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英・仏・独のオカルト

2019.11.30 (Sat)
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降霊会(セッション)

今回はこういうお題でいきます。自分は海外への観光旅行というのは
ほとんどしませんが、仕事の取材でイギリスには3回、
ドイツに1回だけ行ったことがあります。フランスはありません。
ですから、イギリスの事情はある程度わかるものの、
独仏については自信ありません。

そこで、各国にいるyoutube関係の知り合いとメールの
やりとりをした内容をもとに、これを書いているところです。
さて、このヨーロッパ主要3国の中で、最もオカルトが流行している
のがイギリス。一番信じられてないのがドイツで、
フランスはその中間、ややイギリス寄りなのかな、と思います。

19世紀、欧米では心霊主義が流行しましたが、以前書いたように、
この契機となったのが、ダーウインによる進化論の発表です。それまで、
霊や魂に関することはキリスト教会の専売特許とされていたのが、
人間は神が創造したのではなく、猿から進化したのだとする学説が
出てきて、キリスト教会の権威は大きく揺らぎました。

イギリスの幽霊屋敷 幽霊の噂を流してるのは現地の観光局だそうです
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ダーウインの進化論は社交界のサロンや上流階級の家庭で活発に
議論され、さらに、霊魂についても科学的に解明ができるのでは
ないかという機運が高まったんですね。そして霊媒師が登場し、
各地で降霊会が行われるようになりますが、
降霊会は当時としては知的なムーブメントだったんです。

この心霊主義の波をもろに受けたのがイギリスとフランスです。
著名な科学者が多数、降霊会に参加した記録が残っています。
で、イギリスで心霊主義が流行した原因の一つとして、
もともとキリスト教会の力が弱かったことがあげられるでしょう。

ローマ帝国でキリスト教が国教化されたのが380年、ここから
キリスト教はヨーロッパに広まっていくんですが、イギリスでの
受容は遅れました。布教が進むのは7世紀になってからの
ことです。さらに、15世紀になって大問題が発生します。

ヘンリー8世
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イングランド王ヘンリー8世が、カトリックで禁じられていた離婚を断行し、
ローマ教皇と対立して破門されます。そこで国王は英国教会を
設立してカトリックと決別するんですが、ここで、イギリスのキリスト教は
大陸とは違う形になります。ちなみに、英国教会に反発した人々は
清教徒と呼ばれ、アメリカ建国まで話はつながっていくんです。

ということで、イギリスにはもともとキリスト教以外の精神世界を
受け入れる下地がありました。それと、イギリス人はシニカルなので、
何かを頭から信じ込むということは好まないんでしょうね。
ですから、生まれ変わりや幽霊などの話題が出ることが多いんです。

イギリスでは「幽霊が出るという噂のある屋敷の価値は2割ほど上がる」
などという話もありますが、これはあくまで古城とか大邸宅の場合で、
庶民のアパートメントがそうだというわけではありません。
あとはそうですね、上記の心霊主義に端を発した「スピリチュアリスト教会」
というのがイギリス全土にあります。

スピリチュアリスト教会でのセッションの様子
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例えは変なんですが、日本の各地に創価学会の支部があるような
ものかな。スピリチュアリスト教会は、いちおうは英国教会の
傘下なんですが、自分が訪れたときには、ふつうにカードを使った
霊視などをやっていて、守護霊について教えてもらったりしました。

フランスは、イギリスのような教会まではないものの、
幽霊は普通に信じられていて、幽霊が出るという噂のある建物も
各地にあり、それらを巡る、海外からの旅行者向けの心霊ツアー
などもあります。まあでも、フランス人は生を楽しむ人が多いので、
あまり死後の世界などの話題が出ることは多くありません。

パリの地下にあるカタコンブ(共同墓地)
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ドイツは特異で、幽霊はほとんど信じられていません。例えば、
自分の寝室に最近亡くなった友人が現れたとしても、「あれ、
この人、亡くなったと聞いてたけど間違いだったのかな。
それにしても、どうやって部屋に入ったんだろう」と考えるんだ
そうです。日本とはかなり事情が違っているようです。

ドイツでは、心霊写真という概念も一般的ではありません。
それは研究などをしてる人もいないわけではないですが、
ごく少数です。無宗教の共産主義だった東独が統一された
ことも関係してるんでしょうね。ただ、年配者の中には、
ノームのような土着的な精霊を信じている人はいるそうです。

ガーデン・ノーム
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哲学の世界では、イギリスの経験論、ドイツの合理論などと
言いますよね。オカルト的なものに対する考え方にも、
そういった違いが表れているのかもしれません。
ただ、ヨーロッパは現在、大きな変革期にあります。
旧植民地からの大量のイスラム移民の存在です。

2050年までには、英独仏、どの国でも、総人口に占める
イスラム教徒の割合が20%に近づくと見られています。
現状では、棄教、改宗するイスラム移民は多くはないと考えられ、
おそらくさまざまな問題が発生して、
キリスト教の力はますます弱まっていくんでしょう。

さてさて、ということで、ざっとではありますがヨーロッパ主要3国の
オカルト事情を見てきました。各国のオカルトに対する姿勢は、
どうしてもその国の宗教や文化の影響を受けてしまうので、
そのあたりを考慮して読み解いていかなくてはなりません。
では、今回はこのへんで。

ドイツの反移民デモ
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廃屋の絵

2019.11.30 (Sat)
アーカイブ189

3年前のことです。そのころ私は、ある小学校で図工専科の講師をしていました。
これは担任を持たず、各学年、各クラスの図工を専門に教えるんです。
もともと画家を目指していた私にとっては楽しい仕事でした。
その日は5年生の授業が3・4校時にありました。
題材は水彩絵の具を用いての風景画です。

外に出て、校地の回りを囲む柵から出ないようにして好きな場所を選び、
構図を決めてスケッチするんです。天候は曇りでしたが、雨にはならない感じでした。
「自分が気に入った場所を描くんですよ」と子どもたちには言いましたが、
やはり親しい友だちと数人グループで同じ場所を描く子が多かったです。
今日の2時間で鉛筆の下書きを完成させ、来週2時間が彩色の予定でした。

男の子も女の子もそれぞれ熱心に描いていて、
子どもたちの間を回りながらアドバイスをし、2時間はあっという間に過ぎました。
午後になって、集めた絵の下描きをばパラパラ眺めていると、
なんとなく違和感が感じられる作品がありました。
ほとんどの子は、学校の周囲から内向きに校舎の建物を描いていたんですが、
その絵は柵の外側、おそらく学校の裏手から見た街の様子を描いたものでした。
そこはさびれた商店街の通りで、多くの店のシャッターが閉まっています。

絵の構図は前面に金網の柵、
その後ろの道と向かい側の数軒の家並みが描かれていました。
特に変わったものではないのに、この違和感はなんだろうと思い、
よく見ると、自動販売機とかつてのタバコ屋の屋根の後ろに
一軒の民家があり、その二階の窓が開いているようでした。

下書きは2Bの鉛筆で輪郭のみ描かれているのに、
その窓だけが黒ぐろと塗りつぶされていたんです。
そしてその奥に小さな顔のようなものがありました。
人間の顔とは思えません。あちこち盛り上がって膨らんで・・・
ライオンの頭といえば近いかもしれません。その窓と顔が
異様な印象を投げかけてくるんです。いったいこれは何なのだろう?
毒気にあてられたような気分になりその絵を下にすると、
次の絵もまったく同じ構図でした。

民家の窓は同じように鉛筆を力いっぱいこすりつけて黒く塗られ、
やはり中に白い顔が浮かび上がっていました。こちらの絵のほうが
稚拙なタッチでしたが、顔はより克明に描かれていました。
ライオンのように盛り上がった額とざんばらに広がる髪、
黒い目の穴とたれさがった頬。なぜ全体の中でこの部分だけが
これほど詳しく書く必要があるのかわかりません。
窓は消しゴム半分くらいの大きさなんです。

他の絵も見ましたが、その場所を描いたのはこの2枚だけでした。
名前を見ると、普段から仲のよいおとなしいし女子生徒たちで、
2人で連れだって描く場所を決めたんだろうと思いました。
翌週の図工の時間の前に、この子たちに顔のことを聞いてみよう・・・
ところが、次の日出勤しますと,、生徒の欠席黒板に、
2人の名前がそろって書かれていたんです。

担任に話を聞くと、前夜から急に熱を出したと保護者から
連絡があったとのことでした。風邪が流行っていた頃なので、
昨日の外での活動がよくなかったのかと少し心配になりました。
午後になるとその子たちの保護者から連続して電話がかかってきて、
どちらも、どうしても40度の熱が下がらず、
とうとう入院することになったという内容でした。
これを聞いたとき、もしかしたらあの絵に描かれた窓の中のものに
関係があるんじゃないかと思ったんです。私もその2枚の絵を見てから、
背筋がぞくぞくするような感じがしばらく続いていましたから。

学校からの帰り、6時少し前くらいに自分の車で裏手の道に回ってみました。
人通りはなく、ときたま車が通り過ぎるくらいの忘れ去られた場所です。
車内からは例の窓は見えませんでしたので、
いったん車を停めて外に出、窓のある家を見上げると、築何十年になるか
わからないほど古びていて、人が住んでいるとは思えませんでした。
実際、家の中に明かりのついている様子はなく、
二階の窓もサッシが閉じられ、暗い空を映しているだけです。

・・・そのとき、薄闇の中でゆっくりと窓が開きはじめました。
遠くて、手が窓枠にかかっているのかはっきりはわかりません。
「ああ、ダメ」と思いました。このままでいると何かを見てしまう、
絶対に見てはいけないものを。とにかくそんな気が強くしたんです。
窓の奥のほうにぼんやりと白いものが浮かんだように思えました。
私は無理やり視線を切ると、車にかけもどって発進させ、
バックミラーも見ずにその場を後にしたんです。

翌週、2人の女の子の容態が悪化しているという話を
担任からうかがいました。1人は個人病院から転院させられ、
今はどちらもこの県の大学病院に入院して、
相変わらず高熱が続いているんだそうです。
脳炎が疑われており、面会もできなかったということでした。
空き時間に、この2人の絵をもう一度見ました。線だけのデッサンの中で、
そこだけ力を込めて塗られた小さな窓、そしてその中の獅子のような顔・・・
それは不幸な運命をたどった画家たちの絵のように、強く死を予感させました。

・・・西田先生に相談しよう、と思いました。先生は60歳を過ぎた女流画家で、
新聞小説の挿絵なども描いて、この地方では有名な方です。
子ども好きのたいへん気さくな人柄で、学校の写生会に来てくださった
こともあります。ご自宅もこの近くなので、相談してみようと考えました。
電話で連絡をすると先生はご在宅でした。
一連のことは学校の上司に話しても理解してもらえるとは思えず、
午後から年次休暇をとり、2人の描いた絵を持って出かけたんです。

ある程度事情は電話で話してありました。西田先生が絵を見たいと
おっしゃったので、2枚を重ねて渡すと顔色が変わりました。
「この家のことは知っています。もう十数年も前のことだけど、
 両親と小学校前の小さな子ども2人の家族が住んでいたはず。
 それが初めに母親が失踪し、その後、
 父親と2歳ほどの女の子もどこかに越していったと記憶していますよ。
 それにしてもこの絵は・・・恐ろしいです。・・・入院中の生徒たちは、
 2階の窓の中のものを見て、自分たちもまた
 それに見られてしまったんでしょう」

先生が、「この後、時間ありますか」と聞かれましたので、
「休みをとっています」と答えると、「今から行ってみましょう」とおっしゃられ、
「この家を管理しているのはXX不動産と聞いたことがあります。
 幸いに経営者を知っているので、事情を話して合鍵を貸してもらいましょう」
先生はスケッチ用具の入ったアートバッグを肩にかけると、
私の車に乗り込みました。不動産屋の前でいったん降り、
ものの10分ほどで「ほらぁ」と、笑顔で合鍵を持って戻ってこられました。

時間は4時近くになっていましたが、まだ日は高かったはずです。
学校の裏道の道路脇に車を停め、その家の前に出る小路をたどりました。
先生が先に立って鍵を開けると、
ホコリだらけの玄関のガラス戸がきしみを立てて開きました。
「あなた、上着を脱いだほうがいいわよ」先生がそうおっしゃったので、
上着を脱ぎブロック塀の下に置きました。その短時間に、
先生は小さなスケッチブックを取り出してクレパスで何かを描かれました。

「・・・観音様です」先生は私にスケッチを見せておっしゃいましたが、
仏画ではなく、◯に△、その上にまた小さな◯を重ねた記号のようなものでした。
先生が先に立ち、それを目の前に掲げるようにして家に中へと入って
いかれたんです。カビ臭さがひどく、私はハンカチを出して鼻を押さえました。
玄関脇の板敷の廊下からすぐ横に、2階に通じるせまい木の階段がありました。
「下には何もないでしょうね。これがあの部屋に通じる階段・・・上りますよ」

ホコリだらけの階段を、靴下のままでギチギチ音を立てて上がっていくと、
短い廊下があり、二間和室が並んでいるようでした。
魚の干物みたいな臭いがかすかにしました。先生は、
「奥へは手前の部屋を通らないといけないみたいね」そうおっしゃって、
片手でスケッチブックを掲げたまま部屋の襖を勢いよく開いたんです。
薄暗い部屋の中央にベビーベッドが置いてありました。

ベッドの上には小さな女の子用の服、赤ちゃんの上に天井からつるすおもちゃ、
アヒルのオマルなどが、薄汚れた状態で積み重ねられてたんです。
それと部屋の奥にはよく見慣れたもの・・・何枚かのカンバスが、
どれも絵の面を壁に向けて立てかけられていて、
先生がその一枚を裏返すと、女性の肖像が暗い色調で描かれていました。
女性は30代くらいに見え、強く悲しみをこらえるような表情をしてたんです。

先生は、「ここの奥さんは絵を描く人だったみたい・・・これは自画像かな。
 それとこの子ども用品。・・・偶然だと思うけど、
 これらが死者の念を閉じ込めてしまったのかもしれない」と、
私には意味のわからないことをおっしゃいました。
「次の部屋にははわたくし一人で行きます。あなたはここで待ってて。
 危ないことはありませんから」先生はスケッチブックを掲げ、
静かに襖を開けて部屋に入り、後ろ手で閉められました。

襖ごしに先生の咳払いの音が聞こえました。押入れの戸を開けるような音。
それからシュッ、シュッという小さな音も。静かな音は
いつまでも続きました。私は・・・テレビの見過ぎなのでしょうか、
・・・恥ずかしい話ですが、先生がお経でも唱えられるかと思っていたんです。
数十分の時間がたち、なんだか家の中の空気の質が
変わったように感じられました。「入ってもいいわよ。全部済みましたから」
襖の中から先生の声が聞こえました。四畳半の部屋には何もなく、
薄汚れた畳の真ん中に先生が立っておられました。

水彩の用具や水の入ったペットボトルが下に並べられ、押入れの襖の一枚に、
それは見事な・・・信じられないほど見事な仏画が描かれていました。
短時間だったためか粗いタッチではありましたが、どこかで見たことのある
仏様の絵・・・狩野芳崖の悲母観音に似た構図でしたが、
仏様の顔はさっきの女性の肖像画にそっくりで、ただ違うのは、
おだやかな笑みを満面にたたえていることでした。仏様の足元には
幼子が一人。私も一度は画業を志した身ですので、
それがどれほどのものかはすぐにわかりました。
「人を呼びましょう。不動産屋と、それから警察」先生がおっしゃいました。

ここから話すことはあまりありません。その家の押入れの天井裏から、
ブルーシートと布団袋で厳重にくるまれた遺体が発見されました。
十数年前に失踪したとされた奥さんです。遺体はほとんど
腐敗しておらず、ミイラに近い状態だったと後で聞きました。
なぜか顔全体が腫れ上がって、ライオンのように見えたそうです。
首に絞殺の跡があったそうで、現在、
警察では夫と子どもの行方を追っているようですが、
なにぶんずいぶん昔のことなので、見つかるかどうか・・・

学校の2人の女の子は、その日のうちに熱が下り数日中に
退院しました。幸い後遺症などもありませんでした。
私は・・・この出来事を経験して、深く考えることがあり、
学校をいったん退職して、もう一度筆をとってみることに決めました。
まだまだとても食べていけるような状態ではありませんが、
西田先生が美術関係のアルバイトなどを紹介してくださっています。
これで話を終わります。

関連記事 『写生大会』 

関連記事 『三角の家族』

関連記事 『桜並木』

『悲母観音』狩野芳崖






中国のオカルト

2019.11.29 (Fri)
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今回はこういうお題でいきます。自分は、おそらくですが、
中国は世界で最もオカルトが豊富な国なんじゃないかと思います。
その理由ははっきりしていて、歴史が古く、国土が広く、
人口が多いからです。早くから文字が使用されていたことも、
間違いなく関係があるでしょう。

実際、日本の怪異譚、奇譚の多くは中国にルーツがあるもの
なんですね。「竹取物語」とそっくりの話が四川省のほうにあるのは
ご存知かと思いますが、「浦島太郎」も中国に類話があります。
よく当ブログで取り上げる平安時代末の『今昔物語』も、
そのルーツが中国にある話は、かなりの数にのぼります。

前に書いた「うつろ舟(うつぼ舟)」の話も、もともとは中国の
ものです。うつろ船は江戸時代に入ってくり返し歴史上に現れて
きますが、内容はほぼ共通していて、浜に奇妙な形の舟が流れ着き、
中を開けると、異国風の服装、風貌の女が一人、胸に箱を
大事そうに抱えて乗っていたというものです。

伝説上の禹王
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その後は、言葉が通じないため、また舟に戻して海に流したという
結末が多いですね。現代のUFO事件でも、UFOが証拠を残して
いくことはほとんどないですが、それと同じ構図だと思われます。
最も有名なのは、読本作家の曲亭馬琴が『兎園小説』に
「虚舟の蛮女」との題で図版とともに載せたものでしょう。

ただ、前述したように馬琴以前からこの話はあり、おそらく馬琴らの
大がかりな冗談だったと思われます。江戸時代には「茶番」といって、
裕福な商人層などがやる、お金と時間をかけた一種のジョークイベントが
流行していて、その一つだったのではないかと思います。
中国の元話は、ある金持ちが娘を大事に育てていたが、

中国の道観
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年頃になって信心を始め、足繁くお寺参りをするようになった。
金持ちの主人はよいことだと思っていたが、娘の妊娠が発覚します。
そこで問いつめると、相手はなんと寺の若い僧侶だったことがわかり、
激怒した主人は、僧の首を切り、それを箱に入れて娘に持たせ、
当座の食料とともに出口のない舟に閉じ込めて川へ流すんです。

さて、陰陽師の安倍晴明は漫画の影響もあって有名になりましたが、
晴明が行った陰陽道も中国由来のものです。天文、暦、風水、
占術など、古代の日本は多くのことを中国から学んでいるんです。
今でこそ、占いなどばオカルトと思われる方が多いでしょうが、
その当時にあっては最先端科学と言っていいものだったんですね。

これも前に書きましたが、アイザック・ニュートンは17世紀から
18世紀の人ですが、錬金術や聖書に隠された未来予言の暗号の
解読などにも膨大な時間を費やしていました。科学という概念が
定まったのは、そんなに古い話ではないんです。

中国の大ヒーローである孫悟空
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奈良時代から平安時代にかけて、蠱毒(呪いの一種)、物忌み、
方違えなどが貴族の間で流行し、ある場所に出かけるときに方角が
悪いと、いったん別の方角に向かい、そこで一泊してから目的地に
向かうといったことを大真面目にやってましたが、それらも
遣唐使らが中国から持ち帰ったものです。

百鬼夜行なんかもそうですね。「百鬼夜行絵巻」に出てくる
唐傘や鍋釜、楽器などの古くなった器物の妖怪というのも、
中国由来のものです。ということで、日本のオカルトは
歴史的に中国の影響を無視することはできません。

さて、最初の話に戻って、なぜ中国には豊富なオカルトがあるのか。
一つには多民族国家ということがあげられるでしょう。
北方の民族、西方(シルクロード方面)、南方(ベトナム方面)と、
多数の民族に分かれていて、それぞれに神話や伝説を持っています。

『山海経』の妖怪
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それと、中国では死がひじょうに身近なものだったこともあるでしょう。
中国には易姓革命思想があり、一つの王朝は長くても300年ほどしか
続きません。で、王朝交代の騒乱が起きるたびにたくさんの人が死に、
人口が激減するんです。それがサイクルでくり返されます。

例えば、後漢から三国時代となったときには、当時の戸籍を調べた
研究によれば、人口はほぼ3分の1以下にまで減っています。
人命が軽かったんですね。こうして中国の人口はジグザグ状に
拡大して現代につながるんですが、人の死が多かった時代には
たくさんのオカルト話ができあがります。

あとは、中国は基本的に多神教です。中国の歴代王朝は儒教を
国教としていましたが、儒教は「道徳」を説くもので、
忠孝の徳目は為政者にとってつごうがよかった。一方で、儒教は
先祖の祀りは重視しますが、神のない宗教でもあります。ですから、
民間では道教が力を持ち、たくさんの神々が信じられました。

僵尸(キョンシー)
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関羽のような有名武将、孫悟空のような創作上の人物(猿)、
あと中国の各時代において仙人になったとされる人物はすべて
神様になっています。そして多種多様なまじないが行われていました。
映画の『霊幻道士』のシリーズはご覧になった方も多いでしょうが、
あれに出てくるような道士があちこちで活動してたんですね。

魯迅の小説『故郷』には、主人公が故郷の人々が迷信深いのを
嘆く場面が出てきます。中国は農村部が広がっていたため、
近代まで日常的にオカルトが行われていたんですが、
毛沢東の文化大革命によって断ち切られ、現在にいたるわけです。

さてさて、中国の怖い話はいくらでもあるんですが、
全体的な話をしているうちに制限字数になってしまいました。
で、あの国のすごいところは、共産主義国家となった現代でも
怖い話にはことかかないところですね。機会があればご紹介
したいと思います。では、今回はこのへんで。

関連記事 『ロシアのオカルト』 『殭屍の話』

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シンデレラとモモの時間

2019.11.29 (Fri)
アーカイブ188


『モモ』

今回はこういうお題でいきます。まず、「シンデレラ」のお話は
ご存知でしょう。ヨーロッパ全土に類話があります。
これは、その話の起源が古いことを表しています。
紀元前1世紀、古代ギリシャの歴史家ストラボンが記録した話に
なんとすでに原型が見られるんですね。

舞台はエジプト、ある屋敷に白人の女奴隷ロードピスが仕えていて、
まわりの召使いにいじめられていました。ある日たまたま、主人はロードピスの
踊りが上手なのを見て、薔薇の飾りがついたサンダルを与えますが、
それに嫉妬した仲間から、ロードピスはますますいじめられることになります。

ある日、エジプト王が神のお告げによって大きな宴会を開き、
他の召使いたちはみな出かけていったが、ロードピスだけは山のような
仕事をいいつけられて川で洗濯をしていました。そのとき、濡れて乾かしていた
サンダルを1羽のハヤブサがくわえて飛んでいき、王の足もとに落とします。

『シンデレラ』
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ハヤブサはホルス神の使いなので、王はそのサンダルの持ち主と結婚すると宣言し、
エジプト内すべてをさがした結果、ロードピスにサンダルを履かせると
ピッタリ合ったため、王は約束どおりロードピスと結婚した・・・
2000年以上前の話なんですが、すでに原型ができあがっています。
ないのはお城の時計ですが、もちろん古代エジプトに機械時計はありません。

さて、本題に入る前に、シンデレラについてのうんちくを少しお話します。
まず、主人公の娘の名前がシンデレラではない、と言えば驚かれるかも
しれません。シンデレラの話は、別名「灰かぶり姫」とも言いますよね。
いつも継母と連れ子の姉たちにこき使われていて、
かまどの灰まみれだったからです。

シンデレラの本名は「エラ ella」で、それに英語の「灰まみれ cinder」という
単語がくっついて「灰まみれのエラ Cinderella」になってるんです。
また、ガラスの靴についても、これみなさん、変に思われませんでしょうか。
ガラス製ならたしかにきれいでしょうが、がちがちに固くて、
果たしてダンスを踊ることができるもんでしょうか。

シャルル・ぺロー
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もとはフランス語で「vair リスの毛皮」の靴だったのが、この話を採集した
フランスの詩人シャルル・ぺローが、発音を聞き間違えて「verre ガラス」の靴に
してしまったという説があります。うーん、なんとも言えないところですが、
ガラス製の靴は簡単には変形しないでしょうから、ピッタリ合う足の持ち主を
探すには好都合だったのかもしれません。                       

あと、シンデレラのお話には大きな疑問がありますよね。かぼちゃの馬車や
ネズミの馬、シンデレラのドレスは深夜12時を過ぎると魔法が解け、
もとに戻ってしまうのに、なんでガラスの靴だけはそのままなのか(笑)。
この疑問を持った人は世界中にいたようで、アニメと実写でシンデレラを
映画化しているディズニー・プロダクションが解答編をつくっています。

それによれば、ドレスはもとは灰まみれの汚い服、馬車はかぼちゃといった
具合に魔法をかける前のものがあるのに、靴だけはそうではなく、
何もないところから新しくつくったからとされてるんです。
うーん、なんか苦しい言いわけだなあという気がしませんか。

シンデレラが王子の前に靴を残さないとその後のストーリーが続かない
ですからねえ。でも、おそらくこれ、最初にあった原話にお城の
時計の話が後からつけ加えられたため、そこだけ接合がうまくいかず、
不自然になってるんだろうと思われます。



さて、本題のお話に入ります。シンデレラの魔法は12時を少しでも過ぎると
解けてしまいます。ペローがこの話を採取したのは17世紀後半、
日本だと江戸時代の前期にあたります。その当時からシンデレラの話は
昔話なので、原話はもっと古いと思われますが、
この時代に、すでにヨーロッパでは時計が普及していたんでしょうか。

これは、だいたい不定時法から定時法へ変わる過渡期だったと考えられています。
不定時法とは、日の出から日没までを12等分して時間を決める方法で、
当然ながら日の長い時期には1時間の長さも長くなります。      
逆に冬場は1時間が短い。これに対し、定時法は機械時計で正確に
時間を計測するため、季節にかかわらず1時間の長さは同じです。

現存する日本最古の機械時計 徳川家康所蔵
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ここで、不定時法を守ろうとしたのがキリスト教会です。日の出や日没は
神が定めたものだというわけですが、当時新しく勃興していた商人階級は、
定時法を進めようとしました。正確な時間があれば、賃金や借金の利子を
決めるのに便利だからですね。そのうち、ヨーロッパでは機械時計が普及し、
街の広場には時計塔がつくられるようになりました。

不定時法は定時法にとってかわられてしまうんです。では、定時法は
人々にとっていいことだったのか。ここが難しいですね。この後、ヨーロッパは
産業革命に突入しますが、当時の労働時間は1日14時間を超えていました。
時給は細かく法律で決められ、労働者は時間に追われて日々を過ごすことになり、
その苦しさをまぎらわそうとジンなどの強い酒を飲み、アルコール中毒が増えます。

関連記事 『火のオカルトと人体発火現象』

スイス ベルン 1530年に初めてつくられた時計塔
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それまで自然の時間の中で生活してきたものが、時計に追いまわされ、
機械に使われる日々が始まったというわけです。その中で、労働者階級と
資本家ブルジョアの対立が深まり、カール・マルクスにより『資本論』が
書かれて共産主義の概念が誕生します。人々の暮らしの中に、
「時間どろぼう」がしのび込んできたんですね。

さてさて、そのあたりのことをテーマにして書かれたのが、
ドイツの作家ミヒャエル・エンデの『モモ』です。ローマのとある街に現れた
「時間貯蓄銀行」と称する灰色の男たちによって、人々から時間が盗まれてしまい、
みなの顔から笑顔と余裕が消え、優しさを失い、あくせくとした日々が始まります。

産業革命 ムチで打たれる少年労働者
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その盗まれた時間をとり戻そうとしたのが、貧しいみなしごですが、
不思議な力を持った少女モモだったんです。ということで、自分は自由業で比較的
楽に過ごしていますが、どうも最近、異常に忙しい、時間に追われて息づまると
感じておられる方は、近くに時間どろぼうが潜んでいるのかもしれませんよ。
では、今回はこのへんで。

関連記事 『怖い童話について』







瘴気の話 2題

2019.11.28 (Thu)
今回はこういうお題でいきます。難しい漢字ですが「しょうき」と
読みます。簡単に言えば、「悪い気」ということです。
一口に悪いといってもいろいろですが、この場合は「病気になる」
という意味が強いでしょう。古代ギリシアで、医師の元祖とされた
ヒポクラテスは、「悪い土地」 「悪い水」 「悪い空気」が
病気の原因であると唱えています。この説はずっと長い間
信じられ、感染症の原因が病原菌であると判明するには、
19世紀、ロベルト・コッホが炭疽菌を発見するまで待たなくては
なりませんでした。現在でも、「霊は水辺に集まりやすい」などと
言われるのは、この瘴気説が一つの要因となっています。では、
今回は瘴気にまつわる話をいくつかお届けしましょう。

大学生 西根光輝さんの話
あ、どうも、現在 都内の大学の3年生です。うちの伯父さんが、
西荻のほうで整骨院をやってるんです。けっこう大規模な治療院で、
面積も広く、電気治療器とかいろんなリハビリの機械が
たくさん入ってます。1日、400人前後の患者が来るんです。
まあ、整骨院の場合、一人あたりの治療費が安いので、
数をこなさないと経営が成り立たない面があるんです。
伯父さんのところは、若い理学療法士を何人も雇ってますからね。
それで、俺ね、学校の長期休みのたびに伯父さんから治療院の
アルバイトに誘われてるんです。はい、毎回やらせてもらってます。
もちろん、俺には何の医療資格もないので、やるのはゴミ捨てとか
ダンボールの整理とかの雑用だけなんですが。

たぶんですけど、俺に小遣いをくれようと考えて誘ってくれてるん
じゃないかな。あ、それで、こないだの土曜日のことです。
土曜の午前中は開業してるんですが、それ終わって最後の患者が
帰った後に、伯父さんが、「あ、御神水なくなってるな。
 いただきに行かなくちゃならんが、この後予定が入ってる。
 前に行ったよな。あの水、ポリタンク2ついただいてきてくれんか」
こんなふうに頼まれたんです。一度伯父さんに連れられて行ったことが
ありますが、関東某県の山の中に毘沙門堂というのがあって、
崩れかけたような小さなお堂なんですけど、その後ろに小滝があり、
そこからくんだ水を御神水と言うんですね。もちろんタダという
ことはなくて、お堂の近くで暮らしてる堂守の人に、

いくばくかのご報謝を払わなくちゃなりません。伯父さんはいつも、
20Lのポリタンク2つで2万円払ってましたから、高い水ですよ。
で、「この水、何に使うんですか」って聞いたんだけど、
そのときは教えてもらえませんでした。前から気になってたんです。
水は治療院に運ぶから、伯父さんの生活用水というわけではないし、
治療院の水は、医療用の蒸留水をちゃんと使ってます。それで、
俺、免許持ってるんで、伯父さんのベンツにポリタンク積んで、
往復4時間かけて毘沙門堂まで行ってきました。ほとんど人には
知られてないみたいで、俺の他に来てる人はいなかったです。
その滝、すごくいいところなんですよ。岩の上に細かい水しぶきが
散って、天気のいいときには小さな虹がかかります。

神気が満ちているというか、心があらわれるというかね。
伯父さんから預かったお金を置いて治療院に戻り、そのときにまた、
「この水、何に使うんです?」って聞いてみたんです。そしたら、
「気になるか、じゃあ、来週のどっかで見せてやろう。
 本当はいけないんだが、お前は療法士みたいな顔してろ」        
こう言われました。それで、今週の水曜です。顔色のドス黒い
患者さんが初診で来られ、50代後半くらいの男性でした。
ものすごい肩こりがするって訴えで、肌脱ぎしたら、腕から背中に
立派な彫物がありました。そっち系の人だったんです。伯父さんは、
肩から首筋をさわって、「筋肉は固くなってないねえ」と言い、
その人を特別治療室に通したんです。

特別治療室は建物の最奥にある6畳程度の部屋で、診療用のベッドだけ
しか置いてません。あとね、なぜか壁の上のほうに神棚があるんです。
そのとき、伯父さんが俺に目配せしたので、医療スタッフのふりをして
ついていきました。伯父さんは患者に上半身裸になるよう言い、
うつ伏せでベッドに寝かせたんです。背中の彫物が全部見えましたが、
俺にはわからない、たぶん中国の絵柄です。屋根の上に坊主みたいな
人があがって暴れている。伯父さんは腰のあたりから指圧を始めましたが、
背中から肩へと進むにつれ、すごいことが起きたんですよ。伯父さんが
患者の背中を押すたび、彫物の人物の口から黒い煙が出るんです。
まるで映画のCGを見ているような感じ。その煙は粘り気があるみたいで、
流れていかず、一ヶ所にかたまって溜まってました。

1時間以上かけて整体が終わり、その人は「ああ、肩が楽になった。
 評判は聞いてたが、あんたすげなあ。また来るよ」そう伯父さんに言って、
会計のほうへ向かいました。それから伯父さんは、木のタライに水を
張って持ってきて、俺に、「これがこないだの御神水だ」と言い、
長い木の菜箸みたいなもので、治療室の隅で渦巻いてた黒い煙を
からめとってタライの水に入れたんです。そしたら、驚いたことに
タライの水が墨の色に変わり、しかも一瞬で煮え立ったんですよ。
ボコボコ泡立ってました。伯父さんは、「あの彫物が吐いたのは瘴気で、
 それが肩こりの原因になってた。まあ取れるだけは取ったが、
 しょせんは対処療法で、あの患者が生き方を変えなければ、またすぐ
 元に戻るな。この水は医療廃棄物として処理する」って言ったんです。

理容師 塚田浩さんの話
あ、どうぞよろしくお願いします。僕、理容師になって6年目です。
いや、まだ自分の店は持てなくて、チェーンの格安カットの店で
働いてるんです。仕事はきついですよ。カットだけだと1300円
なんで、お客さんはひっきりなしですから。理容師の仕事はずっと
立ちっぱなしなんで、腰が痛くなるんです。
まあ、職業病と思ってあきらめてますけど。それでね、2ヶ月くらい
前に、本部からの指示で店舗の移動があったんです。あんまり
お客さんの数が多いんで、広い場所に移って、理容椅子の数を
増やしました。新たに何人か人も雇ったし、僕の給料も少しだけど
上がったので、それはよかったんですが・・・ はい、新しくなった
店は、2軒続きて飲食店が入ってた建物を本部が買い取ったんです。

そこを理容店に改築した。前に入ってた飲食店はどっちもつぶれた
みたいです。でも、場所が悪いからということでもなく、
理容店のお客さんはたくさん来ました。けどねえ、さっき話した新人、
3人だったんですが、すぐ2人辞めちゃったんです。
店長が理由を聞いたら、店の待遇には文句ないけど体調が悪くなった
ってことで。店長は、今の若いもんはこらえ性がない、って怒って
ましたが、じつは僕もね、そこに移ってから体の調子がよくなくて、
いつも肩がじーんとしびれたように重いし、腰の痛みもひどくなった。
僕だけじゃなく、他の同僚も同じです。それとね、理容店だからたくさん
照明をつけてるんだけど、室内がどうも暗く感じる。
でも、前面がガラスサッシで、太陽光も十分入ってるはずなんです。

なのに、室内全体がもやがかったみたいで。で、そのうちに、
同僚の一人が、黒い煙が流れてるって言い出して。けど、店内にこげてる
ものなんてないし。僕もそれ見たんです。まるで水の中に墨を流した
みたいな煙、それがゆっくり漂ってる気がして、目をしばたいて
もう一度見るとなくなってる。で、みなで店長に訴えました。
すると店長も、「いやな、俺がそんなことを言うわけにはいかないから
 黙ってたが、たしかにここの店、なんか変だ」って。
で、店長は「とりあえず塩でもまいてみようか」と言い出し、
コンビニで食塩一袋を買ってきて、「じゃあ皆で、自分が嫌に感じる
 場所にまけ」そしたらですよ、全員が同じ北のほうの隅に集まって、
上に向けてつかんでた塩を投げたんですが、何が起きたと思いますか。

なんか黒い太い1mほどの毛虫みたいなのが落ちてきたんですよ。
それはフローリングの床でうねうねと動いてましたが、
店長が袋ごともってきた塩をドバッとかけると、のたうって消えました。
いやあ、すごく気持ち悪かったです。とてもこんな店では働けないって
言う同僚が何人も出て、店長が本部にかけ合って、神職が
お祓いに来たんです。いや、そのときは店の中には入るな
って言われてたので、その場で何が起きたのかはわかりません。
ですが、1日がかりのお祓いの後、おかしなことは起きなくなりました。
ええ、すごく繁盛してますよ。店長はスタッフ会議のとき、「神主さんの
話では、瘴気というものが溜まりやすい場所だということだったが、
解決できたそうだ、これからも頑張っていこう」こう言ってました。






怖い話のギミック

2019.11.27 (Wed)
njhuy (2)

今回はこういうお題でいきます。ひさびさの怪談論ですね。
途中で中断もありましたが、早いもので、このブログを始めてから
6年が経過し、その間に書いた話は1000話を超えています。
まあ、中には怪談ではないバカ話もあるんですが。

現在は、怖い話を書くペースは3日に1回にしてますが、
毎日書いていたときはほんとうに大変でした。ほんのちょっとした
アイデアを無理くりふくらませて一つの話にしあげるんですが、
今読み返してみれば、あんまり出来はよくないですね。
現在のペースがちょうどいいのかもしれません。

最初に怖い話を書き始めた頃は、アイデアはいっぱい持ってました。
あれも書きたい、このシーンを文章化してみたい、そうい意欲に
あふれていて、自分ながら話の出来もいいと思います。
でもさすがに、1000以上も書いてくると、
なかなか、これはというアイデアは出てこないんですよね。

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じゃあどうするかというと、これまでオカルト研究でため込んだ
パーツをあれこれ持ってきて、プラモデルをつくるみたいにして
話を組み立てていきます。このパーツにあたるものを、
自分はギミックと呼んでますが、正式な用語とかではありません。

具体的にどのようにしているかは、最近書いた怖い話を例にとって
説明していきたいと思います。まず、直近の「ある老人の家の話」。
この中核となるアイデアは、「ある家に何かが封印されていて、
家を守ってる老人が亡くなってそれが出てきた」
たったこれだけです。なんか申しわけないようなもんです。

関連記事 『ある老人の家の話』

その封印されたものは何か? また、どういう理由で祟っているのか?
これらについては説明されないので、最後までわからないままです。
実話怪談が便利なのは、ある人物の視点から見たことをそのまま
書くため、その人物が知りえない情報は不明のままなんですね。

これがもし、SFやミステリの作品だったら、ショートショートで
あっても最後に種明かしというか、つじつま合わせをしなくては     
なりませんが、実話怪談ではその必要がありません。
あと、この話は。計5名の人物が登場して体験を語る形ですが、
それらの話を総合しても、やはり全体像はつかめない。

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さて、まずギミックの一つめですが、「◯◯神社」の存在です。
問題の家から直線上にあるその神社は、その家を封印するために創建
されたと思われます。おそらく他に3つある神社もそうでしょう。
そして地域の子どもが参加する夏祭りも、やはり封印し続ける
ための儀式だろうという気がします。

でも、その家にあるもののパワーは年々高まっているのか、
正田老人は宅配で全国の神社から御札を取り寄せています。
はい、出ました。二つめのギミックは「御札」。
これが結末にもつながってるんですね。その家から出たものの
犠牲者の口の中に御札が入っていて、オチがつきます。

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この他のギミックとしては、「川」 「蚊柱」 「自動開閉する鉄の門」
「地域に古くから住んでいる氏子たち」などがあります。
だいたい話の構造が見えましたでしょうか。
次に、その前に書いた「黒い羊の話」をみてみましょう。

関連記事 『黒い羊の話』

この話のアイデアは、前にニュース記事で、「ホームレスに暴力団が
住居を世話し、申請した生活保護費を搾取している」という内容を
読んだところからです。それをふくらませ、「住居を提供された
ホームレスが月に一人ずつ、おそらくは臓器移植関連の犠牲者に
なっている」という筋を考えました。



その陰謀を行う主体は暴力団でもいいんですが、より禍々しい
感を出すために「教会」ということにしました。ただし、
ちゃんとしたキリスト教の宗派ではないようです。
これがギミックの一つめですね。で、一つギミックが決まったら、
なるべくそれに関連したものを集めていきます。

くじ引きで使われるカードの当たりになっている「黒い羊の印」。
ストレイ・シープという言葉がありますね。迷える羊と訳され、
イエス・キリストが大衆への説教のときに言った言葉とされます。
また、羊はキリスト教以前には生贄にも使われていました。

修道院のハーブ・リキュール
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それと「ハーブ」ですね。ホラー映画の古典『ローズマリーの赤ちゃん』
では、主人公に悪魔の赤ちゃんを産ませようとするマンション住人たちに
よって、食品にアニスが入れられていました。ハーブはキリスト教と
深い関連があり、ヨーロッパの修道院でつくられるリキュール酒には、
独自に調合した秘密製法のハーブが入っていますし、

魔城の宴とされるサバトにおいても、ハーブを使用して幻覚症状を
起こしていたと言われます。このハーブはおそらく、入居者たちの
内臓を良好な状態に保つためのものでしょう。アパート内が
禁酒禁煙なのも関係があると思われます。で、最後のオチで
主人公が黒い羊に腹の中を食われる夢を見てネタバレになる。

さてさて、ということで、2つの話からギミックをみていただきました。
ここで大切なのは、ギミックには統一感を持たせることです。
神道なら神道、キリスト教ならそれに関係したものということで、
何でもかんでもぶっこんでいいわけではありません。
何かの参考になりましたでしょうか。では、今回はこのへんで。

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心霊スポットの分類

2019.11.26 (Tue)
thtrh (1)
旧天城トンネル

今回はこういうお題でいきます。心霊スポットを分類してみた
という人はあんまりいないと思いますが、自分は大きく4つくらいに
分かれるかなと思ってます。①自然系 ②廃墟系 ③交通系 
④墓地系 ですね。①の自然系は、海、山、川、湖、湿地など、
自然の地形が心霊スポット化しているものです。

ある山のガレ場、海岸の一部地域、自然の地形とは言いにくいかも
しれませんが、ダム湖なども自分はこちらに入ると思います。
自然の場所が心霊スポット化する原因はわかりやすいですね。
まず、見るからに危険そうな場所であること。そして実際に
その場で人が死んでいること。

自殺の名所として有名な東尋坊、華厳の滝などがそうですが、
ちょっと走って飛び降りるという行動をとれば、
ほぼ確実に死ぬことができます。人間には危険を察知するセンサーが
ありますので、この地形はヤバイとなんとなくわかります。

華厳の滝
thtrh (2)

それと、積み重なった過去の死者の霊が成仏できずさまよっている、
そういう先入観もあるでしょう。古戦場だった野原や、
過去に遭難者を出した山とかもそうですね。あとは古代の磐座が
あったりして、呪術的な伝説がある場所なんかもそうかな。

実際、自然には危険があります。低山を夏に登っても亡くなる人は
いますし、ヒザまでしか水がこない流れのゆるい川でも
溺死した人はいます。高尾山でも遭難死する人はいるんですね。
ちょっとした森のハイキングでも、道に迷ったり、
突然の落雷などもありますので、みなさんも十分お気をつけください。

化女沼レジャーランド
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さて、次は廃墟系です。大きなテーマパークの廃墟から、
ふつうの民家の廃墟まで、けっこう幅広い内容を含んでいます。
ただ廃墟って、病院だった建物をのぞけば、そんなに人の死が
からんでる場所は多くないんですよね。

中には、実際にその中で犯罪が起きて人が殺されたという
ところもありますし、ホームレスが入り込んで病死していたのが
発見された、などということもありますが、そういうケースはけっして
多くはありません。でも、それだと物足りない感じがするんでしょう。

通称「赤い橋」
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例えば、あるドライブインの廃墟があったとして、そこの地元では、
経営に行き詰まった社長が中で首をくくったとか、焼身自殺して
壁が焼け焦げているなど、そういう噂が出ていることがけっこう
あります。ですが、調べてみるとその多くはガセなんですね。

まあ、廃墟系の心霊スポットの場合、探索に行って楽しむという
面がありますので、なるべくおどろおどろしい噂があったほうがいい。
ただ、廃墟の建物の多くには所有者、管理者がいますので、
安易に入って、警察の取り調べなどを受けても文句は言えません。

あとは、残された生活臭ということも怖さを感じる原因でしょう。
われわれは家の中を整えるようにして暮らしてますので、
廃墟の家で仏壇がひっくり返ってたり、子どものランドセルが
投げ出されてるとか、荒れ果てた中に写真立てがあったりすれば、
違和感を感じるんだと思います。

民家の廃墟
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次は交通系の廃墟です。鉄道にはかなり怖い噂の立ってる場所が
ありますが、前に「鉄道のオカルト」という記事を書いてますので、
今回はのぞきます。よく言われるのはトンネルと橋ですね。
ある場所と別の場所をつなぐ境界では、
昔から不可思議なことが起きるとされています。

関連記事 『鉄道のオカルト』

トンネルの場合は、工事での死者ということもあるでしょう。
現在は工法が確立されていますが、昔は長いトンネルを掘るのは
難工事で、複数の事故死者が出たため、入り口付近に
慰霊碑などがつくられているところもあります。

病院の廃墟
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それとトンネルだと、いったん中に入ってしまうと半地下ですので
逃げ場がありません。あとはあのナトリウム灯による黄色い照明。
車で走っていて、ずっと流れていく照明を見ていると、
催眠効果が起きるなんて話もあります。

橋の場合は、最初に書いた自然系と似ている面があります。
そっから飛び降りれば命の危険がありますし、自殺者が多いために
欄干を高くしたり、落下防止用ネットが張ってあったりします。
若い頃の江原啓之氏が探索に行った、通称「赤い橋」が有名です。
興味がある方は下のyoutubeのリンクをごらんください。
心霊スポット『赤い橋』

墓地公園
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さて、最後は墓地系ですか。今は管理が厳しくなって、お寺に付随した
墓地は夜間は入れないとこが多いですが、田舎のほうに行けば、
山や田んぼの中の森に墓がかたまってあったりします。また、自治体が
管理してる墓地公園のようなところは夜も入れて、車でカップルが
来たりして、地元では様々な噂が立ってる場合もあります。

さてさて、これ以外にも、幽霊が出ると言われるホテルや旅館
などもありますが、現在人が住んで商売しているところは、変な噂を
流すと営業妨害になります。「座敷わらしに会える」ということを
売りにしていた岩手の旅館は火事で全焼しちゃったんですよね。
(再建されました。) では、今回はこのへんで。

座敷わらしの出る部屋
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ある老人の家の話

2019.11.26 (Tue)
高校生 山根洋司さんの話
うちの家はけっこう古い住宅街にあるんです、たぶん明治とか、
もっと前からの。もちろん家は建て替えられてるんですけど。
中学校の社会の時間に少し勉強したんですが、うちの町内はもと
馬喰町といって、江戸時代には、牛や馬の仲買商人や下級武士が
住んでたみたいですね。で、それほど広くはない町内なのに、
神社が4つもあるんです。一つはけっこう大きい〇〇神社で、
夏のお祭りにはお神輿もかつぎますし、そのときは夜店も出ます。
あとの3つは小さいですね。その〇〇神社からの道が一番広くて、
1kmほど進むと川に突きあたって行き止まりになります。
はい、どこにも続いてない道なんです。それで、川の手前にあるのが
今問題になってる家なんですよ。

正田さんという家です。建物は古いですが、かなり大きい二階家。
つい1ヶ月前まで、正田孝蔵さんというおじいさんが一人暮らし
してました。正田さんは、うちの父から聞いたところでは、
先祖が代々、この地域の庄屋を務めていた家柄だそうで、
正田さん自身も、若い頃は市役所で助役までやったということです。
あ、はい、正田さんとは何度か会ったことがありますよ。
さっき話をした〇〇神社の氏子総代で、お祭りのときには
世話役をやってるんです。いつも和服で、体の小さいおじいさんです。
にこにこして、優しそうな人だったんですが。
ただ、町内の子どもはみんな、正田さんの家には近づくなって
小さい頃から言われてたんですよ。理由はわかりません。

わかりませんが、そのあたり、すごく雰囲気が嫌なんですよね。
川の土手に正田さんの家がぽつんと立ってるだけで、まわにには
ススキとかがぼうぼうに生えてる。で、あっちこっちにいつも蚊柱が
立ってるんです。やはり後ろが川のせいで、湿気とかがあるんでしょうね。
え、近づくなって言われてるのに何で家の様子がわかるのかって?
それはほら、さっきお神輿をかつぐって言ったじゃないですか。
僕も小学生のときから参加してたけど、神主さんを先頭に通りを
進んできたお神輿は、正田さんの家が見えるあたりまでくると止まって、
神主さんが家に向かって長々と・・・お経じゃなくて祝詞?
を唱えるんです。それからくるりと向きを変えて引き返し、
別の通りに入ってく。はい、なんか、まるで正田さんの家のために

お祭りをやってるみたいなんですよ。それで、1ヶ月前に正田さんが
亡くなったって言いましたよね。これは父から聞いたのと、
あと街の噂なんですが、正田さんの家の前には立派な木の門があるんです。
その門は閉じられたまま、正田さんは門の外の道に出て、
両手を広げた形で倒れてたのが、朝になって発見されたんだそうです。
頭は門のほうを向いてたってことですから、まるで何かに通せんぼを
するような形ですよね。それで、倒れてる正田さんの体には、
びっしりと大きなヤブ蚊がたかってたっていう。で、それからは、
毎日のように〇〇神社の氏子会議があるんです。うちの父も、
氏子代表の一人ですから、毎晩その会議に出ていって、暗い顔をして
帰ってきます。困った困った、あの家に住む後継者が決まらないって。

運送会社勤務 遠山実さんの話
あ、どうも、正田さんの家の話をすればいいんですよね。あそこの家の
ある地区、私が配達の担当になってるんです。いや、最初にそれ聞いた
ときは嫌でしたよ。私はそこの市の出身で、子どものころから、
あの家には近づいてはいけないって言われてましたから。
けどまあ、仕事だからしかたないです。それでね、正田さんのとこ、
宅配がすごく多かったんです。そうですね、週に少ないときで2回、
多ければ毎日、荷物が届いてたんです。えっと、これは本当は
顧客情報なんで業務上の秘密なんですけど、そのれらの荷物、
送り主が全国の神社だったんです。有名なとこもあったし、
聞いたことのないのもありましたが、とにかく全部神社。
箱はどれも小さいし、すごく軽いんです。

え、中身は何かって? ここまで話したんだから言っちゃいますけど、
御札だと思います。いやもちろん、玄関先だけですけど、
配達だから家の中には入ったことがありますよ。あの家の立派な
門にインターホンがついてて、それ押して要件を言うと、
「どうぞ」って言われて自動で開きます。見た目と違ってハイテク
なんです。扉自体も頑丈な鉄だし。で、一歩庭に入ると、
背筋がぞくぞくします。何ていうんですかねえ、瘴気とでも表現すれば
いいのか。空気が澱んでて、夏の盛りでもひやっとします。
で、玄関を開けて正田さんが待っておられるんです。
正田さん自身は、まあ普通のお年寄りです。いつもにこにこしてるし、
言葉の端々に育ちのよさみたいなものが感じられる。

それで家の中ですが、玄関ホールしか見たことないけど、
壁という壁、床、天井にびっしり、神社の御札が貼ってあるんです。
大きさや形が少しずつ違うやつが。だからね、さっき宅配の中身が
御札じゃないかって言ったんです。正田さんはいつも判子を持って
おられて、受け取り印をもらったらすぐにこっちは退散するんですが、
その短い間にも、正田さんは背後を気にしてるようなそぶりで。
いえ、正田さんは一人暮らしですし、ペットを飼ってるって話も
聞いたことはないです。あとね、これ言っていいのかなあ。
私が正田さん宅を担当してるってことで、会社から特別手当が出てるん
ですよ。それもかなりの額の。上司からは「どうしても必要な役目だから」
って言われてて、年に2回、会社の経費で〇〇神社のお祓いも受けてます。

無職 岸和田秀治さんの話
うちは、正田さんの家とは川をはさんで向かい側にあるんです。
ですから、土手に上がれば正田さん宅の裏の塀が見えます。
けど、小さい頃から親に「見るな」って言われてました。
正田さん本人は、同じ小学校だったから子どもの頃から知ってます。
もともとあそこには住んでなくて、正田さんが住むようになったのは
市役所を退職してからですね。前に住んでた人、やっぱり年配の
男性だったけど、その人が亡くなってから。詳しい事情はわかりませんが、
◯◯神社の氏子会議で決まったんだと思います。理由は、これは推測ですけど、
正田さんは、この地域に昔から住んでる家柄なのと、あと、奥さんを早くに
亡くされて、子どもさんは遠くに出てるからだと思います。あの家ねえ・・・
何かを守ってるんだというのは聞いてます。何かとても怖ろしいものを。

〇〇神社禰宜 大川道彦さんの話
あの家のことは、私は詳しいことは知らないんです。知ってるのは
当社の宮司と、あとは氏子代表の方々10名ほどで、その方たちは、
みなこの地域に古くから住んでおられる家の当主です。宮司からお話が
あって、「正田氏が亡くなって、御家守りの後継者が決まらない。
 当面は私が代わりを務めるしかないから、社の処務はよろしく頼むぞ」
そう言われまして、宮司は毎日あの家に泊まり込んでたんです。
まさかねえ、正田さんに続いてあんな亡くなり方をされるとは・・・
はい、正田さんと同じく門の前に倒れてました。死因は行政解剖で
心臓発作ってなったんですが・・・倒れてたときは宮司の正装束で、懐に
当社の御札が何枚も入ってました。あと、正田さんのときと違うのは、家の門が
開いてたってことです。何かが外へ出たということなのかもしれません。

冠婚葬祭会社勤務 西村峰太さんの話
この2週間ほどのことですが、僕が担当してる地区でたて続けに亡くなる人が
出てるんです。それもね、〇〇神社ってあって、そこから続く通りに
住んでいる人ばっかりが。まあ、どの方も亡くなって不思議はない
年配ではありますが、それにしても2週間で5人ですからねえ。
死因はどの方も同じで心臓関係。前日まで元気だったのに、次の朝起きて
こない。家人が見にいくと布団の中で冷たくなってるっていう。
でね、その方たちのご遺体ですけど、警察の医師が目を閉じさせてるんですが、
ご自宅で安置してても、会社の霊安室に運んでも、両目が開いちゃうんです。
普通ありえないです。しかも顔にすごい苦悶の表情が浮かんでて、
お直しするのが大変でした。一人の方なんか歯をむき出して噛み締めてて、
口の中からね、〇〇神社の御札が出てきたんですよ・・・

無題




学校のオカルト

2019.11.24 (Sun)
th (2)

今回はこういうお題でいきます。自分はあまり学校を舞台にした
怪談は書いてないんですよね。数えるほどしかありません。
この理由はいろいろあるんですが、一番大きいのは、
やはり話の内容がステロタイプになりやすいということです。

みなさんも読まれたことがあると思いますが、まず出てくるのが
音楽室ですよね。誰も人がいないのにポロンとなるピアノ。
壁に飾られているバッハやベートーベンの肖像の目が動くとか。
それと理科室ですか。展示されている人体模型とか骨格標本が
動き回る・・・しかし、今それをやると、「なんだよ」と言われそうです。

あと、学校は夜に閉まっちゃいますよね。特に小学校の場合、
6時ころを過ぎれば生徒は校内にいなくなります。
夜を舞台にできないので、怪談としてはいろいろ制約があるんです。
よくあるのが、忘れ物を取りに行ってというシチュエーションですが、

th (3)

今はどこの学校も夜間警備保障システムになってて、中に入れません。
昔は宿直の先生が泊まり込んでいて、その先生が怪異を体験するなんて
話もありました。あと、これは戦前などの古い時代になりますが、
学校に付属していた寄宿舎での怪談。昔は死病だった結核が
からんだものが定番になっていたようです。

夜中に起きてトイレに行くと、血を滴らせながら何か食っている人が
いるのが薄暗い電球の明かりで見える。
そっと逃げ帰って布団にもぐり込むと、その人物がやってきて、
並んで寝ている生徒一人ひとりの顔を「お前か、お前か」と言いながら
のぞき込んでくる。やがてそいつは自分のところに来て・・・

th (4)

というようなやつです。自分はこの話、祖父から聞いたので、
だいぶ古いものなんだと思います。まあ、その時代は戦争や病気など、
死が今よりも身近なものだったでしょうからねえ。「お前か、お前か」
のパターンは、トイレの個室に変わって今もあるかな。

学校のトイレといえば、「トイレの花子さん」や「青い紙、赤い紙」
なんかの都市伝説があります。この前、排泄のオカルトという記事を
書いたのでくり返しませんが、後者は、トイレで「青い紙がいいか、
赤い紙がいいか」と聞かれ、赤と答えると全身から血が噴き出す。
青だと体中の血を抜かれるといった内容です。

この元になってるかもしれないのが「赤い半纏」の話で、
かなり古くまでたどれます。トイレのある個室に入ると「赤い半纏
着せましょか?」という歌が聞こえ、断るとなんでもないが、
「着せて」というと血まみれになって死んでしまう。
稲川淳二師匠の怪談にもあったはずです。

th (5)

あとはそうですね、「学校の七不思議」の一つとして、校庭に立ってる
二宮金次郎の像が夜中に動くとか、数えるたびに段数が変わる
階段があるとか。運動会の2人3脚で転ぶと、運動会に出られずに
亡くなった子の呪いがかかって、悪いことが起きる・・・

学校の怪談というと、イジメがからんだものも多いんですが、
これ、怖い話というより嫌な話になりやすいので、
自分はあんまり書かないですね。実際、イジメはどんどんエスカレート
していくので、あの大津の中学校の事件とか、
創作よりも実話のほうがキツかったりします。

さて、アメリカの、子どもが主人公になったホラー映画では、
最初に学校のシーンが出てくるものがいくつか思い浮かびます。
学校では人間関係があり、その主人公がどういう性格で
どういう立場なのかを、観客に説明しやすいんです。

『チャイルド・プレイ2』
th (6)

チャッキー人形が出てくる『チャイルド・プレイ2』だったかな。
主人公の少年は転校してきたばかりで、ホームルームの年配の
女教師にイジメのターゲットにされるんですね。その女教師は、
学校に持ち込まれたチャッキー人形によって殺されてしまいますが、
このときだけはチャッキーが正義の味方に見えました。

小中学校で起きるホラーは、どうしても内容が子ども向けに
なりやすいですが、最近リメイクされたダリオ・アルジェント監督の
『サスペリア』では、伝統あるドイツの全寮制のバレエ学校が舞台でした。
ネタバレになりますが、じつはその学校は魔女の巣窟で、主人公の
ジェシカ・ハーパーが果敢に立ち向かいます。

『サスペリア』(オリジナル)
th (7)

あと、高校や大学まで含めれば、学校に関係したホラー映画は、
『キャリー』 『スクリーム』 『ラストサマー』 『パラサイト』とか
いろいろあります。登場人物が集まってることが多いので、
連続殺人鬼ものには都合がいいかもしれません。

さてさて、ということで学校のオカルトについてみてきました。
記事には書きませんでしたが、自分からみれば「試験」というのが
一番の恐怖でした。みなさんの中にも、今でも夢に見るという方も
おられるかもしれません。では、今回はこのへんで。

th (1)





神功皇后の謎(序論)

2019.11.23 (Sat)
gnd (4)

今回はこういうお題でいきます。序論と書いてますが、
本論はやりません(笑)。それを書こうとすると、このブログが
古代史一色になってしまいます。ほんのさわりだけお話します、
という意味での序論なんです。神功皇后には、実在、非実在説が
ありますが、それを超えたところで、きわめて謎に満ちた存在です。

・神功皇后の事績
『古事記』と『日本書紀』で記述の違いがありますので、ここは
『日本書紀』のほうを主にして話を進めます。神功皇后は
第14代仲哀天皇の后で、天皇に随伴して熊襲征伐におもむきますが、
九州で神がかりし、熊襲ではなく朝鮮半島を攻めよと天皇に進言します。
しかし天皇はこれを聞かず、神の怒りにふれて病死。

このとき皇后は子を身ごもってましたが、熊襲を討った後、海を越えて
新羅へ攻め込み、百済、高麗をも服属させます。俗にいう三韓征伐ですね。
帰国して応神天皇を出産。忍熊皇子らが反乱を起こすものの
これを平定、以後70年にわたって摂政として政治を行います。
ごくごく大ざっぱに書くとこんな感じです。100歳まで生きたと
計算できます。さて、こっからは箇条書きで謎を見ていきましょう。

神功皇后の1円札
gnd (2)

・『日本書紀』は干支2まわり(120年)年代操作されているか?
神功皇后はもし実在したとして、さまざまな根拠から、
300年代の人だと考えられるんですが、
『日本書紀』は200年代の人として記述しています。誰が見ても
この部分は不自然で、年代操作説は古く江戸時代からあります。

これは、中国史書に出てくる邪馬台国の女王、卑弥呼および台与を
『日本書紀』の撰者が神功皇后に比定しているためであり、
それで年代操作がなされている、と説明されることが多いですね。
登場する人物の寿命が異様に長かったりなどですが、
自分は年代操作自体は、おおむね間違いないと思っています。

五社神古墳(伝 神功皇后陵)奈良県奈良市山陵町
gnd (6)

・熊襲征伐で討った田油津媛(たぶらつひめ)とは?
仲哀天皇が始めた熊襲征伐を、神功皇后がやり遂げるわけですが、福岡の
山門郡にいたとされる土蜘蛛族の女王、田油津媛を討ち取っています。
田油津媛は邪馬台国卑弥呼の後継者とする説もあり、神宮皇后自身が
卑弥呼に擬されてもいるわけで、このあたり不思議な感じがします。

老松神社 福岡県みやま市 周辺に田油津媛の墓と言われる古墳がある
gnd (9)

・三韓征伐はあったのか?
『日本書紀』の記述はおとぎ話のようです。神功皇后が船を出すと、
潮が満ち、大魚がたくさん集まってきて背中に倭国の船団を乗せ、
新羅の王城まで押し寄せます。これを見た新羅の王はおそれおののき、
戦わずして降伏し、皇后の馬飼になると言って朝貢を約束します。
まったく具体的ではないんですね。

ただ、朝鮮の正史である『三国史記』には、倭国がたびたび朝鮮半島に
侵攻し、新羅や百済が倭に王子を人質に差し出していたことが記されて
いますし、高句麗の広開土王碑には、391年、倭国が新羅、百済を
臣従させたと出てきます。ですから、倭国からの遠征が頻回に
行われていたのは間違いないところです。

七支刀
gnd (5)

・七支刀にはどういう意味があるのか?
奈良県天理市の石上神宮に伝来した古代の鉄剣で、『日本書紀』には、
百済の肖古王から「七子鏡」一枚とともに「七枝刀」一振りが皇后に献上
されたと出てきます。(七子鏡は現在アメリカ、ボストン美術館にあり、
その経緯はたいへん面白いので、いつか記事に書きたいと考えてます。)

その銘文から、百済王が倭王に届けたのは間違いないんですが、
両国の関係については議論があります。常識的な解釈としては、
高句麗の圧迫を受けていた百済が、倭との同盟を求めたしるしと
考えられると思いますが、中国王朝の東晋が倭に授けたもので、
百済はその仲介をしただけという説もあります。

・忍熊王はどういう人物なのか?
仲哀天皇の王子で、血統的には正統な天皇後継者ですが、神功皇后が
産んだ子(応神天皇)に皇位が移るのをおそれ、兄の麛坂(かごさか)王と
ともに皇后に対する乱を起こしますが、敗れて川に身を投げて
死亡します。(麛坂王は占い中に猪に食われて死亡?!)

神功皇后と武内宿禰(たけしうちのすくね) この2人の関係も謎の一つ
gnd (7)

忍熊王らは、それまでのヤマト王権の基盤を受けつぎ、奈良県北部の
佐紀古墳群周辺に勢力を張っていたが、戦いに敗れたことにより、
神功皇后、応神天皇らによってヤマト王権の中心が大阪に移った
とする意見があります。実際、これはそう見るしかないんですね。

あと、考古学的には、この忍熊王らの反乱とほぼ同時期に、
九州、関東、丹後などで政変が起きていることがわかっていて、
全国を巻き込んだ大きな体制の変化があったとみる意見もあります。
応神天皇は、じつは朝鮮半島出身の渡来人であるという話もあり、
自分は、この部分の謎が最も興味深いと思ってます。

武内宿禰と応神天皇
gnd (1)

・応神勢力と西都原との関係は?
男狭穂塚(おさほずか)古墳は、宮崎県西都市にある全長176mの
帆立貝形古墳で、5世紀前半のものとみられ、被葬者は諸説あるものの、
応神天皇に臣従した、この地出身の諸県君牛諸井(もろかたのきみ
うしもろい)とする説が最も有力で、自分もそう考えてます。

また、隣接する女狭穂塚(めさほずか)古墳(176m)の被葬者は、
仁徳天皇の妃になった牛諸井の娘、髪長姫にあてる説があります。
で、前述した忍熊王の反乱のあたりで、この地の勢力が
生目(いきめ)地方から西都原に移ってるんですよね。生目といえば、
イクメイリヒコ(垂仁天皇)が思い起こされます。

男狭穂塚古墳、女狭穂塚古墳
gnd (3)

さてさて、ほんとうにざっと列挙しただけなんですが、
これほどたくさんの謎が詰まっているのが神功皇后です。
明らかに古代日本の画期となる出来事があったはずですが、
イマイチ研究が進んでいない印象があります。たんなる実在、
非実在の論では片づけられないんですね。では、このへんで。

gnd (8)




黒い羊の話

2019.11.22 (Fri)
ここで話をすれば金もらえるんだよな。俺な、今、あんまり金持ってねえんだ。
あるところから逃げてきたんだ。ヤバイかもしれないんだよ。
だからな、九州とかあっちの温かいほうへでも行こうかと思って。
けども、先立つもんがないし。あ? ここのことはだいぶ昔に
知り合いから聞いた。そいつも怖いことに巻き込まれて、
ここで助けてもらったってな。まあ聞いてくれよ、
ここ3ヶ月くらいの話なんだ。俺な、ホームレスだったんだよ。
仕事は日雇いの作業員。ああ、現場をえりごのみしなきゃ仕事はある。
ほら、東京オリンピックに向けての建築ラッシュ。ただなあ、
俺はアル中でな、金が入るとほとんど飲んじまう。
まあ、そもそもホームレスになった原因が酒なんだが、

それは今回のことと関係ない・・・あ、あるといえばあるかもしんねえ。
あのアパートに入ってから酒はあんまり飲んじゃいねえし。
え? あのアパートって何かって?ああ、スマン。
俺はこのとおり話がうまくなくて、順序だてて説明するのが
苦手なんだ。だから、もしわかんねえことがあったら、
途中で口をはさんで質問してくれよ。さっきな、オリンピックで仕事には
困らねえって言ったが、不都合なとこもあったんだ。
俺は、JRのある駅近くの高架下を寝場所にしてたのよ。
今はほら、公園なんかに集まって巣食ってると、すぐに追い立て食っちまう。
オリンピックが決まってから、それがことさらひどくなって、
ホームレスの仲間はみなバラバラで暮らしてんだよ。

え? 心細くないかって? うーん、そりゃあな、これから冬に向かうから
寒さはついてまわるし、やっぱ一番怖いのが病気だ。
俺ら保険証持ってねえから、歯が痛くなっただけでも大変よ。
公園にまとまって住んでた頃は、体具合が悪いって言ってたやつが
朝起きてこなくて、見に行けば死んでる。それも毛布とかつかみしめて、
かなり苦しんだ様子でな。おおかた癌とかなんだろうが、
病院に行かねえから死因もよくわかんねえ。ああ、スマン、
話がよけいなとこにそれちまって。でな、俺がヤサにしてる場所にも
そこの区の職員が尋ねてくるようになった。それも毎日。
巡回自立相談ってやつらは言うんだが、要は体のいい追い出しだよ。
自分の区の管轄から出ていってくれればいいんだな。

それがウザくって、いいとこだったんだが場所を変えようと思った。
で、持ち物一切をカートに積んで都内あっちこっちうろついてた。
そしたら、海に近い区に行ったとき、炊き出しをやってたんだよ。
教会だった。キリスト教はよくホームレス対象の炊き出しをやって
くれる。お寺さんがやってるのは見たことがないねえ。
そんときの炊き出しは、パン粥っていうのかな。牛乳でパンの耳を煮たやつ。
いや、ハーブかなんかの臭いがきつかったが、腹減ってたからな。そんとき、
年配の神父さんに声かけられた、「今晩寝る場所ありますか?」って。
「これから決める」って答えたら、「よろしければ私たちで住居を
 お世話してもいいですよ」願ってもねえ話だろ。屋根があって壁のある
場所に寝られるなら、それにこしたことはねえ。

それに教会なら信用できると思い、少し考えて「頼みます」って答えた。
そしたら、翌朝もう一回来てくれ、病気がないか健康診断を受けてもらうって
言われたんだ。その日は地下鉄の駅構内で寝て、翌日またその教会へ行った。
でな、あれは信徒だろうな、外人の女につきそわれて、
大きな病院で1日中検査を受けさせられたんだよ。ほら、CTとか撮るために
飯も食えねえで、ふらふらになったとこへ、前日の神父さんが来て、
「結果が出ました。多少肝臓の数値が悪いですが、それ以外は
 健康そのものですよ。どうぞ私たちのお仲間に」と言われて
連れてかれたのが、教会に近い海沿いのアパート。これがけっこう大きかった。
4階建てで小ざっぱりしてたな。建てられて数年ってとこだろう。
部屋は台所つきの6畳一間。風呂と便所は共同だが、

どの部屋にもエアコンがついてた。それで寒さはしのげる。
これは後でわかったことだが、そのアパートには30数人が住んでたんだ。
みなホームレスやら身寄りのないやつで、男だけだった。
神父さんからは「もちろん家賃はいりません。自由に過ごしてもらっても
 かまいませんが、ただ、建物の中は禁酒禁煙です。それと、
 これは強制ではありませんが、月一度、私たちの教会で行うミサに
 ぜひ参加していただきたい」こう言われたんだ。まあ、もともと俺は
タバコは吸わねえ。酒のほうは外で飲んでくればいいだけの話で、
そうして俺はそのアパートの住人になったんだよ。ああ、日雇いの
仕事は続けてた。アパートの他のやつらとはすぐに知り合いになったが、
仕事に出ないやつらがけっこういた。俺が、金どうしてる?

って聞いたら、教会内でリースとかつくってるって話だった。
それで月に10万もらえる。ああ、そりゃいいと思った。俺も頼んで
そっちに乗りかえようかって考えたわけ。日雇いのほうが金にはなるが、
やはりこの齢で体がキツイし、いつケガするかわかんねえ。
そうこうしてるうちにミサの案内が来たんだ。アパート仲間に出るかどうか
聞いたら、「ミサはクソつまんねえが、時間は短いし、終わった後で
 くじ引きをやって商品券がもらえるから、みんな出てる」って言う。
で、俺も出た。夜の8時からあの教会で、信徒は20人程度で
アパートの住人のほうが多いくらいだった。お祈りの後にビスケットみたいな
のを配られて、正味20分で終わり。でな、その後に全員に
名刺くらいの白黒が裏表になった紙が配られた。それがくじってことだ。

で、みなが合図で一斉に黒いほうをはがすと、そこにマークがついてる。
☆とか△とかそういうやつ。ハズレくじなしで、最低でも1000円の商品券
がもらえる。そんときは俺は3000円だった。大当たりは10万円なんだよ。
くじの司会をしてた外人の女が「ヒツジはどなたですか?」と言い、
「俺だあ、あたったあ」という声が上がった。見るとアパート住人の
中ではまだ若いやつで、大喜びでくじを高く掲げてた。そいつは皆の前に出て、
いっせいに拍手する中で賞品を手渡されたんだよ。でな、後でそいつから
カードを見せてもらったら、目も口もない2本角の黒いヒツジの正面向きの
顔が描かれてた。ああ、うらやましいとそんときは思ったが・・・数日して、
そいつの姿が見えない。出てったのかとも思ったが、他のやつに聞くと、
前の晩に急に具合が悪くなって、教会の信徒が病院に運んだってことだった。

最初に健康診断を受けた病院。で、1ヶ月がたち、またミサとくじ引きがあった。
俺はそんときは1000円で、ヒツジのくじを引いたのは、アパートの
俺と同じ2階で、よく話をするやつだった。そいつは皆の祝福をうけて席へ
戻ってきたんで、俺が「何買う?」と尋ねたら、「金券ショップで
 現金に替える」って言った。けども、なんか釈然としない顔つきで
首をかしげてる。「どうした?」と聞くと、「いやな、たまたまだと
 思うが、ここ3人続けて、くじの1等に当たったやつが体悪くしてるんだよ。
 入院したまま戻ってこない。偶然なんだろうけどなあ」って答えた。
次の朝、そいつと会ったら、「嫌な夢を見た、裸で台の上に縛りつけられてて、
 まわりを黒い三角のフードをかぶったやつらが取り囲んでてな、なんか手に
 ギラギラした刃物持ってるんだよ。ああ、気色悪い」こんなことを言ったんだよ。

そいつは俺と同じで日雇いしてるんだが、その日仕事に出たまま戻って
こなかったんだ。わずかな荷物をアパートに残して行方不明。
まあ、ホームレスに戻ったんだろうとそのときは思うことにしたんだが・・・
でな、2日前の夜、俺がアパートに入って3回目のミサがあって、
なんと俺が1等を引いたんだよ。
もちろん喜んだが、同時にいなくなったやつのことも思い出してな。
あと、部屋に戻ってから胃の具合が悪かった。
あのミサのときにもらうビスケットみたいなやつの味がいつもより
濃かったっていうか、ハーブ臭が強くて、そのせいかと思った。
体がほてって、だらだら汗をかいて寝られねえんだよ。時間は夜中の
2時頃だな。で、外に出て一杯ひっかけようと思ったわけ。

その時間でもやってる店はあるから。アパートの正面入り口は鍵かけて
あるが中から開けられる。外に出て数歩したら、植え込みの陰から
大柄なやつが2人出てきた。どっちも目の穴だけ開いた黒いフードを
かぶっててな。俺をつかまえようとしやがった。それで揉み合いになったが、
こう見えて俺は、若い頃に柔道で国体に出たことがあるんだよ。
俺より何十キロも重そうなやつを一人ぶん投げ、もう一人に足払をかけて
よろけたところを逃げ出した。追いかけてきたが、港の倉庫群まで走って
そこに隠れた。ああ、コンテナのすき間に朝までずっといたんだ。で、様子を
見ながら抜け出して、地下鉄に乗って離れた場所へ行きサウナで少し寝た。
そんときに夢を見たんだよ、真っ黒い大きなヒツジに腹の中を食われる・・・
起きたら心臓がバクバクしててな、ここのことを思い出して来てみたんだよ。

キャプチャ




アーカイブ 病院のヒルの話

2019.11.21 (Thu)
先月のことです。むち打ち症になっちゃったんです。いやあの、
追突とかじゃなく、自損事故でした。コンビニで買い物してから
車を出そうとしたとき、シートの位置が気に入らなかったんです。それで、
ブレーキ踏んで直そうとしたんだけど、そんときアクセル踏んじゃったんですね。
急発進して通りに出そうになり、あわててハンドル切ったらコンビニの横の壁にドーンと。
いや、コンクリの壁が少し崩れた程度で、そんなに強くぶつかったわけじゃなく、
エアバッグも開かなかったんです。けど、シートに後頭部を打ちつけちゃって。
はい、弁償も車の修理も全部保険で済んだんですが、やっぱ首が痛くて。
でも、そのうち治るだろうとそのままにしてて、翌朝起きたとき、
右腕がしびれたんですよ。それで病院に行って検査をしてもらったら、
外傷性頸部症候群、つまりむち打ち症ってことです。

MRIを撮ったら、頚椎の一部がずれて神経を圧迫してるって言われて、
そのまま入院になっちゃったんです。はい、ずれた位置が悪かったみたいです。
それで、ある大学病院の整形外科病棟に入院しました。
治療は手術とかじゃなく、首をサポーターで固定して牽引するんです。
会社に報告したら、「何やってるんだ」みたいな目で見られたんですが、
まあ、10日程度ってことでしたのでなんとか。最初のうちは、右手がしびれて
物を持てなかったんだけど、毎日牽引してるうちによくなってきました。
首の痛みもとれてきたんで、どうせだから入院期間はゆっくり休むつもりでした。
俺、会社はIT関連で、ブラックとまではいかないけど、かなり激務でしたから。
でね、俺のつけてた首サポーターはかなり長くて硬いやつで、
首がいっさい動かせなかったんです。だから、横のほうを見るときには

体全体を動かさなきゃならない。サポーターは、退院してからもしばらくつけて
ないとダメということでした。整形外科の病棟は7階で、若い人がけっこういました。
ほら、高齢化社会で、内科とかは老人ばっかりなんだそうですが、
整形の場合、ゴルフで靭帯を切ったり、作業中に足を複雑骨折したとか、
そういう人が多いんですよ。ああ、すみません、話を進めます。
朝7時に1階に入ってるコンビニが開くんです。
入院中は毎日新聞を買いにいってました。で開店時間を待ってたように、
入院してる年寄りがたくさんきて、点滴のスタンドを
押してる人も多かったんです。でね、コンビニを出ようとして、
体ごと入り口のほうを向いたとき、「あっ!」と声を上げてしまいました。
少し前に入院着のジイさんがいたんですが、その背中に大きな緑色のものが

はりついてたんです。そうですね、長さは4、50cm。
ちょうど背中に背負うバッグくらいの大きさ。
でも、バッグでないことはすぐにわかりました。動いてたからです。
それは濃い緑とやや薄い緑がまだらになった色で、
上下にゆっくりと伸び縮みしてたんです。第一印象はヒルですね。
ほら、沼とか田んぼにいる。けど、そんな巨大なヒルはいないと思うし、
病院内で背中にしょって歩いてるなんてねえ。しかもそのジイさん、
すごい痩せてよれよれで足取りもおぼつかない感じだったんです。呆然として
立ち止まって見てたので、どんと後ろからぶつかられ、俺が悪いんで「すみません」
そう言ってもう一度前を見たら、そのジイさんの背中のヒルはなくなってたんです。
まあ・・そのときは幻覚だと思いましたよ。だってそんなのいるはずないし。

次に見たのは翌日の午後でした。課長が病室に見舞いに来てくれて、
それを送って1階の外来まで行ったときです。玄関のところで課長に頭を下げて、
体ごと振り向いたら・・・ほら、病院ってその時間だと、外来の患者の診察は
ほとんど終わって、支払いと処方箋を待ってるんだけど、
その背中に緑のヒルを背負ってる人がいたんです。一人じゃなく何人も。
俺のところからは、ずらっとイスに座ってる上半身の上のほうが見えるんだけど、
イスの背もたれからはみ出すようにして、緑のくねくねしたものが動いてました。
いや、全員じゃないです。5、6人に一人って割合くらい。
色合いが同じだったので、前にコンビニで見たのと同類じゃないかって思いました。
気持ち悪かったけど、もっと近くで見ようと思って、
待合席のほうに近づいていったんです。そしたら、そのヒルたちは、

俺の動きを察したみたいにして、スススッと潜って消えてったんです。
はい、潜ったのは、イスの背もたれの下のようにも、その人の首筋のようにも見え、
どっちかわかんなかったんです。ただね、そのときに気がついたのは、
ヒルが背中に見えた人は、年寄りで、病気が重そうな人ばかりだったんですよ。
車イスをつき添いが押してる患者には、たいがい見えた気がします。
でねえ、これ、そんなのが現実にいるより、俺自身の病気のせいで見えてるんだ、
って思いますよね。ましてほら、痛めた箇所が首だから、何か神経に影響が
あってとか。だから、翌日の朝の回診のときに、主治医に話したんですよ。
「変なものが見えます」って。主治医は黙って話を聞いてて、
すぐにその日、脳のMRIを撮る予約を入れてくれました。それまで頭部は、
レントゲンしか撮ってなかったんで。でね、そのときに気になることが

あったんですよ。俺が「緑色のヒルみたいなのが・・」って話をしたとき、
主治医は「うーん、たしか前にもそんなことを言ってた人がいたなあ」
って、つぶやくように言って。でね、その日の夕食の時間です。3回目を見たんです。
そこの病院は、食事のトレイは、動ける人は自分でワゴンから取るんです。
俺は自分の分を持ってきて、隣のベッドの患者ののも取りました。隣はアメリカ人で、
地元のバスケチームに所属してる黒人選手だったんです。俺、少しだけど
英語できるんで、いろいろ話とかしてたんです。その人は試合で足を骨折して、
自分で動けなかったんですよ。でね、トレイを持って振り向いたときに、
足を吊って寝ている黒人の背中の下から、あの緑のヒルが
顔を出してたんです。ああ、顔と言っても、目も口もないんですが。
それが、俺がトレイを持って近づいてくと、

ササッという感じで、大きな黒人選手の体の下に潜っていって。
けど、ベッドと体の間にそんな隙間なんてないし。
で、MIRの結果は、脳はなんともなかったんです。あとね、その黒人選手、
数日後の夜中に胸が痛いって騒ぎ出し、
ベッドごと運ばれて帰ってこなかったんです。いや、
足自体は命に関わるようなケガじゃないから、心臓の発作だと思います。
何日か後に、テレビで訃報が流れてました。
さすがにね、このあたりで気がつくじゃないですか。
いろいろ実験してみました。で、わかったのは、左側から体ごと振り向いたときに、
人の背中にヒルが見える場合があるってことです。もちろん全員じゃなく、
命の危ない人ほど大きなヒルが背中にいる。何でそれがわかったかっていうと、

整形だと、そんな命にかかわる病気の人は少ないですよね。けど、他の科だと
毎日のように亡くなる人がいる。でね、そこの病院、ひとつ下の階のデイルームに、
入院患者が読んだ本や漫画を置いてった、
他の階からきて借りられる書棚があるんですよ。
そこに行ったとき、左から振り向いて、デイルームの中をのぞいてみたんです。
そしたら、いるわいるわ。2人に一人以上の割合で、背中にヒルをついてました。
たぶん、癌患者とかが多いんでしょう。あとですね、
トイレの鏡で、自分のことも見てみたんです。動きが不自由で、
はっきりはわかんなかったですが、そのときはいないように思いました。
で、首のほうは、毎日牽引してたおかげで、腕のしびれはとれてきました。
退院して、あとは通院治療になる前の夜です。夜中にトイレに起きたんです。

トイレは病室にあるけど、ドアの開け閉めや水を流す音がするんで、
いつも廊下にある共同トイレに行ってたんです。
トイレを済ませて戻ろうとしたとき、廊下の端に、何か動くものがいたんです。
オレンジの照明で色ははっきりしませんでしたが、あのヒルに思えました。
小学生の子どもくらいにまで育ったやつです。人の背中に乗ってないのを見たのは
初めてで、かなりの速さで這ってました。
いや、そのときは怖いとは思わなかったです。
後をついていくと、ヒルはナースステーションの横手で曲がって、
非常階段に入っていったんです。その病院は、非常階段にはドアがなく、
緊急時に患者を下ろせるようにかなりの広さがありました。
その階段を2段飛ばしに転がるような感じで、ヒルはどんどん降りていく。

6階、5階・・・でね、その次の階の階段の踊り場に、低いベンチがあったんです。
そこに座ってる人がいました。子どものように小さい体で、
頭から毛布を被ってて顔が見えない。俺がギクッとして立ち止まると、
その人は、「よしよし、よく育った」って言って、
その声で女じゃないかって思いました。
その人は、足元までやってきたヒルを赤ん坊のように両手で抱き上げ、
口をつけて吸うような仕草をして・・・俺は怖くなって、後退りするように
階段を数段上ったところで、その人が頭を俺に向けて、「お前もこれが
 ほしいのか」って、しわがれた声で言ったんです。走って逃げましたよ。
翌朝、検温に来た看護師に、非常階段の踊り場のベンチの話をしたら、
「避難のじゃまになるから、そんなのはないはず」って言われました。

実際、見にいったらやっぱりなかったです。俺は退院し、
首のサポーターがとれて、少しずつ動かせるようになりました。
でね、あの病院を出てから、ふり向いてもヒルは見えなくなったんですよ。







宇宙の形が揺らいでる?

2019.11.21 (Thu)
ある科学者グループが、消滅した衛星のデータを分析していたんですが、
その中で、「もしかして、宇宙ってまるいんじゃない?」
という説が出てきました。もしそうなら、ちょっとヤバいことに
なるかも、と彼らは最新の論文に詳細を記しています。

現在、宇宙の年齢やサイズ、進化の過程などにまつわる定説は
いくつもありますが、それを構築する前提になっているのが、
「宇宙は平面時空」と考え。しかし最新の論文では、
「人工衛星プランクが収集したデータは、宇宙がまるいと考えた方が
つじつまが合う」と何度もくり返されています。

もちろんこの見解には賛否両論ありますが、この論文の著者は、
「もし宇宙が本当はまるいなら、平面であると仮定することで
悲惨な結果を招く恐れがある」と記しています。
(GIZMODO)

fdfb (3)
インフレーション・ビッグバン理論

今回は科学ニュースから、こういうお題でいきます。うーん。
まず、今回この説を出したグループですが、欧州宇宙機関(ESA)が
打ち上げた、宇宙背景放射の観測に特化した人工衛星「プランク」の
計画にたずさわる研究者たちのようですね。

では、宇宙の形について少し一般論を書いてみたいと思います。
古代において、地球は平面と考えられた時期がありました。
平らな地面がどこまでも続いて、端が崖のようになっていて、
そっから海の水が流れ落ちている。地球そのものは宇宙に
浮いてるんです。これを「地球平面説」といいます。

「地球平面説」のイメージ


ですが、時代が進むにつれて、例えば港に近づいてくる船は、
マストの先端から見えてくることなどから、地球は球体であると
考えられるようになりました。これ、よく誤解されるんですが、
地動説、天動説とは関係ありません。天動説が盛んな頃でも、
知識人は地球が球体であることを知っていました。

やがて近代になり、宇宙についての知識が深まるにつれ、
われわれの宇宙はどんな形なんだろうと考えられるようになります。
そこで使われたのが、ドイツの天才数学者ガウスによる
曲面上の幾何学での「曲率」の考え方です。

人工衛星「プランク」
fdfb (4)

みなさんは平面上に書いた三角形の内角の和が180°になることは
ご存知でしょうが、曲面上では必ずしもそうはなりません。
内角の和は180°以上にも180°以下にもなりえるんです。
この曲率を利用して、3つの宇宙の形の候補がつくられました。
こっからは一つずつ説明していきます。

まずは、三角形の内角の和=180°のモデル。「平坦な宇宙」です。
平らな紙がどこまでも広がってるイメージですが、もちろん2次元
ではなく3次元です。これだと、宇宙には端があるので、
どこまでも広がっていくことができます。つまり、いつまでも膨張が続く。

fdfb (1)

次が、「開いた宇宙」です。この場合、三角形の内角の和<180°。
よく「馬の鞍のような形」と形容されます。この場合も宇宙には
端があるので膨張は続くものの、空間のゆがみも大きくなります。
で、この2つのモデルですが、もし宇宙空間内にある物質の量が一定だと、
宇宙は「熱的死」を迎えるという予測があります。

それはそうですよね。中の物の量が一定で、空間だけが広がって
スカスカになっていくわけですから、どんどん温度が下がり、
最終的には光が消え、何も動くものがなくなってしまうでしょう。
怖い未来ですが、それははるか遠い先のことで、人類はその前に
とっくに絶滅してるでしょうから、心配はいりません。

fdfb (5)

3番めのモデルが、「閉じた宇宙」で、三角形の内角の和>180°。
ちょうど地球の表面のような球面状の宇宙です。上の2つとの大きな違いは、
空間が閉じているので、宇宙をずっと進んでいくと、いつかは出発点に
戻ってくることができます。なんかよさそうなモデルに見えますが、

球面ということは端がありません。つまり膨張はいつまでも続かない。
いつかは膨張が収縮に転じる(ビッグクランチ)という予測があります。
SF小説だと、ビッグクランチになれば時間が逆向きに流れるなどという
作品もありますが、実際にはどんなことが起きるのかはよくわかりません。
われわれの想像がおよばないんですね。

fdfb (7)

さて、この3つの候補のうち、現在は、最初に出てきた「平坦な宇宙」が、
われわれの宇宙と考えられるようになりました。いつからですかねえ、     
COBE(コービー)衛星が宇宙背景放射を観測した1980年代の
終わり頃からでしょうか。で、平坦な宇宙を前提として、
いろんな理論が立てられるようになっています。

宇宙が平坦になった理由は、1981年に発表された
「インフレーション仮説」で説明されます。ビッグバンが起きた最初期に、
宇宙は指数関数的な急速膨張をとげた。これがあまりに爆発的だったので、
宇宙はひきのばされて凸凹のない平坦な形になった。

宇宙背景放射
fdfb (2)

ですから、もし今回のニュースにある「宇宙は閉じている(球形)」
という観測結果が正しいとすると、たいへん困った事態になってしまいます。
インフレーション仮説も見直しになるかもしれません。
しかし、この観測結果、ほんとうに正しいんでしょうか。

これまでにも、2011年だったかな、ニュートリノが光よりも速い、
という実験結果が世界をかけ巡りましたが、間違いとわかって撤回されたり
してますよね。あのときはたしか、光ケーブルの接触不良という
ひじょうにお粗末な理由でした。今回もその可能性はあるように思います。

宇宙背景放射から宇宙の曲率を割り出す方法
fdfb (6)

というのは、人工衛星プランクも宇宙背景放射の測定から
宇宙の曲率を割り出していて、これまでの測定と基本的に同じ方法を
とっているからです。どのように観測しているかは、
上の図をごらんいただければわかると思いますが、
これはかなり測定誤差の出やすい方法です。

さてさて、ということで、あれこれみてきましたが、自分は
インフレーション仮説はたいへんなスグレモノで、まず間違いないだろうと
考えています。ですから、もし今回宇宙の曲率に多少の新事実が
発見されたとしても、大勢は崩れないんじゃないかと思いますね。
では、今回はこのへんで。

開いた宇宙と閉じた宇宙の行く末
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現世利益ってあるの?

2019.11.20 (Wed)
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今回はこういうお題でいきます。なかなかに難しい問題ですね。
これはもともと仏教用語ですが、ネット辞書でこの項目を引いてみると、
「神仏を信仰することによって、現世において得られる利益をいう、
対になる言葉は来世利益」と出てきます。
字のとおりそのままで、これでは何もわかりません。

なぜ難しいかというと、現世利益の概念は宗教ごとに、
また同一宗教の中でも宗派ごとに異なっているからです。
それと、この問題は「運命論」とも深く関係しているんです。
さて、どうすればいいでしょうかね。
やはり各論を積み重ねていくしかなさそうです。

まず「現世」とは何か、簡単に言えば、今、みなさんが生きている
世界のことです。輪廻転生を認める宗教、現在の仏教や、
インドのヒンドゥー教では、前世、現世、来世の3つの世界が
あるとされます。神道は、この部分はひじょうにあいまいですね。
前世や来世については積極的に言及されていません。

教会での祈り
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キリスト教やイスラム教は、現世と来世しかありません。
しかも生まれ変わりは認めていないので、来世とは天国や地獄のことに
なります。では、現世しか認めない宗教ってあるんでしょうか。
これは少数ですがあります。お釈迦様が開いた原初仏教では、
死後の世界のことは説かれませんでした。

釈迦様は頭のいい人だったようで、考えてもわからないことには
ふれるべきでないと言ったとされます。これは輪廻転生思想が
主だった古代インドにあっては特異な考え方でした。
原初仏教は、この世で心穏やかに過ごすための生活哲学のような
ものだったのが、長い時間の中で大きく形が変化してるんですね。

仏教の極楽
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さて、キリスト教は一神教です。唯一神は全知全能で、この世界の
すべてのことを支配しています。ですから、もし病気になったとしても、
それはそうなるように神様が定めたということで、
これは「運命」と言い換えてもいいかと思います。
キリスト教は運命論的な宗教なんです。

キリスト教のお祈りは、神を讃え、信仰心を示すことです。
現世利益、例えば「病気を治してほしい」などと祈るのはよいことでは
ないとされるんですが、まあ、これはあくまで建前であって、
キリスト教徒でもそういう願いをする人は普通にいます。
ただ、さすがにお金をたくさん儲けたいなどの祈りは少ないでしょう。

現世利益
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キリスト教では「奇跡」ということがありますね。神がその力を
形にして示す。ただし、信徒が自分のために奇跡を願うのはよくないとされ、
ローマ法王庁で奇跡は厳重に管理されています。簡単には起きないという
ことです。あとまあ、神に対抗する悪魔という概念がありますので、
悪魔憑きを祓うことで、結果的に病気が治るなどのこともあります。

キリスト教では、「何ごとも神の御心のままに」と祈るのがよいとされ、
例えば、子どもが幼くして亡くなった要な場合でも、
「神様がこの子の魂をおそばに置きたいと思って、早くに天に
お召しになった」みたいな言い方をします。やはり運命論的です。

さて、話変わって、仏教では、最大の目的は輪廻転生の鎖から解き放たれ、
成仏することです。成仏するとは、極楽に行くことではなく、
お釈迦様や阿弥陀如来のような仏の一人として、現世にいる人間たちを
導く存在になることで、地獄や極楽は後になってできたものです。

密教の加持祈祷
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仏教には現世利益もありますが、それはあくまで副次的なものです。
「鎮護国家」という言葉はご存知でしょう。仏の力によって、国家を
災害や武力侵攻から守る。これを目的にして奈良の大仏(毘盧遮那仏)
が造立されました。個人に対する現世利益もないわけではありませんが、
何も努力しない人間が勝手な願いをしても、仏様は聞いてくれないでしょう。

仏教の中で最も現世利益を重視するのが真言密教です。
真言密教では「即身成仏」が究極の目的であり、これは生きながらにして
仏になることです。そのためのさまざまな呪文や修行法があり、
仏教の中でもきわめて呪術的な性格を持っています。歴史的に、
病気平癒や悪霊退散の祈祷を行うのは密教僧が多かったんです。

黄金の雨に変じて女性のもとへしのび込むゼウス
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次、神道ですが、自由でおおらかな宗教です。これは多神教であり、
しかも人格神であるためでしょう。新井白石は著書『古史通』の冒頭で、
「神は人なり」と看破しています。一般の人間と同じように考えふるまうから
ですね。多神教の神々はだいたいこのようなもので、ギリシア神話でも、
神は密通をしたり、嫉妬から戦争を引き起こしたりします。

神道の神様は専門分野?も持っています。例えば、大国主命は
縁結び、素盞嗚命なら疫病退散、書道や学問、サッカーの神様まで
います。はじめのほうで書いたとおり、神道では来世の姿が明確ではなく、
そのぶん、現世利益に特化しているとも言えるでしょう。

開運グッズ
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さてさて、まだまだ書くことはあるんですが、そろそろお時間に
なりました。「神は自ら助くる者を助く」という言葉があります。
何も自分で努力しないまま、ただ神社でお賽銭に100円あげた
だけでは、何事もかなうことはないと思いますよ。

これは現在大流行している「開運グッズ」などでも同じです。
御守やパワーストーンなどのモノだけで、運が開けるなどということは
ありません。自分で目標を持って努力するのが最も大切なのは
言うまでもないでしょう。では、今回はこのへんで。

疫病神 牛頭天王
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ある駅の話

2019.11.20 (Wed)
鉄道関連会社職員 安田貞一さんの話
あ、どうも、〇〇駅で駅務係をしてる安田といいます。よろしく
お願いします。駅務係というのは駅員とは違って、電鉄の子会社の
社員なんです。まあ簡単に言えば、駅構内の清掃が仕事で、
僕は複数のホームを担当してます。ここの駅は中心部から外れてて、
通勤ラッシュ時でもそう混雑することはありません。
それ以外の時間は乗客もパラパラで、その分汚れることは少ないし、
のんびりしています。交代制で定時に帰れますし、
給料は多くありませんが、いい仕事についたなあと思ってたんです。
それが、ここ1ヶ月で3件、そこのホームで飛び込み自殺があったんです。
いや、ここで勤務してもう15年になるんですが、
それまでは1度も自殺に遭遇したことなんてなかったのに。

最初が女性、次が男性、そしてまた女性でした。
新聞とかに出たわけじゃないので詳しいことはわかりませんが、
みな若い人だったはずです。時刻は3人とも同じで、
夕方の4時半ころ、飛び込んだ場所も、4番線のホームと同じ。
乗客が増える少し前の時間帯です。え、その3人に関係があるかって?
いや、僕にはわかりません。もしかしたら警察のほうでは
調査したりしてるのかもしれませんけど。3件とも僕の勤務時間帯
だったんですが、はじめの2件は他のホームに出てて目撃してないんです。
じかに見てしまったのは、最後の女性のときだけです。
それが、なんとも異様な状況で・・・ はい、そのときのことを
これから話していきたいと思います。

◯◯駅から出てすぐの交差点脇に、ええとたしか5階建てのビルがあって、
1階がコンビニ、2~4階までが英会話スクールになってるんです。
ほら、ひところ「駅前留学」なんてCMが出てたでしょう。
でも、ああいうのって言語教師とかの資格を持ってないただの外人さんを
講師にしてたりするでしょ。そういう内情がわかってきたせいか、
あんまり生徒さんも多くないように思いました。
それとね、これは仕事仲間から聞いたんですが、その英会話スクールの
チェーン、なんとかっていう新興宗教団体が母体になってるってことで。
それは確かだと思います。僕もね、そのコンビニに行ったとき、
横の階段から白い・・・なんていうんですかね、ギリシア風のひらひらした
衣装をつけた外人の男女が降りてきたのを見てるんです。

考えてみれば怖い話ですよね。英語の勉強をするつもりだったのが、
いつの間にか信者に取り込まれてたりとか。あ、それで、
なんでこの話をしたかっていうと、僕が目撃した飛び込み自殺と関係が
あるんじゃないかって思うんです。そのときは・・・ホームのゴミ箱の
ゴミを回収してました。そしたら4番線のホームの終りに近いとこの
ベンチに、すごく大柄な男性が座ってたんです。ライオンのような金髪で、
ひと目で外国人ってわかりました。服は茶色いスーツで白い杖を携えてました。
で、その前に若い女の人がいたんです。25歳くらいですかねえ。
水商売風の服装をしてたので、これから夜の街に出勤するとこだったん
じゃないかと思います。その2人、知り合いとかじゃないと思いますよ。
話とかしないし、顔も合わせなかったですから。

ベンチに座った外国人の前に、その女性が3mくらい離れて立ってて、
快速が入ってくるアナウンスがありました。そしたら、外国人は
座ったままで杖を槍みたいに前に構えたんです。ちょうど女の人の
背中に向くようにして。で、その杖をちょんちょんと動かしたら、
女の人の体がガクッと腰を折ったんです。立ったまま深いおじぎをしたみたく。
「えっ?」と思いましたよ。外国人が杖を少し動かすと女の人の体が
ガクガク揺れ、もう電車がそこまで来たとき、ズーンと杖を押し込むようにして。
そしたら、立ってた女の人がトットッという感じでホームの先に
走り出ていって線路にふわっと・・・飛び込んじゃったんです。あの、
杖で押したとかじゃないんですよ。さっき言ったように3mは離れてたのが、
超能力みたいに女の人が飛び込んじゃって・・・

犯罪なんでしょうか、よくわかりませんでした。直接手をふれたわけじゃないし。      
乗客は他に10人はいましたけど、ホームの階段に近いほうで、
見てたのは僕だけだと思います。電車はかなり先までいって停止し、
ああ、助からないだろうなって思いました。それでね、外国人がゆっくり
立ち上がって僕のほうを向いたんですが、その目が両方とも真っ白だったんです。
はい、盲人で、そのための杖だったんです。立ち上がった外国人は背が高く、
僕の頭が肩ぐらいでした。外国人は杖を突きながら僕のほうに近づいてきて
にやっと笑い、何かされるんじゃないかと思いましたが、
そのまますれ違っていったんです。それで、鉄道警察とかから目撃証言を
求められたときに、このことは話しました。けど、どこまで
信じてもらえたかはわかりません。まあ、こんな話なんです。

△△電鉄 保線技術員 三沢光輝さんの話
さっそく話していきます。今、出ていた安田さんと同じ◯◯駅に勤務してます。
保線技術員をしてて、ようするに線路の点検をし、定期的に
部品を交換したりする仕事なんですが、線路上にある異物も処理しなくちゃ
いけないんです。はい、自殺者の遺体なんかも。安田さんがおっしゃってたように、
その◯◯駅では、それまで自殺はなかったんですが、僕が前にいた路線区では
けっこう頻繁に自殺がありました。自殺者の遺体は、線路に飛び込んだときの
状況や角度、あと電車のスピードとかの関係で、いろんなケースがあります。
まず、電車のフロントガラスにあたって中に飛び込んじゃう場合。
これ、JRでも話題になったけど、助かることがあるんですよ。
僕もね、窓にささったままの人と会話したことがあります。それから、
大きく跳ね飛ばされて体全体が遠くに落ちる場合。

それだと生きてられませんが、遺体の損傷はそこまで大きくはありません。
ひどいのが、線路に落ちてから電車が来て轢かれる場合で、
それでもね、車体の下にもぐり込むと、まあいくつかに分断はされますが、
顔が判別できて身元確認につながることもあります。
一番むごいのは、遺体が車輪に巻き込まれてしまったときですね。
まさに細切れのバラ肉状態で、よく言われるように焼肉の臭いがします。
それをすべて拾い集めなくちゃなりませんから、これは嫌ですよ。
最初に処理したときは吐きそうになりました。あとね、電車の車両下の
各部にも遺体の一部がこびりつくんですが、その回収は僕らじゃなく、
車両整備部がやります。ああ、すみませんね、気持ちの悪い話をしてしまって。
ここのみなさんはそういうことに慣れてると聞いたもので。

それで、3人の自殺者のうち、最初の女性、2番めの男性は跳ね飛ばされた
形でしたので、遺体はほぼ回収できたんです。ところが、3人目の女性は
電車の下部に体がもぐり込んでしまって。幸い、車輪には巻き込まれず、
下半身と右腕は見つかりました。ですが、頭から肩にかけてと左腕が
出てこない。肉片とかも落ちてなかったんです。このことは
車両整備部にも伝えたため、向こうでも念入りに調べたはずですが、
どこかにはさまってたというわけでもない。不思議ですよね。
それで、自殺から3日後の早朝、始発の前に保線作業してました。
〇〇駅を出て200mほどいったとこですかねえ。
線路上に何か異物があったんです。30cmよりちょっと大きいくらいの
赤黒いもの。自力で動いてるように見えたんで、生き物かと思いました。

これもね、よくあるんです。線路に犬や狸なんかが入り込んではねられるのが。
傷を負った猫かなにかだろうかと思って近づいてくと、
まだ薄暗いのではっきりしなかったですけど、上向きに人の顔のようなのが
ついてたんです。「うわ!」と思いながら懐中電灯を向けました。
・・・なんと言ったらいいんですかねえ。大きな太い腸詰めに顔、それと
人間の腕を一本つけたのが、ゆっくりと這ってたんです。ありえない、
と思い、体が動かなくなりました。それは、光を感じたせいなのか動きを速め、
線路脇の鉄柵に近づいて・・・するとそこに、すごく大きな人が立ってたんです。
さっき安田さんが話した外国人じゃないかと思います。外国人はそれを
拾い上げると、鉄柵の向こうにいた白いトーガを着た人たちに、柵ごしに手渡し、
自分は鉄柵を乗り越えて、停まってた車でどこかに去ってったんです。

zairai mihari





浮遊のオカルト

2019.11.18 (Mon)
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今回はこういうお題でいきます。ここで、浮遊と飛行とは区別したいと
思います。鳥のように自由に空を飛ぶのは人類の古代からの
夢でしたが、その一つ前の段階として浮遊の概念があります。
飛行が、いったん空中に浮かんだ後、自力で水平移動するのに対し、
浮遊は基本的に上下移動するだけと考えてもらえばいいでしょう。

さて、現代では浮遊するものはいろいろありますよね。まずは、
浮力を利用したもの。風船にヘリウムガスをつめたり、大きいものでは
飛行船があります。ただしこれ、重いものを浮かせるには、
大量のガスが必要で、爆発の危険もあります。

そういえば昔、「風船おじさん」という人がいましたよね。
バブルがはじけた1992年、琵琶湖畔から太平洋横断してアメリカを
めざしましたが、2日後に消息がとだえ、今もってゆくえ知れずです。
しかし画像を見ると無謀ですよね。いかにもガス漏れしそうだし、
上空の気流がどうなっているかもわかりません。

これは自殺行為ですね
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次は電磁力ですか。小学校の実験で、磁石に糸をつけてもう一個の
磁石に引きつけさせて宙に浮かせるというのがありました。
磁気浮上式のリニアモーターカーもこれですね。ただ、
浮かせる高さはほんのちょっとなので、あまり浮遊という感じはしません。

あとは、ホバークラフトやヘリコプターも垂直上昇できるので
浮遊と言っていいんでしょうが、いかにも機械力まる出しで
夢がない気がします。あ、でも、ドラえもんのタケコプターも
そうですね。未来の超技術なんでしょう。

中国の置物 仙人の沓


さて、ここまでは常識的な話ですが、オカルト方面でも浮遊、
空中浮揚ともいいますが、この話題にはこと欠きません。じつは、
空中浮揚の話は昔からあって、一番古いのは中国ですかね。
「羽化登仙伝説」といって、山の中で修行を続けていた者が、
ついに仙人となって空に登る。

そして、地上には沓(くつ)だけが残っていたというやつです。
その後は仙人として自在に空を駆け巡ることになります。
べつに羽化といっても羽が生えるわけではありません。
あとは、キリスト教の聖人にも空中浮揚の伝説は多数あります。
この場合は、神の力による奇跡ということです。

キリスト教絵画に出てくる空飛ぶ人
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有名どころでは、13世紀イタリアの神学者、トマス・アクィナスが、
晩年に礼拝堂で祈りを捧げていたところ、宙に浮いているのが
大勢の人に目撃されたことになっています。アクィナスは肖像画が
残っていて、ものすごく太った人だったようです。あと、
キリスト教会画には、よく空飛ぶ人物が描かれてますね。

さて、現代で有名なのは、オウム真理教の教祖だった麻原彰晃こと
松本智津夫が、座禅を組んだまま空中浮揚したとされる写真ですが、
自分はあれ見て「ああ、この人センス悪いな」と思いました。
どう考えても、自力で跳び上がったところをストップモーションで
撮影したと言われて、バカにされるだけでしょう。

空中浮揚する江頭2:50
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あの場合はヨーガの修行による力なんでしょう。昔からインドでは、
空中浮揚のマジックの伝統がありました。地上に置いた縄がするすると
空に昇っていき、ぴんと張りつめたところで人が登る。
このトリックは大がかりですが、現在でもそういう行者さんがいます。
かならず横に一本の棒が立ってるのがミソです。

インドの行者
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あとは、ヨーロッパの心霊主義の時代。降霊会では、はじめは
テーブルやその上に置いたものが浮くだけだったんですが、
やがて自分自身が宙に浮き上がる霊媒師が現れてきました。
最も知られているのが、ダニエル・ダングラス・ホームという
人物で、さまざまな形で浮遊を行っています。

このホームの時代には、まだ超能力(テレキネシス)という概念は
一般的ではありませんでした。テーブルが浮くのは、降霊会で呼び出した
霊の力であるとされましたが、霊媒師自身が浮き上がるのは
何の力なんでしょうね。そのあたりも あいまいだった頃の話ですが、
降霊会での現象が、後の超能力につながっていくのは間違いありません。

ダニエル・ダングラス・ホーム
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さて、オカルトはこれくらいにして、SFに目を向けると、
「反重力」という概念があります。何らかの方法で地球の重力を遮断し、
無重力の宇宙空間のような状態にする。はじめの頃は、
重力を遮る板のようなものが考えられてたんですが、
SFが進化するにつれて、それでは原理を説明できなくなります。

そこで、物体の質量をゼロにする、空間をゆがませる、万有斥力など、
さまざまな理屈が考えられたんですが、どれも苦しいんですよね。
というのは、反重力のキモは費用が安くなければならないからです。
人類にはすでにヘリコプターやロケットがありますので、
それらよりずっとコストがかかるようだと、反重力の意味がありません。

オカルト界で反重力リフターと呼ばれるもの
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陰謀論では、反重力はすでに開発されたが、世界中の電気、機械、
燃料、運輸関連の業界が協力して闇に葬り去ってしまったとかなんとか。
まあ、もしできれば革命的な技術になるんでしょうが、
やっとついこの間、重力波が観察されたばかりですからねえ。

さてさて、現在、各国でドローンの開発が盛んですが、
あれも垂直上昇できるので、一種の浮遊装置と考えてもいいでしょう。
そうすると、けっこう身近なところまで近づいているのかもしれません。
自分の家の屋上から個人用ドローンで通勤するとか。
では、今回はこのへんで。

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文献は信じられるか?2

2019.11.17 (Sun)
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前回にひき続き、こういうお題でいきますので、
興味のない方はスルーされたほうがいいかと思います。前記事は
『日本書紀』を中心に書きましたが、今回は中国文献を
論じてみたいと思います・・・というと偉そうですが、
まあ、巷の一介の占い師が書くことですので。

さて、中国の文献資料は信じられるのか? これも一般論としては、
「信じられる部分も、信じられない部分もある」で問題ないはずです。
『三国志』魏志倭人伝について、新井白石は著書『古史通惑問』で、
「魏志は実録に候」と言っています。

新井白石
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これは『日本書紀』などと対比しての言なんですが、まあね、
中国の正史には、母親がサメの人物や、8つも頭がある大蛇は
出てきませんので、日本の古文献よりも信頼性が高いのは確かです。
ですが、やはり史料批判は絶対に必要です。

まずは全体的な傾向から。中国の正史には、いくつかの
共通した特徴があります。正史は、おもに国家によって公式に
編纂された王朝の歴史書のことで、中国の場合は『史記』から
『明史』までの「二十四史」とされています。

正史という名称から「正しい歴史」の略と考えられることがありますが、
実際には、事実と異なることも記載されています。まず一つには、
中国の歴代王朝をつらぬく「易姓革命」思想からきているものです。
中国では、「正史はある王朝が滅んだ後、次の王朝に仕える
史家が記すべきである」という考え方があります。



その王朝が自らの歴史を書くと、自分たちに都合のいい内容になって
しまい信用できないという理由からですね。『三国志』は
西晋の陳寿という人物が、280年代に完成させたと考えられています。
計65巻からなる大著ですので、もっと以前から書かれていたでしょうが、

265年に魏が禅定によって晋となり、280年に孫権が興した
呉が滅んだため、そこで完成としたのだと思われます。
易姓革命の思想では、ある王朝が滅びるのは、天がその王朝を見放し、
別の人物に帝王となる使命を与えたためとされます。

ですから、どうしても前王朝の最後の王はよく書かれないんですね。
夏の桀王、商の紂王が有名ですが、それだけではありません。
また、前の王朝が天から見放されたいきさつを詳細に記述することで、
新しい自分たちの王朝の正当性を示すことができます。
まず、このバイアスがかかっています。

次は、儒教的な価値観で書かれているものが多いこと。『三国志』は     
その典型です。儒教は漢代のころから実質的に国教化され、三国時代は
どこも儒教を行動規範にしていました。ですから、例えばですが、
「◯◯という人物は清貧を貫いたため、その死後、何も財産が
残っておらず家族が困った」みたいな内容があれこれ出てきます。

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あとは、中国の正史は、前代の正史の内容を踏襲するということです。
歴代の正史はすべて一つの流れとしてつながっているという意識が
あるんです。ですから、よほど明らかな間違いでないかぎり、前代の
書の記述を否定することはありませんし、むしろ積極的に下敷きにする。

まだあります。中国正史では、基本的に女性と宦官はよく書かれません。
女性はその色香によって国を傾ける存在。また宦官は、
つねに悪巧みを行って私利私欲に走り、帝王が道を誤る原因をつくる。
いくらでもエピソードが思い浮かんできますよね。士大夫ではない
女や宦官は、絶対悪的な存在なんです。(例外もあります)

陳寿
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さて、次に内的批判について考えていきます。魏志倭人伝の場合、
撰者の陳寿が直接日本に来たわけではありません。あくまでも
文献資料をまとめたものです。関係者へのインタビューなども
してないでしょう。陳寿にとっては、当時の倭国ははるか遠い蛮夷の国です。
もし参照した資料に間違いがあったとしても、陳寿にはわかりません。

ですから、多くの錯誤、誤謬があると考えたほうが常識的です。
現代のようにネットで手軽に情報が手に入るようになった時代でも、
みなさんが例えば、ジンバブエやガンビア(特に意図があってこの2国を
出したわけではありません 笑)の地誌をまとめるのは難事ですよね。
陳寿にとっての倭国はそういった感じだったでしょう。

実際、後代の『明史』秀吉伝などを読んでみれば、その内容は              
ムチャクチャです。自分たちが戦った相手で金印まで届けたのに、
まともな情報ではないんですね。これは『宋史』 『元史』の日本伝でも同じで、
明らかな間違いはいくらでも発見できます。『三国志』の頃よりも、
情報伝達の正確性やスピードははるかに高いはずなのに。

これは日本の話ですが、江戸時代に目の前で起きた事件を、
数日後に日記に書いた。そういう文献でも他と比較検討してみると、
やはり間違いはあるんですね。文献を書くのは人間であり、
人間の認識力はかぎられています。ですから、間違いがあるのが
文献というものの宿命と言っていいかもしれません。

豊臣秀吉
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それから、中国の古書は筆写を重ねて伝えられるものです。そのどこかで
書き誤りや独自解釈があるとは当然考えられますし、もしないとしても、
時代によって字義や語法が違っています。日本でも、平安時代の文章と
江戸時代の文章では、だいぶ用字も文法も異なりますよね。
「古本(こほん)三国志」というのがあります。

これは西域で発見された晋代の『三国志』写本の一部ですが、
それを現在テキストとされる宋代のものの同一部分と比較すると、
なんと全体の3分の1に画数の異なる漢字が使われており、また、
熟語として異なるものも多数見られるんです。ですから、現在みなさんが
目にしている『三国志』は、陳寿が書いたのとは大きく違っている。

さてさて、「陳寿を信じる」とし、魏志倭人伝が一つも間違いのない
内容であると仮定して読み解くのも、方法論としてはありでしょう。
ただし、「魏志倭人伝の内容はすべて正しい」というのは、前述したとおり
あくまで仮定でしかないんです。そこを忘れてしてしまうと、
きわめて危ういんじゃないかと思いますね。では、今回はこのへんで。

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つながる話

2019.11.17 (Sun)
あ、どうも山根ともうします。仕事は公務員で、郷土史館に勤めてます。
独身で家族はいません。僕も30歳を過ぎて、実家の両親からは
早く結婚しろってせっつかれてるんですけど、なんか一人のほうが
気楽なんですよね。仕事のほうは定時で終わるので、
好きな趣味のことをやってブログに書いてます。
はい、趣味は鉄道写真です。いわゆる撮り鉄ってやつ。
この趣味の人、けっこう多いんですよ。休日のたびに目的の
路線や電車を決めて、現地に行って写真を撮ってくる。
で、それをブログに載せる。まあね、中には、そんなことのどこが
面白いんだって思われる人もいるでしょうけど、
趣味ってそういうもんじゃないですか。

ブログを始めた動機も、もちろん撮った写真を誰かに見てもらいたい
ってことが主だったけど、それ以外にも同じ趣味の仲間と
交流したいってのもあったんです。ええ、鉄道写真の仲間は
何人かできましたし、オフ会と称してバーベキューの会なんかも
やりました。あ、すみません、よけいな話が長くなって。
この10日ほど、なんかおかしなことが起きてるんです。それで、
ここのみなさんに、どういうことなのか訳を教えていただきたくて。
うーん、パソコンを変えたのが原因じゃないかと思うんです。
今はタブレッド端末を使ってる人も多いけど、僕は仕事で慣れてるので
ノートパソコンのほうが使い勝手がいいんです。
今はね、中古のオーバーホール済みのが専門店で安く買えるんです。

2万円くらいで、けっこうスペックの高いやつが。その金額だったら、
まあ1年使って壊れたとしてももとが取れると思うんですよね。
それで、ちょうど1ヶ月前にパソコンを中古から新しい中古に変えたんです。
台湾製のやつです。でね、撮りためてた写真を選んで、
自分のブログにアップしました。それで、僕が加入してるブログの
サービスには訪問者履歴がわかる機能がついてるんです。
はい、その日、誰が訪問してくれたかが、コメントがなくても
わかるんです。まあ、これは自分のサイトを持ってられる方だけで、
いつも来てくださるのは常連の人たちなんですが・・・
その日の一番最初、夜中の2時ころに、それまで見たことのない
訪問者さんがあったんです。そのブログタイトルは、

「クリスタルの部屋の秘密」で、エリカさんという人が管理人でした。
気になったのでリンクをクリックしてそのブログを見てみたんです。
どうやらシングルマザーの人みたいでした。離婚して、
やや発達障害のある男の子を働きながら育てている。
ピンクのテンプレートに、パステルカラーが多用されてて、
ご自分や子どもの写真もたくさん載ってる。僕が書いてるブログとは
まったく関係ない内容なんですが、まあ、そういう人が訪問されることも
なくはないです。こちらがお礼の訪問返しをするので、アクセス数が
増えますから。でも、そのブログ、最後の更新が2年前だったんです。
・・・それも、すごい気になる終わり方をしてて。はい、最後の記事が、
病院の検査で脳腫瘍が見つかって入院することになったが、

わたしは負けない、みたいな内容で。その前の記事もいくつか読んで
みたんですが、頭が痛い、割れるようだって書かれてて。
まあでも、他のブログを訪問してるんだから、更新がなくても
ご健在なんだろう、そのときはそう考えていたんです。
で、翌日です。またそのブロガーさんが訪問されてて、見ると、
昨夜づけで新しい記事が書かれてたんですが、その内容が、
1ページずっと「・・・・」これだけで埋めつくされてたんです。
正直、気味悪いなと思いました。それでもページにある「いいね」を
ぽちっと押しました。さらに次の日、やはりエリカさんは訪問されてて、
また「・・・・」だけの記事。何か嫌がらせのようなことだろうかと
思ったりもしたんですが、心あたりはないし。

それと、もう一人、初めての訪問者があったんです。ブログタイトルは
「肝臓がんには負けない」で、いわゆる闘病ブログってやつです。
ただ、その人のブログも2年前、「これが最後の入院かもしれません」
という記事を最後に、更新がされてなくて。このときにちょっと
怖くなったんです。もしかしてこれ、亡くなった方が来てるんじゃないかって
思って。でも、そんなバカなことがあるはずはない・・・
その夜も自分のブログを書こうと思ってたんですけど、
パソコンに向かったら頭が割れるように痛くて。
エリカさんのブログの脳腫瘍って言葉がよみがえってきて、
市販薬を飲んですぐに寝ました。幸い、朝になったら治ってたんですが。
それから、毎日のように新しい訪問者さんが増えて、

本来ならね、自分のブログの読者が増えてうれしいことなんですが、
鉄道写真とは何の関係もないものばかりで、どのブログも、ずっと以前に
更新されなくなった、もしかしたら管理人さんが亡くなってるんじゃないか
と思われるものばかり。エリカさんのブログはまた更新されてて、
「・・・・」ではなく意味不明の文字の羅列。「くだ まだ まだ まだ
くだ まだ くだ まだ くだ まだ まだ」こういうのが何ページにもわたって
続いてたんです。また頭が痛くなって、それだけじゃなく腹も。
汚い話ですが、すごい下痢になっちゃったんです。それは翌朝も
続いてて、仕事を休んで大きな病院に行くハメになってしまいました。
その日は血液と尿だけでしたが、結果は、白血球数がかなり増えている、
精密検査が必要ということでした。それで予約していただいて。

病院は2時過ぎに終わり、部屋に戻っても体調がわるくて何も
する気が起きない。怖かったんですが、ブログを見てみると新規の訪問者が
70名ほど、全部は見てないですけど、どこも更新されたページは
「くだ まだ まだ まだ」ばっかりで。おかしいですよね。
ジャンルも管理人の性別も年齢もすべて違う多種多様のブログが、
全部同じ内容を書いて僕のところにアクセスしてくる。
・・・常識的に考えれば、誰か一人の人物が何らかの悪意を持って
僕に嫌がらせをしてるってことでしょうけど、それにしても、
そんな手の込んだことをされる覚えはまったくないんです。
僕はどっちかといえば人づき合いの悪い人間で、その分、
人に恨まれるようなことは心あたりがありません。

体調はますます悪くなって、次の日も仕事は休んでしまいました。
もうパソコンを見るのはやめよう、と思うものの、やはり気になる。
もしかしたらネット依存症というのになってるのかもしれません。
新しい訪問者はもう数え切れないくらい、数百になってました。
それで、いくつか見たブログのすべてが、文字の羅列はなくなってて、
同じと思える真っ黒な画像がアップされてたんです。
はい、大きさもほぼ同じ横長の画像で、暗い中に何かがあるんだけど、
はっきり見えない。それで僕、鉄道写真を加工するために
画像ソフト持ってるんです。画像を保存して画像ソフトに取り込み、
光度をあげてみました。何が写ってたと思いますか・・・
荒涼とした岩場なんです。石がたくさん散らばっただだっ広い場所。

その石を人の背丈よりも高く積み上げた塔がいくつもあって、
その下を小川が何筋も走ってる。僕ね、前に下北半島の恐山に行ったことが
あるんです。はい、霊場です。それとよく似た風景。で、僕、
自分でもわからないまま、自分のブログに「これが最後の記事です。
みなさん大変お世話になりました。もうお会いすることはないでしょう。
さようなら」こう書いてから、部屋を出てもよりの駅に向かったんです。はい、
ホームから飛び込めば楽に死ねるんじゃないかと思って。足早に急いでる途中、
後ろから強く肩をつかまれました。袈裟を着た大柄なお坊さんでした。
「あんた、大変なことになってる」そう言われ、その場で短いお経を唱えられ
我に返りました。そのお坊さんに言われたとおり、パソコンは水を張った
バケツに沈め、こちらのことを伺って、ご相談に来たんです。







アーカイブ 土用坊主

2019.11.16 (Sat)
子供の頃に住んでた地方に伝わる土用坊主の話。
土用は年に4回あって、この土用の入りから節分
(新暦2月の豆撒きが有名だがこれも年4回ある)までの約18日間は、
草むしりや庭木の植え替えその他、土いじりをすることは忌まれていた。

この風習は中国由来の陰陽五行説からきたようだが、
この土用の期間に禁を破って土いじりをすると、
土用坊主という妖怪というか土精のようなものが出てきて、
災いを為すと言い伝えられてた。

土用坊主の姿はあいまいで、土が固まって人型になったもの、
あるいは巨大なミミズ状のものという目撃談が多いようだ。
ただ別伝承の中には、土の人型がだんだんに崩れて、
その人の一番嫌いなもの、見たくないものに姿を変えるという話もある。

出身地の旧村はほとんどの家が農家だったので、
実際には土用の間すべて土いじりしないのは無理がある。
だから、そこいらでは立春前の土用は慎まれていたけれど、
それ以外の期間は土にさわっても問題なしとしていた。
春の期間もおそらく田畑関係のことは除かれていたのかもしれない。

ある中程度の自作農が庭の木の下に金を入れた壷を埋めていた。
この百姓はじつに吝嗇で、嫁をもらったものの婢のようにこき使って
早くに死なせたし、実の両親に対しても年寄って弱ってくると、
ろくに飯も与えず一部屋に閉じ込めきりにして、
やはりぱたぱたと死なせていたという。

また小作や使用人への当たりもたいそう非道いものだったらしい。
そうして溜め込んだ、百姓にはそれほど必要のない金銀を、
夜中にこっそり壷から取り出しては、
暗い灯火の下で数えるのが唯一の生き甲斐だった。

まだ冬のさなかのある夜、この百姓が夢を見た。
どこか遠くのほうから土の中を掘り進んで百姓の家にやってくるものがある。
人ほどの大きさもあるミミズで頭に人の顔がついているようだが、
夢の中のせいか霧がかかったようにはっきりしない。

その化け物が生け垣の下から庭に入り込んできて壷のある場所にいき、
壷を割って中の大切な金銀をむさぼるように食べている。
そしてすべて食べ終わると、ぐるんぐるんと
土の中で輪をかいて踊るという夢だ。

この百姓にとって、これほど怖ろしいことはない。
たんなる夢とは片づけられないじつに気がかりな内容だった。
そこで次の日の夜中に、土用にもかかわらず壷を掘り出してみることにした。
龕灯と鍬を持って庭に下り掘り返すと、壷は割れた様子もなく、
もとのままで、口にした封にも変わった様子はない。

やれうれしや、と壷を手に取ると壷の下に幼い女の子の顔があった。
その顔は両目からたらたらと涙を流していて、
一気に百姓の肩あたりにまでのびあがった。
夢で見たとおりの土まみれのミミズの体をしていた。

目の前で涙を流している顔を見て百姓はあっと思った。
それはずいぶん昔、まだ貧しい頃に、女房が死んで育てられなくなり、
人買いに渡した自分の娘の顔だったのだ。
こういうのが土用坊主らしい。






文献は信じられるか?1

2019.11.15 (Fri)
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※ この記事は古代史等に興味がある方以外はスルーされたほうがいいです。

今回はこういうお題でいきます。日本史の内容なんですが、
もしかしたらこれを読まれて気分を害される方も
おられるかもしれません。まあ、市井のいち占い師の言うこと
ではありますが、できればこの記事は、史学を志す
学生さんなんかに読んでほしいですね。

自分は今から10年ほど前、2ちゃんねる(現5ちゃんねる)の
日本史板でコテを名のって書き込みをしていました。
そうすると、じつに様々な考えを持ってる人が来るんですよね。
こう言ってはなんですが、歴史の問題よりも人間観察のほうが
面白いと思ってしまいました。

で、それらの人たちとお話をして、最も意見がかみ合わないのが、
「文献史料は信じられるか」という部分なんですね。
一般論としては「信じられる部分も、そうでない部分もある」
ということだと思うんですが、それがなかなか通じないんです。

さて、ある史料について、その正当性や妥当性を検討することを、
「史料批判」と言います。史料批判は文献だけではなく、
考古資料などについても当然行われますが、
本項では主に文献資料についての話をしていきます。



史料批判には、大きく分けて外的批判と内的批判があります。
外的批判は、その資料が後世の偽作ではないか、
記述者本人が直接目撃したものか、それとも伝聞や転写なのか、
その史料に記されている事件の日時や場所はどこか、
そういったことを精査していくものです。

内的批判のほうは、史料の内容を吟味して、捏造や錯誤がないかを
検討します。歴史資料の多くは、戦いで勝ち残った側が
書いてますので、自分たちに都合のいいように事実が捻じ曲げられて
いたりします。その手のことを明らかにしていくわけですが、
これがなかなか難しいんですよね。

史料批判の具体的な方法としては、他の史料と比較検討するという
形が最も多いですが、困ったことに、他の史料が存在しないという
ことがあります。特に、古代史関連の文献は、
それが唯一史料である場合がひじょうに多い。

では、『日本書紀』の場合はどうでしょうか。720年に完成した
日本最古の正史であり、そのことはもちろん尊重していますが、
内容がすべて真実であるとは考えていません。例えば、
8世紀から見た5世紀は300年前、3世紀だと500年前ですよね。

神武天皇


はたしてそんな昔のことが、文字の使用が遅れた日本で
どこまで正確に伝わっているものなのか。常識的に考えて危ういですよね。
ですから、自分のスタンスとしては、6世紀の第29代欽明天皇
以降はまずまず信じられるかな、というものです。それ以前については、
考古資料など他の裏づけがある場合には考慮する。

例えば、第21代雄略天皇については、その名である「ワカタケル」
の象嵌が入った太刀が埼玉と熊本の2ヶ所から出土して、実在性が
高まりました。ただし、ワカタケルという人物は実在したとしても、
『日本書紀』に書かれている治世のエピソードがすべて
事実かどうかは何とも言えないんですね。

第2次世界大戦の敗戦によって、日本の史学は大きく刷新されました。
戦前は、初代の神武天皇が即位して日本の国の歴史が始まり、
紀元は2600年。神功皇后は身重の体で三韓征伐を行い、日本に
戻って応神天皇を産んだ。そういうことが史実として学校で教えられて
きたんですが、今は、どちらも実在性に疑問符がついています。

現在の文献史学では、継体天皇以前の『日本書紀』の記述を
もとにした研究はひじょうに少なくなりました。
例えばですが、仁徳天皇とその治世について詳細な研究を発表した
としても、「仁徳天皇って本当に実在してたの?」という根源的な疑問が、
つねについてまわるからなんですね。実際、仁徳天皇陵(大仙古墳)と、

神功皇后


仁徳天皇が実在したと考えた場合の治世の時期にはズレがあります。
『日本書紀』の内容の特徴として、大きく2つのことがあると考えます。
・壬申の乱の勝者である天武朝側の意向で書かれていること。
・全体をつらぬくテーマとして、天皇家の万世一系があること。
このうち、後者はたいへんな難物です。

どういうことかというと、邪馬台国畿内説では、女王卑弥呼に
箸中山古墳の被葬者とされる倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめ)
をあてる説があります。ただ、自分は畿内説ですがこの説はとりません。
なぜかというと、上記した万世一系で系図がずっと続いてるためなんです。
倭迹迹日百襲姫命の父親は第7代孝霊天皇ですが、

孝霊天皇はその事績の記述が少なく、実在性の薄い「欠史八代」の一人と
する意見があります。ですが、万世一系なんだから、倭迹迹日百襲姫命が
実在の人物なら、その父親だってそうだろうと言われて反論できません。
他の根拠がない状態で、この人物は実在、これはそうではないというのは、
「恣意的である」という批判をまぬがれることはできないんです。

さてさて、あっという間に字数が尽きてしまいました。自分は何も
アマチュアの古代史愛好家が、自分の意見を組み立てることを批判して
いるわけではありません。それは歴史を学ぶ楽しみの一つなんですが、
史実であると認められるには大きな壁があるんですね。ということで、
近々中国史料について自分の考えを書きます。では、今回はこのへんで。

関連記事 『日本書紀成立の3事情』

倭迹迹日百襲姫命と弟の吉備津彦命(いわゆる桃太郎)
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日本の未来予言

2019.11.15 (Fri)
アーカイブ184

台風に引き続き、北海道の大きな地震・・・被災者の方々にお見舞い申し上げます。
今回はこういうお題ですが、オカルトフアンの方なら、
「預言」 「予言」 「予測」の違いはおわかりでしょう。
「預言」は、神の霊感を受け、神託、つまり神の言葉そのものを述べることです。

預言者 イザヤ
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また、「予言」は、普通なら見通せない未来の出来事・ありさまを言うこと。
「予測」は、一般的には、何らかの根拠をもとに将来を推し量ることです。
さらに日本語には「予知」という語もありますが、
これは予言と意味が似ていると思います。経験則や情報による
確定的な予測と異なり、超能力などの神秘的な力で未来を見通すことですね。

さて、西洋物では「ノストラダムスの大予言」が有名ですが、
日本には、未来を予言した書ってあるんでしょうか。これについては、
聖徳太子が記したとされる、『未来記』という本の内容が「ムー」などの
オカルト雑誌で取り上げられることが多いですね。

聖徳太子が書き、大阪市天王寺区の「四天王寺」に収められたとされます。
その内容は、さまざまに言われていますが、「2021年に聖徳太子が復活する」
「2068年、人類が滅亡する」などと記されているという説があります。
そして、四天王寺では、この書を門外不出にして誰にも見せないとも。
あれ、変ですね。誰も見ていないのになんで内容がわかるのか?

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『未来記』の名前が日本史上に現れるのは、室町時代に編纂された
軍記物語『太平記』においてです。楠木正成が天王寺合戦で鎌倉幕府軍を
破った後、四天王寺の「未来記」を閲覧しました。そこには、「後醍醐天皇は、
いったん敗れて流罪となるが、やがて幕府が倒れて天皇による統一が実現し、
その政権も三年で尊氏に倒される」という未来が予見されていたそうです。

じゃあこれ、史実なんでしょうか。まず考えられませんよね。『太平記』は、
同じ軍記物の『平家物語』と比較すると、荒唐無稽、怪力乱神が語られる場面が
多いという評価があります。さらに『太平記』には、その主人公の一人である
楠木正成が、朝廷への忠義を立てて、負けるとわかっている戦いへ
突き進んでいくという大きなストーリーの流れがあります。

おそらく、この一節も、その流れの上に立って書かれたものと考えられます。
正成は足利尊氏に負けるのを承知で天皇の命を受け、湊川で散ることになります。
さらに、四天王寺の所蔵する文化財は、重要文化財、大阪府指定の文化財として
ほとんど網羅されており、また寺院側でも、そのような書物の存在を
否定しています。ですから、この話には実体がないんですね。



さて、次に予言書として知られるのは、『をのこ草子』です。みなさん、
ご存知だったでしょうか。TV番組「たけしの禁断の超常現象(秘)Xファイル」で
取り上げられて有名になりました。江戸時代、将軍、徳川吉宗が享保の改革を
行っているころ(1730ころ)に書かれ、世間に流布したとされます。

内容は、「今から5代も時が過ぎると、世の中の様子も変わり果て、
キリスト教圏の思想が日本に流入し、空を飛ぶ人もでてくる。地に潜る人もでてくる。
風雨を動かし雷電を利用する者もいる。死んだ人を生き返らせる
手術も成功する・・・」などなど。うーん、一部あたっている部分もあります。

『をのこ草子』
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ただこの本、現存していないんです。また、江戸の当時に、
この本の書名や内容にふれた資料も見つかりません。
じゃあ、どこで出てきたかというと、この写しが「神道天行居」という
復古神道的な新興宗教の教祖である、友清歓真が書いた宗教書、
『神道古義地之巻』に一部分が引用されているだけなんです。

これは誰でも怪しいと思うでしょう。実際には『をのこ草子』などというものはなく、
新興宗教の教祖が、あたかも古書から引用したように見せかけて、
自分の考えを述べたものであるとみて問題ないと思います。
『神道古義地之巻』が書かれたのが1905年、第一次世界大戦の
10年前です。ですから、その時代から見た未来予知ということでしょう。

東郷元帥の死を報じる明治の「報知新聞」号外
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さて、では、日本に未来予言はなかったのか? 確実なところは、
1901年(明治34年)、新世紀を記念して「報知新聞」に載ったものです。
ただし、「予言」ではなく「予測」です。全部で20項目あり、スペースの都合、
全部は無理ですが、その一部をご紹介しましょう。
① 無線電話で海外の友人と話ができる。② 野獣が滅亡する

③ 機械で温度を調節した空気を送り出す ④ 電気の力で野菜が成長する。
⑤ 写真電話で買い物ができる ⑥ 人の身長が180cm以上になる
⑦ 葉巻型の列車が、東京ー神戸間を2時間半で走る。
⑧ 台風を1か月前に予測して、大砲で破壊できる
①は国際電話、③はエアコン、④は温室栽培、⑤はアマゾンなんかのネット通販、

東海道新幹線
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⑦、これはすごいですね。新幹線じゃないですか。時間もほぼぴったり。
②は外れですが、明治のころは、野獣は人に害を与える悪いものとされていました。
ですが、現在では野生動物保護、生態系保全という考えが浸透しています。
⑥も外れ、明治時代は日本人の平均身長は男性で160cm以下でしたが、
それからはだいぶ伸びたものの、180cmを超えることはなさそうです。

さてさて、ここで特筆したいのは⑧です。台風を予測し、人為的に破壊する。
つい先日、自分が住む大阪は大型台風により甚大な被害を受けましたが、
人類が、地震や台風などの自然災害を制御するには、
まだまだ時間がかかりそうです。では、今回はこのへんで。





首を取る話

2019.11.15 (Fri)
アーカイブ183

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今回はこういうお題でいきます。カテゴリは日本史ですね。
みなさんは、「首狩り族」という言葉を聞くとどう思われますでしょうか。
ああ、未開の地の野蛮な風習だと感じられるかもしれません。
ですが、日本には古来から敵の首を取る作法がありました。

ただ、首狩り族などの場合とはちょっと違います。首狩りは、
ほとんどが宗教的な意味を持っていて、人間の頭部に霊的な力が宿るという
信仰によるものです。それに対し、日本の場合は主に、
討ち取った相手を確認・識別するために行われました。

「首級を上げる」という言葉がありますが、これは、中国の戦国時代、
秦の国の法で、敵の首を一つ取ると兵士の階級が
1つ上がったことからきています。この風習が日本に伝わったのだと
考えられますが、じゃあいつから始まったか
というと、古代の戦争の様子はあまりよくわかってないんですね。

吉野ケ里遺跡の首なし人骨
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九州の吉野ケ里遺跡などでは、弥生時代の戦闘で死んだ首なし人骨が
発掘されていますが、これはおそらく、上記の首狩りに近いものでしょう。
また、処刑として首を斬ることも古くからありました。
『日本紀略』では、802年、東北遠征に赴いた坂上田村麻呂が、
蝦夷のアテルイとモレを捕虜にして、近畿地方まで連れてきました。

田村麻呂はこの両名の助命を願いましたが、平安貴族の反対にあって、
河内の国で首を落とされています。この場合は明らかに処刑ですね。
940年、関東で乱を起こした平将門は、藤原秀郷らの連合軍に破れて
首を取られ、その首が長期間かけて京都まで運ばれました。

獄門にされた平将門の首


これは、将門に影武者がいたこともあり、朝廷が確実に死んだことを
確認したかったからです。将門の首は京都で晒されることになりますが、
これが歴史上で、獄門が行われた初の事例なんですね。この様子が
恐ろしかったためか、後代に、将門怨霊説がささやかれることになります。

晒されていた将門の首は突如宙に飛び上がり、故郷の関東をめざして
消えていったとするものです。その首が落ちたとされる場所はいくつもあり、
東京の千代田区にある首塚は、騒がすと祟りがあるとされています。
荒俣宏氏の小説、『帝都物語』の影響もあって、
将門は日本最大の怨霊とまで言われるようになりました。

さて、源平の合戦の頃には、首を取ることが作法として始まっていたようです。
『平家物語』では、一ノ谷の戦いで、熊谷次郎直実が、波打ち際で平家の
武者を組み伏せ、鎧の様子から高貴な武将であると見て首を取ろうとしたが、
顔を見ると自分の息子ほどの若さ。逃してやろうとしても、
味方が近くまで来ており、泣く泣く首を斬ったという話が出てきます。

平敦盛と熊谷直実
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この武将は、首実検で、清盛の甥の平敦盛15歳とわかり、遺体の腰に
「青葉の笛」が挿されてあったことから、その風雅の心に感じて、
源氏方もみな泣いたとされます。あと、斎藤実盛という人物が、
木曾義仲追討のための北陸の戦いで討ち死にしますが、
首実検で首を洗うと、墨が流れ白髪頭が現れました。
老齢とあなどられることがないよう、髪を黒く染めていたんですね。

また、平泉で討ち取られた源義経の首も、酒に浸して鎌倉に送られました。
道中、43日間もかかったため、腐敗して判別がつかなかったと考えられます。
ここから、義経が東北を北へ落ちのびた、北海道へ渡った、
大陸でジンギスカンになった、などの話が出てくるわけです。

さて、鎌倉時代の元寇では、日本軍は多くの蒙古兵の首を討ち取りましたが、
これは敵の首が即、恩賞につながったからです。
1467年には応仁の乱が起こり、戦国時代が始まりました。
このとき以来、農民出身の者も雑兵として戦闘に参加するようになったため、
軍規が厳しくなり、首実検の作法も固まっていきました。

戦国時代の首取りの様子 首を取っている人がさらに取られている
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取られた首は、武家の婦女によって死化粧が施されました。
これは、見るに堪えない無念の形相の首が多かったためとも言われます。
武将の首は髪を結い直し、お歯黒もつけました。このとき、
「諸悪本末無明 當機実検直 義何處有南北」という呪文?
を唱えると、その首は祟らないとされたようです。

これ、いまいち意味がわからない文章ですね。「諸悪は本来、無明である。
機にあたり直に首実検する。義は南北のいずこにありや。」 うーん、
善悪ではなく、運が悪くて死んだんだよ、くらいの意味でしょうか。当時、
戦場での死者は祟らないなどとも言われましたが、実際には怨霊は
怖れられていて、取った首を自分の城に持ち込むのはよくないとされました。

ですから、首実検は近くのお寺などを借りて行われたんですね。実検が
終わった首は、獄門にさらされる場合も、相手方に返される場合もありました。
雑兵の首などは捨てられたようですが、そのときも祟りがないよう、
北の方角に持っていきました。これは「北」を「にげる」と読むためです。

これは展示物で、本物ではありません
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織田信長は、討ち取った浅井久政・長政父子と朝倉義景の3つの
頭蓋骨を磨いて、箔を貼ったものを酒宴で披露しましたが、これは極めて異例で、
仏法を信じず、霊を怖れることがなかった信長の性情がよく表れた話です。
秀吉の朝鮮出兵では、日本軍は多くの朝鮮、明兵の首を取りましたが、
日本への輸送が困難なため、かわりに鼻や耳を削いで箱に詰めて送りました。

さてさて、大急ぎで「首を取る」歴史をふり返ってみました。
武士の歴史は残忍なものですが、切腹なども含めて、
様式化され 美化されていきました。坂口安吾の小説、『桜の森の満開の下』は、
斬られた生首の持つ魔力に魅入られた女の話です。では、今回はこのへんで。

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数学のオカルト

2019.11.14 (Thu)
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今回はこういうお題でいきますが、なんか書く前から散漫な
内容になるんじゃないかという予感がしますね。
スルーされたほうがいいかもしれません。さて、みなさんは、
学生時代に数学はお好きだったでしょうか。

中には、散々に苦しめられた、もう数式なんか見たくない、
と思われてる方もいるかもしれません。学研社のアンケートによれば、
中学生の好きな教科の1位が数学、また、嫌いな教科の1位も数学
なんです。つまり、人によって好き嫌いがはっきりと分かれる。

中学生に対する学研社の調査
キャプチャ

自分は大学では歴史学(考古学)を専攻しましたので、いちおう
文系ですが、考古学は地質の知識は必須ですし、発掘時には
測量もします。遺物の保存には窒素や樹脂などの化学薬品を使い、
文系の中ではかなり理系に近い分野だと思ってます。

うーん、国語よりは好きだった気がします。国語は、例えば、
「このときの登場人物の気持ちに最も近いのは1~4のどれでしょう」
みたいな問題で、答えに納得できないことがありました。
それに対し、数学だと自分がわからない問題でも、
解答の解説を見れば納得するしかないですよね。

イシャンゴの骨
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さて、まずは数学の歴史ですが、人類はいつから数の概念を持ったのか?
いつから計算ができるようになったか? この手のことを論じてると、
それだけで本項が終わってしまいそうです。
一つだけご紹介すると、「イシャンゴの骨」というのはご存知でしょうか。
1960年にアフリカ・コンゴで発見された骨角器で、

炭素年代により約2万年前のものと見られています。
全長にわたって、大小さまざまの刻み目が3列に並行してついていて、
明らかに人為的なものです。これが何か、さまざまな議論が
なされたんですが、現在では、古代エジプトのかけ算という説が
有力視されています。数学はじつに古くから存在したんですね。

ピタゴラス 資料が残ってないため、肖像や彫像はすべて想像図
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古代ギリシアで数学は飛躍的に発展しました。ただし、このころはまだ、
数学は宗教というか神秘学と深く結びついていたんです。
ピタゴラスの定理で有名なかのピタゴラスは、数を万物の根源元素
(アルケー)と考えていました。過去記事に書きましたが、
彼は自身の教団をつくり、信者には私有財産をすべて寄付させます。

そして集団生活を送りながら、数の秘密をさぐる。秘密厳守の掟があり、
破ったものは船から突き落として殺されたと言われます。また、
ピタゴラスは、数はすべて整数とその比(つまり分数)で表すことが
できるとしていましたが、あるとき弟子の一人が分数にできない数(無理数)
を発見してしまい、秘密を守るため、その弟子も殺された・・・

まあ、このあたりのことは伝説ですので、実際の話かはわかりません。
ピタゴラスの研究分野は「数秘術」と言われていますが、
その内容は、ピタゴラスが市民らによって殺され、教団が壊滅したときに、
すべて失われたとみられています。ですから、現在、数秘術を名のって
いるものは、かなり怪しいと考えたほうがいいでしょう。

かなり怪しい人物だったアイザック・ニュートン
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あとはそうですね、17世紀に活躍した有名なアイザック・ニュートン。
科学者としては万有引力の発見、数学者としては微積分法の発見など、
すばらしい業績を残していますが、ニュートンはまた、
錬金術も深く研究していました。その時代にあって、
まだ、科学とオカルトは未分化だったんですね。

特に力を注いだのが、聖書の暗号(バイブル・コード)の研究。
聖書には未来予言が隠されていると信じ、さまざまな数式をあてはめて
ひっちゃきに分析していたようです。その結果、世界は少なくとも
2060年までは滅びないという結論を出していますが、いくらニュートンが
天才といっても、さすがにこれは眉唾な話だろうと思います。

マクスウェルの電磁方程式


さて、数学は人間にとってきわめて重要な学問で、人類の発展の
原動力になったのは間違いありません。蒸気機関が発明され、
産業革命が起こりましたが、その力はすべて数式を立てて計算する
ことができました(熱力学)。電磁気についても同じで(電磁気学)、
数学を基礎としてさまざまな形で生活の役に立っています。

これは逆に言えば、数式を立てるのが難しい分野では、
なかなかめざましい進展が見られないんですね。例えば、生理学、
気象予報、地震予知などです。1980年代ころから複雑系という
概念が現れ、カオス理論などが研究されるようになりました。

カオス理論のローレンツモデル
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いわゆる、「北京で蝶が羽ばたくとニューヨークで嵐が起こる」
というやつですが、その現象にかかわる諸要素があまりに複雑すぎて、
数式を立てるのが難しい。そういうのは人類は苦手なんです。
さて、ここで少し話を変えて、癌の治療について。

現在の癌に対する3大療法は、外科手術、放射線治療、化学療法(抗癌剤)、
とされており、それにつぐ第4の治療法が免疫療法なのではないかと
言われます。ただこれ、自分は怪しいと思うんですよね。免疫機構は
複雑系の最たるもので、現代医学は、自己免疫疾患である
花粉症やアトピーにはお手上げの状態です。

AI画像診断
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むしろ検診のほうに光明がある気がします。PETやMRIなどの画像診断機器は
今後ますます改善されるでしょうし、それにAI診断を組み合わせれば、
癌がごく小さい数ミリのうちに発見・特定できるようになるんじゃないかな。
あとは物理的な手段で除去すればいい。数学と相性のいい機械工学の
面から攻めるのがいいんじゃないかと思ってます。

さてさて、やはりわけのわからない話になってしまいました。
数学は快感がありますよね。難しい問題を考えてる途中で解決の光明が
見えたとき、あるいはすべて解き終わったとき、えもいわれぬ
快感がやってきます。これがあるから、数学好きの子どもも
それなりに多いんじゃないでしょうか。では、今回はこのへんで。

関連記事 『ピタゴラスと数秘術』

数学仮面マテマティコ
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呪いの話

2019.11.13 (Wed)
今回はこれに関するお話です。最初に余談を述べますと、
「呪(のろ)い」と「呪(まじな)い」って同じ書き方なんですよね。
でも、ニュアンスは違うと思うので、自分は「まじない」のほうは
平仮名で書くことにしています。さて、みなさんは呪いってあると
思いますか。まさか、実行されたりはしてないですよね。
先日、このブログにちょくちょく登場いただく霊能者のKさんに
お話をうかがう機会がありました。Kさんの本業は不動産や飲食店の
経営で、年収数億です。そのためというわけでもないんでしょうが、
謝礼などは一切うけ取らず、霊に関係する事件の解決に
全国を飛び回ってるんです。この話は、大阪市内のホテルにある
いつものバーでお聞きしました。

「あ、ご無沙汰してます。最近、事件とかありましたか」 
「うん、一昨日まで山形にいて、ミイラ復活に関するものに首を
 つっ込んでた」 「うわあ、山形でミイラというと、即身仏関係ですか」
「そうだ」 「うーん、それもお聞きしたいですが、今夜は呪いについて、
 考えを聞かせていただきたいんです」 「呪いねえ、まさかお前、
 誰かを呪うつもりか」 「いやまさか、滅相もないです。
 そうじゃなく、一般論として」 「ある、と答えてほしいんだろ」
「・・・まあ、お話はブログに書かせていただくんで、あるほうが
 面白いとは思います」 「呪いの話は、世界各地に古くからある。
 日本だと、奈良時代の養老律令に人を呪うことの禁が出ているな」
「知ってます」 「中国だと3000年も前から呪いはあるし、

 それで戦争まで起きている」 「ああ、前漢の巫蠱の乱のことですね」
「ああ、それだけじゃなく、古代のヨーロッパ、アメリカ先住民、
 アフリカ大陸、太平洋の島々・・・ どこに行ってもあるし、
 方法も定まっていて、世界中でよく似ているな」 「たしかに」
「で、呪いには一つ重要な法則があるんだよ」 「え、何ですか?
 人形を使うとか?」 「いやいや、そういうことじゃなく、
 呪いというのは、弱い者から強い者に対して行われる」
「ああ、なるほど」 「強い者は武力や権力を使って弱い者を踏み潰せばいい。
 それに対抗するための唯一の手段が呪いなのさ」 「うーん、そういう
 観点から考えたことはありませんでした。勉強になります」
「あと、呪いと祟りの違いはわかるか」 「そうですね、呪いは普通、

 生きた人間が行いますよね。それに対して祟りは、死んだ人間の怨念の
 場合が多いとか。怪談でよく、殺された人物が死に際に、末代まで祟ってやる
 なんて言いますよね」 「正解」 「ところでKさん、呪いを行ったとして、
 現代の法律ではそれを裁くことはできませんよね」
「昔は日本でも中国でも、呪いを実行した者は即座に死罪だった。
 たしかに今は、一般的に呪いでは罪にならないと言われてるが、
 秋田県で、呪いを行った者が逮捕された事例がある」
「え、それは」 「ある女性が自分をふった男性に対して丑の刻参りを
 行ったんだが、体調を崩して自分が倒れた。それは暗示効果や寝不足に
 よるものだろうが、警察はその女性を逮捕したんだよ」
「でも、呪いは不能犯ですよね」 「相手の男性が、噂と本人からの話で

 自分が丑の刻参りのターゲットになってることを知ってたんだ。
 だから、警察は脅迫罪にあたると判断したんだな」 「うーん、裁判の結果は?」
「無罪・・・だけど、その女性は職場や地域に居づらくなっただろうし、
 結局、その地を離れざるをえなかった」 「なんか気の毒な話ですね。
 ところでKさん、呪いが中心となる事件に関わったことあるんでしょ。
 ぜひ話を聞かせてもらえませんか」 「・・・あまり後味がよくないぞ」
「望むところです」 「お前、バブル期の1980年代の終りは何歳だった?」   
「小学校の高学年くらいですかね。うちは両親とも公務員だったんで、
 バブルの恩恵はあんまりなかったみたいですが」
「当時はな、右を向いても金、左を見ても金、金、金、金、金、世の中に
 金があふれてた」 「土地が金を産んだんですよね」 「まあそうだ。
 
 土地を買ってゴルフ場をつくる、レジャーランドをつくる。ただ転がして
 おくだけでも倍々ゲームになった」 「Kさんもだいぶ儲けたんでしょう」
「俺は地上げとかしちゃいないぞ」 「地上げといえば、悪い噂を聞きますよね。
 立ち退きをしなかった家族がこつ然と行方知れずになったとか」
「それに類する話だが、地上げじゃなく会社買収に関するものだった。
 ある親族会社の会長の祖父、社長の父親、母親、高校生と中学生の子どもの
 一家計5人が、ある夜を境にして消えた。もちろん警察の捜査はあったが、
 一軒家の中は荒らされておらず、血痕なども見つからない。
 結局、今にいたるまで手がかり一つなしさ」 「全員が拉致された?」
「まあな。で、その社長の弟が俺のちょっとした知り合いで、
 当時シンガポールに住んでた」 「で」 「俺のとこに来てな、

 真相を調査してくれって言われたが、俺は危ぶんでた。血の気が多やつで、
 事情がわかったら、たぶん復讐に出るだろうって」 「どうしたんですか」
「まあ、調査はしたよ。その結果、ある筋者の組が経営してる金融会社が
 関わってることがわかった。だが、そいつらは末端でな、
 上にはゼネコンの幹部、地方政治家までいたんだ」 「で」
「その家族は、船でロシアに密出国したことも判明したよ、おそらくは死体で。
「それを教えたんですか」 「・・・そいつを呼んでな、
 金融会社のとこまで話をした。で、予想どおり いきりたったんで、
 復讐するつもりなら一人までは協力する、って言ったんだよ」
「え? Kさんがそんなことを」 「当時は俺も若かったし、そのやり方には
 腹にすえかねるものもあった」 「復讐はどうやって」

「合法的なことだよ。ここからは詳しいことは話せないが、ある山奥に神社がある。
 つくられたのは6世紀ころだ。日本で知ってる人間は100人もいないだろう。
 闇の神社なんだ。神職はいないが、管理者は江戸末まで皇族だ」 「で」
「そこに連れてって、俺から事情を話して頼み込んだ。1ヶ月ほどして
 呪詛を行う許可が出たんだよ」 「どうやって」 「言えない。ただな、
 呪いは、呪うほうもただでは済まないのは知ってるよな」 「はい」
「その弟は左手を肩から失った」 「・・・相手は?」
「金融会社の会長にして組長」 「どうなったんですか」 「その会長
 60歳を過ぎても愛人が何人もいて健康そのものだったが、
 ある日ゴルフに出かけ、2番ホールでドライバーをふった途端に
 腹が裂けた」 「ええ!?」 「芝の上に内臓をデラデラとまき散らして即死だ」

「まさか」 「いや、本当のことだ。死因は病死。目撃者も大勢いて、
 その前までピンシャンしてたことはわかってる。警察の監察医も
 困惑しただろうが、急な動きによって腹直筋から腹膜が裂けた、
 刃物の傷ではないし、そういう結論を出すしかなかったんだ」
「・・・まだ、続きがあるんですよね」 「ああ、俺が関わったのはそこまでだが、
 その弟、半年ほどたって、兄一家が消されたのは政治家の指示だったって
 知ったんだな。また俺のとこに来たが、もう協力は力はできないと言った」
「で」 「直接あの神社に行ったらしいが、場所が見つからなかった。
 結界で隠されてるから」 「うーん、で」 「弟は片腕を失ってるし、
 政治家にはボディガードもいて、直接的な襲撃は不可能に近い」
「それで」 「俺が悪かったんだが、その弟、この世に呪いってものが

 マジであることを知ってしまったからな。東南アジアに戻り、金にあかせて
 呪いの情報を収集した」 「見つかったんですか?」 「執念だな。
 ジャワ島で、力のあるまじない師に出会ったらしい」 「で」
「噂では億の金を払ったそうだよ」 「どうなったんです」
「その政治家の地盤の地方で地震が起きた。直下型だが震度3程度で、
 死傷者はなかったんだ、その政治家本人をのぞいて」
「一人だけ死んだと」 「そう、それも自宅の中でだ。どういう死の
 様子だったかは伝わってないが、葬儀のときに棺は閉じられていたそうだ」
「でも、呪いで地震を起こせるなんて信じがたいです」 「まあな」
「で、その弟のほうは」 「願いがかなったのに沈んだ様子でな、
 それから2ヶ月で消息が途絶えた。今もってどうなったかはわからん」



 


精子トレーニングって何?

2019.11.12 (Tue)
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今回はこういうお題でいきます。生物学の内容ですね。
自分は、ダーウインの進化論は大筋で正しいと思ってますし、
世界の趨勢もそうだと思います。キリスト教の聖書原理主義団体の
中には、進化論に対抗する勢力もありますが、
ローマ・カトリックは進化論をほぼ認めています。

進化論は多面的な考え方なので、ひとことで言うのは難しいですが、
「生物の進化は突然変異と適者生存によって起こる」としても、
そう大きな異論は出ないのではないかと思います。
進化論以前には、ジャン・バティスト・ラマルクによる、
「獲得形質の遺伝」という考え方が存在しました。

これは過去記事で書いていますが、「キリンが高い場所の葉を
食べようと首を伸ばす動作を続けているうちに長くなり、
その長い首は子孫にも遺伝する」というものです。
これに対し、ダーウインは「突然変異で首の長いキリンが生まれ、
それが環境に適合していたので生き残った」と説明します。

精子の構造
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近年、遺伝子DNA配列の解析が進み、ダーウインの論が正しいことは
立証されたと考えてよいでしょう。遺伝子のDNA塩基配列が
勝手に変わることはありえないからですね。
ですが、「獲得形質の遺伝」が完全に否定されたかというと、
必ずしもそうとは言えないようなんです。

「DNAスイッチ」という言葉を聞かれたことがあるでしょうか。
NHKのテレビ番組、『NHKスペシャル 人体』で使用されて有名になり
ましたが、学術的には「エピジェネティクス epigenetics]と
言うようです。一般的には、「DNA塩基配列の変化を伴わない

ジャン・バティスト・ラマルク
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細胞分裂後も継承される遺伝子発現あるいは細胞表現型の変化」
を研究する学問分野です。この説明は言葉が難しいですね。
人間の体は、遺伝子情報をもとにさまざまなタンパク質をつくり、
体内の各部でそれらが働いて生命活動を行っています。

ところが遺伝子の中には、ふだんは眠っていて、スイッチが入って
初めて動き出すものがあることがわかってきました。
そのしくみを研究するのがエピジェネティクスと考えていいでしょう。
現在、このような遺伝子のスイッチングのメカニズムを
調べる研究が、世界中で進められています。

この考え方が学会の主流でしたが・・・
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そして、癌化や老化など、遺伝子の配列の変化を伴わない
後天的な現象の多くが、この遺伝子のスイッチングに関係している
ことが明らかになってきたんです。かなりのことが解明していますが、
では、DNAスイッチングは、世代を超えて受け継がれるんでしょうか。

これについての結論はまだ出ていません。ただ、
もし立証されるようなら、ノーベル賞級の成果になると思われます。
さて、精子トレーニングの話にうつります。この研究を行っているのは、
世界の名門、ノーベル賞学者を10人以上輩出している
デンマークのコペンハーゲン大学。

生理学のロマン・バレス教授は、「メタボの予防」が研究テーマで、
近々子どもをもうける予定の若い男性を募集し、
毎日1時間の有酸素運動(バイクを漕ぐなど)を6週間にわたって
続けてもらう。まあ、メタボは完全に解消しなくてもいいんですが、
DNAスイッチが入ることが重要です。

「精子トレーニング」をする男性
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精子の遺伝子に含まれる「メタボに関連するDNAスイッチ」。これが
入ったままの状態にして受精させる。では、はたして生まれてくる
子どもは、メタボになりにくい体質になっているのかどうか。
大変興味深いですよね。みなさんはどう思われますか。

最初の話に戻って、「獲得形質の遺伝」という学説は、西欧の
学会での激しい対立の後に葬り去られました。過去記事に
書いているとおり、資料の捏造や研究者の自殺などがあったんです。
ですから、この分野に手を出すのは研究者にとっては危険で、
経歴に傷がつきかねません。

これまでは、受精に備えて、精子の中の遺伝子スイッチはすべて
リセットされると考えられてきましたが、もしそうではなかったとしたら?
バレス教授は、通常体型の男性10名、メタボ男性10名から
精子を採取し、詳しく分析した結果、リセットされてないと
見られるDNAスイッチが2つ見つかったと報告しています。

ただし、そのことが即、獲得形質の遺伝につながるかはわかりません。
また、もし彼らの赤ちゃんのDNAスイッチが生まれつきオンだった
としても、それだけでは仮説の証明にはならないでしょう。
かなり長期的スパンの研究になると思われます。

DNAスイッチが入るしくみ
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あと、ここでは、精子のことだけを取り上げていますが、
卵子はどうかというと、女性の卵子は生まれたときからすでに
ほとんどできています。それが毎月、規則正しく排卵される。
ですから、トレーニングのしようがないんです。

さてさて、面白い話だなあと思います。自分はもう精子トレーニングを
しようとしても、子づくりの時期は終わっているので
どうしようもないんですが、これを読まれてやってみようと
考えられた方もいるかもしれませんね。では、今回はこのへんで。

関連記事 『ラマルクの子孫たち』

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諱(いみな)の話

2019.11.12 (Tue)
アーカイブ182

今回はこういうお題でいきます。あんまり面白くないと思います。
さて、どうしましょう。最初に歴史クイズでもやりますか。難しくはないです。
① 尾張出身で、安土城を築いた戦国武将は誰か?
② 江戸時代に北町奉行を務め、その背には彫物があると噂された旗本は誰か?
③ 幕末、新選組の局長を務めた天然理心流の剣客は誰か?

①は「織田信長」、③は「近藤勇」ですよね。②もおわかりでしょうが、
みなさんはどう答えられますかね。「遠山の金さん」でしょうか、
それとも「遠山金四郎」、あるいは「遠山左衛門尉(さえもんのじょう)」・・・
「遠山景元」と答えられる人は、あんまりいないんじゃないかと思います。

織田信長
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そう、今日は武士の氏名の話をしていきたいと考えています。
まず、織田信長はフルネームで「織田・三郎・平朝臣・信長」。
読みは「おだ・さぶろう・たいらのあそみ・のぶなが」だと思います。
ここで、「織田」は家名つまり名字のことです。

「三郎」は仮名(けみょう)といって、通称・呼び名ですね。
信長は次男でしたが、家督を継いだため父親の仮名をそのまま継承して三郎。
仮名は人によっては複数あり、信長の場合は「上総介」 「弾正忠」
などとも呼ばれました。これは、戦国の覇者となってからの信長を
「三郎」と呼ぶわけにはいかないですからね。

「平朝臣」は信長の「氏 うじ」を表します。平氏の一門に連なるという意味。
最後の「信長」が諱です。諱は「忌み名」であり、信長が他人から
これで呼ばれることはなかったはずです。諱を使うのは、自分で文書などに
署名する場合や、朝廷での儀式関係のときくらいでしょう。
あと、元服前の幼名もあって「吉法師」ですね。

遠山の金さん
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このように、武士のフルネームは「家名・仮名・氏・諱」の順になっていましたが、
よほどの場合でなければ、氏を名のることはありませんでした。
もう一人、遠山の金さんも見てみましょう。これもフルネームは、
「遠山・金四郎 または 左衛門尉・景元」で、
氏は系図を調べればわかるでしょうが、面倒なのでやめておきます。

仮名が二つあるのは、朝廷から「従五位下左衛門少尉」の官位を受けていたため。
ですから、たぶんですが、遠山より目上の者は「金四郎 殿」 、
目下ならば「左衛門尉 様」と、呼び方が違っていたのではないかと思われます。
ここで、実際の官位が仮名になっているのは、江戸時代では珍しい例なんですね。

島津・松平薩摩守・斉彬


例えば、九州の島津家では、当主は代々、仮名として「薩摩守」
を名のることが多かったんですが、これは朝廷から正式に
与えられた官職ではありません。また、そこらの浪人でも、
「山田左近」とか「佐々木刑部」などと、一見官職のような偉そうな仮名を
勝手に名のってる場合も珍しくはありませんでした。

③の近藤勇の場合は、勇が仮名で、諱は昌宜(まさよし)です。
ただ、「近藤昌宜」とすると、誰のことだかわからなくなってしまいます。
ですから、社会の教科書に載っている歴史上の人物の名前は、
仮名と諱が入り混じってしまってるんです。統一したほうがいいような
気もしますが、現実的にはどうにもならないんでしょうね。

近藤勇
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さて、諱は日常、ほんとうに使われることがなかったので、
ある武士が亡くなって、まわりの友人、知人の誰も諱を知らず、
郷里のお寺まで確かめに人を行かせたなんて話はいくらもあります。
基本的に、諱で呼んでもいいのは、その武士の主君か親だけでした。

これは、諱は、その人物の霊的な人格と強く結びついたものであり、
その名を口にすると、その霊的人格を支配することができると考えられたからです。
夢枕獏氏の『陰陽師』シリーズは平安時代の話ですが、敵に諱を知られ、
呪をかけられてしまうシーンが出てきますが、まさにああいう感じです。

他人の諱は、呪詛に使ったり、あるいは仇討ちなどで憎い相手にわざと
諱で呼びかけるとか、そういう場合にしか出てきませんでした。
さて、諱を使う風習は、中国から日本に伝えられたのは間違いありません。
例えば、三国志で有名な蜀の軍師は「諸葛・亮・孔明」です。

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ここで、諸葛が姓、亮が諱、孔明が字(あざな)ですね。
幕末の国学者、本居宣長はその著書で、「諱は中国から伝わってきた
よくない風習で、本来、日本では名前は美称であったはずだ」と述べています。
ただ、宣長は何でもかんでも中国由来のものを否定する傾向が強く、

本名を他人に知らせない習慣は中国だけでなく世界各地に見られ、
日本でも、中国から諱が入ってくる前から、
もともとそういう風習があったのだとする反論もあります。
で、明治になって戸籍法が発布され、仮名と諱を統一することになり、
ここで、日本人の氏名から呪術的な要素はなくなってしまったんですね。

さてさて、ということで、諱を中心に江戸時代の氏名について
見てきたわけですが、呼び名には上記した以外にも、松尾芭蕉の
芭蕉のような「号」、出家した場合の「法名」があって、たいへん複雑なんです。
みなさんも、歴史的な人物の氏名について、以上のようなことを頭に入れておくと
面白い発見があるかもしれません。では、今回はこのへんで。

関連記事 『漢風諡号小考』

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江戸の隠居パワー

2019.11.12 (Tue)
アーカイブ181

今回はこういうお題でいきます。オカルトとはあまり関係のない内容です。
スルー推奨かもしれません。前に少し書いたんですが、
自分は最近、「江戸学」というのを勉強していまして、
その関係の本が目についたら買って読むようにしてます。

なぜこれを始めたかというと、江戸の絵師、鳥山石燕の「妖怪」を読み解くにあたって、
江戸時代全般に関する知識がどうしても必要だと気がついたからです。
で、少しずつうんちくが増えていくと、これが妖怪やオカルトを
抜きにしても面白いんですね。江戸時代には、それ以前を全部合わせた
何十倍、何百倍もの文献資料が残されているんです。

さて、「隠居」といえば、落語の長屋物で住人の八五郎や熊五郎が、
何か困ったことがあれば相談に行くのが、「裏のご隠居」です。ご隠居は、
知恵者だと思われてましたが、どこかズレたところもあって、
だんだん話がおかしくなっていくというのが、定番の筋ですよね。

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ところで、明治から戦前までの旧民法に「隠居」という公式な制度があったのを
ご存知でしょうか。これは戸主が生前に、自分の意志で家督を他の者に
譲ることで、原則として満60歳以上でしたが、
戦後になって、戸主制とともに廃止されました。

さて、江戸時代にはさまざまな文化が花開きましたが、その担い手の多くが
「ご隠居」によるものだったんですね。ご隠居には裕福な町人もいましたが、
大部分は武士身分だった人物でした。当時の武士のほとんどは、
早く隠居することが念願だったんです。

江戸時代の平均寿命は、はっきりした統計は出ませんが、30歳から40歳の間
くらいだったと考えられます。現代から見ればずいぶん短いですが、
これは乳幼児死亡率が高かったためと、定期的に疫病の流行があったこと、
結核が不治の病だったことなどのせいで、
50歳を超えてしまえば、それから長生きする人も多かったんです。

戯作者の井原西鶴は52歳で亡くなっていますが、『日本永代蔵』の中で、
「45歳くらいまでに、一生困らないだけの財産を溜め込み、
その後は面白おかしく遊び暮らすのが、理想の人生ってもんだ」みたいなことを
書いています。ただ、西鶴の場合、45歳からの時間はあまりなかったようですが。

井原西鶴
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さて、当時の幕臣あるいは藩士でも、お役目(仕事)はなかなか大変でした。
例えば「お畳奉行」という役職についていたとして、仕事はまあ畳替えのとき
しかありません。畳替えなんて、そう頻繁にやるもんではないので、
基本的にヒマでしたが、仕事がないからといって家で休んでいるわけにもいかず、
毎日ではないものの、お城に出仕して座っていなくてはなりません。

勝手にタバコを吸ったり、足を崩したりなんてできないんですね。
で、お城勤めをしてると、上役や同僚の冠婚葬祭、盆暮れのつけとどけ、
回り番で開催する慰労会など、けっこうな金と時間がかかり、
気づかいも多かったんです。しかも、大きな落ち度があれば切腹です。
なんかこれ、現代のお役所と似ている気がします。

ですので、後継ぎの心配のない武士は、とにかく早く家督を譲って隠居したいと
考えてました。俳人の松尾芭蕉は、36歳で隠居し俳諧の選者を始めました。
弟子たちには、40代でもう「芭蕉翁」 「翁 おきな」などと呼ばれてたんですが、
まあこれは、尊敬の意味もあるんでしょう。
今の40代なんて中堅バリバリですので、隔世の感があります。

葛飾北斎の「於岩」
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ただ、人間、自分が何歳まで生きて死ぬかはわからないので、
隠居前に「これで十分だ」と思えるだけの金を貯め込むのは至難でした。
ですから芭蕉のように、自分の好きなことをやって、しかも人に尊敬され、
金も入ってくるというのは、理想の隠居生活だったんです。

現代でも、「貧困老人」なんて言葉があり、週刊誌を見れば、
老後の資産運用などについての記事がたくさん出ています。
悠々自適の生活というのは、今でもなかなか難しいものです。ですから、
江戸の隠居たちは、現役時代よりもはるかに頑張って、
歴史に残る仕事をした人が多いんです。

例えば、伊能忠敬は49歳で隠居した後、千葉から江戸に出て晩学で測量を学び、
日本各地を歩いて72歳まで測量を続け、「日本全図」を完成させています。
また、浮世絵師の葛飾北斎は90歳まで生きて亡くなりましたが、
最期の言葉が、「あと5年生きられたら、真の画工になれたのに」だったそうです。

伊能忠敬
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この他、長生きした人では、読本作家の滝沢馬琴が82歳、
医師・蘭学者で『解体新書』を翻訳して名を上げた杉田玄白が85歳、
『養生訓』で有名な儒学者の貝原益軒も85歳。
益軒なんかは、今でいう健康法の元祖みたいな人ですが、
自分が書いた「腹八分目」などの訓戒を、しっかり守っていたんでしょうね。

貝原益軒
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また、彼ら隠居は、年取っても子どもの世話になることを潔しとしませんでした。
『翁草』という、200巻を超える膨大な随筆を、京都町奉行所を引退してから
書いた神沢杜口という人は、89歳まで生きましたが、
子どもたちと同居することはせず、雑踏の中でひとり暮らすのを楽しみました。
孤独死なんて怖れてはいなかったんですね。

さてさて、年金の支払いが基本65歳からとなり、その分、再雇用や
定年延長の話が出てきています。ですが、日本人男性の健康寿命って
72歳くらいなんですね。65歳で定年して、あと7年しかありません。
自分は自由業なので まあ関係ないですが、みなさん、65歳まで働きたいですか?
このあたりのことも、江戸時代から何か学べるんじゃないかという気がします。
では、今回はこのへんで。

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「酒池肉林」って真実?

2019.11.11 (Mon)
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今回はこういうお題でいきます。中国史の内容ですね。
まず、どのくらい昔のことかというと、今から約3100年前、
紀元前11世紀のお話です。日本だったら縄文時代です。
こんな古いことなのに現代に伝わっているのは、中国に
文字があったからですね。この当時は甲骨文字が使われていました。

さて、酒池肉林ですが、商(殷)王朝第30代の王である、
紂王(帝辛)の時代の話です。紂王は聡明で力も強く、はじめの
うちは善政をしいていましたが、妲己という美女を妃に迎えると、
情愛に溺れ、妲己の言うままになって国が乱れます。まずは自分の
気に入らない高官たちを次々に粛清するんですが、

紂王(帝辛)
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現代の北朝鮮みたいですね。宰相であり、紂王の親族でもあった
比干(ひかん)が、国が乱れていると諫言すると、妲己は、
「聖人の心臓には9つの穴があいているそうなので見てみたい」
こう紂王に告げ、比干は生きたまま心臓をえぐり出されてしまいます。

これでますます紂王の暴虐に拍車がかかり、刑罰のために炮烙(ほうらく)
という装置を考え出します。炮烙がどのようなものだったかには2つの
説があり、一つは、縦に長い銅製の筒で、それに向き合う形で罪人を
縛りつけ、中で火をたく。もう一つは、大きな焚火の上に油を塗った
銅の筒を橋のように渡し、罪人を歩かせて火の中に落ちるのを楽しむ。

妲己の正体は九尾の狐?
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自分はどっちかというと後者の説ですね。理由は後で述べます。
紂王は妲己の頼みで、商の都に鹿台という高楼をつくります。
その建築に莫大な税金を注ぎこみ、そのため国民は重税で苦しみます。
いよいよ酒池肉林の始まりです。酒のわき出る池をこしらえ、
木々の枝には干肉をつるし、間に裸の男女をはべらせる。

紂王は妲己と2人、その中を歩き回って淫蕩のかぎりをつくす・・・
ここまでが伝説であって、実際にあったことかは何とも言えません。
紂王について初めてくわしく記されるのは司馬遷の『史記』殷本紀ですが、
成立したのは前1世紀ころで、紂王の話はそれより1000年も前の時代
なんです。司馬遷が、どんな文献を参考にしたかもよくわかってません。

「歴史は勝者がつくる」という言葉がありますよね。
商は紂王の治世に、周の武王によって滅ぼされました。周代の政治は、
孔子を始祖とする儒家がたいへん高く評価していて、易姓革命の正当性を
示すために、ことさらに紂王を悪く言っている可能性は否定できません。

炮烙の刑には2つの説があります
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紂王の正式名は「帝辛」で、「紂」は後代の悪い諡(おくりな)です。
「義を残(そこ)ない、善を損なう」という意味で、また、
「しりがい、牛や馬の尻にかけるひも」という字義もあります。
これは、紂王が商の最後の王であることを表してるんでしょう。

中国には、易姓革命の典型的なパターンがあります。まず、王が
独裁をしいて賢臣を遠ざける。美女の色家に溺れ、国政を顧みなくなる。
ここで天はその王を見放し、別の姓を持つ人間を選んで、
王となる天命を授けます。そうして革命が起きる。商の前は夏王朝
でしたが、その最後の桀王(けつおう)がこの嚆矢です。

商の勢力範囲は後代の中国王朝のように広くはありません
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桀王は末喜(まっき)という美女の色香に溺れ、酒の池に船を浮かべ、
干肉を山のように盛り上げた、肉山脯林(にくざんほりん)を
行ったとされます。どうでしょう、紂王の故事とほとんどそっくり
ですよね。この他にも、中国では国を傾けた美女には、
楊貴妃、西施、架空の人物ですが貂蝉などがいます。

さらに後代になって、通俗小説『封神演義』で、妲己は千年を生きた
妖怪、九尾の狐の化身であり、商を滅ぼすために天界から遣わされた
ことになっています。ここでは、妲己は蠆盆(たいぼん)という刑を
考え出します。国民一人ひとりから蛇を供出させ、大きな穴に
数万の蛇を入れて、気に入らない女官をそこに突き落とす遊びです。

太公望呂尚の乗る車を牽く周の文王
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この『封神演義』の影響は中国ではひじょうに大きく、紂王と言えば
悪の化身、それを討った周の武王と軍師の太公望は善の象徴みたいな
イメージができあがってしまってるんですね。ですから、
紂王の故事については、かなり割り引いて考える必要があります。

さて、では実際の紂王はどういう人物だったのか。まず、妲己について。
その存在をはっきり示す資料は、考古学的にも、文献的にも
皆無なんです。ですから、つくられた人物である可能性があります。
紂王本人については、甲骨文から、祖先の祀りをきちんと行っている
ことがわかっていますし、人身御供の風習をやめさせたりもしています。

最近の説では、紂王は東の他民族に対する遠征を行っていたが、
そのスキを周につかれて滅びたのではないかというのが出ています。
酒池肉林は高台に神を降ろすための一種の儀式であり、
炮烙はそのときに肉を焼くためのグリルであったのが、
後代になって話に尾ひれがつき、悪評となって広まった・・・

殷墟
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商・周の時代は、たしかに多数の生贄、人身御供を行っていますが、
それはほぼすべて占いの結果によるもので、政治の一部でした。
また、生贄も、羌族など、他民族の戦争捕虜が多いんですね。
ですから、紂王が自らの欲望のために、勝手気ままに
臣民を殺したとは、自分は考えにくいように思います。

さてさて、この当時の中国は中央集権国家ではなく、商は、
城塞をめぐらした内部を中心とする都市国家でした。「邑制国家」と
いいますが、このような都市国家が連合して一つの国のように
なってたんです。ですから、後代の中国王朝のように考えると
間違いを起こしやすいでしょう。では、今回はこのへんで。

関連記事 『天命思想と万世一系』 『漢風諡号小考』 『妖怪談義9』

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猫ドアの話

2019.11.10 (Sun)
今晩は。橋本ともうします。主婦をしております。どうぞよろしく
お願いします。現在、自宅に主人と2人暮らしです。
主人は銀行員でしたが、退職して2年になります。
子どもは男女一人ずつ。どちらも就職して家庭を持ってます。
娘のほうは比較的近くに住んでますが、息子は他県に出ておりまして、
なかなか会えないんです。それでも、お盆や正月は孫を連れて
里帰りしてくれます。はい、孫は4人です。主人はずっと仕事一筋の
生活で、趣味は特別なかったんです。ですから退職後は、いっとき
気が抜けたようにぼーっとした状態でしたが、それだと早く
ぼけがくるということで、現在は地域のハイキングの会に入って、
ときおり近くの山に出かけたりしています。

それには、私もおともすることもありまして、お金の心配もなく、
特別に不自由のない老後ではあったんですが・・・
といっても、やはり一軒家に2人暮らしですから、寂しさを感じる
こともあります。それで、私のほうから猫を飼わないかって主人に
持ちかけました。インターネットで猫ブログなどを拝見し、
ああ、いいなあと思ってたんです。主人はもともと動物嫌いではなく、
猫はペット店で入手することも考えたんですが、
私としては、猫の品種には特別こだわりはなかったんです。
そうちに主人が、山の会のお仲間から猫の里親さがしの会の方を
紹介されまして、うちで申し込んだんです。審査などもありましたが、
特に問題もなく、1匹の猫が来ることになったんです。

和猫の雑種で男の子でした。生後3ヶ月で、ワクチンの接種などは
済んでました。白地に黒い斑のある毛の短い猫で、それは可愛かった
んですよ。名前は、主人はタマがいいんじゃないかと言ったんですが、
私が好きな西洋の小説の主人公の名前をとって、ミゲルにしました。
ミゲルは頭のいい子で、トイレのしつけなどもすぐに覚え、
粗相をすることはほとんどなかったんです。私にも主人にもなついて、
どちらの膝にも上がってきました。そうして2年が過ぎまして、
ミゲルの様子に変化があったんです。落ち着きがなくなり、
日中ずっと寝ていて、そのかわり夜は起きてて家の中をうろうろ歩き回る。
かかりつけのペット医の先生に相談したら、大人になってきたためで、
去勢するように勧められました。お願いするつもりだったんですが、

検査したところ、腎臓の数値がよくないことがわかったんです。
はい、麻酔に耐えられないかもしれないって。それで手術は
やめたんですが、ミゲルのストレスを解消するため、外に出して
みることになりました。ずっと家猫だったんですけど、サッシからいつも
外を眺めていて興味津々の様子でしたから。少しずつ外に慣らすと、
戸を開けてくれと頻繁に催促するようになり、これでは大変だと思って、
猫ドアを設置したんです。はい、サッシにはめ込む形のもので、
工事は必要ありませんでした。磁石がついてて すきま風は入らず、
それだけじゃなく、センサーもついててミゲル以外の猫は通れないんです。
ですから、ノラ猫が侵入してくるのを防げます。
ミゲルの首輪につけた小さなキーで判別するんですね。

最初のうちは、ミゲルが外に出ていって帰ってこないんじゃないかって
心配でしたが、食事の時間を覚えてて、必ず戻ってきました。
その点はよかったんですが・・・外からちよくちょく、狩りの獲物を
くわえて戻ってくるんです。体の小さい猫ですので、ネズミのような
大きなものはなかったですが、セミ、コガネムシ、トカゲ、
一度などは頭だけになった小鳥もありました。さも得意げな顔で、
私の前まで持ってきて落とすんです。気持ち悪かったですが、
叱るわけにもいかず、主人に頼んで捨ててもらってました。
それで、3日前の朝です。ミゲルがかなりのケガを負って帰ってきたんです。
背中の毛がむしられ、大きな裂傷がありました。家の外に
点々と血が落ちてたんです。すぐにバスケットに入れ、

ペット病院に連れていきました。診断の結果、血はかなり出ているものの
傷自体はそう大きくはなく、10針程度縫うだけで済んだんです。
私も主人もほっとしました。家に連れて帰ると具合が悪そうにしてたん
ですが、傷のせいだと考えてました。ためしにペットフードを出してみると、
食べようとしたので、ああ、大丈夫だなと思ったら、急にえづいて、
唾液とともに何かを吐き出したんです。そうですね、太さ2cm、
長さ3cmほどの黄色い三角形のものです。吐き終わると、
ミゲルはけろっとしたようにフードを食べ始めました。
主人がそれを拾い、しげしげと見て、「何だろうなこれは。動物の
 角みたいだ」って言ったんです。たしかに年輪のような細い線が
たくさん入っていて、角といえばそうも見えました。

「気味が悪いから捨てて」と頼んだんですが、主人は、「いや、植物とか
 じゃないし、やはり動物の角だと思うけど、こんな小さいのがついてる
 生き物なんていないよなあ。今度ペット病院に行ったとき、
 先生に見てもらおう」そんなことを言いまして、わざわざ洗って、
居間のテレビ台の上にあげておいたんです。その日の夜です。
ミゲルは私たち夫婦の寝室に寝てるんですが、シャーッ、シャーッという
声で目が覚めました。ふだんはまず鳴くことのない子なんです。
見ると、包帯を巻いた体で寝室の扉の猫ドアから出ようとしてたので、
止めなければと起き上がりました。ミゲルはトットッと、ケガをしてる
とは思えない動きでキッチンを通って玄関に向かったので、
「ミゲル、待ちなさい!」と声をかけ、廊下の明かりをつけました。

すると、玄関の猫ドアに何かがいたんです。・・・先ほど話しましたように、
猫ドアはセンサーでミゲルしか入れないはずなのに、
太い柔らかそうなものが、つっかえるようにはまりこんでいたんです。
うまく表現できないんですが、猫の胴体よりもやや太いくらいの毛虫。
色は濃い赤です。「何これ?」と思うと、足がすくんで動かなくなりました。
それはずるずると猫ドアを通り、1mほどの体が玄関に入ってきました。
頭らしき部分には、目も口も見あたらないんですが、上のほうに
片方だけの黄色い角が見えたんです。ミゲルが吐いたのと同じものに
思えました。しのび寄っていたミゲルがそれに飛びかかり、前足が触れた
と見るまに、それはバッと赤黒い煙に変わって散ったんです。
「え、え、生き物じゃない?!」煙はひとかたまりのまま、

大人の頭くらいの高さを漂い、ミゲルが飛び上がっても届きませんでした。   
煙は壁に沿って動き、寝室のほうに向かい、それをまずミゲル、
その後を私が追いかけました。それは開け放していた寝室の戸から
中に入り、寝ている主人の顔の上にわだかまりました。
ミゲルがだだっとベッドに駆け上がったとき、その煙は一瞬で、
主人の鼻と口にしゅっと吸い込まれてしまったんです。いえ、自分から
入ってったと言ったほうがいいのかもしれません。主人は半身を起こし、
大きくむせて何度も咳をしました。そこへミゲルが飛び乗り、
主人は咳き込んだまま、ミゲルを大きく突き飛ばしたんです。
ミゲルは壁にあたり、でも、さしてダメージもなく床に降り立って、
うなりながら主人のほうをにらみました。私はもう、

どうしていいかわからず、ただおろおろしているだけでした。主人は
ゆっくりベッドから降り、そのとき固く目をつぶっているのがわかりました。
そのまま歩いて居間に向かい、途中で、まとわりついてくるミゲルを
足で蹴りました。それで、何をしたかわかりますか。あのテレビ台に
取っておいた角を手でつかむと、自分の口の中に放り込んだんです。
ミゲルはじりじり後退りし、傷ついた体のまま玄関の猫ドアから
外に出ていってしまいました。主人は・・・急に力が抜けたようにくたくたと
その場に座り込みましたが、目を開けて、「あれ、俺、何してるんだ?」
そう言ったんです。はい、正気に戻ったんですが、あの不気味なものは
主人の体に入ったままです。あれからミゲルは戻ってこないし、主人にあの夜の
話をしても信じてくれず、困ってしまって、ここにご相談にうかがったんです。






アーカイブ 事故物件の話

2019.11.09 (Sat)
今日も怪談ではありません。自分が某掲示板でコテをつけていたときの話。
久々の「心霊事件簿」カテゴリです。最初はニュース速報という
板じゃなかったと思いますが、1枚の画像が掲示され、某不動産屋のHPに
霊が写っているんじゃないか、という内容でした。

この頃もうすでに、オカルト板はだんだん人が少なくなってきていたんですが、
これはそれなりに盛り上がりました。場所は岡山県の一戸建てで、
築29年とかじゃなかったかな。屋根が瓦で壁が漆喰ふうですから、
蔵を改築したのかもしれません。外観はかなり古びていますが、
内装はぴっかぴかです。バス・トイレ付きで12畳のLDKと、6畳の洋室。



家賃は4万7000円でした。これ、岡山県の賃貸住宅の相場もたしか
調べたんですが、特に安いということはないようでしたね。事故物件というのは、
基本的に、そこの入居予定者の直前の入居者が、自殺したり、殺害されたり、
病死等でも長期発見されなかったりした(孤独死)場合、「心理的瑕疵」
とみなされて、不動産屋には告知義務があるということになっています。

でも、これってけっこうあいまいな部分があって、ほんの短期間でも
事件・事故との間に第三者がはさまっていれば、告知する義務はない
という噂もあったんです (実際は違います)。ですから怪談本では、
怪しい業者に依頼されて、告知義務を消すために短期間そこに住む
アルバイトの話なんていう内容がけっこう書かれました。

大都市は事故物件だらけ むしろ、そうでないアパマンのほうが珍しいかも


しかし、実際にはそういうことはまずないようです。むしろ、
相場より家賃が極端に安い場合は人気になって、入居権の抽選に
なったりしたなどの報道もされていました。とはいえ、実際に住むには
勇気がいりますよね。みなさんはどうでしょうか。
ネットで、以下のような記事を見つけました。

『首都圏に住んでいる20~30代の男女に聞いたところ「事故物件に
住んでもいい」と答えたのは18.7%、「住みたくない」が47.5%
であることが、オウチーノ編集部の調査で分かった。
「住んでもいい」と答えた人を男女別でみると、
男性25.0%、女性12.3%と差が出た。

家賃がいくら安くなったら、事故物件に住んでもいいと思いますか? 
この質問に対し、「1万円」が6.3%、「2万円」が6.9%、「3万円」が10.0%、
「4万円」が4.0%、「5万円以上」が14.5%、「いくら安くなっても
住みたくない」が48.4%だった。合計すると、40.8%の人が、家賃が安く
なるなら事故物件に住んでもいいと思っていることが分かった。』

じつは、事故物件専門の不動産関連団体がありまして、
これは民間企業もあるし、東京都の場合は公社としてもあります。
興味を持たれた方は、「JKK(東京都住宅供給公社)特定物件」
で検索してみてください。

ま、自殺だけに限ってみても、年間3万人を超える自殺者のうち、
半数以上の亡くなった先は自宅・自室ですので、
毎年膨大な数の事故物件が生まれているわけです。
その中には諸条件がいい場所もあるでしょうから、それで安いとなったら、
住みたいと考える人がいても不思議ではないと思います。



ただこれは、住居として買ったり借りたりする場合の話で、
店舗として使用する場合はまた違うかもしれません。幽霊が出る出ないの
問題ではなく、悪い評判が地域に広まっていて、そのために客がつかない
などのこともあるんですね。これは裁判になった事例もあります。
2008年の事です。埼玉県日光市でラーメン屋を営んでいた男性が、

店舗の大家を相手取って損害賠償訴訟を起こしました。訴状の内容は、
客や知人から、この店舗に幽霊が出ることを聞き、自分自身も白い影を見たり、
無人なのに足音を聞いたり、奇怪な現象にあった。契約の時に幽霊の話は
聞いていないし、聞いていたら契約しなかった。敷金や礼金などの
契約書経費と慰謝料、諸々含めて502万円払え、というものでした。

もちろん裁判では、幽霊が実際にいるかどうかの争いにはなりません。
それは法律になじむものではないからです。
もし幽霊がいて、人間と同じように感じ、考えることができるのなら、
そこに人権(霊権?)が発生して法の不備があらわになってしまうかも・・・

これは冗談ですが、不動産屋が客集めに不利な場所、
ということを知っていながら、それを告知していなかったとすれば、
損害賠償請請求が認められることもありえるでしょう。重要なのは、
借りた側が、そのことを知っていたら契約しなかったという点です。

さて、一般論が長くなってしまいましたが、某掲示板に出た画像は
これです。押し入れの中に髪の長い女性らしき人物がいるように
見えます。レスの中には、「ダンボールか布団の影が映って
そう見えるのだろう」という意見もありましたね。



そこで、自分が画像の明度を上げて拡大してみましたら、
これは人に見えますよねえ。やはり女性で、
笑顔で床に手をついているという感じがします。
この物件は内装が新品で、しかもしきり戸が中折れの観音開き、

押し入れの戸が3段スライドと、かなりこった造りをしています。
これを売りとしてアピールしたい。そこで押し入れに視線が集まるように、
写真のテクニックとして少し開けてあるのだと思われます。
そのときに従業員の女性が片付け・清掃等で中に入ったまま
撮影してしまった、というのはありえるかなと思います。

あるいは、スタッフたちがお遊びで心霊写真に見えるような
画像を撮った。もちろんホームページにはちゃんとした画像を
入れるつもりだったのが、編集時の手違いで、
ふざけたほうの画像をアップしてしまった・・・



この後、その不動産屋のHPをよく見ましたら、
従業員紹介のコーナーがあって、それらしき女性がいたようでしたが、
もちろん完全に特定することはできませんでした。
この画像は、現在は消去されています。

某掲示板では、物件の近くに住んでる人物が内部の写真を
盗み撮りしてあげたり、会社に直接電話して質問したりして、
この不動産屋にとってはかなりの騒動だったことでしょう。
では、今回はこのへんで。