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氷のオカルト

2019.07.31 (Wed)
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今回はこういうお題でいきます。このところ毎日暑いので、たった今
思いついたものです。ですから、何が書けるかわかりませんし、
話があっちこっちに飛ぶことになると思います。
まず、氷というのは固体の状態にある水のことですよね。

また、水以外の二酸化炭素などが固体化してるものも氷(ドライアイス)
と呼ぶことがありますが、あまり一般的ではありません。
氷は基本的に無色透明で、みなさんが目にする氷が白っぽく見えるのは、
製氷過程で空気が入り込んでしまっていることが多いからです。

水が氷になると体積が増えます。同じ重さで体積が増えるということは、
その分比重が小さくなるわけで、氷は水に浮きます。
氷山がそうですね。また、清涼飲料水やカクテルに入れる氷は、
その飲み物の比重しだいで、浮いたり沈んだりします。

タイタニック号が衝突した氷山
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さて、ミステリーのほうでは、見えない凶器というテーマがあります。
明らかに人が密室で刺殺されているのに、室内には凶器がない。
氷の短剣が凶器として使用され、溶けてしまったわけです。
ただ、探偵小説の黎明期にはそれで通用したかもしれませんが、
現在の法医学では、血液に混じった水の量でバレてしまうかもしれません。

このバリエーションはいろいろ考えられていて、劇画ですが、
「ゴルゴ13」シリーズの『モスクワ・プラトーン』という話では、
西側に亡命しようとする女性を、KGBからの依頼でゴルゴが狙撃しますが、
絶対に証拠を残さないため、女性の体液を凍らせた弾丸を使うんですね。

『氷上の砦』という話もあり、これはアイスホッケーの名キーパーを
引退に追い込むため、ゴルゴが超人的狙撃技術で、
氷の弾丸を使って高速で飛んでいるパックを撃ち、軌道を変えさせます。
この他、ゴルゴには塩でできた弾丸なんかもあった気がします。

『氷上の砦』
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あと、これは氷そのものではないんですが、奇妙な味短編の名手、
ロアルド・ダールに『おとなしい凶器』という作品があり、夫から一方的に
別れ話を出された妻が、衝動的に、カチカチに凍った子羊の腿肉で
夫を殴り殺してしまうんです。で、自分が発見者を装って通報し、

自宅に来て凶器を探している刑事たちに、解凍した肉の料理をふるまう。
さすがに日本の警察官は、職務中に被害者から出されたものを食べたりは
しないはずですが、昔のイギリスの警官は食べちゃうんでしょうかね。
「凶器さえ見つかれば事件解決につながるんだがなあ」と言いながら、
肉をぱくついている結末が皮肉でした。



それから、ホラーですが、じつは氷に関係したものって少ないんです。
舞台が南極になってるものとかならあるんですが・・・と考えて、
アンデルセンの『氷姫』を思い出しました。これは有名な
『雪の女王』と違って、アンデルセン作品の中ではマイナーですが、
救いの見いだせない、なかなか怖い話です。

ルーデイという男の子が赤ちゃんのとき、母親と氷の谷に落ちてしまう。
そこへ、村人から恐れられている妖精?の氷姫が現れ、
「なんてかわいい子」とルーデイにキスをし、母親は亡くなりますが、
奇跡的に助かる。孤児となったルーデイは猟師を生業とし、
立派な青年に成長し、金持ちの娘パペッティと結婚することになります。

『氷姫』
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その結婚式の日にふたたび氷姫が現れ、自分への愛を求めます。ですが、
パペッティを愛するルーデイの心は動かない。氷姫はルーデイに2度めの
キスをし、ルーデイは死んで、永遠に氷姫のものになってしまうんですね。
愛の力で魔法が溶ける『雪の女王』とは対照的なラストでした。

子どもが読むにはショッキングな結末だと思うんですが、舞台になった
アルプス地方には、実際にこういう伝説があるのかもしれません。
それと、アンデルセンは『人魚姫』 『マッチ売りの少女』などにしても、
必ずしもハッピーエンドを書こうとはしてないですよね。

テレビドラマだと、「怪奇大作戦」シリーズに『氷の死刑台』というのが
あって、自分はビデオで見ました。会社に行きたくないサラリーマンが、
1日だけ冒険しようという科学者たちの誘いに乗って、
だまされて冷凍人間にされてしまう。冷凍人間は7年後に目覚め
自分の家に帰るも、そこには違う家族が住んでいる・・・

『氷の死刑台』
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このシリーズの中では安直なストーリーかなと思いましたが、
もしかしたら、現代社会の冷たさを「冷凍人間」が象徴しているのかも
しれません。冷凍人間はラストで、SRIが新開発したサンビームで
燃やされてしまいます。でも、この人、
自分に人体実験をした科学者を殺しただけなんですよね。

映画だと、やはり、南極が舞台になっている『遊星からの物体X』
でしょうか。あと、南極の地下には巨大建造物があるという
伝説を利用した『エイリアンVSプレデター』とか。B級ですが、
冒頭で氷に覆われたソ連の宇宙船を発見する『Xーコンタクト』なんかも、
氷が印象的な作品でした。

グーグルアースがとらえた南極の奇妙な地形


さてさて、ということで、氷に関係したフィクション作品を見てきましたが、
案の定、まとまらない記事になってしまいました。
少しは涼しくなったでしょうか。冷たいもののとりすぎで
お腹を壊さないよう注意してください。では、今回はこのへんで。

関連記事 『南極のオカルト』 『氷穴の話』 『セミアイス』

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ひいばあちゃんの話

2019.07.30 (Tue)
よろしくお願いします。3年前のことです。当時、私は高校2年生でした。
最初にうちの家族の説明をしておいたほうが、わかりやすいかもしれません。
50代の父と、40代の母、それから高2の私と中3の弟です。
そこに、近くの市からひいばあちゃんが越してくることになったんです。
ひいばあちゃんは、ええと、そのとき86歳でした。
ひいばあちゃんの住んでいた地域はかなり山あいのほうで、店や病院にも遠く
交通の便が悪いので、家を処分して、うちで引き取ることになったんです。
ひいばあちゃんの子どもは、息子さんが一人だけでした。
私から見れば祖父にあたる人です。ですが、その人は30代で事故で亡くなり、
結婚していた奥さんも10年後くらいに病死してます。
つまり、父の両親はもうこの世にいないってことですね。

あ、父には兄弟が2人いますが、どちらも弟で、長男だった父がひいばあちゃんを
ぜひ引き取りたいって言ったんです。ほら、父の両親が早くに亡くなってから、
ひいばあちゃんには、ずいぶんかわいがってもらったみたいなんです。
もちろん、私も弟も、それまでにひいばあちゃんには何度も会ってます。
すごく小柄なかわいらしいお年寄りで、私も弟も、反対する気はまったく
ありませんでした。まあ、父はかなり頑固な性格ですので、
私たちが違う意見を言っても、聞く耳なんか持ってないんですが。
うちは田舎で家の敷地が広かったので、1階を改築して、トイレのそばに
ひいばあちゃんの部屋をつくりました。家具なんかは、ひいばあちゃんが前に
住んでたとこから箪笥を2つだけ持ってきて、ひいばあちゃんはその上に
亡くなったひいじいちゃんの位牌を飾って、毎日お線香をあげてます。

このひいじいちゃんも、だいぶ若いときに亡くなったんですが、気の荒い職人で、
背中にすごい彫り物があったみたいなんです。父がはっきり言わないので
さだかではないんですけど、亡くなった原因は仲間内のケンカみたいなんです。
大酒を飲んで家にお金を入れなかったので、若いころのひいばあちゃんは、
拝み屋のようなことをして生計を立てていたって話です。
ああ、めんどうなので、ここからは、ばあちゃんでいいですよね。
ばあちゃんが来てからも、生活にはほとんど変化はなかったです。
母は主婦でずっと家にいますが、父は団体役員で毎日帰りが9時過ぎになります。
電車で通学してた私が帰るのが6時ころ。弟は柔道部に入ってて、
練習が終わってくるのが8時過ぎです。ですから、家族揃っての夕食って
なかなかできなかったんです。ばあちゃんの食事は、いつも母が部屋に届けてます。

すみませんね、なかなか話が先に進まなくて。そんな感じで、ばあちゃんとは
あまり話す時間がなかったんです。多少足元はおぼつかないですが、
ばあちゃんは一人でトイレに行けるし、部屋でテレビを見てることが多いんです。
異変が起きたのは、ばあちゃんが来てから3ヶ月めのことです。
朝、母がまず起きて新聞を取りにいくんですが、家の前の道に出ると、
何やら騒がしい気配がする。それで見にいくと、2つ離れた小路にパトカーが
来てたんだそうです。何人か野次馬が出てて、みな同じ町内の知り合いでしたので、
母が話を聞くと、その家の玄関先に犬の死骸が投げ込まれてたってことでした。
まあ、ただ死骸があっただけなら、ノラ犬がそこに来て力つきただけ
かもしれないんですが、犬は仰向けで口から血を吐いてた。さらに、
毛の少ない腹の部分に、尖ったものでこすったような跡がついてたんだそうです。

それで、発見したその家の人が警察を呼んだ。これは後から母がうわさ話を
集めてきた内容ですけど、門扉には鍵がかかってて、人間ならともかく犬が勝手に
入り込むのは無理。犬の死骸はぐっしょり濡れたようになってて嫌な臭いがした。
腹にあった図柄は、はっきりしないが何かの紋のように見えた。
でも、これだけだと警察も捜査のしようがないですよね。
ですから、パトロールを強化します、そう言って、犬の死骸を引き取って
帰ってったみたいでした。その夜、父が帰ってきてから、こんな話をしたんです。
「ああ、○○さんの家だな。よくわからないが、△△神社関係の嫌がらせなのかなあ」
 ○○さんはその神社の氏子総代の一人で、うちの父もそうなので、
よく知ってるんです。「今な、神社のことで氏子どうしで少しもめてるんだよ。
 けどなあ、それでそんなことをするやつがいるとも思えんが」って。

何でも、神社の社殿が古くなって危険なので改修したい。それに反対はないんですが、
これを機に、境内にある何だかわからない古いお社をとっぱらって、
新しい手水場をつくろうという案が出て、地域に古くからいる人たちが反対してる
ってことでした。父の話では、そういうお社は、撤去するにしてもきちんと
霊をお返しするものだが、それはあまりに古いので、もはや何を祀ってるのか、
記録にもなく、誰もわからないということだったんです。たしかに、
そんな程度のことで、犬を殺して投げ込むなんて人はいないと思いますよね。
その3日後、○○さんの家のご主人が亡くなったんです。いえ、殺されたわけじゃなく、
会社で胸をかきむしるようにして倒れて、急な心不全だったそうです。
つまり病死で、事件性はないんです。ですから警察も捜査はしません。
まあ、これだけなら、たまたま偶然が重なっただけだと思いますよね。

ところが、それから2週間くらいして、また死んだ犬が投げ込まれる事件が
あったんです。前よりはうちから離れた場所でしたが、やはり氏子の一人で、
父と同じくお社を撤去しようとしてる人の家。犬は前とは大きさも種類も違って
ましたが、毛がねばつくように濡れてて、腹に傷があるのも同じ。それで・・・
そこの家のご主人も、3日後に亡くなってしまったんです。交差点で赤信号なのに、
自殺するみたいにふらっと道路に出てバスにはねられた。解剖した結果、
バスに轢かれる前に、大きな脳梗塞を起こしていたことがわかったんです。
このことがあって、父は家に警察を呼び、一連の話をしたんですが、
2件とも事件ではないんです。警察は、顔を真っ赤にしてる父を前にして、
犬を投げ込んだことの捜査はするが、それ以上はできないって言いました。
無理ないんですが、父はカンカンに怒って、じゃあ自衛するって言い出して・・・

家の塀の上に監視カメラを設置したんです。フェイクじゃなくて、
画質がよく、長時間録画できるやつです。それからまた2週間くらいたって、
朝、私がまだ寝てるとき、ギャーッという大きな悲鳴が外から聞こえました。
もう、おわかりですよね。母が玄関先で死んだ犬を見つけたんです。
私も見ました。中型の、柴犬の雑種だと思います。首輪はしてませんでした。
とにかく、何と言っていいかわからない生臭い臭いがして、
犬の毛はどろっとした液体で濡れ、腹にはうすく家紋のような形が
浮き出してたんです。父が起きてきて死んでいる犬を見ると絶句し、
また警察を呼びました。それからカメラを回収し、家のテレビにつないで
再生してみました。青っぽい画像でしたが明るさは十分で、
真夜中の3時過ぎにそれは映ってました。白い蛇のようなものでした。

ようなものというのは、目がないように見えたんです、それと鱗も。
太さは人間の胴くらい。真っ白で、画面から切れてるため、どのくらいの長さが
あるのか見当もつきませんでした。それは煙のような動きで門扉を乗り越え、
門と玄関の中間くらいまでくると、頭を下に沈めるようにして、ゆっくり
犬の体を吐き出したんです。足から腹、犬の頭・・・どこも粘液で濡れ光ってました。
うちの家族はみな、言葉が出なくなってしまいました。父は青ざめ、
柔道部で体が大きい弟も震えてましたよ。そこへ警察が到着したので、
父が2人の警官を引っぱるようにして、そのビデオを見せたんです。
警察官は、わけがわからない様子でしたが、その巨大な白蛇を見たとたん、
やはり言葉を失いました。そこへ、「あらあら、困ったことになってるねえ」
という声が聞こえたんです。みながふり返ると、戸口にばあちゃんが立ってたんです。

ここからは、ばあちゃんの話です。警察がビデオを分析すると言って受け取り、
犬の死骸を回収して帰っていくと、ばあちゃんが私を部屋に呼んだんです。
「あなたの中学のときの体操着とか持ってないかい」最初、何を言ってるか
わからなかったんですが、出してくると、ばあちゃんは「借りるよ」と言って
部屋にこもってしまいました。父の怯えようはひどかったです。前の2人が
3日後に亡くなってますから・・・「明日、仕事を休んでとにかく健康診断に
 行ってくる。それから宮司のとこに行って相談する」って言ってました。
夜の9時ころです。私が部屋にいるとドアがノックされ、開けると、
私の体育着を着たばあちゃんで、意外というかすごく似合ってました。
ばあちゃんは痩せてますが、腰などは曲がってなかったんです。
「ちょっとね、ばあちゃん、出かけてくる。朝までには戻るから、
 
 家の人には内緒にしといて」ばあちゃんは、それまでにも近所の郵便局とかに
一人で行ってたんですが、朝までというのは・・・でも、ばあちゃんが父のために
何かしようとしてることはわかったので、「何か手伝うことある?」って聞いたら、
「大丈夫」と一言だけ。ばあちゃんはそっと出ていき、私は心配だったので、
ずっと起きてました。ばあちゃんが戻ったのは、午前4時過ぎくらいでした。
私が下に行くと、ばあちゃんの体育着は泥だらけで、手に細かい傷がたくさんありました。
「ああ、疲れた。風呂を沸かしてくれるかい」ばあちゃんはそう言いました。
これでだいたい話は終わりです。父はびびりきっていたんですが、3日過ぎても
何もなかったんです。あと、△△神社の脇の森で、大きな蛇が死んでるのが見つかった
って話がありました。ただ、白蛇ではないし、大きいとは言っても、ビデオに映ってた
のよりははるかに小さかったみたいなので、関係ないのかもしれません。

警察からはビデオが戻ってきました。父の話では、警察の結論は野生動物。
ただ、日本にそんな巨大な蛇がいるとは考えにくいから、
近隣の動物関連施設に逃げ出したものがいないか問い合わせてるということでした。
でも、あれから3年たっても、犬を丸のみするような巨大蛇は見つかっていません。
もしかしたら、ビデオに映ってるのは実体じゃないのかもしれないって思いました。
あと、神社のほうですね。氏子総代がたて続けに2人も亡くなってしまったので、
宮司さんも考えたらしく、改修はしばらく見合わせることになりました。
境内のお社については、地域の古文献などを調べたんですが、やはり何なのかは
わからなかったんです。ただ、あれ以来、急速に木の腐敗が進んで、
今にもバラけてしまいそうだってことでした。え、ばあちゃんですか。
今も元気ですよ。テレビのお笑い番組が好きで毎日見ています。






アストロバイオロジーて何?

2019.07.29 (Mon)
dderegeahtht (2)

今回はこういうお題でいきます。当ブログでたびたびお伝えしている
宇宙の話の一環です。「アストロバイオロジー Astrobiology」の定義は、
まだはっきりしたものはないんですが、「地球に限らず、広く宇宙全体での
生命体について考察し、生物生存の実態や生物現象のより普遍的な仕組み、
生命の起源などを明らかにしようとする学問」

こんな感じで説明されることが多いですね。ここで、何を気取って
横文字言葉にしてるんだよ、「宇宙生物学」と言えばいいじゃないか、
こういう意見が聞こえてきそうですが、これには理由があるんです。
日本では、1970年代ころから宇宙生物学という言葉はありました。

ですが、これは地球の生物、小さなものではバクテリアやウイルス、
大きなものではチンパンジーなどを宇宙空間に持ち出した場合、
どのようなふるまいをするかについて研究する学問分野をそう呼んで
たんです。ですが、アストロバイオジーはもっと幅広い概念ですので、
混同をさけるために、あえて横文字言葉を使う場合が多いんですね。

ソ連の宇宙犬ライカ 始めから帰還は考えられていませんでした
dderegeahtht (5)

さて、世界でアストロバイオロジーという考え方が出てきたのは、
そう古い話ではありません。1990年代の半ばころのことです。
この時期に、宇宙に関しての大きな出来事が2つあったんです。
一つは、これはご存知の方も多いと思いますが、1996年、
アメリカのNASAが、火星由来の生命痕跡を発見したと発表したことです。

南極大陸で採取された火星起源の隕石の破片の内部から、
細菌のような生命体の化石らしきものが確認され、地球外生命の痕跡では
ないかとされました。下の画像がそれですが、たしかに、線虫などのように
見えないことはありません。この隕石は、正式名ではないですが、
南極の地名をとって「アランヒルズ隕石」と呼ばれることが多いですね。

アランヒルズ隕石の生物のように見える構造
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この隕石は、NASAによれば、約36億年前に火星で溶岩から生成された岩石で、
1300万~1600万年前に小惑星が火星に衝突した際、
破片として宇宙空間に飛散。そして1000万年以上にわたって宇宙空間を
漂流した後、約1万3000年前に地球に落下したと推定されています。

年代は放射年代測定を用いて推定され、また、どうして火星から来たと言えるかは、
隕石内部のガス成分の分析によるようです。でもこれ、発表の直後から
世界で異論が噴出しました。まず、確実に生命体由来のものであるという
証拠がありません。内部構造はなく、ただ、形が似ているだけなんです。



激しい議論の応酬が続きましたが、後に、隕石が気圏に突入した際に
生じる衝撃波によっても、このような形の金属構造が
できることがわかり、いまだ結論は出ていないものの、
生命体ではないという方向に形勢は傾きつつあるようです。ただ、
この出来事によって宇宙生命体の存在についての期待感は高まりました。

さて、もう一つは、1995年に初めて太陽系外惑星が発見されたことです。
これってけっこう意外に思いませんか。地球は太陽系の惑星の一つです。
太陽系には他にも、水星、金星、火星・・・と8個の惑星があります。
ですから、宇宙にはたくさんの惑星があるだろうと考えるのは自然ですよね。

恒星ー惑星ー衛星
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みなさんが目にする夜空の星は恒星です。自分自身が光を出して輝いている。
ところが、惑星の場合、自身の光はないわけですら、
それまでの天文観測技術では見ることができなかったんです。
1995年になって、やっとジュネーブ天文台が初めての太陽系外惑星を発見。

その後、分光法などの発達で、2019年7月現在、4096個の太陽系外惑星が
確認されています。恒星は燃えているわけですから、生命がいるとは考えにくい。
(まあ、プラズマ生命体などもあるのかもしれませんが)
それに対し、惑星は冷えていて、大気や水があるものも多いでしょう。ですから、
このことも宇宙の生命について考える機運が高まる契機となったんです。

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ちなみに、太陽系外衛星は、候補はあるもののまだ未発見です。
この2つのことから、NASAは宇宙探査に生命の存在を関連させて進める方針を
確立し、その基礎となる学問としてアストロバイオロジーができたんですね。
この分野での日本の対応は遅れていましたが、

2015年、東京都三鷹市の国立天文台内に、「自然科学研究機構
アストロバイオロジーセンター」が開設されました。また、小惑星探査機
「はやぶさ」 「はやぶさ2」の試みも、小惑星から物質を地球に
持ち帰り、生命由来のものを探すという目的もあるんです。

さてさて、ここまでアストロバイオロジーがどうやって始まったかについて
説明してきましたが、これはきわめて学際的な分野です。天文学、
生物学だけでなく、地学、惑星、海洋、化学、情報科学など、
さまざまな分野の研究者の協力が必要です。その理由はおわかりですよね。

熱水噴出孔の生物群


宇宙では、必ずしも地球のような環境の星だけに生命体がいるとは
かぎらないからです。地球内でも、深海底の熱水噴出孔からは、
嫌気性、耐熱性、硫化水素を代謝に用いる生物が発見されています。
広い宇宙には、われわれの想像もつかないような形の
生命が存在しないとはかぎりません。

あ、もうこんなに長くなってしまいました。ほんとうはアストロバイオロジーの
目的や、当面の研究課題についても書くつもりでしたが、
それはまた次の機会にゆずることにします。まあ、なんにしても
夢のある話ですので、進展を期待しましょう。では、今回はこのへんで。

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玄昉の首が飛ぶ話

2019.07.28 (Sun)
今回はこういうお題でいきます。ただこれ、かなり地味な日本史の話で、
人間関係も入り組んでいるので、なるべくわかりやすく書きますが、
興味がある方以外はスルーされたほうがいいかもしれません。
さて、玄昉という人物、みなさんご存知でしょうか。「げんぼう」と読みます。
奈良時代の遣唐使僧で、きわめて優秀な人だったと考えられます。

玄昉の像
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どのくらいかというと、唐の都長安で17年間法相学を学びましたが、
その間、ときの玄宗皇帝から紫の袈裟を賜っているほどです。
日本に帰国するときも、中国に残るよう引きとめられました。
占いで、日本に帰国すると悪いことが起きると出たんですね。
当時の遣唐使船は航海時に難破することも多く、命がけでした。

玄昉は5000巻以上の経典をたずさえて船に乗り、やはり船団は
嵐で遭難したんですが、玄昉と同僚の吉備真備が乗っていた船だけが
種子島に流れ着いて助かっています。これは船の中で玄昉がずっと
「海竜王経」を唱えていたため、仏の加護があったからとされます。
こうして、玄昉が大宰府をへて奈良の都へ帰京したのが735年。

吉備真備
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さて、日本で首が宙を飛んだ人物といえば、平将門が有名ですね。
関東で謀反を起こしたものの討伐され、その首は京都で獄門に
さらされましたが、毎日のように「関東へ戻ってもう一戦やる」と
吠えたて、ついには空を飛んで関東をめざし、その途中で力つきて
落ちた場所が今の首塚である・・・ということになっています。

もちろんこれは伝説ですが、玄昉の首もまた空を飛んだ伝説が残って
るんです。ただ、将門の話と違うのは、将門が自分自身が
怨霊となったのに対し、玄昉の場合は、怨霊によって体をつかみあげられ、
後日、首だけが興福寺に落ちてきたことになっているところです。



これは、正史である『続日本紀』に出てきますので、亡くなった当時から
怨霊のために殺されたと信じられていたことがわかります。
この詳細については、『平家物語』 『今昔物語』などにも出てきますね。
では、玄昉はいったい誰の怨霊に殺されたかというと、
藤原広嗣(ひろつぐ)という人物と信じられました。

怨霊となった藤原広嗣
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さて、ここで少し当時の時代背景をふり返ってみましょう。
まず、藤原氏はご存知でしょう。天智天皇とともに「乙巳の変」を起こした
中臣鎌足が、死の直前に天皇より藤原朝臣姓を与えられ、
代々受けつがれて名門氏族となりました。摂関政治の時代に、
藤原道長が「この世をば我が世とぞ思ふ望月の」と詠んだのは有名です。

ただ、この奈良時代、藤原氏は存亡の危機を迎えています。
鎌足の子が藤原不比等、さらにその子に、藤原4兄弟と言われる、
武智麻呂・房前(ふささき)・宇合(うまかい)・麻呂がいます。
この4人は協力して、大きな権勢を持った皇族、長屋王の屋敷を包囲し
自害に追い込みました。729年の「長屋王の変」ですね。

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その後、藤原4兄弟はそれぞれ高い位に昇り、政治を行ったわけですが、
737年、4人ともが疫病で急死してしまいます。この死は都の人々に、
長屋王の祟りであると噂されました。疫病は天然痘で、735年から
日本で大流行していました。大仏開眼を行った聖武天皇の御代のことです。

聖武天皇
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この735年は大凶作もあり、日本中でおびただしい数の人々が死に、
国が滅ぶのではないかと言われたほどだったんです。
朝廷も疫病の害をまぬがれることができず、藤原4兄弟をはじめ、
たくさんの官人を失ったため、押し出される形で、橘諸兄(もろえ)
という人物が右大臣となって政権の中枢を握りました。

で、橘諸兄が登用したのが、遣唐使帰りの玄昉と吉備真備でした。
どちらも当時世界の最先端であった唐で学んだ知識を身につけ、
吉備真備は日本に陰陽道を持ち帰ったと言われますし、
また、玄昉も不可思議な術を使う、一種の超能力者と見られました。

橘諸兄
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さて、これに危機感を持ったのが、4兄弟の一人、藤原宇合の子である
藤原広嗣です。740年、広嗣は、大災厄の元凶は吉備真備と僧正・玄昉
のせいであるとして、二人を追放すべきとの上奏文を聖武天皇に
送りますが、橘諸兄はこれを謀反とみなします。

大宰少弐に左遷されていた広嗣は、隼人などの九州勢力1万人以上を集め、
大反乱を起こします。「藤原広嗣の乱」です。しかし、広嗣は敗れ、
五島列島まで敗走して、そこで処刑されます。一方、玄昉のほうですが、
聖武天皇が亡くなり、武智麻呂の子、藤原仲麻呂が勢力を持つようになると、
橘諸兄は権勢を失い、玄昉もまた筑紫の観世音寺別当に左遷されます。

そうして、観世音寺が完成した供養の場で、玄昉が経を唱えていると
突然空がかき曇り、大きな鬼の腕が現れて玄昉をつかみあげて消えました。
玄昉の手足と胴体はその場に落ち、首だけが1年後に、
奈良の興福寺の南大門にぽとりと落ちてきたとされ、
その地には、玄昉の頭塔(ずとう)がつくられたということです。

玄昉の頭塔とされる建造物  ピラミッドのようですが、国家鎮護を願ったインド式仏塔と思われます
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人々は当然ながら、これは藤原広嗣の怨霊の祟りであると噂し、
広嗣の怨霊を鎮めるため、唐津に鏡神社が創建されます。
また、吉備真備も陰陽道で広嗣の霊を供養することになります。
長い物語になりましたが、やっと終わりが見えてきたようです。

さてさて、では玄昉について、どうしてこういった伝説ができたのか。
藤原4兄弟の命を奪った天然痘の大流行ですが、始まったのは玄昉が
帰国した735年からです。おそらく、玄昉らが天然痘を持ち込み、
大災害となったことを当時の人は疑っていたのではないかと思います。

これが、恐ろしい伝説が残った一因なんだろうと自分は考えてるんです。
また、わざわざ九州に左遷させられた玄昉は、現地で、
広嗣の残党に殺された可能性も考えるべきなのかもしれません。
ということで、今回はこのへんで。

藤原広嗣の怨霊を祀る唐津の鏡神社 広嗣の首から噴き出した血が
赤い鏡に見えたのでこの名がついたと伝承されます

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関連記事 『野馬台詩と足利義満』 『将門の首』




アーカイブ 冥婚の話

2019.07.28 (Sun)
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正月早々、あまり縁起のよくない内容になりますが、今回はこういうお題でいきます。
「冥婚」をWikiで見てみると、「生者と死者に分かれた異性同士が行う結婚のこと。
陰婚、鬼婚、幽婚などとも言う」と出てきます。中国をはじめ、東アジアで
広く見られる風習です。中国だと、山西省、陝西省、河南省あたりが多いですね。

中国の冥婚は、およそ3000年前からあったと考えられています。
『三国志』には、魏の曹操が、かわいがっていた八男の曹沖が13歳で未婚で
死んだため、葬儀にあたって、同時期に亡くなった甄氏の娘の遺体をもらいうけ、
妻として一緒に埋葬したという記述があります。

元来、中国の冥婚は、「未婚の死者同士を結婚させる」ものだったんですね。
では、なぜこれが行われていたのか。中国の宗教は基本的に、
儒教をベースとして、それに民間信仰である道教が混じったものです。
儒教では、祖先の霊を祀ることが重視されます。

日本の仏教では、位牌を用いる宗派が多いですが、これはインドで生まれた
原始仏教にはなく、中国の儒教の葬送儀礼が形を変えて持ち込まれたものです。
おおざっぱな話をしますと、中国の死生観では、
天界には天帝を始め天人がおり、仙界には仙人、人界には生きた人間がいる。
そして、死んだ人間は地下の冥界に行くことになります。

このとき、結婚して自分の家族を持たない人間は、
供養してくれる子孫がいないため、「鬼 キ」と化すとされます。
ここでいう鬼とは、角が生えて金棒を持った日本の「鬼 オニ」ではなく、
「幽鬼」、つまり死者の霊のことを指します。

幽鬼 その中でも「僵尸 キョンシー」は死体のまま動き回る


そこで、冥婚という習俗が行われるようになったわけですが、
死者の鎮魂を願ってのものだったんです。中国では、死者の供養として、
紙銭(冥銭)を燃やします。これは死者が冥界で使えるようにするためで、
冥婚では、あの世で一家を構えられるように、
紙の屋敷、召使い、家具、宝石なども大々的に燃やすんですね。

紙銭
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さて、冥婚には、弱い形から強い形まで、さまざまなものがあります。
最も弱い形の冥婚は、日本の山形県で行われる「ムカサリ」に見られる、
「事故や事件、病気などで子供を失った親が、絵や写真で婚儀の様子を描き、
奉納する」という形です。これは、結婚する相手が、
この世に存在しない架空の人物であってもかまいません。

ムカサリ絵馬
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それから、上記した死者同士を結婚させてから埋葬する形、
もっとも過激なのは、婚約者の男性が結婚前に亡くなった場合、女性のほうを
殺してしまうものですね。ただ、これが実際に行われたケースは、
歴史的にそれほど多くはないと考えられます。

さて、2016年、中国、陝西省の交通警察が、2名の女性の死体を乗せた
自動車を発見し、運転していた男ら3人を拘束しました。
調べによると、この2名の女性は知的障害者で、冥婚の相手となるために
殺害されたことが判明したんですね。遺体の値段は、3~10万人民元
(45万~150万円)で、中国の農村部では大金です。

冥婚の相手となる女性の遺体は、以前は公然と売買されていましたが、
2006年に、日本の死体遺棄にあたる法律ができて禁止され、
その後は、未婚の女性の墓が暴かれ、遺骨が盗み出される事件が多く発生
するようになりました。そしてとうとう、殺人が起きてしまったわけです。

このようなことが起きる背景には、中国での、女性と男性の数のアンバランスが
あります。女性のほうが数が少ないので、未婚の男性が多いんです。
これは、以前中国で実施されていた「一人っ子政策」によるところが大で、
もし子どもが一人だけなら、嫁に出さねばならない女子より、
一家を継ぐ男子がほしいのは当然ですよね。

一人っ子政策のポスター
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そこで、妊娠して女児であることがわかったら堕胎したり、
産まれた女児は間引きで殺したり、無戸籍児になったりしました。
また、中国では改革開放により、地方でも大規模な建築工事や土木工事が行われ、
若い男性の死者がたいへん多いんです。これらのことが、
冥婚をめぐっての犯罪が頻発するようになった背後にあるんです。

さて、中国本土と台湾では、冥婚の概念は異なっており、台湾で未婚の
女性が亡くなると、遺族が現金や紙銭、髪の一束、爪などを入れた赤い包み
を表に出して、男性が拾ってくれるのを待つという風習があります。
それを最初に拾った男性が花婿となるわけですが、
素通りするのは不吉とされるため、拾ってくれる男性は多いんです。

これを拾う
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このとき、男性は既婚者であってもかまわないし、未婚でも、その後に
生きている女性と結婚してもかまいません。生きた男性と、亡くなった女性は、
結婚式をあげ、その後男性は、女性の位牌を家において供養します。
一般的な結婚と同様、両家の間に関係ができて、何かにつけて援助してもらえます。
ですから、男性側にもメリットがあるんですね。

さてさて、ということで、本来若くして亡くなった者の冥福を祈って行われる習俗が、
墓暴きや殺人の犯罪を引き起こすことになってしまいましたが、
これは現在の中国が、一方に迷信深い田舎の人々、また一方には、
文化大革命後に生まれた、拝金主義でやったもの勝ちの、神も仏も信じない人間が
混在しているためなんです。では、今回はこのへんで。





猫の集会する寺の話

2019.07.27 (Sat)
あ、じゃあ話をしていきます。俺ね、学生時代に政治運動をやってたんです。
けど、俺らが何やっても日本の社会は変わらないってわかって、
挫折感を感じたっていうか、それで就職しなかったんです。
放浪の旅に出ました。最初に東南アジアに行って、そこからヨーロッパ、
最後に南米に渡って日本に帰ってきたんです。都合4年ほどかかりました。
面白かったですけど、ときにはホームシックにもなりましたよ。
何が一番恋しかったかっていうと、俺の場合は醤油ですね。
ヨーロッパにいたときは、とにかく醤油の味が恋しくて。
今でこそ日本料理店は世界中どこにでもありますが、
当時、東欧のほうでは少なかったんです。もちろん輸入もされてない。
だから、ブラジルに着いて、まず現地の日本商店で醤油を買いまして、

何にでもドボドボかけて食べてましたよ・・・あ、すみません、
まったく関係ない話で。でね、日本に帰ってきてからも、定職にはつかないで
バイトしながら生活してたんです。測量関係とか遺跡の発掘、
それで少し金が貯まると、またふらっと旅に出る。日本国内の田舎回りです。
目的地は決めないで、鈍行列車でどんどん辺鄙な土地へ入ってって、
降りた駅で適当に宿を決める。ときにはバス停のベンチで寝たりもしました。
それで、あれは10年ほど前の暑い時分のことでした。場所は言わなくても
いいですよね。東北のほうです。その鄙びた駅で午後5時ころに降りたら、
すぐ横に観光案内所があったんです。すごくせまくて中には爺さんが一人だけ。
宿泊できる宿を聞いたら温泉が何軒かあったんですが、宿賃が高い。
で、もっと安いとこはないかって言ったら、爺さんが、

「うーん、じゃあ、山寺に泊まればよい」って言いまして。詳しく聞いたら、
町の外れの山すそにある曹洞宗のお寺で、冬場は修行者が来てるってことでした。
僧坊があるから、そこで寝泊まりできる。今の季節は誰もおらんだろう。
住職に電話かけておくから。宿泊料は決まってないし、あんたが払えるだけで結構。
こういう話でした。爺さんに礼を言い、道を聞いてぶらぶら歩いていきました。
町中はさびれてて、人通りは少なかったです。それから小一時間くらい、
途中途中で道を尋ねながら舗装してない道に入っていくと、
林の奥にお寺があったんです。古いつくりで、あちこちガタがきてるように
見えましたが、周囲はよく掃き清められていました。本堂の横に勝手口らしい
ところがあり、そこで声をかかけると住職が出てきました。
意外に若いというと失礼ですが、40代後半から50代前半に見えましたね。

事情を話して泊めてほしいと言うと、住職はにこりと笑い、「ああ、電話の方ですね。
 かまいませんよ。誰も来てないから。あなた一人だと僧坊に泊まるのでは
 広すぎるでしょう。離れに蚊帳を吊っておきましょう」そこまで話して、
ふと気がついたように「ああ、今夜あたり集会があるか。でもまあ、問題はなかろう」
「集会って何ですか?」と聞くと、「いや、月に2回ほど、町の猫たちが
 庭に集まってくるのです。人間に悪さをすることはないです」という答えでした。
離れは、広くはないものの落ち着いた部屋で、床の間に達磨大師の掛け軸が
ありましたね。6時過ぎに、言われたとおり食堂(じきどう)に行くと、
住職が食事を用意してくれてまして、精進料理でした。粥と山菜の和え物、
豆腐を汁にひたしたもの。量は少なかったけど美味かったです。
その席で、世界各地を放浪した話をしたら、住職はとてもよろこんで、

「じつに興味深い、私は若いころから修行修行で、旅などしたことがないから
 あなたの話は楽しいですよ」で、今度はこちらからいろいろ質問しました。
そしたら、そのお寺に檀家はなく、寒修行僧の宿泊地になっていること。
住職に家族はおらず、永平寺から派遣されてきていることなどを聞いたんです。
お寺の維持費も本山から出ているということでした。
住職は「私はこの後おつとめがあるから、9時ころ離れに伺います。面白いものが」
 見られるでしょう」こんなことを言ってました。離れに電気は来てましたので、
蚊帳の中で文庫本を読んでました。夏の盛りでしたが、庭からの風は涼しく、
うとうとしかけたところで、手に瓶のようなものを持って住職が来られたんです。
住職はたもとからぐい呑を2つ出し、瓶の中のものを注いで差し出してきたので、
一口飲むと甘い中に薬草の匂いがしました。

「これは?」 「いや、ここらの山野草を蜂蜜に漬けたものです。多少アルコール分が
 あるが、酔うまではいきません。これを飲むとね、信じられないかもしれませんが、
 猫たちの心が見えるんです」どういう意味か、そのときはわからなかったです。
それを飲みながら住職と庭を見ていると、大きな三毛猫がのそのそ現れました。
「来ましたな」住職が言い、それから20分ほどの間に、大小さまざまな猫が
庭にやってきました。数は10匹以上はいたでしょうか。
ははあ、これが猫の集会かと思ったんですが、猫たちは一定の距離以上は
互いに近づかず、思い思いの場所に寝そべったんです。
俺と住職の姿は見えてたはずですが、警戒する様子はなかったですね。
住職に注がれるままに瓶の薬酒を何倍飲んだか、だんだん頭がジーンとしびれる感じが
してきて、でも、それは酔いではなく薬草のせいのように思えました。

すると、ふっと猫の考えが頭の中に入ってきたんです。いや、さっきも話したように、
猫たちはバラバラの場所にいて鳴いたりもしてないのに、どういうわけか、
猫たちの考えがわかる気がしたんですよ。うーん、あえて言うとしたら、
猫たちがテレパシーで会話していて、俺がそれを傍受しているみたいな。
内容はそうですね、しょせんは猫ですから、彼らにとっては役立つでしょうが
他愛のないもので、どこどこの家の嫁がときどき餌をくれたが、
最近近所に言われてくれなくなった、〇〇の路地の側溝のネズミは太っていて
美味い、△△町内には石をぶつける小学生のガキがいるから注意しろ・・・
こんな感じの、まあ、情報交換みたいなもんでしたね。
それがね、すごく面白かったんです。住職も、うんうんうなずきながら
猫たちの話に聞き入ってました。集会は30分以上も続いたでしょうか。

最後のほうになって、こんな話が出ました。・・・山の斜面にある古い人間の墓所で、
土から出てこようとしてるやつがいる、あれはとても悪いもので、
人間でも猫でも見境なく魂を取りにくるだろうから気をつけろ・・・これを考えたのは、
たぶん最初に来たでかい三毛猫です。どの猫が考えた内容なのかは、
なんとなくわかるんです。で、猫たちは散り散りになって帰っていったんですが、
住職を見ると顔色が変わってました。俺が、「最後の話ですか」と聞くと、
うなずいて、「よくないもののようです。さっそく明日対処します」こう言ったんで、
俺も連れてってもらえるよう頼んだんです。興味深いじゃないですか。
住職は二つ返事で、「いいでしょう。手伝ってもらうことがあるかもしれません」って。
その夜は、蚊帳の中に布団をひいて寝ました。翌日早朝、俺がシャベルを持ち、
住職といっしょに裏の山を登ったんです。夏の盛りでしたからねえ、

笹竹が生い茂って大変でした。住職は「ここらはね、明治以前に墓地だった場所で、
 もちろんその当時は土葬です。いや、遺骨などは子孫の人がほとんど
 回収したはずですが、絶えた家なんかもありますから、
 まだ残ってるものもあるんです」そう言い、数珠を出して般若心経を
唱え始めたんです。そしたら、しばらくしてボフッというガスがもれるような音がし、
笹竹の中から土煙があがったんです。生ゴミのようなドブのような嫌な臭いが
しました。住職の声が高まり、キョ~~~という笛のような音とともに、
何かが俺の足元に転がってきたんです。見た瞬間、背筋が寒くなりました。
ボロボロに朽ちた人の骸骨だったんです。それはガタガタと動いてましたが、
住職が引導を渡すと、ぐるんと回転して顔を土のほうに向け、動かなくなったんです。
住職はふうっと大きくため息をつくと汗をぬぐい、「お嫌でしょうが、

それをもとの場所に埋めてください」俺に言ったので、シャベルでそっとすくうと
粉になって崩れたんですよ。ガスが吹き出した穴に埋め、
周囲の土をかけてシャベルで叩いて固めました。「お客さんにこんなことをさせて
 申しわけない。でも珍しい体験だったでしょう」その後の話で、あれは悪い気が
固まって古い遺骨にとり憑いたもので、実体ではない。ただし、そのままにしておくと
町の子どもや年寄り、あと猫なんかも何人も病気で死んだろうということでした。
「山を下りる前に処理できて何より」・・・まあ、こんな話なんです。猫の集会は、
住職がその寺に来た20数年前からあり、その当時の猫が死んでも代替わりして
続いていて、住職にとっても、いい情報源だったみたいです。
俺はそのお寺に結局3泊し、3000円喜捨して帰ってきました。
おそらく、精進料理の代金にも足りなかったでしょう。





島のオカルト

2019.07.26 (Fri)
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『彼岸島』

今回はこういうお題でいきます。さて、日本は島国ですよね。
このため、文化は大陸から海を越えて伝来する形でやってきましたし、
ひとたび日本の中に入ると、微妙に変質して独自のものに変わりました。
『古事記』によれば、イザナギ神とイザナミ神が、まず淡路島を産み、
その後、次々に大八島(おおやしま)を生み出していきます。

淡路島・四国・隠岐島・九州・壱岐・対馬・佐渡ヶ島・本州です。
『古事記』が成立した8世紀初頭の時点で、これだけの島が領土と
考えられていたことがわかります。当時まだ、北海道は知られて
いませんでした。では、現在、日本には島はいくつあるんでしょうか。

イザナギ・イザナミ神


これにはまず、島とする条件を決めなくてはなりませんが、
海上保安庁の分類では、周囲の長さが100m以上で、
砂州のようなもので本土とつながっている地形はのぞきます。
岩礁や半島と区別するためですね。そうすると、
現在知られている島は6852だということです。

ちなみに、この多くが無人島です。人が定住している有人島は、
この中で300程度しかないようです。では、世界で最も島が多い国はと
いうと、インドネシアが1位で約1万4500島で日本の倍以上、
フィリピンが2位、日本は世界第3位となっています。

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さて、島が舞台になったオカルト作品はいろいろありますが、
どちらかというとミステリーのほうが多いでしょう。
横溝正史には孤島を舞台にした作品が多く、『獄門島』 『悪霊島』
などが有名です。定期航路しかない場合、海が荒れるなどで
容易に外界と断絶した舞台になってしまいますよね。

「吹雪の山荘物」のバリエーションと言えるでしょう。江戸川乱歩も、
『孤島の鬼』や『パノラマ島奇談』などを書いています。
そもそも、日本の黎明期の探偵小説家がテキストとして参考にした、
アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』が島物です。

ホラーだと、小野不由美氏の『黒祠の島』とか、松本光司氏の漫画、
『彼岸島』のシリーズなどがあります。前に「ヤジロウとクロ宗」という
記事に書きましたが、古くから人が住んでいる島に独自の風習があって、
代々ひそかに伝えられ、外部の者には隠されているという
筋書きは定番でしょう。

沖ノ島
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さて、神秘の島といえば「沖ノ島」が有名です。福岡県宗像市に属する、
九州本土から約60キロメートル離れた玄界灘に浮かぶ、
周囲約4kmの孤島です。2017年に世界遺産として認められたのは
記憶に新しいですね。「神の島」 「海の正倉院」と呼ばれ、
島全体が宗像大社沖津宮の御神体で、あちこちに祭祀遺跡が見られます。

禊の様子


古くから女人禁制で、男性の場合も、上陸できるのは毎年5月27日の
現地大祭の日だけで、入島する者は海で裸禊をします。
また、島からは一草一木たりとも持ち出してはならないとされます。
世界遺産指定にあたってユネスコからいろいろ注文があり、
2018年からは、研究者をのぞく一般人の上陸は全面禁止されました。

沖ノ島沖津宮
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沖ノ島は古くから大陸へ渡るための中継地点とされ、遣唐使などが
目印にした記録が残っています。島での祭祀が行われるようになったのは、
遺物から4世紀前後と考えられています。自分のようなオカルト研究者に
とって興味深いのは、ここでは詳しくは書きませんが、
原始神道(古神道)の形が残っていることです。

古い形の神道は、現在から歴史を遡っていくのは不可能に近いんですね。
後代にいろいろなものがつけ加えられて、原型がわからなくなって
しまっています。古代の神社には鳥居はなかったでしょうし、
今年の11月、新天皇陛下即位にともなう大嘗祭が
行われる予定ですが、これも古代の形とはだいぶ違っているはずです。

新城島
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あと、オカルトチックな島として有名なのが、沖縄県八重山郡竹富町に
属する「新城島 あらくすじま」。2つの島を合わせた呼び名です
他の島から海路でしか行けません。立入禁止の「御嶽(うたき)」があり、
年に一度の豊年祭は、島の外部の者の参加が禁じられています。
過去には、無理に参加しようとした観光客が暴行を受けたりしました。



豊年祭の祭神は、アカマタ・クロマタの2神で、新城島の住人以外が
祭の内容を目撃すると呪われると言われ、秘祭を見ると病気になったり、
災難が降り掛かるとされます。また、島には「人魚神社」があり、
島の周辺にはジュゴンが生息していて、「人魚の肉」を首里王府に
献納するように命じられていた歴史があります。

人魚神社
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ここに祀られているのは、食用にされたジュゴンの骨だということです。
そろそろ最後にしましょう。これはご存知の方も多いでしょう。
瀬戸内海芸予諸島の一つであり、広島県竹原市に属する
「大久野島 おおくのじま」。多数の野性のウサギが生息しており、
観光地化しています。現在700羽ほどいるようです。

大久野島のウサギ
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この島では昭和4年から昭和20年まで、戦争で使用するための
毒性のガスが、大日本帝国陸軍によって秘密裏に製造され、
島民は強制退去になっていました。ただし、このときの実験用のウサギが
野生化したのではなく、それらは戦後にすべて殺処分され、
現在いるのは小学校で飼われていたものが繁殖した子孫だそうです。

大久野島マップ クリックで拡大できます


さてさて、ということで、3ヶ所だけですが、日本で特色のある
島について見てきました。もしみなさんが何かオカルト作品を
書かれる場合の参考になればいいかなと思います。
では、今回はこのへんで。

大久野島の毒ガス博物館
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関連記事 『ヤジロウとクロ宗』




風呂のオカルト

2019.07.25 (Thu)
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『ジェサベル』2014

今回はこういうお題でいきます。なんだ、しょうもないと思われたかも
しれませんが、バスルームって、けっこうよくホラー映画の一場面に
出てくるんです。まあ、その目的はヒロインのお色気シーンを
サービスすることにあるんだと考えられますが、それだけでもありません。

やはり風呂場って怖い気がするんですね。みなさんはそんなことは
ないでしょうか。風呂場は個室ですし、裸になってるので無防備です。
何か起きてもすぐには逃げられません。
床は固いタイルのことが多いでしょうし、
石鹸なども置いてあるので、現実的な事故の危険もあります。

あと、風呂に入る最大の目的は、体を清潔にすることですが、
それだけに、不潔な風呂場というのは気になります。例えば、排水口に
髪の毛が溜まっていたり、タイルの目地がカビで黒くなってたり、
壁にゲジゲジとかカマドウマがいたら嫌ですよね。
そういう生理的な恐怖があります。



映画的には、湯船のお湯がだんだんに赤く血に染まっていく
シーンというのは、ホラーとして絵になります。
特に外国映画の場合は、バスタブの中で体を洗うので、
赤い泡があちこちに飛び散って、凄惨な感じが強いです。

下の画像は、1984年の『エルム街の悪夢』。
あのフレディが出てくるシリーズの最初の映画なんですが、
疲れてバスルームで眠り込んでしまったヒロインの
足の間からフレディの鉤爪が出てきます。こんなシチュエーションで
襲われたらもう助からないと、観客は誰もが思わされます。

『エルム街の悪夢』
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で、このシーンの構図なんですが、ハリウッド製ホラーにはよく出てくる
定番なんです。次の画像は、日本ではビデオでのみ発売された、
1981年の『インキュバス 死霊の祝福』のワンシーンで、
おそらくこれが最初なんじゃないかと思いますが、違ったらスミマセン。

『インキュバス 死霊の祝福』
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これ以前にも、バスルームが出てくるものはあって、最も有名なのが
1960年のヒッチコック監督の『サイコ』だと思います。ただ、
あれはサスペンス映画ですね。ジャネット・リーがバスルームで
殺害されるシーンが話題になりましたが、今からみれば描写はソフトです。

『サイコ』
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それから次の画像は、おそらくパロディの意味もあるんでしょうが、
2006年のSFホラーコメディ映画『スリザー』からのものです。
ちなみに、これに出てくるツチノコみたいなものは地球外生命体で、
体内に侵入されるとゾンビ化してしまいます。

『スリザー』
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さて、話を変えまして、バスルームでの殺人手段の一つとして、
お湯に通電するというのがあります。簡単な方法としては、
コンセントを差したままのヘアードライヤーなんかを
バスタブに放り込む。でも、みなさんあれで人が死ぬと思いますか。
自分はかなり疑問です。というのは、何度かやったことがあるからです。

自分は熱帯魚を飼うのが趣味で、もう始めてから20年くらいになりますが、
昔はよく水槽に蛍光灯を落としたりしてたんです。これ、
アクアリストなら経験がある方はそこそこいるんじゃないかな。
で、あわてて水から拾い上げるときにビリビリッとくる。

でも、それだけでした。水が通電してる状態で、2~3cmくらいの
小魚も死ぬことはなかったです。ちなみに、今のLEDライトを水槽に落とした場合、
淡水なら乾かしておけばだいたい直ります。海水の場合は直らないですし、
火事になる危険があるので、廃棄したほうがいいでしょう。

次の画像は、『ファイナル・デスティネーション』からで、
飛行機事故を予知によってまぬがれた高校生グループが、運命の力で
次々に死んでいくという映画なんですが、最初に死ぬ人物がバスルームで
ヒゲを剃っていて、ああ、感電で死ぬのかと思いきや、石鹸で足を滑らせ、
タオルを干す針金で首吊りになってしまいます。これは意外でした。

『ファイナル・デスティネーション』
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さて、日本のホラーだと、温泉の怖いシーンというのもあります。
湯気がもうもうと立ちこめる中で、露天風呂の岩陰にいた人物がふり向くと・・・
これは日本だけのものでしょう。外国にも温泉はありますが、
プールみたいな感じですし、基本は水着を着て入ります。

余談ですが、自分のアメリカ人の友人は、多くは日本の風呂が
気に入ります。アメリカの洋式バスはゆっくり入ってられないって
言うんですね。また、バスタブの外で体を洗うのも清潔でいいと。
中には、日本のバスルームを船でアメリカに送って、自宅に設置した人もいます。

クリックで拡大できます  2011年ころに交通事故死と逆転


さてさて、そろそろ予定の字数になりました。最後にマジで怖い話。
平成27年度、家庭の風呂場で死亡した人の数は4804人。
川や海の事故での水死が800人程度ですから、その6倍になります。
テレビや新聞で報道されない陰で、これだけの人が亡くなっていて、
交通事故死よりも多数なんです。

ほとんどが高齢者で、冬場に多い。これは、寒い脱衣所で服を脱ぐと
血圧が上がる。そのままお湯の中に入ると、血管が広がって今度は急激に
血圧が下がるため。これを防ぐには、あらかじめ脱衣所と浴室を温めておく、
食事直後や飲酒後の入浴は避けるなどの対策があります。
みなさんも十分にお気をつけください。では、今回はこのへんで。

関連記事 『水の怪談』 『身近な恐怖』

『シャイニング』 1980
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サイレンの鳴る町の話

2019.07.24 (Wed)
今晩は。さっそく話を始めさせていただきます。私は、子どものころ、
小学校5年生まで山陰地方の山あいの町に住んでいました。
具体的な名前は言わなくてもいいですよね。その土地はもちろん
今もありますから、ご迷惑がかかるかもしれません。
私が2歳のころ母が離婚をし、私を連れて実家に帰ったんです。
離婚の原因は聞いていませんが、父はまだ健在です。
でも、会うことはないですね。実家の祖父母は小さな酒屋を営んでいて、
私には優しかったです。ただ、2人とも私が5年生になるまでに
亡くなってしまったんです。祖父が62歳で、祖母がその2年後に
60歳で亡くなりました。どちらも病死で、祖父は腎臓病、
祖母は癌が全身に転移して、とても苦しんで亡くなったんです。

それで、母娘2人になった私たちはその町を離れた・・・
学校の友だちと分かれるのは悲しかったですが、その町を出ること自体は、
私は内心よろこんでいました。その町の雰囲気が嫌いだったんです。
はい、町の空はいつも灰色の雲に覆われてた印象があります。
陽がささない暗い町でしたね。そのせいではないと思いますが、
近所でも若くして亡くなる人が多かったんです。
私の祖父母もそうでしたが、60歳を少し過ぎたくらいで
病気で死んでしまう。いえもちろん、70歳、80歳という方もおられ
ましたけど、数は少なかったと思います。そのぶんお年寄りは
大事にされていました。最近になって、インターネットでその町の
人口動態などを調べてみたんです。そしたら・・・

日本の平均、それから周辺部の市町村と比べて、平均寿命が10歳近く
短かったんです。理由はわかりません。町には大きな病院もありましたし、
検診なども普通に行っていました。それで、これも理由はわからないんですが、
平成の町村大合併ってありましたでしょう。あのとき、その町は
どことも合併しなかったんです。周辺の自治体のほうから
断られたみたいなんです。とにかく陰気な町でした。
・・・サイレンの話をしたいと思います。その町では、ごくたまに、
そうですね、3ヶ月に一回ほどの頻度で、サイレンのような音が響くんです。
せまい町です。鉄道の駅はなく、国道が一本通った左右に1kmほど
商店が続いてて役場などもあり、それでほぼすべてなんです。
民家は、山すその斜面にへばりつくようにして建っていました。

ですから、サイレンの音は町中どこでも聞こえたんじゃないかと思います。
え、どんな音かって? そうですね、今でも耳をすますと聞こえてくる気がします。
始めは低くうなるように始まって、やがてだんだんに「おおおおお」と
高くなっていく。でもそれ、自治体が鳴らしていたというわけではないんです。
当時はわかりませんでしたが、実際はサイレンではないんです。
はい、そのことは話の最後に出てきます。それで、そのサイレンについて
話すことは、町のタブーとされていました。サイレンの音が
聞こえているときに、「あ、鳴ってる」なんて言っちゃいけないんです。
私もよく祖父母にたしなめられました。聞こえていても聞こえないふりを
してなくちゃいけない。まるでサイレンの音なんてしないみたいに。
どうしてかって? 当時はもちろんわかりませんでしたが、

あれを見た今なら、なんとなく想像がつくような気がします。
町の人はみな同じように、サイレンが聞こえても無視していました。ただ、
お年寄りの中には、サイレンが始まるとそっと耳をふさいだり、手を合わせて
お祈りしたりする人もいたんです。そういう場面を何度か目にしています。
・・・水槽の話をします。その町では、水槽で生き物を飼うことはよくないと
されてました。虫かごのようなものも忌まれていましたね。
これも理由はわからないんですが、どうしても水槽を置かなくてはならない
場所ってありますよね、例えば学校。理科の光合成の実験のために、
緑の水草を入れてある水槽とか。そういう場合、水槽の中に「ほうこ神社」
からいただいた榊の枝を沈めることになっていました。え?ほうこ神社ですか。
その話も後でしますが、どういう漢字をあてるのかはわかりません。

あれは4年生のときでしたか、学校に、別の市から赴任した新しい
理科の先生が来たんです。はい、理科専科って言うみたいですが、
担任を持たず、各学年の理科の実験だけを行う先生。その先生の最初の
授業のとき、「何でこんなの入れてるのかなあ」と言って、理科室の
水槽から榊の枝を取り出されたんです。生徒の中には、それを入れておくのが
きまりであることを知っている者も多かったんですが、新しい先生に遠慮して、
誰も何も言いませんでした。その翌日です。1時間目が理科の授業で
理科室に行ってみると、先生が水槽の前に立ちつくしていたんです。
蛾、カナブン、大きなムカデ・・・水槽の中には無数の昆虫が浮いてました。
それだけでなく、1m以上はある青大将か何か、蛇が底に沈んで死んでたんです。
でも、水槽にはガラス蓋がしてあって、蛇が入る隙間なんてないのに。

おそらく校長に言われたんでしょうね。次の時間からは、水槽の中に
榊の枝が戻っており、それ以来異変は起きなかったんです。
ほうこ神社の話をします。山のはいり口にある、町で唯一の神社です。
戦後に創建されたということで、まだ新しく、柱は白いコンクリ製で、新興宗教の
建物のようにも見えました。年に1回、秋に祭礼があり、私も物心ついたときから
参加しています。他の地域の神社のように、お神輿が出るとか、
夜店が並ぶとか、にぎやかなことは何もありません。ただ、神社の建物を
前にして神職が祝詞を唱え、それが終わると他の参列者がいっせいに
深々とお辞儀をするだけでした。はい、参列者は町長をはじめ助役などの
役場の者、町会議員は全員参加していたはずです。神社の参道にあたる場所は、
かなりの広さに整地されていて、町民はできるだけ参加するようにと

言われていたんです。そうですね、当時、町の人口は3000人ほどだったと
思いますが、その半分以上は神社の前に集まっていました。
平日でも、仕事を休んでくる人も多かったです。神職が祝詞を唱え始めると、
決まってサイレンが鳴り出します。それもすぐ近く、神社の裏手のほうから
聞こえてきたんです。サイレンを耳にすると、集まった町の者はみな体をふるわせ、
おびえた顔になり、でも、それについて何かを言う人はいませんでした。
町長らは土下座に近いような座礼、私たちは立ったまま深々と一礼すると、
サイレンの音はおさまりました。・・・町の歴史について少し話したいと思います。
これは、後になって私が調べたことです。町では話す人はいませんでした。
太平洋戦争中、その町には旧日本軍の特殊研究所があったようなんです。
場所は、ほうこ神社の拝殿がある場所の裏手。

何の研究をしていたかまではわかりませんでした。ともかく、ほうこ神社は、
その研究所の跡地を祀るため、昭和30年代に建てられたということなんです。
はい、終戦間際に、どうしてそこにあるとアメリカ軍が知ったかは不明ですが、
研究所は徹底した空爆を受け、跡形もなくなってしまったんです。
町の他の地区に被害はなく研究所だけでした。そこに、戦後になって新たに
ほうこ神社が建てられたんです。・・・母のことを話します。
祖父母が亡くなり、母は私をつれて大阪に出ました。多少の遺産はありましたので、
母はアパートを借り、私を育てながら働いたんです。そのうちに、
母はもうその町に戻りたくなかったんでしょう。家の墓所を大阪の市民墓地に
移してしまったんです。ですから、私が町に足を踏み入れたのは、
その後2回だけです。母には、折にふれ聞いたんですよ。

「あのサイレンは何だったのか」を。でも、母は話したくないようで、
いつもはぐらかすように話題を変えました。ただ、一度、
「あれはね、ほうこ様が叫んでおられるんだよ」とだけ答えてくれたんです。
母は60歳の誕生日のすぐ後、祖母と同じ場所に癌が見つかり、
それから3ヶ月で亡くなりました。私は・・・母と同じように結婚に失敗し、
2歳の娘を育てていたんです。そうですね、母の境遇そっくりでしたが、
私には帰る実家はありませんでした。母の遺産といってもわずかなものでしたが、
私と娘のために貯金をしてくれていて、それを相続するため、娘を施設に預け、
母の弟の人に会いにあの町を再訪したんです。驚くほど過疎が進んでいました。
町に新しい建物はなく、商店はみなとうに商売をやめ、シャッターを下ろしてました。
ただ、どういうわけか病院が2つに増えていまして、新しいところは国立です。

人口は千人台にまで減っているのに。母の弟、叔父さんとの話はすぐに済みました。
「姉さんはこの町を出てよかったが、それでも早死には逃れられんかったか」
叔父さんはそう言ってました。・・・最後に、ほうこ様の話をします。
私はその町を訪れたとき、これが最後だからと考え、ほうこ神社に行ってしまったんです。
昔から疑問に思っていたサイレンのことに決着をつけたかったんだと思います。
車で着いたほうこ神社に参拝者の姿はなく、神職も見あたりませんでした。
社殿の扉は固く閉ざされており、賽銭箱すら出ていません。ふと、神社の裏、
研究所があったという場所に回ってみようか、そう思ったときです。
あたりの空気がしんと冷えた気がしました。裏手へ続く草深い道から、
何か桃色のものが出てきました。人・・・なのかどうかもわかりませんが、
手足は2本ずつあり、胸に真っ赤な幼児のようなものを抱いていました。

そのものはどちらも服を着ておらず、桃色に見えたのは、全身の皮膚がはがれている
せいだとわかりました。ところどころ桃色が濃くなっていてるのは、
その部分から血膿が流れているためです。私は逃げ出そうとしましたが、
体が動きませんでした。頭の中に「ほうこ様」という言葉が浮かんできました。
ほうこ様は足を引きずるようにしてゆっくりと私の前まで来ると、
胸に抱いていた子どもを前に突き出すようにして、口を開きました。その顔には
目も鼻もなく、ただ崩れた肉の塊だけでしたが、それが横に裂けるように
ぱっくりと開き、顔の半分ほどもある空洞から「おおおおおおおおおおおおおお」
という叫びが出てきたんです。「サイレンだ!」と思ったとき、
ガクガクと足が動きました。なんとか後ろを向き、這うようにして必死に逃げました。
私の背後では、「おおおおお」というサイレンの音がいつまでも響いていたんです。

キャプチャ




アメリアと東京ローズ

2019.07.23 (Tue)
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アメリアの飛行予定コース

今回はこういうお題でいきます。これ、カテゴリはなんでしょうね。
いちおう「怖い世界史」に入れておきますが、どちらかというと
地味な話題ですので、スルー推奨かもしれません。
オカルト陰謀論とも多少関係のある内容です。

みなさんは、アメリア・イアハートという名前をご存知でしょうか。
カメリア・ダイアモンドじゃないですよ。多くの方は知らないと思いますが、
アメリカではすごいビッグネームというか、
歴史的な偉人と考えられていて、伝記等も多数出版されています。

これは余談ですが、アメリカでは知らない人がいないほどの有名人なのに、
日本ではほとんど無名というケースはけっこうあります。自分の仕事に
関係があるところでは、カントリーミュージックのスターなんかが
そうですね。日本ではカントリーミュージックは人気ないですが、
ロックやジャズのスターよりも知名度がある人はごろごろいます。

アメリアと愛機ロッキード・エレクトラ
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さて、アメリア・イアハートはアメリカ人の女性飛行士で、
女性として初めての大西洋単独横断飛行をしたことで知られています。
チャールズ・リンドバーグの初飛行が1927年、アメリアの快挙は、
それから遅れること5年の1932年、35歳のときです。

リンドバーグといえば、最初のうちは英雄としてもてはやされていましたが、
長男が誘拐され殺害された事件のゴタゴタで、たいへん人気を落としました。
それに対し、アメリアは知的でチャーミングな女性で、夫のプロデュースが
成功したこともあり、当時のアメリカでは絶大な人気を誇っていました。

1937年、アメリアは赤道上世界一周飛行に挑戦します。ただこれ、
無給油というわけではありません。当時の航空機は、燃料搭載量の関係から
長時間飛行は不可能だったんです。で、この最中の7月上旬、
アメリアは同乗のナビゲーター、フレッド・ヌーナンとともに、
南太平洋において行方不明になりました。

ニクマロロ島(無人島)
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7月2日、日本の委任統治領(南洋諸島)に隣接したアメリカ領の無人島、
ハウランド島を目指して離陸し、飛行支援していたアメリカの巡視船
「イタスカ」との交信を最後に消息が途絶えます。アメリカ政府は、
巨額の費用を投じてアメリアを捜索、また、大日本帝国海軍にも協力を
依頼し、海軍次官山本五十六がこれに応じました。

1937年といえば昭和12年で、太平洋戦争開戦の4年前です。
ここで旧日本海軍がアメリアの捜索に協力したことが、
戦争をはさんで、後に都市伝説的な陰謀論を生み出すことになりますが、
それについては後のほうで書きます。

アメリアがどうなったかについては、大きく4つの説があります。
一つは予定ルート周辺で海に墜落したというもの。その付近の海域の平均水深は
5500mとされていますので、この場合は跡も残らないでしょう。
2つめは、燃料補給を予定していたハウランド島の南、約560kmの
ニクマロロ島に不時着し、やがてそこで命を落としたという説です。

マーシャル諸島の岩礁での捜索
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1940年、西洋人女性と見られる遺骨が同島から発見され、
フィジーに送られてイギリス人医師の鑑定を受けますが、その後紛失しています。
3つめの説は、マーシャル諸島のミリという小さな環礁に着陸したというもので、
不時着した女性を見たという、現地人の証言が残っているということです。
ただ、マーシャル諸島は飛行コースから数千km離れています。

最近のニュースで、アメリアの捜索をDNA分析を使って行う
というのがありました。アメリアが自宅で書いた手紙から唾液を採取し、
上記のニクマロロ島で発見された骨と比較しようとする試みですが、
昔の唾液からDNAを採集するのは困難でしょうね。
続報がないところをみると、上手くいかなかったのかもしれません。

さて、最後の4つ目の説ですが、アメリアはやはり当時日本領であった
マーシャル諸島に不時着し、日本軍に捕らえれた後、サイパン島を経由して
東京に移送され、太平洋戦争が始まると、「東京ローズ」の一人として、
アメリカ軍に対する反戦放送を強要されていたとするものです。

日本軍に捕らえられたアメリアらとされる画像 しかし様々な考証から日本統治以前のものと見られる
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東京ローズはご存知だと思います。旧日本軍が太平洋戦争中におこなった
連合国向けプロパガンダ放送の女性アナウンサーにアメリカ軍将兵が
つけた愛称で、一人ではなく、複数の女性が存在していますが、
英語のできる日本人女性、強制収容された日系アメリカ人女性らだったと
考えられています。(1名だけ身元がわかっています)

その中の一人がアメリアだったとしたら、これはセンセーショナルな話題です。
そのため、日本が無条件降伏した後、GHQによる統治が行われましたが、
アメリカ人新聞記者が、GHQの制止をきかずに放送局に侵入し、
アメリアの捜索を行っています。もちろんアメリアは見つかっていません。

これは無理な話ですよね。旧日本軍の記録は詳細に調べられましたが、
アメリアに関する記述はいっさいなし。また、日本国内における
目撃証言も一つもないんです。日本を占領していたGHQには
法を超えた強大な権力があり、もし日本にアメリアの痕跡が
残っているのなら、必ず見つかるはずです。

「東京ローズ」の一人、捕虜となった日系アメリカ人
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さてさて、なぜこういう話が広まったのか。敵国日本に対する憎しみ
だけではないと思います。アメリアの人気は絶大でしたが、戦争中の
兵士にとって、東京ローズもまた隠れた人気があったんでしょう。
アメリアの行方については、毎年のように新説が出されています。
どこかで見つかるといいですね。では、今回はこのへんで。

関連記事 『環境DNAって何?』




殺人遺伝子と悪の起源

2019.07.22 (Mon)
犯罪は生まれか育ちかという議論は何度も行われてきた。
凶悪犯罪の遺伝率は38%というこれまでの報告があり、
様々な精神疾患と同じくかなり高い。ゲノム解析が始まってからは、
犯罪者と相関する遺伝子が探索され、monoamin-oxidaseと呼ばれる
酵素をはじめとする遺伝子の多型が報告されている。

また、MRI検査が可能になってからは、犯罪者の脳構造を調べる研究が
盛んであるが、殺人犯と未遂犯も含めた大規模な研究が行われたことはなかった。
ところ最近、New Mexico大学のグループが、凶悪犯の中で実際に
殺人を犯してしまった犯罪者と、一線を超えなかった犯罪者を比べる
ユニークな研究論文をBrain Imaging and Behaviourに発表した。

(西川伸一氏 個人ブログ)

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今回は科学ニュースからこういうお題でいきます。うーん、これは難しい。
何で難しいかは、おいおい説明していきますが、
「悪とは何か、犯罪とは何か」ということが根底にあるからです。
浅学の自分の手には負えない可能性が高いので、本項が、
みなさんが考える叩き台となればいいかなと思っています。

まず、引用記事の概要を説明していきましょう。アメリカでは、
犯罪矯正プログラムの一環として、犯罪者の脳MRI画像の収集が行われており、
20人の殺人犯を含む800人を超す犯罪者の脳画像が集められている
ということです。これ自体は、研究が犯罪減少につながるのであれば、
自分は問題ないかなと考えます。

で、殺人を犯した者と、凶悪犯罪者でありながらギリギリのところで
一線を超えて殺人を犯さなかった者の脳画像を比較したところ、
殺人者のほうは、脳の極めて広い領域で灰白質の厚さが低下していることが
明らかになったということです。

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興味深いのは、殺人を犯さなかった凶悪犯と軽犯罪者を比べても
この差は見られなかったことで、つまり、脳の灰白質減少という状態は、
殺人という最後の一線を超えてしまうかどうかと
相関している可能性がきわめて高いわけです。

異常のある箇所は大脳皮質の広い範囲に見られ、感情に関わる領域、
自己制御に関わる領域、社会性に関わる領域が含まれ、
特にTheory of Mindと呼ばれる、相手の心を読む意図に関わる領域での
異常がはっきりしているようです。

さて、凶悪犯罪者の子どもが犯罪を犯す確率が高いことは、
さまざまな統計調査で明確に出ています。ですが、それが遺伝なのか
環境要因なのかは、最初に書いたように、じつのところ
よくわかっていません。これはきわめて難しい研究課題なんですね。

脳MRI画像
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まず、親が凶悪犯罪者である場合、その子どもは劣悪な環境で育った
ケースがほとんどでしょう。親に暴力をふるわれたり、
親が他者に暴力をふるうところを見て育ったり、そこまでいかなくても、
酒や麻薬が近くにあり、経済的に貧しかったり、十分な愛情を
与えられなかった家庭が多いというのは、想像に難くないですよね。

こういうケースがアメリカの心理学者から発表されています。
ジェフリーという男性が、生まれてすぐに養子に出されました。
(有名な連続殺人犯、ジェフリー・ダーマーとは別人)
養子先は中流のまず問題のない家庭でしたが、ジェフリーは感情の
制御ができず、すぐに癇癪を起こして養父母の手を焼かせました。

ジェフリーは10歳でアルコール中毒になり、11歳で強盗、
その後は、薬物中毒になり殺人を犯して収監されますが、
脱獄してさらに殺人を犯し、再逮捕されてしまいます。死刑囚として
過ごしていたアリゾナで、ジェフリーは同房の囚人から、「アーカンソーで
お前とよく似た詐欺師に会った」という奇妙な話を聞きます。

その人物はジェフリーの実の父親で、やはり薬物の常習者で犯罪を重ねており、
脱走歴もあったといいます。また、ジェフリーにとって祖父にあたる人物も、
同じように強盗事件を起こし、ジェフリーの父の目の前で射殺されていた
ことがわかったんです。ここから考えると、犯罪傾向は環境よりも遺伝が強い
可能性が高いようにも思えます。ですが、これはあくまで一例でしかありません。

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さて、ヒトゲノムの解析が進んで、目の色や肌の色にかかわる遺伝子などが
特定されてきています。では、「これがあったら将来高い確率で殺人を犯す」
そういう遺伝子ってあるんでしょうか。自分は、そういうはっきりしたものは
ないだろうと思います。そんな単純なものじゃないですよね。他人の感情を
どこまで読み取れるか、自分の感情をどのくらい制御できるのか等々、

それには様々な遺伝子がかかわっており、複雑にからみ合っているでしょう。
また、環境的要因も無視できないほど大きい。上記引用の研究にしても、
脳の灰白質減少が、純粋に遺伝的なものかどうかはわかっていません。
脳の異常は、幼少時からの成長の過程で後天的に起きた可能性も
否定できないんですね。続報を期待したいと思います。

さて、ここからの話は、もしかしたら気分を害される方もいるかもしれません。
殺人って「絶対悪」なんでしょうか? もちろん、世界のほとんどの国では、
殺人を犯したものは罰せられます。そういう意味では、
絶対悪と言っていいかもしれません。

クロマニョン人
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ですが、人類の進化の過程でもそうだったのか。例えば旧人や
旧石器時代の遺物をみれば、われわれ人類の祖先がひじょうに好戦的で、
殺し合いや「共食い」などを行ってきたことがわかります。
その時代にあって、食料を得るなどの目的で家族以外の
他者を殺すことが、はたして悪と考えられていたかは疑問があります。

というか、そもそもそんな大昔に悪の概念なんてあったんでしょうか。
その後、人間は集団社会生活を営み始め、宗教が発生して、
戒律という道徳が生まれ、文明が発達して法律ができ、
他者を殺すことは悪とされ、加害者は罰せられるようになります。ですが、
国どうしの戦争や宗教的な対立で敵を殺すことは除外されてきました。

ジャン・ジャック・ルソー
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ヨーロッパでは、理性の力で悪を遠ざけ、善を志向するなどという
哲学も生まれましたし、ジャン・ジャック・ルソーは、
「万人の万人に対する闘争」という自然状態を回避するために政府が
できたとする「社会契約説」を唱えました。

さてさて、われわれの遺伝子の中には、旧人やそれ以前の祖先の
時代に、厳しい環境で生きのびるために獲得したものも
含まれているはずですよね。では、もし、これが殺人遺伝子だという
部分が判明したとして、それを持っている人間には子どもをつくらせない、

あるいは、子どもが受精卵の時点で、遺伝子編集をしてその部分を
切り取ってしまうなどのことが、はたして許されるもんでしょうか。
その遺伝子群は、じつは思わぬ役割を果たしているのかもしれません。
みなさんはどう思われますか。では、今回はこのへんで。

関連記事 『ラマルクの子孫たち』



三つ目が開く話

2019.07.22 (Mon)
これね、俺が高校時代の話なんです。だからもう20年以上前。
3年生の終わりでしたね。とっくに就職が決まって、学校のほうは
もう出ても出なくてもいいような具合で、みなで遊び呆けてました。
地方の高校なんで、今でこそ推薦で工科大学に行くやつも出てきましたが、
当時、進学するやつは少なかったんです。俺は地元の自動車整備工場に
決まってました。でね、就職したら当然ながら一番下っ端だから、
厳しいつらい生活になるのはわかってたんで、遊べるのは今しかないと
考えてね。それはダチの他のやつらも同じだったんでしょう。
ほら、工業高校だからみなバイクに興味があって、
早くから免許取って乗り回してましたよ。いやいや、暴走族とは違います。
俺の高校の頃って、もう暴走族なんてなかったです。

警察が厳しく取り締まって、大都市の大きな族は全部解散させられてたし、
族って、その上部組織として暴力団があることが多いんですが、
その暴力団自体がヘロヘロになってましたから。だからね、たんにみなで
夜中につるんでバイク乗り回すだけ。まあ、マフラーとか改造してたから
ウルサイんですけど、暴力行為なんてしなかったんですよ。
あ、すいません、話がよけいな方向へそれちゃって。
そんなある晩のことです。一人のやつの部屋に集まって騒いでたら、
そいつの親に追い出されちゃったんです。でね、まだ家に帰る気はしない。
で、相談がまとまって、俺らのとこで「最恐」と言われる心霊スポットに
行くことになりました。そこは、街外れの山すそにある新興宗団体の
施設の廃墟だったんです。礼拝堂兼宿舎って感じの。

廃墟になってから、当時で10年くらいたってたのかな。
教団が解散した理由は、教祖が警察に逮捕されたからです。大きな事件に
なって新聞にも出たから、ここの人も知ってるんじゃないかな。
信者の連れてきた病気の子どもを、心霊治療っていうんですか、
神様におすがりして治そうとしたものの、当然治るわけもなく、
その子は死亡、それを復活させるからと言って放置してミイラ化した事件。
毎日ね、そのミイラに対して手かざしとかそういうのをやってたらしいです。
それが発覚して教祖や幹部は逮捕。子どもの親もね、保護責任者遺棄致死
ってやつで逮捕。教団の建物には警察の捜査が入って・・・つい最近も
似たような事件ありましたよね。性懲りもなくくり返されてるんですよね。
んで、その廃墟まではバイクで40分くらい。

時間は午前2時くらいでした。いや、田舎だから、その時間に車なんか
通ってませんし、警察もいない。着いた教団の建物は大きくはなかったです。
コンクリの2階建てで、事務所といえばそれで通りそうな外観。
派手な飾りとかついてませんでした。平日なので俺らの他に来てるやつは
いなかったです。門の鉄柵が壊れて下に落ちてて、そこにロープが張られて
ましたが、くぐって入るのはわけはない。あ、それでね、
俺はそこに入るの初めてでしたが、行ったことのあるやつが一人だけいました。
そいつの話だと、中はスプレーの落書きだらけで、
1階は集会所みたいな部屋になってて机やイスが散乱してる。
そこは見るものもないし怖くない。2階はいくつかの部屋に分かれてて、
信者が寝泊まりする場所だろうって。あと2階の奥に祭壇の部屋というのが

あって、そこは天井から垂れ幕がたくさん下がってて怖い。
祭壇のロウソク立てとか、そういうのがみな倒れてて、垂れ幕の奥に金色の
御本尊があったってことで。うーん、盗まれないであるんだから、
本物の金じゃないんでしょう。でね、中はそいつの言ったとおりでした。
あ、そんときね、急に思いついたことだから、懐中電灯って、
最初にいたダチの家にあった2本だけでした。だから懐中電灯を持った2人を
先頭にして、みながぞろぞろ後をついてく。あ、すいません、
また話が前後しちゃうけど、そんときのメンバーは5人でした。
1階をざっと見て回ると、足の下がフカフカするくらいすごいホコリが溜まってて、
それからコンクリの階段を2階に上がると、すぐの壁に「〇〇○○」って
名前がでっかく赤いスプレーで書かれててね。

それ見て、みな嫌な気になりました。その名前、知ってる人なんです。俺らの高校の
4年先輩。そんときにはね、バイクで事故死して2年たってました。
ね、嫌でしょ。それからビジネスホテルみたいなつくりの部屋を一つ一つ
開けていきました。どこも鍵とかかかってなかったです。
中は4畳くらいの縦長で、ベッドがありました。全部見たけど、
おかしなことは何もなし。廊下の突きあたりがガラス扉になってて、
かなり広い部屋。天井からたくさん垂れ幕が下がっててね。
暗くてはっきりしなかったけど、中には焦げてるようなのもあって、
誰か来たやつがライターで火をつけたんだろうって考えました。
でね、その部屋って、前に話した死んだ子どもが安置されてた場所なんです。
中央に高さのある寝台みたいなのがあったから、もしかしたらそこなのかもしれない。

いや、怖かったですけど、仲間にバカにされるのが嫌で平気な顔してました。
他のやつらも同じだったと思います。奥の祭壇に近づいてくと、
顔に垂れ幕があたってカビの臭いがしました。垂れ幕をかき分け、かき分け進むと、
壇になってて、位牌みたいなのがたくさん散らばってたんです。
先頭にいたやつが垂れ幕をまとめてつかんで引きちぎると、奥に1m半くらいの像が
見えました。うーん、仏像でもないし、現代彫刻みたいな感じでしたね。
頭に宝冠をかぶった金色の男。顔は抽象的で額に3つめの目があり、
でも、すべての目は閉じられてたんです。「これか、インチキ宗教の御本尊は」
先頭のやつがそう言って、止める間もなく、いきなり足を上げて像を蹴ったんです。
ドンと像は後ろの壁にあたって、そのまま前に倒れてきました。
「うわ」なんとか避けて像は下に落ち、ボロっと頭がとれたんですよ。

照らしてみると、割れ口はコンクリ製で、やっぱ表面だけ金色に塗ってたんですね。
まあ、それだけですよ。おかしなことや、変なものを見たってことはなかったし、
携帯で撮った写真にも何も写ってなかったです。ただね・・・
3時過ぎにみなで解散する間際に、廃墟で俺の近くにいた山本ってやつ、
家が近かったんで途中までいっしょだったんですが、別れ際に、
「あのな、あの像、倒れる間際に見たんだけど、額の目が開いた気がするんよな。
 まあ気のせいだと思うが」こんな話をしたんです。
でね、その翌日、俺らのほとんどは寝不足で学校を休み、3日後くらいかな、
また集まったときに、仏像を蹴った辻ってやつが、変な夢を見たって言い出して。
「あの廃墟の夢だよ。それが、実際にこの間行ったときと同じ。
 違ってたのは、垂れ幕の奥の像な。あれ、三島の顔してたんだよな。

 俺、蹴ってから三島だって気がついて、ああなんか悪いことしたと思って。
 お前、どっか痛くねえか」笑いながらそう聞いて、三島は仏頂面で、
「お前の夢ん中のことだろ、俺が痛いわけねえ」って言い返してました。
そのまた2日後です。学校が終わるころに三島が俺のとこに来て、
「夢見たんだよ。あの廃墟で像が倒れてくる夢、けどもその像の顔、
 平田だったんだよな・・・」もうわかりますよね。2、3日おいて順繰りに
俺ら廃墟の夢を見ることになったんです。違ってたのは最後の像の顔、
それも順番に仲間の顔になってたわけです。もちろん俺も見ました。
あの廃墟に行ってから2週間目くらいかなあ。みなの言ってたとおりでした。
2階に上がったあたりから始まって、奥の祭壇の部屋で像が倒れてくるまで。
いや、不思議と怖くはなかったです。まあ、話を聞いてて、

何が起こるかわかってたからかもしれません。俺が見たのは山本の顔でした。
行ったのは5人だから、山本で最後だし、やつが夢を見れば終わるのか・・・
そこでね、ふと疑問に思ったんですよ。山本で最後だから、いったい
誰の顔を見るんだろうか。また最初に戻って辻の顔なんだろうか。
そして夢はいつまでもエンドレスに続く・・・いや、そんなわけはないと考えたし、
興味深かったんですよ。3日後に山本がどんなことを言うのか。
けど、山本、行方不明になちゃったんです。山本の家から俺のとこに電話が来て、
息子が家に帰ってないけど、お宅におじゃましてませんかっていう。
まあね、ダチのところに泊まるなんてのはしょちゅうあったし、
俺もどっかに転がり込んでるんだろうって思ってました。山本には、
看護師をしてる年上の彼女もいましたしね。けど、それから10日たっても

山本は見つからず、高校の卒業式の日が近づいてきたんです。
で、山本の親が警察に捜索願を出し、バイクがないから自分で出かけたんだろうが、
トラブルか事故にあってるのかもしれない。まあね、バイクでダムとかに走りに
行って、木の生い茂った崖下に落ちたりすればわかんないですからね。
俺のとこにも警察が来たんで、廃墟に行った話はしましたよ。
夢の話? いや、それはしてないです。しても警察は関係ないと思うでしょうしねえ。
でね、警察が廃墟を捜索して、祭壇の部屋で死んでる山本を発見したんです。
あの寝台の上に横たわったまま亡くなってたということでした。体に傷はなく、
解剖したら心臓に異常が発見され、病死って結論になったんです。ただね、
これは噂なんですけど、山本の額にマジックかなんかで3つめの目が描かれてて、
天井をにらんでた。警察は山本が自分でやったと判断してるって・・・






                            

「動物兵器」って何?

2019.07.20 (Sat)
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人も犬もロボットになる時代、このたびワシントン大学にて、
太陽光パネルに赤外線レーザーを当てて給電する、
極小のハエ型無線ロボット「RoboFly」が開発されました。
これは20年の研究の末に完成させた、世界初の試みなのだとか。

これまでは、ピエゾ圧電効果・逆圧電効果を担うピエゾアクチュエータを
駆動するための回路を小型化することが困難だったのですが、
マイクロプロセッサーの脳を搭載し、爪楊枝よりも軽い回路を
作り出す新しい方法によりやっと完成したのです。
(Rakutennews)



今回はこういうお題でいきます。上掲のニュースは、
羽ばたきをして飛ぶ、超小型のハエロボットが完成したということです。
重さはわずか190mgということで、これは1円玉が1000mgなので、
その5分の1なんですね。研究チームも軽量化には苦労したようです。

動力は、ソーラーパネルが小さいので、自然光を利用した発電は無理で、
パネルにレーザー光をあてて人為的に充電を行うようです。
つまり、半永久的に飛び回ることはできません。また、このハエロボットは
簡単な人工頭脳を持っていて、翼の羽ばたきを「する」・「しない」
を制御して飛び、せまい場所へも入り込むことができるとのことです。

どの国も騎兵の伝統があり動物兵器を禁止できない


自分はこのニュースを見て、劇画の『ゴルゴ13』のエピソードを思い出しました。
ある科学者が、自分が開発した昆虫型の小型飛行ロボットに毒針をとりつけ、
連続殺人を行うというストーリーだったんですが、当然ながら最後には、
ゴルゴの超人的な狙撃技術の前に倒されてしまいます。

さて、今回のお題は「動物兵器」ですが、このニュースに出てくるのは、
「ロボット」です。ですので、ここからの内容は記事から離れます。
では、動物兵器ってどういうものでしょうか?
少し前の2013年に、アフガニスタンでタリバンが「ロバ爆弾」を使用し、
4人の死傷者が出たというニュースがあったのを思い出された方もいるでしょう。

こういうのって、国際条約で禁止できないんでしょうか。
生物兵器や化学兵器などは、多国間条約でそれぞれ禁止されています。
ですが、動物兵器の場合はいろいろと難しい点があるんです。
その一つは、「動物兵器」と「軍用動物」の境界がはっきりしないことです。

暴れ狂う戦象


軍用動物とは、文字どおり、軍務のために使用される動物のことです。
例えば、馬を軍用品の輸送に使った場合は軍用動物です。
また、馬に爆弾をつけて敵の中に放てば、これは動物兵器と言っていいでしょう。
じゃあ、馬に人が乗って闘うのはどっちなんでしょうか。

これは難しいですよね。馬の機動力を実際の戦闘に使用してるのは
間違いないですが、馬自身が戦いをしているわけではありません。
騎馬兵の歴史と伝統は世界各国で古くからあって尊重されてます。
ですから、なかなか「動物兵器禁止条約」というわけにはいかないんです。

さて、では、これまでに使用された動物兵器にはどんなものがあるでしょう。
ローマ帝国では、馬に、映画の『ベン・ハー』
に出てくるような戦車を牽かせました。紀元前4世紀、
アレキサンダー大王がインドに侵攻した際には、
インド側は200頭の戦象を投入して戦ったという記録が残っています。

また、紀元前3世紀のポエニ戦争では、カルタゴの名将ハンニバルが、
戦象を使ってアルプス越えをし、イタリア侵入を図ったのは有名な話です。
とまあ、この手のことを書いていくときりがないので、
近代に使われた動物兵器の例を、2つだけご紹介しましょう。

どちらも、第2次世界大戦時のものです。一つめは、旧ソ連軍による
「対戦車犬」です。空腹にさせた犬の前に、ドイツ軍の戦車の模型を置き、
その下に餌を設置して、戦車を見れば下に潜るよう条件づけをします。
これはまあ、実験下においては、まずまずうまくいったようです。

「対戦車犬」


ですが、実際に爆弾を背負わせて最前線に投入すると、
激しい爆発音などに犬が怯えてしまい、逃げ去ったり、自陣に駆け戻って爆発し、
味方に大損害を与えるなど、うまく機能しなかったんですね。
まあ、訓練を積んだ人間の兵士でさえ、最前線ではパニックになるので、
これは無理ないでしょう。ドイツ軍は対策として
戦車に火炎放射器を搭載し、多くの爆弾犬を焼き殺しました。

2つめは、アメリカ軍が日本への攻撃に使用しようとした「コウモリ爆弾」です。
冗談のようですが、これ、かなり真面目に研究されたものなんです。
1942年、フランクリン・ルーズベルト大統領が計画を承認。
コウモリに搭載されるの通常爆弾ではなく、ナパーム弾の予定でした。

「コウモリ爆弾」


これは、日本の家屋が木や紙でできており、火をつければ簡単に燃えること。
また、コウモリに搭載できる通常爆弾の火薬の量では、
大きな被害を与えられないことからです。それに対し、ナパーム弾なら、
少量の油を入れておけば勝手に燃え広がっていくわけです。
それと、コウモリが夜行性なのも都合がいいんですね。

で、航空機に爆弾を搭載したコウモリをのせ、空中で放ってみたところ、
ほとんどのコウモリは石のように落下し、地面に激突して死んでしまいました。
そこで、コウモリに小型のパラシュートをつける試みがなされましたが、
もう、何を研究しているのかわからなくなっています。

東京大空襲


そうこうしているうちに、同時並行的に研究されていた原子爆弾が完成し、
コウモリ爆弾計画は中止されたんです。これ、興味深い話だと思いませんか。
もし、コウモリ爆弾が成功していたら、日本に原爆は落ちなかったのかも
しれません。ただ、東京大空襲などの状況を見ると、
ナパーム弾による火炎攻撃もかなり悲惨なものでした。

さてさて、ということで、今回はやや毛色の変わった内容になりました。
上記のハエロボットの話に戻って、アメリカ軍では間違いなく、
超小型ロボット兵器の軍事研究を行っているはずです。このニュースの技術も
使われるのかもしれません。そう考えるとちょっと怖いですね。
では、今回はこのへんで。

イルカ兵器? ただしアメリカ軍は開発を否定しています







殺人光線について

2019.07.20 (Sat)
アーカイブ159

中国が現在生産を計画しているのが、レーザー・アサルト・ライフル「ZKZM-500」。
これは800m先から標的を狙え、照射された可燃物は燃え、
人間は皮膚を炭にされてしまう恐ろしい武器なのです。

攻撃可能なレーザー・ビームを作るのは、軍事開発が何年も夢見た技術でした。
それが近年、アメリカ軍は船や車両に搭載する巨大レーザー砲の開発に成功。
ドローンなどを撃ち落とすことが出来るようになりました。とはいえ個々の兵士が
所持できるレーザー銃なんて、SF映画でしか実現できないような存在だったのです。

ところが、中国科学院の西安工学精密機械研究所の研究者たちから話を聞いたところ、
彼らは警察が対テロリスト用に持つ強力なレーザー銃を開発したようです。

(YAHOOニュース)



今回は、科学ニュースからこのお題でいきます。レーザー銃ということですね。
自分が子どもの頃、光線銃というのがあって、買ってもらって遊んだ記憶がありますが、
現在でもああいうのは売ってるんでしょうかね。レーザー兵器というと、
映画『スターウォーズ』シリーズのレーザー・ブラスターが有名ですが、
あれが現実のものになったんでしょうか。

下の画像が実物のようですが、おもちゃのような外観ですよね。
重量は3kgということで、一般的なアサルトライフルと変わりません。
画像を見るかぎり、ほとんどがバッテリーの重さのようです。
このバッテリーはリチウムイオン電池で、
2秒間の射撃が1000回撃てる長寿命となっているそうです。

ZKZM-500
ダウンロード

また、制作費は1丁につき166万円ということで、
現在、日本の自衛隊が使用している自動小銃が30万円くらいなので、
高いといえば高いですね。ただ、普通の銃は弾丸の値段もありますし、
充電する電力代と比べてどうなんでしょう。

さて、レーザーについて。英語で「laser」ですが、これは、
「Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation」
(輻射の誘導放出による光増幅)を略したものです。
では、レーザーとはどのようなもので、どんな利点・欠点があるのか。

太陽光などの可視光線を含むすべての電波は、波の性質を持っているのは
ご存知だと思います。波には波長があり、波の高いところ(山)と、
低いところ(谷)があります。太陽光などは、
さまざまな波長の電波の混合なので、山と谷がバラバラですが、
この山と谷がそろっている光をコヒーレント光と言います。



で、レーザー光は、気体や結晶などのレーザー媒質を通すことで、
人工的に山と谷をそろえて増幅された光で、長距離でも拡散せずに飛びます。
風や重力の影響もほとんど受けません。このような性質から、
DVDのレーザーディスクなどの工業製品、また医療などにも使われていますね。

さて、レーザー兵器に関して、アメリカが一番進んでいると考えられています。
2014年、アメリカ海軍はペルシャ湾で、輸送揚陸艦「ポンス」に搭載した
新開発のレーザー砲「LaWS ロウズ」の発射実験を行い、
無人機や小型船を破壊することに成功し、映像を公開しました。

LaWS


これにかかる電力は15~50万ワットほどと推定されています。
また、低出力で使用すれば、敵の兵士の眼を幻惑させる
非致死的兵器としても使えるとしています。アメリカ軍は、2020年までに、
艦隊や航空機にレーザー兵器を導入する計画を立てているようです。

では、レーザー兵器には欠点はないんでしょうか?
これは、まず一つには、光ですから直進性があります。つまり、そのままでは、
地平線・水平線を越える場所をねらうことができないんですね。
ただ、その解決法はあるような気がします。

もう一つは、高出力のレーザーをつくるには、高出力の電源が必要ということです。
そのような電源は重くかさばるので、ハンディな銃に使用するのは
無理があると考えられてきました。ですから、この中国のレーザー銃も、
威力はそうたいしたことがないんじゃないかと思います。

中国政府も、これは軍用ではなく暴動鎮圧用、または対テロリスト用の
非致死的兵器と説明しています。暴れている人間を撃って「あちちち」
と言わせる。あるいは、持っている紙製のプラカードを燃やす。
とはいえ、目にあたれば失明するでしょうし、可燃性の服を着たりしていた場合、
全身が火につつまれるなんてこともなくはないでしょうね。

さて、話変わって、旧日本軍が第二次世界大戦中に、光線兵器を研究していたのは
ご存知でしょうか。ただし、当時はまだレーザーの概念は
一般的ではありませんでした。そこで、考えられたのは
「マイクロ波」を使ったものです。マイクロ波というのは、
電子レンジに使われている波長のごく短い電波です。

研究は、帝国海軍の伊藤庸二大佐を中心に、「Z研究」として進められました。
1944年、海軍技術研究所島田実験所において、出力500万ワットの
「マグネトロン1号実験機」が完成し、レーダーの撹乱実験や、
ウサギなどの実験動物に対する照射も行われました。

伊藤庸二海軍技術大佐
ito (1)

ですが、この電力は、当時の駆逐艦2隻分の発電力を上回るものであり、
実用化するのはとうてい非現実的でした。そのうちに戦局はどんどん
日本軍の不利になっていって、研究は途中で中断、放棄されてしまったんですね。
(原書房1976年 『機密兵器の全貌』より)

さてさて、中国は全体主義の国ですから、国家が必要と考えた科学研究には、
優先して潤沢な資金を投入することができます。ですので、
人類全体にとって危険な破壊兵器が、秘密裏につくり出される可能性も十分考えられ、
自分は怖いなあと思っています。では、今回はこのへんで。

関連記事 『中国科学の脅威』







ゾンビの話あれこれ

2019.07.20 (Sat)
アメリカ・コーネル大学の研究で、全米でゾンビの被害が拡大する様子が
シミュレーションされた。この研究では、人口3億人のアメリカを舞台に、
そこで暮らす人々が「人間」「感染者」「ゾンビ」「死んだソンビ」
のいずれかの状態にあるものと仮定。
ゾンビに噛まれると感染者となり、人間がゾンビを殺せば拡散は

抑制されるという条件で、それぞれをランダムに接触させた場合、
ゾンビがどのように広がるのかをシミュレーションした。
そこから導き出された逃げるべき場所は、基本的に人口の少ない、
街から離れたところだ。アメリカでゾンビが大発生したというのなら、
モンタナ州やカナダの北ロッキー山脈が最適な避難場所となる。

(カラパイア)

aser (5)

今回は科学ニュース?から、こういうお題でいきたいと思います。
さすがアメリカ、いろんな研究をやってるもんですね。
しかも、有名大学においてです。どっから研究費が出てるんでしょう。
まあ、これを学んだ学生はコンピュータ・シミュレーションには
詳しくなるとは思いますが。

で、ゾンビの話を出すと、「アメリカは土葬が多いから、あっという間に
広がるんだろう。火葬がほとんどの日本ではあまり関係ない」
こう言われる人が多いんですが、意外にそうでもないんです。
例えばの話ですが、宇宙からの特殊な宇宙線に照射されて、
ある一人の人物がゾンビ化したとします。

中国式ゾンビである「僵尸」


その人物が爪でひっかくか歯で噛みつけばゾンビ化が感染する。
ゾンビは脳髄を破壊されないかぎり活動を停止しない。
こういう条件でシミュレーションすると、まあ、そのゾンビの動く
速さなども関係してきますが、感染が広まる速度はかなりのものです。
1人が2人になり、2人が4人と、ネズミ算のように増えていきます。

さて、ゾンビ化が始まった場合、有名なジョージ・ロメロ監督の映画、
『ゾンビ Dawn of the Dead』のように、ショッピングモールに
立てこもるのがいいように思えます。水や食料があり、
アメリカの場合は武器などもありますから。ですが、
この研究によれば、それだとゾンビ増殖の勢いに負けてしまうようです。

『28日後』 全力疾走するゾンビ(というか感染者)
aser (1)

結論としては、あたり前のようですが、人のいない山中に逃げ込む。
人口が少ないほど感染速度が低下するということですね。
でも、山中で食料を調達するのは大変ですし、気候の変動も大きい。
サバイバル能力が求められるでしょう。

あと、動物や鳥、昆虫などにはゾンビ化は感染しないんでしょうか。
リメイクされた2004年の『ドーン・オブ・ザ・デッド』では、
離れた場所にいる仲間に、大群衆のゾンビの間を通って犬が食料を
届けに行くシーンがあるんですが、ゾンビたちはなぜか生きた人間はすぐに
わかって襲ってくるのに、生きた犬にはまったく無関心なんですよね。

『ドーン・オブ・ザ・デッド』 ゾンビに囲まれたショッピングモール
aser (4)

このあたりは、その映画の設定によって違うし、かなりご都合主義の
面があります。相原コージ氏の漫画、『Z ~ゼット~』は、
ロメロゾンビ映画の疑問に答えるために描かれ、
植物以外のすべての生物が感染の対象になっていました。ですから、            
ゾンビ蚊やゾンビダニに刺されただけでも感染してしまいます。

さて、ゾンビのもともとの由来は、ハイチなど西インド諸島から来ている
というのは、オカルトフアンの方ならご存知でしょう。
ブードゥー教の呪術師が、ゾンビパウダーという粉をふりかけると、
生きた人間が仮死化し、何でもいうことを聞くようになるので、
賃金のいらない奴隷として農場で働かせることができる。

ゾンビパウダーは、ブードゥー教の秘儀をもってつくられており、
その中心成分として、テトロドトキシン(いわゆるフグ毒)が含まれている・・・
ですがこれ、あくまでも伝説に過ぎないもので、実際にゾンビ化された
人間やパウダーの存在が確認されているわけではありません。

『デモンズ』 呪いにより悪霊化


真相は、「ゾンビ化」は社会的な制裁なんですね。生きているのに死者と
同様、その場にいないものとして共同体からあつかわれる。
完全無視ということです。あれ、どこかで聞いたような話ですね。
そう、構造としては、日本の農村にあった村八分と同じものなんです。
それがアメリカに伝わる過程で、死者をよみがえらせる秘術に変わっていった。

さて、フィクションの場合は、ゾンビ化する原因は大きく2つに分けられます。
一つ目は純オカルトによるゾンビです。悪魔の呪いとか、古代の何かをたまたま
掘り出してしまって、その呪力によってゾンビ化してしまう。
古い作品ですが、ダリオ・アルジェント監督の『デモンズ』のシリーズ、
最近のものでは、スペイン映画の『REC/レック』なんかがこのタイプです。

呪いによるゾンビ化ですから、基本的に何でもありです。
科学ではないので、どんな設定にでも思いのままにできますよね。
ゾンビ化を防ぐには、どうにかして呪いを解くか、神の救済を得るしか
方法はありません。スペインは敬虔なカトリック教徒が多い国であり、
『REC/レック』が成立する文化的な下敷きがあるんですね。

『ショーン・オブ・ザ・デッド』 ゾンビのふりをして群れの中を通る
aser (3)

もう一つは、おわかりだと思いますが、科学的な原因によるゾンビ化です。
宇宙からのエネルギーによって遺伝子が傷ついた。
あるいは、ひそかに軍事研究されていた不死化ウイルスが漏れたことにより
パンデミックが起きた。このタイプの作品は、
『バイオハザード』シリーズなどたくさんあります。

2002年のイギリス映画、『28日後』のシリーズは、ウイルス感染が
原因ではありますが、生きた人間が病気によって凶暴化しているので、
ゾンビ映画とは呼べないかもしれません。科学タイプのゾンビの場合、
ワクチンの開発などの対処法で、事態を収拾できる可能性があります。

『バイオハザード』 ウイルスによって進化するゾンビ
aser (7)

あと、吸血鬼物というのもゾンビ物に似ていますが、昔は、吸血鬼に
噛まれた者も吸血鬼になるのは、呪いのせいと考えられていたんです。
それが最近では、吸血ウイルスが原因とされるケースが増えてきて、
その路線で制作されたのが、2007年のウイル・スミス主演の
アメリカ映画、『アイ・アム・レジェンド』です。

さてさて、ということで、映画を中心にしてゾンビを考えてみましたが、
コミックゾンビ映画、恋愛ゾンビ映画、青春ゾンビ映画など、
いろんなバリエーションが出てきていますね。キリスト教国では、最後の審判で
「死者が歩く Dead walk」という概念があり、これからもいろんな
ゾンビ映画が出てくることでしょう。では、今回はこのへんで。

モキュメンタリーの『REC/レック』
aser (2)




地球発宇宙汚染

2019.07.20 (Sat)
アーカイブ158

政府は27日の閣議で、未確認飛行物体(UFO)について、
「地球外から我が国に飛来した場合の対応について特段の検討を行っていない」
とする答弁書を決定した。立憲民主党の逢坂誠二衆院議員が、
2016年に施行された安全保障関連法で定める「武力攻撃事態」や
「存立危機事態」に該当するかを問う質問主意書を出していた。

逢坂氏は、米国防総省が過去にUFOや地球外生命について極秘に調査していた
とする米国の報道に基づき、UFOへの対応をただした。
これに対して答弁書は「政府として(UFOの)存在を確認したことはない」
「個々の報道について答弁は差し控えたい」とした。

政府は07年に「(UFOの)存在を確認していない」とする公式見解を
初めて示した。当時の町村信孝官房長官は、
「個人的には絶対いると思う」と私見を述べていた。
(毎日新聞)



今回はこの話題でいきます。前にもアントニオ猪木議員が、
UFOへの対応について国会で質問したことがありましたが、
そのときは、防衛大臣が困惑して、あいまいな返答になっていました。
今回は、はっきり「UFOへの政府としての対応策はない」
という回答が示されたわけですね。

うーん、でもこれ、難しい話ですよね。この場合のUFOというのは、
単に「未確認飛行物体」ということではなく、
宇宙人などの知的生命が操縦している物ということだと思いますが、
さすがに、それについての対処法を、
前もって決めておくのは無理なんじゃないかという気がします。

だって、もし宇宙人がUFOに乗って地球にやってきたとしても、
友好的なのか敵対的なのかもわからないわけですし、
宇宙人と地球との文明の発達度の差がどのくらいあるのかもわかりません。
もしそういうことがあったら、その場その場で、
臨機応変に対応していくしかないんじゃないでしょうか。

さて、過去に宇宙からの訪問者が地球にやってきて、人類の進化や
文明の発達に影響を与えたとするSF作品は多数あります。
小説だと、有名なところでは、カート・ヴォネガットの『タイタンの妖女』とか。
映画では、『2001年宇宙の旅』なんかがそうですよね。
あと、『エイリアン』のシリーズでは、宇宙人の「エンジニア」が、
地球にDNAの素をふりまいて、生命を誕生させたことになっていました。

では、これと逆の場合はどうなんでしょう。逆というのは、
地球人が宇宙に生物学的な影響を与えてしまう事態のことです。
人類が宇宙開発時代に入って久しく、日本もたくさんの人工衛星や探査機を
宇宙にうち上げていますが、それが宇宙に対して、
生物学的な汚染を引き起こしてしまう危険性が、
最近、強く言われるようになってきているんです。

例えば、アポロ12号の有人月探査は1969年のことでしたが、
その2年前に、無人探査機サーベイヤー3号が月に到達しています。
それをアポロの宇宙飛行士が回収して地球に持ち帰り、調べてみると、
なんと、連鎖球菌という乳酸菌の一種が繁殖しているのが発見されました。
(宇宙汚染はなかったとする異論もあります。)

サーベイヤー3号の回収


連鎖球菌は、地球上ではどこにでもいる存在なのですが、
サーベイヤー3号に付着した菌が月に到達し、その後2年の間、
放射線と真空にさらされた月面で生き残っていたことになります。
これはすごい生命力ですね。こんな形で、地球人が宇宙を汚染してしまう、
宇宙に生命のタネをふりまいてしまう懸念が大きくなってきているんです。

細菌だけではなく、もっと高等なクマムシやネムリユスリカなどの昆虫も、
休眠の状態で宇宙空間を生きのびることができるという研究もあります。
ですので、地球に宇宙人がやってくるという事態を予測するより先に、
地球人が宇宙を汚さないことを考える必要があるようです。

クマムシ


人間の体には数十兆の細菌が住みついていると言われます。
また、宇宙に打ち上げるロケットの表面にもたくさんの細菌やウイルス、
バクテリア、植物の胞子や花粉などが付着しています。
これらをできるだけ宇宙に出さないため、NASAでは、
探査機などの宇宙に出るもののすべてを高温で減菌処理しいています。

また、最近、火星に水が存在することが確実視されるようになってきましたが、
火星の水がある部分など、生命の繁殖が可能な地域については、
絶対に地球から持ち込まれた生命で汚染されることがないよう、
厳密に対処していかなければならない、
という議論が国際的に進められているんです。

さてさて、とはいっても、完全に地球の生命を宇宙に持ち出さないようにする
のは不可能です。人類は1950年代から、宇宙へ探査機を飛ばしはじめましたが、
その中には太陽系外へ出ていったものもあります。
それらに地球の細菌が付着していて、どっかの星で繁殖しているなんてことが
絶対にないとは言い切れないと思います。

ということで、遠い遠い将来になるでしょうが、
宇宙人が地球にUFOでやってきて、その第一声が、
「地球のお父さん、あなたがたのおかげで私たちは誕生しました。
私たちははるばる、生命の故郷である地球へとやってきたのです」
なんて言われることがあるかもしれませんね(笑)。では、このへんで。







宇宙での身長・体重

2019.07.20 (Sat)
アーカイブ157



ちょっと古い話題ですが、今回はこういうお題でいきます。
まずこのニュースですが、その後、訂正が入りましたよね。ロシア人の
国際宇宙ステーション船長が、「いくらなんでもそんなには伸びない」と疑問を発し、
再計測してみたら、じつは2cmしか伸びてなかったんですね。

それでも、無重力空間で身長が伸びることはまちがいないでしょう。これは、
地球の重力から開放され、脊髄の骨と骨の間にある椎間板が伸びるからですね。
それと、地球上ではS字に湾曲している背骨も真っ直ぐになる。
あれ、もしかしたら、椎間板ヘルニアなんかの治療に役立つかも。

しかし、わざわざそのために無重力装置に入るというのも、
現状では難しいでしょう。また、宇宙に出かけたら必ず身長が伸びるというわけでも
ありません。これはあくまで無重力状態での話で、
もし地球よりも重力が大きい星に滞在したとしたら、
上から押しつぶされて、身長は縮むことになってしまいます。

金井宇宙飛行士


それでも、身長が伸びるなら無重力空間で生活したい、
と思われる方もいるかもしれませんが、残念ながら地球に帰れば元にもどってしまいます。
あと、無重力状態の中にずっといると、骨密度が低下して
骨粗鬆症のような状態になったり、筋力や視力も低下することがわかっています。

では、無重力の国際宇宙ステーション内で、どうやって身長を測っているんでしょうか。
これ、特別な身長計というのは持ち込んでいないそうです。
国際宇宙ステーションでは、スペース確保のため、不必要なものは一切置かれていません。
身長を測るのは、特に必要とされることではないんですね。

で、身長の測り方は、まず壁に背中をぴったりくっつける。その上で、
仲間に頭の上と足の下に印をつけてもらい、その間の距離をメジャーで測定する。
唱歌の「5月5日のせいくらべ」に出てくるのと同じやり方ですが、
この方法だと、誤差が出てくるのはしかたなさそうですね。

さて、金井宇宙飛行士は身長が180cmと、日本人としては長身ですが、
宇宙飛行士になるのに、身長の制限ってあるんでしょうか。
これはあります。国際宇宙ステーションの搭乗者募集要項を見ると、
身長は「158cm以上190cm以下」になっています。

うーん、これだと、日本人の女性では基準に達しない人もかなりいそうですね。
あと、宇宙服を着て船外活動を行うには165cm以上の身長が必要、
という補足も書いてあります。とすると、もし160cmの人が
国際宇宙ステーションに入っても、船外活動はできないことになります。

船外活動


みなができることをやらないというのは、負い目になるでしょうし、
実質的には、身長165cmが宇宙飛行士として国際宇宙ステーションに
入るための下限なのかもしれません。ただ、これらのことは、将来的には、
装置や設備の工夫改善で克服できるはずです。

それと、身長には上限もあり、現在使われているソユーズロケットでは、
190cm以上の身長の人は、頭を強く打つ可能性があるからとのことです。
この他にも、矯正視力が1.0以上、血圧が140以下とか、
宇宙飛行士になるための身体的条件があるようです。

さて、じゃあ、体重のほうはどうなんでしょうか。その話の前にまず、
「重さ」と「質量」の関係を考えてみましょう。
重さ(重量)は、物体に作用する重力のことです。例えば月の重力は地球の
1/6ですから、地球上で体重60kgの人は、月面上では体重10kgになります。

重さと質量


それに対し、質量のほうは物の動かしにくさ(慣性の大きさ)です。
ただ、地球上では重さと質量はだいたい同じですから、
直感的に理解しにくい。うーんそうですね、例えば、無重力の中に、
同じ大きさの発泡スチロールと鉄の玉が浮かんでいる。これを指先でちょんと
押してみると、鉄の玉のほうが動かしにくい。

これが質量ということです。え? かえってわかりにくい・・・そうですか。
で、宇宙空間で、身長とちがって、体重を測ることは必要です。
宇宙飛行士の健康状態に直結する指標だからですね。宇宙空間でいう体重は、
質量のほうです。では、どうやって質量を測っているのか?

無重力状態でのファッションショー


かつては、上で書いたように、無重力状態の人を押したときの初速を測って
質量を出していたようですが、これだと誤差が大きいので、
現在では、特殊なバネつきの板でできた質量計が、
国際宇宙ステーション内に持ち込まれています。(下図)

このバネ量りに乗ると、バネは伸び縮みをくり返しますが、
その周期を測って、加速度を計算して質量を割り出すもののようです。
これはバネ定数が一定だからできるんですね。この他に、日本では、
強力なゴムひもを使った宇宙質量計が考案されています。

さてさて、じゃあ宇宙旅行をすると体重が減ってダイエットになるのか?
これはどうなんでしょう。無重力の中では特殊な食べ物、飲み物をとりますし、
プライベート空間もないので、やせる人が多いかもしれませんね。
では、今回はこのへんで。

国際宇宙ステーションの質量計






「釜石の幽霊」について

2019.07.19 (Fri)
今回はこういうお題でいきます。ほとんど引用の反則企画になります。
さて、自分と西丸震哉氏の本の出会いですが、学生時代、
古本屋で『未知への足入れ』という文庫本を見つけたところからです。
すごいシンプルな装丁で、後でわかったことによると、
西丸氏自身が挿絵や装丁の絵も描いておられたんですね。

『未知への足入れ』という題名も、どういう内容なのかよくわからず、
手にとってパラパラめくってみると、どうやら幽霊などのことが
書いてある本のようです。百円均一だったので買って帰り
読んでみると、これがすごく面白かったんです。
出版されてから20年以上たつ本なのに、内容が古くなっていない。

西丸震哉氏
ZZZXSDDDDD (4)

比較的短い不思議な話がいくつも載ってたんですが、創作ではなく、
すべて西丸氏の実体験ということになっていました。
「呪いの実験をしたこと」 「インドでヨーガの秘術を身につけたこと」
「群れをなして飛ぶ人魂の話」 「山中で出会った不思議な登山者」・・・

その中で特に興味深く、怖いと思ったのが、「釜石の幽霊」の話なんですね。
読んでいてゾッと背筋が寒くなる感覚がありました。これは、
怪談としてよくできていないと起きないことなんです。
長い話ではないので、全文引用します。

ZZZXSDDDDD (2)

「釜石の幽霊」西丸震哉

大学卒業後,岩手県の釜石にある水産試験場に就職した。
これは自分を知っている人がいないところで腕試しがしたかったことと、
あの近辺の山に登りたかったことが動機ですね(笑)。
前年に米軍の艦砲射撃を浴びた町ですから宿舎などなく、製造工場の
片隅に缶詰の箱を積み重ねて寝台をつくり、そこで寝泊まりを始めた。
 
六月の夜おそく海沿いの道をトボトボと帰ってくると、
工場近くのコンクリート堤に女がもたれかかっている。
ところがそばに近づいた途端、ふっと消えて女の姿が見えなくなった。
さては目の錯覚かと、その日はそのまま帰って寝てしまったんだけれども、
四日後にまたおそく帰ってくると、同じところに女がいる。
確かめると浴衣姿の二十七、八になるかと思われる色白の美人。

女の正面を横切るとき、またもや、ふっと消えてなくなってしまった。
すぐに女の立っていたところまで飛んでいって調べたけれど何もない。
翌日、ついに女の1メートル手前まで近寄ることができた。
「お晩です」と声をかけても目も合わさずに知らん顔で海を見ている。
「もしもし」と言いながら指で彼女の肩を思い切って突いてみたところ、
指先は何の抵抗も感じず、同時に女も消え去ってしまった。

そのとき初めて背筋がツーと冷えた。翌日、棍棒を手にまた1メートルの
ところまで近づいて、「君は幽霊かね。しゃべれるんなら返事しろや。
黙ってるとぶんなぐるぞ。いいか、それ」と女に棍棒を振り下ろすと
「ガツン!」と何もないコンクリート堤を叩きつけている。
こちらの頭が狂ったのかと市立病院で徹底的に検査してもらったけれど、
まったく正常とのこと。

ZZZXSDDDDD (5)

それからもちょくちょく女の姿を見かけたけれど、
なるべくそばを通らないように別の道を通って帰っていた。
ところがしばらくすると、ついに私の寝ている工場の中にまで毎日出てくる
ようになった。5メートルほど離れたところから一晩中こちら側を向いている。

別に何をするわけでもないので、私は徹底的に彼女を無視する方針に
変えたけれど、あまり気分のいいものではない。
翌年の四月、試験場の二階の講堂の隅にシングルベッドを借りて引っ越した。
彼女も気づかなかったらしく、久しぶりの解放感にひたれたけれど、
これも長くはつづかなかった。
 
一か月後に彼女が現れたときには、ベッドのすぐ横に立ち、
寝ている私を上から見下ろしている。それでも彼女の瞳は私を見ていない。
私を素通りした場所に焦点を合わせている。不思議なもので、
自分を見ていないとわかるとそんなに怖くは感じない。私はふたたび無視を
決め込んだが、ある夜、何となく彼女のようすが今までとちがっている。

今まで私の向こうの涯を見ていた彼女の目が、
私の目の中をまばたきもせずにジーッとのぞき込んでいる。
 全身が粟立った。私は負けてなるものかと彼女の目を見返し、
ぐっとにらみつけると、その瞬間、からだの体温が奪われ、
布団の中が氷のように冷えてしまう。

布団を頭からかぶって縮こまり、三十分後にふたたび布団から
そっと目を出してみると。彼女の視線がくい入るようにのぞいている。
とたんにせっかく温まった布団の中がまた氷を抱いたように
冷え切ってしまう。窓の外がほのぼのと明るくなり、
彼女がいなくなるまで、この一夜の間に四回くらい彼女とにらみあった。
 
朝、場長が出勤してきたのをつかまえて、「私は今日の汽車で帰ります。
お世話になりっぱなしで申しわけないけれどもやめさせてください」と頼んだ。
幽霊の状況を報告したら、君がとり殺されでもしたら私としても
困るからということで、すぐに私の要望に応えてくれた。
ふつうだったら幻覚を見たんだろうと笑うところが笑わない。

この話には後日談もまだまだあるけれど、よりくわしく知りたい人は
「山とお化けと自然界」(中公文庫)を読んでください。
とにかく私は仕度もそこそこに釜石の地を離れることになりました。

この話、どこが怖いかというと、幽霊が段階をおいて変化していくところ
なんじゃないかと思います。最初は道端にいて、さわるとすぐ消えていたのが、
やがて宿舎で寝ているそばに出てくるようになった。
でも、視線をこちらに合わせないので、無視しているとそんなに怖くない。

ところが、あるときを境に、幽霊が西丸氏の目をのぞき込んでくるようになり、
そうすると、どんどん体温が奪われて体が冷えてくる。
命の危険を感じるわけです。そこで、せっかく大学を出て就職した職場を
放棄して東京に逃げ帰ってくる。幽霊が原因で実際に仕事を辞めたんですね。

この後、西丸氏は農林省に入省し、食生態学を専門とする技官として
働くことになりますが、年中山に登り、ニューギニア探検やインド旅行、
アマゾンやアラスカなどにも行き、その間、国家公務員とは思えない
破天荒なエピソードを積み上げていくんですね。
よくクビにならなかったと思うようなことばかりです。

さて、自分の西丸氏の評価としては、「オカルトの先駆者」というものです。
『未知への足入れ』が出版されたのは1960年のことで、
70年代オカルトブームの10年以上前。おそらく、太平洋戦争後、
まとまったオカルト話を書いたのは、西丸氏が最初でしょう。

ZZZXSDDDDD (3)

話の特徴としては、理系の技官らしく内容が分析的であることです。
インドから自宅へ生霊?を飛ばすとか、御嶽山で群舞する人魂の捕獲を
しようとするなど、いろいろなオカルト実験を試みています。
科学的に検証して、「オカルトはある」と結論づけてるんですから、
説得力がある・・・と思う半面、全部ほら話なんじゃないかという気もします。

それくらい御本人が型破りな人物なんですね。引用した「釜石の幽霊」
にしても、もしかしたら仕事がつまらなくなって、辞めるための口実として
幽霊の話をでっちあげたんじゃないか、西丸氏なら、その程度のことは、
普通にやってしまってもおかしくはありません。

さてさて、この「釜石の幽霊」の話には後日談がありまして、
『山とお化けと自然界』という本に出てくるんですが、ずっと後年になって、
西丸氏がある霊能者と対談したところ、初対面でまったく予備知識がない
はずなのに、「おや、その後ろにいる浴衣の女性は誰ですか?」と
聞かれるんですね。着ている浴衣の柄もぴったり当てられてしまいます。

何年もたって、西丸氏はもうすっかりその幽霊とは縁が切れたと
思っていたのに、見えなくなっただけで、ずっと背後霊化していた。
自分は、西丸氏のおかげでオカルトに目覚めたと言ってもいいくらいなので、
今回は少し詳しくご紹介してみました。では、このへんで。

関連記事 『ガイジュセクとオヤビン』

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赤い十字架の話

2019.07.18 (Thu)
今から30年以上前の話です。当時 私は、中堅どころの旅行代理店で、
添乗員をしていたんです。入社して3年目のことでした。
それまでの2年間は国内旅行の添乗で、その年になって、
初めて海外に出ることができたんですが、それがすべての事の始まり
だったと思います。あれは10月のことでした。
田中さんという先輩と2人で、「東欧古都めぐり」というパックツアーに
添乗しました。私は、初海外ということですごくはりきってましたので、
田中さんに、「あんまり気張ると、帰ったらバタンキューだよ」と
たしなめられたくらいでした。当時は、まだソ連は完全には崩壊していません
でしたが、もう末期で開放政策が進み、旅行などもだいぶ自由になってました。
それがあってできたツアーだったんですね。

ツアーの参加者は18人だったと思います。60歳過ぎの、
仕事を定年退職された方がほとんどで、ご夫婦も多かったです。
中に一人、吉川さんという、一人旅の70代の男性の方がいました。
吉川さんは現役の大学教授で東欧史を専門とされていて、その関係でツアーに
参加されたということでした。チェコ語やポーランド語がペラペラで、
お客様に頼るわけにはいかないんですが、すごく心強かったんです。
私、外語大卒業で、大学では英語とフランス語を専攻し、
東欧の言葉はまったくできませんでした。はい、向こうのホテルなどはもちろん、
税関でも英語はほとんど通じないんです。田中さんも東欧の言葉は話せない。
じゃあどうするのかというと、都市ごとに、会社が契約した
現地ガイドがいるんです。その人たちは英語かカタコトの日本語が通じて、

何かトラブルが起きたときに対処してくれました。当時の東欧は今とは違って
治安もよく、難しいツアーではないはずだったんですが・・・
3日目の朝でした。ある国の、首都ではないですが歴史の古い街に
泊まったときのことです。ホテルのレストランで朝食をとる予定でしたが、
吉川さんが時間になってもお見えにならず、私が部屋に迎えにいきました。
ドアをノックすると「どうぞ」という声がしたので入ると、
吉川さんはイスに腰掛けて窓の外を眺めておられたんです。
私が、「朝食の時間ですよ」と言うと、「ああ、すみません。今行きます。
 ちょっと興味深いものを見かけたのでね」と、窓の外を指さしました。
そこは3階の部屋でしたが、かなり離れたところに、
大きな十字架が立ってたんです。そのあたりは高い建物もなく、

民家の屋根の間から、空に向かって巨大な十字架が突き出してました。
はっきりわかりませんが、10m以上はあったと思います。
10mというと、ビルの4階ほどですよね。周囲に比べて違和感がありました。
それと、その十字架、赤い色をしてたんです。
鮮やかな赤というわけではなく鉄錆のような色でした。吉川さんは、
「この国も共産圏に入って、教会なんかは取り壊されたと聞いてたけど
 そうでもないんだねえ」と話され、そのときはそれで終わりました。
朝食が終わり、契約していたバスが来たのでホテルの外に出たとき、
さっき見た十字架を探したんですが、方角が違うのか見えませんでした。
そのバスは、次の目的地まで3時間ほど走るんです。
その都市の、美しいけれども陰気な街並みを抜けかかったところで、

バスの後ろのほうでキャーッという悲鳴が上がりました。「どうされました?」
私が見にいくと、座席で吉川さんが白目をむいていたんです。
肩に手をかけると鼻からどっと血があふれ、半開きの口に流れ込んでいきました。
すぐに田中さんもやってきて、その国では救急車などは来ないということで、
そのバスのまま大きな病院に行ったんです。吉川さんは息をしていないように
思えましたが、どうすることもできず、とりあえず体に毛布をかけました。
そのとき、吉川さんの膝の上に手帳が広げられていることに気がついたんです。
私にはわからない言葉で単語が3つ書かれていました。
田中さんが病院に残り、その後も私は旅を続けましたが、その夜になって、
吉川さんは亡くなったという連絡が入りました。脳溢血ということでした。
私は、ツアー中にお客様が亡くなるということは初めてでしたので、ショックでした。

田中さんは、「稀にはあることよ、気にしてもしょうがない」と慰めてくれました。
どうにかこうにか日本に戻ってくると、数日休みがあったんです。
私は実家に戻りました。私は一人暮らしでしたが、両親と妹が実家にいて
たまに帰るとすごく落ち着くんです。そのとき母に、東欧ツアーであったことを
話したんです。吉川さんが亡くなった前後のことですね。
翌日の夕方、私が自分のアパートに帰ろうとしたとき、母がこんなことを言いました。
「昨日の夜ねえ、あんたに話を聞いたせいか、変な夢を見たよ」
「へえ、どんな?」 「灰色の空があって、そこに赤い十字架が立ってる夢。
 ただそれだけなんだけど、気味が悪かったねえ」それを聞いたとき、
嫌な予感が強くしたんです。でも、どうすることもできないですよね。
「お母さん、とにかく体に気をつけてよね」そう言うのが精一杯でした。

翌日、両親が亡くなりました。少し膝が悪かった父を、母が運転する車に乗せて
病院に行く途中、交通事故にあったんです。急に横道から出てきた大型車にぶつけられ、
母は即死、父は半年ほど入院して亡くなりました。・・・心が壊れそうでしたが、
妹はまだ高校生でしたし、父親のつきそいや母の葬儀の準備、加害者との交渉、
そういうことは私がやるしかなかったんです。会社のほうには
そうした事情を考慮していただき、しばらくの間、内勤にしてもらいました。
すべてが終わって、私が立ち直るまで2年近くかかりました。
それからまた添乗員に復帰したんです。ええ、自分のほうからやらせてください、
って申し出て。気が紛れると思いました。ただ、東欧ツアーはなく、
ローマやパリが中心でしたね。その頃、私に恋人ができたんです。
彼は、関連会社でバスの運転をしていました。結婚に向けて話が進んでたんです。

彼の両親は、私の親が事故死していることは気にせず、結婚を喜んでくれていました。
それで・・・ある日、彼が私の部屋に泊まった日の朝です。
起きがてら、「変な夢を見たなあ。ただ赤い十字架が立ってる空を、えんえんと
 眺めてるだけの夢」それを聞いて、心底ぞっとしました。「まただ」
吉川さんの死のこと、両親の死のこと、赤い十字架のこと、
混乱しながらもそれらのことを話したんです。彼は真面目な顔で聞いていましたが、
「わかった、十分気をつけるよ」と言いました。当分仕事を休んでほしい・・・
でも、そんなことできるわけもありません・・・もうおわかりですよね。
2日後、彼は自分が運転していたバスの中で亡くなりました。
運転中の心臓発作ということでしたが、心臓の持病などはなかったんです。
不幸中の幸いというか、バスはお客様を降ろした後の回送中で、
道路上でも他の車や通行人を巻き込むことはありませんでした。

このことから立ち直るには長い時間がかかりました。いえ、まだ立ち直ったとは
とても言えません。私は会社を休職して心療内科に通いました。
一時は、拒食のために体重が20kg近く減り、いつも死ぬことだけを考えていました。
でも、死ぬことはできませんでした。悔しかったんです。
赤い十字架、それが何なのか確かめなくてはという思いが強くなって、
当時はネットはありませんでしたので、その東欧の古い都市について、
いろんな本を読みましたが、赤い十字架について書いてあるものはなし。
それで、一人で旅に出たんです。でも、土地の人も誰も、そんな十字架のことは
知りませんでした。地図にも載っていません。あのツアーで泊まったホテルにも、
もちろん行きました。吉川さんの泊まった部屋が空いていたので、
フロントでチップを払い入らせてもらいました。

でも、窓からは、あの日の赤い十字架はどこにも見えませんでした。
ホテルを飛び出し、こっちだという方角に歩きました。石畳のごみごみした小路を
抜けると、ちょっとした広場がありました。小路が何方向にも伸びている
真ん中の場所、ヨーロッパの古い街にはよくあるんです。
その中央に植え込みがあり、その中央にこぶし大の石が1mほど積み上げられ、
見たことのないもので、その前にはロウソク立てが置かれてました。
日本のお堂のようなものだろうか、それにしても・・・と考えていたとき、
近くの家から年配のベールをかぶった女性が出てきて、ロウソクを新しいものに
替えようとしました。話しかけましたが、英語もフランス語も通じず、
石積みを指差すと、その人は私の手を強く払って、同じ短い言葉を何度も叫びました。
意味はわかりませんでしたが、あのとき吉川さんが手帳に書いた

単語と同じものじゃないかと思ったんです。怒ってるというか、
おびえた感じのその人にお金を渡し、言っていることを手帳に書いてもらいました。
頭を下げてその場を後にし、前に現地ガイドを務めてくれていた
男性に連絡したんです。契約はずっと前に途切れていたので、なかなか
見つからなかったんですが、やっと居場所がわかり会うことができました。
石積みのことを聞きましたが、何も知らないということでした。
ただ、「この街は、ソ連軍が侵入してきたとき、またそれ以前にも、
 あちこちで血が流れてるから、それと関係したものなのかもしれない」
そういう話をしてくれました。手帳を見せると、顔をしかめ、
「誰が書いたんだ、これ、よくない言葉だよ、呪い。日本語だと、そうだなあ、
 死がそばに寄りそう、みたいな感じ」こういう答えが返ってきて、
私の見ている前で、その手帳のページを粉々に引き裂いたんです。

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仏像の話あれこれ

2019.07.17 (Wed)

「帝釈天像」(インドラ神)

今回はこういうお題でいきます。ただ、自分もあまり詳しい分野では
ないので(じゃあ書くなよというツッコミがありそうですが)、
いろいろ間違いがあるかもしれません。現在、日本にある仏像は
信仰の対象であり、また美術品としての価値もあります。

自分は大阪に住んでいるので、京都・奈良はそう時間をかけないで
行くことができます。年に数回は、ぶらっと奈良に日帰りで行って、
仏閣、仏像を見て回ることもありますが、自分は仏教の信者ではないので、
歴史的な興味が中心です。では、仏像っていったい何を表していて、
いつ、どうやってできたんでしょうか。

もともと、紀元前5世紀ころにお釈迦様が始めた原始仏教は
きわめて哲学的な内容で、現世での生き方を対象にしたものでした。
お釈迦様は死後の世界や輪廻転生、地獄や極楽については何も語って
いません。それは人間の理解を超えたものであり、
わからないものは語るべきではないという姿勢だったんです。

「仏足石」
asdert (2)

そのお釈迦様が亡くなり、弟子たちはお釈迦様の教えを尊ぶとともに、
仏教の開祖であるお釈迦様自体を慕いますが、
お釈迦様の像がつくられるということはありませんでした。
お釈迦様はこの世から消え去り、「悟りを開いた姿のない仏」となったと
考えられ、姿のないものの像はつくりようがないですよね。

ですから、仏教で礼拝の対象となるのは、お釈迦様の遺骨を納めた「仏塔」、
お釈迦様の教えを車輪に例えた「法輪」、お釈迦様の足の裏を彫った
「仏足石」などでした。この状態は長く続き、
お釈迦様の死後500年ほどは、仏像というものはなかったんです。

さて、その500年の間に、個人一人ひとりが悟りを開くための
「上座部仏教(小乗仏教)」から、多くの大衆を救済することを目的とした
「大乗仏教」が派生しました。現在でも、東南アジアの国には上座部仏教が
多いですよね。日本へは、中国を通じて大乗仏教が伝わってきます。

ギリシア彫刻のようなガンダーラの仏像
asdert (6)

大乗仏教では、多くの衆生を救済に導くため、「姿を現した仏」が
必要とされました。そこで初めて仏像がつくられることになったわけです。
最初の仏像は、紀元前1世紀ころ、西北インドのガンダーラ地方、
マトゥーラ地方でつくられ始めます。どちらが最初なのかは、
長年論争があってはっきりしていません。

ガンダーラ地方はシルクロード上にありましたので、初期の仏像は
ギリシア美術の影響を受けたスタイルでした。マトゥーラ地方のものは、
それよりはインド風ですね。はじめはお釈迦様の仏像だけだったんですが、
仏教の教えにより、悟りを開いて仏になった人物が次々と現れ、
その人たちの仏の像もつくられるようになっていったんです。

悟りを開いて仏になった者を「如来」と言います。みなさんも、
薬師如来、阿弥陀如来、大日如来などの名前は知っておられると思います。
これらは、もともとは仏教の修行をした人間だったんです。
仏像としての如来像は、基本的には衣を一枚身にまとっただけの
簡素な姿で、装身具もほとんどつけていません。

衣一枚だけの「薬師如来像」
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ただし、密教の大日如来だけは仏の中の最高位と考えられているため
着飾っています。次に「菩薩」ですが、これは大衆を救おうという願いを持ち、
仏教を修行している途中の者です。ですから、如来よりは位が落ちるんです。
菩薩像は、シャカ族の王子であった修行中のお釈迦様がモデルに
なっているため、頭に宝冠をいただき、首飾りをつけるなどして着飾っています。

観音菩薩、地蔵菩薩、文殊菩薩などがよく知られていますね。
次が「明王」です。いつまでもお釈迦様の教えにしたがわない者を、
力ずくで教え導くための命を受けた者たちです。ですから、
明王像は憤怒の表情をしていて、手に武器を持ったりしています。

高貴な姿の「観音菩薩像」
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仏教に力ずくは似合わないと思われるかもしれませんが、仏教はその歴史上
ずっとバラモン教やイスラム教など他の宗教と競合していて、
仏教内でも宗派の争いがありました。そのため、
こういうものができたのかもしれません。

次が「天部」です。天部は、弁財天、大黒天、帝釈天なんかが
知られていますが、もともとはインド宗教の古来の神々で、大黒天は
ヒンドゥー教のシヴァ神、帝釈天はインドラ神です。
インドで布教を進めるには、これらの神々も無視できないので、
仏教に取り入れられていき、後には中国など他国の神もここに入ります。

恐ろしい姿の「不動明王像」
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最後は、お釈迦様の弟子や後代の高僧も像になっています。
十大弟子像、十六羅漢(仏教修行を志した16人)像、玄奘三蔵像、
達磨大師像、日本だと、鑑真和上像、一休禅師像、空海や最澄の像などです。
寺院にお参りしたとき、これらのことを頭に入れておくと、
仏像を見る目が違ってくるかもしれません。

さてさて、日本に仏像が伝わったのは、『日本書紀』に、欽明天皇13年
(552年)、百済の聖明王から経とともに金銅の釈迦像が贈られたと
記され、敏達天皇13年(584年)には百済から弥勒菩薩像の石像が
贈られたと出てきます。ただ、その受容に関しては争いもあったようで、

欽明天皇が蘇我稲目に仏像を授けて礼拝や寺の建立を許可したものの、
直後に疫病が流行したため、国神(神道の神)の怒りのせいだとされ、
仏像は川に捨てられたと書かれていますね。ということで、ざっとですが
仏像の歴史や分類などを見てきました。では、今回はこのへんで。

「鑑真和上像」
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夜型人間は死にやすい?

2019.07.16 (Tue)
私、夜型人間なんです。子供のころからずっと。昨夜も夜10時に仕事や
家事を終えると「やれやれ…」とグラス片手にDVD 鑑賞を始め、
ベッドに入ったのは深夜1時。「朝5時半に起きて軽くランニングしてから
スムージー飲んでます」という人を見ると、「健康的でいいなあ…」と憧れます。

実際、「朝型」よりも「夜型」の方が病気になる危険性が高いのは、
すでに常識。精神病や糖尿病、心臓病に腸疾患、神経系疾患などなど、
夜型のリスクは数知れず。イギリスの医学誌、『ブリティッシュ・
メディカル・ジャーナル』では、夜遅くまで起きている女性よりも、
朝型の女性のほうが乳がん発症リスクが低いという研究結果を発表しています。

(GIZMODO)

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今回はこういうお題でいきます。いわゆる生活習慣の「夜型」と
「朝型」の話ですね。みなさんは、ご自分がどちらにあたると思われ
ますでしょうか。自分(bigbossman)は完全な夜型です。
これは一つには、占星術師という職業がら、晴れていれば
深夜0時から2時ころまで天測をしているからです。

それが終わって寝ると、どうしても朝起きるのはつらいです。
自分は自由業なので、無理に起きる必要がないときもありますが、
午前中の映画の試写会などで居眠りしそうになったことがあります。
試写会には、先輩の映画評論家の先生方も来られているので、
失態しないよう気をつけてはいるんですが。

占星術師という職業を抜きにしても、自分はやはり夜型だと思います。
学生時代は、試験の前の勉強はやはり夜遅くでした。
親には、朝早く起きてやればと言われていて、
実際に何回か試してはみたものの、自分には無理でしたね。

クリックで拡大できます
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さて、ではまず、夜型と朝型の人、どのくらいの割合でいるものでしょうか。
これはアメリカでの統計調査ですが、38~73歳の約43万人
(平均年齢は56.5歳、55.7%が女性)について調べた結果が
出ています。これは対象が中高年ということなんでしょうね。

結果は、自己申告ですが、「明らかな朝型」(27.1%)「やや朝型」
(35.5%) 「やや夜型」(28.5%) 「明らかな夜型」(9.0%)
と出ています。朝型が多いですが、まあこんなもんでしょうね。
日本でもそう大きくは変わらないんじゃないかと思います。

(ちなみに、自分がアメリカに住んでいた時代に見聞きした経験では、
アメリカ人の夫妻は、年配になっても大きなダブルベッドで2人で寝ている
家庭がけっこうあり、自分だけ遅くまで起きてるのはできにくいんです。
あと、日本のように、旦那さんが会社の飲み会で遅くなることが重なると、
離婚まで発展する可能性があるでしょう。)

次に、この生活型と死亡リスクとの相関を調べたところ、
明らかな夜型の人は明らかな朝型の人と比較して、精神疾患のリスクが
1.94倍、糖尿病のリスクが1.30倍、神経疾患が1.25倍、
消化器疾患が1.23倍、呼吸器疾患が1.22倍と、すべての
項目で発症・死亡リスクが高いという結果が出てしまったんですね。

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精神疾患のリスクが飛び抜けて高いですが、その他の疾患は1.23倍
あたりで共通しているのも、調査の信頼度が高そうな気がします。
うーん、1.23倍ということは、単純に考えれば、朝型の人が100人
発症するとき、夜型の人が123人発症するわけです。

怖いですね。じゃあ、どうして夜型の人の発症・死亡リスクが高いのか。
普通に頭に浮かぶのは、体内時計のリズムが習慣によって狂ってしまう
からということじゃないかと思いますが、これが違うみたいなんです。
なぜ違うのかは、後半のほうで書きます。

夜型の人の死亡リスクが高い原因は、はっきりとはわかってないんですが、
最も可能性が高い推測として、「人間の社会生活が朝型にできているから」 
ということがあげられています。会社の勤務時間は、
午前9時~午後5時というところが多いでしょう。9時出社のためには、
7時ころにはもう起きてなくてはいけません。

ddf (1)

夜遅くまで起きていれば、どうしても睡眠不足になります。
ギリギリまで寝ていたいため、朝食を抜くという人もいるかもしれません。
で、会社勤めを終えて家に戻ってくるころ、夜型の人は元気になっていて、
またその日も夜更かしをしてしまう。こういうくり返しが続くと、
体にいいはずはありませんよね。

じゃあ、お前のように自由業で会社勤めじゃない人間は関係ないじゃないか
と思われるかもしれませんが、自由業、とくに自宅で仕事している場合、
タバコは吸い放題、コーヒーを飲み放題なんて人もいるんですね。
ひと目がないため、どうしてもよくない生活習慣に染まってしまいやすいし、
食事や睡眠も不規則になるでしょう。

ということで、夜型人間の死亡リスクが高いのはよくわかりました。
では、夜型を朝型に変えればいいのか。ところが、今回のニュースは、
それは無理だろうという話で、ある人が夜型か朝型かは、
遺伝子レベルで生まれつき決まっているようなんです。

ddf (4)

2017年度のノーベル生理・医学賞は、「サーカディアン・リズム
概日リズム(体内時計)」をつかさどる時計遺伝子の発見に与えられました。
時計遺伝子はこれまで351個発見され、まだあると考えられますが、
この時計遺伝子のうち、最も多くもっている上位5パーセントの人は、
最も少ない下位5パーセントの人と比べて、平均で25分早く

眠りにつくということです。夜型を朝型に変えるのは、
遺伝子レベルで難しいみたいなんですね。うーむ、これは困った。
でもまあ、将来的には職場にAIが今以上に進出し、
人間の社員は自宅勤務か、自分の好きな時間に出社する
などの形態になっていくのかもしれません。

さてさて、夜型・朝型とオカルト、何かありますかね。
ああそうだ、探偵小説家の江戸川乱歩は、必ず夜に仕事をする、
どうしても昼に仕事をしなければならないときは、土蔵にこもって
ロウソクの明かりで執筆するなんて話がありました。

ただこれ、『少年探偵団』シリーズなどの雑誌社が宣伝でつくりあげた
伝説のようで、実際の乱歩は、戦時中に隣組会の副会長を引き受けた
ことがきっかけで社交的な人間に変わって、推理小説界の復興に尽力した
と言われてますね。ということで、今回はこのへんで。

関連記事 『睡眠のオカルト』 『三年寝太郎の教訓』

江戸川乱歩の土蔵のジオラマ
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砂嵐の海の話

2019.07.15 (Mon)
今晩は、藤森ともうします。よろしくお願いします。
今から10年以上前の話です。うちでデジタル放送のチューナーを
買う前の年だったので、2008年のことですね。
私が10歳、小学校4年生のときに、夢遊病になったんです。
正式な名前は「睡眠時遊行症」というらしいですね。
そのときお世話になった病院の先生から聞きました。
珍しいことではないんだそうです。統計的に4~8歳の間に発症し、
最も頻度が高いのは12歳前後。子どもの10~30%が睡眠時遊行を
1回以上経験しているということでした。10人に3人が経験するのなら、
たしかに、そう珍しいということはないんでしょうね。
何度も、毎日のようにくり返すことは稀だそうです。

最初は9月ころだったでしょうか。2階の自分の部屋で寝ている
はずの私が、リビングのテレビの前に座っていたんだそうです。
見つけたのは父でした。リビングのすぐ隣が寝室なんですが、
父がトイレに行こうとリビングに出たら私が座っていた。
時間は2時ころだったようです。テレビが光ってたので、
最初は、私が夜中の番組が見たくて起き出してきたんだと思ったそうです。
でも、テレビ画面はいわゆる「砂嵐」状態でした。
私の顔を見ると、目は開いていたものの、ぼんやりとした表情で、
テレビ画面を見てはいるが、見つめているというわけでもない。
父は病的なものを感じ、私の名前を呼びながら肩を揺すりましたが、
起きなかったそうです。体育座りの形からそのまま後ろに倒れ、

今度は目を閉じて眠った状態になった。心配なのでさらに起こすと、
やっと目を覚ましたんですが、なぜ自分がここにいるのかまったくわかって
なかったそうです。典型的な夢遊病の症状なんですね。
その夜は、寒くはなかったのでリビングのソファに寝、
起きてきた母がタオルケットをかけ、朝までついていてくれました。
私の2階の部屋からリビングまで、階段を降り、短い廊下を通って
すぐなんですが、階段はかなり急で、転落したら大ケガもありえます。
ですから、翌日は学校を休み病院に連れていってもらいました。
そこの心療内科の先生の話で、子どもではよくあることなので、
しばらく様子を見ましょうということになりました。薬はあるんですが、
夢遊病に習慣性が認められるまでは出さないということでした。

ただ、また起きたときにケガをしない環境づくりが必要ということで、
当面はリビングに布団をしいて寝ることになったんです。
これ、私はすごく嫌でした。ですから、寝る前ギリギリまで自分の部屋で
音楽などを聞いてて、リビングの布団に入る。両親は気を遣って、
私と同じ10時ころには寝るようにしてくれてました。その後、
1週間は何も起きず、自分の部屋に戻ってもいいかと言われてたとき、
2回目が起きたんですね。見つけたのは母でした。時間はやはり2時ころ、
布団から出て体育座りでテレビを見つめているところまでは同じ。
画面は砂嵐だったんですが、母には水面のように思えたそうです。
その頃の家のテレビはけっこう大型のものでしたが、強い光に照らされた
海面がいっぱいに映ってて、小さな波が無数に動いている。

私の肩に手をかけると、何か同じ言葉を何度かくり返しました。
はっきりは聞き取れなかったんですが、「ただ○○」という名前のように
母には思えたそうです。医師から、また起きたときは無理に起こさず、
もう一度寝せるとよいと言われてたので、母はそっと私をその場に倒し、
眠るように言いながら布団を引っぱってきてかけ、テレビを消そうとしましたが、
リモコンがどこにも見つからなかったそうです。しかたなくテレビ本体のほうで
消そうとしたら、波のような海面から指先が出て動いてるように思えました。
でも、それはすぐに消え、母は気のせいだと考えたそうです。このあたりのことは、
ずっと後になって聞いたものです。結局、リモコンは朝になっても家のどこにもなく、
電気店に連絡して新しいのを送ってもらったということでした。
翌日また病院に連れていかれ、薬を処方されました。

夢遊病は眠りが深すぎるのが原因の一つなので、深い眠りを抑制する薬です。
それを寝る前に一錠飲むだけですが、朝になっても疲れた感じがしてました。
1ヶ月間何も起きなかったので薬をやめ、さらに1ヶ月後には、
リビングで寝るのをやめて自分の部屋に戻ることになりました。
医師も家族も、もう大丈夫だろうと考えたんです。実際、1年ちかく
何も起きなかったんです。翌年、私は5年生になり、
秋口に1泊の宿泊研修があったんです。そういうのって、事前に家族に
学校の保健室からアンケート用紙が渡されるんです。持病はないか、
いつも飲んでる薬はないかなんて内容の。母は迷いましたが、
4年生のときに睡眠時遊行症になったことがある、と書いて出したそうです。
その後、担任の先生から家に連絡があり、私が寝るテントは特に見回りを

するからということで家族も安心してたんですが、大騒ぎになっちゃったんです。
その宿泊研修は、学校の方針でかなりハードなもので、市の少年自然の家で
行うんですが、野外炊飯では飯盒でご飯を炊き、自分たちでテントを設営して
そこに泊まるんです。日中にはオリエンテーリングなどもあり、
生徒はくたくたになって消灯時間にすぐに寝ました。テントは5人、
もちろん女子だけのグループです。私のテントには、事前アンケートのことも
あって、女の先生が組で何度も見回りにきたそうです。そしたら、
2時の見回りのときに私がいない。寝袋が空になっていて、
でも履いてきたスニーカーはテントの外にある。近くのトイレにもいないし、
他の子たちのテントに入ってるわけでもない。先生方は慌てましたが、
他の子を起こすわけにはいかないですよね。それで、少年の家の当直職員に

協力を頼んで、朝方まで捜索したんです。見つかったのは4時過ぎでした。
そこの少年の家は海沿いの松林の中にあり、砂浜に出るところに小さなお堂の
ようなのがあったんです。昔の漁師が祀ったものだそうです。テントからは
800mほども離れてたんですが、その前に私が体育座りしてて、
何かををつぶやいてたそうです。先生方が私の名前を呼ぶと立ち上がって倒れ、
結局、救急車で病院に運ばれました。検査の結果、体に異常はなかったんですが、
裸足で林の中を歩いたため、足にたくさん傷ができてました。その間の記憶は
まったくなかったです。両親が病院に迎えに来て、また家でしばらく薬を
飲むことになりました。でも、小学校のときの夢遊病はこれが最後だったんです。
6年生の2泊3日の修学旅行では、両親は心配しましたが
何も起きませんでした。その後、中学、高校でも。ですから、もうすっかり

治ったものだと思ってたんです。大人の夢遊病って1%以下の珍しいものなんだ
そうです。・・・ここからのことはあまり話したくはないんですが、
そういうわけにはいかないですよね。私は東京の大学に合格して親元を離れ、
テニスのサークルに入りました。そこで、多田瑛美さんという人と友だちになり、
最初のうちは仲がよかったんですが、2年になって話をしなくなりました。
はい、同じサークルの男子を巡ってトラブルがあったんです。まあ、よくある
三角関係です。その夏、サークルの合宿がありました。合宿といっても
遊び半分のもので、大学所有のテニスコートのある海沿いの宿舎で
1週間ほど過ごすんです。サークルは男子のほうが多く、
恋愛関係はもつれにもつれてました。その3日目のことです。
私と多田さんの姿が、朝食の時間に見あたらなかったんです。

まあ、カップルで宿舎から少し離れたラブホテルに行ってるなんてことは
珍しくなかったんですが、女2人がいなくなるのは変だということで、
みながあたりを探しました。そしたら、私は浜に出ていて、堤防の上で海に向かって
体育座りをしてたんです。海に落ちるかもしれないギリギリの場所でしたが、
小学生のときと同じで、私は何も覚えてませんでした。多田さんは見つからず、
警察に捜索願が出されました。2日後、多田さんの水死体がテトラポットの間で
発見されたんです。私も警察の聴取を受けましたが、多田さんの体に外傷はなく、
多量の海水を飲んでましたので、誤って海に落ちたのだろうということになりました。
・・・そこの海はもちろん、私の家からも小学生のときの少年の家からも何百kmも
離れた場所だったんですが、引き上げられた多田さんの遺体は、なぜか手に、
古い型のテレビのリモコンを固く握りしめていたんだそうです。






ラマルクの子孫たち

2019.07.14 (Sun)
19世紀、オーストリアの司祭だったグレゴール・ヨハン・メンデルは、
エンドウマメの交配実験から、生き物が持つ形や性質が子孫に遺伝する
ことを発見しました。それ以来、子孫に遺伝するのは「遺伝子」
という形で生まれつきに持っている要素のみだといわれてきましたが、

近年は親のストレスや記憶も遺伝する可能性が指摘されています。
そんな中、「Geisel School of Medicine」の研究チームが新たに、
「親が後天的に得た経験も子どもに遺伝する」ことを示す実験結果を
報告しています。
(GIGAZINE)

DNA2重らせん構造
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今回は科学ニュースからこういうお題でいきます。うーむ「後天的に
獲得した形質が遺伝する」といった話で、こういうのを
「ラマルキズム」と言います。「用不用説」と訳されることが多いんですが、
この翻訳は自分はあまりよくないと思ってます。
ラマルキズムは用不用説を含むものの、もっと多様な概念です。

さて、まずはニュースの詳細から。「Geisel School of Medicine」
というのは、アメリカ、ダートマス大学医学部の研究室のようですね。
実験は、キイロショウジョウバエを用いて行われました。
このハエは、幼虫に寄生するハチの存在を感知すると、エタノールを含む
餌の周りに卵を産みつける傾向があります。

ショウジョウバエ
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幼虫がエタノールを含んだ餌を食べて育つことで、寄生バチによって
命を奪われにくくなるということです。で、ハエを2つのグループに分け、
Aグループは近くに寄生ハチを置き、Bグループにはハチを近づけない。
するとAグループがエタノールを含む餌に産みつけた卵は全体の94%。
寄生バチにおびやかされないBグループは34%だったそうです。

この卵から生まれてきた「F1世代」を、どちらも寄生バチに近づけず
飼育しました。すると、寄生バチを知らないはずのF1世代が産んだ卵のうち、
Aグループは73%がエタノールを含む餌に卵を産み、
Bグループはほとんど変わらず。これをF6世代までくり返しましたが、
Aグループの子孫は、その傾向が続いたんですね。(下図)

zzzz (2)

この実験結果から、「産卵におけるエタノール嗜好性」という後天的に
獲得された形質が遺伝したことで、その子孫もまたエタノールを含む餌の上に
卵を産みつけるようになった、と研究チームは主張しているわけです。
これがもし正しいとしたら、親がアルコール中毒だった場合、子どもにも
それが遺伝する可能性があるんですが、みなさんはどう思われるでしょう。

さて、ジャン・バティスト・ラマルクという人物をご存知でしょうか。
18、19世紀のフランスの博物学者で、biology(生物学)という語を、
現代の意味で初めて使った人物の一人とされます。またダーウインに先立ち、
「進化」という概念を持っていたことでも知られています。

ラマルクの主張は、ある個体が後天的に身につけた形質が子孫に遺伝し、
進化の推進力になるとするものです。簡単に言えば、キリンの首が長いのは、
高いところにある餌をとろうとして首を伸ばす行為を続けたため、
それが子孫に遺伝して、だんだんに首が長くなっていったわけですね。

ジャン・バティスト・ラマルク
zzzz (4)

でも、この説、現在の生物学では支持者は少ないんです。
突然変異説で説明されることが多いでしょう。キリンの中で、遺伝子の
突然変異により、他よりも首の長いキリンが生まれ、
それが環境に適していたため、適者生存で首が長くなった。
(ほんとうはもう少し複雑な話です。)

さて、ラマルクの説はわかりやすいですし、ありそうな感じもします。
ですが、批判も多かったんです。ワイスマンという生物学者が、
ネズミを使って実験を行い、尾を切り取り、それを育てて子を産ませ、
その子ネズミもしっぽを切って育て、22世代にわたってくり返しても、
尾のないネズミは生まれませんでした。

ラマルキズムの信奉者は、これに対し「ネズミにとっては尾は必要な器官で
あるから、人工的に切り取ったとしてもなくならないのは当然」と再反論します。
しかし、生物側で、どうやって尾は必要なものであると判断したのかという
説明はできないんです。ラマルキズムに関しては、不幸な歴史もあります。

パウル・カンメラーというオーストリアの生物学者は、カエルを水中で
交尾させることに成功しましたが、カエルの足に滑りどめになるコブができ、
それが子孫に遺伝したと主張しました。つまり、水中での交尾に必要なので、
新たにそのコブができたというわけです。

パウル・カンメラー
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ですが、この報告を受けて追試を試みても誰も成功しませんでした。
さらに、他の研究者が足にコブのあるカエルの標本を検証したところ、
コブの中からインクが出てきました。つまり、そのコブはインクを注射して
人為的につくられたものだったんです。この後しばらくして、
カンメラーは森の中でピストル自殺しました。

さて、ラマルクの頃はもちろん、ダーウイン当時でも遺伝子構造は
発見されていませんでした。現在われわれは、生物の形質は遺伝子情報
によって伝わることを知っています。いくらキリンが高いところの餌を
食べようと首を伸ばしたとしても、そのためにDNAの塩基配列が
変化するということはありえないですよね。

上記引用の研究グループも、そのへんのことはわかっていて、
ハエがエタノールを含む餌に卵を生むのは、ハエの脳の特定領域で、
「神経ペプチドF」と呼ばれる物質の発現が抑制されていることが
要因の1つだと述べ、遺伝子そのものが改変されているわけではないが、
「記憶」は受け継がれる可能性があるのではないかと主張しているようです。



さてさて、自分からみると、この実験は段階を踏んでないと思います。
生物は複雑で、どんなことが実験結果に影響を与えているか
わかりません。まあ、生物学では物理学のような精密な実験は
なかなか難しいんですが、それでも、

ショウジョウバエがどうやって寄生バチの存在を感知するのか、
どうして餌にエタノールが含まれていることがわかるのかなど、
そのあたりのメカニズムをしっかりと解明することが必要で、そこに
子孫のハエがエタノール餌を好むヒントが隠されているのかもしれません。
記憶が遺伝するとは、自分にはちょっと信じがたいですね。

人間でも、親がアルコール中毒だった場合、子どもは何かの依存症に
なりやすいという統計結果がありますが、父母が争ったり、経済的に
困窮したりで、精神的なトラウマによる要因が大きいんじゃないかと
思います。では、今回はこのへんで。

関連記事 『殺人遺伝子と悪の起源』






本物の怪談

2019.07.13 (Sat)
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今回はこういうお題でいきます。カテゴリは怪談論ですね。
自分が当ブログに書いている怪談は、ほとんどが創作です。また、
ネットで出回っているものの多くもそうでしょう。ただ、世の中には、
怪談としか呼べないような事件も実際に起きてるんですよね。
これは、猟奇犯罪事件ともまたちょっと違っています。

そういうのは、できるだけ記事の中でご紹介するようにしてきましたが、
いくつかふり返ってみたいと思います。最後に新ネタも入れてあります。
「人体の不思議展事件」 中国の話です。
古代中国は怪談の宝庫でしたが、現代でもそれは変わりません。
臓器関係や人肉食、食品汚染などいくらでもあります。

人体の不思議展は、プラスティネーションという方法で加工された
死体を1995~2012年にかけて巡回展示していた興行で、
その死体の身元は不明ですが、多くは死刑囚のものではないかと言われます。
その中で呼び物だったのが、妊娠8ヶ月とされる女性の死体を
腹中の胎児とともに展示したものでした。

プラスティネーションを行うには、死後すぐに加工を始めなくてはなりません。
この展示死体の場合、手枕のポーズをとらせ、腹部の皮をはいで
胎児をむき出しにし、胎児のほうにも樹脂を注入する必要があります。
中国ネットでは、この死体は、張偉傑という大連のテレビアナウンサーの
ものではないかという噂が出ています。

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張は、大連市の市長であった薄熙来の愛人でしたが1998年に失踪。
失踪当時、薄の子どもを妊娠していて8ヶ月でした。その後、薄は
妻とともにイギリス人殺人事件に関与して中国当局に逮捕され、収賄も
摘発されて無期懲役判決を受けます。で、この夫婦、死体を加工していた
大連の会社に資金を投資し、死刑遺体のルートも提供していたとされます。

関連記事 『晒しの話』

「御殿場市殺人事件」1987年、静岡県御殿場市の川原で男性の絞殺死体が
発見され、会社員のAさんと判明しました。妻の話では、それまで
たびたび不審電話がかかってきていて、その日もAさんは電話で呼び出されて
川原に向かった。しかし警察はこの証言を怪しみ、
妻を追求した結果、殺人を自白したんです。

で、この殺人が起きる少し前、妻は「女性セブン」の心霊写真コーナーに、
自分の息子を撮ったスナップを投稿しています。その写真の霊自体は、
木の葉の重なりが人の姿に見えなくもないというあいまいなものでしたが、
当時、心霊写真の第一人者であった中岡俊哉氏が鑑定して、
「被写体の子ども、あるいは撮影者に霊障のおそれがある」と述べています。

「女性セブン」誌の心霊記事
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ただ、この投稿が載った女性セブンの発売は殺人が行われた後のことで、
編集部では、中岡氏の鑑定が殺人行為に影響を与えたわけではないと弁解します。
この殺人犯の妻が、その心霊写真の中に何者の姿を見たのか、
そのときの心理を考えると背筋に冷たいものを感じますね。

関連記事 『女性週刊誌とオカルト』

「スレンダーマン殺人未遂事件」 これはアメリカの話。スレンダーマンとは、
異様に手足が長い長身の男で、顔はのっぺらぼう。子どもをさらうとされて
いますが、もちろん実在ではなく、アメリカのネット掲示板に投稿された
加工画像なんです。それがつくられた経緯もはっきりしています。

ところが、2014年、ウイスコンシン州で、14歳の少女2人が、
同級生の少女を押さえつけてナイフで19回も刺す事件が発生。
幸いなことに、被害者は重傷でしたが生きのびています。
主犯格の少女は、ネットで読んだスレンダーマンのサイトに触発され、
手下になるための条件をクリアするために犯行に及んだと証言しています。

また、スレンダーマンが彼女を監視して心を読み、司令を与えていると
信じていたそうです。明らかな創作物が、実際の事件の原因になったわけです。
この事件の裁判は現在も進行中で、犯人は未成年なんですが、第一審では、
主犯格の少女に対して、25年間の精神病院への収容という判決が出ています。

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関連記事 『〇〇manの恐怖』

そろそろ残り字数が少なくなってきたので、新ネタにいきましょう。
これはご存知でしょうか。「三原山連続自殺事件」 古い話です。
東京都、伊豆大島にある三原山は自殺の名所で、1933年だけで、
なんと男性804人、女性140人合計944人の投身自殺が起きてるようです。

1933年(昭和8年)、実践女学校の生徒、松本貴代子が親友の富田昌子に
自分の死を見届けてくれるように頼み、火口に身を投げました。
この事件について警察の捜査が進むと、富田は1ヶ月前にも、
別の女子生徒の依頼をうけ、同地で自殺に立ち会っていたことが判明します。

新聞やラジオで、一連の自殺事件を大々的に報道すると、
警察の取り調べとあいまって精神を病んでいた富田は、同年中に死亡。
死因は髄膜炎と発表されました。三原山火口にはたくさんの野次馬が押しかけ、
中には自殺志願者も多く、見物人が「誰か自殺するやつはいないのか」と
声をかけると、「おお」と答えて簡単に飛び込んだと当時の新聞に載っています。

三原山火口の古い写真、これってゴンドラに人が乗ってる?

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怖いですね。こういうのを「ウェルテル効果」といい、「自殺報道の影響で
自殺が増える」現象をさします。これは実際に確認されており、日本でも、
1986年のアイドル歌手岡田有希子の飛び降り自殺を受けて、30名あまりの
若年者が高所から飛び降り自殺しています。X JAPANのhideのときにも起き、
警察の要請で、メンバーが自殺を思い留まるよう呼び掛ける記者会見を開きました。

さてさて、ということで、まだまだあるんですが、これくらいにしておきます。
悪趣味と思われるかもしれませんが、自分はオカルト研究者として、
こういう事例をデータ化してファイルに保存してるんです。
今後も小出しにしていくつもりでいます。では、今回はこのへんで。




ダイエットの話

2019.07.13 (Sat)
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今回はこういうお題でいきます。なぜこれを選んだかというと、
インターネットをやっていると「○○ダイエット」という広告が
すごく目につくからです。当ブログはFC2さんにお世話になってるんですが、
今も目の前にダイエット広告が出ています。

さて、では、ダイエットをする目的はなんなんでしょうか。
大きく2つあるかと思います。一つは、健康のためのダイエット。
最近どうも太り気味で、ちょっとしたことで息がきれる。
駅の階段をのぼるのも大変、こんなことの積み重ねでダイエットを決心する。

健康のためのダイエットでは、もっと深刻な人もいるでしょう。
高血圧になった、健康診断で糖尿病予備群という結果が出た、
膝関節が痛むので整形外科に行ったら、体重を減らしなさいと言われた等々。
これは、ダイエットしないと将来的に大きな病気につながる可能性があります。
医師の指導をうけるのが一番でしょうね。

ウッソー
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ただ、体型と死亡リスクについては、「ちょっと小太り」くらいの人が
最も死亡リスクが少ないという統計もあります。日本では、
肥満に分類されるBMI(体型を評価する指標:体重÷身長の2乗)が
25前後の人が一番長生きするという結果が出ています。
最も死亡リスクが高いのがガリガリで痩せすぎの人。次が極端に肥満している人。

ただこれ、年齢を加味して考えないといけないように思います。
40歳、50歳くらいの、いわゆる中年の場合は、成人病にかからないよう
標準から少し痩せているぐらいがいい。それが65歳を過ぎた高齢者の場合、
栄養不足による衰弱におちいらないよう、小太りが望ましい。
こんな感じなんじゃないでしょうか。

ダイエットをする目的の2つ目が美容のため。思春期の女性などでは、
美しいと思われることは人生の一大事です。大阪の街でも、ときおり
芸能人の方を目にすることがあって、みなさんすごいスリムで、
ただ者ではオーラがビンビン伝わってくる感じです。

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もちろんこの場合も、ダイエットで健康を損ねては何にもなりませんよね。
健康が損なわれるのは、美容を損ねることでもあります。
ダイエットしたら体重は減ったが、小じわが増えた、皮膚のシミが増えたでは
なんにもなりませんし、拒食症などのリスクもあります。

あとまあ、特殊な目的でダイエットしてる人もいるでしょう。自分は学生時代
ずっと柔道をやっていて、大学のときは個人戦90kg級に出ていました。
ふだん94kgくらいでしたので、特別にダイエット(減量と言ってました)
しなくても、少しだけ食べる量を意識し、大会前の練習がハードになれば、
それくらいは自然に落ちてましたね。

90kgというと、すごい太ってるように思われるかもしれませんが、
(身長179cm)柔道会場にいると痩せ型に見えるんですよ(笑)。
一般的に、激しいスポーツをやっていた人が引退して、現役のときと
同じように食べていると太ります。自分も一時期100kg近くまでいって、
これはやばいと食べる量を減らし、今は84kg前後で落ち着いてます。

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さて、次はダイエットの方法ですが、運動して痩せるのはたいへんです。
成人の場合、1時間ジョギングしても、消費するカロリーは1食分程度
(600~700kcal)。毎日1時間走るのはたいへんですし、
ジムに通うとお金がかかります。それよりは食べる量を減らしたほうが、
時間をかけずに痩せることができます。

成人の1日の必要カロリーは、激しい肉体労働をしていない場合、
男性で2100kcal、女性で1800kcal程度と考えられす。
ですから、男性なら1500kcal以下、女性なら1300kcal以下しか
食べなければ、必ず痩せていくことになります。カロリーは少なくても、
必須栄養素をバランスよく食べていれば、健康上の問題も起きにくい。

簡単そうに思えますが、どこに問題点があるんでしょう。
・お腹が減ってイライラする ・目標に達してダイエットをやめると
リバウンドが起きて前より太ってしまう などのことが考えられます。
食べる量を減らすと、だんだん胃が小さくなって少食に慣れるんですが、
それまでイライラするのはある程度しかたないと思います。

対策としては、カロリーが少なくて腹もちするものを食べることですかね。
例えば、夏場なら「トコロテン」とかいいかもしれません。
1パック20kcalくらいで、お腹の中で膨らむのでイライラが軽減されます。
インスタントの「スープはるさめ」みたいなのも1カップ80kcalくらいです。

Fatman
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ただあれ、塩分量が多いので、付属のスープは使わないで自作したほうが
いいでしょう。もちろん、トコロテンだけ食べているのでは栄養不足になります。
あと、前に記事に書きましたが、食事の量は少なくても満足感のある
内容にすれば、リバウンドが起きにくいという研究結果があります。
同じカロリーで、粗食をしている人と、少量でもケーキなどを食べた人では、

後者のほうがリバウンドが起きず、ダイエットをやめても減量効果が続いたと
なっていました。おそらく、食事内容に対する精神的な満足感が関係して
るんでしょう。鳥の餌のようなものをボソボソ食べてるんじゃ、
食事から得られる快感がありません。ですから、ダイエットが長続きしないし、
やめたとたんにリバウンドしてしまう。

「○○を食べると必ず痩せる」といった魔法の食品はありません。
「脂肪燃焼サプリ」なんかも、効果はたかがしれてます。
最近流行っている?糖質制限というのも、炭水化物は人間にとって必須の
栄養素なので、自分はお勧めできません。やはり、1回の食事量を減らす、
そのかわりに内容を充実させ、凝った美味しいもの食べる。

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さてさて、ダイエットのオカルトとしては、スティーブン・キングが
別人の名義で書き、映画化もされた『痩せゆく男』。
ある弁護士が、ジプシーの老婆をひき逃げした有力者の容疑をもみ消してしまう。
それで恨まれて呪いを受け、体重がどんどん減っていく。

弁護士は超肥満体でしたので、最初のうちは喜んでましたが、
体重減がどうやっても止まらず、骨と皮になり底知れない恐怖に陥っていく。
最後は意外な怖い結末になるんですが、自分はこれ、鈴木光司氏による
ホラー小説『リング』につながっていくんじゃないかと考えています。
では、今回はこのへんで。




襲名する話

2019.07.12 (Fri)
半年前のことです。俺ね、ボデイビルをやってたんですよ。いや、今の姿からは
想像できないでしょ。ガリガリですからね。それに体のバランスもおかしいし。
いや、もうこの世にいるのも長くないんじゃないかと思います。
ですから、最後にというか、ここのみなさんに、自分の身に何が起きたのかを
聞いてもらいたいと思って。で、ボデイビルやってたって言いましたよね。
でも、たいしたレベルでもなかったんです。トレーニングはふつうの街のジムで
やってましたし、食事には気をつけてはいましたが、
完全に油ものをカットしてたわけでもないし。まあ、趣味の範囲でです。
ときには大会にも出ましたけど、地方大会でギリギリ入賞するくらいで。
仕事は、定職にはついてなくて、そのころはクラブでバイトしてました。
裏方の仕事ですが、ガタイがあるんで用心棒的なこともやらされましたよ。

いや、ケンカとかしたことないし、争いごとは苦手なんですけどね。
でね、俺の通ってたジムは、さっきも言ったように駅前にある一般的な
ところで、ダイエットとか体力づくりが目的の一般会員がほとんどです。
ただ、俺から言わせれば、筋トレでダイエットするのはやめたほうがいいです。
あれね、トレーニングやめるとすぐにリバウンドしますから。
だから、一生続けなくちゃならなくなってしまう。
あ、すみません、よけいな話で。それで、その日も午前中にジムに行って。
午前中はガラガラなんですよ。ベンチプレスを終わって汗をふいてたら、
話しかけてきた人がいたんです。初めて見る顔でした。男で、年齢ははっきりは
わかりませんが、70歳は過ぎてたと思います。顔のしわとかすごかった
ですから。これも余談になっちゃいますけど、ボデイビルダーって

脂肪が少ないから、しわができやすいんです。でも、その人ね、
年のわりにと言ったら失礼だけど、筋肉がすごかったんです。
それ見て、俺もあの歳まであんな筋量を維持できるのかと思ったくらい。
まず、仕事を聞かれました。別に隠すこともないんで、そのまま言うと、
「バイトしないか」って。俺ほら、夜の仕事なんだけど、それが終わった後の
早朝にできるってことだったんです。週に2回、2時間程度で5万円くれるって話。
これね、まず断れないですよね。月にしたら20万以上だから。
で、当然、仕事の内容を聞きました。そしたら、「力を使う仕事だから
 あんたには向いてると思う。一口では説明できないが、違法なことはない」
これ聞いて、少し考えました。ボデイビルやってると肉体労働は向いてるだろう
って思うでしょうが、ちょっと違うんです。いや、そりゃ、

一般の人より力はありますけど、土方みたいなことをやると筋肉の線が
崩れるんですよ。でも、金額に負けて、その週の土曜日の朝、
その人に同行して仕事の説明を受けたんです。ああ、その人、名前は
山本さんって言ってました。行った先は電車で20分ほどの隣の市。
駅からはバスに乗って郊外に向かい、着いたのが大規模な畜舎みたいなとこでした。
ええ、牛とか飼う。ただ、廃業してずいぶんたってるみたいで、従業員も動物も
いなかったんです。そこのサイロみたいな高い建物に入り、そしたら
地下に降りる階段があって。かなりの段数を下りました。そしたら、
壁が岩になってるとこに出て、照明はむき出しのLED電球でかなり暗かったんです。
でね、仕事の説明を受けたわけですが、これがものすごく奇妙で。
まず、その洞窟の中にプール、いや水たまり、大きな岩がくぼんで水が

たまってるとこがあったんです。長さは10mくらいかなあ。深さは俺の
胸のあたりまで。そこで裸になって白い下帯だけつけて入るんです。
いや、別に恥ずかしいということはないですよ。ボデイビルって裸を見せる
競技じゃないですか。で、冷たい地下水に入って頭まで浸かる。それを最低10回は
くり返す。山本さんは禊って言ってましたから、そのときはなにか
神社みたいなことをやるのかと思ったんです。でね、それが終わると、
岩がせまくなったとこを抜けて広い空間に出ました。下は明るい色の土で、
天井が高かったです。でね、そこに直径2mくらいの円が俵でつくられてて。
はい、そうです。俺もね、見たときは土俵を連想したんです。ミニチュアのね。
畳2枚分くらいの広さですよ。で、その中に大きなすべすべした石がありました。
それを持ち上げろって言われて。まあ、バーベルと違って自然石なんかを

持つのは難しいんですが、さほど重くはなかったです。俺ね、物の重さってすぐ
見当がつくんですけど、せいぜいが50kgないくらい。それを胸の高さまで
引き上げろってことで、まあ一般の人にはできないだろうけど、ビルダーには簡単。
でね、100回持ち上げたら終わり。うーん、時間にしたら、ゆっくりやっても
30分程度。禊を入れても全部で1時間もかからない。あと、条件というか
約束があって、その石は置くとき絶対に土俵の外に出さない、俺自身も出ない。
万が一そういうことがあったら連絡しろってことで、スマホ番号を教えられました。
でね、翌週から始めたんです。俺、バイク持ってて、それでサイロまで行ったんです。
他の人間は見たことなかったし、サイロの鍵は開いてて、いつも電気はついてました。
それやるのは月と木曜で朝の6時から。だからクラブが終わって直行してました。
最初は何事もなかったし、一人で石を持ち上げてるのがバカみたいでした。

でも、金は前金で25万もらってたし、その後もちゃんと振り込まれました。
いいバイトだったんですよ。ただね、おかしいと思ったのは、その石です。
重さが変わる気がしたんですよ。ええ、妙に軽いときと、かなり重くなったとき。
でもねえ、見た目同じ石だし、気のせいだろうと思ってました。
あと、俺そのバイトがある日はジムに行かなかったんですが、前より
筋肉がついてる気がしたんです。いや、石を持ち上げてるせいじゃないです。
俺、バーベルのデッドリフトは150kgいくんですから。
で、2ヶ月目に入ったころですね。いつものように石持ち上げてると、
奥の岩の陰で何か動くものがいた気がしたんです。でも、そのときはそれだけで。
それから、石を持ち上げてるときに、誰かに見られてる感じがつよくなってきました。
岩の陰に何かがいて俺を見ている。でも、持ち上げてる間は土俵から

出ちゃいけないでしょ。終わってから見に行っても、何もいないんです。
他に隠れるとこもないし、気のせいだと思うしかなかったです。その2ヶ月目の終わり。
あれは木曜だったなあ。もう少しで100回ってときに、急に石が重くなったんです。
取り落としそうになって、いったん腹でささえたとき、「重いか」とかすれた
声が聞こえ、岩の陰からそれが出てきたんです。人・・・じゃないと思いました。
もと人と言ったほうがいいのか。とにかくガリガリに痩せてまして。
身長は俺と同じくらいだったから180cm近く、けど体重は40kgないかもしれない
見かけで、ほら、拒食症で亡くなった人の死の間際の写真みたいでした。
顔は骸骨みたいに目が落ちくぼんで、頭には髪がまばらに生えてました。
あと顔と体が歪んでましたね。うまく言えないんですが、顔の左半分、
左手、左足ががくんとズレたように下に下がってたんです。

・・・それ目にしたときのショックがあったかもしれませんが、石が急にまた
重さを増して、200kg以上に感じました。で、思わず落としちゃったんです。
石は土俵の外に転がって、それの足元にいき、それは片手でひょいと持ち上げ、
「軽いな」そう言って、俺をじっと見つめてから、ゴムボール放るみたいに
石を後ろに投げて、また岩陰に引っ込んでって・・・俺、土俵の外に出て、
服を脱いだ場所に戻り、スマホに入れてた山本さんの番号にかけたんです。
山本さんはすぐに出たので、起きたことを正直に話しました。
そしたら、山本さんは固い声で「第33代様を見たのか、そうか、それならしかたない。
 これで仕事は終わり、ご苦労さんだったね」そう言って切れてしまい、
あとはいくらかけてもつながらなかったんです。翌週、俺の口座に
200万円が振り込まれててました。サイロにも行ってみましたが、

畜舎はあったものの、サイロ自体がなくなってたんです。土台には地下への穴が
コンクリでふさがれた跡がありました。山本さんとは連絡がつかないままです。
でね、その直後から、俺、どんどん体重が減りだしたんです。いや、普通に食べてたのに、
週に4kgくらいずつ減ってくんです。それってありえないでしょ。
金はあったんで、病院にも行ったんですが、高額の検査をしても異常は見つからない。
血液や尿検査も正常、それなのにすごいペースで体重が減っていって、
医者も首をかしげてました。はい、今度入院するんです。体重減もあるし、少しね、
左手のつけ根がしびれるんです。あと顔も、左側がうまく動かない。麻痺が出てるんですよ。
それでね・・・こんだけ体重が落ちたら当然筋肉も落ちるんですが、ジムに行ったときに、
試しにベンチプレスとかスクワットやってみたんです。そしたら・・・
新記録が出たんですよ。こんな痩せてるのに、考えられないでしょう・・・





ロックと小惑星衝突

2019.07.11 (Thu)
映画『アルマゲドン』が現実にならないために。イギリスが生んだ
ロックバンドのクイーン。彼らと宇宙には、とある繋がりがあるんです。
それは、ギタリストのブライアン・メイが宇宙工学博士だということ。
彼はバンド活動のために研究を一時ストップしていましたが、

2007年に研究を再開、論文を書いて博士号を取得している、
ロック界でも珍しい学者肌の人物なのです。そのブライアン・メイが、
二重小惑星ディディモスの地球に追突する可能性と危険性、
さらには人工衛星をぶつけて、その衝突を回避しようという
試みについて語っています。
(GIZMODO)

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今回は科学ニュースからこの話題でいきます。クイーンといえば、
昨年、イギリスアメリカ合作映画の『ボヘミアン・ラプソディ』が公開され、
再評価の機運が高まっているところです。ハードロック全盛の時代にあって、
メロディラインとコーラスを重視した彼らの楽曲は異色でしたね。

この映画の表題になっている「ボヘミアン・ラプソディ」の曲も、
登場時には驚きを持って迎えられました。まあ、バンドのボーカルで、
エイズで亡くなったフレディー・マーキュリーの歌唱力は突出してましたので、
こういう曲こそが、彼らにとって本領を発揮できるものだったと思います。
今回登場しているギタリストのブライアン・メイは、

乾燥した暖炉の木材を用いた完全自作のギターを使用し、ピックの代わりに
コインを使って弾いていることで知られていますが、幼いころから宇宙観測が
好きで、天体物理学の博士号を取得しています。今年の元旦、
惑星探査機をテーマとした20年ぶりのソロ曲「New Horizons」を、
NASAの管制室からリリースしました。

ブライアン・メイ 歳とったなあという感じですね
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さて、今回彼が言及しているのは「ディディモス」という小惑星についてで、
「二重小惑星」と言われます。発見されたのは、たしか1996年だったか。
全長が750mほどなんですが、2003年になって、周回する170mほどの
月を持っていることが判明しました。ディディモスは、ギリシア語で双子。
月のほうは、正式名ではありませんが「ディディムーン」と呼ばれます。

メイの言葉を借りると、「ディディモスは山ほどの大きさの天体で、
さらにギザのピラミッド大の巨岩がその周囲を回転しているようなものだ」
となります。ちなみに、小惑星が衛星を持っているのは珍しいことではなく、
約200個の小惑星に衛星が発見されていて、望遠鏡で見えないものを
含めれば、もっと多いと考えられます。

さて、当ブログでは前にも、「天体衝突の恐怖」という記事を書いていますが、
ディディモスも、潜在的に地球に衝突する危険性を持った小惑星の一つで、
他にもいくつかが知られています。ただ、衝突する確率はどれも低く、
数十年のスパンで0.1%以下のものが大部分です。

ですが、もし衝突が起きれば大惨事になるのは間違いなく、
世界的に対策が研究されています。2013年にロシアのチェリャビンスクに
落ちた十数mの隕石でもケガ人が出ていますし、過去には、
1908年に起きたツングースカ大爆発、地上には落ちず空中爆発した
ようですが、その大きさは直径70m程度と推定されています。

チェリャビンスクの大隕石
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また、恐竜を絶滅に追い込んだとされる約6600万年前の小惑星衝突では、
ユカタン半島に落ちたのは何桁も大きい、直径10~15kmほどの
ものだったようです。ですから、わずかな可能性であっても、世界が協力して
小惑星を監視するのは、人類の未来のためにきわめて大切なことです。

小惑星がもし計算上、地球に接近する軌道を持っていることが判明した場合、
できるだけ早い段階、小惑星が遠くにあるうちに対処できれば、それにこした
ことはありません。この意味はおわかりでしょう。遠くのものの軌道を少し
変えることで、地球に近づくまでにそのズレが大きくなっているからです。
これはみなさんが長い定規などで線を引くのとまあ同じです。

ユカタン半島の大クレーター
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小惑星の軌道をずらすミッションは「Asteroid Impact and Deflection
Assessment(AIDA)」と呼ばれていて、具体的には、重量のある人工衛星を
ぶつけることで物理的に小惑星を動かします。なんだそんなもの、核攻撃で
破壊してしまえばいいと思われるかもしれませんが、そうすると、
小惑星は爆発しても、核汚染物質が固まったまま地球に接近することになります。

それはうまくないんです。また、宇宙空間は真空ですので、当然ながら
風が起きるということはなく、爆風で吹き飛ばすことはできません。
あと、真空中では離れていると熱も伝わりませんよね。
ですから、単純な玉突き攻撃が手段として考えられているわけです。

ディディモスとDART計画のイメージ
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アメリカNASAが推進しているのは「Double Asteroid Redirection Test(DART)」
という計画で、2021年6月に探査衛星打ち上げ、2022年10月に目標の
ディディモスに到達。小さな月のほうを、相対速度秒速6kmで直撃する
予定になっています。この瞬間は小型の探査機によって撮影され、
衝突で軌道が変化したかは、地球上の望遠鏡から観測できると考えられています。

さて、現在、日本の探査衛星「はやぶさ2」が小惑星リュウグウに到達し、
無事に着陸に成功、そのときにできた人工クレーターも確認されました。
はやぶさ2はこの後、飛び散った周辺の土壌を採取して帰還する計画になっています。
はやぶさ2の重量は小さいですので、この着陸がリュウグウの軌道に
与える影響はほとんどないと考えられています。

「はやぶさ2」
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で、このはやぶさ2のミッションも、これまで書いてきた
地球への小惑星衝突を回避するための世界的な計画の一部なんですね。
あまりニュース等では報道されませんが、はやぶさ2の運用計画については、
アメリカ、ヨーロッパとの情報共有がなされ、地球防衛軍(笑)のための
役割の一端を担っているんです。

さてさて、ということで、引用記事は、ブライアン・メイがこのあたりのことを
メディアに語ったというものなんでしょう。もしディディモスの月のほうが
地球に落ちた場合、大気摩擦で燃えてだいぶ小さくはなるでしょうが、
被害は小さくはないでしょうし、二重小惑星がまるごと落ちてきた場合、
地球規模の大災害になります。

まあ、それで人類滅亡とまではいかなくても、かなりの被害が予想され、
今から世界が協力して対策をたてておくことは重要です。
このディディモスのように危険視されている小惑星は、上で書いたように
まだ他にもいくつもあるんです。では、今回はこのへんで。

関連記事 『天体衝突の恐怖』  『ベンヌとニビル』




アーカイブ 仙人になるには

2019.07.11 (Thu)
前に「仙道・道教について」という項を書いて、わりと評判がよかったので、
その続きです。みなさんは仙人というと何を連想されるでしょうか。
やはり、「不老不死」と答える方が多いんじゃないでしょうか。
これ、老衰や病気では死なないということで、
仙人でも事故で死ぬことはあるようですし、殺されることもあります。

「仙界」のイメージ
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あと、仙人は不老なわけですが、これ自体はあまり意味がないようですね。
外見は、白い髭の老人であったり童子の姿であったり、好みによって、
自在に変えることができまして、男性は重々しいのが好きなのか、
老人姿が多く、女性の仙人はさすがに老婆姿は好まないようで、
自分が最も美しい時代の容姿をしていることがほとんどです。

さて、仙人は道教の神として信仰されているわけですが、
特に有名な8人を八仙と言います。これは、ジャッキー・チェン映画の『酔拳』
に出てくる酔八仙と重なっている場合もあり、下図のような方々です。
なんか見たことがある絵柄ですが、日本の宝船そっくりですね。

女性が(日本では弁財天)が一人混じっているところも似ています。
これは『東遊記』という書物に出てくる、八仙が東海に遊びに出かける場面で、
掛け軸などで見ることが多いですね。『東遊記』は『西遊記』と同じような、
荒唐無稽な話で、孫悟空(斉天大聖)も出てきます。

『八仙図』


八仙すべてを紹介している時間はないので、
今回は呂洞賓(りょ どうひん)に登場してもらいましょう。 唐の貞元14年
(794年)永楽鎮生まれ。父や祖父の役職もわかっていて、わりに新しい
時代の人です。仙人の中には、数千年前の中国の神話時代の人もいれば、
宋の時代(12世紀頃)の人もいて、新旧入り交じっています。

「邯鄲(かんたん)夢の枕」と「黄粱(こうりゃん)の夢」という
故事成語はよく似た話で、日本でも有名です。その登場人物には、
さまざまな人があてられていますが、この呂洞賓もその一人です。
彼は幼い頃から聡明だということで評判だったんですが、
中国では官吏になるためには科挙を受けなくてはなりません。

科挙の合格発表(清代)
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これはまあ、公平な制度ですが極めて難しく、二度落第してしまいます。
父親は刺史(警察長官のようなもの)にまでなった人ですので、プレッシャーは大きく、
唐の長安の酒場でヤケ酒を飲んでいると、一人の道士が話しかけてきます。
道士は呂洞賓に才能(仙骨)があるのを見て取り、修行を勧めてきたわけです。
しかし、まだ立身出世に未練があった呂はこれを断ります。

やがて、食事をしようと粥を煮はじめたところで、呂は酔いからうたた寝してしまう。
そしてその夢の中で、科挙に及第し、みるみる出世して嫁も貰い、
時には冤罪で投獄され、名声を求めたことを後悔して自殺しようとしたり、
運よく処罰を免れたり、冤罪が晴らされ信用をとり戻ししたりしながら栄華を極め、
賢臣の誉れを得る。子や孫にも恵まれたが年齢には勝てず、

多くの人々に惜しまれながら眠るように死んだ・・・ここで目が覚めると、
そばには道士がいて、まだ粥の黄粱が炊きあがってはいなかった・・・
こんな話ですよね。わずか数分のうちに自分の一生の
喜びから苦しみまで、微に入り細にわたってすべて見てしまったんです。

呂洞賓


で、まあ当然、人の世の儚さを悟るわけです。そこで道士に弟子入り
したいと頼み込みますが、道士は自分で話を持ちかけたくせに、
呂洞賓に十の試練を与えると言います。このあたりは、
芥川龍之介の『杜子春』とよく似ているんですが、中国には、ある人物が、
どうやって仙人になったか(道心を得たか)という物語がありまして、

杜子春はその中でも失敗談に入ります。最終的に仙人になれなかった
わけですから。ただ呂洞賓の場合は、杜子春とは違って、
日常生活を送る中でいつ試練が来るかわからない。
この十の試練全部を書くと長くなりますので、興味を持たれた方は、

Wikiの「呂洞賓」を検索してみてください。いくつか抜き出してみると、
第一試 ある日、洞賓が外出し戻ってくると、家族全員が病死していた。
彼は嘆くことなく淡々と葬儀の準備をした。しばらくすると、
死者はみな生き返ったが、呂洞賓はまったく怪しまなかった。

『杜子春』
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第五試 洞賓が山中の道舎で読書をしていると、突然、妙齢の
絶世の美女がやってきた。母の元から帰るところなのだが、日が暮れて
しまったので休ませて欲しいという。夜になると女性は何度も誘惑したが、
洞賓は最後まで心を動かさなかった。女性は三日経った後、去っていった。

第七試 ある日、洞賓は街で銅器を買って帰ったが、見るとそれはすべて
金でできていた。ただちに銅器の売り主を探し、これを返した。
第九試 洞賓は大勢の人々と共に河を渡っていた。しかし中流に至ると
河が氾濫し、風が激しく吹き荒れ、荒波がどっと押し寄せた。
人々はみな恐れおののいたが、洞賓は端坐し動かなかった。

こんな感じです。第一試は家族に対する情愛の念を捨てること。
第五試は色欲を断つこと。第七試は金銭欲をなくす。
第九試は自分の命への執着を捨てる。
なかなかできることではないですよねえ。あと面白いのは第二試。

呂洞賓を祀る台湾の廟


ある日、呂洞賓が市へ物を売りに行きその値段を決めたが、
相手が前言撤回し、値段の半分しか払わなかった。しかし、
洞賓は何も言わなかった。 というやつで、これは唐の時代の話ですが、
現代でも中国の市場でよく見られるような光景です。あまり変わってないんですね。
これらの試練をはねのけ、呂洞賓は道士の弟子になって修行を開始するんです。

さてさて、これ、自分を捨て欲を捨て、命さえも惜しまないというのは、
仏教の無常観と似たところがあります。ただし違うのは、
仏教では因果からの解脱が目的であるのに対して、道教の場合、
あくまでも生きたままこの世にとどまり、
仙界と人界を自在に行ききすることにあります。

これらの仙人は、いまだに雲の上を飛び回っているということですが、
その永劫にも近い時間は、自分という意識や我欲があっては、
耐えることができないんです。日本の久米仙人は若い女のふくらはぎを見て
雲から落ちてしまいましたが、仙人になっても修行を怠るとそういうことになります。
不老不死は、ほぼすべての人間的な欲望を捨てる見返りとしてあるんですね。
関連記事 『仙道・道教について』

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アーカイブ アリと地球意識

2019.07.11 (Thu)
アリの集団が長期間存続するためには、働かないアリが一定の割合で存在する
必要があるとの研究成果を、北海道大の長谷川英祐准教授らのチームが
16日、英科学誌サイエンティフィック・リポーツに発表した。長谷川准教授は、
「普段働かないアリがいざという時に働いて、集団の絶滅を防いでいる」と話す。

これまでの研究で、アリの集団には常に2~3割、ほとんど働かないアリが存在する
ことがわかっている。働くアリだけを集めても一部が働かなくなり、
働かないアリだけを集めると一部が働き始めるが、その理由はナゾだった。
チームは、様々な働き方のアリの集団をコンピューターで模擬的に作成、
どの集団が長く存続するかを調べた。

その結果、働き方が均一な集団よりも、バラバラの集団の方が長く存続した。
働くアリが疲れて動けなくなった時に、普段は働かないアリが代わりに
働き始めるためだ。実際に8集団1200匹のアリを観察すると、働くアリが休んだ時、
それまで働いていなかったアリが活動し始めることが確認できたという。
(読売新聞)

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今回は、科学ニュースからこのお題でいきたいと思います。
なかなか興味深い研究成果ですね。働かないアリが一定数いる集団のほうが
効率的であり、最終的にはコロニーが存続する可能性が高い。
・・・これを人間のニート層などに重ね合わせた論評も見かけましたが、

自分の関心はそういう社会学的な方面ではなく、
どうやってアリが情報伝達しているのだろうか、ということについてです。
一般的には、アリは触覚を触れ合わせることで会話する。
そのときにフェロモンなどの化学物質を伝達している、と解釈されています。

しかしどうなんでしょう。多数のアリが一気に整然と動き始めることを、
はたしてそれだけで説明できるのか。世界的にもこういう疑問を持つ人は
多いようで、アリやハチなどの、集団コロニーで生活する生き物はテレパシーを
持ってるんじゃないか、という仮説を目にすることも珍しくありません。

アリはどうやって意志を伝達する?
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テレパシーと言ってまずければ、一種の種族全体での同調作用を
持っているとか。こういう話もあります。「南アフリカの博物学者、
ユージーン・マレイ氏は、ユーメルテスという種のシロアリが作ったアリ塚を
用いた先駆的な実験を行いました。

マレイ氏はアリ塚に大きな裂け目を作り、働きアリがその破損した部分を
どのように修復するかを観察したところ、アリたちは破損部の両側から集まり、
中央に向かって修復を始めたとのこと。左右に分かれたアリ同士は互いに
ふれ合うこともなく、そもそも目が見えない種だからお互いの姿も見えないはず。

にもかかわらず、アリたちは両側から淡々と修復作業を続け、
最終的には元と寸分の狂いもないアリ塚が再生されたといいます。」
この観察は、アリの左右の集団の間に障害物を入れても同じだったそうです。
まあしかし、視認はできなくてもニオイは伝わりますし、
低周波のようなものでもアリ同士の連絡はできます。

世界にある巨大なアリ塚
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ですから、この結果をして「アリにはテレパシーがある」
と結論づけることはできないとは思いますが、では人間はどうなんでしょう。
人間もアリと比較しても負けないほど、
集団に依存して生活している生物と言えますよね。

「地球意識プロジェクト」という超心理学の世界規模の実験があります。
これは、乱数発生器というのを用いるのですが、
乱数というのは「1347849・・・」といったデタラメな数のことです。
ただしこの例は正しい乱数と言えないでしょう。

自分(bigbossman)の脳内から今適当に出てきたものですので、
当然ながら、じゃんけんで最初にグーを出しやすいといった、個人的な偏りが
あると思われます。よい乱数を発生させるにはいろいろ難しい条件が
あるんです。乱数発生器を用いて乱数を発生させ続けていると、
出力の偏りが出てくることがあります。

「地球意識プロジェクト」の観測地点
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これに対し、偏りは周囲にいる人間の集合的意識の変化を反映
しているのではないか、との仮説が立てられ、プリンストン大学を
中心としたプロジェクトが始まりました。日本では明治大学が
協力していますが、世界の多くの地域で測定が試みられています。

その結果、オリンピックやニューイヤー、サッカーのワールドカップなどの
世界的なイベントがあると、たびたび乱数が偏るという観測結果が報告され、
なかでも2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件の日には、
標準偏差の6.5倍に達する極端な変動が観測されたということです。

手軽な乱数発生機


つまり、世界の多くの人が興奮するような出来事があると、
なぜか乱数が偏って出てしまう。これは、たくさんの人々の興奮が、
地球規模で一つに合わさっているということなんでしょうか。詩的な表現として、
乱数の偏りが「ガイア(地球)の息吹」などと言われることもあります。

ちなみに「ガイア理論」というのは、地球と生物が相互に関係し合って
環境を作り上げている状態を、ある種の「巨大な生命体」と見なす仮説です。
なかなかロマンのある話ですよね。もっと詳しくお知りになりたい方は、
以下のリンクを参照されてください。 地球意識プロジェクト 明治大学

しかしこのプロジェクトには批判もあります。
乱数の偏り、というのは統計的な手法から求められるんですが、
ある統計手法では偏りと言えても、別の手法ではそうでなかったりも
します。実際、テロ時の同じデータを分析しても、
偏りは見られなかったという専門家の意見もあるんです。

あまり評判のよい人物ではないディーン・ラディン氏
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また、このプロジェクトを中心となって始めたのは、ディーン・ラディン(Dean Radin)
という人ですが、本国アメリカでは、インチキ臭い人物としてかなりの悪評があります。
右のHPは詳しく参考文献を示してくれています。  Skeptic's Wiki Dean Radin
また、もし偏りがあるのだとしても、「なぜそれが起きるのか」について、
地球意識プロジェクトは答えを出せてはいません。

さてさて、言葉で情報伝達をしなくても、種族として意識や行動が同調する
・・・などということがあれば、これはスゴイ話だとは思いますが、残念ながら、
「百匹目の猿現象」(ある猿の群れの一頭がイモを洗って食べるようになり、
同行動を取る猿の数が100匹を超えたとき、その行動が群れ全体に広がり、
さらに場所を隔てた、まったく関係のない群れにも広がる)は、

根拠そのものが否定され、現状は疑似科学扱いになっています。
自分としては、テレパシーなどの能力はあってほしいと思うんですが、
前述したアリたちも、きちんと説明のつく方法で情報を伝え合っているの
かもしれませんね。しかし、それはそれで生命の神秘ではあります。

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「輪廻転生」って何?

2019.07.10 (Wed)
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今回はこういうお題できます。カテゴリはオカルト論かな。
みなさんは、輪廻転生、もっと簡単にいえば「生まれ変わり」ということが
あると思われますか? 普段から意識されているという人は
あまりいないんじゃないかと思います。かといって、
天国(極楽)や地獄を頭から信じる人も日本人には少ないでしょう。

アンケートを取れば、おそらく「わからない」が第一位になると思いますし、
「死後の世界なんてない」という回答もけっこうあるんじゃないかな。
最近はスピリチュアルブームと言われ、輪廻の話もあちこちで聞かれるようには
なりましたが、まだまだ日本人には身近な概念ではないと思います。
(日本では、仏教と儒教からきた祖霊信仰が多数派)

ガンジス川での沐浴 現地人は口をゆすいだりしていますが、日本人がやると感染症で死ぬ可能性があります


さて、では、この輪廻転生の概念のルーツはいったいどこにあるんでしょうか。
これは大きく、古代ギリシア哲学由来のものと、古代インド宗教に始まった
ものの2つがあると考えられています。プラトンはたしか輪廻を
説いてましたよね。それ以外にも、輪廻転生の思想は世界の各地に見られますが、
本項では、そのうちのインド宗教系の話をしていきます。

前15世紀ころ、古代アーリア人がインドに侵入し、先住民を駆逐して
定住生活を始めました。その自然神信仰から、ヴェーダという口承の聖典が
生まれ、多神教であるバラモン教が形成されていきます。バラモン教は、
現在のヒンドゥー教の前身と考えてまず問題ないでしょう。

カースト(ヴァルナ)制度
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最初のころの輪廻思想は、たいへん素朴な発想から生まれたものです。
死んだ人間は月に向かい、雨となって地に戻り、植物に吸収されて穀類となり、
それを食べた男の精子となって、女の胎内に注ぎ込まれて胎児となり、
そして再び誕生する・・・という食物連鎖のような考え方だったんですが、

それに「因果」という概念が加わって、だんだん複雑化していきます。
人が悪い行い、あるいは善い行いをすると転生に影響を与えてしまう。
悪い行いをした者は、苦しみの多い来世に生まれる。
善いことをした者はその逆です。この行いのことを「業(カルマ)」と言います。
そうしてカースト制度ができあがっていくんです。

カーストはご存知だと思いますが、いちおう説明すると、バラモン(司祭)が
最上位で、クシャトリヤ(王族)、ヴァイシャ(庶民)、シュードラ(奴隷)の四姓制です。
これらのカーストは階級ごとに細分化され、また、カーストに収まらない
人々は最下層のパンチャマ(不可触賤民)とされました。ですから、
輪廻思想は、階級制度を肯定するためのものとしても使われたわけです。

多神教であるバラモン教と現在のヒンドゥー教
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因果や業を認めると、「現世の苦しみは前世での悪行によるものであり、
どうやっても逃れることができない」ということになりますよね。
ですから、バラモン教のウパニシャッド哲学では、輪廻転生はだんだんに
よくないもの、苦しみを生み出すものと考えられるようになっていきます。

この果てしなく続く輪廻転生の鎖から開放されることが「解脱」です。
解脱するためには、宇宙の真理との一体化が必要です。
宇宙の根本真理である「梵(ブラフマン)」と、個人の本質である
「我(アートマン)」は同一であると悟ることにより、解脱への道が開けます。
このことを「梵我一如 ぼんがいちにょ」といいます。

このあたりの考え方が出てきたのが、前10世紀以後のことですね。
では、具体的にどうすれば解脱することができるのか。これにはさまざまな
方法論が唱えられました。ある者は苦行を行って解脱しようとし、
またある者は、執着を捨てるために野に出て世捨て人になりました。
また、因果を否定する唯物論や虚無論も登場します。

ジャイナ教の始祖 マハーヴィーラ
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解脱する方法を中心にできあがったのが、マハーヴィーラが前6世紀ころに
始めたジャイナ教です。輪廻転生は「業物質」が引き起こすものであり、
それを排除するには、「殺生をしない、嘘をつかない、他人の物を取らない、
性行為をしない、私有財産を持たない」等の戒律を実践する厳しい教えで、
この考え方は、後の仏教にも大きな影響を与えています。

お釈迦様が始めた本来の仏教は、輪廻転生にはほとんど言及していません。
どちらかというと、この世で心穏やかに過ごすための生活哲学のようなもの
でした。「この世のすべてのことは他との関係によって存在している」
これを「縁起」といい、「絶対的な存在はない(無常)」と説かれます。
この真理を悟ることで「静かな安らぎの境地(涅槃)」が得られるわけです。

仏教を創始したゴータマ・シッダールタ(釈尊)
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・・・ここまで、この退屈な内容をどれくらいの方が読んでくださったでしょうか。
では、輪廻転生って本当にあるんでしょうか。オカルトではよく、
「自分の前世を思い出した子ども」みたいな話が出てきますが、
きちんと調べてみると、はっきりした証拠が得られないものばかりです。
まあ、これについては、また詳しく書く機会もあるでしょう。

さて、輪廻転生が成り立つ大前提として、肉体とは別の「霊魂」という
存在を肯定する必要があります。現代の遺伝子生物学では、
人間は(その他の生物も)遺伝子を運ぶ船に例えられます。
親から子に、子から孫に、先祖代々遺伝子が伝えられていく。
その遺伝子は、他人とはほんの少しですが異なっていて、

無神論者、反宗教主義者であるドーキンスの著書
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そのため、われわれ一人ひとりは顔形や気質、能力などの違いがあります。
魂などというものはなく、人間の意識は脳がつくり出したものであり、
肉体の死とともに消え去ってしまう。ですから、当然輪廻転生などもありえない。
そう考える人も大勢います。ちなみに、現代の遺伝子生物学の第一人者であり
「ミーム」の概念を提唱したリチャード・ドーキンスは、
徹底した無神論者として知られていますね。

さてさて、ということで、輪廻転生という考え方がどうやって生まれたのか、
インド宗教の面から見てきました。輪廻転生は実際にあるのか?
それは霊魂の存在を肯定するかどうかによるんですが、あるといえる
決定的な証拠はなく、結局は個人の考え方になってしまうんですね。
みなさんはどう思われますでしょうか。では、今回はこのへんで。

関連記事 『神と死後の世界アンケート』 『舟としての私』

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