FC2ブログ

「T-1000」ってできる?

2020.05.31 (Sun)
アーカイブ292

映画「ターミネーター2」に登場するT-1000は液体金属のボディーを
持っており、体を自由自在に変形させ、狭い隙間を通り抜ける
ことができます。中国の研究チームがそんなT-1000を思わせるような、
水平方向だけでなく、垂直方向にも移動可能な液体金属を
作り出すことに成功しました。
(グノシー)

hshshs (4)

今回は科学ニュースから、この話題を取り上げてみたいと思います。
液体金属という概念は、上記の引用にあるように、
映画『ターミネーター』シリーズで有名になりました。
「T-1000」は未来の最新型のアンドロイドで、全身が液体金属でできて
いますが、その性能は、考えてみるといろいろ不思議なことだらけです。

おっと、まずはニュースの話からしていきましょう。常温で液体の金属
というと水銀がよく知られていますね。昔は、体温計の針は水銀で
できていたので、割れると中から銀色の水銀の玉がこぼれてきました。
ですが、水銀は毒性が強いので、だんだんにアルコールなどにとって
かわられるようになり、現在はほぼデジタル化されています。

水銀
hshshs (1)

この中国の研究チームは、ガリウム、インジウム、塩酸に浸したスズ合金を
まぜた、常温で液体となる金属を使っているようです。
ただ、合金が勝手に動くことはありませんよね。動力源がありません。
そこで、合金の中に鉄やニッケルの微細粉末を入れ、
磁石を使って人力で動かしています。

ガリウムの結晶
hshshs (3)

また、液体金属のままだと流れて広がってしまうので、
水の中に入れて操作します。これまでは、液体金属の表面張力のため、
水平方向にしか動かすことができませんでしたが、この研究では、
垂直方向に持ち上がるように動いています。

磁力で上に持ち上がる液体金属
hshshs (2)

これは、表面に酸化ガリウムの層が形成されることにより、
表面張力を抑え、磁力に反応しやすくしているとのことです。なるほど、
意味はわかりましたが、これを何に使うのか、応用が難しい気がします。
もし製品化されるとしても、かなりの時間がかかるでしょう。

さて、T-1000の話にうつります。T-1000は、上記したように、
映画『ターミネーター2』から登場してくるアンドロイドで、
アーノルド・シュワルツネッガーが演じる完全な機械作動の、
T-800型の上位機種となっていました。実際、かなり強かったですよね。

ただ、SF的なアイデアとしては面白いものの、これが現実化するには、
いろいろと問題点があります。まず、思いつくのは、
いったい何を動力として動いているのかということです。
T-800の動力源は、パワーセルという一種の電池でしたが、
T-1000の動力については、映画ではいっさい説明がありませんでした。

T-800 機械を有機組織が包んでいる
hshshs (1)

まあ、完全な永久機関とは考えにくいので、やはりどこかに電池を
隠しているんでしょうか。それとも、自然にある静電気や、
空気を分解してエネルギーに変えるなどの、未来の技術を持っているのかも
しれません。よくわからないと言うしかないです。

2つめの疑問は、全身を制御し、行動を決定するAIが
どこに入っているかということです。AI部分も液体金属でできてるんだろう
と考えられなくもないですが、後述するT-1000の特徴によって、
そのことは否定されてしまうんですね。

3つめは、体の粘性?を自由に変えることができる点です。
水が氷に変わるように、相転移を起こさせるんですね。
T-1000は、自分の指先をのばし、尖らせて槍のように相手を
突き刺すことができました。人間の頭蓋骨を軽々と通り抜けるので、
本来は硬い合金なんでしょう。

ふれた人間に擬態し、手を槍に変えて相手を殺す
hshshs (5)

それが瞬時に結晶構造を変化させることにより、液体化も可能・・・
と説明してみたものの、それって、実際に行うにはかなり
難しい技術ですよね。映画では、2029年に開発された
ことになってましたが、現状では不可能です。
AIが支配する世界ゆえの、技術的なブレイクスルーがあったんでしょう。

それから、T-1000は地のままでは金属光沢を持っていますが、
一度何かにふれると、そのものの質感や色をコピーすることができました。
これはそれほど不思議でもないような気がします。色というのは、
光の反射でできるものなので、ふれた物質の表面構造をそのまま
自分に写せば、なんとかなりそうではあります。



あと、T-1000は自分の体を複雑な機械に変えることはできません。
例えば、バイクや銃のようにはならないんですね。ですから、
映画の中では、銃は相手の持っていたものを奪って使ってました。
それと、火薬やガソリン、薬品などの化学物質にも変化できません。

これは当然でしょうね。できたら錬金術です。
ということで、簡単に考察してみたんですが、T-1000は超技術の
かたまりのようなアンドロイドです。これを造るには、人間の科学だと、
100年では不可能でしょう。200年でも厳しいかもしれません。

自己修復能力があるので、倒すためには、全身にくまなく
ダメージを与えるしかないんですが、『ターミネーター2』では、
液体窒素で凍らせても、溶けると復活してきたので、
溶鉱炉の中に落とすことで、『ターミネーター/ジェニシス』だと、
罠にかけてスプリンクラーで強酸を浴びせて破壊していました。

さてさて、引用の研究の話に戻って、液体金属を実用化するには、
技術的なこととともに、コスト面の問題があげられます。
「形状記憶合金」というのがありますが、これがなかなか使われないのは、
コストのせいが大きいんですよね。では、今回はこのへんで。







スポンサーサイト



守りの山の話

2020.05.31 (Sun)
これな、もう20年も前に死んだジイさんに、俺が子どもの頃
聞いた話だから、たぶん昭和初期くらいの出来事だよ。
ジイさんは若い頃、山師をしてたんだ。山師ってのは、
詐欺をするってことじゃなくて、基本は、あちこちの山を
回って鉱脈を探す仕事。ただ、それだけじゃあ食って
いけないから、いい庭石になるような岩や、楓の樹なんかを
見つけて里に下ろしたりもしていた。ああ、庭師としての
腕も確かだったな。場所は、どこの山とは教えてくれなかった。
子ども相手とはいえ、差し障りがあるんだろう。
こんな話だよ。ジイさんは1年のうちのほとんどを
日本各地の山に入って過ごしてた。まだ独身だったんだ。

で、ある温泉宿に泊まってるところへ、山師仲間がひょいと
訪ねてきた。「お、どうした?」と聞くと、「あんたが
 ここに滞在してるって聞いてやってきた。ちょっとな
 おかしな山があるんだ。いい石を探してて、山主に
 金払ってその山に入ったんだが、妙なことが起きるんだよ。
 それで奥まで進めねえ。こういうことあんた詳しいだろ。
 このままじゃあ損をかぶっちまうから、いっしょにその山に
 入っちゃくれないか」こんな話だった。
「お、いいけどよ。おかしなことってどんな?」
「それがな、最初の日な、獣道を見つけて登ってったんだよ。
 朝早くに出て、そんな難所もなく、昼前には頂上に出る・・・

 それがな、気がついたら麓に下りてた」 「はあ? そんな
 わけはねえだろ。登ってるか下ってるかは、どんな馬鹿だって
 わかる」 「まあな、でな、それだけじゃあねえんだ。
 そんとき弁当を持ってたのよ。味噌握り2つと塩鮭の切身を
 焼いたやつ。それが、異様な臭いがして、開けてみたらなんと、
 野ネズミの死骸が入ってたのよ。それもドロドロに腐り溶けたのが」
「うーん、もしかしてそれ、狐に化かされたっていうやつか」
「向こうの地元の人にもそう言われた。けどよ、狐が化かすなんて
 ほんとにあるのか?」 「いや、俺はねえよ。ああいうのは
 酒飲んでしくじりしたやつが、照れかくしに言うもんだろ」
ジイさんはその手の話はまるで信じてなかったそうだ。

で、二つ返事でいっしょにその山に登ることになり、5日後、
汽車に乗ってその村へと向かったんだ。知り合いが駅で待ってて、
翌早朝から山へ登ることになった。奥まった山あいにある
1000m級の山。名前はついてなかったそうだ。
で、秋口でまだ日は長い。5時頃から、前に入った獣道から
登り始めた。「なんだこれ、変哲もねえ山じゃねえか。で、
 石ってのはどのあたりにある」 「八合目付近がガレ場に
 なってて、そこらに一丈ほどの花崗岩がごろごろしてるって
 聞いた」 「まさか磐座じゃねえだろうな」 「いや、
 そんなことは言われてない」ジイさんの話では、古代人が
山の中にしつらえた磐座、これは触ると、確実に祟りがある

ってことだった。だから絶対手は出さねえ。狐に化かされる
なんてのとは違って、間違いなくあることらしい。
それで、知り合いが前になって細い獣道を進んでいくと、
ザッと雨が降ってきた。いや、天気は確かめてて、
その日は日がな晴れるはずだったんだ。実際、頭上には朝の
光が差してたから、天気雨ってやつだ。「やっぱ狐か?」
「濡れるほどのもんじゃない。気温も高い。行こうぜ」
ジイさんがそう言い、また草を分けて進んでくと、
しばらくして雨はやんだが、濡れた服が異様に臭かった。
まるで小便でもかけられたかのようだが、ま、そんなことで
ひるむジイさんではない。コツンとかぶってた笠に何かが当たった。

落ちたのを見るとまだ青い栗のイガだったんだと。イガは
パラパラと降ってきてあちこちに当たったが、まだその時期の
針は柔らかいし、2人とも長袖で手ぬぐいで頬かぶりした上に
笠をつけてる。痛いということもなかった。ジイさんが脇の木の
上を見ると灰色のものがわずかに見え隠れしてた。
猿、ニホンザルだったんだな。ジイさんは「畜生どもが、何
 イタズラをするか」 知り合いも「人間様をなめるなあ!」
そう叫んで、2人して木の幹をどんどんと蹴った。
頭上で「キーッ」という鳴き声がして、それが合図らしく、
猿どもは木を伝って逃げてったということだ。
「エテ公めが」 「お前、前に来たときに猿がいたか」

ジイさんが聞いたが、知り合いは「気がつかなかったな」という答え。
「でもなあ、猿がなんで俺らが登るジャマをする。山はここだけじゃなく
 ずっと続いてるのに」 「さあなあ」 2時間かけて五合目
あたりまで来た。ゆっくりに思えるだろうが、道はあって
ないようなもので、2人ともナタを抜いて枝を払いながら
進んでたからだな。さらに1時間登ると、植生が変わって道に
ゴロタ石が多くなった。ガレ場に入ったんだな。高い木がなくなり
見晴らしがよくなった。前方に岩の崖があり、大きな石が
たくさん転がってる。ジイさんは「うーん、たしかにいい石がある。
 こりゃ金になる山だぞ」と言い、知り合いが「だろ」と
相槌を打った。その途端、真っ暗になったんだそうだ。

「あ?」 「こりゃどうしたことだ?」まだ昼前だし、夜に
なるわけはねえ。それが自分の足元も見えないほどの真っ暗闇。
ただ、それが本物の夜でないことは、空に星も月も見えないことで
わかったそうだ。ジイさんが「タバコつけろ」と言い、
2人は当時のキセルタバコに火をつけ、その場で滅多矢鱈にふかして
周り中を煙だらけにした。あ、タバコの火は赤く見えたそうだよ。
そうして一服してる間に、だんだんに闇は溶けていき、
カンカン照りが戻ってきた。「こりゃあ、よほど俺らを先行かせたくない
 らしいな」やがて広くなったガレ場に出ると、なんと猿がたくさん
その場に土下座してたそうだ。その数は数十。頭を礫にすりつけて
平伏してる。知り合いが「こらこら猿ども、俺は山主にちゃんと

 金を払っておるから、ここで帰ったんじゃ大損になる。
 散れ、畜生どもが。次に来るときは鉄砲撃ちをつれてくるぞ」
そう言って石を投げつけると、猿たちはそのまま後ずさりして消えたという
ことだ。「ここ、なんかあるな」と2人で探すと、大きな岩に
人が かがんで入れるほどの穴が穿たれていて、ノミの痕が見えたので
人が掘ったものだ。中に入って少しいくと 「う!」、いつの時代とも
わからぬぼろぼろの甲冑が岩壁にもたれかけて置かれ、その前に
木の実やらたくさん供えた跡があったそうだ。「こりゃあ、猿どもの
 ご本尊か」知り合いがそう言って、兜の面の穴から中を覗き込むと、
白い骨が見えたと。おそらくは戦国時代とかのものなんだろう。
どういう理由か、その山中で甲冑姿のまま亡くなった武将がいた。

でな、そのときに鎧から声がしたそうだ。「〇〇、早く里へ帰れ。
 お前の女房が死んでおるぞ」〇〇というのはジイさんの知り合いの
名で、この声はジイさんもはっきりと聞いたそうだ。
それで気味が悪くなって、2人で逃げるように山を下りた。
結果から言うと、ジイさんの知り合いの女房は死んではいなかった。
けど、これはただごとではないと思い、ジイさんが知り合いを説得して、
その山のことはあきらめさせたんだと。ジイさんは戦前の
鉱山専門学校を出てて、学もあり、嘘を言うような人間じゃない。
だから、この話もほんとうにあったことだと思うぞ。
最近、ニホンザルは増えてるって聞くからな。その甲冑も、
不可思議な力に守られて、今もあるのかもしれんよ。

キャプチャ

 


天皇キリスト教徒化計画

2020.05.30 (Sat)
xfhnx (4)
宮中祭祀

今回はこういうお題でいきます。かなり地味な日本史の話題に
なりますので、スルーされたほうがいいかもしれません。
さて、今上陛下の宗教は何か? こう聞かれたら、みなさんは
どう答えられますでしょうか。おそらくですが、大部分の方は
神道と回答されるんじゃないでしょうか。

それで正解です。今上陛下も宮中祭祀をされています。
これは、天皇が国家と国民の安寧と繁栄を祈ることを目的に
おこなう祭祀で、皇居宮中三殿で行われる祭祀には、
天皇が自ら祭典を斎行し、御告文を奏上する大祭と、
掌典長らが祭典を行い、天皇が御拝する小祭があります。

ただ、太平洋戦争の敗戦後、新憲法やその他の法律には、
宮中祭祀についての明文はなく、現在の宮中祭祀は、
皇室の内廷費によって処理されています。ですので、
多くの憲法学者は現在の宮中祭祀を、
「天皇家が私的に行う儀式」と解釈しています。

歴代天皇の仏塔
xfhnx (5)

これは以前に記事に書いてますが、そもそも天皇家は
天武天皇以後1000年以上の長きにわたって、熱心な仏教徒
だったんです。御所には仏壇があり、位牌があり、戒名があり、
仏塔式の墓所があり、葬儀をはじめとするさまざまな儀式は、
仏式で行われていたんです。

天皇家が日本神道に回帰したのは明治新以降のことです。
明治新政府は、国の柱として国家神道を打ち立て、
天皇を現人神としてその中心に据えました。では、天皇家と
キリスト教の関係はどうだったんでしょうか。

フランシスコ・ザビエル
xfhnx (6)

天皇家を、つまり日本をキリスト教国にしようとする試みは
過去に2度あったと考えられます。そのどちらもが、
日本史上の大転換期でした。最初に企てた人物は、
スペイン生まれのイエズス会士、フランシスコ・ザビエルです。

1548年、ザビエルは洗礼を受けたばかりのヤジロウ他
2人の日本人とともにインドのゴアをジャンク船で出発、
日本に向かいます。ちなみにヤジロウについては興味深い
オカルト話を過去記事にまとめていますので、
興味を持たれた方は参照してください。

その船内で、ザビエルはヤジロウに日本の政治情勢について
尋ねます。ヤジロウは「日本には2人の王がおり、第一の王
(天皇)がすべての権限を持っているが、あらゆることを
第二の王(将軍)に任せている」と答えるんですね。
ただ、ヤジロウは九州出身の倭寇であり、京都に行ったことは

ザビエルが面会を試みた後奈良天皇
xfhnx (2)

ありませんでした。これを聞いたザビエルは、おそらく、
ヨーロッパのローマ教皇と各国王の関係を連想したんでしょう。
まずは京都に行って天皇に会い、キリスト教への改宗を
勧めようと考えました。しかし、実際に踏んだ京都の地は、
長く続く戦乱で荒れ果てており、面会の請願を出したものの、

当時の後奈良天皇、征夷大将軍・足利義輝にも会うことが
かないませんでした。これは、そのとき献上の品を持ってきて
なかったためとされます。この後もいろいろとあり、失意のうちに
日本での布教を断念したザビエルは、日本文化に大きな影響を
与えている中国への布教を、まず最初にしなくてはならないと考えます。

日本最初の正式なキリスト教徒ヤジロウとザビエル
キャプチャふぇffrgrっgr

しかし、中国(明)への入国前に病没してしまうんですね。
46歳でした。この後、織田信長はキリスト教の布教を許可した
ものの、秀吉がバテレン追放令を出します。徳川時代に入って
島原の乱が起き、江戸幕府はキリスト教国の来航とを禁ずる
ことになります。まあ、このあたりのことはご存知でしょう。

さて、2回目は太平洋戦争の敗戦後です。連合国軍最高司令官
ダグラス・マッカーサーは昭和20年、天皇と面会し、
日本統合のため、天皇制の存続を決めます。翌昭和21年、
昭和天皇は国民に向けて「人間宣言」と呼ばれるメッセージを
出します。これはGHQの意向をくんだものです。

昭和天皇とマッカーサーの有名な会見時の写真
xfhnx (3)

この前後、ローマ法王庁やマッカーサーが、昭和天皇を
キリスト教に改宗させようとした動きがあったとされます。
ただ、これは秘中の秘なので、資料がほとんど残っていません。
ですから、現状では陰謀論の域を出ないんですが、自分は
そういう策動そのものはあったと考えています。

同じ年、昭和天皇はアメリカ教育施設団団長ジョージ・スタッダード
との会見で、自ら「皇太子(今上上皇)の家庭教師として、
教養あるクリスチャンの婦人を紹介していただきたい」と
依頼したとされます。「クリスチャンの」とつくところが
ちょっとただごとではないですよね。

今上上皇とヴァイニング婦人
xfhnx (7)

まあ、これは日本と皇室が、天皇制を存続させようとする工作
だったとする意見もあります。しかし実際に、厳格なキリスト教の
宗派であるクエーカー教徒のヴァイニング婦人が家庭教師に
ついて英語を教えることになるんです。また、ヴァイニング婦人は
皇太子が学ぶ学習院でも講義を行っています。

さてさて、ヴァイニング婦人は、今上上皇陛下にキリスト教的
価値観に基づく平和主義と温かい家庭主義を教えたとされます。
婦人は勲三等宝冠章を受章し、アメリカに帰国しますが、
後年、ベトナム戦争反対のデモに参加して、ワシントンの
国会議事堂前で逮捕されてるんですね。では、今回はこのへんで。

xfhnx (1)





悪魔学入門「召喚と契約」

2020.05.29 (Fri)
gbgbgdbg (1)

今回はこういうお題でいきます。ひさびさに魔術系の内容です。
「召喚」という日本語は日常、めったに使わないですよね。
裁判所に被告や証人として呼び出される場合に出てくることが
多いようです。ただ、最近ではこの言葉、ファンタジー系の
RPGやラノベなんかでよく見かけるようになってきました。

「引きこもりニートが勇者として異世界に召喚された」
みたいな使い方です。元の世界では役立たずな人間だったのが、
その世界では不思議な力を持っている。で、その国の王女様などの
頼みで敵を倒す過程で、どんどん人間的に成長していく。
こんなストーリーが定番になっているようです。

ご都合主義の極地みたいですが、たくさんの類似作品が
ある中でオリジナリティを出すのは大変そうです。
また、ラノベの場合は「転生」という語もよく使われますね。
その異世界の社会環境をどれだけ魅力的なものに
できるかも重要なポイントになります。

悪魔との契約で十字架を踏みつける人
gbgbgdbg (2)

さて、オカルト的には、召喚は「自分よりも上位の存在を
呼び出すこと」こんな感じの意味で使われます。
上位の存在とは、神や天使、悪魔や精霊などですが、
神が召喚されるという言い方はあまりしないですね。

天使など善の存在を召喚するのを白魔術、悪魔を召喚するのを
黒魔術と分けることもできます。召喚は英語で、一般的には
「summoning」か「conjuration」使うかと思います。
ただし、近代の魔術結社「黄金の夜明け団」に連なる
アレイスター・クロウリーの一派は、

悪魔との契約書 悪魔の署名が見えます
gbgbgdbg (7)

「召喚 invocation」と「喚起 evocation」を
使い分けています。この場合、神を呼び出すのが召喚で、
悪魔は喚起となります。もちろんキリスト教の神を呼び出す
のは無理ですので、ここで出てくるのは異教の神々です。

さて、ここからは悪魔を呼び出すケースについて述べていきます。
まず、何のために悪魔を呼び出すのか。これは、あることに
ついての知識を得るためという場合もありますが、多くは
自分の願い事を聞いてもらうためです。

悪魔から身を守るための魔法陣
gbgbgdbg (6)

でも、悪魔がわざわざ人間のところまで来て願いを叶えてやる
なんてありえないですよね。そこで悪魔を呼び出す呪文が
必要になります。呪文は、古い魔導書を研究して
発見されることが多いですね。

ここで、悪魔に危害を加えられないように、自分は魔法陣の
中にいて身を守るというのが定番です。それで、もし呪文が
強力であれば、悪魔はただで願いを聞いてくれますが、
そうでない場合は、術者の魂を引き換えに求めます。
悪魔との取り引き(契約)ということです。

では、もし悪魔に魂を取られてしまったらどうなるのか。
はっきりとはわかりませんが、長い間地獄の炎で焼かれたあげく、
神との最終戦争で悪魔の側について戦うことになるんだと
思います。ちなみに、ゲーテの戯曲『ファウスト』では、
ファウスト博士は最終的に天上へ救済されます。

「黄金の夜明け団」のタロットカード
gbgbgdbg (8)

この悪魔との取り引きというのは、たいへん魅力的な
テーマなので、多くの作家が書いています。例えば、
ホラー作家のスティーブン・キングやSF作家の
フレドリック・ブラウンなどですね。日本の漫画作品にも
いろいろとあります。また、悪魔が魂を求めてこない場合もあり、

瓶の中などに長期間悪魔が閉じ込められていて、
助けてくれたら願いを叶えてやるといったケースです。もともとは
ペルシアの『アラビアン・ナイト』の「アラジンと魔法のランプ」が
原型なんじゃないかと思います。

ブラックサバスのアルバム
gbgbgdbg (3)

でも、やはり悪魔は悪魔ですので、願い事の中に罠が
しかけられていたりします。例えば「一生使い切れない金」を望むと、
その途端に上から大量の金貨が落ちてきて、押しつぶされて
死んでしまうとか。ですから、頭を絞って願い事を考え
なくてはなりません。

歴史上、悪魔と契約したとされる人物はたくさんいます。最も
有名なのが、フランス、ルーダンの司教ユルバン・グランディエで、
そのときの契約書が、現在フランス国立図書館に保存されています。
契約内容のほか、悪魔の署名などが記されていますね。ちなみに
この司教は、異端審問によって火あぶりの刑になりました。

ロバート・ジョンソンが悪魔と契約したとされるミシシッピ州のクロスロード
gbgbgdbg (4)

上記のファウスト博士も有名です。実在のヨハン・ファウストは
錬金術師で16世紀の人物。生前から悪魔と取り引きしたという
悪評が流されていましたが、実験中に爆発が起こり、五体が
ばらばらに吹き飛んだと伝えられています。あと、同じ
16世紀の医師、パラケルススにも悪魔との契約の話があります。

さてさて、近代で最も有名なのはアメリカの「クロスロード伝説」
でしょうか。ブルースギタリストのロバート・ジョンソンには、
「十字路で悪魔に魂を売り渡し、引き換えにテクニックを身につけた」
という噂がついて回りました。現代でも、ロックには悪魔に
関係した曲が多いですよね。では、今回はこのへんで。

gbgbgdbg (5)





火のオカルトと人体発火現象

2020.05.29 (Fri)
アーカイブ291

dkdkdkdo (3)

石、木、水とオカルトシリーズを書いてきましたので、
勘のいい方なら、次は火か土だろうと思われていたんじゃないでしょうか。
正解です。今回は火のオカルトについて見ていきたいと考えてます。
さて、火は物質とは言いませんが、人類にとって根源的なものであるのは
間違いありません、ですから、世界各地に火にまつわる神話があります。

やはり有名なのは、ギリシア神話のプロメテウスの話でしょう。
主神ゼウスが、武器を作って戦争を起こすからと、人間に火の使用を禁じたのに
反抗し、神々の一人プロメテウスは人間に火をもたらし、その罰として、
3万年間、毎日肝臓を鷲に喰われることになります。

このような形で、神が人類に禁じられた何かを与える形の話を、
「プロメテウス型神話」と言います。また、プロメテウスのような人物を、
「文化英雄 culture hero」と呼ぶことがあります。
2012年公開の、エイリアンシリーズの一作であるSF映画『プロメテウス』は、
この神話を踏襲しているんですが、評判はよくなかったですね。

プロメテウス
dkdkdkdo (2)

日本神話では、イザナギ神とイザナミ神が国産みをして、最後に生まれたのが、
「カグツチ神(火之迦具土神 ひのかぐつちのかみ)」です。
このため、イザナミは陰部を火傷して亡くなり、怒ったイザナギは
剣でカグツチを殺し、黄泉の国へ妻を取り返しに行くことになります。

とまあ、神話や古代祭祀の話を書いていくときりがないので、
ここは少し自重して、話をオカルト方面にふりたいと思います。
さて、火に関する最大のオカルトというと、やはり「人体自然発火現象」
なんじゃないかと思います。これ、最近の話題と思われる方もいるでしょうが、
オカルトとしてはかなり古くからあるものなんです。

dkdkdkdo (4)

「人体自然発火現象」は英語で(Spontaneous Human Combustion)、
海外ではSHCと約されることが多いですね。Spontaneousは難しい単語ですが、
「自発的」という意味です。1745年、学術論文誌、
『フィロソフィカル・トランザクションズ』に、ポール・ロッリという記者が、

コーネリア・バンディ伯爵夫人が、ベッドの上で、
膝から下だけ残して炭化した状態の遺体で見つかったという内容の記事を
載せたのが最初です。これ以後、人体が自然に発火したと見られるケースは、
200例を超えて報告されています。起きた場所は世界各地なんですが、
初期の18世紀のものは、圧倒的にイギリスとアイルランドに多いんです。

1799年には、ピエール・ライアーという医師が、自然発火の事例を研究し、
その特徴を12にまとめています。まあ、これは古い話ですので、
もっと新しい研究はないかというと、1995年、ラリー・E・アーノルドが
自著の中で、犠牲者たちに共通する特徴を6つにまとめました。

・犠牲者はアルコール中毒。 ・高齢の女性が多い。
・体自体が発火したというより、火のついたなんらかの物質が接触した。
・手と足の先は残る。・体に触れている可燃性のものはほとんど損傷なし。
・燃えた後にはものすごい悪臭を放つ脂ぎった灰が残されている。

「ビーフィーター」ジン
dkdkdkdo (1)

では、謎解きをしていきたいと思います。まず、人体は自然に発火するのか?
これはしないですよねえ。人間の体重の約60%が水分です。
人体の中には、リンや腸内のメタンガスなどの可燃性の物質がありますが、
それに簡単に火がつくとは考えられません。

たしかに、人間の体には、静電気を含めた電気的な生理現象はあるんですが、
それで火がつくのなら、人体自然発火現象はもっともっと多いはずです。
あと、オカルト雑誌では「部屋の中にはまったく火の気がないのに」という
一節がつけ加えられたりするんですが、
これはだいたいが、話を面白くするためのギミックです。

ありていに言えば、犠牲者がアルコール度数の高い酒を飲んでいて体にこぼし、
それにタバコの火、あるいは暖炉から飛んだ火がついて燃え上がったケースが
ほとんどだと思うんですね。そして、18世紀という時代背景を考えれば、
イギリスでこの現象が多いことには、理由があります。

まず、当時は酒に関する法律が未整備で、ジンなどのアルコール度数の高い
酒が無制限に売られていたこと。次に、着ているものが絹や木綿などの
液体がしみ込みやすい自然素材だったこと。それと、電気のない時代のため、
照明はランプ、暖房は暖炉や石炭ストーブ。タバコの火をつけるにも
火種が必要で、身近に火があったことがあげられるでしょう。

産業革命でブルジョワに搾取される労働者
dkdkdkdo (6)

さらに、18世紀はイギリスが産業革命に突入する時代です。
このころは労働基準を定めた法律はなく、労働者の1日の労働時間は、
14~16時間という過酷な状況でした。これだと疲れ切ってしまいますよね。
そこで労働者は、家に帰ったわずかな自由時間に強い酒を飲んで、
泥のように眠ろうとします。そうして体に火がつく事故が起きる。
あと、上流階級の貴族などでもアルコール中毒が多かったんですね。

とまあ、こんなふうに書いてしまうと身もフタもないんですが、
人体自然発火現象とされるものの中には、実際にまったく火の気がない状況で
起きているものも、ごくわずかあります。そこで疑われるのが「球電現象」。
これは自然に発生するプラズマのことですね。ちなみに自分は、
中学生のとき、球電が空いた窓から教室に入ってくるのを見たことがあります。

球電現象
dkdkdkdo (5)

さてさて、火のオカルトでは「人体自然発火現象」を取り上げてみました。
いかがだったでしょうか。イギリス産業革命では蒸気機関が使われましたが、
やがてそれは時代とともに電力にとって代わられ、火事などの事故件数が、
大きく減っていったんですね。では、今回はこのへんで。






家電(いえでん)の話

2020.05.28 (Thu)
こんばんは、都内の高校2年の森田ともうします。よろしくお願いします。
これから話すのは、私が中学1年から3年間の間に起きた出来事です。
と言っても、不可思議なことはその3年間で2回だけ・・・
最後も入れれば3回になりますか。うちの父は加工食品卸の会社に
勤めてるんですが、転勤族だったんです。日本各地の主だった都市に
支店があって、3、4年いたら次に移ってました。今は東京の本社勤務で、
もう転勤はないと言ってましたね。それで、私は小学校で2回
転校しましたけど、中学校は3年間同じ学校で過ごすことができたんです。
そのときに住んでたのが〇〇県の△△市。一軒家で父の会社が
社員用に借りてたものです。いえ、お化けが出たとかそういうことは
なかったです。不思議なことは、その家の固定電話で起きたんですよ。

固定電話って、今はどこの家でもめったに使わないですよね。
家族の一人ひとりがスマホを持ってるのが珍しくないから。
だからその固定電話も、かかってくるのは何かの調査やセールスの
ようなのばっかり。1ヶ月に数回しか鳴らなかったと思います。
それで、言い忘れてたんですが、私には4つ下の弟がいるんです。
最初に起きたのは、私が中1、弟が小3のときのですね。
夏休み中の8月でした。時間は午後の6時過ぎくらいだったと思います。
家族、両親と私、それから弟の4人で居間にいました。
夕食はまだです。父が仕事から戻ってきたばかりでしたから。
そのとき、固定電話が鳴ったんです。普通の呼び出し音にしてました。
弟が、「僕出るよ~」と言って受話器を取り、

何やら話をしてました。私はテレビを見てたので、ちゃんと聞いて
なかったんです。けっこう長く話してたように思うんですが、
「今ね、お母さんと代わるからね」と言って母親を呼びました。
私がその言葉を聞きとがめて、「あんたね、お客さんにそんな
 言葉使っちゃだめでしょ」みたいなことを言ったと思います。
母が電話に出て、そのやりとりが変だったんです。
「え、ええ? 孝之?? いえ、息子は今うちにいるんだけど、
 あなた誰? 孝之のお友だちなの」こんな感じでした。
それから通話口を手でおさえ、弟に向かって、「この電話の子
 あんたのお友だちなの? クラスにもう一人、たかゆきって
 名前の子いるの?」こう聞いたんです。

そしたら弟は、「いないよ・・・けど、それね、孝之なんだよ。
 僕が電話かけてるんだと思う」 そんなわけないですよね。
それだと弟が2人いることになってしまうんですが、そのときの
弟の顔はけっこう真剣だったのを覚えてます。母は、
「え、それは大変ね。お家に連絡してあげましょうか。
 それとも警察とかにかける?」そんなことを言っていて、
穏やかじゃないですよね。なので父が「どうしたんだ?」と
聞いたんです。母は「今ね、たかゆきって名のる子どもから
 かかってるんだけど、近くの稲荷神社の境内で動けないから
 迎えに来てって言ってる」 父が「本当に子どもか?」
なおも母に聞くと、「男の子の声、孝之の声にそっくりの」

そこで、父は弟に「お前の友だちじゃないのか?」と念を押し、
弟が首を振ったので、「どれ、俺が代わる」と出たんです。
しばらく「もしもし、もしもし」と呼びかけてましたが、
「切れてるな、イタズラか」と受話器を置いたんです。
稲荷神社というのは、うちから歩いて500mくらいの児童公園の
脇にある赤い鳥居の小さな神社で、いちおうまばらな林もありました。
母が、「イタズラにしては真剣な声だった、それにやっぱり孝之そっくり」
父は少し考え込んでましたが、「じゃあ、近くだからちょっと行ってみるか」
それで、家族そろって出てみたんです。500mだからすぐ着きますよね。
外は夏なのでまだ明るかったです。鳥居の前までくると、弟が
「僕、怖いからここで待ってる」そう言って動かなくなり、

それで3人で参道に入りました。社殿まではすぐで、誰もいません。
「いないわね」母がそう言ったとき、父が「あっ!!」と大声を
上げ、走って林に入りました。子どもがうつぶせに倒れてたんです。
弟だと思いました。着てるものも同じだし。でも、そんなはずが・・・
父が抱き上げた顔はやっぱり弟で、赤くなって汗をかいてました。
私はそのとき、確かめなくちゃと思って鳥居の外に出たんですが、
待ってるって言った弟の姿はありませんでした。どうにもならず、
父がその場で救急車を呼んだんです。病院では熱中症という診断で、
点滴をして2日入院したら治りましたが、けっこう危ないとこだった
みたいです。それで、そこの神社と児童公園の間に公衆電話があるんです。
後で弟に、「おまえ電話かけたか?」と聞いても首をふってました。

それにしても、弟がずっと神社で倒れてたんだとしたら、私たち
家族全員が家で見てた弟は何だったのか? どうしても説明がつかない
ですよね。でも、このときは電話が変なんだとは思ってなかったです。
2回目は私が中3のときです。そのときはまだ父の両親は健在で、
ずっと離れたとこに住んでました。父は次男で、長男の伯父さんの家族と
同居してたんです。たしか4月で、やはり夕方の6時過ぎ。固定電話が
鳴ったんです。母が出ると父の兄からで、「母さん(父の母、私の祖母)が
 いなくなった。さっきまで外で草むしりしてたのが、まだ戻ってこない」
こういう内容だったみたいです。はい、認知症が進んできてて、
伯父さんから様子を聞いて父も心配してたんです。もう少し探して、
それでも見つからなければ警察に連絡するということだったそうです。

伯父さんはいつも父と直接スマホでやりとりしてるので、固定電話に
かかってきたのは初めてでしたが、父とは連絡がつかなかったそうです。
母が父に電話したんですが、やはり不通でした。で、40分くらいして
父が帰ってきて、同時に固定電話が鳴ったんです。父が出ました。
少し話して受話器を置き、「母さんからだった、お別れだって・・・」
青い顔をしてこうつぶやきました。そのとき父のスーツのスマホが鳴って、
また伯父さんから。祖母が庭で倒れてるのが見つかり、すぐに病院に運んだが
ダメだったってことだったんです。はい、急いで支度をして、
家族でそこの県に行きました。で、そのままお葬式まで滞在したんです。
それでですね、父にかかってきた祖母からのお別れの電話って・・・
父はあれ以来、その話は一切しないので、ほんとうに祖母からだったのかは

わかりません。こんなことがあって、弟以外の家族はみんな、
口では言いませんでしたけど、その電話が鳴るのを怖がってたと思います。
何か不思議なことがまた起きるんじゃないかと思って。それで、
その年度が終わって、うちは東京に引っ越すことになりました。
私は東京の高校に合格が決まってたので、もうワクワクしてたんです。
家の引っ越しは、父の会社が業者を頼んで行うんです。荷物が運び出され、
広くなった家の中で弟が走り回ってましたが、あの固定電話の線に
足を引っ掛け、電話機が台から落ち、壁にあたって端のほうが割れました。
「あんた何やってるのよ」私が戻そうと電話機を持ち上げたとき、
その割れた部分から中に片目が見えたんです。黒目がちの女の人の
目だったと思います。怖かったので、そのことは誰にも言いませんでした。







アーカイブ 花粉症の仮面

2020.05.27 (Wed)
ひどい花粉症で、この季節はとてもつらいんです。鼻水、クシャミ、
目の痒みとすべての症状が出て、頭が変になりそうに感じるときさえあります。
その中でいちばんひどいのは鼻水で、ティッシュの箱を一日中手放せません。
会社では窓口業務なのでできませんが、
せめて通勤時はマスクをつけるようにしていました。

1週間前の通勤電車でのことです。いつものことですが、
満員で座ることができず吊り革につかまっていたら、視線を感じたんです。
顔をあげてそちらを見ると、私と同じくらいの年ごろと思える女の人が
こちらを見ていました。ハッとしました。自分に似ている、と思ったんです。

似ているといっても、よく怖い話にあるように瓜二つというわけではありません。
ただ髪型も髪の色もよく似ているし、眉や目の化粧のしかたも同じようなんです。
その人は私と同じくマスクをつけていたので、
れ以外の部分はどうなっているかわかりませんでしたが。
その人が見ていたことに私が気づいたと思ったのか、たまたまなのか、
女の人は体の向きを変え、次の駅で降りていきました。
ひじょうに違和感を感じたのですが、同じような嗜好の人が
いるんだなと思うことにしました。

次の朝、同じ電車に乗っていると、また少し離れた場所にその人がいて、
自分のほうを見ていました。今度は私が見返しても目をそむけることなく、
ずっとこちらをにらみ続けていました。そのとき、あることに気がつきました。
昨日は黒っぽいコートを着ていたと思ったんですが、今日は明るいベージュの
コートで、私が着ているのとそっくりなんです。・・・これも完全に同じもの、
というわけではなくて衿の形などが少し違っていました。

「この人、私が昨日着てるのを見て、似たようなのを買ったんだろうか」
そんな考えが頭をかすめました。でもコートは
高価なものでもないし、私の真似なんかしてもしょうがないだろうから、
きっと偶然なんだと思うことにして、私のほうで視線を外しました。

また次の日です。2日続けてあった出来事が気味が悪かったので、
その朝は家を早く出て、一つ前の電車に乗りました。
混雑はやや少ないものの満員には変わりありませんでしたが、
あの女の人はいませんでした。
ああ、明日からずっとこの電車にしようかと思ったとき、
駅に着いて、あの女の人が乗ってきました。

マスクから出ている眉根にしわを寄せて、
怒っている顔つきでずっと私から視線を外さないんです。
なんだか怖くなってきました。これはストーカーなんだろうか・・・
そのとき急にクシャミが出ました。マスクは手で押さえましたが、
かなり大きな音を出してしまったかもしれません。
するとその女の人も、少し体をかがめて同じようにクシャミをしたんです。
そしてマスクごしにニッと笑ったようでした。

完全に故意にやっているんだ、とわかりました。
薄気味が悪いのでなんとか場所を移動し、いつもの一つ手前の
駅で降りました。そこから次の電車に乗ろうと思ったんです。
鼻がグスグスして、次の電車までまだ時間があったので、トイレに行って
思いきり鼻をかもうと思いました。トイレには誰もいなかったので、
ティッシュを出しマスクを外して鏡の前で鼻をかみました。

顔を上げると、鏡にあの女の人が写っていました。
思わず身を硬くすると、その人は「見たよ、マスクを外したあんたの
 顔を見たよ。私の勝ち、あんたの存在をもらうよ~」
大きな声でこう叫び、高笑いしながら出て行きました。
・・・私はショックのあまり呆然として、
電車を乗り過ごし会社を遅刻してしまいました。

そして退勤時のことです。ホームで電車を待ちながら、
朝の出来事を考えていました。あの女が言った、
「あんたの存在をもらう」ってどういうことなんだろう・・・
突然、また大きなクシャミをしてしまいました。すると、背後で
同じようなクシャミが聞こえ、えっ、とふり返るとあの女が立っていました。
「イヤーッ」大声で叫んだと思います。女はドンと両手で私を突き飛ばし、
私は背中からホームに落ちました。

下の固い部分で頭を強く打ち、意識がもうろうとしましたが、
会社員風の男性が2人、線路に飛び降りて助け上げてくれました。
ベンチに抱えて運ばれたとき、その人たちに「変な女、女が突き飛ばした」
と言ったんですが、男性2人は顔を見合わせてから首をふり、
一人が「いや、たまたま落ちるとこを見てたけど、まわりには誰もいなかった。
 あなたが一人で落ちたんだと思いますよ」こう言うと、
もう一人も「そうでしたよ」とうなずいたんです・・・

キャプチャ





アーカイブ ニ度の話

2020.05.27 (Wed)
雑誌の編集をしていました。会社は神保町の雑居ビル内の4階でした。
6階建ての大きな窓が特徴のビルといえば、
わかる方もいるのではないかと思います。1月ほど前、
溜まった仕事を片付けるため9時過ぎまで一人で残業していました。
それまでとくに怖いと感じたことはなかったです。窓の外は明るい街だし、
ビル内の他の会社にはまだ残っている人大勢いる時間だったからです。
ひとくぎりがついて、さて帰ろうと思って立ち上がったとき、「あっ」
と息を飲みました。窓の外を頭を下にして女の人が落ちていったのです。
まだ若い人で、白っぽい服装をしていたと思いますが、
細部までははっきりしませんでした。

「たいへん!飛び降り自殺?」と思い、固まってしまいました。
すると・・・2秒くらい間隔があったでしょうか。
動けないでいる私の目の前をまた人が落ちていきました。
前の人と同じ顔と服装・・・落ち方もいっしょでした。
そのとき私の口から「いやです!」という言葉が出たのです。
すっかり頭が混乱してしまいました。双子の人が次々に
飛び降りたのだろうか? 何で突然に「いやです」
と言ってしまったのか? 足は震えていましたが体は動いたので、
とりあえず会社に仮錠をしてエレベーターに乗りました。

外はさぞや大騒ぎになってると思いましたが、
会社の前の通りは何事もなかったように車が走っています。
人が落ちたような痕跡はどこにもなかったのです。
狐につままれた、というのはこんな気分のことを言うのでしょうか。
・・・何時間もパソコンに向かっていたので、
脳が誤作動を起こして幻覚を見たのかもしれません。
帰ったらすぐに寝てしまおう、と思いました。それでも納得が
いかなかったので、会社を出る間際に管理人室に寄りました。
顔見知りの初老の警備員さんしかいませんでしたので、
それとなくこのビルの自殺者について尋ねてみたのです。

「うーん、私もここ5年くらいしかいないからはっきりしたことは言えないけど、
 かなり前、まだ屋上が立入禁止でないころに飛び降りが
 あったって噂は聞いたことがある。女の人だったって
 話になってるけど、本当火かどうかはわからないね」
こんな返答でした。釈然としないままマンションに帰り、
発泡酒を何本か飲んで寝ました。そして夢を見ました。
夢の中で私はついさきほどのように会社にいます。
窓の外を女の人が落ちてきました。何もかもそっくりな状況でしたが、
女の人の落ちる速度がスローモーションのようにゆっくりなところが
違っていました。女の人の顔がはっきり見え、目が合ってしまいました。
目には恐怖の色はなく、強い憎しみが感じられました。

女の人は私を睨みつけながらだんだん下がってきました。そして口が横に
開き前歯が見えました。私に何かを言おうとしているのだという気がしました。
そこで夢は唐突に途切れ、目覚ましが鳴っているのが聞こえました。
8時間以上寝たはずなのに全身に疲れが残っていました。
会社では女の人が落ちるのを2度連続で見ているのに、
夢の中では一度だけだったことがなんとなく釈然としませんでした。
出勤前、鏡を前にして夢の中の女のように唇を横に開いて見ましたが、
このときは私に何を伝えたかったのかわかりませんでした。
・・・もっと前からそうだったのかもしれませんが、
この日を境にして、はっきりと心身の調子が悪くなりました。

ちょっとしたミスが連続し、それを挽回しようと遅くまで残業して
さらに体調を悪化させました。編集会議で居眠りをしたり、
自分で打った原稿を保存ミスで消してしまったり、
以前には考えられないような失態をそれからもくり返しました。
周囲から「疲れてるんじゃない?最近おかしいよ」と何度も言われました。
ご好意で、安い稿料で書いてくださっている作家の方の機嫌をそこねて
しまったときには、他の編集者の前で編集局長に大声で怒鳴られてしまいました。
そのときには涙が出ました。そして、もう会社を辞めようと思ったんです。
明日一番に辞めると申し出ようと心を決め、残って仕事を整理しました。
せめて後任に迷惑をかけないようにしようと考えたんです。
自分の机で・・・パソコンを前にしてうとうとしてしまいました。

夢を見ました。会社にいて女が窓の外を落ちていく夢・・・この間の夢の
続きのようです。ゆっくりゆっくり落ちてくる女は、私の顔を見つめながら
口を開きます。その口の形がこの間とは違っていました。
横にではなく、縦に小さく開いた口の形が記憶に残りました。
・・・やはり私に何かを伝えたがっている・・・ガクンと頭が下がり、
額をキーボードにぶつけて目が覚めました。反射的に窓の外を見ましたが、
うすぼんやりと明るく向かいのビルが見えるだけでした。
トイレに立ち、洗面所の鏡に向かって女の2つの口の形を何度も
くり返してみました。そして女が何を言っていたのか唐突にわかったんです。

「し・・・ね・・・」 「いやだ!」私は大声で叫びました。そのとき、
鏡の端にちらっと、ドアを出ていこうとする白い影が見えたような気がしました。
「いやだ!いやだ、いやだ、いやだ・・・」子どものように叫びながら、
私は洗面台に突っ伏し、長い間泣き続けていたんです。
・・・これでお話を終わります。

キャプチャ





ジョジョとウイルス進化説

2020.05.27 (Wed)
xbx (2)

今回はこういうお題でいきます。いちおう科学ニュースに
入れておきます。さて、みなさんは、荒木飛呂彦氏の漫画
『ジョジョの奇妙な冒険』をお読みになっているでしょうか。
自分は大フアンで、じつは漫画に登場するスタンドについて
分類考察するブログをやろうと思ってたくらいです。

まあ、それについては他に立派なまとめがあるので断念
しましたが、コミックスは全巻持っています。
いちおう簡単に概略をご説明すると、集英社の漫画雑誌
「少年ジャンプ」に、1986年から2004年まで
連載され、2005年からは青年向け漫画誌、

「ウルトラジャンプ」に現在も掲載中です。じつに34年
にわたって続いているわけですが、ずっと同じ主人公ではなく、
現在は第8部で、パートが変わるたび登場人物も
違っています。ただ、主人公の略称がジョジョなのは同じ。

隕石からつくられた、スタンドを発現させる矢
xbx (4)

あ、作品の話で終わってしまいそうですね。先に進めます。
この漫画で、第3部から、主だった登場人物は「スタンド」
という特殊能力を持つ設定になっています。スタンドを一口で
説明するのは難しいんですが、その人物の生命エネルギーが
形を得たもので、ほとんどは一般人には見えません。

スタンド能力はさまざまに分類することができますが、
ここでは割愛します。で、この能力、生まれつき備わっている
者も少数いるんですが、多くは、「矢」によって体を貫かれたために
獲得したものです。矢はどうやら、先端が隕石でできているらしく、
第5部で、グリーンランドのケープヨークに落下した隕石の

xbx (3)

クレーターから採れる岩石と同じ物質であることが解明されます。
ここからは作中での考察なんですが、この隕石は、宇宙に
存在するウイルスに冒されており、矢で刺されたことで感染する。
ウイルスはほとんどの人間を死に至らしめるが、中には
遺伝子が改変されて新たな能力が発現するものもいる。

そう、ウイルス進化説の考え方を取ってるようなんです。
さて、ここで話を変えて、ダーウインの進化論はご存知でしょう。
1859年、著書『種の起源』が発表され、西欧社会に大きな
センセーションを巻き起こしました。これによって、
スピリチュアル心霊主義が始まったと言っていいくらいなんです。

ケープヨークで発見された隕石片の一つ
xbx (1)

そのあたりのことは過去記事にまとめてあります。ダーウインの
主張は「自然選択説」と言われます。生物は遺伝子の変異を起こし、
その中には親から子に遺伝するものもある。そしてもし、
その変異が生存にとって有利であるなら、その変異を持った
生物は数を増やしていく・・・大ざっぱにこんな考え方です。

よく持ち出されるのがキリンの首の話。もともとはキリンの
首は短かったが、あるとき突然変異で首の長いキリンが出現した。
そのキリンは高いところにある木の葉を食べることができたので、
他のキリンよりも子孫を増やして栄え、一つの種になっていった。

ただ、これですべてを説明するのは難しい。中間種のキリン
という話が出てきます。首の短いキリンと首の長いキリンの間の
「中間の首の長さ」のキリンの化石が発見されていないんですね。
いきなり首の長いキリンが出現したように見えます。
そこで、さまざまな自然淘汰説の修正案が考え出されたんですが、

xbx (1)

そのうちの一つが、ウイルス進化説。簡単に言うと、進化は
ウイルスの感染によって起こるという内容で、日本の2名の
人物が共同で主張したものです。ただし、現在までのところ
そのはっきりした証拠はいっさい出ていませんし、査読のある
学術誌に発表されたものでもないので、世界では科学学説とも

認められていません。さて、RNAウイルス類の中で逆転写酵素を
持つ種類をレトロウイルスと言います。それらはRNAを鋳型にして
DNAを作り出す能力を持っています。このウイルスが人に感染し、
DNAの内容を書き換え、突然変異を起こさせるというのが、
ウイルス進化説の具体的なメカニズムでしょう。

出血性大腸菌O157
xbx (6)

大腸菌にウイルスが感染し、そのウイルスが赤痢菌由来の
病原因子であるベロ毒素を水平伝搬したものが、
病原性大腸菌O157。ですから、この例だと、たしかにウイルスが
大腸菌に特殊な能力を与えたと言えなくもありません。
ですが、それを進化と言えるかは微妙ですよね。

その大腸菌は、毒素を持たなければ普通に生存できていたのに、
毒を持つことで人間の敵と認識され、数を減らされてしまいます。
もう一つ、ウイルスがある意図を持って宿主の遺伝子を
改変するなどということはできませんよね。
それだと、さすがにSFの世界の話になってしまいます。

エボラウイルス
xbx (5)

もしもウイルスによって遺伝子変異が起きたとしても、
それは宇宙線などが原因の突然変異と変わりがなく、
その変異した個体が生き残れるかどうかは適者生存によります。
ですから、あくまでも自然選択説の範疇の中での仮説
なんじゃないかと自分は考えますね。

さてさて、ウイルス進化説に有利な点もないわけではありません。
ウイルスの流行が広範囲に渡れば、同じ遺伝子変異を起こした
個体が多数出現すると考えられ、繁殖に有利ですよね。今回の
コロナウイルスも、罹患した後の長期的な影響はまだよくわかって
いません。どうなることでしょうか。では、今回はこのへんで。






タイタニックのオカルト

2020.05.26 (Tue)
V  CV (4)

今回はこういうお題でいきます。今流行のコロナウイルスは、
日本では豪華客船、ダイヤモンドプリンセス号がその序章と
なりましたが、タイタニック号が沈んだのは、
100年以上前になる1912年のことです。

イギリス、ホワイト・スター・ライン社の北大西洋航路用
豪華客船で、蒸気機関で駆動しました。4万6328総トン。
速力は23ノット (42.6km)で、客員定数は約2500人。
当時としては高度な安全対策が施されており、船底は二重で
不沈船などとも呼ばれました。

ところが、1912年4月14日深夜、氷山に接触。
翌日未明にかけて沈没してしまいます。これは処女航海中の
出来事です。乗客乗員合わせて2200人以上のうち、
1500人前後(正確な数は不明)が死亡します。

タイタニック号
V  CV (3)

事故の原因は、氷山の発見が遅れたことで、目視したときには
すでに回避不能になっていました。救命ボートに乗れた者は
全体の約3分の1、1500名ほどが沈みゆく船体に
取り残されてしまいます。船は衝突から2時間40分後に
船体が2つに折れて沈没。

4月の海は-2℃の冷たさで、多くの乗客は低体温症で
短時間のうちに死亡したと見られています。救命ボート以外の
生存者はわずか2名だけでした。まあ、このあたりのことは
みなさんよくご存知だと思います。で、大量の死が起きた
劇的な出来事には、必ずと言っていいほどオカルトが発生します。

沈むタイタニック号
V  CV (8)

日本でも、1954年。青函連絡船 洞爺丸の沈没事故が起き、
1155名が亡くなる大惨事になりましたが、後日、たくさんの
幽霊話が語られています。事故死者が船のスクリューを傷つける
なんて話もありました。では、タイタニック号のオカルトには
どんなものがあるか。有名なのが2つありますよね。

一つはミイラの呪いに関するオカルト。タイタニック号の荷室には、
大英博物館からニューヨークのメトロポリタン美術館へと
送られる予定だった、エジプトのファラオのミイラが積まれており、
その呪いによって船が沈んでしまったというもの。もしこれが
本当だったとしたら恐ろしい話ですが、都市伝説の域を出ません。

現在のタイタニック号
V  CV (5)

これについては以前に書いているので、詳しくはふれませんが、
タイタニック号の積荷の記録にはミイラ、あるいはそれに
類する古美術品という項目はありません。実体のない話なんです。
ただ、それではツマラナイので、「ミイラを正規のルートで
送れなかったバイヤーが、船に積んだ車のトランクに隠していた」

という話がつけ加えられています。ですが、ここで話に出ている
ミイラは海に沈んではおらず、まだ大英博物館に収蔵されて
いるんですね。このデータは、大英博物館のウエブサイトで
確認することができます。さて、もう一つは、

大英博物館のミイラ
V  CV (1)

タイタニック号沈没を予言した小説があった、というもので、
事故の14年前の1898年に発表された、アメリカ人の元船員
モーガン・ロバートソンの短編小説『タイタン号の遭難、
または愚行』の内容が、実際の事故に酷似していたため、
事故を予言した小説として話題を集めました。

うーん、この小説、日本には翻訳されてないんですよね。
ただ、著作権が切れているので海外サイトで英語で読めます。
で、読んでみると小説としての出来はかなり悪いです。
冒険小説なんですが、話の内容が荒唐無稽で
実際に起こりそうな感じはまったくありません。

それと、タイタニック号(小説ではタイタン号)に関する描写は
全体のわずか2ページほどで、幼い少女とともに生き残った
船員の主人公が氷山の上でホッキョクグマと戦い、
ナイフだけで仕留めるとか、ありえない内容になっています。
まあ、ヒマつぶしに読み飛ばすような本なんです。

『銀河鉄道の夜』 タイタニック号の乗客の幽霊たち
V  CV (7)

それから、最初の題名は『愚行 Futility』だったのが、
タイタニック号の事故の後、上記の『タイタン号の遭難、または愚行』
に改められています。それと同時に、船の排水量についても
変更がなされています。これは現実の事故に合わせて
本を売ろうとする戦略ですよね。

実際と違っているところも多々あります。列挙するまでも
ないので一つだけ。小説では、犠牲者の数は3000人と
読み取れますが、これは実際の事故の倍の数です。
あと、同じロバートソンの著作を見ても、この作以外に
未来を予言したと言われるものはありません。

ギリシア神話の巨人タイタン(ティターン)
V  CV (6)

まあ、小説が書かれた当時、タイタニック号という船がなかったのは
確かであり、「タイタン」という船名が予言と言えなくは
ないでしょう。ただ、タイタンはギリシア神話に登場する
巨人族なので、将来的に巨船が建造されたとき、
この名前になる可能性はかなりあったと考えられます。

さてさて、タイタニック号と言えば、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の
後半部分で、沈没の犠牲者らしき姉弟が列車に乗ってきて、
主人公たちと「たった一人の神様」についての議論が交わされる
シーンが印象的でしたね。では、今回はこのへんで。

この挿絵は蒸気船ではなく帆船のようです
V  CV (2)





ある組長の死の話

2020.05.25 (Mon)
あ、じゃあ話していくから。詳しいことは聞かねえでくれ。
あれからだいぶ時間がたってるとは言え、しゃべっちゃいけねえ
ことはあるからな。あれは、昭和真っ盛りの頃よ。
当時俺はな、関東のある組で本部長をしてたんだ。
そうだな30代後半だった。いや、別に偉かねえよ。組たって
弱小勢力で人数も少ねえ。とうの昔につぶれちまってるから。
え、それからどうしたかって? ああ、別に言ってもかまわねえが、
俺は気質になったんだ。ロシアに日本の中古車を輸出する
仕事をしてる。結婚して家族もできたし、今から思えば
あれが潮時ってやつだったんだな。こう言っちゃなんだが、
筋者から足を洗ってよかったと思ってるよ。

あ、俺は話があんま上手くないから、起きたことを順に話してく。
あれは正月のことだった。親父を先頭に、組の主だった者が
揃って初詣に行ったんだよ。親父ってのは組長のことだ、
わかるよな。でな、行った先は地元の神社で、さして大きいとこでは
ねえが、それでも三が日は人手が多い。そんなとこに筋者が
ぞろぞろ行くわけにはいかねえから、期日は正月の13日か
14日のあたりだ。まだ松の内だが、参拝客はがくっと減ってる。
最初から変だったんだよ。親父が賽銭投げ入れて、神社の鈴を
鳴らそうとしたとき、下がってる紐がぶっつり切れたんだよ。
ありえねえだろ、紐とは言ったが、布を編んだかなり太いやつだった。
鈴が親父の頭にあたりそうになって、近くにいた俺がなんとか

受け止めたわけ。なあ、誰だって不吉だと思うだろ。それから、
毎年恒例になってるんだが、組員全員が奥に入ってお祓いを受けた。
筋者が変だと思うかもしれねえが、俺らは験を担ぐんだよ。
いつ何があるかわからねえし、神仏の加護は大事にする。
昔はお祭りがあれば必ず参加してたんだよ。今は彫物がどうこうって
煩くなってしまったが。で、お祓いが終わって、初穂料もだいぶ
弾んだんだが、宮司が何か深刻な顔をして親父んとこに来てな、
話があるって言う。2人で社務所の奥でだいぶん長いこと話し
込んでたよ。これもおそらく、その後の話と関係があったことだろ。
ああ、すまねえな、なかなか話が先に進まなくて。当時はな、
組の経営は順調だった。どっかと揉めてるってこともなかったし、

暴対法以前だから、楽にしのいでいけたんだ。ところが、まだ
1月のうちに、親父の体の具合が悪くなった。乾いた感じの
咳が止まらなくなったんだよ。それと痰の中に、少しだけだが
血が混じってる。こりゃいけませんってことで、大きな
病院で検査してもらうことになった。俺が車を運転して
ついってたんだ。さっき本部長やってたって言ったが、
まあ雑用係みたいなもんだから。で、まる1日かかって検査が
終わり、親父には肺真菌症って診断を言われた。ま、肺に
カビが生えたってことだな。入院してさらに詳しい検査をすることに
なった。けどよ、その日、親父が午後の検査に入ってるとき、
医者に言われたんだよ。明日の都合のいいとき、

一人でもう一度病院に来てくれませんかって。また、そのことは親父に
内緒にしてくれとも。これはどうしたって何かあると思うだろ。
その頃は、癌の告知は本人にはしないことが多かった。近い家族にだけ
告げて、それから本人に言うかどうかを決める。今はドライに、
さらっと本人に言うみたいだけど、当時はそうだっんだよ。
ただ俺は親父の親族ではないし、親父には姐さんがいる。
子ども2人は海外に出てたんだけどな。それで当日、午後にして
もらって行ってみた。そしたら・・・予想外のことでなあ。
しばらく待って診察室に入ると、親父の主治医ともう一人、
レントゲン技師だそうだが、そいつらがいて、「これ、どう見えます」
ってレントゲン写真を見せた。親父の胸部画像だが、

右の肺に白い丸いものが2つ、だるまのように重なってる。
肺の半分までを占める大きさだ。で、それな、2つの丸のどっちにも
目鼻があるように思えたんだ。そんなはずはと考えてると、
「このほうがわかりやすいでしょう」医者がそう言って
写真をひっくり返した。そしたら、明らかに顔なんだよ。
大きい顔と小さい顔が重なってて、どっちも女の思えた。
でな、底冷えするような嫌な表情なんだよ。「・・・・」俺が
言葉を継げないでいると、レントゲン技師のほうが「顔に見えますよね、
 2人分の。最初にこれが撮れたんですが、長年やっててこんなことは
 初めてです。驚いて撮り直したら、そっちは普通だったんですが」
医者が続けて、「これがもし顔だとして、見覚えがありますか」

聞いてきたんでかぶりを振った。そしたら「そうですか。じゃあ
 やはり何かの理由で撮影ミスが起きたんでしょう。
 そう考えるしかないです。それとね、さきほど普通って言いましたけど、
 肺にも問題があるんです。患者さんの奥さんに来てもらって話をしたい」
こういう話だった。で、さらにその翌日。姐さんと俺でもう一度
病院に行くと、末期の肺癌だって告げられた。姐さんが俺もいてほしい
ってことだったんで同席してたんだ。手術不能で、抗癌剤治療しかできない。
余命は半年程度ってことだった。本人に言うかを聞かれ、
姐さんは断った。病院側で、癌と本人に知られないよう、できるだけの
治療をしてほしいって。転院は考えなかった。そこの総合病院は
うちの組が昔から利用してて、いろいろ無理も効いたから。

で、あの写真の顔2つについて考えてみた。親父は若い頃、人一人
タマとってる。ただ、それは男だったし、ムショの務めも終えてる。
わからないと言うしかなかった。親父は病院の特別室に入院し、
姐さんが泊まり込んだときもあったし、俺ももちろん毎日
顔を出した。悪いことに、追検査で肺癌は骨にも転移してることが
わかった。親父はすっかり弱ってしまって、なんとか自力で便所には
行けたが、それ以外はずっと寝てたな。まあ痛み止めの麻薬の
せいもあったろうが。2ヶ月後くらいだな。姐さんから相談が
あって、親父がハジキを持ってきてほしいって言ってるって。
さすがにそんなことはできねえから、理由を聞くと、近頃は毎日、
夜中になると起きてカッと目を見開き、天井をにらみつける

て言うんだ。その様子がわが夫ながら恐ろしいし、天井には何もいないが
俺にも見てほしいって。当然そうしたよ。親父の病室は次の間に応接セット
がある豪華な部屋で、俺はそこに控えてた。夜中の3時過ぎ、
姐さんが「始まった」と言うんでベッドのそばに寄ると、
親父が怖い顔で、「ああ、また来た。今日も来た」って天井をにらみながら
指さす。いや、何もねえんだよ。殺風景な病院の天井。
けどな、ベッドの親父が「出たあ」って言ったときに、病室全体が
ぐらっと傾いだ気がしたんだ。それと強い臭い、腐臭って言うんだろうか、
肉の腐った臭い。親父は苦しみ出し、急いでナースコールして看護婦が
入ってくると臭いが消えた。毎日そのくり返しだったが、長くは続かなかった。
3ヶ月後、親父が亡くなったからだ。余命半年って宣告だったが、

その半分だったわけだ。親父が死ぬ4日前だな。やはり夜中、天井を見て
苦しみ始め、「岡山だ、岡山が来た」って叫んで悶絶した。次の日からは
集中治療室で俺は入ってない。まあこんな話なんだが、ここで終わったら
あんたらも消化不良だろ。俺もな、岡山ってのを調べてみた。
組の関係、親父の知り合い、そのあたりに岡山って名前はない。
親父がとったやつもそういう名じゃないし、岡山出身でもない。
ただな、戦前、まだ兵隊前の親父が、岡山県に疎開してたことがわかった。
似合わねえことに図書館に行って戦前の新聞も調べた。そしたら、
一つだけそれらしい記事があったんだよ。疎開してた母親とその娘が殺され、
暮らしてた納屋に火をつけられたって話。犯人は捕まってない。まあ、
そういうことがあって、俺は筋者をやめたんだよ。






アーカイブ 髑髏の話

2020.05.25 (Mon)
私自身の話ではないんですが、それでもいいでしょうか。
今、大学1年で小説のサークルに入ってるんです。内容は純文学に近いもので、
大学でもかなり歴史のある由緒正しいサークルなんだそうです。
先輩方も文学青年ぽい人が多くて、真面目に活動してるサークルなんです。
それで、2週間ばかり前に合評会があったんです。
メンバーそれぞれが作品を持ち寄って、お互いに批評し合うんです。
・・・今だったらプリンターで印刷が簡単にできるので、人数分原稿を用意して
回し読みすれば時間の節約になるのに、と最初は思ったんですが、
私たちのサークルの伝統で、一人一人が自分の作品を朗読するんです。

合評会は土曜の9時からでした。
人数は十数人いるんですが、その日、作品を出す人は8人で、
たぶん午前中いっぱいかかるだろうと思っていました。4人終わったら合評し、
休憩を入れてまた4人という予定で、私は最初のほうで朗読をしました。
実家のある四国の港町のスケッチみたいなものでしたが、
かなり厳しい批判をいただきました・・・すみません、よけいなことですね。
それで後半の朗読の最初です。武田さんという2年生の男の先輩でした。
いつも藤沢周平風の時代物を書いてくる人なので、
今回もそういう感じのだろうと思ってたんです。

題名は『髑髏』でした。武田さんが題名を重々しい口調で言ったとき、
「ウッ」と息を飲む音が聞こえ、そちらを見ると3年生でサークル長の
伊野さんで、なんだか恐い目をしていました。
武田さんはそれに気がつかなかったようで、そのまま朗読を続けました。
田舎に住む一家のおじいさんが亡くなって遺品整理をしていたら、
茶箪笥の中から子どものような小さな髑髏が見つかって・・・という出だしで、
どうやら現代が舞台のホラー作品という感じでした。
でも、どんな話か最後まで聞くことはできなかったんです。
1分も朗読しないうちに、「ちょっと武田、ストップ」と叫んで、
伊野さんの朗読を止めさせたからです。

武田さんがきょとんとした様子で「どうしたんですか」と聞きましたら、
伊野さんは「お前・・・その話どっかで読んだか」と言ったんですが、
まるで詰問するような調子でした。「いやだなあ、盗作とかじゃないですよ。
 完全なオリジナルです」と武田さんは笑いながら抗弁しましたが、
そのとき伊野さんが真顔なのに気づいたようでした。
「ああ、すまん盗作と疑ってるわけじゃないんだ。ただその・・・
 確かめたかっただけだ」伊野さんがやや うろたえたように言いました。
「変だなあ、気になりますね。どっかで似たような話を読んだことがあるんですか」
武田さんがそう言うと、伊野さんは少し考えて立ち上がり、サークル室の
ロッカーの奥を探って、かなり古めかしい文書綴りを引っぱりだしました。

「何ですかそれ?」他の2年生が聞くと、伊野さんは、「これは歴代の
 サークル長に受け継がれてるもんで、これまでの合評会の記録とか、
 サークル誌を編集した記録が載ってるやつなんだが、最初のが
 昭和31年になってる。こんな分厚い記録だから俺も全部読んじゃいないが、
 サークル長に決まったときに、前の先輩からじきじきに言われたことが
 あるんだ。・・・といっても信じられないような話なんだが」
「それが武田さんの作品と関係があるんですか?」私が聞くと、
「そうだ」伊野さんは答えました。
「いいか、その引き継ぎと関係があるとこをちょっと読んでみる」
分厚い綴りを手元で開いて読み始めました。

「警告、これは冗談ではなく本サークル員の命に関わることである。
 われわれは自分が作品を書いていると考えていて、それはおおかたは正しいが、
 そうではない場合もある。つまり話のほうに命があって、われわれに
 それを書かせる場合だ。信じられないだろうが、そういうことはある。
 このサークルには『髑髏』という話がとり憑いている。
 自分もこのことを初めて聞いたときは信じられなかった。
 しかし合評会でこの話を耳にし、その後4人の命を失ってやっとわかった。
 最後までこの話をさせても、聞いてもいけなかった。それを後悔している。
 『髑髏』を封印することはできない。いずれまた現れるだろう。
 それを絶対に広めてはならない。最後まで聞かなければ大丈夫のようだ。
 どんなことをしてでも抹消せよ。◯月◯日 第11代サークル長 鈴木◯彦」

「マジですかあ」1年生の一人が声をあげた。
「・・・マジなんだと思う。俺もちょっと調べたんだが、
 これを書いたのは昭和40年台のサークル長で、
 そのとき確かに短期間で5人のメンバーが亡くなってる。全部事故死で、
 頭をやられているんだ」 「えーでも、そんなことありえないですよ」
「どうして『髑髏』っていう題だけで、それと同じ話ってわかるんです?」
「・・・いい、質問だな」伊野さんはそう言って下を向きました。
「この鈴木さんが、簡単なあらすじを書いて残してくれてるんだ。
 祖父の遺品の中から子どもの髑髏を見つけて・・・
 その後、戦死したじいさんの兄と貂の毛皮が出てくるんだろ」
伊野さんは武田さんのほうを見てそう言いました。

「・・・そうです」武田さんは愕然とした様子でうなずきました。「でも、その鈴木
 という人は話を全部聞いたか、読んだかしたんでしょう」誰かが聞きました。
「もちろんそうだ・・・で、鈴木さんはこれを書いた翌日に亡くなってるんだよ」
全員が言葉も出ず、顔を見合わせました。
「大学の図書館のコンクリの階段があるだろ・・・あそこから仰向けに落ちたようだ。
 頭蓋骨骨折と新聞の縮刷版にはあった」
「あんなゆるいとこから・・・」 「武田・・・お前この話、どうやって思いついた?」
伊野さんがやや口調を変えて聞きました。「いや、夢で見たんです。
 夢の中に頭の大きい福助みたいな着物を着た子どもが出てきて、
 『話をさずけようぞ』と言ってしたのがこの話なんですよ」
武田さんの声は泣きそうになっていました。

「ふだんから小説の筋はあれこれ考えているんですが、夢の内容なんて
 ほとんど覚えていないし、覚えてたとしても、起きてから考えれば
 到底使いものにならないようなのばっかりで・・・でもこのときは違ってたんです。
 一字一句まで覚えてたし、すごい筋だなって興奮しました。
 だからめったに書かない現代ものの、それもホラーを・・・」
武田さんの声は震えて、最後まで続きませんでした。「とにかくだ、
 お前の原稿、それ俺によこせ。ぜったい誰も読めないようにして始末するから。
 それと、これパソコンで打ったんだよな。他に誰かに見せたか?」
と伊野さんが聞き、武田さんはただふるふると首を振りました。

「そのデータは何かのソフトを使って完全に消去しろ。いや、
 パソコン自体処分したほうがいいのかもしれない。・・・海に沈めるとかして。
 サークル費で新しいのを買ってやるよ。それからお前は、
 今後しばらく俺と行動しろ。 ・・・高いとこに登ったり、乗り物に乗ったりするな。
 どうやら前回『髑髏』が出てきたときに、
 話を最後まで聞いたのは亡くなった5人の他にも数人いたようだが、
 その人たちが少なくとも大学時代に死亡したという記録はなかった。
 ある程度の期間が過ぎれば生き残れるのかもしれない」
会はそのままお開きになり、伊野さんはパソコンの始末をしに、
武田さんとともにアパートに出かけていきました。

残されたサークル員は口々に今の出来事を話していましたが、
信じていないメンバーがほとんどでした。伊野さんが武田さんと組んで、
みなをからかうためにやった大きな冗談じゃないかって。
でも残された綴りを見ると、さっき伊野さんが読んだ黄ばんだ
罫紙が綴じ込まれていて、内容もそのとおりでした。
私は・・・話自体はとても考えられないことだと思いましたが、
また一方で、伊野さんがそんな冗談をする人だとも思えなかったんです。
昼食をとるのも忘れて侃々諤々言い合っているうちに、あの知らせが
入ったんです。3年の先輩の携帯が鳴り、伊野さんからでした。

ビル工事の現場の横を通ったとき、さして大きくもないガラス片が
十数階の高さから、防護シートを切り裂いて落ちてきて、
武田さんの頭を斜めに削いだということでした。救急車は呼んだものの、
脳がこぼれて、応急処置もできないほどの惨状だったそうです。
・・・あの合評会から、何をするにも気をつけて生活しています。
話は全部聞いてないから大丈夫だと自分に言い聞かせながら・・・です。
あの場にいたサークルのメンバーで頭痛がするという人が何人かいます。
私も、夜になると後頭部がズキズキ痛むことが何回かありました。
それよりも怖ろしいのは、夢の中に頭が大きい子どもが出てきて、
『髑髏』の話を始めないかってことなんです・・・
でも、寝ないというわけにもいきませんし・・・






玄奘三蔵の冒険

2020.05.25 (Mon)
アーカイブ287

今回はこういうお題でいきます。世界史のカテゴリに入る内容です。
玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)は、日本において、古代中国人の中では
かなり有名な人物です。これは、孫悟空の出てくる『西遊記』が、
アニメやTVドラマになって知られている面が大きいでしょう。

玄奘三蔵
dhsdhewyey (3)

ただし、『西遊記』は16世紀の明の時代に書かれた荒唐無稽な伝奇小説で、
実際の玄奘は7世紀、唐の時代の人ですから、900年ほどの隔たりがあります。
あと、日本では「三蔵法師」と言われることが多いですが、
三蔵というのは尊称で、そう呼ばれる僧侶は中国に何人もいます。

三蔵の称号は、「経・律(戒律)・論(理論研究)」の3つともに優れた僧侶に
対して与えれます。また玄奘は、帰国後に『大唐西域記』を書いており、
これが『西遊記』の元になったとも言われます。ですが『大唐西域記』は
一般的な旅行記ではなく、唐の太宗皇帝の命におうじて、
西域の国々の地理的な情報をまとめたものです。

タクラマカン砂漠
dhsdhewyey (2)

さて、玄奘の生涯を書いていくと長くなるので端折ります。11歳で
僧になった玄奘は中国各地で修行する過程で、僧侶たちが勝手な自説を
吹聴していることを苦々しく思い、インドにある原典に回帰する必要性を痛感しました。
そこで、27歳のときに、国禁を犯して密かに出国します。役人たちの目を
逃れながら越えた灼熱のタクラマカン砂漠の旅は、かなり苦しいものだったようです。

『大唐西域記』には、「幻覚が起こり、あちこちに怪しい化け物の姿が見えた」
といった記述があります。このことが後の『西遊記』で、金角・銀角や
牛魔王などの妖怪になったのかもしれません。ここで玄奘は、一度だけ
中国に戻ろうという気持ちを起こしました。その戒めに、玄奘は「不東」の
文字を書き、これは「東せず(東に向かわない)」ということです。

dhsdhewyey (4)

寝るときも足を東に向けませんでした。そして、現在の新疆ウイグル自治区にあった
高昌という国に入ります。ここはオアシスのほとりにある小さな都市国家で、
高昌の王は知識に優れた玄奘を歓待し、いつまでも国から出そうと
しませんでした。これは、王がインドへの旅は危険だと考えたためです。

困った玄奘は、断食をして出発することを願いました。そこで高昌の王は、
周辺の各国に使いを出し、玄奘が通ることを知らせました。
周辺地域には30ほどの小国があり、それらの国は玄奘を歓待し、しばらく滞在
しなくてはなりませんでした。インドまでの旅に3年あまりかかっていますが、
玄奘の足を止めたのは妖怪ではなく、それらの国の王たちだったんですね。

この旅の途中のことが、『今昔物語』の「震旦の部」に出てきます。
玄奘が道をたどっていると、苦しげなうめき声が道端から聞こえてきた。
見ると、全身を瘡がおおい、膿みただれた女が倒れ伏せていた。玄奘が
駆け寄ってどうしたのか尋ねると、病気のために親に捨てられたと言います。 

『西遊記』の牛魔王         
キャプチャ

また、この病気が治るためには、全身の膿を口で吸わなくてはならないとも。
玄奘がためらわずそれを行うと、病人の体はだんだんに光り輝いていき、
観自在菩薩の姿となり、玄奘に一巻の経典を授けました。それが
「般若心経」だった、ということになっています。ま、よくありがちな内容です。
日本の仏寺で最も多く唱えられているのが、この般若心経でしょう。

「色即是空 空即是色」の一節が有名ですが、これは「唯識論」の真髄を
表したもので、道元、法然、親鸞らも学んで、「鎌倉新仏教」の
基礎となりました。上記の逸話はもちろん事実ではないでしょうが、
玄奘の偉業が、日本の仏教界に与えた影響はとても大きいんですね。
ちなみに、「耳なし芳一」の話で、芳一の全身に書かれたのも般若心経です。

般若心経
dhsdhewyey (6)

この後、玄奘はヒンズークシ山脈を越えてインドに入り、現地で
長い修業をした末、16年後に中国に戻ります。唐の太宗は
玄奘が国禁を破ったことを許し、年下の玄奘を師父と呼びました。
玄奘が持ち帰った経典は657部、その中にはもちろん般若心経も
含まれます。玄奘はその後の生涯を翻訳に費やし、63歳で亡くなりました。

さて、ここからは2つエピソードを紹介して終わります。
玄奘の遺骨の一部が、日本に存在するんですね。これには驚きの
経緯があります。玄奘の遺骨は長安の仏塔に葬られたんですが、
黄巣の乱の時に破壊され、行方知れずになりました。
それから およそ1300年後の昭和17年、日中戦争の最中です。

唐太宗


南京市を占領した旧日本軍は、郊外に稲荷神社を立てるため土台を
掘っていました。すると大きな石棺が出てきて、そこには、「宋の
天聖5年(1027)、三蔵法師の頂骨が、演化大師可政によって長安から
南京にもたらされた」と書かれていたんです。おそらく盗掘を避けるため、
残っていた玄奘の頭蓋骨が、副葬品とともに南京に移されたんでしょう。

あまりのことに、戦いを中断して南京政府と旧日本軍の協議が行われ、
遺骨の一部は日本に分骨され、現在、慈恩寺、芝の増上寺、
奈良の薬師寺などにあるようです。これ、考古学的には玄奘の本物の
遺骨か明言はできませんが、自分は信憑性は高いと考えます。中国に
稲荷神社をつくるときに見つかった、というところが面白いと思いませんか。

夏目雅子さん
dhsdhewyey (5)

さてさて、最後に、ドラマで三蔵法師を演じた俳優として夏目雅子さんが
有名ですね。夏目さんは急性白血病で、27歳で亡くなっていますが、
この原因は、ドラマ『西遊記』でシルクロードロケを行ったときに、中国政府が
くり返し行った核実験の残存放射能を浴びたためである、と言われました。
(最初の出典は、産経新聞社「正論」2009 中国が憎くても嘘はダメですよ)

でもこれ、完全な都市伝説なんです。ドラマのパート1では中国ロケはなく、
パート2での中国ロケには、夏目さんは多忙のために参加して
なかったんですね。ただ、夏目さんは法師役のために坊主のかつらを
つねにつけており、それがその後の運命を暗示していた、
なんて話もあります。では、今回はこのへんで。

dhsdhewyey (1)





化鯨とオオムカデクジラ

2020.05.24 (Sun)
ccccvf (5)

今回は妖怪談義です。取り上げるのは化鯨(ばけくじら)。
これは骨鯨とも言い、かの水木しげる御大も描いています。
ただこれ、結論の出る話ではないので、あっちこっちを
さまよったあげく、まとまったことは言えないで終わると思います。

まず、伝承を見てみましょう。出雲の国とありますから、
現在の島根県で、神話の里として有名ですよね。
当時はまだ日本海でもクジラ漁が行われており、
島根半島沖は漁場として知られていました。

ある雨の夜、沖合いから大きくて白い何者かが海岸へと
近づいてきた。漁師たちが眼を凝らして見ると、どうやら
それはクジラらしいとわかったので、みなこぞって
舟を漕ぎ出していつもの漁にかかったが、いくら銛を
投げ込んでもその獲物はビクともしない。

スコロペンドラ、一説にはガレー船の比喩とも言われます
ccccvf (2)

不思議に思ってよく見れば、獲物と映っていた大きな
体はただ白い骨ばかりのヒゲクジラで、皮や肉はどこにも
見当たらなかったという。そのうち、あたり一面は奇妙な
姿の魚で満ち溢れ、さらには妖しげな鳥までが
目の前に現れたが、潮が引くにつれ、

それらははるか沖の彼方へと去って行った。漁師たちはこの怪を、
死んだクジラが怨霊となって現れたものだろうと噂し合った。
だいたいこんなお話です。クジラ目はヒゲクジラとハクジラに
分けられるのはご存知だと思います。ヒゲクジラは歯がなく、
そのかわりにプランクトンを濾し取るヒゲを持っています。

マッコウクジラとナガスクジラの骨格
ccccvf (1)

シロナガスクジラ、セミクジラ、ニタリクジラ、イワシクジラ
などがいます。生きている骨だけのクジラというのは
信じがたいような話なんですが、普段からクジラ漁を行っている
漁師たちが、他のものと見間違えることはないと思います。

うーん、何から書いていきましょうか。これは妖怪というより
UMAなんですが、「オオムカデクジラ」というのがあります。
側面や背中に多数のヒレがあるとされている海棲生物で、
ムカデのように体がいくつもの体節に分かれ、その両側に
ヒレがついている。クジラの仲間かどうかもわかりません。

ベトナムのUMA コン・リット
ccccvf (1)

世界各地で目撃例があり、大きなものはシロナガスクジラの
最大個体ほどにもなるという話もあります。
古代ギリシアではスコロペンドラ、ベトナムではコン・リットと
言うようですが、同じ種類を指しているかも不明。

また、日本では、本草学者の南方熊楠が、貝原益軒が編纂した
『大和本草』に出てくるムカデクジラが、スコロペンドラのこと
ではないかと考察しています。ベトナムでは、1883年、
硬い外皮に覆われたシーサーペントの死体がアロン湾で
発見されたという話が残っていますね。

海岸に打ち上げられたクジラの骨
ccccvf (7)

目撃者のトラン・ヴァン・コンは、死体の全長は18mほどあり、
全体にわたって60センチの間隔で甲殻の体節があったと
証言。それぞれの体節には一対の突起がついていて、
70cmの長さがあった。この話、もし本当ならクジラとは
思えませんよね。体節が30個もあったことになります。

まさにムカデです、うーん。ただ、これが絶滅種の巨大生物
だとしても、それらしい化石は発見されていません。
バシロサウルスやモササウルスの化石は見つかっているのに、
不自然な気がします。半分腐ったクジラが脊椎を
むき出しにして流れてきたもの。

海底のクジラの骨と、それを食べるタコの仲間
ccccvf (4)

あるいは、海岸に打ち上げられた死体が骨だけになったのを
発見し、やはり脊椎と突起がムカデのように見えた・・・
しかし、これが化鯨の正体とは思えないですよね。
クジラ漁師なら鯨の骨は見慣れたものだったはずです。

次に、恵比須様について。恵比寿は蛭子(えびす)とも書き、
漂着物を表します。日本神話で、イザナギとイザナミの最初の子が
不具の蛭子・蛭児(ひるこ)だったので、葦の船に乗せて
流してしまったことから来ています。で、昔から海岸にクジラ類が
打ち上げられるストランディングは知られていました。

流される蛭子
キャプチャ

そういうクジラは、寄り鯨や流れ鯨と呼ばれ、日本では
海からの恵みと考えられることが多かったんです。
クジラが座礁する原因はいろいろ考えられます。ハクジラ類は
超音波を用いて行動しますが、それが何かの原因で狂った。
近年は軍事用潜水艦のソナーの影響とも言われます。

この寄り鯨が化鯨と何か関係があるのか? でも、寄り鯨は
「寄り神信仰」のもとになっていて、クジラの怨霊とは
正反対のものです。やはり化鯨はたくさん獲られた鯨が
化けた純妖怪なんでしょうかねえ。

古生代の最大種のヤスデ アースロプレウラ この化石は60cmほど
ccccvf (6)

さてさて、ということで、まったく目処が立たないまま
お時間になってしまいました。自分ながらモヤモヤする内容です。
もしみなさんの中で、化鯨あるいはオオムカデクジラについての
情報をお持ちの方はコメントでご教示いただけたら幸いです。
では、今回はこのへんで。





サムハラ神社と津山事件

2020.05.23 (Sat)
nhfhnffhmm (4)
サムハラ神社(大阪)

今回はこういうお題でいきます。大阪の心霊スポット・・・
と言ってはいけませんね。パワースポットのお話です。
みなさん、サムハラ神社ってご存知でしょうか。たぶん関西で
ない方は知らないですよね。自分も大阪に越してきて
初めて知識を得たんです。

Wikiを見てもあまり詳しく記されていないのは、新興宗教の
神社だからです。まず御社名がカタカナになってるのが変ですよね。
場所は大阪市西区で、隣はなんと大阪府警機動警ら隊の
本部です。街中で、神社のスペース自体はせまいです。

で、ここ、知る人ぞ知るパワースポット。さまざまな願い事が
かなうと言われていて、早朝から参拝に来られる方がいます。
サムハラの由来ですが、諸説あってよくわかりません。
一説には、サンスクリット語の三祓羅(サンバラ)
から来ているとも言われます。

サムハラ神社(岡山)
nhfhnffhmm (2)

あれ、変ですね。三祓羅というのは密教の真言で戒律のこと、
つまり仏教のはずです。神仏習合なんでしょうか。密教では、
この言葉を唱えれば、災厄から身を守ることができるとされます。
でも、神社なんですから、御祭神がいるはずです。

調べてみましたら、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、
高皇産霊神(たかみむすび)、神皇産霊神(かみむすび)。
造化三神と言われる三柱でした。日本神話において
最初に登場する神々なんです。

まだ天地が混沌としているときに、それぞれ独りで現れ、
そのまま身を隠したとされます。イザナギ、イザナミよりも古い
根本の神様なんですね。日本神道ではひじょうに重要視されて
いますが、この三柱を同時に祀っている神社は珍しいとされます。

造化三神
nhfhnffhmm (5)

さて、この神社をつくったのは、田中富三郎氏という実業家です。
明治元年、岡山県に生まれ、万年筆のパイオニアである田中大元堂を
立ち上げ、故郷に奨学金制度を作ったり、小学校に図書室を寄贈し、
紺綬褒章を受章されています。で、現在大阪にある神社は移設された
もので、奥の院は岡山県苫田郡西加茂村にあります。

創建が1935年ですから、富三郎氏が67歳と晩年のことです。
故郷の岡山の村に、古いい小さなほこらを見つけ、
荒廃を嘆いて再興したのがサムハラ神社奥の院。
そこに詣でる信者は100名程度いたようです。

田中富三郎氏
nhfhnffhmm (7)

ただ、時期が悪かった。1935年は昭和10年、日本が戦争に
向かって突き進んでいた時期です。当時の日本は天皇を中心とする
国家神道を国の柱としていました。そこで、それとは相容れぬ
教義を持つ新興宗教の弾圧が始まったんですね。

1935年は第二次大本事件が起きた年です。特高警官隊
500人が2ヶ所の大本(大本教とは言わない)の聖地を
襲撃して破壊。当時の教主、出口王仁三郎は逮捕、
投獄されます。また1937年には、ひとのみち教団
(現在のPL教団)が弾圧、解散させられました。

津山事件犯人の都井睦雄
nhfhnffhmm (3)

そんな中、せっかく創建したサムハラ神社も、翌年すぐに    
特高警察からの命令で自主撤去をさせられてしまうんですね。
この後、戦争が終わった1946年、ほこらは再建され、
1961年、現在地へ移築遷宮されました。ちなみに、
創建者の富三郎氏は100歳まで生きて大往生しています。

さて、ここで話変わって、上に書いたほこらの住所、あれを
見てピンときた方がおられると思います。そう、あの
横溝正史が『八つ墓村』で取り上げた津山事件(津山三十人殺し)
が起きたのと同じ場所なんです。ほこらがあったすぐ裏の集落。

津山事件の現場写真
nhfhnffhmm (8)

津山事件については、いろんなホームページで取り上げられて
いるため詳しくは書きませんが、都井睦雄(とい むつお)が、
集落の民家を夜中に襲い、刀剣と猟銃を使って2時間ほどの間に
村民30名を殺害した事件です。犯行後、都井は自殺したため、
被疑者不在で事件は不起訴になります。

事件の原因は、都井が徴兵検査で、結核を理由に丙種合格
(実質上の不合格)とされたため、それまで夜這いをしていた
村の複数の女たちに関係を断られたためと言われます。また、
徴兵検査の憤懣から、戦闘力を見せたかったのかもしれません。
今に残る都井の写真を見るかぎり、なかなかのイケメンですよね。

『八つ墓村』
nhfhnffhmm (6)

この津山事件が起きたのが1938年(昭和13年)、
戦時体制のこともあり、民心を騒がすとしてそれほど
大きく報道はされませんでした。で、上記のサムハラ神社の
前身が撤去されたのがその2年前の1936年。ですから、
都井はその一部始終を間近で見ていたはずです。

さてさて、どうしたって符合するものを感じてしまいますよね。
ということで、今回はサムハラ神社と津山事件の因縁の
お話でした。みなさんもぜひ、大阪にお寄りの際は
参拝されてみてはいかがでしょうか。では、このへんで。

nhfhnffhmm (1)




アーカイブ お冷の話

2020.05.23 (Sat)
去年の夏のことです。もう少しで1年になりますね。
あんまり有名じゃないけど、地元ではそこそこ怖いと
言われている心霊スポットに行ったんです。場所は言えませんが、
トンネルです。もう使われてなくて、車止めが設置されてるんですが、
徒歩でなら入れるんです。行ったのは自分も入れて男女4人。
みんな同じ大学の同じ学部で、カップルが2組です。
夜の9時過ぎに出発して、着いたのは10時過ぎだったと思います。
自分らの他に停まってる車はないし、来てるやつもいなかったです。

一人ずつ懐中電灯を持ってトンネルの中を向こうまで行って戻ってくる、
というのをやる予定でした。トンネルの長さは100mもないでしょう、
向こう側の街灯の明かりが見えるくらいでしたから。
ただ、やはりというか現場に行ってみたら女組が怖がってしまって、
結局、カップルで行って戻ってくるということになりました。
で、結論から言うと、不可思議なことは何もなかったんです。そりゃ、
トンネル内はあちこち壁に水が垂れてて、落書きもあったし、懐中電灯の
光でそういうのが不気味なシルエットになって浮かんで、怖かったですよ。

ビデオカメラは持って行きませんでしたが、写真もかなり撮ったんです。
それをアパートに帰ってからPCに移して、じっくり見てみる予定だったんです。
11時過ぎて、帰ろうとして俺のキューブに乗り込んだんですが、
なんとなくみんな腹が空いてて、コンビニに寄って食い物を買って帰ろう、
ということになったんです。県道を流してると、
右脇のほうにドライブインとレストランの中間くらいの
コジャレた店が見えてきて、まだ明かりがついてたんです。
たぶん来たときは見過ごしていたんだと思います。

俺はバイトの給料日からすぐだったんで、けっこう金持ってたんです。
「入ってみようぜ、金ないならおごってもいい」と言って、中に車を入れました。
せまい駐車場があって看板が出ていましたが、俺らの他には
車はなかったです。・・・ほんといい感じだったんですよ、店の具合が。
高級そうなレストランなら服装もあれだから敬遠するし、
寂れたドライブインなら最初から目にもとめない。ところがなんて言ったらいいか・・・
東京にチェーンの喫茶店があるじゃないですか、あれくらいの
入りやすさ。トンネルを過ぎていったとこにちょっとした観光地があって、
そこへの行き来の客を相手にしてるんだと思いました。

で、店の戸を押して入っていくと、すぐに「いらっしゃい」って言葉がかかりました。
若いマスターが出てきて人数を聞き、4人がけのテーブルに案内されました。
マスターは背が高く、バスケかバレー選手みたいな体格でした。
メニューを見てる間にお冷が出てきたんですが、
これがスゴかったんです。何が・・・というと、まずグラスが凍ってて、
冷凍庫から出したばっかりみたいだったし、氷はクラッシュアイスなんですね。
そしてライムが一片入ってました。暑かったし喉が乾いてたんで、
一気に飲みほしましたよ。たぶんミネラルウオーターで、
砂糖を入れれば金がとれるんじゃないかと思いました。

ところが仲間内の一人、俺以外の男のやつなんですが「うわ、なにこれ!」と言って、
テーブルの下のコンクリの床に水をブーッと吐き出したんです。
・・・さすがにね、失礼なやつだと思いましたよ。
マスターがすぐに飛んできて「お客さん、大丈夫ですか?」と聞きました。
ダチは「何この水、酸っぱいじゃね。飲めないくらい」
紙ナプキンで膝のあたりを拭きながらマスターにそう言い、マスターは、
「ああ、すみません。もしかしたらライムの絞り汁が多すぎたかも・・・
 今、取っ替えますから」グラスを持ってカウンターの奥に引っ込んでいきました。
で、新しいグラスがすぐに来たんですが、ダチは今度は普通に飲んでました。

「いくらなんでも、吐き出すことはねえだろ」と俺が言うと、
ダチは「でもよ、信じられないくらい酸っぱかったんだぜ。
 ライムそのままかじるよりずっと」かなり不機嫌になってましたね。
それから料理を注文したんですが、みなパスタ系でした、安かったですし。
味はまあまあでしたね。マズイってことはなかったですが、
お冷ほどのインパクトはありませんでした。
で、みなが食べ終わった頃にマスターがやってきて、ダチに、
「さきほどはすみませんでした。つまらないもんですが、
これお詫びのしるしに」と言って、小さな箱に入ったものをくれたんです。

「これは開店のときに配った記念品なんですが、まだあまってたんで、どうぞ」
それから「みなさん、もしかしてあのトンネルに行ってきたんじゃないですか?」
そう聞いてきたんで「そうです」と答えると、「よくトンネル帰りの
 お客さんも来るんですよ。・・・あそこね、子どもだましと言う人もいるけど、
 けっこうガチなところもあるんです。帰り道はどうかお気をつけて」
店を出て車に乗り込み出発すると、後部座席でダチがさっきもらった
箱を開けたようでした。「何だこれ、バカにしてる」 「えーかわいいじゃない」
こんなやりとりがあって、「何入ってたんだよ」と俺が言ったら、
助手席の彼女に手渡してよこしました。見ると、蛍光イエローの
10cmくらいの招き猫で、腹に黒字で「厄除」と書かれてたんです。

「おー、いいものもらったじゃね」と俺が言うと、
「こんなのくだらね」こう言って、彼女から受け取ると車の後ろの窓をあけて
放り捨てちゃったようでした。「あー捨てたのかよ。もったいねえ」 
「いらねえよ、こんな子どもだまし」「いらんなら、俺がもらって車につけてたのに」
でまあ、俺のアパートに着いて、カップルごとに別れました。
ダチはバイクで来てたんで、後ろにダチの彼女を乗せて帰っていったんです。
で、翌日です。ダチの彼女から連絡がきて、ダチがバイクで事故って
大怪我したってことでした。急いで病院に行くと、集中治療室に入っていて
面会できなかったんです。どうやら彼女を自宅に送ってから
自分のアパートに戻る途中、なんでもない道で一人でコケたようなんです。

その後ダチは手術をくり返して、退院まで8ヶ月かかりました。
まだ右足を少し引きずってます。顔とかは何でもなかったのが
不幸中の幸いと言えばいいか・・・
あと、この騒動でほったらかしになってたトンネルの写真なんですが、
一段落ついてから彼女と見てみると、一枚だけ、
ダチが彼女とトンネルから出てくるところのでしたが、
その右足にの下に黒いものがうずくまってるように見えるのがあったんです。
それだけじゃなく、その黒いものから、やはり黒いつるのようなのが出てて、
ダチの右足に巻きついてたんです。・・・もちろんダチらには見せないで
消去しました。え? その喫茶店ですか。いや、あれから行ってないです。
うーんこの一連のことって、何か関係があるんですかねえ・・・

キャプチャ





ロケットとオカルト

2020.05.23 (Sat)
アーカイブ285

キャプチャ

今回はこういうお題でいきます。カテゴリはオカルト論ですね。
先端技術の一つであるロケットとオカルト、あまり接点がないように
思えますが、まったくない、というわけでもありません。
さて、何から話していきましょうかね。

みなさんは「UFO Unidentified Flying Object(未確認飛行物体)」
という名称はいつごろできたかご存知でしょうか。
これは1952年、アメリカ軍が「ブルーブック」という
プロジェクトチームをつくって、本格的に目撃報告の調査を
始めたあたりからだと考えられています。

では、その前はなんと呼ばれていたかというと、
「空飛ぶ円盤 flying saucer」です。でも、これもそんなに古い話ではなく、
1947年、「ケネス・アーノルド事件」が起きてからのことです。
この年には、もう一つの大事件、「ロズウェル事件」も起きていて、
UFO研究にとっては画期的な年なんですね。

ケネス・アーノルドと空飛ぶ円盤
dddd (5)

「ロズウェル事件」の第一報では「flying disc」と報告に書かれています。
さらにそれ以前は、ケースごとにいろんな名称が使われていて、
1946年にスウェーデンで多数目撃された飛行物体については、
「ゴーストロケット ghost rockets」という名前で呼ばれました。

スウェーデンで目撃されたゴーストロケットとされる画像
dddd (4)

ちなみに、この正体については、流星群を見誤ったとも、
ナチスドイツかソ連軍の兵器実験であったとも言われて、
結論は出ていません。あとはそうですね、最近だと、アメリカ政府が、
UFO情報を撹乱するためにロケット発射実験を行っていると言う人も
いますが、これもたんなる噂の域を出ない話です。

さて、ロケットとオカルトというと、真っ先に出てくるのが、
ジャック・パーソンズという人物です。1914年生まれのアメリカ人で、
ロバート・ゴダード、ヴェルナー・フォン・ブラウンなどと並んで、
アメリカのロケット工学史、航空技術史に名を残しています。

ジャック・パーソンズ なかなかのハンサム
dddd (1)

その業績としては、ロケット用固形燃料の成分やジェット補助推進離陸
システムの開発があげられます。高校時代から他のロケット研究家と
交流がありましたが、カリフォルニア工科大学で研究チームをつくり、
構内で爆発事故を起こすなどして、実験を禁止されてしまいます。

そうしているうちに第2次世界大戦が始まり、パーソンズらは、
当時ロケット技術の最先端であったドイツのV2ロケットを分析し、
弾道ミサイルや戦術地対地ミサイルなどの兵器開発を進めます。
彼は、ロケットエンジンメーカーのエアロジェット社も立ち上げ、
その人生は順風満帆のように思えたのですが・・・

パーソンズはオカルトにも強い興味を持っていまして、
その前に現れたのが2人の人物、アレイスター・クロウリーと、
L・ロン・ハバードです。アレイスターのほうはご存知の方が
多いと思います。20世紀最大の魔術師などとも言われますね。

魔術師 アレイスター・クロウリー
dddd (3)

イギリス出身で、神秘主義結社「銀の星」を主催。
魔術の方法論としては、伝統的な西洋魔術に麻薬や性行為を応用した
ものです。パーソンズはクロウリーのもと、「Belarion Antichrist」
を名のって、魔術師としての活動を始めます。ただ、クロウリーが
パーソンズに与えた影響はそれほど大きくはありませんでした。

問題はもう一人のL・ロン・ハバードのほうです。
この人は、日本ではあまり有名ではないものの、
オカルト界では超重要人物です。もともとはSF作家なんですが、
疑似科学的な宗教団体「サイエントロジー教会」を創設したことで
知られています。現在でも世界各地に支部があります。

L・ロン・ハバード
dddd (2)

このサイエントロジー教会の評判はよくありません。
信者を囲い込んだり、多額の金銭をまきあげたり、日本のオウム真理教の
活動とよく似ているんですね。信者の家族から告訴を受けたり、
正式な宗教団体と認められていない国も多いんです。

ま、ここではサイエントロジー教会には深入りしないことにして、
いずれ別項にまとめて書きたいと思っています。
パーソンズはロン・ハバードの指導のもと、
「モハベーの砂漠でムーンチャイルドと化す」ための儀式を行います。
これも、乱交を含んだひじょうに性的なものでした。

サイエントロジー教会の世界大会


最終的に、パーソンズはロン・ハバードによって、
ロケットエンジンで稼いだ莫大な財産を奪い取られ、また妻もハバードと
いっしょに逃げてしまうんです。これにより世間的な信用を失い、
政府関係機関から追い出されて、洗濯機の修理などで暮らすことになります。

ですが、ロケット開発への情熱は失われず、 1952年、
自宅の実験室で、37歳の若さで爆死してしまいます。この死については、
鬱病による自殺説、アメリカ政府による暗殺説などがありますが、
状況証拠から、事故説がもっとも妥当だと自分は考えてます。

魔術師として活動するジャック・パーソンズ
dddd (6)

さてさて、このパーソンズが死んだ1952年ですが、最初のほうで
書いた「UFO」という名称が始まったのと同じ年なんです。パーソンズの
実験により次元の壁が破れ、UFOが出現するようになったなどと言う人も
います。最近、アメリカではパーソンズの業績が再評価されてきており、
その生涯がドラマ化されたりしています。では、今回はこのへんで。




アーカイブ 3段階の話

2020.05.23 (Sat)
Dさんという20代の女性の方と、いつもの大阪市内のホテルのバーで
お会いしました。Dさんは、市内のキャバクラに勤める、いわゆるキャバ嬢です。
自分が先にバーに行って、ちびちび飲みながら待ってたんですが、
約束の時間からやや遅れて現れたDさんの姿形を見て、
昔からのなじみのバーのマスターがちょっとのけぞってました。
「あ、どうも。占い師をしているbigbossmanです。
 今日はお話を聞かせていただけるそうで、ありがとうございます」
Dさんは、警戒するような感じであたりを見回し、それからスツールに座って
ジンリッキーを注文しました。で、こんな話をお聞きしたんです。
「2週間前ですね。その日は朝の4時ころに部屋に戻って、
 シャワーを浴びて寝てたんです。そしたら、ガン、ガンって音が聞こえて」

「はい」 「私は寝室にいたんですけど、音は玄関のドアのほうからしてて」
「はい」 「眠い目をこすりながら見にいったら、やっぱり鉄の扉が、
 ガン、ガンって揺れてたんです」 「で?」
「外から蹴られてるんだと思いました、靴の先で」 「ははあ」
「それで、何ですか? 警察呼びますよ!って大声で叫びながら、
 ドアのスコープを覗いてみたんです」 「はい」
「そしたら、廊下の壁が見えました」 「?? 人がいなかったってことですか?」
「それが、下の方に金色の髪の毛が見えたんです」 「で?」
「それ、私のとこから2つおいた部屋に住んでるMさんだって思いました。
 Mさんは、はっきり聞いたことはないけど、夕方から出かけるんで、
 私と似たような仕事をしてる人だと思ってました。

 廊下で会ったりすれば挨拶ぐらいはしてたんです」 「はい」
「その間にも、ガン、ガンという音は続いてて。それで、チェーンしたまま
 ドアを少し開けたんです。そしたら、低いところからDさんの顔が見えて・・・」
「はい」 「額が真っ赤になってたんです」 「血ってことですか?」
「ええ。それで、具合が悪いんだろうって思ったんです。大丈夫ですか?
 って、チェーンを外してドアを開けたら、Mさんがどっと倒れ込んできて、
 頭から顔から血まみれで。うちのドアに頭を打ちつけてたんだと思います」
「で?」 「救急車呼びましょうか、って言いながらMさんの顔を見たら、
 目が両方とも白目になってて・・・」 「で?」
「ベッドにスマホを取りに行ったんです。そしたら、床に仰向けになった
 Mさんの口から青黒い煙が出てきて・・・」

「で?」 「その煙が玄関で渦巻きながら人の顔になっていったんです」
「顔?」 「そうです。年配の男の人のような。でも、それは一瞬だけで、
 顔はすぐに消えたんです」 「で?」 「Mさんは意識ないみたいでしたので、
 救急車を呼んで、5分ほどで隊員が来てMさんを病院に運びました」
「で?」 「Mさんは一人暮らしで身寄りがいなかったんで、
 私がついてったんです。でも、病院に着く前に意識を取り戻して」
「はい」 「もちろん病院ではあれこれ検査して、特に異常は見つからなかったんです。
 お酒が入ってたので、その影響だろうって言われました」 「で?」
「Mさんからも、飲み過ぎだったみたいって礼を言われたんです。
 そのときはそれで済んだんですけど・・・」
「ちょっと待ってください。さっき、顔って言いましたよね。

 それ、誰なのか心あたりがあるんですよね」 「・・・私の店に来てたお客さん
 だと思いました。一流の企業に勤めてて、きれいにお金使う人だったんだけど、
 急に姿を見せなくなって。その後に、使い込みをしてクビになったって
 噂が流れて・・・」 「うーん」 「それで、そのことを、店によく来るお客さんに
 相談したんです。そしたら、詳しい人を知ってるよって言われて、
 女性の霊能者を紹介してもらったんです」 「それ大阪の人ですか?
 どなたです?」 「○○先生です」 「ああ、△△教のですね。知ってます」
「で、時間があるときにお会いしたら、それは生霊だろうって言われて」
「その使い込みをしたお客さんの、ってことですね」 「ええ、その人が、
 私を恨んで生霊になって、たまたま酔って正体をなくしてたMさんに
 とり憑いたんだろうって」 「恨んでるって言いましたよね。どういうことですか?」

「・・・・」 「あ、口をはさんですみません。続けてください」
「○○先生は、生霊をとめるのは簡単だけど、それだけじゃ物事は解決しないって
 おっしゃって」 「?」 「もう2段階を経ないと真に解決はできないからって。
 で、一度実家に戻ったほうがいいと言われたんで、それはできないですって
 答えたら、じゃあ、男友達に始終ついててもらえって言われて。
 それで、そうしてたんです」 「ははあ、Dさんの部屋に一緒にってことですね」
「そうです。けど、店には出てたんですよ。素直に、いったん実家に戻ってれば
 よかったのかもしれませんけど」 「で?」 「6日前です。店が終わって、
 タクシーで帰るようにしてたので、店の前で待ってたら、
 後ろからドンという衝撃があって、前のめりに倒れたんです」 「で?」
「車にあてられたんです。腰はたいしたことなかったけど、頭を打ってぼうっとしてたら、

 人が降りてきて、トランクを開けて入れられそうになりました」 「う」
「だから叫んだんです?助けて!!って」 「で?」
「店からもボーイさんたちが出てきましたし、まだ歩いてる人もいたんで、
 腕を引っぱって助けてもらいました」 
「車でDさんを轢いたのは、その恨んでるお客さん?」
「使い込みをしたお客さんです」 「どうなりました?」 
「えその人は大暴れして助けてくれた人を蹴り飛ばして、車に乗って逃げていきました」
「それ、Dさんを拉致しようとしたってことですよね。怖い話ですねえ、
 その後は?」 「店長にあったことを話したら、警察に通報したほうがいいって
 言われたので、そうしました」 「で?」
「警察からいろいろ話を聞かれたんで、そのまま話しました」

「で?」 「警察からは、誘拐される可能性があるんで、警護をつけときましょうって
 言われて、店は休んでずっと部屋にいたんです。私の住んでるマンションは、
 出入り口に警備員もいるし、まず安全ですから」 「はい」
「それで、4日前のことです。その、使い込みをしたお客さんが亡くなったって
 連絡が来ました」 「自殺ってことですか?」
「私には詳しいことは知らせてくれませでしたけど、そうみたいです。
 ニュースでテレビに出てました。使い込みを疑われている人物が、
 山の中で死体で発見されたって」 「ははあ」
「それで、私としては一安心だなあって思って、そのことを○○先生に報告したんです」
「ああ、はい」 「そしたら、○○先生にすぐに来なさいって言われて、
 本部の建物に行きました」 「あの△△教の本部のことですね、で?」

「そしたら、○○先生は、私の話を聞くと、じゃあいよいよ第3段階に入るよって
 おっしゃられて」 「うーん、すみません。いまいち意味がわからないんですけど、
 その段階って何ですか?」 「ああ、○○先生がおっしゃるには、
 恨みが激しいと、まず生霊になって来る、これが第1段階。
 第2段階が一番危険で、生身の人間が襲ってくるって」
「うーん、それで、実家に戻れとか、人と一緒にいろって言ったってことなんですね。
 なんとかわかりました。すると第3段階というのは・・・」
「ええ、その人は成仏できてないだろうから、死霊になって私のとこに来るだろうって」
「・・・・」 「それで、○○先生が、そうなってしまえば、
 一番あつかいやすい。消滅させるのは簡単だかから、って」
「なるほどねえ。意味はわかりました。ですけど・・・」

「だから、明日から△△教の本部で、○○先生に主催していただいて
 浄霊の行に入るんです」 「でも、△△教の儀式って、すごく高いんですよね」
「お金のほうは大丈夫です」 「ああ、そうですか。よけいな心配でした。
 ところで、このお話、ブログに書いてもいいでしょうか」
「あ、私と店の名前さえ出さなければかまわないです。どうせ噂が広まっちゃって、
 店にはいられないし、大阪を引き払って別に移ろうと考えてるとこなんで」
「そうですか」 ということで、その場はお別れしまして、
今、これを書いてるんです。Dさんはまだ行の最中だと思いますが、
あれって、数百万するはずです。うまくその人を成仏させることができれば
いいんですけど・・・でも、こういう話って、聞こえてこないだけで、
ここら界隈では、まだまだありそうな気がしますねえ。
 

 


 

祝くんの話

2020.05.22 (Fri)
南田って言います。よろしくお願いします。仕事はIT関係で、
今年32歳になります。あ、なんで年齢を言ったかっていうと、
この後の話と関係があるんです。小学校を卒業してから、
今年の3月でちょうど20年になったんですよ。
どっから話したらいいものか・・・あ、じゃあまずその小学校の
説明から。もうないんですけど、いちおう学校名と地域は
仮名にさせてもらいます。僕の出身は、新山町っていう
〇〇県の過疎地域で、人口はこの間 調べたら1500人を
切ってました。ろくな産業がないので、しょうがないんですよ。
若い人はみな町外に出てしまう。だいたい高校もないんですから。
それで、僕が出た新山第三小学校は、さっきちょっと言ったように

もう廃校になってるんです。僕が卒業して4年後ですね。
いや、よくもったほうだと思います。当時ね、6年生のクラスは
僕を入れて7人しかいませんでしたから。5年生も少なかったんで、
本当なら複式学級になるはずだったのを、町の予算で
まかなってくれてたみたいです。その7人の内訳は、
男子が4人、女子3人でした。ずっと幼稚園から同じだったし、
当然クラス替えなんかないんで、お互い、知りすぎるほどよく
知ってたんです。だからケンカすることなんてなかったと
記憶してました。けど・・・でね、その7人のうち6人とは
中学校でもいっしょでした。一人は別の市の学校に行ったんです。
高校は、女子2人が同じ普通高校だったかな。

それ以外はみなバラバラです。僕は広島市の高校から大阪の
大学に行って大阪で就職しました。それで、僕が就職してから、
両親は町を離れまして、今は広島に住んでます。そのときに
先祖の墓も移したんで、町にはずっと帰ってなかったんです。
小学校の同級生とは、一人だけしか連絡を取ってませんでした。
石川って言うんですけど、他のやつらがどうしてるかは、
そいつを通して少しだけ耳に入ってはきてました。
あ、スミマセン、なかなか話が前に進まないで。で、今年の3月の
はじめの週ですね。スマホに連絡があったんです。三沢っていう、
6年のクラスの学級委員長だったやつからです。
びっくりしました。三沢は中学前に転校したんで、

話をするのは20年ぶりだったんです。だから最初は誰か
わからなくて。僕の携帯番号は石川から聞いたってことでした。
「ああ、この番号で合ってた。久しぶり、元気にしてるとは
 聞いてたけど、声もあんまり変わんないな。それで、用件だけど、
 小学校の卒業式の後にタイムカプセル埋めただろ。
 20年後に掘りだすってことで。今年がほら、ちょうどその年だろ。
 だから同級生7人に連絡を取ってるとこだ」これを聞いて、
一気に懐かしさがこみ上げてきたんです。三沢の話では、
7人とも元気で、それぞれ多方面で活躍してるが、地元の町に
残ってるのは一人もいないってことでした。集まるのは3月末の
土曜日、後で正式な案内を送るから都合つけてくれって。

ここまで聞いて、気になることが2つあったんです。一つは、
僕らの小学校ってもうないんですよ。タイムカプセルはグランドの
バックネットの後ろにあるイチョウの木の近くに埋めたはずだけど、
それがまだあるかどうか。聞いてみたら、グランドはそのまま
残ってて、朝市の会場になってるってことでした。
イチョウの木もまだある。もう一つは、クラスの担任の先生です。
増村先生っていう女の先生で、僕らが4年生からずっと担任。
当時すでに退職間際だったんで、どうされてるかと思って。
そしたら、先生はご健在で、今もあの町に住んでる。
僕らはタイムカプセルをどこに埋めたか記憶があやふただけど、
先生はちゃんと覚えてて当日来てくださるって、三沢が言いました。

でね、それから3日してハガキで案内が届いたんです。
懐かしい、みんなと会えてうれしい、そのときはそれしか頭に
浮かばなかったんですが・・・ その夜に夢を見たんです。
6年の同級生が集まってて、みんな子どものときの姿でした。
だから僕もそうだったと思います。午前か午後かもわかりませんが、
下の地面にはイチョウの枯葉がたくさん落ちてました。
僕らが輪になって囲んだ真ん中で、スコップを持ち、背中を丸めて
穴を掘っている人がいたんです。ええ、担任の増村先生。
僕らは突っ立ったまま、ただ先生だけが動くのを見てました。
おかしい、これはタイムカプセルを埋めるときのことか。
けど、あのときはみんなにスコップを回して、一人ひとりが

少しずつ穴を掘ったはず。それと、先生が掘ってるのは すごく深い穴で、
人一人が横になって入れるくらい。そうしてどのくらい時間がたったか、
身じろぎもせずにいると、穴の底にスコップを突き立て、
腰を伸ばした先生は、ぐるっと首を回して僕らの顔を見渡し、
「どの子のせいでこうなった、どの子を埋めようか」と言ったんです。
背中がゾッとしました。先生の顔は無表情で、眼鏡に光が反射して
眼が見えませんでした。そして急にスコップを抜いて持ち上げると、
穴から半歩出て、一人の子の頭を横薙ぎにしました。
その子は悲鳴も上げず、前のめりに穴に転げ落ちたんです。
「何で、どうして?」わけがわかりませんでした。先生は落ちた子の
頭をスコップで一突きすると、上から土をかけはじめたんです。

誰が落ちたんだ? その場で一人ひとり顔を見て名前を思い出しながら、
数を数えたんです。1、2、3・・・6人いる。僕を入れて同級生は7人。
じゃあ、今穴に落ちたのはいったい? そこで目が覚めました。
3月に入ってだいぶ気温は暖かくなってたんですが、
歯がガチガチするほど寒気がきて震えてたんです。今の夢は・・・
穴に落ちたのは・・・祝?? そのとき、唐突に祝という言葉が浮かんで
きました。祝? けど、祝って誰だ? わからないけど知ってる、
でも思い出せない。ものすごくもやもやした気分でした。
祝というのがもし名字だとしたら、けっこう珍しいですよね。
そんな子に覚えはないはず、小学校6年間で転入生なんて来てませんし、
下の学年にもいない。でもね、それが何か知ってるんです。

夢を見たのはその1度きりでした。祝という名前について、
電話で石川か三沢に尋ねてみようかとも考えたんですが、夢のことだし、
なんだか気後れしてできなかったんです。小学校のときの卒業アルバムは
どっかにいってしまって、見ることはできませんでした。そして
3月の末の土曜日、当日4時にグランド脇に集合ということでしたので、
大阪から車で3時間以上かけて行ったんです。着いたのは4時ぎりぎり。
もうすでにみんな集まってました。男子3人、女子が3人。それと
増村先生も。長年会ってませんでしたが、面影が残っていて、
誰が誰かすぐわかりました。先生はご自宅から歩いてこられ、
すぐ近くに住んでいるということでした。いや、先生が年取ってるのは
そうだけど、こんな小さい人だったとは・・・まあ、僕らが大きく

なったせいなんですけど。挨拶をし、それぞれ近況を報告し合いました。
スコップは三沢が持ってきていて、先生が指示した場所に漬物石くらいの
石が置いてあり、木からはかなり離れた場所でした。「あなたたちのはここ、
 他の子たちのもあるのよ」先生がそう言いました。石をのけて、
三沢がそっと少しずつ掘り出したんです。そうですね、20cmほどで
金属の四角い缶が出てきました。映画のキャラがついたものです。
その中に、それぞれが20年後の自分にあてて書いた手紙と全員の
寄せ書きの色紙が入ってる。缶は修学旅行で大阪に行ったときの
誰かのお土産のもの。そこまで思い出して、あっと思いました。
祝が何かわかったんです。マイクロバス1台で行った僕らの
修学旅行で、2泊したのが「祝旅館」という小さな日本旅館。

その帰りのバスの中で、旅館での出来事でもめたんです。いや、ほんの
ちょっとしたことで、ここで言うのもバカバカしいような原因なんですが、
男子3人と女子3人が対立し、それは学校に戻ってからも続いてたんです。
先生はすぐに収まると思ってたようですが、どんどんエスカレートしていって、
とうとう男女で口もきかなくなって。「男子のせいよ」 「女子のせいだろ」
そんなときに、三沢が家から人形を持ってきたんです。それもお土産の
スパイダーマンのフィギュアです。三沢はおどけた口調で、「みんなの
 仲が悪くなったのはこいつのせいだから」そう言って大きく人形を
掲げて見せたんです。まあ、最初からたいしたトラブルじゃないので、
それでだんだんに収まっていったんです。人形はずっと教室のロッカーの
上に置かれてましたが、いつしか「祝くん」って名前をつけられて。

ええ、その泊まった旅館のことが頭にあったんですね。三沢は缶を取り出した
後も少し穴を掘り、「ほらあ、これ覚えてるか」そう言って、土まみれの
スパーダーマンを昔のように掲げてみせたんです。その後、場所を近くの
居酒屋の座敷に移して簡素な同級会になりました。ビールで乾杯し、
町に実家のある人は飲みましたが、僕はその日のうちに車で帰るつもり
だったので、ずっとウーロン茶でした。祝くんのことを覚えてたのは半
分くらいでした。自分が何で思い出せなかったのかはわかりません。
僕の他に夢を見たって話も出ませんでした。会では、まず先生から
一言いただいて乾杯し、自分あての手紙を読みました。子どもらしい
夢のようなことが書いてましたが、その中に「祝くんごめん」という言葉も
ありました。怖くなくて申しわけありませんが、まあ、こんな話なんです。

キャプチャ





食肉加工場の見学

2020.05.22 (Fri)
アーカイブ283

俺は地元で就職してるんだけど、つい一週間前、
東京の大学に行ってる中学時代の同級生から電話があった。
それぞれ別の高校に行って、こいつとは卒業以降連絡がなかったんだが、
「中学2年の社会体験学習のときのことを、
できるだけ詳しく思い出してみてくれ」
と思いもかけないことを聞かれた。「なんで今頃そんなことを聞くんだよ」
と問い返すと「わけは後で説明をする」と言う。

中学2年のときはそいつと同じクラスで、
たしか俺が班長で4人グループで郊外にある食肉工場の見学に行ったはずだ。
自分らが興味のある分野(俺らなら食品加工業)を選び、
電車で日帰りできる範囲から訪問先を決めて自分らで連絡を取り、
出かけて行って何らかの体験をさせてもらったり、
質問に答えてもらったりするという活動。
もちろん担当の先生も連絡してくれるし、校長からの依頼状も出る。

俺らはそのとき菓子工場をねらってたんだが、女子のグループにとられてしまい、
それでソーセージなどを作ってる工場にしたんだっけ。
俺が班長だったからアポの電話をかけたんだけど、
市内の有名工場には日時の都合が合わず断られてしまって、
酪農家の有志が立ち上げたという郊外にある小規模な工場を訪問したのを、
そいつ(以下友人)との話の中で思い出した。

当日バスと歩きで9時頃に着いた工場は、想像してたよりも大きな建物で、
若い女の人と年配の男の人が迎えてくれた。
俺らはまず生産過程を見学させてもらう予定で、
受付で衛生服と帽子をつけさせられ消毒をうけて工場内に入ったんだが、
最初に入ったホールのようなところに大きな神棚があるのに驚いた。
質問をすると「これは畜魂をお祀りしてあるのです」という答え。
どうやら原材料となる豚や牛などの御霊を鎮めるためにあるらしかった。

その後、原料肉から形をつくり、くん煙し、
加熱し包装するという過程をひととおり見せてもらった。
衛生にかかわることだけに体験することができる部分はなかったが、
俺らは場内にこもる熱気と機械の音、それから、
無言で黙々と作業をする少人数の従業員の様子に圧倒されっぱなしだった。

その後、小会議室であらかじめ考えてきた質問に
答えてもらうことになったんだが、友人がトイレに行きたいと申し出た。
「すぐそこだから」と簡単に場所を教えられて、
一人で行ったもののなかなか帰ってこない。
女の人が様子を見に行ったが、しばらくして戻ってきて、
「お友だちは気分が悪くなったようなので、保健室で休んでもらっています。
原料のにおいや熱にあてられたのかもしれませんね」ということだった。
俺らは友人ぬきであれこれ質問をしたが、どれもていねいに答えてもらった。
製品はほとんど外国に出しているというのが意外だった。

その後、まだ人のいない社員食堂で、
ハムやソーセージを試食させてもらうことになり、
とてもおいしかったのを覚えている。おみやげをもらって帰る段になって、
別の女の人につれられて友人が戻ってきたが、顔色がすぐれない。
俺らは学校に帰って今日の体験を新聞にまとめる活動をしたが、
友人はやはり具合が悪いようで、そのまま早退し翌日から学校を2日休んだ。

ここからは友人の話をまとめたもの。・・・俺、あのとき具合が悪くなっただろ。
トイレに行く前まではなんともなかったんだけど、
行く途中の廊下に開いているドアがあり、
全面に黒いカーテンがかかってる大きな窓があったんで、
何気なく入ってすき間からのぞいてみたんだよ。

そしたら、そこからずっと下の方に広い部屋が見えて、
大きな機械についた変電所にあるような電極がいくつもうなってた。
そのまわりを先がとがった白い頭巾をかぶった人が数人歩き回ってて、
床に大きな五角形の星が書いてあったと思う。
窓を触ってる手にビリビリという振動を感じて、
そしたら急に頭が猛烈に痛くなってその場にしゃがみこんでしまったんだ。

すると背後に俺らの相手をしてくれていた女の人がいつの間にかきていて、
保健室につれてってくれた。そこには白衣を着た年配の女の人がいて、
俺はゼリーのようなものを飲まされてベッドに寝かされた。
そこで夢を見たような気がするんだ。はっきりとは覚えていないけど、
ベッドの周りを、白い頭巾と白衣の人たちに囲まれている夢だ。
頭巾の穴からのぞいているのは人間じゃなくて動物の眼だと思った。

そこで目がさめると、頭痛はなくなってて、
そのかわり胃がちょっとムカムカした。
さっきの女医さんのような人が「だいじょうぶですか」と聞いたんで、
無理をして「迷惑かけてすみませんでした」と答えてお前らのとこに戻ったんだ。
でもその後も調子悪くて学校を休んだりしたけどな。

で、なんでお前のとこに連絡したかっていうと、
この間、大学の部活の合宿の後に血尿が出た。
顧問の先生が心配してくれて検査のために入院したんだが、
そのときに腎臓が片方ないことがわかったんだ。
医者の話では生まれつき片方しかないのだと思うが、
それにしては臓器の発育のしかたなどにおかしな点がある。

しかし体に摘出手術の跡などがまったくないんで、
そう考えるしかないだろうとのことだった。これを聞いたときに、
なぜかあの体験学習のことが頭にうかんできて気になったんで、
お前に連絡してみた。まあ気のせいだろうとは思うが。
ただネットであのときの工場を検索してみたんだけど、
まったくひっかからないんだよな。田舎なんで宣伝してないのかもしれんけど。
・・・こんな話だった。

先日の日曜日にバイクで、見学した工場の場所を思い出しながら行ってみた。
するとどうやら解体されてしまったらしく、大きな建物だった跡は草地になって、
その端のほうに黒い磨かれた石の碑がつくられていた。
碑には「畜魂」と大きく彫られていて、
その後に小さく五角形の星マークがついていた。
近所の人に聞くともう数年前に廃業してしまっているとのことだった。
従業員は地元採用ではなかったんで、
詳しいことを知ってる人間はいないと言われた。






天井裏の遺影の話

2020.05.22 (Fri)
アーカイブ282

30年も前の自分が学生時代の話。
東京の大学に入学して古いアパートに住んでたんだよ。
風呂なしでトイレ共同のやつ。昔はそんなのが普通にあった。
2階の雨漏りがひどくて隣との壁も薄い。住んでるのは、
ほとんどが貧乏学生だからお互いガマンするとこはしてたんだけど、
2年になったときに大家の知り合いの中年夫婦が端部屋の隣に越してきた。

引っ越しのあいさつもなにもなかったし、すごい陰気だったな。
で、そいつらが新興宗教に入ってるんだ。
昼間はひっそいりしてるんだけど、夜の10時過ぎから活動を始める。
ガチャガチャとビンか茶碗かなんかの音がして、
そっから夫婦そろって鉦入りのお経か祝詞が始まる。俺は宗教なんか
詳しくないんだけど、法華の太鼓というやつとは違ったのはわかる。
毎日ではなかったし、宗教仲間が訪ねてくることもあんまりなかったけどな。

なんとかガマンしてたけど、
あるとき試験勉強してたらそのお祈りが始まって、
それが10時から夜中の2時になってもやめない。
夫婦掛け合いでだんだん声が大きくなってきた。
堪忍袋の緒が切れて、「ルセー!!」ってガーンとそっち側の壁を
蹴ったんだよ。お祈りは、一瞬止んだけど、またすぐ始まった。

それで俺もクソーと思って大音量でラジカセをかけた。
その中で勉強してたんだがまったく頭に入らず、
結局徹夜して、朝方に近くのJRの駅に行って、
そこのベンチで教科書広げたりしたものの試験の結果はさんざん。
ま、これは一夜漬けした俺も悪いんだけどな。
ムシャクシャしてバイトの金があったんで酒飲んで遅くに帰ったら、
隣は不在らしく電気がついてない。

昨夜のこともあって俺はそのまま寝てしまったが、
ちょっと寝たと思ったらすぐ目を覚ました。するとアパートの
天井が目の前にあるんだよ。俺の体が宙に浮かんでて、
顔の10cm上くらいにホコリだらけの汚い天井板があった。
水に浮いているような感じではなく、コンクリで固定されてるみたいで、
体は動かせないし目も閉じることができない。

すると、その天井板にぼーっと怖い顔の中年の女の顔が浮かんできて、
正面から俺の顔を見据えたまま、いかにも憎々しいという口調で
「死ね!」と言った。これは隣の宗教ババアとは違う女で、
テレビみたいな平面じゃなく、顔には立体感があった。
そっから白ひげのじいさんとか、変な髪形の昔の女学生?
とか次々に人の顔が出てきて、「死ぬんだ!」とか
「死になさいよ」とか様々な言葉で俺を呪ってくる。

どれも会ったことのない人で、後で数えたところ72人だったけどな。
で、30分近くもそれを聞かされて、滅入ってたところを、
とどめとばかりにドーンと落とされた。天井近くに浮いたとこから、
2m以上はあったと思うけど、そのままの姿勢で床に落ちたんだ。

下は布団だったけどしたたか全身を打った。
そのときに天井裏でドコドコッと音がして板がたわんだ。
上に誰かひそんでるんだと思った。そのままふーっと気が遠くなった。
目を覚ますと8時過ぎで、その日は大学は休みだったんで問題ないが、
起きようとしたら体が痛い。特に腰と両方のかかとが痛い。
そのときには昨夜のことが夢のようにも思えたけど、
この体の痛みは夢じゃないとも思った。隣はいつも朝は
NHKをかけてるんだが、音がしないんでいないと思った。

なんとか起き上がることができたんで、
確かめてみようと、押し入れから天袋を開けて天井裏に頭を出した。
クモの巣だらけで明かりがあまり入ってきてないんで、ライターを
擦ってみてあっと思った。隣のほうからちょうどドミノ倒しのようにズラズラっと、
俺の部屋まで縦30cmくらいの額縁が続いてるんだ。
手前の何枚かをつかんで押入れにおりて見たら、見覚えがある。
昨夜天井裏に出てきた顔のやつらで、遺影なんだと思った。
痛む腰をなだめてなんとか天井裏にのぼって写真を回収したら72人分あった。

もちろん大家に連絡をとってその日のうちに解約の手続きをとった。
それから引越し先が決まるまでダチのところを泊まり歩いていたが、
片方のかかとにはヒビが入ってた。

キャプチャ




アーカイブ ゾロ目の話

2020.05.22 (Fri)
bigbossmanです。これ、いちおう取材した話なんです。だから、
実話怪談と言っていいわけですが、ただ・・・たいがいの実話というのは、
類型的というか、どっかで聞いたようなのが多いんですよね。
本当らしいけど、いまいち話としての展開に欠けるのものがほとんどです。
例えば、急に仏壇がガタガタ鳴って、その直後に親戚が亡くなったという電話が
かかってきたとか。ですから、せっかくご好意で話していただいたのに、
お蔵入りさせてしまったものはたくさんあります。
ですが、ごくたまに、そうですね、20話に一つくらいの割で、
なんとも評価のしようがない不可思議な内容の話があります。
まあねえ、自分が怖い話を収集してるのを知って、
作った話を聞かせてくださってるのかもしれません。

そこは疑うとキリがないんですけど、今日はそんな話です。
これ、ある市のタウン誌の取材で、
2年ほど前に地元の和太鼓グループを取材に行き、
その後の打ち上げ、居酒屋でやった飲み会で聞かせてもらったものです。
話してくれたのは、Yさんという当時20歳くらいの女性でした。
「怖い話ですか? 私、霊感もないし幽霊なんて見たことはないから。
 でも、ちょっと変なことなら、ないわけじゃないけど・・・」
「へええ、いや、どんなことでもいいです。ぜひ聞かせてください」
「これ、私が中1のときです。私は当時、一軒家に父母と高1の姉の4人暮らしで。
 で、前日の夜からちょっと熱っぽかったんですよ。
 それが朝になっても具合悪くて、熱計ったら37°少しあったんです。

 無理して学校へ行けば行けそうだったけど、テスト期間が終わったばっかだったし、
 母に話したら、休みなさいって。医者に行くか聞かれたけど、
 そこまでたいしたことなかったから、市販薬を飲んで寝てることにして」
「家にお一人だったってことですか」
「そう。父母は共働きだったし、姉は学校行くし。それで、薬飲んでベッドにいたら
 ことんと寝ちゃって、起きたら12時半過ぎてて、風邪は治った感じがしたんです。
 お腹空いたので、キッチンで冷蔵庫から冷凍食品出して、レンジで温めて食べて。
 もうなんともなかったけど、休んだんだから居間でテレビ見てるわけにもいかないし、
 それで、姉の部屋に寄って何か読む本探したんです。
 そしたら、面白そうな本はなかったけど、漫画雑誌がけっこうあったんです。
 本当にあった怖い話とか、恐怖体験とかそれ系の」

「ははあ、お姉さんはそういう趣味なわけですね。今日来てないんですか?
 あ、太鼓はやらない。それは残念」
「で、2時近くから寝たまま読み始めて。短い話がいくつも入ってる雑誌でした。
 私はあんまりそういうの読まなかったんですけど、怖いなー、
 でもこんなの嘘だよなーって思いながら。ああいう本って作り話なんですか?」
「いや、マンガ雑誌の場合、特に(本当にあった)って入ってるのは、
 読者の投稿を元にして描かれてるはずですよ。たくさん編集部に送られてくる
 中から、まず編集者さんが選んで、さらに作者さんが選んで」
「ああ、そうなんですか。ああいうのって、
 作り話だってわかった瞬間に興ざめしちゃいますよね」
「ええ、そうおっしゃる方が多いです」

「それで、雑誌に没頭してて、何気なくベッドの横のデジタル時計を見たんです。
 そしたら時間が3:33になってました。そういうのどう思いますか」
「うーん、よく言われるのは、実は時計は無意識で何度も見てるんだけど、 
 3:16とかだと記憶に残らずに、見たことそのものを忘れてしまうって説です」
「ああ・・・なるほどね、わかるけど、デジタル時計は高い台の上にあるから、
 半身起こして伸び上がらないと見れないんです。朝、
 自分で止めちゃわないように、わざとそうしてるんですよ」
「まあ、何か意味がある場合もあるのかもですけど」
「それで、また何話かお話を読んで、2冊目に入って、ふと時計を見たら4:44
 これはどういうことですか?」 「うーんと、人間には体内時計というのがあって、
 3:33が頭にあるため、それから4:44まで無意識に数えちゃうって説もあります」

「体内時計ですか・・・ それで、そのときに、ああもしかして、
 次、5:55を見るのかなあって考えて」 「それが意識するってことです」
「また漫画に戻って、そしたらその内容がちょうどそのときの私と同じだったんです」
「同じっていうと?」 「風邪を引いた女の子が誰もいない家の自分の部屋で本を
 読んでるって話でした。ただ、主人公は小学生みたいだったし、
 読んでるのも小公女とかそういうのだったけど」
「はい、それでどうなりました?」 「その子が玄関のチャイムが鳴るのが聞こえて、
 パジャマのまま起きていくと、玄関にその子の両親と弟が立ってて・・・
 その子に、今何時だ?ってそろって聞いたんです」
「変な話ですねえ。その子以外の家族は一緒に外出してたってことですか?」
「たぶんそうだと思います。で、その子が居間に入って時計を見たら5:55」

「はああ」 「で、その子が玄関に走り出て5時55分だよって言うと、
 3人はくちゃっと一つにくっついて体がどんどん溶け出し、
 どろどろの固まりになって。幼児の弟の顔だけ真ん中に浮き出てきて、
 5時55分だねってうれしそうに言ってニヤーッと笑う・・・」
「えー、それいくら怪談でもちょっとひどい。全然脈絡がないじゃないですか」
「そうですよね。私も変な話だなあと思ったんだけど、絵がかなり怖くて」
「漫画の場合は作画は重要ですからね」 「怖いので胸の上でいったん本を閉じて、
 そしたら横でカチッって音がしたんです。ああ、これ今、5:55になったんだ。
 って思ったんです。何でかわかんないけど、時計を見たら絶対怖いことが起きる、
 そう考えちゃって、時計見ないようにうーんと我慢してたんです」
「まあ、怖い話読んでると、妄想というか変なことが気になり出すもんですよね」

「そのときに現実に家のチャイムが鳴ったんです。家族3人は
 みんな玄関の鍵持ってるから、お客さんだ出なきゃいけないとは思うものの、
 怖くて出られなかったんです」 「わかる気がします、それで?」
「布団をかぶったまま動かないでいたら、チャイムはそれ1回きりで、
 ノックとかもなかったのでだんだん落ち着いてきて。
 一番早く帰ってくるのは母なんで、早くこないかと思いながらもう一度
 本を開いたら、さっき話した5:55の話が見つからなかったんです。
 胸の上の布団に開いたままにしてたので、絶対その本の中にある話なのに」
「変ですねえ。漫画の作者名とか覚えてますか?」
「私はあんまり詳しくないし、そのときも注意して見てなくて」
「じゃあ他の本は?」 「それにも載ってなかったんですよ」

「うーん、じゃあ全体が夢ってことじゃないですか。お昼にも薬飲んだんでしょう」
「そうですけど・・・ で、そのうちに玄関が開く音がして、
 それから階段の下で、○○いる? 具合どう?って母の声がしたんです。
 ああよかった、帰ってきたんだって思ってベッドから起き、
 そのときに気になってた時計を見たんです。そしたら・・・」
「そしたら?」 「5:54でした」 「え? じゃあさっき5:55と思ったのは
 もっと前だったわけですね」 「そういうことなんでしょうね。それで、
 私は下に降りてって、母にもう治ったって言ったんです。母はあらよかったわね、
 って答えて、そのときまだ開いてた玄関の戸から男の子が顔を出して、
 絶対見ちゃダメだよ、って言ったんです。その顔が漫画に出てきた子とそっくりで」
「お母さんも見たんですか?」 「ええ、今のどこの子?って外まで見に行きました」

「どう考えても変な話ですねえ? 今まで聞いたことがないし解釈のしようがないです」
「私だってわけわかんないですけど、絶対見ちゃダメっていうのは、
 5:55のことじゃないかと思ったんです。
 それ見るとたぶんよくないことが起きるって。
 だから部屋の目覚ましもデジタルじゃないのに変えました」
「うーん、ますます意味わからないです。その時計だけ見ちゃダメってことじゃ
 ないんでしょう。スマホだって時刻表示はデジタルだし、街頭にも時計はありますよね」
「だから、今でも意識して見ないようにしてます」 こんな話だったんです。
わけわかんないし、全部Yさんの夢って考えるのがやっぱ一番いいんでしょうけど、
男の子はお母さんも見てるってことですしねえ。これ、自分の経験だと、
作り話だとしたら複雑すぎますから。そう思われませんか?





 

ヨナとクジラに飲まれる話

2020.05.21 (Thu)


今回はこういうお題でいきます。うーん、やっぱりオカルト論に
なるでしょうか。キリスト教関係の話ですね。『旧約聖書』の
「ヨナ記」に出てきますが、じつに興味深い論点を含んでいるので、
後世、さまざまな作品に形を変えて取り込まれています。

さて、まず聖書から。ヨナはイスラエルの預言者だったんですが、
神から、イスラエルの敵国であるアッシリアの首都ニネヴェに行って、
「お前たちは神に逆らっているゆえ、40日後に滅ぼされる」という
預言を伝えるよう命じられます。しかしヨナは、敵国アッシリアに
行くのが嫌で、船に乗って反対の方向のタルシシュに逃げ出します。

命を惜しんで、神の言葉に従わなかったわけです。当然、
その船は大嵐に見まわれ、船乗りたちは誰の責任で嵐が起こったか、
くじを引きます。くじはヨナにあたったので船乗りたちが
問い詰めると、ヨナは神の言葉に背いたことを告白し、自分を
海に投げ込めば嵐は収まると言います。

「ヨナと大魚」ギュスターブ・ドレ
キャプチャffff

船乗りたちがそのとおりにすると、大きな魚が現れてヨナを
飲み込み、3日3晩魚の腹の中にいた後、神の命令によって
海岸に吐き出されます。悔い改めたヨナは、二ネヴァへとおもむき、
神の言葉を告げます。すると意外にも、アッシリア人たちは
畏れてイスラエルとの戦いをやめてしまうんですね。

そこで神は、アッシリアを滅ぼすことを中止します。この後も話は
続くんですが、引用はこれくらいにしておきましょう。
この話ができたのは、アッシリア滅亡の少し前、前7世紀の中ごろの
ことと考えられています。何か話のもとになった史実はあったかも
しれませんが、ヨナが魚に飲まれたというのはありえないでしょう。

さて、この話の宗教的な論点は2つほどあります。ひとつ目は、
神がアッシリアを滅ぼそうとして、その民が神の言葉に従ったため、
考えを変えていることです。神は一度決めたことでも
変えることがある。これを「神の可変性」と言います。
つまり、神は運命そのものというわけではない。

『白鯨』のオーソン・ウェルズ
キャプチャnfhhnghngnghmngm

もうひとつは、「ユダヤ人の選民性の否定」です。キリスト教の
前身であるユダヤ教には、「ユダヤ人は神に選ばれた民族である」
という思想が根深く入り込んでいます。ところが、ここでは、
神の言葉に素直に従ったアッシリア人は許され、逃げ出したヨナは
ユダヤ人であるにもかかわらず罰を受けるわけです。

あと、この話には後代、キリスト教は民族を超えたもので、世界に
広く布教しなければならないとする考え方の萌芽が見られるという、
人もいます。これが、大航海時代の世界への宣教師の派遣や、
異教徒の奴隷貿易などにもつながっていくと考えることもできます。

『ピノッキオ』
キャプチャkufyki,u,

ヨナの逸話を最初に取り上げたのは、『新約聖書』での
イエス・キリストです。イエスは説教で神の御しるしを民衆に問われ、
ヨナの話を持ち出していますが、これは、ヨナが魚の腹の中にいた
3日間を、自らがその後、磔から3日後に復活することに
なぞらえていると解釈されます。

さて、聖書には、ヨナを呑んだのは「大きな魚」としか出てきませんが、
クジラと解釈されることが多いですね。もちろんクジラは魚類ではなく
哺乳類ですが、当時にそのような生物学的分類はありませんでした。
映画の『白鯨』はご覧になられた方も多いと思います。あの冒頭で、
オーソン・ウエルズ演じる元捕鯨船の銛打ちだった牧師が、

マッコウクジラの歯
キャプチャdddd

「ヨナ記」を引いて説教する場面があります。なんとこのシーン、
5分間も続いて、非キリスト教徒には退屈なんですが、船長エイハブと
捕鯨団全員の破滅を暗示して、物語に宗教的な深みを与えています。
あと、イタリアの童話『ピノッキオの冒険』では、ピノッキオを
つくったジュゼッペ爺さんが大魚に飲み込まれ、

ピノッキオが改心して助ける内容が出てきます。この他、
手塚治虫氏の『ブラックジャック』にもクジラに飲まれる話が
ありますし、SFでは、ロバート・F ヤングの『ジョナサンと宇宙クジラ』
という名作短編があります。では、実際にクジラに
飲み込まれるとどうなるんでしょう?

ナガスクジラのひげ
キャプチャ

これはナガスクジラ系とマッコウクジラ系で異なるでしょう。
ナガスクジラはプランクトン食で、海水を飲み、ブラシ状のひげで
小エビなどを濾し取って食べています。あの巨体を維持するんですから
膨大な量です。ですが食道は細く、人間が通り抜けることはできません。
去年、南アフリカのダイビングガイドの男性がニタリクジラに

飲まれたものの、すぐに吐き出されました。たまたま口に入ってしまった
だけのようです。あと、オカルト本には、クジラに飲み込まれた男の話
として、1891年西大西洋のフォークランド諸島で、
ジェームス・バートレイ という捕鯨船員がマッコウクジラに飲まれ、
仲間がそのクジラを仕留めて船に上げ、15時間後に解体した。

残念ながらこの話はフェイクのようです


胃袋から出てきたジェームスは生きていたが、胃液で全身の毛が溶け、
皮膚は真っ白になり、両眼が失明したと出てきます。このため、
彼は「現代のヨナ」と呼ばれた。ただ、英文Wikiを見ると、どうもこれ、
都市伝説のようなんです。当時の捕鯨船の記録を詳細に調べても、
そういう名前の捕鯨船員はいなかったということです。

さてさて、まあそうですよね。マッコウクジラは数十cmの鋭い歯を
持ってますし、それから逃れられたとしても胃の中には空気は
ありません。生きていられるはずがないですよね。ですから、
ヨナを飲んだ「大きな魚」というのは、偉大な神の力を例えたもの
なんでしょう。では、今回はこのへんで。







リチャード・パーカーの話

2020.05.20 (Wed)
tgh (3)

今回はこういうお題でいきます。カテゴリはオカルト論です。
これねえ、じつに奇妙な内容で、ユングが唱えたシンクロニシティは、
もしかして現実にあるんじゃないかと思わせるエピソードなんです。
さて、どっからお話を始めていきましょうか。

みなさんは、2012年のアメリカ映画、『ライフ・オブ・パイ/
トラと漂流した227日』をごらんになったでしょうか。日本でも
そこそこのヒット作になりました。この映画、原作はカナダ人小説家、
ヤン・マーテルという人の2001年の作品、『パイの物語』です。
ちなみにパイ(Pi)というのは主人公の少年の名前。

パイの一家は動物園を経営してたんですが、動物とともにカナダに
移住を決断します。しかし、その船が事故に遭って沈没。
16歳のパイ少年が、オランウータン、ハイエナ、シマウマ、
ベンガルトラと救命ボートに乗り込みます。
動物たちは争いを始め、結局、パイ少年とトラだけが残ります。

『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』クジラのために食料や水を失ってしまう
tgh (1)

このトラの名前がリチャード・パーカー。ネタバレになりますが、
最終的には少年もトラも助かります。で、このトラ、本来は
「Thirsty(渇き)」という名だったのが、書類上の
手違いにより、生け捕りしたハンター、リチャード・パーカーと
名前が入れ替わってしまったという設定でした。

リチャード・パーカーというのは、英語圏ではありふれた名前で、
日本だと「佐藤浩一」みたいな感じだと思います。
で、この映画で大人になったパイ少年を演じていたのが、
イルファン・カーンというインド系の俳優。イルファンは、

イルファン・カーン
tgh (7)

『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』と同じ2012年に
公開された『アメイジング・スパイダーマン』にラダ博士役で
出演しています。スパーダーマンの正体はピーター・パーカーという
高校生なんですが、その父親の名がリチャード・パーカー。
ここまではまだ本題ではありません。

さて、アメリカの詩人、小説家のエドガー・アラン・ポーが
1838年に刊行した冒険小説、『ナンタケット島出身の
アーサー・ゴードン・ピムの物語』は、よくポー唯一の長編小説と
言われますが、実際は中編くらいの長さです。

『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』ラストシーン
tgh (2)

主人公アーサー・ゴードン・ピムが密航した捕鯨船で船員の反乱が
起こり、さらに暴風雨に遭遇して遭難、漂流。生き残ったピムらは
救出されたものの、そのまま南極探検に向かうことになります。
船が南に進むにつれ、現地民たちは「白い大きなもの」を
異常に怖がり、「テケリ・リ」と叫びます。

そして南の果てで、ピムは船の前に立ちはだかる巨大な白いものを目撃。
その正体が何なのかわからないまま、小説は唐突に終わってしまいます。
もしかしたら、未完のまま本にしてしまったのかもしれません。
で、南極にいる人型の白いUMA「ニンゲン」というのは、
この小説がもとになってできたという話もあるんです。これも余談。

南極のUMA「ニンゲン」 もちろんフェイク画像
tgh (4)

ここから本題に入ります。このポーの小説のワンシーンで、
ボートで漂流中の主人公を含む4人の男が、食料が尽きたため、
くじを引いて一人を殺し、その肉を食べて生き延びることになります。
このくじ引きで当たりを引いたのが、くじを提案した反逆者、
リチャード・パーカーだったんです。彼は残酷にも

その場で刺し殺され、遺体は全員に食べられてしまいます。
こっからがシンクロニシティなんですが、この小説が出てから
46年後の1884年、「ミニョネット号事件」という海難事件が
起こります。イギリスからオーストラリアに向けて航行していた
イギリス船籍のヨット、ミニョネット号は、

エドガー・アラン・ポー
tgh (8)

アフリカ喜望峰から1600マイル離れた公海上で難破します。
乗組員は、船長、船員2人、17歳のキャビンボーイの計4名。
すぐに食料は尽き、漂流19日目、船長は、くじ引きで
仲間のためにその身を捧げるものを決めようとしましたが、
船員の1人が反対したため中止されました。

しかし、その翌日、最も年少者のキャビンボーイが、渇きのあまり
海水を飲んで虚脱状態に陥ります。船長は彼を殺害、全員が血で
渇きを癒し、死体を残った3人の食料にしたんですね。
漂流24日目、彼らはドイツ船に救助され、イギリスに送還
されますが、殺人罪で拘束。

『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』くじ引き殺人の場面
tgh (6)

この裁判は、緊急避難か殺人かで大変もめたんですが、結局は
殺人罪で死刑が宣告されます。しかし世論は船長らに同情的で
あったため、3人は当時の国家元首ヴィクトリア女王から
特赦され、禁固6ヶ月に減刑されます。で、このとき殺された
少年の名前がリチャード・パーカーなんです。

ここで、世間の人の多くがポーの小説との不思議な類似性に
気がついていて、裁判ではそのことが被告3人に聞かれたんですが、
3人は誰もその小説を読んでおらず、それどころかポーの
名前さえ知らなかったんだそうです。ここまで読まれて、
みなさんはどう思われたでしょうか。

「ミニョネット号事件」の新聞挿絵
tgh (5)

さてさて、ポーの小説に出てくる「テケリ・リ」という語は、
同じアメリカの小説家H・P・ラブクラフトによって使われ、
ショゴスという、太古の地球に飛来した宇宙生物が、「テケリ・リ」
という叫び声を上げるんですね。では、今回はこのへんで。





アーカイブ インドの骨の話

2020.05.20 (Wed)
インド・ビハール州の鉄道警察は11月下旬、サラン地区にある
チャプラ・ジャンクション駅である男性を逮捕した。鉄道警察では酒類の密輸を
定期的にチェックしており、それに引っ掛かったのが、サンジェイ・
プラサード容疑者だったのだが、彼は酒の密輸で捕まったわけではない。

プラサード容疑者が密輸していたのはなんと!大量の人骨だったのだ。
しかも大量に。警察によるとプラサード容疑者は、ブータンに人骨を密輸しようと
していたことを認めた。人骨はインド北部のウッタル・プラデーシュ州バレーリーで
購入したもので、黒魔術とオカルトの儀式に使用される予定だった。
(カラパイア)

「India Times」から、押収された頭蓋骨
xxxs (4)

今回はこのお題でいきます。自分はオカルト研究をしているので、
その関係のニュースはできるだけチェックするようにしているんですが、
これはちょっと意表をつかれました。特に「ブータンで黒魔術」というところです。
ただまあ、考えてみると、いろいろ納得できる点があります。

まず、ニュースをもっと詳しくみてみましょう。プラサード容疑者がブータンに人骨を
密輸したのはこれが初めてではなく、過去に2度ほど運んだ経歴があるようです。
押収された人骨は、頭蓋骨16個、大腿骨34個。なるほどねえ。
これらは容疑者が集めたのではなく、インド北部の
ウッタル・プラデーシュ州の都市、バレーリーで購入したもののようです。

では、このニュースを3つの点から読み解いてみましょう。
どれからいきましょうか。まず一つめ、もともとインドでは人骨が売買されていたこと。
インドは18世紀に、イギリスの東インド会社が設立され、
実質的な植民地になりましたが、そのころからすでに、インドヨーロッパの
人骨輸出ルートがあったと考えられています。

その人骨は何に使われたかというと、最も需要があったのは骨格標本です。
ヨーロッパの各大学には医学部があり、解剖学の講義が行われていましたが、
そこで骨格標本は必需品でした。あとは美術学校がデッサンの授業のために買うとか、
貴族が館に展示するためとか、用途はいろいろですが、秘密結社が流行していた
時代なので、もしかしたら黒魔術の儀式に使用されたものもあるのかもしれません。

骨格標本
xxxs (1)

標本は幼児から大人のものまでそろっており、大学のあるような都市には、
骨を油抜きして漂白する職人がおり、腕が良ければかなりの収入を得ていました。
この他、死体の皮膚をなめす職人なんかもいたんですね。人間の皮膚は、
本の装丁に使われたり、死刑執行記録を書くための用紙になったりしました。

本になるのは、主に、故人が「自分の皮で本をつくって家族に渡してくれ」
などと遺言した場合ですね。骨格標本にはランクがあり、
体格のよい一人の人物の全身骨格がAランク。複数の遺体から
パーツを集め、つなぎ合わせてつくられたのがBランクです。

骨格標本が壊れてしまった場合のパーツも保管されていました。
この当時、紙パルプで人工的に骨格標本をつくる技術もあったんですが、
それは精度が低い上に、値段も割高になってしまいます。ですから、
流通していたのは本物の人骨で、多くはインド人のものでした。

日本でも、明治時代に創設された大学には、ドイツから輸入された人骨標本が
あるという話は聞きますね。2つめ、人骨はインドでどうやって集められたか。
これもほぼ推測できます。ウッタル・プラデーシュ州というのは、
ブータンとの国境近くなんですが、この州には、ガンジス川沿いに位置し、
ヒンドゥー教の一大聖地として有名なヴァラナシがありますよね。

ヴァラナシのバーニングガート
xxxs (5)

ヴァラナシは「死に出の地」としても知られ、ヴァラナシのガンガー(ガンジス川)
近くで死んだ者は、輪廻から解脱できると考えられています。
ですから、インド各地から、多い日は100体近い遺体が運び込まれます。
ガートという傾斜した階段状の沐浴場があるんですが、
火葬場としての役割を果たしていて、死者はここでガンガーに浸されたのち、

ガートで焼かれ、遺灰はガンガーへ流されます。ヴァラナシに行かれた方は、
目にされたんじゃないでしょうか。ただし、乳児や妊婦、
それと毒蛇に噛まれて死んだ者の遺体は焼くことを禁じられていて、
布でくるんで重しをつけ、ガンガーに沈められます。おそらく、
上記ニュースの骨は、そこで焼け残ったりして放置されていたものでしょう。

さて、3つめ、それらの骨は、いったいブータンで何に使われたんでしょうか。
「黒魔術」ということはないですよね。これは、西洋の反キリスト教的な概念です。
ブータンというと、「ほほえみの国」とか「国民の幸福度世界一」とか、
そういうイメージがあります。このあいだ、若い国王が来日してたんじゃないかな。

ブータンの僧院
xxxs (6)

ブータンの宗教は、「チベット仏教」です。チベット仏教といえば、
ダライ・ラマが何度も輪廻転生して衆生を導くことが有名ですが、
たしかブータンにも化身ラマがいたはずです。
では、仏教国であるブータンで、人骨は何に使われたのか。

押収されたのは、頭蓋骨と大腿骨ですよね。ずばり、大腿骨は「骨笛」でしょう。
仏教儀礼には骨笛が使われていたはずです。頭蓋骨も同じく、
仏教儀礼での飲み物の器です。ブータンにいくつもある僧院では、
これらはたいへん需要が高いんですね。

あとは、骨の粉末を薬として用いてたなどのこともあるかもしれません。
それにしても、インドで解脱を求めて亡くなったヒンドゥー教徒の骨が、
ブータンでの仏教儀式に使用されるというのは、
皮肉と言えばいいのか、よくわからないですねえ。

骨笛
xxxs (3)

ちなみに、頭蓋骨には特別な魔力があるとして、西洋でも東洋でも、
宗教儀式に使われています。日本では、弾圧されて消滅した「真言立川流」で、
髑髏本尊とされたことは有名ですが、それが実際にあったことかどうかは、
はっきりとはわかりません。後世の伝説かもしれないです。

さてさて、ということで、素人の自分でもこれくらいわかるんですが、
オカルトの専門サイトが、「ブータンで黒魔術」は変じゃないでしょうか。
それとも、ブータンに遠慮してわざとぼかしてあるんでしょうかね。
その可能性もあるのかな。では、今回はこのへんで。

ジュルジュ・ド・ラトーゥル『懺悔するマグダラのマリア』
xxxs (2)





霊気の研究の話

2020.05.20 (Wed)
あ、どうも。俺、松本って言って、〇〇大学の社会環境学部って
とこの4回生です。あ、知らないですよね。まあそうだと
思います。地方大学だし、自分の母校だけども、
はっきり言って、名前さえ書ければ誰でも入れるような学校で、
俗に言うFラン以下。だから就職もね、地元の鮮魚市場とか
宅配業者とか、そういうのが多いんです。
まあね、親の金で4年間遊ばせてもらってるようなもんです。
それでね、専攻してる社会環境学ってのは、この世の中の
ありとあらゆることが対象。社会の環境なんだから、当然
そうなりますよね。先生方は、このあたりの高校の
社会科教師を退職した人が多いです。

そういう人を安いお金で雇ってるわけだから、あんまりやる気が
ないっていうか、授業も休講が多いし、一単位100分のところ、
半分くらいの時間で終わっちゃうのがほとんど。
でほら、4年だからいちおう卒論はあるんです。けど、
審査なんてないも同然。内容はヒドいもんです。例えば、
昨年度の論文集に出てる「犬の排泄に関する研究」ってのは、
大学のある街を回って、どの電信柱が最も臭いかを調べたもの。
「女子制服の研究」は、この近辺の高校の女子の制服の
スカートの長さを調査したやつで、まず世の中の役に立つような
ことはありません。え、俺の卒論ですか。それが、
「らっきょうの皮論」って題名で・・・

あ、内容は聞かないでください。でね、こっから話すのは俺の
ことじゃなく、同じ4回生の西根ってやつについてです。
友だちだったんです。今年の4月、卒論の内容を決めなくちゃ
ならなかったんだけど、俺も西根もギリギリまで決まらなくて。
まあね、遊び呆けてたからだけど。それでも何とかひねり出したのが、
俺はらっきょうの皮で、西根が霊気。あ、霊気ってどういうことか、
今から説明していきます。この西根ね、心霊スポットめぐりが
大好きだったんです。俺と行っただけでも10ヶ所以上になるし、
他のやつとも、単独でも行ってました。ええ、大学のある街は
戦国時代以前からの城下町だし、太平洋戦争の戦災も
ひどかったんで、いわゆる心霊スポットって多いんです。

いやあ、俺は幽霊なんてまるっきり信じちゃいなかったですけど。
人間、死んだらそれで終わり、だから一生をどのくらい
面白おかしく遊び暮らせるかが勝負だと思ってました。けど、
西根は意外にも真剣で、この研究で認められて、俺は一流企業に
就職してやるなんて意気込んでました。でね、西根がやったのは、
まず百均に行って、大量のフタつきガラス瓶を仕入れてくることでした。
ほら、梅酒なんかを入れるやつ。「それどうするんだ?」って
聞いたら、「いや、心霊スポットに行ったら、そこの空気を詰めて
 観察する」って言ってました。ね、どうしても笑っちゃいますよね。
俺が笑ったら西根は憤然として「まあ見てろや」って。
それから、西根のアパートに酒飲みに行くたび、

ガラス瓶が増えてったんです。どっから見つけてきたのか、
スチール製の錆びた棚に並べてたのが、2ヶ月くらいのうちに
40本までになったんです。棚の背部には黒い模造紙を切って
貼りつけ、ビンの中身が見えやすくなってたんですけど・・・
俺が見るかぎりでは、中は空と言うか、ただの空気が入ってるだけ。
「集めたのはすげえと思うけど、この後、どう研究を進めるんだ」
そう聞いたら、西根のやつ、困った顔をしてましたが、
「いや、心霊スポットで空気を取ったときには、中に何かが
 入ったって確信があった場所がいくつかあったんだよ。
 けど、時間がたつと気配が感じられなくなっちゃうんだ。
 ガラスだと霊を長期間閉じ込めておくのは無理で、少しずつ

 抜け出しちゃうのかもしれない」こんなことを言いました。
バカじゃねえかと思ったんですが、本人は真剣だったので、俺、
「霊には御札ってなってるじゃねえか。ええと、封印って言うのかな。
 どっかの神社から御札を大量に買ってきて、あらかじめ瓶に
 貼っつけといてから、霊気を入れればいいんじゃないか」
そう言ってみたんです。そしたら西根はぱっと顔を輝かせ、
「あ、そうか、そうだな。何で気がつかなかったんだろ。お前、
 頭いいな。一からやり直しになっちゃうけど、そうしてみるよ」って。
でね、卒論はあるけど、大学の授業はほとんどないんで、
俺は相変わらず遊び暮らしてたんですが、西根を誘っても出てこなく
なったんです。自分の部屋に閉じこもって研究を続けてるらしい。

そういう噂が流れてて、心配になって行ってみました。
そしたらね、スチール棚が増えてて、ビンの数は100本を超えて
ました。西根は飯食ってないのか、かなり痩せた感じでしたけど、
目だけはランランと輝いてたんです。「お、松本か。お前のアドバイス、
 大正解だったよ、あれから心霊スポット100ヶ所以上に行き直し、
 空気を瓶に詰めてきた。ほとんどは何の変化もなかったが、
 この4本は違う」そう言って、棚の上段を指差しました。瓶には、
フタから後ろ側にかけて、近くにある護国神社の御札が貼ってあり、
前方には横長の紙に、それを採取した心霊スポットの場所が
書いてあったんです。「ふうん」その4本の中を見てみると、
たしかにどれも、中に白い煙のようなのが渦巻いてたんです。

・・・でもね、その時点でも俺はまだ信じてなかったんです。
それ、西根がタバコの煙かなんかを入れたんだろうって考えてました。
で、写真に撮って貼っつけ、論文を完成させる。バカバカしいと
思うでしょうけど、そんなんでも俺らの大学は通っちゃうんです。
「ときどきな、この煙が顔になって見えることがあるんだ。
 できたらその顔を撮影して、誰なのかを明らかにしたい」
そう言ってたんで、「ガンバレよ。ただ、無理はすんな。霊障って
 言葉を聞いたことがあるし、体壊したら何にもなんないから」って
声をかけて帰ってきたんです。それから1ヶ月ほどして、相変わらず
西根は部屋に閉じこもってる。けど、こんな話が聞こえてきたんです。
西根のアパートの駐車場にときおり高級車が停まってる。

部屋を誰かが尋ねてきてるみたいだ。そいつらは黒いスーツを
着て、いつもサングラスをかけてるって。でまた、西根の部屋に
行ってみました。すぐに出てきましたが、ものすごく痩せてて、
顔は真っ白でした。「おいおい、大丈夫か。少しは日にあたれよ」
そう言うと、西根は勢い込んで「霊に関して、あることがわかった。
 これは俺だけじゃなく、人類にとっての大発見だよ。
 ネットでそのことを少し掲示板に書いたら、翌日にアメリカの
 製薬会社の人が尋ねてきて、俺を研究所に入れてくれるって。
 なんと最初から給料100万は保証するってさ。すげえだろ。
 まあ、日本とはオサラバすることになるかもしれんが」
そんなことを言ってたんです。妄想だろうなって思いました。

んなの、あるわけないじゃないですか。けど、さらに1ヶ月して
大きな出来事が2つあったんです。一つは、ほら、西根が御札を
もらってきた護国神社、火事になっちゃったんです。それも拝殿、
本殿が全焼するほどの大火災で、神職の人も何人か亡くなった。
原因はわかってません。もう一つは、西根が行方不明になったことで、
ずっと音沙汰がないので実家の両親が尋ねてったら、部屋にいない。
いつも使ってるスマホや銀行のカードは残ってたらしく、捜索願いを
出したそうです。部屋には幽霊の瓶は一本もなかったってことでした。
それから今まで行方知れずなんです。まあこういった話で。
え、俺? らっきょうの研究はいちおう完成させました。
就職も決まりました。それがね、地元の漬物屋なんですよ、はははは。
 





アーカイブ 社史編纂室の話

2020.05.19 (Tue)
あ、横田ともうします、よろしくお願いします。自分、ある証券会社に勤めてまして。
社名は言いませんけど、話の内容で察しがつくと思います。
先月、うちの社長が急逝しました。ゴルフをしている最中に、心筋梗塞の発作を
起こしたんです。救急搬送されたんですが、郊外のゴルフ場だったために、
病院が遠くて時間がかかり、手遅れになってしまったんですね。
はい、このことは新聞でも報道されました。それで、社長の死を契機に、
社内でクーデターが起きたんです。本来なら社長の後を継ぐはずだった副社長が、
取締役会議で解任され、専務の一人が次期社長になったんです。
で、そのために副社長派と目されていた幹部たちも次々に辞めちゃって。
まあね、自分みたいな下っ端には関係ない雲の上の話なんですけど。
そういうことがあったので、新年度でもないのに社内人事が改変されて。

自分もね、新しい部署に変わったんです。営業から総務部にです。
これはね、よかったと思ってました。外回りの営業は重労働だし責任も大きいけど、
総務はずっと会社にいますでしょ。それに、仕事内容も社内の備品を揃えるとか、
そんな程度のもんだと思ってたんですよ。それがまさか、あんな目に遭うとはねえ。
でね、今回の人事改変を契機として、大規模な社内の整理を行うことになったんです。
ええ、廃棄するものは廃棄し、鍵類を確認し、新たに入退室システムを導入する。
まあ、こう言うと大変そうですけど、本社は貸しビルの3階分のスペースで、
そこまでたくさんの部屋があるわけじゃないんです。
でね、自分と部下2人が担当になって、まず1部屋ずつ確認していったんです。
そしたら、会社が入ってるのは17階建てビルの15、16、17階なんですが、
最上階の外れにある一室、これが使われていないことがわかったんです。

ええ、小部屋ですけど鍵はかかります。その鍵を誰も持ってる人がおらず、
入れなくて、いろんな人から話を聞いたら、鍵は亡くなった前社長が持ってるって
ことだったんです。そのときに、妙な噂も耳に入ってきたんですよ。
その部屋は封印されてるって。誰もはっきりしたことはわからなかったんですが、
その部屋は社史編纂室として使われてた。で、社史ができあがったので、
編纂室は解散したんですが、そのときに亡くなった人が何人かいるってことです。
まあでも、社史編纂なんて、こう言うとなんだけど、社内でも窓際になった人が
やるもんじゃないですか。だから、そんなに気にしなかったんですよ。
とにかく入れないんで、業者を呼んで鍵を開けてもらったっていうか、
ドアごと取り外したんです。そしたら、入っていった瞬間、背筋がぞくぞくっとしました。
寒いんです。もちろん部屋のエアコンのスイッチは入ってないんですが、

季節は秋口で、そんなに寒いわけがない。中は、日本間だったら12畳くらいの広さで、
長テーブル4つとパイプ椅子が10個ほどあって、簡単な会議ができそうでした。
けど・・・とにかく様子が変だったんです。まずね、窓が板で塞がれてたんです、
内側から。それも太いネジで壁に板がはりつけられてて、外すには業者を呼ぶしか
ないだろうと思いました。あと、天井から杭みたいなのが4本、
頭を下にして打ち込まれてて。ええ、蛍光灯を避けるようにして等間隔で。
杭って言いましたけど、ほら、映画でドラキュラの胸に打ち込むやつがあるじゃないですか。
金属の尖ったやつ。あれを連想してしまいました。意味がわからなかったですね。
何かを上から吊るすために使ったのか。あと、一方の壁は全面が書棚になってて、
中にはびっしり綴じた書類が入ってたんです。それにも鍵がかかってて、
ガラスを割らないと中のものが取り出せない。

はい、それでまず、内装の業者を呼んだんです。窓の板を外して、
天井の杭を抜いてもらうためです。でね、その作業中に業者に呼ばれて、行ってみると、
窓の板が外されてて空が見えました。17階だから、隣にビルはないんです。
見下ろした下は駐車場でした。で、問題は天井の杭です。すごく長かったため、
業者が天井板を外したんです。ふつうはそこ、パイプ類が通る空間になってるんですが、
中にねえ、黒いものが渦を巻くようにして詰まってたんです。
髪の毛だと思いました。それも長い女の髪の毛が大量に。もっと変だったのは、
その髪の毛が奇妙な機械にからみついてたこと。うーん、なんと説明すればいいか。
昔の真空管のテレビがあるじゃないですか。自分は機械いじりが好きで、
工業博物館に行ったことがあるんですが、そこで見たような古めかしい機械が、
髪の毛がからんだ状態で、天井裏にびっしり詰まってたんです。

何のためのものかわからないし、そもそもその機械には電源が取られてなかったんです。
これには業者も困ってました。自分も、撤去していいのかどうかわからず、
とりあえずそれは保留にしたんです。あと、業者が言うには、
杭は天井を突き抜けて屋上まで続いてるってことで、一緒に屋上を見に行ったんです。
はい、屋上はふだんから出入り禁止で、鍵がないと入れません。
でね、給水塔とかあるんですけど、その杭が出てる部屋の真上に、
お社みたいな建物があったんです。大きさは2間四方くらい。木でできたお社の扉は
固く閉まっていて、その前にあるロウソク立てにはロウが溜まってました。
だれかがお参りしてロウソクをあげてたってことですよね。もうね、
これは自分の手には負えないと考えて、総務部長に相談しました。来てもらって
現場を見せたら、部長も困惑して、とりあえずどうするかは棚上げになったんです。

できることは書棚の整理でした。鍵は開けなくても、サッシ自体を外すことができたんです。
中に入ってたのは、会社がまだ始まったばかりの頃の古い書類、
昔のワープロで感熱紙に打ったのやら、手書きのものまであって、おそらく、
社史編纂の資料なんだと思いました。全部シュレッダーにかけてよさそうでしたが、
万一貴重なものがあってはいけないと考え、部下のA君に整理を頼んだんです。
で、自分は総務の部屋に戻ってたんですが・・・2時間くらいたって、
廊下が騒がしくなり、社員の一人が部内に駆け込んできて、「人が落ちた」って言うんです。
はい、A君です。あの部屋の窓から下の駐車場に飛び降り、17階なので即死でした。
救急車や警察も来まして、たいへんな騒ぎになったんです。A君は結婚して2年目、
まだ子どもはいなかったんですが、奥さんが変わり果てた遺体に取りついて泣いてました・・・
それで、飛び降りたのがあの部屋の窓からってことで、警察が見に来たんですが、

窓が全開になってました。あと、机の上に紐閉じの厚い綴りが広げられてて、それがねえ・・・
開かれてたページは紙が黄ばんだ古いもので、書かれてるのは事務的な内容。
けど、写真が1枚載ってて、それ、A君の結婚式のものだったんです。新郎新婦が腕を組んで、
各テーブルを回ってるときの。ありえないですよね。2年前に行われた結婚式の写真が、
そんなとこに載ってるなんて。綴りに書かれてる日付は、昭和42年だったんです。
それと、そのページの欄外にボールペンで、「この部屋ヤバイです」って
書かれてたんです・・・A君の字だと思いました。
本を棚に戻そうとしたとき、「カッチコッチ」という音が上のほうから聞こえてきて、
警察がいなくなってから机に上がって、天井板が外されてる穴から中を覗いてみました。
ほら、髪の毛がからみついた古い機械があるって言ったでしょ。
それの真空管にオレンジの明かりがついて、歯車みたいなのが動いてたんです。

けど、それは、自分が見てるうちに止まって静かになりました。どう考えても
おかしいですよね。それで、A君の葬儀が済んだ2日後、編纂室に一人で入り、
あの結婚式の写真が入った綴りを出そうとしました。けど、一番手前においたはずなのに、
見つからなかったんです。あれから誰もその部屋に出入りはしてないし、
失くなるわけはないんで、何冊も引き出して開いてみました。その中で、
一枚の写真が目に止まったんです。中学生が何かの行事のときに撮ったクラス写真で、
それ、驚いたことに自分の中学校のときのものだったんです。
「ええ!」で、中に子どもの頃の自分がいました。その3人隣が、
Yという男子で、Yはその年自殺したんです。はい、イジメが原因でした。
恥ずかしい話なんですが、自分もそのイジメに一枚加わってたんです。
「なんでこんなものが印刷されてこんなところに!?」当時の出来事がばーっと甦ってきて、

写真から目を離せなくなりました。中に引き込まれていきそうな感じというか・・・
そのとき耳に、前に聞いた「カッチコッチ」という音が入ってきました。
「ああ、天井の機械が動いてる」そう思って、無理やり綴りのページを綴じたんです。
はい、もう一度開いても、その写真は見つからなかったです。
その後、自分からすべてのことを聞いた総務部長が新社長に相談し、
社史編纂室はそれ以上手つけないことになりました。それから2週間後、
会社で頼んだ神職が何人もやってきて、部屋と屋上の神社のお祓いをしたんです。
日曜日だったので、そのことを知ってる社員は少ないです。で、部屋のほうは、
前のように窓を塞ぎ、天井の機械もそのままにして封印されたんです。
はい、もう入る人はいません。・・・あの部屋、何のためのものだったんでしょう。
こちらで何かわかりますでしょうか?







瀬戸大将と『三国志演義』

2020.05.18 (Mon)
bgd (1)
関雲長

今回は妖怪談義です。取り上げるのは「瀬戸大将 せとたいしょう」。
付喪神、器物の妖怪の一種ですね。この絵が出てくるのは
1788年の『百器徒然袋』で、描かれるのはほとんどが
付喪神。実際の伝承はない石燕の創作妖怪です。

絵を見ると、頭が壺、背中に大きな急須をしょった妖怪が
破損した材木の前に立っていて、体は大皿や小皿、鉢で
できているようです。急須は母衣(ほろ)なんでしょうか。
母衣というのは、背後からの矢を避けるための武具です。

bgd (2)

それにしても全身が瀬戸物なので、ちょっと戦うと割れて
しまいそうですよね。強いんだか弱いんだかよくわかりません。
ただこれ、アルチンボルドの絵のようで、
石燕も描いてて楽しかったんじゃないかという気がします。

詞書は、「槊(ほこ)をよこたへて詩を賦(ぶ)せし
曹孟徳(そうもうとく)に からつやきの からきめ見せし
燗鍋(かんなべ)の寿亭侯(じゅていこう)にや。
蜀江(しょくこう)のにしき手を着たりと、夢のうちにおもひぬ」
うーん、『三国志演義』が引かれているようです。

武具の一つである母衣
bgd (3)

曹孟徳は、曹操と言ったほうがとおりがいいでしょう。
三国時代の魏の王で、『三国志演義』では悪役です。
曹操は武将というだけではなく優れた詩人としても有名で、
中国詩における重要人物ですが、それが最初の
「槊(ほこ)をよこたへて詩を賦せし」なんですね。

「からつやきの からきめ見せし 燗鍋の寿亭侯にや」の部分は、
「からつやき」は唐津焼で、産地名をつけた陶磁器の一種です。
「か」で韻が踏んであるようで、このあたりは冒頭の
漢詩のことと関係があるんでしょう。

アルチンボルド 野菜でできた顔
bgd (4)

寿亭侯(じゅていこう)は三国時代の蜀漢の武将、関羽のことで、
後漢から贈られた封号ですね。関羽はご存知だと思います。
蜀の劉備に仕え、『三国志演義』では義兄弟の契りを交わした
ということになっています。ただ、関羽は美髯公(びぜんこう)
という呼び名があり、長いあごひげで有名ですが、

この絵にひげはありません。身長は9尺(216cm)。
関羽は死後、道教の神の一柱に祀られています。中華街の関帝廟に
行かれたことがある方も多いと思いますが、商売の神様として
信仰されているのは、義理堅く、約束を守る人物としての
評価が高かったからです。

さて、『三国志演義』での曹操と関羽の関係は微妙です。
曹操は関羽を武人として高く評価しており、たびたび自分の配下に
しようと誘っており、1日千里を駆ける名馬、赤兎(せきと)を
与えたりしています。また、関羽もその恩義を感じてか、

曹孟徳
bgd (6)

赤壁の戦いに敗走した曹操を待ち伏せるが、憔悴した曹操を
見かねて見逃してしまいます。このことを諸葛亮にとがめられ、
死罪を言い渡されるものの、劉備のとりなしで事なきを
えます。もちろん、このあたりは創作であって
史実ではありません。

関羽といえば怨霊話もありますよね。関羽は呉の孫権の軍に敗れ、
捕虜となって斬首されます。このとき、関羽捕獲に第一の手柄の
あった呂蒙に酒宴の席で乗りうつり、「我こそは関雲長なり」
と大喝。祝宴に列席していた一同が顔色を変えて平伏すると、
呂蒙はばったりと倒れ、全身の穴から血を流して死ぬことになります。

現代の唐津焼
bgd (5)

さて、石燕の絵では、この関羽が瀬戸焼の大将で、曹操が
唐津焼の大将ということのようです。瀬戸焼は「せともの」の     
一般名称のもとになった焼物で、日本六古窯の一つ。
愛知県瀬戸市とその周辺で生産されています。
5世紀頃からすでに須恵器などが作られていました。

一方、唐津焼はそこまで歴史は古くありません。近世初頭から
肥前国(現在の佐賀県および長崎県)周辺の諸窯で生産された
陶器の総称です。秀吉の朝鮮出兵の後、朝鮮から捕虜として
連れてこられた陶工を中心に始まったというのが通説に
なっていましたが、実際はもう少し前からのようです。

現代の瀬戸焼
bgd (8)

で、この瀬戸焼と唐津焼の戦い、江戸における陶磁器の
シェア争いを風刺しているという説があります。それまで主流で
使われていた唐津物を瀬戸物が打ち倒して広まったというような
話ですが、自分が調べたところでは、そういう事実はないようです。

美濃焼が最も多く使われていたんじゃないかな。それと、
江戸はリサイクル社会でしたので、料理屋などはともかく、
庶民は物を買いませんでした。陶器が割れてしまった場合は、
白玉粉で接着して直す焼き接ぎ屋に頼んでいたんです。

江戸時代の便所紙(浅草紙)
bgd (7)

さてさて、最後に妖怪とは関係ない話ですが、トイレで尻拭きに
紙が使われるようになったのは江戸時代からで、それ以前は
陶器のかけらで こそぎ落としていたという話もあります。
でもそれ、痔持ちにはツラいことだったでしょうね。
では、今回はこのへんで。






コロナワクチンをめぐる問題

2020.05.17 (Sun)
 cv c (2)

今回はこういうお題でいきます。現在、各国の研究所、
製薬会社、大学で急ピッチでコロナウイルスに対する
ワクチンづくりが進められています。この記事では、
ワクチンに関する基礎知識や、いろいろな問題点について
書いてみたいと考えてます。最初に、ワクチンって何?

これ、前に種痘とジェンナーの記事を書きましたが、
簡単に言えば、その病気に弱く感染させて体の中に抗体を
つくり、その病気に感染しにくく、あるいは感染しても
重篤化しないようにするものです。体内の免疫細胞に
敵の特徴を覚えさせ、攻撃に備えさせると言っていいでしょう。

ワクチンには予防型ワクチンと治療型ワクチンがあり、
一般的に、感染症に対するものは予防型ワクチンになります。
治療型ワクチンというのは、例えば癌治療における
癌ワクチンという形で行われていますが、
はかばかしい結果は今のところ出ていません。

コロナウイルス
 cv c (3)

次、コロナワクチンって本当にできるの? うーん、まあ、
できるかできないかで言えばできます。ただ、有効かどうかは
わかりません。エイズに対するワクチンは、コロナ同様、
全世界で研究され開発され、いちおうあることは
あるんですが、治験で有効という結果が出ないんですね。

コロナワクチン開発は、たんに製薬会社レベルの事業では
なく、中国、アメリカ、その他、国家がかりで資金を
投入してますから、できないことはないんですが、
はたして治験を通るほどの効果をあげることができるか?

エイズワクチン 効果証明されず治験中止
 cv c (4)

それと、おそらく複数のワクチンができると思います。
中国産、アメリカ産、〇〇製薬会社産という具合に。
で、その中でどれが最も効果があるか比較するのも、
すごく難しいんです。年単位の時間がかかるでしょう。

次、ワクチンはいつできるのか? アメリカのトランプ大統領は、
今年中の完成と口にしていますが、専門家の多くは危ぶんで
います。というのは、ワクチンの治験は他の薬剤とはかなり違って
いるからです。治験(臨床試験)は一般に、3段階に分けられます。

インフルエンザウイルスの種類
 cv c (5)

数十人の健康なボランティアが参加する第Ⅰ相では、
まず副作用について調べられます。アウトブレイクが
発生している地域などで参加者を数百人に拡大する第Ⅱ相、
数千人の参加者で再び比較試験を行う第Ⅲ相ですが、何が
問題かわかりますよね。他の薬剤と違って、ワクチンの場合、

すでに感染している人への治験は行っても意味がありません。
被験者が普段の生活の中で、自然に存在するウイルスに
暴露するまで待つ必要があるんです。もし流行が収束してきた
場合、被験者がウイルスに暴露するまで、非常に長い期間に
なります。しかも効果を確認するまでの期間も長い。

インフルエンザ混合ワクチン
キャプチャfhhgfmgmgjmgmgh

次、ワクチンができたとして、どのくらいの効果が続くのか。
これは現時点ではわからないとしか言いようがないです。
なぜなら、そもそもコロナウイルスの諸特徴がわかっていない。
一般的に、インフルエンザワクチンだと、接種後に効果が
期待できるのは3~6カ月までと考えられています。

それと、ウイルスは変異します。インフルエンザウイルスには、
A型、B型、C型の3種類があり、A型は、さらに144の亜種に
分類されます。現在のインフルエンザワクチンは複合ワクチンですが、
対応できるのはA型2種とB型2種類です。コロナウイルスが
今後どう変異していくかも、もちろん未知数です。

 cv c (6)

さて、ここで少し話を変えて、もしワクチンができたとして、
誰に優先的に接種すべきでしょうか。アメリカが開発した
ワクチンならまずアメリカ人に、中国なら中国人になるかと思います。
この間、フランス製薬大手サノフィの最高経営責任者が、
新型コロナウイルスワクチンの開発に成功した場合、米国が真っ先に

受け取る権利があるとも取れる発言をして大きな問題になりました。
アメリカの資金が入っているからですが、首相がすぐに会見で否定
してましたよね。この問題も難しい。もし中国が先にワクチンを開発
したとして、アメリカは使うでしょうか。また、アメリカ産と中国産を
比較して、アメリカ産の効果が劣っていた場合は??

総スカンを食ったサノフィのCEO
 cv c (1)

さらに、初期の段階で、優先的にワクチンを投与するのは誰か?
命の優先として、重篤化しやすい高齢者、基礎疾患を持つ者に
なるのか。それとも、現場でウイルスに暴露しやすい医療関係者、
次に電車の運転手や小売店員など社会インフラを担当し
不特定多数に接触しなければならない者などか。

あと、アメリカでは移民や黒人などの社会的弱者が、
はっきりと白人より感染率も死亡率も高くなっています。
社会構造の脆弱性があらわになっているわけです。
でも、黒人やヒスパニックを優先するとはならないですよね。
アメリカ社会をゆるがす大問題になりそうな気がします。

さてさて、ということで、われわれは倫理的な問題に
直面しているんです。「コロナ後」という言葉が出てきましたよね。
流行が一時的に収まったとしても、ウイルス根絶はほぼ不可能です。
世界はどう変わっていかなくてはならないのか。一人ひとりが
考えなければならないことでしょう。では、今回はこのへんで。

アメリカのコロナ犠牲者 アフリカ系アメリカ人が突出
 cv c (7)





記憶の話 2題

2020.05.16 (Sat)
建設業 大川一樹さんの話
怖い話ってわけじゃないんです。ちょっと不思議って程度。
それと、もしかしたら全部が俺の勘違いっていうか、
妄想みたいなことなのかもしれません。それでよければ。
俺が生まれた市の郊外に〇〇ダムってのがあるんです。
いや、地元民以外はあんまり知らないと思います。
小規模な、どこにでもあるようなダムなんで。そこにね、
子供の頃に家族で行ったんですよ。家から車で2時間くらい。
秋のことですよ、紅葉を見に。小さいダム湖の回りの山が
一面紅葉して、それが湖面に映ってすごくきれいだって、
地元では評判でした。俺は小4、10歳のときだったはずです。
そのときの写真が残ってて、母親に聞いたから間違いないです。

家族は両親と俺と5歳の妹。でね、そのダム湖にしか通じてない
道路があって、たぶんダム工事のときダンプとかが通るように
つくった道路。車に1時間くらい乗ってて、妹が
トイレ行きたいっていい出して。けど、トイレなんてないし。
しばらく走ると、山側の路肩が大きく広がってるとこがあって、
大型車がすれ違うためのスペースです。親父はそこに車を停め、
母親が妹を山側の草むらに連れていきました。
親父はタバコをふかしてて、俺は道の反対側、谷側のガードレールの
とこまで行って、下の渓流を見てたんです。そしたら、
そこに石の階段がついてて、下から作業服を着た人が2人、
道に上がってきたんです。その人たちは俺のすぐ横を通ったんだけど、

そのときに後ろの人が、俺に向かってにやっと笑い、
「ボク、これに助けられるなあ」ってガードレールをバンと手のひらで
叩いて、やはり路肩に停めてた黄色い工事車両に乗ってダムに
向かってったんです。いや、こんな子どものときの一瞬の出来事なんて
覚えてるわけないじゃないですか。意味もわからなかったし、
ずっと忘れてたんですよ。その11年後ですね、俺は都市部の大学に
入って、夏休みに帰省したんです。バイクの免許取ってて、400ccの
バイクで。地元では毎日高校のときの友だちと遊んでたんですが、
ある日、一人でそのダム湖に向かったんです。平日で、車はまったく
通ってなく、警察なんていないから、かなりのスピード出してました。
で、コケちゃったんですよ。それがちょうどあのすれ違いスペースの場所。

バイクってコケたらズザザーッと滑るんです。滑ってる間に他の車に
轢かれたりもする。片足をバイクの下にして滑ってたら、
見る見る崖がせまってきて落ちたら死ぬかもしれない。
それで、とっさに上になってる足でガードレールを蹴りました。
そしたら勢いがなくなってたのか、バイクが1回転して、
俺はガードレールにヘルメット被った頭をぶつけ、そっから記憶が
飛んだんです。で、夢を見ました。小4のときに作業員と
話した夢、すごいリアルな感じで。意識がなかった時間は長くは
なかったです。通りかかった車が救急車を呼んでくれて、担架に
乗せられるとき気がつきました。もうわかりますよね。俺が蹴飛ばした
ガードレール、ちょうど助けられるって言われた場所だったんです。

無職 望月聡太さんの話
中学3年のときです。これはみなの証言が一致してるんだけど、
午後の5時間目の数学の授業でした。夏休み直前の暑い日で、
窓は全開だったはずです。クラスは3階にあって、窓からは建て増しした
新校舎の2階の屋上が見えてました。それでね、そこに奇妙なものが
いたんです。私は猿だと思いました。けど、ただの猿じゃなく、
顔以外の全身に白い包帯を巻いてミイラ男みたいになってる。
それが手足を激しく振り動かして踊ってる。私はけっこう最初のほうで
気がつきましたね。だんだん窓の外を見るやつが多くなってザワザワ
し始め、授業してた教師も気がついたんです。教師が窓に近づいて、
「何だありゃ」って言い、男子の数人が机から立って窓際に寄りました。
私もそのうちの一人だったんですけど、それからすぐ、

猿は手すりを乗り越えて2階の高さから飛び降りたんです。
たぶん下に生えてる木に飛び移った。教師が授業を続けようと
したんで席に戻りましたが、休み時間にみなで見たもののことを
話し合いました。「猿だったよな」 「包帯巻いてた」
「研究所から逃げ出してきたやつじゃないか」って。けど、近くに
病院とか研究所はなかったです。あと、下に落ちて死んでたなんて
こともありません。それだけなんですけど、すごい記憶に残っててね。
で、私らの地方は田舎なんで成人式は夏にやるんですけど、
そのときにもこの踊る猿の話は出ました。まだみなの目撃証言は
一致してたんですよね。次に集まったのが10年後、30歳のときの
同級会です、私の3年のクラスだけでやったもの。

で、こっからおかしくなったんです。やはり猿の話は出たんですが、
変なことを言い出すやつがいたんです。そんとき同級生の一人の
持田ってやつが、窓から2階の屋根に飛び降りて踊ったって。
最初は冗談だと思いました。けど、その人たちは真顔だったし、
同調する人も数人いたんです。わけわからんこと言うなあって
思いました。私らの教室と新校舎の建物は近いけど、
つながってるわけじゃなくて、1階分の高さの違いがあります。
あのベランダから飛び降りたらどっかケガしそうなもんだし、
授業中にそれをやれば問題になるでしょ。それに見たのは猿なんだし。
あ、それでね、持田ってやつはそんとき、同級会には来てなかった
です。中学卒業のときに一人だけ東京の高校に行って、

その後は音信不通。成人式にも来なかったんですよ。
そのときはけっこう言い合いになりました。もちろん猿って言う
やつが大多数で。ところが、この後、しばらく間が開いて、
50歳のときに同級会があったんです。当時の担任はすでに亡くなって、
参加者も半数くらいになってました。みな年食ったなあって感じでしたね。
で、こんときも話が出たんですが、持田が飛び降りて踊ったって
言うやつがほとんど。前に猿だったって言ってた人も、持田が
飛び降りて踊り、さんざん叱られたって。ねえ、変な話でしょ。
猿だって言ったのは私ともう一人だけ。それで、ついこの間、
60歳のときの同級会がありました。参加人数はさらに減って
10人ちょっと。女性は2人しか来ませんでした。

すでに亡くなった同級生も何人かいたんです。私はその年で退職、
蓄えもいささかあるし、再就職とか考えてなかったんですが、
まだ現役で働いてる人がほとんどでしたね。会場は地元の市の
料亭で、午後の4時からでした。そのときには猿の話は誰もしなかったです。
前にほら、私ともう一人、猿って言った人も来てませんでしたし。
それで、幹事をやってくれてた人の話だと、持田に連絡がついて
今回は出席の返事が来てるってことだったけど、姿は見えなかったです。
それがね、会が始まって2時間後くらい、そろそろお開きってときに
持田が遅れて入ってきたんです。頭は禿げてましたけど、
長い年月たっても持田だってことはわかりました。高級なスーツを着て、
200万の時計をしてるって自慢してね。仕事が何かは言いませんでしたが、

嫌な齢の取り方をしてました。それで、2次会はセットされて
なかったんですけど、有志で近くのパブに行ったんです。全部で5人。
「ここは俺が払うから」って持田が言って、全員で乾杯しました。
私はほら、長年の疑問を確かめるべく持田の隣に座りまして、
機嫌よくしゃべり散らしてる持田に、「変なこと聞くけど、お前な、
 授業中に窓から飛び降りて屋根の上で踊ったりしたか」って
尋ねました。そしたらギョッとしたような顔になり、私をまじまじと
見つめてましたが、「ははあ、まだ猿だと思ってるやつがいたか。まあ、
 当時からお前は真面目だったしな。あれは猿でもあり、また俺でもある。
 当時からちょっとした呪(まじな)いにこっててな。試してみたんだよ、
 人から少しずつ運をかすめ取るやつを」って言ったんです。