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戦争のオカルト

2019.10.31 (Thu)
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今回はこういうお題でいきます。戦争と一口に言ってもいろいろ
あるんですが、太平洋戦争を中心にした内容にしたいと思います。
ちなみに、自分はほとんど戦争に関連した怖い話は書いていません。
さすがに戦後75年近くたって、実感がないと思うんですよね。
下のリンクにあるくらいです。

関連記事 『年髪様の話』 『お盆のスイカ』

さて、太平洋戦争では、連合軍による空襲は行われましたが、日本への
上陸作戦が本格的になる前に終結しました(沖縄戦のぞく)ので、
本土での戦闘の話というのはありません。自分の分類では、だいたい
大きく4つくらいに分かれるんじゃないかと思います。

① 外地での陸軍系の話 日本軍はひじょうに広範囲に兵站を展開しました。
中国大陸、東南アジア、インド、オセアニア方面、太平洋の島々。
そのため、それぞれの場所を舞台にした怪談が残っています。
特に有名なのが、映画にもなった硫黄島でのもの。これは現在も
自衛隊の基地があるため、話が伝わりやすいのかもしれません。

硫黄島での有名なアメリカ軍の写真
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硫黄島の戦闘は昭和20年の3月、旧日本軍は戦死者2万人以上を
出して玉砕。米軍も7000人近い死者数となっています。
ですから、駐屯する自衛隊員はさまざまな怪異に遭遇すると言われますね。
視察に行った防衛庁長官も、宿舎で英霊に会ったとされます。

それから、戦後に太平洋戦争の激戦地を訪問した人の話。
現在でもボランティアで遺骨回収を行っている団体があり、その人たちが
帰ってきて、遺骨の入った箱を靖国神社に持ってくると、
べつに揺らしたりしてないのに、中でカタカタ音をたてたとか。

ニューギニア ポートモレスビー作戦
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当ブログで何度も取り上げている西丸震哉氏は、戦後パプアニューギニアに
調査に赴き、島民にインタビューしたところ、彼らは夜間に山中には入らない
と言います。特に猛獣などの危険があるわけではないが、
誰もいないところで人の話し声が聞こえて気味が悪い。

西丸氏が、どんな声か尋ねると、「ガンバレ」 「シカリシロ」と答えるんですね。
もちろん現地人は日本語を解することはできません。これを聞いて
深くうなずいたと著書にあります。オーウェンスタンレー山脈越えを
行った、ポートモレスビーをめぐる戦いでのものです。

② 外地での海軍系の話
有名なのが、アリューシャン列島にあるキスカ島からの守備隊撤収作戦
での話。当時、連合軍の艦隊が島を包囲していましたが、
旧日本軍の守備隊は犬4匹を残して全員撤退に成功し、奇跡の作戦
などとも言われます。まあでも、撤退ですから負け戦なんですが。

キスカ島撤退作戦
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このとき、連合軍は濃霧の中で7隻の艦隊をレーダーが捕捉し、
砲撃まで行っているんですが、実際は海上には何もいませんでした。
幻の艦隊は1週間にわたって出没し、連合軍がそれに悩まされている
間に撤退を完了。この艦隊は、付近のアッツ島で玉砕した
友軍の霊だったのではないかとも言われます。

海軍の場合、厳しい規律で船上生活をし、戦闘では船とともに
沈むわけですから、陸軍ほどバリエーションのある怪談にはならない
んです。ただ、神風特攻隊は海軍ですが、魂が蛍になって
戻ってきたとか、その話はいろいろ残っています。

神風特別攻撃隊
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③ 内地での戦死者の帰還の話
これはいわゆる虫の知らせ系の話です。家族の夢の中に出征している
兵士が現れ、笑顔で敬礼をした。あるいは、仏間に誰もいないのに
鉦が鳴った。それから数日して戦死の公報が入り、遺品が手渡された
などが典型的なパターンです。

④ 内地での空襲等に関する話。
広島、長崎に投下された原爆をはじめ、空襲による犠牲者は多数で、
民間人50万~100万人が亡くなっていると推計され、
悲しい話がさまざまに伝わっています。

牛女
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ちょっと変わったところでは、「牛女」の話も空襲に関係したものです。
六甲山に近い西宮市で、空襲の後、女の着物を着た
頭が牛の化物が焼け跡をうろついているのが目撃された。
ちなみに、これは「件 くだん」とは違います。
件は、牛女とは逆で頭が人間、体が牛なんです。

座敷牢に閉じ込められていた牛女が、空襲で逃げ出したものだと
言われることが多いですね。また、牛女は、戦中に日本の
敗戦を予言していたともされます。この都市伝説を小説化したのが、
小松左京氏の短編『くだんのはは』です。

「橋北中学校水難事件」の記事
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それから、当ブログで取り上げた「橋北中学校水難事件」も
空襲にかかわりがあるという話が残っていて、昭和30年、三重県津市の
中学校の女子生徒だけ36人が水泳訓練中に溺死した事故ですが、
事件後しばらくたって、女性週刊誌に生還した遭難者の手記として、
海の中に防空頭巾の霊がいて足を引っぱったという話が載りました。

関連記事 『女性週刊誌とオカルト』

さてさて、ということで戦争のオカルトを見てきました。
戦争では多数の人名が失われますが、なかなか戦中や戦後すぐには
その手の怪談は出てこないものです。しばらく時間を経てから、
あれこれとささやかれるようになることが多いんですね。
では、今回はこのへんで。

遺骨回収ボランティア
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糖質制限ってどうなの?

2019.10.30 (Wed)
キャプチャ

科学ニュースを見てましたら、今日(10月30日)の「YomiDR
ヨミドクター」に糖質制限についての議論が載ってました。
読んでみましたら、予想どおりというか、賛成派、反対派と称する
人たちが、互いに自分の主張を述べ立てるだけで、まったく話が
噛み合わない。日本人の議論って、こういうのが多いんですよね。

なぜ話が噛み合わないかというと、人間って、一人ひとりが個人的な
価値観で生きてるんですよね。ですから、ダイエット一つとっても、
その目的が違います。それをすべてひっくるめて論じようとするから、
わけがわからなくなっていくんだと思います。

どういうことかというと、例えば若い人だと、「とにかく痩せて
きれいになりたい、体重を落としたい。それで多少健康に影響が
あってもしかたがない」こう思ってる人もいるでしょう。
また年配者では、「健康で長生きしたい。そのためには少し
体重を落としたほうがいいのかも」程度の人もいます。

こういうふうに、人によって目的の違いがさまざまにあるので、
すべてひっくるめて論じると、焦点がボケていくだけです。
これ、ダイエットの話だけでなく、マスコミに出てる議論の
ほとんどがそうなんですよね。特に地上波テレビは低レベルだなあと
思いますし、新聞も例外ではありません。

さて、ということで、一つ一つのことを個別に考えていきます。
まず、ダイエットについて。体重を減らす方法は簡単で、
「総カロリー数を抑える」これだけです。成人男子でデスクワークの
人だと、1日の必要カロリーが2200Kcalくらいと言われます。
それを1500Kcal以下にすれば、必ず痩せます、間違いありません。

べつに糖質をとろうがとるまいが、総カロリーを減らせば痩せる。
ただ、これって苦しいですよね。いつもお腹が減ってイライラするかも
しれません。少しでも楽して痩せたい。そこで、「○○ダイエット法」
なるものが出てくるんです。オレンジダイエットとか、納豆ダイエットとか
いろいろ流行りましたよね。糖質制限もそれと同じでしょう。

次、糖質制限すると痩せるのか? これは痩せますね。糖質制限をすすめる
本では、「糖質をとると急激に血糖値が上昇する。すると、人間の体は、
それを抑えるためにインシュリンを分泌する。インシュリンには
血液中の糖分を脂肪細胞に取り込むよううながす働きがあり、体脂肪が
蓄積されることになる」まあ、これ自体は科学的に間違ってはいません。

糖質制限ではなく菜食主義だったスティーブ・ジョブス氏


ただ、自分は、糖質制限で痩せるのはそれだけではないんじゃないかと
思うんです。糖質制限では、砂糖、米、パン、うどんなどの麺類、カボチャや
ジャガイモなどの根菜、本によっては豆腐などの大豆食品も制限されます。
そのかわり、肉や魚、乳製品、油脂はいくらとってもいいと説明されることが
多いんですが、日本人が毎日ステーキとかを食べるって大変じゃないですか。

毎食、焼肉、さしみ、葉物の野菜サラダ等々。これだけを食事にすると
自動的に総カロリー数も抑えられるんじゃないかと思います。だから痩せる。
次、糖質制限は体にいいのか? ここは難しいです。
日本人で、ほとんど米などの糖質を摂取しないという人は少ないので、
大規模かつ長期的なデータはありません。

それに、わざわざ莫大なお金をかけて、そういう調査や治験をしようとする
大学、製薬会社もありません。アメリカのデータでは、ハーバード大学が、
約4万人を対象に行った調査で、「低炭水化物・高タンパク質」の食生活を
送っていたグループは、そうでないグループに比べて心筋梗塞や脳卒中
などの発症リスクが1.6倍に高まったという結果が出ています。

急激な糖質制限を行うと、肝臓や筋肉の中にあるグリコーゲンが激減し、
体温が下がったり、スタミナがなくなったりすると言われますし、
グリコーゲンは同時に体内に水分を貯えるので、グリコーゲンが
なくなると、体内の水分も少なくなり、肌がかさつき、
シミやしわができやすくなるという話もあります。

また、世界的な統計で、体型と寿命の関係を調べると、最も寿命が
短いのが極端な痩せ型の人、次が極端な太り型の人、一番寿命が
長かったのが小太りの人という結果が出てます。ややメタボというのは、
総合的にみれば悪いわけではないんですね。特に、60歳を過ぎて健康に
生活したい場合、体型は気にせず、十分に栄養をとったほうがいいようです。

ということで、だいたいの結論が出ました。
糖質制限をすれば痩せるのか多くの人で痩せる効果があるとみられる。
糖質制限は健康によいのか短期間ではなんとも言えないが、長期間続けると
健康に害になる可能性がある。まあこんなところだと思いますが、
糖質制限を何十年も続けてるという人も、あまり聞かないですよね。

では、ダイエットそのものはどうか。これは最初に書いたように、
その人の価値観だと思います。どうしても痩せたいと思えば、やれば
いいんじゃないですかね。その結果、女性だと貧血になったり生理不順に
なったりするかもしれませんが、そのあたりは成人なら自己責任です。

危険性を十分承知の上で挑戦するのは、個人の勝手でしょう。
ダイエットにかぎったことじゃなく、濃い味つけが好きだとか、
毎日多めの晩酌をかかさない、油っこい食べ物を好むとか、そういう
生活習慣でも同じで、食べたいものも食べられず長生きしても
しょうがない・・・ それも一つの立派な価値観だと思うんですよね。

さてさて、日本人には健康神話があると言われます。もちろん
健康に生きるのはいいことですが、健康神話につけこんで、商売に
しようとする人たちがたくさんいます。その手の人たちは、自分らの
主張に都合のいいデータしか出しませんし、まさにオカルトまがいです。
十分にご注意ください。では、今回はこのへんで。

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早朝ウオーキングの話

2019.10.29 (Tue)
あ、どうも、わたし宗像と申しまして、今年で68歳に
なります。もう仕事のほうは引退しまして、子どもたちも
それぞれ独立しましてね、まあ隠居生活です。自宅には、
せまいながらも庭がありますので、庭いじりをしたり、俳句の会に
出たりして、それなりに楽しくやってたんですが、
一昨年、女房を急な病気で亡くしまして。これはショックでした。
それで、鬱みたいになっちゃったんです。何も手につかなくてね。
いや、恥ずかしい話ですが、家のことは何もかも女房に頼りきり
でしたから。見かねた長男が、自分たちと同居しないかって
誘ってくれたんですが、考えた末に断りました。息子は都市部に
出てまして、そっちに引っ越すのは気が重かったんです。

何もない田舎町ですが、わたしはここで生まれて、ずっと生活して
きたんです。女房と知り合ったのもここですし、
家は女房と2人で間取りや内装を決めて建てたものですから、
やはり愛着があります。幸い、体のほうはどこも悪くないですから、
自由がきくうちはここで暮らしたいと考えたんです。
で、去年になって、どうにか気分も戻ってきました。一人の暮らしに
慣れたんでしょうね。ただ、ずっと家に閉じこもってましたので、
体力の衰えを感じたんです。ジムに通おうかとも思ったんですが、
こんな年寄が若い人に混じって運動するのも恥ずかしいですし、
お金もかかります。それで、早朝ウオーキングをやろうと思いました。
年寄りは朝が早いですし、時間はいくらでもあります。

自宅付近を1時間程度歩こう、そう考えて、トレーニングウエアも
新調しました。コースは特に決めませんでした。とにかく30分歩いて、
引き返して家に戻ってくる。で、やってみると、けっこうな数の人が
出てるんです。わたしは5時半に出るんですが、1時間の間に20人
ほどの人に出会います。犬を連れたりした若い人もいないわけでは
ありませんが、多くは年寄りです。ご夫婦づれも多くて、
ああ、女房が生きていたときに始めればよかったなと思ったんです。
それで、ウオーキングをしてると、いくつか奇妙な出来事に遭遇しまして。
前置きが長くなってしまいましたが、そのお話をしたいと思います。先ほど、
コースは特別決めないと言いましたが、毎日、なるべく違った道を
歩くようにしてました。交差点に来たら、通ったことのないほうへ曲がる。

老婆を見る
3月で、やっと春らしくなってきた日でした。5時半だとまだ薄暗い
ですが、天気もよさそうで、歩いていくうちに気分がのってきて、
気がついたら1時間近くたってました。すっかり明るくなって、
通勤の車も増えてきてましたね。そのときわたしは、やや小高くなった
道を歩いてまして、ふと崖の下を見ると、一軒の家の屋根の上に
奇妙なものが浮いてたんです。何だあれは?眼鏡をかけ直して
よく見ると、お婆さんなんです。わたしよりもだいぶ上、80歳を
越えているように見えました。真っ白な髪に白い着物。
顔も手も紙のように白い。その婆さんが、青い屋根の家の上に
浮いていて、両手を横に広げた状態でゆっくりと回転してたんです。
そんな馬鹿な、幻覚なんだろうか。でも、たしかにそこにある。

距離は50mほどでしょうか。わたしは高いとこにいるので、
やや見下ろす形でした。はっきりはしませんでしたが、婆さんは目を
つむってるように見えました。今ほら、電磁石で回転するおもちゃというか、
置物があるじゃないですか。あんな形で、1分近くかけて1回転する。
ありえないですよね。ガードレールに両手をかけた状態で呆然と
見てたら、「ああ、見えますか」後から声をかけられたんです。
「え?」とふり向くと、柴犬を連れた男性が立ってて、わたしよりも
年配だと思いました。「いや、お婆さんが・・・」そう言うと、
「あれはサキコさんですよ」 「サキコさん?」
「はい、3年前の早朝、車に轢かれて亡くなったんです」
「どういうことですか? じゃあ、あれは幽霊ってこと?」

「おそらくは。朝方に毎日出てるんですが、見えない人が大部分です。
 たまに、あなたのように見える人がいますけど」
「わけがわかりません。あそこは、そのサキコさんの家なんですか?」
「違います。先ほど車に轢かれたって言ったでしょう。それ、轢き逃げで
 まだ犯人は見つかってないんです。おそらくは、あそこの家の者が
 轢いたんでしょう。それを死んだサキコさんが見つけた」
「いや、そんなことがあるはずがない」 「でも見えるんでしょう」
「・・・」 「サキコさんが祟ってるんです」 「祟る?」 「はい、
 あの家は家族3人暮らしでしたが、この3年の間に、奥さんと息子が
 病気で亡くなってるんです。息子はまだ高校生でした。残された旦那、
 小型トラックの運転手のようですが、その人がたぶんサキコさんを」

ソフトを買う
わたしがウオーキングをするコースの一つに、運動公園があります。
町で造ったもので、サッカー場、野球場、ジョギングコースがあります。
で、野球場のバックネット裏がちょっとした森になってまして。
そこに小さい神社があるんです。赤い鳥居なので、お稲荷さんだと
思いますが、狐の像とかはないです。ほんとに小さなお社で、
おそらくお参りする人も少ない。わたしはじつは、高校のときまで
野球をやってまして、この運動公園に来たときは、早朝野球の試合を
バックネットごしに見せてもらうこともあるんです。まあ、レベルは
それなりですが、楽しそうでね。それから神社にお参りして家に戻ります。
そのときに、10円ずつお賽銭をあげてたんです。
で、あれは夏のことでしたね。熱帯夜で、朝から暑かった。

その日は野球はやってなかったので、そのまま帰ろうと思ったんですが、
ふっと森の中に赤いものが動くのが見えたんです。何かあるのかと思って
入ってみましたが、いつものように扉のしまった小さい神社が
あるだけで。財布から10円玉を出して前に出てる賽銭箱に投げ、
戻ろうとしたら、「あのな」と声をかけられました。
「え?」とふり向くと、女の子が立ってたんです。そうですね、
7、8歳くらいでしょうか。おかっぱで赤い人形の着物のようなのを
着てたんです。ひと目で違和感がありました。現代の子どもとは
思えなかったんです。その子は、おずおずと近づいてきまして、
握っていた片手をぱっと広げまして。中には10円玉が何枚かありました。
その子はかわいらしい声で、「あのな、これでな、白いぐるぐるした

 ものを買ってきてくれんか」言ってる意味がわかりませんでした。
「おじょうちゃん、ぐるぐるしたものって何?」
「あのな、人間が夏に食べておるもので、白くて舌を出してなめて
 おるようなものだ」クイズみたいになりましたが、思いあたったので、
「ソフトクリームのことかな」と言うと「たぶんそれじゃ」
「ああ、いいとも、買ってくるからここで待っといで」その子から
受け取った10円玉は8枚。鳥居をくぐるときにふり返ると、
女の子は首をかしげてこっちを見てました。近くのコンビニに行きまして、
足りない分を足してソフトクリームを買い、神社に戻るとその子の
姿はありませんでした。それでね、ソフトは小さい賽銭箱の格子にさして
立てておいたんです。気になって翌朝見に行ったらなくなってました。

家に戻る
つい3日前のことです。だいぶ寒くなってきまして、ウオーキングも
そろそろおっくうになってきましたが、毎日続けてました。その日は、
別に早足で歩いてるわけではないのに、どうも息が切れて、10分も
しないうちに胸が苦しくなってきたんです。これは風邪でもひいたのか
と思い、そこできりあげて家に引き返しました。へたり込みそうでしたが
なんとか家に着いて、玄関の戸を開けると、後ろ姿の人が廊下に立って
たんです。「え?」女房だと思いました。「お前・・・」女房はこちらを
見ないまま、廊下を滑るようにして仏間のほうに消えてったんです。
探しましたが、もう姿はありませんでした。動悸が治まらず、その後
病院に行ったら、不整脈があって手術になるかもと言われました。
もういい齢ですからね、どうしたものか考えているところなんです。

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顔面崩壊の恐怖

2019.10.28 (Mon)
アーカイブ177

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『Se7en』

顔、というのは、人間が持つアイデンティティーの一つです。
生まれたときから人間は自分の顔を持って成長していきます。
思春期になれば、身だしなみに気を遣い、女性なら
化粧をしたり、中には整形手術をするという人もいるでしょう。

やがて結婚して齢を重ねると、若い頃ほどには容姿を気にしなくなる
人も出てきます。しかし、歩んできた人生が顔に刻まれるなんて
言い方もありますよね。ではもし、自分の顔がある日突然、
崩壊してしまったとしたらどうでしょう。

小説や映画、マンガ作品をあれこれ思い浮かべてみると、顔面崩壊を
あつかったものが意外に多いのに気がつきます。どうですかね、
一番に出てくるのは、横溝正史氏の『犬神家の一族』のスケキヨでしょうか。
小説よりも、映画のあの白いマスクが目に浮かぶ人が多いでしょう。
ただ、この作品の場合、スケキヨの顔面崩壊は

『犬神家の一族』


別人がすり替わるためのトリックで、顔面が崩壊したスケキヨの
苦悩などは、詳しく描かれてはいませんでした。
筒井康隆氏には、そのものずばり『顔面崩壊』という短編があります。
これは主にビジュアル面から顔面崩壊の恐怖をあつかった話で、

「ドド豆を圧力鍋で煮てるときに鍋が破裂して、熱々のドド豆が
顔面いっぱいにめり込む。顔面は黒い無数の穴だらけの状態となり、
豆を1粒ずつピンセットで取りのぞくのが
絶叫ものの痛さ。薬を塗って包帯ぐるぐる巻きにして治療するが、
その時にハエが傷口にたまごを産みつけてしまう。

穴という穴にウジ虫が大発生。肉を食い破ってかゆくて発狂しそうだが、
これまた1匹1匹ピンセットで取りのぞくしかない。さらに皮膚の下に線虫がわき、
血管に沿って顔中移動してかゆくてたまらない。ついに狂ったように
かきむしってしまい、顔面の筋肉が露出してさらに化膿し・・・」
筒井氏独特の執拗な筆致で、顔面崩壊のプロセスが描写されてましたね。

『他人の顔』


顔面崩壊の苦悩とアイデンティティーの喪失が作品の中心テーマに
なっているのは、安部公房氏の『他人の顔』。
「高分子化学研究所の液体空気の爆発事故で重度のケロイド痕を負い、
自分の顔を喪失してしまった「ぼく」は、妻や職場の人間との関係が
ぎこちないものに変わり、周囲の目を異常に気にするようになってしまう。

そこで、「ぼく」は精巧な人工皮膚の仮面を作り、誰でもない「他人」に
なりすまして自分の妻を誘惑しようとし、これに簡単に成功する。
「ぼく」は妻の裏切りに愕然とし手記を書いてこれをなじる。しかし、
じつは妻は始めから、その「他人」が「ぼく」であることに気づいていた・・・」
かなり重いテーマを、非現実感が出ないギリギリのところで描いた作品でした。

『デロリンマン』


マンガのほうに目を向けると、ジョージ秋山氏の『デロリンマン』
「主人公三四郎は自殺未遂によって顔面を損傷し般若のような
奇怪な風貌になる。さらに精神にも異常をきたし、彼はデロリンマンと名乗り、
人間を救う使命を帯びていると語るのだが、周囲の人間には相手にされない。
ボロをまとい、その下は赤褌一枚で街を歩きつつ、自分は「神」であり、

「魂のふるさと」であると説く。デロリンマンは妻と息子の前に現れ、
じつは自分は三四郎であると告白するが、妻も息子もまったくこれを信じず、
父親は失踪したと邪険にあつかわれる・・・」これははじめ
「少年ジャンプ」に連載されていたようですが、よくこんなシニカルで
終末論的な作品が少年誌に載ったなあと思います。

洋画に目を転じると、これもいろいろあります。『バットマン』シリーズに
登場する悪役のジョーカー。ある平凡な男が工場の毒廃液の中に落ちたことで、
真っ白な皮膚、緑の髪の毛、裂けてつねに笑みをたたえた口に変化して
しまいました。これによって性格も変化し、ゆがんだユーモアを持つサイコパス
となって、犯罪組織のボスとして君臨し、バットマンに戦いを挑みます。

『ジョーカー』
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さて、ここまで見てきて、筒井氏の作品は別にして、
顔面が崩壊することで、精神にまで異常をきたしてしまうという
内容が多いんです。まあそうですよねえ。ある日突然、自分が自分で
なくなってしまう。それも美しいほうへ変化するのならいいんですが、

人から嫌悪され、忌避される姿になってしまった場合、
精神にも影響が出てくるのは当然といえば当然でしょう。
よく、人は外見よりも内面が大切だと言ったりしますが、
外見と内面はどうしても連動してしまうものだと思います。

さてさて、最後にご紹介するのは1995年のアメリカ映画、
『セブン』です。これは神の定めた7つの大罪
(暴食、色欲、強欲、憤怒、傲慢、怠惰、嫉妬)をなぞる形で
殺人を実行していく猟奇殺人犯が出てくるサイコサスペンスですが、
そのうちの5番目の「傲慢(pride)」の罪だったかな。

怖い 整形依存症


殺人鬼は、美しく、つねに容貌を鼻にかけている
モデルの部屋に押し入り、彼女をベッドに縛りつけて、
顔の皮を修復不能なようにはぎとります。さらに鏡で醜く変貌した
顔面を見えるようにし、その上で、片手には携帯電話、

片手には睡眠薬入りの瓶を持たせて部屋を後にします。
つまり、助けを呼ぶか自殺するかを被害者に選ばせようと
いうわけです。彼女の部屋に刑事たちが駆けつけたときには、
被害者は自殺していました・・・最後の結末もそうですが、
ひじょうに後味の悪い作品でしたね。では、今回はこのへんで。






顔のオカルト

2019.10.28 (Mon)
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今回はこういうお題でいきます。顔に関するオカルトは
いろいろありそうです。人間は、人と会ったときにどうしても
顔に目がいきますよね。性別、年齢その他、顔にはいろいろな
情報が含まれているからです。また相手の、笑っている、怒っている
などの表情を見て取って、その後の自分の対応を決める。

これは自己保存、危険回避の本能の一つでもあるんじゃないかと
思います。犬などと違って人間の嗅覚は退化していますが、
そのぶん、視力を用いて情報を集める力は鋭くなっています。
また、顔はその人物の表看板という意味合いもあります。
顔がその人の歩んだ人生を表すとか、

40歳過ぎたら自分の顔に責任を持つべきなどとも言われます。
で、その顔が異質なものだったら、これはギョッとしますよね。
小泉八雲が取材した「のっぺらぼう」は、そのあたりの効果を
ねらったものでしょう。妖怪には他にも、一つ目小僧や、
二口女など、顔が異相になっているものは多いです。

sfsbf (5)

さて、ホラー映画では、「顔面崩壊の恐怖」というのが
一つの小ジャンルになっています。拷問を受けて顔を切り刻まれる。
酸などをかけられる、皮を剥がされる。これは怖いですよね。
ただ、これについては以前に「顔面崩壊の恐怖」という記事を
書いてるので、これ以上はふれません。

関連記事 『顔面崩壊の恐怖』

だいぶ前から、機械が人間の顔を認識できるようになっています。
静止画像だけでなく、監視カメラのデジタル動画から、
人を自動的に識別し、性別や年齢をある程度まで認識して、
個人を特定することもできます。

映画『ダゴン』から、顔の皮を剥がされる人
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怪談では、カメラの顔認識機能が幽霊にも反応するという話が、
だいぶ以前からあります。東南アジア旅行をした人が
太平洋戦争の激戦地のジャングルで写真を撮ったら、あっちにも
こっちにも顔の反応があったとか。逆に、生きた人間なのに、
どうしても顔認識されない友人がいるとか。

面白いところでは、自分のブログにアップしようと、
ステーキハウスで食事の写真を撮ったら、なぜかステーキ肉を
顔認証した。もちろん牛の顔の部分の肉ではありません。
これ、スマホなどの顔認識システムは、現在のところ2次元でしか
対象をとらえることができないんですね。

顔認識システム
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つまり、目が2つと口は認識できるものの、高くなった3次元の
鼻は認識できません。そのあたりが誤作動が起きる原因
なんだろうと思いますが、このシステムも年々改良され、
誤作動はだいぶ少なくなってきています。

2001年と古い話ですが、アメリカのスーパーボウルで、
フロリダ州タンパの警察は、顔認識システムを使い、入場者に犯罪者や
テロリストが混じっていないか探した結果、逮捕状が出ている
人物をなんと19人も発見しました。それから20年がたとうと
しているので、現在の進歩の度合いがわかると思います。

犯罪関係では、もっとスゴイ話もあります。犯人が残した唾液、
髪の毛、皮膚片からDNA解析をする。で、その塩基配列をもとに
犯人の顔を再現する技術が進歩し、実際に犯罪捜査に使用されて
逮捕につながってるんです。DNAの情報だけから顔を再現するなんて、
本当にそんなことができるんだろうか、って思いますよね。

本人DNAのだけから造られた3D像
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人間の顔立ちを決定するには、さまざまな物質が関与しています。
例えば、鼻の軟骨の成長をコントロールする物質、顎の骨の成長に
かかわる物質などが、一人ひとり異なるつくられ方をするため、
人間の顔の多様性につながっていると考えられるようになってきました。

この技術を「DNA顔モンタージュ」と言います。下の画像をごらん
ください。これはNHKスペシャルで報道されたもので、
遺伝子以外の情報を一切用いず顔を再現したものです。
本人のほうがやや痩せ気味ですが、自分にはそっくりに見えます。
驚くべき技術というしかないですね。

『NHKスペシャル 人体』より
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アメリカの実例では、ルイジアナ州で2009年に起きた殺人事件。
手がかりは被害者のつめに残ったわずかな皮膚片。
そのDNAを解析し、アメリカの犯罪者データベースに照合したものの、
成果はありませんでした。当時の技術ではそこまでが限界だった
んですが、6年後、DNAから顔が再現できるようになり、

それで得られた画像を公開したところ、情報提供があって犯人逮捕に
つながりました。操作陣は当初、犯人をヒスパニック系と
見ていましたが、画像は白人を示しており、実際、そのとおりでした。
アメリカでは現在まで、すでに20人以上の犯人がこの技術で
逮捕されているんです。(日本では未導入)

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これができるんだったら、受精卵のDNAを改変して、産まれてくる
子どもの顔立ちも変えることができそうですよね。おそらく髪や
目の色などについてはできるでしょう。骨格部分はまだ難しい
かもしれませんが、そもそもその技術はタブーです。

さてさて、これ系の話をしているうちに制限字数がきてしまいました。
顔のオカルトホラーは、まだまだ、もう3回分記事が書けるくらい
あります。いずれ続編を書くことになるでしょう。
では、今回はこのへんで。

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超古代文明と白人優越主義

2019.10.28 (Mon)
アーカイブ176



今回はこういうお題でいきます。まず、「超古代文明」というのは、
現在知られている古代文明よりも以前にあったとされる文明のことです。
例えば、メソポタミアにシュメール都市国家が出現したのが、
今から5000年ほど前ですから、少なくとも、
それよりも古い文明ということになります。

なぜこういう発想が出てきたかというと、人間に一番近い霊長類が
出現したのが500万年くらい前です。ところが人類に文明らしきものが
出てきてから1万年にもならないわけですね。ですから、
それ以前にもじつは文明があったのではないかと考えるのは、
そう無理のないことだと思われます。

ただ、もし超古代文明があったとしたら発掘で出てくるはずです。
恐竜など、億年レベルの古生物の化石が出てくるんですから、
痕跡が残ってないのはおかしい。そのため、超古代文明の場合、
アトランティスでもムー大陸でも、天変地異で海の底に沈んでしまい、
だから何も残ってないと説明されるわけです。

ムー大陸
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まあ、ここまでは問題ないと思います。オカルトとしても夢があります。
ただ、プラトンが書いたアトランティスはともかくとして、
近年に発表される超古代文明説は、その根底に差別的な内容を
含んでいるものが多いんです。白人優越主義のようなものですが、
このあたりは、なかなか日本人には理解しにくいんですね。

どっから話していきましょうか。やはりキリスト教かな。
キリスト教が生まれたのは現在のアラブです。イエス・キリストは
「ナザレのイエス」と呼ばれましたが、ナザレはイスラエルの都市で、
『旧約聖書』には古代イスラエルの物語が描かれています。

メキシコ テオティワカンの神殿ピラミッド
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その記述によれば、人類は神が創造したことになっていて、人種や
民族というものはなかったんです。民族が生まれたのは、創世記の
「バベルの塔」の話によります。人類が天高くそびえる塔をつくり、
その地に定住しようとして、「地に満ちよ」という神の教えに背いたため、

神は罰として人々の言葉を違うものとしました。
混乱した人々は、言葉の通じる者どうしが集まって世界各地へ
散っていったわけです。ですからキリスト教的には、
人種や民族による差別というのは、本来はなかったんですね。

じゃあキリスト教に差別はなかったかというと、これはありました。
異教徒に対する差別です。大航海時代、スペイン人の征服者が
南北アメリカ大陸に到達し、原住民を虐殺したり奴隷化したのは、
表向きは彼らが異教徒だったためです。異教徒はどうせ地獄に堕ちると
決まった存在なので、何をしてもかまわないとされました。

日本にも、戦国時代にフランシスコ・ザビエルをはじめとする宣教師が
来航しましたが、彼らが布教活動を行ういっぽう、
宣教師を船に乗せた商人たちは、日本人の子女を買い取って奴隷化し、
海外に売ってたんですね。これを知って激怒した豊臣秀吉は、
バテレン追放令を出すことになります。

で、この大航海時代に世界各地の様子を見聞きしたヨーロッパ人は、
西欧文明とは生活様式が異なる現地人に対して、
少しずつ差別意識をつのらせていったんですが、
19世紀になってダーウインが進化論を発表したことで、
「白人優越主義」もほぼ同時に誕生します。

フランシス・ゴルトン
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ダーウインの従兄弟で、初期の遺伝学者であったフランシス・ゴルトンは、
「優生学」という概念を提唱しました。生殖管理により人種を改良する
という発想です。この考え方はナチスドイツに取り入れられ、
「金髪、青い目のアーリア人はすべての人種の中で最も優越する」という
考えを生み出し、ユダヤ人迫害が起きるんですね。

ナチスの優生政策 体が大きく、力が強く、知能も優れ、美しいアーリア人
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さて、ここまで書いてきたことは、みなさんもよくご存知だと思いますが、
これが超古代文明とどうつながるかというと、
世界各地には、優れた古代の遺跡や文化遺産がありますよね。
エジプトのピラミッドや南米の神殿遺跡などなどです。

白人優越主義的には、劣等な古代のエジプト人や南米人がそんなものを
つくれるはずがない、ということになります。
超古代には、白人が支配する巨大な文明があったが滅亡してしまい、
その後世界各地に散った白人指導者が、今に残る世界各地の遺跡を
つくらせたのだと説明されるんです。

ムー大陸は、アメリカ合衆国の作家、ジェームズ・チャーチワードが
1926年から唱えた、超古代に太平洋上にあった大陸ですが、
「その支配者は白人」であったとされています。それが1万2千年前の
大地殻変動で一夜にして海底に沈没し、その生き残りが
環太平洋に残る各地の遺跡をつくったと説かれます。

ジェームズ・チャーチワード
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また、近年のグラハム・ハンコックによる『神々の指紋』でも、
エジプト・マヤ・インカなどの非白人系古代文明は、彼ら独自のものではなく、
「アトランティス大陸=南極大陸」にあった「白い肌の人間」の超古代文明を
受け継いだものに過ぎないとされています。まあ簡単に言えば、
世界各地の優れたものは、みな白人がつくったのだということなんです。

もちろん、これらの説には大きな批判があり、学問的にまともに
受け入れられてはいません。あまりに白人優越主義がむき出しですからね。
で、1960年代以降、白人のかわりに持ち出されるようになったのが
宇宙人です。遠い古代に地球を訪れた宇宙人が人類に文明を授けた。
これを「古代宇宙飛行士説」と言います。

関連記事 『古代宇宙飛行士説について』  『ケツァルコアトル伝説』

さてさて、自分から見れば、白人優越主義も宇宙人関与説も、
どちらも、たいへん古代人の叡智をバカにした話で、
なぜ素直にそのことを認められないんでしょうね。ということで、
オカルトの超古代文明説には、歴史的にこのような流れがあるんです。
では、今回はこのへんで。

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紙のオカルト

2019.10.27 (Sun)
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今回はこういうお題でいきます。さて、紙にどんなオカルトがあるのか、
あんまり自信がないですね。まず、日本における紙の歴史を
みてみましょう。歴史的に、日本で紙といえば和紙のことで、
洋紙が本格的に入ってくるのは明治以降です。紙、および紙の製法は、
中国から朝鮮半島を経由して伝わったと考えられます。

最初の紙が、書物の形で入ってきたのは間違いないでしょう。『論語』や
『史記』、経文なんかですね。日本で紙の製造が始まったのは7世紀ころ。
701年の『大宝律令』によって、国家事業として、国史や各地の風土記の
編纂のために図書寮が設置され、紙の製造と調達もそこで行われました。

紙漉き
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ただし紙は貴重品で、一般的には、木簡がずっと後代まで使われています。
729年に自死に追い込まれた長屋王の邸宅跡からは大量の木簡が出土し、
当時の生活を知る貴重な資料となっています。木簡から和紙へと流通が
変化したのが平安時代、紙は大量生産されるようになり、
障子紙などとしても使われました。同時に紙のリサイクルも始まります。

江戸時代になると紙はありふれたものでした。だいたい1枚
300円くらいで、質の悪いものはもっと安かった。トロイアの遺跡を
発見したことで知られるシュリーマンが日本に来て、自分がハンカチで
鼻をかむと汚いと見られ、江戸の人は庶民でもみな鼻紙を持っていると、
その驚きを書き残しています。

関連記事 『江戸の糞尿事情』

「三枚のお札」
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これは余談ですが、その当時、ヨーロッパ人で毎日風呂に入る人なんて
まずいませんでしたが、江戸っ子はほぼ毎日のように湯屋へ通っていました。
し尿のリサイクルなども含めて、江戸は世界でも類を見ない
清潔な都市として機能していたんです。

さて、紙のオカルトというと、最初に出てくるのは何でしょうね。
御神札(おふだ)かな。自分も怪談の中で何度か登場させています。
これ「お札」と書くと、「おさつ」と読まれてしまうので、
自分は話の中では「御札」と書くようにしてます。御神札の字のとおり、
現在は神社から授与されるのが一般的ですが、

最初はおそらく陰陽道から始まったと思われます。下の画像のような
「急急如律令」の御札ですね。次に、お寺で発行されるようになります。
もともと御札も御守りも、庶民への授与はお寺で始まったもので、
神社にのっとられた形になってるんですね。まあ、お寺で御札を出すのは、
「現世利益」などの観点から、いろいろと問題もありますが。

陰陽道の呪符
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「三枚のお札」という昔話がありますよね。小僧さんが山へ栗拾いに
行くとき、和尚さんが3枚の御札を持たせた。夢中で拾っているうちに
日が暮れてしまい、小僧さんは通りかかった老婆の家に世話になる
ことになったが・・・じつはこの老婆は鬼婆で、小僧さんは自分の
かわりに御札に返事をさせたり、山を出現させたりして逃げ帰ります。

このパターンの話を、民俗学では「呪的逃走譚」と言い、もとになって
いるのは、日本神話のイザナギ・イザナミの黄泉返りの話ですね。
死んだイザナミから逃げるイザナギは、髪飾りや櫛、桃などを
投げて追手をふり払います。これが転じてできたものでしょう。

『牡丹燈籠』
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この話では、御札はお寺が出したものですし、日本三大怪談の一つに
なっている『牡丹燈籠』でも、亡霊を封じる結界のための御札は、
密教の真言(マントラ)を書いたものです。現在、神社で行われている
慣習は、意外に新しく取り入れられたものが多いんです。

さて、話変わって、清少納言の『枕草子』には、オカルトと言っては
なんですが、成立の事情に一つの謎があります。『枕草子』の最後の
跋文には、「中宮定子が兄の内大臣伊周から紙束をもらい、何を書けば
いいかと清少納言に相談します。このとき定子は、夫の一条天皇は
『史記』を書き写していると言い、それを聞いた清少納言は、

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「では枕にしましょう」と答えます。これを聞いた中宮はその紙を
清少納言に与えた・・・」この枕というのが何なのか? 学校などでは、
当時の枕は身辺の近くに置いておくもので、備忘録という意味が
あるなどと説明されるんですが、じつはダジャレ説も有力なんです。

一条天皇が筆写している司馬遷の『史記』、これが敷(しき)布団で、
じゃあそれと対になる枕がいいんじゃないですか、という説です。
これ、最初に聞いたときは自分は面白いなあと思いました。
清少納言の性格を考えれば、けっこう有力なんじゃないでしょうか。

さて、現代で紙そのものをテーマにした作品は思い浮かばないですね。
あまりにありふれていて、特別性が失われてしまっているからです。
あえて言えば、つのだじろう氏の『恐怖新聞』、
同じく漫画で、 大場つぐみ氏原作の『DEATH NOTE』、あるいは
諸星大二郎氏の『栞と紙魚子』とかでしょうか。

長屋王邸跡出土の木簡
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でも、これらはあくまで、新聞、ノート、本がテーマですよね。
さてさて、上で紙はありふれていると書きましたが、
日本での紙の消費量は、2000年をピークに右肩下がりです。
これは新聞や書籍の発行部数減が影響してるんでしょうが、
その根底には人口減少、スマホの普及、ネット社会があります。

自分も、このブログもそうですが、紙の原稿用紙に手書きをするという
ことはほとんどなくなりました。一度書いたものはコピーしておけばいし、
メールに添付してどこにでも送れます。封筒に入れて郵送する手間が省け、
便利は便利なんですが・・・もしかしたら、使われなくなった紙の
幽霊が出るなんて話も今後はあるかもしれませんね。では、このへんで。

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富来沢の話

2019.10.26 (Sat)
これは去年の3月、自分(bigbossman)が、ある地方国立大学教授の
退官記念の謝恩会に招かれていったときの話です。
教授の専門は東洋史なんですが、趣味として妖怪を研究されてまして、
自分は雑誌の特集のために話をお聞きしに行ったことがあるんです。
そのご縁で、自分のような者でも親しくおつき合いさせていただいてます。
教授はたいへんにお酒が好きで、また強く、そのときも3次会の
バーまで自分はお供しまして、そこで「冨来(とみき)沢」のことを伺いました。
最初、マタギについての話から始まったと記憶しています。
「bigbossmanさん、マタギって知ってるよね」
「ああ、はい。おもに東北地方で、古式の方法で集団で鳥獣を狩る
 猟師集団のことですよね。独自の掟やしきたりがあって、

 それを守って狩りをする。熊を狩る秋田の阿仁マタギが有名ですね」 
「ああ、さすがだね。けど、じゃあ西日本にはマタギみたいなのは
 なかったと思うかい」 「いや、それは考えたことがなかったです。
 うーん、鉄砲の数は東北より西日本のほうが多いでしょうし、
 なかったはずはないですが、あまり聞いたことがありません」
「そうだろうね、一種のタブーだったんだよ。仏教の殺生戒のために、
 殺生をする山の民は差別されてたんだが、その意識は特に西日本の
 ほうで強かった」 「どうしてでしょうか?」
「それは、東北の気候は冷厳で不作が多く、まあ貧しかったからだよ。
 田畑の作物だけでは暮らしが成り立たない。だから、山の恵みは
 どうしても必要で、狩りの獲物も例外ではなかった。

 だから、マタギであっても恥じるところはなかったんだが、
 西日本は違ってた。それで、そういう話があまり残ってないんだね」
「ははあ、いつもながら勉強になります」 「これはね、山陰のある県の
 老猟師から40年ほど前に聞いた話だ。その当時ですでに80歳を
 こえた人だったから、下手すれば今から100年近くも前のことだよ」
「ぜひ、お聞かせください」 「山と山の間の谷には渓流が流れてることが
 多く、そういう地形を沢というよな」 「はい」 「そこの県のある沢は、
 呼び名を冨来沢と言って、地元の村人はもちろん、山の民も
 入ってはならない禁足の地となっていたそうだ」
「どうしてですか?」 「古来から、そこの地ではよくないことが起きると
 されていてな。麓の村では、冨来沢からくる渓流の水は、

 田んぼにも引かないし、もちろん生活用水にも使わないと徹底してたそうだ」
「うーん」 「その猟師の話では、沢にはいくつも滝があって、
 そのうちの一つの大岩に、大きな仏像が彫られていたそうだ。
 それも剣を持った厳しい姿の不動明王」 「磨崖仏ってやつですかね」
「そうだろう。もし残ってるのなら、ぜひとも調査に出かけたいとこだったが、
 残念ながら昭和初期の地震で崩れてしまい、今はないんだそうだ」
「ははあ」 「それで、その猟師が30代のころ、仲間2人とともに
 猟に出た。獲物は猪を撃つつもりだったが、山中で熊の姿を見かけた。
 まだ冬眠に入ってない雄の熊で、かなり気が立ってる様子だった。
 いつもなら熊は避けるんだが、猟師はその熊を撃ちたかった。
 女房に子どもが産まれたばかりで、熊の肝や掌、毛皮は里へ持っていけば

 大きな金になる。それで仲間2人と相談し、その熊の後をつけて
 なんとか仕留めた。毛皮に傷つけたくなかったから、前に回った仲間が
 額に一発で殺すつもりだったが、しくじって熊の爪を受け、
 肩にかなりの傷を負ってしまったそうだ」 「ははあ、それで」
「骨まで達する傷だったが、命に別条はなさそうだ。応急で血止めをし、
 大きな熊を橇にのせて山腹を引いていったが、だいぶ下まで降りたところで
 橇の引きヒモが切れ、笹薮を冨来沢のほうに転落してしまったんだな」
「それで」 「入っちゃいけないとこだが、熊はどうしても惜しい。
 猟師は仲間を説き伏せて沢に入っていった」 「で」
「橇はひっくり返ってたが、幸い川へは落ちず滝の上の岩に乗っかってた。
 ただ、これを下ろすのはかなり難儀だ。日も傾いてきてたし、
 
 それは明日の朝にしようってことで、河原で野宿することにしたんだそうだ」
「はい」 「で、岩の下に降り立つと、川に面した側に不動明王像があった。
 顔の長さが人の背丈くらいと言えば、大きさがわかるだろう」
「うーん、もったいない話ですね。今残ってれば観光名所になったかも」
「それでね、食料は持ってきてたから、焚火をしてその回りで朝を待った」
「え、寝ないんですか」 「当時の猟師は、雪の中に一晩立って獲物を待つのも
 平気だった。今とは違うんだよ。まあ、うつらうつら くらいはしたろうが」
「すみません、何度も話の腰を折ってしまって。それで」
「夜が更けて月が出、肩がうずくと言ってた仲間も静かになり、
 渓流の流れる音しか聞こえなかったんだが、突然大声がした。大岩のほうだ。
 みなががばっと起き、そっちを見ると、岩の上に大きな影が立ってた。

 はっきりしないが、熊のような影だった」 「え、どういうことです。
 熊が生き返ったってことですか?」 「まさか、熊は止めをさされて血も
 抜かれてる。しかも縄できつく橇に縛りつけてあって、
 立ち上がるのは不可能だ。だが、その影は間違いなくあって、
 しかも人間の男の声で吠えたてていた」 「なんと?」
「死んだあ、俺は死んだあ、悔しいぞ、口惜しいぞ、恨んでやる、祟ってやる、
 人間どもが、死んだ死んだあ~ って」 「うわ、それで」
「3人とも恐ろしくなって、誰も確かめに行こうとはしない。
 互いに顔を見合わせてるうち、音はやんで影も消えたようだった」 「で」
「明るくなって岩の上がはっきり見えるようになると、熊は前夜のまま
 だったんだよ。そんなことがあったから、そこに放置して

 山を降りてしまおうって話も出たが、やはりその猟師がみなを説いて、
 苦労して岩から下ろし、もう里に出るってとこまで挽いてきた」
「それで」 「ただ、熊に傷を受けた仲間の具合が悪かった。
 息を荒くし、冬だというのに玉の汗を浮かべてる。高熱があるようだった。
 これはいかんと、仲間の一人がそいつを背負って一足先に里へ下りる
 ことになった。後で来るからと、猟師は熊の橇とともに残され、
 一人で挽いてみたがやはり重い。心細くなり、前夜のことを思い出して、
 この熊、悔しいと口をきいたようだったが、そう考えたときに、
 熊はぱちりと目を開け、そうだ、と一言だけ言った。
 猟師は大声を上げ、橇を残したまま、後も見ずに逃げ帰ったそうだよ」
「それで」 「後に、仲間を連れて見に行ったら、橇も熊もそのまま残ってた。

 ただ、話を聞いた猟師連中は気味悪がって、誰も手をつける者はなく、
 結局、寺まで挽いてって供養してもらったそうだ」
「そうでしょうね。あ、ケガをした仲間はどうなったんですか」
「熱が出て1ヶ月ほど寝ついたが、回復したということだ」
「それはよかった。・・・まだ続きがあるんですよね」
「ああ、冨来沢の不動像の岩が地震で崩れたって言ったろう。
 その後、県から調査が来て、猟師が案内をしたんだ。大岩は見事に転げて、
 不動像を下にした状態で渓流をせき止めてたそうだ。
 それで、崖にぽっかり開いた岩の跡に、化石の骨のようなのが見えたという 
 ことだ」 「化石・・・恐竜とかですかね。それもすごい話です。
 どうなったんですか」 「残念なことに、数日後に大きな余震が来て、

 それも崩れて川に落ちてしまったらしい」 「もったいないですね」
「まあね、でも戦前のことだし、どうしようもなかったんだろう。
 それでね、このとき調査官に、老猟師は県収蔵の古地図を
 見せてもらったそうだ。江戸時代のものらしい」 「ははあ」
「普通、その手のものは山中の細かい地名なんか書いてないんだが、
 その地図では、冨来沢のところが、『とむらい沢』になってて、
 上のほうに大きく『禁』の文字が残っていたそうだ」
「うーん、興味深い話ですね。ぜひ行ってみたいです。今はどうなって
 るんでしょうか」 「それが、さっき話したように、渓流の流れが
 変わってしまって、そこまでたどり着くのが難しいみたいだ。
 藪の中をこいでけば、行けないことはないだろうけどね」 「・・・」
 
 

 
 

古代宇宙飛行士説について

2019.10.26 (Sat)
アーカイブ175

ペルー南部の乾燥した高原地帯に残る世界遺産「ナスカとパルパの地上絵」。
巨大な地上絵は空から眺めない限り全体の把握が困難なほどだが、
最近ではドローンを使った考古学調査が進んでいる。
そんな中、大きな発見があった。

パルパの砂漠に埋もれていた新たな地上絵が50個も見つかり、
しかもそれらは紀元前500年~西暦200年ごろに作られたのだという。
これまで発見された地上絵は西暦200~700年ごろに作られたと
考えられており、今回の地上絵を作り上げたのはよく知られた地上絵を描いた
ナスカ文化の前、この地に栄えていたパラカス文化の時代の人々と見られる。
(ナショナル ジオグラフィック)



今回のニュースはこれですが、自分が書きたいと思っているのは、
少し別のことです。さて、この発見のきっかけは、
遺跡保護調査のためのドローンを飛ばしたことだそうですが、
ペルーには、地上絵を含めて、まだまだ発見されていない、あるいは、
存在は確認されてても未調査の遺跡がたくさんあるんですね、

上の引用記事にあるとおり、今回見つかったのは、有名なハチドリや
サルなど、ナスカ文化の地上絵よりも、500年から1000年ほども古く、
ペルー南部のパラカス半島を中心に栄えた、
アンデス文明の形成期文化の人々によって描かれたもののようです。

大きな特徴としては、ナスカの地上絵が幾何学的、抽象的であるのに対し、
戦士などの人物を描いたものが多いということです。
それと、パラカス文化の地上絵は、平地に描かれたナスカのものと違って、
山の斜面にあり、麓の集落から見ることができたという点です。
ま、日本の京都の大文字焼きみたいなものなんですね。

さて、ナスカの地上絵に関しては、その巨大さ(ハチドリが96m)から、
どうやって描かれたのか、さまざまな説が立てられてきましたが、
現在では、「拡大説」が定説になっています。
これは、まず、ある程度の大きさを持った元図形を描き、
その各部に定点をとり、ヒモなどを使って拡大していくというものです。

「ハチドリ」の地上絵


拡大のための杭を打った跡が確認されていますし、地上絵の元になった
元図形も発見されているので、それで間違いないでしょう。
ただし、ナスカの地上絵は、さえぎるもののない平地だからできたのであり、
今回、山の斜面に描かれたものが、拡大説で説明できるかはわかりません。

ナスカの地上絵を描いた人々が、古くからあるパラカスの地上絵を
参考にしたのは間違いないでしょうが、ナスカの地上絵は、
そうとう上空からでないと、その全容を見ることはできず、
何のために描かれたのかについて、さまざまな説が出されています。

ユニークなのは熱気球説ですね。ナスカの人々は熱気球の技術を持っていて、
宗教的な儀式として、地上絵を高高度から眺めていたとするものです。
たしかに、ナスカ文化には気球に使用できるような高密度の布はありましたが、
気球そのものは発見されておらず、また技術も後代に伝えられていないため、
これは、根拠の乏しい仮説の域を出ません。

ナスカでの熱気球実験


さて、ここから本題です。このような「古代の」 「巨大で」 「精密な」
技術について、必ず出てくるのが「古代宇宙飛行士説」です。
簡単に言えば、「人類史上の古代または超古代に、宇宙人が地球に飛来し、
人間を創造し、超古代文明を授けたという説」のことですね。

これを唱える人物としては、スイスの実業家、エーリッヒ・フォン・デニケン
が最も有名でしょう。彼の著作は、1970年代に各国でベストセラーになり
ました。デニケンは日本にも1975年に来ていて、
青森の「遮光器土偶」を宇宙飛行士であると断じたのは、よく知られています。

で、自分はこの「古代宇宙飛行士説」があんまり好きじゃないんです。
この説の論点は、① 古代にはありえない技術で作られた遺跡・遺物がある。
② 古代の遺物には、宇宙人や宇宙船を思わせる絵画や彫刻がある。
③ 古代の神話には、宇宙人の飛来を疑われる内容が含まれている。

まあ、こんな感じなんですが、自分は特に①が気に入りません。
自分は大学で考古学を専攻したんですが、学べば学ぶほど、
古代人の知恵に感心することばかり出てくるんですね。こんな高度なものは
古代人に作れるはずがない、というのは単なる先入観です。

古代人と言っても、数千年前の人間と現代の人間の知能は何も変わりません。
例えば、古代ギリシアなどを見ればよくわかりますが、
ホメロスの叙事詩が書かれたのは、今から2800年前のことですし、
ピタゴラスは2600年前、アルキメデスは2300年前、
ナスカの地上絵が描かれたより、ずっと古い時代の人物です。

現代の人間は、各方面からの知識の集積によって、
古代人よりも多少は物を知っているでしょうが、じゃあ、
ピタゴラスの定理やアルキメデスの原理を、何も予備知識のないところから
発見できるかといったら、ほとんどの現代人はできないでしょう。

「現代人の目から見て高度な技術だから、古代人にできるはずはない。
宇宙人が知識を授けたのではないか」・・・これは大きな勘違いなんです。
ですから、安易に宇宙人を持ち出すのは自分は感心しません。
ま、砂漠の中から、古代の宇宙船が発見されたとかいうのなら話は別ですが。

さてさて、引用のナスカ、パラカスなどの遺跡は、破壊の危機にさらされています。
車で遺跡の上を走り回ったり、ゴミを捨てたりすることが後をたたないんですね。
国力の大きくはないペルーだけで遺跡を保護するのは難しいでしょう。
世界的な協力が求められています。では、このへんで。

関連記事 『ベンヌとニビル』

へなkしうあ





巨人の骨と陰謀論

2019.10.26 (Sat)
アーカイブ174 

今回はオカルト論です。さて、どっから書いていきましょうかね。
まず、「 巨人 骨 」で検索すると、下のような画像がたくさん出てきます。
みなさん、これどう思われますでしょうか? ほとんどの方は、
「嘘くさい」 「作りものだろう」と考えられるんじゃないでしょうか。

世界で発見される巨人の骨
名称未設定 4

まあ、そうですよね。こんな発見があったら、世界が大騒ぎになってるはずです。
ほとんどのものがフェイクなのは間違いないでしょう。
では、なぜ、こういう画像が出てくるのか? 
一つには、技術的に作りやすいからということがあると思います。

画像加工をやったことがある方ならわかると思いますが、
背景が土や砂になってる場合は、たいへん加工が楽なんです。
建物などの人工物である場合に比べて、
土はいろんな大きさのものが混ざってますし、
粒子が荒く、加工してもあまり不自然さが感じられないんですね。

さて、では、これらの中に「ホンモノ」はまったくないのでしょうか?
もし、ホンモノがあったとして、それらはどこにいってしまったのでしょうか?
当然、そういう疑問があるはずですが、ここで出てくるのが、
「陰謀論」なんです。次の例で考えてみましょう。

下の画像は、2008年6月14日の、岩手・宮城内陸地震で、
一ノ関の崩れた崖をテレビが報道したものとされます。
なんと、崖の部分に巨人らしい人骨が写っています。ところが、同じ映像が
次に放映されたときには、巨人の骨はきれいさっぱりなくなっていました。

加工前→加工後??


で、このことに関して、次のような噂が流されました。
「しばらくして、巨人の骨が露出した崖には広範囲にブルーシートがかけられ、
秘密裏に工事が行われて、巨人の骨は回収されたらしい。
関係者に対しては強い口止めがなされた。また、ニュース画像からも
巨人の骨は消されてしまった・・・」

まあ、常識的に考えれば、巨人の骨のある画像のほうが加工なんだろうと
いうことでしょうが、それはおいといて、巨人の骨がホンモノだったとして、
その存在を隠すように、すべての報道機関に働きかけることのできる
強い権力は、日本政府としか考えにくいですよね。
では、なぜ、日本政府は巨人の存在を隠さねばならないのか?

さて、「陰謀論 conspiracy theory」は、オカルトのジャンルの一つで、
強い権力をもつ者が、宗教的・政治的・経済的動機をもって結託し、
一定の意図を持って、一般人の見えないところで事象を操作し、
または真実を衆目に触れないよう伏せている、とする主張や指摘である

とWikiには出てきます。じゃあ、権力者にとって、
どうして巨人の骨の存在はマズイのか?

普通に考えれば、巨人が古代の地球に住んでいたとなれば、
世紀の大発見になります。その学問的価値はもとより、経済的な価値もけっして
小さくはないはずです。例えば、ティラノサウルスの全身骨格標本は
10億円以上の値がつきますし、オークションに出れば、
世界中の博物館が争って競り落とします。高額で買い取っても、
それに見合う以上の入場者収入が見込めるからでしょう。

ティラノサウルス・レックスの全身骨格標本


この手の陰謀論というのは、たいがいこの「なぜ隠すのか」という理由が弱いんです。
ある人は、「巨人がかつて地球上にいたとなれば、欧米を宗教的に支配している
キリスト教的な世界観と合わないから」などと言います。
しかし、聖書には巨人が出てきますよね。

『旧約聖書』の「創世記」にはネフィリム(Nephilim)という巨人が記されていて、
名前の意味は「(天から)落ちてきた者たち」ということのようです。
神が世界を創造し、地上に人が増え始め、娘たちが生まれると、
神の子らは人の娘たちが美しいのを見て、おのおの選んだ者を妻にした。
こうして神の子らと人間の娘たちの間に生まれたのがネフィリムであった・・・

ですから、巨人が存在するとなれば、聖書の記述が正しいとする
証明になるはずなのに、なんで隠してしまうんでしょうか? 
そのあたりがちょっと解せないです。また逆に、「進化論を支持する科学者たちが
巨人の存在を隠している」なんて話もあります。しかしそれだと、
近代科学の証拠主義に反しますし、だいたい、世界の古生物学者や地質学者が、
そんな権力を持っているとも思えません。

さてさて、ここまで説明してきたのは、
「どうして陰謀論ができるのか?」ということの、一つの例です。
① 常識ではありえないものが発見される → 
② ところがその発見が世界に広まらない → 
③ その存在がマズイので隠そうとする勢力がいる という図式になってるんです。

これは何も巨人にかぎったことではなく、UFO関係や、超発明などにも適用されます。
「ほんとうは反重力エネルギーは開発されているが、世界の石油資本が、
その公開のジャマをしているのだ」みたいな感じです。
このことを逆手にとってギャグにしたのが、映画の『メン・イン・ブラック』シリーズ。
アメリカ政府には、宇宙人問題を秘密裏に処理する機関があるというわけです。

でも、そもそもの前提である①がフェイクなんじゃないの、
という場合がほとんどなんですよね。そして、そのことを糊塗するために
さらに陰謀論が生まれる。ですから、オカルト関係の記事は、上記のようなことに
注意して読むと格段に面白くなります。ということで、今回はこのへんで。

ネフィリム





中古のオカルト

2019.10.25 (Fri)
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今回はこういうお題でいきます。みなさんは中古品を利用されたり
しているでしょうか。今はヤフオクやメルカリなどがあって、
ネット通販で中古品を買われている方は昔より多いでしょうね。
ただ、中古品は気持ち悪いので、できるだけ新品を買うように
しているという方もおられるでしょう。

この「中古」という言葉はあまり響きがよくないですよね。
お金がなくて新品を買えないというイメージがつきまといます。
そこで、「ユーズド」などと言い換えられたりもします。
で、よく考えてみると、この中古という言葉も、なかなか
幅広い概念を含んでいるんです。

まず、中古というのは法律用語ではありません。法律的には
「古物」といい、「すでに一度消費者によって利用されたものが、
何等かの理由により手放され、再び売りに出されている品物」
という意味で使われます。古物を売買する場合には、
政府の古物商許可を取る必要があります。

骨董の懐剣
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古物には、美術品、宝飾品類、自動車(バイク・自転車)、衣服、
事務機器、工作機械、カバン・靴など、家具、電気製品、
書籍(いわゆる古本)などがあります。ここで注意しなくては
ならないのは、法律的には不動産(土地・建物)は古物に
含まれないことです。ただ、中古住宅などとは言いますよね。

あと、ひとくちに古物といっても、・古いと価値が上がるもの
・価値が下がるもの ・あまり変わらないもの の3種があります。
古美術品(骨董)の場合、古いほうが値段が高いのが普通です。
例えば日本刀だと、江戸時代の刀と室町時代の刀では、
後者のほうが何倍も高いことが多いですよね。

アンティークの人形
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逆に、衣服などは古物になると極端に価格が下がります。
男物のスーツでは、新品で50万円の有名ブランド品でも、
一度袖を通してしまうと10万円とかになってしまいます。
ただし、女性用の和服は、保存状態がよければ価値があまり
変わらないことも多いですね。美術品的なあつかいをされてます。

あとは、衣服にかぎらないですが、いわゆるビンテージと呼ばれるもの。
自分は中古品を買うことはほとんどないですが、例外として、
ミリタリー用品があります。自由業なので、ミリタリーファッションを
着ていることが多く、ベトナム戦争で使用された本物の
フィールドジャケットなどを通販で何着か買ってます。

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一般的に新品より高いんですね。銃を撃ったときの焼け焦げや、
銃器の手入れの油染みがついていて、家族には、なんでそんなボロ布を
高い金で買うんだみたいな目で見られてます(笑)。それを着てて、
アメリカ兵やベトコンの幽霊が出たとか、戦場の夢を見たとか、
残念ながら、今まではそういうことはなかったです。

住宅の場合は、自分が建てた家でなければ、基本的に中古ですよね。
賃貸のアパートやマンションの部屋の場合、自分が買って
所有するわけではないんですが、他の人間が使ったものということで
中古と言っていいのかもしれません。

さて、ここまでで すでにかなりの字数を使ってしまいました。
古物、中古はオカルトホラーの格好の題材の一つで、自分もそれらを
使って怪談を書いてますが、やはり多いのは、家、部屋、自動車です。
理由はおわかりだと思います。そこに人の死がからんでいるからです。

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不動産の場合は、かつての住人がそこで亡くなっている。
自殺や殺人のケースもありますし、自然死でも、孤独死で長期間
遺体が発見されなかったなどの場合は、いわゆる事故物件になります。
自動車だったら、事故車を修理したもので、前の持ち主が
事故で亡くなった、あるいは他人を轢き殺した。

死はどうしても忌避されますので、気持ちが悪いのは確かですし、
事故車の場合は、修理が万全かどうかわからず、現実的な危険が
あるかもしれません。ただ、最近の傾向として、その部屋や車で
死んだ人が現在の所有者に祟るといったストレートな怪談は
少なくなりました。パターン化して飽きられているんだと思います。

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品物の場合は、骨董の武器類、絵画、和服、人形などが怪談に
出てくることが多いですが、大きく3つのパターンがあるでしょう。
一つは、前の持ち主の念がこもっているケースで、もう一つは、
その物の作者の念が何かの理由で残っている。3つめは、
物自体がいつのまにか意識を宿してしまっている場合。

さて、中古品の流通が多くなってきたせいか、「サイコメトリー」
という超能力について言われることが多くなってきました。
前に一度記事に書いたんですが、「物体に残る人の残留思念を読み取る」
能力のことです。また、その能力を持つ人をサイコメトラーと
言ったりしますが、これは和製英語ですね。

山本まゆりさんなどのスピリチュアル系の怪談には、この能力を
持つ人がよく出てきます。例えば、霊障事件が起きた指輪などを
さわって「あ、船の上で女の人がこの指輪をしているのが見える」
みたいな感じです。自分の場合は、話に霊能者を出すこと自体
あまりないので、サイコメトリー怪談も書いてません。

関連記事 『サイコメトリーって何?』

gんg (7)

さてさて、また一般論をやっているうちに制限字数が近づいてきました。
世界的には、最も有名なのは「ホープダイヤモンド」でしょうか。
現在、アメリカのスミソニアン博物館が所有している45カラット超の
ブルーダイヤモンドで、ダイヤは硬く傷がつきにくいので、
たくさんの所有者の手を経ても価値は落ちません。

伝説では、ヒンドゥー教寺院に置かれた女神シータの彫像の目に
はめられていたものをフランス人が盗み、それに気づいた僧侶が
持ち主に呪いをかけたとされます。このフランス人は直後に狼に
食われて死に、それ以降の持ち主も不慮の死をとげたり破産したりする
不幸を呼ぶダイヤモンド・・・では、今回はこのへんで。

ホープダイヤモンド
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湖のオカルト

2019.10.24 (Thu)
lkいお54 (4)

今回はこういうお題でいきます。けっこうバラエティのある内容が
書けるかな。まず、湖のオカルトというと、やっぱり一番にくるのが
UMA系の話題でしょうね。ネッシーをはじめ、世界各国には
たくさんの湖に、未確認生物の噂があります。

代表的なものをあげると、ネス湖(正確には Loch Ness なのでネス氷河湖)
のネッシー、カナダ・オカナガン湖のオゴポゴ、トルコ・ヴァン湖のジャノ
(ジャノワール)、アメリカ・シャンプレーン湖のチャンプ、
アルゼンチン・ ナウエルウアピ湖のナウエリートなどなど、
少し考えただけでも、これくらいすぐに頭に浮かんできます。

日本では、鹿児島県・池田湖のイッシー、北海道・屈斜路湖のクッシー、
同じく洞爺湖のトッシー。安易なネーミングが多いですね。
あと、富士五湖には軽自動車くらいの大型生物が生息していて、
正体は巨大魚とも、オオサンショウウオの倍数体などとも言われます。
それから、山形県・大鳥池のタキタロウ。

ヴァン湖のジャノ、現地トルコでは撮影者の捏造とみなされている
lkいお54 (3)

では、なんでそういう話が出てくるのか。原因はいろいろありますが、
最初に身もフタもないことを言うと、「地域興し」に利用できるからです。
ある地域に観光資源としての湖があるとして、観光客が頭打ちになっている。
そういうときにUMAの話題を流す。お金がほとんどかかりませんし、
一度噂が出れば、あとは観光客が勝手に広めてくれます。

まあこれは、湖にかぎったことではなく、ツチノコブームが起きたときには、
多くの自治体で捕獲賞金をかけたり、探索ツアーを企画したりしました。
兵庫県千種町が賞金2億円、岡山県吉井町で賞金2000万円など。
これらはもちろん、町の財政から税金で支払われるものでしたが、
発見される可能性は超低いので、住民から文句は出なかったようです。

カナダのオゴポゴ、流木かなにかにタイヤをつないだように見えます
lkいお54 (5)

次に、湖の地形的な特質からくるものです。海は波だらけですよね。
それに対し、湖は水面が凪いでいることが多い。ですが、まったく
波がないわけではなく、船が起こしたり、局部的に風が吹いたりして
波が起きると、それが黒い蛇状に見える。自分が調べたところでは、
陸地から湖を撮影したUMA画像の多くがこれです。

あとは何度も書いてますが、ただ話題になって紙面が埋められればいいという
マスコミの安易な姿勢。例えば「〇〇湖で巨大生物目撃、首長竜の生き残りか」
なんていう報道があったとして、首長竜絶滅は約6500万年前、
その湖ができたのが3万年前なんて事例はザラです。
まともに調査して、科学的に報道しようとする姿勢が皆無なんですね。

次に、湖底を歩き回る死体の話。これは滋賀県の琵琶湖や、秋田県の田沢湖
などにありますね。ちなみに田沢湖は日本で一番深く、水深は423m
だそうです。事故や自殺で亡くなった人がすり鉢型の湖底に沈み、
生きていた当時と変わりない姿で歩いている・・・

中国のダム湖に沈んだ都市
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これはどうでしょうね、水温が低く、酸素溶解度が低いと腐敗菌が少なく、
腐敗しにくいのは確かでしょうが、低酸素でもまったく生物がいない
わけではありません。また、水に浸かっている以上、体内に水分を取り込んで
ふやけるのは間違いないですし、都市伝説の粋を出ないでしょう。

次、湖の水神に生贄を捧げる話。これは日本各地にあります。
水神は竜神とされることも多いですね。代表として、青森県・むつ市の
足漬(あしづけ)湖を取り上げます。この地域では、不作の年に、
湖の水神に生贄として若い娘を捧げており、泥の中に両足を埋めて
固定し、そのまま放置して去ったとされます。

湖となっていますが、山腹にある沼程度のもので、その付近では、
「生贄にされた娘たちが湖のそばに化けて出る」 「不作の儀式が行われた
7月に鬼火が出る」などという噂がささやかれており、
数々の超常現象が報告されていると言われます。
隠れた心霊スポットのようなので、いつか行ってみたいと考えてます。

琵琶湖の湖底遺跡
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さて、湖底の遺跡というと世界各地にあります。日本では琵琶湖の
ものが有名です。古代から江戸時代まで、100以上の遺跡が沈んでいますが、
調査は進んでいません。琵琶湖周辺は、古代の近畿地方と東海地方を結ぶ
重要な地点で、両者の特徴を持った文化があります。
日本の水中考古学はまだまだですが、ぜひ発掘を期待したい。

最後に、これはオカルトではないんですが、上記した田沢湖について
絶滅した固有種「クニマス」をめぐる話題がマスコミを賑わしました。
1940年、水力発電所が田沢湖の下に建設され、水量を補うため、
近くにある玉川を導入しました。これには玉川温泉などから出る
塩酸を主成分とする強酸性の水が含まれており、

さかなクン
lkいお54 (1)

湖水のphを酸性に変え、サケ・マス科の魚、鯉などのほとんどが全滅。
田沢湖の固有種だったクニマスも、1948年の調査で1匹の個体も
確認されず、絶滅とされました。うーん、昭和15年の話ですからねえ。
環境保護意識も現在とは違っていたでしょうし、国策であるダム建設に
反対するのは不可能だったでしょう。いたしかたのないところです。

それが、タレントでイラストレーターのさかなクンが、クニマスのイラストを
依頼され、参考資料として日本全国から近縁種の「ヒメマス」を取り寄せた。
このとき、山梨県の西湖から届いたものの中にクニマスにきわめて近い特徴を
もつ個体があったため、さかなクンは京都大学に調査を依頼、
解剖や遺伝子検査の結果、クニマスであることが判明したんですね。

クニマス
lkいお54 (1)

1935年、田沢湖から西湖にクニマスの受精卵10万個が贈られて
いたんですが、その事実は忘れ去られ、現地で繁殖を繰り返して
現在に至ったと考えられています。西湖ではクニマスという認識はなく、
付近の漁師は、ヒメマスの黒っぽい個体程度に考えていたそうです。
ロマンのある話だなあと思います。

さてさて、ということで、湖のオカルトを見てきましたが、
湖底遺跡についてはもっと書きたかったですね。インカの黄金の財宝が
沈んだ湖や、中国の湖底都市など、興味深い話がいろいろあります。
またいつか機会もあるでしょう。では、今回はこのへんで。

lkいお54 (6)




小さい墓の話

2019.10.23 (Wed)
無職 木村晃吉さんの話
じゃあ話していきます。わたしは、3年前にJRを退職しまして、
現在は無職というか、隠居の身です。一軒家に妻と2人で暮らして
おります。10日ばかり前のことですね。妻が、家の裏をノラ猫が
通ってオシッコをするので何とかならないかって訴えまして。
家の裏というのは、わたしの家はブロック塀で四方を囲んでて、
建物と塀の間に、人ひとりが通れるくらいのスペースがあるんです。
雑草が生えないように、下はコンクリで固めてます。
猫くらいいいじゃないかと思いましたが、どうせヒマですので、
ホームセンターに行って猫よけシートというのを買ってきました。
ほら、プラスチック製のトゲがたくさんついてて、猫が嫌がるって
やつです。裏に回りまして、通路の幅に切ったやつを

敷いていったんです。正直、どれほどの効果があるかはわかりません
でしたが、妻に言われて何もしないわけにもいかなくて。
それでね、家を建てたのはもう40年も前なんですが、
土地がもともとヤチと言われたところで、湿気が多かったんです。
そこで、少し床下を高くしまして、あちこちに換気口をつくって
湿気を逃すようにしてたんですよ。シートを敷いていく途中の、
その換気口の一つが外れてて、ふとね、床下はどうなってるだろうと、
のぞき込んでみたんです。そしたら、その穴から30cmくらい奥に
何かがある。四角いものです。まあ、ほっとけばよかったんですが、
気になったので、中に戻って懐中電灯を持ってきて照らしてみたんです。
そしたら、下の土が両手ですくったくらい盛り上がってて、

その上に板が立ててあり、何か書いてある。板は10cmないくらい
でしたね。はうような姿勢になり、手を伸ばしてつかんでみたら、
板はけっこう深く土にささってましたが、取り出すことができました。
たぶんカマボコの板かなんかです。そこにマジックで字が書いてまして、
「○○○の墓」。「〇〇○」の部分は漢字3文字なんだけど、
そこは埋まってなかったので、かすれてしまって読めなかったんです。
土の中にあった「の墓」の部分はわかりました。何だこれ?
子どもの字だと思いました。わたしには2人息子がいたんですが、
一人は中2のときに踏切事故で亡くなっているんです。
20年くらい前のことです。・・・夜中に家を抜け出して踏切で
電車に跳ねられた。当時はわたしも妻もショックでしたよ。

ましてほら、わたしはJR職員でしたから。警察が事情を聞きに来まして、
自殺じゃないかって見てたみたいですが、家には遺書もないし、
自殺する動機なんてなかったはずです。その週末、はじめて野球部の
レギュラーとして試合に出るって張り切ってたんですよ。
結局、事故ということになりましたが、夜中に抜け出した理由も
わかりません。そんなことをする子じゃなかったんです。
それに・・・車が立ち往生したってわけじゃなく、息子は歩きで、
電車が通る直前に飛び込まないと、轢かれるなんてありえないですよね。
いまだに釈然としてません。それでね、亡くなったのは2人の息子の
兄のほうです。弟は現在、30歳過ぎで、就職して家庭を持ってます。
で、その板を見たとき、息子のどちらかが、子どもの頃に小動物でも

埋めたんだろうと思ったんです。縁日で買ったカメとかいろいろ
飼ってましたからね。ただ、気にはなりました、板になんて書いてあるのか。
それで、夜になって息子のところに電話してみたんです。
床下に何かの墓みたいなのがあって、板が立ってた。
何か漢字で墓って書いてあるが、お前おぼえてるか?って。
そしたら息子は少し考えてましたが、突然「ああっ!」って言いまして。
「それね、兄さんだと思う。列車事故の少し前に、小人の中国人を
 殺しちゃった、どうしようって言ってたんだよ。ずっと忘れてたけど、
 今言われて思い出した。兄ちゃん、すごいあせってて、
 殺したのはわざとじゃない、遊びのつもりだった。やつらの仲間に
 知られたら仕返しされる、みたいなことを言ってた記憶がある」

こんな話をしたんです。でもねえ、小人の中国人なんているわけがない
じゃないですか。妙な話だなあと思いました。むろん、そのことが息子の
死と関係があるとは考えなかったんですが・・・気にはなりますよね。
それで翌日、土盛りを掘り返してみたんです。手が届かないのが
難儀でしたが、スコップを使って何度か土をすくうと、赤いものが
出てきたんです。古い布で、かなり腐ってましたが、暗い色調の赤、黄、
緑の中国服のミニチュアのようなもの。でね、その下に骨があったんです。
そうですね、全長が7~8cmくらいでしょうか。小人の骨?
いや、それはわかりません。たしかに人間の骨にはよく似てましたが、
頭蓋骨がなかったんです。いや、どうしたもんか困ってます。
警察に持っていっても、トカゲとかリスの骨だと思われるんじゃないですか。

食品卸会社勤務 木村昇輝さんの話
はい、親父から電話がありまして、兄が亡くなった当時のことを思い出し
ましたよ。僕と兄は一つ違いで、中学の同じ野球部だったんです。
僕と違って兄は勉強ができたし、野球も上手かったんです。
2年生なのにショートでレギュラーになるって喜んでた矢先にあの
事故が起きたんです。いや、もちろん大ショックでした。
自殺する理由なんて思いつかない。ただね、親父から電話があって
当時のことを思い出したんです。あのとき兄に「兄ちゃん、レギュラーすごいね、
 ヒット打ってよ」とかしゃべったら、兄は笑って「小人と取り引きしたんだ」
みたいなことを言って。もちろん冗談だと思ってましたよ。
それから2日後の夜、兄が僕の部屋に来て「板ないか?」って聞いてきたんです。
かなりあせった様子をしてました。「どうしたの?」って聞くと、

「間違って小人を殺してしまった。あいつら仲間がいるから死体を埋めて
 祀らないと」みたいなことを言って。冗談の続きにしては真剣な顔でした。
大きな板じゃなくてもいいみたいだったので、「母ちゃんが台所にとってある
 カマボコの板じゃダメ?」って言ったら、「ああそうか」って。
それで9時ころかな、僕の部屋に来て「埋めてくるから、母ちゃんが来たら
 庭にいるって言え」って言って出てったんです。そのときのことを
よく思い出してみたんですが、手に新聞紙でぐるぐる巻きにしたものを
持ってた気がします。いや、何かはわからないけど、端から赤いものが
出てたような気も。なにぶん20年も前のことですからね、たしかに
そうだったとは言えません。その次の日の夜です。夜中に一人で家を出た兄が、
踏切事故に遭ったのは。いや、どういうことなのかは見当もつきません。

主婦 木村陽子さんの話
はい、主人が「骨が埋まってた」って言って、小さいバケツに入れたのを
持ってきて私に見せたんですよ。いえ、気味が悪いので、ちらっと見ただけですが、
ガイコツのおもちゃってあるじゃないですか。ヒモで吊るして操るやつ。
あれにそっくりなものが赤い布といっしょに入ってました。
ネズミとか、それくらいの大きさのものです。それで、「そんなもの捨てちゃい
 なさいよ。家の中に入れないでね」そう言いました。
主人は「これな、○○が埋めたらしいんだよ。踏切で亡くなる直前に」と。
はい、さきほど主人が話したように、○○は、私どもの亡くなった長男です。
このときは、「この人、事故から何十年もたって、何言ってるんだろう」
って思いました。もしかしてボケが始まったんじゃないかとも。
主人は、「警察とかに持っていっても不審がられるだけだろうから、

 △△大で調べてもらおうと思う」△△大は主人が出た地元の国立大学で、
家からほど近いとこにあり、主人とは学部が違いますが、考古学ではけっこう
有名らしいんです。それで、そのバケツは生ゴミバケツのフタを流用して、
外の芝生の上の物干し台の近くに置いてあったんです。翌日ですね、
私が洗濯物を干そうと思ってそこへ行ったら、フタが開いて横に落ちてました。
拾って、バケツの中を見ないようにしてもとにもどそうとしたら、
中からばっと何かが飛び出したんです。驚いて座り込んでしまいました。
それ、赤と黄色の中国服のようなのを着た小人だと思ったんです、それも2人。
小人はそれぞれ小脇に白い束を抱えてて、あっという間に私の横を走り抜け、
家の裏のほうへ回って見えなくなってしまいました。今でも信じられません。
おそるおそるバケツの中を見たら、あの骨はすっかりなくなってたんです。





アーカイブ 阪急宝塚線3

2019.10.22 (Tue)
1ヶ月くらい前かな、某駅のホームで電車を待ってた。
時間は10時過ぎくらいだったと思う。
講師をさせてもらってる専門学校に行くところだったんだ。
通勤ラッシュが一段落し、でも乗客はまだそこそこいたな。
缶コーヒーを飲みながら地下からホームに通じる階段のほうを見てたら、
40代くらいのおっさんが片方だけ松葉杖をついて上ってきた。

おっさんはやせ気味でメガネをかけ、神経質そうな感じだった。
思いつめたような表情で、右足ギブスなのに素早く階段を上りきると、
松葉杖を使ってとんとん跳ねるように前進してきて、
ホームの前のほうに出てた若い女の人の背中にドンと体当たりした。
あきらかに故意だった。

女の人は泳ぐような動作をして足からホームに落ちた。
ここの線路は単線で、しかも電車の幅よりもせまくなってる。
(車両の端がホーム上を通る)
お下がりください、というアナウンスがあってやばいと思ったが、
女の人がなんとか立ち上がって向こうのホームに這い上がったところで、
間一髪で電車が滑り込んできた。

おっさんのほうは、呆然と突っ立ってたのを
近くにいた男の客たちが両脇から腕を抱えた。
電車に乗り込むときに、鉄道警察が走ってくるのが見えた。
うわー、通り魔事件に遭遇したんだなと思った。
まあ女の人が無事そうでよかった。

それから2週間後くらいかな。同じ時間帯にそのホームで電車を待ってた。
3月場所が近いせいか、浴衣を着た相撲取りが数人ホームの
前のほうにいた。カツンカツンという音がしたんでそっちを見ると、
階段を松葉杖の女の人が上ってきた。
あれ、この前ホームに落とされた人じゃないか、
なんか似ていると思ってたら、女の人は松葉杖を槍のように持ち、
ぴょこぴょこ相撲取りの一人の背後に近づくと、
松葉杖の先の部分で膝の裏をとーんと突いた。

相撲取りは不意をつかれてトトッと前に出ると、
ダイブするような形で腹から線路に落ちた。数秒後、同輩の相撲取りたちが
巨体とは思えぬ素早い動作で線路に飛び降り、
つぶれたような形でふせってる仲間を助け上げた。
全員がホームに上るまでかなり時間がかかった。電車がこなくてよかった。
女の人は重いものを突いた反動か、その場にペタンと尻もちをついてたが、
ややしばらくして、警察がきてどっかに連れていった。

で、ついさっきのことだ。やっぱり同じホームにいたんだよ。
それでこの前からのことを思い返してた。それにしても奇妙な話だよなあ・・・
最初あの地下からの階段をおっさんが上ってきたんだよな・・・と見てたら、
少しずつチョンマゲの頭と浴衣の肩が見えてきた。

相撲取りで、しかも額に包帯を巻き、目が血走って眉間にシワが寄ってた。
ああやばいと思った。ホームの前のほうにいたんだ。しかもすぐに電車がくる。
隣に立ってたサラリーマン風のやつに「さがれ!!」と声をかけて、
俺は飛びのくようにしてその場をのがれた。
サラリーマン風はきょとんとこちらを見ていたが、
背後から相撲取りのぶちかましをくらって大きく線路のほうに吹っ飛び、
そこに電車が走り込んできた。







アーカイブ 阪急宝塚線2

2019.10.22 (Tue)
その日は朝方に家庭のちょっとしたごたごたがあり、家を出るのが遅くなって、
いつもの通勤急行に乗れず、2本遅らせてしまった。
こんなことはここ何年もなかったんだが、
会社の始業にはなんとか間に合うだろうと思っていた。
途中乗車なんで座れないのはいつものことだ。

池田駅を通過したあたりで、
目の前でくたりと寝ていたOLが、急に目を見開いて立ち上がったので驚いた。
ザダッという音がして、そのOLだけでなくイスに座っていた
乗客がみなそろって立ち上がったのだ。
乗客はいっせいにくるりと車窓のほうを向き、直立不動の姿勢をとった。
自分のまわりで立っていた乗客も同じだった。

何事かと思っていると、乗客たちは完璧に同じタイミングで
右の車窓に向かって2礼し、パンパンと力強く2拍手した。
そして最後に一礼して、イス席の客は座り、
立っている客はバラバラに向きを変えた。窓の外に
有名な神社とかがあるわけじゃなく、いつもの見慣れた街並みだ。
自分はあっけにとられていたが、前のOLがとがめるような目で
自分を見た。他の乗客も自分のほうをうかがったり、
低い声で非難の言葉をささやき合っているようだ。

今のは何なんだ?
何も悪いことをしていないはずなのに、なぜかいたたまれない気分のまま、
電車はやっと梅田に着いた。降り際、ホームに足を着いたときに
ぐぎっという音がして足首をひねってしまった。足首を押さえて
しゃがみこんだ自分の後ろから、さっきのOLが追い越しざまに、
「ほら、お参りしないからバチが当たったんだよ」強くそう言い捨てると、
足早に改札へと向かっていった。







アーカイブ 阪急宝塚線

2019.10.22 (Tue)
そういえば、5年くらい前に昼過ぎの空いた電車に乗っていたら、
それまでカバンを抱えて座っていた40代後半くらいのおっさんが、
停車駅でもないのに急に立ち上がった。
おっさんは額から頭頂部まで禿げ上がっていて、
身長はかなり高く、痩せ気味ではあるものの骨格が太くいい体格をしていた。
おっさんは目を半眼のようにして、
直立不動で何やら軍歌のようなものを大声で歌い始めた。

歌い終わってから、
「みなさん聞かれたことがあるかもしれませんが、今のはPL学園校歌です。
 私は在学時野球部で5番を打っていました。
 惜しくも甲子園には行けませんでしたが。
 ・・・私は昨日付けで会社をクビになりました。
 なりましたが・・・しかしめげませんよ。
 野球部時代を思い出してこれからも頑張ります」と言って座った。
最後の方の声はややかすれがちだった。
まばらだった他の乗客はあっけにとられていたが、
小さい声で「そうか、ガンバレよ」と言った人が一人いた。

それで、このおっさんの態度が印象に残ってたんで、
会社の飲み会の2次会で居酒屋に行ったときに皆に話したんだよ。
そうしたらみなちょっとシュンとなって、この景気じゃ人ごとじゃないよな、
みたいな雰囲気になった。そしたら、居酒屋のついたての
向こうにいたタイガース帽のおやじが、話を聞きつけて
顔をのぞかせ「それ、阪急宝塚線だろ」と声をかけてきた。

「そうだ」と言うと、
おやじは、「それ幽霊だぞ。しかも嘘つきの幽霊だ。
 会社を首になったのは何年も前だし、そのすぐ後に首を吊って死んでる。
 年に数回出るから、あの沿線じゃちょっと有名だよ」と言うんで、
「幽霊とは思えなかったな。生きた人にしか見えなかったよ。
 それで、嘘つきってどういうことだい」と聞くと、
おやじは、「最初に出たときは、PLの8番バッターと言ってたんだよ。
 それがだんだん打順が上がってきた。人間死んでからまでも
 見栄をはりたいんかねえ。次は4番バッターになってるだろうよ」と言った。

※ 共通語になっていますが、会話はすべて大阪弁でした。
このシリーズはよく利用する私鉄路線へのオマージュです。

阪急宝塚線8000系




UMAとは何か?

2019.10.22 (Tue)
Gて (4)

今回はこういうお題でいきます、ひさびさにUMAの記事ですが、
UMAってオカルトのジャンルの中でも、あんまり人気ないんですよね。
日本で一番盛り上がっているオカルトは、やはり心霊だと思います。
これに対し、海外ではUFOが最もメジャーという国が多い印象です。
ではUMAはどうかというと、中にはそういう概念すらない国もあります。

もともと、UMAという言葉は日本でつくられたもので、外国人に
言っても通用しません。1976年、『SFマガジン』編集長の森優氏
(後の超常現象研究家の南山宏氏)が、UFO(Unidentified Flying Object)
を参考にして考案したもので、「Unidentified Mysterious Animal」
という和製英語です。

では、英語ではこのような「未確認動物」を何というかというと、
「Cryptid」で、それを研究する学問が「Cryptozoology(隠棲動物学)」。
ただ、この単語も特殊なもので、自分が前にカナダ人の友人に
話したときには、まったく通じませんでした。向こうでも、
普通の人が日常使うような言葉ではないんですね。

最近、最も目撃例の多い、アメリカとカナダの国境付近にあるメンフレマゴック湖の「メンフレ」
Gて (8)

このとき、相手がカナダ人ということで、自分は、オカナガン湖に
棲むUMA、オゴポゴ(Ogopogo)について話題をふったんですが、
それも知らなかったんです。この友人は、オカナガン湖がある
ブリティッシュコロンビア州に住んでいるのに。海外でも、
この手のことに興味のない人には、ほとんど知識がありません。

ちなみに、オゴポゴとは、体長は5~15m、頭が60cm程度の
蛇状の生物とされます。この名前からわかるように、アメリカ先住民の
伝説がもとになっています。正体としては、巨大なチョウザメ、
バシロサウルスや首長竜、新種のクジラ説があります。

南極近海の「ニンゲン」さすがにこれはフェイク画像
Gて (1)

さて、UMAについて、まず「Animal(生物)」の部分は問題ないですよね。
「Unidentified(未確認)」はどうでしょう。未確認というのは
「新種記載」されていないということです。新種記載は分類学(博物学)
の用語で、もしみなさんが新種らしき生物を発見し、命名したいと
考えた場合、これにチャレンジすることになりますが、かなり大変です。

まず、その生物がすでに記載されたものではないかを調べるため、
過去の膨大な論文にあたらなくてはなりません。そこでもし、
同じと思えるものが見つかった場合、残念ながら新種発見ではなく
「同定」ということになってしまいます。で、新種で間違いない
となったら「国際命名規約」にしたがって、やっと命名できるんですね。

イギリス、ノーフォーク州グレート・ヤーマスの海岸で発見された漂着物
Gて (3)

ここでやっかいなのが、新種記載には「標本」が必ずいることで、
写真に撮った、ビデオに収めただけではダメなんです。
ハードルが高いですね。例えば深海生物の場合、多くの目撃例があり、
いる場所もわかっていてビデオに撮られている。でも、標本がないので
新種と認定されていないものは多いんです。

世界には、この新種記載を趣味としている人がけっこういます。
日本でも昆虫でそれをやってるグループなどがありますが、
こんな面倒くさいことをよくやるなあと、自分なんかは思ってしまいます。
で、このことはUMAの定義と深く関連してるんですね。みなさんは、一般的な
昆虫や小さいエビなんかが新種であっても、それをUMAと言いますか?

ちょっと違うんじゃないと思いますよね。ここで重要なのが「Mysterious
(神秘的)」の部分です。何らかの形で、多くの人の興味を惹きつける
話題性がないと、UMAとは言わないんじゃないでしょうか。例えば大きさ。
「あの湖には最低5mくらいの蛇状の生物がいる」こういう証言があれば、
わくわくしますよね。そこが重要なんです。

フィリピンで発見された漂着物 政府の調査でクジラの一部と判明 毛のようなものは皮膚組織
Gて (7)

そんな大きなものが今まで発見されてないのは不思議です。
何らかの形で「神秘性、不思議さ」がなければ、UMAの条件を満たしません。
また、UMAは はかないものだとも思います。発見されたと同時に
UMAではなくなってしまい、新種生物になります。あるいは、
それがバシロサウルスとかだった場合、絶滅生物の生き残りです。

絶滅と思われていた生物が生き残っていて見つかった例はけっこうあり、
その代表格がシーラカンスですね。約6500万年前(中生代白亜紀末)
の大量絶滅時に消えた生物と考えられていましたが、1938年、
南アフリカ沖で発見されて世界の生物学者は騒然となりました。

大水族館でも長期飼育に成功していないシーラカンス
Gて (5)

現在、世界で生き残りがいるんじゃないかと言われているものには、
メガロドン、バシロサウルス、プレシオサウルスなどの首長竜、
プテラノドンなどの翼竜がいます。ただ、これらは絶滅したと考えられる
時期がだいぶ違います。では、ネッシーはどうでしょう。
首長竜説もありますよね。

さて、前に記事に書いたんですが、国際的な科学者の合同チームが、
ネッシーを環境DNAの面から調べるプロジェクトが進められていたのが、
このたび終了しました。環境DNAは生物が出している物質のDNAで、
みなさんが周囲に髪の毛や皮膚の破片、唾液などをまき散らすのと
同じです。次世代シーケンサーという機器を使えば、正確にわかります。

インドネシアまたはブルネイの川で撮られとされる謎の画像
Gて (6)

これでネス湖の水を調べた結果、残念ながら未知の生物のDNAは
発見されませんでした。そのかわりというか、大量のウナギのDNAが
見つかっています。ネス湖は寒冷地にありますが、ウナギの生息には
適しているようです。調査チームのニュージーランド・オタゴ大学、
ニール・ゲメル教授は、「巨大ウナギの可能性がある」と述べています。

さてさて、ということで、今回はUMAの話題でした。
いつも書いていることですが、UMAの話題が盛り上がらないのは、
きちんとした調査をせず興味本位に取り扱い、続報を報道しない
マスコミに大きな責任があると思います。では、今回はこのへんで。

関連記事 『環境DNAって何?』

ネッシーについての調査団の推論 巨大ウナギ説
Gて (2)




電気のオカルト

2019.10.21 (Mon)
zthsh (6)
危険な実験を試みるベンジャミン・フランクリン

今回はこういうお題でいきます。電気はもう100年以上も前から、
われわれの生活になくてはならないものです。まあ、照明などは
ロウソク等で代用できるとしても、電気がなければパソコンが
動かないので、このブログを書くこともできません。

また、一口に電気と言ってもきわめて幅広い内容を含んでいて、
電流、電圧、電波、静電気、生体電気、電場、電位差・・・などなど、
学生時代に理系を専攻した人でも、これらすべてを的確に
説明するのは難しいんじゃないでしょうか。
ちなみに、自分にはとてもできる自信はありません。

さて、人類と電気の関わりというと、まず雷を思い浮かべる人が多数
なんじゃないでしょうか。古代文明では、雷は神の怒りと考えられる
ことが多く、電気という意識はもちろんありませんでした。
人間はある物について、比較する対象がないと、なかなかその物の
本質を明らかにすることができないんですよね。

関連記事 『雷のオカルト』

「ナイルの雷神」とも呼ばれるデンキナマズ
zthsh (1)

どういうことかというと、電気という力があるという考えが出てきたのは、
今から6000年ほど前の古代エジプトで、それもじつに意外なものからです。
ナイル川に生息するデンキナマズ、これに触れてしびれる状態が
雷に打たれた場合に似ていることから、デンキナマズは雷と同じ力を
持っている、という記述が古文献に出てきます。

うーん、古代エジプトには頭のいい人がいたんですね。その後、静電気に
ついて知られるようになってきます。古代ギリシアでは、コハクを毛皮などで
こすることで、静電気が発生することが知識として広まりました。
今の子どもが下敷きで髪の毛をこするのと同じです。ただ、この力は
ゼンマイなどと違ってため込むことができず、何にも利用されませんでした。

静電気
zthsh (7)

さて、電気のオカルトというと、オーパーツとして出てくるのが
「バグダッド電池」と呼ばれるもので、1932年、現イラクの
バグダット郊外の遺跡から出土した粘土製の壺です。高さ約10cm、
直径約3cmと小さく、何かを中に保存するのには不向きです。

壺の中には、天然アスファルトで固定された銅の筒が入っていて、
さらにその中に鉄製の棒が差し込まれているという複雑な構造。
底のほうには何らかの液体が入っていたのではないかという痕跡が
見られました。発掘当初は誰も用途がわからなかったんですが、
1938年に、化学的な電池ではないかとする論文が出されます。

実際に実験をしてみたところ、電解液を酢やワインなどにした場合、
1ボルト程度の電圧が発生したんですね。電池の用途については、
金メッキに使われたのではないかという意見が多いですが、
電気でしびれることによって、宗教的な法悦に浸るためといった
説もあります。この電池を使って銀製品に金メッキをする実験も

「バグダッド電池」
zthsh (2)

行われ、成功しています。電池説以外には、パピルスに書かれた
宗教的な文書を保存するためのものという意見もあります。
うーん、どうでしょう。自分は電池説は正しいんじゃないかと思います。
この壺は、土器の様式から5世紀ころのものと見られており、
そういう技術があっても不思議ではない気がします。

ただ、この手のものが出てくると、必ずと言っていいほど、
「宇宙人が地球に来て、技術を古代人に教えた」というような話が出て
くるんですよね。でも、ピタゴラスの定理とかアルキメデスの原理を
発見した古代人の知能は、現在の人と変わりありません。宇宙人関与説は
古代の叡智をバカにしてるようで、自分は好きになれないんです。

「エジプトの電球」
zthsh (4)

あとはそうですね、「エジプトの電球」なんて話もあります。
上の画像がそれです。これはエジプトのハトホル遺跡で発見されたもので、
レリーフが描かれたのは2000年ほど前と見られます。
遺跡の壁には火を燃やしたススが付着しておらず、古代エジプトでは
この巨大な電球を使って暗所作業をしていた・・・

でも、よく見ればわかりますが、電球のフィラメント部分は舌を出した
蛇ですよね。これは宗教的な意匠で、蛇は太陽神の子どもであり、
地上に明かりと暖かさをもたらすことを象徴しているとするのが
一般的な解釈です。まあ、壁にススが付着してない理由は、
奴隷に松明を持たせていたとか、いくらでも説明ができます。

さて、現代の話に移りますが、今年度のノーベル化学賞は日本人の
吉野彰氏が、リチウムイオン電池の開発で受賞しました。
ベンジャミン・フランクリンが18世紀中ごろ、雷が電気であることを
証明して以来、電気を大量にため込む方法はずっと研究されて
きたんですが、効率のいいバッテリーは現在でも難しいんです。

リチウムイオン電池の原理
zthsh (3)

東日本大震災で福島第一原発事故が起きたのは、津波によって
電源を喪失したためです。発電所なわけですから、もし大きな電力を
施設内に蓄えておけたなら、あの事故も防げたかもしれません。
また、電気自動車などでは現在、大量のバッテリーを積まない
方法が研究されています。

電気自動車にバッテリーを積まなければ車体が軽くなりますし、
価格が安くなり、航続距離を気にすることもありません。
いいことずくめです。そこで、ワイヤレス充電器を高速道路の
センターラインや一般道の交差点の信号前などに埋めておき、
電気自動車には小さなバッテリーだけを積んで、走りながら充電する。

さてさて、ただしこれ、実現するためには大規模なインフラ整備が
必要です。はたして間に合うんでしょうか。というのは、
世界各国でドローンの研究が盛んですよね。もしかしたら、
意外に早く個人用ドローンが一般化し、交通手段の主流は
空中に移るのかもしれませんよ(笑)。では、今回はこのへんで。

ドローンカー
zthsh (5)




夜のバスの話

2019.10.20 (Sun)
今晩は、よろしくお願いします。東京でアパレル関連の会社に
勤めてる雨宮ともうします。今からお話するのは、先月下旬、
私の郷里の北陸のある市での出来事なんです。地名までは言わなくても
かまいませんよね。法事があって数日帰郷してたんです。
私の父方の祖父の17回忌ということでした。私は、祖父との
思い出はありません。祖父が亡くなったのは私が6歳のときでしたから、
あんまり記憶がないんです。父は次男で、早くに実家を出て自立していて、
お盆や正月に私を連れて帰るなんてことも ほとんどなかったんです。
あまり子ども好きじゃない、気難しい人だったみたいですね。
それで、父は2年前に亡くなってまして、母は今、入院中です。
ですから、一家の代表として私に出ろって病院から電話がかかってきて。

気乗りはしませんでした。祖父はむかし漁師の網元だった人で、
そのせいかわかりませんが、父方の親戚は気の荒い人が多かったんです。
金曜でしたので、その日は会社を休み、次の土曜は休日なので、
一泊するつもりででかけました。午前中に法事があり、会場のお寺に
たくさん人が来てたのには驚きました。市の助役さんという方もいたんです。
午前10時から始まって、いったん昼食休憩があり、午後もずっとという
長い長い法事で、椅子だったので足は大丈夫でしたが、
お坊さんが何人も来てて、読経の声で頭が痛くなったんです。
あらためて、ああ、祖父って有力者だったんだなって思いました。
それで、法事が終わると宴席になりました。お寺でやったわけじゃなく、
近くにある料亭の広間を貸し切ってのものでした。

そこで、恥ずかしい話ですが、父の兄、私から見れば伯父にあたる人と
口論になってしまったんです。原因は、祖父が亡くなったときの遺産相続の
ことで、私にはまったく事情のわからない話です。伯父はかなり酔っていて、
そのときのことでネチネチと私にからんできて、最初はガマンしてたものの、
とうとうコップのビールを伯父の頭にかけちゃったんです。
それからカバンを持って料亭を飛び出しました。背後で怒声が聞こえましたが、
追いかけてくる人はいなかったです。はい、私も気が強いほうで、
父の一族の血筋を引いてるのかもしれません。外は小雨が降ってましたが、
傘は持ってました。時刻は夕方の5時過ぎ。駅前にビジネスホテルを
取ってたので、タクシーでそこまで行こうとスマホで連絡を取ってみました。
そしたら、雨で利用者が多く、少し時間がかかるって言われたんです。

来てくれるようお願いして、近くにあるバス停の近くで待ってました。
お寺は郊外にあったので、走ってる車は少なかったです。そこで30分ほど
待っても来ないので、もう一度かけてみようかと思ったとき、
バスが近づいてきたんです。青いバスでした。いえ、車体自体は
どこにでもある路線バスでしたが、窓から漏れている照明が青かったんです。
深海を連想するような色でした。とっさに行き先の表示を見たら、
「市内巡回」とあったので、それなら駅前には必ず行くだろうと思い、
乗ることにしました。乗ってからタクシーはキャンセルしようと。
バスが停まり、静かに中央の乗り込み口が開いて、通路に上がると、
全身が青い照明につつまれて深海にいるみたいでした。これ、わざと
青くしてるんだと思いました。何かのイベントバスなんだろうか。

乗車券の機械がなかったので、ちょっととまどってると、
「ああ、お嬢ちゃん、こっちこっち」という声が後部座席のほうから聞こえ、
見ると、袈裟を着たでっぷりと太ったお坊さんが、席から身を乗り出して
手招きしてたんです。ああ、今日はお坊さんと縁がある日だな、
そう思って、軽く礼をし、通路をはさんだ反対側の席に座りました。
そのお坊さんはあまり太ってるので、一人で2人分の座席を占めてましたね。
私が「これ、乗車券は?」お坊さんに聞くと、お坊さんは少し笑って、     
「このバスは無料だよ。乗るのはお金持ってない人ばかりだから。
 それよりお嬢ちゃん、よくこのバスが見えたねえ」どういう意味か
わかりませんでした。「ただ、バス停のところにいたら来たので・・・」
「お嬢ちゃん、もしかして、お寺帰りかな」

「あ、はい、ずっと法事があって、その後は料亭にいたんですけど」
「ああ、やっぱりな、それで見えたんだな」 「・・・どういうことですか?」  
「いや、このバス、普通じゃないだろ」お坊さんはそう言って、
鼻先で前のほうを指したんです。たしかに不思議な光景でした。
まず、乗り口から後ろはガラガラというか、私とそのお坊さんしか
いないのに、前のほうの座席はかなり人がいるようでした。
ようでしたというのは、後ろ側のバスの照明は白に近い明るさなのに、
前になるにしたがって青く暗くなっていき、運転席は真っ暗で
計器類の明かりしか見えなかったんです。それで、「たしかに変ですね。
 これ、路線バスなんですよね?」って確かめたんです。
「ああ、これから夜中、街をぐるぐる回るんだ」 

「じゃあ駅へも行きますよね」 「もちろん」それで一安心しました。
まだ質問したかったんですが、お坊さんが黙ったので私も話をやめたんです。
そのうちバスは広い道から外れ、住宅街のようなとこへ入っていき、
児童公園の前で止まりました。でも、外にバス停らしきものはなし。
乗り口が開いて、黒いシルエットになった人が入ってきたんです。
着ているものがうっすらと見え、スーツ姿のサラリーマンらしかったんですが、
首のところに縄のようなものが巻きつき、後に垂れてたんです。「!?」
その人は音を立てず、滑るような動きで前の空いている座席に座りました。
「今のは・・・」思わずお坊さんに聞くと、「そこの公園のブランコで
 首を吊った人。みうらよしのぶ、38歳の銀行員だな」
「どういうことですか」 「お嬢ちゃん、タクシー怪談て知ってるかい」

「え、あの、寂しい道とかで女の人をタクシーが乗せ、墓地に行ってください
 って言われる」 「そうだ。で、運転手が、お客さん着きましたよと言うと、
 さっきまでルームミラーに映ってた女の姿はなく、座席がじっとりと
 濡れている」 「まさか、このバス」 「そう。タクシー幽霊の話は
 全国にある。亡くなった人が、事故の現場、自宅、墓地などを行き来する
 ために利用してるんだな。といっても無賃乗車だが。
 でな、この市のタクシー組合から依頼されて走ってるバスだよ」
「・・・」 「信じられないかな」 「いえ、でも、幽霊がいるとして、
 どうしてこのバスが幽霊専用ってわかるんですか」
「あの青い照明は、そういう者を引きつけるんだ。逆もそう。
 このバス自体が、霊がいるところを見つけて入っていく」 「・・・」

バスはあちこち寄り道をし、いつまでたっても駅へは着きませんでした。
まあでも、無料なんだし、翌日は休みなので気になりませんでした。
そのバスがどういうものなのか、興味津々だったんです。
バスは乗る人だけでなく、降りる人もいました。
降車ブザーが鳴り、バスは大きなお寺に付属した墓地の前で停まりました。
前の席で影の人が立ち上がり、降りていったようでしたが、
暗くてよく見えませんでした。こうして、本来は20~30分ほどで
駅につくはずなのに、私は3時間近くそのバスに乗ってたんです。
また別の墓地の前でバスが停まりました。それまで動かなかったお坊さんが、
「この子はもういいだろう」そう言って立ち上がり、懐から数珠を出して
指にかけ、バスの前のほうへ通路を歩いていったんです。

バスの降り口のところで、お坊さんが何か話す声が聞こえ、
それから短い読経の後、「かっ!!」という鋭い気合がかけられました。
バスが発進するとお坊さんが戻ってきたので、「今のは?」と尋ねました。
「交通事故で亡くなった中学生の女の子だ。昨日、ひき逃げ犯がつかまってな。
 そろそろ成仏させてやろうと思ったわけよ」 「・・・」 「いつまでも
 霊としてこの世にとどまっているのはよくない。きりがいいところで引導を
 渡すのが拙僧の仕事」 「ああ」やがてバスは明るい道に出て、それから
駅まではすぐでした。私はブザーを押し、お坊さんにお礼を言って通路を前に
行きました。両側に座っている霊たちはやはり影のようでしたが、
さわさわと身じろぎしてるのがわかりました。駅前に降り立ってバスを見ると、
青い窓から、霊たちの気配が私を見下ろしていました。これで終わりです。








猫目地蔵の話

2019.10.20 (Sun)
アーカイブ170 

小学校の5年生のときの話だ。当時ね、俺は弟が嫌いでね。
2人兄弟で、弟は2年生だったんだよ。いや、まだ小さい頃はそうでもなかったんだが、
小学校に入ると急に生意気になったんだ。だからよくケンカしたし、
腕力じゃもちろん俺が勝つが、やつは泣いて母親のところに走っていくから、
結局、怒られるのは俺なんだよ。このあたりのことは兄弟がいる人ならわかるだろ。
あとまあ、俺は勉強ができなかったが、弟はそこそこできた。
そういうことが重なって、弟のことがすごく嫌いで、
いつも、いなくなってしまえばいいって考えてたんだよ。
まあなあ、今にして思えば、弟の服は俺のお下がりばっかだったし、
弟だけが親に目をかけられてたわけでもないんだが、当時はそうは思えなくてね。
あんなことをしなけりゃよかったって後悔している。
うん、だから、そのあんなことってのをこれから話すんだよ。

俺らの通ってた小学校は田舎道をずっと通った先にあって、朝は集団登校だったんだ。
帰りは5年生と2年生では終わる時間が違うし、俺はミニバスのクラブに入ってたから、
弟と一緒に帰ることはなかったが、小学校って、先生方の研究会なんかで、
給食食べて終わりって日が年に何回かあるんだ。でも、そういうときでも、
クラスの友だちといっしょに帰ることが多かったけどな。
んで、ある日曜日、弟と家の和室で遊んでて、床の間に飾ってた皿を壊しちゃったんだよ。
弟の足が当たったんだ。その皿は親父が大切にしてたもんだったから、
俺は青くなったが、弟のほうはぽかんとしてて、責任を感じてる様子じゃなかった。
で、居間にいる親父のところへ一緒に謝りに行こうとしたとき、
弟の靴下の先に血がにじんで畳に赤く跡を引いてたんだよ。
親父がそれを見つけて、俺が皿を割ってしまったことを話すと、弟が足をぶつけたのに、
俺だけが集中的に怒られたんだよ。ケガをしてたからか弟には何にもなし。

それで頭にきて、弟になんとか復讐してやろうと思ってた。
でな、俺は弟の弱点を知ってたんだよ。あいつ異常なくらいに幽霊とか怖がってた。
ほら、昔は夏休み中に心霊番組とかあっただろ。そういうのは絶対に見ないんだ。
もしそういう番組をやってるところに入ってきても、
耳をふさいで逃げてしまうくらい怖がりだった。だから、
それを利用してこらしめてやろうと思ったんだよ。その皿が割れた2日後、
前に話した、学校が早く終る日があったんだ。で、俺は弟に復讐するために立てた
計画どおりに、黒マジックを持って素早く学校を出た。
ああ、何をしたのかはおいおいわかるよ。で、そのことが終わると、
少し学校のほうに戻って、弟が帰ってくるのを待ったんだよ。
そしたら5分ほどして、弟が石を足で蹴りながら一人で歩いてきたんで、

「よ、一緒に帰ろうぜ」 「あ、兄ちゃん」そんとき俺は弟の手をつかんだが、
弟は俺が何かたくらんでるとか、怪しむ様子もなかったな。で、しばらく歩くと、
道の脇に、赤い幕がかけられた四角い小さなお堂が見えてきた。
田舎にはよくある、地蔵様を祀ってるお堂だよ。そのすぐ前まで来て俺は、
「お、ちょっと地蔵様を拝んでいこうぜ」 「じそうさま?」
「お前は知らないから、この前をただ通り過ぎるだけだったろうけど、
 地蔵様を拝むといいことがあるんだ」 「うん」
幕をぺらっとよせ、弟の手をつかんだままて並んで中に入った。
中には1m少しほどの赤いよだれかけの地蔵様が一つ、その両脇に、
30cmほどの地蔵様が数体あって、お供えのための台が置いてある。
「ほら、始めて見ただろ、この地蔵様」 「・・・あ、何か目が変だよ」
弟がおびえた声で言ったんで、俺はそこで口調を変えた。

「これなあ、猫目地蔵様って言うんだ。昔から言い伝えられてる呪いの地蔵様だよ」
「目が・・・猫の目」 「うん、だから猫目地蔵なんだ。これを見たやつのところに、
 夜に地蔵様がやってくる」 「あ、あ、見ちゃった。でも兄ちゃんも見ただろ」
そこで弟は俺のほうを向いて「あっ!」って言った。
そう、俺はそんとき固く目をつぶってたんだよ。「見たのはお前だけだ。
 だから今日の夜、この地蔵様がお前のところに来る」
「怖いよう」弟は幕の中から逃げ出そうとしたが、俺は手をつかんで離さなかった。
んで、さらに不気味な口調にして、「このことは誰にも話すな。もし話したら
 猫目地蔵様に命を取られる。ただ、話さなければそこまでのことはないんだ」
「怖いよ~」弟が泣き出したんで、俺がやっと握ってた手をゆるめると、
そのまま弟は走って、家まで一目散に逃げてったんだよ。

俺は大笑いしてな・・・もう何をやったかわかっただろ。地蔵様の目のところに
黒マジックで猫の目の輪郭を描いて、そのまわりを黒く塗ってたんだ。
地蔵様は石が粉っぽくなるほど乾いてて、描くのは簡単だったよ。
俺はそのまま家に戻った。母親が家にいたが、弟が俺のイタズラのことを話した
様子はなかった。俺はランドセルを家に置くと、すぐに遊びに出かけたんだよ。
帰ってきたのは夕食前。弟は居間にいて、TVのアニメを見てたが、
俺が入っていってもこっちを見ようともしなかった。
ああ、まださっき猫目地蔵を見せたことを怒ってるんだなと思ったが、
俺はぜんぜん気にしなかった。今回のことは、弟に復讐し罰を与えるため
だったからな。夕飯が終わると、俺は弟と共有だった部屋に引っ込んだが、
弟はまだ居間にいた。おそらく怖いから寝るときまでずっと居間にいるんだろうと

思ったが、寝る段になって、怖いから一緒に寝かせてと親に言って、
それで俺のやったイタズラがバレるんじゃないかと、少し心配になってきた。
でも、9時頃には弟は部屋にやってきて、宿題を始めた。
で、俺が「さっきの猫目地蔵様のこと、言わなかったよな」と、机に向かってる
弟に話しかけると、泣きそうな顔でふり向いて、「兄ちゃん、地蔵様が来ると
 どうなるの?」って聞いてきたから、「それはな、まず腕をとられる。
 それから足。最後には首も取られてしまうんだけど、助かる場合もある」と、
その頃の都市伝説で聞き知ってたことを言った。「さっき、誰にも言わなかったら
 助かるって言ったよね」 「ああ、お前は誰にも言わなかったようだから、
 助かる呪文を教えてやる。猫目地蔵様が近くまで来たら、
 ヤングマン、さあ立ち上がれよヤングマン、Y・M・C・A って唱えるんだ」

その頃は英語なんて小学校ではやってなかったから、弟はYMCAを必死で覚えて、
俺は笑いたくてたまらなかった。そして、10時半頃に寝たんだよ。
俺と弟は2段ベッドで、俺が上だった。いつも電気は小さいのをつけて寝てた。
で、布団に入ってすぐ俺は眠ったんだ。子どもだから、今と違って目をつむると
くてんと寝てしまうんだよ。朝まで起きることはなかったんだが、
その夜はなぜか、しばらくして目が覚めた。すると、下のほうでぶつぶつつぶやく
声が聞こえてきたんだ。「やんぐまん、さあ立ち上がれよ・・・」
俺は吹き出しそうになった。ああ、こいつ地蔵様が来てると思ってのか、
馬鹿なやつだ。で、ベッドの縁から頭を出して下をのぞいいてみた・・・
こっからは嘘だと思うだろうけど、そしたらいたんだよ、猫目地蔵様が。
俺のところからは石の丸い頭だけが見えた。

けど、全体が燃え上がるように赤い。びっくりして頭を引っ込めると、
背筋がぞっとするような声で「誰が目を描いた、言え、誰が目を描いた」
こう聞こえてきた。その後に、小さく弟の声で、「知りません。ごめんなさい。
 ヤングマン、さあ立ち上がれよ、ヤングマン、わい・えむ・しー・えー」
まさかと思ったけど、もう一度顔を出して見る勇気はなかった。
だからそのまま布団を引っ被ったんだ。目を描いたのは俺だし、
そのことが知れたらヤバイだろ。地蔵様の声は1度きりで、
下からは弟の声がいつまでも聞こえていた。「わい・えむ・しー・えー・・・」
気がついたら朝になってたんだよ。俺は下に降りて弟をゆさぶり、
「お前、昨日、地蔵様が来ただろ」って聞いたら、弟は目を開けて、
「うーん、来たけど、兄ちゃんが教えてくれた呪文を言ったら帰っていった。

 目を誰が描いたか聞かれたけど、兄ちゃんだとは答えなかったよ」
こんなふうに言ったんだ。俺は頭が重く、目がちらちらして熱っぽい感じがした。
で、下の洗面所に顔を洗いに行って鏡を見たら、
両方の目が赤くなってまぶたが腫れ上がってたんだ。俺は急いで台所に行き、
朝食を作ってった母親に目のことを訴えた・・・まあこれで話は終わり。
その日、病院に連れて行かれ、両目はどちらも雑菌が入ったんだろうって言われた。
熱が39度まで上がって、学校を数日休んだ。あと、ランドセルの中の
黒マジックがむちゃくちゃにねじくれた形で折れてたな。それから・・・
地蔵様だけど、かなり時間がたってから幕の中をのぞいたら、目はきれいになって、
マジックで描いた跡はどこにもなかった。その場で何度も謝ったし、
小遣いでお供えも買った。それ以来、弟とはまずまず仲良くなったよ。






椅子のオカルト

2019.10.19 (Sat)
VDS (7)
B級映画 『Killer sofa』

今回はこういうお題でいきます。椅子というと古い歴史があり、
古代ギリシア・ローマ、古代エジプト、古代中国では椅子が使われて
いました。ところが日本では、背もたれのない縁台(時代劇で街道の
茶屋とかにあるもの)はあったものの、本格的に椅子を
受容したのは明治以降なんですよね。

これ、自分は不思議だなあと思います。庶民はともかく、日本の
上流階級が中国で椅子が使われてるのを知らなかったはずはありません。
漢詩などにも出てきますし、遣唐使などの渡航者も見てきたはずですが、
なぜ、取り入れられなかったんでしょうか。

中国の椅子
VDS (3)

ネットを検索すると、日本は畳の文化だったから、という答えが
多く出てきます。中国やその他の国の多くは床が土間、あるいは
石や木の固い床であったのに対し、日本は柔らかい畳やゴザで、
靴を脱いで室内に入り、じかに座る習慣だったために
普及しなかった。うーん、でも、それだけのことなんでしょうか。

日本の工芸技術は古くから優れていましたので、椅子が作れないはずは
ないですよね。奈良時代の一時期、椅子が導入されたようですが、
結局は定着せず廃れてしまいました。たしかに一つには、椅子は室内で
使うものではないといった固定観念が、日本にはあったかもしれません。

エジプトの椅子
VDS (5)

あと、古代からの長い間の習慣で、正座やあぐらで座るほうが椅子より
楽だったので、慣れるまでいかなかったんじゃないでしょうか。江戸末期、
ロシア、プチャーチンの秘書ゴンチャロフは、著書『日本渡航記』で、
ロシア使節と幕府代表が対面したとき、ロシア人は畳に5分と座れず、
日本人は椅子に5分と座れなかったと書き残しています。

特に背もたれのある椅子の場合、帯などがじゃまになったでしょうし、
武士は刀を床に置くのが不安だったなど、すべての生活習慣が
椅子になじまなかったんでしょうね。もしかしたら、日本人の背中の
筋肉のつき方なども、椅子向きではなくなっていたのかもしれません。

峠の茶屋と縁台
VDS (4)

さて、椅子のオカルトというと、小説で『人間椅子』というのがあります。
江戸川乱歩の有名な作品なので、読まれた方も多いでしょう。
容貌が醜いため人に蔑まれていた家具職人が、有名ホテルに納入される
大きな革の椅子の中に空間をつくり、水や食料も持ち込んで
長期間その中に入るといった話です。

筋がひとひねりされていますので、未読の方のためにこれ以上の
ネタバレはやめておきますね。古代の中国には実際に人間椅子が
あったとも言われます。中に人が入るんじゃなく、太って
肉づきのいい奴隷が全身に刺青を施され、貴人の外出時などに
お供をして、休息時には地面にふせて臨時の腰掛けになる。

陣床几
VDS (2)

まあ、椅子を運搬する手間が省けるので便利ではあります。
この話を取り入れたのが、覆面作家である沼正三が書いた『家畜人ヤプー』。
日本初のマゾ小説として、天下の奇書などとも言われます。
未来の白人が支配する世界では、日本人はヤプーと呼ばれる家畜であり、

人間椅子、肉便器、乗り物など、それぞれの役割に特化した肉体に
改造されています。マゾと言っても、ムチで打たれるなどの苦痛よりも、
人体改造が一つの大きなテーマになっていて、心理的マゾヒズムの
要素が大きいものです。沼正三の正体にはさまざまな説があり、
これも一つのオカルトと言っていいかもしれません。



あとはそうですね。怖い椅子といえば、アメリカで死刑に使われた
電気椅子などもあります。前に記事に書きましたが、電気椅子は、
エジソンとテスラの電流戦争の産物としてできあがりました。
直流電源を推し進めるエジソンが、テスラの交流電源を危険なもの
であるとして、宣伝のために作ったのが交流電気椅子。

最初の電気椅子による死刑は悲惨極まりないもので、受刑者に
電気を流すと体が震え、絶叫し、頭部から煙が上がり、肉の焼ける臭いが
立ちこめて、吐き気を催した立会人が何人も部屋から逃げ出したと
されます。この結果について、「斧を使ったほうがまだましだった」とまで、
後に酷評されました。(この死刑囚は内縁の妻を手斧で殺した。)

関連記事 『エジソン対テスラの戦争』

初期の電気椅子


さて、本格的なオカルトとしては、「座ると死ぬ椅子」というのが現存します。
ご存じの方もおられるでしょう。「バズビーズ・チェア(Busby's chair)」
と呼ばれ、イギリスのノース・ヨークシャー州で、義理の父を殺害した
罪で絞首刑に処された、トーマス・バズビーの亡霊に取りつかれ
呪われていると伝えられています。1702年に死刑執行されて以来、

現在まで、その椅子に座った65人がほどなくして死亡したとされます、
原因はさまざまで、1990年、62人目の犠牲者は2時間後に風呂場で
転倒。1992年、63人目の犠牲者は1時間後に自動車事故。1995年、
64人目の犠牲者は30分もしないうちにエレベーターから落ちる。
2000年、65人目の犠牲者は時間の記載はないが、野犬に襲われ死亡。

「バズビーズ・チェア」とその他の怪しい展示物
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まあこんな感じです。英文サイトにはいろいろと出てきてますので、
興味を持たれた方は検索してみてください。この椅子は、
「バズビー・ストゥープ・イン」というパブの名物になっていましたが、
あまりに危険ということで、現在は北ヨークシャーにあるサークス博物館
(民家レベルの建物)で、座れないように吊り下げて展示されています。

さてさて、椅子のオカルト、けっこうあるもんですね。
最初に書いたことと関連しますが、西欧では愛用の椅子を持っている人は
多く、生涯の長い時間をその上で過ごすため、人格が乗り移ったような
感覚があるんだと思います。では、今回はこのへんで。

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ヒーロー遺伝子って何?

2019.10.18 (Fri)
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今回はこういうお題でいきます。遺伝子生物学系の話なんですが、
できるだけ柔らかい内容にしたいと思います。さて、みなさんは、
アメコミのスーパーヒーローの中では誰がお好きです?
最近はアメコミヒーローが次々映画化されて、昔はあまりメジャーでは
なかったものも、知られるようになってきています。

さて、彼らがヒーローたるゆえんは、もちろん、普通の人間にはない
特殊な力を持っていることです。この力の源がどこからきているか
というと、じつに多種多様なんですが、あえて分類するとしたら、
大きく3つくらいに分けられるんじゃないかと思います。

まず一つ目は異人系、簡単に言えば、もともと地球人ではないという
ことです。代表格はスーパーマンで、彼は地球よりも重力の大きい
クリプトン星人であるため、電車を手で止めたり、空を飛んだりできます。
ヘルボーイとかもそうですね、魔界から来た人物で、さまざまな悪魔的な
力を身に着けています。日本ではウルトラマンがこれ。

バットモービル
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2つ目はミュータント・改造人間系。人間が変異や改造により特殊な力を
身につけた。映画の『XーMEN』に出てくるヒーローはみなこれですし、
スパイダーマンもそうですね。なぜ変異したかについては、自分から
望んだ、悪の組織に改造された、スパイダーマンのようにたまたまクモに
噛まれたなどのケースがあります。日本だと仮面ライダーが代表かな。

3つ目は、一般の人間が、鍛錬、パワースーツ、すごい車などの力で
悪に立ち向かう。アイアンマンは、自分が発明したパワースーツを
身につけてありえない力を出しますし、バットマンも普通の人間ですが、
弾丸を跳ね返すスーツ、バットモービル、格闘技の訓練などで
超人になります。あ、いけない、生物学の話だった。

すみません、つい興に乗ってしまいました。さて、「ヒーロー遺伝子」
というのは、上記のアメコミを意識してつけられた名前ですが、
正式な生物学用語ではありません。他人よりも優れた力を持っている
原因になっている遺伝子のことをそう呼ぶようです。

遺伝子ドーピング
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例えば、オリンピック出場選手の遺伝子を解析すると、
次々に共通する塩基配列部分が見つかるようになってきました。
ただ、自分の子どもをオリンピックに出たしたいがために、
遺伝子改変をすることは許されませんよね。また、遺伝子改変に
よって公平な競争が阻害されてしまいます。

では、現在、どんなケースでヒーロー遺伝子がとりざたされているかと
いうと、ずばり「病気にならない遺伝子」についてです。
これまでの基礎医学では、病気になった人を対象として、
遺伝子の解析がなされてきました。そして、多くの病気の原因となる
先天的な遺伝子の塩基配列が見つかってきています。

しかし、病気の原因がわかったとして、それが治療に結びつくか
というと、なかなか難しいんです。そこで発想を180°転換し、
ある病気について、それにかからない人の遺伝子を解析してみました。
すると、さまざまなメカニズムが判明してきて、それをもとに、
実際に薬もいくつか開発されています。

24歳で結核で亡くなった樋口一葉
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病気は、大きく分けて2つあります。感染症とそれ以外です。
医療の歴史は感染症との戦いの歴史と言ってよいでしょう。
コレラ、天然痘、チフス、結核・・・結核は、ストレプトマイシン
などの抗生剤が開発されるまでは死病で、日本でも、新選組の沖田総司、
樋口一葉、宮沢賢治などなど、これで亡くなった有名人はたくさんいますね。

感染症以外は、癌、糖尿病、高血圧など、人間の体そのものが引き起こす
病気ですが、病気にならない人の遺伝子を研究することで、
そのどちらの薬もできてるんです。例えば糖尿病。ポルトガルの主婦、
パウラさんは、おそらく数億人に一人、体内に糖分を溜めこむタンパク質を
つくらない遺伝子の持ち主で、糖のほとんどは尿として排泄されてしまう。

エイズ(HIV)ウイルス 禍々しい形をしています
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ですから、一般的な糖尿病になることはありません。
このパウラさんの体の中で起きていることを再現できないか。そう考えて
研究が進められ、2012年、糖を溜めこむタンパク質を抑える
薬が開発されて、世界90ヶ国以上で認可されました。
日本でも2014年から臨床現場で使われているんです。

次にエイズの場合。これは感染症ですね。高レベルのエイズ感染環境に
あるのに、発症しない人の存在は以前から知られていました。
研究によって、エイズウイルスは人間の体内の、ある種のタンパク質を
利用して侵入してくるのに、エイズにかからない人のそのタンパクには
先天的異常があり、ウイルスが付着できないことがわかりました。

そこで、このメカニズムを利用し、エイズウイルスと上記のタンパクとの
結合を阻害する薬が開発され、すでに実用化されています。
この他にも、心臓病にかかるおそれのない人、メンデル遺伝病などの
難病にかからない人が次々に発見され、
現在、研究が進められているところなんですね。

受精卵に対しゲノム編集を行った中国の研究者
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さてさて、薬なんてまどろっこしい、最初から遺伝を切り貼りして、
病気にかからないよう人間を改造すればいいじゃないかと思われるかも
しれません。ですが、エイズについてそれをやった、当ブログでも
取り上げた中国の研究者は、世界中から非難を受けています。
現状では、ヒトゲノムの編集は禁忌です。理由はわかりますよね。

まず、その編集された人物が一生健康で暮らせる保証がありません。
何が起きるかわかりませんし、もしその人が結婚して赤ちゃんを持ったら
その遺伝子は・・・ 一個人にとどまらず、人類全体に大影響を
与えてしまう可能性があるんです。ということで、アメコミのヒーローは、
当面、コミックや映画の中だけの存在でしょう。では、今回はこのへんで。

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隣の部屋の話

2019.10.17 (Thu)
これな、俺が小学校6年の頃だから、もう20年前くらいになるかな。
親父が信用金庫に勤めてて、けっこう転勤が多かったんだよ。
それも全国規模でだ。ええと、仙台、鎌倉、金沢・・・まあ、今考えれば
全部東日本だけどな。で、どの街も3年で引っ越すことになってた。
俺が小6のときは・・・ああ、都市名は言わないほうがいいか。
たぶんその家はまだあるんだよ。だから、そのあたりのことは ぼかさせてもらう。
まあ、家族持ちの転勤者用に会社で借りてるんだろうが、
あんな不思議なことがあったのはあの家でだけだ。1軒家だが、古いし
せまかったのよ。間取りとかは今でもよく覚えてるよ。
1階が台所と居間、両親の寝室。それに風呂とトイレ。2階は一部屋だけで、
俺と弟の部屋だ。下よりも新しかったから、たぶん後から増築したんじゃないか。

まあでも、それでも1軒家だから、たいがいのマンションよりは広い。
文句を言うのはぜいたくかもしれねえな。ただ、そんときは俺、
弟と一緒じゃなく、自分一人の部屋が欲しかったのよ。翌年から中学生に
なるわけだし。あ、弟は俺とは4つ違いで、そんときは小2だった。
おとなしい性格のやつで、そんなジャマになるってわけでもなかったんだけどな。
親父には、ことあるごとに話してたよ。そしたら、おそらく次で
転勤は終わり。親父が採用された仙台に戻って、そこで家を建てるから、
そんときにお前一人の部屋もつくってやるって言われて。
でもこれは微妙だったな。そんときは転勤の2年目に入ったばかりで、
俺の部屋ができるとしても中2からってことになる。子どもの頃の2年ってのは
長いんだよ。見通すことができない、先の先って感じでな。

ああ、すまん、なかなか話が前に進まなくて。でな、その家、古いって言ったろ。
母親の話では築30年ってことだった。もちろん、ボロ家とかじゃなく、
ちゃんとした瓦屋根の家で、雨漏りなんかがすることはなかった。
けども、全体が和風のつくりで、俺と弟の部屋も畳の上にカーペット敷いて、
2段ベッドと勉強机2つを入れてたのよ。窓は一ヶ所だけだったな。
俺、洋風の家がよかったんだよ。遊びに行く友だちの家がみんなそうだったから。
明るい壁紙で床はフローリング。リビングにはソファとかがある、
そういうのに憧れてた。でな、学校の家庭科の時間に、「快適な住まい」って
勉強をした。夏とか冬をどううまく過ごすかみたいな内容だな。
その教科書に、間取り図ってのが出てきて、俺、面白えと思った。
だから、家に戻ってから、理想の部屋ってのを紙に書いてみたんだ。

もちろん俺一人の部屋だよ。四角い部屋を描いて窓を2ヶ所つけ、
ベッドを入れる。勉強机の他にもう一つ低い机があって、そこにはゲームをやる
大型テレビが載ってるんだ。いや、描いててすげえわくわくしたよ。
で、夕食が終わって2階に上がってからも、その紙をにやにやしながら眺めてた。
そしたら弟が、「兄ちゃん、それ何?」って聞いてきたから、
「俺の部屋だよ、お前のいない部屋」と答えたら、「じゃあ僕はどこへ行くん?」
そう言ったんで、「いや、お前は別に自分の部屋があるんだ」そしたら、
弟は少し考え込んで、「僕、一人で寝るのちょっと怖いかな」って。
ああ、こいつガキだ、話にならねえと思った。宿題をやって寝たが、
その夜は何も起きなかった。で、翌日の朝だよ。まず2段ベッドの下で寝てる
俺が起きて弟を起こした。自分の机を見たら、昨日の部屋の図面の上に、

黒い文鎮みたいなのが乗ってたんだ。あれ、こんなの置いたっけか。
そう思って近づくと、7~8cmで人が座った形をしてる。色は真っ黒。
つかみ上げようと手を伸ばしたら、ぽつぽつと顔のところに白いものが出てきた。
それが目を開けたんだよ。そうだなあ、今にして考えれば、
布袋様みたいな感じだった。和服を着てでっぷり太った人の黒いシルエットで、
頭は坊主。でな、その頭が今度はぱかっと横に割れた。大口を開けたんだよ。
小さい歯がずらっとあるように見えた。「うわ、何だこれ?!」
思わず手を引っ込めたが、それは墨が水に溶けるみたいに、
煙になって消えたんだよ。いや、びっくりした、びっくりしたが、
本当にあったこととも思えない。弟が自分の机でランドセルを開けてたんで、
「お前、今の見たか?」聞いても、「何を?」って首を振るだけだった。

前日に描いた図面を取り上げると、なんか紙が湿った感じがした。
それで、机の一番上の引き出しに入れて学校へ行った。あの黒い人形みたいな
やつのことは、集団登校中にも考えたがわからない。だから夢だと
思うことにした。笑われると思って誰にもしゃべらなかったよ。
で、その日の夜だ。子どもだったから、いったん寝ると朝まで起きないんだが、
そんときは夜中に目が覚めた。何でかというと、顔に光があたってたから。
縦に細長い光。目覚ましを見ると夜中の3時過ぎだった。
半身を起こすと、寝てる頭のほうにドアがあって、その開いた隙間から
光が漏れてたんだ。ありえねえ、だって2階は一部屋で、ドアは反対側だ。
ベッドに頭をぶつけないように起き、ドアに近づいてみると、
重々しい洋室のもので、丸いドアノブがあった。

隙間は細すぎて中がのぞけないんで、思い切って開けてみた。
そしたら・・・もうわかるだろ、図面に描いた俺の部屋があったんだよ。
部屋の天井はこうこうと蛍光灯がついてて、広いベッドがある。
立派な学習机と薄型テレビ、それに欲しかった最新式のゲーム機が
つないであったんだよ。机は真新しく、引き出しを開けてみると空。
・・・この時点で変だと思うのが普通だろうが、俺はもう、うれしくてな。
まず机に座ってみた。それから置いてあったリモコンでテレビの電源を入れると
ついたんだよ。友だちの家にあって操作のしかたはわかってたから、
ゲーム機を起動させたら、ソフトもちゃんと入ってた。いや、夜中だってことを
忘れて遊んだよ。そうだなあ、俺の感覚で2時間くらいはやったと思う。
さすがに疲れたんで、そこのベッドに横になった。

そしたら、固い2段ベッドと違って沈み込んでいく感触があって、
そっから記憶がなくなった。でな、気がついたら朝になってて、
もとの部屋だったんだよ。まあな、夢を見た、そう考えるしかない。
実際、隣に続くドアもなくなってたし。いつものように弟を起こしたら、
「兄ちゃん、昨日夜中にかなりうなされてたよ」って言ったんだ。
「お前、起きたのか」 「声が大きかったから」それから、
週に2回くらい夜中に目が覚めることがあり、そんときにはあのドアがあった。
俺は部屋に入り、ゲーム機で遊ぶ。ソフトは同じもののときもあったし、
違うこともあったが、どれも俺が好きなやつだった。で、遊び疲れて
その部屋のベッドで寝ると、朝にはもとにもどってるのも同じなんだが、
妙に疲れた感じがした。あるとき弟が「兄ちゃん、ゲームの夢見てたろ」って

言ったから、「何でわかる?」と聞き返したら、「口でバキューン、
 ダキューンってゲームの音させてたから」って。
で、俺、その日、学校で倒れたんだよ。体育の時間だった。担任が母親に
連絡し、迎えにきて、その足で病院に行った。いくつか簡単な検査をして、
軽い貧血だろうってなった。医者は「たいしたことなさそうですが、
 原因がわからないので、明日、朝からまた来てください」それから
家に帰って、だいたい午後2時ころだったが、一人で部屋で寝てたんだよ。
でな、ふっと気がつくとあの部屋だった。ドアを通ってないのに、
あの部屋のベッドにいたんだ。それはマットレスの固さですぐにわかった。
フカフカと沈んでいく感触がしてな。起きようとしたが体が動かなかった。
足のほうで、「そろそろ熟したようだなあ、さて、いただきますか」

しわがれた声が聞こえた、頭だけ少し起こして見ると、真っ黒い
太った坊さんがいたんだよ。あ、これ前に見たやつだってわかった。でも、
そんときは文鎮ぐらいだったのに、子どもの俺の3倍くらいになってた。
「うわわわ」そいつの口がパカッと開き、中に何重にも小さい鋭い歯が
生えてて銀色に光ったんだ。ああ、食われるのか? そう思うと怖くなって、
「助けてくれ~」って大声で叫んだ。そいつは意に介さず、俺の片足を
がちっとつかんで・・・「助けてくれ~、助けて~」そんとき、
目の前がびりびりと裂けた。そうとしか言いようがない。背中が固く、
いつもの2段ベッドにいるってわかった。弟がいて、俺の机を開け、
あの図面を出して ものさしで押さえてた。「・・・どうした」かろうじて声が出た。
弟は「母さんに様子を見てきてって言われて部屋に入ったら、兄ちゃんが

 いなくて、兄ちゃんの机の引き出しの中から、助けて~って声が聞こえた。
 開けてみたら、兄ちゃんが前に紙に描いてた部屋の絵があって、
 それを大きな虫がかじってたんだ」 「大きな虫?」 「カブトのメスの
 2倍くらいもある丸い黒い虫。怖かったけど、絵の中のベッドに兄ちゃんが
 いるのが見えたんだよ。それで、ものさしを出して虫を叩いた。
 何度も思いっきり叩いたら、黒い煙になって消えたよ。そんときに、
 絵の紙が破けたんだ。ああ、兄ちゃんに怒られると思ってベッドのほうを
 見たら、兄ちゃんがだんだんに浮き上がってきたんだよ」こんな話をしたんだ。
ふだんは俺の机にさわったら弟を怒るんだが、こんときは怒らなかった。
いや、内心感謝してたよ。部屋の絵の紙はトイレに流した。翌日の病院の
検査では異常なし。それからは、おかしなことは起きなかったんだけどな。
 





殺人鬼から生きのびる

2019.10.17 (Thu)
アーカイブ169

タイトルなし

今回はこういうお題でいきます。どういう意味かというと、
あなたが、例えば『13日の金曜日』など、連続殺人鬼ものの映画の
登場人物だったとして、どうすれば最後まで生きのびることができるか
ということです。ホラー映画には一定の法則がありますので、
それを逆手に取ることができれば、なんとかなるかもしれません。

その1、これはよく言われることですが、
「絶対に一人にならないこと」です。また、カップルだけというのも、
じつに危険なシチュエーションです。こういう映画で、まず最初に殺されるのは、
エッチをしようとして、2人だけで仲間から離れたカップルです。

そういう場合、最初に男のほうが殺られ、次が女というケースが
ほとんどなんですね。しかも男のほうは、殺人鬼の存在に気がついてさえ
いない場合が多い。これはどうしてかというと、
映画を作る側が、最初のうちは殺人鬼の姿を見せたくないからです。

どんどん強力になるジェイソン


よくあるパターンとして、バンガローかなんかにしけこんだカップルの、
男がドアを閉めようとしたときに、急に外から手を引っぱられ、
額に斧の一撃を受けます。このとき、殺人鬼の姿はわざと映さず、
振り下ろされる斧と、恐怖に目を見開いた男の顔のアップというのが定番です。

女のほうはベッドで男を待ってるわけですが、
一歩一歩女のほうに近づいてくる足と、血が滴ってる斧が映されます。
まだ殺人鬼の上半身は見えません。で、女が「ねえ、早く」とか言って、
そっちを見た瞬間、「ギャー」と言う悲鳴が上がります。
どっかで見た記憶のあるシーンですよね。

アメリカは、何事にもフリーだと思われるかもしれませんが、
意外にそうでもなく、宗教的な価値観から、いきなりエッチが始まるような
映画は不道徳だと考える人もそれなりにいます。それにどうせ、
映画のR指定(15歳以上とか)の関係で、なかなかエッチは成功しません。

あとそうですね、これはホラー映画だけじゃなくミステリでも言えることですが、
鍵がかかるからといって、一人ひとりが別々の部屋に入るのはマズい。
もしそういう提案があったら、全員が一ヶ所に固まって、
交代で見張りしながら寝るように言い張ってください。

最初の頃のジェイソンはホッケーマスクではありませんでした
タイトルなし

その2、「品行方正にしていましょう」これはどういうことかというと、
マリファナなんかを吸ってる人物は、最初のほうで殺られちゃうからです。
観客に、「こいつは社会にとって必要のない人間だ」と思われては
いけません。殺人鬼は審判の笛みたいなもので、ファールするやつは、
すぐにこの世から退場させられてしまいます。

その3、「なるべく部屋の真ん中にいましょう」
そういう映画では、ドアはもちろんですが、窓もたいへん危険です。
B級ホラー映画には「おどかし」がつきものですので、
いきなり窓が割れて手が伸びてくるというのも定番の手法です。

その4、「列の最後にならないようにしましょう」
列の最後を歩いていた人物がいつの間にか姿が見えなくなって、
「あれ、○○はどうした?」という場面も目にされたことがあると思います。
じゃあ、真ん中へんを歩いてればいいかというと、これがなかなか難しい。
階段を登るシーンなんかがそうですね。

水中に長期間いても平気


ギシギシきしむ古い木の階段を、主人公が最初に登っていく。
ああ、大丈夫そうだと思って続くと、いきなりステップの底が抜けて
宙ぶらりんになり、下にはチェンソーを持った殺人鬼がいて、
仲間に引っぱり上げられたときには、あなたの下半身はなくなっています。
ですから、状況をよく見極めて行動することが大切です。

その5、「殺人鬼の存在を信じましょう」この手の映画では、
登場人物の中に「そんなのいるわけないだろ、バカバカしい」と、
殺人鬼の存在をなかなか信じないキャラがいるんですが、だいたい3番目
くらいに、たっぷり殺人鬼の恐怖を味わった無残な殺され方をします。

その6、「自分から主人公になりにいきましょう」
これは意味がわかりますかねえ。みなさんはたぶん日本人ですから、
アメリカ映画ではどうしても脇役キャラにされてしまいます。
多民族のアメリカでは、グループが出てくる場合、社会的な配慮で、
必ずその中に黒人や東洋系が混じっています。

素顔のジェイソン
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で、けっこう最後のほうまで生きのびますが、最終的には殺られてしまうんです。
そのままでは、生き残るのは白人キャラになってしまいます。
そこで、リーダーとして積極的に行動し、主役の座を奪ってしまわなくては
なりません。最近は、定番の法則をわざと崩し、観客の予想を裏切る形の
映画が増えてきてるので、できないことはないでしょう。

その7、「派手に殺人鬼を倒そう」この手の映画の殺人鬼は、たいてい不死身です。
銃で撃たれた程度じゃまったくひるみません。映画のクライマックスは、
派手じゃないと盛り上がらないからですね。たんにその場から逃げるだけでは
ダメなんです。ですから、殺人鬼が燃え上がって爆発するとか、
冷凍されて粉々になるとか、そういう倒し方を必死になって考えましょう。

さてさて、ということで、今回はB級ホラー映画のお話でした。
こういう低予算映画を見る楽しみの一つは、制約がある中でどんな工夫をしてるか
ということです。キラリと光る演出をしてる監督は、後々メジャーになる
ケースが多いんですね。では、今回はこのへんで。

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ハロウインあれこれ

2019.10.16 (Wed)
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渋谷のハロウイン祭り

昨日、ハロウインケーキをご紹介したので、引き続いて、今回は
このテーマでいきたいと思います。ただ、ハロウインの起源については
いろんなブログで紹介されていますので、後半のほうでは
映画の話も少ししてみたいと考えてます。

さて、まず「Halloween」の字義から。これは「All Hallows even」を
縮めたものですね。「even」はクリスマスイブのイブと同じで、
前夜祭という意味。つまり「諸聖人の日の前夜祭」ということです。
「諸聖人の日」はキリスト教カトリックで定められている祝祭日で、
「万聖節」とも訳されます。

11月1日がその日なので、10月31日は前夜祭となるわけです。
ちなみに、アメリカに多いプロテスタントでは、聖人という
概念を認めてないので、これは祝いません。ただ、プロテスタントでは、
ドイツのマルチン・ルターが1517年の10月31日、
カトリック教会の免罪符(贖宥状)その他に抗議し、

論題を城門に打ちつけるマルチン・ルター
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論題を突きつけた日ということで、「宗教改革記念日」となっています。
これがハロウインと重なってるのは偶然であると説明される
ことが多いんですが、そう思えない節もあるんですよね。
このあたりは、もう少し掘り下げて調べてみる必要がありそうです。

さて、ハロウインはもともと古代ケルト民族、ドルイド教の「サウィン祭」
であったというのは、最近よくあちこちに書かれています。
ただ、ドルイドの文献はほとんどないため、実体がよくわかりません。
研究によれば、ドルイド教では、霊魂の不滅と輪廻転生を信じ、
人間の生贄を捧げていたとみられています。

古代のドルイド教の儀式
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「サウィン祭」の内容は、・その年の収穫に感謝する収穫祭
・現世と冥界の垣根が取り払われ、死者が訪ねてくる日、日本のお盆
みたいなものです。・長く暗い冬の始まりを前にハメを外して
お祭り騒ぎする日、の3つくらいの意味が重なっていたと思われます。
ですから、この日に騒ぐのも、あながち間違いでもないかもしれません。

キリスト教が広まっても、この「サウィン祭」は民衆の間で祝われて
いました。初期のキリスト教は教会の数も少なく、ヨーロッパの辺境部に
浸透していくまで時間がかかったんですね。そこで、7世紀ころになって、
カトリック教会が、「すべての聖人と殉教者を記念する日」として
民衆の祭りを取り込んだ。こう説明されることが多いですね。

ドルイドの遺跡ともされるストーン・ヘンジ
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ドルイドの影響を近代にも残していたイギリスやアイルランドでは、
「サウィン祭」も原型に近い形で行われており、そこから新大陸に
移住した者たちが、この風習をアメリカに持ち込んだわけです。
ですが、子どもたちが仮装して家々を回り、お菓子をくれなければ
イタズラするという「Trick or treat」が始まったのはごく最近、

1940年代以降だと思われます。それまでは、子どもがイタズラを
してもよい日ですが、お菓子をもらえるということはありませんでした。
このハロウインのイタズラは、代表的なものに家の門を盗む
などがあるんですが、だんだんに過激化していき、
窓を割ったり、家に火をつけたりなどの事件が起きたりしたんです。

トリック・オア・トリート
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そのため学校では、子どもにひどいイタズラをしないよう注意を
出したりしてるんですね。この慣習に目をつけたのがアメリカの
お菓子その他の業界。1950年代にはキャッチフレーズとして
「Trick or treat」の言葉がつくられ、映画やテレビで広まって
いきました。仮装することも含めて、わりと新しいものなんです。

さて、ハロウインを題材にした映画だと、1978年の『ハロウイン』
が最も有名で、シリーズ化されています。第一作の監督は
ジョン・カーペンター。ただこれ、たしかに映像の迫力はありますが、
ここまでウケるほどのものなのか、自分はよくわかりませんでした。

ジャック・オー・ランタン イギリスではカブだったのがアメリカでカボチャに変化
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筋は、先天的に善悪を判別できない少年が、6歳で姉を殺して長期間、
精神病院に入る。成長した少年は精神病院を脱走し、ブギーマンの
仮面をつけ、かつての家族を殺そうと近づいていきます。
あくまでねらいは自分の血縁者で、その他の殺人は、いわば巻き添え
なんですが数が多い。だいたい1作で13人前後が死にます。

ブギーマンはまったくしゃべらないので、なぜ血縁者を執拗に
つけねらうかの理由はわかりません。ブギーマンは銃で撃たれても死なず、
おそらく不死身なんですが、その原因も不明。殺し方もスプラッタという
ほど派手なものではありません。これは、ブギーマンが残虐を好んで
いるわけではなく、ただ殺すことだけが目的だからです。

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ということで、自分にはピンとこない映画で、なぜアメリカでこれほど
ウケるのか理解できないんですが、何か向こうの人の恐怖の琴線に
訴えかけるものがあるんでしょうね。もう一つホラーの最新作をご紹介すると、
最近アメリカで公開された、『スケアリー・ストーリーズ・トゥ・テル・イン・
ザ・ダーク』一言でいうと、本格ホラーではなく子ども向け作品ですね。

幽霊屋敷、勝手にページが増える怪談の本、動くかかし、顔面の皮膚に
卵を産むクモ、自分の体をバラバラにして操ることができる怪物、
タイムスリップなど、子どもが好きそうな怪奇ギミックが、これでもかと
詰め込まれています。ですが、詰め込みすぎて映画のテンポが早すぎ、
じっくり恐怖を味わってる時間がなかったです。

ストーリーも収拾がつかなくなって、前半で怪物に襲われて行方不明に
なった子ども2人を、主人公たちが探しに行くというところで終わっています。
まあ、最初から続編が予定されているのかもしれませんが。
家族向けとしてはよいかと思います。では、今回はこのへんで。

『スケアリー・ストーリーズ・トゥ・テル・イン・ザ・ダーク』(邦題未定)
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お菓子のオカルト

2019.10.15 (Tue)


今回はこういうお題でいきますが、お菓子で記事が一本書けるか
どうか不安です。あんまりオカルトとは縁がないものですよね。
ですから、この記事の後半は、毎年やっている「ハロウインケーキ」
の特集にさせていただいてお茶を濁したいと思います。

あと、前に「チョコレートのオカルト」という記事を書いているので、
それと内容がかぶらないようにします。さて、お菓子の定義は難しく、
明らかにするのはほぼ不可能という感じがします。現代では、
じつに幅広い概念になってるんです。例えば、甘いものがお菓子か
といえばそうでもなく、塩せんべいとかもお菓子と言いますよね。

ポテトチップスなどもスナック菓子と言いますし、「お菓子=甘み」
ではないようです。あと、アイスクリーム類は氷菓子と
言ったりしますが、ヨーグルトなんかはどうでしょうか。
市販されているものは、砂糖や果実を加えて甘みをつけた製品が
多いですが、乳製品をお菓子ということは少ないと思います。

また、果物は昔から水菓子と呼ばれてきましたが、現代では、
ミカンやリンゴなどをお菓子とは考えませんよね。
うーん、どうすればいいのか。これは、食品そのものより、
食べるときの条件によって、お菓子と呼ばれるかどうかが
決まってくるのかもしれません。



つまり、主食ではなく、おやつとしてちょっとつまむもの。
ただし、果物のようにまったく加工がされていないものはのぞく。
あと、スルメとかカルパスとか、ああいったお酒といっしょに
食べるものは「おつまみ」になるんでしょう。

さて、歴史的にみると、甘みとしては天然の蜂蜜が石器時代から
採取されています。中国大陸では古くから養蜂が行われていましたが、
日本では一般的ではなかったようです。『日本書紀』には、
643年、皇極天皇の時代に、百済から人質として日本に来た
王子豊璋が、蜜蜂を三輪山に放して養蜂を試みようとしたが失敗した、

という記述が出てきます。それから、縄文時代の遺跡からは、
栗の実や栃の実を粉にして固めて焼いたものが出土していて、
「縄文クッキー」と呼ばれていますが、これはたんに食べやすくした
だけで味もほとんどなく、主食の一つですね。

日本では、砂糖の受容は遅れました。奈良時代に、唐の僧 鑑真和尚が
持ってきたものが日本で初めての砂糖とされ、薬と考えられていました。
それ以前は、甘みとしては水飴(玄米を発酵させたもの)
アマヅラ(ツタの樹液を煮詰めたもの)などで、平安時代の『枕草子』に、
かき氷にアマヅラをかけて食べる描写が出てきます。

アマヅラの原料の甘葛


アマヅラは自分も食べたことがありますが、ほんのり甘いかなという
程度のものです。それ以後も、日本での砂糖はずっと輸入に
頼っていました。中国から小麦粉を使った饅頭が入ってきましたが、
日本では仏教の戒により中に肉をつめるのを禁じられたため、
小豆やサツマイモに砂糖を加えて練った「餡」を入れるようになります。

室町時代後期から戦国時代にかけて茶道が大隆盛し、茶事で使われる
点心がさまざまに工夫されて和菓子が誕生します。
江戸時代からは、南蛮貿易により金平糖やカステラなどが少しずつ
入ってきて、現在の多種多様なお菓子になっていくわけです。

うーん、ぜんぜんオカルトにならないですね。ホラー小説や映画でも
お菓子がテーマになったものは思いつきません。
おそらく、お菓子を食べているときは世界の誰もが幸せな気分で、
オカルトホラーなことには結びつかないんでしょう。

あと、お菓子のオカルトというと、ミルキーにまつわる都市伝説が
言われることが多いんですが、ミルキーそのものはただのアメで、
マスコットキャラであるペコちゃん人形のオカルトと言ったほうが
いいものです。やはり無理のようなので、
ここからはハロウインケーキ特集にします。

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これくらいにしておきますが、ハロウインケーキに使われるモチーフは、
クモとクモの巣、お化け(白いシーツをかぶったもの)、目玉、枯れ木、
墓地、黒猫、魔女、頭蓋骨、血、コウモリなどです。アメリカでも昔は
カボチャのケーキがほとんどでしたが、今はいろんなのがあるようです。

あと、アメリカではクリスマスケーキを用意する家庭は少ないです。
ふつうはクリスマスにはミルクとクッキーが出ます。いつのころからか
わかりませんが、日本ではケーキ業界の宣伝にのせられ、
クリスマスにはケーキを食べることになったんです。まあねえ、
こういうのも一種のオカルトかもしれません。では、今回はこのへんで。

関連記事 『チョコレートのオカルト』 『ハロウインケーキ特集』
『クリスマスあれこれ』




天井裏の蛙の話

2019.10.14 (Mon)
こんばんは。岸川淳一と申します、よろしくお願いします。
私、今年の4月から町内会の会長を務めることになりまして。
2年続けて務めた前の会長さんが引退するにあたって、内々に打診されて
いたんです。考えましたが、お引き受けさせていただくことにしました。
私は3年前、中学校の教員を校長で退職しまして、現在は
単位制高校の講師をさせていただいてますが、週3日、1日6時間の
勤務ですので、時間の余裕はあります。そのことはご近所さんも
ご存知なので、私のところに大役のお鉢が回ってきたんでしょう。
前役の方々のお力添えで春の総会をなんとか無難にこなしまして、
まだ1年目の途中なんですが、なかなかやりがいのある仕事だと
思っております。最初にお話をいただいたときには、

回覧板を回す程度のことだろうと考えていたんですが、
やることはさまざまにありますし、町内のみなさんのお役に立てることが
うれしいと感じるようになりました。私が会長を務める町内は、
〇〇市みどり谷1丁目と申しまして、名前を聞いておわかりのように
新興住宅地です。といっても、できてからもう40年になりますので、
最初期に入ってこられた方々は私よりも上の年代です。私のように
教員などの公務員、団体役員などの方が多く、問題の少ないところなんです。
それで、せっかく会長になったんだから、新事業を企画しようと思いまして。
考えついたのが、この町内にはなかった老人会のようなものです。
月に1、2度、公民館に集まって会費制でお茶会を開く。
まず、そのあたりから始めようと思いました。

会費は500円程度で、そのくらいなら気軽に参加できますよね。
で、ゆくゆくは地域の小学校との交流会や、講師の先生に来ていただいて、
ストレッチングなど、堅苦しくない講演会なども開こうと考えていたんです。
それで、この趣旨を説明しに、ある日曜日の午後、65歳以上の方がおられる
家々を、副会長の一人の木村さんとともに回らせていただいたんですが・・・
はい、町内の世帯数は約300、そのうち該当するのが180ほどでしたので、
不在のお宅にはチラシを入れておくだけにしても1日では終わりません。
50軒ほどを回ったところで日が暮れてきました。ここで今日は終わりにしよう、
そう思って入ったのが、浜村さんというお宅です。そこは70歳を
過ぎたおばあさんが一人暮らししてるんです。それもなんとも気の毒な事情で。
浜村さんは長男ご夫妻と一緒に住んでおられて、長男の方は50歳過ぎでした。

仕事は市のJAの役員。お孫さんたちはもう独立されています。
それが半年ほど前、長男ご夫妻が事故に遭われたんです。遠くの市に就職した
お孫さんを訪ねようと朝早くに車で家を出、高速道路で居眠り運転の
長距離トラックと衝突しまして、お二人とも即死でした。
はい、そのときの葬儀には私も参列いたしました。浜村さんは茫然自失と
いった様子で、励ましの言葉もかけられませんでしたよ。
それから、明るい方だったのに、家に引きこもるようになりまして。
たまに買い物に出たところをご挨拶しても うなずく程度で、元気がなく
ずっと心配だったんです。お宅の前にくると、玄関先の観葉植物の
鉢がみなしおれていました。呼び鈴を押しても返事がなく、木村さんと
目配せして表戸を開け、「浜村さ~ん、おられますか」

大声で呼びかけました。在宅しているはずだと思ったんです。何度か
声をかけると、ややあって、「は~い」という小さな返事が聞こえ、
玄関に面した階段を一足ずつ、おぼつかない足取りで浜村さんが下りてきました。
「あ、やっぱりおられたんですね。お元気でしたか」私が努めて明るい声で
そう言っても、浜村さんは無表情のままででした。玄関先でチラシを渡し、
会の趣旨を説明したんですが、浜村さんはその間、何度も後ろの
1階の廊下をふり返ってました。で、私たちが説明を終えたときに、
こんなことを言われたんです。「あのな、1階の天井裏に動物が入り込んで、
 うるさくてな。夜じゅう音がするんで、足が悪いのに2階で寝とるんだよ。
 会長さん、すまんがちょっと見てもらえんか」って。
「ははあ、猫か何かですかね」まあ、その程度のことならと思い、

木村さんとともに上がらせていただきました。浜村さんの家は団地の
初期に建てられたもので、それなりに古く、廊下を歩くときしみ音がしました。
台所には洗ってない皿などが山積みで、そこを抜けてリビングに入ると、
浜村さんは天井を指差し、「ここが一番うるさい」そう言ったんです。
「いつからですか」と尋ねると、「息子らが死んでからすぐだなあ」
そのときに少し変だなあと思いました。事故は半年も前で、もし小動物や
鳥が入り込んだとしても、そんな長く生きてはいられませんよね。
実際、耳を澄ましても、そのときは何の音もしなかったんです。
精神的なものか、と思いましたが、そう言うわけにもいかず、
「どっか、天井裏に入れるとこはありますか」って聞いたんです。
そしたら、居間の隣の寝室の押し入れの天袋から入れるという話で。

懐中電灯があるか聞くと、大型のを持ってこられました。
押し入れを開け、布団の入ってない上段の隅の天袋の板をモップの柄で押すと、
フカフカと動いて外れそうでした。木村さんは私よりも若いんですが、
私は体育教師だったので体が効くと思い、押し入れに上がり板をずらすと、
パラパラと埃が落ちてきました。頭を突っ込んで懐中電灯で照らしても、
埃だらけ、クモの巣だらけで、生き物がいた様子はなかったんです。
もし鳥とかが入ったのなら跡がつくし、死んでるなら臭いとかもするはずでしょう。
「何もいませんよ」と言いながら反対側を向いて照らすと、
手が届くところにダンボール箱があったんです。文字を見るとパソコンの箱です。
古いもので、現在のよりも箱がかなり大きい。片手を伸ばして引き寄せようと
したら、中で「ゴロゴロッ」という音がしました。

そうですね、猫が喉を鳴らす音にも思えましたので、中に生き物がいる? と考え、
引っぱると重い。それに、大きさが天袋の穴ギリギリですぐには下に下ろせそうにない。
ここで開けてみようと片手でどうにか上の紙ブタをはね上げると、「わあっ!」
懐中電灯の光の中に赤黒いぶつぶつが無数に見えたんです。なんだこれは?
「ゴゴゴッ」そのものはくぐもった音を出し、箱の縁に手のようなものをかけ、
ぐるっと半分向きを変えたんです。蛙だと思いました。水かきのある手を持った
40cmほどの蛙。食用蛙だったら そのくらいの大きさになるのかもしれませんが、
さらに、動いて向きを変えたその顔が・・・白いお面をつけてたんです。私には
よくわかりませんが、能などで使用するお姫様の面じゃないかと。「ああああ」
私は天井板に片手をかけたまま、押し入れの上段に尻餅をつき、
べリッと板が剥がれて、段ボール箱ごと落ちてきたんです。

私は押し入れから床に転げ落ち、「蛙が!?」そう言って箱を指差しました。
でも、箱のフタは開いた状態で、中には何か紙切れのようなものが一枚。
木村さんが拾い上げると、それは裏向きになった写真で、黄ばんでいて
古いものでした。おそらく、事故で亡くなった浜村さんの息子さん夫婦の
結婚式のときので、ケーキ入刀の場面が写ってました。・・・その後、
木村さんが押入れに上がって見ても、面をつけた蛙なんていなかったんです。
私が幻覚を見たんだろう、そう考えるしかありませんでした。
押し入れを壊してしまったことを詫び、こちらで修繕は手配するからと
申し出てその場を後にしたんですが、浜村さんはすぐに2階に上がって
しまわれました。それから3日後、修繕に入った工務店の人が、
寝室で首を吊って亡くなっている浜村さんを発見したんです。

死後3日くらい、私たちがおいとました直後に自死されたんだろうという
ことを警察から聞きました。・・・まあ、これで話はだいたい終わり・・・
終わりだといいんですが。つい先日、こんなことがあったんです。
私もじつは息子夫婦と住んでいて、2人とも教員の共働きです。孫は5歳の
男の子が一人、幼稚園に行ってて、私が迎えに行くこともあるんですが、
その子がこんなことを言ったんです。「おじいちゃん、お面をかぶった蛙っている?
 大きい蛙」って。浜村さんのお宅での話は誰にもしてません。
変に思われますからね。「○○は見たのか?」って聞いても、「ふふ」と笑って、
それ以上は答えませんでした。それから、昨日の夜です。
その孫が母親に、「お母さんたちの結婚式の写真ある? 見たいな」って
言ってたんです。これってどういうことでしょうか。まさか・・・






牛のオカルトと差別

2019.10.13 (Sun)
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たいへんな台風でしたね。被害に遭われたみなさまへお見舞いを申し上げます。
今回はオカルト論で、テーマは「牛」にしました。牛は、日本史の中でも
特異な存在です。なぜそう言えるのかは、おいおい説明していきたいと
思います。まず牛そのものの歴史から見ていきましょうか。

牛は、西アジアとインドに原生していたオーロックスという
哺乳類を、人間が家畜化したものだと考えられています。
それが全世界へと広まっていったわけですが、原種のオーロックス
自体は、17世紀に最後の一頭がヨーロッパで死に、
絶滅してしまっています。

オーロックス 目がかわいい
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日本にはオーロックスはいませんでしたので、当然、牛はどこかの時点で、
大陸から移入されたものです。3世紀の『三国志』魏志倭人伝には、
「其地無牛馬虎豹羊鵲」と出てきていて、虎や豹はもちろん、
牛馬もいませんでした。日本に牛が入ってきた時期は、古墳時代前期。
骨は発見されていないものの、牛らしき埴輪が出土しているので、

少数ながら飼育が始まっていたんでしょう。古墳時代後期(5世紀)からは、
牛の骨も出土するようになります。牛は農耕や土木工事等に
使われていましたが、この頃はまだ肉も食べられていたでしょうね。
それが、仏教の殺生戒の影響が強くなり、『日本書紀』には、675年、
「天武天皇が牛、馬、犬、猿、鶏の肉食を禁じた」と出てきます。

また、牛を去勢する習慣も一般的ではありませんでした。
これは余談ですが、戦後に唱えられた江上波夫の「騎馬民族征服王朝説」は、
各方面から批判されていますが、その反論の一つに、日本では牛馬や羊を
去勢するなど、家畜の管理・品種改良をおこなう畜産民的な文化や習慣が
まったく見られないことがあげられています。

『ローハイド』 野性的で勇敢、田舎者などカウボーイのアメリカでのイメージは多様
tsh (7)

ただし、現在は違っていて、肉牛のオスのほとんどは去勢されています。
そうしないと肉質が柔らかくならないんですね。余談ついでに、
英語の話もしましょうか。英語(特にアメリカ英語)では、牛を表す単語は
多種類ありますよね。少し調べてみました。

「cow」は「乳牛」で、当然ながら雌牛です。オカルトで、家畜の牛が
血を抜かれた状態で死んでいるとされたキャトル・ミューティレーションで
有名になった「cattle」は、家畜として飼われている「畜牛」のこと。
アメリカには野生のバッファローもいますからね。「bull」は、「去勢して
いない雄牛」で、乱暴者、荒くれ者といった意味でも使われます。

キャトル・ミューティレーション
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これに対し、「ox」は、「去勢した雄牛」になります。
「calf」は、「仔牛」のことで、特に生後1年未満の牛に使います。
あとまあ、「beef」というのもありますが、これは「牛の肉」。
開拓者が牛を資源として さまざまに利用していたアメリカでは、
牛の雌雄や年齢、去勢の有無により多くの単語ができました。

ところが、日本だと独立した単語としては「牛」だけで、その他は
「仔牛、雌牛」などの合成語になります。さて、これは牛ではなく、
馬の話なんですが、妖怪譚の一つに「塩の長司」というのがあります。
加賀国(現・石川県)に塩の長司という長者がいて、自宅に300頭もの
馬を飼っていたが、死んだ馬の肉を味噌漬けや塩漬けにして、

塩の長司
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毎日のように好んで食べていました。まあ、死んだ馬を食べるわけですから、
まだ許されていたんでしょうが、あるとき、どうしても馬肉が食べたくなり、
長司は役に立たなくなった老馬を打ち殺して食べてしまいます。その夜、
長司の夢の中にその老馬が現れ、長司の喉に食いつき、

腹の中に入り込んでさんざんに荒らし回ります。その日から、長司が老馬を
殺した時刻になると、老馬の霊が現れて腹の中を荒らし、その苦痛は耐え難く、
長司は苦しまぎれに自分が今までにしでかした悪事を白状し、
もだえ続けました。医者を呼んでも役に立たず、長司は死にますが、
その死にざまは、まるで重い荷物を背負った馬のようだった・・・

かなり謎な妖怪「牛鬼」
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殺生戒と獣肉食を戒める仏教的な説話で、これは馬だけではなく、
牛についても同じことが言えます。獣を殺したり、獣肉を口にすることは
仏教の五戒にふれ、殺生を行なった者は地獄に堕ちるという
説教になってるんですね。農耕民族の日本人としては、ともに田畑を耕した
牛馬を口にするのは感性的にも難しかったかもしれません。

でも、死んだ牛馬をそのままにしておくわけにもいかず、処理する人は
必要ですよね。ここで、差別が生まれます。牛馬の肉、皮を処理する者は
賤業とされ、「穢多」などと呼ばれました。仏教だけでなく、
神道的にも、死骸を処理する職業は穢れが多いとみなされたんです。
被差別民はかたまって住み、職業は世襲されました。

ただまあ、何事にも裏の面はあります。武士が使う武具馬具には、
牛馬の皮革を使ったものも多いですよね。その手の加工業者は、
武士直属の職人集団として保護されたりもしていたんです。
江戸時代には、幕府は長吏頭 弾左衛門という人物に穢多および
非人身分の支配権を与え、皮革の製造加工の権利を独占させました。

第13代弾左衛門
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弾左衛門は10万石の大名なみの財力があるとも言われていたんです。
やがて明治になり、身分解放令が出されて四民平等の世の中になった
わけですが、解放令反対一揆が起きたりして、被差別民は「新平民」
と呼ばれ、差別は続いて現在に至るんですね。

さてさて、ということで、もともと農耕民族としての側面が強かった
日本に大陸から牛馬が移入されて役牛として使われるようになり、
さらに仏教が伝来して、獣肉食、解体業などへの差別が始まりました。
こうしてみると歴史の流れは不思議だなあと思います。
では、今回はこのへんで。

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デパ屋(おく)の話

2019.10.12 (Sat)
アーカイブ169

これねえ、怖い話ということじゃないんです、それでもいいでしょうかね。
そうですか。じゃあ話していきます。あれからもう20年になりますね。
私らの父親が亡くなったときのことです。私ら、というのは、
私と弟のことです。弟といっても双子なんですけどね。
それ以外に兄弟姉妹はいません。これは、私らが生まれて4年後、
母が30歳のときに亡くなってるんです。交通事故でした。
だから、私らの下に子どもをつくることができなかったんです。
で、父と母は7歳違いだったかな。見合い結婚だったはず。
ええそれは、再婚を勧める話はたくさんあったみたいですよ。
でも、父はそれらをすべて断ってしまって、男手ひとつで私らを育ててくれたんです。
大変だったろうと思います。なんで再婚しなかったかって?

それは・・・父は造園業をしてたんです。当時は立派な庭のあるお屋敷がたくさん
ありましたから。そういうとこを回って、植木の手入れをしたり、
よい形の岩を見つけて搬入したり。でねえ、何人か職人さんを雇ってはいましたが、
人手が足りないときもあって、母が手伝いをしてました。
それでね、母は車の免許を取ったんです。今と違って、
女性が免許を取るのが珍しい時代でしたけど。で、そのときも、
母が軽トラの後ろに庭木を積んで現場に向かう途中、
車が土手で横転してしまったんです。病院に運ばれたものの、
手の施しようがなかったみたいです。さっきも言いましたように、
そのとき私らは4歳だったんですが、母の記憶はわずかにありますよ。
葬儀のときのことも断片的に覚えてます。

ただ、母の顔はねえ。もちろんわかります。わかりますけど、
それが記憶によるものなのか、それとも大きくなってから、
仏間に飾られてた母の遺影を見たからなのか、そこははっきりしないですね。
でね、父の造園業はまずまずうまくいってましたが、
それほど儲かるって仕事でもなかったんです。でも、父は私も弟も、
2人とも大学まで出してくれました。父は中卒だったんですが、
学問は大事だってつねづね言ってました。
ああ、すみません。ちっとも怖い話にも不思議な話にもなりませんで。
それで、私らは大学を出まして、どっちも中小企業のサラリーマンになりました。
ええ、造園業を継ぐことはしなかったんです。
それについて、父はなんにも言いませんでしたね。

この先、業界が先細りになるってわかってたんでしょう。
でも、父にとって造園の仕事は生きがいみたいなもので、
職人さんはみなやめてっちゃったけど、64歳で亡くなるまで一人で続けていたんです。
私も弟も、実家とは別の場所で暮らしてましたが、
父は体のほうはまだまだ元気で、あんな突然逝ってしまうなんて、
考えたこともありませんでした。それで、ある夜、夢を見たんですよ。
父が出てくる夢です。曇り空を背景にして父が立ってたんですが、
ずいぶん若かったんです。30代かなあ。でも、父だってことはすぐわかりました。
それと、父はつねに作業着を着てたのが、そのときは明るい青色の背広で。
で、その父が私に向かってこう言ったんです。
「○○デパートの屋上においで。竹彦もいっしょにおいで」って。

これね、竹彦は弟の名前で、わたしは松男です。植木にちなんでつけたんでしょうね。
夢を見たのは朝方で、目が覚めたときにはあたりは明るくなってました。
それで、この夢、すごく気がかりに思ったんです。
父の身にもしや何かあったんじゃないか。そんな気が強くして、
弟に連絡してみようか、そう思っていた矢先に、携帯が鳴ったんです。
寝床を抜けて出てみると、弟からでした。「兄ちゃん、こんな時間にすまんな。
 今、親父の夢を見てなあ・・・」 「いや、俺もだ。どんな夢だった?」
こんな会話になったんですが、2人の見たものがぴったり同じだってことが
わかったんです。ええ、「○○デパートの屋上」これも同じで。
でね、当然、親父のいる実家にも電話してみました。
けど、呼び出し音が鳴り続けるばかりで。

それでね、朝になってから実家のある町に住んでる親戚に、
親父の様子を見に行ってもらうように頼んだんです。で、1時間ほどしてその人から
連絡がきました。親父が仏間で、母の遺影の下で倒れてたってことでした。
すぐに救急車を呼んで、△△病院に搬送されたって。
会社を休んで急いで駆けつけましたよ。病院には、私よりも実家に近いところに
住んでる弟が先についてまして。ええ、急な脳溢血ということで、
すでに父は亡くなっていました。それから・・・
弟と連名で喪主になって、なんとかその町で葬儀を済ませたんです。
けっこうな数の人が来てくださいました。それらが終わって、一息つこうと、
親父が住んでた実家の家に戻りまして。家は古いんですが、
造園業なので敷地は広んです。そこに庭石や植木のストックがありました。

その間を私と弟とその家族で歩いてましたら、
家の玄関に近いところに一本の楓の木があって、
秋でしたのですっかり色づいてたんですが、弟が木の後ろのほうに回って、
「兄ちゃん」って呼んだんです。行ってみると、幹の下のほうに手作りの
プレートがあり、そこに「芙美子」って彫られてありました。
ええ、母の名前です。それ見て、2人ともしんみりした気持ちになりましてね。
その翌日のことです。2人で、父が夢で言ってた○○デパートに行ったんです。
デパートは町の駅前にあって8階建て。私らが子どもの頃は、
町で一番高い建物だったんです。父にはよく連れてってもらいました。
当時は屋上に小さな遊園地があって、ミニ観覧車やお猿の電車なんかがあり、
夏場には金魚すくいなんかもやってたんです。

ええ、デパート自体はまだありましたよ。ただ、郊外の大型店に客を取られたのと、
地域の過疎化のせいで、すっかりさびれてしまって、
そのときも若いお客さんはほとんどいなかったです。
屋上の遊園地も、危険があるということで閉鎖されてから、
数十年たっていたはずです。弟とは「親父、なんでここに来いって言ったんだろう」
そんなことを話しながら、8階までエレベーターで上りました。
その階は、飲食店が数件入ってましたが、どこもお客さんは少なく、
これでやっていけるのかなあって思うくらいでした。
でね、屋上に向かう階段があったんです。子どもの頃、弟とそこを上ったことを
思い出しました。ヒモが張られていて、立入禁止の札が下がってましたが、
誰もいないのをいいことに、それをまたぎ越えて、

弟と上ってみました。屋上に出るための広いガラスの扉がありましたが、
そこには厳重に鍵がかけられてました。2人でその前に立って、
ガランとして何もない屋上を見てたんです。そしたら・・・
ここからの話は信じてもらえないでしょうね。突然、ガラスの向こうに
観覧車が出現したんです。その乗り場のところに父がいました。
夢に出てきた若い父で、背広を着て、私たちに手を振ってました。
で、ひとしきり手を振ると、父は観覧車に乗り込み、ゆっくりと動きはじめて、
だんだん、だんだん、上に上がっていったんです。
「おい、見えてるか」 「ああ、見えてる。兄ちゃん」
観覧車の席に座って、父はずっとこちらを見ているようでした。
そして、観覧車がもうすぐてっぺんまでくるというとき、

父の向かいに女の人の姿がありました。「母さん!」 私ら2人は同時に言い、
観覧車に乗った父と母は、ちぎれんばかりに私らに手を振り、
一番上まできたときに、そこで消えたんです・・・
「兄ちゃん」弟が私のほうを見て、その目が涙で光ってました。
ええ、私も同じでしたよ。・・・今、私も弟も、亡くなった父の年齢に近くなって
きましたが、あれを見てから、死ぬのがあんまり怖くなくなりました。
ああやって空に上っていくのなら、死ぬことは悪くないです。
それから、私はそのまま勤め人を続けましたが、弟は脱サラして、
父の造園業を継いだんです。ええ、小さい頃から父の仕事は見てましたが、
技術や資格があるわけでもなく、弟はずいぶん苦労しました。私もできるかぎり
援助をして、今はそれなりの会社になってます。ま、こんな話なんですよ。






余命宣告は必要?

2019.10.12 (Sat)
10歳の娘がいる38歳の女性患者。明るい性格で、下町で夫と営む
文房具店を切り盛りしていた。2年前に大腸がんと診断され
切除手術を行い、その後、抗がん剤治療を続けてきた。
手術後1年たった頃から、腸閉塞に何度か見舞われ、
がんの再発も見つかり、入退院を繰り返すようになった。

夫は夕方の数時間、店をアルバイトに任せ、子どもと共に面会に
訪れることが多かった。子どもには「お母さんのお腹の中にある悪いものを
取った」と説明していた。主治医は、がんが再発したこと自体は
患者に伝えていたが、夫から「深刻なことは妻に言わないでほしい」
と頼まれていた。引き続き行った抗がん剤治療の効果はなく、
腫瘍は大きくなり、全身状態も徐々に悪化していった。

主治医は看護師同席のもと、「予後は2か月程度で、緩和医療を中心に
していくのがよい選択だろう」と夫に伝えた。そして、「これからの
大切な時間の過ごし方を考えるためにも、奥さんに今の病状と予後に
ついて伝えたほうがよいのではないか」と提案した。しかし、夫は
考えを変えず、「妻には黙っていてほしい。そんなこと聞いたら
落ち込んでしまう」と強く要請した。
(yomiDr ヨミドクター)



今回はこういうお題でいきます。科学ニュースの中にありましたが、
医療ニュースで、余命宣告についての話ですね。
現在では、病名の告知は、重度の認知症で本人に理解能力がないなどの
場合をのぞいて、どこの病院でも行われるようになりました。

これに対し、余命宣告をするかどうかは、医師により病院により
対応はまちまちです。絶対しない、という医師もいますし、
患者に聞かれた場合はするという医師、患者の家族にだけはする、
何ヶ月などの数値は言わず、大ざっぱにぼやかして告げるなど、
様々なケースがあります。

医学界に、余命宣告についてのマニュアルやガイドラインがあるわけでは
ありません。この理由はおわかりだと思います。病名は確定的な診断です。
癌であれば細胞をとって病理検査をし、「○○癌の疑い」から、
はっきり病名が決まります。重要な個人情報ですし、本人が知らない
ことはありえないと思うんですが、昔はそうではありませんでした。

まず家族に告知し、家族が本人に病名を告げるかどうか判断するケースが
多かったんです。ですから、本人に知らせない場合は、胃癌では
胃潰瘍、肺癌には肺にカビが生えた(肺真菌症)などと言って
手術していたんですね。でもそれ、人権侵害だし、現在だと何らかの
犯罪に該当する可能性すらあります。

自分はYoutubeで『白い巨塔(田宮二郎版)』を見ましたが、最終回の
内容には驚きました。現役の臨床医であり、胃癌手術の大権威である
財前教授に対しても、周囲が最後まで隠して本当の病名を告げない
んですね。そのため、財前教授は自分は癌ではないかと疑って
心理的にたいへんに苦しむことになります。

では、なぜ病名の告知が行われるようになってきたのか。
まず、「個人情報」という概念が周知されたことだと思います。本人に
ついての極めて重要な情報を、本人だけが知らないことはありえない。
それから、病名の告知は世界の趨勢だということです。『白い巨塔』の
ずっと以前から、アメリカでは病名告知があたり前でした。

むしろ、本人に正式な病名を告げない場合、医師が訴えられる可能性が
あります。まして虚偽の病名を告げたりしたら、裁判で敗訴し、
莫大な賠償金をとられるでしょう。3つめの観点としては、癌は治る
病気になってきたということです。この間、統計が出ていましたが、
全癌種での5年生存率は6割を超えていましたね。

昔のように、癌=死というわけではなくなってきているんです。
あとまあ、ネット社会になって隠しおおせないということもあるでしょう。
検索すれば抗癌剤の名前もわかりますし、点滴の袋の表示などをすべて
消すなんて不可能です。ということで、病名の告知は当然になりました。

まあ中には、「俺は癌になっても病名は知りたくない。知らないでいる
権利もあるはずだ」などと言う人もいますが、これはわがままでしょう。
本人に病名を隠すことで、家族や医療関係者はたいへんな苦労を
しなくてはなりません。自分についての情報であるかぎりは、
それが不快なものであっても受けとめるべきだと思います。

実際の問題として、大病院の勤務医はたいへんに忙しいですよね。
患者一人にかけることができる時間はごくわずかです。ですから、
十把一絡げの治療になってしまうこともあります。患者側が知識を持ち、
自己責任で自分の治療を決める時代に変わってきているんです。
そのほうが、病院にまかせっきりにするよりもよい結果になる場合が多い。

ですから、セカンドオピニオンが推奨され、治療の途中で、より自分が
望む治療をしてくれる病院に転院することもあたり前になってきました。
では、余命宣告の場合はどうでしょうか。これは病名とは違って
不確かなものです。余命3ヶ月と言ったとして、その1週間後に亡くなる
患者もいれば、何年も生存する患者もいるでしょう。

このあたりは難しいんですよね。不確かなものであるだけに医師は答えにくい
んですが、患者から聞かれた場合、「わからない」と言うと「なんだこいつ、
その程度の知識もないのか」と不信感を持たれるかもしれません。また、
「余命6ヶ月」と言って患者が3ヶ月で亡くなると家族に具合が悪いので、
あえて短めに言う、といった傾向もあるんだろうと思います。

引用のニュースの場合も、患者である奥さんに余命を知らせることで、
残された日々を悔いを残さないように生きよう、子どもとしっかりお別れをし、
死への準備をしよう、と前向きに考えるかもしれないし、絶望して無気力になり、
「ああ、余命なんて言わなければよかった」と後悔することになるかも
しれません。ケースバイケースで、どっちがいいとは一概に言えないと思います。

ただ、自分が考えるのは、現代の日本人は死への準備や覚悟ができていない
人が多いということです。アメリカなら、患者が望めば病室まで牧師さんが
来てくれますし、病状がよければ車椅子で教会に行くこともできます。
それが日本だと、宗教はあってないようなもので何の役にも立ちませんし、
医師にも看護師にも、死生の問題を相談することはできませんよね。

腫瘍精神科、あるいは心のケアについての専門チームがある病院や
緩和病棟も増えてきてはいますが、まだまだ少数です。
そんな中で、自分の死を目の前にして途方にくれる人が多い。
これは、一つには、現代の日本人が死を忌避し、できるだけ見ない、
ふれないようにしてきたせいもあるかと思います。

昔は、高齢者が自宅で亡くなるのは普通でした。それを小さい子ども
たちが見ていて死について学ぶ。ところが現代は、具合が悪くなれば
すぐ救急車で病院に運ばれ、意識のないまま人工呼吸、強心剤、昇圧剤など、
あらゆる延命治療をほどこされます。世界で最も高齢者が多い国なのに、
いまだに安楽死など、死についての議論はタブー視されている現状です。

さてさて、グダグダと書いてきましたが、死は万人に平等に訪れます。
みなさんも例外ではありませんので、日頃から、どのように死に向き合うか
考え、自分の意志を家族に表明しておくことも必要ではないかと思います。
ちなみに、自分(bigbossman)は、外れてもいいから余命宣告は
してほしいですし、もし助からない状態の場合、延命治療は拒否する
と記載したカードを財布に入れています。では、今回はこのへんで。