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ある鬼の話

2020.07.31 (Fri)
こんばんわ、山田ともうします。さっそく、私の話を始めさせて
もらいます。私は現在67歳で、その出来事が起きたのは
もう17年前になります。テレビニュースや全国紙で報道
された事件も起きてますので、ご記憶されている方も
おられるかもしれません。当時、私は地方新聞のその地域の
支社勤務で、記者としては一番 脂が乗っていた時期だと
思います。ですが、事件の全貌をなかなかつかむことは
できませんでした。まあ、無理のない話ではあるんですが。
あんなことが実際に起きたなんて、今でも信じるのは難しいですよ。
何から話していきましょう。やはり神社の火災のことからでしょうね。
今から考えれば、あれがすべての発端だったと思うんです。

風がそろそろ肌寒くなってきた10月でした。その神社は、
市では一番大きいんですが、観光客などはまず来ることのない、
地域の人だけがお参りするところで。御祭神などは、
ここでは言わないほうがいいでしょう。秋の収穫感謝の例大祭が
9月に行われ、それから10日ほどたった夜。神社の本殿が
火事になったんです。いや、火事というか、一切燃え広がることは
なかったんですが。夜中の3時ころです。突然ドーンという轟音がして、
本殿の檜皮葺の屋根に大穴が開いたんです。ええ、その近所一帯に
響くような音でしたので、社務所に詰めていた神職が飛び起きて
見回りに行くと、本殿の屋根の檜皮があたりに飛び散っており、
直径2mほどの穴が開いてたんです。すぐ警察と消防に連絡しました。

警察では最初、航空機の部品が落下した、あるいは隕石と
考えたそうです。ですが、本殿の中を調べても、散った屋根材以外
何もない。もし大きな物が落ちてきたのなら、床にも穴が開く
はずでしょ。ところが破損したのは屋根だけで、御神体などはすべて
無傷。屋根の穴の縁が焦げてたので、結局、落雷ってことに
なったんです。でも、落雷と言っても、穏やかな夜でね、雨も
降ってない。天気予報でもそんなことは言ってなかったんです。
これね、私も取材に行って囲み記事にしたんです。そのときの見出しが、
「ホントに落雷?」というものでした。まあ、火事にならなくて
幸いでしたし、屋根の修繕は雪が降る前に終わったんです。
次、2番めに起きたのが、老人介護施設の入所者の行方不明です。

落雷事件から1週間後、神社の裏手1kmくらいにある
介護老人ホーム、ここは有料施設ですが、そこの女性の入居者が
朝になったらベッドにいない。そこで警察に通報された。
その女性は80代で、トイレなどは自分で行けるものの、
遠くまで出歩くのはまず不可能。それと、かなり認知症の度が
進んでいたそうです。不思議なのは、施設は夜間完全に
施錠されているし、表玄関すぐの受付には警備員が3交代で
常駐してるんです。もちろんどこかの窓から出たということは
ありえますが、その女性の体力ではとてもとても。警察では
遠くまでは行ってないだろうと判断し、近距離中心に
探したんですが見つからない。それで、川に落ちたことを想定し、

下流域をずっと調べたんです。でも、女性は今も見つからない
ままなんです。あ、それでね、この女性と神社の関係ですが、
ずっと前に亡くなってる旦那さんが市の有力者で、氏子総代を
務めたことがあるんですね。これは後になってわかりました。
3番めは、これは神社のすぐ近く、門前町と言える場所にある
家の男性の高齢者が行方不明になったこと。長男夫婦と
同居してたんですが、やはり朝になって姿が見えないことに
家族が気がついた。でね、この男性、寝たきりの状態だったんです。
歩くどころか、介護ベッドで半身を起こすのも無理。
ですから、自力で歩いて出ていくなんてありえないんですよ。
それでね、じつは、この男性も神社の氏子総代を務めたことが

あるんです。それから1ヶ月の間に、老人の行方不明が4件
続きました。まあね、徘徊騒ぎはどこでもあることなんですが、
そのほとんどは発見されるんです。ところが、最初の施設の
女性を入れて全部で6人。みな末期癌などで寝たきりに近い方で、
一人も見つかってない。おかしいでしょう。で、私が記事を書いて
新聞で大きく取り上げたんです。そうすれば、たいがいは社に情報が
入ってくるもんですが、目撃したなんて投稿もなかったんです。
当時の編集長は、なんだか気味の悪い話だなあと言ってました。
それからまた半月ほどたち、12月始めに早い初雪が降りました。
私らの地方は雪国とまでは言えませんが、けっこう積もるんです。
次が殺人事件です。15cmくらい積もった雪の道で、

集団登校中の小学生が、歩道にあった雪の固まりを蹴ったら、
それ、ごろんと転がって黒い髪の毛と見開いた目が見えた。
・・・その小学生はショックだったと思いますよ。トラウマになって
なければいいんですが、生首だったんです。遺体の他の部分は、
近くから一部が見つかりました。下半身と胸から右腕にかけて。
警察の調べでは、損壊の状況は刃物などで切断されたのではなく、
ねじ切られたような形。もちろん、一番考えられるのは交通事故、
轢き逃げですが、近くの道路には急ブレーキの跡などはなかったんです。
ええ、その前夜から雪は止んでました。で、この事件に関しては、
最初に話したように全国ニュースになったんです。被害者の身元は、
着衣に身分証が入っており、最初の行方不明者が出た

介護施設の職員だってわかりました。年齢は30代前半で独身。
前日の夜8時で勤務が終わり、その後の足取りは、一杯飲み屋に
10時過ぎまでいたのがわかってます。ええ、その地方では
殺人事件なんて稀なことですから、警察もかなりの人員を割いて
捜査したんですが、迷宮入りになってしまいました。17年前のこと
ですから、殺人だとしたら、まだ時効ではありませんが。
次の事件はさらにショッキングでした。いなくなった寝たきり男性の
家の50代の主婦、その首が、自宅近くの橋の欄干で凍りついて
いるのが朝に見つかったんです。ええと、発見者は早朝ウオーキングの
ご夫婦。これも、さぞかし肝を冷やしたと思いますよ。
頭部以外は見つかってません。それでね、このときはまだ、

私を含めて誰も、神社の落雷と関係づけて考えるものはいなかったん
ですが、社に電話での情報提供があったんです。提供者は職業上の
秘密でお知らせできないんですけど、介護士の事件ね。その深夜、
事件があった路上で異様なものを見たって言うんです。
普通の人間の倍、3m以上もある生き物が道路にいたと。
最初は何だかわからず、車で近づいていくと、ヘッドライトに
照らされたのは、その人の話によれば、いくつもの裸の死体が
組み合わさって、一つの大きな人間の形をしたもの。恐ろしくて
はっきりは見なかったが、5,6体分はあったということです。
頭の部分は、大きく開いた人間の足が空に突き出した形で、
鬼の角にも見えたということでした。・・・でも、さすがに

信じるのは無理ですよね。その方は、警察に言っても本気にして
もらえないだろうから、新聞社に電話したと言ってましたが、こちらと
しては、やはり警察に連絡するようにお勧めするしかなかったです。
でね、後日、まったく別の人から情報提供があり、主婦が殺されたと
考えられる夜、橋の上を歩いてると、下の川原にバケモノが
いたという内容でした。街灯の光に照らされたそれは、最初の提供者の
目撃談と一致してたんです。数人の体が複雑に組み合わさってできた
巨大な人型のものが、首のない女性の死体を抱えて歩き、そのまま
川の中に入っていったという・・・ええ、天を向いて突き出した
2本の足が、鬼の角に見えたというのも同じです。ありえないんですが、
そんな嘘をついて、何か提供者に得があるわけでもありません。

それで、社として正式に警察に情報を持っていったわけです。
その後、警察では中央に連絡し、警視庁や、神社本庁などから多数の
人が来たみたいです。みたいです、というのは、この後、
情報が警察から一切出てこなくなったからで。取材拒否に近い
形でした。これは全国紙やテレビ局も同じ。ね、あるときを境に、
ニュースでもこの事件の報道ががくんと減りましたよね。おそらく、
上から手が回ったんだと思います。・・・この後、殺人事件は打ち止め、
高齢者の行方不明もなくなりました。ただ・・・後日談がありまして、
死んだ介護職員ね、施設の入居者にひどい暴力をふるってたことが
発覚したんです。あと、女性のほうも、寝たきりの舅を虐待していた
という噂が近所に広まっていたことがわかったんですよ。

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偽神(にせがみ)を祀る話

2020.07.31 (Fri)
アーカイブ340

※ 実話怪談よりホラー小説に近いかもしれません

これ、俺が小学校4年のときの話。今から15年前のことだよ。
当時、山中って子とよく遊んでたんだ。その頃も、子どもの遊びっていったらゲーム
だったんだけど、その山中ってやつは、親が許してくれないってんでゲーム機
持ってなくて、そのかわり、外で遊ぶことをいろいろ知ってたんだ。
例えば、拾った木の棒でノックするみたいにして石を打って、
小川の向こうまで10回のうち何回飛ばせるかとか、そういうやつ。
山中とは、4年生の新しいクラスで知り合ったんだけど、
俺はずっとゲームっ子だったから、そういうのが新鮮で面白かったんだよな。
あと、山中は遊ぶ場所もいろいろ知ってた。例えば、河口に下水が流れ出す出口とか。
3m以上高さのある土管なんだよ。そこに、水が流れてない時間に行って中を探検する。
あと、小山の裾にある配電の鉄塔の下とか。今から考えれば、どっちも学校に
知れたら怒られる場所だったろうけど、そういうのにじつに詳しかったんだ。

だから放課後、2人で自転車で走り回って、町の中のいろんなところに
行ったもんだよ。思い出すと懐かしいな。山中はそれなりにいいやつだった。
人の嫌がるようなことは絶対に言わなかったし、子どもなりにではあったが、
俺にいろいろ気を遣ってくれた。今になって、そういことがわかるんだよ。
ただ、小遣いはいつも持ってなかったから、アイスや飲み物なんかを
おごるのが俺の役目になってたな。ああ、本題に入るよ。そんときは夏休み中で、
俺らの小学校の学区からかなり外れた場所にある神社に行ったんだ。
小さなとこだったよ。神主とかはいなかったんだと思う。社殿の扉も閉まってたし。
なんでそこに行ったかというと、山中が社殿の下の砂地にアリジゴクがいるって
言ったからだ。ほら、神社は高床になってるだろ。その下に潜り込むと、
下が目の細かい褐色の砂になってて、そこにぽつぽつとへこみがあった。それに
手を突っ込んで中央の砂をつかみ、持ち上げると手のひらの中にアリジゴクが入ってる。

いや、殺したりはしなかったよ。ただ観察しただけ。殺したのはアリのほうだな。
それも俺らが殺したんじゃなくて、生きたやつをアリジゴクの穴に入れてやっただけだ。
アリがもがいて逃げようとしてもサラサラ砂が崩れて、どんどん中に落ち込んでいく。
そして真ん中まで落ちると、中からハサミが出てきてガジッとつかまえるんだ。
それをずっと見てた。けど、1時間もするとさすがに飽きてきて、
2人で神社の裏手に回ったんだよ。そこはけっこう深い雑木林になってて、
強い日のあたった境内とは反対に、じめじめした感じで暗かったんだ。
で、どういうわけか社殿の柱に立てかけるようにして、
大きさの違う板が何十枚も重ねられてあったんだよ。うーん、もしかしたら、
神社の何かを作ったときの廃材だったのかもしれない。俺が見たかぎりじゃ、
あんまり面白そうなことはなかったんだが、山中が板の一枚を手にとって、

「なあ、神社を作らないか」って言ったんだ。これも、今考えると摂社ってやつのことを
言ってたんだと思う。ほら、大きな神社の参道沿いには、小さなお社がいくつも並んだり
してるだろ。あれのことだよ。で、俺もそのとき、面白そうだなってすぐ思った。
それで、2人で板を組み上げていったんだよ。もちろん、釘とか持ってたわけじゃないし、
セロテープなんかもないから、たんに板の下のほうを土に埋めて、その上に屋根になる
板を乗せただけだ。山中は三角の神社の屋根の形にしたかったようだったが、
それは上手くいかなかったな。で、俺らの背丈より頭一つくらい小さい社殿ができると、
山中は鳥居を立てるって言い出した。それは無理だろうと思ったが、意外と簡単だった。
林の中から、できるだけ真っ直ぐな木の枝を拾ってきて2本立て、
横木はつるになった植物で結んだんだ。でな、鳥居ができると、
本物の神社みたいな雰囲気になって、俺らはけっこう満足した。

そしたら山中は「これだけじやダメだ。ご本尊をいれなくちゃなんない」って言い出した。
うーん、これも今考えれば言葉が間違ってるよな。ほんとうは御神体だったろう。
それはともかく、2人でご神体になりそうなものを探したが、
そんなのが落ちてるわけはないよな。林の中をうろうろしてたら、
林から田んぼに出るあたりの場所に、小さなお地蔵様があるのを見つけたんだよ。
頭巾もよだれかけも雨ざらしでボロボロになり、長い年月で顔の造作もわからなくなった
地蔵様。それを見て山中が「これにしようぜ」って言い、俺もすぐ賛成した。
そんときは、地蔵様を動かすのが悪いとか思わなかったんだ。でも、それからが
大変だった。だって小さいとはいえ、石の地蔵様なんだから、かなりの重みがある。
俺と山中で頭と足のほうを抱えて、ふうふういいながら俺らの作った神社まで運んだ。
中に立てたら、すごく様になってる気がしたんだよ。

で、さっそく俺が拝もうとしたら、山中は「お供えがなくちゃいかんだろ」って言った。
俺が「んじゃ、パンかなんか買ってくるか」と答えると、「いや、そんなんじゃ喜んでくれん、
 お供えも作ろう」神社の境内のほうに戻ってたんだ。手水場で柄杓に水をくみ、
それを持って社殿の下に潜り込み、砂を水でこねて団子をつくり出したんだよ。
さっそく俺も真似をした。砂なんですぐに崩れてしまって不格好なものになったが、
2人で5.6個の泥団子ができると、山中は「仕上げだ」と言って、
その中に、掘り出したアリジゴクを埋め込んだんだ。それを抱えて社殿の裏に戻り、
俺らの神社の、鳥居と地蔵様の中間あたりに積み上げた。そして手をパンパンと叩いて
お祈りをしたんだよ。え? 何を願ったかとかもう覚えてないが、
おおかたテストの点を上げてくれとかそんなことだったろうよ。でな、それが終わると、
俺も山中も、ひと仕事終えたような充実感があったんだよ。山中は、

「これなあ、できれば鈴つけたいよな」って言い出し、「小さいのなら家にあったと思う」
俺が答えて、翌日もそこに来ることにしたんだ。その日はもう2時間くらい別のとこで遊んで、
山中とはわかれた。で、次の日、また山中としめし合わせてその神社に行った。前の日に
作った団子を見たら、積み上げたのが崩れて、団子の一つ一つに小指を突っ込んだような
穴が開いてたんだ。「これ、地蔵様がほじり出して中身を食ったんかな」
山中はそう言ったが、俺はアリジゴクが自力で逃げ出したんじゃないかと思ってた。
で、小さな鈴と簡単なヒモをくっつけたら、ますます神社らしくなったんだ。
ヒモを引いてリンリンとならしたとき、「た・り・な・い」って声が聞こえた。
「え?」と思ってまわりを見ると、山中が「今、何か言ったか?」って俺に聞いてきた。
「いや、なんも」 「足りないって声が聞こえたと思ったんだが」 「俺も」
うーん、どんな声だったかって言われてもなあ。・・・男の声だとは思った。

あと、年寄りの声とかじゃなかった気がする。むしろ子どもの声みたいな。
「んじゃあ、地蔵様が言ったんだろ」山中がそう言ったんで、ちょっとびっくりした。
石の地蔵様がしゃべるはずはないだろ。でも、山中は変だとは感じてないように見えた。
「カエルでも捕まえてきて団子に入れるか?」俺はさすがにそれは嫌だったんで、
「やっぱ菓子とかにしようぜ」それで2人で神社を出て、自転車で駄菓子屋まで行って、
安い菓子の袋を買ってきて供えたんだよ。これは俺が金を出したんだが、山中は
なんだか面白くなさそうな顔をしてたな。で、その日は網と虫かごを持ってきてたんで、
林の中でずっと虫採りをして遊んだ。その後、山中と別れて家に戻るとき、
ちょうど畑から帰ってきた婆ちゃんと家の前で会った。婆ちゃんは、俺の姿を見るなり、
ちょっと怖い顔になって、「お前、どこぞで悪い遊びしてこなんだか。
 肩に黒いもんがのっとる」って言ったんだ。「いや、なんも。虫採り」

俺はそう言って虫かごを見せたら、婆ちゃんは「そうかい。じゃが、
そのまんまではいけん」そう言って、俺の襟首をつまんで無理やり家に入れ、
仏壇の前に座らせたんだよ。で、1時間近く婆ちゃんといっしょに仏壇を
拝ませられたんだ。いや、もちろん嫌だったし、わけもわからなかったけど、
やるしかなかった。婆ちゃんといってもまだ60歳を過ぎたばかりで、毎日
畑仕事をしてるから、子どもの俺よりずっと力が強かったんだよ。それが終わると、
「変な遊びせんで宿題やれ」そう言われて小遣いをもらったんだよ。次の日も
また山中と神社に行った。山中はにやにやしながら先にたって裏手に回ったが、
俺らの神社の前に子猫の死骸があったんだよ。「うわ」と思った。
子猫の体中、ぼつんぼつんと鉛筆を刺したような穴が開いてたんだよ。
「これ、お前がやったんか?」山中に聞くと、驚いたような顔をして、

「いんや、猫の死骸を拾ってきてお供えしたのは俺だが、こんな穴は開けてないぞ」
ちょっとかすれ気味の声で言ったんだ。それから、猫の死骸を足でひっくり返し、「ほら、
 お前が買った菓子の袋はそのまんまだろ。たぶん猫は神様が気に入って食ったんだ」
そんなことを言ったが、俺は気持ち悪くて、神社への興味がサーッと引いていったんだ。
「なあ、これからプール行かないか」と山中を誘ったら、「ああ、たまにいいか」
山中も乗り気で、お参りしないでその場を離れようとした。そのとき、また、
「た・り・な・い」って声が聞こえたんだよ。前と同じ声だと思った。俺と山中は
同時にあたりを見回したが、人の姿はなかった。俺は自転車まで走っていき、
山中も後に続いた。で、俺らの家の近くまで全速で自転車を漕いで、
お互いプール道具を取ってきてもう一度集合することにした。
けども、それが俺が山中を見た最後になったんだな。

プール道具を載せて自転車で集合場所にしてたバス停に向かうと、サイレンの
音がしてて、たくさん車が停まってた。パトカーと救急車もいた。ちょうど担架に
のせられた人が救急車の後部に運び込まれていくとこで、足だけが見えたが、
それが山中のボロっちいズックだと思ったんだよ。俺はどうすることもできず、プールには
行かずに家に帰ったんだ。一人でテレビ見てると、パートに出てた母親が帰ってきて、
「なんか、子どもが事故にあったみたい。近所の人が噂してたけどあんた知ってる?」
って聞いてきたから、俺はプルプルと首を振ったんだ。後でわかったんだが、
事故にあったのはやはり山中で、トラックの後ろを自転車で走ってたら、
積んでた鉄筋が何本も落ちてきて頭に刺さったってことだった。即死だったんだ。
それから夕飯前に婆ちゃんが戻ってきて、俺の顔を見るなり、「あれほど
 いけんと言うたやろ」そう言ってまた、仏壇の前に2時間正座させられたんだよ。

ま、これでだいたいの話は終わり。それからしばらくの間、婆ちゃんは
畑に行かず、ずっと俺を監視するようにそばについて宿題をやらされた。
おかげで宿題が新学期までにできたのは、あの夏休みだけだったよ。
あと、学校で山中と一番親しかったのは俺なんだが、葬式には呼ばれなかった。
山中の家は新興宗教に入っていて、その人たちだけで葬式を出したみたいなんだ。
もちろん俺は、婆ちゃんをふくめ神社での話は誰にもしゃべってない。ここで今
話したのが初めてなんだよ。ああ、あの神社なあ。夏休みが終わって少ししてから、
怖かったけど気になって一人で見に行った。裏手に回ってみると、俺らが作った鳥居や、
板の社殿はなくなってたが、地蔵様だけはそこに残されてあった。でな、最初、
すり減って表情もわからなかった地蔵様の顔が、なんだか微笑んでるように
見えたんだ。それで俺は「ああ、足りたんだな」って思ったんだよ。






ノーベルとニトロ

2020.07.31 (Fri)
アーカイブ339

zdfzbdbz (7)

まずは、大村、梶田の両先生、ノーベル賞受賞おめでとうございます。
(この記事は2015年のものです)
みなさんのブログでノーベル賞関連の話をいくつか拝見して、
自分も何か書いてみようと思いました。ただし当ブログの縛りに
したがって、あくまでオカルト・ホラー的な切り口からです。

じつはノーベル賞に関しては、オカルト的な話はけっこうあるんです。
受賞者には、オカルトに関わった経歴のある人物が何人もいます。
しかしそれを羅列してもあまり面白くなりそうにないので、ノーベル賞の
生みの親、ノーベル氏とニトログリセリンの話をすることにします。

ただし、この内容はすべてが史実として検証されているわけではなく、
伝記に書かれただけの伝説的なものも含みます。
さて、まずニトログリセリンとは何かということですが、「示性式
C3H5(ONO2)3 で表される有機化合物。爆薬の一種であり、
狭心症治療薬としても用いられる」とネット辞書に出てきます。

アルフレッド・ノーベル
zdfzbdbz (1)

自分は映画の感想を雑誌に書いたりしてますので、
ニトロといえば、まず思い浮かべるのが『恐怖の報酬』という映画です。
1953年フランス制作。中米を舞台に、油田の火災をニトロの爆風で
吹き消すため、それを安全装置のないトラックで運ぶ仕事を
請け負った4人の男達を追うストーリー。

主演はシャンソン歌手のイブ・モンタンで、なかなか渋い演技でしたね。
1977年にアメリカでリメイクされ、こちらの主演はロイ・シャイダー。
映画『ジョーズ』で、ビーチの警察署長をやった俳優、と書けば
おわかりの方も多いでしょう。自分はこの人のフアンなんです。

薬としてのニトログリセリン
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ご存知のようにニトログリセリンは不安定で、わずかな衝撃でも
爆発してしまいます。前作にはなかった新要素が加えられ、
これはこれでスリリングな内容でした。次にノーベル氏ですが、
アルフレッド・ベルンハルド・ノーベル(1833~1896)、これは
英語読みで、スカンジナビア語での発音はかなり難しいようです。

スウェーデンのストックホルムに産まれ、科学者というよりは、
発明技師、実業家としての側面が大きい人生を歩んだ人のようです。
ノーベルの発明でもっとも有名なものはダイナマイトですね。最初、
ニトログリセリンの安全な製造方法と使用法を研究していたんですが、

zdfzbdbz (6)

1864年、工場における爆発事故で、弟エミール・ノーベルと
5人の助手が死亡、ノーベル自身も怪我を負ってしまいます。
しかし、この事故によって、ノーベルのニトログリセリンの安定化に
対する熱意はかえって強まり、ついに1866年、不安定な
ニトログリセリンに珪藻土を加え、爆発の威力を落とさず、

安全に扱いやすくしたダイナマイトを発明しました。この発明は、
50ヶ国で特許を得て、100近い工場を持ち、世界中で採掘や
土木工事に使われるようになり、一躍世界の富豪の仲間入りを
したんです。ただ、ノーベルの私生活は孤独なものだったようです。

『恐怖の報酬』
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生涯独身で子供はいませんでした。ノーベルの最初のプロポーズは
拒絶され、長年つき合った恋人に他の人物との間に子どもがいることが
発覚、別れることになったと伝記には書かれています。しかしながら、
子孫がいなかったことにより、ノーベルの莫大な財産の大部分は遺言で、
ノーベル賞のための基金として監理されることになったわけです。

さてさて、1888年、ノーベルの兄であるリュドビック・ノーベルが
死去しましたが、このとき兄とノーベルを取り違えて記載した新聞があり、
そこには、「死の商人、死す」と見出しにでかでかと書かれていて、
それを見たノーベルは大きなショックを受けました。

ダイナマイト
zdfzbdbz (5)

これが、ノーベル賞創設の直接の動機につながっているようです。
自分としては、発明家、実業家として成果をあげてきたつもりだったのに、
世間では、世界にたくさんの死をもたらした冷酷な人間と
思われていたことに愕然とするんですね。今さらながら、
社会貢献の必要性に思い至ったわけです。

このエピソードは、チャールズ・ディケンズの小説、『クリスマス・キャロル』
を思い起こさせるところがあります。未来の幽霊から、自分の死に、
街の人々が踊って喜ぶ様子を見せられた金貸しのスクルージは、それまでの
強欲を反省し、残された生涯の時間を心優しく人に接するようになる・・・

ノーベルは健康にも恵まれませんでした。孤独な性格で、一時期はうつ病に
かかっていたこともあるようです。また長年心臓病に苦しめられてましたが、
晩年の病床において、その頃には心臓病の特効薬としても知られていた
ニトログリセリン、薬としてはたくさんの人の命を救ってきたものですが、
ノーベルは服用を医師に勧められたもののそれを断り、
最後は脳溢血で亡くなるんですね。では、このへんで。

zdfzbdbz (3)




陳腐な話を改変する

2020.07.30 (Thu)
怪談には、テンプレな話ってありますよね。誰でも知ってる
有名なパターンと言ったほうがいいでしょうか。
例えば、引っ越した部屋で夜、寝ていると金縛りになり、
胸の上に何かが乗っている。なんとか目を開けて見ると、
髪の長い血まみれの女。「うわー」と思って、

必死で「南無阿弥陀仏」とお経を唱えると、女は笑い、
「そんなものは効かないよ」と言う。あるいは、
カーナビに目的地をセットして、その音声の通りに車を
動かしていたら、全然知らないところに来てしまい、

もう少しで崖に落ちるところだったとか、危ないところを
急ブレーキで止まったら、「もう少しだったのに」という声が
聞こえた・・・ こういうのを友人の前で話してもシラケてしまい
ますよね。怪談というのは生物(なまもの)で、鮮度が大切です。
なるべく斬新なのを語りたいものです。

あと、自分なんかは、使い古されて陳腐化した怪談のパロディを
書くことがあります。最初の部分を読み始めて、
「あれ、これ、どっかで聞いたことがあるなあ」と思わせておいて、
いきなり話の骨格がゆがみ始める。読者を「え、え?」と
戸惑わせるのが楽しいんです。

で、今回はそういう話をご紹介したいと思います。
「田舎の祖父母」というテンプレの話があります。
主人公の少年は夏休みには毎年、祖父母の家に預けられる。
祖父母はたいへんに優しく、何でも言うことを聞いてくれるが、
少年に、「裏の納屋にだけは近づいちゃダメだよ」と言う。

でも、退屈でしかたがなかった少年は、祖父母が留守のとき、
その納屋に入ってしまう。納屋の床は藁が敷かれ、なぜか赤黒く
濡れている。気味が悪くなって出ようとすると、奥の暗がりから
祖父母が出てくる。祖父は右手に鎌を持っており、2人とも満面の
笑みをたたえ、「見てしまったんだね」と言う・・・

また、こういうバリエーションもあります。祖父母には、裏の山に
行ってはいけないと言われ、しかし少年はいいつけを破って登り、
そこで恐ろしい物を見てしまう。祖父母の家に戻ってそのことを言うと、
祖父にさんざん叩かれたあげく、寺の住職のところに連れて行かれて
ご祈祷を受ける・・・ 

時空の山の話
俺が子どもの頃の話だよ両親が共働きだったもんで、
夏休みは田舎のジジババの家に長期間預けられてた。ジジババは
優しかったが、やはりガキには田舎の生活はヒマでならなかった。
ジジババは、表を散歩するくらいはいいが、裏の山は危険だから
絶対に登っちゃいけないって言ってたんだ。
ジジババは年寄りだから夜は早く寝るし、田舎家には漫画本もない。
低学年のうちはまだよかったが、高学年になるとヒマを持てあましてな。
で、あれは5年生のときだ 少し曇りの日の午後、
登るなと言われてた裏山に行ってみたんだよ。

そこは山とは言っても、高さはせいぜい100mちょっと。
けっこう広い道もあって、すぐに登れそうだった。
ややしばらくいくと、急に道は細くなって、足元に縄が張ってあった。
そのときは気にせず、縄をまたぎ越えてさらに進むと、
道の両側の林がなくなり一面の草地になった。
20mほど先に丸くなった頂上が原っぱのようになってたんだ。
今考えると、あれは誰かが短く草刈りをしてたんだろうな。
なんだこれだけか、危険なことは特になかったし、
何でジイさんは登るなと言ったんだろう。

そう思いながら原っぱの中央まで来ると、そこは直径3mほどに
くぼんで土がむき出しになってた。で、子供一人なら入れる大きさの、
半分ほど埋まった大きな箱がある。近づいてくとコンコンとかすかに音がする。
箱の中から誰かがこぶしで叩いてるような音。「あ、人が入ってるのか」
と思った。大声で、「誰かいるんですか」と言ってみたが、返事はない。
音は断続的に続き、よく見ると箱の蓋は重そうな木の一枚板で、
上に乗っかってるだけで釘なんかは打たれてないようだった。
それで端のほうを少しズラそうとしてみた。

子どもの力ではどうにもならない重さで、かなりの時間がかかって
ほんの少しだけずれた、斜め2cmくらい。
そしたら中に日の光が入って、人間の肌が見えたんだよ。
足、子供の足だと思った。「大変だ、人が中に閉じ込められてる!」
大人に知らせなきゃと思って走って山を下りたんだ。
すると、道の縄を張ってたところにジイさんが立ってた。

うつ向いてた顔を上げると、ジイさんはとても悲しそうな表情で
両目から涙をしたたらせていた。「見たなあ」とジイさんは言った。
続けて、「あああ、見てしまったんだな なんて不憫な子だ。
 すぐに寺の住職のとこに行かねばならん」ジイさんは俺の手をがっしとつかみ、
下まで下りると、登り口に停めてあった軽トラに乗せた。
運転中、ジイさんは何も口をきかなかった。寺には墓参りで何度か
行ってるが、俺が登った山の裏側のほうで、車で10分ほどしかかからない。

寺の門の手前に車を停め、ジイさんはまた俺の手をつかんで
どんどん中に入っていった。本堂ではなく、住職の住居になってるほうの
呼び鈴を押すと、ややあって住職が出てきた。
ジイさんよりは若い、たぶん50代くらいの住職に、ジイさんは、
「大変だ、この子が山に登ってあの箱を見ちまった」
すると住職は驚いた顔で、「ええ、もう そんなに早く世界の終わりが」
と言い、俺は中に連れ込まれた。ジイさんと住職に両側から手を取られ、
本堂の後ろ、長い暗い廊下を通って行ったんだ。

その廊下は途中からせまい階段に変わり、
俺は住職とジイさんにはさまれて、かなりの高さを登ったと思う。
やがて、頭の上に木の板が見え、そこに扉がついていた。ジイさんは、
「スマンな、ここに入ってもらう なに、ときどき来て話をしてやるから」
そして俺は腹を殴られ、うっと体を二つ折りにしたとき、
住職が扉を開け、俺はジイさんに抱えられてその中に押し込まれたんだ。
素早く底の扉は閉められ、中は真っ暗だった。左右どっちに動いても
体がぶつかり、上は体を起こせない位置に固い板があった。

俺は泣いて、「助けて、ごめんなさい、もうしません、助けてください」
そう叫んだが返事はない。泣きながらずっと上の板をこぶしで叩いてた。
すると、どのくらいの時間がたったか、人の声のようなものが
上から聞こえたが、何を言ってるかわからなかった。
やがて足のほうの板が少しだけズラされ、光が射し込んできた。
「あ、助かるのか」そう思ったが、それっきり気配が消えた。
板のズレたとこを足で蹴って動かそうとしたがダメだった。

俺は泣き疲れ、いつの間にか眠ってしまった。
さらに時間は過ぎ、気がつくと足のほうの板は閉まって、
かわりに頭の上が少し開いてた。そこからジイさんの声がした。
「この世界のお前は閉じ込められてしまった ゲームオーバーだ。
 あれほどこの山に登るなと言ったろう。・・・大丈夫、
 この箱の中では腹も減らないし、死ぬこともない。
 ずっとそのままで、ジイちゃん、バアちゃんのほうが早く死ぬだろう。
 退屈だろうがじきに慣れる。箱の中もいいもんだぞ」

「助けてよう」と、すがるように言うと「ダメだ! こんなふうに
 別の世界で箱に入ったお前が、何千、何万人もいるんだ。
 お前だけ助けては、その子らに申しわけが立たないから」
・・・俺は今でもこの箱の中にいる。あれから何年たったかもわからない。
ジイちゃんはときおり来ては、こんな話をしてくれる。
「たくさんある世界の中では、裏山に行かなかった良い子のお前もいる。
 その中には就職して結婚し、もう子どもができたお前もいるだろう。
 もしかしたら、こういう怖い話を思いついて、どっかに
 書き込んだりしたお前もいるのかもしれないな」なんて言うんだよ。







鏡の中の顔の話

2020.07.30 (Thu)
アーカイブ338

あ、どうもコンバンワ。じゃ、話を始めさせてもらいます。
私、・・・本名は山根正一って言うんです。
でも、今住んでる街でその名前で呼ぶ人はいません。
自分から言ったことないし、知ってる人、ほとんどいないんじゃ
ないかな。お店では、シャーリーって呼ばれてます。
あ、はい、働いてるお店は女装サロンなんです。・・・こう言うと、
一般の人はゲイバーと勘違いするんですけど、
全然違うんです。あと、ニューハーフバーとも微妙に違います。
ああ、すみません、よく聞かれることなんですけど、
ここのみなさんは、こんな話 興味ないですよね。
それで、3週間くらい前ですね、私と、

いっしょに働いてるダリアって子と別のお店で飲んでたんです。
そこで2人の学生さんと知り合いまして。その人たち、大学の
心霊研究会ってサークルに所属していて、幽霊とか心霊スポットの
話をいろいり聞いてすごく盛り上がったんです。
私たちの仲間って、占いとかパワーストーンとか、
スピリチュアルにはまってる人が多いんですよ。毎日占いを見て、
その日着てくるドレスの色を決めるとか。
それで、そのときですね、ダリアが「私、幽霊とか信じない」
って言ったんです。「この世界、よく自分は霊感があるって言ってる人
 いるけど、そんなの目立ちたいための嘘か、メンヘラが入って
 るだけだから。ほんとうに幽霊がいるのなら見てみたい」って。

そしたら、学生さんたちはそういうのに慣れてるのか、にやにや笑って、
「じゃあ、お店が休みの日いつ? そのときに俺らと、
 霊感があってもなくても、誰でも絶対に心霊現象を体験できる
 スポットがあるから、いっしょに行かない?」って誘ってきたんです。
そしたらダリアはすぐ、「行く、行く、連れてって」って答えて。
そのとき、「あーこの子、またそんな簡単に返事して」って思ったんです。
私、幽霊は怖いし、いると思ってるんです。
結局、その場のなりゆきで私もついてくことになり、
お店が休みの次の月曜日の夜9時に、近くの駅前まで車で迎えにきてくれる
ことになったんです。ダリアはすごく乗り気で、
「きゃ~楽しみ、何 準備しておけばいいの?」って聞いて。

「うーん、いちお廃墟だから、ジーンズとかはいて来たほうがいい。
 それと足元が危ないから、ヒールのあんまり高くないブーツか
 スニーカーで。あとは懐中電灯くらいかな」そのとき、
ダリアはちょっと残念そうな顔をしたんです。あの子、プライベートで
出かけるときも、いっつも派手派手なドレス着てましたから。
それで翌週の月曜日になり、メールで連絡がきて私たちが待ってると、
学生さんたちがレンタカーで迎えに来てくれて、
それから1時間近く走って、郊外にある低層マンションの廃墟に行ったんです、
学生さんたちは、そこで殺人事件があったとか、
オーナーが借金で首を吊ったとか、私たちを怖がらせようとしてだと
思うんですけど、いろいろ話をして。私はけっこう怖かったですよ。

でも、ダリアはまったく平気で「でも、そんな事件があったなら
 新聞に載ってるよね」みたいに反論してました。学生さんたちは、
「まあね」と話を続け、「そのマンション、いちお立入禁止の札が立ってるけど
 誰でも入れるから、スプレーの落書きだらけなんだ。けど今日は月曜だから、
 たぶん他に来てるやつはいないと思う。で、そこの3階の4番目の部屋、
 ドアに幽霊の絵が描かれてて、一番危険な場所って言われてる。
 ガラスとかあちこち割られてるんだけど、その部屋の浴室にある
 つくりつけの鏡は残ってて、夜に一人でその鏡を見ると自分が死ぬときの
 顔が映るって噂になってる」そう言ったんです。
ああ、怖いって思ったんですけど、ダリアはキャハハと笑って、
「見る、見る、絶対に見るから」すごくテンションが高くなってました。

それで、そのマンションに着いて駐車場の跡地に車を停めました。
他の車はなかったんで、来てるのは私たちだけだと思って少しほっとしました。
幽霊も怖いけど、他のグループとトラブルになるのも怖かったんですよ。
その学生さんたち、ケンカとかあんまり強そうに見えなかったので。
さっそく全員が自分の懐中電灯をつけ、マンションの入口を照らしました。
たしかに落書きだらけでした。「ここは鍵かかってるから」
学生さんの一人がそう言い、1階の部屋のベランダの割れたサッシから中に入って
いったんです。それで、中にはいってちょっと拍子抜けしました。
生活感がまったくなかったんです。ああ、これ、入居者が入る前に
建設中止になったんだなって思いました。だから、家具もないし、
新しい壁にスプレーで落書きがされてるだけで。

私、廃墟に入ったのはそのときがはじめてなんですけど、そういうのって、
生活感があるから怖いんじゃないですか。壁にカレンダーがかかってたり、
仏壇があったりとか。ダリアもそう思ってるみたいでしたね。
それで、1階の数部屋に入ったんですが、どこも同んなじつくりでした。
期待に反して? 私たちがあんまり怖がらないのを見て、
学生さんたちは「じゃ、3階の鏡のある部屋に行こう」そう言って、
もちろんエレベーターは動かないので、非常階段を上っていったんです。
それで、問題の部屋ですけど、ドアにはたしかに幽霊の絵があって、
すごく上手だったんです。真っ黒い目をした女の子がぼうっと立ってて、
その目の穴から赤い血がしたたってる。スプレーじゃなく、
油性マジックとかだと思いました。学生さんの一人が、

「あんまり怖くないみたいだから、じゃ、この部屋、一人ずつ入って
 浴室の鏡見てくることにしない。自分が死ぬときの顔は一人じゃないと
 見られないっていうから。大丈夫、ドアは開けっ放しにして、みなで待ってる」
それ聞いてやっぱり怖くなってきました。ダリアはすごくはしゃいで、
「やる、やる、待ってました~」って。それで、学生さん、私、学生さん
ダリアの順に部屋に入ることになったんです。最初の学生さんが終わって、
黙ったまま出てきました。次が私の番で「浴室は左側だから」って聞いて、
懐中電灯で照らしながら、こわごわ入っていきました。
浴室のドアを開けたら鏡があるのがわかりましたが、
私、そこでやめちゃったんです。まさか自分が死ぬときの顔が映る
はずはないと思うけど、万が一ほんとうだったら・・・

それで、見ないまま戻ったんです。次が学生さんで、最後がダリアの番。
ダリアはわざと懐中電灯の光を上下に散らしたりしながら入ってって、
少しして「ぎゃ~~~~」ってすごい悲鳴があがったんです。
ダリアの声です。学生さん2人がすぐ入っていき、怖いので私もついてったら、
ダリアが浴室でうずくまってて、鏡が割れてたんです。
暗くてよくわからなかったですが、ダリアの手から血が出てるようでした。
ダリアの両脇を学生さんたちが抱えて車まで戻り、両手の指が切れてたので、
タオルでくるんで救急外来のある病院に連れてったんです。
その間、ダリアはおびえた顔で、一言もしゃべりませんでした。
たぶん、鏡はダリアが素手で叩いて割ったんだと思います。結局、
ダリアの傷はたいしたことはなく、縫うまでもいかなかったんですが、

気まずい雰囲気になって、学生さんたちとは別れたんです。次の日、
出勤する前に、私のスマホにダリアから「お店休む」って連絡が来て、
「ケガが痛むの?」って聞いたら、「そうじゃなくて、鏡を見るのが怖くて
 お化粧できない」って言うんです。「え? 昨夜、何を見たの?
 ホントに自分が死ぬときの顔?」そう聞いたら、少し間をおいて、
「・・・50歳くらいの太ったオッサンの顔、白髪で無精ヒゲの」
それで切れちゃいました。それから、ずっとダリアはお店を休み、
街からいなくなっちゃったんですよ。噂だと、女装サロンで働いてるってことが
どうしてか実家の両親にばれてしまい、ダリアの部屋に押しかけてきて
さんざん説教されたり叩かれたりしたあげく、無理やり連れ戻された
ってことみたいです。それ以来、連絡はありません。





 

アーカイブ テレパスの話

2020.07.30 (Thu)
えー、ゲーム関係のプログラマーをやっていて、年は28歳になります。
あ、個人情報はいらない?・・・そうですか。私の職場は
わりと自由な雰囲気で、仕事場も仕切りで個人ブースに分かれてます。
忙しいときは何日も徹夜が続きますが、
暇なときは遊んでてもいいし、早く帰ってもいいんです。
そのときは他社の製品を解析してたんですが、期限もないような仕事で、
そろそろ切り上げて帰ろうかと思ってたところです。午後4時頃だったですね。
何杯目かのコーヒーを紙コップに入れて持ってきて、
パソコンを打ってると、つい鼻歌が出たんです。

えー、森の熊さんです。あの、「♪ある~日、森の中~」というやつ。
あ、歌わなくてもいい?・・・そうですか。
自分でも滅多にないことだと思うんですが、そのときは無意識でした。
「いいご機嫌ね」仕切りの入り口から声をかけられました。
先輩の高崎女史です。この人は事務のほうをやってて、自分より
4つか5つ年上です。心霊関係や予言なんかのムーっぽいことが好きで、
飲み会ではいつもそんな話をします。
この間も、超能力の有無について、自分と少し議論になったんですよ。
もちろん自分のほうが「ない」派でした。

「あんた今、鼻歌歌ってたでしょ」こう言われたんで、
「すんません、聞こえましたか」と答えました。
「いや、そんな外まで響くような声じゃなかったけど、
 森の熊さんでしょ。みんなの歌とか好きなん?」
「そんなわけじゃないんだけど、なんとなく出ちゃって・・・」
「パソコンのキーボードの下を見てごらんよ」何かイタズラでもされたかと
思って持ち上げてみると、ピンクのメモシートが入ってました。
そこには赤いマジックで、「森の熊さんを鼻歌で歌う PM15:30」
と書かれてあったんです。「・・・何これ、手品ですか?」

「いえいえ、超能力。この前少し話した西丸震哉って人の本に出てくる、
 テレパシーの方法を試してみたん」
「うー、高崎さんが、俺にテレパシーで森の熊さんを歌わせたってことすか」
「そ。本にはね、人が忙しく集中してない午後のあたりに、
 誰でも知ってるアップテンポの曲、ノリがいい曲っていうか、
 それを頭の中でくり返し歌いながら、歌わせたいと思う人に念を送る。
 そうするとかなりの確率で、その人も同じのを鼻歌でうたうようになる、
 って書いてた。西丸さんの本は昔のだから、お猿のかごや
 が最適ってなってたけど、さすがに今じゃ知ってる人は少ないし、
 それで森の熊さんにしたん」 「えー、やっぱ信じがたいです。
 俺の鼻歌を聞いて、その間になんとかしてここに
 紙入れたんでしょ。時間のほうは何とでもなるし・・・」

「そう言うと思った。ネットで○○掲示板の△スレッドちょっと見てごらん。
 そこにも書いてあるから」で、見てみたら、
確かに書いてあったんです。俺の名前はわからないように
「会社のMが森の熊さんを鼻歌で歌う」みたいなのが。
この掲示板は書き込み時間が表示されるので、
さすがに何かトリックができるとは思えません。
「スゲエな、マジっすか!」
「あんた今プロジェクト終わったばっかで、たぶんヒマしてるだろうし、
 そういうときってかかりやすいのよ」勝ち誇った感じで
言われたんですが、まだ半信半疑でした。
「んー、じゃ、こういうの俺でもできるんですか?」

「才能が必要みたいだから、誰でもってわけじゃないけど。
 才能があるかどうか試してみる方法はあるよ」
「へえ、どんなですか?」 「人がたくさんいて、あんまり集中して
 何かをしてないとき・・・うーん駅のホームとか、
 満員電車の中がいいかな。そこで、頭の中で何かを強く念じるのよ。
 人にショックを与える強い言葉がいいみたい。口に出しちゃ意味ないから、
 あくまで心の中でよ。すると、超能力傾向のある人がやると、
 必ず何人かがはっとした顔でこっちを見たりするの」
「試してみたんですか?」 「もちろん」 
「で、どうでした?」 「満員電車中で5・6人だったな」

・・・どう思いますか?森の熊さんのことはアレですが、
やっぱ信じられないですよね。で、ダメ元で
退社時の電車で試してみることにしたんです。たんに心の中で
念じるんだから、何のリスクもないし、誰にも迷惑をかけません。
・・・結果は、全然でした。心の中で「脱線するぞ!」
と念じてみたんですが、列車内には何の変化もなし・・・
翌日、そのことを高崎さんに話しました。そしたら、「それは才能が
 なかっただけか、もしかしたらその言葉に念がこもってなかったか」
「念がこもってないって、どういうことですか?」
「実際に列車が脱線する、と思って念じたわけじゃないでしょ。違う?」
「そうです」 「だったら、言葉は他人の心に響かないわよね。
 口に出しても出さなくても」

何となく納得させられてしまって、少し手段を考えました。
でね、会社では午後ずっと映画のDVDを見てたんです。
ほら、ハリウッド製のアクション映画とか悪役が出てきますね。
で、主人公が絶対絶命のピンチに落ちて悪役が勝ち誇る・・・この後、
敵役はたいてい悲惨な死に方をするんですが、勝ち誇ってるとこまでを、
いろんな映画を早送りして見たんです。アナコンダのシリーズとか。
そして、悪に対する憎しみの心で胸をいっぱいにしてから
退社するようにしたんです。会社でなに遊んでるんだって?
いやまあ、別にうちはいいんです。
そのかわり、忙しい時期は残業代なしで連続徹夜ですから。

憎しみを胸に抱いて(笑)、電車に乗りました。まだ退社の
ラッシュには早い時間だから、超満員というわけでもなかったです。
確かにねえ、「脱線する」と俺自身が信じてないことを言ってもそりゃね。
理に適ってるなとも思いましたから。電車の中って、観察してみるとみんな、
他人に視線を向けないよう無意識に気を遣ってるんですね。
立ってる人は斜め上や足下を見たり、座ってる人は目の焦点をぼかして
一つのものを注視しないようにしてる人ことが多いんです。
トンネルに入る直前に念じてみようと思いました。
それだと外を向いてる人も車窓に顔が映るじゃないですか。
トンネルの入り口でガタンと車両が揺れました。そのタイミングで、
「死ねこのやろう!! お前は世の中の敵だ! 死ね死ね死ね死ね・・・」

強く強く念じてみたんです。もちろん、乗客じゃなくて映画の
悪役に対してですが。・・・でね、はっきりした反応はなかったです。
向こう向いてた人が振り返ったとか、あからさまにこっちに視線を向けたとか、
そういう目立ったことはなし・・・2日続けてこの結果ですからね、ああ、
やっぱり俺には超能力の才能はないのか、というより超能力自体ないんだろう。
「森の熊さん」はやっぱ何かのトリック・・・そう考えたんです。

大きめの駅に着きまして、乗車口近くに立ってた俺は体をどかしました。
ぞろぞろ降りる人が横を通っていきましたが、
よれたコートを着たサラリーマン風のおっさんが、
俺の前でしばし歩みを止め、目を下に落としたままこう言ったんです。
「ありがと、おかげで死ぬ決心がついた」って。
その後ですか・・・そこの駅で自殺者が出たのは聞きました。
そのおっさんかどうかは確かめてないです、怖くて。

テレパシー





UFO学入門

2020.07.29 (Wed)
ghyu (8)

今回はこういうお題でいきます。当ブログはオカルトを専門に
してますので、いちおうオカルトのすべてのジャンルを扱って
いるわけですが、UFO関連の記事は多くはありません。
そのことで、ときどきお叱りを受けたりするんですね。

これは何でかと言いますと、まず、自分があまりUFO分野が
得意ではないこと。UFOについての歴史はひととおり知ってますが、
なかなか個人的に深く掘り下げようという気が起きないんです。
どうしても後回しになってしまいます。

もう一つは、UFO関連の話題は日本ではあまり盛り上がって
いないこと。オカルトニュースのようなものを見ても、
UFOについての記事は少ないですよね。ただし、海外は
事情が違います。ほとんどの国で、心霊やUMAと比べて、
一番ニュース数が多いですし、研究者もたくさんいます。

「ケネス・アーノルド事件」のフライング・ソーサー
ghyu (5)

これ、なぜなんでしょうねえ。昭和の時代に南山宏氏や
矢追純一氏がテレビ特番をやりすぎたせいもあるかもしれません。
それと、日本では陰謀論がそれほど流行っていないことも
関係があると思います。海外では、UFOと陰謀論は深く
結びついている場合が多いんです。

例えば、アメリカ政府は密かに異星人とコンタクトを取っており、
その指示を受けて政治を行っている、みたいな話。
そのあたりをテーマにした映画が、『メン・イン・ブラック』の
シリーズですよね。UFO事件があった後に、黒服を来た
所属不明の男たちが現れて、証拠を隠滅していく。

矢追純一氏
ghyu (2)

まあ、都市伝説なんですが、アメリカのアンケート調査では、
アメリカ人の56%がUFOを信じていて、45%は、
地球外生命がすでに地球に来ていると考えている、という
結果が出ていて、「幽霊を信じる」よりも数が多いんです。

ちなみに、日本だと20%もいかないといったところ。
で、信じる人が多いとどうなるかというと、それだけで
食べていける専門家が出てくるということです。例えば、
スコット・ウエアリング氏やリチャード・ホグランド氏、
他にも何人も名前をあげることができます。

これらの研究家は、ネット、TV番組、動画サイト、本などで
つねに様々な情報を発信し、収入を得ています。でも、
日本にはそういう人はいないですよね。別に本業があって、
余技としてUFOについての発言をしている人ばかりです。
だから情報量が少ない。

仙台上空の未確認飛行物体
ghyu (1)

さて、UFOにとは、「unidentified flying object」の略
なのはご存知だと思います。日本語訳は「未確認飛行物体」。
これ、アメリカ空軍の公式用語なんですね。当初は、UFOは
「ユーフォー」と発音されていたようですが、現在はアメリカ、
イギリスのどちらでも「ユー・エフ・オー」と読みます。

日本では1960年代までは、「Flying Saucer」の訳語である
「空飛ぶ円盤」が使われており、UFOの語が定着したのは
70年代になってからです。ちなみに、ピンクレディーの曲が
リリースされたのが1977年。

ghyu (3)

UFOの定義としては「何であるか確認されていない飛行する物体」
のことで、つまり、確認されたとたんにUFOではなくなる。
UFOの候補としては、大きく4つがあげられます。
① 運用者不明の既知の航空機 これには飛行船や実験中の軍用機
なども含み、飛行計画が通報、周知されていないもの。

② さまざまな飛行物 この範囲は広く、宇宙人の乗り物から、
個人が趣味で飛ばしたドローン、風船、舞い上がったビニール袋、
落下する人工衛星、車のヘッドライトが雲に写ったものなど、
多種多様です。あと人工物ではありませんが、アメリカ空軍の
分類では、隕石もこれに含まれます。

アメリカ ロズウエルのUFO博物館
ghyu (6)

③ 未確認の生物 これは鳥や昆虫の集団などレアケースです。
④ 未確認の自然現象 発光体、ガス、惑星などですね。
金星が飛行物体と誤認されたりすることもよくあるようです。
ということで、UFO=宇宙人の乗り物という認識は間違いなんです。
で、多くの場合、正体が判明してUFOではなくなりますが、

一部、判明しなかったものがUFO事件として記録されます。
字数が残り少なくなってきましたね。UFOはニューエイジ思想や
スピリチュアルとたいへん親和性が高く、キリスト教の神の
代わりとして、人類より高次の存在である宇宙人(異世界人・
未来人)とその乗り物のUFOが想定されることが多くなってきました。

有名なコンタクティであるアダムスキー氏
ghyu (4)

宇宙人は人類の現状を憂えてメッセージを発信している。
それを捉えることができるのが、コンタクティという存在である、
みたいな感じです。まあ、図式としては、神と預言者の関係と
ほとんど変わらないんですが。あと、これは麻薬による
トリップ体験などとも関係があります。

さてさて、書いてみるとやはり、ほんのさわりしか説明できません
でした。怪談にもUFOものと呼ばれる分野があり、自分も、
「ムーンチョコの話」など いくつか書いてますが、怪談の場合、
大事なのはSFっぽくならないようにすることです。
では、今回はこのへんで。

ghyu (7)
 



モアイをめぐる3つの説

2020.07.28 (Tue)
bbfdbd (5)

今回はこういうお題でいきます。少し前にヘイエルダールの
話を書いたとき、いずれモアイについての記事も出したいと
述べましたが、みなさんの記憶がさめないうちに
やってしまいたいと思います。

さて、モアイですが、現在のチリ領、イースター島にある
巨大な石像のことです。以前も書きましたが、イースター島
という征服者の白人がつけた名称は現在 忌避される傾向があり、
現地語名のラパ・ヌイを使っていくことにします。

このモアイ像、その形がきわめてユニークなため、世界に知れ渡る
とともに模倣され、日本にもいくつかのモアイ像があります。
下図は、香川県高松市女木町(島)にあるモアイ像で、
重さは約10t。クレーンメーカーが、寝ている像を立てる
実験のために作ったということです。本家のモアイ像で

bbfdbd (4)

最大のものは、高さ7.8m、重さ80tにもなります。加工しやすい
比較的軟らかい凝灰岩で作られており、島の、ラノ・ララクと
呼ばれる直径約550mの噴火口の石切場から採石されています。
ラパ・ヌイには歴史的に金属器が存在せず、黒曜石などの硬い石で
切り出し、加工されたようです。また、ラノ・ララクから
モアイ像がある場所までの距離は遠く、どうやって運んだのかが

一つの謎とされてきました。モアイ像は遅くとも10世紀から
作られ始め、形状から4期に分けることができます。最初期の
モアイ像は小さく、人型をしていて下半身もありました。
それが第2期から下半身がなくなり、第4期になって、
現在モアイ像として認識される形になったんですね。

bbfdbd (2)

字数がかぎられてますので、基礎知識はこれくらいで。
さて、モアイ像は、かつて太平洋上にあったムー大陸など、
超古代文明の遺産として説明されてきました。ラパ・ヌイは
ムー大陸と陸続きであった。あるいは、ムー大陸が沈んだ後、
生き残った人々がラパ・ヌイに上陸した。その古代技術を

証明するのがモアイ像というわけです。ですが、科学が進展すると
ともに、太平洋の海底地形がほぼ明らかになり、地球物理学、
地質学などによって、ムー大陸の存在は完全に否定されました。
オカルトを科学が駆逐するという構図ですが、真面目な学説でも、
近年、否定されるようになったものは多いんです。

bbfdbd (1)

モアイ像についてもそれがあてはまり、以前はアメリカ人の
進化生物学者、ジャレド・ダイアモンドの唱えた説が支配的
でした。2005年出版の『文明崩壊』の中で、かつて
ラパ・ヌイは豊かな森林に覆われており、比較的高度な
文明を持つ人々が2、3万人生活していた。

モアイもその人たちが作ったわけですが、その後の人口増加と
モアイ制作の影響で、森林がしだいに破壊され、その結果、
戦争等によりラパ・ヌイの文明は崩壊し、人口は3000人程度
まで減少、人々の生活は石器時代レベルまで後退した。
そこへ、ヨーロッパの征服者たちが大型船でやって来て・・・

ジャレド・ダイアモンド博士
bbfdbd (6)

これ、定説みたいに言われてきたんですよね。自分が中学の
国語の授業で読んだ説明文も、この説をもとに書かれていました。
ですが、この説はリベラル的な内容で、科学的な根拠はあまり
ないものだということが明らかになってきたんです。

2012年、テリー・ハント、カール・リボという2人の
アメリカ人研究者が実地的な調査で、この説をまっこうから否定
しました。ラパ・ヌイでは、ジャレドが言う人口爆発も、
高度で複雑な社会も存在しなかったと言うんですね。

もう字数がなくなってきたので、ここで詳しい説明はしませんが、
自分が見るかぎり、ハントらの説のほうがはるかに現実的に
思えます。そもそもラパ・ヌイは降水量が少なく、農耕には
不向きな気候です。最初から、3000人程度の人口のまま、
海岸沿いに点在する集落で暮らしてきた。

ラノ・カウ火口
bbfdbd (3)

実際、ラパ・ヌイの遺跡の状況がそのことを裏づけています。
モアイ像を作ることによって資源を消費し、文明が崩壊した
という話はドラマチックで、現代人に対する警鐘も含んでいる
ように思えますが、そんな事実はなかったと見るのがよさそうです。
さて、肝心のモアイ像の話。なぜ、モアイ像は作られたのか。

これは諸説あり、モアイは墓碑であったとする説。マナという霊力が
宿る宗教的建造物であったとする説、また、モアイ像の近くには
真水が湧き出ていることが多く、水の守り神であったとする説など。
ただ、最近人骨が台座から発見されたことで、
墓碑説が有力になってきているようです。

「モアイを歩かせる」実験
bbfdbd (7)

次に運搬方法。ジャレド説では、木製のソリに乗せ、コロを置いて
大勢でロープで引っ張ったとされましたが、ハントらは、
現地人のモアイは自ら歩いて移動したという伝承に注目し、
モアイを立たせたまま、両側からロープで引いて移動させる
実験を成功させています。このほうが人数が少なくて済むんですね。

さてさて、ラパ・ヌイは18、19世紀、ヨーロッパ人の苛烈な
奴隷狩りに遭い、また、その後に島に持ち込まれた疫病によって、
人口は100人程度まで減少してしまいました。島の歴史で
何かの教訓があるとしたら、むしろこっちだと思うんですが、
欧米人はこのことにはダンマリです。では、今回はこのへんで。

bbfdbd (8)




袋の中の話

2020.07.27 (Mon)
こんばんわ、三村ともうします。小学校の教師をしてるんですが、
現在、長男が産まれて育児休暇中です。よろしくお願いします。
今からお話するのは、私が教員養成大学の2年生のときのことです。
もう、7年前になります。私は郡部の出身で、大学は県庁所在地の
市にありましたので、アパートを借りて一人暮らししていました。
そのアパートは大学のすぐ近くで、学生相手の同じような
アパートがたくさんありましたが、その中でも小ぎれいなほうだった
と思います。新築で入居したんです。ですから、最近よく
耳にする「事故物件」というのではありません。
はい、最初の1年間はおかしなことは何も起きませんでした。
え、部屋の位置ですか。2階の、向かって右側の角部屋でした。

左隣は同じ大学の4年生の女の先輩で、気さくな人でしたね。
ええ、何のトラブルもなかったんですが・・・
1年の秋から、おつき合いする人、彼氏ができたんです。
でも、その人とは2年になった初めに別れてしまっていました。
これ、ひどい別れ方というわけじゃなく、お互い、性格が合わない
ことがわかり、よく話し合って納得ずくのことだったんです。
それで、最初にあの夢を見たのは5月です。私はある出版社で
配送のバイトをしていて、その日は雨の中、バイトから
帰ったのが9時頃でした。遅い夕食を済ませ、録画していた
ビデオを見て、11時過ぎには寝ました。そして夢を見たんです。
夢と言っていいのかどうかわかりませんが。

私、けっこう怖がりなほうなので、寝るときには電気は全部消さずに、
いつも豆電球だけつけてるんです。その他にも、家電のスイッチ類の
明かりなんかもあって、部屋の中は明るいんです。
それが、ふと気がつくと、自分が真っ暗な中にいました。
「え? 停電」と思いますよね。けど、私はベッドに寝てるはずなのに、
タオルケットも何もなかったんです。服は着ていました。
いつもパジャマ代わりにしているスウエットです。
それがぐっしょりと濡れてたんです。ええ、そこ、ほんの数cmですが
下に水がたまってました。嫌な臭いのする、さわると何だか
ヒリヒリするような水。わけがわからなかったです。
私、たしかバイトから部屋に戻ったよね。で、ベッドに寝た。

なにのここはどこ? 変なことを考えてしまいました。
もしかして、自分の部屋に帰ったというのは幻覚で、じつは私、
事故に遭って側溝にでも落ちてるんじゃないか、なんて。
手をついて立ち上がろうとしました。
ぬるぬると滑ってすごく難しかったんですが。それに真っ暗なので、
自分の体がどうなってるのかもよくわからない。とにかく立って
数歩歩いてみると、足元でピチャピチャと音がしたんです。
すぐに壁に突きあたりました。やはりヌルヌルとしていて、
膨らんでるというか、平面ではないように思いました。片手をついたまま
その壁づたいに進むんでいきましたが、いつまでもきりがない。
これ、もしかして、私は壺のようなものの中にいて、

ぐるぐる回ってるだけじゃないのか。そんな気がしてきたんです。
ここでやっと、「これ、もしかして夢?」と思いあたりました。
すると、まわりのものが真っ暗なまま、どろっと崩れ、自分のベッドにいて
部屋の天井が見えたんです。「ええ?」眠っていたという感覚は
まったくありませんでした。とっさに時間を見ると明け方の4時・・・
やはり夢だったんだ、と納得するしかなかったんですが、すべてが
ものすごくリアルだったんです。体はどこも濡れたりはしてませんでしたが、
部屋の中がどことなく青臭いような気がしました。それでこの夢、
この後、4回見たんです。期間は3日後、1週間後とまちまち
だったんですけど、決まって雨が降っている夜でした。
まあ、実害はないと言えばないんですが、気味が悪いですよね。

それで、大学の同じサークルの佐藤さんという女子の先輩に相談して
みたんです。佐藤さんは児童心理学を専攻してまして、いわゆる
心霊みたいなことも詳しかったんです。学食で話をすると、佐藤さんは
顔を曇らせ「うーん、不思議な話ね。そんなの聞いたことがない。
 でもねえ、よくないってことはわかる。あなたの部屋に遊びに行っても
 いい」こう言ったので、「ああ、ぜひお願いします」と、
その日の夕方に来てもらったんです。佐藤さんが私の部屋に入るのは
初めてでしたが、部屋の真ん中に立ち、「何かある。それは
 間違いないけど・・・」と言って、部屋のティッシュボックスから
1枚とり出し、バッグからヒモのようなものを出して中に包み、
右手でつまんで高く持ち上げました。そして部屋中、お風呂やトイレも

回ったんですが、南側の窓のことろで、「ここ、何かある」と言い      
窓を開けて外をのぞいたんです。外は、隣のアパートの後ろの壁が
見えるだけでした。佐藤さんは身を乗り出し、上下左右あちこち
見てましたが、「えー、ここだと告げてるんだけど、変だなあ」
不満そうな声を出しました。私も見ましたが、特におかしなものは
見あたりません。佐藤さんは、「夢は雨の日に見るって言ってたよね。
 じゃあね、私、この次に雨が降った夜、泊まりに来てもいい」
それを聞いて感激し、「お願いします、助かります」って答えたんです。
次、雨が降ったのは2日後でした。その日、佐藤さんと大学から
いっしょに帰り、12時ころまでお酒を飲みながら話をして、
私は自分のベッドに、佐藤さんは毛布を敷いて床のカーペットの上に

寝ました。で、やっぱりあの夢を見たんです。変な水のたまった
壺の中のようなところにいる。反射的に立ち上がったとき、
体が何かに触れました。上から下がってる大きなもの。
それ、人の足だと思ったんです。グラグラ揺れて、地面から浮いてる足。
とっさに首吊りという言葉が頭に浮かび、「きゃー」と大声で叫んだと
思います。「起きて、起きなさい」佐藤さんの声がし、私の肩を
揺さぶっているとわかりました。もう部屋の電気はついていて、
佐藤さんは私に「大丈夫?」と聞き、私がうなずくと、
「やっぱ、ここなのよ」と、南側の窓に歩み寄って開けたんです。
ザーという外の雨の音が聞こえてくるだけでした。
翌日、晴れたので、日中サークルの男子何人かに来てもらい、

その窓の外を見てもらいました。男子一人が部屋で腰を引っぱり、
もう一人が窓枠に立ち上がって、あちこち見てましたが、
「あ、変なものがある」と、向かいのアパートの屋根の雨樋から、
そう大きくはない白い鉢をつかみ上げたんです。テーブルに上げてよく見ると、
15cmほどの観葉植物の鉢。植わっている植物も15cmくらいでしたが、
茶色くなって枯れていました。それで、その植物、袋のようなものが
いくつかついてたんです。佐藤さんが「ウツボカズラみたいね」と言い、
テイッシュを尖らせたのを、袋に溜まった雨水に漬けてみました。
すると、テイッシュの先のほうがうす赤く染まったんです。
「たぶん血だね。乾いた血が雨水で戻されたものみたい」
「どうしてそんなものが・・・」わけがわかりませんでした。

それから、男子には礼を言って帰ってもらい、佐藤さんと話をしました。
誰かがその観葉植物を、私の部屋の窓に向かうアパートの屋根に置いた。
どうやって置いたのかわかりませんが、佐藤さんは「あそこなら、
 身軽な人は物置を足がかりにして登れるかも」と言いました。
それから「ウツボカズラの捕虫袋に自分の血を入れたのね。
 もしかしたら、血以外のものも。〇〇、誰かにうらまれてる心あたりある?」
こう聞かれたんですが、私は首を振るだけでした。「ふーん、けど、
 夢の中で上からぶら下がってる人の足にさわったって言ったよね。
 じゃあ、これをやった人間はじきにわかるよ」とも。
ここからのことはあまり話したくはないんですが、そうもいかないですよね。
大学で、私の周囲に首を吊った人はいません。それで、

実家のある町の、仲のよかった高校時代の同級生に電話してみたんです。
そしたら、私が2年のとき同じクラスだった男子生徒が自殺してる
ことがわかったんです。ただ、自殺の方法までは誰も知らないようでした。
そして、亡くなったのは、私が最後にあの夢を見た、佐藤さんが部屋に
泊まってくれた雨の日だったんです。その男子生徒は、高校卒業後、
進学も就職もせずに引きこもっていたということでした。私はその人とは、
つき合うどころか、話もしたことはなかったと思います。目立たない生徒で、
顔もよくは覚えていません。ただ、そういえば、家がわりに近かったので、
帰り道で何度か見かけたことがあったような気がします。あの子が
ウツボカズラの鉢を隣のアパートの雨樋に置いた!? そのとき急に、
その男子生徒が生物部だったことを思い出したんです。

キャプチャ




アーカイブ 叔父さんの話2

2020.07.27 (Mon)
今回は、俺が子供の頃、叔父さんと山に行ったときの話をします。
登山じゃなく、渓流釣りがメインだったけど、
キノコ採りや山菜採りもやった。小学校高学年の頃が一番多かったです。
叔父さんはどうしてかずっと独身なので、
自分の息子みたいにして可愛がってもらいました。

九字
そんときは確か秋のキノコ採りだったと思いますけど。行った先は
秩父のほうでした。叔父さんの車に乗せてもらって、オートキャンプ場を
ベースに林に入っていきました。登山道から外れた山の中腹、
やっと踏み跡がわかる程度の道を叔父さんの後についていくと、
なんとなく視線を感じたんです。後ろから誰かに見られてるみたいな。
振り返っても何もないんです。でも、道を曲がってしばらくは視線を意識しないけど、
直線に出ると見られてるような気がしてしかたがなかったんです。
でも、街にいるときに、そんなに人の視線に敏感なほうでもなかったですし、
笑われるのを承知で叔父さんに言うと、
叔父さんは、「うーん、そうか? 何かいるかな」こう言って、右手の人差し指を
口にくわえて唾で濡らし、それを高く頭上に立てたんです。

「何やってるの?」って尋ねたら、
「ああ、これか。テレビでやってる鬼太郎の妖怪アンテナみたいなもんだ。
 鬼太郎の場合は髪の毛だけど、指を唾で湿すと、わかりやすいんだよ」
こう言って、しばらく指の向きを変えたりしてましたけど、
「ああ、いるいる。でも、たいしたもんじゃない。
 こういう山ならどこにでもいるやつだよ。
 鹿とか野生動物がいるのと変わらない。気にしなくていい」
それでも気になったので「どんなやつなの?」って聞いたら、
「じゃあ、ちょっとかわいそうだけど、九字切りをやってみせるか」
「くじきり、って?」
叔父さんはちょっと真顔になって、こんなふうに説明してくれました。

「呪文みたいなものなんだ。これは密教からきてるのかな。
 正式には、臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前 という呪文を、両手で
 1字ごとに違う印を作りながら唱えるんだけど、それは難しいし時間がかかる。
 それに肝心なのは、これだと高級な魔物にしか通じないってことだ。
 それよりも、四縦五横ってののほうが、程度の低い妖怪には効くんだ。
 あそこの藪に隠れて、こっちを覗ってるみたいだから、
 今やってみせる。要領を覚えておくんだよ」
右手の指をくっつけて手刀を作り、藪の方角に向けて気合を込め、
前面の空中に縦に4本、それに重なるようにして横に5本、
線を引くように空中を切ったんです。
すると、藪の中から何かがぴょーんと跳び上がりました。

サッカーボールくらいの頭に大きな一つ目、
その下は巨大な一本足で両手は短かったです。
それはびょんびょん跳ねて、崖から藪の斜面に落ちていきました。 
叔父さんは笑って、「やっぱり一つ目か。このあたりの山には多いんだよ。
 あいつ目が一つしかないだろ。だから目が2つある人間を怖がって、
 悪さは自分からはしてこない。さらに四縦五横をやったからね。
 これを空中に書くと格子窓がたくさんできるだろ。それを籠目(かごめ)
 とも言って、やつからすれば目が10も20もある怪物に見える。
 昔から笊(ざる)や籠を魔除けに使うのは、あちこちにあるんだ。
 だからああやって跳び上がるほど驚いて逃げてった」
「こっちが驚いた。あんなのが本当にいるんだ!」

「いやあ、普通の人には見えないんだが、
 ○○はちょっとばかし素質があるんで実体化して見えたんだろ。
 たぶん亡くなった姉さんから受け継いだもんだろうね」
「あの空を切るのは、どういう順番でもいいの?」 「本来の密教だと
 順番はあるけど、目がたくさんあるように見えればいいんだから、
 そう気にしなくていい。野犬をにらみつけるくらいの気合は必要だよ」
こんなふうに言ってました。そうですね、この後、
山には何度も入りましたが、見たことはないです。
気配を感じたことはありますけど。
悪いものじゃないとわかったんので、四縦五横もやったことはありませんよ。
なんだか可哀そうな気もして。

九字 四縦五横


呼名
これも子供の頃に叔父さんと山へ行ったときの話ですよ。
そんときは春で、渓流釣りでした。キャンプの道具を背負って、
川を遡っていったんです。まだ少し寒かったけど、天気がよかったのを
覚えてます。河原を歩いてると、叔父さんが、
「うーん、妙な気を感じるなあ」って言い出したんです。
一つ目の妖怪の後のことでしたので、これもその手のことだとピーンときて、
「また、一本だたらとかいうやつかな?」って聞きました。そしたら、叔父さんは、
「あれより気が強いな。もう少し強いやつかもしれん」って言い出しました。
「どうしてわかるの?」
「まだ聞こえないかもしれないけど、名前を呼んでる気がするんだ」
「誰の?」叔父さんは、あごをしゃくって俺のほうを指したんです。

「いいかい、もし名前を呼ぶ声を聴いても、ぜったいに返事しちゃいけないよ」
「どうして?」 「取り込まれる可能性があるんだ。
 名前ってのはまじないがかかりやすいんだよ。
 だから昔の人は本名をあんまり人に明かさないようにして、
 たくさん呼び名を持ってたんだ」  「どういうこと?」
「うん、そうだなあ。例えば、坂本竜馬だとすれば、竜馬というのは通称なんだ。
 本当の名前は諱(いみな)と言って呼ぶのを避けられてた。
 叔父さんも詳しくは知らないけど、確か直柔(なおなり)って言ったんじゃ
 なかったっけ。その他に、ある程度 位のある武士だと役の名前、
 越前守とか左衛門丞(さえもんのじょう)そんなので呼ばれることが多かった。
 まあこれは、呪いをかけられるからではなかったけどね」  「ふーん」

「だから、今からもし名前を呼ぶ声が聞こえたとしても、返事をしちゃいけないよ」
「もし、返事をしちゃうとどうなるん?」 「取られてしまうかもしれないよ。
 そして山の中の荒れ果てたお社とか祠に連れてかれて」
「うわ!」それを聞くとすごく怖くなってきたんです。
「でも、どうして僕の名前知ってるのかな?」
「それは・・・」叔父さんは僕の後ろに回り、「ああ、やっぱり」って言いました。
続けて「これ新しいリュックだろ。後ろにでかでかと名前が書いてある。
 お父さんが書いてくれたんだろうけど、山じゃこういうのはあんまりよくない。
 妖怪が名前覚えちゃうからね」
「こないだの四縦五横は効かないの?」
「いや、効くとは思うけど、ちょっと虚をついてやらないとね」

「虚?」 「うん、妖怪のあてが外れて呆然としたところにかけるんだよ」
それから叔父さんは、ひそひそ話の声になって、
「今から名前を助春って呼ぶから、返事しろよ」こう言いました。
助春ってのは俺の本名と響きは似てるんだけど、違うんです。
叔父さんはわざとらしく「助春、もう1時間で淵に出るぞ」こう大声で言ったんで、
俺もわざとらしく「ハイ」ってでっかく返事したんです。
何度も呼ばれては返事する、というのをくり返しながら進んでいくと、
大きな滝に出ました。
「助春、これは回らなくちゃいかんな」  「ハイ、おじさん」
そして叔父さんは大岩の横の土になったところを登り始めました。
俺も後に続いて、真ん中へんまできたときです。

大岩の陰から「ス・ケ・ハ・ル」って呼ぶ声が聞こえたんです。
叔父さんが小声で「返事しろ」って言ったので、「ハーイ」って大声で叫びました。
すると、しゅーしゅーと音を立てて、岩の陰から大きな蛇が出てきたんです。
頭には藻みたいな毛がいっぱい生えた、大人の腿くらいの太さの蛇でした。
しっぽのほうは岩の陰になってて、どのくらいの長さかわからなかったです。
すでに上に立ってた叔父さんが、蛇の頭に向かって四縦五横を素早く切りました。
それを見たのか、蛇はぐらっと傾き、
体をよじってなんとか体勢を立て直そうとしましたが、
そのまま滝つぼにどぶんと落ちて流されていったんですよ。
叔父さんは「ハハハ」と笑って、「あの蛇もリュックに書いてあった名前と
 混乱しただろう。だからよく効いた」こう言いましたよ。

一本だたら






アーカイブ 叔父さんの話1

2020.07.27 (Mon)
俺の叔父さんの話です。亡くなった母の弟なんですが、霊能があるんです。
もちろんプロの霊能者ってことじゃなくて、仕事はヘリの操縦士です。
といっても、自分で空を飛ぶわけじゃなく、リモコンヘリ。
ほら、農薬を散布したり、カメラを積んで空中撮影したりするやつです。
母は4年前に病気で亡くなったんですが、それ以後もちょくちょく遊びに来て、
奇妙なものを持ってきてくれたり、不思議な話を聞かせてくれたりします。

逆木
叔父さんが、山へ仕事で行ってて、その帰りに家に寄りました。
「ほら、いいもの見つけたから、おみやげ」こう言ってくれたのが、
何の変哲もない15cmほどの木の枝でした。
木の皮がむけ、つるっと白く表面が光ってて、
生木と枯枝の中間って感じで軽かったです。「これ、何ですか?」って聞くと、
「ただの小枝みたいだけど、けっこう珍しいもんだ。
 猿が首を吊った枝の先のほうをちょっと折って持ってきた」
「えー、猿が首を吊るって、そんなことあるんですか?」
「嘘だよ」・・・まあ、こんなノリの人です。 「でも、珍しいのは本当さ。
 よく神社のご神木になる種類の木なんだけど、これは大木の脇の
 地面から一枝だけ上下逆さまに生えててね。珍しいし実際役に立つ」

「どんなふうにですか?」
「うん、いろんなことに使えるけど、例えば酒の味を良くするとか。
 日本酒、家に置いてる?」こう聞かれたんで、
「ふだん、俺も父も日本酒は飲まないんですが、料理酒ならあります」
「じゃあ、それでいいから、コップも2つ持ってきて」
透明プラスチック入りの安い料理酒を持ってくると、
叔父さんはコップに注いで、「まず最初に味見してみなよ」
もちろん料理酒ですから、美味いということはなかったです。
そしたら、木の枝をマドラーがわりにして、30秒くらいかきまぜ、
「これでいいだろ。飲んでみなよ、だまされたと思って」
そしたら、ほんとうにおいしくなってたんですよ。

一口含んだだけで違いがわかりました。
「うわ、これスゴイですね。売り出したら大儲けなんじゃないですか」
「いや、売り出すほどないし、それにこういうのって、
 あれこれ分析されるとよくないんだ」 「あれに似てますよね。
 ほら、車のガソリンタンクに入れると燃費がよくなる金属とか」
「あーでも、それは磁石とかだろうし、インチキも多いだろ。これとは違うよ」
「何の酒にでも効くんですか?」
「試したことはないけど、醸造酒だけじゃないかな。日本酒や洋酒ならワイン。
 焼酎とかウイスキーはほとんど効果ないんじゃないか」
こんなやりとりをしまして。
その小枝は3か月ほど家にあって、ずっと効果が続いてました。

親父は焼酎党だったんですが、日本酒を飲むようになりまして。
安い紙パックのお酒でも、かきまぜると匂いからして違ってきました。
いえ、今はないんです。あるとき、マンションのベランダの窓を開けてたら、
カラスとは違う小さい黒い鳥が入ってきて、
テーブルの上にあったのを咥えて持ってっちゃったんです。
うーん、たぶんこの小枝をねらってたんだと思いますよ。
楊枝立てに、スプーンや小さいフルーツのフォークと一緒にさしてたのが、
さっと、これだけを咥えていきましたからね。
さあねえ、巣でも作るのに使うんでしょうか。
叔父さんが来たときにそのことを話したら、「ああ、その鳥も
 知ってるんだな。あの枝がいいもんだってこと」こう笑ってましたよ。

蛇石
うちの親父がJRを退職して、けっこうな額の退職金を手にし、
悠々自適の生活を始めました。まだ年金の支給が60歳からだった頃です。
暇をもてあまして、盆栽とか集め始めたんですが、
さらに石を買ってくるようになったんです。置物の石です。
川石に模様が浮き出たやつとか、水晶の結晶がくっついたやつとか、
そういうのを床の間に並べて磨いたりしてました。
その中に蛇石ってのもあったんです。専門的なことは
わからないんですが、緑色の石に白く蛇の形が浮き出したやつ。
蛇は、見ると目鼻や口もありましたから、
たぶん天然の模様を人工的に加工したものなんじゃないかと思います。
けっこう高かったはずです。

叔父さんがある日曜に来て、親父といっしょにそれらの石を見てたんです。
親父は自慢気でしたが、叔父さんは、「石はねえ、
 イワナガ姫って知ってるかなあ。古事記に出てくる長寿の神様なんだけど、
 中には寿命に関係あるものがあるんですよ。
 たいがいは大丈夫だとは思いますが」
こんなふうに言って、蛇石を見ると、
「うーん、これ日本のものじゃないですね。輸入品かなあ。
 あんまりいいものじゃないんで、戻せたら戻したほうがいいです」
親父は気に入ってたので不満そうでしたね。そしたら叔父さんが、
「じゃあ、よくないっていう証拠を見せますよ。○○君電気消して」
俺に部屋の電燈を消させて、自分は窓のカーテンを引いたんです。

秋の午後のことでしたけど、部屋の中が薄暗くなりました。
叔父さんは蛇石を台座ごとテーブルに載せ、
その前に座って目を閉じました。そしてしばらく集中したあと、
口をすぼめてぽっと息を吐いたんです。
そしたら、口から薄く七色に輝く塊が出てきました。
それは湯気みたいな感じで、握りこぶしくらいでしたが、虹の色だって
ことはわかりましたよ。シャボン玉みたいに蛇石の上に漂っていき、
まわりを衛星みたいに回ってたんですが、蛇の口のところにくると、
すっと消えたんです。まるで蛇が口を開けて飲み込んだみたいでしたが、
実際は石の蛇なんで、そう見えただけだと思います。
叔父さんはそれを感じたのか、目を開いて立ち上がり電気をつけました。

「今の見ましたか?」そう聞いて、父が、
「見た、見た、どうなってるんだ?」 「うん、ちょっとだけ
 生気を出してみたんです。そうね、寿命にすれば3日分くらい。
 ああ、でもすぐ回復するのでご心配なく。
 この蛇、それ食べちゃったでしょう。やっぱし置いとくのは危険ですね。
 普通の人は少しずつ寿命を取られちゃう。その分、石はつやつやになって」
親父はびっくりしましてね、さっそく返品しようとしましたが、
取引した会社と連宅がつかなかったんです。電話で叔父さんに
相談したら、「転売するのはダメだよね。壊せば一番いいだろうけど、
 それは手間がかかる。県内の一番大きい神社に奉納するのがいいんじゃないかな。
 宮司さんが年配の人なら、そういうのは慣れてるから」こんなアドバイスでした。

蛇石






アーカイブ 時男の話

2020.07.26 (Sun)
えー、ゲーム関係のプログラマーをやっていて、年は28歳になります。
この場所に来て話をするのは2度目なんです。ああ、覚えていらっしゃる。
そうですか。あれからまた、おかしな体験をしたんですよ。
前回は、言葉に出さずに自分の意思を伝えるテレパシーの
話だったんですが、今日は時間に関係することなんです。
ほらあの、デジタル時計でゾロ目を見てしまうってことがあるじゃ
ないですか。3:33とか4:44とかそういうやつです。
これをよく見るようになったんです。といっても、
昼間はまずないですね。夜、寝てからのことですよ。

昔は、1回寝ると朝までぜったいに目が覚めることはなかったんですけど、
30近くなって歳のせいでしょうか、夜中に起きてしまう。
別にトイレに行きたいせいってわけでもないんです。そのとき、
枕元にあるデジタル時計を見ると、2:22か3:33になってるんです。
別に実害があるわけじゃなくその後すぐにまた寝てしまうんですが、
何となく気持ち悪いでしょう。それで、会社の昼休み高崎先輩に相談したんです。

高崎先輩は、前の話にも出てきましたが会社の先輩の女性で、
オカルトフアンなんです。「先輩、デジタル時計のゾロ目をよく見るなんて話、
 オカルトで何かあるんですか?」 「うーん、あんた見るようになったの」
「ええ、まあ」 「あそう、けっこう繊細なとこもあるのね。
 これはオカルトというか、合理的な解釈が2つあるわ」 「合理的、ですか」

「そ、誰でも受け入れることができそうな説ってこと。まず一つ目は、
 無意識の忘却作用とでも言えばいいか。じつは自分で意識しないまま、
 何回もデジタル時計を見ているわけ。でもその多くは3:27とか
 意味のない数字で、そのまま忘れ去られて記憶に残らない。ところが、
 3:33とかだとキリがいいので、そこで無意識から
 普通の意識に戻って記憶に残るってわけ」
「はーなるほど。でも、それってずっと起きてた場合ですよね。
 締め切りの時間とか気にしながら仕事してたときとかはありそうだけど、
 夜寝てるときにもあるんでしょうか。3:27に目が覚めて
 時計を見て、また寝てしまって覚えてないとか」
「うん、その場合はね、体内時計説ってのがあるのよ」 「はああ」

「ほら、規則正しい生活をしてる人は、目覚ましをかけなくても、
 毎朝同じ時間に目覚めるとかあるでしょ。
 これは人間の体の中に一種の時計のようなものがあって、
 その働きによるって言われてる」 「聞いたことがあります」
「これは専門用語で、概日リズムって言うみたい。人間だけじゃなく
 ほとんどの生物が持ってるんだって。約24時間周期のリズムで、
 カビやバクテリアでも持ってるの」 「どういう役割があるんですか?」

「私も詳しくは知らないけど、生物の進化と関係があるらしいよ。
 DNAってあるでしょ、細胞の中に入ってる。あれは日々複製されて
 新しくなってる。ところが昼、日光の下でその複製をすると、光に
 含まれている紫外線の影響で破壊されたり、突然変異の原因になったりするのよ。
 それを避けるために、だんだん進化の長い時間をかけて、
 遺伝子に体内時計のシステムが組み込まれたってわけ」 「スゴイ!
 難しい話、知ってらっしゃるんですね。で、それと時計のゾロ目の関連は?」
「うん、あんたの部屋のデジタルって電波時計?」 「いえ、違います」
「そうすると、正確じゃないかもしれないわよね」 「おそらくは」

「あんたのデジタルが3:33だったとしても、日本標準時だと
 3:32かもしれない。そもそも時計で示される時間って、
 それほど意味があるわけじゃない」 「どうしてですか?」
「もともと1年というのは太陽の動きで決められたものでしょ」 「公転の周期ですね」
「そう。それで1日というのは太陽が登ったり沈んだりする時間が基準になってる。
 地球の自転ね。だけど、これって経度で違うから世界には時差があるよね。
 それに季節でも違ってくるから、日本ではやってないけど、
 サマータイムなんてのもある」 「はあ」 「つまりね、時計が示す時間
 というのは、結局人間の都合によって決められたものなのよ。
 1分や1秒の長さだって、別に今のでなくてもかまわないし、
 1日を分けるのに24等分でなくてもいい」 「はー、確かにそう言われれば」

「だから、あんたの体内時計はあんたの部屋のデジタルに合わせてやってるのよ。
 あんたの脳が3:33とかのゾロ目を意識してしまっているため、
 体内時計がデジタルがその時間になりそうだってときに脳内でベルを鳴らして、
 それで起きて時計を見てしまう」
「うーんなるほど。すべて自分でやってるってことですか」
「そう。珍しく理解が早いじゃない」 「・・・それはそうと、
 合理的でない解釈もあるみたいに言ってましたよね」 「うん」
「それはそういうものなんですか?」 「これはねー、バカバカしいと
 思われるだろうからあんまり言いたくないのよね」 「ぜひ聞きたいです」

「時男ってのがいるの。妖怪というか妖精というか、時間のはざまに潜む
 人外の魔物 。これがね、3:33とかのゾロ目のとき、
 あんたに時計を見るようにしむけてる」 「何のために?」
「それがね、ある星占いの人から聞いたんだけど、あんたの時間を食べる
 ためらしいよ」 「えー気味悪いな。どういうことです」
「本当は目が覚めたときには3:33じゃない。3:29くらいかもしれないのよ。
 そうすると4分差があるでしょ。その4分間を食べてしまうの」
「それはその分だけ時計を進ませるってことですか?」
「そうじゃなく、時間を食べるの。3:29に目が覚めて、
 3:33に時計を見るまでの時間が食べられてしまう」

「はー、とうてい信じられません。時間を食べて生きてるんですか?」
「そこはよくわからないんだけど、時男が自分の赤ちゃんの寿命として
 使うって話がある」  「・・・」 「時男はある程度の時間で
 死んでしまうけど、死期が近づくと自分の複製、赤ちゃんをつくり始める。
 で、いろんな人から少しずつ集めた時間がその赤ちゃんの寿命になるの」
「・・・いや、さすがにね、この話は信じられません。おとぎ話ですよ」
「まあね。そう思うでしょうね。でも、確かめる方法も聞いてきてるの」
「どうするんですか?」

「夜中に目が覚めるでしょ。そこを基点としてデジタル時計を見るまでの時間が
 食べられるんだから、デジタルを見なきゃいいのよ。そのかわり別の
 時計を見る。あんたの部屋、デジタル以外に掛け時計とかある?」
「あるんですが、電池切れたまま止まってます」 「あー、独身男の部屋
 らしいわね。それ電池入れ直して、ベッドで起きてすぐ見れるとこに
 掛け直しなさい。でね、起きたらそっち見るようにする」
「時男ってアナログ苦手なんですか?」 「時間の精だからそんなことはないけど、
 アナログの針が示す3:33はあまり意味がないし、
 いつもデジタル見ると思って油断してる可能性がある」

「ま、電池入れ直して場所を変えるのは簡単ですから、今晩にでも
 やってみますが、何が起きるんでしょう?」  「それはわからない」
とまあ、長々説明しましたが、こういうやりとりがあったんです。
でね、言われたとおりアナログのほうをセットして・・・
でもね、さすがに信じてませんでした。確かに前のテレパシーは
言われたとおりになったんですが、時間の妖精なんてまさかねえ。
・・・夜中に起きると寝ぼけてて、デジタル見ちゃうかもしれない
と思って一つ簡単な工夫をしました。いつも壁のほうを向いて
寝てるんですが、アナログ時計のある逆側を向いて寝たんです。

あと、寝返りをうたないように布団の中に予備の枕を入れて。
いつも通り電気を全部消して寝ましたが、電気製品のランプとかでそこそこ
明るいんです。ビール類は飲みませんでした。でもすぐに寝入って・・・
目が覚めました。やはり寝る前のことはすっかり忘れてて、いつものように
枕元のデジタルを見ようとして、壁じゃなく部屋のほうが見えたんです。

そのとき、視界を何かが横切りました。大きい蝙蝠のようなシルエット。
頭をあげると正面にずらして掛けた柱時計があって・・・
その上にべったり、真っ黒な40cmほどの蝙蝠がはりついていました。
羽の上部に、ふり返ってこっちを見ている西洋の小鬼のような顔。照れたような
にやにや笑いを浮かべてて、「あっ!」と思ったときにはもう消えてました。
アナログ時計は3:24を示していて、デジタルのほうも同じ時間・・・






「輪廻転生」って何?

2020.07.26 (Sun)
アーカイブ333

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今回はこういうお題できます。カテゴリはオカルト論かな。
みなさんは、輪廻転生、もっと簡単にいえば「生まれ変わり」ということが
あると思われますか? 普段から意識されているという人は
あまりいないんじゃないかと思います。かといって、
天国(極楽)や地獄を頭から信じる人も日本人には少ないでしょう。

アンケートを取れば、おそらく「わからない」が第一位になると思いますし、
「死後の世界なんてない」という回答もけっこうあるんじゃないかな。最近は
スピリチュアルブームと言われ、輪廻の話もあちこちで聞かれるようには
なりましたが、まだまだ日本人には身近な概念ではないと思います。
(日本では、神道と儒教、仏教からきた祖霊信仰が多数派)

ガンジス川での沐浴 現地人は口をゆすいだりしていますが、日本人がやると感染症で死ぬ可能性があります


さて、では、この輪廻転生の概念のルーツはいったいどこにあるんでしょうか。
これは大きく、古代ギリシア哲学由来のものと、古代インド宗教に始まった
ものの2つがあると考えられています。プラトンはたしか輪廻を
説いてましたよね。それ以外にも、輪廻転生の思想は世界の各地に
見られますが、本項では、そのうちのインド宗教系の話をしていきます。

前15世紀ころ、古代アーリア人がインドに侵入し、先住民を駆逐して
定住生活を始めました。その自然神信仰から、ヴェーダという口承の聖典が
生まれ、多神教であるバラモン教が形成されていきます。バラモン教は、
現在のヒンドゥー教の前身と考えてまず問題ないでしょう。

カースト(ヴァルナ)制度
名称未設定 1

最初のころの輪廻思想は、たいへん素朴な発想から生まれたものです。
死んだ人間は月に向かい、雨となって地に戻り、植物に吸収されて穀類となり、
それを食べた男の精子となって、女の胎内に注ぎ込まれて胎児となり、
そして再び誕生する・・・という食物連鎖のような考え方だったんですが、

それに「因果」という概念が加わって、だんだん複雑化していきます。
人が悪い行い、あるいは善い行いをすると転生に影響を与えてしまう。
悪い行いをした者は、苦しみの多い来世に生まれる。善いことを
した者はその逆です。この行いのことを「業(カルマ)」と言います。
そうしてカースト制度ができあがっていくんです。

カーストはご存知だと思いますが、いちおう説明すると、バラモン(司祭)が
最上位で、クシャトリヤ(王族)、ヴァイシャ(庶民)、シュードラ(奴隷)の
四姓制です。これらのカーストは階級ごとに細分化され、また、カーストに
収まらない人々は最下層のパンチャマ(不可触賤民)とされました。ですから、
輪廻思想は、階級制度を肯定するためのものとしても使われたわけです。

多神教であるバラモン教と現在のヒンドゥー教
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因果や業を認めると、「現世の苦しみは前世での悪行によるものであり、
どうやっても逃れることができない」ということになりますよね。
ですから、バラモン教のウパニシャッド哲学では、輪廻転生はだんだんに
よくないもの、苦しみを生み出すものと考えられるようになっていきます。

この果てしなく続く輪廻転生の鎖から開放されることが「解脱」です。
解脱するためには、宇宙の真理との一体化が必要です。
宇宙の根本真理である「梵(ブラフマン)」と、個人の本質である
「我(アートマン)」は同一であると悟ることにより、解脱への道が
開けます。このことを「梵我一如 ぼんがいちにょ」といいます。

このあたりの考え方が出てきたのが、前10世紀以後のことですね。
では、具体的にどうすれば解脱することができるのか。これにはさまざまな
方法論が唱えられました。ある者は苦行を行って解脱しようとし、
またある者は、執着を捨てるために野に出て世捨て人になりました。
また、因果を否定する唯物論や虚無論も登場します。

ジャイナ教の始祖 マハーヴィーラ
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解脱する方法を中心にできあがったのが、マハーヴィーラが前6世紀ころに
始めたジャイナ教です。輪廻転生は「業物質」が引き起こすものであり、
それを排除するには、「殺生をしない、嘘をつかない、他人の物を取らない、
性行為をしない、私有財産を持たない」等の戒律を実践する厳しい教えで、
この考え方は、後の仏教にも大きな影響を与えています。

お釈迦様が始めた本来の仏教は、輪廻転生にはほとんど言及していません。
どちらかというと、この世で心穏やかに過ごすための生活哲学のようなもの
でした。「この世のすべてのことは他との関係によって存在している」
これを「縁起」といい、「絶対的な存在はない(無常)」と説かれます。
この真理を悟ることで「静かな安らぎの境地(涅槃)」が得られるわけです。

仏教を創始したゴータマ・シッダールタ(釈尊)
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・・・ここまで、この退屈な内容をどれくらいの方が読んでくださったでしょうか。
では、輪廻転生って本当にあるんでしょうか。オカルトではよく、
「自分の前世を思い出した子ども」みたいな話が出てきますが、
きちんと調べてみると、はっきりした証拠が得られないものばかりです。
まあ、これについては、また詳しく書く機会もあるでしょう。

さて、輪廻転生が成り立つ大前提として、肉体とは別の「霊魂」という
存在を肯定する必要があります。現代の遺伝子生物学では、
人間は(その他の生物も)遺伝子を運ぶ船に例えられます。
親から子に、子から孫に、先祖代々遺伝子が伝えられていく。
その遺伝子は、他人とはほんの少しですが異なっていて、

無神論者、反宗教主義者であるドーキンスの著書
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そのため、われわれ一人ひとりは顔形や気質、能力などの違いがあります。
魂などというものはなく、人間の意識は脳がつくり出したものであり、
肉体の死とともに消え去ってしまう。ですから、当然輪廻転生なども
ありえない。そう考える人も大勢います。ちなみに、現代の遺伝子生物学の
第一人者であり、「ミーム」の概念を提唱したリチャード・ドーキンスは、
徹底した無神論者として知られていますね。

さてさて、ということで、輪廻転生という考え方がどうやって生まれたのか、
インド宗教の面から見てきました。輪廻転生は実際にあるのか?
それは霊魂の存在を肯定するかどうかによるんですが、あるといえる
決定的な証拠はなく、結局は個人の考え方になってしまうんですね。
みなさんはどう思われますでしょうか。では、今回はこのへんで。

関連記事 『神と死後の世界アンケート』 『舟としての私』

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心霊、日本と欧米

2020.07.26 (Sun)
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『ゴースト/ニューヨークの幻』

今回はこういうお題でいきます。オカルト論ですが、
この内容には、かなり自分の独断的な考えが含まれるので、
賛同されない方もおられるんじゃないかと思います。
そのつもりでお読みください。ただ、現代の怪談にとって、
かなり重要な論点を含んだものです。

さて、コロナの流行はなかなか終息をみませんね。まあ、
コロナの基本性質は風邪ですし、人類はこれまで、
風邪の流行を防いだ経験はありません。それと、難しいのは、
コロナ対策で自粛やロックダウンなどをすればするほど、
経済がダメージを受けるということです。

コロナ対策をしてもしなくても、社会的な損失がある。で、
このコロナ問題で、世界の国のあり方というのがいろいろ
見えてきました。かなり強硬な人権制限をして無理やり
抑え込もうとする国、経済活動を優先しようとする国。
それぞれ国柄というものがあり、法律も違います。

イエス・キリストと悪魔サタン
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簡単に、どこの国をモデルケースにすればいいとかの話ではないん
ですね。昔は、「日本人は集団主義で、欧米は個人主義だ」
などと言われることが多かったんですが、これも、そう簡単に
言い切れるものではないことが、だんだんにわかってきました。

これは一つには、欧米は個人と集団の上にすべてを統べる
神があると考える人が多いからだと、自分は思っています。
もちろん欧米にも無神論者はいますし、その反対の
キリスト教原理主義的な考えの人もいます。

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特にアメリカはプロテスタントの勢力が強く、その会派の多くが
聖書に基づいた原理主義的な考え方をとっています。ですから、
「新型コロナウイルスは、神が、自然の摂理に逆らう同性愛者に
与えた罰だ(エイズのときもこう言われた)」 「ウイルス拡散は、
人間の獣のような行動の報いだ」などと言う人もいるんですね。

自分はアメリカの中西部に住んでいたことがあるので、大っぴらに
口には出さなくとも、「コロナウイルスは神が意図を持って
地上にお下しになった」と考えるアメリカ人はかなりいると
思ってます。あと、アメリカのネットでは、「マスクは、神が
人間に与えた呼吸を奪うものだ」などと極論を言う人もいます。

『四谷怪談』
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さて、本題の心霊の話に移ります。日本の場合、心霊は「御霊信仰」
として始まったと見ていいと思います。菅原道真に代表される、
「冤罪を受け、恨みを持って死んだ人間がこの世に祟りをなす」
という考え方です。天変地異があれば怨霊のせいとされ、ときの
朝廷は位を追贈したり、神に祀ったりしてきました。

この考えは江戸時代まで受け継がれ、『四谷怪談』に代表される
ように、幽霊は、恨みを呑んで死んだ人間が憎いかたきに祟る
ものでした。芝居の幽霊の「うらめしや~」というセリフが
それを象徴しています。ですが、現代の怪談では、
そんなベタな幽霊は出てこなくなりました。

悪魔憑きとエクソシスト
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いっぽう、欧米の怪談なんですが、「霊が生きた人間にとり憑く」
「霊が生きた人間をとり殺す」みたいな話はきわめて少ないんです。
「悪魔がとり憑く」というのは、『新約聖書』にも出てきますし、
歴史上、数々の悪魔憑き事件が起きていますが、人間の霊が
人間に憑くケースはほとんどみられません。

これは、キリスト教の建前上、死んだ人間の魂は完全に神が
(一部は悪魔が)管理していると考えられるからです。ふらふらと
勝手にさまよい歩く霊はいない。『ゴースト/ニューヨークの幻』
という1990年のアメリカ映画がありますが、あそこでは、恋人の
男性は死んだものの、神の許可を得て死後も地上にとどまる

霊は霊媒師が呼び出すという考え方
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といった形で描かれます。また、悪人が死んだ場合、手が出てきて
魂はどこかに連れ去られる。罪に対する裁きは神が行うんですね。
そりゃ、家族を殺された人物が銃を持ってその復讐をするといった、
昔のチャールズ・ブロンソンの映画みたいなことはありますし、もちろん
法廷での裁判もあります。ですが、魂を裁くのは神にしかできません。

あと、霊が生きた人間に憑依するというのは、18世紀の心霊主義
時代に新しく出てきた概念で、憑依されるのは、生まれつきの能力を
持った霊媒師だけでした。ですから、アメリカ人が『四谷怪談』などを
見れば、かなりの違和感を感じると言います。逆に、日本人が
欧米の悪魔もののホラーを見ても、いまいちピンとこないですよね。

悪魔映画は日本人には理解が難しい
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アメリカの都市伝説で、「消えるヒッチハイカー」というのがあります。
男性が車で若い女性のハイカーを拾い家まで送り届けるが、着いた途端に
女性の姿が車内から消える。男性がそこの家に入って事情を話すと、
出てきた中年男性が悲しそうな顔で、それは◯年前に亡くなった
うちの娘だと言う。これ、日本ならありきたりの内容ですが、

アメリカの都市伝説としてはきわめて異質です。そこでルーツを
調べたところ、「インディアンの花嫁」という先住民の言い伝え説、
江戸時代の日本の怪談本が翻訳されて広まった説の2つが出てきた
んです。このどちらだとしても、キリスト教由来の話ではありません。

アメリカに影響を与えたジャパニーズ・ホラー
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さてさて、とは言っても、何事にも例外はありますし、『リング』
『呪怨』などのジャパニーズ・ホラーがアメリカに紹介され、
日本人監督がハリウッドでメガホンを取ったりしてますので、
日本的な幽霊の概念もかなり浸透してはきているようです。
では、今回はこのへんで。

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アーカイブ 縄の話

2020.07.25 (Sat)
コンビニでバイトしてるんだ。週4日で8時から午前2時までのシフト。
そこへはチャリで通ってるんだけど、とにかく急いでアパートに帰る。
でないと次の日の大学の講義に間に合わなくなるから。1時限目の授業は
とらないようにしてあるんだが、それでも1回あるし睡眠不足は避けたい。
部屋に入ってからは風呂に入って寝るだけで、飯も食わないことが多い。

その日も帰り道をチャリで走ってた。
できるだけ近道をしてるんで住宅地の中を突っ切っていくんだが、
夜中なんで人通りもないし、信号もほとんどない。
いつも、やや大きめの児童公園のようなところにチャリを乗り入れて、
向こうの道までショートカットする。もちろん自転車で入るのは禁止だが、
ばれるはずもない。防犯のための街灯が園内にもあってけっこう明るい。
草地の上を立ち乗りして走ってると、右手の繁みの陰からフラッと
人影が現れた。ぶつかりそうになって全力でブレーキをかけ、足を着いた。

ブカブカのオーバーを着た背の低い男だった。髪が長くて額を
おおっている上に、映画のクルーゾ警部のような帽子をかぶってたんで
顔はよくわからなかったが、のぞいている髪が白髪交じりだったから
おっさんだと思った。手に紙袋を引きずってたからホームレスかもしれない。
しかしこのあたりはほとんどいないとこなんだけどな。
ぶつかりそうになったのをなんとか避けて「おい、危ねえぞ」と声を荒げたが、
おっさんは意に介さない様子で、紙袋から長い縄のようなのを取り出して
俺の目の前に突き出し「これ買ってくれよ」と言った。

俺は虚をつかれた感じで一瞬ひるんだが、見ると1m半ばかりの
小汚い縄だ。「こりゃ酔っぱらいか」と、無視していこうとしたら、
「買ってくれよ!」とおっさんが大声を出した。
気にせずペダルに足をかけたら、おっさんは「買ってくれよ、
 ヤマダタケイチ君!」とさらに怒鳴った。「ありゃ」と思ったよ。
山田は俺の名字だし、タケイチというのは父方のじいさんの名で武一と書く。
不思議に思って「なんでじいちゃんの名を知ってるんだ」と聞いてみた。
おっさんは「昔世話になったんだよ。その恩返しだ。買ってくれ」
と縄を両手に持って俺のほうに突き出してよこす。

ためしにと思い「いくら?」と尋ねた。すると「1円、1円でいいんだ。
 ・・・金がないならあんたの靴下の片方でもいい」
わけがわからない。じいさんの知り合いなのかもしれないがつき合ってられない。
こぎ出そうとしたら、後ろからチャリの荷台をつかまれた。
「待て、これを買わないとたいへんなことになるぞ。騙されたと思って買え!」
小さな体のどこにと思うような力だった。
とにかく早く帰りたかったんで「わかったから離してくれ。買うから」
そう言って財布を出した。それでもまだおっさんはチャリを引っぱったままだ。

「でもよう、1円ならただでくれたっていいだろ」こう言うと、
「いや、何でもいいから代償をもらうのがきまりなんだ」
おっさんは片手で一円玉を握りしめ、それでもまだチャリを離さず、
「縄をバッグにしまえ、見ているとこでやれ」こう言った。
俺が不承不承バッグに入れると、やっとつかんでいた手を離し、
「これで仕事が終わった。借りが返せる」と、心底ほっとしたように言った。
じいさんのことをもっと質問しようかとも思ったが、早く帰りたかったんでやめた。
チャリで走り出すと「それ絶対に途中で捨てたりするなよ!!」
と後ろでがなってる声が聞こえた。

それにしても変なおっさんだったな。じいさんはもう15年前に
死んでるのになあ、とか考えながらアパートに着いた。
部屋に入ると、散らかってるのが気になったんで片付けた。
ゆっくり風呂に入って体を隅々まで洗った。
それから新しいジャージに着替えて部屋の中を見回した。
備え付けのクローゼットの戸を開けてみた。
戸の上端は2m以上の高さがあって大丈夫そうに思えた。
クローゼットから2本しかないネクタイを引っぱり出し、束ねてそこに掛け
引っぱってみた。なんとなく頼りない。切れるかもしれないと思った。

そのとき、さっき縄を買ったことを思い出した。
バッグから出してみると、白い布をねじってあってあちこちに
字のようなのが見えていた。ネクタイよりは丈夫そうに思えた。
全体を大きく輪にして両端を結びつけ、クローゼットの戸に引っ掛けた。
踏み台は必要なさそうだった。両手で縄を持って、ジャンプする形で
あごをかけた。ギリギリと強い力がのど仏にかかって、
気が遠くなりかけたとき、耳元で「バカモン!!」という大声が響いた。
子どもの頃に聞いたことのあるじいさんの声だと思った。
縄がブツンと切れ、俺は床に尻もちを着いた。

・・・まあこんなことだったんですよ。
いや、いや、自殺なんてする気はこれっぽっちもなかったんです。
ところが部屋に入った途端に「ああこれから死ぬんだよな」って思ったんです。
不思議ですよねえ。悩みなんて特になかったんですけど・・・
死神に魅入られたってのはこういうことを言うんですかね。
ああ、縄はまだ持ってます。切れたのを広げてみたらでっかい
日の丸の国旗で、たくさん寄せ書きがありました。太平洋戦争の
ときのじゃないですか。じいさんは戦争にいったみたいですから。
今は実家の神棚にあるはずです。ホームレスみたいな男ですか?
何度もあの公園を通ったけど、あれから一度も会ってないですね。
よくわからないですけど、何かの災いからじいさんに助けられたんだと思ってますよ。

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易と2人の人物

2020.07.25 (Sat)
アーカイブ331

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今回はこういうお題でいきます。この題名を見て、どんな内容か
推測できる方はおそらく少ないと思います。一昨日、
「量子力学の父」と呼ばれるニールス・ボーアについて書きましたが、
それと関連があります。じゃあ物理学の記事かというと、
そういうわけでもないんですよね。

関連記事 『アインシュタインの敗北』

何から書いていきましょうか。みなさんは『易経』という書物は
ご存知でしょうか。儒教で尊ばれる「四書五経」のうちの一つです。
ちなみに、四書とは「論語」「大学」「中庸」「孟子」。
五経は、「易経」「書経」「詩経」「礼記」「春秋」です。

典型的な易者
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儒教では、五経のほうが四書よりも価値が高いとされ、
その五経のトップにくるのが『易経』。ごくごく簡単に言うと、
占いに関する書物です。自分は占星術師なので、いちおう『易経』は
読みました。ただこれ、たいへん膨大な分量があり、しかも内容が難しい。
現代の日本人で、まともに理解している人は多くないと思います。

さて、『易経』は中国の古代に「伏羲 ふっき」という伝説上の王によって
書かれたと伝えられますが、伏羲はほとんど神に近い人物で、
実在そのものが怪しいです。中国古代の王朝、商(殷)や周では、
占いの結果によって生贄の人数が決められ、国政が左右されていました。
そのころから、少しずつまとめられていったものと考えられます。

易に使われる筮竹 もともとは蓍(シ)という植物の茎
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今はあまり見ることが少なくなりましたが、昭和の時代には通りに
易者がいて、筮竹を鳴らして占いをしていました。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦」などとも言いますよね。
現在でも、恋占い、相性占いとか、さまざまな占いが流行していますが、

古代中国では、占いは個人のためのものではなく、共同体の運命を
決める決断をする場合などに行われていたんです。あと、『易経』は
孔子が説いた儒教の思想とは、ほぼ関係ありません。儒教で聖人とされる
周公が一部を書き、また孔子もその一部を書いたとされていますが、
おそらく後世のつけたりなんでしょうね。

易は二進法で進行します
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『易経』についてくわしく解説するときりがないので、このへんで
やめておきますが、中心となるのは陰陽思想です。陰と陽、
2つの元素の対立と統合により、この世界の森羅万象の変化が起き、
それを読み解くための方法論が書かれているのが『易経』と
理解してもらえばいいかと思います。

さて、この『易経』が西欧社会に紹介され、多くの知識人を
とりこにしました。そのうちの一人が、前述したニールス・ボーアです。
ボーアは量子力学をつきつめていくうち、「相補性」という考えを
持ちます。例えば、ハイゼンベルグの不確定性原理では、
電子の持つ「位置」と「速度」について、この相補性が働いています。

粒子と反粒子
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また、現在考えられている「真空」は、何もない空間ではなく、
電子と陽電子がぎっしり詰まっており、それがときおり対生成し、
すぐに対消滅する。また、あらゆる粒子には、対になる反粒子がある。
そういうことが明らかになるにつれて、ボーアは量子力学と
古代の東洋哲学の類似性に気づいていくんですね。

みなさんが今見ているパソコンやスマホの画面も、ミクロのレベルでは、
量子が生成・消滅をくり返しているだけであり、それを人間の
視覚がとらえて電気信号に変換し、脳内で像をつくっている。
たしかに、量子の世界は『易経』が説く陰陽思想に近いと言えるでしょう。

対生成と対消滅
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そこで彼は晩年、『易経』の研究に没頭することになります。
ボーアはノーベル物理学賞をはじめ、たくさんの賞を得ていますが、   
デンマーク最高の栄誉であるエレファント勲章を受けたとき、
貴族として自分の紋章にデザインしたのが、
陰陽思想を表現した「太極図」だったんです。

さて、もう一人、『易経』の影響を受けた人物をご紹介しましょう。
アメリカのSF作家、フィリップ・K・ディックです。彼の代表作の一つ、
1963年のヒューゴー賞 長編小説部門を受賞した歴史改変小説
『高い城の男』では、『易経』が一つのテーマとなっています。読まれた
方はわかると思いますが、ディックの『易経』への理解は深いです。

ボーア自らデザインした太極図入りの紋章
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いちおう筋をご紹介すると、第2次世界大戦で日本、ドイツを中心とする
枢軸国が勝利した世界が舞台となっています。アメリカ合衆国は、
ドイツと日本によって3つの国に分断され、占領統治されており、
その世界では、どういうわけか『易経』が大流行している。
小説の登場人物は、易を行って自分の行動を決めるんです。

日本人が統治する太平洋岸は比較的穏やかですが、ドイツが支配する
領域では、苛烈な人種差別が行われています。その世界でひそかに
読まれているのが、正体不明の「高い城の男」が書いた
「イナゴ身重く横たわる」という小説。第2次世界大戦が連合国側の
勝利に終わった世界を描いていて、発禁本となっています。

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その後の筋立ては省略しますが、自分の理解では、連合国が勝利した
世界と枢軸国が勝利した世界は陰と陽の関係にあり、どちらも存在するが、
『易経』の決定により、連合国側の勝利が真の世界である、という結末に
なって終わります。ディックがどこまで意識して書いたかわかりませんが、
古代の東洋思想によりアメリカ側の勝利が確定するのが面白いですよね。

さてさて、ややまとまりのない内容になってしまいましたが、『易経』
および陰陽思想が西欧社会に与えた影響がおわかりいただければ
いいかと思います。過去記事で、老荘思想の「道 タオ」や
原初仏教の「空」などにもふれていますが、東洋思想は奥深いんです。
では、今回はこのへんで。

関連記事 『道 タオって何?』 『輪廻転生って何?』

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夢占いと『周公解夢』

2020.07.25 (Sat)
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今回はこういうお題でいきます。みなさんはよく夢を見られる
ほうでしょうか。自分はどっちかと言えば見ないほうです。
寝て起きれば朝になってるという感覚ですが、それでもまったく
見ないというわけではありません。

自分の場合、例えば今日は仕事がないのでずっと寝ていられるなど、
時間があるときによく見ます。これ、そういう方はけっこう
多いんじゃないでしょうか。さて、夢は「REM睡眠」時に見る
場合が多いということがわかっています。閉じたまぶたの下で、
眼球が急速に動いているのがREM睡眠で、

このとき、脳は覚醒時と同じように働いています。半分寝て、
半分は起きていると言ったほうがいいかもしれません。
時間があって、いつもよりも長時間の睡眠をとっているときには、
そういった状態が起きやすいんだと思います。

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さて、夢は現代人だけではなく、古代人も見ますので、
古くから「夢とは何か?」ということが考えられてきました。
歴史的には、大きく2つの考え方が見られます。
一つは、睡眠中に魂が抜け出して実際に体験したことが、
起きたときに夢として思い出される。

例えば、自分がいないところで皆が自分の悪口を言っている
夢を見た。この場合、それは実際にあったことで、
魂だけになった自分がそれを目撃して帰ってきたということに
なりますが、でも、夢ってそういうものだけじゃないですよね。
もっと現実離れした荒唐無稽なものが多い。

「ドリームシープ」欧米ではポピュラーなオモチャ
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2つ目は、神のお告げとしての夢です。神が夢の中に現れて、
これから起きることや行動の指針などを示してくれる。
そのお告げは、個人的な内容もあれば、火山の大噴火などの
国の将来にかかわるようなこともあります。

夢のお告げを与えてくれるのは、その時代、その地域において
信じられていた神で、古代ギリシアの場合はゼウスや
アポロンでした。また、古代のバビロニアや中国では、
夢占いが盛んで、専門書までつくられていたんです。

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あと、「誕生夢」というのがありますね。歴史上の偉人が
生まれるときに、母親が、太陽がお腹の中に飛び込んできたなどと
いう夢を見るエピソードで、たくさんの人物にこれがあります。
でも、偉くなってから後づけでつくられたものがほとんどだと思いますね。

さて、その後長い時間をへて、19世紀、オーストラリアの精神科医、
ジークムント・フロイトが「無意識」という概念を提唱し、
夢は「無意識的に抑圧された幼児期由来の願望と、この願望と
結びついた昼間の体験の残滓が、検閲を受けながら加工され、
歪曲されて現れたもの」であると説明します。

フロイトの著作『夢判断』は、現代でも広く読まれており、
納得できる部分も多いんですが、あまりにすべてを性的なことと
結びつけてしまっているという批判があります。ただ、現在の
心理学、精神分析学、脳科学でも、どうして夢を見るのかという
理由ははっきりとはわかっていません。

周公旦


さて、ここからは『周公解夢 しゅうこうかいむ』について書いていきます。
これは中国の古書ですが、いつの時代のものかはっきりしてません。
作者は「周公旦 しゅうこう たん」とされ、周王朝で理想の政治を行った
として孔子がたいへん尊敬した人物です。ただし、周公旦とは時代が
合わない記述が多々あり、実際に周公旦が書いたものではありません。

中国でも、夢の解釈は難しかったので、内容は夢占いというより、
「こういう夢を見た人物がその後こうなった」というエピソード集
のようなものです。代表的なものをいくつかご紹介しましょう。
「胡蝶の夢」荘子の有名な話ですね。

「胡蝶の夢」
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夢の中で自分は蝶になって草原をひらひら飛んでいたが、
もしかしたらあれこそが現実で、今の自分が夢なのかもしれない。
しかしそんなことはどうでもいい・・・というような話です。
夢占いになっていませんが、これが最初に出てくるのには
何か意味があるはずです。

「呂望兆飛熊」これは周の文王が見た夢で、2本の翼を生やした
虎が自分のところにやってくるという内容でした。文王が
いぶかしんでいると、臣下が、それは人材を得るということ
でしょうと答え、はたして、その後大軍師になる太公望と出会い、
息子の武王の時代に、周は商を滅ぼします。

周の文王と太公望 呂尚


「丁固生松貴」丁固(ていこ)は三国時代、呉の政治家で、若き日、
自分の腹に大きな松の木が生える夢を見ました。「松」という漢字は
「十・八・公」と分解でき、自分が18年後に公(大臣)になるのだと
読み解いたら、そのとおりになったという話。これなんかは
完全な予知夢で、年数までわかってしまいます。

さてさて、興味を持たれた方は、けして長い文章ではないので、
読まれてみてください。現代語訳がネットにも出ています。自分は
占星術師で、夢占いはやりませんが完全に否定してはいません。
夢から何か実生活上のヒントを得ることはありそうな気がしますね。
では、今回はこのへんで。

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植瓜の術と呑牛の術

2020.07.25 (Sat)
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「植瓜の術」を行う藤山新太郎氏

今回はこういうお題でいきます。日本における幻術の話で、
カテゴリは妖怪談義かな。幻術は、言葉どおり他人に幻を見せる
術ですが、中でもこの「植瓜(しょっか)の術」と
「呑牛(どんぎゅう)の術」は、その代表的なものです。
歴史上、いろいろな人物がこれをやったとされます。

どっちから説明していきましょう。「植瓜の術」のほうかな。
これは日本には中国から伝わってきましたが、おおもとはインド魔術
のようです。中国の古典とほぼ同じ話が、平安時代の『今昔物語』に
出てきます。あと、西洋の童話「ジャックと豆の木」とも
関係がありそうです。

夏の暑い日、ある老人が瓜売りに、馬に積んだ瓜を一つくれとせがみ、
断られると、「では、自分で出そう」そう言って、落ちていた種を
地面に植え、するとすぐに種から芽が出て双葉が生えてきた。
みなが不思議に思っていると、瞬く間に葉が茂り、
花が咲き、瓜がたくさん実をつけた。

「ジャックと豆の木」
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老人は、なった瓜をその場の人々に配り、自分も食べて去っていった。
やがて瓜売りが自分の馬を見ると、積んでいた瓜は一つもなかった・・・
この内容はご存知の方も多いと思います。話の教訓として、
瓜売りたちの吝嗇を責めているわけですが、よく考えれば、
この老人のやったことは窃盗か詐欺ですよね。

もとになっているのは、インド魔術の「マンゴーの木」という手品で、
タネも仕掛けもあるものです。現代でも日本の手妻師(和式の手品師)
藤山新太郎氏が再現されています。この内容があまりに不可思議
だったため、昔の人にとっては、まさに幻を見せられたとしか
思えなかったんでしょう。

「散楽」
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日本における幻術の歴史は、奈良時代に唐より伝来した「散楽」
が始まりとされることが多く、最初は中国の宮廷で行われていたん
でしょうが、大道芸として民衆にも広まり、芸が磨かれて
いったようです。では、タネや仕掛けのない幻術はないのか?

日本では、幻術は忍者のエピソードとして語られることが多いんです。
「植瓜の術」 「呑牛の術」は、どちらも飛び加藤という忍者が
行ったとされます。本名は加藤段蔵、16世紀の忍者で
鳶(とび)加藤とも呼ばれました。ただし、講談や時代小説で
有名になったエピソードが、どこまで本当かはわかりません。

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「飛び」という形容がついていますので、さぞや体術に優れて
いたんでしょう。忍者は忍者の家系に生まれ、幼少時から鍛えられると
いうことですから、もしかしたら、高跳びや幅跳び、短・長距離走で
現在のオリンピック級ほどの力があったかもしれません。

この段蔵の有名な逸話として、こんなのがあります。
段蔵は全国を回って仕官先を探していましたが、上杉謙信に仕えるべく、
「呑牛(どんぎゅう)の術」を公道にて披露した。
城下の葉の生い繁る大木の日陰に一匹の大きな黒牛をつなぎ、
自分の口を指さして、集まってきた者に者に言った。

「この大牛をこの口で飲み込んで見せよう」黒牛の尻に段蔵が取りつくと、
どんどんと牛は飲み込まれていき、ついには段蔵の腹の中に収まって
しまった。観衆達は驚き騒ぎましたが、木の上で見ていた男が
一人いて、「それはまやかしだ、段蔵は布をかぶって牛の背に
乗ってるだけだ」と叫ぶと、ここで群衆ははっと気がついた。

武者修行者 夢想権之助、背中に「天下一」の文字が見えます
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腹を立てたであろう段蔵は、しかし笑って、近くにあった夕顔の葉を
扇で仰ぐと、その夕顔の茎がみるみる伸びて花を咲かせ実をつけた。
段蔵が脇差しを出して上にある花をスパリと切ると、
木の上にいた男の首が、血を吹き出しながら落ちてきたんですね。
観衆は怖れ、みな逃げ去ってしまった・・・

この逸話が実際にあったことかはわかりませんが、これは仕官の
ためのデモンストレーションのようです。戦国時代から江戸初期にかけて、
武者修行の武芸者が、羽毛の服を着たり、背中に日本一の旗を挿したり、
奇抜な格好をして自分は強いと公言し、仕官先を求めていました。
漫画の『バガボンド』に出てくるとおりです。

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高名な宮本武蔵などもその一人ですが、忍者もまた同じだったようです。
とにかく俺の腕を買ってくれ、ということですね。
デモンストレーションですから当然、周到な準備をしていたことでしょう。
では、幻術は物理的なタネなしでできるんでしょうか。
自分は、一人に対してならできる可能性があると思いますが、

大勢の集団に対しては不可能と考えます。上の段蔵の話でも、日陰で
黒い布を牛にかぶせたとあり、タネがあるんですよね。これらの術を、
集団催眠と見る向きもあるようですが、現代の催眠術でも、
何のタネもなしに、複数人に同じ幻覚を見せるのは不可能でしょう。
(自分は催眠術を勉強して、けっこうできます)

「塩の長司」
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さてさて、日本の妖怪に「塩の長司」と呼ばれるものがあります。
馬飼いの長者だった長司は、死んだ馬の肉を食べていたが、あるとき
どうしても馬肉が食べたくなり、まだ生きている馬を殺して食べてしまう。
すると、毎日同じ時間にその馬の亡霊が現れ、長司の口から腹の中に
入って散々に暴れまわり、長司は苦しんで死んでしまう。

ですがこれ、上記したように、「呑牛(馬)の術」は手品の見世物
だったわけです。この見世物が評判になり、仏教の殺生戒が加えられて、
後づけで長司の話ができ、妖怪化していった可能性があるんじゃ
ないかと自分はみています。では、今回はこのへんで。

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孝明天皇と韓国併合

2020.07.25 (Sat)
アーカイブ329

今回はこういうお題でいきます。日本史のカテゴリです。
孝明天皇はご存知の方が多いでしょう。江戸時代の最後の天皇であり、
明治天皇の父君です。幕末の動乱の最中に在位し、1866年(慶応2年)に、
36歳で崩御されています。朝廷が公的に発表した死因は痘瘡による
病死ですが、これまで、根強く暗殺説が唱えられてきています。

孝明天皇
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次に、日韓併合ですが、1910年(明治43年)に、大日本帝国が大韓帝国を
併合。統治は昭和20年まで続いています。孝明天皇の死から韓国併合まで、
50年近いへだたりがあるわけですが、この2つの出来事には、
深い関係性があるんですね。それについてはいろんな人が書いてるんですが、
当ブログで強調したいのは、巷間に流れる「噂の恐ろしさ」ということです。

朝鮮総督府
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さて、孝明天皇が崩御されてすぐ、世間には、暗殺されたのではないかという
噂が流れ始めました。中には、天皇は厠に入っているところを刺殺されたとか、
天皇に新しい筆が献上され、その筆先をなめたとたんに具合が
悪くなって床につき、そのまま急死したなどというものまでありました。

もちろんこの2つは事実ではありませんが、噂はそうとうに広まっていたようで、
イギリスの外交官、アーネスト・サトウの滞在記録に、
「最初、死因は疱瘡と言われていたが、信用できる日本人から、
天皇は暗殺されたと聞いた」と書かれています。

なぜ、こんな噂が流れたのか。それは世間の目に、孝明天皇は暗殺されて
しかるべきと見える理由があったからですね。孝明天皇の主義主張は
はっきりしており、諸外国に対しては「開国反対、徹底的な攘夷」でしたが、
当時の識者はみな、それが無理なことがわかっていました。むしろ、西洋文明を
積極的に受け入れ、日本の国力を高めていく必要があると考えられていたんです。

もう一つ、孝明天皇は徳川幕府に対し「公武合体、佐幕」政策をとっていました。
第十四代将軍の家茂を信頼しており、妹の和宮を降嫁させています。
この2つは、どちらも薩長の志士、開明派の公家にはじゃまでしかたが
ないものだったんですね。孝明天皇がいなくなれば、
徳川幕府を滅ぼして、改革が一気に進むと考えられていたわけです。

岩倉具視
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ということで、動機は十分です。では、もし暗殺だとしたら誰がやったのか。
これは、名前があがっているのは、薩摩藩士の大久保利通、公家の岩倉具視です。
特に岩倉のほうは、「天皇の存在が世を混乱させている。天皇は世間に対して
謝るべきだ」という過激な発言をした記録が残っています。

じゃあ、ほんとうに暗殺だったのか。これはわかりませんねえ。天皇が発熱した後、
天皇を診る資格を持つ医師団による24時間体制の看護が始まり、
痘瘡の診断が出たものの、その後、一度は回復期に入ったときの「御順症」
という状態になってるんです。それが、あるときを境に容態が急変し、
最期は体中から血を出して亡くなったとされます。

暗殺かどうかについては、昭和、平成にも歴史学者による論争が起きていますが、
結論は出ていません。もし暗殺だとしたら、砒素による毒殺。
やはり最も疑われるのは、公家として天皇の近くにいた岩倉具視なんでしょう。
ちなみにこのとき、長州藩士の伊藤博文は鉄砲の買いつけなどをしており、
暗殺の機会はなかったと考えられています。

あと、孝明天皇とともに、皇太子であった睦仁親王も暗殺され、後の明治天皇は、
すり替えられた、かつての南朝の血を引く大室寅之祐という人物だとする
説があります。これ、自分も興味を持ってあれこれ調べてみましたが、
かなりの無理があり、陰謀論というしかないものです。

明治天皇と大室寅之祐(とされる画像)
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さて、ここまででだいぶ話が長くなってしまいました。先を進めます。
伊藤博文はロシアのハルビン駅で、大韓帝国の民族運動家、安重根に
よって射殺されました。その最期の言葉は「俺を撃ったりして、馬鹿なやつだ」
と伝えられています。この真意はわかりませんが、伊藤はどちらかといえば、
韓国併合には反対の立場だったはずです。

日本はまだまだ国力を充実させる時期で、韓国併合でよぶんな金をかける
ゆとりはないということです。ロシア官憲はすぐに安重根らの身柄を拘束して
日本に引き渡し、安は死刑になりますが、裁判において、伊藤暗殺の15の
理由を列挙し、これは、当時の新聞で広く日本や世界に公表されています。

伊藤博文と安重根
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で、その14番めのものが、「今ヲ去ル四十二年前、現日本皇帝ノ御父君ニ
当ラセラル御方ヲ伊藤サンガ失イマシタ。ソノ事ハミナ韓国民ガ知ッテオリマス。」
つまり、明治天皇の父親(孝明天皇)を伊藤が暗殺したこととなってるんですね。
これも謎な部分で、もし孝明天皇の死が暗殺だったとしても、
どうして安が、犯人が伊藤だと考えたのかがわかりません。

不思議ですよね。ちなみに、安重根は韓国国内では反日の義士とされて
いますが、日本の天皇の崇拝者でもあったんです。ただしそのことは、
現在の韓国内では広まっていません。こう書くと問題があるでしょうが、
韓国は、都合のよいことだけが周知され、悪いことは隠され、

歴史的な捏造が横行する、たいへんに幼稚な社会です。
伊藤暗殺の翌年、日本政府は韓国併合を促進し、大韓帝国は消滅します。
ですから、安の行動は、韓国併合を加速させてしまったことになります。
皮肉な話というしかありませんし、
歴史のめぐり合わせの不思議さを実感します。

さてさて、ということで、孝明天皇の暗殺の噂、これが50年近い時を経て、
伊藤博文の暗殺から韓国併合につながっていくわけで、
最初に書いたとおり、噂って怖いなあと思います。ある噂が立てば、
それを利用しようとする人が必ず現れるんですよね。
では、今回はこのへんで。

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呪いの場所の話

2020.07.24 (Fri)
じゃあ話していくよ。今からはもう50年近い前のことだな。
当時は、子どもの遊びって言えば外遊びだよ。
今みたいにゲーム機なんてなかったから。ああ、少年ジャンプとかは
あったが、街中にはまだ貸本屋ってのがあってな、
漫画の、今で言えば単行本を1冊1日10円とかで貸し出す。
ほら、水木しげるっているだろ。もう亡くなったが、ゲゲゲの鬼太郎を
書いた。あの人なんか、最初は紙芝居作家で、それから貸本専門の
漫画家になり、その後に週刊誌の連載を持って、やっと貧乏から
抜け出すことができた。あと、子どもの遊びと言えばメンコやベーゴマ、
けど、人数がそろえば野球やったもんだ。あのころはあちこちに
空き地があったし、子どもが入っても怒られなかった。

今はほら、土地を寝かしておくのはもったいないからって、
すぐに駐車場にしちまうけどな。ボールはゴムのやつで、バットはそこらに
落ちてる木とか、あとは手打ちだな。人数が5人くらいなら、
チームは決めずに三角ベースでやる。ピッチャー、1塁、2塁、ホーム。
あとバッターで、順ぐりに回すんだ。学校が終わった子どもらが、
晴れてれば空き地に集まってきて、6年生がリーダーになって
その日の遊びを考える。でもあれな、今考えれば、子どもの社会性を
育てるには役立ってたんじゃないかって思うんだ。
年齢が違う子どもら全員を楽しく遊ばせるのは、なかなか難しいことだよ。
あ、スマン、スマン、最初から話がそれちまって。
俺が5年生のときだ、司さんって6年生がいて、

背が高くって、中学生とケンカしても負けなかったって言われてた。
その子がリーダー格になった遊びのグループに入ってたんだよ。
司さんは、強引なところはあったけど、意地悪はしなかったから、
下の子からは好かれてたよ。で、夏休みのことだ。10時頃には
グループの仲間が空き地に集まって来るんだが、話題は前夜のテレビ番組
一色だった。お盆近くで、心霊番組をやったんだよ。視聴者からの
お便りを元にした再現映像ってやつ。これが怖くってなあ。
でもよ、小学校高学年って、そういうの見たい盛りだろ。
俺はなかば本気で、幽霊はいるって信じてたな。そのうちに司さんが
やってきて野球が始まったが、しばらくすると雨になった。多少の雨なら
気にしないが、かなりの降りで、空が暗く当分やみそうもない。

今日は帰るかってことになって、ぞろぞろ空き地を後にしたんだ。
で、空き地を出て少し行ったとこに小路があるんだよ。
小路っても道じゃなく、塀と塀にはさまれたせまい場所。
10mくらい入ると突き当りがまた別の家の板塀。子どもが一人
通れるくらいの幅だった。そこの前で司さんが「お前ら、ここ入るぞ」
って言って、先に立って入ってた。何をするのかわからず
俺らがついてくと、司さんは突き当りの前で振り向いて、
「お前ら、昨日のテレビ見たろ。俺な、父ちゃんに、幽霊いるのか
 聞いたら、父ちゃんは幽霊はいないが呪いはあるって教えてくれた」
こんなことを言い出したんだ。司さんの父親ってのは
大工の棟梁をしてた。ほら、大工ってのは棟上げとか

地鎮祭とかやるだろ。だからそんな話をしたのかもしれないが。
司さんは「ここな、呪いの場所にするから」と言い、別の6年生が、
「どうやるんだよ」と聞くと、「まあ見てろ」とズボンのポケットから
何かを取り出して、野球のモーションで突き当たりの塀に思いっきり
叩きつけたんだよ。小さいものでほとんど音はしなかった。
何を投げたかっていうと、アマガエルだ。空き地で
つかまえてたんだろうな。緑色のカエルが、赤黒い塊になって
板塀にこびりついてたんだ。まあでも、気持ち悪いとかはあんまり
感じなかった。あの頃の子どもは残酷で、トンボの尾っぽをちぎって
藁を差し込んで飛ばすとか平気でやってたから。
「ここで生き物を殺せば、だんだんに呪いの場所になってく。

 次からはお前らもやれ」司さんはそう言った。次の日もまた集まり、
午前中いっぱい野球をやって、あの小路の前に来ると、
司さんが「今日もやるから、生き物持って来い」と命じたんで、
みなそれぞれ散って、バッタとか手にして持ってきた。
当時そんなのいくらでもいたんだよ。俺は近くの家の庭のアジサイで
カタツムリ見つけてきた。で、一人ずつ全力投球で板塀に
ぶつけたんだ。たくさんのシミができて、つぶれた生き物の残骸が
地面に散らばった。それが終わると、みなが小路の外に出て、
最後、司さんが突き当たりの塀に向かってパンパンと手を叩いて
一礼した。・・司さんは飽きっぽいんで、これもすぐ終わるかと
思ったが、けっこう10日くらいは続いた気がするなあ。

何日かやると、塀は生き物の体液でカラフルになるが、夜とかに
雨が降ると流れてしまう。え、罪悪感? あんまりなかったな。
でな、終わったのはこういうわけだ。朝に空き地に向かうと、仲間が数人、
あの小路の前に集まって何か話してた。「どした?」って
のぞき込むと、塀の前で犬が死んでたんだよ。大型犬とまでは
いかないが、けっこう大きなやつで、赤い首輪をしてたから
どっかの家の飼い犬だと思う。血とかは流れてなかった気がする。
みなでわいわいやってると司さんが来て、死んだ犬を見て
「う」という顔になった。俺らに向かって「お前らがやったんか?」
と聞いたから、全員が頭を横に振った。司さんはしばらく黙り、
それから「これで呪いは完成した」みたいな意味のことを言ったんだ。

で、その日から生き物を殺すのはなくなったんだよ。まあ、学校が
始まったのもあったが。でな、9月になって、大型の台風が近づいてる
って予報で、学校が臨時休校になった日があったんだ。
すごい雨風で、その日は俺の家も一日中雨戸を閉めてこもっていた。
で、翌日になって学校に行くと、子どもが一人死んでることが
わかったんだ。俺らの学校の2年の男子。空き地に集まるグループとは
関係ないやつだよ。夕方に姿が見えなくなって、親は必死で探して
警察にも連絡した。それで朝になって見つかったのが、
あの小路の突き当たりのとこなんだ。その子の家からは1kmくらい
離れてるんで、何でそこに行ったのかはわからない。死因は今で言う
低体温症だろうな。まだ残暑厳しい季節だったが、

ずっと雨風にさらされてたせいで。それ聞いて、俺らの仲間はみな、
呪いのせいなんじゃないかって考えた。まあ当然だろ。
けど、司さんがその話をしなかったんで、俺らも大っぴらには
口にはしなかったが。でな、その小路にはしばらくの間、
花とかジュースとかが供えられてて、そのうちに小さい地蔵堂が
できたんだよ。箱みたいな感じで、中にはお地蔵さんが一体だけ。
おそらくは死んだ子の親が、その小路を囲んだ家々に話をつけて
設置したもんだろうと思う。で、司さんが遊びの場所を変えたんだ。
さっき言ったように、空き地はあちこちにあったから。
そうしてその年も終わり、司さんは小学校を卒業して、
中学校で野球部に入り、俺らとは遊ばなくなったんだよ。

・・・ここで終わりたいとこなんだが、まだ続きがある。
それからええと、ちょうど20年後のことになるのか。
俺は高校を卒業してから都会に出て板前になった。忙しくて
故郷にはあんまり帰れなかった。司さんは父親の跡をついで大工になり、
工務店にしてバリバリやってたんだ。いや、就職してから司さんと
会うことはなかった。その年の9月な、スーパーの駐車場で事故があった。
年寄りがアクセルをブレーキと踏み間違えて店に突っ込んだんだが、
その巻き添えで5歳の男の子が死んだんだ。ああ、司さんの長男だ。
それでな、スーパーの場所ってのが、あの小路があったところなんだよ。
再開発の区画整理でその一帯がつぶされ、新しくできた店だった。
いや、たまたまだろ、そりゃ偶然と思いたいよなあ。

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江戸城の七不思議

2020.07.23 (Thu)
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今回はこういうお題でいきます。妖怪談義ですね。さて、
江戸城はもともと、扇谷上杉氏の家臣太田道灌が築いた平山城で、
それを徳川家が摂取して改修し、日本一の面積を持つ城郭に
なりました。ご存知のように、道灌は主家によって風呂上がりの
ところを謀殺されています。

自分が調べたところでは、江戸城の怪異は全部で15くらいは
あるんですが、その中でも興味深いものをご紹介していきます。
これらの怪異のほとんどは大奥でのものです。
本丸の表御殿が政治を行う非日常の空間であったのに対し、
大奥は数千人の女たちの日常空間であったためでしょう。

・北の御部屋の猫
江戸時代、猫はペットとしてもてはやされ、大奥でも御年寄りや
中臈クラスの奥女中たちは ほとんど猫を飼っていたようです。
ときの将軍の御台所(正室)が懐妊すると北の御部屋(産室)に
居を移しましたが、その部屋にどこからともなく猫が現れる。

太田道灌
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誰に聞いても飼い主がわからない。で、この猫、白黒の2種が
いて、黒猫が現れたら若君が産まれ、白猫だと姫君となる。
そう言い伝えられていたそうです。うーん、でもこれ、やっぱり
誰かの飼い猫だったんじゃないでしょうか。で、たまたま
偶然が何度か重なってそういう言い伝えができた。

・血の井戸
第11代将軍家斉のころと言います。家斉は松平定信を老中首座に
任命し、寛政の改革を行わせたことで知られていますね。一橋家から
来た将軍です。大奥には10ヶ所以上の井戸がありましたが、
将軍が入浴する御湯殿の水は専用の井戸から汲んでいました。

キャプチャ

ところが、あるときからその井戸の水が、汲んだ直後は何でもないのに、
湯殿に注いだとたんに血の色に変わる。何度汲み直しても同じ。
井戸を掘り直しても変わらず、ついにその井戸は放棄され、
別の離れた場所の井戸の水を使うようになった。

これがもし本当だとしたら、化学変化かなと思います。井戸水に
何らかの理由で鉄分が混じるようになり、それが空気に触れて
酸化し赤い色に変わる。まあ、鉄錆色は血の色ほど赤くはないですが。
家斉は歴代将軍の中では名君と言える人物で、在任も50年と長く、
69歳と長命で亡くなってるので、不吉なものではなかったようです。

釣瓶井戸


・月見の池
大奥の庭には池もたくさん掘られていましたが、暗闇の夜、
嵐の夜でもなぜか月影が宿っている池があったそうです。
これは何でしょうね。たまたまどこかの部屋の行灯なんかが
映る位置にあったのかもしれません。

ただ、たんにそれだけのことではなく、その池の近くでは、
すすり泣きの音がどこからともなく聞こえたり、
月ではなく鬼火が写っていることもあったとされます。
そのため、奥女中たちは気味悪がって側にいきませんでした。

・おたん狸
おたん狸とは、大奥に長年棲みついている狸で、「おたん」は
「お頼み申します」の略。外長屋で働いている下働きの女中が、
部屋の女中に用があるときには、戸の外で「おたん」と言います。
ところが、開けてみると誰もいない。

化け狸
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狸が人間の真似をして「おたん」という音を立てているのだ、
ということになりました。うーん、興味を持ったので、
youtube で狸の鳴き声を調べてみましたが、「クゥーン」
みたいな感じですね。ただ、狸が前足で雨戸などを叩いて
「カタン」といった音を立てることはあるのかも。

実際、江戸城の庭には狸が多数いたようで、穴なども見つかって
います。夜になると狸は穴から出て踊ったり、また、一人で
歩いている女中を穴の中に引き込み、いないいないと皆が
探していると、泥だらけで穴の中にじっとしているのが
見つかる、といった話もあります。

徳川家斉
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・夜泣き石
大奥の奥女中と将軍の側に務める小姓が恋仲になった。奥女中は
もちろん大奥から出られませんので、小姓のほうが庭づたいに
大奥へ来て、庭石の上に腰掛けて2人で語り合っていたが、
ついに禁断の恋はばれてしまい、小姓は追放で済みましたが、

奥女中は打ち首になってしまいます。それから奥女中の
命日になると必ず、その石の上に青白い火が立ち上がり、
女のすすり泣きの声が聞こえるようになった。
これは典型的な幽霊譚ですが、長い歴史の中では
そういうこともあったのかもしれません。

江戸城内(松の廊下)
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・願掛けの松
大奥に庭木として植えられているたくさんの松の中に、
7回、10回と願掛けをすると願い事がかなうという松の木が
あったそうです。松の木の寿命は長いので、現在の皇居で
その松の木は生き残っているかもしれませんね。

・二階の足音
奥女中が起居する長局は二階建てでしたが、上階には誰もいない
はずなのに上で足音が聞こえることがある。ときには衣擦れの
音も聞こえてくる・・・現代の怪談でもありがちな話です。
これで七つになりましたかね。この他にもまだ興味深い話は
あるんですが、今回はこのへんで。






「エッツイの呪い」って何?

2020.07.22 (Wed)
アイスマン(エッツィ)はこれまでに発見された中で最古の人類である。
5300年前に殺害されたエッツィは、1991年にイタリアアルプスの
山中で発見されたが、それ以来、魅力のつきない話題をわたしたちに
提供してくれている。この45歳の男性のミイラからは、天候、遺伝子、
移動の経緯など、当時の様々な情報を知ることができるのだ。

銅器時代に生きたアイスマンの遺伝子は、たくさんのことを
示してくれるが、もっとも驚く発見は、エッツィに生殖能力が
なかった可能性があったことだろう。当時にさかのぼってみなければ、
彼に家族がいたかどうかはわからないが、2000年代半ばに、研究者が
彼の遺伝子から不妊症の可能性を見つけ出した。
(エキサイトニュース)

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今回はこういうお題でいきます。ふむふむ、なかなか興味深い
ニュースですね。アイスマンは1991年、アルプス登山客の夫妻が、
通常ルートから離れた場所の溶けた雪の下で発見したものです。
アルプスでは、この手の遺体は珍しくないので、現代の遭難者として
最初処理されていたんですが、どうも所持品などの様子がおかしい。

そこで、司法解剖の前にインスブルック大の考古学者に見せたところ、
これらはヨーロッパの青銅器時代前期の物であることが判明したんです。
その後の調査で、およそ5300年前に生きた男性であることが
わかってきました。現在、アイスマンの遺体は、イタリアの
南チロル考古学研究所で冷凍保存されています。

日本ではアイスマンのほうが通りがいいですが、向こうでの
愛称?は「エッツイ」。これは発見場所がエッツ渓谷であったため、
オーストリアの新聞記者がそう命名しました。ちなみに、
5300年前は、日本だと縄文時代中期にあたります。

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調査の結果、いろいろなことがわかってきました。男性で、
瞳、髪の色は茶色、肌の色は白色、身長160 cm、体重50 kg。
骨からのデータにより年齢47歳前後、筋肉質な体型で、血液型はO型。
それがこのたび、アイスマンの腸から抽出したミトコンドリアDNA
から、男性の不妊症につながる、2通りの配列が見つかったんです。

うーん、どうでしょう。現代のような不妊治療はもちろんない
わけですし、そういう人物は多かったのかもしれません。エッツイが
所持していたコケの分析から、最後の2日間に2000メートル以上の
標高差を登り下りしていたことがわかっています。

関節部分の文身
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家族がいなかったため自由に放浪していたんでしょうか。ちなみに      
コケは食用には適さず、なぜ所持していたかは不明。
トイレットペーパー説が出されていますが、どうだか。
エッツイの死因は、最初は凍死説でしたが、X線検査で左肩に
矢尻が見つかり、矢で射られた後、側頭部を鈍器で殴られたようです。

戦争ではなく強盗に遭ったみたいなんですね。あと、エッツイの
体には60個以上の文身が彫られており、分析したオーストリアの
ドルファー博士は、東洋医学におけるツボと文身の位置が
一致しており、当時のヨーロッパのアルプス付近に高度な
医療技術があったことを示唆していると述べています。

所持していた道具
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うーん、これも疑問。そもそも東洋医学のツボが必ず効果がある
というエビデンスがないですよね。それに文身は呪術的なもの
だったかもしれず、そこまでは言えない気がします。ただ、衣服や
加工された所持品を見れば、高度な文化を持っていたことはわかります。

さて、オカルトの話に移ります。「アイスマンの呪い」と言えば
聞かれたことのある方もおられるでしょう。第一発見者である
ジモン夫婦の夫ヘルムートの他、発見や研究に関わった研究者が
次々に死亡。「第二のツタンカーメン」とまで言われてるんです。

亡くなったのは、・法医学者のライナー・ヘン博士(64歳)
・山岳ガイドのカート・フリッツ(52歳)
・カメラマンのレイナー・ホルツ(47歳)
・発見者のヘルムート・シモン(67歳)などですが、

復元されたエッツイ
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オカルト本では、呪いの犠牲者は数十人にのぼるとされています。
ただねえ、この手の数字は、関係者の家族や友人、
同僚や部下なんかも数に含めてるんですよね。それを言い出したら
きりがないでしょう。いくらでも増やすことができます。

インスブルック大学の法医学研究所の調査では、発見から、
直接エッツイと対面したのは19人。そのうち13年間で死亡
したのは上記した4人だけなんです。これを多いと見るか、
少ないと見るか、みなさんはどう思われますでしょうか。

ご存知、ツタンカーメンのマスク
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エッツイの発見からはすでに30年ちかくがたっていますが、
なぜ13年間で切るかというと、発見者のヘルムート・シモンが
亡くなったのが13年後の2004年だからです。
ここでヨーロッパのメディアが、「アイスマンの呪い」を
大きく取り上げるようになりました。

ただ、発見時に大きな役割を果たした人物、例えばシモン夫人のエリカ、
遺体を見張っていたガイド、所持品を処理した警官などは死んで
ないんですね。では、どうしてこのような話が出てくるのか。一つには、
死者に対する冒涜という、後ろめたい気持ちがあるからでしょう。

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「R.I.P.」という言葉はご存知でしょう。西欧の墓標に刻まれたり
していますが、「rest in peace」の略語で、「安らかに眠れ」という
ような意味です。キリスト教では、死者は眠りについて最後の審判の
ときを待つ。その眠りを乱してはいけないという感覚です。

さてさて、もちろん日本にも死者を冒涜するという概念は
ありますが、遺体そのものはほぼ火葬になっていますよね。まだまだ
土葬が多い西欧社会とは意識が異なっていると考えられます。
まあツタンカーメンの場合は、墓荒らしに対する呪いが
かけられていたのは事実ですが。では、今回はこのへんで。

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呪いを拾う話

2020.07.21 (Tue)
bigbossmanです。2週間ほど前、大阪のとあるホテルのバーで
Kさんといっしょに酒を飲みました。当ブログをお読みの方なら
ご存知だと思いますが、Kさんは霊能者で、これまでに数々の
心霊事件を解決されています。ですが、それはあくまで
ボランティアで、謝礼のたぐいを受け取ったことはありません。
本業は実業家。貸しビルや飲食店を、関西を中心に広く経営されてて、
年収は数億だと噂されています。Kさんとある事件で初めてお会い
したのも そこのバーで、飲食代をおごると言ってくださったんですが、
自分がワリカンを主張し、それ以来ずっとそうしてます。
ま、今となっては少し後悔もしてるんですが。
「ねえ、Kさん、何か最近解決された事件はありますか」

「なんだ、またブログネタ探しか。最近、仕事が忙しくってな。
 それと、石垣島に家を買ったんだよ」 「うわ、豪勢ですね。
 別荘ですか」 「いや、本格的な移住を考えてる。そのために
 事業も少しずつ整理してるんだ」 「へええ、そりゃまたなぜ?」
「まあ、いろいろ考えることがあってな」 「ふうん」
「でほら、向こうはシャーマニズム系の宗教が盛んだろ」 「ああ、
 琉球神道ってやつですね。ユタ、ノロ、サスなんて能力者が
 いますね。自分にはよく違いがわからないですが」
「そうだろうな。かなり複雑だが、大ざっぱに言うと、ノロは
 司祭者、つまり本土の神主にあたるかな。拝所にいて、宗教的な
 行事の司祭を務める。それに対し、ユタは民間の拝み屋のようなもんだ」

「ははあ」 「沖縄に移住するのは、彼女たちの力の源を調査するのも
 目的の一つなんだ」 「で、怖い話は」 「ああ、調査に協力して
 くれたユタの一人から、興味深い話を聞いたよ」
「あ、お聞かせ下さい、お願いします」 「うん、そのユタの人は
 50代で独身だが、甥が東京の大学に行ってるということだった。
 アパートで一人暮らししてるらしい」 「で」 「その甥子さんとは
 長い間会ってなかったんだが、1ヶ月ばかり前に急に連絡がきた」
「はい」 「奇妙な夢を見ると言うんだな」 「どんな」
「どこともわからない暗い路地に人が大勢集まってる。その人たちは
 全員が黒いシルエットになっているが、どうやら全員が背中を向けて
 いることはわかる。で、その甥子さんは、集まっている人たちの

 さらに背後にいる。ただそれだけの、動きも何もない夢を続けて
 見るようになったという話だ」 「うーん、でも、それだけじゃ何とも
 わからないですよね」 「ところが、甥子さんはそれと同じ
 画像を少し前にダウンロードしてるんだ」 「ははあ」
「どうやら外国のサイトにあったものらしい。cursed image という
 題がついてた」 「呪われた画像ってことですね」 「そうだ。
 ネットで たまたま入ったイギリスの都市伝説のサイトだったらしい」
「そういうの研究してる人なんですか」 「うん、民俗学専攻」
「それで」 「そのサイト、アドレスを聞いて俺も入ってみたんだが、
 もう画像は消されていたな」 「はい」 「甥子さんは興味を惹かれて
 その画像を保存した。右クリック禁止だったらしいが、それは何とでも

 なるし」 「はい」 「でほら、イギリスのサイトって言ったろ。
 けど、興味を持ったのは、その画像がどうも日本のようだったから。
 暗い画面だが電信柱があるのがわかった」 「ふーん、その画像、
 見られるんですか」 「ああ、俺のスマホに入ってるが、見れば
 呪われるぞ」 「う」 「話に戻るが、その画像を保存してから、
 その場面に自分がいる夢をくり返し見るようになった」
「興味深いです。それで」 「相談されたユタの人が 判断(ハンジ)を
 してみたら、ひじょうに悪い卦が出たんだな。早晩、その甥子さんの
 身によくないことが起きる」 「どうしたんですか」
「一度、沖縄に戻るように言ったが、学校の関係でそれはできないと。
 そこで画像をメールで送らせた。俺が持ってるのはそのコピーだよ」

「で」 「画像を見たユタの人は絶句したそうだ。ひと目で、その
 十数人いる背中を向けた人たちが死人だってことがわかったから」
「で」 「画像の入ったガラケーごと祭壇に供え、甥子さんのために
 毎日祈りを捧げたが、事態は改善しなかった」 「というと」
「甥子さんからまた連絡がきて、毎日のようにその夢を見るのは
 変わらないし、夢の内容が変化していると言ったんだな」
「どんなふうに」 「それまで路地のようなとこに集まって背中を
 向けていた人たちが、夢を見るたびに一人ずつ向きを変え、
 甥子さんのほうを見るようになった。といっても、相変わらず
 黒いシルエットのままで目鼻立ちなどはわからない。ただ、
 背の高さや服装から、男女、それと子どももいるようだ」

「ちょっと待ってください。それ、夢の中の話ですよね。
 実際の画像にも変化があったんですか」 「いや、画像はそのまま」
「うーん、で」 「ユタの人は、とりあえず甥子さんに画像を
 削除するよう指示した。さらに、その画像が入ってたパソコンを、
 近くの神社に持ってって預かってもらうようにとも」
「はああ、そしたら」 「甥子さんが夢を見ることはなくなった。
 けど、その程度のことで障りが収まったとも思えない」
「ですよねえ、それで」 「で、今度は代わりにというかユタの人が
 その夢を見るようになった」 「同じ夢」 「いや、黒い影の
 人たちは全員が前を向いている。最初の画像に戻ったんだ。
 ユタの人は背後にいるわけだが、その人たちには近づけない。

 けど、黒い気が激しく伝わってくる。もっと死んだ仲間を増やしたい
 みたいな」 「で」 「ユタの人は毎日のように儀式をしたが、
 夢を見るのは止まらない。その影の人たちの気持ちもほどけない
 どころか、どんどん強まっていく気がする」 「で」
「甥子さんには電話して、身辺に注意するようにと念を押した
 その夜だな、夢の内容が変わってた」 「どんな」 
「場所は同じだが、黒い影たちは背中を向けたまま前方に詰め寄ってて、
 中にはかがみこんでいる者もいる。伝わってくるのは、期待、
 歓喜のような感情」 「で」 「ユタの人は固まって動けなかったが、
 口の中で呪言を唱えると足が前に出た。
 それに勇気を得て、やめろ、どけ、お前ら散れと念じながら、

 両肘でそいつらをかき分けて前に出た。すると」 「すると」
「路地の角の塀の前にミニバイクが転がってて、甥子さんが頭から
 血を流しながら倒れてたんだ」 「う」 「黒い影の一つが
 甥子さんのそばにしゃがんで頭に手をあててる。それを思い切り
 突き飛ばすと、氷に手を突っ込んだような感じがしてその影は
 消えた。ユタの人はずいぶん小柄なんだが、影の人の中で
 ムチャクチャに手足を振り回した・・・やがて、救急車のサイレンが
 聞こえた気がして、そこで目が覚めたんだ。夜中だったがすぐ、
 甥子さんに電話したものの不通。事情がわかったのは翌朝だな。
 その夢を見てた時間に、甥子さんは実際に事故にあってた。
 ミニバイクで何でもない曲がり角で転け、そのまま意識を失ってた

 ところを通行人に発見され救急車が呼ばれた。頭を強く打って
 脳内出血だったが、幸いにして命は助かった。まだ入院中だそうだよ」
「うーん、すごい話ですねえ。結局、その画像は何だったわけです」
「わからんが、写ってる黒い影はおそらく全員が呪いの犠牲者だろう。
 死んだ場所はみな違うと思うが」 「怖いなあ。何がって、そんなのが
 ふつうにネットに転がってるんですね」 「まあな、昔は因縁と言って、
 そういうものに関わることは稀だったが、今はネットのせいで
 つながりやすくなってしまったとは言える」 「で、その画像」
「ほら」 「うわわ!! いきなり出さないでくださいよ。見ちゃった
 じゃないですか」 「安心しろ。そのユタの人と協力して、何とか呪いは
 解いてある。これから東京の神社にあるやつを処分しに行くんだよ」

キャプチャ
 
 



書道部の事件の話

2020.07.21 (Tue)
アーカイブ328

今、高校2年生で書道部に入っています。よろしくお願いします。
これからお話するのは、私たちの学校で去年起きた事件についてです。
はい、時期は学校祭の前でしたから、10月でしたね。
私たち書道部は学校祭のとき、全員が作品を展示しますし、
校庭で書道パフォーマンスもやるんです。ですから、みなその準備に追われて、
毎日遅くまで作品を書いていました。
書道なんて、絵と違って作品はすぐできるだろうと思われるかもしれませんが、
それがそうでもないんです。1回書き上げても、
よく見るとあちこちに気に入らない部分があるんです。そこを直そうとすると、
今度は別の部分がうまくいかなくて、納得したものができるまで、
何十回も書き直すことがふつうにあるんですよ。

それで、その日も放課後、活動場所になっている教室で、
1年から3年までの部員10数人で、展示作品の練習をしていたんです。
ええ、もちろん書道ですから机は全部移動して床で書くんです。
私はそのとき、日本の漢詩を行書で書いてたんですが、
近くで米山さんという2年生の先輩が、隷書でも篆書でもない、
私が見たことのない不思議な字を書き始めたんです。
興味を引かれたので話しかけてしまいました。
「先輩、その字変わってますね。何ていう書体なんですか?」
そしたら米山さんは、「これね、甲骨文字っていうみたい。
 今からだと3千年以上前の中国の字」こう答えたんです。「はー、
 甲骨文字ですか。初めて見ました。どっから手本を見つけたんですか?」

「ネットで適当に検索して出てきたやつを印刷した。意味はわからないわ。
 ほら、みんなと違って私、あんまり字 上手じゃないでしょ。
 でも、この甲骨文字だったら普通の字とはぜんぜん違うから、
 粗がわからないだろうって考えて、これにしたのよ」
「ははー、でも、これはこれで難しそうですよね。これまで練習してたんですか?」
「ううん、昨日まで手本を探してて、今日やっと始めたばかりなの」
先輩が書くのをしばらく見てたんですが、五文字目まで書き終えて、
次の行に移ろうとしたときに、急に気分が悪くなりました。
はい、胃がムカムカしてきて吐きそうになったんです。
それで、トイレに行って個室に入ってすぐに吐いてしまいました。
そしたら、真っ黒な、墨汁みたいなのが口からあふれてきたんです。

これちょっとヤバイかも、って思いました。
帰って親に話して病院に行かなきゃいけないって。
しばらく吐いていたら、なんとかムカムカはおさまったので、
洗面所で口をゆすいでいたら、書道部の同じ一年生の2人が、小走りに
トイレに入ってきました。そして私と同じように個室に飛び込んだんです。
それだけじゃなく、次から次へと書道部の部員が駆け込んできて・・・
最後に部の顧問の先生まで口を押さえながらやってきたんです。
ええ、学校はたいへんな騒ぎになりました。
だって、書道部のほぼ全員が同時に具合が悪くなっちゃったんですから。
保健室の先生も来て、救急車まで呼ばれたんです。
はい、特にひどかった子2人が救急車で病院に行きました。

私をふくめた残りの子は親が学校に呼ばれて、それぞれ病院に行くことに
なったんです。私は、病院に着くころには具合の悪さはおさまってましたが、
それでも胃カメラなんかのいろんな検査を受けさせられたんです。
でも、特に異常はなし・・・ トイレで吐いた黒い液体は、
胃の中には残ってなかったんです。学校では、まず給食による食中毒が
疑われたものの、でも、そういうふうになったのは書道部の子だけで、
他の生徒はなんでもなかったんです。だから、何かの原因で、
私たちが活動していた教室の空気が悪くなって、みんなの調子が
悪くなったんだろう、そういう結論になりました。救急車で運ばれた2人は、
2日間入院しましたが、その後は学校に出てきたんです。それと、そのとき
具合が悪くならなかった人が一人だけいて、それが米山先輩だったんです。

それで、その日から大事をとって書道部の活動はしばらく中止になり、
私たちはそれぞれの作品を家で書いてくることになったんです。
それから1週間くらいして、米山先輩と廊下で会いまして、
「あなたたち大変だったわね」って言われました。
「先輩は具合悪くならなかったんですよね」
「うん、私だけぜんぜん平気で、なんか申しわけなかったみたい」
「家で、あの甲骨文字書いてるんですか?」
「うん、あれ書いてるとね、不思議な気分になるよ。
 なんていうか、一字書くごとに気力が充実して絶好調って感じ」
こんなやりとりをしました。でも、次の日から米山先輩、
学校に出てこなくなっちゃったんです。

はい、最初は学年が違うのでわからなかったんですけど、
先輩の彼氏が、米山先輩に連絡しても電話にも出ないしメールの返事もしない、
それで心配して家に訪ねていったら、先輩は部屋に閉じこもったきりで
出てこない、食事もほとんどとらないで、ずっと習字をやってるって話を、
先輩のお母さんから聞いてきたらしいんです。
はい、あの甲骨文字を1日中書いてるってことです。
そして、いよいよ学校祭が近くなった日に、大事件が起きちゃったんですよ。
ほら、先輩が学校にも行かないし、鍵をかけて部屋から出ようとしないので、
先輩のお父さんが屋根伝いに様子を見にいったんです。
そしたら、先輩はずっと風呂に入ってないボサボサの髪で、
手や顔を墨で真っ黒にして字を書いてたんですが、

窓ごしにお父さんの姿を見つけると、手元にあった文鎮を投げつけたんだ
そうです。それで窓は割れ、文鎮がお父さんの顔にあたって、
お父さんは屋根から落ちちゃったんです。でも、下は庭に
なっていたので、腰を打ったくらいで大きなケガにはなりませんでした。
お父さんは、これはとにかく先輩に字を書くのをやめさせないといけないと考えて、
男の親戚を何人も呼んで、米山先輩の部屋に踏み込んだんです。
そしたら、先輩はものすごい力で暴れて、大人の男の人を何人も
ふっ飛ばしたんです。でもどうにかとり押さえて、手から筆をもぎとり、
そのまま病院に担ぎ込んだってことでした。
そしたら先輩は、憑き物が落ちたみたいに大人しくなって・・・
でも、何日も食事をしてなくて衰弱していたので、

1週間ほど入院しなくちゃなりませんでした。
はい、この話は全部、米山先輩本人から聞いたんです。
ええ、今は元気になっています。
3年生になって、書道部の副部長をやっていますよ。
何でこんなことが起きたかって? それはですね・・・
先輩が書いてた甲骨文字に原因があったみたいなんです。
先輩のお父さんが、先輩が書いてた手本を学校に持ってきて、
歴史の先生に見せたんですけど意味不明で、次に漢文の先生に見せたら、
中国の学者の人に連絡をとってなんとか解読してくれました。
なんでも甲骨文字というのは、その当時の一般の人には広まっておらず、
神様に仕える人たちが占いをするために使ってたらしいんです。

それで、その占いというのが、今年作物がたくさんとれるためには、
何人の人間を生贄に捧げなくちゃならないとか、そういう怖い内容の
ものだったんです。でも、ネットで広まってたんだろうって?
そうなんですど、ただ見るだけだと特に影響はないっていうか、実際に
書いてみることで、字の持つ魔力みたいなのにとり憑かれてしまうらしいんです。
だから、先輩が手本を見ながら実際に字を書き始めたことで、
まわりにいた私たちも悪い気を受けて具合が悪くなった・・・
どうやらそういうことみたいです。・・・文字の力って恐ろしいですよね。
うーん、この話、学校側は納得したかどうかはわからないですけど、
とにかく書道部では、甲骨文字を書くのはいっさい禁止になったんです。
はい、あれ以後は平和に活動していますよ。まあこんな話なんです。

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※ 甲骨文字は中国の殷(商)の時代の遺跡から出土する最古の漢字で、
 獣骨や亀の甲羅に刻まれています。これを焼いて、割れた形で吉凶を占います。
 発掘された資料には「生贄は30人で足りるか」などと書かれたものがあり、
 占いの結果が凶と追記されていたので、30人より多い生贄を
 捧げたものと考えられます。






オカルトと地域興し

2020.07.20 (Mon)
yjddy (2)
ジョージア・ガイドストーン

今回はこういうテーマでいきます。ただねえ、この話、
オカルト業界の人間なら昔から重々承知してることなんですが、
一般のみなさんは あんまり考えたことのない視点だと
思いますので、もしかしたら夢を壊すことに
なってしまうかもしれません。

さて、みなさんがカナダの湖畔に建つペンションのオーナー
だったとします。料理には自信あるんですが、建物も老朽化
してきて、昔ほどの宿泊客がない。目の前にある湖は美しいが、
その地方にはそのレベルの景観はあちこちにあります。
なんとか客を呼びたいが、大きなお金はかけられない。

オレゴン・ヴォルテックス(オレゴンの渦)錯視を利用したしょぼいテーマパークという感じ
キャプチャ

こんなときどうします? そりゃ、大々的な花火大会でもやれば
人は来るでしょうが、そんな大金はありません。そこで、
考え抜いた末、近くのペンション仲間と共同で、
ヴァイラルマーケティングの会社に地域振興を依頼しました。

ヴァイラルマーケティングとは、コストをかけず、
主に口コミを利用して顧客の獲得を図るマーケティング手法です。
ヴァイラルは「ウイルスの」という意味で、ウイルスが広がるように
情報が浸透していく。ヴァイラルマーケティングの特徴は、
インターネットを中心に複数のメディアを利用することです。

ヴァイラルマーケティングの口コミ
yjddy (3)

ペンションの話に戻って、一週間後、ネットのある大型掲示板に
湖の中を泳ぐ巨大な蛇のようなものの画像が投稿されます。
ですが、その姿ははっきりしておらず、ただの波のようにも見える。
ただ、湖畔にあるペンションと比較して、かなり大きな
ものであるのは間違いありません。

しばらくして、同じ湖で撮影されたと思われるUMA画像が
ツイッターで広まります。画像はコピーを重ねられ、口コミというか
ネット上でどんどん拡散していきます。見たUMAフアンによって
場所は特定され、話を聞きつけた地元テレビ局が取材にやってきます。

アルゼンチンの怪しいUMAナウエリト、国の切手にもなっています
yjddy (5)

ここで、もしかしたら地元テレビ局もグルなのかもしれないし、
そうでなくても、テレビ局にネタを通報したのが、ヴァイラル
マーケッティング会社の社員なのかもしれません。
テレビに出たペンションのオーナーは、「はい、巨大な生物が
いるという話は祖父から聞いたことがあります。

私自身も巨大な波が浮かんでいるのを子どもの頃から何度も
見ています。岸につないでたボートがいつの間にか漂流して
ひっくり返ってたことも。ええ、うちのペンションは20室で、
どの窓からも湖が見えます。地元産の鹿肉の料理も自慢なんですよ」
とインタビューに答える。

yjddy (7)

さらに、ネット上にその湖の古記録がアップロードされ、
先住民の子どもや家畜の牛が巨大な蛇に呑まれたという記述が
載っている・・・ これ、UMA好きであるほど、またネットを使って
調べる能力がある人ほど引っかかってしまうんですよね。
これで、しばらくはペンションの経営に困ることはないでしょう。

UMAの話を例えに使いましたが、心霊やUFOでもかまいません。
イギリスやアメリカには「幽霊が出る」ことを売り物している
ホテルがいくつもありますよね。あと、アメリカのエリア51の
ことはご存知と思いますが、UFO関連のオカルトスポットで、
現役の軍事基地なので中は入れませんが、周辺には観光施設があります。

yjddy (4)

日本で盛んなのは古代史関連です。卑弥呼の里などと呼ばれる
場所が複数あり、それぞれ工夫してまんじゅうとか地酒などを
売り出しています。地域興しになってるんです。中には、
地元の商工会が郷土史家を焚きつけて本を書かせ、強引に
邪馬台国の地としてイベントを開いてるとこもあるんです。

まあ、実際に邪馬台国である可能性は皆無ではないですから、
それで詐欺にはなりませんが、その手の本の論理は
自分などから見れば噴飯もので、ちゃんとした論文ではないため
学会に取り上げられることもありません。あと、ひところは
ツチノコも流行りました。

幽霊が出るというホテル
yjddy (8)

冒頭の画像は、アメリカのジョージア州エルバート郡にある「ジョージア
・ガイドストーン」と呼ばれるもので、導きの石と訳せばいいのかな。
古いものではありません。重さ20tにもなる6枚の石版で構成された
モニュメントで、「石を通る経路は天の北極を示す」など、
天文学的な計算をもとに組まれています。

1979年、R.C.クリスチャンと名乗る人物が建築会社に石版の
建造を依頼。翌年、数百人の観衆の前で公開されましたが、
依頼者クリスチャンの素性は今に至るまで不明とされます。
で、このモニュメントの管理はエルバート郡が行っているんです。

エリア51近くのバー
yjddy (6)

石版には10のメッセージが8カ国語で彫られており、その第一が、
「大自然と永遠に共存し、人類は5億人以下を維持する」という
センセーショナルな内容。この他のメッセージについて知りたい方は、
Wikiを参照されてください。かなり詳しく書かれています。

さてさて、これについて、悪魔崇拝に関する秘密結社とか、
アメリカ政府が秘密国家プロジェクトとして作ったとか、いろんな
話が出てるんですが、自分ならまず観光目的を疑います。
ただし、非難してるわけでもないんです。今の時代、オカルトで
金を生むには画期的なアイデアが必要ですから。今回は、このへんで。

掘り出された巨人のミイラ
yjddy (1)





悪魔学入門「七つの大罪」

2020.07.19 (Sun)
キャプチャ

今回はこういうお題でいきます。1995年のアメリカ映画
『セブン』は、キリスト教カトリックで言う「七つの大罪」を
テーマとし、犯人はそれに従って殺人、または他人を自殺に
追い込むなどの犯罪を重ねていきます。自分はこの映画、
高く評価してるんですが、結末がなんとも後味悪かったですね。

で、ここで出てくる七つの大罪は、「GLUTTONY(暴食)」
「GREED(強欲)」、「SLOTH(怠惰)」、「LUST(肉欲)」
「PRIDE(高慢)」、「ENVY(嫉妬)」、「WRATH(憤怒)」
でした。例えば「PRIDE(高慢)」の場合は、



犯人は美貌を鼻にかけている女性モデルをベッドに縛りつけて
整形不能なように顔の皮を剥ぎ、その顔が鏡で見えるようにし、
両手に携帯電話と睡眠薬入り瓶をつかませて立ち去ります。
助けを呼ぶか自殺するかを本人に選ばせたわけです。
警察が駆けつけたとき、モデルは自殺していました。

さて、キリスト教では、モーセが神に授けられた「十戒」が
『旧約聖書』の出エジプト記に出てきますよね。十戒の内容は
プロテスタントとカトリックでは微妙に違っていますが、
ユダヤ教時代からの古いものです。これに対し、本項の
七つの大罪は比較的新しくできたものなんです。

レヴィアタン
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4世紀のエジプトの修道士エヴァグリオス・ポンティコスの著作
『修行論』に、八つの「人間一般の想念」として現れたのが
最初とされます。時代によってその内容は少しずつ変化して
現在に至るんですね。これらは「殺人」などの具体的な罪ではなく、
人間を罪に導く可能性の高い感情のことと言えます。

さて、これらの大罪は、ぞれぞれ司る悪魔と魔獣が決まっています。
まず、「高慢」はルシファーで、魔獣はグリフォン。
「憤怒」はサタンで、魔獣がユニコーン。ただし、一般的に
サタンとルシファーは同じものと考えられています。ですから、
ルシファーが2つ受け持っているとみてよいでしょう。

ベヒモス
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「嫉妬」の悪魔はレヴィアタン(リヴァイアサン)。巨大な体を持ち、
海に棲んでいます。キリスト教は一神教で、すべてのものは
神が創りました。このレヴィアタンも神の創造物で、最後の審判の
ときには、メシア(救世主)の食料とされる!? ことになってるんです。

レヴィアタンはあまりに巨大なので、海に浮いていると船乗りが
陸地だと思って上陸してくる。それを取って食べる。
魔獣は海つながりでマーメイド・マーマン。また、
天地創造の5日目、レヴィアタンと同時に創られたもう一匹の
陸の巨獣ベヒモスとセットで語られることが多いですね。

ベルフェゴール


「怠惰」を受け持つ悪魔はベルフェゴール。もとは古代のモアブ
(古代イスラエルの東の国)で崇められた神「バアル・ベオル」です。
上図のような2本角の姿として語られることが多く、
座っているのは便器です。これはベルフェゴールが糞便を好むため、
捧げものとされることを表しています。うーん、食べるんでしょうか。

神としてのベルフェゴールは、豊穣、性愛、発見・発明を
司っていました。悪魔としてのベルフェゴールは極端な
女性嫌いであり、この世の結婚をすべて調べ、幸福な結婚はない
という結論を出しています。「怠惰」の魔獣はフェネクス、
不死鳥のことです。どんどん行きましょう。

金貨で人を釣るマモン
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「強欲」の悪魔はマモン。鳥の頭の姿で描かれることが
多いですね。もともとマモンは「冨」を表すシリア語でしたが、
ソロモン王が使役したとされる悪魔アモンと同一視される
ようになりました。金貨をばらまいたりして人を惑わします。
魔獣はゴブリン、ゴブリンも金貨に関係があり、

『ハリー・ポッター』シリーズでは銀行を経営していましたね。
「暴食」の悪魔はベルゼブブ。これについては以前に詳しく
書きましたので、そちらを参照されてください。ドクロの
模様を翅につけた巨大な蝿の姿で表されます。
魔獣はケルベロス、3つの頭を持つ地獄の犬です。

蝿の王、ベルゼブブ


7番目、最後ですね。「肉欲」の悪魔はアスモデウス。
ドラゴンに乗り、牡牛、牡羊、人間の3つの頭を持っており、
人間の頭は王冠を戴いています。ゾロアスター教の悪魔
アエーシュマが素性です。この悪魔は人間に関わることが
好きなようで、歴史上数々の悪魔憑き事件を引き起こしています。

1630年にフランスで起きた「ルーダンの悪魔憑き」事件では、
修道院の17人の修道女が次々と狂乱し、汚い言葉を発して
暴れ回りました。原因はそこの神父がアスモデウスと契約して
しまったためです。エクソシズムが行われ、アスモデウスは
「出ていく」という文書を残して去ったとされます。
魔獣はサキュバス(女淫魔)。

アスモデウス


さてさて、ということで、七つの大罪とそれを司る悪魔について
見てきました。ただ、自分が思うに、欲望自体は悪いことでは
ない気がします。度を越すのがいけないんですね。
欲望のあまり自己を見失なってしまうと、悪魔につけこまれて
地獄行きの犯罪を犯すことになります。

ちなみに、2008年にバチカンが発表した新たな七つの大罪は、
「遺伝子改造」、「人体実験」、「環境汚染」、「社会的不公正」
「貧困」、「大富豪」、「麻薬中毒」でした。なるほど、
この内容ならよく理解できます。では、今回はこのへんで。





アフリカ像の話

2020.07.18 (Sat)
※ 題名は「アフリカ象」の間違いではありません。

今晩は、吉村ともうします。今年62歳になります。
今から話すのは、ここ2週間にあった出来事です。私の身の上に
すごく良くないことが起きてるんだと思います。ここのみなさんは、
そういうことに詳しいと聞いてきたんです。どうか助けてください。
まず、簡単に身の上を話させてもらいます。私は発電関係の技術者で、
ずっと大手の土木機械の会社に勤務していました。
60歳で定年退職し、今は嘱託で週に3日だけ出ています。
子どもは2人おるんですが、どちらも就職し、結婚して家を出てます。
ですから、今 同居してるのは、妻と妻が飼っている猫だけでした。
猫の名前はミーシャと言うんですが、私にはまったくなついて
なかったです。で、これからの話にはその猫も関係があるんです。

最初におかしなことが起きたのは、ちょうど2週間前の水曜日です。
私の出社は水・木・金で、午前10時から午後の3時ころまで。
ですから、電車通勤ですが、ラッシュ時を避けることができます。
その退勤時のことです。しもの話で恐縮ですが、電車の中で急に
猛烈な便意をもよおしたんです。その日は朝から、腹の調子が悪くて。
時間的に電車はガラガラで、座ることができましたので、
何とかガマンして最寄りの駅で降りたんです。ああ、〇〇駅ですが、
それまでにその駅で降りたことはないはずです。とにかく一目散に
ホームのトイレに行きました。大の個室は2つで、奥のほうは
人が入ってました。そこで空いてるほうの便座に座ってズボンを
下ろしたときには、心底ほっとしたものです。

それで、用を済ませて出ると、手洗い場の鏡の前に奇妙なものが
あったんです。高さ50cmほどの木彫りの像。黒檀の木をナタで
粗く削ったもので、腕はなく砲弾のような形。顔の部分が全体の
半分で、大きくゆがめた口を開けた精霊の立像。
アフリカのものだとひと目でわかりました。はい、なぜそれが
わかったかと言うと、私、もうだいぶ前になりますが、40代の頃、
会社の西アフリカの支社に2年間いたことがあるんです。
気候から商習慣から何から、日本とはまるで違っていて、
それは大変でしたよ。いや、その支社はもうありません。
中国の会社と競合して、ことごとく仕事を取られてしまいまして。
私にとっては苦い思い出なんですが、その頃に目にしたものと

そっくりだったんです。現地では、いわゆる呪術師が客の願いに
おうじてその像を彫るんですよ。何でこんなところにこんなものが、
と思っていると、奥の個室が開いて、中から背の高い黒人が
出てきました。身長は2m近かったと思います。スラックスに
青いワイシャツ姿。それ見て、私は思わずのけぞってしまいました。
右手にね、ギラギラ光るナタを持っていたからです。
黒人は私を見て現地語で短い言葉を発し、それから像のほうに
歩み寄ると、ガッとナタで頭を叩き割った・・・もちろん像の頭です。
で、私をにらみすえると、像はそのままにして出ていったんです。
すごい迫力で体がガクガクと震えてました。今のは何だったんだ?
その黒人の言葉ですが、ずっと昔に聞いたことがありました。

現地語の呪いです。でも、私がアフリカを出てから20年近くも
たってるんです。それに当時、現地の誰かの恨みを買った覚えもない。
まあ、厳しい仕事でしたし、向こうの習慣にも慣れてませんでしたから、
もしや私のわからないところで何かあったのかもしれませんが。
洗面台に残された像を見ると、一本の木を彫ったものなのに、割れた
精霊の頭から、ドロドロと黒いものがこぼれてたんです。気味が
悪くなって、すぐにその場を後にしました。で、それからしばらくは
何事もなかったんですが、次の日曜日でした。わが家にはせまいながら
庭があるので、伸びた庭木を刈ってたんです。もう歳ですから、
脚立に登るのもおっかなびっくりで、やっと終わったかと下りると、
コンクリ塀の上に黒いものが見えたんです。

あの像だ、と思いました。こんなところにいったい誰が。駅にいた
黒人なのか。こわごわ近寄ると、駅で見たのと同じものと思えましたが、
頭は割れてません。とにかく下ろそう、そう考えたとき、像が黒人と
同じ言葉をしゃべったんです。「ンドウ、ドウバ、ンドガタララア」
これ、現地語ですごく悪い意味なんです。お前の魂は永遠に焼かれる
みたいな。全身が真っ黒で目だけ白いその像の目が動いた、と思いました。
「うわわ」思わず、持っていた剪定バサミで払いのけようとしました。
「ニアーン」と声がし、それ、猫だったんですよ。
うちの飼い猫のミーシャが外に出てたんですね。いや、ミーシャは
白猫です。だから見間違うなんてありえない。・・・カンカン照りの
日だったので陽気にあてられた。そのときはそう思うことにしたんです。

でね、そのときから、もともとなついてないミーシャでしたが、
まったく私に近寄らなくなったんです。夢中になってカリカリを
食べてるときでも、私が部屋に入るとふいと出ていってしまう。
この間のことと関係があるんだろうと思いました。
また何日かたった朝、家の洗面所でヒゲを剃ってたんです。
それから、熱湯につけてたタオルで顔全体をふく。ふき終わって
鏡を見ると、目の前にあの像があったんです。いえ、実体ではなく、
鏡の中だけに。・・・鏡の中の像が私の体の前にあるんだから、
すぐ手前に像がなくちゃならないんですが、洗面台には何もありません。
鏡の中だけにあるんです。しかも、硬い木の像の顔の部分が
人間の皮膚のようになってて表情が崩れ、ニヤリと笑ったんですよ。

そこからのことは覚えていません。気がつくと、目の前の鏡が
割れていて、私の右手が血だらけになってたんです。後ろから、妻が
私の体を抑えていました。はい、そのときには、割れた鏡の中には
もう何も見えませんでした・・・また数日した夕方です。
妻が庭でミーシャを呼んでいる声がしました。そして「きゃーあああ」
という大きな悲鳴。「どうした」と出てみると、妻が半泣きで門の外の
側溝を指差していて、中にミーシャが横に倒れて・・・
頭がなかったんです。ミーシャの首はすっぱりと切れていて、
赤黒い肉から血管と骨の断端が出ていました。
まるで剪定バサミでも使ったような切り口・・・ 警察に連絡して
来てもらいました。で、ミーシャの死骸を見せたんです。

まあ、人間ではないので、警察が死骸を持っていくことはなく、
器物損壊で捜査します、当面パトロールも強化しますとは言って
くれましたが、それだけです。ミーシャは私が庭に埋めました。
妻はすっかり怯えてましたし、私自身も怖くてたまらなかったんです。
前のことがありますから、ミーシャの首を切ったのはまさか
自分ではないかと考えて。でね、思い切ってアフリカの国の日本大使館に
電話してみたんです。そちらで何か変わった動きはないですかと。
でも、会社の支社が撤退してから20年ですからね、大使館でも
何もわからないようでした。もともと政情不安定な国でしたが、
最近は安定しているとだけ。とにかく、あの像だけはもう目に
したくない。そう思ってたんですが・・・

一昨日のことです。夢の中で私はアフリカにいました。アフリカというと
ジャングルを思い浮かべる方が多いようですが、その国は国土の
大半が山岳地帯で、そのため気温もそう高くない。岩山の斜面に
私はひざまずき、何事か祈りを捧げていたと思います。岩を削った
大きな窪みにあの像がありました。まったく同じ形ですが、ずっと大きい。
像が私に命じたんです。「もっと血を捧げよ、もっともっと捧げよ。
 足りない、まだ足りない。ンドウ、ドウバ、ンドガラタタタタア」
いつ起きたのか、どうやって外に出たかもわかりません。われに返ると、
私は家の門の外に立ってました。寝間着のまま、手に選定バサミを
握りしめて。まだ早朝でしたので、通行人はありませんでした・・・
それで、知人からこちらのことを聞いてご相談に伺ったんです。

キャプチャ





坂本龍馬のオカルト

2020.07.18 (Sat)
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日本人が最も好きな歴史上の偉人のひとり、坂本龍馬が、
歴史の教科書から消えるかも知れないという。
高校や大学の先生でつくる研究会が、暗記中心の授業を改めるため、
「歴史上の役割や意味が大きくない」用語を削ることを提案し、
龍馬もクレオパトラ、武田信玄、上杉謙信、吉田松陰などとともに
削減候補になったのだ。
(読売新聞)

やや古いニュースになりますが、今回はこのお題をとりあげます。
さて、坂本龍馬は、日本人なら知らない人のいない明治維新の
立役者の一人で、歴史好きのみなさんの人気は絶大です。
ですから、この記事を書くのも ちょっとおっかなびっくりなんですね。

大学入試で、歴史の細かい用語の暗記力を問われることが多いのが
問題だとして、高校と大学の教員ら約400人で構成される
「高大連携歴史教育研究会」が、歴史用語を大幅に削る必要があると
提言し、文科省もこの動きに同調している、という報道でした。

ただ、消されると言っても教科書の本文からで、資料集などには
出てくることになるでしょう。で、まず結論から言えば、
自分はこの改革には賛成ですね。みなさんも、学生時代に勉強した
歴史の授業は、暗記中心の内容だったんじゃないでしょうか。
嫌いだった方も多いんじゃないかと思います。

懐手をした坂本龍馬
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これは一つには、学習指導要領を定めた文部省の方針でもありますが、
現場の教師の責任も大きいと思います。暗記問題はテストを作るのに
楽なんですね。採点もしやすい。これに対し、記述式解答を増やすと
教師の負担が大きくなります。そういうこともあって、もう一生
使わないと思われる単語を、必死で暗記しなくてはなりませんでした。

まあこれは、歴史だけでなく地理もそうなんですが。
ですから、今回の改革案は自分は悪くないと思います。
ちょっと極端な意見かもしれませんが、歴史教科書には、もっと
年号ではない資料的な数字やグラフを多くすべきだと考えます。

あ、こういうことを書いていくとそれだけで記事が終わってしまうので、
龍馬のオカルトに戻します。まず、坂本龍馬最大の謎といえば、
京都伏見屋で暗殺したのは誰かということで、薩摩藩黒幕説とか
土佐藩説、新選組説、紀州藩説、さまざまな説が出されていますが、
そのほとんどは何の根拠もないおもしろ話です。

現グラバー園にあるフリーメーソンの印がついた門柱
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定説どおり、京都見廻組が行ったということでいいんじゃないでしょうか。
見廻組は、寺田屋で公儀の捕方を射殺した龍馬を憎んでいましたし、
動機は十分です。しかも機会も実行力もありました。
見廻組のしわざで、何の不自然なところもないんですね。

で、この話題はたしかに謎ではありますが、オカルトとは言えません。
オカルト方面でよく出てくるのが、「龍馬はフリーメーソンだった」
とする説です。龍馬はフリーメイソンのメンバーだった
スコットランド出身の商人、トーマス・グラバーに操られており、
明治維新はメイソンによるクーデターだ・・・という陰謀論。         

龍馬がトーマス・グラバーと接触があったことは間違いないですが、
そもそもグラバー本人が、フリーメーソンという証拠がありません。
グラバー=フリーメーソン説の根拠は、長崎の、現在は公園になっている
旧グラバー邸の門柱に、フリーメーソンのマークがあること。

高千穂峰にある天逆鉾
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しかし、その門柱自体に説明書きがあって、この門柱は公園内に
含まれるものの、隣の旧リンガー邸のものなんですね。
しかも決定的なことに、昭和41年にまったく別の場所から移設されて
きてるんです。ですから、グラバー=フリーメーソン説は成り立ちません。
したがって、龍馬もフリーメーソンとは考えられない。

ただ、オカルトとしては人気があるんですよねえ。前に少し書きましたが、
龍馬が懐手をしているのはフリーメーソンの秘密のポーズであるとか、
龍馬はグラバーの手引きで1度アメリカに渡っているとか、
はなはだしいのになると、伏見屋で暗殺されたのは替え玉で、
龍馬はその後アメリカで没したとか。

下がアメリカで撮られたとされる龍馬の画像で、現地では
「RUMAN ルーマン」呼ばれていたということです。うーん、
これは美男子ですが、日本の龍馬の写真と比較すると髪の毛の
量が多いですね。まあこれも、おもしろ話というしかないようです。

アメリカに渡った竜馬ではないかとされる謎の画像
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さて、龍馬には他にもオカルト話があって、龍馬が妻のお龍と
日本ではじめての新婚旅行をしたとはよく出てくる話題ですが、
それ以前に、新婚夫婦で旅行した人がいないわけはないですよね。      
2人は鹿児島の高千穂峰にのぼり、その頂上にある天の逆鉾を
引き抜いてみたとも言われます。

さてさて、最後に龍馬の幽霊話。まず、暗殺された日の夜、
一人寝ていたお龍の枕元に血だらけでうなだれた龍馬が立ったという
ものがあります。それともう一つ、龍馬の死後、日本は日露戦争に突入。
その明治37年、御所の昭憲皇后の夢枕に、坂本龍馬と名のる男が
白装束で立ち、日本海軍の勝利を予言したという事件があったそうです。

昭憲皇后
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そこで、臣下の者が坂本龍馬の写真を見せると、
皇后は、まさしくこの人が夢に出てきた人物であると言われた・・・
まあ、どちらも今となっては確認しようがないことですが、龍馬が
生きていれば、維新後は必ず教科書に載るような活躍をしたでしょうし、
日本の姿もまた違っていたでしょう。では、今回はこのへんで。

関連記事 『懐手3人衆の話』

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桂男と色男

2020.07.17 (Fri)
今回はこういうお題でいきます、妖怪談義で、取り上げるのは
桂男(かつらおとこ)。ただこの妖怪、鳥山石燕の絵には
出てきません。ですから、謎掛け、判じ物にはなっていない
だろうと思います。出典は、1841年の『絵本百物語』で、
作者が桃花園三千麿、挿絵が竹原春泉斎。

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ふむふむ、絵は多色刷りの版画で、贅沢なつくりの本ですね。
月の前に灰色の雲が人の形になったものがいて、左手を前方に
伸ばしています。この手には意味がありますが、それは
詞書を読めばすぐにわかります。

詞書は、「月をながく見いりおれば、桂おとこのまねきて
命ちぢむるよし、むかしよりいひつたふ」です。また、
『絵本百物語』の本文には、「月の中に隅あり。俗に桂男という。
久しく見る時は、手を出して見る物を招く。招かるる者、
命ちぢまるといい伝う」とあるようです。

この伝承は日本のものですね。和歌山県下里村(現 那智勝浦町)
では、満月ではないときに月を長く見ていると、桂男に
手招きされて命を落とすことになりかねないとされます。
似たような話は他の地域にもあるようです。

月読命
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日本では、満月のお月見は別として、それ以外のときに月を
見るのはあまり良いことではないとされました。
これは日本神話からきています。月の神は、黄泉の国から
帰ってきたイザナギが、禊で穢れを落としたときに最後に
生まれ落ちた三貴神の一柱、月読命(つくよみのみこと)です。

記紀には性別が記されていませんが、一般的に男神と
考えられます。この神、あまり神話での活躍はないんですが、
保食神(うけもちのかみ)を殺害したという記述が出てきます。
ここから、古代では月を見るのは不吉だと考えられていた
という説もあるんですね。

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このあたりのことは、今回は詳しくふれません。で、もともと
桂男は中国の伝説が日本に伝わったものです。中国唐代の書
『西陽雑俎』によれば、桂男はもとは西河出身の呉剛という
名の人間で、当時禁じられていた仙法を学んだ罪で、

天帝に月に召し上げられ、月宮殿で、高さが500丈(約1500m)
の巨大な桂の木の枝を刈る刑罰を受けているとされます。
おそらくは遣唐使以後、この話が日本に伝わり、日本の神、
月読命と結びついて妖怪化していったと思われます。

さて、下図はアニメ 『ゲゲゲの鬼太郎』に登場する桂男です。
醜い巨大なモンスターとして描かれてますが、じつは日本では、
古来、桂男は美男子の代名詞でもあるんです。
では、何で桂男が美男と結びついたのか。ここで少し
話を変えて、みなさんは『伊勢物語』はご存知でしょう。

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平安時代に成立した日本の歌物語で、作者は不詳。成立は900年
前後でしょうか。上記した遣唐使より後の時代です。
「むかし、男ありけり」を冒頭句として始まる短い物語集で、
この「男」は在原業平と考えられています。
業平は稀代の美男子として有名でした。

『伊勢物語』という題名は、第69段で、業平と想定される男が、
伊勢斎宮(恬子内親王)と密通してしまう話がもとになっている
というのが定説です。伊勢の斎宮(伊勢神宮の巫女)は未婚の
皇族でなくてはならず、密通事件は、当時の貴族社会に重大な
衝撃を与えたと考えられます。

在原業平
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『伊勢物語』の73段は「桂のごとき君」と題されており、
歌が載っているだけで、「目には見て 手にはとられぬ
月のうちの 桂のごとき 君にぞありける」というものです。
内容は訳すまでもないと思いますが、在原業平が伊勢斎宮を
思って詠んだとされていますね。

(その人の)いる場所はわかっているのに、手でふれることが
できない、まるで月の中に生えている桂のような君なのだなあ・・・
中国の伝説を踏まえているわけです。この歌の内容から、
妖怪の桂男が手を伸ばしている様子が被ってきます。

中国の宇宙実験室
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さて、ここでまた話が飛んで、『竹取物語』に移ります。
日本では「かぐや姫の話」として、子どもでも知っています。
これも、成立年代ははっきりしませんが、前述の『伊勢物語』と
同時期か、やや後にできたものだと考えてます。

月から、竹の中に落ちてきた小さなかぐや姫が、やがて
輝くばかりの美しい女性になり、貴公子たちや帝の求婚を断り、
天人に迎えられて月の都へと帰っていく。もともとは
中国にある話のようですが、在原業平と伊勢斎宮の話とも
重なっていると思われませんか。

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さてさて、自分は、業平の事件が『竹取物語』の成立事情とも
関わっているだろうという説です。かぐや姫は月宮で何かの
罪を犯し、その罰として地上に落とされたわけですから。
ということで、かなり話が広がりましたが、真偽のほどは
保証しません。では、今回はこのへんで。

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ヘイエルダールは正解した?

2020.07.16 (Thu)
南米大陸とポリネシアは太平洋を大きく隔てており、一番近い
イースター島(現地語名のラパ・ヌイ)とペルーでも4000キロ
近く離れている。大航海時代より前にこの2つの地域に人々の交流が
あったかどうかは、人類史上の謎として長年論争が続けられてきた。

今回、アメリカ先住民とポリネシア人は12世紀には太平洋を渡って
交流していたとする研究成果が、7月8日付の学術誌「ネイチャー」
に発表された。
(NATIONAL GEOGRAPHIC)

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今回はこういうお題でいきます。ふむふむ、これは考古学
というより、文化人類学の話題ですね。基本的に、考古学は
モノを扱うのに対し、文化人類学は人間そのものとその文化が
研究の対象になります。で、みなさんご存知だと思いますが、
現在、人類学は大変な荒波を受けてるんですよね。

その理由はDNA解析の技術が進歩したことで、次々と定説が
傾いでいる状態です。試練の時代と言っていいかなと思います。
この話題も、当然ながらDNA解析によって得られた知見を
もとにしてのものです。

さて、何から話していきましょうか。ポリネシアは、下図に
みるように、南米の西、オーストラリアの東。ハワイや
ニュージーランドを含む諸島の総称です。三角形の海域に
含まれており、その最端の一つがイースター島です。

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ここでちょっと余談ですが、最近は「イースター島」という
名称が使われることは少なくなりました。引用記事にもあるとおり、
現地語である「ラパ・ヌイ」を使用するようになってきています。
ヨーロッパの征服者がラパ・ヌイを含むポリネシアの人々を
奴隷とし、イースターと命名したことが否定されてるんですね。

このポリネシアの人々がどこから来たのか? その起源は謎とされ、
さまざまな説が出されていました。こう書くと、あれ、もともと
そこに人がいたんだろう、と思われるかもしれません。
ですが、日本だってその疑問は同じです。先史時代、まだ列島が
大陸と陸続きだった頃、どこからか人が渡ってきた。

トール・ヘイエルダール
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ここで、ペルーからの渡来説を唱えたのが、ノルウエーの
人類学者で冒険家のトール・ヘイエルダールです。彼は、南米
ペルーにある石の像とポリネシアにある石の像が類似していること、
植物の呼び方が似ていることなどを根拠とし、ポリネシアの
住人の起源は南米にあると論文で発表したんですね。

ですが、この論文、当時の学者から非難の嵐を受けました。
最大の理由は、古代の技術では4000kmも離れている南米から
ラパ・ヌイまで航海はできないというものです。最も障害と
されたのがフンボルト海流。ドイツ人探検家のアレクサンダー
・フォン・フンボルトが初めて調査したことで

この名がつけられたんですが、上記したような理由から、最近は
ペルー海流と呼ばれています。で、これが世界有数の強力な
寒流なんです。当時の船と航海技術ではポリネシア到達は不可能と
見られたわけですが、門外漢といえるヘイエルダールに対する
反感もあったようです。

ラパ・ヌイといえばモアイ像
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これに発奮したヘイエルダールは、1947年、南米のバルサ材
その他の現地の材料を用い、インカ帝国時代の船を模した
コンティキ号を製作、ペルーからイースター島への漂流実験に出ました。
ちなみに、コンティキはインカ帝国の太陽神ビラコチャの別名です。

結果的に、コンティキ号はポリネシアにたどり着きはしましたが、
トゥアモトゥ諸島のラロイア環礁で座礁。 翌年、ヘイエルダールは
漂流の様子をまとめた『コン・ティキ号探検記』を発表。
世界62ヶ国語に翻訳され、2000万部を超える
大ベストセラーになったんです。

ポリネシアのカヌー
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じゃあ、これでヘイエルダール説が認められるようになったかと
いうと、話はそう簡単ではありません。そもそもヘイエルダールの
漂流実験の評価は、冒険としては高くないんです。最大の理由は、
コンティキ号が軍艦に曳航されてフンボルト海流を越えたこと。
航法機器やボート、無線を使用したことも質が低いとされました。

さて、長くなってきました。引用のニュースに戻って、2014年に
発表された研究では、ラパ・ヌイに暮らす27人のDNAを調べたところ、
遺伝子構成の約8%がアメリカ先住民の祖先に由来すると
判明したんです。この研究結果は、2つのグループが、ヨーロッパ人
到達以前の1340年頃に混血したことを示しています。

ファトゥ・ヒバ島のヘイエルダール夫妻 こんな美人の奥さんがいては危険な冒険はできません
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しかも、その後の研究で、南米大陸に近いラパ・ヌイよりも、
はるか約6400Kmも離れた別の島、マルキーズ諸島南部の
ファトゥ・ヒバ島に12世紀に最初に到達したのではないかという
こともわかってきました。これは貿易風と海流のためです。

でも、これらの結果から、ヘイエルダールが正しかったとまでは
言えないんですよね。そこが人の移動の難しいところです。
アメリカ先住民がまずポリネシアに到達したのではなく、逆に
ポリネシア人が先にアメリカ大陸に到達した後、先住民と一緒に
太平洋の他の島々に入植したという可能性もあるんです。

モアイを「歩かせる」実験
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ただ、考えられるのは、フンボルト海流を越えて人が移動していた
だろうということで、古代人の技術と勇気がここでも証明される
ことになりました。もしヘイエルダールがまだ生きていて
このニュースを知ることができたら、何を考えたでしょうか。

さてさて、ラパ・ヌイと言えば、やはりモアイ像ですよね。
その話もしたかったんですが、そこまでいきませんでした。
これも実に興味深い話題なので、改めて書いてみたいと思ってます。
では、今回はこのへんで。

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