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産土(うぶすな)の話

2019.12.31 (Tue)
では、話を始めさせていただきますが、怖いといった内容のものでは
ありません。・・・昨年、結婚が決まっていた方を亡くしたんです。
急な病気で、発見されてからわずか4ヶ月後でした。
それはショックで、後を追おうかとまで考えたんです。
周囲の方はみな心配してくださり、私は仕事を休んで実家に
戻っていました。それから数ヶ月たって、少しずつ外出できる
ようになり、神社巡りを始めました。はい、神社の境内に立ち入ると、
沈んでいた気持ちが、そのときだけ楽になるような気がしたんです。
近場から始め、県内の主な神社を車で回るようになりました。
それで、ある大きな神社に詣でた帰りのことです。車で、交通量の
少ない道を走っていると、わきの林の中に鳥居が見えました。

あ、こんなところにも神社がある。ここもお参りしていこう。
ほんの軽い気持ちだったんです。道端に車を停め、鳥居をくぐりました。
そのとき、参道がものすごく長く感じたんです。
はてしなくどこまでも続く玉砂利の道・・・でも、そんはずはなく、
十数m歩くと拝殿に出ました。扉は開いていて、火のついた
ロウソクが立ち並び、周囲はきれいに掃き清められていました。
ああ、小さいとこだけど、よくお世話されている。そのときに思いました。
中途半端な午後の時間だったせいか、私の他に参拝者はおらず、
いつもどおりにお賽銭を投げ、鈴を鳴らしてお参りをしました。
そのとき、ハッカのような匂いを感じたんです。
社殿の横に小さな社務所があり、窓はカーテンがしめられてて、

中に人がいるかどうかはわかりませんでした。窓から出ている
棚の上に、これも小さな、古びたおみくじの箱がありました。
機械式ではなく、木箱に手を入れて自分でひく形のものでした。
それまで、お参りしてもおみくじを引いたことはなかったんです。
吉とか凶とか、そういう言葉を見たくなかったんだと思います。
私の身に起きたことが、まさに大凶でしたから。でも、そのときだけは、
ふっと引いてみたい気持ちになったんです。お金をどうすればいいか
わからなかったので、百円玉をその箱に入れ、小さな穴から
手を差し込んで紙のくじを一枚引き出しました。すると、やや薄暗く
なっていた境内が急に明るくなった気がしたんです。あと、
さっきも感じた強いハッカの匂い。自分の手の中が光っていました。

私が引き出したのは5cm四方くらいの四角いもので、硬い質感があり、
驚いたことに表面で虹が渦をまいていたんです。あの、水面に
油を垂らすと虹色に光りますよね。あれがさらに鮮やかになった感じで、
小さなものなのに強い光を放っていました。何だろうこれ、
いったいどうすればいいのか、わからなかったので、
社務所の窓を叩きました。すると、少したって「は~い」という
若い女性の声が聞こえ、カーテンが開いて、まだ20歳前に見える
娘さんが窓を開けました。「どうしました?」
私が黙ってくじを差し出すと、虹の光が娘さんの顔を照らし、
娘さんは「あっ!」と大きな声を上げてから、「ちょっとお待ち下さい」
そう言って引っ込み、社務所の後ろから出てきました。

驚いたのは、中学生と思える制服を着ていたことです。
「あの、それね、産土様の招待券です。父から話は聞いてましたが、
 始めて見ました」娘さんは黒目がちの瞳を丸くして私の手のくじを見つめ、
それからスマホを出して「今、父に、あの、宮司に連絡いたしますから、
 少しお待ち下さい」私はせまい社務所に通され、丸イスに座らされました。
娘さんはスマホを切り、魔法瓶のお茶を出してくれたんです。
「これ、何ですか?」 「もうすぐ宮司がここに来て説明いたします」
10分もたたないうちに、やや装束が乱れた感じの神主さんがやってこられ、
やはり娘さんの父親のようでした。宮司さんは簡単に自己紹介し、
「いやあ、これを見たのは私が修行時代のことだから、もう20年も前です」
それから説明が始まりました。「これはね、産土神の当たりくじと言えば

 わかりやすいでしょうか。産土神はご存知ですか」 「すみません不勉強で」
「あのね、神道では、あらゆる生命、人間だけではなく動物や草木も、
 生きていることにおいて変わりはありません。そして、もし地上で
 亡くなったとしても、生命は消えてなくなるわけでもありません。
 もとは〇〇という名前の人間だった、もとは鹿だった、檜の木だった、
 そういう個性は失われてしまいますが、生命の素と言えばいいのか、
 それは一つに戻るんです。そして集合したものが産土の神。
 おわかりでしょうか」 こう言われたものの、そのときはまったく
理解できていませんでした。これに続けて、宮司さんは意外なことを
言われたんです。「今年の大晦日の日に時間をとれますでしょうか」
「ええ・・たぶん大丈夫だと思いますが」  「でしたらね、娘と、

 あ、いや、当社の巫女職といっしょに旅行していただけませんか。
 遠いところではありません。この県の一の宮の〇〇神社。すべて費用は
 こちらで出させていただきます」わけがわかりませんでした。ですが、
〇〇神社には前にもお参りしましたし、車で2時間程度の距離、日帰りで
戻ってこれます。「どういうことなんですか」 「いや、夜にかかるので
 一泊してもらわないといけません。すべて娘に話しておきますし、案内も娘に
 させます」ということで、大晦日の夕刻に、その神社の前で待ち合わせを
しました。驚いたことに、娘さんは前の中学校の制服ではなく、赤い袴の
巫女さんの姿をしていたんです。娘さんは照れた様子で「へへ、これ着たの
 今回で2回め」などと言いながら車に乗り、産土神の話をしてくれました。
「お父さんが言うには、虹色のくじは産土神を見ることができる切符みたいな

 もので、私はそこに案内するお役目なの。くじは持ってきてますよね」
はい、くじは紙に包んでバッグに入れてありましたが、光は消えず、
ますます強くなっているように思えました。一の宮がある市に着き、
ホテルにチェックインしました。宮司さんが予約してくれていたところです。
娘さんは水筒を出してお茶を飲み始め、「眠っちゃいけないから」と言いました。
それから学校のことなどいろんな話をし、2人で午前5時過ぎにホテルを
出たんです。フロントに話は通じているようでした。歩いて一の宮の神社までは
10分程度、もう年が明けていて、早い時間の初詣客がかなりの数、
道を歩いてました。中には、巫女さん姿の娘さんをスマホで撮影する人までいて、
「すみません、やめてください!」娘さんが恥ずかしそうな声で制していました。
「お参りはしません。ものすごく混雑するので何時間もかかって

 夜が明けてしまいますから」娘さんはそう言い、社殿の杜を回る形で歩いて、
山裾に出ました。川にかかるそう大きくない橋があり、
そこに何十人かの人が集まっていたんです。神主さん、娘さんと同じような
巫女さん姿もちらほら見えました。「ああ、よかった。この場所で
 間違ってない。もうすぐ初日が昇るから、くじを出しておいてください」
そう言われ、バッグからくじを取り出すと、まわりにいる一般の人たちも
それぞれにくじを出していました。「もうすぐです」やがて、
川の上流が明るくなり、でも、初日は山の陰になって見えませんでした。
そのかわりというか、手に持っていたくじの虹の光が増し、
それは他の人のものも同じようでした。ハッカの匂いがまた強くなり、
ふっ、という感触があって虹の光がくじから離れました。

他の人のも同じでした。光は端の上空に昇り、いくつも集まって一つの
虹の柱になったんです。「あれは」 「産土神の一部です」
柱は回転しているようで、周囲に七色の光をふりまき、しばらく伸び縮み
していましたが、急に綱のように細く伸び、ものすごい速さで天に向かって
消えていったんです。「大もとの産土様のところへお帰りになられました」
感動したような声で娘さんが言いました。その頃にはすっかり夜が明けていました。
橋の上に集まっていた人たちは、小声で何か話したり、あるいは押し黙って、
三々五々に散っていきました。その帰り道で「迷っていたんですが、父の跡をついで
 神職になる勉強をする気持ちが強くなりました。ありがとうございます」あらたまった
口調で娘さんが礼をしました。私は手の中に残っているくじを見ました。光は消え、
ただの和紙に戻ってましたが、開いてみると中に「四方平らか」と書かれていたんです。






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アーカイブ 蛇田

2019.12.31 (Tue)
自分らの地域で実際にあった出来事なんだけど落ちも何もない。
自分の住んでるところは田舎の中核都市で、
田んぼはなくなってくけど家はあんまり建たず人口は増えも減りもせず、
郊外に大型店はできるものの、
駅前の商店街は軒並みシャッターを閉めてるようなところだ。
自分の家のまわりも田んぼだったんだが、
県立大学のキャンパスが分かれて移ってくるってんで、
そのあたりだけ急にバタバタと建物ができた。
学生めあてのアパートが多いんだが、その他にも飲食店とかいろいろだな。

で、田んぼの中に一枚だけ地元では「蛇田」と呼ばれる場所があって、
そこは田んぼの南の隅に竹と藁で作った簡単な祭壇が設けられてあった。
ちょうど盆送りの棚みたいな感じで、
月に何回かお供物があがっているのを見たことがある。
これがアルミホイルにのせた鶏肉なんかで、
そんなことをすればカラスが来るだろうと思うだろうが、
自分が見たかぎりでは荒らされてる様子はなかった。

興味深かったんで小学校の行き帰りに遠回りしてのぞいてみたこともあったが、
お供物は次の朝にはなくなってる。野犬が食べたような汚らしい様子はないから、
その家の人が夜にかたづけてるのかもしれない。
この話は家族にもしたことがあるけど、
遠くからムコにきた親父はまったく要領を得なくて、
母親のほうはその話をしたくないらしく、すぐに話題をそらしてたな。

その田んぼの持ち主は専業農家で、
かなり広大な耕地を持ってて人に貸したりもしてたんだけど、
その蛇田だけは、当主の老夫婦が手植えで毎年稲を植えていた。
かなりの重労働なんだけど、ここだけは近所でもだれも手伝わず、
みなそうするのが当然みたいな雰囲気だった。
収穫したここの米も卸には出さず自分らで持ち帰っていたようだった。

ところがその老夫婦が相次いで亡くなって、
大学のキャンパス移転にかかって売りに出された。
で、その田んぼも含めた敷地にスーパーマーケットができることになった。
老夫婦の子どもは数人いたんだけども地元には残っていなくて、
家屋敷をすべて売って遺産分けしたという話だった。

ただ、この蛇田を売ったことについては地元での評判はよくなかった。
特に古くからの人たちは町内会でいろいろ批判も出てたらしい。
母親も、田んぼをやめるならせめて死に地にしておけばいいのに、
みたいなことを言ってた。例によって理由は教えてくれなかったけど、
蛇田は建物本体ではなく駐車場の一部になった。

できてみるとスーパーは噂されていた大資本のチェーンではなく、
県内の別の市からきた夫婦が自分らで経営する、
コンビニに毛が生えたような小さな店だった。
自分も何回か会ったけど、どちらも50代初めくらいで、
旦那さんの早期退職金と、あとは銀行からかなりの借金をして始めたらしい。
気さくでやる気にあふれた人たちだった・・・初めのうちは。

そのスーパーで開店セールをやるってんで母親に連れられて行ったんだが、
母親はその蛇田の駐車場に車を停めず、近くの道に路上駐車した。
「今どき何も起こらないだろうけど、近寄らないにこしたことはないから」と言って。
で、学生も来るようになって初めの一ヶ月はけっこう繁盛してたと思うけど、
すぐに事故が起きた。駐車場に停めてあった車が車両火災になったんだな。
タバコとかが原因ではなくて電装関係のトラブルらしい。
その車は全焼して隣の車にも影響があったが幸いケガ人はなかった。

そしてそれから2週間ばかりして深夜その駐車場で焼身自殺があって、
大学の男子学生だった。ガソリンをかぶって火をつけたんだ。
その夜は救急車や消防車のサイレンがやかましくて、
起きて野次馬をしにいった母親が事情を聞いてきた。
原因はノイローゼだとも失恋だとも、いろいろ言われてたんだけど結局は不明 。
ただスーパーの駐車場はその学生のアパートとはずいぶん離れたところにあって、
大学のほうが近いし、野球場や陸上、サッカーのグラウンドもある。

その自殺の現場が蛇田で、祭壇があったすぐ近く。自殺の跡は、
黒いシミになって後からその上にさらにアスファルトをかぶせて段になった。
で、当然ながら気味悪がってその近辺には誰も車を停めない。
この事件以来、スーパーの人の入りががくっと悪くなった。
最初は数人いたパートの店員も一人やめ、二人やめって感じで、
できて二ヶ月後には夫婦二人だけで切り盛りするようになった。
夜の仕入れとかもあるため、スーパーには旦那さんが泊まり込んでたけど、
開店の当時からするとげっそりと痩せて笑顔がなくなった。

その頃、自分は中学生になってたんだけど、
日曜日に友達が家に来るから菓子類を買おうとそのスーパーに入ってみたんだ。
そしたらレジに油気のない髪の奥さん、
そして生鮮食品売り場に旦那さんがいてガラス戸の奥で魚をさばいている。
商品は仕入れが少ないらしく開店時よりだいぶ減ってスカスカの状態で、
客は自分一人だけ。で、店の中は少ない商品が中央に集められて、
店の片側に段ボール箱が天井あたりまで積まれてる。
それはちょうど駐車場のほうを向いた窓で、
まるでそちらの方を見たくないってふうに感じた。

自分がポテチとかを選んでると、ダン、ダンという音がする。
旦那さんが奥で魚を切ってる音なんだけど、やけに強くて力が入ってる。
それで生鮮品売り場の方に見に行ったんだけど、そこらはひどい嫌な臭いがする。
腐った臭いとはまた違って、何というか自分はタバコは吸わないんだけど、
吸い殻のいっぱい詰まったバケツに水を入れたときのような臭いがするんだ。
見れば並べある肉も魚もなんだか乾いてぱさぱさした感じで、
古いのかと思ってパックの賞味期限を見れば仕入れたばかりのものなんだな。

旦那さんがガラス越しに何かを切ってるのが見えるけど、
こっちの方を見もせず下を向いて包丁に力を込めてる。
切ってるのは魚だと思うがガラスの下でよく見えない。
ただその魚が動くのを片方の手で押さえてるように力をこめていて、
すると旦那さんが「あちっ」と叫んで押さえていたものが伸び上がって、
それが見間違いだと思うけど大きな蛇の頭に自分には思えた。

「ああ、嫌だ!」と思って走ってレジにいき買った物を投げ出すようにレジに置くと、
奥さんが無愛想な顔で精算して、レシートを渡すときにじろっと自分の顔を見て、
「・・・あんた◯◯中学校の生徒だね、学校行ったら、
 他の生徒にうちで万引きしないように話してくれる。
 ・・・あんたらの校長に電話かけてもらちがあかないんだよ・・・」と、
ものすごく無愛想な声で言ってきた。

そんな感じで嫌な気分で店を出たんだけど、
飲み物を買い忘れたことに気づいてもう店にもどるのはいやだったから、
外の自販機でペットボトルを何本買った。
そのときに横にあったゴミ箱のビン・カンのほうだけ中身があふれてたから、
ペットボトルのほうをのぞいてみた。シマヘビだと思うけど、
うねうねと何匹もからみ合って中で球になっていた
あわてて後ろに飛び退いて、何で買い物するだけで、
こんなお化け屋敷のような目に遭わなければならんのか、と思いながら帰った。

夕食の時に母にその話をすると、
「やっぱり蛇田だから、そろそろ準備しとかないと」みたいなことを言った。
それから2週間してスーパーの夫妻が首を吊った。
それが駐車場のあの祭壇があった場所、焼身自殺の場所のすぐ近くに、
物干し台を持ち出して二人並んで。
ただ物干し台だから両足とも地面に引きずるような形になってたって噂だ。
つま先が地面をひっかいた跡がくろぐろとした蛇みたいになってたそうだ。

それからそのスーパーは後を継いで経営する人もなく、
取り壊されもせずに心霊スポット化したが、
事情を知ってる地元民は絶対に近寄らない、特に駐車場には。
大学生が肝試しにいくらしくていろいろよくない話が聞こえてくるが、
人が死んだりはまだしていないと思う。

蛇田についてはよくわからないけども、
田んぼの持ち主だった老夫婦の先祖が何か蛇と約束をして、
そこで獲れる米とお供えを捧げる約束があったという
日本昔話みたいなのは聞いた。だけど、
それだけではなく聞かせてもらえないことがまだあるような感じがする。

関連記事 『蛇田2』







アーカイブ 〇〇の女

2019.12.31 (Tue)
アーカイブ202



これは「怖い日本史」の分類に入る話ですが、特に怖くはありません。
「◯◯村出身の若い女を下働きに雇うと怪異が起きる」 こう書くと、
変な話だなあと思われるでしょうが、これは江戸時代のさまざまな文献に、
実例つきで載っている内容なんですね。しかも戯作ではなく、
武士が書いた随筆が多いですので、それなりに信憑性があります。

で、どんな怪異が起きるのかというと、これは夜中に首が伸びて
行灯の油をなめる・・・といったことではなく、家内の皿が宙に飛び出す、
屋敷の屋根に石が降るなど、現代にポルターガイスト現象と呼ばれる
ものが多いんですね。これは最後に書きますが、
謎解きのヒントになる気がします。

まず一例目、『梅翁随筆』 寛永年間(1789~)ころの作ですが、
それなりに身分のある侍が、自分の屋敷で飯を食おうとしたところ、
ゆっくりと膳が椀皿を載せたまま宙に浮き、
だんだんと上っていって、ついには天井にまで達した。

西洋のポルターガイスト現象
DDDD (2)

侍は人を呼ぼうとしたが声が出ない。そうしているうちに、
膳は静かにまたもとの位置まで降りてきた。このことがきっかけとなって、
それからは家内のいろいろな物が宙に浮くようになった。中には、
数人がかりでないと持ち上げられない石臼などもあったということです。

あまりに不審なので原因を探ったがわからないでいるうちに、
老人が家を訪ねてきて、「この怪事は目黒出身の人を雇ったからです」
と言った。「そんなこともあるまい」とは思ったが、
雇い人の何人かに暇を出すと、怪異はピタリとおさまった。

DDDD (5)

どんどんいきます。次は『古今雑談思出草子』1840年ころの出版で、
記されている怪異は1740年あたりのことです。
これは有名な怪異収集本『耳袋』にも同じ内容が載っており、
広く世間に知れ渡った話なのでしょう。

ある旗本が江戸郊外の池尻村(今の世田谷区)から若い娘を
下働きに雇った。すると怪事が起き始めたんです。初めは
天井に大きな石が落ちたような音がし、
それから家の中の茶碗や皿が次々飛び回り始めた。

正月近くなって餅つきをしようと男を雇ったが、休憩でちょっと目を離した
すきに、重い石臼が垣根を越えて移動していた。このようなことが
毎日起こり、山伏や民間陰陽師を頼んで祈祷してもらったが、
まったく収まる様子がない。そのうちに一人の老人が家を訪ねてきて、



「これは池尻村の娘を雇ったから起きていることです。
辞めさせれば収まるでしょう」まさかと思ったが、暇を出すと
ぴたりと怪事は止んだ。もう一つ、文政年間(1818~)の
『遊歴雑記』から。奉行所の与力が池袋村から若い女を雇ったが、
それが美しい娘だったので手をつけてしまった。

するとまもなく家の中に石が降った。戸棚の中の椀皿がひとりでに
飛び出して割れ、飯櫃の中に灰が入ったり、囲炉裏の湯がこぼれて
もうもうと灰神楽が上がったり。あまりのことに与力は娘をあきらめて
暇を出したら、もう二度と怪事は起こらなくなった。

石が降る怪異「天狗礫」
DDDD (1)

まだあるんですが、これくらいで十分でしょう。話の順序としては
二番目の例がもっとも古く、それ以降のものは類話と考えてもよさそうです。
一番目の話では、雇ったのが若い娘ではなくなっています。
欧米のポルターガイスト現象では、家族に思春期の子ども
(多くは娘)がいることが多く、共通点がありますよね。

しかしながら、ポルターガイスト現象の中には、
皿などが飛び出した瞬間が目撃されたものは多くはなく、
後でその娘が起こした狂言であったと判明した事例もあります。
では、この江戸の怪異も、娘たちによる自作自演なのでしょうか。

これはそうとも考えにくい部分があります。皿を投げたり、飯櫃に灰を
入れるなどなら誰にでもできるでしょうが、
重い石臼が話の中に出てくることに留意してください。これは娘の
細腕ではできる話ではない、ということが強調されているんでしょう。

DDDD (4)

また、戸締まりの厳重な(門番もいる)武士の家で、
屋根に石が降るのは、外に協力者がいないとうまくいかないのでは
ないでしょうか。WIKIに、『池袋の女』という項があり、
「江戸時代末期における日本の俗信の一つで、
池袋(東京都豊島区)出身の女性を雇った家では、怪音が起きる、

家具が飛び回るなど様々な怪異が起きるといわれた」 こう出ています。
江戸市中ではかなり広まっていた話のようで、
「石投げを してぼろの 出る池袋」 「瀬戸物屋 土瓶がみんな 池袋」
などの川柳が採集されています。

明治の怪異研究者である井上円了などは、これらの怪異の真相を、
「虐げられた女性たちが自由に遊べないことによる欲求不満から、
抗議行動として主人に茶碗を投げつけたこと」と切り捨てていますが、
それはさすがに身もフタもない言い方ですね。

明治の妖怪博士と言われた井上円了

DDDD (3)

しかし前記した石臼や屋根に降る石など、女の力だけではできそうも
ないことも出てきますし、もう一つの解釈として、池袋など江戸近在の
村にあった当時の青年団のような集団が、幼なじみの娘の動向を
監視していて、例えば主人に手をつけられるなどのことがあると、

報復としてこれらのことを行っていたとする説もあります。もしかしたら、
娘とは内通していて、家の中の怪事は娘、
外や庭で起きることは若い衆のしわざなのかもしれません。
とはいえ、警備厳重な武家屋敷での話ですし、
本当の怪異であった可能性も絶対にないとはいえないでしょう(笑)。

DDDD (6)




「本所七不思議」って何?

2019.12.31 (Tue)
アーカイブ201



今回はこういうお題でいきます。カテゴリは妖怪談義になるでしょうか。
まず、本所とはどこかということですが、これは、現在の東京都、
墨田区の南半分あたりです。開けてきたのは江戸中期のころからで、
それ以前は湿地の広がる人の住まない場所でした。

つまり、江戸の外れの地として認識されていたわけです。余談ですが、
吉良上野介が松の廊下の刃傷事件の後、市中から本所松坂町へと
屋敷が配所替えになりました。このときに「田舎に追いやられた」と書いた
上野介の手紙が残っています。うがった見方をすれば、仇討ち騒動が
起きてもかまわない場所と、幕府でも考えていたのかもしれません。

さて、この本所で起きる7つの怪異が「本所七不思議」です。ただこれ、
自分が調べたところでは、怪異の種類は倍の14くらいありますね。
ですから、あげる人によって7つの内容が違ってたりもします。
まあここでは、有名なものから見ていきましょう。

まず「置いてけ堀」。これが一番知られているでしょうか。
現在の錦糸町あたりには水路が広がっていましたが、
その堀で釣りをすると、魚籠にあふれんばかりの釣果がある。
さて夕方になって帰ろうとすると、後ろの堀から「置いてけ~」と、
男とも女ともわからない不気味な声が聞こえる。

ここで獲物をすべて投げ捨てていけば問題はないが、
持ち帰ろうとすると怪異が起きて、最悪、堀に引きずり込まれてしまう。
そして釣竿と空になった魚籠だけが残っている。こんなお話ですね。
映画『妖怪百物語』に出てくるシーンが有名です。

錦糸堀公園の河童像


この怪異の正体は河童であるという説があります。
河童が釣人の獲物を横取りしようと仕掛けているわけです。
現在の錦糸堀公園の入り口には、河童像とともに「置いてけ堀」の
いわれを書いた札が立てられているようです。

次は「灯りなし蕎麦」。夜道を酒に酔った人が歩いていると、
道端に灯りの消えた蕎麦の屋台が置いてある。主人はいないが、
蕎麦の火種は残っているようだ。そこらに用足しにでも出たのだろう、
と待っていても、主人はいつまでも戻らない。

あきらめて長屋に戻ると全身に寒気がきて高熱を発する。
そして朝を待たずに死んでしまう。だいたいこんな話です。ここで少し
うんちくを言わせてもらうと、まず、二八蕎麦の屋台は車がついた
ものではなく、下図のように天秤棒で肩に担ぐ形のものでした。重そうです。



それと、幽霊が出るのは丑三つ時(午前2時ころ)と言われますが、
これはそんなに遅い時間の話ではありません。
江戸市中は町内ごと長屋ごとに細かく区切られていて、
町と町の境には木戸番がいました。それが閉められるのが
4つ(午後10時)どき。そうやって、夜間の徘徊を防いでたんですね。

次「馬鹿囃子」。道を歩いていると、どこからともなく笛太鼓のにぎやかな
お囃子が聞こえてくる。神社の祭礼があるのだろうか?
そう思って探しにいくと、いつのまにかお囃子の音は遠ざかり、また別の
場所から聞こえる。で、いつしか見たこともない林の中に立っている。

狸囃子


「馬鹿囃子」は別名、「狸囃子」とも言い、怪異の正体は
狸とされることが多いようです。平戸藩主で、歌舞伎の『松浦の太鼓』で
有名な松浦候がこの怪異にあい、人に命じて音の所在を捜させたが、
本所南割下水あたりで音は消え、家来に命じて狸狩りをしたものの
見つからなかった、という話が残っています。

「足洗い屋敷」。本所三笠町の旗本、味野家の屋敷に出る
大きな足の化物のことです。夜中になると、天井を突き破って
血まみれの大きな足が出てきて、「洗え、洗え」と命じる。
そして下女が足を洗うともとに戻っていき、
破れたはずの天井板もいつの間にか直っている。

荒唐無稽な話ですよね。実害はないようなもんですが、
味野家の下女はみな怖がってやめてしまうので困っていたところ、
同僚の設楽(したら)という旗本が、ためしに屋敷を交換しようと言い、
住人が入れ替わったとたんに怪異も収まったとされます。

「送り提灯」。提灯を持たずに夜道を歩く者の前に、提灯のように
揺れる明かりが、あたかもその人を送って行いくように現れ、
不思議に思って足を速めると消えてしまう。
そのくり返しで、いつまでも提灯との距離は縮まらない。
特に実害もないようで、これは親切な怪異ですね。

「落葉しない椎ノ木」。上で出てきた平戸藩主、松浦候の屋敷にある
椎ノ木で、落葉する姿を誰も見たことがない。椎ノ木は常緑樹ですが、
それでも葉の寿命がくれば落葉はあるはずですが、一枚も落ちない。
評判になりましたが、松浦公は気味悪がって屋敷を使わなくなったそうです。

シイノキ


さてさて、長くなったので終わります。七不思議の候補は、この他、
「送り拍子木」 「片葉の芦」 「津軽家の太鼓 」 「三つ目橋の火」
「小豆ばばあ」 「埋蔵の堀」 「夜豆腐屋」などがあります。
では、今回はこのへんで。






温羅、桃太郎、邪馬台国

2019.12.31 (Tue)
アーカイブ200

gGR (2)

今回は比較的軽い3題話ですが、これって妖怪談義になるのか、
それとも古代史になるのかなあ。まあ古代史といっても
眉唾ものの内容ですが。古代の吉備地方(岡山県を中心とした地域)に、
あるとき、空を飛んで巨大な鬼がやってきました。

真っ赤な髪をして、身長は一丈四尺(約4,2m)もあったとされます。
鬼は温羅(うら)という名前で、現在の総社市に鬼ノ城(きのじょう)という
城を築き、近辺を荒らし回りました。これを伝え聞いた大和朝廷は、
温羅を討伐するために吉備津彦を派遣しました。

吉備津彦命は第7代孝霊天皇の皇子で、四道将軍の一人です。
四道将軍は、大和朝廷が勢力圏を広げるために全国に派遣した
4人の武人。吉備津彦は温羅との戦いに備えて、
楯築(たてつき)遺跡に砦を築きました。

倭迹迹日百襲姫命と弟の吉備津彦命
gGR (5)

楯築遺跡は鬼ノ城の近くにある2世紀後半から3世紀ころの
弥生墳丘墓で、双方中円形をしています。○の両脇に□がくっついた、
腕時計のような形といえばわかりやすいでしょうか。全長72m、
2世紀当時としては最大規模の大きさで、
吉備の大王の墳墓と考えられます。

さて、吉備津彦は弓矢で温羅を攻撃するものの、温羅が石を投げて
矢を撃ち落としてしまう。そこで一つの弓に2本の矢をつがえて
射たところ、一本が見事に温羅の目に突き立った。
温羅は驚いて雉に姿を変えて飛び立ったが、

鬼ノ城
gGR (1)

吉備津彦は鷹に変身して追いかける。温羅はさらに鯉になって
川に逃れたものの、鵜に変身した吉備津彦によって捕らえられ、
ついに首を斬られてしまう。しかし、温羅は首になっても泣き喚き、
そこで吉備津彦は吉備津神社の釜殿の釜の下にその首を埋めた。

現在、この吉備津神社では鳴釜神事といって、釜の鳴り方
によって吉凶を占っていますが、これはその下に埋まっている
温羅の首の霊力によるものとされています。そういえば、
時代は違いますが、同じように朝廷に反抗した平将門も、
首になっても喚き続けたと言われていますね。

楯築遺跡
gGR (3)

これは朝廷に反逆したものの末路を表しているんでしょうか。
上田秋成の『雨月物語』には「吉備津の釜」という
怪談がありますが、吉備津神社の鳴釜神事が、
筋の上で重要な役割を果たしていました。

さて、温羅を見事退治した吉備津彦ですが、民話「桃太郎」の
モデルであるという説があるんです。桃太郎が行った鬼ヶ島は温羅の
鬼ノ城。おともに連れた犬、猿、雉は、犬飼健(いぬかいたける)
楽々森彦(ささもりひこ)留玉臣(とめたまおみ)の3人の家来で、

gGR (7)

キビダンゴは黍団子(とうきびの団子)ですが、
これは吉備団子でもあるのです。岡山県は現在でもトウモロコシの
名産地で、また桃の産地としても有名です。
うーん、どうなんでしょう。吉備津彦は実在するとしても、

少なくみても1500年以上前の人物です。そういう人の
伝説が民話に姿を変えて現在まで残っているのだとしたら、
これはなかなかスゴイことだと思います。ただ、
古い桃太郎伝説は岡山県以外に、愛知県や香川県にもあります。

さてさて、最後に邪馬台国ですが、
ここからの話は邪馬台国畿内説にのっとったものですが、
九州説その他の方はどうかお気を悪くなさらないでください。
半分冗談みたいな内容ですから。

桃太郎の家来が犬(戌)、猿(申)、雉(酉)なのは
鬼(丑寅)と反対の方位だからという説があります

gGR (6)

まず、最初のほうで出てきた楯築遺跡は、邪馬台国の前身であった
国の王のものであるとする説があります。畿内説の邪馬台国
候補地は、ほとんどが奈良県桜井市の纏向遺跡ですが、
卑弥呼の墓ともされる箸墓古墳(箸中山古墳)からは、

吉備で発祥した特殊器台とよばれる土器が出土しています。
纏向遺跡は2世紀最後半に突如として現れた巨大遺跡であり、
吉備の勢力が中心になって築いたというのは、
あってもおかしくないと思います。

さらに、吉備津彦の姉は倭迹迹日百襲姫(やまとととひ ももそひめ)
といって、記紀では箸墓古墳に葬られたことになっています。
シャーマン色の濃い女性で、畿内説ではこの人物を卑弥呼に
比定する研究者も多いんです。

纒向遺跡出土の桃の種
gGR (4)

それと、『魏志倭人伝』(三国志 魏書 東夷伝 倭人の条)
では、卑弥呼が魏に難升米(なしめ?)という人物を遣使していて、
その後さらに派遣されたものの中に、伊声耆(いせき?)
掖邪狗(えやく?)の名があります。

倭迹迹日百襲姫には吉備津彦の他にもう一人、稚武彦(わかたけひこ)
という弟がいます。この弟2人が、上記の伊声耆・掖邪狗ではないか
とする説があるんです。なんだ名前がぜんぜん違うじゃないか、
と思われるでしょうけど、吉備津彦の本名は、彦五十狭芹彦
(ひこいさせりひこ)で、男を表す彦を取ってしまえば「いさせり」です。

伊声耆(いせき)に似ているといえば言えなくもないでしょう。
また、掖邪狗は「ややこ」と読んで、若々しい赤子のような男子という
意に取れば、これが稚武彦ということになります。
ただの言葉遊びじゃないか・・・まあ、自分もそう思うんですが、

温羅の面


ちょっと面白いのでご紹介しました。あと、桃太郎の桃ですね。
纏向遺跡では、一カ所から2千個以上の桃の種が出土しました。
これは単なる食べカスではなく、同じ場所から祭祀用の
土器等が出土してますので、何らかの祭祀、

神事に使われたものと見て間違いないのです。時代もほぼ卑弥呼が
活躍した年代のものであるとされます。桃が神聖な果実として
尊重されていたのは間違いないでしょう。そして桃は、桃太郎(吉備津彦)
のモモであり、また倭迹迹日百襲姫のモモでもあるのです。




大晦日の話

2019.12.30 (Mon)
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今回はこういうお題でいきます。早いもので明日は大晦日。
明後日は元旦になります。みなさんのご予定はいかがでしょうか。
家でゆっくりテレビを見て、それから年越しそばを食べて・・・
という方もおられるでしょうし、中には、

富士登山に行って、初日の出を見るなどという方もおられるかも
しれません。富士登山は自分も10年ほど前に行ったことが
ありますが、すごい混雑で、山頂まで人が連なっていました。
現在もあんな感じなんでしょうか。

富士山 初日の出登山の行列
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さて、前に5ちゃんねる掲示板の怖い話のスレに、
「年の変わる瞬間に鏡を見てはいけない」といった内容の話が
投稿されていました。先祖代々、そういう言い伝えがあるという
設定になっていましたが、でも、12月31日が大晦日とされる
ようになったのは、明治以後、太陽暦が採用されてからのことです。

大晦日、あるいは元旦というのは、江戸時代までの太陰太陽暦
でないと、本来は意味をなしません。太陰太陽暦では、
30日の大の月、29日の小の月があり、その年によって、
12月29日または30日が大晦日になっていました。

また、実際の時期も1ヶ月ほどズレていて、来年2020年の
旧正月は1月25日の土曜日で、中国をはじめ、中華文化の強い
国では、こちらのほうを大々的に祝う風習が今でも残っています。
さて、大晦日は新しい「年神様」をお迎えするための準備の
日なんですが、年神様っていったい何なんでしょうか。

江戸時代の歳徳神
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これは、毎年、正月に各家にやってくる来訪神としての性格を
持っていて、日本神話では本来、男性の神様でした。それが、
中世ころからでしょうかね、年神様は女性ということにされ、
江戸時代には女性の絵姿がつくられるようになりました。
なぜそうなったかの理由はだいたいわかってるんですが、

説明すると長くなるので今回は割愛させてください。年神様は、
「歳徳神 としとくじん」とも呼ばれ、「頗梨采女 はりさいじょ」
という女性神と考えられることが多いですね。
頗梨采女は、牛頭天王のお后の母親で、龍神の娘です。

素戔嗚命と櫛名田姫
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また、牛頭天王の正体が素戔嗚命であることから、
「櫛名田比売 くしなだひめ」とも考えられています。
櫛名田比売はご存知と思います。出雲の国で八岐大蛇の生贄に
されそうになっていたのを、素戔嗚命が助け、自分の妃としました。
大晦日までに、この年神様をお迎えするための準備をするんです。

大掃除(大祓)をするのもこのためですし、大晦日当日は「除夜」
といって、朝まで起きている習わしでした。また、年神様が来る
方角は毎年決まっていて、それを「恵方 えほう」と言います。
2020年の恵方は西南西の方角ですが、これは太陰太陽暦で
計算されたものなので、現代でどれほど意味があるかは疑問です。

追儺の方相氏
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平安時代ころには、宮中では大晦日の日に「追儺 ついな」の
儀式が行われました。追儺は「鬼儺 おにやらい」とも言い、
手に戈を持った四つ目の「方相氏 ほうそうし」が
四方八方を回って魑魅魍魎を追い祓います。これが、
民間では大掃除になったと言ってもいいかと思います。

さて、大晦日は「おおつごもり」とも言い、江戸時代の庶民に
とっては大変な日でした。当時の生活必需品の米、薪、炭などは
掛売り、つまり借金で、支払い方法は盆と暮れの二季払い。
特に大晦日は一年の総決算で、貸したほうも返すほうも
走り回って、悲喜こもごもの話が生まれました。

2020年の恵方(64方位のため 西南西やや西より)
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井原西鶴の浮世草子『世間胸算用』はお読みになったでしょうか。
ある年の大晦日の1日を年末の風物とともに描いていて、
貸し手と借り手との駆け引きが20話の短編になっています。
内容はきわめて面白く、また江戸の風俗もよくわかるので、
もっと教科書などで取り上げられてもいいと思いますね。

さて、古典落語でも大晦日をあつかったものは多く、「芝浜」
「掛取万歳」 「尻餅」なんかが有名ですね。「掛取万歳」は
大晦日に来た借金取りを、借金取りの好きな歌舞伎、狂歌、義太夫、
三河万歳などを使って煙に巻き、追い返そうとする筋で、
落語家が音曲につうじてないと演ずることができません。

江戸時代の餅屋
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「尻餅」は、貧乏所帯の亭主がおかみさんに「あそこの家は貧乏で
餅屋も呼べないと思われてる。何とかしておくれ」と言われ、
夜半になって餅屋のまねを始める。やがて興が乗ってきて、
おかみさんの尻をぺったんぺったんと叩き始める・・・という
かなりバレた内容でした。

さてさて、現代では、25日にクリスマス、大晦日に仏教の除夜の
鐘を聞いてから、神道の初詣に出かけるというように、
いろんなものがごちゃまぜになっているとはよく言われますが、
自分はその原因の一つには、太陰太陽暦が西洋式の
太陽暦に変わったことがあるんじゃないかと思ってます。

七夕をはじめ、太陰太陽暦でやる年中行事を太陽暦でやると、
形だけになってしまって、天文的、暦的な呪力が
失われてしまうんですね。以前は旧暦でやるところも
ありましたが、どんどん新暦に変わっていっています。
では、今回はこのへんで。

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アーカイブ 戦国三傑と刀剣

2019.12.29 (Sun)
今回はこういうお題でいきます。自分は刀剣フアンで、
当ブログでは、刀剣についてのミニシリーズがあります。
もし興味を持たれた方がおられれば、以下の関連記事を参照されてください。
『新田義貞と3本の刀』  『頼光四天王と3本の刀』 
『妖刀村正の話』  『陰陽剣と光明子』  『名剣の話』
『始皇帝暗殺と2本の剣』  『アーサー王伝説について』

さて、日本の戦国の三傑というと、一般的には「織田信長」 「豊臣秀吉」
「徳川家康」のことを指しますよね。この中で、みなさんは誰が
お好きでしょうか?アンケートを取れば、結果はけっこうバラける
みたいですね。それは、3人それぞれに人間としての特徴が異なって
いるからです。ちなみに自分は、家康が一番好きです。

織田信長
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では、3人それぞれ、刀剣についてのどんなエピソードがあるのか、
みていきたいと思います。まず織田信長ですが、この中では最も
怖い人ですね。癇性という言葉がぴったりで、それまで穏やか
だったのが、ちょっとしたことで瞬間湯沸かし器のように怒る。
これだと、そばに仕えている人間は気が気じゃなかったと思います。

ポルトガルの宣教師、ルイス・フロイスが書いた『日本史』には、
彼が信長と謁見したときのエピソードが出てきますが、
中にこんな記述があります。「信長は築城を指図していたが、建築を
見物しようと望む者は、男も女もすべて、草履をぬぐこともなく
彼の前を通ることが許された。

そのとき、一人の兵士が見物人の中の女の顔を見ようとして、
かぶっていた笠を少し上げた。それに気がついた信長は激怒し、
たちまち走り寄って、その兵士の首を手ずから刎ねた」
・・・怖いですよね。フロイスが嘘を書く理由はないと思えるので、
事実でしょう。こんな人が主人だとしたら、家来は大変です。

国宝 「圧切長谷部」


さて、信長の佩刀と言えば、最も有名なのが「圧切(へしきり)長谷部」。
正宗の弟子の一人、長谷部国重の作刀です。こんな話が残っています。
あるとき、信長の召し抱えていた観内という茶坊主が無礼を働きました。
お茶を信長の膝にこぼしたとかなんでしょうか、そのあたりはわかりません。

信長は怒って刀を抜き、観内を手打ちにしようとしましたが、
観内は城内を逃げまわり、座敷の棚の下に隠れました。信長は
長谷部を棚に押しつけ、少しずつ力を加えていって、棚ごと茶坊主を
切断した・・・それで「圧切」という名がついたんですね。この話、
本当かどうか確証はありませんが、上記のフロイスの記述を見れば、

あっても不思議はないように思います。
この圧切長谷部は、後に黒田官兵衛に与えられ、現在は博多市博物館に
あります。次に、豊臣秀吉についてみてみましょう。秀吉といえば、
低い身分から信長に取り立てられて出世したためか、
たいへんな派手好きで、黄金の茶室をつくった話は有名ですね。

豊臣秀吉
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で、秀吉が天下人になってから、各地にある名刀をことごとく召し出しました。
秀吉の所有していた刀・脇差のリストには、350本もの名刀が記録されて
います。ただこれ、たんなる物欲だけで集めたわけでもないんですね。
秀吉は、刀の他に鎧や馬具、茶道具なども多数集めていましたが、
これらは、何かの褒美として家来に下げ渡す役割もあったんです。

天下が平定されてしまうと、配下に与えるための土地が
なくなってしまいます。そこで、名物(有名なエピソードを持った武具や
茶道具)は、一国と同様の価値があるとされたんです。
また、少し意味合いは違いますが、秀吉が朝鮮出兵を
行ったのも、配下に与える土地を求めてのこととも言われます。

秀吉のもとに集められた刀は、すべて本阿弥光徳によって鑑定され、
本物かどうか、また、本物ならどれくらいの価値があるかを記した「折紙」が
つけられました。今でいう鑑定書です。偽物は廃棄され、刀剣史的には、
これによって日本刀の質がたいへんに向上したとされます。

「郷義弘」


秀吉自身が好んだのは、「相州五郎正宗」 「粟田口藤四郎吉光」
「郷義弘」とされ、これらを「天下三作」と言うようになりました。
さて、最後は徳川家康です。家康といえば、「鳴くまで待とうホトトギス」
の慎重派と考えられることが多いですが、実際は武を好んでいました。

徳川家康
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柳生宗矩、小野忠明などの剣豪を指南役として召し抱え、自分でもかなり
剣術の稽古をしていたようです。その家康が秘蔵していたのが、
三池典太光世作の「ソハヤノツルギ」という刀です。謎に満ちていて、
詳細が不明なんですが、刀の茎に「ウツスナリ」と刻まれていました。

もともとソハヤノツルギは、日本初の征夷大将軍となった平安時代の
武官、坂上田村麻呂の持っていた刀で、「ウツスナリ」とは、
三池典太光世がそれを模倣して作った刀という意味なんだと思われます。
考えてみれば、田村麻呂と家康には、征夷大将軍になったこと、
死後に神として祀られたことなど、いろいろ共通点があるんですよね。

さてさて、ということで、戦国の3武将、刀に対する好みにも性格の違いが
表れていて、自分なんかには興味がつきないところです。
刀剣の話は、まだ取り上げていない西洋の剣もありますし、
今後も続けていきたいと思います。では、今回はこのへんで。

「ソハヤノツルギ」レプリカ





写真のオカルト

2019.12.29 (Sun)
gdf (3)

今回はこういうお題でいきます。ただ、当ブログでは心霊写真について
何度か記事を書いていますので、なるべくそれとかぶらない内容に
したいと思っています。さて、俗に心霊写真と呼ばれるものは
写真機が発明された当初からありました。

なぜかと言いますと、これにはいろいろな理由があるんですが、
19世紀の初頭にヨーロッパで写真が発明された当時、
写真は絵画の延長上にあるものと考えられていたんです。
絵画は、われわれの日常では見ることができない、
ありえない空想上の世界を描くことができます。

絵画的な構図を意識した心霊写真
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例えば、キリストが磔にされる場面とか、聖母マリアの受胎告知。
あるいはギリシア・ローマの英雄が怪物と戦う様子なんかです。
今でこそ、写真は日常生活や旅を記録することが多いですが、
当時は絵画のように、作者が芸術として頭に描いたものを
表現するために使われました。

あと、合成写真はある程度の技術があれば容易につくれたんですね。
多重露出と言って、複数のフィルムを重ねてプリントすれば
いいだけです。最初期の心霊写真では、幽霊は透けているといった
考え方はなかったので、霊と生きた人間が同時に撮られた写真で、
どっちが霊なのかわからないほど鮮明に写っているのが特徴です。

霊魂は霊媒師が呼び出すという考え方ができる
gdf (7)

ですが、それだとわかりにくいですよね。そこで、霊のほうを
白くぼかすとか、透けて背景が見えるようにするなどの技法が
できていったわけです。あと、写真の発明と、ヨーロッパで心霊主義の
大流行が起きた時代がぴったり重なっていることも大きいと
思われます。心霊写真は霊媒師の持つ力の証拠とされました。

さて、ここからは「心霊写真は実在する」と仮定して話を進めて
いきます。では、どうして心霊写真が撮れるのか。これには
複数の考え方があるんです。① 幽霊は人間の目では見えない
ことが多いが、カメラのレンズではとらえられる。
でも、この考え方ってあんまり人気がないんですよね。

明らかに絵を合成したもの
gdf (6)

どうしてかというと、霊がそこにいさえすれば誰にでも撮影できて
しまうので、人間の側の能力である「霊感」が介在する余地が
ありません。そこで② 幽霊と写真の撮影者、あるいは被写体になった
人物との間で、何らかの霊的な感応があった場合に撮られる。

どういうことかというと、「あんたが悪い状態になってるので、
ご先祖様が心配して見に来たんだよ」とか「これはあんたを恨んでる
人の生霊だねえ。何か心あたりはないかい」そんなふうに霊能者が
解説できます。おそらくこの解釈が最も多いと思われます。

霊魂の物質化現象
gdf (2)

③は、幽霊はその場に存在せず、撮影者がその能力で霊の姿を
写し出している。これはつまり「念写」ということです。
念写では、日本から遠く離れたエジプトの風景とか、宇宙船でしか
見ることができない月の裏側なども、術者が念じることで写し出す
ことができました。ただ、この考えも現在では一般的ではありません。

あと、これは心霊写真とは少し違うんですが、
「物質化現象」というのもあります。霊媒師が介在して、霊魂を呼び出し、
それを物質として出現させる。この場合、霊は透けたりせず
普通に写りますし、霊にさわったり、また逆に、霊がこの世の物を
動かしたりできるとされていました。

これまで多数の心霊写真本が出版されており、自分はオカルト研究を
しているので、その大部分を買っていますが、この「なぜ霊は写るのか」
という心霊写真の原理を詳しく解説したものって、ほとんどないんです。
わからないから、と言ってしまえばそれまでですが、
何を言っても矛盾が起きてボロが出そうな感じがしますよね。

念写された文字、点画がつながっているのが特徴 
そうでないと感光させるときにバラけてしまいます



さて、写真のオカルトというと、「写真を撮ると魂が抜かれる」と
いうのがあります。昭和の時代でも、高齢者の中にはそういうことを
言う人がいました。これにもいくつかの原因が考えられます。
日本に写真が紹介されたのは江戸時代の最末期ですが、
当時の人には原理のまったくわからない驚異の技術でした。

ですから、魔術、魔法の一種と考えられても不思議はありません。
それと撮影時間の長さですね。最も最初の写真では、
被写体は8時間!?動かずにいなくてはなりませんでした。
それが技術改良で30分に縮まり、有名な坂本龍馬の写真が
撮られた頃には2分程度まで短くなっていました。

『恐怖の心霊写真集』より 同一人物の二重写しです
おそらく前のフイルムが巻き戻されず、2枚重なった状態で現像された

gdf (4)

でも、2分でもまったく動かず、顔の表情なども変えないでいるのは
大変ですよ。そこで、その撮影の間に魂が吸い取られていくと
考えられたんでしょう。あとは、家族ではない他人の写真を見る機会
といえば、葬式での遺影です。そういうイメージもあるのかもしれません。

それから、「3人で写真を撮れば真ん中の人物が早死にする」
これができた原因も2つの説があって、一つは、真ん中に入る人物は
その中で最も地位が高く高齢であることが多い。そのため、
早く亡くなる確率が高い。もう一つは、
当時のカメラは全体にピントを合わせることができず、

中央の人物は早死にする?
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真ん中の人物だけ特にくっきりと写る。つまりそのぶん魂を多く
吸い取られて早死にしてしまう。今から考えれば笑い話のようなこと
ですが、当時の写真館では、3人連れの客のために人形を用意していて、
それを入れて4人にして写したなんて話もあるんです。

さてさて、写真、カメラを題材にしたホラー作品はたくさんありますが、
現在、主流はビデオカメラのほうに移ってきています。
『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』 『パラノーマル・アクティビティ』
『REC/レック』などのモキュメンタリー(疑似ドキュメンタリー)
映画が大隆盛です。これにはさまざまな利点があって、

まず臨場感が出ますし、グラグラ揺れる手持ちカメラは
その映像を見ているだけで不快、不安な気分になります。また、
驚くほどの低予算でもできます。あと、モキュメンタリーの場合、
カメラに写ってない部分は説明しなくてもいいので、実話怪談と
似ている面があるんですね。では、今回はこのへんで。

ホラー映画のテーマの主流は写真からビデオへ
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寺の穴の話

2019.12.28 (Sat)
これな、今から4年くらい前の話だ。俺が警備会社にいたときの
ことだよ。ずっと交通誘導だった。あの、誘導灯持ってずっと工事現場に
立ってるやつ。あれはつらいよ。ずっと立ちっぱなしだし、
冬場は冷える。あとな夏場は脱水になるから、適宜水分を補給するんだが、
便所に何回も行くようじゃまずい。あんときに患った腰痛が、
まだ完全には治っちゃいねえんだよ。あと、俺は正社員じゃなかったから、
けっこう頻繁に仕事先を変わってた。で、会社に顔を出したときに、
班長さんから「あ、お前、天国に行けるからな」って言われてな。
意味わからねえから「はあ、どういうことスか?」って聞いたら、
「明日から寺の夜間警備だ」って言われた。それ聞いて「ラッキー」
と思ったね。その手の仕事は交通誘導よりははるかに楽なんよ。
ふつうは警備室に待機してて、時間になったら巡回して日誌に書く。

座ってることができるし、場合によっちゃテレビなんかも見られる。
ただな、そういう仕事はふつう正社員が回されるんだ。だから、何で俺のとこに
きたかわからなかったが、こういう話だった。そこは地方都市で、
拝観寺院なんてものはねえ。あ、意味わかるか。寺には大きく2種類あって、
墓所を持たず、拝観料だけで成り立ってるところ。まあ観光地の大きな寺だ。
これに対し、一般の寺は檀家がいてその墓を管理し、毎年の檀家料で食ってる。
最近は、これがバカバカしいってんで、檀家を抜けるって家も増えてるらしい。
あ、スマン、よけいな話になった。班長さんの話だと、そこの寺、
全国的にはまったく無名だが、檀家の数が多い。寺のすぐ隣に広い
墓地がある。で、最近、それが荒らされるようになった。ガキどもが肝試しに
入ってくるってことだった。それで夜間警備を依頼されたわけ。

俺はな、このとおり体はでかいし、学生時代はずっと柔道をやってたから、
そこを見込まれたんだな。ただ、肝試しにきたやつらと乱闘になったりしたら
不味い。そのことは重々注意された。自分がケガしても、相手をケガ
させてもダメ。まあそれはそうだ。訴訟沙汰になるかもしれんから。
だから、もし肝試しのやつらと遭遇したら、できるだけ丁重にお引取りを願って、
それでダメなら警察を呼べって言われてた。あと、警備員てのは抑止力だとも。
この意味はわかるよな。あそこに警備員が詰めてるって噂になれば、
普通は肝試しなんか来ない。で、翌日寺に連れてかれて住職と話をした。
住職は60代で息子さんが30代、基本的に2人で切り盛りしてて、
大きな会があるときには手伝いを呼ぶ。住居は寺とは別になってて、
やや離れたとこにある。俺の仕事は夜の8時から朝の6時まで墓所と

駐車場の巡回。それでな、駐車場内には、プレハブだったが詰所が
新しくつくられてた。普段はそこにいて、2時間おきに墓と建物の周囲を
巡回して日誌につける、それだけ。こりゃ楽だと思ったね。
詰所にはエアコンやテレビもあった。そんときに住職と少し話もしたんだ。
そこの寺は歴史が古く、室町時代にはすでにあったことが確認されてる。
江戸時代に入って、地域一帯の旦那寺になって戸籍の管理をまかされたって。
その後、警備区域を案内されたんだが、たしかに広い。墓所はいちおう
塀に囲まれてるが、人が入れるような隙間があったり、低くなってる場所も
あって、侵入する気ならわけはない。で、そうして俺のその寺での
勤務が始まったんだよ。あ、そうだ、大事なことを思い出した。
墓を回ったときに、住職が「変なことを言うようですが、もし穴を見つけても

 それには入らないでください」こんなことを話してたんだよ。いや、
そんときはまったく意味がわからなかったし、聞き返す雰囲気でもなかった。
でな、仕事が始まって1ヶ月、何も起きなかった。俺はもうウハウハよ。
体は楽だし、夜間手当や超過勤務手当が入る。多少眠かっただけだな。
え? 夜中に墓を回るのは怖くなかったかって? いや・・・幽霊なんて
いねえと思ってたし、もしいるならそいつは侵入者だ。けどな、
肝試しのやつらも1回も来てない。もしかしたら巡回の合間に来たことがある
のかもしんねえが、朝方に見回っても荒らされてたことはなかった。
で、1ヶ月過ぎればだんだんダレてくる。そのときは午前2時の巡回だった。
詰所のテレビにプレイヤーつないで映画見ててな、いいとこだったが、
一時停止にして、懐中電灯を持って巡回に出た。季節は夏前だったよ。

墓の周囲を回って、中の小路にも入る。全部で40分はかかるが異常なし。
さっき話したように、俺は幽霊なんて信じちゃいなかったんだが、
ずらっと並んだ墓を懐中電灯で照らすだろ。すると御影石なんかは光って
まわりを映す。それと四角い墓の影が光の中を走るんだ。
うす気味が悪いのは確かだよ。で、終わって詰所に戻ろうとしたとき、
位牌所の白壁に穴があったんだよ。穴といっても大きい。形はアーチ状と
表現すればいいか。180cm以上身長ある俺が、立ったままくぐれる穴。
「え?」と思って懐中電灯を向けた。毎晩回ってて、そんなものがねえことは
わかってる。いや、ドアが開いてるってことじゃねえ。ただの壁のはずの
場所。それでな、こんとき、前に住職が言ってた「穴に入らない」、
この言葉はすっかり頭になかった。懐中電灯の光が穴に吸い込まれていく。

だから何かの影が映ってるわけでもねえ。俺はその穴に入ってった。
そうだなあ、今考えれば、それが何なのか確かめたかったんだろうな。
その壁の向こうは位牌所のはずで、中の様子も知ってる。ところが、
穴は広く、洞窟のような壁がずっと続いてて、だんだん下に下がって
いってる。変だなあ、地下なんてなかったよなあ。
懐中電灯の光はどこまでも岩壁を照らしてて、5分もそこを降りてったか。
そこでやっと、これはおかしい、戻らなきゃって思ったんだ。
で、後ろを向いたとたんに、ぽっかりと広いとこに出た。ありえねえだろ、
後ろはそれまで通ってきたせまい通路のはずだ。それが、そうだなあ、
学校の教室くらいの洞窟になってたんだ。しかも通路がない。
俺はあわてて四方を照らした。そしたらな、向こうの壁に白いものが

積み上げられてて、何だと思う。人の頭蓋骨なんだよ。「うわ!」と
思ったとき、頭が割れるように痛くなってしゃがみ込んだ。気絶したのかなあ。
すごいリアルな夢を見たんだ。若い娘が見えた。現代じゃねえ、野良着を来て
髪もぼさぼさな若い娘。あと他にも十人ちかく人がいた。男女、若い者
老人が混じった。そいつらがみな目を閉じ、手を合わせて数珠を繰り、
一心不乱に念仏だか題目を唱えてる。でな、そいつらはみな、
金属でできた大きな蓮の花、蓮台っていうらしいが、その上に座ってたんだ。
どのくらいそれを見てただろ、急に光景が切り替わって、またもとの洞窟・・・
のようだが人がいた。袈裟を着た坊主で、俺よりずっと体がでかい。
その坊主は長槍を持ってて、俺のことなどまったく気にしない様子で、
天井に突き立てたんだ。よく見ると天井にいくつも丸い筒のようなものがある。

その中に2m以上ある槍を全力で突き立て、引き抜いて次にうつる。
坊主の顔には酷薄そうな笑みが浮かんでてな。「なんだよこれ?!」
わけがわからんかったが、やがて坊主の突き立てた筒から液体が落ちてきた。
ボタボタとこぼれるのは血だと思った。どの筒からも大量に出てくる。
そこでまた光景が変わった。さっきの拝んでる人たち・・・だが、
どの顔にも玉の汗が浮かんで苦しみをこらえてるように見える。
老人の一人ががばっつと口から血を吐いて崩れた。最初に出てきた娘も、
もうこらえようがないとばかりに、数珠を投げ出して、ごろりと前に倒れた。
娘が座っていた蓮台の中央には穴があいてて、そっから血に染まった
槍の穂先が何度も突き出され、引っ込んでいった。
「何なんだよ、これは!?」この人たちは下から槍で刺されたのか?

そのときに、シャンという音がしたんだ。「これにつかまりなさい」
腕に何かがふれたんで、見えないながらもそれをつかんだ。金属の棒、
さっきの槍か? 思わず手を離しそうになったが、「私を信じてつかまりなさい」
なおも言われて、寺の住職の声だと思った。棒はそろそろと引かれ、
俺はそれについて数歩動いた。「もう目を開けてかまいません」俺は闇の中で、
位牌所の壁の前に立ってて、横には錫杖を持った住職がいた。「何、何が?」
パニックになりかけた俺に、住職はしーっという仕草をし、「穴に入らないようにと
 ご注意申し上げました。あなたが見たものは、その昔に実際にあった
 この寺の闇の歴史です。外部には口外なさらないようお願いします」
こう言ったんだ。壁の穴は消えてたし、持ってた懐中電灯もなくなってた・・・
それから1週間して、俺はそこの警備会社をやめたんだよ。

※ 槍のシーンは昔の巡回紙芝居からお借りしました(bigbossman)。







アーカイブ 猫道の話

2019.12.28 (Sat)
今晩は。じゃあ話を始めさせてもらいます。僕、小学校の教員をしてるんです。
はい、音楽をのぞいたすべての教科を教えてますけど、
大学で専攻したのは社会で、歴史が専門なんです。
ですから、趣味は地方史の研究です。ジジ臭いって言われることもありますけど、
これがねえ、けっこう面白いんです。例えば、地元にあるお稲荷さんは
いつごろできたかとか、この地域にいた戦国武将は誰で、
どんな合戦をしたのかとか、調べ始めると興味はつきないです。
研究の進め方は、まず図書館に行くことですね。
そこで、江戸時代以前の古文書を見せてもらいます。貸出不可のものです。
もちろん、変体仮名で書いてあるものが多いですが、
それは大学で勉強してだいたいは読めます。

あとは、先人が書いた地方史の本を読むことですね。これも、図書館専門です。
いや、そういう本って、目の玉が飛び出るほど高価いし、
僕の給料で買えるとしても、東京の古書店から取り寄せになってしまいます。
ですから、週末はほとんど図書館通いですね。
それならほとんどお金はかからないし、人からもいい趣味って言われます。
それで、3週間前の日曜日のことです。その日も市立図書館に行って、
郷土史本がまとまってるコーナーから、1冊を選んで閲覧室で読んでたんです。
あ、本の題名は『烏円奇譚集』という変わったもので、そのとき初めて
読み出したんです。いや、古文書じゃなく大正時代に書かれたものでしたね。
しばらく読み進めていったんですが、どうもよく意味がつかめませんでした。
おかしいなあと思って、後書きを見ようとしたとき、

はらっと、机の下に紙が一枚落ちたんです。しおりかなと思って拾い上げたら、
新しい和紙に、変体仮名が筆字で書いてたので読んでみました。
これ、昔の文章だったんで、現代語に直して話しますけど、
「一、○○神社の鳥居を一度だけ逆側から通り抜けろ 
二、△△家の板塀に沿って西に向かえ 三、☓☓公園の枡形遊具の一番下をくぐれ
そうすれば大いなる幸運が訪れるであろう」・・・こんな内容だったんです。
変だと思いますよね。変体仮名で古文で書いてるけど、☓☓公園はできてから、
まだ10年くらいしかたってないんです。で、ちょっとわくわくしました。
1から3の場所は、道はやや遠回りになりますけど、アパートに帰る途中にあるんです。
あ、はい、図書館へは自転車で来てたんですよ。
だから、書いてるとおりに行ってみようと思ったんです。

いやまあ、それで幸運が舞い込むとかは信じてませんでしたけど。
その本は意味がわからなかったので書架に返して、夕方の4時ころまで
別の本を読んでました。その帰りです。紙は本の中に戻しましたけど、
書いてたことは頭の中に入ってました。まず、○○神社だったよな、
「鳥居を一度だけ逆側から通る」ってどういうことだろう?
その神社は、ちょっと高い丘の上にあるんで、坂の下に自転車を停め、
石段を上っていきました。そしたら鳥居があったんで、わざとくぐらず、
横の藪を通って向こう側に出て、それから石段を下りて鳥居をくぐりました。
これで、1回だけ逆から通ったことになりますよね。それで、鳥居から出たときに、
何だか奇妙な感じがしたんです。うーん、うまく言葉では表現できないんですが、
あたりの空気が湿っぽく感じたっていうか・・・

で、また自転車に乗って、△△家のほうへ向かいました。△△家は、この地方で
江戸時代から続く造り酒屋なんです。敷地も大きくて、四方に黒い板塀が
たてまわしてある。西に向かうには、△△家の裏側を通らなくちゃならないので、
塀に沿って自転車でゆっくり走っていったんです。そしたら、塀の中から大きな
松の木の枝が道路に張り出してるところがあり、頭を下げてそれをくぐったら、
また、何とも言いようのない感じがしたんですよ。一瞬、体温が高くなったみたいな
感覚です。でも、熱っぽいというのとはまた違う。自転車がふらついたので、
しばらく立ち止まってたら治りました。それで、最後の場所、
☓☓公園に向かったんです。はい、かなりの広さのある公園で、
僕が勤めてる小学校の児童もよく遊んでる場所です。
ですが、日曜の夕方ということで、中には人影はありませんでしたね。

鉄柵の外に自転車を置いて、中に入ってみました。遊具はブランコや滑り台、
いろいろありましたけど、たしかあの紙には、「枡形遊具の一番下をくぐれ」
って書いてまして。これもすぐにわかりました。枡形ってのは四角いってことでしょう。
だったら、ちょうどジャングルジムがあったんですよ。ですけど、
一番下は、とうていくぐれそうにはなかったです。枠の高さがなくて、
小学校以下の幼児じゃないと体が入りそうもなかったんです。
物好きもここまでだなって思いました。まあでも、ためにし頭を低くして、
一番下の枠から向こうをのぞいてみたんです。そしたら、
どういうことか今だにわかりませんけど、そこ、するっとくぐれちゃったんです。
僕は体も大きいほうだし、ありえないんですけど。で、そっから、
夢の中にいるというか、自分が自分でないというか、そんな状態になりました。

とにかく、何かに呼ばれてる気がしたんです。公園の外に出てどんどん走りました。
はい、自転車は公園に置いたまま、自分の足で、とっとこ、とっとこ駆けてたんです。
いや、すごく体が軽い気がしました。それと、これも今にして思えばですが、
視界がなんか変だったんです。すごく低い、まるではいはいしてる赤ちゃんが
町の中を見てる感じで。それから、人の家の庭や、用水路のフタの上、
草むらなんかを通り抜けて、大きなお屋敷の庭みたいなところに出ました。
一度も来たことのない場所です。で、そこに猫がたくさん集まってたんですよ。
そうですね、20匹くらいはいました。毛並みや汚れ方からみて、
どれもノラ猫なんだと思います。そいつらがいっせいに、お屋敷の縁側に向かって、
にゃーんって鳴いてたんです。で、ややあって、
縁側の雨戸が開き、一人のおばあさんが出てきたんですよ。

たぶん70歳は過ぎてたと思いますが、若い人が着るようなドレス・・・
夜会服って言うんでしょうか、それを着てまして、あと、顔はすごい厚化粧で、
つけまつげなんかもしてたと思います。それと、金髪のかつら。
鼻の横に大きな黒いほくろもありましたね。とにかく異様としか言いようがないんです。
そのおばあさんが、「さあ、お前たち、今日もよく来たな」そう言って、
持っていたボウルから、小魚、たぶんイワシの稚魚かなんかを、
猫たちに向かって撒きはじめて。はい、猫はいっせいに群がって食べてましたけど、
それ見てて、ああ、僕もほしいなって思ったんです。
で、おばあさんは餌を全部撒いてしまうと、「お前たちの中から、今回も一人もらうよ」
優しい声でそう言って、ちょうど僕の隣りにいた白猫を抱き上げ、
家に中に入っていったんです。そこで、気がついたっていうか・・・

はい、僕、あの☓☓公園のジャングルジムの前に、寝そべるようにして倒れてたんです。
はっとして起き上がりましたけど、口の中がべちゃべちゃして生臭くて。
吐いてしまいました。そしたら、あの家でおばあさんが撒いてた小さい魚、
その尾っぽが出てきたんです・・・・公園の水飲み場で口をゆすいで、
それから自転車に乗って部屋へ戻りました。
何事が起きたのかよくわからなかったです。まあ、今でもわからないんですが。
それで、ほら、本にはさまってた紙には、「大いなる幸運が訪れるであろう」
ってあったんですけど、特にそれらしいことはなかったですね。
いやまあ、もしかってこともあるから、宝くじを買ってみようとは考えてます。
それで、先週の土曜日ですね。また市立図書館に行きました。
この間見た、『烏円奇譚集』を探しましたが、書架には見つかりませんでした。

そのときも、夕方まで地方史関係の本を読んでまして、
そろそろ帰ろうと思って、本を返しにいったんです。そしたら、
書棚のところにすごく背の高い女の人がいたんです。そうですね、
179cmある僕よりまだ高い。その人は古風なドレスを着てて、長い金髪でした。
そのときに、前にあの屋敷で見たおばあさんを思い出したんです。けど、
おばあさんは背が小さく太ってたのに、その人はすらっとした体型でした。
僕が立ち止まっていると、その人はふり返ってこっちを見たんですが、
青い目の外国人で、肌が抜けるように白かったです。あと、
あのおばあさんと同じ場所、鼻の横に黒いほくろがあったんです。
その人は、僕に目を向けると軽く会釈をし、「この間は母がお世話になりました。
 ぜひともまた、うちにお寄りください」って言ったんですよ。







アーカイブ 家の鍵の話

2019.12.27 (Fri)
今晩は、じゃあ話をしていきます。これ、私が小学校6年生のときの
出来事なんです。ですから、もしかしたら子どもの空想とか、
勘違いが入っているのかもしれません。実際、そう考えないと
説明がつかない奇妙な内容なんです。あの日は秋で、
学校で全校PTAがあるため、全校が2時ころに終わったんです。
それで5時間目が授業参観で、お母さんが来てくれていました。
といっても、うちは妹が同じ小学校の4年生にいるので、
お母さんは半々に出てくれてたんです。妹が入学してきてからは
いつもそうでした。その後、PTAは全体会と学級懇談があるんですが、
その前に生徒は放課になります。帰ろうとして教室を出たとき、
お母さんが妹を連れてやってきて、

「ああ、あんた先に帰っちゃうんじゃないかと思ったけど、よかった。
 うちに誰もいなくなるから、あんたたちに家の鍵を預けてく」
お母さんはその頃、週に何日かスーパーのパートをやってましたが、
私たちが家に帰る頃には終わってて、鍵を預けられることって
あんまりなかったんです。ただ、前にあったPTAでもそうしてました。
お母さんが「ここに入れておくよ」そう言って、妹のランドセルを開け、
中のジッパーがついたところに家の鍵を入れました。
普通の鍵なんですが、紫色の曲がった石のキーホルダーが
ついてました。今考えれば、それ、勾玉というものだったんですね。
それで、妹といっしょに帰ることになったんですけど、
ふだんはまずしないことでした。4年生と6年生では終わる時間が

違うことが多いし、同じに終わっても、それぞれ友だちと帰るんです。
それと、私は妹ととあんまり仲がよくなかったんです。
年が近いせいだと思いますが、姉妹ケンカが多かったんです。
私から言わせれば、ケンカの原因は妹のせいがほとんどだったんですが、
それでいつも怒られるのは私のほうで。だから、あんまり妹が
好きじゃなかったんです。性格は、妹のほうが私より気が強かったです。
私はどっちかというと引っ込み思案だったのに、妹は何でもやりたがる
好奇心の強い子でした。あ、すみません、こんなこと興味ないですよね。
それで、いつもの通学路を妹と歩いてたんですが、
あんまり会話はなかったです。私たちの家は学区の外れのほうにあって、
子どもの足だと20分少しくらいかかりました。

妹が先を歩いてて、私が後をついていく形でしたが、ふっと妹が
立ち止まって横手のほうを指差し、「あ、お姉ちゃん、明かりがついてる」
と言いました。住宅街なんですが、そこだけ少し木があって、
奥に小さな神社があったんです。毎日その前を通ってましたが、
お参りしたことはなかったです。見ると、たしかに参道の向こうで、
ロウソクのような明かりがたくさん揺らめいてました。
「ね、お姉ちゃん、何かお祭りかもしれないから、見に行こうよ」
妹がそう言い、「道草になるよ」私はそう答えたんですが、
もう妹は走り出して鳥居をくぐっちゃったんです。私もついていきましたけど、
内心では面白そうだと思ってたんです。でも、短い参道の先にある社殿は、
固く扉がしまっていて、私たちの他に参拝する人もいませんでした。

「あれ、おかしいなあ。ロウソクがたくさんあるように見えたけど」
でも、何もないので、ガランガラン鈴だけ鳴らしてから道に戻ろうとしたら、
ふっと、おみくじやお守りを売る建物の陰から、白い着物を着た女の人が
出てきたんです。その人は私たちに、「今、これ落としましたよ」と言って、
指先につまんだものを見せたんです。家の鍵だと思いました。
勾玉のキーホルダーがついてましたから。「あ、スミマセン、ありがとう
 ございます」そう言って私が受け取り、お礼を言うと、
その人はにっこり笑ってまた建物の後ろに回っていったんですが・・・
「あんた、落としたんでしょ」と妹には言ったものの、
さっきはたしかにチャックのついた中に入れてたし・・・
それと、私が手にした鍵の勾玉の色がなんとなく違って見えたんです。

紫色というのは同じなんですが、微妙に色合いが赤いというか。
でも、そのときは気のせいだと思いました。通学路に出て神社のほうを見ても、
もうロウソクのような光はありませんでした。それと、妹が変なことを
言ったんです。「お姉ちゃん、今の女の人、お母さんにすごく似てる
 と思わなかった?」って。「え?」でも、私には似てたとは思えませんでした。
色が白くて目が細い、あんまり特徴のない顔。それに齢もお母さんより
若いように感じたんです。だから「似てなかったよ」って、一言答えただけでした。
それから10分ほどで家について、私が持ってたさっきの鍵で
玄関を開けました。はい、ふつうにすんなり開きました。
だからやっぱり家の鍵なんです。それで・・・ここからちょっと
信じられないような話になっていくんです。私が先に入って、

後ろで妹がドアを閉めるガチャンという音がしました。
まず自分たちの部屋に行ってランドセルを置き、着替えるんですが、
妹がついてこなかったんです。そのときはトイレに行ったくらいに思って
たんですけど。それから、家の鍵を持って1階の居間に行きました。
なくさないようテレビ台に置いておこうと思ったんです。やっぱり、
妹の姿はありませんでした。それで、そのとき家の中が何か変なことに
気がついたんです。その・・・うまく表現できないんですが、
家の中って、木とか壁材とかいろんなものでできてますよね。
それが全部同じように思えたんです。意味がわかりますでしょうか。
すごく精巧につくってあるんだけど、もとがダンボールとかで
それに色を塗ったような感じというか。

さわってみてもどこも同じザラッとした感じで、テレビのリモコンもそれは
同じでした。スイッチを押してもテレビはつきません。
「なんか変だ」そういう考えが頭の中に広がって、妹の名前を呼びましたが
返事はなし。玄関に走ってドアを開けようとしましたが、開かなかったんです。
どこの玄関もそうだと思いますが、中からは鍵を差し込まなくても
開きますよね。それが、釘づけされたみたいになって動かない。
それから、だんだん怖ろしいことがわかってきて・・・
裏口の戸も窓も、どれも開かなかったんです。鍵は動くんですが、
窓自体はびくともしません。それと、ベランダのガラスサッシの外は
せまい庭になってるんですが、外の景色が動かないんです。
これも、意味わかりますでしょうか。庭の草花なんかは風で動いたりしますよね。

それがずっといつまでも止まってるし、塀の外にも何も動くものはない。
「ぜったい変」とにかく妹を探そうと、名前を呼びながら家中走り回ったんです。
そしたら2階に上がったとき、「お姉ちゃん・・・」とかすかな声が聞こえ、
部屋に行ってみると、さっきは何もなかったのに、ベッドの前に妹が倒れてました。
ですがそれ、妹であって妹じゃなかったんです。すごくよくできてるんですが、
妹そっくりの人形。家の中の他のものと同じように、
もとはダンボールかなんかの。妹はもう一度「お姉ちゃん」と言うと、
そのまま動かなくなったんです。もう気が狂いそうな感じでした。
半泣きになりながらまた1階に降り、居間にある花瓶を持ちました。
それでベランダのガラスを割ろうと思ったんですが、いつもはすごく重いのに、
子どもの私が簡単に持ち上げられるほど軽くなっていました。

ベランダのサッシにぶつけても、ポコンという音がしてはね返ってくるだけ。
私は怖くて怖くて、居間の真ん中で泣き出してしまったんです。
どのくらいの時間泣いていたでしょうか。ピンポンという玄関のチャイムの
音が聞こえました。泣きながら這うようにして行ってみると、お母さんが
立っていました。お母さんは少し怒ったような顔で、「〇〇から聞いたけど、
 あんた鍵を持ったまま一人で走って帰っちゃって、玄関を閉めちゃった
 そうじゃない。それで〇〇が家に入れなくて、学校に戻って私のとこに
 来たのよ。だから学級懇談を中断して戻ってきたの」
ああ、本物のお母さんなんだと思いました。でも、ずっと泣いていて心底
疲れ切ってたので、今まで起きたことを説明する気力がありませんでした。
お母さんの後ろから、顔にニヤニヤ笑いを浮かべながら妹が出てきました。

こんな話なんです。わけがわからないと思いますので整理すると、
神社で鍵を女の人に拾ってもらったとこまでは確かなようで、
そこから私が一人で走って家に帰り、妹を閉め出した・・・お母さんは妹と
いっしょに戻ってきて、持ってたスペアの鍵で家の玄関を開けた。
そういうことになっちゃったんです。家の中のものはすべて元に戻ってて、
私が持ってきた鍵はテレビ台の上にあり、色も前と同じでした。
あと、私たちの部屋で見た妹の体は消えてしまってたんです。
その日の夜です。私と妹は2段ベッドで寝てるんですが、電気を消したとき、
妹が、「私、さっきここで死んだような気がするなあ」
そうポツリと言って、クスクス笑い出しました。このときから私は妹のことが
怖くなって、それは私が中学生になって部屋が別になるまで続いたんです。






穴のオカルト

2019.12.27 (Fri)
thg (5)

今回はこういうお題でいきます。「穴」というのも、
「人形」や「鏡」などほどではありませんが、重要な怖い話の
素材になっています。当ブログでも、ためしに検索をかけてみたら、
けっこう穴に関連した話を書いてるんですよね。
では、穴のどこが怖いんでしょうか。

関連記事 『穴に落ちる話』 『ケイちゃんと穴の話』 『取り替える』

まず一つめは、単純に危険ということがあります。マンホールの
ような深い穴だったら、落ちると死につながりますし、
高齢化社会ですから、穴ぼこ程度のものでも、
お年寄りがつまずいて大腿骨骨折から寝たきりになり、
肺炎で死亡なんてことも、けっして珍しくはありません。

そういえば中国で、お金を借りていた女性を外に連れ出して、
わざとフタを外したマンホールに落とそうとした事件がありました。
女性は抵抗し、さらに監視カメラに映っていたため犯人は
つかまりましたが、中国のことだから、落ちた後にフタを
閉めてしまえば発覚しなかった可能性もありそうです。

中国のマンホール殺人未遂事件
thg (1)

道路が陥没して、車が落ちるくらいの大きな穴があいたなんて
ニュースもありました。これ、自動運転のプログラミング問題
として議論になってるのをご存知でしょうか。もしあなたが
自動運転の車に乗っていて、突然目の前の道路が大きく陥没した。
ブレーキをかけていては間に合わないので、ハンドルをどちらかに

切るしかないんですが、道路の右側には幼稚園児が一人いる。
左側には数人の老人、どちらかに突っ込んでしまいます。
ちなみに、車に運転者の脱出装置はついていません。
ここで3つの選択肢があるのは おわかりですよね。

thg (6)

① そのまま直進し穴に落ちる。穴は深いのでまずあなたは死にます。
② 幼稚園児につっこむ。これも子どもは死んでしまうでしょうが、
プログラムは少ない人数のほうにハンドルを切るよう設定されている。
③ 老人グループにつっこむ。例えば老人が4人として、

その平均余命の合計は40年、いっぽう幼稚園児は70年以上の
余命が想定され、その計算にもとづいて老人たちをはね飛ばす。
なかなか難しい話ですね。この問題についても過去記事でふれて    
ますので、興味のある方は参照されてください。

関連記事 『自動運転あれこれ』

次に、穴というのは一種の通路になります。そしてどこへつながって
いるかわからない未知の恐怖があるかと思います。これを
うまく利用したのが、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』
アリスが落ちたウサギの?穴は予想外に深く、落ちたところは
不思議の国でした。まあでも、夢なんですけどね。

thg (2)

ブラックホールなんて穴もあります。この間、間接的にその姿が
撮影されて大きな話題を集めました。ブラックホールの底は
特異点になりますが、ホワイトホールにつながっているという
話もあります。ただ、ホワイトホールの存在は、現状では
否定的な学者のほうが多いでしょう。

もしホワイトホールがあり、ブラックホールに落ちた人物が
それから出ると、短時間で大きな距離を移動したことになります。
その速度は光より速い。ですから、ホワイトホールとブラックホールを
つなげればタイムマシンになるという議論があります。ただ、
この話だと、原理的にブラックホールに落ちた以前には戻れません。

thg (3)

怪談としては、穴に落ちることで時空のゆがみが生じて、
遠く離れた場所や、別の時代にワープしてしまうという話は
そこそこあります。ただ、それだけだとあまりに安易なので、
何かもうひとひねり工夫がほしいところです。

あとはそうですね、『リング』の貞子が出てくる井戸も一種の穴ですし、
これから殺す人間に、まず自分が埋められるための穴を掘らせる
なんて話もあります。自分は大学で考古学を専攻しましたが、
発掘は穴掘りであると言っても過言ではありません。

さてさて、最後に、「体にあく穴」というのはどうでしょう。ギャング映画
とかで「額に風穴をあけてやるぜ」なんて台詞が出てきますが、
それだと死んでしまいます。ここでちょっと、面白い試みをしてみます。
これに関係した怪談の、最初の出だしだけ書いてみますね。

thg (4)

『私と静香、美里の3人で、よく当たるって評判の占い師のとこへ行ったの。
マートの3階にブースがあるんだけど、1回の料金が400円。
ね、安いでしょ。ふつう3000円くらいなのに。
だからね、放課後の時間は、私たちみたいな中学生が列をつくってるの。
年配の人もいるけど、9割以上が女子だね。

占いは水晶球とタロットで、時間は1人5分くらいだけど、400円じゃ
しょうがないよね。まず最初に私がブースに入って、今年カレシができるか
とか聞いた。次が美里で、たぶん同んなじような内容。ところがね、
最後の静香を待ってたら、変な顔して出てきたから、何言われたの?
って聞いたら、「それがね、質問とぜんぜん関係なく、

 占い師さんが、あなたの顔に穴が見えます」なんて言うのよ。しかも、
直後にあわてた様子になって、料金を返してよこしたの・・・
これ、どういうこと??』 みなさんならこの後どう続けます
でしょうか。では、今回はこのへんで。

thg (1)





刃物のオカルト

2019.12.26 (Thu)
cddc (5)

今回はこういうお題でいきます。刃物というのはかなり
幅広い概念で、一口で言うと「物を切る道具」なんですが、
鎌などの農具、包丁などの調理用具、カッター等の工作用具
あるいは文房具、あとは刀や槍などの武具といった具合に、
用途によってさまざまに分類できます。

今回はおそらく、武具についての話が中心になると思いますが、
その他の刃物についても、いずれ取り上げてみたいと考えています。
さて、刃物のオカルトというと、大きく2つあるかと思います。
一つは、「呪われた刃物」に関するもの。もう一つは、
刃物の持つ「破邪性」を強調したもの。

これ、相反するような内容なんですが、オカルトの場合、
こういうことは珍しくありません。どちらも有名な怪談になって
いますね。どっちからいきましょうか。まずは破邪性のほうかな。
破邪というのは、言葉どおり、邪悪な魔物を打ち破る、
寄せつけないという意味です。

骨董品の刀 この手のものは気をつけたほうがいいとも言われます
cddc (3)

刃物は、当然ですが触れれば切れます。また、つくった刀匠、
鍛冶師の精魂がこもっている。そのため、刃物を見せてギラリと
刃を光らせると、魔物はおそれて近寄ってこない。昔は、
狐狸に化かされていると感じたときには、持っている刃物を
見せびらかすようにするとよい、などとも言われました。

まあ、動物にとって金属はなじみのない物ですし、光の反射や
臭いなどを嫌がるということは考えられなくはありません。
ある地方では、亡くなった人の遺骸が魔物にとられるのを防ぐため、
胸の上や枕元に刃物を置いていました。

お通夜のときの守り刀
cddc (1)

火車という妖怪がいますよね。一般的には、猫の化けたものであり、
遺体には猫を近づけるな、またがせるななどの伝承もあります。
で、この火車から遺体の魂をとられないために、胸や棺桶の上に
刃物を置く地方があります。あれ、なんか見えてきませんか。

猫は光るものが嫌いと言われますよね。猫の通り道に水を入れた
ペットボトルを置いておくと、光の反射を嫌って近づかなくなる
という俗説があります。ほんとうに効果があるかどうかは
わかりませんが、もしかしたら、遺体のそばに光る刃物を置くのは、
このことと関係があるのかもしれません。

ただ、これは火災の危険があると言われており、ペットボトルの中の
水がレンズになってボヤを起こした例が、実際に愛知県で報告されて
います。そのときは近くにあった古タイヤが焦げたくらいでしたが、
やめておいたほうが無難かもしれません。

試し斬り(据物斬り)
cddc (4)

江戸時代に流行した百物語の正式な作法では、刀は百物語を語る
部屋には持ち込みません。当時は武士だけではなく、
町人も脇差を持っていたんですが、これは魔物が刀を嫌うためです。
百物語で怪異を出現させるためには、刀はあってはならない。

ですが、みなが刀を持たないかわりに、部屋に名刀と言われるものを
飾っておくという流派もあったようです。さて、次に、
刀が祟るほうの話に進みたいと思います。江戸幕府徳川家に、
村正という刀が祟りをなすという話は有名ですよね。
これについては、以前に詳しく書いてますので、

関連記事 『妖刀村正の話』

合戦絵巻
cddc (6)

興味を持たれた方は参照されてください。武器としての刀は人を斬る
ための道具で、いくら見てくれがよくても実用に適さないものは
ダメです。そこで、身分のある武士が刀を新しく手に入れた場合、
研ぎとともに、試し斬りの依頼を出しました。

江戸時代は、山田浅右衛門家が一手にそれを引き受けていました。
このあたりのことも過去記事に書いています。試し斬りには
罪人の死体が使われ、胴体3つを重ねて切断すると「三ツ胴」です。
記録としては、一振りで7つの胴体を切断した七ツ胴までが
残されています。この記録は刀の茎(なかご)に彫られたりしました。

関連記事 『山田家の二股商売』



あと、戦場で使われた武具や馬具はどうなったでしょうか。
例えば古戦場と言われる場所を発掘しても、人骨は出てきても、
武具類が出土するのは珍しいんです。徹底的に回収されて
いたんですね。当時の合戦絵巻などを見れば、裸で横たわる武士が
描かれていますが、これは鎧や衣類を身ぐるみはがされたためです。

回収した刀などが味方のものだった場合、持ち主がわかる場合は
遺族に返されましたし、そうでなければ再使用されました。
いっぽう敵の武器の場合、よいものであれば勝ったほうが使う
こともありましたが、多くは武器商に売られました。
従軍する足軽や雑兵には手当が支給されていないことも多く、

『ジョジョの奇妙な冒険』のアヌビス神
cddc (7)

戦場では武具を拾い集めて売ってたんですね。また、
戦国時代も後半になると、戦いに慣れた農民が集まってきて、
戦死者から武具をはぎ取るということもあったようです。
ですから、骨董になっている古い刀や脇差、鎧などには
怖いいわれを持つものが多いんです。

さてさて、最後に、刀自体が命を持つという話があります。
マンガになりますが、『ジョジョの奇妙な冒険』第3部に登場する
アヌビス神は、本体を持たない刀のスタンドで、手にした人間を
操って人を斬らせていました。では、今回はこのへんで。

cddc (2)





死に婆の話

2019.12.25 (Wed)
じゃあ話していきます。口下手なもんで、何かわからないとこが
あったら、途中でも質問してください。・・・あれはもう40年以上も
前のことになります。私が中学1年のときでした。
6月でしたね。中学に入学して最初の定期テスト、1学期の
中間テストのとき。時間も覚えてます。午後になって最初の科目、
理科のときでした。ほら、最初のテストだからあんまり範囲が
広くないんですよ。だから問題解き終わって、20分くらい時間が
あまってたんです。テスト用紙に落書きなんかしちゃいけないし、
もちろん寝たりもできないし、ぼんやりと窓の外を見てました。
1年の教室は3階でした。でほら、テストのときって、
カンニングができないように、他の列と机離すじゃないですか。

私の机はいちばん窓側で、板壁にびったりくっつけてたんです。
手を伸ばせばサッシにさわれるくらい。窓は開けてなかったです。
まだ暑い時期じゃなかったし、用紙が風で飛ばないように。
でね、当時の中学校の建物はまだ新しくって、外壁に
装飾っていうか、それともパイプとか通ってるのかわからないけど、
下から上までずっと続くでっぱりがあったんです。
幅が40cmくらいかなあ。そこにちらっと動くものが見えて。
何だろ、と思ってよく見たら、人間だったんです。
女の人で、かなり年上に見えました。中学生からしたらお婆さんって
感じに。その婆さんが、両手両足で でっぱりをはさんで
校舎の外壁を登ってる。いや、さすがにありえないと思いましたよ。

でも、現実に目にしてるわけだし。はい? ああ、その婆さん、
まだ窓より2mくらい下にいて、顔もはっきり見ました。
髪は白髪交じりで、今考えるとパーマかけてたと思います。
顔にはかなりしわがあった印象があります。え、着てるもの?
着物だったと思います、灰色っぽい。え、透けたりしてなかった
かって?いや、そうは見えませんでした。普通の人間と同じ。
それでね、婆さん、表情が必死だったんですよ。あんなとこ普通は
登れませんからね。ずり落ちていかないように全身に力を込めて、
少しずつ校舎を登ってくる。いや、どうしようかって思いました。
監督に来てる先生に知らせればいいのかどうか。
そのあたりもよくわかんなかったんですけど、ほら、テストのときって、

問題にわからないとこがあったり、消しゴムを落としたとかでも、
自分で拾わないで、手を上げて先生に拾ってもらうじゃないですか。
そうしようかと思ったんです。でね、もう一度婆さんを見たら、
婆さんも下から私のほうを見上げてる。完全に目が合ってしまったんです。
あ、婆さん、俺が見てることに気がついた。それと、その目がね、
すごい憎しみがこもったような感じで。で、思い切って手を上げたんです。
先生は何か書類を書いてたけど、ややあって私に気づいて、
机の近くまで来て小声で、「どうした?」って聞いたんです。
私それで、窓の外、婆さんのほうを指差したんですよ。先生は、
「え、外に何かあるのか?」とまた聞いて、俺の指の先のほうを見てるのに
驚いてなかったから、そのときに、もしかして婆さんが見えてないのか

って考えたんです。それでたしか小さい声で「お婆さんが」みたいなことを
言ったと思います。けど、先生はまったく意味がわかってなくて、
「具合が悪いのか? あともう少しでテスト時間が終わるけど、保健室に
 行くか?」そう聞いてきました。で、私、「大丈夫です」って答えて、
先生は教卓のほうに戻ってちゃったんです。その間に、婆さんはかなり登ってて、
教室の窓に手がかかるくらいのとこまで来てました。そこの教室はベランダとか
なかったから、せまい窓枠に立って、サッシにびったりと顔をくっつけて・・・
それでも、私以外に窓のほうを見てる生徒はいなかったんです。もうほとんどの
生徒はテストは書き終わってたと思いますけど。婆さんはあれほど必死に登って
きたのに私を見てにかっと笑い、そのままの姿でふーっつと窓をすり抜けて・・・
ええ、窓枠は腰くらいの高さなんで、婆さんは宙に浮いてたってことです。

そこで、これは人間でない化け物なんだ、じゃなきゃ私が幻覚を見てる、
そう考えるしかなかったです。そのときに、もし婆さんが私のほうに
向かってきたら、たぶん席を立って逃げ出してたと思います。
ところが、婆さんは立った姿勢のまま、ツーっと滑るように動いて、
前のほうの席の山根って男子の頭を片手でさわったんです。
それから後ろに向かい、佐藤、小橋って生徒の頭も。つまり男子3人の
頭に手を触れ、やっぱ通り抜けるようにして廊下側の窓から
出ていきました。呆然としてると、チャイムが鳴って、その時間は終わり。
テストが回収された後、先生が私の名前を呼んで、
「さっきからどうした? 具合が悪いなら無理するなよ」って言ってきて。
やっぱ見えてなかったってわかったんで、「大丈夫です」としか

言えなかったです。その休み時間に女子の生徒が一人、私のとこに
来たんです。小学校が違う、それまで話したことがない子でした。
その子は三村っていうんですが、私に「さっきお婆さんいましたよね」
って言ってきたんです。「あ、見えてた?」 「浮いてましたよね」
「ああ、浮いてて、頭さわって出ていった」 「あれ、何ですか?」
「わからない、妖怪かなあ」こんな会話をしたと覚えてます。
すぐに6時間目が始まったんで、それだけでした。で、その後ね、
しばらくの間 窓の外が気になってたんですけど、見たのはそれが
最初で最後でした。三村さんともその話はしなかったです。で、
さっきね、山根、佐藤、小橋って3人の頭をさわったって言ったでしょ。
私が2年になったとき、山根が亡くなったんです、交通事故で。

違うクラスになってたので詳細はわからないんですが、部活の帰りに
自転車でトラックに接触したってことでした。ひっかけられた程度で、
そんときはたいしたことがないと思って家に帰ったのが、倒れたとき
地面に頭を打ってたんですね。2日後に脳内出血で手術したけどダメで。
でね、その後のことはわからないんです。私、3年生の1学期、父親の
都合でかなり離れた県に転校したんです。それからは連絡もとってないし、
そこの県に戻ることはなかったし。それが、今年のお盆前です。約30年ぶりに
その中学校の同級会の通知が来たんです。私はその後、何度も住所を
変わってるんで、よく所在がつかめたなと思いました。それとね、
ふつう同級会って言ったら、中3のときのクラスですよね。それが中1の、
婆さんを見たときのやつら。で、はがきの幹事代表名が三村って女性名に

なってたんです。珍しいでしょ。あの三村さんだってことはわかったし、
テスト中のときのことも思い出しました。でも、クラス委員とかでも
なかったし、旧姓で出してるのか、それともまだ独身なのか。時間は
あったのでともかく行ってみることにし、30年ぶりでその市を訪れました。
会場は駅前の居酒屋で気のおけないところ。当時の担任は来ておらず、
クラス40人中で出席は20名に欠けるくらい。
みな、何で今ごろ中1の同級会をやるのかって言い合ってました。
でも、それなりに盛り上がったんですよ。1次会のなかばで、三村さんが
私にとこに来て、「テストのときにお婆さんを見たの覚えてる?」と聞いたので、
「ああ、もちろん」と答えると、「私ね、最近になって何度か顔、整形してるの。

 だんだんあのときのお婆さんに似てくる気がして怖くて。」って。でもまだ
40代だし、あのときのお婆さんはもっとずっと上、70歳過ぎてたと思います。
ただね、そう言われてみると似ているような気もしたんです。でも、
そんなはずはないですよね。なんで三村さんが婆さんになって、
中学生の自分の前に現れるのか、わけがわからない。だから、
「気のせいじゃないかな。似てないですよ」と言っておいたんですが・・・
それから、婆さんがどうして私ら2人だけにしか見えなかったのか話したけど、
結論なんて出しようがありません。それと、頭をさわられてた佐藤と小橋ね。
出席してなくて、誰も話題に出さなかったんだけど、聞いたら、20歳過ぎてすぐ、
ありえないような事故で2人とも頭部をケガして亡くなってたんです・・・






アーカイブ 御神木の話

2019.12.25 (Wed)
10年ほど前かな。子どもの頃に住んでた地域の神社の御神木の話なんだ。
けっこうな田舎でね。都会と違って外で遊ぶ子どももけっこういたよ。
自然も残ってたし。5年生くらいだったと思うけど、夏休みに友だちと
3人で沢でカニを捕ってたんだ。大きな石をはがすと、下に隠れてるんだよ。
んーまあ、食うほど大きいやつじゃないけど。
でね、俺以外の2人がかりでかなり大きな石を起こした。
全部は持ち上げないで片側だけな。そしたら、やつら2人で
呆然として石の裏側を見てたんだよ。「何かあるのか」って聞いたら、
「ここに、神社に来いって書いてある」って言うんだ。
2人で口々に。そんな馬鹿なと思って、俺も見たら、書いてあるっていうか、
今すぐ神社に行かなくちゃ、って気になったんだ。

え? ああ、そりゃ字は書いちゃいないさ。
でも行かなくちゃと思ったってことだな。
で、バケツを持ったまま地域の氏神神社に行った。
社殿は大きいけど、普段は賑わってるようなとこじゃないよ。
初詣と例大祭のときくらいだな。境内は広いし、後ろは深い森になってるけど、
そこで遊ぶことはなかった。歩いてるとぽつぽつ雨が落ちてきた。
鳥居が見えてくると、子どもが10数人集まってたんだよ。
全部同じ小学校のやつらで4年以上の男だけ。6年生もいた。
学年1学級だから、みな知ってるんだよ。6年生のうちの一人が、
「お前ら、なんでここ来た」って聞いたから、
「河原石の裏に、ここに来いって書いてあった」こう答えたんだ。

6年生は怪しむ様子もなく「そうか。俺はカブト虫にそう言われた」って。
見れば捕虫網と虫籠を持ってた。他のやつらも、
家の畑を手伝ってたらキュウリに言われたとか、
ゲームしてたら画面にそう出たとか、おかしなことを言い始めた。
今考えれば異常だけど、そんときは、変だという気はしなかったんだよ。
とにかく全員で鳥居をくぐった。6年生が先頭に立って社殿にお参りし、
持ってた小銭を、賽銭として投げるやつもいたよ。
で、それから裏の杜にまわった。雨が少し強くなってきた。そんときに、
このメンバーで去年の例祭のときにお神輿を担いだんだって気がついた。
もちろん来てないやつもいた。中学生になった去年の卒業生とかもね。
裏の杜には柵で囲まれた御神木があるんだよ。

楠の大木で、樹齢400年以上って言われてた。
どうもそっちから呼ばれてる気がしたんだ。
だけどのこ御神木はそんときは枯れかけてたんだよ。
新しい葉が出なくなって、幹も乾いた感じになってたな。
で、俺らが柵の回りに集まったとき、急に雨脚が激しくなった。
いつの間にか上空は黒雲に覆われてて、大粒の雨がびしびし打ちつけてきた。
空が光った。そしてすぐ轟音、雷が近くに来てるってわかった。
濡れるのはべつに平気だったけど、雷は怖かった。どうしようかと
あたりを見たら、6年生が両手を広げて「下がれ」の合図をした。
俺らが後ずさりして柵から離れたちょうどそのとき、
ドカーンという破裂音がして、目の前の御神木がぼうと光った。

それから上部が火を出しながら真っ二つに避けたんだよ。
落雷したんだ。でね、裂けた幹の真ん中から黒い煙が立ち上って、
それは渦巻きながら人のような形をとったんだよ。あれは武神だったな。
仁王様とかああいうやつ。すごく怒ってることがわかったんだ。
黒い煙はしばらく木の裂け目を漂って、それから薄くなっていった。
「おーい、そっから離れろ」って声が後ろから聞こえた。
振り向くと神主さんが走って来るところだった。
「なにやってる、危ないじゃないか」
幸いにというか火はもう燃えてなかった。雷もあの一発だけで、
あとは遠くでゴロゴロいうだけになり、空が明るくなってきた。
俺らは社務所に連れてかれ、タオルなんかを貸してもらった。

「何やってた」と聞かれたんで、6年生が代表して説明した。
呼ばれたような気がして、それぞればらばらに集まってきたこと。
御神木を見ていたら大雨がきて雷が落ちたこと。
黒い煙が渦巻きながら大きな神様の形になって消えたこと。
ものすごく怒ったき気持ちが伝わってきたこと、なんかをね。
それを聞いた神主さんは、うーんと考え込むような表情になったよ。
でね、この御神木はもうすぐ切り倒されることになってたんだ。
そのままにしておくと倒れる可能性もあって危険だってことで。
業者が伐って買い取ることに決まってたんだよ。だけど落雷で
価値が大きく落ちたし、俺らの話もあって、伐ったは伐ったけど、
売らずに、根っ子と根元の太い部分を使って、仏師に神像を彫らせたんだ。

神道のほうだと、神様の像とか普通は見ないよね。
神が宿るのは自然物とか鏡とかで、あんまり人型の像って祀らない。
だけど、そんときはすごく柔和な顔をした神様の像をつくらせて、
御神木のあった場所にお堂を建て、その中に安置したんだ。
これは今でもあるし、見にいけばいつでも見られるよ。でね、
この御神木の根っ子を掘るときに警察沙汰が起きたんだ。幹の根元に、
ドリルで開けたらしい穴がいくつも見つかったんだよ。5mmくらいって
話だったから、まず見逃してしまいそうなもんだけどね。で、
詳しく調べたら、幹の中から除草剤の成分が見つかったんだよ。嫌な話だろ。
誰かがわざと御神木を枯らそうとしたってことだな。何でかって?
そりゃ伐採して売るためだろう。太い木だと一千万近くするらしいよ。

でも、そんなことをしたら神罰が下ると思うだろ。
こっからは詳しいことは言えないけど、その通り、あったんだよ。
微妙な内容になるので、ちょっとぼかして話させてもらうけど、破傷風が
流行ったんだ。人から人へ伝染はしないから流行ったっていうのも変だが、
ここらの地域一帯で患者が何人も出て、助からない人のほうが多かった。
衛生観念の発達した今の時代で考えられないだろ。
でね、それがみな前々から疑われてたやつらとその家族だったんだよ。
それはやっぱり何かあるんじゃないかと思うだろ。あと、
その破傷風が起きてた間、御神木の像のお堂が夜になると赤く光ってた、
って話があるんだ。近所のじいさんの目撃情報だと、
赤い光がお堂の屋根の上でチカチカ、チカチカって。な、怖いだろ。

まあね、寿命400年以上の御神木と言えば、人間の5人分も
長生きしてるわけだし、その間ずっと人々の祈りを受けている。
だからね、侮っちゃいけないんだ。ほら、最初のほうで話した
子どもの自分のことだって、考えてみれば不思議だよね。
なんで俺らを呼び集めたのか、そのあたりもわからない。
神社の例祭には中3まで参加してたけど、
子ども神輿しかないから、今はたまに帰ってきて見てるだけだ。
お堂にもお参りに行くよ。神像は、彫ったときはほぼ生木に近かったのが、
ロウソクで燻され、10年たっていい色合いになってね。
顔もすごい優しくて、見てるとほっと心が安まる感じがする。
でもね、本当は怖いってこともわかってるし。







物語への神の介入

2019.12.25 (Wed)
アーカイブ195



自分が書く怖い話には、古神道のというか、日本古来の不可思議な
神様たちが出てくるものがかなり多いんですが、
さすがに一神教的な絶対神が登場するものはありません。
それは日本人として書くのはまず不可能だと思われます。

また、神の対立概念である悪魔の話も難しいですよね。
これを出して怖がらせるには、かなりの工夫が必要でしょう。
『エクソシスト』は、主人公の少女がエビ反りで歩いたり、
首が360度回ったり、そういう特殊効果の点ではウケましたが、

では、日本人があれを見て悪魔の側に取り込まれる恐怖を
感じるかというと、自分には疑問があります。
悪魔を扱った映画、古くは『オーメン』 『ローズマリーの赤ちゃん』
『エンゼル・ハート』 近年では『パラノーマル・アクティビティ』

映画『オーメン』のラスト 悪魔の勝利を予感させて終わる


なんかもそうですが、コケオドシ的な映画の技術をのぞけば、
日本人にとって心理的に怖いという感じはあまりない気がします。
悪魔の存在が真面目に信じられてないからで、
やはり宗教文化の違いというほか、ないかもしれません。

さて、クリスマスから大晦日にかけて、世間は慌ただしく、
かつ賑わっていますが、西洋ではクリスマスストーリーの一つとして、
悲しいお話が書かれることがあります。典型的なものとして、
『フランダースの犬』などがあげられるでしょう。

ストーリーには、かなりあざとい感じでクリスマスの日が
からめられていて、この話を嫌う人は、そのあたりのことを言う場合が
多いですね。ネロとパトラッシュが小屋を追い出されたのは、吹雪の
クリスマスイブでしたし、またその日は、ネロのすべての希望を
込めた、絵画コンクールの発表の日でもあったわけです。

天国へ向かうネロとパトラッシュ


結果は落選(しかし後にネロの才能を認め、援助しようという
パトロンが現れる)パトラッシュが雪の中で、追い出された
風車小屋の主人の全財産入りの財布を見つけてネロが届ける。
絶望して帰宅した風車小屋の主人は事情を聞いて、
ネロに対し今まで行った数々のひどい仕打ちを後悔する。

ネロはパトラッシュとともに大聖堂におもむき、見るのが念願であった
ルーベンスの絵を前にして、いっしょに凍死してしまう。
たしかに、財布のエピソードなどは話として都合よすぎではありますが、
これも、登場人物のすべてが悔い改めるということが、
クリスマス・ストーリーとしては重要なんですね。

あとは、アンデルセンの高名な『マッチ売りの少女』
これは大晦日の話でしたか。一本ずつマッチを燃やしていった少女は、
最後に優しかったおばあさんの幻影を見て、翌朝、
燃えカスを抱えて微笑みながら死んでいるのを発見される。

『エンゼル・ハート』悪魔に魂を奪われた主人公はエレベーターで地獄へ


この話については、アンデルセンに「なぜこんな悲しいことを書くのか」
といった批判が多く寄せられたそうですし、『フランダースの犬』では、
結末がハッピーエンドになるように改変されて
出版された国もあるようです。

しかしながら、これらの物語、オスカー・ワイルドの『幸福な王子』
なども含めて、児童文学であることに注意しなくてはなりません。
マッチ売りの少女もネロも、彫像の王子もツバメも、
最後には天使に迎えられる形で天国に入ります。

善良、正直、勤勉な生涯を送ったものは、最後には神の国に行く。
子どもたちへの教訓が含まれていますし、
死というものを宗教的に説いているとも言えるでしょう。
天使たちに抱えられて昇天するのは、けして悲しい結末ではなく、

『ゴースト/ニューヨークの幻』のラスト、天国へ去る恋人


むしろハッピーエンドと言っていいかもしれません。
そういう伝統の上で書かれたものなんですね。日本では、
江戸時代までは「極楽往生の物語」といって、似たような形の
ものがありましたが、現代ではさすがに難しいと思われます。

どうしても大人になるにつれ、社会の現実的な側面が
目に入るようになり、『フランダースの犬』に対しては、「無力に
死んでいった負け犬の話」というような評価もあるんです。これは
難しいところで、昨今は欧米でも無神論者が増えているようですし、
世の中は信仰だけで渡ってはいけませんからねえ。

さてさて、自分がアメリカにいたときに、テレビのドキュメンタリーで、
スリーマイル島原発事故のその後を追う、と
いう内容の番組をやっていました。公的には、周辺住民への
健康被害は微小であったとされていますが、風下地域における
乳幼児死亡率の増加などといったデータもあるようです。

『コンスタンティン』地獄へ引き込まれる主人公


その中で、周辺地区に住む子どものいる主婦がインタビュー
に答えていましたが、「どうしてここに住み続けるのか?」
という記者の質問に対し、「先祖代々の土地だし、ここに住むのは
神のみ心だと思うから。もしそれで早く死んだとしても、それだけ早く
神のおそばに行けるからいい」と答えていたと記憶しています。

それを見ていて「ああ、信仰が残ってる人がいるんだなあ」と、
少し驚いたりもしたんですが、アメリカの田舎で教会の日曜学校に通い、
日々、寝る前や食事前のお祈りをしている家族に生まれた人は
そうなんだろうなあ、とも思いました。そのような文化の中にあれば、

最期に天使が迎えに来て天国に入る、また悪魔の誘惑に負けて
魂を奪われるなどのことも、話として成り立つんでしょう。
ということで、話に神や悪魔が介入してくるような内容の物語は、
神の実在と魂の不滅が教会で説かれる欧米ならともかく、
現代の日本ではさすがに難しいんですね。では、今回はこのへんで。

体の宝石をすべて貧しい人に与えた王子と、南の国へ帰らなかったツバメは天国へ行く






クリスマスストーリー

2019.12.24 (Tue)
アーカイブ194

『クリスマス・キャロル』
Muppets Christmas Carol 1992 yet to come michael cane

12月になりまして、早いもので今年もあと1ヶ月で終わりということになります。
さて、西欧諸国では、クリスマスに合わせて、クリスマスストーリーと呼ばれる
お話が書かれる伝統があります。いくつかはみなさんもご存知でしょう。
例えば、オー・ヘンリーの短編小説、『賢者の贈り物』など。
あまりにも有名な話ですので、ネタバレでもいいでしょう。

「貧しい夫妻がお互いに相手にクリスマスプレゼントを買うお金を
工面しようとする。妻は、夫が祖父と父から受け継いで大切にしている
金の懐中時計を吊るす鎖を買うために、自慢の髪の毛をかつら商人に
売ってしまう。いっぽう、夫は妻が欲しがっていた櫛を買うため、
形見の懐中時計を質に入れてしまう・・・」

『賢者の贈り物』


こんな内容でした。賢者の贈り物という題名は、キリストの生誕を祝って
東方からやってきた3人の賢者が、乳香、没薬、黄金を贈り物として
幼子イエスに捧げたという聖書の記述から取られています。
これにちなんで、クリスマスには大切な人への贈り物をする

習慣ができたわけです。ここでは、夫婦はお互いへの贈り物をするため、
自分の大切なものを売ってしまうという、残念な行き違いを
してしまったわけですが、作者オー・ヘンリーは
彼ら夫婦こそがまさに賢者であったのだと、話を結んでいます。

『三十四丁目の奇跡』


関連記事 『クリスマスプレゼントと幼児虐殺』

クリスマスストーリーの要件としては、
・イブからクリスマス当日を中心にして描かれた物語であること。
・愛をテーマにした、ハートウォーミングなお話であること。
 (怖い内容でもかまいません)
・小さな奇跡、または自分の生き方を悔い改めることが起きること。

こんな点があげられるでしょう。
比較的短いお話が多いんですが、長編もあります。
英国の作家、ディケンズの『クリスマス・キャロル』なんかがそうです。
これもたいへん有名な話で、何度も映画化されています。

「贈り物をする東方の三博士」ディエゴ・ベラスケス


「冷酷非道な老人スクルージの元に、クリスマスの前夜、地獄に堕ちた
かつての共同経営者の幽霊の後、3人の精霊が訪れます。1人目は
過去の精霊、まだスクルージが金の亡者となる前、純朴な青年時代の
恋人との出会いから、すれ違いによる破局で傷心するまでを見せます。

2人目は現在の精霊、スクルージの使用人クラチットの、
貧しいながらも愛にあふれた家族の様子、そしてクラチットの末っ子
であるティムが、脚が悪く病がちで長くは生きられないことを見せます。
最後の3人目が未来の精霊、スクルージは邪険にあつかわれる

『クリスマス・キャロル』1984


男の死体を目にしますが、それが誰かはわからない。また、ティム少年が
両親の願いも空しく世を去ったことを知ります。そして荒れ果てた墓場で、
誰からも見捨てられた粗末な墓に自分の名前を見つけます。
これに衝撃を受けたスクルージはすっかり改心し、クリスマスの日、
クラチットの給金を上げ、ティムの病気を治すための援助を申し出る・・・」

それから、日本ではアニメで有名な『フランダースの犬』。
これも一種のクリスマスストーリーです。最後の結末は、
クリスマスの当日、主人公ネロと愛犬パトラッシュが、
教会で、憧れのルーベンスの絵を目の前にして凍死してしまいます。

『フランダースの犬』


ここだけ見れば悲惨な結末と思われるでしょうが、
彼らは天使に導かれて神の国へと迎えられるんですね。
そして、ネロたちにかかわった人々はみな、自らの冷たい行いを
悔い改めることになります。

関連記事 『神の介入』

あと、自分が一番好きなクリスマスストーリーといえば、
ドイツの作家エーリッヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』です。単語の
書き取り帳をめぐっての、高等中学高生と実業学校生徒の争いを
中心に、少年たちと先生がたのさまざまな人間模様が描かれます。



長い間別れ別れになっていた親友同士、正義先生と禁煙先生が、
生徒たちの尽力で出会う場面は、一つの奇跡といっていいかと思います。
ちなみに、「飛ぶ教室」というのは、作中、クリスマスの日に
高等中学校で上演される劇の題名です。

さて、映画のほうに目を転じると、これもクリスマスをあつかったものは
たくさんあります。『サンタが殺しにやってくる』なんて
B級ホラー映画もありますが、そういうのは置いといて、
『ホーム・アローン』 『グレムリン』なんかがそうですね。

クリスマスストーリー映画


あと意外なところでは、ブルース・ウィリス主演のアクション映画、
『ダイ・ハード』のシリーズもクリスマスを舞台にしていて、
ウィリスが絶体絶命の危機を乗りこえるのも一種の奇跡です。
自分がお薦めするクリスマスストーリー映画は、
『三十四丁目の奇跡』と『NOEL ノエル』の2作品。

どちらも、市井の人々にクリスマスの日に起きる小さな奇跡を描いた、
心温まるお話です。ぜひビデオ屋で借りてごらんになってみてください。
『三十四丁目の奇跡』のほうは、何度もリメイクされているんですが、
1994年版がいいかと思います。
 
さてさて、こういうのを紹介していると、お前は書かないのか、
と言われてしまいそうですが、怪談でクリスマスストーリーを書くのは、
さすがに難しいと思います。もし書くんだったらファンタジー的な内容に
するしかないんじゃないかなあ。うーん、時間があれば挑戦して
みたいですが、無理かもしれません。あんまり期待はしないでください。








クランプスとループレヒト

2019.12.24 (Tue)
アーカイブ193

12月、クリスマスシーズンですので、今日はそれに関係した話。
まず聖ニコラウスはご存知でしょう。サンタクロースのモデルになった
とされる人物です。4世紀ころの東ローマ帝国の主教で、教区の
貧しい娘たちに、ひそかに結婚の持参金を恵んでやったとも言われます。

聖ニコラウスは寒い国の人ではありません


ほぼすべてのキリスト教宗派で聖人とされていますが、
これ、聖人の認定ってかなり難しいんですよね。殉教者は別にして、
生前の他、死後に2度の奇跡を起こさないと認められません。
聖ニコラウスの場合は、死後、不朽体(朽ちない体)となり、

多くの病者を癒やしたとされます。ノーベル平和賞賞を受賞した
マザー・テレサも、そろそろ死後の2度めの奇跡の話が出ても
おかしくはないでしょう。あれ、何か変ですね。
サンタさんはあったかそうな白い毛糸のついた服を着て、
トナカイのひくソリに乗り、グリーンランドだかアイスランドだか、

寒い国に住んでいるというイメージがありますよね。
フィンランドにサンタさん宛の手紙が届くんじゃなかったでしょうか。
まあしかし、サンタクロースは古くからあったものではなく、
19世紀頃から、赤鼻のトナカイや煙突などの付属イメージが
くっついて広まった、けっこう新しいものなんです。

サンタクロースの衣装はもともとは教皇服 サンタの話が広まったのはここ150年くらい


で、今回はサンタさんの話ではありません。
ヨーロッパにおける12月の風習で、この聖ニコラウスの記念日の
12月6日からクリスマスまでに、各地をサンタさんが回るわけですが、
それに同行する2人の人物? クランプスとループレヒトについてです。

伝承が残っているのはドイツ、オーストリア、ハンガリー近辺です。
あまり日本には入ってきていない話ですよね。クランプス(独 Krampus)
のほうは、日本だと「鬼」といえばいいでしょうか。
下に画像を載せておきますが、いろいろな怖い姿で表現されています。

背中に子どもを投げ入れるカゴを背負い、
手には錆びた鐘や鎖、鞭を持っているともされます。しかし、
この扮装はかなり本格的で、ダリオ・アルジェント監督の映画、
『デモンズ』のシリーズを思い起こさせます。

クランプス


Wikiでは、「農村部では、特に若い少女へのクランプスによる鞭打ち
(樺のムチによる体罰)を伴う伝統がある。クランプスは通常、
悪い子供を連れ去り、地獄の穴に投げ入れるための籠を背負った
イメージで表される。そして、鞭を振るいながら、子供を捕まえて、
親の言うことを聞くように、勉強するのだぞと厳しくさとす。」

この名前は、鉤爪や鞭を表す古ドイツ語「Krampen」(クランペン)
からきているようです。若い女性を鞭打つのは純潔・貞淑への
いましめでしょうか。子どもを1年間いい子にさせるためにおどかして
るんでしょうが、しかしこれ、どこかで聞いたことがある話ですよね。

『デモンズ』 『REC/レック』のような映画の元ネタは意外に古い


そう、日本の「ナマハゲ」です。秋田県の男鹿市周辺に伝わる
伝統的な民俗行事。手に出刃包丁と桶を持ち、蓑を着た鬼が、
「悪い子いねが、泣く子いねが」と家々を回って子どもを
おどしつける年越しの風習です。よく似ています。

「ナマハゲ」の原語「ナマミ ハギ」というのは、冬場に何も
仕事をせず、コタツにあたってばかりいるとできる低温火傷の
痕で、ナマハゲは包丁でこれを剥ぎとるとも言われます。
ドイツも昔は農業国でしたし、

長い冬を持つのも日本の東北地方と似ています。
農作業の少なくなった冬の風習として似てしまっている
んでしょうか。それとも伝播があったのか、
そのあたりを明らかにするのは難しいです。

クランプスとナマハゲの役割はよく似ている


ループレヒト(独 Knecht Ruprecht)もサンタクロースと
いっしょに各地を回る助手的な役割ですが、こちらはそこまで
怖い姿ではありません。サンタさんがよい子をほめるのに対し、
こちらは悪い子をこらしめるため、
「黒いサンタ、影のサンタ」などとも言われるようです。

もともとは聖ニコラウスが、ほめるのと叱るのの2役を
こなしていたのかもしれませんが、人格というか、役割が
2つに別れたとも考えられます。伝統的なクネヒト・ループレヒトの
姿は、長い黒髭をもち、毛皮を着ているか藁で身を覆ったもので、

長い棒や灰の袋を持って現れるとされるようです。
悪い子に対し、石炭の塊や棒や石などよくないプレゼントを
置いていきます。クランプスと役割は似ています。
ヨーロッパは契約社会で、ただ子どもであるだけでは、

プレゼントはもらえません。1年間いい子にしてれば
よい報いがあり、悪い子だと罰があります。
ループレヒトは下の画像のような感じですが、
なんか山賊みたいに見えますね。では、今回はこのへんで。

サンタクロース、ループレヒト、天使






はさみのオカルト

2019.12.23 (Mon)
zhthz (4)
『バーニング』

今回はこういうお題でいきます。はさみの話題だけで最後まで
いけるでしょうか。なんかドキドキしますね。
さて、はさみとは「物を二つの刃ではさんで切断する道具」と
Wikiに出てきます。まあ、そのまんまですね。

歴史的に、はさみをいつ誰が発明したかなどのことはよく
わかっていません。最初に登場したのはギリシア型のはさみ。
紀元前10世紀ころのものが出土しているようです。
ギリシア型はU字型とも言われ、日本の和鋏もずっとこの形でした。

ギリシア型(U字型)はさみ

zhthz (1)

6世紀、古墳時代のU字型はさみが日本最古のものですが、
これはおそらく大陸から伝わったんでしょう。ヨーロッパでは、
ローマ型またはX字型と呼ばれるはさみが登場してきます。X字型の
ほうが刃を長くとれ、またブレずに物を切ることができるので、
こちらが主流になり、U字型はすたれていきます。

U字型、X字型のどちらも、てこの原理を使って、少ない力で
物を切る仕組みですが、支点の位置が違い、U字型は手元の
U字に金属が曲がった部分、X字型は刃が交差する部分です。
これについて、面白い思考実感があるのはご存知でしょうか。

ローマ型(X字型)はさみ
zhthz (3)

力点の部分はふつうのはさみと同じですが、支点より先が
ものすごく長い、例えば、太陽系を横切るほど長いはさみが
あったとします。そうすると手元をちょこっと開くだけで、
作用点の先端部分がびょ~んと動いて、そのスピードは
光速を超える・・・これ、みなさんどう思われますか。

そんなはさみは作れないし、作っても重すぎて持てない。
まあ、そのとおりです。セラミックのはさみでも、ある程度の
長さになると自重で垂れ下がってしまうでしょう。それと、
はさみを開いたとき、金属原子を力が波のように伝わっていく
わけですが、その速さは光速を超えることはできません。

どうやっても無理なんですね。完全な剛体、つまり、力が一瞬で
伝わるような物質があれば別ですが、そういうものは存在しません。
さて、はさみは凶器にもなります。鋭利なはさみなら、
突き刺すこともできるし、頸動脈もはさみ切ることができます。

はさみとてこの原理
zhthz (6)

はさみが登場するホラー、サスペンス映画はいろいろありますが、
自分が一番傑作だと思うのは、1990年の『エクソシスト3』です。
この映画の監督は映画人ではなく、『エクソシスト』の原作を
書いた小説家です。『エクソシスト2』の出来があまりにひどいと
感じたため、自らメガホンをとった。

そのため、一般的なホラー映画の手法とは異なるシーンが
いろいろ見られ、これもそのうちの一つで、深夜の病院で病室を
巡回する看護師の姿が長回しで数分間描かれます。
それだと観客が飽きてしまうので、映像畑出身の監督なら
まずやらないんですが、一室から出てきた看護師の後を、

手術用の骨切りばさみを持った殺人鬼が追いかけてくる。こう言葉で
書いても衝撃は伝わらないですが、ホラー映画史に残る名シーンだと
思います。あとはそうですね、ジョニー・デップの出世作である
同じく1990年の『シザーハンズ』。主人公の姿が一見して
ホラーの登場人物に思えますが、これはファンタジーですね。

『エクソシスト3』
zhthz (2)

ある発明家の博士が人造人間をつくるが、両手を仮にはさみにして
おいて、後で通常の手をとりつけようと考えていたところ、
急な発作を起こして亡くなってしまう。両手がはさみの人造人間は
人間界に交わろうとするが、両手のはさみで愛する人を傷つけてしまう。
たしかそういう筋だったと記憶しています。

あと、1981年のホラー映画『バーニング』では、殺人鬼が
凶器として鋭利な園芸ばさみを使用し、指がちょんぎれたり、
首が切られるシーンは当時、残虐として問題になったりしましたが、
今見るとたいしたことはないですね。
もっと過激なスプラッタがたくさん出ています。

『シザーハンズ』
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さて、字数が少なくなってきたので、最後に意外な作品を
ご紹介しましょう。詩人、北原白秋の掌編『神童の死』。
ある山村の両親のもとに、5歳と3歳の男の兄弟がいて、
兄が畳の上におしっこを漏らしたとき、母親が和鋏を鳴らして、
「悪いちんちんはちょん切ってしまうよ」と言います。

そのことを覚えていた兄は、小さな弟がお漏らしをすると、
実際にはさみでちんちんを切ってしまうんですね。赤い血がぴゅーっと
出て弟は死亡、それを見ていた父親が兄を突き飛ばし、
打ちどころが悪くて兄も死亡。さらに母親が気絶したとき、
舌を噛み切ってしまい、やはり死亡します。

北原白秋
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こうしてたちまち一家3人が死んでしまい、残った父親も納屋に行き、
草刈り鎌で頸動脈を切って自殺。一家が全滅するというお話で、
どういう心境で白秋がこの作品を書いたのかよくわかりません。
まあ一種の詩想なんでしょうねえ。青空文庫にありますので、
興味を持たれた方は参照されてください。

自分は昔から北原白秋の詩が好きで、この人がもし怪奇小説を
書いたらきっとすごいだろうなと思ってました。さてさて、
はさみは銃刀法の対象になっており、刃の長さ8cm以上のものは、
正統な理由なく持ち歩くと罪になるようです。お気をつけください。
では、今回はこのへんで。







イカのオカルト

2019.12.22 (Sun)
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今回はこういうお題でいきます。どっちかといえばUMA系の内容に
なるかもしれません。さて、自分は趣味で海水魚飼育をしていますが、
イカを飼ったことはありません。アクアリウム仲間でも、
イカを飼ってる人はほとんどいないんですが、
これにはいろいろ理由があります。

まず、イカの寿命が短いことで、ほとんどの種類が寿命1年以内と
言われています。アオリイカなんかは50cm以上になるので、
ちょっと信じがたいんですが、ひじょうに成長が早いんですね。
餌を食べれば、食べた分だけ大きくなります。

有名な画像 フェイクであることが判明しています
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それと、餌付けが難しいことです。基本的に生き餌しか食べない
と思われ、小魚などを用意するのが大変。あと、デリケートな
生物なので、水槽のガラスにぶつかっただけで死んでしまうという
こともあるようです。この対策として、市場などで飼っているイカは、
円形の生簀に入れて水流をつけたりしていますね。

水族館で展示している場合も、死んだらすぐに補充するという形で、
同じ個体を長期飼育しているわけではありません。
さて、イカのオカルトというと、やはりダイオウイカ関係が
まずあげられるでしょう。未確認生物ではありませんが、
巨体なのに生態がよくわかっていません。

水中のダイオウイカ 目が怖い
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これまでずっと、海岸に死んで打ち上げられたものしか見る機会が
なかったんですね。近年、ダイオウイカと呼ばれているものには
2種類いることがわかってきました。ダイオウイカと
ダイオウホウズキイカです。この2種、
分類学上は近縁とは言えないようです。

大きな違いは、ダイオウイカが腕に吸盤を持っているのに対し、
ダイオウホウズキイカは鋭いかぎ爪になっていることです。
大きさは、ダイオウイカが最大のもので体長18m以上、
ダイオウホウズキイカのほうはもっと大きく、
20m以上になる可能性が指摘されています。

ダイオウホウズキイカの触手 吸盤ではなくかぎ爪を持っている
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同程度の体長の場合、体重はダイオウホウズキイカのほうが
だいぶ重い。丸く太った形をしてるんですね。
で、これらのイカも、けっして寿命は長くはなく、
3年前後と見られています。なぜ、イカの仲間が短期間で
これほど大きくなるのかは解明されていません。

あと、われわれが目にする刺し身のイカは白いですが、
イカは体表の色を変えることができ、ダイオウイカは水中では
赤褐色をしていることが多いようです。海岸に打ち上げられた
ものは、体表組織がはがれ落ちて白くなっている。

タコ型のクラーケン
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ダイオウイカの天敵がマッコウクジラなのもよく知られて
います。マッコウクジラを解剖すると、胃からダイオウイカの
組織が出てくることが多いんです。また、マッコウクジラの体に、
吸盤の跡や引っかき傷が見られることもあり、
深海での生存競争がくり広げられているようです。

さて、西洋には「クラーケン」という海の怪物の伝説がありますが、
そのモデルがダイオウイカと言われます。クラーケンが
描かれた絵を見ると、頭が丸いものが多く、イカとタコのイメージが
混ざっているように思えますが、タコの仲間でダイオウイカほどの
大きさになるものは知られていません。

イカ型のクラーケン
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クラーケンの大きさは、数十mから数kmまであります。
さすがに後者は伝説の域を出ないでしょう。
クラーケンは船を襲ってひっくり返し、海に落ちた船員を食べて
しまうとも言われますが、ダイオウイカが人間を襲ったという
報告は、近代になってからはありません。

生活域が交わらないんですね。ただ、船が死んで浮いている
ダイオウイカにぶつかったなどのことは考えられなくもないでしょう。
映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』
に登場したクラーケンは、触手はタコに似てましたが、
頭にイカのエンペラ(三角の外套膜)があったと思います。

シー・モンク


さて、伝説のUMAの一種に「シー・モンク」というのがあります。
モンクというのはキリスト教の修道士のことで、また
「ビショップ・フィッシュ」という別名もあります。ノルウエーなどで、
このシーモンクが浜に打ち上げられたり、網にかかった記録が
残っていて、これにはダイオウイカ説があります。

上の画像を見てもらえばわかりますが、足が複数あって長く
イカっぽいですよね。外套膜のようなものも見られます。
で、日本のUMA(妖怪?)に「アマビエ」というのがいます。
これはおそらく「アマビコ 天彦」の誤記だと考えられる
(コ を エ と書き誤った)んですが、

アマビエ シー・モンクに似ています
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幕末に熊本県に現れたアマビエは「姿は人魚に似ているが、
口はくちばし状で、首から下は鱗に覆われ、三本足であった」と
記録されています。上の画像をごらんください。
シーモンクとよく似てませんか。口がくちばし状というところからも、
自分はこれもダイオウイカではないかと考えています。

さてさて、ということで、やはりUMAよりの内容になりました。
みなさんは寿司ネタとしてのイカはお好きでしょうか。
自分はあっさりしているようで、噛んでいると深い味わいがあって
大好きです。ということで、今回はこのへんで。

イカのくちばし
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秘曲の話

2019.12.22 (Sun)
こんばんは、よろしくお願いします。私、深田ともうしまして、
◯◯大学の教育学部の4年で、将来は中学校の音楽教師をめざしてます。
今から話すのは、私の彼のことです。同じ4年生なんですが、
現在、実家に帰って引きこもってるんです。その原因が私に
あるんじゃないかと思って、自分のやったことをすごく後悔してるし、
彼のことが心配なんです。それで、ここのみなさんはそういうことの
専門家ばかりということでしたので、どうしたらいいのかお聞きしに
来たんです。最初から話していきます。彼と知り合ったのは去年、
3年生のときです。大学のピアノ室で夕方ころに練習してました。
そのときはたしか、中学校の音楽教材を弾いてたと思います。ピアノは
小さい頃から習ってましたが、けっして上手なほうではありません。

専門はクラリネットです。中学校で吹奏楽部に入り、そのときに始め、
高校でもやはり吹奏楽部で同じ楽器を。将来は中学校の教員として、
吹奏楽の指導をするのが夢だったんですが、彼のことを考えると
何も手につかなくて。あ、すみません。私の大学のピアノ室は
全部で100室以上あるんですが、ほとんどが古いアップライトピアノです。
調律はされてますが、鍵盤がふかふかで動かないものもあります。
あと、建物も古いため、完全防音にはなってないんです。
自分が弾いてるときは気になりませんが、手をとめると、
隣の音がかすかに聞こえてきます。それで、そのときはたしか、
ラフマニノフの曲だったと思います。隣で弾いているのが聞こえてきて。
それがすごい上手で、ただ手が利くというだけじゃなく、

情感がすごく豊かだということが、かすかな音でもわかりました。
ああ、これは音楽科の人が弾いてるんだろうなって思いました。
はい、大学には芸術学部もあって、そこの音楽科。自分の練習を忘れて
しばらく聞いてたんですが、どんな人が弾いてるんだろうって気になって。
それで、その人が弾きやめてドアを開ける音がしたので、
廊下に出てみたんです。そこで会ったのが彼。「今の演奏すごかったです」
「いやあ」こんな感じで私のほうから話しかけ、それからつき合うように
なったんです。その年の暮れまでには、彼のアパートに入りびたって、
自分の部屋はありましたが、半分同棲生活みたいなものでした。
それで、彼から、正月にうちの実家にいっしょに行かないかって
話をされて。家族に紹介したいってことでした。

私も、自分の実家がありますので、まずそっちに顔を出しますが、正月の
4日から彼の実家のある町へ行って2泊するということになったんです。
すごく嬉しかったんです。これ、プロポーズのようなものなんだろうなと思って。
私の実家は大学のある市の近くですが、彼のほうは遠方の県でした。
彼が迎えに来てくれ、レンタカーで5時間ほどかけて行きました。
ずっと水田が広がっていて、その背後に低い山並み。まだ日本にもこんな
ところが残ってるんだって思うような場所でした。彼の実家は旧家で、
ご両親はどちらもかなりの年配でした。彼は末っ子で、上の兄弟たちは
すでに独立しているという話でした。ご両親はたいへん歓迎してくださり、
食べきれないほどの料理が出されました。何人か正月の手伝いに来ている
人たちがつくったものです。ほんとに時代がさかのぼったような感じでした。

ただ、彼とはあまり話ができなかったんです。というのは、彼は2日後、
その町の氏神神社で行われる祭礼で笛を吹くことになっていて、
その練習にでかけていたからです。12歳のときから毎年やっているらしく、
「曲自体は毎年吹いてて、自分は練習の必要はないが、
 まだ慣れてない人に教えなくちゃならないから」と言ってました。
あと、「結婚したらお囃子方はできなくなるんで、今年が最後だなあ」とも。
ぜひ彼が笛を吹いているところを見たいと言ったら、
「べつに隠してるとかじゃないけど、祭礼には旧村の人しか参加しない
 ことになってる。けど、親父に話して見られるようにしてもらうから」って。
祭礼は夜の6時からで、1月なのでもう真っ暗です。
彼は準備のために先に行ってて、ご両親に連れられて歩いていきました。

山の麓にその神社がありました。社殿は古く小さかったんですが、
とても立派な能舞台がありました。そこでお神楽をやるんです。
神主さんが出てきて、ひとしきり祝詞などを唱え、それからお神楽が
始まりました。彼は囃子方の前列で横笛を吹きました。
お神楽の筋は、台詞がまったくないのでよくわかりませんでしたが、
鬼退治みたいな内容だったと思います。老人の面をつけた人が舞っている
ところに、青い面をつけた鬼が現れ、老人は逃げ去って、
かわりに剣を持った人が2人出てきます。そして鬼を退治する。
そういう単純な内容だったと思います。印象に残っているのは、
とても怖い鬼の面。人の顔の倍くらいの長さがあり、濃い青で、頭の頂点から
金色の一本角が出ていました。体には金糸銀糸の装束をつけていたと思います。

それと、お囃子は全体として単調なものでしたが、いよいよ鬼が殺されるとき、
彼の横笛の独奏になるんです。それが、なんとも不思議な旋律で、
急調子だと思えばゆったりになり、また速さを増していって、
横笛では出るとは思えない低い音がうなりのように響いて、唐突に終わるんです。
祭礼が終わって戻ってきた彼に、「すごい曲だったね」と感想を言うと、
「あれ、名前はなくて、この地域ではただ秘曲って言われてる。
 平安時代から続いてるみたいで、もとは中国の曲なのかもしれない。
 正月の祭礼のときにしか演奏しちゃいけないきまりなんだけど、
 でも、今のところ吹けるのは僕しかいないんだ。ほら、結婚すると
 もう参加できないって言っただろ。だから、今2人の中学生に教えてて、
 一人はもうすぐ完成しそうだ」こんなふうに言っていました。

それで、これがいけなかったんだと思いますが、私、その曲をこっそり練習して
クラリネットで吹いて彼を驚かせてやろうって考えちゃったんです。
秘曲ということの意味がよくわかってなかったんですね。1回聞いただけ
ですから、もちろん完全には覚えてないですが、サビの部分だけは
頭に残ってました。まず最初、ピアノで弾いてみたんです。
とても広い音域を使ってるんですが、さっき話したように、横笛でそんな
音が出せるとは思えない。ですから、似ても似つかない感じになりました。
それが悔しくて、ピアノ室にクラリネットを持ち込んで、
彼に内緒で少しずつ練習しました。吹くたびに新しい発見があり、
出せない音はどうにもなりませんでしたが、あの神社で聞いた曲にだんだん
近づいていったんです。一度、ああ今のはかなり近い、と思ったときがあり、

そのとき、上げていたピアノの蓋が、がたんと音を立てて落ちたんです。
でも、たまたま偶然だろうと。そうやって、少しずつ、少しずつ、
秘曲に近づいていきました。今年の3月です。そのときは実家に戻ってまして、
出身中学の吹奏楽部の練習に顔を出したんです。まだ、コンクールには
間のある時期でしたので、みんなのんびりと練習してました。
で、練習の最後にみなで音を合わせたとき、顧問の先生が、
「お姉さんが一曲、演奏してくれるよ」と言われ、照れながらクラリネットを
持って前に出ました。そこで吹いたのが秘曲です。その頃には、
もうかなり完成に近づいてました。吹き始めると、頭の中にあのときのお神楽の
情景が浮かんできて、われを忘れました。どうやったのか自分でも
わからないんですが、クラリネットではありえない低い音も出たんです。

やがて鬼が退治される場面まできたとき、顧問の先生が「あ、ストップスットップ、
 ちょっとやめて!!」と大きな声を出し、はっとして楽器を離すと、
イスに座った子どもたち全員が、硬直したように背筋を伸ばし、目に涙を浮かべて
小刻みに震えていたんです・・・ここで気がついてやめればよかったんですが・・・
もしかしたら、私の心が何かに取り憑かれていたのかもしれません。
その2日後、彼の部屋で朝を迎え、ベッドでまだ眠っている彼の横に立ち、
クラリネットを出して秘曲を吹き出した自分がいました。曲が進むと、彼の首筋から
背中にかけて、ぞわっと青い毛が生えてきました。そこで目が覚めた彼は、
驚いた表情で私のほうに手を伸ばしてきましたが、すぐ両手で自分の頭を押さえました。
指の間から、金色に光る角が見えました。彼は両腕をふり回して部屋から飛び出し、
それ以後、音信不通になってしまって、実家に戻っていることしかわかりません。






塩のオカルト

2019.12.20 (Fri)
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今回はこういうお題でいきます。少し前まで「塩呪い」というのが
流行ってましたよね。やり方は簡単で、自分の願い事を
紙やトイレットペーパーに書き、ひとつまみの塩を包んで
皿の上で燃やす。残った灰はトイレに流す。たったこれだけで、
特別な準備は何も必要ないのがウケた理由かなと思います。

さて、では、塩には魔力があるんでしょうか。もしあるとしたら、
その力の源泉はどこから来ているんでしょうか。
ネットのホームページを見ても、これについてきちんと
説明しているところって、ほとんどないんですよね。

少しだけ塩の歴史をふり返ってみましょう。調味料、あるいは
保存食をつくるための材料としての塩は、縄文時代からありました。
塩をつくる方法は、海水を煮詰めるという単純なもので、
このためには大量の薪が必要になります。
日本では岩塩の採取はほとんどなかったようです。

縄文時代の製塩土器 弥生時代の西日本のものはまったく形が違います
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海水を煮詰めるのに使われたのが製塩土器で、独特の形状を
しているので、出土すればすぐにわかります。
縄文時代の製塩土器は東日本に多く、弥生時代のものは
西日本に多い。これは当然で、人口の面では、
縄文時代は東日本優位、弥生時代は西日本が優位でした。

あと、縄文時代と弥生時代の製塩土器ははっきり形が違っています。
自分は、弥生時代のものは大陸から技術が伝わったんじゃないかと
考えています。この、海水を直接煮る方法がだんだんに進歩し、
最初に灌水(濃い海水)をつくり、それを煮詰めるようになります。

藻塩焼き神事
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「藻塩焼き」といって和歌にも出てきますが、海水をかけて
乾かした海藻を焼き、その灰を海水に混ぜて煮詰める。
この藻塩焼きを神事として行ってる神社は全国にいくつかあり、
有名なのが宮城県の「鹽竈(しおがま)神社」のものです。

さて、塩に厄除け、厄祓いの効果があると考えられるのは、
神道からきたものです。イザナミが亡くなった妻を追って
黄泉の国に行った帰り、橘之小門(たちばなのおと)というところで、
海水で体を洗って身を清めます。これが禊の始まりですね。
神道では、死とそれに関連することは穢れとみなされました。

禊をしたイザナギから、アマテラスら三貴神が産まれます
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あれ、変ですよね。現在は、お葬式の後に塩の小袋が配られますが、      
葬式のほとんどは仏式です。でも、本来の仏教には、
死を穢れとみなす考え方はなかったはずです。死は涅槃、成仏
解脱などと言って、この世を離れて別の世界へと旅立つ契機です。
めでたいとまでは言いませんが、穢れているということもない。

本来、塩で死穢を祓うという概念は仏教のものではないんですね。
そのため、仏教界では議論が起きています。「清め塩」は仏教の教義に
由来するものではない、廃止するべき、と最初に浄土真宗の寺院が
声を上げ、その意見に賛同する他の仏教系各宗派も増えてきています。

清め塩、一説には塩呪いにはこれを使うとも
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うーん、これには、冠婚葬祭業者が一枚からんでるんでしょう。
昔は、葬式は自宅か檀家になっている寺で行われていましたが、
業者が入り込んできて、現在はセレモニーホールでやることが
多いですよね。業者にしてみれば、儀式に関連した小道具は
多ければ多いほどいい。そのぶんお金になりますから。

そこで、民間信仰を取り入れて参会者に塩の小袋を配布するなどの
ことが始まり、塩によるお清め、厄除けが仏教と関連づけて見なされる
ようになったんです。ですが、上で書いたように、本来は神道から
きたものですし、商店や旅館などでやっている盛り塩も神道系です。

刃傷松の廊下
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さて、もう過ぎてしまいましたが、12月14日は赤穂浪士の
討ち入りの日でした。浅野内匠頭が吉良上野介に刃傷を加えた理由は
いろいろとりざたされていますが、その一つに塩争い説があります。
吉良の所領三河国と播州赤穂は、どちらも塩の産地で、
塩の新製法を教えなかった内匠頭に上野介が嫌がらせをした。

でも、これはありえないですね。当時の塩の製法は特に秘密という
わけではなく、赤穂のように大々的にやっていれば、もし秘密
だとしても守れません。味もほとんど変わりがなかったはずです。
さらに、互いの領地は距離的に離れており、
後世につくられた面白説と言うしかありません。

さて、現在の塩はイオン交換膜製塩法で純粋な塩化ナトリウムが
つくられています。塩は明治時代から専売制がとられていましたが、
1997年に廃止され、誰でもつくれるようになって、塩以外の海水成分
(にがり)を加えたものなどが販売されるようになりました。

bigbossman家の水槽


自分は海水魚飼育を趣味にしていて家には水槽があり、
けっこう大きいため、年間にすればかなりの量の人工海水を
使ってます。なめてみたことも何度かありますが、自分は
グルメではなく、舌には自信がないので、食卓塩との違いは
よくわからなかったです。言われてみれば多少苦いのかなくらい。

さてさて、ということで、塩のオカルトをみてきました。
自分も、多くはないですが塩の呪力が出てくる怖い話を書いています。
盛り塩のやり方も、玄関の外に置く、室内に置くなど、
ネットのサイトによって違いがあるようですね。
では、今回はこのへんで。

盛り塩 
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ひものオカルト

2019.12.19 (Thu)
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今回はこういうお題でいきます。ひも、縄、西洋のロープも
含めますが、みなさんの中には、そんなものにオカルトがあるのか、
と思われる方もいるんじゃないでしょうか。ところが、これ、
多種多様なオカルト的な意味を含んでいます。その理由は
はっきりしていて、ひもの歴史が古いからですね。

今でこそ、ひもやロープはホームセンターで安価に買うことが
できますし、使う場面もかぎられていますが、古代においては、
ひもは人類にとってたいへん重要な道具でした。例えば、
たきつけの小枝を束ねる、狩りの獲物の足を縛る。釘などが
ない頃には、ひもで木材を縛って住居をつくってたんです。

ですから、日本の場合、冬に入って農業ができなくなると、
稲わらを利用して縄をなって備蓄しておきました。また、
稲わらは茣蓙(ゴザ)や筵(ムシロ)を編むのに使えますし、
草鞋や蓑(ミノ)の材料にも使われる便利なものだったんです。

船に順風をもたらす3つの結び目
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さて、ひもの持つ役割の一つに、「結ぶ」ということがあります。
西洋魔術では、結び目には力が集中すると考えられ、
パワーを蓄えておくための一種の装置だったんです。
まだ船が帆船だった頃、魔女がつくったロープの結び目は、
順風を呼ぶと言われて売られていました。

19世紀のイギリス、オークニー諸島には、ベッシー・ミラー
という名前の魔女がいて、3つの結び目のあるひもを、6ペンスで
船乗り相手に販売していたという記録が残っています。
こういう場合の結び目は、解けると魔力を失ってしまいます。

日本では「縁結び」という言葉がありますよね。男女の縁、
また養子縁組の親子の縁など、2つ以上の別々のものを
結びつけるための呪術的な行為のことを言います。また、
これは中国由来ですが「運命の赤い糸」というのもあります。

インカ帝国のキープ
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あとは、結び目は情報を伝達することができます。南米の
インカ帝国では、キープというひもの結び目で数を表していましたが、
単なる数だけではなく、かなり複雑な情報も保存、伝達することが
できました。紙も筆記用具もいらない便利なもので、
インカにはそれを専門に教える学校もあったんです。

ひもの2つ目の役割としては、「囲む」ことがあげられます。
日本の神社の注連縄は、神域と現世を隔てる結界として
発達してきました。また、御神体を縄をめぐらして囲むのも
結界です。それと、禁足地の山の登り口などにも縄を張ります。

注連縄による結界
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3つめのひもの呪術は、「目をつくる」ということです。これ、
意味がわかりますかね。籠などのように、たくさんの目(穴)が
あるものは、魔物がおそれて近づかないとされ、家の軒下に籠や
笊(ザル)をかけるという形で、魔除けとして使用されていました。

西洋でも同様の発想があったようで、日本の晴明紋が西洋では
五芒星で、六芒星とともに魔術で使用されましたが、
もとは籠の編み目から来ていると考えられます。「あやとり」
というのがありますね、これ、日本発祥と思われている方も
おられるかもしれませんが、類似のものは世界各国にあり、

晴明紋(桔梗紋)
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アフリカのある地域、アメリカ先住民の間では呪術として
行われていました。日本のあやとりには「はしご」という技が
ありますが、これももともとは、目をつくるために考え出された
のかもしれません。ちなみに、自分はあやとりはまったくできません。

4つ目、「網をつくる」です。おそらく意味がわかる方は
多くないと思います。西洋魔術では、ひもを編んだ網は目に見えない
ものをとらえることができると考えられ、ひもでつくった網に花を
通すことで、花の妖精をつかまえることができるとされました。

あやとりの「四段はしご」
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あと、アメリカ先住民のオジブワ族には「ドリームキャッチャー」
という呪術があり、これを眠っている子どものそばに吊るすことで、
悪夢をつかまえてよい夢に変え、安眠ができるとされました。
もしかしたら、アメリカ先住民も赤ちゃんの夜泣きに悩まされて
いたのかも。現在は民芸装飾品になってますね。

さて、あとはひものオカルトとして、首吊りに使われるというのが
あります。首吊りに使われるひもは何が多いんでしょう。
今は荒縄ということはないでしょうし、洗濯ロープや針金が
多いんでしょうか。ネクタイも強度的には十分、
大人の男性一人分の体重を支えることができます。

ドリームキャッチャー
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さてさて、最後に、現代物理学の最先端に「超弦理論」があります。
昔は「超ひも理論」とも呼ばれてましたが、さすがに
ふざけた感じがするので超弦になりました。英語では
「super string theory」。なぜ「超」がついてるかというと、
それ以前に「弦理論」があり、その発展型だからです。

これまで、素粒子は質量や電荷はあっても、大きさのない点として
考えられてきましたが、それだと重力との関係がうまくあつかえない。
そこで、素粒子を振動する弦と考えたのが超弦理論なんですが、
これが正しいという証拠はまだ発見されてはいません。
では、今回はこのへんで。

プランク長さ以下のものは原理的に観測できない
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恐怖の扉の話

2019.12.18 (Wed)
これな、ずいぶん昔の話なんだ。昭和の40年代前半だな。
ただ、今とも関係なくはない。もしかしたら、ずっと続いてること
かもしれねえんだ。そういう意味では、ただの思い出話とは違う。
あれは俺が小学校5年生のときだな。〇〇市ってとこに住んでたのよ。
そうだ、誰でも知ってることだが、あそこの市は、ある企業の
本社があるお膝元で、すべてをその企業が支配してた。
市長はその企業の子飼いだし、今だと信じられねえかもしれねえが、
その企業の社員が交通違反をしても、軽いものなら警察も
見逃してたんだ。まあ、どこの話かはすぐわかるよな。
で、俺の通ってた小学校も、近くに企業の社宅があったから、
クラスの3分の2以上の子どもの親が社員だった。

ただ、そのことは、これから話す内容とはたぶん関係ないと思う。
当時はネットもゲームもなかったから、子どもの話題といえば、
まずマンガ、少年ジャンプの話。それからテレビ、あとはプロ野球とか。
じつは俺は相撲が好きだったんだが、それは少数派で、
相撲の話ができるやつはあんまりいなかったな。
で、テレビの話なんだよ。朝早く教室に集まった男子が、前の日の
番組の話をあれこれしてた。ほら、さっき社宅があるって言ったろ。
工場勤務してる親に合わせて、子どもも早く家を出されるんだ。
そんときに、あるやつ・・・山田ってしておこうか・・・が、
怖い番組の話を始めた。怖い番組も、知ってると思うが、
「あなたの知らない世界」とか流行ってたんだ。

うーん、当時はまだ心霊って言葉は一般的じゃなかったと思う。
怪奇特集なんて言葉を使ってたな。で、前日は日曜日だったんだが、
そいつは「恐怖の扉」って番組を見たって言う。けど、他のやつらは
誰も知らない。だから当然、何チャンネルで何時からやったのか聞いた。
そしたら、見たのは朝5時だって。それは無理な時間だよなあ。
親は連日の仕事で疲れきってて、日曜は下手すれば10時くらいまで起きない。
子どももそれに合わせて寝てるんだよ。そもそもだな、昔はその時間帯は
番組をやってなかった。砂嵐って知ってるよな。画面が灰色になって乱れてる。
要は電波が来てない。「嘘つくなよ」って皆が言ったが、山田は真剣で、
「俺な、リトルリーグで野球やってるだろ。そのレギュラーになりたくて、
 朝走ってるんだよ。5時から6時くらいまで。

 日曜だって休まねえよ。そんときも、親が寝てる中 起き出して、
 着替えて走りに出ようとしたんだが、居間に出てきたとき、ふっとテレビ
 つけてみたんだよ。やっぱ砂嵐だったが、チャンネルをガチャガチャ
 回してたらそれやってたんだ。いやあ、何チャンネルかはよく覚えてない。
 見てて怖くなって消したから。その後チャンネルは親か弟が変えちゃったし」
「どんな内容だったんだよ」 「画面の上のほうに赤い字で、恐怖の扉って
 出てた。映ってたのは部屋だな。薄暗い、かなり広い部屋。
 それで、真ん中に自動販売機が置かれてる。ただそれだけをずっと
 写してるんだ。俺が見てたのは3分くらいだったけど、その間に動くものは
 なかったな」 「自動販売機? コーラか?」 「わからん、暗くてはっきり
 しなかったが、全体が赤い気がしたからコーラなのかもしれん」

わかるかなあ。まず当時はテレビのリモコンなんてなくて、いちいち手で
回してチャンネルを変えてた。それと、自動販売機も少なくて、
メーカーもかぎられてたんだ。この話を聞いて、みなは口々に、
「そんな時間に番組なんてねえだろ」 「恐怖の扉なんて聞いたことがない」
そういい始めた。ただ、その山田は嘘つくようなやつじゃなかったんだ。
体が大きいし、スポーツもできて、ドッジボールなんか最高に上手い。
だから、本当かもしれないって考えたやつもけっこういたと思う。
山田はムキになって「俺が見たのは事実だ。あ、そうだ、先生が来たら
 新聞のテレビ欄を見せてもらおう。昨日の新聞も学校にはあるんじゃないか」
頭もいいやつだったんだよ。しばらくして担任が来たんで、理由は詳しく言わず、
「昨日の新聞見せてください」って頼んだら持ってきてくれた。

けど、やっぱ日曜の朝5時にやってる番組自体がねえんだ。NHKはじめ、
どのチャンネルも放送開始は6時から。地方都市だったから、キー局自体が
5つくらいしかない。山田はそれ見てふてくされたような感じになった。
で、その日の昼休み、山田は親しい友だちを集めて、「もしかしたら毎朝
 やってるのかもしれん。明日の朝、起きれるやつは5時にテレビつけて
 チャンネル回してみてくれ」こんなことを言った。そんときに俺もいたから、
ええと、翌日の火曜の朝だな。5時にテレビつけてみたんだ。
けど、やっぱ砂嵐だけでな。俺以外にもためしたやつが数人いて、やはり
「恐怖の扉」を見たやつはいない。山田は悔しそうに「俺も見れなかった。
 もしかしたら特別番組だったかもしれんし、日曜だけやってるのかも。
 嘘じゃないんだよ。次の日曜、5時にテレビつけてみてくれよう」って、

泣きそうな顔になってみなに頼み込んだ。で、日曜になって、
なんとか起きてテレビをつけた。砂嵐が出たんで、何度もチャンネルをぐるぐる
回してたら、映るとこがあったんだよ。覚えてる、7チャンネルで、
ふだんは放送が入ってないとこ。かなり乱れた画像だったが、工場の一画
みたいなとこが映って、上半分に赤い字で「恐怖の扉」って書いてある。
「あ、これか」と思ったが、なんとも気味の悪い画面でな。
あちこちボコボコに凹んだ自販機が真ん中にある。ただ、その自販機、
部屋の大きさに比べて小さいし、暗いんで細部がはっきりしないんだ。
電気もついてないから、何のジュースが入ってるのかもわからない。
ただ、ビールとかのじゃない、清涼飲料水の縦長のやつだった。どのくらい
見てたかなあ、10分くらいか。画面には何の変化もないままふっと消えて、

その後はまったく映らなくなったよ。俺も見たぜ、って明日学校で山田に
言おうと思ったんだができなかった。なんでかって言うと、日曜の午後に
山田が行方不明になったんだ。自転車でリトルリーグの練習に出た帰り、
そのままいなくなったみたいだ。月曜の朝、担任は山田くんは風邪で欠席です
って言ったんだが、これは誘拐を想定して秘密捜査が行われてたんだな。
山田の親父は企業の重役だったから。けども1週間しても見つからず、
警察は公開捜査に切りかえた。当時は子どもの誘拐はちょくちょくあって、
そのたびに大騒ぎになったから、あんたらも山田の本名は知ってるんじゃ
ないかと思う。結局、あれから40数年たって山田は行方しれずのままだよ。
え、山田の家族? いや、よくわからんなあ。親はもう死んでて不思議ない
齢になってるはずだし、俺は高校を卒業してその市を出たから。

ああ、その市の企業に勤めるのが嫌だったんだ。俺の親は両方とも
社員だったから、俺も優先的に採用されたはずだが、あえてまったく
別の職種についたんだ。あと、「恐怖の扉」な、山田がいなくなって、
日曜の5時には、思い出すたびにテレビをつけてみた。1回だけ映った
ことがあるんだ。俺が高3の春休み、その市を出る直前だった。
小学生のときとまったく同じ画像に思えたが、ちょっとだけ違った。
自販機の前に野球のグローブが落ちてたんだ。山田のだ!って思った。
・・・その後、テレビのチャンネルはリモコンで変えるようになり、
テレビ放送はバブル期なんかは一晩中やってたな。デジタル放送が始まって、
俺も「恐怖の扉」のことはほとんど思い出さなくなったんだよ。で、
2ヶ月くらい前だ。その市で、40数年ぶりに小学校の同級会があったんだ。

懐かしいんで出席した。俺と同じで同級生はみなジジイになってたが、
小学校のときの面影はあった。当時の担任はすでに亡くなってた。
あとな、今は俺の実家もその市にはないんだ。だから駅前のビジネス
ホテルに泊まった。山田の話は出なかったな。同級会の3次会までいって、
ベロベロに酔っ払ってホテルに戻った。翌日の始発で戻る予定だったんで
早く起きたが、まだ前日の酔いが残ってた。何気なくテレビをつけたら、
衛星放送のチャンネルなのに恐怖の扉が映ったんだよ。今までと
違うのは自動販売機が大きく画面に出てることで、入ってるジュース缶は
どれも全部同じ赤い色、そこに白い字で「山田〇〇」と書いてあった。
「あっ!」と思ってリモコンを落とすと、画面が乱れて消えた。
その後は見てないが、これ、どういうことなんだ??





 

夢占いってどうなの?

2019.12.17 (Tue)
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今回はこういうお題でいきます。みなさんはよく夢を見られる
ほうでしょうか。自分はどっちかと言えば見ないほうです。
寝て起きれば朝になってるという感覚ですが、それでもまったく
見ないというわけではありません。

自分の場合、例えば今日は仕事がないのでずっと寝ていられるなど、
時間があるときによく見ます。これ、そういう方はけっこう
多いんじゃないでしょうか。さて、夢は「REM睡眠」時に見る
場合が多いということがわかっています。閉じたまぶたの下で、
眼球が急速に動いているのがREM睡眠で、

このとき、脳は覚醒時と同じように働いています。半分寝て、
半分は起きていると言ったほうがいいかもしれません。
時間があって、いつもよりも長時間の睡眠をとっているときには、
そういった状態が起きやすいんだと思います。

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さて、夢は現代人だけではなく、古代人も見ますので、
古くから「夢とは何か?」ということが考えられてきました。
歴史的には、大きく2つの考え方が見られます。
一つは、睡眠中に魂が抜け出して実際に体験したことが、
起きたときに夢として思い出される。

例えば、自分がいないところで皆が自分の悪口を言っている
夢を見た。この場合、それは実際にあったことで、
魂だけになった自分がそれを目撃して帰ってきたということに
なりますが、でも、夢ってそういうものだけじゃないですよね。
もっと現実離れした荒唐無稽なものが多い。

「ドリームシープ」欧米ではポピュラーなオモチャ
キャプチャ

2つ目は、神のお告げとしての夢です。神が夢の中に現れて、
これから起きることや行動の指針などを示してくれる。
そのお告げは、個人的な内容もあれば、火山の大噴火などの
国の将来にかかわるようなこともあります。

夢のお告げを与えてくれるのは、その時代、その地域において
信じられていた神で、古代ギリシアの場合はゼウスや
アポロンでした。また、古代のバビロニアや中国では、
夢占いが盛んで、専門書までつくられていたんです。

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あと、「誕生夢」というのがありますね。歴史上の偉人が
生まれるときに、母親が、太陽がお腹の中に飛び込んできたなどと
いう夢を見るエピソードで、たくさんの人物にこれがあります。
でも、偉くなってから後づけでつくられたものがほとんどだと思いますね。

さて、その後長い時間をへて、19世紀、オーストラリアの精神科医、
ジークムント・フロイトが「無意識」という概念を提唱し、
夢は「無意識的に抑圧された幼児期由来の願望と、この願望と
結びついた昼間の体験の残滓が、検閲を受けながら加工され、
歪曲されて現れたもの」であると説明します。

フロイトの著作『夢判断』は、現代でも広く読まれており、
納得できる部分も多いんですが。あまりにすべてを性的なことと
結びつけてしまっているという批判があります。ただ、現在の
心理学、精神分析学、脳科学でも、どうして夢を見るのかという
理由ははっきりとはわかっていません。

周公旦


さて、ここからは『周公解夢 しゅうこうかいむ』について書いていきます。
これは中国の古書ですが、いつの時代のものかはっきりしてません。
作者は「周公旦 しゅうこう たん」とされ、周王朝で理想の政治を行った
として孔子がたいへん尊敬した人物です。ただし、周公旦とは時代が
合わない記述が多々あり、実際に周公旦が書いたものではありません。

中国でも、夢の解釈は難しかったので、内容は夢占いというより、
「こういう夢を見た人物がその後こうなった」というエピソード集
のようなものです。代表的なものをいくつかご紹介しましょう。
「胡蝶の夢」荘子の有名な話ですね。

「胡蝶の夢」
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夢の中で自分は蝶になって草原をひらひら飛んでいたが、
もしかしたらあれこそが現実で、今の自分が夢なのかもしれない。
しかしそんなことはどうでもいい・・・というような話です。
夢占いになっていませんが、これが最初に出てくるのには
何か意味があるはずです。

「呂望兆飛熊」これは周の文王が見た夢で、2本の翼を生やした
虎が自分のところにやってくるという内容でした。文王が
いぶかしんでいると、臣下が、それは人材を得るということ
でしょうと答え、はたして、その後大軍師になる太公望と出会い、
息子の武王の時代に、周は商を滅ぼします。

周の文王と太公望 呂尚


「丁固生松貴」丁固(ていこ)は三国時代、呉の政治家で、若き日、
自分の腹に大きな松の木が生える夢を見ました。「松」という漢字は
「十・八・公」と分解でき、自分が18年後に公(大臣)になるのだと
読み解いたら、そのとおりになったという話。これなんかは
完全な予知夢で、年数までわかってしまいます。

さてさて、興味を持たれた方は、けして長い文章ではないので、
読まれてみてください。現代語訳がネットにも出ています。自分は
占星術師で、夢占いはやりませんが完全に否定してはいません。
夢から何か実生活上のヒントを得ることはありそうな気がしますね。
では、今回はこのへんで。

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キリストの墓3+

2019.12.17 (Tue)
アーカイブ192



今回もクリスマスに向けて、キリスト教のお話。まず、キリストの墓に
ついて話す前に、イエス・キリストは実在していたのか、
という議論は当然あるでしょう。何しろ2000年も前の人物ですから、
実在しなかった可能性もあるとは思います。

とはいえ、そこまで疑ってしまっては話が進みませんので、
ここは実在していたということを前提にして考察していきます。
で、キリストの墓についてなんですが、
3つほどの考え方があります。

① キリストは処刑から3日後に復活し、40日後に天に昇ったとする
  考え方。この場合、キリストの復活はその肉体も含みます。
  ですから、キリストの墓には遺骸は残されていないわけです。
② キリストは復活したが、それは霊魂だけであり、
  肉体は墓に残されているとする考え方。
③ ②と似ていますが、実在するキリストは人間であり、
  死後の復活などはなく、当然、墓にはその遺骸があるとする考え方。

これ、キリスト教の教義的には、もちろん①が正統です。
②はグノーシス主義的な考え方であり、異端であるとされます。
③は宗教から離れ、「ナザレのイエス」という人物は実在していたが、
「神の子」ではなく、普通の人間であったとするものですね。

さて、キリストの墓のとして、有名な2つの候補がエルサレムにあります。
一つは、「聖墳墓教会」です。これはエルサレム旧市街にあり、
ローマ帝国皇帝コンスタンティヌス1世によって、
4世紀頃に建てられたと考えられています。

当時そこはヴィーナス神殿でしたが、発掘によって聖釘や聖十字架が
見つかり、その場所がゴルゴダの丘と比定され、神殿を取り壊して
建設されたことになっています。キリストのものとされる石墓の上には、
「エディクラ」と呼ばれる小さな聖堂がつくられています。
この「聖墳墓教会」については、最近ニュースで取り上げられていました。

「今回、教会の中にある埋葬用の洞窟(横穴)から採取された残留物が
科学分析にかけられ、その結果がナショナル ジオグラフィックにもたらされた。
それによって、墓はやはり古代ローマ時代にはすでにあったことが確認された。
分析にかけられたのは、本来の墓とされている岩と、
それを覆っていた大理石の板の間から採取された漆喰で、
西暦345年のものと測定された。」
(ナショナル ジオグラフィック)

約200年ぶりにキリストの墓の科学的調査が行われて、
その年代測定が行われたということです。
年代測定は放射性炭素によるものだと思われますが、
西暦345年という細かい年代まで特定できるのかどうか、

自分には疑問があります。まあ、今回の調査でわかったのは、
墓自体がコンスタンティヌス1世時代のものである
ということですが、キリストはそれよりも300年も前の人です。

「聖墳墓教会」のエディクラ


さて、2つ目の候補地として、「園の墓」と呼ばれる場所が、
エルサレム内城のすぐ北あります。上記の「聖墳墓教会」は
エルサレムの城壁内にあるんですが、聖書の記述から、
ゴルゴダの丘は城壁の外にあったのではないかと考える人々によって
疑問が出され、この場所がキリストの墓として整備されました。

プロテスタントの中には、こちらが本物だと考える人もいます。
ここで注意していただきたいのは、「聖墳墓教会」も「園の墓」も、
そこがキリストの処刑地と考えられて墓の候補地にあげられたので
あって、墓は自体は後世に作られたものです。ですから、
当然、その中にキリストの遺骸はありません。

エルサレムの「園の墓」


さて、3つ目の候補ですが、映画『タイタニック』や『ターミネーター』
シリーズで有名なジェームズ・キャメロン監督が、2007年に
テレビ番組のドキュメンタリーで紹介したものです。
1980年代、イスラエルは建設ラッシュで、

それにともなって多くの遺跡が発掘されたんですが、エルサレムの
タルピオットで発見された墳墓には10体分の石灰岩の骨壷が
見つかり、それぞれに、イエス、マリア、マタイ、ヨゼフ、マグダラの
マリアという名前がアラム語で書かれていたというんですね。

タルピオットのキリストの墓とされるもの


さらに、6つ目の骨壷にはなんと「ユダ、イエスの息子」と
記されていました。これは驚きですよね。新約聖書に登場する、
キリストの周辺の人物の名前がほとんどあり、
しかもイエスの息子の名前まで出てくるんですから。

もしこれが本当にキリストの墓であるとしたら、大変なことになります。
しかし残念なことに、考古学的にはこれらの骨壷の年代の特定は
難しいようです。この、結婚して子どもまでいるキリストの人間像は、
映画になったダン・ブラウンの小説、『ダ・ヴィンチ・コード』に
大きな影響を与えていると思われます。

この放送に対して、熱心なキリスト教徒から多くの批判が
寄せられました。これは当然ですね。上に書いた①のように、
多くのキリスト教徒は、キリストの肉体は復活して昇天し、
この地上に遺体は残されていないと考えているわけですから。

さらに、キリストに息子がいたなどというのはとんでもない
話なんです。当時のユダヤ人にとって、ヨゼフ、マリア、イエスは
ありふれた一般的な名前でした。ですから、
単なる偶然の一致だろうと批判されたわけです。

さてさて、題名に3+1とあるのは、じつは日本にもキリストの墓とさ
れる場所があるんですね。ご存知の方も多いと思いますが、
青森県、戸来村(現在は三戸郡新郷村)にある塚に、昭和初期、
新宗教団体の教祖であった竹内巨麿が「十来塚」と名づけ、

日本に渡ってきたキリストの墓であるとしたものです。
戸来(へらい)の名がヘブライに通じるなど、いろいろもっともらしい
ことが言われていますが、これがキリストの墓であるという
まともな根拠はありません。では、このへんで。

関連記事 『聖遺物の話』











クリスマスあれこれ

2019.12.17 (Tue)
アーカイブ191

っっs (4)

さて、もうすぐクリスマスということで、今回はこういうお題でいきます。
日本は、宗教的には仏教国に分類されることが多いですが、
神道も盛んです。また、キリスト教的な行事であるクリスマスも、
たいへん盛り上がっていて、ちょっと街を歩けば、たくさんの飾りつけを
目にすることができますし、クリスマスソングも流れています。

ツリーを飾る家庭は多いでしょうし、寝る前に、枕元にくつしたを下げる
お子さんもいると思います。ただ、クリスマスの儀式というか習慣って、
日本に取り入れられているのは全体の一部分なんですね。ここでは、
自分がアメリカに住んでいた時代に目にしたことを中心に、それ以外も含めて、
日本ではあんまり知られていないものをご紹介したいと思います。

・棚の上のエルフ(Elf on the shelf)
エルフはもともと、北欧神話に登場する妖精です。
それが、J・R・R・トールキンのファンタジー小説、『指輪物語』で、
長身に痩せぎす、耳の長いイメージで描かれ、映画などで
広まりました。でも、もともとはそんなに大きくはないんですね。

「棚の上のエルフ」は、アメリカのクリスマスのギミックの一つで、
たぶんそれほど古いものではありません。現代の絵本で広まった
んじゃないかな。下の画像のような人形で、サンタクロースの
スパイとして、12月になると子どもの部屋に現れます。
ただし、現れる場所は毎日違うんです。

Elf on the shelf
っっs (3)

エルフは、子どもたちがクリスマスまでの1ヶ月間、
どんなことをしているか監視する役割なんです。そして、
子どもたちが寝てから、北極まで飛んで、良いことも悪いこともすべて
サンタに報告します。で、その内容によって、もらえるプレゼントが
決まることになります。もしすごく悪い子だった場合、

プレゼントなしになることもあるみたいです。子どもは、
このエルフにはさわってはいけないことに決まっています。まあ、
実際には、子どもが寝てから、親がエルフ人形を部屋のあちこちに
動かしてるわけなんですが、「Elf on the shelf」で画像検索すると、
さまざまな場所にいるエルフ君の姿を見ることができます。

・サンタさんへのお礼(milk and cookies for Santa)
みなさんの家庭では、サンタクロースへのお礼などを、準備されて
いるでしょうか。アメリカ、カナダでは、クリスマスイブの晩餐の後に、
ミルクとクッキーの皿をテーブルの上に残しておく場合が
多いですね。(下図)

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ヨーロッパだと、シェリー酒やビール、砂糖粥のようなものが
用意されます。あと、サンタの橇を引くトナカイ用に、ニンジンが
残されている場合も多いですね。これ、昔は石炭だった
みたいですが、だんだんにニンジンに変わっていったんです。
石炭といえば、それが子どもへのプレゼントになる場合もあります。

・ループレヒト(Knecht Ruprecht)
これはアメリカではあまり聞かず、主にヨーロッパのドイツ系の伝説です。
サンタクロースはクリスマスに一人で各家々を回っているわけではなく、
ループレヒトという妖精と一緒に来ることになっています。

ループレヒトは顔じゅう黒ひげで、フードをかぶり、手に麻袋と小枝の束を
持っています。(下図) これは悪い子を叩くためのものです。ヨーロッパの伝統では、
クリスマスのプレゼントは一種の契約なんですね。1年間良い子にしていたなら、
サンタからプレゼントをもらえますが、そうでなかった場合、子どもは、
ループレヒトにムチで叩かれたり、袋に入れて連れて行かれたりします。

っっs (1)

また、石炭などのつまらないプレゼントを与えられることもあるんです。
youtubeで「bad present」で検索してみてください。
下の動画では子どもたちがプレゼントの箱を開けると、
腐ったバナナとか、タマネギなんかが出てきて泣いてしまいます。
(もちろん、ちゃんとしたプレゼントがその後に渡されます。)



・その他
あとはそうですね。自分がいたアメリカの中西部では、数十mもある
巨大なイルミネーションを持ってる家が多く、庭や屋根までに広げてピカピカ
光らせてました。ですから、夜に住宅街を歩くとかなり壮観でした。
これは、自分の家だけではなく、地域全体で祝おうという意識が強いからです。

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映画の『グレムリン』では、「クリスマスなんてくだらない」と言って、
何も祝おうとしなかった金貸しのイジワル婆さんが、街で一人だけ、
グレムリンの騒動で屋根から放り出されて死ぬことになってましたが、
それも、このあたりのことを踏まえてなんですね。自分と恋人、家族だけで
楽しむのではなく、チャリティーも活発に行われています。

それから、日本ではクリスマスケーキを食べますが、アメリカでも
ないわけではないものの、あんまり用意する家は多くないんです。
そのかわり、クッキーとミルクは必ず出ます。七面鳥は食べますが、
日本のようにチキンのモモ肉とか唐揚げはまず出てこないです。

さてさて、ということで、日本に入ってきているのはクリスマス儀式の
一部分ですし、考え方もずいぶん違っています。いいのか悪いのか
わかりませんが、日本人好みのクリスマスに変質してしまって
いるんですね。まあでも、日本では宗教ではなく年中行事なので、
それもしょうがないのかもしれません。では、今回はこのへんで。





色のオカルト

2019.12.16 (Mon)
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今回はこういうお題でいきます。これは「色っぽい」の色ではなく、
赤、黄、青・・・などの色彩のことです。どんなことが書けます
でしょうか。さて、物の質量や体積などは「物理量」と言います。
これに対し、色は「心理的物理量」と呼ばれてるんです。

心理という語が使われていますが、心があるのは人間だけと一般的には
考えられてますよね。(動物にも心があるという議論もありますが、
今回はふれません)つまり、人間がいてこそはじめて成り立つ
物理量なので、心理的物理量という言い方をするんです。

光の波長
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みなさんは現在、何色の服を着ておられるでしょうか。青? 赤?
でも、もし部屋の電気を完全に消してしまうと、服の色は
すべて黒になります。「そりゃ光がなければ見えないんだから、
黒になるのは当然だろ」と思われるかもしれません。たしかにその
とおりで「光がない」 「見えない」は重要なキーワードになります。

「物には色はない」という考え方があります。ただ、その表面が
ザラザラしていたり、ギザギザ、つるつるしてたりというミクロの
特性を持っています。その違いによって、ある波長の光は反射され、
ある波長の光は吸収されます。そして、反射された光が
青だった場合、われわれの目にはその物体が青い色に見える。

色を認識する仕組み
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「じゃあ、色があるのは物じゃなく光なんだ」こう考えられる
かもしれません。たしかに、空には虹がかかりますし、あれは光が
作り出しているものです。白色光をプリズムに通せば、虹の7色に
分かれます。光の波長の違いによってできるんですね。
では、光が色を持っているかというと、これも難しい。

赤外線、紫外線などという言葉がありますが、人間の目には見えない、
長い波長の光が赤外線、逆に、短い波長が紫外線です。
ですが、例えば鳥なんかは紫外線が見える種類が多いんです。
生物は、物から反射した光の波長を視神経でとらえ、信号に変えて
脳に送ります。そして、最終的に脳がみなさんに色として認識させる。

人によって違った色の組み合わせに見える不思議な画像
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人間の中でも、「色覚異常」を持つ人がいます。(この言葉は、
以前は色盲とされていました)視細胞の先天的異常からくるもので、
日本人男性の5%に先天赤緑色覚異常があるとされます。
ここまでのことをまとめると、光と視覚があって、
はじめてわれわれは色を認識することができるんです。

あ、一般論を書いているうちに半分まできてしまいました。
さて、みなさんはどんな色が怖いですか。まず最初に、黒か赤がくるん
じゃないかと思います。黒は光のない闇、夜の色です。
人間がまだ文明以前だった頃、夜はたいへん危険なものでした。
物が見えませんし、眠りについて無防備になります。

ですから、洞窟にこもって火を焚いたりしました。われわれの無意識の
中に、「夜は危険」ということが刷り込まれているのかもしれません。
われわれは危険に襲われたとき、脳が高速で働いて回避の手段を
考えますが、周囲が見えなければそれもできません。

ホラー映画の基調は青い色
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赤はわかりますね。血の色です。例えば、狩りで獲物の血を見ると
興奮しますし、逆に自分が血を流した場合、命の危険が迫っています。
ホラー映画のポスターや、実話怪談の表紙には、
ひじょうに高い確率で黒と赤が使われています。

それから白でしょうか。幽霊の一般的なイメージは、長い黒髪と       
白い服、『リング』の貞子みたいな感じですよね。
これ、不思議なことに、金髪の人もいる外国でもそうなんです。
英語で、「White Lady」を検索してもらえればわかりますが、
世界各地に白い服を着た幽霊の話があり、その多くは黒髪です。

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では、どうしてパステルカラーの服を着た幽霊って少ないんでしょうか。
これは、色が人間の心理に影響を与え、感情を刺激するところから
きていると思われます。暖色、寒色という言葉がありますが、
一般的には、赤系は興奮、青系は沈静とされます。また、
軽い色ー重い色、固い色ー柔らかい色 などという分類もできます。

もし、幽霊がうすいピンクの服を着ていた場合、パステルピンクは
軽い、柔らかい、幸福、愛情などのイメージを喚起するとされ、
怪談にはまったく不向きです。もっとも、心温まる幽霊の話なども
ありますので、そういうときにはいいかもしれません。

あと、柄物も怪談に不向きなんですが、和服の場合はそうでもない
んですね。白地に大きな青い牡丹の柄の浴衣の幽霊なんてのは
かなり怖い気がします。ということで、怪談には、特に効果をねらった
のでないかぎり、ドラえもんのTシャツを着た幽霊は出てこないんです。

和服は柄物でも怖い
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さてさて、じつはハリウッド映画では、画面の色や明るさが観客の心理に
与える影響は深く研究されています。これには、映画がモノクロから
カラーに変わって以来の数十年のノウハウの蓄積があるんです。
映画が便利なのは、画面全体の色調を変えられるところで、青を主体に
すれば、それだけで怖く感じてしまいます。空気感を操作できる。

で、この色調や明度は細かく変化しています。例えばスプラッタ映画で、
ドバっと血が出るシーンでは、それを強調するために全体の色調も
白く変わる。自分なんかは画面の変化で、次にどんなシーンがくるか
だいたい予測できます。このあたりのことに注意してホラー映画を見ると、
新たな発見があるかもしれません。では、今回はこのへんで。

赤黒のホラービデオパッケージ
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二つの顔の話

2019.12.15 (Sun)
※ 実話怪談ではなくホラー小説です。長いです。

僕、虫屋だったんです、今はもうやめてますけど。誤解されると
いけないんで いちおう説明しますけど、昆虫をあつかうプロの
業者ということではありません。アマチュアで、昆虫の観察、
捕獲、飼育、標本作成などを趣味とする愛好家のことをそう呼ぶんです。
昆虫だけじゃなく、鳥が対象だったら鳥屋、野草だったら野草屋。
オタク趣味だと思われるかもしれませんが、昆虫の観察のためには
草原や森林に入らなくちゃなりません。山にも登ります。
体力を使うし、健康にもいい。それとね、今はほら、ネットのおかげで
共通の趣味の仲間がSNSなんかで集まれるでしょ。だから、昔は単独行が
主流だったのが、観察会もひんぱんに開かれるようになって人との
交流があるし、オフ会と称してバーベキューなんかもやります。

それと、僕の場合、この趣味は仕事と関係なくもなくて。ええ、
県営の博物館勤務なんです。博物館には昆虫標本もあるし、企画物として
世界の昆虫展なんかも開催します。だから、虫の知識があるのは
重宝されてますよ。・・・すみませんね、趣味の話ばっかりして。
もう2つだけ説明させてください。一口に虫屋と言っても、専門が
細かく分かれてるんです。蝶が専門なら蝶屋、バッタ類ならバッタ屋、
中にはカメムシ屋なんて人もいます。僕は甲虫屋です。甲虫の中でも、
カブトやクワガタじゃなく、カミキリ虫が好きで。あともう一つ、僕は飼育や
標本作成はしません。写真撮影だけ。そういう人は多くなりました。
自然が年々せばまって、虫の数が少なくなって、数年で死ぬ虫とは
言っても、標本のために殺すのはかわいそうでね。

命が短いからこそ、自然の中でそれをまっとうさせてやりたいんですよ。
・・・長々とすみませんね、ここから本題に入ります。カミキリ虫って、
幼虫は木の中で生活してます。朽木や倒木が多いですね。だから、
幼虫がいる木を見つけておけば、時期が来たら成虫に会うことができる。
でね、場所は言えませんが、ある避暑地の森の中に、カミキリ虫の
宝庫を見つけたんです。近くに別荘地があって、車で行くことができます。
そこの別荘の多くはバブルの頃に建てられたもので、今は所有者が手放し、
でも解体もされず、荒れ果てている家が多いんです。
1年半ほど前にその場所を見つけて、シーズンにはときどき通ってました。
森自体は国有林なので、本当は許可が必要なんでしょうが、荒らしたり、
何かを持ち出すわけじゃなく、写真撮るだけなんでフリーに入ってました。

あれは去年、3回目に行ったときです。写真をたくさん撮って、満足して
別荘地の坂に置いてある車に戻ろうとしたとき、近くの木の枝から
どさっと何かが落ちてきたんです。大きな蛇でした。驚きましたが、
ひと目見てアオダイショウってわかって安心しました。こいつは
毒を持ってない。蛇はいたるとこにいますが、危険なのはマムシだけです。
いちいち怖がってちゃ虫屋はやってられませんから。ただ・・・
草の中でのたうってるその蛇、違和感があったんです。頭が2つ見えました。
最初は2匹の蛇がからみあってるのかと思いましたが、よく見るとそうじゃなく、
一つの胴体から頭部が2つ出てる。奇形の蛇だったんです。
片方の頭は体につり合った普通の大きさ、もう一つはその半分ほどに細く、
両目が白かったです。蛇は僕の存在を察知し、大きいほうの頭が

ひとしきり威嚇の音を出してから、藪にもぐり込んでいきました。
カメラを構えたんですが、撮れたのは尾の部分だけでしたね。
で、車に戻ったとき、その脇にある別荘の2階の窓に動くものが
あったんです。ええ、その別荘はまわりのよりも大きく、
手入れがされていて、まだ使われていました。草なども刈ってあるので、
そこに車を停めてたんです。ヨーロッパ風の窓には濃い緑のカーテンが
かけられましたが、その中央部が数十cm開いて、
中の人が僕のほうを見てました。カーテンにつつまれるようにして、
髪の一部と顔の輪郭だけが出ていました。まだ若い女性・・・
15、6歳くらいか。カーテンの色を写して緑ががった顔。
それが、西洋絵画の人物のように美しかったんです。

でも、数秒でカーテンは閉ってしまい、残念な気持ちになりました。
もっと今の顔を見ていたかった・・・ 少しの時間待ったんですが、
もうカーテンは開かれることはなく、そのときはそれで戻ったんです。
それから2週間後ですね、平日だったはずです。ほら、僕は博物館勤務で、
館は土日も開いてますから、代わりの休みがあるんです。
10月に入ってて、もう撮影のシーズンは終わりだったんですが、
下心がありました。またあの少女に会えるんじゃないかと思って。
だから、もしあの子が高校生だったとしたら、通学前の時間にかかる
早朝に出かけたんです。着いたのは7時半ころでしたね。
別荘前の駐車スペースに、それまで見なかった大きな外車がありました。
車のことはよくわかりませんが、ベントレーという高級車だと思いました。

僕が車を塀の脇に停めると、ちょうど外車のドアが開いて、
50代くらいの背の高い人物が出てきて、僕のほうに近づいてきたんです。
あ、まずい、何か言われるのかなと考えました。そういう別荘地の道は
私道の場合が多いので。僕が運転席側の窓を開けて顔を出すと、
その人の顔に笑みが浮かんでいるのがわかりました。
ああ、怒られるんじゃないのか。「やあ、どちらからです?」声をかけられ、
「すみません、朝早くからお騒がせして。県の博物館に勤めてる者です。
 この先の森で昆虫写真を撮ってます」すぐにそう言いました。
僕ら虫屋は、現地の人に怪しまれることが多くて。そういうとき、
博物館勤務というのは便利な言いわけです。続けて、
「ここ、車停めるとまずいですか」と聞いたら、

「いや、ぜんぜんかまいませんよ。ここの別荘地もすっかりさびれて、
 いまだに手放してないのは、私のとことあと数件だけですから。
 まして避暑シーズンでもないし、この道を車が通ることはありません」
おだやかな言い方でした。それから、昆虫写真のことを質問されて
話がはずみました。そのときの会話で、その人が医療法人の理事長を
していて、週に数回はその別荘に来ているということがわかったんです。
「このあたりの生態系は興味深いです。撮った写真をメールで
 送ってもらえませんか」と言われ、少し困りましたが、前に撮ったのが
あるのでそれを見せようと考え、車外に出てメアドを交換したんです。
そのとき、また2階の窓のカーテンが開いているのに気がつきました。
少しだけ出ている顔も同じ・・・いや、同じではなかったです。

目鼻立ちは前の印象とそっくりだったんですが、色が蝋のように白く
生気がない。両方の目もかたく閉じられていて、こちらを向いていても
僕を見ているわけではない。僕が気をとられているのに気づき、
理事長は少し困った顔をしましたが、「あれは末の娘です。かわいそうなことに、
 生まれつき珍しい病気にかかってまして。学校には行かず、ずっとこちらで
 療養しています。勉強のほうは家庭教師の先生が来てくれてますし、
 別荘内には常駐の看護師が2名います。6年前に妻に先立たれてしまって、
 私が週に数回、こうやって様子を見に来てるんです」そのとき、
窓の中の頭がぐらりと揺れ、サッシにぶつかったように見えました。
「あっ!」理事長は小さく声を上げ、「失礼、娘の様子を見てきます」
そう言って別荘の門に向かいました。

娘さんはガラスに顔を押しつけていて、薄い頬の肉が広がってました。
唇が何度も同じように動いて、何かを伝えようとしている。でもわからない。
そして、後ろにのけぞるように唐突に姿が消えました。
僕は、なんとも嫌な気持ちになり、その日の予定は変更して、車に戻ると
街に戻ってきてしまったんです。それから冬に入り昆虫写真はシーズンオフ。
ここからは今年の夏の話です。前年のことがあって、あの別荘地の森に行くのは
ためらってたんですが、いっぽう気になってもいました。それで、夏休み期間の
お盆前、もう一度訪れてみたんです。別荘地には早朝に着き、車をあの家の
横に停めました。2階の窓のカーテンは明るいベージュに変わっており、
でもしっかりと閉じられ、20分ほど待っても開くことはありませんでした。
今年はカミキリ虫のあたり年で、森のあちこちにたくさん姿が見え、

写真を撮るのに夢中になりました。車に戻ったのは12時過ぎくらいでしたが、
またあのベントレーがあったんです。自分の車のエンジンをかけたところ、
家の門から理事長が出てきて僕のほうに手を振り、大きな声を出しました。
ウインドウを開けると「降りてきてください。お時間あるでしょう?」
そう言われたので、車から出ると、理事長は興奮した様子で、
「2ヶ月前に系列病院で娘の手術をして成功したんです。長い間苦しみましたが、
 娘もやっと人並みの生活ができます。現在、リハビリをしてて、
 まだ用心して車イスを使ってますけど、立ち上がることもできるんです。
 どうです、娘の手術が成功したお祝いに、お昼を食べていってもらえませんか」
こんなふうに言われました。僕がためらってると「娘が会いたがってます」
手をとらんばかりに誘われ、おじゃまさせていただくことになったんです。

高い塀の中に入るのは初めてでしたが、けっこうな数の車がありました。
中は冷房が効いて涼しく、僕は大きな食堂に通されました。ヨーロッパの
絵画で見るような立派な部屋で、こった調度類や装飾品が壁に並んでいて、
真ん中に白布のかかった長テーブルがありました。僕は手を洗わせてもらい、
椅子を勧められて長テーブルの中央に座りました。それから、
年配の女性の使用人が次々に料理を運んできたんです。
理事長は向かい側に座って、「ほんとうは食前酒をお出ししたいのだけれど、
 車で来られてるので。無作法は勘弁してください」
そんなことを言われました。料理はその近辺で獲れたという鹿の肉、
海のない県ですが、シーフードのサラダなんかで、フランス料理のソースが
かかってるように思いました。理事長は饒舌に、

昆虫写真についての質問をあれこれとし、僕のほうも病院経営などのことを
尋ねて話がはずみました。ただ、娘さんの話題はどちらからも出なかったです。   
料理は、昼食にしては多すぎるくらいでしたが、理事長は、
「デザートにミートパイが出ます。娘が自分でキッチンに立ってつくったんです。
 いや、ここまで元気になるとは思いませんでした。あなたが食べてくださったら、
 あいさつに来させます」やがて出てきたパイは、小ぶりのホットケーキくらいの
大きさで、それなら食べられそうでした。上部に紫のベリーのソースがのり、
生地の表面にはチーズがかかってカリカリに焼けていました。
ナイフで切るとドロリと桃色の中身がこぼれ、一片を口に入れたとたん、
脳がとろけるような気がしました。それからは無我夢中でパイをむさぼり、
あっという間に食べつくしてしまったんです。理事長の目がなければ、

皿をかかえてなめたいくらいでした。「気に入ってもらえたようですね。今、娘を
 呼んでこさせます」やがてドアが開き、使用人に押されて車イスが入ってきました。
娘さんは白いドレスを着てましたが、上半身には緑のビロードがかけられ、
頭頂部から腰のあたりまでをおおっていました。顔は、最初に見たときと同じく彫像
のように美しい。目は薄い緑色で、日本人とは思えませんでした。理事長は、
「亡くなった妻はギリシア人で、娘はハーフなんです。これ、ごあいさつしなさい」
僕は立ち上がり、テーブルを回って車イスのほうに近づきました。娘さんが口を開き
ややかすれた声で、「私がつくったパイ、お気に召されました?」と聞いたので、
「はい、信じられないくらいおいしかったです。あんなの食べたことありません。
 材料はやはり鹿肉ですか」すると、娘さんはころころと鈴を鳴らすように
笑い出し、止まらなくなってしまったんです。理事長が「これ、はしたない」と

たしなめ、娘さんはやっと笑いがおさまった様子で、「鹿肉ではありません。
 今さっき、あたなが食べたのはわたし、正確にはわたしの妹ですが、おんなじこと」 
「!?」どういう意味なのかわかりませんでした。「あなたの・・・いもうと?」 
「そう。長い間いっしょに生活してましたが、2ヶ月前にお別れした」 
「どういうことです?」 「これでおわかりになるでしょうか」 娘さんは車イスを
押していた使用人に合図してビロードの布をとらせました。大きく胸の開いたドレスの
右肩から首にかけて厚く包帯が巻かれてました。「分離手術のときの傷です。この後、
 何度か皮膚移植をすればきれいになります」と理事長。「妹はかわいそうな子で、
 窓からお見かけしたあなたのことが好きだったみたいです。せめて保存して食べて
 もらえればと・・・」娘さんがそこまで言ったところで、僕は部屋から転げるように出て、
車に飛び乗って街まで走らせました。車中で何度か吐いたんですが一度も止まらずに。







ガラス(レンズ)のオカルト

2019.12.14 (Sat)
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今回はこういうお題でいきます。自分はガラス工芸が好きで、
趣味で少しずつ集めてるんですが、高価なものはありません。
仕事でヨーロッパに行ったときに見つけて買ったり、工芸家の
作品展で買ったり。本題とは関係ない話になってしまうんですが、

自分が好きなのは、透明ではない、曲線的、抽象的なものです。
くもりガラスのように向こうが完全に透けては見えない、
ねっとりと丸い形の作品。あと。動物とか植物とか、
何か具体物を表現したものは、いただき物ではありますが、
自分で買ったことはないです。

ガラス工芸
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さて、ガラスのオカルトってあんまりないんですよね。
思いつくのは、レンズに関係した話です。レンズはガラスを
研磨してつくられ、メガネ、ルーペ、顕微鏡、望遠鏡、カメラ
なんかに使われ、科学の進歩に貢献してきました。

これは怪談ではないし、推理小説ではもちろんないし、
あえて言えばファンタジーなのかな。江戸川乱歩に
『押絵と旅する男』という短編作品があります。乱歩本人は、
「私の短篇の中ではこれが一番無難だといってよいかも
しれない」と、気に入っていたようです。

ある男の兄が、気分がふさぎがちになっていたが、その後、
双眼鏡を持ってひんぱんに外出するようになる。弟が怪しんで
後をつけてみると、浅草十二階という当時の高層建築の最上階に
登り、双眼鏡で遠くを眺めている。何をやっているのかと

アニメ版『押絵と旅する男』
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弟が尋ねると、初恋の人を見てるんだよと言う。兄から双眼鏡を
借りてみると、たしかにその方向に美少女がいる。兄と2人で下に降り、
その場所に行ってみると、美少女は押絵の中の人物だった。兄は弟に、
双眼鏡を逆さにして自分をのぞいてみてくれと言い、弟がそうすると、
兄は小さくなって押絵の中に入ってしまいます。

弟がその押絵をずっと保管してるんですが、美少女は齢を
とらないで、兄だけがどんどん老人になっていく。弟は、兄夫婦が
寂しくないようにと、押絵を持って電車に乗り、外の景色を見せている
・・・こんな話でした。自分も小さい頃、双眼鏡を逆にのぞいた
ことはありますが、物が小さく見えるのは不思議でしたね。

「きもだめしめがね」
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これと似た道具がアニメの『ドラえもん』に出てきます。
「大きくなる虫めがね」という、そのものズバリの名前で、
そのルーペで見たものが見たとおりの大きさになる。
『ドラえもん』には、〇〇メガネというのがたくさん登場します。

「きもだめしめがね」というのもあったはずです。それをかけると、
ふつうの物がすべて怖く見えます。人間を見ると、その人の特徴が
強く出た妖怪になったり、たばこの火は人魂になって見える。
まあ、お化け屋敷や心霊スポットに行かなくても肝試しができる
という便利な?メガネなんですね。

こういう発想は他にもあります。映画では、プロレスラーの
ロディ・パイパーが主演した『ゼイリブ』という1988年の作品で、
監督はジョン・カーペンター。SFなんですが、現代文明を風刺した
社会的な内容でした。ある貧しい労働者が、ダンボールに入った
大量の黒いサングラスを見つけ、かけてみると世の中が違って見える。

『ゼイリブ』のエイリアン
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街中や新聞の何気ない広告が「命令に従え」 「結婚して、出産せよ」
「消費しろ」などという文字に変わる。ネタバレすると、
この世界はエイリアンに支配されていて、エイリアンは人間を
無意識で操って働かせている。このメガネではエイリアンの姿も
見えるので、主人公はプロレス技を駆使して戦うことになります。

あとはそうですね。ガラスは危険です。子どもが頭からサッシ窓に
ぶつかったりすると命の危険があります。はっきりした統計は出て
ないものの、ガラスによる死傷は、年間数百件はあるとみられてます。
廃墟などに探索に行く場合は、ガラス片が散らばっていることがあるので、
靴を底の厚いものにするなどの準備をしたほうがいいでしょう。

『オーメン』の首切断シーン
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映画では『オーメン』のシーンが話題になりました。重要な登場人物の
カメラマンが、トラックの荷台から滑り落ちてきたガラス板で
首を切断されてしまうところです。『オーメン』は正統的なオカルト
映画なんですが、今見ると、悪魔が信じられていない日本では
理解が難しい部分も多いです。

それから、鏡もガラス製ですよね。英語で鏡は「ミラー mirror」
ですが、「looking glass」とも言います。ルイス・キャロルの
『不思議の国のアリス』の続編は『鏡の国のアリス』で、
英語の原題は「Through the Looking-Glass」。ただ、以前に
鏡の話はあれこれ書いてますので、ここでは割愛します。

目の中から出てきた使い捨てコンタクトの固まったもの
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さてさて、みなさんの中にはコンタクトレンズを使用されている方も
いると思いますが、現実的な怖い話があります。イギリスで
白内障の手術をしようとした女性の目を検査したところ、
使い捨てコンタクトレンズが17枚重なったものが出てきました。
これを入れたまま何十年も生活していたようです。

あと、カラーコンタクトでも、失明した例がいくつも知られています。
ネット通販で簡単に買うことができますが、中には欠陥商品の
場合もあるので、信用できる大手のものを購入するのがいいと
思います。では、今回はこのへんで。

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