FC2ブログ

基地局アンテナの話

2020.06.30 (Tue)
こんばんわ、よろしくお願いします。宇田ともうしまして、
地方公務員をしております。さっそく話を始めさせていただきます。
これ、僕が小6のときのことです。ですから、今から15年
以上前のことになりますね。当時、〇〇市の賃貸マンションに
住んでました。家族は両親と、小4の妹です。
それで、賃貸マンションだからせまいですよね。僕の部屋は
妹と共有で2段ベッドで寝てました。それがすごく嫌だったんです。
まあ小学生と言っても男女ですし。ですから、何度となく両親に、
「自分だけの部屋がほしい。もっと広い家に引っ越そうよ」って
訴えてたんです。それが効いたのか、あるとき父親が、
「そうだなあ、そろそろ郊外に建売でも買うか。

 けどそうすると、お前転校しなくちゃなんなくなるぞ」
こう言ったんです。「やった!」と思いました。引っ越すと今の
仲間とは遊べなくなるけど、中学生になれば部活に入るだろうし、
そこで新しい友だちもできると思いました。ええ僕、小4から
ずっとスポ少で野球やってたんです。で、父親の言葉どおり、
中学からは新しい家に住むことになったんですが、これから話すのは
マンションでの最後の年のことです。夏休み中だったと思います。
夕食のとき、母が父に「ねえ、マンション自治会のちらしで、
 今度屋上に携帯電話の基地局アンテナができるって出てたけど、
 大丈夫かしら。ほら、電磁波の影響がどうこうなんて話もあるから」
こんなことを言ったんです。父は笑って「WHOの調査で、
 
 電磁波が人体に与える影響はないって発表されてるぞ。それに、
 このマンションに住むのもあと半年くらいだし」と答え、
母は「そうよね。自治会費が少し安くなるかもしれないけど、
 私たちには関係ないわね」こんな会話があったんです。
その次の日曜です。僕は午前中野球の練習に行き、戻って一人で
昼飯を食べ、留守番をしてたんです。はい、そのとき両親は、
新体操を習ってる妹を練習場所に連れてって、いなかったんです。
1時間くらいして玄関のドアチャイムが鳴ったんで、
インターホンに出てみると「お兄ちゃん、あたし」妹だったんです。
このときちょっと変だとは思いましたよ。両親は鍵を持ってるから、
ふつうに開けて入ってくるはずだから。「お前、どしたん?」

「お父さんとお母さんが買い物するって言ったから、先に帰ってきた。
 見たいTVがあるから」まあそういうこともあると思って開けました。
そのときは普段と変わりない妹だと思ったんですけど・・・
着てた服も朝と同じだったし。妹はリビングでTVを見始め、
僕は部屋でマンガ読んでました。そしたら、またドアチャイムの音が
聞こえ、妹が出た様子でした。すぐ、「お兄ちゃん、来て~」と呼ばれ、
行ってみると、玄関に青い作業服、作業帽の人が2人立ってて、
妹が壁にぴったりくっついてたんで、僕が「父母は今、いないんです。
 あと少しで戻ると思います」そう言ったら、一人が、
「あ、そうですか。工事会社の者です。これから屋上のアンテナ工事を
 します。ここまで音はしないと思いますが、危険ですから

 屋上へは出ないでください」そう言って、パンフレットのようなのを
置いてったんです。ドアが閉まってから妹に「お客さんに失礼だろ、
 何やってんだ」と少しきつめに言うと、なぜか半泣きになってて、
「あの人たち、トカゲだったよ。人間じゃなかった」って。
バカバカしいと思ってそれ以上はとり合わず部屋に戻ったんです。
あ、言い忘れてましたけど、そのマンションは12階建てで、
僕らのとこは10階だったんです。たしかに、工事のような音は
まったくしませんでした。それからまた1時間くらいたって、
玄関が開いた音がし、行ってみると両親が帰ってきたんですが・・・
父が「お土産があるぞ」とか言った後ろから、妹が出てきたんです。
「あれ!?」と思いました。一人でテレビ見てたはずなのに。

もし両親を迎えに出たのなら、ドアの音がするんで必ずわかるはずです。
それで妹に「お前、さっき1回戻ってきたよな」そう聞いたんですが、
首を振るだけだったんです。わけわからないながらも、両親に工事の
人が来たことを話し、パンフレットを渡しました。
それからですね、おかしなことが続くようになったのは。
最初は・・・、あ。そうだ。その2日後です。滅多にないことに
夜中にトイレに行きたくなりました。そんとき、2段ベッドの上に
妹がいなかったんです。「あいつもトイレか」くらいに思って
トイレに行く途中、リビングで音がしてました。引き戸を開けてみると、
暗い中に妹が一人パジャマのまま座ってTVを見てたんです。
まあ夏休み中なので、翌日早起きする必要はないんですが、

時間は夜中の3時過ぎだったと思います。それでね、TVの液晶画面に
大きく不気味なトカゲ人間が映ってたんです。SF映画か何かだろうと
思いました。その光で妹の顔が青と緑のまだらになってて不気味でしたよ。
「こんな時間に見てると怒られるぞ。どうしても見たかったら部屋ので
 見ろよ」こう言いました。僕らの部屋にも小さいTVがあったんです。
妹は立ち上がり、「もう寝る」とひとこと言ってTVを消し、
ロボットみたいな動きで部屋に帰ったんです。僕がトイレから戻ると、
もう妹はベッドに入ってて、呼んでも起きませんでした。
次の日ね、そのことを妹に言ったら「知らない、起きてない」って。
新聞で番組表を見たんですが、妹が見てた番組が何だったかは
わかりませんでした。たぶんBSだったろうと思うんですが。

それから1ヶ月以上間が開いて、学校が始まり、季節は秋になってました。
僕は野球部を引退しててヒマでしたね。で、何曜だったかは
覚えてませんが、夜中、ビンビンビンというような音がして
目が覚めたんです。そうですね、ギターの低いほうの弦を強く弾くような、
頭が痛くなるような音でした。「何だ?」と思って起き上がると、
ベッドの上から「来たあ!」という妹の声が聞こえ、ドンと上から
床に飛び降りたんです。そんなことしたことないのでびっくりしました。
「来た、来た、来たああ」叫びながら妹は部屋を出、玄関が開く音が
聞こえました。「あ、待て、どこ行くんだ」あわてて追いかけました。
妹はマンションの外廊下を走り、エレベーターには目もくれず、
非常階段を上っていったんです。「待てったら、どうした」

10階ですから、すぐに屋上への扉につきあたります。屋上は
共有スペースで、普段出てもいいことになってるんですが、夜は
鍵がかかってるはずなのに、そのドアが開いてて妹は闇の中に
走り出していったんです。屋上はかなり広く、給水塔や
BSのアンテナなどがあるんですが、妹は新しくできた右隅の
基地局アンテナへまっすぐ走ってったんです。アンテナの前には
人が5、6人いました。みな妹と同じくらいの年の女の子。はい、
都会で夜は明るいので顔が見えて、中にはマンションの近くの部屋の
妹の友だちの子もいたと思います。どういうことかわかりませんでした。
妹は、その子たちがアンテナを囲んで立ってる半円に加わって
全員が片手を上ました。そしたら、アンテナが緑に光りだしたんです。

ブンブンブンブン、またあの音がして、僕は頭が割れるように痛くて
その場に倒れてしまったんです。マンションの上の空に、緑の大きな光が
浮かんで見えました。それはだんだんに近づいてきて・・・そこで気を
失ってしまいました。気がついたら、部屋の自分のベッドにいました。
もちろん前の晩のことを妹に聞いても「知らない」と言うだけ。
僕の夢ということになっちゃったんです。屋上には行ってみましたよ。
アンテナは光ったりしてませんでしたが、よく見ると2本の筒の部分に、
変な記号のようなものが彫られてました。これでほとんど話は終わりです。
翌年度、僕の家族は埼玉県の一軒家に引っ越し、自分の部屋ができて
おかしなことはなくなりました。それでね、今度、妹の結婚が
決まったんですが、相手の人、宇宙開発機構に勤めてるんですよね・・・

キャプチャ





スポンサーサイト



黒いジョークとダーウイン賞

2020.06.30 (Tue)
アーカイブ312



今回はこのお話ですが、これ、けっこう危険な要素をはらんでるんですよね。
ブラックジョークについて、Wikiを引いてみると
「倫理的に避けられるタブー(生死・差別・偏見・政治など)についての
風刺的な描写や、ネガティブ・グロテスクな内容を含んだジョーク・コメディ・
ユーモアを指す言葉である。」
こんなふうに出てきます。
「黒い笑い」と訳されることもあります。

1935年、フランスの詩人、シュールレアリストであるアンドレ・ブルトンが、
「ブラック・ユーモア」という言葉を使って、上記したような笑いを分類した
のが始まりとされているようです。でも、このブルトンが言ったような
意味でのブラックユーモアは、おそらく今の日本では無理だと思います。

アンドレ・ブルトン
キャプチャ

例えばの話ですが、「障害」や「部落差別」なんかを題材にして、
戯画化した話を書けば、現代の日本では雨あられと抗議がくると思うんです。
世間からの批判にさらされ、ブログだと炎上するかもしれません。
いわゆる「良識」が幅を利かせる社会なんですね。

日本人は真面目なので、笑いをとるために、
世間的にタブーとされていることをテーマにして書くと、
「面白ければ何をやってもいいのか」と言われてしまいます。
このことは、筒井康隆氏のエッセイに出てきていて、
筒井氏は、初期には、エロ・グロ・ナンセンスで売り出したんですが、
ずいぶん悩んでいた様子がうかがえます。

Wikiの記述にある「風刺」という言葉も、誤解を招く一因かもしれません。
日本だと、風刺といえば「今の政治のあり方を風刺する」みたいに、
正しくないもの、矛盾を含んだものを嘲笑し、それを阻止する、
あるいは変化させるためにあると考えられる傾向があります。

筒井康隆氏
キャプチャffff

ですから、最初から、悪ふざけ、悪趣味、弱者をいたぶる・・・
などの目的で書かれた話は、「なんだよ、このトンデモない内容は」
となってしまいます。でもまあ、しかたがないんでしょう。
これは世の中の流れで、「表現の自由」で済まされなくなってきています。

さて、じゃあ自分が考えるブラックユーモアはどんなものかいうと、
そうですね、「ダーウイン賞 Darwin awards」なんかがわりと近いんじゃないかと
思います。これは、進化論の始祖であるチャールズ・ダーウインにちなんで
設けられた、インターネット上の架空の賞です。



1985年頃から始まり、1994年度から毎年、受賞者が発表されています。
もちろんジョークなので、勝手に発表するだけで、
記念のメダルとか賞金があるわけではありません。複数のサイトで
やってるんですが、最も有名なのが、ダーウィン賞に関する本を書いている、
ウェンディー・ノースカットという女性が管理しているサイトです。

ダーウイン賞の受賞資格としては、まず「子孫がいない」ということが
絶対条件です。そして、受賞対象者は死ぬか、生殖機能を失わなければ
なりません。さらに、それが自殺であってはならないんですね。
また、精神異常や、薬物乱用の状態で行われてもいけません。

つまり、自分が原因で愚かな死に方をした、子孫のない人に
与えられる賞なわけです。受賞の理由はもちろん、
「ダメダメな人間が、自分の劣った遺伝子を残さなかった
ことによって、人類の進化に貢献した」ためということです。このあたりが、
まさにブラックですね。では、どんな人が受賞しているか見てみましょう。

チャールズ・ダーウイン
キャプチャnnfnfg

・1994年「乗用車にジェット推進機を装着し、高速道路を走行したところ車が
 離陸し、高さ約38メートルの崖の壁面に激突して亡くなったアメリカ人男性」
・1996年「友人らの前で、男らしさを誇示しようとしてチェーンソーを
 振り回し、自らの頸動脈を切断して亡くなったポーランド人男性」

・1999年「シャチと泳ごうと夜中に水族館のプールに忍び込み、
 水中に引きずり込まて溺死したアメリカ人男性」
・同年「夏時間と通常時間を取り違えて時限爆弾の時間を設定し、
 運搬中に爆死した3人のパレスチナ人男性」

・2001年「呪術的なローションを2週間使用した後、不死身になった
 ことを確認するため友人に自らを撃たせ死亡したガーナ人男性」
・2005年「自分が指揮する隊に、急襲訓練を行うことを個人的に思い立ち、
 銃剣を手に隊員を襲撃し、驚いた隊員に射殺されたスイス陸軍の中尉」

こんな感じです。もっと知りたい方はWikiを参照してみてください。
ちなみに、昨年度の受賞は、「プロフ画像を撮影しようと、滑走路上で自撮りを
 していた2人のメキシコ人女性。着陸する小型機に気づかずにいたため、
 その翼に頭を強く打たれ死亡(ダブル受賞)」

さてさて、ということで、ブラックユーモアは「不謹慎」だからこそ面白いんですね。
それを「不謹慎だからダメだ」と批判されても、どうしようもないわけです。
このあたりは人間的な性向の違いで、両者が相容れるということはないんでしょう。
あと、日本だと、ダーウイン賞に近いのが「変態番付」かもしれません。
右にリンクを貼っておきます。では、今回はこのへんで。  「変態番付」








家ものホラーの具体的怪異

2020.06.29 (Mon)
今回はこういうお題でいきます。怪談論ですね。
「家ものホラー」というのは、怪談、ホラーの中でも一つの
大きなジャンルを占めていて、小説でも映画でも、あれこれと
作品名が思い浮かびますね。日本映画だと、代表的なのが
『呪怨』でしょう。入ったら必ず死んでしまう家。

さて、家ものホラーについては、過去記事でも何度か取り上げて
ますので、なるべくくり返しにならないよう、今回はより
具体的に、どのような怪異が考えられるかを列挙してみたいと
思います。もしやみなさんの中で、今後、家ものホラーを書いて
みようという方いれば何かの参考になるやもしれません。

ffvdf (7)

では、シチュエーションを決めましょう。主人公のあなたは
30代の主婦です。夫の転勤にともない、中規模の地方都市に
引っ越してきました。子どもは小学校5年生の姉と
2年生の弟の2人としておきましょう。

家は住宅地にある一軒家。夫の会社が転勤者用に借りている
もので、社宅というわけではありませんが、大きく家賃を
補助してくれます。2階建てで全部で4部屋、キッチンに
バス・トイレ。あと、せまいですが塀で囲まれた庭があります。
2階の2部屋は子供部屋にしました。それぞれ自分の部屋が

ffvdf (6)

持てるようになり、子どもたちは喜んでいます。1階は居間と
夫婦の寝室。まあこんなとこでしょうね。アメリカだったら、
屋根裏部屋や地下の貯蔵室みたいなのがついてたりしますが、
日本の家屋ではそこまでは無理でしょう。

さて、ではどんな怪異が起きるのか。① 家そのもの ② 家族
③ 自分 の3つに分けて考えてみましょう。自分は多数の
ホラー映画を見てますので、それらから拝借したシーンが
多くなると思います。

ffvdf (5)

① 家そのもの 「キッチン」
物が腐りやすくなる。買ったばかりの食パンにすぐカビが   
生えてしまう。冷蔵庫は冷えてるのに、中の食品がどんどん
ダメになっていく。これはよくあるパターンですね。
霊障があるとそういうことが起きやすいと言われます。

「風呂・洗面所」特に何かを流したわけではないのに排水口が
つまってしまう。針金などで掻き出すと、白髪交じりの髪の毛が
ごっそりと出てくる。家族には誰も白髪の人物はいないのに。
こういうのは生理的に嫌ですよね。越してきたときにはピカピカ
だったバスルームのタイルにみるみるうちに黒カビが生える。

ffvdf (4)

洗面所で顔を洗ってると、鏡の端に何かが映ったような気がする。
でも、見直してもふり返っても誰もいない。あと、トイレって、
なかなか映画などに出てきませんよね。ふつうに考えれば、
密室なのでトイレで怪異が起きたら怖いはずですが、その後、
パンツをずり下げたまま逃げ出せば、ホラーの雰囲気がぶち壊しに

なってしまいます。襲われて閉じこもるなどのシーンはありますね。
「庭・ベランダ」青々としていた芝生や庭木が黄色くなって枯れる。
逆に、蔓草が急速に伸び始め家を覆っていく。朝、うるさいので
見に行くと、サッシの外にカラスが群がっている。門を閉めているのに、
犬や猫の死体が玄関先に落ちている。こんなとこでしょうか。

ffvdf (3)

「居間・寝室」壁や天井から異音がする。夫に天井裏を見てもらうが、
ネズミなどがいた形跡はない。部屋と部屋の間の壁が異様に厚い
気がする。夜中になぜかテレビがついてて、放送のないチャンネルに
なっている。夫が趣味でやってる熱帯魚の水槽が、特に原因は
考えられないのに、一夜のうちに全滅し、ドロドロに腐っている。

② 家族 夫が夜うなされるようになる。起こすと悪い夢を見ていたと
言うが、内容は教えてくれない。上の娘が学校に行きたくないと言い出し、
部屋に閉じこもってしまう。様子を見に行くと、ベッドの上で異国の
言葉のようなものを唱えている。下の息子が体調を崩し、食事をとると
すぐに吐いてしまう。病院で検査を受けても異常はない。

ffvdf (2)

そのうち、下の子は見えない誰かがいるように話をするようになる。
聞くと、「〇〇ちゃんだよ」と知らない名前を答える。
夫が夜中に家を出るようになり、泥だらけになって朝方戻ってくる。
「どこに行ってるの」と尋ねると暴力的になる。
学校や仕事があるのに誰も起きてこなくなる。

③ 自分 いつも体調が悪く、何をやるのも気力が出ない。
家の中のある一ヶ所が理由もなく怖くなり、そこに近づくことができない。
そんなはずはないのに、この家に以前住んでいた記憶が蘇ってくる。
夜中にふと気がつくと、スコップを持って庭に立っている。
夫の背中を見つめて包丁を握りしめている自分がいる。

ffvdf (1)

さてさて、まだまだあるんですが、もうすぐ字数が尽きてしまいます。
家ものホラーというのは長編の場合が多いので、いきなりドカンと
怪異が出てくることはまずありません。あくまでも少しずつ、
じわじわと不吉な雰囲気が増していく場合が多いですよね。
それと、自分だけではなく家族全体が冒され、ダメになっていく

恐怖というのもあります。そういうところは日本映画が上手いんですが、
ただ、日本って住宅が密集してるんですよね。これがアメリカ映画だと、
隣の家との距離があり、簡単に助けは呼べない。警察に通報しても
来るまで時間がかかるなどの点がホラーとしては有利です。
では、今回はこんなところで。





「ステラ賞」って何?

2020.06.29 (Mon)
アーカイブ311

gdgdgd (4)

今回は、こういうお題でいきます。あまりオカルトとは関係ない話ですので、
スルー推奨かもしれません。当ブログでは、これまでにも、
「イグノーベル賞」や「ダーウイン賞」について取りあげていますが、
まあ、賞シリーズの一環ですかね。

「ダーウイン賞」というのは、「その年に最も馬鹿げた死に方をした、
子孫のいない人物」に与えられる賞でした。劣悪な遺伝子を世界に残さないことで、
人類の進化に貢献したという、ブラックユーモアなんですね。それに対し、
今回ご紹介するステラ賞は、もう少しジャーナリスティックな意味の強いものです。

「その年に起こされた、最も馬鹿げた訴訟」に与えられます。
これ、アメリカのジャーナリスト、ランディ・カッシンガムという人が、
新聞のコラム上で発表してるんですが、始めた動機は、
アメリカが行き過ぎた訴訟社会であり、常識ではありえないような裁判が毎年、
多数起こされていることへの皮肉・批判です。

受賞例について、いくつか見てみましょう。「2002年受賞、バート姉妹」
3姉妹は、母の命を救おうとするところを見せられ精神的苦痛を受けたとして、
治療にあたった医師を訴えた。・・・おそらく、心臓マッサージや、
AEDの使用のことを言ってるんだろうと思いますが、これはさすがに、
訴えられた医師は災難以外の何物でもないでしょう。

「2005年、ローラ」 2人のマジシャンに対し、
「マジシャンは物理法則を無視している。これは『神の力』を使っているに違いない。
自分は神であり、2人は自分から力を奪っているはずだ」として、
マジックの秘密を教えるか、2人の生涯賃金の10%を自分に払うように訴えた。
「2006年、アラン・ヘッカード」 マイケル・ジョーダンと似ているため
頻繁に間違われ、名誉毀損と精神的苦痛を負ったとして、ジョーダンと
スポンサー企業のナイキを訴えた。・・・まあ、こんな感じです。

さて、ここでステラ賞の「ステラ」とは何かというと、女性の名前です。
1994年、ステラ・リーベック(当時79歳)は、マクドナルドのドライブスルーで、
朝食セットを購入、駐車場で停車しているときにコーヒーを膝の間にはさみ、
フタを開けようとしたとき、誤ってカップが傾いてしまい、
コーヒーがすべてステラの膝にこぼれて火傷をしました。

裁判に臨むステラ・リーベック
gdgdgd (3)

ステラは7日間の入院して皮膚移植手術し、その後2年間の通院が必要でした。
そこで、ステラとその家族は、「コーヒーの熱さは異常であり、この点について
マクドナルドは是正すべき義務がある」として、民事訴訟を起こしました。
裁判は紆余曲折ありましたが、結果的に、ステラは64万ドル(6500万円ほど)
の和解金を勝ち取ることができたんですね。

この判決には、消費者への注意喚起を怠ったという、企業に対する懲罰的な意味合いも
あります。これ以降、米国マクドナルドはコーヒーカップに「HOT! HOT! HOT!」と、
すべてのドライブ・スルー店舗には「Coffee, tea, and hot chocolate are VERY HOT!」
という注意書きをそれぞれ表示するようになり、スターバックスなどの同業者も追従して、
コーヒーカップや紙パックに注意書きを入れるようになりました。

gdgdgd (1)

このエピソードは、アメリカがいかに行き過ぎた訴訟社会であるかを表すものとして、
あちこちで語られるようになりました。ただ、馬鹿げた裁判が起きる要因は
複雑なんですよね。まず、よく言われるのは、アメリカには弁護士が多く、
その中には、全国的に名前が知れわたった「スター弁護士」がいるということです。

O・J・シンプソン
gdgdgd (2)

みなさんご存じないでしょうから、具体的な名前はあげませんが、彼らはまさに、
「白を黒にし、不可能を可能にする男たち」なんです。「O・J・シンプソン事件」
というのをご記憶でしょうか。上のステラの事件が起きたのと同じ1994年、
元プロフットボール選手で俳優のO・J・シンプソンが、
元妻とその友人の2人を殺害したとして訴えられたものです。

ここでシンプソンは、有名弁護士を何人も集めた「ドリームチーム」を雇い入れ、
状況証拠は圧倒的に不利で、しかも逃亡しているのにもかかわらず、
無罪を勝ちえることができました。このときの弁護費報酬は、
当時の日本円にして5億円以上だったと言われています。

無罪を勝ちえたシンプソンとドリームチーム
gdgdgd (2)

次に、要因の2つ目は、アメリカの裁判が陪審員制度であることですね。
上記のシンプソン事件では、シンプソンが黒人であったため、
人種問題が大きく取り上げられました。そこで、まず弁護団と検察側で、
陪審員の選定にをめぐっての最初の戦いがあり、弁護団は12人の陪審員のうち
9人を黒人にすることができたんです。これでもう勝ったも同然。

それから、3つ目の要因として、アメリカがディベート社会であることがあげられます。
相手を言い負かしたほうが勝ち、という意識が強いんです。シンプソン事件では、
「チューバッカ弁論」という手法が用いられました。これは、
「論点のすり替えを多用して聞き手を混乱させ、自分が望む結論へ誘導する弁論」
のことで、チューバッカは映画の『スターウォーズ』に登場する異星人です。

さて、日本ではまずこういった裁判は起きません。「訴訟沙汰」という
言葉がありますが、他人と裁判で争う自体が世間様に恥ずかしい、
という認識が日本社会にはあるでしょう。そうなる前に「和をもって
話し合いで解決」することが望ましいんですね。それにもし、日本でこの手の
訴訟を起こすと「お前、そんなに金欲しいのか!」とバッシングされます。

陪審員制度を描いた映画『12人の怒れる男』


また、日本は、貧富の差が大きくなったとはいえ、まだまだ中間層の多い、
均質な社会であると言えます。ですが、アメリカは違います。自分は
住んでいたことがあるんでわかるんですが、白人と黒人、ヒスパニック、東洋人・・
それに同じ白人でも富裕層と貧困層で、住んでいる場所が違いますし、
根深い対立意識があります。その中で闘う手段の一つが訴訟であり、裁判なんです。
ですから、アメリカでの「馬鹿げた訴訟」は、今後もあれこれ出てくると思われます。

さてさて、ということで、今回は「ステラ賞」の概要を説明しました。ただし、
「濡れた飼い猫を乾かそうとして電子レンジに入れ、死んだので家電会社を訴えた」
さすがにこれは都市伝説です。アメリカの電子レンジに「猫等を入れないで!」という
注意書きはなかったですよ。では、今回はこのへんで。

gdgdgd (1)





『ハムレット』と幽霊

2020.06.28 (Sun)
アーカイブ310

vfgg (4)
アフリカの部族

今回はこういうお題でいきます。『ハムレット』はもちろん、
イギリスの劇作家、ウィリアム・シェイクスピアによる悲劇の一つで、
「生きるべきか死ぬべきか・・・」というセリフで有名ですね。
ところで、これにしても『ロミオとジュリエット』なんかもそうですが、
現代の日本ではどのくらい読まれているものなんでしょう。

自分は家に文学全集があって、高校の頃に読んだんですが、
退屈だった記憶しかないですね。戯曲なので、劇として見れば
面白いのかもしれませんが、残念ながらその経験はありません。
あるいは、シェイクスピアの書くセリフは詩的・音楽的だ
とされる評もあるので、英語の原文で読み味わわないと

醍醐味は伝わらないのかもしれないですね。筋としては、
王子ハムレットが父王の死を留学先で聞いて帰国すると、
叔父のクローディアスが母と結婚して新王になっていた。
呆然とするハムレットは、死んだ父の亡霊に会い事件の真相を知る。

ウイリアム・シェイクスピア
vfgg (6)

これに宰相および、その息子と娘がからんだりしますが、
最終的にはハムレットは父の復讐を果たすものの、
主人公を含めてほぼすべての登場人物が死んでしまいます。
悲劇として徹底してるという感じです。

さて、作品をめぐる一つ目のエピソードですが、これはなかなか
興味深いもので、ローラ・ボハナンというアメリカ人の文化人類学者が
登場します。まず話の前段で、彼女はイギリス人の友人に、
「アメリカ人にはシェイクスピアは理解できないだろう」とからかわれ、

「物語の骨格には全人類に普遍的な要素が入っているから、
理解できないことはない」と反論します。彼女は友人から
ハムレットの本を贈られ、実地調査のために西アフリカに渡ります。
そこで、ある部族の中に入って過ごし、彼らから話を聞いたお礼として、
ハムレットを現地語に直して読み聞かせてやります。

煉獄(inferno)のイメージ
vfgg (1)

ところが、父王の幽霊が登場する場面になると、
「それは不可能だ」という野次が現地人から次々と起こりました。
彼らの部族では、肉体を離れた霊だけがこの世に現れて行動する
というのは、ありえないことと考えられていたんです。
死者の言葉が呪術師の口を借りて出てくることは可能でしたが、
霊が独自に行動することはできないとされていたんですね。

結局、この他にもいろいろな齟齬があり、彼女は上記の自身の
言葉のようには、アフリカ人に物語を理解させることは
できなかったんです。出来すぎの感もありますが、
なかなか貴重なエピソードです。こういうある地域や部族に
特有の死生観、霊の概念というのは、ネットの発達による

ローラ・ボハナン
vfgg (5)

情報社会の到来で、どんどん失われたり融合したりしてきています。
例えば、日本製の、いわゆるジャパニーズ・ホラー映画なんかも、
現代アメリカ人の霊魂観、幽霊観に影響を与えているようです。
(アメリカでは、例えば『呪怨』のように、幽霊が生きた人間に祟る
という考えは一般的ではなかった)

さてさて、2つ目のエピソードはハムレットの成立事情に
関することで、シェイクスピア自身も、父王の亡霊を物語に
登場させることに悩んでいました。これはキリスト教的な事情に
よるものです。カトリックの教義では、人間は死後、神の裁き
によって天国、地獄、煉獄のどれかに行くことになります。

基本的に、勝手にさまよい歩いている幽霊というのは存在しません。
このあたりはアフリカの部族と似たような理解なんですね。
そこで、父王の亡霊を物語の展開上どうしても登場させたかった
シェイクスピアは、悩んだあげく、父王は煉獄にいるということにしました。

ハムレットの前に現れる父王の亡霊
vfgg (2)

煉獄というのは、「神の恵みと神との親しい交わりとを保ったまま
死んで、永遠の救いは保証されているものの、
天国の喜びにあずかるために必要な聖性を得るため、
浄化の苦しみを受ける人々の状態」まあこんな感じのものです。

そのままでは天国に入れないので、毎日火に焼かれ、苦しみを
受けることで魂が浄化され、天国に入れるようになるわけです。
つまり煉獄の苦しみは、地獄のように永劫に続くものではないんですね。
ここで、シェイクスピアはアクロバチックなことを考えつきました。
父王の亡霊は煉獄の獄舎につながれているものの、

責め苦は昼だけであり、夜間は開放されるということにしたんです。
その間に幽霊として宮殿に戻ってきて、我が子ハムレットに
訴えかける。そして一番鶏が鳴くとともに帰っていくわけです。
この部分は英文学者による研究もありますので、
興味を持たれた方は検索してみてください。

イギリスの幽霊屋敷
vfgg (3)

ハムレットは1600年から1602年頃に書かれたとされますが、
この時期は、ヘンリー8世によるカトリック世界からの英国教会の
独立より50年ほど後のことです。ヘンリー8世がローマ法王に
破門されたのは、カトリックで禁じられている離婚問題のためで、
彼は6人の妻と結婚し、そのうち2人を冤罪をでっちあげて

処刑しています。これ以降、イギリスではカトリックの力は
弱まりました。ちなみに処刑場所であったロンドン塔には、
2番めの王妃アン・ブーリンの首なしの霊が出るとも言われますね。
このあたりの宗教文化的な混乱は、シェイクスピアが
ハムレットの父王の亡霊を作品に登場させることができた

要因の一つとしてあげることもできそうですし、
イギリス人が幽霊や幽霊屋敷に寛容なのも、あるいはそういった
影響かもしれません。このように、幽霊を一つの切り口として
世界の文化をのぞくと、いろいろ面白いものが見えてくるんですね。
では、今回はこのへんで。

vfgg (1)




白魔術と黒魔術、心霊術

2020.06.28 (Sun)
zdffz (2)
黒魔術のイメージ

今回はこういうお題でいきます。オカルト論です。
さて、みなさんは白魔術と黒魔術の違いはご存知でしょうか。
こういう質問をすると、それが行われる目的で答えられる方が
多いんですよね。白魔術は、善い目的のために使われるが、
黒魔術は他人を呪ったりする悪い目的で使用される。

ですがこれ、ある面では正しいんですが、完全な正解という
わけでもありません。ちなみに、ここでいう魔術とは、
あくまでも西欧キリスト教社会における概念です。
その他の地域で行われていた呪術、魔法については
別項で取り上げることにします。

現代で白魔術の護符とされるペンダント
zdffz (1)

キリスト教においては、すべての魔術が禁じられています。
そのことは旧約・新約のどちらの聖書にもはっきりと出てきます。
理由はおわかりだと思います。魔術が、キリスト教の唯一神以外を
力の源としているからですね。神の力によらないものは、
すべて邪悪とされてきました。

この時代が、ローマ帝国でのキリスト教国教化以来、ずっと長い間
続きます。これに変化が起きたのが12世紀頃。当ブログの読者の方なら
その理由もおわかりかと思います。11世紀から始まった、キリスト教の
聖地エルサレム奪還をめざす十字軍遠征です。
十字軍遠征は負け続けで成功したとは言い難いですが、

十字軍
zdffz (9)

ヨーロッパのキリスト教徒たちは、オリエントの地に保存され、
独自の発展をとげていた古代ギリシア・ローマ時代の叡智を
再発見します。アリストテレスの理論などがしっかりと研究されて
いたんですね。それはまだ科学という概念がない当時においては
驚異的なものでした。

ここから、非金属を金に変えることを目的とした錬金術、
占星術、医術などがヨーロッパにもたらされ、そしてルネッサンスの
時代へとつながっていくんです。みなさんはアルベルトゥス・マグヌス
という名前をご存知でしょうか。日本では有名ではありませんが、
西洋魔術史においてはきわめて重要な人物です。

アルベルトゥス・マグヌス
zdffz (4)

13世紀ドイツの神学者で、アリストテレス理論の研究家でも
あった彼は多数の著作を残していますが、その中で、
「自然魔術」という概念を提唱しています。これは現在で言う
科学のことであると自分は考えています。マグヌスは自ら錬金術の
実験を行い、はっきり金はできないと述べてるんですね。

また、同じ時代のフランスの司教ギレルムスも、魔術はすべて
否定されるべきではなく、自然の理に則って行われるものは
合法であるとしました。ここで、魔術は自然魔術と黒魔術に
分かれることになります。黒魔術は悪魔の力を借りて行われる
違法なものでした。

中世ヨーロッパの魔導書
zdffz (7)

こうして、自然魔術はヨーロッパ中世において大流行していき、
王侯貴族やキリスト教会の重鎮でも、自然魔術、錬金術を研究した
人物が知られてます。自然魔術の内容は多岐にわたり、花火、
地図作成、薬品や香水の製法、動物の品種改良、肉の焼き方、
果物の保存方法などなど・・・

ただ、自然魔術と黒魔術の境目ってあいまいですよね。
黒魔術は悪魔の力を借りて行われる邪悪なものですが、結果だけ
見れば自然魔術とそう違いがあるわけではありません。
そこで、ある人物を陥れるため、「やつは黒魔術を行っている」
という噂が流されることになります。

ヨハン・ファウスト
zdffz (6)

代表的な人物が、ゲーテの戯曲『ファウスト』のモデルになった
とされるヨハン・ファウストです。彼は各地を放浪して錬金術を
行いましたが、ドイツの宗教改革者マルティン・ルターから、
悪魔の力を借りて魔術を行っていると非難されています。
その死は、実験中の爆発によって五体がバラバラになるという
悲惨なものでしたが、人々は悪魔に魂を奪われたと噂しました。

さて、ここで話を変えて、カナダでは21世紀になっても魔術偽計罪という
法律がありました。悪魔の力を借りて魔術を行い、金をまき上げた罪
ということです。でも、さすがに現代の法律としてはそぐわないので、
ついに廃止されることになったんですが、廃止のわずか2日前、
ティファニー・ブッチという女性がこの罪で逮捕されます。

ティファニー・ブッチ容疑者
zdffz (5)

彼女は、支持者から「北の白い魔女」と呼ばれていて、
罪状は、呪いを解く引きかえに金銭を要求したことでした。
で、ティファニー容疑者は公判で、「自分は魔女ではなく、
霊能者、霊媒師である。魔女という呼び名は自分を陥れる
ためのもの」と主張したんですね。

たしかに、霊媒師と名のる人物はたくさんいて彼女と同じような
ことをやってるんですが、少なくとも魔術偽計罪で逮捕される
ことはないんです。(詐欺罪で逮捕されることはあります)
霊能力、心霊術は19世紀の心霊主義時代にできた新しい概念です。

アメリカの霊媒師を描いたテレビドラマ『ミディアム』
zdffz (3)

心霊主義については、過去記事で詳しく書いているのでふれませんが、
ダーウインの進化論発表以後、キリスト教から離れて、霊魂や
死後世界を科学でとらえようとする試みでした。多くの科学者が
心霊主義の実験に参加しましたが、そのほとんどは失敗に終わっています。

さてさて、お時間になりました。ここまでをまとめまると、
白魔術とは自然魔術のことであり、現代の科学によく似たものでした。
また、黒魔術は悪魔の力を借りて行われる反キリスト教の非合法なもの。
心霊術は、近代に出てきた非キリスト教の新しい考え方です。
よろしいでしょうか。では、今回はこのへんで。

zdffz (8)




「見れば死ぬ」画像の話

2020.06.27 (Sat)
あ、ども、松本って言いまして、今年からITの専門学校に
通ってます。プログラミング言語とか、そういうやつの勉強。
いや、あんま面白くないけど、就職には役立つだろうと思って。
それでね、趣味が怪談を聞くことなんです。いまほら、
怪談師って人がたくさん出てきて、youtubeに動画あげてるでしょ。
そういうのをヒマなときに聞いてるんです。え、暗いって?
まあね、仲間にもそう言われます。あんま理解してくれる人は
多くないっていうか、怪談って嫌いな人も多んですよね。
怖いから嫌だって言うならまだしも、最初からそんなの
全部作り話じゃないかって人もいます。え、俺ですか?
いや、半信半疑ってとこですね。

俺、0感だし、生まれてこのかた、幽霊ってのは見たことが
ないんです。けど、じゃあ絶対そういうものはいないかってと、
そうとも言い切れないですよね。それで、1週間くらい前、
ネット配信の怪談を聞いてたら、「見たら死ぬ画像」の話ってのを
やってたんです。ある画像がメールに添付されて送られてきて、
それ見た人がみな死んでしまうって内容の。
それって怖いですよね。メールの画像なんて、何気に開いちゃう
じゃないですか。なのに、それだけで死んじゃうなんて、
コロナウイルスよりタチ悪いと思いませんか。
それで・・・今考えればやめればよかったんだけど、
「見れば死ぬ画像」で画像検索してみたんですよ。そしたら、

ベクシンスキって人の絵がたくさん出てくるんですよね。
椅子の上に首のところに布を巻いた人形の首みたいなのを描いた
絵が出てきて、これを3回見たら死ぬっていう。けど、
俺からしたら子どもの落書きみたいで、あんまり怖くなかったんです。
で、ずらずらっと画像一覧を見てったら、一枚ね、
アレって思うのがあったんです。いや、そんなに怖い画像じゃなくて、
街灯で照らされた夜の坂道の真ん中に何かが立ってる。
その何かは、画像ソフトで強くぼかしをかけたみたいになってて、
はっきりとはわからないんです。人のようだけど、
もしかしたら石像みたいなのかもしれない、そんな感じの。
で、何でアレと思ったかっていうと、その場所、

心あたりがあったんです。俺の地元の市の墓地公園じゃないかって
思いました。市で運営してるやつで。うちの実家の墓も
そこにあるんです。だから盆やお彼岸に何度も行ってるんで。
そこはね、丘一つを造成してて、墓地が何区画にも分かれて
続いてるんです。道は一方通行で、山を登ってって下る。
その下りの途中なんじゃないかと。それで、画像が載ってる
ウエブページを開いてみたら、個人のブログだったんです。
管理人は鉄道関係が趣味の、いわゆる「鉄」の人みたいで、
自分で撮った列車の写真をのっけて解説してる。
でも、最終更新が2年前だったんです。で、その画像の載ってる
ページが最後になってて、「見れば死ぬという画像を入手しました。

 みなさんに何かあっては困るので、ボカしておきます」
これで終わってる。いや、気味悪いなあと思いましたよ。
それで更新が途絶えてるんだから、その画像見たせいでブログが
続けられなくなったのかも、って考えちゃうじゃないですか。
でね、その画像、保存したんです。そのときはちゃんとできました。
それからどうしたかって言うと、高校時代に仲良かった
ダチ3人にメールで送ったんです。「これ、見たら死ぬ画像って
 出てるんだけど、〇〇墓地公園じゃないか」って本文をつけて。
俺が高校を卒業したのって、つい去年のことですから、
まだそいつらとやり取りがあって、地元にいるやつとは
休みに帰ったときなんか遊んだりもしてたし。

あ、俺の学校がある市と地元は同じ県内で、電車で1時間くらい
なんです。で、翌日、3人ともから返信メールが来たけど、
何か変だったんですよ。まず2人は、画像が壊れてて開けないって
書いてて、そんなはずはないと思いました。自分とこの画像を見たら
問題なく開けたし。そんな単純な操作で壊れようがないですよね。
最後の一人はもっと変で、「お前いつこんな写真を撮ったんだ?
 俺、最近、〇〇墓地公園には行ってねえぞ」っていう。
わけわかんないので、夜に電話してみました。そしたら、
「確かにあそこの墓地公園で、坂道に立ってるのは俺だ。
 けど、俺んちの墓は寺にあるから、何年もそこには行ってない。
 なのに、写真の俺は最近買った服着てる。どういことだ」

・・・どういうって言われても、俺だってわかんないですよ。
それで、その画像をメールでそのまま送り返してもらったんです。
そしたら、開けないんですよ。いろんなアプリにかけてみたけど、
不適切な画像ですとか、壊れていますとか出てきて開けない。
もしかして、他の2人もそういう状態になってるんじゃないかと思いました。
これ、気になるでしょう。あのボケたもやもやが、何であいつには
自分に見えるのか。それでね、その3人に声をかけて、
その次の土曜日、実家に帰って墓地公園に行ってみようってことに
なったんです。3人とも地元で就職してたんで夜になりました。
ちょっとした肝試しって感じです。で・・・この3人、A、B、Cって
ことにしておきます。A・Bが画像が開けないって言ったやつで、

Cが自分が写ってるって言ったやつ。駅で待ち合わせてね、
着いたらさっそく、Cにスマホに入ってる俺が送った画像を見せてもらった
んですよ。そしたら、開けなかったんです。A・Bと同んなじ状態。
けど、Cは「ついさっきまで開けて、間違いなく俺だった」って言い張って。
でね、そのとき、俺の元画像も見せたんです。ぼかしがかかってるやつ。
Cはまじまじと見てましたが、「ほんとだボケてるな、けど・・・」
納得してない様子でした。Aが車で来てたんで、駅のコンビニで
食料を買い込んで墓地公園に向かいました。地方都市ですからね、
夜は車通りも少なくて、30分もかからず前まで来ました。
お参りしてる人がいる様子はなかったです。車の中でBに、
「ここ、お前んちの墓があるんだろ。拝んでいかないのか」
 
って聞かれたんだけど、線香とか買わなかったし、それはやめといたんです。
けっこうスピード出して丘の上まで行きました。そこは草地の広場になってて、
ドームみたいなのの中に平和の鐘ってのがあるんです。
下りはゆっくり、画像の場所を探しながら行ったんですが、
俺がスマホ見ながら、「もうちょい先だ」と言ったとき、「あああ!!」
急に運転してたAが叫んでブレーキを踏んだんです。ガコッという
衝撃があって何かを轢いた?? けど、車のウインドウからは何も
見えなかったです。「動物か何かか?」BがそうAに聞いたら、
「人が立ってた、轢いちまった」って呆然とした声出して。
「そんなはずはない」路肩に車を停めてみなで出てみました。けどね、
何もなかったです。道路に血とか落ちてるわけじゃないし、

車もどこも凹んだりしてない。でも、みなイヤーな気持ちになったんです。
それでね、早々にその場を離れて、街に出て酒飲んだんです。
・・・これで済めばよかったんだけど、そうはなりませんでした。
月曜の夜、連絡が入って、Cが急死したって言うんです。交通事故。
けど、場所はあの墓地公園じゃなくて、駅前のバスターミナルです。
入ってきたバスに、ふらふらと近づいたCが、自分から体を
投げ出すようにして車輪の前に倒れたって。だから
警察は自殺と見てるみたいだってBが教えてくれたんです。これ、
どういうことなんですか。Cは、見れば死ぬ画像を見たから死んだのか。
ものすごい気になるんです。だって俺、もう一度あの画像見たんです。
そしたら、墓地公園の坂に立ってるの俺だったんです。見ちゃったんですよ。

3回見れば死ぬ画像(笑)





骨董屋の始末の話

2020.06.27 (Sat)
アーカイブ309

昨年のことです。親父が亡くなったんです。で、その後に起きたことを話していきます。
ただ、こういうところで話をするのには慣れてないので、
前後関係なんかがおかしいところがあったら勘弁してください。
親父は、一人暮らしをしてたんです。母は、親父の大学の同窓生で、
学生結婚したんですが、もう14年前に乳がんで亡くなっています。
48歳の若さでした。で、親父は62歳でした。
ええ、まだ若いですよね。今は、定年延長してる会社も多いんで、
まだまだこれからって歳だと思ってたんですが・・・突然の心筋梗塞だったんです。
居間で夕食中に倒れたみたいです。発見してくださったのは、
親父と古くからつき合いのあるお客さんで、夜に会う約束があったんですね。
それが、店先で呼びかけても返事がない。けど、住居のほうでテレビがついてる音がする。

それで店から土間に入ってみたら、ガラス障子越しに親父が倒れてるのが見えて、
救急車を呼んでくださったんです。でも、そのときにはすでに事切れてたみたいで。
で、その搬送先の病院から、私ら兄弟に連絡が来まして。
はい、私と弟の2人兄弟です。2人とも結婚して家庭を持ってます。
その方のところには、葬式の前に弟とお礼にいきました。
そこで、親父の死の状況を教えていただきまして。
居間の奥にある仏壇におおいかぶさるようにして倒れてたそうです。
仏壇には、亡くなった母の位牌と遺影があったんです・・・
もちろん、その方はお葬式にも来てくださいましたよ。ああ、それで、
さっき店とか客って言いましたけど、親父は一人で骨董屋をやってたんです。
地方都市ですし、店構えもけっして大きくはないんですが、

親父一人が食っていくだけの収入は十分にあったみたいで、
私ら兄弟が親父に仕送りしたなんてことはありません。むしろ、私らの子ども、
親父から見れば孫ですが、その入学祝いとかで、ことあるたびにまとまった
お金をもらってたんです。それで・・・ここからは、
身内の恥になる話になってしまうんですが、親父には弟が一人いまして、
30代のときに、投資詐欺をやって長く刑務所に入ってたんです。
その後、出てきましたけど、何をして暮らしを立ててるのかはわかりません。
私らは一切つき合いを絶ってました。ただ・・・
親父のところにはちょくちょくやってきて、そのたびに小遣いをせびってたみたいでした。
はい、もちろん葬式にもやってきました。その通夜の席で、酒を飲んで暴れましてね。
肌脱ぎをして彫り物を見せたりもしました。

ええ、そんな程度の人間だったんです。私も弟も腹を立てましたし、
その他の親族も同様で、よほど殴ってやろうかとも思ったんですが、
どんな後ろ盾があるかもわかりませんしね、ぐでぐでに酔って立てなくなったところを、
タクシーに押し込んで帰してやったんですよ。
葬式が済んでから、弟と2人で親父の店に行って遺品整理をしました。
親父が倒れかかっていたってういう仏壇。その引き出しに、
貯金通帳と実印、それから鍵がいくつか入ってたんです。
貯金は全部で数百万ほどで、葬式代にしかならない額でした。
あと、店は借地だったんで値はつきません。すぐに賃貸契約を切る手続きをしました。
こう言いますと、まるで何の財産もないみたいですが、
そんなことはなかったんです。ええ、店にある骨董商品ですよ。

葬式のときに、親父が加入してた古物商組合のお仲間の方がたくさん来てくださいまして、
その代表の方から、「もしよろしければ、みなで手分けしてお店の品を引き取りましょう」
って申し出があったんです。私も弟も普通のサラリーマンで、
古物骨董を見る目なんてありませんし、店を継ごうとは考えていませんでした。
ですから、この申し出をありがたくお受けすることにしたんです。
その方の話では、「○○さんは金に糸目をつけず良い物を集めてなさったから、
 少なくとも3千万にはなるかと思います」ということだったんです。
それで、日を選んで組合の方々に来ていただき、店の品々を見てもらったんです。
店頭に並べてあるのは、ごく一部をのぞいて安いものばかりで、
高価な品は奥にある部屋の鍵つきケースに入ってました。
仏壇にあったのはその鍵です。それと、そのさらに奥に、蔵と呼べる一室があったんです。

はい、私も弟も親父のとこにはちょくちょく顔を出してましたから、
そういう部屋があることは知ってましたが、中に入ったことはありませんでした。
そこは鍵ではなくダイヤルロックになってまして、ええ、番号を書いた紙が、
やはり仏壇にあったんです。そこで私が先頭になって重い扉を開いてみると・・・
中は暗く、ブーンという音がしてました。空調設備が動いてたんですね。
スイッチを見つけて電灯をつけると、息を飲みました。畳の部屋でいうと6畳間くらいの
せまい空間でしたが、壁にたくさん古い絵がはりつけてあったんです。
「・・・曼荼羅だなあ」と、後から入ってきた組合の方の一人がおっしゃいました。
で、真ん中に屏風が立て回してあって、ガラスケースに入った骨董品が3つあったんです。
一つは、私には時代はわかりませんが、きれいな細工の鞘に入った脇差。
もう一つは、やはり古く、木肌が飴色になった大黒様の木彫。

3つ目は、縦長のケースに入った掛け軸で、描かれているのは、
赤子を抱いた観音様のような絵。後で教えてもらいましたが、隠れキリシタンの
マリア観音というものだそうです。これらを見たとき、また別の組合の方が、
「ああ、三すくみになってる・・・」ってつぶやかれたんです。
3つのものは、屏風の中で正三角形に配置され、その真ん中に小さい丸テーブルがあり、
上に手紙がのっていたんです。私が開封して読んでみました。
親父の字で、「これら三つの品は、形見分けとして弟に贈呈する。ただしそれには、
 次の2つの条件を守ること」こんなふうに書かれてて、条件というのは、
「この3つは同時にこの場所から搬出すること」
「売却してもかまわないが、その場合は3つすべて別の売り先に引き取ってもらうこと」
私には意味がわかりませんでした。組合代表の方に書いていた内容を告げると、

代表の方はゆっくり首を振って、「親父さん、その弟さんと仲がよくなかったんだろ。
 あの葬式で暴れた人が弟さんなんだよねえ」そう言われたんです。
それから、「これらの品は、私らの仲間では引き取れない。
 早速その弟さんを呼んで持ってってもらったらいい」こうつけ加えられました。
ためしに「これらって、どれほど価値のあるもんなんですか」って聞いて見ましたら、
「ざっと見ただけだけど、一つ数百万、掛け軸は一千万いくかもしれない・・・」
ということでした。でね、そんな高価なものをあの叔父に渡すのは癪ではあったんですが、
親父の遺言みたいなものですから、それから一週間後くらいに
連絡して来てもらったんです。話を聞いて叔父は大喜びでした。
「おお、兄貴のやつ、こんなものを俺に残してくれたのか。何、3つで2千万の値打ち?!
 そらありがたい。やっぱ持つべきものは兄弟だなあ」

嬉々としてガラスケースを緩衝材でくるんで、自分の古いベンツに積んでました。
そこで、親父が書き残した条件のことを言うと、「ああ、1つ目の条件はもう果たした。
 あとはあれだろ、この3つ、バラバラに売ればいいってことなんだろ」
これで、叔父との縁はすっぱり切れたと思ってたんですが、そうはなりませんでした。
叔父が入院したので、その保証人になってほしいって連絡が来たんです。
はい、叔父は服役したときに離婚して、身内がいなかったんです。
それで、見舞いに行った病院で、叔父はうつ伏せに寝かされて、
強い麻酔をかけられてる状態でした。もう30年も前に入れた背中の彫り物、
それが急に膿を吹いて腐りだし、激痛で暴れるので鎮静しているという医師の話でしたね。
それからほどなくして、一度も意識を取り戻すことなく、叔父は亡くなりました。
叔父の家には、あの3つの品は残ってなく、もう売りさばいてしまってたようでした。

それから・・・1ヶ月ほどして、骨董組合の方にお会いして、
こんな話を聞かせていただいたんです。「あの3つですね。・・・どれも大きな障りを
 まとったものばかりでした。まともな古物商なら絶対に手を出さない品ですよ。
 だから、買ったのは素人に毛の生えたような業者でしょ。あるいは質屋関係か何か。
 あれね、三すくみって誰かがあの場で言ってましたけど、毒をもって毒を制するというか、
 3つをあの形に配置することで、なんとか祟りが押さえられていたんですよ。
 親父さんはその手のことを研究してて、誰より詳しかったから。
 ・・・これは話していいかどうかわかりませんけど、あの弟さんね、
 親父さんは、自分が死んだ後にきっとあなたらに迷惑をかけるってわかってたんでしょう。
 それで、あの品々をわざと形見分けに残した。わたしらみんなひと目でそれが
 ピンときました。誰もあの場では口に出さなかったですけどね・・・」







火災を招く絵

2020.06.26 (Fri)
vdsvd (2)

今回はこういうお題でいきます。オカルト論になりますが、
この話、かなり有名ですので、オカルト好きのみなさんには
ご存知の方も多いと思います。さて、自分は、絵や彫刻など
美術系の芸術は、作者と鑑賞者の関係が直接的だと考えています。

どういうことかというと、音楽と比較してみればわかりやすい
でしょうか。音楽だったら、ある作曲家が曲をつくって
楽譜に残します。それを作曲家自身が演奏することも
あったでしょうが、多くの場合、オーケストラなどのプロが
演奏したものを観客が聞きます。

あるいはロックなどでも、ライブに行って聞く人の数は
たかがしれていて、多くの人はCDを買ったり、ネット配信で
聞いてますよね。作者からワンクッションあるわけです。
これに対し、美術品の場合は、美術館に行って見るにしても、
購入して自宅に飾るにしても、作品そのものに直にふれるわけです。

「泣く少年」には多くのバージョンがある
vdsvd (4)

ですから、絵画や彫刻、古美術品などもそうですが、より直接的な
影響を受けてしまう。まあ、とは言っても、絵画にも複製と
いうものがあります。ゴッホやルノアールなどの名画を買える人は
かぎられてますので、複製品を自宅に飾る。これからする話は、
そのことと少し関係があるんですね。

イギリスの話です。始まりは1980年代。ヨークシャー地方の
ある家が火事になりました。室内のものはほぼすべて燃えた
状態でしたが、その家に飾られていた一枚の絵だけが、
どういうわけかほぼ無傷の状態で残っているのが発見されます。

この絵、「泣く少年 The crying boy」と題されたもので、
特に怖いような絵柄ではありません。粗末な服を着た5歳以下と
思わる少年が涙を流している顔のアップ。作者は有名な画家ではなく、
ヴェネツイアに住む、イタリア人のブルーノ・アマディオ
という人が旅行者向けに売っていたシリーズ物です。



ここも注意すべき点で、シリーズ物ということは、「泣く少年」と
一口に言っても、複数の種類があることです。後の調査で、
65種類のバージョンがあることが確認されています。
で、この絵が60~70年代に百貨店で売り出され、たいへんに
イギリス人にうけたんですね。購入した家庭がひじょうに多かった。

もちろんそのほとんどは印刷された複製です。ちなみに、
この絵のイタリアでの題名は「ジプシーの少年」。
また、作者のアマディオ氏は1981年に亡くなっていますが、
不審な死というわけではないようです。

イギリスオカルトの発信源の一つである「ザ・サン」紙
vdsvd (1)

1985年、イギリスのタブロイド紙で、オカルトの中でも
エイリアン物を積極的に取り上げた紙面づくりをしている(笑)
「ザ・サン The Sun」が、この絵についての特集を組みました。
火災現場になぜか一枚の絵だけが焼け残っている。

1回だけなら、たまたまと考えられますが、同様のケースは
何十件も報告されていて、それらはみな同じ「泣く少年」の絵。
ある消防士は、自分が出動した火災現場で、なんと7回も
この絵が焼け残っているのを見たと証言しています。
で、サン紙がこの特集をした5日後、ボウトンという町にある

ブライアン・パークスさんの自宅が全焼。そして焼け跡から
無傷の「泣く少年」が発見され、大騒ぎになります。
サン紙編集部には、パニックを起こした読者から2000枚
以上の「泣く少年」が送りつけられ、消防署員立ち会いのもとに
焼却処分されているんです。

「ザ・サン」紙による焼却処分
vdsvd (3)

さて、ここからは種明かしですが、自分が考えたことではなく、
イギリス国営放送のBBCの検証です。建築研究所でスタッフが
この絵を燃やしてみたところ、絵はほとんど焼けず、
額縁が焦げただけにとどまったんですね。理由は、絵の
キャンバスには硬質繊維板という素材が使われており、

防炎処理が施されたようになっていて、燃えにくいことが判明
したんです。絵はインク印刷であって油絵ではない。
さらに、絵の入った額縁はヒモで壁に吊るされていることが多く、
まずそのヒモが焼き切れ、絵は下向きに床に落ちて炎から
守られやすくなる・・・だいたいこんな内容でした。

あと、向こうの火災は日本のイメージとはかなり違います。
日本の家屋の多くは木造なので、全焼だと外壁まで焼けてしまう
ケースが多いんですが、イギリスはレンガ造りの家がほとんどで、
内部は蒸し焼き状になっても、外までは火が及びにくいんですね。
家の中の場所の酸素の状態によって、燃え方も異なります。

BBCによる検証実験 youtubeに動画があります
vdsvd (6)

ここまでをまとめると、イギリス家庭で「泣く少年」と題される絵が
飾られている家はたくさんあり、絵が火事を呼んだというわけではない。
絵は燃えにくい素材でつくられている。また、火災時の条件からも、
絵が焼け残る可能性は高い。こういうことになりますか。

さてさて、ネットでは、この絵の話は完全に都市伝説化していて、
モデルの少年は、じつは「ファイアスターター」という超能力者で、
嫌がる少年を無理やりモデルにした画家はアトリエが火事になって
焼死。少年は10年後、交通事故で車が炎上して死亡・・・
まあ全部デマなんですが、これはこれで面白いなあと思います。
では、今回はこのへんで。

vdsvd (5)




日本における「王朝」

2020.06.25 (Thu)
 c  ddvfds (1)
紫式部らの作品は「王朝文学」と呼ばれる

今回はこういうお題でいきます。カテゴリは日本史ですね。
ただ、この内容はきわめて地味でツマラナイいものになると
思われますので、特に興味のない方はスルーされてください。
さて、「王朝」という語をネット辞書で引いてみると、

「同じ王家に属する帝王の系列。また、その王家が
支配している時期。例 ブルボン王朝」というふうに出てきます。
まあ、これでいいと思いますが「同じ王家に属する帝王の系列」
の部分の解釈が難しいですよね。同じ血統が世襲で
続いてなくても王朝と呼べるんでしょうか。

例えば、現在の北朝鮮の体制を「金氏王朝」と言ったりしますよね。
金日成、金正日、金正恩と3代にわたって権力が父子で
継承されています。ちなみに、金正日は長男でしたが
金正恩は三男です。うーん、これねえ、一つの血統が
ずっと続いていくのって、すごく難しいんです。

東アジアの歴史時代区分(部分)
 c  ddvfds (2)

側室の制度があった明治時代以前でも、ある家系が断絶の危機を迎え、
養子縁組をしてなんとかしのいだというケースは枚挙にいとまが
ありません。江戸時代の徳川家だって、御三家から養子をもらって
将軍にしています。現在の天皇家も継承の問題があり、宮家の復活、
女性、女系天皇を認めるなど、さまざまな形で議論されています。

さて、ここで少し話を変えて、中国の歴史時代区分には国号が
使われています。漢の時代、唐の時代、元の時代、明の時代といった
具合です。これらの国は、基本的に同姓の一族による世襲で
成り立っていました。それが易姓革命で入れ替わる。

初代神武天皇
 c  ddvfds (5)

ところが日本の場合、みなさんが学生時代に社会の授業で勉強した
ように、古墳時代、奈良時代、平安時代、鎌倉時代など、
各時代の特徴をとらえた区分になっていて、王朝ということは
特に意識されていません。この理由はおわかりのことと思います。

ずっと、天皇家は万世一系の建前できたからです。初代神武天皇以来、
今上陛下に至るまで、連綿と2000年以上一つの王朝が続いてきた。
常識的に考えればそんなはずはないんですが、太平洋戦争以前は、
これに異を唱えるのは不敬とされ、古代天皇の非実在論を
説いた津田左右吉氏は罪を受けました。

第10代崇神天皇
 c  ddvfds (2)

それが、敗戦により昭和天皇は人間宣言を行い、歴史研究にも
自由な空気が流れ込んできました。そうして、昭和23年、
江上波夫氏により「騎馬民族征服王朝説」が発表されます。ただしこの説、
すべては解釈の難しい状況証拠ばかりで、確実と言える根拠は
ありません。現代の史学では否定されることのほうが多いでしょう。

で、次に出されたのが、昭和27年に早稲田大学の水野祐氏が唱えた
「3王朝交替説」です。概略を説明すると、まず神武天皇から
第9代開化天皇までは架空の存在とします。日本の王朝は
第10代崇神天皇から始まった。神武天皇が「始馭天下之天皇
はつくにしらす すめらみこと」と呼ばれたのに対し、

水野祐氏
 c  ddvfds (1)

崇神天皇がやはり「御肇國天皇 はつくにしらす すめらみこと」と
記載されています。字は違いますが、どちらも初めて国を
開いた天皇という意味です。さらに、第15代応神天皇のときに
王朝交代があった。王都の地が、大和三輪山の麓から
大阪河内に変わっていますよね。これが第2王朝。

そして第26代継体天皇から今上陛下までを一つの王朝と見る
んです。もしこれが事実だとすれば、日本の皇室はそれでも
1500年以上の歴史を持ち、世界で一番古い王家ということに
なります。あと、水野氏は記紀の天皇の代数は認めていませんね。
半数以上は架空の存在と見ているようです。

第15代応神天皇
 c  ddvfds (4)

さて、ではこの説、現在の史学界での評価はどうなんでしょうか。
まず最初の、崇神天皇の王朝、もしあったとすれば3~4世紀ころの
ことと考えられますが、考古学的には、その時代に同一血統による
世襲があったとする証拠はありません。大王位は、有力豪族に
よる持ち回り制ではなかったかとする意見が強くなってきています。

それが、応神天皇になると、崇神天皇よりも実在性がぐっと
高まります。みなさんご存知のとおり、大阪には多数の巨大古墳が
あります。それらの被葬者が大きな権力を持っていたのは
間違いのないところですが、かといって、やはり大王たちの血が
つながっていたとする確証はありません。

第26代継体天皇
 c  ddvfds (3)

最大の問題は継体天皇のところでしょう。その前の武烈天皇の
記事が猛烈に怪しい。人の爪を抜いて山芋を掘らせたり、
髪の毛を抜いて高い木に登らせ伐り倒したり、水の流れる
樋に人を入れて、出てくるところを矛で刺して殺したりという
暴虐記事と呼ばれる、唖然とする内容が『日本書紀』に出てきます。

そうして、武烈天皇は子どもがないまま20歳前に亡くなってしまう。
困った臣下たちは、越前国にいた応神天皇の5世孫である
継体天皇を探し出し、大王位を継承するよう頼み込みます。ですが、
5世孫といえば血が薄まってもう他人も同然。

あの反逆者平将門だって桓武天皇の5世孫ですが、当時の朝廷では
誰も知りませんでした。武烈天皇に跡継ぎがいなかったとしても、
もっと血統の近い皇族はいくらもいたんじやないでしょうか。
このあたり、何から何までおかしいですよね。

さてさて、継体天皇は紆余曲折の末、仁賢天皇の娘である手白香皇女を
后とし入婿の形で天皇位につくことになります。自分は、武烈天皇は架空の
存在で、継体天皇がおそらく現天皇家の王朝の始まりと考えています。
継体天皇は治世に筑紫君磐井の乱もあり、実在性は高いと思いますが、
よくわからない点も多いんですよね。では、このへんで。

宮内庁の比定は間違っており、真の継体天皇陵ではないかとされる今城塚古墳
 c  ddvfds (6)




陰陽剣と光明皇后

2020.06.25 (Thu)
アーカイブ308

キャプチャ

今回も剣の話でいきたいと思います。まず、陰陽思想について説明します。
古代中国では、この世の始まりは混沌であったとされます。
Wikiには、「混沌の中から光に満ちた明るい澄んだ気、すなわち陽の気が
上昇して天となり、重く濁った暗黒の気、すなわち陰の気が下降して地となった。
この二気の働きによって万物の事象を理解し、
また将来までも予測しようというのが陰陽思想である。」
こう説明されています。

ここで注意しなくてはならないのは、ゾロアスター教のように、
陽が善、陰が悪というわけではないことです。
また、陽が優れていて、陰が劣っているということでもありません。
光があるところに必ず影ができるように、陰と陽の2つがあってこそ、
物事は完全になるのであり、陰と陽はたがいに補完する関係なわけです。

陽にあたるのは、「光・明・剛・火・夏・昼・動物・男」など。
また、陰は「闇・暗・柔・水・冬・夜・植物・女」などです。
陰陽2つの気が調和して、はじめて自然の秩序が保たれることになります。
陰陽は「太極」の図として象徴的に表されます。

太極図
へうしあおう (1)

さて、この陰陽思想は早くから日本に取り入れられ、
易(えき 占い)にもちいられました。安倍晴明などが活躍した陰陽道も、
もともとはここから来ているんですね。
で、剣の世界にも、陰陽思想はあるんです。

古代中国では、陰剣と陽剣がセットになっているものがいくつか知られていて、
「太阿(たいあ) ・龍泉(りゅうせん)」 「干将(かんしょう) ・莫耶(ばくや)」
の剣などがあります。陰陽剣はまた、雌剣、雄剣とも言います。
陰陽の剣は、お互いに呼びあい響きあうため、
2本そろって保管されるべきものです。

これは時代小説ですが、林不忘の書いた『丹下左膳』には、
「乾雲(けんうん)・坤竜(こんりゅう)」という2本の刀が出てきて、
セットで保管しておく分には問題ないが、ばらばらになると、
互いに求め合って血を呼ぶという設定になっていました。

干将莫耶の剣 イメージ


さて、話変わって、お題にある光明子とは光明皇后のことです。藤原氏の出身。
奈良の大仏開眼で有名な聖武天皇が皇太子の時代に結婚し、
やがて、王族以外での初めての皇后となります。仏教に深く帰依し、
貧しい人に施しをするための施設「悲田院」、医療施設である「施薬院」
を設置して、慈善を行ったことで知られていますね。

これは伝説でしょうが、光明皇后は、病人の治療のため法華寺に建てた
「からふろ」で、千人の民の汚れを拭うという願を立てました。
ところが、千人目は皮膚から膿を出すハンセン病者で、
皇后に膿を口で吸い出してくれるよう求めます。
意を決した皇后が病人の膿を口で吸い出すと、たちまち病人は、
光り輝く阿閦如来(あしゅくにょらい)の姿に変わったという話が残っています。

さて、この光明皇后が、756年、夫である聖武天皇の死後、
愛用の品や珍しい文物などを東大寺に奉献したのが、正倉院御物の始まりです。
日本の宝といえる品々が多数収められているのはご存知だと思います。
このときにつくられた、正倉院の御物の目録である「国家珍宝帳」には、
「除物」という付箋がつけられたものが7点あり、
後に、何らかの理由で正倉院から持ち出されたという意味です。

「国家珍宝帳」


これらは失われた宝なんですが、千数百年の間、一つも見つかりませんでした。
明治40年(1907年)になって、大仏の右膝下に掘られた穴から、
銀の壺、真珠などとともに、金銀でしつらえた2振りの見事な太刀が出土しました。
これがおそらく、正倉院から消えた聖武天皇の御物だと推測されたんですが、
当時は、はっきりした確証はなかったんですね。

金銀荘太刀 「陰寳剱」 「陽寳剱」


それが、2010年、補修のためのX線検査をしたところ、
剣の一本に「陰剱」、もう一本に「陽剱」という文字が刻まれていることがわかり、
聖武天皇の刀でまず間違いなしということになったわけです。
しかし、まだ謎が残ります。埋めたのは光明皇后でしょうが、
なぜ、いったん正倉院に収めたものを持ち出して、そうしたのか?

bdんsかいうえ

聖武天皇が亡くなって2年後、光明皇后は体調を崩し、
さらにその2年後に、60歳で病没するんですが、これを埋めた頃には、
おそらく自分の死期を悟っていたんだろうと思われます。
陽剣を夫の聖武天皇、陰剣を自分とみなし、なるべく大仏の近くにあって、
ともに成仏することを願ったのではないかと考えられます。

もう一つ、聖武天皇の死後、すぐに皇位継承をめぐって橘奈良麻呂の変が起き、
聖武天皇の跡を継いだ娘の孝謙天皇には、子どもがいませんでした。
これも、光明皇后にとって、たいへん気がかりだったことでしょう。
この後、さらに世が乱れることを予測し、大仏の膝下で、
自ら国の護りになろうと考えたのかもしれません。

光明皇后が平城京に設けたとされる悲田院の蒸し風呂


さてさて、この光明皇后の心配は的中し、皇后の死後、藤原氏の権勢は
かげりをみせ始め、孝謙天皇は、一介の祈祷僧 道鏡にたぶらかされ、
それを排除しようとして、藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱が起きることになります。
そしてその過程で、文武、聖武と続いた天武系の血筋は絶えてしまうんですね。

ということで、大仏殿から出土した陰陽剣は、
これだけの歴史をわれわれに物語ってくれます。
映画評論家の水野晴郎氏ではありませんが、考古学って面白いなあと思います。
では、今回はこのへんで。

聖武天皇と光明皇后
がなhしあう






橋桁の話

2020.06.24 (Wed)
あ、どうもこんばんわ。自分、増田と言いまして、塾の講師を
してます。これから話すのは、僕が小学校4年のときのことだから、
今からちょうど15年前になります。うちの実家は、
父親が県の団体職員で転勤が多かったんです。といっても、
4年か5年に一度だったし、県職員だから県内だけでした。
ですから、僕が小中学校のとき2回転校してます。
それで小学校4年のときですね、海に近いところの、人口10万人
くらいの市に移りました。それが初めての転校だったんで、
学校になじむまで時間がかかりましたよ。あと、通学距離も
長かったです。前の学校は、朝は集団登校だったんですが、
そこはそんなことはやってなくて、一人で通学してました。

でね、途中、橋を通るんです。大きな橋じゃなく、50mくらいかな。
どこにでもあるような橋で、下を流れる川の幅は20mくらい
だったろうと思います。名前は横森橋って言いました。
そこらへんの地名が横森だからです。そんなに交通量の多いとこじゃ
なかったけど、朝夕はそれなりに車通りはありました。
川の水はいつも濁ってて深さはわからなかったです。
学校への行き帰りは橋の歩道を通るんですが、欄干の隙間から下の川を
見ることが多かったんです。でも、魚が泳いでるのは一度も
見かけませんでした。で、そのうちに気がついたことがあったんです。
橋桁のことです。川の中に入ってる橋桁は2本でしたが、そのうちの
学校に近いほうにだけ、たくさんゴミが引っかかってる。

こう言うと、川の流れのせいだろうと思われるでしょうが、
僕が見たかぎりでは違いがあるとは思えなかったんです。それなのに、
片方だけたくさんのゴミが取りまいてる。ゴミは木の枝とか
草のかたまり、ビニール袋など様々でした。でね、その中に、
ときどき動物の死体が浮いてたりしたんです。犬、猫、あとは
たぶん鯉だと思うけど、大きな魚とか。汚いし気持ち悪いんだけど、
なんとなく気になって、学校の帰りは毎日見てたと思います。
で、新しい学校にもやっと慣れてきた1ヶ月後くらいのとき、
下校時に橋を通ったら、その橋桁の上の歩道から、下を見てる子が
いたんです。その顔に見覚えがあって、僕と同じ4年生の、
別のクラスの男子だと思いました。でね、その横に行って

立ち止まったんです。後で聞いたんですけど、その子、名前は
山本って言いました。「何見てるの」と聞くと、やっと僕のことに
気がついたみたいで、「ああ、あの橋桁だよ。死んだ亀がいる」
見ると確かに、腹を上にしたかなり大きな亀が、橋桁のまわりを
浮き沈みしながら、ゆっくりと回ってたんです。まあ、川の
水流がぶつかるわけだから、回るのは不思議はないんだけど、
山本くんは、「今、引き込まれるから見てろ」って言いました。
意味がわからなかったんですが、黙って見ていると、
流れに乗って浮き上がったときに、グンという感じで沈んで
いったんです。それっきり浮いてはきませんでした。
まるで何かが下にいて、引きずり込んだようにも見えたんですね。

その後、山本くんと連れ立って帰ったんですが、話をすると、
家が近くだということがわかりました。数百mくらいの距離。
それとあの橋桁の話も聞いたんです。なんでも山本くんが小2のとき、
まだ小学校前の幼児の遺体が、その橋桁付近で発見され、
けっこうな騒ぎになったそうなんです。「どうやら川の上流で
 親とキャンプに来てるときに流されたみたいだけど、
 さっき見たあの亀と同じように橋桁のまわりを回ってたらしいよ。
 俺、あの橋桁のとこの水の中には何かいるんじゃないかと
 思うんだ」こんな話をしました。「何かって、魚とか?」
「違うと思う。うまく言えないけど、もっと怖いもの」
「怖いもの・・・」 「明日、帰りいっしょに帰ろう。

 ちょっと実験してみせるから」それで、授業が終わってから
待ち合わせ、いっしょに橋まで来たんです。相変わらず川は濁ってて、
橋桁は片方だけゴミだらけ。山本くんはランドセルを下ろすと、
中から食パンを取り出しました。その日給食に出たやつです。
で、「俺、パン嫌いだからちょうどよかった」そう言って、
1枚を半分にちぎって川に落としたんです。けど、それは
橋桁の根元からは離れたところで、そのまま見えなくなりました。
「難しいな」山本くんは少し位置を変え、もう半分を落とすと、
今度は橋桁のコンクリにあたってゴミの中に落ち、いっしょに
回ってましたが、グッと沈み、それからポーンと跳ね上がったんです。
はい、水面の上1mくらいまで。でも、そんなことありえないですよね。

「ほらな、あそこにいるやつ、パンじゃ気に入らないんだ。
 たぶんだけど、肉じゃないとダメなんだよ」でも、こう聞いても
半信半疑でした。さすがに小4くらいになれば、河童とか
そういうものはマンガの中だけだってわかりますよね。
それから、山本くんとは親友になって毎日いっしょに遊んだし、
家どうしも知り合いになったんです。で、その年度が終わり、2人で、
5年生は同じクラスになれればいいなって話をしてたんですが・・・
春休み中に集中豪雨があったんです。まる2日くらい激しい雨が続き、
いつも通る橋の川もすごく水位が上がりました。避難勧告とかは
出なかったけど、僕らの学校は臨時休校になったんです。
その休みの日、山本くんが行方不明になったんです。

両親はずっと家にいると思ってたのが、夕食に下りてこない。
2階の部屋には誰もいない。外は大雨。夜の8時を過ぎても戻らず、
警察に連絡したんです。うちにも電話がかかってきました。
それで・・・雨がやんで2日後、山本くんが水死体で見つかったんです。
こう言うと、あの橋桁のとこだと思うでしょうが、そうじゃなく、
自宅近くの側溝の中です。ふだんなら10cmも水が溜まってない
ような中に、うつ伏せになって足だけが見えた・・・
はい、葬式には行きました。あんなに泣いたのは生まれて初めて
だったと思います。でね、その翌日の学校帰り、橋の上から
橋桁を見下ろしてました。相変わらずゴミが渦巻いてて、ああ、
山本くんとここで最初に知り合ったんだよな、そう考えてたとき、

「ボク、どうしたんだい」と後ろから声をかけられました。ふり向くと、
ミニバイクに乗ったお坊さんが、笑顔で路肩に停まってたんです。
「川を見てたんです」そう言うと、「ふうん」そう言って、バイクの
スタンドを立てて歩道に上がってきました。それから川を見下ろし、
少し考えるような様子で「ああ、この下の橋桁、悪いものがいるかなあ」
そう言ったんです。びっくりしました。山本くんが言ってたのと
同じだったから。それで、そのお坊さんにこれまであったことを
話したんです。お坊さんは真剣な様子で聞いてましたが、
「ああ、小さい子どもが流されて見つかったのは覚えてる。
 ここだったのか」そう言い、バイクに戻って荷台から何か印刷された
紙束を出してきました。「うちのお寺のパンフレットだよ、

 お経の説明なんかも書いてある。ちよっとゴミを増やすことになるけど」
と、そのうちの一枚をくしゃくしゃに丸め、まだ水位の高い橋桁のゴミの
上に落としたんです。そしたら、落ちた周囲のゴミがかなり広く割れて
水面が見えたんです。数秒して、何かが浮き上がってきました。
四角いものでした。1辺が1mくらいある半透明で、乳白色のゼリー
みたいな。それが半分近く水面から出てぶるぶると震え、ぐるんと
回転してまた沈みました。「あれ、何ですか?」僕が聞くとお坊さんは、
「わからない、けど、さっき言ったように悪いものだ。生き物の死を
 呼ぶもの」それから僕の頭をなで、「友だち、山本くんだったか、
 残念だったな。あれはうちのお寺でしっかり供養するから、もう
 かかわっちゃいけない。家に帰りなさい」そう言われたんです。

キャプチャ
 




悪魔学「サバトと黒ミサ」

2020.06.23 (Tue)
zvz (1)
黒ミサの様子

今回はこういうお題でいきます。けっこう専門的な内容に
なるかもしれません。さて、みなさんは悪魔的な集会である
「サバト」と「黒ミサ」の違いはご存知でしょうか。まず、
サバトは英語で sabbath 、「アイアンマン」などのヒット曲を持つ
イギリスのロックグループ、ブラック・サバスが有名ですね。

一方、黒ミサは英語で black mass です。どっから話して
いきましょうか。最も重要なことは、サバトは実体がなかったと
考えられるのに対し、黒ミサのほうは確たる実体があったことです。
また、行われたとされる時代が違いますし、
参加した者の層も異なっています。

サバトのほうから話を進めます。ヨーロッパでは、392年に
ローマ帝国のテオドシウス帝が、アタナシウス派キリスト教を国教とし、
それ以外の宗教、宗派を禁止しました。伝統的なローマ神話の神々や
ミトラ教の太陽神信仰なども信じることを禁じられたんですね。

箒に乗ってサバトへ行く魔女
zvz (2)

ここからキリスト教はヨーロッパ各地に広まっていくわけですが、
その進度に違いがあり、島国であったイギリスなどは受容が遅れました。
当然ながら、各地域にはそれまで信じられてきた土着的な宗教があり、
キリスト教と土着宗教が併存する時代が長く続いたんです。

日本でも、昭和30年代ころまでは各地に拝み屋と呼ばれる
存在がいて、失せ物探しや冠婚葬祭の吉凶の占い、
子どもの疳の虫をとるなどの医療的行為が行われていました。
これは神道とも仏教ともつかない土着的なものでしたが、
ヨーロッパもまた同じだったんです。

サバトで悪魔に奉仕する人々
zvz (6)

例えば薬草の知識を持つ老婆が、人々の求めに応じて煎じたり、
ときには堕胎のための薬を処方するなどのこともあったようです。
ところが、中世となった14,15世紀、そのような人々は
魔女であり、悪魔の配下となってキリスト教に敵対する者で
あるとされ、悪名高い異端審問、魔女狩りが始まったんですね。

そこでサバトは、夜中に魔女が集まる集会であり、魔女は各地から
箒に乗ってやってくる。サバトには悪魔が来臨し、魔女たちは
悪魔に奉仕し、乱交が始まる・・・しかし、現実的に考えれば、
そんなことがあるはずがないですよね。ですから、現在では、
サバトは異端審問官や神学者らによってでっちあげられた

ものであるとする意見が定説となっています。
魔女狩りでは、15~18世紀の全ヨーロッパで推定4万人から
6万人の無実の人が処刑されたと考えられており、
無知による社会不安から発生した集団ヒステリー現象
であるとともに、キリスト教の黒歴史になっています。

ルイ14世
zvz (1)

さて、次に黒ミサのほうですが、こちらははっきりした実体が
あります。主に17世紀のフランス、ルイ14世の治世下で
始まったと考えられています。この時代のフランスは王権が
強力であり、社交界は乱れきって毒殺事件が多発していました。

ラ・ヴォワザンという女性をご存知でしょうか。日本ではあまり
知られてはいませんが、オカルト史に残る恐ろしい人物です。
17世紀の黒魔術師で、パリに毒薬製造・販売の店を持っていました。
彼女の店には上流階級の名士が多数出入りし、ヴォワザンは毒薬を
販売するとともに、黒ミサを主催したんです。

悪名高い毒殺者、黒魔術師ラ・ヴォワザン
zvz (3)

黒ミサはその名前のとおり、キリスト教のミサのパロデイというか
冒涜する要素を持ち、悪魔を降臨させるとして嬰児を生贄に捧げました。
1679年、ヴォワザンはついに告発され、360人もの黒ミサの
参加者が逮捕されたんですが、その中にキリスト教会関係者、
上級貴族が多数混じっており、実体が明らかになるにつれ、

ルイ14世を愕然とさせました。例えば、ルイ14世の愛妾であった
モンテスパン侯爵夫人などです。モンテスパン侯爵夫人は黒ミサで
全裸で祭壇に横たわり、その上に生贄の血がかけられたとされます。
醜聞が明らかになるのを怖れた王は捜査の中断を命じ、
書類はすべて焼き払われることになりました。

水責めの拷問で毒殺を自白させられるド・ブランヴィリエ侯爵夫人
zvz (4)

この黒ミサ事件で、数千人の嬰児が生贄になったという話もあるんです。
首謀者であったヴォワザンは火刑に処されましたが、その際、
公衆の面前での自らの罪の告白と、神と王に対しての
謝罪を命じられたものの、これを毅然とした態度で拒否し、
じつに堂々とした様子で火あぶりになったと記録に残されています。

また、この当時、フランスでは毒殺事件が横行しており、
連続毒殺犯であるド・ブランヴィリエ侯爵夫人が有名ですが、
それを捜査したパリ警視総監のドーブレでさえ、妻によって
毒殺されてるんです。このあたりの上流階級の乱れが、
100年後のフランス革命につながったと見ることもできるでしょう。

魔術師アレイスター・クロウリー
zvz (5)

さてさて、ということで、サバトと黒ミサの違いをざっと見てきました。
最初に書いたように、サバトはキリスト教会のでっちあげですが、
黒ミサは現実に起きた事件です。この後、実際に生贄殺人が行われる
ことは少なくなりましたが、19世紀以降、多くの作家や芸術家が
秘密結社をつくって黒ミサを実行しています。

黒ミサの要素は、近代魔術や欧米の各地でのヒッピームーブメントや
カルト組織の祭儀に取り入れられ、麻薬などが使用され、
20世紀最大の魔術師と言われるアレイスター・クロウリーも
儀式として行っています。また、多くの小説や映画でも
取り上げられていますね。では、今回はこのへんで。

zvz (7)




プロレスをやった話

2020.06.23 (Tue)
アーカイブ307

今回は、オカルトとはまったく関係ない、自分の昔の思い出話ですので、
プロレスに興味ない方はスルーされたほうがいいかと思います。
前に、「プロレスと移動カーニバル」という記事を書きまして、
その後、仲間から「お前なんでそんなに詳しいんだ」と聞かれたんですね。

関連記事 『プロレスと移動カーニバル』

これ、じつは、自分はアメリカにいたときに、アルバイトでプロレスラーを
やったことがあるからです。そのときの話をしようと思うんですが、
もしかしたら、いまだに何か差し障りがあるかもしれませんので、
時期と場所はボカして書かせていただきます。

自分が20代の半ば頃ですね。アメリカの中西部にいたんですが、
ずっと柔道をやっていたので、体を動かしたくなりまして。
でも、球技はできないし、柔道ができる道場とかは近くになかったんで、
ウエイトトレーニングを中心とした総合的なジムに通うことにしました。

そこにはリングやサンドバッグもあって、プロのボクサーやアマレスラーが
通ってきてました。自分はアマレスラーの人たちとスパーリングをやるように
なったんですが、オリンピックのルールとは違うアメリカ特有のルールでした。
柔道の支釣込足という技をかけると、相手は面白いように吹っ飛びましたが、
それは反則だと言われましたね。

で、そのうち、夜の8時頃にジムで特別クラスをやっていて、
元プロレスラーの人が、ジム会費とは別にお金を取って、新人レスラーを
デビューさせるための、いわゆる「プロレス学校」を開いていることを聞いて、
がぜん興味を持ったんですね。ただ、月謝が高かったので、
最初のうちは、自分は見学させてくれと言って参加したんです。

そこで、まず最初に口止めをされまして、その後、受身とかロープワーク、
プロレスの基本的な動きを教えてもらいました。自分は柔道歴が
長いので、受身は簡単でしたが、ロープは上手にあたらないと、
かなり痛かったです。で、どうせ自分はプロレスラーにはならないんだから、
一通りやったら辞めようと思ってたのが、デビューしないかって話をされたんです。

面白そうなので、やりたいと言いましたが、無理だとも思いました。一番のネックは、
自分は学生ビザで滞在していて、州のコミッションからプロレスラーのライセンス
が下りないだろうと考えたんです。あと、自分は体が小さいし(当時90kgないくらい)
顔とかも特徴があるわけでもないし。ところが、2週間くらいして、
現地のプロモーターに紹介され、ライセンスは心配ないと言われ、

それから1月後に、地元開催の興行でデビューしたんです。
ただし、本物のプロレスラーではなく、あくまでもアルバイトレスラーです。
向こうの隠語でジョバー(jobber)と言うんですが、そのテリトリーに
初めて入ってきた選手を引きたたせるために、一方的に負ける
役目なんです。たしか30数戦やって、1回も勝ってません。

自分から技をかけることはほとんどなく、相手の攻撃を一方的に受けて、
3分ほどで負けるんですね。だから、相手が強く見えるよう、
体が小さいほうがいいわけです。ポジションはヒール(悪役)なんですが、
相手に塩をかけるとか、日本人悪役みたいなことはやらされませんでした。

たしか水曜日に、週1回、地元のホールでプロレス開催があり、
そのときだけ自分は出ていました。本物のプロレスラーは、
あちこちの会場をサーキットして回っていて、車で長距離を
移動するので、レスラーの交通事故ってすごく多いんです。
それで亡くなったり、大ケガをして引退になったレスラーも多数います。

あとは、TVマッチというのがありました。これは、日本の「新日本プロレス」
などの番組とはまったく違っていて、基本的には興行の宣伝です。
その興行に出るスター選手が、対戦相手をえんえんとののしる
インタビューが中心で、スタジオで観客なしでやる試合は、
自分のようなジョバーが、やはり一方的に負ける内容でしたね。

番組を見てるのは現地のプロレスマニアだけで、
面白そうだと思ったら、会場に足を運ぶわけです。あくまで興行が中心。
で、プロレスをやってみて最も難しかったのは、体の動きではなく、
声と表情ですね。ずっと声を出して動いてますし、やられたら痛そうな
悲鳴を上げます。柔道の試合では、そういうことはありません。

顔も、悲痛な表情や憎々しい表情をつくらなくてはならず、
これは鏡を見て練習しました(笑)。相手の腕をつかんだりしてるときでも、
力は全然入ってないんです。卵の殻をつかむようにそっと、と教えられました。
でも、顔はさも力を込めているようにこさえなくちゃならない。

あとそうですね、自分はどうせ負けるだけでしたが、
ごく簡単な打ち合わせはありました。「この技を出したら負けてくれ」みたいな。
細かいことはいろいろあります。チョップを打つときは寸前で手首を返して、
手のひらが相手の胸にあたって音を出すようにするとか、エルボーを打つときは、
同時にマットを足で踏み鳴らすとか、倒れて起きるときは右肩からとか。

ギャラは週に150ドルだったはずで、当時のレートで2万円くらい。
自分には貴重な収入で、実働時間は1日3分なので、いいバイトでした。
こう書いてみると懐かしいですね。そこのテリトリーは、WWEの攻勢のときに崩壊し、
今はないはずです。プロレス好きはペイパービューで見てるんでしょう。

さてさて、こんな話、面白いですかね。レスラーは8ヶ月くらいやりました。
で、このこととはまったく別の問題があって、自分はずっとアメリカに
入国できなくなってるんです。もう一度、現地を訪れてみたいんですが、
いったんブラックリストに載ってしまうと、アメリカはすごく厳しいので、
一生無理かもしれません。では、今回はこのへんで。







悪魔学入門「ベルゼブブ」

2020.06.22 (Mon)


今回はこういうお題でいきます。さて、みなさんは悪魔ベルゼブブ
と聞くと何を思い浮かべられるでしょうか。自分は、
ウィリアム・ゴールディングの小説で、映画にもなった『蝿の王』
ですね。ジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記』は、児童文学として
みなさんも読まれた方が多いんじゃないかと思いますが、

その裏版とも言われてるんです。大戦中、疎開地へ向かう飛行機が
墜落し、乗員の少年たちは南太平洋の無人島に置き去りにされます。
少年たちは規則を作り、協力して生きのびようとしますが、やがて
派閥ができて争いが始まり、殺し合いにまで発展していきます。

純真な少年たちの物語ではなく、人間の持つ醜い本能的な面を
わざと強調して描いた内容なんです。題名になっている「蝿の王」とは、
少年たちに屠殺された、蝿の群がる豚の生首のことであり、
また悪魔ベルゼブブを表してもいるんです。この作品に影響を
受けたことを表明している作家やアーティストがたくさんいます。

映画『蝿の王』


さて、ベルゼブブはヘブライ語で、「蝿の王」あるいは「糞の王」
とされ、きわめて不潔なイメージがあります。悪魔としての姿は、
翅にドクロの印を持つ巨大な蝿として表されることが多いです。
以前の記事で、悪魔には大きく2つのでき方があり、
一つは堕天使、一つは異教の神を貶めたものと述べましたが、

ベルゼブブは後者で、カナン(地中海とヨルダン川・死海にはさまれた
地域一帯)で広く信仰されていた嵐と慈雨の神バアルのことでした。
姿も蝿とはまったく関係がなく、棍棒と稲妻の象徴である槍を持つ
人間の戦士の姿で表されることが多いようです。

本来のバアル神


その歴史は長く、今から4000年も前の文献に名前が登場します。
古い古い神なんですね。ただ、キリスト教の前身と言える
ユダヤ教の神とは対立しており、『旧約聖書』には、バアル神の
預言者が、ユダヤ教の預言者に雨乞いの儀式で負けた話が
出てきます。この当時からすでに邪神視が始まっていたようです。

それが、キリスト教が隆盛して、ついに悪魔とみなされるように
なりました。ベルゼブブの名前の由来は、バアル神の尊称である
「バアル・ゼブル」(気高き主人)だったのが、ユダヤ教の
ヘブライ人たちにより、語呂合わせで「バアル・ゼブブ」(蝿の主人)
と蔑んで呼ばれたところからきています。

バアル神は牛の姿で表されることも多く、赤子を生贄にしていたという説も
キャプチャ

では、悪魔化されたベルゼブブはどんな属性を持っているんでしょうか。
地獄においては、サタン(ルシファー)の次に罪深く、
権力と邪悪さでもサタンにつぐとされ、実力ではサタンをしのぐ
とまで言われます。つまり魔王のNo,2ということですね。

ベルゼブブを怒らせると炎を吐き、狼のように吼えるとされ、
蝿騎士団という騎士団をつくって神の軍勢との戦いに備えているという
話もあります。あまりに強力なので人間が召喚するのは不可能。
もし召喚したら、あっという間に破滅させられてしまうでしょう。

『新約聖書』では、イエスが奇跡を起こして病人を癒やしたのに対し、
ユダヤ教の人が「ベルゼブブの力で治したに違いない」と非難します。
イエスはこれに、「どんな国でも、内乱が起こればその国は成り立たない」
と返したという逸話が出てきます。意味がわかりにくいですが、
内乱というのは、悪魔の力を借りて何かを行うということでしょう。

奇跡を起こすイエス・キリスト
キャプチャfghmghnnh

さて、ここからは「ランの奇跡」の話をしていきます。日本では      
あまり知られていませんが、まさに悪魔憑きの話なんです。
16世紀、フランス北西部の都市ランにベルゼブブが実際に現れた
とされ、フランス国王の命令で事件の記録が残されました。

だいたいこんな経緯です。ランの町のニコール・オブリーという女性が
16歳のとき、一人で墓参りをしていると、「煉獄で苦しんでいるので
聖地を巡礼して欲しい」と、亡くなった祖父の声が聞こえました。
煉獄とは、罪を犯した人が天国に行けるよう業火で焼かれて
罪を清める場所です。1565年のことでした。

ベルゼブブとニコール
キャプチャzh

ニコールの両親は、娘の奇行と痙攣で異変に気づき、修道士に
相談しますが解決せず、修道士はニコールを教会に連れて行きます。
翌1566年、ランのジョン・ルボー司教が祈ると、ニコールに
とり憑いているのはベルゼブブであることが判明します。
大評判となり、ニコールがラン大聖堂に運ばれるときには行列ができ、

それからは、毎日2000人もの見物人が詰めかけたそうです。
すると、ニコールが口を開いていないのに男の声がし、見物人たちの
秘密をつぎつぎと暴露していきます。ニコールの体に針を刺して
悪魔を追い出そうとしても、ベルゼブブは体の中を逃げ回り、
またニコールは針の痛みを感じず、体が宙に浮いたりしました。

ここでのベルゼブブは牛のような姿
キャプチャbfbxbv

このときの悪魔祓いでベルゼブブはいちおう去ります。結婚していた
ニコールはこの年、男の子を出産し、ベルゼブブとの子どもと
推測されてニベルコルと名づけられます。この子がどうなったかは
よくわかっていません。さらに10年後の1577年、ベルゼブブはまた
ニコールにとり憑き、ニコールは失明してしまいます。

さてさて、この話、教会が仕組んだヤラセだったとする意見が
あるんですね。宗教改革の嵐が吹き荒れ、教会の権威が
地に堕ちていた時期ですので、その回復をねらった演出であった
とする説が出されていて、自分も、それは十分にありえるだろうと
考えます。では、今回はこのへんで。








轢いた話

2020.06.22 (Mon)
こんばんは、山本ともうしまして、主婦をしております。
これからお話するのは、今月の3日の夜にあったことです。
私の主人は、ある公団に勤めているんですが、先月、
勤務中に吐血して倒れたんです。大きなプロジェクトに
関わっておりまして、無理が重なったようです。
救急搬送された先の病院で、出血性胃潰瘍と診断されました。
幸いなことに、開腹手術ではなく内視鏡で出血を止めていただき、
そのまま長期入院になったんです。はい、大変驚きましたが、
連絡を受けてすぐに病院に駆けつけました。そこは国立系の
病院でしたので、付き添いなどは認められず、でも、
ほぼ毎日、一人息子を連れて見舞いに行っていました。

それで、入院して2週間ほど過ぎ、輸血などの治療の結果、
症状も落ち着いて退院が見えてきたんです。その日も、息子と
夕方の6時から見舞いに行っており、8時前に病院を出ました。
息子は5歳の幼稚園児です。自宅から病院までは車で30分ほど、
病院は郊外にあり、帰宅ラッシュ時でしたが、あまり使われない
道のため、他の車はほとんどありませんでした。
両側にまだ田んぼが残るそのせまい道を走っていると、
車の前に急に白い小さなものが飛び出してきたんです。
何だかわかりませんでしたが、大きさから人ではないと
そのときは思ったんです。とっさに急ブレーキを踏んだものの、
車の前部にゴッという小さな衝撃があったのを覚えてます。

車は軽なんですが、路肩に停めて外に出てみました。
道には何もなかったです。けど、何かを轢いたのは間違いないと
思い、周辺をよく探してみました。そしたら、道から田んぼに
降りる土手の下の用水路に白い犬が落ちてたんです。
半ば水に浸かり、腹のほうを上にして頭は見えませんでした。
ピクリとも動かなかったので、もう死んでいるのだと思いました。
車に戻ってバンパーなどを確認しましたが、凹んだり
傷がついている様子はなかったです。どうすればいいんだろう、
死んだ犬を放置はできませんよね。そういうときは保健所に
連絡すればいいと、なんとなく知ってはいたんですが、
もう終わってて誰もいないだろうと思いました。

それで、車の中から110番通報したんです。本部の人が出たので
事情を話すと場所を聞かれ、現場の近くにある交番に
切り替わったんです。年配らしい声の警察官が出たので、
もう一度話しをすると、「うーん」と考え込んでましたが、
「もう一度死体を確認してみてください。本当に犬かどうか」
そんなことを言われました。スマホを持ったまま車外に出ると、
息子が「ぼくも見に行く」とついてきました。
飛び出してきたとはいえ、自分が轢いたのは間違いないですので、
見るのは嫌でしたけど、道端から側溝を覗き込むと、
犬の体はだいぶ沈んでて、脚2本の先が見えるだけでした。
そばにいた息子が「助けないの?」と言ったので、

「もう無理よ」と答えるしかありませんでした。スマホに、
「やはり犬です。間違いありません」と話すと、少し沈黙があり、
「・・・そうですか。わかりました。こっちからも連絡しますが、
 そちらのほうからも朝イチで保健所に連絡して下さい」
と言われたんです。それからまた少し間が開いて、
「これから帰宅されるんですよね、もし何かおかしなことがあったら
 110番ではなく、こちらに連絡してください」と、派出所の
番号を言われたんです。はい、そのときはどういうことか
わからなかったんですが、その警官の言うとおり登録しました。
車を発進させ、息子に「お腹すいたでしょ」と聞くと、
息子が「あの子、水の中に落ちてかわいそうだね。

 警察が助けてくれるの」と言ました。「あの子」という
言葉が気になったので、「ええ、お犬さん、可愛そうだったね」
と答えると、息子が「えー、犬じゃなかったよ。ぼくと同じくらいの
 男の子だったでしょ」って。それを聞いてドキッとしたんです。
まさかそんなはずは、と思いました。「〇〇、何言ってるの、
 犬だったでしょ、犬」やや語気を強めると、
息子は黙り込みました。それから数分走ったら、また車の前に
白いものが・・・さっきと同じように急ブレーキを踏み、
やはり小さな衝撃を残して車が止まりました。
え、また犬を轢いた? 車の外に出て愕然としました。場所が、
さっきと同じとしか思えなかったんです。

前方に見える信号機までの距離、そして右手にあるJAの倉庫も
何もかも同じに見えました。これ、いったいどういうこと?
数分とはいえけっこうスピードを出してましたので、1km以上は
走ったはずです。それなのに・・・怖かったんですが、
土手を降りて用水路をのぞき込みました。そしたら街灯の光で、
泥の中に頭を突っ込むようにして、子どもが落ちてるのが
見えたんです。汚れてましたが、白っぽい制服のようなのを着た、
息子と同年輩に見える子どもが・・・人を轢いてしまった、
でも、そんなバカな、さっきと同じ場所で、ありえない。
パニックになりかけていたと思います。いつの間にか息子が
そばに来ていて「犬さん、死んじゃったね、かわいそうだね」って。

でも、下に見えるのは少しずつ沈んでいく子どものズックをはいた
両足でした。あ、そうだ、さっき登録した派出所に通報しよう、
そう考え、スマホをかけると、さきほどと同じと思える警官が出たんです。
起きたことを話すと、「落ち着いてください。車の中に戻って
 路肩にいてください。今すぐそちらに向かいますから。けっして
 軽はずみなことは考えないでくださいよ。いいですね」こう強く
言われました。はい、車に戻って5分もたたないうち、
サイレンを鳴らさずパトカーが一台来ました、救急車はなしで。
パトカーは私たちの車のすぐ後ろに停まり、懐中電灯を持った警官が
2人出てきて、一人は田んぼのほうに降りていき、
年配のほうの人が私の車のウインドウをコンコンと叩きました。

ドアを開けて外に出ると、用水路を照らしていた警官が、
「何もありません。前と同じです」と大きな声で叫びました。
年配の警官が、「よく確認しろ、本物の事故だったら大変だから」と言い、
私に向かって、「驚いたでしょう。心配しなくても大丈夫です。
 ここは何というか・・・おかしなことが起きる場所で」
「どういうことでしょうか」 下に行った警官が戻ってきて、
「事故ではありません」もう一度報告しました。
年配の警官は、「気になるでしょうね。警官の私がこんなことを
 言うのは何なんですが、今年に入ってあなたで3回目なんですよ。
 ここで事故を起こしたって通報をしたのは。あれ見て下さい」と、
道路上を照らすと、私がつけたものの他にも急ブレーキの跡が

あるように思えました。警官は、「これは他の人に言わないでくださいね。
 本当の事故があったのは去年の暮れです。この付近の男の子が
 ちょうどこの場所で車に撥ねられたのが。もっと早い時間でしたけどね。
 ええ、遺体が発見されたのもあの用水路です。それからね、
 変なことが起きるようになった」 「その事故の加害者は?」
「轢き逃げで、残念ながらまだ見つかってないんです」
「・・・最初に犬を轢いたと思ったのはどういうことでしょうか」
「それもわかりませんね。犬を轢いたという報告は受けてないです。
 ただ、ここは交通量の少ない道で、スピードを出す車が多いので、
 そういうこともあったかもしれません。男の子と近い場所に
 撥ねられた犬の死骸が落ちたとか」こんなことを言われたんです。

キャプチャ




アーカイブ いのこ2

2020.06.21 (Sun)
だいぶ前に体験した話。そのころ俺は勤めていた機械部品の
工場を失職し、実家に戻ってバイトで食いつないでた。
つてを頼んで就職先を探したんだがなかなか見つからない。
そんなときに、高校のときの部活の先輩から連絡があった。
なんでも久しぶりに帰郷した際に、俺が地元でぶらぶらしている
というのを聞いて、なら短期だが住み込みで仕事を手伝わないか、
日当を1日3万出すからということだった。
これは俺にしてみれば非常にありがたい話で、引き受けると即答し、
着替えだけ持って先輩に言われた近県のM市へ向かった。

行った先は市の海岸沿いにあるちょっとした工場地帯だった。
仕事の内容はその一画にある倉庫番で、
荷の出入りのチェックをするだけというしごく簡単なもの。
事務所の次の間にキッチンとソフアベッド、テレビ、冷蔵庫なんかがあり、
そこで寝泊まりする。つまり日当3万というのは、
夜間の警備員としての仕事代も含まれているということらしかった。

事務所はプレハブでまだ新しかったが、引き戸の裏にでかでかと
お札が貼られてある。それはよく見かける神社のものではなく、
薄っぺらい和紙で、○や+の字が組み合わさった、
子どものイタズラ書きを羅列したようなもんだった。
お札はそこだけじゃなく、あと3枚事務所の三方の壁にあったんで、
俺は笑って、「先輩なんスかこれ」と聞くと、
「いや上からの指示なんだ。馬鹿らしいと思うだろうが、はがすなよ」
とけっこうキツイ声でたしなめられた。

事務所詰めは俺一人だけじゃなく、テツと呼ばれる二十歳過ぎくらいの
やつとのコンビで、こいつが飯の買い出しやゴミ捨てなんかをしてくれる。
ただし毎日来るわけじゃないし、夜は俺一人だけになる。
倉庫に面した国道は夜になればときたま長距離トラックが通るだけだし、
工場街の人気はなくなり、いつも海の音がザワザワしていて
薄気味の悪いところだった。倉庫は体育館半分くらいの
大きさで暗証番号キーがついている。

そこに2日に一回程度4tトラックで荷が運ばれてくるが、
いつも長方形の段ボール数個程度で、こちらから荷が持ち出される
ということはなかった。倉庫の内部にはその箱が3段ぐらいに
積まれていたが、スペースはまだまだ余裕があった。倉庫の奥、
体育館で言えばステージがあるあたりに祭壇のようなものがあって、
奇妙な雰囲気だったが、そこには絶対に近づくなと言われていた。

そんな仕事内容だったから暇をもてあました。
荷がくる前には携帯に連絡が入るから、
それ以外の時間はテレビを見るか雑誌を読んで過ごした。
テツはいても無口で、しかもなんだか頭が弱いような
感じで話し相手にはならなかった。単調な生活だったが、
2週目に入ったとき夜の9時ころに連絡が入った。

これまでそんな遅い時間に荷が来たことはなかったんで、
妙だと思っていたら、トラックの運転手ではなく先輩が出て、
「今夜中に入手しなければならない荷があるが人手が足りなくなった。
それで俺にも手伝ってほしい、今すぐ車で迎えに行く」という内容だった。
それからすぐ先輩が大型のSUVで乗りつけてきた。乗ってたのは4人、
先輩とテツともう一人、高校を出たばかりくらいの初めてみるガキ、
それから高そうなスーツを着たやせた高級サラリーマン風の男。
ガキを俺のかわりに倉庫番として残し、4人で車に乗った。

車はしばらく海沿いを走ってやがて山に入っていく。
林道のようなところを走り、道幅が狭まって車では進めなくなった。
「こっから歩きだ そんなに時間はかからない」先輩はそう言って、
車の荷室からヘッドライトつきのヘルメットとシャベルを出して
俺とテツに渡した。それをつけて山中に入っていったが、
木が埋め込まれて階段状になった小道があり、登るのは難しくなかった。

先輩を先頭にスーツの男が最後尾について、話もしゃべらないまま
登っていくと、15分ばかりで中腹のやや広くなった場所に出た 
あたりの草が焼き払われているような感じだ。
太い木を回ると洞窟というか岩屋のようなものが見えた。
先輩が低く、「・・・ここに入る、頭をぶつけるなよ」と言った。
岩屋の高さは3mくらいで奥はどれだけ深いかわからない。
ナップザックを背負い大型の懐中電灯を持った先輩が先にたって進む。 
上を見上げたときにヘッドライトの光でボロボロになった注連縄が見えた。

30mくらい進んだところで横穴があった。
がんじょうな鉄柵がはめ込まれているのを先輩が鍵を開けた。
入ると、かがまなければマジで頭を打ちそうな高さで、
通るときにシャベルをぶつけて派手な音を出してしまったが、
何も言われなかった。10mほど行くとまた広いところに出た。
先輩がナップザックから電気ランタンを出してスイッチを入れ、
下に置くとあたりの様子がわかった。十畳間くらいの広さで
回りは岩壁、岩は白っぽく、何かの記号のようなものが彫られていた。

事務所のお札に書いてあったのに似ていると思った。
下は岩ではなく白っぽい砂で、中央にかなり大きな木箱が
ふせられている。先輩の指示でその箱を俺とテツの二人で
わきにどけた。するとスーツの男が箱のあった場所に進み出て、
お経とも祝詞とも違う呪文のようなものを低く唱え始め、
それは20分ほども続いた。

儀式?がおわると、後ろから背中を小突かれた。見ると先輩で、
「これをつけろ、すぐ」と低い鋭い声で言ってそっと耳栓を差し出してくる。
俺は??ながらも、その語気に押されて耳栓をつけたんだ。
男が箱のあった場所を指さし、テツはシャベルでそこを掘り始め、
俺もそれに加わった。そう深くないところで、シャベルは固いものにあたり、
砂をはらってみると1mばかりの鉄の箱だ。中には・・・獣が入っていた。

黒い短い毛並みの獣が横向きに寝かせられている 
頭は羊によく似ていたがちょっと違う。目がかたく閉じられているが、
死骸ではなく生きて眠っているように見える。
そして気味の悪いことに、四肢の蹄にあたる部分は、
蟹のハサミのような形で赤黒のまだら模様。
先輩が置いていたナップザックから、白い箱とナイフを取り出した。

しゃがみ込んで獣の柔らかそうな腹にナイフを入れる。
ナイフは何の抵抗もなくずぶりと入ったが血は出ない。
そのとき獣が目を開いた。瞳のない真っ赤な目。そして横たわった
状態のまま、歯をむき出し一声鳴いたように見えた。すると、
俺の横にいたテツがゆっくりと膝をつき、そのまま上半身は後ろに倒れ込んだ。
俺はあわててテツをささえようとしたが間に合わず砂の上に落ちたんだ。

先輩はこちらにまったくかまわず、ナイフを動かして獣の腹を四角く切っていく。
変な例えだが、大きなコーヒーゼリーを切っているようだ。
獣の四角くぷるぷる震えている10cm四方くらいの肉片を、
白い箱に入れるとナップザップに収めた。腹の切り口からは
ジェルのようなものが染みだし、傷はみるみるふさがっていく。
先輩が鉄箱の蓋をしめ、シャベルで砂をかける。元の状態に戻ったところで、
先輩が耳栓をとれというジェスチャーをしたので外した。

「さあ出るぞ」と言うんで、「テツは?」と聞くと、「置いていく。大丈夫だ、
 後で回収するやつらがくる」と言い、荷物をまとめて横穴に戻っていく。
スーツの男に押されるようにして後に続いた。
それから3人で小走りに岩屋を出て車まで戻った。
帰りの車の中でもだれも口をきかないんで、たまりかねて、
「先輩・・・あれ何だったスか?」と聞くと、後部座席にいたスーツの男が、
「いのこです。裏神道の贄、古い古いものですよ」と唄うように答えた。

「テツは死んだんスか?」と重ねて聞くと、男が、
「いやあ、そんなことはありません 彼はいのこに・・・」と言いかけたとき、
先輩が、「もうそのくらいにしろ!!」と怒鳴りつけたんで、
俺はそれ以上の質問をやめた。・・・この後、俺はまた元の倉庫番に戻り、
2週間ほどで仕事は終わった。後日談は何もない。先輩にもスーツの男にも
テツにも、それから一度も会っていないし連絡もつかない。

関連記事 『いのこ1』

キャプチャ





四大天使について

2020.06.20 (Sat)
キャプチャ
映画『コンスタンティン』のガブリエル、悪に傾いているため翼が黒くなっている

今回はこういうお題でいきます。天使を言葉どおり解釈すれば
「天の御使い」ということですので、さまざまな宗教にあるんですが、
ここで取り上げるのは、ユダヤ教、キリスト教に関連したものです。
さて、天使 (angel) の語源は、伝令(messenger) を意味する
後期ギリシア語から来ています。

この世界は、全知全能の神が最初に「光あれ」と言われて
6日間で造り、7日目はお休みになりました。そのときに人間同様、
天使も造ったと考えられています。禁断の木の実を食べた
アダムとイヴが楽園を追放されたとき、
それをとり仕切ったのも天使です。

聖書には、天使たちは人間が歩む道すべてで彼らを守るよう
神から命じられたと出てきます。これは以前も書いたんですが、
天使には自由意志(自分の意志)があります。それは神が
そのように造ったためですが、中には神に反抗して
天上から墜ち、悪魔になってしまった者もいます。

「神に最も愛された」と言われた、天使時代のルシフェル


大天使ルシファー(ルシフェル)が反逆したときには、全天使の
うちの3分の1を味方にして神の軍勢と戦ったとされます。
それらの天使は、滅ぼされるか、悪魔になりました。ルシファーは
南極の深い氷の中に墜ち、大魔王サタンになったんですね。
天使は基本的に、人間の目には見えないとされますが、

その使命によっては、人間に見えるような形で出てくることもあります。
また聖書の記述から、天使に性別はなく中性と考えられます。絵画で
表現される天使は、顔は女性的ですが胸のない姿で描かれることが
多かったんです。あと、赤ちゃん姿の天使は、ギリシア・ローマ神話の
キューピッドなどの影響です。

受胎告知する伝令役のガブリエル
キャプチャhthtsthrhththtr

さて、天使には階級があるとされます。これは5世紀頃の
シリアの神学者が分類したものですが、後世に引用されてよく知られる
ようになりました。ただし、これをローマ法王庁が正式に認めている
わけではありません。「三位一体」の教義から、天使もそれぞれ
3つの階層に分けられています。

上位「父」の階層が、熾天使、智天使、座天使
中位「子」の階層は、主天使、力天使、能天使
下位「聖霊」の階層が、権天使、大天使、天使 となります。それぞれに
役割や能力があるんですが、煩雑になるのでこれ以上はふれません。

悪魔を踏みつける戦いの天使、ミカエル


これとは別に、4大天使というのがあって、ラファエル、ウリエル、
ミカエル、ガブリエル
です。彼らは最上級の熾天使(神への愛と
情熱で体が燃えている)で、前述した堕天使ルシフェルもそうでした。
3対6枚の翼を持ち、2つで頭を、2つで体を隠し、
残り2つの翼ではばたくとも言われます。

では、一人ずつ見ていきましょう。ラファエルは、ヘブライ語で
「神は癒される」という意味で、ユダヤ教時代からいる天使です。
病人やケガをした者を癒やすことで知られ、現代のRPGの
回復系の能力を持つと言っていいかもしれません。

神の罰を担当する、ウリエル


ただ、『旧約聖書』での出番はあるものの、『新約聖書』には
名前が出てこないんですよね。具体的なエピソードがありません。
伝令の役割ではないため、つねに天上界にいるのかもしれません。
ガブリエルは最もよく知られた天使と言っていいでしょう。
名前は「神の人」という意味です。聖母マリアに処女懐胎の

「受胎告知」をしたのがこのガブリエルで、さまざまな絵画に
表されています。死に近いモーゼのもとに現れて神の言葉を
伝えたのもガブリエルで、最後の審判のときにラッパを吹き鳴らし、
死者を甦らせる役割を担うことになっています。

神の御使い、ガブリエル
キャプチャiflliui

ウリエルは日本ではあまり知られていませんが、名は「神の光」
「神の炎」を意味しています。懺悔の天使としての役割を持ち、
焔の剣をたずさえ、神を冒瀆する者を永久の業火で焼き、
不敬な者を吊り上げて火であぶり、地獄の罪人たちを苦しめると
されます。神に代わって罰を与える者なんですね。

また、ノアに神の罰としての洪水が迫っていることを知らせたのが
このウリエルです。最後はミカエルです。名前の意味は難しく、
「神のようになれる者は誰もいない」という感じでしょうか。
役割は戦いと解されることが多く、絵画で表されるミカエルは、

癒やしの天使、ラファエル
キャプチャhhhs

甲冑をまとい、右手に剣、左手には魂の公正さを測る秤を携え、
天の軍団の先頭をいくというイメージで描かれます。
ルシフェルが神への反逆を決意したとき、それを諌めたのが
ミカエルで、ルシフェルより力が上と考えられています。

さてさて、ということで、他にも有名な天使はいるんですが、
とりあえず紹介はこれくらいにしておきます。カトリックでは
天使への信仰は強く、それぞれの記念日があります。
プロテスタントではあまりふれられることはないですが、
存在を否定されているというわけではありません。

天使? 自然現象? フォトショ?
キャプチャjjjyjyjyjyjy

ただ、天使を神よりも崇拝するのは、当然ながら異端とされます。
あと、カトリックには「守護天使」という概念があって、
神が人間につけた天使で、キリスト教徒の一人一人により添い、
善を勧め、悪を退けるよう導くとするものです。よく、漫画で
頭の上で天使と悪魔が争う形で描かれますね。では、このへんで。





宇宙生命体のタイプ

2020.06.19 (Fri)
ssdd (6)

今回はこういうお題でいきます。ただし、この内容、
かなり自分の手にあまるものなので、あれこれ間違いがあるん
じゃないかと思います。お気づきになられた方には、
コメントで指摘していただけましたら幸いです。

さて、われわれは地球に住む地球人です。地球は天の川銀河、
太陽系の第三惑星。気温はー50℃~50℃程度。
重力加速度は約9.81 m/s2、光もまずまずあたっています。
大気があり、その主成分は窒素、酸素、二酸化炭素など。

このような環境を、「ハビタブル・ゾーン」と言ったりします。
地球と似た生命が存在できる天文学上の領域で、日本語では
「生命居住可能領域」ですね。ある惑星系において、
恒星の周辺で、十分な大気圧がある環境下で、惑星の表面に
液体の水が存在する領域のことを指します。

ハビタブル・ゾーン
ssdd (8)

ここで、注意してほしいのは「地球と似た生命体」の部分です。
では、地球人類にはどういった特徴があるんでしょうか。
体の構成元素で考えてみましょう。人間の体をつくる元素の割合は、
体重50kgの人なら、酸素が約33kg、次いで炭素が約9kg、
水素が約5kg、窒素が約1.5kgという順になります。

酸素が一番多いわけですが、人間のことを酸素生物と言うことは
ありません。人間の体の6割までは水、つまり酸素と水素です。
これをのぞいた筋肉や脂肪、骨などの重さの約半分は、炭素が
占めていることになります。ですから、人間は炭素生物であると
言うことが多いんです。人間の体はタンパク質や脂肪から

アミノ酸の一種の分子構造 灰色部分が炭素分子
ssdd (4)

成り立っていますが、それらは炭素や水素、酸素の分子が
つながったものです。上図は、タンパク質のうち一種のアミノ酸の
分子構造ですが、炭素がつながり合って骨組みをつくり、その周りに
水素や酸素、窒素などが結合しています。炭素を軸にすると
このような構造がつくりやすいんですね。

さて、「レプティリアン・ヒューマノイド」という言葉を
聞かれたことがあると思います。ヒト型爬虫類と訳され、SF作品に
よく登場してきます。もし恐竜が地球への大隕石墜落で絶滅
しなかったら、体が小さく、知能が増し、二足歩行するようになって
地球の支配者になっていたのでは、といった話がありますよね。

レプティリアン
ssdd (2)

まあ、大隕石墜落がなかったらどうなっていたのか、不確定要素が
多すぎてなんとも言えないんですが、哺乳類と爬虫類という
違いはあっても、レプティリアンも炭素生物であることに
変わりはありません。ですから、その生態もだいたい想像できます。

では、上記のハビタブル・ゾーンから外れた場所には、
生命体は存在しないんでしょうか。例えば極端に重力が大きかったら、
どうなるでしょう。月面の重力は地球の約6分の1です。
ですから、単純に考えれば地球の6倍、3mほどは垂直跳びが
できそうです。(実際はもっと複雑な計算になります)

レギオンソルジャー
ssdd (7)

逆に、地球よりもうんと重い星だったら。数倍程度ならともかく、
十倍ほども重いと人間は動けなくなります。ですから、生命が存在しそうな
星の候補としては、地球の10倍程度までの質量(体積)が考えられて
るんですが、それ以外の重い星にもし生命がいたとしたら。
その体の主成分はケイ素かもしれません。つまり岩石生命体。

岩石生命体は動くことが困難だと思われます。そのため、仲間との
意思疎通はテレパシー的なものになるかもしれません。
物は食べない、あるいはそこらの岩を適当に取り込む。これだと
エネルギー代謝の問題があるでしょうが、そこは深く考えません。

プラズマとは
ssdd (1)

1996年の邦画『ガメラ2』に出てくるレギオンがケイ素生物
という設定でした。レギオンソルジャー(小さいやつ)の解剖シーンでは、
体内に体液や筋肉がなく、ガス圧で動きました。この設定は、
ケイ素生物としては正しい気がします。また、レギオンは種族として
巨大植物に寄生し、その爆発力で宇宙を渡ってましたね。

次に、惑星の温度が高かったらどうでしょう。炭素生物は約450℃
ほどで自然発火してしまいます。それより高い温度なら、もしかしたら
プラズマ生物がいるのかもしれません。プラズマとは、気体を構成する
分子が電離し陽イオンと電子に分かれて運動している状態で、
電離した気体ということですよね。

プラズマボール
ssdd (3)

2007年のマックス・プランク宇宙物理学研究所の発表では、
ダストプラズマ(プラズマ中に微粒子が混在している状態)を研究
したところ、ダストプラズマが二重螺旋構造をとって、遺伝情報を
蓄積するような解を示したとなっています。トンデモのようですが、
論文を読むとけっこう真面目な内容なんです。

もしプラズマが情報を蓄えることができるなら、意思、知能と
呼べるものを持つことができる可能性があります。あ、もう残り字数が
ないです。逆に惑星の温度が低かったらどうでしょう。水は0℃で
固体化してしまうという限界があります。

タイタン
ssdd (1)

まあ、もしかしたら氷の体の生物がいるのかもしれませんが、
それよりも、温度の低い星では、液体アンモニア、あるいは液体メタン
などを利用した生物がいる可能性が考えられてるんです。
地球よりも直径の大きい、土星の第6衛星タイタンには-180℃の
液体メタンとエタンの海があります。そこに生命体はいるのか。

さてさて、このあたりのことは宇宙生物学でさかんに議論されており、
2015年、液体メタン中で機能する仮説上の細胞膜がモデル化され
ました。うーん、前半を詳しく書きすぎて、後半が舌足らずな内容に
なりました。いずれどこかで続きをやりたいと思います。
では、今回はこのへんで。

ssdd (5)




落とし穴の話

2020.06.18 (Thu)
あ、ども、こんばんは。俺、道村といって、都内の大学の6回生です。
いや、大学に6年もいるって言うと変に思うかもしれないスが、
苦学生なんスよ。親からの学費は期待できないんで、バイト
ばっかしの生活で。それでも、いつも金なくてピーピーなんスけど。
でね、これ、2週間ばかり前に起きたことなんス。
俺の身の上にってわけじゃなく、ダチの話だけど。
どうにもね、解釈がつかないんス。でほら、ここはそういう
ヘンテコな話をすれば、いろいろ説明してくれるし、おまけに金も
もらえるって聞いてやってきたんス。順を追って話していくけど、
俺、あんまり説明するの得意じゃないんで、そこんとこよろしく。
まずね、大学の後輩に進藤ってやつがいるんス。

そいつはアパートの2階の部屋に住んでるんスが、これが今どき
ありえないようなボロアパートで。住所とかは言わなくてもいいスよね。
まあ家賃が3万って言えば想像つくと思うス。一間で、日に焼けて
黒くなった畳、キッチンにはゴキブリが出放題で、便所は共同、
風呂はなし。そのアパート、1、2階合わせて12部屋あるんスけど、
今住んでるのは進藤と、あともう一人だけ。中年のアル中のおっさんで
生活保護らしいス。進藤は2階の角部屋で、そのおっさんは
反対側の角部屋。顔を合わせることはまずないって言ってました。
どうもそのおっさん、小便をバケツかなんかに溜めてるみたいで、
便所にもほとんど来ないらしいス。あとね、1階には半年前まで
ずらっとガイジンが住んでたらしいけど、なんか犯罪に

関わってたみたいで、あるとき一斉にいなくなったって。
その進藤も、バイトするために生きてるようなやつで、部屋では寝るだけ、
飯は外食だから、あんなとこでもやってけるんでしょうね。
でね、その進藤に久々に大学で会ったら、妙なことを言い出したんス。
「道村さん、幽霊っていると思うスか」って。もちろん、
「そんなもんはいねえよ!」って即答したっス。ねえ、この世に
幽霊なんているわえないっしょ。そんなんは甘えですよ、甘え。
世の中はシビアなんだから。金が月にいくら入ってきて、生活費が
いくらかかるか。収入のほうが多ければ何とか生きていける。
霊なんて不確実なものが介在する余地はどこにもないんスよ。あ、
言い忘れてたけど、俺、大学の専攻は数学の統計なんス。

あ、スンマセン、なかなか話が進まないスね。事情聞いてやるから
その代わりって学食で飯をおごらせたんス。そしたら、「毎晩、2時過ぎ
 になるとアパートのまわりを歩き回るやつがいる」って。
「そりゃ通行人だろ」と応じて、あれと思ったんス。
俺、進藤のアパートには何度か行ってるんスが、高い板塀に
囲まれてるんス。ペラペラの黒い板なんだけど、2mくらいの高さで
アパートを一周ぐるっと。何であんなもの作ったのかわかんないけど、
あれだと1階の窓から日が差さないス。あ、でも、何か犯罪やるには
都合がいいのかも。「塀の内側なんか」 「そうです」
「うーん、その、今お前の他にもう一人住んでるっていうアル中の
 おっさんじゃないのか」 「いや、おっさんはあんなに速く歩けないス」

「速く?」 「はい、俺のアパート、塀と建物の間が1m半くらい
 あるんスけど、そこ、雑草が生えないよう、細かい砂利が敷いてあるんス。
 だから通ればジャリジャリいう。その音が速いんス。おっさんは外出るとき
 杖ついてヨタヨタしてるから」 「ふーん、まとめると、夜中の2時過ぎに
 アパートの塀の内を早足で通るやつがいるってことか」
「はい、決まってだいたい3周くらいします」 「意味わからねえな、
 けど生きた人間だろ、間違いなく。あ、そうだ、お前んとこの窓から
 下見えるじゃないか。懐中電灯とかで照らしてみればいいだけだろ」
「それ、やってみたっス。ジャリジャリする音が部屋の窓の下に来たとき、
 借りてきた大型懐中電灯で」 「したら?」 「誰もいなかったんス。
 そんときだけ音が止まって、10分くらいして電灯消して引っ込んだら
 
 またジャリジャリって。何度かやったんス」 「うーん、じゃあ狸とかか」
「いや、まさか。でね、一昨日、夕方に板使って砂利をきれいにならした
 んス。誰か通ればわかるように。そしたら、やっぱ夜中にジャリジャリいって、
 朝見たら乱れてたんスよ」 「・・・外に出て追いかけてみたんか」
「さすがにそれは怖くて」こういう話になったんス。で、俺もね、
興味持って、その日の夜進藤の部屋に泊まり込んでみたんス。廊下を通ると
抜けて落ちそうなボロアパート。便所は臭くて、もちろん部屋にはエアコンなんて
ついてないス。やつの部屋で酒飲んでダベってると2時になり、そしたら、
たしかにジャリジャリって音が聞こえる。そんな時間だし、外は車通りは
なかったス。「ほんとだ、音するな」んで、ちょうど窓の真下にきたとき、
ガラッと開けて「誰だコラ」って怒鳴ってみたス。返事はなし。

ジャリジャリジャリジャリ。それで、「おい、進藤、外出るぞ。玄関から出て、
 お前右に回れ、俺は反対に行く」やってみたんス。外だと、部屋よりも
ジャリジャリ音が大きく聞こえて移動してる。「コラ、誰だあ」叫びながら
塀の内を回ってくと、裏手のところで進藤と鉢合わせしたんスよ。
人一人しか通れない幅なんで、取り逃がすことはないんス。
「えー、不思議だ」 「やっぱ幽霊スか」 「違う!!」それでどうしたか
っていうと、進藤の部屋の窓の下に落とし穴掘ることにしたんス。
俺、もう引退したけど少林寺拳法部に入ってて、そこの後輩何人か呼んできて。
いや、そのアパート、大家は滅多に顔出さないみたいだし、高い塀があるんで
作業は問題なかったス。5cmくらいの砂利の層をはがして、むき出しになった
土をどんどんスコップで掘る。土は柔らかくて掘るのは難儀じゃなかったけど、

せまいんで土運び出すのが大変だったス。穴は人の身長くらい。
上にブルーシートを切ったのをかけ、杭で四隅を固定して、上からパラパラ
砂利をかける。多少周囲からは低くなったけど、夜ならまずわからない
落とし穴ができたんス。で、俺の他にもう一人、栄田っていう後輩も
泊まらせて、計3人で夜中を待ったんス。進藤は懐中電灯とカメラを
持って部屋に待機、落とし穴に何者かが落ちたら上から照らして写真を撮る。
俺と栄田は、前にやったみたいにそいつを前後からはさみうちにする。
完璧な計画っスよね。んで2時になって、ジャリジャリジャリ。
今回は音を立てないよう栄田とそっと玄関を出て、反対方向に走りました。
ジャリジャリ、ジャリジャリ、ズザザザザザ。最後のは落とし穴に
落ちた音だと思ったス。穴が凹んでるように見えたけど、

暗くてはっきりしない。「照らせ!」と上に叫ぶと、暗くしてた部屋から
パッと明かりがついたス。向こうから栄田が走ってくる。2人で両側から
穴の縁に立ち、上からの明かりで見たものは・・・何だったと思うスか。
穴の中にしゃがんで土にもたれ込んでる進藤だったんス。目をつぶってました。
え、じゃあ上から照らしてるやつは誰だ?? と見上げると、
「うわあああ~」と大きな声を上げて進藤が足から飛び降りてきたんス。
で、ぴったりと穴に落ち、中でへたり込んでたもう一人のやつと
重なったんス。「????」わけわかんないスよ。とにかく気を失ってる
進藤を引っ張り上げましたが、正気に戻らないんで救急車呼びました。
でね、病院であれこれ処置されて、やっと目を開けたんスが、
両足を捻挫してたんス。それ以外に大きなケガはなし。

医者は、俺らが暴行したんじゃないかって疑ったみたいスが、進藤本人が、
自分で穴に落ちたのを助けてもらったって言ったんで、
なんとか大事にはならなかったス。そんときは歩けなかったんで、
3日入院したけど、捻挫は比較的早く治ったんス。
まあ、こういう話なんスよ。ねえ、幽霊じゃないとは思うけど、
進藤が2人に分かれて、また一つになったのはどうしてなのか。
本人は、落とし穴が完成して、その後のことは覚えてないって言うんス。
それとね、やつが部屋に戻ったら、やっぱまた2時過ぎに
ジャリジャリ誰かが通るって・・・ いやいや、もうコリゴリっスよ。
だから、知り合い中に広くカンパを募って、進藤を引っ越させようって
考えてるんス。ここの人たちなら、これ、どういうことかわかるっスか?

キャプチャ

 



日本は東海姫氏の国?

2020.06.18 (Thu)
アーカイブ305

fu (4)

今回はこういうお題でいきます。日本史のカテゴリなんですが、
たいへん地味な話で、しかもオカルトにはほとんど関係がないので、
古代史とか、こういうのに興味がある人以外はスルー推奨です。
さて、何から話しましょうかね。

みなさんは、日本が古代において「倭国」と呼ばれていたのは
ご存知だと思います。『後漢書』の東夷伝には、
「安帝永初元年 倭國王帥升等獻生口百六十人 願請見」と出てきます。
「西暦107年、倭国王の帥升等が奴隷160人を献上して、謁見を願った」

「帥升等」の部分は、3文字の人名なのか、それとも「帥升たち」という
意味なのかははっきりしません。倭に関しての記述はこれ以前にもありますが、
「帥升等」は、倭国の人物名が歴史書に現れる最初なんですね。
160人の奴隷という内容が本当ならば、
かなりの権力を持っていたと見るべきでしょう。

倭人
fu (2)

なぜ、日本が「倭」なのかについてもわかっていません。
倭は「環 わ」のことで、環濠集落を表しているという説もありますが、
なんとも言えないですね。ただ、倭という漢字を選んだのは古代の中国人です。
倭には、「性質が従順 おとなしい 体が小さい」などの意味があるようですが、
一国の国名としては、あまりいい字とは言えないと思います。

中国には古来「中華思想」があり、中国が世界の中心であって、
その四方は蛮夷の住む場所と考えられていました。ですから、
周辺国に対して、例えば、「匈奴」とか「濊(わい)」 「鮮卑(せんぴ)」など、
卑字、つまり、あまりよい字義ではない漢字をわざと使っていたんです。

倭という名称が「日本」に変わったのは、7世紀、天武天皇の治世とみる
意見が多いですね。これについては前に書きましたが、
壬申の乱において、天智朝から天武朝に交代したのを契機に、
卑字である倭から、国号を変更したものだろうと考えています。

中華思想


さて、日本を表す呼称として、この他にも「秋津島」 「扶桑国」 「大和」などと
いわれますが、その中の一つに「東海姫氏(きし)国」というのがあります。
これ、聞いたことがあるという方は多くないと思いますけど、
以前に記事にした「野馬台詩」に出てきますし、
中国でも日本でも、この語は日本の別名として通用していました。

関連記事 『野馬台詩と足利義満』

平安時代に編纂された『日本紀私記丁本』、これは『日本書紀』の内容に
ついての問答集なんですが、天皇の「なぜ日本のことを東海姫氏国と言うのか」
という質問に対し、ある僧が、「日本の皇祖神が天照大御神で女性、
神功皇后などの女帝も輩出しているため、
『東海姫氏の国』と呼ばれているのでしょう」と答えます。

まあ、中国では珍しい、女帝がいた国という意味も多少はあるのかも
しれませんが、自分は、この見解は大筋では間違っていると考えてます。
じゃあどういう意味かというと、姫氏国は「姫氏がつくった国」
なんじゃないかと思うんですね。「姫」は中国にある姓です。

さて、三国時代の『魏略』逸文には、「聞其旧語自謂太伯之後」と出てきますが、
これは、「(倭人に)昔のことを尋ねると、我々は太伯の子孫であると答えた」
ということです。『普書』や『北史』の倭国の記述にも同じ内容が出てきます。
太伯というのは、紀元前11世紀ころの人物で、
周王朝の祖先である、古公亶父(ここうたんぽ)の息子です。

呉の太伯
fu (6)

古公亶父には太伯・虞仲・季歴の3人の息子がいましたが、季歴の子の昌
(周の文王)が優れた子であり、産まれるときにさまざまな瑞兆があったため、
古公亶父は昌に王位を譲りたく内心は思っていました。
そこで、王の気持ちを察した太伯と虞仲の兄弟は、季歴に後をつがせるため、
自分から国を離れ、蛮夷の地へと出ていったんですね。

古公亶父は、2人の息子に帰ってくるよう迎えを出しましたが、
2人はすでに髪を切り、全身に文身(いれずみ)をしていて、
「われわれはもう、王になるにはふさわしくない」と言い、
太伯は、その地域の人々を集めて呉の国を興したと『史記』に出ています。

fu (1)

この呉はもちろん、三国時代に孫権が興した国とは別物です。
また、王となった昌は、太公望呂尚を軍師に迎えて周の国を開き、
その子の武王の時代に、商(殷)を攻め滅ぼすことになります。
で、古公亶父や太伯は周王朝につながる人物ですので、名字は「姫」です。

顔面への文身
fu (5)

『三国志』魏志倭人伝の「男子無大小 皆黥面文身(中略)今文身亦以厭大魚水禽」
「男子は老若みな文身をしている。それによって水に潜ったときに大魚の害を
避けることができる」・・・この記述は、倭人が、文身をした太伯の子孫であると
称していることを意識して書かれているというのがほぼ定説です。
では、倭人はほんとうに呉の太伯の子孫なんでしょうか。

太伯の子孫が大陸から海を渡ってきて、日本に入って弥生人となった?
これはなんとも言えませんが・・・遺伝子のハプロタイプというのがあります。
ここでくわしい説明はしませんが、男系のY染色体に注目してみると、
現代の日本人の一部は、中国の揚子江流域の人々が北上してきた
子孫だという可能性は否定できないんです。

さてさて、この地味な話に最後までつきあっていただいたみなさん、
どう思われたでしょうか。まあ、古代から人の移動は珍しくはありませんでした。
弥生人の前にいた縄文人だって、やはりユーラシア大陸から狩りをしながら
日本に移り住んできた人々なんですよね。では、今回はこのへんで。

fu (3)






アーカイブ いのこ1

2020.06.18 (Thu)
大学のときのことだけど、奇妙で落ちも何もない話があるんでここに書いてみる。
俺は関東の大学で考古学を専攻していて、3年生の夏休みのこと。
ふだんはパチンコ屋の開店荒らしのようなことをしていて学校に来ない、
あまり評判のよくない部関係の先輩からバイトの話を持ちかけられた。
それは一泊二日で10万という法外な報酬で、
俺の専門に関係ある内容だと説明された。

「盗掘とかそんなのはトンデモないスからね」と俺が言うと、先輩は、
「イリーガルな部分はないわけじゃないが、
 遺跡の破壊とか文化財を売りさばくとかじゃない。
 知り合いでお前しかいないんだ、なんとかひきうけてくれよ」と、
かなり必死に頼んでくる。俺もその時期、
金が必要な事情があったんで二つ返事で引き受けることにした。

朝、指定された駐車場に行くと、すでにパネルバンが待ってて3列目に乗せられ
車内の黒いカーテンが引かれて外の様子が見えなくなった。
おいおいアクション映画かよ、と思ったけど黙って乗っていると、
途中から道が上りになり、さらに砂利道になった感じがする。
3時間くらいで車が止まり、「ついたで」と短髪の若い運転手が言うんで、
降りてみるとやはり山中に入ってる。山の中腹の木を伐って、
あらっぽく整地したようなところで、プレハブの小屋がいくつかある。
どう見ても何かの遺跡とは思えない、自然の山だし工事している様子もない。

すぐにスーツ姿の30代くらいの男が近づいてきて、
「やあどうも、よろしくお願いしますよ」と薄ら笑いしながら言う。
俺が「仕事は土器を見てだいたいの年代を言えばいいんですよね」と確認すると、
「そうです、そうです。あなたは優秀だと聞いていますし、簡単なことでしょう」
小さいプレハブ棟に案内されて、入ってみると一階は事務所のようになってた。
入るとぞくっとした。業務用の巨大なエアコンが動いていて、
室温は20度以下かもしれない。新聞紙を敷いた机の前に座って、
ちょっとビビリながら男に、「・・・盗掘とかじゃないですよね?」と聞くと、
「いや、いや、年代の確認です。学術的なことですし土器はすぐに
 埋め戻しますから。遺跡を傷つけるようなこともしませんし、
 あなたの将来にかかわることは何もありません」そう言って男は出て行った。

小一時間ばかり、持ってきた土器編年の本を見ていると、男が携帯で
しゃべりながら入ってきて「もうすぐ第一弾が来ます、これをつけてください」
と言って耳栓を渡してよこしたので、俺は?ながらもそれをつけ、
男も携帯をしまうと耳栓をつけた。外に出ていると、
俺が乗ってきたパネルバンとよく似た車が入ってきて、
中から作業服を着た男が3人出てきて後ろのハッチを開けた。
2人がけっこう大きい麻袋を出して、大きなプレハブ棟のほうに向かったが、
前後を持たれている麻袋がぐにょんと動いた。中に何か動物でも入っているのか、
足を突っ張るように袋のあちこちが出っ張るのが見えた。
悲鳴も上げているのかもしれないが、それは耳栓でよくわからない。

作業員の一人が木箱に入った完品の土器を持ってきたので、
3人で事務所に入った。土器の編年は、例えば弥生時代の近畿なら
特徴によって大きく5つに分けられる。地域によっては複雑だが、
このあたりのことを詳しく書いてもしょうがないな。耳栓を外し、本を
参照しながら見せられた土器のだいたいの年代の推定を述べると、
男はメモを取った。「これと一緒に運ばれてきたのはなんかの・・・生き物?」
と聞くと、男は俺の顔をまじまじと見て、
「おやあ、あれが動いてたように見えましたか、あの袋が?」
続けて「いや、あなた力があるんですね。あれが見えると・・・おやおや」
と訳のわからないことを言い、結局何なのかは教えてもらえなかった。

その日の夕方までに車が三台到着し、そのたびに土器を見せられた。
一回は数個の破片だったので、これはよくわからないと言うと
男は不満そうだった。5時過ぎに最後の一台が来て、
同じような手順で袋が運び出される。中で待っていてもよかったんだが、
手持ちぶさたなので耳栓をつけて見ていると、
袋の中のものがひどく暴れて、ドンと足を伸ばしたときに丈夫な袋が破れた。
夏なのでその時間でもまだ明るかったが、破れ目から出てきたのは、
短い黒い毛並みの動物の足だ。ただ俺の見間違いでなければ、
足の先は土まみれの赤っぽい蟹のようなハサミになっていた。

急激に獣臭いにおいが漂ってきた。男が何かを叫んだ様子で、
大きなプレハブから作業員がばらばらと出てきて、
7~8人で袋をつかんで運んでいこうとしたが、
そのとき耳栓ごしに弓の弦をはじくような低い音が聞こえ、
ものすごい頭痛で俺はうずくまった。
男が脇を抱えてくれたので何とか立ち上がって事務所に戻ったが、
音のしたほうをちらっと見ると袋はすでに運び去られ、
作業員が3人俺と同じようにうずくまっていた。

事務所で座っていると頭痛が治まってきた。男は俺の側にいて、
「だいぶよくなってきた顔色ですね。・・・疑問がたくさんあるでしょう」
そう言うと一息吸ってから「答えられません」とニヤッと笑った。
男は何でもないらしい。夜になって昼と同じく弁当をもらい、
事務所の二階に案内された。せまい鉄階段を上ると、
鉄扉があり中に入るとただベッドがあるだけの部屋だった。
「トイレはそこを開ければあります。風呂はないですが我慢してください。
 それから夜の間はこの部屋から出ないでください
 ・・・申し訳ありませんが鍵をかけさせてもらいます。
 明日の朝食を持ってくるときに開けますから」
男はこれまでにないきつい口調でそう言って出て行った。

その後、中からドアノブを回してみるとやはり鍵がかかっている。
部屋の中を調べたが見事に何もない。トイレもおまるに近いような
簡易トイレ。プレハブなのに窓が一ヶ所しかなくカーテンを開けると、
山の斜面側を向いていて藪が見えるばかり。
俺はベッドに寝転がって今日一日のことを考えたが何もわからない。
あの足はいったい・・・それが土器と何の関係があるのか??。
もう頭痛はなかったが、仕事と言えるほどのことは何もしていないのに、
ひどく疲れている。まだ9時過ぎだが、明日の夜にはこれは終わって
10万円。それだけ考えて電気を消して寝ることにした。

ドーンとものすごい音がして飛び起きた、小屋も揺れたんだと思う。
電気をつけて窓に駆け寄って開けると外は騒然としている。
大きなプレハブ小屋のほうでたくさんの人が怒鳴り合っているようだが、
もちろん見えない。しゃべっているのは中国語だと思ったが、
早口だし遠いしわからない。窓の外の空気が獣臭い・・・夕方と同じ臭いだが、
それがだんだん焦げ臭いものに変わってきた。火事なのか?!
ヤバイ出られないぞ、とあせっていたらドアが開いて男が入ってきた。

「バイトは終わりです。ここを出ます、ついてきてください」
と言って俺の手を引っぱる。下に降りると黒いベンツがある。
大きなプレハブ棟の前には20人ほど人が出ていて数人が地面に倒れている。
ライトの光で煙と、何か黒いものが人の間を走り回っているのが見え・・・
また一人倒れた。俺はベンツに押し込まれ、男がハンドルをとった。
振り向いてみると、プレハブ棟の下から火が出ている。
内部が燃えているようだった。

男は車を急発進させ砂利道の下りをとばした。
現場から200mほど離れたところでさっき以上の爆発音がした。
フルスモークのベンツだったが道々外は見えたんで、
どこに連れてこられていたかだいたいわかったけど、ここには書かないことにする。
夜だったせいもあって、3時間で来た道がだいぶ早く俺の住んでいる市まで
着いたが、その間、男は一言も口をきかず硬い表情をしていた。
最後に車を降りるときダッシュボードから厚い紙袋を出し、
「20万あります」そう言ってやっと笑った。
「何だったか知りたいでしょう・・・でも答えられません」
話はこれで終わり。予想したよりだいぶ長くなった。
後日談はあるけど、これも長くなるんで機会があればまた書いてみる。

キャプチャ





ブラックホールに落ちると?

2020.06.17 (Wed)
欧州南天天文台(ESO)は2020年5月6日、地球からわずか1000光年の
距離にブラックホールが存在する証拠を発見したと発表した。
これまでに発見されたブラックホールの中で最も地球に近い。
論文は同日付の学術誌『Astronomy & Astrophysics』に掲載された。
研究チームは、今回の発見は氷山の一角であり、天の川銀河の

中にはこれと似たブラックホールが多数存在する可能性があるとしている。
このブラックホールは、南天にある「ぼうえんきょう座」を構成している
「HR 6819」という天体で見つかった。HR 6819の明るさは5等級で、
南半球で晴れた夜に暗い場所で探せば、双眼鏡や望遠鏡を使わなくても
観測することができる。
(マイナビニュース)

gaga (1)

今回は、やや古くなってしまいましたが、科学ニュースからこの
話題でいきます。うーん、なるほど。ただ、この書き方は誤解を
与えかねない気がします。ブラックホールが肉眼で見えるという
ことはありません。ここで出てくる「HR 6819」は、

観測の結果、1つのブラックホールと2つの恒星で構成され、大きく
内側と外側の軌道に分かれ、内側では質量がほぼ同じブラックホールと
恒星の1つがペアになって約40日間の周期で回っており、それらから
離れた外側にもう1つの恒星が回っているという形のようです。
つまりブラックホールを含んだ3重連星なんですね。

で、肉眼で見えるのは2つの恒星のほう。ブラックホールの中には、
降着円盤(中心にある重い天体の周囲を公転しながら落下する物質に
よって形成される円盤状の構造)からX線や光などを出してるものも
あるんですが、このブラックホールはそうではないようです。

2019年国際チームによって撮影されたブラックホール
gaga (4)

ただ、ペアになっている恒星を観察すれば、ブラックホールの動きは
測定できます。自分は占星術師ですので、夜、晴れていれば必ず
天測をします。高価ではありませんが天体望遠鏡も持ってます。
けどこれ、残念ながら南半球じゃないと見えないんですよね。
うーん、このためだけに南半球に旅行するのも・・・

さて、ここで話を変えて、よくブラックホールに落ちたらどうなるか、
ということが話題になりますよね。実際のところ、人類史上、
ブラックホールに入ってまた出てきた人というのはいないので、
わからないと言うしかないんですが、ある程度、どうなるかを
シミュレーションすることはできます。

アインシュタイン方程式のシュヴァルツシルト解
gaga (5)

その前に、ブラックホールの歴史を簡単にふり返ってみましょう。
1915年、アインシュタインが一般相対性理論を発表、
その直後、ドイツの天文学者カール・シュヴァルツシルトが
アインシュタイン方程式から特殊解を導き出し、そこに特異点が
含まれることを証明しました。これがブラックホールという概念の

始まりと見ていいでしょう。アインシュタインはこれを認めましたが、
あくまで数学上のことで、実際の宇宙にはそういうものは存在しないと
考えました。カール・シュヴァルツシルトがどう考えていたか
わかりません。彼が論文を書いたのは第一次世界大戦従軍中で、
論文発表の4ヶ月後、塹壕で病死してしまったからです。

カール・シュヴァルツシルト
gaga (6)

その後、重力理論の発展とともに、ブラックホールは実際にあるのでは
ないかと考える物理学者が増えてきました。ブラックホールという
言葉は、1967年、アメリカの物理学者ジョン・ホイーラーが
初めて用いたとされます。つい去年、人類史上初、ブラックホールの
撮影に成功したのは記憶に新しいところです。

と、こういうことを書いているとスペースがなくなってしまいます。
あなたは宇宙船に乗っていて、うっかりブラックホールに近づき過ぎて
しまいました。どんどん引っぱられて宇宙船の速度が上がり、
光速に近づいていきます。で、ここが理解しにくいんですが、
2つの立場に分けて考えなくてはなりません。

ジョン・ホイーラー
gaga (7)

まず、その宇宙船を遠くから見ていた場合。宇宙船がブラックホールに
近づくにつれ、動きは遅くなり、進行方向に長さが縮んで、ペタと表面に
張りついてしまいます。変な例えですが、ハエ取り紙にくっついた
ハエみたいなもんです。そして、長い時間をかけてホーキング放射で
蒸発してしまうんです。一方、宇宙船に乗ってるあなたは

そうではありません。どんどんブラックホールの中に入っていきます。
不思議ですよね。あなたが2人いるんでしょうか。これ、相対性理論では、
人によって時間の進み方が違うためです。あなたが事象の地平線を
越えて中に入っていくと、外部との通信は一切できなくなります。
光さえも抜け出せないので、情報交換の方法がありません。

ブラックホールーワームホールーホワイトホール
gaga (3)

ここで、ブラックホールが自転している場合とそうでない場合にまた
分けて考えます。自転していない場合の運命は悲惨です。内部では、
重力の変化があまりに大きく、あなたの頭と足元でかなり違ってきます。
すると体が潮汐力によって引き伸ばされ、ねじれたヒモのように
なってしまうんです。これをスパゲッティ化現象と言ったりします。

ただし、ブラックホールのほとんどは自転していると考えられます。
そしてそのブラックホールが十分大きければ、スパゲッティ化現象が
起きない可能性があるんですね。どんどん中心部に向かっていきますが、
その中心部が特異点。温度無限大、圧力無限大で、すべての式が
破綻してしまう一点です。ですから、もう数学は通用しません。

ブラックホール情報パラドックス
gaga (2)

では、もし特異点を抜け出したとして、その先は? そこはわれわれの
宇宙の遠く離れた場所につながっているかもしれませんし、まったく別の
宇宙なのかもしれません。このような通路をワームホールと言い、
また、あらゆるものを吐き出す構造をホワイトホールと言ったり
しますが、どちらもあくまでも理論的な可能性の話です。

さてさて、先ほど、遠くから見ている人には、あなたの宇宙船は
ブラックホールの表面に張りついて見えると書きましたが、それと
ブラックホールの内部に落ちたあなたとの関係はどうなってるんでしょう。
これ、「ブラックホール情報パラドックス」と言うんです。
説明すると長くなってしまうので、かいつまんでお話すると、

遠くから見てブラックホールの表面に張りついたあなたと、中に落ちて
いったあなたとでは、互いに見えないし、一切情報の交換ができないですよね。
ということは、物理法則が破られることはありません。ですからまあ、
問題はない。で、この話、宇宙はじつは2次元情報からできたホログラム
なのではないかという仮説につながっていくんです。では、今回はこのへんで。

ホログラフィック原理
gaga (8)




アーカイブ 死の船

2020.06.17 (Wed)
10年ほど勤めた会社を辞めた。その間の事情は関係ないんで省くが、
それなりに貯金もあったし再就職を誘われてもいた。家族があるわけでもないし、
数ヶ月は精神的な充電と体のメンテナンスにあてようとジム通いを始めた。
やってみたら、思った以上に体がなまってることがわかった。
ただランニングマシンは単調で好きになれない。そこで、
ジョギングをしようと思った。日中は気恥ずかしいので夕方から走ることにした。
コースはたしか河原沿いに市が造ったランニングコースがあったはずなので、
スポーツウエアて行ってみた。

そこに来るのは数年ぶりだったが、ホームレスの青テントが増えているんで驚いた。
前は数百メートルおきに一つくらいだったのが、数十に増えてる。
どこかの公園から追われてきたのかもしれない。走る人はほとんどいない。
これはちょうど会社からの帰宅時間頃のせいなのかもしれないが、
ホームレスが増えて、治安に不安があるのが大きいのだろうと思った。
ゆっくり走っていると、前のほうで人だかりがしている。炊き出しのようだった。

薄暮の中を近づいて見ると、20代後半くらいの男女が5~6人、
長机にカセットコンロを置いて鍋をかけ、
十数人の列に並んだホームレスにおかゆのようなものをふるまっていた。
名前はわからないが外国のハーブのようなにおいがあたりにただよっている。
その男女は皆、白いトーガ?のようなものを着て、それには胸に一字、
梵字のマークが入ってる。何かの宗教団体の慈善行為なのだろうと思った。
そのとき立ち止まっていた俺の肩を後ろからかすめるようにして、
足早に前に出て行った人がいた。僧侶のような衣の大柄な人物で、
髪は剃っておらずオールバックにしていた。

僧侶風の人は炊き出しの机の前に来ると、
「まだこんな非道なことをしてるのかっ!」と一喝した。宗教団体のメンバーは、
その人の存在がないかのように無視し、そちらを向くこともしなかったが、
続けてその人が呪文のような声をたてると体ががくがくと揺れだした。
列に並んでがやがや話していたホームレスの人たちは、
困惑したように押し黙った。すると宗教団体の簡易テントの後ろから、
スーツを着た中背のサラリーマン風の男が歩いてきて、僧侶風の前に立った。

僧侶風はリーマン風に向かって、「いつまでこんなことを続ける。
 復活などありえることではない。この世に必要がないのは
 お前たちのほうだ」と怒鳴りつけた。リーマン風はまったく意に介した様子もなく、
「あなたとはいく道が違うんです。それにこの宗教団体の人たちは
 何も知らないし、もう必要分は済みましたから」
と激する風でもなく、ごく事務的な口調で言った。そして、
「じゃまする気でしょう。べつにいいですがうまくいきますかねえ」そうつけ加えると、
若い男女にかたづけろというような合図をし、今度は列のホームレスのほうを向いて、
「みなさん!炊き出しは終了です。すみませんね、
 このお坊さんがやめろと言うので。また来ますよ」そう告げた。

男女らはあわただしく片付けをはじめ、ホームレスたちは
不満をもらしながら散らばっていった。それからしばらく、
僧侶風とリーマン風は向き合っていたが、リーマン風はくるりとふり向いて、
テントのほうにゆっくり歩み去った。僧侶風は「けっ!」というような声を出して、
それから後ろに立っていた俺に始めて気がついたというように声をかけてきた。
「あんた・・・こちらが非道い人間だと思ってるだろう。
 せっかくの炊き出しをじゃまするなんてな」

「まあどちらがどうかなどどうでもいい。それより、やらなくてはならない
 ことができた。道理を直すために。あんた午前2時頃にここにこれるか?
 手伝ってもらいたいことがある。あんたが想像もできないようなことが見られる」
その口調には有無をいわせない呪文のような響きがあった。
夜中の2時なんてキチガイ沙汰だと思ったが、どうせ明日何か
やることがあるわけでもない。それにまだ寒い季節でもないし、
ここまでの出来事を見ていて好奇心がわき上がってもきていたんだ。
それで「・・・いいですよ」と答えてしまった。

2時前に懐中電灯と半分に短く切った木刀を持って、
約束していたランニングコース脇の休み屋に向かった。
川向こうの町並みもおおかた灯りが消えていて物音はほとんどしない。
月はないが街灯がコース沿いにいくつかあって真っ暗というわけではない。
休み屋では僧侶風の男が待っていたが、俺の手にしている半木刀を見て、
せせら嗤うように、「そんなもの持ってきたのか、不審尋問されたら
 まずかっただろう。それに物理的な力は役にたたない」と言った。
俺が、「剣道をやってたんで、まあ・・・」とあいまいな答えをすると
「ふん、修行は少しは役に立つか」と鼻を鳴らした。

それから俺をうながして、ホームレスのテントが固まっている一画に
歩いていった。そこは川沿いに木立が少しあって風がいくらか防げるようだ。
ホームレスたちも完全に寝静まってる。「もうすぐ川をお迎え船が流れてくる。
 あの炊き出しのお粥がさそい水になってるんだ。
 粥を口にしたものの大半は乗っていってしまうだろう」
そうささやいてきたが、意味がわからないのでだまっていた。
川は両岸が笹などの藪で、そこは大きく蛇行した先になってて
ある程度までしか流れは見えない。

そのときかすかにトントンと机を指で叩くような音が聞こえてきた。
そしてその音はだんだん強くなっていく。
法華の太鼓を連想させるような音だ。「そら来るぞ」と僧侶風がいった。
何かが川の蛇行を曲がって流れてきているようだ、
白っぽくて大きいものではない。僧侶風が俺をうながし、
草の中を水面近くまで走って近づいた。
護岸ブロックがあるところまでくると足元がしっかりした。

流れてくるものが見えてきた。1mくらいの木と紙でできた船。
前にテレビで見た、紙の武者人形と子どもの願い事を書いた
紙をのせた鹿島流しという伝承行事の船に似ている。
それが十数個、どこにも引っかからず集団で流れてくる。
船の上には埴輪のような小さな泥人形がひしめいて立ってる。

ホームレスたちのテントから動くものの気配がする。一つまた一つと、
四つんばいの影がテントから出てきて近くの水面に向かっていく。
俺たちにやや近いところにきたホームレスがテトラポットの
上に寝そべって顔を出し、声を上げて吐き始めた。
あちこちで嘔吐の声と、どこから聞こえるのかわからない太鼓の音がする。
「時間がない!」僧侶風はそう言って、懐から金色に見える棒を取り出した。

「これを船の固まっているどこかに投げてくれ。私は肩を痛めているので届かない。
これ一本しかないから外さないように十分近づいてからやってくれ」
とそれを俺に手渡してよこした。思ったより軽く、
複雑な形をしている。金属に見えたが木製のようだ。近くで吐いていた
ホームレスが水を飲もうとしたのか、前にはいずっていって水の中に落ちた。
そのままバタフライのような格好で体を上下に激しく揺らしている。

「まずい!もう投げろ!!」と耳もとで言われて、船団まで20mくらいか。
俺は足場を確認して慎重に投げた。棒は宙を飛んでいるところは見えなかったが。
船団の中ほどで水音がした。その瞬間、「おーーん」という
魂消るような響きがして太鼓の音が消え、船団は川の流れを無視して
その場にとまり、濡れた紙が破れるようにグズグズと沈み始めた。
「破れたぞ、よし」と僧侶風が俺に向かって言った。
「チイチイ、チイチイ」と小鳥のような声がした。泥人形たちが
鳴いているようだ。船はすぐに見えなくなってしまった。

僧侶風がパンと手を叩くと近くのホームレスが立ち上がって
黙ってテントに戻っていった。僧侶風はあちこち歩き回って手を叩き、
川に落ちている人は体の一部を無造作につかむと軽々と岸に引き上げた。
すごい力だった。俺が「肩を痛めてるんじゃ・・・」と言うと、
「そんなこと言ったか」と、とぼけた口調で答えてきた。

続けて「この場はこれで済んだが、きりがないな」そして俺の顔を見て、
「質問したいだろうが、答えられない。ただ・・あんたは善根を積んだ」と言った。
ふっと川面を見ると、もう何も見えなかった。
俺が重ねて、「どうして自分で投げなかったんです?」と聞くと、
「剣道、十年以上やったんだろう」とだけ答えた。

後日談としては、2週間ほど後、大々的な行政の強制撤去があり、
河原のホームレスはいなくなった。俺は再就職し、
僧侶風にもリーマン風にもあれ以後一度も会っていない。
ただし、あの宗教団体と同じと思われる人たちが
駅前で募金をしているのを何度か見かけた。







恐山のオカルト

2020.06.16 (Tue)
 vddsssd (3)
恐山菩提寺と地蔵菩薩

今回はこういうお題になります。さて、みなさんは
青森県の恐山に行かれたことがあるでしょうか。自分は
10年以上前に温泉関係の取材で行ったことがありますが、
なにぶん古い話なので、現在の様子と合わない点が
あるかもしれません。

オカルト研究家として、もっとちょくちょく行けばいいんで
しょうが、新幹線は八戸までですし、アクセスがよくないん
ですよね。前は茨城から車で行ったので、あきれるほどの
時間がかかりました。青森に入ってからも長いんです。

さて、まずは恐山の概要を見ていきましょう。青森県、下北半島の
中央部にあり、カルデラ湖である宇曽利山湖の外輪山一帯を指します。
火山地形ですが、噴火があったのは1万年以上前とされます。
全国にある「〇〇地獄」という地形同様、硫黄性の火山ガスによって
草木の生えない荒涼とした風景が広がり、その面積が大きい。

 vddsssd (2)

面白いのは恐山(おそれざん)の地名の由来で、恐いからという
わけではないんです。古くは宇曽利山(うそりやま)と呼ばれたのが、
転訛により恐山「おそれやま」と呼ばれるようになりました。
もともとの「うそり」は、アイヌ語の「ウショロ(くぼみ)」
から来ているということです。

日本三大霊場の一つで、恐山菩提寺があります。このお寺は
曹洞宗で、むつ市にある円通寺が運営を行っています。
恐山では地蔵菩薩信仰が盛んで、禅宗とは合わないんですが、
霊場を開いたのは天台宗、最澄の弟子である円仁(慈覚大師)です。

宇曽利山湖
 vddsssd (5)

地蔵菩薩は、地獄を含めた六道世界のすべてに現れて人々を救うという
誓いを立てて菩薩になりましたが、特に子どもを地獄から救うことで
知られています。幼くして死んだ子どもは、親不孝の罰のため、
地獄の賽の河原で石を積むんですが、あるていどまで高くなると、
鬼が来て突き崩してしまいます。その無限の責め苦に終わりを与える。

ですから、恐山の各所には石積みがあるんですが、これは、
地下からの有毒な火山ガスを、直接地表に吹き出させないためも
あると言われています。また、あちこちに立てられた風車は、
子どもへの供物であると同時に、火山ガスの流れる風向きを
調べるためともされます。

賽の河原

 vddsssd (4)

さて、恐山と言えば「イタコ」が有名ですよね。死者が乗り移って
口寄せをします。じつは仏教とは関係ない、神道系の巫女なんです。
イタコになれるのは、目が見えない、もしくは弱視の女性で、
厳しい修行がありました。必ずイタコの師匠につき、数年間
祓いの祝詞や所作を覚えます。

ただ、これで1人前というわけではなく、実際に死者の言葉を
取り次ぐには、高い技術が必要です。現在は後継者が少なく、
盲目ではない女性もいるようです。上記したように、イタコは
神道ですので、恐山菩提寺はまったく関与していません。
例大祭のときに東北各地から集ってくるんですね。

おっと、スペースがなくなってきました。温泉の話に移ります。
霊場内には恐山温泉があり、4つの湯小屋は無料ですが、
最初の拝観料は必要です。ここの湯小屋は、幽霊を見ることが
できると言われています。ただし、怖い幽霊ということではなく、

イタコ
 vddsssd (7)

「湯につかってゆったりした気分で窓の外を眺めていると、
外を行きかう人に交じって、亡くなった親族や友人の姿を
見てしまう」といった内容になっています。自分も入りまして、
いいお湯なんですが、板一枚の外を人が行き交っているので、
なんだか落ち着かなかったですね。

さて、じつは恐山は日本の怪談史上、きわめて重要な役割を果たして
います。1973年から日本テレビ系列で放映されていた、
「怪奇特集!! あなたの知らない世界」。放送作家の新倉イワオ氏が、
視聴者の投稿をもとに、再現ドラマを構成しましたが、
その中で最も怖かったとされるエピソードが、

恐山の湯小屋の一つ
 vddsssd (8)

「恐山の怪」あるいは「お歯黒お化け」と呼ばれる回で、
恐山に参詣に行った男性が霊場内で着物姿の女性を目撃する。
その女性は自宅までついてきて、男性は日に日におかしくなって
いきます。自宅で歯を磨いていると、なぜか歯が真っ黒になり
その後ろに女性の姿が。

男性だけでなく、家族もまたその霊にとり憑かれ、霊が茶碗の中に
現れたり、家族が歯が真っ黒になったままニターッと笑う。
こう書くとバカバカしいようですが、すごく怖かったとして伝説に
なってるんです。で、何が特筆すべき点かというと、それまでの
怪談は、多かれ少なかれ因縁の要素がありました。

悪いことをした人間、恨みを買った人間が、霊によって報いを
受けるという「四谷怪談」のパターンだったのが、何もしていないのに、
たまたま地雷を踏んでしまうような形で霊障を受けてしまう。
それもきわめてシュールな形でです。

日本のオカルトの先駆者の一人 新倉イワオ氏
 vddsssd (1)

わけのわからない怖さ、理不尽な恐怖という、現代怪談を特徴づける
要素はこのあたりから始まったと見てもいいように思います。
怪談が因縁物というしばりから切り離され、幽霊も正体不明で、
必ずしも恨みを飲んで死んだ人間とはかぎらない。
怪談の自由度が高まったということです。

さてさて、ということで、恐山のオカルトを見てきました。
最初に書いたようにアクセスは悪いですが、行けば行っただけの
価値はあると思いますので、まだの方はぜひ恐山に参詣されて
みてはいかがでしょうか。では、今回はこのへんで。

 vddsssd (6)





アーカイブ 「崇」と「祟」

2020.06.16 (Tue)
この題名を読まれた中には「ははあ、あの話だな」
と察知された方もおられるでしょう。
井沢元彦氏の『逆説の日本史』の中に出てきて有名になりましたが、
元々識者の中では知られていた内容です。ウエブ辞書を引きますと、
「崇」の字義は1、気高くたっとい 2、たっとぶ、あがめる

「祟」については、1、神のたたりをうける ということで、
似ていますが異なる字です。さて、昔の天皇には諡号(しごう)
というものがありました。これは天皇の死後に奉る、
生前の事績への評価に基づく名のことで、

淡海三船
キャプチャ

元々は中国の風習でした。諡号には国風諡号と漢風諡号とがありますが、
必ずしもすべての天皇にあるわけではありません。
平安時代の前期ころに、どちらも慣習が絶えています。
また、現在言われる「昭和天皇」というのは、諡号というより
追号(帝号)と言うべきものです。

今回お話するのは、この諡号の中でも漢風諡号に関することです。
『日本書紀』の本文には、漢風諡号の神武天皇、
仁徳天皇などの語が出てくることはありません。
これらは、淡海三船(皇族、漢詩人)によって、

760年代に、一括して撰進されたという説がありますが、
必ずしも確証があるわけではありません。
前述した井沢元彦氏は、この淡海三船撰説を疑っておられますが、
かといって、それに有力な反証があるということでもないようです。



この漢風諡号の中で、生前に不幸な境涯に落ちた天皇に対して、
「崇」の字が意図的に与えられているという話があり、
これは自分は間違いないような気がします。「祟る・祟られる」
という意味がかけられているのだと思いますね。ざっと見ていきますと、

崇神天皇・・・第10代天皇であり、事績が詳しく記載されているため、
それまでの天皇(欠史8代)とは違って、実在性が高いと見るむきもあります。
全体的には強権をもってよく国を治めたといった書き方をされていますが、
神のたたりを受けて疫病が蔓延した、といった話も出てきます。
この崇神天皇をして、怨霊信仰がわが国に現れた初めであると説く論もあります。

崇峻天皇・・・第32代天皇(553年?~592年)蘇我・物部戦争の
ころの天皇で、聖徳太子とも同時代なんですが、なんと、
蘇我馬子の謀略によって暗殺されてしまいます。これは、
わかっている中では、天皇が臣下によって弑せられた唯一の例です。
もともとは蘇我氏により擁立されたのですが、その支配を嫌って、

崇峻天皇の真の陵墓の可能性 奈良県桜井市「赤坂天王山古墳」


献上された猪に「自分が憎いものの首をこのように斬りたいものだ」
そう言って、目に刀を突き立てた。これを聞いて危機感を覚えた馬子が、
暗殺者を差し向けたんです。『日本書紀』の暗殺の記述があまりにも
淡々としていること、蘇我馬子の罪が追求された様子がないことから、
さまざまな説が出されています。

崇道天皇・・・(750年?~785年)皇位継承をしていないので、
天皇の代数には含まれていません。奈良時代の人物ですが、
早良皇子、早良皇太子と呼ばれることが多いです。母親の身分が低く、
出家していたところ、諸事情により還俗して太子になりました。
しかし、藤原種継暗殺事件に連座して廃太子され、

淡路国に配流される途中、絶食して憤死したと言われます。
この早良皇太子と、天皇呪詛の嫌疑で暗殺?された井上内親王の怨霊によって、
皇族・貴族の相次ぐ死、疫病の流行、洪水などが起こったと考えられ、
鎮魂の追供養を何度か行った後に、崇道天皇と追称されました。
この早良、井上両怨霊のために平安遷都が起こったとする説までありますね。



崇徳天皇・・・(1119年~1164年)第74第天皇。
崇徳上皇、讃岐帝などとも言われます。院政期でしたので、幼くして天皇になり、
若くして上皇になりますが、保元の乱に関連して、讃岐の国に配流されます。
天皇または上皇の流罪というのは、史上およそ400年ぶりのことです。

この配流先で、上皇は仏教一途の生活を送っていたようで、
極楽往生を願い、五部大乗経(これは墨で書いたという説と、
血で書いたという説があります)を写し、
完成した写本を京の寺に収めてほしいと朝廷に差し出したのですが、
後白河法皇が呪詛ではないかと疑い、突き返されてしまいました。

激怒した崇徳上皇は、その場で舌を噛み切って、
戻ってきた写本に「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」
「この経を魔道に回向す」と血で書き込み、爪や髪を伸ばし続け、
ついには生きながら天狗になったと言われます。
最期は暗殺されたとする説もあります。

自らの血で経文を染める崇徳上皇


まあ、このあたりのことは『保元物語』という軍記物に書かれている内容で、
『平家物語』の那須与一の扇の的なエピソードなのかもしれません。
(学問的には与一の実在すら立証できていません)
真偽に関しては諸説ありますが、後代に、崇徳上皇が、
わが国に祟りをなす大怨霊として見られたことは確かです。

『太平記』には、怨霊の首魁である金色の鳶として登場しますし、
上田秋成の『雨月物語』の「白峰」の段も有名です。
さてさて、この他にも「徳」の字が諡号についた天皇も
不幸な境涯を象徴されているとする説もあり、
この崇徳天皇、顕徳天皇、順徳天皇、平家滅亡の際に入水した

安徳天皇あたりはたしかにそうかもしれませんが、古代の懿徳天皇、
民のかまどの煙が立たないのを憂えた仁徳天皇などの例もあり、
すべてがそうなっているとも考えにくい気がします。井沢元彦氏は、
この「徳」字鎮魂説も一つの論拠として、聖徳太子怨霊説を展開して
いるんですが、自分は、そこまで言えるかのなあと疑問に思いますね。

『怨霊と化した崇徳上皇』(歌川芳艶) 鳶の姿で表されることが多い






マヨヒガの話

2020.06.15 (Mon)
今晩は、森田ともうします、会社役員を退職し、現在は無職です。
よろしくお願いします。これね、私の母の話なんです。今から12年前に
82歳で亡くなりました。母は大正の終わりに岩手県の造酒屋で
生まれまして、4女だったということです。その他に男の子どもが6人、
つまり10人きょうだいということですね。少子化の今では
考えられませんが、当時はそういう家はちょくちょくあったと
いうことで、6,7人なら珍しくなかった。それと母の生家は、
今は残念がら没落してしまいましたが、昔はたいへん裕福で、
母が小さいときにはずっと、子守のねえやがついていたそうです。
そのねえやに小学校に入る前、マヨヒガの話を聞いたということでした。
ま、この場のみなさんなら、マヨヒガは当然ご存じですよね。

民俗学者の柳田國男が『遠野物語』で紹介した東北、北関東方面に伝わる
伝承のことで、柳田氏の作は岩手県が舞台。カタカナで表記したのも
柳田氏です。山の中で迷ってしまった者が、いつの間にか見たことのない
大きな黒い門の屋敷の前に出た。道を聞こうとして呼びながら入って
いったが誰も出てこない。広い庭にはたくさんの鶏が走り回り、
牛小屋、馬小屋も満杯。それなのに人の姿は見あたらず、
玄関から上がると、広間の部屋にたくさんのお膳が並べてあり、
奥の座敷の囲炉裏の鉄瓶には湯が煮えたぎってる。ここでその者は
怖くなり、どれも極上の品なのに、家の物は何一つ持ち出さずに外へ出た。
ほどなくして道が見つかり、村へ帰り着くことができた。
こんなお話です。その後、この者は川に流れてきた赤い椀を

拾って裕福になります。それで、これね、母がねえやに聞いたと
言いましたが、それをまた子ども時分の私に話してくれたんです。
つけくわえて母自身の体験も。母が尋常小学校に入った年、
そのねえやはもう実家に戻っていましたが、
疫痢で亡くなったという話を使用人から聞いたそうです。
ですが、まだ子どもでもあり、また身分も違うため、母が
葬式などに出ることはなかったそうです。ただ、ねえやともう
二度とは会えないということはわかったと言ってましたね。
それで、その年の冬休み明けに学校が始まって、母は小学校まで、
朝は使用人に手を引かれて行きましたが、帰りは一人で
戻ってきていたそうです。家と学校は目と鼻の近さで、

数分しかかからなかったんです。学校の裏から雪の積もった
道を歩いていた。すると急に空が真っ暗になったんだそうです。
今の小学校1年生ですからね、そんな遅い時間に終わるはずもない。
それは一瞬のことで、またもとの明るさに戻りましたが、
見たことのない大きなお屋敷の前にいたんだそうです。
わけがわからず不安になった母は、しばらくその門の前に
立ち尽くしていました。そしたら、ギッギッと音を立てて
門がひとりでに開き始め、母は、人が出てきたら酒屋の者だと
言えば送り届けてもらえるだろうと中に入ってみた。ところが、
玄関をはじめすべての戸は開いてるが人の姿はない。
真冬なのにその家の中は暖かで、座敷の火鉢にはみな

カンカンに炭が熾(おこ)っている。「あのう、もし」母が大声で
叫んでもやはり何の反応もない。もう出ようかと考えながら
襖を開けると、やや小ぶりの座敷で文机が出ており、
そこになんと、死んだと聞いたねえやがいて、一心に習字を
してたんだそうです。懐かしく思った母はねえやの名前を呼んだものの、
母のほうを見ることもしない。母の存在に気づいてないように
思えたということです。母はまた怖くなりました。死んだねえやが
ここにいるのなら、これはあの世なのではないか。子どもながら、
そう考えあたったんですね。そのときにねえやが書いていた
字からもそう思ったと言ってました。はい、ねえやは一枚の半紙が
真っ黒になるほどくり返し、「いきてえ」と書いていたんです。

「生きたい」ということなんでしょう。母はそろそろと後じさり、
来たとおり戻って門から外へ出た。するとまた空が暗くなり明るくなると、
母は自分の屋敷の塀に向かって手をついた状態でいたんだそうです。
このことは仲のよかった年の近い姉妹には話しましたが、
両親、つまり私の祖父母には黙っていたそうです。それから・・・
ご存知のように戦争がありまして、戦後、母の生家は酒造以外の
事業に手を出して没落しました。母はそれでも女学校を出してもらって
いたので小学校の教員となり、そこで年上の教師だった
父に見初められて結婚しました。そして私と弟が生まれたんです。
父は厳格な人でしたが、50代で病に倒れ、現役の教員のまま
亡くなりました。その頃には私はもう仙台に出て就職していました。

すみませんね、母の一代記のようなことを長々と話しまして。
ここからは身内の恥のようなものですが、今からはずいぶん
以前のことです。母は実家のある市で一人暮らしをしてました。
弟もそこを離れていたので。で、あるとき、買い物に出る途中、
転倒して大腿骨を骨折してしまったんです。救急車で運ばれて
すぐ手術を受け、私や弟も呼ばれました。当時は、お年寄りの
大腿骨骨折は命の危険があったんです。なんとか手術は成功しましたが、
長いリハビリ期間があり、もとのように歩くことができなくなりました。
それで、私は妻と話し合い、母を仙台の自宅に引き取ったんです。
1階の和室を母用とし、そこに住んでもらいました。
妻とはトラブルになることもなく、仲よく暮らしていたと

思います。母は男2人の子どもでしたが、私は女の子2人で、
長女が母にとっては初孫にあたるんです。それで、次女のほうですが、
中学2年のときに不登校になってしまったんです。
私と妻で何度も学校に行きましたが、学校側ではイジメはなく、
友人間の関係のトラブル、感情の行き違いからだという説明でした。
次女は自分の部屋に引きこもって出てこなくなりました。
ええ、一切誰とも話をしないんです。食事も妻がつくって部屋の前に
置いておくだけ。無理に連れ出そうとすれば大暴れするので、
カウンセラーなどとの面会もできませんでした。
娘は母とは気が合ってよく話していたんですが、それも、
いくら母が部屋のドアの前で呼びかけても、とりつくしまもない。

そんな状態が1年近く続いたんです。それであるとき、
足のリハビリのために夕方 短い散歩に出ていた母が、
「驚いた、マヨヒガを見たよ。地元の県じゃないのに、こんな街中
 なのにマヨヒガがあるなんて」こんなことを言いだしたんです。
それを聞いて、ぎょっとしました。マヨヒガなんてあるはずもなく、
母に認知症の兆候が出たんじゃないかと考えたんです。
娘がそんな状態なのに、母まで手がっかるようになったら・・・
「へええ、中に入れた?」そんなことはおくびにも出さす
聞いてみましたら、「いや、黒い門は昔見たとおりだったけど、
 固く閉まっていて入れなかった」そういう話だったんです。
でも、その後の母の言動はしっかりしていて、

ボケたという様子はありませんでした。それから1ヶ月後くらいですか。
夕方の散歩から母が戻らなかったんです。8時を過ぎて警察に連絡しました。
事件かもしれないということで、広範囲に探していただいたんですが
その日は見つからず、翌日になって家からやや離れた廃屋の中に倒れて
亡くなってるのが発見されたんです。心臓発作でした。その廃屋は十数年も
放置され、玄関の鍵が壊れてましたが、なぜ母が入ったのかわからない。
それと不思議なことに、倒れていた部屋に真新しい習字道具と紙があり、
「〇〇が学校に戻れますように」と筆で書いてあったことです。母の字です。
母の遺体が家に運ばれてきたとき、娘が部屋から出てきました。
そして母に取りすがって泣いたんです。葬式にも出ましたし、その後
学校に戻れるまで、長くはかかりませんでした。まあ、こんな話なんです。






洞窟のオカルト

2020.06.14 (Sun)
zsb (1)
メキシコの水晶洞窟

今回はこういうお題でいきます。昨日が「地下通路のオカルト」
だったので、これを予想されていた方も多いかもしれません。
さて、洞窟とは何かという定義ですが、少し調べてみたところ、
世界的な基準があるというわけでもないようです。

一般的には、人間が入ることが可能な地下の空間を指します。
入り口の高さよりも奥行きが深ければいいようなので、穴の直径が
1m、奥行きが2mでも洞窟になるんですね。あと、洞窟の材質は
必ずしも岩盤である必要はなく、土でもかまいません。ただし、
木のうろなどは、いくら深くても さすがに洞窟とは言いません。

それと、自然の作用でできたものは自然洞窟、人間が掘ったものを
人工洞窟と言うようです。つまり。鉱山の坑道なんかも一種の洞窟と
見ていいわけです。奥がどこかに抜けているか、それとも
行き止まりになっているかも定義には関係ありません。
ですから、トンネルも洞窟と呼べるんです。

海底洞窟
zsb (3)

自然洞窟のでき方はさまざまで、観光地になっているのは
石灰洞が多いですよね。炭酸水の作用で石灰質の岩が溶け出したもの。
鍾乳石があるのが特徴です。あとは波によって削られた海食洞窟。
海食洞窟は日本にもたくさんあり、縄文人の住居になってたりします。
それから、火山活動でできた溶岩洞など。

みなさんは洞窟はお好きでしょうか。自分は観光用の洞窟、
つまり、足場があり内部がライトアップされているところは好きです。
でも、そうではない、自分でヘッドランプをつけて歩かなければ
ならないようなところは怖いですよね。崩落など、
何が起きるかわからず、命の危険があります。

安家洞の神殿と呼ばれる構造
zsb (2)

ちなみに、日本で一番奥行きがあるのは岩手県の安家(あっか)洞で、
全長24kmほど。ここは夏でも中は8℃ほどの気温だそうです。
自分は当ブログに「氷穴の話」というのを書いていて、内部が
氷点下の洞穴に宇宙船らしきものがあり、旧日本軍の大佐が
異形の生物に軍刀を突き立てたまま凍りついているという話です。

世界に目を移すと、さすがにスケールが違い、最長は、アメリカ
ケンタッキー州のマンモス・ケーブ国立公園にあるマンモス洞システム
という洞窟で、総延長が643kmとなっています。これは東京から
大阪を越えて、岡山あたりまでの距離です。うーん、すごい。

青木ヶ原樹海の風穴
zsb (4)

さて、洞窟を舞台にしたフィクション作品はたくさんありますが、
きわめつけは、何と言っても横溝正史先生の『八つ墓村』ですよね。
推理の要素はもちろんありますが、冒険小説とも読める内容です。
映画で、萩原健一主演の1977年の作品は、洞窟内の追跡シーンで
登場人物に特殊メイクが施され、ホラー的なつくりになっていました。

あと、重要なギミックになっていたのが暗号文と洞窟内に隠された宝。
海外の作品でも、洞窟と宝が結びついているものは多いです。
で、主人公がさんざん苦労して宝を見つけ出しても、
そのうちの一つを手に取ると洞窟がぐらぐらと揺れて崩れだす・・・
あまりにも定番のシーン。

『八つ墓村』のロケ地となった洞窟
zsb (1)

洞窟を舞台としたホラー映画は、2005年のイギリス作品、
『ディセント』なんかが思い浮かびます。アパラチア山脈にある
洞窟を探検に行ったグループが中で化け物に襲われる。
何のひねりもないんですが、洞窟内のシーンはなかなかよかったです。

同じ2005年のアメリカ映画、『ザ・ケイブ』も似たような内容でした。
こちらはカザフスタンの洞窟でしたか。この手の映画って、
光と闇をどう描くかが勝負なんですよね。基本は暗闇で、
ライトに照らされたところだけが見える。あと、湿っぽい空気感も
重要です。どうせ細部は見えないんですから。

『ザ・ケイブ』
zsb (5)

意外なところでは、2004年の『エクソシストビギニング』。
この舞台が、岩盤を下に向かって掘り進んでいったアフリカの
地下教会なんです。表向きは教会ですが、じつは悪魔を
封印した場所で、それが発掘によって目覚めてしまう。

あとはそうですね、オカルトでは「地球空洞説」というのが
あります。これについては以前くわしく書いてるので、興味を持たれた
方はそちらを参照されてください。アガルタという地底都市が
アジアのどこか(おそらくチベット周辺)にあるという伝説をもとに
実際に何人もの探検家が探しに出かけています。

『エクソシストビギニング』
zsb (6)

実際の事件では、「岡山地底湖行方不明事件」というのがあり、
2008年、高知大学の男子大学生が岡山の洞窟の地底湖で
行方不明になったもので、洞窟の名前が、
「日咩坂鐘乳穴(ひめさかたちあな)」と不気味なことや部長が
女子学生だったせいもあって、当時はあれこれ騒がれたんですが、

真相は、ハイになって地底湖で泳ぎ、そのまま沈んでしまった
学生を仲間が救助せず出てきてしまった程度のことだと思います。
それにしても、地底湖は水温も低いし、潜れば真っ暗で方向が
わからなくなるでしょうし、泳ぐのは自殺行為です。

日咩坂鐘乳穴


さてさて、ということで、洞窟のオカルトについて見てきました。
やはりオカルトには欠かせない舞台の一つですね。2年前には
タイの少年サッカーチームが水位が増した洞窟内に閉じ込められ、
世界的な話題になりましたが、無事救助されています。
では、今回はこのへんで。

zsb (1)





地下通路のオカルト

2020.06.13 (Sat)
XV (1)
『第三の男』

今回はこういうお題でいきます。地下通路と書きましたが、
これには、地下鉄路線や下水道なども含めます。洞穴などの
自然地形は今回はのぞきます。あちこちに話題が飛んで、
もしかしたら散漫な内容になるかもしれません。

さて、地下道のオカルトというと、みなさんは何を思い浮かべ
ますでしょうか。自分はオーソン・ウェルズが監督・主演した
ミステリー映画、『第三の男』ですね。第二次世界大戦終戦直後の
ウィーンを舞台にして、練り上げられたプロット、ウェルズの
圧倒的な存在感、印象的なラストシーン、

ツィター師、アントン・カラスによる映画音楽など、
名画としての要素をすべてかね備えていました。この映画の
最後のほうで出てくるのが、ウイーンの下水道での銃撃戦です。
戦前につくられたとは思えないほど、広く立派でしたね。
映画にちなんだツアーも行われているようです。

『ミッドナイト・ミート・トレイン』
XV (2)

映画の話題をもう少し続けましょう。イギリス人ホラー作家、
クライブ・パーカーの原作を、ニューヨークの地下鉄に
舞台を移した2008年のアメリカ映画が『ミッドナイト・
ミート・トレイン』。監督は日本人の北村龍平氏でした。

地下鉄の最終列車に乗った乗客がときおり行方不明になる。
じつは列車の中で殺されて肉にされ、地下に棲む何者かに
捧げられる。ですがこれ、残念ながら映画としての評価は
あんまり高くないんですね。殺人シーンの
カメラワークなどはなかなかよかったですが、

『アンダーワールド』
XV (3)

脚本がどうにもイマイチな感じがしました。惜しかったです。
で、この話、自分がニューヨーク出身の友人に聞いたら、
前々からあるものみたいなんです。ニューヨークの冬は
厳しいので、ホームレスが寒さを避けて地下鉄構内で暮らしているが、
汚染物質のために顔や体がどろどろに溶け出している・・・

みたいな都市伝説があるようなんです。これと似たような
話が「下水道のワニ」。みなさんも聞かれたことがあるんじゃ
ないでしょうか。巨大なアルビノの白いアリゲーターが棲息していて、
作業員などが喰われたりしている。このワニは一般家庭で
ペットとして飼われていたのが、育てられなくなって

トイレに流され、それが、ネズミなどの豊富な食料で巨大化した。
元ネタは、アメリカのポストモダンの小説家、
トマス・ピンチョンの1963年の小説『V』から来ているようです。
ただ、ニューヨークのブロンクス川、イーストリバーなどで
飼い主に遺棄されたワニがちょくちょく見つかってるのは事実です。

秋庭俊氏による東京秘密地下通路
XV (1)

これ、自分も趣味で熱帯魚飼育などをしてますので、十分気をつけたい
と思っています。あと映画では、2003年のアメリカ映画
『アンダーワールド』のシリーズなども印象的でした。大昔から、
日光を避けて地下に棲む吸血鬼一族と狼男一族の戦いを描いたものです。

さて、映画の話はこのくらいにして、東京には戦前につくられた
地下通路網があるという話があります。戦後につくられた地下
トンネルの多くは戦前に秘密裏につくられたものを再利用している。
これを主張しているのは、作家、鉄道研究家の秋庭俊氏です。

地下通路への秘密のドアとされる画像
XV (2)

ただ、この説は各方面から批判されています。あまりに陰謀論的ですし、
戦前のものなら、敗戦後にGHQによって公表されないのも
不自然です。ただ実際の地下通路、例えば国会議事堂ー議員会館、
東京駅ー上野美術館などはあるようです。上野美術館には
お金には代えられない超有名美術品なんかも来ますからね。

あと地下鉄の駅で、何らかの理由で使われなくなった
ホームというのはあります。そのあたりが伝説の元になっているの
かもしれません。それから、東京の地下街は非常時に核シェルター
としての役割を果たすという話もあります。

北京の核シェルターアパート


うーん、食料などはある程度備蓄されてるとは言えるかもしれませんが、
大人数の分はありませんし、地下街程度では放射性物質の
侵入を防ぐのは無理な気がします。中国には毛沢東時代につくられた
地下シェルターが、北京だけでも1万ヶ所以上あり、現在は
一般人に貸し出されて100万人以上が住んでいるそうです。

けっこう書くことがありました。最後の話題にしましょう。
下の画像は、「首都圏外郭放水路」と言って、豪雨時に水を溜め込む
ための巨大施設です。まるで神殿のように見えます。
「龍Q館」という博物館も附属し、一般のツアーも実施されています。

XV (5)

調圧水槽は、長さ177m、幅78m、高さ18mの広さがあり、
その貯水量はおよそ67万立方mで、池袋のサンシャイン60ビルの
体積とほぼ同じと言われています。こんな高さのある屋内空間を
見ることはないですからねえ。圧倒されると思います。

さてさて、ということで、地下通路のオカルトを見てきましたが、
後半は夢のない話になってしまいました。しかし、例えば
皇居からの地下脱出路のようなものは、自分は絶対にないとは
言い切れないんじゃないかと思ってます。では、今回はこのへんで。

XV (4)




病院での話

2020.06.12 (Fri)
bigbossmanです。今週の火曜日、大阪市内のある病院へ定期検査に
行ってきました。自分は2016年に大きな病気をして入院・手術し、
このブログも1年以上中断してるんです。今年の8月で
手術以来4年が経過しますが、今のところ再発などの異常は
ありません。運がよかったと思ってます。
当日はCTを撮るため朝食抜きで出かけ、その他に内視鏡検査も
あったので、午前中いっぱいかかりました。
そこの病院、コロナの緊急事態宣言中は患者の数も少なかった
ようですが、最近はまた増えてきてて、表示版に「今日の患者数
3500人」と出てましたね。病院に付属したレストランで
昼食をとり、玄関ホールで支払いを待ってたんです。

そしたら、後ろから「おや、bigbossmanじゃないですか」と声を
かけられ、ふり向くと、入院着を着た白髪の男性が立ってたんですが、
一瞬誰だかわからなかったんです。「ほら、〇〇です。以前に雑誌社の
 仕事でご一緒した」 あ、と思いました。その人、京都在住の
霊能者の方で、2年前に取材させていただいてたんです。
とっさにわからなかったのは、恰幅がよかったのが、ずいぶん痩せて
しまっていること。あと、お会いしたときには和服姿で髪も黒く
染めてられたからです。「いやどうも、お久しぶりです。その節は、
 いろいろお世話になりました」 「いやいや」
仮にBさんとしておきます。Bさんは霊能者としてはひじょうに
力のある方で、2年前の取材もたいへん興味深いものだったんですが、

いろいろ差し障りがあってここに書くことはできません。
「入院なさってるんですね」自分が尋ねると、「うん、ちょっと心臓の
 ほうがね、不整脈から血栓ができて、それが脳のほうに回って
 脳梗塞になっちゃった。まあ、大事は至らず後遺症もなかったんだけど、
 ペースメーカーを埋めなきゃならなくなって、今入院してるんだよ」
「それは大変でした」 「まあねえ、私ももう70代に入って、
 無理がきかなくなってるんだな」こういう会話になりました。
それからいろいろ雑談して、自分のほうから「ところでBさん、
 霊視をなさりますよね。やっぱり病院って霊が多いもんですか」
こう聞くと、「うーんまあ、そりゃあね、この規模の病院だと、
 1日に亡くなる入院患者も何十人だから、

 死霊はいないわけじゃない。けどほら、よく病院の怪談なんかに
 書かれてるように多いってこともないよ」 「ははあ」
「まあ亡くなるのはだいたいがお年寄りだし、覚悟もできてるんだろう。
 人間誰でも年取って死ぬのは必然だし、それでいちいち迷っても
 いられないだろ」 「なるほど」 「けどね、魍魎のたぐいは多いよ」
「魍魎ですか」 「うん、魍魎ってのは、はるか昔からこの世にいる
 ものだが、われわれ生物とは違う存在のしかたをしてる。
 人間の感情を食べてるんだが、病院には、やつらが好むものが
 あふれてるから」 「え、どういうことでしょうか」
「口で説明するのは難しいから、これから実際に見せてあげようか」
「あ、ぜひお願いします」ということで、

支払いを済ませてから、Bさんとともに病院内を回ったんです。
「じゃあまず2階に行こうか、あそこが一番 魍魎は多いから」
行ったのは外来の化学療法室のある棟でした。昔は抗癌剤治療は
入院して行うことが多かったんですが、今はどこも病棟はいっぱいだし、
吐き気止めなどの薬も改良され、外来で治療を受ける患者が
多くなってるんですね。化学療法室は奥まったところで、
待合室にはかなりの患者がいましたが、多くが高齢者の方でした。
Bさんが「ほら」と言って端のほうに座ってる人を指差し、
それは50代に見える髪をオールバックにした男性でした。
「あれは」 「患者じゃなく健康食品やサプリの業者だよ。
 毎日ここへ来て売りつける相手を物色してるんだな。

 抗癌剤治療をしてる患者の多くは、藁にでもすがりたい心境だから」
「そうでしょうね」 「けどね、bossmanさんには見えないだろうが、
 あの人の頭の上には、大っきな黒いものが渦巻いてるよ」
「それが魍魎ですか」 「うんそう。それとこの待合室の中にもたくさん
 いるよ。人の不安や死への怖れを餌にしてるやつらが」
「どんなのですか」 「見たいかい」 「はい」 「じゃあ」
ここでBさんは人差し指と中指を天井に向けて上げ、さぐりながら
何かをはさむ仕草をしたんです。「お、いたいた」と、
指を胸の前に持ってきましたが、もちろん何も見えません。それが、
Bさんが口の中で何かを唱えてから、ふっと指先に息を吹きかけると、
見えたんですよ。ここからの話は信じてもらえないかもしれませんが、

15cmほどもある毛虫とムカデが混ざったような赤黒い不気味な
ものでした。「う」それはBさんの指にはさまれてぐねぐねと動き、
たくさんの触手を伸び縮みさせてました。「これが魍魎」
「初めて見ました」 「そう。たぶん天井裏に巣があるんだろうな。
 どこの病院にもいる」Bさんがそう言って、また息を吹きかけると、
その姿は消えて、Bさんは待合室のソファの後ろに捨てるような
仕草をしたんです。「本当にいるんですね」 「ああ、でも、
 姿形は不気味だけど、別に人間に直接害を与えることはない。
 あ、多少気持ちが暗くなったりはするかもしれないが」
「ははあ」 「ここの次に多いのはどこだかわかる?」 「うーん、
 診療棟ですか」 「あそこもいるけど、だいたいこれと同じ種類」

Bさんが歩き出したのでついていくと、エスカレーターで1階に
降りて渡り廊下を通り、救命センターに向かったんです。
そこの病院は、夜間休日外来もやってますが、救急救命の拠点に
なっていて、ひっきりなしに救急車が来てるんです。実際、
そのときもサイレンの音がしてました。「ここはね、交通事故や
 急病で運び込まれる人も多いけど、最近はすでに亡くなった方が
 増えてるみたいだね」 「どういうことです」 「例えばほら、
 家族が布団の中で亡くなってるのを朝に見つけたとして、
 往診の医者なんてすぐには来てくれないだろ。驚いて救急車を
 呼ぶことが多いんだ」 「ああ、そうでしょうね」
「医師でないと死亡確認はできないから、救急隊員も

 死んでると見てとっても、いちおう病院に搬送する。で、救命措置を
 ひととおりやってから死亡宣告する。そんなケースが増えてるって
 話だね」 「なるほど」 「そのほうが警察にとっても都合がいいんだよ。
 例えば、暴行などが疑われた場合、病院で外傷や、CTを撮って
 内出血なんかを調べたりすることもできるし」 「うーん」
救命センターの待合室はかなり広く、たくさんの人がいましたが、
そのほとんどは患者ではなく、つき添ってきた家族のようでした。
「ここはあんまり長居はできないから」Bさんはそう言って、
さっきとは違って足元のほうを指で探り、また息を吹きかけると
半透明の青いものが見えたんです。ほら、UMAでスカイフィッシュって
いますよね。あれに似てる感じでした。「さっきのとは違いますね」

「ああ、これはね、患者本人じゃなくて家族や友人などの悲しみを
 食べてる種類の魍魎だ」 「なるほど、勉強になりました」
「どう、喫茶店に寄ってコーヒーでも飲んでいかない」 「はい」
そこでまたいろいろとお話をうかがったんです。Bさんは、
「昔はね、人が亡くなるのは自宅が多かったでしょ。だから、
 魍魎も1ヶ所に集まってるってわけじゃなかったけど、
 今は、大きな病院は魍魎の巣みたいになてってるんだ」
「怖いですね」 「まあね、さっきも言ったけど、魍魎が直接
 人間に害を与えるわけではないんだが、病院には近寄らないに
 こしたことはないよ」 「Bさんも、どうぞお大事になさってください」
「ああ、ありがとう。bossmanさんもね」 「はい」

キャプチャ