しているのだそうです。
これ、すごい数ですよね。ところが、日本ではこの手の話はあまり聞きません。

また、イスラム教圏のアラブ地域で睡眠麻痺が起きた場合は、
胸の上にのしかかってくるのは、「ジン(jinn)」
という精霊として知覚されているようです。
『アラビアンナイト』に出てくるランプの精というのもジンの一種ですよね。

中国では、睡眠麻痺は「鬼壓身」あるいは「鬼壓床」。
アイスランドでは、睡眠麻痺は通常「マラが来た」と呼ばれ、
マラは古いアイスランド語で雌馬のこと。
ニューギニアでは、この現象は「スク・ニンミヨ」として知られ、
これは神聖な樹木が、人間のエキスを吸い取ろうとしている状態。
メキシコでは、睡眠麻痺は「セ・メ・スビオ・エル・ムエルト」と呼ばれ、
これは「死人が乗り移った」ことを意味している・・・

とまあ、書いていけばキリがないんです。世界の各国で、自分たちの
文化の中で「怖いもの」が、睡眠麻痺状態の中で現れてくるんですね。
ですから、睡眠麻痺はその地域の「文化的な恐怖」を具現化させる
スクリーンのような役割を果たしていると言えるのではないかと考えます。
これは自分のようなオカルトを研究している者には、たいへん興味深いことです。

さてさて、睡眠麻痺は不安・恐怖による睡眠障害や、統合失調症に類似した
精神病である妄想障害につながる可能性があるという研究があります。
それだけでなく、健康な人が睡眠中に突然亡くなる、
突然死症候群にも関連があると言われたりもしています。

もしこれが事実だとしたら怖い話ですよねえ。
自分の意識の中から引っぱり出した、自分が最も怖ろしいと考えるものに
襲われた状態で亡くなってしまうわけですから。
睡眠麻痺は主に睡眠リズムの乱れによって起こり、睡眠時間の不足、
逆に睡眠時間のとり過ぎが、睡眠のリズムを狂わせる原因となるようです。
ということで、みなさんも十分にお気をつけください。

Alien abduction - Grey




中国科学の脅威

2019.04.12 (Fri)
アーカイブ72

今回はこのお題でいきます。当ブログでは政治的な話題はできるだけ避けてますので、
なるべくそっち方面に話がいかないようにしたいとは思います。
ただ、そうもいかない面があるかもしれません。
さて、自分は科学ニュースが好きでよく見てるんですが、
5・6年前頃から、中国発のニュースが増えているなあと思ってました。
今、各社のニュースをざっと見ても、3つほど話題が上がっています。

学生4人、「月面基地」模した実験室に200日間連続滞在。
中国の首都北京にある大学の学生4人が、月面での生活を模擬実験する施設内で、
200日間の連続滞在を無事完了した。国営メディアが26日、報じた。
中国は、有人月面着陸という長期目標を掲げて準備を進めている。

(1/26 AFP)

中国で“宇宙に穴が開くレベル”のスーパーレーザー(出力5300兆ワット)爆誕!
今月24日の英「Daily Star」によると、このたび世界最強のレーザーを作成したのは、
中国科学院と上海科技大学の合同研究チームだ。
彼らの作った超短パルス・高強度レーザー実験装置SULFは、
チャープパルス増幅法によって超短パルス・高ピーク出力レーザー光を実現、
現在世界最高の5.3ペタワット(5300兆ワット)の出力を得たという。

(1/27 tocana)

霊長類では初、体細胞クローンのサル誕生 中国のチーム。
サルの体細胞から、遺伝的に同じ情報をもつクローン2匹を誕生させることに、
中国科学院の研究チームが成功した。哺乳類の体細胞クローンは羊や牛などで
誕生しているが、霊長類では初めて。ヒトに近いサルのクローンは、
医療研究などに役立つとチームは主張している。
ただ、クローン人間の誕生に近づくことにもなり、議論を呼びそうだ。

(1/25 朝日新聞デジタル)

こういったニュースで、最初のは宇宙科学、2番目は物理工学ですかね、
3番目が生命科学と、それぞれ分野も違います。中国の自然科学が、
各方面で、かなりのスピードで進展を遂げているのがわかると思います。
ネットを見ていると「中国の科学なんてたいしたことはない、
ノーベル賞もほとんど取ってないじゃないか」みたいな論調が目立ちますが、
自分はそんなことはないと思ってます。これ、かなりの脅威ですよ。

中国の科学が伸びている理由はいろいろあるでしょうが、
自分は、次の3つの点が大きいんじゃないかと思います。
① 人口が多く、そのため理系の研究者数も多く、当然、優秀な研究者の絶対数も多い。
② 潤沢な研究予算がある。特に国家プロジェクトに関しては、
  金に糸目をつけずに進めることができる。
③ 「倫理」の壁が低い。

まず、①から考えていきましょう。「世界の研究者数 国別ランキング」
という資料を見れば、これは理系以外の研究者も含まれるでしょうが、
圧倒的第1位が中国で162万人、2位がアメリカで135万人、
日本が3位で66万人です。もちろん中国は総人口の母数が大きいので、
研究者の割合は日本のほうが高いものの、やはり総数が多いほうが、
画期的な研究が出てくる可能性が高まるのは間違いないでしょう。



さらに、日本は少子化、人口減少社会ですよね。
これから、若い研究者の数はどんどん減っていくものと考えられます。
日本が今後も技術立国していくつもりなら、これはマズイですよね。
大学の文系学部の改廃などの議論が出てくるだろうと思われます。

②について、日本の科学技術関連予算は減っているわけではないんですが、
ずっと横ばい状態を続けています。これに対し、中国のそれは右肩上がりに増大し、
現在は米国についで世界2位、日本の2倍以上と考えられます。(下図)
これ、民主党政権時代に予算の仕分けで、蓮舫議員がスパコンの研究開発費に対して、
「世界一になる理由は何があるんでしょうか? 2位じゃダメなんでしょうか?」
と言ったのは記憶に新しいところです。

日本はご存知のように世界でも類を見ない財政赤字国家で、高齢化のために、
これからも大幅な社会保障費の増大が予測されています。
ですから、蓮舫議員の言ったこともわからなくはないですが、
もし潤沢な予算があるのであれば、2位よりは1位のほうがいいに決まってます。
この点、中国は社会主義体制の国ですので、国家が必要と考えたプロジェクトは、
他に優先して予算を配分することができます。

主要国における研究開発費総額の推移


③について、科学研究は倫理的に進められる必要があります。
特に、生命科学の分野では大切なことなんですが、
2016年、中国でヒトの受精卵でDNAを改変したとの報告が出て、
世界中で大きな議論を呼びました。科学者たちが国際会議を開いて対応を協議したほか、
米ホワイトハウスが懸念を表明するなど、全世界に波紋が広がったんですね。

ヒトへの遺伝子操作やゲノム編集は、現時点では禁断の領域と考えられています。
病気の診断や治療に用いられるだけではなく、産まれてくる子どもの、
目や肌の色、身長や知能まで変えられる可能性があるからです。
しかも、それで産まれてきた子が、終生健康に過ごせるという保証もありません。
遺伝子操作した受精卵を母体の子宮に戻すことはタブーなんですね。

この点、日本は世界の中でも慎重なほうで、新しい生命科学技術に対しては、
倫理委員会を設けて長い時間をかけて審議します。
また、キリスト教国もそうですね。人工授精や体外受精に関して、
キリスト教国で導入されるまでには、かなりの論議がありました。

関連記事 『あなたはパーフェクト?』

ですが、中国は基本的に無宗教ですし、全体主義体制です。
ですから、倫理的なタブーが少ない。これは旧ソ連もそうでした。
昨年11月、中国黒竜江省ハルビン医科大学で、脳死者どうしの「ヒト頭部移植」
が行われたというニュースが出てきました。

手術を行ったのはイタリア人医師でしたが、この手術が、
自国では倫理的に認められないため、中国医師団との共同研究という形で
実施されたようです。これからも、あっと驚くような発表が、
中国からは出てくるんじゃないかと予想されます。

さてさて、科学技術というのは、人類全体の幸福のためにあるものだと思います。
たんなる功名心や利益追求、軍事的優位性のために
進められるべきでないのは当然です。
さらに、「何が幸福なのか」という点については、多様な考え方があり、
多くの議論があるはずです。そこで必要になってくるのは倫理学や宗教です。
しかし、現在の中国はどうでしょうか。自分は脅威を感じずにはいられませんね。

関連記事 『倫理学的思考実験』






ブラックホール観測!

2019.04.11 (Thu)
日本時間の2019年4月10日夜、国立天文台を含む世界16の国と
地域の研究機関が共同で記者会見を開き、ブラックホールの「穴」
の撮影に成功したことを発表しました。撮影されたのは、
おとめ座にある楕円銀河「M87」の中心にある巨大ブラックホールです。

(現代ビジネス)

gtyui (5)

今回はこのお題でいきます。科学ニュースサイトを見ると、
どこもすべてこの話題でもちきりなので、当ブログでも取り上げないわけには
いきません。なるべく間違えないよう、わかりやすく書きたいと思います。
さて、まずこのブラックホールですが、どこにあるんでしょう?

これは、おとめ座にある楕円銀河、M(Messier)87の中心部分です。
(ウルトラマンの故郷はM78星雲、ちょっと違います)
地球からの距離は、約5500万光年と計算されています。
このブラックホールの質量は、太陽の約65億個分。さらに、
大きさは直径380億キロにわたり、時計回りに回転しているそうです。

Messier87
gtyui (1)

じつは地球からもっと近いところにも、ブラックホールの候補(いて座A)
があるんですが、今回観測されたブラックホールはそれよりもはるかに重く、
また、周囲をとりまくガスの移動する状態が観測に向いていたんですね。
じゃあ、これまではどうして観測できなかったんでしょうか?

簡単に言うと、電波望遠鏡の力が足りなかったからです。今回の観測は、
国際協力ブロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」
が行ったものです。米国のマサチューセッツ工科大学とハーバード大学を中心に、
ドイツやオランダなどの欧州、また日本や台湾などのアジア、
そしてメキシコやチリも参加する、たいへん国際的なプロジェクトです。

世界各地にある8つの電波望遠鏡を結合させて出力をあげたものを使用し、
ハッブル宇宙望遠鏡の2000倍の解像度があり、
あんまり意味ないですが、人間の視力に換算すると300万になります。
それで、撮影に成功することができたんですね。

世界各地の8つの電波望遠鏡
gtyui (4)

次、この画像の中心の黒い穴がブラックホールなんでしょうか?
厳密にいうと違います。たんにこの画像だけを見ると、中央の穴の部分が
事象の地平線(ブラックホールの中から光をふくめ何も
脱出できなくなる面)だと思われるかもしれませんが、そうではなく、
これは「ブラックホールシャドウ」と呼ばれるものです。

ブラックホールはまったく光を出さない一方、重力で周囲のガスを集め、
そのガスが降着円盤として明るく輝きます。このような明るい円盤を背景に、
ブラックホールの光が出てこない部分が黒い影として見えるのが
ブラックホールシャドウなんですね。また、周囲のオレンジの光は、
ブラックホールに吸い込まれている超高温のプラズマガスが放つ電磁波です。

ブラックホールに近づいた電磁波は、ブラックホールに吸収されてしまいますが、
そのとき空間がゆがめられた結果、電磁波がブラックホールの周囲を
回り込むようにして縁どるため、リング状に見えるわけです。それが観測
されたということは、ブラックホールが実在する確定的な証拠になります。

さて、ここからはブラックホールについての一般的な解説です。
1915年、アインシュタインが一般相対性理論を発表しました。
そこでは、重力によって空間と時間がゆがめられる世界が、
宇宙方程式で記述されています。よく使われる例えとして、
3次元を2次元に落としたゴムマットが持ち出されます。

gtyui (2)

ゴムマットを張った上に、重い鉄球をのせるとマットがたわみます。
それが空間のゆがみなんですが、もし大きさはそれほどでもないのに、
ものすごく重いものをのせたらどうなるでしょう。
マットに穴が空きますよね。その穴がブラックホールというわけです。
中心部分は温度・圧力無限大の特異点になっています。

特異点では、あらゆる物理法則が破綻し、数式が成り立たなくなります。
この問題を生涯をかけて追求したのが、故ホーキング博士です。
では、ブラックホールの概念を最初に提唱したのは誰かというと、
ドイツの天文学者・数学者で、幼時から神童と呼ばれた
カール・シュヴァルツシルトです。

カール・シュヴァルツシルト
gtyui (3)

彼はアインシュタインの理論が発表されてすぐ、宇宙方程式を厳密に解き、
特異点の存在に言及しました。ですが、アインシュタインは、
それはあくまで数学的なもので、実際には存在しないと考えました。
シュヴァルツシルトがどう考えていたかはよくわかりません。というのは、
論文発表の4ヶ月後、第一次世界大戦の従軍中に病死してしまったからです。

これ、前にも少し書いたんですが、人間の想像力は数学に追いつかないんですね。
数学的に存在が示されても、人間の側で「そんなバカなことがあるはずがない!」
と切り捨ててしまったのが、後になって観測で証明されたというケースは、
この他にも、量子力学などでもいろいろあるんです。

関連記事 『数学には勝てない』

どうしても人間は常識に支配されてしまうんですが、じつはこの世界は、
人間の想像力を超えた形で成り立っているわけです。これなんか、
自分は素人ですが、物理学、天文学が面白いなあと思う部分です。
さて、ブラックホールでは空間と同時に時間もゆがみます。

gtyui (1)

それについても書こうと思ったんですが、残念ながら余白がなくなってきて
しまいました。いつかまたふれる機会もあると思います。ブラックホール内では、
時間についてもたいへんに奇妙な現象が起き、最近提唱されている
ホログラフィック理論にまでつながっていく話なんです。

さてさて、ということで、ブラックホールの直接観測という画期的な成果に
ついて見てきたわけですが、これはノーベル賞候補になるんでしょうか。
観測は誰がやっても同じになる客観的な事実なので、なりやすいとは思いますが、
自分にはよくわからないですね。では、今回はこのへんで。




ベンヌとニビル

2019.04.11 (Thu)
アーカイブ71

全長487m、エンパイアステートビル大の小惑星「ベンヌ(Bennu)」。
現在、時速10万kmで太陽を周回しており、
来世紀、地球に衝突する可能性が指摘されている。

「もし、ベンヌが地球と衝突する可能性が高まってきた場合の対応策などは、
まだまだこれからの課題になるであろうが、1910年にハレー彗星が接近した時に
世界がパニックに陥った100年前とは、分析力も、科学的対応力も格段に
上がっている」と、映画「アルマゲドン」のように小惑星の爆破、
あるいは軌道変更によって地球衝突が避けられると期待を語ったが、
どうやらそう簡単にはいかないようだ。

NASAは、地球との衝突軌道に入った小惑星にロケットをぶつけて軌道を変更する計画
「HAMMER(緊急対応用超高速小惑星緩和ミッション)」を立てているが、
ベンヌサイズの巨大小惑星に対しては全くの無力だというのだ。
(tokana)

ベンヌの大きさのイメージ


昨日、中国の「天空1号」の話を書いたので、今回も宇宙系の話題でいきます。
上記のニュースを読まれて、「嘘くさいなあ」と感じられる方もいるんじゃないかと
思います。でも、ベンヌという小惑星は実際に存在しますし、
地球との衝突の危機が、真面目に検討されているのも確かです。

ベンヌは、1999年に発見された直径500mほどの小惑星で、
太陽を回る軌道を、時速約10万kmのスピードで移動しています。
2100年代に地球に8回最接近し、そのどれかで衝突する可能性がある
ことがわかりました。ただし、衝突の確率は、
8回の可能性の合計でも最大0.07%ほどだそうです。

ここまで読まれて、「なんだ22世紀の話じゃないか、そこまで生きてないよ」
と思われた方もいそうですね。あと、「500mは小さいな、
それだと人類滅亡まではないんじゃないか」とか、
「0,07%の衝突の可能性なら、考えてもムダだろう」とか。

まあ、そうですよね。でも、この手のことは、早くから対策を立てておくのは
重要です。ちなみに、もしベンヌが地球に衝突した場合の衝撃は、
高性能爆薬の30億トン分の爆発力、
広島に投下された原爆の200倍に匹敵するということです。

このサイズなら、おそらく人類絶滅はないでしょうが、
小さな国が直撃を受ければ滅びるでしょう。それに、地球全体の気象に大きな
影響を与えるでしょうし、衝撃で地殻が不安定になり、地震や火山噴火が頻発する
などのことも考えられます。多くの生物種が絶滅するかもしれません。

で、なぜ早くから対策を立てるべきなのかというと、小惑星は軌道上を
動いているので、遠くにあればあるほど、小さな力でそらすことができるからです。
例えば、長い定規で線を引くとき、手元で少し誤差があると、
定規の端のほうでは大きくずれるのと同じ、と考えればいいかもしれませんね。

さて、映画などでは、核で地球に接近した天体を爆破するというシナリオが
出てきますが、これはあまり現実的ではないようです。惑星は粉々の破片になっても、
それらが、そのままひとかたまりになって軌道を進んで、核汚染された残骸が
地球に降り注いでくることになるからです。

NASAを中心とするアメリカの研究チームは、これに対して、
2つの案を検討しています。一つはHAMMERと名づけられた、長さ9m、
重さ8.8トンのロケットを直接ぶつけて、物理的な力技で軌道をそらす方法。
これは、ベンヌが遠くにある場合、1度失敗しても再度 試みることができますし、
例えば10発をセットにして、少しずつそらしていくなどの計画も立てられます。

HAMMER(Hypervelocity Asteroid Mitigation Mission for Emergency Response vehicle)


もう一つの方法は、ベンヌから離れた片方の側の空間で核を爆発させ、
その影響で軌道をそらす方法です。ただし、宇宙空間は真空なので爆風はありません。
核爆発による放射能の照射で、ベンヌの片側の物質だけを蒸発させ、
それを推進力として軌道を変えるということのようです。でもこれ、
かなり計算が大変そうです。22世紀ならできるようになっているんでしょうかね。

ともかく、この手のことは、アメリカだけにまかせてはおかないで、
地球全体が協力して事態に対処することが重要でしょう。
じつは日本の「小惑星探査機はやぶさ」の活動も、これと深く関係しています。
地球の天文的な危機管理をするための専門機関が必要だと思われますし、
それによって、世界の各国がまとまる契機となるかもしれません。

さて、話はオカルト方面に移ります。みささんは「ニビル」という名前を
聞いたことがあるでしょうか。太陽系に存在するとされる仮説上の惑星で、
地球の数倍の質量を持ち、太陽を、ひじょうに細長い楕円軌道で公転しており、
地球接近時に人類を滅亡させるかもしれないと言われているものです。

ニビルの仮説上の軌道


最初は、科学的な観測によって仮説が立てられました。1982年、
木星、冥王星、海王星の軌道が揺れているのが発見され、その原因として、
太陽系の外側に大きな質量を持つ星があることが考えられたんですね。
そして、その仮説上の惑星はXと名づけられました。

これが「ニビル Nibiru」になったのは、アゼルバイジャン生まれの言語学者、
作家、ゼカリア・シッチンによります。天文学者ではなく、
言語学者というところに注意してください。
彼は古代シュメール神話を研究し、シュメール宇宙論の解釈によれば、
太陽系内に、長い楕円形軌道をした3600年周期の仮説上の天体が存在する、
という説を発表し、それをニビルと名づけました。

ニビルには高度な知性を持つ宇宙人が住んでおり、過去に地球に最接近したときに
上陸してきて、シュメール人に文明を与えたとされます。地球に来たのは、
ニビルから地球への植民遠征に出された、一般の労働者に相当する集団で、
これがシュメール神話の神々、アナンヌキにあたります。

シュメールの翼ある神、アナンヌキ


さてさて、ゼカリア・シッチンのニビル仮説は、現在では2つの面から
否定されています。一つは、シッチンがシュメール神話を恣意的に翻訳している
というもの。仮説発表時には、シュメール語を解する学者は多くありませんでしたが、
やがて多数の研究者が神話にあたったところ、
シッチンの解釈の不自然な点が、いくつも見つかったんですね。

もう一つは天文学方面からで、ニビルの周期3600年というのは異常な長さです。
この軌道では、かなり早い段階で太陽の重力が届かなくなってしまうため、
惑星が太陽系にとどまっていることはできません。
その他、コンピュータが発達し、複雑な重力計算ができるようになっても、
ニビルが実在するという根拠は一つも見つかってないんですね。

とはいえ、惑星Xの問題はいまだに解決されてはおらず、
ニビルではなくても、太陽系の最も外側に、
地球程度以上の質量を持つ惑星が、絶対にないとは言い切れないのも確かなんです。
では、今回はこのへんで。

関連記事 『天体衝突の恐怖』






惑星ティアって何?

2019.04.11 (Thu)
アーカイブ70

7月28日の明け方、今年2回目の皆既月食を迎えます。
皆既食が始まる時の高度が東京では2.8度と低く観察が困難ですが、
大接近中の火星と一緒に楽しめるでしょう。
次の皆既月食は、約3年後の2021年5月26日です。

今回はまた、皆既食から月の入りまでの時間が短いのが特徴です。
28日午前3時24分に南西の空で欠けはじめ、
同4時30分に月がすべて隠れる皆既食に入ります。仙台市では、
皆既食がはじまってから8分後の同4時38分には月の入りとなります。

東京都港区も、皆既食の開始から19分後の同4時49分には月の入りです。
月の入りは、西に行けば行くほど遅くなります。
たとえば福岡市では、皆既食の開始から1時間2分後の同5時32分が
月の入りですので、東京よりは観察しやすそうです。
(The PAGE)

月食が起きるしくみ


今回は太陽系関係の宇宙の話題にします。28日の皆既月食は
明け方に起きるんですね。ですから、もうすぐ月が西の地平線に沈む直前
ということになります。これだと、西のほうに山などがある場合、
観測できないかもしれませんし、日本の東の地域では、
皆既月食が始まってすぐ沈んでしまうので、西の地域が観測に有利です。

7月28日 東京での観測予想図
mssssasu (2)

で、本項のメインテーマは、大いに月に関係はありますが、月そのものではなく、
「惑星ティア Theia」についてです。この名前、聞かれたことがあるでしょうか。
知ってるという方は少ないんじゃないかと思います。
「惑星ティア」は、かつて太陽系にあった可能性のある仮説上の惑星です。

何から説明しましょうかね。まず、地球ができたのはいつごろのことか。
これは、今から46億年ほど前に私たちの太陽系が形成され始め、
そして約45億4000万年前に地球が誕生したと、さまざまな根拠から
推定されています。(ちなみに宇宙の年齢は140億年程度)

約46億年前、巨大なガス雲の重力による収縮のため、まず太陽が形成され、
形成後に残ったガスや宇宙塵の円盤から、現在知られている、
地球をはじめとする、火星や金星、木星などの、
太陽系のメンバーが形成されたと考えられています。



このとき、太陽と地球の距離と同じくらいの距離に「惑星ティア」があった、
とするのが「ジャイアント・インパクト説 giant-impact hypothesis」です。
これは、地球の衛星である月が、どのように形成されたかを
説明するためのもので、比較的近年に提唱されました。

では、これ以前に、月の存在を説明するためにどんな仮説があったかというと、
原始地球は高速で回転していてその一部がちぎれて月になったとする「親子説」。
太陽系形成時に塵の円盤から地球と一緒に月が出来たとする「兄弟説」。
月は地球とは別の場所でできそれが後に地球の引力に捕らえられ、
地球の衛星となったとする「他人説」の3つです。

ところが、宇宙探査が進み、だんだんに月の地殻の化学組成が明らかになるにつれ、
地球と月の化学組成が、ひじょうによく似ていることがわかってきました。
つまり、兄弟説や他人説は候補から外れてしまったんですね。
「親子説」ならこれが説明できますが、原始地球がちぎれるほどの
巨大エネルギーがどこから来たのか、ということがはっきりしません。

そこで登場したのが、「ジャイアント・インパクト説」。
45億年前、原始太陽系には火星ほどの大きさの惑星ティアが存在し、
それが軌道の乱れによって地球に斜めに衝突し、ティアは粉砕され、
また地球も大きく破損した。その残骸は土星の輪のようになって、
地球のまわりを漂っていたが、やがて集まって月になったというものです。

「ジャイアント・インパクト説」 地球に衝突するティア


また、ティアの重い鉄のコアは、地球の引力に引きつけられて
地球に落下し、このため、地球は中心部に大きな鉄のコアを持つことになった
と説明されます。これがたしかなら、人類の歴史を大きく変えた
鉄器の存在も、ティアに由来するのかもしれません。

ただし、この説には問題点もあります。上で、月と地球の化学組成がよく似ている
と書きましたが、もしジャイアント・インパクト説が正しいなら、だいたい
月の成分の5分の1が地球に由来し、残る5分の4は衝突したティアに由来する
ことになります、そうすると、地球とティアの組成も
よく似ていなくてはなりませんが、そこが証明できないんですね。

この他にも、惑星である地球とティアが衝突するなどが起きる可能性は、
極めて低いことも指摘されています。これらの疑問を解決するために、
ごく最近出てきたのが「複数衝突説」で、ジャイアント・インパクト説のように
月は1回の大規模衝突によってできたのではなく、小さな星の衝突が
複数回くり返し起きてできたとするものです。

「複数衝突説」


これだと、複数回の衝突によって月が形成されることで、
月の化学組成は多数の小衛星の組成を平均化したものになります。
ですから、月と地球の化学組成がよく似ていても、
そう大きな問題にはならないわけです。

うーん、このうちのどれが正しいのか、世界中の天体物理学者が研究しても
結論が出ないわけですから、自分なんかが意見を言うのは無理なんですが、
複数衝突説よりは、ジャイアント・インパクト説のほうが
壮大なロマンがあるように感じますね。

さて、太陽系の惑星にはギリシア神話の神々の名がついてますよね。
では、ティアはどんな神なんでしょう。じつはティアに関する神話はあまり
残っておらず、月の女神セレーネの母であることから
名づけられたもののようです。

ティアとセレーナ


さてさて、みなさんは28日の皆既月食を観察される予定でしょうか。
自分は占星術師として、こういう天体イベントはできるだけ
観測するようにしているんですが、残念ながら最近、
どうも雨になることが多いんですよね。では、今回はこのへんで。

関連記事 『月=人工天体説って何?』




アーカイブ ネット神社

2019.04.11 (Thu)
3年前、大学4年のときにバイトしてたんです。はい、ネット神社の。
これがどういうものかというと、あるホームページを開くと、
そこに3Dの神社があったんです。参道から社殿、神社の杜も、
カーソルを動かして進んでいくことができるようになってて。
実写とCGをまぜたものです。よくできてましたよ。
私は、もう一人の人と2人でそこの巫女をやってたんです。
もちろん私たちの写真が使われているわけじゃなく、
巫女さんはアニメのキャラでしたし、声も私たちのじゃなかったですけど。
実際の仕事は、御守などのグッズの販売、
申し込まれた宛先に、振り込みを確認してから送ることでしたが、
それ以外に御祈祷というのもあったんです。

これは、そこの社が入ってるビルの階の一角に、
大きくはないですがけっこう本格的な祭壇がしつらえてあって、
そこで神主役の方・・・本職かどうかはわからなかったんですが、が御幣を振り、
その前で私たちが巫女姿で座っている後姿の写真をお客様にお送りします。
それで、実際に御祈祷をしたという証拠にするんです。
この写真は使いまわしではなく、毎回新しく撮ってましたよ。
祭壇にお客様が願いを書いた手紙を、きちんと捧げているところも写しました。
そうですね、御守や開運グッズは恋愛関係の御利益をうたってましたから、
毎日かなりの数量が出てましたけど、
御祈祷をされる方は1日に数人というところでしたね。
それでも、ずっとビル内では巫女の恰好で仕事してました。

話が下手なので、どっから説明していいのかよくわからないんですけど、
仕事の内容はこんな感じでした。最初は社長がついてあれこれ教えてくれたんです。
ええと、採用は前にこのバイトをやっていた学校の先輩に紹介されてです。
採用の面接もちゃんとありましたよ。社長が出てきて10分ばかり話しました。
社長は女性です。年はですねえ・・・よくわからなかったですね。
たぶん30代か40代の始めくらいだと思うんですが、
色白というより、真っ白に近い顔色で、しかもしわがまったくなかったですから。
でも、ネット関係はすごく詳しかったし、
神社のこともよく知っていました。あと服装が変わってましたね。
巫女さんとも神職とも違う紫色の着物を着てましたが、
普通の和服とも違ってて、なんというか、乙姫様みたいでした。

面接のときには、私のひいおばあさんが沖縄でユタをやってたことも話しました。
先輩から、そうしたほうがいいと言われてましたので。
でも、私には霊感とかそういう能力ってぜんぜんないんです。
ひいおばあちゃんの話は本当ですけど、
私が生まれたときにはとうに亡くなってましたし、
父が若いころに東京に出てきてましたから。
バイト料ですか? よかったですよ。昼の1時から5時までで、土日休み。
それで週に6万でした。もっとも、御祈祷は元手ゼロに近いものですし、
御守グッズ類にしても原価はしれたものです。
でも、返品はOKでしたけどほとんどなかったし、苦情もまず来ませんでした。
え、ネット神社の御祭神ですか?

それが今だによくわからないんです。祭壇に書かれてるお名前が、
恥ずかしいですが漢字が読めなかったんです。
社長になんと読むか聞いたこともあって、そのとき、
難しい名前をぺらぺら言われたんですが、
日本語じゃない感じでおぼえられなかったんです。
社長ですか? ほぼ毎日来られてたと思いますが、夕方が多かったです。
というのは、そこの社は俗にペンシルビルといわれる細長いビルの
5階、6階を占めてたんですけど、私たちの上の6階にいることが多かったんです。
ええ、そっちは主に夜に活動していました。
ええ、これは後になってわかったことですけど、
呪い代行というのをやってたんです。御存知ですか?

・・・そうですか。あんまり口に出したくないことなんで助かります。
ええ、今はどちらもやっていません。あの事件があってやめちゃったんです。
私と同僚の、もう一人はN彩という子で、
私より前からこのバイトをしていて、学生でも社会人でもないようでしたね。
けっこう仲はよかったんです。ただ、いちおう巫女の恰好をして働いてるわけだし、
仕事中はほとんど私語をすることはなかったんです。
それにN彩は車を持ってて、終わるとすぐに帰っちゃいましたし。
あと、携帯のやりとりなんかもなかったです。
これは社のほうから言い渡されていました。ええ、バイトの巫女同士が、
私的に連絡を取り合うことがないようにという業務規約があったんです。
でも、こんなことを聞いてます。N彩は四国のある村出身で、
家が代々、民間の陰陽師のようなことをやっていたんだそうです。

N彩はそこの4女ということで、家業からは解放され、
東京に出て自由に過ごすことを許されてたみたいなんです。
ええ、その家業が、ネット神社に採用された理由だろうとも言ってました。
気持ちのいい子でしたよ。それがあんなことになるなんて。
ええ、はい、その顛末を今からお話しするんですが、
私にはわからないことがたくさんあるんです。
N彩は上の階のほうに引き抜かれていきましたから。
あるときですね。私たちがパソコンに向かって仕事してると、
珍しく社長が入ってこられたんです。
立ち上がってあいさつしようとしたら、「そのまま、そのまま、続けてて」
社長はそうおっしゃって私たちの背後に回りました。

「あなたたち、だいぶ仕事を呑みこんできたみたいね。売り上げもあがってるから、
 来週はボーナスを出すわよ」
そう言いながら私たち一人一人の肩を揉むような仕草をしました。
それでN彩の肩を触ったとき「あれあれ」と声を出されたんです。
横を見ると、社長の手に一匹、大きな芋虫みたいなのが握られていたんです。
そうですね、大きさは10cm以上ありました。
太さも女性の親指より太かったと思いますが、
気持ち悪いということはなかったんです。
色が白く、半透明で透きとおってて、超大粒の真珠をつらねたみたいに見えました。
あと、変なたとえですが、あんこも何もかかっていない、
白いお団子みたいな感じもあったんです。団子の餅を6つくらいくっつけたような。



でも、間違いなく生きているものでした。
自分でくにゃくにゃ上下に動いてましたから。
社長は、事もなげにそれを顔の前に持っていくと、
大きく口を開けてぱくっと飲み込んでしまったんです。
N彩は気がついていないようでした。それで社長は、私のほうを向くと、
口をくちゃくちゃ動かしながら、唇の前に指をあてて、
「しーっ」というポーズをしたんです。後になってN彩がいないときに、
社長が近寄ってきて「さっきの虫、見えたんだよね。あれ、まが虫っていうの。
 Nちゃんには内緒。でも、あれが見えたというのは、
 あなたもかなりの力があるのね。上を手伝ってもらうことになるかもしれない。
 上のお給料はここの3倍以上よ」 こんなことを言われました。

翌日から、N彩の姿はなく、社長から上の階の仕事に回ったと知らされました。
その後の1週間は仕事を一人でこなして、てんてこまいの忙しさでした。
翌週から新しいバイトの子がきたんですけど。
ですから、N彩のことを考えてるヒマもなかったんです。
それに、時間帯が違うとしても同じビルで働いてるわけだし、
そのうち会えるだろうって・・・
4週間後のことです。家にいた私のスマホにメールが入ったんですが、
こんな内容でした。
「今のバイト ヤバいからすぐやめなよ 心が壊れて虫だらけになっちゃう
 わたしはもうダメ ボロボロ 実家に復讐してもらう
 今日の昼12時にネット神社のビルの前に来て N彩」

10分もたたずに返信したんですがそのときには、
アドレスを変えたのか通じなくなってたんです。
気になったので翌日、12時少し前にビルの前に行きました。
特に変わった様子もないと思ったんですが・・・
しばらく待っても何も起こらず、N彩の姿も見えず、
時間が少し早いけどビルに入ろうかと思った矢先でした。
ズダーンという爆発のような音がしました。そっちを見ると、
N彩がうつ伏せに倒れていました。着ていたTシャツが下着とともに脱げかかり、
両手がありえない方向に曲がって、奇妙な踊りを踊っているようでした。
じわじわと、うつ伏せのN彩の顔の下から、
真っ赤な血がアスファルトに広がり始めました。

私は動くこともできず、呆然と見ているだけでしたが、
他の通行人から叫び声があがり、私もそっちに駆けよっていったんです。
N彩はピクリとも動きませんでしたが、そのかわりというか・・・
体の下から、前に見たあの白い虫が何匹も何匹も這い出してきたんです。
それらは、おびただしく流れる血に染まることもなく、
かなりの速さで道路のあちこちに散らばっていきました。
・・・たぶん集まってきた野次馬には見えなかったんだと思います。
誰も騒ぐ人はいませんでした。やがて救急車のサイレンの音が聞こえてきて・・・
N彩が運び出されたときには1時を回っていました。
救急隊の人が「どなたか、この方のお知り合いはいませんか?」と叫んだとき、
名乗り出ることができなかったんです・・・何もかもが怖くて。

仕事の開始時間が過ぎていることに気がついて、ビルに向かったんですが、
入り口が固く閉ざされていて、そのときは警察が入っていくこともなかったんです。
N彩は、隣のもっと高いビルの屋上から飛び降りたようでした。
半泣きになって震えている私のスマホにメールが入りました。
見るとネット神社からで、
「当神社は当分の間閉鎖いたします これまでお勤めご苦労様でした
 報酬は6か月分を指定口座に振り込みいたします」
これで、私とネット神社の関係はいっさい切れることになりました。
向こうから連絡はありませんし、こちらからも連絡していません。
ネットのホームページも翌日には削除されていたんです。
N彩の飛び降りのことは新聞でもテレビでも報道はありませんでした。

でも、あれで生きているはずはありません。
きっと誰か、ネット神社の関係者が手を回したんじゃないでしょうか。
これで話はほとんど終わりですが、いくつか後日談があります。
一つは社長と会ったことです。というか、姿を見たと言えばいいか。
話はしませんでしたから。N彩のことがあってから、
私はあちこちの神社にお参りするようになりました。
もちろん本物の神社です。広い参道で神気を受けていると、
体に溜まった悪いものが抜けていくような気がしました。
そのうちの一つの御社で、遠くから社長の姿を見かけたんです。
黒の洋装でしたが、間違いなく社長でした。
でも歩き方が、老婆のように腰が曲がってよろよろしていました。

杖もついていて、数十mを歩くのに何分もかかるありさまだったんです。
近くまで寄っていったんですが、あの真っ白だった社長の顔が、
しわだらけになり、色も干物のように変わっていて・・・
とても話ができる状態じゃなかったんです。
社長は杖にすがりつくようにして、社務所に入っていきました。
もう一つ、これはN彩の飛び降りから1年後のことです。
私のアパートに、一通の封書が来たんです。
それには達筆の筆で書かれた二つ折りの半紙が入っていました。
そこにただ一行、こう書かれていたんです。
「あの神社の関係者は残らず滅びた 貴女だけは許す」
消印は、N彩の実家のある四国の某地になっていました。


 



カニのオカルト

2019.04.10 (Wed)


今回はこういうお題でいきますが、どれだけ話題があるか不安ですね。
さて、みなさんはカニはお好きでしょうか。自分はアクアリウムを
やっており、自宅には海水水槽2本、淡水水槽もいくつかあるんですが、
カニを飼育した経験はありません。別に嫌いなわけじゃないんですけど、
脱走したりとか、なんとなく難しそうな感じがするんですよね。

もちろん食べるのは大好きです。毛ガニ、タラバガニ、上海ガニ・・・
思い浮かべただけでヨダレが出てきます。
殻を割ってカニの足をほじり、甲羅のミソをすくう。面倒くさいのも含めて、
至福のひとときです。ああ、カニっていいなあ。

さて、カニは甲殻類で、食べたことのある方はご存知じと思いますが、
体の中に骨はありません。外骨格で支えられているんです。
1961年と古いSF映画ですが、『SF巨大生物の島』では、
下の画像のような大きなカニが出てきていました。

『SF巨大生物の島』
asder (4)

ただ、外骨格の生物はそれほど大きくはなれないんですね。
体が重くて、内部の筋肉で支えられなくなります。
世界で最も大きいカニの仲間はタカアシガニで、足の両端で3m以上ありますが、
体そのものはそれほど大きいわけじゃなく、体重も20kg以下です。

タカアシガニ


さて、カニのオカルトというと、あんまり思い浮かばないんですが、
「雷獣」が、カニのような姿をしていたという話はありますね。
享和元年(1801年)に芸州五日市村(現広島県佐伯区)
に落ちたとされる雷獣は、下の画像のようなもので、
四肢の表面は鱗状のものでおおわれ、

その先端は大きなハサミ状で、体長3尺7寸5分(約95センチメートル)、
体重7貫900目(約30キログラム)あまりだったとされます。
また、『奇怪集』にも、享和元年に芸州九日市里塩竈に落下したとされる
同様の雷獣の死体のことが記載されています。

「雷獣」とされる絵
asder (5)

自分はこれ、ヤシガニなんじゃないかと思ってます。
日本では現在、ヤシガニは沖縄地方にしか生息していませんが、
江戸時代にはもっと北のほうまでいたのかもしれません。
その死骸が、潮にのって広島の海岸まで運ばれたというのは、
ありそうな気がします。その途中で足が何本かとれた。

あるいは、船の上で飼われていたものが死んで捨てられたとか。
毛みたいに見えたのは、海藻の乾いたものかもしれません。
台風や竜巻で飛ばされてきたという話もありますが、これほどの
大きさのものが、遠い距離を風で運ばれてくるかどうか疑問があります。
ちなみに、ヤシガニはカニという名がついていますが、ヤドカリの仲間です。

ヤシガニ 足の模様を絵と比べてみてください
asder (6)

さて、次の話題。妖怪の中にもカニをモチーフとしたものがいて、
「蟹坊主」は、『ゲゲゲの鬼太郎』のアニメにも登場していました。
こんな話が残っています。山梨県山梨市万力の長源寺の住職のもとを、
雲水が訪ねて問答を申し込み、「両足八足、横行自在にして眼、
天を差すときいかん?」との問いを発した。

「足が8本、自由に横に動いて、眼が上を向いているものは何だ?」
ということです。答えにつまる住職を、雲水は殴り殺して立ち去った。
その後も代々の住職が同様に死に、とうとう寺は無人となった。
話を聞いた、法印という旅の僧がここに泊まったところ、

例の雲水が訪ねて来て同様の問答をしかけたので、「お前はカニだろう」
と言って独鈷(どっこ)を投げつけると、雲水は巨大なカニの正体を現し、
砕けた甲羅から血を流しつつ逃げ去った。
その血の跡を追っていってみると、裏の池の近くの洞窟にたどり着いた。

蟹坊主または蟹和尚
asder (3)

洞窟の中にはたくさんの人骨とともに、畳2枚分はあろうかという大蟹が、
甲羅を割られて死んでいたので、人々はたいそう驚いた。
この化け蟹を退治した旅の僧は、その後「救蟹法師(きゅうかいほうし)」
と名を改め、長源寺の住職となった。

これと似た話は他の地域にもありますね。ただ、上に書いたように。
カニが畳2枚分まで大きくなるかは疑問です。
うーん、比較的近い節足動物の仲間には「ウミサソリ」がいて、
2.5m以上にもなったとされますが、2億5000万年前に絶滅しています。

ウミサソリの化石
asder (2)

さてさて、最後に現実的な怖いカニの話でしめくくります。
水死体をカニやエビ、シャコなどが食べるという話がありますよね。
これは本当で、ダイバーが水死体を海底で捜索するときには、
カニ・エビ類が集まっている場所を見ると言われます。

例えば、自殺の名所と言われる東尋坊がある福井県は、
カニが名物でもありますよね。そう考えるとちょっと怖いなという気もします。
まあでも、東尋坊近くの旅館で越前ガニを出されたら、もちろん食べます。
ということで、カニのオカルトでした。では、今回はこのへんで。

関連記事 『六つ鍋』

越前ガニ





アーカイブ 地下の沼

2019.04.10 (Wed)
アルバイトの話なんだ。俺? 俺はフリーターってか、プー太郎だよ。
薬の臨床試験ってバイトがあるだろ、最初はあれに参加してたんだ。
うーん別に、不安を持ったとかはないよ。だって応募元は名前のしれた製薬会社だし、
毎日医師がついてて診断してくれるんだから、むしろ普段より健康なんかもしれない。
基本ただ寝てるだけで、10泊11日で25万、これはこたえられねえだろ。
ああ、でもよ、今日するのはその話じゃねえんだ。その次にやったバイト。
この臨床試験で、見田ってやつと知り合いになって紹介された。
年は俺より10は上だな。40以上に見えた。
うーん、筋者じゃねえと思う。臨床試験の被験者って刺青はダメなんだ。
それに、言葉遣いもていねいだったし、威圧するようなとこもなかった。
最終日、これで開放ってときに名詞を渡されたんだ。

その試験とは別の製薬会社のコンサルタントって肩書きになってた。
まあな、不自然といえばそうだよ。
なんでそんなやつが他社の試験にいるのかわかんねえし。
でよ、こいつの紹介したバイトってのが、報酬がよかったんだ。
1日4時間の拘束で3万。ただし休みの日はないってことだったが、
要するに1ヶ月で90万になるわけだ。しかも違法なことは何一つないって
言われたから、こりゃ断る手はねえよな。で、承知したら次の日、
繁華街にある○○ビルってのを訪ねて来いって言われたんだ。
約束の時間は昼の2時、行ってみたら、飲み屋街の細長いビルなんだよ。
ほら、敷地面積のせまい土地に、階数だけのばして建てた雑居ビル。
ネオン看板を見るかぎり、全部がカラオケスナックかその類だった。
これはちょっと考えたね。水商売が悪いわけじゃないが、
それで日に3万って言ったら、ヤバイ仕事としか考えられねえだろ。

だから、話しだいでは断ろうと思いながら、中に入ったんだ。
地下へ行けという指示だったんで、せまい汚い階段を下りていたら、
ドアがひとつだけ、看板は外されてたが、どう見てもバーかなんかなんだよ。
ノックした、そしたらややあって「入れ」って野太い声がした。
中は予想どおりバーのつくりで、カウンターに大きな男が座ってた。
120kgはあっただろうな。スーツ着てたが、ごつい体なのがその上からもわかった。
おそらく何かの格闘技の経験者だよ。ただし・・・そいつも筋者のにおいはしねえんだ。
そいつは見田って名乗り、臨床試験のときのやつの弟だって言った。顔は似てた。
俺はあいさつをし、それからすぐ仕事内容の説明をされたんだよ。
夕方6時にここへ来て、そうすると古ぼけたファックスに連絡の紙がきてるから、
それをまず読む。

内容は、なんと言えばいいんだ? 人5人くらいの名前と、その人の
いいエピソードが書いてある。いいエピソードって何のことかわかんねえだろ。
「何年何月に晴れて部長に昇進した」とか「後輩をいつも食事に誘って
慕われていた」とか、「長年母親の介護を親身になってやりとげた」とか、
そういう内容。一人一人の名前の下に箇条書きで10個ほど書かれてた。
5人だと50個くらいになるな。まずそれを暗記しろと。
こんとき きつく言われたのが、エピソードを忘れて言わないのはしょうがねえが、
絶対に人を取り違えるなって。つまり別のやつのエピソードを読むなってこと。
それと必ず末尾を過去形にしろ、ってことだった。
で、だいたい暗記したら、それを感情込めて語りかける練習をしろって。
本番のときは紙を見ちゃいけないんだよ。何が本番かって? それは今話す。

「やってみろ」って言われたから、その場で一人分だけやってみせた。
どうやら見田弟は満足だった様子で、カウンター奥の調理場に案内させられた。
バーだからせまいキッチンだったが、そのどん突きにドアがあって、
それが冷凍貯蔵庫みたいな頑丈な鉄扉だったんだ。
で、見田が最初に入ってスイッチらしいのを押した。
それで明るくなったとこへ俺も入って、思わず息を呑んだんだ。
広いんだよ。体育館半分くらいもあった。ただしもちろん天井は低い。
そこに薄暗い感じで水銀灯がいくつか灯ってる。これだと,
ビルの敷地だけじゃあ絶対足りない。裏手の道路の下にまで続いてるようだった。
それとさらに驚いたのは、下が3mほど土で、
その先が水・・・沼みたいになってたことだ。
地下だから太陽光が入らないんで、植物とかはなかったが、

それをのぞけば、平地にあるような沼だったんだ。
水は澱んでて、天井の色を映して青黒く光り、そこかしこからあぶくが立っていたな。
で、沼の手前に祭壇のようなものがあった。簡素なつくりで、
お盆のときの棚にも似てた。見田弟はその前に立ち、
「ここで9時になったらエピソードを一人ずつ、心を込めて語ってくれ。
 仕事はそれだけだから、終わったら帰ってもいい」そう言ったんだ。
いや、どういう意味があるのかはまったくわからなかったよが、質問できる雰囲気じゃ
なかった。その沼のある場所からは5分ほどで出て、厳重に鍵をかけた。
で、さらに注意事項をいくつか言われた。「沼の水には絶対に入るな。手を触れてもいけない」
「もし何か異常な事態が起きたら、店の中なら俺に携帯で連絡しろ。
 ただし沼の部屋で起きたんなら、祭壇の上に無線機があるから、赤ボタンを押して指示を聞け」

「沼の部屋の戸締りを忘れたてたらクビ、言い訳は聞かない」
「休みはねえが、体調がもし悪かったら必ず連絡しろ」こんなことだったな。
その日は交通費と言われて封筒を渡されて帰ったが、中には10万入ってた。
で、翌日6時に出勤した。やはり見田弟がいて、「2、3日はいっしょにいてやるが、
慣れたらお前一人だからな」そう言って、沼の部屋と店の入り口のキーを渡された。
ファッスの紙を取ると、その日名前が載ってたのは4人で、
いかにも立派な人生を送ったかのようなエピソードが連ねてあった。
俺は2時間かけて暗記し、見田弟の前で披露した。
「合格、なかなかいいじゃねえか」にやにや笑いながら見田は言ってた。
で、9時になって沼の部屋に入り、祭壇の前に立った。見田は俺の後ろ、
ドアのすぐ近くで見てたんで緊張したが、20分ほどかかって語り終えたよ。

まるで葬式で弔辞を読んでるような気分だった。
沼は相変わらず、ぼこぼこと泡立ち、饐えたような臭いがしてた。
4日目で見田弟は消え、俺一人になった。
その4日で、12万、最初の10万と合わせて22万だよ。信じられねえ金額だろ。
この仕事にどういう意味があるのかは考えないことにした。
おそらく沼は建築法とかに違反してるんだろうが、
俺がやってることに違法性はない。けっこう頭も使うし、それ以上何を望む?
ただ、日がたつにつれて沼の臭いがきつくなっていく気がした。
あと、どうしても圧迫感がある。言われてなかったから、
俺は常にドアを開け放したまま語りをしてたんだよ。
で、まあ何ごともなく10日ほどが過ぎた。



そうだな、変わった点といえば、仕事が6時から10時までなんで、
生活が規則正しくなったよ。普通なら、その時間は酒飲んでるからな。
あと、夜ぐっすり眠れるようになった。内容はなんてこともねえ仕事なんだが、
終わって帰ってくると疲労感がかなりあるんだ。
やっぱり精神的に緊張してるんだろうな。
これが紙を見てしゃべるんなら気が楽だったろうが、暗記しなくちゃならんし。
1回ヘマしたことがあるんだよ。祭壇の前で語りかけるときに、
うっかり「とても立派です」って言っちまってな。
ほら、全部を過去形にしなきゃいけないってのに反しちゃったわけだ。
口に出してすぐに気がついたよ。背筋がぞくっとした。
うーん、特に何も起こらなかった。だから気を取り直して続けたんだ。

いや、見田弟にはそのことは言わなかった。首になっちゃ困るし。
やつは3日か4日おきに、店に顔出して封筒に入れた給料を渡してよこした。
そうだ。あと、だんだん体が沼臭くなってきてな。
これにはちょっと困った。そんなヒドいドブみたいな臭いではないんだが、
薬品のような感じの饐えた臭いだよ。消毒薬とも違うし、工場の臭いっていうかなあ。
おそらく沼に入ってるのは水じゃなかったんだろう、何かの薬品。
ま、できるだけ風呂に入るようにしてたから、人に会って言われることはなかった。
やがて1ヶ月になろうって頃に、見田弟から、
「あんた頑張るなあ。よくミスしないでやってる。沼がこんな一ヶ所でもってるなんて、
 記録じゃねえかな。もしよ、具合が悪くて休みたいとかあれば電話してこい。
 1日ぐらいなら俺が代わってやるから」こんな風に言われたりしたんだ。

その矢先、1ヶ月過ぎたとき、ヘマしちまったんだ。
その日の名簿は3人だけで、楽だと思って油断した。それと、
言い訳にしかならねえが、駒田と、幸田で、1人目と2人目の苗字が似てたんだ。
いつものように沼の部屋に入って電気をつけ、祭壇の前に立って一息つき、
おもむろに語りかけを始めたんだが、駒田なのに幸田のを言っちまった。
しかもすぐに気がつかなかったんだ。半分目を閉じて、気持ちを込めて話してると、
ボッコンって音が聞こえた。沼のほうを見ると、風船くらいある大きなあぶくが、
10mほど先に出てたんだ。ここで気がつけばなあ・・・
しばらく待って何事もなかったんで続けた。そしたら、さっきのあぶくが割れ、
下から何かが出てきた。黒い、でかいもんだ。大きさは冷蔵庫くらいもあり、
丸い形をしてた。見た瞬間足がすくんだ。自分が間違えたことにも気がついた。

黒いのは髪の毛だと思った。それが沼の液体でへばりついたようになって、
人の頭が・・・4つ、5つくっついてた。
並んでるんじゃなく、ひとかたまりに溶け合ってたんだ。
ずぶぶぶぶ、って音を立てながら、それはもう1mも出てきて・・・
俺は祭壇の上にネジ止めされてる小型の機械の赤ボタンを押した。
すぐに「どうした!」という声が聞こえた。見田兄弟の声じゃなかった。
「沼から何か出てきた。人のかたまりみたいのが!」
「チッ」舌打ちがスピーカーから大きく響いた。
それっきりいくら呼びかけても応答がなかった。沼から出てきたものは
もう天井につかえ、ゼリーででもできてるみたいに広がってた。
くっつき合ってた顔も分かれて、天井のコンクリに貼りついたようになって・・・

俺はそこまで見て逃げた。急いでドアを出て鍵をかけた。
そのまま店外まで駆け上って、夜の街へと逃げ出したんだよ。
・・・まあ、こんな話なんだ。
で、翌日、店が火事になったってことが新聞に出てた。といっても小火程度で、
すぐに消し止められたようだった。さあねえ、沼がどうなったかはわからない。
こっちから連絡をとることはなかったし、向こうからも電話はかかってこなかった。
店のあったとこへも行ったんだよ。そしたら、燃えた跡が外からはわからなかった。
だから地下のバーの内部だけなんだろうと思った。
黄色いテープが張られてて、階段を下りることもできなかったよ。
で、あったことをつらつら考えると不安になってきた。
そりゃ仕事内容からして尋常じゃなかったからな。ましてあんなものを見ると・・・
それでアパートを引っ越したんだ。結局高くついたってことだ。

それから・・・また、薬の臨床試験があって。
これは有料で登録してあるから、優先的に知らせてくれる。
その試験をやった病院で、見田に会ったと思うんだよ。
ああ、兄のほうだ。俺が昼過ぎの診断を終えた後、特殊病棟の面会室で本読んでたら、
横脇のエレベーターが開いたんだよ。緊急時にベッドごと移送したりするやつだ。
そっから車椅子の人が出てきたが全身に包帯が巻いてある。
で、顔の部分は白いゴム製のマスクだったんだ。犬神家のスケキヨって知ってるか?
あんなやつだ。しかもそいつは右足がほぼ付け根から、
それと左手が肘のあたりからないように見えた。
そこの実験病棟の階は一般の患者の姿は見かけなかったんで、あれっと思った。
むろんそんな状態じゃ自力では動けない。やっぱりその病棟では見たことのない、
赤いカーディガンを羽織った若い看護師が押してた。

しずしずと俺の前を過ぎようとしたんで、投げ出してた足をよけた。
そしたら、看護師が乱暴な手つきで車椅子のやつのマスクをはがしたんだ。
焼け爛れた顔が出てきた。たぶん火じゃなく、何かの薬品で。
そいつは俺にその顔を向け、「うーうーうー」とうなったんだが、
崩れた顔だけど、面影に見覚えがある気がしたんだ。見田の兄だと思った。
「うーうー おろうろは しらら」そう言ってがっくり頭を落とした。
看護師があごを持ち上げてマスクをかぶせ、俺を見るともなく、
「こうなりたいですか? 沼のことは人に話してはいけませんよ」
そうつぶやいて、車椅子を押して検査室のほうへ去ってったんだよ。
うん、見田兄の言った内容は後で考えてわかったよ。
「弟は死んだ」これでまちがいないと思う。あれから3ヶ月が過ぎて、
俺の身のまわりに特におかしなことはない。ないが・・・






アーカイブ 電気くん

2019.04.10 (Wed)
うちの商店街であった話なんですよ。どこもそうなんでしょうが、
大型量販店に押されて客足はさっぱりです。いや、今に始まったわけじゃなくて、
平成になってからはさびれる一方、半数以上がシャッター閉めちまってますね。
いくら特色を出そうとしても、そんなあり様ですから、振興組合にも予算がないんです。
200m以上のアーケードがついてたんですけど、老朽化して危険でも
改装するお金がない。話し合いの結果、取り壊すことになりました。
いやあ、これでほんと、この通りも終わりだなーって実感したんです。
え?うちですか。うちは仕出し屋をやっておりまして、
地域の会社とか、学校の部活の親の会なんかに食い込んでますから、
続けていく余裕はなんとかあります。まだまだやめるつもりはないですよ。
でね、アーケードの撤去にともなって、商店街に入るアーチも壊したんです。

ほら「○○銀座、△△商店街」とか書いてるやつです。
でね、このアーチの上に、電気くんというマスコットがのってたんです。
これは、アーチに入ってすぐの店が電気屋でね、そこのご主人が
主にお金を出してこしらえた、オリジナルキャラの人形です。高さは1m以上あって、
くりくりした目のヘルメットをかぶって黄色いマフラーをつけた男の子。
数少ない組合のメンバーとして、撤去のときには立ち合ったんですが、
電気くんの足のボルトが鉄骨から取り外されたときには、感慨深いものがありました。
塗装が剥げてあちこちに錆の浮いた電気くんが下ろされてくると、
そのまま廃棄に回されるのがたまらなくって、引きとりを申し出たんです。
もちろん使用するつもりはなく、商店街の往時の思い出の記念として、
倉庫に保管しておくつもりでした。

工事が終わってしばらくは、朝に外に出ると変な感じでした。
アーケードがなくなったため日当たりがまぶしく、通りがぜんぜん違った
感じに見えたんです。まあそれも、しばらくするうちに慣れましたけどね。
で、その頃から商店街に変なことが起こり始めました。どんなことって?
それが変なこととしか言いようがなくて、今から詳細を話します。まずですね、
うちの店の左3軒となりに呉服屋があったんです。とうに店は閉めてますけど。
そこの80過ぎたばあさんと、毎朝道を掃くときに顔を合わせるんです。
子どもたちはみな勤め人で、仕送りでゆうゆう一人暮らしをしてまして、
会えば世間話もします。そのばあさんから、奇妙なことを言われたんです。
「夕方になると、通りに出るのが怖い。変な女の人が近寄ってきて、
 あたしに向かって、死ね、死ねってささやくんだよ」って。

奇妙な話でしょ。ていうか最初は嫌がらせだと思ったんです、
何かばあさんに恨みがある人による。ところが女の人が誰かを聞いても
判然としない。ただ「怖い、怖い」と言うばかりで。
他の商店街のメンバーに聞いても「わからない、ばあさんボケたんじゃないか」とか。
でね、ばあさんに、「もしその女の人が来たら、店にいますから私に知らせてください」
とは言っておきました。実際は配達に出てることも多いんですが。
それから数日は何事もなく過ぎたんですが、うちの末の娘が6時過ぎ頃、塾から帰ってきて、
「今そこで怖いものを見た。となりのおばあちゃんが、怖い女の人につかまって困ってた」
って言ったんです。それで通りに出てみたんですが何もなし。
娘に「どんな女の人?」と尋ねても、
「怖い、怖い」と言うばかりで、とうとう泣き出してしまったんです。

その翌日、呉服屋のばあさんが亡くなったんですよ。
玄関先に倒れていたのを新聞配達の青年が発見しましてね。
心不全ということでしたが、聞いた話だと、それはそれは怖い死に顔だったそうで。
葬式にも出席しましたよ。息子さんらの話では、
呉服屋だった店は解体して売ってしまうということでした。
1週間ほどして、組合の集まりに出たんですが、景気のいい話は何もなく、
それどころか組合自体を解散したらということまで議題に上りました。
でですね、その後の飲み会で、また怖い女の話が出たんです。
みな年寄りのいる家の主からでしたね。
内容はすべて「怖い女が夕方になると出てくる。死ね、と言いながらつきまとう」
・・・呉服屋のばあさんの話と同じです。

肝心の「どんな女か」というのが皆目わからない、ということも同じでした。
問い詰めると年寄りたちは「怖い、怖い」としか言わなくなり、うちの娘みたいに、
メソメソ泣いたりするんだそうです。対処に困ったんですが、警察には通報しましたよ。
夕暮れ時に集中的に通りを巡回してもらうことになりました。
警察では特に不審者は発見できないようでしたが、
その間に商店街のばあさんばかりが3人亡くなったんです。
死因は呉服屋さんと同じ心不全で。
ねえ、不気味な話でしょう。これはただ事ではないんじゃないかと思いましたが、
どうすることもできませんでした。でね、2週間前の夕刻です。
仕事が入ってなかったんで庭木の冬囲いをしてたんですが、
塀の外をふらふら年寄りが歩いてくる。

前に話した商店街の入り口の電気屋だった店のばあさんで、
手に買い物籠を持ってましたが、
片手を顔のあたりにあげて何かをはらうような仕草をしてました。
その顔のまわりに、ぼんやりと白い霧のようなのが漂って見えたんです。
「どうしましたか?」そう言って通りに出て近寄っていきました。
ばあさんは買い物籠を放りだしてしゃがみ込み、両手で頭を抱えました。
そのまわりを白い霧がぐるぐると回って、ばあさんは、
「怖い、怖いよう、すまんかった許しておくれ」
そう叫んでたんです。走り寄って霧のようなものに手で触れました。
そしたらきゅーんとしびれたように胸が痛くなりました。
私もしゃがみ込んでしまったんです。そのときですよ。

店の倉庫のほうから男の子が走り出てきたんです。いえ、私は子ども2人とも女です。
男の子はヘルメットをかぶり、黄色いマフラーをつけて電気くんの恰好をしてました。
ですけど、人形ではなく生きた男の子のように見えましたよ。
男の子はあさんを守るように両手を広げ、霧の中に頭を突っ込んだんです。
その瞬間バチバチっと緑の炎が上がったんです。電線よりも高く。
あたり一面が緑に染まるように見えたんですが・・・
後でその場にいた人に話を聞いたところ、道には私とばあさんがいるだけで、
男の子も、あれほどすさまじかった火花も見えなかったんだそうです。
私はあまりの電撃の強さに目が眩んでしまって、その場に膝をつきました。
しばらくして目を開けると、同じようにして電気屋のばあさんが跪いていましたが、
倒れたわけじゃなく、両手を合わせてなにやら拝んでいるところでした。

白い霧も、男の子の姿も消え失せていました。
店から人を呼んでばあさんのことを頼み、私は倉庫に走っていきました。
電気くんがどうなっているか確かめにです。
はたして、電気くんの鋳物の頭が真っぷたつに割れていました。
そしてその中に、古びた封筒が一枚入ってたんです。
中を見ると、古い古い、私が生まれる前の時代の商店街の集合写真でした。
写ってるほとんどが女性だったので、婦人会のようなものだったかもしれません。
若い頃の呉服屋のばあさんも、電気屋のばあさんも、その他に亡くなった商店街のばあさん方も、
すべてその写真の中にいました。じっと見ていると、非常に強い違和感を感じました。
横長の写真を縦にしてみると、画面一杯に人の顔があるのがわかりました。
30代くらいの昔風の髪型をした女でしたよ。いわゆる、心霊写真だったんです。

娘にその顔を見せて確認しようとも思ったんですが、怖がるだろうし、
さわりがありそうな気もしてやめました。
で、ですね、写真は封筒ごと電気くんの中に戻し、割れた頭を溶接して塗装し直したんです。
すべて費用は私が出しました。人に説明しても、
信じてもらえるようなことじゃないだろうし、それに年寄り連中には、
口に出したくないことがあるだろうと思ったからです。
それでね、元電気屋の了解をとって、電気くんを私の店の前に置いたんです。
仕出し屋には似合わないだろうって? まあそうなんですが、
商店街は寂れてしまっても、この電気くんだけは、
どっかに置いとかなきゃいけないんじゃないかと考えて・・・
あれ以来、人死には出ていませんし、変な話も聞こえてはきてませんね。







取りにくる話

2019.04.09 (Tue)
あ、どうも。今、大学の2年生なんです。3年前、予備校に通ってた
ときの話をします。当時僕は浪人生でして、午前中は予備校で授業、
帰ってきてからも夜中まで勉強で、すごい味気ない生活を送ってました。
で、その日も2階の自分の部屋でずっと勉強してて、夜の9時ころですね。
僕の部屋のドアを母親がノックしたんで出てみると、「〇〇伯父さんが来てるよ。
あいさつして」って言われました。お客さんが来てるのはわかってましたが、
ラッキーって思いましたね。伯父さんは父親の年の離れた兄で、
60歳をすぎてるんですが、何か新興宗教の幹部のようなことをしていて、
とにかくお金持ちなんです。僕が子どものときからよく家に来て、
お小遣いをもらえたんですよ。普通のときで1万円、
お年玉だと5万円でした。ただ、このお金、子どもが大金を持っても

しょうがないだろうということで、母親に取り上げられ、
強制的に貯金させられてしまったんですけどね。
6年生になったころ、母親がいないときに伯父さんにそのことを愚痴ると、
それからは高価なオモチャや腕時計、珍しい果物なんかを持ってきて
くれたんです。で、僕が高校生になると、またお小遣いが復活しまして。
だから、そのときも もらえるだろうと思ったんです。
居間に顔を出すと、伯父さんはビールを飲みながら父と話し込んで
いましたが、僕のほうを見てにこにこ笑い、
「どうだ、勉強してるかい。これお小遣い」と封筒を渡してよこしました。
父はちょっと苦い顔をしてました。それで伯父さんは、
「今ね、お父さんと話してたとこだけど、明日、

 ちょっとした仕事を頼まれてくれないかと思ってね」
こういう話だったんです。次の日は平日で予備校があったんで、そのことを言うと、
「なに、1日くらい大丈夫だろう。大学のほうは必ず合格するから」
まあ、模試の日まではだいぶあったんで、「じゃあ、やります」
って答えました。「そうか、それはありがたい」伯父さんは喜んだんですが、
父が横から口をはさみ、「本当に危険なことはないんだろうね」と、
念を押すように言いました。「大丈夫、大丈夫、相手は人間には絶対手は出せない」
「どういうことをするんですか?」僕が聞くと、伯父さんは、
「なあに、朝の9時から4時くらいまで家にいて、自分の部屋で勉強しててくれれば
 いいんだよ。そのうちに何人かが訪ねてくるだろうから、
 家には入れられません、って追い返してくれるだけでいい。どうだ、簡単だろう」

こういう話でしたが、まだ、わけがわからなかったんです。
けげんな顔をしていると、伯父さんは「明日の4時までね、この家で
 ある物をあずかってもらいたいんだよ。ほらこれだ」
そう言ってバッグから出したのは、10cm四方くらいの木の箱。
蓋を開けると、中にはゴルフボールより少し大きいくらいの白い玉が入ってました。
「これね、明日の4時までには熟すから、そうしたら誰も手出しできなくなる。
 だから取り返しに来ると思うんだが、川のものはお日様が出てる時間しか、
 人間の姿はとれない。それに、さっきも言ったように、
 やつらは人間様には手出しはできないから、危険なことは一切ないんだ」
・・・「熟す」とか「川のもの」という言葉は意味不明でしたが、
僕がやることはなんとなくわかりました。明日の日中ずっと家にいて、

訪ねてくるものがいたら追い返せばいい。でも、いくつか疑問もあったんで、
そのことを聞いてみました。「あの、この玉ですね、どうしてうちで保管するんです?
 伯父さんのところの、あの立派な教団の建物じゃなく」そしたら伯父さんは、
「ああ、それは、教団の職員の中にうかつな者がおってね、一度あいつらを
 中に招き入れてしまったことがあるんだ。やつらは、人間が許可しないと
 建物の中には入れない。けど1回でも入ったら、それからは好きにできる。
 だから、君の家で保管しててくれるようお願いするんだよ」
「え、招かないと入れないってどういうことですか?」 「うん、この家の玄関、
 しきいってあるだろ。やつらは勝手にあれをまたぐことができない。
 その家の人に入ってもいいって言われて、やっとそれができる。あとね、
 明日は私は別の用事があっていっしょにいれないが、君は力があるから心配ないよ」

まあ、こんな話だったんです。玉の入った箱はうちの和室の床の間に置かれ、
伯父さんが、夕方の5時ころに取りにくることになりました。
あと、もらった封筒は、自分の部屋に戻ってから開けてみると、
5万円入ってたんです。翌日になり、父も母も出勤しました。父はやはり
心配そうで「もし何かあったら、すぐに父さんか母さんのスマホにかけてこいよ」
そう言って出かけていったんです。でね、僕は、何が起きるんだろうと思って、
ちょっとわくわくするところもあったんです。9時になりました。
部屋で勉強してたんですが、特に何事も起きず、12時近くなって、
何か冷蔵庫から出して食べようかと思ってたとき、玄関のチャイムが鳴ったんです。
「は~い」と出ていくと、玄関の曇りガラスの戸に小さい赤い影が映ってました。
開けると、小学校前、4、5歳くらいの女の子がいました。

お祭りでもないのに、真っ赤な浴衣を着てたんです。僕が、「どうしたの?」
って聞くと、玄関の前に立ち止まったまま「あのね、うちの猫がいなくなっちゃったの。
 だから、来てないかと思って」こう言ったんです。それで僕は、
「猫はいないなあ。戸も窓も閉めてるから、うちには入ってきてないよ」
すると女の子は残念そうに「そうですか・・・」それから下を見て、
「こっから中に入ってもいい?」と聞いてきたんで、「そらきたな」と思って、
「あ、ダメだよ。ごめんね、他を探して」そう言ってドアを閉めたんです。
女の子の赤い影はしばらく玄関の前にいましたが、いつのまにかいなくなりました。
で、僕はカップラーメンを食べ、次のお客さんが来たのが2時過ぎでした。
チャイムが鳴り玄関を開けると、作業服を来た背の高い男の人が立ってました。
「すみません、ガスのメーターの検針に来ました。中に入って確認してもいいですか」

でもね、僕のうちのガスのメーターは外にあるんです。それを知ってたので、
「外ですよ、裏のほう」そう言ったら、男の人は悔しそうな顔になり、
「あ、そうでしたか。じゃあ、ガス漏れ検知したいんですが、中に入っていいですか」
こうきたんで、「いや、僕じゃわからないので、家族がいるときに来てください」
そう言って、ピシャンと戸を閉めたんです。で、次が来たのが3時半ころですね。
やはりチャイムが鳴ったので玄関に行って戸を開けると、黒紋付を着た
背の低い太ったおじいさんで、細い鼻ヒゲが顔の両脇に飛び出してました。
おじいさんは太い声で「単刀直入に言うが、あんたの家にある玉を渡してもらいたい。
 なに、タダでとは言わん。取引をしないか」このときには僕にも余裕ができてて、
「じゃあ、玉を渡すかわりに何をくれるんです?」と聞いてみたんです。
そしたらおじいさんは「そうだなあ、アサリかシジミをザルに一杯分ならどうだ」

こう言ったんで、思わず笑い出してしまいました。
「いえ、いいです。シジミもアサリも間にあってますから」そう答えて、
強く戸を閉めたんです。で、もう4時近くなったので、「簡単だったな、
もう来ないだろう」と思ってたんですが、すぐまたチャイムが鳴ったんです。
下に降りて玄関を開けると、これまで来た3人、ちょびヒゲのおじいさん、
背の高い作業服の偽のガス検針員、赤い浴衣の女の子がそろって、
うちの玄関前のせまい場所に土下座していたんです。
おじいさんが顔を上げ、「お願いです。もう日が暮れますから、どうかどうか、
 そちらで預かっておられる玉を私どもに渡していただけませんでしょうか」
必死の声で頼まれて、少しかわいそうな気がしてきたんです。
それで「ごめんなさい、できません!」大きな声で言って玄関を閉めました。

やがて時間は5時を過ぎ、伯父さんが家に来ました。僕が許可しなくても
入ってこれたので、本物の伯父さんです。「ごくろうさんだったね、
 玉は無事だったかい」そう聞かれたんで、和室に案内しました。
ちゃんとあるかどうか、何度も確かめてたんです。伯父さんは箱を手にとって
開けると、前の日に見た白い玉は、ぼうっと朱色に染まって、
すごくきれいだったんです。「いや、よく熟した。見事、見事」そのうちに両親も
帰ってきて、伯父さんとお酒を飲み、伯父さんは箱を持って10時ころに
帰っていきました。そのときにまた封筒をもらい、やっぱり5万円入ってたんです。
だいたいこれで話は終わりなんですが、翌日、予備校に行くとき、家から少し離れた
場所の側溝の蓋が外れてて、中をのぞくと魚が3匹、死んで浮いてたんです。
ヒゲのある大きいナマズ、細長い銀色の魚、それと小さい赤い金魚でした。





アーカイブ 自殺団地の話

2019.04.09 (Tue)
もうずっと昔の話なんですが、いいでしょうかね、じゃあ。
あれは自分が結婚して6年目のことです。郊外にある団地に住んでたんです。
いや、公営じゃなく、企業が経営してる賃貸の団地です。
10階建てが11棟ありました。自分が住んでたのは、その7号棟の7階です。
結婚してすぐにその団地に入り、翌年に長男が生まれました。
その子が5歳になって、もうすぐ小学校だから、そろそろ引っ越そうかって
妻と話してたときに、棟の自治委員になったんです。
いや、これは順番で回ってくるんで、1年かぎりです。
回覧を回す程度の仕事しかなかったし、それもほとんど妻がやってました。
で、4月のある日のことです。自分は会社内で部署の移動があって、
新しい仕事に慣れるために、毎日帰りが遅かったんですよ。

その日も戻ってきたのは9時過ぎでしたね。エレベーターを7階で降りると、
男の泣き叫ぶような声が聞こえたんです。見ると、エレベーターから一番近い
部屋のドアの前で、コートを着た50代くらいの男性が、
「先生、先生、ごめんなさい。もうしませんから、許してください」って
子どもみたいな声の調子で、鉄のドアにすがりついて叫んでました。
これには呆気にとられましたが、「どうしましたか?」って声をかけました。
ところがその男性は、まるでこっちを見る様子もなく、
ひたすら「先生ごめんなさい、ごめんなさい」をくり返すだけで、
横顔でしたが、目からボロボロ涙がこぼれているのが見えたんです。
「あの、ちょっと」さらに声をかけると、男性は、
「わかりましたあ、僕が悪いんです。ごめんなさああああい!」と、

ひときわ大きな声で叫ぶと、外に面した廊下の手すりを、
その年齢とは思えない猿みたいな敏捷さで駆け上ると、ふっと姿が消えました。
ええ、飛び降りちゃったんです。ややあって、
下のほうからピチッという小さな音が聞こえました。自分がおそるおそる
手すりからのぞき込むと、下の地面、花壇になってたんですが、
そこに体を伸ばして横たわってるのが、街灯の光で見えたんです。
しばし動けませんでしたが、自分の部屋に行って出てきた妻に事情を話し、
警察と救急車を呼んだんですよ。ええ、それから自分らの棟は大騒ぎになりました。
それまで急病人が出て救急車が来たことはありましたけど、
自殺者なんていなかったですから。もちろん自分は警察から事情を聞かれたので、
見たとおりのことを話しましたよ。

こんなことがあったんですが、これは始まりに過ぎなかったんです。
遺体は救急車が運んでいったものの、即死だったようです。
でね、その男性は団地の住人ではなくて、同じ市内ですが、
かなり離れた場所に住んでる人だったみたいです。ええ、このあたりの話は、
7号棟の住人と仲がいい妻が聞き込んできたものです。
それから、4月中に3人自殺者があったんです。
全部7号棟からで、それも7階の同じ場所からだと思います。
落ちた場所が同じでしたから。それと、その3人は性別も年齢もバラバラだったんです。
男性が一人、16歳の高校1年生でした。女性が2人、一人は20代のOL、
もう一人は40歳過ぎの主婦。市内に住んでる以外は共通点がなかったと思います。
その3人に関しては、自分のような目撃者はいなかったんですよ。

飛び降りた時刻が日中だったせいだと思います。団地の住人は共働きが多いし、
子どもは学校に行ってるので、日中はほとんど人がいないんです。
で、このことをマスコミが嗅ぎつけて、週刊誌に大きく出たんです。
「○○団地で謎の連続転落死。死亡者に共通点はなし。自殺か、事件か?
 現代のミステリー」って。でもねえ、これってたしかに不思議な話ですよね。
団地の住人じゃない、外部の人が4人も、同じ場所で転落死してるんですから。
たまたまこの団地が選ばれたんだとしても、
道路から近い1号棟で飛び降りそうなもんじゃないですか。
それがどういうわけか、わざわざ奥まった7号棟まで来て飛び降りるんですから。
何か理由があるんだと疑いますよね。マスコミの取材の車もかなり来ましたよ。
それで、団地としても何か対策を取らないわけにいかなくて、

近くの公民館を借りて、夜に自治会の会議が開かれたんです。
司会は団地の所有者で、管理人も同席していました。で、自殺防止のために、
廊下の手すりにフェンスを設置してはどうかって話が出たんです。
あと落下防止用のネットも。でもね、自殺者が出てるのは7号棟だけですから、
他の棟の居住者はあんまり熱心な感じじゃなかったですね。
とりあえず、当面は管理人による見回りを強化するってことになりました。
で、その会が終った後に、管理人さんに呼び止められたんです。
管理人さんは2人いまして、前のほうの6棟と後ろの5棟に分かれてたんですが、
7号棟が入ってるほうの管理人さんです。60歳過ぎの嘱託の人で、
自分もよく知ってました。「明日、日曜だが会社は休みだろうか?だったら、
 701号室に入ってみるから自治委員として立ち会ってくれないか」

こんな話をされました。ええ、701号室というのは、最初の男性がすがりついていた
ドアの部屋のことです。でも、そこはしばらく人が住んでいないはずなんです。
管理人さんは続けて、「あの部屋はほら、品のいいお婆さんが一人で住んでただろう。
 けど、2ヶ月ほど前から部屋に戻ってないんだ」もちろんそのお婆さんも知ってました。
長年幼稚園の先生をしていたという人で、とても穏やかな人柄だったんです。
「お婆さんが部屋にいないことで、家族と連絡をとったんだよ。そしたら、
 賃貸料はこちらで払うから当分そのままにしておいてくれって言われてね」
ということで、翌日の午前9時に、いっしょにその部屋に入ってみる約束をしました。
ええ、自分も不思議だったんです。なんであの自殺した男性が、部屋の前で泣いてたのか。
その後、どうして3人もの素性がバラバラな人物があの部屋の前の手すりから飛び降りたのか、
何かわかることがあるかもしれないと思ったんです。

約束の時間に、管理人さんがマスターキーで鍵を開けて、2人でその部屋に入りました。
中の造りは自分ところと同じですが、入ったとたんすごいカビの臭いがしたんです。
カーテンを閉め切ってあったので電気をつけるとギョッとしました。
部屋中に絵が貼られてたんです。いや、画家とかのじゃなく、子どもの、
幼稚園児がクレヨンで書いた絵だと思いました。どれも同じ題みたいで、
出てきてるのはお父さんと母さんと子ども、という家族の絵だったんですが、
その、手を繋いだりしている子どもの顔の部分だけに、赤のマジックで☓がつけられてて。
明らかにそれだけ後に書き込んだもんです。異様な気分になって絵を見ていると、
奥の部屋でガサガサって音がしました。管理人さんが先に立って襖を開けると、
「うわっ!」と大声を出しました。部屋中がカビてたんです。
濃い緑色の、苔に近いような毛足の長いカビが壁から天井から一面に・・・

ええ、手前の部屋はなんでもなかったのに、その部屋だけがカビだらけで。
で、奥に壁いっぱいの巨大な仏壇があって、ガサガサいう音はそっちから聞こえてたんです。
「この引き出しだなあ」管理人さんが言って、扉が閉まった仏壇の下の、
横長の引き出しをひき開けました。そのとき、いっそう強烈なカビの臭がして・・・
中は緑色のカビというか泥でいっぱいで、その表面に写真が浮いてたんです。
写真は5枚ありました。全部が幼稚園と思える子どもたちの集合写真でしたが、
どれも年代が違ってみえました。かなり黄ばんだ古いのもあったし、
新しいのもあったってことです。あと、20人ほどの園児の中で、どの写真にも一人だけ、
顔が○で囲まれてる子がいたんです。前の部屋の絵に☓をつけた赤マジックと
同じだと思いました。管理人さんは1枚1枚写真をひっくり返して裏を見てました。
どれもカビで汚れてたんですが、1枚だけそれほどでもないものがあって、

そこに、やはり赤マジックで「この子は連れていく」と達筆な字で書いてあったんです。
管理人さんに「どう思う?」って聞かれたんで、「5枚ありますね」とだけ答えました。
これで話はほとんど終わりです。わけがわからないですよね。
それは自分も同じです。で、5月に入りまして、また一人外部から来た人が
7号棟の701号室の前の廊下から飛び降りて亡くなりました。
その人は30代の一流会社のサラリーマンで、悩んでる様子なんてまるでなかった、
なんで自殺したのかわからないと家族が言ってるって、週刊誌には出てました。
それで自殺者は終わりです。701号室のお婆さんの行方は結局わからないまま、
家族が部屋がカビで汚れた損料を払って契約解除になったようです。
自分は翌年、もっと都心部にある部屋に引っ越したんで、この後のことはわかりませんけど、
団地は古びて入居者は少なくなったようですが、今もまだそこにありますよ。






アーカイブ お成りの話

2019.04.09 (Tue)
10年くらい前のことですね。仕事の転勤で、ある地方都市に住むことになったんです。
会社からは1年だけって言われてました。その地方に新しくできた支店に
ノウハウを叩き込んだら戻ってきてもいいってことで。
私は家族持ちで、最初の子どもが2歳になったばかりでしたけど、
まあ、そういう期限があるんだったらってことで、転勤を受けたんです。
それで、住居のことをどうしようか考えたら、当時の上司から、
すでに会社のほうで契約してあるって言われたんです。
2LDKの賃貸マンション。子どもが小さい3人家族なら、
まずもって文句のないところですよね。それと、家賃は全額、会社で負担するとも。
これって、破格じゃないですか。家賃補助ってならよくありますが、
全額負担ってのは。あとね、引越し費用も会社持ちでした。

特別待遇だなあって思ったんです。私の会社はけっこう転勤はありますが、
家賃の全額補助なんて聞いたことがないですし。
で、引っ越した先は、その地方の支店まで車で30分ほどの、
郊外にあるマンションでした。全部で3棟の建物がありまして、
1棟に100戸ほどが入居してるんです。
行ってわかったことですが、ほとんどが家族持ちでしたね。
建物は築40年程度ですが、内装は新しかったし、
外からもそんなに古びて見えることはなかったんです。
3月中に引っ越しをして、その日の夜、両隣にあいさつにうかがいました。
そしたらどちらも、ご主人は私よりもやや年配で、小学生のお子さんがおられました。
気さくそうな方々で、まずは一安心したんです。

右隣の山根さんには、ぜひ、と言われて、部屋に招き入れてもらって
コーヒーまで出していただきました。そのときに、マンション内の決まりなど、
いろいろお聞きしたんですが、不動産屋に言われてたペット禁止くらいで、
特別に厳しいことはなかったんです。ただ・・・
「お成り」というのがあるということでした。
これは、マンションのオーナーから言い渡されている契約の条件ではなくて、
自治会のほうで自発的にやってることだから、
ぜひお宅でも趣旨に賛同して、仲間に入ってほしいって言われまして。
「どんなことですか」って聞いたら、「それはまあ、話すと長くなるし、
 4月には自治会の総会で説明があるから、
 そこで詳しいことを聞いてください」って言われたんです。

「なに、年に1回、番が回ってくるだけです。難しいことは何もないですよ」
山根さんは、こうもつけ加えられたんです。
それから、バタバタと慌ただしい日が過ぎまして、
4月の終わりだったはずです。近くの公民館の大ホールを会場にして、
マンションの棟ごとに自治会が行われ、それには私が参加しました。
さっき話しましたように、一つの棟の入居者が100戸。
その夜に参加してたのは80人くらいでしたね。
それで、会の最初のほうで、新入居ってことで皆の前で紹介され、
一言ごあいさつをしたんです。それから、ゴミ出しとか、駐車場の使い方とか、
こまごましたルールの説明があり、最後になって、
自治会長の光田さんという方から、「お成り」の話があったんです。

光田さんは、60年配の頭の禿げた男性で、「それでは、新入居の方も
 おられますから、お成りの説明をしたいと思います。
 今年度も自治会主催でお成りを実施したいのですが、みなさんよろしいですね」
そこで、参会者から拍手が起きました。「ありがとうございます。
 ずっと続いてる行事ですから、落ちなくやっていきましょう。
 よろしくお願いします」これで終わりで、私にはどういうことなのか、
さっぱり意味がわかりませんでした。それで、会が終わってから、
隣りにいた方に聞いたら「何、年に1回、お成り様をお預かりするんです」
 詳しいやり方などは、順番がくる前日にお知らせが回って、
 それにすべて書いてありますから。気楽に行えばいいですよ。
 このおかげで、破格の賃貸料で住んでられるんですからね」

こんな風に言われたんです。で、「お成り」については、
まったく要領がつかめないまま、その日の会合は終わったんです。
それから、特に何事もなく日々が過ぎていきました。
支店での仕事はやりがいがありましたし、妻は主婦でしたが、
公園デビューも無事に済ませ、特に何も問題はありませんでした。
でね、あれは9月の28日です。さきほど話に出た自治会長の光田さんが、
夜の9時ころに部屋に来られ、明日の夜、お成りの順番になりました」って、
言われたんです。「お成りって、どういうことをするんですか?」
「明日の夜8時に、この部屋にお成り様をお連れします。
 その後、ただ決まりに従って朝までお世話すればいいだけですから。
 何も難しくないし、詳細はこのチラシに書いてあります」

これだけおっしゃって帰っていかれたんです。チラシの内容は簡潔で、
「お成り様を部屋のリビングに安置する。もし、部屋に神棚、仏壇などがある場合、
 それらから最も離れた位置に置く。お成り様の前には、茶碗に山盛りの塩を
 お供えし、一本箸を立てる。そして心からの謝罪の気持ちを持って、
 家族全員で頭を下げる。交代でよいので、家族の誰かが必ずお成り様の前に
 ついていること。朝の5時になったら、一礼して塩盛りを下げて終了」
こんな感じでした。ねえ、意味がわからないですよね。で、翌日8時、
マンションの方2人がお成り様を運んでこられたんです。
ええ、場所はTVをよせて台を空けてまして、そこに安置されました。
お成り様にかかっていた布をよけると、50cm四方ほどのガラスケースで、
中に着物を着た女の子の人形が一体。「これが、お成り様・・・」

運んでこられた方々は、お茶でもというのを断られ、「よろしくお勤めください」
そう言って帰っていかれまして。はい、それで、さっそく塩をお供えしました。
それから使ってない箸を一本立て、私と妻で「申しわけございませんでした」って
頭を下げたんです。もちろん、心からのものではなかったです。
だって、こんなわけのわからないことに、心を込めれるわけがないじゃないですか。
その後、妻が1時まで、私がそれから朝までって決めて、
お成り様の前で見守りをすることにしました。といっても、ただ座ってるだけでしたが。
私は翌日会社があるのでいったん寝ました。それで妻に夜中に起こされたんですが、
妻は「お成り様ねえ、だんだん形が変わってきてる」そう言ったんです。
見ると、かわいい人形の輪郭が崩れ、着物ごと、どろどろ溶け出してるようでした。
どうしてそんなことが起きたのかはわかりませんで、

何か失敗したのかと不安になりましたよ。それから私が朝まで見てたんですが、
お成り様はどんどん溶けて・・・溶けてというか、腐敗してくように見えました。
朝の5時を迎える頃には、赤茶色の肉塊になってしまったんですよ。
妻を起こして、2人で塩の茶碗を下げ、また一礼しました。
5時を10分ほど過ぎたあたりで、前日の方々が来られて、肉のお成り様に布をかけ、
「ご苦労さまでした」と言って運んでいかれたんです。
腐ったような状態になってることについては、何の話もなかったので、
「ああ、これでよかったのか」って思いました。
まあ・・・これでだいたい話は終わりなんですが、やっぱりお成り様が何なのかは
まったくわからないままで・・・で、あと2ヶ月で地方勤務も終わる1月下旬のことです。
会社から戻ってくると、棟の東の壁に工事のシートが広範囲にかかっていたんです。

「何だ?」と思いました。壁の崩落でもあったんだろうか?
でも、地震などはなかったし。それで、部屋に入って妻に「壁、工事してるな。
 何かあった?」こう聞いたんです。そしたら、「午前中に外に出たらもうそうなってた。
 それで、ママ友だちに聞いてみたら、お成り様のおもてなしをしくじった
 家族があったからって言われた」こんな答えが返ってきました。
そして夜10時ころですね。救急車、パトカーのサイレンがわんわん聞こえだしたんです。
ええ、たいへんな騒ぎで、朝まで寝られませんでした。妻が棟のロビーまで
出ていったんですが、誰も他に出てきてる人はなく、詳細はわかりませんでした。
その後、朝になって、TVで一家の無理心中があったことが報道されました。この棟の、
ある家のご主人が奥さんと2人の子どもを殺して自殺したんです。お成り様との関係は
わかりません。聞きもしなかったです。だって、もうすぐその地方を離れるわけですし。






アーカイブある家の写真の話

2019.04.09 (Tue)
今晩は。文筆業をしている元山と言います。さっそく話を始めさせてもらいますね。
この間、といってももう1ヶ月前くらいなんだけど、仕事で使ってた
パソコンがダメになっちゃったんです。中身は大丈夫だけど、キーボードが。
まあ、毎日 大量の文章を打ってるんで、しかたないと思ってます。
でね、買い換えることにしまして。そのほうが修理に出すより安いですし。
ほら、今は中古パソコンが出回ってるでしょ。
パソコン専門店に行けば、リセットしてOSを再インストールしたのが2万円くらいで。
2万円なら仕事の必要経費としてしかたないし、1年で壊れてもいいですから。
でね、近くのパソコン店で、台湾製のを買ってきまして。
いや、台湾製、悪くないですよ。ただね、不都合はないわけじゃなくて。
フォントとかですね。これが、日本語のは明朝とゴシックくらいしか入ってないんです。

まあでも、それは前のパソコンからフォルダごと移してやればいいだけで。
で、その作業をやってたら、妙なファイルを見つけたんですよ。
表題が「hemo」ってなってる。変でしょう、そんなの見たことがない。
それでクリックしてみたんですが開けない。気になったので、あれこれやってみました。
そしたら、どうやったのか忘れちゃったけど、何かの加減で開くことができたんです。
でね、中には画像が3枚だけ。ええ、もちろん見ました。かなり鮮明な大きな画像で、
1枚目は、コートを着た人が黒い傘をさしてる上半身。
顔は傘の陰に隠れてて見えないけど、長い髪がわずかに出てるので、たぶん女。
2枚目は、なんとも形容しがたいもので・・・何かの腹なんだと思いました。
人間じゃなくて、爬虫類・・・あれ、カエルは両生類でしたっけ。
とにかく、その手の生き物の水に濡れた白い腹だけ。頭は映ってませんでした。

で、3枚目が、民家を正面から撮ったものですね。前の2枚が色鮮やかなカラーなのに
対して、その画像だけが白黒で、映ってる家はまさに昭和というか、
かなり古いものでした。門の間を短い通路が玄関まで続いてて、玄関の戸は
閉まってるんですが、ガラスが割れてる部分があって、廃屋という雰囲気でした。
そういうの、興味を惹かれるじゃないですか。僕は、雑誌に推理小説の書評を
書いたりもしてるんで。でね、できることを調べてみました。
まず、exifを読みとるソフトに3枚ともかけてみたんです。
けど、これは空振り。どれもexifは消去されてたんです。
次に、グーグルの画像検索にかけてみました。これをやれば、
画像の盗用とか、まずわかりますから。けど、最初の2枚はヒットなし。
3枚目の家の写真は1件だけひっかかって、開いてみると個人のブログでした。

でねえ、その内容が奇妙だったんです。仕事を退職した60代の男性が管理人で、
最初のほうは、定年後に登山した山や、山菜の写真が載せてあって、
まあ、どこにでもある内容だったんですが、その家の画像が貼ってあるページが
今から2年前の記事。何の脈絡もなく、その画像が上げられてて、
その下に「パソコンから出てきた画像、なにか気になる家」とだけ書かれてたんです。
で、その日からぐっと更新頻度が落ちまして、
それまで週に2,3回記事を書いてたのが、1ヶ月に1度くらいになって、
しかもその内容が・・・こんな感じです。「10月○日、異物のはさまったカメラを
修理に出すが拒否される」 「11月○日、また出血した」
「12月○日、山仲間の道野さん死去、あんなことに誘わなければよかった」 
「1月○日 お祓い」 「2月○日 お祓い、熱帯魚の水槽が全滅」

「3月○日 お祓い」 「4月○日、先生死す。申しわけないことをしました。
 葬儀は2日後」それから間が空いて「7月○日、家再訪」
これで途切れ、以後の更新なし。でね、そのブログに載ってた家の画像、
僕のパソコンにあったのと微妙に違うんですよ。フォトショップに取り込んで
比較してみました。そしたら、ブログの画像のほうが広い範囲を映してて、
僕のは同じ画像なんだけど、周囲がトリミングされてたんです。
ええ、ブログの画像には門の横の電信柱が映ってて、それについてる
住居表示がはっきり映ってました。「仲王町5丁目 3-28」って。
これだと、検索すればその家の場所がわかります。それでねえ、
嫌な感じはしないこともなかったんですが、それ以上に、その家のことを調べて
みたくなって。まず、ブログのコメント欄に「家の画像の詳細を教えてほしい」

旨を書いたんですよ。でも、これには未だに返信はありません。
あと、住所で検索して、家のある場所はすぐにわかりました。
はっきり言わないほうがいいでしょうね。関東の某県、某市の
「仲王町5丁目 3-28」です。もちろん、グーグルのストリートビューでも
見てみました。ですけど、道に面した家のはずなのに、
いくらさがしても見つけられなくて。でね、もちろん、その家に行ってみる
つもりでした。ただ、仕事が忙しかったんですね。
なかなかまとまった時間ができなくて。伸ばし伸ばしになってたんです。
その間、一つだけおかしなことがありました。マンションの僕の部屋あてに来る
ダイレクトメールに、「〇〇教 東京西支部」という差出人からのが
混じるようになって、何かの新興宗教団体のもののようでした。

開封すると、中には、「除霊、降霊のお申込みは下記へ」という
手書きの用紙が入ってて・・・この宗教団体についても調べました。
けど、ネットにはその名前のものは一切出てなくて、手がかりがなかったんです。
で、今月の話です。平日でしたけど、2日間、外での仕事がない日ができまして。
車で、その家に行ってみることにしたんです。
東京からは3時間半かかりました。そこは関東でも中核都市とは言えない
寂れた市でねえ。駅前の商店街は軒並みシャッターを閉めてました。
ナビに家の住所を入れてたんで、そのまま車で向かったんですが、
家の前まで行くと、どうも路上以外に車を停めるところがないみたいで、
いったん近くのコンビニに車を置き、歩いて向かったんです。
ええ、その家はありましたよ。ありましたけど・・・

とにかく周囲が異常だったんです。その家の両隣、それと右のもう一軒が、
空地になってたんです。まるでその家が嫌で引っ越したか、でなきゃ、
住人が死に絶えた・・・なんて、そんな想像が頭の中をよぎったりしたんです。
その頃には、時間も午後3時を過ぎてましてね。空が薄暗く、今にも雨が降り出し
そうな感じでした。でねえ、今考えればやめとけばよかったんですが、
僕、好奇心を押さえきれなくて、その家に入っちゃったんです。
ほら、両隣が空地になってたって言いましたよね。住宅街で、道を通る人もなく、
入っても誰もわからないだろうと考えて。門をくぐり、
ガラスの割れた戸に手をかけました。そしたら、軽く開いたんです。
中は・・・ホコリが積もってましたが、意外なことに、その上に大勢の足跡が
あったんです。で、僕も靴は脱がないでそのまま廊下に上がりました。

まだ夕方とも言えない時間でしたから、外が暗いといっても中の様子は見えました。
せまい家で、1階は3部屋にバス・トイレ。どこも靴の跡だらけでしたが、
荒らされてはいなかったんです。ええ、ふすまが倒れたり、壁を蹴ったり、
タンスの中身が引き出されてるとか、そんなことは。生活用品はほとんどそのまま残り、
カレンダーは2年前のものでした。おかしなものはなく、これでやめようかとも思いましたが、
2階へと通じる階段を上りました。そのとき、足元のホコリが、
黒い玉になってることに気がついて。ええ、何か液体がこぼれた跡だと思いました。
2階は2部屋。手前が小学生の男の子のものか、勉強机が残ってましたね。
そこを出て、突きあたりが最後の部屋。ドアを開けると、祭壇のようなものが
ありました。白い布をかぶせた壇ですが、その布のそこかしこがどす黒く汚れてて・・・
祭壇には線香立て、大きなロウソク立て。それから、何も入ってない

あまり大きくない写真立て。あと、三宝というんですか、神社で餅を乗せるような
低い台。その上に何かがあり、新しく見える白い布が被さっていました。
心の中でやめろ、やめろという声が聞こえたんですが、その布の端に手をかけて
持ち上げようとしたとき、手首に軽い痛みが走ったんです。「え?」
ロウソク立てに引っかけたんだろうか。手首にスッと筋が走り、次の瞬間
血が吹き出たんです。「あ、あ」もう片手で押さえましたが、
指の間から血がこぼれ出してきて・・・血管が切れたんだと思いました。
ハンカチを出して上から何重かに巻きつけ、部屋を飛び出し、
血を振りまきながら階段を降り、その家の外に出ました。
切ったのは左手だったので、スマホを出して右手で救急車を呼んだんです。
血はハンカチを通してポタポタと地面にこぼれ、その上から押さえながら

塀にもたれかかりました。そのとき、細かな雨が降ってるのに気がついたんです。
道の反対側、やや離れたところの電柱の後ろに、傘をさした人が立ってました。
救急車はすぐに来て乗せられ、肘の上をゴムで縛られ、
病院へ向かいました。市立病院についた頃には、血は止まってて、
医者が「・・・またですか」と言いながら、14針縫われました。
「え、またって?」医者はしまった、みたいな顔をしたんですが、
「あなたみたいに運ばれてくる人がいるんです。2年前からねえ。
 あの家に行ったんでしょう」こう言われたんです。それ以上は聞けませんでした。
これでだいたい話は終わりです。車の運転ができないので、電車で帰るしか
なかったです。部屋に戻ると、また新興宗教からのチラシが来てました。
もうあの街に戻るのは嫌だったんで、車は業者に運んできてもらいました。

でね、あれから10日たって、毎日宗教団体のチラシが来る他には、
おかしなことはないです・・・今のところは。あの家で手首をケガしたとき、
肘があたって台の上の布がずれ、カエルの足のようなものが少し見えました。
パソコンの写真は削除しようとしたんです。1枚目の人物、2枚めの生き物の腹、
これはすぐ消せたんですけど、3枚目の家の写真はダメでしたね。
何かのソフトで使用中になってたんです。そんなはずないのに。
まだ、ほとんど何も入ってないパソコンなので、リセットしようかと思いましたが、
考え直し、キッチンで濃い食塩水を作ってバケツに入れ、パソコンを沈めました。
傷の抜糸はこっちの病院でやるんですが、なかなか治りが遅いんですよね。
それが終わったら、埠頭に行って海に捨てようと考えてるんです。あとね、
チラシの団体に一度連絡をとってみようかとも。やめたほうがいいでしょうかね。